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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 2
1439
:
「訊け」管理人
:2011/09/12(月) 14:47:55 ID:UodBcqiE
野球部部室がいつの間にか、生徒会室へと進化してますが(笑)
>「靖国見真会」参加者さま
おもしろい資料を拝読しています。たぶん、明日のブログ記事はこれにな
るでしょう(笑)その資料は・・・『試論・波状光明化への道』というもの
であり、榎本惠吾先生の御著書であります。まあ、御著書と申しましてもこ
れ、若き日の惠吾先生がガリ版刷で配布したものらしいですがね。・・・さ
てブログ記事アップに先行しまして、やや概要などに触れて参りましょう。
各掲示板を見渡しますに、まあ、生長の家人の中には「二つの型に分類可
能」かと思います。それは「悪に対する態度」を基準にすれば、二分類可能
という意味になりまして、仮りに、現象に悪の状態が出て来たとき、「どの
ような心的態度で対処しているのか」を診ますと、容易に診断可能だと思い
ます。その二分類の型とは、
(一)現象に悪が現れて来るのは、それは余りに「唯神實相論」に傾き過ぎ
た為である「現象を現象としてはあるのであるから、現象をもその意味では
認めて行かなければならない」(=實相現象の二元論)
(二)現象に思わしからぬものが現れるのは、それは唯一つ『實相一元、唯
神實相論』への徹し切り方が足りなかったからである。飽く迄も『唯神實相
論』を貫ぬかなければならない。(=唯神實相論)
貴殿が〝和解派〟と称される一団(トキさんや復興Gさま、役行者さまや
義春もw)はこれ、(二)の立場を貫いているのであります。そして信仰五
歳児から見た場合の貴殿たちの態度は、これ(一)の型に見えて仕方がない、
それが本音のところであります。そして以下は明日アップ予定の記事からで
すが、榎本惠吾先生曰く「(一)の道か(二)の道を選ぶか。これは真の
「生長の家」人となるか、迷える人となるかの天下分け目である。」とのこ
とです。わたしもそう思いますし、当然ながら「現総裁へ違和感を覚え」つ
つも(二)であろうとしているのです。(ガリ版刷りの情熱に惚れて、榎本
先生に同意しているのではありません。あくまでも『生命の實相』拝読後は
「そう思わざるを得ない」のであります)
さて、基本的な質問になりますが、まあ、「實相獨在」を称して「生長の
家」と言うのではありませんでしたか?榎本先生の言を借りれば「『唯神實
相論』は実在そのものであり、高天原であり、生長の家そのものなのである。」
とありますが、まあこれ、信仰歴の浅深に関わらず、『生命の實相』を拝読し
た身には、容易に判断可能な概念ではないでしょうか。
しかし貴殿達のご意見は、この私にはこう聞こえるのです。「『唯神賞相
論』は実在そのものである。しかしそれだけではいかぬ、現象も現象として
はある」と。そして、(あくまでもこう聞こえて参りますので)反応が「は
あ?」となってしまう次第なのであります。そして、わたしの様に「はあ?」
な反応しか示せぬ信徒は、貴殿の周囲にも大勢存在するのではないかと、愚
考する次第です。(面と向かって言わないだけ、実は大勢なのでは?)
まあちなみに、弊ブログに於けるこれら記事ですが・・・この、運動に関
わるところの記事ですが、榎本先生や吉田國太郎先生の御文章は、約50名
ほどの方が反復拝読されておられます。まあ、ブログ訪問者総数から眺めた
場合には、かなり少数ではありますが、まあ・・・そのうちこの50名が核
となりそして、貴殿たちへ近い将来、良質の疑問を呈する勢力になろうかと
思います。貴殿に於かれてはこの上記設問――諸主張の型はこれ、(一)や?
(二)や?は、想定される問答として事前予習の要ありなのかもしれません。
追伸
ちなみに本日の記事も、貴殿方を意識してアップしたものです(笑)ぜひ
ご高覧あれ。
『少しも暗きところなし』
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65587588.html
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