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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 2
1139
:
初心者
:2011/08/29(月) 07:00:37 ID:4IaAZAME
朝っぱらから哲学してます。朝から哲学なんてヤダという人は、お昼ぐらいに
お読みください。
男の欲望と苦悩は、つねに「対象A」に登録されている。
それはシニフィアンの法をくぐり、象徴化の手続きを経て、「対象A」へと登録される。
「女は存在しない」。これがラカンの公式だ。女の欲望、そして苦悩はシニフィアンの法を
くぐりぬけ、象徴化の手続きに抵抗し、「対象A」への参入を拒む。
「女は男の症候である」。これもラカンの公式だ。解釈はいろいろあるにしても、あたしの
解釈はこうだ。「対象A」に登録されていない、女の欲望と苦悩に向き合うことは、男に
とって、それはつねに外傷をともなう体験にならざるを得ないということだ。
女の欲望と苦悩は、男にとって外傷的な真理だ。男はそれを前にしたとき、たじろぎおびえる。
案の定、おじけづいてしまったあたしの心は、すっかり見透かされてしまった。
ジジェクはいう。「無意識は、外傷的な真理が声をあげる場だ。そこで待っているのは、同一化
すべき崇高な真理ではなく、共存すべき堪えがたい真理なのだ」と。
あたしのなかの無意識の欲望が声を発している。その声に、今は耳をかたむけよう。
それにしても、ここはなんて掲示板なんだろう。どうしてこんなにも深く崇高な哲学が
あふれているんだろう。こんな掲示板がこれまでどこかにあったかい?
「あなたはなぜこの掲示板にいらしているのですか?」と訊ねてくれた人がいた。
答える必要なんてどこにもない。
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