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死んだらどうなるの?
41
:
メビウス@管理者
:2012/01/26(木) 21:58:45
「自のクオリア」というのはあると思います。
しかしそれは「直接的には一切感じられないクオリア」というものではないはずです。
心理学的にいうならば「対象化された自己」でしょう。
心の哲学では無意識とアウェアネスを厳密に区別しています。
わかりやすく言うとクオリアとは「感じられる」ものであるということです。
瞑想的な状態で自分の核にある「自のクオリア」に接近できるというのは、
ヤージュニャヴァルキヤのいう「ネーティ、ネーティ」のアートマンに近い
考えだと思います。
ただそのような考えは、やはりパーフィットのスペクトルの思考実験に
答えるのは難しいと思います。
アートマンのような主体を否定する無主体論という哲学がありますが、
スペクトルの思考実験に答えられるのは無主体論だけだと私は考えます。
ただし、無主体論の立場をとったとしても、「昨日見た赤と今日見た赤は同じなのか」
といったクオリアの同一性についての問題が生じます。自己についても同じ問題が
あります。
私は時間と空間の実在性を否定するパルメニデス的な絶対一元論だけがそれらの
問題を解消できると考えています。
いずれにしても、クオリアや人格の同一性を考え詰めると時間と空間の
実在性を問わざるを得ないのは確かだと思います。
だからこそチャーマーズは情報の二相理論において、時空そのものを
情報空間の間にある関係にすぎない可能性を示唆しているのだと思います。
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