したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

管理者日記

168メビウス@管理者:2012/07/26(木) 21:48:47
「我思うゆえに我あり」というのは現象的意識とされる。
現象的意識とクオリアの違いは、クオリアが単純な知覚であるのに対して
現象的意識は持続的な意識であるとされるが、本質的な違いはない。
「持続的に感じられる」というのも一個のクオリアかもしれないからだ。
ならば「我思うゆえに我あり」も一個のクオリアかもしれない。

ならば、「私は丁度十年前には映画を見ていて、今この瞬間は哲学的問題を
考究している」という思い、またその思いの対象となっている「過去自体」
もこれから先の人生も丸ごと含めて一個のクオリアかもしれない。
これは自分の考えとして「一元論」のページに書いたこと。
で、>>164に書いたんだけど、リアルや現実性というものの本性が、
「無いものが在るものになり、在るものが無いものになる」という感覚で
あれば、それは(時間的な)幅をもっている。
ならば現実性が無くなったと思っている「過去自体」も含め、人生丸ごと
現実性がある、と考えても論理的に間違いではないように思える。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板