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45
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メビウス@管理者
:2012/04/13(金) 00:51:20
上の続き
実際、現代の哲学における素朴実在論的な前提はフッサールとウィトゲンシュタインの考察を基にしています。
従って
>>41
の①②③をより厳密に表現するなら以下のようになります。
①、現象が特定の肉体と相関しているゆえ「私」が発見され、それが他者に敷衍された状態(素朴実在論)
②、現象は全て「私」の意識のみに現れるものだと反省的に理解された状態(認識論的独我論)
③、現象主義を認めた上で再帰的に素朴実在論を選択した状態(現代科学や心の哲学の物理主義)
④、③の素朴実在論を前提に、意識の難問、超難問を発見した状態(存在論的独我論や心の哲学の性質二元論)
もちろん、チャーマーズの立場は④なのですが、チャーマーズはそれだけで終わってはいません。
汎経験説的な主張もしていますが、それは思考の一過程に過ぎないかも知れません。現に「情報の二相理論」
においては、時間と空間も情報内部の性質である可能性を認めており、即ち素朴実在論を懐疑しています。
なお、『なぜ意識は実在しないのか』の、「どうして心なんて一般的なものがあると、誰もが信じているのか?」
という文中の「心」の意味は、決して一般化できない〈私〉が前提された上での、即ち存在論的独我論の問題提起
の可能性もあります。その場合ウィトゲンシュタイン独我論が前提になっているので初心者にはまず理解できません。
よろしければ以下のページを参照してください。
http://www21.atwiki.jp/p_mind/pages/75.html
永井は口語調であっさり書いているので色々解釈できるのでやっかいです。
もちろん、永井も哲学者とはいえ人間ですから間違いもあるし適当なことを言うこともあります。
あまり永井の文章を教条主義的に解釈しない方がいいと思います。
他の方にも書いたのですが、『なぜ意識は実在しないのか』は、あまりいい本ではありません。
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