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ネットで何かできないか雑談場所
62
:
運ちゃん
:2014/10/06(月) 19:42:51 ID:K3Eg.aWY
サントリーレッドさん
僕のスタンス、それは理解できない事かもしれませんね。
人のスタンスというのは、そう簡単に理解出来ないものですから。
>この記事の中の2枚目の絵は「信仰と組織」を杖にしています。
>これは創価学会の信仰であり組織なんでしょうか?
→ここで言う「組織」とは別に創価学会の組織を想定していません。
過去、日蓮大聖人の時代には「大師講」というものが存在していました。
大師講の大師とは「天台大師」を志向していた様で、その元で集まれる信徒が集まり
仏教を学んでいた様です。
本来の組織とはそういったものであり、そういう組織があれば信仰者の支えとなるものと
思い、杖として組織を記載しています。
組織とは本来、信仰者にとっては「従」なものであり「主」とはなりえない。
しかし人であれば、人間との繋がりは重要であり、そういった「(ゆるい)組織」であれば
人にとって寄与すると思っています。
しかし今の創価学会というのは信仰者の支えでは無く、逆に組織課題を会員に背負わせている
事自体、主従が逆転した状態だと考えていますし、それを1枚目の絵としました。
だから1枚目にはあえて支えとして「組織」は書いておらず、逆に「組織課題」を背負う絵を
書いているのです。
>学会と戦おうとも言わないし学会を辞めましょうとも言わないけどどちらかというと
>その色合い、とにかく勉強しましょうみたいな曖昧さがある。
→何故、学会と戦う必要があるのですか?
学会に引きずられるということは、組織に引きずられる様な要素を個人個人の心の奥底に
持っているからであり、本人がその要素に気付かない限り、意味がありません。
一人ひとりの心の中に「組織信心の心」を亡くさない限り、いくら形としてある組織を
攻撃したところで意味がありません。
また学会を脱会するか、残るか、それは個人の判断の範疇であり、そこに第三者が意見を
述べて「脱会しよう」と言ったところで、心底本人が理解し納得しない限り、その人は
組織に戻り、以前と同じ事を繰り返すか、またはスピリチュアルなほかの事に依存し、
結果として、組織は変わっても同じ事を繰り返してしまいます。
そういった事について、本人が気づきを得るために「学ぶ事」「考える時間」が必要である
と僕は考えています。だから「研鑽」という事を前面に出しているのです。
学んだ結果、その人が創価学会とどの様な関係を持つのか、それは個人の権利でもあり個人の
判断する範疇です。だから「脱会しろ」「会に残れ」という事を、僕は求めません。
僕はそう考えていますがいかがですか?
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