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創価学会の疑問・質問
220
:
幸
:2019/08/31(土) 03:22:55 ID:MhPPwe6s
はじめまして.もう10年以上前でしょうか、創価学会組織に色々と疑問を持ち非活気味になり、その後様々な事からやっぱりこの信心の凄さを実感している者です。
記事に「この21世紀の時代で、鎌倉時代と同様の政祭一致の捉え方で考え、そこに鎌倉仏教のまま、立正安国論を利用するというのは、すでに時代を見誤っている事であり、そこに良い事は何一つないでしょう。
現代は人種や宗教の多様性についても、鎌倉時代とは比較にならないほど複雑になっています。
今の時代、大事な事は「多様性の受容(ダイバーシティ)」であり、国の体制は「民主主義」の体制となっています。そしてこの「民主主義」の基本的な考え方は、キリスト教にある「(一神教である)神の下の平等」だともいわれていますが、その原点は欧米にある思想です。
そうであれば、現代に立正安国論をどのように読み解くべきなのか。
それはけして原典のままに用いる事ではないと僕は考えているのです。
今回、五回に分けて立正安国論について、私見を述べてきましたが、少しは思考のベクトルを変えて、この立正安国論に向き合う必要があるのではないでしょうか。
日蓮を原典のまま解釈して、また昭和初期の様な時代が招来する事は、日蓮の本意ではないと僕は思えてなりません」
とありましたが、正に日蓮大聖人が生きていた時代と現代では全く世界情勢も日本の情勢も、文化、政治等々、社会そのものが変わっています。その中で広宣流布を実際に進めて行く為に、学会では大聖人の仏法の永遠に変わらない普遍的な部分と時代的制約のある部分とを縦分けて(時代的制約のある部分とは日寛教学において日蓮正宗の正統性を強調する為に大石寺の大御本尊様に求心性を持たせる様な教学)、永遠普遍に変わらない部分はそのままにそれ以外は世界情勢や時代に合わせて変えて来たのではないでしょうか。それがわからずに旧態依然として原理主義的な発想しか持てないのが今の宗門だと思います。
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