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おやじの背中
1
:
いしい
:2002/09/02(月) 02:40
死んだ肉親を「感じる」時、どのようなケースがあるのでしょう。
私は自身のHPで肉親が「ハエ」になって現れた例を書いたことがある
んですが、その他あーりんさんのおっしゃるように「おやじの臭い」
というのもあるみたいですね。
それ以外で、現れ方としてはどんなものがあるのかな?
13
:
ダチョウ(浣腸)
:2002/09/14(土) 02:23
何故なら、死者が人を望んでないのに人を送り込むなんて無駄は誰もしないから
です。殉死は「死者がそう望んでいる」と説明出来ることによって、初めてその
論理的正当性を帯び、習慣、制度として存続することが出来るのではないかと。
・・・以上、「殉死と引っ張る」でした。
「引っ張るの定義」は「連続した死という不安を呼び起こす現象に対し、下した
解釈の一つ」ぐらいでとりあえずお茶を濁すことにします。(死に体)
14
:
いしい
:2002/09/17(火) 02:27
制度と「引っ張る」は難しいですよね。
こういった議論はどうにでもとれますし、解釈できますから。
日本の殉死の場合は表面的には忠孝を示すことで「家(将軍と殉死者の家
の双方)を高めるという意味が一番ですよね。
インドの殉死(夫が死ぬと妻も火葬の火の中にいれられる習慣)の場合は
も家が主ではないでしょうか。フェミニズム観点からよく男性優位の象徴と
いわれますが、あの時代の考え方からいけば男性優位云々というよりもひと
りでは生きていけない女性を生き長らえさせて家をみじめなものにするより
も夫婦ともども絶つことによって家の名誉を守る意味合いがつよかったです
から。
これに対して「引っ張る」の場合はやはり第一の意味に死者の慰めなんです
よね。制度の方は隠れた所に死者の慰めがあるのに対して、「引っ張る」は
表向きの意義が死者の慰め。
この第一の意義を考えれば両者は同列には論じられませんが、制度の隠れた
意味合いを表だして引っ張るの第一の意味と比較すれば同列に扱える。
ということだと思います。
15
:
ダチョウ
:2002/09/17(火) 21:31
>>14
>こういった議論はどうにでもとれますし、解釈できますから。
確かに。以前「屈葬」について人と論じたことがありますが、あの時も「これは
死者の蘇りを防ぐものだ」という意見と「いや、胎児の形に似せ復活を促してい
るんだ」という意見に別れました。人というものは不思議なもんで、全く同じ行動
をしていても、その意味合いが全く違うなんてことはざらにあります。
屈葬にしても殉死にしても、人の行動からなんらかの気持ちを察するというのは
想像以上に難しいことで、簡単に判断したりしてはいけないことなのかもしれま
せん。
僕は「死者を慰撫する心」の証拠として殉死の風習を挙げましたが、ちと軽率で
あったなと反省しております。
16
:
ダチョウ
:2002/09/17(火) 21:55
>>14
まあ、いきなりこんな殊勝な奴になってしまうのもそれなりの理由がある
訳で・・・。
いしいさんに指摘されてから殉死について、少しネットで調べてみたんですが、
いやあ、ダメですね。「殉死という風習の根底には死者が人を望むという考え方
があった」とする僕の説を補強するものが全然見当たらない。
例えば、江戸時代の殉死(いわゆる追い腹)には「義腹」「論腹」「商い腹」と
いう三種類の形態があるそうですが、この三種いずれにも「死者」を意識している
ものが一つも無い。「義腹」は主君、念者(同姓の愛人)との「心中」、「論腹」
は世間体を気にしての「恥」、「商い腹」は子孫、家の名声を期待しての「打算」
です。「心中」「恥」「打算」、追い腹という殉死の物語は「生者」のみを登場
人物とし、「死者」はキャスティングされていないようです。
17
:
ダチョウ
:2002/09/17(火) 22:05
>>14
まあ、今まで挙げたものは、いしいさんの言う「表向きの意義」に過ぎないだけ
であるのかもしれませんが、僕はちょっと自信無くしちゃいました。
という訳で、「引っ張るは殉死の風習がある頃まで遡れる」という僕の意見は
無期限放棄します。なんか面白い情報が見つかったらまた掲示板にて書かせて
もらいます。
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