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「谷口雅春先生を学ぶ会」を語る会1

564名無しさん:2012/03/14(水) 12:04:53
● 「草でも一時刈ったり、牛にでも食われたりいたしますと、表面は一時なくなるけれども、それが適当に行なわれることによって次にその草はいっそう大きく生(の)びてくるのであります。…(省略)…樹木でも毎年剪定といって枝葉を適当に切らなければよいぐあいに元気よく育つことはできない。樹木はこれを切ってくれる人があるのでいっそう大きく元気に育ってゆくことができるのです。みんな生かし合いの世界なのです。……具体的にいえば、個体はなく、民族があり、国家がある――これは近頃ドイツで称えられる哲学ですが、これは生長の家の「本来肉体なし」の哲学によって初めてよくわかるのであります。個体というものが本来ないということがわかれば、一個の野菜も個体としては存在しないから、その個体が殺されて食べられるということもない。野菜は理念的存在であって、永遠不滅の野菜の理念が、常に殺されず滅せず、かえって生かされて明年はいっそう大きな優秀な顕われ方をする――すなわちいっそう大きく生かされることになるのであります。」
(谷口雅春著『生命の実相』39巻42−43頁)

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上記文章中の「草」「樹木」とは現象世界に生きる具体的な個々の人間(現象人間)のことをさしている。また、「(草を)刈る」、「牛に食われる」、「剪定」、「(樹木を)切ってくれる人」とは、具体的には戦争をさす。要するに、人間の実相はあくまでも理念的存在であり、人間には肉体など本来ないのであるから、人間が死ぬなどということもありえない。だから定期的に戦争が起こって、適当に現象人間が「剪定」されることによって、永遠不滅の「人間」の理念がかえって生かされて後世にはいっそう大きな優秀な顕われ方をする。その結果、国家がおおいに繁栄する


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