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絵画鑑賞が趣味の人〜
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(以下、引用)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(前略)
安倍首相は「テロリストに罪をつぐなわせる」と話し、この事件を機にさらに強硬路線を進めようとしている。いったいその結果、何が起きるのか。そのことがよくわかるのが、現代イスラム研究センター理事長・宮田律氏が書いた『アメリカはイスラム国に勝てない』(PHP新書)だ。
まず、最初に認識しておかなければならないのが「イスラム国」の“製造物責任”はアメリカにあるということだ。「イスラム国」の前身にあたるISISの創始者はヨルダン出身のアブ・ムサブ・ザルカウィという人物で、1989年当時、ソ連のアフガニスタン侵攻に抵抗するイスラム義勇兵としてオサマ・ビン・ラディン指揮下のゲリラ訓練所だった「アル・カイーダ」(アルカイダ)に入り、テロリスト人生をスタートさせた。アルカイダはいまでは世界的な反米テロ組織としてその名が知れ渡っているが、もとは米CIAがアメリカの対ソ戦略上の必要からパキスタンの諜報機関ISIを使ってつくらせたものだ。
1980年代を通じてアメリカが武器、弾薬、資金、軍事訓練などの支援を受け続けたことで、アルカイダは9.11テロを起こすほどの“化け物”に育ってしまった。前出のザルカウィはアルカイダでの活動を通じてテロリストとしての経験を積み、先鋭化していった。いま問題とされるイスラム過激派組織の“生みの親”“育ての親”は、実はアメリカだったというわけだ。
やがてザルカウィはイラク入りして、ISISの前身に当たる「イラクの聖戦アルカイダ」を結成する。このきっかけをつくったのもアメリカだった。2003年のイラク侵攻とサダム・フセイン殺害だ。当時の米ブッシュ政権は「サダム・フセインが大量破壊兵器を所持していて、それが明日にもアルカイダ系テロリスト(ザルカウィのこと)に渡ろうとしている」などと主張し、開戦に踏み切った。ところが、「大量破壊兵器を持っている」という情報も、「フセインがザルカウィとつながっている」という情報も完全な捏造だったことが、後に米上院情報特別委員会の調査によって明らかになる。とくに、後者はイスラエルの諜報機関モサドから米CIAにもたらされた“偽情報”だったことはよく覚えておいてほしい。
いずれにせよ、開戦前のイラクにはアルカイダもしくはアルカイダの影響を受けた組織が活動していた事実はなかった。話はむしろ逆で、アメリカの軍事介入とサダム・フセイン体制の崩壊によって生じた権力の空白に、ザルカウィらテロリストが入り込んでしまったというのが真相なのだ。そして、その後の米軍による占領政策とポストフセインとして登場したアメリカの傀儡マリキ政権の腐敗が、さらなる過激派武装組織の増長を生んでしまう。
アメリカはイラク占領後、脱フセイン政策を徹底的に推し進めた。サダム・フセインがイスラム教スンニ派だったことから、シーア派をひいきにして革命に近い状態をもたらした。フセイン時代の支配政党だったバアス党は米軍統治によってことごとく排除され、政府機関の職員や学校の教員など数十万人のスンニ派市民が解雇された。200あった国営企業も解体されて外国資本に売り飛ばされた。ここでも大量の失業と不満を生んだ。
この傾向はアメリカの指名で誕生したシーア派・マリキ政権になってさらに拍車がかかる。バアス党の高官たちは裁判にかけられ、罪を自白させられ、処刑されたり、自宅軟禁に置かれたりした。バアス党出身者がいるというだけで部族全体が公職から追放され、失業や貧困に陥った。旧政権幹部を放逐したマリキ政権の行政能力は驚くほど低かった。その上、露骨なシーア派優遇を行ったため、スンニ派地域では失業率が高まり、とくに若者たちが強い不満を募らせた。治安維持にあたった軍や警察も主にシーア派によって構成されていたため、スンニ派住民を不当に扱い、恣意的な逮捕、拷問、投獄が行われた。
こうしたなか、前出のザルカウィ率いる「イラクの聖戦アルカイダ」はフセイン政権時代の行政テクノクラートや軍の解体で職を失った人たちを吸収していった。フセイン時代の諜報機関「イラク共和国防衛隊」の将兵やフセインの民兵組織「フェダイーン」も加わった。ザルカウィらはシーア派を“異端”と考える傾向があり、シーア派に対するテロを拡大させた。スンニ派部族の一部がザルカウィの支持に回り、過激派武装組織はしだいに「国家」としての体裁を整えていった。これが「イスラム国」の始まりだ。確実に言えるのは、アメリカのイラク侵攻がなかったら「イスラム国」の誕生もなかったということだ。
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