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不良債権問題の解決はヤクザの殲滅から 雑談所17

150名無しさん:2014/05/08(木) 19:19:06
村岡花子さんは、10歳で、東京・麻布の
ミッション・スクール東京英和女学校の寄宿舎に入り、20歳まで過ごします。
貧しい暮らしでしたが、父親は花子に高等教育を受けさせる道をつけたい
と願い、10歳の花子は麻布の東洋英和女学校に寄宿生として入学します。
孤児院での奉仕活動が義務付けられ、成績が悪いと即退学という給費生
の待遇でしたが、予科(2年)、本科(5年)、高等科(3年)で、
予科と本科は学年20名ほど。うち高等科まで進むのは6、7名でした。

当時、花子には、澤田廉三という、お互いに引かれ合う男性がいました。
廉三は東京帝国大学法学部の学生で、実兄を追って、
外交官領事館試験を受けて外務省に入る予定でした。
教会で顔を合わせるうちに、英文学や短歌について
言葉を交わすようになりました。やがて、澤田は外務省に入り、
第一次世界大戦中の激戦地、フランスへ数年間の仕事で
行くことになりました。出発の前にどうしても会いたいと言われ
、花子は東京へ向かいます。外交官としての重い任務を帯びて澤田は
フランスへ旅立ちました。廉三からの手紙の中に、
廉三の決意を見た花子は、「もうこれでおわりにしましょう。
これでお別れにします。さようなら」と書き送りました。

帝大の澤田廉三はのちに三菱財閥の3代目総帥・岩崎久弥の長女美喜と結婚。
重光葵は外務省で上司。国連大使で昭和天皇の通訳




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