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1966年にレーガンはカリフォルニア州知事選に出馬するが、その選挙戦にフーバー長官が協力したと噂されている。結局、レーガンは知事に就任、1975年まで務めたが、その間、1972年にフーバー長官は死亡した。
1973年にスピロ・アグニュー副大統領がスキャンダルで止め、後釜に座ったのがジェラルド・フォード。翌年にはリチャード・ニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞職、フォードは選挙の洗礼を受けないまま大統領に就任、77年までその座にあった。
ニクソン政権はデタント(緊張緩和)へ舵を切ったのだが、フォード政権ではデタント派がパージされ、戦争ビジネスにつながる人物やシオニスト(親イスラエル派、後にネオコンと呼ばれる)が台頭する。例えば、ドナルド・ラムズフェルド、チェイニー、ポール・ウォルフォウィッツらだ。CIAの秘密工作や監視プロジェクトを明らかにしたウィリアム・コルビーCIA長官などが追い出される一方、キッシンジャーは残っている。
1980年の大統領選挙ではネオコンの総攻撃を受けた現職のジミー・カーターが落選、ロナルド・レーガンが次期大統領に選ばれた。このとき、CIAの破壊工作人脈が支援していた候補者はジョージ・H・W・ブッシュ。共和党の候補者選びの段階でブッシュはレーガンに敗れるが、副大統領に収まる。そのレーガン政権でジョージ・シュルツは国務長官を務めた。
新自由主義の教祖的な存在、ミルトン・フリードマンに近いことでもシュルツは知られている。このふたりがいたシカゴ大学のセミナーにラムズフェルドは参加、フリードマン教の信者になっている。
既に本ブログで何度も書いたことだが、レーガン政権は「緊急事態」を口実にして憲法の機能を停止させる仕組みをつくるため、COGプロジェクトをスタートさせた。このプロジェクトが「愛国者法」を生み出し、ファシズム化を急速に進めることになったわけだ。
また、レーガン政権は核政策にも熱心で、ジミー・カーター政権が1977年に中止させたクリンチ・リバー増殖炉計画を復活させている。ただ、この計画は思惑通りに進まず、1987年に議会は予算を打ち切ってしまう。この計画を推進したいグループは日本を引き込むことを考え、日本の電力会社が増殖炉の計画を支えることになった。
その代償として、レーガン政権、そしてジョージ・H・W・ブッシュ政権は日本がアメリカの核兵器製造施設へ入ることを許し、核兵器の開発につながる「機微な技術」を日本に移転させている。
レーガン政権の前から日本が核兵器の開発を目論んでいることをCIAはつかんでいた。佐藤栄作内閣の核兵器開発計画はテレビでも放映され、広く知られているが、その後も諦めたわけではなく、CIAやNSAは監視を続けている。こうした機関で内部告発があると、日本の核兵器開発に関する情報も発覚する可能性があるだろう。
そのCIA上層部に情報のパイプを持つジャーナリストのジョセフ・トレントによると、2011年の段階で、日本は約70トンの核兵器級プルトニウムを蓄積しているのだという。日本の技術力を考えれば、核弾頭を作る準備はできたということ。
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