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上海雑伎団スレ【第六十八幕】
2412
:
もぎりの名無しさん
:2024/07/18(木) 23:28:25 ID:QWsSBiKI0
>>2409
端末を変えたからID変わってたらすみません
>嫌悪感が湧いてきたら(略)認めて放っておけばいいよ
たとえば雨が降るという出来事に遭遇した時に「雨だなあ。傘をさして出かけよう」とほぼ何も感じない人もいれば
「こんな日まで雨なんてムカつくな!これだから自分は運が悪いんだ。仕事が憂鬱だ…」と自己評価を下げたり雨という出来事によって仕事へ否定的な価値づけをする人もいますよね
特定の物ごとに対する反応は、その物事自体がその反応を生み出すのではなく、自分にある何らかの信念がある物事や出来事に反応して出てきているだけなんです
たとえば男性を見て「騙されるのでは」「気が利かない」「仕事が遅い」「信じられない」と感じたなら
それは過去のわたしやあなたのエゴが元々不信感や見下しやジャッジなどをもっていて、それをたまたま目についた男性に投影しているだけなんです
「あ、そうだった。投影しているんだな。男性がそうなんじゃなくて、自分のエゴが投影したがっているんだな」と気付くだけでいいんです
この時気付いているのは「わたし」というよりはエゴを包み込むもっと大きなわたしです
エゴのジャッジや信念に突き動かされているうちは、そもそも自動的に「雨→憂鬱!」「男→バカしかいない」などと判断して決定しているので
自分の決定通り雨の日は嫌な気分のままだし、男性の素敵な面を見ることはないです
でも、エゴの一瞬の判断に気付き始めたら、少なくともストップをかけられます
そして世界はエゴの自分ではそう感じられないときでも素晴らしい方向へ向かうようにできているので
このエゴの一瞬の判断と決定を止めるだけで、勝手に素敵な面が見えて来て、うまくいくんですよ
自分で動いたら何とかなるという発想自体がエゴのものなので
だから、嫌悪感が湧いたら「ああ、嫌悪してるんだな〜」と思って、宇宙とか神様とかなんでもいいんですが、信頼できる人に「お願いね」と預けて放っておけばいいということです
>この時2403さんは憎しみや怒りなどに耐えて(?)いたんでしょうか?それとも自分の考えに気がつくとあまり辛くなくなるとか…?
方法論でいうと慈愛かな?慈愛をしていました
最初はエゴの反応が大きいので確かに耐えに近いとは思います
ただ、段々慣れてくると、感情が出来事に対する反応に過ぎないことがわかるし
エゴの反応をも包み込む大きい存在を常に感じるようになるので、心から憎しみや怒りを感じること自体ができなくなります
だから確かにつらくなくなってきます
>すごく初歩的な質問なんですが、私はこのイライラや憎悪を感じている状態が辛くて…「放っておく」って苦しいよー!ここから逃げたいよー!と思ってしまいます
ある意味出来事に「投影」が起きるということはその感情を手放せる状態であるサインなんです
本当につらい感情や出来事についてはエゴが一生懸命隠しているので気づきすらしません
自覚できるほどというのは、そのエネルギーが潜在意識から顕在意識に移動してきている証拠なので、もう手放していいよと教えてくれているのです
エゴは不快な感情そのものを避けようとするのですが、感情が反応に過ぎないと理解できると別に悪感情も怖くなくなります
エゴは悪感情が自分を傷つけると信じているので避けようとするのですが
そこを大きなわたしが小さな子に「大丈夫よ〜」となだめるようにしてあげながら悪感情に寄り添ってあげると
「あれ?だいじょうぶだった?」とエゴも気づき始めるので、手放しが早くなります
なんていうか
エゴ→小さい子、不快を感じて騒ぐけどおむつを変えさせない、こんなにおしっこやうんちをしたなんて恥ずかしい、お母さんに見られたら失望されると信じている
宇宙→お母さん、「だいじょうぶよ〜」となだめておむつを替えてあげる、おむつをゴミに捨ててあげる、子どもを喜ばせてあげたいと思っている
みたいなイメージ?
また思いついたら書くかもしれません
とにかく、最初は不快だと思うけど、握りしめているのがつらくなったら慈愛などをして
感情を抑圧するのではなくそのエネルギーが自分のなかに存在することを認めて、素直にお母さんに助けを求めてみるという感じです
もし「耐える」と感じるなら、不快感そのものではなく
たとえば赤ちゃんにとっては自分がおしっこをした事実を認めるのがつらいって感じですが
お母さんからしたら別にあかちゃんがおむつを汚すのは想定内なので別に恥でも何でもないわけです
素直に「おむつ濡れたよ〜。変えて〜」とか要求してくれた方が肌がかぶれなくて済むのになとかそんな感じです
今のわたしは悪感情が湧いても「あ、おむつ濡れたな。変えてもらおう」というだけで「おむつが濡れた〜!だからわたしは生きる価値がない!もうおしまいだ!」とかは思わないということです
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