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上海雑伎団スレ【第六十八幕】

2161もぎりの名無しさん:2024/06/18(火) 23:19:46 ID:9Lhyls5w0
肉体的苦痛以外は解釈次第なんだ 難しいものもあるから理論上は、だけど。
これは悪いことだという観念がないとそこからストレスを感じることはできない
例えば犬に吠えられたら、健康で家族思いの素晴らしい犬がそこにいたんだ 
一瞬怖いけどさ

詭弁さんは知覚不全ではなく、知覚=不全 表現しているけど 
これはたぶんそういうことで、何かを解釈し、判断すること自体が上下強い弱い等の差や、
良い悪い等の観念を生むんだ

その観念が、実害はないけど苦しいという感覚を生み出す
じゃあ思考や知識や解釈はなんのためにある 特別意義はない 悪くもない 
だが思考や解釈は私は○○だ という観念を強めるリスクを常に抱えている
あえて思考やそれらを積極的にやる理由はないのさ
明日は雨だな はOKだ そこから雨は○○で私は○○で世界は○○で ああ最悪
とかやるリスクが常にあるってこと

おまけに、幸せに解釈は必要ない
思考は差や観念を生む 差や観念で見た世界というのは、
幸せな世界を、あえて幸不幸に分けて一方を体験するようなものなんだ
では自分の思考とそこから生まれた観念と、そこから生まれた苦しみに意義はあるのか
それらの活動に意義はあるのか

意義はないと自覚できたなら、考えなければならない 
解釈しなければならないという義務感から解放される

なぜなら、繰り返すが、
思考や解釈は観念を生み、強めるリスクが常にあり
そもそも観念と幸せは関係がないからだ
黙っていても人は勝手に幸せになる

解釈しなくても幸せだ、そして解釈判断観念とはどういうものか説明した じゃあ
解釈しない、良いという解釈、悪いという解釈、の3択で
3番目を選ばなければいいだけ、とわかる

余談
ルビンの壺というのは、2つを説明しているように思える
ひとつは解釈をした場合の、良い悪いという両面
そして、解釈した良い悪いの世界と、解釈をしていない世界という両面だ

解釈自体しなくてもいい 解釈を都合よく変えるのも別にありだ 
全部の解釈を変えるのはムリだけどね

つまり悪い解釈をしなければ思考も無害だからしてもいいと思う たぶん
だが問題の解決に焦点が当たっている情報も場所によってはある 
SNSとかニュースとか この掲示板とか はい冗談 まあ事実だけど
つまり、良い悪いの世界の、悪いに焦点が当たっているのでリスクが高い状態だ
だったら思考自体しない方がいい場合もあるだろうね


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