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上海雑伎団スレ【第五十二幕】

13 葵光:2013/04/06(土) 09:12:34 ID:ASGP6SVQ0
法話で素晴らしいのを見つけたので紹介させていただきます。
ちょっと行き詰まった時に何度か読んでみると良いかと思いました^ー^

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『私たちはどこから来たのか』

禅には、「お前さんはどこから来たのか?」という問いがあります。

「どこから来たのか?」という単純な質問に隠れた真意は、「私たちは本来何者であるか?」というところにあります。
こういう捉え方をしてみるのも一法ではないでしょうか。

即ち、私たちがどこから生まれたかを深く考えてみるのです。
私たちは当然ですが、それぞれの両親から生まれて参りました。
では、両親はどこから?と問えば、その両親、つまり私たちから見ればおじいさん、おばあさんからです。

このような具合に、私たちの命の淵源を尋ねますと、人類の誕生、生命の誕生、そして地球や宇宙の誕生
というところまで遡ることができましょう。そこまで思い至ったとき、
「私」というちっぽけな存在は、実はとてつもなく大きな命に育まれているのだと気づきます。
 

会社員時代に、思うように仕事が進まず悩んだことがあります。
そんな時に、上司がこう諭してくれました。
「君が悩むのもわかる。しかし落ち込んでいるばかりでは先へ進まないじゃないか」

「いえ、そうおっしゃいますけれども、どうしたらよいのか……」

「発想を転換したらどうか。一度宇宙へ行って、そこから自分自身を見つめ直してみると良い。きっと前へ進めるから」と。

「宇宙へ行って」というのは、もちろん比喩ですが、大きな心で自分自身を見つめ直すということでしょう。
この時は「大きな命に育まれているんだ」とまでは達しておりませんでしたが、
何ともいえない自信が沸々と湧き、再び仕事に集中できるようになったことを思い出します。

考えてみますと、「風」はこの地球に大気が発生して以来、ずっと吹き通しです。
これからも吹き続けることでしょう。私たちの命も同じく、これまでも生き通しであったし、
未来永劫つながり続ける大いなるものであると言えないでしょうか。

ちっぽけな「私」という存在が、実は大いなる命に育まれ、ともにつながって生きている。
そういう捉え方ができたとき、自分の想像を超えてずっと力強く歩むことができるように思います。

http://www.rinnou.net/cont_04/myoshin/2011-9a.html


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