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上海雑伎団スレ【第四幕】

579もぎりの名無しさん:2009/09/13(日) 21:29:26 ID:XWJau4Eo0
長文なので、興味ない方はスルーでお願いします。
どうも念が強いと願望は現実化しないようです。
だから、何をやっても現実化しないという方は自身の念に注目してみてはどうでしょう。
そのことを考えてみて、感情が揺さぶられるようならば、それは念に呑み込まれているということになります。
例えば、
・身が縮むような気がする
・心臓が萎縮する、または動悸がする
・息が詰まりそうになる
・コントロール出来ない怒りや憎しみが湧く
・または絶望感や虚無感で茫然としてしまう…
こういう状態です。
この状態で願望が現実になることはまずないと言い切ってもいいと思います。
感情≒念ではありますが、=ではありません。念≒願いでもありますが、同様に=ではありません。
強いて表せば、願い→念→感情、ということになるでしょうか。

自分の念に注目するというのは、その念が怨念に変わっていないかをチェックする、ということです。
怒りや憎しみの支配を許してしまった状態を怨念とすると、自分に起こる全てのベースが怨念ということになり、ここからはオカルトというか眉唾話になりますが、それがために精神は、その持ち主である本人が怨念に沿った人生を歩むことがないよう、本人の意志に反した現実を作り出すのです。ですから、怨念となった願望は現実化しません。
稀に現実化してしまうことがありますが、それは本人を守りに守っていた精神までもが遂に怨念に乗っ取られてしまった場合に起こったことだと思います。
(例えば怨恨による殺人、等がそれにあたります)

このことから、本当に本心から望んでいることがあるのなら、念にエネルギーをためないことが重要となります。

相手に対してムカついてしまった場合、もう相手が何を言おうと聞き入れなくなってしまうというのはよくあることです。敵対してしまった心を元に戻せなくなるからです。
昔、好きな教師の言うことは聞き入れられるけれども、嫌いな教師の言うことは端から聞かない、聞く気もないというようなことは誰しも経験したことがあると思います。
「教師」を親や上司、友達等、誰に設定してもいいんですが、とにかくこういうことはあります。それが説教や耳に痛いことであれば尚更です。
更に、抑えに抑えてきた怨念を爆発させたトリガーとなったものを受け入れることは、相当に難しく、許せないものは許さない、という心境に達してしまいます。
実は爆発「させた」のではなくただ単に「した」だけなのですが、次から次へと湧いてくる怨念の噴出がもたらす爽快感で充たされてしまい、本人はそのことに気付きません。
ここまで来ると自分は自分ではなくなります。従って、もはや願望などどうでもよくなっているのです。心は爽快感=快感を味わっているのですから。
よって、願望は現実化しません。

このことから、本当に本心から望んでいることがあるのなら、好き嫌い、怒り憎しみが作り出す怨念を取り除くことが重要となります。

復縁でも復讐でもなんでもいいんですが、成就させたいのであれば、そのことを改めて思い浮かべてみて下さい。感情が痛むようであれば、叶いません。
どうぞ落ち着いて、怒りを沈めてください。ウザいと思うその瞬間、「待て」と自分に言うのです。
抑えるのではなく、待つのです。難しいですが、やってみる価値はあります。怒りの噴出の爽快感に騙されないように。エネルギーがあまりにももったいないです。

「待て」とは何を待つのか。感情が落ち着くのを待つのです。
そのことを思った時、痛みではなく静かに漲るもの感じて下さい。
「そのこと」に善悪はありません。要は現実化させるのか否かということです。

これはここでよく言われている「感情を感じる、観察する」ということと同じで、同じ事をただこねくり廻しただけかも知れませんが、思ったことを書いてみました。


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