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雑談コーナー
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ファンのひとり様
荒川さんは正確には
「GOEの点数がバラバラになることがあり、解説としては困る」
「点数の出所をあやふやにしたら、ジャッジ能力は全く問われなくなるので匿名ではなくオープンの方が良い。」
という趣旨で
「『猫と一緒じゃない』って反論するくらいの誇りを持っているジャッジであってほしい」
と発言しています。
>失礼かもしれないですが、きれじろう様は、ジャッジが絶対正しいと
>盲目的になっていることは、ないですか?
>中立な目で見ていると、自信を持って言えますか?
あー、全然失礼じゃないですよ。
きちんとお答えします。
私は議論したり何かしらの結論を出すにあたって自分に戒めていることがあります。
・「第三者の視点」で物事を考えろ
・明確な根拠が存在するまで態度を留保しろ(思い込みによる判断を無くせ)
・自分にもバイアスが存在する、ということを自覚せよ(己の常識を疑え )
・物事を可能な限りつきつめて、根源的な部分まで考えろ
この4点がその戒めです。
そして、相手に明確な根拠、裏付けが存在し、それに納得出来ればその時点ですぐに取り入れます。勿論、自分で調べた根拠とは相反するケースもあるので判断の妥当性を徹底的に議論することになります。
その結果納得出来れば、それまでの自分の古い結論に拘る理由は有りません。その場合、逆に自分の考えに拘泥すること自体が「害にしかならない」からです。
逆に「根拠を答えられない」「なんとなく」では、よく調べないで結論を出してしまった「思い込み」と判断することになります。
つまり、「見ればわかるだろ?」というのは通じないですし、根拠を明示しない限りは信用出来ないのです。
私が「根拠を明示してほしい」とよく書きこむのはそういった理由です。
なぜこういう発想になったかというと、それは仕事の経験によります。
自分の判断に基づいて人が動くのですから思い込みは許されません。なぜなら思い込みに基づく行動は成功の確度が極端に低下するからです。
また何かしらの判断を行うのに複数人で検討会議を行うことになりますが、根拠が曖昧だと容赦なく突っ込まれます。
つまり、「八百長」があるか否かを探求するにせよ、それを信じていようがいまいがその「探求手段」自体は変わらないので、「どちら側に立つか」というのは私にとっては意味がありません。
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