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仏教における仏、成仏とは

44Leo:2005/10/21(金) 00:29:35
>変化は膨張じゃないかな。
>宇宙には始まりという基点と、そこから膨張し続けているという・・・わめの固定観念だこりゃw爆
>基点を求めるのは理性の自然な姿だと思うし、心情は広がり続けるというのも自然な姿だと思います。
>誤ったものを基点にしないことを固定観念が邪魔します。
>より真理に近いものを基点とし、心情を羽ばたかせていければいいなぁ〜って思うわめです。^^

わめさんは唯心論を主張されているのではないと思いますが基点(という固定観念ないし実体視)を仮定しないのが仏法ではないでしょうか。

一念三千説は発生論を拒否するものである(安藤俊雄)
http://freett.com/Libra0000/121.html

「簡単にいえば智ギの心具説は心のみならず、色・声あるいは仏・衆生の一切法の一一が即一切であり、
 三千法界を本具する全体であることを表示する原理であって、本来の唯心論の如き諸法の中で心性とか
 阿梨耶識の如き特定の根本識を想定して、そこから一切法の生成を説明しようとする唯心論的な
 発生論的世界観を拒否するものであったはずである。」

「つまり、一心と一切法(三千)の前後・本末などを論じてはならないということである。
 以上のごとき観点から、具体的に地論・摂論二宗の唯識説を取りあげて、批判を加えてもいる。」
(田村芳朗「天台本覚思想概説」『天台本覚論』岩波書店)


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