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生命ノ在処<イノチノアリカ>

31bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/08/01(水) 00:29:51 HOST:p4239-ipbf2501sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp


【四】

 場に居る全員の視線が、一気にその人物へと集中する。
 ――直後、

「……、ぐっ!?」

 薄群青の袖がはためき、少女が男を引き倒した。
 軽やかな動きを見せた細腕とは対照的に、低い呻きが地へ吸収される。
「……この者は」
「酔いに任せ、立ち寄った茶屋で無銭飲食……挙句、暴力行為に及ぼうとした愚か者です。然るべき方法で裁いて頂きたい」
 感情の一切を感じさせない機械的な問いに、すかさず少女の返答が響く。
 直後。伏していた男が懲りずに立ち上がったが、標的とされた少女の素早い対応により振り上げられた豪腕は見事な空振りを見せ、数秒と経たない内に再び地へ沈んだ。
 間近で見ていた老夫婦――臙脂(えんじ)の前掛けを身に付けた茶屋の主人とその妻をはじめ、多くの人々はまだ歳若い少女の振る舞い、技量に目を見張ったが、昌だけは冷静な瞳で赤髪……正確には赤の色素が強い茶髪の人物を眺めていた。
 自分はあの人を知っている……否、今は外見に不相応な少女の行動に気を取られているだけで、この場の全員が知る人物だ。
 平民とは明らかに異なる、上質の羽織袴。黒地に銀糸の蝶が舞うそれは、ささやかな美しさを演出すると同時に、纏う人物の身分の高さを示していた。
 ―― 王の、側近。

 その双眸が男を、少女を、老夫婦を確認するように見渡し、

「成程、よく分かりました。この男を連れて行きなさい」
「はっ」
 低い一声を合図とするように、総じて紺の装束に身を包んだ数人が進み出た。王(おおきみ)に次ぐ第二の権力者……側近直属の部下であり、国内の治安維持を任された〝特警(とっけい)〟と呼ばれる者達だ。
 今回対応が遅れたのは、恐らくその殆どが王の脇を固める為に借り出されてしまったからだろう。
 その推測が正しいと示すように、更に数十を従えた人物が小走りで此方へ近付いてくるのが見えた。

「灼羅(しゃくら)! 一体何があったのですか、怪我人は……」

 灼羅。そう呼ばれた側近よりも幾らか高く、澄んだ声が空気に伝わる。騒ぎを聞き急いで来たのだろう、上下する肩が目に入った。
 やはり上等な衣を身に纏い、顔を黒布で覆った姿。ここ数日町に現れ、注目を集めている張本人……王(おおきみ)だ。
 衣服が多少分かり難くしているが、目にした者の殆どが〝女性〟と判断するだろう華奢な線。声や口調で判断する事も可能だが、それを踏まえなくとも……王が女人であると断言出来る根本的な理由があった。

 それは、この国が代々の〝女王国〟である事。

 天照大国は――かつて小国と呼ばれていた事が嘘のように発展を遂げ、広大な領土を誇る一方。唯一〝女人君主制〟を掲げる国としても、その名を広めていた。
 ここまでの話は大抵幼少時に親から聞かされる為、子供から大人まで……ついさっき産声を上げた、なんて状況でもない限り、〝全く知らない〟という者は居ない。

「そう……怪我を負った方は居ないのですね。良かった……」
 側近から一部始終を聞いた王の声に、心からの安堵が滲む。
 へぇ、と昌の口から息が漏れた。
 仕草だけでも充分に伝わってくる、柔らかく優しげな物腰。直接目にしたのは今日、この時が初めてだが、ここまで噂通りとは思っていなかった。
「……天子(てんし)様、そろそろお時間が」
 この国の長を表すもう一つの呼び名が、側近の口から紡がれる。老夫婦の元へ歩み寄っていた王は、灼羅にもう少しだけ――と返しすぐ側に佇む少女へ向き直った。
「これ以上の被害が出なかったのは貴女のお陰です、有難う。勇敢な子」
 きっと布の下では、にこりと柔らかく微笑んでいるのだろう。
 それだけ告げると、王は側近と特警を引き連れ元来た道を去っていた。後に残された民衆は徐々にばらつきを見せ、普段通りの賑やかさを取り戻し始める。

 ――よし、今だ。

 人混みの切れ間を抜け、昌が向かった先は未だ動こうとしない少女の元。
 薄群青の背中へ歩み寄る途中、声を掛けるより早く振り返った碧眼と目が合った。

「……な、……」


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