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生命ノ在処<イノチノアリカ>

25bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/07/07(土) 18:59:22 HOST:p4239-ipbf2501sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp


【二】

響いた声を追い、上方を仰ぎ見る。
その先では青年が一人、木の枝に立ち此方を見下ろしていた。器用にも、一枚下駄でその場に留まっている。
夜の目にも鮮やかに映る濃緋(こきひ)の羽織と、銀糸で刺繍された下弦の月。
――そして、目元を覆う黒い包帯。
覚えのある特徴を確認し、織は声の主をしっかりと見据えた。

「どういう意味だ、風月(ふづき)」

言いながら、そもそも何故此処に居るのだ、と目で問う織を前に風月と呼ばれた男はくつくつと笑みを零した。同時に肩までの銀髪が揺れる。
「そのままの意味よ。言いたい事があるなら残らず吐けばよかろう、そなたらしくもない」
「全く以って答えになっていない。納得出来るものを返せ」
見上げる織の双眸が僅かに鋭くなる。
風月は形の良い唇を更に歪ませ、とん、と体重を感じさせない動きで地へ降り立った。
「そう急(せ)くな。ほれ、折角の美しい顔(かんばせ)が歪んでおるぞ」
視線は交わらないが、先の声色から織の表情は簡単に推測出来る。
感覚のみで寄せられた眉間を突いてやると、戯(ざ)れるな、と身を捩る気配。

「……もういい、用件を話せ。まさかそんな戯言を言う為に来た訳ではあるまい」
まだ何か言いたげな表情を残しながらも、織はそう紡いで風月を見た。
身長差ゆえに、やはり見上げる形になるのが微妙に悔しいが、今はそれを言う時ではないと心の底に押し込める。
風月はあぁ、と手を打ち、
「忘れるところであったわ。何を聞いても驚かぬか?」
「何が言いたい」
早く言えと言わんばかりに、織の双眸が据わる。
風月は落ち着いた様子で一呼吸置き、口を開いた。


「……王(おおきみ)が動いたらしい。それも、〝月詠(つくよ)族〟の名を出して城下を出歩いているという話だ」


「…………は?」



光と影、表と裏。それが〝天照(アマテラス)の国民〟と〝月詠族〟の関係を表す、最も簡易な言葉だった。
常に影となり、裏で息を潜めるように生きてきた月の民。
当然の事ながら、今までその存在が表立って注目される機会は無かった。――なのに今、目の前の男は何と言った?
告げられた言葉を理解するのに数秒掛かり、織の口から短い声(おと)が零れる。
直後、
「――ふっ、何だその顔は。驚かぬのではなかったのか?」
風月がからかうように笑った。
言い返す織の表情に苛立ちと羞恥が混ざる。
「う、五月蝿いッ、そういう事は真っ先に言え! それと、別に驚いた訳では……、……目的は分かっているのか」
「まだ詳しくは知らぬが、恐らくは我ら〝月の民〟を捜しておるのだろう」
少なくとも無関係ではないと、淡々と言い切られた言葉に織が眉を顰(ひそ)める。
同時に、とうに塞がっている傷口が疼いた。微かな痕すら残さぬそれは異常な治癒力の表れ――嫌な感覚だ、と心中で吐き捨てる。
「何故そのような事になっている。私達の存在は、単なる〝伝説〟として片付けられている筈だ」
「我がこの山のふもとで、実際に耳にした話だ。それなりの危険は伴うが……真(まこと)か否か見極めるには、直接見(まみ)えるのが最も手っ取り早いであろうな」
目的は推測でしかないが、王(おおきみ)が城下に姿を現した、という国民の囁きはこの耳がしっかり捉えている。
赤黒く滲んだ白袖。そこから漂う微かな血臭を鼻先に、風月は単調に告げた。

「……確かなのだな?」

「ああ。――おい、何処へ行く」

返事を聞くや否や、歩き出した織の背に風月の声が掛かる。
「社(やしろ)に戻る。準備を整えねばならん、貴様も来い」
織の声色に揺らぎは無い。
その意図を察した風月は小さく息を吐き、遠ざかりつつある足音に続いた。


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