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メルヘンに囁いて、

1ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/04(金) 14:51:20






どうもお久し振りのねここです・ω・´
えーと……
あれです、またもや煌くんシリーズ。



メルヘン少女と煌くんの物語。




もし暇があったら見ていってください←

2ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/04(金) 14:51:51







   ( メルヘンな囁きに、 )







「沙月、先行ってるよ」

「待ってよ煌くん!」

「あ、やべ……携帯忘れてた」

「煌くんは馬鹿だなあ」

「沙月に言われたくねー」





「「行ってきまーす」」





 これが俺と沙月の日常茶飯事。





     ×





「沙月、今何時?」





 矢野煌、高校一年男子。
 ちなみに俺のこと。




「んーとね、七時五十分かな」





 この子は矢野沙月、高校一年女子。
 俺の双子の姉。




「ふーん……ってちょっと待って、登校時間八時までなのにギリギリじゃね?」

「そうだねえ……時間間違ったって言えばよくない?」

「……沙月のそういうとこ、憧れるよ」

「え、ほんとー?」

「ほんとほんと」




 今日は待ちに待った(そこまで待ってもない)入学式。
 高校生活初の登校なのに、こんな遅刻ギリギリ登校でいいのかよ。





 ――ちなみに沙月とは血は繋がってない。




 俺の母さんと父さんが離婚して――同じような時期に沙月の母さんと父さんも離婚したんだ。
 そして俺の父さんと沙月の母さんが再婚して、今この状況なわけ。




 俺と沙月が出会ったのはお互いがまだ小学一年生だった頃。
 母さんと父さんは幼稚園卒業後俺たちを連れて引っ越したから、再婚の話を知ってる人間は矢野家以外に一人もいない。





「ねえ煌くん」

「ん?」

「同じクラスだといいね」

「……多分双子を同じクラスにはしないと思うけど」

「煌くんは沙月と同じクラスになりたくないのー?」

「なりたいよ、なりたいなりたい」





 見ての通り、沙月はブラコンで俺はシスコンだ(認めたくないけど)。

3ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/04(金) 15:13:42








 予定通り遅刻して登校した俺たち。
 学校に着く頃にはもう八時十分になっていた。




 遅刻指導の先生が校門の前に立っていて、思いっきり溜息を吐かれる。





「君たち一年だよね? もう、高校生活最初っから遅刻?」

「すみませーん、時間間違っちゃってー」




 そしてさらに予定通り時間を間違ったと誤魔化す沙月。
 その誤魔化しはかなりやる気がなくて下手で、何より棒読みで。




「嘘はいいから、早く行きなさい」




 もっと怒られるかなって思ってたから、見逃してくれた先生が優しく見えた。
 先生に感情持つことなんてないけど、この先生はちょっとは良い人なんだろうな。





「なんかあの先生嫌!」





 沙月は気に入らなかったみたいだけど。





 昇降口に書いてあるクラス発表の紙を見て、真っ先に沙月がブーイング。





「あー! 煌くんと同じクラスじゃない……」

「だから当たり前だって……って、一番離れてるじゃん」





 一学年は一組から六組まであって、俺は一組で沙月は六組。
 廊下の端と端だから一番離れている。




「やーだー! せめて二組がよかった」

「まあまあ、頑張ろうよ」

「……煌くんがそういうなら」

「うん、休み時間そっち行くし、帰りも一緒じゃん?」





 そう。



 俺たちはなぜか小学校の頃から二人で登校が絶対なんだ。
 思春期でちょっと恥ずかしいと思い始める中学生のときもそうだった。
 ましてやカップルなんじゃないかと思われるであろう高校生になっても、それは変わらない。




 ここに恥じを感じないのはおかしいかもしれないけど、
 それが俺と沙月の当たり前だから。




「ねえねえ、あの先生こっち来るよ」

「あ、本当だ」




 沙月に言われて気づいたけど、遅刻指導の先生が昇降口に戻ってきた。
 目が合って、なんとなくお辞儀をする。




「君たち、まだ教室行ってなかったの?」

「クラス発表の紙見てただけですーだ」




 沙月とこの先生は何気に良いコンビなのかもしれない。




「先生、何組の担任ですか?」

「あたしは一組! ……ってあれ、君煌くん?」

「そう、ですけど……」

「一組に一人だけ遅刻者がいると思ったら……煌くんだったのね」

「あー、すみません」

「もう、入学式なのになかなか来ないから心配してたわよ」





 なかなか良い先生、かもしれない。
 だがしかし。




「ちょっとー! 沙月の煌くんに近づかないでくださーい」

「煌くんのお姉さん、よね? 一学年?」

「……自分のクラスの子は覚えといて違うクラスの子は覚えないんですかー」

「ごめんごめん、冗談よ。六組でしょ?」

「……そうですけど」




 沙月はやっぱり先生が好きじゃないみたい。

4ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/04(金) 19:45:02








 沙月と別れて、自分の教室に入っていった。





「おはようございまーす」





 元気のない適当なあいさつに、後ろをついてきた先生が一言。





「ちょっと煌くん、遅刻したくせに何そのあいさつ」

「愛情込もってて良いあいさつじゃないですか」

「どこがよ!」

「全体的に?」




 ぷっ、と笑い出す先生と他の生徒たち。




「煌くんおもしろいねー、クラスの人気者の座奪っちゃう?」

「誰からですか」

「あたしから!」

「……先生ってクラスの人気者なんですか?」





 またもや笑い出す生徒。




 キリがなくなったから席に着いた。
 席は良い感じに――――







 一番前だ。




 教卓の真ん前。
 最悪。







「先生、席替えしません?」





 素晴らしい提案だ。





「えー? 早すぎない? ……って煌くん、席が気に入らないだけでしょ」

「……いや、そんなわけじゃ」

「何その最初の間は」

「なんでもないですよ、仕方ないなあ」

「むー、偉そうにするなー」





 先生の喋り方とか、なんとなく……本当になんとなく、沙月に似てるような気がする。
 だからこんな風に積極的に話しちゃうのかもしれない。




「先生」




 静まった教室の中、俺はもう一度口を開いた。





「名前なんですか?」





 ここでその質問かよ、という最もなブーイング(ではないかもしれない)がいくつか出てきた。
 みんな俺に対して偉そうだな、とかふざけたこと思ってみる。




「もう、さっき煌くんがいないあいだに自己紹介したのにー」

「そうなんすか、じゃあいいです」

「えっ」

「嘘です、もう一回してください」




 やっぱり沙月に似てるな。




「あたしは一組の担任、淡井鈴!」

「年齢は?」

「う……二十四です!」

「おお、若手教師っすね」

「手出しちゃだめだよっ」

「出すわけないけどね」





 俺の餓鬼くさい質問にも戸惑いながら答えてふざけて返してくれる先生。
 この人が担任でよかったって思った。




「んじゃ、淡井先生」

「あっ、淡井呼び慣れてないから……よかったら鈴先生、とかがいいな!」




 俺、沙月以外の女の人名前で呼びたくないんだけど。
 まあ、名字のがごちゃごちゃになって呼びにくいから名前のほうがいいんだけどね。



 とにかく、鈴先生なんて沙月が聞いたら絶対怒るよな。




「……じゃあ、これを機に淡井呼びに慣れましょうよ」

「えっ」

「淡井せんせ、よろしくね」





 

 このとき、淡井先生の顔が一瞬曇ったような気がした。






 ……気のせいかな。

5ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/04(金) 20:04:27







「それじゃあ、入学式が始まるので廊下に並んでくださーい!」




 淡井先生がみんなに指示を出した。
 なんだ、別に八時に集合しなくても良かったんじゃないか。
 今の時間は八時五十分で、入学式開始は九時の予定だし。




「なあ、お前煌くん?」

「煌くん? え? ……そりゃまあ煌だけど」




 並んでいたら、突然男子に声をかけられた。



「俺、沢田大輝っていうんだけど……よよよかったら友達になっていただけますでしょうか」

「……何でそんな緊張してんのか分かんないけどいいよ」

「よっしゃ! だってさ、煌くんあれじゃん! おもしろいじゃん!

「は? 俺が?」

「うん! 鈴ちゃんとの絡みウケるし!」

「鈴ちゃん……」




 
 一瞬誰だって思った。
 鈴ちゃんって淡井先生のことか。




「そういえば煌くん、何で鈴ちゃんのこと名前呼びしないのー?」




 何かみんなに煌くんって呼ばれると、みんな沙月に見えてくる。
 沢田もなんとなく喋り方沙月と似てるし。
 俺の感覚が変なだけかもしんないけど。





「んー、名前呼びしたら大切な子がヤキモチ妬いちゃうから」




 騒ぎ出す沢田。
 前の人進んでますよ。




 並び終えて次は体育館へ向かっている模様。
 沢田は話が気になったのか、後ろを向きながら歩きだした。




「大切な子って彼女?!」





 きた、この質問。



 大切な子ワードを出すと必ず質問される。
 あと、俺と沙月が一緒に登下校したり休み時間話してるのを見て付き合ってるのかとかよく聞かれるな。
 まあ元々血は繋がってないから、顔は似てないし。





「俺彼女いないけど、いたとしても彼女以上に大切かもね」





 笑ってそう言ってから、これ以上深く聞き出されたくなくて沢田に前を向かせた。

6ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/05(土) 10:13:26







 入学式が終わって、帰りのHRも終わった。
 あっというまに思えたのはきっと寝てたからだろう。




「もう、煌くん入学式中もずっと寝てるんだもん……びっくりしたよ」

「そりゃどうも」




 放課後に帰ろうとすると、むっとした顔で淡井先生が言ってきた。
 放課後の俺は基本せっかちで、早く沙月のところに行きたくて仕方なくなるから不機嫌。




「あれ、煌くん不機嫌ー?」

「沙月が待ってるんで」

「あ、そっかあ! じゃあ、やっぱりダメかな」

「何がですか?」

「あのね、今日配らなかった教科書職員室に持っていくんだけど……手伝ってもらいたくて」




 教卓を見れば、教科書がどっさり置かれていた。
 これ、なんで今日配らないものまで教室に持ってきたんだろ。





「…………あ、じゃあ沙月に許可とってきますよ」





 長い長い間を得て、俺はやっと考えた。
 まあそれくらいならって思ったし。




「本当?! ありがとう!」

「まあ沙月が拒否ったら無理ですけどね」




 そう言って、俺は六組へ向かった。





「沙月ー」

「もうっ、煌くんおそいっ」

「ごめんごめん、でさ……淡井先生が教科書運ぶの手伝ってほしいらしいんだけど」

「淡井……って今日の朝の?」

「ああ、うん」

「……煌くんは手伝いたいの?」

「俺は沙月が嫌って言うなら手伝わないけど」





 沙月が不満そうな顔を浮かべて顔をそむけた。




「ふーんだ、沙月あの先生嫌いだもん。手伝ってあげてなんて優しいこと言わないもん」






 こんな沙月でも可愛いと思ってしまう俺は馬鹿なのかな。





「……じゃあ、帰ろっか」

「えっ」

「ん?」

「……いいよ、手伝ってあげてよ」

「え、いいの?」

「……うん、沙月ここで待ってる」





 正直驚いた。
 沙月がこんなに素直に手伝ってあげてって言うことなんてめずらしいから。




「ありがと沙月」

「……早く戻ってきてね」




 沙月は優しく笑っているつもりだろうけど、
 俺から見れば今にも泣きそうな顔をしていて――






 見ていて辛くなった俺は、ぐいっと沙月の腕を引っ張った。





「え、ちょっと煌くん?」

「沙月も一緒においでよ」

「……うん!」





 やっと沙月が笑顔を見せてくれたのに安心して、俺は腕を放した。





「あれ? 沙月ちゃんも一緒?」

「先生に煌くん渡したら絶対手出すもん」




 ぎゅーっと俺の腕に抱きつく沙月。
 可愛いな、とか思う俺は馬鹿だ。




「あたしが生徒に手出すわけないじゃない」

「じゃあ何でわざわざ煌くんに任せたんですかー?」

「女の子じゃ重たいし、煌くんが一番話しやすいじゃない」

「……教師が話しやすい生徒とかそーいうの決めるの良くないと思いますけど」




 淡井先生と沙月の口喧嘩が始まった。
 どちらかというと、沙月が敵意剥き出しなだけだけど。




「ふふ、だって煌くんは特別じゃない」

「なんすかそれ」




 淡井先生の意味深な言葉に思わず問いかけてしまうと、
 淡井先生は俺の言葉を無視して話をつづけた。




「それに遅刻した罰もあるしね」





 それを言われたら俺は何も言えなくなるんだけど。




 まあ、どうでもいいか。
 沙月が笑ってくれただけで俺は十分だよ。

7ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/05(土) 10:24:27








「んじゃ、さよなら」

「手伝ってくれてありがと、気をつけてね!」




 職員室まで教科書を運び終えて、やっと帰れるようになった。
 昇降口まで歩いていると、沙月はずっと俯いたまま元気がなくて。




「沙月、どうしたの?」

「……煌くん、淡井先生の噂って聞いたことある?」

「淡井先生の噂?」




 不安そうな、沙月の目。
 沙月のこんな表情は滅多になくて、俺はその淡井先生の噂を聞くことにした。




「淡井先生ね、この学校の先輩たちにあんまり評判よくないらしくて……」

「先輩たちに?」

「うん、一学年のうちはまだ大丈夫なんだけど……二学年からはもうみんな嫌ってるの」

「……何で?」




 果たしてこれは聞いて正解なのだろうか。




「男子生徒に手出すんだって」

「は……? 淡井先生が?」

「うん、でも手出す生徒は毎年一人だけなんだって。それで……」





 沙月は泣きそうな顔で俺に言った。





「もしかしたら煌くんがターゲットになっちゃったかもしれなくて」






 たしかに俺、淡井先生とは仲良いかもしれないけど……
 でも仲良いやつにわざわざ手出すか?
 淡井先生のことだから、手出されたい男子生徒もいるだろうし……てか何で俺?





「それって決定なの?」

「わかんない、けど……毎年淡井先生は配らない教科書も教室に用意しておいて、気に入った生徒に運ばせるらしいよ」




 うわ、だいたい決定してるようなもんじゃん。




 本当なのかなって疑いそうにもなったけど……
 滅多に見せない沙月のこの表情を見る限り、本当なんだと思う。




「沙月ありがと、不安な思いさせてごめんな」

「ううん、でも煌くんなら多分大丈夫だよね」

「うん、俺沙月以外の女興味ないから」

「えへ、沙月も煌くん以外の男子興味なーい」





 とにかく。






 俺たちはお互いを愛し合ってます。

8ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/05(土) 17:18:32








「「行ってきまーす」」




 次の日、高校生活二日目。
 俺と沙月は今日もまた、元気良く家を飛び出した。




 ……もちろん遅刻ギリギリの時間で。





「なあ沙月、今日も遅刻したんじゃそろそろ先生に怒られるよ」

「いいよ、沙月のクラスの先生男の先生ですっごく優しいし」

「……その人何歳?」

「うーんとねー、二十四歳でイケメンだよ!」




 うわ、淡井先生と同い年じゃん。




「……イケメンなんだ」

「あれ? もしかして煌くん嫉妬?」




 調子にのる沙月。




「そうだよ悪いか」




 素直にそう言うと、沙月は顔を真っ赤にして言った。




「沙月だって淡井先生に嫉妬したんだからね!」

「んじゃおあいこってことで、そのイケメン教師に惚れるなよー」

「煌くんも、淡井先生の誘惑に負けないでね!」




 そう言い合って、急いで学校に向かった。




     ×





「もう、今日も遅刻じゃない」





 今日は昨日みたいに特別な日じゃないから、八時半までに登校すれば遅刻扱いはしないらしい。
 だけど俺たちが校門に着いたのは八時四十分。




 なぜ十分遅れるのかは俺も沙月も理解不能だ。




 遅刻指導は週交代みたいで、
 今週は淡井先生がずっと担当のようだ。



 また呆れたような溜息を吐かれる。





「もう諦めてください」




 俺の一言に、淡井先生はむっと表情をゆがめた。




「諦めるはずないじゃない」

「遅れるのは仕方ないじゃないですか」




 俺のちょっと不機嫌な抗議に、淡井先生は負けじと言い返してきた。




「ていうか、何でいつも十分遅れるの?」




 その質問に言葉を詰まらせてみると、
 沙月がキッと淡井先生を睨んで言う。




「沙月が煌くんに待ってもらってるだけですー、早く通してくださいよ」

「ちょっと待ちなさい」




 無理矢理通ろうとした沙月を止めて、淡井先生が真剣な顔で言った。




「沙月ちゃんに巻き込まれて煌くんが遅刻してるなら、二人は別々に登校してみたら?」




 は?




 俺も沙月も、こいつありえねーとか思いながら固まった。




「先生にそんな指図される覚えないんですけど」




 俺がそう言うと、淡井先生は俺たちをじっと見て言う。




「あたしもね、二人が楽しそうに登校する姿を見れるのは嬉しいけど……遅刻する生徒を指導するのが今のあたしの役目なの」




 それらしいこと言って教師ぶりやがって。
 昨日より、淡井先生の印象が悪くなったかもしれない。





「……じゃあ」




 沙月も真剣な顔で話し始めた。




「明日沙月と煌くん二人で登校して……遅刻しなかったら淡井先生はうるさく沙月たちのことに口出さないでください」




 周りから見たら何でそんなに二人で登校するのって感じだけど。
 でも、俺たちからしたらそんな軽いものじゃないんだ。




 絶対絶対守りたいくらい、お互いが大切だから。





「仕方ないわね……わかった、明日遅刻したら二人での登校は控えなさいね?」





 何でそんな変なところで厳しいのかわからないけど。
 これが俺と沙月を引き離す淡井先生の作戦だとしたら納得はいく。




「沙月、大丈夫なの? あんな約束して」




 昇降口に向かいながら、小声で会話する。




「うーん……わかんない! けど頑張るよ」




 そう言って笑う沙月の表情は、どこか真剣さが残っていた。







 絶対遅刻できないな。

9ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/05(土) 17:49:55







「おはようございまーす」




 何このデジャウ感。
 何この昨日と微妙に違う空気。




「おっはよー煌くううううううん!!!」




 沢田が飛びついてきた。
 まあ、見事に避けて沢田が壁に顔面をぶつける。




「あ、ごめん沢田気づかなかった(棒読み)」

「煌くんひどい!! 気づいてたよね?!」




 あはは、と教室に和んだ空気がうまれた。





 教卓の真ん前の席につくと、隣の席の女子が後ろの女子と話していた。




「ねえ、六組の先生の話知ってるー?」

「あー、超かっこいいよね!」

「うんうん! 性格も良いし、すっごい親身になって相談も乗ってくれるしー」

「ノリも良いし、イケメンだし!」




 やっぱり人気なのか。
 ちょっと溜息をつくと、後ろの席だったらしい沢田がペシペシとシャーペンで俺を叩いて振り向かせてきた。



「なあ、煌くんもしかして六組の先生気になってんの?」

「え、いや、まあ」

「俺よりモテるやつがいるなんて許さない的な?」

「違えよ、大切な子がいるって言ったじゃん?」

「あ、ああ」

「その子六組なんだよね」





 ていうか沢田の中での俺は
 「俺よりモテるやつなんているわけない」って考えなのか。




「ほへええええ、てか煌くんその子のこと好きなんじゃないの?」

「…………さあね」

「そんな間あけて悩んだ結果わからないの?! じゃあ好きってことじゃん!」

「……好きになっちゃいけないし」




 ぼそっとちいさくつぶやいて、俺はこの話は終わりと言わんばかりに前を向いた。
 ちょうどよく淡井先生が入ってきて、HRを始める。




「はい、じゃあきりーつ! 礼」




 HRはあまり良く聞いていなくて、
 六組の教師のことばかり気になっていた。




 結構俺、嫉妬深いかも。




     ×




 六時間目はHRだった。
 委員会とか係とかを決めるらしい。




「じゃあはじめに、学級委員やりたい人ー!」



 しーん。



 騒がしいテンションの淡井先生とは裏腹に、顔をそらす生徒たち。




「もうっ、誰もいないなら推薦で決めちゃうよ!」

「それでいいと思いまーすっ!」



 なぜか元気の良い沢田。




 嫌な予感しかしなかった。

10ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/05(土) 17:50:09




 帰りのHRが終わる。
 もちろん、俺のテンションは低い。



 早く沙月のところに行きたいのもあるけど、それだけじゃない。




「き、煌くん怒ってる?」




 沢田がびくびくしながら話しかけてきた。
 元はと言えばお前の所為なんだけど。




「なんで俺のこと推薦したの?」

「いや、なんか適任だと思って」

「はいはいそうですか」





 見事に推薦で、学級委員が俺に決まってしまったんだ。




「……俺行くわ」

「あ、うん、はい。ばいばい!」




 別に沢田のことが嫌いなわけじゃないけど、素直じゃない俺はスタスタと教室を出た。




 ――その瞬間。




「煌くん、ちょっといいかな?」





 出た、放課後の淡井先生。
 ちょっと警戒しながら振り向く。




「……なんですか?」

「あのね……早速学級委員にお願いしたいことがあって」





 こうなることを予想してたから、学級委員なんてやりたくなかったんだ。




 淡井先生が俺を頼るちゃんとした理由ができてしまうから。
 でもまあ、引き受けてしまったものはしょうがない。




「長引くことですか?」




 溜息を吐いてから聞くと、淡井先生は控えめに言った。




「その、黒板のチョーク補給しにいってほしくて」

「そういうのって入学前に揃えておくもんじゃないんですか」

「ごめんなさい、担任の仕事なんだけどあたしうっかり忘れてて」

「……先生が行けばいいじゃないですか」

「あたしこれから会議があっていけないの」




 これは、俺が折れるしかないかもしれない。




「沙月のところ行ってから――」

「何でそんなに沙月ちゃんに執着するの?」

「……は?」

「沙月ちゃんはお姉さんでしょ? 家族なのに、どうしてそんなに、」

「家族が大事なのは当たり前ですよ」

「だけど……」

「他人にとやかく言われたくないんで。チョークの補給は明日の一時間目までにしとくんで俺帰ります」




 俺と沙月の関係に口出すなよ糞女。
 六組に向かって歩くと、淡井先生が俺の名前を呼んできたけど無視した。




     ×





「――てな感じで、逃げてきました」




 校舎を出たところで沙月にさっきまでのことを説明すると、
 予想通り不機嫌そうな顔で言った。




「何あの女、沙月と煌くんが仲良しなのに嫉妬してるんだよ」

「あのさ……」

「なーに?」

「俺、これからも沙月と登下校したいから……明日、マジで頑張って」

「うんっ、任せろ!」




 明日は絶対遅刻しないぞ。

11ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/06(日) 19:57:42







「煌くん遅いよ!」




 ……俺は夢を見てるのではないだろうか。





 普段の俺の生活リズムは、朝六時に起きて……そこから準備する感じ。
 いつも沙月は寝坊するから、八時までには頑張って起こして家を出るのは早くても八時二十分。




 それなのに。





「え、沙月……?」





 今日の沙月はありえないくらいめずらしく、俺より早く起きていた。





「今何時?!」




 沙月より遅いなんて、と焦る俺。
 やばい、もしかして今九時だったりする?




「え? 今は六時だよ?」




 アラーム通りに起きたから六時であたりまえのはずなんだけど、でも。




「沙月……早くない?」





 沙月はもう髪の毛もセットして、制服を着ていて。
 スクバも持って、もう登校できる状態になっていた。




「だって、煌くんと引き離されちゃ嫌だもん」

「だからといって早すぎなんじゃ……」

「もー! いいから早く準備してー!」





 はいはい、と適当くさい返事をして部屋を出て行く。
 リビングに行くと、テーブルの上にはトーストが置いてあった。




「早く食べてー!」





 元気の良い沙月。
 なんだか急がなきゃいけないような気がして、自然と急いでトーストを食べた。





「はいっ、制服!」




 食べ終えたらすぐに制服を準備されて、
 なんだか慣れないこの光景に母さんが笑いだした。




「どうしたのー? 二人して変!」




 ちなみに母さんは沙月に似て美人(マザコンではない)。
 ついでに性格も沙月に似て可愛い(マザコンではない)。




「なんかねっ、変な教師がいて……次遅刻したら二人で登校するなって言うから」

「何その教師! 女の人?」

「うん! 男子生徒を誘惑するって噂されてる先生!」

「煌、大丈夫なの〜?」




 沙月と母さんの会話は聞いててふわふわした気持ちになってくる。




「ああ、うん」




 とりあえず心配かけたくないから、
 母さんにこの話はしないって沙月と決めたんだ。



 全てのことが終わったら話す、かもしれないけど。






 話してるうちに準備を終えて、携帯を鞄の中にいれてから言った。




「沙月、準備終わったよ」

「よしっ、しゅっぱーつ!」




 バタバタと廊下を走り、玄関まで行く。






「「行ってきまーす」」




 今日も元気良く、家を飛び出した。

12ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/06(日) 20:17:04








「なあ沙月」

「なあにっ?」





 ただいま登校中。





「何で時間余裕なのに走る必要があんの?」





 なぜか俺たちは走って登校している。
 いや、本当不思議でたまらないんだけど。




「だって、少しでも早く行きたいし!」

「まあ、わかるっちゃわかるけどさ……」




 走っていると、もう学校が見えてきた。





「そろそろ歩かない?」




 俺の言葉に、沙月が疲れたのか頷いて歩き出す。




「ふうー、ここまでくれば安心だねっ」

「何か俺ら誰かから追われて逃げてるみたい」

「あは、実際煌くんは追われてるけどね!」

「え、いや、まあ……そうだけど」

「煌くんは安心しててね! 沙月が逃がしてあげる!」




 本当は弱くて弱くて、でも強がってる沙月を見るといつも思う。
 あー、俺が守ってやらなきゃなって。



 逃がしてあげるなんて元気いっぱいに言われても、
 その気持ちの裏が不安でいっぱいなことなんてもう分かりきってるし。




「沙月、あのさ……」

「うんー?」

「俺、淡井先生の作戦にハマってみようと思うんだよね」

「え?」

「わざとハマって……本気で誘惑されたら、証拠写真とか撮ったりして校長に突き出してクビにさせる」

「煌くんこわ! でもそれいいかもー!」





 俺と沙月の関係に口出しするんだから、
 それくらいの覚悟はしてもらわなきゃ困るし。




「じゃあさ、帰り……しばらく遅れるかも」

「うんっ、淡井先生を騙すためなら大歓迎ー」

「騙すって言い方は何かやだけど、でも教室で待っててくれたら終わり次第すぐ行くから」

「うん、わかった!」




 そんなことを話しているうちにもう学校についてしまった。
 何事もなかったかのように、普通の会話をしながら登校する。





 校門にはいつも通り淡井先生が立っていて、少し足取りが重くなった。





「おはようございます!」




 ドヤ顔の沙月。
 呆然とした表情の淡井先生。




「あら、早いのね」

「だって煌くんとバラバラに登校しろとかふざけたこと先生が言うから」




 喧嘩腰の沙月。




「ふざけてないわ、本気よ。……でも、これなら大丈夫そうね」




 昨日の不機嫌な俺を見たからなのか、
 ただ素直に従う作戦なのか。



 意外と大人しく淡井先生は引き下がった。




「あ、煌くん! チョークの補給、あたしがやっておいたから」

「ああ、昨日はすみません。学級委員になったショックで不機嫌だったんで」

「ふふ、なっちゃったものは仕方ないからこれからはどんどん仕事よろしくね!」




 もちろんこんなの演技。
 作り笑顔を浮かべて、それっぽく機嫌良さげな言葉言っとけば調子にのるだろうと思ったから。




 沙月とこそっと笑い合って、昇降口に向かった。

13ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/07(月) 20:46:06







 時が過ぎるのは早いもので、あっというまに放課後。





「煌くん、ちょっといいかな?」




 いつものように、淡井先生の誘惑タイム。
 俺は機嫌が良いふりをして、沙月の元に飛んでいきたい気持ちを抑えた。




「なんですか?」

「これ運ぶの手伝ってほしくて」





 これ、と言って淡井先生が指さしたのは今日集めた提出物の山。
 新学期だから集めるものが多くて、こんなにどっさりになったんだろう。




「わかりました、職員室でいいですか?」

「うん、あたしの机の上に置いてほしくて」

「先生の机……俺わかんないですけど」

「大丈夫! あたしもこれ持って一緒行くよっ」




 次に淡井先生がこれと言ったのは学級日誌と出席簿と、英語のプリントの山。
 ちなみに淡井先生の担当科目は英語。




「……英語のプリント多いっすね」

「そうかな? まあ、このくらい大丈夫だよっ」




 とか言いながら学級日誌と出席簿が落ちそうになっている。
 ……危なっかしい人って思わせる作戦なのかわからないけど、大人しくハマってみることにした。




「学級日誌と出席簿くらい俺が持ちますよ」

「い、いいの? 煌くんの方が持ってる量多いのに」

「先生も女なんだから、こんくらい男に任せといてください」





 こんな言葉、沙月くらいにしか使わないだろう。
 まあこれは作戦なんだから、と思い込ませ、必死に羞恥から耐える。




「……なんか煌くん、こんなこと言っちゃあれだけど頼りになるよね」

「なんすかそれ、そういうのは沢田に言ってやってください」




 犠牲になる沢田。
 学級委員の恨みだこの野郎。



 まあ沢田も鈴ちゃんとか呼ぶほど淡井先生推しらしいし、大丈夫だろ。




「えー、何で沢田くん?」

「ちょ、そこでブーイングしちゃいます?」

「だってあたし、煌くんが……」




 そこまで言って、淡井先生は言葉を止める。
 これも作戦か?
 わざとらしい女だな。




「…………あ、着きましたよ先生」




 ここは一応鈍感なふりをして、職員室に入る。




「う、うん! ありがと煌くん」




 淡井先生の席までついていき、プリントを置いた。
 ふう、と深い溜息。
 嫌とかじゃなくて、ふう疲れた、みたいなほうのね。




「あれ、先生もこっちに用あるんですか?」




 俺が職員室を出ようとすると、ついてくる淡井先生。
 これは結構本心で聞いてみた。




「うん、あたし今日特別教室の戸締りの係で」

「あ、俺やっときましょうか?」

「いいの? でも……煌くんばっかりに押しつけるのは申し訳ないし」

「じゃあ二人でいきます?」




 結構軽いノリで、ふざけるようにそう聞く。





「え、あ……うん、二人がいいな」





 淡井先生が簡単にハマった。
 意外と単純だな、とか思ってみる。




 淡井先生は、ドアのすぐ横にある特別教室の鍵を持って歩き出した。
 鍵は紐で一つにまとめられていて、じゃらじゃらと音が鳴り響く。




「俺、こんないっぱいの鍵初めて見ました」




 鍵の形はそれぞれ違い、少し興味を持ってしまう。




「ふふん、あたしも初めて見たときはびっくりしたよー」




 なぜか自慢げな淡井先生。
 こういうところはやっぱり沙月に似てる、かな。




「あれ、淡井先生っていつから教師始めたんですか?」

「うーんと、一昨年だけど教育実習生として何回かこの学校は来たことあるんだ」

「え、じゃあ教師始めたときの年齢とか若すぎないっすか」

「早く現場に出たくてっ」





 夢を語る淡井先生はどこか楽しげでキラキラしてて――




 俺は、証拠写真を撮って校長に突き出して、
 この人の長年の夢をぶち壊そうとしてるんだと思うと、胸が痛くなってきた。






 今になって迷いが見え始める。






 なあ、沙月。
 俺、どうしたらいい?

14ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/08(火) 19:27:03







「ふう、ここで最後だね」





 教室に入って戸締りの確認をして、鍵を閉める。
 この作業を繰り返してずっとやってきた。




 職員室は一階にあって、一度三階まで登りきってから
 音楽室、家庭室、視聴覚室、金工室、木工室、第一理科室、調理室、第二理科室の順で鍵を閉めていく。




 そして今はちょうど、第二理科室の鍵を閉め終わったところだった。




「煌くん?」




 ぼーっとしていると、淡井先生が名前を呼んできた。
 俺らしくもなく、あわてて淡井先生の方を向く。





「なんですか?」

「なんかぼーっとしてたね、煌くんっぽくない」

「……そうですか?」

「うん……何かあったの?」

「……特に何も」





 理科室の机にもたれかかっていると、
 淡井先生が一歩一歩確実に歩み寄ってきてるのがわかった。






 そろそろだ。






 そう察知して、考えることはできたのに。
 携帯をこそっと取り出して録音するとか、写真の準備とかそういうことをする予定だったのに。






 楽しげに、キラキラとした瞳で夢を語る淡井先生の顔が思い浮かんで、なかなか動けなかった。






「ねえ、煌くん……あたし、」






 そっと、淡井先生の指が俺の頬に触れる。
 ぐい、と少し強引に机の上に押し倒された。








「あたしね、煌くんのこと好きになっちゃったみたい……」







 俺って馬鹿だ。
 ちょっとした感情の迷いに、こんなに優柔不断になるなんて。






 俺は黙り込んで、ただじっと淡井先生の顔を思い浮かべた。







 淡井先生の顔が近づく。
 キスされるんだって思って、でも今更逃げることもできなかった。






 唇が重なり合いそうになったその瞬間。








「煌くん!!!」







 沙月の声。




 ピタリと、淡井先生の体が止まった。





「煌くんのばか!! 煌くんは優しすぎなんだばか!!!」





 沙月の言葉に目が覚める。
 けどなぜか、淡井先生の夢を壊す気にはなれなくて。





「淡井先生」

「な、なあに?」




 動揺しまくりの淡井先生に作り笑顔を浮かべて言った。





「また明日」

「え、ええ……その、今のこと」

「わかってます……でも俺、」

「いいの! 言わないで……でもあたしの気持ちは変わらないし、今まで通りよろしくね!」




 良い人のふりを突き通したまま、沙月の元に駆け寄った。

15ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/08(火) 19:45:44








 第二理科室を飛び出して、
 俺の鞄らしきものを持った沙月はぐいぐいと俺を引っ張っていった。




 無言で歩き続けて、やっと昇降口につく。





「沙月」





 俺が口を開くと、沙月は小さく肩を震わせて俯いていた。
 もしかして泣いているのだろうか、と思って少し戸惑ってしまう。





「ごめん、その……上手くやれなくて」




 こう思ったのは事実。




 ――だけど、これ以上淡井先生を騙したくないっていうのが本音だった。






「沙月、」





 もう一度名前を呼ぶと、沙月は顔を上げて言った。






「煌くんのばか」





 沙月の目からは涙があふれていて、更に戸惑ってしまう。






 沙月は小さい頃からよく泣いていた。
 でも、その涙は自分のための涙なんかじゃなくて。




 たとえば沙月の母さん――今の母さんがもう離婚したはずの元夫にしばらくストーカーされていたことがあって。
 そのときに、母さんを守ってやれない自分が嫌だって、母さんのために泣いていた。



 俺の元母さんは、なぜか俺のことを恨んでいて。
 「お前なんか産まなきゃよかった」って散々貶されて。
 でもそのときに泣いたのも、俺じゃなく沙月だったんだ。






 本当は弱いくせに強がって。
 他人のために涙を流して、他人を守れない自分を悔やんで。





 そんな沙月を見て俺は、初めて心から守りたいと思う人ができたんだ。





 他人を守ろうとしている沙月が愛おしくて、儚くて。
 今にも壊れてしまいそうなこの子を、俺が守らなきゃって思ったんだ。






 なのに。






 今沙月を泣かせているのは俺なんだ。






「沙月、泣くなよ」

「ごめんねっ……沙月、煌くんの気持ちわかってなかったっ……」

「沙月、」

「沙月ぜんぜん優しくない……人の夢潰そうとして、最低なことばっかりしてる……」





 そんな酷い提案したのは沙月じゃなく俺なのに。




 沙月は今、俺の所為で泣いてる。
 俺の所為で、罪悪感に押しつぶされてる。






「沙月わかんないよ……沙月は、煌くんを助けたかっただけだったのっ……」






 どんなに声をかけても、沙月は黙ろうとしなかった。





「不安だった、だけでっ……」






 その一言を言って、更に泣き崩れた沙月。
 俺はいつの間にか、そんな沙月を抱きしめていた。





「きら、くん……?」




 驚いた声を出して、沙月が大人しくなる。






「俺さ、沙月が心配してくれて嬉しかった。危ないかもって教えてくれたときも、沙月がいなきゃ俺やばかったなって思ったよ」






 できるだけ笑いながら、
 できるだけ沙月を安心させるように言う。






「俺があのとき迷ったのは、たしかに夢を壊そうとしてる自分が嫌になったからだけど……沙月がそんな責任感じることじゃないじゃん」

「でも、」

「だって沙月もそれに気づいたんでしょ? ならまだ大丈夫だよ。録音も、証拠写真も撮ってないし」





 まだ、手遅れなんかじゃないから。





「俺たちは何も知らない、何も見てない。それでいいんじゃない?」





 現実逃避になるかもしれないけど。
 それでも、それが一番沙月を落ち着かせる方法だから。

16ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/09(水) 20:32:52








 やっと落ち着いた沙月を連れて、
 ゆっくりと沙月のペースに合わせて歩き家についた。





「沙月」

「……なーに?」

「俺、沙月を守りたかった」

「え?」





 はてなマークだらけの沙月。
 可愛いって思う。





「強がって、でも実は弱くて、人のために泣いてあげる沙月を守りたかったんだ」

「……うん」

「でも今日、俺が沙月を泣かせたって思うと……なんかもう、罪悪感だらけだった」

「……沙月も、煌くんを困らせたって罪悪感だらけだったよ」

「俺たちさ、そんな遠慮し合うような仲じゃないじゃん?」





 俺が笑ってそう言うと、沙月もやっと笑顔を見せてくれた。





「うんっ」





 そして沙月は笑顔のまま、言葉を続ける。





「あのね、煌くんにお願いがあるの!」

「んー? 何?」












「淡井先生を、助けてあげてほしいんだ」







 キラキラといつも以上に輝いた目で沙月が言った。
 俺が、淡井先生を助ける?





「淡井先生、このまま放っておいたらどんどん嫌な印象になっちゃうじゃん?」

「うん、まあ」

「だからねっ、煌くんが止めてあげてほしいの」





 それは、実際に俺が望んでいたことで。
 さすが俺の姉、だなんて思ったりした。




「今これをできるのは煌くんしかいないの。騙すんじゃなくて、助けてあげて」

「……よかった、沙月が元気になって」

「もー! 今沙月真剣なのー!」

「わかってるって、俺もそうしたかった」





 もう一度笑い合って、俺たちは淡井先生を助け出す作戦を考えた。

17ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/12(土) 20:12:18









 次の日の朝。
 今日もなぜか沙月は早起きだった。




 早く起きて早く準備して、ちょっとだけ会議のような時間をとる。






「よし、じゃあ淡井先生救出隊の今日の活動を確認するよっ」

「はいはい」

「もー、煌くん適当な返事しないでー!」

「わかったってば」




 実は昨日、あのあとに俺と沙月で淡井先生をどう助けるか話したんだけど……
 わざわざ早起きしてそれの確認をするようだ。





「まず煌くんが淡井先生のお手伝いしてー、淡井先生が何か言ってきたら優しく説得!」






 これ、確認する意味ないんじゃないか。






「煌くんわかったー?」

「わかったわかった」

「よし、じゃあれっつごー!」






     ×






 時が過ぎるのは早いもので(きっと二回目)あっというまに放課後。
 俺は、いつも通り教室に少し残っていた。





「煌、くん……」





 気まずそうに話しかけてくる淡井先生。
 気まずくなるくらいならキスしようとしなきゃ良かったのにってたまに悪い自分がチラチラ出てくる。




「淡井先生、」

「あ、あたし用事あるんだった! ごめんね煌くん、ばいばい!」

「え、ちょっと先生、」





 淡井先生は、出席簿もなにも持たずに教室を飛び出してしまった。
 これはどうすべきだろうか。
 とりあえず、置いていった出席簿と学級日誌と、一応英語の集めた課題を持って職員室へ向かうことにした。

18ねここ ◆WuiwlRRul.:2013/01/12(土) 20:27:30








「失礼します」






 提出物を抱えて職員室に入ると、そこに淡井先生の姿はなくて。
 とりあえず机に置いて今日は引き返そうとも思ったけど、淡井先生の隣の席の先生に声をかけられてしまった。





「あれ、君手伝い?」

「あ、はい」

「淡井先生のクラス……ってもしかして、君が矢野くんか」





 愛想の良さそうな男の先生。
 イケメンだし、女子にモテそうなタイプ。





 …………ん?





 女子にモテそうって、







「六組担任の……?」

「そう! 俺、偶数クラスの数学担当してる叶悠翔! よろしくー」





 なかなか会わないなーって思ったら、偶数クラス担当だったのか。
 それにしても、噂通りのイケメンだな。






「沙月が御世話になってます」

「いやいや、御世話になってんの俺のほうかもよ」

「え、なんでですか」

「沙月ちゃんさ、「煌くんが迎えに来るまで手伝います」って仕事手伝ってくれんの」

「……へえ」

「あれ? 嫉妬?」

「馬鹿かよ」

「大丈夫、安心して。沙月ちゃん普段から煌くん煌くんうるさいから」






 それはそれで、なんとなく恥ずかしいんだけど。





「六組では煌くん有名だよ」

「は、」

「一組に探しにいく人いるけど、女子にもモテモテだし」

「は、」

「沙月ちゃんが嫉妬してる」

「んなわけねえだろ」

「まあまあ、ところで淡井先生は?」





 苦笑しながら、叶先生が話をそらした。





「教室出てっちゃって、戻ってこないから運んできたんですけど……」

「マジ? じゃあさ、探してきてくんね?」

「なんでですか」

「いや、まだ一学年の担任で仕事しなきゃいけないからさ、呼び戻してほしいんだ」

「……わかりました」

「ん、よろしく〜」





 叶先生、悪い人ではないんだろうけど……
 沙月のことを沙月ちゃんって呼んでるところと、ちょっと図々しいところは好きじゃないかな。


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