したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

日本大学にあらずんば 人にあらず😃

246日大法学部 3人娘颯爽とデビュー👍😃👍:2022/05/29(日) 10:33:26
大日本気象学会初代会長・山田顕義
https://www.bing.com/search?q=%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B0%97%E8%B1%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E5%88%9D%E4%BB%A3%E4%BC%9A%E9%95%B7%E3%83%BB%E5%B1%B1%E7%94%B0%E9%A1%95%E7%BE%A9&form=ANNTH1&refig=8b0ac120880342f88d899d70af9a020d

明治8年(1875年)6月1日、内務省地理局に現在の気象庁の前身となる気象係(通称は東京気象台、気象庁の前身)が、
H.B.ジョイネルを招聘してできています。
このとき、ジョイネルから指導を受けていた正戸豹之助は、明治15年(1882年)5月に勉強会として東京気象学会を
作っています。そして、明治16年2月からは荒井郁之助が会長となり、明治17年12月には山田顕義が名誉会長となっています。

明治20年1月に東京気象台が中央気象台に改称されていますが、その翌21年1月、日本気象学会の前身である
大日本気象学会が東京気象学会を母体に誕生しています。

初代会長に山田顕義が就任し、幹事長は荒井郁之助で会員数は約250名でした。

明治23年8月に官制改革により中央気象台に台長を置くことになって初代台長に
荒井郁之助が就任します。従って、気象庁の初代長官は、新井郁之助ということになります。

そして、大日本気象学会は、山田顕義の逝去に伴い、明治25年12月から榎本武揚が第2代会長になり、約10年間、会長職を努めます。

山田顕義と榎本武揚
https://www.bing.com/search?q=%E5%B1%B1%E7%94%B0%E9%A1%95%E7%BE%A9%E3%81%A8%E6%A6%8E%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E6%8F%9A&qs=n&form=QBRE&sp=-1&pq=%E5%B1%B1%E7%94%B0%E9%A1%95%E7%BE%A9%E3%81%A8%E6%A6%8E%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E6%8F%9A&sc=0-9&sk=&cvid=EFA0E1F44EC84D32BB008D7B5C9E0626


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板