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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

1ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:53:15 ID:tnRMCI/M
もしもゼロの使い魔のルイズが召喚したのがサイトではなかったら?そんなifを語るスレ。

(前スレ)
避難所用SS投下スレ11冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1392658909/

まとめwiki
ttp://www35.atwiki.jp/anozero/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/9616/

     _             ■ 注意事項よ! ちゃんと聞きなさいよね! ■
    〃 ` ヽ  .   ・ここはあの作品の人物がゼロ魔の世界にやってくるifを語るスレッドよ!
    l lf小从} l /    ・雑談、SS、共に書き込む前のリロードは忘れないでよ!ただでさえ勢いが速いんだから!
   ノハ{*゚ヮ゚ノハ/,.   ・投下をする前には、必ず投下予告をしなさいよ!投下終了の宣言も忘れちゃだめなんだからね!
  ((/} )犬({つ'     ちゃんと空気を読まないと、ひどいんだからね!
   / '"/_jl〉` j,    ・ 投下してるの? し、支援してあげてもいいんだからね!
   ヽ_/ィヘ_)〜′    ・興味のないSS? そんなもの、「スルー」の魔法を使えばいいじゃない!
             ・まとめの更新は気づいた人がやらなきゃダメなんだからね!

     _
     〃  ^ヽ      ・議論や、荒らしへの反応は、避難所でやるの。約束よ?
    J{  ハ从{_,    ・クロス元が18禁作品でも、SSの内容が非18禁なら本スレでいいわよ、でも
    ノルノー゚ノjし     内容が18禁ならエロパロ板ゼロ魔スレで投下してね?
   /く{ {丈} }つ    ・クロス元がTYPE-MOON作品のSSは、本スレでも避難所でもルイズの『錬金』のように危険よ。やめておいてね。
   l く/_jlム! |     ・作品を初投下する時は元ネタの記載も忘れずにね。wikiに登録されづらいわ。
   レ-ヘじフ〜l      ・作者も読者も閲覧には専用ブラウザの使用を推奨するわ。負荷軽減に協力してね。

.   ,ィ =个=、      ・お互いを尊重して下さいね。クロスで一方的なのはダメです。
   〈_/´ ̄ `ヽ      ・1レスの限界最大文字数は、全角文字なら2048文字分(4096Bytes)。これ以上は投下出来ません。
    { {_jイ」/j」j〉     ・行数は最大60行で、一行につき全角で128文字までですって。
    ヽl| ゚ヮ゚ノj|      ・不要な荒れを防ぐために、sage進行でお願いしますね。
   ⊂j{不}lつ      ・次スレは>>950か480KBからお願いします。テンプレはwikiの左メニューを参照して下さい。
   く7 {_}ハ>      ・重複防止のため、次スレを立てる時は現行スレにその旨を宣言して下さいね。
    ‘ーrtァー’     ・クロス先に姉妹スレがある作品については、そちらへ投下して盛り上げてあげると喜ばれますよ。
               姉妹スレについては、まとめwikiのリンクを見て下さいね。
              ・一行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えます。
              SS文面の区切りが良いからと、最初に改行いれるとマズイです。
              レイアウト上一行目に改行入れる時はスペースを入れて改行しましょう。

6ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:08:27 ID:tnRMCI/M
「グガアアアア!!」
 その一撃でゴルザを粉砕! しかし直後に背後からメルバが滑空しながら迫ってくる。
「キィィィィッ!」
 察知した才人は回し蹴りで迎え撃つも、メルバは上昇して攻撃をかわした。
『この姿だと、余計に身体が重い……!』
 才人はパワータイプの欠点に気づいた。パワータイプはその名の通りに破壊力に優れるが、
代わりに敏捷性が低下するのだ。そのためメルバのように身軽で飛行能力を持つ相手には
対応できない。
 しかし才人の脳裏に再びイメージが浮かび上がる!
『身体が赤く染まるんだったら、その逆も……! よぉしッ!』
 先ほどと同様の動作で、再び体色を変化させる。今度は紫一色の姿だ。
『身体が軽くなった! これならいけるぜッ!』
 紫色の姿は、パワータイプと正反対の特色のスカイタイプだ! 才人は高々と跳躍して、
上空のメルバへと急接近する!
「ヂャッ!」
 天空を舞うスカイキックがメルバに炸裂し、地上へと叩き落とす!
「キィィィィッ!」
『こいつでフィニッシュを決めるぜ!』
 ヨロヨロと起き上がろうとしているメルバへと、左右に開いた腕を頭上で重ね合わせることで
充填したエネルギーを左の脇腹に構え、手裏剣を放つように発射する!
「タッ!」
 スカイタイプの必殺技、ランバルト光弾! これが突き刺さったメルバは、瞬時にバラバラに
弾け飛んで消滅した。
『やったぜ……! けど、まさかこんなことになるなんてな……』
 怪獣を撃破してブリミルたちを救えたのはよかったが、よもや六千年もの過去の世界に
来て、その世界に怪獣が出て、しかも自分がウルトラマンティガと一体化するとは。冷静に
なって振り返れば、訳の分からないことだらけだ。
 しかしそろそろ変身の時間切れも近い。才人はひとまず元の姿に戻って、ブリミルたちと
詳しい話をすることに決めたのだった。

 元の姿に戻った才人を、ブリミルは興奮し切った調子で迎えた。「きみが光の巨人だったの
かい!? 一体どんな力を使って変身したんだ!? きみは何者なんだね! 是非教えて
くれたまえ!」とものすごい勢いで詰め寄って才人を参らせた彼は、サーシャにどつかれて
黙らされた。一行はとりあえずブリミルたちの住居に移動し、腰を落ち着かせて話をする
ことになった。
「……つまり、きみは自分がどうしてここにいるのか分からない、ということでいいのかい?」
「そういうことです。ウルトラマン……光の巨人も、俺と同一の存在って訳でもありません。
彼らには、別の生き物と同化する力があります。それで俺を助けてくれたんです」
 ブリミルに聞き返された才人が答えながら、手に握った、翼型の意匠を持ったスティック状の
物体に目を落とした。スパークレンス……ウルトラゼロアイのような、ティガに変身するための
アイテムだ。気がつけば、これが懐にあった。
 ブリミルたちの住居は、草原の上に建てられた移動式のテントを密集して作った小さな
村だった。現在のハルケギニアでは見られない風景であり、ルイズたちの始祖と呼ばれる
人物が今と全く違う様式の暮らしをしていることに才人は内心驚いていた。
「そうか……。しかし、きみの主人に会えないというのは残念だ。ぼく以外の『変わった
系統』の持ち主に会えるものと期待していたんだがね」
 肩をすくめるブリミルは、“虚無”のことを『変わった系統』と遠回しに表現する。しかし、
それも当たり前かもしれない。ブリミルが始祖ならば、“虚無”というのはこれから彼がつける
名前だ。サーシャがハルケギニアを知らないのも、きっとこれから名づけられるからだ。
「ところでブリミルさんは、怪獣をヴァリヤーグなんて呼んでましたけど……」

7ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:10:39 ID:tnRMCI/M
「きみのところでは怪獣と呼んでるのかい? 怪しい獣……言い得て妙だね。ヴァリヤーグとは
ぼくの命名だ。元々は、ぼくたちの氏族を追い立てた者たちの名前なんだけどね。あの巨大生物
どもは、同じようにぼくたちを、いやこの大陸中の生きとし生けるものを苦しめるんだ」
 才人はブリミルとサーシャから、彼らを取り巻く状況について様々な話を伺った。
 ブリミルはマギ族という名前の部族の一員であり、ある日ヴァリヤーグという別の部族の
人間たちに元々の住処を追われる羽目になってしまった。マギ族の中で他に例を見ない特殊な
魔法、今で言う“虚無”魔法を扱うブリミルはどうにかしようと自身の魔法を研究する中で
サーシャを使い魔として呼び出し、彼女たちエルフの住んでいる土地のある大陸へとゲートを
開いて移動することに成功した。しかし安心したのもつかの間、移動先の大陸に突如異常な
巨大生物の群れ……怪獣が出現し、マギ族、エルフ関係なく襲い始めたという。
「怪獣は元々、この大陸にはいなかったんですか?」
「そうよ。あんな天を突くような生き物の話なんて、一度たりとも聞いたことがないもの。
あいつら、一体どこから湧いてきたのかしら……」
 と証言するサーシャ。ハルケギニアは元から怪獣が存在する星ではなかったのは分かったが、
六千年前の時点で出没していたのは意外だ。怪獣もウルトラマンも、ブリミルの時代に既に
いたのなら、どうしてそれが現在のハルケギニアに伝わっていないのだろうか?
 また、マギ族、つまり人間とエルフが敵対関係にないのも意外であった。むしろ怪獣を
相手に共闘している関係と言ってもいい。それが何故、現代ではいがみ争っているのだ?
「しかしヴァリヤーグは非常に大きく強い上に、わんさかいる。ぼくたちに勝ちの目は全く
ないと一時はあきらめもしたが、そこに現れたのが光の巨人、きみが言うウルトラマンだ! 
彼らはどうしてなのかは分からないが、ぼくたちを助けヴァリヤーグを退治してくれる。
ぼくとサーシャはこれから、ウルトラマンに助力しながらヴァリヤーグ出現の真相を突き止め、
これを根絶してこの大陸を救う旅に出るつもりなんだよ」
「肝心のこいつがいまいち頼りないのが全く困りものなんだけどね」
 張り切るブリミルにサーシャは毒を吐いた。
 ブリミルたちの状況を大体理解した才人だが、するとやはり別の疑問が浮かんでくる。
おおまかに聞いただけだが、教えられたハルケギニアの歴史とまるで内容が異なる。今の
自分は、夢でも見ているのだろうか? しかしこの現実感はとても夢とは思えない。となると、
六千年の時の間に伝承が歪曲し、怪獣やウルトラマンの存在が忘れられてしまったのか?
 才人がそんな風に考えを巡らせていると、この場にテントの扉を破って若い男が飛び込んできた。
「族長! 大変です!」
「ヴァリヤーグか!?」
 ガタン、とブリミルは立ち上がったが、男は首を振った。
「いえ、ですがそれ以上にまずい事態です。例の『アレ』が、再び脅迫に現れたんです!」

8ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:12:15 ID:tnRMCI/M
「また来たのか……。しつこいな……!」
 それまで温厚な雰囲気だったブリミルが、非常に険しい顔つきとなった。才人は目を丸くして
サーシャに囁きかける。
「あの、『アレ』って何ですか? 怪獣とは違うんですか?」
 サーシャは答える。
「違うわ。言葉を話すし、一応は人間みたいなんだけど……ぼんやりとしていて幽霊みたいな
奴なの。それが、ブリミルたちに信仰を捨てて自分の下僕となるように一方的に命令して
きてるのよ。どこの誰だか知らないけど、何様のつもりなのかしら」
 サーシャもブリミル同様顔をしかめて、つぶやいた。
「何て名前だったかしら。キリエ何とかっていうらしいけど」
「キリエ!?」
 思わず席を立った才人に、サーシャは吃驚させられた。
「どうしたの? もしかして、心当たりでも?」
「ああ、いや、まぁそんなところで……」
「とにかく行こう! また乱暴を働いてくるかもしれない! ぼくの魔法で追い払えれば
いいんだが……」
 杖を手に真っ先に飛び出していくブリミルの後に、サーシャと才人はテントに立てかけて
あった槍を得物にして続いていく。外は話し込んでいる内に夜の帳に覆われていた。
 篝火と月明かりの照明の下、村の上空におぼろげな人型の怪しい何かが浮遊している。
村の女子供は慌ててテントの中に隠れていき、若い男たちはブリミルとともに杖を握って
人魂を厳しくにらみつけている。
 才人はその人魂をひと目見て、間違いではないことを把握した。あの人魂は……ロマリアの
大聖堂で目の前に現れたものと、寸分違わず同じなのだ。
 そして人魂が、ブリミルたちを見下すように言い放った。
『愚かな人間どもよ……救われたくば、偽りの信仰を捨てて我々に恭順の意を示せ。我々こそが
真なる神、キリエル人である!』

9ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:13:10 ID:tnRMCI/M
今回はここまで。
ヴァリヤーグって結局何者だったんでしょうね。

10ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:05:53 ID:feAcNe2A
ウルゼロの人、投下とスレ立て乙です。
こちらも。ウルトラ5番目の使い魔、63話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

11ウルトラ5番目の使い魔 63話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:06:51 ID:feAcNe2A
 第63話
 魅惑の妖精亭は今日も繁盛Ⅱ
 
 知略宇宙人 ミジー星人
 三面ロボ頭獣 ガラオン
 宇宙三面魔像 ジャシュライン
 デハドー星人のアンドロイド 登場!
 
 
 見つめあう目と目。その視線の先には、それぞれみっつの顔が並んでいる。
 
「じー……」
 
 横に、怒り、泣き、笑いのでかい顔が並んでいる三面ロボ頭獣ガラオン。
 縦に、怒り、笑い、無表情の顔が胴体についている宇宙三面魔像ジャシュライン。
 ガラオンを見つめるジャシュライン。ジャシュラインを見つめるガラオン。
 トリスタニアの街のド真ん中で、こんな変な顔同士のにらめっこが起こるなどと誰が想像しえたであろうか? トリスタニアの市民は唖然とし、ウルトラマンダイナに変身しようとしていたアスカも、思わず変身を忘れて呆然としていた。
「なんだアイツら、親戚か……?」
 んなわけないが、初見ではそう思ってしまってもしょうがないだろう。ともかく、一体でもヘンな奴が二体も現れたのだ。
 どうなるの? これからどうなるの? 誰にもまったくわからない。
 見つめあう、見つめあう、見つめあーう。
 まるでお見合いの席で初対面した初心な男女のように、両者は熱い視線をかわしあい続ける。
 しかし、お見合いはハッとしたジャシュラインの次男が止めさせた。
「あ、兄者! いつまでボーッとしてるんでシュラ。見とれてないで、さっさとやっちまうでシュラ!」
「あ、おう、そうだったジャジャ! 俺様たちは、こんなことをしてる場合じゃなかったジャジャ」
「そうだイン! どこの誰かは知らないけど、ワシたちの邪魔をする気なら、お前から先に始末してやるイン!」
「いくぞジャジャ!」
 正気を取り戻したジャシュライン三兄弟。ジャシュラインはひとつの体に三人の兄弟の人格が同居しており、それぞれ得意技が違う。まずは長男が主導権をとって腕につけている円形の盾を外すと、それが羽をあしらったブーメランに変わり、豪快なフォームから投げつけてきた。
 だがガラオンも黙ってはいない。ミジー星人たちも遅ればせながら正気に戻り、カマチェンコとウドチェンコがコクピットの天井から垂れ下がった吊り輪を引っ張ると、ガラオンはその不格好な巨体からは想像できないほど俊敏にブーメランを避けてみせたのだ。
「なにぃジャジャ!?」
 これに驚いたのはジャシュラインだ。必中だと思ったブーメランをやすやすとかわされたことで、彼らの宇宙ストリートファイターの血が騒いでくる。

12ウルトラ5番目の使い魔 63話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:07:26 ID:feAcNe2A
「やるなシュラ。では今度はボクちんが相手になってやるでシュラ!」
 格闘戦に優れた次男とチェンジして、ジャシュラインは直接ガラオンに襲い掛かってくる。
 むろん、ミジー星人たちも負けてはいない。
「危っぶないわねえアイツ。なによ急に凶器出してきちゃって」
「ううん、やはりあれは大悪党の顔だったな。しかも顔が三つなんて、我々のガラオンをパクりやがって。どうする? どうする?」
「決まっているわ! 真の大悪党は我々ミジー星人であることを、あのニセモノに思い知らせてやるのだ。いくぞ!」
「ラジャー!」
 こっちはこっちで目的をきれいさっぱり忘れ、組み付いてくるジャシュラインをガラオンの体当たりで押し返す。
 トリスタニアのド真ん中で早朝から起こった怪獣同士の大バトル。その衝撃に、トリスタニアの市民たちもようやく我に返って逃げまどい始めた。
「うわぁ離れろぉ! つぶされるぞぉぉーっ!」
 ガラオンとジャシュラインは当たり前のことながら、足元の民家に配慮などしない。当然人間もモタモタしていたら気づかれずにぺっしゃんこにされてしまうというわけだ。
 まずい、このまま二体が暴れ続けたらトリスタニアは瓦礫の山になってしまう。アスカは二体に向かって駆け出し、リーフラッシャーを空に掲げる。
「あいつら! これ以上好きにさせられっかよ!」
 平和を自分たちの都合で乱す奴らを許してはおけない。ウルトラマンダイナの出番が来たようだ。
 だが、アスカがリーフラッシャーのスイッチをポチッとしようとした、まさにその瞬間だった。アスカの鼓膜はおろか、町全体に響き渡る音量で魅惑の妖精亭から声が轟いたのだ。
「コラーッ! ドルちゃんウドちゃんカマちゃん! 何よそ様に迷惑かけてるの! 暴れるなら広いとこでやりなさい!」
「はいぃぃぃ!」
 突然の怒声に、ガラオンは反射的に「気を付け」の姿勢をとり、アスカは変身を忘れて固まってしまった。
 そのままガラオンは、またも唖然としているトリスタニアの人々と「??」というジャシュラインの見ている前で、そそくさと民家を避けながら、前にアボラスとバニラが暴れた「怪獣を暴れさせるため用の広場」へと駆け足で走っていった。
「お、おーいでシュラ?」
 さっぱり訳のわからないまま、ジャシュラインも広場で手招きしてくるガラオンのところに駆けていく。
 そして、はっとしたミジー星人たちは、なぜこんなことをしてしまったのかと冷や汗をかいていた。
「ま、まさか……我々は毎日の雑用の日々の末に……潜在意識レベルでジェシカちゃんに服従するようになってしまったのでは!」
 ウドチェンコのつぶやいた言葉に、ドルチェンコとカマチェンコも「ま、まさか……」と青ざめるが、体が勝手に動いてしまったものはしょうがなかった。

13ウルトラ5番目の使い魔 63話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:07:56 ID:feAcNe2A
 そのガラオンを、またも唖然と見守るトリスタニアの人々やアスカ。とはいえジャシュラインはバカにされたみたいで腹を立てている。
「なにをボーッとしてるんでシュラか!」
 棒立ちのガラオンにジャシュラインの蹴りが炸裂した。
 たまらずにミジー星人たちの悲鳴ごと、泣き顔を上にしてすっころぷガラオン。ガラオンのコックピットは座席もなくて立ちっぱなしで操縦するので、ミジー星人たちも洗濯機の中のシャツみたいにくしゃくしゃだ。
 だが、そのショックでガラオンの中に残っていた”もうひとつのコクピット”の中で、再起動した者がいた。
「ワタシは……消去サレタはずでは?」
 ミジー星人たちは何も気づいてはいない。いや、それよりも目の前の敵を相手にするだけで手いっぱいなのだ。
「畜生、反撃だぁ!」
 ドルチェンコの叫びで、起き上がったガラオンは目から破壊光線を放ってジャシュラインを狙い撃った。
 けっこう威力のある光線を浴びて、ジャシュラインの体がぐらりと揺れる。
「なかなかやるでシュラ!」
「では今度はワシの出番だイン!」
 ジャシュラインの縦に三つついている顔の一番下、無表情の顔の三男のランプが点灯して体の主導権が移ったようだ。
 もちろん、得意技もこれまでとは違う。ジャシュラインはガラオンが再度光線で攻撃を仕掛けてくると、手のひらを向けて気合を入れた。
「ハアッ!」
 するとなんと、ガラオンの光線が空中でピタッと止まってしまったではないか。
「そら、お返しするでイン!」
 さらに三男が気合を入れると、光線はUターンしてガラオンへと直撃してしまった。
 ジャシュラインの三男は、強力な念動力の使い手だったのだ。ガラオンは怒りの顔から火花をあげてよろめく。
 だが、そのときなぜか悲鳴をあげたのはミジー星人たちのほうではなかった。
「ああっジャジャ!」
「ん! ちょっと兄者、急にどうしたんでシュラ?」
「い、いや、なんでもないジャジャ」
 突然叫び声をあげた長男に次男が驚くが、長男はごまかした。
 気を取り直して、隙だらけになったガラオンに対して、また次男が主導権をとって殴りかかっていく。
「さっきのお返しをしてやるでシュラ!」
 痛い目にあわされた恨みで、怒り顔のガラオンに突撃していく次男のジャシュライン。

14ウルトラ5番目の使い魔 63話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:08:30 ID:feAcNe2A
 しかし、それはガラオンにとって思うつぼだった。コクピットのウドチェンコがレバーを引くと、ガラオンはくるりと笑い顔のほうを向けて、口からガスを噴射して浴びせかけたのだ。
「なんだこれは! 毒ガスか! いや、あひゃひゃ! どうたんでシュラ、あひゃひゃひゃ!」
「どうだ、ガラオンの笑気ガスは。強烈だろう」
 腹をかかえて笑い転げるジャシュラインを見て、ミジー星人たちも高笑いした。
 実際このガスの威力は強烈で、かつてはウルトラマンダイナも笑い転げて戦闘不能にされている。もっとも、このときミジー星人たちは気づいていないが副次的な効果を生んでいた。ガスが風で流れて、今度こそ変身しようとしていたアスカが笑い転げて変身不能になっていたのだ。
 笑い転げているジャシュラインの姿に、攻撃態勢に入ろうかとしていたトリステイン軍の竜騎士たちもあっけにとられてしまった。あいつらは戦っているのかふざけているのか。
 逃げようとしていたトリスタニアの市民たちも、ジャシュラインの笑い声に足を止めて振り返ってくる。そして、笑い声を聞いてにわかに騒ぎだした者たちがいた。
「いいぞーっ! 景気がいいじゃねえか、もっとやれーっ!」
 それは、魅惑の妖精亭の前から大勢の声となって響き渡っていた。
 見ると、顔を酒精で赤く染めた大勢の男たちが歓声をあげている。彼らは、魅惑の妖精亭の店じまいギリギリまで飲んでいた筋金入りのうわばみどもだ。閉店時間で追い出されかけていたところで、外で思いもよらない騒ぎが起きたので、喜び勇んで自分たちも騒ぎ出したというわけだ。
 もちろん、正気の者たちは、あいつらは一体なにをやってるんだ! と、怒りと困惑を抱く。しかし、この光景を見てミジー星人たちは大いに勘違いした。
「おお! 我々に向かって手を振っているぞ。あれは我々を応援してるのに違いない」
「きっと我々の恐ろしさを見て、無条件降伏しようとしているんですよ。やりましたねとうとう、感動だなあ」
「そうかしら? なーんか違う感じがするんだけど」
 カマチェンコがこう言ったものの、サービス精神旺盛に手を振って返すガラオンの姿に、関係ない人々も唖然としてしまう。
 だが、その間にジャシュラインは笑気ガスを浴びた次男から三男へとパトンチェンジして反撃を仕掛けてきた。
「いつまで調子に乗っているでイン!」
 念動力で動きを封じられ、手を振っていたガラオンがぴたりと止まる。
「どうだ、動けまいでイン。このままじわじわと痛めつけてやるでイン」
 ジャシュラインの念動力は強烈で、ガラオンの巨体が静止映像のように止められてしまっている。
 しかし、ミジー星人たちはやる気十倍で叫んだ。
「んんんんん! ファンが応援してくれているのに負けられるか。パワー全開ぃぃぃ!」
「ラジャー! エンジンフルパワー」
 なぜかガソリン車みたいな排気音を響かせ、ガラオンがじわじわと動き出す。これにはジャシュラインの三男も驚いたが、彼も自分の力に自信を持っていた。

15ウルトラ5番目の使い魔 63話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:09:05 ID:feAcNe2A
「おのれ、可憐な見た目に反して力持ちでインね。でも、その場で足踏みするくらいで精一杯だろイン!」
「なんの、我々ミジー星人の威力を見せてやる。作戦Aだ!」
 すると、その場で足踏みするくらいしかできないガラオンが、足踏みしながらグルグルと回転しだしたではないか。これには三男もあっけにとられて、さらにガラオンは三つの顔が見えなくなるほど回転を速めると、回転しながら光線を撃ってきた。
「わあーっ!?」
 回転しながら前触れなく撃たれたので、ジャシュラインは対応しきれずにもろに食らってしまった。
「見たか! これぞ必殺、回ればなんとかなる、だ! わはははは」
 そして拘束から解放されたガラオンは、ジャシュラインに突進していく。
 迎え撃つジャシュライン。奇想天外な能力を持つ二体の怪獣の戦いは、どうなるか先の読めない大スペクタクルともなってきた。
 と、なると。これを利用しようと考えるのが人の常だ。これを肴にすればめっちゃ酒が進むだろうと、スカロンとジェシカは外にテーブルを運び出して宣言した。
「さあさあ皆さん! 世にも珍しい三面vs三面の、合わせて六面の大決闘! これを見逃せばタニアっ子の名折れ! さあさあさあ、ご見物はこちらから。特別営業開放セールで、お飲み物をお安くしておきますよーっ!」
「おお、わかってるじゃねえか! じゃんじゃん持ってこーい!」
 たちまち酒盛りが始まった。これを見ていた人たちは「なにやってんだこいつら!」と再び思うが、そこはスカロン抜け目はない。
 ジェシカが店内に戻っていったかと思うと、再び戻ってきたときには、体のラインをはっきりと浮き上がらせる黒いビスチェを身に着けていた。そしてジェシカは用意されたお立ち台に上がると、よく通る声で話し出したのだ。
「さあ、そこ行くあなた、ちょっとこっちを見てください。難攻不落のトリスタニア、そんなに慌ててどこへ行く? ちょっとその前、一息ついて、喉をうるおしていってください。お酒以外も取りそろえ、あなたの街の魅惑の妖精亭です!」
 ジェシカの呼びかけに、道行く人々が足を止めて振り返り始めた。そして、ジェシカの情熱的なプロポーションを見て、フラフラと店に寄って行ってしまう。
 もちろんこれにはタネがある。ジェシカの身に着けているのは魅惑の妖精のビスチェといい、その名の通り『魅惑』の魔法がかかっている。要するに見た人間をアレにしてしまう効果があるのだが、それを店で一番の美少女であるジェシカが着ているのだから効果は倍増となる。
 もちろん魔法といえども完璧ではなく、見た人間にそれなりの心構えがあれば振り切られる。しかし、ジェシカは父譲りで巧妙だった。酒以外にもソフトドリンクの提供もするよと付け足したおかげで、通行人も「酒じゃないならいいか」と、気を緩めてくれたのだ。
 通行人たちが魅惑の妖精亭に集まっていく。さて、こうなると避難しようとしていた同業者も黙ってはいなくなる。たちまちトリスタニアのあちこちで大怪獣バトル見物の飲み会が始まった。
「さっすがトリスタニアの人たちは肝が据わってるわねえ。うんうん、これで店の立て直しの赤字も消し飛ぶわ」
「でもミ・マドモアゼル、怪獣が暴れてるのに街の人を引き留めるなんてマネして本当によかったんですか?」
「いいのよ、どうせドルちゃんたちがそんな大事をできるわけないし、ほんとに暴れだしたらミ・マドモアゼルとジェシカちゃんが止めるから、あなたたちは安心してお客さんからチップをいただいてきなさい」
 三人組のことを知り尽くしているスカロンは余裕しゃくしゃくであった。なおトリステイン軍は攻撃を仕掛けようとしたときに「邪魔だ」とばかりに、こんなときだけ仲良く放たれた念動力と笑気ガスで追い払われてしまった。
 そして、スカロンのこの予言は、この後すぐに現実のものになるのである。
 
 さて、自分たちが見世物にされているとは気づかずに、ガラオンとジャシュラインの戦いはなおもヒートアップしていた。
 それぞれが顔の使い分けによって多彩な能力を使用可能なガラオンとジャシュラインの戦いは、空を飛びかうブーメランや、色とりどりのビームは見る目にも楽しく、それでいてどちらも短気でコミカルな動きをするので見物人は飽きなかった。
 しかし、戦いが続くと人々は妙な違和感に気づいた。ジャシュラインが長男に代わったときに投げるブーメランがまったく命中しないのだ。

16ウルトラ5番目の使い魔 63話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:10:21 ID:feAcNe2A
 もちろん、それには次男と三男も気が付く。一回や二回なら避けられたとかもわかるが、何度投げても当たらないのはわざと外してるとしか思えない。次男と三男はついに堪忍袋の緒を切らして長男に詰め寄った。
「兄者、さっきからいったいどうしたんでシュラ? ブーメランの名手の兄者らしくない、もっと真剣にやってくれシュラ!」
「あ、いやそのジャジャ」
「さっきから思ってたけど、おかしいでイン。わざと手を抜いてるんでイン? そうでないなら、アレができるはずでイン?」
 腹を立てた次男と三男は、まだ早いと思いつつも切り札の使用を強要した。
 ジャシュラインの三つの顔のランプが一気に点灯し、頭についているトーテムポールの大きな羽飾りが金色に輝く。
 これはジャシュラインの切り札、必殺光線ゴールジャシュラーだ。金色の粒子を敵に浴びせ、ヒッポリト星人のヒッポリトタールと同様に敵を黄金像に変えてしまう。ジャシュラインはこれで黄金像に変えた敵をコレクションして宇宙に悪名をとどろかせていたのだ。
 しかし、ゴールジャシュラーは発動したものの、ピカッと光っただけで光線が発射されることはなかった。当然ガラオンはなんともなく、腹の立つ顔を見せ続けている。
 不発。なぜならゴールジャシュラーは三兄弟が力を合わせなければ撃てないからだ。次男と三男はそのつもりだったから、当然やる気がなかったのは長男ということになる。
 もう疑いない。次男と三男は声を荒げて長男に詰め寄る。すると、長男は頭を抱えて叫びながらうずくまってしまった。
「う、うおぉぉぉぉ! だってしょうがないだろジャジャ! あんな可憐な美女を傷つけるなんて、俺様にはできないジャジャーッ!」
 
 
 なんと、ジャシュラインの美的感覚では、ガラオンが絶世の美女に見えていたのだ!
 
 
「えええええええぇぇぇぇぇぇーーーっ!?」
 度肝を抜かれて開いた口がふさがらなくなるトリスタニアの市民たち。世間にはいろんな好みの人がいる、だがまさかこんな好みがあったとは……いや、才人やギーシュに惚れる女がいるくらいなのだからこれも正常なのかもしれない。
 怒り顔をしているジャシュラインの長男は、ガラオンの怒り顔にすっかり一目惚れしてしまって攻撃することができなくなっていた。
「うおおお、あの情熱的な瞳に見つめられると、俺様の胸は張り裂けそうジャジャ。あんな美しい人には出会ったことがないジャジャーッ!」
「落ち着くでシュラ。あれは敵でシュラ、ぼくちんたちには大事な目的があるのを忘れたでシュラか!」
「そうでイン。ワシたちは、ウルトラマンを倒して、かつての雪辱を晴らさなきゃいけないんだイン! あんなヤツに手こずってる場合じゃないでイン」
 次男と三男が説得しようとしている。しかし長男は熱く叫んだ。
「うるさいジャジャ! お前たちこそ、あんな美しい人に二度と出会うことができると思ってるんジャジャか!」
「うっ、確かにそれはでシュラ。ああ、ダメでシュラ! そんな優しい笑みでぼくちんを見ないでくれでシュラ!」
「お前までどうしたんでイン! でもワシも、その憂え気な横顔を見ると胸が熱くなってくるでイン。こんなの初めてなんだイン!」

17ウルトラ5番目の使い魔 63話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:12:12 ID:feAcNe2A
 次男と三男も実はまんざらではなかった。まさかの恋煩いによる戦意喪失、何度も怪獣との戦いや戦争を乗り越えて、神経の太さを鍛えてきたトリスタニアの民たちも、これはさすがに意外すぎたようであっけにとられている。
 しかし、ここで空気を読まないのがミジー星人だ。ドルチェンコが、顔をそむけてうずくまってしまっているジャシュラインを指さして叫んだ。
「わははは、なんだか知らんが今がチャンスだぞ。それ、必殺光線だぁーっ!」
 だが、うんともすんとも言わず、ガラオンから光線が放たれることはなかった。
「どうした? それ、必殺光線だぁーっ!」
 繰り返すドルチェンコ。しかしやっぱり光線は発射されない。
 そのとき、モニターを凝視するドルチェンコの肩がチョンチョンと叩かれた。
「なんだ? 今忙しいんだ。必殺光線だぁーっ!」
 しかしやっぱり光線は放たれず、代わりにドルチェンコの肩が叩かれる。
 いったいどうしたというんだ? ドルチェンコが怒ってウドとカマを怒鳴りつけようと振り返ると、そこにはいつの間にかボッコボコにされて伸びている二人と、サングラスをかけた冷たい雰囲気の美女が立っていた。
「えーっと……ど、どちら様でしょうか?」
「……よくも私のワンゼットをこんな姿にしてくれたな。下等生物め、報いを受けさせてやろう!」
「ぎゃーっ!」
 こうしてドルチェンコもボコボコにされてしまった。しかし、いくらミジー星人たちが弱いとはいっても人間ばなれした強さだ。
 それもそのはず、この女は人間ではない。ワンゼットを作ったデハドー星人が、自身に代わって地球侵略を遂行するために作ったアンドロイドなのだ。かつて、ワンゼットを指揮するために内部に乗り込んで操縦していたが、ミジー星人がワンゼットの内部にぽちガラオンを潜り込ませて暴れさせたため、コントロールがめちゃくちゃになって消滅してしまっていた。しかし、ワンゼットがガラオンに再構成されたついでに復活したのだった。
 ミジー星人の三人をギッタギタにしたアンドロイドはガラオンのコントロール権を取り戻した。ずいぶん原始的な操縦方法だが特に問題はない。
 アンドロイドは、内臓レーダーによって付近にウルトラマンダイナの反応があることを察知した。自分の任務は失敗だが、ウルトラマンダイナの打倒はデハドー星のためになるだろう。アンドロイドは、自分の最後の存在意義を果たすために動き出した。
 操縦装置を握り、攻撃対象を地上にいるアスカに向けようとするアンドロイド。しかしそのとき、モニターにこちらを向いてきたジャシュラインの姿が映った。
「はっ……!」
 その瞬間、アンドロイドの電子頭脳にスパークが走った。
「な、なに、あのお方は……ああっ、メイン動力炉が異常発熱している。なんだ! 私に原因不明の異常をもたらす、あの美しい男性は!」
 
 胸を押さえてもだえるアンドロイド。
 なんと、デハドー星人の美的感覚ではジャシュラインが最高のイケメン男子に見えたのだ!
 
「えええええええええぇぇぇぇぇーっ!?」
 今度はミジー星人たちがおったまげる番だった。
 まさか、こんなことが。どうやら高度にプログラミングされたアンドロイドの頭脳が、作ったデハドー星人の嗜好をも再現してしまったようだ。なんという奇跡か。

18ウルトラ5番目の使い魔 63話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:13:10 ID:feAcNe2A
 アンドロイドは身もだえし、ガラオンの操縦どころではない。ドルチェンコは、この隙にガラオンを取り戻そうとしたが、そこへカマチェンコが割り込んで押しのけて、アンドロイドに熱く語りかけた。
「あなた、それは恋よ」
「コイ? 恋とはなんだ?」
「宇宙のあらゆる生命が繁栄するために、一番必要な尊いものなのよ。すごいわあなた、こんなところで新しい恋の誕生に出会えるなんて、私感動しちゃったわ」
 カマチェンコの熱い呼びかけに、アンドロイドもうなづいた。
「恋? アンドロイドの私が、恋だと」
「関係ないわ。恋は宇宙のあらゆる法則を超える最強の原理なのよ。あなたは今、アンドロイドを超えた存在になったのよ!」
「なんと、オオ……同志よ!」
 感動の涙を流しあうふたり。人は、男か女かのどちらかの心を持って生まれる。しかし、オカマは男と女の心を併せ持つことにより、通常の二倍。さらに魅惑の妖精亭での経験がさらにプラスされたことにより、さらに倍の四倍の説得力となった魂のパワーはアンドロイドの心をも溶かしたのだ。
 
 そして、愛の伝道師はひとりだけではなかった。
 初恋の衝撃を受け止めきれず、動揺し続けるジャシュライン。宇宙ストリートファイトで連勝街道を突き進んできた彼らも、恋という内なる敵を相手にはなすすべがなかった。
「俺様たちはいったいどうすればいいんジャジャ」
「もうぼくちんは戦えないでシュラ。あの子の笑顔を見ると、体から力が抜けるでシュラ」
「ワシたちはもうダメかもしれないでイン。忘れようと思っても忘れられないでイン! こんなのなら、死んだままでいたほうがよかったでイン!」
 街中に響くほどの声で弱音を叫ぶジャシュラインの姿は、けっこう滑稽なものであった。トリステイン軍は、さすがにこれに攻撃するのはどうかとためらっているし、アスカもここで変身したら自分のほうが悪者なんじゃないかと思ってためらっていた。
 しかし、恋煩いほどこじらせたらヤバいものはない。
「うぉぉぉ! こんな苦しいなら、もう生きてたくなんてないでシュラ!」
「こうなったら、この星の地殻を刺激して、なにもかもまとめて消し飛ばしてやるでイン!」
 そう叫ぶと、ジャシュラインは柱のように直立して高速回転をはじめた。そのまま土煙をあげながら地中に潜り始める。
 まずい、あいつパニック起こしてこの星ごと無理心中をはかる気だ。アスカはそれを止めるべく、ウルトラマンダイナへ変身しようとリーフラッシャーを掲げた。
 だがその瞬間、鋭く厳しい声がジャシュラインを叩いた。
「待ちなさい! 逃げようとしてるんじゃないわよ、この臆病者!」
 その針のように鋭く響く声に、ジャシュラインの動きがぴたりと止まった。
 誰だ? 相手を探すジャシュラインの目に、家の屋根の上に立ってきっと自分を見据えてくるジェシカの小さな姿が映った。
「お前かジャジャ? この俺様に向かって臆病者とはどういう意味だジャジャ!」
 いつの間にかジャシュラインのすぐ前にまでやってきていたジェシカを、ジャシュラインの巨体が見下ろしながら指さしている。

19ウルトラ5番目の使い魔 63話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:13:52 ID:feAcNe2A
 なにをしているんだ! 危ない! アスカや街の人々は口々に叫ぶが、ジェシカは毅然として叫び返した。
「ええ臆病者よ。自分の気持ちが整理できずに逃げ出そうしている奴を臆病者と呼んでなにが悪いの? そんなのじゃ、女房の愚痴をきくだけの酔っ払いのほうがマシよ。それでも男なの!」
 うぐっ! と、ジャシュラインが気圧されるほどジェシカの指摘は鋭かった。
 さすがは魅惑の妖精亭の看板娘。肝の太さが並ではない。人々が息をのんで見守る中で、ジェシカはジャシュラインを指さして言った。
「あなたみたいに、ケンカは強いけど肝心なときに勇気の出せない男っているものよ。あなた、これまで女の子とまともに話したこともないんでしょ。違う?」
「うっ、確かにぼくちんたちは宇宙ストリートファイトに明け暮れる毎日で、女の子と会う機会なんかなかったでシュラ」
「でしょうね。だから、いざ理想のタイプに巡り合えたらどうしていいかわからなくなったのね。けど、それは恥じることじゃないわ。男も女もね、それは誰でも一生に一度は勝負に出なくちゃいけない場所なのよ。それがどんな戦場より勇気が必要な瞬間だったって言う人を、私は何人も見てきたわ。あなたは今、人生で最大の戦場に立っているのよ、それはむしろ光栄に思うことなんだわ」
「これが、人生で最大の戦いだっていうんでイン? ワシにはわからんでイン。こんな戦い、想像したこともなかったでイン」
「大丈夫、恋の戦いは誰にでもできるわ。その戦い方を、私が教えてあげる。それはとても、楽しいことでもあるんだかね」
 しだいに声色を優しく変えながら諭すジェシカの話に、ジャシュラインは自然に聞き入っていっていた。
 ただの少女が、見上げるばかりの巨大怪獣を諭している。魅惑の妖精亭のほかの少女たちは、どうしてジェシカが店の不動のナンバーワンなのかを改めて理解し、街の人々も。
「女神だ、女神様がいる……」
 と、あがめるようにジェシカを見つめ、そのうちの幾割かは近いうちに魅惑の妖精亭に行こうと決意していた。なお、ここまでジェシカが計算していたかはさだかではない。
 ジェシカの教えで、ジャシュラインはこれまで知らなかった未知の世界への扉を開いていった。
「俺様はこれまで生きてきて、こんな気持ちがあるなんて知らなかったジャジャ」
「宇宙ストリートファイトで名を売ることだけを喜んできたでシュラが、世の中は広いものでシュラ。なんかもう、メビウスへの復讐とかどうでもよくなってきたシュラ」
「それで、ワシらはどうすればこのくるおしい気分から逃れることができるんでイン?」
「そんなの決まってるわ、告白するのよ」
「こっ」
 
「告白ジャジャ!?」
「告白でシュラか!?」
「告白だとイン!?」
 
 三兄弟が同時にうろたえた声をあげた。しかし、ジェシカは畳みかけるように告げる。
「告白よ! あなたの思いをまっすぐに相手に伝えるの。そうしないと、あなたたちは永遠に後悔したまま生きることになるわ。そしてそれは、あなたたちに本当の勇気があれば必ずできるのよ」
 ジェシカは魅惑の妖精亭で、何人ものさえない男が未来の女房を捕まえるために背を押したように、力強く、太陽のような笑みで告げたのだった。

20ウルトラ5番目の使い魔 63話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:14:26 ID:feAcNe2A
「で、でもワシらみたいなのが、あんな美人に気に入ってもらえるなんて思えないんでイン」
 ちらりとガラオンのほうを振り向いて三男が弱音を吐いた。しかしジェシカは自信たっぷりに言う。
「大丈夫よ、あなたたちだっていい男なんだから、きっとうまくいくわ。この私が保証してあげる。さあ、男になるのは今よ!」
 ジェシカの励ましに、ジャシュラインは勇気を奮い立たせた。
 何者からも逃げない宇宙ストリートファイターのプライド。いや、男だろと言われて、ここで引き下がったらもう二度と自分は誇りを持てなくなってしまうに違いない。
 恐る恐る立ち上がろうとするジャシュライン。だがその前に、スカロンがやってきてジャシュラインに花束を差し出した。
「これを持っていきなさい。女の子のハートを射止めるのに、花は無敵のアイテムなのよ。このミ・マドモアゼルもそうしてお嫁さんをゲットしたの。頑張ってね、チュッ」
「かたじけないでシュラ。お前みたいなハンサムに言われると、少し勇気が出てくるでシュラ」
 あのミ・マドモアゼルがハンサム? やはり宇宙人の美的感覚は人間には理解しづらそうだ。
 人間の標準では大きな花束もジャシュラインのサイズでは指先で摘まめる程度しかない。しかし、それでもジャシュラインは勇気を振り絞ってガラオンへと一歩一歩歩いていった。
 
 そしてガラオンのほうでも、アンドロイドが近づいてくるジャシュラインを見て困惑していた。
「あ、あわわわ、あのお方がやってくる。わ、私はどうすれば」
「落ち着いて、逃げちゃダメ。こういうとき、女は落ち着いてどっしりと待っていなくちゃいけないの」
 カマチェンコがアンドロイドをはげまし、後ずさりしかけたガラオンは止まった。
 ドルチェンコとウドチェンコは完全に蚊帳の外で、事の成り行きを見守るしかできないでいる。
 
 全トリスタニアの人々が見守る中で、ジャシュラインとガラオンの距離が一歩ずつ近づいていく。
 しかし、もう少しというところでジャシュラインの足が鈍った。やはり、最後の最後でためらってしまったようだ。体の主導権を示すランプが点いたり消えたりを繰り返しているところを見ると「お前行けジャジャ」「お前行けシュラ」「いやいやお前がいけでイン」と、体の押し付け合いをしているのかもしれない。
 だがそこで、スカロンを先頭に街中から声があがりはじめた。
「がんばれーっ」
「がんばれーっ!」
 応援する声はどんどんトリスタニアの全体へと拡散していき、ついには王宮を含めたトリスタニア全体から響き渡っていた。
「がんばれーっ、がんばれーっ!」
 いまや声の主は数万にもなるだろう。ノリのいい市民たちであった。

21ウルトラ5番目の使い魔 63話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:15:06 ID:feAcNe2A
 数えきれないほどの声に応援されて、ジャシュラインはついに決意した。ここで逃げたらもう二度と自分は男を名乗れない。兄弟三人で三つのランプを点灯させ、ガラオンの前に立ったジャシュラインは花束を差し出して深々と頭を下げた。
 
「お願いだ!」
「俺様と」
「ぼくちんと」
「ワシと」
 
「付き合ってくれジャジャ・シュラ・イン!」
 
 一瞬の静寂。そしてガラオンから、アンドロイドの声で感極まったような返事が響いた。
 
「喜んで。私なんかでよろしければ」
 
 そして、声にならない歓喜の叫びがジャシュラインから放たれ、トリスタニア中に響き渡った。
 次いで贈られる、街中からの祝福の声。始祖ブリミルよ、見ていてくださいますか、今ここに新しいカップルが誕生いたしました。
 愛を確かめ合い、抱きしめあうジャシュラインとガラオン。
「こんな嬉しい日は初めてジャジャ。絶対にお前を離さないジャジャ」
「なんて幸せ。私が、こんな感情を持つときが来るなんて。これもあなたのおかげです」
 アンドロイドは、かつてのワンゼットのときと同じように機体と同化を始めていた。もうすぐ彼女はガラオンと一体となることだろう。
 カマチェンコは、もう私たちは邪魔ものね。と、ウドチェンコと、未練がましいドルチェンコを連れてガラオンを降りていった。
 もはやジャシュラインには悪意はない。守るべきものを手に入れた彼らは、温かく祝福する人々に見送られてガラオンとともに宇宙へと去っていった。
 
「この星のみんなーっ、ありがとうでシュラ。この恩は一生忘れないでシュラ」
「ワシたちはこれからは愛に生きるでイン! さらばでイーン!」
 
 青い空に消えていくふたつの影。「ジャジャ」「シュラ」「イン」という幸せそうな声が、最後に人々の耳を通り過ぎていった。
 アスカの手元には、結局最後まで使えなかったリーフラッシャーが寂しく残っている。けれど、これでよかったのかもしれない。「まっ、いいか」と気持ちを切り替えたアスカは、朝飯を食いに踵を返すのだった。
 
 一方、ミジー星人たちはどうしたのだろう?
 ガラオンを失い、お尋ね者の彼らが街中に現れたとき、彼らは当然とっ捕まった。

22ウルトラ5番目の使い魔 63話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:16:00 ID:feAcNe2A
「ああああ、もうダメだ、お終いだ。このまま死刑になってしまうんだ」
「儚い人生だったなあ……」
「しかたないわね、もうこうなったら覚悟決めましょ」
 それぞれ縄でグルグル巻きにされる中で連行されていくが、それを救ったのはまたしてもジェシカだった。
「やあ、ドルちゃん、ウドちゃん、カマちゃん、ご苦労様。いい仕事だったわよ」
「へ? なにが」
「そりゃ、作戦成功ってね。ジャシュラインちゃんが現れるのを予感して、あの秘密兵器を取りに行ってたんでしょ。敵をあざむくにはまず味方からってね。そういうことだから衛士さん、こいつらを離してあげてもらえるかしら」
 と、いうふうに片づけてしまったのだ。
 少し考えれば、すぐ何か変だなということには気づくだろうが、このときはまだ衛士も興奮が残っていて判断力が鈍く、ジェシカはそこを勢いで切り抜けてしまった。それに、仮に多少は疑問を抱いたとしても、今や街中から女神のようにあがめられているジェシカの言葉にやすやすと逆らえるわけもない。
 こうして三人組は簡単に無罪放免ということになり、むしろなかば英雄扱いにさえなってしまった。
「俺、ウルトラマンよりジェシカちゃんのほうが怖く思えてきた」
「そうよねえ。あの子だけは敵に回しちゃいけない気がするわ」
 ウドとカマは、底知れない恐ろしさをジェシカに感じて体を震わせるのだった。
 もっとも、ジェシカは過ぎたことは気にも止めてはいない。いつもどおりの陽気さで、三人組に向けて言い放った。
「さあ、今日はとんでもなく忙しくなるわよ。三人とも、お客さんは待ってくれないんだからね!」
「ラジャー!」
 雇い主と従業員に分かれ、こうして彼らは元の生活へと戻っていった。
 その日、魅惑の妖精亭がかつてない繁盛を見せたのは言うまでもない。

23ウルトラ5番目の使い魔 63話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:16:37 ID:feAcNe2A
 ついでに、三人組の処遇についてアスカはその後、なんやかんやで「しょうがねえな」と、あきらめたらしい。
 
 
 こうして、騒動は終わった。平和は戻り、事件は人々の記憶の中に刻み込まれて過去に去っていく。
 そして、あの黒幕の宇宙人もまた、やれやれと息をついていた。
 
 
「さて、いかがでしたか皆さん。お楽しみいただけましたか? 私はどっと疲れましたよ」
 
「いやはや、私もそれなりに生きてきたつもりですが、宇宙は広いですねえ……そして愛。私には理解しがたいものですが、生物の感情が生み出す力、なんとすさまじいものでしょうか」
 
「ウフフ、俄然やる気が湧いてきましたよ。今回は失敗でしたが、次は本当の意味でのスペクタクルをお送りすることをお約束しましょう。おや? また失敗しろですって? いやいや、それはないですよ」
 
「では、ごきげんよう。次のパーティの上映にも必ずお招きしますのでお楽しみに。フフ、ご心配なく。私はこれでも約束はちゃーんと守るタイプですから」
 
 こうして宇宙人は、新たな企みを進めるために去っていった。
 ただし忘れてはいけない。愉快な姿を見せることがあっても、この宇宙人の本質は悪辣で卑劣であることを。
 また遠からず、奴はなにかの悪だくみを抱えて現れるだろう。
 しかし、平和で満ち足りた時間。それは、確かに今ここにあった。
  
 
 続く

24ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:17:28 ID:feAcNe2A
以上です。ゼロの使い魔はラブコメ。

25ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:28:13 ID:05VGcVdc
5番目の人、乙です。私の方の投下を始めさせてもらいます。
開始は0:32からで。

26ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:32:23 ID:05VGcVdc
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十四話「闇が来る」
炎魔人キリエル人
炎魔戦士キリエロイド
超古代尖兵怪獣ゾイガー 登場

 ブリミルたちの村の上空に浮かび、その不気味さで村の人々を脅かしているキリエル人の
ゆらめく姿を、才人は奥歯を噛み締めながらにらみつけた。
「やっぱり……あいつか……!」
 この時代からしたら遠い未来だが、才人にとってはほんの二日、三日前の出来事。ロマリアで
いきなり襲いかかってきた怪人そのものである。まさか六千年前の時点で既にハルケギニアにいて、
こうしてブリミルたちを脅かしていたとは。
 キリエル人はおびえている村の人間全員に向けて、高圧的に言い放ち続ける。
『この世界はもうじき闇によって滅びる。貴様ら愚かで無力な人間を救うことが出来るのは、
我々キリエル人だけである! 今すぐに我々にひざまずいてしもべにあることを誓うのだ! 
さすれば救いの道は開かれる!』
 その言い分に、外にいる村の住人は皆一様に困惑する。
「そんな勝手なことをいきなり言われても……」
「俺たちはあんたのことを何も知らないんだぞ! それでしもべになれだなんて無茶な……!」
 尻込みしている人間たちに、キリエル人は苛立ったように怒鳴り散らした。
『黙れ! 貴様ら下等な人間に選択の余地はない。貴様らに与えられた道は、キリエル人を
崇め忠実なる下僕となることだけだ!』
 一方的に言いつけるキリエル人に強く反論する者たちが現れる。誰であろう、ブリミルと
サーシャだ。
「そんな勝手な要求は呑めない! ぼくたちにはぼくたちの信仰があり、生活がある。いきなり
出てきたあなたの言いなりになるなんてことは御免だ!」
「わたしはこの村の者じゃないけど、一つだけ言ってやることがあるわ。あんた何様なのよ! 
礼儀ってものの意味を調べてから出直してきなさい!」
 二人の発言に、キリエル人はますます不興を募らせているようであった。
『愚か者どもが! 己らの矜持の方が、命より大事だとでも言うのか! キリエル人の救いを
受けなければ、お前たちはこの世界とともに滅亡するのだ!』
 その言葉にもブリミルが言い返す。
「ぼくたちはその滅びとかいうのを阻止するために頑張ってるんだ! それに光の戦士たちも
力を貸してくれている。世界を滅ぼさせたりはしないぞ!」
 光の戦士、という単語に、キリエル人の怒りのボルテージはマックスになったようだった。
『よりによってウルトラマンを頼りにしようなどとは……愚行の極致! あまりに罪深い! 
もはやその罪は、我が聖なる炎でないと清められぬぞぉッ!』
 喚きながら、キリエル人は火炎を飛ばして村のテントを焼き始めた!
「きゃあああああああッ!?」
 一気に巻き起こる悲鳴。メイジたちは慌てて水の魔法で消火に掛かるが、火災の勢いは
凄まじく、またキリエル人が次々に火を放つので手が足りない。
「やめろ! 暴力に訴えるんだったらこっちも……!」
 キリエル人へ杖を向けるブリミルだが、すぐに小さくうめく。
「くッ、呪文詠唱が間に合うか……!」
「あの高さじゃさすがに剣が届かないわ! 誰か、弓持ってない!?」
 サーシャが弓を求めるが、それが届けられる前にブリミルたちの先頭に立つ者があった。
「いい加減にしろよ! このエセ救世主、いや救世主気取りの大馬鹿野郎!」
 もちろん才人だ。
『何だと……!?』
 正面から罵倒されたキリエル人はすぐに顔色が変わる。
「お、おいきみ! 危ないぞ!?」
「いや待った! 彼なら恐らくは……!」
 メイジの一人が泡を食って才人を止めようとしたが、ブリミルが神妙な面持ちで制止した。

27ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:35:11 ID:05VGcVdc
「守る相手に暴力を振るって言うことを聞かすなんて馬鹿もいいところだ! お前の本性は
神でも何でもない、ただの底抜けのわがまま野郎じゃねぇか! 自分の振る舞いが物語ってるぜ!」
 才人の遠慮のない非難の言葉に、キリエル人は怒りの矛先を全て彼に向けた。
『おのれ、キリエル人に向かって何たる口の利き方……地獄の炎で焼かれて己の罪を思い知れッ!』
 才人へと灼熱の火炎を猛然と放ってくるキリエル人!
 だが才人はスパークレンスを掲げて、その光で火炎を打ち払った!
『その光はッ!? そういうことか……!』
 一瞬驚愕したキリエル人だが、すぐに察してこれまで以上の怒気を纏う。
『ウルトラマン! 全ては貴様らのせいだ……! 貴様らの存在が愚かな人間どもを惑わせるのだ! 
おこがましいと思わんのか!』
「ほざけ! お前がどう思おうが知ったことじゃねぇ! 俺がすることはただ一つ……お前の
暴力からこの人たちを守ることだけだッ!」
 言い切って、才人はスパークレンスを高々とかざした。すると先端の翼型の意匠が左右に開き、
まばゆい閃光が発せられる!
「ヂャッ!」
 光とともに、才人の身体はたちまち巨躯なるウルトラマンティガへと変身する。
「おおッ!?」
「あれはまさしく、光の戦士……! あの少年がッ!」
 メイジたちの間でどよめきが起こった。一方のキリエル人は、ティガになった才人を激しく
ねめつける。
『よかろう。見せてやろう、キリエル人の力を! キリエル人の怒りの姿をッ!』
 キリエル人の足元の地面が突如ひび割れ、マグマの噴出のように火炎が噴き上がると、
それとともにキリエル人の姿が変化。ティガと同等の体格の怪巨人へと変化した!
「キリィッ!」
 現代のハルケギニアで戦ったのと同じキリエロイド。しかし顔はあの時の笑い顔とは違い、
泣き顔のように見える。
「タァーッ!」
「キリッ!」
 すぐにティガとキリエロイドの決闘が開始される。ティガの先制の拳をキリエロイドが
腕を差し込んで止め、ボディにパンチを入れる。
「ウッ!」
「キリッ! キリィッ!」
 ひるんだティガにキリエロイドの猛攻が仕掛けられる。スピーディーな回し蹴りの連発からの
側転キックという、流れるような連続攻撃にティガは身を守るので手一杯になる。
 キリエロイドの軽やかな身のこなしから来る絶え間ない攻めには反撃の余地がない。しかし
才人も既にキリエロイドと戦って、その動きが分かっているはずだ。それに目の前の相手からは、
以前ほどの力は感じられない。
 では何故苦戦しているのか。
『くッ……やっぱり身体を思うように動かせねぇ……!』
 それはもちろん、ティガの肉体に慣れていないからである。もう長いことゼロとして戦って
来たので、その身体能力に慣れ切った分、違うウルトラマンのスペックに逆に対応できていないのだ。
「キリィーッ!」
「ウワァァァッ!」
 キリエロイドの火炎弾が直撃し、大きく吹っ飛ばされるティガ。このまま押し切られてしまうのか?
『くッ、くそぉッ……!』
 よろめきながら身を起こすティガ。その時に、その耳にブリミルたちの応援の声が届く。
「がんばれ! 立ち上がってくれサイトくん!」
「しゃんとしなさい! 光の戦士はその程度じゃへこたれないはずよ! わたしたち何度も
見てるもの!」

28ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:37:45 ID:05VGcVdc
『ブリミルさんたち……!』
 わぁわぁと声を張り上げて応援してくれるブリミルたちに、ティガは目を向ける。
「ぼくは信じてるよ! 光の戦士は何も言わないが……とても優しく、勇敢な人たちだとね! 
きみたちこそが、この世界を救ってくれる勇者だ! ぼくたちも戦う、だから負けないでくれ!」
『……!』
 ブリミルの激励の言葉に、才人の心が沸き上がる。
「キリィィィッ!」
 一方でキリエロイドは苛立ちを募らせたかのように、ブリミルたちへと火炎を飛ばして攻撃する!
「うわぁぁぁッ!」
 ブリミルたちの窮地! ……しかし、火炎は途中でさえぎられて、彼らには届かなかった。
「ハッ!」
 瞬時にスカイタイプに変身したティガが超スピードで回り込んで、その身で火炎を打ち払ったからだ!
「おぉッ! 光の戦士が、守ってくれた!」
「サイトくん……!」
「やるじゃないの」
 ブリミルたちが歓喜し、サーシャはティガの背中に苦笑を向ける。
「タァーッ!」
 今度はティガの反撃の番だった。スカイタイプのスピードを活かしたラッシュを仕掛け、
キリエロイドを押していく。キリエロイドも迎え撃つものの、徐々にティガの動きのキレが
増していき、少しずつ防御が追いつかなくなっていく。
「キッ、キリィ!?」
 ティガの動きがどんどん良くなっていくことにキリエロイドは困惑していた。
 才人はブリミルたちの応援によって心が震え、かつ戦いながらティガの身体能力に順応
しているのだ。戦いながら成長している! こうなったからには、最早完全にティガの流れである。
「タァッ!」
「キリィッ!」
 ティガのハイキックがキリエロイドを蹴り飛ばす。そして距離を開けたところで、カラー
タイマーに添えた腕を伸ばして青い光線をキリエロイドの頭上に放った。
「ハッ!」
 光線が弾け、白い煙のようなものがキリエロイドの全身に降りかかる。するとキリエロイドが
たちまちにして頭の天辺から足のつま先に至るまで凍りついていく!
「キリ……!?」
 ウルトラ戦士には珍しい冷却攻撃、ティガフリーザーだ! キリエロイドは全身氷漬けに
なってしまい、一歩も身動きが取れなくなった。
「フッ!」
 今こそが絶好のチャンス。マルチタイプに戻ったティガは胸の前で交差した両腕を左右に
大きく開いて、同時にエネルギーを最大にチャージ。そして腕をL字に組んで必殺の攻撃を
繰り出す!
「タァッ!」
 ティガの最大の必殺技、ゼペリオン光線が炸裂! キリエロイドは一瞬にして粉々に砕け
散って消滅したのだった。
「おおおおおおおッ! 勝ったぁッ!」
「やったぞぉーッ!」
 ティガの逆転勝利に村の人々は一斉に歓声を発した。ブリミルとサーシャも満足げにうなずく。
 ……しかしキリエロイドが砕け散っても、キリエル人が完全に消滅した訳ではなかった。
ほとんどのエネルギーが飛び散りながらもどうにか生き長らえ、生命の保存のために人知れず
異次元に逃れていく。
『おのれ……よくもやってくれたな……! この恨みは決して忘れん……。たとえ何千年
経とうとも、再び相まみえたその時には、より強めた怒りの姿によって復讐をしてくれる……!!』

29ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:40:13 ID:05VGcVdc
 恨み節を残して、キリエル人はこの世界から退散していった。
「フッ……」
 そんなことは知らずに、ティガは変身を解いて才人に戻ろうとしたのだが……不意に嫌な
気配を感じ取って後ろに振り返った。
「フッ?」
 そして驚愕する。視線を向けた先の背景が……徐々に真っ黒い闇に塗り潰されていくのだ! 
決して夜の闇ではない。もっと恐ろしい……生存本能が非常に危険なものだとの警告をガンガン
鳴らす。
「な、何だあれは!?」
 ブリミルたちも闇に気がつき、恐れおののく。彼らもまた、迫る闇が大変危険なものだと
いうことを直感で理解していた。
「ハッ!?」
 ティガ=才人は、キリエル人の「闇によって滅びる」という発言を思い返した。
『まさか……もう来るってのか!?』

 ――現代のハルケギニア。教皇の即位記念式典が行われるアクイレイアはガリアとロマリアの
国境付近に存在する。アクイレイアからわずか北方十リーグのところには、火竜山脈を南北に
突き破る街道があり、そこに国境線が敷かれている。
 その名も虎街道(ティグレス・グランド・ルート)。直線で十数リーグもの長さになる、
ロマリア東部からガリアへ通ずる唯一の街道だ。左右を切り立った崖に挟まれていて昼でも
薄暗い土地であるため、昔は人食い虎や山賊などの被害が相次いだ記録が残っている。
それ故の物々しい通称だが、整備が進んで安全が確保された今では常に商人や旅人が行き交う、
ハルケギニアの主街道の一つに数えられている。
 だが、そんな虎街道のガリア側の関所では、ある揉め事が発生していた。
「通れねぇ? お役人さん、どういう了見だい?」
 ロマリアの祝祭ももう目前だというのに、関所の門が固く閉ざされ、誰一人としてロマリアへと
通行できないでいるのである。式典に参加するためここまで旅をしてきた者たちは当然ながら困惑し、
一様に関所を管理する役人に説明を求める。
 だが、役人からの回答はたった一つだけ。
「通れぬものは通れぬのだ。追って沙汰があるまで、待っておれ」
 当然そんな答えにならない答えでは納得がいかない。商人の一人は殺気立ちながら詰め寄った。
「おい、待ってくれよ! 明日の晩までにこの荷をロマリアまで運ばないと、大損こいちまう! 
それともなんだ、あんたが代わりに荷の代金を払ってくれるとでもいうのか?」
「バカを申すな!」
 一喝する役人だが、街道の利用者たちからは次々に不満の声が噴出した。
「教皇聖下の即位三周年記念式典が終わってしまうだよ! この日をわたしがどれだけ楽しみに
していたのか、あんたたちに分かるもんかえ!」
「サルディーニャに嫁いだ娘が病気なんだよ」
 役人はそれを抑えつけようととうとう杖を構えた。
「わたしだって知らん! お上からは、街道の通行を禁止せよ、との命令以外、何も受けて
おらんのだ! いつになったらこの封鎖が解かれるのか、わたしの方が知りたいくらいだ!」
 全く以て要領を得ない役人の言葉に、集まった人々が顔を見合わせる。
 その時、一人の騎士が役人の元に駆け込んできた。
「急報! 急報!」
「どうなされた?」
「リュティスより未確認の……!」
 馬から降りるのももどかしく、手綱を放り投げたままでの息せき切った報告であったのだが……
それよりも早く、その未確認の「何か」は、空の彼方より虎街道上空を横切っていった。

30ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:42:21 ID:05VGcVdc
「ピアァ――――ッ!」
 それは、巨大な鳥だったのか? それとも竜だったのか? あまりに速すぎて街道の人間の
目では全く見えなかった。分かったのは二つだけ。フネなどでは断じてないこと、そして……
何体も街道上空を通過して、ロマリア方面へと飛んでいったことだ。
「な、何だ? 今のは……」
「リュティスから来たって? あんなものすごい速さの、何かが……」
 事態がまるで呑み込めずに、利用者たちは先ほどまでの喧騒が一転して呆然としていた。
 だが……彼らの背筋を、急にひどく寒いものが駆け抜ける。
「な、何だ……? この感じは……」
「何か、すごく嫌な感じが……」
 唖然と空を見上げたままの人間たちの目に飛び込んできたのは……飛行物体の進行ルート上を
たどるように、ロマリアへと移動する――と言うべきなのだろうか――「暗闇」としか言いようの
ないものであった。
「ひやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
 この場にいた人間は全員、恐怖の絶叫を発して腰を抜かしたり、その場にうずくまって
がたがた震えたり、必死に物陰に身を潜めるようにして息を殺したりと恐怖に駆られた
反応を示した。――彼らの本能が、あの「闇」が、人食い虎などとは比べものにならないほど
危険で恐ろしい、おぞましいものだと感じ取ったのだ。
 その「闇」は、関所の人間にはまるで無関心かのようにそのまま通り過ぎていった。「闇」が
完全に去って、人間たちの恐怖心はようやく消えたのである。
 役人は未だ冷や汗まみれの顔でつぶやいた。
「一体、何が始まるというんだ……」
 そのひと言が発せられたのと――ロマリア領空を警護するロマリア艦隊が、先に超高速で
飛んでいった飛行物体の集団――超古代の怪獣ゾイガーの群れに壊滅させられたのはほぼ同時であった。
 そしてゾイガーの露払いが済んだのを見計らうように、「暗闇」は確実にアクイレイアへと
近づいていったのである……。
「プオオォォォォ――――――――!!」

31ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 01:08:44 ID:05VGcVdc
以上です。(終了宣言出来てなかった…)
ある種のタイムパラドックス。

32ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:30:46 ID:uPUZJleA
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様です。
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。もう夏も終わりですね。

特に変な事が無ければ、21時33分から八十六話の投稿を始めたいと思います。

33ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:33:09 ID:uPUZJleA
 ハルケギニアの主要都市の水道設備は、思いの外しっかりしているという事を知ってる人間は少ない。
 場所にもよるが井戸から汲んだ水を直接飲める場所は多く、良質な水が飲める事を売りにしている土地もある。
 およそ五百年前までは水まわりの環境は酷く、伝染病の類が発生したらそこから調べろとまで言われていた程だ。
 そうした病気を防ぐため当時の王族は貴族たちに命じて研究させたところで、ようやく今の状態にまで漕ぎ着けたのである。
 今では主な都市部には大規模な下水道が造られ、生活排水などはそこを通ってマジック・アイテムを使った処理施設へと辿りつくようになっている。
 マジック・アイテムの力で浄化された生活排水は比較的綺麗な水となって地下の川から海の方へと流れていく。
 最も最初に書いたように、それを知っているという人間は恐らく義務教育を受ける貴族ぐらいなものだろう。
 その貴族でさえも、下水道はともかく各都市に必ず存在する処理施設の場所を知っている者は殆どいないに違いない。
 都市部で生まれ育った平民ともなれば、水は綺麗なモノだと当たり前に考えている者さえいる。

 彼らはかつて水そのものが病気の塊と呼ばれ、怖れられていた時代の人間ではないのである。
 既に生まれた時から井戸の水は冷たくて美味しく、トイレは水洗式で清潔という幸せな時代の人間として生きているのだから。
 彼らにとって、水はもう自分たち人間の友達で怖くないという概念が当たり前になってしまっている。
 それは決して不幸な事ではないし、むしろあの世にいる先祖たちは良い時代になったと感心している者もいるだろう。

 だからこそ惹かれるのだろうか、近年肝試しと称して若い貴族や平民たちが下水道へ踏み込むという事件が増えている。
 大抵の者たちは自分たちの勇気を示すために、下水道へと足を踏み入れるというパターンだ。
 基本的に下水道へは町の道路にあるマンホールか、街中の川を伝った先にある暗渠を通れば入る事はできる。
 しかし、出入り口の明りがまだ見えている状態はともかく一時間も歩けばそこは地下迷宮へと早変わりする。
 時に狭く、時には広くなったりと道の大きさは変動し、更には処理されていない生活排水に腰まで浸かる場所まであるのだ。
 そうして当てもなく下水道を彷徨った挙句に方角を見失ない、気づいた時には闇の中。
 
 若い貴族達…それも゙風゙系統が得意な者がいれば何とか風の流れを呼んで無事に出られる事もあるし、
 平民の場合でも何とか地上のマンホールへと続く梯子を見つけて、命からがら脱出できた例もある。
 しかし殆どの者たちは混乱して下水道を走り回り、結果として更に奥深くへと迷いこんでしまう。
 更に錯乱して奥深く、奥深くへと潜り込んでしまい…そうして人知れず行方不明になった者たちが大勢いると噂されている。
 その噂が更に尾ひれを付けて人々の間を泳ぎ回り、いつしか幾つもの都市伝説が生まれ始めた。
 下水道に迷い込んだ若者を喰らう白い海竜や、地下に逃げ込んで頭が可笑しくなった殺人鬼が徘徊している…等々。
 噂話が好きな若者たちの間でそんな話が語られ、そこから更なる話が創作されて他の人々へと伝わっていく。
 そんな話を仲間たちと和気藹々と話す彼らはふと想像してしまうのだ、地下の下水道にいるであろう怪異の数々を。
 いもしない怪物たちの存在を否定しつつも、もしかして…という淡い期待を抱いてしまう。 

 だが彼らは知らないだろう。人口といえども明りひとつ無い暗闇という存在が、単一の恐怖だという事を。
 作り話と理解しつつも「もしかして…」という淡い期待を大勢の人々が抱く内に、その恐怖の中で゙架空゙が゙本物゙となり得るのだ。
 そしてもしも…その様な場所で何かしら凄惨な事件でも起これば―――゙本物゙は人々の前へと姿を現すだろう。


 その日のトリスタニアは、昼頃から不穏さを感じさせる黒雲が西の空から近づいてきていた。
 人々の中にはその雲を見て予定していた外出をやめたり、雨具を取りに自宅へ戻ったりしている。
 中には単に通り過ぎるだけと思い込む者たちもいたが、彼らの願いは惜しくも叶う事はなかった。

34ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:35:10 ID:uPUZJleA
 夕方になるとその黒雲から一筋の閃光が地面へと落ち、少し遅れて聞こえてくる雷鳴の音が人々の耳の奥にまで響き渡る。
 そして陽が落ちる頃には王都の上空をも覆い尽くした黒雲から雨が降り始め、やがてそれは大雨となった。
 雨具を持って来ていた者たちは落ち着いてそれを用意し、持っていない者たちは雨宿りのできる場所へと急いで非難する。
 
 街中にある小さな坂や階段はたちまちの内に小さな川となり、慌ててそこを通ろうとする者たちは足を滑らせ転倒してしまう。
 結果、急いで適当な店の中へ避難する人々の中にはより一層ずぶ濡れになっている者たちがいる。
 トリスタニアのあちこちに作られた人口の川は大雨で流れが激しくなり、茶色く濁った水となって下水道へと流れていく。
 もしも誤って川に転落しようものならば…少なくとも命は保証できない事は間違いないだろう。 

 日中の熱気が籠る王都を突然の大雨が冷やしていく様は、さながら始祖ブリミルの御恵みとでも言うべきか。
 なにはともあれ人々の多くはこの天からの恵みに感謝の気持ちを覚えつつ、自分の体を濡らさぬよう屋根の下に避難していた。

 夕方からの大雨で人々が慌てる中、一人の老貴族がお供も連れずにひっそりとチクトンネ街の通りを歩いていた。
 顔からして年齢はおよそ六十代前半といった所だろうか、白くなり始めている髭が彼の顔に渋みというスパイスを加えている。
 昼ごろの雲行きを見て大雨になると察していた為、持ってきていた黒い雨合羽のおかげで濡れる心配はない。
 時間帯と空模様に黒い合羽のおかげで通りを歩く他の人たちの注目を集める事無く、彼はある場所を目指して歩いていた。
 何人かはその貴族が気になったのか一瞬だけ見遣るものの、すぐに視線を前へ戻してスッと通り過ぎていく。
 どうせチクトンネ街を一人で歩く老貴族なんて、この街に幾つかある如何わしい店が目的なのだろうと考えているのかもしれない。
 
 老貴族としてはそんな゙勘違い゙をしてくれた方が、個人的に有難いとは思っていた。
 何せこれから自分がするのは、少なくともトリステイン人――ひいては貴族達からしてみれば到底許されない行為なのだから。
 だから時折すれ違う若い貴族たちが自分を気にも留めずに通り過ぎていく時には、内心ホッと安堵していた。
 そして…自宅を出て一時間ぐらい経った頃だろうか、ようやく老貴族はこの大雨の中目指していた目的地へと辿り着く事が出来た。

 そこはかつて、家具工房として開かれていた大きな工房であった。
 しかじかつでという過去形で呼ぶ通り、今ではチクトンネ街の一角にある廃墟となっている。
 十数年前に売上不振からくる借金を理由に経営者の貴族が首を吊り、そこから先はトントン拍子で倒産していった。
 今は看板すら取り払われて敷地に雑草が生い茂り、野良の犬猫たちが多数屯する無人の建造物と化している。
 何処かの誰かがこの土地を買ったという話も聞かない辺り、いずれは国が買い取って更地になる運命なのであろう。
 今ではホームレスたちの住宅街と化している旧市街地と比べれば、更地にしやすいのは明白である。
「さて、と…いつまでもここにいても仕方ない。…入るとするか」
 老貴族は一人呟くと入口に散らばったガラス片を踏み鳴らしながら、廃工房の中へと足を踏み入れる。
 …そして、彼は気づいていなかった。ゆっくりと入口をくぐる自分を見つめる人影の存在を。

 入り口から中へと入った老貴族は、まず工房内部が思いの外暗かったことに足を止めてしまう。
 別段暗いのは苦手ではないがここは廃墟だ、万が一何かに躓いて怪我でもしてしまえば厄介な病気に掛かるかもしれない。
「やれやれ…大切な用事の為とはいえ、わざわざこんな所にまで来る羽目になるとはねぇ」
 一人面倒くさそうに言うと、老貴族は腰に差していた杖を手に持つとブツブツと小さな呪文を唱え、ソレを振った。
 するとたちまちの内に小ぶりな杖の先端に小さくも強い明りが灯り、彼の周囲を照らしていく。

35ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:37:17 ID:uPUZJleA
 工房の内部は老貴族が想像していたよりも、人がいた頃の名残を遺していた。
 あちこちに置かれていたであろう道具や、工房から出荷する筈だった家具は当然持ち出されていたが、
 中は比較的綺麗であり、一目見ただけでは数十年モノの廃墟とは思えない程である。
 しかし、やはり廃墟と言うだけあってか荒廃している場所もあり、屋根の一部分が倒壊してそこから雨風が侵入している。
 老貴族は脱ごうと思っていた雨合羽をそのままに工房の中を歩き始めると、この廃墟の先住者たちとも遭遇した。
 雨が降っているせいか、この辺りに縄張りを持っている野良犬や野良猫といった動物たちが雨宿りの為集まって来ているのだ。

 猫の場合は元々人に飼われていたペットか、犬ならば山に棲んでいたのが餌を求めて山から下りて来たのか…
 その真相自体は今の貴族にとってはどうでもよかったが、こうまで数が多いと流石に気になってしまうものである。
 今歩いている長い廊下の端で寝そべっているのだけを数えても、犬猫合わせて十匹以上はいるような気がするのだ。
 こちらに見向きもせずに湿気た廊下に寝そべる犬を見てそんな事を思っていた彼は、ふとある扉の前で足を止める。
 今にも腐り落ちそうな木製のそれに取り付けられた錆びたプレートには『洗濯場』と書かれており、半分ほどドアが開いていた。
「……洗濯室。よし、ここだな」
 老貴族は一人呟くと律儀にもドアノブを握ってから、そっとドアを開けた。
 プレートと同じく、長い事風雨に晒されて錆びてしまっているソレの感触に鳥肌を立たせつつ洗濯室の中へと入る。
 
 そこはかつて工房で働く職人たちの服を洗っていた場所なのだろう。
 あちこちに外で使う為の物干し竿や洗濯物を入れる籠が乱雑に放置されて床に散らばり、
 室内に設置されたポンプから流れてくる水を受け止めていたであろう大きな桶は蜘蛛の巣で覆われている。
 窓ガラスは割れてこそいなかったものの酷いひび割れが出来ており、いずれは周囲に散らばってしまう運命なのだろう。
 しかし廊下とは違って犬猫はおらず、それを考えると微かではあるが大分マシな環境とも言えるに違いない。湿気さえ我慢できればの話だが。
「ふ〜ん……お、これか?」
 洗濯室へと入った老貴族は明りを灯す杖を振って部屋を見回すと、隅っこの床に取り付けられだソレ゙を見つける事が出来た。
 ゙ソレ゙の正体……――――それは大人一人分なら楽々と両手で開けて入れるほどの大きさを持つ鉄扉である。
 床に取り付けられた扉は正しくこの工房の下―――つまりこの街の地下へと直結している隠し扉なのだ。
 どうしてこんな工房の跡地に、そんな鉄扉が取り付けられているのかについては彼自身良くは知らない。
 自殺した経営者が地下に用事があったのか、元々地下へと続く道が大昔に作られていたのか…真相は誰にも分からない。
 とはいえ、彼にはそんな真相など゙この扉の先で済ます用事゙に比べれば実に些細な事である。
 その鉄扉こそ老貴族がここへ来た理由の一つであり、 その理由を完遂させるためには扉を開けて先に進む必要があった。

 いざ取っ手を掴んで開けようとした直前、老貴族はスッとその手を引っ込める。
 多少錆びてはいるものの、特に何の変哲もない取っ手なのだが何故彼は急にそれを掴むのを止めたのだろうか。
 その答えを知っている老貴族は思い出した様な表情を浮かべつつ、気を取り直すように咳払いをした。
「いかんいかん、すっかり忘れておったよ……え〜と、確か――」
 一人そんな事を呟きながら、一度は引っ込めた右手を床下の扉へ向けると、中指の甲で小さくノックし始める。
 コンコン…と短く二回、次にコン…コン…コン…と少し間隔を空けて三回、そして最後にコン…コンコン…コン!と四回。
 計九回も床下の扉から金属音を鳴らした老貴族はもう一度手を引っ込め、暫く無言になって扉を凝視する。
 ノックされた扉は当然の様に無言を貫いている…かと思われたが、
「………新金貨が六枚、エキュー金貨は?」
 突如としてその向こう側から、人――それも若い女性の声が聞こえてきたのである。

36ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:39:13 ID:uPUZJleA
「エキュー金貨は四枚、それ以上も以下も無い」
 老貴族は女性の声で尋ねられた意味の分からない質問に、これまたワケの分からない答えでもって返す。
 そこからまた少しだけ時間を置くと、今度は声が聞こえてきた鉄扉がひとりでに開き始めたのである。
 ギギギギ…と錆びた音を洗濯室を通り抜けて廊下まで響かせて、地下へと続く秘密のドアが周囲の埃を舞い上げて開く。
 老貴族はその埃を避けるかのように後ろへ下がると、ヒョコッと何者かがドアの下にある穴から顔を出した。
 それは頭からすっぽりとフードを被った、一見すれば男か女かも分からぬ謎の人影であった
 しかし老貴族は何となく理解していた。このフードの人物こそ先ほどドアの向こう側にいた女の声の主であると。

 フードの人影は老貴族の考えを肯定するかのように、彼の方へ顔を向けるとその口を開いた。
「…アンタが先ほど合言葉を言った貴族か?」
 影で隠れている口から発せられた声は高く、どう聞いても男の声には聞こえない、女らしい声である。
 だが老貴族のイメージするような一般的な女性像とは違い、その声色には短刀の様な鋭ささえ感じ取れた。
 老貴族は相手が女であるが決して只者ではないという事に内心驚きつつ、フードを被る女性へと気さくにも話しかける。
「うむ、左様。…この先にいる人物に渡したい物がある故にここまで来させてもらったよ」
「そうか、じゃあこちらへ。その人物が待っている場所まで案内する」
 ひとまずお愛想程度の笑みを浮かべる老貴族に対し、女性はその硬い態度を崩そうとはしない。
 まるでここが戦場であるかのように身を固くし、自分が来るのを待っていたのだとしたら彼女は゛その道゙のプロなのであろう。
 彼女の素性はまるで知らないが、自分へここへ来るよう要求したあの男はまた随分と頼りになる用心棒を雇ったらしい。
 女性の手招きで地下へと続く階段へと足を伸ばしながら、老貴族はほんのちょっと羨ましいと思っていた。

 杖の明りをそのままに老貴族が地下へと続く階段を降りはじめると、背後から何かが閉まる音が聞こえる。
 何かと思って振り返ると、自分にここへ入るよう手招きしたフードの女が再び扉を閉めた所であった。
 扉が閉まった事で元々暗かった地下への階段は更に暗くなり、老貴族の杖だけが唯一の灯りとなってしまう。
 まぁそれでもいいかと思った矢先、魔法の灯りで照らされているフードの女が懐から自分の杖を取り出して見せる。
 そして先ほどの老貴族と同じ呪文を唱えると杖の先に灯りが付き、地下へと続く道がハッキリと見えるようになった。

「……貴族だったのか」
「正確に言えば元、だけどな。今は安い給料と酒だけが楽しみな平民だ」
 意外だと言いたげな老貴族に対し、フードの女はそう答えて彼の横を通り過ぎる。
 ゙元゙貴族のメイジ…という事は何らかの事情で家を追い出されたか、もしくは家を潰された没落貴族なのだろうか?
 そんな事を考えつつも、自分に代わって先頭になった女の「ついてこい」という言葉に老貴族は再び足を動かし始めた。

 体内時計が正しく動いているのであれば、おおよそ二〜三分くらい階段を降りたであろうか。
 長く暗い階段の先にあったのは地上よりも遥かに湿度が高く、そして仄かに悪臭が漂う地下の世界だった。
 レンガ造りの壁と床でできた通路はそれなりに広く、ブルドンネ街の大通りより少し小さい程度の道が左右に作られている。
 天井から吊り下げられている魔法のカンテラがちょうど階段へと通じる出入り口を照らしており、妙に眩しい。
 思わず視線を右に向けると五メイル先にも同じようなカンテラが吊り下げられ、それがかなりの距離まで続いている。
 何の問題も無く作動しているマジック・アイテムを見て、老貴族はここが上の廃工房とは違い゙生きている゛事に気が付く。
 次いで思い出す、ちょうどこの地下通路がある地上の近くには、トリスタニアの下水処理施設ずある事を

37ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:41:13 ID:uPUZJleA
「ここは…処理施設で使われてる通路か」
「あぁ、処理施設の職員が問題発生時に下水道へ行く時に使うそうだ。右へ行けばそのまま施設まで行ける」
 老貴族の呟きに女は勝手に答えると杖を腰に差してから、左の方へと顔を向けて歩き始めた。
 足音を聞いて慌てて彼女の背中について行こうとした時、微かに水が激しく流れる音が聞こえてくるのに気が付く。
 鼓膜にまで響くその激しい濁流の音に恐怖でもしたのか、ふと足を止めて呟いてしまう。
「まさかとは言わんが、あの濁流の音が聞こえてくる場所まで行くのかね?」

 地上はあの大雨だ、水の流れは激しくなるだろうし音からして下水道は上より危険なのは間違いない。
 そんな心配を相手が抱くのを知ってか、女は振り向きもせずに彼へ言った。
「心配しなくても、下水道まで行く必要は無い。ここから少し先にもう一つの地上へ繋がってる階段の所が目的地だ」
「…ふぅ、そうかね」
「……怖いのか?あの濁流の音が」
 自分の言葉に思わず安堵のため息をついてしまう老貴族の姿を見て、彼女は無意識に口走ってしまう。
 言った後で流石に失礼だったかと思った女であったが、以外にも言われた本人は怒ってなどいなかった。
 むしろ怖いのか?と聞いてきた自分を不思議そうな目で見つめると、逆に聞き返してきたのである。
「じゃあ君は怖くないのかね?この脳の奥まで震えてきそうな濁流の音が」
「い、いや…確かに、この音が聞こえる場所までは行きたくはないが…」
 老貴族からの質問返しに思わず言葉を詰まらせつつもそう返すと、彼は「それで良い」と言った。

「本能で「恐い」と感じるモノを、自分のプライドが傷つくという理由だけで否定したら自分を裏切る事になる。
 キミ、それだけはしちゃあ駄目だぞ?そうやって自分を裏切ってたら本能が麻痺して、ここぞという時で命を落とすんだ」

 
 そこから更に十分程歩いだろうか、五メイル間隔の灯りを頼りに地下通路を進んでいると一人の男が壁にもたれ掛っていた。
 年は三十代くらいだろうか、明るい茶髪をまるで小さ過ぎるカツラの様に乗せているヘアースタイルは否応なしに目に入ってしまう。
 足元には小旅行などに適したバッグが置かれており、時折そちらの方へも視線を向けて動かぬ荷物の安否を気にしている。
 服装は街中の平民たちに扮しているつもりなのだろうが、周囲の様子に警戒している姿を見れば只者ではないと分かる。
 良く見れば腰元には杖を差している。子供でも扱いやすい様設計された、最新式の取り回しやすい指揮棒タイプだ。
 更に足を見てみれば木靴ではなく軍用のブーツを履いている。こんな場所では完全に扮する必要は無いという事なのだろう。
 男は老貴族と女の姿に気付くとスッと壁から離れ、右手を上げながら気さくな様子で女に話しかけた。
「よぅ、おつかいは無事果たせたようだな仔猫ちゃん」
「バカにするなよ三下。さっさと仕事に入れ、私がここまで連れてきてやったんだぞ」
「おいおーい、そんなにカリカリするなっての?…ったく、おたくらの゙ボズは厄介なヤツを紹介してくれたもんだねぇ」

 最初の方は女へ、そして最後は老貴族の方へ向けて男は軽い態度で二人に接してくる。
 女はそんな男へ怒りの眼差しを向けていたが、敬語を使っていなかった彼女にも涼しい表情を向けていた老貴族は相変わらず笑顔を浮かべていた。
 フードの中から睨まれている事に気が付いたのか、男は気を取り直すように咳払いをした後に足元のバッグを拾い上げた。
「ゴホン!さて、と…じゃあこんな辛気臭い所にいるのも何だし、さっさと本題に入っちまおうか」
 そう言って男はバッグを左腕に抱えると右手で取っ手を掴んでロックを外し、バッグの中身を二人の前に見せびらかす。
 まず最初に老貴族の目に入ったのは、大量のエキュー金貨が詰め込まれた五つのキャッシュケースであった。
 五列の内一列に金貨が十枚入っており計二百五十枚のエキュー金貨、下級貴族が家賃の事を心配せずに二年も暮らせる額だ。

38ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:43:21 ID:uPUZJleA
 バッグの中を覗き込む老貴族を見て、男は「スゲェだろ?」と自慢げに聞いてみる。
 しかし年相応の身分を持つ彼の気には少ししか召さなかったのだろうか、やや不満げな表情を見せて男に聞き返す。
「君゙たぢが支払うモノは金貨だけかね?そうだと言うのなら少し考えさせてもらうが…」
「…へっ!そう言うと思ったよ、けど安心しな?アンタが持ってきてくれだ商品゙の対価に見合う品は他にもある」
 老貴族からの質問に男は得意気に答えるとバッグの中を漁り、金貨が詰まったケースの下から四つの小さな革袋を取り出した。
 最初はそれが何だか分からなかったが、袋を目の前まで持ってこられるとそこから漂ってくる雑草の匂いで中身が何のかを察する。
「それは――――…麻薬か?」
 老貴族の問いに男はニヤリ、と卑しい笑みで返すと袋の口を縛っていた袋を解き、中身を見せる。
 革袋の中に入っていたのは乾燥させた何かの植物―――俗に乾燥大麻と呼ばれる麻薬であった。

「サハラの辺境地で栽培されて、エウメネスのエルフたちが作った純正品さ。ここまで運んでくるのも一苦労の代物なんだぜ?」
 まるでセールスマンにでもなったのかように饒舌になる男に、老貴族は今度こそ顔を顰めてしまう。
 女は最初から知っていたのか、フードに隠れた目から嫌悪感をハッキリと滲ませて男を睨んでいる。
「王都やリュティスでも中々お目に掛かれねぇ高級品だ、売っても一袋で入ってる金貨の倍は稼げちまう」
「……私は麻薬などやらない。持ってくる品物を間違えたな」
「おいおい固い事言うなって!…何もアンタ自身が吸わなくても、吸いたいってヤツは今やハルケギニアにはいくらでもいるだろ?」
 老貴族の反応に男は肩をすくめてそう言う。
 確かに彼の言うとおり、今や乾燥大麻…もとい麻薬はハルケギニアでちょっとした問題となっている。
 昔から特定の薬草を乾燥したり、粉末化する事でできる特殊な薬の類は存在していた。
 吸えばたちまち幸せな気分になったり、まるで鳥になって大空を飛び回るかのような高揚感に浸れてしまう。
 しかしモノによっては副作用が強い物もあり、時として服用者の命すら奪うような代物さえ存在するのだ。
 近年に入ってそうした薬物は毒物と定義づけられ、今では危険な嗜好品として取り締まり対象にまでなっている。
 
 男が持ってきたサハラの乾燥大麻も当然麻薬の類であり、持っている事が知られればタダではすまない。
 所持している事自体が犯罪であるが、何より麻薬というものは文字通り大金を生み出す魔法の薬なのである。
 幾つか小分けにして人を雇い、繁華街にあるような非合法的な風俗店の経営者に店で売ってもらうよう頼み込めば、喜んで店の金で取引してくれる。
 そして今バッグの中に入っている一袋分を丸ごと売るとすれば…男の言うとおりバッグの中に入っている金貨よりも稼げてしまうだ。
 この様に使っても良し、売っても良しという麻薬は犯罪組織等の商品道具にもなる為、厳しい取締りが行われているのである。
 仮に老貴族が持っていたとしたら良くて地位剥奪、酷い時にはチェルノボーグへの収監といったところだろうか。
 そして自分で使わず、誰かに売ってしまうと…結果的に購入者の命を縮める行為に加担してしまうのである。

「悪いがそれを貰う気にはなれん。…だが、私もここまできた以上は手ぶらというワケにはいかんのでな」
 だからこそ老貴族は首を縦に振らなかったが、からといってこのまま踵を返して帰るつもりはないらしい。
 男が差し出してきた麻薬入りの革袋を丁重にお断りした後、彼は自分の腰元へと手を伸ばす。
 マントで隠れていたベルト周りが露わになり、老貴族の腰に差さっているのが杖だけではないという事に女と男は気が付く。
 老人が取り出したるもの…、それは硬めの紐でベルトと結んでいる小さめの筒であった。
 ちょうどお偉い様が書いた様な書類を丸めてから入れるあの筒型の入れ物を見て、何をするのかと男は訝しむ。
 そんな彼の前で老貴族は筒を両手に持ち、右手に掴んだ部分を捻ってみせると…ポン!という軽い音を立てて筒が開く。

39ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:45:09 ID:uPUZJleA
 二人が見守る中で老貴族は口が開いた筒を二、三回揺らすと…中から丸めた数枚の羊皮紙が出てくる。
 かなり大きいサイズのそれを老貴族は男の目の前で開いて見せると、その紙に何が記されているのかがわかった。
「……!こいつは――」
「お前の゛ボズが喉から手が出るほど欲しがっていた空軍工廠の見取り図に、新造艦の設計図だ」
 驚く男に老貴族が続くようにして言うと、思わず女も男の持つ羊皮紙を肩越しに覗き見てしまう。
 たしかに老人の言うとおり、数枚の羊皮紙には建物の上から見下ろした様な図と軍艦の設計図が描かれている。
 本来ならばトリステイン軍部が厳重に管理し、持ち込み禁止にしている筈の超重要機密な代物だ。
 男とフードの女が軽く驚いく中、老貴族は肩を竦めながら話を続けていく。

「本来ならもっと欲しい所なのだが…私にこれを持っていくよう指示した男は絶対に渡す様言って来てな。
 だから…まぁ、その程度の金貨じゃあ不十分だが…乾燥大麻は抜いて金貨二百五十枚でそれと交換しようじゃないか。
 君たちぐらいの組織ならその見取り図と設計図さえあれば工廠に潜入して、艦の脆い部分に爆弾を仕込む事など造作ないだろう?…そう、」
 
 ―――――…君たち、神聖アルビオン共和国の者ならばね。

 老貴族が最後に呟いた組織の名前に、男…もとい今のアルビオンに所属するメイジはニヤリと笑って見せる。
 確かにこのご老体の言うとおりだろう。これだけの情報があれば上は間近居なく破壊工作を行うよう命令を出すだろう。
 上手く行くかどうかはまだ分からないが、成功すればトリステイン空軍へ致命傷に近い大怪我を負わせる事など造作もない。
「……へへ、アンタがそんなのを持ってきてるって知ってたら…金塊でも入れてくるべきだったかねぇ」
 男は名残惜しそうに言うとバッグから麻薬入りの革袋だけを取り出し、金貨だけが残ったソレを老貴族へと差し出した。
「こんだけスゲェ情報をくれたんだ、まだ追加で金が欲しいってんならこの女を通してアンタに渡すが…いいのかい?」
「別に構わんさ。既に老後の資金を蓄えすぎている身、持ち過ぎれば色んな人間に狙われる」
「そうかい?金なんて多くもってりゃ損はしないと思うが…」
 流石に対価に見合わぬ物を手に入れてしまったと感じている男の言葉に、老貴族は首を横に振りながら受け取る。
 そしてお返しに手に持っていた見取り図と容器の筒を差し出し、逆に男はそれを貰い受けた。
 金に対しそれほど執着心が無い老人を訝しみつつ、数枚の羊皮紙を筒の中に戻しながら男は言う。

「まぁこんだけ危ない橋を渡ってくれたんだ、クロムウェル閣下にはアンタの名前を伝えておくよ。
 あのお方は寛大だからねぇ、この国とのケリが着いた暁にはあんたにさぞ素晴らしい席を用意してくれるだろうさ」

 麻薬の入った革袋四つと見取り図や設計図が入った筒を両手に持った彼がそう言うと、老貴族は「期待しているよ」とだけ返す。
 この地下通路で怪しい男と出会った老貴族の目的はこの言葉を境に、無事に済ます事が出来た。
 老貴族の目的―――それはかつてレコン・キスタと呼ばれ、今は神聖アルビオン共和国と名乗る国の内通者になる事である。
 目の前にいる男はスパイとして王都に潜り込んだ者たちの内の一人であり、こうして内通者となった貴族達から金と引き換えに機密情報を買っているのだ。
 今のトリステインでは現王家に不満を抱えている者は少なくはなく、喜んで内通者となる者が多い。
 スパイたちも大分前に――タルブでの戦闘が始まる前から王都へと潜入しており、これまで内通者候補の貴族を探して説得を続けていた。
 途中トラブルが発生して仲間の一人が捕まったものの、未だ組織として王都で活動できるほどの力は残っている。
 そして今正に、トリステインにとって最も知られたくないであろう情報がスパイである彼の手に渡ろうとしていた。

40ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:47:09 ID:uPUZJleA
 それから少し時間を掛けて男は手に持った荷物に紐を使い、ベルトに括りつけていた。
 羊皮紙数枚が入った筒型容器はともかく、麻薬入りの革袋が意外に重くベルトがずり落ちかけているものの、
 とくに気にするこ素振りを見せないスパイの男は、両手が空いたことを確認してからジッと待機している女へと話しかけた。
「…それじゃあ、お互いここで別れるとしようか。…お前はこの内通者様を出口まで送ってやれ」
「分かった。……よし、戻るぞ。そのまま来た道を…」
 女は男の指示に頷いて、金貨入りのバッグを片手に持った老貴族と共に工房へ戻ろうとした直前―――。


「――――…動くなッ!!」
 突如、老貴族と女が通ってきた道の方から聞き慣れぬ男の鋭い声が三人の動きを止めた。

「…ッ!?な、なんだ…――ッ!」
 ベルトの方へ視線を向けていた男は突然の事に驚きつつ、慌てて顔を上げて前方を見遣る。
 老貴族と女も急いで後ろを振り向き、誰が自分たちへ声を掛けたのかその正体を探ろうとする。
 …声の主がいたのは五メイル後方…天井からの灯りに照らされたその姿は紛れもなくトリスタニアの平民衛士の姿をした男であった。
 常日頃王都の治安を守る者としての訓練を受け、昼夜問わず不逞な輩から街を守り続けている衛士隊。
 制服であり戦闘服でもある茶色の軍服に身を包み、その上から軽量かつ薄くて安価な青銅の胸当てを付けている。
 だからだろうか思った以上にその足取りは早く、あっという間に驚く三人との距離を縮めてきたのだ。
 男の年齢は四、五十代といった所だろうか、年の割にはまだまだ現役と言わんばかりの雰囲気をその体から放っている。
「衛士だと?一体どこから…―――――!」
「動くな!次に動けば右手の拳銃を撃つ、この距離なら杖を抜く前に当たるぞ!」
 老貴族が慌てて腰の杖を手に取ろうとしたのを見て、衛士は右手に持った拳銃の銃口をスッと向ける。
 火縄式の拳銃は引き金を引けばすぐに撃てる状態であり、それを見た老貴族は諦めて杖に近づけていた手を下ろす。
 そして改めて自分へ銃を向ける男を上から下まで見直してみると、衛士はかなりの武器を引っ提げて来ているようだ。
 衛士の男はその背中に年季の入った剣を背負っており、左手には右手のものと同じ拳銃が握られている。
 そして腰には杖の代わりと言いたいのか、左右に一丁ずつ予備の拳銃までぶら下げているではないか。
 これでは仮に銃撃を避けれたとしても、すぐに腰のソレを構えられて…バン!即あの世行きであろう。
 
 それに衛士の言うとおり、この距離では杖を抜いて呪文を詠唱するよりも先に拳銃を撃たれてしまう、
 良く他の貴族たちは拳銃を平民たちの玩具と嘲る事があるものの、実際はかなり厄介な代物だという事を知らない。
 剣や槍、同じ飛び道具の弓矢等と比べて撃ち方から装填までの訓練は比較的簡単なうえ子供であっても訓練さえすれば扱う事ができる。
 遠距離ならまだしも、数メイル程度の距離から撃たれてしまうとメイジは魔法を唱える暇もなく射殺されてしまうのだ。
 魔法衛士隊の様に口の中で素早く詠唱できる者ならまだしも、並みの貴族ならばその距離で撃たれてしまうとどうしようもない。

 過去、銃と言う武器を侮ったが故にその餌食となった貴族というのは何人もいる。
 それ故に、銃は平民達が持つ武器の中では断トツの危険性を持っているといっても過言ではない。

「んだぁこの平民?そんな拳銃いっちょまえにぶら下げて、魔法に勝てるとでも思ってんのかよ」
 老貴族はそれを知っているからこそ杖を手に取るのはやめたものの、もう一人の男は何も知らないらしい。
 背中を向けている為にどんな表情をしているかまでは分からないものの、その声色には明らかな侮蔑の色が混じっていた。

41ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:49:12 ID:uPUZJleA

 男は笑いを堪えているかのように言うと何の躊躇いもなく杖を抜き取り、勢いよくその先で風を切ってみせる。
 ヒュン…ッ!と鋭い音は威嚇のつもりなのだろうが、生憎相手が悪すぎたというしか無いだろう。
 時折街中で酔って暴れる下級貴族を止めている衛士の男にとって、杖を向けられても平然とできるほどの度胸は育っていた。
 衛士は前へ進めようとした足を止めて、その場で左手の拳銃を男の方へと向ける。
 
 老貴族には見えなかったものの、杖と拳銃が向き合う姿は正に貴族と平民の対決を表現しているかのようだった。
 もしも彼が撃たれるのを覚悟して振り向いてしまっていたら、きっとそんな事を口走っていたに違いないだろう。
 暫し二人の間に沈黙が走った後、衛士の男が杖を向ける 

「この距離で呪文を唱えて魔法を放てる暇はあるのか?やってみるといい、足に銃弾が直撃した時の痛みを教えてやる」
 そう言って衛士が自分の顔面に向けていた銃口を足へと向けるのを見て、男はせせら笑う。
「……へっ、へへ!てめぇ周りが見えてないのか?今この場に居る貴族は俺とそこの爺さんだけじゃねぇんだぜ」
 なぁ、仔猫ちゃんよぉ?男の言葉に、それまで手を出さずに静観していた女が一歩前へ歩み出る。
 頭からすっぽりと被ったフードで顔も分からぬ女がその右手に杖を握っているのを見て、衛士の男は目を細める。
 それを見て男は形成逆転と見て更に笑おうとしたが、その前に自分たちの仲間である彼女の異変に気が付いてしまう。

 フードの女は杖の先を地面へ向けたままであり、呪文を唱えるどころか杖を衛士に向けてすらいなかった。
「お、おいおい!?何してんだよ、早くその平民を始末しろよ!それがお前の仕事だろ!?」
 戦意を感じられない女に男は焦燥感を露わにして叫ぶものの、肝心の女はそれを無視しているかのように動かない。
 まるで最初から自分には戦う意思が無いと証明しているかのようだが、一体どういう事なのか?
 杖を相手に向けない女にここまで連れてこられた老貴族も訝しもうとしたところで、とうとう男が痺れを切らしてしまう。
「クソ―――…ゥオッ!?」
 平民の衛士相手に銃を向けられていた事と、自分の味方である女が動かないという事に焦ってしまったのか、
 こうなれば自分の手で…と考えた男が杖を構え直した直後、通路内に銃声が響き渡ると共に足元の地面が小さく弾けた。
 頭の中まで揺さぶるかのような銃声に思わず老貴族はのけぞってしまい、足元を撃たれた男は情けなくもその場で腰を抜かしてしまう。
 地面に尻もちをついてしまうと同時に杖を手放してしまったのか、木製の杖が先程の銃声よりも優しい騒音を立てて転がっていく。
 
「あ…俺の杖―――…っ!」
「その場から動くな。動いたら、どうなるか分かるな」
 自分の傍を転がる杖を無意識に拾おうとした男を、衛士の鋭い声が制止させた。
 慌てて声のした方へ顔を向けると、撃ち終えた左手の拳銃を腰に差した予備と交換し終えた衛士がこちらを睨んでいる。
 こちらに向けられている銃口を見て男は悔しそうな表情を浮かべた後、小声で悪態をついてから小さく両手を上げた。
 先程の銃声と地面を跳ねた銃弾を見て恐れをなしたのだろう、きっとあれで銃の怖ろしさというものを始めて味わったに違いない。
 老貴族も抵抗すればどうなるか分かったのか、観念したと言いたげな表情で小さく両手を上げて降参の意を示して見せた。
 衛士は腰を抜かした男へ銃口へ向けつつ老貴族の傍へ寄ると腰に差した杖を抜き取り、そっと地面へと転がす。
 男はその様子を心底悔しそうに見つめながら、何もせずに傍観に徹していた女へとその矛先を向ける。

42ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:51:06 ID:uPUZJleA

「てめぇ…!どういうつもりだよ、俺たちの仲間なんじゃ……ウッ!」
「…レコン・キスタの連中はもっと手練れの奴らを集めていたと思ってたが、お前みたいなチンピラだらけで正直助かったよ」
 両手を上げながら罵っていた男に近づいたフードの女は、彼を黙らせるかのように後頭部を押さえつけながら言う。
 杖を持っていない片手だけで大の男を黙らせる彼女を見て、衛士の男が彼女へ向かって初めて話しかけた。
「それにしても…こんな所で取引なんてするとはな?敵さんたちも中々良い場所を見つけてくれる」
「まぁ逆に人の多すぎる場所でやられるよりかはマシでしょう。こうして手荒な事をしても咎められませんしね」
 とても敵同士とは思えぬフランクな会話を耳にして、老貴族と押さえつけられた男は驚いてしまう。
 何せ自分たちの味方だと思っていた女が、会話から察するに平民衛士の味方だったのであるから。

「…な、何なんだお前?俺たちの味方じゃなくて…敵なのか?」
「そこは杖を俺に向けなかったところで気づくべきだったな。なぁミシェルよ」
「仰る通りです、隊長」
 呆然とする男に衛士がそう言うと、ミシェルと呼ばれた女は頭に被っていたフードを外す。
 フードの下に隠れていた顔は紛れも無く、トリスタニアの衛士隊で彼女が隊長と呼んだ衛士の部隊に所属するミシェル隊員であった。 



 王都トリスタニアのチクトンネ街にある,『魅惑の妖精』亭の一階。
 そここで朝食を摂っていた最中、霧雨魔理沙は外から聞こえてくる音に違和感があるのに気が付いた。 
 夜が明けて暫く経つチクトンネ街から聞こえる人々の会話や足音の中に、奇妙な金属音が混じっているのである。
 咀嚼していた薄切りベーコンを飲み込み、ふと窓の外へと視線を向けると、その金属音の正体が分かった。
 謎の金属音は日々王都の治安を守る衛士隊の隊員たちが着こんでいる、安っぽい鎧の音であった。
 しかも窓の外からチラリと見える彼らは妙に慌ただしく、そして何かに急かされているかのように走っている。
 
 いつもとは少し違う光景を目にした魔理沙は、この時何かが起こっているのだろうかと思っていた。
 具体的な事までは分からないが、それでも慌ててどこかへ向けて走っている彼らを見ればそう思ってしまうだろう。
 口の中に残るベーコンの塩気を水で流し込みつつ、魔理沙は自分と同じタイミングで食べ終えた霊夢の意見を聞こうと考えた。
「……なぁ、今日は朝っぱらから騒々しくないか?」
「ん?そうかしら?」
 突然そんな話を振られた霊夢は首を傾げつつ、魔理沙と同じように窓から外の様子を覗いて見せる。
 通りのゴミ拾いや清掃、玄関に水を撒く人たちに混じって確かに何処かへ駆けていく衛士達の姿が見えた。
「あら、本当ね。確かあれは…衛士隊だったっけ?一体あんなに慌ててどうしたのかしらねぇ〜」
「衛士隊…って、こんな朝っぱらから何かあったの?」
 霊夢の言葉に、魔理沙よりも前に食べ終わって一息ついていたルイズも窓の外へと視線を向ける。
 確かに二人の言うとおり、何人もの衛士達がパラパラと走っていく姿が遠くに見えている。
 けれど何があったのかまでは当然分かる筈もなく、先程の霊夢を真似するかのように首を傾げて見せた。

 暫し沈黙が続いた後、まず先に口を開いたのは最初に気が付いた魔理沙であった。
「……んぅー。分かってはいたが、ここからだと何が起こったのか全然分からんもんだな」
「でも一人二人ならともかく、結構な人数が走っていったんだし…何か事件でも起こったんじゃないのかしら」

43ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:53:07 ID:uPUZJleA
 ―――朝っぱらだっていうのにね?最後にそう付け加えたルイズの言葉に、
「……!事件ですって?じゃあ、もしかして…」
 それまで静かにしていた霊夢がキッと両目を細め、ピクリと肩を揺らして反応する。
 そしてルイズと魔理沙がアッと言う間もなく席を立ちあがり、突然外へ出る準備をし始めたのだ。
 準備…とは言ってもする事と言えば飛ぶ前の軽い体操であり、持っていく物と言えばデルフ程度である。
 突然軽い準備運動を始める彼女を見て、ルイズと魔理沙は怪訝な表情を浮かべて聞いてみることにした。
「ちょっと、いきなりどうしたのよレイム?……まぁ、考えてる事は何となく分かるけど」
『どうやらレイム的にも、あの兄妹にしてやられた事は相当屈辱だったらしいなぁ』
 妙に張り切って軽い準備運動をする巫女さんを見て何となくルイズは察し、デルフもそれに続く。
 
 恐らくは、衛士達が朝から大勢動いているのを見て、二日前に自分たちの金を根こそぎ盗んだ兄弟が見つかったのだと思っているのだろう。
 確かにその可能性は無きに非ずと言ったところだろうが、決定的証拠が無い以上百パーセントとはいかないのである。
 霊夢本人としては早いとこ雪辱を果たして、ついでアンリエッタから貰った資金と賭博で儲けた金を取り戻したいに違いない。
 しかし、さっきも言ったように全く別の事件が起こっているだけなのではないかとルイズが言ってみても…、

「とりあえず行かなきゃ始まらないってヤツよ。さぁ行くわよ、デルフ」
『はいはい。オレっちはただの剣だからね、お前さんが持っていくんならどこまでもついて行くだけさ』
 気を逸らせている彼女はそう言って、インテリジェンスソードのデルフを持って『魅惑の妖精』亭の羽根扉を開けて外へ出た。
 そして一階だけ大きく深呼吸した後でデルフを片手に地面を蹴り、 そのまま街の上空へと飛び上がってしまう。
 ルイズたちが止める暇もなく、あっと言う間に出て行った巫女さんとデルフに魔理沙は思わずため息をつく。
「まぁ霊夢のヤツも、何だかんだで結構根に持つタイプだしな。…財布を盗んだあの子供も、運が無かったよなーホント」
 魔理沙はそんな事を喋りながら席を立つと朝食が盛り付けられていた食器を手に持ち、厨房の方にある流し台へと持っていく。
 それに続くようにルイズも食器を持ち上げた事で、やや波乱に満ちた三人の朝食が終わりを告げた。

 その後…片付けずに外へ出て行った霊夢の食器も流し場で洗い終えた魔理沙も外へ出ることにした。
 別に霊夢の後を追うわけではない、今の住処―――『魅惑の妖精』亭のあるトリスタニアで情報収集をする為である。

「じゃ、私も昨日言われた通りに情報収集とやらをしてくるが…どういうのを集めればいいんだっけか?」
 食器を洗い終え、一回に置いていた箒を右手に持った魔理沙からの確認にルイズは「そうねぇ〜…」と言って答える。
「手紙に書かれて通りアルビオンやかの国との戦争に関する話題ね。それと…後は姫さまの評判とかもあれば喜んでくれるかも」
「分かったぜ。…後、ついでに私自身が知りたい事も調べて来るから帰りは遅くなると思うが…良いよな?」
「それは私が許可しなくても勝手に調べるんでしょ?別に良いわよ、知的好奇心を存分に満たしてきなさい」
「仰せのままに、だぜ」
 そんなやり取りをしてから、魔理沙もまた霊夢と同じように店の出入り口である羽根扉を開けて外へ出ていく。
 これからジリジリと暑くなっていくであろう街中へ出ていく黒白に手を振ってから、ルイズは踵を返して店の奥へと消えて行った。
 どうしてルイズがするべき仕事を、魔理沙が請け負っているのか?…それにはやむを得ない理由があったのである。


 全ての始まりは二日前くらい…色々ワケあって、アンリエッタの女官となったルイズに街での情報収集という仕事が早速舞い込んできた事から始まった。
 アンリエッタが送ってきた書類には、街で王室の評判やタルブで化け物をけしかけてきたアルビオンの事やら色々集めればいいと書かれていた。

44ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:55:22 ID:uPUZJleA

 本当ならルイズ自身がやるべきことなのだろうが、平民の中に紛れ込んで情報収集するには彼女の存在は変に目立ってしまうのである。
 ハッキリと言えば貴族としての教育がしっかりと行き届いている所為で、この手の仕事にはとても不向きなのだ。
 
 その事が分かったのは昨日の午前中、チクトンネ街にある自然公園で情報収集を行った時である。
 やる前はマントを外して変装すれば大丈夫だと思っていたものの、いざ始めるとすぐに彼女の素性がバレてしまう事に気が付いた。
 当然だ。何せ平民に変装していても歩き方やベンチの座り方が、礼儀作法を学んだ貴族のままなのである。
 それこそ面白いくらいに平民たち――特に同年代の女の子達は一瞥しただけでルイズが貴族だと言い当ててしまうのだ。

「あら!見てよあの貴族のお嬢様、御忍びで街中を散歩なのかしら」
「ホントだわ!あの綺麗で新品の御召し物に桃色のブロンド…きっと名家のお嬢様に違いないわね」

 偶々横を通っただけでそこまでバレてしまったルイズは思わず身を竦ませてしまい、心底驚いたのだという。
 その後もルイズ達は公園の中をあちこち移動して何とか情報収集をしようとしたが、潔い失敗を何度も何度も繰り返していく。
 最初は魔理沙と霊夢にデルフが遠くからルイズの情報収集を見守っていたが、その内何秒でバレるか予想する勝負を始めてしまった程である。
 もちろん、それがバレて怒られたのは言うまでも無いが…このままでは成果ゼロでその日が終わるのを危惧してか、一旦路地裏で何がダメなのか話し合う事となった。
 無論、唯一人原因が分からぬルイズに霊夢達が一斉に指摘する場となってしまったが。

「もぉ、どうしてこうカンタンにばれちゃうのよ?」
「そりゃーアンタ、平民の格好してても態度が貴族なんだからバレるのは当り前でしょうに」
「あれだと自分の体に堂々と「私は貴族です」って書いて歩いてる様なもんだぜ?」
『娘っ子には悪いが、あんな上等な服着て偉そうに歩いてる時点でバレバレなもんだぞ』
「デルフまでそういう事言うワケ?…っていうか、この服ってそんなにおかしいのかしら…」

 二人と一本からの総スカンを喰らったルイズは、怒るよりも先に訝しむ表情を見せて自分の服装を見直し、そして気が付いた。
 この仕事を始める前に立ち寄った平民向けの服屋で買ったこの服だが、確かに周りの平民たちと比べると変に真新しい。
 通りを歩く平民たちは、皆そこら辺の市場で買えるような安物の服を着ており新品の服を着ているという平民は少ない。
 更にルイズの靴はしっかりとしたローファーなのに対し、通行人の大半…というか八割近くが木靴なのである。
 そして極めつけにいえば、ルイズの体からこれでもかと高貴な雰囲気が滲み出ていることだろう。

 顔つきといい髪の色やヘアースタイルといい、一々額や顔の汗をハンカチで拭い取る動作まで貴族のオーラを漂わせているのだ。
 それはある意味、彼女が貴族としての素養を持っているという証明であるが、残念な事に平民の中に紛れるには不要なオーラである。
 その事に薄らと気が付いたのは良かったものの、次にルイズが考えるのは解決方法であった。 

「それにしてもこのままじゃあ埒が明かないし、何か良い案はないものかしら?」
「それなら私に良い考えがあるぜ?」
 腕を組んで真剣に悩む彼女に救いの手を差し伸べたのは、以外にもあの魔理沙であった。
「え?あるの?」
「あぁ、簡単な事さ。落ち着いて聞いてくれよ?」
 悩むルイズを見てか、この時魔理沙はとんでもない提案を彼女へ吹っかけたのである。
 魔理沙の出した提案はズバリ一つ―――――今自分たちが居候してるスカロンの店の女の子として働くという事であった。

45ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:57:16 ID:uPUZJleA
 もしもルイズが『魅惑の妖精』亭でウエイトレスの女の子達に混じって如何わしい格好をして働いたら、そのオーラを掻き消せるかもしれない。
 ルイズに御酌をされる相手も、まさか自分がトリステインで一、二を争う名家のお嬢様に御酌されるとは思ってもいないであろうし…。
 御酌ついでに酔った客に色々話を吹っかれば、思いも寄らぬ情報をゲットできるという可能性も無くはないのだ。
 
「…何より働けばお給金を出してくれるだろうし情報も集められるしで、一石二鳥だろ?」
「う〜ん…とりあえず右ストレートパンチか左ローキックのどちらが良いか答えてくれないかしら?」
「今のはちょいとしたジョークだ、忘れてくれ」
 いかにも名案だぜ!と言いたげな表情を浮かべる魔理沙に、ルイズは優しい微笑みを顔に浮かべてそう返した。
 それを聞いた普通の魔法使いは肩を竦めて自分の言ったことをそっくり撤回すると、二人のやり取りを見ていた霊夢が口を開く。
「大体、何でいきなりそんな提案が出てくるのよ?」
「いやぁホラ、昨夜一階で夕食を食べてた時にスカロンがぼやいてたんだよ。…後一人くらい女の子が来てくれないモノかしら…って」
『だからって貴族の娘っ子に突然あんな如何わしい服着させて平民にお酌させろってのは、そりゃいくら何でも無理過ぎるだろ』
「なっ…!し、失礼な事言うわないでよデルフ、私にだってそれくらいの事…は―――難しいかも」
 霊夢と魔理沙に続いたデルフの容赦ない言葉にルイズは怒ろうとしたものの、咄嗟に昨夜の事を思い出して言葉がしぼんでしまう。
 ひとまずは『魅惑の妖精』亭に泊まる事となった彼女は、一階で働く店の女の子たちの姿をしっかりとその目で捉えていた。

 程々に露出の高いドレスに身を包んだ少女達は料理や酒を客に運び、彼らが出してくれるチップを回収していく。
 その時に客の何人かがお尻や胸の方へと伸ばしてくる手を笑顔で跳ね除けているのを見て、あれは自分には無理だろうなと感じていたのである。
「…っていうか、許し難いわね。貴族である私の体を触ろうとしてくる相手の手を笑顔で離すなんて事自体が」
『だろうな。もし昨日の客共がお前さんの尻や…えーと、そのち…慎ましやかな胸に触ろうとした時点で相手は確実に痛い目見るだろうし』
 思わず口が滑りそうになったのを慌てて訂正しつつ、デルフがそう言うとルイズはコクリと頷き…ついで彼をジロリと睨み付けた。
「あんた、今物凄く失礼な事言おうとしたでしょ?」
「はて、何がかね?」
 「慎ましやか」は別に失礼じゃないのか…魔理沙がそんな事を思いながらすっとぼけるデルフを見つめていると、
「はぁ〜…全く、アンタ達はホント考えるのはてんでダメなのねぇ?もう少し頭を使いなさいよ頭を」
 それまで彼女たちの会話の輪から少し離れていた霊夢が、溜め息をつきながらルイズと魔理沙の二人にそんな事を言ってきたのだ。
 当然、魔理沙とデルフはともかくルイズが反応しない筈がなく、彼女の馬鹿にするような言葉にすぐさま反応を見せたのである。
「何よレイム?子供のメイジ相手にしてやられたアンタが、私達をバカにできるの?」
「…!い、痛いところ突いてくるわねー。…あんな連中もう二、三日あればすぐにでも見つけてお金を取り返してやるっての」 
 ジト目でルイズ達を睨んでいた霊夢は、ルイズに一昨日の失敗を蒸し返されると苦々しい表情を浮かべてしまう。
 その後、気を取り直すように咳払いをしてから何事かと訝しむルイズへ話しかけた。

「え〜…ゴホン!…まぁ私達の言うとおりアンタが平民に混じって情報収集に向かないのは明白な事よね?」
「そりゃそうだけど、一々蒸し返さないで…って私もしたからお相子かぁ」
 巫女の容赦ない指摘に彼女は渋々と頷くと、霊夢はチラリと魔理沙を一瞥した後に、ルイズに向けてこう告げた。
「私さぁ、思ったんだけど……何もアンタ自身が直接情報収集に行かなくてもよさそうな気がするのよねぇ」
「はぁ?それ一体どういう…―――」
 突然の一言にルイズが驚きを隠せずにいると、霊夢は今にも迫ろうとする彼女に両手を向けて制止する。

46ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:59:12 ID:uPUZJleA

「話は最後まで聞きなさい。…別にアンタが役立たずって言いたいワケじゃないのは分かるでしょうに。
 私が言いたいのは、アンタや私以上に゙平民たちに紛れて情報収集できるプロ゙が今この場にいるって事なのよ。…分かる?」

 自分の突然すぎる言葉にルイズが「えぇ?」と言いたげな表情を浮かべるのを見て、霊夢はスッと人差し指をある方向へと向ける。
 その人差し指の向けられた方向へ思わずルイズもそちらへ顔を向けると、そこにいたのは見知った…というより見知り過ぎた少女がいた。
 指さされた少女本人は少し反応が遅れたものの、思わず自分の指で自分を指して「私?」と霊夢に問いかける。
「えぇそうよ?こういうのはアンタが得意でしょうに、霧雨魔理沙」
「……えぇ!?私がかよ!」
 霊夢の言ゔ平民たちに紛れて情報収集できるプロ゙にされた魔理沙は突然の決定に驚いたものの、
 何を驚いているのかと勝手に決めつけた霊夢は怪訝な目で普通の魔法使いを見つめていた。

 何はともあれ、勝手に情報収集係にされた魔理沙はその日から早速霊夢の手で平民の中へと放り込まれてしまった。
 ルイズは突然のことにどう対応したらいいか分からず、デルフは面白い見世物と思っているのか静観に徹していた。
 魔理沙は霊夢に文句を言おうとしたものの、それを予想していた巫女さんはこんな事を言ってきたのである。

――本来ならルイズ本人がやれば良いんだけど結果は散々だったし、デルフは当然の様に動けない。
    私はあの盗人兄妹を捕まえなきゃいけないし…となれば、アンタに白羽の矢が刺さるのは当然じゃないの
 
 こういう口げんかでは紫に次いで上手い霊夢に対し、魔理沙は苦々しい表情を浮かべる他なかった。
 その時になって初めてルイズが「いくらなんでも魔理沙に頼むのは…」と失礼な擁護をしてくれたものの、あの巫女さんは彼女にこう囁いたのである。

―――まぁ任せときなさいよ。コイツはコイツでそういうのを集めるのも得意だしさ。
     それにアンタには、コイツが集めてきた情報をこっちの世界の文字で書類にするっていう仕事があるのよ
     
 とまぁそんな事を言って最終的にはルイズも納得してしまい、晴れて霧雨魔理沙は街中で情報収集をする羽目になってしまった。
 最初は何て奴らかと思って少し怒っていた彼女であったが、冷静さを取り戻すと成程と自分に充てられた仕事に納得してしまう。
 ルイズが平民の中に紛れるのは下手なのは散々見たし、であれば誰かが拾ってきた情報を紙に書いてアンリエッタに送る仕事しかないだろう。
 そして、その情報を集める仕事を担当するのが自分こと――霧雨魔理沙ということなのである。
 霊夢が自分達の金を盗んだ相手を執拗に捕まえようとするのは…まぁ俗にいう『負けず嫌い』というやつかもしれない。
 本人もやられたままでは納得がいかないのは何となく分かるし、何よりあんだけ馬鹿にされてまんまと逃がしてしまったのである。
 絶対自分には捕まえる役を譲ってはくれないだろう。無理やり奪おうとすれば…゙幻想郷式のルール゙に則った決闘が始まるのは明白だ。

(それに霊夢はこの世界の文字の読み書き何てできないだろうし、私ならアイツ以上に他の人間と接してるしな)
 まだ納得できないが、妥当と言うことか…。市場から聞こえる賑やかな声をBGMに、魔理沙はチクトンネ街の通りを歩きながら考えていた。
 昨日、王都で降った大雨のおかげで道には幾つもの水たまりができ、青空に浮かぶ雲や横を通り過ぎる人々の姿を鏡の様に写していく。
 こころなしか通りの熱気もそれまでと比べて涼しいと感じる気がした魔理沙は、天からの恵みに思わず感謝したくなった。
 しかし、昨日の大雨ついでに起こったトラブルを思い出してしまい、感謝の念はひとまず横に置いて昨夜の出来事を思い返してしまう。
「それにして…昨日は本当に参ったぜ。当然の様に雨漏りしてきたし…やれやれ」

 それは昨日の…雨が降る前の事で、藍が自分たちを『魅惑の妖精』亭の屋根裏部屋に押し込んだのが始まりであった。

47ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:01:08 ID:uPUZJleA
 紫にあの店で過ごせるようにしろと言われた彼女はその日の夕方にスカロンと話し合って決めたのだという。
 その時には昼頃から王都の上空を覆い始めた黒雲から大雨が降ると察し、ルイズ達はそれから逃げるようにして店へと戻ってきていた。
 幸い突然の土砂降りで服を濡らすことなく戻る事ができた三人と一本が店の入り口で佇んでいると、あの式が部屋まで案内してくれる事となった。
 丁度開店時間で賑わい始める一階から客室がある二階に上がったところで、彼女はまず最初にしたのか゛ルイズ達への謝罪と弁明だった。
「すまん、スカロンと話し合ったのだが…今の季節はどの空き部屋も゙もしも゙の事を考えて入れないとの事らしい」
「えー、そうなの?じゃあ私が今朝寝てた部屋はどうなのよ。あそこは誰も泊まってなさそうな感じだったけど?」
 申し訳なさがあまり感じられない藍の言葉に霊夢が異議を唱えたが、そこへルイズがさりげなく入ってきた。
「アンタ知らないの?あの部屋って今はシエスタの部屋なのよ」
「……え?何それ、私はそんな話全然聞いてなかったけど」
 ルイズの口から出た意外な一言に霊夢が怪訝な表情を浮かべると、ルイズも目を細めて「本当よ」と言葉を続ける。
「昨日は気絶したアンタをベッドで寝かせる為に、ジェシカと同じ部屋で寝てくれたらしいわ」
「そうだったの。てっきり空き部屋があるかと思ってたけど…どうりで部屋が綺麗だったワケだわ」
「シエスタは魔法学院で穏やか〜にメイドさんをしてたからな。…後でアイツにお礼でも言っておいた方がいいと思うぜ」
 三人がそんな風に賑やかにやり取りするのを見ていた藍は、気を取り直すように大きな咳払いをして見せた。
 それで三人が話し合うのを止めるのを確認してから、彼女はルイズの方へと体を向けて話しかける。

「んぅ…ゴホン!それでまぁ、お前たちが二階の部屋に泊まるのは無理だが…今の持ち金だけでは他の宿には泊まれないんだろう?」
 式の質問は資金を盗まれ、今の所自身の口座にある貯金しかお金がないルイズへの確認であった。
 ルイズはすぐに答える事無く、暫し今の預金でどれだけ泊まれるか簡単に計算してから藍へ言葉を返す。
 九尾の式へと向けられたその顔は険しく、決して楽観できるような答えではないという事は察しがついた。

「…まぁ安い宿なら三泊四泊なら余裕でしょうけど、流石に夏季休暇が終わるまで連泊するのは無理ね
 しかもこの時期は国内外から旅行者が王都に来てるから、大抵の安宿はバックパッカーに部屋を取られてると思うし…」

「つまり三泊四泊した後は路上生活…って事か、いやはや〜……って、うぉ!」
「余計な事言わないでよ、想像しちゃったじゃない!」
「こらこら、アンタ達。喧嘩は後にするか私の見えない所でやりなさいよ、全く」
 ルイズの後を勝手に継ぐように魔理沙がそんな事を言うと、すぐさまルイズに掴みかかられてしまった。
 見た目の割に意外と腕力のあるルイズに揺さぶられる前に話を進めたい霊夢によって、魔理沙は何とか危機を脱する事が出来た。
 ホッと一息つく黒白と、そんな彼女をジッと睨むルイズを余所に彼女は藍は「話を続けて」と促した。

「一応、その事も含めてスカロン店長に話したら………暫し悩んだ後に゙とある゙一室を貸しても良いと許可してくれたよ。
 少々手入れが行き届いてないが掃除すれば何とか住めるようにはなるし、窓もあってそれなりに風通しの良い部屋だぞ?」

 右手の人差し指を立てて淡々と説明していく藍の言葉に、ルイズと魔理沙の顔に笑みが浮かび始めてくる。
 てっきり申し訳ないが…と言われて追い出されるかと思っていたのだ、嬉しくないわけがない。
 思ったよりも良い反応を見せる二人を見て藍もその顔に笑みを浮かべると、人差し指に続き更に親指立ててこう言った。
「…まぁこういう時は大なり小なり対価を払うべきだが、元々誰かが住むのを考慮してないから……金を払う必要は無いとの事だ」
「な、何ですって?」

48ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:03:25 ID:uPUZJleA
 全く予想していなかったサービスにルイズは喜び舞い上がるよりも、後退りそうになる程驚いた。
 何せ自分の貯金を崩して宿泊代を払うつもりだったというのに、それをする必要が無いというのである。
 ここまで来ると流石のルイズでも嬉しいという気持ちより先に、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。
「ちょ…ちょっと待ってよ!流石にお金はいらないって…それ本当に部屋として使えるの?」
 サービス精神旺盛過ぎる藍にルイズは思った疑問をそのままぶつけると、霊夢が後に続い口を開く。
「ルイズと同じ意見ね。…第一、紫の式であるアンタが口出してるんだから何か考えてるでしょうに」
『タダほど怖いモノはねーっていう法則だな』
 彼女の辛辣な意見にデルフも諺で追従してくると、藍は微笑みを浮かべたまま二人へ言った。

「まぁお前たちがそう思うのも無理はないだろうな。けれど、一応人は住めるんだぞ」
 そう言って藍は立てていた人差し指と親指を使って、パチン!と軽快に指を鳴らして見せる。
 誰もいない廊下に軽いその音が響き渡り、一瞬で窓の外から聞こえる雨の音と一階の賑やかさに掻き消されてしまう。
 突然のフィンガースナップに何をするつもりかと訝しんでいた霊夢達の頭上から突如、聞き覚えのある少女の声がくぐもって聞こえてきた。
「藍さまー、もう下ろしていいの?」
「!…これって、確かチェンっていう貴女の式の声じゃ…」
 本来ならだれもいない筈の天井から聞こえてきたのは、藍の式である橙の声であった。
 意外にも猫被っていた彼女の事が強く印象に残っていたルイズへ返事をする前に、藍は「いいぞ!」と頷いて見せる。
 その直後…天井から鍵を開けた時の様な金属音がなったかと思うと、独りでに何かが天井から舞い落ちてきた。
 
 ゆっくりと、まるで冬の夜空から降ってくる雪の様な――ーけれどもドブネズミの如き灰色のソレが、パラパラと落ちてくる。 
 偶然にもソレが目の前で落ちていく様を目にした霊夢は、見覚えのあったその物体の名前を口にした。
「これは…埃?―――――って、うわッ!」
 彼女が言った直後、その埃が落ちてきた天井が物凄い音と共に落ちて来るのに気が付き慌てて後ろへと下がる。
 魔理沙とルイズ、それにデルフも何だ何だとその落ちてくる天井を目にし――それがただの天井ではない事に気が付く。
 木と木が擦れる音と共に天井から下りてきたのは、年季の入った階段であった。
「これって、階段…隠し階段か!すげーなオイ」
「『魅惑の妖精』亭って、こんなものまであるのね…」
 自分たちの頭上から現れたソレを見て魔理沙は何故か嬉しそうに目を輝かせ、ルイズは呆然としていた。
「驚いたわね〜、まさかこんな場末の居酒屋にこんな秘密基地じみたものがあるだなんて」
『うーん、この階段の年季の入りよう…オレっちから見たら、数年前かそこらに取り付けたものじゃねぇな』
 霊夢も二人と同じような反応を見せていたが、それとは対照的にデルフはこの階段が古いものだと察していた。
 隠し階段は『魅惑の妖精』亭となっている建物に最初から付けられていたのか、床を傷つける事が無いようしっかりと造られている。
 もしも後から造られているのなら、よほどの名工でも無い限りこうも完璧な隠し階段を取り付けるのは無理ではないだろうか。
 そのインテリジェンスソードの疑問に答えるかのように、藍はルイズ達へ軽く説明し始める。

「スカロンが言うにはこの店が『魅惑の妖精』亭という今の名前ではなく、
 『鰻の寝床』亭っていう新築の居酒屋として建てられた時に造ったらしい」

49ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:05:45 ID:uPUZJleA
 おおよそ築四百年物の隠し階段なんだそうだ、と最後に付け加える様にして藍が言うと、
「まぁ結局、色々と問題が発生したから使ったのは開店から数年までだったらしいけどねー」
 階段を上がった先にある暗闇からヒョコッと橙が顔を出して、必要もない補足を入れてくれる。
 どうやら先ほどの声からして、自分が帰ってくる前にそこにいたのだろうと何となく察しがついた。
 いらぬ説明を入れてくれた橙に礼を言う義理も無いルイズは暫し隠し階段を見つめた後、ハッとした表情を浮かべる。
 
「まさか私たちがこれから暫く寝泊まりする場所って…」
「まさかも何も、今橙のいる階段の先にある部屋がそうさ」
 ルイズの言葉に藍がそう答えると、彼女は隠し階段の先を指さして言った。
「ようこそ『魅惑の妖精』亭の屋根裏部屋へ。…とはいっても、客室とは呼べない程中は乱雑だがな」


「…まぁ屋根裏部屋は秘密基地って感じがあって良いけどさぁ、流石に雨漏りするってなるとな…」
 昨日の事を思い出していた魔理沙はそんな事を呟いて、屋根裏部屋へと通された後の事を思い出す。
 結局、藍と橙に背中を押されるようにしてルイズ達はあの隠し階段の向こうにあった部屋で暫く寝泊まりする羽目となってしまう。
 荷物は粗方持ち運ばれていたのだが、それを差し引いても屋根裏部屋は正に「長らく放置された倉庫」としか例えようがない程ひどかった。
 部屋の隅には蜘蛛が巣を張ってるわネズミが梁や床の上を走り回るわで、挙句の果てには蝙蝠までいたのである。
 「何よコレ!」と驚きと怒りを露わにするルイズに対し、藍は平気な顔で「同居人達だ」言ってのけたのは今でも覚えている。
 流石にルイズだけではなく霊夢もこの仕打ちに対しては怒ったものの、魔理沙本人はそれでもまぁマシかな…程度に考えていた。

 蜘蛛は箒で巣を蹴散らしてやれば出ていくだろうし、ネズミは罠でも張っておけば用心して顔を出してこなくなる。
 蝙蝠に関しては…まぁこの夏季休暇が終わるまで同居するほかないだろう。
 お金はほとんどないし行く当てもない、つまり結果的にはこの屋根裏部屋しか自分たちが寝泊まりできる場所は無いのだ。
 それに昨日の外はあれだけの土砂降りだったのである、雨風がしのげる場所があるだけマシなのかもしれない。
 元々倉庫として使われていただけあって、使っていないベッドが何個か置かれていたのは不幸中の幸いという奴である。
 シーツは後からシエスタに言えば持ってきてくれるというし、スカロンたちも押し込んでそのまま…というつもりはないようだ。

 最初は怒っていたルイズと霊夢も仕方ないと思ったのか、ひとしきり文句だけ言った後は一階で夕食を頂く事になった。
 デルフも特に異議は無いのか、階段を下りる前に屋根裏部屋を見回していた魔理沙に「早くしろよー」と声を掛けるだけであった。
 お金はお昼の内にルイズが財務庁から下ろしてきてくれたので、程々に美味いモノが食べる事が出来た。
 しかし…問題はその後、夕食を食べ終わり少し酒を引っかけてから三階へ戻った時にそのアクシデントは既に起こっていた。
 以前にもその勢いを増した雨風に勝てなかったのか、屋根裏部屋の天井から雨水が滴り落ちてくるという事態が発生していたのである。
 ポタ、ポタ、ポタ…と音を立てて床を叩く幾つもの水滴は、当然ながら藍が持ってきてくれていたルイズ達の荷物を容赦なく濡らしていた。
 これには流石の魔理沙とデルフも驚いてしまい、急いで荷物を二階に降ろしたのはいいもののそこから先が大変であった。
 雨漏りを直そうにも外は大雨で無理だし、雨水を入れる為の器を探そうにも見当たらない。つまり手の打ちようがなかったのである。

 結局…その夜はスカロンたちに事情を話して、仕方なく二階の客室を無理言って貸してもらう羽目になってしまった。
 そこまでは良かったが、そこから後は色々と大変だったのである。良い意味で。
 スカロンたちもまさか雨漏りを起こしていたとは知らなかったのか、明日――つまり今日にも大工を呼んで直してくれるのだという。

50ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:07:22 ID:uPUZJleA

 彼曰く「あなた達が屋根裏部屋に入らなかったら、気付かなかったかもしれないわぁ〜」とも言っていた。
 その時に屋根裏部屋を初めて見たというジェシカが、
 
「これも客室として使えるんじゃなーい?」
 
 とか言ったおかげ…かどうかは分からないが、更に色々と手直しするかもしれないのだという。
 ひとまず蝙蝠とかネズミやらを何とかした後でそれは考えるらしく、その駆除自体もまだまだ先になるのだという。
 とりあえず雨漏りさえ何とかしてもらえれば、後は掃除をするだけで多少はマシになるだろう。
  

「まぁ、昨日みたいな散々な体験をしないのならそれに越したことはないがな……ん?」
 苦く新しい思い出を振り返る魔理沙がひとり苦笑した時、ふと前方で誰かが道端でしゃがんでいるのに気が付いた。
 それが単なる通行人か体調の悪い人間なら彼女もそこまで気にしなかったのか知れない。
 しかし…少し前方にいるその人影はまだ十代前半と思しき少女であり、何より髪の色が明らかに周囲の人々から浮いているのだ。
 彼女を一瞥しつつ、けれど声は掛る程ではないと思ってか横を通り過ぎていく平民たちの髪の色は大抵金髪か茶髪で、偶に赤色とか緑色も確認できる。
 だがその少女の髪の色は、驚く事に銀色なのである。どちらかといえば白色に近い薄めの銀色といえばいいのだろうか。
 陽光照りつける通りの中でその銀髪は光を反射しており、少し離れたところから見る魔理沙からしてみればかなり目立っていた。
 
 そんな不思議な色の髪を腰まで伸ばしている少女は、通りを右へ左へと見回して何かを探しているらしい。
 端正でしかしどこか儚げな顔に不安の色をありありと浮かび上がらせ、照りつける太陽の熱で額から汗を流しながらしきりに顔を動かしている。
 魔理沙は少女が自分のいる通りへと視線を向けた時に顔を一瞥できたが、少なくともそこら辺の子供よりかはよっぽど綺麗だという感想が浮かんできた。
 髪の色とあの綺麗な横顔…もしかすればあの少女は今のルイズと同じぐワケありの女の子゙なのかもしれない。
 そこら辺は憶測でしかないが、思い切って本人に直接訊いてみればすぐに分かる事だろう。
 とはいっても、見ず知らずの女の子に声を掛けた所で驚かせてしまうか逃げられてしまうかのどちらかもしれないが…
 
「ま、この私が興味を持ってしまったんだ。声を掛けずに素通り…ってのは性に合わないぜ」

 彼女は一人呟くと昨日訪れた自然公園へ行く前に、目の前にいる銀髪の少女に声を掛けていく事にした。
 どんな反応を見せてくれるか分からないが、せめて今は何をしてるか…とかどこから来たのかとか聞いてみたいと思っていた。
 自分の興味に従い足を前へ進めていく魔理沙の気配を察知したのか、反対方向を向いていた少女がハッとした表情を彼女へ向けてくる。
 しかし一度動いたら止まらないのが霧雨魔理沙である。自分目がけて歩いてくる黒白に銀髪の女の子は困惑の表情を浮かべた。
「あっ……ん、…っわ!」
 それでもせめて立ち上がろうと思ったのか腰を上げたものの、足が痺れたのか思わず転げそうになってしまう。
 幸い転倒する事無く慌てただけで済んだものの、その頃には魔理沙はもう彼女と一メイル未満のところまで近づいていた。
 一体何が始まるのかと少女は無意識の体を硬くすると、黒白の魔法使いはおもむろに右手を上げて彼女に話しかけたのである。

51ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:09:24 ID:uPUZJleA
「よぉ、何か探し物かい?」
「…………。…………」
 突然自分に向けて挨拶しながらもそんな言葉を掛けてきた黒白に、少女は緊張気味の表情を浮かべて黙っている。
 そりゃそうだ、例え同性同年代?の相手でも何せ見ず知らずの者が近づいてきたらそりゃ警戒の一つはするだろう。
 対して、魔理沙の方は相手が見た事の無い相手であっても特に態度を崩すことなく、不思議そうな表情を浮かべている。
(ありゃ?ちょっと反応が薄かったかな…って、まぁ当たり前の反応だけどな)
 …反省する気は無いが、相変わらず私ってのはデリカシーとやらがなってないらしい。
 これまで一度も省みた事が無い自分の短所の一つを再認識しつつ、黙りこくる銀髪の少女へ魔理沙はなおも話しかけた。

「いやぁ、ここら辺じゃあ見ない顔と髪の色をしてたもんだからつい声を掛けちゃって…、ん?」
「………たから」
 最後まで言い切る前に、魔理沙は目の前の少女がか細い顔で何かを言おうとしてるのに気が付いた。
 言葉ははっきりとは聞こえなかったが、口の動きで何かを喋っているのに気が付いたのである。
 魔理沙が一旦喋るのを止めた後で、少女は気恥ずかしそうな表情を浮かべつつ上手く伝えきれなかったことを言葉にして送った。
「……わ、私―…そ、その…この街へは、初めて旅行へ…来たから」 
 多少言葉を詰まらせおどおどとしながらも、少女は素直な感じで魔理沙にそう言った。
 それを聞いた魔理沙は少女が旅行客だと聞いて、ようやく不安げな様子を見せる理由がわかってウンウンと頷いて見せる。
「成程な、どうりで道に迷った飼い犬みたいに不安そうな顔してたんだな。納得したよ」
「なっ…!そ、それどういう事ですか!?べ、別に私はま、迷ってなんかいないし、第一犬なんかでも…―――……ッ!」
 魔理沙の冗談は通じなかったのか、犬と例えられた少女がムッとした表情を浮かべて言葉を詰まらせながらも怒ろうとした時、
 突如少女のすぐ後ろにある路地裏へと続く道から、本物の犬の鳴き声が聞こえてきたのである。
 それを耳にした少女は驚いたのか身を竦めて固まってしまい、魔理沙は突然の鳴き声にスッと耳を澄ます。 

「お、話をすれば何とやらか?まぁでも…この吠え方だと飼い犬とは思えないがな」
 恐らく街の人々が出す生ごみ等を食べて生活している野良犬なんだろう、吠え方が荒々しい。
 きっと仲間か野良猫と餌か縄張りの奪い合いでもしているのだろうが、朝からこう騒々しくしては人々の顰蹙を買うだろう。
「朝っぱらから大変元気で羨ましいぜ、全く。………って、どうしたんだよ?」
 帽子のつばをクイッと持ち上げながら、そんな事を呟いた後で魔理沙は少女の様子がおかしい事に気が付く。
 先ほどしゃがんでいた時とは違って両手で守るようにして頭を抱えて蹲ってしまっている。
 一体どうしたのかと思った彼女であったが、尚も聞こえてくる野良犬の声で何となく原因が分かってしまった。

「もしかしてかもしれないが…お前さん、ひょっとして犬が苦手なのか?」
 魔理沙の問いに少女はキュッと目をつむりながらコクコクと頷き…次いでおもむろに顔を上げた。
 何かと思って魔理沙は、少女の顔が信じられないと言いたげな表情を浮かべているのに気が付く。
 一体どうしたのかと魔理沙が訝しむ前に、少女は耳を両手で塞ぎながら口を開いた。
「え?あ、あのワンワン!って怖い吠え方をする小さい生き物も犬なんですか!?」
「…………はぁ?」
 少女からの突然な質問に、魔理沙は答えるより前に自分の耳を疑ってしまう。
 今さっき、恐い恐くないという以前の言葉に魔理沙は暫し黙ってから再度聞き直すことにした。

52ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:11:08 ID:uPUZJleA
「……………スマン、今何て?」
「え…っと、ホラ!今後ろの道からワンワンって鳴いてる生き物も犬なんですか…って」
「イヤ、こういう場所でワンワンって鳴く生き物は犬しかいないと思うが」
「え、でも…犬ってもっと大きくて、人を背中に乗せたりもできて…あとヒヒーン!って鳴く動物なんじゃ…」
「それは馬だ!」

 少々どころか斜め上にズレた会話の果てに突っ込んでしまった魔理沙の叫び声が、通りに木霊する。
 これには素通りしようとした通行人たちも何だ何だと足を止めてしまい、少女達へと視線を向けてしまう。
 思いの外大きな叫びに通りは一瞬シン…と静まり返り、時が止まったかのように人の流れが静止している。
 路地裏にいるであろう野良犬だけが、一生懸命何かに対して吠えかかる声だけが鮮明に聞こえていた。
 

「知らなかった…、まさかあの小さくておっかない四本足の生き物が犬だったなんて…」
「はは…まぁ良いんじゃないか?世の中に犬を馬と思う人間がいても良いと思うぜ?」
 それから暫くして、魔理沙は未だ呆然とする少女を先導するかのようにチクトンネ街の通りを歩き続けていた。
 魔理沙は落ち込む少女ー顔に苦笑いを浮かべてフォローしつつ、馬を犬と勘違いしていた彼女に突っ込んだ後の事を思い出す。


 最初何かの冗談かと思った彼女が少女の言葉に、思わず突っ込みを入れてしまった後は色々と大変であった。
 何せ自分の怒鳴り声でそのまま尻もちついた彼女が何故か泣き出してしまい、魔理沙は変な罪悪感に駆られてしまう。
 事情を知らぬ人間が見れば、気弱そうな銀髪の少女を怒鳴りつけて泣かした悪い魔法使いとして見られかねないからだ。
 とりあえず平謝りしつつも、野良犬の鳴き声が怖いらしいので仕方なく彼女をそこから遠ざける必要があった。
 移動した後も少女はまだ泣いていた為に放っておくことが出来ず、魔理沙は動きたくても動けないまま彼女の傍にいたのである。

 大体小一時間ほど経った時に、ようやく泣き止んだ少女は頭を下げつつ魔理沙に自分の事を詳しく話した。
 名前はジョゼット、以前はとある場所にある建物でシスター見習い…?として暮らしていたのだという。
 しかし丁度一月前にある人達が自分を秘書見習いにしたいといって彼らの下で働き始めたらしい。
 そして今日ばその人達゙の内一人で、自分が゙竜のお兄さん゙と呼ぶ人が今この街で働いているので、もう一人の人と一緒に会いに来たのだという。
「…で、その後は竜のお兄さんと会ったのはいいけど、調子に乗ってホテルから通りの方へ出ちゃって…」
「成程、それで路地裏に入り込んじゃって…挙句の果てに野良犬に追いかけられた結果…ワタシと出会ったというワケか」
 自分が言おうとした言葉を魔理沙に先取りされてしまったのに気づき、ジョゼットは思わず恥ずかしそうに頷いた。
 それで、竜のお兄さんやもう一人のお兄さんが心配しているから、急いでホテルに戻らなければいけないのだという。
 魔理沙はそこまで聞いて、先程ジョゼットが道の端で不安そうな表情を浮かべていた理由が分かってしまった。
「はは〜ん!つまり、帰ろうと思っても道が分からないから帰れなかったんだな?」
「……!」
 容赦する気の無い魔理沙の指摘に、ジョゼットは思わず頬を紅潮させながら頷く。
 その後は、何だかんだでジョゼットと彼女を拾ったお兄さんたちとやらに興味が湧いた魔理沙は少しばかり彼女に付き合う事にした。
 つまりは乗りかかった船として、迷子のジョゼットをそのホテルまで連れていく事にしたのである。

53ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:13:16 ID:uPUZJleA

「……にしても、大通りから少し離れただけでも大分涼しいんだな…」
 先ほどの事を思い出し終えた魔理沙は、今歩いている小さめの通りを見回しながら一人感想を呟く。
 賑やかな市場から少し離れているここの人通りはやや少ないものの、散歩をするにはうってつけの道であろう。
 恐らく市場に行った帰りなのか、紙袋を抱えた平民たちの多さから見て自宅へ戻る際にここを通る者が相当いるらしい。
 建物の影もあるおかけで真夏の暑い太陽から隠れるこの場所は、ちょっとした避暑地の様な場所になっているようだ。
 魔理沙はそんな事を考えつつ箒片手に歩いていると、後ろをついて来るジョゼットが「あの…」と申し訳なさそうに声を掛けて来たのに気づく。

「ん?どうしたんだ」
 また素っ頓狂な質問かと思ったが、それを顔に出さず魔理沙が聞いてみると彼女はオロオロしつつも口を開く。
「え…っと、その…ありがとう、ございます。初対面なのに、道に迷った私を助けてくれるなんて…」
「あぁ、その事か!そう気に病む事はないさ、この街って私の生まれ故郷よりずっと大きいしな、迷うのは無理ないと思うぜ?」
 だからそう気に病むなよ?そう言ってコロコロと笑う魔理沙を見て、ジョゼットもその顔に微笑みを浮かべてしまう。

 何だか不思議な女の子だと、ジョゼットは思った。
 黒と白のエプロンドレスに絵本に出てくるメイジが被るようなトンガリ帽子にその手には箒。
 子供のころに読んだ絵本ではメイジが箒を使って空をとぶ話はいくつもあるが、実際は箒で空は飛べないのだという。 
 ではなぜ箒なんか持って街中にいるのだろうか?そんな疑問が頭の中に浮かんできてしまう。
 ――――まさかとは思うが、本当に箒で飛べるのだろうか?あのどこまでも続く青空を。
「……くす、まさかね」
「…?」
 変な想像をしてしまったジョゼットは小さく笑ってしまい、それを魔理沙に聞かれてしまう。
 しかし聞いた本人もまさか手に持っている箒の事を笑われたというのに気付かず、ただただ首を傾げていた。

 そうこうする内に小さな通りを抜けて、魔理沙はジョゼットの案内でブルドンネ街の一角へと入っている事に気が付く。
 周りを歩く人々の中にチラホラと貴族の姿が見えるし、何より平民たちの服装もチクトンネ街と比べれば小奇麗であった。
 右を見てみると幾つものホテルや洒落たレストランがあり、まだ開店前だというのに美味しそうな匂いを周囲に漂わせている。
 左には川が流れており、昨日の大雨の影響か水の色が土砂のせいで薄茶色に染まっていた。
 チクトンネ街とはまた違うブルドンネ街の景色を二人そろって見とれかけたところで、慌てて我に返った魔理沙がジョゼットに聞く。
「あ、そういや…ここら辺で合ってるんだよな?」
「え…うん、路地裏で犬に出会う前に川を見ながら歩いたから…」
 危うく目的を忘れかけた二人は何となく早足で前へと進むと、左側に小さな広場があるのに気が付いた。
 どうやら川の水はそのまま道の下にある暗渠に流れていくようで、濁流の音が微かに穴の中から聞こえてくる。
 地下へと続く暗い穴を一瞥した魔理沙がジョゼットの方へ顔を向けると、彼女は川を横切るようにして造られた左の広場を指さした。
 
 そこから先は左へと進み、まだ人の少ない小さな広場を抜けたところでまたしても道の片方に川が流れていた。
 ここには排水溝がすぐ真下にあるので、今度は川の流れに逆らって歩くような形となるらしい。
「なるほど…さっきの排水溝とはそれほど離れてないから、多分こことあそこの川の水は全部地下に流れてるのか?」
 だとすればこの街の真下には、巨大なため池があるようなもんだな…と魔理沙がそんな想像をしていた時、
 何かを見つけたであろうジョゼットが自分の横を通り過ぎ一歩前へ出ると、すぐ近くの建物を指さして叫んだのである。

54ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:15:13 ID:uPUZJleA
「あった!あれ、あれだわ。あのホテルは川の傍にあったもの、間違いないわ!」
 嬉しそうなジョゼットの言葉に思わず魔理沙もそちら方へ視線を向けると、彼女の言うとおりホテルが建っていた。
 これまで通り過ぎてきたものとは違い、妙に新築の雰囲気が残るホテルの看板には『タニアの夕日』という名前が刻まれている。

「『タニアの夕日』…か、確かにここの屋上から見たら夕日は良く見えるかもな?…昨日を除いてだがな」
 看板の名前を読み上げながら、さぞ昨日だけ名前負けしていたに違いないと思っていると、
「わはは!やったぁー、やっと戻れたぁー!あはははー!」
「ちょ…っ!?お、おい待てって!」
 それまで大人しかったジョゼットが嬉しそうな笑い声を上げ、ホテルの入口目がけて走り出したのである。
 周囲の人々の奇異な者を見る視線と、突然のハイテンションに珍しく驚いている魔理沙の制止を振り切って。
 よっぽど嬉しかったのであろう、長い銀髪を振って走る彼女の後姿を見て、魔理沙はヤレヤレと肩を竦めて見せた。

「……ま、結局遅かれ早かれ中に入ってたんだし。仕方ない、私もついて行くとするか」
 あのホテルの中にいるであろうジョゼットを連れてきた者たちがどんな人たちなのか知りたくなった魔理沙は、
 もう大丈夫だろうと一人静かに立ち去るワケがなく、ジョゼットの後を追ってホテルの入口へと足を進めた。
 
 一足先に入ったジョゼットに続くようにしてドアを開けた魔理沙は、思わず口笛を吹いてしまう。
「へぇ―、こいつは中々だな!ウチの屋根裏部屋が動物の住処に見えてしまうぜ」
 笑顔を浮かべて辺りを見回す彼女の目には、二年前にリニューアルした『タニアの夕日』の真新しさが残るロビーが映っている。
 流石ブルドンネ街のホテルという事だけあるが、何よりもロビーの隅にまでしっかりと手が行き届いているからであろう。
 フロントやロビーの真ん中に配置されたソファー、そして建物の中に彩りを与えている観葉植物にも古びた所は見えない。
 床にも埃の様な目に見えるゴミは魔理沙の目でも視認できず、まるで鏡面かと思ってしまう程に磨かれている。
 
 少々ぼやけて見えるがそれでも自分の顔を映す床を見つめていた魔理沙の耳に、ふとジョゼットの声が聞こえた。
「お兄様!竜のお兄様ー!」
 その声でバット顔を上げ、声のした方へ目を向けた先にジョゼットが手を振っているのが見えた。
 丁度ロビーから上の階へと続く階段の手前で足を止めた彼女は、その階段の上にいる誰かに手を振っているらしい。
 彼女の言ゔ竜のお兄様゙とやらがどんな人物なのか知りたい魔理沙は、すぐさま目線を彼女が手を振る方へと向ける。
 階段を上った先にあるホテル一階の廊下、そこで足を止めてジョゼットと目線を合わせたのはマントを羽織った美青年であった。
 魔理沙が今いる位置からでは詳細は分からないが、少なくともそう判断できるほど整った容姿をしている。
 
 見えないのならもう少し近づこうかと思ったその時、ジョゼットを見つけたその青年も声を上げた。
「ジョゼット!ようやく帰って来たんだな、このやんちゃ者め。迷子になったのかと思ったよ」
 軽く叱りつつも、その顔に安堵の笑みを浮かべる青年はそのまま階段を降りてジョゼットの方へと近づいていく。
 そして十五秒も経たぬうちにロビーへ降りてきた彼を見て、ジョゼットもまた笑みを浮かべて言った。
「まぁ酷いわお兄様、私が報告しようとした事を先に言い当てちゃうなんて!」
「これから僕が直々に君を探しに行こうかと思ったけど、取り越し苦労で済んで何よりだよ」
「あら、そうでしたの?…だったらもう少し迷っていたら良かったかも知れませんわね」
 悪戯っ気のあるジョゼットの言葉に青年は「こいつめぇ!」と笑いながら彼女の髪をクシャクシャと撫でまわす。
 それに対しジョゼットは怒るでも嫌がるでもなく、頭を撫でられている仔犬の様に嬉しがっていた。

55ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:17:16 ID:uPUZJleA
 まるでカップルの様な慣れ合いを見て、魔理沙はやれやれと溜め息をついて肩も竦めてしまう。
 この後はジョゼットをここまで連れてきた事を話して、ついでほんの少しお話でもしたいと思っていたが、これでは無理そうだ。
「とはいえ、このまま黙って去るのも私の性分じゃあないし―――はてさて…」
 イチャつく二人の周りに出来た蚊帳の外で、一人考える魔理沙の姿にジョゼットは気が付いたのだろうか。
 頭をやや乱暴に撫でられて笑っていた彼女はハッとした表情を浮かべると、すぐにロビーを見回し始める。
 そして、ここまで一緒に来てくれた魔理沙がすぐそこまで来てくれていた事に気が付くと、彼女に手を振りながら呼びかけた。

「黒白のお姉さん!こっち、こっちにいる人が竜のお兄様だよ!」
「ん?―――………なッ」
 少女が突然あげた声に青年と魔理沙は同時に互いの顔を見つめ、それぞれ別の反応を見せた。
 突然ジョゼットに呼びかけられた魔理沙は少し驚きつつも箒を持つ右手を挙げて「よぉ、初めまして!」と気軽な挨拶をして見せる。
 しかし青年は違った。彼もまた挨拶を返すつもりだったのだろうか、右手を少しだけ上げた状態のまま―――目を見開いて驚いていた。
 それだけではなく、体を少し仰け反らせ声も漏らしてしまったが為に、魔理沙だけではなくジョゼットも青年の方へ顔を向けてしまう。
 そして、ついさっきまで自分の頭を笑いながら撫でてくれた彼の表情の変わりっぷりに怪訝な表情で首を傾げ、彼に声を掛けた。

「……?お兄様?」
「――――…え、あ…!ゴホン!いや、何でもない」  
 ジョゼットの呼びかけが効いたのか、魔理沙を見て驚き硬直していた青年はハッと我に返り、
 ついで誤魔化すように咳払いをしてそう言うと、ジョゼットよりも怪訝な顔つきをした黒白の方へと視線を向け直す。
 一方の魔理沙は自分を目にしてあからさまに驚いて見せた彼の様子から、自分の勘がしきりに「怪しい!」と叫んでいる事に気付いていた。
 まるで今顔を合わせるのはマズイと思った相手が目の前にいて驚き、一瞬遅れてそれを誤魔化す時の様なワザとらしい咳払い。
 あれは…そう。紅魔館の門番をしている美鈴が居眠りしていて、咲夜が様子を見にきていたのに気が付いて慌てて目を開け咳払いした時のような手遅れ感。
 湖上空でそれを目撃し、その後の顛末もばっちり見ていた魔理沙には目の前の青年が取った行動にそんな既視感を覚えていた。
 問題は、互いに初めて顔を合わせるというのになぜ青年はそんな反応を見せたのか…である。霧雨魔理沙にとって、それは無性に気になる事であった。
 
(ちょっと挨拶だけして、後はお茶とかお茶請け―――ついで昼飯も頂いて帰る予定だったが…こりゃ思いの外、面白そうな事になってきたぜ)
 三度のパン食よりも米食が好きな魔理沙は、遠慮なく自分の好奇心を優先する事にした。
 場合によってはジョゼットを怒らせるかもしれないが、今の彼女にとって青年が何で驚いたのかを知りたくてたまらないでいた。  
 と、なれば即行動…と言わんばかりに魔理沙は今にもため息をつきそうな表情を浮かべると、肩を竦めながらジョゼットに話しかけた。
「おいおい、いきなりどうしたんだコイツ?私を見てびっくりするとは、随分な挨拶じゃないか」
「そうですよね?竜のお兄様、どうしたんですか急に驚いちゃったりして」
 挑発とも取れる魔理沙の言葉に気付かず、ジョゼットも若干頬を膨らませて青年に先ほどの驚愕について聞いている。
 まぁ見ず知らずの自分を助けてくれて、ホテルまでついてきてくれた恩人に対してあんな様子を見せれば、そりゃだれだって失礼だと感じるだろう。
 とはいっても、それ程怒っている様には見えないジョゼットに応えるかのように、青年は再度咳払いをしながら言い訳を述べた。

「コホン、いやーすまないね君。僕はこれまで色んな女の子と知り合ってきたけど…一瞬君が女装をした男の子だと思ってね?」
「んな…ッ!お、おと…女装!?」 
 これを言い訳と捉える他者がいるのなら、そいつは色んな意味で世の中の中性的な女性の敵になるだろう。
 最も言われた魔理沙自身は、自分が中性的だと一度も思ったことが無いし霊夢達幻想郷の知り合いからもそういう風に見られたことは無い。
 だがジョゼット以上に見ず知らずの男に何も言ってないのに驚かれ、初っ端からそんな言い訳をされたら怒るよりも先に驚くしかなかった。
 そして青年の声はロビーにいた客やフロントの係員たちの耳にも入ったのか、皆一斉に魔理沙達へ視線を向けている。
「お、お兄様…!なんて酷い事言うんですか!どう見てもこの人は女の子でしょう!?」
「そう怒るなよジョゼット、今のはロマリアじゃあちょっとした褒め言葉みたいなもんさ」

56ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:19:08 ID:uPUZJleA
 流石のジョゼットも周囲から注がれる視線と恩人に対する無礼な発言に対して、顔を真っ赤にして青年に怒鳴っている。
 しかし一方の青年は先ほど目を見開いて驚いていた時とは全く違い酷く冷静であり、その整った顔に不敵な微笑みを浮かべて言葉を返す。
 次いで、先ほどまでの自分と同じように驚き硬直している魔理沙へ「すまなかったね」と手遅れな謝罪を述べてから話しかけた。

「さっきも言ったよう、僕はこれまで色んな女の子と出会ってきたが…君みたいに男の言葉を使う快活な子と出会ったのは初めてでね。
 つい中性的で綺麗だと遠回しに褒めたつもりだったのだが、君の耳にはとんでもない侮辱として届いてしまったようだ。その事については謝るよ」

 照れ隠しの様な、それでいて相手を小馬鹿にしているとも取れる笑みを浮かべる青年に魔理沙はどう返せばいいか迷ってしまう。
 とりあえず苦虫を噛んだうえで無理やり浮かべた様な笑みを顔に浮かべつつ、いえいえ…とか適当な言葉を口にしようとした所で彼女は気づく。
 自分の顔を見つめる青年の両方の瞳…左は鳶色で右は碧色と、それぞれの色が違う事に気が付いたのである。
「ん?その目は…」
「あぁ、これかい?僕と初めて会うの人は真っ先にその事を聞いてくるから、いつ聞いてくるのかと心待ちにしてたんだ」
 恐らくこれまで何度も聞かれているのだろうか、若干の皮肉を交えながらも青年はサッと教えてくれた。
 自分の両目の色が違うのは生まれつき虹彩の異常があるらしく、そのせいで幼少期は色々と待遇が悪かったのだという。
「ハルケギニアじゃあ僕みたいな『月目』は縁起が悪い人間扱いされるし、おかげでしょっちゅう冷や飯を食わされたもんだよ」
「ふぅーん…冷や飯云々はどうでもいいが、私は綺麗だと思うぜ?なりたいかと言われれば別だけどな」
 手振りを交えて軽い軽い説明をしてくれたジュリオに魔理沙もまた毒と本音を混ぜて素直に月目を褒めた。
 女である自分をさらりと女装男子扱いしたイヤな奴ではあるが、良く見てみればまるで丁寧に磨かれた宝石の様に綺麗なのである。

 青年は魔理沙が褒めてくれたことに対しありがとうと素直に礼を述べ、さっと右手を彼女の前に差し出した。
 突然の右手に一瞬何かと思った彼女であったが、すぐに察して自分の右手で彼の差し出す手を握る。
 手袋越しの手は少々くすぐったいものの、握力から感じるに自分に対してあまり警戒はしていないようであった。
 互いの顔を見つめあい、暫し無言の握手が続いたところで魔理沙は自分の名を名乗る。
「私は魔理沙、霧雨魔理沙だ。街中で迷ってたジョゼットを見つけた普通の魔法使いさ」
「魔法使い?メイジじゃなくて…?」
「ここら辺の人間には名乗る度に似たような疑問を抱かれてるが、誰が言おうともメイジじゃあなくて魔法使いなんだ」
「成程、面白いヤツだよ君は。それに名前も良い」
 隠すつもりが全くない魔理沙の自己紹介に青年は笑いながらも頷いて、次に自分の名を名乗った。

「僕の名前はジュリオ、ジュリオ・チェザーレ。ワケあって今はトリステインへ出張している普通じゃないロマリア神官さ」
「おいおい、人の名乗りを模倣するかと思いきや…何て自己主張の激しい奴なんだ」
「いかにもメイジですって格好しておいて、わざわざ魔法使いとか主張する君も相当なもんだぜ?」
 互いに笑顔を浮かべつつ、棘のある会話をする二人の間には自然と和やかな雰囲気が漂っている。
 それを見守っていたジョゼットは、ジュリオが魔理沙を男子扱いした時の一触即発の空気が変わった事にホッと一息つくことができた。
 緊張に包まれていた周囲の空気も元に戻るのを感じつつ、ジュリオは魔理沙からここに来るまでの出来事を聞く事となった。
 興味本位でホテルの外に出て、街中を歩いていたら野良犬に追いかけられて道に迷った事。
 そして偶然通りがかった魔理沙に助けられて、トコトコ歩きながらようやくここへ辿り着くまでの話を聞いてジュリオはウンウンと頷いた。

57ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:21:15 ID:uPUZJleA
「キミには助けられたようなものだね。まさかトリスタニアに、キミみたいに親切な魔法使いさんがいるとは予想もしていなかったよ」
「何といっても私は魔法使いだからな。自分が興味を抱いたモノにとことん付き合うのは職業柄のさだめ…ってヤツさ」
「おや?僕の知らない世界では魔法使い…というのは職業として扱われているらしいねぇ。どこに行ったらなれるんだい?」
「残念だがこの業界はライバルが少ない程に得なんでな、なりたいなら自分で方法を探してみな」
 そこまで言った所で、いつのまにか魔法使いに関しての話になってしまったのに気づいた二人はクスクスと笑う。
 出会ってまだ十分も経たないというのに、すっかり打ち解けたかのような雰囲気になってしまっているからだろうか。
 二人して明確な理由が無いまま暫しの間笑い続け、それから少ししてジュリオが共に落ち着いてきた魔理沙へ話しかけた。

「改めて言うが本当に助かったよ。トリスタニアは以外に複雑な街だし、性質の悪い平民たちもいるしね」
「あぁ確かに…路地裏とか結構入り組んでるし、いかにもチンピラって奴らもあちこち見かけてるな」
 念には念を入れるかのようなジュリオの言葉に魔理沙は納得するかのように頷きつつ、ついでジョゼットの方へ目を向ける。
 恐らくこの世界の人間でも珍しい銀髪に小さな体躯。もしも自分と出会わずに夜中まで迷い続けていたら大変な事になってたかもしれない。
 そう考えると自分はとても良い事をしたぜ!…と誰に自慢するでもなく内心で踏ん反り返っている。
 一方のジョゼットは自分を見つめてニヤニヤする魔理沙に首を傾げた思った瞬間、
 ハッとした表情をその顔に浮かべると慌てて頭を下げて、ここまでついてきてくれた彼女へお礼を述べた。。

「あ、あの!助けてくれて本当にありがとうございます、キリサメ・マリサ…さん!」
「別にタメ口でもいいぜ?でも゙さん゙付けは別に嫌いじゃあないし、嬉しいけどな」
 魔理沙の言葉に頭を上げたジョゼットは暫し考えるかのように体を硬直させた後、再度頭を下げて言い直した。
「じゃ、じゃあ…ここまでついてきてくれて、ありがとう。マリサ、さん」
「ははは、そうそうそんな感じでいいんだよ!…っていうか、別に言い直さなくたっていいんだけどな」
 律儀にも言葉を訂正してお礼を述べてくれたジョゼットに魔理沙は苦笑するしかなかった。
 彼女としてはほんのアドバイス程度だったのだが、どうやら真面目に受け取ってしまったらしい。
 ちょっと言い過ぎたかな?魔理沙がそう思った時、それはジュリオの背後――先程まで彼がいた一階から聞こえてきた。

「ジョゼット、無事だったのですね!」
「え…あっ、せ…―――セレンのお兄さん!」

 ジュリオと比べ微かに低く、しかし十分に若いと青年の声に真っ先に振り向いたジョゼットは、真っ先にそう叫んだ。
 遅れてジュリオも背後を振り返り、魔理沙は視線を動かして階段を降りてくる青年の姿が目に入る。
「あれは…?」
「彼は…セレン。ここへジョゼットを連れてきた騒ぎの張本人にして、もしかすると…彼女の身を一番案じてた人さ」
「…!成る程、ジョゼットが言ってたもう一人のお兄さんってアイツの事なのか」
 思わず近くにいたジュリオに訪ね、返事を聞いた魔理沙はここに来る前にジョゼットが言っていた事を思い出す。

58ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:23:07 ID:uPUZJleA
 年の程は良く分からないものの、階段の上からでも分かる程にその背丈は大きかった。
 恐らくジュリオと比べて一回り大きいがそれでいて痩せているためか、一見するとモデルか何かだと見間違えてしまう。
 ジュリオのそれと比べてやや濃い色の金髪をショートヘアーで纏めており、窓から漏れる陽の光で反射している。
 そして何よりも一番目についたのは、ジョゼットがセレンと呼んだ青年の表情から『優しさ』のようなものが溢れ出ていた事だ。

 『優しさ』――或いは『慈悲』とも言うべきか、とにかく彼の顔には『怒り』や『悲しみ』といった負の感情…というモノが一切見えないのだ。
 普通なら勝手にホテルから出て、街で迷ってしまったジョゼットを怒るべきなのだろうが、その予想は惜しくも外れてしまう。
 優しい笑みを浮かべる金髪の青年セレンが階段を降り切ると同時に、ジョゼットが彼の下へ走り出す。
 セレンは駆け寄ってくる少女を自らの両腕と体で優しく抱きとめると、繊細に見える銀髪を優しく撫でてみせたのである。
「あぁジョゼット、まさか探しに行く前に帰ってきてくれるとは…始祖に感謝しなければなりませんね」
「はい、仰る通りです!…けれど、始祖のご加護だけではなく、それにマリサさんにも!」
「?…マリ、サ…?もしかすると、そこにいる黒白のトンガリ帽子の少女ですか?」
 ジョゼットの口から出た聞き慣れぬ名前にセレンは顔を上げ、ジュリオの後ろにいる魔理沙へと視線を向ける。
 それを待っていたと言わんばかりに魔理沙は左手の親指でもって、自分の顔を指さしてみせた。
「そ!ジョゼットの言うマリサさん…ってのはこの私、普通の魔法使いこと霧雨魔理沙さ!」
「普通の、魔法…使い?メイジではなく?」
 魔理沙の自己紹介で出た゛魔法使い゙という言葉に彼もまた首を傾げ、それを見たジュリオがクスクスと笑う。
「セレン、そこは疑問に感じるでしょうが彼女にとってはそれが至極普通なんだそうですよ」
「…ほぉ、成程!つまり変わっているという事ですね?…嫌いじゃあありませんよ、そういうのは」
 笑うジュリオの言葉にセレンもまた微笑みながら返すと抱きとめていたジョゼットを少しだけ離して魔理沙と向き合う。
 一方の魔理沙も自分の顔を指していた親指を下ろすと、今度は彼女の方からセレンへ向けて右手を差し出す。
 それを見てセレンも気持ちの良い笑顔を浮かべながら、自分の両手でもって彼女の手を優しく包み込むように握手する。

「ジョゼットの知り合いになったばかりの私だが、以後お見知りおきを…ってヤツで頼むぜ」
「えぇ勿論。…私の名はセレン、セレン・ヴァレンです。今日、貴女という素晴らしい人、貴女を出会わせたくれた始祖の御導きに感謝を」
 互いに気持ちの良い握手をする最中、ふと魔理沙はセレンの首からぶら下がる銀色のアクセサリーに気付く。
 それは彼女のいる世界では良く見るであろう十字架とよく似た、敬虔なブリミル教徒が身に着ける聖具であった。

59ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:29:43 ID:uPUZJleA
以上で八十六話の投稿は終了です。
今年の夏は色々と忙しく、またやる事も多かった季節でした。

それでは今日はここらで…
また来月末にお会いしましょう。ノシ

60名無しさん:2017/09/07(木) 22:26:27 ID:9RFKZYoI


61ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:05:22 ID:gEw1OzH.
おはようございます。焼き鮭です。投下を行います。
開始は5:08からで。

62ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:09:07 ID:gEw1OzH.
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十五話「暗黒の化身」
超古代尖兵怪獣ゾイガー
超古代怪獣ゴルザ(強化)
邪神ガタノゾーア 登場

「ピアァ――――ッ!」
 ガリアから飛び立ち、今まさにアクイレイアを狙ってロマリア艦隊を壊滅せしめたゾイガーの
群れは、ロマリア側の虎街道上空にて侵攻を阻止しに出動したウルティメイトフォースゼロと
激しい交戦を繰り広げていた。
『ちっくしょう! こいつら、何てスピードだ! 攻撃が全然当たんねぇぜ!』
 空中でファイヤースティックを振るうグレンファイヤーが毒づいた。先ほどからゾイガーへ
向けて如意棒を振り回しているのだが、一体にさえかすりもしない。
『こっちもだ! ジャンミサイルが振り切られるとは……!』
 ジャンボットもまた搭載火器をフル使用しているが、ゾイガーの動きがあまりに速すぎて、
ロックオンすらも出来ないありさまであった。
 それもそのはず。ゾイガーの飛行速度はネオフロンティアスペースの当時の主力戦闘機
ガッツウィングはもちろんのこと、高速型のブルートルネードも、果てはマキシマオーバー
ドライブ搭載のスノーホワイトでさえ追いつけないほどの常軌を逸した速さなのだ。生半可な
攻撃では、ゾイガーの影を捉えることすら出来ない。それが何体もいるという恐ろしさ!
「ピアァ――――ッ!」
 それほどのスピードを出しながら縦横無尽に飛び回るゾイガーたちは、口から光弾を吐いて
ジャンボットとグレンファイヤーを一方的に攻撃する。
『ぐわぁぁッ!』
『うおあぁぁッ! くっそうッ……!』
 光弾を肩に被弾し悲鳴を発する二人。歴戦の戦士たるこの二人が大いにてこずるこの怪獣たちに、
怪獣迎撃に出撃したロマリア軍の部隊はますます太刀打ちすることは出来なかった。
「速すぎて目で追うことすら出来ない……! これでは戦いにもならん……!」
 ロマリアの聖堂騎士の一人が唖然とつぶやいた。艦隊はまだ残存しているが、ガッツウィングと
比べたらはるかに遅いハルケギニアのフネではゾイガーに対抗することなど到底出来ない。
オストラント号でも不可能である。人間たちは、何も出来ることがなく立ち尽くすばかり。
『はぁッ!』
 グレンファイヤーやジャンボットも苦戦する中、ミラーナイトは鏡のトリック全開でゾイガーに
対抗している。空に張り巡らした鏡にミラーナイフを連続反射させることで、一体の羽を切り
飛ばしたのだ。
「ピアァ――――ッ!」
 片側の羽を失ってバランスを崩したゾイガーが谷底へ向けて真っ逆さまに転落していった。
それを追いかけるのはグレンファイヤー。
『ようやく一体落としたか! とどめは俺に任せな!』
 役割分担をして、グレンファイヤーは地上に落ちたゾイガーを叩く。そのつもりだったのだが……。
『うらぁッ!』
 炎の拳を、ゾイガーが弾き返した!
『ん何!?』
「ピアァ――――ッ!」
 更にグレンファイヤーを蹴り返すと、残った片側の羽を自ら引っこ抜いて身軽となる。
そして跳ねながらグレンファイヤーに猛然と反撃を行う。
『くッ、飛べなくなっても戦えんのか! 何て手強い奴らだ……!』
 さしものグレンファイヤーも冷や汗を垂らした。一体だけでもこれほど隙がないのに、
まだまだ何体もいるのだ!
 追いつめられるウルティメイトフォースゼロ。この戦いに、地上から入り込もうとする
人間がただ一人だけいた。

63ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:12:00 ID:gEw1OzH.
「ウルティメイトフォースゼロが危ないわ! 援護するわよ!」
 ルイズだ。虎街道の入り口、戦場を一望できる崖の上で、杖を握り締めながら前に出ようと
するのを、彼女の護衛のギーシュたちが慌てて制止した。
「ルイズ! おい、馬鹿な真似はよせ! 無闇に身を乗り出そうなんて、いくら何でも
命知らずが過ぎる!」
「怪獣の速度を見ろ! 向こうがこっちに気づいたら、まず間違いなく死んだと悟る前に
消し飛ばされるぞ!」
 ロマリアは聖女となったルイズの護衛に聖堂騎士隊や民兵の連隊をつけたが、今はどちらも
敵怪獣の強力さにすっかりと怖じ気づいていた。オンディーヌも、ルイズがいなければずっと
身を潜めていたい気分である。
「何言ってるのよ! 隠れてるだけで戦いに勝てる!? ウルティメイトフォースゼロは
勇敢に戦ってるのに、このハルケギニアの貴族のあんたたちはコソコソしようっていうの!?」
 怒鳴り散らすルイズだが、ギーシュは反論。
「だからって、きみは無謀だよ! 呪文も唱えないでさ! 何だか昔のきみに戻ってしまった
みたいだよ。やはり、サイトを帰してしまって落ち着きをなくしてるんじゃないのかい?」
 その言葉にドキリとするルイズ。
「て、適当なことを言わないでちょうだい! わたしはただ、自分の後ろにいる人々を守りたいだけよ!」
 強がるルイズだが、実際は図星であった。才人がいない……彼の分まで戦わなくてはならない……
それを意識しすぎるあまり、つい功を焦ってしまうのだ。
 虚勢を張るルイズに参るギーシュたちは、ふと彼女に尋ねかけた。
「ところで、サイトの代わりになるとか言ってた男はどこに行ったんだい? いつの間にか、
姿が見えないけれど」
「ランなら……先に戦いに行ったわ」
「ええ!? まさか、あの激戦に生身で飛び込んでいったのかい!? 無茶な!」
 マリコルヌが叫んだその時、彼らの目の前を、崖の下から現れたウルトラマンゼロが猛然と
飛び上がっていった!
「シェアッ!」
「おおッ! ウルトラマンゼロだ!」
 ゼロの登場には、ギーシュたちも一瞬心が沸き上がった。
 ランから変身したゼロは全速力でミラーナイトたちを苦しめるゾイガーの群れに飛び込んで
いきながら、ルナミラクルゼロへと姿を変えた。
『この星にはこれ以上手出しはさせねぇ! ミラクルゼロスラッガー!』
 ゼロは数を増やしたスラッガーを飛ばし、ゾイガーを纏めて三体滅多切りにして爆散させた。
ゾイガーの超スピードをも超える早業であった。
「ピアァ――――ッ!」
『レボリウムスマッシュ!』
 ルナミラクルゼロの超能力でゾイガーと同等のスピードを出しながら、手の平から発する
衝撃で片っ端から弾き飛ばしていく。ゼロもまた才人の分まで戦おうとしているのだが、
ルイズとは違ってあくまで冷静に、それでいて闘志を燃やしていつも以上の力を発揮する
ことに成功していた。
『助かりました、ゼロ!』
『ここから盛り返すぞ!』
 ゼロの加勢によってウルティメイトフォースゼロが徐々に押していく。それに合わせて、
人間たちの心にも希望が灯っていく。
「おお、すごい! さすがゼロ!」
「この調子ならいけるわ! 生き残りは、わたしの“爆発”で纏めて地上に叩き落とせば……」
 意気込むルイズだったが……彼女たちは、すぐに思い知らされることとなる。
 あれほど手強かったゾイガーが、真の戦いの『前座』でしかなかったことを。
「プオオォォォォ――――――――!!」

64ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:14:55 ID:gEw1OzH.
 怒濤の勢いを見せていたゼロだったが、突如谷底から長く巨大な触手が伸びてきて、彼を
はたき落としたのだ。
『うおぉッ!?』
「あぁッ!? ゼロがッ!」
「何事だ!? 触手!?」
 不意打ちを食らったゼロが谷底に落下。すぐに起き上がるものの、彼はそこで目の前に
現れた『もの』を目にして驚愕する。
『な、何だ! 闇!?』
 ゼロの眼前に、広大な谷を埋め尽くそうとしているかのように、『闇』としか言いようない
もやのようなものが立ち込めているのだ。いや……その『闇』は凝縮されていき、ゼロをも
超える巨体の怪物を形作っていく。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ルイズたちもその怪物の姿を目にして、一斉に絶句した。
「な、何だ、あの化け物の異常な姿は……! いくら何でもおかしいだろう……!」
「しかもでかい……! ゼロが子供みたいだ……!」
 ギーシュが『異常』と称したその怪物の姿は、巻貝かアンモナイトから怪物の首と四肢、
触手が生えているかのようなもの。しかもその眼は、下顎についている。まるで顔の上下が
逆になっているようだ。顔の上下が逆の生物が他にいるだろうか?
 それに全高が百五十メイル辺りもある。ゼロの倍以上だ! そして全身から発せられる
プレッシャーは、並みの怪獣の比ではない。距離の離れている聖堂騎士隊や民兵が、一目散に
逃げ出してしまったほどだ。
 ゼロはこの闇の怪物の名を、戦慄とともに口にした。
『邪神ガタノゾーア……! こんな奴までいやがったか……!』
 それは広い宇宙でも特に恐れられる名前の一つだ。かつてネオフロンティアスペースの
地球の超古代文明を滅ぼし、現行文明もまた滅ぼしかけたほどの大怪物である! その力は
計り知れないものに違いない。
『だがッ! 俺は負けねぇぜッ!』
 ゼロはストロングコロナゼロになって、超巨大なガタノゾーアにも恐れずに果敢に挑んでいく。
『おおおぉぉぉッ!』
「プオオォォォォ――――――――!!」
 一瞬で距離を詰めて、鉄の拳を真正面からぶち込む! ……が、ガタノゾーアは全くびくとも
しなかった。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアは少しの身動きもしないまま、全身からエネルギーをほとばしらせてゼロを
弾き返す。
『ぐあッ!?』
 吹っ飛ばされたゼロにガタノゾーアの触手が襲い掛かり、首に巻きついて締め上げる。
『ぐッ、ぐぅぅぅぅ……!』
 必死に触手に抗うゼロだが、ストロングコロナのパワーを以てしてもなかなか引き千切る
ことが出来ない。延々と苦しめられるゼロ。
『何て野郎だ……! ゼロを簡単にあしらってやがるッ!』
 おののくグレンファイヤー。しかし仲間たちはゾイガーに足止めされており、ゼロの救援に
向かうことが出来ないでいた。
『ぜあぁッ!』
 ようやく触手を千切って拘束から逃れたゼロ。だがこれはガタノゾーアに無数にある触手の
一本でしかないのだ。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアは触手の数を増やし、更に巨大なハサミつきの触手を伸ばしてゼロを追撃。
ハサミはゼロの上半身ほどもあるサイズだ。
『うおぉッ! ぐあぁぁッ!』
 大量の触手を叩きつけられて、さしものゼロもどんどんと追いつめられていく。カラー
タイマーも危険を報せ、このままでは極めてまずい。

65ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:16:57 ID:gEw1OzH.
『ぐッ……はぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 全身からエネルギーを発して触手を吹き飛ばした一瞬の隙に、ゼロは決死の反撃に転ずる。
『ガルネイトバスタァァァ―――――ッ!』
 全力を込めた光線をガタノゾーアに叩き込む! 灼熱の光線はガタノゾーアの中央に炸裂し、
ガタノゾーアの動きが停止した。
「決まったッ!」
 ぐっと手を握り締めるルイズたち。――しかし、
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアが停止していたのはほんのわずかな時間だけであった! それ以外は、通用した
様子が見られない。
『なッ……!?』
 動揺するゼロ。その隙が命取りとなり、触手のハサミに両肩を掴まれて動きを封じられてしまった。
『しまったッ! うおおぉぉ……!』
 もがいて逃れようとするゼロだったが……既に遅かった。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアから暗黒の光線が照射され、ゼロのカラータイマーを貫いた!
『がッ……!?』
 ゼロの視界から色が消える。そして……カラータイマーが瞬く間に石化し、ゼロの全身も
完全に石化してしまった……!
「ぜ、ゼロッ!?」
『ゼロぉッ!』
『ゼロぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
 絶叫する仲間たち。しかし石化したゼロは物一つ言わず、ガタノゾーアの触手に突き
飛ばされて谷底に倒れる。
「ウルトラマンゼロが、負けた……」
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ゼロを石像に変えたガタノゾーアが、勝ち誇るように咆哮。ルイズはそれに、キッと怒りの
眼差しを向けた。
「よくもゼロを……! ありったけの“爆発”を食らわせてやるわ!!」
 激しい怒りを燃やすルイズ。しかし相手はゼロを一蹴するほどの規格外の化け物。“爆発”も
通用するかどうか。
 だがやらねばならない。ゼロの仇を取るのだ! とルイズは呪文を唱えるのだが……。
「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 突然新たな怪獣の鳴き声が、下から起こった。直後、ルイズたちの立っている崖に亀裂が走る。
「あ、危ないッ!」
「ルイズ、下がるんだッ!」
「放してッ! あいつをぶっ飛ばさなきゃ!」
「その前にきみが転落死するぞ!?」
 危険を察知したオンディーヌが慌てて、ルイズを抱えながら退避。それがぎりぎり間に合い、
崖の崩落から逃れることが出来た。
 しかし崩れた崖の中から、一体の新たな怪獣が出現したのだった!
「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 ガタノゾーアのしもべの怪獣ゴルザ! それもマグマのエネルギーを吸収することで肉体を
強化した個体だ! 戦いの騒乱に紛れて、地中を掘り進んできたのだ。
「わッ、わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――!!」
 一斉に悲鳴を発するオンディーヌ。何せ怪獣は目と鼻の先だ!
『彼らが危ないッ!』
 焦るミラーナイトたちだが、未だにゾイガーの群れに苦戦していて救援に回ることは
出来なかった。ルイズたちを助けられる者が、この場には誰もいない!

66ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:19:29 ID:gEw1OzH.
「くぅッ……!」
 目の前にそびえ立つゴルザを憎々しげに見上げるルイズ。しかし山のような怪獣に対して、
彼女はあまりにちっぽけであった。

「ウアァッ!」
 キリエロイドを撃退してブリミルたちの村を救ったかに見えたティガ=才人だったが……
その後すぐに現れた新たな脅威に、まるで太刀打ちできずに叩きのめされていた。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 その相手とは、邪神ガタノゾーア! 六千年前にも現れていたのだ。そして今まさに才人を
追い詰め、殺そうとしている!
『つ、強すぎる……! こんな奴が現れるなんて……!』
 ガタノゾーアはティガのあらゆる攻撃を受けつけない。パワータイプとなって筋力を底上げし、
ハンドスラッシュやデラシウム光流など様々な光線を次々繰り出しているのだが、ガタノゾーアには
少しのダメージも与えられている様子がなかった。
「プオオォォォォ――――――――!!」
「ウワァァァッ!」
 ガタノゾーアの触手がティガを殴りつける。ティガはパワータイプになっても力負けし、
ねじり伏せられる。
『だ、駄目だ……! ブリミルさんたちを、守らなきゃなんないのに……!』
 もしブリミルが死んでしまったら、現代のルイズたちは全員タイムパラドックスで消滅して
しまうかもしれない。これまでの出逢いが、全てなくなってしまうのだ……。だがエネルギーは
もう残りわずか。ここからどうやったら逆転が出来るのだろうか。
 最早打つ手なし。才人は己の無力さを噛み締めるしかない。そう思われた時だった。
「負けるな、ウルトラマン!」
 誰もが絶望している中、それでも応援を続ける者が一人。そう、ブリミルである。
「ぼくはそれでも、きみたちが見せてくれる光を信じる! ぼくに何が出来るか分からない
けれど……ぼくも戦うよ! きみたちの、力となるッ!」
 懸命な思いをとともに、ブリミルは杖を掲げる。そして才人にとっては聞き慣れた、“爆発”の
呪文を唱え始めた。当たり前と言えば当たり前だが、ルイズのものと同一だ。
 しかしその杖先に灯った光は、“爆発”の輝きとは異なるものだと才人には分かった。
『あれは……?』
「こ、この輝きは……? いつもの光り方じゃない……」
「ブリミル、どういうこと?」
 呪文を唱えたブリミル本人も何事か分かっていないようだ。問いかけたサーシャが、
あることに気づく。
「ブリミル、杖だけじゃなくあなた自身も光ってるわ!」
「えッ!? うわッ、本当だ!」
 ブリミルの身体全体がほのかに光り、その光が杖に集まっていく。杖に灯る輝きはまばゆい
ほどになり、サーシャたちは思わず顔をそらした。
「おぉッ!?」
 最高潮に高まった光が勢いよく飛び、ティガのカラータイマーに入り込んでいった。その瞬間、
色が青に戻る。
 それだけではない。ティガの肉体にも大きな変化が発生し、黄金色の光に包まれていく!
『こ、この光は!? 身体中に……力がみなぎってくる!!』
 思わず興奮する才人。ルイズの虚無魔法で何故か力が回復することは何度かあったが、
今のこれはその比ではない。限界以上に力が湧き上がってくるのだ!
「ハァッ!」
 立ち上がったティガの身体が、そのままぐんぐんと巨大化。自分と同等の体躯になっていく
ティガに、ガタノゾーアが初めて狼狽えたように見えた。
 ウルトラマンティガは、黄金の光に覆われた最強の形態……グリッターティガとなったのである!

67ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:21:55 ID:gEw1OzH.
ここまでです。
ウルトラお家芸、石化。

68ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:43:48 ID:EofJgLJk
ウルゼロの人、乙です。
ブロンズ像、石化、黄金像、宝石化。ウルトラ戦士はだいたい一度は固まらさせられますね。

こんにちは。こちらもウルトラ5番目の使い魔、64話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。今回はちょっと長めです。

69ウルトラ5番目の使い魔 64話 (1/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:45:10 ID:EofJgLJk
 第64話
 湖の舞姫
 
 用心棒怪獣 ブラックキング 登場!
 
 
 ハルケギニアに平穏な時が流れるようになってから、しばらくの時が過ぎた。
 その間、魔法学院やトリスタニアで少々の事件はあったが、世間はおおむね安定を保っていた。
 しかし、平穏とはなにもないことを意味するわけではない。平和な中でこそ行われる熾烈な戦いはいくらでもある。
 地球で例えるなら、受験戦争、会社内での成績争い。いずれも、他者を押しのけて自己の利益をはかる生々しい争いだ。
 だからどうした? そう思われるかもしれない。しかし過去のウルトラの歴史において、たったひとりの負の情念から凶悪な怪獣が出現した例は数知れないのだ。
『ほかの知的生命体では、なかなかこうはいきません。人間という生き物は、ある意味宇宙でもっとも有用な資源ですね』
 この世界のどこかで、ある宇宙人がこう言った。
 そして、ハルケギニアは貴族社会。当然、それにはそれにふさわしい戦いの場が存在する。
 
 
 ある夜、場所はトリステインの名所であるラグドリアン湖の湖畔。
 広大な湖畔の一角には貴族の別荘地が並び、そこではある貴族の別荘の広大な庭園を会場にして、トリステインが主催の園遊会が開かれていた。
「諸国の皆さん、本日は我が国の園遊会にお越しいただきありがとうございます。ささやかですが宴の席を用意しました。今宵は堅苦しいしがらみを抜きにして、隣の国に住む友人として語り合いましょう」
 トリステインを代表して、アンリエッタ女王(本物)が貴賓にあいさつをした。それに応えて、集まった数百の貴族たちからいっせいに乾杯の声が流れる。そして彼らは、解散を伝えられると会場のあちこちに散って、思い思いに食事や談笑を楽しみ始めた。
 もちろん、これはただのパーティなどではない。トリステイン貴族の他にも、ここにはゲルマニアやアルビオンの貴族が何十人も招待され、彼らは楽しげな会話の中で、様々な取引や情報交換、場合によっては縁談の相談などを行っている。
 貴族とは権力で成り立っている存在ゆえに、その勢力の維持には他の勢力の取り込みや連帯は欠かせず、特に外国の貴族とのつながりは大きな力となる。逆に言えば、貴族の世界で孤立することは身の破滅を意味することに直結するため、園遊会は貴族たちにとって、自らの繁栄や安全を支えるための重要な行事なのである。
「園遊会の一席で、戦争が起きもすれば止まりもいたします」
 マザリーニ枢機卿は、アンリエッタへの教育の一環としてこう語った。
 さらに貴族の繁栄は、その貴族の国の繁栄にもつながる。アンリエッタもそのために、数々の貴族とのあいだを行き来して話を続けている。アンリエッタは幼いころに参加させられた園遊会で、子供心には退屈のあまりに抜け出して、少年時代のウェールズと出会って恋に落ちた。今回、この場にウェールズの姿はないが、アンリエッタも今では自分の立場の義務と責任を理解できない子供ではない。

70ウルトラ5番目の使い魔 64話 (2/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:51:41 ID:EofJgLJk
 様々な政治的思惑が交差し、場合によっては歴史を動かしかねない交渉がなされていく。平民には想像もできない高度で深淵な駆け引きの場がここにあり、よくも悪くもハルケギニアの社会には欠かせない存在としてあり続けてきた。
 
 そして、そんな賑やかなパーティ会場の一角に、ギーシュとモンモランシーが席を並べていた。
「ああ、我らの女王陛下。今日もなんて美しいんだ! まるで夜空に咲いた一輪の百合。この大空に輝く二つの月さえも、陛下の前ではかすんで見えるでしょう」
「ふーん、つまりわたしより女王陛下のほうがいいって言うのね? わたしが一番だって言ってくれた、あの日の言葉は嘘だったのねえギーシュ?」
「あ、いやそんなことはないよモンモランシー! これは、トリステイン貴族としてのぼくの忠誠心から来てるものであって」
「嘘おっしゃい! あんたの視線、陛下のどこを見てたかわたしが気づいてないとでも思うの? ほんとに、ギーシュの言葉はアルビオンの風石より軽いんだから」
 高貴な園遊会にふさわしくない低レベルな喧嘩をしている、きざったらしい一応二枚目と、金髪ツインテールドリルの少女。その場違いな様に、近くを通りかかった貴族の何人かは首をかしげて通り過ぎていった。
 しかし、なぜこの場にまだ学生である二人がいるのだろうか? もちろん二人とも遊びで参加しているわけではない。まだ学生の身とはいえ、二人とも名のある貴族の一員である。この場にいるという意味はじゅうぶんに理解していた。
 もっとも、まだこういう場での立ち振る舞いがわかってないあたり、二人が無理に参加させられているのは周りから見れば容易に察せられた。
「機嫌を直しておくれよモンモランシー。女王陛下は例外さ、むしろ女王陛下と比べることのできるモンモランシーこそすばらしいんじゃないか。ごらんよ、女王陛下の威光はいまやハルケギニア中に知れ渡り、なんとも壮観な眺めだと思わないかい? アルビオンをはじめとする世界中の名士が幾十人も顔を揃えているよ。これに参加できるなんて、ぼくらはなんて幸せなんだ。そう思わないかい?」
「はいはい、はしゃぎすぎてトリステインの田舎者だって思われないようにしてよね。うちの父上は、この園遊会でモンモランシ家の名誉回復しなきゃいけないって張り切ってるんだから、あんたのせいで失敗したなんてことになったら、わたしは実家に二度と帰れなくなっちゃうわ」
 はしゃぐギーシュにモンモランシーが釘を刺した。二人とも、今日は魔法学院の制服ではなく貴族の子弟としてふさわしいきらびやかな衣装に身を包んでいた。ギーシュのタキシードの胸と背中には、グラモン家の家紋である薔薇と豹が刺繍されており、モンモランシーのドレスにも同様に家紋が編み込まれている。ギーシュのグラモン家やモンモランシーのモンモランシ家にとっても今日のことは重要で、ふたりともそれぞれの一族の一員として学院を欠席してでも呼び寄せられていたのだ。
 とはいえ、普段は二人とも園遊会に参加することなど、まずない。そもそも園遊会に参加したがる貴族は膨大な数に上るため、国内から参加する家は一部を除いてくじ引きで決めることになっている。今回は幸運にも、グラモンとモンモランシ家が名誉なその資格を勝ち得たのだった。
 それゆえに園遊会に参加し、どこかしらの有力貴族とコネを作れれば自分の家にとっての助けになると、ふたりとも大きな意気込みを持ってここにやってきた。特にこのふたりの実家は、かなりのっぴきならない状況を抱えている。
「確かモンモランシ家は、水の精霊の怒りに触れてしまって水の精霊との交渉役を下ろされてしまったんだっけ? そのせいで収入も激減して、なんとか新しい稼ぎ口を見つけなきゃいけない君のお父上も大変だね」
「はいはい、あなたのところだって、お父上やお兄様方の女好きが行き過ぎて、貢いだお金が青天井なんでしょう? 出征の出費の数倍は出してるって、もっぱらの噂よ」
「うぐっ! じ、女性に最大限の敬意を払うのはグラモン家の伝統だから仕方ないんだよ。あっ、心配しないでくれよモンモランシー。僕はいつまでも、君だけの、君だけを愛し続けるからね!」
「はいはいはい。あーあ、こうなったらグラモン家の伝統を見習って、わたしも外国のかっこいい殿方を探そうかしら?」
「そ、そりゃないよモンモランシー」
 情けない声を漏らすギーシュを、モンモランシーは白けた眼差しで見下ろしている。ギーシュの手に持った薔薇の杖も、持ち主の心情を反映したのか心持ちしおれて見えるが、自業自得であろう。

71ウルトラ5番目の使い魔 64話 (3/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:55:16 ID:EofJgLJk
 モンモランシーはギーシュから視線を外すと、会場に並べられたテーブルに並べられている豪勢な料理を皿に取り、不機嫌そうにしながらも舌つづみを打った。アンリエッタ女王の園遊会の予算削減方針で、前王のころに比べれば半分以下の規模になっているが、それでも山海の珍味を集めた料理の数々はたまらなく美味だった。
 没落した貧乏貴族のモンモランシーは、普段こんな豪勢な料理を口にすることはない。魔法学院の料理も平民から見れば豪勢だが、この園遊会の料理に比べれば地味と言ってよかった。貴族と一口に言っても、きっちり勝ち組と負け組はあるのである。
「いっそ本当にギーシュなんか捨てて、ここで新しい彼を探そうかしら」
 ため息をつきながらモンモランシーはそう思うのだった。
 最近のギーシュのおこないは目に余る。このあいだのアラヨット山の遠足のときには、同じ班になったティファニアに終始くっつきっぱなしで自分のところには一度も来なかった。あの後、少々体に教え込ませたが、まだ怒りが収まったわけではないのだった。
 この園遊会での立ち振る舞いひとつで、貧乏貴族が大貴族になることもありうる。もしモンモランシーがどこかの大貴族の殿方のハートを射止めれば、モンモランシ家にはバラ色の将来が約束されるだろう。
 でも、ギーシュが冷たくされたときに見せる情けない顔を見ると、許してやろうかという気がどこからか湧いてくるのである。まったく、難儀な男を好きになってしまったものだとつくづく思う。
「ふ、ふん! だったらぼくも、このパーティで外国の姫を射止めてやろうじゃないか。後から後悔しても遅いよ、モンモランシー」
「好きにすれば?」
 モンモランシーは軽く突き放した。学院の女生徒ならともかく、それこそ誘いは星の数ほどもあるであろう外国の淑女がギーシュごときの安っぽい台詞にひっかかるとは思えなかったのだ。ただ、それ自体は自分にとって腹立たしいものではあったが。
 ギーシュとモンモランシーは、その後もパーティの貴族たちからは一線を引いた距離で、いつも学院でしているような会話を続けた。
 どのみち暇は有り余っている。二人とも、それぞれの実家から、やっと掴んだ園遊会の出席権に加えてやるから来いと言われて張り切ってここまでやってきたが、ふたりの実家からの期待はすぐにしぼんでしまった。
 それはギーシュとモンモランシーの関係をそれぞれの実家が知ったゆえで、モンモランシ家のほうは娘が武門の名家であるグラモン家の息子と懇意であるなら願ってもなしと言い、グラモン家のほうは五男坊のギーシュがそこそこの相手を見つけたのなら特に咎める気はない、とあっさり認めて、無理に売り込みをしなくてもよいぞと解放されてしまったのだ。
 これではふたりの、特にモンモランシーのやる気の減退は著しかった。もっとも、実はふたりの実家がふたりを呼んだ主な目的は、今回の園遊会で有力貴族たちに、「うちの子をどうかよろしくお願いします」という顔見せであったために、最初にそれがすめばほかの活躍を期待などはされていなかった。ふたりが先走っただけである。
 ただ、いざ誰かに話しかけようかと思っても、会場にはギーシュとモンモランシーの他には同年代はほとんど見えず、話が合いそうな相手が見つからないのが現実ではあった。
「園遊会でポーションの話題を出してもしょうがないものね。わたしの手作りの香水じゃ、本場の高級品に勝てるわけがないし。あーあ、こういうときキュルケだったらファッションの話題とかから切り出してうまくやるんでしょうけど、正直甘く見てたわ」
 モンモランシーは、園遊会という大人の世界に足を踏み入れるのに、自分がどれだけ未熟だったかを参加してつくづく思い知らされていた。

72ウルトラ5番目の使い魔 64話 (4/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:57:14 ID:EofJgLJk
 対してギーシュはといえば、ときおり通りかかる女性にダンスを申し込んだりしていたが、例外なくけんもほろろに断られている。いつもだったら怒るところだが、こうも見え透いて失敗していると哀れにさえ見えてくる。
 
 賑やかな園遊会の蚊帳の外に置かれ、すっかり腐っているモンモランシーとギーシュ。
 しかし、ふたりは幸運であったのかもしれない。なぜなら、華やかに見える園遊会の裏では、どす黒い思念が渦巻いていたからだ。
「この、伝統も格式もない成り上がりめが。貴様など、一スゥ残らず搾り取って、いずれ乞食に叩き落してくれるわ」
「貴様が余計な横やりを入れたおかげでうちの息子の縁談が破談になった。必ず生かしてはおかんからな」
 言葉にはならない貴族同士の敵意や殺意のぶつかり合いが笑顔の裏で繰り広げられていた。
 園遊会では、時に莫大な金や権力の移動が起こる。そこでは当然、勝者と敗者の間での憎悪の応酬も日常茶飯事なのだ。それは会場の中に限った話ではなく、園遊会に参加できなかった貴族も合わせると、その恨みの量は果てしなく膨れ上がる。自分を差し置いて園遊会に参加したあいつめ、という逆恨みもまた深い。
 ギーシュやモンモランシーの親が、園遊会にふたりを本格的に参加させなかった理由のひとつがここにある。ふたりとも、貴族の一員として園遊会で『そういうことがある』のは知識として知ってはいても、生で体験したことはない。学院では、ギーシュをはじめ貧乏貴族たちがベアトリスに媚びを売っているが、そんな生易しいものではない弱肉強食の世界が園遊会の真実なのである。
 いまだ少年のギーシュと少女のモンモランシーは、園遊会のほんの入り口に触れたにすぎない。そのことに気づくには、まだ数年必要であろう。
 
 そして、この渦巻く『妬み』の波動に目をつける者がいても、それは何の不思議もなかった。
 夜空から、赤い月を背にして地上を見下ろす赤い怪人。そいつは腕組みをして、地上の貴族たちの駆け引きを眺めながらつぶやいた。
「ウフフ、これはまたすごい『妬み』の力ですねえ。これに関しては、私が小細工をしなくても入れ食い状態ですよ。でもそれだけじゃつまらないですし……フフ、せっかくだからもう少し見物してからにしますか」
 趣味悪く人間たちを見下ろし、なにかを企む宇宙人。人間たちはまだ誰も、空にたたずむ悪魔の姿には気づいていない。
 
 パーティ会場で続く、園遊会という名の戦争。それは貴族社会の繁栄と新陳代謝のためには必要ではあるとはいえ、その二面性の強さは幼き日のアンリエッタやウェールズが飽き飽きしたのも当然だと言えた。
 しかし、そんな泥沼の中にあっても、美しい花が咲くことはあった。
「ルビティア侯爵家ご息女、ルビアナ・メル・フォン・ルビティア姫様。ご入場あそばせます!」
 進行役の声が高らかに響き、会場に新しい参加者がやってきた。
 その声に、入り口を振り返った貴族たちは、いっせいに天使が降臨したのを見たかのような感嘆のうめきを漏らした。数名の護衛と使用人を従えて入場してきたのは、淡いブロンドの髪を肩越しになびかせながら、輝くようなシルクのドレスをまとった麗しき令嬢であったのだ。
「おお……なんと」
「美しい……」
 貴族たちは、一瞬前まで笑顔背剣の争いをしていたことを忘れ、その令嬢の容姿に見惚れてしまった。

73ウルトラ5番目の使い魔 64話 (5/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:03:03 ID:EofJgLJk
 年のころはアンリエッタよりもやや上で、大人びた雰囲気ながらも口元は微笑を浮かべているように優しく、かつモンモランシーと似たサイドテールで髪をまとめている姿は活発さも感じられた。それでいてドレスから覗く手足はすらりと細く、しみ一つない肌は最高級の磁器にも例えられよう。そして、一歩一歩静々と歩く様は、まるで天使が雲上を歩んでいる姿をも思わせ、なによりもその美貌は、アンリエッタに勝るとも劣らない。
 ルビアナと呼ばれたその令嬢は、例えるならば最上級の人形師が作り上げたドールが生を得たかのような美しさで、一瞬にして会場の貴族たちの目をくぎ付けにしてしまい、粛々と歩むルビアナの姿を貴族たちは惚けながら見送っていく。そしてギーシュとモンモランシーも、初めて見るその美しい姿に感動を覚えていた。
「なんて綺麗な人、いったいどこのお姫様かしら」
「ルビティア侯爵家、ゲルマニアでも五本の指に入る大貴族さ。先代がルビーの鉱山の発見で財を成した一族で、ルビティアの性もその功績で賜ったそうだよ。なにより、侯爵の一人娘は並ぶ者がいないという絶世の美女だと聞いていたけど……ああ、想像以上のお美しさだ。まるでルビーの妖精、いや女神だよ」
 ギーシュの例え通り、ルビアナのドレスには無数のルビーがあしらわれており、シルクのドレスの純白とルビーの真紅とで芸術的なコンストラクトを描いていた。
 もっともモンモランシーにとってはギーシュのそんなうんちくも、美人の情報にだけは詳しいのね、と嫉妬の火種になってしまうだけで、ブーツの上からヒールを突き立てられるはめになっていた。
 
 やがてルビアナ嬢はアンリエッタの前に立つと、上品な礼をした後にあいさつを交わした。
「はじめまして、アンリエッタ女王陛下。お招きいただき、ありがとうございます。到着が遅れてしまったことを、心からお詫び申し上げます」
「いいえ、遠路はるばる我がトリステインによくぞおいでくださいました。心より歓迎の意を申し上げます。はじめまして、ミス・ルビアナ。本日はささやかながら、トリステインの園遊会を楽しんでいかれてくださいませ」
 アンリエッタとルビアナは優雅な会釈をかわしあった。それはまるで、二輪の百合が並んで咲いたかのような輝きを放ち、ささくれだった貴族たちの心を一時なれども癒していった。
 だがそれとして、貴族たちは、まさかルビティア家が参加してくるとはと驚きを隠せないでいる。伝統こそないが、ルビティアはルビーの専有により宝石市場に大きな影響力を持つため、貴族と宝石、魔法と宝石は切っても切れない関係な以上、その発言力は単なる貴族の枠では収まり切れないものを持つ。トリステインで釣り合う力を持つ貴族は、恐らくヴァリエール家のみだろう。
 さらにそれにもましてルビアナ嬢が参られるとは驚きだ。絶世の美貌を持つ才女だという噂だけは皆耳にしていたが、侯爵の秘蔵っ子なのか表舞台に姿を見せることはほとんどなかった。それを、いくらゲルマニアと同盟関係にあるとはいえ、小国トリステインが招待に成功するとは信じられない。
 すると、ルビアナは集まった貴族たちに会釈をすると、鈴の音のような声で話し始めた。
「ここにお集まりの、隣国トリステインの皆さん。そして我が同胞ゲルマニアや、アルビオン、ガリアの皆さま、お初にお目にかかります。わたくしはルビアナ・メル・フォン・ルビティア、以後お見知りおきをお願いします。わたくし、非才の身なれど、祖国のために見識を積み、ひいてはハルケギニア全体の繁栄の役に立てるよう、ここに遣わされてまいりました。どうか皆さま、この若輩の身を哀れと思い、よき友人となってくれることをお願いいたします」
 会場からいっせいに拍手があがった。さらにルビアナはアンリエッタと並んで手を取り合い、両者のあいだに友情が生まれたことをアピールする。それは外交辞令のパフォーマンスだとしても、非のつけようもないくらい美しい流れであった。
 しかし現実的な問題としては、ルビティアがトリステインを足掛かりにして国外進出を狙っているということを明らかにしたわけだ。アンリエッタ女王はそれを狙ってルビティアを招待したのか? それともルビティアがアンリエッタに売り込んだのか? いずれにしても当然、貴族たちは奮起する。もしルビティア家とコネを作れれば、それはこの上ない力となるだろう。

74ウルトラ5番目の使い魔 64話 (6/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:04:39 ID:EofJgLJk
 アンリエッタは一歩下がると、ルビアナに微笑みかけた。
「さあ、堅苦しいあいさつはここまでにして、パーティを楽しんでいらしてください」
「ありがとうございます。では、どなたかわたくしとダンスをごいっしょしてくださいませんか?」
 手を差し出したルビアナに、貴族たちはいっせいに前に並んで「我こそは」と競い合った。もちろん、ここでパートナーに選ばれればメビティアとのコネを作る絶好の機会だからだ。
 もろちんグラモン家も例外ではない。ギーシュの兄たちもいっせいに駆け出し、ギーシュも兄たちに遅れてはなるまいと兄たちに並んでいく。
 モンモランシーは、そんなギーシュの後姿を気が抜けた様子で見送っていた。
「ほんとにバカなんだから……」
 止める気はない。グラモン家の一員として、ここで動かなかったら後で父や兄たちに叱られるであろうことはモンモランシーもわかっていた。
 しかし、きれいな女性に向かって一目散に駆けていくギーシュの姿を見て、腹立たしいものが胸に渦巻く。後で自分を称える歌の十個でも作らないと許してあげないんだから、とモンモランシーは心に決めた。
 そしてあっという間に、ルビアナの前には若い貴族たちの壁が出来上がった。グラモン家をはじめ、あちこちの貴族の子弟たちが、まさに貴公子といった精悍な姿で「私がお相手をつとめましょう」と、ひざまずきながら姫に手を差し出しているのだ。
 ギーシュも、四人の兄たちの端に並んでポーズをとっていた。そのポーズの形は、さすが学院で女生徒をデートに誘うのが日課なだけはあって形は様になっているといってもいい。しかしギーシュは、内心では横目で兄たちを見ながらあきらめていた。
「さすが兄さんたち、かっこいいなあ。悔しいけど、ぼくじゃとてもかなわないよ」
 いくらギーシュが自惚れの強いナルシストといっても、尊敬する兄たちの前ではなりを潜めざるを得なかった。いまだ学生の身分の自分と違って、すでに成人した兄たちは武門の名門の一員としてそれぞれ武勲を立て、園遊会に出た回数も多い。当然立ち振る舞いも自分とは格が違い、家族だからこそよくわかっていた。
 それだけではなく、この園遊会には数多くの貴族が参加しており、グラモンはその中のほんの一部に過ぎない。格式や伝統、資産でグラモン以上はいくらでもおり、さらに見た目美しい美男子も多い。ギーシュを彼の友たちは馬鹿とよく呼ぶが、このような状況を理解できないような愚か者ではなかった。
 万が一グラモンに目をつけてもらえたとして、選ばれるのは恐らく長男か次男。末っ子の自分など目にも入れてもらえまい。顔を伏せながらギーシュは、そう思っていた。
 しかし……
「いっしょに踊っていただけますか、ジェントルマン」
 声をかけられ、手を握られて顔を上げたとき、ギーシュは信じられなかった。そこには、自分の手を取って優しく見下ろしてくるルビアナの顔があったからだ。
 え? まさか、とギーシュの脳はフリーズした。思わず隣にいる兄たちの様子を見てみると、全員が一様に驚きを隠せない様子でいる。ほかの貴族たちも同様で、ギーシュはようやく自分になにが起こったのかを理解した。
「ぼ、ぼくをパートナーに選んでくださったのですか?」
「はい。わたくしと一曲、お相手してくださいませ」
 動揺を隠せずに、震えながら尋ねたギーシュに、ルビアナは笑みを崩さずに答えた。

75ウルトラ5番目の使い魔 64話 (7/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:05:12 ID:EofJgLJk
 ギーシュの頭が真っ白になる。想像を超えたことが起こったからだけではなく、アンリエッタにも劣らないほどの美貌の令嬢が自分を誘ってくれている。しかも、アンリエッタがまだ”少女”の域にとどまっているのに対して、ルビアナは少女から一歩踏み出した成熟した”女”の美しさを発し、かといって熟れ過ぎた老いの兆候はまったくなく、新鮮な輝きを保っている。まさに、美女という表現の完成形であり、見とれることが罪とはならぬ天女だったからだ。
『こんなバカなことがあるはずがない。これは夢だ!』
 あまりの出来事に、ギーシュは己の意識を失神という避難所に逃れさせようと試みた。しかし、隣の兄から「ギーシュ!」と、叱責の声が響くと我に返り、グラモン家のプライドを振り絞ってルビアナの手を握り返した。
「ぼくでよろしければお相手を承りましょう。レディ、あなたのパートナーを喜んでつとめさせていただきます」
「ありがとうございます。ジェントルマン、あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」
「ギーシュ・ド・グラモン。レディ・ルビアナ、あなたのご尊名に比べれば下賤な名ですが、その唇でギーシュとお呼びいただければ、この世に生を受けて以来の名誉と心得ます」
「はい、ではミスタ・ギーシュ。あなたに最高の名誉を与えます。その代償に、わたくしに至福の一時を与えてくださいませ」
「全身全霊を持って、お受けいたしましょう」
 覚悟を決めると、ギーシュは己の中に流れるグラモンの血を最大に湧きあがらせてルビアナに答えた。父や兄から教わった女性に尽くすスキルをフルに使い、リードしようと全力で試みる。
 その様子を、ほかの貴族たちは呆然と見ているしかなかった。一流の貴族から見ればギーシュの振る舞いは未熟で、なぜあんな小僧がという腹立たしい思いが湧いてくるが、まさか邪魔をするわけにはいかない。モンモランシーは理解が追いつかず、ただ立ち尽くして見ているだけだ。
 そして、ふたりはパーティ会場の真ん中に出ると、優雅に会釈しあって手を結んだ。それを合図に、楽団からミュージックが流れ始める。
「交響曲・水と風の妖精の調べ……レディ・ゴー」
 涼やかな音楽が始まり、ギーシュとルビアナは手を取り合ってステップを踏み始めた。貴族にとって社交ダンスは基本のたしなみだけに、ギーシュも危なげなく踊りを披露する。
 対してルビアナはギーシュに合わせるようにして、ふたりのタップのリズムはほぼ重なって聞こえた。不協和音はなく、ギーシュとルビアナは鏡写しのように美しいシンメトリーを飾り、その心地よさにギーシュはしだいに緊張をほぐれさせていった。
「ミス・ルビアナ、ぼくはまるで白鳥と踊っているように思えますよ」
「うふふ、嬉しいですわ。さあ、ミスタ・ギーシュ、音楽はまだ始まったばかりです。もっと楽しみましょう」
 音楽は序曲から第一楽章へと移り、緩やかな動きからタンタンと軽快なリズムに変化し、少しずつ動きが速くなっていく。
 月光をスポットライトに、優雅に、時に素早く舞うギーシュとルビアナ。
 楽しくなってきたギーシュは、いつもモンモランシーなどにしているように、乏しいボキャブラリーを駆使してルビアナをほめちぎり始めた。
「おお、あなたはなんと美しいんでしょう。世界中のオペラを探しても、あなたほどの人はいない。あなたの髪はキラキラ輝き、まるで海のよう。瞳は……」
 そこで、瞳の色を褒めようとしたギーシュは口を止めざるを得なかった。ルビアナの瞳はほとんど閉じられたままで、瞳の色はわからない。するとルビアナはそれに気づいたようで、困ったようにギーシュに言った。
「すみません、わたくしは目があまりよろしくないもので。薄目でい続けなければいけないことを、お許しください」
「そ、それは大変失礼いたしました! ぼくとしたことが、とんでもないご無礼を」
「いいえ、いいのです。それより、もっと楽しく踊りましょう」
 気分を害した様子もないルビアナに、ギーシュはほっとした。しかし、瞳が見えないとしても、目を閉じたまま踊り続けるルビアナのなんと美しいことか。

76ウルトラ5番目の使い魔 64話 (8/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:07:25 ID:EofJgLJk
 ターン、タップ。音楽に合わせて動きも複雑さを増していく。ここからがダンスの本番だ。
 だがギーシュはダンスが複雑さを増すにつれ、ルビアナの信じられない技量を目の当たりにすることになった。ギーシュもガールフレンドをダンスに誘うことは何度もあったが、ルビアナのそれは身のこなし、正確さともに次元が違っていたのだ。
”この人、とんでもなく上手い!”
 心の中でギーシュは驚嘆した。高度なダブルターンを、ルビアナは表情を一切崩すことなく完成させてしまった。その動きの完璧さは、実家で見たダンスの先生のそれを軽く上回っている。
 例えるならば、花の上で舞う蝶の妖精。そう錯覚してもおかしくないだろう。
 このままだと自分だけ置いていかれてしまう! ギーシュは焦った。全力でリードするつもりが、このままだとルビアナの独り舞台になってしまう。
 しかし、ギーシュが焦ったのは一瞬だけだった。ルビアナに置いていかれるかと思ったギーシュの動きが、ルビアナに合わせたように精密さを増し始めたからだ。
「ギーシュのやつ、いつのまにあんなにダンスが上達していたんだ?」
 見守っていたギーシュの兄たちが、自分たちの知るギーシュよりずっと卓越した動きを見せるギーシュに驚いて言った。モンモランシーも、以前に自分と踊った時よりはるかにレベルが上の動きを見せるギーシュに驚いている。
 いや、一番驚いているのはギーシュ本人だ。自分にできる動きを超えているどころか、知らないはずの動きさえできる。これは、まさか。
「ミス・ルビアナ、あなたがぼくのリードを?」
「はい、失敬かと思いましたが、ミスタ・ギーシュならばわたくしに付いていただけると思いまして。わたくしは少しだけミスタ・ギーシュのお手伝いをしただけ、これは貴方が本来持っている力ですわ」
 優しく微笑みかけてくるルビアナに、まいったな、とギーシュは心の中で完敗を認めた。
 ダンスを通して、相手の技量をも実力以上に引き出す。操り人形にされている感じは一切なく、それどころか体が動きを元々知っていたかのように自然と動き出している。殿方を立てることも忘れない、この人は紛れもなく天才だ。
「さあ、ギーシュ様ももっと軽やかに。曲はまだまだ続きますわ。もっとわたくしを見て、そしていっしょに楽しみましょう」
「ええ、一時から無限までのすべての時間を、共に楽しみましょうミス・ルビアナ」
「ルビアナとお呼びください。さあ、無限のような一瞬の時間を共に」
 ギーシュとルビアナは踊り続けた。ふたりが舞う、その美しさは貴族たちの心に永遠に刻まれ、アンリエッタも心から見惚れた。
 だが、それ以上にギーシュは楽しかった。こんな楽しいダンスを踊ったことはない。ルビアナは誰よりも優しく、美しく、ギーシュの目はルビアナの虜になり、ギーシュの体は疲れを忘れて動き続けた。
 
 けれど、永遠は一瞬にして終わる。楽団の演奏が終わり、ふたりの動きが同時に止まる。
 それはめくるめく夢の終焉。ふたりに対して、会場から惜しみのない拍手が送られた。
「ブラボー!」
「グラモンの末っ子、まだ学生だというのにやるではないか」
 非の付け所のないパーフェクトなダンスに、数多くの賞賛がギーシュに与えられた。ギーシュの父や兄たちも、誇らしげに拍手を続けている。

77ウルトラ5番目の使い魔 64話 (9/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:08:19 ID:EofJgLJk
 しかしギーシュの耳には、会場の賞賛はほとんど届いていなかった。彼の意識のすべては、いまだずれることなくルビアナに向かい続けていたのだ。
「ルビアナ……最高でした。ぼくは、こんな楽しいダンスをこれまで経験したことがなかった。一生、いえ来世まで決して今日のことを忘れることはないでしょう!」
「ありがとう、ギーシュ様。わたくしも、心から楽しいひと時を味わわせていただきました。あなたにパートナーになっていただいたことは、間違いではありませんでした」
 それはギーシュにとって最高の賛辞であった。この世にふたりといないほどの完璧な女性に認めてもらえたことは、グラモン家の人間としてこれほど誇らしいものはない。
 しかしギーシュの夢見心地はすぐに終わらされた。ダンスが終わると、ルビアナには「次はぜひ私と踊ってください」と、貴公子たちが押し掛けてきたのである。ギーシュはたちまち押し出され、現実を意識させられた。
「そ、そうだよね。園遊会じゃ、これが当然さ……」
 少しでも多くの貴族とつながりを作るため、有力な貴族は次々にパートナーを変えることが常識だ。
 しょせん、自分は偶然選ばれたそのひとりに過ぎない。ギーシュはすごすごと引き下がろうとし、そんなギーシュをモンモランシーはやきもちという名の歓迎で慰めようとやってきた。だが、ギーシュが踵を返そうとした、そのとき……
「お待ちになって、ギーシュ様」
 ぎゅっと手を握りしめられ、振り返ったギーシュは自分の目を疑った。ルビアナが、自分の手を握って引き留めてくれているではないか。
「まだ、わたくしたちのダンスは終わっていませんわ。アンコール、よろしいかしら?」
「ル、ルビアナ……」
「うふふ。さあ参りましょう!」
 ルビアナはそのままギーシュの手を引いて駆けだした。ギーシュは訳も分からず、「えええっ!?」と、間抜けな声と顔をしながら引かれていく。
 当然、貴族たちは愕然とする。そして、ギーシュの兄たちをはじめとする何人かは後を追って走り出そうとしたが、その背に鋭い叱責が投げかけられた。
「お待ちなさい!」
「じ、女王陛下!? しかし」
「無粋な殿方を好く女性は、この世に一人もおりませんわよ。それにわたくしは、ミス・ルビアナに楽しんでいってくださいと言いました。せっかくのところに水を差して、わたくしに恥をかかせるつもりですか?」
 アンリエッタは、自分にも覚えがあることだけに、ふたりを引き止めることを許さなかった。まさかこうなるとは予想外だったが、乙女心がどういうものなのかは自分が一番よく知っている。
 がんばってくださいね、とアンリエッタは心の中でエールを送った。この園遊会で、少しでも多くのトリステイン貴族がルビティア家と交友を持ってくれることを期待していたけれども仕方ない。マザリーニ枢機卿は怒るだろうけれど、国家の繁栄とロマンス、どちらが重大であるかなんてわかりきったことなのだから。
 女王にそこまで言われては、貴族たちも引き下がるしかなく、悔し気にしながらも足を止めてふたりを見送った。ただ一人を例外として。
 
 ルビアナは、ギーシュの手を引いたままパーティ会場を抜け、邸宅の敷地も抜け、そのままの足でラグドリアン湖の湖畔へとやってきた。

78ウルトラ5番目の使い魔 64話 (10/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:14:53 ID:EofJgLJk
「ふう、ここまで来ればいいでしょう。わぁ、これがラグドリアン湖……なんて大きくて、そして心地よい風が吹く場所なんでしょう!」
 湖畔の砂利をシューズで踏みながら、子供のようにルビアナははしゃいでいた。そんなルビアナの姿は、月光を反射するラグドリアンに照らされて、まるで幻想の世界に迷い込んでしまったようにギーシュは思った。
「ルビアナ、いったいなにを……?」
 それでもギーシュは、貴族の常識からはあまりにも外れたルビアナの行動を問いかけた。すると、ルビアナはギーシュのほうを向いて、深く頭を下げた。
「すみません、ギーシュ様。ぶしつけだと承知していますが、どうしても他の誰かと手をつなぐのが嫌で、申し訳ありません」
「い、いえ、頭をお上げください。ぼくのほうこそ、レディの心の機微を察せられなかったとは男子として失格……ええっ!」
 言いながら、ギーシュは自分の言葉の意味に恐れおののいた。つまり、ルビアナは自分だけと手をつなぎたいと言ってくれている。これが、学院の女子を相手にしたのであれば、余裕を持って大げさにきざったらしく喜びの表現をあげたであろうが、相手はグラモンを歯牙にもかけない規模を誇る大貴族。普通なら、あり得るわけがない。
「ミ、ミス・ルビアナ、お戯れはおよしになってください。ぼ、ぼくなんてまだ未熟な学生の身。あなたのような高貴なお方と、釣り合うわけがありません」
「いいえ、私は自分の意思でここにいるすべての殿方の中から、ギーシュ様、あなたとならば踊りたいと思って手を取りました。私は、自分で認めた相手以外の誰とも踊りはしません」
「で、ですがそれでは貴族としての本分が……あなたも、本国に示しがつかないのでは」
「構いません、すべての責任は私が取ります。私は、いつか骨となるその日まで、自分の踊りだけを踊り続けます。それが私が決めた、生涯ただひとつのわがままです」
 はっきりと言い放ったルビアナに、ギーシュは唖然とした。
 貴族としての重要な責務のひとつを投げ捨てる。しかも、彼女ほどの大貴族がなどと普通は考えられない。
 しかし、同時にギーシュはどこかルビアナがまぶしく見えた。そんなわがままを通しても、彼女の才覚ならば埋め合わせをしてお釣りがくるほどを得られるに違いない。
 貴族社会で自分のわがままを通すことがどれだけ難しいか。ウェールズと結婚したアンリエッタも、その道のりは薄氷の連続であったし、平民の才人と恋愛関係にあるルイズも相当な悩みを抱えているのはギーシュにもわかっている。
 それでも、自分の通したい筋を、道理に反するわがままだとしながらも通している。貴族社会に合わせるのを当然だと考えていたギーシュには、ルビアナがルイズやアンリエッタと並んで美しく見えたのだ。
「ミス・ルビアナ、いやルビアナ。ぼくはあなたに感動しました。ぜひ、もう一度踊っていただきたい。さあ、お手を」
「ありがとうございます。ギーシュ様、こんなわたしのわがままを聞いてくださいまして」
 ギーシュとルビアナは手を取り合い、湖畔をダンスホールにして第二幕を踊り始めた。
 ミュージックは風と波の音。スポットライトは変わらず月光だが、湖畔に反射した光が幻想的に照らし出している。
 湖畔の砂利を踏みしめる音さえ、ミュージックに加わる。ダンスをするには不向きな足場のはずだが、やはりルビアナとのダンスはそんな不自由さをまったく感じさせないほど素晴らしかった。
 踊るギーシュとルビアナ。その中で、ふたりは語り合い始めた。
「ルビアナ、なぜぼくを……グラモンのたかが末っ子に過ぎないぼくを選んでくれたのですか?」
「それはあなたが、あの殿方たちの中でひとりだけ、温かい眼差しでわたくしを見ていてくれたからですわ」
「ぼくが?」
「ええ。わたしがあの会場に入っていったとき、ほかの方々はルビティアの私だけを見ていました。けれどあなたは、純粋に私だけを見ていてくれました」

79ウルトラ5番目の使い魔 64話 (11/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:16:54 ID:EofJgLJk
「そんな、ぼくはあなたの美しさに見とれていただけで……って、あなたは目が弱いはずじゃ」
「ふふ、見えないからこそ、よく見えるようになるものもあるのですわ。ギーシュ様、あなたはとても明るい人……きっと多くのお友達がいて、あなたはその中心で皆を引っ張っていく太陽のような人なのでしょう」
「か、買い被りですよ」
 そうは言ったものの、自分が水精霊騎士隊のリーダーだということをほとんど言い当てている。たぶん、口調や態度などを分析したのだろうが、顔色などにごまかされないからこそ、人柄を見抜く眼力は本物だ。
 すごい人だ。ほとんど完全無欠と呼んでもいいのではないか? ギーシュは誰もが認めるナルシストではあるが、あまりのルビアナの能力の高さにコンプレックスを感じ始めていた。
 しかし、ルビアナは悲しそうな声でギーシュにつぶやいた。
「ですがギーシュ様、私は本来ならギーシュ様と踊る資格のない卑しい女なのです」
「な! どういうことです。あなたのような素晴らしい方に何があろうと僕は気にしませんよ。美しい薔薇にトゲがあるのは当然のことではないですか!」
「そうではないのです。私の出身がゲルマニアだということはご存知でしょう。ルビティアは財力によって爵位を手に入れた成り上がりの系譜……それゆえに、私は神の御業である魔法を使えないのです。あなたと同じ、メイジではないのです」
 ギーシュははっとした。確かに、平民が金銭で爵位を買うのはゲルマニアでは珍しくない行為ではあるが、トリステインではまだ一部の例外を除いては貴族はメイジであるという常識がある。
「軽蔑なさいましたか? 私はしょせん、貴族の名前だけを持つ平民の娘……始祖の血統からなるトリステインの正当なる貴族には劣る……」
「そんなことはありません!」
「ギーシュ様?」
「ぼくは、あなたほど美しく優れた貴族を見たことがない。確かに、始祖ブリミルは我々に魔法をお与えになりました。しかし、ぼくの友人や知り合いにはメイジでなくとも誇り高く、強く、国のために貢献している人が大勢います。ぼくは、そんな彼らを魔法が使えないからと見下したことはない……いや、前にはあったかもしれないけど今は魔法が使えない仲間も皆同志だと思っている。だからあなたも、少なくともぼくの前ではメイジでないことを気にする必要なんかありません」
 正直なギーシュであった。だがルビアナは目を閉じたままながら、その瞼から一筋の涙を流した。
「ありがとうギーシュ様、私はトリステインにやってきて本当によかったですわ」
「涙を拭いて、ルビアナ。乙女の涙はもっと嬉しいことが起きたときにとっておくべきです。さあ、今はなにもかもを忘れて踊りましょう!」
 手を結び、ギーシュとルビアナは観客のいない彼らだけのステージで楽しく踊り続けた。
 いや、正確には少しだけ観客はいた。
 一人は会場から唯一ふたりをつけてきたモンモランシー。彼女は楽しく踊るギーシュとルビアナを湖畔の木の影から唇をかみしめながら見つめていた。
「ギィィシュュウゥゥ! わたしとだってあんなに長く踊ってたことないくせにぃぃ! なによ、そんなにそのゲルマニア女のほうがいいわけなの! 今日という今日は血祭りにあげてやるわ!」
 まるでルイズが乗り移ったような、鬼気迫る嫉妬のオーラを巻き散らしながらモンモランシーは吠えていた。
 
 そしてもうひとり空の上から、あの宇宙人がその嫉妬の波動を感じ取って笑っていた。
「いやはや、ものすごいマイナスエネルギーの波動ですね。たった一人がこれほどのエネルギーを発せられるとは、なんとも人間というものはおもしろい。けど、このエネルギーを集めるのはやめておいたほうがよさそうですねえ」
 硫酸怪獣ホーが勝手に生まれそうなパワーを感じたが、この手のマイナスエネルギーは特定の目的を持って動くことが多いので、宇宙人は制御が面倒だと考えて収集をやめた。
 扱いやすいとすれば、パーティ会場で貴族たちが発しているような恨みと欲望のエネルギーである。しかしそれも、先のギーシュとルビアナの披露したダンスの余韻で小康状態にある。

80ウルトラ5番目の使い魔 64話 (12/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:18:11 ID:EofJgLJk
「まったく、余計なことをしてくれますねえ。もう量はじゅうぶんでしたけど、こうも澄んだ空気だとどうも気持ちがよくありません。では……我ながら小物っぽいとは思いますが、八つ当たりしてあげなさい! カモン、ブラックキング!」
 宇宙人が指をパチリと鳴らすと、ラグドリアンの湖畔が揺らめいて、周辺を大きな地震が襲った。
 なんだ! 驚く人々が事態を飲み込むよりも早く、パーティ会場のそばの地中から土煙をあげながら巨大な黒い怪獣が姿を現した。
 
「わ、か、怪獣ですぞぉーっ!」
 
 貴族たちは眼前に出現した巨大な怪獣に驚き、魔法で立ち向かうことも忘れて逃げ出したり腰を抜かしたりしていた。
 しかしそれは逆に賢明であったといえるかもしれない。なぜなら、ここに現れた黒々とした蛇腹状の体を持ち、頭部に大きな金色の角を持つ怪獣は用心棒怪獣ブラックキング。かつてナックル星人に操られて、ウルトラマンジャックを完敗に追い込んだほどの強豪なのだ。とても準備なしで挑んで勝てるような相手ではない。
 ジャックに首をはねられ、怪獣墓場で眠っていたところをあの宇宙人に甦らされて連れてこられた。今回ナックル星人はいないものの、あの宇宙人を新しい主人として、唸り声をあげながらパーティ会場へ進撃しだした。
「適当に脅してやりなさい。その人たちはマイナスエネルギーをよく生んでくれますから、あまり殺してはいけませんよ」
 宇宙人のうさ晴らしに巻き込まれて、貴族たちは迫りくるブラックキングから逃げまどった。
 もちろん、中にはギーシュのグラモン家のように、一時のショックから立ち直ったら反撃に打って出ようとする武門の家柄もある。しかし、それをアンリエッタは止めた。
「やめなさい! 今は招待客の避難に全力を尽くすのです」
 外国からの招待客に万一のことがあってはトリステインの恥。グラモン家のギーシュの兄たちは、武勲をあげるチャンスを逃すことに悔みながらも女王の命に従った。
 もっとも、彼らはすぐに自らの蛮勇がストップされたことを女王に感謝することになった。ブラックキングが鋭い牙の生えた口から放った赤色の熱線が、会場のある貴族の邸宅を直撃し、一発で粉々にしたからである。
「すごい破壊力だ」
 ブラックキングの溶岩熱線。対ウルトラマンを目的に飼育されているブラックキングは全能力がバランスよく高く、弱点が存在しないと言ってもいい。
 
 一方そのころ、湖畔にいたギーシュたちも当然ブラックキングの巨体を目の当たりにしていた。
 湖畔から会場まではざっと百メイル。それなりの距離があって、ブラックキングの目的は会場であるから彼らはブラックキングの横顔を見るだけで済んでいるが、ギーシュはここで無駄な意地を見せていた。
「止めないでくれルビアナ。ぼくはグラモンの一門として戦いに行かねばならないんだ。僕が行かなけりゃ父さんや兄さんたちに合わせる顔がないんだ!」
「おやめください! あなたが行ってもあれを倒すのは無理です。危険すぎますわ」
「相手がなんであろうと、トリステイン貴族がやすやすと引くわけにはいかない! 頼むから見守っていてください。あなたに捧げる武勲をきっと持ち帰ってみせます」
 明らかに悪い方向で調子に乗っていた。水精霊騎士隊がいれば、まだリーダーとして自制は効くし、レイナールなどの抑え役もいる。

81ウルトラ5番目の使い魔 64話 (13/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:19:29 ID:EofJgLJk
 だが、暴走しかけるギーシュに業を煮やし、ついにモンモランシーが割り込んできた。
「いい加減にしなさいギーシュ!」
「わっ! モ、モンモランシー、いつのまにそこに」
「そんなことどうでもいいでしょ! あなたはまた美人の前だといい格好しようとして。こんな場所に女の子ひとり置いていって万一のことがあったらどうするの?」
 あっ! とするギーシュを、モンモランシーはさらに叱りつける。
「女の子ひとりも守れないで、なにが貴族よ騎士よ。もしその人があんたがいない間にケガでもしたら、それ以上の不名誉はないでしょう」
「ご、ごめんモンモランシー、君の言うとおりだ。ぼくは間違っていた、手の中の薔薇一輪も守れないでなにが男だろうか。なんと恥かしい! 許しておくれ」
 平謝りするギーシュ。モンモランシーは、ほんとにこれだから目を離せないんだからとまだカンカンだ。
 ルビアナは、突然現れたモンモランシーに少し驚いた様子でいたが、すぐに落ち着いた様子でモンモランシーにあいさつをした。
「失礼、お見受けするところモンモランシ家のお方ですわね。ギーシュ様を止めていただき、どうもありがとうございます。私の細腕ではどうすることもできませんでした」
「フン! このバカは甘やかしちゃダメなのよ。可愛い女の子と見れば、ホイホイ尻尾を振る破廉恥男なんだから」
 怒りのたがが外れたモンモランシーは、もう相手が誰であろうと遠慮はしていなかった。しかし、無礼な態度をとられたのに、ルビアナの反応はモンモランシーの予想とは違っていた。
「いいえ、それはきっとギーシュ様は博愛のお気持ちがお強い方だからなのでしょう。モンモランシー様がお怒りになったのも、そんなギーシュ様がお好きだからなのですわね」
「なっ! あ、あなた、初対面の相手に何言ってるのよ」
「お隠しにならなくてもよいですわ。モンモランシー様の声には、怒りはあっても憎しみはありませんでした。それに、ギーシュ様のそうしたことをよくご存じとは、きっと貴女はギーシュ様の一番なのでしょうね」
「なっ、なななな!」
 モンモランシーもまた、ルビアナの洞察力の深さに意表を突かれていた。
 だが、危機は空気を読まずにやってくる。モンモランシーの予想した通り、ブラックキングが歩いたことによって蹴り飛ばされた岩のひとつが偶然にも、こちらに向かってすごい勢いで飛んできたのだ。
「きゃあぁっ!」
 岩は数メイルの大きさのある庭石で、避けても避けきれるようなスピードではなかった。フライで飛んでも落ちた岩がどちらの方向に跳ね返るかはわからない。もちろんモンモランシーの魔法で受け止めきれる威力ではない。
 しかし、ここでとばかりにギーシュは杖をふるって魔法を使った。
「ワルキューレ、レディたちを守るんだ!」
 ギーシュの青銅の騎士ゴーレムが、三体同時に錬金されて岩に向かって飛びあがった。受け止めるなんて無茶は考えていない、ワルキューレそのものの質量を使った弾丸だというわけだ。
 飛んできた岩はワルキューレ三体と空中衝突し、互いにバラバラになって舞い散った。そしてギーシュは薔薇の杖を口元にやり、どやあとキザったらしくポーズをとってかっこをつけた。

82ウルトラ5番目の使い魔 64話 (14/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:21:51 ID:EofJgLJk
「ぼくがいる限り、君たちには傷一つつけさせやしないよ」
「ほんと、かっこつけるのだけはうまいんだから。けどまあ、助けてくれてありがと」
 モンモランシーはぷりぷり怒ったふりをしながらも礼を言い、それからルビアナも感謝の意を示した。
 ブラックキングはしだいに遠ざかり、もう岩も飛んでこないだろう。どうやら完全にこちらは眼中にないようだが、ブラックキングの背中を見送りながらルビアナは残念そうにつぶやいた。
「それにしても、ギーシュ様とのダンスはこれからというところでしたのに、無粋な怪獣様ですわね」
 憮然とするルビアナの声色は、日没で鬼ごっこを中断させられた子供のような純粋な憤慨のそれであった。
「まったくだね。ルビアナといっしょなら、ぼくは朝までだって踊れたろうにさ」
「ギーシュ、わたしと舞踏会に出たときに「疲れた」って言って先に抜けたのは誰だったかしら?」
 いつもの調子に戻ったギーシュとモンモランシーも同調して言う。怪獣は遠ざかりつつある、もうすぐ園遊会で何かあったときのために待機していた軍の部隊もおっとり刀で駆けつけてくるだろうから、自分たちの出番はないはずだった。
 
 そのころ、会場に乱入したブラックキングは貴族たちを追いかけていた。しかしアンリエッタが迅速に逃げることを最優先させたため、少々の軽傷者を除いては人的被害は出ていなかった。
 だが、このまま暴れ続ければいずれは追いついて蹂躙することもできるだろう。けれども、宇宙人はそこまでする必要を感じてはいなかった。
「もういいでしょう。これで人間たちにはじゅうぶんに恐怖を植え付けられました。仕込みはこれまで……戻りなさいブラックキング」
 死人にマイナスエネルギーは出せない。貴族たちが逃げまどう姿を見て、じゅうぶんに溜飲を下げた宇宙人はブラックキングを引き上げた。あとは貴族たちのあいだで責任の押し付け合いでも始めてくれれば重畳というものだ。
 ブラックキングは命令に従い、あっというまに地中に潜って消えてしまった。後には、呆然とする貴族たちが残されただけである。
 
 そうして、一応の平和は戻った。
 貴族たちは破壊された会場から少し離れた場所にある別の庭園に移動して、ほっと息をついている。
 当然、ギーシュたちももう抜け出しているわけにはいかず、そこに戻っていた。
「おお、ギーシュよ。無事であったか」
「ははっ、父上。このギーシュ、全力でルビアナ姫をお守りしておりました」
「うむ、それでこそ我がグラモンの一門。よくやったぞ」
 ギーシュは父や兄たちも無事であったことにほっとしつつ、帰還を報告した。
 もしかしたら怒られるのではと内心では恐々としていたが、父は意外にも上機嫌であった。もっとも、ルビアナが後ろで微笑んでいれば、たとえ怒っていたとしても気分は逆転したに違いない。
 けれども、褒められていい気分になっていたギーシュに、次に父が浴びせた言葉がギーシュの心を凍り付かせた。

83ウルトラ5番目の使い魔 64話 (15/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:24:35 ID:EofJgLJk
「ギーシュ、ルビティアの姫のお気に入りになられるとは見事ではないか。これはもう、モンモランシの小娘などと遊んでいる場合ではないぞ」
「えっ……」
 ギーシュは言葉を返すことができなかった。それは、ギーシュにとって初めて体験する貴族世界の理不尽のひとつであった。
 ルビティアとモンモランシでは、比較にならない格の差がある。家のために、どちらと付き合わねばならないかは言うに及ばずだが、そうなるとモンモランシーと付き合うことはできなくなってしまう。
 ギーシュの心に霜が降る。嫌だと言いたいが、そうすれば父の期待を裏切り、激怒させてしまうだろう。さらにグラモン家に恥をかかせることになる。どうすればいいかわからない。
 父はギーシュにだけ聞こえるように言ったので、後ろにいるモンモランシーとルビアナには聞こえていないはずだ。ここは自分がはっきりと意思表示をしなければならない。だが、なんと答えればいいのだ?
 冷や汗を噴き出すギーシュ。耳を澄ますと、会場のそこかしこから言い合う声が聞こえだした。貴族たちが、格上の自分を差し置いて先にお前が逃げ出すとは何事だ、とか、お前の息子はうちの娘にあれだけ求婚しておいたくせに守ろうともしなかったではないかなどと言い合っているのだ。
 これが園遊会の実体。ギーシュはその欺瞞を身をもって体験し、打つ手なく戸惑っている。
 まさに、あの宇宙人が望んだとおりの、人間の醜い面がさらけ出された煉獄が実現されつつあった。
「ウフフ、いいですね。これでこそ人間のあるべき姿というものです」
 しかし、宇宙人が高笑いし、ギーシュが思考の堂々巡りの深淵に落ちかけたそのとき、誰もが予想していなかった事態が起こった。
 
「うわっ! なんだ、また地震か!」
 
 地面が揺れ動き、土煙が噴き出して、地中から巨大な影が姿を現す。
「出たっ、またあの怪獣だ!」
 ブラックキングが庭園のそばから再度出現し、貴族たちを見下ろして再び暴れだしたのだ。
 溶岩熱線が集まっていた貴族たちの一団を狙い、十数人が一度に吹き飛ばされる。さらにブラックキングは狂ったようにのたうちながら庭園に乱入していった。
 たちまち逃げ出す貴族たち。しかし、驚いていたのは宇宙人も同じであった。
「ブラックキング! 何をしているんです。誰が出て来いと言いましたか!」
 彼は命令をしていなかった。しかしブラックキングは出てきて、今度は宇宙人の命令を聞かずに無差別に暴れている。
 これはどうしたというのだ? 困惑しながら空から見下ろす宇宙人。すると彼は、ブラックキングの姿が先ほどと明らかに違うところを見つけた。

84ウルトラ5番目の使い魔 64話 (16/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:27:00 ID:EofJgLJk
「角が、機械化されている!?」
 そう、ブラックキングの立派な角があった頭部に、角の代わりに巨大なドリル状の機械が取り付けられていたのだ。
 さしずめ、ブラックキング・ドリルカスタムとでも呼ぶべきだろうか。ドリルはそれが飾りでないことをアピールするように、先端から紫色の光線を放ち、離れた場所にある別の貴族の別荘を粉々に粉砕してしまったのだ。
「改造手術をされている。ですが、いったい誰が!」
 ブラックキングは正気を失っているらしく、無茶苦茶に吠えて暴れながら熱線や光線を撃ちまくっている。それを止めることは、もう誰にもできなかった。
 
 庭園は大パニックになり、もう秩序だった避難は望むべくもなく、貴族たちは皆好き勝手に逃げまどっている。
 そしてその猛威は、不運にもギーシュたちのほうへと向けられた。
「ギーシュ!」
「ギーシュ様!」
 逃げ遅れたモンモランシーとルビアナに向けて、ブラックキングのドリル光線の照準が定められる。
 ギーシュは、ありったけのワルキューレを錬金してふたりの前に立ちふさがった。しかし、青銅のワルキューレの壁でどれだけ耐えられるものか。
 ならば、せめてひとりだけを全ワルキューレでカバーすれば守り切れるかもしれない。ギーシュの耳に、父や兄たちの声が響く。
「ギーシュ、ルビティアの姫様を守るんだ」
 そんなことは言われなくてもわかっている。しかし、ギーシュはどれだけ道理をわきまえても、それができる男ではなかった。
 そう、好きな子の前でかっこ悪いところを見せるくらいなら死んだほうがマシ。それが男だと信じるのがギーシュだった。
「ぼくは、ふたりとも守る! 足りない分の壁には、ぼくの体を使えばいいんだよ!」
 ワルキューレをモンモランシーとルビアナの前に均等に配置し、さらにその前にギーシュは立ちふさがった。
 これで死ぬなら本望。ギーシュは覚悟し、彼の耳に父や兄たちの絶叫が響く。
 だが、まさにブラックキングの光線が放たれようとしたとき、なぜかブラックキングの頭がふらりと揺れて光線の照準が大きくそれた。
 光線ははずれ、ギーシュには爆風と吹き飛ばされた砂や石だけが叩きつけられた。とはいえ、それだけでもじゅうぶんな威力で、ギーシュは傷だらけになりながら吹き飛ばされた。
「うわあぁぁっ!」
「ギーシュ!」
「ギーシュ様!」
 ワルキューレの影に守られて爆風をやり過ごせたモンモランシーとルビアナは、すぐにギーシュに駆け寄った。

85ウルトラ5番目の使い魔 64話 (17/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:29:24 ID:EofJgLJk
 だがその後ろからブラックキングが狙ってくる。ギーシュの父や兄たちは、駆け付けようとしたが、もう遅かった。
「だめだ、やられるっ!」
 ドリルからいままさに光線が放たれるかと思われた。しかし、光線は放たれず、ブラックキングは目の焦点を失い、そのままフラリと揺らぐと地面に倒れこんでしまった。
 轟音が鳴り、横倒しになるブラックキングの巨体。ブラックキングは口から泡を吐いて痙攣していたが、すぐに動かなくなってしまった。
「無理な改造で、脳に負担がかかりすぎたんですね」
 呆然としたまま、宇宙人はつぶやいた。
 貴族たちも、突然絶命したブラックキングに呆然とするしかないでいる。だが、モンモランシーとルビアナは傷ついたギーシュを前に、それどころではなかった。
「ギーシュ、大丈夫! わたしがわかる?」
「ああ、モンモランシーだろう。よくわかるよ、いやあ君の顔を間近で見るのは永遠に飽きないねえ」
「バカ! またかっこつけて傷だらけになって。あなた血だらけじゃない!」
「いやいや大丈夫だよ。ちょっと体中しびれてるけど、痛みはないんだ。かすり傷だよ、ちょっと休めば立てるさ」
 だが、そういうときが一番危ないのをモンモランシーは知っていた。一時的に痛覚が麻痺していても、いずれ耐えがたい苦痛に襲われる。治療は一刻を争う。
 モンモランシーは杖を取り出して、治癒の魔法を唱え始めた。傷の深そうな部分から順々に、しかし治癒に止血が追いつかない。モンモランシーが焦り始めたとき、ルビアナがハンカチを手にそばにかがみこんだ。
「お手伝いしますわ」
 ハンカチを包帯代わりに、それでも足りなければドレスを引きちぎってルビアナはギーシュの止血をしていった。
 その行為に、ギーシュは「大事なお召し物をぼくなんかのために、もったいない」と止めようとしたが、ルビアナは気にした様子もなく言った。
「よいのです。ギーシュ様のお役に立てて破れたのなら、このドレスは私の誇りですわ。それより、ギーシュ様のために一番がんばっておられるのはモンモランシー様です。モンモランシー様をこそ見てあげてください」
 こんなときの気配りもできて、モンモランシーはこれが大人のレディなのかと少し悔しくなった。
 だけど負けない。こんなぱっと出のゲルマニア女なんかにギーシュをとられてたまるものか。
 やがて手当は終わり、治療が早かったおかげでギーシュはたいした後遺症もなく普通に立ち上がることができた。
「あいてて、まだ少し痛むけどもう大丈夫だよ。モンモランシー、ルビアナ、君たちのおかげだ。ありがとう」
「ま、まあ、あんたに助けられたわけだし、わたしにだって貴族の誇りってものはあるから当然よ」
「わたくしは何もしていません。モンモランシー様が、ギーシュ様を救ったのですわ。本当に、お似合いのふたりです」
 ルビアナにそう言われ、ギーシュとモンモランシーは照れた。
 しかし、それぞれの家の問題はまだ引きずっている。すると、ルビアナはギーシュとモンモランシーの手を取り、三人の手を重ねて言った。

86ウルトラ5番目の使い魔 64話 (18/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:30:48 ID:EofJgLJk
「わたくしたち、とてもよいお友達になれそうですね」
 その光景で、グラモン家はもうなんの文句も言うことはできなくなってしまったのである。
 それだけではなく、ルビアナは事態の鎮静に四苦八苦しているアンリエッタの元に向かうと、各国の貴族たちに向かって宣言した。それはまとめると、今日の事件での損失はルビティア家が補填する。自分は、危急の事態にあっても冷静に判断するアンリエッタ女王に深い感銘を受けた、トリステインにルビティアは協力を惜しまない。これからもトリステインで皆さまとお付き合いしたいのだと。
 それにより、不満をたぎらせていた貴族たちは一気に大人しくなった。ゲルマニア有数の大貴族とのパイプがつながるのなら、今日のことなど安いものだ。
 当然、アンリエッタにとっても渡りに船である。ルビアナの申し出に感謝し、友好を約束した。
 
 
 そして、夢のような時間は終わりを告げる。園遊会は満足の内に終了し、ギーシュとモンモランシーはルビアナと別れる時がやってきた。
「さようなら、ギーシュ様、モンモランシー様。おふたりと出会えて、今日はとても楽しい一日でした」
「ルビアナ、短い時間でしたけどぼくもとても楽しかったです。あなたからはいろいろと教えられました。今日のこの時を一生胸に焼き付けることを約束します」
「ま、まああなたがいい人だっていうのはわかったわ。だからわたしからも言うわ、ありがと」
 手を取り合い、別れを三人は惜しんだ。
 これからルビアナはゲルマニアに帰る。そうなれば、また会えるかはわからない。
 そうなれば……ギーシュは不安だった。ルビアナにとって、今日のことぐらいは数多くある出会いのひとつに過ぎず、すぐに忘れ去られてしまうのではないか? グラモンとルビティアはそれほどの格差がある。
 しかし、ルビアナはギーシュの心の機微を見抜いたのか、再びギーシュとモンモランシーの手を取り言った。
「そうですわ。再会を願って、このラグドリアン湖の水の精霊に誓いを捧げましょう」
「え? 誓い、ですか」
「はい、ラグドリアンの精霊は別名誓約の精霊と聞いております。私たちの友情が永遠であることを誓えば、いつか必ずまた会えますわ」
 それは虹色の提案であった。精霊への誓約は違られることはないという。
 だが、人間の誓約に絶対はない。するとルビアナは、同じく見送りに来ていたアンリエッタに見届け人を頼んだ。
「ええ、わたくしでよければ見届けさせていただきますわ。あなた方三人の誓約、トリステイン女王の名の下に、この耳と目にとどめましょう」
 それ以上の確約などはあろうはずがなかった。ギーシュ、モンモランシー、そしてルビアナはラグドリアン湖を望み、それぞれの誓いの言葉を口にした。
「誓約します。ぼく、ギーシュ・ド・グラモンはモンモランシーを一番に愛し続け、ルビアナを永遠に愛し続けることを」
「誓約します。わたし、モンモランー・ラ・フェール・ド・モンモランシーはギーシュを愛し、ルビアナと変わらぬ友情を持ち続けることを」
「誓約します。私、ルビアナ・メル・フォン・ルビティアはギーシュ様とモンモランシー様に永久に続く友情を貫くことを」
 こうして誓約は終わり、三人は固く友情を結んで別れた。

87ウルトラ5番目の使い魔 64話 (19/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:32:03 ID:EofJgLJk
 別れ際に、モンモランシーはルビアナに「ギーシュ様をよろしく」と頼まれ、「当然よ」と言い返した。
 遠ざかっていくルビアナの馬車を見送りながら、ギーシュとモンモランシーは思った。
 いい人だった。そして、すごい人だった……できるなら、あんな大人になりたいものだ。と。
 また会える日はいつ来るだろうか? ふたりの胸を、寂しい風が吹き抜けていった。
 
 
 だが、事態は収束したが、謎はまだ残っている。
 空から一部始終を見守っていた宇宙人は、この園遊会で集まったマイナスエネルギーの塊を手にしながらも釈然としない様子でつぶやいていた。
「『妬み』のエネルギー、確かに頂戴いたしました。しかし、いったい何者がブラックキングを改造したのでしょう……ブラックキングが地中に潜ってから出てくるまで、ほんの数十分……そんな短時間で、ブラックキングを改造できるほどの技術を持った者が、まだハルケギニアにいるというのですか? それに、なんの目的で……? 一体何者が……まさか……これは、遊んでいてはまずいかもしれませんね」
 ハルケギニアで起きている異変の元凶の宇宙人。しかしこの宇宙人も、ハルケギニアのすべてを知り尽くしているわけではない。
 深淵のように美しく純粋で底のない邪悪との邂逅が、すぐそこに迫っていることをまだ誰も知らない。
 ハルケギニアの戦士たちとウルトラマンたちを翻弄する、短いが熾烈な戦いが、もう間もなく始まる。
 
 
 続く

88ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:33:12 ID:EofJgLJk
今回は以上です。
ギーシュはけっこうスピンオフも作れる名キャラクターだと思うんですよね。

89ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 17:55:24 ID:hTCLJjSU
5番目の人、乙です。私の投下を行わせていただきます。
開始は17:58からで。

90ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 17:58:16 ID:hTCLJjSU
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十六話「輝ける明日へ」
邪神ガタノゾーア
超古代尖兵怪獣ゾイガー
超古代怪獣ゴルザ(強化) 登場

 ブリミルを初めとした、村の人間たちは黄金色に輝く巨大なティガ、グリッターティガを
見上げて、その神々しい立ち姿に唖然と目を奪われていた。しかし一番驚いているのは、
誰であろう、グリッターティガを生み出したブリミルであった。
「ち、ちょっとブリミル! あんた一体何したの!? ウルトラマンが大きくなって、全身
金ぴかになったわよ!」
 サーシャが泡を食って尋ねかけても、自分の杖を見つめたまま首を振るだけだった。
「わ、分からないよ! ぼくにも分からない……。だけど、ぼくの杖から出た光がウルトラマンを
あの姿に変えたのか? 今の光は……?」
 そして才人もまた、今の己の身体を見下ろして驚愕していた。
『この姿は、六冊目の本の世界で変身したのと同じ……いや、今度は身体がでっかくなってる!』
 トリステイン王立図書館での事件のことを思い出す才人。あの時、六冊目の世界で、自分と
ゼロは七人のウルトラ戦士とともにグリッターヴァージョンとなった。ウルトラ戦士の光が
限界以上に達した時に変身することが出来る、究極の姿だ。
 しかしそう簡単になれるものではない。本来なら何百人、何千人以上もの人間の光が集まる
ことでようやく変身可能となるもの。しかし今は、明らかにブリミル一人の力でグリッター
ティガとなった。いくら何でも、たった一人の人間の光で変身するとは、起こり得るもの
だろうか。しかし現実にこうなっている。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 考え込んでいる才人だったが、ガタノゾーアの咆哮によって意識が現実に引き戻された。
『いや、今は戦いに集中するべきだな!』
 ティガがぐっと腕を脇に引き締めると、カラータイマーを中心に光のエネルギーが集まる。
そして、
「ハァッ!」
 ガタノゾーアへ拳を突き出す。ただのパンチにも関わらず、光がほとばしってガタノゾーアに
直撃した。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 その一撃によって、ガタノゾーアの巨体が軽々と吹っ飛ぶ!
「おぉぉッ!」
「すごい!」
 ブリミルたちはグリッターティガの攻撃の威力に一斉に感嘆した。
「ハッ!」
 続いてキックを繰り出すティガ。これも光が放たれ、ガタノゾーアの闇の衣を剥いで深い
ダメージを与える。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 先ほどまでは全く攻撃が通用せずに一方的にいたぶられていたティガだったが、一転して
まばゆい光が暗黒を照らし出していく!
『一気に決めてやる!』
 相手が動けない内にティガは両腕を前にピンと伸ばし、左右に開いていく。ゼペリオン光線の
構えだ!
「ハッ!」
 L字に組んだ腕から発射される、ゼペリオン光線を超えたグリッターゼペリオン光線が
ガタノゾーアに直撃した!
「プオオォォォォ――――――――!!」
 全身から火花が飛び散り、致命傷を負うガタノゾーア。しかしティガは完全に闇を祓うために、
最後の攻撃を行った。
「タァッ!!」
 エネルギーを全てカラータイマーに集めて解き放つ、タイマーフラッシュスペシャル!

91ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:00:23 ID:hTCLJjSU
「プオオォォォォ――――――――……!!」
 その光によってガタノゾーアは消滅していき、同時に闇も晴れて消え失せた。空は本来の、
澄んだ夜空に戻る。
「やったッ!」
「あの大怪獣をやっつけた!」
「俺たちは助かったんだ!」
 ウルトラマンティガの勝利によって人々の心からは恐怖が完全に取り払われ、皆一斉に喜びに
沸き立った。サーシャとブリミルも笑顔となって、ティガへ大きく手を振る。
「ありがとう、ウルトラマン! 恩に着るわ!」
「本当にありがとう! そして、これからもぼくたちに力を貸してほしい! ぼくたちも、
必ずこの世界に平穏を取り戻してみせるから!」
 未来への希望に溢れるブリミルたちの姿を見下ろした、まさにその時に、才人の視界が
急激に薄れていった……。

「はッ!?」
 才人が気がつくと、目に飛び込んできた光景は夜空ではなく、薄暗い天井だった。
 身体を起こすと、自分がベッドに寝かされていたことを知った。周りは板壁の薄暗い部屋。
見覚えはない。ロマリアの大聖堂でもないようだ。一体どうなっているのか。
「……まさか、今までのこと全部、夢だったのか? でも、随分生々しかったけど……」
「お目覚めかい?」
 思わず独白すると、すぐ横から椅子に腰かけているジュリオに声を掛けられた。
「わ! お前、どうしてこんなところに! ……いや、今はそんなこといいか」
 才人は己の記憶を手繰り寄せ、今一番に確かめなければいけないことをジュリオに問いかけた。
「ここはどこなんだ?」
「アクイレイアの街だよ」
「それって、教皇聖下の記念式典とかを行うっていう……。でも、どうして寝かして連れて
きたんだ? 逃げ出すとでも思ったか?」
「いや、そうじゃない」
「まぁいい。それより、ガリアはどうした? やっぱり手を出してきやがったか?」
「たった今襲われてるところだよ」
「何だってぇ!?」
 跳ね起きる才人。ジュリオは現況を説明する。
「ガリアから飛来した怪獣群が、我がロマリア連合皇国に攻めてきた。今現在、国境では
激しい戦闘が繰り広げられている」
「何だと? ギーシュはルイズは?」
「彼らは既に投入されたよ」
「こ、こうしちゃいられねぇじゃねぇか!」
 才人はすぐにドアに取りついたが、鍵が掛かっていて開かなかった。
「おいジュリオ! 開けろ!」
「まぁ、そう焦るな。その前に、きみに確認を取らなければいけないことがある」
「何言ってんだよ! あいつらが戦ってるんだろ!」
「すぐ済むから聞けって。まず、きみを眠らせたのはルイズだ。彼女はきみを故郷に帰らせたと
話したが、この通りきみはまだここにいる。この戦いの後にそうするつもりだったのだろう。
その手段は……知らないけど、きみ自身の気持ちはどうなのかって思ってさ」
「俺の気持ち?」
「つまり……こういうことさ」
 立ち上がったジュリオが鍵を外し、扉を開く。その先はごく普通の居間なのだが……
一つだけ普通でないものが、才人を待ち受けていた。
「……」
 キラキラ光る、鏡のような形をした物体。それは、ゲート。先ほどの六千年前の夢の中で目にしたばかりで
あり、そうでなくても才人にとって忘れられないもの。このハルケギニアに来ることになったきっかけ、
何もかもの始まりである……。
「何でこれが……」

92ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:03:37 ID:hTCLJjSU
「ワールド・ドアです。あなたの世界と、こちらの世界をつなぐ魔法です。先日の担い手同士の
会合で、新たに目覚めました」
 居間にはもう一人、ヴィットーリオがにこやかに微笑みながら才人に呼びかけてきた。
「ミス・ヴァリエールの意思だけでなく、あなたご自身が故郷へ帰られたいのならば、その
ゲートに飛び込んで下さい」
「帰れる訳ないじゃないですか! ルイズが戦っているというのに!」
「そう答えを急がずに。あなたのためにも、わたしたちのためにも、この部分ははっきり
させなければならないのです。特に危急時にこそ、人の本心が出るものです」
 才人は頭ではルイズたちのところへ向かわなければいけないと思いながらも、ゲートから
見える光景に目を吸い寄せられていた。
 何故ならその光景は、今となっては懐かしい、夢にまで見た自宅のものだったからだ。
台所には、今すぐにでも無事を報せたい母親の姿まである。
「ご安心を。向こうからは、こちらの様子は見えません。ゲートは一方通行ですから、くぐる
ことも出来ません」
「けれど、聖下の精神力が持続なさるのも十数秒ほど。早く決断するんだ、兄弟」
 目に飛び込むのは、日本にいたら至極当たり前の景色。しかし今の才人にとっては如何なる
場所よりも魅力的なもの。思わず一歩を踏み出した才人だったが……。
 その足は、踏みとどまられた。
「俺の剣と“槍”はどこだ」
「いいのかい? もしかしたら、最後のチャンスになるかもしれないのに」
「同じことを言わせるな。俺の剣と“槍”はどこだ。俺は、ルイズたちを助けに行く」
 今すぐに地球へ帰りたい気持ちがないと言えば嘘になる。しかし、そうしたら二度とここには
戻ってこられないかもしれない。そうなったら、この地で仲間たちと築いてきたものが全て『嘘』に
なってしまうかもしれない……。故に才人は踏みとどまったのだ。
 そして後ろに振り向いた才人は、背後を取っていたジュリオがほっとしたように拳銃を
下ろしたのに気がついた。
「勘違いするなよ。ぼくたちが必要とするのは、きみの左手に書かれた文字であって、決して
きみじゃないということを」
「お前……」
 ジュリオは珍しく真剣みを帯びた。
「おめでたい奴だな。異世界に戻ればルーンが消える? 生憎と、そこまでぼくたちの“絆”は
便利に出来ちゃいない。使い魔でなくなるルールは一つ、“死”だけだ。そうとも。ぼくたちは
“必死”なんだ。そのためには、何だってやる。覚えておけ兄弟、ぼくたちの“拠り所”は“主人”
じゃなきゃいけないんだ。そうじゃなかったら、絶対に聖地は奪回できない。次にまた姿を
くらまそうものなら、今度こそ殺す。忘れるな」
 才人は怒りに震えながら拳を握り締め、ジュリオに振りかぶった。ジュリオは笑みを浮かべた
まま、避ける素振りも見せずに拳を受けた。派手に吹っ飛び、ドアにぶち当たる。
 倒れたまま才人へ告げた。
「この建物を出た目の前に倉庫がある。そこにきみの“槍”が置いてあるよ」
 すぐに飛び出していこうとした才人だったが、不意に立ち止まってヴィットーリオへ言った。
「聖下」
「何でしょう?」
「もう一回だけ、扉を開いて下さい。指一本くぐる程度の奴でいいんだ。そんぐらいは
いいでしょう?」

「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 ルイズたちは、瞬く間にゴルザによって蹴散らされて絶体絶命のまさに崖っぷちにまで
追いつめられていた。無理もない。ロマリアから貸し与えられた兵隊は全員、ゴルザの脅威に
とっくに遁走し、残ったのは十数名程度の生身のオンディーヌだけ。それだけでは精神力の
限りに呪文を撃ち尽くしても、とても怪獣に敵うものではない。ルイズの“虚無”も、呪文を
唱える暇もなかった。
『うわあぁぁぁぁぁぁッ!』
『ぐわぁぁぁッ!』

93ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:06:10 ID:hTCLJjSU
 ウルティメイトフォースゼロもまた、こちらを助けるどころか自身らが風前の灯火であった。
ウルトラマンゼロが石にされてしまい、ガタノゾーアが加わった怪獣軍団が圧倒的な戦闘力で
残る三人をねじ伏せたのだ。
 ガタノゾーアが虎街道を突破してくるのも時間の問題。最早ルイズたちに勝ち目はないのだが……。
「ルイズ! 逃げろ!」
 ゴルザの光線によって吹き飛ばされ、倒れたまま動けないギーシュが叫んだ。ルイズは
ゴルザを目の前にしながら、杖を握り締めたまま逃げようとしないのだ。
「逃げられないわ、わたしだけは……! わたしが逃げ出したら……サイトにどう顔向け
するっていうのよ……!」
 ルイズは己に言い聞かせた。才人の意思を無視して彼を故郷へ送り帰す選択をした自分が、
彼が守ろうとしてくれたこの世界を見捨てることなど出来やしない。たとえここで散ることに
なったとしても、最後まで戦うことをあきらめては……!
「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 そうは思っても、足を振り上げて自分を踏み潰そうとしてくるゴルザの前に心が恐怖で
塗り潰されてしまい、杖を振る手も止まっていた。
 わななくルイズは反射的に、もう叫ばないと決めた言葉を叫んでいた。
「サイト! 助けて!」
 その刹那――ゴルザの支えとなっている足が、地面の下から突き出てきた鈍色の円錐の
ようなものに突き上げられ、ゴルザの身体がバランスを崩して傾いた。
「グガアアアア!!」
 派手に転倒するゴルザ。これによりルイズは踏み潰されずに済んだ。
「え……?」
 驚愕するルイズの目の前に、円錐が地面の下から真の姿を晒す。それは才人がカタコンベで
見せらせ、コルベールたちの強力の下にアクイレイアまで移動させられたマグマライザーだ!
 そしてハルケギニア人の誰も操縦方法を知らないマグマライザーを走らせることの出来る
人間は、ただ一人しかルイズには思いつかなかった。
「サイトッ!!」

「全く、ほんと馬鹿だなあいつ……。あんな状況になったらとっとと逃げろよ」
 マグマライザーのコックピットで、操縦桿を握る才人が毒づいた。彼がジュリオに言われた
通りに倉庫に向かうと、そこで待っていたのはこのマグマライザーと整備をしてくれたコルベールに
タバサ、キュルケ。彼らからマグマライザーを預かると、地中を移動してまっすぐにこの虎街道に
まで駆けつけたのだ。
 そして起き上がるゴルザへレーザー光線を浴びせながら挑発。
「ほら、ノロマ野郎! 悔しかったら追いかけてこい!」
「グガアアア! ギャアアアアアアアア!」
 わざと背を向けて逃げると、転倒させられたゴルザは憤って追跡してきた。才人の狙い通りに、
ルイズたちから引き離す。この間にオンディーヌがルイズを救出して退避していった。
 安堵する才人だったが、表情はすぐに苦渋に染まる。
「思ってたよりずっと悪い状況だぜ……。まさかゼロが石にされてるなんて……」
 虎街道で待ち受けていたのは、あのガタノゾーア。他にも怪獣が数体。この状況をマグマ
ライザー一機で覆すことなど出来るのだろうか。
「けど、やるしかねぇッ!」
 決意を固めてマグマライザーのアクセルを全開にする才人。
 だが、その決意を粉砕するような攻撃が上空から降ってきた。
「ピアァ――――ッ!」
 一体のゾイガーの光弾だった。それがマグマライザーの正面の地面を穿ち、マグマライザーの
タイヤがその穴に嵌まって停止してしまう。
「しまった!」
 地底戦車のマグマライザーでも、すぐに地中に潜行することは出来ない。その隙を突いた
ゴルザの光線が直撃してしまう!

94ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:08:15 ID:hTCLJjSU
「うわぁぁッ!!」
 たちまちに爆破炎上するマグマライザー!
「サイトぉぉぉぉぉ―――――――――――ッ!?」
 絶叫するルイズ。その才人は爆発にこそ巻き込まれなかったものの、あっという間に火災に
取り囲まれてしまう。文字通り進退窮まる大ピンチだ。
「くッ……! せっかく故郷に帰るのもフイにしてここまで来たんだ! こんなあっさりと
死んでたまるかぁッ!」
 それでも才人の心にあきらめはなかった。上着で火の手を可能な限り振り払いながら、
ハッチへ向かって脱出しようとする。
「俺はぁぁぁぁぁッ! 絶対にあきらめないッ!!」
 想いの限りに叫んだ、その時――急に、懐から温かい光が漏れ出し始めた。
「えッ!? こ、この光って、まさか……!?」
 まさか、と思いながらも、懐からその『光』を引っ張り出す。
 手の中にあるのは、スティック型の変身アイテム……スパークレンス!
「な、何で!?」
 疑問に思いながらもほぼ無意識の内に、才人はスパークレンスを天高く掲げた。
 翼型のレリーフが開き、光が溢れる!

「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 ゴルザは炎上するマグマライザーを完全に破壊しようとにじり寄っていく。ゾイガーも
空から接近し、内部の才人の息の根を確実に止めようとしていた。
「やめなさいッ! そんなことは、絶対させないわ!!」
 ルイズは杖を先ほどよりもずっと強く握り締め、とにかく“爆発”を起こして怪獣たちを
阻止しようとしたが……その視界に、いきなり光が溢れた。
「きゃッ!?」
「うわぁッ! 何だ!?」
 思わず顔を覆うルイズたち。
 その間に……光り輝く手刀が、ゴルザの胸を深々とかすめ切って致命傷を負わせた。
「グガアアアア……!?」
 不意打ちに対処できずにグラリと倒れるゴルザ。更に光溢れる光線が、ゾイガーも貫いて
爆散させる。
「ピアァ――――ッ!!」
 一挙に二体の仲間が撃破され、ガタノゾーアたち怪獣軍団がさすがに動きを止めた。
 そしてミラーナイトたちは、マグマライザーから飛び出した『巨人』を見やる。
『あ、あれは!?』
 銀色のボディに、赤と紫の模様と胸部を覆うプロテクター、そしてその中心に青く輝く
カラータイマーを持った、紛れもないウルトラマン! ウルトラマンティガが大地に立っていた!
「おぉぉッ!? あれはウルトラマン! ゼロ以外のウルトラマンが!」
「この状況で新たなウルトラマン!? 奇跡だぁーッ!」
「どうかぼくたちを、ゼロたちを助けてやってくれぇッ!」
 ティガの姿を認めたオンディーヌはわっと歓声を発した。しかしルイズだけは、ティガの
立ち姿をしげしげとながめ、ぽつりと小さくつぶやいた。
「サイト……!」
「――タァッ!」
 ティガはまっすぐに峡谷へ飛び込み、谷底に着地すると同時にガタノゾーアへタイマー
フラッシュを放つ。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 渾身のフラッシュが一瞬闇を照らし出して、ガタノゾーアの目をくらませた。その隙に
ティガは、額のクリスタルからエネルギーを照射。石像にされたゼロのビームランプから
光を分け与えた。
『――はぁッ!』
 たちまちの内に石化が解け、ウルトラマンゼロは復活して立ち上がった!

95ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:10:11 ID:hTCLJjSU
「やったぁぁぁ―――――! ゼロがよみがえったぞぉぉぉぉぉッ!!」
 谷底を見下ろしたオンディーヌの歓声が強まった。ゼロはティガに振り返って驚愕。
『ウルトラマンティガ!? どうしてここに……』
 聞きかけたが、その顔をよく確かめて、更に目を見張った。
『才人なのか……!』
 ティガはゆっくりとうなずき、ガタノゾーアへと構えながら向き直る。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアの方も持ち直して、ティガとゼロへ対して触手を揺らめかせている。ゾイガーの
群れの方は、ティガの乱入によって持ち直したミラーナイトたちが食い止めてくれていた。
 ゼロもティガに合わせて、宇宙拳法の構えを取る。
『よぉーしッ! 一緒にあいつをぶっ倒そうぜぇッ!』
 ティガとゼロ、二人の光の戦士が強大なる暗黒の化身へと立ち向かっていく!
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアは触手を伸ばしてティガとゼロを迎え撃つが、ティガが素早くそれを両手
チョップで弾き返す。
「ハッ!」
「セェアッ!」
 そこにゼロがエメリウムスラッシュを撃ち込み、触手をガタノゾーアの方へ押し返した。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 しかしガタノゾーアの触手は無数にある。それが一辺に迫ってくる!
「ハァァッ!」
 だがゼロは動じずにゼロスラッガーを投擲。渦を描くように回転しながら飛ぶスラッガーは
触手を斬りつけながら押しのける。
「ヂャッ!」
 開かれた触手の中央にティガがティガスライサーを繰り出した。更にゼロがウルトラゼロ
ランスを投げ飛ばす。
「セェェェアッ!」
 二人の刃と槍が闇を切り裂きながら飛んでいき、ガタノゾーアをかすめて裂傷を入れる。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 初めてまともなダメージを食らったガタノゾーアが悲鳴のような咆哮を発した。
「す、すごい! さっきとは比べものにならない勢いだ!」
「あの怪物を押してるぞ!」
「何て連携の良さだ! 息ぴったりだよ!」
 ギーシュたちはティガとゼロの奮闘ぶりに感嘆。一人事情を知るルイズは、ぐっと拳を握った。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアがティガたちを纏めて始末しようと石化光線を発射してきたが、ティガと
ゼロは即座にジャンプして回避。そのまま空中で停止してガタノゾーアを見下ろす。
 互いにアイコンタクトを取ってうなずき合うと、それぞれ腕をまっすぐ横に伸ばして
必殺光線の構えを取った。
「タァーッ!」
「デェェェェヤァッ!」
 ティガのゼペリオン光線、ゼロのワイドゼロショットが同時にガタノゾーアに命中! 
そうすることで相乗効果を生み出す合体技、TZスペシャルだ!
「プオオォォォォ――――――――!!!」
 ガタノゾーアは膨れ上がっていく光のエネルギーを抑えることが出来ず、闇が光によって
打ち消されていく!
「ピアァ――――ッ!!」
 爆発的に膨張した光はゾイガーの群れをも呑み込んで、完全に消し去った。
 光が晴れると、超古代の怪獣軍団は跡形もなく消滅したのである。
「いぃぃやぁったあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
「勝ったんだ! 光の大勝利だぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――ッ!!」
 オンディーヌは一番の大歓声を上げて、互いに抱き合って喜び合う。ルイズも思わず口元を
抑えながら目尻に涙を浮かべた。

96ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:12:28 ID:hTCLJjSU
 ガタノゾーアたちを打ち倒したティガとゼロは着地すると、向かい合って光に変わっていく。
そして二人の光が混ざり合って、一つになった――。

『……結局、元の鞘に戻っちまったなぁ』
 ルイズたちの元へと歩いていく才人の左腕には、再びウルティメイトブレスレットが
嵌まっていた。再びゼロと融合した証拠である。
「何だか、もうこれがないと落ち着かなくなったよ。次からは勝手にいなくならないでくれよ? 
ゼロ」
『悪かった悪かった! それじゃあ、これからもよろしく頼むぜ……でいいんだな? 才人』
「ああ!」
 ゼロに力強く応じた才人の元へと一番に走ってきたのはルイズであった。彼女は才人の
胸をポカポカ叩きながら言う。
「どうして来ちゃったのよ〜〜〜〜〜!」
「何言ってんだよ、俺が来なかったら死んでたくせに。というか人を勝手に帰そうとしてんじゃ
ねぇよ!」
 怒鳴られたルイズが口をもごもごさせながら、激しく泣いた。
「だって……サイトがお母さんからの手紙見て泣いてるんだもん……可哀想になっちゃったんだもん……。
わたしより、家族の方がいいんじゃないかって……そっちの方があんたは幸せなんじゃないかって……」
 才人はルイズを優しく抱き締めて言った。
「自分の幸せは、自分で選ぶ。そして俺の幸せは、多分ここにあると思うんだよ……」
 感極まって才人を抱き締め返すルイズだが、そこにゼロが口を挟んだ。
『邪魔するようで悪いが、お袋さんのことはどうすんだ? せめて無事を知らせるぐらいの
ことはしてやるべきじゃ……』
 それに才人は、微笑みながらこう答えた。
「それなら心配ないぜ。こっちからもメールを送ったんだ」
 才人の懐の通信端末には、先ほど才人が地球へと送信したメールのデータが入っていた……。

 母さんへ。

 驚くと思いますけど、才人です。黙って家を出てしまい、ほんとにごめんなさい。いや、
ほんとは黙って出た訳じゃないけど……言っても理解されないと思うので、そういうことに
しておきます。とにかく、ごめんなさい。
 メールありがとう。
 心配してくれてありがとう。
 さっき、ちょっとだけ母さんの顔が見えました。ちょっとやつれてたんで、悲しくなりました。
心労で喉が通らないかもしれないけど、ちゃんと食べて下さい。
 俺は生きてます。
 無事ですから、安心して下さい。
 俺は今、地球とは別の世界にいます。そこでウルトラマンになってます。
 信じてくれないとは思いますけど、ほんとのことです。頭がおかしくなったと
思われても仕方ないけど……ほんとです。
 その世界は、怪獣がたくさんいて大変なことになってます。俺の友達や大事な人がとても
困ってるんです。
 俺は、その人たちの力になりたいんです。
 だからまだ……帰れません。
 でも、いつか帰ります。
 お土産を持って、帰ります。
 だから心配しないで下さい。
 父さんやみんなによろしく伝えて下さい。
 取り留めなくてごめんなさい。急いで書いてますんで。
 母さんありがとう。
 ほんとにありがとう。
 ウルトラマンは大変だけど、俺は幸せです。
 生んでくれてありがとう。
 それではまた。平賀才人。

97ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:13:22 ID:hTCLJjSU
以上です。
一話の中で二回死ぬガタノさん。

98ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 19:52:01 ID:XAEoHj8Q
こんばんは、焼き鮭です。続けて久々の幕間を投下します。
開始は19:55からで。

99ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 19:55:45 ID:XAEoHj8Q
ウルトラマンゼロの使い魔
幕間その十「歴史の真実と謎」

 ガリア王国が送り込んできた恐るべき超古代怪獣軍団は、ウルティメイトフォースゼロと
ウルトラマンティガに変身した才人の活躍によって撃滅された。しかし、これはガリアとの
真の戦いの、ほんの前哨戦でしかなかったのだ。
 ヴィットーリオは即位三周年記念式典で、ガリアへ対する“聖戦”を宣言したのだ。
「我が親愛なるロマリアの民、及び始祖と神の僕の諸君。此度は北方より来たる悪魔の軍勢が
神の遣わした戦士たちにより退けられ、この祝祭の席を開けたことは真に幸いです。……しかし
ながら、あの悪魔どもは悲しいことに、我々と同じ人間の手によってけしかけられたものなのです」
 ヴィットーリオの演説に、集ったブリミル教の信徒は一斉にどよめいた。
「その黒幕とはガリア、悪魔を操り神に仇なす異端の名はガリア王ジョゼフ一世。そうでなければ、
あの悪魔どもがガリアをただ通過してこのロマリアの地に侵攻してくる理由がありません。また、
ガリアの異端どもはエルフとも手を組み、我らの殲滅を企図しているのです」
 信徒たちに動揺が走る。ヴィットーリオの言には確たる裏づけが欠けているが、先ほど
怪獣たちの脅威に晒されて不安と恐怖のどん底にあった民たちは、その反動もあって面白い
ほどに鵜呑みにし、ガリアに対する怒りに燃え上がった。
「最早悪魔の力を行使し、我が物顔に我々の土地と生命、そして信仰を蹂躙しようとする
異端の陰謀を許してはおけません。わたくしは始祖と神の僕として、ここに“聖戦”を
宣言します」
 そのひと言により、ガリアとの戦端がはっきりと切って落とされてしまったのであった。
 ……アクイレイアのルイズたちがあてがわれた客間では、ロマリアの耳がないことを確認
してから、ルイズがそのことに対しての苛立ちをぶちまけた。
「何が陰謀を許してはおけない、よ。陰謀を張り巡らしていたのは自分たちの方じゃない! 
あんな奴の持ちかけた話に乗っかった自分を呪いたいくらいだわ!」
 ルイズの格好はロマリアから与えられた巫女服ではなく、普段の学生服だ。才人から、
地球へのゲートをくぐろうとしたら撃ち殺されていたという話を聞いた途端に、怒り心頭して
巫女服を捨てたのであった。曰く、もうこんなものに袖を通していられない、と。
「ガリア王をおびき寄せて廃位に追い込むなんてのも、こっちを乗せるための建前に
過ぎなかったんだわ。この状況こそが本当の目的……。そのために国境付近にあらかじめ
軍を配備して、ガリアを挑発した。何が“人間同士の戦火を止める”よ! そのために
戦火を起こすなんて、本末転倒じゃない! ここまで来たらエルフとの交渉なんてのも
信用ならないわ!」
 才人はヴィットーリオへの怒りを喚くルイズにうなずきながらも警告する。
「気をつけろよ。あいつらは異常だぜ。おまけにその異常さに気づいてて、しかも肯定してやがる。
一筋縄じゃいかないぜ」
「サイト、やっぱりあんたは帰るべきよ。こんな世界につき合うことはないわ。向こうは
あんたを生かして帰さないつもりみたいだけど、ゼロに変身さえしてしまえばどうしようも
出来なくなるわよ」
 改めて才人を説得するルイズだったが、才人はきっぱりと言った。
「見足りない。だからまだ、帰らない」
「何を?」
「お前の笑顔」
 そのひと言にルイズは言葉の通りに真っ赤になり、照れくさいやら嬉しすぎるやらで
ぎくしゃくとした動きをした。
 そんなところに口を挟むゼロ。
『いちゃついてるとこ悪いんだがよ』
「い、いちゃついてなんかないわよ!?」
『ガリアとロマリアのことは一旦置いておいて、そろそろ才人が見たっていう六千年前の
夢のことについて話し合おうぜ。きっとかなり重要なことに違いねぇ』
 この客間には今、ミラーとグレン、そしてミラーがシエスタから腕輪を借りてきたという
形でジャンボットもいる。彼らはこれから、才人の夢のことについて相談と会議を始めるのだ。

100ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 19:58:25 ID:XAEoHj8Q
 話し合いの席をミラーが仕切る。
「まずはサイト、改めて確認します。あなたが見た夢というのは、始祖ブリミルと初代
ガンダールヴが出てくる内容で間違いないですね?」
「ああ」
 はっきりと肯定する才人。
「初めは単なる夢かと思ったけど、やたらとリアルだったし……それに、夢と同じように現実に
俺がウルトラマンティガに変身したんだ。今はほんとに時間をさかのぼったとしか思えねぇや。
今はもうティガに変身できないけど……」
 才人がゼロと再び融合してから、スパークレンスはいつの間にか消えてなくなっていた。
恐らく、ティガはもう自分の元からは去ったのだろう。きっと、才人を助けるという役目を
終えたからだ。
 これに意見するルイズ。
「でもおかしいじゃない。あんたの身体はずっとこの現代の時間にあったままだったんでしょ?」
「ジュリオの奴がずっと監視してたみたいだからな。あいつが嘘を言う必要はないだろ」
「それじゃあ過去に行くなんてこと出来ないじゃないの。変な言い方だけど……現代と過去の
二つの時間に、同時に存在するなんて」
 そのルイズの意見についてジャンボットが論ずる。
『これは憶測に過ぎないが、サイトは精神だけが過去へ移動したのではないだろうか』
「精神だけ?」
『そうとすればつじつまが合う。精神が今の時間にないのならば、サイトがずっと眠ったまま
だったのも当然となる』
「いや、いくら何でもそれは無理があるんじゃ……」
 半信半疑のルイズだが、ゼロはジャンボットを支持した。
『ウルトラ戦士の周りじゃあ奇跡的な出来事がよく起こるもんだぜ。俺自身、何度か経験がある』
「奇跡ってそうそう起こらないから奇跡って言うんじゃないの……?」
 冷や汗を垂らすルイズであった。
 ここでグレンが話題を切り換える。
「難しいことは分かんねぇけどよ、今重要なのはサイトが実際過去に行ったかどうかじゃ
ねぇだろ? サイトの体験したことが真実かどうかだ」
 重々しくうなずくルイズ。
「そうね……。仮にサイトの見たものが全て事実だとしたら、これはハルケギニアで語り
継がれた歴史がひっくり返るほどの大発見よ。始祖ブリミルがエルフを使い魔にしてたなんて!」
 興奮するルイズ。それはそうだ。エルフと言えば人間の仇敵であり、始祖ブリミルの最大の
敵だった悪魔。その教えが、完全に否定されるのだ。
 才人が後を引き継ぐ。
「しかも六千年前の時点で既に怪獣はハルケギニアにいたんだぜ。そしてブリミルとエルフは
一緒にそれに立ち向かってた。ほんとに、今まで聞いたことと丸っきり真逆だ」
「でも、それをどうやって事実か確かめればいいのかしら……」
「そうだ、デルフに聞いてみよう」
 才人はデルフリンガーを鞘から引き抜いた。デルフリンガーが初代ガンダールヴの得物
だったのならば、当然当時のことを知っているはずである。
「よ。伝説」
「やぁ相棒。ようやく俺の存在を思い出したってのか。全く薄情なこって」
「ごめんごめん、忙しくて気が回らなかったんだよ。それで、俺が見たものってほんとのこと? 
それともよく出来たフィクション?」
「ほんとのこったろ」
 デルフリンガーのあっさりとした肯定に、この場の全員が目を丸くした。ルイズはデルフ
リンガーをなじる。
「あんた、何でそんな大事なことを今まで黙ってたのよ!」

101ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 20:00:31 ID:XAEoHj8Q
「黙ってた訳じゃねぇよ。忘れてたんだ。でも、相棒の言葉で思い出したんだ。そういや、
そうだったなって」
「じゃあ思い出したこと、全部話なさいよ!」
「無理だよ……。何せ断片的でな。つまらねぇことなら割と思い出せるんだが、肝心なことは
サッパリさ」
「ブリミルさん、何かニダベリールとか名乗ってたよ」
「多分、若い頃の名前だな。そん時は俺はまだ生まれてなかったから知らねえけど」
「そういや、あの時お前はどこにもいなかったな」
 相槌を打つ才人。ここでミラーが一旦注目を集める。
「これで裏づけが取れましたね。サイトが見たものは真実だった。……ですが、そうとすると
別の疑問が生じます。それは、何故その内容が今の世に全くといっていいほど伝わっていないのか」
「だよなぁ〜。怪獣が元々この星にいたなんて話、今ここで初めて聞いたぜ」
 腕組みしながらうんうんとうなずくグレン。中にはソドムのように伝説の巨竜という形で
存在が言い伝えられていた例外もあるが、そんなのは極一部だ。ゼロたちはこれまでずっと、
ほとんどの怪獣たちは次元震の影響でハルケギニアに侵入したものだと思っていた。
 ジャンボットは言う。
『正確には、元からいた訳でもない。六千年前、ブリミルたちとほぼ同時期にどこかから
出現するようになったみたいだな』
「そのどこかってどこだよ」
『それが分からないから、今こうして話し合っているのだろうが』
 グレンに手厳しく突っ込むジャンボット。ミラーは顎に指を掛けて考え込んだ。
「始祖ブリミルは元々ハルケギニアの民ではなかったのですよね。“虚無”の力で、どこかから
移住してきた……。それと怪獣の出没が同時というのは、無関係ではない気がします。始祖の
元いた土地とはどこなのか……それが分かれば答えに一気に近づけるのでしょうが」
「でも始祖ブリミル降誕の地、つまり聖地はエルフに牛耳られてて、近づくことすら出来ないのよね」
 ため息を吐くルイズ。その聖地を取り戻すことが、ヴィットーリオの最終目的のようだが。
 ゼロがミラーに提案する。
『ミラーナイト、お前の能力で探りを入れられねぇか? 鏡の世界からエルフの土地を覗き込んでさ』
「やってみましょう」
「俺としては、怪獣もそうだけど、ウルトラマンが六千年前のハルケギニアに来てたって
ことの方が興味あるな。それも一人や二人じゃなかったみたいだぜ」
 才人が少しわくわくしながら言った。それに同意するゼロ。

102ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 20:02:52 ID:XAEoHj8Q
『俺も同じウルトラ戦士として興味深いな。けど、それも怪獣の存在と同じように伝承されて
ないみてぇだな』
「一応、始祖ブリミルの伝説には、始祖は神の遣わした天使とともに悪魔と戦ったとあるわ。
わたしはずっと、悪魔っていうのはエルフのことだと思ってたけど……」
 顔をしかめるルイズ。ここまでの話から考えるに、悪魔の正体とは怪獣だったのだろう。
「でも、この程度の表現でしか言い伝えられてないってのはちょっと奇妙よね。いくら六千年の
隔たりがあるとはいえ、もうちょっと具体的に伝承されてても良さそうなものなのに」
 とのルイズの言葉に、ミラーはしばし考え込んでから、言い放った。
「もしかしたら、長い時間の中で自然に忘れられたのではなく、何者かが情報を隠蔽したの
ではないでしょうか。だから後世に正しい形で伝わらなかったのでは」
「えぇ!?」
「そもそも始祖の祈祷書、“虚無”の呪文書も、指輪がなくては読めないという注意書きが、
読めない文の中に含まれていたのでしょう。普通、そんな致命的なミスをすると思いますか?」
 内心同意するルイズ。これまでもいささか妙なことだとは思っていたが……誰かが“虚無”を
目覚めさせないように、そのように細工したとするなら納得できる話だ。
「デルフリンガーもほとんどのことが思い出せないのも、ひょっとしたら記憶を封じられて
いるからかもしれません」
「ってことはこいつをいじったり何かしたら、記憶が一辺に思い出させられるかもしれねぇってか?」
「おいおいやめてくれよ。変なことすんのはさ。頭はねえが頭ん中いじくられんのはさすがに
御免だぜ?」
 グレンの提案を拒否するデルフリンガー。ジャンボットも同意する。
『デルフリンガーは生物でも、電子頭脳でもない。私たちには未知の力で生命を維持している。
下手なことをしたら、デルフリンガーという存在そのものが消えてしまうかもしれん。危険すぎる』
「だよなぁ。さすがに仲間の命に代えられることじゃねぇや」
 デルフリンガーの記憶を無理に呼び覚ますという手段は却下される。しかしそうすると、
現状ではこれ以上謎に近づく道はない。
 議論が煮詰まってきたところで、ゼロが取り仕切った。
『これ以上俺たちで話し合ってても先には進まねぇ。この先ハルケギニアでの冒険を続けりゃ、
答えに近寄れるものも見つけられるだろう。それまでは放置だ』
「そうね。とりあえずは、今目の前にある問題を解決するところから始めましょう」
「ああ。まずはガリアをぶっ倒して……それからロマリアの聖戦とやらを止めてやるんだ」
 ゼロの出した結論にルイズ、才人と賛成し、全員の気持ちが一致した。
 これから彼らは、再び起こってしまった戦乱と、争いを引き起こす目論見を阻止するために
行動することを、ここに決意したのであった。

103ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 20:04:02 ID:XAEoHj8Q
ここまでです。
ガリア編もいよいよ終局が見えてきました。

104名無しさん:2017/09/19(火) 17:42:54 ID:rN4rAlWU
乙ー

105ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 12:51:19 ID:eipzXTp6
ウルゼロの人、乙です。
そしてこんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、65話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。


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