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避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

183ウルトラ5番目の使い魔 29話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:26:48 ID:KxOFlp2.
「うーん、やっと終わったぁ。まったく、めんどくさかったけど、この村の人たちってバカばっかりだったから助かったなあ。けど、これでこの村は私のものだね」
「え、エルザちゃん? あなた、なにを言ってるの?」
「んー? ああ、アリスおねえちゃんはまだわからないの。みんなが探してる吸血鬼はね、この私、エルザなんだよ。ほぉら、ね?」
 突然、人質の中から立ち上がり、鋭い牙を見せ付けて吸血鬼の正体を明かしたのは、村長の家で養女として育てられていたエルザであった。
 エルザは二年ほど前に、両親を亡くして放浪していたところを村長に拾われたという少女だった。よその人間を村に入れることに対しても、たった五歳くらいの幼女であるし、若くして子や連れ合いを亡くして家族のいない村長に気を使って、村人たちも気にかけず、最近は体が弱いそうなので家の中だけではあるが村の子供たちとも遊ぶようになり、大人たちもそんな彼女を可愛がるようになってきていた。そのエルザが吸血鬼だったのだ。
 本性を現したエルザは屍人鬼たちを操り、女たちを村長の屋敷に閉じ込めた。屋敷の周りは常に屍人鬼たちが見張り、逃げ出すことはできない。そして、ときおり女たちのなかからひとりずつ連れ出されていき、二度と戻ってくることはなかった。
 逐殺場の豚のように、檻の中で飼われて吸血鬼に食われるのを待つだけかと誰もが絶望していた。
 ところがである。あるときふと、村長の屋敷の壁の一部に痛んで穴が空くようになっているところが見つかり、見張りの屍人鬼も少なくなっているのが見受けられた。
 今なら逃げ出せる。しかし、壁の穴は小さくて子供しか潜れないし、屍人鬼の目をごまかして逃げ隠れするのも大人では無理だ。穴を潜り抜けられて、かつ遠くまで走れるだけの体力を持っているのは、子供たちの中でもアリスしかいなかった。
「アリスちゃん、ふもとの町まで行って、お役人さんにサビエラ村が吸血鬼に襲われたって知らせるの。そうしたら、きっと王国の軍隊が来てくれるわ。ごめんなさい、つらいだろうけど、あなたしか頼れる人がいないの。がんばれる?」
「うん、みんな待ってて。わたし、がんばってみる。だから、待っててね」
 こうしてアリスはひとりで村を抜け出し、助けを呼ぶためにひたすら走ってきた。しかし、途中で追いかけてきたアレキサンドルの屍人鬼に捕まって、そこへ一行が駆けつけてきたというのがこれまでのいきさつであった。
 
「お願い、助けて、助けてください、わたし、もう……うわぁぁぁっ」
 そこまでを話したところで、アリスはもう耐えられないとばかりにまた泣き出してしまった。
 無理もない。たった十二歳の少女が体験するにしては過酷過ぎる。ここまで話してくれただけでたいしたものだ。アリスはミシェルの腕に抱かれて泣き、一行の心に怒りの炎が灯る。とにかくこれで、敵の正体がわかった。
「なるほどつまり、そのエルザって吸血鬼が黒幕なわけだな。だが、五歳くらいの子供が吸血鬼なんて」
「吸血鬼の寿命は亜人の中でもかなり長い。見た目が子供でも、人間の年齢では老人くらいに歳を重ねていることなどざらだ。覚えておけ」
「なるほど、見た目が子供なら人間は油断しますしね。それにしてもひどいことを、まるで悪魔のような奴だ」
 ギムリが憤慨したようにつぶやき、水精霊騎士隊の仲間たちも同感だというふうにうなづいた。
 だが、感情に逸る少年たちとは反対に、銃士隊の仲間たちは納得できないというふうに考え込んでいた。

184ウルトラ5番目の使い魔 29話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:28:08 ID:KxOFlp2.
「村全部が屍人鬼に、だと? そんな馬鹿な」
「馬鹿なって、どういうことですか?」
 苦渋の表情を浮かべている銃士隊員に、レイナールが問いかけた。一般的に吸血鬼に対する知識はあまりなく、専門的なことは秀才のレイナールも知らないが、遊撃部隊に近い銃士隊は幻獣退治もするので亜人全般に知識があるのだ。
「さっきも言ったが、屍人鬼が複数体いるという時点でおかしいのだ。なぜなら、吸血鬼は血を吸った人間を『一人しか』屍人鬼にして操ることはできない。屍人鬼をふたり以上操っているなんてあるはずがないんだ」
「えっ! でも、しかし」
「確かに例外はある。吸血鬼が徒党を組んでいれば屍人鬼が複数いることもあるし、屍人鬼を次々に乗り換えることで複数いるように見せかける手もある。しかし、トリックを使っているにしては多すぎる。それに、屍人鬼に噛まれた人間までが屍人鬼になるなんて聞いたことがない」
 ありうるはずがないのだと彼女は断言した。それに怒ったのはギーシュである。
「ちょっと待ちたまえよ。それじゃ、まるでミス・アリスが嘘をついているというのかね?」
「そんなことは言ってない。ただ、吸血鬼の常識とあまりにかけ離れていると言っているのだ。それでも、アリスを襲っていたのは間違いなく屍人鬼だった。敵が吸血鬼なのは間違いないが、仮にそのエルザという娘が吸血鬼だとしても、ただの吸血鬼だとは思えない」
 吸血鬼は恐ろしい妖魔だが、できることは限られている。村ひとつを丸ごと乗っ取るなんて真似ができるような力があるはずはないのだ。
 ところが、そのとき別の銃士隊員が厳しい表情で現れた。
「いえ、ひとつだけ全部のつじつまが合う答えがありますよ。それはアリス、その娘こそが吸血鬼だってことです!」
 きっと鋭い目でアリスを睨み付け、アリスは怯えて震えだした。それを見て、ギーシュが慌てて叫ぶ。
「お、おい君! 突然なにを言い出すんだね」
「なんだも何も、さっきまでの話も、屍人鬼に襲われていたのも自作自演だったってことよ。そうしておいて、まずはティファニアをさらっておいて、吸血鬼本人は被害者を演じながら隙を見て我々を食っていけばいい。それだけなら本物の屍人鬼のほかに、薬で操った人間を数人使うだけで済むわよね」
「そ、そんな……アリスは、吸血鬼なんかじゃないよ」
「どうかな? 吸血鬼は人間に完璧に化けられるのが特徴よ。牙さえ隠しておける。なにより、そうして人間の油断を誘うのが常套手段」
 その隊員は完全にアリスを疑っていた。しかも、彼女の仮説には無視できない説得力があったので、銃士隊員の中には賛同する者も現れ、アリスをかばいたい側もうまく言い返すことができなかった。
 アリスはミシェルの腕の中で歯を鳴らして震えている。このままでは、ティファニア以前にアリスをどうするかで一行が真っ二つに割れてしまう。まずい……と、思われかけたときだった。
「はいはい、あなたたちそのへんにしておきなさい。現実主義もいいけど、そう断言するものじゃないわ」
 両者のあいだに割って入ってきたのはルクシャナだった。これまでじっと成り行きを見守っていたのだが、突然出てきた彼女は殺気立っている銃士隊員の前に立って言った。

185ウルトラ5番目の使い魔 29話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:29:31 ID:KxOFlp2.
「確証もないのに、推測だけで人を吸血鬼よばわりはわたしから見てもちょっとひどかったわよ。それだけ言って、もしアリスが吸血鬼じゃなかったらどうする気よ?」
「あなたは吸血鬼の恐ろしさを知らないからのんきなことが言えるのよ。奴らは本当に恐ろしい。我々銃士隊が正式に結成される前の傭兵集団だったころ、一度だけ吸血鬼と戦ったことがあるけど、十人以上の村人を殺したそいつの正体は盲目の少年だったわ。正体をあばきだすまでに、こっちの仲間も三人もが犠牲になって、かろうじて朝が来たから討伐できたようなものなのよ!」
「そうね、気持ちはわかるわ。でも、わたしは学者でね。人が間違った答えを口にしてると我慢できなくなる性分なのよ。ここはわたしに任せなさい、吸血鬼がいくらうまく化けても、絶対に隠せないものはあるのよ」
 そう一方的に宣言すると、ルクシャナはアリスの下に歩み寄り、怯える彼女の肩に手を置いた。
「ひっ!」
「大丈夫、わたしはあなたの味方よ。あのわからずやのお姉さんたちをぎゃふんと言わせるから、少しだけじっとしてて。心配しないで、すぐ終わるから」
「う、うん」
「いい子ね。では、この者の体内を流れる水の息吹よ。我に、そのあるべき姿を示せ……」
 ルクシャナが呪文を唱えると、彼女の手がわずかに光ったように見えた。そしてルクシャナは少しのあいだ、何かを確認するようにうなづいていたが、おもむろに立ち上がると自信を込めて言った。
「アリスは間違いなく人間よ。吸血鬼でも屍人鬼でもないわ」
「待て! いったい何をしたの。私たちにはわけがわからないわよ」
「あら、単純なことよ。アリスの体の中の水の流れを確認してみたの。吸血鬼がいくら人間に化けてもしょせんは別種の生き物。人間の目はごまかせても、わたしたちエルフの、もっと言えば精霊の目をごまかすことはできないわ」
 アリスの体内の水の流れは、間違いなく生きた人間のものだと断言したルクシャナの眼光の強さは銃士隊員をもたじろがせた。そして、自分たちが間違っていたことを、隊員たちは認めざるを得なかった。
「も、申し訳ない。私が軽率だったわ」
「わたしはいいわよ。そんなことより、あなたたちはもっと別に謝らなきゃいけない人がいるんじゃないの?」
 ルクシャナはあっさりと引き下がり、隊員たちの前にはアリスがぽつんと残された。目と目が合い、先ほどまでアリスを疑っていた隊員たちは一瞬迷ったような表情を見せた。だが、彼女たちは一瞬だけ呼吸を整えると、すぐにぐっと頭を下げたのだ。
「う、ごめんなさい。あなたのことを吸血鬼だなんて疑ってしまって。なんというか……許してほしい!」
「え? あ、ええっと」
 大の大人に頭を下げられてアリスは戸惑うばかりだ。けれど、そんな彼女に、モンモランシーが明るく告げた。
「ごめんね、このお姉ちゃんたち、真面目すぎるのが玉に瑕なの。でも、本気で悪い奴をやっつけようとしてるだけで、悪い人じゃあないの。許してあげて」
「う、うん。おねえちゃんたち、わたしは怒ってないよ。だから……」
「……ありがとう」
 過ちを正すにはばかる事なかれ。悪いことをしてしまったら、償う気持ちと態度を表すのを惜しんではいけない。銃士隊の隊員たちは、その心得を騎士道としてきちんと心の中に持っていた。

186ウルトラ5番目の使い魔 29話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:30:30 ID:KxOFlp2.
 そして、それだけではなく、アリスが彼女たちを許したことで、アリスは隊員たちを罪悪感に蝕まれることから救っていた。
 人は罪を犯す。しかしそれを重荷として引きずっていくのはつまらないことだ。罪を犯せば償い、それで許すことできりをつけ、どちらも清清しく前へ進むことが出来る。たった、それだけでいいのだ。
 隊員たちとアリスは手を取り合い、互いに笑顔を向けた。
 だが、これでアリスの話が本当だと証明されて、敵が単なる吸血鬼ではないことがはっきりした。そこで新しく推理する必要が出てくる。とはいえ、あまり難しく考えるまでもなかった。このメンバーの中で、ティファニアだけがさらわれたことからつながって、どんな非常識なことでもやりかねない相手となれば、おのずと集約される。
「ガリアのジョゼフ、ないしロマリアの教皇か……」
 レイナールが眼鏡の奥の目に自信を宿らせて言った推理に、異論を挟む者はいなかった。非常識さといえばヤプールが一番にいるが、ヤプールにはティファニアを狙う理由がない。
 と、なれば後は裏づけだが、これも難しくはなかった。
「ミス・アリス、吸血鬼騒ぎが起きるより前に、村にガリアかロマリアの偉そうな人が来たりとかはしなかったかい?」
「うん、あるよ! 前に、ロマリアの神官だって人が村長さんを尋ねてきたの」
「それがどういう人だったか、覚えてるかい?」
「えっとね、金髪のすごくかっこいいお兄ちゃんだったよ。みんなの間ですごく噂になったし、目の色が左と右で違ってたから、よく覚えてる!」
「やっぱりそうか……」
「ジュリオだ、間違いない」
 ギーシュやギムリは苦い顔をした。そんな容姿の神官など、ハルケギニアでも二人といまい。脳裏に、あの人を馬鹿にしたニヤケ面が浮かんでくる。
 しかし答えは決まった。吸血鬼の後ろには、ロマリアが糸を引いている。
 とうとう来たか、と一行は息を呑んだ。このまますんなりトリステインに戻れるほど甘くはないだろうと思っていたが、まさかこんな方法でやってくるとは誰も想像もしていなかった。
「これはぼくたちを狙った罠だね」
 レイナールの言葉に、一同はうなづき、ギーシュも同意した。
「ああ、ここまで来たらぼくにだって敵の考えがわかるよ。囮を使って、まずはティファニアを無傷でさらう。それから、取り返そうとぼくらが追いかけてきたところで、屍人鬼にした村人を使って皆殺し。そんなところだろうね」
「ギーシュに見破られるようじゃ、たいした作戦じゃないな。しかし悪辣ではあるね。これでぼくたちは選択を強いられるわけだ。ティファニアを見捨てて先へ進むか、それとも罠だとわかっている中へ飛び込んでいくか」
 ここで突きつけられた困難な二択は、簡単に答えが出せるものではなかった。これまでに何度も危機を潜ってきた水精霊騎士隊であるが、つい先日に才人とルイズを失ったばかりだというのに、ここでティファニアまでを失えというのか。
「騎士は友を見捨てない。女王陛下から杖を預かった我らトリステイン貴族が、おめおめと敵に背を向けるなんて名折れだ」
 ギーシュはそう気を吐く、しかし銃士隊は冷静だった。
「だったら親切に罠の中に飛び込んでいって全滅するか? アリスの話を忘れたか。吸血鬼は三百人近い屍人鬼を従えている。一匹でもあれだけ苦戦したというのに、勝ち目などあると思うか」

187ウルトラ5番目の使い魔 29話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:32:02 ID:KxOFlp2.
「わかっているよ、ぼくも言ってみただけさ。だけど、それじゃティファニアを見捨てろってのかい?」
「そうは言っていない。しかし、ロマリアはティファニアを無傷で手に入れたいはずだから命をとったりはすまい。だが我々がここで全滅してしまったら、誰がトリステインに事の次第を伝えるというんだ」
「う……」
「それと言っておくが、お前たちだけで救出に向かうというのもなしだ。ただでさえ少ない戦力で、さらに人数を半分にしてしまったら、それこそ全滅する」
 返す言葉がなかった。ティファニアは最悪、ロマリアに連れて行かれた後でも取り返すチャンスはあるかもしれない。だがここで、三百の屍人鬼が待つ村に飛び込んでいったら、待っているのは間違いなく全滅だ。
 悔しいが、現実的な判断では銃士隊のほうが一歩も二歩も先を行っていた。彼女たちは、厳しい視線で言う。
「戦場では、勝利のためにあえて味方を見捨てねばならんときもある。どのみち、お前たちも将来軍人になるのなら避けて通れない道だ。今のうちに慣れておいたほうがいい」
 ぐうの音も出なかった。相手はハルケギニア最悪の妖魔である吸血鬼に、村いっぱいの屍人鬼の群れ。しかも吸血鬼の背後には、得体の知れないロマリアの力が加わっている。
 対して、こちらの戦力は剣士と半人前のメイジを合わせて二十人そこそこ、比較にすらなっていない。
「ティファニアを見捨てる……それしかないのか」
 ギムリが口惜しげにつぶやいた。残念だが、どう勘定しても戦力がなさすぎる。せめて才人とルイズがいれば……と、思ったときである。アリスの、か細く消え入りそうな声が流れた。
「おにいちゃんたち、行っちゃうの……? サビエラ村は、村のみんなはどうなっちゃうの……」
 はっとして、一同はお互いの顔を見合った。
 そうだった。アリスは、外の誰かに助けを求めるために、たったひとりで逃げ出してきたのだった。ここで一行が立ち去れば、吸血鬼は残りの村人たちを喜々として餌食にするだろう。
 ならば、アリスの最初の目的のようにガリアの役所に訴えるか? いやダメだ。世界中がこんな様になっているのに、あの無能王の軍隊が辺境の村ひとつのためにすぐ動いてくれるとは思えない。よしんば動いたとしても、その頃にはすべてが手遅れになってしまっているだろう。
「お願い行かないで。村には、お隣のおねえちゃんも、リーシャちゃんもクエスちゃんも待ってるんだよ。早く助けなきゃ、お願いだから助けて!」
 アリスの必死の訴えは、一同の心を乱した。
 自分たちだって、ティファニアがさらわれているのだし、助けられるものなら助けたい。しかし、今回はいくらなんでも相手が悪すぎるのだ。幼いアリスには、説明してもわかるものとは思えない。
 だが一同が決断しかねているとき、それまでずっと黙っていたミシェルがアリスの涙をぬぐって言った。
「わかった。わたしが力になってあげる。行こう、君の村へ」
「お、おねえちゃん……?」
「ふ、副長! なにを言い出すんですか」
 部下の隊員たちは慌てて叫んだ。しかしミシェルは落ち着いた声で言う。

188ウルトラ5番目の使い魔 29話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:33:05 ID:KxOFlp2.
「お前たちは、このままトリステインへ帰れ。わたしはこの子といっしょに、やれるだけやってみる」
「副長、サイトの後を追って死ぬ気ですか!」
 隊員たちにはそうとしか思えなかった。いくらミシェルが優秀な魔法戦士とはいえ、三百の屍人鬼に太刀打ちできるとはとても思えない。
 しかしミシェルはかぶりを振って言った。
「そうじゃない。わたしはどうしてもこの子を見捨てられない。わたしにもあった、十年前に……」
 
”お父様、お母様。なんでふたりだけで行っちゃうの……帰ってきてぇ、わたしをひとりぼっちにしちゃやだよ”

「この子は、昔のわたしだ……」
 皆ははっとした。そして思い出した。ミシェルも幼い頃に両親を失った孤児だったことを。
 このまま村が全滅してしまったら、アリスは本当に世界中でひとりぼっちになってしまうだろう。誰よりも孤独の悲しさや苦しさを知っているミシェルだからこそ、たとえ死ぬとわかっていてもアリスを見捨てられないのだ。
 ミシェルはアリスを促して、村へ続く道へと歩いていこうとする。だが、このままでは確実に殺されてしまう。一行は苦渋の末に、ついに決心した。
「待ってください副長、我々もお供します」
「お前たち、だが……」
「サイトたちに続いて副長まで見殺しにしてきたとあっては、それこそアニエス隊長に合わせる顔がありません。だが、犬死にもごめんです。副長、銃士隊副長として、我々に指示をお願いします!」
 部下からの𠮟咤に、ミシェルは戦士ではなく、軍人としてまだ部下の信頼を失っていなかったことを知った。
「わかった。お前たちの命を預かる。作戦目標は、ティファニア及びサビエラ村の生存者の救出だ。アリス、サビエラ村は山の上にあると言ったね。なら、近くに村の畑へ続く水場があるんじゃないかな?」
「うん、村の裏手に沼があって、そこから水路を通してるの」
「やはりな。よし、その水路を通って村に侵入しよう。アリス、道案内できるかな」
「うん! あの、おねえちゃん……ありがとう」
 照れながらお礼を言ったアリスへのミシェルの返答は、母のような暖かい抱擁だった。
 屍人鬼たちが群れる村へは、まともな侵入はできない。だが足元は、誰であろうと死角になる。ミシェルはリッシュモンがトリスタニアの地下水道を利用していたことを思い出したのであった。
 
 アリスに案内されて、一行はサビエラ村の沼池へと向かった。だが、そんなところにまで吸血鬼が罠を仕掛けていたことは、さすがの彼らの想定をも超えていた。
 水辺を好む毒蝶モルフォ蝶に襲われ、水精霊騎士隊も銃士隊も麻痺毒を受けて動けなくなった。そんな一行のみじめな姿を遠見の鏡ごしに眺めて、エルザは愉快そうに笑う。

189ウルトラ5番目の使い魔 29話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:34:32 ID:KxOFlp2.
「バカだねえ。人間に気がつくようなことを、わたしが気づいていないわけはないじゃない。吸血鬼が正体を隠してひとりで生きていくって、すごく頭を使うんだよ」
 エルザは一年以上サビエラ村に住むうちに、この村の地形もすべて熟知していた。それゆえに、どこが監視の死角になるかも最初から読んでいたのである。
「子供なんかほっておいて、さっさと逃げればよかったのに本当にバカ。でも、人間って子供に甘いんだよね。ティファニアおねえちゃん?」
「壁にわざわざ子供だけが通れる穴を作って、アリスちゃんを逃がさせたのも、最初からそのために企んでいたのね」
「ええ、全部わたしの作戦どおり。もっとも、これだけできたのは、ロマリアのおにいちゃんがわたしの中に眠っていた特別な血の力を目覚めさせてくれたおかげだけど。とりあえずはこれで終わりね。後はあの人たちをモルフォのエサにしたら、おねえちゃんをロマリアに引き渡して、残った村の女の人たちも食べてあげる。そして屍人鬼をどんどん増やして、世界はわたしたち美しき夜の種族が支配するようになって、人間は家畜になるの。素敵でしょ」
 うっとりとしながらエルザはティファニアに吸血鬼の理想郷の夢を語った。
 しかし、ティファニアはエルザが期待したような絶望を浮かべてはいなかった。そしてエルザを睨み付けて毅然として言う。
「エルザ、わたしの仲間たちをなめないで。わたしが会う前から、あの人たちは多くの困難を乗り越えてきた。笑ってると、後悔することになるわ」
「アハハハ、おねえちゃん、ハッタリはもっとうまく言ったほうがいいよ。けど、まだそれだけ強がりが言えるんだ。その根拠、どこから来るのかな?」
「あの人たちは、まだ誰もあきらめていない。ただ、それだけで十分よ」
 ティファニアの見る鏡の中では、苦しみながらも必死に杖や剣を握ろうとする人たちがいた。そして、我が身を挺してアリスを毒鱗粉から守ろうとしているミシェルの懸命な姿があった。
 がんばって、みんな……
 勇気を捨てない限り、未来もまた死なない。ティファニアは自分もあきらめないと心の中で誓って勇気を振り絞る。その胸の中では、サハラからずっと大切に身につけてきた輝石が、静かだが力強い輝きを放ち始めていた。
 
 
 続く

190ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:49:03 ID:KxOFlp2.
以上です。ゼロ魔本編復活のおかげか、最近妙に筆のノリがよくて自分でも驚くほど早く書き上げられました。
さて、吸血鬼編の第二回ですが、お楽しみいただけたでしょうか。本作でのエルザは単なる吸血鬼ではなく、ある特殊な存在になっているのですが、そのヒントは出してますのでよかったら推理してみてください。
この話から名前が出た少女は、すでにお気づきと思いますが、タバ冒の冒頭でエルザに殺害されたモブの少女です。このあたりはまったく別の展開に沿ってもよかったのですが、自分はどうも
子供が死ぬ展開というのは嫌いなので、助けられる流れに変えました。もちろん、ただの好き好みの問題だけではなく、名前の設定までしたからにはキーキャラクターとして扱っていきますので、
次回からの彼女の役割にも期待していてください。
ちなみにエルザは子供の範疇には入れてませんのであしからず。

では、30話でまた。

191名無しさん:2015/07/14(火) 21:43:06 ID:2DaCXkgY

自分も子供が死ぬ展開は駄目なのでこの改変は個人的にはOKです
次が楽しみです

192名無しさん:2015/07/14(火) 22:50:38 ID:hQ7ItBxw
>輝石
あー、待ち遠しいんじゃー
溜めに溜めての逆転って爽快ですよね。

193ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 20:59:21 ID:Xi9vctbI
皆さんこんばんわ、ウルトラ5番目の使い魔の30話の投下準備ができましたので開始します

194ウルトラ5番目の使い魔 30話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:10:32 ID:Xi9vctbI
 第30話
 その一刀は守るために
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
 水精霊騎士隊と銃士隊は今、全滅の危機に瀕していた。
 吸血鬼に占領されたサビエラ村への潜入を試みるものの、村の構造を熟知していた吸血鬼エルザに先を読まれて、水源地の沼地に放たれていたモルフォ蝶の毒鱗粉にやられた。
 才人とルイズなき今、ウルトラマンの助けも得ることはできず、全身を毒に犯された彼らには立ち上がる力すらろくに残ってはいない。
 このまま、不気味に飛び続ける毒蝶のエサとなるしかないのか。全員行方不明として、トリステインに記録されるしかないのだろうか。
 エルザはあざ笑い、ティファニアは信じて祈る。
 
 
 小型ながら、立派に怪獣扱いされるモルフォ蝶。その毒は強烈で、激しい渇きと痛みに襲われる。だがそれでも、彼らはまだあきらめてはいなかった。
「み、みんな、まだ生きてるかい?」
「ギ、ギーシュ、苦しい。目がかすむ」
「しっかりしたまえ、それでも女王陛下の名誉ある騎士かいっ!」
 ギーシュがなんとか、気力が潰えそうになっている仲間を叱咤して支えている。
「さあ、杖をとり、あの忌々しい蝶を叩き落すんだ! ごほっ! ごほほっ」
 しかしモルフォ蝶の毒は喉にも影響を与え、魔法を唱えるのに必要な呪文の詠唱をすることができない。そして魔法が使えなければ、彼らはただの少年と変わりはなかった。
「ち、ちくしょう……」
 一方で、銃士隊はさらに深刻であった。
「くそっ、手に力が入らない……」
 毒素のせいで手がしびれて剣が握れない。剣士の集団である銃士隊にとって、剣が握れないというのは致命的であった。かといって銃も同じだ。震える腕ではまともに狙いも定まらないし、いくら翼長八十センチもあるとはいえ、蝶の小さい胴体にそう当たるものではなく、羽根に当たっても軽く穴が空くだけで、逆にさらに鱗粉がばらまかれるだけだ。
 彼女たちは、自分のうかつさを悔いていた。この沼地に入ったとき、襲ってきたモルフォ蝶を銃士隊と水精霊騎士隊は迎え撃ち、何匹かを倒すことには成功したのだが、それがまずかった。

195ウルトラ5番目の使い魔 30話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:19:58 ID:Xi9vctbI
 魔法を受け、空中で爆発したものは鱗粉を大量に撒き散らし、剣で切り落とすために接近したときにも鱗粉を食らってしまった。このメンバーの中で、ルクシャナだけはモルフォの危険性を知っていたが、彼女も現物を見るのははじめてだった上に、沼地の暗がりのためにモルフォ蝶であるということに気づいたときには遅かったのだ。
「わたしとしたことが、ポーションの原料に逆にやられるなんて。こんなんじゃ、叔父様やエレオノール先輩に叱られちゃう。うっ、ゴホッゴホッ!」
「うぁぁっ、喉が焼ける。水、水ぅ」
「やめなさい! 水を飲んではダメよ。体の中まで毒がまわって、ほんとうに助からなくなるわ!」
 ルクシャナが、喉の渇きに耐えかねて沼に這い寄ろうとしているギムリやギーシュ、銃士隊員を必死に呼び止めた。
 モルフォ蝶の毒は単なる毒ではない。呼吸器官を焼いて猛烈な渇きを覚えさせ、人間や動物は必死に水を求める。だが、モルフォの棲む沼地の水には当然モルフォから飛び散った毒が混入している。これを飲もうものなら内蔵にまで毒が回って致命傷となってしまう。
 いや、単に死ぬだけならマシといえる。モルフォの鱗粉の毒素は、魔法アカデミーでポーションの原料として珍重されているように、他の物質と混合することで様々な性質に変化する特性を持っている。通常の生息地であれば毒物であるだけなのだが、本来の生息地とは違う水辺の水と混合すれば、どんな性質の毒素に変わるのかまったく読めないのである。事実、本来日本には生息しないはずのモルフォ蝶が蓼科高原に出現したときは、毒素の複合作用で人間が巨大化してしまうというとんでもない結果を生んでいる。
 ここの沼の水も、飲んだらどんな恐ろしい作用が出るかわからない。彼らは道端の草を食いちぎって噛み潰し、その苦味で必死に渇きをごまかそうとした。
 
 彼らの頭上には、まだ十数匹のモルフォが舞って鱗粉を飛ばし続けている。蝶は一般的に花の蜜を好むと言われるが、実際はかなりの悪食でモルフォの種類も腐った果実から動物の死骸までもなんでも食べる。この巨大モルフォ蝶が、毒鱗粉で倒した動物をエサにする習性を持っていたとしてもなんらおかしくはない。
 このままではやられる! だが、たかがチョウチョなんかに殺されてたまるものかと、ギーシュたちも銃士隊もなんとか毒鱗粉から逃れようともがいた。だが、相手は空を飛んでいるために逃げられない。
 さらに、毒が視神経などにも作用し始めると、毒の末期的症状が出始めてきた。
「くそっ、目がかすむ。頭が、重い……」
 なんでもないときにただ目を瞑っているだけでも、いつの間にか眠ってしまっていたという経験は誰にでもあるだろう。視覚が効かなくなれば、睡魔が一気に襲ってくる。ましてや毒の傷みと渇きで苦しめられた分、眠りの誘惑は強烈だ。そして眠ってしまえば、気力で毒に対抗していたのが切れてしまい、二度と目覚めることができなくなってしまう。
 もはや誰にも、戦う力は残っていない。いや、正確にはひとりだけ毒鱗粉を浴びることを避けられた者がいたが、彼女は戦士ではなかった。

196ウルトラ5番目の使い魔 30話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:21:57 ID:Xi9vctbI
「おねえちゃん、怖い、怖いよぉ」
 アリスはミシェルのマントを頭からかぶって、地に伏せながら震えていた。毒鱗粉が撒き散らされたとき、一行は身を守ることもできずにこれを受けてしまったが、アリスだけは子供で小柄だったことでミシェルがとっさに自分のマントをかぶせてかばっていたのだ。
 しかしミシェル自身は毒鱗粉をかわすことができずに、まともに毒鱗粉を浴びてしまった。アリスの傍らに倒れて咳き込みながら、喉の痛みに耐えて身をよじる。いくら強力な魔法騎士である彼女でも、こうなれば戦いようがない。それでも、ミシェルは怯えるアリスをはげますように話しかけた。
「……っ、大丈夫か、アリス?」
「う、うん。おねえちゃんこそ、苦しそうだよ。ねえ、あのチョウチョはなんなの? この沼で、あんなの見たことないよ」
 どうやらアリスに毒鱗粉の影響はなさそうで、ミシェルは少し安心したように息を吐いた。しかし、ミシェルはアリスにすまなそうに答えた。
「吸血鬼の奴が、ここにわたしたちが来ると読んで罠を張っていたらしい。すまない、どうやら吸血鬼のほうが一枚上手だったようだ。アリス、動けるか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「そうか、なら……逃げろ」
「えっ! そ、そんな。おねえちゃん!」
 動揺するアリス。だがミシェルはアリスにつとめて優しく答えた。
「心配するな。おねえちゃんも、もう少しがんばってみる。けど、君が近くにいたら危ないんだ。だから、しばらく安全なところへ、ね?」
「……う、うん」
「いい子だ。さあ、行け!」
 ミシェルに背中を叩かれて、アリスははじかれたように走り出した。ミシェルのマントを頭からかぶり、口を布で押さえて走っていく。
「いい子だ……さあ、そのまま行け」
 ミシェルは、アリスが沼地の端の木立の影にまで駆けていったのを見届けると、ほっとしたように息をついた。
 これでもう、アリスは大丈夫だ。あれだけ離れれば、毒鱗粉の影響を受けることはない。
 だけどごめん……最後に、嘘をついちゃったね。わたしにはもう、がんばれる力なんてない。

197ウルトラ5番目の使い魔 30話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:26:16 ID:Xi9vctbI
 ミシェルの体から、急速に力が抜けていく。
 ごめんアリス……君の村を助けるなんて言って、結局なにもできなかった。
 ごめんみんな……わたしのわがままにつき合わせて、みんなまでこんな目に。わたしは最低の指揮官だ。
 ごめんサイト、お前からせっかくもらった命なのに。
 おとうさま、おかあさま……わたし、もう疲れたよ……
 まぶたが落ち、ミシェルの体が草地に横たえられる。それに気づいた銃士隊員が叫んだ。
「ゲホッゴホッ、副長? どうしたんですか副長! 目を開けてください。副長! 副長、ミシェル副長ーっ!」
 だが、いくら叫んでも、もはやミシェルの眼が開かれることはなかった。身動きすることすらなくなった肢体に、毒鱗粉が粉雪のように積もっていく。
 畜生! こんなところで死んでなんになるんだ。水精霊騎士隊は、銃士隊は、怒りのままに叫んだ。しかし、そんな彼らの上にも、毒鱗粉は無情に降り続けていた。
 
 そして、その有様を見ていたエルザは嘲りを満面に浮かべて笑ってみせた。
「あははは、とうとう耐えられなくなる人が出てきちゃったね。おねえちゃん、あれでどうやって私を後悔させるの? あっははは」
「……」
 ティファニアは、エルザの嘲笑に答えなかった。口で説明したところで、わかってもらえる類のものではないことを知っていたからだ。
 ただひとつ言えることは、エルザはこれまでに自分たちが乗り越えてきた多くの壁を知らないということ。いや、事前情報としてロマリアからある程度のことは聞いているだろうが、自分たちの戦いと冒険の数々の厳しさは、とても口で説明しきれるものではない。
 ならば、今できることはたったひとつ。仲間たちの力を信じて、最後まで信じきることだけだ。
「みんな、がんばって……」
 まだ全員倒れたわけではない。命の灯火が残っている限り、まだ負けたわけではない。ティファニアは、それを信じていた。
 
 しかし、ティファニアは信じることで心を支えていたが、信じるべき芯を失った心は絶望の沼に沈もうとしていた。
 仲間たちの声も届かず、ミシェルの心は深い眠りの中へ落ちていく。落ちていく、落ちていく……
「疲れた。もう、眠らせてくれ」
 ミシェルはもう、なにもかもがどうでもよくなっていた。副長としての職責も、世界の命運も、いまでは全部が空しく思える。それらを背負うのは、わたしには重すぎた。

198ウルトラ5番目の使い魔 30話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:29:14 ID:Xi9vctbI
 だが、ひどい奴だな、わたしは、とミシェルはぽつりと思う。自分はこんなに無責任な人間だったのだろうか? 多分、そのとおりなのだろう。
 思えば、最初から自分には、世界を守るために戦うなどといった正義感や使命感はなかった。わたしはいつだって、わたしのためにだけ生きてきた。生き延びるために、復讐のために費やしてきた半生、殺伐とした人生だった。
 でも、そんな自分をおせっかいにも救い出してくれる奴がいた。サイト……あいつはわたしを優しい人だと言い、大罪人であるわたしを守ってくれた。
 そして、わたしは恋を知った。人の思いの暖かさも知り、やっと自分以外の誰かのために生きてみようと思えるようになった。
 だけど、あいつはもういない。サイトは、わたしの愛した一番大切な人はもうどこにもいない。それでもう、わたしの心にはどうしようもないくらいに大きな穴がぽっかりと空いてしまった。
 心残りは、こんなわたしのために必死になってくれた仲間たちを裏切ってしまうことになったこと。でも、わたしにはもうみんなの期待に応える力は残ってない。アリスを見たとき、胸の奥がざわついて、もう少しだけがんばれる気がしたけど、やっぱりだめだった。
 いったい、どこからわたしという人間はだめになってしまったんだろう。昔、遠い昔には心から幸せだった頃もあった。そうだ、あれはおとうさまとおかあさまがまだ生きていた頃……
 
 思い出の中で、ミシェルは夢を見始めた。
「おとうさまー、見て見て、わたしね、今日新しい魔法を覚えたんだよ」
「ほお、それはすごいね。まだ十歳なのに、こんなに難しい魔法を覚えるなんてミシェルは偉い子だ。さすが、私の娘だな」
「あなたったら、そうやってすぐ甘やかすんですから。でも、ミシェルもよくがんばったわね。これなら魔法学院に入る前にはラインクラスに昇格できているかもしれないわね」
「えへへ」
 優しい父と母、幸せだった毎日。あのころは、明日が来るのが待ち遠しくて仕方がなかった。こんな日々が、ずっと続くものだと思っていた。
 けど、十年前のあの日。
「おとうさま、お出かけするの? 今日はお仕事お休みでしょ。わたしと、遠乗りに行くお約束は?」
「ごめんなミシェル、父さんはこれから高等法院に出頭しなければいけないんだ。約束を破ってすまないが、聞き分けてくれるかな?」
「うん、お仕事だものね。おとうさま、がんばって!」
「いい子だ。なあ、ミシェル」
「なに? おとうさま」
「お母さんを、大事にな」
 なぜか寂しげな顔で、父は出かけていき、わたしは父の言葉を不思議に思いながらも、その後姿を見送った。
 それが、父を見た最後だった。あのリッシュモンの策略で、父は汚職事件の主犯だとあらぬ罪を着せられて、形ばかりの裁判で貴族としてのすべてを奪われた。

199ウルトラ5番目の使い魔 30話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:31:48 ID:Xi9vctbI
 失意の中で、父は二度と帰ることなく、自ら命を絶った。
 そして、父の最期を知った母も。
「ミシェル、よく聞きなさい。お母さまはこれから、貴族の妻としての最後の責務を果たさねばなりません。私がお父様の部屋に入ったら、すぐに屋敷を立ち去りなさい。決して、追ってきてはいけませんよ」
「お母様、なにするの? お父様はどこなの? なんでお役人さんが、家のものをみんな持っていっちゃうの? ねえ、お母様」
「ごめんね、ミシェル。母さんも、あなたが大きくなるのを見たかったわ。けど、お父様の汚名を少しでも雪ぐためにも、お母様は行かなければいけないの。でも、せめてあなただけは生きて」
「いやだよ、お母様。行かないで、わたし、もっといい子になるから」
「ミシェル、これからはあなたは一人で生きていくの。私の、私たちの自慢の娘。あなたの母になれて、よかった。さあ、行きなさい!」
「待って! 待ってお母様!」
「ついてきてはなりません!」
「ひっ!」
 そうして、震えるわたしの前でお母様は父の書斎に入っていき、やがて書斎から出た炎に屋敷は包まれた。
 わたしは、すべてを失った。行く当てもなく国中をさまよい、生きるためにはなんでもやった。
 やがて十年……地獄をさまよったわたしは、ようやく光の射す場所に帰れたと思った。なのに、やっと取り戻せたと思った幸せまで奪われた。
 もういい、もうたくさんだ。せめてもう、静かに眠らせてくれ。
 サイト、姉さん、みんな、守られてばかりでごめん……わたしは最後まで、一人ではなにもできないダメな人間だったよ……
 
 疲れ果てたミシェルは目を閉じて動かなくなり、水精霊騎士隊と銃士隊も、時間とともにどんどんと力を奪い取られていっていた。
「うう、畜生。モンモランシー……せめて、ワルキューレの一体でも作れたら、ゴホッゴホッ」
「副長、クソッ! 見損なったわよ。あなたは、こんなに弱い人だったのか! これじゃ、サイトも浮かばれん。くそっ、こっちも頭が」
 すでになにかの行動を起こすには、皆は毒鱗粉を浴びすぎていた。体を動かすことはおろか、声を発することさえすでに激しい痛みがともなう。知恵をめぐらせるべきレイナールやルクシャナも、毒のせいで思考が乱されて策を考えることができない。
 なんとかしなければ、なんとか……そう思っても、あと数分ですべてが手遅れになろうとしていた。
 
 
 時間が経つごとに、一行の身じろぎする動きが鈍くなっていき、声は弱く途切れがちになっていく。

200ウルトラ5番目の使い魔 30話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:35:15 ID:Xi9vctbI
 もうすぐ、毒の症状の最終段階だ。エルザは、何度もモルフォを使っての狩りを成功させてきた経験から、ここまで毒の回った獲物が逃げられることはないと確信して笑った。
「あっははは! とうとうおねえちゃんの期待した奇跡は起こらなかったね。もう数分もすれば、みんな意識もなくなるよ。そうすれば、あとはじっくりとモルフォのエサだよ」
「なら、まだあと数分残っているわ。勝負はまだ、ついてないわ」
「ええーっ、無駄だって言ってるのに、あきらめが悪いなあ。まあいいか、あきらめが悪い人は嫌いじゃないよ。楽しめるからね」
 エルザは、ティファニアが思い通りにいかなかったというのに、特に気にした様子もなくティファニアの前に立った。五歳児ほどの背丈しかないエルザは、柱に縛り付けられて座り込まされているティファニアとそれでやっと視線の高さが同じになる。エルザは身動きのできないままのティファニアの首筋に鼻を摺り寄せると、芳しげに息を吸った。
「いい匂い、おねえちゃん、とってもいい匂いだよ。とっても柔らかくて甘いいい匂い。いままで食べたどんな人間とも違うの。これがエルフの匂いなの? それともハーフエルフが特別なのかな」
「そ、そんなこと、わからないわよ」
「ふふ、まあそうだろうね。ああ、でも本当にいい匂い。こんないい匂いのする人の血ってどんな味がするんだろう? 食べてみたいなぁ。けどダメダメ、おねえちゃんは生きたまま渡さないとロマリアのお兄ちゃんとの契約に違反しちゃうもん」
 ティファニアの匂いをいとおしげに嗅ぎながら、エルザは残念そうにつぶやいた。
 吸血鬼は美食家だ。人間の中でも、若い女性の血を好んで吸う。吸血鬼が長い時間を町や村に潜伏してすごすのは、念入りに獲物を選別するためもあるという。
 鋭い牙の生えた口からよだれを垂らし、しかし童顔には無邪気な笑みを浮かべている。その異様なアンバランスさに、ティファニアは背筋を震わせた。
 と、そのときである。突然、ドタドタと階段を乱暴に上って来る音がしたかと思うと、ティファニアたちのいる部屋のドアが開かれた。そして部屋の中に、投げ込まれるようにしてひとりの少女が入れられてきたのだ。
「きゃっ! うっ、痛……」
 少女は後ろ手に縛られていて、部屋の中に投げ捨てられると受身をとることもできずに体をぶつけて身をよじった。一方、少女を連れてきたらしい数人の屍人鬼は、ドアを閉めるとさっさと戻っていった。
 いったい何が? 突然のことで事態が飲み込めないティファニアは、連れ込まれてきた少女を見て思った。栗毛でおとなしそうな顔立ちの、ティファニアより少し幼そうな感じの娘である。彼女も、自分の状況が飲み込みきれないらしく、部屋の中をきょろきょろと見回していたが、姿見の影からエルザが姿を見せると、ひっと引きつったような声を漏らした。
「エ、エルザ……」
「あらぁ、今度はメイナおねえちゃんが来てくれたんだぁ。くすくす、私の屍人鬼たちは気がきくねえ。ちょうど、祝杯をあげたいと思ってたから、おねえちゃんならぴったり」
「ひ、ひいぃぃっ!」
 メイナと呼ばれた少女は、エルザが牙をむき出しにして笑いかけると悲鳴をあげて逃げ出そうとした。手を縛られているので、体ごとドアにぶつかって、口でドアノブをまわそうと必死になって噛み付いている。
 しかし、エルザはひょいと跳び上がると、メイナの首筋をわしづかみにして、自分の倍以上の体格の少女を軽々と床に叩きつけてしまった。

201ウルトラ5番目の使い魔 30話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:37:29 ID:Xi9vctbI
「うぁぁっ、離して! 離してぇ」
「ダメだよぉ。うふふ、バカだね、人間ごときの力で吸血鬼にかなうはずがないじゃない。少しでも痛い思いをしたくなかったら、おとなしくしてたほうがいいよ」
 エルザはメイナの耳元で脅しつけるように言うと、幼女の細腕からは信じられない力で彼女をティファニアの下まで引きずってきた。
「お待たせ、ティファニアおねえちゃん。さて、祝杯も来たことだし、続きをいっしょに楽しもうよ」
「祝杯、祝杯って、エルザ、あなたまさか!」
「そうだよ、わたしは吸血鬼、なにを当たり前なこと聞いてるの? 本当はおねえちゃんの血を吸いたいけど、それは我慢我慢。代わりに見せてあげるよ。人形みたいにきれいなこのおねえちゃんが、本物の人形みたいに白くなっていくところを」
 そう言うと、エルザはメイナの髪をつかんで頭を上げさせ、首下にゆっくりと牙を近づけていく。
 ティファニアはぞっとした。いけない、エルザは本気でこの人を食い殺す気だ。それに気づいたとき、ティファニアは大声で叫んでいた。
「やめて! やめてエルザ! そんなことをしてはだめ!」
「ダーメ、ティファニアおねえちゃんの頼みでもそれは聞けないなあ。私ってば、ロマリアのおにいちゃんに眠ってた力を目覚めさせてもらってから、お腹がすきやすくなっちゃったの。それに、メイナおねえちゃん……私、ずっと前からメイナおねえちゃんの血を吸いたくて吸いたくて、ずっと待ってたんだよ」
「エ、エルザ、やめ、やめて。わたし、何度もあなたに優しくしてあげたじゃない。わたしのこと、いい人だって言ってくれたじゃない。だから、ね」
 震えた声で哀願するメイナ。しかしエルザは口元に凶悪な笑みを浮かべて。
「そうだね。よそから流れ着いたわたしを、村長さんの次に受け入れてくれたのがメイナおねえちゃんだったね。わたしに優しく声をかけてくれて、果物を持ってきてくれたこともあったね。ほんとに、こんな辺ぴな村では珍しいくらいのいい人だよ。だからね、人間ごときが吸血鬼を見下すその目が、最高に腹が立ったんだよねえ!」
「ぎゃあぁぁぁーっ!」
 獣のような悲鳴がほとばしり、エルザの牙がメイナの喉下に食いついた。
 ティファニアは、一瞬その凄惨な光景に目を背けたが、すぐにそうしてはいられないと目を開いた。
 エルザの牙はメイナの首筋に深く食い込んでおり、エルザは喉を鳴らして美味そうに溢れ出す血をすすっている。だが、メイナの顔からは見る見るうちに血の気が引いていき、体がびくびくと震えていた痙攣もどんどん弱弱しくなっていく。
「エルザやめて! やめて!」
「だめだって言ってるじゃない。それに、メイナおねえちゃんの血、想像してたとおりにいい味。恐怖と絶望が最高のスパイスになってる。さあ見てて、あと少し吸えば……」
 ティファニアの叫びにも、エルザは一顧だにしなかった。話すために一時的に離したエルザの牙が、またメイナの首に近づいていく。メイナはすでに白目をむきかけ、呼吸は不規則になって弱弱しい。
 いけない! これ以上の吸血は、メイナさんは耐えられない。そう思ったとき、ティファニアの口は考えるより早く、その言葉を唱えさせていた。

202ウルトラ5番目の使い魔 30話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:38:52 ID:Xi9vctbI
「エルザ! メイナさんの代わりに、わたしの血を吸って!」
「はぁ?」
 メイナの首筋にかかりかけていたエルザの牙が止まり、エルザはその予想もしていなかった言葉に呆れたように言った。
「メイナおねえちゃんの身代わりになろうっていうの? 見も知らない相手のために、聞いていた以上のお人よしだね。けど私の話を聞いてた? あなたを生きたまま引き渡さないと、私が困るんだよ」
「なら、殺さない程度に吸えばいいんでしょ。契約は生きたままで、生きてさえいれば違反にはならないんだよね。そうでしょ?」
「ちっ、そんな詭弁……」
「あなたは立派に仕事を果たした。なら、ロマリアも細かいことは言わないよ。第一、ハーフエルフの血を吸う機会なんて、もうないかもしれないんだよ。ちょっとくらい、いいじゃないの」
 ティファニアの提案はエルザを少なからず悩ませた。
 確かにティファニアの言うとおりだ。なにより自分は言われたとおりの仕事を長い時間と手間隙をかけてちゃんとこなして、このままロマリアにティファニアを引き渡してしまえば、そのままロマリアが丸儲けになるではないか。少しくらい自分にもおこぼれがあってもよかろうというものだろう。
「……いいよ、ただし後悔しないでね。血を吸ってるうちに、少しでも抵抗するそぶりを見せたら、メイナおねえちゃんはそこに転がってるぼろクズと同じになるまで吸い尽くすからね」
「ありがとう、いいよ」
 ティファニアが首筋を向けると、エルザは不機嫌そうな様子ながら、ティファニアの喉に牙を突き立てた。
「くっ、ああっ!」
 激痛とともに、ティファニアの喉から短い悲鳴がこぼれた。さらに痛みに続いて、激しい脱力感が湧いてくる。手足の力が抜けていき、激しい嘔吐感とともに全身に急激な寒気がしてきた。
 これが、血を吸われるということ? ティファニアは、血とともに体中の熱や、命そのものまでも吸い取られていくかのような感覚に恐怖した。
 だが、本当の意味で驚愕していたのはむしろエルザのほうであった。
「おいしい! なにこれ、こんなおいしい血、今まで味わったことないわ! すごい、すごいよ」
 歓喜の表情で、エルザはティファニアの血をむさぼり続けた。喉を一回鳴らして飲み込むごとに、たまらない甘みと、体中が喜びに震えているような快感がやってくる。
 まるで母親の乳房に吸い付く赤ん坊のように、エルザはティファニアから血を吸い続けた。しかしエルザの体に快感と力が満ちていく一方で、吸い取られ続けていくティファニアは見る間に衰弱していった。
 しかし、そんな恐怖と苦痛を受けながらも、ティファニアはくじけず歯を食いしばって耐え続けた。ここで自分が抵抗すれば、エルザの牙は死に掛けのメイナに向かう。それだけは絶対にさせちゃいけないと決意するティファニアと、床の上で荒い息をつきながら横たわっているメイナの目が合った。

203ウルトラ5番目の使い魔 30話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:55:49 ID:Xi9vctbI
「あ、あなた……?」
「っ、大丈夫です。メイナさん、あなたはわたしが、んっ、守り、ますから」
 途切れ途切れの弱弱しい声ながらも、メイナはティファニアの励ましの声を聞いた。
 もちろん、ふたりは今日この場が初対面である。メイナにとって、ティファニアは見知らぬ人であり、どうして助けてくれるのかわからなかった。しかしそれでも、目の前の人が必死になって自分を助けてくれようとしているのはわかった。
 メイナの見ている前で、ティファニアの肌がどんどんと白くなっていく。明らかに失血の症状で、さっきまでのメイナと同じ状態に陥りかけているのは誰の目にも明らかだった。
 だが、にも関わらずにエルザはティファニアの首に食いついたまま離れようとはしなかった。いやそれどころか、ますます吸う勢いを強めてさえいるようだ。このままではもう一分も持たずにティファニアは失血死してしまう!
 実はこのとき、エルザはティファニアの血のあまりの美味さ加減に我を失っていた。殺さないための血を吸う加減などは頭から吹き飛び、ひたすら食欲を満たす快感に身を任せている。しかし、ティファニアはメイナに手を出さないでくれという約束のために、吸血が致死量を越えかけているというのに抵抗することができない。そのときだった。
「んっ!?」
 突然、吸血に没頭していたエルザのスカートのすそが引っ張られた。そのショックでエルザは思わず我に返り、口を離して下を見ると、なんとメイナが床に倒れたまま、エルザのスカートに噛み付いて引っ張っていた。
「なにかなぁメイナおねえちゃん? ちょうどいいところだったのに、せっかく拾った命を無駄にするものじゃないよぉ」
 至福の時間を邪魔されたエルザは、殺意を込めた眼差しで足元のメイナを見下ろした。その足はメイナを冷然と足蹴にしており、メイナの出方しだいではそのまま頭を踏み潰してやろうと思っていた。しかし、メイナが苦しげな中で口にしたのはエルザが予想もしていなかった言葉だった。
「エ、エルザ……私の、私の血を吸って」
「はぁ?」
 思わず間の抜けた声をエルザは出してしまった。当然だろう。血を吸われて死に掛けの人間が、さらに血を吸ってくれと言ってきたら気が狂ったとしか思いようがない。だが、メイナははっきりと正気を残している目で言った。
「その人、それ以上血を吸ったら死んじゃうよ……最初にあなたの食べ物だったのは私でしょ……だから、私で」
 するとティファニアも、すでにしゃべるのも辛いだろうに叫んだ。
「だ、だめよ! あなた、もう死にそうじゃない。わたしなら、もう少し耐えられるから、わたしが」
「いいえ、あなたももう無理よ、ありがとう……エルザ、私の血をあげる。その人は助けて」
「いけないわ! エルザ、わたしの血のほうがおいしいんでしょ。メイナさんに手を出さないで」
 ティファニアとメイナ、ふたりの半死人の気迫にエルザはこのとき確かに圧倒された。
「なに? なんなのあなたたち? お互いに死に掛けてるっていうのに、今会ったばかりの他人のために死んでもいいっていうの? 頭おかしいんじゃないの!」

204ウルトラ5番目の使い魔 30話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:57:29 ID:Xi9vctbI
 顔を手で覆って、まったく理解できないというふうにエルザは叫んだ。命乞いや断末魔の呪いの言葉なら腐るほど聞いてきた。だが、こいつらはなんなんだ? メイナにしたって、最初は怯えて命乞いをしていたのに、なぜ今になって赤の他人のために死のうなどと言い出せるのだ?
「この期に及んでかばい合い? 私に情けでもかけさせたいっていうの。気分が悪いわ。最高にむかむかする……人間の分際でぇ!」
 エルザは怒りのままにメイナの体を蹴り飛ばした。メイナの体は宙を舞い、壁に叩きつけられて動かなくなった。
「メイナさん!」
「心配しなくても、まだ殺してないよ。私を愚弄したむくい、簡単に死なせちゃおもしろくないわ。人間の分際で、吸血鬼をなめた罪は死ぬよりつらい目に会わせなきゃおさまらない」
「エルザ! あなたはどうしてそんなに人間を憎むの?」
 ティファニアには、エルザの人間への感情が単なる敵対心や差別意識だけとは思えないほどの狂気を帯びているように思えた。確かに人間と吸血鬼は敵対する種族だが、それにしても度が過ぎている。するとエルザはティファニアの髪を乱暴に掴んで耳元でささやいた。
「知りたい? なら教えてあげるよ。エルザのパパとママはね、人間に殺されたんだ。私の目の前で、人間のメイジに虫けらみたいにね。それからずっと、私は一人で生きてきた。これでわかった? 人間が吸血鬼を狩るなら、当然自分たちが狩られてもいいはずだよね」
 エルザの告白は、とても作り話とは思えなかった。きっとエルザが本当に幼い頃、言ったように両親が殺されたのだろう。けれどそれを聞いて、ティファニアははっきりと言った。
「エルザ、あなたの憎しみの元が何かはわかったわ。それでも、あなたのやっていることは正しいことではないわ」
「なに? 今度はお説教? おねえちゃん、自分が殺されないと思って調子に乗ってない? さっきはうっかりしてたけど、人間だけじゃなくて人間に味方するものはみんな嫌いなのよ。私は狩人であなたたちは獲物、その気になったら、おねえちゃんの首をすぐにでもねじ切ってあげるんだから」
「いいえ! わたしたちは決して分かり合えない存在じゃない。なぜならエルザ、あなたの中にも優しい心があるはずだから」
 その瞬間、エルザは激昂してティファニアの首に手をかけて締め上げた。
「っ! また戯れ言を。私はね、獲物を狩るときにかわいそうだなんて思ってためらったことは一度もないのよ」
「違うわ……エルザ、あなたは両親を殺されたことが憎しみのきっかけになったと言った。だったら、あなたには両親を愛する心があったということ。誰かを愛する心が、悪いもののはずはないわ。その心を、ほんの少しだけ自分以外の誰かに分けてあげればいいの」
「知ったふうな口を……」
「エルザ、両親を奪われたのはあなただけじゃないわ。わたしだってそう、お父さんとお母さんを知らずに育った人を、わたしは大勢知ってる。あなただけが違うわけがない」

205ウルトラ5番目の使い魔 30話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:58:49 ID:Xi9vctbI
「違うよ、私は吸血鬼で人間を狩って食うもの。人間よりずっと強くて高貴な、美しき夜の支配者」
「そう、わたしたちは弱い。だから、互いの弱さを補って助け合うことを知ってる。誰かが傷つくのを黙っていられないから勇気を出せる。メイナさんだって、きっとそう……エルザ、あれを見て!」
 ティファニアに言われ、エルザは遠見の鏡を覗き込んだ。そして、そこに映し出されていたものを見て今度こそ言葉を失った。
 
 
 すべてをあきらめて、死の世界の門へと向かい続けるミシェル。彼女はそこへ向かう途中に、懐かしい思い出に身を寄せていた。
 銃士隊への入隊、数々の戦い、裏切り、そして忘れもしない、才人とアニエスの決闘。
 あのアルビオンで、才人は自分なんかのために初めて本気で怒ってくれた。そしてあのとき、才人はもうなにも残っていないと言ったわたしに……
「……きて……おき……おねえ……」
 なんだ……? と、ミシェルは閉じかけていた意識の中でいぶかしんだ。この声は、この声は……
「て……きて……ちゃん……おきて……おね……おねえちゃん!」
 はっ、と、ミシェルはその声の持ち主に気がついた。
 アリス? しかしアリスは、あのとき確かに逃がしたはず。いったいどうして? ミシェルは、残った力でうっすらと目を開けてみた。
「起きて! 起きておねえちゃん! 起きて! 起きてよう!」
 なんとそこには、逃げたはずのアリスが自分の隣に座り込み、体を揺さぶって必死に呼びかけている姿があったのだ。
 バカな! なぜ戻ってきたんだ。ミシェルは、せめてアリスだけは助けようと思ったのにと、消えかけていた意識を呼び戻して顔を上げた。
「アリ、ス……」
「おねえちゃん! 気がついたんだね!」
「ばか……なんで、戻ってきたんだ」
「だって、だって……逃げたって、わたしはひとりぼっちになっちゃうだけだもん! ひとりで町になんて行ったことなんてないし、お役人さんは怖いし……わたし、ほんとはみんなの期待に応える力なんてない。だからお願い、助けて! 助けておねえちゃん! うっ、ごほっ! ごほっ!」
「ごめん……わたしにはもう、戦う力なんて」
 弱虫な子だと、ミシェルは思った。せっかくひとりだけでも助かるチャンスが得れたのに、戻ってきたせいで毒鱗粉を浴びてしまっているじゃないか。

206ウルトラ5番目の使い魔 30話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 22:03:27 ID:Xi9vctbI
 だが、苦しみながらもアリスの叫んだ一言が、ミシェルの心の奥底へと轟いた。
「そんなことない! グールをやっつけたときのおねえちゃんはすごく強かった! 村のみんなが待ってる! わたしはひとりぼっちになりたくない。だから立って! 戦って! おねえちゃんは、正義の味方なんでしょう!!」
 その一言に、ミシェルの心臓が大きな鼓動を鳴らした。
 正義の味方……そうだ、それはわたしにとってのサイトであり……ウルトラマン。どんな苦境にあっても決してあきらめず、どんな強敵にも勇敢に立ち向かっていく、ヒーロー。
 思い出した。わたしは、そんなヒーローの姿にあこがれて、はげまされて立ち上がることができたんだ。そして、あんなふうに自分もなりたいと、剣をとって戦ってきた。
 そして今、自分にすがり頼ってくる人がいる。そうだ、思い出したよサイト……あのとき、もう何もかもを失ったと思っていたわたしに、お前はこう言ってくれた。
 
”馬鹿言うな、守るものなんて……いくらだってあるじゃないか!”
 
「わかったよサイト……わたしにはまだ……守らなきゃいけないものが、ある!」
 ミシェルの目に力が戻り、彼女は土を握り締めて、渾身の力で体を起こした。
「おねえちゃん!」
「アリス、ありがとう。お前の叫びが、わたしに大切なことを思い出させてくれた。そうだな、こんなところで死んだらあいつに怒られる。最後の最後まで、戦ってやるさ!」
 心に炎を取り戻し、ミシェルは空を仰ぎ見た。そこに広がるのは暗雲に包まれた漆黒の空、しかしその頂点には強く輝くひとつの星が瞬いている。
 見えたよサイト、わたしにももう一度、ウルトラの星が!
「アリス、これからおねえちゃんはもうひとあがきをやってみる。だけどそれは、とても危険な賭けだ。それでもおねえちゃんを、信じてくれるか?」
「うん! わたしは、おねえちゃんを信じる」
「ありがとう、強いな、君は。さあ、おいで」
 ミシェルはアリスを懐に抱きかかえると、左手で強く抱きしめた。アリスは両手でぎゅっと、ミシェルにしがみついてくる。
 強い子だ……ミシェルは先ほどの弱虫を撤回して、素直にそう思った。こんなに小さくて弱いのに、がむしゃらに向かってきて、わたしに大切なことを思い出させてくれた。
 そうだ、わたしはアリスにかつての自分を見ていた。そしてわたしはかつてのわたしの母と同じようにしようとしたが、アリスはかつてのわたしとは違った道を選び、わたしを救った。もしも、あのときの自分にアリスと同じだけの勇気があれば、無理矢理にでも母に食い下がり、母を死なせずにすんだかもしれない。ただがむしゃらな、勇気さえあったら。

207ウルトラ5番目の使い魔 30話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 22:06:10 ID:Xi9vctbI
「過ちは、もう二度と繰り返さない。もう誰も死なせない!」
 決意を込めて、ミシェルは杖を握って呪文を唱え始めた。毒鱗粉による喉の痛みも体のしびれも忘れ、体には力が満ちてくる。
「イル・アース・デル……」
 自分の系統である土の錬金で、周囲一帯の土を油に変える。
「ウル・カーノ!」
 さらに発火の魔法が唱えられ、油に変えられた地面が一気に燃え上がった。周囲一帯は火の海へと変わり、モルフォは慌てて逃げ惑う。もちろん、銃士隊や水精霊騎士隊も炎の中に飲み込まれる。
 自殺行為か? だが、この炎の熱は思わぬ効果をもたらしていた。
「あっちいーーっ! あちち! あ、あれ? か、体が動くぞ」
「ギーシュ、動け、あれ? そういえば喉の痛みや体のしびれも消えた。どうして? いやアチチチチ!」
 なんと、毒にやられて死に掛けていた水精霊騎士隊や銃士隊が次々に蘇ってきていた。だが、あれほどの毒が急になぜ? その答えは、ルクシャナが知っていた。
「そうか! モルフォの鱗粉は熱に弱いんだった。わたしとしたことが、なんでこんなことに気がつかなかったの、バカ!」
 そう、モルフォ蝶の鱗粉は熱に対しては極端に弱く、高熱を受けると無毒化してしまう特性を持っている。実際、地球でもかつてモルフォの鱗粉で巨大化してしまった人間が、熱原子X線を受けて元に戻ったという報告がある。魔法アカデミーでも、モルフォの鱗粉を扱うときは火気厳禁が鉄則なのだが、その鉄則が仇になって、熱を使えば無力化できるということにルクシャナも思い至れなかったのだ。
 そして、もっとも炎に弱いのは当然ながらモルフォ本体だ。あるものは炎にそのまま呑まれ、あるものは炎が鱗粉に引火して火達磨になって落ちた。そして、炎から逃げ出したモルフォに対して、炎の中から飛び出してきたミシェルの斬撃が叩き込まれた!
「でやぁぁぁぁっ!」
「ふ、副長!?」
 銃士隊の見守っている前で、一匹のモルフォがミシェルの剣で真っ二つに切り裂かれ、さらに剣にまとった炎に引火して燃え落ちた。
 それだけではない。ミシェルは炎をまとったままで跳び回って剣を振るい、モルフォを次々に叩き落していく。モルフォの撒き散らす毒鱗粉も、炎の鎧をまとったミシェルにはまったく効果がない。どころか、火の剣を振るうミシェルの前に、モルフォはなすすべなく火の塊となって燃え落ちていく。
 炎の騎士……ギーシュは、炎をまとって舞うように戦うミシェルを見て、そうつぶやいた。自らの体をも炎で焼かれているというのに、あの勇壮さは、あの美しさはなんだろう。まるで、伝説の不死鳥が人の姿を成したかのようだ。
 圧巻、その一言……やがて錬金で作り出された油がすべて燃え尽きたとき、宙を我が物顔で舞っていたモルフォは一匹残らず消し炭になって燃え尽きていた。
 そして、灰の大地の上に立つ青い髪の戦乙女。彼女は、腕の中に抱えていた少女をおろして、優しく微笑んだ。

208ウルトラ5番目の使い魔 30話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 22:08:16 ID:Xi9vctbI
「終わったよ。アリス、よくがんばったね」
「おねえちゃん。やった、やった! 勝った、勝ったんだね!」
「副長!」
「みんな……すまない、心配をかけたな。だが私は、もう大丈夫だ」
 力強い笑みを浮かべたミシェルに、銃士隊と水精霊騎士隊の一糸乱れぬ敬礼が応えた。
 
 
 しかし、これで収まらないのはエルザである。水精霊騎士隊と銃士隊の全員生存、さらにモルフォの全滅という、ありえない事態だ。
「あ、いつらぁぁぁ! よくも、私の可愛いペットを」
「エルザ、もうやめましょう。あなたがわたしたちと争ってなにになるというの。永遠の夜なんて、そんなのきっと寂しいだけだよ」
「黙ってて! 私はね、寂しいなんて思わないわ。夜の種族は、人間を支配する選ばれた者なの。いいわ、もう遊びは終わり。そんなに言うならあの人たちをおねえちゃんの目の前でギタギタに切り刻んであげるから」
 
 エルザが念を込めて命じると、ミシェルたちのいる沼地の周りで無数の人影がうごめいた。そして、数百の屍人鬼の群れが、彼女たちを取り囲んでいった。
 
 
 続く

209名無しさん:2015/07/31(金) 22:54:21 ID:5MxpJJlU
まってたよ5番目の人乙

ミシェルの巨大化はなかったか……

210ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 23:00:45 ID:Xi9vctbI
以上です。一昨年ほどの速さはないですが、今年はじまってからの不調からは抜け出ることができたかなと思います

さて今回はミシェルと、前回で名前の出たアリスがメインで、ティファニアもからんでくるという話でした。
猫をかむる必要がないのでエルザもノリノリで凶悪なまねやってます。このあたり、最近ヤプールを書いてないので
久しぶりにやりたい放題をやる悪党を書けて楽しかったです。もちろん対峙するティファニアも、悪に対する信念の
ぶつかり合いということで、熱を入れて書きました。やはり小説は自分が楽しんで書くところからいかないとだめですね。
 
ところで前回、物語中でも子供が死ぬのは苦手だと言いましたが、今回登場したメイナも原作でタバサが聞き込みをしている
最中の家で殺害されていた娘がイメージです。どうも自分は、モブキャラの死亡シーンもあまり好みではないんですよね。
むろん、原作の展開を否定するものではありませんが。
一方で都市破壊シーンは大好物です。
というわけで、もし私と同じやるせなさを味わっていた人がいましたら、本作中では彼女たちは生きていますので安心してください。

さて、窮地を脱したミシェルたちですがエルザはまだあきらめていません。果たしてティファニアを奪還できるのか。

211ウルトラ5番目の使い魔 31話  ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 20:51:47 ID:psWPMULc
皆さんこんばんわ、ウルトラ5番目の使い魔の3章31話の投下準備ができました。
21:00より投下開始しますので、よろしくお願いいたします。

212ウルトラ5番目の使い魔 31話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:00:55 ID:psWPMULc
 第31話
 ひとりぼっちの世界女王
 
 吸血魔獣 キュラノス 登場!
 
 
「わたしにも、力が欲しい……」
 遠見の鏡から溢れ出す紅い光が頬を照らし出し、炎をまとってモルフォを切り倒していくミシェルを見て、ティファニアはぽつりとつぶやいた。
 今、世界は危機に瀕している。強大な闇の勢力が暴れまわり、毎日のようにどこかでなにかが破壊され、犠牲者の悲鳴がこだましては消える。
 しかし、今のわたしには何もできないと、ティファニアは心の片隅で悩み続けていた。
 それは自虐ではない。以前、自分たちは誰もが行くのは不可能と信じていたエルフの都へと到達し、エルフとのあいだに平和の架け橋の第一歩を築くことを成し遂げた。その達成感と誇りは、今でも忘れてはいない。
 だが、エルフたちとの信頼を築くために、始祖の祈祷書はアディールに残され、ティファニア自身も無理なエクスプロージョンの行使によって魔法の力を失った。
 もちろん、そのことに後悔はない。引き換えに成し遂げたことの大きさに比べれば、むしろ安すぎる取引だったと言ってもいいくらいだ。しかし……
 
”見ているだけしかできないのが、こんなにつらいとは思わなかった”
 
 戦いは続いている。アディールでの決戦で勝った後も、ヤプールは滅びたわけではないし、ガリア王ジョゼフをはじめとして平和を乱そうとしている勢力に対して、時に激しく、時に静かに戦いは繰り返された。
 魔法を使える者は魔法で、剣を振るえる者は剣で、知恵を働かせられる者は知恵で。
 でも……今のわたしにはそのどれもないと、ティファニアは悩んでいた。魔法は失われ、非力で、世間知らずな自分は、みんなの戦いを見ていることしかできない。わたしにも何か、みんなのために役立てる新しい力が欲しい。
 サイトさんとルイズさんが亡くなったときも、わたしは遠くで無事を祈っているしかできなかった。今もこうしてたやすくさらわれて、身動きを封じられてなにもできない。目の前で人の命が奪われようとしたときも、助けるつもりが結局その人に助けられてしまった。
 悔しいけど、今のわたしは足手まとい。わたしにはない力を、みんなは持っている。サイトさんやルイズさん、ギーシュさん、モンモランシーさん、ルクシャナさん、落ち込んでいたミシェルさんも、やっぱり強い人だった。
 わたしにも力が欲しい。戦う力でなくともいい、みんなを守れる力が……
 お母さん、お母さんならこんなとき、どうしますか? ティファニアは心の中で、幼い頃に生き別れた母に呼びかけた。たった一人でサハラからやってきて、一人で自分を育ててくれた強い母なら、いったいどうするだろうか。
 今のティファニアには考えることしかできない。しかしそうした葛藤の中で、力を得るために本当に必要なものがなにかということを、ティファニアは知らないうちに気づき始めていた。

213ウルトラ5番目の使い魔 31話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:04:58 ID:psWPMULc
 あまねく命を守る、優しさと強さを併せ持った者。その答えにティファニアがたどり着くのを待っているかのように、彼女の胸の中で輝石は青く静かに輝き続ける。
 
 だが、時間はティファニアを待ってはくれない。モルフォを撃破されたエルザは怒り狂い、人質の生命と引き換えにティファニアの仲間たちをこの村へと呼び寄せた。
 これから素敵なパーティがはじまるよ、と、笑いながら告げ、エルザは一行を自ら出迎えるべく踵を返す。ティファニアはその後姿を、じっと見つめていることしかできなかった。
  
 
「よく来たわね、トリステインの勇敢な騎士の皆さん。歓迎するわ、ようこそ、私の王国へ」
 サビエラ村の村長の家。その三階のベランダから身を乗り出して、エルザの声が見下ろす庭に響き渡った。
 聞くのは、ミシェルをはじめとする銃士隊と、ギーシュたち水精霊騎士隊他数名。彼女たちは、怒りを込めた眼差しでエルザのあいさつに答える。
「それがお前の城と玉座か、ずいぶんとしみったれた女王様だな、吸血鬼。ティファニアを返してもらおうか」
「あら? 恐怖に震えて来たかと思ったけど、さすがに度胸が据わってるのね。それともやせ我慢というやつかしら? まあ、三百体の屍人鬼に囲まれて死刑を待つともなると、馬鹿にでもならなきゃやってられないでしょうしねぇ」
 エルザのせせら笑いが、生暖かい風となって一行の肌をなめていった。
 そう、今このサビエラ村において、一行のいる村長宅の庭の周囲すべては元村人の屍人鬼で埋め尽くされていた。その数は実に三百体。エルザが食用に適さないと判断した男性や高齢の女性のすべてが吸血鬼エルザの操り人形である屍人鬼となり、手に手に武器を持って、一行を取り囲んでいたのだ。
 まさに、最初から四面楚歌の絶体絶命。エルザの言うとおり、普通の人間ならば発狂してもおかしくはない状況。しかもその化け物どもの大群を指揮しているのが、見た目五歳くらいの幼女だからというのがさらに異様さを増させている。吸血鬼の実物を見たことがないギーシュたち水精霊騎士隊の面々は、覚悟はしていたものの、改めて我が目を疑った。
「あ、あれが吸血鬼? アリスよりもずっと小さいじゃないか、う、嘘だろ」
 ギーシュやギムリ、頭脳派のレイナールにしても眼鏡の奥の目を白黒させていた。しかし、銃士隊にかばわれていたアリスは必死に訴えかけた。
「騙されないで! 村の人たちもみんな、あいつに騙されてたんだよ。あいつのせいで、おとうさんもおかあさんもみんな!」
「あらあらアリスおねえちゃん、何度もいっしょに遊んだのにつれないわね。本当なら、おねえちゃんを真っ先に食べてあげるつもりだったんだよ。そうだねぇ、森にイチゴ狩りに行こうなんて言ったら、おねえちゃんは喜ぶでしょう? おねえちゃんはイチゴを食べて幸せになる、私はイチゴを食べたおねえちゃんを食べて幸せになる。きっと楽しいよぉ?」
 無邪気な笑顔で残忍な想像を語るエルザに、アリスはひっと言って身を隠した。エルザはそんなアリスの様子を楽しげに見下ろしていて、ギーシュたちももはやエルザが見た目どおりの年齢の持ち主ではないことを認めざるを得なかった。
「吸血鬼の寿命は人間よりずっと長いって聞いたけど、どうやら本当のようだね。レディに年齢を聞くのは失礼ながら、伺ってもよろしいかな?」
「あらあ、勇気あるおにいちゃんね。けど、私はそんなに長生きしてきたほうじゃないよ。ざっと、おにいちゃんたちの倍くらいの齢かな? そこの、エルフのおねえちゃんとだいたい同じと思ってくれればいいよ」
 ギーシュたちは、エルザがルクシャナとほぼ同じ年齢だと告げられてさらに仰天した。エルフの寿命は人間の約二倍で、成長速度もそれに比例するから十八歳前後に見えるルクシャナの実年齢と、五歳ばかりの見た目のエルザの実年齢がほぼ同じということは、吸血鬼というのはどれだけ長命だというんだ? 驚く彼らは、銃士隊に忠告された、吸血鬼を見た目で判断するなということの本当の恐ろしさを理解した。

214ウルトラ5番目の使い魔 31話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:10:42 ID:psWPMULc
 そしてエルザは、そんなギーシュたちの間抜面を楽しそうに一瞥すると、幼女の容姿にはとても似つかわない尊大な身振りをともなってしゃべりだした。
「さて、前置きはこれぐらいにしておきましょう。とりあえずは、私の可愛いモルフォたちを倒したことはほめてあげる。けど、今度のしもべはどうかしら? 私の忠実な三百人の兵隊たち。素敵でしょう?」
「ふん、こんなでく人形どもを自慢したくてわざわざ連れてきたのか。悪趣味め」
 ミシェルはつまらなげに吐き捨てた。
 沼地でのモルフォとの戦いが終わった後、ほっとする暇もなく、一行は多数の屍人鬼に囲まれた。しかし、襲い掛かってくるものと思った屍人鬼たちは取り囲むだけで動かず、怪訝に思っていると、屍人鬼の口を通してエルザのメッセージが送られてきたのだった。
「ティファニアおねえちゃんのお友達の皆さん、見事な戦いぶりだったわ。あなたたちにはそこで死んでもらうつもりだったけど、特別に敬意を表して私のもとへ招待してあげる。来てくれるわよね? もし断るんだったら、ティファニアおねえちゃん以外の村の女の人たちを皆殺しにするから、そのつもりでね」
 選択の余地など最初からなかった。一行はやむを得ず、屍人鬼に案内される形でサビエラ村にたどり着き、エルザが指定した処刑場であるここまでやってきたのだった。
 三百の屍人鬼に対して、一行の戦力は剣士とメイジ合わせて二十人ばかり。まさに狼の群れに囲まれる羊たちも同然の一行に向かって、エルザは楽しそうに笑う。
「悪趣味かぁ、そうだねぇ、こんな奥地の田舎者ばっかりじゃあ見栄えもさえないよねえ。今度屍人鬼を増やすなら、もっとおしゃれできれいな町にしたいなあ。人間は見た目で人を判断するから、着飾ったきれいな屍人鬼をたくさん作れば、きっと王国だってあっという間にできちゃうよね」
「貴様、屍人鬼をひとりで無数に作り出せるとは聞いていたが、いったい何者だ? ただの吸血鬼ではあるまい」
 するとエルザは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにうれしそうに答えた。
「やっぱり気になる? 気になっちゃう? うふふ、いいよ、モルフォを倒したご褒美に、冥土の土産に教えてあげる。私たち吸血鬼はね、遠い遠い昔には今よりずっと強い力を持って、夜の世界に君臨していたわ。けど、大きな戦いに敗れた後、ほんのわずかに生き残った私たちの先祖は、人の世の影に隠れ潜むうちに能力のほとんどを失っていったの。でもね、何代かに一度は、先祖がえりって言うらしいけど、私のように吸血鬼本来の力を持って生まれてくる者がいるのよ」
 エルザが手を振ると、三百の屍人鬼がまるで呼応するかのようにうなり声をあげはじめた。おーおーおー、と、まるで女王をあがめる兵士のようだ。そしてエルザが手を下に向けるとうなり声はぴたりとやみ、エルザの得意げな声が再び流れた。
「どう? これが私たち美しき夜の種族、吸血鬼の本当の力よ。もっとも私も最初は、あなたたちを襲わせたアレキサンドルって男ひとりしか屍人鬼にできなかったんだけどね」
「ロマリアが、お前に力を貸しているというわけか」
「そういうこと。ロマリアのおにいちゃんが言うには、私の遺伝子の中にあるリミッターを外したとかなんとか? わかりやすく言えば、私の血の中に眠っていた本当の力を引き出してくれたのよ。実際、この力はすばらしいわ! 私のような、原初の吸血鬼はしもべを無制限に持つことができるの。そして、私の屍人鬼に襲われた人間もまた屍人鬼になるの。わかる? 今は村ひとつだけど、いずれハルケギニアすべてを私のしもべで埋め尽くすこともできるのよ!」
 エルザの宣言した吸血王国の建国の夢は、一行の魂を戦慄させた。屍人鬼にできる人間の数に、本当に制限がないのだとすれば、屍人鬼の数はねずみ算式に爆発的に増えていく。それこそ、わずかな期間に何万・何十万という軍勢を作り出すことも簡単であろう。

215ウルトラ5番目の使い魔 31話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:21:45 ID:psWPMULc
 ハルケギニアが吸血鬼と屍人鬼で埋め尽くされる。おとぎ話や黙示録どころではない恐怖が、今目の前にあった。
 しかし、その恐るべき狂気の計画がどうであろうと、皆の目的はそんなことではなかった。勝ち誇った笑いを続けるエルザに、モンモランシーが怒鳴った。
「あんたの妄想なんかどうでもいいわ! それよりテファは、テファは無事なんでしょうね!」
「あら? そういえばうっかり忘れてたわ。ええ、もちろん無事よ、会うくらい会わせてあげるわ」
 そう言うと、エルザはぱちりと指を鳴らした。すると、エルザの後ろの部屋の中から屍人鬼に後ろ手をとられて、ティファニアが連れ出されてきた。
「みんな!」
「テファ! 無事だったのね」
 ベランダから姿を見せたティファニアを見て、皆はほっとした様子を見せた。しかし、ティファニアの顔がさらわれたときとは明らかに違って衰弱しているのに気づくと、ギーシュが激しい怒気を交えて叫んだ。
「吸血鬼! 彼女になにをした!」
「うるさいわね、少しだけ血をいただいただけよ。心配しなくても、屍人鬼にするような真似はしてないわ……そうだ、がんばったアリスおねえちゃんにもご褒美をあげないとね」
 エルザが再度指を鳴らすと、村長の屋敷の一階の窓が開け放たれた。すると窓に、閉じ込められていたと見える村の若い娘たちが駆け寄ってきて、口々に叫んだ。
「アリスちゃん!」
「アリス! よかった、無事だったんだ」
「アレキサンドルの奴が追っかけていったから、もうだめかと思ってた」
「ごめんなさいアリス、吸血鬼の奴にだまされて、私たちがあなたをひどい目に会わせてしまって」
 村の娘たちは、少しやつれた様子はあるものの、皆元気そうだった。彼女たちにもすでに、アリスだけが逃げ出すことができたのは吸血鬼の差し金だったことは伝わっていたようで、皆アリスを心配していた様子が伝わってくる。
 だが、喜びはつかの間であった。エルザには、アリスたちも村娘たちも一人も生かしておくつもりはない。再会を許したのはほんのたわむれにすぎず、面倒そうな表情から一転して、エルザは牙をむき出した凶暴な素顔をあらわにして言い放った。
 
「さて、これでもう思い残すこともなくなったでしょう? そろそろ、まとめて死体になってもらおうかしら!」
 
 エルザの合図とともに、屍人鬼の群れがいっせいに動き出した。血走った目を見開き、吸血鬼同様の鋭い牙を振りかざして吼えるように叫んでくる。

216ウルトラ5番目の使い魔 31話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:23:45 ID:psWPMULc
「みんな!」
「円陣を組め、来るぞ!」
 ティファニアの悲鳴に続いて、ミシェルが指示を出したことで一行はさっと戦闘態勢をとった。銃士隊は当然、ギーシュたち水精霊騎士隊も訓練で体に叩き込んだとおりに動いて、互いに背中を預けあう形の円陣を組む。これならば死角はなくなり、少数でも戦うことが出来るが、相手のほうが圧倒的に有利であることには違いない。
 屍人鬼たちも攻撃態勢を整え、あとはエルザの命令ひとつで一斉に襲い掛かってくるだろう。しかしその前に、エルザに向かって疑問を呈した者がいた。それまでずっと黙って様子を見ていたルクシャナだ。彼女はきっとエルザを睨み付けると、どうせ冥土の土産なら、ついでにわたしの質問にも答えなさいとたんかを切って言った。
「吸血鬼が生き物を屍人鬼にする仕組みはすでに研究されて解明されてるわ。死体の水の流れを無理矢理動かして、あたかも生きてるように動かす、水の精霊の持つアンドバリの指輪と似たようなものね。けど、こいつらは違う! さっき連れてこられる最中に触って調べてみたけど、水の流れは人間そのものだったわ」
「へー? それってつまり、どういうこと?」
「つまりこの村人たちは、”生きたまま”屍人鬼にされて操られてるってことよ! 死体を操る吸血鬼の手管とはまったく違うわ。いったいどんなトリックを使ってるの!」
 するとエルザは、またも愉快そうに笑った。
「すごいね、さすがエルフの学者さんだ。確かに、こいつらは普通の屍人鬼とは違うわ。まあ、私もあまり難しいことはわからないんだけどね、教えてもらった話だと、私の体の中には人間を屍人鬼に変えるういるす? 要は毒みたいなものを造る内臓があって、血を吸うのと同時に牙からその毒を注入するの」
 牙を見せびらかすようにエルザが説明すると、ルクシャナは冷や汗をかきながらもなるほどとうなづいた。
「まるでヘビね。でもこれで納得がいったわ、魔力で操っているんじゃなくて毒を注入してるんだとすれば、屍人鬼に噛まれた人間までが屍人鬼になる説明がつく。わかったわ、これは言うなれば伝染病と同じもの。吸血病とでも名づけるべきかしら? あなたがその宿主だってことね!」
「あっはっはっは、そうなんだあ、さすが頭のいい人は違うね。わたしはロマリアのおにいちゃんから説明を聞いてもさっぱりだったんだけど、わかりやすい解説をどうもありがとう。伝染病とはひどい言い草だけども、この力は一匹しか屍人鬼を作れない魔力だのみの能力なんかとは比べ物にならないほどすごいよ。さっきも言ったけど、私がこの村にやってきて、自力で屍人鬼にできたのはあなたたちが倒したアレキサンドルって男ひとりだけなのよね。最初はアレキサンドルを使って、ひとりずつ獲物を狩っていこうと思ってたんだけど、この力に目覚めた今はこのとおりよ! 村ひとつなんてつまらないことは言わないわ。ハルケギニア、いえ全世界が私にひれ伏すことも今や夢じゃない!」
「狂ってる……子供の妄想ね」
「それはどうかしらぁ? 吸血鬼にとって唯一怖かった太陽も闇の中に消え去って、もう私に怖いものはないわ。吸血鬼がこそこそ隠れて人間を狙う時代は過ぎて、これからは吸血鬼が人間を家畜として飼う時代が来るのよ。人間よりすべてにおいて優れた力を持っていながら、ただ太陽を恐れて闇に隠れ潜まなくてはならなかった私たち吸血鬼の怒りと屈辱をすべての人間たちに思い知らせてやる。まずはお前たちからよ!」
 エルザが手を振り下ろすと同時に、屍人鬼たちが襲いかかってきた。逃げ場はない、一行はこれを全力を持って迎え撃った。
 
 
 まずは、とにかく接近を許してはダメだ。屍人鬼たちの突進を防ごうと、メイジたちがいっせいに魔法を放った。

217ウルトラ5番目の使い魔 31話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:26:20 ID:psWPMULc
『ウィンド・ブレイク!』
『ファイヤー・ボール』
 風の弾丸が飛び、炎の弾が宙を舞って襲い掛かる。狙いをつける必要さえない、周りは三百六十度すべてが敵なのだ。
 しかし、撃てば当たるほど多い敵は、数だけ多い雑魚の群れではなかった。風の弾丸で派手にぶっ飛ばされたはずの屍人鬼は何事もなかったように起き上がり、炎を浴びせられた者も火傷を無視して牙を振りかざしてくる。
「奴ら、痛みを感じてないのか! そういうとこは本物の屍人鬼と同じかよ」
 相手が蘇った死体ではなく、操られた生身の人間ならば、ダメージを与えてやれば止まるのではという淡い期待は裏切られた。屍人鬼化した村人たちは、少々の傷などは感じないとばかりに包囲を詰めてくる。ドット、ないしラインクラスの使い手しかいない少年たちの魔法では、直接攻撃で進撃を食い止めることはできない。ならばと、ミシェルは即座に作戦を変える指示を飛ばした。
「魔法を当てて倒そうとするな! 奴らの足元を打て」
 その指示に、水精霊騎士隊は俊敏に反応した。炎、風、水に土を操る魔法が村人の屍人鬼たちの足場を吹き飛ばし、転倒した屍人鬼にさらにつまづいて転倒する様が続出し、一時的であるが屍人鬼の突進は止まった。
 貴族にあるまじき姑息な戦い方だが、いまさら文句を言う奴はいない。これは最低限のルールのある戦争とすら違う、異種の生物同士による生存競争なのだ。殺すか殺されるか、あるのはそれだけだ。
 ただ、一時的に足を止めても、それは一分にも満たない時間稼ぎに過ぎない。この包囲陣の中にいる限りは、いずれ物量で圧殺されるのは火を見るより明らかだ。ミシェルは、なんとか包囲網を突破する隙がどこかにないかと必死に探した。
 だが、その考えはエルザも見抜いていた。三階のベランダから楽しそうに見下ろしながら、冷たくささやきかけてくる。
「ああ、おねえちゃんにおにいちゃんたち? 言い忘れてたけど、もしこの庭から出て行ったら、人質の女の人たちを殺すよ」
「なっ!」
 一行は揃って愕然とした。見ると、屍人鬼にされた村人たちが人質の娘たちの首に手をかけている様が見える。
 なんて悪知恵の働く奴だ! と、一行は憤慨した。屍人鬼と化した人間の力なら、人間の細い首くらい簡単にへし折られてしまう。これでは包囲網からの脱出は無理だ。
「そうそう、それでいいのよ。せっかくの楽しいパーティを、途中で出て行くなんて許さない」
「この、悪魔め!」
「あら、ひどいなあ。あなたたち人間だって、牛や豚を殺して食べるくせに、どうして人間を食べる吸血鬼だけが悪者にされなきゃいけないの? いっしょのことをしてるだけじゃない」
 ほおを歪めながらエルザの言った言葉に、水精霊騎士隊も銃士隊も返す言葉がなかった。生まれてこの方、肉を食べたことのない人間はいない。吸血鬼と人間は、ただ食べるものが違うだけなのだ。なら、吸血鬼が人間を食うこともまた正当であってしかるべきであろう。それが自然の摂理なのだとエルザは嘲り笑う。
 だが、皆が言葉に詰まる中で、ミシェルだけが毅然として言い返した。

218ウルトラ5番目の使い魔 31話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:28:29 ID:psWPMULc
「そうか、ならお前が人間を食らうのが正当ならば、いずれお前より強い奴が現れてお前を食い殺しても、お前はそれで本望だということだな?」
「なんですって?」
「強さなんて空しいものだ。どんなに上げても自分より強い奴はいる。どんなに勝ち続けても、いつかは負けるときが来る。お前はそうなったとき、強者に自分の命を差し出して笑ってられるのか?」
「ははっ、なにかと思えば負け犬の遠吠えね」
 その瞬間、ついに魔法の防衛網を破って屍人鬼たちが攻め込んできた。腕を振り上げ、牙をむき出しにして血を吸おうと飛び掛ってくる。
 ここからは肉弾戦しかない! 銃士隊は剣をかまえ、水精霊騎士隊も杖を魔法で剣に変えて迎え撃つ。
「でやぁぁぁっ!」
 ミシェルの剣が横なぎに屍人鬼の胴を打った。強烈な一撃を受けて、屍人鬼の体が揺らいでのけぞる。だが、今の一撃はミシェルにとって不満足なものだった。
「くそっ、切れない!」
 本来なら、今の攻撃で屍人鬼を真っ二つにするつもりだったのに、斬撃は打撃同然の威力しか持たなかった。アレキサンドルの屍人鬼は切れたのだが、その後にモルフォを全滅させたときの無茶な使い方が原因で剣に焼きが回って使い物にならなくなっていた。
 ほかの銃士隊員たちも似たようなものだ。トリステインを旅立ってこの方、まともに剣を手入れする機会がなく、それぞれの剣は切れ味が相当に鈍っていたのだ。これでは剣としてではなく鈍器としてしか使い物にならない。
 ならば魔法の剣を振るうギーシュたちはどうかといえばこちらも微妙だ。いくら訓練を受けているとはいえ、剣の腕が銃士隊に遠く及ばないことと、剣を振ることに必要な腕力がそれに追いついていない。これでは、山仕事や野良仕事で鍛えた村人の体には浅い傷しかつけることはできず、半端な傷では吸血ウィルスの作用ですぐに復活してしまう。今はなんとか持ちこたえられてはいるが、これではすぐに限界に達する。
「皆、こいつらの体をいくら切っても無駄だ。頭を狙え!」
 ミシェルはとっさに作戦を切り替えた。屍人鬼の体をいくら切っても倒れはしない、だが頭をつぶしてしまえば行動を封じることはできる。ミシェルはそれを示すために、目の前に来た屍人鬼の男の頭を叩き潰そうと剣を振り上げた。だが。
「待ってぇ! アリスのおとうさんを殺さないで!」
「なにっ!?」
 アリスの叫びでミシェルの剣筋がそれた。打撃は屍人鬼の肩に当たり、屍人鬼はその衝撃で後退した。しかしまだ生きているために、また何事もなかったかのように向かってくる。その様を見て、エルザは愉快そうに笑うのだった。
「あっはははっ! おねえちゃんって、さすが騎士だけあって頭がいいんだねえ。でも、そいつらが生きたまま私に操られてるってことは忘れてたかなあ。正義の味方きどりのおねえちゃんたちに、子供の見ている前で親を殺すことが、はたしてできるのかなぁ?」
「ぐっ、くぅぅぅっ!」

219ウルトラ5番目の使い魔 31話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:30:53 ID:psWPMULc
 歯軋りするしかなかった。騎士として、軍人として、必要とあらば人を殺すことに躊躇はないし、これまでにも敵は殺してきた。しかし、子供の前で親を殺すという真似は、ミシェルのトラウマと合致していて絶対にできなかった。エルザはそこまで知っていたわけではないのだが、偶然にももっとも弱いところを突くことになったのである。
 しかし逆に、親に子供を殺させようとしているのか。アリスの父の屍人鬼はまっすぐにアリスを目指している。そのあまりの非道なやり口に、たまらずティファニアは叫んだ。
「やめてエルザ! あなたも両親を目の前で殺されたんでしょう。なのになんでこんなことをするの!」
「あっはっはっ! わかってないなあおねえちゃんは。自分がやられて悔しかったからこそ、他人にやってやりたいと思うんじゃないの」
 エルザは残忍に笑い、ティファニアは悔しさのあまりに顔を伏せた。
 包囲網から抜け出すことはできず、かといって屍人鬼を倒すこともできない。打開策はことごとくエルザにつぶされて、もはや一行が全滅するのも時間の問題かと思われた。
 そう、時間の問題……少なくともエルザはそう思った。しかし、エルザはすぐに、この人間たちがそんなに物分りのいい連中ではないということを知ることになったのだ。
「水精霊騎士隊、全員気張れ! 女王陛下の御為に! それにこんなところでへばったら、サイトとルイズに笑われるぞ。ぼくらは最後まで、かっこよくありつづけようじゃないか!」
 ギーシュの激に少年たちは奮い立ち、銃士隊も子供なんかには負けていられないと力を振り絞る。その後ろからモンモランシーが治癒魔法をかけ、ルクシャナが精霊魔法で全周囲を援護する。それでなんとかギリギリの線で持ちこたえられていて、彼らのその予想外の粘りに、さしものエルザも感心したように言った。
「へーっ、思ったよりやるんだね。そういえばモルフォをやったときも、けっこうしぶとかったし……ねえ、青い髪のおねえちゃん? さっき私にさんざん聞いたんだから答えてよ。沼地でモルフォに襲われたとき、おねえちゃんの目は死んでるみたいに暗かった。なのに、今はまるで別人みたいに元気じゃない? いったい何があったの」
「わたしには、守らなければならないものがある。それを、思い出しただけだよ」
「ふーん、それって何なの?」
 エルザが顔をにやけさせながら尋ねると、ミシェルは屍人鬼の攻撃をさばきながら、一瞬だけ目を閉じた。そしてそっと振り返ると、自分のすぐ後ろでじっと怖さに耐えているアリスを見守ってから答えた。
「わたしが愛した人が守ろうとした、この世界の未来だ!」
「くふふふはははは! なぁんだ、おねえちゃんって未亡人だったの。よっぽど、そのオスとつがいになりたかったんだねぇ。でも大丈夫、世界はこの私がちゃーんといただいてあげるから、安心してね」
 この下種な物言いと冷酷さこそが、エルザが見た目どおりの精神の持ち主ではないことと、人間を徹底的に蔑視している証であった。しかしミシェルは怒るでもなく、むしろ哀れみを含んだ眼差しをエルザに向けるのだった。
「世界、か。吸血鬼よ、お前はこのハルケギニアに吸血王国を築くつもりだと言ったな。だがそれで、終わると思っているのか?」
「……なにが言いたいの?」
「世界は広い、ハルケギニアの東に広がるサハラ、そして東方、その先も果てしない。ハルケギニアなど、世界からしてみれば、猫の額のような狭い土地だ。お前はそんなちっぽけな世界の女王になれて、それで満足か?」
「フン、何を。ハルケギニアの外なんて知らないわ。私はハルケギニアだけでじゅうぶんよ」

220ウルトラ5番目の使い魔 31話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:33:55 ID:psWPMULc
「お前、何も知らないんだな。世界は広い、そこには人間どころかエルフすら及ばないほど強大な力を持ったものがいくらでもいる。お前はそんな奴らと、永遠に戦い続けることになってもいいというんだな?」
「うっ……」
 初めてエルザに動揺の色が見えた。エルザがいくら長い歳月を経た強力な吸血鬼といっても、その知識はハルケギニアの中だけにとどまっている。
「それに、ハルケギニアの中に置いても実力者はまだまだ数多い。なにより、お前も知っているだろう? たった一日でトリステインの都を壊滅させたヤプールという悪魔のことを。そしてお前に力を与えたというロマリアも、用がすめばお前を処分できるからこそ力を与えたとは思わないのか? お前はそんな人知を超えた悪魔たちと、死ぬまでひとりで戦っていけると思っているのか!」
「ぐっ、くぅぅぅっ! だっ、黙れぇ! 数は力、数こそが最強よ。千の屍人鬼で足りなければ万の屍人鬼を、それでも足りなければ十万、百万の軍勢を私は作り上げる。この圧倒的な力に勝てるものなんていないわ」
 エルザは怒鳴り返したが、その声は明らかに震えていた。気づかされたからだ。強大な力を手に入れて舞い上がっていたが、もし自分よりも強い敵が現れたときには、自分を助けてくれるものなどどこにもいないということに。
 挫折感と屈辱で、怒りにエルザは肩を震わせた。だがそこへ、ティファニアが弱弱しい声で語りかけてきた。
「エルザ、もうやめましょう。こんなことをしたって、あなたは幸せになんてなれない。今ならまだやりなおせるわ」
「ちぃっ、まだ減らず口を叩く余裕があったの。私の半分も生きていないくせに、生意気なのよ」
「聞いて、あなたは強いものが弱いものを支配するのが自然の摂理というけど、自然の動物たちだって助け合いながら生きてる。この世界には、翼人と人間が助け合って生きている村もあるわ。なにより、ハーフエルフであるわたしが、人間とエルフが共に生きれるという証よ。強さは、それだけがすべてじゃない」
「だから何? だから人間と吸血鬼も仲良くすべきだと言うの? あいにくだけど、人間は私にとって食べ物なの。人間だって肉を食べるでしょう? 吸血鬼には飢えて死ねと言うの?」
 いらだったエルザは、ティファニアの首に手をかけて締め上げようとしてきた。しかしティファニアは屈さずにエルザに呼びかけ続けた。
「それは、あなたの言うとおり……わたしも、牛や豚のお肉を食べる。生き物はみんなそう。でも、動物は自分が生きるためを超える獲物を狩ったりはしない。エルザ、あなたがやってることは楽しみのためだけに動物を狩る人間や、食べきれもしないごちそうをゴミにする人間と同じ」
「黙れ、黙りなさい……」
「エルザ、あなたは吸血鬼は生きるために人間を狩らなければいけないと言うけど、それはただの言い訳じゃないの? あなたは家族を亡くした恨みを晴らそうとしているうちに、血を吸う楽しみのほうに取り付かれてしまったんじゃないの? 人間を憎むうちに、人間と同じことをやっても許されると自分を甘やかしてきただけじゃないの? 人間の醜いところを真似るのが、あなたの言う高貴な種族の正体なの!?」
「だぁまぁれぇぇぇ!!」
 怒りのままに、エルザはティファニアを床に叩き付けた。頭と体を強く打ち、ティファニアの意識が一瞬遠くなる。
 だが、ティファニアは気合を振り絞って意識を保ち、エルザの顔を睨み上げた。その決して揺らぐことのない強い視線に睨まれて、エルザの心にこれ以上ない屈辱感が燃え上がった。
「いいわ、もういい。あなたたちと話していると頭がおかしくなりそう。もう遊びは終わりだよ。一思いにみんな切り刻んで、残りの村の女の人たちも全員食い尽くす。それで私はこの忌々しい村からおさらばしてあげるわ」
 ついに我慢の限界に来たエルザは、手加減抜きでの虐殺命令を下した。すると、三百体の屍人鬼が圧力を増して突撃してくる。剣で抑えようとすれば剣を噛み砕きかねない勢いで迫り、魔法もまるでものともしない。
 そしてエルザはティファニアの首を掴んで持ち上げると、ベランダのふちに頭を押し付けて言い放った。

221ウルトラ5番目の使い魔 31話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:36:32 ID:psWPMULc
「ほら見なさい。ここから、おねえちゃんのお友達が血の池に変わっていくのを見せてあげる。後悔しなさい、お前たちが余計なことをペラペラとしゃべらなければ、まだ痛くない死に方ができたのにね!」
「やめてエルザ……これ以上暴力に身を任せたら、本当に戻れなくなってしまうわ」
「この期に及んでまだ人の心配? なめるのもいい加減にしてよね。私がか弱そうな幼子に見えるからそんなこと言うんでしょ? もし私がオーク鬼みたいに醜かったら、すぐ殺そうとするわよねえ。そうでしょう!」
 エルザは苛立ちに任せてティファニアを責め立てる。しかしティファニアの瞳の光は少しもぶれてはいなかった。
「違うわ。あなたは、わたしと同じ……わたしもあなたも、家族を人間に奪われて、人間から忌み嫌われる種族の血を受けて生まれてきた子。なら、わたしにできたことがあなたにできないはずはないわ」
「くぅっ、混ざり物が偉そうに……」
「だからこそよ! 人間も翼人もエルフも、命の価値に差なんかない。遠くない未来に、種族に関わらずにみんなが手を取り合う世の中がきっと来る! 吸血鬼だけが、闇に隠れて生き続けられるわけはないわ」
「黙れぇぇ!」
 必死に説得を続けるティファニアの言葉も届かず、エルザはティファニアを平手打ちした。だがそれでもティファニアの眼光は緩まず、ついにエルザは終局を彼女に向けて宣告した。
「あっはっは! 見なさいよ。おねえちゃんのお友達が、とうとう屍人鬼たちに捕まっちゃったねぇ。さあ、一番に食い殺されるのは誰かなぁ? そうだ、お友達の首をもぎとっておねえちゃんの前に並べてあげるよ。そうしたらおねえちゃんもわかるはずよ、どんなに饒舌にしゃべろうとも、力がなければ何もできないんだってねぇ!」
 エルザの言うとおり、銃士隊、水精霊騎士隊もすでに屍人鬼の群れに圧倒されて捕らえられてしまっていた。剣を奪われ、魔法を封じられて、誰にももはやなす術はない。みんな必死にもがいているが、もう何秒も持たないだろう。
「アリス、アリス! くそっ、貴様らやめろぉーっ!」
「やめて! やめてぇーっ!」
 ミシェルの首を狙う屍人鬼に飛びついて、アリスの悲鳴がこだまする。そのアリスにも多数の屍人鬼の牙が迫ってきていて、アリスの小さい体など血を吸われるどころか食いちぎられてバラバラにされてしまう。
「アリス、アリスーっ!」
 戦いを見守るしかできない村の娘たちも、涙を流しながら絶叫するが、その声はかつての肉親や友人には届かない。
 もう誰にも戦う力は残っておらず、虐殺の宴は数秒後に迫る。
 そしてエルザは、ティファニアの目の前に気を失ったメイナを連れてきて、その首筋に牙をあてがった。

222ウルトラ5番目の使い魔 31話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:42:45 ID:psWPMULc
「エルザ、なにをするの!」
「くふふ、これは罰だよ、おねえちゃん? 少しもったいないけど、あなたの見てる前でメイナおねえちゃんを殺してあげる。そしてたっぷり後悔して泣き喚いて! 自分には何も守れなかったと、血の海の中でね!」
 エルザの牙がメイナの喉元に迫る……その光景を、ティファニアは手足の自由を奪われて、無力感という鉛の空気に包まれながら見ていた。
 
 
”みんな、みんな殺されてしまう。わたしのせいだ、わたしが、エルザを怒らせてしまったから”
 
”結局、わたしはエルザの言うとおり、なにも変えることができなかった。わたしの言葉はエルザの心に届かなかった”

”わたしのやったことは間違っていたの? 心だけでは、言葉だけでは誰も助けることはできないの?”
 
”力がすべて、エルザはそう言った。けど、それが間違いだということはわたしは知っている。なら、心だけでも、力だけでも駄目なら?”

”教えて、お母さん……力と心、力と……ふたつで駄目なら、もうひとつ……? それは何? 教えて、わたしはみんなを助けたい”
 
”わたしたちがこれまで積み上げてきたものを、無にしたくなんかない! そのためなら、わたしはなんだってやるわ。だって、なんの力もないわたしには、みんなが教えてくれた、最後まであきらめない、この……”

”勇気ならあるから!”
 
 
 そのとき、奇跡が起こった。
 すべてが黒と赤に染められようとしたその瞬間、突如白い光が空間を満たした。
 
「グワァァァッ! 眩しいっ、なっなにがぁ!?」
 
 光をまともに受けてしまったエルザは、光を嫌う吸血鬼の本性のままに目を焼かれて、メイナを離して苦しんだ。

223ウルトラ5番目の使い魔 31話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:45:08 ID:psWPMULc
 それだけではない、光はそのまばゆさのままに村を照らし出し、光を浴びた屍人鬼と化した村人たちもまた、主人と同様に次々に倒れていったのだ。
「こ、これはいったい、どういうことだい?」
「この光は、まるで太陽だ……はっ! アリス、無事か」
「う、うん、大丈夫……この光、すごくきれい……お月様みたい」
 ギーシュも、ミシェルも、アリスも、食い殺される寸前の出来事だっただけに、わけもわからずに目を白黒させるしかなかった。
 しかし、屍人鬼たちを倒し、皆を救ってくれたこの光、この光がとても善いものなのはわかる。太陽のように暖かくて、月のように優しくて……そして、彼らは、この光を自分たちが見たことがあることに気がついた。
「思い出したわ、あれもこんなふうに空が闇に閉ざされたとき……テファが、彼女が奇跡を呼んだ」
 モンモランシーがつぶやくと、ルクシャナも微笑みながらうなづいた。
「ええ、闇に苦しめられてた精霊たちが喜んでる。テファ、またやったのね」
 光は満ち溢れて、吸血鬼の巣食う闇の世界は切り裂かれた。皆の顔に笑顔と希望が蘇って輝く。
 
 そして、光の根源。それはティファニアの胸元から放たれていた。
「この、光……もしかして」
 いつの間にか腕を縛っていたロープも解かれ、ティファニアは服の中から光の根源を取り出した。
「サハラでもらった、エルフの輝石……」
 そう、あの輝石がまばゆく輝き、この奇跡の光を生んでいた。
 光は明るく強く、しかし少しも眩しくはない。そしてティファニアも思い出した。アディールでのあの奇跡のことを。
 
 だが、心正しき者に対しては優しい光も、邪悪な吸血鬼に対しては激しく熱かった。
「ぎゃあああっ! 熱いっ、痛いぃぃっ! お前なにをしたあ。やめろ、その光をやめろぉぉっ!」
 エルザは全身から青い炎を吹き出して、もだえ苦しんだ。吸血鬼は光を恐れる、しかし、こんな熱くて強い光はこれまで見たことはなかった。
「イダイ、ガラダガァァァ! ヤゲルゥゥゥ! アァァァァーッ!」
 青い炎に焼かれながら、エルザはベランダの柵を乗り越えて、真っ逆さまに転落していった。

224ウルトラ5番目の使い魔 31話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:46:25 ID:psWPMULc
「エルザ!」
 転落していったエルザを追って、ティファニアはベランダの柵に飛びついた。
 しかし、そこにエルザの姿はなかった。それどころか、噴煙のように黒い煙が吹き上がり、その中からコウモリが亜人化したかのような巨大な怪獣が姿を現したのだ。
 
「うわぁぁっ! 怪獣だぁ! きゅ、吸血コウモリの怪獣だ」
 現れた怪獣を見上げてギーシュが叫んだ。さらに、ミシェルも戦慄を隠せずにつぶやく。
「あれが、あの吸血鬼の正体か」
 そう、これこそ吸血魔獣キュラノス。エルザたち吸血一族の血の中に隠れて、数千年のあいだ眠り続けていた美しき夜の種族の守護神。それが、色濃く先祖の血を受け継いだエルザの肉体を経て、ついに蘇ったのだ。
 キュラノスに変身したエルザはティファニアを見下ろして、その牙だらけの口から聞き苦しい声を放ってきた。
「おねえちゃん、よくもやってくれたねえ。痛い、痛いよ。もう、ロマリアもなにもかもどうでもいい! この力で、ハルケギニアもなにもかも破壊しつくしてやる。まずは、お前からだぁぁっ!」
 怒りにまかせて、キュラノスの翼と一体化した腕がティファニアに迫る。だがティファニアは不思議と、とても落ち着いた心地で居た。
「エルザ、あなたはわたしが歩むかもしれなかった、もう一人のわたし。だからわたしは逃げない、最後まであなたと向き合ってあげる」
 強い決意と揺るがぬ意思を瞳に宿らせ、勇気を胸にしてティファニアはキュラノスを見上げる。そして、その手にはいつの間にか輝石に代わって、スティック状の光のアイテム、『コスモプラック』が握られていた。
「わたしは世界を、みんなを、そしてエルザも救いたい! だから力を貸して、コスモース!」
 コスモプラックを天に掲げ、ティファニアは叫ぶ。その瞬間、コスモプラックの先端が花のように開き、まばゆい光が溢れ出した。
 光はティファニアを包み込み、さらに天空から暗雲を切り裂いて流星のような光が落ちてくる。
 そして、ふたつの光が一つとなったとき、再び青き光の巨人が、このハルケギニアの地へと降り立ったのだ。
 
 
 続く

225ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:58:37 ID:psWPMULc
以上です。サビエラ村編第4回、お楽しみいただけたでしょうか。
前回まではミシェル、そして今回はティファニアにスポットを当ててお送りしました。
エルザは様々なssに登場して、その扱いも様々な人気キャラですが、今作ではこういった形になった理由がおわかりいただけたでしょうか。
エルザは種族は違うとはいえ、殺しを楽しんでいる残忍な性格ですが、境遇には同情すべきところもあります。しかし、レオが暴れまわるロンに対して厳しくいさめたように、どんなに同情すべき理由があってもやっていいことと悪いことはあるのです。
ミシェルやティファニアがこのエピソードで中核となってくるのも、エルザとは境遇が似ているからで、それぞれの人生の対比として見ていただければ幸いです。
そしてクライマックスでは、吸血魔獣キュラノスが登場! 対するのは、あの……

さて、いよいよ次回はサビエラ村編もラストです。ミシェル、ティファニア、アリス、そしてエルザがつむぎだす物語が最後にどこに流れ着くのか、お楽しみに。

ちなみに何の関係もありませんが、コウモリ型怪獣ではギャオス(昭和)が一番好きです。

226名無しさん:2015/08/23(日) 21:06:14 ID:WW91fd1k

個人的にはエルザには生き残ってほしいです

227名無しさん:2015/08/23(日) 23:22:46 ID:1/.tCMDg
やったー! ついに来たあああああああああああああ!!

228ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:15:20 ID:YRzYDd3U
皆さんこんばんわ。またお待たせしてしまってすみません、ウルトラ5番目の使い魔32話投下準備できましたので始めます。

229ウルトラ5番目の使い魔 32話 (1/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:26:01 ID:YRzYDd3U
 第32話
 君の名は勇者
 
 吸血魔獣 キュラノス 登場!
 
 
「わたし、ずっとあなたに会いたかった。また……来てくれたんですね。ウルトラマンコスモス」
「それは違う……私を呼んだのは、ティファニア、君だ。君のどんなときでもあきらめない勇気が、輝石を通して私を再び導いてくれたのだ」
 光の中での再会。それは運命でも偶然でもなく、未来を信じる強い心が呼んだ奇跡であった。
 そう、奇跡はあきらめない人間のところにしか降りてこない。しかし、心を強く持ち、どんな困難にも立ち向かう勇気があれば、新たな奇跡を呼び寄せることもできるのだ。
 ただし、奇跡はただ起こすだけではいけない。奇跡を糧にして、なにかをやりとげることが大事なのだ。ティファニアはコスモスの作り出した精神世界の中で、心からの願いを込めてコスモスに訴えた。
「お願いコスモス、力を貸して。わたしは守りたい! わたしの友達を、みんなが生きるこの世界を、みんなといっしょに! そのための力が、わたしは欲しいの!」
「しかしティファニア、君が戦いに身を投じるということは、君を戦いに巻き込むまいとしていた君の仲間たちの思いを裏切ることになる。その、覚悟はあるのかい?」
「それでもいい! わたしだけ安全なところにいても、言葉も思いも届かないもの。それにエルザ、わたしもマチルダ姉さんや子供たちがいなければ彼女のようになっていたかもしれない。だからわたしは伝えたい。どんなに悲しくても、人を信じる勇気があれば世界は明るくなるということを! わたしは、人の心に勇気を伝えられる、そんな”勇者”になりたい!」
 ティファニアの叫びは、この時の彼女の精一杯の願いと覚悟を込めてコスモスに届いた。そしてコスモスは静かにうなづき、ティファニアとコスモスのふたつの光がひとつとなる。
 
 
 闇に包まれたサビエラ村。そこに立ち昇った光の柱が村全体を照らし出し、その光を目の当たりにした者たちは顔を輝かせた。なぜなら、彼らは見たことがあったからだ、この優しくも力強い光を。
 そして、光の中から現れる、青い体の巨人の姿。その勇姿を目の当たりにしたとき、疲れ果てていたはずの彼らは一様に元気に満ち満ちた声で、彼の名を叫んだ。
 
「ウルトラマン、コスモス!」
 
 そうだ、彼こそはウルトラマンコスモス。かつてアディールでのヤプールの超獣軍団との戦いの時に現れ、エースとともにEXゴモラを倒した、エルフの伝説に伝わっているウルトラマンだ。アディールでの戦い以来、姿を現すことはなく、もしかしたらこの世界を去ったのかもと思われていたが、ついに彼が帰って来てくれたのだ。

230ウルトラ5番目の使い魔 32話 (2/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:29:13 ID:YRzYDd3U
 コスモスは見とれている水精霊騎士隊や銃士隊の前にひざを付くと、手を下ろして一行の前にひとりの少女を横たえた。それは、エルザによって昏倒させられていたメイナで、一行は見知らぬ少女に困惑したが、彼女が瀕死なことに気が付くとすぐにモンモランシーが治癒の魔法をかけていった。
 それだけではなく、屋敷の中に閉じ込められていた村の娘たちも、屍人鬼たちが全員倒れたことで屋敷から飛び出して駆け寄ってきた。
「アリス! アリス、無事でよかったぁっ。どこもケガしてない? 痛くない?」
「うん、リーシャちゃん。大丈夫だよ、みんなも無事でよかったけど、怖かったぁぁっ!」
「メイナ! メイナしっかりして! ああ、あなたが屍人鬼たちに無理矢理連れて行かれて、もう駄目だと思ってた。貴族様、どうかメイナを助けてください」
「うるっさいわね、気が散るから黙ってなさい。これだけ体の中の水を失った人を治すのは骨なのよ……心配いらないわ、わたしたちがあきらめない限り、未来も決してわたしたちを裏切らない。ほら、見てみなさい。アリスが必死につむいだ希望がめぐりめぐって、これから吸血鬼のバケモノをやっつけるところをね!」
 モンモランシーが叫ぶと、一行と村の娘たちは一様に視線を上げた。そこには、佇むコスモスと、コスモスへと威嚇するようにうなり声をあげるコウモリ型の怪獣キュラノスの姿がある。
 両者の激突はもはや不可避。このとき誰もがそう思ったに違いない。
 
 だが、睨み合い、一触即発かと見えたコスモスとキュラノスの間には、声なき声での対話が交わされていたのだ。
 
〔ウフフ、ティファニアおねえちゃぁん。とうとうおねえちゃんもそんな姿になって、ようやく私を殺したくなったみたいだねえ。いいよ、どっちが強いか、存分に殺し合おうよ〕
〔エルザ、それは違うわ。わたしは、あなたと対等になって話したかっただけ。ウルトラマンコスモスは、わたしに戦う力をくれたんじゃない。わたしが望んだのは、みんなを守るための力。そして同時に、エルザ、あなたも救いたい。もう、暴力に身を任せるのはやめて、光を恐れるのではなくて、あなた自身の中にある光を信じて!〕
 テレパシーで、キュラノスの中にいるエルザと、コスモスの中にいるティファニアは言葉をぶつけあった。
 しかし、エルザの変身したキュラノスは、きれいごとはもうたくさんだと言わんばかりにうなり声をあげ、地響きを立ててコスモスに向かってきた。対してコスモスも片手の手のひらを相手に向け、アディールのときと同じように迎え撃つ。
「セアァッ!」
 鋭い爪の攻撃を手刀で受け止め、すかさずコスモスは両手のひらを使ってキュラノスを押し返す。しかしキュラノスは巨体に反して意外に素早い動きで再度コスモスを狙ってくる。
 しかし、単に力任せの攻撃であるのならば見切るのは容易だ。今のコスモスはティファニアと同化してはいるが、格闘の経験など皆無のティファニアのために、コスモスが直接戦っている。キュラノスの攻撃の先を読み、右に左に攻撃をさばいていく。
「シゥワァッ!」

231ウルトラ5番目の使い魔 32話 (3/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:37:45 ID:YRzYDd3U
 コスモスは、相手を押し返すだけの加減した蹴り『ルナ・キック』でキュラノスとの距離をとり、次いで仕掛けてきたキュラノスの攻撃の勢いを利用して、キュラノスの翼を掴むと、投げ技『ルナ・ホイッパー』で一本背負いのようにして投げ飛ばした。
 きりもみして宙を舞い、背中から地面に叩きつけられるキュラノス。しかし、キュラノスは紅い目をさらに血のように輝かせ、腹いせのように手近にあった家を踏み壊しながら起き上がってくる。
 さすがしぶとい。だが、奴も無闇に突っ込んでも無駄だということは理解したようで、村の段々畑を踏み荒らしながら機会をうかがっている。
〔クフフ、おねえちゃん、そいつ強いねぇ。でも、私も少しずつこの体に慣れてきたんだよ。たとえば、まずはこれを受けてみてよ!〕
 エルザがそう言ったとたん、キュラノスはコウモリのような巨大な翼を羽ばたかせて猛烈な突風を浴びせてきた。たちまち村の家々の屋根が吹っ飛び、荷車が宙に舞い、木々がへし折れる。
 村は一瞬にして、キュラノスが作り出した人工的な台風に呑まれたように暴風に遊ばれる。コスモスは足を踏ん張って耐えているが、人間たちはそうはいかない。ミシェルやギーシュたちは慌てて全員を地面に伏せさせて、ひたすら暴風から身を守った。
「くぅっ! なんて風だ」
「うわぁぁぁーっ! 飛ばされるぅーっ」
「ギーシュ! どさくさに紛れてひっつかないでよ!」
 体を起こしたとたんに木の葉のように飛ばされそうな突風に、一行は懸命に耐えた。見ると、村の娘たちも伏せながら必死に草を掴んで震えており、倒れていた屍人鬼たちが紙くずのように転がっていく。さらに、村長の家も引き裂くような音とともに屋根が飛ばされたのを皮切りに三階が吹っ飛ばされて、もしあそこに人が残っていたらと思うとぞっとさせられた。
 このままだと村が全滅してしまう。そう感じたティファニアは、コスモスに願った。
「セアァッ!」
 コスモスは、キュラノスの羽ばたきで一瞬風が弱まる瞬間を狙ってジャンプした。宙を舞い、キュラノスの頭上を飛び越えて反対側に着地する。キュラノスも、背後に跳んだコスモスを追って羽ばたきをやめて振り返る。
 今だ、今ならキュラノスの注意は完全にこちらに向いている。コスモスは真っ直ぐにキュラノスを見据えると、光のエネルギーを集めて両手を斜めに上げ、光の粒子を右手のひらから解き放った。
 
『フルムーンレクト』
 
 輝く光の粒がキュラノスの全身に浴びせられ、キュラノスの動きが止まった。

232ウルトラ5番目の使い魔 32話 (4/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:45:15 ID:YRzYDd3U
 沈静と抑制の作用を持ち、荒ぶる心を静めるコスモス・ルナモードを象徴する慈愛の光線。過去に多くの怪獣たちの命を救い、アディールでの戦いでも暴走するゴモラを静めたこの光が、エルザの心も落ち着かせてくれるとティファニアは信じた。
 だが。
〔クアハッハハァ! なにかなぁ今のは? そんなまやかしが、私に効くとでも思ったぁ?〕
 なんとキュラノスは沈静する気配もなく、牙の奥から聞き苦しい声をあげながら笑っているではないか。
「フルムーンレクトが効かない!?」
 戦いを見守っているギーシュたちから愕然とした声が漏れた。なぜだ? あの荒れ狂っていたゴモラも静めたコスモスの力がなぜ通じない?
 だが焦っている暇もなく、キュラノスはコスモスへと攻撃をかけてくる。爪だけでなく、翼が鞭のようにしなってコスモスを襲い、また奴はコウモリばりの身軽さを活かして、巨体に似合わないキック攻撃もかけてくる。エルザが、キュラノスの体に慣れ始めているというのは本当のようだ。
 コスモスはキュラノスの攻撃をさばき、隙を見ては押し返す。が、コスモスはキュラノスを倒すのが目的ではない。戦いをコスモスに任せつつ、ティファニアは必死でエルザに向かって呼びかけた。
〔エルザ待って! わたしの話を聞いて〕
 しかしティファニアの必死の呼びかけにも、キュラノスからはエルザの声は返ってこない。
 なぜなの! ティファニアは、自分の声が届いていないかと焦ったが、そこにコスモスが忠告してくれた。
〔今は呼びかけても無理だ。彼女は、自分の手に入れた力に完全に呑まれてしまっている。このままでは、君の声も彼女には届かない〕
〔そんな、それじゃどうすればいいの!〕
〔彼女が、自分自身だけが絶対だと思い込んでいるうちは、私の力も及ばないし、誰の言葉にも耳を貸さないだろう……自分が全てと、思い込んでいるうちは〕
 それ以上は、ティファニアにも言われなくてもわかった。彼女にも、だだを捏ねて言うことを聞かない子供を躾けるにはどうしなければならないかはわかっている。
 手を上げることは好まない……だけども、その相手を放置する限り、他者に被害を出し続けるのだとしたら、誰かがそれを止めなければならない。そうしなければ、何よりもその相手が救われない。暖かい言葉だけでは誰も救われない。傷つくことも、傷つけられることも恐れては、結局なにも守れはしない。
 ティファニアはコスモスの言葉を受けて、決断した。
〔コスモス、エルザを止めよう。わたしも、戦う!〕
 自分はこのために力を求めた、エルザと最後まで向き合って救うために。そのために、絶対に後ろに下がらない!
 コスモスはティファニアの意志を受け取ると、キュラノスとの間合いをとった。そして、気合を込めて右手を高く掲げる。
 
 刹那、コスモスの体を赤い炎のような光がまとった。さらに、燃え上がる恒星のコロナリングのような真紅の輪が無数にコスモスを中心に光り輝く。

233ウルトラ5番目の使い魔 32話 (5/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:46:34 ID:YRzYDd3U
 なんという熱く明るい光だ。世界は闇に包まれているというのに、まるでサビエラ村だけが真昼になったようだと誰もが思った。
 人々の見守る前で、コスモスの体が光の中で青から赤へと変わっていく。頭部も鋭角になり、戦いの力をつかさどるサニースポットが現れた。そして、光が完全に消えたとき、コスモスは優しさのルナモードから、強さをつかさどる第二の姿へとチェンジしたのだ。
 
『ウルトラマンコスモス・コロナモード』
 
 その身に燃え盛る炎のような真紅をまとわせ、戦うために拳を握り締めてコスモスは構えた。
「ハアッ!」
 勇ましさをかね揃え、戦いに望もうとするコスモスの精悍な姿に、ギーシュやミシェルたちは、あのアディールでの激闘の記憶を蘇らせた。ヤプールの超獣軍団とも戦えたコスモスなら、あの吸血怪獣も倒してくれるに違いない。頼むぞ、ウルトラマンコスモス!
 人々の声援を背に浴びるコスモス。対してエルザは、キュラノスはどこまでも孤独だ。しかし、ただひとりだけエルザを救おうとしている者の意志があったからこそ、コスモスはここに来た。
 皆の期待を背負って、コスモスは新たな戦いに望もうとしていた。その視線と拳の先にあるものは当然キュラノス。しかし、エルザは吸血鬼がもっとも忌み嫌うものを模したコスモスの姿に、果てしない憎悪を込めて叫んだ。
〔グゥゥゥ、太陽、太陽、太陽ォォォ! どこまでも、どこまでも私を愚弄する気なんだねぇ! いいよ、そいつもろともギタギタに切り刻んでやるぅぅぅ!〕
 怒りと憎しみのあまり、吼え猛るキュラノスの牙の間から唾液が飛び散る。すでにエルザは力に酔うがために、心もキュラノスと同化し始めていた。
 過ぎた力は人を狂わせる。宇宙のどこでも、そうして自ら破滅していった生命体は数知れない。ティファニアは、正気を失ってひたすらに力のみを求めるエルザに、彼女の精神の未熟さを感じた。
〔あなたは確かにわたしよりも長く生きてきた。けど、誰とも深く関わらなかったから、自分勝手さだけを育ててきてしまったのね。誰にも、大人になる方法を教えてもらえなかったから、自分しか信じれるものがなかったのね。エルザ、終わらせましょう。どんなに長生きしたって、それじゃずっとあなたは乾き続けるだけだよ。あなたが力という闇に引きこもり続けるなら、わたしはその闇を壊して光を届けてみせる!〕
 ティファニアも決意し、戦闘態勢をとったコスモスとキュラノスはついに激突した。
 地響きをあげて村の芝生を踏み荒らし、砂煙をあげながら両者はぶつかり合う。
「フゥン! デヤァァァッ!」
 一瞬の硬直、しかしコスモスは自分よりも体格で勝るキュラノスと組み合ったままで押し返していく。
 すごいパワーだ。さらにコスモスは容赦せず、村人たちから十分に距離をとったのを確認すると反撃に打って出た。
「ハアッ!」
 気合を込めた声とともに、コスモスのコロナ・キックがキュラノスの胴体を打ってよろめかせる。さらに、下から突き上げたコロナ・パンチがキュラノスの頭を叩くことで、キュラノスの思考を一瞬停止させた。

234ウルトラ5番目の使い魔 32話 (6/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:48:53 ID:YRzYDd3U
”こいつ! さっきまでの青い奴とはまるで違う!?”
 たった二発だけなのに、キュラノスは受けた攻撃の重さからコロナモードに変わったコスモスの強さを見誤っていたことを悟った。
 が、その動揺した一瞬の隙をコスモスは見逃さない。キュラノスの腕を掴むと、そのままひねるようにして投げ飛ばしたのだ。
「トアァァッ!」
 腕を軸に縦に一回転させられ、キュラノスは平行の感覚を奪われたまま地面に叩きつけられた。
 投げ技は格闘技の中でも強力なひとつだ。普通の打撃には動じない頑丈な奴でも、投げ技は相手の体そのものが武器となる上に、衝撃が体内に響き渡るために無事ではいられない。
 その強烈な一撃に、キュラノスの視界が一瞬白く染められる。だがキュラノスは、地に投げ出されながらも、仰ぎ見た空が自分のもっとも愛する色に染められているのを見ると、執念深く起き上がってきた。
〔グウゥゥ、夜、ヨル、闇、ヤミ。この暗く閉ざされた世界こそ、私たちの故郷、私たちの楽園、太陽なんてイラナイ! 全部黒く染めてやるゥ!〕
 闇への執着と太陽への憎しみを込めて、起き上がってきたキュラノスは大きく翼を広げた。
 また突風攻撃を仕掛けてくるつもりか? だがコスモスは素早く反応すると、投げつけるようにして指先から矢尻型の光弾を発射した。
『ハンドドラフト!』
 右手、左手と交互に発射された光弾は、キュラノスが突風を起こすよりも早く左の翼、次いで右の翼に命中して火花をあげた。自慢の翼を傷つけられて苦悶の声をあげるキュラノス。だが、キュラノスの翼は痛みは覚えはしたもののダメージは少なく耐え、それならばとジャンプして空中から翼で滑空してコスモスに迫ってきた。
「ショワッ!」
 間一髪、コスモスはバック転して空中からの突進をかわした。だがかわされたキュラノスの、その余った風圧だけで小屋が飛び、翼がかすっただけで家が吹っ飛んだ。
 なんて奴だ、あんなのに体当たりされたらコスモスもただじゃすまないぞと、ギーシュがその威力の高さに驚いて叫んだ。実際、空中からの攻撃はかなり有効な攻撃手段であり、キュラノスと同じく吸血怪獣であるこうもり怪獣バットンも、翼で空中を自在に飛びまわってウルトラマンレオを翻弄している。翼は単なる飛行するための道具ではなく、様々に応用が利く強力な武器であり、それを羽ばたかせることのできる筋力を持つ怪獣が弱いはずはない道理だ。
 もちろんコスモスも空中戦はできる。しかしコスモスはうかつに動き回れば村に被害が出てしまうので持ち前のフットワークを十分に活かすことができない。
〔アハハハ! 飛べるっていいねえ、誰かを見下ろすっていいねえ。受けてみてよ、私の熱いベーゼをさぁ!〕
 急降下で突撃してくるキュラノス。その攻撃がついにコスモスを捉えた。
「ノゥオオッ!」
 強烈な蹴りを受けてコスモスは地面に投げ出された。そこへキュラノスは馬乗りになって、今度は逃がさないとばかりに乱打を加えてくる。キュラノスの体重は四万六千トン、コスモスにとって決して跳ね飛ばせない重さではないが、狂ったように殴りかけてくるキュラノスの攻撃にさらされては思うようにいかない。
 まるでエルザの憎悪がそのまま噴出しているかのようだ。さらにキュラノスは巨大なかぎ爪状になっている手でコスモスの頭をわしづかみにして起き上がらせると、鋭い牙の生えた口を大きく開いてコスモスの肩に噛み付いてきた。

235ウルトラ5番目の使い魔 32話 (7/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:49:52 ID:YRzYDd3U
「フゥオオッ!」
 キュラノスの牙はコスモスの肩に食い込み、逃れようとしてもキュラノスはがっちりとコスモスの体を捕らえていて離れることができない。
 まさに、吸血鬼そのものの様相に、それを見ていた人間たちは一様に寒気を覚えた。しかし、単に噛み付くだけの攻撃ならば見た目が怖いだけだが、相手は吸血鬼だ、それで済むわけがない。苦しむコスモスと連動するように、カラータイマーが点滅を始めたのだ。
「血の代わりにエネルギーを吸ってるぞ」
 銃士隊員のひとりが戦慄してつぶやいた。
 まさに吸血怪獣の本領発揮。さらにキュラノスは十分にエネルギーを吸ったと判断したのか、コスモスを離すと、赤い目を輝かせてリング状の光線をコスモスに浴びせた。するとなんと、コスモスが酔っ払っているかのようにフラフラとよろめきだし、キュラノスが翼を振るに吊られるように右に左にと動かされているではないか。
「あいつ、屍人鬼のようにウルトラマンも操る気か!」
 まさにそのとおりだった。キュラノスはその牙で噛んだ相手を目から放つ催眠光線で操る能力を持ち、その力で持ってコスモスにとどめを刺そうとしていたのだ。
 いけない! いくらウルトラマンが強くても、自滅させられたのではたまらない。そう思ったとき、銃士隊や水精霊騎士隊の皆の口は考えるよりも早くその言葉をつむいでいた。
 
「がんばれー! ウルトラマーン!」
「負けるな、コスモス!」
「おれたちがついてるぞーっ! 気をしっかり持てーっ!」
 
 十数人の、がなりたてるのにも似た大声が暗闇の村に響き渡った。
 
「コスモスー、しっかりしてー!」
「あと少しだ! 気合入れろ!」
「がんばれー! 負けるなー!」
 
 誰もが、ウルトラマンを信じていた。そして、共に戦うことの大切さをよく知っていた。
 確かに自分たちには怪獣と直接戦う力はない。しかし、ウルトラマンを応援し、励ますことならできる。それもまた、立派な戦いなのだ。

236ウルトラ5番目の使い魔 32話 (8/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:50:34 ID:YRzYDd3U
 声をはりあげるミシェルやギーシュたち。対してキュラノスは、そんな彼らの声援を軽くせせら笑う。
〔バカな人間たち、ただ叫ぶだけでいったい何になるというの?〕
 催眠光線でコスモスを操り、転倒させてダメージを与えながらキュラノスは思った。
 だがそれでも、コスモスを応援する声は止まらない。いやむしろ熱を増して叫ばれる。
 それはなにもコスモスに対してだけではない。最初はコスモスがやられた姿を見て絶望感に震えていた村の娘たちも、声を張り上げる一行の姿を見ているうちにしだいに恐怖が和らいでいくのを感じて、そして戸惑っていたアリスに、ミシェルは優しくも力強い声で言った。
「さあアリス、いっしょにウルトラマンを応援しよう。ウルトラマン、がんばれって」
「おねえちゃん……?」
「ウルトラマンは、わたしたちのために頑張ってくれている。アリス、君はお父さんやお母さんがお仕事を頑張ってたら偉いなと思うだろう。その気持ちを伝えるだけでいい、ウルトラマンはきっと答えてくれる」
「うん……ウルトラマーン、がんばれーっ!」
 大きく息を吸って、吐き出すと同時にアリスの声援が加わった。小さな体で声を張り上げて、自分たちを守ってくれるもののために叫ぶ。
 さらに、そうしているうちに、ひとり、またひとりと村の娘たちも声援に加わっていった。皆が肩を並べて、ウルトラマンがんばれ、コスモスがんばれと声をあげている。気を失っていたメイナもその声で目覚めて、か細い声ながらも応援の輪に加わる。彼女も夢うつつの中で見ていたのだ。ティファニアが必死で自分のために戦ってくれたことと、彼女に与えられた大きな光を。
 
「がんばれーっ! 負けるなーっ! ウルトラマンコスモス!」
 
 数十人の声援が村に響き渡り、コスモスの背中を押す。
 その声を、ティファニアはコスモスの中から聞いていた。
〔みんなが、みんなが応援してくれている。みんなが希望を、未来を信じてる。コスモス、聞こえてるよね〕
 自分はひとりではない。どんなときでも仲間たちと、勇気ある人たちとともに戦っている。だから孤独じゃない、苦しくても仲間たちが力を貸してくれる。だからくじけない!
 そう、自分たちの信じてきたものは、決して間違ってはいなかった!
 新たな勇気を湧き起こしながら、コスモスの体に力が戻ってくる。
 
 だが、自分だけを頼みに人と交わらなかったエルザに向けられる声はひとつたりとてない。
 最初は無力な人間たちの愚かなあがきだと冷笑していたが、声は枯れるどころか益々強く大きくなっていく。しだいにエルザは苛立ちを感じ始め、それは心の中で大きくなっていった。

237ウルトラ5番目の使い魔 32話 (9/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:51:24 ID:YRzYDd3U
”なんなのよこいつらは? なんでこんなことを続けられるっていうの。バカじゃないの、バカ! 勝ってるのは私よ。お前たちも、この後すぐに八つ裂きにしてやるというのに、もっと恐怖したらどうなのよ!”
 自分は今、無敵の存在になった。これだけの力があればもはや敵はなく、唯一恐れる太陽も今や自分自身の力だけで闇を呼んで逃れることができる。まさに最強、しかも今この戦いに自分は勝利しつつある。
 そう、奴らに希望なんか残っているはずはない。にも関わらずに、この元気さはなんなんだ? しかも、さっきまで怯える一方だったアリスや村の娘たちまでもが表情を輝かせて叫んでいる。
 今までに血を吸い殺してきた人間たちは、死に直面すると恐怖し泣き喚き、それを眺めるのが最高の楽しみだった。だがこいつらは、逆に追い詰めれば追い詰めるほどに気力を増してくる。わからない、わからない、わからない。
「うるさい黙れぇぇぇ! お前たちから殺すぞぉ!」
 ついに耐え切れずにエルザは叫んだ。個性のない激情にまかせた怒鳴り声は、キュラノスの牙だらけの口から放たれることによって歪んだ不気味な声となって、声援を続けていた一行や村娘たちの喉を凍らせ、背筋に霜を降らせた。
 しかし、怒りにまかせて叫んだ一瞬の隙に、キュラノスはコスモスに向けていた催眠光線を切ってしまったのだ。それはまさに一瞬の断絶、だがコスモスにはその一瞬で十分だった。
「ヌゥン! デャアッ!」
〔し、しまった!〕
 コスモスは催眠から解き放たれて完全復活し、エルザは慌てるがもう遅かった。
 拳を握り締めて構えるコスモス。対してエルザは焦ってどうするべきか迷った。再び空中戦を挑むか、それともこのまま地上戦で相手をするべきか。
 半瞬ほどの葛藤の後、エルザは空中戦を選んだ。キュラノスは翼を広げて空へと飛び上がろうと羽ばたく。だが、その迷ったわずかな隙がキュラノスの反撃の機会を奪っていた。キュラノスが空中に飛び上がるよりも早く、コスモスは一気に助走をつけてキュラノスに向かって跳び上がると、エネルギーで全身を覆った状態でキュラノスの眼前で空中に静止、そのまま一瞬のうちに連続キックを叩き込んだのだ。
 
『コロナサスペンドキック!』
 
 右キック、左キック、左蹴り、右ストレートキックが一瞬のうちに叩き込まれ、キュラノスは大きなダメージを受けて地面になぎ倒された。
〔ウガァ! イダァ、イダァァイィ!〕
 巨体がまるで丸太のように転がされ、激しい痛みがキュラノスを襲い、エルザは苦痛にのたうった。
 なんて攻撃だ、いままでの攻撃とはまるで違う。まさか、いままではまだ本気を出していなかったというのか!?
 屈辱感がエルザの胸を焼く。なぜだ、自分はこの世のどんな吸血鬼にも勝る力を手に入れたはずだ。なのになぜ勝てない? 自問するエルザの心に、ミシェルから告げられた言葉が蘇ってきた。

238ウルトラ5番目の使い魔 32話 (10/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:52:29 ID:YRzYDd3U
「強さなんて空しいものだ。どんなに上げても自分より強い奴はいる。どんなに勝ち続けても、いつかは負けるときが来る。お前はそうなったとき、強者に自分の命を差し出して笑ってられるのか?」
 それはこれまで常に獲物を狩る側、強者として生きてきたエルザが、狩られる弱者の立場に追い込まれた瞬間だった。
〔私が、ワタシが弱い? そんなはずがないわ。私は無敵の力を手に入れたはず、どんな奴にだって負けるわけないのよ!〕
 焦燥に狩られてエルザは自分に言い聞かせるものの、誰もエルザのことを肯定してくれる者はいない。孤独を愛し、孤独と共に生きてきたエルザだったが、今や唯一の友である孤独でさえもエルザの味方ではなかった。
 だがそれでも、エルザは引くわけにはいかなかった。狩人として生きてきたエルザにとって、負けることは死を意味する。また、吸血鬼として、選ばれた者だというプライドや、人間ごときに負けたくないという意地、それらががんじがらめになってエルザの足を封じ、閉じた心は誰にも開かれない。
 求めるのはただ勝利のみ、それを得るために、エルザは理性を持たぬ獣に堕ちたかのように吼える。
 翼を広げ、キュラノスは再び突風を起こす体勢に入った。赤い目はさらに狂気の真紅に染まり、今度は村ごとなにもかも破壊してしまおうという自棄の意思が満ちている。
 
 しかし、もうこれ以上の破壊は許されない。確かにエルザの境遇に対して同情の余地はあるものの、自分の不幸を理由に他人を傷つけることは許されない。
 コスモスは両手にエネルギーを溜め、そのエネルギーを自分の体の前で巨大なエネルギーの玉へと収束させた。片足を上げて拳を握るコスモスの前で、エネルギーの玉は赤々と燃える太陽のように輝いている。
 これがこの戦いの最後の一撃だ。エルザ、君がすがる吸血王国の幻想を、この一撃で打ち砕く。コスモスはキュラノスの放つ風をものともせずに、地上の太陽のように輝くエネルギー球をそのままキュラノスに向かって投げつけた。
 
『プロミネンスボール!』
 
 エネルギー球は風を切り裂いてキュラノスに殺到し、逃れる間も与えずに炸裂してその身を紅蓮の炎で包み込んだ。
〔グアァァァッ! 太陽、タイヨウォォォォォ!〕
 決して日を浴びることのできない身が、太陽の灼熱の業火に焼かれる。その苦しみの中でエルザは悟った。
”クハハハ……しょせん吸血鬼は、太陽には勝てない定めなのね”
 どんなに夜に潜もうと、どんなに空を闇に包もうと、それは結局は太陽からの逃避でしかなかった。吸血鬼とはしょせん、その程度の存在でしかなかったのか。
 いままで頼ってきたものを打ち砕かれて、心が折れる音をエルザは聞いたようが気がした。なぜ自分がこんな目にあわなければならない? なぜ、どいつもこいつも人間ごときの味方をするんだ?
 ワカラナイ……自分はこのままここで燃え尽きて終わるのかと、エルザは思った。
 しかし、キュラノスが焼き尽くされる前に、エネルギーの炎は消えてなくなった。
 耐え切ったのか……? いや、そうじゃないわとエルザは気づいた。そして静かに立って、自分を見つめているコスモスを睨んで言った。

239ウルトラ5番目の使い魔 32話 (11/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:53:30 ID:YRzYDd3U
〔おねえちゃん……また、手加減したんだね〕
〔エルザ、もうこれで終わりにしましょう。暴力ですべてを解決しようなんて間違ってる。どんなにすごい力を手に入れても、あなたひとりでどうにかなるほど世界は小さくなんてない。奪い合うのではなくて、分かち合いましょう。あなたにもきっと、それができるわ〕
〔この期に及んで、まだ私に情けをかけようっていうの? 甘い、甘すぎるよおねえちゃん。いえ、今じゃおねえちゃんのほうがすごい力を手に入れたんだものねえ。どう? 勝者の気分は、いいものでしょう?〕
 荒い息をキュラノスはつきながら、中のエルザは吐き捨てるように言った。しかしティファニアは悲しげに答える。
〔よくないよ、わたしはあなたを傷つけたくはなかった。けど、あなたに話を聞いてもらうにはこれしかなかったの。それにわたしは……エルザ、あなただけを救いたいわけじゃない。この世界には、あなたと同じ吸血鬼がまだ大勢いるんでしょう? わたしは、その人たちともお友達になりたい。どんな種族でも、仲良くいっしょに暮らせる世界を作る、それがわたしの夢だから! だからエルザ、わたしはあなたとお友達になりたい〕
 一転して強くティファニアは訴えた。思いを、夢を、自分の気持ちを偽らずに素直な気持ちをエルザにぶつけた。
〔……くふふ、本当にどこまでも、バカのつくお人よしだねおねえちゃんは。あーあ、なんか本気で怒ってたのがバカみたいじゃない〕
 エルザは気が抜けたように、敵意を失った声で言った。キュラノスもだらりと腕と翼を下げ、攻撃態勢を解いた無防備状態でじっとしている。その落ち着いた様子に、ティファニアはようやく自分の声がエルザに届いたのかとほっとした。
 しかし……
〔だから、大っキライだっていうのよ〕
〔え?〕
 すごみのある声でつぶやいたエルザに、ティファニアはなんのことかわからずに唖然とした。だがエルザは、次第に重みを増していく声で訥々と告げていく。
〔エルザはね、三十年さまよったんだよ? 長かったなあ、三十年。救ってくれるっていうなら、なんでもっと早く来てくれなかったの? なんでエルザのパパとママが殺されたときに来てくれなかったの? ねえ、なんで?〕
〔そ、それは〕
 ティファニアは困惑した。答えられない、いや答えられるわけがない。だがエルザはティファニアのそんな困惑を楽しんでいるように続けた。
〔私が三十年に、何人の人間を殺したかわかってるの? 人間の法律に照らせば何百回死刑になっても足りないよ。ほかの吸血鬼だってきっとそう、生きるために何百人と人間を食べてるわ。それが、いまさら切り替えて食べ物と仲良くなんてできるわけないじゃない。なんにも知らないくせに、上っ面だけ見て言わないで〕
 ティファニアは反論することができなかった。事実であるからだ。三十年間屍の山を築き続けてきた者に、百八十度の意識転換をしろというのである。エルフに人間に対する誤解と偏見を解かせたときすらこれに比べれば優しい。
 それでもティファニアはあきらめることはしなかった。あきらめたら救えるものはいなくなる。それが、ティファニアがこれまでの旅で学んできたことだからだ。
 しかし、ティファニアが口を開くよりも先に、エルザは哄笑しながら彼女に告げた。
〔くふふ、あっはは。でもね、私は負けた。強い者は弱い者を好きにすることが出来るって、私言っちゃったからねえ。ただ、私は私だけのために生きるって昔に決めたんだ……ウフフ、あっはっははは!〕

240ウルトラ5番目の使い魔 32話 (12/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:54:21 ID:YRzYDd3U
 エルザが笑い始めるのと同時に、キュラノスの体が青白い炎に包まれた。まるで人魂のような、熱を持っているようにはとても見えない不気味な炎だが、その炎はキュラノスの全身を焼き尽くすように激しく燃え上がっている。
 あれは! まさか! ティファニアはエルザの考えに気がついて背筋を凍らせた。
 いけない! それだけは、やってはいけない!
〔エルザ! まっ、待って!〕
〔アハハハハハハ! バイバイ、おねえちゃん……〕
 その言葉を最後に、キュラノスはがっくりとひざをつくと、そのまま前のめりに倒れて爆発した。本物の赤い炎が黒煙とともに舞い上がっていき、キュラノスの破片が舞い散っていく。
「自爆……したのか」
 呆然としながらミシェルが短くつぶやいた。彼女たちにはティファニアとエルザの間の会話は聞こえてはいない。しかし、コスモスの一撃で大ダメージは受けたものの命は救われた吸血怪獣が、それをよしとせずに自らの命を絶ったのだけはわかった。
 キュラノスの巨体はわずかな残骸を残して消え、サビエラ村から危機は去った。
 だが、ティファニアの心には悲しみが渦巻いていた。
〔エルザ……うっ、うぅっ。わたしは、あの子を助けてあげることができなかった〕
 確かにエルザは多くの罪のない人を殺した残酷な殺人鬼だったかもしれない。しかし、彼女にも歪まなくては生きていけない事情があったのだ。殺すまでのことはなかった、なんとか説得して、誰かを殺すのではなく生かす生き方もあるのだということを知ってほしかったのに。
 ティファニアは胸の痛みに苦しんで、嘆く。そこへ、コスモスが優しげな声で言った。
〔ティファニア、君のやろうとしたことは間違ってはいない。それ以上、自分を責めてはいけない〕
〔でも、わたしは彼女の悲しみがわかってた。わたしも、もしかしたらエルザのようになっていたかもしれない。わたしが、わたしが助けてあげなくちゃいけなかった……それなのに、わたしはコスモス、あなたの力まで借りたのに、エルザを説得することができなかった。わたしのせいだ〕
〔ティファニア、私とて神ではない。私にも、救おうとして救いきれなかった経験が数多くある。だが、それは確かに悲しいことだが、それだけに目を奪われていてはいけない。君はこの場で、数多くの命を救った。あれを見てみなさい〕
 コスモスに促されてティファニアが目を向けると、そこには手を振りながらコスモスを見上げてくる仲間たちや村の娘たちの姿があった。
 
「ありがとう、ウルトラマンコスモース!」
「みんなを助けてくれて、本当にありがとうー!」
 
 手を振って笑いかけてくるみんなの姿を指して、コスモスはあっけにとられているティファニアに向けて話す。

241ウルトラ5番目の使い魔 32話 (13/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:55:14 ID:YRzYDd3U
〔君が強い意志で私を呼んでくれたからこそ、彼らを助けることができた。彼らを救ったのは、君だよティファニア〕
〔そんな、わたしなんて何も〕
〔いいや、君の活躍だよ。君がいたからこそ、私は働けた。そして、君に尋ねよう。君はエルザを救えなかったかもしれない、しかしそれで君はもう誰も助けられないとあきらめるのか?〕
 コスモスのその言葉に、ティファニアははっとした。そして、嘆いていた自分を恥じて強く言った。
〔ううん! この世界には、まだエルザのように悲しい生き方を強いられている人がいっぱいいるはず。わたしは、その人たちのためにこれからも戦いたい〕
 そう、この世に全能などはない。ウルトラマンや防衛隊にだって、救いきれない命はある。消防やレスキューだって、間に合わずに犠牲者を出してしまうこともある。しかしそれでも彼らは悲しみを振り切って次の現場へと向かう。なぜならそこに、次は救えるかもしれない命があるからだ。
 コスモスはティファニアの決意を聞いて、ゆっくりとうなづいた。
〔そう、それこそが真に人を救うということだ。そしてティファニア、この星とこの星に住む命を守るために、君の力を貸してほしい。私はこのままの姿では、この星に長くとどまることができない。だから、私の命と力を君に預けたい〕
〔コスモス……わかった、いっしょに戦いましょう!〕
 ティファニアの決意をコスモスは受け取り、ここにティファニアはコスモスはひとつとなった。
 
 そして、この戦いの最後の仕事が待っている。コスモスは皆を見下ろすと、コロナモードのチェンジを解いた。
 
『ウルトラマンコスモス・ルナモード』
 
 優しさを体現する青い姿のコスモス。そしてコスモスは屍人鬼となったままで倒れている村の人々へと、手のひらに穏やかな光の力を集めて、彼らに向けて優しい光を浴びせていった。
『ルナエキストラクト』
 邪悪なものを分離させる光線が、吸血ウィルスに犯されていた村人たちからウィルスだけを取り除いていった。
 村人から牙が消え、ただの人間に戻ったことがわかる。アリスたち村の娘たちは自分の家族や友人が人間に戻って生きていることを知ると彼らに駆け寄って吐息や鼓動を確かめ、涙を流して喜びにむせび泣いた。
「ありがとうウルトラマン、ありがとう!」
 村の娘たちの心からのお礼を受けて、コスモスはこの村での自分の役割が終わったことを確信した。空を見上げて、コスモスは静かに飛び立つ。

242ウルトラ5番目の使い魔 32話 (14/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:56:22 ID:YRzYDd3U
「シュワッ」
 コスモスは空のかなたに光となって消えていき、こうしてサビエラ村での吸血鬼事件は終わりを告げた。
 
 
 ただ、この村の事件は終わっても、ミシェルたち一行の旅はまだ終わらない。次の刺客が来る前に、一刻も早くトリステインに帰らなくてはならないのだ。
 
 
「もう、行っちゃうの? おねえちゃん」
 村はずれで、休む間もなく旅立とうとしている一行を見送りに来たアリスがミシェルに向けて言った。
 あれからすぐに、戻ってきたティファニアとも合流した一行は、そのまま旅立つことを決めた。なごりは惜しいし疲れも癒したかったが、ここにいてはまたサビエラ村が戦いに巻き込まれるかもしれなかったからだ。
 村の男たちは、まだ気を失ったままでいる。それでも一行の旅立ちを、アリスだけでなく村の娘たちのほとんどが見送りに来てくれた。
 しかし急な別れに、せっかく仲良くなれたのにと、アリスは半泣きになっている。そんなアリスに対して、ミシェルは寂しそうにしながらも優しく笑いかけた。
「ごめんな、おねえちゃんたちは急ぎの旅の途中なんだ。でも、わたしたちは君のことを忘れない。サビエラ村を救うために力いっぱいがんばった、勇者アリスのことをね」
「勇者? わたしが、勇者?」
「そうさ、君だけじゃない。ここにいる者はみんな、勇気を振り絞って力の限り戦った勇者さ。君や、わたしたちみんなが頑張ったから吸血鬼をやっつけられた。紛れもなく、君たちは勇者さ」
 ミシェルの言葉に、アリスだけでなくメイナや村の娘たちも照れくさそうに笑った。
 皆が、勇者。その言葉は、自分たちが吸血鬼に狩られるだけの脆弱な生き物だと思っていた村の少女たちの胸に、新しい熱い炎を灯したのだ。
 ただそれでも、一行がいなくなることで不安を覚えるのも確かだ。重傷の身をおして見送りに来てくれていたメイナが、心細そうに言った。
「皆さん、本当にありがとうございました。けど、あなた方がいなくなった後で、またエルザのような奴がやってきたらと思うと……」
 その一言に、アリスや村の娘たちに戦慄が走った。無理もない、友達だと信じていたエルザに裏切られたアリスやメイナたちの心の傷は大きい。ティファニアは、エルザを救いたいとは思ったけれども、やはりエルザの悪行が残した爪痕の深さを思ってなにも言えず、その前で 村娘たちは顔を見合わせて不安をぶつけあった。

243ウルトラ5番目の使い魔 32話 (15/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:58:01 ID:YRzYDd3U
「どうしよう、もう一回あんな妖魔がやってきたら今度こそ村はおしまいだよ」
「これというのも、村長さんがよそ者の子なんかを連れ込んだからよ。やっぱり、身元の知れない奴なんかを入れちゃいけないのよ」
「そうね、男の人たちが起きたら、よそ者は絶対に入れないって決まりを作ってもらいましょう。よそ者なんか信用しちゃダメなのよ」
 村娘たちは不安と恐怖から、まるでカメが甲羅の中に閉じこもるように、冷たい壁を外に向かって張り巡らせようとしていた。
 だが彼女たちの閉鎖的な言葉は、それを聞くギーシュたちの胸にも寒風を吹かせた。気持ちはわかる、多くの犠牲者も出ているのだから、これ以上の犠牲を出さないためにも村の防備を固めたいと思うのは当然だ。しかしそれでは、いずれサビエラ村は外敵によらずとも、本当の意味で駄目になってしまうだろう。ギーシュたちはそのことを経験からなんとなく察したけれども、それをどう伝えればいいのかわからずに、口をもごもごさせることしかできない。
 アリスもまた、エルザから受けた心の傷と恐怖から顔を曇らせている。幼い彼女には、まだどうしていいのかわからなくても、殺気立つ村娘たちに共感しているところはあるようだ。
 そのときである。ミシェルが、アリスの両肩を持つと視線を合わせて、ほかのみんなにも聞こえるようにして穏やかに話しかけていったのだ。
 
「アリス、わたしたちが村から去る前に、ひとつだけおねえちゃんと約束してほしいことがあるんだ」
「約束……?」
 
 ミシェルはアリスがうなづいたのを見ると、ゆっくりと言葉をつむぎはじめた。
 
「優しさを失わないでくれ。弱いものを労わり、互いに助け合い。どこの国の人たちとも仲良くなろうとする気持ちを失わないでくれ……たとえその気持ちが、何百回裏切られようとも」
 
 ミシェルは語り終わると、アリスの小さな手を自分の両手で包み込むようにして握り締めた。
「優しさを、失わないで……?」
「そう、おねえちゃんの一番大切な人が教えてくれた言葉さ。なあアリス、今回、災いは村の外からやってきた。きっと、これからもやってくるだろう。だけど、わたしたちも外からやってきたんだ。外の世界には災いだけじゃなくて、喜びや、驚きや、新しい友達になれる人もいっぱいいるんだ」
「新しい、お友達? たとえば、おねえちゃんみたいな?」
「ああ、わたしとアリスは友達さ。だからね、村の中にいれば安全かもしれない。だけど、それじゃほら穴に隠れて過ごすアナグマといっしょだ。君たちは人間だろう? だから、どんなときでも人間らしく生きることを忘れないでくれ。そうすれば、また悪い奴が来たときでも、きっと君たちを助けてくれる人がやってくる」
「おねえちゃん……わかった。わたし約束する! どんなときでも、人間らしく生きるって」
 アリスはミシェルに誓い、ミシェルは力強く宣言したアリスを優しく抱きしめた。
 そして、ふたりの誓いは殺気立って村の鎖国化を考えていた村の娘たちの心にも深く刺さり、たった今までの自分たちの言動を恥じさせた。

244ウルトラ5番目の使い魔 32話 (16/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:58:55 ID:YRzYDd3U
「そうね、わたしたちは人間だもの。あの吸血鬼みたいに、見た目だけ取り繕った悪魔になっちゃいけないわ」
「ええ、考えてみたら、こんな小さな村で閉じこもっても、遠からず人が絶えて滅んでしまうわ。よそ者をよそつけないんじゃなくて、よそ者が悪い奴かどうかを見分けられるように、わたしたちが賢くならなきゃいけないのね」
「外の世界か、そういえばわたしたちはサビエラ村からほとんど外に出たことはなかったわね。お父様たちが禁止してたからだけど、外にはあなた方みたいな素晴らしい人もいるのね」
 狭い村の中だけではなく、大きな外の世界へと目を向ける。それは若い娘たちにとって新鮮な驚きであり、喜びであった。
 すでにこの中には、家族を説得して村の外に出てみようと考え始めている者も多い。それらはきっと、大変な反対に合うだろうが、いずれ若く強い力が勝つに違いない。
 そうだ、人生は旅であり、旅とはより遠くへ、より多くのところへ行ってこそ価値がある。
 サビエラ村はいつしか歩くのを止め、旅をあきらめてきた。しかし歩かなければ疲れはしないが、食は細り、体は衰えて、やがて滅んで忘れられていく。だがサビエラ村にはまだ、遠くへと歩こうとする若い息吹が残っていた。この息吹が育っていけば、外から新しいものを持ち帰り、サビエラ村が活気を取り戻すことも不可能ではないだろう。
 
 アリスと村の娘たちの心に光の誓いを残し、とうとう一行が村を後にする時が来た。
 ギーシュたちは先に去っていき、最後にティファニアとミシェルが残って、アリスとメイナに別れを告げる。
「さようならティファニアさん。わたし、あなたに救われた命を大切にしていきますね」
「メイナさん、それはわたしも同じです。さようなら、わたしの新しいお友達。また、会いましょうね」
 ティファニアとメイナは最後に固く握手をかわし、ティファニアは小走りで皆の後を追いかけていった。その懐の中には、コスモスから預かったコスモプラックが静かに眠っている。
 そしてアリスとミシェルも。
「さようならおねえちゃん。また、会えるかな」
「ああ、信じれば叶わない夢なんかないさ。そうだ、これをアリスにあげよう」
 ミシェルはアリスの手をとると、その中にトリステイン王家の紋章をかたどったワッペンを握らせた。
「これって?」
「銃士隊、トリステイン王国軍の王家直属親衛隊の証だ。わたしは、その副長ミシェル。アリス、君の勇敢な働きに敬意を持って、これを預けていこう」
「トリステイン王国の……? お、おねえちゃんって、本当にすごい人だったんだね。ねえ、おねえちゃん……わたしも、おねえちゃんみたいに強くなれるかな?」
「それは、君の努力しだいだな。わたしたちも、最初からすごかったわけじゃない。いろんな戦いで武勲を立てて、それを女王さまが認めてくれるまでは長かった。だけど、今トリステインでは女王陛下が、実力さえあれば平民でも騎士にでも貴族にでもなれるようにしてくれている。実力と、努力しだいでね」

245ウルトラ5番目の使い魔 32話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:59:35 ID:YRzYDd3U
「平民でも、騎士や貴族さまになれるの!」
「ああ、これからは自分がなりたいものを決めるのは自分自身だ。もちろん、困難や挫折も数多い。しかし、夢を見て努力し続ければ、未来は決して人を裏切らない。覚えておけ」
「うん、わかったよ。おねえちゃん!」
 強く目を輝かせたアリスに、ミシェルは優しく微笑んだ。
 
 そして、ミシェルも踵を返してサビエラ村を去っていく。
 さようなら、小さいが勇敢な人々の住む村よ。ほんのわずかな間だったけれど、この村では多くのことを学ぶことができた。
 後ろ髪を引かれる思いをしながら、振り返るまいと自分に言い聞かせてミシェルは仲間たちを追っていく。
 ところが、ミシェルが村の入り口の門に差し掛かったときである。彼女の背中から、アリスの元気に溢れた声が響いてきたのだ。
 
「おねえちゃーん! わたし、毎日畑仕事を手伝って力をつける。そして大きくなったらトリステインへ行くから、じゅうしたいの仲間に入れて! わたしは強くなって、村を守れる騎士になりたい!」
 それは、辺境の平民の子に生まれて、決まりきった運命しかないと教えられてきたアリスが初めて自分の”夢”を叫んだ瞬間だった。
 だがミシェルは振り返らない。振り返ってしまえば、目じりから溢れるもので濡れた顔を見られてしまうから。その代わりに、ミシェルはアリスに負けないくらい大きな声で答えた。
「銃士隊の訓練は厳しいぞ! たくさん食べて、早く大きくなれ。待っているぞ、成長した勇者アリスの姿を見られる日をな!」
「はい! 必ず、必ず行くからねーっ!」
 アリスの誓いに見送られ、ミシェルはサビエラ村を後にした。
 
 村から離れ、街道に出ると、そこには仲間たちがミシェルを待っていた。
「待たせたな、さあ行くか」
 目指すはトリステイン王国トリスタニア。そこを目指す一行の先頭に立って、ミシェルは雄雄しく一歩を踏み出した。
 すでにその目に涙はなく、すがりついて甘える弱さもない。この事件が起きる前とでは別人のようになったミシェルがそこにいた。
 だが、ミシェルは本当に才人のことを振り切ることができたのだろうか? ひとりの銃士隊員が恐る恐るながら尋ねると。
「あの、副長。副長はその、サイトのことを……」
「生きてるさ」
「えっ?」
「サイトが、あいつが簡単にくたばるはずがない。地の果てか、違う世界か……どこにいようと、サイトは必ず帰ってくる」
 確信を込めてミシェルは言い放った。
 しかしどこにそんな根拠が? そう尋ねると、ミシェルは空を見上げて言うのだった。
「帰ってくるさ、だってサイトはウルトラマンなんだから。もし帰ってこないのなら追いかけるまでさ……わたしもウルトラマンになって、星のかなたまででもね!」
 胸を張って言い放ったミシェルの目には、必ずまた会えるという確信の炎が燃えていた。それは妄信? 狂信? いや、ただひたすらな愛だけが彼女の瞳には宿っている。
 皆は、そしてティファニアは、ひとりの人を一途に愛するということが、これほどまで人を強くするのかと思い、自分の胸も熱くした。
 
 
 勇者たちの活躍によってロマリアの野望の一端は砕かれた。だが、闇の勢力の手はまだハルケギニアに強くかかっている。急げ、勇敢な若者たちよ、君たちの故郷は君たちの帰りを待っている。
 
 
 続く

246ウルトラ5番目の使い魔 32話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/02(金) 00:00:11 ID:I9NMtBxs
今回はここまでです。サビエラ村編最終回、ようやくお届けすることができました。
3章前半の悲願であるコスモスを迎えて、いろいろ悩みましたが書きたいことを精一杯書けたと思います。
この回の主人公はティファニアであり、ミシェルであり、エルザであり、アリスであり、村の少女たちでもあります。それぞれ生き方の違う人間同士が触れ合ったときになにが起きるか、今回はそれも試してみました。
まあ書きたいことを思いっきり書いたので、少々自重できずに趣味が混じってしまいましたがご愛嬌ということで。

では次回からは、場所を変えてロマリアのもうひとつの悪巧みを追います。
PS、ウルトラマンエックスはなかなかおもしろいですね。露骨な玩具販促は気に入りませんが、シナリオはギャグとシリアスのバランスがとれていますし、バトルの殺陣もなかなかです。
特に、ウルトラシリーズ恒例のやたらカオスな回もしっかり踏襲してますね。自分も、最近はシリアスな話が続いたのでああいう話も書いてみたいです。

247名無しさん:2015/10/03(土) 20:47:21 ID:GolHJEgc
乙です
ああ、エルザを救うことはできませんでしたか
彼女にも矜持や憎しみの理由があったから簡単に事が進むとは
思わなかったけど

248名無しさん:2016/11/18(金) 21:01:21 ID:DyvaEvQk
次スレはいっそこちらを再利用してはどうでしょうか? どのみち2ちゃんの本スレはもう投下には使えないので分ける意味もないでしょうし

249ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:07:22 ID:EQT.khtE
次スレをこれにするという意見が出てるので、とりあえずこちらで投下を始めます。
開始は23:10からで。

250ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:10:21 ID:EQT.khtE
ウルトラマンゼロの使い魔
第百二十五話「バルキー大逆襲」
宇宙海人バルキー星人
スクラップ幽霊船バラックシップ
深海怪獣グビラ
深海竜ディプラス
飛魚怪獣フライグラー 登場

 柱に縛りつけられたまま、ルイズはバルキー星人に向かって叫んだ。
「あんたはあの時の……真っ黒鉄仮面ッ!」
『おいこらぁッ! 何だその言い草はぁ! 口の悪いガールだぜぇーッ!』
 みょうちくりんな仇名でよばれたバルキー星人が憤慨した。
「そんなことはどうだっていいのよ! それよりあんた、今更出てきて何の用よ!」
 ルイズが詰問すると、バルキー星人はビシッと指を突き立てて答えた。
『あの時のラストに言っただろう! 次会う時は、海の怪獣を見せてやると! その準備が
整ったから、約束通りに見せに来たのさぁッ!』
「そんな約束してないわよ! 迷惑よ、帰りなさいッ!」
『やだねーッ!』
 ルイズの言いつけをはねのけ、バルキー星人は勝手にまくし立て始めた。
『最近異常にホットな日が続いてただろう? 海はミーの得意フィールド! そこにおびき寄せる
ために、ミーが気温をコントロールしてたのさ! 人間はあっつくなると海に来たがるものだからな!』
「あッ! あれあんたの罠だったの!」
『そしてのこのこと海にやってきたお前たちをこのバラックシップの中に捕らえ、ウルトラマン
ゼロたちをおびき寄せてミーの海の怪獣たちで始末する! これがミーのグレートな作戦さぁ!』
 自慢するバルキー星人に言い返すルイズ。
「何がグレートな作戦よ! 頭おかしいんじゃないの!?」
『ユーが言うんじゃねぇよ! 何だその格好! 露出狂かッ!』
 バルキー星人の言う通り、ルイズたちはオスマンが持ってきた、露出の多い水着の格好であった。
まさかこんなことになるとは思っていなかったので。
「これはその……色々あったのよ!」
『ふぅん? とにかく、バラックシップはミーが改造して至るところトラップだらけさ! 
お前らを助けるために乗り込んできた奴を蜂の巣にしてやるぜー!』
「くッ、卑怯よ! 男なら正々堂々と戦いなさい!」
『知ったこっちゃねぇなー! まぁせいぜい活きのいい感じに助け求めて、餌として役立って
くれよぉ! ハハハハハハ!』
 バルキー星人はそれだけ言い残して、煙とともにこの場から消えていった。
「あッ、こら! 待ちなさいよー!」
 身動きが取れないので足をばたつかせるルイズ。それをキュルケがなだめた。
「落ち着きなさいルイズ。ジタバタしても、体力を消耗するだけよ」
「けど……!」
「悔しいけれど、今のあたしたちにはどうすることも出来ないわ。このロープもギュッと
締まってて全然緩まないし、タバサの杖も取り上げられちゃったし……」
 キュルケの言う通り、今のルイズたちは文字通り手も足も出ない状態だ。
「あたしたちの命運は、ウルティメイトフォースゼロやサイトたちに託すしかないわ……」
「……」
 達観しているキュルケとは違い、ルイズは己の不甲斐なさにキュッと下唇を噛み締めた。

 その頃砂浜では、才人たちが遠見の魔法で海に浮かんだままのバラックシップを監視していた。
「うーむ、今のところは動きを見せないか……。モンモランシーはあの幽霊船の中に引きずり
込まれてしまったのは間違いないんだね?」
「ああ。そこはしっかり確認したよ」
 ギーシュの問いかけにマリコルヌが答えると、才人がやや焦った様子で発した。
「今頃ルイズたちはどんな目に遭ってるか……。どうにかあれに乗り込めないか!?」

251ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:12:12 ID:EQT.khtE
「しかしサイト、あの幽霊船から突き出てるでかい大砲を見たまえよ」
 ギーシュがバラックシップの無数の大砲を指し示した。
「とんでもない数だ。船や『フライ』でのこのこ近づこうものなら、あっという間に消し炭に
されてしまうよ。もっと速く飛べるような乗り物でもない限り、無謀すぎる」
「そんなのがどこに……。オストラント号を呼んでる時間なんてないし……」
 才人がそう言ったところ、上からブワッと風圧が彼らの身体に掛かった。
「うわッ!」
「きゅいきゅい!」
「パムー!」
 見上げると、才人たちの目の前にシルフィードが降下してきた。頭の上にはハネジローが
乗っている。
「シルフィード! そうか、タバサの危機を知ってここまで……!」
 シルフィードは主人と使い魔の視界のリンクにより、学院を飛び立って駆けつけてくれたのだ。
ギーシュは喜びの声を上げる。
「風竜の飛行速度と旋回能力なら、砲撃もかわせるぞ!」
 うなずいた才人がシルフィードの背の上に飛び乗る。
「あんまり重量を増やしたらシルフィードのスピードが落ちるから、俺一人で行く。みんなは
ここで帰りを待っててくれ」
「頼んだぞ、サイト!」
「いつもすまんな、サイトくん。くれぐれも気をつけてくれたまえ」
 才人を信頼して託すギーシュとオスマン。そこにレイナールが四本の杖を持って走ってきた。
「ルイズたちの杖だ。宿から取って来たんだ。彼女たちに渡してくれ」
「ありがとう」
 才人が杖を受け取ると、シルフィードが翼を羽ばたかせて離陸した。
「よぉし、行くぜシルフィード!」
「きゅいー!」
 シルフィードは才人の呼びかけに力強く応じ、バラックシップへ目掛け一直線に加速していった。
 才人たちの接近によってバラックシップが早速動きを見せた。大砲がうなりを立ててシルフィードの
方角へ向けられ、一気に砲弾を撃ってきた!
 しかしシルフィードはひるまず、身体を左右に振って砲弾の間を的確にすり抜けながら
前進していく。期待通りの飛行能力に、才人はぐっと手を握った。
「いいぞ! そのまま船の甲板まで頼む!」
 が、ふと海面を見下ろしたハネジローが鋭く警戒の鳴き声を出した。
「パムー!」
「!?」
 咄嗟に身をひねらせるシルフィード。それにより、海面を突き破った高速回転する巨大ドリルを
回避することが出来た。危うく串刺しにされるところだった。
「えッ!? ドリル!?」
 ギョッとする才人。そしてドリルの下から、巨大生物の本体がせり上がってきた。
「グビャ――――――――!」
「あいつは……深海怪獣グビラ! 他にも怪獣がいたのか……!」
 鼻先にドリルを備えた魚型の怪獣の出現に目を見張る才人。しかしそれで終わりではなかった。
「キャア――――――――!」
「クアァ――――――!」
 更にコブラのような扇状の鱗を生やしたウミヘビ型怪獣と、羽を持った魚型怪獣が海中より
飛び出してきた。深海竜ディプラスと飛魚怪獣フライグラーだ! バルキー星人の連れてきた
海の怪獣軍団である。
「くッ、まだこんなにも怪獣が……! こいつはやばいぜ……!」

252ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:14:37 ID:EQT.khtE
 才人も苦悶の表情を浮かべた。ディプラスは触覚から電撃光線を飛ばしてきて、フライグラーは
空中に飛び上がり、シルフィードを追いかけてきた。さすがにこれだけの敵に囲まれては、シルフィードでも
かわし切ることは出来ない。才人、絶体絶命の危機!
 しかしこんな時に助けてくれる力強い仲間たちがいるのだ。ウルティメイトフォースゼロだ!
『はぁぁッ!』
『うらぁぁぁッ!』
『ジャンファイト!』
 空の彼方よりこの場に駆けつけたミラーナイト、グレンファイヤー、ジャンボットがそれぞれ
グビラ、ディプラス、フライグラーを抑え込み、押し飛ばして才人たちから遠ざけた。
「みんな!」
『怪獣は私たちにお任せを! サイトはルイズたちを救出して下さい!』
 ミラーナイトがバラックシップの才人たちへの砲撃をディフェンスミラーでさえぎって、
そう呼びかけた。
「ありがとう! 頼んだぜ、みんな!」
 再び前進を開始したシルフィード。ミラーナイトとグレンファイヤーはグビラとディプラスを
押し込んで海中に潜っていき、ジャンボットはジャンバードに変形して陸へ逃げるフライグラーを
追いかけていった。
 そしてシルフィードはとうとうバラックシップにまで到着。バラックシップの一部を成している
大型船の傾いた甲板に着地すると、飛び降りた才人がデルフリンガーを抜いてシルフィードに告げた。
「少し危険だけど、ここで待っててくれ。ルイズたちを乗せたら、すぐに飛び上がるんだぞ!」
 シルフィードがコクコクうなずくと、才人はバラックシップの船内に向かって潜り込んでいった。

 ルイズたちが囚われているバラックシップのコンピューター室を探して、細い通路を走っていく
才人。しかし通路の至るところにはバルキー星人の仕掛けた自動ビームガンの罠があり、才人が
踏み込んできた瞬間に銃口を向けて光線の歓迎を仕掛けてきた。
「おっとッ!」
 だが幾度もの戦いを乗り越えて鍛え抜かれた才人だ。ガンダールヴの敏捷さで光線を跳び越え、
くぐり抜け、デルフリンガーの刃で反射して一発ももらわない。
 そして光線の雨に恐れずに踏み込んで、ビームガンを片っ端から叩き壊しながら進んでいく。
「相棒、娘っ子たちはどうやら次の角を左に曲がった先みたいだぜ!」
 生き物の気配を探ったデルフリンガーが才人に教えた。
「分かった! 待ってろよみんな、今行くぜッ!」
 ルイズたちが近いと知った才人はスピードを上げ、通路の角を曲がった先の扉をぶち開けた。
「どっせいッ!」
「サイトぉ!」
 一番にルイズが才人の名を叫んだ。ルイズたちに怪我がないことが分かって、才人は一瞬ほっとする。
 柱に縛られたままのルイズは才人に警告した。
「サイト、気をつけて! 罠よ!」
「分かってるさ……!」
『はぁーッ!』
 次の瞬間に、テレポートしてきたバルキー星人が速攻で空中から剣を振り下ろしてきた。
才人はすかさずデルフリンガーを盾にして、バルキー星人を押し返す。
 着地したバルキー星人が間合いを測りながら告げた。
『待ってたぜぇ! ユーだけはこの手で串刺しにしてやるッ!』
「へッ、負けるかよ! 俺だって、お前との決着をつけてやるぜ!」
 才人は勇んで挑発を返したが、バルキー星人は不敵な笑みを見せた。
『これでもそんな口が叩けるかなぁー!?』
 その指が鳴らされると、コンピューター室の天井や壁からビームガンが多数現れ、才人に
光線を連射してきた。
「くッ……!?」

253ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:17:15 ID:EQT.khtE
 危ないところで身を翻して光線をかわした才人に、バルキー星人が飛びかかってくる。
『シャアッ!』
「うおッ!」
 バルキー星人の剣先が才人の頬をかすめ、切れた皮膚から血が垂れた。さすがに、光線の雨から
逃れながらバルキー星人の相手をするのは苦しすぎる。かと言ってゼロに変身している暇はない。
「汚すぎるわ……!」
 憤るルイズたちだが、拘束は緩まないので見ているだけしか出来ない。それがますます悔しかった。
『ハッハー! 今度こそミーの勝ちだぁーッ!』
 光線の猛撃を防ぐことで手一杯な才人の隙を窺い、バルキー星人が剣を振り上げ襲いかかろうとする!
「パムー!」
 だがその瞬間に、小動物が飛びかかってバルキー星人の顔面に張りついた。
『おわぁーッ!? な、何事だぁー! 前が見えねぇーッ!』
「ハネジロー!」
 視界をふさがれて狼狽えるバルキー星人。才人を助けたのはハネジローだった。小さな身体を
活かして、隠れながらついてきていたのだ。
 才人はこの機を逃さず、光線を跳び越えてルイズたちを縛るケーブルを切断して六人を救出した。
同時に懐から出した杖を手渡す。
「ほら、お前たちの杖だ!」
「ありがとう、サイト!」
 タバサも床に打ち捨てられてあった自身の杖を拾い上げ、五人が素早く呪文を唱えて魔法攻撃を
繰り出し、ビームガンを全て破壊した。
『うげぇッ!?』
 ハネジローを振り払ったバルキー星人がこれを目撃してたじろいだ。
 才人はルイズたちとともに得物を向ける。
「さぁ、観念しろバルキー星人!」
 一気に劣勢に転じたバルキー星人だったが、降参はしなかった。
『シーット! まだだッ! まだ最後の切り札が残ってるぜぇーッ!』
 再び煙を発してこの場から消えるバルキー星人。才人が即座に飛びかかったのだが、一歩遅く
逃げられてしまった。
 やむなく才人は、ルイズたちの方へ振り返って言いつけた。
「外でシルフィードが待ってる! それに乗って脱出しろ! 俺はこの船をどうにかする!」
「サイトはどうやって逃げるの!?」
 事情を知らないティファニアとモンモランシーが才人の身を案じた。才人は安心させるように
笑いかける。
「俺なら大丈夫さ。それより早く! バルキー星人が次にどんなことをしてくるか分からねぇ!」
「でも……!」
「サイトを信じてあげて! さぁ、急ぐわよ!」
 ルイズたちがティファニアとモンモランシーの手を引き、ハネジローの先導の下にコンピューター
室から甲板に向かって駆け出していった。
 ルイズたちがこの場から脱すると、才人は素早くウルトラゼロアイを出して、顔面に装着した。
「デュワッ!」
 そしてルイズたちを乗せたシルフィードが飛び立ってバラックシップから離れると、
ウルトラマンゼロがバラックシップを内側から突き破って空に飛び上がった!
「セアァァ―――――ッ!」
 内側から破壊されたバラックシップは爆発の連鎖を起こし、木端微塵に吹っ飛んだ。

254ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:19:11 ID:EQT.khtE
 バラックシップを破壊したゼロはシルフィードとともに、陸地へと向かって飛んでいった。

 海底ではミラーナイトとグレンファイヤーが、グビラとディプラス相手に激しく戦っていた。
『ミラーナイフ!』
 ミラーナイトがこちらに猛然と泳いで迫ってくるグビラにミラーナイフを繰り出す。
「グビャ――――――――!」
 しかしグビラのドリルは光刃を容易く弾き返した。更にミラーナイトの展開したディフェンス
ミラーをも簡単に突き破って、ミラーナイトを突き飛ばす。
『ぐはッ! 恐ろしい威力だ……!』
 グビラの一番の武器たるドリルの強力さに舌を巻くミラーナイト。グビラはターンして
再びミラーナイトに迫ってきた。
「グビャ――――――――!」
『……!』
 それに対しミラーナイトは、下手に動じずにどっしり腰を構えてグビラを見据える。そして
彼我の距離がギリギリまで縮まったその時、
『はぁぁッ!』
 ジャンプしてグビラの軌道から逃れるとともに、すれ違いざまに鋭いチョップをドリルに
叩きつけた。
 横向きの力が加えられたドリルは根本から綺麗に折られた!
「グビャ――――――――!?」
 グビラはドリルを折られると同時に気力まで折られ、あたふたと慌てるばかりだった。
振り返ったミラーナイトが不敵に告げる。
『ですが、一芸に頼り過ぎましたね』
 そして腕を水平に薙いで、とどめの攻撃を放つ。
『シルバークロス!』
 十字の刃がグビラを貫通し、グビラは海中で爆散して水泡と変わった。
 グレンファイヤーはディプラスの顔面を狙って鉄拳をお見舞いする。
『どおらぁッ!』
「キャア――――――――!」
 パンチはクリーンヒットしたが、細長い身体をゆらゆらとうごめかすディプラスは衝撃を逃がし、
さほど効いている様子を見せなかった。
『くっそー、掴みどころのねぇ奴だぜ!』
「キャア――――――――!」
 更にディプラスは素早くグレンファイヤーの身体に巻きついて、彼をギリギリと締め上げる。
「キャア――――――――!」
『何! くっそ、こんぐらいでこの俺が参るか……!』
 耐えるグレンファイヤーだが、ディプラスはそこに触覚からの電撃光線まで浴びせた。
「キャア――――――――!」
『ぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 この同時攻撃にはタフなグレンファイヤーもたまらず悲鳴を発した。
 ……しかし、それでも彼は立っていた!
『面白れぇ……このまま耐久勝負といこうじゃねぇか! ファイヤァァァ―――――――!!』
 グレンファイヤーは巻きつかれたままファイヤーコアを滾らせ、己の体温を急激に上げていった!
「キャア――――――――!?」
 今度はディプラスの方がたまらなくなって離れようとしたが、細い胴体をグレンファイヤーが
鷲掴みにして逃がさなかった。
『おっとぉ! 掴みどころはちゃんとあったなぁッ!』
 そのままどんどんと加熱するグレンファイヤー。やがて熱がピークに達すると、ディプラスの
耐久が限界に来て、瞬時に爆発を起こした。
『へッ、どんなもんだ!』
 ディプラスを撃破したグレンファイヤーが高々と見得を切った。

255ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:22:05 ID:EQT.khtE
 高空では、ジャンバードとフライグラーが熾烈なドッグファイトを展開していた。
『ビームエメラルド!』
「クアァ――――――!」
 ジャンバードの銃身から放たれたビームエメラルドと、フライグラーが口から吐き出した
水流波が衝突。相殺され、ジャンバードとフライグラーは羽をぶつけ合ってすれ違う。
『むぅ、やるものだ……!』
 うなるジャンバード。しかし彼の電子頭脳はフライグラーの弱点を見破ったのだった。
「クアァ――――――!」
 反転したフライグラーがジャンバードに再度水流波を繰り出そうとする。……その直前に、
首元のエラが開かれて空気を大量に吸引する。
『今だッ! ジャンミサイル!』
 そのタイミングを狙って、ジャンバードは一発のミサイルを発射。ミサイルは横から回り込んで、
フライグラーのエラに爆撃を加えた。
「クアァ――――――!?」
 フライグラーは水流波を放つために、エラから空気を吸引して水分を蓄える。だがそのエラが
弱点でもあったのだ。
 バランスを崩したフライグラーは地表にまっさかさまに落下していくが、体勢を立て直して
着地に成功した。
 しかしそこに変形したジャンボットが急速に飛びかかってくる!
『ジャンブレード!』
 降下の勢いを乗せたジャンブレードが振り下ろされ、フライグラーの身体を袈裟に切り裂いた。
フライグラーは声もなく爆破される。
 フライグラーを討ち取ったジャンボットはもう一度飛び上がって、砂浜の方向へ飛んでいった。

 ゼロ、ミラーナイト、グレンファイヤー、ジャンボットが順番に波打ち際に着水。すると
それを見計らったかのように、バルキー星人が彼らの面前に出現した。
『やるもんだなぁ、ウルティメイトフォースゼロ! あれだけの用意を、あっさりと打ち破りやがって!』
『バルキー星人、いい加減に観念しな! 俺たちに挑もうなんて十万年早かったんだよ!』
 人指し指を向けて宣告するゼロ。だがバルキー星人は失笑した。
『言ったよな? まだ切り札があるってな! 今からそれを見せてやるぜぇーッ!』
 バルキー星人が指を鳴らすと、海の方から巨大な気配が接近してくるのにゼロたちは気づいて、
咄嗟に振り返った。
『まだ怪獣がいたってのか!』
 戦闘態勢を取り直す四人。そして、海面を破って彼らの前に現れた巨大怪獣の正体とは――。
「グアァ――――――――!」
 青いゴツゴツとした体表に、頭部に三本の鋭い角、背筋には魚類のもののようなヒレ、
そして顔面に爛々と燃えるように輝く真っ赤な眼を持った怪獣。ゼロたちはこの怪獣が
前に現れると、思わず身震いをした。
『な、何だあの怪獣は……!? 尋常じゃねぇ闇の力をその身に宿してるぜ……!』
 四人はバルキー星人が呼び出したのが、ただの怪獣ではないことを察した。野生に生息している
通常の生態の怪獣ではあり得ないような、暗黒の波動を全身から発しているのだ!
『ハーハハハハハハ! サメクジラだと思った? 違うんだなぁこれがーッ!』
 バルキー星人が愉快そうに高笑いした。
『ミーもこの星の海底でこいつを見つけた時はブルっちまったぜ! 何とも濃厚な闇のパワーを
持ってやがるからな! それで確信したねッ! こいつなら、お前たちウルティメイトフォースゼロも
ぶっ倒せるってなぁーッ!』
 バルキー星人が探し出してきた切り札の怪獣――いや、根源破滅海神ガクゾムが、ウルティメイト
フォースゼロに対して殺意を向けてきた。

256ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:23:38 ID:EQT.khtE
以上です。
ギャグの導入からえらい展開へ。

257名無しさん:2016/11/23(水) 18:39:45 ID:jEuqpAb2
乙です 
前回のことだけど、リアルなタコそのもの(撮影に使ったのは本物)のスダールがルイズたちを襲うって絵的にかなりヤバいですね

258名無しさん:2016/11/23(水) 18:44:05 ID:VvSqxapE
黒岩省吾 「君は知っているか!?
       葛飾北斎の『蛸と海女』に出てくる蛸は実はメスだという事を!!」
(なんでも蛸の吸盤が雌のそれらしい、まあ北斎がその辺知らなかった可能性あるけど)

259名無しさん:2016/11/23(水) 23:26:44 ID:cpvbu0Zk
乙です
バルキーよ、下手に環境をいじったりして伝説2大怪獣が来ても知らんぞ

261ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:47:01 ID:w9tfUn6g
こんばんは、焼き鮭です。引き続きここに投下します。
開始は21:50からで。

262ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:50:12 ID:w9tfUn6g
ウルトラマンゼロの使い魔
第百二十六話「輝け!ウルティメイトフォースゼロ」
根源破滅海神ガクゾム
根源破滅飛行魚バイアクヘー
宇宙海人バルキー星人 登場

 異常に暑い日が続き、海に涼を取りにやってきたルイズたち。しかしそれは逆襲を目論む
バルキー星人の罠だった! ルイズたちが人質にされ、才人に海の怪獣軍団が差し向けられたが、
ウルティメイトフォースゼロの力で撃退に成功。ルイズたちも救い出し、残すはバルキー星人
ただ一人かと思われた。
 だがバルキー星人は切り札の怪獣を残していた! しかもただの怪獣ではない。強大な闇の
力を持つ根源破滅海神ガクゾムだ! 暗黒の脅威にどう立ち向かうか、ウルティメイトフォースゼロ!

「グアァ――――――――!」
 海より現れたガクゾムの威容を見上げたルイズたちは、背筋に寒いものが走って一様に震え上がった。
「な、何なのあの怪獣は……! 威圧感が半端じゃないわ……!」
 冷や汗まで垂らしたルイズがそうつぶやいた。彼女たちもまた、生命としての根源的な
本能により、ガクゾムに充満する闇の力に危険を感じ取っているのだった。
 そしてガクゾムの出現とともに、快晴の青空に異常なスピードで暗雲が立ち込め、辺り一帯が
暗黒に覆われていく。
「な、何だこの現象は!?」
「暗くなっただけじゃなく、急に寒くなってきたよ……!」
 突然のことにギーシュがたじろぎ、マリコルヌがブルブル身震いした。暗黒が空を覆うと
ともに、熱がその暗闇に奪われたかのように気温が低下したのだ。
「あの怪獣が、この現象を引き起こしたのか……!?」
 レイナールのひと言に、オンディーヌはますます震え上がった。周囲の環境にまで干渉するとは、
それだけ計り知れないパワーがある証拠。果たしてそんな力を持つあの怪獣に、ウルティメイト
フォースゼロはどう戦うのか。ここから先は、彼らの戦いを見守ることしか出来ない。
「……!」
 オンディーヌが不安を覚える中、ルイズは固唾を呑んでゼロたちの背中を見上げていた。
「グアァ――――――――!」
 ウルティメイトフォースゼロの四人を見据えたガクゾムは、己の両腕を彼らに向けてまっすぐ
伸ばした。
 その腕の先より、怪光弾が発射される!
『うおあぁぁッ!?』
 怪光弾はゼロたちの足元に着弾して凄まじい爆発を引き起こし、四人を纏めて吹っ飛ばした。
『ぐッ……すげぇ威力の攻撃だッ!』
 受け身を取って起き上がったゼロがうめく。
「グアァ――――――――!」
 ガクゾムはそのまま攻め手を緩めず、ゼロを狙って怪光弾を連射する。
『うおおおおッ!』
 光弾の爆発の連続がゼロを襲う!
「ゼロッ!」
 思わず叫ぶルイズたち。ガクゾムの猛攻の前にゼロは反撃に転じる間もなく、ただやられる
ばかりかのように思われたが、しかし、
『はぁッ!』
 そこにミラーナイトが躍り出て、ディフェンスミラーを展開。光弾を防ぎ、ゼロを救った。
 しかしディフェンスミラーも連続する光弾の破壊力の前にひび割れていく。
『くッ、長くは持ちません!』
『それだけで十分だ!』

263ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:53:16 ID:w9tfUn6g
 ミラーナイトが時間稼ぎをしている間に今度はジャンボットが前に出て、ロケットパンチを飛ばした。
『ジャンナックル!』
 高速で飛んでいったパンチはガクゾムの頭部に炸裂し、ひるませて光弾発射を途切れさせる。
「グアァ――――――――!」
『今度は俺の番だぜ! うらぁぁーッ!』
 隙が出来たところにグレンファイヤーが続き、鉄拳を浴びせた。その衝撃でガクゾムは
後ろによろめいた。
『よぉしッ! てあぁぁッ!』
 更に持ち直したゼロが空高く跳躍し、斜めに急降下してウルトラゼロキックを放った。
その一撃がガクゾムを大きく蹴り飛ばす。
「グアァ――――――――!」
 地面の上に倒れるガクゾム。それでオンディーヌが歓声を上げた。
「おおッ、やった!」
「さすがはウルティメイトフォースゼロだ! あの怪獣相手でも引けを取らない!」
 強い絆で結ばれたチームの連携は抜群で、恐ろしい闇の怪獣の力も押し返していた。
『まだまだ行くぜぇッ!』
 グレンファイヤーが一気に畳みかけようと前に乗り出した。
 がしかし、その瞬間に海面から新たに何かが飛び出してきた!
『んッ!?』
 それはゼロたちほどではないが、人間からしたら十分巨大な平たい魚型の怪獣だった。
そのヒレがハサミ状に変化すると、グレンファイヤーの首を挟み込む。
『ぐえぇぇッ! な、何じゃこりゃあッ!』
 しかも魚型の怪獣は一体だけではなかった。何匹も海から飛び出してくると、グレンファイヤー、
ミラーナイト、ジャンボットの全身に挟みつく。
『みんなッ!』
『うわぁッ!? 何だ、この怪獣は!』
『み、身動きが取れん……!』
 魚型の怪獣はガッチリと三人の身体に噛み込んでいて、動きを大きく阻害する。ゼロは魚怪獣たちが、
ガクゾムの放つ闇の波動に操作されていることに気づいた。
『この魚どもはさしずめ、あの野郎の眷属ってところか……!』
 ゼロの推理した通りであった。名を根源破滅飛行魚バイアクヘー。ガクゾムに指揮される
怪獣であり、ガクゾムの武器でもあるのだ。
「グアァ――――――――!」
 ミラーナイトたちの動きを封じてから、ガクゾムがまたも光弾を撃とうとする。ゼロはそれを
止めるべく、単身ガクゾムに飛びかかっていった。
『さえねぇぜ! せぇぇぇぇいッ!』
「グアァ――――――――!」
 ゼロは宇宙空手の流れるような連撃をお見舞いして、ガクゾムが三人に手出し出来ないように
押し込む。
 だがバイアクヘーはまだまだいた。複数のバイアクヘーが空を飛び回りながらゼロに接近し、
背筋にかすめるように斬撃を食らわせる。
『おわあぁぁッ!』
「グアァ――――――――!」
 思わずのけぞったゼロに、ガクゾムが腕の打撃を浴びせる。今度はゼロがガクゾムとバイアクヘーに
追いつめられる番であった。
「あぁッ! 危ないゼロ!」
 オンディーヌやルイズたちはゼロたちと怪獣の一進一退の戦闘を、ハラハラとした思いで
見守っている。
『くぅッ……!』
 ガクゾムとバイアクヘーの波状攻撃に隙を見出せず、防戦一方のゼロ。そしてガクゾムの
アッパーで宙を舞う。

264ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:55:26 ID:w9tfUn6g
「グアァ――――――――!」
『ぐはぁッ!』
 だがゼロは吹っ飛ばされて逆さになった姿勢から、ゼロスラッガーを投擲した。
『てぇいッ!』
 ゼロは敵に殴り飛ばされた勢いを逆に利用して攻撃のチャンスに活かしたのだ。しかもスラッガーは
ガクゾムではなく、ミラーナイトたちに纏わりついていたバイアクヘーを切り裂いて三人を自由にした。
『おお、やった! ありがとうゼロ!』
『感謝する!』
『今度は助けられちまったな!』
『へへッ、ざっとこんなもんよ』
 もう同じ手は食らわない。四人は飛んでくるバイアクヘーを片っ端から叩き落とし、近寄ることを
許さなかった。バイアクヘーさえ退ければ、ガクゾムを倒すのは難しいことでもない。
 だが、バイアクヘーの真の能力はここからなのだった!
「グアァ――――――――!」
 ガクゾムが高々と咆哮すると、全てのバイアクヘーはガクゾムの方に集まっていき……
何と、ガクゾムの身体と一体化していった!
『何ッ!?』
「グアァ――――――――!」
 ガクゾムの胸部に、バイアクヘーが変化して出来た装甲が追加され、両腕はカマ状に変化した。
 この姿こそが、ガクゾムの本当の戦闘形態なのである。
「グアァ――――――――!」
 早速両腕のカマから怪光弾を発射するガクゾム。その威力は形態が変化したことに合わせて
向上しており、ディフェンスミラーを一撃で叩き割ってミラーナイトを吹き飛ばす!
『うわぁぁぁぁッ!』
『ミラーナイトッ!』
『こんにゃろぉぉぉーッ!』
 グレンファイヤーとジャンボットが殴り掛かっていくが、ガクゾムが振り回したカマによって
弾き返されてしまった。
『おわあああッ!』
『ぐあぁッ!』
『グレンファイヤー! ジャンボットッ! このッ!』
 ゼロが三人の仇討ちとばかりにワイドゼロショットを発射。
「セアァッ!」
「グアァ――――――――!」
 だがガクゾムの胸部装甲が、ワイドゼロショットを全て吸収した!
『何だとッ!?』
 ガクゾムは光のエネルギーを闇に変え、暗黒光線をゼロに撃ち返す。
『うわああああ――――――――――ッ!』
 あまりに強烈な一撃に、ゼロもまた大きく吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。大きな
ダメージを受けたことで、カラータイマーが点滅する。
「ああッゼロぉッ!」
 ルイズたちの悲鳴がそろった。一方でガクゾムの背後に控えるバルキー星人は、愉快そうに
高笑いを上げる。
『ナ――――ハッハッハッハッハッ! 思った通り、いやそれ以上のパワフルさだぜぇーッ! 
さぁ、ウルティメイトフォースゼロにとどめを刺すんだッ!』
「グアァ――――――――!」
 すっかり気を良くしたバルキー星人が命ずると、ガクゾムはカマに闇のエネルギーを充填し、
「グアァ――――――――!」
 一気に発射した!
 ……ただし、バルキー星人の方にだ!
『なぁぁ――――――――――――――ッ!?』

265ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 21:57:40 ID:w9tfUn6g
 完全に予想外のガクゾムの行動にバルキー星人は対応できず、怪光弾をもろに食らってしまった。
そして瞬時に爆散して、消滅してしまう。
『なッ……!?』
 あまりのことに驚愕するゼロたち。ガクゾムは強力すぎて、バルキー星人に制御し切れる
怪獣ではなかったのだ。
「グアァ――――――――!」
 バルキー星人を抹消して、ますます獰猛さを駆り立てるガクゾムの様子に身を強張らせるゼロたち。
『何という凶暴性……! あんなものを野放しにしていては、ハルケギニアは滅茶苦茶に
なってしまいます……!』
『うむ……! 絶対にここで食い止めねばならんな……!』
『やるこたぁ一つだけだッ! シンプルに、ぶっ倒すまでよッ!』
『ああ! みんな行くぜぇッ!』
 立ち上がったゼロたちは戦意を奮い立たせ、改めてガクゾムに挑んでいく。
『おおおおおおおッ!』
 光線技は吸収されてしまうので撃つことは出来ない。そのため四人は敢然と肉弾戦を仕掛けていく。
「グアァ――――――――!」
 しかしガクゾムは単純なパワーも底上げされているのだ。グレンファイヤーの拳でさえ
ガクゾムは揺るがず、カマの振り回しや蹴り上げで四人を片っ端から薙ぎ倒していく。
『ぐわぁぁッ!』
『ぐッ、ジャンミサイル!』
『であぁぁッ!』
 ジャンボットがミサイルを、ゼロがスラッガーを飛ばした。しかしこれらもカマに叩き落とされ、
通用しなかった。
「グアァ――――――――!」
 ガクゾムは両腕を伸ばし、カマの先端から光弾を乱射。ゼロたちを四人纏めて爆発の中に呑み込む。
『うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
 四人掛かりでも、強化されたガクゾムの前に追いつめられる。ガクゾムは戦っていく内に
消耗するどころか、どんどんと力を上昇させているようにすら見えた。
 そしてガクゾムが暴れるにつれて、空を覆い隠す暗闇の濃度が上がっていくようだった。
「こ、このままではまずいぞッ! やられてしまうッ!」
「この世は闇に閉ざされてしまうのか……!?」
 オンディーヌは冷や汗で汗だくになっている。周囲を覆う暗闇が、彼らの心をも弱気にさせているのか。
 しかしそこに、ルイズがそんな弱気を吹き飛ばすかのような大声で唱えた。
「いいえ! そんなことにはならないわ!」
 ルイズの表情には、こんな状況になっても消えずに光り輝く希望と、ゼロたちへの固い
信頼が窺えた。
「ゼロたちの光は、どんな暗闇にも負けることはない! それを何度もわたしたちに見せて
くれたじゃない!」
「ルイズの言う通りだわ。ゼロたちはあんな乱暴な奴に屈したりはしないわよ!」
 ルイズの意見にキュルケを始めとして、シエスタ、タバサらが賛同を示した。
 彼女たちは知っているのだ。幾度もの戦いの中から目にしてきた、ゼロたちの本当の意味での強さ。
そしてその強さに信頼を置き、それが希望につながっている。
 ゼロたちを信じるルイズは、彼らに応援の言葉を叫んだ。
「がんばって、ゼロぉぉッ!」
 すると爆炎の中から……ウルティメイトフォースゼロの四人が堂々と立ち上がった! 
そして口々に語る。
『まだまだこんなものでは負けませんよ……!』
『我らを応援する声がある。その期待は裏切らん!』
『いい気になってんじゃねぇぜぇ! こっからが俺たちの底力が発揮する時だッ!』

266ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 22:00:12 ID:w9tfUn6g
『闇の化身め。見せてやるぜッ! 俺たちの光をッ!!』
 ゼロが叫ぶと、四人の身体から光が溢れ出始めた。その光は徐々に高まるとともに、四つが
合わさって大きな一つになっていく。
「グアァ――――――――!?」
 これを見たガクゾムは己にとっての危険を感知したのか、先ほどまで以上の勢いで怪光弾を
放って四人を攻撃する。だが彼らの光はガクゾムの攻撃によっても消えることはなかった。
『よぉし、行くぜぇみんなッ!』
『はい!』『うむ!』『おぉッ!』
 ゼロの号令により、四人は同時に地を蹴った。そうして四人が星の如き輝きの巨大な光の
弾丸となって合体する。これぞウルティメイトフォースゼロの力と心、そして光が一つに
なった時に使用することが出来るとっておきの切り札、ウルティメイトフォースゼロアタックだ! 
相乗効果によって増幅された光の威力は、闇の存在に対して計り知れない効果を発揮する!
『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
 合体した四人は流星さながらの勢いで飛んでいき、怪光弾をはねのけてガクゾムに正面から激突した!
「グアァ――――――――!!」
 最大威力の体当たりを食らったガクゾムは、四人の光を吸収することも出来ず、木端微塵に
なって吹っ飛んだ!
「おおおおおッ!」
 あっと驚かされるオンディーヌ。ガクゾムを見事粉砕したゼロたちは元の状態に分かれ、
砂浜の上に着地した。
『やったな……!』
『ええ。見て下さい、空も晴れていきます』
 ミラーナイトの言う通り、ガクゾムの撃破とともに暗黒に包まれていた空に太陽の明かりが戻り、
元の青空が帰ってきた。
 まばゆい日差しを浴びたことで、全ての危険が去ったことを実感したオンディーヌが大歓声を上げた。
「おぉッ! 太陽の光だぁッ!」
「やったぞぉー! ゼロたちの勝利だぁーッ!」
「ありがとう、ウルティメイトフォースゼロ!」
 ゼロたちに向かって大きく手を振るギーシュたち。ルイズ、シエスタ、タバサ、キュルケの
秘密を知る者たちも、ゼロたちを見上げてうなずいた。
 彼らに向かってうなずき返したゼロたちは、まっすぐに空高くに向かって飛び上がり、
この場から引き上げていった。
「……おぉーい! みんなー!」
 そして才人が大きく手を振りながら、波打ち際を走ってルイズたちの元に戻っていった。
振り返ったギーシュが言う。
「あッ、きみ、今戻ってきたのかい! 全く、何というか、きみはいつも間が悪いな! 一番いい
ところにいないのだから」
「ああ、ゼロたちはもう帰ったのか。いやぁ、今度はどんなすごい戦いしたのか見たかったなぁ」
 すっとぼける才人に、ルイズが近寄っていって呼びかけた。

267ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 22:02:11 ID:w9tfUn6g
「サイト、ありがとう。また助けてもらっちゃったわね」
 才人はルイズにニッと笑い返した。
「いいってことだよ。何たって、俺はお前の使い魔なんだからな」
 戦いが終わり、才人も戻ったところで、オスマンがホッホッと笑いながら言葉を発した。
「いやはや、全くとんだ慰安旅行になってしもうたが、諸君が無事でひと安心じゃわい。
さて、これで暑さともお別れじゃから、着替えて学院に帰ろうではないか。皆、忘れ物の
ないようにするんじゃぞ」
「分かりました、オールド・オスマン!」
 オスマンの後に続いて宿に戻ろうとするオンディーヌの背中に、キュルケが呼びかける。
「あらあなたたち、何か忘れてるんじゃないかしら?」
「えッ、何か忘れてるって……」
 ギーシュたちは、女子が一様に自分たちに冷たい眼差しを向けていることに気がついた。
「あたしたちを着せ替え人形みたいにして弄んだ罰がうやむやになったままだわ」
「学院に帰ったら、先生たちに掛け合ってあんたたちの奉仕活動の期間を伸ばしてもらうからね! 
オールド・オスマンにも処罰を受けてもらいますよ!」
 モンモランシーが憤然として言いつけた。それでギーシュたちはガビーン! とショックを受ける。
「そ、そんなモンモランシー! 勘弁してくれ! ぼくらはきみたちを助けたじゃあないか!」
「何が助けた、よ! サイト以外は何もしなかったでしょ!?」
「そ、それはなりゆき上そうなっただけだよ! 助けたい気持ちはぼくたちにもちゃんとあったさ!」
「言い訳しないッ!」
「わしは学院長で、しかも老体じゃぞ!? ちょっとは労わってほしいのう……」
「学院長でも老体でも、何をしてもいいことにはなりませんよ! そもそもの元凶はあなた
でしょうが!」
 モンモランシーにきつく叱られ、しょんぼりと肩を落とすオスマンだった。
 才人の方も、ルイズにこう言いつけられる。
「あんたも帰ったら、わたしたちにご奉仕をしてもらおうじゃない。メイドの格好して働いて
もらおうかしら」
「えぇッ!?」
「あッ、それいいですね! ミス・ヴァリエール!」
 シエスタはノリノリで乗っかったが、当の才人はルイズに抗議。
「そりゃあんまりだろ! 俺、お前たちのために命懸けで頑張ったのに!」
「それとこれとは別よ! いい加減すぐ調子に乗る癖、ちゃんと反省して改善しなさい!」
 ルイズにきつく叱りつけられ、負い目のある才人は反論できずにがっくりうなだれた。
その様子にシエスタたちは思わずアハハハとおかしそうに笑う。
 そうして一行は、肩を落とす者と笑う者を交えながら、魔法学院へと帰っていったのであった。

268ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/28(月) 22:03:19 ID:w9tfUn6g
以上です。
今回はひたすら戦ってるだけだった。

269名無しさん:2016/11/29(火) 21:24:24 ID:3VjH25UM
おつ

270ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:32:05 ID:p55OrQ4w
どうも、今晩は。無重力巫女さんの人です
特に支障が無ければ、21時35分から77話の投稿を始めたいと思います

271ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:35:03 ID:p55OrQ4w
 
 何処からか吹いてくる、涼しくて当たり心地の良い風が自分の頬と髪を撫でている。
 それを認識していた直後に、ルイズは何時の間にか自分が今まで意識を失い、今になって目覚めた事を理解した。
「ン、―――――ぅん…?」
 閉じていた瞼をゆっくりと上げて、その向こうにあった鳶色の瞳だけをキョロキョロと動かしてみる。
 上、下、右、左…と色んな方向へ動かしていくうちに、自分の身体かうつ伏せになっている事に気が付く。
 そして同時に一つの疑問が生じた。それは、今自分が何処にいるのかという事についてだ。

「………どこよ、ここ?」
 重く閉ざしていた口を開いてそう呟いた彼女の丸くなった目には、異空間としか形容できない世界が広がっていた。
 目に見えるものは全て、自分が横になっている床や天井すらもまるで雪のような白色に包まれた場所。
 今自分の視界に映っている手意外に目立つモノはないうえに色も全て白で統一されている所為かその空間の大きささえ分からない。 ゜
 ここは…?そう思って体を動かそうにも、不思議な事にどんなに手足へ力を入れても立つことはおろか、もがくことすらできない。
 体が動かなければ立ち上がって調べる事も出来ないために、ルイズはその場で悶々とした気持ちを抱える事になってしまう。
「あぁ、もうッ。体が動かないんじゃあここが何処かも分からないわよぉ…たくっ!」
 とりあえずは自由に動く顔に残念そうな表情を浮かべつつ、ルイズはそんな事を言った。
 彼女の残念そうな呟きを聞く者は当然おらず、言葉の全てが空しい独り言として真っ白い空間に消えていく。

 それから少ししてか、ふと何かを思い出したかのような顔をしたルイズがここで目覚める直前の事を思い出した。
 シェフィールドと名乗る女がけしかけてきたキメラ軍団を、霊夢や魔理沙にちぃ姉様の知り合いと言う女性と共に戦っていた最中、
 突如乱入してきた風竜に攫われて他の三人と別れた後に、彼女は風竜に乗っていた人物を見て驚愕していた。

――――――ワルド…ッ!?やっぱり貴方だったのね!
――――――やぁルイズ、見ない間に随分とタフになったじゃないか

 トリステインを裏切り、あまつさえアンリエッタ王女の愛する人を殺した男との再会は酷く強引で傲慢さが見て取れるものであった。
 それに対する怒りを露わにしたルイズの叫びに近い言葉も、その時のワルドには微塵も効きはしなかったようだ。
 無理もない。何せその時の彼は竜の上に跨り、一方のルイズはその竜の手に掴まれている状態だったのだから。
 どんなに迫力のある咆哮を喉から出せる竜でも、檻の中では客寄せの芸にしかならないのと同じである。

――――私を攫ってどうする気?っていうか、さっさと降ろしなさいよ! 
―――――それはできない相談だ。君がいないど彼女゛が僕を目指してやってきてくれないだろうからな

 竜の腕の中でジタバタしながら叫ぶルイズに、ワルドは前だけを見ながらそう言っていた。
 あの男の言う゛彼女゛とは即ち――あのニューカッスル城で、自分に手痛い目を合わせた霊夢の事に違いない。
 少なくとも魔理沙とは面識が無いであろう、プライドが高く負けん気の強いこの男に手痛い目に合わせだ彼女゛といえばあの紅白しか思いつかなかった。
 そんな事を思っていた直後、今まで自分をその手で掴んでいた竜がフッと握る力を緩めたのが分かった。
 え?…っと驚いた時、竜の手から自由になったルイズの体はクルクルと回りながら柔らかい草地へ乱暴に着地した。
 キメラ達との戦いで切られてボロボロになったブラウスに草が貼り付き、地面に触れた傷口が激しく痛む。
 
 地面へ着地して二メイル程回ってから、ようやく彼女の体は止まった。
 ボロボロになったルイズは呻き声を上げた蹲る事しかできず、立ち上がる事さえままならぬ状態であった。
 そんな彼女を尻目に乗っていた風竜から飛び降りたワルドはスタスタと歩きながら、彼女のすぐ傍で立ち止まった。
 足音であの男が近づいてきたと察したルイズはここに至るまで手放さなかった杖を向けようと手を動かそうとする。 
 しかし、そんな彼女のささやかな抵抗は一足先に自分の顔へレイピア型の杖を向けてきたワルドによって止められた。

272ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:37:05 ID:p55OrQ4w


――――無駄だ。所詮学生身分の君じゃあ、元魔法衛士隊の私とでは勝負にならんぞ
――――…っ!そんなのやってみなきゃ…わからない、でしょう…が

 体中がズキズキと痛み続ける中、自分を見下ろす男に彼女は決して屈しなかった。
 少なくとも目の前の男に一発逆転を喰らわせだ彼女゛ならば、同じ事を言っていたに違いない。
 痛む体に鞭を打ち、ワルドの杖などものともせずに立ち上がろうとした直前、彼女の目の前を青白い雲が覆った。
 それがワルドの唱えた『スリープ・クラウド』だと気づこうとしたときには、既に手遅れであった。

―――――大人しくしていろよルイズ?少なくとも、あの紅白が来るまではな

 頭上から聞こえてくるワルドの言葉を最後に、ルイズは深い深い眠りについてしまう。
 魔法による睡魔に抗えるワケもなく、急激に重くなっていく瞼を閉じたところで――――彼女の意識は途切れた。
 
 
 再び目を覚ました時には、こんなワケのわからない空間にいた。
 ここに至るまでの回想を終えたルイズは、眠る前に耳にしたワルドの言葉を聞いて悔しい思いを抱いていた。
 どういう経緯で自分を見つけてたのかは知らないが、アイツがレコン・キスタについているのなら警戒の一つでもしておくべきであったと。
 今更悔やんでも仕方ないと頭の中で思いつつも、心の中では今すぐにでもワルドに一発ブチかましてやりたいという怒りが募っている。
 歯ぎしりしたくて堪らないという表情を浮かべていたルイズであったか、どうしたのかゆっくりとその表情が変わり始めた。
 火に炙られて形が崩れていくチーズのように、凶悪な怒りの表情が神妙そうなモノへと変わっていく。
 その原因は、彼女の目が見ているこの場所――――つまりこうして倒れている空間にあった。
 

「―――――にしたって、何で私はこんな所にいるのかしら?」
 その言葉が示す通り、彼女自身ここがどういう所なのか全く分からなかった。
 ワルドの『スリープ・クラウド』で眠った後でここにいたのだから、普通に考えればここは彼女の夢の中という事になる。
 しかし、どうにもルイズ自身はこの変な空間が自分の夢の中だとは上手く認識できなかった。
 無論根拠はあった。そしてそれをあえて言うのならば―――夢にしては、どうにも意識がハッキリし過ぎているのだ。
 これが夢なら今自分の体は暗い夜の草地の上で倒れているはずなのだが、その実感というものが湧いてこない。
 むしろ今こうして倒れているこの体こそ、自分の本物の体と無意識に思ってしまうのである。
 まるでワルドに眠らされた後、何者かによってこのワケの分からない空間へと転移してしまったかのような…――
「…って、そんな事あるワケないわよね」
 自分の頭の中で浮かび上がってきた疑問に長考しそうになった彼女は、気を紛らわすかのように一人呟いた。 
 あまりにも馬鹿馬鹿しく。人前で言えば十人中十人が指で自分を指して笑い転げる様な考えである。
 というか普段の自分なら今考えていたような゙もしかして…゙な事など、想像もしなかったに違いない。
 第一、そんな事を追及しても現実の自分たちが直面している事態を好転できる筈もないというのに。


「とにかく、何が何でも目を覚まさないと…」
 バカな事を考えるのはやめて現実を直視しよう、そう決めた時であった。
 丁度彼女の顔が向いている方向とは反対から、コツ…コツ…コツ…という妙に硬い響きのある足音が聞こえてきた。

273ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:39:06 ID:p55OrQ4w
 
(………誰?)
 突然耳に入ってきたその音に彼女は頭を動かそうとしたが、残念な事に頭も全く動かない。
 その為後ろからやってくる゙誰がを確認することは叶わず、かといってそこで諦めるルイズではなかった。
(このっ、私の夢なら私が動けって思った時に動きなさいってのッ)
 根性で動かそうとするものの、悲しいかなその分だけ視界が目まぐるしく動き回るだけである。
 そうこうしている内に硬い足音を響かせる゙誰がは、とうとう彼女のすぐ傍にまで近づいてきてしまった。
 一体何が起こるのかと緊張したルイズは動きまわしていた目をピタリと止めて、ジッど誰がの出方を疑う。
 だが、そんな彼女が想像していた様な複数の゛もしかしたら゙とは全く違う事が、彼女の身に起こったのである。


―――――聞こえるかい?遥か遠くの未来に生きる僕たちの子


 それは、ルイズの予想とは全く異なった展開であった。
 突然自分の頭の中に響き渡るかのようにして、若い男性の声が聞こえてきたのである。
「え…こ、声?」
 流石のルイズも突然頭の中に入ってきたその声に驚き、思わず声を上げてしまう。
 声からして二十代の前半か半ばあたりといったところだろうか、まだまだ自分だけの人生を築き始めている頃の若さに満ち溢れている声色だった。 

―――――――僕たちが託したこの世界で、過酷な運命を背負わせてしまった子ども達の内一人よ。…聞こえているかい?

 ルイズ目を丸くして驚いている最中、再びあの男性の声が聞こえてくる。
 女の子であるルイズの耳には心地よい声であったが、こんな優しい声を持つ知り合いなど彼女にはいない。
 これまで聞いたことのないような慈しみと温かさに満ちたソレは、緊張という名の氷に包まれたルイズの心を優しく溶かし始めている。
 何故だか理由は分からなかったものの、その声自体に彼女の心を落ち着かせる鎮静作用があるのだろうか?
 声を入れた耳がほんのりと優しい暖かさに包まれていくが、そんな゜時にルイズは一つの疑問を抱いていた。
 それはこの声の主が、自分に向けて喋っているであろう言葉にあった。
 
 遥か遠くの未来?過去な運命…?
 まるで過去からやってきた自分、ひいてはヴァリエール家の先祖が、自分の事を言っているかのような言い方である。
 名家であるヴァリエールの血を貰いながらも、魔法らしい魔法を一つも使えず渋い十六年間を生きてきたルイズ。
 そんな彼女をなぐさめるかのような謎の声にルイズはハッとした表情を浮かべた。
 私を知っているのか?頭の中へと直接話しかけてくる、この声の主は…。
「あなた、誰なの…?」
 思わず口から言葉が出てしまうが、声の主はそれに答える事無く話し続けてくる。

――――――――君ならば、きっとこれから先の事を全て、受け止められる筈だ
―――――――――楽しいことも、悲しいことも、そして…身を引き裂かれるような辛いことも全て…

274ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:41:04 ID:p55OrQ4w
 
 そこまで言ったところで、今度はすぐ後ろで止まっていたあの足音が再び耳に入ってきた。
 コツ、コツ、コツ…と硬く独特な音がすぐ傍から耳に入ってくるというのは、中々キツイものである
 足音の主はゆっくりと音を立てながら、丁度ルイズを中心にして時計の針と同じ方向に歩いているようだ。
 つまり、このまま後数歩進めば自分の頭の上を歩いて足音の主をようやく視界の端に捉えられるのである。
 謎の声に安堵していたところへ不意打ちを決めるかのような足音に多少は動揺を見せたルイズであったが。喉を鳴らしてその時を待った。
 ……三歩、四歩――――――そして次の五歩目で、上へ向けた彼女の視界に足音の正体が見えそうになった瞬間。
 その足音の正体と思しき人影から漏れ出した眩い閃光が、ルイズの視界を真っ白に染め上げたのである。

 まるで朝起きて閉めていたカーテンを開けた時の様に、突き刺すほどの眩い光に彼女は思わず目を細めてしまう。
「―――ッう!」
 呻き声を上げたルイズは目に痛い程の光を見て、今度は何が起きたのかと困惑し始める。  
 そんな彼女を再び安心させるかのように、またもやあの゙謎の声゙が――――今度は直接耳へと入ってきた。
 鼓膜にまで届くその優しい声色が、その鳶色の瞳を瞼で隠そうとしルイズの目を見開かせる。

「僕は、君みたいな子がこの世に生まれ落ちてくるのを待っていたんだ…
 決して自らの逆境に心から屈することなく、何度絶望しようとも絶対に希望を手放すことなく生きてきた、君を―――――」

 まるで生まれてから今日に至るまで、自分の人生を見守って来たかのような言い方。
 そして、足音の正体から広がる光が見開いたルイズの視界を覆い尽くす直前。その声は一言だけ、彼女にこう告げた。


「水のルビーを嵌め…―――始祖の祈祷書を…――――君ならば…―――制御でき―――る…。
  使い道を、間違え…――――あれは、多くの…人を――――無差別に…―――――――殺…せる」

 まるで音も無く消え去っていくかのように遠ざかり、ノイズ交じりの優しい声が紡ぐ言葉は。
 目の前が真っ白になっていくルイズの耳を通り、頭の中へと深くまるで彫刻刀で彫るかのように刻まれていった。



「――――――…はっ」
 光が途絶えた先にまず見えたのは、頭上の暗い闇夜と地面に生えた雑草たちであった。
 服越しに当たる草地の妙に痛痒い感触が肌を刺激し、草と土で構成された自然の匂いが彼女の鼻孔をくすぐる。
 その草地の上でうつ伏せになっていると気が付いた時、ルイズは自分の目が覚めたのだと理解した。
「夢、だったの?…っう、く!」
 一人呟きながら立ち上がろうとするも、まるで金縛りにあったかのように体が動かない。
 そういえばワルドの『スリープ・クラウド』で眠らされたのだと思い出すと同時に、一つの疑問が湧く。
(ワタシ…どうして目を覚ませたのかしら?)
 『スリープ・クラウド』は通常トライアングル・クラスから唱える事のできる高度な呪文だ。
 スクウェアクラスの『スリープ・クラウド』ならば竜すら眠らせるとも言われているほどである。
 ワルド程の使い手の『スリープ・クラウド』は相当強力であろうし、手を抜くなんて言う間抜けな事はしない筈だ。
 なら何故自分は目を覚ませたのであろうか?ルイズがそれを考えようとしたとき、聞きなれた霊夢とデルフの声が耳に入ってきた。

275ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:43:02 ID:p55OrQ4w
 
「あんたねぇ…そういう事ができるなら最初に言っておいてくれない?全く…受け止めろとか言われた時は気でも狂ったのかと…」
『悪い悪い、何せオレっちを使ってくれるとは思ってなかったんでね』

 軽く怒っている様子の巫女と、軽い気分で謝っているインテリジェンスソードのやり取りを聞いて、思わずそちらの方へ顔を動かそうとする。
 『スリープ・クラウド』の影響か体は依然動かないままだが、幸運にも首と顔は何とか動かせるようになっていた。
 ぎこちない動作で声が聞こえてきた右の方へ動かしてみると、霊夢とデルフがあのワルドと対峙しているのが見えた。
(……あっ、魔理沙!)
 その二人から少し離れた所で魔理沙が倒れているのが見えたが、見た所怪我らしいものは見当たらない。
 ただこんな状況で暢気に倒れているという事は、おそらく自分と同じようにワルドの『スリープ・クラウド』で眠らされたのであろう。
 レイピア型の杖を片手剣と同じ風に構えているワルドと、自分よりやや大きめの剣を両手で構えている霊夢。
 その彼女の左手のルーンが微妙に輝いているのと、デルフの刀身が綺麗になっている事に彼女は気が付いた。
(レイム、それにデルフ…って、アイツあんなに綺麗だったっけ?…それに、レイムの左手のルーンが!)
 見間違える程新品になったうあのお喋りな剣の刃先、『ガンダールヴ』のルーンを光らせる霊夢はワルドに向けている。
 それはまるで、あのニューカッスル城で自分を寸でのところで助けてくれたあの時の彼女の様であった。
 


 輝いている。あの小娘の左手のルーンが眩しい程に俺の目の前で輝いてくれている。
 左のルーン…あの時、倒した筈のお前は何もかもをひっくり返して俺をついでと言わんばかりに倒してくれた。
 あの時お前が剣を振るって遍在を斬り捨てていた時、お前の左手が光っているのをしっかりと見ていた。
 光る左手――――それは即ち。かつてこの地に降臨した始祖ブリミルが従えたという四つの使い魔の内の一人。
 ありとあらゆる武器と兵器を使いこなし、光の如き俊敏さで始祖に迫りし敵を倒していったという゛神の左手゙こと『ガンダールヴ』。
 今、俺の目の前にはその『ガンダールヴ』を引継ぎ、尚且つ俺に負け星を贈ってくれた少女と対峙している。
 
 こんなに嬉しかった事は、俺の人生の全てが変わった゛あの頃゙を経験してから初めての事だ。
 何せこれまで思ってきた疑問の一つが、たった今跡形も無く解消したからだ。
 ――――――…ルイズ、やはり君は…只者ではなかった。


「ほう…その左手のルーン、まさかとは思うがあの伝説の『ガンダールヴ』のルーンとお見受けするが?」
「……!へぇ、良く知ってるじゃないの。性格の悪さに反して勉強はしているようね?」
 両者互いに距離を取った状態を維持しながらも、霊夢の左手のルーンに気付いたワルドが質問をしてきた。
 霊夢はまさかこの男が『ガンダールヴ』の事を知っているとは思わなかったので、ほんの少しだけ眉を動かしてそう返す。
 一方のワルドは相手の反応から自分の予想が当たっていた事を嬉しく思いながらも、冷静を装いつつ話を続けていく。

「まぁな。魔法衛士隊の隊長を務められるぐらいに勉強を積み重ねていると、古い歴史を記した書物をついつい紐解いてしまうんだ。
 大昔にあった国同士の大きな戦の記録や、古代にその名を馳せた戦士たちの伝記…そして始祖ブリミルと共に戦ったという゛神の左手゙の話も…な?」

276ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:45:05 ID:p55OrQ4w
 
 霊夢の左手に注視しながらもワルドは王立図書館でその手の本を漁っていた頃の自分を思い出していく。
 あの頃はただがむしゃらに強くなりたいという思いだけを胸に、埃を被っていた分厚い本たちとの戦いが自分の日課であった。
 しかしどんどん読み進めていき、読破した冊数を重ねていくうちに今の時代では学べぬ様な事を覚える事が出来た。
 その当時天才と呼ばれていた将軍や大臣たちが編み出した兵法や戦術の指南書、後世にて戦神と崇められた戦士たちが自らの生き様を記した伝記。
 元々ハルケギニアの歴史や兵達の活躍を元にした舞台や人形劇が好きだった事もあって、彼はより一層読書の楽しさを知る事となった。
 そして水を吸うかの如くそれ等の知識を吸収していったからこそ、今のワルドという人間がこの世にいるのであった。


 そういった本を片っ端から読み進めていく内に、彼はある一冊の本を手に取ることとなったのである。
 巨大なライブラリーの片隅、掃除が行き届いていない棚に差さっていた埃に覆われたあの赤い背表紙に黄色い文字。
 まるで黴の様に本を覆い隠しているソレを何となく手に取り、埃を払い落とすとどういった本なのかを確認した。
 その時はただ単にその本が読みたかったワケではなく、ただこの一冊だけ忘れ去られているのがどうにも気になっただけであった。
 背表紙についていた埃を手で拭うかのように払い取った後、すぐ近くの窓から漏れる陽光の下にかざした。
 
 ――――『始祖ブリミルの使い魔たち』

 ハルケギニアに住む者達なら言葉を覚え始めた子供でも名前を言える偉大なる聖人、始祖ブリミル。
 六千年前と言う遥か大昔に四つの使い魔たちと共に降臨し、この世界を人々が暮らせる世界に造りあげた神。
 そのブリミルと使い魔たちに関する研究データを掲載した本を、彼はその時手にしたのである。
 最初埃にまみれていたのがこの本だと知ると、彼はこの場に神官や司祭がいなかった事を心から喜んでいた。
 この手の本はその年の終わり、始祖の降誕祭が始まる度に増補改訂版が出る程の歴史ある本だ。
 棚に差されていたのは何年か前に出て既に絶版済みのものであったが、これ自体が一種の聖具みたいな存在なのである。

 つまりこの本を教会や敬虔深いブリミル教徒の前で踏みつけたり、燃やしたりするようなバカは…。
 真っ裸で矢と銃弾と魔法が飛び交う戦場へと突っ込んでいくレベルの、大ばか者だという事だ。
 何はともあれひとまず埃を払い終えたワルドは、この本を入口側の目立つ棚へ差し替える前に読んでみる事にした。
 別に彼自身は敬虔深いブリミル教徒ではなかった故に、この手の本は読んだことが無かった。
 まぁその時は時間に余裕があったし、ヒマつぶしがてらに丁度いいだろうという事で何気なくページを捲っていた。
 しかし、その時偶然にも開いたページに掛かれていた項目は、若かりし頃の彼が持っていた闘争心に火をつけたのである。




「『ガンダールヴ』は左手に大剣を、右手に槍を持って幾多の戦士と怪物たちの魔の手から始祖ブリミルを守り通したという…。
 そう、その書物に記されている通りならば『ガンダールヴ』に敵う者たちは一人もいなかったんだ。―――――――ただの一人もな?」

 杖の先をゆらゆらと揺らすワルドがそこまで言ったところで、今度は霊夢が口を開く。 
「だから私にリベンジしてきたってワケ?わざわざルイズまで攫って…随分な苦労を掛けてくれるわね?泣けてくるわ」
 涙はこれっぽっちも出ないけどね。最後にそう付け加えた彼女はデルフを構えたまま、尚も動こうとはしなかった。
 やろうと思えばやれる程度に横腹を蹴られた時のダメージは回復してはいるものの、それでもまだ本調子で動ける程ではない。
 霊夢個人の意見としてはこちらから攻め入りたいと考えていたが、ワルドもまた同じ考えなのかもしれない。
 両者互いに攻め込んでいきたいという欲求をただひたすらに堪えつつ、じりじりと距離を詰めようとしていた。

277ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:48:06 ID:p55OrQ4w
 ワルドは既にやる気十分な彼女を見ながら、呪文を詠唱して再度戦闘準備に取りかかった。
 訓練のおかげで口を僅かに動かす程度で詠唱できるようになった彼の杖に、風の力が渦を巻いて纏わりついていく。
 やがてその力は青白い光となって杖と同化し、光る刃を持つレイピアへとその姿を変える。
「『エア・ニードル』だ。一応教えておくが杖自体が魔法の渦の中心、先ほどのように吸い込む事はできんぞ」
 青白い光で自らのアゴヒゲを照らすワルドの言葉に、霊夢はデルフへ向けて「本当に?」質問する。
『まぁな、でも安心しなレイム。今のお前さんには『ガンダールヴ』が味方してくれている、だからお前さんの様な剣の素人でも遅れは取らんさ。……多分』
「私としては遅れをとるよりも勝ちに行きたいんだけど?…っていうか、多分って何よ多分って」
 喋れる魔剣のいい加減なフォローに呆れながらも、そんなデルフを構え直した直後―――――ー。
 
「それでは…ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド、あらためワルド―――推して参るぞ」
 杖を構えたまま名乗ったワルドが、地面を蹴り飛ばして突っ込んでくると同時に霊夢もまたワルド目がけて突っ込む。
 黒と緑、紅と白の影がほぼ同時に激突する音と共にデルフの刀身と『エア・ニードル』を構成する魔力が火花を散らした。

(レイム…!)
 一方で、ワルドが気づかぬ内に目を覚ましていたルイズは二人の戦いをやや離れた所から眺める立場にいた。
 動きたくても未だにその体は言う事を聞かず、指すらくわえることもできずにどちらかの勝敗を見守る事しかできない。
(折角運よく目覚めたっていうのに、これじゃあ意味が無いじゃないの!)
 意識だけはハッキリしている歯痒さと、助けようにも助けに行けない悔しさを感じたルイズは何としてでも体を動かそうとした。
 まるで見えない腕に抑え込まれているかのような抵抗感に押しとどめられながらも、それを払いのけようと必死に体をもがかせる。
 他人が見れば滑稽に見える光景であったが、やっている本人の表情は真剣そのものかつ必死さが伝わってくる。

(動けッ!動きなさいよ…!今目の前に…ウェールズ様の、姫さまの想い人の仇がいるっていうのに…!)
 敬愛するアンリエッタに罪悪感の一つを抱かせ、その後もレコン・キスタにのうのうと所属していたであろうワルド。
 そして今はソイツに攫われた挙句に霊夢たちを誘き寄せる餌にされて、まんまと利用されてしまっている。
 今体が動くなら霊夢の手助けをしてあの男に痛い目を合わせられるというのに、ワケのわからない金縛りでそれが叶わない。
 体の奥底から、沸々と怒りが湧き上がってくる。沸き立つ熱湯が鍋から勢いよくこぼれ出すかのように。
(このまま何もできずに見てるなんて―――――冗談じゃ…ない、わよッ!!)
 積りに積もってゆく苛立ちと憤怒が彼女の力となり、それを頼りに勢いよく右腕へと力を入れた瞬間。
 杖を握ったまま金縛り状態になったその腕がガクンと震えた直後、不可視の拘束から開放された。
「…!」
 突然拘束から解放された右腕から伝わる衝撃に驚いたルイズは、思わずそちらの方へと視線を向けた。
 残りの手足と体より先に自由になった腕は、ようやっと動けた事を喜んでいるかのように小刻みに震えている。
(まさか、本当に動いたっていうの?)
 未だ半信半疑である彼女が試しに動かしてみると、主の意思に応えて腕はその通りに動く。
 腕の筋肉や骨からはビリビリとした痺れのような不快感が伝わって来るものの、動かすことの支障にはならない。
(一体、どういう事なの…?――――…!)
 先ほどの夢といい、ワルドの『スリープ・クラウド』から目が覚めた事といい、今自分の身に何が起きているのだろうか…?
 そんな疑問を頭の中で浮かばせようとするルイズであったが、動き出した右腕の゙手が握っているモノ゙を見た瞬間、その表情が変わった。

278ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:50:15 ID:p55OrQ4w
 
 ルイズ自身、ワルドが゙ソレ゛を自分の手から離さなかったのは一種の気まぐれだったのかもしれない。
 魔法で眠らせている分大丈夫だと高を括ったのか、それともまもとな魔法が使えない『ゼロ』の自分だから安心だと思ったのだろう。
 だとすれば、彼はこの状況で唯一にして最も重要なミスを犯したと言っても過言ではないだろう。
 彼女本人としては、体の自由を取り戻し次第近くに゙ソレ゛が落ちていないか探す予定であったのだから。
(丁度良いわね…探す手間が省けたわ。けれど、一難去ってまた一難…次ばコレ゙をワルドの方へと向けないと…)
 思わぬところで情けを掛けてくれたワルドに心のこもっていない感謝を送りつつ、ルイズはゆっくりと右腕を動かし始めた。
 ゙ソレ゛を手に持った右腕を動かすたびに、力が抜けるような不快な痺れが片と脊椎を通して脳へと伝わっていく。
 まるで幾つもの羽箒でくすぐられているかのような感覚に、彼女はおもわず手に持っだソレ゛を落としてしまいそうになる。 

(我慢…我慢よルイズ!ほんの数サント、そう数サント程度動かすくらい何よ!?)
 歯を食いしばりながらその不快感に耐える彼女は、ゆっくりと腕を動かしていく。
 その手に持っだソレ゛―――――この十六年間共に生きてきた一振りの杖で、母国の裏切り者へ一矢報いる為に。
   

 一方、密かに反撃を行おうとするルイズを余所にワルドは霊夢とデルフを相手にその腕前を発揮している。
 魔力に包まれた杖で見事な刺突を仕掛けてくる彼と対峙する霊夢は慣れぬ剣を見事に使いこなしてソレを防いでみせる。 
 彼女の胸を貫こうとした杖はデルフの刀身によって軌道を逸らされる一方で、袈裟切りにしようとするその刃を『エア・ニードル』で纏った杖で防ぎきる。
 『ガンダールヴ』の力で剣を巧みに操れる様になっている霊夢は、百戦錬磨の武人であるワルドを相手に互角の勝負を繰り広げていた。

「ほぉ。中々耐えているじゃあないか、面白いッ!」
 ワルドからしてみればギリギリのタイミングで防ぎ、的確に剣を振ってくる霊夢の腕にある種の驚きを抱きながら呟いた。
 彼の目から見てもこの小さな少女には体格的にも不釣り合いだというのに、そのハンデを無視するかのように攻撃してくる。
 見ると左手の甲に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンは光り輝いているのを見る分、彼女は今伝説の使い魔と同じ能力が使えているようだ。
「く…このっ!さっさと斬られなさいってのッ」
 対する霊夢は、この世界へ来るまで特に興味の無かった剣をここまで使いこなせている自分を意外だと感じていた。
 あくまで話し相手であったデルフは見た目からして彼女には似つかわしくないし、何より重量もそれなりにある。
 背中に担ぐだけならともかく、鞘を抜いて半霊の庭師みたいな攻撃をしようとしても、録に使いこなせないであろう…普通ならば。
 しかしルイズとの契約で刻まれた『ガンダールヴ』のルーンが霊夢に助力し、その小さな体でデルフを使いこなしている。
 本当なら剣の振り方さえ碌に知らなかった彼女は歴戦の剣士の様にデルフを振るい、ワルドと激しい攻防を繰り返していた。
 先ほど御幣で渡り合った時とは違ってワルドの一挙一動が手に取るように分かり、相手のフェイントを軽々と避けれる程度にまでなっている。
 そして本来ならば相当重いであろう剣のデルフを使ってどこをどう攻撃し、どのように振ればいいのかさえ理解できている。
 トリスタニアの旧市街地で戦った時も、ナイフなんて使ったことも無いというのにあれだけ使いこなせたのだ。
 あながちこのルーンの事は馬鹿にできないと霊夢は改めて感じていた。

 他にも彼女の体に蓄積していて疲労や頭痛の類は、まるで最初から幻だったかのように収まってしまっている。
 それに合わせていつもと比べて体が軽くなった様な気がするうえに、この前ルーンが光った時の様な幻聴みたいな声も聞こえてこない。
 これだけ説明すれは『ガンダールヴ』になって良かったと言えるのだろうが、霊夢自身はあまりそういう気持ちにはなれなかった。
(タダほど怖いモノは無いって良く言うけれども、そもそもこんなルーン自体刻まれちゃうのがアレだし…)
 ワルドと切り結びながらも体力が戻った事でそれなりの余裕を取り戻した彼女は、心の中で軽い愚痴をぼやく。
 しかし今更そんな事を思っても時間が巻き戻るワケでもなく、今のところ使い魔のルーンも自分のサポートに徹してくれている。
 今のところワルドとも上手く渡り合えている。ならば特に邪推する必要は無いと判断したところで、何度目かの鍔迫り合いに持ち込んでしまう。

279ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:51:09 ID:p55OrQ4w
 
 眩い火花を散らして激突し合うデルフの刀身と、魔力を帯びたレイピア型の杖。
 杖そのものが魔法の渦の中心となっている所為で、魔法を吸収する事のできるデルフは『エア・ニードル』を形成する中心を取り込むことは出来ない。
 しかし、普通の剣ならば小さなハリケーンとも言える『エア・ニードル』を防ぐ事はできなかったであろう。
「ふぅ…!流石伝説の『ガンダールヴ』だな、この私を相手に接近戦で渡り合えたヤツは君を含めて四人目だ」
「ご丁寧に、どうも…!」
 顔から汗を垂らすワルドの口から出た賞賛に対し、両手でデルフを構える霊夢はやや怒った表情を礼を述べる。 
 いくら『ガンダールヴ』で剣が使えるようになったと言っても、現状の実力差ではワルドの方に分があった。
 二人を見比べてみると、霊夢がやや必死かつ怒っているのに対しワルドの顔には未だ笑みが浮かんでいる。
 しかしその表情とは裏腹に彼女を睨み付ける目は笑っておらず、杖も片手で構えているだけで両手持ちの霊夢の剣を防いでいた。
 彼は元々、トリステイン王家の近衛を務める魔法衛士隊の隊長にまで上り詰めただけの実力を持っているだけあってその杖捌きは一流だ。
 例え片腕を無くした状況下で戦う事になったしても、相手に勝てる程の厳しく過酷な訓練を乗り越えてきたのだ。

 それに加えてかつて霊夢に敗れてからというものの、毎日とは言わないが彼女を相手に戦って敗れるという夢を何度か見ている。
 シュヴァリエの称号を持つ彼としては、ハルケギニアでは特別な存在であってもその前に一人の少女である霊夢に負けたという事実は思いの外悔しい経験だった。
 だからこそ彼はその夢でイメージ・トレーニングの様な事をしつつも、あれ以来どのような者が相手でも決して油断してはならぬと心から誓っていた。
 貴族、平民はおろか老若男女や人外であっても、自分に対し敵意を持って攻撃してくるものにはそれ相応の態度でもって返答する。
 スカボロー港やニューカッスル城で味わった苦い経験を無駄にしない為に、ワルドは手を抜くという事をやめたのである。
 
「私自身、剣を使ったのはこれで二度目だけど今度は直に刺してやっても――――良いのよ…ッ!?」
 そう言いながらワルドと正面から剣を押し合っていた霊夢は頃合いを見計らったかのように、スッと後ろへ下がった。
 デルフを構えたままホバー移動で後退した彼女は空いている右手を懐に入れ、そこから四本の針を勢いよく投げ放った。
 しかしワルドはこの事を予知していたかのように焦る事無く杖を構え直すと、素早く呪文を詠唱する。
 すると杖の先から風が発生し、自分目がけて突っ込んできた針は四本とも空しく周囲へと飛び散らせた。
「悪いが今の私相手に小細工は…ムッ」
 針を散らしたワルドが言い終える前に、霊夢は次の一手に打って出ようとしていた。
 今度は左腕の袖から三枚のお札を取り出すと、ワルドが聞いたことの無いような呪文のようなものを唱えてから放ってきたのである。
 針同様真っ直ぐ突っ込んでくると予想した彼は「何度も同じことを…」と言いながら再び『ウインド』の呪文を唱えようとした。
 再び杖の先から風発生し、これまた針と同じようにしてお札もあらぬ方向へと吹き飛んで行った―――筈であった。
 しかし、三枚ともバラバラの方向へと飛んで行ったお札はまるで意思を持っているかのように再びワルドの方へと突っ込んできたのである。
「何だと?面白い、それならば…」
 これには流石のワルドも顔を顰め、三方向から飛んでくるお札を後ろへ下がる事で避けようとした。
 お札はそのまま地面に貼り付くかと思っていたが、そんな彼の期待を裏切って尚もしつこく彼を追尾し続けてくる。
 しかしそうなる事を想定していたワルドは落ち着いた様子で、再び杖に『エア・ニードル』の青白い魔力を纏わせていた。

 直覚な動きでもって迫りくる三枚のお札が、後一メイルで彼の身体に貼り付こうとした直前。
 ワルドは風の針を纏わせた自身の杖で空気を斬り捨てるかのように、力を込めて杖を横薙ぎに振り払った。
「――――…フッ!」
 瞬間、彼の前に立ちはだかるようにして青く力強い気配を纏わせた魔力の線が横一文字を作り出し、
 丁度そこへ突っ込むようにして飛んできたお札は全て、真っ二つに切り裂かれて敢え無くその効力を失った。
 三枚から計六枚になったお札ははらはらと木から落ちていく紅葉の様に地面へ着地し、ただの紙切れとなってしまう。
「成程。斬り合い続けてもマンネリになるしな、丁度良いサプライズになったよ」
「………ッ!中々やるじゃないの」

280ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:53:03 ID:p55OrQ4w
 
 軽口を叩く程の余裕を残しているワルドに、霊夢は思わず舌打ちしてしまう。
 もう一度距離を取る為にと時間稼ぎついでに試してみたのが、やはり簡単にあしらわれてしまったようだ。
『うへぇ、お前さんも運が良いねぇ。奴さんのような腕の立つメイジ何て、そうそういないぜ…って、うぉわ!』
「あんたねぇ!私に向かって言う時は運が悪いって言うでしょうが、普通は!?」
 一閃。正にその言葉が相応しい程に速い杖捌きに霊夢が構えているデルフが無い舌を巻いている。
 その彼を今は武器として使っている霊夢は余計な事まで言う剣を揺らした後、溜め息をついて再びワルドの方へと視線を向けた。
 目の前にいる敵は先程針とお札をお見舞いしたはずだというのに、それで疲れたという様子を見られない。
 最もあの男相手に上手くいくとは思っていなかったが、こうもあしらわれるのを見てしまうと流石の霊夢も顔を顰めてしまう。

「しっかし、アンタもタフよねぇ?ニューカッスル城で散々な目に遭わせてやったっていうのに…」
「貴族っていうのはそんなもんだよ。私みたいな負けず嫌いの方が穏健な者より数が多い、ルイズだってそうだろう?」
 平気な顔をしているワルドに向けてそんな愚痴を漏らすと、彼は口元に笑みを浮かべなからそう言ってきた。
 彼の口から出てきた言葉と例として挙げてきたルイズの名に、「確かにそうね」と彼女も頷いてしまう。

「昔の貴族の事を記した本では、自身の名誉と誇りを掛けて決闘し合ったという記しているが…実際のところは違う。
 自分の女を取られたとか、アイツに肩をぶつけられた…とかで、まぁ大層くだらない理由で相手に決闘を申し込んでいたらしい」

「…あぁ〜、何か私もそんな感じで決闘をしかけられた事もあったわねぇ」
 戦いの最中だというのに、そんな説明をしてくれたワルドの話で霊夢はギーシュの事を思い出してしまう。
 まぁ面白半分で話しかけた自分が原因だったのが…成程、貴族が負けず嫌いと言うこの男の主張もあながち間違っていないらしい。
「だから、アンタもその貴族の負けず嫌いな性格に倣って私にリベンジ仕掛けてきたって事ね?」
「その通りだ。―――――だが、生憎時間が無いのでな。悪いが君との勝負は、そろそろ終わらせることにしよう」
「…時間?……クッ!」
 何やら気になる事を呟いてきたワルドに聞き返そうとした直後、目にもとまらぬ速さでワルドが突っ込んできた。
 一気に距離を詰められつつも、『ガンダールヴ』のサポートのおかげて、間一髪の差で彼の攻撃を防ぐ事ができた。
 しかし今度はさっきとは違い完全に霊夢が押されており、目の前に『エア・ニードル』を纏った杖が迫ってきている。
 ガチガチガチ…とデルフと杖がぶつかり合う音が彼女の耳へひっきりなしに入り、押すことも引くこともできない状況に更なる緊迫感を上乗せしていく。
「ッ、時間が無いって、それ一体どういう意味よ…!?」
「ん?あぁそうか、今口にするまでその事は話題にも出していなかったな。失敬した」
 自分の攻撃を何とか防いだ霊夢の質問に、ワルドは思い出したかのような表情を浮かべながら言った。
 それからすぐに逞しい髭が生えた顎でクイッと上空を指したのを見て、霊夢も自らの視線を頭上へと向けた。

 霊夢にデルフとワルド、それに二人に気付かれぬまま目覚めたルイズと未だ眠り続けている魔理沙。
 計四人と一本が今いるタルブ村にある小高い丘から見上げた夜空に浮かんでいる、神聖アルビオン共和国の艦隊。
 旗艦である『レキシントン号』を含めた幾つもの軍艦が灯している灯りで、彼らの浮遊している空は人口の明りに包まれていた。
「あれが見えるだろう?私がここまで来るのに足として使ったアルビオンの艦隊だ」
「それがッ、どうしたって――――…まさか」
 ワルドの言葉と先ほど聞いた「時間が無い」という言葉で、彼女は思い出した。
 つい二十分ほど前に自分たちにキメラの軍団をけしかけてきていた謎の女、シェフィールドの言葉を。

―――コイツラは明朝と共に隣町へ進撃を開始する事になってるのさ。アルビオン艦隊の前進と共にね。
―――――そうなればトリスタニアまではほぼ一直線、お姫様が逃げようが逃げまいがアンタたちの王都はおしまいってワケさ!

281ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:55:02 ID:p55OrQ4w
 
 奴が運び込んできたであろうキメラ軍団と共に進軍するであろう、アルビオンの艦隊。
 それが今頭上に空中要塞の如く浮遊しており、そして先ほどワルドが口にした言葉が意味する事はたった一つ。
「成程…アンタが吹き飛ばした化け物の仲間と一緒に、あの艦隊も動き出すってワケね!」
「ム、なぜそこまで知ってるんだ?」
「アンタがやってきてルイズを攫う前に、あのシェフィールドって奴がペラペラ喋ってくれたのよ」
「…ふぅん。私の事を裏切り者と言った割には、髄分と口が軽いじゃないか」
 そんな会話を続けていく中で、ワルドに押されている霊夢はゆっくりと自分の態勢を立ち直らせようとしていた。
 さながら身を低くして獲物の傍へと近づくライオンの如く、相手に気づかれぬよう慎重な動きで足の位置を変えていく。
 受けの態勢から押す態勢へと変える為に…ゆっくりと、気取られぬよう靴の裏で地面の草を磨り潰すようにして足を動かす。
 その動きを続ける間にも決して怪しまれぬよう、自分の気持ちなど知らずして口を開くワルドにも対応しなければいけない。

「まぁ今はご立腹であろう彼女に、どう謝るのかは後で考えるとして…どうした?さっきみたいに押し戻したらどうだ?」
「アンタが自分の全体重使って押し付けて、くるから…か弱い少女の私じゃあ…これぐらいが、精一杯よッ」
(何ならもう一回距離を取って良いけど…、はてさてそう上手く行きそうにないわねぇ)
 自分と目を合わせているワルドが足元を見ない事を祈りつつ、霊夢はこの状況を脱した後でどう動こうか考えていた。
 無論その後にも色々と倒すべき目標がいるという事も考慮すれば、この男一人に体力を使い過ぎてしまうのも問題であろう。
(いくらルーンのおかげで体が軽くなって剣も扱えるとようになっても、流石にあの艦隊を一人で相手するのは無理がありそうだし…)
 目の前の男を倒した後の事を考えつつも、足を動かして上手く一転攻勢への布石を整えようとしていた…その時であった。

 アストン伯の屋敷がある森の方から凄まじい爆発音と共に、霊力を纏った青白い光が見えたのは。
 まるで蝋燭の灯りの様についた光と、大量の黒色火薬を用いて岩盤を力技で粉砕するかのような爆発音。
 一度に発生した二つの異常はこの場に居る者たちには直接関係しなかったものの、まるっきり無視する事はできなかったらしい。
「む?何事だ」
 霊夢と睨みあっていたワルドは爆発音と音に目を丸くし、彼女と鍔迫り合いをしている最中にチラリと森の方へ顔を向ける。
 そんな彼と対峙し、逆転の機会を作っていた霊夢も思わず驚いてしまっていたが、彼女だけはワルドには分からないであろゔモノ゙すら感じ取っていた。
「ん、これは…」
 その正体は、さきほど森を照らしたあの青い光から発せられた、荒々しい霊力であった。
 まるで鋸の歯の様に鋭く厳ついその力の波を有無を言わさず受け取るしかない彼女は、瞬時にあの森にいた巫女モドキの事を思い出す。
 ルイズの姉に助けられたと称して風の様に現れ、一時の間共闘し自分と魔理沙の間に立ってキメラたちを防いでくれたあの長い黒髪の巫女モドキ。
 今あの光から放たれる荒々しい霊力は、霊夢が感じる限り間違いなく彼女の物だと理解できた。
(間違いない…この霊力、アイツのだ…!けれどこの量…、一体何があったっていうのよ?)
 まるで内側に溜め続けていた霊力を、自分の体に負荷をかける事を承知で一気に開放したかのような霊力の津波。 
 それをほぼ直で感じ取ってしまった霊夢は、あの巫女モドキの身に何かが起こってしまったのではないかと思ってしまう。
 仮に霊夢が今の量と同じ霊力を溜めに溜めて攻撃の一つとして開放すれば、敵も自分も決してタダでは済まない。
 良くて二、三日は布団から出られないだけで済むが、最悪の場合は霊力を開放した自分の体は…
 

 ―――それは、あまりにも突然であった。
「…ファイアー…――――ボールッ!!」
 森からの爆発音に続くようにして、ルイズの怒号が二人の耳に入ってきたのは。

282ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2016/11/30(水) 21:57:02 ID:p55OrQ4w
 
 特徴のあるその声に霊夢が最初に、次にワルドが振り返った時点でルイズは既に杖を振り下ろした直後であった。
 辛うじて動く右手に握る杖の先を、時間を掛けてワルドの方へと向けた彼女はようやっと呪文を唱え、力弱く杖を振ったのである。
「ル…――――うわッ!」
 咄嗟に彼女の名を口に出そうとした霊夢は、自分から少し離れた地面が捲れようとしているのに気付いてこれはマズイと判断した。
 これまで彼女の唱えた魔法が爆破する瞬間を何度か見てきた事はあるが、今見ているような現象は目にしたことは無い。
 だからこそ霊夢は危険と判断したのである。今のルイズが起こそうとしている爆発は―――この距離だと巻き添えを喰らうと。
「ルイズ…、ルイズなのか?馬鹿な…何故…!」
 一方のワルドは目を見開き、信じられないモノを見るかのような表情を浮かべて驚愕している。
 何せ自分の『スリープ・クラウド』をマトモに喰らって眠っていたはずだというのに、今彼女は目を覚まして自分と霊夢に杖を向けているのだ。
(まさか失敗…いや!そんな事は断じて……!)
 そして彼もまた、自分から少し離れた地面がその下にある゛何か゛に押し上げられていくのが見えた。
 これはマズイ。そう判断した彼は後ろへ下がるべく霊夢との鍔迫り合いを中断せざるを得ない状況に追い込まれてしまう。
 偶然にも、この時ワルドと似たような事を考えていた彼女もほぼ同時に後ろへ下がり、距離を取ろうとした時―――――――地面が爆発した。

 捲れ、ひび割れた地面の隙間から白い閃光が漏れ出し、ルイズの魔力を込められた爆風が周囲に襲い掛かる。
 爆風は飛び散った大地の欠片を凶器に変えて、その場から離れた二人へ殺到していく。
「グ!このぉ…!」
 ワルドは咄嗟の判断で自身の周囲に『ウインド』を発生させて破片を吹き飛ばそうとする。
 しかし強力な爆発力で飛んでいく破片は風の防壁を超えてワルドの頬や服越しの肌を掠め、赤い掠り傷を作っていく。
 彼は驚いた。自負ではあるが自分の゛風゛で造り上げた防壁ならば、大抵のモノなら吹き飛ばすことができた。
 平民の山賊たちが放ってくる矢や銃弾、組み手相手の同僚や山賊側に属していたメイジの放つ『ファイアー・ボール』など…

 その時の状況で避けるのが困難だと理解した攻撃の多くは、今自分が発動している『ウインド』で防いでいたのである。
 ところがルイズの爆発の力を借りて飛んでくる破片の幾つかは、それを易々と通過して自分を攻撃してくるのだ。
 幾ら彼女の失敗魔法の威力が強くとも、ただの地面の欠片―――それも雑草のついたものが容赦なく通り抜けていく。
 これは自分の魔法に思わぬ゙穴゙が存在するのか?それとも、その破片を失敗魔法で飛ばしたルイズに秘密が…?
 そんな事を考えていたワルドはふと思い出す。彼女は自分の『スリープ・クラウド』で眠ったのにも関わらず、目を覚ましたことに。
 ガンダールヴとなった少女を召喚し、他の有象無象のメイジ達は毛色が違いすぎるかつての許嫁であったルイズ。
(ルイズ、やはり君は特別なのか…?)
 風の防壁を貫いてくる破片に傷つけられたワルドは、反撃の為に呪文を唱え始める。
 今やガンダールヴ以上に危険な存在―――ダークホースと化したルイズを再び黙らせるために。

「うわ、ちょっと…うわわ!」
 一方の霊夢は、辛うじてルイズの飛ばした破片をある程度避ける事に成功はしていた。
 最もスカートやリボンの端っこ等は飛んでくる小さな狂気に掠りに掠りまくってボロボロの切れ端みたいになってしまったが…。
 ワルドとは違いその場に留まらず後ろへ下がり続けていたおかげで、体に直撃を喰らう事は防ぐことができた。
 その彼と対峙していた場所から二メイルほど離れた所で足を止めたところで、左手に持っていたデルフが素っ頓狂な声をあげた。
『お、おいおいこりゃ一体どういう事だ?何で『スリープ・クラウド』で眠ってた娘っ子が起きてんだよ』
 彼の最もな言葉に霊夢は「こっちが知りたいぐらいよ」と返しつつ、再び両手に持って構え直す。
 幸いにもワルドはルイズを睨み付けており、自分には背中を見せている不意打ちには持って来いの状況である。
 どうやら彼女を眠らせた張本人も、これには目を丸くして驚いているようだ。霊夢は良い気味だと内心思っていたが。
「しかも目覚めの爆発攻撃ときたわ。…全く、やるならやるで合図くらい――…ってさっきの叫び声がそうなのかしら?」
 最後の一言が疑問形になったものの、態勢を整え直した霊夢はワルドの背後へキツイ峰打ちでもお見舞いしてやろうかと思った直後。


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