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避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

161ウルトラ5番目の使い魔 28話  ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 21:45:49 ID:Aw.YRaq2
皆さんこんばんわ。28話の投稿準備ができましたので始めます

162ウルトラ5番目の使い魔 28話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 21:51:37 ID:Aw.YRaq2
 第28話
 夜の支配者
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
 ハルケギニアを明けない夜が包んで、早くも一月あまりの時が流れようとしていた。
 わずか一月前には、世界は光に満たされていた。昼と夜が規則正しく巡り、昼は太陽が、夜は月と星が大地を照らし出していた。
 それが、当たり前だと思われていた。
 人と人の流れもそうだった。ルイズたちは日々学院で勉強し、才人は雑用に汗を流し、銃士隊は剣を振り、子供は遊び、大人は働く。
 それが、守られるべき平穏であり、そのために人間たちは不断の努力を続けてきた。
 
 ヤプールの送り込んでくる超獣を何度となく打ち破り、不可能に幾度となく挑戦してきた。
 過去の人間がそれらを見たなら、まさしく奇跡と呼ぶに違いない。
 中でも、最大の奇跡と呼ぶべきなのは、六千年の常識を覆した、東方号によるエルフとの直接交渉にあることは疑う余地はないだろう。
 筆舌に尽くしがたいほどの苦難と冒険を乗り越えて、エルフの首都アディールにたどり着いた快挙。そこで繰り広げられた、人間とエルフの修好を妨害せんものとするヤプールの怪獣軍団との死闘。
 あれは誰もが忘れない。何度も絶体絶命の危機に陥りながらも、その身を挺して人々を守り、悪を退けた光の巨人たちを。
 
 あきらめない限り、希望は失われない。
 
 しかし、世界は変わってしまった。数を計ることさえできない無数の昆虫の群れが空を覆って太陽を隠し、地上は完全な闇に閉ざされてしまったのだ。
 人々は混乱し、人心の乱れにつけこんで悪はハルケギニアへとすさまじい速さで根を張っていっている。このままでは、この世界はヤプールの侵攻を待つまでもなく、人間たち自らの手によって滅亡してしまうだろう。
 なのに……あのとき戦ってくれた光の巨人は、今はいない。エースはヴィットーリオの虚無魔法によって才人とルイズが別々の時空に追放されてしまって、戻る目処さえ立っていない。
 そしてもうひとり。エルフの伝説にあった、あの青いウルトラマン……彼はその後、一度も姿を見せていない。
 破滅に瀕したハルケギニア。その中でも、あがき続ける人間たちに希望の未来は訪れるのだろうか。
 
 光はもう一度、大地を照らし出してくれるのだろうか。お日様が暖かい昼下がりに、子供たちが駆け回って遊ぶ日常が、再び訪れてくれるのか。
 闇は依然として沈黙を守り続けている。それでも、時間だけは止まらない。
 
 
 キュルケたちがラグドリアン湖へと向かい、ロボット怪獣ガメロットを撃破しているのと時を同じくして、もうひとつの重大な事件が幕を上げていた。
 
 場所はガリア王国の、首都リュティスから南東に下った山間部。その辺りは濃い森林地帯に覆われて、目だった産業も産物も存在しないために、街道沿いにわずかな畑を持つ寒村が点在する以外にはなにもない土地のはずだった。

163ウルトラ5番目の使い魔 28話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 21:59:23 ID:Aw.YRaq2
 存在し続ける理由としては、ここがアルビオンからトリステインを経てガリアへ入り、さらに南下してロマリアへと続く巡礼街道のひとつであったということぐらいである。だがそれも、何年か前に南西部にロマリアの虎街道へと直結する新街道が開かれてからは必要性を薄れさせ、この近年は通行人はおろか住民さえ減少の一途を辿っている。現在は、新たにこの地方に移り住もうとするような人間は、人気を避けて静養したいと望む老人か病人くらいしかおらず、外の人々からはすでに忘れられ始めていた。
 
 だが……さびれる一方の辺境の地とはいえ、まだ相当数の人間が村々に点在して住んでいることには違いない。そんな、外部との関わりの薄い陸の孤島のような村にも、数週間に一度は旅人や商人が訪れて、旅の消耗品を買い込んだり、少ないながらも収穫された作物や狩猟の獲物を取引していく。そこには紛れもなく人と人との交流があり、それらの人々は、年に数回訪れるそれらの村々に立ち寄ることを楽しみにしているという。
 ただし、辺境を旅するそうした人間たちがひそかに恐れていることがある。まれに、めったに、人によっては一生遭遇しないことも多いが、そうして忘れられかけた頃に天災のように起こるそれに出くわしたとき、人は恐怖におののき二度とその地に近づかないという。
 
 想像してみるとよい。『ほんの数ヶ月前まで貧しいながらも活気のあった村が、次に訪れたときには人っ子一人住まない荒れ果てた廃墟になっていた』ということを。
 なぜか? 疫病による大量死。悪政による住民の逃亡。それらも確かにあるが、数百人単位の村ひとつが消滅するほどのことは滅多にありはしない。
 答えはひとつ、滅んだ村は外敵に襲われたのである。それも、野盗による襲撃などという生易しいものではなく、人ならぬモノ、亜人の襲撃によってである。
 そう、このハルケギニアには数多くの亜人種が存在している。それらの中には、翼人のように人間から手出しをしなければ襲ってくることはない理知的な種族もいるが、大部分はオークやトロルのように知性薄弱で凶暴なモンスターばかりであり、これらの群れに襲われて滅ぼされた村も少なくはない。
 ただし、オークやトロル、またはコボルドなどによる村落の消滅は動物災害に近く、地球でも熊などによって甚大な被害が発生し、結果的に集落が消滅する事例が実際にあることから、決してハルケギニアだけが特別なわけではない。
 恐れられているのは、それらの亜人種の中でも高度な知能を持ち、かつ凶悪な性質から妖魔と呼ばれる者たち。その中でもさらに、他の種族にはないある特徴を持ち、それを利用して狡猾かつ残忍な手法を好む、ある種族による犯行である。奴らはオークやコボルドのように群れをなして人里を力づくで襲撃したりはせず、大抵はひとりか数人の少人数でひっそりと人里に忍び込む。そして、この種族の妖魔に狙われたが最後、人々は恐怖におののき、犠牲者の哀れな屍がひとつふたつと日々増えていく。
 そう、この妖魔は人間に化けて村に入り込み、内側から食い荒らしていくのだ。恐れられている理由はここにある。オークやトロルなら、迎え撃つことも逃げることもできるが、この相手は平和な日常に潜んで、いつ襲ってくるかわからないために防ぎようがないのだ。さながら通り魔にも似て、犠牲者は襲われる瞬間まで気づくことはなく、姿なき殺人鬼は影から獲物を襲い続け、そして村は死人にあふれて、生き残った人間たちは泣く泣く故郷を捨てて逃げ出すことしかできない。
 その恐るべき死神たちの名は”吸血鬼”。人間の血を好み、殺戮を繰り返す、ハルケギニア最悪の妖魔である。熟練のメイジでも対抗は難しく、その名が唱えられるだけで人々はおののき、住民を失って地図から消えた村や町は数知れない。そして生存者も、あまりの恐怖に体験を語ろうとする者は少なく、殺戮の所業は闇に葬られていくのだ。
 まさに人間の天敵であり、恐怖の対象という度合いで言えばエルフすらもしのぐ。そして、その吸血鬼のひとりがこの地に潜伏し、獲物が来るのを待ち構えていた。
 
 闇の中に巣食う、闇の住人吸血鬼。これから始まるひとつの事件は、ハルケギニアのほとんどの人々に知られることなく終わりまでを駆け抜ける。だが、この辺境で起こった小さな戦いの行方は遠からぬ将来において、ハルケギニア全体はおろか、全世界の運命をも大きく左右していくことになる。

164ウルトラ5番目の使い魔 28話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:01:58 ID:Aw.YRaq2
 ただし、それがいかような方向へと舵を取っていくのかは、神も悪魔も知る由はない。未来は無限大であり、たとえ全知全能の存在であったとしても、それは”今”のことでしかないのだから。
 
 
 語りを現世へと戻し、暗闇の中から幕は上がる。
 
 
 湿った空気と、かび臭い匂いが鼻をつき、わずかに虫の鳴き声がする薄暗い空間で少女は目覚めた。うっすらと開いた翠色の眼に光が入り、見覚えのない眺めに彼女は戸惑った声を漏らした。
「えっ……ここは、どこ」
 視界に映ってきたのは、差し渡し五メートル四方程度の部屋だった。その隅には古びた箪笥と、小汚い毛布が乗ったベッドが置かれ、正面の小窓からは曇った空が見えた。
 どうやらここは、どこかの平民の家の一室らしい。部屋の様子から彼女がそう察したのは、彼女が以前住んでいたウェストウッド村の家の雰囲気に似ていたからだった。家具はいずれも無骨な手作りで、子供たちと過ごしていた日々の思い出が彼女、ティファニアの胸に蘇ってくる。
 しかし、感傷に浸れたのは一瞬だった。辺りを見回して、気が落ち着いてくると、ティファニアは自分がその部屋の柱に後ろ手で縛りつけられているのに気がついたのだ。
「なにこれ! んっ、外れない」
 もがいてみたが、ティファニアの両手首は背中に回した状態で頑丈なロープでがっちりと柱にくくりつけられており、非力な彼女の力ではどうにもならなかった。
 わたしは、いったいどうしてこんなことに? 目が覚めてみて自分の陥っている状況の異常さに気づいて動揺するティファニアは、必死に気を失う前に何があったのかを思い出そうと試みたが、その前に自分が今どうなっているかを明確に自覚せざるを得なかった。
 そう、自分は以前、同じ状況に陥れられたことがある。あれは確か、ガリアのアーハンブラ城というところだった。そこへ……
「わたし、またさらわれちゃったんだ」
「へえ、なかなか理解が早いんだね。少し感心しちゃった」
「えっ! だ、誰!」
 突然、部屋の中に幼い少女の声が響いた。驚いたティファニアが部屋の中を見回すと、いつの間に現れたのだろうか。さっきまで誰もいなかったはずのベッドの上に、ちょこんと五歳前後と見える金色の髪をした少女が座っていた。
「あ、あなたは……?」
「おはようお姉ちゃん。よく眠っていたね。なかなか起きないものだから、わたしそろそろ起こそうかと思ってたからちょうどよかったよ」
 ティファニアの問いに答えずに、少女は明るくよく通る声でしゃべった。その顔には笑顔があふれており、少女の幼げな容姿とあいまって、まるで人形のように可愛らしげに見えた。
 だが、普通の人であれば心を溶かされてしまうような可愛らしげな少女の笑みとは裏腹に、ティファニアは表情を凍らせて、鋭い視線を少女に向かって放っていた。すでにティファニアの顔には動揺はなく、心からは戸惑いは消えていた。
 なぜなら、ティファニアは目の前の天使のような少女の影にある、大きな違和感を感じ取っていたからだ。一見、無邪気な子供のように見えるけれども、逆にあまりにも美しすぎる。人形のような、ではなく人形そのもののような作り物じみたあどけなさの不自然さが、多くの子供たちと直に接してきたティファニアには見えたのだ。

165ウルトラ5番目の使い魔 28話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:03:07 ID:Aw.YRaq2
「あなたが、わたしをさらってきた犯人ね」
「あら? 本当に察しがいいんだ。めんどくさい説明をしなくちゃいけないと思って、いろいろ考えてたんだけど手間がはぶけて助かっちゃう。なんでわかったの?」
「あなた、子供を装う演技がうまいのね。けど、あなたの仕草は大人が勝手に思ってる子供っぽさだったわ。ほんとうの子供は、もっと落ち着きがなくてきょろきょろしてるものなの。しゃべるときだって、思ったことをそのまま口にするけど、あなたは考えて言葉を選んでる。そんなこと子供にはできないわ」
 ティファニアが確信を込めて断言すると、その少女は今度は本当に子供らしく腹を抱えて笑って見せた。
「あっはははは、なーるほどね。私、おしゃべりはあまり得意じゃないから騙せなかったかあ。こんなのでも、大人はたいがいバカだからちょっと泣いたり甘えればコロっと騙されてくれるんだけど、こんなすぐに見破るなんてお姉ちゃんすごいね。でもほんとのこと言えば、子供を演じてるわけじゃないんだよ。これでも私はまだ子供なの、ただちょっとだけ私たちの種族は大きくなる早さが人間と違うだけ」
「あなた、いったい何者なの?」
「ん? 吸血鬼だよ」
 こともなげに言ってのけた少女の、その唐突な言葉にティファニアはあっけにとられるしかなかった。
「きゅう、けつ、き?」
「そう、名前はエルザ。よろしくねおねえちゃん」
 ニコリと笑い、エルザと名乗った少女は言葉を失っているティファニアを無邪気そうな童顔で見つめた。
 対して、ティファニアはまったく理解が追いつけていない。伝聞で、吸血鬼という妖魔がいるということだけは知っていたけれども、彼女の知識はそこまでだった。すると、ティファニアの困惑を見て取ったエルザはベッドに座ったまま、楽しそうに足をばたつかせてみせた。
「あっはは、お姉ちゃん今バカみたいな顔してるよ。でもしょうがないか、普通の人は吸血鬼なんて見たことないものね。牙だって、ほらこんなふうに隠しておけるんだ」
 そう言って、得意げに口を開いたエルザの犬歯が、ティファニアの見ている前で見る見る伸びて狼のように長く鋭く変わった。部屋の薄暗い中に、白く輝く二本の凶器。それはエルザの幼げな容姿とはまるで釣り合わず、唖然としているティファニアにエルザはさらに楽しそうに続ける。
「驚いた? すごいでしょう。この牙をね、人間の首筋に食い込ませて、あふれ出てきた血をゴクンゴクンってすするんだよ。あ? お姉ちゃんったら、まだ信じられないって顔してるね。そうだ、いいもの見せてあげる」
 するとエルザは、座っているベッドの裏側からなにかをつかむと、無造作にティファニアに向かって放り投げてきた。それは、エルザの背丈より大きいが妙にひょろひょろしたもので、ティファニアの前の床に落ちると、カラカラと乾いた軽い音を立てて転がった。
 いったいなんだろう? それは色が黒くて、明かりのない室内ではいまいち正体がわからない。ティファニアは目を凝らして、それがなにかを確かめようと試みた。
 
 枯れ木? いや、人形? いや……えっ!
「こ、これって! に、人間の!」

166ウルトラ5番目の使い魔 28話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:04:51 ID:Aw.YRaq2
 その瞬間、ティファニアの体から血の気が一気に引いた。
 
「そう、人間の死骸だよ。血を一滴残らず吸い尽くした絞り粕。お姉ちゃんが眠っているうちにお腹がすいたから、さっき一人いただいちゃってたんだ」
「ひっ、ひうっ!」
 楽しげに笑うエルザの口から覗く牙と、目の前のカラカラに乾いた死体の首元に空いたふたつの穴が、エルザの言葉がほんとうだと告げていた。
 ティファニアの足元に転がる死体は土色に完全に干からびており、目は黒い空洞になり、口は断末魔の叫びのままで、大きく開かれたまま固まっていた。
「あっはっはっ、びっくりしたでしょ。けど、これで信じてくれたね? そう、私は吸血鬼……闇の中に生きる、美しき夜の種族」
「こ、この人は……?」
 ガタガタと震えながら、ティファニアは死体が誰なのかを尋ねた。死体は完全に乾ききっていて、もう生前の姿を想像することはできない。
 だがエルザは、まさかまさかと怯えるティファニアに努めて優しげな声で言った。
「心配しなくても、お姉ちゃんの知り合いじゃないよ。私が支配したこの村の女の人。味も悪くなかったけど、なかなか楽しいお昼ごはんだったからお姉ちゃんにも見せてあげたかったな。知ってる? 人間の血ってさ、若い女の人が一番おいしいの。だから村中の女の人を集めて閉じ込めてあるんだけど、ただ血をもらうだけじゃ味気ないから、その人たちに一言言ってあげたの、わかるかな?」
「ひっ、ひぅぅ」
「ああ、お姉ちゃんのその怯えた顔もいいよぉ。そんなふうに怯える人たちに、私はこう言ったの。「あなたたちで一人、私のごはんになる人を差し出しなさい」ってね。そうしたらねぇ、もうひどい押し付け合いよ。「お前がいけ」「あんたが先よ」って、ののしりあい、殴り合い、もう必死すぎて久しぶりにいっぱい笑ったなあ。そして、やっと地味で気の弱そうな子を一人差し出してきたんだけどね」
「それが、この人……?」
「ブーッ! 残念はずれ。そのとき私は、生け贄を差し出してきたお姉さんにこう言ったんだ。「じゃあ、あなたで決まりね」と。そしたらその人、最初は呆然としてたんだけど、すぐに怒鳴ってわめいたの。「話が違う」「私はイヤだ。あいつを食べろ」ってさ。けど私は最初から、やっと助かったと思って安心してる人の顔が恐怖にゆがむのが見たかったの。そのほうがドキドキするじゃない? で、泣き喚くお姉さんの手足をしばってゆっくりといただいたわ。おいしかったなあ」
 うっとりとした表情で、エルザは舌で口元をペロっと舐めて言った。その口元には、凶悪な二本の牙が冷たく光っている。
 この子は本物の吸血鬼、生き血をすすり、恐怖をもてあそぶハルケギニア最悪の妖魔。ティファニアの体に、いままでなかった震えが走って止まらない。
「わ、わたしも食べる気なの?」
 恐る恐るティファニアは尋ねた。しかしエルザはその問いに、少し困ったような顔をして言った。
「うーん、できればそうしたいんだけどね。お姉ちゃんは生きたまま引き渡さないといけないの。それが、ロマリアのお兄ちゃんとの契約なんだ」
「ロマリア! そう、そういうわけだったの……」
 エルザの一言に、ティファニアの頭の中にあったもやが一気に晴れていった。
 そして理解した。なぜ自分がさらわれたのか、その理由もなにもかも。

167ウルトラ5番目の使い魔 28話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:06:38 ID:Aw.YRaq2
「わたしの、虚無の力が欲しいのね。わたしの、わたしの友達たちは、みんなはどうしたの!」
「あら、ほんとうに思ったより頭はいいんだ。くふふふ、そう来ると思って用意しておいたんだよ。ロマリアのお兄ちゃんからのプレゼント、見せてあげる」
 そう言うと、エルザはベッドに立てかけてあった姿見をティファニアの前に置いた。それは、一見するとただの鏡のようであるが、装飾に奇怪な文様が刻まれており、ティファニアにでもすぐにそれが仕掛けのあるものだとわかった。
「これね、ガリアで作られた『遠見の鏡』っていうマジックアイテムなんだって。効果はまあ、名前でわかるよね? んーと、使い方はと」
 エルザは少し思い出すようなそぶりを見せると、鏡の紋様を指で数回なぞった。
 すると、操作が加えられた遠見の鏡は光りだし、遠く離れた場所の光景を映し出した。しかしそれは、仲間たちの身を案じていたティファニアの不安を、最悪に限りなく近い形で実現するものだったのである。
「ミシェルさん! ギーシュさん! みんな!」
 鏡の向こうには、森の中の沼地が映っていた。そのほとりの草地に、ギーシュたち水精霊騎士隊や銃士隊は倒れていたのだが、彼らの頭上に異様なものが飛んでいた。
「な、なんなの? あの大きな蝶たちは!」
 そう、それはまさしく蝶の群れだった。しかし、大きさが馬鹿げており、羽根の差し渡しがざっと八十センチはある巨大なものだったのだ。サファイアのような青い羽根がきれいではあるが、その巨体ゆえにグロテスクな印象しか受けない。それらが十数匹も舞う下で、ギーシュたちは身をよじりながら苦しんでいた。
「あら、あらあらあら、苦しそうに。けど、あの子たちの毒鱗粉をあれだけ浴びて、まだ正気を保っているなんて意外としぶといね」
「エルザ! あの蝶は、あなたの仕業なのね」
「そうよ。私の可愛いペットたち。私ね、気ままに旅をしてるときは、あの蝶ちょの卵を水辺に撒いて育てて、寄ってきた人間をしびれさせていただいてるの。モルフォって知ってる? 奥地にしかいない珍しい蝶なんだけど、手なづけると便利なんだよ」
 モルフォ……その名前に、ティファニアは聞き覚えがあった。ネフテスへの遠征から帰って来て、しばらくルクシャナの助手としてアカデミーで勉強していたとき、ポーションの原料としてモルフォの鱗粉を目にしたことがあった。そのときには、大変希少価値が高いけれども、毒性も強いから絶対に触らないようにと聞いている。それが、あの蝶なのか。
 愕然とするティファニア。だが実は、この蝶は地球にも生息していて、かつて日本でも発見例が報告されているのだ。
 『巨蝶・モルフォ蝶』全長八十センチメートル、体重百グラム。アマゾンを原産とする幻の蝶で、水辺を好み、群れで活動する。そしてその羽根からばらまかれる毒鱗粉は、人間さえのたうちまわらせるほどの強い毒性を持っている。
 ただし、このモルフォ蝶は特殊な種類で、紛らわしいのだが、普通の昆虫としてもモルフォという種類の蝶はいるのだけれど、それとはまったく違うものである。
 普通のモルフォが何らかの原因で突然変異で巨大化してモルフォ蝶になったのか、それとも最初から巨大な種類であったのかはわかっていない。しかし、そんなことはともかく、モルフォ蝶が人間にとって危険な生物であることは間違いない。
「みんな、早く逃げて!」
「無駄だよお姉ちゃん、みーんな、モルフォの毒鱗粉をたっぷり浴びちゃってるからね。あとどれだけ持つかなぁ? うふふ」
 エルザは自信ありげにティファニアの叫びを一蹴した。
 確かに、モルフォ蝶の毒鱗粉は強力であり、これの生息する水辺にはオークでさえ近寄らないと言われる。民間にもその恐ろしさは伝承されており、幼年時代のルイズとアンリエッタが興味本位でこれの生息地に探検に出ようとして、一週間の外出禁止を食らったこともある。

168ウルトラ5番目の使い魔 28話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:08:25 ID:Aw.YRaq2
 牙を口元から覗かせ、残忍な笑いを浮かべるエルザと、悲痛な表情に沈むティファニア。このままでは、みんながあの毒蝶の餌食になってしまう。
 
 
 どうして……どうして、こんなことになってしまったのかと、ティファニアは無力感をかみ締めながら記憶の糸をたどった。
 そうだ、わたしたちは……ここまで。
 
 
 ここで、時系列はややさかのぼり、一行がトリステインを目指してガリア辺境の森の中の街道を歩いていた時に返る。
 ロマリアでの天使の事件で、才人、ルイズ、デルフリンガーを失った一行は、事の次第を女王陛下と仲間たちに伝えるために、帰国を急いでいた。
 しかし、それは決して平坦な道のりではなかった。あの戦いの後、別行動をとっていたティファニアやモンモランシーらとの合流は幸いにもうまくいき、才人らが死んだということで嘆き悲しむティファニアをなだめて、彼らはロマリアから一路トリステインを目指すことにしたのだが、その方法が難題であった。
 帰国の道は、大きく分けて空路、海路、陸路の三つである。しかし、空路は飛行船の搭乗料が多額にかかるため、手持ちの資金が間に合わないために即外され、海路は空路に比べれば料金は安いとはいえ、空が闇に包まれてからは海の怪獣たちの動きも活発になってきたということで長距離航路は無期限運休になっていて、残るのは必然的に陸路を歩いて帰るのみとなる。
 ただし、その陸路もまた彼らを悩ませた。トリステインへといたる最短の街道は、火龍山脈の大陥没によって封鎖されているために大きく迂回することを余儀なくされ、慣れない土地の手探りでの旅はさしもの銃士隊も手を焼いた。
 いや、単に困難な旅であるならば、彼らはこれまでに何度もそれを乗り越えてきた。しかし、今回の帰途は、これまでとは違った。
「サイト……サイト」
 平民に扮して歩く一行。その中で、うつむきながら呻くようにしてミシェルが漏らした声が、全員の心情を代弁していた。
 なにを成し遂げることもできぬまま、仲間を失っての逃避行。皆の意気が高かろうはずもなく、特にミシェルの落ち込みようがひどかった。あれ以来、自殺だけは思いとどまってくれたものの、ときおりうわごとのように才人の名前を繰り返すばかりで、そのやつれようはひどかった。
「副長、サイトは……」
「わかっている。わかっているさ……わかって」
 無理もない……泥沼のような半生を送ってきたミシェルにとって、はじめて手を差し伸べてくれた才人の存在がいかに大きかったか、どれだけ深く才人を愛していたか、皆が知っていた。そして、自分たちにはどうしてやることもできないことを、誰もが痛感していた。
 彼女をはげましてやることができるとしたら、彼女の義理の姉のアニエスしかいないだろう。そのためにも、なんとしてでも連れて帰る。銃士隊員たちは、それが才人へのせめてもの手向けだと、自分たちにも浅からぬ関係のあった才人の死を悲しみながらも自分を叱咤し、ギーシュたち水精霊騎士隊も、才人とルイズの犠牲を無駄にしてたまるかと、自分を奮い立たせていた。

169ウルトラ5番目の使い魔 28話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:15:48 ID:Aw.YRaq2
 そしてティファニアやモンモランシー、ルクシャナらも、受けた衝撃からは一応は立ち直っていたものの、友を失った衝撃が軽いはずはない。
「ルイズ……ほんとうに、バカなんだから。あなたが死んだって、あなたの家族に伝えなきゃいけないわたしたちの身になりなさいな」
 気の強いモンモランシーにも今は精彩がない。これまで水精霊騎士隊は戦死者を出したことがなかった。だが、頭で想像していたのと実際に体験することでは大きく違う。表面は平静を装ってはいるものの、誰も余計なことを言おうとしない道中は、まるで葬列のようにさえ見えた。
 
 そんなときのことである。ひたすらトリステインへと向かい、辺境の森の中の人気のない街道を歩き続けていた一行の耳に、森の奥から悲鳴が聞こえてきたのは。
「いやぁぁっ! 誰かぁ! 誰か助けてぇ!」
 一行の耳朶を打ったのは、幼げな女の子の声だった。暗く静まり返っていた森の中で、突然耳に飛び込んできたその悲鳴に、ギーシュたち水精霊騎士隊、そして銃士隊ははじかれたように飛び出したのだ。
 そしてそのころ、森の奥の小道を十二歳くらいの少女が必死に走っていた。
「はぁ、はぁ……やだ、やだぁ」
 少女は平民の村娘風の身なりで、頭には赤い頭巾をかぶっている。その頭巾からグレーの少しちぢれた髪が覗き、笑えば誰もがかわいいと褒めるであろう目鼻立ちをしているが、今の彼女の顔は涙で大きく崩れていた。
 吐き出す息が切れ、手も足もガクガクとして激しく痛むが、少女は走ることをやめない。その後ろからは、重く乱暴な靴音が近づいてくるけれども、少女は決して振り返ろうとしなかった。
「来ないで、来ないで! やだ、誰かぁ!」
 そう、少女は追われていた。その顔は恐怖に歪み、背中のほうから近づいてくる足音と、獣のような荒い息遣いが聞こえてくるごとに、焦点の定まらない目からは涙があふれだしている。
 逃げなきゃ、逃げなきゃ殺される! 少女は、自分を追ってきているものに捕まったが最後、決して助からないであろうことを知っていた。ひたすら助かりたい一心で走り、森の先を目指す。ここを抜ければ街道に出られる、そうして通りがかった誰かに助けを求められればなんとか!
 だが、少女の必死の逃亡も、子供の脚力では結果は知れていた。いきなり後ろからむんずと手首を掴まれて、少女の小さな体は軽々と宙に持ち上げられてしまった。
「離して! 離してぇ!」
 少女の手首を掴んで宙吊りにしていたのは、屈強な大男だった。年のころは四十代そこそこで、そこらの平民と同様の粗末な衣服をまとっている平凡そうな男に見えた……その野獣のように血走った目と、口元から伸びた鋭い牙を別にしては。
「ア、アレキサンドルさん、や、やめ……ヒッ、ば、化け物っ!」
 引きつった声で悲鳴を漏らしながら少女はもがいた。しかし、非力な子供の力では大人の大男に敵うわけもなく、必死に相手の胸板を蹴りつけるもまったく効果は見えなかった。
 そして、男は鋭い牙を覗かせる口元をにやりと歪ませ、少女の喉をわしづかみにして締め付けてきたのだ。
「かっ……やめ、やめて……た、たすけ……お、かあ、さん……」
 息を吸えない。舌がしびれ、目玉が飛び出そうだ。少女は激しい痛みと恐怖の中で、はっきりと自分の死を意識した。
 苦しい、殺される、死にたくない、助けて、お父さん、お母さん、誰か!
 少女の吐息が途切れていき、助けを求めた最後の声も、か細く森の空気の中に溶けていく。

170ウルトラ5番目の使い魔 28話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:22:12 ID:Aw.YRaq2
 だが、そのときだった。
 
「なにやってんだ、てめぇぇーっ!!」
 
 突然、横合いから突っ込んできた黒い影が男をふっ飛ばし、思わず緩んだ手の中から少女の体が解き放たれた。
 支えを失った少女の体は、力を失ったままで頭から落ちていく。しかし地面にぶつかる直前に、小さな体はすべりこんできたたくましい体によって受け止められていた。
「危ない、かろうじて間に合ったか」
「さっすが、銃士隊一の俊足の持ち主!」
 少女を受け止めたのは、全力疾走で駆け込んできた銃士隊の隊員のひとりだった。彼女のかたわらには、男を体当たりでふっ飛ばしたギーシュのワルキューレが槍と盾を構えて守るように立っている。
 そして森の先から響いてくる十数人の足音。悲鳴を聞きつけてやってきた水精霊騎士隊の少年たちと銃士隊の一行が追いついてきたのだ。一行は少女を介抱している隊員の周りを囲むと、盾のような陣形を組んだ。少女は口から泡を吹いているが、なんとか命に別状はなさそうだった。他の皆も、後から続々追いついてくる。
「ゲホッ、あ……だ、誰?」
「心配するな。もう大丈夫だ……皆、気をつけろ! そいつ、人間じゃない!」
「なに!?」
 恐怖感さえ混じった声での警告に、陣形を組んでいた水精霊騎士隊と銃士隊は、起き上がってきた大男の顔を見て絶句した。ここまで彼らは、獣か野盗にでも子供が襲われているのだろうと考えて駆けつけてきたのだが、目の前の相手がそんな生易しいものではないことに気づかされたのだ。明らかにまともな人間ではない男の狂相を見て思わずうろたえたギーシュが、隣でひきつった表情に変わっている銃士隊員に尋ねた。
「な、なんなんだいアレは! よ、酔っ払いじゃないよね?」
「屍人鬼(グール)だ。気をつけろ」
「グ、屍人鬼って……まさか吸血鬼の!」
「そうだ。吸血鬼に血を吸われた人間の成れの果てだ。くそっ、冗談じゃない。来るぞ!」
 吸血鬼に血を吸われた人間は普通はそのまま血を吸い尽くされて死亡するが、吸い尽くされなかった場合はより恐ろしいことになる。それが、殺害された人間の死体が吸血鬼の魔力で操られたモンスターである屍人鬼だ。これは一種のゾンビであるが、吸血鬼の忠実な操り人形であり、吸血鬼が狩りの道具として多用する。

171ウルトラ5番目の使い魔 28話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:25:15 ID:Aw.YRaq2
 つまりは、この近くに吸血鬼がいるということを意味し、一行が焦ったのもそのせいだった。しかし、今はともかくも襲い掛かってくる屍人鬼をなんとかするのが先だ。まずは銃士隊の数名が飛び出すと、数の優位を活かして左右から斬りかかった。
「いあぁぁぁっ!!」
 叫び声とともに、屍人鬼の男の右腕、左腕が切り裂かれる。だが、屍人鬼は獣のような叫び声とともに太い腕を振り回すと銃士隊員たちを振り払ってしまい、その壮絶な光景にギムリは唖然とした。
「あ、あいつは痛みを感じていないのか?」
「なにしてる! こいつの狙いはそっちだぞ」
 怒鳴られて、ギーシュたちははっとした。屍人鬼のターゲットは、この少女だ。当然のように、取り返そうと防壁を組んでいる水精霊騎士隊に向かってくるために、ギーシュたちは慌てて魔法を唱えた。
「ワ、ワルキューレ、あいつをやれ!」
 たちまち、ワルキューレが斬りかかり、他にも火や風の魔法が屍人鬼に殺到する。
 しかし、いくら狂相をしているとはいえ、相手も人間だということが必殺の気合を鈍らせた。数人がかりのメイジの攻撃だというのに突進を食い止めきれず、ギーシュの目の前まであっというまに迫ってくる。
「う、うわぁぁぁっ!」
「馬鹿者! なにをやっている!」
「し、しかし相手はにんげ……」
「一度屍人鬼にされてしまったら元に戻すことはできん。もう動く屍なんだ。倒す以外に手立てはない」
 銃士隊員は怒りとともに悲しみを交えた声で言った。屍人鬼は人間が操られているのではなく、人間の死体があたかも生きているように操られているだけなので救う方法がないのだ。吸血鬼の非道さを示す所業のひとつだが、わかっていても元は人間だったものを倒すのは気分のいいものではない。
 が、屍人鬼は体を焼かれ切り刻まれ、本当のゾンビのような姿になりながらも、まるでロボットのように前進をやめず、ひるむギーシュたちを突き飛ばして、少女を抱きかかえている隊員に迫った。
「おのれ化け物め!」
 彼女は少女をかばいつつ、片手で抜いた剣で屍人鬼を迎え撃った。しかし、屍人鬼の力は熊のように強く強化されており、いくら銃士隊員でも片手では食い止めきれない。
「ひ、ひぃっ」
「逃げろ、は、早くっ!」
 銃士隊員は、少女をかばいきれないと、自分が食い止めているあいだに早く逃げろとうながした。
 だが、腰が抜けている少女は立つことすらできない。そして、屍人鬼の血まみれの手が少女に延びた、まさにそのとき。

172ウルトラ5番目の使い魔 28話 (11/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:28:46 ID:Aw.YRaq2
「いやぁぁぁぁっ! おとうさん、おかあさーん!」
「『マジック・アロー!!』」
 突然、無数の魔力の矢が屍人鬼を貫き、蜂の巣にされた屍人鬼は吹き飛ばされて立ち木に叩きつけられた。
 今の魔法は、誰が!? マジック・アローは魔力そのものを凝縮して放つ高位の攻撃魔法、水精霊騎士隊の未熟な腕で放てるものではない。なら、まさか!
「ふ、副長……」
「……」
 そこには、心が折れて戦う力など残っていなかったはずのミシェルが、亡霊のようにうつむいたまま杖を握って立っていた。
 しかし、屍人鬼は人間ならば即死しているほどの傷を負いながらも、うなり声をあげてミシェルに襲い掛かってくる。危ない! という叫びが次々に響き、呪文の詠唱をする時間すらない。
 が、ミシェルは戦意を失っている人間とは思えないほどの早さで杖から剣に持ち替えると、鞘から抜いた勢いのまま上段に構え、そして。
「でぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!」
 獣、いや、龍の咆哮のような叫び声とともに、ミシェルの剣は屍人鬼の頭頂部から足元までを切り裂いた。
 刹那……屍人鬼は左右に真っ二つに両断され、哀れな大男の死骸は、ただの冷めた肉の塊に戻って崩れ落ちたのである。
「す、すごい……」
 水精霊騎士隊も、銃士隊も、ただの一刀で大男の屍人鬼を倒してしまったミシェルの剣技に圧倒されていた。さすがは、アニエス隊長に次ぐ剣の達人……メイジとしての力にばかり目を奪われがちだが、剣士としての強さも一年前とは比べ物にならなかった。
 しかし、戦うだけの気力を無くしていたはずのミシェルがなぜ……? 皆が、そう思って戸惑っていると、ミシェルは剣に残った血を振って払うと鞘に収め、少女に歩み寄ると、かがんで話しかけた。
「大丈夫か?」
「え、あ……お、おねえさんは?」
「君の、おとうさんとおかあさんは?」
「え? あ、あ……あああっ!」
 そのとたん、少女は堰が切れたように泣き始めた。
「うあぁぁぁぁっ! 助けて、助けてっ。わたしの、わたしの村がっ! おとうさんとおかあさんたちがぁぁぁっ!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……」
 ミシェルは泣きじゃくる少女を抱きしめて、その背中をさすって優しく慰めていた。

173ウルトラ5番目の使い魔 28話 (12/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:30:12 ID:Aw.YRaq2
 だが、仲間たちは見ていた。家族を呼んで泣き続けている少女と同じように、ミシェルの目からも光るものが流れ落ちていることを。
 
 
 そして、屍人鬼を倒した彼らは、これがまだ始まりに過ぎないことを知ることになる。
 そのころ、ティファニアやモンモランシーたちは、悲鳴を聞きつけて飛び出していった水精霊騎士隊や銃士隊を見送って、街道に残り待っていた。
「皆さん、大丈夫でしょうか……?」
「心配いらないわよテファ。まったく、なにが危ないからここで待っていてくれよ、よ。かっこうつけちゃって」
 不安げなティファニアと、プリプリと怒っているモンモランシー。彼女たちは、駆けだして行ったギーシュたちを案じてはいたが、銃士隊もいっしょだしよほどのことがない限りは大丈夫だろうと考えていた。不安があるとしたら、調子が戻っていないミシェルくらいだけれど、彼女もプロの軍人なのだし滅多なことはないだろう。
 相手は山賊だかなんだか知らないけれど、十人ばかりのメイジがいれば大抵は恐れをなして逃げ出す。モンモランシーたちはギーシュたちの無傷の帰りをほとんど疑っておらず、いっしょにいるルクシャナも、つまらなさそうに彼らの帰りをぼおっとしながら待っていた。
 当然、警戒心が散漫になり、わずかに注意を払う方向も、ギーシュたちの向かった小道の先だけになる。
 ところがこのとき、油断する彼女たちの背後から忍び寄ってくる人影があったのだ。しかし、彼女たちがそれに気づいたときには、すでに手遅れになっていた。
 
「きゃあぁぁぁぁっ!」
「今の声は、モンモランシー!?」
 
 ギーシュが叫び、水精霊騎士隊は血相を変えて元来た道を引き返した。
 全力で走り、森から飛び出して街道へ出る。そこには、モンモランシーとルクシャナが道の真ん中に倒れていた。ギーシュはすぐにモンモランシーに駆け寄って抱き起こして呼びかけた。
「モンモランシー! 大丈夫かい! モンモランシー、ぼくのモンモランシー!」
「う、ううん……ギーシュ? はっ、いけない! ギーシュ、大変よ。ティファニアが、テファがさらわれちゃったのよ!」
 水精霊騎士隊に激震が走り、後から追いついてきた銃士隊も事の次第を知って愕然とした。
 これは、罠だ。あの屍人鬼は、最初から水精霊騎士隊と銃士隊をおびき寄せて、ティファニアを奪うための囮だったのだ。
 犯人は……疑う余地もない。ロマリアの手のものに違いない。でなければ、ティファニアひとりだけをさらっていくわけがない。
 それに……と、一行はつばを飲み込んだ。自分たちも、このまま見逃されるとは思えない。きっと、誰一人としてこの森から出すつもりはないだろう。
 
 暗い森の中で、姿も見えない吸血鬼を敵にして、水精霊騎士隊と銃士隊に大きな試練が立ちはだかろうとしていた。
 
 
 続く

174ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/06/30(火) 22:47:38 ID:Aw.YRaq2
今回は以上です。前回までのキュルケ編に続いて、今回から吸血鬼編のスタートです
この話はずっと前から暖めていましたが、満を持しての本俸投入です。トリステインを目指す水精霊騎士隊と銃士隊に立ちふさがる凶悪な敵を前にした戦いを、これから描いていきたと思います

そして、ゼロの使い魔の本編の再開というめでたい話がついに来ましたね。自分も興奮して、書く手が一気に延びてしまいました
以前のような週一のハイペースは無理だと思いますが、未来に希望が見えてきた以上、張り切って投下ペースを上げていこうと思います
なににしても、天国のヤマグチノボル先生、プロットを残していてくれてありがとうございます

175名無しさん:2015/07/01(水) 22:44:12 ID:AOcZqk3o

ティファニアたちはどうこの危機を乗り越えるのか
原作もこちらも完結目指して頑張ってください

176ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:15:35 ID:KxOFlp2.
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔、29話の投稿準備ができましたので投下開始します

177ウルトラ5番目の使い魔 29話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:17:29 ID:KxOFlp2.
 第29話
 サビエラ村の惨劇
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
「思い出したわ。エルザ、あなたがわたしをさらうために、わたしの仲間たちを誘い出して罠にはめたのね」
「そうよ。お姉ちゃんのお仲間たちは、みんなお人よしだって聞いていたから必ずひっかかると思ってね。まあ、屍人鬼を一匹つぶしちゃったけど、たいしたことないわ。代わりは、いくらだっているからね」
 ティファニアとエルザ、囚われた者と捕らえた者。立場を異にするふたりが、遠見の鏡を前にして成り行きを見守り続けていた。
 鏡には、エルザの仕掛けた罠にはまって苦しんでいる仲間たちの姿が映っている。ティファニアはその様子を苦悩して見ていたが、得意げに自分をさらった手際のよさを語るエルザをきっと睨み付けた。
「わたし一人を捕まえるためだけに、なんの関係もない人を屍人鬼にして、わたしの仲間に倒させるなんて。なんてひどい」
「ひどい? うふふ、わかってないなあ。屍人鬼はもう人間じゃないの。私がお腹を満たした後の絞り粕の再利用。どうせ生きていたところで、適当に歳を取って死ぬだけのでくの坊さんが、私のご飯になれた上にオモチャにもなれたんだから、むしろ光栄と思ってほしいなあ」
 ティファニアの弾劾にも、エルザは余裕を崩さずに冷酷な笑いを続けた。
 あのとき、水精霊騎士隊と銃士隊が屍人鬼を倒している隙に、仲間たちと引き離されて無防備になったティファニアを別の屍人鬼が襲い、まんまとさらわれてしまったのだ。
 吸血鬼は、人間を食料としてしか見ていない。その命を奪うことには何の躊躇も見せないし、死者の魂を冒涜するに等しい屍人鬼の使用も当たり前に行う。
「エルザ、あなたの狙いは私でしょう? 関係ない人たちを巻き込むのはやめて」
「それはダメだよぉ。お姉ちゃんの身柄は無事に、ほかの人間たちは皆殺しがロマリアのお兄ちゃんとの契約なの」
「ロマリア……くっ」
「うふふ、お姉ちゃん、私が憎い? 人間は私たちを妖魔と呼ぶよね。別にいいよ? 人間なんて、私たち美しい夜の種族からしたら、たいした力もないしすぐに死ぬつまらない生き物なんだもの。そんなのが楽しそうにしてると、私とってもムカムカするんだ。いじめたくなるんだよ」
 嗜虐的な笑みを浮かべると、エルザは座っていたベッドから立ち上がり、床に転がっていた村人の娘のミイラを枯れ葉のように踏み潰した。
「人間なんて大っキライ。数が多いだけで、バカで弱っちくて。けど、人間たちは一日の半分を太陽に守られているから私たちは敵わなかった」

178ウルトラ5番目の使い魔 29話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:21:39 ID:KxOFlp2.
「吸血鬼は、お日様の下では生きられない……」
「ええ、私たち吸血鬼は夜の種族。太陽の光は、私たちの体を焼いてしまう。だけど、ロマリアの教皇さまは救世主だったのよ。そして私に言われたわ。我々の同志となってくれるのなら、永遠の夜をプレゼントしてくれるってね。アハハハ」
 愉快そうに笑うエルザを見て、ティファニアは納得した。吸血鬼の唯一にして最大の弱点が太陽であるが、現在空は無数の昆虫が雲を作って日差しをさえぎっているために昼でも暗い。まさしく、吸血鬼にとってはユートピアに等しい。
 太陽のない世界の吸血鬼は完全無欠と言っていい。好きなように人間を蹂躙できるだろう。エルザは楽しそうな笑いを続けたまま、ティファニアの隣に無防備に座り込むと、劇場でお気に入りの英雄譚が始まるのを待ちわびる子供のように遠見の鏡を覗き込んだ。
「さあお姉ちゃん、時間はたっぷりあるからいっしょに見よう。お姉ちゃんのお友達が、モルフォの毒鱗粉にやられてダメになっていく姿をね? くふふふふ」
「エルザ……みんな、逃げて、逃げて……」
「あら? そんなこと言ったらかわいそうだよ。あの人たち、みんなお姉ちゃんを助けるために涙ぐましくやってきたんだから」
 エルザはティファニアにじゃれるようにしながら、自分が見てきた彼らのこれまでを語り始めた。ティファニアは自分の無力をかみ締めながら、この無邪気な殺人鬼の言葉を聞くしかなかった。
 
 
「本当はね、あの人たちがお姉ちゃんを見捨てて逃げられたらちょっとやっかいだったの。けど、そうならないように工夫しておいたんだ。なんだと思う? うふふふ」
 
 ここで時系列を少し戻し、ティファニアがさらわれて、ギーシュたちが駆けつけてきた直後へと返る。
 モンモランシーからティファニアがさらわれたことを聞き、慌てて追いかけようとした水精霊騎士隊の一同であったが、飛び出していこうとしたところを銃士隊に止められた。
「待て! 今から追いかけても森の中では追いつけん。追うだけムダだ!」
「なんですって! ちぃっ、それでも誇り高いトリステインの騎士ですか。ティファニアさんの危機です。僕らは行きますよ」
「バカ者! 土地勘のない人間が森に入ってなにができる。迷子になったところを吸血鬼に襲われたらどうする? 冷静になれ!」
 一時は頭に血が上り、血気にはやったギムリたちであったが、その一喝と、吸血鬼という単語に思いとどまった。
 悔しいが、屍人鬼にすらあれだけ苦戦したのに、水精霊騎士隊だけで吸血鬼なんてものに対抗できるとは思えない。仕方なしに、彼らはひとまずモンモランシーとルクシャナを介抱することにした。
「大丈夫かいモンモランシー、どこも怪我はないかい?」
「ええ、ギーシュ、心配いらないわ。ちょっと、殴り飛ばされて痛かっただけよ」
「よかった。いったい何があったんだい? 詳しく教えてくれないか」
「何って言われても、突然のことで……急に後ろから、目をギラつかせた男たちが襲ってきて、気がついたらわたしとルクシャナは殴り倒されて、ティファニアがさらわれてて。ごめんなさい、わたしたちが油断していたせいだわ」
 君のせいじゃないさ、とギーシュはモンモランシーを慰めた。ルクシャナは、レイナールたちが介抱しているが、あちらもどうやら殴られただけですんだらしい。

179ウルトラ5番目の使い魔 29話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:22:50 ID:KxOFlp2.
 不幸中の幸いは、モンモンシーとルクシャナだけでも助かったことか。しかし……ギーシュはぎりりと歯軋りをした。
「くそっ、屍人鬼は複数いたのか」
 だが、地団太を踏むギーシュたちと違って、銃士隊員たちは怪訝な表情を見せた。
「屍人鬼が複数いた? いや、そんなはずがあるわけは……」
「どういうことですか?」
「いや、まだはっきりしたわけじゃない。その前に、彼女の話を聞いてみようか」
 と、そこでギーシュたちは、街道のわき道からミシェルに付き添われて、先ほど屍人鬼に襲われていたあの少女がやってきたのを見た。確かに、今からティファニアを追っても手遅れな以上、手がかりはこの少女しかいない。
 自然と、全員の視線が少女に集中した。だが、それらの視線が怖かったのだろう。少女はミシェルの胸に顔をうずめて、かむっていた赤い頭巾をおさえて震えている。無理もない、たった十二歳ばかりの少女にとって、怪物に殺されかけたショックはもとより、こんな大勢の騎士や貴族に囲まれるなど心が持たなくて当然だろう。
 怯える少女を、ミシェルは無言のままで優しく抱いている。その姿はまるで母親のようにも見えたが、重く沈んだ表情からは彼女がなにを考えているのかを読み取ることはできなかった。
 このまま、少女が落ち着くのを待つべきか。いや、事は一刻を争うかもしれないのだ。しかし、ギムリやレイナール、ミシェル以外の銃士隊員が話しかけても少女は怯えるばかりで、モンモランシーも努めて優しく話しかけたのだが要領を得なかったので、モンモランシーは仕方なくギーシュをうながした。
「こうなったら方法はこれだけね。ギーシュ、あなたの出番よ」
「へ? ぼくが」
「そうよ。いつもレディの扱いはどうのって自慢ばかりしてるじゃない。手並みを見せてみなさいよ」
「い、いや、幼女はちょっと専門外なんだけど……」
「ぐずぐず言わない! あなたの特技なんて、こんな時くらいしか役に立たないんだからね。今回だけはわたしも見逃すから、テファの無事がかかってるのよ!」
「わ、わかったわかったわかったから!!」
 さっさとやるか魔法を食らうかどっちがいいかとモンモランシーに詰め寄られ、ギーシュはしぶしぶながら少女の隣に行って、彼女の視線にかがんで顔を覗き込んだ。
「こ、こんにちは。ミ・レイディ」
「……っ!」
 少女は少しだけギーシュの顔を見たが、すぐに頭巾をかむって視線をそらしてしまった。
 ギーシュでもダメか……皆に落胆の空気が流れかけた。だが、それでギーシュのプライドに火がついた。

180ウルトラ5番目の使い魔 29話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:24:01 ID:KxOFlp2.
”ギーシュでもダメ? 冗談じゃない。グラモンの男子に女性からの撤退などあってはならないのだ”
 それに……こんなに怯えている女の子を見てそっぽを向いては、男としても人間としてもすたる。ギーシュは足元に落ちていた小枝を拾うと、片手に杖を持って少女の前にかざして見せた。
「ねえ君、ちょっとこれを見てくれるかな?」
「……ん?」
「イル・アース・デル……それっ」
 ギーシュが呪文を唱えて合図すると、ただの小枝がポンっと鳴って小ぶりなバラの造花に変わった。
「わあっ」
 少女は驚いたようであったが、興味深そうにギーシュの作ったバラを見ている。ギーシュの錬金の実力では、ものを作っても原色のままで、ワルキューレもブロンズの地肌そのままをしていたが、そのバラは手のひらサイズなおかげか彩色もされていて、本物のバラそっくりな美しさをしていた。
「気に入ったかい? ミ・レイディ」
「うん……」
 少女はこくりと小さくうなづいた。すると、ギーシュは「君にプレゼントするよ」と言って、バラを少女に手渡した。すると、少女はぱあっと笑顔を浮かべてバラを受け取った。
 ギーシュはちらりと皆を振り返り、「どんなもんだい」とでも言うように片目をつぶってみせた。むろん、皆が感心したのは言うまでもない。
「気に入ってもらえたようでうれしいよ。花も、君のような可愛いレディにもらわれて喜んでいるだろう」
「うん……おにいちゃん、あり、がと……」
「ぼくの名はギーシュ・ド・グラモン。以後、お見知りおきを。小さなレディ、君の名前を教えてくれるかな?」
 ギーシュがきざったらしく会釈しながら尋ねると、少女は少し迷ったそぶりをしてから、小さな声でおずおずと答えた。
「アリス……」
「ミス・アリスか、いい名前だ。君はまるで、その髪の色と同じ野菊のような可憐なレディだね」
「ん、うん。ありがと……ギーシュおにいちゃん」
 自信たっぷりに褒めちぎるギーシュに、アリスは顔を真っ赤にして照れていた。
 さすがギーシュ、女たらしの腕は子供相手でも健在であったかと皆は呆れながらも、少女の心を開かせてしまった手際には感心していた。しかし、このままギーシュに調子に乗らせていたら子供相手に行ってはいけない領域にまで踏み込みそうだったので、モンモランシーはわざと聞こえるように咳払いしてギーシュにそのへんにしておけと促した。
「う、うん、わかったよモンモランシー……ごほん、それでミス・アリス。君はさっき、屍人鬼に襲われていたけど、いったい君や君の村になにがあったんだい?」
 すると、アリスはまたびくりとすると、まるで思い出したくないものをこらえるようにうつむいてしまった。しかしギーシュは、アリスの恐怖心をほぐすように優しさをつとめて呼びかけ続けた。

181ウルトラ5番目の使い魔 29話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:25:02 ID:KxOFlp2.
「よほど怖い思いをしたんだね。でも大丈夫、ここにいるのはみんな君の味方だから安心してくれていいよ。ぼくたちはね、悪い奴をやっつけるために旅をしてるんだ。必ず、君の力になってあげるから、ね」
 アリスは迷った様子だったが、すがるように抱きつき続けていたミシェルの顔を見上げた。すると、ミシェルは口元に笑みを浮かべると、アリスに優しくうなづきかけた。
「大丈夫、わたしたちにすべて話してみて」
「……はい」
 決心した様子で、アリスはギーシュや皆に向き直って話し始めた。
「お願い、助けて……助けてください。わたしの、わたしの村が吸血鬼に……」
 それは、思い出すのもおぞましい記憶だった。
 
 
 サビエラ村、それがアリスの住んでいた村の名前である。
 ガリアの首都リュティスから南東に五百リーグ程度に位置し、山と森に囲まれた人口三百五十人ほどの、取り立てて何もない辺境の寒村であった。
 アリスはこの村の農家の娘で、つい最近まで村は貧しいながらも平和に過ごしてきた。
 だが、ある日のこと、森に狩猟に出かけた男たちが一日経っても戻らないということが起きた。さらに、探しに出た男たちも、さらにその後に探しに出た男たちも帰ってこないということになり、村はパニックに包まれた。
”いったい何が? 森に化け物が住み着いたに違いない! このままじゃ村も危ないぞ”
 ハルケギニアの人間にとって、人食いの怪物というのは身近な脅威であるだけに、村人の危機意識は強かった。相手はオーク? トロル? それともコボルド? それはわからなくても、大挙して襲われたらサビエラ村程度の村落が全滅するのは目に見えていた。
 すぐさま、村長を中心に村の人々で相談が行われ、ふもとの町から王政府に向けて救援を呼ぶことになった。
 数人の若者がその使者に選ばれ、彼らは村中の期待を一身に背負って出発した。
 しかし、それから半日後……村に、若者のひとりが恐怖に顔を引きつらせて帰ってきた。一体何があった? 他のみんなはどうしたのかと問いかける村人たちに、その若者は震えながら答えたのである。
「みんな、みんなやられた。村を出てしばらくして、急になにかが襲ってきたと思ったら、俺は気を失っていた。だけど、目を覚ましたときに見たんだ。血の海の中で、目を光らせて、獣みたいな牙をむき出しにして笑ってる化け物を! あれは噂に聞く吸血鬼に違いねえ! しかも、あの顔は村はずれのアレキサンドルだった。あいつが吸血鬼だったんだよ!」
 彼のその言葉で、村の人間たちの怒りに火がついた。
 アレキサンドルというのは、一年と少し前にこのサビエラ村に越して来た老占い師の息子のことである。老いた母親の静養のため、とのことらしいが、よそ者には冷たいのがこうした寒村の常であり、当初は無理に追い出されこそはしなかったが村八分的な扱いを受けていた。ただ最近では、特に問題を起こすこともなく、ぼんやりした見た目をしていることもあって人畜無害な男として村人たちも気を緩めていた。なのに。

182ウルトラ5番目の使い魔 29話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:25:58 ID:KxOFlp2.
「あいつ、これまで俺たちを油断させていたんだな。畜生、許さねえ!」
 村人たちは激昂し、吸血鬼アレキサンドルをやっつけろと口々に息巻いた。
 しかし、相手は吸血鬼である。村中の男が総出で退治をおこなうことになり、女性たちはその間、村で一番の高台にある村長の屋敷に避難しておくことになった。
 もちろん、アリスもそこにいて、山刀を持って出かけていく父親を見送っていた。
「お父さん、行っちゃいやだよ。吸血鬼って、なんでアレキサンドルさんをやっつけに行くの? どうして」
「アリス、いい子だから村長さんの家でおとなしく待っていておくれ。アレキサンドルは、人間に化けて血を吸いに来た怪物だったんだ。必ずお父さんたちが退治してきてやるから、少しの辛抱だよ」
 そう言い残し、アリスの父親は村人たちと出かけていった。
 村人たちは手に手に武器を持ち、すきやクワを持った者から槍や弓矢を携えた者までいた。村中の男集、二百人近い人数がたったひとりの男を狩るために向かったのである。これだけの人数がいれば、たとえ相手が吸血鬼でも負けはしないと誰もが思っていたはずだ。
 だが、これが吸血鬼の張った罠だということに、村人たちは気づいていなかった。
 それから数時間後、大挙してアレキサンドルの家を襲った村人たちは、女たちの待つ村長の屋敷へと戻ってきた。全員が屍人鬼に変えられて。
「お、お父さん……」
「あ、あなた、どうしちゃったの……」
 夫や父、恋人の帰りを待っていた女たちは、彼らの変わり果てた姿を見て愕然とするしかなかった。
 罠……すなわち、アレキサンドルの家を取り囲んだ男たちは、火を放ってアレキサンドルの家を彼の母親の老婆ごと焼くことには成功した。しかし、そこに四方からこれまで森で行方不明になっていた男たちや、使者として出されて帰ってこなかった男たちが屍人鬼になって襲い掛かってきて、ふいを打たれた村人たちはことごとく血を吸われ、血を吸われた人間もまた屍人鬼になって村人を襲い、男たちは全滅したのであった。
 そして、屍人鬼と化した男たちに村長の屋敷は包囲され、女たちも逃げる間もなく捕らえられた。使者の若者がひとりだけ村に逃げ帰れて、アレキサンドルのことを報告できたことも、吸血鬼が村人を一網打尽にするために仕掛けた罠だったのだ。
 村の男たちは全員が屍人鬼にされ、女たちは捕らえられた。しかも、それだけでは終わらなかった。捕まった女たちも、アリスのような少女から比較的若い娘だけを残して、あとは屍人鬼に変えられてしまったのである。
「あなた、あなたやめて! やめて!」
「お父さんやめて! お母さん! お母さん! いやぁぁーっ!」
 目の前で屍人鬼になった父が母の血を吸い、屍人鬼に変えていく様を見せ付けられたアリスや少女たちは気が狂わんばかりに泣き叫ぶしかできなかった。
 地獄のような時間が過ぎ、サビエラ村の住人は六十人ばかりの女性を残して屍人鬼へと変えられてしまった。そして、吸血鬼はついに村人たちの前にその正体を現したのである。

183ウルトラ5番目の使い魔 29話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:26:48 ID:KxOFlp2.
「うーん、やっと終わったぁ。まったく、めんどくさかったけど、この村の人たちってバカばっかりだったから助かったなあ。けど、これでこの村は私のものだね」
「え、エルザちゃん? あなた、なにを言ってるの?」
「んー? ああ、アリスおねえちゃんはまだわからないの。みんなが探してる吸血鬼はね、この私、エルザなんだよ。ほぉら、ね?」
 突然、人質の中から立ち上がり、鋭い牙を見せ付けて吸血鬼の正体を明かしたのは、村長の家で養女として育てられていたエルザであった。
 エルザは二年ほど前に、両親を亡くして放浪していたところを村長に拾われたという少女だった。よその人間を村に入れることに対しても、たった五歳くらいの幼女であるし、若くして子や連れ合いを亡くして家族のいない村長に気を使って、村人たちも気にかけず、最近は体が弱いそうなので家の中だけではあるが村の子供たちとも遊ぶようになり、大人たちもそんな彼女を可愛がるようになってきていた。そのエルザが吸血鬼だったのだ。
 本性を現したエルザは屍人鬼たちを操り、女たちを村長の屋敷に閉じ込めた。屋敷の周りは常に屍人鬼たちが見張り、逃げ出すことはできない。そして、ときおり女たちのなかからひとりずつ連れ出されていき、二度と戻ってくることはなかった。
 逐殺場の豚のように、檻の中で飼われて吸血鬼に食われるのを待つだけかと誰もが絶望していた。
 ところがである。あるときふと、村長の屋敷の壁の一部に痛んで穴が空くようになっているところが見つかり、見張りの屍人鬼も少なくなっているのが見受けられた。
 今なら逃げ出せる。しかし、壁の穴は小さくて子供しか潜れないし、屍人鬼の目をごまかして逃げ隠れするのも大人では無理だ。穴を潜り抜けられて、かつ遠くまで走れるだけの体力を持っているのは、子供たちの中でもアリスしかいなかった。
「アリスちゃん、ふもとの町まで行って、お役人さんにサビエラ村が吸血鬼に襲われたって知らせるの。そうしたら、きっと王国の軍隊が来てくれるわ。ごめんなさい、つらいだろうけど、あなたしか頼れる人がいないの。がんばれる?」
「うん、みんな待ってて。わたし、がんばってみる。だから、待っててね」
 こうしてアリスはひとりで村を抜け出し、助けを呼ぶためにひたすら走ってきた。しかし、途中で追いかけてきたアレキサンドルの屍人鬼に捕まって、そこへ一行が駆けつけてきたというのがこれまでのいきさつであった。
 
「お願い、助けて、助けてください、わたし、もう……うわぁぁぁっ」
 そこまでを話したところで、アリスはもう耐えられないとばかりにまた泣き出してしまった。
 無理もない。たった十二歳の少女が体験するにしては過酷過ぎる。ここまで話してくれただけでたいしたものだ。アリスはミシェルの腕に抱かれて泣き、一行の心に怒りの炎が灯る。とにかくこれで、敵の正体がわかった。
「なるほどつまり、そのエルザって吸血鬼が黒幕なわけだな。だが、五歳くらいの子供が吸血鬼なんて」
「吸血鬼の寿命は亜人の中でもかなり長い。見た目が子供でも、人間の年齢では老人くらいに歳を重ねていることなどざらだ。覚えておけ」
「なるほど、見た目が子供なら人間は油断しますしね。それにしてもひどいことを、まるで悪魔のような奴だ」
 ギムリが憤慨したようにつぶやき、水精霊騎士隊の仲間たちも同感だというふうにうなづいた。
 だが、感情に逸る少年たちとは反対に、銃士隊の仲間たちは納得できないというふうに考え込んでいた。

184ウルトラ5番目の使い魔 29話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:28:08 ID:KxOFlp2.
「村全部が屍人鬼に、だと? そんな馬鹿な」
「馬鹿なって、どういうことですか?」
 苦渋の表情を浮かべている銃士隊員に、レイナールが問いかけた。一般的に吸血鬼に対する知識はあまりなく、専門的なことは秀才のレイナールも知らないが、遊撃部隊に近い銃士隊は幻獣退治もするので亜人全般に知識があるのだ。
「さっきも言ったが、屍人鬼が複数体いるという時点でおかしいのだ。なぜなら、吸血鬼は血を吸った人間を『一人しか』屍人鬼にして操ることはできない。屍人鬼をふたり以上操っているなんてあるはずがないんだ」
「えっ! でも、しかし」
「確かに例外はある。吸血鬼が徒党を組んでいれば屍人鬼が複数いることもあるし、屍人鬼を次々に乗り換えることで複数いるように見せかける手もある。しかし、トリックを使っているにしては多すぎる。それに、屍人鬼に噛まれた人間までが屍人鬼になるなんて聞いたことがない」
 ありうるはずがないのだと彼女は断言した。それに怒ったのはギーシュである。
「ちょっと待ちたまえよ。それじゃ、まるでミス・アリスが嘘をついているというのかね?」
「そんなことは言ってない。ただ、吸血鬼の常識とあまりにかけ離れていると言っているのだ。それでも、アリスを襲っていたのは間違いなく屍人鬼だった。敵が吸血鬼なのは間違いないが、仮にそのエルザという娘が吸血鬼だとしても、ただの吸血鬼だとは思えない」
 吸血鬼は恐ろしい妖魔だが、できることは限られている。村ひとつを丸ごと乗っ取るなんて真似ができるような力があるはずはないのだ。
 ところが、そのとき別の銃士隊員が厳しい表情で現れた。
「いえ、ひとつだけ全部のつじつまが合う答えがありますよ。それはアリス、その娘こそが吸血鬼だってことです!」
 きっと鋭い目でアリスを睨み付け、アリスは怯えて震えだした。それを見て、ギーシュが慌てて叫ぶ。
「お、おい君! 突然なにを言い出すんだね」
「なんだも何も、さっきまでの話も、屍人鬼に襲われていたのも自作自演だったってことよ。そうしておいて、まずはティファニアをさらっておいて、吸血鬼本人は被害者を演じながら隙を見て我々を食っていけばいい。それだけなら本物の屍人鬼のほかに、薬で操った人間を数人使うだけで済むわよね」
「そ、そんな……アリスは、吸血鬼なんかじゃないよ」
「どうかな? 吸血鬼は人間に完璧に化けられるのが特徴よ。牙さえ隠しておける。なにより、そうして人間の油断を誘うのが常套手段」
 その隊員は完全にアリスを疑っていた。しかも、彼女の仮説には無視できない説得力があったので、銃士隊員の中には賛同する者も現れ、アリスをかばいたい側もうまく言い返すことができなかった。
 アリスはミシェルの腕の中で歯を鳴らして震えている。このままでは、ティファニア以前にアリスをどうするかで一行が真っ二つに割れてしまう。まずい……と、思われかけたときだった。
「はいはい、あなたたちそのへんにしておきなさい。現実主義もいいけど、そう断言するものじゃないわ」
 両者のあいだに割って入ってきたのはルクシャナだった。これまでじっと成り行きを見守っていたのだが、突然出てきた彼女は殺気立っている銃士隊員の前に立って言った。

185ウルトラ5番目の使い魔 29話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:29:31 ID:KxOFlp2.
「確証もないのに、推測だけで人を吸血鬼よばわりはわたしから見てもちょっとひどかったわよ。それだけ言って、もしアリスが吸血鬼じゃなかったらどうする気よ?」
「あなたは吸血鬼の恐ろしさを知らないからのんきなことが言えるのよ。奴らは本当に恐ろしい。我々銃士隊が正式に結成される前の傭兵集団だったころ、一度だけ吸血鬼と戦ったことがあるけど、十人以上の村人を殺したそいつの正体は盲目の少年だったわ。正体をあばきだすまでに、こっちの仲間も三人もが犠牲になって、かろうじて朝が来たから討伐できたようなものなのよ!」
「そうね、気持ちはわかるわ。でも、わたしは学者でね。人が間違った答えを口にしてると我慢できなくなる性分なのよ。ここはわたしに任せなさい、吸血鬼がいくらうまく化けても、絶対に隠せないものはあるのよ」
 そう一方的に宣言すると、ルクシャナはアリスの下に歩み寄り、怯える彼女の肩に手を置いた。
「ひっ!」
「大丈夫、わたしはあなたの味方よ。あのわからずやのお姉さんたちをぎゃふんと言わせるから、少しだけじっとしてて。心配しないで、すぐ終わるから」
「う、うん」
「いい子ね。では、この者の体内を流れる水の息吹よ。我に、そのあるべき姿を示せ……」
 ルクシャナが呪文を唱えると、彼女の手がわずかに光ったように見えた。そしてルクシャナは少しのあいだ、何かを確認するようにうなづいていたが、おもむろに立ち上がると自信を込めて言った。
「アリスは間違いなく人間よ。吸血鬼でも屍人鬼でもないわ」
「待て! いったい何をしたの。私たちにはわけがわからないわよ」
「あら、単純なことよ。アリスの体の中の水の流れを確認してみたの。吸血鬼がいくら人間に化けてもしょせんは別種の生き物。人間の目はごまかせても、わたしたちエルフの、もっと言えば精霊の目をごまかすことはできないわ」
 アリスの体内の水の流れは、間違いなく生きた人間のものだと断言したルクシャナの眼光の強さは銃士隊員をもたじろがせた。そして、自分たちが間違っていたことを、隊員たちは認めざるを得なかった。
「も、申し訳ない。私が軽率だったわ」
「わたしはいいわよ。そんなことより、あなたたちはもっと別に謝らなきゃいけない人がいるんじゃないの?」
 ルクシャナはあっさりと引き下がり、隊員たちの前にはアリスがぽつんと残された。目と目が合い、先ほどまでアリスを疑っていた隊員たちは一瞬迷ったような表情を見せた。だが、彼女たちは一瞬だけ呼吸を整えると、すぐにぐっと頭を下げたのだ。
「う、ごめんなさい。あなたのことを吸血鬼だなんて疑ってしまって。なんというか……許してほしい!」
「え? あ、ええっと」
 大の大人に頭を下げられてアリスは戸惑うばかりだ。けれど、そんな彼女に、モンモランシーが明るく告げた。
「ごめんね、このお姉ちゃんたち、真面目すぎるのが玉に瑕なの。でも、本気で悪い奴をやっつけようとしてるだけで、悪い人じゃあないの。許してあげて」
「う、うん。おねえちゃんたち、わたしは怒ってないよ。だから……」
「……ありがとう」
 過ちを正すにはばかる事なかれ。悪いことをしてしまったら、償う気持ちと態度を表すのを惜しんではいけない。銃士隊の隊員たちは、その心得を騎士道としてきちんと心の中に持っていた。

186ウルトラ5番目の使い魔 29話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:30:30 ID:KxOFlp2.
 そして、それだけではなく、アリスが彼女たちを許したことで、アリスは隊員たちを罪悪感に蝕まれることから救っていた。
 人は罪を犯す。しかしそれを重荷として引きずっていくのはつまらないことだ。罪を犯せば償い、それで許すことできりをつけ、どちらも清清しく前へ進むことが出来る。たった、それだけでいいのだ。
 隊員たちとアリスは手を取り合い、互いに笑顔を向けた。
 だが、これでアリスの話が本当だと証明されて、敵が単なる吸血鬼ではないことがはっきりした。そこで新しく推理する必要が出てくる。とはいえ、あまり難しく考えるまでもなかった。このメンバーの中で、ティファニアだけがさらわれたことからつながって、どんな非常識なことでもやりかねない相手となれば、おのずと集約される。
「ガリアのジョゼフ、ないしロマリアの教皇か……」
 レイナールが眼鏡の奥の目に自信を宿らせて言った推理に、異論を挟む者はいなかった。非常識さといえばヤプールが一番にいるが、ヤプールにはティファニアを狙う理由がない。
 と、なれば後は裏づけだが、これも難しくはなかった。
「ミス・アリス、吸血鬼騒ぎが起きるより前に、村にガリアかロマリアの偉そうな人が来たりとかはしなかったかい?」
「うん、あるよ! 前に、ロマリアの神官だって人が村長さんを尋ねてきたの」
「それがどういう人だったか、覚えてるかい?」
「えっとね、金髪のすごくかっこいいお兄ちゃんだったよ。みんなの間ですごく噂になったし、目の色が左と右で違ってたから、よく覚えてる!」
「やっぱりそうか……」
「ジュリオだ、間違いない」
 ギーシュやギムリは苦い顔をした。そんな容姿の神官など、ハルケギニアでも二人といまい。脳裏に、あの人を馬鹿にしたニヤケ面が浮かんでくる。
 しかし答えは決まった。吸血鬼の後ろには、ロマリアが糸を引いている。
 とうとう来たか、と一行は息を呑んだ。このまますんなりトリステインに戻れるほど甘くはないだろうと思っていたが、まさかこんな方法でやってくるとは誰も想像もしていなかった。
「これはぼくたちを狙った罠だね」
 レイナールの言葉に、一同はうなづき、ギーシュも同意した。
「ああ、ここまで来たらぼくにだって敵の考えがわかるよ。囮を使って、まずはティファニアを無傷でさらう。それから、取り返そうとぼくらが追いかけてきたところで、屍人鬼にした村人を使って皆殺し。そんなところだろうね」
「ギーシュに見破られるようじゃ、たいした作戦じゃないな。しかし悪辣ではあるね。これでぼくたちは選択を強いられるわけだ。ティファニアを見捨てて先へ進むか、それとも罠だとわかっている中へ飛び込んでいくか」
 ここで突きつけられた困難な二択は、簡単に答えが出せるものではなかった。これまでに何度も危機を潜ってきた水精霊騎士隊であるが、つい先日に才人とルイズを失ったばかりだというのに、ここでティファニアまでを失えというのか。
「騎士は友を見捨てない。女王陛下から杖を預かった我らトリステイン貴族が、おめおめと敵に背を向けるなんて名折れだ」
 ギーシュはそう気を吐く、しかし銃士隊は冷静だった。
「だったら親切に罠の中に飛び込んでいって全滅するか? アリスの話を忘れたか。吸血鬼は三百人近い屍人鬼を従えている。一匹でもあれだけ苦戦したというのに、勝ち目などあると思うか」

187ウルトラ5番目の使い魔 29話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:32:02 ID:KxOFlp2.
「わかっているよ、ぼくも言ってみただけさ。だけど、それじゃティファニアを見捨てろってのかい?」
「そうは言っていない。しかし、ロマリアはティファニアを無傷で手に入れたいはずだから命をとったりはすまい。だが我々がここで全滅してしまったら、誰がトリステインに事の次第を伝えるというんだ」
「う……」
「それと言っておくが、お前たちだけで救出に向かうというのもなしだ。ただでさえ少ない戦力で、さらに人数を半分にしてしまったら、それこそ全滅する」
 返す言葉がなかった。ティファニアは最悪、ロマリアに連れて行かれた後でも取り返すチャンスはあるかもしれない。だがここで、三百の屍人鬼が待つ村に飛び込んでいったら、待っているのは間違いなく全滅だ。
 悔しいが、現実的な判断では銃士隊のほうが一歩も二歩も先を行っていた。彼女たちは、厳しい視線で言う。
「戦場では、勝利のためにあえて味方を見捨てねばならんときもある。どのみち、お前たちも将来軍人になるのなら避けて通れない道だ。今のうちに慣れておいたほうがいい」
 ぐうの音も出なかった。相手はハルケギニア最悪の妖魔である吸血鬼に、村いっぱいの屍人鬼の群れ。しかも吸血鬼の背後には、得体の知れないロマリアの力が加わっている。
 対して、こちらの戦力は剣士と半人前のメイジを合わせて二十人そこそこ、比較にすらなっていない。
「ティファニアを見捨てる……それしかないのか」
 ギムリが口惜しげにつぶやいた。残念だが、どう勘定しても戦力がなさすぎる。せめて才人とルイズがいれば……と、思ったときである。アリスの、か細く消え入りそうな声が流れた。
「おにいちゃんたち、行っちゃうの……? サビエラ村は、村のみんなはどうなっちゃうの……」
 はっとして、一同はお互いの顔を見合った。
 そうだった。アリスは、外の誰かに助けを求めるために、たったひとりで逃げ出してきたのだった。ここで一行が立ち去れば、吸血鬼は残りの村人たちを喜々として餌食にするだろう。
 ならば、アリスの最初の目的のようにガリアの役所に訴えるか? いやダメだ。世界中がこんな様になっているのに、あの無能王の軍隊が辺境の村ひとつのためにすぐ動いてくれるとは思えない。よしんば動いたとしても、その頃にはすべてが手遅れになってしまっているだろう。
「お願い行かないで。村には、お隣のおねえちゃんも、リーシャちゃんもクエスちゃんも待ってるんだよ。早く助けなきゃ、お願いだから助けて!」
 アリスの必死の訴えは、一同の心を乱した。
 自分たちだって、ティファニアがさらわれているのだし、助けられるものなら助けたい。しかし、今回はいくらなんでも相手が悪すぎるのだ。幼いアリスには、説明してもわかるものとは思えない。
 だが一同が決断しかねているとき、それまでずっと黙っていたミシェルがアリスの涙をぬぐって言った。
「わかった。わたしが力になってあげる。行こう、君の村へ」
「お、おねえちゃん……?」
「ふ、副長! なにを言い出すんですか」
 部下の隊員たちは慌てて叫んだ。しかしミシェルは落ち着いた声で言う。

188ウルトラ5番目の使い魔 29話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:33:05 ID:KxOFlp2.
「お前たちは、このままトリステインへ帰れ。わたしはこの子といっしょに、やれるだけやってみる」
「副長、サイトの後を追って死ぬ気ですか!」
 隊員たちにはそうとしか思えなかった。いくらミシェルが優秀な魔法戦士とはいえ、三百の屍人鬼に太刀打ちできるとはとても思えない。
 しかしミシェルはかぶりを振って言った。
「そうじゃない。わたしはどうしてもこの子を見捨てられない。わたしにもあった、十年前に……」
 
”お父様、お母様。なんでふたりだけで行っちゃうの……帰ってきてぇ、わたしをひとりぼっちにしちゃやだよ”

「この子は、昔のわたしだ……」
 皆ははっとした。そして思い出した。ミシェルも幼い頃に両親を失った孤児だったことを。
 このまま村が全滅してしまったら、アリスは本当に世界中でひとりぼっちになってしまうだろう。誰よりも孤独の悲しさや苦しさを知っているミシェルだからこそ、たとえ死ぬとわかっていてもアリスを見捨てられないのだ。
 ミシェルはアリスを促して、村へ続く道へと歩いていこうとする。だが、このままでは確実に殺されてしまう。一行は苦渋の末に、ついに決心した。
「待ってください副長、我々もお供します」
「お前たち、だが……」
「サイトたちに続いて副長まで見殺しにしてきたとあっては、それこそアニエス隊長に合わせる顔がありません。だが、犬死にもごめんです。副長、銃士隊副長として、我々に指示をお願いします!」
 部下からの𠮟咤に、ミシェルは戦士ではなく、軍人としてまだ部下の信頼を失っていなかったことを知った。
「わかった。お前たちの命を預かる。作戦目標は、ティファニア及びサビエラ村の生存者の救出だ。アリス、サビエラ村は山の上にあると言ったね。なら、近くに村の畑へ続く水場があるんじゃないかな?」
「うん、村の裏手に沼があって、そこから水路を通してるの」
「やはりな。よし、その水路を通って村に侵入しよう。アリス、道案内できるかな」
「うん! あの、おねえちゃん……ありがとう」
 照れながらお礼を言ったアリスへのミシェルの返答は、母のような暖かい抱擁だった。
 屍人鬼たちが群れる村へは、まともな侵入はできない。だが足元は、誰であろうと死角になる。ミシェルはリッシュモンがトリスタニアの地下水道を利用していたことを思い出したのであった。
 
 アリスに案内されて、一行はサビエラ村の沼池へと向かった。だが、そんなところにまで吸血鬼が罠を仕掛けていたことは、さすがの彼らの想定をも超えていた。
 水辺を好む毒蝶モルフォ蝶に襲われ、水精霊騎士隊も銃士隊も麻痺毒を受けて動けなくなった。そんな一行のみじめな姿を遠見の鏡ごしに眺めて、エルザは愉快そうに笑う。

189ウルトラ5番目の使い魔 29話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:34:32 ID:KxOFlp2.
「バカだねえ。人間に気がつくようなことを、わたしが気づいていないわけはないじゃない。吸血鬼が正体を隠してひとりで生きていくって、すごく頭を使うんだよ」
 エルザは一年以上サビエラ村に住むうちに、この村の地形もすべて熟知していた。それゆえに、どこが監視の死角になるかも最初から読んでいたのである。
「子供なんかほっておいて、さっさと逃げればよかったのに本当にバカ。でも、人間って子供に甘いんだよね。ティファニアおねえちゃん?」
「壁にわざわざ子供だけが通れる穴を作って、アリスちゃんを逃がさせたのも、最初からそのために企んでいたのね」
「ええ、全部わたしの作戦どおり。もっとも、これだけできたのは、ロマリアのおにいちゃんがわたしの中に眠っていた特別な血の力を目覚めさせてくれたおかげだけど。とりあえずはこれで終わりね。後はあの人たちをモルフォのエサにしたら、おねえちゃんをロマリアに引き渡して、残った村の女の人たちも食べてあげる。そして屍人鬼をどんどん増やして、世界はわたしたち美しき夜の種族が支配するようになって、人間は家畜になるの。素敵でしょ」
 うっとりとしながらエルザはティファニアに吸血鬼の理想郷の夢を語った。
 しかし、ティファニアはエルザが期待したような絶望を浮かべてはいなかった。そしてエルザを睨み付けて毅然として言う。
「エルザ、わたしの仲間たちをなめないで。わたしが会う前から、あの人たちは多くの困難を乗り越えてきた。笑ってると、後悔することになるわ」
「アハハハ、おねえちゃん、ハッタリはもっとうまく言ったほうがいいよ。けど、まだそれだけ強がりが言えるんだ。その根拠、どこから来るのかな?」
「あの人たちは、まだ誰もあきらめていない。ただ、それだけで十分よ」
 ティファニアの見る鏡の中では、苦しみながらも必死に杖や剣を握ろうとする人たちがいた。そして、我が身を挺してアリスを毒鱗粉から守ろうとしているミシェルの懸命な姿があった。
 がんばって、みんな……
 勇気を捨てない限り、未来もまた死なない。ティファニアは自分もあきらめないと心の中で誓って勇気を振り絞る。その胸の中では、サハラからずっと大切に身につけてきた輝石が、静かだが力強い輝きを放ち始めていた。
 
 
 続く

190ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/07/13(月) 18:49:03 ID:KxOFlp2.
以上です。ゼロ魔本編復活のおかげか、最近妙に筆のノリがよくて自分でも驚くほど早く書き上げられました。
さて、吸血鬼編の第二回ですが、お楽しみいただけたでしょうか。本作でのエルザは単なる吸血鬼ではなく、ある特殊な存在になっているのですが、そのヒントは出してますのでよかったら推理してみてください。
この話から名前が出た少女は、すでにお気づきと思いますが、タバ冒の冒頭でエルザに殺害されたモブの少女です。このあたりはまったく別の展開に沿ってもよかったのですが、自分はどうも
子供が死ぬ展開というのは嫌いなので、助けられる流れに変えました。もちろん、ただの好き好みの問題だけではなく、名前の設定までしたからにはキーキャラクターとして扱っていきますので、
次回からの彼女の役割にも期待していてください。
ちなみにエルザは子供の範疇には入れてませんのであしからず。

では、30話でまた。

191名無しさん:2015/07/14(火) 21:43:06 ID:2DaCXkgY

自分も子供が死ぬ展開は駄目なのでこの改変は個人的にはOKです
次が楽しみです

192名無しさん:2015/07/14(火) 22:50:38 ID:hQ7ItBxw
>輝石
あー、待ち遠しいんじゃー
溜めに溜めての逆転って爽快ですよね。

193ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 20:59:21 ID:Xi9vctbI
皆さんこんばんわ、ウルトラ5番目の使い魔の30話の投下準備ができましたので開始します

194ウルトラ5番目の使い魔 30話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:10:32 ID:Xi9vctbI
 第30話
 その一刀は守るために
 
 巨蝶 モルフォ蝶 登場!
 
 
 水精霊騎士隊と銃士隊は今、全滅の危機に瀕していた。
 吸血鬼に占領されたサビエラ村への潜入を試みるものの、村の構造を熟知していた吸血鬼エルザに先を読まれて、水源地の沼地に放たれていたモルフォ蝶の毒鱗粉にやられた。
 才人とルイズなき今、ウルトラマンの助けも得ることはできず、全身を毒に犯された彼らには立ち上がる力すらろくに残ってはいない。
 このまま、不気味に飛び続ける毒蝶のエサとなるしかないのか。全員行方不明として、トリステインに記録されるしかないのだろうか。
 エルザはあざ笑い、ティファニアは信じて祈る。
 
 
 小型ながら、立派に怪獣扱いされるモルフォ蝶。その毒は強烈で、激しい渇きと痛みに襲われる。だがそれでも、彼らはまだあきらめてはいなかった。
「み、みんな、まだ生きてるかい?」
「ギ、ギーシュ、苦しい。目がかすむ」
「しっかりしたまえ、それでも女王陛下の名誉ある騎士かいっ!」
 ギーシュがなんとか、気力が潰えそうになっている仲間を叱咤して支えている。
「さあ、杖をとり、あの忌々しい蝶を叩き落すんだ! ごほっ! ごほほっ」
 しかしモルフォ蝶の毒は喉にも影響を与え、魔法を唱えるのに必要な呪文の詠唱をすることができない。そして魔法が使えなければ、彼らはただの少年と変わりはなかった。
「ち、ちくしょう……」
 一方で、銃士隊はさらに深刻であった。
「くそっ、手に力が入らない……」
 毒素のせいで手がしびれて剣が握れない。剣士の集団である銃士隊にとって、剣が握れないというのは致命的であった。かといって銃も同じだ。震える腕ではまともに狙いも定まらないし、いくら翼長八十センチもあるとはいえ、蝶の小さい胴体にそう当たるものではなく、羽根に当たっても軽く穴が空くだけで、逆にさらに鱗粉がばらまかれるだけだ。
 彼女たちは、自分のうかつさを悔いていた。この沼地に入ったとき、襲ってきたモルフォ蝶を銃士隊と水精霊騎士隊は迎え撃ち、何匹かを倒すことには成功したのだが、それがまずかった。

195ウルトラ5番目の使い魔 30話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:19:58 ID:Xi9vctbI
 魔法を受け、空中で爆発したものは鱗粉を大量に撒き散らし、剣で切り落とすために接近したときにも鱗粉を食らってしまった。このメンバーの中で、ルクシャナだけはモルフォの危険性を知っていたが、彼女も現物を見るのははじめてだった上に、沼地の暗がりのためにモルフォ蝶であるということに気づいたときには遅かったのだ。
「わたしとしたことが、ポーションの原料に逆にやられるなんて。こんなんじゃ、叔父様やエレオノール先輩に叱られちゃう。うっ、ゴホッゴホッ!」
「うぁぁっ、喉が焼ける。水、水ぅ」
「やめなさい! 水を飲んではダメよ。体の中まで毒がまわって、ほんとうに助からなくなるわ!」
 ルクシャナが、喉の渇きに耐えかねて沼に這い寄ろうとしているギムリやギーシュ、銃士隊員を必死に呼び止めた。
 モルフォ蝶の毒は単なる毒ではない。呼吸器官を焼いて猛烈な渇きを覚えさせ、人間や動物は必死に水を求める。だが、モルフォの棲む沼地の水には当然モルフォから飛び散った毒が混入している。これを飲もうものなら内蔵にまで毒が回って致命傷となってしまう。
 いや、単に死ぬだけならマシといえる。モルフォの鱗粉の毒素は、魔法アカデミーでポーションの原料として珍重されているように、他の物質と混合することで様々な性質に変化する特性を持っている。通常の生息地であれば毒物であるだけなのだが、本来の生息地とは違う水辺の水と混合すれば、どんな性質の毒素に変わるのかまったく読めないのである。事実、本来日本には生息しないはずのモルフォ蝶が蓼科高原に出現したときは、毒素の複合作用で人間が巨大化してしまうというとんでもない結果を生んでいる。
 ここの沼の水も、飲んだらどんな恐ろしい作用が出るかわからない。彼らは道端の草を食いちぎって噛み潰し、その苦味で必死に渇きをごまかそうとした。
 
 彼らの頭上には、まだ十数匹のモルフォが舞って鱗粉を飛ばし続けている。蝶は一般的に花の蜜を好むと言われるが、実際はかなりの悪食でモルフォの種類も腐った果実から動物の死骸までもなんでも食べる。この巨大モルフォ蝶が、毒鱗粉で倒した動物をエサにする習性を持っていたとしてもなんらおかしくはない。
 このままではやられる! だが、たかがチョウチョなんかに殺されてたまるものかと、ギーシュたちも銃士隊もなんとか毒鱗粉から逃れようともがいた。だが、相手は空を飛んでいるために逃げられない。
 さらに、毒が視神経などにも作用し始めると、毒の末期的症状が出始めてきた。
「くそっ、目がかすむ。頭が、重い……」
 なんでもないときにただ目を瞑っているだけでも、いつの間にか眠ってしまっていたという経験は誰にでもあるだろう。視覚が効かなくなれば、睡魔が一気に襲ってくる。ましてや毒の傷みと渇きで苦しめられた分、眠りの誘惑は強烈だ。そして眠ってしまえば、気力で毒に対抗していたのが切れてしまい、二度と目覚めることができなくなってしまう。
 もはや誰にも、戦う力は残っていない。いや、正確にはひとりだけ毒鱗粉を浴びることを避けられた者がいたが、彼女は戦士ではなかった。

196ウルトラ5番目の使い魔 30話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:21:57 ID:Xi9vctbI
「おねえちゃん、怖い、怖いよぉ」
 アリスはミシェルのマントを頭からかぶって、地に伏せながら震えていた。毒鱗粉が撒き散らされたとき、一行は身を守ることもできずにこれを受けてしまったが、アリスだけは子供で小柄だったことでミシェルがとっさに自分のマントをかぶせてかばっていたのだ。
 しかしミシェル自身は毒鱗粉をかわすことができずに、まともに毒鱗粉を浴びてしまった。アリスの傍らに倒れて咳き込みながら、喉の痛みに耐えて身をよじる。いくら強力な魔法騎士である彼女でも、こうなれば戦いようがない。それでも、ミシェルは怯えるアリスをはげますように話しかけた。
「……っ、大丈夫か、アリス?」
「う、うん。おねえちゃんこそ、苦しそうだよ。ねえ、あのチョウチョはなんなの? この沼で、あんなの見たことないよ」
 どうやらアリスに毒鱗粉の影響はなさそうで、ミシェルは少し安心したように息を吐いた。しかし、ミシェルはアリスにすまなそうに答えた。
「吸血鬼の奴が、ここにわたしたちが来ると読んで罠を張っていたらしい。すまない、どうやら吸血鬼のほうが一枚上手だったようだ。アリス、動けるか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「そうか、なら……逃げろ」
「えっ! そ、そんな。おねえちゃん!」
 動揺するアリス。だがミシェルはアリスにつとめて優しく答えた。
「心配するな。おねえちゃんも、もう少しがんばってみる。けど、君が近くにいたら危ないんだ。だから、しばらく安全なところへ、ね?」
「……う、うん」
「いい子だ。さあ、行け!」
 ミシェルに背中を叩かれて、アリスははじかれたように走り出した。ミシェルのマントを頭からかぶり、口を布で押さえて走っていく。
「いい子だ……さあ、そのまま行け」
 ミシェルは、アリスが沼地の端の木立の影にまで駆けていったのを見届けると、ほっとしたように息をついた。
 これでもう、アリスは大丈夫だ。あれだけ離れれば、毒鱗粉の影響を受けることはない。
 だけどごめん……最後に、嘘をついちゃったね。わたしにはもう、がんばれる力なんてない。

197ウルトラ5番目の使い魔 30話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:26:16 ID:Xi9vctbI
 ミシェルの体から、急速に力が抜けていく。
 ごめんアリス……君の村を助けるなんて言って、結局なにもできなかった。
 ごめんみんな……わたしのわがままにつき合わせて、みんなまでこんな目に。わたしは最低の指揮官だ。
 ごめんサイト、お前からせっかくもらった命なのに。
 おとうさま、おかあさま……わたし、もう疲れたよ……
 まぶたが落ち、ミシェルの体が草地に横たえられる。それに気づいた銃士隊員が叫んだ。
「ゲホッゴホッ、副長? どうしたんですか副長! 目を開けてください。副長! 副長、ミシェル副長ーっ!」
 だが、いくら叫んでも、もはやミシェルの眼が開かれることはなかった。身動きすることすらなくなった肢体に、毒鱗粉が粉雪のように積もっていく。
 畜生! こんなところで死んでなんになるんだ。水精霊騎士隊は、銃士隊は、怒りのままに叫んだ。しかし、そんな彼らの上にも、毒鱗粉は無情に降り続けていた。
 
 そして、その有様を見ていたエルザは嘲りを満面に浮かべて笑ってみせた。
「あははは、とうとう耐えられなくなる人が出てきちゃったね。おねえちゃん、あれでどうやって私を後悔させるの? あっははは」
「……」
 ティファニアは、エルザの嘲笑に答えなかった。口で説明したところで、わかってもらえる類のものではないことを知っていたからだ。
 ただひとつ言えることは、エルザはこれまでに自分たちが乗り越えてきた多くの壁を知らないということ。いや、事前情報としてロマリアからある程度のことは聞いているだろうが、自分たちの戦いと冒険の数々の厳しさは、とても口で説明しきれるものではない。
 ならば、今できることはたったひとつ。仲間たちの力を信じて、最後まで信じきることだけだ。
「みんな、がんばって……」
 まだ全員倒れたわけではない。命の灯火が残っている限り、まだ負けたわけではない。ティファニアは、それを信じていた。
 
 しかし、ティファニアは信じることで心を支えていたが、信じるべき芯を失った心は絶望の沼に沈もうとしていた。
 仲間たちの声も届かず、ミシェルの心は深い眠りの中へ落ちていく。落ちていく、落ちていく……
「疲れた。もう、眠らせてくれ」
 ミシェルはもう、なにもかもがどうでもよくなっていた。副長としての職責も、世界の命運も、いまでは全部が空しく思える。それらを背負うのは、わたしには重すぎた。

198ウルトラ5番目の使い魔 30話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:29:14 ID:Xi9vctbI
 だが、ひどい奴だな、わたしは、とミシェルはぽつりと思う。自分はこんなに無責任な人間だったのだろうか? 多分、そのとおりなのだろう。
 思えば、最初から自分には、世界を守るために戦うなどといった正義感や使命感はなかった。わたしはいつだって、わたしのためにだけ生きてきた。生き延びるために、復讐のために費やしてきた半生、殺伐とした人生だった。
 でも、そんな自分をおせっかいにも救い出してくれる奴がいた。サイト……あいつはわたしを優しい人だと言い、大罪人であるわたしを守ってくれた。
 そして、わたしは恋を知った。人の思いの暖かさも知り、やっと自分以外の誰かのために生きてみようと思えるようになった。
 だけど、あいつはもういない。サイトは、わたしの愛した一番大切な人はもうどこにもいない。それでもう、わたしの心にはどうしようもないくらいに大きな穴がぽっかりと空いてしまった。
 心残りは、こんなわたしのために必死になってくれた仲間たちを裏切ってしまうことになったこと。でも、わたしにはもうみんなの期待に応える力は残ってない。アリスを見たとき、胸の奥がざわついて、もう少しだけがんばれる気がしたけど、やっぱりだめだった。
 いったい、どこからわたしという人間はだめになってしまったんだろう。昔、遠い昔には心から幸せだった頃もあった。そうだ、あれはおとうさまとおかあさまがまだ生きていた頃……
 
 思い出の中で、ミシェルは夢を見始めた。
「おとうさまー、見て見て、わたしね、今日新しい魔法を覚えたんだよ」
「ほお、それはすごいね。まだ十歳なのに、こんなに難しい魔法を覚えるなんてミシェルは偉い子だ。さすが、私の娘だな」
「あなたったら、そうやってすぐ甘やかすんですから。でも、ミシェルもよくがんばったわね。これなら魔法学院に入る前にはラインクラスに昇格できているかもしれないわね」
「えへへ」
 優しい父と母、幸せだった毎日。あのころは、明日が来るのが待ち遠しくて仕方がなかった。こんな日々が、ずっと続くものだと思っていた。
 けど、十年前のあの日。
「おとうさま、お出かけするの? 今日はお仕事お休みでしょ。わたしと、遠乗りに行くお約束は?」
「ごめんなミシェル、父さんはこれから高等法院に出頭しなければいけないんだ。約束を破ってすまないが、聞き分けてくれるかな?」
「うん、お仕事だものね。おとうさま、がんばって!」
「いい子だ。なあ、ミシェル」
「なに? おとうさま」
「お母さんを、大事にな」
 なぜか寂しげな顔で、父は出かけていき、わたしは父の言葉を不思議に思いながらも、その後姿を見送った。
 それが、父を見た最後だった。あのリッシュモンの策略で、父は汚職事件の主犯だとあらぬ罪を着せられて、形ばかりの裁判で貴族としてのすべてを奪われた。

199ウルトラ5番目の使い魔 30話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:31:48 ID:Xi9vctbI
 失意の中で、父は二度と帰ることなく、自ら命を絶った。
 そして、父の最期を知った母も。
「ミシェル、よく聞きなさい。お母さまはこれから、貴族の妻としての最後の責務を果たさねばなりません。私がお父様の部屋に入ったら、すぐに屋敷を立ち去りなさい。決して、追ってきてはいけませんよ」
「お母様、なにするの? お父様はどこなの? なんでお役人さんが、家のものをみんな持っていっちゃうの? ねえ、お母様」
「ごめんね、ミシェル。母さんも、あなたが大きくなるのを見たかったわ。けど、お父様の汚名を少しでも雪ぐためにも、お母様は行かなければいけないの。でも、せめてあなただけは生きて」
「いやだよ、お母様。行かないで、わたし、もっといい子になるから」
「ミシェル、これからはあなたは一人で生きていくの。私の、私たちの自慢の娘。あなたの母になれて、よかった。さあ、行きなさい!」
「待って! 待ってお母様!」
「ついてきてはなりません!」
「ひっ!」
 そうして、震えるわたしの前でお母様は父の書斎に入っていき、やがて書斎から出た炎に屋敷は包まれた。
 わたしは、すべてを失った。行く当てもなく国中をさまよい、生きるためにはなんでもやった。
 やがて十年……地獄をさまよったわたしは、ようやく光の射す場所に帰れたと思った。なのに、やっと取り戻せたと思った幸せまで奪われた。
 もういい、もうたくさんだ。せめてもう、静かに眠らせてくれ。
 サイト、姉さん、みんな、守られてばかりでごめん……わたしは最後まで、一人ではなにもできないダメな人間だったよ……
 
 疲れ果てたミシェルは目を閉じて動かなくなり、水精霊騎士隊と銃士隊も、時間とともにどんどんと力を奪い取られていっていた。
「うう、畜生。モンモランシー……せめて、ワルキューレの一体でも作れたら、ゴホッゴホッ」
「副長、クソッ! 見損なったわよ。あなたは、こんなに弱い人だったのか! これじゃ、サイトも浮かばれん。くそっ、こっちも頭が」
 すでになにかの行動を起こすには、皆は毒鱗粉を浴びすぎていた。体を動かすことはおろか、声を発することさえすでに激しい痛みがともなう。知恵をめぐらせるべきレイナールやルクシャナも、毒のせいで思考が乱されて策を考えることができない。
 なんとかしなければ、なんとか……そう思っても、あと数分ですべてが手遅れになろうとしていた。
 
 
 時間が経つごとに、一行の身じろぎする動きが鈍くなっていき、声は弱く途切れがちになっていく。

200ウルトラ5番目の使い魔 30話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:35:15 ID:Xi9vctbI
 もうすぐ、毒の症状の最終段階だ。エルザは、何度もモルフォを使っての狩りを成功させてきた経験から、ここまで毒の回った獲物が逃げられることはないと確信して笑った。
「あっははは! とうとうおねえちゃんの期待した奇跡は起こらなかったね。もう数分もすれば、みんな意識もなくなるよ。そうすれば、あとはじっくりとモルフォのエサだよ」
「なら、まだあと数分残っているわ。勝負はまだ、ついてないわ」
「ええーっ、無駄だって言ってるのに、あきらめが悪いなあ。まあいいか、あきらめが悪い人は嫌いじゃないよ。楽しめるからね」
 エルザは、ティファニアが思い通りにいかなかったというのに、特に気にした様子もなくティファニアの前に立った。五歳児ほどの背丈しかないエルザは、柱に縛り付けられて座り込まされているティファニアとそれでやっと視線の高さが同じになる。エルザは身動きのできないままのティファニアの首筋に鼻を摺り寄せると、芳しげに息を吸った。
「いい匂い、おねえちゃん、とってもいい匂いだよ。とっても柔らかくて甘いいい匂い。いままで食べたどんな人間とも違うの。これがエルフの匂いなの? それともハーフエルフが特別なのかな」
「そ、そんなこと、わからないわよ」
「ふふ、まあそうだろうね。ああ、でも本当にいい匂い。こんないい匂いのする人の血ってどんな味がするんだろう? 食べてみたいなぁ。けどダメダメ、おねえちゃんは生きたまま渡さないとロマリアのお兄ちゃんとの契約に違反しちゃうもん」
 ティファニアの匂いをいとおしげに嗅ぎながら、エルザは残念そうにつぶやいた。
 吸血鬼は美食家だ。人間の中でも、若い女性の血を好んで吸う。吸血鬼が長い時間を町や村に潜伏してすごすのは、念入りに獲物を選別するためもあるという。
 鋭い牙の生えた口からよだれを垂らし、しかし童顔には無邪気な笑みを浮かべている。その異様なアンバランスさに、ティファニアは背筋を震わせた。
 と、そのときである。突然、ドタドタと階段を乱暴に上って来る音がしたかと思うと、ティファニアたちのいる部屋のドアが開かれた。そして部屋の中に、投げ込まれるようにしてひとりの少女が入れられてきたのだ。
「きゃっ! うっ、痛……」
 少女は後ろ手に縛られていて、部屋の中に投げ捨てられると受身をとることもできずに体をぶつけて身をよじった。一方、少女を連れてきたらしい数人の屍人鬼は、ドアを閉めるとさっさと戻っていった。
 いったい何が? 突然のことで事態が飲み込めないティファニアは、連れ込まれてきた少女を見て思った。栗毛でおとなしそうな顔立ちの、ティファニアより少し幼そうな感じの娘である。彼女も、自分の状況が飲み込みきれないらしく、部屋の中をきょろきょろと見回していたが、姿見の影からエルザが姿を見せると、ひっと引きつったような声を漏らした。
「エ、エルザ……」
「あらぁ、今度はメイナおねえちゃんが来てくれたんだぁ。くすくす、私の屍人鬼たちは気がきくねえ。ちょうど、祝杯をあげたいと思ってたから、おねえちゃんならぴったり」
「ひ、ひいぃぃっ!」
 メイナと呼ばれた少女は、エルザが牙をむき出しにして笑いかけると悲鳴をあげて逃げ出そうとした。手を縛られているので、体ごとドアにぶつかって、口でドアノブをまわそうと必死になって噛み付いている。
 しかし、エルザはひょいと跳び上がると、メイナの首筋をわしづかみにして、自分の倍以上の体格の少女を軽々と床に叩きつけてしまった。

201ウルトラ5番目の使い魔 30話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:37:29 ID:Xi9vctbI
「うぁぁっ、離して! 離してぇ」
「ダメだよぉ。うふふ、バカだね、人間ごときの力で吸血鬼にかなうはずがないじゃない。少しでも痛い思いをしたくなかったら、おとなしくしてたほうがいいよ」
 エルザはメイナの耳元で脅しつけるように言うと、幼女の細腕からは信じられない力で彼女をティファニアの下まで引きずってきた。
「お待たせ、ティファニアおねえちゃん。さて、祝杯も来たことだし、続きをいっしょに楽しもうよ」
「祝杯、祝杯って、エルザ、あなたまさか!」
「そうだよ、わたしは吸血鬼、なにを当たり前なこと聞いてるの? 本当はおねえちゃんの血を吸いたいけど、それは我慢我慢。代わりに見せてあげるよ。人形みたいにきれいなこのおねえちゃんが、本物の人形みたいに白くなっていくところを」
 そう言うと、エルザはメイナの髪をつかんで頭を上げさせ、首下にゆっくりと牙を近づけていく。
 ティファニアはぞっとした。いけない、エルザは本気でこの人を食い殺す気だ。それに気づいたとき、ティファニアは大声で叫んでいた。
「やめて! やめてエルザ! そんなことをしてはだめ!」
「ダーメ、ティファニアおねえちゃんの頼みでもそれは聞けないなあ。私ってば、ロマリアのおにいちゃんに眠ってた力を目覚めさせてもらってから、お腹がすきやすくなっちゃったの。それに、メイナおねえちゃん……私、ずっと前からメイナおねえちゃんの血を吸いたくて吸いたくて、ずっと待ってたんだよ」
「エ、エルザ、やめ、やめて。わたし、何度もあなたに優しくしてあげたじゃない。わたしのこと、いい人だって言ってくれたじゃない。だから、ね」
 震えた声で哀願するメイナ。しかしエルザは口元に凶悪な笑みを浮かべて。
「そうだね。よそから流れ着いたわたしを、村長さんの次に受け入れてくれたのがメイナおねえちゃんだったね。わたしに優しく声をかけてくれて、果物を持ってきてくれたこともあったね。ほんとに、こんな辺ぴな村では珍しいくらいのいい人だよ。だからね、人間ごときが吸血鬼を見下すその目が、最高に腹が立ったんだよねえ!」
「ぎゃあぁぁぁーっ!」
 獣のような悲鳴がほとばしり、エルザの牙がメイナの喉下に食いついた。
 ティファニアは、一瞬その凄惨な光景に目を背けたが、すぐにそうしてはいられないと目を開いた。
 エルザの牙はメイナの首筋に深く食い込んでおり、エルザは喉を鳴らして美味そうに溢れ出す血をすすっている。だが、メイナの顔からは見る見るうちに血の気が引いていき、体がびくびくと震えていた痙攣もどんどん弱弱しくなっていく。
「エルザやめて! やめて!」
「だめだって言ってるじゃない。それに、メイナおねえちゃんの血、想像してたとおりにいい味。恐怖と絶望が最高のスパイスになってる。さあ見てて、あと少し吸えば……」
 ティファニアの叫びにも、エルザは一顧だにしなかった。話すために一時的に離したエルザの牙が、またメイナの首に近づいていく。メイナはすでに白目をむきかけ、呼吸は不規則になって弱弱しい。
 いけない! これ以上の吸血は、メイナさんは耐えられない。そう思ったとき、ティファニアの口は考えるより早く、その言葉を唱えさせていた。

202ウルトラ5番目の使い魔 30話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:38:52 ID:Xi9vctbI
「エルザ! メイナさんの代わりに、わたしの血を吸って!」
「はぁ?」
 メイナの首筋にかかりかけていたエルザの牙が止まり、エルザはその予想もしていなかった言葉に呆れたように言った。
「メイナおねえちゃんの身代わりになろうっていうの? 見も知らない相手のために、聞いていた以上のお人よしだね。けど私の話を聞いてた? あなたを生きたまま引き渡さないと、私が困るんだよ」
「なら、殺さない程度に吸えばいいんでしょ。契約は生きたままで、生きてさえいれば違反にはならないんだよね。そうでしょ?」
「ちっ、そんな詭弁……」
「あなたは立派に仕事を果たした。なら、ロマリアも細かいことは言わないよ。第一、ハーフエルフの血を吸う機会なんて、もうないかもしれないんだよ。ちょっとくらい、いいじゃないの」
 ティファニアの提案はエルザを少なからず悩ませた。
 確かにティファニアの言うとおりだ。なにより自分は言われたとおりの仕事を長い時間と手間隙をかけてちゃんとこなして、このままロマリアにティファニアを引き渡してしまえば、そのままロマリアが丸儲けになるではないか。少しくらい自分にもおこぼれがあってもよかろうというものだろう。
「……いいよ、ただし後悔しないでね。血を吸ってるうちに、少しでも抵抗するそぶりを見せたら、メイナおねえちゃんはそこに転がってるぼろクズと同じになるまで吸い尽くすからね」
「ありがとう、いいよ」
 ティファニアが首筋を向けると、エルザは不機嫌そうな様子ながら、ティファニアの喉に牙を突き立てた。
「くっ、ああっ!」
 激痛とともに、ティファニアの喉から短い悲鳴がこぼれた。さらに痛みに続いて、激しい脱力感が湧いてくる。手足の力が抜けていき、激しい嘔吐感とともに全身に急激な寒気がしてきた。
 これが、血を吸われるということ? ティファニアは、血とともに体中の熱や、命そのものまでも吸い取られていくかのような感覚に恐怖した。
 だが、本当の意味で驚愕していたのはむしろエルザのほうであった。
「おいしい! なにこれ、こんなおいしい血、今まで味わったことないわ! すごい、すごいよ」
 歓喜の表情で、エルザはティファニアの血をむさぼり続けた。喉を一回鳴らして飲み込むごとに、たまらない甘みと、体中が喜びに震えているような快感がやってくる。
 まるで母親の乳房に吸い付く赤ん坊のように、エルザはティファニアから血を吸い続けた。しかしエルザの体に快感と力が満ちていく一方で、吸い取られ続けていくティファニアは見る間に衰弱していった。
 しかし、そんな恐怖と苦痛を受けながらも、ティファニアはくじけず歯を食いしばって耐え続けた。ここで自分が抵抗すれば、エルザの牙は死に掛けのメイナに向かう。それだけは絶対にさせちゃいけないと決意するティファニアと、床の上で荒い息をつきながら横たわっているメイナの目が合った。

203ウルトラ5番目の使い魔 30話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:55:49 ID:Xi9vctbI
「あ、あなた……?」
「っ、大丈夫です。メイナさん、あなたはわたしが、んっ、守り、ますから」
 途切れ途切れの弱弱しい声ながらも、メイナはティファニアの励ましの声を聞いた。
 もちろん、ふたりは今日この場が初対面である。メイナにとって、ティファニアは見知らぬ人であり、どうして助けてくれるのかわからなかった。しかしそれでも、目の前の人が必死になって自分を助けてくれようとしているのはわかった。
 メイナの見ている前で、ティファニアの肌がどんどんと白くなっていく。明らかに失血の症状で、さっきまでのメイナと同じ状態に陥りかけているのは誰の目にも明らかだった。
 だが、にも関わらずにエルザはティファニアの首に食いついたまま離れようとはしなかった。いやそれどころか、ますます吸う勢いを強めてさえいるようだ。このままではもう一分も持たずにティファニアは失血死してしまう!
 実はこのとき、エルザはティファニアの血のあまりの美味さ加減に我を失っていた。殺さないための血を吸う加減などは頭から吹き飛び、ひたすら食欲を満たす快感に身を任せている。しかし、ティファニアはメイナに手を出さないでくれという約束のために、吸血が致死量を越えかけているというのに抵抗することができない。そのときだった。
「んっ!?」
 突然、吸血に没頭していたエルザのスカートのすそが引っ張られた。そのショックでエルザは思わず我に返り、口を離して下を見ると、なんとメイナが床に倒れたまま、エルザのスカートに噛み付いて引っ張っていた。
「なにかなぁメイナおねえちゃん? ちょうどいいところだったのに、せっかく拾った命を無駄にするものじゃないよぉ」
 至福の時間を邪魔されたエルザは、殺意を込めた眼差しで足元のメイナを見下ろした。その足はメイナを冷然と足蹴にしており、メイナの出方しだいではそのまま頭を踏み潰してやろうと思っていた。しかし、メイナが苦しげな中で口にしたのはエルザが予想もしていなかった言葉だった。
「エ、エルザ……私の、私の血を吸って」
「はぁ?」
 思わず間の抜けた声をエルザは出してしまった。当然だろう。血を吸われて死に掛けの人間が、さらに血を吸ってくれと言ってきたら気が狂ったとしか思いようがない。だが、メイナははっきりと正気を残している目で言った。
「その人、それ以上血を吸ったら死んじゃうよ……最初にあなたの食べ物だったのは私でしょ……だから、私で」
 するとティファニアも、すでにしゃべるのも辛いだろうに叫んだ。
「だ、だめよ! あなた、もう死にそうじゃない。わたしなら、もう少し耐えられるから、わたしが」
「いいえ、あなたももう無理よ、ありがとう……エルザ、私の血をあげる。その人は助けて」
「いけないわ! エルザ、わたしの血のほうがおいしいんでしょ。メイナさんに手を出さないで」
 ティファニアとメイナ、ふたりの半死人の気迫にエルザはこのとき確かに圧倒された。
「なに? なんなのあなたたち? お互いに死に掛けてるっていうのに、今会ったばかりの他人のために死んでもいいっていうの? 頭おかしいんじゃないの!」

204ウルトラ5番目の使い魔 30話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:57:29 ID:Xi9vctbI
 顔を手で覆って、まったく理解できないというふうにエルザは叫んだ。命乞いや断末魔の呪いの言葉なら腐るほど聞いてきた。だが、こいつらはなんなんだ? メイナにしたって、最初は怯えて命乞いをしていたのに、なぜ今になって赤の他人のために死のうなどと言い出せるのだ?
「この期に及んでかばい合い? 私に情けでもかけさせたいっていうの。気分が悪いわ。最高にむかむかする……人間の分際でぇ!」
 エルザは怒りのままにメイナの体を蹴り飛ばした。メイナの体は宙を舞い、壁に叩きつけられて動かなくなった。
「メイナさん!」
「心配しなくても、まだ殺してないよ。私を愚弄したむくい、簡単に死なせちゃおもしろくないわ。人間の分際で、吸血鬼をなめた罪は死ぬよりつらい目に会わせなきゃおさまらない」
「エルザ! あなたはどうしてそんなに人間を憎むの?」
 ティファニアには、エルザの人間への感情が単なる敵対心や差別意識だけとは思えないほどの狂気を帯びているように思えた。確かに人間と吸血鬼は敵対する種族だが、それにしても度が過ぎている。するとエルザはティファニアの髪を乱暴に掴んで耳元でささやいた。
「知りたい? なら教えてあげるよ。エルザのパパとママはね、人間に殺されたんだ。私の目の前で、人間のメイジに虫けらみたいにね。それからずっと、私は一人で生きてきた。これでわかった? 人間が吸血鬼を狩るなら、当然自分たちが狩られてもいいはずだよね」
 エルザの告白は、とても作り話とは思えなかった。きっとエルザが本当に幼い頃、言ったように両親が殺されたのだろう。けれどそれを聞いて、ティファニアははっきりと言った。
「エルザ、あなたの憎しみの元が何かはわかったわ。それでも、あなたのやっていることは正しいことではないわ」
「なに? 今度はお説教? おねえちゃん、自分が殺されないと思って調子に乗ってない? さっきはうっかりしてたけど、人間だけじゃなくて人間に味方するものはみんな嫌いなのよ。私は狩人であなたたちは獲物、その気になったら、おねえちゃんの首をすぐにでもねじ切ってあげるんだから」
「いいえ! わたしたちは決して分かり合えない存在じゃない。なぜならエルザ、あなたの中にも優しい心があるはずだから」
 その瞬間、エルザは激昂してティファニアの首に手をかけて締め上げた。
「っ! また戯れ言を。私はね、獲物を狩るときにかわいそうだなんて思ってためらったことは一度もないのよ」
「違うわ……エルザ、あなたは両親を殺されたことが憎しみのきっかけになったと言った。だったら、あなたには両親を愛する心があったということ。誰かを愛する心が、悪いもののはずはないわ。その心を、ほんの少しだけ自分以外の誰かに分けてあげればいいの」
「知ったふうな口を……」
「エルザ、両親を奪われたのはあなただけじゃないわ。わたしだってそう、お父さんとお母さんを知らずに育った人を、わたしは大勢知ってる。あなただけが違うわけがない」

205ウルトラ5番目の使い魔 30話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 21:58:49 ID:Xi9vctbI
「違うよ、私は吸血鬼で人間を狩って食うもの。人間よりずっと強くて高貴な、美しき夜の支配者」
「そう、わたしたちは弱い。だから、互いの弱さを補って助け合うことを知ってる。誰かが傷つくのを黙っていられないから勇気を出せる。メイナさんだって、きっとそう……エルザ、あれを見て!」
 ティファニアに言われ、エルザは遠見の鏡を覗き込んだ。そして、そこに映し出されていたものを見て今度こそ言葉を失った。
 
 
 すべてをあきらめて、死の世界の門へと向かい続けるミシェル。彼女はそこへ向かう途中に、懐かしい思い出に身を寄せていた。
 銃士隊への入隊、数々の戦い、裏切り、そして忘れもしない、才人とアニエスの決闘。
 あのアルビオンで、才人は自分なんかのために初めて本気で怒ってくれた。そしてあのとき、才人はもうなにも残っていないと言ったわたしに……
「……きて……おき……おねえ……」
 なんだ……? と、ミシェルは閉じかけていた意識の中でいぶかしんだ。この声は、この声は……
「て……きて……ちゃん……おきて……おね……おねえちゃん!」
 はっ、と、ミシェルはその声の持ち主に気がついた。
 アリス? しかしアリスは、あのとき確かに逃がしたはず。いったいどうして? ミシェルは、残った力でうっすらと目を開けてみた。
「起きて! 起きておねえちゃん! 起きて! 起きてよう!」
 なんとそこには、逃げたはずのアリスが自分の隣に座り込み、体を揺さぶって必死に呼びかけている姿があったのだ。
 バカな! なぜ戻ってきたんだ。ミシェルは、せめてアリスだけは助けようと思ったのにと、消えかけていた意識を呼び戻して顔を上げた。
「アリ、ス……」
「おねえちゃん! 気がついたんだね!」
「ばか……なんで、戻ってきたんだ」
「だって、だって……逃げたって、わたしはひとりぼっちになっちゃうだけだもん! ひとりで町になんて行ったことなんてないし、お役人さんは怖いし……わたし、ほんとはみんなの期待に応える力なんてない。だからお願い、助けて! 助けておねえちゃん! うっ、ごほっ! ごほっ!」
「ごめん……わたしにはもう、戦う力なんて」
 弱虫な子だと、ミシェルは思った。せっかくひとりだけでも助かるチャンスが得れたのに、戻ってきたせいで毒鱗粉を浴びてしまっているじゃないか。

206ウルトラ5番目の使い魔 30話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 22:03:27 ID:Xi9vctbI
 だが、苦しみながらもアリスの叫んだ一言が、ミシェルの心の奥底へと轟いた。
「そんなことない! グールをやっつけたときのおねえちゃんはすごく強かった! 村のみんなが待ってる! わたしはひとりぼっちになりたくない。だから立って! 戦って! おねえちゃんは、正義の味方なんでしょう!!」
 その一言に、ミシェルの心臓が大きな鼓動を鳴らした。
 正義の味方……そうだ、それはわたしにとってのサイトであり……ウルトラマン。どんな苦境にあっても決してあきらめず、どんな強敵にも勇敢に立ち向かっていく、ヒーロー。
 思い出した。わたしは、そんなヒーローの姿にあこがれて、はげまされて立ち上がることができたんだ。そして、あんなふうに自分もなりたいと、剣をとって戦ってきた。
 そして今、自分にすがり頼ってくる人がいる。そうだ、思い出したよサイト……あのとき、もう何もかもを失ったと思っていたわたしに、お前はこう言ってくれた。
 
”馬鹿言うな、守るものなんて……いくらだってあるじゃないか!”
 
「わかったよサイト……わたしにはまだ……守らなきゃいけないものが、ある!」
 ミシェルの目に力が戻り、彼女は土を握り締めて、渾身の力で体を起こした。
「おねえちゃん!」
「アリス、ありがとう。お前の叫びが、わたしに大切なことを思い出させてくれた。そうだな、こんなところで死んだらあいつに怒られる。最後の最後まで、戦ってやるさ!」
 心に炎を取り戻し、ミシェルは空を仰ぎ見た。そこに広がるのは暗雲に包まれた漆黒の空、しかしその頂点には強く輝くひとつの星が瞬いている。
 見えたよサイト、わたしにももう一度、ウルトラの星が!
「アリス、これからおねえちゃんはもうひとあがきをやってみる。だけどそれは、とても危険な賭けだ。それでもおねえちゃんを、信じてくれるか?」
「うん! わたしは、おねえちゃんを信じる」
「ありがとう、強いな、君は。さあ、おいで」
 ミシェルはアリスを懐に抱きかかえると、左手で強く抱きしめた。アリスは両手でぎゅっと、ミシェルにしがみついてくる。
 強い子だ……ミシェルは先ほどの弱虫を撤回して、素直にそう思った。こんなに小さくて弱いのに、がむしゃらに向かってきて、わたしに大切なことを思い出させてくれた。
 そうだ、わたしはアリスにかつての自分を見ていた。そしてわたしはかつてのわたしの母と同じようにしようとしたが、アリスはかつてのわたしとは違った道を選び、わたしを救った。もしも、あのときの自分にアリスと同じだけの勇気があれば、無理矢理にでも母に食い下がり、母を死なせずにすんだかもしれない。ただがむしゃらな、勇気さえあったら。

207ウルトラ5番目の使い魔 30話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 22:06:10 ID:Xi9vctbI
「過ちは、もう二度と繰り返さない。もう誰も死なせない!」
 決意を込めて、ミシェルは杖を握って呪文を唱え始めた。毒鱗粉による喉の痛みも体のしびれも忘れ、体には力が満ちてくる。
「イル・アース・デル……」
 自分の系統である土の錬金で、周囲一帯の土を油に変える。
「ウル・カーノ!」
 さらに発火の魔法が唱えられ、油に変えられた地面が一気に燃え上がった。周囲一帯は火の海へと変わり、モルフォは慌てて逃げ惑う。もちろん、銃士隊や水精霊騎士隊も炎の中に飲み込まれる。
 自殺行為か? だが、この炎の熱は思わぬ効果をもたらしていた。
「あっちいーーっ! あちち! あ、あれ? か、体が動くぞ」
「ギーシュ、動け、あれ? そういえば喉の痛みや体のしびれも消えた。どうして? いやアチチチチ!」
 なんと、毒にやられて死に掛けていた水精霊騎士隊や銃士隊が次々に蘇ってきていた。だが、あれほどの毒が急になぜ? その答えは、ルクシャナが知っていた。
「そうか! モルフォの鱗粉は熱に弱いんだった。わたしとしたことが、なんでこんなことに気がつかなかったの、バカ!」
 そう、モルフォ蝶の鱗粉は熱に対しては極端に弱く、高熱を受けると無毒化してしまう特性を持っている。実際、地球でもかつてモルフォの鱗粉で巨大化してしまった人間が、熱原子X線を受けて元に戻ったという報告がある。魔法アカデミーでも、モルフォの鱗粉を扱うときは火気厳禁が鉄則なのだが、その鉄則が仇になって、熱を使えば無力化できるということにルクシャナも思い至れなかったのだ。
 そして、もっとも炎に弱いのは当然ながらモルフォ本体だ。あるものは炎にそのまま呑まれ、あるものは炎が鱗粉に引火して火達磨になって落ちた。そして、炎から逃げ出したモルフォに対して、炎の中から飛び出してきたミシェルの斬撃が叩き込まれた!
「でやぁぁぁぁっ!」
「ふ、副長!?」
 銃士隊の見守っている前で、一匹のモルフォがミシェルの剣で真っ二つに切り裂かれ、さらに剣にまとった炎に引火して燃え落ちた。
 それだけではない。ミシェルは炎をまとったままで跳び回って剣を振るい、モルフォを次々に叩き落していく。モルフォの撒き散らす毒鱗粉も、炎の鎧をまとったミシェルにはまったく効果がない。どころか、火の剣を振るうミシェルの前に、モルフォはなすすべなく火の塊となって燃え落ちていく。
 炎の騎士……ギーシュは、炎をまとって舞うように戦うミシェルを見て、そうつぶやいた。自らの体をも炎で焼かれているというのに、あの勇壮さは、あの美しさはなんだろう。まるで、伝説の不死鳥が人の姿を成したかのようだ。
 圧巻、その一言……やがて錬金で作り出された油がすべて燃え尽きたとき、宙を我が物顔で舞っていたモルフォは一匹残らず消し炭になって燃え尽きていた。
 そして、灰の大地の上に立つ青い髪の戦乙女。彼女は、腕の中に抱えていた少女をおろして、優しく微笑んだ。

208ウルトラ5番目の使い魔 30話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 22:08:16 ID:Xi9vctbI
「終わったよ。アリス、よくがんばったね」
「おねえちゃん。やった、やった! 勝った、勝ったんだね!」
「副長!」
「みんな……すまない、心配をかけたな。だが私は、もう大丈夫だ」
 力強い笑みを浮かべたミシェルに、銃士隊と水精霊騎士隊の一糸乱れぬ敬礼が応えた。
 
 
 しかし、これで収まらないのはエルザである。水精霊騎士隊と銃士隊の全員生存、さらにモルフォの全滅という、ありえない事態だ。
「あ、いつらぁぁぁ! よくも、私の可愛いペットを」
「エルザ、もうやめましょう。あなたがわたしたちと争ってなにになるというの。永遠の夜なんて、そんなのきっと寂しいだけだよ」
「黙ってて! 私はね、寂しいなんて思わないわ。夜の種族は、人間を支配する選ばれた者なの。いいわ、もう遊びは終わり。そんなに言うならあの人たちをおねえちゃんの目の前でギタギタに切り刻んであげるから」
 
 エルザが念を込めて命じると、ミシェルたちのいる沼地の周りで無数の人影がうごめいた。そして、数百の屍人鬼の群れが、彼女たちを取り囲んでいった。
 
 
 続く

209名無しさん:2015/07/31(金) 22:54:21 ID:5MxpJJlU
まってたよ5番目の人乙

ミシェルの巨大化はなかったか……

210ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/07/31(金) 23:00:45 ID:Xi9vctbI
以上です。一昨年ほどの速さはないですが、今年はじまってからの不調からは抜け出ることができたかなと思います

さて今回はミシェルと、前回で名前の出たアリスがメインで、ティファニアもからんでくるという話でした。
猫をかむる必要がないのでエルザもノリノリで凶悪なまねやってます。このあたり、最近ヤプールを書いてないので
久しぶりにやりたい放題をやる悪党を書けて楽しかったです。もちろん対峙するティファニアも、悪に対する信念の
ぶつかり合いということで、熱を入れて書きました。やはり小説は自分が楽しんで書くところからいかないとだめですね。
 
ところで前回、物語中でも子供が死ぬのは苦手だと言いましたが、今回登場したメイナも原作でタバサが聞き込みをしている
最中の家で殺害されていた娘がイメージです。どうも自分は、モブキャラの死亡シーンもあまり好みではないんですよね。
むろん、原作の展開を否定するものではありませんが。
一方で都市破壊シーンは大好物です。
というわけで、もし私と同じやるせなさを味わっていた人がいましたら、本作中では彼女たちは生きていますので安心してください。

さて、窮地を脱したミシェルたちですがエルザはまだあきらめていません。果たしてティファニアを奪還できるのか。

211ウルトラ5番目の使い魔 31話  ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 20:51:47 ID:psWPMULc
皆さんこんばんわ、ウルトラ5番目の使い魔の3章31話の投下準備ができました。
21:00より投下開始しますので、よろしくお願いいたします。

212ウルトラ5番目の使い魔 31話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:00:55 ID:psWPMULc
 第31話
 ひとりぼっちの世界女王
 
 吸血魔獣 キュラノス 登場!
 
 
「わたしにも、力が欲しい……」
 遠見の鏡から溢れ出す紅い光が頬を照らし出し、炎をまとってモルフォを切り倒していくミシェルを見て、ティファニアはぽつりとつぶやいた。
 今、世界は危機に瀕している。強大な闇の勢力が暴れまわり、毎日のようにどこかでなにかが破壊され、犠牲者の悲鳴がこだましては消える。
 しかし、今のわたしには何もできないと、ティファニアは心の片隅で悩み続けていた。
 それは自虐ではない。以前、自分たちは誰もが行くのは不可能と信じていたエルフの都へと到達し、エルフとのあいだに平和の架け橋の第一歩を築くことを成し遂げた。その達成感と誇りは、今でも忘れてはいない。
 だが、エルフたちとの信頼を築くために、始祖の祈祷書はアディールに残され、ティファニア自身も無理なエクスプロージョンの行使によって魔法の力を失った。
 もちろん、そのことに後悔はない。引き換えに成し遂げたことの大きさに比べれば、むしろ安すぎる取引だったと言ってもいいくらいだ。しかし……
 
”見ているだけしかできないのが、こんなにつらいとは思わなかった”
 
 戦いは続いている。アディールでの決戦で勝った後も、ヤプールは滅びたわけではないし、ガリア王ジョゼフをはじめとして平和を乱そうとしている勢力に対して、時に激しく、時に静かに戦いは繰り返された。
 魔法を使える者は魔法で、剣を振るえる者は剣で、知恵を働かせられる者は知恵で。
 でも……今のわたしにはそのどれもないと、ティファニアは悩んでいた。魔法は失われ、非力で、世間知らずな自分は、みんなの戦いを見ていることしかできない。わたしにも何か、みんなのために役立てる新しい力が欲しい。
 サイトさんとルイズさんが亡くなったときも、わたしは遠くで無事を祈っているしかできなかった。今もこうしてたやすくさらわれて、身動きを封じられてなにもできない。目の前で人の命が奪われようとしたときも、助けるつもりが結局その人に助けられてしまった。
 悔しいけど、今のわたしは足手まとい。わたしにはない力を、みんなは持っている。サイトさんやルイズさん、ギーシュさん、モンモランシーさん、ルクシャナさん、落ち込んでいたミシェルさんも、やっぱり強い人だった。
 わたしにも力が欲しい。戦う力でなくともいい、みんなを守れる力が……
 お母さん、お母さんならこんなとき、どうしますか? ティファニアは心の中で、幼い頃に生き別れた母に呼びかけた。たった一人でサハラからやってきて、一人で自分を育ててくれた強い母なら、いったいどうするだろうか。
 今のティファニアには考えることしかできない。しかしそうした葛藤の中で、力を得るために本当に必要なものがなにかということを、ティファニアは知らないうちに気づき始めていた。

213ウルトラ5番目の使い魔 31話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:04:58 ID:psWPMULc
 あまねく命を守る、優しさと強さを併せ持った者。その答えにティファニアがたどり着くのを待っているかのように、彼女の胸の中で輝石は青く静かに輝き続ける。
 
 だが、時間はティファニアを待ってはくれない。モルフォを撃破されたエルザは怒り狂い、人質の生命と引き換えにティファニアの仲間たちをこの村へと呼び寄せた。
 これから素敵なパーティがはじまるよ、と、笑いながら告げ、エルザは一行を自ら出迎えるべく踵を返す。ティファニアはその後姿を、じっと見つめていることしかできなかった。
  
 
「よく来たわね、トリステインの勇敢な騎士の皆さん。歓迎するわ、ようこそ、私の王国へ」
 サビエラ村の村長の家。その三階のベランダから身を乗り出して、エルザの声が見下ろす庭に響き渡った。
 聞くのは、ミシェルをはじめとする銃士隊と、ギーシュたち水精霊騎士隊他数名。彼女たちは、怒りを込めた眼差しでエルザのあいさつに答える。
「それがお前の城と玉座か、ずいぶんとしみったれた女王様だな、吸血鬼。ティファニアを返してもらおうか」
「あら? 恐怖に震えて来たかと思ったけど、さすがに度胸が据わってるのね。それともやせ我慢というやつかしら? まあ、三百体の屍人鬼に囲まれて死刑を待つともなると、馬鹿にでもならなきゃやってられないでしょうしねぇ」
 エルザのせせら笑いが、生暖かい風となって一行の肌をなめていった。
 そう、今このサビエラ村において、一行のいる村長宅の庭の周囲すべては元村人の屍人鬼で埋め尽くされていた。その数は実に三百体。エルザが食用に適さないと判断した男性や高齢の女性のすべてが吸血鬼エルザの操り人形である屍人鬼となり、手に手に武器を持って、一行を取り囲んでいたのだ。
 まさに、最初から四面楚歌の絶体絶命。エルザの言うとおり、普通の人間ならば発狂してもおかしくはない状況。しかもその化け物どもの大群を指揮しているのが、見た目五歳くらいの幼女だからというのがさらに異様さを増させている。吸血鬼の実物を見たことがないギーシュたち水精霊騎士隊の面々は、覚悟はしていたものの、改めて我が目を疑った。
「あ、あれが吸血鬼? アリスよりもずっと小さいじゃないか、う、嘘だろ」
 ギーシュやギムリ、頭脳派のレイナールにしても眼鏡の奥の目を白黒させていた。しかし、銃士隊にかばわれていたアリスは必死に訴えかけた。
「騙されないで! 村の人たちもみんな、あいつに騙されてたんだよ。あいつのせいで、おとうさんもおかあさんもみんな!」
「あらあらアリスおねえちゃん、何度もいっしょに遊んだのにつれないわね。本当なら、おねえちゃんを真っ先に食べてあげるつもりだったんだよ。そうだねぇ、森にイチゴ狩りに行こうなんて言ったら、おねえちゃんは喜ぶでしょう? おねえちゃんはイチゴを食べて幸せになる、私はイチゴを食べたおねえちゃんを食べて幸せになる。きっと楽しいよぉ?」
 無邪気な笑顔で残忍な想像を語るエルザに、アリスはひっと言って身を隠した。エルザはそんなアリスの様子を楽しげに見下ろしていて、ギーシュたちももはやエルザが見た目どおりの年齢の持ち主ではないことを認めざるを得なかった。
「吸血鬼の寿命は人間よりずっと長いって聞いたけど、どうやら本当のようだね。レディに年齢を聞くのは失礼ながら、伺ってもよろしいかな?」
「あらあ、勇気あるおにいちゃんね。けど、私はそんなに長生きしてきたほうじゃないよ。ざっと、おにいちゃんたちの倍くらいの齢かな? そこの、エルフのおねえちゃんとだいたい同じと思ってくれればいいよ」
 ギーシュたちは、エルザがルクシャナとほぼ同じ年齢だと告げられてさらに仰天した。エルフの寿命は人間の約二倍で、成長速度もそれに比例するから十八歳前後に見えるルクシャナの実年齢と、五歳ばかりの見た目のエルザの実年齢がほぼ同じということは、吸血鬼というのはどれだけ長命だというんだ? 驚く彼らは、銃士隊に忠告された、吸血鬼を見た目で判断するなということの本当の恐ろしさを理解した。

214ウルトラ5番目の使い魔 31話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:10:42 ID:psWPMULc
 そしてエルザは、そんなギーシュたちの間抜面を楽しそうに一瞥すると、幼女の容姿にはとても似つかわない尊大な身振りをともなってしゃべりだした。
「さて、前置きはこれぐらいにしておきましょう。とりあえずは、私の可愛いモルフォたちを倒したことはほめてあげる。けど、今度のしもべはどうかしら? 私の忠実な三百人の兵隊たち。素敵でしょう?」
「ふん、こんなでく人形どもを自慢したくてわざわざ連れてきたのか。悪趣味め」
 ミシェルはつまらなげに吐き捨てた。
 沼地でのモルフォとの戦いが終わった後、ほっとする暇もなく、一行は多数の屍人鬼に囲まれた。しかし、襲い掛かってくるものと思った屍人鬼たちは取り囲むだけで動かず、怪訝に思っていると、屍人鬼の口を通してエルザのメッセージが送られてきたのだった。
「ティファニアおねえちゃんのお友達の皆さん、見事な戦いぶりだったわ。あなたたちにはそこで死んでもらうつもりだったけど、特別に敬意を表して私のもとへ招待してあげる。来てくれるわよね? もし断るんだったら、ティファニアおねえちゃん以外の村の女の人たちを皆殺しにするから、そのつもりでね」
 選択の余地など最初からなかった。一行はやむを得ず、屍人鬼に案内される形でサビエラ村にたどり着き、エルザが指定した処刑場であるここまでやってきたのだった。
 三百の屍人鬼に対して、一行の戦力は剣士とメイジ合わせて二十人ばかり。まさに狼の群れに囲まれる羊たちも同然の一行に向かって、エルザは楽しそうに笑う。
「悪趣味かぁ、そうだねぇ、こんな奥地の田舎者ばっかりじゃあ見栄えもさえないよねえ。今度屍人鬼を増やすなら、もっとおしゃれできれいな町にしたいなあ。人間は見た目で人を判断するから、着飾ったきれいな屍人鬼をたくさん作れば、きっと王国だってあっという間にできちゃうよね」
「貴様、屍人鬼をひとりで無数に作り出せるとは聞いていたが、いったい何者だ? ただの吸血鬼ではあるまい」
 するとエルザは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにうれしそうに答えた。
「やっぱり気になる? 気になっちゃう? うふふ、いいよ、モルフォを倒したご褒美に、冥土の土産に教えてあげる。私たち吸血鬼はね、遠い遠い昔には今よりずっと強い力を持って、夜の世界に君臨していたわ。けど、大きな戦いに敗れた後、ほんのわずかに生き残った私たちの先祖は、人の世の影に隠れ潜むうちに能力のほとんどを失っていったの。でもね、何代かに一度は、先祖がえりって言うらしいけど、私のように吸血鬼本来の力を持って生まれてくる者がいるのよ」
 エルザが手を振ると、三百の屍人鬼がまるで呼応するかのようにうなり声をあげはじめた。おーおーおー、と、まるで女王をあがめる兵士のようだ。そしてエルザが手を下に向けるとうなり声はぴたりとやみ、エルザの得意げな声が再び流れた。
「どう? これが私たち美しき夜の種族、吸血鬼の本当の力よ。もっとも私も最初は、あなたたちを襲わせたアレキサンドルって男ひとりしか屍人鬼にできなかったんだけどね」
「ロマリアが、お前に力を貸しているというわけか」
「そういうこと。ロマリアのおにいちゃんが言うには、私の遺伝子の中にあるリミッターを外したとかなんとか? わかりやすく言えば、私の血の中に眠っていた本当の力を引き出してくれたのよ。実際、この力はすばらしいわ! 私のような、原初の吸血鬼はしもべを無制限に持つことができるの。そして、私の屍人鬼に襲われた人間もまた屍人鬼になるの。わかる? 今は村ひとつだけど、いずれハルケギニアすべてを私のしもべで埋め尽くすこともできるのよ!」
 エルザの宣言した吸血王国の建国の夢は、一行の魂を戦慄させた。屍人鬼にできる人間の数に、本当に制限がないのだとすれば、屍人鬼の数はねずみ算式に爆発的に増えていく。それこそ、わずかな期間に何万・何十万という軍勢を作り出すことも簡単であろう。

215ウルトラ5番目の使い魔 31話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:21:45 ID:psWPMULc
 ハルケギニアが吸血鬼と屍人鬼で埋め尽くされる。おとぎ話や黙示録どころではない恐怖が、今目の前にあった。
 しかし、その恐るべき狂気の計画がどうであろうと、皆の目的はそんなことではなかった。勝ち誇った笑いを続けるエルザに、モンモランシーが怒鳴った。
「あんたの妄想なんかどうでもいいわ! それよりテファは、テファは無事なんでしょうね!」
「あら? そういえばうっかり忘れてたわ。ええ、もちろん無事よ、会うくらい会わせてあげるわ」
 そう言うと、エルザはぱちりと指を鳴らした。すると、エルザの後ろの部屋の中から屍人鬼に後ろ手をとられて、ティファニアが連れ出されてきた。
「みんな!」
「テファ! 無事だったのね」
 ベランダから姿を見せたティファニアを見て、皆はほっとした様子を見せた。しかし、ティファニアの顔がさらわれたときとは明らかに違って衰弱しているのに気づくと、ギーシュが激しい怒気を交えて叫んだ。
「吸血鬼! 彼女になにをした!」
「うるさいわね、少しだけ血をいただいただけよ。心配しなくても、屍人鬼にするような真似はしてないわ……そうだ、がんばったアリスおねえちゃんにもご褒美をあげないとね」
 エルザが再度指を鳴らすと、村長の屋敷の一階の窓が開け放たれた。すると窓に、閉じ込められていたと見える村の若い娘たちが駆け寄ってきて、口々に叫んだ。
「アリスちゃん!」
「アリス! よかった、無事だったんだ」
「アレキサンドルの奴が追っかけていったから、もうだめかと思ってた」
「ごめんなさいアリス、吸血鬼の奴にだまされて、私たちがあなたをひどい目に会わせてしまって」
 村の娘たちは、少しやつれた様子はあるものの、皆元気そうだった。彼女たちにもすでに、アリスだけが逃げ出すことができたのは吸血鬼の差し金だったことは伝わっていたようで、皆アリスを心配していた様子が伝わってくる。
 だが、喜びはつかの間であった。エルザには、アリスたちも村娘たちも一人も生かしておくつもりはない。再会を許したのはほんのたわむれにすぎず、面倒そうな表情から一転して、エルザは牙をむき出した凶暴な素顔をあらわにして言い放った。
 
「さて、これでもう思い残すこともなくなったでしょう? そろそろ、まとめて死体になってもらおうかしら!」
 
 エルザの合図とともに、屍人鬼の群れがいっせいに動き出した。血走った目を見開き、吸血鬼同様の鋭い牙を振りかざして吼えるように叫んでくる。

216ウルトラ5番目の使い魔 31話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:23:45 ID:psWPMULc
「みんな!」
「円陣を組め、来るぞ!」
 ティファニアの悲鳴に続いて、ミシェルが指示を出したことで一行はさっと戦闘態勢をとった。銃士隊は当然、ギーシュたち水精霊騎士隊も訓練で体に叩き込んだとおりに動いて、互いに背中を預けあう形の円陣を組む。これならば死角はなくなり、少数でも戦うことが出来るが、相手のほうが圧倒的に有利であることには違いない。
 屍人鬼たちも攻撃態勢を整え、あとはエルザの命令ひとつで一斉に襲い掛かってくるだろう。しかしその前に、エルザに向かって疑問を呈した者がいた。それまでずっと黙って様子を見ていたルクシャナだ。彼女はきっとエルザを睨み付けると、どうせ冥土の土産なら、ついでにわたしの質問にも答えなさいとたんかを切って言った。
「吸血鬼が生き物を屍人鬼にする仕組みはすでに研究されて解明されてるわ。死体の水の流れを無理矢理動かして、あたかも生きてるように動かす、水の精霊の持つアンドバリの指輪と似たようなものね。けど、こいつらは違う! さっき連れてこられる最中に触って調べてみたけど、水の流れは人間そのものだったわ」
「へー? それってつまり、どういうこと?」
「つまりこの村人たちは、”生きたまま”屍人鬼にされて操られてるってことよ! 死体を操る吸血鬼の手管とはまったく違うわ。いったいどんなトリックを使ってるの!」
 するとエルザは、またも愉快そうに笑った。
「すごいね、さすがエルフの学者さんだ。確かに、こいつらは普通の屍人鬼とは違うわ。まあ、私もあまり難しいことはわからないんだけどね、教えてもらった話だと、私の体の中には人間を屍人鬼に変えるういるす? 要は毒みたいなものを造る内臓があって、血を吸うのと同時に牙からその毒を注入するの」
 牙を見せびらかすようにエルザが説明すると、ルクシャナは冷や汗をかきながらもなるほどとうなづいた。
「まるでヘビね。でもこれで納得がいったわ、魔力で操っているんじゃなくて毒を注入してるんだとすれば、屍人鬼に噛まれた人間までが屍人鬼になる説明がつく。わかったわ、これは言うなれば伝染病と同じもの。吸血病とでも名づけるべきかしら? あなたがその宿主だってことね!」
「あっはっはっは、そうなんだあ、さすが頭のいい人は違うね。わたしはロマリアのおにいちゃんから説明を聞いてもさっぱりだったんだけど、わかりやすい解説をどうもありがとう。伝染病とはひどい言い草だけども、この力は一匹しか屍人鬼を作れない魔力だのみの能力なんかとは比べ物にならないほどすごいよ。さっきも言ったけど、私がこの村にやってきて、自力で屍人鬼にできたのはあなたたちが倒したアレキサンドルって男ひとりだけなのよね。最初はアレキサンドルを使って、ひとりずつ獲物を狩っていこうと思ってたんだけど、この力に目覚めた今はこのとおりよ! 村ひとつなんてつまらないことは言わないわ。ハルケギニア、いえ全世界が私にひれ伏すことも今や夢じゃない!」
「狂ってる……子供の妄想ね」
「それはどうかしらぁ? 吸血鬼にとって唯一怖かった太陽も闇の中に消え去って、もう私に怖いものはないわ。吸血鬼がこそこそ隠れて人間を狙う時代は過ぎて、これからは吸血鬼が人間を家畜として飼う時代が来るのよ。人間よりすべてにおいて優れた力を持っていながら、ただ太陽を恐れて闇に隠れ潜まなくてはならなかった私たち吸血鬼の怒りと屈辱をすべての人間たちに思い知らせてやる。まずはお前たちからよ!」
 エルザが手を振り下ろすと同時に、屍人鬼たちが襲いかかってきた。逃げ場はない、一行はこれを全力を持って迎え撃った。
 
 
 まずは、とにかく接近を許してはダメだ。屍人鬼たちの突進を防ごうと、メイジたちがいっせいに魔法を放った。

217ウルトラ5番目の使い魔 31話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:26:20 ID:psWPMULc
『ウィンド・ブレイク!』
『ファイヤー・ボール』
 風の弾丸が飛び、炎の弾が宙を舞って襲い掛かる。狙いをつける必要さえない、周りは三百六十度すべてが敵なのだ。
 しかし、撃てば当たるほど多い敵は、数だけ多い雑魚の群れではなかった。風の弾丸で派手にぶっ飛ばされたはずの屍人鬼は何事もなかったように起き上がり、炎を浴びせられた者も火傷を無視して牙を振りかざしてくる。
「奴ら、痛みを感じてないのか! そういうとこは本物の屍人鬼と同じかよ」
 相手が蘇った死体ではなく、操られた生身の人間ならば、ダメージを与えてやれば止まるのではという淡い期待は裏切られた。屍人鬼化した村人たちは、少々の傷などは感じないとばかりに包囲を詰めてくる。ドット、ないしラインクラスの使い手しかいない少年たちの魔法では、直接攻撃で進撃を食い止めることはできない。ならばと、ミシェルは即座に作戦を変える指示を飛ばした。
「魔法を当てて倒そうとするな! 奴らの足元を打て」
 その指示に、水精霊騎士隊は俊敏に反応した。炎、風、水に土を操る魔法が村人の屍人鬼たちの足場を吹き飛ばし、転倒した屍人鬼にさらにつまづいて転倒する様が続出し、一時的であるが屍人鬼の突進は止まった。
 貴族にあるまじき姑息な戦い方だが、いまさら文句を言う奴はいない。これは最低限のルールのある戦争とすら違う、異種の生物同士による生存競争なのだ。殺すか殺されるか、あるのはそれだけだ。
 ただ、一時的に足を止めても、それは一分にも満たない時間稼ぎに過ぎない。この包囲陣の中にいる限りは、いずれ物量で圧殺されるのは火を見るより明らかだ。ミシェルは、なんとか包囲網を突破する隙がどこかにないかと必死に探した。
 だが、その考えはエルザも見抜いていた。三階のベランダから楽しそうに見下ろしながら、冷たくささやきかけてくる。
「ああ、おねえちゃんにおにいちゃんたち? 言い忘れてたけど、もしこの庭から出て行ったら、人質の女の人たちを殺すよ」
「なっ!」
 一行は揃って愕然とした。見ると、屍人鬼にされた村人たちが人質の娘たちの首に手をかけている様が見える。
 なんて悪知恵の働く奴だ! と、一行は憤慨した。屍人鬼と化した人間の力なら、人間の細い首くらい簡単にへし折られてしまう。これでは包囲網からの脱出は無理だ。
「そうそう、それでいいのよ。せっかくの楽しいパーティを、途中で出て行くなんて許さない」
「この、悪魔め!」
「あら、ひどいなあ。あなたたち人間だって、牛や豚を殺して食べるくせに、どうして人間を食べる吸血鬼だけが悪者にされなきゃいけないの? いっしょのことをしてるだけじゃない」
 ほおを歪めながらエルザの言った言葉に、水精霊騎士隊も銃士隊も返す言葉がなかった。生まれてこの方、肉を食べたことのない人間はいない。吸血鬼と人間は、ただ食べるものが違うだけなのだ。なら、吸血鬼が人間を食うこともまた正当であってしかるべきであろう。それが自然の摂理なのだとエルザは嘲り笑う。
 だが、皆が言葉に詰まる中で、ミシェルだけが毅然として言い返した。

218ウルトラ5番目の使い魔 31話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:28:29 ID:psWPMULc
「そうか、ならお前が人間を食らうのが正当ならば、いずれお前より強い奴が現れてお前を食い殺しても、お前はそれで本望だということだな?」
「なんですって?」
「強さなんて空しいものだ。どんなに上げても自分より強い奴はいる。どんなに勝ち続けても、いつかは負けるときが来る。お前はそうなったとき、強者に自分の命を差し出して笑ってられるのか?」
「ははっ、なにかと思えば負け犬の遠吠えね」
 その瞬間、ついに魔法の防衛網を破って屍人鬼たちが攻め込んできた。腕を振り上げ、牙をむき出しにして血を吸おうと飛び掛ってくる。
 ここからは肉弾戦しかない! 銃士隊は剣をかまえ、水精霊騎士隊も杖を魔法で剣に変えて迎え撃つ。
「でやぁぁぁっ!」
 ミシェルの剣が横なぎに屍人鬼の胴を打った。強烈な一撃を受けて、屍人鬼の体が揺らいでのけぞる。だが、今の一撃はミシェルにとって不満足なものだった。
「くそっ、切れない!」
 本来なら、今の攻撃で屍人鬼を真っ二つにするつもりだったのに、斬撃は打撃同然の威力しか持たなかった。アレキサンドルの屍人鬼は切れたのだが、その後にモルフォを全滅させたときの無茶な使い方が原因で剣に焼きが回って使い物にならなくなっていた。
 ほかの銃士隊員たちも似たようなものだ。トリステインを旅立ってこの方、まともに剣を手入れする機会がなく、それぞれの剣は切れ味が相当に鈍っていたのだ。これでは剣としてではなく鈍器としてしか使い物にならない。
 ならば魔法の剣を振るうギーシュたちはどうかといえばこちらも微妙だ。いくら訓練を受けているとはいえ、剣の腕が銃士隊に遠く及ばないことと、剣を振ることに必要な腕力がそれに追いついていない。これでは、山仕事や野良仕事で鍛えた村人の体には浅い傷しかつけることはできず、半端な傷では吸血ウィルスの作用ですぐに復活してしまう。今はなんとか持ちこたえられてはいるが、これではすぐに限界に達する。
「皆、こいつらの体をいくら切っても無駄だ。頭を狙え!」
 ミシェルはとっさに作戦を切り替えた。屍人鬼の体をいくら切っても倒れはしない、だが頭をつぶしてしまえば行動を封じることはできる。ミシェルはそれを示すために、目の前に来た屍人鬼の男の頭を叩き潰そうと剣を振り上げた。だが。
「待ってぇ! アリスのおとうさんを殺さないで!」
「なにっ!?」
 アリスの叫びでミシェルの剣筋がそれた。打撃は屍人鬼の肩に当たり、屍人鬼はその衝撃で後退した。しかしまだ生きているために、また何事もなかったかのように向かってくる。その様を見て、エルザは愉快そうに笑うのだった。
「あっはははっ! おねえちゃんって、さすが騎士だけあって頭がいいんだねえ。でも、そいつらが生きたまま私に操られてるってことは忘れてたかなあ。正義の味方きどりのおねえちゃんたちに、子供の見ている前で親を殺すことが、はたしてできるのかなぁ?」
「ぐっ、くぅぅぅっ!」

219ウルトラ5番目の使い魔 31話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:30:53 ID:psWPMULc
 歯軋りするしかなかった。騎士として、軍人として、必要とあらば人を殺すことに躊躇はないし、これまでにも敵は殺してきた。しかし、子供の前で親を殺すという真似は、ミシェルのトラウマと合致していて絶対にできなかった。エルザはそこまで知っていたわけではないのだが、偶然にももっとも弱いところを突くことになったのである。
 しかし逆に、親に子供を殺させようとしているのか。アリスの父の屍人鬼はまっすぐにアリスを目指している。そのあまりの非道なやり口に、たまらずティファニアは叫んだ。
「やめてエルザ! あなたも両親を目の前で殺されたんでしょう。なのになんでこんなことをするの!」
「あっはっはっ! わかってないなあおねえちゃんは。自分がやられて悔しかったからこそ、他人にやってやりたいと思うんじゃないの」
 エルザは残忍に笑い、ティファニアは悔しさのあまりに顔を伏せた。
 包囲網から抜け出すことはできず、かといって屍人鬼を倒すこともできない。打開策はことごとくエルザにつぶされて、もはや一行が全滅するのも時間の問題かと思われた。
 そう、時間の問題……少なくともエルザはそう思った。しかし、エルザはすぐに、この人間たちがそんなに物分りのいい連中ではないということを知ることになったのだ。
「水精霊騎士隊、全員気張れ! 女王陛下の御為に! それにこんなところでへばったら、サイトとルイズに笑われるぞ。ぼくらは最後まで、かっこよくありつづけようじゃないか!」
 ギーシュの激に少年たちは奮い立ち、銃士隊も子供なんかには負けていられないと力を振り絞る。その後ろからモンモランシーが治癒魔法をかけ、ルクシャナが精霊魔法で全周囲を援護する。それでなんとかギリギリの線で持ちこたえられていて、彼らのその予想外の粘りに、さしものエルザも感心したように言った。
「へーっ、思ったよりやるんだね。そういえばモルフォをやったときも、けっこうしぶとかったし……ねえ、青い髪のおねえちゃん? さっき私にさんざん聞いたんだから答えてよ。沼地でモルフォに襲われたとき、おねえちゃんの目は死んでるみたいに暗かった。なのに、今はまるで別人みたいに元気じゃない? いったい何があったの」
「わたしには、守らなければならないものがある。それを、思い出しただけだよ」
「ふーん、それって何なの?」
 エルザが顔をにやけさせながら尋ねると、ミシェルは屍人鬼の攻撃をさばきながら、一瞬だけ目を閉じた。そしてそっと振り返ると、自分のすぐ後ろでじっと怖さに耐えているアリスを見守ってから答えた。
「わたしが愛した人が守ろうとした、この世界の未来だ!」
「くふふふはははは! なぁんだ、おねえちゃんって未亡人だったの。よっぽど、そのオスとつがいになりたかったんだねぇ。でも大丈夫、世界はこの私がちゃーんといただいてあげるから、安心してね」
 この下種な物言いと冷酷さこそが、エルザが見た目どおりの精神の持ち主ではないことと、人間を徹底的に蔑視している証であった。しかしミシェルは怒るでもなく、むしろ哀れみを含んだ眼差しをエルザに向けるのだった。
「世界、か。吸血鬼よ、お前はこのハルケギニアに吸血王国を築くつもりだと言ったな。だがそれで、終わると思っているのか?」
「……なにが言いたいの?」
「世界は広い、ハルケギニアの東に広がるサハラ、そして東方、その先も果てしない。ハルケギニアなど、世界からしてみれば、猫の額のような狭い土地だ。お前はそんなちっぽけな世界の女王になれて、それで満足か?」
「フン、何を。ハルケギニアの外なんて知らないわ。私はハルケギニアだけでじゅうぶんよ」

220ウルトラ5番目の使い魔 31話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:33:55 ID:psWPMULc
「お前、何も知らないんだな。世界は広い、そこには人間どころかエルフすら及ばないほど強大な力を持ったものがいくらでもいる。お前はそんな奴らと、永遠に戦い続けることになってもいいというんだな?」
「うっ……」
 初めてエルザに動揺の色が見えた。エルザがいくら長い歳月を経た強力な吸血鬼といっても、その知識はハルケギニアの中だけにとどまっている。
「それに、ハルケギニアの中に置いても実力者はまだまだ数多い。なにより、お前も知っているだろう? たった一日でトリステインの都を壊滅させたヤプールという悪魔のことを。そしてお前に力を与えたというロマリアも、用がすめばお前を処分できるからこそ力を与えたとは思わないのか? お前はそんな人知を超えた悪魔たちと、死ぬまでひとりで戦っていけると思っているのか!」
「ぐっ、くぅぅぅっ! だっ、黙れぇ! 数は力、数こそが最強よ。千の屍人鬼で足りなければ万の屍人鬼を、それでも足りなければ十万、百万の軍勢を私は作り上げる。この圧倒的な力に勝てるものなんていないわ」
 エルザは怒鳴り返したが、その声は明らかに震えていた。気づかされたからだ。強大な力を手に入れて舞い上がっていたが、もし自分よりも強い敵が現れたときには、自分を助けてくれるものなどどこにもいないということに。
 挫折感と屈辱で、怒りにエルザは肩を震わせた。だがそこへ、ティファニアが弱弱しい声で語りかけてきた。
「エルザ、もうやめましょう。こんなことをしたって、あなたは幸せになんてなれない。今ならまだやりなおせるわ」
「ちぃっ、まだ減らず口を叩く余裕があったの。私の半分も生きていないくせに、生意気なのよ」
「聞いて、あなたは強いものが弱いものを支配するのが自然の摂理というけど、自然の動物たちだって助け合いながら生きてる。この世界には、翼人と人間が助け合って生きている村もあるわ。なにより、ハーフエルフであるわたしが、人間とエルフが共に生きれるという証よ。強さは、それだけがすべてじゃない」
「だから何? だから人間と吸血鬼も仲良くすべきだと言うの? あいにくだけど、人間は私にとって食べ物なの。人間だって肉を食べるでしょう? 吸血鬼には飢えて死ねと言うの?」
 いらだったエルザは、ティファニアの首に手をかけて締め上げようとしてきた。しかしティファニアは屈さずにエルザに呼びかけ続けた。
「それは、あなたの言うとおり……わたしも、牛や豚のお肉を食べる。生き物はみんなそう。でも、動物は自分が生きるためを超える獲物を狩ったりはしない。エルザ、あなたがやってることは楽しみのためだけに動物を狩る人間や、食べきれもしないごちそうをゴミにする人間と同じ」
「黙れ、黙りなさい……」
「エルザ、あなたは吸血鬼は生きるために人間を狩らなければいけないと言うけど、それはただの言い訳じゃないの? あなたは家族を亡くした恨みを晴らそうとしているうちに、血を吸う楽しみのほうに取り付かれてしまったんじゃないの? 人間を憎むうちに、人間と同じことをやっても許されると自分を甘やかしてきただけじゃないの? 人間の醜いところを真似るのが、あなたの言う高貴な種族の正体なの!?」
「だぁまぁれぇぇぇ!!」
 怒りのままに、エルザはティファニアを床に叩き付けた。頭と体を強く打ち、ティファニアの意識が一瞬遠くなる。
 だが、ティファニアは気合を振り絞って意識を保ち、エルザの顔を睨み上げた。その決して揺らぐことのない強い視線に睨まれて、エルザの心にこれ以上ない屈辱感が燃え上がった。
「いいわ、もういい。あなたたちと話していると頭がおかしくなりそう。もう遊びは終わりだよ。一思いにみんな切り刻んで、残りの村の女の人たちも全員食い尽くす。それで私はこの忌々しい村からおさらばしてあげるわ」
 ついに我慢の限界に来たエルザは、手加減抜きでの虐殺命令を下した。すると、三百体の屍人鬼が圧力を増して突撃してくる。剣で抑えようとすれば剣を噛み砕きかねない勢いで迫り、魔法もまるでものともしない。
 そしてエルザはティファニアの首を掴んで持ち上げると、ベランダのふちに頭を押し付けて言い放った。

221ウルトラ5番目の使い魔 31話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:36:32 ID:psWPMULc
「ほら見なさい。ここから、おねえちゃんのお友達が血の池に変わっていくのを見せてあげる。後悔しなさい、お前たちが余計なことをペラペラとしゃべらなければ、まだ痛くない死に方ができたのにね!」
「やめてエルザ……これ以上暴力に身を任せたら、本当に戻れなくなってしまうわ」
「この期に及んでまだ人の心配? なめるのもいい加減にしてよね。私がか弱そうな幼子に見えるからそんなこと言うんでしょ? もし私がオーク鬼みたいに醜かったら、すぐ殺そうとするわよねえ。そうでしょう!」
 エルザは苛立ちに任せてティファニアを責め立てる。しかしティファニアの瞳の光は少しもぶれてはいなかった。
「違うわ。あなたは、わたしと同じ……わたしもあなたも、家族を人間に奪われて、人間から忌み嫌われる種族の血を受けて生まれてきた子。なら、わたしにできたことがあなたにできないはずはないわ」
「くぅっ、混ざり物が偉そうに……」
「だからこそよ! 人間も翼人もエルフも、命の価値に差なんかない。遠くない未来に、種族に関わらずにみんなが手を取り合う世の中がきっと来る! 吸血鬼だけが、闇に隠れて生き続けられるわけはないわ」
「黙れぇぇ!」
 必死に説得を続けるティファニアの言葉も届かず、エルザはティファニアを平手打ちした。だがそれでもティファニアの眼光は緩まず、ついにエルザは終局を彼女に向けて宣告した。
「あっはっは! 見なさいよ。おねえちゃんのお友達が、とうとう屍人鬼たちに捕まっちゃったねぇ。さあ、一番に食い殺されるのは誰かなぁ? そうだ、お友達の首をもぎとっておねえちゃんの前に並べてあげるよ。そうしたらおねえちゃんもわかるはずよ、どんなに饒舌にしゃべろうとも、力がなければ何もできないんだってねぇ!」
 エルザの言うとおり、銃士隊、水精霊騎士隊もすでに屍人鬼の群れに圧倒されて捕らえられてしまっていた。剣を奪われ、魔法を封じられて、誰にももはやなす術はない。みんな必死にもがいているが、もう何秒も持たないだろう。
「アリス、アリス! くそっ、貴様らやめろぉーっ!」
「やめて! やめてぇーっ!」
 ミシェルの首を狙う屍人鬼に飛びついて、アリスの悲鳴がこだまする。そのアリスにも多数の屍人鬼の牙が迫ってきていて、アリスの小さい体など血を吸われるどころか食いちぎられてバラバラにされてしまう。
「アリス、アリスーっ!」
 戦いを見守るしかできない村の娘たちも、涙を流しながら絶叫するが、その声はかつての肉親や友人には届かない。
 もう誰にも戦う力は残っておらず、虐殺の宴は数秒後に迫る。
 そしてエルザは、ティファニアの目の前に気を失ったメイナを連れてきて、その首筋に牙をあてがった。

222ウルトラ5番目の使い魔 31話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:42:45 ID:psWPMULc
「エルザ、なにをするの!」
「くふふ、これは罰だよ、おねえちゃん? 少しもったいないけど、あなたの見てる前でメイナおねえちゃんを殺してあげる。そしてたっぷり後悔して泣き喚いて! 自分には何も守れなかったと、血の海の中でね!」
 エルザの牙がメイナの喉元に迫る……その光景を、ティファニアは手足の自由を奪われて、無力感という鉛の空気に包まれながら見ていた。
 
 
”みんな、みんな殺されてしまう。わたしのせいだ、わたしが、エルザを怒らせてしまったから”
 
”結局、わたしはエルザの言うとおり、なにも変えることができなかった。わたしの言葉はエルザの心に届かなかった”

”わたしのやったことは間違っていたの? 心だけでは、言葉だけでは誰も助けることはできないの?”
 
”力がすべて、エルザはそう言った。けど、それが間違いだということはわたしは知っている。なら、心だけでも、力だけでも駄目なら?”

”教えて、お母さん……力と心、力と……ふたつで駄目なら、もうひとつ……? それは何? 教えて、わたしはみんなを助けたい”
 
”わたしたちがこれまで積み上げてきたものを、無にしたくなんかない! そのためなら、わたしはなんだってやるわ。だって、なんの力もないわたしには、みんなが教えてくれた、最後まであきらめない、この……”

”勇気ならあるから!”
 
 
 そのとき、奇跡が起こった。
 すべてが黒と赤に染められようとしたその瞬間、突如白い光が空間を満たした。
 
「グワァァァッ! 眩しいっ、なっなにがぁ!?」
 
 光をまともに受けてしまったエルザは、光を嫌う吸血鬼の本性のままに目を焼かれて、メイナを離して苦しんだ。

223ウルトラ5番目の使い魔 31話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:45:08 ID:psWPMULc
 それだけではない、光はそのまばゆさのままに村を照らし出し、光を浴びた屍人鬼と化した村人たちもまた、主人と同様に次々に倒れていったのだ。
「こ、これはいったい、どういうことだい?」
「この光は、まるで太陽だ……はっ! アリス、無事か」
「う、うん、大丈夫……この光、すごくきれい……お月様みたい」
 ギーシュも、ミシェルも、アリスも、食い殺される寸前の出来事だっただけに、わけもわからずに目を白黒させるしかなかった。
 しかし、屍人鬼たちを倒し、皆を救ってくれたこの光、この光がとても善いものなのはわかる。太陽のように暖かくて、月のように優しくて……そして、彼らは、この光を自分たちが見たことがあることに気がついた。
「思い出したわ、あれもこんなふうに空が闇に閉ざされたとき……テファが、彼女が奇跡を呼んだ」
 モンモランシーがつぶやくと、ルクシャナも微笑みながらうなづいた。
「ええ、闇に苦しめられてた精霊たちが喜んでる。テファ、またやったのね」
 光は満ち溢れて、吸血鬼の巣食う闇の世界は切り裂かれた。皆の顔に笑顔と希望が蘇って輝く。
 
 そして、光の根源。それはティファニアの胸元から放たれていた。
「この、光……もしかして」
 いつの間にか腕を縛っていたロープも解かれ、ティファニアは服の中から光の根源を取り出した。
「サハラでもらった、エルフの輝石……」
 そう、あの輝石がまばゆく輝き、この奇跡の光を生んでいた。
 光は明るく強く、しかし少しも眩しくはない。そしてティファニアも思い出した。アディールでのあの奇跡のことを。
 
 だが、心正しき者に対しては優しい光も、邪悪な吸血鬼に対しては激しく熱かった。
「ぎゃあああっ! 熱いっ、痛いぃぃっ! お前なにをしたあ。やめろ、その光をやめろぉぉっ!」
 エルザは全身から青い炎を吹き出して、もだえ苦しんだ。吸血鬼は光を恐れる、しかし、こんな熱くて強い光はこれまで見たことはなかった。
「イダイ、ガラダガァァァ! ヤゲルゥゥゥ! アァァァァーッ!」
 青い炎に焼かれながら、エルザはベランダの柵を乗り越えて、真っ逆さまに転落していった。

224ウルトラ5番目の使い魔 31話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:46:25 ID:psWPMULc
「エルザ!」
 転落していったエルザを追って、ティファニアはベランダの柵に飛びついた。
 しかし、そこにエルザの姿はなかった。それどころか、噴煙のように黒い煙が吹き上がり、その中からコウモリが亜人化したかのような巨大な怪獣が姿を現したのだ。
 
「うわぁぁっ! 怪獣だぁ! きゅ、吸血コウモリの怪獣だ」
 現れた怪獣を見上げてギーシュが叫んだ。さらに、ミシェルも戦慄を隠せずにつぶやく。
「あれが、あの吸血鬼の正体か」
 そう、これこそ吸血魔獣キュラノス。エルザたち吸血一族の血の中に隠れて、数千年のあいだ眠り続けていた美しき夜の種族の守護神。それが、色濃く先祖の血を受け継いだエルザの肉体を経て、ついに蘇ったのだ。
 キュラノスに変身したエルザはティファニアを見下ろして、その牙だらけの口から聞き苦しい声を放ってきた。
「おねえちゃん、よくもやってくれたねえ。痛い、痛いよ。もう、ロマリアもなにもかもどうでもいい! この力で、ハルケギニアもなにもかも破壊しつくしてやる。まずは、お前からだぁぁっ!」
 怒りにまかせて、キュラノスの翼と一体化した腕がティファニアに迫る。だがティファニアは不思議と、とても落ち着いた心地で居た。
「エルザ、あなたはわたしが歩むかもしれなかった、もう一人のわたし。だからわたしは逃げない、最後まであなたと向き合ってあげる」
 強い決意と揺るがぬ意思を瞳に宿らせ、勇気を胸にしてティファニアはキュラノスを見上げる。そして、その手にはいつの間にか輝石に代わって、スティック状の光のアイテム、『コスモプラック』が握られていた。
「わたしは世界を、みんなを、そしてエルザも救いたい! だから力を貸して、コスモース!」
 コスモプラックを天に掲げ、ティファニアは叫ぶ。その瞬間、コスモプラックの先端が花のように開き、まばゆい光が溢れ出した。
 光はティファニアを包み込み、さらに天空から暗雲を切り裂いて流星のような光が落ちてくる。
 そして、ふたつの光が一つとなったとき、再び青き光の巨人が、このハルケギニアの地へと降り立ったのだ。
 
 
 続く

225ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/08/22(土) 21:58:37 ID:psWPMULc
以上です。サビエラ村編第4回、お楽しみいただけたでしょうか。
前回まではミシェル、そして今回はティファニアにスポットを当ててお送りしました。
エルザは様々なssに登場して、その扱いも様々な人気キャラですが、今作ではこういった形になった理由がおわかりいただけたでしょうか。
エルザは種族は違うとはいえ、殺しを楽しんでいる残忍な性格ですが、境遇には同情すべきところもあります。しかし、レオが暴れまわるロンに対して厳しくいさめたように、どんなに同情すべき理由があってもやっていいことと悪いことはあるのです。
ミシェルやティファニアがこのエピソードで中核となってくるのも、エルザとは境遇が似ているからで、それぞれの人生の対比として見ていただければ幸いです。
そしてクライマックスでは、吸血魔獣キュラノスが登場! 対するのは、あの……

さて、いよいよ次回はサビエラ村編もラストです。ミシェル、ティファニア、アリス、そしてエルザがつむぎだす物語が最後にどこに流れ着くのか、お楽しみに。

ちなみに何の関係もありませんが、コウモリ型怪獣ではギャオス(昭和)が一番好きです。

226名無しさん:2015/08/23(日) 21:06:14 ID:WW91fd1k

個人的にはエルザには生き残ってほしいです

227名無しさん:2015/08/23(日) 23:22:46 ID:1/.tCMDg
やったー! ついに来たあああああああああああああ!!

228ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:15:20 ID:YRzYDd3U
皆さんこんばんわ。またお待たせしてしまってすみません、ウルトラ5番目の使い魔32話投下準備できましたので始めます。

229ウルトラ5番目の使い魔 32話 (1/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:26:01 ID:YRzYDd3U
 第32話
 君の名は勇者
 
 吸血魔獣 キュラノス 登場!
 
 
「わたし、ずっとあなたに会いたかった。また……来てくれたんですね。ウルトラマンコスモス」
「それは違う……私を呼んだのは、ティファニア、君だ。君のどんなときでもあきらめない勇気が、輝石を通して私を再び導いてくれたのだ」
 光の中での再会。それは運命でも偶然でもなく、未来を信じる強い心が呼んだ奇跡であった。
 そう、奇跡はあきらめない人間のところにしか降りてこない。しかし、心を強く持ち、どんな困難にも立ち向かう勇気があれば、新たな奇跡を呼び寄せることもできるのだ。
 ただし、奇跡はただ起こすだけではいけない。奇跡を糧にして、なにかをやりとげることが大事なのだ。ティファニアはコスモスの作り出した精神世界の中で、心からの願いを込めてコスモスに訴えた。
「お願いコスモス、力を貸して。わたしは守りたい! わたしの友達を、みんなが生きるこの世界を、みんなといっしょに! そのための力が、わたしは欲しいの!」
「しかしティファニア、君が戦いに身を投じるということは、君を戦いに巻き込むまいとしていた君の仲間たちの思いを裏切ることになる。その、覚悟はあるのかい?」
「それでもいい! わたしだけ安全なところにいても、言葉も思いも届かないもの。それにエルザ、わたしもマチルダ姉さんや子供たちがいなければ彼女のようになっていたかもしれない。だからわたしは伝えたい。どんなに悲しくても、人を信じる勇気があれば世界は明るくなるということを! わたしは、人の心に勇気を伝えられる、そんな”勇者”になりたい!」
 ティファニアの叫びは、この時の彼女の精一杯の願いと覚悟を込めてコスモスに届いた。そしてコスモスは静かにうなづき、ティファニアとコスモスのふたつの光がひとつとなる。
 
 
 闇に包まれたサビエラ村。そこに立ち昇った光の柱が村全体を照らし出し、その光を目の当たりにした者たちは顔を輝かせた。なぜなら、彼らは見たことがあったからだ、この優しくも力強い光を。
 そして、光の中から現れる、青い体の巨人の姿。その勇姿を目の当たりにしたとき、疲れ果てていたはずの彼らは一様に元気に満ち満ちた声で、彼の名を叫んだ。
 
「ウルトラマン、コスモス!」
 
 そうだ、彼こそはウルトラマンコスモス。かつてアディールでのヤプールの超獣軍団との戦いの時に現れ、エースとともにEXゴモラを倒した、エルフの伝説に伝わっているウルトラマンだ。アディールでの戦い以来、姿を現すことはなく、もしかしたらこの世界を去ったのかもと思われていたが、ついに彼が帰って来てくれたのだ。

230ウルトラ5番目の使い魔 32話 (2/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:29:13 ID:YRzYDd3U
 コスモスは見とれている水精霊騎士隊や銃士隊の前にひざを付くと、手を下ろして一行の前にひとりの少女を横たえた。それは、エルザによって昏倒させられていたメイナで、一行は見知らぬ少女に困惑したが、彼女が瀕死なことに気が付くとすぐにモンモランシーが治癒の魔法をかけていった。
 それだけではなく、屋敷の中に閉じ込められていた村の娘たちも、屍人鬼たちが全員倒れたことで屋敷から飛び出して駆け寄ってきた。
「アリス! アリス、無事でよかったぁっ。どこもケガしてない? 痛くない?」
「うん、リーシャちゃん。大丈夫だよ、みんなも無事でよかったけど、怖かったぁぁっ!」
「メイナ! メイナしっかりして! ああ、あなたが屍人鬼たちに無理矢理連れて行かれて、もう駄目だと思ってた。貴族様、どうかメイナを助けてください」
「うるっさいわね、気が散るから黙ってなさい。これだけ体の中の水を失った人を治すのは骨なのよ……心配いらないわ、わたしたちがあきらめない限り、未来も決してわたしたちを裏切らない。ほら、見てみなさい。アリスが必死につむいだ希望がめぐりめぐって、これから吸血鬼のバケモノをやっつけるところをね!」
 モンモランシーが叫ぶと、一行と村の娘たちは一様に視線を上げた。そこには、佇むコスモスと、コスモスへと威嚇するようにうなり声をあげるコウモリ型の怪獣キュラノスの姿がある。
 両者の激突はもはや不可避。このとき誰もがそう思ったに違いない。
 
 だが、睨み合い、一触即発かと見えたコスモスとキュラノスの間には、声なき声での対話が交わされていたのだ。
 
〔ウフフ、ティファニアおねえちゃぁん。とうとうおねえちゃんもそんな姿になって、ようやく私を殺したくなったみたいだねえ。いいよ、どっちが強いか、存分に殺し合おうよ〕
〔エルザ、それは違うわ。わたしは、あなたと対等になって話したかっただけ。ウルトラマンコスモスは、わたしに戦う力をくれたんじゃない。わたしが望んだのは、みんなを守るための力。そして同時に、エルザ、あなたも救いたい。もう、暴力に身を任せるのはやめて、光を恐れるのではなくて、あなた自身の中にある光を信じて!〕
 テレパシーで、キュラノスの中にいるエルザと、コスモスの中にいるティファニアは言葉をぶつけあった。
 しかし、エルザの変身したキュラノスは、きれいごとはもうたくさんだと言わんばかりにうなり声をあげ、地響きを立ててコスモスに向かってきた。対してコスモスも片手の手のひらを相手に向け、アディールのときと同じように迎え撃つ。
「セアァッ!」
 鋭い爪の攻撃を手刀で受け止め、すかさずコスモスは両手のひらを使ってキュラノスを押し返す。しかしキュラノスは巨体に反して意外に素早い動きで再度コスモスを狙ってくる。
 しかし、単に力任せの攻撃であるのならば見切るのは容易だ。今のコスモスはティファニアと同化してはいるが、格闘の経験など皆無のティファニアのために、コスモスが直接戦っている。キュラノスの攻撃の先を読み、右に左に攻撃をさばいていく。
「シゥワァッ!」

231ウルトラ5番目の使い魔 32話 (3/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:37:45 ID:YRzYDd3U
 コスモスは、相手を押し返すだけの加減した蹴り『ルナ・キック』でキュラノスとの距離をとり、次いで仕掛けてきたキュラノスの攻撃の勢いを利用して、キュラノスの翼を掴むと、投げ技『ルナ・ホイッパー』で一本背負いのようにして投げ飛ばした。
 きりもみして宙を舞い、背中から地面に叩きつけられるキュラノス。しかし、キュラノスは紅い目をさらに血のように輝かせ、腹いせのように手近にあった家を踏み壊しながら起き上がってくる。
 さすがしぶとい。だが、奴も無闇に突っ込んでも無駄だということは理解したようで、村の段々畑を踏み荒らしながら機会をうかがっている。
〔クフフ、おねえちゃん、そいつ強いねぇ。でも、私も少しずつこの体に慣れてきたんだよ。たとえば、まずはこれを受けてみてよ!〕
 エルザがそう言ったとたん、キュラノスはコウモリのような巨大な翼を羽ばたかせて猛烈な突風を浴びせてきた。たちまち村の家々の屋根が吹っ飛び、荷車が宙に舞い、木々がへし折れる。
 村は一瞬にして、キュラノスが作り出した人工的な台風に呑まれたように暴風に遊ばれる。コスモスは足を踏ん張って耐えているが、人間たちはそうはいかない。ミシェルやギーシュたちは慌てて全員を地面に伏せさせて、ひたすら暴風から身を守った。
「くぅっ! なんて風だ」
「うわぁぁぁーっ! 飛ばされるぅーっ」
「ギーシュ! どさくさに紛れてひっつかないでよ!」
 体を起こしたとたんに木の葉のように飛ばされそうな突風に、一行は懸命に耐えた。見ると、村の娘たちも伏せながら必死に草を掴んで震えており、倒れていた屍人鬼たちが紙くずのように転がっていく。さらに、村長の家も引き裂くような音とともに屋根が飛ばされたのを皮切りに三階が吹っ飛ばされて、もしあそこに人が残っていたらと思うとぞっとさせられた。
 このままだと村が全滅してしまう。そう感じたティファニアは、コスモスに願った。
「セアァッ!」
 コスモスは、キュラノスの羽ばたきで一瞬風が弱まる瞬間を狙ってジャンプした。宙を舞い、キュラノスの頭上を飛び越えて反対側に着地する。キュラノスも、背後に跳んだコスモスを追って羽ばたきをやめて振り返る。
 今だ、今ならキュラノスの注意は完全にこちらに向いている。コスモスは真っ直ぐにキュラノスを見据えると、光のエネルギーを集めて両手を斜めに上げ、光の粒子を右手のひらから解き放った。
 
『フルムーンレクト』
 
 輝く光の粒がキュラノスの全身に浴びせられ、キュラノスの動きが止まった。

232ウルトラ5番目の使い魔 32話 (4/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:45:15 ID:YRzYDd3U
 沈静と抑制の作用を持ち、荒ぶる心を静めるコスモス・ルナモードを象徴する慈愛の光線。過去に多くの怪獣たちの命を救い、アディールでの戦いでも暴走するゴモラを静めたこの光が、エルザの心も落ち着かせてくれるとティファニアは信じた。
 だが。
〔クアハッハハァ! なにかなぁ今のは? そんなまやかしが、私に効くとでも思ったぁ?〕
 なんとキュラノスは沈静する気配もなく、牙の奥から聞き苦しい声をあげながら笑っているではないか。
「フルムーンレクトが効かない!?」
 戦いを見守っているギーシュたちから愕然とした声が漏れた。なぜだ? あの荒れ狂っていたゴモラも静めたコスモスの力がなぜ通じない?
 だが焦っている暇もなく、キュラノスはコスモスへと攻撃をかけてくる。爪だけでなく、翼が鞭のようにしなってコスモスを襲い、また奴はコウモリばりの身軽さを活かして、巨体に似合わないキック攻撃もかけてくる。エルザが、キュラノスの体に慣れ始めているというのは本当のようだ。
 コスモスはキュラノスの攻撃をさばき、隙を見ては押し返す。が、コスモスはキュラノスを倒すのが目的ではない。戦いをコスモスに任せつつ、ティファニアは必死でエルザに向かって呼びかけた。
〔エルザ待って! わたしの話を聞いて〕
 しかしティファニアの必死の呼びかけにも、キュラノスからはエルザの声は返ってこない。
 なぜなの! ティファニアは、自分の声が届いていないかと焦ったが、そこにコスモスが忠告してくれた。
〔今は呼びかけても無理だ。彼女は、自分の手に入れた力に完全に呑まれてしまっている。このままでは、君の声も彼女には届かない〕
〔そんな、それじゃどうすればいいの!〕
〔彼女が、自分自身だけが絶対だと思い込んでいるうちは、私の力も及ばないし、誰の言葉にも耳を貸さないだろう……自分が全てと、思い込んでいるうちは〕
 それ以上は、ティファニアにも言われなくてもわかった。彼女にも、だだを捏ねて言うことを聞かない子供を躾けるにはどうしなければならないかはわかっている。
 手を上げることは好まない……だけども、その相手を放置する限り、他者に被害を出し続けるのだとしたら、誰かがそれを止めなければならない。そうしなければ、何よりもその相手が救われない。暖かい言葉だけでは誰も救われない。傷つくことも、傷つけられることも恐れては、結局なにも守れはしない。
 ティファニアはコスモスの言葉を受けて、決断した。
〔コスモス、エルザを止めよう。わたしも、戦う!〕
 自分はこのために力を求めた、エルザと最後まで向き合って救うために。そのために、絶対に後ろに下がらない!
 コスモスはティファニアの意志を受け取ると、キュラノスとの間合いをとった。そして、気合を込めて右手を高く掲げる。
 
 刹那、コスモスの体を赤い炎のような光がまとった。さらに、燃え上がる恒星のコロナリングのような真紅の輪が無数にコスモスを中心に光り輝く。

233ウルトラ5番目の使い魔 32話 (5/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:46:34 ID:YRzYDd3U
 なんという熱く明るい光だ。世界は闇に包まれているというのに、まるでサビエラ村だけが真昼になったようだと誰もが思った。
 人々の見守る前で、コスモスの体が光の中で青から赤へと変わっていく。頭部も鋭角になり、戦いの力をつかさどるサニースポットが現れた。そして、光が完全に消えたとき、コスモスは優しさのルナモードから、強さをつかさどる第二の姿へとチェンジしたのだ。
 
『ウルトラマンコスモス・コロナモード』
 
 その身に燃え盛る炎のような真紅をまとわせ、戦うために拳を握り締めてコスモスは構えた。
「ハアッ!」
 勇ましさをかね揃え、戦いに望もうとするコスモスの精悍な姿に、ギーシュやミシェルたちは、あのアディールでの激闘の記憶を蘇らせた。ヤプールの超獣軍団とも戦えたコスモスなら、あの吸血怪獣も倒してくれるに違いない。頼むぞ、ウルトラマンコスモス!
 人々の声援を背に浴びるコスモス。対してエルザは、キュラノスはどこまでも孤独だ。しかし、ただひとりだけエルザを救おうとしている者の意志があったからこそ、コスモスはここに来た。
 皆の期待を背負って、コスモスは新たな戦いに望もうとしていた。その視線と拳の先にあるものは当然キュラノス。しかし、エルザは吸血鬼がもっとも忌み嫌うものを模したコスモスの姿に、果てしない憎悪を込めて叫んだ。
〔グゥゥゥ、太陽、太陽、太陽ォォォ! どこまでも、どこまでも私を愚弄する気なんだねぇ! いいよ、そいつもろともギタギタに切り刻んでやるぅぅぅ!〕
 怒りと憎しみのあまり、吼え猛るキュラノスの牙の間から唾液が飛び散る。すでにエルザは力に酔うがために、心もキュラノスと同化し始めていた。
 過ぎた力は人を狂わせる。宇宙のどこでも、そうして自ら破滅していった生命体は数知れない。ティファニアは、正気を失ってひたすらに力のみを求めるエルザに、彼女の精神の未熟さを感じた。
〔あなたは確かにわたしよりも長く生きてきた。けど、誰とも深く関わらなかったから、自分勝手さだけを育ててきてしまったのね。誰にも、大人になる方法を教えてもらえなかったから、自分しか信じれるものがなかったのね。エルザ、終わらせましょう。どんなに長生きしたって、それじゃずっとあなたは乾き続けるだけだよ。あなたが力という闇に引きこもり続けるなら、わたしはその闇を壊して光を届けてみせる!〕
 ティファニアも決意し、戦闘態勢をとったコスモスとキュラノスはついに激突した。
 地響きをあげて村の芝生を踏み荒らし、砂煙をあげながら両者はぶつかり合う。
「フゥン! デヤァァァッ!」
 一瞬の硬直、しかしコスモスは自分よりも体格で勝るキュラノスと組み合ったままで押し返していく。
 すごいパワーだ。さらにコスモスは容赦せず、村人たちから十分に距離をとったのを確認すると反撃に打って出た。
「ハアッ!」
 気合を込めた声とともに、コスモスのコロナ・キックがキュラノスの胴体を打ってよろめかせる。さらに、下から突き上げたコロナ・パンチがキュラノスの頭を叩くことで、キュラノスの思考を一瞬停止させた。

234ウルトラ5番目の使い魔 32話 (6/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:48:53 ID:YRzYDd3U
”こいつ! さっきまでの青い奴とはまるで違う!?”
 たった二発だけなのに、キュラノスは受けた攻撃の重さからコロナモードに変わったコスモスの強さを見誤っていたことを悟った。
 が、その動揺した一瞬の隙をコスモスは見逃さない。キュラノスの腕を掴むと、そのままひねるようにして投げ飛ばしたのだ。
「トアァァッ!」
 腕を軸に縦に一回転させられ、キュラノスは平行の感覚を奪われたまま地面に叩きつけられた。
 投げ技は格闘技の中でも強力なひとつだ。普通の打撃には動じない頑丈な奴でも、投げ技は相手の体そのものが武器となる上に、衝撃が体内に響き渡るために無事ではいられない。
 その強烈な一撃に、キュラノスの視界が一瞬白く染められる。だがキュラノスは、地に投げ出されながらも、仰ぎ見た空が自分のもっとも愛する色に染められているのを見ると、執念深く起き上がってきた。
〔グウゥゥ、夜、ヨル、闇、ヤミ。この暗く閉ざされた世界こそ、私たちの故郷、私たちの楽園、太陽なんてイラナイ! 全部黒く染めてやるゥ!〕
 闇への執着と太陽への憎しみを込めて、起き上がってきたキュラノスは大きく翼を広げた。
 また突風攻撃を仕掛けてくるつもりか? だがコスモスは素早く反応すると、投げつけるようにして指先から矢尻型の光弾を発射した。
『ハンドドラフト!』
 右手、左手と交互に発射された光弾は、キュラノスが突風を起こすよりも早く左の翼、次いで右の翼に命中して火花をあげた。自慢の翼を傷つけられて苦悶の声をあげるキュラノス。だが、キュラノスの翼は痛みは覚えはしたもののダメージは少なく耐え、それならばとジャンプして空中から翼で滑空してコスモスに迫ってきた。
「ショワッ!」
 間一髪、コスモスはバック転して空中からの突進をかわした。だがかわされたキュラノスの、その余った風圧だけで小屋が飛び、翼がかすっただけで家が吹っ飛んだ。
 なんて奴だ、あんなのに体当たりされたらコスモスもただじゃすまないぞと、ギーシュがその威力の高さに驚いて叫んだ。実際、空中からの攻撃はかなり有効な攻撃手段であり、キュラノスと同じく吸血怪獣であるこうもり怪獣バットンも、翼で空中を自在に飛びまわってウルトラマンレオを翻弄している。翼は単なる飛行するための道具ではなく、様々に応用が利く強力な武器であり、それを羽ばたかせることのできる筋力を持つ怪獣が弱いはずはない道理だ。
 もちろんコスモスも空中戦はできる。しかしコスモスはうかつに動き回れば村に被害が出てしまうので持ち前のフットワークを十分に活かすことができない。
〔アハハハ! 飛べるっていいねえ、誰かを見下ろすっていいねえ。受けてみてよ、私の熱いベーゼをさぁ!〕
 急降下で突撃してくるキュラノス。その攻撃がついにコスモスを捉えた。
「ノゥオオッ!」
 強烈な蹴りを受けてコスモスは地面に投げ出された。そこへキュラノスは馬乗りになって、今度は逃がさないとばかりに乱打を加えてくる。キュラノスの体重は四万六千トン、コスモスにとって決して跳ね飛ばせない重さではないが、狂ったように殴りかけてくるキュラノスの攻撃にさらされては思うようにいかない。
 まるでエルザの憎悪がそのまま噴出しているかのようだ。さらにキュラノスは巨大なかぎ爪状になっている手でコスモスの頭をわしづかみにして起き上がらせると、鋭い牙の生えた口を大きく開いてコスモスの肩に噛み付いてきた。

235ウルトラ5番目の使い魔 32話 (7/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:49:52 ID:YRzYDd3U
「フゥオオッ!」
 キュラノスの牙はコスモスの肩に食い込み、逃れようとしてもキュラノスはがっちりとコスモスの体を捕らえていて離れることができない。
 まさに、吸血鬼そのものの様相に、それを見ていた人間たちは一様に寒気を覚えた。しかし、単に噛み付くだけの攻撃ならば見た目が怖いだけだが、相手は吸血鬼だ、それで済むわけがない。苦しむコスモスと連動するように、カラータイマーが点滅を始めたのだ。
「血の代わりにエネルギーを吸ってるぞ」
 銃士隊員のひとりが戦慄してつぶやいた。
 まさに吸血怪獣の本領発揮。さらにキュラノスは十分にエネルギーを吸ったと判断したのか、コスモスを離すと、赤い目を輝かせてリング状の光線をコスモスに浴びせた。するとなんと、コスモスが酔っ払っているかのようにフラフラとよろめきだし、キュラノスが翼を振るに吊られるように右に左にと動かされているではないか。
「あいつ、屍人鬼のようにウルトラマンも操る気か!」
 まさにそのとおりだった。キュラノスはその牙で噛んだ相手を目から放つ催眠光線で操る能力を持ち、その力で持ってコスモスにとどめを刺そうとしていたのだ。
 いけない! いくらウルトラマンが強くても、自滅させられたのではたまらない。そう思ったとき、銃士隊や水精霊騎士隊の皆の口は考えるよりも早くその言葉をつむいでいた。
 
「がんばれー! ウルトラマーン!」
「負けるな、コスモス!」
「おれたちがついてるぞーっ! 気をしっかり持てーっ!」
 
 十数人の、がなりたてるのにも似た大声が暗闇の村に響き渡った。
 
「コスモスー、しっかりしてー!」
「あと少しだ! 気合入れろ!」
「がんばれー! 負けるなー!」
 
 誰もが、ウルトラマンを信じていた。そして、共に戦うことの大切さをよく知っていた。
 確かに自分たちには怪獣と直接戦う力はない。しかし、ウルトラマンを応援し、励ますことならできる。それもまた、立派な戦いなのだ。

236ウルトラ5番目の使い魔 32話 (8/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:50:34 ID:YRzYDd3U
 声をはりあげるミシェルやギーシュたち。対してキュラノスは、そんな彼らの声援を軽くせせら笑う。
〔バカな人間たち、ただ叫ぶだけでいったい何になるというの?〕
 催眠光線でコスモスを操り、転倒させてダメージを与えながらキュラノスは思った。
 だがそれでも、コスモスを応援する声は止まらない。いやむしろ熱を増して叫ばれる。
 それはなにもコスモスに対してだけではない。最初はコスモスがやられた姿を見て絶望感に震えていた村の娘たちも、声を張り上げる一行の姿を見ているうちにしだいに恐怖が和らいでいくのを感じて、そして戸惑っていたアリスに、ミシェルは優しくも力強い声で言った。
「さあアリス、いっしょにウルトラマンを応援しよう。ウルトラマン、がんばれって」
「おねえちゃん……?」
「ウルトラマンは、わたしたちのために頑張ってくれている。アリス、君はお父さんやお母さんがお仕事を頑張ってたら偉いなと思うだろう。その気持ちを伝えるだけでいい、ウルトラマンはきっと答えてくれる」
「うん……ウルトラマーン、がんばれーっ!」
 大きく息を吸って、吐き出すと同時にアリスの声援が加わった。小さな体で声を張り上げて、自分たちを守ってくれるもののために叫ぶ。
 さらに、そうしているうちに、ひとり、またひとりと村の娘たちも声援に加わっていった。皆が肩を並べて、ウルトラマンがんばれ、コスモスがんばれと声をあげている。気を失っていたメイナもその声で目覚めて、か細い声ながらも応援の輪に加わる。彼女も夢うつつの中で見ていたのだ。ティファニアが必死で自分のために戦ってくれたことと、彼女に与えられた大きな光を。
 
「がんばれーっ! 負けるなーっ! ウルトラマンコスモス!」
 
 数十人の声援が村に響き渡り、コスモスの背中を押す。
 その声を、ティファニアはコスモスの中から聞いていた。
〔みんなが、みんなが応援してくれている。みんなが希望を、未来を信じてる。コスモス、聞こえてるよね〕
 自分はひとりではない。どんなときでも仲間たちと、勇気ある人たちとともに戦っている。だから孤独じゃない、苦しくても仲間たちが力を貸してくれる。だからくじけない!
 そう、自分たちの信じてきたものは、決して間違ってはいなかった!
 新たな勇気を湧き起こしながら、コスモスの体に力が戻ってくる。
 
 だが、自分だけを頼みに人と交わらなかったエルザに向けられる声はひとつたりとてない。
 最初は無力な人間たちの愚かなあがきだと冷笑していたが、声は枯れるどころか益々強く大きくなっていく。しだいにエルザは苛立ちを感じ始め、それは心の中で大きくなっていった。

237ウルトラ5番目の使い魔 32話 (9/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:51:24 ID:YRzYDd3U
”なんなのよこいつらは? なんでこんなことを続けられるっていうの。バカじゃないの、バカ! 勝ってるのは私よ。お前たちも、この後すぐに八つ裂きにしてやるというのに、もっと恐怖したらどうなのよ!”
 自分は今、無敵の存在になった。これだけの力があればもはや敵はなく、唯一恐れる太陽も今や自分自身の力だけで闇を呼んで逃れることができる。まさに最強、しかも今この戦いに自分は勝利しつつある。
 そう、奴らに希望なんか残っているはずはない。にも関わらずに、この元気さはなんなんだ? しかも、さっきまで怯える一方だったアリスや村の娘たちまでもが表情を輝かせて叫んでいる。
 今までに血を吸い殺してきた人間たちは、死に直面すると恐怖し泣き喚き、それを眺めるのが最高の楽しみだった。だがこいつらは、逆に追い詰めれば追い詰めるほどに気力を増してくる。わからない、わからない、わからない。
「うるさい黙れぇぇぇ! お前たちから殺すぞぉ!」
 ついに耐え切れずにエルザは叫んだ。個性のない激情にまかせた怒鳴り声は、キュラノスの牙だらけの口から放たれることによって歪んだ不気味な声となって、声援を続けていた一行や村娘たちの喉を凍らせ、背筋に霜を降らせた。
 しかし、怒りにまかせて叫んだ一瞬の隙に、キュラノスはコスモスに向けていた催眠光線を切ってしまったのだ。それはまさに一瞬の断絶、だがコスモスにはその一瞬で十分だった。
「ヌゥン! デャアッ!」
〔し、しまった!〕
 コスモスは催眠から解き放たれて完全復活し、エルザは慌てるがもう遅かった。
 拳を握り締めて構えるコスモス。対してエルザは焦ってどうするべきか迷った。再び空中戦を挑むか、それともこのまま地上戦で相手をするべきか。
 半瞬ほどの葛藤の後、エルザは空中戦を選んだ。キュラノスは翼を広げて空へと飛び上がろうと羽ばたく。だが、その迷ったわずかな隙がキュラノスの反撃の機会を奪っていた。キュラノスが空中に飛び上がるよりも早く、コスモスは一気に助走をつけてキュラノスに向かって跳び上がると、エネルギーで全身を覆った状態でキュラノスの眼前で空中に静止、そのまま一瞬のうちに連続キックを叩き込んだのだ。
 
『コロナサスペンドキック!』
 
 右キック、左キック、左蹴り、右ストレートキックが一瞬のうちに叩き込まれ、キュラノスは大きなダメージを受けて地面になぎ倒された。
〔ウガァ! イダァ、イダァァイィ!〕
 巨体がまるで丸太のように転がされ、激しい痛みがキュラノスを襲い、エルザは苦痛にのたうった。
 なんて攻撃だ、いままでの攻撃とはまるで違う。まさか、いままではまだ本気を出していなかったというのか!?
 屈辱感がエルザの胸を焼く。なぜだ、自分はこの世のどんな吸血鬼にも勝る力を手に入れたはずだ。なのになぜ勝てない? 自問するエルザの心に、ミシェルから告げられた言葉が蘇ってきた。

238ウルトラ5番目の使い魔 32話 (10/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:52:29 ID:YRzYDd3U
「強さなんて空しいものだ。どんなに上げても自分より強い奴はいる。どんなに勝ち続けても、いつかは負けるときが来る。お前はそうなったとき、強者に自分の命を差し出して笑ってられるのか?」
 それはこれまで常に獲物を狩る側、強者として生きてきたエルザが、狩られる弱者の立場に追い込まれた瞬間だった。
〔私が、ワタシが弱い? そんなはずがないわ。私は無敵の力を手に入れたはず、どんな奴にだって負けるわけないのよ!〕
 焦燥に狩られてエルザは自分に言い聞かせるものの、誰もエルザのことを肯定してくれる者はいない。孤独を愛し、孤独と共に生きてきたエルザだったが、今や唯一の友である孤独でさえもエルザの味方ではなかった。
 だがそれでも、エルザは引くわけにはいかなかった。狩人として生きてきたエルザにとって、負けることは死を意味する。また、吸血鬼として、選ばれた者だというプライドや、人間ごときに負けたくないという意地、それらががんじがらめになってエルザの足を封じ、閉じた心は誰にも開かれない。
 求めるのはただ勝利のみ、それを得るために、エルザは理性を持たぬ獣に堕ちたかのように吼える。
 翼を広げ、キュラノスは再び突風を起こす体勢に入った。赤い目はさらに狂気の真紅に染まり、今度は村ごとなにもかも破壊してしまおうという自棄の意思が満ちている。
 
 しかし、もうこれ以上の破壊は許されない。確かにエルザの境遇に対して同情の余地はあるものの、自分の不幸を理由に他人を傷つけることは許されない。
 コスモスは両手にエネルギーを溜め、そのエネルギーを自分の体の前で巨大なエネルギーの玉へと収束させた。片足を上げて拳を握るコスモスの前で、エネルギーの玉は赤々と燃える太陽のように輝いている。
 これがこの戦いの最後の一撃だ。エルザ、君がすがる吸血王国の幻想を、この一撃で打ち砕く。コスモスはキュラノスの放つ風をものともせずに、地上の太陽のように輝くエネルギー球をそのままキュラノスに向かって投げつけた。
 
『プロミネンスボール!』
 
 エネルギー球は風を切り裂いてキュラノスに殺到し、逃れる間も与えずに炸裂してその身を紅蓮の炎で包み込んだ。
〔グアァァァッ! 太陽、タイヨウォォォォォ!〕
 決して日を浴びることのできない身が、太陽の灼熱の業火に焼かれる。その苦しみの中でエルザは悟った。
”クハハハ……しょせん吸血鬼は、太陽には勝てない定めなのね”
 どんなに夜に潜もうと、どんなに空を闇に包もうと、それは結局は太陽からの逃避でしかなかった。吸血鬼とはしょせん、その程度の存在でしかなかったのか。
 いままで頼ってきたものを打ち砕かれて、心が折れる音をエルザは聞いたようが気がした。なぜ自分がこんな目にあわなければならない? なぜ、どいつもこいつも人間ごときの味方をするんだ?
 ワカラナイ……自分はこのままここで燃え尽きて終わるのかと、エルザは思った。
 しかし、キュラノスが焼き尽くされる前に、エネルギーの炎は消えてなくなった。
 耐え切ったのか……? いや、そうじゃないわとエルザは気づいた。そして静かに立って、自分を見つめているコスモスを睨んで言った。

239ウルトラ5番目の使い魔 32話 (11/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:53:30 ID:YRzYDd3U
〔おねえちゃん……また、手加減したんだね〕
〔エルザ、もうこれで終わりにしましょう。暴力ですべてを解決しようなんて間違ってる。どんなにすごい力を手に入れても、あなたひとりでどうにかなるほど世界は小さくなんてない。奪い合うのではなくて、分かち合いましょう。あなたにもきっと、それができるわ〕
〔この期に及んで、まだ私に情けをかけようっていうの? 甘い、甘すぎるよおねえちゃん。いえ、今じゃおねえちゃんのほうがすごい力を手に入れたんだものねえ。どう? 勝者の気分は、いいものでしょう?〕
 荒い息をキュラノスはつきながら、中のエルザは吐き捨てるように言った。しかしティファニアは悲しげに答える。
〔よくないよ、わたしはあなたを傷つけたくはなかった。けど、あなたに話を聞いてもらうにはこれしかなかったの。それにわたしは……エルザ、あなただけを救いたいわけじゃない。この世界には、あなたと同じ吸血鬼がまだ大勢いるんでしょう? わたしは、その人たちともお友達になりたい。どんな種族でも、仲良くいっしょに暮らせる世界を作る、それがわたしの夢だから! だからエルザ、わたしはあなたとお友達になりたい〕
 一転して強くティファニアは訴えた。思いを、夢を、自分の気持ちを偽らずに素直な気持ちをエルザにぶつけた。
〔……くふふ、本当にどこまでも、バカのつくお人よしだねおねえちゃんは。あーあ、なんか本気で怒ってたのがバカみたいじゃない〕
 エルザは気が抜けたように、敵意を失った声で言った。キュラノスもだらりと腕と翼を下げ、攻撃態勢を解いた無防備状態でじっとしている。その落ち着いた様子に、ティファニアはようやく自分の声がエルザに届いたのかとほっとした。
 しかし……
〔だから、大っキライだっていうのよ〕
〔え?〕
 すごみのある声でつぶやいたエルザに、ティファニアはなんのことかわからずに唖然とした。だがエルザは、次第に重みを増していく声で訥々と告げていく。
〔エルザはね、三十年さまよったんだよ? 長かったなあ、三十年。救ってくれるっていうなら、なんでもっと早く来てくれなかったの? なんでエルザのパパとママが殺されたときに来てくれなかったの? ねえ、なんで?〕
〔そ、それは〕
 ティファニアは困惑した。答えられない、いや答えられるわけがない。だがエルザはティファニアのそんな困惑を楽しんでいるように続けた。
〔私が三十年に、何人の人間を殺したかわかってるの? 人間の法律に照らせば何百回死刑になっても足りないよ。ほかの吸血鬼だってきっとそう、生きるために何百人と人間を食べてるわ。それが、いまさら切り替えて食べ物と仲良くなんてできるわけないじゃない。なんにも知らないくせに、上っ面だけ見て言わないで〕
 ティファニアは反論することができなかった。事実であるからだ。三十年間屍の山を築き続けてきた者に、百八十度の意識転換をしろというのである。エルフに人間に対する誤解と偏見を解かせたときすらこれに比べれば優しい。
 それでもティファニアはあきらめることはしなかった。あきらめたら救えるものはいなくなる。それが、ティファニアがこれまでの旅で学んできたことだからだ。
 しかし、ティファニアが口を開くよりも先に、エルザは哄笑しながら彼女に告げた。
〔くふふ、あっはは。でもね、私は負けた。強い者は弱い者を好きにすることが出来るって、私言っちゃったからねえ。ただ、私は私だけのために生きるって昔に決めたんだ……ウフフ、あっはっははは!〕

240ウルトラ5番目の使い魔 32話 (12/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:54:21 ID:YRzYDd3U
 エルザが笑い始めるのと同時に、キュラノスの体が青白い炎に包まれた。まるで人魂のような、熱を持っているようにはとても見えない不気味な炎だが、その炎はキュラノスの全身を焼き尽くすように激しく燃え上がっている。
 あれは! まさか! ティファニアはエルザの考えに気がついて背筋を凍らせた。
 いけない! それだけは、やってはいけない!
〔エルザ! まっ、待って!〕
〔アハハハハハハ! バイバイ、おねえちゃん……〕
 その言葉を最後に、キュラノスはがっくりとひざをつくと、そのまま前のめりに倒れて爆発した。本物の赤い炎が黒煙とともに舞い上がっていき、キュラノスの破片が舞い散っていく。
「自爆……したのか」
 呆然としながらミシェルが短くつぶやいた。彼女たちにはティファニアとエルザの間の会話は聞こえてはいない。しかし、コスモスの一撃で大ダメージは受けたものの命は救われた吸血怪獣が、それをよしとせずに自らの命を絶ったのだけはわかった。
 キュラノスの巨体はわずかな残骸を残して消え、サビエラ村から危機は去った。
 だが、ティファニアの心には悲しみが渦巻いていた。
〔エルザ……うっ、うぅっ。わたしは、あの子を助けてあげることができなかった〕
 確かにエルザは多くの罪のない人を殺した残酷な殺人鬼だったかもしれない。しかし、彼女にも歪まなくては生きていけない事情があったのだ。殺すまでのことはなかった、なんとか説得して、誰かを殺すのではなく生かす生き方もあるのだということを知ってほしかったのに。
 ティファニアは胸の痛みに苦しんで、嘆く。そこへ、コスモスが優しげな声で言った。
〔ティファニア、君のやろうとしたことは間違ってはいない。それ以上、自分を責めてはいけない〕
〔でも、わたしは彼女の悲しみがわかってた。わたしも、もしかしたらエルザのようになっていたかもしれない。わたしが、わたしが助けてあげなくちゃいけなかった……それなのに、わたしはコスモス、あなたの力まで借りたのに、エルザを説得することができなかった。わたしのせいだ〕
〔ティファニア、私とて神ではない。私にも、救おうとして救いきれなかった経験が数多くある。だが、それは確かに悲しいことだが、それだけに目を奪われていてはいけない。君はこの場で、数多くの命を救った。あれを見てみなさい〕
 コスモスに促されてティファニアが目を向けると、そこには手を振りながらコスモスを見上げてくる仲間たちや村の娘たちの姿があった。
 
「ありがとう、ウルトラマンコスモース!」
「みんなを助けてくれて、本当にありがとうー!」
 
 手を振って笑いかけてくるみんなの姿を指して、コスモスはあっけにとられているティファニアに向けて話す。

241ウルトラ5番目の使い魔 32話 (13/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:55:14 ID:YRzYDd3U
〔君が強い意志で私を呼んでくれたからこそ、彼らを助けることができた。彼らを救ったのは、君だよティファニア〕
〔そんな、わたしなんて何も〕
〔いいや、君の活躍だよ。君がいたからこそ、私は働けた。そして、君に尋ねよう。君はエルザを救えなかったかもしれない、しかしそれで君はもう誰も助けられないとあきらめるのか?〕
 コスモスのその言葉に、ティファニアははっとした。そして、嘆いていた自分を恥じて強く言った。
〔ううん! この世界には、まだエルザのように悲しい生き方を強いられている人がいっぱいいるはず。わたしは、その人たちのためにこれからも戦いたい〕
 そう、この世に全能などはない。ウルトラマンや防衛隊にだって、救いきれない命はある。消防やレスキューだって、間に合わずに犠牲者を出してしまうこともある。しかしそれでも彼らは悲しみを振り切って次の現場へと向かう。なぜならそこに、次は救えるかもしれない命があるからだ。
 コスモスはティファニアの決意を聞いて、ゆっくりとうなづいた。
〔そう、それこそが真に人を救うということだ。そしてティファニア、この星とこの星に住む命を守るために、君の力を貸してほしい。私はこのままの姿では、この星に長くとどまることができない。だから、私の命と力を君に預けたい〕
〔コスモス……わかった、いっしょに戦いましょう!〕
 ティファニアの決意をコスモスは受け取り、ここにティファニアはコスモスはひとつとなった。
 
 そして、この戦いの最後の仕事が待っている。コスモスは皆を見下ろすと、コロナモードのチェンジを解いた。
 
『ウルトラマンコスモス・ルナモード』
 
 優しさを体現する青い姿のコスモス。そしてコスモスは屍人鬼となったままで倒れている村の人々へと、手のひらに穏やかな光の力を集めて、彼らに向けて優しい光を浴びせていった。
『ルナエキストラクト』
 邪悪なものを分離させる光線が、吸血ウィルスに犯されていた村人たちからウィルスだけを取り除いていった。
 村人から牙が消え、ただの人間に戻ったことがわかる。アリスたち村の娘たちは自分の家族や友人が人間に戻って生きていることを知ると彼らに駆け寄って吐息や鼓動を確かめ、涙を流して喜びにむせび泣いた。
「ありがとうウルトラマン、ありがとう!」
 村の娘たちの心からのお礼を受けて、コスモスはこの村での自分の役割が終わったことを確信した。空を見上げて、コスモスは静かに飛び立つ。

242ウルトラ5番目の使い魔 32話 (14/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:56:22 ID:YRzYDd3U
「シュワッ」
 コスモスは空のかなたに光となって消えていき、こうしてサビエラ村での吸血鬼事件は終わりを告げた。
 
 
 ただ、この村の事件は終わっても、ミシェルたち一行の旅はまだ終わらない。次の刺客が来る前に、一刻も早くトリステインに帰らなくてはならないのだ。
 
 
「もう、行っちゃうの? おねえちゃん」
 村はずれで、休む間もなく旅立とうとしている一行を見送りに来たアリスがミシェルに向けて言った。
 あれからすぐに、戻ってきたティファニアとも合流した一行は、そのまま旅立つことを決めた。なごりは惜しいし疲れも癒したかったが、ここにいてはまたサビエラ村が戦いに巻き込まれるかもしれなかったからだ。
 村の男たちは、まだ気を失ったままでいる。それでも一行の旅立ちを、アリスだけでなく村の娘たちのほとんどが見送りに来てくれた。
 しかし急な別れに、せっかく仲良くなれたのにと、アリスは半泣きになっている。そんなアリスに対して、ミシェルは寂しそうにしながらも優しく笑いかけた。
「ごめんな、おねえちゃんたちは急ぎの旅の途中なんだ。でも、わたしたちは君のことを忘れない。サビエラ村を救うために力いっぱいがんばった、勇者アリスのことをね」
「勇者? わたしが、勇者?」
「そうさ、君だけじゃない。ここにいる者はみんな、勇気を振り絞って力の限り戦った勇者さ。君や、わたしたちみんなが頑張ったから吸血鬼をやっつけられた。紛れもなく、君たちは勇者さ」
 ミシェルの言葉に、アリスだけでなくメイナや村の娘たちも照れくさそうに笑った。
 皆が、勇者。その言葉は、自分たちが吸血鬼に狩られるだけの脆弱な生き物だと思っていた村の少女たちの胸に、新しい熱い炎を灯したのだ。
 ただそれでも、一行がいなくなることで不安を覚えるのも確かだ。重傷の身をおして見送りに来てくれていたメイナが、心細そうに言った。
「皆さん、本当にありがとうございました。けど、あなた方がいなくなった後で、またエルザのような奴がやってきたらと思うと……」
 その一言に、アリスや村の娘たちに戦慄が走った。無理もない、友達だと信じていたエルザに裏切られたアリスやメイナたちの心の傷は大きい。ティファニアは、エルザを救いたいとは思ったけれども、やはりエルザの悪行が残した爪痕の深さを思ってなにも言えず、その前で 村娘たちは顔を見合わせて不安をぶつけあった。

243ウルトラ5番目の使い魔 32話 (15/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:58:01 ID:YRzYDd3U
「どうしよう、もう一回あんな妖魔がやってきたら今度こそ村はおしまいだよ」
「これというのも、村長さんがよそ者の子なんかを連れ込んだからよ。やっぱり、身元の知れない奴なんかを入れちゃいけないのよ」
「そうね、男の人たちが起きたら、よそ者は絶対に入れないって決まりを作ってもらいましょう。よそ者なんか信用しちゃダメなのよ」
 村娘たちは不安と恐怖から、まるでカメが甲羅の中に閉じこもるように、冷たい壁を外に向かって張り巡らせようとしていた。
 だが彼女たちの閉鎖的な言葉は、それを聞くギーシュたちの胸にも寒風を吹かせた。気持ちはわかる、多くの犠牲者も出ているのだから、これ以上の犠牲を出さないためにも村の防備を固めたいと思うのは当然だ。しかしそれでは、いずれサビエラ村は外敵によらずとも、本当の意味で駄目になってしまうだろう。ギーシュたちはそのことを経験からなんとなく察したけれども、それをどう伝えればいいのかわからずに、口をもごもごさせることしかできない。
 アリスもまた、エルザから受けた心の傷と恐怖から顔を曇らせている。幼い彼女には、まだどうしていいのかわからなくても、殺気立つ村娘たちに共感しているところはあるようだ。
 そのときである。ミシェルが、アリスの両肩を持つと視線を合わせて、ほかのみんなにも聞こえるようにして穏やかに話しかけていったのだ。
 
「アリス、わたしたちが村から去る前に、ひとつだけおねえちゃんと約束してほしいことがあるんだ」
「約束……?」
 
 ミシェルはアリスがうなづいたのを見ると、ゆっくりと言葉をつむぎはじめた。
 
「優しさを失わないでくれ。弱いものを労わり、互いに助け合い。どこの国の人たちとも仲良くなろうとする気持ちを失わないでくれ……たとえその気持ちが、何百回裏切られようとも」
 
 ミシェルは語り終わると、アリスの小さな手を自分の両手で包み込むようにして握り締めた。
「優しさを、失わないで……?」
「そう、おねえちゃんの一番大切な人が教えてくれた言葉さ。なあアリス、今回、災いは村の外からやってきた。きっと、これからもやってくるだろう。だけど、わたしたちも外からやってきたんだ。外の世界には災いだけじゃなくて、喜びや、驚きや、新しい友達になれる人もいっぱいいるんだ」
「新しい、お友達? たとえば、おねえちゃんみたいな?」
「ああ、わたしとアリスは友達さ。だからね、村の中にいれば安全かもしれない。だけど、それじゃほら穴に隠れて過ごすアナグマといっしょだ。君たちは人間だろう? だから、どんなときでも人間らしく生きることを忘れないでくれ。そうすれば、また悪い奴が来たときでも、きっと君たちを助けてくれる人がやってくる」
「おねえちゃん……わかった。わたし約束する! どんなときでも、人間らしく生きるって」
 アリスはミシェルに誓い、ミシェルは力強く宣言したアリスを優しく抱きしめた。
 そして、ふたりの誓いは殺気立って村の鎖国化を考えていた村の娘たちの心にも深く刺さり、たった今までの自分たちの言動を恥じさせた。

244ウルトラ5番目の使い魔 32話 (16/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:58:55 ID:YRzYDd3U
「そうね、わたしたちは人間だもの。あの吸血鬼みたいに、見た目だけ取り繕った悪魔になっちゃいけないわ」
「ええ、考えてみたら、こんな小さな村で閉じこもっても、遠からず人が絶えて滅んでしまうわ。よそ者をよそつけないんじゃなくて、よそ者が悪い奴かどうかを見分けられるように、わたしたちが賢くならなきゃいけないのね」
「外の世界か、そういえばわたしたちはサビエラ村からほとんど外に出たことはなかったわね。お父様たちが禁止してたからだけど、外にはあなた方みたいな素晴らしい人もいるのね」
 狭い村の中だけではなく、大きな外の世界へと目を向ける。それは若い娘たちにとって新鮮な驚きであり、喜びであった。
 すでにこの中には、家族を説得して村の外に出てみようと考え始めている者も多い。それらはきっと、大変な反対に合うだろうが、いずれ若く強い力が勝つに違いない。
 そうだ、人生は旅であり、旅とはより遠くへ、より多くのところへ行ってこそ価値がある。
 サビエラ村はいつしか歩くのを止め、旅をあきらめてきた。しかし歩かなければ疲れはしないが、食は細り、体は衰えて、やがて滅んで忘れられていく。だがサビエラ村にはまだ、遠くへと歩こうとする若い息吹が残っていた。この息吹が育っていけば、外から新しいものを持ち帰り、サビエラ村が活気を取り戻すことも不可能ではないだろう。
 
 アリスと村の娘たちの心に光の誓いを残し、とうとう一行が村を後にする時が来た。
 ギーシュたちは先に去っていき、最後にティファニアとミシェルが残って、アリスとメイナに別れを告げる。
「さようならティファニアさん。わたし、あなたに救われた命を大切にしていきますね」
「メイナさん、それはわたしも同じです。さようなら、わたしの新しいお友達。また、会いましょうね」
 ティファニアとメイナは最後に固く握手をかわし、ティファニアは小走りで皆の後を追いかけていった。その懐の中には、コスモスから預かったコスモプラックが静かに眠っている。
 そしてアリスとミシェルも。
「さようならおねえちゃん。また、会えるかな」
「ああ、信じれば叶わない夢なんかないさ。そうだ、これをアリスにあげよう」
 ミシェルはアリスの手をとると、その中にトリステイン王家の紋章をかたどったワッペンを握らせた。
「これって?」
「銃士隊、トリステイン王国軍の王家直属親衛隊の証だ。わたしは、その副長ミシェル。アリス、君の勇敢な働きに敬意を持って、これを預けていこう」
「トリステイン王国の……? お、おねえちゃんって、本当にすごい人だったんだね。ねえ、おねえちゃん……わたしも、おねえちゃんみたいに強くなれるかな?」
「それは、君の努力しだいだな。わたしたちも、最初からすごかったわけじゃない。いろんな戦いで武勲を立てて、それを女王さまが認めてくれるまでは長かった。だけど、今トリステインでは女王陛下が、実力さえあれば平民でも騎士にでも貴族にでもなれるようにしてくれている。実力と、努力しだいでね」

245ウルトラ5番目の使い魔 32話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/01(木) 23:59:35 ID:YRzYDd3U
「平民でも、騎士や貴族さまになれるの!」
「ああ、これからは自分がなりたいものを決めるのは自分自身だ。もちろん、困難や挫折も数多い。しかし、夢を見て努力し続ければ、未来は決して人を裏切らない。覚えておけ」
「うん、わかったよ。おねえちゃん!」
 強く目を輝かせたアリスに、ミシェルは優しく微笑んだ。
 
 そして、ミシェルも踵を返してサビエラ村を去っていく。
 さようなら、小さいが勇敢な人々の住む村よ。ほんのわずかな間だったけれど、この村では多くのことを学ぶことができた。
 後ろ髪を引かれる思いをしながら、振り返るまいと自分に言い聞かせてミシェルは仲間たちを追っていく。
 ところが、ミシェルが村の入り口の門に差し掛かったときである。彼女の背中から、アリスの元気に溢れた声が響いてきたのだ。
 
「おねえちゃーん! わたし、毎日畑仕事を手伝って力をつける。そして大きくなったらトリステインへ行くから、じゅうしたいの仲間に入れて! わたしは強くなって、村を守れる騎士になりたい!」
 それは、辺境の平民の子に生まれて、決まりきった運命しかないと教えられてきたアリスが初めて自分の”夢”を叫んだ瞬間だった。
 だがミシェルは振り返らない。振り返ってしまえば、目じりから溢れるもので濡れた顔を見られてしまうから。その代わりに、ミシェルはアリスに負けないくらい大きな声で答えた。
「銃士隊の訓練は厳しいぞ! たくさん食べて、早く大きくなれ。待っているぞ、成長した勇者アリスの姿を見られる日をな!」
「はい! 必ず、必ず行くからねーっ!」
 アリスの誓いに見送られ、ミシェルはサビエラ村を後にした。
 
 村から離れ、街道に出ると、そこには仲間たちがミシェルを待っていた。
「待たせたな、さあ行くか」
 目指すはトリステイン王国トリスタニア。そこを目指す一行の先頭に立って、ミシェルは雄雄しく一歩を踏み出した。
 すでにその目に涙はなく、すがりついて甘える弱さもない。この事件が起きる前とでは別人のようになったミシェルがそこにいた。
 だが、ミシェルは本当に才人のことを振り切ることができたのだろうか? ひとりの銃士隊員が恐る恐るながら尋ねると。
「あの、副長。副長はその、サイトのことを……」
「生きてるさ」
「えっ?」
「サイトが、あいつが簡単にくたばるはずがない。地の果てか、違う世界か……どこにいようと、サイトは必ず帰ってくる」
 確信を込めてミシェルは言い放った。
 しかしどこにそんな根拠が? そう尋ねると、ミシェルは空を見上げて言うのだった。
「帰ってくるさ、だってサイトはウルトラマンなんだから。もし帰ってこないのなら追いかけるまでさ……わたしもウルトラマンになって、星のかなたまででもね!」
 胸を張って言い放ったミシェルの目には、必ずまた会えるという確信の炎が燃えていた。それは妄信? 狂信? いや、ただひたすらな愛だけが彼女の瞳には宿っている。
 皆は、そしてティファニアは、ひとりの人を一途に愛するということが、これほどまで人を強くするのかと思い、自分の胸も熱くした。
 
 
 勇者たちの活躍によってロマリアの野望の一端は砕かれた。だが、闇の勢力の手はまだハルケギニアに強くかかっている。急げ、勇敢な若者たちよ、君たちの故郷は君たちの帰りを待っている。
 
 
 続く

246ウルトラ5番目の使い魔 32話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2015/10/02(金) 00:00:11 ID:I9NMtBxs
今回はここまでです。サビエラ村編最終回、ようやくお届けすることができました。
3章前半の悲願であるコスモスを迎えて、いろいろ悩みましたが書きたいことを精一杯書けたと思います。
この回の主人公はティファニアであり、ミシェルであり、エルザであり、アリスであり、村の少女たちでもあります。それぞれ生き方の違う人間同士が触れ合ったときになにが起きるか、今回はそれも試してみました。
まあ書きたいことを思いっきり書いたので、少々自重できずに趣味が混じってしまいましたがご愛嬌ということで。

では次回からは、場所を変えてロマリアのもうひとつの悪巧みを追います。
PS、ウルトラマンエックスはなかなかおもしろいですね。露骨な玩具販促は気に入りませんが、シナリオはギャグとシリアスのバランスがとれていますし、バトルの殺陣もなかなかです。
特に、ウルトラシリーズ恒例のやたらカオスな回もしっかり踏襲してますね。自分も、最近はシリアスな話が続いたのでああいう話も書いてみたいです。

247名無しさん:2015/10/03(土) 20:47:21 ID:GolHJEgc
乙です
ああ、エルザを救うことはできませんでしたか
彼女にも矜持や憎しみの理由があったから簡単に事が進むとは
思わなかったけど

248名無しさん:2016/11/18(金) 21:01:21 ID:DyvaEvQk
次スレはいっそこちらを再利用してはどうでしょうか? どのみち2ちゃんの本スレはもう投下には使えないので分ける意味もないでしょうし

249ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:07:22 ID:EQT.khtE
次スレをこれにするという意見が出てるので、とりあえずこちらで投下を始めます。
開始は23:10からで。

250ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:10:21 ID:EQT.khtE
ウルトラマンゼロの使い魔
第百二十五話「バルキー大逆襲」
宇宙海人バルキー星人
スクラップ幽霊船バラックシップ
深海怪獣グビラ
深海竜ディプラス
飛魚怪獣フライグラー 登場

 柱に縛りつけられたまま、ルイズはバルキー星人に向かって叫んだ。
「あんたはあの時の……真っ黒鉄仮面ッ!」
『おいこらぁッ! 何だその言い草はぁ! 口の悪いガールだぜぇーッ!』
 みょうちくりんな仇名でよばれたバルキー星人が憤慨した。
「そんなことはどうだっていいのよ! それよりあんた、今更出てきて何の用よ!」
 ルイズが詰問すると、バルキー星人はビシッと指を突き立てて答えた。
『あの時のラストに言っただろう! 次会う時は、海の怪獣を見せてやると! その準備が
整ったから、約束通りに見せに来たのさぁッ!』
「そんな約束してないわよ! 迷惑よ、帰りなさいッ!」
『やだねーッ!』
 ルイズの言いつけをはねのけ、バルキー星人は勝手にまくし立て始めた。
『最近異常にホットな日が続いてただろう? 海はミーの得意フィールド! そこにおびき寄せる
ために、ミーが気温をコントロールしてたのさ! 人間はあっつくなると海に来たがるものだからな!』
「あッ! あれあんたの罠だったの!」
『そしてのこのこと海にやってきたお前たちをこのバラックシップの中に捕らえ、ウルトラマン
ゼロたちをおびき寄せてミーの海の怪獣たちで始末する! これがミーのグレートな作戦さぁ!』
 自慢するバルキー星人に言い返すルイズ。
「何がグレートな作戦よ! 頭おかしいんじゃないの!?」
『ユーが言うんじゃねぇよ! 何だその格好! 露出狂かッ!』
 バルキー星人の言う通り、ルイズたちはオスマンが持ってきた、露出の多い水着の格好であった。
まさかこんなことになるとは思っていなかったので。
「これはその……色々あったのよ!」
『ふぅん? とにかく、バラックシップはミーが改造して至るところトラップだらけさ! 
お前らを助けるために乗り込んできた奴を蜂の巣にしてやるぜー!』
「くッ、卑怯よ! 男なら正々堂々と戦いなさい!」
『知ったこっちゃねぇなー! まぁせいぜい活きのいい感じに助け求めて、餌として役立って
くれよぉ! ハハハハハハ!』
 バルキー星人はそれだけ言い残して、煙とともにこの場から消えていった。
「あッ、こら! 待ちなさいよー!」
 身動きが取れないので足をばたつかせるルイズ。それをキュルケがなだめた。
「落ち着きなさいルイズ。ジタバタしても、体力を消耗するだけよ」
「けど……!」
「悔しいけれど、今のあたしたちにはどうすることも出来ないわ。このロープもギュッと
締まってて全然緩まないし、タバサの杖も取り上げられちゃったし……」
 キュルケの言う通り、今のルイズたちは文字通り手も足も出ない状態だ。
「あたしたちの命運は、ウルティメイトフォースゼロやサイトたちに託すしかないわ……」
「……」
 達観しているキュルケとは違い、ルイズは己の不甲斐なさにキュッと下唇を噛み締めた。

 その頃砂浜では、才人たちが遠見の魔法で海に浮かんだままのバラックシップを監視していた。
「うーむ、今のところは動きを見せないか……。モンモランシーはあの幽霊船の中に引きずり
込まれてしまったのは間違いないんだね?」
「ああ。そこはしっかり確認したよ」
 ギーシュの問いかけにマリコルヌが答えると、才人がやや焦った様子で発した。
「今頃ルイズたちはどんな目に遭ってるか……。どうにかあれに乗り込めないか!?」

251ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:12:12 ID:EQT.khtE
「しかしサイト、あの幽霊船から突き出てるでかい大砲を見たまえよ」
 ギーシュがバラックシップの無数の大砲を指し示した。
「とんでもない数だ。船や『フライ』でのこのこ近づこうものなら、あっという間に消し炭に
されてしまうよ。もっと速く飛べるような乗り物でもない限り、無謀すぎる」
「そんなのがどこに……。オストラント号を呼んでる時間なんてないし……」
 才人がそう言ったところ、上からブワッと風圧が彼らの身体に掛かった。
「うわッ!」
「きゅいきゅい!」
「パムー!」
 見上げると、才人たちの目の前にシルフィードが降下してきた。頭の上にはハネジローが
乗っている。
「シルフィード! そうか、タバサの危機を知ってここまで……!」
 シルフィードは主人と使い魔の視界のリンクにより、学院を飛び立って駆けつけてくれたのだ。
ギーシュは喜びの声を上げる。
「風竜の飛行速度と旋回能力なら、砲撃もかわせるぞ!」
 うなずいた才人がシルフィードの背の上に飛び乗る。
「あんまり重量を増やしたらシルフィードのスピードが落ちるから、俺一人で行く。みんなは
ここで帰りを待っててくれ」
「頼んだぞ、サイト!」
「いつもすまんな、サイトくん。くれぐれも気をつけてくれたまえ」
 才人を信頼して託すギーシュとオスマン。そこにレイナールが四本の杖を持って走ってきた。
「ルイズたちの杖だ。宿から取って来たんだ。彼女たちに渡してくれ」
「ありがとう」
 才人が杖を受け取ると、シルフィードが翼を羽ばたかせて離陸した。
「よぉし、行くぜシルフィード!」
「きゅいー!」
 シルフィードは才人の呼びかけに力強く応じ、バラックシップへ目掛け一直線に加速していった。
 才人たちの接近によってバラックシップが早速動きを見せた。大砲がうなりを立ててシルフィードの
方角へ向けられ、一気に砲弾を撃ってきた!
 しかしシルフィードはひるまず、身体を左右に振って砲弾の間を的確にすり抜けながら
前進していく。期待通りの飛行能力に、才人はぐっと手を握った。
「いいぞ! そのまま船の甲板まで頼む!」
 が、ふと海面を見下ろしたハネジローが鋭く警戒の鳴き声を出した。
「パムー!」
「!?」
 咄嗟に身をひねらせるシルフィード。それにより、海面を突き破った高速回転する巨大ドリルを
回避することが出来た。危うく串刺しにされるところだった。
「えッ!? ドリル!?」
 ギョッとする才人。そしてドリルの下から、巨大生物の本体がせり上がってきた。
「グビャ――――――――!」
「あいつは……深海怪獣グビラ! 他にも怪獣がいたのか……!」
 鼻先にドリルを備えた魚型の怪獣の出現に目を見張る才人。しかしそれで終わりではなかった。
「キャア――――――――!」
「クアァ――――――!」
 更にコブラのような扇状の鱗を生やしたウミヘビ型怪獣と、羽を持った魚型怪獣が海中より
飛び出してきた。深海竜ディプラスと飛魚怪獣フライグラーだ! バルキー星人の連れてきた
海の怪獣軍団である。
「くッ、まだこんなにも怪獣が……! こいつはやばいぜ……!」

252ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:14:37 ID:EQT.khtE
 才人も苦悶の表情を浮かべた。ディプラスは触覚から電撃光線を飛ばしてきて、フライグラーは
空中に飛び上がり、シルフィードを追いかけてきた。さすがにこれだけの敵に囲まれては、シルフィードでも
かわし切ることは出来ない。才人、絶体絶命の危機!
 しかしこんな時に助けてくれる力強い仲間たちがいるのだ。ウルティメイトフォースゼロだ!
『はぁぁッ!』
『うらぁぁぁッ!』
『ジャンファイト!』
 空の彼方よりこの場に駆けつけたミラーナイト、グレンファイヤー、ジャンボットがそれぞれ
グビラ、ディプラス、フライグラーを抑え込み、押し飛ばして才人たちから遠ざけた。
「みんな!」
『怪獣は私たちにお任せを! サイトはルイズたちを救出して下さい!』
 ミラーナイトがバラックシップの才人たちへの砲撃をディフェンスミラーでさえぎって、
そう呼びかけた。
「ありがとう! 頼んだぜ、みんな!」
 再び前進を開始したシルフィード。ミラーナイトとグレンファイヤーはグビラとディプラスを
押し込んで海中に潜っていき、ジャンボットはジャンバードに変形して陸へ逃げるフライグラーを
追いかけていった。
 そしてシルフィードはとうとうバラックシップにまで到着。バラックシップの一部を成している
大型船の傾いた甲板に着地すると、飛び降りた才人がデルフリンガーを抜いてシルフィードに告げた。
「少し危険だけど、ここで待っててくれ。ルイズたちを乗せたら、すぐに飛び上がるんだぞ!」
 シルフィードがコクコクうなずくと、才人はバラックシップの船内に向かって潜り込んでいった。

 ルイズたちが囚われているバラックシップのコンピューター室を探して、細い通路を走っていく
才人。しかし通路の至るところにはバルキー星人の仕掛けた自動ビームガンの罠があり、才人が
踏み込んできた瞬間に銃口を向けて光線の歓迎を仕掛けてきた。
「おっとッ!」
 だが幾度もの戦いを乗り越えて鍛え抜かれた才人だ。ガンダールヴの敏捷さで光線を跳び越え、
くぐり抜け、デルフリンガーの刃で反射して一発ももらわない。
 そして光線の雨に恐れずに踏み込んで、ビームガンを片っ端から叩き壊しながら進んでいく。
「相棒、娘っ子たちはどうやら次の角を左に曲がった先みたいだぜ!」
 生き物の気配を探ったデルフリンガーが才人に教えた。
「分かった! 待ってろよみんな、今行くぜッ!」
 ルイズたちが近いと知った才人はスピードを上げ、通路の角を曲がった先の扉をぶち開けた。
「どっせいッ!」
「サイトぉ!」
 一番にルイズが才人の名を叫んだ。ルイズたちに怪我がないことが分かって、才人は一瞬ほっとする。
 柱に縛られたままのルイズは才人に警告した。
「サイト、気をつけて! 罠よ!」
「分かってるさ……!」
『はぁーッ!』
 次の瞬間に、テレポートしてきたバルキー星人が速攻で空中から剣を振り下ろしてきた。
才人はすかさずデルフリンガーを盾にして、バルキー星人を押し返す。
 着地したバルキー星人が間合いを測りながら告げた。
『待ってたぜぇ! ユーだけはこの手で串刺しにしてやるッ!』
「へッ、負けるかよ! 俺だって、お前との決着をつけてやるぜ!」
 才人は勇んで挑発を返したが、バルキー星人は不敵な笑みを見せた。
『これでもそんな口が叩けるかなぁー!?』
 その指が鳴らされると、コンピューター室の天井や壁からビームガンが多数現れ、才人に
光線を連射してきた。
「くッ……!?」

253ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:17:15 ID:EQT.khtE
 危ないところで身を翻して光線をかわした才人に、バルキー星人が飛びかかってくる。
『シャアッ!』
「うおッ!」
 バルキー星人の剣先が才人の頬をかすめ、切れた皮膚から血が垂れた。さすがに、光線の雨から
逃れながらバルキー星人の相手をするのは苦しすぎる。かと言ってゼロに変身している暇はない。
「汚すぎるわ……!」
 憤るルイズたちだが、拘束は緩まないので見ているだけしか出来ない。それがますます悔しかった。
『ハッハー! 今度こそミーの勝ちだぁーッ!』
 光線の猛撃を防ぐことで手一杯な才人の隙を窺い、バルキー星人が剣を振り上げ襲いかかろうとする!
「パムー!」
 だがその瞬間に、小動物が飛びかかってバルキー星人の顔面に張りついた。
『おわぁーッ!? な、何事だぁー! 前が見えねぇーッ!』
「ハネジロー!」
 視界をふさがれて狼狽えるバルキー星人。才人を助けたのはハネジローだった。小さな身体を
活かして、隠れながらついてきていたのだ。
 才人はこの機を逃さず、光線を跳び越えてルイズたちを縛るケーブルを切断して六人を救出した。
同時に懐から出した杖を手渡す。
「ほら、お前たちの杖だ!」
「ありがとう、サイト!」
 タバサも床に打ち捨てられてあった自身の杖を拾い上げ、五人が素早く呪文を唱えて魔法攻撃を
繰り出し、ビームガンを全て破壊した。
『うげぇッ!?』
 ハネジローを振り払ったバルキー星人がこれを目撃してたじろいだ。
 才人はルイズたちとともに得物を向ける。
「さぁ、観念しろバルキー星人!」
 一気に劣勢に転じたバルキー星人だったが、降参はしなかった。
『シーット! まだだッ! まだ最後の切り札が残ってるぜぇーッ!』
 再び煙を発してこの場から消えるバルキー星人。才人が即座に飛びかかったのだが、一歩遅く
逃げられてしまった。
 やむなく才人は、ルイズたちの方へ振り返って言いつけた。
「外でシルフィードが待ってる! それに乗って脱出しろ! 俺はこの船をどうにかする!」
「サイトはどうやって逃げるの!?」
 事情を知らないティファニアとモンモランシーが才人の身を案じた。才人は安心させるように
笑いかける。
「俺なら大丈夫さ。それより早く! バルキー星人が次にどんなことをしてくるか分からねぇ!」
「でも……!」
「サイトを信じてあげて! さぁ、急ぐわよ!」
 ルイズたちがティファニアとモンモランシーの手を引き、ハネジローの先導の下にコンピューター
室から甲板に向かって駆け出していった。
 ルイズたちがこの場から脱すると、才人は素早くウルトラゼロアイを出して、顔面に装着した。
「デュワッ!」
 そしてルイズたちを乗せたシルフィードが飛び立ってバラックシップから離れると、
ウルトラマンゼロがバラックシップを内側から突き破って空に飛び上がった!
「セアァァ―――――ッ!」
 内側から破壊されたバラックシップは爆発の連鎖を起こし、木端微塵に吹っ飛んだ。

254ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:19:11 ID:EQT.khtE
 バラックシップを破壊したゼロはシルフィードとともに、陸地へと向かって飛んでいった。

 海底ではミラーナイトとグレンファイヤーが、グビラとディプラス相手に激しく戦っていた。
『ミラーナイフ!』
 ミラーナイトがこちらに猛然と泳いで迫ってくるグビラにミラーナイフを繰り出す。
「グビャ――――――――!」
 しかしグビラのドリルは光刃を容易く弾き返した。更にミラーナイトの展開したディフェンス
ミラーをも簡単に突き破って、ミラーナイトを突き飛ばす。
『ぐはッ! 恐ろしい威力だ……!』
 グビラの一番の武器たるドリルの強力さに舌を巻くミラーナイト。グビラはターンして
再びミラーナイトに迫ってきた。
「グビャ――――――――!」
『……!』
 それに対しミラーナイトは、下手に動じずにどっしり腰を構えてグビラを見据える。そして
彼我の距離がギリギリまで縮まったその時、
『はぁぁッ!』
 ジャンプしてグビラの軌道から逃れるとともに、すれ違いざまに鋭いチョップをドリルに
叩きつけた。
 横向きの力が加えられたドリルは根本から綺麗に折られた!
「グビャ――――――――!?」
 グビラはドリルを折られると同時に気力まで折られ、あたふたと慌てるばかりだった。
振り返ったミラーナイトが不敵に告げる。
『ですが、一芸に頼り過ぎましたね』
 そして腕を水平に薙いで、とどめの攻撃を放つ。
『シルバークロス!』
 十字の刃がグビラを貫通し、グビラは海中で爆散して水泡と変わった。
 グレンファイヤーはディプラスの顔面を狙って鉄拳をお見舞いする。
『どおらぁッ!』
「キャア――――――――!」
 パンチはクリーンヒットしたが、細長い身体をゆらゆらとうごめかすディプラスは衝撃を逃がし、
さほど効いている様子を見せなかった。
『くっそー、掴みどころのねぇ奴だぜ!』
「キャア――――――――!」
 更にディプラスは素早くグレンファイヤーの身体に巻きついて、彼をギリギリと締め上げる。
「キャア――――――――!」
『何! くっそ、こんぐらいでこの俺が参るか……!』
 耐えるグレンファイヤーだが、ディプラスはそこに触覚からの電撃光線まで浴びせた。
「キャア――――――――!」
『ぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 この同時攻撃にはタフなグレンファイヤーもたまらず悲鳴を発した。
 ……しかし、それでも彼は立っていた!
『面白れぇ……このまま耐久勝負といこうじゃねぇか! ファイヤァァァ―――――――!!』
 グレンファイヤーは巻きつかれたままファイヤーコアを滾らせ、己の体温を急激に上げていった!
「キャア――――――――!?」
 今度はディプラスの方がたまらなくなって離れようとしたが、細い胴体をグレンファイヤーが
鷲掴みにして逃がさなかった。
『おっとぉ! 掴みどころはちゃんとあったなぁッ!』
 そのままどんどんと加熱するグレンファイヤー。やがて熱がピークに達すると、ディプラスの
耐久が限界に来て、瞬時に爆発を起こした。
『へッ、どんなもんだ!』
 ディプラスを撃破したグレンファイヤーが高々と見得を切った。

255ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:22:05 ID:EQT.khtE
 高空では、ジャンバードとフライグラーが熾烈なドッグファイトを展開していた。
『ビームエメラルド!』
「クアァ――――――!」
 ジャンバードの銃身から放たれたビームエメラルドと、フライグラーが口から吐き出した
水流波が衝突。相殺され、ジャンバードとフライグラーは羽をぶつけ合ってすれ違う。
『むぅ、やるものだ……!』
 うなるジャンバード。しかし彼の電子頭脳はフライグラーの弱点を見破ったのだった。
「クアァ――――――!」
 反転したフライグラーがジャンバードに再度水流波を繰り出そうとする。……その直前に、
首元のエラが開かれて空気を大量に吸引する。
『今だッ! ジャンミサイル!』
 そのタイミングを狙って、ジャンバードは一発のミサイルを発射。ミサイルは横から回り込んで、
フライグラーのエラに爆撃を加えた。
「クアァ――――――!?」
 フライグラーは水流波を放つために、エラから空気を吸引して水分を蓄える。だがそのエラが
弱点でもあったのだ。
 バランスを崩したフライグラーは地表にまっさかさまに落下していくが、体勢を立て直して
着地に成功した。
 しかしそこに変形したジャンボットが急速に飛びかかってくる!
『ジャンブレード!』
 降下の勢いを乗せたジャンブレードが振り下ろされ、フライグラーの身体を袈裟に切り裂いた。
フライグラーは声もなく爆破される。
 フライグラーを討ち取ったジャンボットはもう一度飛び上がって、砂浜の方向へ飛んでいった。

 ゼロ、ミラーナイト、グレンファイヤー、ジャンボットが順番に波打ち際に着水。すると
それを見計らったかのように、バルキー星人が彼らの面前に出現した。
『やるもんだなぁ、ウルティメイトフォースゼロ! あれだけの用意を、あっさりと打ち破りやがって!』
『バルキー星人、いい加減に観念しな! 俺たちに挑もうなんて十万年早かったんだよ!』
 人指し指を向けて宣告するゼロ。だがバルキー星人は失笑した。
『言ったよな? まだ切り札があるってな! 今からそれを見せてやるぜぇーッ!』
 バルキー星人が指を鳴らすと、海の方から巨大な気配が接近してくるのにゼロたちは気づいて、
咄嗟に振り返った。
『まだ怪獣がいたってのか!』
 戦闘態勢を取り直す四人。そして、海面を破って彼らの前に現れた巨大怪獣の正体とは――。
「グアァ――――――――!」
 青いゴツゴツとした体表に、頭部に三本の鋭い角、背筋には魚類のもののようなヒレ、
そして顔面に爛々と燃えるように輝く真っ赤な眼を持った怪獣。ゼロたちはこの怪獣が
前に現れると、思わず身震いをした。
『な、何だあの怪獣は……!? 尋常じゃねぇ闇の力をその身に宿してるぜ……!』
 四人はバルキー星人が呼び出したのが、ただの怪獣ではないことを察した。野生に生息している
通常の生態の怪獣ではあり得ないような、暗黒の波動を全身から発しているのだ!
『ハーハハハハハハ! サメクジラだと思った? 違うんだなぁこれがーッ!』
 バルキー星人が愉快そうに高笑いした。
『ミーもこの星の海底でこいつを見つけた時はブルっちまったぜ! 何とも濃厚な闇のパワーを
持ってやがるからな! それで確信したねッ! こいつなら、お前たちウルティメイトフォースゼロも
ぶっ倒せるってなぁーッ!』
 バルキー星人が探し出してきた切り札の怪獣――いや、根源破滅海神ガクゾムが、ウルティメイト
フォースゼロに対して殺意を向けてきた。

256ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2016/11/20(日) 23:23:38 ID:EQT.khtE
以上です。
ギャグの導入からえらい展開へ。

257名無しさん:2016/11/23(水) 18:39:45 ID:jEuqpAb2
乙です 
前回のことだけど、リアルなタコそのもの(撮影に使ったのは本物)のスダールがルイズたちを襲うって絵的にかなりヤバいですね

258名無しさん:2016/11/23(水) 18:44:05 ID:VvSqxapE
黒岩省吾 「君は知っているか!?
       葛飾北斎の『蛸と海女』に出てくる蛸は実はメスだという事を!!」
(なんでも蛸の吸盤が雌のそれらしい、まあ北斎がその辺知らなかった可能性あるけど)

259名無しさん:2016/11/23(水) 23:26:44 ID:cpvbu0Zk
乙です
バルキーよ、下手に環境をいじったりして伝説2大怪獣が来ても知らんぞ


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