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私の知らない妻・外伝【原稿】

1名無しさん:2018/10/18(木) 07:59:08


 ある意味で私の人生を狂わせるきっかけとなった北九州への単身赴任は、予定通り半年ほど経った8月末に終わった。
 また家族4人水入らず。
 平凡だが幸せな日常に戻った。

 私は妻と共に心療内科に通っている。
 事件終結からほぼ一年経った今に至ってもだ。
 それだけ妻の受けた精神的ダメージは大きい。
 しばらくしてからも妻は何回も熱を出して寝込んでいた。
 座薬で熱を下げなくてはならないほどの高熱にうなされたこともあったりしたほどだ。

 もちろん私は妻を許している。
 妻のやったことは許されることではない。
 それは本人も自覚している。
 そして自分をずっと責めている。
 精神が不安定になるほど。
 逆に言えば、それだけあの事件が頭に残っているということだ。
 妻の記憶からそれらがすっかり無くなった時、やっと典子は呪縛から解き放たれる。
 そう考えて、妻の心のケアを第一にした。

 家庭ではあの一件は全部無かったことになっている。
 子供たちは何も知らない。
 だから夫婦の間で話題に出ることもない。
 妻が隠し持っていた淫乱な下着やバイブの類いは黙って捨てた。
 妻はそのことに何も言わなかった。
 心療内科の先生は女医で、レイプ被害者の治療経験もあるらしい。
 妻の場合とは直接結びつかないのかも知れないが、信頼感を持つことが出来た。
 事件のことは隠さず話した。

 過去に向き合って夫婦で話し合うという方法もあるらしいが、一切そのことに触れずに新しい関係を一歩一歩築いていくという方策もあるらしい。
 私はそちらの治療方針を選んだ。
 逃げたのかも知れない。
 だが、いまさら傷口を広げて蒸し返すような真似をしたくない。
 正直に言えば怖かった。
 私の知らない妻の姿は、これ以上知りたくない。
 未来にだけフォーカスしたい。
 夫婦のこれからにだけ。

 先生からはとにかく治療には時間がかかると言われた。
 日にち薬という言葉も教わった。
 平穏な生活を積み上げていくことによってのみ、忌まわしい過去は薄れ、やがて消え去って行くとのことだ。
 肝心なのは彼らの干渉を許さないことだ。
 精神が健康を取り戻す前に、フラッシュバックしてしまう可能性がある。
 そう先生が指摘するまでもなく、私にとっても最も神経を使う部分だった。

 特殊AV制作会社と名乗る連中は資金も豊富で、表も裏も社会に強いパイプをもっているらしい。
 ただ私は、社長と呼ばれた長髪の男の言葉を信じる気でいる。
 スマートな組織だと言っていた。
 あれだけの非人道的なことを平気でやる連中の言葉を鵜呑みにするのも変だと思うが、自分は福岡クレイホテルでトップ同士の手打ちをしたつもりだ。

257名無しさん:2019/01/29(火) 19:43:52

 画面に奴の右手が映り込んだ。
 何か持っている。
 手が動いた。
 すると、妻のドレスが透けて、下のブラジャーが光って浮き上がった。
 ペンライトのようなもので照らしたのか。
 透けた下着はまた乳首のところがくり抜かれた変態的なタイプ。
 それが薄暗い中にボンヤリ浮き上がっている。
 どういう仕組みなのか。
 わからない。
 赤外線カメラとかいうやつだろうか。

 何か合図があったのだろう。
 妻は自分の右手を口元に持ってきた。
 二本指を出す。
 カメラに示すようにじっとしていた。
 そしてそのまま、立てたその指を丁寧に舐め始めた。
 長い舌をこれでもかと出して、舌先をチロチロと上下させて、巧みに舐め上げている。
 半年間に及ぶ荒淫で、妻は信じられないほどのフェラのテクニックを身に付けている。
 それをまた目の当たりに見せられる。

 すると今度は妻の身体がビクンと跳ねた。
 画面に今度はONとOFFのスイッチのある四角いものを持った社長の手が映り込む。
 スイッチはONになっていた。

 意味は明らかだ。
 こんな素晴らしい超一流のレストランに、ふたりはカップルとして来ているのではない。
 ご主人様と奴隷。
 それを明確に告げる映像。
 妻は体内で振動するローターの刺激にうっとりと陶酔しているようだ。
 指先を舐める仕草が、より露骨で淫らになった。
 もう以前のように、込み上げる快感に対し、戸惑う様子や抗う姿勢はない。
 仕掛けは分からないが、穴開きブラはずっと浮き出たままだ。
 その真ん中で乳首が硬く尖って、影を出すほどに目立っていた。

 妻は素晴らしい夜景の窓を背にしている。
 店の広さは分からないが、他の客やウェイターから見える位置。
 それでも妻はためらうことなく痴戯を続けている。
 すっかり奴隷として躾けられてしまっていることが、ありありと分かる映像。


「今頃、旦那はアパートであのDVDを見ている頃かな?」


 そう社長に問いかけられても、妻は指しゃぶりに夢中で答えない。
 すでに口の中に深く二本指を差し込んで、唇でキュッと締め付けている。
 もう『旦那』という言葉を出されても、何の反応も見せなくなっている妻。
 そんな妻の姿に悲しさを覚えた。

 自分の指にむしゃぶりついている妻に、もとから返事など期待していないのだろう。
 社長は独り言のように言葉を続ける。


「きっかけについて喋った部分の音声は外してある。種明かしはまだもうちょっと先になるな」


 ということは、あの失踪の時期か。
 アパートにそのDVDが届いたのが8月16日の水曜だった。
 すると今見ている映像は、失踪から10日ほど過ぎた、ちょうど中間点あたりの映像らしい。


『あなたは気を悪くするでしょうが、映像の中ではあなたに向けてDVDを送るシーンも全て撮影されてます』


 男たちは自宅で遭遇した時、そう言っていた。
 しかし俺はそのシーンは目にしていない。
 奴らは妻本人にその作業をさせたのだろうか。
 もう旦那には未練がないと、自ら決別の意思を表明させるために。


『それだけの事実を映像に残しているだけ。でもそれだけに典子の全てがわかるんです。本当の姿だから』


 勝ち誇ったように言っていた連中。
 あの別れの手紙を書き、裸で男に跨って腰を振り、それが撮影されたDVDを、自分で旦那の出張先のアパートに送るシーン。
 それらすべてを映像に残される妻。
 俺のところに送られて来たDVDにはもちろん妻が茶封筒を荷造りするそのシーンはなかったが、製品版にはそのシーンがあって、すでに販売されていたのかも知れない。
 妻から旦那に突き付ける三行半。
 夫の権威など見る影もない――。

258名無しさん:2019/01/29(火) 19:45:01

『お互いにこれで終わりだ。俺にとっても妻にとっても、お前らにとってもこれ以上デメリットのあることはしないこと。それだけは共通認識として持っていてくれ』


 最後にAV野郎とはそう取り決めたが、それ以前の時点で商品として売られていれば、遡っての効力は及ばない。

 そう言えば妻の最初のシリーズはどういう形で終わったのだろう?

 尻切れトンボで終わったはずだが、もしかすると新しいエピソードシリーズが始まった段階で、眠っていたお蔵入り映像も放出した可能性がある。
 自分たちからコンタクトさえしなければ約束違反にはならない。
 都合の良い解釈で、まんまと『Episode2』で典子に初アナルを決め、5Pプレイを演じていた老獪な連中なのだ。

 私が自宅で対決した際、男の一人がずっとカメラを回していた。
 出張先に戻っていると思っている私が現れたのは、奴らにとって想定外だった筈。
 だから旦那である私との対決の場面はオマケと言える。
 本当は我が家を使って、また妻の良からぬ映像を撮ろうと目論んでいたのだ。
 いや、時間的に言って、少しは何かを撮っていたのかも知れない。
 その日だけでなく、失踪中にはいろいろ撮影しただろう。

 しかしその時期に撮られていた映像がどうなったのかは、私には知るべくもない。
 私は妻のDVDは手元に全部そろっている気分でいたが、製品版として見たことがあるのは実は『Episode3』だけだ。
 それすら最後まで見ていない。
 特典映像として何か入っているのか。
 それも分からない。
 結局のところ、奴らが妻を使ってどこで何を撮影し、どんな商品に仕立てて販売していたか。
 正確なところは私には全く分からないのだ!

 ふと『Episode3』のワンシーンが蘇る。


『あんな中途半端に連れ戻されたんじゃ、奧さんだって気持ちの整理が付かないよね。心はともかく、もう身体は半分、いや九割がた変態セックスに行っちゃってたんだし』


 リビングで全裸の妻を玩んでいた男の一人が言っていた。
 この男はビジターとして参加している、つまり本来はAV購入顧客な訳だ。
 その男が、妻が中途半端に連れ戻された、ことを知っていた。


『あっ、旦那か? 典子を手放したくなくて必死みたいだもんな。絶対に離婚はしないなんて、粋がっちゃって』


 他の男からのそんな発言もあった。
 俺が離婚を拒んだことも知っている。


『あの情けない亭主ね。間抜け面をビデオで見ましたよ』


 そういう声もあった。

 ここからわかることは、あの自宅での対決場面。
 そしてクレイホテル1105室での対決場面。
 両方とも商品として仕立て上げられ、すでに昨年12月の段階ではDVDになって流通しているという事実だ。
 自宅のほうはカメラを回している男がいた。
 ホテルのスイートルームにも多数の隠しカメラが仕込まれてあったのだろう。
 製品版の『Episode1』か『Episode2』の特典映像にでもされて、典子の引退劇の一部始終が、DVD購買客につまびらかに紹介されていたと考えるのが妥当だ。


『我々はスマートな組織だ。ビジネスの観点から見てもメリットがないのであれば典子には何の魅力もない』


 AV社長はそううそぶいていたが、依然として典子には莫大な商品価値が眠っていることを重々承知していたに違いない。

259名無しさん:2019/01/29(火) 19:45:46

『おい、パソコンに入ってる住所も電話番号もすべて消すんだ。旦那さんの目の前で消せ』


 そんな茶番を見せつけておいて、その実、妻に関する映像データは後生大事に保管しておいた連中。
 潔く妻から手を引くポーズを決めた裏では、チャンスさえ来れば、まだまだ典子で商売する気が満々だったということだ。



 AV社長はこんな超高級店に典子を連れて来ておきながら、妻を淑女として扱う気はさらさらないようだった。


「ここはセレブしか来れない場所だ。セレブでも何でもないお前は奴隷としてかしずくことで存在を許される。わかるな?」


 言いながら、手にした四角いスイッチをカメラにかざした。
 このリモコンはONとOFFのスイッチだけでなく、その下に強弱のスライドレバーがあるようだ。
 奴の指が横に滑るにつれて、妻の指しゃぶりが激しさを増した。
 ライトは依然妻を照らし、穴あきブラを浮き上がらせている。
 両手のふさがっている社長。
 カメラはテーブルの上に置いてあるらしい。

 真っ赤に上気した妻が濡れた瞳で、


(いいでしょうか?)


 と許可を求めるように、社長を見た。
 奴はOKと頷きでもしたのか。
 妻はテーブルの下から、赤い革の犬用の首輪を取り出し、自ら首に巻いた。
 そして留め金をきちんと嵌めると、ワイングラスを取り上げ、4分の1ほど残っていた液体を、喉を反らせて一気飲みした。
 それから社長に向かってニッコリと微笑みかけると、左手を胸にやり、浮き出ている乳首を摘まんだ。
 そのまま指先で、硬くしこった突起に、丁寧な愛撫を続ける妻。
 俺の出張前までは決してこんな破廉恥な真似を決してするような妻ではなかったのに。

 右手は空になったグラスを唇を押し当てて、疑似フェラチオの長くて厚い舌の動きをカメラに見せつける。
 ガラス越しに押し付けることで強調される、タラコの様に膨らんだ唇と、その隙間を這い回る赤い舌。
 厭らしい、思わせぶりな蠢き。
 男のペニスを舐め回すとき、妻の舌先はこんな風に動いているのだろう。
 口を大きく開ければ、喉の奥まで覗ける。
 なんとも淫らな見世物。

 このころ妻は私にも決別のメッセージDVDを送り、奴の所有物として生きていく決意を固めていたのだろう。
 もう周りの客や従業員から変態とも奴隷とも、どう思われようと気にもならないようだった。
 いや、むしろアピールしている。
 向かい合う男に飼われた女だと。

 だが、さすがと言うべきか、超高級店はそんな客の振舞いを気にも掛けずに、落ち着いて接客サービスに徹している。
 余計な口出しは一切しない。
 そういう店なのだろう。
 客の意向が第一と心得ているようだ。

260名無しさん:2019/01/29(火) 19:46:17

「せっかくのオードブルが冷めるぞ」


 社長がまた何気ない調子で声をかける。
 すると妻はグラスを置き、フォークでテーブルの上の何かを突き刺すようだった。
 画角から切れて見えなかったソレは、妻が手を上げたことで画面に入って来た。
 巨大なソーセージ。
 妻の口に納まらない太さ。
 まるでハムみたいだ。
 それでも口を限界まで開けると、送り込まれた先っぽの部分は妻の唇を伸びきらせるようにして、きしみながら内部へ消えて行く。
 はしたない大口を開けることにも妻は慣れきっているようだった。
 肉汁が妻の口元をテラテラと脂まみれにして垂れていく。

 妻が当たり前に披露する、巨大ソーセージを使ったフェラチオの真似事。
 左手は服の上から乳房をやわやわ揉んでいる。
 膣内ではローターが暴れまくっているのだろう。
 妻でもなく母でもない、色欲に溺れた女がそこにいた。

 25cm以上はあるソーセージを妻は喉奥まで呑み込んで見せる。
 ゆっくりと淫らに。
 そして窒息しそうなほど長い時間、喉奥に突っ込んでから、フォークをあわてて動かし、口から引きずり出す。
 肉汁と唾液と胃液、それらの粘液が一緒にテーブルの上にだらだらと零れ落ちた。
 肩で息するほど、とても苦しそうなのに、その涙目は媚びるようにAV社長を見ている。
 奴の命令に従い、仕えるのが心底嬉しいという風情。
 れっきとした私の配偶者である典子のこのザマはなんだ。


「良いメスを飼っていらっしゃいますな」


 突然の声に妻の身体がビクッと跳ねた。
 そして真っ赤になり、乳房の手を膝に戻して俯いた。


「典子、手はそのままだ」


 社長の冷ややかな声がする。
 ライトがやっと切られ、妻の姿はまた薄ぼんやりと暗がりに溶けた。
 そして画面の外の社長は見知らぬ男へ向けて言う。


「いや、まだまだです。今日はあちらへ?」


 男はAV社長と知り合いなのだろうか。


「ええ。・・・どうですか? このあとご一緒に?」


 相手の声は老齢の落ち着いた声音だ。
 その男も画面には入って来ない。
 映し出されているのは、妻と、その背景に広がる飛び切り美しい夜景だけ。
 きちんとメイクをした妻の首に巻かれた赤い革の首輪が痛々しく見えた。


「よし。典子。次はバーだ。そっちでもお披露目だ。朝まで楽しめるぞ」


 典子の顔が羞恥に紅潮した。
 いや、それは何かしらへの期待だったのか――。

261名無しさん:2019/02/01(金) 10:49:31
73

 俺はそのころ、妻の失踪に慌てふためき、駆け回り、子供たちにも何と言っていいかわからず、不安で消耗していた。
 そんな中、妻は?
 家族のことなど眼中になく、気楽に過ごしていたのか。
 快楽に夢中になって。
 そう見える。
 いや、そう決めつけるのは少し違うようだ。
 家を出て二重生活を捨てた妻は、まさに肉奴隷に専念させられていた。
 楽しむといった次元ではなさそうだ。
 妻が望んだことかどうかはわからない。

 失踪中の妻の映像。
 人の妻とは思えない放恣な暮らしぶり。
 そしてどうしても浮かび上がる自問――。

 考えてはいけない。
 私は努めて考えないようにしてきた。
 大事な妻だ。
 失踪中も、奴らの手から奪い返し、家庭に戻し、元通り子供たちと一緒に楽しく暮らすことだけを思って動いていた。
 結果的に妻を取り戻し、仲良し4人家族は再び揃った。
 しかし――。
 妻は悪鬼どもの手に落ちていたこの半年の期間、何人の男と関係したのだろう?
 何人の男に快楽を与え、自らも絶頂を迎えたのだろう?

 常に襲ってくる不毛の問いかけ。
 セックスも普通のプレイではない。
 奴隷として扱われ、ずっと変態的行為を強いられてきた。

 結婚している女性がゴム無しで浮気する。
 それは本来とんでもないことだ。
 しかも典子はゴム無しどころか、いつも当たり前に中出しされていた。
 フェラの時は飲むのが習慣だった。
 それも不特定多数を相手に。

 妻の心境が分からない。
 でも途中からはもう私や子供たちに愛着はあっても、愛情はなくなっていたのだろう。
 でなければ、いかなる理由であろうと、奴隷契約書などにサインするわけがない。
 しかも全裸で。
 そのシーンを証拠として男にカメラに撮られているのである。
 そのあとは夫婦の寝室でハメられ、しっかり喜悦の叫びを上げさせられていた。
 この夫婦の寝室の本当の持ち主はオレだと言わんばかりの男に・・・。

 私などよりDVDの金持ち顧客のほうが現実を把握できていただろう。
 その時点で私は、すっかり寝取られてしまっている間抜けな夫。
 歴然たる寝取られ亭主。
 誰にでもわかる。
 だから連中は安心しておちょくってきたのだ。
 でも俺はわからなかった。
 あの典子が・・・。
 浮気という事実さえ信じることは出来なかった――。


「ほう? かなり深く喉の奥が使えるんですな?」


 巨大ソーセージを再び口中に突っ込んだ妻を見て、感心したような声を上げる客。


「ええ。なんとかここまでになりました」


 社長も余裕の口ぶりで答える。


「私もぜひ後で試させていただきたいものですなあ」
「どうぞどうぞ」
「あなたの奥さんな訳はないが、品が良い。人妻ですか?」
「そうです。旦那持ちです」
「浮気はまずいでしょうね?」
「誰とでもやらせるのが躾けですから」


 ハハハと笑いが揃う。
 久しぶりに怒りが込み上げる。
 俺の妻なんだぞ。
 まるで物品かなにかのように典子を扱う男たち。


「ほほう。こんな綺麗な奥さんが誰とでも?」
「ええ。別に嫌がりもしません。育ててる期間は短いのですが、これまで相当に数はこなさせてますので」
「ははは。そうですか。何事も最初が肝心。一気呵成にたたみ掛けるのがコツですな」
「まあ、そういうところです」

262名無しさん:2019/02/01(金) 10:50:44


 典子は男たちの会話がまるで耳に入っていないかのように、白い高級ドレスの上流奥様然とした姿で口の周りを脂でベトベトにしながら、喉の最奥に巨大ソーセージを丸ごと呑み込むことに没頭している。


「もう家も出ましたのでね。いろいろ体験させているところです」
「ははあ? じゃあ、これから行くハプバーなぞ序の口ですな?」
「ですね。どちらかというと接待のために本格的作法を学ばせようとしてまして、既に2店舗ほど体験させましたよ」
「ほう? あっちのほうですか?」
「ええ。ひとつは中州です。もうひとつは春吉にも面白いところがありましてね。そっちはまた毛色は違うんですが」
「ほう、そりゃ凄い。ではハプバーでさっそくお手合わせと願いたいですな」
「後ろは仕込み中ですが、口と前は上物です。お気に召すと思いますよ。・・・典子、今の話、聞いてたな?」


 言われて妻は唇からソーセージを慌てて引き抜いた。
 ドバドバとテーブルクロスに垂れ落ちる唾液とも胃液ともつかない大量の粘液。


「・・・はい」


 俯いて小さく答える従順な妻。


「覚悟を決めて家を出たんだ。家族のことなんか忘れるためにも、とことん男に抱かれろ。お前も毎日色んなチンポにおまんこ突かれて楽しいだろ?」


 流石に妻はこのあからさまな言い様に答えることが出来ず、恥じらうように黙っている。


「返事はどうした?」


 苛立った社長の口調に促され、すぐさま反応する妻。


「は、はい。楽しいです・・・」


 その妻の返答は社長の満足を得なかったようで、しばらく沈黙が続いた。
 しかし敢えて妻に言い直させることなく、社長は言葉を継いだ。


「まあいい。今朝、お前の旦那にメール便で手紙を送っておいた。お前が今後奴隷として生きることを決意したという通告だ。籍があろうがなかろうが構わないが、どのみち離婚は間違いないことだからな」


 離婚という言葉を聞いた瞬間、妻の肩がブルッと震えた。


「どうした? 嫌なのか? お前が決めたことだろう?」


 なじるような社長の口調。
 妻は青ざめた顔をして凍り付いていたが、やがて眼の端から涙が一筋こぼれてきた。
 みるみる勢い良く溢れて来る。


「まあ、いまさら後戻りも出来ない。自分のやったことをよく考えてみろ」


 冷たくそう言われて、妻はヒックヒックとしゃくりあげていたが、涙を手の甲で拭いて、正面を向いた。
 泣きべそをかいた子供の様な顔になっている。


「首に手を当ててみろ。自分の状況を思い出せ。その首輪もお前が自分の手で巻いたんだ。俺たちは何も強制していない」


 妻は言われた通りに指先で革の首輪に触れて、淋し気に再び俯いたまま涙がこぼれるのに任せている。


「メソメソしてても始まらない。出かけるぞ。朝までたっぷり可愛がって貰え。こっちの道をお前が選んだんだ。店で覚えたテクニックで、せめて10人抜きはやってみせろよ。もちろん手や口じゃないぞ。身体を使うんだ。お前にとっちゃ朝飯前だろう?」


 からかうように言われ、妻が無理に笑顔を見せる。
 泣き笑いの様な複雑な表情。
 私の胸が短剣で突き刺されたように痛くなる。


「典子、お前は俺たちのものだ。それを忘れるな」

263名無しさん:2019/02/03(日) 11:43:55
74

 その無記名のDVDはそこで終わっていた。
 AV社長がほのめかしたハプニングバーや、体験させたという中州と春吉の店舗。
 それらの映像はなかった。
 情報もない。
 しかし推測はできる。
 20日間に及ぶ、妻の去年の失踪。
 連中が妻を紳士的に扱ったわけがない。
 苛酷な調教にさらに拍車がかかったことだろう。
 時間的な自由度が大幅に増えたことに加え、家を出たという事実が妻の気持ちを吹っ切れさせた。
 これまでとは数段レベルアップした調教が課せられたことは容易に想像がつく。
 そして妻もそれを受け入れたことだろう。
 いや、どうあろうと受け入れざるを得ない状況のはずだ。

 悪い連中には悪い連中なりの人脈がある。
 ピンク産業のネットワークがある。
 奴らはそれぞれ裏で繋がっているんだろう。
 普通の生活をしていれば、まず関わることのないアンダーグラウンドの人種。
 平凡な主婦として真面目に暮らしていた典子は、運悪くそいつらの一隅に接触してしまった。
 そして捕りこめられ、がんじがらめにされた。

 AV社長は当然風俗関係にも顔が利くと見ていい。
 家を出てしまえばもう体裁を繕う必要もない。
 本腰を入れ、奴隷修行の名のもとに、典子に風俗嬢までさせていたってことなのか・・・。
 いや、有り得ないじゃないか、そんなことは。
 あの典子が風俗で働いていた?
 有り得ない。
 典子は立派な母親で、俺の自慢の妻なんだぞ。

 そう自分に言い聞かせながらも涙が止まらない。
 こうなってくればどんな可能性だって否定できないことを認めざるを得ない――。

 典子が一連のAV会社がらみの事件で何人の男と関係したか?
 それは私の中でタブーとなった。

 妻の男性経験。
 『Episode3』で不動産オヤジにしつこく問われ、DVD出演前は3人だとはっきり答えていた。
 これは事実だろう。
 結婚前の恋人と、私、そして浮気相手。
 そのあと、ではDVD出演後は? と訊かれて、妻は答えにくそうにしていたが、結局、いっぱいです、と言葉を濁していた。

 いっぱいか・・・。
 じゃあ3桁だろうと客たちは嬉しそうに囃し立てていたが、私は本気にしなかった。
 妻を辱めて喜んでいるだけだろうと思っていた。
 しかし・・・。

 考えたところで仕方がない。
 現に今この時だって、妻は第二の失踪中だ。
 今回は前回より遥かに長い。
 すでに2か月を超えようとしている。
 法律上は私の妻だ。
 婚姻の効力として、夫婦は互いに『貞操義務』を負っている。
 でも典子の現実は・・・。



 秋になったので妻の実家から梨を贈って来た。
 温厚で素晴らしい義父義母。
 去年は高級な肉を貰ったりした。
 それをすき焼きにして、家族4人で和気あいあいと舌鼓を打った。
 あの生活がまるで嘘だったかのように感じる。

 妻の失踪は自分たちだけの問題じゃない。
 子供はもちろん親や親戚まで巻き込んでしまう。
 妻はそんなことも考えられないような人間になってしまったのだろうか。

 妻の親に現状では会話など出来ない。
 話のはずみで、ついうっかり余計なことまで喋ってしまいそうだ。
 電話ではとても話せないので、メールで短くお礼を送った。
 これまでは当然妻がお礼の電話を入れていた。
 私からメールなんて不自然だが仕方ない。
 大切な娘を託されていながら、みすみす悪魔たちの手に渡してしまった自分の不甲斐なさに落ち込んでしまう。

 いずれ親戚全部に妻が失踪したことは明らかになるだろう。
 妻が異常な事態に陥ったことまで感づかれてしまうかも知れない。
 正式な手続きを踏んで早めに離婚したほうが、むしろ傷口は浅いのだろうか――。

264名無しさん:2019/02/03(日) 15:37:38
75

 あの憎らしい悪の張本人のAV社長は、最初の電話で、


『旦那さん、もしあなたが典子のことを本当に大切に思っていたのだったら、すぐに遠いところに引っ越しをすべきでした』


 そう私を嘲っていた。

 腹は立つものの、本当にそうだったのかも知れない。
 たとえ福岡を遠く離れたとして、それで万全かと言えばそうではないだろう。
 奴らは至るところに触手を伸ばした、アメーバのような巨大組織。
 どこに逃げようが絶対に安泰ということはなさそうだ。

 だが費用対効果というものがある。
 例えば離島のようなところへ逃げれば、そこまで追って来る可能性はぐんと減るだろう。
 連中にしたって典子一人にかまけてはいられない筈だ。
 奴らはビジネスとして複数の女を常に調達して、悪趣味な変態ビデオを撮り続け、作品をリリースし続けなくてはならない。
 それには拠点をたとえ地方であってもそれなりに大きい都市に置かねばならない。
 そこを中心に活動しなければならない。
 だから本当の田舎に引っ込めば、金持ち顧客を含む変態悪鬼どもの毒牙から我々家族が逃れ得た公算は高い。

 でもそんな決断があのとき出来ただろうか?
 ローンの残っている一軒家を売り払って、遠い見知らぬ土地へ移るなど?
 会社のこともある。
 子供たちの学校のこともある。
 それでも妻の身にこれほどの危機が迫っているとわかっていれば、私だって決断しただろう。
 会社を辞め、子供たちにも転校をさせ、国内といわず必要なら海外にだって脱出したに違いない。

 だがそうさせなかったのは、結局、妻の言葉のニュアンスを信じてしまったからかもしれない。


『会社は普通の映像製作会社。社長が仲間内で個人的にやってるだけだから他の社員も何も知らない』


 四つん這いで首輪をつけてお尻を真っ赤になるまで叩かれていた最初のDVDを見た時は、妻が何か大変なことに巻き込まれていると魂が消し飛んだ。
 次に温泉旅行で普段と変わらない典子が、年取ってもこうやって仲の良い夫婦でいたいってことよ、と言ってくれ安堵した。
 そのあと赤坂が家にやって来て、奥さんは浮気をしているが遊びたいだけだと言ってる、と俺の暴発を食い止める様な発言をした。
 最後は長髪社長が、私たちはAV制作会社でしてね、典子が現在所属している会社でもあります、と典子がAV嬢であるかのような紹介をした。

 上げたり下げたり、真実を見失い、俺は振り回されて、神経は極度に摩耗していた。
 そんな中、妻本人の口からそう語られたのだ。

 AVなどというものではなく、個人的趣味的、まったくプライベートビデオみたいなもの。
 ちょっと弱みを握られて遊ばれてしまっただけなの。
 たまたま売られてしまったけど、それは同好の士のような仲間内での流通。
 私だって売られていたなんて知らなかったくらい。
 だから警察なんて大ごとにもしたくない・・・。


 ――それなら大したことないんじゃないか。


 妻の説明を聞いて、俺はそう受けとめた。

 妻に瑕はついていない。
 よく言う、狂犬に噛まれた、ってやつだ。
 これからのケアが重要だ。
 こんなことで大切な家庭が破壊されてどうする。
 仲良し家族がバラバラになってどうする。
 そのほうがよほど大問題だ。
 典子は汚れてなんかいない。
 自分で卑下させちゃあ駄目だ。
 大切にしよう。
 過去はいい。
 前だけを向こう。
 これからが大事なんだ。

 俺の思考はそう運んでいった。

 妻の過ち――。


『お前のやっていたことは許されることじゃない。ただ、お前だけの問題じゃない。俺も気づいていながら何もできなかった』


 この言葉に嘘はない。
 どこの夫婦にでもあるような、ちょっとした躓き。
 今回の事件を俺はそう捉えた。
 だが実態は――?

265名無しさん:2019/02/03(日) 15:38:20

 妻の本心が分からない。
 引っ越しをしたいという提案は妻の口から一度もなかった。
 そりゃそうだ。
 自分の行動が、俺や家族に凄く迷惑をかけたことを分かっている。
 それに我が家の家計が、そんな余裕などどこにもないことも知っている。

 俺は長髪社長に手を切らせる確約を取ったことで安心していた。
 妻は俺などよりも深く、あの暗黒組織について知っているはずだ。
 自分が何をされたか、したか、一番よく知っているのはもちろん本人である妻だ。
 典子はどう思っていたのだろう?

 妻はあの凌辱時期の自分の行動を俺にいっさい喋らなかった。
 忌まわしい思い出。
 妻にとっても俺にとってもそう。
 未来だけを見て行こうとしている夫婦に、過去の悪しき情報など要らざるもの。
 俺は妻の沈黙をそう理解した。
 それでいいんだと俺は自分に言い聞かせていた。

 妻を奪還しての最初の一か月。
 あの『ファン』と称する新たな敵がちょっかいを出して来るまでの間。
 妻の様子、会話。
 いろいろ思い出してみる。

 妻は奴らからの誘いの手を心待ちにしていたのか。
 それとも半年間の悪夢を忘れ、また平凡だが幸せな生活に戻りたがっていたか。
 どっちなのか?


『もちろんやめたい・・・こんな風になることなんか望んでない』


 愚問だ。
 妻ははっきり言っていた。
 やめたい。
 そう俺に断言した。
 迷うことなどない。
 あんな爛れた世界から離れたかったんだ――。
 妻は奴らと手が切れることを喜び、俺や子供たちと再び暮らせることに幸せを感じていた。
 絶対にそうだ!

 じゃあ、なぜ『もう、そんな世界に戻りたくない』と即答していた妻が、また異常性欲の世界に呆気なく戻って行ってしまったのか?

 その問いは、常に俺の胸を揺さぶり、とことん苦しめた。
 解けない謎。
 あの時妻は泣きながら、自分は汚れている、と卑下しながらも、住み慣れた自宅に帰って来てくれた。
 あの社長への妻のきっぱりとした返答を考えると、妻が再び篭絡される要素がないのだ。
 そして長髪社長らが約束を露骨に破った形跡もこれまたない。
 不可解な推移。
 信じがたい展開。
 せっかく戻って来てくれた妻がなぜ?
 なぜ、なぜ、なぜ?
 寝ても覚めても頭を離れない。
 心を抉られるような疑問に悶々とする日々。
 そしてそれはついに私の潜在意識にまで影響を及ぼしたようだった。

266名無しさん:2019/02/03(日) 15:41:02
76

 ある夜、夢を見た。
 鮮明な夢だ。

 私にとって人生で一番長い日ともいえるあの日。
 20日の失踪期間を経て、妻と再会した2007年8月27日月曜。
 あの日の夢だった。

 記憶が薄れて行っている私に、夢というスクリーンがもう一度あの日のやり取りを映し出し、細部までしっかりと事実を甦らせてくれた。

 眠りから覚めた私の瞼には大量の涙が溢れていた。
 顔を触ってみると、寝ている間にかなり大量の涙が、眼尻や頬を伝い、枕など寝具を夥しく濡らしていることが分かった。

 あれから一度もその日のことは夢に見たことがなかった。
 どうして今頃になって見たのだろうか・・・。

 夢は探偵が探り当ててくれた奴らの会社関連施設、異様な《ヤリ部屋》の帰り道から始まっていた。
 夢の中で私は助手席に探偵を乗せ、車を自宅に走らせている。
 白い雲をわずかに浮かべた晴れ渡った青空。
 過ぎ行く道路や街路樹に照りつける、見ているだけでも暑くなるような夏の日差し。
 マンスリーマンションでAV会社の下っ端とやり合った私は興奮状態だったが、同時に不安でもあった。


『事情は説明するから』


 短い一方的な電話だけで、それっきり音沙汰無しだった妻。
 その妻がよりにもよって自宅にいる。
 それも男たちと一緒に。


「俺どうなるかわからない」


 探偵に告げると、彼は短慮は私が損するだけだと諫めてくれた。
 胸の中にどうしようもない衝動が渦巻いていたのは事実だ。
 しかしそれよりも大きい不安。
 果たして妻は本当に自宅にいるのか?
 また捕まえかけた私の腕の中をすり抜けて、どこかに消えて行くのではないか?

 たとえ夢の中とはいえ、眠りの世界でもあの時の焦燥感はリアルに蘇っていた。
 脳細胞のどこかに、深く深く記憶が刻み込まれているのだろう。
 一生治らない傷痕のように。

 家の前に無遠慮に停めてある禍々しい大型ワンボックスカー。
 動揺のあまり手が震え、玄関の鍵穴になかなか鍵を差し込むことが出来ない自分。
 すべて同じだ。

 自宅に入り、リビングに踏み込んだ私の目の前に、


「やあ旦那さん、はじめまして」


 スーツに短髪の男がソファに座っていた。
 憎らしいほどの冷静な目つきで俺を見ている。

 こいつは典子のアナルを二番目に犯した男だ。
 その時はまだそう知らなかったはずなのに、そのように認識できてしまう自分。
 夢の不思議さかも知れない。

 ダイニングの椅子に座っている長髪を後ろで束ねたオールバックの男。
 こいつは社長だ。
 その時は分からない筈だが、これも夢の中では認識できている。

267名無しさん:2019/02/03(日) 15:41:45

 そしてビデオカメラを構えている体格のいい男。
 人を馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いを浮かべている。


「何を撮ってるんだ!」


 思わず私は怒鳴った。
 夢は現実に起きたことと全く一緒だった。
 まさに過去を忠実に再現している。


「あなたっ」


 悲痛な叫びがした。
 キッチンとダイニングとのカウンター形式の間仕切りの向こうに私が目をやると、妻がいた。
 もう一人の男が背後に立って、急いで私に駆け寄ろうとする妻を、力づくで押さえつけている。


「あなたっ、助けてっ。私・・・私・・・」


 身をよじって振りほどこうとする妻を、男はがっしりと抱え込み、放そうとしない。
 むろん女の力ではとうてい男の力には抗えない。
 それでも妻は男を振りほどこうと、必死にもがいていた。


「これはどういうことだ!」


 激情に駆られ、短髪の男につかみかかろうとする私を、長髪の男が制した。


「まあまあ旦那さん、いろいろ事情がありましてね。落ち着いてください」


 そこから長い話が始まった。
 男たちは、旦那もいて子供もいて幸せな人妻だけを狙い、特殊なAVを作っていること。
 典子が前の会社で取引先の担当者と身体の関係が出来、その担当者から男たちに引き渡されて、今のAV会社に転職していたこと。


「本当か!? この男の言ってることは本当か!?」


 私がショックに打ちのめされて問いただすと、典子はその事実を涙ながらに認めた。
 すかさず探偵が奴らに斬り込んだ。
 夢の中でも展開は全く一緒だ。


「そうすると、あなた方は典子さんを無理やり強姦したということになる。わかっておられると思いますが、それは立派な犯罪です」


 探偵の言葉に、長髪の社長はひるむどころか、薄笑いさえ浮かべてうそぶいた。


「ふふ、あなたが無理やりだと思うのであればそれでもいい。ただ典子の意思はどうでしょうね。わからないなら見せてあげよう」


 典子の後ろに立つ男は、見たことのないワンピースを着ている妻を後ろから抱きしめるようにして、両手で服の上から乳房を弄り始めた。


「いやっ、やめてっ! いやっ!」


 妻は大声を上げて逃げようとしている。
 しかし必死に払いのけようとしても、腕力では男にかなわない。
 それでも嫌悪感むき出しの表情で、乳房への狼藉に対し猛烈に暴れて抵抗している。


「典子っ!」
「あなたっ、助けてっ! あなたっ、あなたっ!」


 素直に従わない妻に業を煮やした背後の男は、ついにワンピースを捲り上げ、乳房を露わにした。
 気が動転した。
 探偵にも妻の裸を見られた。

268名無しさん:2019/02/03(日) 15:42:38

 頭に血が上った状態だったのだろう。
 私はソファに座っている男に近づき、そのまま渾身の力を込めて殴った。
 乱闘になった。
 殴り殴られ、私は失神した。


「ねえ、大丈夫?」


 意識を戻した私の傍らには妻がいた。
 蒼い顔だったが、私が気が付いたのでホッとしたのだろうか、張り詰めた表情が安堵にゆるんだ。
 でもそれもほんの一瞬で、すぐに神妙な顔つきに戻り、


「ごめんなさい。ずっと見張られてて、連絡も出来ずにごめんなさい。捜し出してくれてありがとう。そうじゃなかったら、私ずっと・・・」


 妻は目に一杯涙を溜めている。
 今にも泣きだしそうだった。


「やつらはどうした?」
「あなたの剣幕に怖くなって、いま出て行ったみたい。本当にありがとう」
「そうか。探偵は?」


 言うと、妻はテーブルのほうを指さした。
 探偵は心配そうな眼付きでこっちを見ている。
 少し心強くなり、妻に問いかける。


「これはどういうことだ? 浮気してたのか? いや、浮気どころの話じゃない。お前AV会社で働いてたのか?」


 妻はこれまでの経緯を話し始めた。
 涙をボロボロとこぼしながら。
 夢の中で私は驚愕していた。
 話だけを聞くと妻は完全な被害者じゃないのか?
 こんなにボロボロに泣くほど辛い思いをしてきたんじゃないのか?


「なぜ言わなかった!」
「言えないわよ・・・。色んなことを無理やりさせられて。あなたや子供たちに知られたくなかった。でもどんどんエスカレートしていって、奴隷契約書や決別の手紙まで書かされて。辛かった。でもやっぱりバレるのが怖くて逆らえなかった。許してあなた。怖かったの!」
「どうして家出まで?」
「旦那にはとっくにバレてるって教えられて・・・。絶対に家族には秘密にするって約束で従ってたのに。あなた達に会わせる顔がなくなったと文句を言ったら、少しほとぼりが冷めるまで家から出てろと連れ出されて・・・。すぐに帰るつもりだったのに、あの人たちは帰らせてくれないで、逆にこれをきっかけに家族を捨てろと迫って来て・・・」


 妻はしゃくり上げ、言葉も途切れ途切れになった。
 それでもなんとか言葉を続ける。


「旦那に引導を渡してやるんだと、あんなビデオまで撮られて、北九州のアパートにまで送らされて・・・あなた、本当にごめんなさい。でも良かった。あなたが見つけてくれなかったら、私どうなっていたかわからない」


 妻はさめざめと泣いていた。
 警察が相手にしてくれるかそうでないかの話じゃない。
 証拠云々の話じゃない。
 男達のやっていることは犯罪だ。


「今から警察に連絡する」


 私が言うと、探偵が異を挟んだ。


「ちょっと待ってください。レイプ被害者なんかは警察に言わずに泣き寝入りする女性も多いようです。事情聴取ですべてを話さなければならないなど女性にとってはとても敷居の高いものだからだそうです。まず奥さんの気持ちを一番に考えるべきじゃないんですか?」
「じゃあ、このまま何も無かったことにしろっていうのか? お前はやつらの味方か!」


 荒い口調で言い放つ私に、妻が割り込んだ。


「悪いのは私です。私のことなんか良い。警察へ行って、すべてを話します。あなたの気の済むようにしてください」


 妻はまだ泣きじゃくっていたが、きっぱりとした口調だった。
 覚悟を決めたのだろう。
 涙が顔じゅうを覆って、顔色が蒼白になっている。
 その顔は、奴らに長期にわたって連れ回され、憔悴しきっていた。

 たしかに探偵の言うことも一理ある。
 奴らに制裁を加えることより、妻のことを第一番に考えるべきかも知れない。
 夢の中でそんなことを考えている。

269名無しさん:2019/02/03(日) 15:52:38
77

「今からお前の会社に行く。男達と話をつける。もう2度とお前に接触させない。そしてお前の映像を渡してもらう。それでいいか?」
「はい」


 妻はしっかりと肯く。


「じゃあ電話をかけろ!」


 妻は携帯を取り出して、すぐさま電話を掛けた。


「どこにいますか? ・・・いえ、そういうことではなくて。・・・はい、会ってもらえないんだったら、旦那が警察に通報するって言ってます。それで構わないんですね?」


 妻は強気で押した。
 俺がそばにいることで、奴らへの恐怖心が消えたのだろう。
 妻の凜とした態度が嬉しかった。
 やがて妻が携帯電話を耳から離し、ボタンを押した。


「奴らはなんと言ってた?」
「それが・・・、用はないから会うつもりはないって・・・」


 妻も口惜しそうに言った。


「あれだけのことをしておいてふざけてんのか!」


 私が思いっきり床に投げつけたテレビのリモコンは割れ、電池が散乱しながら転がっていく。
 妻は激高した俺を見て、動揺した様子で俺の目を見ていた。


「ごめんなさい! でも・・・私もどうしたらいいか・・・もう何を言っても言い訳にしかならない。謝るしかない。でもやっぱりあなたのそばにいたい。どんなことをしても償うから。お願いだから、ヤケにならないで・・・」


 それから妻のすすり泣く声と俺の嗚咽だけが部屋に響いた。
 夢はあの日の流れを正確に追っていく。


「お前はどうしたい? これからどうしたいと思ってる?」


 やっと搾り出した俺の問いに、


「もう、私の意思も権利も何もない。すべてあなたに従います。ただ離婚だけは許してください。わがままなようだけど、それだけはしたくない」


 大泣きしている妻。


「男達との関係はどうする?」


 念のために訊いてみる、自信を喪失した俺。


「ずっと嫌だった。でも脅されて仕方なく・・・。あなたや子供たちへの罪悪感に耐え切れなくてもうやめたい、逃げたいって思ってた」
「でも逃げなかった」


 つい口を突いて出てしまった言葉。
 夢でもおんなじだ。


「・・・私みたいなのが妻になって・・・すみませんでした。・・・でも許されるなら、また家に戻りたい・・・どんなことでもします・・・一生軽蔑してくれていい・・・また家族として受け入れてもらえるのなら、それだけで・・・ううっ・・・」

270名無しさん:2019/02/03(日) 15:54:02

 付き合い始めて結婚し、何気ない幸せな生活が思い出される。
 今まで俺や家族のために一生懸命やってきてくれた妻。
 不幸にも男たちの罠にかかり、好い様にたぶらかされてしまった。
 しかし、その妻にどれほどの罪があるのだろう。


「やめたいのか?」


 妻に訊く。


「お前はその関係をやめたいのか?」


 下を向いたまま妻は答える。


「もちろんやめたい・・・こんな風になることなんか望んでない。でも、私だけじゃどうにもならなくて・・・」


 またすすり泣きを始めた妻。


「もうこんな関係やめたいって何回も言ったけど、それまでに撮った写真や映像をネタに脅迫されて、もうどうすることも出来なくて・・・。これが表に出てあなたたちにも迷惑が掛かると思ったら、思い切って逆らうこともできないし、それにこんなことは遊びだから俺たちが飽きたらそのうちやめてやるって言ってたの。それまでの我慢だと思って・・・でもこれも全部言い訳です。ごめんなさい・・・」


 妻は私の前で、私の眼を見つめながら、涙を浮かべて切々と語った。
 私に抱きつきたいけど、自分にそんな資格があるのか、躊躇う様子だった。
 子供が生まれてから強い母親になっていたはずの妻が、付き合い始めた当初のか弱い女に見えた。


「今からお前の会社に行こう。男達はいないかもしれないけど、関係がないわけじゃないはずだ。なんとかして男達と会う」


 妻は即刻同意した。


「うん、わかった。会社であちこち聞きこめば、きっと行方は分かると思う。私も心当たりを捜す」


 そう意気込む妻の携帯に電話が掛かって来た。
 AV会社の社長からだ。
 今から福岡クレイホテルの1105室に来てくれと言う。
 ホテルの一室で話をしようということか?
 公共の場なだけ話はしやすいだろう。

 指定された会見場所の福岡クレイホテルの1105室に着く。
 キッチンや冷蔵庫、それに暖炉まである広い部屋。
 ガラステーブルを挟んで、奴と私たち夫婦がソファに向き合い対峙する。
 夢の中でもあの時の得も言われない緊張感がまざまざと蘇ってきている。


「妻と今後一切関係を切ってくれ。俺が言いにきたのはそれだけだ」


 この言葉にすべてを込め、俺は言い切った。
 男は全く動じなかった。


「・・・まあ、こんな状態になったらもう旦那さんも今まで通りにはいかないでしょう。離婚していただきたいと思いまして。その慰謝料や子供さんの残りの学費なんかの話もしなければと思いましてね」


 口を開いた社長は勝手なことを言った。
 困惑、不安、焦燥、いろんな表情の入り混じった顔の妻。
 頬を伝う涙は依然途切れていない。


「俺は離婚する気は無い」


 俺が更にハッキリと言い渡してやると、隣にいた妻がまた顔中を泣き濡らして、男に訴えかけた。


「私だって離婚はしません。この人と暮らします。どんなに蔑まれても良い。一生口をきいてもらえなくてもいい。そばにいます!」


 その後社長はちょっと困ったような顔をして、奥の部屋に案内した。

271名無しさん:2019/02/03(日) 15:55:01


「あ、奥さんもこちらへ」


 今更奥さんと呼ぶのか。
 そこにいたのは、全裸で全身をロープで縛られ、真っ白なベッドの上で男に跨っていた中年の女性。
 快感を貪るのに無我夢中で、周りのことも見えておらず、ひたすら腰を振り続けることしか眼中にないようだった。
 記憶ではもうぼやけていたが、夢の中では鮮明にその裸体が蘇っている。
 まだ身体の線もそれほど崩れておらず、顔もこんなふうに激しく喘いでいなければ、品のある美形の部類なのだろう。
 快楽に溺れた、浅ましいとしか言いようのない、欲望まるだしのその姿。


「この女も奥さんと同じ、人の妻です。ご主人がいる普通の奥さん。自分でもこういう関係が続くことに嫌悪感を感じているにもかかわらずまた我々のところへ来るんです。なぜかわかりますか? もう身体がそんな身体になってしまってるんですよ」


 得々として喋り出す長髪社長。


「・・・そして、あなたの奥さんもこの奥さんも同じ境遇だということ」


 男の説明が終ると、すぐ傍の妻がいっそう激しくすすり泣きを始めた。
 その涙声が言う。


「違うっ、私はそうじゃないっ、違うっ。ちっとも気持ち良くなんかなかった。ちっとも楽しくなんかなかった。たしかに汚された。でも違う! 私はどれも自分の意思ではやってない!」


 社長は妻に反駁されて、一瞬鼻白んだ。
 今の今まで奴隷扱いしていた女からの意外な反撃を受けて、内心あわてふためいたのではないだろうか。

 夫が隣にいるというだけで、女は強くなれるのだ。
 奴らは夫婦の絆を甘く見ている。
 所詮は遊び半分で人妻を凌辱し、その映像を販売してビジネスをした気になっている下らない男たち。
 そんな甘えた商売センスが実社会に通用するはずがない。

 突然の気丈さを示した妻の様子を醒めた目で眺めている社長。


「そうは言っても、したことは変わらない。旦那さん、それでも奥さんとやっていけますか?」


 ベッドの女性の喘ぎ声がいっそう激しくなる。
 快楽のために全裸の身体に縄を巻き、見ず知らずの男に跨り、遮二無二腰を振る女性。
 周りに誰がいようがお構いなしといった異質な状況。


「もう・・・私は汚れてる・・・もうやだ・・・」


 その女性の姿に自分を重ね合わせたのだろうか。
 妻が今までしてきたことを客観的に見れていたはずはない。
 一度は自らを奮い立たせたものの、再び肩を落とし、激しく嗚咽し始める妻。


「しっかりしろ。全部奴らの仕組んだことだ。自分で自分を卑下するようなことだけはするな」


 弱気になり、自分を汚れたものとしか見れなくなっている妻に憤りを感じた。
 俺はそんな妻を救おうとしているんだ。
 そしてそのまま妻を連れてその部屋を出た。

 もとのソファへ座る。
 その後の奴との会話も全くかみ合わなかった。
 離婚しろと迫る男。
 離婚はしないから手を切れと返す俺。
 どこまでも平行線だったが、こちらが優勢だ。

 当たり前だ。
 正式な夫が妻を取り戻しに来ている。
 どこの馬の骨だかわからない奴に指図される言われはない。
 なにより妻はソファで私に身を寄せ、安心しきったように私の手を握っていた。

 焦った男は、


「私は典子がどこまで堕ちたのかを知っています」


 そんなことまで言い出した。

272名無しさん:2019/02/03(日) 15:55:36

 切り札のつもりだったのか。
 ちっぽけで安っぽい言葉。
 遊びの延長で生きてる連中のくだらない生き様が凝縮している。
 何を言われようと私は動じない。
 私にぴったりと寄り添った妻の体温が、私に無限の勇気を与えてくれている。


「今日で妻とは縁を切ってもらう」


 俺はきっぱりと言った。
 言い切れた。
 今までは妻の心に不安があった。
 もう俺のほうを向いていないんじゃないかと諦めかけたこともあった。
 でもそうじゃなかった。
 20年の夫婦の絆はそんなに容易いものではない。

 また典子の目から大粒の涙が溢れ始めた。


「もう、私は・・・。私は汚れてるの。それでも家に帰る資格ある?」


 泣きながら、妻はそう訊いた。
 全身が過ちを悔い、俺にすがっている。
 もちろんだと言う代わりに、俺はまっすぐ妻の目を見た。
 そして強く手を握り返した。


「資格なんかどうでもいい。聞かせてくれ。お前の本心が聞きたい。誰を気遣うわけでもない、お前の本心だ」
「私だって・・・私だって今までの生活に戻りたいわよ!」


 感情が爆発したような大きな声。


「聞いての通りだ。俺は妻を――典子を連れて帰る。今日限り妻に接触しないのはもちろん、連絡先も今すべて削除するんだ」


 俺が言うと、社長は部下に命じて、しぶしぶその通りにさせた。
 しかし社長はまだ典子が諦められないのか、妻に未練がましく言った。


「本当にいいのか? これから何もない生活でお前は本当に満足ができるのか?」


 妻は即答した。


「もう、そんな世界には、二度と戻らない!」


 そしてそのとき信じられないことが起こった。
 妻は立ち上がっていた。
 そして目の前の男の頬を張った。
 思いっ切り強く。


「よくも・・・、よくも、あんなひどいことを。私にも家族にも・・・」


 それ以上言うことが出来ず、クシャクシャの泣き顔をして、ただブルブルと震えている。
 男は頬に手を当てたまま、俯いてテーブルを見ていた。


「いいんだ。帰ろう。こんな穢れた場所にいる必要はない」


 俺は妻を促してホテルの部屋を出た。
 男は追って来なかった。


「本当に・・・ごめんなさい。私には家に帰る資格ない。でも許されるのなら・・・一生かかってでも・・・」


 2人しかいないエレベーターの中、妻は泣きじゃくりながら小さな声で言った。


「終わったことだ。全部忘れよう。俺にはそばに典子がいてくれるだけで十分だ」


 妻は大きい嗚咽を漏らしながら泣き続け、エレベーターが1Fについてドアが開いても止まらず、待っていた人達に怪訝な目で見られてしまった――。

273名無しさん:2019/02/03(日) 16:00:14
78

 これが奪還劇のすべて。
 私の生涯で最も長い一日のクライマックスだ。
 夢がもう一度見せてくれた生々しい再現。
 頬を熱いものが後から後から伝い落ちている。
 枕を濡らすだけ濡らし。
 それでも滝のように流れる涙。

 どうして泣く必要がある?
 輝かしい勝利の記憶。
 見事妻を家に連れ返した。
 俺が奴らに手を切らせたのだ。
 妻は私の元に、子供たちの元に、明るい妻、優しい母として戻って来てくれた――。

 突然、私は大声をあげて泣き叫びたくなった。

 違う!

 そう。
 違うのだ。
 この夢は事実と違う!

 これは妻の失踪中に、再会したらこうなんだろう、と頭の中で想像していたものに近い。
 似てはいるが全くの別物。
 私は寝床の中で身をよじり、横になったまま記憶を遡る。
 本当のあの日へ――。



 実際には典子は、探偵と一緒に家の中に踏み込んだ私に対し、


「あなた、助けてっ!」


 とは言わなかった。
 駆け寄る素振りも見せなかったのだ。
 家では見たことが無いワンピースを着て、ずっと俯いていた。
 こちらから問いかけるまで――。


「どういうつもりだ!?」


 叫んだ私に、


「ごめんなさい」


 妻は謝ったが、


「この状況は何なんだ! ここをどこだと思ってる!」


 憤る私に、


「まあまあ、旦那さん」


 と割って来たのは長髪社長のほうだった。
 典子は口を利こうとしなかった。
 私に助けを求めることは全くなかった。
 むしろ私との直接の会話を避け、会社の上司でもあるAV社長に説明を委ねて、配偶者であるはずの私に距離を置いた感じだった。

 そのひと通りの説明を聞き終わった時もそうだ。
 探偵が、あなた方は典子さんを無理やり強姦したということになる、と斬り込むと、典子の意思はどうでしょうね、とうそぶき、社長は妻の背後の男に合図した。
 すると典子の後ろに立つ男は、妻を後ろから抱きしめるようにして、両手で服の上から乳房を弄り始めた。


「いやっ、やめてっ! いやっ!」


 夢の中では典子は猛然と抵抗していた。
 逃げようと必死になっていた。
 当然だ。
 俺や探偵の前、そしてこの家が家族と住んでいる大切な場所だということをわかっていれば、そうでなければおかしい。

 でも残酷にも事実は違う。

 ずっと俯いたまま、まったくの無抵抗で、されるにまかせていた。
 俺や探偵など、まったく眼中にないかのように。
 ここがどんな大切な場所かすら忘れ去ってしまったかのように。
 そしてそのまま妻を弄っている男が妻のワンピースを捲り上げ乳房を露わにしても、妻はいっさいの拒絶をしなかった。
 AV社長の言葉を全面的に裏付けるかのごとく・・・。

274名無しさん:2019/02/03(日) 16:01:31

 乱闘の後、夢では妻が、気絶から覚めた俺に顔を寄せ、


「ねえ、大丈夫?」


 と凄く心配そうな表情を浮かべていた。
 当たり前だ。
 行方不明の妻を夫が血まなこになって捜し回り、ついに捜し当て、その目の前で妻を玩ぼうとしている男たちと殴り合いになった。
 感謝と共に倒れた旦那の側に駆け寄り、怪我があるかないか心配するのが普通だろう。
 ところがこれも事実は違う。


「大丈夫ですか?」


 声を掛けてくれたのは探偵だった。
 俺を気づかってくれたのは彼だった。
 気絶していたことと、奴らが出て行ったことを教えられた後、


「妻は?」


 尋ねると、探偵は黙って指さした。
 テーブルの横に妻が立っていた。
 私のことなど、どうでもいい様に。
 離れた場所で。
 まるで赤の他人の様に。

 夢の中では妻が盛んに、


「捜し出してくれてありがとう」


 と礼を言ってくれた。
 これだってそうでないとおかしい。
 妻は脅されて従わされていた被害者のはずなのだから・・・。

 むろん現実の世界は違っている。


「どういうことだ?」


 私が訊くまで、妻はうんともすんとも言わなかった。
 話しかけて来ようともしなかったのだ。
 礼なんて、その後も一切なかった。


「ごめんなさい。ずっと見張られてて、連絡も出来ずにごめんなさい」


 これは夢の中での妻の言葉。
 もちろんそんな事実はない。
 たった一本の電話も入れずに、男たちと一緒に行動を共にしていた妻。
 俺や子供たち――最愛であるはずの家族を捨てて、20日間も・・・。
 だからそう謝ってくれたっていいはず。
 気が狂うほど心配していた私に少しでも気持ちが残っているなら、そうでなくてはおかしい。

275名無しさん:2019/02/03(日) 16:02:16

 夢の中では、男たちの行方を妻に訊くと、


「あなたの剣幕に怖くなって、いま出て行ったみたい」


 そう誇らしげに持ち上げてくれたものだが、現実は違う。

 俺への気持ちが一切ない妻が、なぜあのとき自宅に残ったのだろう?
 それを考えるとまた胸が痛くなってくる。


「警察にタレこんだり、変な動きをしないように見張っとけ」


 やっぱりそう命じられて居残った可能性がすごく高い。
 背筋を冷たいものが首の付け根まで伝わり広がって来る。

 『Episode1』のキャプチャー『4』で調教師が言っていたアナルプラグ。
 あれも真実なのだろう。
 乱闘の最中、ドサクサまぎれに妻の背後にいた男が、妻のお尻の穴から抜き取ったに違いない。
 もうワンピースはめくり上げられ、ショーツ一枚。
 殴り合いに皆の目が奪われている間なら、簡単な作業だったろう。
 いや、妻はノーブラだった。
 間仕切で遮られて見えなかった下半身。
 ショーツさえ穿いていなかったのかも知れない。
 そして社長が大事な指令を妻の耳にささやく。
 忠実なしもべである典子は、それを粛々と実行に移したわけだ。

 状況を考えると、連中はたぶん人妻寝取られビデオのひとつのハイライトとして、わざわざ自宅の中で、旦那の目の前で、その妻にアナルセックスを決めようとしていた節がある。
 俺のことなど腹の底から馬鹿にしきっていただろうから、奴らに言いなりの典子の様子を見れば、ショックで腑抜けの様になって、邪魔することすら出来ないと踏んでいたようだ。
 そして、なし崩し的に離婚話に持って行けると、計画していたに違いない。
 それを諦めたのは、おそらくリハーサル時に妻のアナルがまだ貫通出来ないと判ったことと、探偵の存在だろう。
 とくに探偵が放ったひと言。


「こいつらのやったことは犯罪です。今の話はすべて録音してます。今この現状を見る限り、すぐに警察を呼んでも十分です。外に停めてある車のナンバーも全て記録してます」


 これが効いたんだろう。
 旦那はボンクラだが、思いのほか強敵を連れてきた。
 奴らのひとつ目の誤算だ。
 それでも、アナルセックスは断念したにしろ、普通のセックスを見せつける気では、まだいたのかも知れない。
 カメラを構えた男が、私が登場するや、撮る気満々で本格的にカメラをまわし始めていたことからも、大いに有り得る線だ。

 社長の、見せてあげよう、というセリフひとつで、背後の男が妻に開始した狼藉。
 胸を揉みしだき、次いでワンピースをもめくり上げて、直に乳房を愛撫していく。
 それでも一切の抵抗をしない典子。
 その先には、旦那の目の前でセックスをしろ、という命令があったのかも知れない。
 そのことはもう確かめようはない。
 俺が逆上して暴れ出したからだ。

 そして奴らのふたつ目の誤算。
 俺が離婚に同意しそうにない。
 とてもその場で離婚話にまで持って行ける状況ではないと判断して奴らは去った。
 平常心を失った俺もだが、あの探偵が付いていては危険だ。
 咄嗟にあのAV社長は思ったに違いない。
 典子によくよく因果を含めて、あえてあの場に残したのではなかったか。
 俺たちに勝手な振る舞いをさせないために・・・。

276名無しさん:2019/02/03(日) 16:14:36
79

 夢の中での、男たちが去った後の妻との問答。


「浮気してたのか? いや、浮気どころの話じゃない。お前AV会社で働いてたのか? AV女優として」


 キツネにつままれたような心持ちの私の問いかけに、妻は涙をボロボロこぼしながら、


「AVに出たつもりも、浮気したつもりもない。事務の仕事してるし、AV女優なんかじゃない」


 と弁明した。そして、


「あなたや子供たちに知られたくなかった。軽蔑されたくなかったの。でもどんどんエスカレートしていって、奴隷契約書や決別の手紙まで書かされて。辛かった。でもやっぱりバレるのが怖くて逆らえなかった」


 と続けた。
 ただしこれはあくまで夢の中での話だ。
 本当の妻はこんなことを言っていない。


「どうして家出まで?」


 尚も問いかける私に対し、夢の中の妻は、


「旦那にはとっくにバレてるって教えられて・・・。絶対に家族には秘密にするって約束で従ってたのに。あなた達に会わせる顔がなくなったと文句を言ったら、少しほとぼりが冷めるまで家から出てろと連れ出されて・・・。すぐに帰るつもりだったのに、あの人たちは帰らせてくれないで、逆にこれをきっかけに家族を捨てろと迫って来て・・・」


 非道な要求をされたことを告げた。


「旦那に引導を渡してやるんだと、あんなビデオまで撮られて、北九州のアパートにまで送らされて・・・あなた、本当にごめんなさい」


 私にすがり、泣き崩れていた妻。
 しかしこれも全部夢の中の話なのだ。

 実際には、


「なぜ言わなかった!」


 と詰め寄る私に、


「言えないわよ! あなただってDVDを見たんでしょう? あんな状態の私を見て誰が私を庇ってくれるの・・・誰にも相談する事もできない・・・何もできないじゃない・・・」


 と逆ギレのような態度をとっていた。

 会社の人間は庇わないかもしれない。
 世間も庇わないかもしれない。
 でも愛を誓い合った俺にはどうなんだ?
 深みにはまる前に相談ができなかったのか?

 妻の話を信じるなら、妻は被害者のようなものだ。
 それでも夫にも相談できない?
 ただ言いたくなかっただけじゃあ?

 そして妻が社長の言い付けで、俺を監視する役目を担っていたのなら、もう問題はそんなところにはなくなってくる。

277名無しさん:2019/02/03(日) 16:15:19

 夢の中、さめざめと泣いていた妻。
 告白を聞き、憤る俺。
 男達のやっていることは犯罪だ。


「今から警察に連絡する」


 夢の中では探偵が異を挟んだ。
 私を止めた。
 レイプ被害者云々で私を説得した。
 しかし妻はキッパリと言ってのけた。


「悪いのは私です。私のことなんか良い。警察へ行って、すべてを話します。あなたの気の済むようにしてください」


 夢の中の俺は胸がジーンと熱くなった。
 非を悔い、自分の恥をも厭わず、なんとか事態の解決を図ろうとする強い姿勢。
 立派な妻であり、母である証し。
 もし本当にそう言ってくれていたら、どれだけ胸がスッとしただろう。

 それでももちろん私は妻の立場を慮って、実際に警察に通報したかどうかは分からない。
 しかし禍根を断つという意味では、大きな選択肢のひとつだったはず。
 妻の覚悟があれば、別にDVDなどの証拠がなかろうが、妻の証言だけで奴ら特殊AV制作会社に捜査が入り、その悪行を暴くことも出来たはずだ。
 あそこで押し切ってでも、もし警察に駆け込んでいれば・・・。


「やめて! これ以上傷つきたくない!」


 現実の妻はこう叫んだ。
 あからさまな拒否だった。
 予想外の返事に、俺は呆気にとられ戸惑った。

 だがこれは既定路線。
 というより、これが妻が居残ったメインの目的なのだろう。
 絶対に今の段階で警察沙汰にはさせるな。
 AV社長の厳命。

 夢の中の俺は、警察に行くと言ってくれている妻に対し、やはり無理強いは出来なかった。
 セカンドレイプの恐れは少なからずある。
 次善の策として私は、妻の会社を直撃することを決定した。


「今からお前の会社に行く。男達と話をつける。もう2度とお前に接触させない。そしてお前の映像を渡してもらう。それでいいか?」
「はい」


 妻はしっかりと肯く。


「じゃあ電話をかけろ!」


 妻は携帯を取り出して、すぐさま電話を掛けた。
 テキパキした動き。
 それは夢だからだ。
 現実はまるっきり違う。

 会社へ行って話をつけると宣言した私に、妻はうつむいたままこう言った。


「あの人たちは会社にはいない。あの会社の社員じゃないの。会社は普通の映像製作会社。社長が仲間内で個人的にやってるだけだから、他の社員も何も知らない」


 この言葉が嘘っぱちであることは、あとになって詳細な検証の末に分かっている。

 電話をしろと急かす私に対しても、妻の反応は鈍かった。
 妻はしばらく俺の目を見たまま動かなかった。
 電話をしたくないということだったのだろうか。
 それが男たちへの気持ちなのか、俺へのためらいなのか、その時はわからなかった。
 俺はそのまま何も言わずに妻の目を見続けた。
 それがプレッシャーになったのか。
 30秒ほどの固まった時間が終わり、妻は携帯を手にし、電話をかけ始めた。

278名無しさん:2019/02/03(日) 16:15:57

 夢の中では妻は強気だった。


「どこにいますか? ・・・いえ、そういうことではなくて。・・・はい、会ってもらえないんだったら、旦那が警察に通報するって言ってます。それで構わないんですね?」


 人妻を脅かして卑猥なビデオを撮らせていた悪徳アダルトメーカー社長。
 夫が妻を救出にやってきた今、そんな奴に下手に出る必要はない。
 俺がそばにいることで、奴らへの恐怖心が消えた。
 妻の凜とした態度が嬉しかった。

 しかしこれも現実とは違う。からっきし違う。
 実際はこうだ。


「もしもし、私です・・・」


 妻はずっと下を向いたまま話し続ける。


「今から会いたいんですけど・・・どこにいますか? ・・・いえ、そういうことではなくて、旦那が・・・警察に通報されるかもしれません」


 俺に対するさっきまでの口調とは違い、目上の人に接するかのように電話で話す妻に悲しさを感じた。
 そして『警察に通報されるかもしれません』という、この言い方・・・。
 これは明らかに《向こう側》にいる人間の言葉だ。

 夢の中では『旦那が警察に通報するって言ってます』と妻は言った。
 主体は旦那。
 行方不明の妻を心配し、必死の捜索でついに夫が救け出しに来た。
 そのシチュエーションならば、絶対に夢の中の妻の言い方にならなければおかしい。
 旦那の側に立って言わなければおかしいのだ。
 通報される・・・。
 通報するんだろう。
 なぜ受け身になる。
 これが同じ一味でなくて何なのか。

 用はないから会うつもりはない。
 奴がそう答えたと妻は言った。

 夢の中では、激高した俺を見て、動揺した様子で妻が話した。


「ごめんなさい! 私は謝るしかない。でもやっぱりあなたのそばにいたい。どんなことをしても償います。お願いだから、ヤケにならないで・・・」
「もう、私の意思も権利も何もない。すべてあなたに従います。ただ離婚だけは許してください。わがままなようだけど、それだけはしたくない」
「・・・私みたいなのが妻になって・・・すみませんでした。・・・でも許されるなら、また家に戻りたい・・・どんなことでもします・・・一生軽蔑してくれていい・・・また家族として受け入れてもらえるのなら、それだけで・・・ううっ・・・」


 一方的な被害者だったのなら、当然こう言うだろう。
 妻を責めに来ているんじゃない。
 妻を許さない私ではない。
 20年一緒に積み上げてきた、大事な家庭に妻を取り戻しに来ているんだから。

 だが現実は違う。


「ごめんなさい! でも・・・私もどうしたらいいか・・・もう何を言っても言い訳にしかならない。謝るしかない。あなたの前から姿を消しますから・・・お願いだから・・・」


 いきなりこう言った。
 最初から別離の言葉。
 それが前提となっている。
 謝ってくれるんだと思っていた。
 ――姿を消す?
 いや、むしろ積極的にそうしたいとも受け取れる。

279名無しさん:2019/02/03(日) 16:16:36

 ここで俺がそうしてくれと言ったら、妻はどうするつもりだったのだろう?
 得たりと私の元を去って、男たちのところで祝杯でも挙げたのだろうか?
 これで警察にチクられる心配もなくなり、別れ話も円滑に進む。
 そういう心づもりだったのだろうか?

 しかし私には妻を手放すつもりなど毛頭なかった。
 お前はどうしたい?
 その問いにも、現実の妻は私と居たいなんてことを、これっぽっちも言わなかった。


「もう、私の意思も権利も何もない。すべてあなたに従います」


 そう言いながらも、


「離婚してもっと素敵な人を見つけてください」


 とまで言った。
 それまでひと言も《離婚》なんて言葉は出ていなかった。
 それが妻の口からすんなり飛び出した。
 まるで誘い水のように。
 準備していたかのように。
 離婚したいことが本心だったことが透けて見える。


『探偵にも行ってるみたいだけどもうやめてください。あなたと、そして子供たちと過ごしたこの20年近く、すごく楽しかった。でも今後も一緒に過ごす資格は私にはありません』


 手紙だったせいか、それとも出し抜けだったせいか。
 このセリフにまったく実感が湧かなかったが、離婚は典子の希望でもあったのだろう。
 ただし、裏切りを続ける自分を許せないから、という理由が本当なのかどうかは、もう分からなくなっていた。


「あなたや子供たちへの罪悪感に耐え切れなくてもうやめたい、逃げたいって思ってた」
「でも逃げなかった」


 男たちとの関係について尋ねた時、夢も現実もおおむね同じだった。
 ただ夢では妻はこう言っていた。


「それまでに撮った写真や映像をネタに脅迫されて、もうどうすることも出来なくて・・・。これが表に出てあなたたちにも迷惑が掛かると思ったら、思い切って逆らうこともできないし、それにこんなことは遊びだから俺たちが飽きたらそのうちやめてやるって言ってたの。それまでの我慢だと思って・・・」


 脅迫され、期限付きということで、やむなく従っていたと告白していた。
 だが現実はそうは言ってない。


「もちろんやめたい・・・こんな風になることなんか望んでない。でも、私だけじゃどうにもならなくて・・・もうこんな関係やめたいって何回も言ったけど、私も駄目で・・・」


『私も駄目で・・・』


 もっとこの言葉を真摯に受け止めるべきだったのか。

280名無しさん:2019/02/03(日) 16:26:42
80

「今からお前の会社に行こう。男達はいないかもしれないけど、関係がないわけじゃないはずだ。なんとかして男達と会う」


 意気込む私に、夢の中の妻は即刻賛成した。


「うん、わかった。会社であちこち聞きこめば、きっと行方は分かると思う。私も心当たりを捜す」


 妻のやる気が嬉しかった。
 でも実際の妻は、私の出鼻をくじくようにこう言ったのだ。


「でも、会社は普通に仕事してる人だけだから難しいと思う」


 なんとかして私を会社へ行かせないようにしていた。
 そうとしか思えない。

 そこへAV社長からクレイホテルでの会見の申込み電話が入ったのだ。
 絶妙のタイミング。
 あとから考えてみれば典子は盗聴器を持たされていた可能性だってないとは言えない。
 逐一、こちらの動きが奴の耳に入り、チェックされていたのかも知れない。
 そして私がもし警察や会社に行くと言い出せば、すぐさま何らかのリアクションが起こせるように準備してあったのかも知れない。
 用意周到な一味だ。
 それくらいのことはやりかねない。

 指定された会見場所の福岡クレイホテルの1105室。


「妻と今後一切関係を切ってくれ。俺が言いにきたのはそれだけだ」


 言い放った俺に対し、


「・・・まあ、こんな状態になったらもう旦那さんも今まで通りにはいかないでしょう。離婚していただきたいと思いまして」


 長髪社長はまったく悪びれることなく、そう返してきた。


「俺は離婚する気は無い」


 キッパリと言い切る俺。

 夢の中では、隣に座っていた妻が顔中を泣き濡らして、男に向かって主張した。


「私だって離婚はしません。この人と暮らします。どんなに蔑まれても良い。一生口をきいてもらえなくてもいい。そばにいます!」


 20年連れ添った伴侶の頼もしい援護射撃。
 略奪を狙っていた連中はぐうの音も出なかっただろう。

 しかし、むろん現実の世界ではそんな出来事はない。
 妻はただ黙ったままだった。
 離婚という自分も関係している事柄に対し、何の意思表示もしなかった。


「ちょっとお見せしておかなければならないものがあります」


 社長はそう言って奥の部屋に我々を案内した。
 そこにいたのは、快感を貪るのに無我夢中で、ひたすら腰を振り続けることしか眼中にない、全身をロープで縛られベッドの上で男に跨っている全裸の女性。
 この女もれっきとした人の妻だが、与えられた快感が忘れられず、嫌悪感を感じているにもかかわらず、また我々のところへ来るのだ。
 そう得々として喋り出す長髪社長。


「・・・そして、あなたの奥さんもこの奥さんも同じ境遇だということ」


 勝ち誇ったように言うAV社長に対し、夢の中の妻が猛烈な勢いで反駁する。


「違うっ、私はそうじゃないっ、違うっ。ちっとも気持ち良くなんかなかった。ちっとも楽しくなんかなかった。たしかに汚された。でも違う! 私はどれも自分の意思ではやってない!」


 当然だ。
 呼び出されれば必ずやってきて、株主だか何だか知らないが、見知らぬ男に跨って快楽を貪る。
 そんな女と一緒にされてたまるか。
 弱みを握られて、無理やり脅されて、仕方なく行為を続けていたなら、妻がそう言い返さなくてはおかしい。

281名無しさん:2019/02/03(日) 16:27:17

 しかし現実はまたもや違う。


「もう・・・私は汚れてる・・・もうやだ・・・無理なの」


 すすり泣く声。
 泣きじゃくりながら、奴の指摘を全面的に認めてしまった妻。


「いい加減にしろ。自分で自分を卑下するようなことはするな」


 同じ境遇なわけないだろう!
 弱気になり、自分を汚れたものとしか見れなくなっている妻に憤りを感じた。
 だが・・・。
 このとき私は妻の何を知っていたというのか。

 AV社長との対決の場に臨んで、私の原動力になっていたこと。
 それは過去を信じることだった。
 自分が妻や子供たちと過ごした過去は事実であり、それは何物にも代え難い大切なもの――。

 そう。
 その通り。
 そのこと自体は間違っていない。
 過去は揺るぎのない、厳粛な事実。
 だからこそ重みがある。

 しかし私は忘れていた。
 単身赴任していた半年間。
 その間の妻の行動。
 それもまた過去である。
 もう二度と帰って来ない時間に刻まれた、取り返しのつかない事実の数々。

 妻と二十年暮らした過去が真実なら、男たちに好い様にされ、破廉恥という言葉ではおさまらないほどの乱脈を極めた妻の半年。
 それもまた過去の真実。
 そしてその大半を俺は知らない。
 わずかにDVDでその一端を窺い知ったに過ぎない。
 全てを知っているのは妻と男たち。
 その妻が言った。


「もう・・・私は汚れてる・・・もうやだ・・・無理なの」


 もっとよくこの言葉を噛み締めるべきだったのか――。



 妻を連れてその部屋を出た、ソファに戻ってのその後の会話も全くかみ合わなかった。
 離婚しろと迫る男。
 離婚はしないから手を切れと返す俺。
 どこまでも平行線。

 でも夢の中では私は心強かった。
 妻がソファで私にぴったりと身を寄せ、安心しきったように私の手を握ってくれていたからだ。


「今日で妻とは縁を切ってもらう」


 私は最後通告をした。
 奴からの返答はない。
 すると典子の目から大粒の涙が溢れ始めた。


「私に家に帰る資格はある?」


 泣きながら妻はそう訊いた。
 全身が過ちを悔い、俺にすがっている。
 本心を聞かせてくれと訴える俺に、妻が答えた。


「私だって・・・私だって今までの生活に戻りたいわよ!」


 感情が爆発したような大きな声。


「聞いての通りだ。俺は妻を――典子を連れて帰る。今日限り妻に接触しないのはもちろん、連絡先も今すべて削除するんだ」


 俺が言うと、社長は部下に命じて、その通りにさせた。

282名無しさん:2019/02/03(日) 16:27:55

 この辺りは現実もおおむね似ている。
 ただ妻は泣きながら繰り返しこう言っていた。


「もう、私は・・・。私は汚れてるの。家に帰る資格なんてないの」


 自責の念が言わせているんだと思っていた。
 後悔の言葉だと思った。
 ただここまでの経緯を見れば、資格云々を口実に妻は単純に家に帰りたくなかったんじゃないかとすら思えて来る。
 遠回しに、もう帰りたくない、と繰り返し主張していただけとも受け取れる。


「私だって・・・私だって今までの生活に戻りたいわよ!」


 ヤケになったかのような妻の大声。
 これだって以前、俺が考えたように、あとに声なき声がこう続いたに違いない。


「もしも戻れるものなら!」


 と・・・。
 妻は半年の間、自分が何をしてきたか、熟知しているのだ――。

 夢の中では妻がAV社長を引っ叩いてくれて痛快だった。
 やられたこと、やらされたことを考えれば、頬を張るくらいではとても釣り合いが取れない。
 半殺しの目に遭わせたって、まだ足りないくらいだ。
 それでも意思表示にはなる。


「よくも・・・、よくも、あんなひどいことを。私にも家族にも・・・」


 それ以上言うことが出来ず、クシャクシャの泣き顔をして、ただブルブルと震えていた妻。
 本人がそれだけやれば、二度と奴らも接触しようとは思わないだろう。


「いいんだ。帰ろう。こんな穢れた場所にいる必要はない」


 俺は嬉しかった。


「本当に・・・ごめんなさい。私には家に帰る資格はない。でも許されるのなら・・・一生かかってでも・・・」


 2人しかいないエレベーターの中、妻は泣きじゃくりながら小さな声でそう言ってくれた。

 こんな終わり方なら、新生活へ向けての再スタートは何の不安もなく盤石だったろう。
 ところが現実はそうではない。
 妻は社長をビンタなどしなかった。
 そんな気振りさえなかった。

 結局は出来レースだったのか。
 茶番だったのか。
 頑として離婚に応じない俺の態度を見て、社長と妻はこれ以上俺を刺激することの危険を感じた。
 それでなくとも既に自宅でひと暴れしている。


『まあ、旦那の顔も立ててやらなきゃならないところが、人妻の辛いところですよ。いったんは元のさやに納まって、大騒ぎになるのを防ぐ。典子の機転です』


 『Episode3』の中で得々と喋っていた角刈り不動産オヤジの言葉。
 ギリギリのせめぎ合いを続ける会見の場にあっても、妻と社長とは一脈気心を通じ合っていたという訳なのか。

283名無しさん:2019/02/03(日) 16:28:38

 そういえば、前回AV社長から電話があったとき、奴はこんなことを言っていた。
 妻が、もうそんな世界に戻りたくない、と言ったことに関して、


『少しは見栄もあったと思いますよ。あなたに対してのね。そんなことでも言わなければカッコがつかない。それに私たちには都合も・・・』


 奴は少し言いかけてから思い直したように言葉を切った。
 奴らの都合――。
 今ならハッキリわかる。
 それは何があろうと組織全体を防衛することに他ならなかったのだろう。


「お前がどう思ってるかは関係ない。俺の妻である以上一緒に帰るんだ。お前が今までの生活に戻りたいか、こいつらといたいのか、どちらかだろ!」


 苛立った私が妻を問い詰めると、妻はゆっくりと話し出した。


「この人たちといたいとは思わない。今までだって好きでいたわけじゃない。でも・・・」


 その言葉の先は聞けなかった。
 社長が妻の言葉を引き取って、


「でも身体がいうことを聞かなかったんだろう? 頭ではわかっていてもどうしても身体が理性を抑え込んでしまう。それが女の性というやつだ。なにもおかしいことではない」


 遮るように早口で言ったからだ。

 そのときは家に戻ると言い出しそうな妻の態度に焦った社長が、妻を引き留めるために口をはさんだのかと思っていた。
 しかしこれも巧妙な偽装だったのかも知れない。
 妻が口にした『でも・・・』という打消しの接続詞。
 もし仮に妻がこう続けたとしたらどうだろう?


「でも・・・いつの間にか愛情が芽生え、もう家庭のことなんかどうでもよくなった。この人たちと一緒に付いて行きます。社長のことも愛してるの・・・」


 今までの生活に戻りたいか、こいつらといたいか。
 その問いの答えとして、もしも妻のそんなセリフを聞こうものなら、俺はまた逆上して大暴れしただろう。
 乱闘になる。
 そのこと自体は大したことではないが、騒ぎになって探偵が乗り出してくるとコトだ。
 社長は咄嗟に考えたに違いない。

 あの探偵は切れる。
 この騒ぎを利用して、警察事案にしようとして動くだろう。
 ホテルという公共の場だ。
 典子の事件でなく、暴行傷害の別件として攻めて来るかも知れない。
 下手すれば会社にまで飛び火する。
 いや間違いなく、それを狙ってくる。

 社長はそう危惧した。
 その気配は典子にも敏感に伝わり、この場を穏便に済ませることにした。
 それにはいったん家庭に戻ると同意すること――。

 俺はまったく気づかなかったが、瞬間的にふたりで目配せを交わし合っていたのかも知れない。


「わかった。旦那さん、今後一切こちらから連絡を取るのは止めにしましょう。本人にその意思がないのであれば、いくらこちらから接触しても仕方ない」


 奴は気前よく言った。
 それまでのいかにも未練ありげな態度とは一変していた。
 不自然だ。
 唐突に過ぎる。
 このとき以心伝心、奴と妻の間で暗黙の了解が成立したのだろう。

284名無しさん:2019/02/03(日) 16:29:09

 どうあれ典子は既に連中の多数飼っている忠犬の中の一匹となっていたに違いない。
 それを知らずに、典子との永遠の夫婦の絆を信じ込んで、奴と必死の交渉をしていた俺は、とんだ道化だったということだ。
 奴らにとっては、本丸であるAV制作組織さえ無事に守れれば、典子などいったん自分らの手から離したところで、いずれ戻ってくる確信があったのだろう。


「おい、パソコンに入ってる住所も電話番号もすべて消すんだ。旦那さんの目の前で消せ」


 この命令もおためごかしだ。
 どこかのサーバーに蓄えてある妻の膨大な映像は手つかずのまま。
 本当はそれらを全部消さないと解決にならない。
 もっと言えばそれまでに売ったDVDだって全品回収させなければ妻の名誉は回復されない。
 取ってつけたように連絡先だけ削除させる姑息な手口に、私はまんまと誤魔化されてしまった。
 ひとつには妻がやっと、今までの生活に戻りたい、と言ってくれホッとしていたというのがある。
 そして奴らに妻と手を切らせること。
 この大仕事が成就したという安堵感もあった。


「いいか、本当にこれで終わりだ。お前らのやったことを考えるとこれだけで済ませるわけにはいかない。ただ妻のこれからのことを考えてお互いにこれで終わりだ」


 俺は最後にそう宣言した。
 もうそれ以上、悪辣な首魁とタフな交渉を続ける気力が残っていなかったのも事実。
 あいまいなまま、事態は一応の終結を見た――。



 俺は妻を自宅に連れ帰ったことで大満足していた。
 一世一代の賭けに勝ったのだ。
 だが妻はどうだったのか・・・?


 ――あなたの前から姿を消しますから。
 ――離婚してもっと素敵な人を見つけてください。
 ――もう・・・私は汚れてる・・・もうやだ・・・無理なの。
 ――もう、私は・・・。私は汚れてるの。家に帰る資格なんてないの。


 考えてみれば、典子は家に帰りたいなんてひと言も言わなかった。


『お前がどう思ってるかは関係ない。俺の妻である以上一緒に帰るんだ』


 そう言って、俺が無理に連れ戻しただけだった。


『私だって今までの生活に戻りたいわよ!』


 やけっぱちのような妻の言葉。
 唯一、妻が元に戻りたいと意思表示をした。
 だから本心だと思った。
 家へ連れ戻すことが、妻を救うことになるんだと信じた。

 でも冷静に分析すれば、これとて家に帰りたいとの言葉ではない。
 今までの・・・普通に暮らしていた過去の生活に戻りたいと妻は叫んだだけ。
 もうそんなことは出来っこない。
 平凡で幸せだった過去の自分は帰って来ない。
 変わり果ててしまった己を自覚している典子。
 かつての貞淑な人妻は、どんな男とも見境なく変態セックスを繰り広げるだらしない淫婦に変貌してしまっている。
 叶えられない願望を口にしただけ――。

285名無しさん:2019/02/05(火) 23:57:20
81

 妻がいなくなり。
 天の啓示のような夢を見てから。
 やっと私は真相を悟った気がする。
 リアルな夢を見たことで、いままでモヤモヤしていたものが、すっきりと整理された。
 だが得られた結論は残酷な真実。

 妻が家に戻って来たのは私たち家族に対する愛情の故ではない。
 まさにAV社長と奴の組織を守る。
 その一点のみが理由。
 信じがたいことだがそうなのだ。

 警察に通報させない、会社にも行かせない。
 妻の発言、行動――あらゆる要素を組み合わせれば、必然的にそこに帰結せざるを得ない。

 男たちより家庭を選んでくれた妻。
 私は喜びに包まれながらも、無意識の中で様々な矛盾にぶつかり足掻いていた。
 そしてついに深層心理が夢という形で、事実を浮き彫りにしたというわけだ。
 今まで妻への漠然とした割り切れなさは抱いていた。
 疑念も少なからずあった。
 しかしやはり私は心のどこかでそれを拒否していたのだ。

 だが真相は一つ。
 長髪社長は一週間を経ずして会社ごと姿を消し、警察からの捜査の手を未然にブロックし安全圏に逃げた。
 妻はそうやって社長が完全な防戦体制を整え上げるのを、私のそばに張り付き、邪魔だてさせないように見届けた。
 つまりは、そういうことだ。
 それが全て。

 特に連中にとっては探偵の存在が気が気ではなかったのだろう。


『探偵にも行ってるみたいだけどもうやめてください』


 妻からの三行半の手紙にもそう書かれてあった。
 後ろ暗い連中。
 叩けば埃が出る。
 本能的に色々と探られるのが嫌なのだろう。

 やがて事務所ごと奴らは消え失せ、探偵から警察に告発があろうとも、まるっきり危険がない状態になった。
 阿吽の呼吸で無言のうちに与えられた典子のミッションはコンプリートした。
 後は漫然と惰性の毎日を送っていたに過ぎなかったのだ。

 妻は私や子供たちを愛しているので帰って来てくれた訳ではなかった――。

 身を切られるようなつらい現実だが、モヤモヤは晴れた。
 どれほど受け入れがたい事柄でも事実として認識して行かなければ前には進めない。

 思えば典子はずっと《向こう側》だった。
 それは家に連れ戻してからも変わらない。
 ある時点から、典子はもう《向こう側》の人間だったのだ。
 私の妻ではなく。


『私には家に帰る資格ない・・・』


 この言葉には想像をはるかに超える大きな意味があったのかも知れない。
 もはや家族の一員ではなく、奴らの組織の配下になってしまっている、その自覚。
 妻は私に従って家庭に戻ることを同意したが、それは単にほとぼりの醒めるのを待つ方策だったのだ。


『俺の妻である以上、一緒に帰るんだ』


 俺がそう言って、強引に連れ帰っただけ。
 心を男たちに残したままの、妻の抜け殻を帰宅させたに過ぎなかった。
 そして妻はいつか来るに違いない連中からのコンタクトを心待ちにしていたに違いない――。

286名無しさん:2019/02/06(水) 00:00:14


 振り返ってみて何より情けないのは、実はAV社長のほうが長年連れ添った妻よりも、あのとき真実を喋っていたということだ。
 いきなり自宅に出現した見知らぬ長髪の男。
 こいつが今まで俺を散々おちょくり、所有主などとふざけた手紙まで送ってきた男か!
 私が怒りに我を忘れ、奴の言葉のいっさいに耳を貸さなかったのは、むしろ当然だろう。


『私たちはAV制作会社でしてね、典子が現在所属している会社でもあります』


 開口一番、奴はそう言った。

 AV制作会社?
 典子が所属している?
 じゃあ典子はAV嬢だっていうのか?

 動揺を誘ったこの言葉も、連中がいなくなったあと典子本人が、その口で明確に否定してくれた。


『会社は普通の映像製作会社。事務の仕事してるの。だからAV女優なんかじゃない!』


 やっぱりな。
 自分に都合よく事実を捻じ曲げ、夫婦の仲を裂こうとしていやがる。
 ある事ない事吹き込んで、俺を困惑させて、気持ちをくじこうとしてやがる。
 そうはいくか。
 俺は闘志を燃え立たせた。

 しかし――。
 信じがたいことだが。
 奴は事実を告げていたのだ。
 嘘を言っていたのは妻のほうだ。
 俺はてっきり長髪野郎が口から出まかせを言って、妻を自分のものにしようとしているとばかり思い込んでいた。
 逆だったのだ!


『典子がどういう女になったのかを知らずに今後のことを考えることはできないと思いますよ』
『あなたの奥さんもこの奥さんも同じ境遇だということ』
『あなたの為に言っています』
『DVDで見ただけではわからない部分、あなたの知らない部分がたくさんある』
『私は典子がどこまで堕ちたのかを知っています。だから言っているんです』


 すべて本当のことだった――。

287名無しさん:2019/02/06(水) 00:01:06

 対して典子はウソばかりついていた。


 曰く――撮影なんて知らなかった。売られてるなんて、さっき初めて聞いたの。
 曰く――事務の仕事してるの。だからAV女優なんかじゃない。
 曰く――あの人たちは会社にはいない。あの会社の社員じゃないの。
 曰く――会社は普通の映像製作会社。社長が仲間内で個人的にやってるだけだから他の社員も何も知らない。


 虚偽のオンパレードだったが、俺は気づかなかった。
 さもありなん。
 俺は大バカ亭主。
 それまでにもウソばかりつかれて来た。
 典子が俺を騙すはずがないと、信じ切っていたのに。


 ――ごめん、携帯の電源切れちゃってたみたい。
 ――お茶してカラオケいってくるだけのつもりだったんだけど、ご飯もたべてきちゃった。会社に新しくパートで来た人と仲良くなって話がはずんでさ。
 ――いや、さっき笑われたって言ってたから汚れてるんだと思って車の中掃除してきたの。
 ――あ、ごめん、曜日間違えちゃった。お茶漬けとかでよかったらすぐ作れるけど・・・。
 ――ちょっと町内会の集まりがあったの。
 ――ねぇ、明弘の三者面談いけなかったんだー。仕事で・・・。


 頭の中によみがえる妻の明るい声。
 これらすべてが俺を欺くための真っ赤な嘘だったわけだ。
 いくら何でも、あんまりじゃないか・・・。

 温泉旅行で妻が言ってくれたセリフ。


『年取ってもこうやって仲の良い夫婦でいたいってことよ』


 お互いに笑顔で見つめ合った。
 夫婦でこういう真面目な会話をするのも悪くない。
 和やかで温かい空気の流れる不思議な時間。
 しかし、あの言葉も心にもない絵空事だった――。

 そして典子が穏やかな口調でポツリと言ってくれた言葉。


『あなたと結婚してよかった』


 その時の妻の顔は本当に美しくて可愛らしかった。
 俺の女房になってくれてありがとう、典子。
 素直にそう思えた。

 それすらも。
 変態顧客たちを喜ばせるためのシナリオで。
 特殊AV制作会社の連中が用意した。
 空虚で、偽りに満ち満ちた。
 飛び切りの大嘘だったのだ!

 俺は知らなかったが、そのとき浴衣に隠された妻の美しい丸々とした真っ白な双臀には、《変》《態》という文字が一文字ずつ大きく殴り書きされていた。
 心からの言葉であるわけがない――。


『典子はもうあなたの知っている典子ではありません』


 一番否定したかった奴の言葉。
 しかし・・・。
 すべての真実はそのひと言に凝縮していたんだろう。



 あの日。


 ――妻を救いたい。


 その一心でシャカリキになっていた俺。
 妻の側に立って社長と対決している気でいた。
 妻とタッグを組んで戦っているつもりだった。
 こうして真実が暴かれてみれば。
 なんと滑稽なことだっただろう!

288名無しさん:2019/02/06(水) 00:02:43
82

 妻が我が家に戻ってからの生活。
 ほぼ時を同じくして、私の北九州への単身赴任も終わった。
 最後は妻の失踪に気もそぞろで、有休も沢山使わざるを得なくなり、仕事の成果どころではなかった。
 同僚や部下に言えることでもない。
 自分一人の胸に仕舞い込んだ。

 単身赴任を終えた日常は、半年前と少しも変わらなかった。
 それは俺がそう思い込みたいだけだったのか。
 仲良し4人家族で過ごす日々。
 子供たちは二人とも受験生。
 妻とは以前と同じに話をし、以前と同じに食事をし、以前と同じに談笑し、以前と同じに同じテレビ番組を見た。
 時おり暗い翳を浮かべる妻の表情を除けば、まるで魔の半年間など無かったかのような、20年来の日常がそこにあった。
 妻が特殊AV社長の意を酌んで、方便として家に戻って来ただけなんて気づかなかった。
 だがそれはもはや疑いとかいうレベルではない。
 心が張り裂けそうに辛いが、冷厳な事実なのだ。

 北九州では会社の寮に住んでいた。
 寮といっても一般のアパートを会社名義で借りているだけの小さな部屋。
 でも最初から通勤の便を考えて近くを選んであるので、朝は比較的ゆっくりできた。
 それが福岡に戻って来ると、また慌ただしい朝だ。
 真菜も明弘も早いが、私はそれ以上に早くに家を出なくてはならない。


「あっ、こんな時間だヤバイっ」
「ほら、新聞なんかバスの中で読んだら? もう7時よ」
「こりゃ車で行かないと間に合わないかな?」
「あまりしょっちゅう車で行くと叱られるんでしょ? 駐車場がいっぱいになるって」
「それはそうだが、緊急事態だ」
「バカね。緊急事態にしたのは自分でしょ? もう少し早く起きればいいのに〜」
「あはは、そうだな。まだ慣れなくてね〜」
「えっ、もう何年も通勤してるのに慣れてないの〜?」
「あはは、これから早出するようにしたんで、まだ身体のリズムがね〜」
「じゃあ帰りは?」
「遅くなるかな〜」
「そう? ほら。鞄、鞄。忘れないでよ?」
「あ、ほんとだ、サンキュー。行って来る」


 朝の風景。
 妻もいそいそと世話を焼いてくれる。
 真菜も明弘も起きてきて、顔を洗ったりトイレに行ったりする、慌ただしい時間帯。
 そんなバタバタした朝の時間は、妻も後ろ暗い記憶が消え去るのだろう、ぎこちない態度は影をひそめ、昔通りの明るい妻、優しい母に戻っていた。
 このささやかな、でもかけがえのない平凡な毎日を重ねることで、元通りの楽しい家庭を構築することが出来る。
 そのことに何の疑問も持っていなかった。
 手応えがあった。
 だから新しい敵――典子のファンとかいう狂った富豪――が余計な手出しさえしてこなければ、きっと私の家庭はすっかり元通りになった筈なのだ。
 そう信じ込んでいた。

 だが妻にとってはこのささやかな幸せも空虚なものでしかなかったということか。
 狂った異常色欲の世界がもたらす骨身もとろかせる刺激に比べて、退屈きわまる毎日だったということなのか。
 その後の経緯を見れば、そうとしか思えない。
 家族に向ける笑顔の裏では、平凡すぎる生活に失望のため息を漏らしていたのだろう。


『本当にいいのか? これから何もない生活でお前は本当に満足ができるのか?』


 AV社長の言葉。
 悪魔じみた変態セックスの快楽を五体の隅々まで染み渡らせてしまった妻は、その言葉通り、開発された女体を日々どうしようもなく疼かせていたに違いない。

 私に見せつける様な激しいオナニーは、淫欲を雲散霧消させるための理性的な対処法、と好意的に捉えていた。
 だが、昔の自分とは違ってしまっている、との妻なりのアピールだったのかも知れない。
 もう戻れないところまで行ってしまっていた妻。
 もし例の『ファン』が出現しなかったにしろ、遅かれ早かれ妻はフラッシュバックし、いびつな異常性愛の世界に戻る運命だったのだろう。


『私、典子は旦那との結婚契約は続けますが、身体も心もご主人様のものであり、ご主人様の意思で今の旦那と暮らしてます』


 去年の5月の段階で、典子が直筆でサインまでしてしまっていた奴隷契約書。
 全裸ではっきりと口に出して読み上げていた。
 遊びでも冗談でもなく、その通りだったのかも知れない。
 結局は社長の意をくんで家に戻って来ただけだった妻。


 ――ご主人様の意思で今の旦那と暮らしてます。


 こんなふざけた話があるか!

289名無しさん:2019/02/06(水) 00:06:23
83

 落ち着いて振り返ってみる。
 昨年からの長い顛末。

 結局のところ。
 俺はゲームセンターのテーブルゲームで最高点を出そうと頑張ってるゲーマーだった。
 自慢の家庭を守ろうと必死だった。
 半ば崩壊状態の家庭。
 自分が救えるものだと信じていた。
 まだ画面には《Continue・・・?》の文字が出ていると思い込んでいた。
 そしてコインを入れ続けていた。
 プレイを継続しているつもりだった。

 なんのことはない。
 ゲームはとっくに終わっていた。
 妻はもう奪われていた。
 去年の春の段階で。
 身体どころか、心までも。
 奴らは一気呵成に婚外セックスの回数をこなさせ、変態趣味にもどっぷりと漬け込んだ。
 雁字搦めにし、じっくりと肉体の奥底に肉欲の快感を植え付けた。


『今日は旦那の飯は作るな。お前がもう旦那のものじゃないということを教えてやるんだよ』


 そんな命令をされて、素直に従う配偶者がどこにいるだろうか?
 心身ともに他の男たちの所有物、本物の奴隷にでも成り下がっていなければ。

 妻を救う。
 DVDを見せられ、妻が失踪しても尚。
 私の心には闘志があった。
 燃えていた。
 しかし・・・。
 奪回のあの時点ですでに救いようのない妻だったということなのか。

 AV社長は妻を家に帰すことは、ちょうどいいテストくらいに思っただろう。
 半年の間、まさに夜を日に継ぐようにして、男たちと爛れた関係を続けてきた典子。
 それが切れて、果たして正気でいられるものか。
 もう身体が以前とは違ってしまっている。
 それを典子本人に思い知らせる絶好の機会。
 社長は一石二鳥だとほくそ笑んだかも知れない。

 そうは言っても、妻の心にも、私たち家族とやり直せるかも、という一縷の望みはあったに違いない。

 『Episode10』でのベッドに横たわる私の寝顔に語りかけていた場面。


『あなた・・・家に帰る資格のない私を・・・連れ戻してくれて・・・嬉しかったです・・・でも・・・』


 背後から男に立ちバックで責められながら、裸のまま無我夢中で本心を口走っていた妻。


『あなた・・・妻として・・・母として・・・もう一度やり直すつもりだった・・・でも無理だった・・・』


 そうはっきり告げていた。


『もう身体がとまらない・・・去年あなたが知らない間に・・・いっぱいされたの・・・普通じゃないこともたくさん・・・あなたが見たDVDが全部じゃない・・・ほんの一部・・・もっと凄いこともいっぱいしてるの・・・』


 自分の肉体が異常セックスの快楽に、完全に屈服していることを白状していた。


『本当にいいのか? 一度抜けて戻れるものではない・・・』


 社長は、家に戻ると言った妻――俺に張り付き見張りを続行すると言外に誓った忠実なしもべの典子に対し、皮肉な調子で告げていた。


 ――どうせ戻って来ることになるが、それには禊やケジメが必要になる。しかしどんな苦痛に満ちた調教でも甘んじて受けるだろう。もうそういう身体になってしまっている。ここで思い切りそれを自覚させたほうが、のちのち好都合だ。


 社長はコマシ屋としての豊富な経験で、典子の行く末など、掌を指すがごとくにお見通しだったはず。


『ファンも大勢いますよ。典子と会いたいという話もたくさん来る。金に糸目をつけない連中がね』


 俺という旦那の前で、そう言って、憚らなかった長髪野郎。
 自分が手を下さなくても、いずれ誰かが典子に手を伸ばすという確信があったのだろう。
 そして典子がそれを拒絶できない身体になっていることは百も承知だったわけだ。

290名無しさん:2019/02/06(水) 00:07:01

 案の定、典子は昨年10月3日の○○ホテルでの会見以来、再び異常性欲者たちの網に捕りこまれてしまった。
 俺は自分の不運を呪った。
 せっかく取り戻した最愛の妻をまたしても凌辱生活に引きずり込まれて悔しかった。
 引き出しに仕舞われていたDVDを見るまでそのことに全く気付かなかった俺は、何か防ぐ手立ては無かったのかと、ずっと自分を責めてきた。

 しかしそんなことが出来るわけがない。
 これこそ典子自身が待ち望んでいたことなのだ。
 淫らな刺激を求めて激しく疼く女体を持て余していた典子。
 俺にひと言の相談もなかったのも道理だ。
 典子は帰りたくて家に帰って来たわけではない。
 社長への忠誠の為、いったん元の家庭に身を置いただけ。
 元の生活に戻れるかもという幻想が、おそらくは短期間で呆気なく打ち砕かれて以後。
 もう家族と暮らすことにも何の興味もなかったのだろう。

 精神的に不安定になり、また寝こんだりし始めたのもこの時以降だ。
 『ファン』を自称する新たな調教師チーム。
 妻は苛酷さの増した性調教に自らのめり込んだ。
 アナルプラグを入れられ、ローターで調教され、クリキャップを義務付けられ、随時呼び出されては、鞭打たれ浣腸をされていた典子。
 様子がおかしくなったのも当然だ。
 娘の話だと、ほぼ家事などすることもなく、娘に任せっぱなしとのことだった。
 食事も妻ではなくほとんど娘が作っていたという。
 家族に興味を失った妻が、家事に意欲を燃やすわけがない。
 男たちからの淫靡な命令を嬉々として受け入れることしか考えなかっただろう。

 そんな娘は4月から大阪の専門学校に行っている。
 すると、そのあとは曲がりなりにも家事は妻がやっていたことになる。
 娘がいなくなればたちまち家事が滞りそうなものだが、さほど変でもなかった。
 むろん私は早出と深夜残業を繰り返していたから、細かくチェックできるような立場だったわけではない。
 ただ娘がいなくなると妻一人に家事がのしかかる。
 そのことが無意識に頭にあって、出される食事等が多少いい加減になっても、気にも留めなかったのかも知れない。
 あるいは4月後半から勤めに出るようになって、妻も日中の調教からは逃れ得たので、少し身体に余裕が出たということだったのだろうか。
 料理だって手の込んだものは作らなかったが、7月頃には夏野菜の浅漬けにチャレンジしてくれたりしていた。
 平凡な暮らしに満ち足りていたように見えたのに・・・。
 8月末に予定されていた永遠の別離。
 迫り来る期限を見据えて、せめて家庭の味の思い出をという妻なりの心づくしだったのかも知れない。

291名無しさん:2019/02/06(水) 00:10:10
84

 やがて10月が終わり11月に入った。
 時は無為に過ぎていく。

 大量の薬物服用。
 大量の飲酒。
 大量の喫煙。

 妻の行方は杳として知れない
 打つべき手はない。
 苦痛に満ちた毎日。

 AV社長からの電話はない。
 もちろん妻からもない。
 これだけ狂おしい思いをしているというのに、なぜ典子は連絡一つもよこさないのだろう。
 妻の気持ちが掴めない。
 とっくの昔に俺からは気持ちが離れていて、すでに眼中にないのだろうか。
 きっとそうなのだろう。

 前回、社長は電話で言っていた。


『まあ、DVDも全部はご覧になっていらっしゃらないようだから仕方ない。まだ時が掛かりそうですね』


 確かに・・・。
 妻の出ているDVDを見るにつけ。
 妻の淫乱な痴態を知るにつけ。
 妻の裏切りの実態を目の当たりにするにつけ。
 もう夫婦関係の修復など、夢のまた夢と思えてくる。

 時が過ぎゆくに連れ。
 仲の良い夫婦として一緒に暮らしていた典子の残像は薄れて行き。
 ビデオの中で、裸で色んな男と爛れたセックスに耽る、ふしだらな典子の姿だけが私の頭の中に色濃く残って行く。

 これが狙いなのだろうか?

 奴らは手を下さずとも、私がDVDを見続けることで。
 ショッキングな映像が突きつける、ウラの真実に触れ続けることで。
 妻の堕落ぶりに、ひとりで悶絶し。
 うめき、苦しみ、のたうち回り。
 やがては離婚を受け入れざるを得なくなる。

 そう踏んでいるのだろうか?

 そのためにはわざわざ電話をして、下手に私を刺激することもない。
 柿は苦労して枝に登って取らずとも、熟せば自然と地に落ちて来る。
 ただ待てばよい。
 旦那は半狂乱になり、消耗し、疲労困憊して、やがて白旗を上げるだろう。
 その頃を見計らって、やっと連絡を取れば十分だ。

 いや――。
 社長は以前『婚姻などの法的なものには興味はありません』と通告の文書ではっきり書いていた。


『まあ、籍が入っているかどうかは、実際のところ私たちの活動にはあまり関係はないのですけれどね。ただ典子もすっきりしたいでしょうから』


 最初の電話でもそう話していた。
 だとしたら、あれだけこだわっていた《離婚》についても、もうどうでもいいと方針転換したんだろうか?
 あんな旦那など構うなと。

 亭主持ちだろうが、やることは変わらない。
 かえって人妻のままのほうが面白いぞ。

 そんな展開になってしまっているのだろうか?
 電話がないのはそう言うことだろうか?

292名無しさん:2019/02/06(水) 00:10:55

 奴らとの離婚交渉が、典子との残された唯一の接点と信じてきた。
 その交渉の中にこそ、活路があるのではないかと期待していた。
 それすら連中は放棄してしまったというのか。
 もうこのまま、放ったらかしにされてしまうのか?

 典子が完全に別世界の人間になってしまう。
 もう二度と会えないかも。
 二度と声も聞けないかも。
 この世で再びまみえることは、もうないのかも。
 私は典子のれっきとした配偶者のはずなのに――。



 11月の声を聞き、肉体の異変は新たに瞼にも現れた。
 左の瞼が時々小さな痙攣をおこすのだ。
 左手の小指と薬指の痺れは相変わらずだし、左の太腿の皮膚にも麻痺のようなものを感じている。
 この前撮った脳のMRIでは目立った病変はないとのことだった。
 しかし検知できなかっただけで、何かが進行しているのかも知れない。

 別に怖くない。
 仕事をし。
 家庭を支え。
 家族を支えているという自負があった頃。
 自分なりに健康には気づかってきた。
 若い頃は翌日が仕事の日でも平気で起きていたが、歳を取るにつれて仕事に対する責任感などを感じるようになり、夜更かしはやめた。
 煙草も減らし、禁煙したりした。

 しかし、今のこの状況。
 妻が蒸発し、子供たちとも別々の暮らし。
 自分の身体のことなんてどうでもよくなっていた。
 もっとも多少でも気にかけているのであれば、こんなに薬品や酒煙草を、むやみやたらと大量摂取しやしない。
 自覚はなかったが、もはや自暴自棄の状態だった。

293名無しさん:2019/03/30(土) 11:17:27
続きは?

294名無しさん:2019/03/30(土) 13:29:16
愛欲を独占する淫らな石プレミアムは知ってますか?

295名無しさん:2020/04/10(金) 12:41:48
>>292

296名無しさん:2020/04/10(金) 12:42:18
No

297名無しさん:2020/08/05(水) 18:04:49
続きが読みたい・・・。

298名無しさん:2020/08/11(火) 12:56:30
>>292
続きをお願いします🙏

299名無しさん:2020/08/13(木) 21:39:54
こんな私を起たせてくれた小説がここで切れるなんて・・・。

300名無しさん:2022/12/19(月) 10:17:07
あげ

301名無しさん:2023/03/03(金) 17:42:40
さらにあげ

302名無しさん:2024/02/06(火) 17:24:00
ひさびさあげ


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