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私の知らない妻・外伝【原稿】
69
:
名無しさん
:2018/10/19(金) 14:51:03
17
次のシーンはホテルのロビー。
私は行ったことがないが、疑いもなく○○ホテルなのだろう。
カメラは壁際の位置から、遠くまでを映している。
かなり離れたところ右側にエントランスが見え、ときどき小さく人の出入りがわかる。
左側には遠くフロントがあって、そこにホテルの従業員が動いているのも小さく見える。
すぐ目の前には一人掛けのソファがあり、カメラマンはその向かい合った反対側のソファから撮影しているらしい。
この対になったソファが3つほど縦に並んでいる。
右側は続きの大きな窓になっている。
外はちょっとした庭のようになっているが、その向こうにエントランスから出てきた人が行き交うのも透かし見えた。
左側は背の高い観葉植物が並べられていて、この休憩スペースのプライバシーゾーンを確保している。
窓の端がこの席で終わっていることから、一番奥まった場所だということもわかる。
不意に画面に腕時計が大写しになった。
妙な飾りつけはない。
こけおどしではない正統派の高級時計っぽい。
時刻はちょうど14時を指している。
約束の時間だ。
しばらく文字盤を映していたカメラが、サッと動いた。
窓の外を狙う。
ズームになった。
ひとりの女性が首うなだれて、エントランスに向かうのを捉えた。
輪郭は遠すぎてボケている。
それでも妻であることが分かった。
トボトボとした、いかにも重い足取り。
嫌で嫌で仕方ない。
だけど行かなければならない。
そんな歩調に見えた。
やがて視界から消える。
今度はホテル内に入って来た妻が映し出された。
まだ距離がある。
トレーナーにジーンズの部屋着とは違った。
ちゃんとした外出着。
薄茶のブラウス。
白のゆったりとしたスカート。
だが地味だ。
決して派手な格好ではない。
男が立ち上がって合図でも送ったのだろうか。
妻が伸び上がってこちらを見た。
そしてまたさっきよりも俯きながら近づいて来た。
「高田典子さんですね。初めまして。私はとある人物の代理人としてやって来ました」
男の言葉を、妻は死人のような表情で聞いている。
男は名刺を妻の手に握らせたが、それを見ようともしないで突っ立ったままだ。
カメラを抱えたままの男に恐怖を感じているのは明らかだった。
男は手振りで妻に座るよう促した。
妻は魂が抜けてでもいるかのように、よろよろと力なく腰を下ろす。
顔色は血の気を失い真っ青だ。
「まあ、こういうところで男と会っているのを、奥さんもあまり見られたくはないでしょう。手早く済ませましょう」
男の口調はいかにもやり手のビジネスマンという自信に満ち溢れていた。
去年の一味とは全然毛色が違っている。
もしかすると本物の弁護士か何かを雇ったのかも知れない。
そんなことを思わせるほど、男の物腰は世慣れていた。
「単刀直入に申し上げる。奥さんは引き続きビデオに出たいのではないですか? どうです?」
いきなり核心に斬り込んできた。
精神安定剤が通常以上に身体に回っている状態でも、私は極度の緊張で凍り付いた。
妻は横を向いて窓の外を見ている。
男の言葉など聞いていない風だ。
この場所に時間通りに来さえすれば、イエスかノーかを問わず、DVDをばら撒くことはしない。
ファンと自称する送り主はそう明言している。
だから答える必要もない。
来ただけで役目は済んでいる。
妻の強ばった横顔はそう主張しているように見えた。
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