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架空戦記系ネタの書き込み その86

517yukikaze:2017/04/22(土) 22:13:07
「ロッテ戦術が導入されていましたが、誰も私と組もうとしませんでしたね。当然です。私も
誰とも―たとえそれが笹井中尉であっても―組もうと思わなかったし、相手も同じだったでしょう。
新しく入ってきた連中は半ば公然と『死にたければどうぞおひとりで死んでください。あんたの下手
くそな操縦に付き合わされて死にたくありません』と言ってのけましたし、笹井中尉からも『これ以上
トラブルを起こすようなら、もう飛行機には乗らせん』と通告されましたしね」

そんな失意の笹井の転換こそ、フィリピンでの決戦であった。
マリアナにおいて、海軍は確かに勝利したものの、その代償として戦力の根幹である基地航空艦隊と
母艦航空隊を壊滅一歩手前になるほどの損害を受けていた。
無論、アメリカ海軍も空母機動艦隊が壊滅する羽目になったものの、相手は世界最大の国力を持つ
アメリカである。
半年も満たない時間で、彼らは戦力を整えると、フィリピンへの侵攻を開始する。
未だ戦力の回復途上である日本海軍において、内地にて錬成を続けていた203空を遊ばせてやる余裕など
どこにもなかった。

「203空の連中は戦意を高揚させていましたが、私は一人で『ああ。ここが死に場所か』と思っていました。
当時の203空は、全て雷電で固められるはずだったのですが、マリアナでの大被害のお蔭で、他の部隊に
引き抜かれたりして、雷電とゼロ戦32型の混成部隊になっていたんです。
私はゼロ戦32型に乗ることになったんですが、こいつも雷電よりはかなりマシとはいえ、21型のあの
絶妙な操縦を再現するにはどこか違和感がありました。
『ソロモンで死んでりゃよかった』と、本気で思っていましたよ」

日本海軍でも有数の精鋭部隊と見られていた203空であったが、フィリピンの航空戦はそんな彼らにとっても
苦闘の連続であった。
と・・・いっても、彼らの腕が劣っていたのではない。
単純に相手の戦力が圧倒的なまでに上だったのだ。
第203空は定数が72機あったが、相手は1,500機近い数である。
無論、全てが戦闘機でもないし、これだけの数が一斉に来たわけでもないが、それでも数の差は、圧倒的
という言葉すら生ぬるいレベルであった。

「もうね。生き残るのに必死でしたよ。雷電がF6F相手に高速域で戦える戦闘機であっても、相手は数に任せて
殴りかかってくるんですから。せめてもの救いは、雷電の防御が硬くて、あいつに乗っていた面子は辛うじて
命を拾ったくらいですね」

淡々と語る坂井であったが、言外に彼はこういっていた。
雷電程防御が硬くないゼロ戦に乗っていた面子は助からなかったと。

「ロッテ戦術もくそもありません。編隊を組もうにも、四方八方から相手は来るんです。律儀に編隊を組もうと
無理な機動をした瞬間、爆発してお陀仏ですよ。私の機体も何発も浴びて、飛んでいるのが奇跡でした」

その点では、32型の防御強化も無駄ではなかったでしょうね、と、坂井は淡々と言った。
何とも皮肉なことではあるが、坂井を苦しめる原因となった「低速域での絶妙な操縦性能をある程度低下させる
代わりに防弾装備を付けた」ことが、結果的に坂井の命を救ったのである。
無論、坂井がそれに対してどう思っているかは、彼の表情と口調が何とも微妙なものであったことからも
理解できるものであった。

「203空の基地に戻るのは自殺行為でした。飛行場は穴だらけだろうし、敵さんの戦闘機はしつこく付きまとう
のは確実。それ以前に、こちらの機体は飛んでいるのがやっと。こりゃもう不時着しかないと腹をくくって
ようやく、それなりに整地されている所を見つけた時は、神仏に感謝しましたよ」

もっとも、脚すら出なくなったことで、胴体着陸した坂井は、周囲を見て「そりゃあ整地されているはずだ」
と、妙に感心したという。
彼が降り立ったのは、陸軍の第七飛行師団が用意していた野戦飛行場の一つだったのだ。

「そのことを知った時は、そりゃあバツが悪かったですよ。何しろ胴体着陸したお蔭で、せっかく整地されて
いた場所が元の木阿弥になってしまいましたからねえ。こりゃあスマンことをしてしまったなあと、向こうの
担当にどうやって詫びようかと頭を悩ませていたんですわ」




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