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提督たちの憂鬱 支援SS その03

1名無しさん:2012/05/20(日) 16:32:06
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951ルルブ:2016/03/20(日) 14:15:11
敬礼する。
入室した。
部屋には俺と彼、それに秘書役の白人女性が一人・・・美人だ。
数ある腹黒いこう言った噂であるが、彼女はこの本部長の愛人になる事で家族と一緒に東部から逃げれた稀有な女性だという。
体を売っていると侮蔑するのは失礼を越して滑稽だ。
今の北米大陸で対価を払わずには何も手に入らない。
そして、対価を払っても横からか掻っ攫う者が多い。
もしくは奪われて泣きを見る。
全てなかったことにして。
知らぬ存ぜぬ、と。
太平洋の向こう側の中華という大地と同様。
ならば思う。

(おやおや、という事は目の前の事務方のデブはそれなりに仁義を通したのか?
仁義という意味では・・・・ならば見習うべきか?
例え不純異性交遊が理由でも、約束を守るのは立派なものだからな)

皮肉だ。
本当に皮肉だ。
両親と20の妹が混乱に見舞われるあのフロリダ半島で欧州枢軸と英国に保護された。
ハワイ沖海戦の直後、兵員と物資、それに疎開船団護衛の為、本土決戦を声高に言う西海岸からの避難民と共にパナマ運河からカリブ海配属へと決まった。
もちろん、日本海軍の攻撃を恐れて急増部隊によるピストン輸送。
あの大海戦から休暇など半日しかなかった。
それも書類整理で全て潰れた。
忌まわしい思い出も多々ある。

『ラスト・エクスプレス』

というハワイ諸島から西海岸への撤退作戦、その後の希望者による西海岸からパナマ運河より東の安全地帯への集団疎開。
そしてここで、テキサス共和国を宣言し独立したかつてのアメリカ合衆国テキサス州の海軍本部に俺はいる。
何の因果か。

(そうだ。
そうだったな。
人のことは言えないな。
俺も俺だ。
目の前の本部長と同じで、俺の人生を捧げたアメリカ合衆国海軍を裏切ったのだから)

表に出さず、ドイツ人の父と母を持つ海軍少佐は無表情に起立、敬礼する。
かけろと言う仕草に目礼し、ソファーに腰掛ける。
おそらくは旧合衆国の遺品の一つ。
今では手に入らない、最早存在しない国家がつい一年前までは確かに存在したのだと証明する、小さな証であり、恐らくは歴史的な遺物になるモノ。

「珈琲か紅茶かどちらがいいかね?」

ああ、そうだ。
目の前の男にきちんと対応しないと。
ここで首にされるのはゴメンだ。
それにしても・・・・うん?

「ミルクと砂糖、それにレモンもあるが?」

珈琲?
紅茶?
しかも砂糖にミルクもある、だと?

(一介の少佐に対しては実に遜った態度だな・・・・ああ、これはあれかな?
銃殺一歩手前だから最後の温情か?)

皮肉な笑みをなんとか押し殺す。
向こうは純粋な好意だ。
羨ましそうに見る女性秘書から察するに、これは例外的な対応なのだ。
目の前の同盟国ドイツの陶磁器、マイセンであろう珈琲カップには黒い液体が注がれ、湯気を立てている。

(きっと、あの日にあの士官学校を繰り上げ卒業させられた少尉候補生の言葉が離れないからだろう。
若しくは西海岸での最悪の別れか?)

まあ、組織にいる以上上司の好意を潰すのは得策ではない。
例えどんなに嫌っていても、それを表に出しては家族に迷惑がかかる。
俺の人生はもう俺だけのではない。

「ありがとうございます・・・・では閣下と同じ珈琲を・・・・ああ、最近海上勤務から離れて久しいのでブラックでお願いできますか?」

ウィットを含んだ冗談。
そして、それを女の方は理解した。

(現役の海軍少佐が砂糖漬けなど笑えんからな)

952ルルブ:2016/03/20(日) 14:17:35
生活必需品、いいや、一杯の水や食料で娘を売る親が当然のようにいるのがこの世界だ。
自分のような海軍少佐、しかも敗軍の将兵に過大だ。
そう思った。
尤も、相手の本部長はそうは思わなかったようだが。

「ほう、君も珈琲の味がわかるか。
そうだろう。
そうだろう。
うん、その通りだ。
珈琲にミルクや砂糖など邪道だ。
君はやはりできる男なのだな!」

うんうん頷く男にありがとうございます、光栄の極みです、と、追従する。
ここで下手な事を言うわけにはいかない。
何しろ目の前の男の期限を損なって海軍軍人でありながら小銃を持たされて東の防疫戦線に送られた同僚の何と多い事か。

(まあ、噂だが・・・・突然失踪した連中や党が勝手に連れて行った連中は多いからな)

ああ、碌でもないな。
だが、録でもなくても仕方ない。
俺にだって家族がいる。
身一つで東部から逃げてきた両親と妹が。
特に妹の方はまだ処女だ。
どうでもいい事で、食料の為に純潔を散らすのだけは見たくない。
畜生。

(いったいどうしてこうなった!!
あの大津波以来、全てがひっくり返った!!
なぜだ!! 神よ、俺たちが何をしたのだ!?)

呪詛は出さない。
おべっかは出す。
追従はする。
それがこの世界の弱者が生きる方法。

「南米や中米の植民地を愚かな東部地域のインテリどもの愚断や黄色い猿の跳梁で失った以上それらも最早簡単には手に入らない、ですか?」

「おお、君は話がわかるな!!
ああ、私も同感だよ。
そうだ、そのとおり。
それに加えて西部の黄色い猿どもに尻尾を振るインテリの残党や恥知らずの蛮行にも呆れてモノも言えない、だ!!」

それから数分間、見るに堪えないし、聞いても決して面白くない話を聞く。
まあ、珈琲はどうやら挽きたてであの美人さんが淹れてくれたのか美味かったのが救いだ。
白い米海軍の軍服と同じ軍服を着た海軍少佐は思う。
何を間違えたのか、と。
どこで祖国は過ったのか、と。
それとも、これが『明白な天命』という奴か?
西へ西へと進み、自重しなかった挙句に神話の時代から続く皇帝を戴く東洋の神秘の帝国の神の怒りを買った、その報いだというのか?

黙次録。
聖書級大崩壊。

あれがそうか。
ふと、少佐はあの日を思い出す。
1943年1月18日からの日々を。

953ルルブ:2016/03/20(日) 14:19:52
1943年1月 ハワイ沖

『敵機接近!!』

『取舵いっぱい!!』

弾雨の中、敵艦載機からの急降下爆撃が敢行される。
数発の爆弾が味方艦隊に直撃。
爆炎が去り、煙を上げる味方部隊。
何隻かは見るも無残な姿を海上に晒し出している。

「艦長!! 伏せてください!!」

俺は咄嗟に叫んで身を伏せた。
数機のジークが機銃掃射とロケット弾の攻撃を行った。
フライパス。
対空砲が明らかに当たった筈だ。
なのに、殆ど無傷のように、何も支障がないように飛んで去った。
これが極東の猿が作った紙と竹で出来た飛行機?
情報部の連中、碌でもない情報しか寄越さなかったのか!?
そう思う。
いや、違う。
きっと、翻訳か言語体系が違うのだ。
情報部の脳みそと現実世界の言語の、その常識とやらが。

「各部署!! 被害報告急げ!!」

とっさに俺はマイクを持って叫んだ。
ついでに心の中で罵倒してやる。
この事態をもたらした神に、上層部に、そしてジャップに。
いや、何もできない俺自身も。

『こちら機関室!! 本艦の航行に支障なし!!』

『水雷、魚雷発射管損傷なし!!』

『左舷高角砲に死傷者多数!!』

『こちら右舷対空砲観測班!!
敵機二機、戦隊旗艦に向かっています!!』

『第一砲塔です!! 艦橋!!
早く航路を戻してください!!
前方に漂流者の群れが!!
ま、巻き込みます!!』

なんとかしないと。
早く艦長を・・・・そして。

「操舵室!!
面舵だ!!
艦の経路をすぐに戻せ!!
救護班!!
艦長は!?」

血や肉が散らばる血塗られた湖で赤十字のマークを付けた軍医は無言で首を振った。
他にも多くの黒いマークを付けらた・・・・が、ある。

「砲術長・・・・・艦長以下艦上層部は先の銃撃によりほぼ戦死。
生き残っている最高階級は・・・・大尉、あなたです」

幸いな事に艦橋に数十発の弾丸が叩き込まれた以外は戦闘に影響はない。
報告はそうするべきだ。
畜生が。

「これより私が本艦の指揮を執る!!
ダメージコントロールを急げ!!
よし、戦隊に復帰する。
経路転舵、左舷20、敵艦載機を迎撃しつつ戦隊に復帰せよ!!」

そう言って俺のハワイ沖海戦は幕を開ける。
だが。

(これが日本海軍だと?
圧倒的じゃないか!!
味方の直掩戦闘機はどこにいるんだ!?)

なんとか生き残りの一人が状況を確認し俺に報告する。
外部から発光信号だ。
と、爆音がした。
艦底から振動も来た。
嫌な予感がする。

「戦隊旗艦より発光信号・・・・・!?」

「報告をはっきりしろ!! ケネディ少尉!!」

954ルルブ:2016/03/20(日) 14:22:01
案の定だ。
味方は・・・・負けている。
それも噂に聞いたアジア艦隊と同様に一方的に、だった。

「すみません!!
よ、読みます!!
本艦は喫水線に敵魚雷二発を受け、戦闘及び航行不能。機関停止、傾斜戻せず!!
現在総員退艦命令を発令。
指揮権を駆逐艦ベッド・フォードが第4戦隊を指揮せよ、以上です!!」

なんてこった!!
俺はただの大尉だ!!
しかも艦隊はおろかマトモに軍艦の指揮をした事だってないのに!!
だがそれでも戦場に敵機の跳梁は続く。
戦闘は続く。

『空母に敵機!!』

『エンタープライズ被弾!』

『ジュノー総攻撃を受けてます!!
ああ、ジュノーが!!』

『巡洋艦インディアナポリスに着弾!!
火災発生!!』

『艦橋!! 右舷に更に敵9機!!
ロケット弾攻撃だ!!』

くそ、迷っている暇はない!!

「これより第4戦隊は本艦ヘッド・フォードが指揮を執る!」

気休めでもいい。
嘘でもいい。
なんでもいい。
とにかく、鼓舞しないと。
まだ敵艦隊を視認さえしてないのだから。

『諸君。戦いはまだこれからだ!!』

敵機が完全に制空権を握ったハワイ沖。
戦場の女神の地位が戦艦から航空機に変わったこの大戦。
だが、彼の戦いはまだ始まったばかりだった。
そして、逃れる事は出来ないし、逃れる気はなかった。

彼は、アメリカ合衆国の海軍士官であるのだから。

955ルルブ:2016/03/20(日) 14:22:47
1944年1月上旬 テキサス共和国 首都 テキサス・シティ 海軍本部本部ビル


ああ、終わったか。
ようやく目の前の御仁の白人賛美歌が終わった。
どうしてこうして、こういう輩は党だの国家だの連邦だの軍だのと集団になると性懲りもなく過去の失敗を忘れられるのだろうか?

「というわけで、我が物顔で太平洋を支配する生意気な猿に鉄槌を下すべきなのだよ」

「なるほど・・・・その為には国防軍再建が急務、という事ですね?」

「うむ、その為に私は日夜働いている。
この貢献を祖国テキサスは認めてくれたのだ!!」

「ああ、確かに史上最年少の大将閣下ですから」

「ははは、事実だがそう言われると照れるよ」

「いえ、閣下はテキサスだけでなくカリブ海と大西洋の制海権を守る保安官です。
当然の階級であるかと」

「うむ、ありがとう」

俺を助けた黒人の水兵、あいつらはどうなっただろうか?
まあ、西海岸に置いてきて正解だった。
こんな奴等が、人種差別どころから奴隷制度を敷く国家に有能な黒人らを連れてきたら嫉妬心ややっかみでどうなったか。
きっと碌でもない、いいや、確実にとんでもない事態になっていた。
ふと窓の外を、西日を見る。
あの向こう側に居るであろう、かつての部下たちを思い出す。



『自分たちも艦長に付いて行きます!!』

そういった彼らを俺は一笑に付した。
少なくともそういう感情を見せれた筈だ。

「君らは連れていけない」

努めて冷静に。
極めて冷酷に。
そして、出来うる限り無感情で。
そして、出来うる限り無関心で。

『なぜですか!?』

『嫌です!! この艦隊から去りたくない!!』

『戦友だと言ってくれたじゃないですか!?』

『あの言葉は嘘ですか!?』

『どういう事です!? 裏切るのですか!!』

『俺たちはハワイ沖からずっと一緒だった!!』

『カリブ海や大西洋艦隊の連中より使えます!!』

『艦長、俺はジャップに膝を屈したくない!!』

『艦長!!』

『艦長!!』

『それとも・・・・』

『艦長!!』

『まさか・・・・あんた・・・・オジキに取り入る気か!?』

『そんな!!』

『え・・・・う、嘘でしょ!?』

『あの噂は・・・・本当か?』

『でも・・・・そんな・・・・馬鹿な!!』

『理由を・・・・理由を言ってください!!』

『そうだ』

『・・・・そうだ』

『『『『そうだ!!!』』』』

詰め寄る戦友に俺は言った。
理由、理由か。
ああ、そうだな。
本当の事を言えばこいつらはベテランで戦友で命を預けるに足る存在だ。
手放したくないし、選択権があるならずっと一緒に戦いたい。
だが。

俺は。
俺は。
俺は!!

956ルルブ:2016/03/20(日) 14:23:22
「君らは有色人種だ。
最早我々の合衆国は信頼してないし、信用もしてない」

正確には、アメリカ合衆国を構成していた南部諸州の、という言葉が必要だったが。
言うまい。
最早、何を言っても言い訳だ。
理解されても困るし、理解されて欲しいが、理解されたくないのだ。
なんとままならない人生だ。

「以上だ、それではな・・・・ここでせいぜい足掻いて生き残れ」

以上だ。
俺は桟橋を登る。
顔ぶれがかわったものもいれば、ハワイ沖からずっとのものもいる。
半々くらい。
だが、ここに有色人種や貧困層はいない。
誰ひとり、例外なく、追い出した。

(俺自身で)

そう言って俺の駆逐艦は、30隻近い疎開船団をたった4隻の海防艦と旧式駆逐艦1隻の護衛で日本海軍機動艦隊の空襲を怯えながらサンディエゴを出た。
1943年の2月だった。

(・・・・まあ、あいつらは専門職だ。
海軍が無くなるとは思えない・・・・・俺を恨めばそれだけ生きる糧になるだろう。
・・・・・それにしても堪えた・・・・あの目は、あの表情は堪えた・・・・なんで俺ばっかり・・・・ああ、クソッタレ!!)

独善でも偽善でも偽悪でも何でも良かった。
或いは後ろめたいのかもしれない。

『西海岸で戦死せよ。
それがガーナー大統領の命令で、君らは海軍の一将兵としてその命令に従う義務がある、いいな?』

そう言って俺は唖然とする彼らをサンディエゴに置いていったのはなんだったのだろうか。
本当は連れて行きたい。
このまま戦えば、遠からず再度の侵攻を行うであろう圧倒的な日本軍相手に無常で無情な、そして無謀な艦隊特攻でもやらされかねないのに、だ。
自分はパナマ運河を超えてカリブ海防衛に回される。
なんという皮肉にして幸福。
笑いたくなる。
あの地獄を生き残った最初の一報が、絶望視していた東部にいた家族の生存と、三人がテキサス・シティでのテキサス州軍による保護観察下にある旨だとは。

(親父とお袋、それにソニアが生きていた・・・・だからだろうな)

そう、あの少尉候補生が言ったとおりだ。
それにだ、分かってはいても、やはり俺は。

(自分だけ逃げるのか、そう言っていたな。
誰かは・・・・いいや、きっとみんなそう訴えていた。
そのとおりだろう。
俺は・・・・胸糞悪いが自分でもホッとしている)

彼は知らない。
アメリカの運命を。
海軍上層部が何を考えているのか、を。
だが想像はできる。
この最悪の戦況を何とかする為に海軍上層部や陸軍の一部が自爆攻撃を行う可能性はある。
それも組織の作戦行動として。
そして最初の生贄に選ばれるのは『志願者という名前の社会的な弱者』、つまり、俺たち敗残兵や有色人種だ。

だから、あの視線は堪えた。

『裏切り者め!!』

『卑怯者!!』

出航する艦橋で確かに聞こえるあいつらの呪詛。

「しばらく誰も入るな。
敵襲以外は誰も来るな」

15歳になったばかりの学徒動員の従卒に命令して俺は艦長室に入る。
艦長室で思いっきり飲んで荒れたくらいに、だ。
なんといっても木製の机を少し陥没させたくらい。
尤も、両手は完全に血だらけだったが。

『どいつここいつも死んじまえ!!』

俺の罵り声を知る人間はいない。

何本目になるか分からない安酒をラッパ飲みした。

そして記憶が途切れた。

957ルルブ:2016/03/20(日) 14:23:58
1943年1月20日 未明 ハワイ沖


パイ提督の作戦は失敗した。
ミッドウェーからの陸上機の空襲は敵の新兵器で切り札に大打撃を受ける。
戦艦部隊は大損害を受けた。
最早撤退するしかない。
が、艦隊速度は日本海軍の方が早い。
損傷艦が、負傷兵がいる以上当然太平洋艦隊は逃げられない。
そして、だ。
ならば、だ。

全軍に放送が入る。
太平洋艦隊総旗艦の司令官室から。

『これより日本艦隊に対して艦隊戦を仕掛ける!
全艦隊に告ぐ、これはアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊最後の作戦になるであろう。
そして、我々の任務は勝利する事ではない。
次世代の戦力を、負傷した友軍を一人でも多くハワイへと、本土へと撤退させる為の時間を稼ぐ事にある。
艦隊各員に告ぐ、私は諸君らに命令する・・・・いや、同じアメリカ海軍太平洋艦隊の戦友として願う。
一刻でも長く、一隻でも多くの日本海軍を足止めしてくれ・・・・以上だ』

誰も何も言わない。
俺の指揮する部隊も、俺の駆逐艦の誰ひとり何も言わない。
そして通信は切れた。

戦闘は一気に佳境へと突入する。
戦艦を損傷していた本隊、兵器と兵員双方の質でも数でも劣る我々。
それでも勇戦した。
果敢に戦った。
一瞬で敵の水雷攻撃で艦隊ごと同僚ら、戦友らが1000名以上が艦と運命を共にする姿を見た。
旗艦が傾斜しつつもまだまだ戦える、勝負はこれからだと言わんばかりに、数十年間互いに腕を競った『宿敵』へと発砲する光景が焼き付いている。

それは美しくも、哀しい、挽歌だった。

そして。

『旗艦より命令・・・・全軍、撤退せよ・・・・以上です』

ケネディ少尉候補生の悔しさをにじませた震えた報告。
既に戦隊は左舷に魚雷を残すのみ。
第4戦隊の僚艦で残ったのは三隻だけ。
残りは寄せ集め。それでも駆逐艦だけでも10隻前後は集まった。
殿にはもってこいだ。
司令官として、最初の、自分がした、自分が最高司令官としての決断。
1000名近い将兵への人生と運命を決めた瞬間。

「諸君、戦友は見捨てない、以上だ」

俺の決断に異議は、疑義は出なかった。
指揮系統の違う各艦からも従う旨の返信が即座にあった。
艦橋も逆に高揚したのを覚えている。


(・・・・ああ、あの瞬間、あの海戦。
その時に死ねたら幸福だったのだろう。
こんな胸糞の悪い思いをしなくて済んだ)

何度も思った。
ハワイで。
西海岸で。
パナマで。
そして、カリブ海で。

958ルルブ:2016/03/20(日) 14:30:56
敵戦艦への追撃を鈍らせる為にこの戦争で数少ない水雷戦隊による砲雷撃同時戦闘を仕掛けた。
敵艦隊が混乱する。
作戦目的は空母部隊の離脱。
その為の捨て駒。
だが、そんな事は今この瞬間には頭にない。
そんな胸糞悪い事実は関係なかった。
あるのは何かしらの高揚感のみ。

「攻撃続行!!
どっちを向いても敵ばかりだ!!
安心しろ、諸君!!
まともに照準をつけなくても外れる空間さえないぞ!!」

敵の大艦隊に突撃する。
まったく。

(嬉しくて涙が出そうだよ!!)

一気呵成に、追撃のために太平洋艦隊本隊残存舞台へと突撃していた『ナガト』へと一心不乱に突入する。
敵の護衛、副砲、とにかく一撃でも喰らえば沈むような攻撃が雨あられとくる。
水柱が其処ら中に立ち上がる。
カラーがある。
閃光弾を落とす敵機もいる。

「航海長!! 生き残りは!?」

「不明ですが・・・・5隻は居るはずです!!」

よーし、十分だ!
戦艦を食うには十分な数だ!!

「了解した!!
当てずっぽうで構わん!!
全弾を敵艦に撃ち続けろ!!
主砲、副砲、高角砲、それに機銃だ!!
何でもかまわん!!
とにかくありったけの砲弾を敵戦艦に叩き込めぇ!!」

俺は続けた。
マイクを取って聞こえているのか聞こえていないのかはこの際考えてなかっただろう。

「撃てば当たる!!
相手は戦艦ナガト級だ!!
攻撃の手を緩めるな!!
ジャップの戦艦を俺たちの庭先で盛大に沈めてやれ!!」

おおぉおぉ!!
獣の叫び。
海の漢の蛮声。
だが、それがいい。

「艦長!」

「司令官!!」

「行けます!!」

頷いた。
さてと、アメリカのアドミラル・トーゴーとでも洒落込むか。

「太平洋艦隊司令部に打電、敵旗艦ナガト発見の報告に際し、第4戦隊は全艦突撃。
我、これより日本海軍へと突入、これを補足撃滅せんとす。
本日漆黒なれど、波穏やかなり、、以上!」

さあ諸君、戦いはまだ終わってないぞ!!

959ルルブ:2016/03/20(日) 14:34:06
奮戦を続ける旗下の部隊。
が、運命の別れ目。
その時はくる。
嫌でも。
望んでも。

「!!」

偽装雷撃で攪乱攻撃をしよう、そう思ったとき、コロラドから命令が来る。
恐らく、誰も読めなかっただろう。
次の瞬間、コロラドは大爆発を起こしたのだから。

「こ、コロラドが・・・・」

「コロラド被弾!!」

「さらに敵弾!!」

「敵駆逐艦部隊、コロラド周辺に展開中!!」

そして、俺は即座に言った。
恐らくは反射的に。
コロラドが助からないのは分かった。
理解した。
納得は・・・・した。
そして、それは他の艦橋の者の大多数も理解して納得できた。
だが、数名は唖然としていた。

「第4戦隊全艦隊に通達!!
進路反転、最大船速で戦場を離脱、ハワイに帰還する!!」

故にこの命令に一人の少尉候補生が異議を唱えた。

「な!?」

彼は信じられなかった。
さっきまであれだけ優勢で理想の合衆国海軍軍人だった男。
それがいきなり臆病風に吹かれたという事実に。
少なくとも、ケネディ少尉候補生にはそうとしか写らなかった。
彼は急に態度を変えて逃げる気だ、自分だけ、と。

「コロラドを見捨てるんですか!?」

何人かが視線を逸らす。
何人かが同調する。
艦橋に沈黙が走り、すぐに爆発する。
数名がそうだそうだと言う。
自棄になっているのか、それとも。
だが。

「艦長、こちらにはまだ駆逐艦が数隻あります!!
救援に向かいましょう!!」

「そうです!!」

「まだ救えます!!」

そういう彼らの進言を俺は全て黙殺する。
白人のケネディ少尉候補生は必死で訴えた。
だが、俺の決断は変わらない。

「撤退だ、以上」

その後のやりとりは無視していいだろう。
殴りかかろうとしたものもいた。
泣き出すものもいた。
唖然としてへなへなと座るものも、粗相をするものもいた。
或いは粛々と命令を反復するものも。

この瞬間、自分達は負けたのだと理解したのだから。
だから混乱した。

『嫌だ!!』

慌てて周囲の者が彼らを取り押さえる。
尤も、口を塞ぐのはできなかった。
あの時の少尉候補生が咄嗟に言ってしまった憎悪の言葉も。

『友軍を見捨てないといったじゃないか!』

『それをすぐに!!』

『なんとかいえ!!』

『このナチ野郎!!』

960ルルブ:2016/03/20(日) 14:34:42
1944年1月上旬 テキサス共和国 首都 テキサス・シティ 海軍本部本部ビル


「という訳で、君の新しい配属先が決まった」

そうやって見せられたのは一通の命令書と昇進を証明する大佐の階級章。

「おめでとう、君は栄えある第三帝国で海軍建軍の為に尽力することができる。
ああ、ご両親と妹さんもドイツにある偉大なるテキサス共和国大使館での通関事務に携わってもらおう。
ドイツ政府からも謝礼が出るそうだ、頑張りたまえ!」

そう言って肩を叩く。

『テキサス共和国海軍本部 辞令 1944年2月5日 1030

本日、本命令書受領と同日付で少佐を大佐に昇進、その後、ドイツ海軍への派遣将校団員副団長補佐を任命する。
貴官はハワイ沖海戦撤退作戦ならび西海岸脱出作戦へ従軍し、双方の作戦を成功させた勲功者である。
その戦訓を同盟国ドイツ海軍へと伝える事とする。
なお、赴任期間は1955年12月31日を任期満了予定とする』

そして。

「ああ、伯父上によろしく伝えるように、と、大統領閣下も期待している。
頼んだよ?」

そうだ。
そうだろう。
一介の大尉が、しかも敗軍の太平洋艦隊所属の俺が一気に大佐。
33歳で、だ。
決まっている。

「確認しておきます・・・・私の伯父は父とは半分しか血が繋がっていませんがよろしいですか?
向こう側が覚えているかもわかりませんが?」

かまわん。

そうですか。

「君は優秀だ。
あのジャップに一撃加えた。
ナガトを大破に追い込んだ。
しかもハワイからの脱出作戦に従軍し、5000名近い海軍将校やその家族を卑劣なジャップの攻撃から身を挺して守っている。
止めに無駄飯の奴隷階級を西海岸の裏切り者どもに押し付けてくるという機転も効く。
まさに有能な英雄だ。
その英雄があの方と親戚、まさに神の加護がある!!」

相手は愉快だろうが俺は不愉快だった。
不愉快極まりない。
だが、言葉にも態度にも表情にも出さない。
営業スマイルは崩さない。

「それは素晴らしい・・・・では小官は戦訓を纏めて渡航の準備をします。
退出してもよろしいでしょうか?」

「お、もうこんな時間か・・・・かまわんよ」

無言で敬礼する。
彼は、去った。

秘書官が不思議そうな顔をして上司に伺う。

「どなたと親戚なのですか?」

「ああ、そうか、知らないか・・・・・ははは、驚くぞ。
彼の伯父は有名人だからな」

彼の名前は・・・・・

『ウィリアム・パトリック・ヒトラー』

彼の伯父は世界三極のトップに君臨する一人。
ドイツ第三帝国総統、アドルフ・ヒトラーだった。

961ルルブ:2016/03/20(日) 14:36:27
次回 

軍靴の学校

第二話 『伯父と甥』

「ウィリアム・パトリック・ヒトラーはドイツに到着する。
そこで行われる盛大なセレモニー。
伯父との対面。
そんな中、次世代のドイツ軍人の歓迎者にいた人物、彼らの名前はルドルフ・フォン・ゴールデンバウム少将、ベルント・バルツァー少佐ら現役軍人。
日本海軍が英国海軍と共同演習をインド洋で行おうとする中、ドイツに招かれた彼はある作戦の体験談を教授する。
そして、彼が胸に秘めていたハワイ沖海戦最後の通信とは?」

隠れた歴史がまた1ページ。


需要があれば・・・・もしかしたら続く・・・・かも?
しれません。
また、予告は予告(ネタ)であります。。。ご了承ください。。。
ご愛読ありがとうございました。。。

962Wing:2016/03/25(金) 02:45:05
>>961需要は大いにございます。

963名無しさん:2016/03/25(金) 03:48:12
>>962
感想スレに書いてください。
非常に不愉快です。

964名無しさん:2016/03/25(金) 09:35:32
>>962
最新話が掲載されたと勘違いされやすく、それで怒られやすいから、以後、感想は感想スレに、そして上げないように。

965Wing:2016/03/25(金) 21:25:10
失礼しました。

966名無しさん:2016/03/29(火) 01:33:06
北欧のSSが少ないので、とりあえず書いてみました。このSSはグアンタナモの人さまの「クヴィスリングという人」から一部設定を借りています。
wikiへの掲載はご自由に。

提督たちの憂鬱支援SS  北欧の国から '43寒波
 ケンブレビエハ火山の噴火とそれによって起こされた大西洋大津波は、火山灰と北大西洋海流の変化をもたらし、1943年 北欧は凍りついた。そのうえ 南からはナチスドイツの魔の手が伸び、西のイギリスや東のソビエトは策動している。
だがこんな時代でも、人々は粘り強く生きている。

 1月 フィンランド南東部 ルオコラハティ
雪原に銃声が響く。直後、ヘラジカの大きな体がグラリと傾き、白い雪を赤く染める。
「…命中。」ボソッとそう呟いた猟師の正体は、『白い死神』ことシモ・ヘイヘであった。

彼は獲物をプーッコ(伝統的なナイフ)で捌き、アキオ(ソリ)に載せて町へ行く。北欧は高緯度なので冬は薄暗いが、それでも人々は町に出ていた。
「ヘイへさん、今日もすまないね。」「…いえ。」そして 知り合いの肉屋にヘラジカの肉を卸した。
「イワンとの戦争以来 食料が不足ぎみだからね、ほんと助かるよ。」
「…まあ、政府主導の開拓が進めば 何とかなるかと。」
冬戦争で奪われたカレリア地方南部は 工業地帯であっただけでなく、フィンランドの農地の一割も存在していたのだ。さらに、第二次世界大戦と大西洋大津波で国外からの輸入が滞ったことが、食料不足に拍車をかけた。
そのため、フィンランド政府はカレリア南部から避難してきた農民に土地を与え、開拓を始めた。その多くが森や湿地だったが政府の支援と農家の努力によって、農地拡大に成功しつつあった。戦後 ソ連に奪われた地域は戻ってきたが、異常気象による世界的な食糧難に対応するために、日本から農業機械などを輸入して開拓が続けられていくことになる。

肉を売った後、ヘイへはカフェに入る。品不足で代用コーヒーしかないが、コーヒー好きのフィン人たちは 文句を言いながらも飲んでいる。
客の会話がヘイへの耳に入ってくる。
「そういえば聞いたかい?またドイツが対ソ参戦を要求してきたらしいよ。カレリア南部の奪還に協力するってさ。」
「ふん、誰が嘘つきどもを信じるんだ?」史実と異なり、冬戦争のとき英仏軍の派遣の妨害を行うなどドイツがソ連に協力したせいで反独感情が高まっており、政府もドイツを信頼できなかったため参戦を断っていた。 ヒトラーは激怒しフィンランド侵攻を思いついたが、日本の支援もあってフィンランド軍が史実以上に精強になっていたこと,苦しい独ソ戦の最中にそんなところと戦う余裕などないことから断念した。
「ドイツといえば、ノルウェーでもひどいことをやっているらしいな。なんでも女性が誘拐されて、ドイツ兵に乱暴されているらしい…」
「クヴィスリングたち国民連合戦線には頑張ってほしいな。」
(…ノルウェー、か。ひそかに義勇兵が参加している、とユーティライネン大尉から聞いたが…いや、今の自分には関係ないことだ。)
…だが、もしもドイツが攻めてきたとしたら、そのときは・・・・・彼はそんなことを思いながら たんぽぽコーヒーを飲み干した。

967名無しさん:2016/03/29(火) 01:33:47
 2月 ノルウェー南部 ヴェモルク
吹雪の中、二人のドイツ兵が立っていた。「うぅ、寒いな。」「まったくだ。レジスタンスもこんな日には出歩かないだろうに、外で見張りをさせられるとは。」

・・・プシュウゥゥゥ・・・
「ん?今何か聞こえなかったか?」「吹雪の音だろ。」
 「…いや なんか臭いぞ。」「…確かにあっちの方からするな。何なんだ?」
二人は異臭のする方へと行く。「・・・これは」「缶詰か?」
ヒュッ ヒュッ
「がっ」「ぐふっ」 突如クロスボウの矢が刺さり、彼らの息の根を止めた。

「ナイスショット。」「 いやぁ狙いやすい的で助かったよ。」「そうだな。」
たった今ドイツ兵を殺害した男たちは、クヴィスリング率いる国民連合戦線の兵士だった。
 

…話は数年遡る…
英仏独の侵攻後、ドイツに支配された南部ではユダヤ人はおろか、普通のノルウェー人も苦しんでいた。例えば『レーベンスボルン計画』によって、ノルウェー人女性がドイツ兵と結婚させられたり、子供の誘拐が行われるなどの悲劇が起こっている。
そして英仏撤退後にはドイツ軍は北部も占領し、さらに多くのノルウェー人が苦しめられることになった。
…多くのノルウェー人が諦めていたとき、遂にある男が立ち上がる。

クヴィスリング、彼は夢幻会のおかげ?で最も変化した人物の一人である。
ラップランドで彼はノルウェー軍残存部隊とレジスタンスを纏めた国民連合戦線を立ち上げ、反撃を開始する。
まず彼らが行ったのは鉄道や橋といった交通インフラの破壊だ。山とフィヨルドばかりで雪もよく降るノルウェーでこれらが損害を受けた結果、ドイツ軍の兵站は悪化し、さらに国民連合戦線はキルナの鉄鉱石を輸送するオーフォート鉄道にも攻撃も行ったため、ドイツ軍はラップランドの制圧に兵を差し向ける。
が、クヴィスリングらは地の利を持つサーミ人と協力して山岳地帯での徹底的なゲリラ戦に入り、ドイツ軍に出血を強いる。さらにスウェーデンやフィンランドからは密かに支援物資や義勇兵が送られてきており、カール・グスタフ・フォン・ローゼンはドイツ軍基地を爆撃し、ラウリ・トルニらフィンランド義勇兵は敵補給線を切断した。 …そして冬が来ると、雪で動きの鈍ったドイツ軍に対してノルウェー兵は得意のスキーを駆使して攻撃を仕掛け…想定以上の損害を受けたドイツ軍をついにナルヴィクまで撤退させた。

この勝利に国民は奮起し、南部でも抵抗活動が激化する。港では独海軍が接収しようとした船舶を自沈させ、工場ではストライキが発生した。
加えて独ソ戦が始まると、ドイツが優秀な兵士や物資を東部戦線に回したことと ソ連が支援を始めたことによりますます激しくなり・・・

968名無しさん:2016/03/29(火) 01:34:54
「その結果、この工場の警備がザルになったわけだ。」
「隊長,誰に話しているんです?…それにしても、こんな簡単な罠に引っかかるとは。」
男たちは『スウェーデン産 ニシンの缶詰』を見る。今回のようにドイツ兵の注意を引いたり,嫌がらせ,軍用犬の鼻潰し,そして非常食にまでこの醗酵食品は活躍していた。そのせいか、戦後メシマズの国で〔オナラ爆弾〕のような臭いを利用した兵器が研究されることになる。

「話してないでこの《重水工場》に侵入しましょう。そんでさっさと破壊しましょう。」そう言ったのはSOE(イギリス特殊作戦執行部)のエージェントであった。
実は彼らがここ『ノルスク・ハイドロ社 ヴェモルク水力発電所附属重水工場』の破壊任務を命じられたのには、イギリスが関わってくる。先年の12月 日本から原子力兵器の情報を入手したイギリスは、ドイツも原爆を開発しているのではないかと恐れた。諜報活動の結果、某国に金も人材も吸い取られていたドイツでは研究自体が後回しにされていたことが判明したが、日本が発表すれば開発を始めることは予想でき、警備の薄い今のうちに ここを破壊する計画が立てられた。
そしてイギリスは 国民連合戦線を支援と引き換えに破壊計画に協力させることに成功し、なんとかミッションがスタートしたのだ。(なお軍需物資や人員の輸送には潜水艦が用いられ、この方法は戦後のムルマンスクなどでの英ソ秘密貿易にも使用されている。)

…工場内の協力者と合流し、慎重に進むと…
「これが電気分解槽か。・・・よし、信管を取り付けて…ソ連の銃を床に遺して(共産主義者のしわざに見せかけるため)……では「ちょっと待った!」 協力者が止める。「なんだ?」「眼鏡を探させてくれ。どこかにおいたんだが…」 「……おいこれか?…よし、今度こそ・ ・ ・」   点火。

この日 ヨーロッパ唯一の重水工場が破壊された。ザル警備をいいことに、彼らは生産済みの重水の処分にも成功していた。もちろんドイツは犯人を探したが、彼らはスキーで捜索網を掻い潜って北部まで逃れた。
このことがヒトラーに原爆の早期開発を諦めさせた一因と言われている。

969名無しさん:2016/03/29(火) 01:35:45
 3月上旬 デンマークの首都 コペンハーゲン
「陛下、まだ市街へ行っていけませんよ。落馬してから体調がよくないのですから。」「う,うむ。」侍従の言葉に クリスチャン10世はしぶしぶと頷いた。
ドイツに国を占領されてからも、この王は亡命はせずに国内からドイツに対する抗議をしており、また国民を勇気付けるために毎日コペンハーゲンを護衛無しで 馬で回った。だが去年落馬して以来、体調を崩しぎみであった。

「ところで『彼ら』の脱出は順調かね?」「はい。スウェーデン側も協力してくれています。」『彼ら』とはユダヤ人のことであり、レジスタンスと共にスウェーデンに亡命させている。多くの国民がそれに協力していただけでなく、実はヴェルナー・ベストなど現地のナチス高官が『モデル占領国』の維持(反独感情の高まりを抑え、大規模な反乱を防ぐ)のためにお目こぼしをしていることにより 成功している。

「そうか…それなら良い。」そう言ったクリスチャンだが内心ではこんなことも考えていた。
(アメリカが滅んだことでナチスに勝てる勢力は日本のみになったが、かの国は欧州から遠く そう簡単にナチスを滅ぼせないだろう。これからデンマークには厳しい運命が待ち受けているだろう……だが、それでも我らは…)

970名無しさん:2016/03/29(火) 01:36:21
3月下旬 ノルウェー北部 ナルヴィク
1940年、ノルウェーは戦乱の炎に包まれた!海には軍艦、地にはドイツ兵が闊歩し、あらゆる生命体はナチスに支配されたかに見えた。しかしノルウェー人は諦めていなかった!

「ヒャッハー!」「汚物は消『独』だー!」「駆逐してやる、この世から、一匹 残らず‼」ハイテンションなノルウェー兵がナルヴィクの町のドイツ兵に襲いかかる。
例年以上の寒さがドイツ人を苦しめていたことと、大雪,インフラの破壊,独ソ戦などによる補給の滞りはドイツ軍を弱体化させており、密かにイギリスの支援を得たノルウェー側が戦闘を有利に進めている。
「クソッ何だこいつら! 援軍を求む!」だがそれこそが彼らの狙いであった。

「…よし、侵入するぞ。」守りの薄くなった町の中から突如ノルウェー兵が現れる。実は数年がかりで地下道が掘られていたのだ。
こうしてナルヴィクは内外から攻撃を受け、とうとうノルウェーが奪還に成功した。ドイツ側は少し前に軍を旧アメリカへ派遣したため 奪還に必要な兵員を確保できず、 また 占領地の鉱山での強制労働や 再開された南米からの輸入で鉄鉱石はなんとかする目処がたったので、ナルヴィクの再占領作戦は中止された。


後日 ノルウェー北部某所
「そうか、成功したか。」ノルウェー王ホーコン7世は喜びの声をあげた。
史実と違って彼は英仏独の侵攻からスウェーデンに逃れていたが、戦局が好転するとノルウェー北部に戻り 活動していた。
「はい。陛下の鼓舞のおかげで、兵士誰もが奮い立ちましたから。」この秘密の御所を訪れたクヴィスリングが言う。
「しかし、アメリカを崩壊させたこの寒波が 我々には助けになるとはな…」そういいながら見る窓の外には、今日も雪が降っていた。

971名無しさん:2016/03/29(火) 01:37:45
4月末 旧アメリカ南部のある町 
この年の春、欧州各国は旧アメリカ南部に進出した。ドイツを中心とした枢軸国に イギリスとその下の亡命政府、さらにフィンランドやスウェーデンも派兵していた。

フィンランド遣米義勇軍が割り当てられた建物にイギリス軍の士官がやってきた。
「今日は何のようで?また調停ですか?」横髪破りなせいで旧アメリカに派遣させられてきたアールネ・エドヴァルド・ユーティライネンはそう尋ねる。
欧州連合軍の南部進駐は順調だったが、その一方で各国は接収品や戦後の利権を巡って対立していた。そこで白羽の矢が立ったのが(一応)中立国で利権を要求しなかったフィンランドやスウェーデンである。彼らは野心のなさをアピールしながら 調停役などを買って出ることで、国際的地位を高めんとしていたのだ。

イギリス人はユーティライネンの問いに答える。「はい。このあたりでも現地人の争いが増しているのはご存知ですよね。皆さんに彼らの調停を任せたい。黒人たちも、日本と仲の良い貴方たちなら公平な判定ができると思っていますから。」南部では合衆国崩壊以来白人と有色人種の対立が高まっており、たびたび衝突し死傷者が続出していた。そのことにうんざりしている者もいるが、北欧以外の欧州連合軍に仲裁を頼むと 基本的に白人有利の判定になり 有色人種が不満を高めて対立が再燃する可能性があったのである。

「まったく、なんでこんな仕事を。俺はノルウェーでドイツ兵とでも殺りあいたかった…」「英雄である大尉がノルウェーの義勇兵に参加したら、すぐにバレて国際問題になりますって。」イギリス人に教えられた通りに接収品のジープで進んで行くが、突然運転手が急ハンドルを切った。次の瞬間茂みから手榴弾が投げられ、車の横で爆発する。
「チッ、共産主義者かそれとも盗賊か!?」 茂みに向かって 短機関銃を撃つと、むこからも銃声と 悲鳴が聞こえてきた。
南部では難民や被差別階級,連邦軍崩れが盗賊として猛威を振るっていた。中には欧州連合軍の物資を狙う輩もおり、当初は大した被害を受けなかったものの 占領地の拡大に比例して増加していた。他にもソ連の命を受けた共産主義者や、ドイツ系を狙うユダヤ人なども悩みの種となりつつある。
しかし欧州連合軍の進駐が上手くいっているのは、多くの市民(特に白人)が「占領されたほうが このような連中が成敗されて 治安は改善されるだろう」と考えたからでもあった。

・・・戦闘が終わり、茂みを探ってみると・・・
 「…こいつらは、メキシコ系か?」「どうやらそのようだな。旧アメリカ各州にたいする宣戦布告以来、メキシコ系市民とその他の関係は非常に悪化しているらしいし。」
 (…しかしこいつらも、自分らがゲリラになることで 他のメキシコ系に風評被害が及ぶことがわからないのか?)ユーティライネンは 彼らの骸を見ながらそんなことを考える。
「まあソレを片付けて、早く目的地へ行こう。」「また襲撃がなければ良いですが…誰か未来予知の魔法でも使えません?」 「ムリダナ」
彼らの、いや世界の行方は誰にもわからない。

◆ ◆ ◆

北欧は寒い国だ。だが、だからこそ人は粘り強い。北欧でもアメリカでも こんな冬の時代でも、彼らは活躍し続けるだろう。   ───続く───

972名無しさん:2016/03/29(火) 01:39:17
続けて投稿します。

提督たちの憂鬱支援SS 北欧の国から '44 冷戦

 かつて北欧は平和であった。しかし第二次世界大戦は北欧を二つに分断し、親日国の『北欧条約機構』と ドイツによって設立された『バルト海諸国理事会』の対立は、やがて北欧史において『冷戦』と呼ばれるようになる。

 3月 アイスランド西部 ケプラヴィーク
アイスランド共和国初代大統領スヴェイン・ビョルンソンは空港(富嶽の離着陸可能)の建設予定地の視察に来ていた。現地では日英の工兵に加え、津波で船を失ったアイスランドの漁師たちも働いている。
「順調に進んでいるようですな。」そう言いながら同行していた日本領事を見る。

1月のサンタモニカ会談の結果、イギリスの占領下にあったアイスランドの独立が認められた。しかしそれができたのは、日英に軍用地を提供するかわり アイスランドの独立と復興を支援する,という秘密協定があったからだ。一応独立はできたうえ 日本から復興支援を受けられたので、国民の不満は高まっていなかった。

日本の領事は言う。「本国は漁船だけでなく 発電用タービンの提供を考えています。」「タービン?」「この国が復興、いや成長すれば電力消費量は増えるでしょうからね。しかし豊富な水力や地熱を利用すれば、余るくらい発電できるでしょう。」「ふむ ふむ。(その電力を上手く使え、と?確かにアイスランドの経済は漁業に依存していたせいで 津波で大損害を受けたからな。他の産業の育成も必要か。) わかりました。アルシング(アイスランド議会)に伝えます。」


ケプラヴィーク空港は地震や火山灰の追加対策をしながらも、数年後に完成した。
空港の完成はアイスランドに経済成長をもたらした。日本からイギリス,フィンランドなどを結ぶハブ空港であったうえ、島独特の景観や温泉を目的とした観光客を呼べるようになったからだ。ついでにいうと、アイスランド産の魚介類を日本に空輸で輸出できるようにもなった。
安価な電力を利用したアルミニウム精錬も発達した。地熱は発電以外にも利用が進み、暖房や温室農業などにも使われるようになる。

一方で安全面では、当初は日英の駐留軍に依存していたが、ある出来事が変化を齎す。『タラ戦争』、イギリスとアイスランドとの間の漁業権争いである。大西洋大津波の後、食料不足のせいで外国漁船がアイスランド近海で乱獲を行うようになると、水産資源の枯渇を恐れたアイスランドは広大な領海を宣言、漁船の拿捕を始めた。しかしその漁場で多くの漁船が操業していたイギリスは激怒、軍事・経済的に圧力をかけたため両国の関係は悪化した。日本の仲裁によりなんとかなったが、このことが日本やフェノスカンジア(スウェーデン,ノルウェー,フィンランド)との関係を強めるきっかけになり、後には北欧条約機構に参加することになる。

973名無しさん:2016/03/29(火) 01:40:31
4月 スウェーデンの首都 ストックホルム
この日、ストックホルムのあるホテルでスウェーデン赤十字社主催のパーティーが開かれていた。
「本日はお招きいただき ありがとうございます。」在スウェーデン日本大使館附武官 小野寺 信の礼に対し、王族で スウェーデン赤十字副総裁でもあるフォルケ・ベルナドッテが返礼する。「日本には感謝しています。貴方達のおかげで『世界防疫機関』をスウェーデンに設立でき、国の安全を確保できたのですから。日本自体にノーベル平和賞を送ろうと言う人だっています。」
スウェーデンは第二次世界大戦のとき、中立国であった。しかしその中立はかなり危ういもので、ドイツのノルウェー侵攻時には軍の通行を要求されている。そのときは「たまたま」フィンランドから移動してきていた日本軍が ソレを防いだが、ノルウェーでの国民連合戦線の蜂起や独ソ戦が起こると 今度はドイツから領空侵犯を受けるようになったため、同じく領空侵犯されていたフィンランドとの協力を強め 終戦までの間凌ぐことになった。

日本人で初めてノーベル賞を受賞する者は誰か,歩きながら話していたが、周りから人がいなくなると話の内容が変化してくる。
「そういえば、スウェーデンは難民を保護しておられましたな?」「ええ。『隣国』の協力もあって、多くの人々を救えています。」「しかし『大丈夫』なのですか?」ここで小野寺が尋ねているのは【スウェーデンはこれ以上難民を受け入れられるのか】ということと【デンマークはこれ以上協力できるのか】ということである。
スウェーデンでは戦時中デンマークと協力し、ユダヤ人などを国内に脱出させてきた。その他の国でもラウル・ワレンバーグなどが 多くのユダヤ人の亡命に尽力していた。このことはドイツ側も知っていたが、中立国のスウェーデンを捕虜交換などに使っていたこと、スウェーデンの軍事力は侮れず,戦争になったら鉄鉱石の供給がしばらく途絶えるであろうことから 独ソ戦が終わるまでは見逃していた。
が,しかし、国王の体調の悪化に加え、サンタモニカ会談で 北シュレースヴィヒのドイツへの『返還』や アイスランドの独立などが決められたことが デンマークを動揺させており、これまでどおり難民の脱出が続けられるのかわからなくなったのだ。

「おっしゃるとおり、結構厳しいですね。この国でも食料は足りていませんし…」
「日本は彼らの一部の受け入れを考えています。ただし優秀な学者や技術者を優先しますが。ですが、日本でなら充実した環境で研究ができるでしょう。」
「しかし優秀な人物は既に「引き換えにスウェーデンには開発中の新型戦闘爆撃機(超烈風のこと)の輸出を許可します。そして貴国の海軍に対しても大規模な支援が考慮されています。」…(作れるか分からないものに巨額の予算を投じるよりも、日本から輸入した機体を解析して新型機を開発した方がいいか?)」実は、当時のスウェーデンにはゲオルグ・ド・ヘヴェシー(ノーベル化学賞受賞者)などの優れた人材が亡命していたので、彼らに原子力を研究させようと考える人物は少なくなかったのだ。
「…わかりました。ですが海軍の支援についてはほどほどにお願いします。」必要以上にドイツの警戒を買いたくありませんから。

…こうして、ストックホルムの夜は更けていく。

974名無しさん:2016/03/29(火) 01:42:26
5月 フィンランドの首都 ヘルシンキ
「マスゴミの馬鹿共がっ!」フィンランドで活動中のドイツの諜報員は、本国の有名新聞を壁に投げつけた。
【フィンランドで駐在ドイツ人死亡!死因は毒キノコ!?】【『蛮族』の卑劣な罠‼】今月1日にヘルシンキでドイツ人が食中毒で亡くなった事件について書かれていた。

ところでフィンランドでは春にはシャグマアミガサタケという毒キノコが生えるが、日本人がフグを食べるように フィン人はソレを毒抜きして食べている。事件はコレが普通に売られていることで起こり、一部のドイツ人はキノコの食べ方を知らない彼にワザと売りつけたのだと主張し始めた。
しかし外国人も多い首都・ヘルシンキの売り場では 警告を表示しながら売られており、見た目の悪さもあって毒キノコであることは普通にわかる。おそらく件のドイツ人は興味本位で買って 毒抜きに失敗したのだろう、がドイツ人のフィンランド叩きが止まることなく、新聞には【日本に媚びる欧州の裏切り者】【卑劣な彼らは独ソ戦の最中、ドイツに宣戦布告する代わりにソ連にカレリアを返してもらうことを考えていた】【赤子に『蒙古班』が出るフィン人は『ツラン民族』とやらが北方人種の血を汚して生じた蛮族】などの罵詈雑言や嘘が書かれ、そのことを知ったフィン人の反独感情を高めている。
「・・・もはやフィン人の協力者は作れんだろう。確かに 日本と手を組んで順調に発展しつつあるこの国を妬む気持ちはわからんでもないが、コレらの記事のせいで我々の活動が難しくなっているぞ。」彼の口からため息が出た。


毒キノコを食べることもそうだが、フィンランドに独特の文化(特に食)が存在し、それらは外国の外交官やスパイを苦しめた。
ドイツ人はサルミアッキには耐性があったが しばしば難解なフィンランド語と文化には翻弄されており、なかでも 外交官がマンミというチョコレートペーストに似た菓子を見て「フィン人は《一度食べたもの》をまた食べるのか」と混乱した話が有名だ。
さらには自国の政治家が「フィンランド料理はイギリス料理より僅かに美味いだけ」「ダイエットに最適」と発言して 関係を悪化させた枢軸国もあり、枢軸陣営のフィンランドでの活動は苦戦が続くこととなる。

しかし、その独自文化が受け入れられた国もある。極東の島国、日本だ。
日本は冬戦争のとき フィンランドに多くの将兵を派遣していたが、帰国した将兵は国内にフィンランド文化を持ち込んだのである。サウナ付きの温泉や銭湯が現れ、イェヴァン・ポルッカのような民謡に スオミネイトやサンタクロースのようなキャラクターも伝えられた。フィンランドブームは戦後のムーミンのアニメ化で頂点を迎え、観光客がフィンランドを訪れるようになる。
一方で遣芬義勇軍は置き土産を残していった。それは何かというと…

「やった!Mangaの最新刊が入荷しているぞ!」「それ日本語版だけどいいのか?」「だからこそ想像力が掻き立てられるんじゃないか!」「お、おう。」
夢幻会良識派が危惧したとおり、フィンランドに送られた兵士たちはオタク文化を広めていた。レニングラードに投下した同人誌だけでも ベリヤを目覚めさせるという効果があったのだ、彼らと直接交流したフィンランド兵が染められたのは当然だろう。日露戦争以来親日国であったため 民間に受け入れられるのも早く、ヘルシンキの書店では、44年にはすでに日本の漫画(未翻訳含む)や同人誌が置かれるようになったという。日本軍はサブカルチャー以外にも、日本食や柔道なども広めていった。また、冬戦争のあとには子供や商品に日本の名前を付けることが流行ったという。


このあともフィンランドは日本との良好な関係を維持し、戦闘機などを輸入することで防衛力を高めていく。だが、そのことが某国を刺激し、そして…

975名無しさん:2016/03/29(火) 01:45:10
6月 リトアニア共和国の首都 カウナス
ここはバルト三国。東欧歴史的に北欧諸国とのつながりが強く、史実の国際連合の分類でも北ヨーロッパにされている。しかし他の北欧諸国と違い、町を歩く者の目は暗く,あるいは荒んでいた。

「ここも随分とボロボロになったな…」カウナスの街並みを見ながら呟いたのは、東欧の諜報活動を指揮することになった杉原千畝である。戦前リトアニア領事代理としてこの町に赴任していた彼は、この地で多数のユダヤ人を救っていた。
ところでバルト三国の荒廃の始まりは、史実以上に酷くなった世界恐慌が独立したばかりの三国に襲いかかったことに始まる。史実同様,三国とも独裁者によってなんとか乗り切ったが、このとき日本によってミノックス(『スパイカメラ』で有名な企業)といくつかの文化財が買収されている。
だが本格的に荒廃が進んだのはソ連によって占領された1940年である。まずソ連は占領地の工場を根こそぎ東へと移転させたが、これは史実よりも工業力が低いことに加え 早い段階で独ソ戦を睨んでいたからである。さらに反抗的な現地住民は次々とシベリアへ送られ、残された住民も防御陣地などを作るために働かされた。
そして独ソ戦が始まると、バルト三国は地獄と化した。ソ連が築いた陣地は強固であったため、ドイツ軍はそれを突破するためになりふり構わなかった。ときには街ごと鉄道の駅を爆撃し、ときには艦砲射撃で港を吹き飛ばした。そしてソ連軍も撤退するときにインフラを破壊し尽くしていったので、戦争が終わるころには瓦礫だらけになってしまった。


(あの人たちは生きているだろうか?)破壊された町を見た彼の脳裏には、救えなかったユダヤ人の姿が浮かんだ。国外退去の日にも 汽車に乗っても走り出すまではビザを書いていたがそれでも全ての人のビザは書けなかったのだ。
(…いや、私がやらなければならないのは彼らに謝ることではなく、日本の外交官として 国益を守ることだ。そしてそれが多くの人々を救うことに繋がるなら…)

日本が杉原を派遣したのは 彼のリトアニア国内の伝手を活かして『優秀』な人物を脱出させるためであった。三国側も、ドイツも怖いが日本との関係もある程度築いておきたかったために ユダヤ人・ポーランド人の脱出に密かに協力するようになった。


・・・だが、バルト三国は結局ドイツの属国でしかなかった。


ある年、ドイツは、デンマーク・バルト三国と共に『バルト海諸国理事会』を設立した。[ソ連のバルト海での活動の阻止]が結成の目的であったが[経済力・軍事力共に成長を続ける日本側北欧に対する牽制]と[コソコソやり続ける属国の統制]も兼ねていることは明らかだった。
それに対しスウェーデン・ノルウェー・フィンランドが『北欧条約機構』を設立すると北欧の分裂は決定化、表向きは平和でも,裏では日本の某将校が【バルト海に北欧を遮断する鉄のカーテンが降ろされた】と言ったほどの争いが起きてしまう。
この状態はやがて、国際的には『ノルディックバランス』、そして 北欧においては『冷戦』と呼ばれることになる。


───終───
とりあえず完結です。

976ルルブ:2016/03/30(水) 00:48:31
只今から軍靴の学校、第二作目投下します。

もしかしたら続くかもしれず、中編行きしたほうがよろしければご指摘ください。
個人的には不定期かつ本編の戦後編のアメリカとドイツ重視なんで大丈夫かと思ったのですが。。。
因みに「ヘッド・フォード」はRSBCより登場です。

では。

977ルルブ:2016/03/30(水) 00:49:01
軍靴の学校



「第二話 伯父と甥」



1944年3月 大西洋航路 貨客船『ヒンデンブルグ』


航行は順調。
数隻の船団を組んだテキサス共和国国籍の船たち。
更にはドイツの駆逐艦が二隻、護衛につく。
崩壊したカリブ海の海上秩序や荒れた大西洋航路の現実を見るに、独航船は極めて希だ。
大海洋国であるイギリス国籍の船舶でさえ、現在の大西洋航路は決して安全ではない。
あの大西洋大津波の日から全てが変わった。

(ここも、だ。
父さん達が渡った時は数百年もかけて開拓された安全な航路・・・・今は、戦闘艦艇でさえ警戒する危険な海。
物語に出てくるリヴァイアサンが復活したという酔っぱらいの言葉が一番的確だな)

航海日誌に記載する。
太平洋戦争開戦から毎日記載していた航海日誌。
そして個人の日誌。
図らずとも滅亡するアメリカ合衆国を海軍士官から見た貴重な現場証人、現場証拠となった物品たち。
多くの人間が何かを残したくて、残せなかった。
それは今も変わらない。
極東の帝国を除いて。
かつて世界で最も豊かで自由な国や世界の華だと言われた国はもう存在しない。

「大佐」

そう呼ばれた俺は書類を置く。
万年筆で今日の報告を書き上げた。
この任務に就く事が決まった日に、妹がくれた、妹の在籍していた東海岸の有名大学、そこに納品されている、生徒しか持ってない記念の万年筆。

(父は無言だった・・・・母は泣いていた・・・・妹も・・・・これからどうなるのか、その不安が俺たちを包み込む)

万年筆が記すのはドイツ語の航海日誌。
あの戦闘報告に、ハワイ放棄、西海岸への撤退、本土決戦準備から合衆国崩壊へと繋がる過程で自分はテキサス・シティで様々な情報を得た。
戦時下であるが故に、一介の少佐には過ぎた情報が、扱える人間がいなくなっていくからこそ、扱えた。
矛盾。

(疲れているのだ・・・・そうに違いない)

部屋にある私物は『ヘッド・フォード』時代の集合写真と家族の写真が一枚ずつ。
家族は一等客室で、自分は大佐として佐官待遇。

「入れ」

万年筆と写真、そして十数冊にのぼる日記に報告書、航海日誌。
それ以外は全て軍用品。
ボールペン一本たりとも無駄にできないテキサス共和国、いいや、旧アメリカ合衆国。
そして、日本海軍相手に完膚なきまでに敗北を喫した敗残兵の生き残り。
俺の名前は・・・・ウィリアム・パトリック・ヒトラー、テキサス共和国軍海軍大佐。
ドイツ第三帝国派遣軍事顧問団海軍顧問副団長(結局、伯父への影響力を考えて政府は彼を昇格させた)。

俺の伯父はアドルフ・ヒトラー。

ドイツ第三帝国総統。

だからこそのこの高待遇。
これを捨てるのは惜しい。
それに愚かだ。
妹も両親も大切な家族だ。
俺は家族の為に戦友を見限ったのだから。

978ルルブ:2016/03/30(水) 00:49:50
「何かな?」

従卒が敬礼する。
通達を伝える。
それは憂鬱な日々が続く事の確認にして、この大災厄でもまだ文明圏は残っている事を伝える儀式。
西洋の、或いは白人社会の裁きの日から生き残った人々の日常。

「現在地は先の報告通り。
船団は明後日、定刻通りにジブラルタル要塞へと入港します。
その後、二日間同要塞に停泊、水と燃料、食料の補給に休暇の半舷上陸後、ドイツの租借地であるフランス領ツーロン港に入港すべく出向。
ツーロン到着以降は軍事顧問団ならび外交事務団らはドイツ警察の用意した専用鉄道を持って、ドイツ第三帝国の帝都ベルリンへと向かうべし、との事です」

内容は至って簡単。
いよいよ見たくもない現実と向き合う時が来るのだ。
伯父は俺を覚えているだろうか?
父は伯父と仲が良かったと聞くがどうなのだろうか?
母は捨てた故郷にユダヤ人やジプシーの友人たちがいたという。
表面上は伯父は俺たちを歓迎するだろう。
だが・・・・本心ではどうかな?

(伯父は甘いかも知れない。
だが、伯父の周りに居るナチス高官らはそうじゃないだろう。
準敵国でもあり、疫病をばら撒いて崩壊した厄介な旧植民地の残影、生き残り。
それが血統を理由に自分たちの権力の周りに集ってきた、そう捉えるのが妥当。
決してバラ色じゃないな・・・・・下手をすると・・・・・後ろから刺されるな、これは)

なんとも、愉快な人生だ。
これでまだ33歳だ。
残り20年でどう変わるのか?
俺が生まれた時は世界中に君主制国家と白人による大帝国が乱立していたはずだ。
今は日本人による新秩序が生み出されつつある。
そしてアジア地域の植民地は新興国家として生まれ変わる。
一方で数十もの国家と数億人以上が死んだ。
じゃあ20年後は?

(くくく・・・・世界が滅んでいて、それでも人は争っているのかもな)

こう皮肉めいたのはあの戦いを経験しているからか?
それともウィリアム・パトリック・ヒトラーという個人の素質か?
或いは未来への絶望や達観、諦観から?

「ドーバー海峡をテキサス共和国の国旗を掲げた船が通る訳にはいかない、からね。
こう考えるとだ、太平洋とは違い我々の祖先がいる欧州は依然として戦時体制にあるわけだ。
なあ、君、戦争は終わったと聞いたのだが・・・・あれはウソだったのかな?」

皮肉になんといって良いのか、そんな顔をする従卒。
もういい、そう思った。
苛めすぎたとも。
諧謔心が強すぎる。

(そうか・・・・きっと俺は伯父に・・・・あのアドルフ・ヒトラーと会うのが怖いのだ)

まあ、それが世界中の大半の人間、その反応だろう。
東洋のビスマルクに会う日本人らがそうであるように、だ。

「すまんな、この・・・少しハワイ沖海戦を思い出していたようだ。
君に八つ当たりしても意味がないのに、な。
・・・・悪かった、下がって良いよ」

謝る。

979ルルブ:2016/03/30(水) 00:53:09
フィリピン沖、ハワイ沖、そして周辺の海戦。
中国大陸北東部での大敗北。
日本軍の欧州派遣の奮戦に対する侮り。
特に白人社会で二度目の大敗北を日本に喫した、ロシア帝国バルチック艦隊に匹敵する無能な旧米海軍太平洋艦隊。
その中で、上官の無能という足の引っ張りを振りほどき、あのジャップの連合艦隊旗艦ナガトに突撃した英雄。
ビッグ7と謳われた戦艦ナガトに一気呵成、勇猛果敢に攻撃したテキサス共和国海軍の輝かしい誇り。
そんな彼の一面を見て、その上で謝られて恐縮する従卒。
敬礼して彼は扉を閉めた。
部屋に一人残り、配給された珈琲に口をつける。
苦いな。
最近はブランデーを飲んでもワインを飲んでも味を感じなくなっている気がするのだが。
一度医者に行った方が良いと妹のソニアに言われたか。

「だが、断る」

そう言って追い払ったけ。
懐かしい気もするが、まだその日からひと月も経過してない。

(航海は順調、家族も健在、部下も・・・・半数は残った。
仕事もあるし、テロや疫病の脅威から隔離された文明圏の首都。
恵まれている、そう、恵まれているはずだ)

そう思う。

「ジブラルタル、ツーロン、ベルリン。
戦前に比べてどう変化したのやら?
ハワイは、サンフランシスコは、それにマイアミはどうなっていくのだろう?」

それはつぶやき。
大佐という階級章を弄んでいる暇はない。
自分の肩には両親と妹の未来がある。
そして。
大佐は定時報告に来た従卒を退出させた。
すぐに意識を切り替える。
彼のすべき事は山のようにあるのだから。

「なあケネディ少尉。
君が共にあったあのヘッド・フォードはまだ健在だ。
少なくとも、彼女に乗っていた俺たちアメリカ海軍の精神は死んでいはいない。
だからこそ、俺は生きている。
生き恥を晒しても、だ」

彼が向かう先に何があるのか。
月明かりの映し出す闇夜に数隻の白い航路が作られていく。

980ルルブ:2016/03/30(水) 00:54:33
1944年 3月某日 『狼の巣』


豪華な家具。
豪勢な料理。
そこにいるドイツ武装親衛隊の男。

「うむ、うむ、はぐ、はぐ」

一人の太った黒い制服を着た男がドイツ料理とビールを口に、胃袋に運ぶ。
正確には食い散らかしていると言ってよかった。
まったくもって下品極まりない。
更にはアメリカ人が好きだったというホットドッグをケッチャップありありで食べる。
悪食だった。
多分だが、良識あるとか、食事マナーを少しでも気にする大人がいたら絶対に注意するだろう少佐。
まあ、それを彼に、少佐の階級章を持つドイツ武装親衛隊の彼の御仁に指摘できる人間はドイツ国内に数名しかいないが。

「ははは、実に美味いな。
存外に美味いな、べらぼうに美味だ。
あいも変わらずの素敵な料理でオモテナシ、うむ、やはりビールはドイツ産に限る。
ああ、このキャベツは塩加減が絶妙だ・・・・おお、ソーセージも熱々で最高だ」

少佐は近くにいる白衣姿の研究者と長身である陸軍大尉に語りかけながら食事を続ける。
彼此30分近くだ。
と、扉が開いた。
この国の国家元首が来訪してきた模様。
そして、扉が閉まった瞬間、その男は目の前の光景を見て頭を抑える。
加えて誰が見ても分かるような苦虫を噛み殺した面、思いっきりのしかめっ面をする。

「よく食べるな・・・・君は会うたびに恰幅が良くなっていく気がするが・・・・たまには食事制限を考えないのか?」

ちょび髭の男。
ダブルボタンのスーツを着た壮年期の男。
ドイツ国内では誰もが知る、その名前はアドルフ・ヒトラー。
ドイツ第三帝国の総統にして、世界三極の頂点に立つ男。
黒い帝国の創設者にして欧州枢軸の盟主。

対して。
まったく気負わない男。
黒い制服を着たナチス・ドイツ武装親衛隊の少佐。

「ああ、おじさん。
知らないのですか?
デブは一食抜くと餓死してしまうのですぞ?
この私が言うのだから間違いない・・・・おお、ドク、もしかしてこれは君が栽培しだのか?」

ヤー。
恭しくお辞儀するドクと呼ばれた男。
いま男が食べたのは俗に言うキャベツの塩漬け。

「え、ええ。
そうです、少佐。
総統閣下のお口にもお合いするよう丹精を込めて作りました。
お気に頂ければ望外の極みです」

そう言って白衣の男が挨拶する。
ふむ、そう思って総統であるヒトラーも口に運ぶ。

確かに美味いな、そう思ったヒトラー。

でしょう?、と、笑う少佐。

その間も食い散らかす。
北米大陸の東部や中華、ロシアの大地の人間が見たら怨嗟のあまり呪殺せんとするのは間違いないだろう。
それくらいに豪華絢爛な料理を次々と食いまくる男。

「さて本題だ・・・・君はウィリアム・パトリック・ヒトラーを知っているか?」

流石に国家元首からの直接の質問。
答えないわけにはいかないし、食べながら返答する訳にもいかないだろう。
それでも少佐は甘いチョコレートを食べてから返す。

「ウィリアム?
ああ、アメリカにいる従兄弟ですか?」

うむ。
頷く。
なるほど。
それで?

「余の甥でな、君の従兄弟にあたるのは周知の事実。
滅びたアメリカ海軍の士官でな、この度ドイツに来訪する事になった」

ほう?
興味深い。
確か。
そうか。

「それでだ、余としては彼にどう対応するべきか。
同じ身内の君に予め意見を聞いておこうと思った訳だ」

981ルルブ:2016/03/30(水) 00:55:41
これはこれは。
結構楽しめそうだ。

うん、陸と海。
新大陸と旧大陸。
日本人とロシア人。

色々違ったが同じ鉄火をもって闘争を行った者。
きっと気が合うに違いない。
きっと和気藹々と戦争協奏曲を奏でられるだろう。
良き指揮者として彼もまた戦争交響曲を奏でてきたのだろう。
実に会うのが楽しみになってき。

故に問おう。
我が伯父に。

「で、おじさん。
その男は・・・・いいセンスをお持ちですかな?」
虚を突く質問。
意味がわからないという表情をする伯父。

「なに?」

そう問い返した伯父に甥はケチャップが付いたまま喋る。
気にしない、気にしない。
それよりももっと大切な事があるのだから。

「いえ、その従兄弟は先の戦争でどこで何をしていたのか気になりまして・・・・どうでしたか?」

ああ、そういう事か。

(つまりはウィリアム・パトリック・ヒトラーの実績を知りたい訳か。
確かに自分の血縁者が何をしていたのか、それを知らずして判断をする事はできん。
・・・・・なんだか腹がたってきた。
カナリスらを中心とした反抗心だけある、あの無能な情報部をなんとかしないと東方生存圏自体が脅かされかねん)

それにしてもだ、この甥はたまに意味がわかりにくい質問をする。
意図的にせよ、偶然にせよ。
だから困るのだが。

「戦艦ナガト、知っているな?」

「ええ、ビスマルク『に』対抗する為建造されたの日本人の戦艦ですな?」

仮にこの会話を世界中の海軍関係者が聞いたら唖然とするか苦笑いするか。
正確にはビスマルク『が』、だ、と、訂正するかもしれない。
因みに黒い制服を着ている甥は理解していって言っている。
恍けているのだ。
あの1930年代最大の失敗軍艦、欠陥戦艦とも揶揄されるドイツ第三帝国唯一の戦艦を。
伯父の方は忌々しく思っているが、自分が口を出したから誰の責任でもない事くらいは自覚しているし、海軍には悪い事をしたと若干だが思っている。
尤も、この総統も思っているだけで、すぐに海軍の不甲斐なさに頭を痛めて、その事実を一方的に忘れるが。

「そうだ、そのナガトに駆逐艦だけで突撃を敢行したらしい。
その時の命令は今でも残っている」

詳しくお聞きしたい。

ああ、これだ。

それはハワイ沖海戦。
決して優勢ではない、むしろ敗残兵になりつつある中でアメリカ海軍太平洋艦隊が見せた最後の意地。

982ルルブ:2016/03/30(水) 00:59:22
日米海軍はあのハワイ沖海戦をこう揶揄するという。
勇壮なれど、悲愴。
奮戦すれど、無残。
されど、英雄譚の一幕。

『海の挽歌』

と、悲しげにも、しかし、どこかしら誇らしげに残った命令。
駆逐艦ヘッド・フォードで従兄弟が世界中に撒き散らした電文。
更にはテキサス共和国が宣伝する勇猛果敢な、しかし、軍事的には極めて疑義が残るそれ。

『戦友は見捨てない』

『全艦、突撃せよ』

『指揮官陣頭だ』

まさに英雄にふさわしい。
まさに闘争にふさわしい。

「圧倒的劣勢の下、一切の怯懦を見せずに敵艦隊に突撃を敢行、敵戦艦を大破に追いやった。
英雄による英雄のための英雄の物語、米海軍最後の反撃、ですか」

そして、少佐は心底愉快になった。
大笑いする。
とてもとても楽しい。

「ははは、これは良い。
いいですな、おじさん。
これは十分にいい」

そう言って笑う甥を見てドイツ第三帝国総統は内心でため息をついた。
自分が若い頃何をしていたのかを棚に上げて。
現在進行形で何をしているのかを忘却の彼方に放り投げて。

(どうして余の周りにはマトモな人間が少ないのだろうか)

と。
仮に夢幻会や円卓会議あたりが知ればこう言うだろう。

『鏡を見てから言え』

『それは冗談で言っているのか?』

とも。

「とにかく、歓迎の準備は抜かりなくしておくべきでしょうな。
あのアメリカ海軍にいた上、29歳で大尉に昇進しているエリート士官でもあります。
ドイツ海軍の持たない様々なノウハウを持っているのだけは間違いない。
敵に回す必要はありますまい・・・・それに」

「それに?」

甥は伯父に愉快そうに言葉を紡ぐ。

『存外、我々のナチズムが指揮する戦争交響曲を理解するかもしれませんよ?』

戦争を吹っかけて世界大戦を引き起こした男の甥は、それはそれはいい笑顔で伯父に微笑んだという。

983ルルブ:2016/03/30(水) 01:02:12
1943年 2月 東太平洋 ハワイ沖〜アメリカ西海岸 航路上 駆逐艦「ヘッド・フォード」艦橋


「ヒトラー司令官!」

どうした!!

俺が叫んだ時に衝撃が来た。
水柱が後方の輸送艦に大きくそそり立つ。
魚雷攻撃。

「敵の潜水艦?
いつの間に?」

誰かが呟く。
すぐに非常灯が点灯。
まだ明るい中、緊急回避を開始するハワイからの脱出船団。
それを護衛する数隻の駆逐艦部隊。
旗艦である『ヘッド・フォード』では喧騒が始まる。

「索敵、ソナー員!!
なにしていた!?」

「敵潜水艦だ!!」

「総員、対潜戦闘用意!!」

艦橋の外は晴れてはいるが全般的に曇り。
だが、明かりはともかく波はある。
潜望鏡は見えない。
不味い。
哨戒機部隊は最短でも到着には10分必要だと言って来た。
またこんな決断をする。
嫌だ、辞めたい、何度そう思ったか。
一を捨てて十を助ける。

(立派だ、ふん。
高みの見物で、或いは銀幕のスクリーンや活字越しにしか知らない子供時代に戻りたいな!!)

爆雷を落としたくても敵潜水艦の位置が不明。
周囲には沈みゆく輸送艦から脱出した人々に重油、それに火災。
今までの戦訓から日本の潜水艦は水中高速戦闘が可能な次元が異なるタイプ。
旧式駆逐艦主体では足止めにしかならない。

(足止めしていればそれだけ次の攻撃に晒されるだろう。
別の任務部隊も先ほど敵の空襲や魚雷攻撃を受けて大損害をだしていると聞いた)

危険だった。
非常に。
迷っている時間が無いのはあのハワイ沖海戦から変わらず、状況は刻一刻と悪化している。
決断。
即断。

(いつの間にか艦隊司令官になってしまった・・・・もうアメリカには艦はないってことか)

俺は唐突に悟った。
若造に18隻の船団の総指揮を任せている。
この現状。
せめて西海岸まで、と、思ったが、無駄か。
漂流者よりもまだ海の上に投げ出されてない方が遥かに多く、助かる可能性が高い。

「艦隊旗艦ヘッド・フォードより全艦に打電」

984ルルブ:2016/03/30(水) 01:02:53

俺はすぐに決断する。
敵は一隻だとは思えない。
そして確実に船団は補足された。
このままでは所謂、潜水艦の群狼戦法の餌食になる。
もしくはハワイに留まった可能性のある日本海軍機動艦隊の空襲の可能性やミッドウェー辺りの陸上機からの長距離爆撃の危険性も出てくる。

「1分間、各艦のソナー担当者はイヤホンを外せ、と。
艦尾爆雷投下用意、戦術長!」

「は!」

風が出て波が荒れだしている。
敵潜水艦の位置は不明だ。

(寒さが体を刺す。
敵潜水艦は何隻展開している?
さらに魚雷攻撃を仕掛けるか?
或いは撤退したか?
それとも増援部隊を待っているか?
空襲も警戒しないと・・・・時間がない!!)

命令。
攻撃。
準備。
用意。

「爆雷深度5m、ならび、10m!!
投下数は二個とする!!
司令官より艦尾水雷科、対潜戦闘準備急げ!!」

え?
何故?
そういう視線が周囲から突き刺さる。
それでは無駄弾ではないか?

「敵の位置はわからん!!
が、敵がいるのは間違いない!!
ならば敵の耳を潰す!!
その後全速で退避する!!」

ここはハワイより東、もうすぐロスやサンフランシスコなどの西海岸の防空圏内部に入れるはずだ。
その直前での襲撃。
時間的にも距離的にも、それに勝ち戦の最中という事から考えても日本海軍の最も深入りした部隊のはずだ。
ならばこれを凌げば勝ちだ!

俺はそう説明する。
だが幾人かは悟った。
その為に何を、誰を犠牲にするのか、という事を。

「し、しかし!!
その深度で爆雷を爆発させれば漂流中の生存者が!!」

意見したのは航海長補佐。
新任の彼の言いたい事は分かる。
衝撃波で何人か、或いは何十人かが死ぬなりなんなりする、と言いたいのだ。
が、この輸送船団はまだ非武装の輸送艦が10隻は残っている。
対して護衛の駆逐艦は旗艦を除いた場合はたったの3隻だけ。

「構わん!!
生存艦の航行と戦場離脱を最優先とする!!」

何故俺がこんな命令を。
そう思った。
まだ戦争勃発時は俺はまだ大尉だった。
あのハワイ沖海戦までは太平洋艦隊にいる、一介の駆逐艦乗りで大尉でしかなかった。
今は太平洋艦隊ハワイ脱出艦隊第10任務部隊の司令官だ。
戦時任官で少佐。
涙が出る。

「爆雷攻撃開始!!
敵の耳を潰して逃げるぞ。
他の事は構うな!!
対潜戦闘用意・・・・撃て!!
敵潜水艦の耳を潰せ!!」

985ルルブ:2016/03/30(水) 01:08:01
畜生め、ああ、畜生が。
何かが麻痺している。
あのハワイ沖から。
そう感じるウィリアム・パトリック・ヒトラー少佐。
彼は窓もきちんと直してない乗艦の上で思った。
これが戦争に負けるという事なのだ、と。
どう言い繕っても地獄でしかない。
そして俺たちの不幸は敵の幸福なのだ。
これが津波に押し流されてさっさと退場した政治家どもが、田舎政治家の老害やイエローペーパーが絶賛した、賛美した戦争の本質。
ふん、反吐がでる。
水柱から離れた水滴が艦橋にかかる。
ずれたヘルメットを外し、傍らの軍帽をかぶりなおす。

「艦長!?」

「危険は去った、少なくとも私はそう考える」

そう言って虚勢をはる。
それしかない。
それ以外に士気を保つ術が思いつかないのだから。

「・・・・通信士」

ヘルメットをかぶった通信士に追加の命令。

「船団を組み直せ・・・・航海課は船団の航路再選定を。
気象観測班は今後の見通しを、カルフォルニア基地らにはすぐに航空機を回すように伝えるように。
それと、救助活動は20分。
ヘッド・フォードより僚艦クラークに打電、救助活動の時間延長は認めず。
本命令受託より20分後に船団護衛に復帰せよ、と。
特に時間は厳守させろ」

まだ敵が居るはずだ。
隙を見せれば次に沈むのは『ヘッド・フォード』かもしれんぞ?

そう言って被害報告を聞く。
なにか言いたげな彼らの視線を無視する。
これが指揮官の、それも敗北している国家に属する軍人の宿命だと思った。
思い込んだ。
でなければ。

(やってられるか!!)

陸軍航空隊でも海軍の哨戒部隊でも何でも良い。
とにかくエアーカヴァーが欲しい。
切実に思う。
このままでは生き残る事さえ出来ない。

爆雷。

水柱。

爆音。

爆雷。

水柱。

爆音。

この攻撃で342名の海軍将校とその家族が海に投げ出され、30名弱が救助された時点で救助活動は打ち切られた。
ハワイからの脱出作戦、その一幕である。

船団旗艦である駆逐艦ヘッド・フォードはその後も適切な指揮を続けたと評価され、犠牲となった二隻の輸送艦以外の全てをサンディエゴ軍港まで送り届ける。
同時期に脱出した船団の中で到着率過半数を超えたのは彼の指揮した船団だけであり、それ故に敗色色濃い米海軍広報部門は彼を不屈の英雄として持ち上げる事とした。
彼の思惑は無視して。
当然とばかりに。

986ルルブ:2016/03/30(水) 01:09:30
1944年3月下旬 ベルリン


「ハイル・ヒトラー!!」

「ハイル・ヒトラー!!」

「ハイル・ヒトラー!!」

「ハイル・ヒトラー!!」

「ハイル・ヒトラー!!」

「ハイル・ヒトラー!!」

演奏が終わり、歓迎式典が開始された。
総統の趣味が絵画であり、出身地がオーストリアである事から素人が聞いても素晴らしい音楽が流れるベルリンの音楽堂。
一斉に唱和された国家元首を称える。
自分と同じ姓名を持つ人間を称える言葉。
むずかゆいな、と父は言った。
母は幼い頃の友達が全員一般親衛隊によって『隔離』された事を知らされながらも一切合切表情に出さずに笑顔で振る舞う。
妹のソニアは初めて着る西洋のドレスを着て踊っている。
他にも多くの軍や政治家、官僚に企業家、ナチス党の重鎮ら、それらの護衛が展開する。

「どうですか、ドイツは?」

「素晴らしいです。
祖国テキサスは未だに洗練されたとは言えない。
こうしてみると両親が渡米したのは間違いでしな。

相手は接待役の陸軍少佐。
ベルント・バルツァー少佐。
確か西欧電撃戦でグデーリアン指揮下でパリ入城一番乗りを果たした大隊の指揮官。
ドイツ鉄十字勲章を保持する戦場の英雄。
自身も、フランス軍戦車4台、イギリス軍戦車1台を撃破した地上戦のエース。
自分より3つ下の、30歳の若手だ。
泥沼化した東部戦線に行かなかった稀有な幸運の持ち主。
それに少し話をしているが気さくで良い人間のようだった。

「父と母がドイツ人である事のありがた味を感じます」

何度、誰に、こう言っているだろう?
何度、誰に、そう言えばいいのだろう?

自問する。
が、答えは出ない。

それが事実。

それが現実。

周辺にはテキサス共和国という属国にいた第三帝国総統の血縁者の揚げ足を取りたい連中がそれとなく嫌味を言う。
それを防いでくれるのがバルツァー少佐だった。

「ドイツ海軍の現状では大西洋の制海権を守れないと聞きますが?
日本海軍がパナマ運河を超えた場合は・・・・その、我がドイツの北米における新生存圏や利権を守れますか?」

という問には、

「ご安心ください、テキサス共和国軍と我々ドイツ陸軍北米集団がドイツの国益を守ります」

と言い、

「大西洋航路護衛に必要なものはなんでしょうか?
テキサス共和国はイギリスのカリブ海艦隊を抑えられるのでしょうな?
旧式戦艦主体とは言え、有力な艦隊を維持する為の我が国の支援も安くはないのですが?」

不安げに、或いは苛立たしく思う財務官僚には、

「ドイツ空軍と陸軍が連携する限り、テキサスの油田地域は難攻不落でありましょう。
それに彼はあくまで大佐です。
こと、政治的な話は自分らと同様お答えできないかと思います」

と、慣れないのが丸分かりながらも援護した。
バルツァーは陸軍でパリ攻略作戦で武勲を立ててヒトラーにも覚えがある。
有能な佐官だ。
それ故に彼は接待役に抜擢されている。
本来は海軍の誰かがが接待しなければならないのだが、総統の血縁者ということでヒトラー総統自身の意向により彼が選ばれた。

(年も近いし、武勲もある。
何より互いに国家に尽くすという事を理解している英雄同士。
何かと恩を売っておいて損はない)

と、海軍のレーダー元帥、陸軍のカイテル元帥、ヘス副総統の三名で合意に達した。
そしてそれはうまく機能している。
互いに大人であり、組織人であるバルツァー少佐とヒトラー大佐。
微笑みながら、談笑する。
たまにとんでもない発言をしてくる連中もいるが、それを、

「軍機ですから」

「軍上層部が許可した情報公開制度を利用してください」

と、バルツァーがいなす事でなんとか軋轢を避ける。
こうして、彼の着任の歓迎儀礼は終わっていく。

987ルルブ:2016/03/30(水) 01:10:21
最後に、最大のメインテーマである命懸けで戦った甥との再会というゲッペルス宣伝相が日本の近衛元首相に対抗する為に仕組んだ舞台劇を開始して。

入場するアドルフ・ヒトラー総統。
一斉に掲げられるナチス式の敬礼。
勿論、ドイツ国防軍は通常の軍の敬礼だが、敢えてウィリアム・パトリック・ヒトラーはナチス式(つまりテキサスでも主流派)の敬礼をする。
歓談と挨拶を続ける。
あえて正装したヒトラー大佐は伯父を待つ。
伯父も甥がどこにいるのか知らぬふりをしてパーティーを続ける。
そして。
来た。
目の前に世界を変えた男が。
しかし、愛想が良く、頼りになる男にも見える。
事実、ドイツの勢力圏はこの世界大戦で一気に拡大したのだ。
相対的に見てナチス・ドイツ第三帝国と総統アドルフ・ヒトラーはドイツ歴史上最大級の英雄であろう。
そんな人物と面識があり血縁者。

(俺は運が良いのか悪いのか・・・・神は公平だな。
家族を助けた。
次は家族を助けろ、か)

勿論、顔は笑顔。
営業スマイル。

「ハイル・ヒトラー」

アメリカ人訛りのドイツ語で彼の前で敬礼をする。
答礼する。
そして。

「おお、君がウィリアムか・・・・見間違えたぞ?
ハワイ沖ではその勇猛果敢な活躍を聞いて胸が躍る気持ちだった。
そして長旅無事でなによりだ。
君とは10年ほど前にベルリンで会っているが・・・・覚えているかな?」

伯父と甥の対面。
用意された喜劇が幕を上げる。


「覚えております」

「うむ、そうか。
ベルリンは変わったかね?」

「はい。
総統閣下の政策の下で機能的な面を残しつつ、芸術都市として進化しいていると思いました」

「ほう?
君は芸術に理解があるのか・・・・シュペアーのようだな」

「ありがとうございます。
ですが総統閣下、失礼ながら小官は海は強いのですが陸には弱く。
しかし、それでもこのドイツが活気に満ちているのは理解できました」

「そうか、弟や君が無事だったのはなによりだ。
余もあの津波で君らの事を思い煩う日々だった」

「ご心配をおかけしました。
申し訳ございません。
そしてありがとうございます。
このような発展していくドイツとドイツ人の姿を見れてよかった、偽りなき心ですね。
故にドイツに戻って来れて良かったと心から思います」

「ははは、世辞がうまいな?
海軍で習ったのか?」

「いえ、本心であります。
それに海軍では少々人に誇れないような事もしてきましたので・・・・闇夜から見出されて太陽の下にいる気分です」

「なるほど・・・・今度はゆっくりと話を聞きたいが・・・・」

「・・・・・・・・」

「君は何ができるかね?
いや、君も知って通り東には日本人とロシア人、ドーバー海峡の向こう側にはイギリス人が愚劣にも祖国ドイツを包囲せんとする陰謀を巡らしている。
が、残念な事にドイツは一部の反体制派や無能、更には劣等民族のサボタージュや反政府テロで足を引っ張られている。
特に海軍だ。
海軍で絶対的な劣勢は如何ともしがたい。
君ならどうするかな?」

そう言って彼は顎に指を当てる。
それを待っていた。

「それについてはヒトラー総統閣下に献上したいものがあります・・・・よろしければ今お渡ししたいのですが・・・・どうでしょうか?」

988ルルブ:2016/03/30(水) 01:12:17
そこから先はアドリブ。
一応危険物ではないと確認させた。
ゲッペルスの意向もある。
それに親衛隊の許可も。
だが。

(頼むぜ・・・・変な癇癪を爆発させるなよ・・・・おじさん)

そう思う。

「ほう?
良かろう・・・・持ってきたまえ」

そう言われてウィリアム・パトリック・ヒトラーは妹のソニア・ヒトラーを手招きする。

「伯父様、初めまして。
姪のソニアと申します・・・・よろしくお願いします」

ドレスを摘んで貴族の礼儀作法。
テキサスの田舎者が必死に努力して背伸びした結果。
なんとか及第点。
伯父も少しは顔が緩んだ。
と、ソニアが兄に分厚いケースを渡す。
数名の親衛隊隊員や後ろで控えているバルツァーとその子飼いの部下がいざという時にウィリアム・パトリック・ヒトラーを取り押さえるべく体勢を変えた。

アタッシュケース?

なんの?

随分分厚いな?

その様な言葉に惑わされる事なく、雑音を無視してヒトラー大佐はヒトラー総統に献上した。

「これは我がアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊の戦時下における現場の声をドイツ語に翻訳したものです。
日本海軍の攻勢にどう立ち向かうべく孤軍奮闘したのか、それを記したものであり、世界に二つと存在しない貴重な情報であります。
これをドイツ海軍に、いいえ、伯父上に献上したいと思います」

アタッシュケースを開く。
そこには地の滲んだような黒い数冊のノートがあった。
手帳も。
或いは戦訓調査の為の査問会の記録も。

「全てドイツ語に翻訳してあるようだが・・・・君が?」

ヒトラー総統の、伯父の問いに、ヒトラー大佐は敢えてドイツ語で反応する。

「ヤー、マイン・フューラー」

と。

そして。

「私はある誓いを守る為にここにきました。
それを守る為に全身全霊を込めて、私に続く海軍士官と海軍の将兵を鍛え、国家にとって無駄な死を回避させる所存であります」

パチパチ、
パチパチ。
パチパチ!

拍手が会場を満たす。
ヒトラーも満足げに頷き、甥の肩を叩いた。

「君こそ真の英雄だ。
そして、これほど美しく育った姪を見れた事は何よりの驚きであり喜びだ。
ありがとう。
もう暫く話をしたいが・・・・そうか、君はパリ攻略の英雄の一人バルツァー少佐だな?
うむ、君も覚えている。
何かあれば彼を経由してくれれば助かる。
陸軍ならば彼が、それに海軍ならば大海艦隊時代からの老将であるゴールデンバウム少将が君らを世話しよう。
では諸君!!
諸君らの献身と忠誠に期待するや切である!!
ジーク・ハイル!!」

『『『『『ジーク・ハイル!!!』』』』』

(勝利万歳、か。
なんたる皮肉だ・・・・俺は部下を死なせてハワイで負けたからこそ、この世界ので生きる権利があるという勝者になれたとでもいうのか!!)

989ルルブ:2016/03/30(水) 01:16:06
胸くそが悪いがそれを表に出さずその後も式典をなんとかやり過ごす。
最後に伯父は挨拶をして去っていく。
敬礼する人々。
そして退出する自分たちテキサスの人間。
こうして、俺のドイツでの顔合わせは終わった。
そんな中、ホテルの一室。
部屋の扉が空いた。
やり取りがあった、男女の。
だから相手は予想がつく。
そして予想通り。

「ソニアか?」

妹が非難がましい目で入ってきた。
それを無視して空になったワイングラスに赤ワインを入れる。
安物だ。
だが。
それでも酔えない。
もう一本と半分を空にしているのに、だ。

「兄さん、飲みすぎよ・・・・体を崩す」

そう言って俺の側により、ワイン瓶を回収する。
メイドみたいな事をやっている。
東部で経済学とアメリカの憲法学を学んでいた理想主義だった妹。
それが毛嫌いしていた伯父相手に媚を売った。

「お前は・・・・伯父さんが嫌いだと思っていた・・・・違ったのか?」

虚ろな瞳の俺に、孤児から養子になった血の繋がらない妹は言う。

「私はね、こんな世界でも私たちを守ってくれる兄さんが好きなの」

不穏な感じだ。
そう笑ってワインを飲みきる。
ビール瓶を開けようとして、ソニアが止めに入った。

「お酒は止めましょう・・・・何から逃げているのか私にはわからない。
でも、兄さんを失いたくないの・・・・・本当よ」

切実な声。
いや、嗚咽?

「俺はお前と血が繋がってない。
それに小さい頃は男女と言ってお前を苛めていただろう?」

あれは!!

「冗談だ・・・・あまり気にするな。
お前は綺麗だ。
それに汚れてない」

俺はいろんな場所で汚れた。
血で赤く染まった。
もう逃げない。
もう逃げれない。
もう落とせない。

「兄さん・・・・教えてください・・・・貴方を・・・・何が・・・・」

ソニアはそれでも兄を心配する。
案ずる兄の毛布を被せて部屋を退出する時に掠れた声で問いかける。

「何を恐れていて、何に縛られているのですか?」

と。
それは女神の問いかけ。

「悪いな・・・・ソニア・・・・独りにしてくれ・・・・ああ、大丈夫だ。
もう今日は飲まないよ、そうだ、うん」

約束する。
ほんとうに?
ほうとうだ。

そう言って妹の機嫌をなだめる。

990ルルブ:2016/03/30(水) 01:16:58
・・・・わかった・・・・兄さん、おやすみなさい。

ああ、ソニアもな。早く寝ろ。おやすみ。

昔は良い夢をと言った。
が、今は冗談でもそんな事は言えない。
言える状況じゃないからな。
そして。
誰もいなくなった部屋で、俺は思い出した。
ハワイ沖のあの瞬間を。
思わず笑い声が出ていた。
誰に対してでもない、恐らくは自嘲の声。

「なあ、ケネディ少尉。
君は知らんだろう。
他の皆も知らん。
だが、俺だけが知っている。
あの時な、コロラドはこう命令したんだぜ」

泣いている。
涙が止まらない。
そして本人は気がつかない。

「コロラドは沈む瞬間にも同じことを命令したんだ」





『サヨナラ、イキロ、サラバ、センユウ』






って、な。

991ルルブ:2016/03/30(水) 01:18:32
次回予告

血縁だけでヒトラー総統に取り入ったと陰口を叩かれる彼。
駆逐艦『ヘッド・フォード』での経験から彼はデーニッツ海軍大将と面識を得る事になる。
第二次世界大戦は終戦を迎えたが、それは更なる軍備拡大の号砲にしかならない。
対日戦争を問われるウィリアム・パトリック・ヒトラーが提案した欧州枢軸の取るべき戦略とは?


第三話 「七つの海を支配するには」

隠された歴史がまた1ページ

ネタはネタであり変更される可能性があります。
また、不定期連載のため、支援SSに掲載中ですが、中編レスに移行すべきであれば移行する所存です。
ありがとうございました。

992名無しさん:2016/04/27(水) 23:31:31
収まらないのもあるので、埋めます。

993名無しさん:2016/04/27(水) 23:31:53


994名無しさん:2016/04/27(水) 23:32:23
埋め

995名無しさん:2016/04/27(水) 23:33:18
埋め
最近は長文化が多いからなぁ

996名無しさん:2016/04/27(水) 23:34:13
ウメ

997名無しさん:2016/04/27(水) 23:35:01


998名無しさん:2016/04/27(水) 23:35:38
埋め

999名無しさん:2016/04/27(水) 23:36:10


1000名無しさん:2016/04/27(水) 23:37:44
1000




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