したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

「のと」本編

312shin ◆QzrHPBAK6k:2007/04/04(水) 23:40:07
「どれだけ時間があるかが、問題か・・・」
井上が呟く。
ここまでは、計画通りであるとも言えよう。
しかしながら、既に計画には大きな齟齬が発生している。
そこには、二つの要因があった。

一つは、対独戦が余りにも早期に終了した事による問題だった。
それは、鮮やかな勝利であり、欧州全域を覆っていた、新たな戦争への恐怖を払拭したと言う効果は大きい。
しかしながら、実際に戦闘は、ハンブルグ周辺及び、チェコスロバキアのズデーテン地方における小競り合い程度しか発生していない。
勿論、その正面に立たされた、グーデリアンやモーデルは、彼我の戦力差を痛感しているが、それは独逸国防軍全体と言う訳ではない。
せめて、もう少し大きな戦闘が発生し、その結果、独逸国防軍の1個師団程度が、壊滅してくれていれば、その教育効果は大きかったであろう。
勿論、第一兵団は、今年一杯は、ポツダムに滞在し、独逸国防軍にその装備を見せつける予定であるが、それでも戦闘による教育効果とは、比べ物にならない。
その為、独逸国防軍の新兵装への転換は、ゆっくりとしたものとなる。

そして、もう一つの要因は、ソ連の動向だった。
「のと」世界でのソ連が、本格的に動き出すのは、ナチス独逸と連動し、39年、それもポーランド分割からである。
アジアにおける軍事的な小競り合いは、それ以前から起きているが、「のと」世界での帝国陸軍とのノモンハン事変、バルト三国、エストニア、ラトビア、リトアニアの保護国化も1939年に発生している。
ソビエトの動向は、様々なルートを通じて、かなり正確に把握していたが、実際に赤軍上級将校の粛清も発生しており、この世界でもほぼ同様の道筋を辿っているものと思われていた。
もっとも、総研にしても、独ソ間の緊張関係の推移次第では、ソ連が今回の対独戦開戦により、動き出す事はある程度予想はしていた。
その為、フィンランドに対しては、かなり早い時点から、帝国が対ソ同盟的な動きを開始している。
実際、虎の子の97式中戦車を百両程度ではあるが、直接フィンランドに販売している。
航空機にしても、試作増加型ではあるが、英国はスピットファイヤ、帝国は疾風を供給している。
しかしながら、対独戦開戦後の二週間の間での、赤軍の急激な北欧シフトは、日英の予想を上回るものであった。
その為、両国は、対独戦の終了と共に、急遽第二兵団を直接フィンランドに送り込む事すら実施したのである。

313shin ◆QzrHPBAK6k:2007/04/04(水) 23:42:17
ところが、ここに来てソ連は、「のと」世界で呼ばれていた、冬戦争を開始していない。
既に、12月も中旬まで過ぎている今の時点で、開戦していない以上、今年度中の開戦は無いかも知れず、そして、来年になれば雪解けまでの期間が短い為、開戦する可能性は益々低くなる。

かと言って、開戦が無いと言う事で、ここで警戒態勢を下げると言うのは、フィンランドには到底出来ない事であり、また展開している統合軍の第二兵団にしても、引き上げる訳にはいかない。
そして、この中途半端な状況が継続すればするだけ、日英両国にとって、その負担は大きくなるのだった。
日英両国とも、政府があり、官僚がいる。
実際の経費が発生し、それを処理するのは官僚である。
戦争が始まらないのに、費用が発生すると言う状況は、これらの名も無き人々の反発を買うのは十分過ぎる事態であり、その処理に対しての軋轢はどうしても大きくなる。
それに、対応するにしても、政府も戦争と言う特別な事態が発生していない以上、大幅な予算の増額も難しい。
対独戦と言う事での、特別予算枠が確保されていた訳であるが、それも戦争が早期に終了した事で、取り崩されており、新たな予算枠の確保が出来ない以上、通常の軍事予算内で処理せざるを得ない。
結果、次年度における装備更新予算が、圧迫される事となるのである。

勿論、このような問題は、あくまでも短期的な軋轢でしか過ぎない。
翌年になれば、新たな予算組が可能であり、その中での吸収も不可能ではない。
しかし、井上が言うように、時間が問題なのだった。

314shin ◆QzrHPBAK6k:2007/04/04(水) 23:44:26
総研調査班による分析によれば、第2次世界大戦、「のと」世界でそう呼ばれている一連の戦争は、決して一つの戦争ではなかった。
列強各国の覇権競争による幾つかの戦争が組み合わされたのが、世界大戦の実情である。
仏蘭西と独逸の軋轢、英国と独逸、独逸とソ連、ソ連と帝国、帝国と米国、帝国と中国、米国と独逸、そして、この間で振り回されたその他の国々、これら一連の戦争が合わさったものが第2次世界大戦なのである。
中国と米国の朝鮮戦争、ソ連と米国の冷戦と言う名前の戦争まで含めてしまえば、第2次世界大戦は、ソビエトの崩壊まで続いた、60年以上もの戦争なのである。
それを理解しているが故に、日英はまず独逸を叩いた。
ここで独逸を、味方につけてこそ、初めて日英にもこの長きに渡るサバイバルレースにて、勝者として生き残れる可能性も、出てくると言うものだった。

ここまでは良い。
その為の方策を巡らし、最初の戦いにて勝利を納めた。
しかしながら、この競争はまだ始まったばかりである。
今後、ソ連、そして米国と言う競争相手が躍り出てくる前に、どれだけ差がつけられるか。
いや、どれだけ差を縮められるかと言うべきか。
とにかく、日英独の連合を、一つのものとしなければ、どちらの列強に対しても対抗出来るものではない。
その為の時間は、短ければ短い程良いのは、判りきった事である。
むしろ、その為の時間があるのかどうかが、一番不安な点だった。

「とにかく、現状では、ソ連の出方を伺いながら、こちらの準備を整えるしかないな」
梅津が、まとめるように言う。
そう、まだまだ始まったばかりであり、今後の行方は混沌としている。
「ああ、ミスターケインズ、英国首脳にもこの事は良く理解してもらって欲しい。我々は独逸を押さえる事は出来た。しかしながら、第2次世界大戦は、まだ始まっていないと」

その事を理解するのを確認するように、井上は一人一人の顔を見て行く。
所長も含め、全員が厳しい顔を向けている。
大丈夫、我々はここまで辿り着いたのだ。
そう、このメンバーならば、この先も進んで行ける。

316shin ◆QzrHPBAK6k:2007/04/07(土) 16:05:08
1939年、「のと」世界では第2次世界大戦が始まった年が明けた。
「眠いね」
高畑が、如何にも疲れたと言う顔で、呟く。
時間は朝の八時過ぎ、それも一月一日である。

何せ、所長が新年の挨拶をしたいと言い出したため、全員が朝の五時から宮城にある総研の会議室に集まっていたのだ。
年頭の公式行事が山積みの所長のスケジュールを考えると、元旦の朝五時と言う非常識な時間に、集まらざるを得なかった。
それでも、所長の気持ちが判っているだけに、誰も否な顔せず喜んで集まっていた。
それに、三が日が過ぎれば、今度は高柳が、他の多くの科学者・研究者を率いて英国に向かうのである。
これまで国内での調査研究に勤しんできた彼も、流石に英・独との共同研究の推進役として、動かざるを得ない。
高畑も、再び欧州に舞い戻り、経済協力の基盤作りに邁進する。
そして、留守番役を梅津に代わり、今度は井上がユーラシア大陸を一巡りする予定となっていた。
それだけに、所長も激励したいと言う気持ちに嘘偽りは無く、全員が正月だけに、燕尾服に身を纏い待ち受ける中、一人の女性を伴って、所長が会議室に入ってきたのである。
流石にこれには井上でさえ、硬直したように固まってしまった。
皇后陛下である。
後から入ってきた侍従が、ワゴンに積んだ朱塗りの器を運んで来、全員の席に鮮やかな漆塗りの盆を置き、その上に並べてゆく。
侍従が下がると、淡いピンクの洋装に身を纏った皇后自ら、お神酒であろうか、それらしいものが入った器を取り上げると、順番に注いで行く。
流石に、梅津が恐れ多いと止めようとするのを、所長が軽く遮る。
全員が、硬直して見守る中、皇后は、全員の盃にお神酒を注ぎ終わると、所長の斜め後ろに下がる。
ケインズと入れ替わるように、帝国にやってきたクラークは、この女性が誰だか判る筈も無い。
それでも、全員の態度から、察する事は出来、彼も固まったままだった。
所長は、皇后に軽く頷く。
「こうして君達と無事新年を迎える事が出来、本当に嬉しい。この十年間の君達の働きには、感謝しても仕切れるものではない。」
所長は、言葉を切り、一人一人を見回す。
「ここでは、私は総研所長と言う立場で、君達と接して来たし、これからもそうして行こうと思っている。
しかしながら、そうである以上、諸君らに感謝の念を示すのに、適当な方法が無い。」
ここで、所長は少し照れたような顔を浮かべ、皇后を振り返る。
「そこで、皇后、いや、ええっと、家内と相談し、このような形を取る事とした。」
流石に、所長も言葉に詰まる。
「これでも、かなり異例の事であるのは、重々承知しているが、他に適当な方法が思いつかなかった。
とにかく、諸君、あけましておめでとう。そして、これからも宜しくお願いする。」
所長の音頭で、全員が盃を持ち上げ、頭を下げる。

317shin ◆QzrHPBAK6k:2007/04/07(土) 16:06:20
総研は、陛下の私的機関である。
それ故、ここでは陛下は所長と言う肩書きで、表の儀礼を無視するような行動を取る事が出来た。
しかしそれは、非常に危険な事でもあった。
陛下に直接意見が言える場であり、陛下のご意向であると言う言葉が総研メンバーから、外に発せられればどうなるのか。
それでなくても、総研の意見は政府の指針となっているものが、完全に新たな権力中枢となってしまう。
勿論、井上以下、総研のメンバーはその危険性を認識しており、分をわきまえる事に力を尽くしていた。
最初の出だしが粛軍と言う形で始まっている以上、一歩間違えばどうなるのかは、良く判っているだけに、尚更だった。
そして、陛下もその事は判っている。
それだけに、陛下もメンバーに対して、感謝の意を尽くす事が出来ない。
表の肩書きを使い、メンバーに叙勲やそれ相応の待遇を与える事は簡単であるが、それが出来ないのである。
それをやってしまえば、総研と言う曖昧な機関に、権威を与える事となってしまう。
結果として、異例尽くめの元旦の挨拶に繋がった。

それ故、最初の高畑の言葉に繋がる。
所長の気持ちも判る。
感激屋の梅津等は、まだ感極まったような顔を浮かべている。
高畑も所長の気持ちに、熱いものを感じてはいるのだが、流石に元旦の朝の五時からでは、疲れてしまうのは仕方なかった。

318shin ◆QzrHPBAK6k:2007/04/07(土) 16:08:21
「で、結局ソ連は動かずに年が明けた訳だが?」
高畑が、気を取り直して梅津に問い掛けた。
「ああ、あれか。困ったもんだ」
梅津が苦りきった顔で、答えた内容は次の通りだった。

結局、ソ連は日英統合軍のフィンランド展開に気が付き、北欧諸国への戦闘へ踏み切れなかったと言う事らしい。
一番大きな理由は、対独戦がたった二週間で終わってしまい、その影響で、空いた第二兵団をフィンランドに展開出来た事だった。
スターリンにしても、フィンランドとの戦争だけならば、躊躇わないのだが、そのまま日英との戦争は避けたい。
そして、ソ連が手に入れた情報は、ここでフィンランドに侵攻すれば、日英はソ連を攻める可能性が高いと言う事だった。
それも、独逸に展開中の部隊がポーランドを通過し、満州国境からは、帝国軍及び中華北辺軍がなだれ込むと言う情報である。
「ええっ、そんな計画あったのですか?」
八木が驚いたように言う。
それはそうである、少なくとも総研では、そのような戦争計画があるなどと言う事は、全く話題にも上がっていない。

「いんや、無いよ」
井上が、切り捨てるように言う。
しかしその顔は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「堀さんとこだ」
梅津が続ける。
「近衛さんに付きまとっている、ゾルゲがいるだろ。彼にそのような情報を、わざと流したそうだ」
リヒャルト・ゾルゲ、独逸の新聞記者と言う事で、帝国に滞在しているが、「のと」情報から、彼がソ連のスパイだと言う事は、判っていた。
「偶々、山本さんとこも、その線で動いていたらしい」
「それは、統合本部と、総研情報班の連携と言う事ですか?」
流石に、総研メンバーが知らない所で、そのような連携が取られるなら、これは問題である。
確かに、堀と山本は、海軍時代の同期であり、仲も良い。
だからと言って、そんな事が許される訳は無い。
「いや、流石にそこまでは無かった。山本さんは山本さんで、陽動作戦の積りだったらしい」
井上が困ったような顔をする。
山本が行っている、本来の情報活動は、情報収集が中心であるが、列強に対する隠れ蓑として、現地雇用の情報機関も抱えている。
これは、列強各国に、ばれてしまう事を前提とした、いわば隠れ蓑なのだが、それがかなり上手く機能している。
対独戦が早期で片付いたのは、この機関の活躍による結果であるだけに、喜ぶべきか、悲しむべきか、悩むところである。
あからさまの活動であるが故に、独逸国防軍の反ナチスグループにも渡りが付けられた訳である。
しかしながら、山本が、保険の積りで、その現地組織に、ポーランドからソ連までの地理情報の収集を下命しただけで、ソ連の動きが止まると言うのも、何だか情けない。
井上にすれば、まだ一年も満たない、みえみえの組織の筈なのに、どうしてそんな簡単に、ソ連が引っかかるんだと言いたい所である。
「とにかく、表と裏の連携方法を何か考えないと。独逸にしろ、ソ連にしても、偶々上手く動いたが、逆の場合も出てくる」
梅津が、溜め息を付く。
「ああ、山本さんとこには、マッキンレーも絡んでいる。あの二人とは上手く連動させないと、今後の展開が、更に複雑になるかもしれんからな」

319shin ◆QzrHPBAK6k:2007/04/07(土) 16:10:41
「うん、何かあるんですか?」
高畑が、井上の言葉に、含みを感じて問うた。
「バルト三国ですか?」
八木が、確認するように答えた。
「ああ、米国が動いている」
それは、頭の痛い話だった。

米国は、11月の時点で、日英統合軍による行動を、しぶしぶながら追認した。
最もこれは、帝国、英国、そして仏蘭西が、認めている以上、反対しても仕方ないと言うニュアンスであり、「今後は、我が国にも知らせて頂きたい」と、チャーチルが散々嫌味を言われて帰って来ている。
しかしながら、12月に入ってから、米国のスタンスが微妙に変わってきていた。
国務長官が、談話の中で、
「国際政治では、あのような行動も、必要となる場合もあろう」
と述べたり、
ランドン大統領が、
「民主主義が、蹂躙された場合、民主的な手続きを取らすために、強権を発する必要もあるのではないか」
とのコメントを述べたりしている。
そして、これらの表上のコメントと連動するかのように、バルト三国やポーランドでの米国大使の活動が活発になっていた。
大使が頻繁に、それぞれの国の大統領府を訪れたり、米国からは、通商交渉と言う名目で、国務省の次官クラスが派遣されているのだった。

「大統領の年頭調書は、四日でしたか?」
「ああ、そうだ。そこでどんな発言がとび出すのか」
「「のと」世界ですと、中立法の廃止、軍備拡大、反全体主義国家ですか。反全体主義国家はなさそうですね」
高柳が資料を見ながら言った。
「ああ、それは大統領がルーズベルトだったからな。今のランドンだと、反共産主義ぐらい言いかねん」
「対ソ戦でも始めるつもりなのでしょうか?」
「いや、さすがにそれは、無理だろう」
「ああ、いくらなんでも、米国から中継国もないままで、バルト海の奥までは厳しいぞ」
「まあ、可能性は低いが、四日の年頭調書で、ランドン大統領がどんな発言をするかだな」
全員が暫く考え込むように、黙り込む。

320shin ◆QzrHPBAK6k:2007/04/07(土) 16:14:00
「やはり、第2次世界大戦が始まるのでしょうか?」
それまでは、あくまでもオブザーバーとして黙っていた、クラークがそれを口にした。
「ああ、可能性はあるな。だが問題は、何処と何処の国が、その口火を切るかだよ」
「ソ連が、ポーランドを攻めるのか、それともフィンランドか」
「やはり、始まるとしたらソ連でしょうか?」
クラークが、半信半疑で問う。
「我が国も含め、日本、独逸の三カ国が一つにまとまった状態で、ソ連が欧州諸国に手を出すでしょうか?」
高畑や八木達が、クラークの問い掛けに、一瞬固まってしまう。
それはそうである。
今の今まで、ソ連がどう動くかが、全ての始まりであると考えていただけに、それは意表を突く考えだった。
「いや、ソ連は今年、正確には今年の後半には、戦争を始めざるを得ない。このまま行けばだが」
井上が、確信があるように答える。
「それは、どうしてですか」
クラークだけではなく、全員が興味深げに聞いてくる。
「天候の問題だ」
「農業問題・・・ですか?」
高畑が、怪訝そうに問い返す。
天候と言えば、世界的な不作に結びつくのは判るのだが、それがどうソ連と繋がるのかが、判らない。
確かに昨年は、世界中が天候不順で、不作だった。
そして、あくまでも「のと」世界では今年も、天候不順が続く。
最早、歴史は大きく変わっているが、唯一「のと」情報と、同じようにように推移しているのが、天候だった。
こればかりは、いくら未来の技術があろうとも、確かに大きく変更出来るものではない。
しかしながら、帝国は「のと」資料を利用し、不況を克服したのと同様に、天候不順に対しても備える事が出来ていた。
具体的には、満州地域における地元農家の育成と、国内の農業改革である。
満州においては、中国中心部の争乱から逃げて来た人々を、大規模農場を作り雇用していた。
資本を拠出し、中国人の手による大規模農場を経営させる。
これは、大豆等の農作物の増産と、共産匪賊化する人々を減少させると言う効果もあり、満州地域の発展に大きく寄与していた。
また国内では、小作農の地位向上の為の法整備を進め、同時に所謂地主層に対して、機械化の為の低利融資を実施し、これまでの労働集約的な農業から、大規模農法へと切り替えさせていた。
重工業の著しい発展に伴い、必要とされる労働力の確保の為でもあるが、同時に農業生産の増加を齎していた。
ちなみに、「のと」世界で行われていた、所謂農地改革のような、徒に小規模農家を作るような政策は実施されていない。
この結果、単年度的な不作が発生しても、一家離散、身売り等の悲惨な事態は、回避されている。

321shin ◆QzrHPBAK6k:2007/04/07(土) 16:15:02
「確かに帝国では、農作物の不作を見越しての政策が可能であるが、ソ連はそんな知識は持っていない」
井上が説明を続ける。
「結果、今年から来年に掛けては、ほおって置けば百万単位の餓死者が発生する事となる」
「そうなると、スターリン体制そのものが、傾きますね」
「そうだ、その可能性は高い。そして、それを避けるためには、何らかの方策が必要となる」
「それが、戦争ですか・・・」
「ああ、残念ながらね」
「為政者の失策の為に、戦争に走る・・・救われませんね」
「そうは言ってもな、帝国にしても、その可能性は十分にあったのだぞ。
それに、米国も長期の不況が続いている状況では、スターリンを嘲笑えん」
梅津が付け足した。
「ソ連に、米国、両方とも戦争を始める十分な理由がある訳ですか」
「そうだ、それ故、独裁政治に近いソ連が、第2次世界大戦を巻き起こす可能性は遥かに高い」
「今年中に、スターリンは何らかの行動を起こさざるを得ない。我々はそれに対する対策を考えねばならないが、その中に、戦争を回避する為の方策は含まれてない」
井上が断言する。
「確かに、回避できたとしても、ソ連にすれば、何の解決にもならない訳ですね」
クラークが納得したように、頷きながらつぶやく。
「ああ、そうだ。餓死者の大量発生をごまかす為に、戦争を欲している連中に対して出来る譲歩等無い」
「そうですね、我々は避けることは出来ない。ならば、立ち向かうしかないのですね」
「そう言うことだ・・・」
そう、それが我々の役割なんだから。

322shin ◆QzrHPBAK6k:2007/06/17(日) 20:43:20
「アメリカ合衆国は、自由と民主主義の担い手として、それを阻む如何なる勢力、国家に対しても断固たる態度を示さねばならない・・・か」
「ああ、偉く勇ましいもんだ」
梅津が手にした書類、四日のランドン大統領の年頭調書の写し、を机の上に投げ出し、溜め息をつく。
「中立法の撤廃、軍備の拡大、公共事業の縮小、ここまでは判りますが、この民主監視団の設立と言うのはなんなんでしょうね」
高畑が、書類を見ながら怪訝そうに言う。
「民主主義を守る為の、国家間の監視組織だそうだ。早速大使が、勧誘に来た。ああ、英国にも来てる。」
井上が、むっつりとしたまま、答える。

全く、悪い冗談としか思えなかった。
米国では、毎年年頭に、大統領が議会に招かれ、そこで今年の方針を演説する事になっている。
その中で、ランドン大統領は、民主監視団(Democratic Gurd)の設立を宣言したのだった。
年頭調書は、最初から昨年の日英による対独戦に触れて来た。
それは、べた褒めと言って良いほどの賛辞から始まった。

「皆さん、貴方方のお住まいの隣の家から、煙が上がっていたらどうされますか?」

隣の家から火の手が上がっている。
ほって置いたら、隣家が焼け落ちる。
しかも、それは下手すれば、裏の家に燃え広がる可能性がある。
貴方の家と隣の家は、庭があるので火が燃え移る可能性は少ない。
だけど、ほっておく訳にはいかないでしょう。
貴方は、直ちにバケツを持って隣家に駆けつける。
ドアを叩くが、家人からの返事はない。
そう、そうなれば、燃え上がるのを無視する訳にも行かず、貴方はドアを蹴破っても、火元に駆けつけるでしょう。
英国の行動は、まさにこれを行ったに過ぎません。
民主主義と言う大切な家が、燃え落ちようとしている時、それを消す為に、何ら躊躇う理由がどこにあるでしょう。

英国や、日本のように、国王や皇帝を掲げる国家ですら、民主主義を守る為に、そこまでの行為を実施したのです。

このように、言いながら、ランドン大統領は、欧州の民主主義国家の行動を正当化し、聞いている方が恥ずかしくなるくらいに、褒め称えたのである。

そして、民主主義の担い手である、米国もこのような流れを傍観している訳には行かないと、議会に対して、いや、欧州列強に対して、民主監視団の設立を訴えたのである。

「英国の反応は?」
梅津が、井上や高畑に顔を向ける。
「いや、まだ今の時点では、何とも。まあ、相手にしないでしょうね」
「順当に考えればそうだが、何か裏があると見た方が良いだろうな。どう見ても、同盟を言い換えただけにすぎんぞ」
井上が、不満げに言う。
「満州の停戦監視団と似たような組織だろう。いや、それよりも、あれを真似したもののように思えるが・・・」
梅津も、何か考え込んでいるように答える。
「ああ、そうかもしれんな、とにかく、堀さんや山本さんには、特に注意して情報を集めて貰うように、一言言っとこう。梅津、それに高畑も、注意してくれ」
「判りました、しかし厄介ですね。何かとてもきな臭い匂いしかしませんね」
高畑も、米国の出方に、不安を感じるが、今は特に何も出来る訳でもない。
他の二人も、何とも言えない不安に、重く押し黙るだけだった。

323shin ◆QzrHPBAK6k:2007/06/17(日) 20:44:43
その日、井上は、早朝からの今後の戦略の、見直し等も含めた、総研での打ち合わせを終え、夜遅くに帰宅していた。
妻は、まだ起きており、遅い夕飯を取り、漸く寝ようかとした所で、それは起こった。

リーンと鳴り出した電話に、否な胸騒ぎを覚え、妻が受話器を取ろうと言うのを制して、自ら電話を取る。
「ハイ、もしもし」
「井上さんですか」
「ああ、そうだが。君か?」
「そうです。大変です。米国が、民主監視団の設立を表明しました。」
「うん、あれは、年頭調書の話じゃ無いのか」
「いや、国際組織として、立ち上げを表明したんです。バルト三国、エストニア、リトアニア、ラトビアが、それに加盟しています」
電話の向こうから、総研所員が更に、加盟した国家を告げているが、井上は最早聞いていなかった。
バルト三国と米国が、同盟。
「のと」資料では、本年土中にソ連に飲み込まれていく筈の弱小国家が、米国の後押しを受けた。
頭の中で、今までの戦略が音を立てて崩れてゆく。
欧州情勢は、劇的に変化する。
あの位置、欧州の最も奥深い場所。
いや、海に面している限り、米国にすれば、距離的な差異は無い。
少なくとも、ユーラシア大陸に、米国が橋頭堡を築いた事は間違いない。
対ソ戦が勃発するにしても、あそこに米国の橋頭堡があれば、どう変わるか・・・

「井上さん、井上さん!もしもし!」
「ああ、すまん、判った。電話ではこれ以上詳しい話は出来ないな。すぐさま総研に戻る」

これも一つのゆり戻しなのかもしれない。
我々は、「のと」資料により、列強に対して、非常に有利な体制を構築する事が出来た。
対ソ戦の戦略も、その後の対米対策、そして世界の有り様まで検討していた筈だった。
それが出来るか、出来ないかの問題は、これからの推移を見ながら、検討していけば良い筈だった。

井上には、米国の戦略が、判った。
それはそうである。
総研が主導し、帝国が行った満州政策の焼き直しそのものである。
民主監視団の名の下に、米国が監視員と言う戦力を欧州に派遣してくる。
まだモンロー主義が幅を利かせている米国であろうから、送られてくる、その戦力は微々たる物であろう。
しかし、そこに、米国兵がいると言う事実は、揺ぎ無い。
万一、攻撃を受けたら、否、攻撃が受けたと言う事実だけがあれば、米国大統領が派兵を躊躇う理由は無い。
バルト三国は、あくまでも対ソ連を見据えての同盟、であるのは間違いないだろう。
しかし、米国から見ればどうか。
建前は、対ソ連であろうが、その橋頭堡は、ソ連以外にも使える。
そう、米国は、対ソ連だけではなく、対英、対独、そして帝国に対しても使える切り札を握った訳である。

迎えの車に乗り込んだ井上は、大きく溜め息を吐く。
「戦略の見直しか・・・」
ポツリとつぶやくと、井上は、シートに深々と座り、堅く目を閉じるのであった。

324名無しさん:2015/08/28(金) 20:01:51
9年経過


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板