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雑談スレ

202名無しさん:2007/08/13(月) 16:49:45
O様、「軍神山本」更新お疲れさまです。
2.26事件は昭和史において重大な事件なのに、
事件の背景など知らない事だらけで、
考えてみれば「2.26事件」とゆう呼び方からしておかしく、
「2.26クーデター」が正しい呼び方だろうに。
言葉を変えて問題を卑小化するのはこのころから日本の官僚の伝統でしょうか。

鉄砲ですが
火薬-Wikipedia
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E8%96%AC

一部抜粋

当時の日本は高い鉄の精錬技術と鍛鉄技術を有しており、鉄砲製造は急速に普及し、大量生産が行われた。
1575年の長篠の戦いでは、織田信長が大量の鉄砲を用いることで武田勝頼に大勝している 。
しかし、中国地方の口伝では門徒の間で蓬(ヨモギ、あのヨモギ団子のヨモギ)の根に尿をかけたものを一定の温度で保存することにより、ヨモギ特有の根球細菌のはたらきで硝酸が生成されることを発見したという。
馬の尿とヨモギでそれは量産(当時にしては)された。
これらは当時の軍事機密であったので厳重に守秘されて一般に広まることはなかったが、本願寺派に供給された火薬の主体であったようである。
信長が驚いた本願寺の鉄砲の数は、実は弾薬の量に支配されるものであり、安価な硝酸がそれを支えたのである。
これらの技術は、本願寺の敗退により、毛利の陪臣らには受け継がれたが、秘伝としたため流布しなかった。

江戸時代に入り鎖国がなされると、国内で硝石を供給せざるを得なくなる。
軍事用の火薬使用は激減したが、狩猟用として鉄砲が農山村に普及したため、一定の火薬の需要が存在したのである。
汲み取り便所の壁から床下の土中に染み出した窒素に富む糞尿などから生じたアンモニアに亜硝酸細菌と硝酸細菌が作用するため、古い民家の床下の土壌には硝酸カリウムが蓄積している。
これを原料とすることで硝石を生産した。
床下土を用いた硝石の製造は江戸時代を通じて主流の方法であったが、同様に床下で硝石を生成する東南アジアの伝統的手法と異なり、豚などの家畜を大規模に飼育しない日本の民家では硝石の生成量が少なく、一度掘り出してしまうと20〜30年間は採集できなかった。
ちなみに、明治時代の秩父事件において、困民党は火縄銃等を用いて戦ったが、その銃に用いる火薬は前述の方法にて硝石を調達し、火薬を製造した。

加賀硝石で知られる越中五箇山(現在の富山県砺波郡)では、干草と土の混合物に、腐敗した魚、糞尿などで腐らせた水をかけることで発酵させ、硝石を生産した。
この方法は毎年の再生産が可能な優れた製造方法であった。
1733年(享保18年)には隅田川の花火大会が初めて行われた。
これ以降、例年開催されている。


上記の記事ように硝石を生産する事は戦国時代でも不可能ではないようです。
やはり戦争を左右するのは物量でしょう。


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