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避難用作品投下スレ5

862名無しさん:2010/08/27(金) 21:09:20 ID:w1hhOi020
B-10の者です。
今から最終回を投下したいと思います。
容量が160kbある都合上、四部構成に分けて投下します。
休憩など挟みますが、どうぞご了承下さいませ。

863終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:10:43 ID:w1hhOi020
十三時四十七分/高天原中層

「ねえ、リサさん」

 ウォプタルの背中に揺られながら、一ノ瀬ことみはしばらくぶりの口を開いた。
 国崎往人、川澄舞の両名と離れて以後、初めて開いた口だった。
 それまで黙っていたのは、二人の安否が心配だったからではない。あの二人なら絶対生きている。
 ただ、これからやるべきことに対して整理をつけ、自分の中で消化する時間が欲しかったから黙っていた。

 文字通りの命を賭けた大一番の中に、自分達はいる。それは今まで命のやりとりをしてこなかったことみには怖いことだった。
 今も正直、早鐘を打ち続ける心臓を落ち着かせることができない。
 ことみは誰かがいなくなることの恐ろしさを知っていた。だからこそ、恩人とも言える霧島聖を殺害されたときでさえ犯人である宮沢有紀寧の命を奪うことができなかった。
 結果的には、彼女は道連れにしようと自爆してしまったのだが……
 包帯を巻いたままの目が痛む。命を投げ打ってまでしてやったことは、目玉一つを奪うことだけだった。
 そうはなりたくない。それがことみの気持ちだった。
 死んでしまっても何かを為そうというのではなく、生きていたいから何かを為さなくてはならないという自信が欲しかった。
 でなければ、自分もきっと有紀寧と同じような、自己満足のためだけの死を迎えてしまうだろうから。

「リサさん、これから……ここから出たら、何をするの?」

 リサとはそれなりに長く行動してきたつもりだったが、彼女自身のことについては知らないことも多かった。
 どこで生まれ、何をしてきたのか。何も知らない。

「今の仕事を続けるわ。それしかやれないからなんだけど……」

 特に表情を変えることもなくリサはそう言った。
 自分の運命を決定的には変えることはできないと知っている女の顔だった。
 自分より長く生きているはずの人だ、それなりの重さはあるのだろうと思ったがあまり好ましい言葉ではなかった。
 大人はこういうものなのかもしれない。多くを語らず、責任の重さを黙って受け止めてやれることだけをやる。
 聖にもそんな部分は多かった。自らの責任を果たすだけ果たし、言葉だけを残して逝ってしまった。

864終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:11:05 ID:w1hhOi020
「でも、それだけじゃない。今の仕事を続けていく中でもちょっとした変化……楽しんだり、笑ったり、泣いたり、悲しんだり……
 そういうものを感じられる機会を増やしていこうと思ってる。仕事だけの人生なんて、寂しいでしょ?」

 生きる道そのものは変えられなくとも、その過程ならばいくらだって変えられる。
 微笑を含んだままのリサに虚を突かれたような気分になりことみは思わず「リサさんでも泣いたりするんだ」と軽口を叩いてしまっていた。

「私でも泣くことくらいあるわよ。人間だもの」
「そうかな……」
「無闇矢鱈と人前でそうしないだけ。意地が出てくるのよ、年をとるとね」
「大人って、格好付けなんだ」
「そうね……私の知ってる人は、大体そんな感じだった。でも、分かるでしょ?」

 年上が情けない姿を見せたくはない。だから意地を張るし、身勝手なことも言ったりする。
 それは分かる。だが、分かっているからこそ受け入れられない部分もあった。それは自分がまだ子供だからなのかは分からなかった。

「せめて、親しい人の間でくらいは子供になってもいいと思うの」
「だから家族になって、子供も作るんでしょ?」
「……分からないの」
「私はそうしたいわ。今はエージェントって仕事しかできないけど、いつか、きっと」

 リサにとっては遠すぎる夢なのだろうか。はっきりと口に出すことはしなかった。
 それでも強い言葉で、遠くを見据えるように言ったリサには、そこまでの道筋も見えているのかもしれない。
 ならば、自分はリサに負けている。医者になりたい夢はあっても、まだ漠然とした道しか分からない我が身を振り返り、ことみはようやく納得する答えを得たと思った。
 仕事の内容は違っても経験する道のアドバイスに長けているに違いない。将来は、恐らく。
 そんなリサに、ようやく自分の未来を預けてみようという気になったのだった。

「お願いがあるの」

 なに? と今更ねとでも言いたげな顔でこちらを見てくる。遠慮がないのはお国柄の違いなのだろうかと苦笑を返しつつ、
 ことみは一つの提案を持ちかけた。

865終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:11:25 ID:w1hhOi020
「二手に別れるの。リサさんは当初の予定通り中央の制圧。私は脱出路の道筋を探す。ほら、私この恐竜さんに乗ってるから早いし」
「そうするメリットは?」

 感情に訴えず、合理的な判断を持ちかけてくるのは流石にリサだった。だがその方がことみとしてはやりやすい。
 元々、考えるのは得意中の得意なのだから。

「んー。さっきアハトノインと遭遇したけど、あれってなんでなのかな」
「どういうこと?」
「普通、自分の身を守りたければああいう強いボディーガードは身辺につけてるはずなの」
「ふむ」
「ところがそれをホイホイ手放した。ってことはつまり、テンパってるってことだと思うの」
「まさか。こんな殺し合いを計画する奴よ」
「でもそれは変わったかもしれない。途中から、明らかに色々変えてたもの」

 主催内部でゴタゴタがあったかもしれない。リサがそれに感づいている可能性は高かった。
 何より、那須宗一と話し合う姿を目撃している。推理が含まれるだろうが、概ね外れはないだろうと踏んでいた。
 リサは特に反論を寄越さなかった。つまり、反論はないということだ。ここに畳み掛ける。

「リサさん強いし、一人でも何とかなるんじゃないかな。もちろん私にもリスクはあるの」
「貴女の身が危ないわね」
「そこをリサさんに託すって言ってるの。……これは私の勘なんだけど、こんなことでテンパるような主催者なら、なんかやらかしそうな気がするし」

 半分冗談のつもりで言ったのをリサも理解してくれたらしく、「例えば、基地の自爆スイッチを押すとか」と付き合ってくれた。

「そうそう。他にも基地がぶっ壊れるのお構いなしで兵器ぶっ放しとか」
「……ありそうな話ねぇ」

 コミックの中でしか有り得なさそうな話なのだが、リサは意外と神妙だった。
 本気ではないだろうが、可能性のひとつとして受け止めたのだろう。

866終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:11:47 ID:w1hhOi020
「追い詰められた奴は何をするか分からないからね……貴女が、宮沢有紀寧にそうされたように」
「えっ?」

 思ってもみなかった言葉が飛び出してきて、ことみは間抜けな口を開いてしまっていた。
 まさか、本気なのだろうか。
 硬い表情を作るリサの真意は測れず、判然としないものだった。

「何をしでかすか分からない、か……」

 何とも言えなくなってしまう。不測の事態に陥ってしまうと頭が回らなくなる悪い癖は治っていないらしい。
 ここもいずれ変えていかなければと見当違いな決心をしている間に結論を出したらしいリサが「分かった」と言っていた。

「別行動にしましょう。ただし、危なくなったらすぐに逃げてね。そこだけは約束して」
「え、ああ、うん」

 こくこくと頭を下げたのを見たリサは「うん、よし、それじゃあね」とまくし立てて先に行ってしまった。
 呆然と取り残されたような気分になり、ことみは首を捻りながら「うーん」と呟いてみた。
 これでよかったのだろうか。いや、当初の予定通りではあったのだが。

「……まあ、私がいても正直戦闘の役に立たないし」

 だから自分の得意なことをやろう。
 気を取り直し、ことみはのんびりと歩いていたウォプタルの手綱を強く握った。
 目下の見立てでは、地下の、最深部が怪しい……というのはフェイクで、この近辺のフロアに何かがあると見ていた。
 理由はひとつある。アハトノインが『見回り』に来ていたこと。
 どこかに急行するなら歩いているはずはない。警戒のために来ていたのだとすると、重要な何かがあるということだ。
 試しにウォプタルを走らせて、まずは様子を見ることにした。

867終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:12:13 ID:w1hhOi020
「当たってればいいけど」

 全部が推理でしかないのに、無闇に確信している自分がいる。
 そういう根拠のない自信は聖から貰ったものなのだろうか。

 ねえ、先生。
 私、意外と図々しくなったかもしれないの。
 だから絶対医者になる。なれるように祈ってて欲しいの。なれなかったら先生のせいなの。

 聖が、苦笑した気がした。

     *     *     *

十三時五十四分/高天原中層

 ことみの小さな一言が切欠だった。
 追い詰められた人間は何をしでかすか分からない。
 もし、今ここを管理している人間が、自分の推理通りの人間だったとしたら――
 それがことみと離れた理由であり、急いでいる理由。
 生きて帰る。それだけが目的なら急ぐ必要はなかったし、今こうしていることもない。
 けれども、もし、帰る場所そのものが失われてしまうかもしれないとしたら?
 実行するかどうかはともかくとして、やると決めたならばどんな非道なことでもやってかねみせないのが『彼』だった。

 脱出する前になんとしても接触し、決着をつける必要があった。
 本当なら皆と合流した上で行うべきだったし、そうしたいと思っていたが事態は急を要する。
 分散してしまったのは失敗だったかもしれないとリサは舌打ちした。
 もし既に脱出路の確保が終わってしまっているなら、『彼』は準備に取り掛かっているかもしれない。
 そうなる前に潰したいというのがリサの気持ちだった。

868終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:12:52 ID:w1hhOi020
 片っ端から怪しそうな場所に突入してみたが、いずれも無人。
 本命の場所には必ずいるだろうからいないはずはない。そう考え、もう何度も突撃してはみたが結果は得られていない。
 『高天原』は広すぎる。このフロアではない可能性もある。
 そもそも、勘と当てずっぽう、そして和田の残してくれた僅かな情報だけが頼りでしかない。
 首輪データと共に発見した『高天原』のデータが古い可能性は否めない上、建造初期のデータだった。
 だが、自らの経験と勘を信じるしかない。
 今度こそ手遅れになるわけにはいかないのだから……

 新しい部屋を発見したリサは躊躇なくそこに踏み込む。
 物陰から飛び出すと同時にM4を構える。敵と判断すれば即座に撃つ心積もりだったが、またも無人。
 その代わりに、床に赤い液体が放射状に散らばっているのを発見した。その傍らには、投げ捨てられたゴミのように放置されたウサギの人形と、ひび割れた眼鏡があった。
 床の赤いモノに触れるリサ。既に凝固しかけているのか、殆ど手にはつかない。
 つまり、いくらか時間が経過しているということだった。

「……誰かが、殺された?」

 考えるならばそうとしか考えられない。
 主催者の仲間か、或いは別の誰かなのか。血痕だけではこれ以上の事実など分かろうはずもなかったが、ことみの推理は正しいことになる。
 やはり篁が死んで以降、運営内部で争いがあったのだ。
 当初の目的を遂行するか、やめさせようとした一派と争いになったのか、或いは篁財閥の権力を握ろうと他を排除にかかろうとしたのか。
 いや過程はどうでもいい。その結果として、『彼』がトップの座に居座っている。
 そして全てを隠蔽すべく、参加者を全て皆殺しにしようとしている――

「お待ちしておりました」

 やはり『彼』を放置しておくわけにはいかないと結論を結びかけたところで、唐突に声が背後からかかった。
 気配は感じなかった。心臓が凍りつき、内心戦慄する思いであったのだが、何とかそれを隠し通し、いつもの振る舞いでリサは振り返った。
 そこにいたのは、以前撃破したはずのアハトノインだった。いや違う、とリサは即座に判断した。恐らくは別の機体。だが……
 平板な表情、金色の髪と赤外線センサーを搭載した赤い瞳、胸のロザリオ、修道服。
 何から何まで同じで、生き返ったのかとすら思う。きっちり揃えられたアハトノインには個性の文字すら見えない。

869終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:13:17 ID:w1hhOi020
「我が主が貴女様をご招待しております。どうぞ、こちらへ」

 恭しくお辞儀をして、手で誘導してくる。罠か、と思ったリサだったが、そもそも敵陣の只中に突入している身で罠も何もないと考え直した。
 余裕があるということなのか? いやそれはない。推理通りの人物ならば余裕など有り得ない。そんな器を持ち合わせているはずはない。
 これは虚勢だ。プライドが小さい男が張ったつまらない虚勢。
 わざわざ使いを寄越すのも、自ら出て行くことができなかったからなのではないか。
 そう思うと色々勘繰っていたことも馬鹿らしく感じ、逆に余裕を持てるようになった。
 その程度の男、御せなくてどうする、リサ=ヴィクセン。

「ご招待に預かりましょう」

 もしかすると、アハトノインを通して見られているかもしれないと思い、リサはわざとふてぶてしい態度を取った。
 M4を仕舞いもしなかったが、特に気にかけることも別の表情を見せることもなく、「では、どうぞ」と先を歩いてゆく。
 人間であれば、まだおちょくることもできたのだが。
 そういった意味でも面白くないと思いつつリサはアハトノインに続いた。

「ところで、質問は許可されているのかしら」
「命令にはありません。もうしばらくお待ちください」
「……面白くないわね」
「申し訳ありません。その命令は実行できません」

 口に出すだけ無駄だろうとリサは結論した。
 それにしても応対まで簡素そのものだとは。ほしのゆめみなら、もっと面白い答えで受け答えしてくれるのに。
 ほんの少し付き合っただけだが、リサはアハトノインを通して製作者の人間性が改めて分かったような気がした。
 ひどくつまらない。男としての魅力は皆無といっていい。

「英二なら、そもそも自ら出向いてくる、か。比較するのも失礼だったかな」

 わざと聞こえるように言ってみたが、返ってきたのは無言だけだった。
 やはりつまらない。廊下を通り過ぎ、階段を下りてゆくアハトノインの背中を見ながらリサは嘆息した。

870終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:14:19 ID:w1hhOi020
     *     *     *

十四時十五分/高天原格納庫

「……こいつは」

 目の前に聳え立つ、高さ5m以上はあるかという物体を見上げながら高槻は想像以上の代物が出てきたことに驚いているようだった。
 無理もないな、と朝霧麻亜子は思う。こんなもの、どうやって破壊しろというのか。
 戦車なのかロボットなのか、それとも別の兵器とも判断できないそれは今は休止中なのだろうか、
 間接部のライトをチカチカと輝かせているだけで動く気配を見せていなかった。
 しかし動いてはいなくとも、頭頂部に配置されている大型の筒は息を呑むほどの威圧感があり、例えるなら玉座に鎮座する大王、といった佇まいだった。
 恐らくは戦車砲かなにかなのだろう。それにしては鋭角的なデザインだとも思ったが、最新鋭の兵器というものはこういうものなのかもしれない。

「どうするのさ」

 ただ立ち尽くしているわけにもいかず、麻亜子は腕を組んだまま見上げている高槻に問いかけた。
 ほしのゆめみは相変わらず高槻一筋といった振る舞いで、特に何もしていなかったからだ。

「見ろ」

 首を少しだけ動かし、高槻はとある一点を指し示したようだった。
 視線の先を追うと、大型筒の下のあたりに、取っ手らしきものがあるのが見えた。

「コックピット?」
「だろうさ。ちょいと狭そうだが、あの大きさなら少なくとも二人は入れる」
「おい、まさか」
「ここであれを奪わなくてどうする」

 麻亜子は頭を抱えた。あんな最新鋭の兵器、動かせるはずがないではないか。
 確かに、面白そうだとは思うが。
 ここで面白そうだから動かしてみたいと思ってしまっている自分がいることに気づき、麻亜子はため息をもう一つ増やした。
 玩具みたいに簡単にできるはずがないと感じてはいても、それがどうしたやってみなければ分からんという考えもある。
 どうも学校生活の中で、あらゆる無茶に挑んでみたくなるのが習い性として定着してしまったらしい。

871終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:14:39 ID:w1hhOi020
「動かせる自信あるの?」
「ない」

 随分きっぱりと高槻は言ってくれた。「なんだよそれ」と呆れ混じりの口調で返すと「動けばいいんだよ、事故っても」と、
 本気なのか冗談なのかも分からぬ答えが返ってきた。

「ま、いざとなればあのレールガンぶっ放せばいいだけの話だ」

 それが出来るのか、という質問は置いておくことにした。
 実現性はともかくとして、手当たり次第に暴れまわるという発想は面白そうだと麻亜子も感じたからだった。
 結局のところ、面白さを第一義にして動くという性分はどんなに辛酸を舐め尽くしても変わることはないのだろう。
 それでもいいか、と結論付ける。自分の人生、好きなように決めて行動してもいい。好きなように行動するという選択肢が、今の自分にはある。

「よし分かった。その覚悟に免じて先鋒となってハッチを開ける任務を与えよう」
「あ?」
「何だよ、言いだしっぺの法則を忘れたか高槻一等兵」
「……」

 ジロリ、と睨まれる。どうもまだ高槻は自分に対して警戒心が強く、心を許してくれていない部分があるようだった。
 当然か、とも思う。考えている以上に因縁は深く、一生を費やしても埋めきれない溝であるのかもしれない。
 それでもと麻亜子は反論する。どんなに人殺しの業が深くても、最低な人間だったとしてもそれで終わるわけにはいかない。
 どんな暗闇に落ちたとしても、そこから這い上がれるだけの力を人間は持っているのだと知ることができたのだから。

「分かった。行きゃあいいんだろ。でもな、ひとつ確認していいか」
「?」
「あすこまで、どうやって行くよ」
「……」

872終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:15:00 ID:w1hhOi020
 取っ手は四脚に支えられた台の上にあり、脚立か何かを使わなければ取り付くこともできそうになかった。
 脚から這い上がろうにも、表面は滑らかであり、ロッククライミングまがいのことも不可能そうだ。

「つまりだ、俺が上がろうと思えばお前ら二人で俺を肩車しろってことなんだが、できるかチビ」
「あー!? チビって言ったかこいつ! できねーよ! 悪かったなこんちくしょう!」
「お、落ち着いてください……わたしは恐らく大丈夫だとは思いますが」

 麻亜子はゆめみを睨んだ。スレンダーな体。けれども割と高い身長。その上力持ち。萌え要素のツインテール。

「完璧超人め! もげろ!」
「はい?」

 もげろの意味が分からなかったらしく、小首を傾げられる。しかもかわいい。

「ま、そういうことだ」

 ポン、と肩を叩かれる。高槻はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた。
 多少は溜飲を下げたのかもしれなかった。それはそれで何か苛立たしい気分ではあった。
 かといって男に肩車できるだけの膂力はなかった麻亜子に返しの一手が浮かぶはずもなく、先鋒を務めなければならない我が身に嘆息するしかなかった。
 キック力なら負けないのに。
 どこか言い訳のように心中で呟きながら、麻亜子は「分かった。行きゃあいいんでしょ」と承諾した。

「あ、スカートの中見るなら100円な」
「見ねえよ。そもそもスカートじゃないだろが」

 麻亜子は自分を確認してみた。体操着だった。すっかり忘れていた。おまけに普通のズボン。

「ちっ」
「露骨に舌打ちすんな。大体てめぇのような貧相なガキのパンツ一枚見たところで興奮しねえよ。中学生じゃねえんだ」

873終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:15:30 ID:w1hhOi020
 本当に興味なさそうに言っていたので、なにかますます悔しい気分になる。
 何が一番悔しいかというと、全く持って高槻の言ったことが全て真実であることだった。

「ふん。あたしでも需要はあるんだもんね」
「ロリコンはな、年齢もロリじゃねえと納得しないもんだ」
「あー!? あたしが年増だってか!」
「悔しかったら胸増やしてボインになってみろよバーカバーカ!」
「胸なんかいらんわっ! あんなもん年食ったら垂れて使いもんにならんもんねー! バーカ!」
「負け惜しみしてんじゃねえよ幼児体型!」
「んだとテンパのくせに!」
「ててててめぇ! せめてウェーブって言えこの野郎!」
「やーいやーい悔しかったらサラサラストレートにしてみろってんだ」
「ばっ、こういうのは個性っていうんだよ! 分からんのかこの低身長!」
「お二人とも、小学生のような喧嘩はやめてくださいっ!」

 珍しくゆめみが声を荒げたこともあったが、それ以上に小学生の喧嘩という指摘があまりにも的確だった。
 なんで張り合ってたんだろうと今更のように感じながら、同様の感想を抱いていたらしい高槻と一緒に大きくため息をついた。
 そのタイミングまで一緒だったので「けっ」と言ってやったが、全く同じタイミングで向こうも「けっ」と言っていた。

 なんなんだよ、これ。

 言い表しがたい気分を抱えながら、麻亜子は渋々といった感じで座り込んだ高槻の肩に乗り込む。
 更にその高槻をゆめみが下から肩車する。肩車の三段重ねだった。
 バランスが崩れるかと多少不安な気持ちだったが、予想外にしっかりと固定してくれていて、揺れることすらなかった。
 いかにもぶすっとしているのに、がっちりと足を掴んでくれている高槻の手が妙に頼れるものに思えてしまい、麻亜子は何か居心地の悪くなる気分だった。
 やるべきことをちゃんとやっていると言えばその通りなのだが、歯がゆいというのか、くすぐったくなるような気持ちだった。

874終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:15:52 ID:w1hhOi020
「おい、さっさと開けろって」

 考え事をしていたからなのか、目の前に取っ手があることにも気づけなかった。
 何やってんだろ、あたし。
 自分でも整理のつかない気持ちを抱えながら、それを少しでも晴らすべく麻亜子は話を振った。

「ねえ、あたし軽いでしょ」
「……そりゃな」

 流石に事実までは否定してこないようだった。

「胸があったら重かっただろうねー」
「代わりに下乳が俺の頭に触れるかもしれないってドリームがあるから問題ない」
「……あんたさ、意外にスケベな」
「セクハラ大魔王のお前にゃ言われたくないね」
「うっさいな」

 言いながら、麻亜子は少し吹き出してしまっていた。
 ああ、似ているのだ、自分達は。
 あまりにも似すぎているから戸惑ったのかもしれない。
 わけもない対抗心も、自分達が似ているからなのだろうか。

「んなこたどうでもいいからとっとと開けろよ」
「はいはい……ここか、せーのっ」

 意外に取っ手は重く、若干の反動がかかることは承知の上で両手で引っ張る。
 しばらく力を込めるとハッチは簡単に開いた。
 が、その瞬間目の前が揺れた。

875終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:16:18 ID:w1hhOi020
「うわわっ!? なになに!?」
「う、動き出しました!」
「何だと!?」


『侵入者を確認。これより対象の排除にかかります。セーフモード解除、Mk43L/e、シオマネキ、起動します』


 げっ、と麻亜子も高槻も、そしてゆめみでさえも漏らした。
 地震が起こったのではなく、目の前の『シオマネキ』が動き出したのだった。
 それも自分達をターゲットに、殲滅するように。
 開いたままのハッチから、僅かに操縦席が見えた。
 しかしそれは操縦席と呼べるようなものではなく、複雑に回線が絡み合った、一種のコンピュータのようであった。
 その配線群に紛れ込むようにして、いや配線に繋がれている、ひとつの影と目が合った。
 目は赤く、それでいて瞳の中には何も宿してはいなかった。
 この目を、自分は知っている。
 そう知覚したとき、目の下にある口腔が開き、一つの言葉を発した。

「あなたを、赦しましょう」

 ぐらりと麻亜子の体が揺れた。
 動き出したシオマネキから離れるべく、高槻とゆめみが自分を下ろしにかかったのだろう。
 ハッチの中はもう見えない。ただ――
 シオマネキも、アハトノインであるということが分かった。

     *     *     *

876終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:16:41 ID:w1hhOi020
十四時四分/高天原司令室

「ようこそ我が『高天原』へ。歓迎しますよ、ミス・ヴィクセン」
「歓迎会の迎えにしちゃ遅いんじゃないの? エスコートの下手な男は嫌われるわよ、ミスター・サリンジャー」

 それは失礼、と軽薄な笑みを作ったまま、デイビッド・サリンジャーは豪奢な作りの椅子に腰掛け、足を組んだ。
 敵が目の前にいるというのに、殺されるなどとは微塵も感じていない態度だった。
 武器も持っていないのに? この自信は背後に控えているアハトノインによるものなのだろうか。
 直接交戦したとはいえ、まだその真の性能を把握してはいない。この殺人ロボットに、果たして一対一で勝てるか。
 考えている間に口を開いたのはサリンジャーだった。

「いつまでもお互い口上を述べていても仕方がありません。早速本題に入るとしましょうか。私は意外とせっかちでしてね」
「あら。せっかちな男も女には逃げられやすいわよ」
「性分なんですよ。なにせ元がプログラマーですから。迅速に結果を出さなければいけない仕事も多かったんですよ」
「今はどうなのかしら」
「そうですねえ……神なんていかがですかね」

 ジョークにしてもいささかつまらなさ過ぎるとリサは返事を寄越すのも躊躇った。
 上がいなくなったからといって、神様気取りか。くだらない、たなぼた的に地位を獲得しただけではないか。
 当人は面白いとでも思っているのか、くくっと忍び笑いをしている。リサは想像していたよりずっと小さい男だと感想を結んだ。

 デイビッド・サリンジャー。篁の元に潜入していたときに、何度か出会ったことがある。
 機械工学部のチーフプログラマーであり、最新技術の研究をしていたと聞く。
 当時のリサはサリンジャーのことまで気にしている余裕はなく、せいぜいその程度の情報くらいしか知らなかった。
 まさか篁の側近クラスであり、ここまでの地位とは思わなかったが……
 しかし、アハトノインの性能を見る限りサリンジャーはプログラマーとしては一流だということは感じていた。
 その人間性はともかくとして、ロボットに殺人させるアルゴリズムを組み込める技術者をリサは知らない。可能であるとすれば姫百合珊瑚くらいのものだろう。
 だから篁に目をつけられた。己がためならどんな非道でもやってのける残虐な性格であるのは、ここまでの経過を見ても明らかだ。

「素晴らしいロボットね、貴方の『アハトノイン』は。戦闘できるロボットなんて初めて見たわ」
「そうでしょうそうでしょう! いやあ苦労したんですよ。何せオーダー元……篁総帥の仕様が無茶苦茶でしてね。頭を悩ませたものです」

 饒舌に話すサリンジャー。放っておくといつまでも喋りそうな勢いだった。
 会話するのも億劫になってきたリサはさっさと結論を引き出すべく、サリンジャーの口を遮って次の疑問を出した。

877終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:17:07 ID:w1hhOi020
「それで、このロボットを使って貴方は何をするつもりなのかしら」
「神の国の建設ですよ」

 また神か。いい加減うんざりしてきたので、露骨に呆れてみせた。
 まあまあとサリンジャーは猫なで声でなだめすかす。それがまたリサの心を刺激し、苛立たせた。
 この男、人をイラつかせるのだけは一人前なのかもしれないとリサは評価を改めた。マイナスの方向に。

「夢物語なんかじゃありませんよ。この高天原と私の忠実な下僕がいればね」
「ロボット軍団で世界征服でもしようっての?」
「その通り」

 大正解、とでも言いたげな表情だった。
 馬鹿じゃないのと言いたくもなったが、それすら呆れによって言い出す気力も失せた。
 まるでSF小説か映画の世界だ。一体何をどう考えればそのような発想に辿り着くのかと驚きさえ覚える。

「アハトノイン達の実力は皆さん確認済みでしょう? あれ、実は意外とリミッターかけてましてね。
 ここをなるべく傷つけさせないために銃の使用を控えるように言ってしまったんですよ。
 いやはや。流石に分が悪いかと思いましたが結構そうでもなかったようで。今二体破壊されてしまっているんですが、三人も殺せてるんですよ。
 上出来でしょう? 近接武器だけで強力な武器を持ったあなた方を三人。全力ならとっくに全員死んでますよ」

 テストで想像以上の点数を取れたことを自慢するようにサリンジャーは述べる。
 ここで見ていた。命を賭けて戦っていた皆の姿を実験する目でしか見ていない。
 その上、机上の空論だけで全員殺せるなどとのたまう姿に、流石のリサも怒りを覚え始めてきた。
 表情にもいつの間にか出てしまっていたらしく「おっと、怒らないでくださいよ」と全く悪びれてもいない声でサリンジャーに言われる。
 それがますますリサの怒りを逆撫でした。
 スッ、と胸の底が冷たくなり、殺意が鋭敏に研ぎ澄まされてゆく。
 こんなつまらない男の掌で転がされていたのかと思うと、情けないというより笑い出したい気分になる。
 仇などと言うのも惜しい。そうするだけの価値も意味もない。
 口に出して証明するまでもない。こんな男より柳川祐也や緒方英二、美坂栞の方が余程優れているし魅力的だった。
 だから負けるはずがない。こんな男に殺されるはずがない。
 リサは黙ってM4の銃口を持ち上げ、サリンジャーへと向けた。

878終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:17:52 ID:w1hhOi020
「まあ話は最後まで聞いてくださいよ。我ながら魅力的な提案だと思いますよ? ここから先の話は」

 椅子を横に回転させ、流し目でこちらを見ながらサリンジャーは言った。
 銃口を向けられているというのに、全く微動だにしていない。即座にアハトノインが守ってくれるという余裕があるからなのだろうか。
 それとも、本当に自分の話が魅力的だと思っているのか。
 どちらにしても思い上がりも甚だしい。
 見た目だけは二枚目なサリンジャーの細い顔を見ながら、リサは冷めたままの感情で続きを聞いた。

「高天原の設備、そして篁財閥の財力なら量産することも不可能ではない。それにこちらには核もある。
 つまり、我々は武力と経済力のどちらも握っているわけです。面白いゲームになると思いますよ?
 人間の軍隊が圧倒的な差で我が神の軍隊に敗れてゆく様はね。私達はここでその様を眺めていればいい」
「たかが核くらいで何をいい気になってるの? 撃つ設備も必要だし、何より撃ったところでアメリカを初めとした先進国には迎撃できるだけの力もある。
 撃ち返すことだってできる。いやそうするまでもないわ。撃った場所を確認して空爆すればそこで終わり。貴方の言う神の軍隊とやらには戦う必要もないのよ」
「それがそれが、話はそうじゃないんですよねえ」

 ここが肝心要というように、サリンジャーは愉快そうに笑う。
 対照的に眉を険しくしたリサに「いいですか、ポイントは二つあります」と先生が生徒に教える口調でサリンジャーが続ける。

「まず一つ。貴女の言う反撃は核を撃った場所が特定できなければならない」
「特定は容易よ。熱探知でどうにでも」
「その熱を全く使わない、つまり、推進力にエンジンを使わない核弾頭を撃てるとしたら?」
「は?」
「あるんですよ、こちらには。『シオマネキ』がね」
「『シオマネキ』ですって!?」

 その返答こそを待っていたかのようにサリンジャーは愉悦の笑みを漏らした。
 Mk43L/e、通称シオマネキ。世界初の自動砲撃戦車であり、四脚とローラーによる走行はどんな悪路をも走破し、
 回転式の砲座に設置されたレールキャノンで発見した対象を確実に破壊する。
 米軍で極秘裏に開発されていたのだが、肝心のAIの製作が滞り、現在は計画も凍結されていたはずだ。
 それ以前に四脚による走行すらも危うく、とても実戦に投入できるような代物でもなかった。

879終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:18:31 ID:w1hhOi020
「米軍が諦めてしまったのでね。こちらで研究を続けさせていただきました。中々興味深くて面白かったですよ?
 まあ話し始めると長くなるので、要点だけ話しましょう。我々は、『シオマネキ』のレールキャノンで核弾頭を撃てる。
 撃てるんですよ。探知も迎撃もできない核弾頭をね。文字通りのステルスだ。どうです面白いでしょう?」
「……」

 リサは何も言えなかった。正確には、探知することは不可能ではない。
 だが迎撃は難しい。サリンジャーの言う通り、シオマネキで狙撃することが可能なレベルのレールキャノンである場合、
 弾頭はとてもではないが迎撃はできない。最低でも、一発は核による砲撃を許すことになる。
 いやそれだってシオマネキが一体であるならばの話で、仮に量産されたとしたら……?

「更に言うなら、『シオマネキ』は量産する必要もないんですよ。貴女はこの島は固定だと思っているようですが、実はそうではない。
 移動可能なんですよ、この島は。動かしていないだけでね。エネルギーさえ確保できれば動かせますよ。今だって、何の問題もなくね」
「……つまり、探知しても正確な位置の割り出しは不可能」
「察しが良くて助かります。まあそれでも優秀な米軍あたりなら空爆だって仕掛けられるかもしれませんが、それも問題ないんですよ」
「まだ何かあるっていうの……!?」
「ええ。ですが、流石にここからは企業秘密に当たるので話せませんね。貴女が私の陣営に加わるなら話は別ですが」
「私を引き入れるって言うの……?」
「出自やこれまでの経緯はどうでも構いません。貴女は優秀だ。そこらへんのSPなどよりもはるかにね。
 どうです? 私の護衛になってみませんか? 待遇は望むようにしますが? ああ、他の参加者連中を逃してくれってのは出来ませんよ?」

 まるでリサが入ることは確定事項だとでもいうようにサリンジャーは聞いてもいないことを喋り続ける。
 は、とリサは嗤った。
 捕捉も迎撃も不可能な核。人間を凌駕するロボット兵器。まだ隠されているなにか――それがどうした?
 結局のところ、全て篁の遺産ではないか。他人の褌で相撲を取っているに過ぎない。
 この男自身の力は何もない。自らの力で何も成し遂げようとはせず、転がり込んできた玩具で遊ぼうとしているだけ。
 くだらない。そんなくだらない遊びに付き合うほど暇ではないし、魅力の欠片も感じない。
 プレゼンとしてもゼロ点以下だ。どんなつまらない話かと失笑を期待してみたが……それ以下だった。
 そして何より、自分を、リサ・ヴィクセンという女をコケにされたようで、気に入らなかった。

880終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:18:53 ID:w1hhOi020
 この私が? 地獄の雌狐と言われたこの私が、他人に尻尾を振るとでも思っていたのか?
 今ある未来から背き、泡沫でしかないものに身を委ねろという言葉に本気で従うと思っていたのか?
 そんな言葉で、私は動かされない。
 私が動かされるのは、いつだって生きている言葉、自分を生きさせてくれる言葉だ。

「――お断りよ。クソ野郎」

 今度こそ、何の感慨もなくリサはM4のトリガーを引き絞った。
 サリンジャーに殺到した5.56mmNATO弾は一言の命乞いも許さず、綺麗にサリンジャーの頭に風穴を開けるはずだった。

「それはそれは……残念です」
「……っ!?」

 だが、サリンジャーに弾丸は当たらなかった。否、見たものが正しければ、弾丸が逸れた。
 まるで当たることを拒否したかのように綺麗に逸れていったのだ。
 サリンジャーの傍らにいるアハトノインは寸分の動きも見せなかった。彼女が何かをしたというわけではない。
 けれどもサリンジャーが動いたわけでもなかった。これはどういうことなのか。

「特別ですから、企業秘密を教えて差し上げましょうか」

 表にこそ出していなかったものの、内心の動揺をあざとく感じ取ったらしいサリンジャーが冷笑を浮かべながら言った。
 自らが絶対有利だと安心する笑いであり、こちらを見下した笑い。
 優越感のみによって構成された彼の表情は、あまりにも似合いすぎていた。これが、奴の本性か。

「先程言いましたね、米軍の空爆ごときなんでもない、と」

 横を向いていたサリンジャーが再び正面に体を戻すと同時に、ポケットから長方形の、携帯電話サイズの物体を取り出した。
 あれがマジックの種だとでも言うのか? 疑問を抱いたリサに応えるようにサリンジャーは手で弄びながら続けた。

881終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:19:14 ID:w1hhOi020
「これがその答えです。総帥は『ラストリゾート』と言っていましたがね」
「……完成していたのね」
「おや存在だけは知ってたようですね。性能までは知らなかったみたいですが。そう、これが究極の盾。
 あらゆる銃撃、爆撃を無効化する夢のような兵器ですよ。どんな原理なのかは私も知らないんですがね。
 まるで魔法みたいでしょう? 今のテクノロジーを使えば、奇跡も幻想も作り出せる」

 サリンジャーは勝ち誇ったようにしながらも、「だが総帥は」と一転して吐き捨てるように言った。

「これだけの力がありながら、それを『根の国』だのとかいう訳の分からないところに攻め入るためだけに用いようとした……
 全く、宝の持ち腐れですよ。私のアハトノインもね。だから私が使うんですよ」
「貴方の自己顕示欲を満たすためだけに? はっ、どっちもどっちね」

 もう一発。射撃を試みたが、やはりサリンジャーには命中しない。
 どうやら常時発動型のシステムらしい。だがアハトノインが近くに控えている以上、接近不可能というわけでもなさそうだ。
 ――つまり。

「私の理論が正しいということを証明するだけですよ。間違っているのは私じゃない。世界だ」

 冷静を装って振舞っていながらも、その根底に卑小なものが潜んでいるのをリサは見逃さなかった。
 間違いを認めたくないだけの我侭な男だ。一度失敗したからといってやり直す気概も持てず、不貞腐れて漂っている間に玩具を拾っていい気になっているだけ。
 そこいらの高校生にも劣る小物でしかない。

「だから、貴方は負けるのよ!」

 リサは高速でサリンジャーに詰め寄った。『ラストリゾート』さえ奪ってしまえば恐れるに足りない。
 流石に意図を読み取ったらしいサリンジャーはアハトノインに「近づかせるな!」と盾にしたが、止められると思っていたのか。
 M4を構え、フルオートで射撃する。完全に接近戦の構えだったアハトノインは回避動作さえしなかった。
 だが。

882終点/あなたを想いたい:2010/08/27(金) 21:19:35 ID:w1hhOi020
「っ! こいつも……!」

 M4の弾が逸れる。避けられなかったのではない。避けなかったのだ。
 アハトノインも、『ラストリゾート』を装備している。
 グルカ刀を抜き放ったのを見たリサは一転して回避へと変じる。袈裟に切り下ろされるグルカ刀をかろうじて回避し、一旦距離を取る。

「危ない危ない……さて、ショーと参りましょうか。私のアハトノインと地獄の雌狐。どちらが強いかをね」

 悠然と座ったままのサリンジャーは、コロシアムの観客を気取っているようだった。
 なら、そこから引き摺り下ろしてやる。今すぐにだ。
 サバイバルナイフを取り出し、逆手に構える。対するアハトノインもグルカ刀を真っ直ぐに構えた。

883名無しさん:2010/08/27(金) 21:20:47 ID:w1hhOi020
ここまでが第一部となります

884終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:22:42 ID:w1hhOi020
十四時二十分/高天原格納庫

「ちょっちょっちょっとー! どうしてくれんのこれ!」
「うるせえ馬鹿! 言う前に考えろ!」
「お二人とも、言い争いは……!」

 四脚が振り回される。低いモーター音の唸りと共に迫る鉄棒を、三人は紙一重、しゃがんで回避する。
 鈍重そうな外見からは考えられないほど動きは俊敏で、逃げようとしてもすぐに回り込まれる。
 事実、先程の攻撃も髪を掠めていた。不味い、とほしのゆめみの頭脳は分析する。
 シオマネキの装甲はどれほどのものなのか、スペックは知りようもないが手持ちの携行武器だけで破壊できるはずがない。
 だからこそ高槻はシオマネキを奪おうとしたのだし、その発想は正しい。
 しかし、実際に動き出してしまった。どうすればいいのか。
 逃げるのが一番いい手段ではある。だが逃げられない。誰かが囮になってですら。
 シオマネキがバックし、前面にある二連装のチェンガンを傾ける。

「してる場合じゃないなっ!」

 発射される寸前、高槻の放ったM79の榴弾がシオマネキのチェンガン砲塔に命中し、爆炎を吹き上げる。
 代わりに補助装備と思われる側面の機関砲を移動しつつ斉射してきたが、急場しのぎの攻撃だったのか格納庫の壁に罅を入れただけに留まる。
 それを機に麻亜子が離れ、ゆめみもまた弾かれるようにして移動を開始した。
 一箇所に留まっていては的にされるだけだ。彼女はそう感じて行動したのに違いなかった。

「よし……装甲以外なら効く可能性がある!」

 ならば無力化することだって不可能ではない。ゆめみは忍者刀を手に突進する。
 素早く側面を向いたシオマネキが機関砲の掃射を開始したが、砲塔の旋回もできない固定砲台である側面砲を避けることは難しくない。
 動き自体は素早いが、大丈夫だとゆめみは判断した。
 四脚の足元まで辿り着く。即座に脚が振り回されたが、格闘AIに切り替わっているゆめみに見切れないはずはなかった。
 横に薙がれた脚をジャンプして回避し、そのまま主砲頭頂部へと飛び乗る。
 異変を察知して振り落とそうとしたが、しっかりと左手で機体を掴む。残った右手で忍者刀を逆手に持ち替えて突き刺してみたが、通るはずもなく弾き返される。
 やはり外部からの攻撃は不可能なようだ。ならば次の行動はと行動パターンの羅列を行おうと考えたとき、回り込んでいた麻亜子の声が聞こえた。

「ハッチ開けたときに見えたけど、あの中にアハトノインがいた! あいつがきっとこれ動かしてる!」
「了解しました!」

885終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:23:19 ID:w1hhOi020
 つまり、ハッチの内部に入ってアハトノインを倒す、もしくは彼女を繋いでいる回線を切ってしまえばいい。
 外殻が硬いならば、内側から切り崩せばいい。当たり前の戦術だったが、それこそが一番有効なのだとプログラムを通じてゆめみは理解していた。
 未だに振り落とされぬゆめみに苛立ったか、シオマネキが大きく上下に揺れ動く。落差の激しい動きに足がぐらついたものの、意地でもゆめみは手放さなかった。
 この機会を逃せば次はない可能性は高い。それは理由のひとつであったが、もっと大きな理由があった。
 失敗を繰り返したくはないから。
 沢渡真琴が命を落としたとき。小牧郁乃が岸田洋一に襲われたとき。ゆめみは何もできなかった。
 『お客様』の安全を守るはずの自分はどうしようもない無力を晒すばかりだった。
 戦闘向きではない。状況が悪かった。理屈をつけるならばいくらだってできた。
 けれどもそんな理由付けをしたところで命は帰ってこない。失われた生命の重さが軽くなるわけでもない。
 以前にそんな自分自身を『こわれている』とゆめみは評した。
 間違ってはいないのだろう。与えられた使命を遂行することもできず、何が正しかったのか、何が間違っていたのか、正確な答えも出せていない。
 ロボットにあるまじき、曖昧に答えを濁したままの自分は、きっとこわれている。
 だからこそ……今がこわれているからこそ、次は成功させなければならない。
 行うことを止めてしまったら、きっとそのまま、自分は何者でもありはしないまま瓦礫の山に埋もれてゆくのだろう。
 それは受け入れるべきではなかったから。今の自分がやりたいことは、人間の役に立つことなのだから。
 何があっても、ここでやり通さなければならない。

 シオマネキはしばらく暴れていたが、どうにも振り落とせないことが分かったらしく一旦上下の動きを停止した。
 行ける。ゆめみは動き出そうとしたが、今度は猛烈な勢いで前進を始めた。
 強烈な慣性がかかり、後ろへと押し流されそうになる。砲塔を掴んで再び張り付くことには成功したが、代わりに目に入ったのはターゲットにされた高槻の姿だった。
 殺害する対象を変更したのだ。理解したゆめみは狙いを変えようと自ら飛び降りようとしたが「やめろ!」という高槻の怒声に阻まれる。

「いいからそのままやれ! こっちは心配するなっ!」
「で、ですが……!」

 人間を助ける。それこそがゆめみの作られた目的であり、存在している理由。
 それをやめろと言われて、ならば自分はどうすればいいのか。
 加熱する思考回路は矛盾する状況に今にも焼き切れそうだったが、まだこわれるわけにはいかない。
 それが望まれていないと分かっていながら、ゆめみは高槻の援護に回る行動を選択しようとした。

「来るなって言ってんだ! 命令だ!」

 命令。その一語を捉えた耳が手放す寸前だった砲塔を掴ませる。
 高槻にそう言われれば、やるしかない。だがそれでは、人間を助けられるのか?
 再び迷いが生まれる。あるはずのない逡巡が起こる。まただ。いつも過ちを犯すときは、この迷いが生まれる。
 命令に従え。だがそれでやれるべきことを果たせるのか。命令。やるべきこと。わたしは、どちらを――

「いいから! アイツは心配しなくたって大丈夫! あたしらはゆめみさんを信じてるから!
 今なんとかできるのはゆめみさんだけなんだよっ! だからちっとは……自分を信じなよっ!」

886終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:23:48 ID:w1hhOi020
 思考に割って入ったのは麻亜子だった。シオマネキの背後に陣取った彼女はイングラムを構えていた。
 シオマネキの右部にあるレドーム目掛けて乱射する。レーダーの役割を果たしているそこは言わば目とも言うべき場所だった。
 生命線を狙撃され、火花を散らし、円形の盾のようにも見えるレドームがグラグラと揺れた。
 すぐさまバックして後ろの脚で麻亜子を蹴り飛ばす。ギリギリまで射撃していた麻亜子のイングラムが弾き飛ばされ、本人も余波を食らって大きく吹き飛ばされる。
 そのままローラーで押し潰そうとするのを、今度は高槻が遮った。
 最後の榴弾。脚を狙撃された脚部が榴弾の破片を貰い、ガリガリと不協和音を立て、次の瞬間にはローラーの一部が弾け飛んだ。
 バランスを崩し、傾くシオマネキ。ゆめみは必死に掴まりながら、彼らの言葉を聞いた。

「おい美味しいとこ持ってくんじゃねえよ! 俺が言おうと思ってたんだぞ!」
「へーん! 言ったもん勝ちだぞぅー! 悔しかったらもっといいタイミングで言ってみろよほれほれー!」
「お前ぇ! 後で殴る! 殴り倒す!」
「はっはっはー! ねえねえどんな気持ちー?」

 いつもの会話だった。死線の中にいるというのに、まるで彼らは変わらなかった。
 信じているとはこういうことなのだとゆめみは理解することにした。その場を全力で生きること。それが未来に繋がるのだと。
 何も諦めてなどいない。一挙手一投足を他人に預けつつも、やれることをやっている。

 なら、わたしもあの人達に倣えばいい。

 それで自らの目標が達成できると断じたゆめみはもう振り向かなかった。
 ハッチを目指す。その一念だけを胸に、ゆめみは僅かでも前に進めるように足を動かした。
 周囲からは二人の怒号、機関砲が掃射される音、四脚が大地を踏みしだく音が聞こえている。
 ゆめみ自身も必死にしがみついてじりじりとしか進めていない。動力を全開にしてこの程度なのだから、
 麻亜子が言った、「ゆめみにしか出来ない」という言葉は真実なのかもしれなかった。
 思う。考える。他人の期待を背負ったことは、初めてだった。
 自分ならばやりとげてくれるだろうという信頼。
 別に失敗しても代わりはいる、所詮は量産品でしかないという認識しかなかったゆめみには、現在も思考回路の中を巡っているこのデータの意味が分からなかった。
 この『気持ち』。やらなければいけないではなく、絶対にやってみせると言葉を書き換えているこの『気持ち』のデータは何なのだろう。
 知ったところで、ロボットでしかない自分が真の意味で理解できることはないのかもしれない。
 けれども、なればこそ、その意味を解き明かし、後世のロボット達に伝えてゆくのも自分達の役割ではないかとゆめみは感じた。
 それが責任。存在している者全てが背負う、責任という言葉の重さだった。

887終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:25:09 ID:w1hhOi020
「よし……!」

 ハッチは未だに開け放しになっている。侵入するのは容易い。
 一足で飛んで辿り着けるように脚部に力を込める。後はいつ飛ぶか。
 タイミングを窺っていたそのときだった。
 シオマネキ側面にあるレドームが、ギョロリとこちらを凝視したような気がした。
 まるで視線のように感じ、何かあるのかとゆめみは感じたが、それが既に遅かった。
 ひゅっ、と右腕を何かが駆け抜ける。痛覚を持たないゆめみは何があったのか理解できなかった。
 理解できたのは――ふと見た右腕が、丸ごとなくなっているのを見たときだった。

「えっ……?」

 呆気に取られた声を出すと同時に、またこれが起こりうると電子頭脳が咄嗟に答えを出し、体を反らさせていた。
 人間であればもう少し反応が遅れていただろう。体を捻った次の瞬間、ごうと唸りをあげてそれまでゆめみの頭があった場所を小型のワイヤーアンカーが通過していた。
 あれがゆめみの右腕を忍者刀ごと持っていったのだ。恐らく機体を固定するためのものを、攻撃に転化したのだろう。
 腕がなくなった異変を下の二人も察知したらしく、次々に声がかかった。

「ゆめみっ!」「ゆめみさん!」
「だ、大丈夫です、痛くはありませ……」

 応えようとしたとき、三発目のワイヤーアンカーが発射された。返事を已む無く中断し、回避しようとしたものの足場が不安定過ぎた。
 ずるっ、と足元が滑る。踏み外したと認識したと同時、ワイヤーアンカーがゆめみのいた場所を通過し、背後の壁へと刺さった。
 既に三つ刺さっている。引き抜かれる気配こそなかったものの、ゆめみの状況は最悪だった。
 片腕だけで機体の角に掴まっている状態でしかなく、さらに前後左右に激しく揺れるためいつ振り落とされてもおかしくなかった。
 ぐっ、とゆめみは歯を食いしばった。人間はこうすることで土壇場でも力を発揮できるのだという。
 まるで願掛けだった。しかし今はなんでもいい、ここから打開するためならどんなことでもしてみせなければならない。

「馬鹿! 気にしてる暇あったら……」

888終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:25:50 ID:w1hhOi020
 いつもの叱る高槻の声はそこで中断された。
 動きが鈍くなったのを敏感に察知したシオマネキが再び目標を切り替えたのだった。
 さらに運の悪いことに、高槻がいる位置は機関砲の真正面だった。
 高槻の声が、機関砲の掃射音に呑まれた。壁からもうもうと粉塵があがり、高槻の姿が見えなくなる。
 やられた、とゆめみは判断しかけたが、直後に聞こえたぴこぴこー! という鳴き声が粉塵を突っ切って飛び出してくる。
 ポテトだった。M79をくわえ、軽やかにシオマネキの背へと降り立つ。

「ゆめみ、プレゼントだ! 大事に使えよ!」

 生きていた。体中埃だらけで汚れながらも、しぶとく高槻は機関砲を避けきった。
 ボロボロになって倒れていたが、それでも生きている。
 はい、と答えようとした刹那、今度は四脚が振りかざされる。
 動けなくなったところをローラーで押し潰そうとしているのに違いなかった。

「そうはいかんざき!」

 麻亜子が体ごと飛び込み、高槻ごとごろごろと転がる。
 俊敏で目の広い麻亜子でなければ間に合わなかった。
 それでもギリギリでローラーが掠ったらしく、麻亜子の背中からは血の川が滲んでいた。

「ぴこっ!」

 指が引っ張られる。お返ししてやれ、と言ってくれている。
 散々いたぶったツケをお前が返せと、力強く引っ張ってくれている。
 ええ、とゆめみは応じた。

 わたしのお客様に手を出した代金は、しっかりと払っていただきます。

 一銭の釣りも残さない。綺麗に支払ってやる。
 体のばねを総動員し、腕の力一つでゆめみはシオマネキに復帰した。
 人間ならばよじ登らなければならない。だがゆめみは機械だ。こんなことくらい簡単にできなくてどうする。
 M79を拾い、そのまま空中へと跳躍。
 シオマネキ――いや、アハトノインの失敗は、自分をロボットではなく、人間と同じように認識してしまったことだ。

889終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:26:15 ID:w1hhOi020
 人間では為し得ないことだって……わたしには、できる!

 横飛びの体勢のまま、全く姿勢をブレさせることもなく……ゆめみは、M79から火炎弾を発射した。
 火炎弾が吸い込まれるようにハッチの中へと突入してゆく。
 着弾する寸前、信じられないというように目を見開いたアハトノインの姿を、ゆめみは見逃さなかった。
 哀れだとも、悲しいとも思わなかった。ロボットは所詮――ロボットでしかない。
 けれども……行為で感情を表すことも自分達にはできると、そう知っているゆめみは、別れの言葉を紡いだ。

「お待ちしております」

 爆発的に広がった炎の波に飲まれたアハトノインがどんな表情を浮かべたのかは、知ることができなかった。

     *     *     *

890終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:26:40 ID:w1hhOi020
十四時三十分/高天原格納庫

 内部から派手に炎を吹いたシオマネキとやらは脚をガクンと折ってそのまま動かなくなった。
 現在も煙がもうもうと上がり続けている。火災防止装置がそのうち作動するだろう。また濡れるのは面倒だな……
 今も俺の横でキュルキュルと唸りを上げて回転しているシオマネキのローラーとハッチを交互に眺めながら俺はそんなことを思っていた。
 結局奪い取ることはできないわ武器を使いまくるわで骨折り損のくたびれもうけだったような気がする。
 こんなのばっかだな。三歩進んで二歩下がるとかそんな感じだ。
 はぁ、と溜息をつく。疲れた。もう走りたくもない。
 でも立たなきゃいけないんだよな。かったるい。誰かどこでもドア持ってきてくれないもんかね。

「ご無事で何よりです」

 が、ひょっこりと現れたのは片腕がなくなったゆめみさんだった。
 ケーブルやら金属骨格やらが露出している姿を見るとやっぱロボットだなと思った。
 俺達なんかよりも遥かに優れている。羨ましいもんだ。

「そっちも無事……じゃ、ないな」
「修理が必要です」

 その割には全然何でもなさそうににっこりと笑う。可愛らしいが、どこか憎らしい微笑みだった。
 ボリボリと頭をかきつつ立ち上がる。その隣ではまだまーりゃんが寝ていた。こいつ。こんなときに寝てるんじゃねえよ。
 蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、身を挺して助けられた手前そんなことは出来ない。俺はこう見えても仁義に厚いのさ。
 別に驚いても嬉しくもない。本当だぞ?

「おい、起きろ」
「ん……くぅ……」

 軽く揺さぶってやると、まーりゃんは苦悶の表情を浮かべた。背中の血は止まっていない。
 あれだけでかいのにやられたんだ、物凄く痛いのには違いない。が、悠長に寝ている暇を与えるほど余裕はない。
 もうボロボロなんだ。ここらで俺達はスタコラサッサと逃げたいところだった。
 最低限の破壊活動はした、はず。
 もう一度叩いてやろうかと思ったところで、大きな地響きがしてここも激しく揺れやがった。
 しかも何かが崩れるような音もして、さらにヤバげなことに、俺達の近くでそれが起こったらしい。
 ガン、ガラガラという崩落の音が今も聞こえてくる。

891終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:27:04 ID:w1hhOi020
「今のは……」
「あまりここにもいられねぇな」

 そして、崩落が起こったらしい場所は俺達がやってきたルートにあったらしいということだ。
 ――つまり。

「あの、わたし、他の皆さんが心配ですので、少々様子を」
「その必要はない。行くな」
「ですが」
「言いたくないこと言わせるな。あいつらは、死んだ」

 そのつもりはなかったはずなのに、凄みを利かせた言葉にしてしまった。
 どうやら俺もあいつらは嫌いではなかったらしい。
 俺の言葉にゆめみは泣きそうな表情を浮かべ、ゆっくりと頭を下げた。

「……申し訳ありません」

 言葉の裏を読み取れない自分を恥じるように、ゆめみはしばらく頭を上げることもなかった。
 ロボットは、優秀だが、不完全だった。
 俺も言うまでもなく不完全だ。ひとつだって気の利いた言葉も出てこないしあいつらに向ける言葉だって浮かんでこない。
 頭で考えていることといえば、今この状況にどう対処するかということくらいだ。

 そうとも。俺達はこんなことしかできない。
 その都度その都度微妙に異なる道を選んでいるだけで全く新しい道を選ぶことなんて出来やしない。
 でも、そうして生きていくしかない。選んだ道の積み重ねがマシになってるはずだと信じて。
 今は生きることだけを考えろ。自分の目に見えるものを生かすことだけを考えろ。
 俺はもう一度まーりゃんの頭を叩いた。

892終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:27:26 ID:w1hhOi020
「起きろ。寝てる暇ねえぞ」
「無茶言わないでよ……結構痛かったんだぞ、アレ」
「自業自得だ」

 まーりゃんは一瞬色を失い、「そうかもね」と自虐的な笑みを浮かべた。
 それで俺は理解したのだが、過去に遡っての皮肉を言ったのだと思われたみたいだった。
 単にあのバカげた飛び込みに対して軽く言ったつもりだったのだが、自分で作ってしまった溝を放置した結果がこの有様だった。
 流石のゆめみも不安げな表情でこちらを凝視している。違うぞ。
 これこそ自業自得というやつだった。確かにまーりゃんは嫌いだ。だが憎いってわけじゃない。
 ……身を挺して守られて悪いなんて思えるわけがない。
 少なくとも、今の俺はここで何かを言葉にする必要があった。ほんの少しだけレールの向きを変える新しい言葉を。

「……でもな、お前を放っておくわけにもいかない」
「死なれると気分が悪いから?」
「違う。そこまで性根悪くねえよ」

 俺は倒れたままのまーりゃんに手を差し出したが、奴は遠慮するように手を引っ込めたままだった。
 こういう奴なんだと、今の俺は知っている。
 自分以外には積極的に動けるくせに、肝心な自分のこととなると臆病になっている。
 いや多分、奴と出会っていたときから俺はそれがわかっていたのだろう。
 奴にとっての親友を守ろうとした行動。全員のためにけじめを取った行動。
 ……傷ついてまで、俺を守ろうとした行動。
 羨ましかったのかもしれない。そして、理解したくなかったのかもしれない。
 何かから逃げるためだとしても、何かを誤魔化すためのものだったとしても。
 終始自分のことしか考えず、冷めた目でしか周囲を見てこれなかった俺自身が全く持ってないものを持っていたからだ。
 今は?
 理解した今、俺は自分と違い過ぎる奴にどうすればいいのか?
 決まっている。羨ましいなら……手に入れてしまえばいい。

893終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:27:57 ID:w1hhOi020
「お前が、必要なんだ」

 結局自分本位で動くことが根底に残っているのは変えようがない。
 だがそれがどうした。欲しいものを得るために他者と付き合うのだって悪くないはずだ。
 それも選択肢のひとつ。
 俺が手を取って無理矢理引っ張り上げてやると、しばらく面食らった顔をして俺を見ていたが、やがて照れ臭そうに顔を赤くして視線を逸らした。

「……別に、あたし一人で立てたよ」

 そうは言うものの、背中のダメージは思っている以上らしく一歩進むだけで痛そうな顔になっている。

「立てても歩けないようじゃな」
「うるっさいなー」
「ほれ」

 脇の下に頭を入れ、支えるようにして肩を組んでやる。
 小柄なまーりゃんの体の線はやっぱり細く、期待はずれもいいところだった。
 ちっ、もっとむっちりしとけってんだ。
 まーりゃんはしばらく複雑そうな顔をしていたが、俺が逃すはずもないので逃げられず、仕方なくという様子で合わせて歩き始めた。
 身長の違う奴に合わせて歩くのは中々難儀だったが、まあ出来なくもない。
 さてどこに向かったものかと考えていると、図ったかのようにポテトがぴこぴこと尻尾を揺らしていた。
 こっちに来いってか。
 手回しのいい犬だった。こいつとの腐れ縁もまだまだ続きそうだった。

「ゆめみ」
「はい」
「先にポテトと一緒に行って何か杖みたいなもの探して来い。少しは楽になるだろ」
「了解しました」

894終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:28:15 ID:w1hhOi020
 言うが早いか、ゆめみは片腕なのにバランスを全く崩さず小走りにポテトのところまで行く。
 その様子を見ながら、まーりゃんがはぁと溜息をついていた。

「なんかさー、あたし年寄り扱いされてない?」
「るせぇ、だったら歩いてみろドチビ」
「んだと天パのくせに」
「何だとコラ」
「やるかー?」

 ガルルル、と勝負の視線を絡ませたところで「お二人ともー、小学生の喧嘩はそこまでにしておいてくださいー」とゆめみが間延びした声で言っていた。
 今度は、二人分の溜息が出ていた。やれやれだ。

「行くか」
「そだね」

     *     *     *

895終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:28:41 ID:w1hhOi020
十四時二十分/高天原コントロールルーム

 一目見て、ことみはここだ、と直感した。
 ウォプタルから降りてコンソールを目指す。
 体中に巻いた包帯から鈍痛が走り、ことみの体を痛めたが動きが鈍るほどではない。
 コンソールは複数あり、たくさんの人員で動かしていたのだと窺い知ることができる。
 不思議なのはそのいずれもに電源がついたままだということだったが、構うことなくことみはコンソールを弄り始めた。
 罠だと思う。しかし罠だとしても、かかる前に逃げてしまえばいい。逃げるのは得意だ。
 片目が潰されているせいか、半分になってしまった視界では画面が見にくく、かなりの距離まで近づけなければ見ることすら覚束ない。
 単に疲労しているからかもしれない。想像以上の苦痛、想像以上の疲弊の中にいて、なお動けているのは極限状態での人間の生きようとする力そのものか。
 全く、この世の中は不思議で満ち溢れているとことみは思った。
 人殺しを強要された状況で人生の目的を見つけ出せたことも意外なら、巡り巡って両親の最後の言葉が聞けたことも意外。
 どちらも決して、自分が手に入れられないものだと思っていたのに。
 どんな苦境に立たされたとしても、生きてさえいればこんな偶然に巡り合うことだってできる。それを改めて実感させられた気分だった。

「ん〜……ここでもない」

 可能な限り早くキーボードを叩きながら、ことみはこの施設のマップを探していた。
 脱出路への近道さえ分かれば。通信機能と合わせれば皆を迅速にここから出させることができる。
 しかしシステムの構造はかなり複雑であり、しかもことごとく英字であったため、探すのも一手間だった。
 読むことが得意ではあったため詰まることはなかったのだが、何しろかなり独特の言葉が入り混じっていたため、いつもの感覚ではなかった。
 今まで紙の書面ばかり読んできたが、これからは電子書籍にも触れてみようと詮無いことを考えつつ、
 ツリー状に表示されたシステム構造のマッピングから怪しいものを手当たり次第にクリックしてゆく。
 と、画面上に表示された文字で目を引くものがあった。

「アハトノイン……の、AI?」

 遠隔操作で命令を伝えるシステムなのだろうか。今時はこんな技術もあるのかと関心しつつ、ことみは試しにこのシステムを実行してみることにした。
 仮に命令を操作できるなら、今戦っているアハトノインを全員無力化することだって可能なはず。
 多少計画から逸れてしまうが、ないよりあったほうがいい。よし、と気合いを入れ、システムへの潜入を試みる。
 しかしいきなり行く手を阻まれる。この手のシステムにはよくある、セキュリティ用のパスワードの入力画面だった。
 当然ことみがその内容を知るわけがない。だがこちらにだって心強い武器があるのだ。ぺろりと舌なめずりして、ことみはあるプログラムを呼び出した。
 それはここに突入する際、ワームを侵入させたと同時に組み込んだプログラム。姫百合珊瑚が作った即興のハックツールだった。
 流石に天才というべきなのか、ツールというだけあって操作は簡単でありシステムをそのまま放り込めば勝手に解析してくれるという優れものだった。
 ただし、莫大な計算を行うためなのかやたら重くなってしまうという欠点があり、解析中は他の動作が行えないという欠点があった。
 だがそれを差し引いても優秀な代物には違いない。例のシステムを放り込み、解析を待つ。その間に他のコンソールもちょこちょこと弄ることにした。

896終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:29:29 ID:w1hhOi020
「『ラストリゾート』? ……うーん、すごい。バリア展開装置なんてSFなの」

 次に見たコンソールはラストリゾートというバリアシステム専門のコンソールらしかった。
 詳しいことまではよく分からなかったものの、凄まじい演算速度を持つコンピュータである『チルシス・アマント』を使って力場を起こし、
 物理的障壁を起こすというものらしかった。物理好きなことみは心動かされるものがあったが、流石に紐解いている時間があるはずもない。
 ラストリゾートの起動には専用の装置が必要であり、かつここでないと使用が不可能とあったので、こちら側で使うことは不可能だろう。
 とはいえ、これも止めておいて損はない。ことみはこのシステムも呼び出そうとして、またもやパスワードに阻まれる。

「……えいっ」

 ツールに放り込んで、結果を待つ。なんとも機械任せだと嘆息するが、自分は天才ハッカーでもなんでもないし、このくらいが関の山なのだろう。
 椅子に腰掛けて一息つく。こういう時間がもどかしい。ただ待つだけの時間にも、そろそろうんざりしてきた。
 昔はそうでもなかったのだが。堪え性がなくなったのだろうかとことみは考えた。
 いや違う。待つことがつまらないのではなく、行動している楽しさを知ったからなのだろう。
 少ない時間だったとはいえ、自由に行動し、様々な言葉を交わすことのできた学校でのひと時は楽しかった。
 一人で篭っているよりも、ずっと。
 比較する対象ができてしまえばそんなものだった。今は、知ることも遊ぶことも大事だと思っている。
 そういえば趣味の一つも持っていなかった我が身を自覚して、帰ったら何か始めてみようとことみは思った。
 何がいいだろうか。パッとは思いつかない。音楽もやってはいたが、習い事であったし何か違うと思っていた。
 そうだ、確か家の周りが荒れ放題になっていたから、まずはそこを綺麗にしてみよう。
 趣味とは言いがたいが、まあ園芸でも好きになれるかもしれない。長い人生だ、色々試してみるのも悪くはない――

「……!」

 様々に思いを巡らせかけたとき、視界の上の方で移るモニタにあるものが映ったのをことみは見逃さなかった。
 こちらへと向かって歩いてくる一団。人数は五、六人くらいだろうか。
 いやそんなことはどうでもよかった。ことみは部屋の外に待機していたウォプタルを呼び寄せようとして、それが遅きに過ぎたことを目撃して実感した。
 悲鳴のような鳴き声を上げ、ウォプタルが首をかき切られて倒れた。思わず立ち上がり、ことみは先程の一団が部屋に侵入してくるのを眺める。
 アハトノインだった。それぞれにグルカ刀を持ち、のろのろとこちらに向かって歩いてくる。
 以前目撃したものとタイプは同じなのだろうか。だとしたら命はない。コンソールを見るが、アハトノインのAI管理画面はまだ出てこない。

897終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:29:51 ID:w1hhOi020
 遅かったか。後悔するより先に、ことみはM700を構えて撃った。
 先頭を歩いていたアハトノインの胸部に直撃し、倒れる。起き上がってくるかと思ったが、そのまま動くことはなかった。
 他のアハトノイン達も行動を変えることもなく、そのまま前進するだけだった。
 いける……? 恐慌しかけている精神を必死で抑えつつ、ことみはさらに射撃してみた。
 もう一体、倒れる。起き上がることはない。自分ひとりでも十分対処可能だと判断したことみは間髪入れず射撃を続けた。
 二体、三体。倒しても倒しても残ったアハトノインが前進を続けてくる。
 一歩近づかれるたびに鈍く光るグルカ刀に怖気を感じるが、逃げも隠れもできない以上やるしかない。
 やれやれ、と思う。熱中しすぎて機会を逃してしまうのもいつもと変わりない。
 追い詰められてはいても、寧ろ平時以上にどこか冷静になっている部分は聖から受け継いだのかもしれない。
 今までの自分なら、怯えてロクに銃も握れなかっただろうから。
 五体目を倒す。銃を撃ち続けたせいかズキリと肩が痛んだ。まだだ。まだ一体残っている。
 渋面を作りながらもしっかりと最後の一体をポイントした。距離はある。十分すぎるほど間に合うと断じて、ことみはトリガーを引いた。

「あ、れ……?」

 だが、弾丸が出なかった。弾切れと判断した瞬間、アハトノインがグルカ刀を振りかぶった。
 あの距離から!?
 半ば恐慌状態に陥りつつも、ことみは少しでも逃れるように、コンソールに背中を思い切り押し付けた。
 ぶん、と刀が縦に振られた。銀色の線を引いたグルカ刀はことみの膝をギリギリで掠め、空を切った。
 想像以上の射程だったことにヒヤリとしつつコンソールから離れる。何か音を発していたような気がしたが構っている暇はなかった。
 懐からベレッタM92を取り出し、発砲する。
 しかし先のM700と違い、きちんと狙いをつけていなかったためか連射しても全弾外してしまった。
 しっかりしろと自分に叫びながら今度こそしっかりと狙いをつけようとして……アハトノインが突きの構えを取ったのを見た。
 もう攻撃することも忘れ、遮二無二後ろに下がる。今度は肩を刀が抉る。チリッとした熱さが肩を巡り、ことみは「ぐうっ!」と短い悲鳴を上げた。
 そのままよろけ、後ろに下がる。雑魚相手にこの様か。悔しさを覚えながらも痛さでそれ以上何も考えられず、ただ下がるしかなかった。
 ぶんと再度刀が振られ、次は伸ばしたままの腕を切られる。包帯がはらりと解け、切られた部分が赤く染まる。
 せっかく治療したのに。焼け付く痛みを必死で我慢しながら後退しようとしたが、どんと何かにぶつかる。壁だった。

898終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:30:10 ID:w1hhOi020
 もう逃げ場はない。
 正面を見ると、無表情にこちらを凝視し、グルカ刀を真っ直ぐに構えたアハトノインがいた。
 殺してやるという意志もなく、ただ作業のひとつとして人間を殺そうとしている。
 それを理解した瞬間、ことみの中で俄かに熱が湧き上がり、全身を巡る血を滾らせ、痛みを吹き飛ばした。

 物みたいに殺されてたまるか。そんな人間らしくない死に方なんて、私は絶対に認めない。

 決死の形相を作り、ことみは攻撃されるのも構わずベレッタM92を向けた。
 同時にアハトノインも腕を引いた。突きだろう。そして自分の攻撃が間に合う間に合わないに関わらず、確実にそれは到達する。
 構うものか。僅かに生じた恐れさえ、自らに内在する熱情に押し流されすぐに姿を消した。
 後悔はない。自分で選んだ選択肢なのだから……!
 力の限りベレッタM92を連射すると同時、アハトノインの腕がばね仕掛けのように動いた。

     *     *     *

899終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:31:43 ID:w1hhOi020
十四時二十七分/高天原司令室

 高速で振り回されたグルカ刀を弾き、そのまま懐に飛び込む形で体当たりする。
 しかし思いの外アハトノインの体は重たく想定のダメージすら与えられていないようだった。
 僅かに身じろぎしただけで、今度はアハトノインの肘が振り落とされる。
 舌打ちしつつ捌き、ついでにと一発蹴りを放つ。
 アハトノインは上体を器用に反らして横に回避。そのまま移動しつつ斬りつけようとしたが、
 サバイバルナイフでガードし間一髪で防ぐ。防御できなければそのままリサの首を吹き飛ばしていたであろうグルカ刀とリサのナイフがせめぎ合う。
 重量があり刀身も長いグルカ刀とあくまでも小型のナイフでしかないサバイバルナイフとでは分が悪いことは承知している。
 刀身を少しずらし、滑らせるようにしてグルカ刀にかかっていた力を受け流す。前のめりに注力していたアハトノインは抗する力がなくなった分前へと動き、
 その隙を突いてリサが再び距離を取る。先程からこれの繰り返し。一進一退と言えば聞こえはいいが、実際はこちらがどうにか防いでいる状況でしかなかった。

 一撃として有効なダメージが与えられていない。やはり格闘戦では向こうに分があるということなのだろうか。
 一瞬でも気を抜けばあっという間に距離を詰めてくる瞬発力。的確にこちらの急所を攻撃してくる精度。こちらの攻撃をあっさりと回避する運動能力。
 正しく全てが一流の動きだった。タイマンというシチュエーションならば那須宗一でも互角とはいかないだろう。
 以前あっさりと倒せたのは不意打ちや精度の高い射撃を駆使していたからか。
 アハトノインを冷静に分析しつつも、リサは安全なところに退避もせずに戦いを眺めているサリンジャーの方に目を移した。
 自分が殺されるなどとは微塵も思っていない傲慢が冷笑を含んだ目とふんぞり返った姿からも分かる。
 実に気に入らない。その気になれば手を出せる距離なのに、サリンジャーに狙いを変えた瞬間アハトノインが割り込んでくる。
 恐らく最優先で守るべき対象に設定しているのだろう。せめてラストリゾートさえ無効化できれば手の打ちようはあるのだが。
 接近しての格闘では絶対にアハトノインには敵わない。それはれっきとした事実だ。
 それを踏まえ、なお勝つためにはどうすればいいか。
 最善の手段を模索し、リサは腰を落としながらアハトノインにじりじりと近づく。

「期待外れですねぇ、リサ=ヴィクセン。そんなものですか、地獄の雌狐の実力は」
「……まだ体が暖まってないだけよ」
「そうですかそうですか。それではもう少し遊んで差し上げろ」

 サリンジャーが顎で指示すると、アハトノインが少しだけ踵を浮かせた。
 飛ぶつもりか? そう考えたとき、ガシャンという音と共にローラーが足の裏から飛び出した。

「面白い玩具ね……!」

900終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:32:06 ID:w1hhOi020
 挑発の言葉を投げかけられるのはそれが精一杯だった。
 脚部の動力をそのまま使用して回転させているらしいローラーが唸りを上げる。
 まるでローラースケートを履いているかのようなアハトノインは、しかしそんなものとは比較にならないスピードで接近してきた。
 すれ違い様に斬りつけられる。分かりやすい動きだったために剣筋を見切るのは容易いことだったが、パワーが今までの比ではなかった。
 加速力を上乗せされたグルカ刀による一撃はナイフで受け止めようとしたリサの体をあっさりと吹き飛ばした。
 無様に転ぶことこそなかったものの、腕にはじんとした痺れが残り、筋肉が悲鳴を上げている。
 すれ違った後、アハトノインはローラーを器用に使って品定めでもするようにリサの周りを旋回している。
 爪を噛みたい気分だった。代わりに顔を渋面に変え、次の攻撃に備える。
 備えきったのを待っていたかのように、アハトノインが角度を急激に変え再接近してくる。
 加えて更に急加速をしていた。次も今までの速度と同じならと甘い期待をしていたリサは対応が間に合わなかった。
 脇腹をグルカ刀が擦過し、焼けた棒を押し付けられたような痛みが走る。
 僅かにたたらを踏んだリサに畳み掛けるように、通り抜けたはずのアハトノインがUターンして迫っていた。
 息つく暇のない連続攻撃。完全に体勢を立て直すこともままならないまま、リサは攻撃を受け続ける。
 顔を、腕を、肩を、足を、上体を、腰を、あらゆる体の部分をグルカ刀が抉る。
 リサだからこそギリギリで致命傷は免れていたものの、傷の総量は無視できないレベルにまで達していた。
 次の突撃が迫る。攻撃は直線的ゆえ、読めればかわせないものではなかった。剣筋を判断し、横に避けつつナイフで軌道を逸らす。
 そうして攻撃を回避し続けてきたが、先に限界がきたのはナイフの方だった。
 グルカ刀と触れ合った瞬間、ナイフに罅が入り刀身の一部がぱらりと落ちた。
 もう受け止めきれない……! く、と歯噛みするリサに、目ざとく感じ取ったらしいサリンジャーが哄笑する。

「おや、もう終わりですか? 私のアハトノインはまだまだ行けますよ?」
「黙りなさい……!」
「なんでしたら武器をくれてやってもいいんですよ? なに、ちょっとした余興ですよ」

 明らかにこちらを見下し、支配しようとしている男の姿だった。
 少しずつ痛めつけては僅かに妥協を仄めかし、そうして人を諦めの境地に誘ってゆく。
 つまるところ、この男は自分と同等の人間にさせたいだけなのだろう。
 自らは決して劣等ではない。それを証明するために、他者も同じ劣等の格まで下げてしまえばいいと断じているのがサリンジャーなのだろう。
 全員が卑屈になってしまえば、恐れるものはない。全員が同じなら、優れているのは自分なのだ、と。
 柳川と相対したときのような人間の闇、虚無を感じる一方で、柳川ほどの恐ろしさも価値もないとリサは感じていた。

901終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:32:31 ID:w1hhOi020
 サリンジャーの発する言葉には何も重みも圧力もない。人を殺しきるだけの力もない。
 当然だ。誰かの尻馬に乗り、好機と判断すれば裏切り、より力のある方に付いているだけの人間は、結局支配されているのと何も変わりない。
 それでいて自らの弱みを隠しもせず、寧ろ他者に受け入れてくれとだだをこねているような態度を、誰が恐れるものか。
 私が積み上げてきたものはこの程度のものに屈しない。
 リサは無言でサリンジャーを見つめた。もはや怒りも哀れみの感情もなく、ただの敵、つまらないだけの敵として冷めた感情で見ることができていた。
 サリンジャーは気に入らないというように露骨に表情を変え、負け惜しみするように言った。

「死を選ぶとは、つまらないことをする……やれ」

 アハトノインが自身を急回転させ、こちらに方向を変じて突進してくる。
 まだ行ける。今の自分の感情なら、どんな状況だって冷静に見据えることができるはずだ……!
 ナイフを構え直したその瞬間。
 ぐらりと地面が揺れる。
 眩暈や立ちくらみなどではなかった。まるで突発的な地震でも起こったかのように地面が揺れていた。
 急な振動に対応できずにアハトノインがバランスを崩し、コースから逸れた。
 千載一遇の好機と瞬時に判断し、リサがアハトノインの元へと駆ける。
 距離は少しあった。およそ十メートル前後というところか。アハトノインが起き上がるのに一秒。こちらに追いつくまで数秒。
 十分だ。リサは僅かに笑みの形を作り、しかしすぐに裂帛の気合いを声にしていた。

「何をしてる! 私を守れっ!」

 背後に動く気配はない。既に起き上がっているはずのアハトノインは、なぜか微塵も動く気配を見せていなかった。
 何かが違う。異変が起こっていると感じたのはリサだけで、単に動きが鈍いと思っているだけのサリンジャーはヒステリックな声を張り上げるだけだった。

「く、くそっ! 役たたずめ!」

902終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:33:01 ID:w1hhOi020
 それまでの余裕が嘘のように恐慌そのものの表情を作り、椅子を倒しつつサリンジャーが逃げ出す。
 所詮は元プログラマー。加えて丸腰の人間にリサが負ける道理はなかった。
 サリンジャーは必死に、部屋の奥にある扉を目指す。距離は殆どなかった。恐らく、万が一のために逃げやすい位置に陣取っていたのだろう。
 そう考えると最初から余裕などなかったのだと思うことができ、リサは冷静にM4を取り出して構えることができた。
 扉を潰す。取っ手を破壊してしまえば逃げられない。
 扉の取っ手は小さく、距離は七、八メートル。フルオートにすればいける。
 レバーを変え、フルオートにしたのを確認した後、トリガーに手をかける。
 だが危機察知能力だけは優秀らしいサリンジャーが気付き、意図を読んだようだった。

「ら、ラストリゾートを最大出力に……!」

 既に指は装置に届いていた。間に合うか、と感じたもののトリガーに指はかかっていた。
 ラストリゾートが発動している今、サリンジャーの目論見どおりに弾は逸れ、弾丸は全て外れるはずだった。

「……な……?」

 だが、弾は逸れることはなく、取っ手に当たることもなく……綺麗に、サリンジャーの背中を捉えていた。
 サリンジャーの背中を狙ったものではなかったのに。
 ぐらりと倒れるサリンジャーの手から、ラストリゾートが離れる。
 血は出ていないことから、中に最新鋭の防弾スーツでも着込んでいたのかもしれない。
 ともあれ、最後の楽園から追放された男の哀れな姿がそこにあった。

「ば、馬鹿な……なぜ収束している……く、くそ……故障か……」

 恐らく、違うだろうとリサは感じた。
 アハトノインがまだ動かないこと。そして不可解なラストリゾートの動作。
 考えられる可能性は一つしかない。誰かが操作系統を弄ったのだ。
 誰がやったのかは分からないし、検討もつかなかったが、感謝するのは後だった。
 ラストリゾートが使えない今、サリンジャーを倒すのは今しかない――!
 M4を向けたリサに、ギロリと凝視していたサリンジャーと目が合った。

903終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:33:55 ID:w1hhOi020
『ここで死ぬわけにはいかないんだよ、猿がっ……!』

 いきなり発されたドイツ語。その意味を理解しようと一瞬空白になったその間。
 隙を見逃さず、サリンジャーは懐からスタン・グレネードを取り出し、爆発させた。
 凄まじい閃光と爆発。訓練を受けていたリサは気絶こそしなかったものの一時的に視覚と聴覚を奪われる。
 真っ白になった感覚の中で、リサは己にも聞こえないサリンジャーの名前を叫んだ。

     *     *     *

904終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:34:20 ID:w1hhOi020
十四時三十分/高天原コントロールルーム

 アハトノインは、石像のようになったままピクリとも動くことはなかった。
 綺麗に。芸術的に。そして奇跡的に。
 彼女の突き出したグルカ刀は――刃先の、その先端がことみの右胸に触れる形で停止していた。
 もう一秒でも遅ければ胸を深く貫いたグルカ刀はことみの心臓を破壊し、生命を奪っていたのだろう。
 突きつけたままのベレッタM92を未だに下ろせず、ことみは慣れようのない緊張と生きていることの驚きを実感していた。
 疲れてもいないのに息が荒い。体が苦しい。だがその苦痛がたまらなく嬉しいのだった。
 なぜ止まったのかは分からない。額に穴を開けたまま、茫漠とした瞳で、何も捉えることのない金髪の修道女は答えを教えてはくれないのだろう。
 必ず相打ちだろうと予測していたのに。まるで壁にでも突き当たったようにアハトノインはその動きを止めている。
 何かが起こったことは明らかだったのだが、アハトノインそのものが物言わぬ骸になってしまったため調べようもない。
 ベレッタM92を撃った前後で激しい地震のようなものも感じたが、それが原因なのだろうか。

 ともかく、今言えることは刃先を突き付けられたままでは心臓に悪いということだった。
 修道女の体を蹴り倒し、壁際から脱出する。どうと音を立てて倒れたアハトノインは奇妙なことに、死後硬直にでもなったかのように全く体勢を変えていなかった。
 機能を停止した彼女は最後に何を感じていたのか。それとも何も感じていなかったのか。
 見下ろした視線に一つの感慨を浮かべたが、すぐにそれも次の行うべきことの前に霞み、頭の片隅に留まる程度になった。
 生きているのならば、まだやることがある。
 コンソールに取り付き、作業の続きを行おうとしたところで、ことみは全ての真相を知った。

「……偶然って、怖いの」

 画面の中ではアハトノインの機能を停止させ、然る後に再起動する命令が実行されていた。
 グルカ刀を振られ、コンソールに倒れこんでしまったはずみで起動していたのだろう。
 悪運と言うべきなのか、それとも運命の悪戯と表現するべきなのか。
 少し考えて、ことみはくすっと微笑を漏らしてからこう表現することにした。

「運も実力のうち」

 隣のラストリゾート管理装置も時を同じくして起動していたらしい。
 効果の程は定かではないが、とりあえず『拡散』から『収束』にモードを変えておく。
 ラストリゾートが物理的に攻撃を遮断する仕組みは力場によって力の向き、つまりベクトルを外側にずらすことによって擬似的なバリアを張るといったものだった。
 そこでベクトルのずらす向きを外側ではなく内側へと変更した。攻撃が集まるということだ。
 実際ラストリゾートが起動しているかすら分かってはいないのだが……

905終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:34:43 ID:w1hhOi020
 とりあえず、やれることはここまでだ。後は何とかしてここから逃げ出すだけ。
 ことみは物言わぬ骸となってしまったウォプタルの遺骸を寂寥を含んだ目で眺めた。
 正体不明で、どんな動物なのかも分からなかった。最後の最後まで、人間に従って死を受け入れていった動物。
 血を流し、ぐったりとして動かないウォプタルは役割を終えて眠りについているようにも見えた。
 もしかすると、この動物はここで生み出され、殺し合いゲームのためだけに作られたのかもしれないと訳もなくことみは感じた。
 確証があったわけではないし、ただの勘でしかなかったが、あまりにも大人し過ぎた死に様がそう思わせたのだった。
 さよなら、と心の中で呟いてからことみは部屋を抜け出した。

 ここまで運んでくれてありがとう。
 後は――自分の足で、歩く。

 以外に体は軽かった。血を流して、血液が足りていないのかもしれない。
 どちらでも良かった。今はただ、自分を信じて足を動かすだけだ。
 小走りではあったが、ことみの足はしっかりと動き前を目指していた。
 途中で包帯を直していないことにも気付いたが、この動いている体を感じているとどうでもいいと思い直し、
 赤くなった包帯をはためかせながら走ることを続行した。
 そういえば、と包帯を見ながら、タスキリレーに似ているとことみはぼんやりと思った。
 何を繋ぐためのリレーなのかは、分からなかったが。

     *     *     *

906終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:35:25 ID:w1hhOi020
十四時三十二分/高天原

『クソッ、クソックソッ! 猿どもめ!』

 口汚く己を脅かす者共を罵りながら、サリンジャーは対人機甲兵器がある格納庫へと足を運んでいた。
 何故こうまで上手くいかない。こちらの勝利は完璧だったはずではないのか。
 怒りの形相を浮かび上がらせるサリンジャーの頭の中には何が失策だったのかと反省する色は見えず、役立たずと化したアハトノイン達に対する不満しかなかった。
 AIは完璧だった。搭載したシステムも同じく。ならばハードそのものが悪かったとしか考えられない。
 予算さえケチっていなければこうはならなかったものを。
 少し前までは真反対の、賞賛する言葉しかかけていなかったはずのサリンジャーは、今は機体の側に文句をつけ始めていた。

『復讐してやる……猿どもめ、今に見ていろ……』

 呪詛の言葉を吐きながら、サリンジャーはカードキーをリーダーに押し付け、続けて暗証番号を入力する。
 パワードスーツとも言うべき特殊装備が配備された格納庫。軍人でなくとも楽に扱え、
 それでいてHEAT装甲による通常兵器の殆どを無力化する防御力となだらかな動作性による運動力。
 単純な戦闘能力ではアハトノインを遥かに凌駕するあの兵器で全員抹殺してやる。
 サリンジャーは逃げることなどとうに考えず、自分を辱めた連中に対する報復しか考えていなかった。
 そうしなければ自分はこれから先、ずっと敗北者でしかいられなくなってしまう。
 理論を否定され、機体を破壊され、それどころか受け継いだ篁財閥の力すら扱えずに逃げるというのは到底許しがたいことだった。

 所詮負け犬などその程度。

 いないはずの篁総帥や醍醐にせせら笑われているような気がして、サリンジャーはふざけるなと反駁した。
 今回は違う。ここにあるアレはハード面から設計を担当しているし、機能までも完全に把握済みだ。
 下手な軍人よりも遥かに上手に使いこなせる自信がある。
 結局のところ、最後に信用できるのは自分だけか――他者に僅かでも任せた部分のあるアハトノインを信用していたことを恥じつつ、暗証番号の入力を完了する。

『ちっ、網膜照合もあるのか……急いでるんだよ私はっ!』

 電子音声による案内すら今の自分を阻害しているようにしか感じない。
 苛々しつつ目を開いて照合させると、ピッと解錠された音が聞こえ、格納庫へと通じるドアが開いた。
 確認した瞬間、サリンジャーの手元で火花が散った。続いてバチバチとショートした音を立てるキーロックが、敵が来たことを知らせていた。

「サリンジャー!」

907終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:35:51 ID:w1hhOi020
 リサ=ヴィクセンだった。早過ぎる。閃光手榴弾まで放ったのにもう追いついてきたことに怖気を覚えながらも、サリンジャーは格納庫へと逃げ込む。
 ちらりと確認したが距離はまだ十分ある。そもそも距離が近ければリサが外す道理もない。
 立方体のような形状の格納庫の奥では、神殿にある石像のように安置された人型の物体があった。
 静かに佇み、暗視装置のついた緑色の眼でサリンジャーを見下ろしている。まるで来るのを待っていたかのように。
 やはり最後に信用できるのは自分だけだ。屈折した笑みを浮かべながら、サリンジャーは乗り込むべく像の足元まで走った。
 直後、リサ=ヴィクセンが格納庫に侵入してくる。扉が開いたままだったのはキーロックが破壊されたからなのだろう。
 だがもうそんなことも関係ない。パネルを動かし、コクピットを下ろす。
 股間、いや正確には胸部から降りてきたコクピットにはマニピュレーター操作用のリモコンと脚部操作用のフットペダルがある。
 試験動作は完了していた。サリンジャー自身でやっていたので今度こそ故障はない。
 一旦中に入ってしまえば外と内の分厚い二重装甲が自分を守ってくれる。
 さらにパイロットを暑さから守るための冷却装置も搭載しているため、たとえ蒸し風呂にされようがこちらは平気だ。
 再三安全を確認したところで、リサ=ヴィクセンの追い縋る声が聞こえた。

「逃げても無駄よ……! 貴方はここで終わり!」
「死ぬのは貴女達ですよ。私に逆らったことを後悔させてあげますよ! 貴女が大切にしようとしていたミサカシオリのようにね!」

 ふんと笑ってみせると、リサ=ヴィクセンの目から冷たいものが走った。完全に殺す目だ。
 関係ない。精々追い詰めた気になっているがいい。コクピットに乗り込みパネルを操作すると、一時視界が闇に閉ざされた。
 完全密閉型になっているためだ。だが機械により外部カメラで外界は捉えることはできるし、オールビューモニターという優れものだ。
 電源が入り、内部が徐々に明るくなってゆく。ぶん、と特有のエンジン起動音を響かせるのを聞きつつ、サリンジャーは操縦桿を握り初動へと入った。
 オールビューモニターが表示され、M4を構えているリサ=ヴィクセンの姿が目に入る。
 見下ろした自分と、見上げるリサ。やはりこの位置こそが相応しい。そう、自分は誰よりも優れていなければならないのだとサリンジャーは繰り返した。
 そうしなければ負け続ける。他者を常に下し、見下ろさない限りずっと惨めなままだ。

 出来損ないのお坊ちゃん野郎。サリンジャー家の面汚し。
 他のエリート達よりも格下のハイスクールに行かざるを得なくなったとき。プログラマーという職業に就くことになったとき。
 いつも周囲の目は自分を見下していた。内容に関わらず、勝負に負けた自分を慰めもしてくれなかった。
 世界はそういうものだとサリンジャーは悟った。誰かを踏み台にしなければ生きてゆくこともできない。
 長い間待った機会だった。負け続けることを強いられ、見下されることを常としてきた自分がようやく得た千載一遇の機会。
 それも、自分以外の全てを見下せるようになるという機会だ。
 こんなところで失ってたまるか。勝つのはどちらであるかということを教えてやる。

「見せてあげますよ。これが私の鎧、『アベル・カムル』だ!」

 格納庫に、獣のような咆哮が響き渡った。

908名無しさん:2010/08/27(金) 21:36:54 ID:w1hhOi020
ここまでが第二部となります。
少し休憩を挟みます。21:40からまた再開します

909名無しさん:2010/08/27(金) 21:45:30 ID:mmcxYldQ0
test

910名無しさん:2010/08/27(金) 21:52:20 ID:mmcxYldQ0
続きは新スレッドで!

ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/7996/1282913075/

911管理人★:2010/08/28(土) 00:28:50 ID:???0
容量の肥大化に伴い、新スレッドに移行いたします。
以降の作品は上記スレッドへの投下をお願いいたします。


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