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『メアリー・ジョーンズの日記』

1とら:2009/09/28(月) 20:50:10
 『メアリー・ジョーンズの日記』

 

 わたしの名前はメアリー・ジョーンズ、さる御方の身の回りのお世話をしています。これからわたしの体験した出来事を日記という形でこの世に残したいと思います。なぜ日記かといえばこれからわたしの語ることはわたし自身とても現実とは思えず、人々に自分の口から語ることができません。ですが真実です。のちの世の方々のため、残そうと思い立ったしだいです。
 できれば、これが後の世の人々への警告となることを願います。

 1890年4月28日

 4月からアパートで働いています。正確に言うとオーナーの身の回りのお世話やアパートの掃除などをします。
 オーナーのヘンリー様は他にも医者、科学者としての研究をしており、その手伝いもできるから、という理由でわたしを雇っていただきました。以前、わたしは看護婦としての勉強しており、その知識をかわれたのです。
 さて、ヘンリー様がどのようなことを科学者として研究しているかというと『人間の心と肉体』、そして『社会生活を営む上で蓄積される不満』のようなモノを研究しているそうです。

「『不満』ですか……」
「そう、そして私は肉体に変化をあたえてその『不満』を解消する研究している」
「その研究というのがこのわたしたちが調合している薬なのでしょうか?」
 わたしの目の前には様々な薬品と器具が並んでおり、ヘンリー様はその調合を、わたしはそのお手伝いをしています。
「ああ、これから作る薬で肉体に変化を与えると同時に、『不満』を溜め込んでいる心に変化を起すというわけだ。心と肉体は密接な関係にある、それを利用するわけだ」
 ヘンリー様はそういって調合しているものとは別の薬を手に取りました。
「これは中和剤だ。成功してもそうだが、もし失敗すればこれを飲まなければならない。もし私が気を失ったらメアリー、おまえが私にこの薬を飲ませるか、あるいは注射してくれ。そのためにお前を雇ったし、やり方も教えた」
「わかりました、もしもの時はお任せください!」
 わたしが胸を張ってそういうのを見届けると、ヘンリー様は調合し終えた薬を手にとった。その薬はすこし赤みがかっていたが透明な液体でとても綺麗だった。
 ヘンリー様は研究室内の邪魔なものがない1階へ移動し、薬を一気に飲み干した。
 すぐに変化は現れました、ヘンリー様はのどを押さえて苦しみだしたのです。
「旦那様!」
 ヘンリー様は動作でわたしを止めましたが、とても苦しそうで何かあればすぐに中和剤を持って飛び出すつもりでした。
 やがてヘンリー様は苦しむのを止め、床に倒れこみました。わたしはすぐにヘンリー様のそばに駆け寄り、脈と体温を診ました。幸い、多少高いだけでどちらも異常はありません。ひと安心して、わたしはヘンリー様を研究室の中のベッドに運ぶことにしました。抱えあげたヘンリー様は男性にしては驚くほど軽く、すこしの苦労でベッドまで運ぶことができました。思えばこの時に変化はすでに始まっていたのでしょう。
「メアリー……?」
「旦那様!」
 ベッドに運んでからしばらくしてヘンリー様は目を覚ましました。わたしはすぐに駆け寄ると楽な格好にさせるために着替えの手伝いをしようと旦那様の服に手をかけました。しかし、慣れない感触があったので思わず手を止めてしまいました。旦那様もそれを感じたようで、かなり驚いたような顔をしています。見てみるとヘンリー様の胸の辺りが大きく膨れ上がっており、触れてみるととても柔らかいのがわかります。
 わたしが触るのをやめると、すぐにヘンリー様はベッドから飛び起き急いで御自分の服を脱ぎ始めました。わたしもヘンリー様が何をするつもりなのかを理解し、それを手伝います。
 1枚1枚、服を脱いでいくことでヘンリー様の今のお姿が明らかになっていきます。長く伸びた美しい髪、きめ細かく白い肌、形の綺麗な2つの膨らみ、大きくくびれた腰、……一糸纏わぬ姿になった時、驚きとともに余りの美しさに溜息が出そうになった事を覚えています。
「ヘンリー様…………その御姿は…………」
 ヘンリー様は若く美しい女性となっていたのです。

2とら:2009/09/28(月) 20:58:06
 はじめまして。とら、と申します。初めての投稿になるので文章は稚拙ですが、
よろしくお願いします。
 このストーリーはある文学作品のパロディ作品でもあります、嫌いな方はご容赦
ください。

3とら:2009/09/28(月) 21:08:05
『メアリー・ジョーンズの日記:2』



「へ、……ヘンリー様、大丈夫ですか?」
 わたしは驚きを押さえ込みながら、恐る恐る聞いてみる。
「……大丈夫だ。見た目は大分変わってしまったが、それ以外におかしい所はない。むしろ、いつもより気分が良い位だよ」
 ヘンリー様は脱いだ上着をはおりながら言いました。様子を観ると、わたしに見られるもの、自分で見るのも恥ずかしい様です。
「メアリー、今の私の体を見てどう思う? わたしには……」
「わたしから見ても女性になったように見えます。……だから……その……錯覚やまぼろしということは無いと思います……」
 それを聞いてヘンリー様は大きくため息を吐く。
「君にもそう見えるか……私も医者だ。信じられない様な事が起こったが、女性の体についての知識はあるし、診た経験もある。……私の身に起きたことは見たそのままの感想でいいだろう」
「……これからどうしましょう、ヘンリー様……」

 その時、玄関の方からヘンリー様を呼ぶ声がしました。
「ヘンリー様! 誰かが来たようです!」
「とりあえず君が出てくれ、私も後で行く」
「そのお姿でですか!?」
「後で何とでも誤魔化せるさ。君は早く客を出迎えてくれ」
「……わかりました」
 とりあえずわたしはヘンリー様の言うとおりにして、玄関のほうへ向かいました。
 お客様を迎えに行きながら、わたしは今のお姿のことを思い浮かべました。ヘンリー様は確か30代だったと思うのですが、あの姿のヘンリー様は同年代の女性と比べてもとても若々しく、わたしと同じ20代のはじめか、やや上くらいに見えました。
 玄関に着くとドアのすぐ傍で男の方が立っていました。
「アンダーソン様!」
 アンダーソン様はヘンリー様の御友人で、弁護士をしている方です。
「やあメアリー、ヘンリーは今いるかい? 良い酒が手に入ったから一緒に食事でもどうかと思ってきたんだけど……」
「アンダーソン様、そのヘンリー様はいま……」
 ……どう答えたらいいでしょう? 本当のことをお話する訳にはいきませんし……。
「あの……、アンダーソン様、ヘンリー様は今……」
「ヘンリーなら今は留守にしていますわ」
 わたしがどう言うか考えながら口を開いた時、後ろの方から声がしました。
(ヘンリー様!?)
 ヘンリー様は先ほど脱いだ服をふたたび着直して、アンダーソン様を出迎えました。
「……そうですか、それは残念だ……。では、ヘンリーにはまた今度の機会という事で」
「ヘンリーにはその様に伝えておきますわ」
 そう答える時のしぐさはとても女性らしく、先程まで男性であったとはとても思えません。
「ところであなたは?」
「私はジェーン、ジェーン・ハイディ。ヘンリー・ジーキルとは遠い親戚のような関係よ」
 そういってヘンリー様はわたしに軽く目配せをしました。『話を合わせろ』と、いうことなのでしょう。
「そうですか、ヘンリーの親戚ですか。……うん、よく観れば顔が似ているような気がするなぁ」
 アンダーソン様はどこか納得した様な表情で仰いました。
「ところでジェーンさん、あなたが今着ている服はヘンリーの物のようですが……」
「そ、それは……」
 気ばかり焦って、ヘンリー様を助ける様な事がうまく言えない。
「ああ、これは帰ってきたヘンリーを驚かせようと思い、彼の服を借りたのです。でも、ヘンリーは思ったよりも帰りが遅いですね。何をしているかしら? あなたもそう思うでしょう、メアリー?」
「え、ええ! 実は旦那様は急な患者の往診に向いました!」
「……そうなのかい? メアリー」
「ええ。やや重病の患者さまですので、明日まで帰ることが出来るかどうか……」
「そうかあ……」
 この調子なら、このまま帰っていただける。そう思った矢先、
「なら、ジェーン。貴女と一緒に食事という事ではどうです?」
 ……などとアンダーソン様が言い出しました。
「そうね、いいわ。メアリー、食事の用意をして頂戴」
(ヘンリー様! 何を仰るのですか!)
 ……結局、アンダーソン様はヘンリー様と食事をしてからお帰りになられました。ヘンリー様はアンダーソン様と会話が弾んで楽しそうでしたが、わたしはヘンリー様の招待を悟られないかと心配でたまりませんでした。

4とら:2009/09/30(水) 23:33:59

『メアリー・ジョーンズの日記:3』


「ふふっ……。結局、アンダーソンには私の正体は最後まで分からなかったようだね」
 アンダーソン様がいらっしゃる間、ずっと我慢していたヘンリー様は、アンダーソン様が帰ってすぐに笑い出しました。
「ヘンリー様、何故あのような事を? 大変なことになったらどうするんです!」
 もし自分の正体が相手に分かってしまったら、どうするお積もりだったのでしょう?
「メアリー、まともな考えをする様な人間ならこの姿になった私をヘンリー・ジーキルだとは思わないよ」
 そういうヘンリー様の表情はイタズラを楽しむ子供の様でしたが、わたしの方はちっとも面白くありません。
「でも、ヘンリー様!」
「大丈夫よメアリー。それにこの姿の時は私の事をジェーンと呼びなさい、いいわね」
「……分かりました」
 正直、納得できませんでしたが、これも仕方がない。と、思う他はありません。
「……ところでメアリー」
「まだなにか」
「私の年齢を幾つぐらいだと思う?」
「……35、ぐらいではありませんでしたか」
「今の私の年齢を、見たままで言ってくれ」
「……わたしと同じ位かすこし上……に見えますが」
「君もそう見えるか、……この薬には思った以上の効果があるかも知れないな」
「どういうことです?」
「明日からはこの薬をさらに研究するという事さ」



 1890年6月21日


 あの実験から1ヶ月以上が経ちました。色々とありましたがわたしはまだ
ヘンリー・ジーキル様のところで働かせて頂いております。あの後、ヘンリー様は
薬の効果を無くす中和剤の飲み、もとのヘンリー様に戻りました。
 ですが、あの日からヘンリー様は休日や患者のいない日などに、度々あの薬を使って
女性に『変身』するようになりました。女性になったヘンリー様は『ジェーン・ハイディ』
と名乗って一応、正体を隠して行動しています。最初は女性としてぎこちない事が
ありましたが、数回の変身でそれも無くなっていきました。彼女はわたしに自分の事をを
ジェーンと呼び捨てにするようにいい、ヘンリー様とは別の人間として扱うように要求しました。
わたしも完全にその事になれた訳ではありませんが、彼女と接している内に慣れてしまいました。


「メアリー、一緒に出かけない?」
「へ……ジェーン様」
「『さま』はいらないわ、ジェーンだけでいいのよ」
「ジェーン、わたしはこの後まだ仕事があるので……」
「服を買いにいきましょうよ。せっかく女の姿になったのだし、女性の服を着てみたいわ、
一緒に行きましょう」
「でも仕事が……」
「あとでいいじゃない!」


 ……とはいえ、まだ慣れない部分もありますが。お返しにすこしサイズの小さいコルセット等
の下着類を買わせるようにしたのは彼女には秘密です。


 ヘンリー様の方は医者として働く時以外は、ずっと薬の研究に没頭しておられます。あの『変身薬』
の調合だけでなく、最近はまた新しい薬を開発中のようです。旦那様はこの夏のバカンスに御自分の海沿い
にある別荘でその『新薬』の実験をするそうで、次の日記はその事を書くようになると思います。

5とら:2009/10/01(木) 00:12:51

 1890年7月19日


 バカンスで海に来ました。が、それは表向きの理由です。本当の目的は新しく作った薬の効果
を試すそうです。薬はヘンリー様が所有する別荘で調合し、材料はわたし達で運び込みました。
荷物はそれだけでなく、ヘンリー様の分、わたしの分、そしてジェーンの分もあります。
「ふう、荷物がこれだけ多いと大変です。……ヘンリー様、あの薬をわたしにも頂けますか?」
「なぜだい?」
「男に変身して荷物運びの仕事を楽にこなしたいんです」
「男に変身するのは駄目だな。メアリー、君はそのままでいる方が可愛くて素敵だ」
 わたしはその時、顔が耳まで熱くなるのを自分でも感じてしまった。
「だっ、旦那様っ! からかわないでください」
 ヘンリー様はわたしが恥ずかしがるのを見ると、すぐに別荘の中へ走って行ってしまいました。
……わたしがこんなになるのをどうしてくれるんですか!


 その夜、完成した新薬の実験は行われました。ヘンリー様は自分の体の変化を
すぐに確かめられるようにガウン1枚という服装で実験にあたった。その下には
下着も何も着けてはいません。
「旦那様、今度のお薬はどの様な物なのでしょうか?」
「この薬は、この前に作った『変身薬』の改良品なんだ」
「改良品……。こんどは動物に変身するんですか? 動物に変身するのなら
象がいいですね、荷物運びが楽になりますし」
「……成功していれば今回も人間のはずだ」
「わたし、旦那様が毒虫か、醜い怪人に変身しないか、心配です」
「そうなったらどうする?」
 逆にヘンリー様に質問をされてしまった。……はっきり言って、そうなってしまった
ヘンリー様に、いつまでも笑顔を向ける自身は無い。
「もしそうなれば最悪、新しい勤め先を探さなければならなくなるので、御成功をお祈りしています」
 わたしは飛び切りの笑顔でそういってやった。
「きみは最近、辛辣になったな。ジェーンの影響かい?」
「お陰様で」
「そうか、今回の結果が楽しみだ」
 ヘンリー様はそういい終えると、グラスに入った赤い変身薬をまた一気に飲み干した。
 もうすでに変身は何回も見たし、ヘンリー様も慣れたもので最初の様に苦しそうに
変身する事は無くなった。
「んっ……あああぁっ……」
 ヘンリー様の体が急速に変化していくのが、ガウンの上からでも見ることができた。
髪が長く伸びていき、胸は大きく膨らみ、腰の部分は締まって細くなっていき、お尻は
位置が上がり、体が女性らしい丸みを帯びたスタイルへと変形していく。
 その光景は慣れたはずなのに、いまだに現実とは思えなかった……。


 ヘンリー様が完全にジェーンになったと思った時、次の変化が起こった。
「んぅ……」
 ジェーンの体が全体的に縮み出し、顔の女性らしさに幾分か幼さがでて、変化は止まった。
「………………ふぅ。実験は成功したみたいね」
 ジェーンは用意してあった鏡を覘きこみながら言った。
「どういうことです?」
「見て分からない? ちょっと背も小さくなったし、顔の方も何だか前より幼く見えるでしょ。
……胸も少し縮んじゃったみたいだけど、仕方ないか……。実はね、若返ったんだのよ。
それが新しい薬の効果」
 たしかに以前の薬で変身した時より幼く見えます。
「服の上からじゃ分からないかな?」
 そういうとジェーンはわたしの目の前でガウンを脱いで素っ裸になってしまった。
……たしかに胸のほう彼女が言う様にはいくらか小さくなったようだが、それでも
まだまだ大きかった。もしかしたら、まだわたしより大きいかもしれない。
「な、なにしてるんですか。そんな格好になって!」
「こっちの方がよく分かるでしょ、若返ったかどうか」
 たしかに彼女の言う様に若返ったのがよく分かる。以前に見た彼女の乳房より一回り小さくなったが、
かたちは綺麗で均整もとれている。そしてわたしよりも大きい。
「以前に変身した時に私の歳が貴女と同じかすこし上ぐらいに見えたでしょう? 
 そこでひらめいたのよ、『変身薬』には『若返り』の効果もあるんじゃないかって……。
今回自分自身でそれを確かめたというわけ」
 ジェーンは興奮のせいか一気に話したてた、頬も上気してほんのりと赤く染まって来ている。
「ジェーン、体が冷えない内に服を着てください。話は分かりましたから」
 わたしは彼女が床に脱ぎ捨てたガウンを肩にそっと掛けてあげた。
「ありがとう。……ねぇ、せっかくだから海へ行かない? この体を思いっきり楽しんでみたいわ」

6とら:2009/10/01(木) 00:18:38
 色々、読みやすくなるように、日付の部分を毎回入れたり、

折り返しの部分を短くしてみました。

7名無しなメルモ:2009/10/01(木) 01:41:05
すごくいいです!
この後メアリーちっちゃくされたりするのでしょうか(笑)更新がんばって下さい!

8とら:2009/10/01(木) 21:38:33

 1890年7月19日(2)


 夜の海は月の光に照らされて、きらきらと光っていた。とても幻想的で綺麗な光景だったが、

暗くて海水浴に適しているとは思えなかった。

「ほんとに海に入るんですか? 明日のほうがいいと思いますけど……」

「当たり前でしょう。入りたいって言ってるんだし」

 ジェーンはそう言うとガウンを脱いではだかで海に入ってしまった。

「冷たくて気持ちいい……。ねえ、本当に入らないの?」

「わたくしは海から上がったジェーン様の体を拭く役目があるので遠慮させていただきます」

「……もしかして私に体を見られるのが嫌なの?」

 実をいうとそうだ。わたしは水着を持っていないので、下着か全裸で入る事になる気にはなれない。




 体を拭いて別荘まで戻るとジェーンは用意しておいた中和剤を持ってきた。中和剤は変身薬とは

対照的に鮮やかな青色をしている。

「さて、この体とも名残惜しいけどさっさと戻らないと」

 しかし、中和剤を飲んでも何の変化も無かった。今までならすぐに元に戻るはずだったが、

しばらく経っても一向に元に戻る気配は無い。




「……戻らない、か」

「大丈夫ですか、ヘンリー様」

「大丈夫、それにあたしはジェーンだってば」

「心配じゃないんですか、御自分のことが!」

「戻らない理由に心当たりがあるから、たぶん前の奴と同じ成分だったからだと思う」

 わたしは心配しているのに、とうの本人は平気な顔をして言う。これではあべこべだ。

「今回の変身薬は若返りの原因と思われる成分を増やしたから。たぶん、中和剤の方もそれに合わせて

調合しなくちゃいけなかったと思うの」

「それの作り方は? 今から早速作りましょう」

「今日はもう遅いし、休みましょう。材料はそろってるから、もう調合するだけよ。」

「では、明日すぐに取り掛かるのですね?」

「いいえ、明日はサイズを測って今の体用の服を買いに行きましょう」

 自分が危ないのに何と言う態度なのだろう、わたしは思わず溜め息が出そうになった。

「どうせなら、若返った肉体をもっと満喫したいじゃない。それじゃ、また明日ね〜♪」

 ……明日もまた苦労する事になりそうです。

9とら:2009/10/04(日) 21:30:44
 


 1890年7月20日


「言っておくけど。メアリー、小さいサイズのコルセットを買ってくるのは
やめてよね。苦しかったんだから」
 ジェーンに以前勧めたコルセットのサイズが若干小さかったのは既に
ばれていた様だ。
「分かっています。ですから、絶対にそんなことが無いよう、こうして
測っているんじゃないですか」
 現在、ジェーンは今の自分用の服を買うために自分のサイズを測っているところだ。
測っているのは、メアリー。要するにわたしだ。
 サイズの合う服が無いジェーンは大人の自分の服を着ている。多少、大きくても
着れない事は無い。新しい服を買うことをもったいないとは思うが、その時の自分
に合った服を欲しいと思う気持ちはわたしにも理解できる。


「サイズも測ったし、あとは買うだけね。さあ、いきましょ」
「ジェーン、あなたは元に戻るための中和剤を作っていてください。服はわたしが
買ってきますから」
「えぇ!」
「早くヘンリー様に戻ってくれないと心配なので、ちゃんとお願いしますよ」
 ジェーンはとても不満そうだったが、渋々応じてくれた。
「いいけど、ちゃんと綺麗な服を買ってきてね」


 わたしが買い物から戻ってきた時、ジェーンはヘンリー様が使っていた彼女にとっては
やや大きめなサイズの研究着で中和剤を作っているところだった。
「今、完成するところよ」
 出来上がった中和剤は、一見したところ前と変わったところは無い。相変わらず青く澄んだ
色をしていた。
「ところで服のほうは?」
「ここにあります」
「へえ、綺麗じゃない」
 ジェーンは服を取り出して自分に似合っているか見ている。その姿はまさしく見た目
の通り、少女のようだ。


 そう考えてわたしは、ふと疑問に思ったことがあったので訊いてみることにした。
「そういえば、ジェーンの肉体年齢は今幾つぐらいなんです?」
「そうね、前の変身が20くらいだったから。今は17歳くらいじゃないかしら? 
それくらいになるように調整したし。動物実験でどれくらい若返るかは見当ついてたから。
 それにしてもすごくぴったりね、この服」
 そう言って、ジェーンは買ってきた服を着ようとした。


「待ってください、元のヘンリー様に戻らないのですか」
「そんなのいつでも出来るじゃない」
 ジェーンはそういって突っぱねたが、わたしはすぐに戻ってほしい。
 どうしてもすぐに戻って欲しいのでわたしはジェーンから服を取り上げた。
「あっ!」
「返して欲しいのなら、早くもとに戻ってください」
「……わかったわよ。その代わり、今度変身した時にはすぐに服を用意してね」
 そういってジェーンは中和剤を飲んだ。中和剤は今度は何の心配も無く、その働きを全うし
ジェーンをヘンリーへと戻した。
「元に戻って一安心ですよ」
「ジェーンの方はまだ楽しみたかったみたいだが」
「わたしのほうは大変だったんですから。心配させないでくださいよ」


 色々とアクシデントもあったが2度目の実験も無事に終わったのだった。

10とら:2009/10/07(水) 21:18:10

  1890年8月27日


 バカンスの間のことをここでまとめますと、あの2回目の実験以降ヘンリー様が
ジェーンに変身する事は無くなった。……などということは全くありませんでした。
ただ、ジェーンに変身する事に熱中して他の事を疎かにするという事も無かったのは
幸いといえるかもしれません。
 しかし、それはあくまでヘンリー様の事であってジェーンとは関係がありませんでした。
あれからヘンリー様は2人のジェーンに変身するようになりました。色っぽい魅力に
あふれた大人のジェーンと、まだ大人に成り切れない若い肉体を持つ少女のジェーンです。
 性格の方もそのまま容姿の影響を受けるのか、大人のジェーンは余裕と落ち着きがあり、
少女の方はより明るく活動的です。何かに例えるのなら月と太陽でしょうか。
 彼女たちを見ていて思ったのですが、ジェーンは変身の度により彼女らしい個性を獲得
していってるのかもしれません。


「ふむ。君なりに考えてその結論を出したのか?」
「ええ……。まあ、そうですけど」
 ヘンリー様に自分の考えを言ってみると、彼は興味深そうに頷いた。
「その考え方であっているだろう。……彼女は成長しているようだな」
「旦那様」
「ん、なんだい?」
「いつまで変身薬の実験を続けるんですか? 旦那様がジェーンに変身する意味はあるん
ですか?」
「する意味はある。薬の副作用、欠陥なども見つけないといけないしね」
「旦那様がする必要は無いと思うんです。たとえば他の方に実験台になってもらっては
いかがでしょう」
 ヘンリー様はすこし間を置いて言いました。
「それは…………君が実験台になるということかい?」


 思わずびっくりしてしまった。うかつなことを言ってしまったのかも知れない。正直、
変身に対しては興味よりも恐怖の方が勝っている。自分がどんな人間になるかわからない
のだ。いや、人間ならまだいい。あの薬を飲んでわたしが得体の知れない怪物に変身した
らどうしてくれるのだ。
 第一、ヘンリー様が変身したジェーンを見ていると、ヘンリー様の意思が残っているか
どうかも怪しい。
 でも、ヘンリー様すぐに大笑いしながらこう言った。
「君を実験台にするつもりはないよ、君が自分から立候補しない限りは」
 それを聞いてわたしは胸を撫で下ろした。でも、ジェーンはイタズラ好きなところが
あるから安心は出来ない。警戒はしておこう。
 わたしは最後にひとつ確認しておくことにした。
「例えジェーンになっても旦那様の意識とか、意思は残っているんですよね?」
「いや……、私の精神がジェーンになる訳だから残っているとは言いがたいだろうな」
「……………………」
 完全に薬の安全性が証明されるまで、わたしが自分からあの薬を飲むことは無いでしょう。


 さて、話をバカンスの間の事に戻します。ジェーンはなんと近くの貴族の方のパーティに
出席したのです。それも大人と少女、両方の姿でです。
 無論、2人が同時に現れる事はありませんでしたが、たちまち、彼女たち2人はその別荘地
の人気者になっていったのです。
 思えば、もともとジェーンは現れてからすぐに近くに住む人たちに好かれていきました。
場所を移しても彼女が人気者になるのは当たり前の事だったのかも知れません。

11とら:2009/10/10(土) 00:25:41

 1890年8月27日(2)


 もうすぐバカンスから戻る日。ジェーンはパーティで知り合ったらしい女性を連れて、
別荘まで戻りました。
「何だか恐いわ……」
「大丈夫、大丈夫。私がついてるしそれに……」
 後のほうはよく聴こえませんでした。ただ、こっそり話しているという様子なので何か
あると思いました。


「メアリー、さっき連れてきた子に『変身薬』を使ってみるから手伝いをよろしくね」
「な、何ですって!」
 あまりのことに熱いお茶を入れたポット落としてしまいそうになってしまった。
「もちろん、彼女の許可は取ってあるわよ」
「本当にそうだとしても危険すぎます!」
 そういうとジェーンはささやくように言った。
「……もしもの時は中和剤を注射すれば大丈夫。ここにいる誰にも危険はないわ」
 ジェーンはガラス製の注射器を採り出してみせた。だが、その器具から反射する光はむしろ
わたしをたまらなく不安にした。


「さあ、メアリーに自己紹介をして」
「メリッサといいます。メアリー、はじめまして」
「はじめまして、メリッサ」
 ジェーンが連れてきたメリッサという女性は思ったよりも若い。17歳くらいに思え、わたし
よりは確実に年下に思える。それ以外はきれいな格好をしている事しか見た目からはわからなか
った。


「メリッサ、私からアドバイスをいい?」
 ジェーンは人差し指を一本立てて、メリッサに微笑みながら話しかけた。
「なに?」
「メリッサ。変身薬を使う時は服を脱いだほうがいいわ、勿論コルセットも」
「どうして?」
「あなたがもしハリネズミに姿を変えたら綺麗なドレスはぼろぼろだし、たくましい男の人に
なったらコルセットで窒息してしまうわ」
「服は変わらないの?」
 メリッサはきょとんとした表情で訊く。ジェーンもこれには虚を突かれた様だった。
「メリッサ、変わるのはあなたの『身体』だけよ。服は変わらないわ」


 メリッサは納得した様子でドレスを脱ぎだした。手早くやる為、わたし達も手伝う。脱いだドレスは
わたしがクローゼットに片付けにいったが、その間、わたしはジェーンを視界の隅に置くようにした。
今は女性に変身しているが、元々はヘンリーという男だった。下着姿になったメリッサに襲い掛かったり
しないだろうか。そう思って見張ったが、幸いその様なことは無かった。


 ジェーンはメリッサを椅子に座らせると、その前にあるテーブルにグラスを置いた。中身は赤く、
彼女が言った通り変身薬のようだ。


「これが変身薬なの?」
 メリッサは眼を輝かせながら言った。
「ええ。開発者と私とそこにいる助手のメアリーとで、作ったものよ」
 わたしの名前も出してくれた。だが、認められたと素直に喜ぶには状況と作り出したものがあまり
良くなかった。
「変身薬……。なにに変身するとしても、是非かわいいものになりたいわ」
 メリッサはあの変身薬について、良い所だけを聞かされているのかもしれない。そもそもジェーン
の性格では薬の不安な点などは、話す時に忘れているだろう。
「乾杯!」
 ……メリッサは薬を飲んでしまった。もう遅いが、無理にでも止めるべきだったかも知れない。
今となっては、ただ神に祈るしか無かった。

12とら:2009/10/11(日) 23:49:13

 1890年8月27日(3)


 変身薬を飲んだメリッサの体はどんどん縮んでゆき、テーブルの下に隠れてしまった。
「うわぁ……。かわいいわねぇ……」
 ジェーンはすっかり小さくなってしまったメリッサを抱えあげた。
 変身したメリッサはジェーンの言うとおり、可愛らしい小さな子供になっている。
抱きかかえる時に大きさに合わない下着は脱げ、裸になってしまった。性別を確かめると
メリッサは女の子のままだった、どうやら変身の内容には色々と個人差があるようだ。
「ふふ、かわいい……。ねぇ、メアリー。この子、このまま私たちの家族ということにして
一緒に育てましょうよ」
「馬鹿なことをいわないでくださいっ!!!!!」


 わたしは思わず叫んでしまった、これでは誘拐ではないか。
「じょ……冗談よ、そんなに怒らなくてもいいじゃない……」
 口に出して言う事は無かったが、これはずっとわたしが危惧していたことである。使った
人間の姿を変える薬など、この手の事にうってつけではないか。
「たとえ冗談でも人攫いまがいの事を言わないでください」
「……でもメリッサがかわいいのは本当よ、あなたも抱いてみる? ね、メリッサ。
メアリーのところへ行ってみる?」
 そういってわたしに近づくがメリッサは離れるようにしてジェーンに抱きついた。
「……やだ。メリィ、ジェーンおねえちゃんがいい」
 メリィはおそらく彼女自身のことだろう。……はっきりとわたしよりジェーンの方がいいと
いわれるのはショックだ。
「どうして?」
「…………こわいもん」


 !! わたしを恐がっているようだ、ジェーンから離れようとしない。
「……えーと。メリィ、メアリーは恐くないわよ。いつもはもっと優しいんだから」
 わたしはメリッサに好かれるように笑顔になろうとするが上手くできない。むしろもっと
恐がられたようだ。メリッサはジェーンの腕から抜け出して逃げていってしまった。
 ……正直、ショックだった。恐がられたというのもあるが、なにより元男の変態女に
負けたというのが一番ショックだった……。


「メアリー!」
「……ジ、ジェーン? ど、どうしました?」
 突然のことで驚いてしまった。どうやら、意識が在らぬ所に飛んでしまっていたらしい。
「しっかりしてよ、もう。メリッサを追わないと」
「ああ、それなら」
 わたしはひざ掛け用の毛布を2枚もって、1枚をジェーンに渡した。
「? これは?」
「あとで分かりますよ」


 わたしたちは2手に分かれて別荘内をさがしていたが、案外すんなりと見つける事が出来た。
メリッサはなんと、カーテンにくるまって隠れる様にして、居た。
「メリッサ、ここにいたのね。大丈夫?」
「う……うん」
 わたしは彼女に毛布を差し出した。
「寒かったら、これをどうぞ」
 おそらく彼女は飛び出したはいいが、自分の今の格好を思い出して恥ずかしくなったのだろう。
だから、カーテンに包まっていたのだ。わたしは彼女のプライドを傷つけない様に格好のことを
口に出さないようにした。
 メリッサは毛布を自分にかけると、さっきの場所の方へ歩いていく。わたしも付いていった。
「ふぁ……」
 彼女は何度もあくびをしたり、目をこすりながら歩いていた。今の時間はもう遅い、こどもの体
では眠くて仕方ないのだろう。
「メリッサ、わたしの腕を使ってください」
「ふぁぁ……、ありがとう……」


 メリッサはわたしに抱っこされると、すぐにスヤスヤと寝息をたてて眠りはじめた。その顔は
ジェーンが言うように、とても可愛かった。
 部屋に戻る途中で気付いたが、『このメリッサ』は『大人のメリッサ』をそのまま小さくした
ような顔ではなかった。大方は同じだったが、目鼻口元が少し違っているように見えるし、
何より髪の色が違っていた。大人の時は金髪だったが、今は赤色だ。彼女も、ただ若返っただけ
でなく、やはり変身していたのだった。

13名無しなメルモ:2009/10/12(月) 07:22:25
心配性で生真面目で、いつも気苦労が絶えないメアリーが可愛くて仕方ないです。
もともとずいぶん年下だったはずが、すっかりお姉さんのように振舞っていることを本人はどこまで気づいているのでしょう。

ヘンリーの出番がもう少し増えると、変身していることをより意識できて話に厚みが出る気がします。
ジェーンがただの一人の女性の登場人物にならない方が、この先もっと楽しめそうなのです。

続きが読めることを楽しみにしています。

14とら:2009/10/12(月) 13:23:16

 感想ありがとうございます。あまり、感想が無いので実はすこしヘコんでいました。

 ヘンリーの出番については意識して増やすつもりです。ジェーンとメアリーの
方が書いていて楽しいので、油断するとこの2人ばっかりになりそうですけど。

 すこしネタバレみたいなことをいうと、メアリーが毛布をとってくるところが
ありますが、ジェーンはそういう事に疑問符でしたよね。ジェーンはやはり
ヘンリーという『男性』から生まれたキャラなので、女の子があんな格好してたら
どう思うかという事に気付かないんですよね。自分からよく裸になるし^^
 一方メアリーはちゃんと女性だし、常識的なキャラなのでフォローしてあげるん
ですよ。

 もしメリッサがメアリーじゃなくて、ジェーンに見つかっていたら結構恥ずかしい
思いをすることになったんじゃないでしょうか^^

15とら:2009/10/12(月) 20:56:39


 1890年8月27日(4)

 
「メアリー、メリッサは見つかった? どうしよう……もし外に出てたら……」
「ジェーン、その心配はありませんよ。メリッサなら見つかりましたので、こちら
にお連れしました」
 メリッサが見つかって、ジェーンは安心したようだ。見れば、胸をなで下ろして
いる。
 わたしは眠っているメリッサをベットに寝かせる。裸なのは仕方が無いので、
そのまま毛布をかけた。
「可愛いわよねぇ……」
「ええ、そうですね」
 今ならば、ジェーンの言うことに素直に同意することが出来た。


「わたしもこんな子供が欲しくなったわ」
「ヘンリー様が……奥様を迎えればほどなくでしょう」
「――私が夫を迎える、というのも1つの手だと思うんだけど?」
 ジェーンがまたとんでもない事を言った。
「冗談…………ですよね?」
「嫌なの?」
「あなたの正体を知っている人間ならば、皆こんな反応をするはずです」
「うーん、じゃメアリー。貴女がヘンリーと結婚するというのはどう?」
 思わぬ一言にわたしの心臓は早鐘を打つように響き始める。
「な……何てことをいうんですか」
「ふふーん、その反応、ずばりね」
 同一人物が何を言ってるのだろうか。
「あなたがヘンリー様じゃないですか、からかわないでください!」
「そういうとこ可愛いわよ〜」
 ジェーンはその後、ヘンリーのことでさんざんわたしをからかうのだった。



「う……ん……、もう朝?」
「メリッサ様、おはようございます」
「メアリー……? 夢じゃなかった……?」
 メリッサは翌朝目を覚ました。あの後、中和剤を彼女に注射し、程なく元に戻った。
「あれ? わたし、あの後子供になってたのにどうして……きゃ!」
 自分の体がいつの間にか元に戻っていたことに戸惑っていたが、自分が一糸まとわぬ
姿であることに気が付くと、あわてて毛布で前を隠した。
「お召し物ならこちらに」
 わたしは彼女に代えの下着を差し出した。
「ドレスのほうは今もってきます」
「あ……ありがとう……」


「あら……メリッサ、起きた?」
 メリッサの横で寝ていたジェーンは声を掛ける。
「ジェーン! ……昨日の事は本当にあったことなの? もしかして……夢?」
 ベッドの上にいる2人はとても似たような格好だ。ただし、ジェーンは隠すような
ことはしない。惜しげもなくその美しい肢体をさらす。
「いえ……、でも貴女はもう帰らないと。もちろん、まわりの人には内緒にしてね」
「ええ! 約束するわ!」
 ジェーンの手を握り締めながら、メリッサは言った。
 ただ見るだけなら美しい光景だが、ジェーンの正体を知っているわたしには疲れた
溜息を吐くことしか出来なかった。

16とら:2009/10/13(火) 20:12:58

 1890年8月27日(5)


「このバカンスはとても有意義に過ごす事が出来た。メアリー、君には感謝している」
「そうですか……。ヘンリー様だけならばともかく、よその方まで実験に巻き込んだ
ときはどうなる事かと思いました」
「メリッサの事か……。あとで私からも手紙を送らなければな」
「……『私からも』? ……! ジェーンも手紙を送ったんですか!?」
「ああ、そうだ。何か変かい?」
「同じ人間なのに」
 わたしはこのバカンスに来て何度目かの溜息を吐くのだった。


 バカンスの最終日の前日、わたし達は帰るために荷物をまとめていた。来た時よりも
荷物が増えたために、幾分か苦戦している。実験器具は別荘に残しておいても問題は
無いが、衣服などはそうも行かない。また、ヘンリー様の実験記録は特に重要なため
絶対に持ち帰らなければならず、それも苦労の一因だった。
「メリッサはまた薬の実験に参加したいようだ、ジェーンは帰ったらすぐに連絡をとる
つもりでいるよ」
「そうですか……。ところで、ヘンリー様はジェーンが言ったことをすべて記憶して
いるのですか?」
「いいや、全てを記憶している訳ではないが……」
 どこかキョトンとした感じで首を振るヘンリー様。
「ではメリッサとの実験の日、わたしと何を話したか、覚えていらっしゃいますか?」
「……それはうまく思い出せないなあ。何かあったのかい?」
「い、いえ。特には」
 あまり刺激しすぎて思い出させるとよくない、さっさと逸らさなければ。……だが、
安心はした。ジェーンとのあのような会話を記憶されていたら、わたしは死ぬか、
自ら死を選びたくなるだろうし。


 わたし達は次の日、予定通りに帰るのだった。あとで分かった事だが、メリッサは
近くに別荘を所有する有力な貴族の令嬢で、もし何か有ればただでは済まなかったろう。
大事にならなくて本当によかった。
 ……と、なるはずだったが、彼女は好奇心が強く、行動力がある人である上、ヘンリー様
とジェーンが手紙を送ったので、診療所での実験に彼女も参加する事になるのだった。
 

 こうして、わたしの頭痛の種がまた1つ増えた。

17とら:2009/10/14(水) 21:48:42

 1890年9月15日


 バカンスから数週間が経った。メリッサも加わって幾つか実験もあったが、
それ以外は今までと違うことは無かった。


「診療所に何かご用ですか?」
 その日、買い物から戻ると診療所で人が待っていた。1人は女性で、
もう1人は女の子だ。仲が良いし、2人一緒にいたので親子か姉妹だろう。
女性の方はわたしより少し年上くらいだろう、女の子の方は10歳くらい
だろうか。もしそうなら親子は無いだろう、姉妹か、あるいは親戚という
事もある。
「ええ……。以前こちらで診てもらったのですが、今日もう一度来る様に
言われたんです。それで来て見たのですが、ヘンリー先生が留守のようで……」
「そうだったんですか……。ちょっと確認してきますね、どこへ行ったのか
確かめないと」
 わたしはヘンリー様の診察室に入り、書置きが無いか確かめた。ヘンリー様
がどこかへ行くのはよくある事だが、常にどこへ行くかは言い残しておく、
誰もいなければメモを残しておくのだ。



「おかしい……。見つからないわ」
 だがしばらく探しても、どこへ行ったかの手がかりをつかむ事はできなかった。
仕方が無いので今日は帰ってもらうことにする。
「申し訳ありません……。いつ帰ってくるのかも見当がつかないので今日の
ところは――」
「ヘンリーがどこにいるか、知っているわ」
 女の子が突然口を開いた、帽子で表情が見えにくいが笑っているように
見えた。
「知っているんですか?」
 では何故知っているのにこの2人は待っていたのだ? そもそも、わたしは
看護婦もしているが、この2人には見覚えが無い。わたしがいない時に来た患者かと
思っていたが……この2人は誰だ?
「ふふっ、ヘンリーなら目の前にいるじゃない」
「あなた……もしかして……」
「そう、ジェーンよ」
 少女は帽子をとって見せる、体は小さくなり、顔つきは幼いものになっていたが
確かにそれはジェーンだった。


「……また薬の若返りさせる部分を増やしたんですか」
「そう! でもおかげで胸もお尻も小さくなっちゃったわ。まあ……あなたの驚いた
顔を見れたから良いけど」
 ジェーンはイタズラっ子の様な顔で微笑む、より若返り幼くなったことでその表情は
とても似合っていた。
「診療所は如何したんですか!?」
「もう閉めたわ、表にそう看板も出したし。……気付かなかった?」
 そう気付かなかった。
「それにまた関係の無い人を――」
「メアリー、まだ気付いてないの?」
 女性のほうを見る。
「メアリー。わたしメリッサよ、気がつかなかった?」


 確かに赤毛で、顔も小さいメリッサに似ている。だが、その姿は変身前のメリッサより
明らかに年上だった。これは一体?
「実は、使った人間を元の年齢より成長させて、変身させる薬が完成したのよ! 研究は
また一歩進んだわ! で、メリッサに協力してもらったわけ」
 メリッサは微笑んで同意して、こういった。
「ジェーン、この姿のときのわたしはメリィと呼んで、と言ったでしょう。メアリーも、
お願いしますね。
 ……この名前は昔、両親がわたしを呼ぶ時そう呼んでたんです。わたしも自分で自分を
そう呼んでて……。最初の実験で若返った時、ついその名前で自分を呼んじゃって、そこ
からこの名前を思いついたんですよ」


 ……そうなのか。それはそうとして。
「ジェーン! またメリッサで実験を!? しかも新しい効果の薬をですか!」
「いいじゃない。自分からなんだし、それにさほどの危険性もないようだし」
 それを言われて反論できなくなる。
「……わかりました、よしとしましょう。では、2人とも早く元に戻ってください」
「それが……わたしはいいんですが……」
 メリッサが口ごもる。いや、今はメリィだったか。
「? どうかしました、メリィ」
「じつは……」
「わたしの分の中和剤を作るのを忘れちゃったの」
 ジェーンがあっけらかんと言う。
「ど、どうするんですか!? メ、メリィは大丈夫なんですよね?」
「ええ、わたしの分は有るんですが」
「自分の分を作る前に変身したから、ジェーンの分の中和剤は無いの」
 ……なんということだろう。

18とら:2009/10/15(木) 21:25:29

 1890年9月15日(2)


 メリィが中和剤を飲み、大人から少女のメリッサへと戻っていくのを
見ながら、わたしはどうしようかと考えていた。
「……自然には戻らないのですか」
「わからないわ、試したことは無いし」
 ヘンリーは元に戻るための中和剤を作る前にジェーンになってしまった。
今の彼女が大人ならば、無理にでも診療所を続けることが出来ただろうが、
こどもの姿ではもう続けることは出来ないだろう。小さな女の子に自分の
病気を診てもらいたい者など居る筈が無い。
 ヘンリーがちゃんと薬を作っていればこんな事には……! そう思い、
ふと気が付いた。そもそも、ヘンリーとジェーン、2人は同一人物ではないか。
たとえ子供でもジェーンも中和剤を作れるのでは?


「ジェーン……、あなたはヘンリー様と同じ人間ですよね。同一人物」
「? そうだけど、それが」
 わたしは真剣な顔をして訊いてみる。
「だったら、あなたが中和剤を作ることも可能なのではないですか」
「あー……、それが忘れちゃったんだ。全部って訳じゃないけど」
「忘れた! ですって……」
 この診療所が無くなればわたしは看護婦としてクビだ、主人が子供では
メイドとして雇い続けてもらえるかも怪しい。こんな事があってたまるものか。
「――いや、本当に忘れた訳じゃなくて、薬を作る手順とか難しいから全部
頭に入ってるわけじゃないのよ。手順とか材料とかは全部書類に書いてあるわ」
「じゃあ――」
 希望が見えた、と一瞬思った。


 でも、その光は次の瞬間消えてしまった。
「でも、それを書いてある紙とか難しい表現があるから子供のままで読めるか
わからないわ。理解できないかも……」
「ならば、わたしがお手伝いしますわ」
 メリッサだった。
「難しい本を読んだことも何度かありますから、代わりに読むことは出来ると
思います」
 それを聞いて、わたしは次の瞬間口を開いた。
「わたしも……! もちろんメアリーもお手伝い致します! どの様な事でも
やります!」
 勝手に言葉が口から出てくる。ジェーンが、メリッサが、そして何より当の
わたしがこの言葉に驚いていた。だが、今は驚いている場合ではない。
「メアリー、あなた本当に何でもやってくれるの?」
「も、もちろん。どの様な事でも、やります!」
 あとで思えばわたしはこの時、軽いパニックになっていたのだろう。そう
思わざるを得ない。


「じゃあ是非やってほしい事があるのだけれど、お願いできる?」
「はいっ!」
「後悔しない?」
 ジェーンが念を押す。
「ヘンリー様が元に戻るのならば」
「それならメアリー、あなたには変身薬を飲んでもらうわ」
「えっ……」
 わたしは思わず口ごもる。
「駄目かしら」
「いえ、大丈夫です!」
 両の拳を握り締め、力いっぱい力説する。メリッサに負けてはいけない、何故だか
そう思いながら。
「絶対にやるのね?」
「あたりまえです!」
「そう……。聞いた、メリッサ?」


 メリッサは微笑みながらうなずく。
「ええ、もちろん」
 わたしは目を疑った、メリッサはその手に中和剤を持っていたのだ。先程、彼女が使った分は
もう無い。では、これは?
「メリッサ!? あの……それは……」
「ごめんね、メアリー。中和剤がもう無いって、あれ嘘だったんだ」
「上手くいきましたね、ジェーン」
「予想以上に事が早く進んだから、こっちがむしろびっくりしたわ」
 2人は目線をあわせてハイタッチした。こっちは何が何だかわからない。
「じゃあメアリー、あなたも変身薬を飲んで貰うわよ」
「ど……どういうことですかっ!? そんなの聞いていません! ずるいです!」
「あら、『やるか』と訊いて『もちろん』と言ったのはあなたよ。それに……」
「それに?」
「この中でまだ変身薬を飲んでないのはあなただけじゃない。私達は子供のちょっと恥ずかしい
姿を見せているのに、貴女だけ無しなんてずるいのはそっちの方よ。お互いに子供の姿を見せ合い
ましょうよ」
 そう言われるとこっちが卑怯者のようだ。さらに、 ジェーンはずずいとこちらに顔を寄せる。
「今更、いやなんていわないよね?」
 ……もはや、断ることも降りることも出来そうに無かった。

19とら:2009/10/16(金) 22:38:27

 1890年9月15日(3)


「分かりました、やります。ですが、ジェーン――」
 ウソならば、早く元の姿に戻ってもらわないと。
「わかってるわ、元に戻るわよ」
 そう言ってジェーンは手早く着ていた服を脱いでいく。服は実に似合っていたが一体、
何時買ったのだろう。
「ジェーンがあの姿になったのは、今日が初めてじゃないんです。以前にも何度か変身
していて、この間一緒に買いにいったんです」
 メリッサが説明してくれる。
「メリッサ様の方は?」
「こっちはジェーンのほうを借りました」
 わたし達が話している間にジェーンは服を全部脱いで裸になった。その体は凹凸の無い実に
子供らしい姿だったが、その代わり可愛らしさは増大していた。だが、今のわたしにはまったく
関係の無い事だ。寧ろ、無邪気に振舞う様がわたしの神経を逆撫でするのだった。
 ジェーンが中和剤を飲むと同時に、わたしとメリッサは後ろを向いた。メリッサは恐らく、
気を使ってのものだが、わたしの方は男の裸を見ない為だ。別に慣れていない訳ではない、
見たくもないだけだ。……特に今の様な気分の時は。


「メリッサ、知ってますか? ジェーンの正体を?」
 わたしは報復心から彼女、いや彼の評判を落とすことにした。まずはメリッサ、とにかくメリッサだ。
「正体? まさか王家の血筋を引いてらっしゃるとか?」
 夢見がちな年頃なのか、冗談なのか、彼女はまるで物語のようなことを言う。……今のわたしは
誰に対しても皮肉屋だ。
「それこそまさかですよ、実はジェーンの正体はヘンリーという男性なんです。ヘンリー様が
変身薬で変身した姿がジェーンなんですよ。まったく、信じられないでしょう」
 そんなものが子供とはいえ自分の裸を見たり、ベッドの横で寝ていたら、さぞかし彼女も憤慨する
だろう。そう思って事実を明かした。……メイドをクビになるかも知れないがもう知った事ではない。
今のわたしはこの怒りを静める為なら、それこそなんだってやるぞ。
「ええ、わたしもその事は知ってますよ。ジェーンから聞きましたし、実際にヘンリーさんにも
会いました」
 ……なんだ、会ってたのか。しかも、怒った様子は無い。
「なんていうか……格好いいですよね、ヘンリーさん。ああいう人が紳士って言われる人なんでしょうね」
 暇さえあれば、夜な夜な女に変身する紳士ですか。じつに紳士的だと思いますよ。……変身中のヤツに
向かってそういってやりたかったが、それは流石にぐっ、と我慢した


 見るといつの間にかジェーンはヘンリーに戻り、服を着ているところだ。
「素敵ですよね、メアリーもそう思いません?」
「そうですね」
「家柄も身分も申し分ない方ですし……」
 たしかに。メリッサほどの家柄ではないが、彼は高貴な家の生まれだ。
「そうですね」
「病気の方とか、他の人にも優しいです。まさしく理想のお医者様です」
 ……まあそれはよく知ってる。
「そうですね」
「メアリーはヘンリーさんの事、どう思います?」
「……ご主人とメイドの関係ですからね、別に何もありませんよ」
「ええ? 男と女が一緒にいるのに何も無いんですか?」
「わたし達にはそういうことはありませんよ。……そういう事のある方も居るでしょうが」
 元に戻ったヘンリーが着替え終えた為、その話題はここで打ち切りになった。

20とら:2009/10/18(日) 21:29:02

 1890年9月15日(4)


「さて、メアリー。これが変身薬だ」
 ヘンリーはグラスに入った1杯の青色の液体を持ってきた。
「……何もしなくていいのかい? メリッサのように服を脱ぐとか」
「男性に肌を見せるつもりはありませんし、この服は特別なものではありません。お気遣いは無用です。
……そもそも、どれくらい若返るのです」
「君は20代だからね、おそらく5歳ぐらいまで若返るかな。脱がない事はむしろ助かる、気兼ね無く
この姿で見守れるからね」
 5歳……。以前のメリッサと同じ位だろうか。いま着ている服はまったく合わないものになるだろう、
変身の途中でしわくちゃになるだろうが仕方が無い。


「着替える時は席を外してくださいよ、ヘンリー」
「わかってる、だが変身の過程は見せてくれよ」
「頑張ってくださいね、メアリー」
 本来なら、一切見せずにさっさと中和剤を飲んで戻りたいが、何かあった時に助けられるのはヘンリー
だけだ。ヘンリーもいるならメリッサだけを仲間外れにする事も難しい。
 テーブルの上に置かれた変身薬を見ていて、わたしは死刑台に立たされた王族貴族たちはこんな気分だった
のだろうと、死ぬ前の彼らに思いをはせた。だが、それは結局、現実逃避でしかない。わたしはグラスを
手に取り、覚悟を決める。
「……いきます」
 一気に流し込むと苦味が口一杯に広がった、だが我慢できない程ではない。構わず飲み込む。
「飲みました」
「よろしい」
 グラスをテーブルに置く。わたし達は薬が効果を現すまでしばらく待った。


 やがて体を妙な感覚が襲う、今まで感じた事のない感覚で、そのものを言葉で表すのは難しい。だが感想はの方は
簡単で正直、不快だ
「んんぅ……」
 やがて肉体に変化が置き始める、胸が小さくなり、手足が短くなっていく。体も縮み、服がぶかぶかになった
ところで変化は止まった。ヘンリーが初めて変身したときの様に苦しんだりはしない、彼が改良した結果だろう。
……できる事なら味の方も改良して欲しかった。
「……これで満足ですか。早く元に戻してください」
「いや、もう少し観察しないとね。それにメアリー、すぐに戻ると体に悪影響が出るかもしれない」
 どうやらすぐに戻してはくれないし、戻るとまずいらしい。
「さあ、ヘンリーさん。席を外してくださいね、メアリーちゃんを着替えさせてあげますから」
「ああ、勿論分かってるよ」
 メリッサにそう言われ、ヘンリーは外へ出て行く。正直助かる、子供の姿とはいえ彼に裸を見られたくは無い。
「……のぞいたりされるかな」
「ドアに鍵を掛けておきましょう」
 メリッサに手伝われ、服を脱いでいく。だが……。
「メアリー、あなた……」
「ちょっと、これって……」
 服を全部脱いで気が付いた、体には見慣れないものがついていた。わたしは男の子になってしまっていたのだった。

21名無しなメルモ:2009/10/21(水) 01:40:57
展開も人物も、丁寧に練られた感がありすんなりと話に入っていけます。
どこか懐かしい言い回しも味わいを感じます。「これではあべこべだ」「たまらなく不安にさせた」「うってつけではないか」
なぜか心地好く耳に残るのです。雰囲気も出て好きです。

若干再校が欲しいところもある気がしますが、もしそれで筆が鈍るようなら今の勢いを殺さず公開してしまう方が良いかも。

「きみは最近、辛辣になったな」の件が割とお気に入り。最近は「頭痛の種」が実験(という名の悪戯)に大活躍ですね。
ついに常識人メアリーも当事者に。この先の展開が楽しみです。ここは奮発して新たな舞台で!……なんて贅沢ですね。
勝手な期待は無視していただいて、思うまま続きを書いて下さいませ。ではでは。

22とら:2009/10/21(水) 21:43:12
 感想ありがとうございます。自分は細部を気にしすぎて全体が疎かになって
しまいがちな性格なので、このまま公開させてもらいます。

 メリッサには自分もメアリー共々、苦労させてもらってます。

23とら:2009/10/21(水) 21:45:35

 1890年9月15日(5)


「さて、服を借りてきたよ。これを着てみてくれ」
「どなたから借りたのですか?」
 メリッサが質問する。
「部屋を貸している家族からだ。多少サイズが大きいかもしれないが、それは我慢してくれ」
 それならわたしもよく知っている、よくスカートをめくりに来る男の子だ。確か今年で
8歳くらいになるはずだ。ヘンリーによれば今のわたしの年齢は5歳のはずなので、この
忠告はもっともだ。
「ぐす……ありがとうございます」
 だが、身に着け方がよく分からない。着替えを手伝った事は男女両方あるが、わたしは
すっかりパニックになってしまってその時の事は思い出せなかった。
「……ヘンリー、着替えを手伝ってください」
 今のわたしは裸だったが体の方は脱いだメイド服で胸の部分もしっかり隠していた。たとえ
必要が無かったとしてもこれは『女』としての必要最低限のプライドだった。
「メアリー、脱いだ服を離してくれ。これでは手伝えない」
「……あまり見ないでくださいよ」


 着替え終わり、鏡で自分の姿を見てみる。鏡の中のわたしは顔だけを見れば、男の子の様にも
女の子の様にも見えた。もっともそれで服装と記憶と感触が誤魔化せる訳ではない。
「メアリー……、ごめんなさい。こういうのはやっぱりショックよね、女として……」
 メリッサが後ろから抱きしめてくれた。変身して何になったかを知った時、取り乱した所を
彼女には見られていたのだ。
「いいんです、自分からやると言った事ですから。謝ってくれればそれで良いです。それに
中和剤を飲めばすぐに元に戻りますから……」
「すまないが暫らくはそのままでいてもらうよ」
 だがヘンリーはそれを否定した。
「ど……どうしてですか!?」
「しばらく経過を見たい。それに君は以外と若返ってない、服のサイズがぴったりだろう?」
 確かに5歳にしては今のわたしは大きい。8歳の男の子の服が合うとすればそういう結論も
ありえるだろう。
「でもそれと何の関係があるんです」
「その年齢にあった中和剤を与えないと元に戻れない様なんだ。私も以前戻れなかった事が
あっただろう。薬は2種類を用意しておく必要がある、明日までまってくれ」
「……分かりました」


「それで……ジョーンズ君」
「それ……わたしのことですか……」
「『男の子』がメアリーじゃ変だ」
「すぐに戻るつもりですし、2度と変身しませんから。名前なんて結構です」
「……これから色々と材料を買ってくるつもりだが、君にも付いて来て欲しいんだ。ジョーンズ君」
「いいですね、一緒に行きましょう! え……っと……ジョーンズ君?」
 いきなり名前を変えたのでメリッサはなかなか対応に困っているようだ。
「……外になんて行きたくありません」
 なぜわざわざこんな姿を人に見せなくてはいけないというのか。わたしは絶対に断るつもりだった。
だが……。
「よいしょ」
「へ、ヘンリー! やめてください!」
 彼は突然わたしを抱っこし、肩車をした。
「さあ、ジョーンズ君。一緒に行こうか」

24とら:2009/10/23(金) 22:12:44

 1890年9月15日(6)


 ヘンリーに肩車されながら、わたしは幼い頃のことを思い出していた。鏡に映った自分の
姿は嫌でも昔の事を思い出させた。
 幼い頃のわたしは、まわりの大人たちから『男の子』の様だと言われて育った。男の子達と
一緒になって遊んだり、髪を短く切ってあるのがその理由だ。とくに髪はまるでハリネズミの
ようにとがった髪型をしていて、まわりの子達からもよく『ツンツン頭』と言われたものだった。
 両親はわたしに教育を受けさせる位の財はあったが、生活が良い訳では決してなかった。わたし
の育った所は田舎で農作業の手伝いのよくやった。父や母からはよく、『あなたが本当に男の子
だったらねぇ』と言われたものだった。これらの周囲の言葉はわたしに自分が『女』である事を
自覚させたが、わたし自身はむしろそれに反抗した。
 だが、それも大きくなるにつれて無くなっていき、当時の名残は髪の毛のみになっていた。
看護婦の勉強をし、その経験もあるが今は結局メイドをしている。わたしの幼い頃をしっている
人が、今のメイドであるわたしを見たら随分と変わったものだと思う事だろう。
 ヘンリーの肩でわたしはその様な事を考えていた。『男の子』みたいだと言われたり、『女』で
ある事に反抗した事もある。だが別にわたしは『男』になりたい訳ではなかった。男の子になって
しまって寧ろかえってその事を実感してしまった……。


 市場に着くとわたしはヘンリーの肩を降りて、メリッサとともに買い物を手伝う。この様な姿に
なっても、普段はメイドとして働いている習性なのか色々と口を出した。
「これを買えばいいのジョーンズ?」
 メリッサはすっかりわたしをジョーンズと呼ぶ事に慣れてしまった。彼女は元の姿でも『自分以外の誰か』
になるという、遊びに夢中のようだ。
「…………いえ、それの右側にある物を買ってください」
「ど、どれ? よく分からないんだけど」
 メリッサはこういうことに慣れていないようだった。色々と手間取り、それに一々わたしが注意する。
最終的にはメリッサに抱っこされたわたしが、品物を取っていった。
 その様は不出来な姉を助ける、よく出来た弟の様だったが、実際の年齢はわたしの方が上だ。無論、
それは事情を知らないものには分かる事ではない。
 ヘンリーはそれを見てどこと無く面白がっているようで、わたし達を横目で眺めながら、自分は自分
にしか買えないようなものをマイペースに次々と買っていくのだった。


「ヘンリー、久しぶりだな。君も買い物か?」
「アンダーソンか……」
 買い物がほとんど終わった頃、ヘンリーの友人のアンダーソン様が声を掛けてきました。
「初めましてアンダーソン様、メリッサと申します」
 メリッサが挨拶にと自己紹介をする。
「初めましてメリッサさん、アンダーソンだ。彼とはどちらで?」
「ヘンリーさんとはパーティで知り合いました」
「へえ……。こんな若い娘と知り合うなんて君もやる様になったな、ヘンリー」
「ああ……、まあな」
 そうとも言えるし、そうだとも言い切れない。
「ふふ。変わったかと思ったが相変わらずのようだな。今日はまた研究に必要なものを買いに来たのか」
「そうだ。研究の方はある程度は成果が出た」
「それは良かった。そこのちっちゃい子供は? ……そこの彼女とのかい、全くいつのまにだよ」
 最後のほうは小さく言っていましたが、何とか聞き取る事ができた。
「この子はジョーンズ、メアリーの親戚の子だ。ちょうど今、遊びに来ている所なんだ。決してこの子
とのではない」
「ちょっとしたジョークさ……。ジョーンズ? メアリーと同じだね、ファミリーネームで呼んでるのかい?」
「人見知りする子で、ファーストネームのほうはまだ教えてもらってないんだ」
「それは苦労するね」
 わたしは何も言わない、わざわざボロを出す必要も無いだろう。
「この子を見てどう思う? 男だと思うかい、それとも女だと思うかい」
「そう聞くという事は……もしかして女の子なのかな」
「いや男の子だよ」
 とくにもったいぶらず、あっさりと言ってしまう。
「見たままのほうが正解か。悪い事をしたね」
 厳密には女で合っているのだが、今はそれで正解なのでわたしは複雑な気持ちになった。

25とら:2009/10/25(日) 20:40:49

 1890年9月15日(7)


「さて、僕もさっさと買うものを買ってしまわないとな。……彼女もできた事だし、そろそろ
君も結婚でもしたらどうだ」
「そう思うこともあるが……研究は独り者のほうがやり易くてな。実家もやれとうるさくてな。
考えてないわけでは無いんだが」
「余計な世話だったか」
「いや……。以前から自分が自分でなければ、もっと立場や性格も関係なく他人とも付き合える
と思っているのさ」
「空想だな。まあ、頑張れよ」


 買い物が終わり、わたし達は帰る事になりました。帰り道、メリッサと手をつなぎながら彼女に
訊いてみる事にした。
「メリッサ、あなたが小さい頃ってどうでした」
「ん? 見たでしょう」
「いえ、小さな頃の思い出ってどうです?」
「楽しかったわ。でも、どうしてそんな事訊くの?」
「いえ……別に……」
 わたしの子供時代はあまり楽しいものではなかった。……そういえばヘンリーはこの薬の事を
人間の『心』に作用する薬だと言っていた気がする。子供の頃、男の子の様だと言われ、良い思い出の
無いわたし。男の子になったのも、あまり若返らなかったのもそのせいかもしれない。


 家にまで戻るとヘンリーは薬を作り出し、メリッサは帰った。わたしもこの大きくはない体で頑張ったが、
食事は簡単な物しか作る事は出来なかった。
 その夜、わたしは下着姿で眠った。ベッドのほうはヘンリーに借りさせてもらったが、寝巻きのほうは
誰にも借りる事が出来なかったからだ。借りた物を無事に返す為、わたしはそうしたのだった。
 子供の体だとわたしはすぐに眠くなった。男の子の体ということは慣れなかったが、夜の時間はそれには
構わず、わたしを眠らせた。
 ……そうしてどのぐらい時間が経ったのだろう、わたしはベッドの中に何かが入ってくる感触で目を
覚ました。
「……何?」
「私よ」
「……ジェーン?」
「当たり」
 まだはっきりしない頭で答える。またいつの間に変身したのだろうか。声の感じは若いが、幼い感じでは
ない。おそらく17歳の姿に変身したのだろう。
「薬は?」
「もう出来た。私の分は勿論あるし、あなたの分もね」
「……そうですか。では、明日起きたら早速元に戻りましょう。でも今は眠いので眠らせて……でも何故
ジェーンに?」
「それはね……」

 むにっ

 背中に柔らかい感触が当たる。
「な、何なんですか」
「まあまあ、恥ずかしがらずに」
 普段の自分にもあるはずの物に動揺してしまう、もしかして体が男になったせいだろうか。よく見ると、
ジェーンは服も何も着ていない。裸でベッドに入ってきているのだった。
「や、やめてください」
 心臓がバクバクと鳴る、まるで静まろうとしない。
「なになに? 体がオトコノコだとやっぱり恥ずかしいのかな? だとすると面白いね〜」
 ジェーンはわたしを自分の方へ引き寄せる。女同士だった時にはこんな事もなんとも思わなかったが、
何故か今はそうはいかない。間違いなく薬はわたしの『心』にも影響を与えているのだった。


 ……その夜。わたしは女でありながら、彼女の色仕掛けによって眠れぬ夜を過ごしたのだった。

26名無しなメルモ:2009/10/25(日) 22:31:51
テンション低めで下品にならないところが大好物ですー
いろいろ苦労されてるようですが、マイペースで頑張ってください

27とら:2009/10/26(月) 22:54:29
 ありがとうございます。これからも頑張りますのでよろしく。

28とら:2009/10/27(火) 20:56:57

 1890年9月16日


「おはよう、メアリー。んー、今はジョーンズ君だったかな」
 ジェーンはいたずらっ子のような表情を浮かべながら挨拶した。彼女はいつの間にか服を着ている。
だがまだそれでわたしの心臓が高鳴りが止まった訳ではない。
「もうどちらでもいいです。ああ……ねむい」
 あれから私は結局、一睡もする事ができなかった。鏡を見ると眼の下にうっすらと隈が出来ている
のが見える。男の体になったとはいえ、ジェーンに対してあのような気持ちを抱いてしまった事は、
自分自身とてもショックだった。しかし何故あの様な事をしたのか、わたしに悪戯をして面白がって
いるのか。……とにかく分からない。
「……とにかくジェーン、早く中和剤を出してください。わたしは早く元に戻りたいんです」
「はいはい」
 そういうと彼女はいつもの様に、研究室から中和剤を持ってきた。これで元に戻れる……そう思って
手を伸ばすが、ジェーンは渡さなかった。



「ジョーンズ君。元に戻るときは、流石に服を全部脱いだほうがいいわよ。窮屈な思いをする事になる
だろうし」
 ジェーンはまるで教師のような口調でいう。指を顔の前に立てて、ずいぶんと得意げだ。
「全部……ですか」
 考えてみればそうだ。このまま体が大きくなれば間違いなく、きつい事になるだろう。
「そう。勿論、私がついてる事になるわ。大丈夫、恥ずかしがる事は無いって。今は『女』同士なんだし、
サービスでこっちの裸も見せてあげたし。……それに分かったでしょう? 性別が変わるとその影響を受
けるって事が」
 そう。確かにわたしは本当は女であるはずなのに、ジェーンの色気にやられてしまい、眠れぬ夜を過ご
した。それが変身薬で異性に変身した影響なら、彼女にも同様の事が起きていても不思議は無い。いや、
むしろそうなのだろう。


 だが、そうだとしても無闇に見せる事はない。わたしは昨日片付けておいたメイド服を出した。
「裸が嫌だからって、今から着ておくの? 邪魔にならない?」
「元に戻るときはこれで前を隠させてもらいます。男の姿を見られるのも、女の姿を見られるのも嫌です
から。……恥ずかしいですからね」
 おそらくそれを言ったわたしの顔はすこし赤くなっていただろう。
「別にいいじゃない」
「もしどうしてもというのなら、ヘンリーに戻って見てくださいよ。……ヘンリーに見られるのなら別に
構いませんから」
「……いいわ。それでどうぞ」
 流石にヘンリーの時にわたしの裸を見るのは気まずいらしい。ジェーンはそれで納得してくれた。


 わたしは服を脱ぐと、先程言ったとおりメイド服で前を隠して椅子に座る。
 テーブルに上に置かれた中和剤に目をやる。……ヘンリーは中和剤を2種類用意するといっていた。
この中和剤は果たしてわたしを元の姿に戻してくれるのだろうか? 彼を信じていないわけではないが、
それでも心配だ。
「安心して。あなたは必ず元の姿にに戻るわ。大丈夫! 私の自信作だもの」
 ジェーンが言う。その顔はさっきまでとは違い、かなり真剣なものだった。
「薬を作った人間なら当然の責任でしょう、もう」
 わたしはそういって笑い、中和剤を飲んだ。

29とも:2009/10/28(水) 19:29:47
>とらさん
男になったメアリーの心情の変化が良いですね☆

30とら:2009/10/29(木) 23:25:49
 ともさん、感想ありがとうございました。

31とら:2009/10/29(木) 23:26:26

 1890年9月16日(2)

 
 薬を飲んで変化はすぐに現れた。わたしの手足と背はぐんぐんと伸びていき、ある程度まで来ると、体が丸みを帯びて、
胸は膨らんでいった。
 やがて変化は止まる。鏡を見てみると、わたしは元の自分に戻ったように見える。……だが本当にそうなのだろうか、
自身の体を隠しているため分からないが、まさか何か変になってないだろうか。何か生えてるとか。おそるおそる自分の
股間の部分に手をやる。実際に見てみれば早いが、もしそうではなかった時の衝撃もかなりのものになるだろう。
 ……何の感触もない。わたしは自分の置かれた状況も忘れ、前を隠していた服を取り去って自分の体を見た。
「元の体! 元の女の体だわ!」
 すっかり浮かれたわたしは鏡の前で1回転をし、自分の体が隅から隅まで以前と変わらない、『女』である自分
の体である事を確かめた。
「本当にありがとう! 元に戻れました!」
 思わずジェーンに抱きつき、次に自分で自分を抱きしめ、遂には……。
「うっ……うっ……よかった……ぐす、本当によかっ……た」
 ……感動の涙を流してしまった。この時はたかが1日とはいえ、久しぶりに戻ってきた自分の体は、以前より
ずっと素晴らしいものになって帰って来た様に思えた。……あとで冷静になって考えてみれば、これはもちろん
錯覚である。別にわたしのバストサイズが増えたわけでも、顔が美人になったわけでも、体重にいたっては変身前と
比べればむしろ増えている。だが、この時ばかりはそんな自分の体の小さな欠点も、うつくしく輝く宝石のように思えた。


「あー……メアリー……。早く服を着たらどう? 風邪をひくわよ」
 わたしはジェーンに声を掛けられて、ようやく自分がいかに恥ずかしい行動をとったか思い出すことになった。
顔がかっと熱くなる。だがここで取り乱すわけにはいかない、わたしは手で胸と股間を隠して、女らしくそして
メイドらしく極めて優雅に言う。
「……ジェーン。すこしの間、席を外していただけませんか。わたくし着替えさせていただきたいので」
 ジェーンはしばらく、ぽかんとした様な、呆れている様な表情をして、
「ええ、分かったわ」
と言って出て行った。必死に笑いをこらえているのがこちらからでも分かったが、今は我慢するしかない。彼女が部屋から
出て行った後、わたしは急いでメイド服を着るのだった。


 ……こうしてわたしを実験台にした変身薬の実験は終わった。その後の事をいうと、わたしは薬の後遺症に苦しめられた。
とは言っても、別に命に関わるような物ではない。変身薬で男に変身したせいか、わたしはそれからしばらくの間、女性を
見ると興奮するようになってしまったのだ。女の乳房、臀部、うなじ、ふともも。女の魅力を感じるような所を見る度に
わたしは興奮した。とくに自分で自分の体に興奮したのは困ったし、寝ているジェーンについ抱きついてしまった事もある。
 ……死ぬほどではないが、いっそ死んでしまいたくなった。主に恥ずかしさで。もう限界なので具体的に書く事はしない、
『女』としての誇りをこれ以上は失ってしまう。


「あれから女性を見ると興奮する様になってしまったって?」
「…………はい」
 困ったわたしはヘンリーに相談してみた。彼は薬の開発者だし、何よりも医者だ、きっと解決してくれるだろう、
そう思っての事だ。
「何度か変身を繰り返してみたらどうだ? そうすると男女の感覚が分かれてくる、私もそうだった」
 違った、まるで頼りにならない。もう一度男になるのは絶対に嫌だった。
「それは嫌なので別の方法を……」
「じゃあ暫くの間放っておくしかないね」


 結局、その感覚から介抱されたのは1ヶ月位後のことだ。時間が経つにつれてわたしの同姓に対する性的興奮(あれは
明らかにそういう感情だった)はおさまってゆき、遂には無くなった。治ったときには2度目の感動の涙を流してしまった
程である。
 こうして、わたしはもう2度と金輪際あの薬は飲まないと心に誓ったのだった。

32とら:2009/11/01(日) 22:18:59
 そろそろ物語は次の展開に入ってきます。描写にああすれば良かった、こうすれば
良かった、などと思う事はありますが、やはりこのまま真っ直ぐ行くつもりです。
 もう暫くお付き合い下さい。

33とら:2009/11/01(日) 22:20:06

 1890年10月22日


 わたし達――ヘンリーとメリッサとわたし――だけでできる事は終わりに近づいている、と
ヘンリーは最近言うようになった。勿論、変身薬の事である。


「では、他の方にでもお願いするのですか」
 この間の事以来、わたしには変身薬に対して悪い印象しかなかった。もしかしたら、これ以上
他の人間に被害が広まるのかと、思わず心配してしまう。
「いや、とりあえず私達だけでできる事を全部やってしまわないとな。君にも手伝ってもらう」
「……またわたしにも変身薬を?」
 思わず身構えてしまう、あれだけはもう御免だ。
「心配する事はない、まだ準備の段階だし、君を変身させる予定も無い。……君が是非にと言うの
ならば考えないでもないが……」
「もちろん結構です」
 隙を与えてはまた以前と同じように実験台にされる、すかさずわたしは断った。
「……冗談で言っている、そう過敏に反応する事もあるまい」
「本当にそうならいいのですが。……前の事もありますし」
「小さくなった君は結構可愛かったぞ、男だったがね」
「それこそ冗談でしょう」


 とにかくわたしが変身薬をもう使いたくない、という意思を彼のほうは尊重してくれたのか、
冗談のやり取りはあっても、強引に使わせたり、また騙すような事をしたりということは無かった。
 ここら辺でまとめの為、ヘンリーとメリッサ、2人の変身後の違いが気になったのでここに書いて
みる事にする。ちなみに、まとめたのはヘンリーである。


 ヘンリーは女性に変身し、ジェーンと名乗っている。彼女は明るく、活発でイタズラ好きだ、
わたしも何度か困らせられた。ヘンリーとジェーンは基本的に別人格だが、最初から別、という訳でも
無かったようだ。何度かの変身を繰り返す事で、彼女は今のような人格を手に入れた。
 メリッサの方は性別は変わらない、容姿が少し変わるだけだ。また、変身後はメリィと名乗るように
なったが、別に人格が変わったという事は無く、ヘンリーまたはジェーンの真似をしているようだ。
若返りや成長をする事によって、多少性格が変わるが、それは年齢によるものが大きいようだ。
 2人はそれぞれ薬を使って様々な年齢に変身し。、年齢は5歳くらいから20歳あたりまで様々だが、
メリッサは子供よりも大人になる事が多かった。元々少女だし、大人になりたいという願望が強いのだろう。
 ジェーンとメリッサ、2人の関係は年齢によって変化した、親友……姉妹……親子……。あの2人にとって
変身薬と年齢は、自分を飾る化粧や服と同じ感覚の様だった。


 メリッサにとって、ジェーンの正体がヘンリーだという事はもう関係ない様だ。特に気にする様子も無く、
この間などは一緒にお風呂に入っていたくらいだ。ジェーンはこの時10歳くらいで、メリッサが20歳の
姿になったメリィに体を拭いてもらっていた。ジェーンはジェーンでメリッサに抱きついたり、くすぐったり
好き放題だ。わたしはというと、その時はまだ薬の後遺症が残っていたので2人の中に入る事はできなかった、
恥ずかしかったし。


 その様な日々に転機が訪れる、それは突然だった。
 その日、わたしはいつもの様に夕食の材料を買って、ヘンリーの所まで戻っていた。そのまま、夕食を一緒に食べ、
わたしは自分の家まで帰る。メイドと主人が一緒に食事をとることはあまり無い事だが、ヘンリーはわたしにも同席を
許してくれた。最近はその組み合わせにメリッサも加わっている。実験の手伝いもあるので、いつも家に帰っている
わけでは無いが、大体はそれがいつものことだった。
 ヘンリーの屋敷にまで戻ると、玄関の帽子掛けにヘンリーとは違う帽子がかけてあった。誰か来客があったのだろうか?
少し疑問に思い、ふと気が付いて、わたしはそう思い、実験室のほうへ走りだした。今、ヘンリーはメリッサと一緒に
薬の実験中なのだ、要するに変身をしている。もし、見られでもしたら……。
 わたしが着いた時、実験室の前ではアンダーソン様が呆然としていた。客はアンダーソン様だったのだ、扉を開いて中を
見てみる。ぶかぶかになったヘンリーの服に包まれて、幼いジェーンがこちらを見て、同じように呆然としていた。
「ヘンリー……」
 喉から絞り出すような声で、アンダーソン様がいった。


 ――見られてしまったのだ、真実を。

34名無しなメルモ:2009/11/02(月) 07:11:27
話が急展開しましたねー、期待

35とも:2009/11/02(月) 07:45:32
薬を使って変身し、二人が立場の変化を楽しんでいるところが良いですね☆
続きが楽しみです!

36とら:2009/11/04(水) 21:27:31

 1890年10月22日(2)


「……レディの着替えを見るつもり、扉を閉めてちょうだい。それとも、小さな子供の
裸を見るのがご趣味なのかしら?」
 我に返ったジェーンがこちらに指示を出した。皆、呆然としていて行動に移れない中、
彼女はいち早く行動した。アンダーソン様は言われているのは自分だと気付き、扉を閉める。
扉を閉めたアンダーソン様は、扉から少し離れて床にどっかと座り込んでしまう。
 わたしは扉をもう一度開けて中を見てみる。メリッサはすでに変身して、メリィになって
いたが着替えの途中だったようで、まだ固まっている。
「メアリー」
 ジェーンは私であることを確認すると、ぶかぶかの服のままこちらの方へ来た。途中、何度か
服に足をとられて転びそうになったが、何とかこっちまで来る事ができた。
「メアリー、アンダーソンを絶対に帰らせちゃ駄目よ。このまま帰らせたら大変な事になるわ」
 それだけ言うと、彼女は手早く自分の服を脱いで裸になり、着替えはじめた。
 わたしはわたしで、ジェーンの言うとおりアンダーソン様を帰らせないように、彼を客間に
連れて行くことにした。


「さて、アンダーソン。私に何か訊きたい事があると思うけど、何を訊きたい?」
「ああ、まずその姿はなんだ。なぜ君は女の子になっているんだ、ヘンリー?」
 しばらくして、ジェーンとメリィも客間のほうへやってきた。ジェーンは見た目の通り
可愛らしい女の子用の服を着てきた。
「いまはジェーンよ……この姿のときはそう名乗っているわ」
「そうか、ジェーンか。だが、質問には答えてないぞ」
 アンダーソン様はじっと、ジェーンを見つめている。
「……ずっと研究していた薬がついにできたのよ、アンダーソン。その薬を自分に実験したら
若い女性になったのよ、それから薬を改良して小さな女の子の姿にもなれるようになったんだ」
 ジェーンはアンダーソンを見上げて言った。そして、何か気になったのかわたしを呼んだ。
「メアリー、私を机の上に乗せてくれない? 目線は同じくらいの方が話しやすいでしょう」
 わたしはジェーンを抱っこして、机の上に乗せてあげた。彼女は机にちょこん、と可愛らしく
座りアンダーソン様を真っ直ぐに見る。今の彼女の身長は机を使って、やっと彼と目線を合わせる
事ができる程度の大きさだった。
「……もしかしてもっと大きな女がよかったかな、いろんなところが」
「僕には妻と子供がいる。それをましてや、親友相手に裏切れはしないよ。……ただ見る分には
良いんだがね」


 お互いの目線を合わせて、2人の話し合いは続く。わたしはそれを見守っていたが、メリィが
話しかけてくる。
「アンダーソンさん、何だか怒っているみたいだけど……どうなのかしら」
「分かりません、もう少し見守ってみないと……」


「……君は自分が作った変身薬をどうするつもりなんだ」
「そうね、もう少しどの様な作用があるのか調べて、もし完成すれば世の中に広めるつもりよ。
きっとこの薬を必要とする人、これで救われる人がいるはず」
 アンダーソン様はむっとしたような表情で言い返した。
「人間はあるがままの姿で生きるべきだ。君とは同じ師の元で学んだが、僕はずっとこの結論だ」
「私が間違ってると、そう言いたいの、アンダーソン? 君は信仰心の厚い奴だし、保守的な人間
だからな。だがアンダーソン、これまでの科学の歴史を見てみろ。君のような旧来の価値観の判断が
何度、進歩を邪魔してきたかを。今は受け入れられないかも知れないが、将来では当たり前になって
いる物だと私は思うぞ」
 ジェーンの語調は強くなり、だんだんと男言葉になっていく。それは今の10歳の女の子という
姿にそぐわない言葉であり。ヘンリー、本当の姿である彼の言葉なのだろう。
「……言っても分かってもらえないか」
「どうする? 私を魔女か悪魔と言って世間に突き出すか?」
「いや……そんな事はしないさ」
 アンダーソン様は立ち上がる。
「意見が違えたとはいえ、君とは親友のつもりだ。そんな裏切るような真似はしない。だがしかし、
本来あるべき自然な姿に逆らい続ければ、いつかきっとお返しがくるぞ。それだけは覚えていてくれ」
 アンダーソン様はそう言うと、自分の荷物をとって帰っていくのだった。

37とら:2009/11/12(木) 22:02:28

 1890年10月22日(3)


「わたしたち、これからどうなるのかしら……」
 アンダーソン様が帰るのを見送った後、メリィが不安そうに呟いた。
「大丈夫よ」
 ジェーンが言う。
「アンダーソンが言わないと言ったのなら、きっと誰にも言ったりはしないわ。彼は親友を
裏切ったりはしない男だわ」
「そうだといいのですが……」
 確かに彼はその様な人物では無いとは思うが、それでも不安は拭えなかった。
 結局、その日の実験はお開きとなり、メリッサは元に戻りわたしが家に送る事にした。


「メアリー。アンダーソンさん、驚いたからってあんなに怒る事はないと思うの。わたし達は別に
悪い事をしている訳じゃないだし」
 帰り道、馬車の中でメリッサがこう言い出した。アンダーソン様の態度にどこか困惑しているようだ。
「……さあ、わたしには少し分かりかねます」
 そう言いながらも、わたしは心の中ではアンダーソン様に共感していた。全ての人間がヘンリーと
メリッサの様に、変身に憧れる訳ではない。……別にわたしは騙されたような形で実験台にされた事
(やると言ったのはわたしだし、もう引っ込みもつかなくなっていたが)だけでそう感じているの
ではない、わたしは最初から変身薬には否定的だ。
 ……だが本当にそうだろうか? ふと考える。わたしは別にヘンリーが嫌いな訳ではない、メリッサ
が嫌いな訳でも、彼女が変身したメリィはむしろ可愛らしく感じる。では、わたしはジェーンが嫌い
なのだろうか。


 メリッサを家に送った(彼女の両親には、メリッサはジェーンという女性と付き合いがあるという事
にしている。下手にヘンリーの事を伝えれば、あらぬ誤解を受けるだろう。……女の姿とはいえ、一緒に
ベッドで寝たり、一緒にお風呂に入ったりするのはどうかと思うが)後、わたしはもう一度ヘンリーの
屋敷に戻る。
 ジェーンは幼い姿のまま、ベッドで眠っていた。その寝顔は、いつもわたしを振り回している姿からは
考えられないほど、可愛らしいものだった。
(黙っていて何もしなければ、この子も可愛いんだけどな)
 わたしはジェーンの髪をそっと撫で、さっきの事を思い出す。ジェーンはアンダーソン様と話している内に、
段々と男言葉になっていった。いつもは可愛らしくしているが、ヘンリーが変身した姿なのだと考えれば、
あれが本当の姿なのかもしれない。
「う、うん? メアリー、帰ってきたの?」
 ジェーンが目を覚まして、わたしに声を掛ける。
「……今日はもう終わり、私はこのまま寝るわ。……また明日」
「ええ、また明日」

38とら:2009/11/24(火) 21:27:15

 1890年10月23日


 次の日、元の姿に戻ったヘンリーは新たな実験をすると言ってきた。メリッサは
今日は都合があってこられないという事で、久しぶりの2人きりの実験だった。
「おそらくこれが最後の実験となるだろう」
 ヘンリーはそう切り出した。

「最後?」
「そう最後だ、少なくとも変身薬の限界を試す事になる。新しい試みはこれで最後に
なるだろう」
 彼はガラス製の注射器と中和剤をテーブルの上に置く。
「メアリー、ある程度したらこれを変身後の私に注射してくれ。――そうだな、半日か
1日くらい間を置くのが理想的だ」


 そう言い終えると、ヘンリーは変身薬を飲んだ。彼の身体はすぐに女らしくなって
ゆき、たちまち彼女であるジェーンへと変身した。すると今度は若返りの反応を起こす。

ジェーンの胸やお尻が、服の上からでも判る様に小さくなってゆき、身長も手足も縮んでいく。
顔つきはどんどん子供っぽいものになってゆき、やがてすっかり幼児体型の小さな女の子に
なってしまう。だが、彼女の変化は今度はここでは止まらなかった。ジェーンの肉体はどんどん
若返ってゆき、立っている事もできなくなり床に座り込んでしまう。やがてジェーンの身体は
服の中に隠れてしまった。


「じぇ、ジェーン!」
 わたしは彼女が消えてしまったかのように思い、彼女の名前を呼ぶ。すると、服の山が
もぞもぞと動いた。
「ジェーン……?」
 わたしはもう一度彼女の名前を呼ぶ、すると服の中から可愛らしい赤ちゃんが顔を出した。
「……もしかして……ジェーン……?」

 反応は無い。だが、間違いなくこの赤ちゃんはジェーンだろう。わたしは赤ちゃんを抱き上げる。
ヘンリーの時に着ていたズボンは脱げたが、シャツや上着はまだ残っている。それらがシワに
ならないよう、わたしは赤ちゃんをベッドに乗せ、優しく服を脱がしていく。ふと、股間を確認
してみる。何も無い、間違いなく女の子でジェーンだろう。……まさか、赤ちゃんにまで若返るとは。
「ジェーン、大丈夫でしたか」

 そう呼び掛けるとジェーンは微笑んだが、わたしはその反応に違和感を覚えた。その違和感を
確かめる為、わたしは彼女に質問してみる。
「ジェーン、わたしの言ってる事が判りますか? 判ったら瞬きを2回してください」
 きょとん、としたような表情をしている。質問どころか言っている事すら解ってないのかもしれない。
今度はジェーンを乱暴に揺すってみる、恐くなったのか彼女は泣き出してしまった。……間違いない、
身体が赤ちゃんになったから、精神も赤ちゃんになったようだ。もし知性を残しているのなら、この程度
では泣き出したりしないだろう。


「……どうしたらいいんだろう……」
 ヘンリーの言った事を守れば、しばらくしてから中和剤を打てばいいが、どうにも心配だ。わたしは
とりあえず泣かしてしまったジェーンを泣き止ます事にした。
「はぁ〜い。もう恐くないですよ〜、泣き止んでくださいね〜」
 優しくゆすり、笑顔を向けるとジェーンは段々と泣き止んでくれた。わたしはそれから半日ほど赤ちゃん
になったジェーンをあやして過ごした。あれが起きるまでは……。

39名無しなメルモ:2009/11/24(火) 21:30:41
そろそろ大詰めでしょうか?
期待してま〜す

40とも:2009/11/29(日) 09:41:35
ジェーンは精神まで赤ん坊に戻ってしまったようですね☆

41とら:2009/12/03(木) 21:17:15

 1890年10月24日


 ヘンリーが赤ちゃんジェーンになって半日ほど経ってから、わたしはジェーンに中和剤を投与し、それを
ベッドの上に放っておいて、自分は別の部屋でヘンリーが元の姿に戻るのを待った。なに、本当は大人なのだから
放っておいても、大丈夫だ。

 しばらくしてジェーンはヘンリーに戻り、自分に対しての仕打ちを言ってきた。
「メアリー! 私を裸で放って置くなんて君らしくないぞ!」
 わたしは彼を、じろり、と睨んで黙らせた。
「メアリー……、君怒ってないかい?」
 わたしは笑ってこういう。
「……いいえ、怒ってないですよ」
 ……本当は怒っている。いくら赤ちゃんになってしまったとはいえ、あのような事をするなんて、許せたものではない。


 ――それからわたしはヘンリーと口を利かなくなった。用事を済ますときに話したりはするが、それ以外は雑談もしなく
なった。


 何日も



 同年10月25日


 何日も
 


 同年10月26日


 何日も何日も



 同年10月27日


 何日も何日も何日もだった


「メアリー、あなたどうしたの? ここのところ、ヘンリーとジェーンに話しかけられても黙ったままじゃない。
一体どうしたの?」
 メリッサがたまりかねて、わたしに事情を聞いて来た。彼女もこのままなのは耐えられないらしい。
「……ヘンリーと喧嘩をしてしまって……それでこのところジェーンとも……」
「どっちが悪いの?」
「……本人に悪気がなかったし、恐らく防げなかった事でしょうから。でも、それでもヘンリーの方から謝って
欲しいです」
「ところで一体何をされたの? 酷い事?」
「その質問にどうしても答えなきゃ駄目ですか……」
「何をされたかも判らない内にあなたの味方は出来ないわ」
「……そうですか。……赤ちゃんになってた所為だと思うのですが、わたしの胸に吸い付いてきたんです……!
いくらなんでもあれは無いです! 赤ちゃんになっていたからといってあれは許せません!」
「で、今でも許せないの?」
 メリッサにそう訊かれてわたしは口ごもった。
「……本当は許してあげたいです。でも、わたしからじゃ言えなくて」
「わかったわ、わたしから伝えておいてあげる」


 メリッサが帰った後、わたしとヘンリーは彼女のお陰もあって2人きりになることができた。長い沈黙を経た
後、先に口を開いたのはヘンリーだった。
「メアリー。分からなかったとはいえ、君に失礼な事をしてしまって済まないと思っている。これはそのお詫びだ」
 彼はそういうとわたしにバラの花束をさしだした。
「……あ、ありがとうございます」
 わたしはお礼を言うと素直に花束を受け取った。
「……この数日間ずっと考えていたのだが、聴いてくれるかい?」
「わかりました」
 一体何をいうつもりなのだろう? わたしに対してどんな言い訳をするのか、そしてどんな処分を下すのか。
余程の奇跡が起こらない限り、わたしは明日から新しい仕事を探す身となるだろう。わたしはそう覚悟を決めるの
だった。
「……メアリー。好きだ、私と夫婦になってくれないか」
「……わかりました。今までお世話になりましたが……は?」
 ……わたしは何と言われたのだろう。好きだ、という言葉が出てこなかっただろうか?
「もう一度言う。メアリー。私は君の事が好きなんだ、一目見たときから!」
「ちょ、ちょっと待ってください! いきなりそんな……」
 突然の事に思考が着いていかない、まるで自分の頭では無い様だ。
「いきなりじゃない。それに赤ちゃんにまで戻り、余計な事が考えられないようになって私は自分の思いをより一層
強く自覚したんだ。君を怒らせる様な事をしたのも無意識に君を求めた結果なんだ!」
「そ、そんな事言われたって!」
「返事は急がなくてもいい。たとえ君がどんな答えを返してもこれまでと変わらない対応をするつもりだ。メアリー、
それじゃいい答えを期待している」
 ヘンリーはそれだけ言うと足早に部屋から立ち去ってしまった……。


 ……あまりに突然の展開でわたしはそこに馬鹿みたいに突っ立っていた。顔は熱くてたまらず、心臓の鼓動はいまだに
鳴り止まなかった。
「……どうしよう……」
 そう口には出しても、わたしはどうするかを既に決めているのだった……。


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