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緊急投下スレッド2

100謎のミーディアム:2009/11/02(月) 20:04:51 ID:???
紳士は身なりだけでなく、人柄まで紳士だったのでしょう。
暫くは、何かを考えるように首を傾げていましたが……やがて静かに頷くと、水銀燈に値段を尋ねました。

水銀燈も、首を傾げて考えます。
一体、どれくらいの値段が良いのかしらん?
ちょっとだけ考えてから、水銀燈はニヤリと笑みを浮べました。

「そうねぇ……有り金全部で良いわよぉ?」

いくら何でも、ふっかけ過ぎです。
当然、紳士もプンプン怒って通り過ぎてしまいました。

せっかく捕まえたカモに逃げられて、水銀燈もしょんぼりです。

それでもめげずに町を歩く人たちに水銀燈は声をかけますが……
どうしても、最後の最後。「有り金全部」の所で失敗してしまいます。

結局、ずーっと寒い中で売れないマッチを持ったまま、時間だけが流れてしまいました。

「……このままじゃあ、クリスマスも終わっちゃうわねぇ……困ったわぁ……」

水銀燈は途方に暮れて、元気なく呟きます。
ぴゅーっと吹く冷たい風が、容赦無く体温を奪っていきます。
水銀燈はころころ鳴るお腹をさすりながら、あまりの寒さに、震えながら小さな肩を自分で抱きしめました。

「……ほんと、最悪」

ちっとも売れやしないマッチを睨みつけて、恨めしげに言います。
当然、マッチは何も答えてくれません。

101謎のミーディアム:2009/11/02(月) 20:05:19 ID:???
また、冷たい風が水銀燈の隣を吹きぬけ、わずかに残っていた体温を奪っていきます。
このままでは、寒くて死んでしまうかもしれません。

そこで水銀燈は、いけないとは分かってはいましたが、売り物のマッチを手に取ります。
そして、シュッと、火をつけました。

マッチの先に付いた火は、とっても小さくて、とっても弱いものです。
それでも、今の水銀燈にとっては、その温かさはとっても嬉しいものでした。

「ふぅ……少しはマシになったわね」

自分に言い聞かせるように、ちょっと強がって呟きます。
それから、今にも消えちゃいそうなマッチの火を、水銀燈はまじまじと見つめました。


火はゆらゆら揺れていて、とっても神秘的です。
小さいながらも、確かな輝きを放っています。
それは手の中に納まる小さな太陽のようです。
考え方を変えてみれば、この時の水銀燈は太陽すら手中に収めているのです。
世界はこの手の中に。
つまり、神です。


水銀燈は、なんだか、自分がとっても偉くなったような気がしてきました。

或いはそれは、空腹と寒さが見せた、クリスマスの幻なのかもしれません。
でも、そんなの関係ありません。
今ならマッチの一つや二つ簡単に売れそうです。

102謎のミーディアム:2009/11/02(月) 20:05:41 ID:???

水銀燈は改めて、自信に満ち溢れた表情で、町の通りを蠢く矮小な衆愚どもに視線を向けます。

それから、つかつかと通りの中心まで歩いていくと、いきなり一人の紳士を殴り倒しました。
訳も分からずに地面に倒れている紳士を、水銀燈はさらに追い討ちとばかりに靴のかかとでグリグリ踏みます。

「……この私が特別に、貴方みたいな人間にマッチを売ってあげる。
 むせび泣いて喜びなさぁい……」

もの凄く高圧的な視線で、蔑むように、そう吐き捨てました。

紳士も、最初こそ、いきなり殴られてとっても驚いていましたが……
やがてグリグリ踏まれる内に、頬を赤く染めながら嬉しそうな表情を浮べ始めました。
「ブ、ブラボォ!買いますゥ!買いますから、も、もっと……!」
紳士はのた打ち回りながら、嬉しい悲鳴を上げています。

水銀燈はさらに強く紳士を踏みます。
足元では変態という名の紳士が、図々しくも人間の言葉で何かを叫んでいます。
その声がさらに水銀燈の加虐心に火をつけました。

「あらぁ?ザザムシの分際で、この私に話しかけるだなんて……お仕置きが必要みたいねぇ……?」

水銀燈は踏みつける足に、さらに力を込めます。
気が付けば、彼女の周囲には、頬を赤く染めた紳士達が、ザザムシに羨望の視線を向けています。
まるでショーウインドウのトランペットを眺める少年のような目です。
きっと彼らも、特殊な性癖の人達なのでしょう。

103謎のミーディアム:2009/11/02(月) 20:06:27 ID:???

ともあれ。

もう、水銀燈は寒さも空腹も感じていませんでした。
それどころか、この世界に究極の存在として君臨すべきはこの自分、との自信が心から湧き出してきます。

きっと彼女なら、その自信を確信に、そして、いつかは事実にする事だって出来るでしょう。






   めでたし、めでたし……?

104謎のミーディアム:2009/11/02(月) 20:07:04 ID:???
>>98-103
以上で投下終了です

105謎のミーディアム:2009/11/02(月) 23:15:23 ID:???
>104
転載しました

106謎のミーディアム:2009/11/06(金) 13:11:46 ID:???
>>1乙!
ttp://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1257439698/







というのを書こうとしたらアク禁だったorz

だれか転載お願いします。

107謎のミーディアム:2009/11/06(金) 13:12:32 ID:???
>>1乙!
ttp://w3.abcoroti.com/~hina/files/2009110613082524.jpg







ごめん、こっち。

108謎のミーディアム:2009/11/07(土) 21:38:31 ID:???
>>107甜菜しますたーー。

109謎のミーディアム:2009/11/07(土) 23:58:40 ID:???
>>108ありがとー

まだアク禁解けず…



---------------ここから---------------------------

>>5のイメージ
ttp://w3.abcoroti.com/~hina/files/2009110723544033.jpg

---------------ここまで----------------------------

どなたかお願いします…。

110謎のミーディアム:2009/11/08(日) 11:56:37 ID:???
>>109甜菜しますたーー。

111謎のミーディアム:2009/11/08(日) 19:25:29 ID:???
>>110
ありがとー!

112『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−2:2009/11/16(月) 19:40:05 ID:VzcxybZA
私たちを乗せたバスは、最初の目的地『白蛇山地』に到着した
ここで、白蛇山地の紹介をちょっとだけ。
(パンフレットから適当に抜粋しただけだから、私の知識ではないのだけれど……許して頂戴)
白蛇山地は、昔ながらの豊かな自然が残っている珍しい場所。
世界遺産に登録されているのだわ。
綺麗な水と滅多に見る事の出来ない石、それに『白蛇伝説』で観光客を集めているのだわ。
お土産で有名な『白蛇飴』はその仄かな甘みが大人気ね。

113『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−2:2009/11/16(月) 19:41:16 ID:???
紅「んん〜〜……」
銀「ああ〜〜〜!」

私たちは大きく伸びをして、バスから降りた。
太陽の柔らかな光が私たちの肌を包む。とっても暖かくて、いい気持ちなのだわ。
目の前には、ドラマでしか見たことが無かったような、昔ながらの自然が広がっている。
そして、目の前には大きな『白蛇』の看板。

蒼「白蛇は幸運の象徴と言われているんだ。抜け殻を見つけた人は、願いがかなうらしいよ」
銀「どこで知ったのぉ?」
蒼「この前、テレビで見たんだよ」
翠「ほぁ〜〜……。蒼星石は良く覚えてるですぅ」

……一つ欲しいわね。これで私の唯一のコンプレックスである『微乳』を『美乳』にしてやるのだわ!

ジュン「真紅、今一つ欲しいとか思ってただろ」
紅「なっ……何でそれを!?」

ジ……ジュン! どうして私の考えが分かったの?
まさかエスパー? 私の頭の中に、銀色のスーツを着て、スプーンを曲げているジュンが頭に浮かんだのだわ
私はそのイメージをブンブン首を振ってかき消す。

114『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−2:2009/11/16(月) 19:41:36 ID:???
ジュン「……僕はエスパーじゃないぞ。お前の顔を見てたらベジータでも分かる」
紅「……くすん」

私……考えてる事が顔に出ているみたいね。直せるように努力してみようかな。

金「早く来るかしらー! 真紅にジュン!」
苺「みんなを待たせるのは良くないのよ〜」
ジュン「やばっ! 行こうぜ」
紅「ええ、急ぎましょう」

金糸雀と雛苺が私たちに向かって手を振っている。
向こうを見ると、みんなが集合していた。
どうやら、待たせてしまったみたいね。

115『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−2:2009/11/16(月) 19:41:59 ID:???
梅岡「注意することはこれくらいだな。それではしばらくの間、自由行動にするぞ。好きにしろ!」

梅岡先生の諸注意も終わり、めいめいが荷物を持って動き出す。
ジュンがベジータに引っ張られていったので、私は水銀燈たちと一緒に白蛇山地を回る事にした。

銀「どこから見ていくぅ?」

水銀燈がマップを広げ、みんなに提案する。
こういう時リーダーシップをとってくれるのが、ありがたいわ。

雪「ここはどうでしょうか?」

雪華綺晶がマップの左端を指差す。
なになに……『白蛇の湧き水』。お肌がすべすべになりそうね。
……ここから歩いてすぐみたいだ。

薔「……私は賛成」
蒼「僕もそこが良いなぁ」
銀「それじゃ、『白蛇の湧き水』に行きましょう」
全員「おー!」

116『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−2:2009/11/16(月) 19:43:16 ID:???
『白蛇の湧き水』には、歩いて五分ほどに到着した。
白蛇を象った歴史を感じさせる石像の口から、滾々と水が湧き出ている。
石像の周りは木で囲われており、木漏れ日がきらきらと辺りを照らしている。
見ていて、どこか落ち着く風景だ。

翠「綺麗ですぅ……」
苺「きらきらしてるのー!」
雪「美しいですわ……」

みんなもその風景に見とれていたようだ。しばらく私達がそのままで居ると、金糸雀が口を開いた。

金「あそこに看板があるわ、行って見るかしら!」

金糸雀が見た方向には、苔むした看板が立っている。
何が書いてあるのかしら? 私たちはその看板の所まで行ってみることにした。

薔「……湧き水について書いてある」
蒼「白蛇伝説のことも載ってるよ」

白蛇伝説……。ここで私の口から簡単に説明しておくわね。
パンフレットの受け売りだけど、気にしたら負けなのだわ。

【昔、この山を治めていたお姫様が居ました。
お姫様はとても美しく、まるで白い蛇のようだったので『白蛇姫』と呼ばれていました。
あるとき、お殿様が白蛇姫をお嫁さんにしようと、この山までやってきたのよ。
だが、白蛇姫はお殿様の求婚を断ったのだわ。それで怒ったお殿様は白蛇姫を切り殺したの。
そしてそれだけではなく、その死体を焼いてしまったのだわ。
しかし、白蛇姫の死体は真っ白な蛇に変わり、今でもこの山で生きている……】

という話ね。全く、酷い話よ。

117『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−2:2009/11/16(月) 19:43:56 ID:???
雪「この水……とても美味しいですよ」

雪華綺晶が湧き水をすくってコクコクと飲んでいる。
私も雪華綺晶に習って湧き水を飲んでみた……これは……なんと気品溢れる水なのだわ……。

紅「美味しい……」
銀「本当? 私も飲んでみるわぁ」

水銀燈も水を掌で掬い、水を啜る。

銀「とっても美味しいわぁ! こんな水飲んだ事ないわ!」
翠「ええ!? 翠星石にも飲ませるですぅ!」
金「カナにも飲ませてほしいかしらー!」
苺「ヒナもごくごくしたいの!」

翠星石たちも白蛇の湧き水をゴクゴクと飲んでいる。

翠「うめぇですぅ!」
金「こ……これは爽やかかしら!」
苺「うんまぁぁーーーい!」

口々においしいと言う翠星石たち。

蒼「この水……美肌の効果があるみたいだよ」
薔「……お肌がつるつる」

看板をずっと見ていた蒼星石と薔薇水晶がそう言った。
あら、それは本当?
二人が飲み終わったら、もう一回飲んでみようかしら。……ん!?
目の前に白い蛇の姿が見えた……気がした。

118『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−2:2009/11/16(月) 19:44:37 ID:???
紅「あれは何?」
銀「あれってぇ?」

水銀燈が手をヒラヒラ振りながら、気だるそうに答えた。

紅「さっき、白い蛇が見えたのだわ」
銀「気のせい気のせい。あの伝説は迷信よぉ、真紅」
翠「どこにもいねーじゃねぇですか。白い木の棒でも見間違えたんじゃねーですか?」
紅「……そうかもしれないわね。ごめんなさい」
翠「別に謝るこたぁねーですよ」

え? じゃあさっきのは……?
やっぱり気のせいだったみたいね。美乳になれると思ったのに……。

蒼「みんな、そろそろ白蛇の里の方にも行ってみない?」

蒼星石がマップを指差して言った。
白蛇の里……土産物も買っておいた方が良いわね。
テレビ番組で何度も紹介されている名産品、『白蛇飴』も食べてみたいのだわ。

119『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−2:2009/11/16(月) 19:45:00 ID:???
翠「よっしゃー! 次は白蛇の里ですよー!」
苺「レッツゴーなのー!」
銀「何で二人共そんなにハイなの? お土産買うだけよぉ」
薔「綺麗な水晶……売ってるかな?」
蒼「ここで採掘される紫水晶はとっても綺麗って聞いてるよ。しかもご利益つき」
金「ほほう……一つ買っておきたいかしら」
雪「私は『白蛇飴』を食べてみたいですね」

私以外の全員が、白蛇の里に向かって歩き出した。
私はもう一度だけ白蛇の石像の方を振り向いた……そこは元のように静けさを取り戻していた。

紅「白蛇は……。ふふ、やっぱり気のせいね」
銀「真紅。突っ立ってると置いてくわよぉ」
紅「……今行くのだわ」

水銀燈が私を呼んでいる。
私は後ろを振り向かずに、皆の所へと歩き出した。
……なんとなくだけど、白蛇は今でもこの山に生きている。
そんな気がした。

120『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−2:2009/11/16(月) 19:45:50 ID:???
これで投下終了です

現在VIPに規制で書き込めないので、こちらに投稿させていただきました
こちらに投下した分を本スレに転載してくださる親切な方がもし居るならば、是非宜しくお願いします

では

121謎のミーディアム:2009/11/16(月) 19:49:39 ID:???
ちなみにNGwordは『hokakyara』です

122謎のミーディアム:2009/11/16(月) 20:10:29 ID:oSzxIdhg
>>112-121
転載しました。

123謎のミーディアム:2009/11/16(月) 20:12:56 ID:???
>>122
ありがとうございます
なんとお礼を言ってよいか……

124謎のミーディアム:2009/11/16(月) 22:32:02 ID:Ir9GrdKo
乙!
真紅が普通に女の子してるな

125『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−3:2009/11/17(火) 20:08:53 ID:???
私たちは現在、昔ながらの山村、白蛇の里に居る。
白蛇の里には、土産物屋が沢山並んでいるのだわ。
あちらこちら……どの店からも活気が溢れている。
さて、どの店でお土産を買おうかしら……。
けれど、こういう所のお店って、どこも似たり寄ったりなのよね。

126『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−3:2009/11/17(火) 20:09:54 ID:???
翠「ひゃあ〜……お店が沢山あるですぅ」
苺「どの店でお買い物をするか迷うの」
薔「……あの店なんてどう?」
蒼「え?どこだい?」

薔薇水晶が一軒の店を指差した。
こじんまりとした小さいお店ね……。うん、私は好きなのだわ。

銀「ちょっと……こじんまりとしているけど、良いんじゃない?」
雪「良いですね。ああいうお店にこそよいものがあると思います」
金「おまけに混んでないし、言う事無しかしら」
紅「それじゃ、行きましょ」

私たち八人は、そのお店に入る事にした。
店内は冷房が効いていて、非常に過ごし易い。
中をよく見ると奥のほうにカウンターがあり、おばあちゃんが一人でぽつんと座っていた。
おばあちゃんも私たちに気づいたらしく、いらっしゃいと声をかけてきた。……一人でやっているのかしら?
早速私たちは、お土産を見ていくことにした。

蒼「お爺さん達には……このキーホルダーなんてどうかな、翠星石?」
翠「それより、こっちの『無病息災』の方がいいですぅ」
蒼「翠星石……それは日本中どこのお土産屋でも買える物だよ」
翠「ほあぁ〜〜っ!! そうなんですか!? 蒼星石は物知りですぅ〜〜!!」
蒼「くっ……苦しいよ。翠星石〜〜〜」

蒼星石と翠星石はキーホルダーを見ているようだ。
翠星石が蒼星石に思いっきりギュウ〜っと抱きついているのだわ。
蒼星石が手足をばたつかせているわね。
一体、何をやっているのかしら?

127『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−3:2009/11/17(火) 20:10:23 ID:???
金「みっちゃんにはこの『金運』を司るクリスタルにしようかしら」
苺「巴にはこの『必勝』の石をかうの! しあいに勝ってほしいの!」
金「でも……こっちの『結婚』にした方が良いかしら? みっちゃんにもそろそろ結婚して欲しいかしら」
苺「みっちゃんさんは売れ残りのクリスマスケーキなのよ〜。結婚できるか分からないのよ〜!」
金「そっ、そんな事はないかしら!」

二人はクリスタルを手にとって見比べているわね。
金糸雀はみっちゃんさんに、雛苺は巴さんへのお土産かしら。
話が漏れ聞こえてきたけど……二人ともみっちゃんさんに失礼すぎるのだわ!

雪「これくらいで、白粼へのお土産はいいですわね」
薔「私もお父様にお饅頭を……買いすぎじゃない?」
雪「いやいや、二人へのお土産はこっちの二箱です」
薔「じゃあ、こっちに積み上げてあるのは……?」
雪「私のおやつです」
薔「……」

雪華綺晶と薔薇水晶はお饅頭のコーナーに居た。
二人とも饅頭の箱をかごに入れて……雪華綺晶!! 貴方それ本当に一人で全部食べるつもりなの?
5〜6箱はあるのだわ……

そろそろ私もお土産を買っておこうかしら。
まずは食べたいと思っていた『白蛇飴』をかごに入れる。
そして、『白蛇の勾玉』を手にとって見比べている水銀燈に声をかけた。

128『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−3:2009/11/17(火) 20:11:18 ID:???
紅「水銀燈、勾玉、買うの?」
銀「真紅……ええ、めぐのお守りに、どれが良いかなぁ……ってねぇ。今度手術だから……私も少しくらい力にならなくちゃ」

二つの勾玉を私に見せてくる水銀燈。
めぐさんの事を本気で心配しているのがよく分かる。
……めぐさんは水銀燈の年上の友人、ずっと心臓の病気で入院しているのだわ。

銀「こっちの『成功』にしようか……『回復』にしようか……迷うわね」
紅「そっちの……『回復』はどうかしら」
銀「『回復』……? 」
紅「貴方がこれだけ祈っているのよ。めぐさんが死ぬはず無いのだわ。術後のことを考えておきなさい」

私は水銀燈に『回復』の勾玉を押し付けるようにして渡した。
水銀燈は渡されたそれをじっとみてしばらく考えていたが、決意したみたいだ。

銀「ありがとう……これにするわ」
紅「そう、良かったわね」

水銀燈は『回復』の勾玉を大事に握り締めた。
さて、私も何か買おうかな。

紅「どれにしようかしら……?」

沢山種類があるわね……。
迷うのだわ……。

銀「貴方が買うのは一つしか無いでしょ。これよぉ!これぇ!」

水銀燈が渡してきたのは『恋愛』の勾玉。

129『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−3:2009/11/17(火) 20:11:55 ID:???
銀「真紅は一つ上の段階の、『キス』出来るように頑張りなさぁい」
紅「……水銀燈。貴方、楽しんでない?」
銀「えぇ? 楽しんでるわけないじゃなぁい」

ニコニコ笑いながら水銀燈が言った。
はぁ、絶対楽しんでるわね……。昔からこういう性格してるのだわ。

銀「さっ、私たちも買いましょ。皆を待たせちゃダメよぉ」

私たちはレジに勾玉を持っていった。
おばあさんがテキパキとその見た目からは想像できないスピードでレジ打ちをして行く。す……凄い。
私たちが勾玉のお金を払い、品物を受け取ろうとしたとき……おばあさんが私たちに話しかけてきた。

おばあさん「あんた達の願い事、叶うじゃろ」
銀「……え?」
おばあさん「ここの勾玉はよーくきくんじゃあ……頑張りな」

そして私たちの手を握り締める。
おばあさんの力が、流れ込んでくるような感じがした。
私たちは、お礼を言って店から出た。

130『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−3:2009/11/17(火) 20:12:49 ID:???
銀「もうそろそろ時間ねぇ」
苺「お空は夕焼けなの〜 カラスが鳴くからかえるのー!」
紅「別にカラスは鳴いてないわ」

水銀燈が綺麗な銀色の腕時計を見て言った。
空は夕焼け空で、とっても綺麗だ。

蒼「後はホテルに戻ってご飯とお風呂だね」
雪「ご飯……楽しみです」

蒼星石のその言葉を聴いて、雪華綺晶がよだれをじゅるりと啜る。
私はそれを見て、獲物に喰らいつく寸前のライオンをイメージした。

翠「枕投げ大会が楽しみですぅ! この翠星石の力を見せてやるですよ〜!」
金「カナの策で優勝間違いなしかしらー!」
薔「……自爆しないように気をつけてね」

拳を上げて意気込んでいる翠星石と金糸雀、それをみて薔薇水晶がくすくすと笑っている。
私も枕投げ大会は楽しみなのだわ。

131『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−3:2009/11/17(火) 20:13:53 ID:???
私たちがバスに戻ると、既にクラスの殆どのメンバーが戻ってきていたのか、各自の席に座っていた。

仗助「よぉ〜 どうだった?」
薔「……楽しかったよ。お土産買えた?」
仗助「ああ」

仗助君と薔薇水晶が楽しそうに話しているわね。
その横ではジュンが笹塚君に何か言われている。何事かをからかわれているみたいだ。
私はジュンに声をかける。

紅「ジュン、どうしたの?」
ジュン「いや……」
笹塚「ジュンがさ、『恋愛』の勾玉買ったんだよ。真紅さん」
ジュン「おい笹塚〜」

ジュンの言葉を遮って、笹塚君が言った。

銀「あらぁ〜……実は真紅も買ったのよ。その勾玉」
ジュン「え!?」
翠「もしかしておそろいですかー!?」
苺「うゆ〜……これって偶然なの?」
紅&ジュン「うっ……うるさい(のだわ)!」

132『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−3:2009/11/17(火) 20:14:47 ID:???
ちょっと水銀燈、バラさないで頂戴!
しかもハモっちゃったのだわ……。
みんながニヤニヤこっちを見てくる。

雪「やっぱり離れていても貴方達はつながっているんですね」
蒼「二人の絆だね、うんうん」
ウルージ「しかしお揃いとは……これは珍しいものを見た」

ふむふむと頷いている雪華綺晶に蒼星石。
お土産で買ったのか早速手に数珠を巻いて祈る動作をするウルージ君……三人ともやめなさい!
恥ずかしいじゃないの!

ベジータ「そして夜は下半身もつながrグバァー!」
紅「死になさい」
金「ベジータぁぁぁ! 大丈夫かしらー!?」

私の拳がベジータのどてっぱらに食い込む。ちょっとは学習しなさい!
金糸雀が気絶したベジータの頬をぺしぺしと叩いている。




私たちを乗せたバスは山道を進んでいく。
次の目的地は旅館『白蛇館』
まだ一日目、楽しい修学旅行はまだまだ続くのだわ。

133『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−3:2009/11/17(火) 20:16:18 ID:TnLhOn7E
これにて投下終了です

失礼ですが前回同様、本スレに転載していただけませんでしょうか
宜しくお願いします

134謎のミーディアム:2009/11/17(火) 23:09:10 ID:vUODr1Rc
>>125-133転載しました。

終わった直後にさるさん…w

135謎のミーディアム:2009/11/18(水) 06:56:05 ID:rYHKyxrM
ありがとうございました本当に嬉しいです

136奇妙な兎の奇妙な童話:2009/11/18(水) 21:55:56 ID:K7EyNyic
途中でさるさんくろうた…orz

【乙女の】【歌声】>>324-331「奇妙な兎の奇妙な童話」のエピローグです。


↓ここから
───────────────────────────────

「私たちは、常に変化しております。物質的な意味でも、精神的な意味でも」

「十年前の自分を構成していたものは、今の自分の中には一つも残っておらぬのです」

「刹那に変化していく中に、どうにかして継承性を認めるからこそ、我々は我々でいられるのですが…」

「彼女は変化を求め過ぎた。そして、最後に変化したのは、『彼女の心』」

「ボタンを何度も押さなければ、『ちょっとした心変わり』程度で済んでいたのでしょう」

「しかし、過ぎた変化は彼女の手を離れ、加速し、ついに人の手ではその中に継承性を見出せぬまでの速度で起こる
ようになってしまったのでございます」

「かくて女の矮小な自我は崩壊し、彼女は『そこにあるはず』の自己を永遠に求めるだけの存在と相成りました、と
いったところでこの話は終わりといたしましょう」

「…はぁ。面白くなかった、と。ハッピーエンドの方がお好みでしたか? 生憎、私めはこういったお話しか存じ上
げておらぬものでして」

「ほう、出て行かれる、と。面白い話を探しに。…でも」

137奇妙な兎の奇妙な童話:2009/11/18(水) 21:56:43 ID:K7EyNyic
>>136



『ど こ へ 行 か れ る の で す ?』

138奇妙な兎の奇妙な童話:2009/11/18(水) 21:57:14 ID:K7EyNyic
>>137
「最初に申し上げたじゃありませんか。『ここには何もございません』と。何もない、ということは、何もない、と
いうそれだけの意味しかもっておりません」

「ましてや…出口など、望むべくもない。ここに迷い込んだ時点で、貴方も、私と、同じなのですよ」

「どうか心行くまで、悪趣味な兎の、悪趣味な話をご堪能くださいますよう…満足だって、ここにはありえないので
すがね。くっくっく…」

139謎のミーディアム:2009/11/18(水) 21:58:34 ID:K7EyNyic
以上です。
どなたか転載していただけないでしょうか。
よろしくお願いします。

140謎のミーディアム:2009/11/18(水) 22:01:11 ID:OO5J/HyY
もう猿さん解除された頃だよ

141謎のミーディアム:2009/11/18(水) 22:03:37 ID:K7EyNyic
>>140
確認しました。
すいません、どうもありがとうございます。

142『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:14:56 ID:???
私達を乗せたバスは、大きな旅館の前で停まった。
バスを降りると、爽やかな木の香りが鼻に登ってくる。
旅館の名前は『白蛇館』。なんとなく、昔のお城を髣髴とさせる旅館ね(例えるなら『千と千尋の神隠し』の油屋よ)
玄関の看板には『薔薇学園高等学校ご一行様』と札がかけられていた。
不思議な事に私はこのとき、修学旅行に来ているんだと実感した。
なんてったって、『ご一行様』だからね。

143『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:15:48 ID:???
女将さんから旅館での注意事項が伝えられる。
それから、部屋へと案内された。私たちは、八人で十二畳の部屋を使う。
簡単な健康観察があり、荷物を置くと、休む間もなく夕食だ。
私たちは大広間に向かった。
テーブルにはずらりとお膳が並んでいる。

雪「お刺身に天ぷら……ジュルリ」
翠「うまそうですぅ……」
蒼「もう二人とも、自重しなよ」

並べられた沢山の料理を見てよだれをすする雪華綺晶に翠星石。
蒼星石の言う通りよ、自重しなさい。
でも、確かに美味しそうね……。急にお腹がすいてきたのだわ。
笹塚君が女将さんに挨拶をしている。
確か女将さんの名前は……斉藤さんだったかしら。
若くて活発な人で、とても綺麗な人だ。
しばらくすると挨拶も終わり、大広間に集まった生徒全員で手を合わせる。

笹塚「いただきます」

……楽しい食事が始まった。

144『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:16:43 ID:???
食事も終わって、次はお風呂。
部屋に戻って着替えとタオルを持って大浴場へと向かう。
『女』と書かれた暖簾をくぐると、もわっとお湯の匂いがした。
まだ私たち以外には誰も来ていないらしい、貸しきり状態のようね。

銀「貸切みたいねぇ。やったぁ」
薔「……チャンス」
翠「ちゃっちゃと入っちまうですぅ!」

翠星石の言う通りね。
私も籠に着替えとタオルをいれて、服を脱ぐ。
タオルで厳重に体をガードして……っと。

苺「わぁー!ひろいのー!」

雛苺が歓声をあげる。
大浴場だからキンキン響くわね……。
かけ湯をしてから、乳白色のお湯に体を沈める。
一日の疲れが取れていくような感じがした……なんだか、オバサン臭いわね。

銀「真紅ぅ、まだお胸はまな板なままなのぉ?」
紅「何ですって!」

猫なで声でちょっかいをかけて来るのはやっぱり水銀燈。
私がにらみつけると、外国の女優さんのように肩をすくめる。
悔しいけど、タオル越しでもその胸の大きさが分かるのだわ。おまけにヒップやウエストも……。お風呂に入っている水銀燈は、女性の私から見ても、艶やかだ。
何故神は水銀燈にその体を与えたのだろう……断固抗議するのだわ!

145『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:17:19 ID:???
銀「揉んでもらうと大きくなるって言うわよぉ〜」

揉むように乳白色の湯を手で弄びながら水銀燈が言った。
それは私も聞いた事がある。
私は、ジュンに胸を揉んで貰う所をイメージした。……ボンと顔が熟れたトマトの様になっていく。

雪「顔が赤いですよ。カワイイですわ」
薔「エッチなこと、考えてる……?」
紅「そっ……そんな事……!!」

雪華綺晶と薔薇水晶がこっちにきた。
二人とも顔が上気していて、体が薄桃色に染まっている。
ベジータなら野獣のごとく襲い掛かっているでしょうね。

雪「まだまだチャンスは沢山ありますわ。大切なのは、それを逃さない事ですよ」
薔「……ファイト、真紅」

そうね……みんなが応援してくれている。
頑張る以外に無いわね。

雪「部屋は空けておきましょうか?」
薔「……ゴム、買った?」
銀「別にカメラとか仕掛けてないから、安心してねぇ」

……そこまで心配してもらわなくても結構なのだわ!
この小姑共め!
ええい!もう! 私は髪を洗おうとお風呂から出ることにした。

146『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:17:44 ID:???

洗い場に行くと、翠星石と蒼星石が髪を洗っていた
翠星石は髪を丁寧に撫でるように洗っていた。真っ白なうなじがちらちらと見える。
蒼星石は翠星石の話どおり本当にシャンプーハットをつけていた。
私は吹き出しそうになるのをこらえ、蒼星石に話しかけた。

紅「蒼星石、貴方本当にシャンプーハットをつけて頭を洗っているのね」
蒼「水が怖いと言うよりも、泡がダメなんだよね……あはは」
翠「牛乳石鹸の泡を牛乳の味と思って、食べられると勘違いして顔に塗りたくっちまったですからね。それから――――」
蒼「そっ!それもばらしたらダメだよ!翠星石! 真紅、このことは……」
紅「ええ、分かっているわ」

私は微笑みながらそう言った。
蒼星石がほっとした表情になる。翠星石はすまなそうに蒼星石に何か言った。
シャワーの音に混じって私には聞こえなかったけど、きっと謝罪の言葉だ。
二人ともすぐに謝る事ができ、そして互いを許す事ができるから、仲の良いままで居続ける事ができるのね。
私も見習わないといけない所だわ。

147『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:18:08 ID:???
髪を洗い終えた私が露天風呂に行くと、金糸雀と雛苺がゆったりと露天風呂を満喫していた。
雛苺の胸がたゆんたゆんと浮いている。
くっ……羨ましいのだわ。
私も露天風呂に身を沈めた。すぐに体がほっこりした。
上を見ると満天の星空だ。

紅「……綺麗ね」

しばらく湯につかっていると、蒼星石や翠星石、水銀燈たちも露天風呂にやってきた。

銀「やっぱり温泉といえば露天風呂よねぇ」
蒼「こういうのが、旅の醍醐味だよね」
雪「星空が美しいですわ」
翠「どっひゃあ〜〜!! 凄いですぅ」
金「卵焼きがあればいう事なしかしら」
苺「ヒナはうにゅーと緑茶があればいいの」
紅「誰か紅茶を淹れて頂戴」
薔「……葉っぱがないよ」

148『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:18:34 ID:???

ベジータ「ナッパ号! 発進!」
ジュン「おい止めろバカ。覗くなら覗くで静かに……」
ベジータ「うるせーっ!俺はコソコソしたことが嫌いなんだー!」
ジュン「じゃあやめろよ……。ああもう知らね」

星を眺めながらまったりしていると、男湯の方から風情もクソもない声がした。
竹で出来た柵で仕切ってあるだけだから、向こうの大きな話し声は全部こちらに聞こえてくる。
ジュンたちね……。後で叱っておかなくちゃ。
ベジータの叫び声と同時に、こっちに向かって振動音を立てながら小型のラジコンヘリが飛んできた。
ビデオカメラが装着されている。しっかし、随分おおっぴらに仕掛けてきたわね……。
私たちはタオルを体に巻きつけ、ガードする体勢にはいった。

翠「へ、変態ですぅーー!」

翠星石が金切り声を上げながら近くに置いてある盥を投げつける。
しかし、ヘリはヒョイと翠星石の投げつける盥を避ける。

ベジータ「ハッハッハ!まさか翠嬢たちの裸体を拝む事になるとはな! タオル越しなのがまた想像力を掻きたてるぜ!」
翠「やーーーー!!」

また柵越しにベジータの声が響く。

金「機械は水に弱いかしら!えい!」
苺「とぉ! 雛苺スプラッシュなの!」

金糸雀と雛苺が水をヘリに向かって浴びせかける。
これはかなり有効なのだわ……金糸雀にしては良く考えたわね。

149『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:19:15 ID:???
金「効かないかしら……」
苺「どうしてなの?」
ベジータ「ハッハッハ!! 防水対策は万全だぜ! この日のためにどれだけの準備をしてきたと思っているんだ! ……え?あれ?何も見えん!」
銀「フフフ……捕まえたわよぉ〜」
薔「……ぶい」

水銀燈とVサインをしている薔薇水晶のほうを見ると、ラジコンヘリに濡れタオルがかぶせられていた。
調子に乗って低空飛行するからああなるのよ。
あれじゃあ何も見えないわね……しかもタオルが絡まってプロペラの動きが段々鈍くなってきている。

ベジータ「くそーっ! こうなったら一時退きゃk――――」
雪「させると思いますか?」
ベジータ「ああああああああ!! ヘリがあああああ!!」

雪華綺晶が動きの鈍くなったヘリに思いっきりたらいを叩き付けた。
カラカラと音を立ててヘリコプターが停止する。
蒼星石がさっとヘリに近寄ってビデオカメラを取り外している。
鮮やかでスピーディーな手つきだ。

150『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:20:09 ID:???
紅「……やったわね」
薔「うん」
銀「ベジータぁ……」

水銀燈が猫なで声で男湯の方に声をかける。
その声は私に獰猛な肉食獣をイメージさせた。ものすごい迫力よ……。
ベジータがびくっと身を震わせたのがこちらからでも分かった。

銀「また後でねぇ」
ベジータ「ひいいいいいいぃぃぃぃ!」

151『ローゼンメイデン ライゼスシューレ』 一日目−4(前編):2009/11/23(月) 12:21:24 ID:???
以上で投下終了です
やっぱり他の作品と比べると実力不足は否めませんね
けど、完結するまでは書き続けます

親切な方がもし居なさるなら、本スレのほうに転載を宜しくお願い致します

では

152謎のミーディアム:2009/11/23(月) 13:00:01 ID:pVmNvoQg
>>142-150
転載しました。

153謎のミーディアム:2009/11/23(月) 13:07:33 ID:yNzaCObg
ありがとうございました早く規制が解けると良いんですが

154謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:03:17 ID:PkjAg1nY
すみません、どなたか転載願います NG:sinineta guroino hokakyara

「蒼空のシュヴァリエ」投下します。wikiにうpしてく下さっている方、いつも有難うございます。
今回の話は時系列的に第4.5回目となります…     
注:今回の話は非常にグロです。あと、他キャラ(涼宮ハルヒの憂鬱・キョンの妹と母親)が出ます

1945年1月21日 グアム米空軍基地
日本本土空襲の最高指揮官であったヘイウッド・ハンセル准将の部屋に、ある男が訪れた。
カーチス・ルメイというその少将は、立ち上がって敬礼しようとしたハンセルを制し開口一番にこう言った。
ル「准将、君の指揮によるジャップの空襲はほとんど効果を上げていないと言うじゃないか。
  分かっているのか?」
赤ら顔でまくし立てるルメイ。椅子に座ったまま、ハンセルは苦々しげな顔を上げた。
ハ「…何を仰りたいのですか」
ル「君の指揮が生ぬるいと言っているんだよ。聞いたところでは、君はジャップの軍需工場その他の
  軍事関係施設しか爆撃を許可していないそうじゃないか」
ハ「それが間違っているとは思えませんが」
それを聞いたルメイは、くわえてかけていた葉巻を灰皿に叩きつけた。
ル「それが駄目だと言っているんだ!君はジャップの特徴を何も分かってはいない!
  奴らは全員軍需工場の労働者なのだ!工場だけではない、奴らの家も全て工場だ!奴らは軍民挙げて
  武器を生産し、我々の仲間を殺しているんだ!攻撃目標など制限する必要は無い!」
ハンセルも黙ってはいられなかった。
ハ「少将は私に、日本本土に対する無差別爆撃を行えと仰っているのですか!?」
ル「当然だ!」
ハ「馬鹿な!少将、あなたも日本軍の重慶無差別爆撃を知っているはずでしょう?目標を選ばない爆撃など、
  我が軍の名誉を汚すものです!」
ル「中国人は人間だ!だが日本人は、ジャップは猿だ!頭蓋骨の発達が遅れた野蛮な動物だ!神の意志に
  背く存在の奴らに同情も必要なければ、ピンポイント攻撃も、精密爆撃も必要ない!」
ハ「…っ!!」
ル「言い忘れていたが、本日をもって、日本本土空襲の司令官は私に代わった。君の指揮はもう必要ない」

155謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:04:10 ID:PkjAg1nY
ハ「…少将、あなたのやろうとしていることは合衆国の汚点となるでしょう」
ル「どうかな?いずれにしろ、君は解任された。もう用はない。荷物をまとめたまえ」
ハ「…」
悲劇は、ここから始まった。

◎◎◎
同年3月9日、東京のとある街角。
「や〜い鬼畜!」
「白んぼ、帰れ!」
おや、金髪に碧色の瞳の小さな女の子が、国民学校帰りの子供達に囲まれて罵声を浴びせられています。
女の子は小さな手をぎゅっと握り締めて俯いていたましたが…
あれあれ、やがて堪えきれずに泣き出してしまいました。かわいそうな事をする奴らですね。
「わああああああん!!」
「おっ、泣いたぞ!」
「鬼畜も涙を流すなんて生意気だな!」
ますます調子に乗る小国民…始末の悪い餓鬼共です。
…と、そんな餓鬼共のうちの一人が、突然悲鳴を上げて地面に倒れました。
「痛えよぉ!」
餓鬼はうつ伏せに倒れたまま泣き出しました。因果応報です。
そいつの頭に片足を乗せてふんぞり返っているのは、金髪の女の子と同い年位の女の子でした。
いじめっ子達も、泣いていた少女も、しばし呆気に取られて突然の闖入者を見た。
「こら、あんた達!男のくせに弱いものいじめなんて卑怯よ!」
少女がまくしたてます。
不甲斐ない餓鬼共は、これを見てすごすごと退散していきました。正義は勝つ!
「おととい来やがれバーカ!」
情けない集団の後姿に舌を出しつつ、その少女は、金髪少女のもとへ歩み寄りました。
「大丈夫?あいつらはもう行っちゃったよ?」
少女は、先ほどとはうって変わって優しげに話しかけました。金髪少女は泣き止みました。
雛「あ…ありがとう…なの…」
妹「ねえあなた、お名前は?」

156謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:05:14 ID:PkjAg1nY
雛「雛苺…なの」
妹「へえ、可愛い名前ねっ」
雛「あの…あなたは?」
妹「私は名乗るほどの者じゃあござぁせん。なんちゃって…」
少女は生粋の江戸っ子のようです。
雛「…」
妹「…」
雛「あの…雛の顔になにかついてるの?」
妹「ううん、綺麗な髪と目をしてるなって思って…雛ちゃんはどこで生まれたの?」
雛「…フランス、なの」
妹「へぇ!どおりでお人形さんみたいに可愛いと思った!」
雛「照れるの」
妹「ねえ雛ちゃん、うちに来ない?一緒にお話しようよ」
雛「いいの…?」
妹「いいってことよっ」
雛苺はその少女に手を引かれ、下町へ入りました。この頃の東京は、物資が少なくなっているために、木炭ガスで走る
木炭バスくらいしか走っていません。道を歩く人も少なく、通りの歩道のあちこちには防空壕が掘られていました。
しばらく歩いた二人は、とある通りの小さな和菓子屋さんの暖簾をくぐりました。
妹「ただいま!」
母「はいお帰りなさい。あら、お友達?」
和菓子屋さんの奥で団子を丸めていた割烹着姿の女性が、少女の声に応えました。どうやら少女のお母さんみたいです。
妹「うん、雛ちゃんっていうの〜」
雛「おじゃまします…なの」
雛苺は小さな声で言いました。
母「あれれ、可愛い子ね」
雛「うぃ?」
雛苺は驚きました。大東亜戦争の開戦以来、異国人の自分を見る目が冷たいことには慣れつつありましたが、
初見で『可愛い』と言ってくれた人は本当に久しぶりでした。
妹「お母さん、何かお菓子ない?」
母「そうねぇ、じゃあ苺大福をあげましょうか」

157謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:06:28 ID:PkjAg1nY
雛「イチゴ…ダイフク?」
妹「お母さんの苺大福、おいっしいんだよぉ?ほっぺた落ちちゃうんだから!」
妹ちゃんが手振りを織り交ぜ、嬉しそうにしゃべります。
お母さんは陳列棚から苺大福を4個お皿に取り、奥のちゃぶ台に座った雛苺と妹ちゃんに差し出しました。
母「さあ、召し上がれ」
雛苺は、目の前に差し出された小さなお菓子をしげしげと眺めました。
見たことの無いそのお菓子は、小さくて、白くて綺麗な打ち粉をまぶされ、楊枝で持ち上げると…うにゅうと
しました。雛苺はそれを小さく可愛い口に運び…顔を輝かせました。
雛「美味しいの!」
妹「でしょ!?」
妹ちゃんもお母さんも嬉しそうです。
母「そう、良かったわ〜。雛ちゃん、これからもウチの子とよろしくね?」
雛「はいなの!」
妹「ふふふ、よろしくぅ。私のことは妹ちゃんって呼んでねっ」
雛「妹ちゃん…なの?」
母「この子の上にはお兄ちゃんがいるのよ」
妹「うん、ほらあれ」
妹ちゃんは、壁にかけられている写真の額を指差しました。
そこには、若々しい陸軍将校が写っていました。
雛「お兄さん、軍人さんなの?」
妹「…うん。陸軍の中尉さん。死んじゃったお父さんも軍人だったけど…。今は沖縄にいるってお手紙が来たの。
  キョン君、元気かなぁ…」
雛「大変なのね…」
妹「でも楽しそうだと思うよ。キョン君の上官、ハルにゃんっていう幼馴染の子なんだよ」
妹ちゃんは別の写真を指しました。カチューシャをつけた活発そうな女性がそこに写っていました。
その軍服姿の腕には『大隊長』と書かれた腕章がありました。
雛「へえ…」
その時、雛苺の膝の上に、タヌキのように大きな三毛猫がのし上がり、そのまま丸くなりました。
雛「ネコさんなの〜」
妹「うん!このネコはシャミセンって言うの。ほらシャミ、雛ちゃんに挨拶して」

158謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:07:30 ID:PkjAg1nY
雛「よろしくなの」
妹「ねぇ、雛ちゃんの家族の事聞かせてよ」
雛苺は…少しだけ顔を曇らせて応えました。
雛「お父様は外交官なの。お母様は…3年前の東京初空襲で死んじゃったの…」
妹「…ごめんね」
妹ちゃんは神妙な顔で謝りました。
雛「いいの。それより、苺大福美味しかったの〜!」
母「あら、良かったわ。今度来てくれたらまたご馳走するわね」
雛「ありがとうなの!…それじゃ、お父様が心配するからそろそろ帰るの」
妹「うん、じゃあまたね!」
母「さようなら、雛ちゃん」
雛「またねなの!」
雛苺は、3月に入ったというのに寒い風が吹き付ける中、お家に向かって元気よく走り出しました。

◎◎◎

日本本土空爆の最高指揮官となったルメイ少将は、ただちに爆撃目標とする日本の民家の研究に取り掛かった。
当時の日本の民家はその大部分が木造住宅であり、これを効果的に破壊するには、炎上させるのが最も効果的である
ことはすぐに結論付けられた。
これを受けて、とある兵器が研究・開発された。
その実験のため、ルメイは実際に、実験台として木造住宅を作らせた。材料・間取り・家具・畳…それら全てが
実際の日本の民家に似せて再現されていた。
そしてある日、ルメイの見守る前で、「とある兵器」の実験が行われ、実際に木造住宅に投下された。
…そのE46集束焼夷弾は、実験台の瓦の屋根をもやすやすと貫き、木と紙でできた構造物を瞬時に炎上された。
“鬼畜ルメイ”は薄笑いを浮かべ、自分の前途の光明を確信した。

◎◎◎

3月9日夜。
雛苺が妹ちゃんとお友達になったその夜、雛苺はお家でお父様とお話していました。

159謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:08:43 ID:PkjAg1nY
雛「…でね、その子に助けてもらったの」
父「そうか。それは良かったね。今度時間があれば挨拶に行きたいものだな」
雛「苺大福も食べさせてもらったの!」
父「ほう…しかし、食糧配給が厳しい折、和菓子屋の経営も大変だろうに…」
雛「…なの?」
父「ま、いずれにしろ一度私もお邪魔して苺大福をご馳走になりたいな!」
雛「ほんと?雛嬉しいの!」
父「ははは。ではもうお休み?私の雛」
雛「お休みなの。お父様」
お父様は雛苺をベッドに寝かせ、その可愛い頬にキスをしました。

◎◎◎

同日夜。
アメリカ空軍の第73、第313、第314の三個航空団は、所属のB-29に詰め込めるだけの焼夷弾を積み込み、
テニアンを発進した。彼らの目標は、町工場も混ざる木造建築ばかりの東京の下町の市街地、生活する市民そのもの
であった。低高度夜間焼夷弾攻撃が、今回の彼らの戦法だった。

◎◎◎
同日夜。
和菓子屋一家は茶の間で遅い夕食をとっていました。食料は乏しくなり、配給だけが唯一の供給源となっていたのです。
しかしその配給も途切れがちになり、一家の食事も、麦の混ざった白米に具の少ない味噌汁のみとなっていました。
その夜は、冷たい強風がガタガタと紙テープを×印に貼られたガラス窓を揺らし、母子家庭をより心細くさせていました。
…と、その時。
ウウウウウウウウウウウウ…
お腹の底から響く、出来るなら耳にしたくない警戒警報のサイレンの連続音が、夜の東京に響き渡りました。
妹「お母さん!」
母「急いでラジオつけて!」
妹「うん!」
妹ちゃんがラジオをつけると、この時間帯に流れている音楽放送の変わりに、アナウンサーの緊張した声が聞こえました。

160謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:09:36 ID:PkjAg1nY
『東部軍管区情報。東部軍管区情報。南方海上より敵らしき数目標、本土に近接しつつあり。繰り返します―』
お母さんがただちに電気を消し、部屋は闇に包まれました。ラジオの音声だけがやけに大きく聞こえます。
二人は、避難用にまとめていた荷物を持ち、靴を履いてラジオに耳を傾けていました…が、
やがて…
『敵目標は房総半島南方海上を旋回後洋上はるかに遁走せり。 警戒警報は解除されました―』
母子は思わず顔を見合わせて安堵の笑顔を浮かべた。

後にして思えば、これが東京の軍民両方に悔やんでも悔やみきれない重大な油断をもたらしたのです。
米軍の陽動作戦は、あまりにも綺麗に成功してしまったのでした…。

◎◎◎
日付が変わり、3月10日深夜…

東京の軍司令部。
「報告します!八丈島の対空レーダーが敵編隊を捉えました!」
「何だと!敵編隊はもう去ったのではなかったのか?」
「いえ、これは別の編隊です!」
「…くそ、あれは陽動だったのか!陸海軍の防空部隊は迎撃に上がれるか!?」
「それが、この強風のために離陸は非常に困難な状況ですっ…!」
「…仕方ない、迎撃は出来る範囲で行え!各方面の高射砲・サーチライト部隊は応戦準備だ!」
「はっ!!」

◎◎◎

深夜、雛苺のお家。
父「雛苺!起きるんだ?」
雛「うぃ…?」
突然のお父様の声に、雛苺は目をこすって起き上がりました。
サイレンの音、高射砲の音、ズズン…と響く音、人々の叫び声…様々な音が家の外に響いていました。
雛「怖いの…」

161謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:10:32 ID:PkjAg1nY
父「さあ、避難するんだ。雛苺、これをお着け」
お父様は雛苺の頭に防空頭巾を被せました。
父「さあ、行くぞ。お父さんの手をしっかり握ってなさい」
雛「う…」
父「大丈夫だ、お父さんがついてる。さあ、急ごう!」
雛「はいなの!」

警戒警報ではなく空襲警報で目を覚ました妹ちゃんとお母さんは、お家を出て近くの防空壕めがけて通りを走り出しました。
すでに沢山の人々が、慌てふためいた様子で走り回っていました。
二人は、人々に紛れて必死に足を動かしました。
…と、その時、炎で赤くなりつつある夜空に、エンジンの轟音が大きく近づくのが分かりました。
やがて、一機のB-29が、とても低い空を人々の頭上に達し…
その腹から、数え切れないほどの黒いものを落しました。
妹ちゃんは、走りながらも知らず知らずそれを見上げていました。
黒いものはやがて、空中で火を上げて真っ逆さまに降ってきて…
ドス!ドス!ドス!とあちらこちらの家・道路・そして…人々に。
「ぎゃあ!」
「ぐえっ!」
妹ちゃんたちと一緒に走っていた人々の、空を見上げた顔、背中に突き刺さり…斃れた肉体を火だるまにして燃え上がったのです。
妹「…!!」
母「見ちゃ駄目、見ちゃダメ…!!」
お母さんは、あまりのショックに泣きそうになっている妹ちゃんに声をかけ、一気に通りを走り抜けました。
下町は、すぐに火の海と化しました。

◎◎◎

米軍は、陽動作戦のために日本軍が警戒警報を解除した隙を突いて、3月10日0時7分に爆撃を開始した。
B-29編隊の第一波は、まずは民間の工場が集まる東京の下町を取り囲む形で、その10キロ四方を焼き払った。
炎の壁が、その中に取り残された人々に何を強いたのかは最早言うまでもない。

162謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:11:36 ID:PkjAg1nY
…爆撃隊の第二派・第三派は…、その死の正方形の内側にいた人々の頭上に、一平方メートルあたり4発もの
焼夷弾を撒き散らし、焼き尽くしていった。

アメリカは後に大量破壊兵器の所持と使用を咎め、ある国家を崩壊させたが、自国はその50年以上前に、
日本に対し、ナパーム弾・クラスター焼夷弾・E46焼夷弾などの大量破壊兵器を、それも民間人に対して使用して
いたのである。

火災の煙は成層圏にまで達した。
不幸な事に、その夜は強い冬型の気圧配置により強い北西の季節風…いわゆる空っ風が吹いており…
煙の下では台風並みの暴風が吹き荒れ、被害を拡大させ、文字通り火炎地獄の様相を創り出していた。
火災旋風までもがあちらこちらで発生していた。

季節風のために、日本軍の迎撃戦闘機隊はほとんどが離陸することが出来なかった。
運よく出来た戦闘機も、弾を撃ちつくして補給のために飛行場に降りてきても、季節風と火災旋風、
くわえてそれらが生み出す黒煙が、彼らの再出撃を阻んだ。
まともにB-29編隊に対抗し得たのは、破壊されずに残った高射砲ぐらいのものだった。

当時の日本国民は、空襲の際には逃走せずに留まり、消火活動にあたるよう法律で義務付けられていた。
しかし…この法律は、この日のような無差別大空襲を予想して作成されたものではなかった。
最早意味のない消火作業にあたった消防団や隣組の被害が大きかったのは言うまでもない。

◎◎◎

妹ちゃんとお母さんは防空壕を探しましたが、どこの防空壕も一杯で、中には防空壕の真上から入り込んだ焼夷弾に
やられ、燃え盛っているところもありました。
逃げ惑う人々にもまれ、二人は浅草の言問橋近くまで来ていました。

お父様と逃げていたはずの雛苺は、いつの間にかお父様とはぐれてしまっている事に気が付きました。
雛「お父様、どこなの…」
お父様の姿はどこにもありません。
雛苺のすぐそばを、知らない人たちが悲鳴をあげて逃げていきます。

163謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:12:41 ID:PkjAg1nY
雛苺は、とめどない不安に怯え、次第に涙顔になっていきましたが…その時、
すぐ近くを、妹ちゃんとそのお母さんが、言問橋に走っていくのが見えました。
雛「妹ちゃん!」
雛苺は思わず妹ちゃんを呼びました。お父様とはぐれ、心細かったのです。
…ですが、火炎の音や人々の叫び声が雛苺の声を掻き消しました。
雛「妹ちゃん!」
たてもたまらず雛苺が走り出そうとしたその時…
言問橋の反対側から、信じられないものがやってきたのです。
巨大な炎の竜巻が、物凄い勢いで橋の上を渡り始めました。
言問橋の上は、対岸へ逃げようと両岸からやって来た人々がぶつかり、まるで身動きが取れない状況でした。
…炎の竜巻は、そんな人々を飲み込むようにして橋を渡り始めたのです。
雛「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!」
断末魔の叫び声が響き、すぐにその数を増していきました。
雛苺が見ている前で、たくさんの人々が行きながら燃え上がっていたのです。
火に耐えかねた人々は、欄干を乗り越えて次から次に川に飛び込み…焼死体で埋まった川面で凍死したり
溺れたりして息絶えていました。
…雛苺は、橋のこちら側に、人にもまれている妹ちゃんの姿を見ました。
雛「妹ちゃんっ!!」
雛苺の悲痛な叫びが、妹ちゃんの耳に届きました。
妹ちゃんは雛苺を見つけ、何かを叫ぼうとし…
炎に包まれたのです。
父「駄目だ雛苺、見ちゃいけない…!」
いつの間にか雛苺を見つけて駆け込んできたお父様が、愛娘の顔を、自分の胸で覆い隠すように…抱きました。
雛「お父様!!」
父「すまなかった雛苺、はぐれてしまってすまなかった…!!」
雛「わあああああああああああん!!!」
安堵した雛苺は、お父様の胸で大声で泣き出しました。
お父様は…雛苺を抱きながら、すぐそばの橋の上でなすすべもなく焼かれていく人々の最後を…
涙を滲ませて見つめていました。

◎◎◎

164謎のミーディアム:2009/12/20(日) 00:14:17 ID:PkjAg1nY
B-29の編隊も去った朝方には、火勢もあらかたおさまっていた。
…その後、この東京大空襲の犠牲者は、死者・行方不明者あわせて10万人を超えたことが判明した。
これは、後の広島・長崎原爆に匹敵する被害であった。
東京大空襲という戦争犯罪をを指揮したルメイ少将が、日本国内で「鬼畜ルメイ」と渾名されるようになるのに
それほど時間はかからなかった。

◎◎◎

雛苺とお父様は、一夜で焼け野原となった東京を目の当たりにしていました。
あちらこちらで煙がくすぶり、炭化して性別も分からなくなった死体が転がり、異臭を放っていました。
雛「怖いの…」
目の前の光景に怯える雛苺。
父「…雛苺、よくご覧。これが…戦争だよ。たとえ、どんな言い分があったとしても…
  これが、戦争の現実なんだよ…」
お父様は、焼け跡を見つめたまま、娘に訥々と語りました。

そう、これが、幼い雛苺の直面した、悲惨な「せんそう」だったのです…

「蒼空のシュヴァリエ」第4.5回 おわり

以上です。どなたかよろしくお願いします

165謎のミーディアム:2009/12/20(日) 10:51:39 ID:3bZw6nGk
転載しました

166謎のミーディアム:2009/12/20(日) 12:14:48 ID:PkjAg1nY
すんませんありがとうございました

167謎のミーディアム:2010/01/01(金) 23:36:13 ID:Rl8/jjQk
コトコト、グツグツ。
お鍋が煮えてる音がします。

窓の外では寒い風がピューっと吹いています。
でも、温かい部屋の中では、そんなの関係ありません。

BGM代わりにテレビのお正月特番を流しながら、彼女達がコタツでお鍋をつついていました。



「いやぁ、それにしても初詣、もの凄い人でしたねぇ」
お野菜をちょんちょんとつっつきながらの翠星石。

「あら翠星石、貴方いつの間に初詣に行ったの?」
『おとそ』代わりのワインをコップに注ぎながら、そう尋ねたのは真紅。

「ううん。昼にテレビ中継で見てただけだよ」
せっせとお鍋に具材を運びながら、蒼星石が。

「まぎらわしいわねぇ……結局、貴方もダラダラしてただけじゃない」
空になったコップを真紅の方についっと突き出しながら水銀燈。



年の初めの賑やかさや、元旦のおめでたさ。
……とは、ほんのちょっぴりズレた、のーんびりした時間が流れていました。

168謎のミーディアム:2010/01/01(金) 23:36:46 ID:Rl8/jjQk
「そういえば、ニュースでやってたけれど……
 真紅は福袋とか買ったりしないの?」
材料を入れ終わったお鍋にフタをしながら、蒼星石が尋ねます。

「ええ、そうね……そういえば、買った事は無いわね。
 だって、中に何が入っているのか分からないのでしょう?役に立たない物が入っていたら嫌じゃない」
真紅が答えます。

「…………チッ」
水銀燈の居る辺りから、小さく舌打ちが聞こえてきました。

「でも、確か水銀燈は毎年お洋服の福袋を買ってたですよね?」
翠星石は満面の笑みです。きっと空気を読んでないのでしょう。

水銀燈は真紅に注いでもらったワインをくいっと半分ほど空けてから(何故か得意げに)喋ります。

「ええ。だって、売ってある値段の何倍もの値打ちの物が入ってるのよ。
 これは買わない手は無いわよねぇ?
 それに最近では、お店によっては福袋の中身を確認させてもらえるのよ。
 まぁ、私ほどになると、そんな確認させてくれるようなお店じゃあなくってちゃんとしたお店で買うから
 中身は確認できないけれど……でも、その方がロマンを感じるわよねぇ?
 家に帰ってから中身を確かめる楽しみもできるし。
 確かに、たまにはハズレもあるけれど、年に一度の事なんだし、買ってみて損は無いわねぇ」

得意げな表情で喋ってる水銀燈。
その横で、真紅が小さな声で呟きました。

「で、今年はどうだったの?」

水銀燈の居る辺りから、小さな舌打ちが聞こえてきました。

169謎のミーディアム:2010/01/01(金) 23:37:10 ID:Rl8/jjQk
「さーて、ごはん♪ごはん♪ですぅ」
翠星石が出来上がったお鍋のふたを取りました。

残る3人が、いただきますの合図でお箸を伸ばします。


「水銀燈、貴方……さっきから野菜を全然取ってないじゃないの」
「うるさいわねぇ……そう言う貴方こそ、シラタキ独占してるじゃないの」
お箸と取り皿を装備した真紅と水銀燈が、バチバチと火花を散らしています。


「蒼星石!お肉のヤローはどこに潜伏してるですか!?全然見つからんですぅ!」
「翠星石、そんなにお箸でつっつくのは行儀が悪いよ?」
普段は決して見せない本気の眼をした翠星石を蒼星石がたしなめます。

ともあれ、皆で出来上がったお鍋を美味しく楽しくいただきます。


「水銀燈もほら、新しいシラタキ入れといたから、落ち着いて……」

「え?もうお酒無くなっちゃったの?しょうがないなぁ、今取ってくるよ」

「翠星石!駄目だ!その野菜はまだ煮えてないよ!」

「ちょっと待ってね。いま第二段を入れるから」

「あれ?白菜もう無くなったの?……新しいの持ってくるから待ってて」


一人だけ、食べるのとは違う方向で大忙しな人が居ました。

170謎のミーディアム:2010/01/01(金) 23:38:02 ID:Rl8/jjQk
「ふぅ……お腹いっぱいねぇ……」
こたつでゴロンと寝転がりながら、水銀燈が呟きました。

「翠星石とした事が……少々はりきり過ぎたですぅ……」
翠星石も呟きながら寝転がります。

「そうね。でも、たまには良いわね……こういうのも」
真紅もワインをコップに注ぎながら呟きます。

蒼星石は、空になったお鍋を台所まで運んでいました。


「蒼星石、何か手伝う事はあるかしら?」
真紅はワインをくいっと飲みながら、せっせとお皿を片付けている蒼星石に尋ねます。

「うーん。とりあえず……今は大丈夫かな」
蒼星石はにっこりとしながら答えます。

「そう、分かったわ。何か手伝う事が有れば、遠慮せずに言って頂戴」
真紅はそう言いながら、空になったコップに再びワインを注いでいます。

「……真紅、飲みすぎだよ?大丈夫?」
「ええ、大丈夫なのだわ」
「本当に?」
「本当よ」

そんな受け答えをしながら、真紅はくいくいとワインを飲んでいます。
顔色ひとつ変えず、まるで水でも飲むみたいにくいくいといってます。

蒼星石は、大丈夫でも大丈夫じゃなくても大変だなぁ、と思いました。

171謎のミーディアム:2010/01/01(金) 23:38:41 ID:Rl8/jjQk
「さて。せっかくの新年ですし、何か目標を立てるですよ」

ゴロゴロしていた翠星石が起き上がり、全員の前でそんな事を言い出しました。

「そうだね。『一年の計は元旦にあり』って言うしね」

蒼星石が賛同して、全員の一年の目標発表会が始まります。

「先ずは翠星石は……今年こそダイエットに挑戦ですぅ!」
お腹いっぱいに食べたばっかりの誰かさんが、そんな事を言っていました。

「僕は、そうだな……体がなまってきたし、何か運動でも始めようかな」
蒼星石がちょっと首をかしげて考えながら言います。

「私は今まで通り、完璧に、優雅に美しく、頑張るわぁ」
何ともやる気の無い宣言が聞こえてきます。

そして。

「そうね。私は……」
真紅が口を開きます。
「今年はモテようと思うの」

全員が、ハァ?といった顔をしました。

「違うのよ。モテようと思えば、いつだってモテたと思うのよ?
 ただ、今まで私は本気を出してなかっただけなのよ。
 そうよ。本気を出せば、いつだってモテるのは容易い事なのだわ。ただ、私は本気を出してないだけなのよ」

働かないニートの言い訳みたいな事を、酔っ払いが言っていました。

172謎のミーディアム:2010/01/01(金) 23:39:09 ID:Rl8/jjQk
「……何かデザートが欲しいわね」

空になったワインのビンをこたつの脇に置きながら、真紅がそう言いました。

「確か冷蔵庫に何かあったと思うから、ちょっと見てくるよ」
蒼星石がそう言って立ち上がろうとした時です。

「いやいや、蒼星石はじゅーぶん頑張ったですから、ここは翠星石にお任せあれですぅ!」

翠星石が蒼星石の肩をガッシと押さえ、そう言い……言うや否や、台所へと向かっていきました。

「え!?でも翠星石!……いや、僕が……」
蒼星石はちょっと慌てたような表情で翠星石を止めようと声をかけます。

ですが、翠星石はすいすーいと台所へと向かい……そして……

「お!?おおおお!?こ、これは……!」

何か翠星石が叫ぶ声が聞こえてきました。
蒼星石は諦めたように、ガックリと肩を落としています。

それから暫くして、ドタバタと翠星石が戻ってくる足音が聞こえてきました。

「見るですぅ!!カニですよ!!カニを発見したですぅ!!」

そう叫ぶ彼女が高々と掲げたのは、甘いのではなく甲殻類でした。

173謎のミーディアム:2010/01/01(金) 23:40:00 ID:Rl8/jjQk
「翠星石、それは明日のご飯だから駄目だよ」

蒼星石が、翠星石をそうたしなめます。

「なーに言ってるですか!そんな事言って、実は夜中にこっそり一人で食べるに違いないですぅ!
 翠星石は全部お見通しですぅ!!」
そんな事をしそうなのは自分しかいない事には気付かず、翠星石は必死の抵抗を試みます。


そんな光景を尻目に、真紅は新しいワインの封を開けます。
そして、自分のコップと水銀燈のコップに注ぎました。


「カニねぇ……随分と食べてないわねぇ……」
水銀燈が注いでもらったコップに手を伸ばしながら、呟きます。

「そうね。でも、カニは駄目なのだわ。
 アレを食べると人は無口になってしまうから……皆とのお喋りが楽しめなくなるでしょ?」
真紅はコップを傾けながら、そう言います。

「そういうものかしらねぇ?」
「そういうものよ」
「そういうもの、ねぇ」
「そういうもの、なのだわ」

二人で何か言いながら、二人でコップのワインを一口。

174謎のミーディアム:2010/01/01(金) 23:40:40 ID:Rl8/jjQk
>>167-173
投下終了です

175謎のミーディアム:2010/01/01(金) 23:51:22 ID:nn2WAu9E
>>174
転載します?

176謎のミーディアム:2010/01/02(土) 00:04:41 ID:???
>>174
乙です。規制中?
薔薇乙女達それぞれの性格を掴んで上手に酔わせてる所が面白いですw
カニの下り……間違ってたらハズいけど、殻を剥く行為が会話を遮断させるって事?
みんなで悪戦苦闘しながらワイワイ食べられるものだと思うんだけどなぁ
それに、その辺りでもやっぱりそれぞれの性格が出そうwww


長文スマソ

177謎のミーディアム:2010/01/02(土) 00:05:13 ID:YpRL734w
>175
可能ならお願いします

178謎のミーディアム:2010/01/02(土) 00:17:27 ID:38xwoDrQ
>>177
転載完了しました。

179謎のミーディアム:2010/01/02(土) 00:17:56 ID:???
>175
確認しました
ありがとうございます!!

180謎のミーディアム:2010/01/02(土) 13:53:00 ID:xr.OdNQ.
 一月一日、元旦もすでに昼下がり。水銀燈と金糸雀は近所の有栖川神社に初詣にやって来ていた。毎回行動を共にする他の姉妹たちは朝一番に初詣を済ませているか、年越しを騒ぎすぎて明日まで夢の中か、新年のバーゲンセールに並んでいるか、昔から初詣は二人きりであった。
「意外に寒くないかしら」
「どこがよぉ、寒すぎるわ」
 黒いコートに白くてふわふわしたマフラーで完全防備の水銀燈は寒そうに白い息を吐いた。対して黄色いパーカーを羽織り、スカートから見える黒いタイツが眩しい金糸雀はぴょんぴょんと跳ねるように歩いている。
「去年と比べると人が少ないわねぇ……インフルエンザの影響かしら」
「少ないのは好都合かしら。さっさとお参りを済ませて家に帰るかしら」
 晩ご飯もお雑煮でいい? と金糸雀は尋ねたが、嫌だと言ったところで変える気はなさそうなので水銀燈は黙って頷いた。



 水銀燈は10円玉を、金糸雀は5円玉を賽銭箱に投げ入れ、パンパンと手を叩いて目を閉じる。本当はやり方があるらしいがそんなことを気にするような二人ではなかった。

181謎のミーディアム:2010/01/02(土) 13:53:31 ID:xr.OdNQ.
「ねぇ水銀燈、水銀燈は何をお願いしたかしら?」
「分かるでしょ? いつもと同じよ。金糸雀は? みっちゃんさんの事?」
「んー、秘密。まっ今年はちょっと違う事かしら」
 神社の境内を意味もなく二人は歩いた。なんとなく帰る気にはなれなかったのだ。
「神様もつれないわよねぇ……去年のお願いみっちゃんさんの結婚よねぇ」
「所詮こーゆうのはお参りをする人の心を慰めるだけで、本人の努力がないと叶わないかしら」
「見た目に反してドライよねぇ」
 苦笑いを浮かべて水銀燈は言う。みっちゃんは結婚願望が薄いかしら、と溜め息混じりに金糸雀は返した。



「……それでも私は、神様にお願いするのよねぇ」
 空を見上げて水銀燈はつぶやいた。空には飛行機雲が真っ直ぐ浮いている。
「他人じゃどうしようもないのは私が一番分かってるし、だからこそ10円玉に希望を込めるのよ」
「金額を変えてみたらどうかしら」
「……ちょっと休んでいかない? わたあめでも買って」
『宇宙一おいしい飴屋さん』と書かれた屋台に向かって水銀燈は歩き出した。

182謎のミーディアム:2010/01/02(土) 13:54:03 ID:xr.OdNQ.
「ん、じゃあわたあめ一つ、あぁもちろん、くんくんの袋の奴を」
「えぇとコレくださいかしら」
「あいよっ、お嬢さんは200円、おちびちゃんは250円だよ……まいどっ」
 お店の人からくんくんの袋に入ったわたあめを受け取る水銀燈。金糸雀はカラフルなぐるぐる模様の飴を受け取る。ふたりは人通りが少なくなった神社の隅の木で出来た古めかしいベンチに座って飴を食べ始めた。
「あー、丸いから意外に舐めにくいかしら」
「体に悪そうな飴ね、おいしい?」
「まぁまぁかしら」
「で、話は戻るんだけど」
「かしら?」
 キョトンとした表情で金糸雀は水銀燈を見る。水銀燈はわたあめを食べながら喋る。
「毎年初詣でめぐの健康についてお願いをする私はやっぱりどうかしていると思う?」
「さぁ? かしら」
「私は万が一、めぐに何かあった時、自分はやるだけやったと自分自身に言い聞かせたいだけなのかなぁ? みたいに思っちゃったりして」
「さぁ? かしら」
「訳分かんなくなるのよねぇ、自分が望んでいるのは確かなのに、ねぇ」
「かしらかしら」
「……聞いてる?」
「何を?」

183謎のミーディアム:2010/01/02(土) 13:54:44 ID:xr.OdNQ.
 金糸雀の舐めている飴はすでに半分以上無くなっていた。水銀燈のふかふかわたあめはまだまだ残っている。
「悩んだってしょうがないと思うかしら、だって」
 金糸雀は水銀燈のわたあめをひょっいっと一口奪って言った。
「水銀燈の未来は水銀燈にしか選べないかしら」
「まぁそうだけどぉ」
「だから、カナはもう先にいくかしら」
「? 何処へ?」
「カナの未来に、かしら」
ぴょんと地面を踏み締めて金糸雀は立ち上がった。
「水銀燈のやってることが間違ってるなんていう気はないかしら。でも何かあった時にめぐさんのせいにしちゃいけないかしら」
「……金糸雀はどうして?」
「みっちゃんが大好きだからかしら」
 そこでようやく金糸雀はクルリと水銀燈を振り返った。
「大好きだから、みっちゃんを言い訳に使いたくないのかしら」
 水銀燈は目をパチパチさせていた。見た目は小さい頃とほとんど変わっていないのにいつの間にか金糸雀は自分を追い越してしまったような、そんな気がした。
「私も、めぐが大好きよぉ」

184謎のミーディアム:2010/01/02(土) 13:55:55 ID:xr.OdNQ.
 改めて言葉にしてみると意外に恥ずかしいので、顔が赤くなる。寒さの影響も少しはあるだろう。
「でも、もう少しだけ今までみたいに過ごしたい」
「それを選ぶのも水銀燈かしら」
「そぉね」
水銀燈はわたあめを袋にしまって立ち上がった。わたあめはやはりまだまだ残っている。
「帰るかしら?」
「えぇ」
ほんの少し、スッキリしたような顔で水銀燈は歩きだした。その横を金糸雀がぴったりくっつくように歩いていた。
「水銀燈、ほら」
ちらりほらり、と雪が降り出していた。二人の息が白く、白く、雪と同じ色をした。そして二人はどちらからともなく手を繋いで帰っていった。



     おしまい

185謎のミーディアム:2010/01/02(土) 13:57:08 ID:???
タイトルは『宙飴』

次回スレがたったときに転載していただければ幸いです

186謎のミーディアム:2010/01/02(土) 23:40:43 ID:gTPC/pws
>>185
初詣ネタ乙です。二人の淡々とした会話の中に、何かほのぼのとした印象を感じました。
なんか不思議系っぽいカナに萌えたwおちびちゃん呼ばわりされても腹を立てないなんて大人だwww
そしてそんなカナについ弱みを見せる水銀燈の儚さもなんかイイ

187謎のミーディアム:2010/01/03(日) 00:04:12 ID:2NiyoAIs
>>185
初詣ネタとは
情景がイメージしやすくて良かったです

188謎のミーディアム:2010/01/03(日) 16:37:52 ID:rjt0D2n.
>>185
この二人独特の関係が好きだ
互いに独立してるけど通じあってる感じがいい

189謎のミーディアム:2010/01/03(日) 20:18:37 ID:.mjD8v/s
>>180-185
転載完了しました。

190謎のミーディアム:2010/01/03(日) 21:19:44 ID:???
転載確認しました。ありがとうございます

191白雪王子と7人の薔薇乙女:2010/01/09(土) 22:09:36 ID:6RPo1d2E
とある小さな国に存在します、立派なお城。
そこに住う王様、梅岡さんが、大きな鏡に向って何やら呟いています。
「鏡よ鏡。この世で一番のM男はだぁれかなぁ?」

すると、大きな鏡の中に一人のホモっぽい男性が映りました。
もちろん、梅岡さん本人ですが、何故か、自分自身の背中を鞭で叩いています。全裸で。

「ふっふっふ〜〜ん。やっぱり僕だよねぇ。誰も僕のMっぷりには敵うわけないさ。みてよ、この一人Mプレイ。」
そして梅岡さんは、変態丸出しの台詞を吐きながら満足そうに笑い始めました。一人で。
正直キモいです。
「いやぁ、この魔法の鏡は真実を映してくれる最高のアイテムだ。地デジじゃないのが残念だが。」

と、まあこんなふうに過ごしてるイカれた王様が住んでましたとさ。
ある日、そのお城に、一人の男の子が生まれました。
その男の子の名前は桜田ジュン。梅岡さんの息子ではありません。
ですが、何故かそのお城の王子様。その理由は面倒いからパス。
JUMの大きくなるまでの仮定も省略。書かなくても別によくね?

んで、そんなある日、梅岡が「鏡よ」うんたらいってました。
そしたら自分じゃなくてJUMが映ったとさ。

192白雪王子と7人の薔薇乙女:2010/01/09(土) 22:10:48 ID:6RPo1d2E
「こんなの変だ!僕がこの世でドMゲイ人のはずだ!!」
相変わらずキモい事を一人で叫びながら悩んだ末、梅岡はある考えに辿り着いた。
「そうだ!ジュン君をSに育てればいいんだ!ムフフフフ……。」

そして、梅岡は、JUMの姉であるのりに、JUMを自分の元へ連れて来るように命令するが、のりは、

「ジュンくんをあんな変態に売り渡すなんて……どんな展開になるのかしら、ウフフフフ♪」
ノリノリだった。

Jは第六感が働き逃げた。途中で薔薇乙女とであった。そして下僕にされた。
毎日Jは、紅茶を淹れさせられたり、ヤクルト買いにパシらされたり、卵焼き作らされたり、
鋏で襲われたり、ツンデレされたり、頭によじ登られたり、鍋の具にされかけたり、そんなかんじだった。
やがて最高のMへ成長。苦しみが快感に変わった。梅岡、嫉妬の嵐。
遂に梅岡、Jの暗殺を計画。でも実行する前に死んだ。めでたしめでたし。理由は割合。
end

193謎のミーディアム:2010/01/23(土) 04:00:27 ID:y5v34z.s
規制・・・

遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。

Merry Christmas, Mr.Vegita-After Yellow, Comes Purple-
Phase4 投下いたします。
お付き合いいただければ幸いです。

クリスマスなんてとっくの昔に終わってるけど気にしない。

194謎のミーディアム:2010/01/23(土) 04:01:37 ID:y5v34z.s
Phase4
よくまぁこんな怪物を転がしてると自分でも思う。普段はおとなしいクセして牙を剥くととんでもない力を発揮する。
俺自身、よくわからないのだ。サーキットを走る白物でもないのに。
そんなことを考えていた。それにしても・・・
家の近所の国道から東へ10分ほど、そこから有料トンネルを抜け北上。10kmほどの長いストレートは最高速アタックには打って付だ。
トンネルを抜け、有名な温泉街へと続く3桁国道を横目に県道へ入る。
夏以来だ。暫く来てなかったが、変わり映えしないのがいい。ひたすら田舎だ。

「寒くないか?」
「平気だよー。あとどれくらい?」
「もうすぐだ。」

タンデムで走るのは・・・実は初めてだったりする。と言うのも2輪の免許を取ったのは1年半前のこと。因みに、大型だ。
重たいが、長距離の移動は楽だ。実際後ろに人を乗せていても安定してくれる。
手加減して走っているのでそこまで怖がっていないようだが、後ろに乗るのは初めてじゃないんだろうか?妙に落ち着いてる。
それか固まってるだけかもな。それならそれでありがたいのではあるが。

県道に入ってからは少しばかりワインディングが続く。一人で走ると気持ちいい場所なんだが、後ろに人を乗っけても案外いいかもしれない。
夏だったら、もっと気持ちいいんだろうな。

「・・・寒い。お腹すいた。どーしよ、死んじゃう。」
「死なねーよこんなもんで。」
さんざん文句は垂れているものの、これと言って不審な挙動もない。いや、あったらもうこけてるんだろうが。
それだけは何としても勘弁してほしいものである。まだ立ちゴケしかしてないんだからな。あぁ・・やっぱ寒いわ。
そんなことを思っていると目的地付近の湖が見えてきた。付近の景観はとてもよく、中心部から約30分北上するだけで所謂ド田舎。
と言うか、もう市境なんだがな。流石北区とでも言っておこう。

「着いたぜ?」
「降りていい?」
「ずっと乗ってるつもりか?」
「それは困るかな。」
目的地は湖のそばにある大きな駐車場で、こからともなく色んな連中が来る。その証拠に他府県ナンバーがゴロゴロいるわけだ。
内燃機関がついた乗物にそこまで明るくないのだが、見る奴が見たらそれはそれでテンションが上がるものなんだろう。

一息付いていると上目づかいで物凄い視線を送ってくる奴がいる。俺は今現在そんなに痛い奴なのか?
いや違う。その視線の先にある自動販売機に向けられていたのもであってただ単に俺はその通過点にいただけにすぎないのだ。
そう思いたいが・・・

「ねぇ、M字って言われたくなかったらコーンスープ買って♪」

人生、そんなにうまいこと行かないものである。いつものことか。
某高級アイスクリームにデリバリーピザをせびられることに比べれば、120円の出費など痛くも痒くもない。
が、そんなことを思っていると黒魔法・読心術を発動されて後で何されるかわからん。って、もう遅いか。
よく読心術のことを忘れるのは、もうデフォルトになりつつあるので今さら気にすることもないのだが。
結局俺の読みは当たっていたようで、結局帰宅してから宅配モノをせびられることになる。電話一本シルバープレート万歳だこん畜生。

「きれい。」
「あぁ、気分を変えるにはここが一番だ。」
「よく来るの?」
「夏場はよく来てたが・・・最近は殆ど来てなかったから久しぶりだ。」
「そうなんだ・・・。コーンスープ、飲む?」
「ん?いいよ、飲め。」
「そう?」
「あぁ。」

195謎のミーディアム:2010/01/23(土) 04:02:35 ID:???
短文での会話が続いた。なんだこの某学園SFモノのショートカットの宇宙人を相手にしているようなシュチュエーションは。
個人的にはそのキャラはかそうであってほしいとなり好きなので、まぁいいんだが・・・。

「あなたは今から1時間3分後に宅配寿司に電話をして特上盛り合わせを注文し、そこから32分後に自宅に届けられる。
その際代金4850円を支払い、私と共に寿司を食べる。今から2時間4分後に私の姉が帰宅し、ともに食事をとることになる。
姉が帰宅すると同時に、姉の彼氏が登場して4人で食事をすることになる。」
「ねぇ、こんな感じ?」
「・・・その未来、上書きできないのか?」
「ベジータ次第かな♪」
「勘弁してくれマジで・・・」
「にひひ♪」
本気で怖い女だ。コイツはどっかの団体だの機関だのに所属でもしてるんだろうか?そんなこと、知りたくもないが。
湖の眺めと空気の良さで気分転換しようと思ったのだが、これはどうも逆効果だったのかもしれない。別の意味で気分が悪くなった。
そんな感じだが、こんな日でも楽しく感じてしまうのはなぜだろうか?こんな日があってもいいかもしれないと思っている自分もいる。
だからどうってわけでもないんだが。自分にとってプラスになればいいわけで、最近の沈み具合から脱出できれば良かった。

「どう?気分晴れた?」
「誰かさんの予言を聞くまでは気分は順調に上向いてたはずなんだがな。」
「むぅ・・・そんなに私とおすし食べるのがイヤ?みんなに言うよ?ベジータに襲われたって。」
「黒魔法を使うな。高校まではまだネタですんだが今度はシャレにならん。シャバの空気を吸い尽くしたつもりはないんだ。」
「じゃあいっしょに食べよ?私もちょっと出すからさ。」
「すまんな・・・と言うか、どうしても寿司なのか?それ以外の選択肢はないのか?ほら、国道沿いにサイゼリアがあっただろ。」
「今日はお魚の気分なのだ。」
「へぇへぇ・・・」
後でジュンに借りることにしよう‐予言が当たっていればの話だが。こういう時だけは、当たっていてほしいものだ。

天候は機嫌を損ねることもなく、気温も同じように穏やかだった。せめて帰宅までは愚図ることのないようにしてもらいたい。
湖を眺めながらふと薔薇水晶を見ると・・・俯き加減で、どこか物悲しげな顔をしていた様に思う。
艶やかとはまた違う、薔薇水晶独特の雰囲気が漂っていて居心地が悪いわけでもない。むしろいい方なのだろうか。
そんな沈黙の時間がしばらく続き、すっかり冷え切った体のことを考えると移動するのがベターだと俺は判断した。
結局アレから薔薇水晶は無口な宇宙人キャラ設定になり移動中は一言もしゃべらなかった。

単に寒かっただけなのならいいが・・・さっきの表情を見る限りそうでもないことは俺にでもわかる。
気分転換しに来たはずなのに、悪い方に気分転換した様子であったためまるで俺が悪者の様な気分になってきた。
俺、何かしたか?ここ1時間の記憶を引っ張り出して重箱の隅をつつくように検索しても該当するコンテンツは見当たらない。

どうしたものか・・・本当に良く分からん女だ。気分屋だがどこか憎めないのもこんな時に困ってしまう。
俺はいじられやられキャラに徹するべきなのか?そこまでMでもない。額の話はするな、ギャリック砲の刑に処するぞ。
誰に突っ込んだわけでもないのに、こんな思考が脳みそを駆け巡る。
長い沈黙を終わらせるためにも、ほんの少し急いで帰ろう。そうすれば状況は変わるはずだ。

信号待ち。
夏場は地獄と化すこの無駄な停車時間は冬場もそう変わらない気がする。気分的に。
エンジンから発せられる熱は上がってくるものの微妙で、そもそもそんなに水温が上がっていない。最低ラインで走っているからな。
「ねぇねぇ、ベジータんとこでご飯食べよ。後さ、おねーちゃんとジュン誘っていい?それからねー・・・」
今まで黙っていたのが嘘のように話し始めた。不意打ちとはこのことを言うんだろうか?信号待ちのタイミングを見ていきなり機関銃のように喋り出した。
頼むからちょっと待ってくれないか?コイツが我儘キャラってのはよく知っているが、ここまで気分の変わり方が激しいもんなのか?
山間部の天気じゃあるまいしな。

196謎のミーディアム:2010/01/23(土) 04:03:34 ID:y5v34z.s
>>195

「ゆっくり後で聞いてやるから、少し待っててくれ。好きにしていいからよ。」
俺はそう言って薔薇水晶をなだめた。と言うか自分をなだめていたようにも思うのだが、この際気にしない。

「ねぇ、このバイクどれくらいスピード出るの?」
「わからん。上まで行ったことはない。」
「だったら一回やってみて。お願い。」
「おいおい、無茶言うなよ。一人ならまだしも2ケツでなんて怖くてできん。」
「むー、やってみてよ。」
「絶対寒いぞ。」
「さっきのトンネルは?だいぶまっすぐだったと思うんだけど?」
「本気で言ってるのか?」
「結構本気だよ?お願いおねがーいっ。」

ホントにどうしようもないやつだ。無知と好奇心が連携するとこれほど怖いものはないと悟った瞬間でもある。
このバイクの公称値は約300km/h。だが、このスピードメーターは200までしか刻みがない。150ほど出せば観念するだろうと思ったのだが・・・。
後でわかったことだが・・・俺はとんでもない思い違いをしていたようだ。前のオーナーをこれほど恨んだことはない。

「じゃあ、行くぞ。しっかりつかまってろよ。」
「うん。」

俺も体験したことのないような異次元ゾーンの始まりだった。人馬一体、まさに「風になる」といった感じ。
料金所を過ぎてからトンネル入り口までは若干カーブがきついが、それを過ぎればアタックコースになる。

‐死ぬなよ。いや、死なせねぇ。俺たちが守ってやる。

頼むぜ、黒い鳥さんよ。

2速3000回転から徐々に回転をあげて行き、3速全開。怪鳥の咆哮がトンネルを駆け巡る。
「ッ!何だこれ!?」
思わず叫んでしまった。物凄い加速感、まるで空母から射出された艦載戦闘機のようなイメージだ。
スピードメーターはその針をどんどん体験したことのないような値を指すようになっていき、比例するように景色が大雨で増水したような河川の如く流れていく。

咆哮は未だおさまらない−右車線を走行する車は畏れ慄き、その身を左へと寄せていく。
ハイビームの効果もあってか、割りと後方からでも気付いてくれるようだった。
王者の道は、見事なまでに確保されていた。元王者だが、そこは気にしない。畜生・・・あの鳥さえいなければ・・・。
130・・・・・135・・・・・140・・・・145・・・・
様子がおかしい。と言うか、今までの安定感が急に失われたような感覚だ。後ろ側が言うことを聞かなくなってきた。

ここまでだな。
そう判断したのは正解だった様に思う。と言うのもあれ以上ぶっ飛ばしてたら何が起きてもおかしくなかったからだ。
にしてもだ・・・145キロってこんなに速かったっけ?あっという間にトンネル出口手前2キロ地点だ。
ここから徐々にブレーキをかけていくが、よく言うことを聞いてくれるとても優秀なやつだ。
アナログなつくりではあるが連動ブレーキの恩恵は十分に受けられている。

197謎のミーディアム:2010/01/23(土) 04:04:47 ID:y5v34z.s
>>196

「大丈夫か?」
「・・・寒い。」
「だから言ったろうに。まだトンネルの中はマシだったんだからな。」
「・・・あったかいピザが食べたい。」
「そろそろ黙らないか?」
「むー。」
「さっきからピザピザうるせーぞ。そんなにピザになりてぇんか。」
「それはやだ。おねーちゃんの楽しい節制生活プログラムが待ってるもん。」
「なんだそれ?」
「お寺に入れられちゃう。別にお寺が嫌いじゃないけど、修業は無理。」
「じゃあ今から俺が連れてってやろうか?」
「やだやだ!絶対やだかんね!」
「はいはい。」

何だろう。さっきから俺・・・。

こんな感覚が久しぶりで、正直困惑していたのかもしれない。別にどうってこともないはずなのに。

楽しいって、こういうことなんだろうか?考えは尽きない。
頭をそんな風に使っていると、どうも家の近所までいつの間にやら戻ってきていたようだ。
人間の帰巣本能は恐ろしくも、よくできている。ありがたいことだ。
さて、ピザ屋の電話番号・・何番だっけ?あ、あと寿司屋もだ・・・。

財政的に非常事態宣言が出たのは言うまでもない。

Phase4 fin.

198謎のミーディアム:2010/01/23(土) 04:05:27 ID:y5v34z.s
以上です。
お付き合いいただきありがとうございました。

199謎のミーディアム:2010/01/23(土) 07:09:51 ID:T9YguJDg
乙です

200謎のミーディアム:2010/01/24(日) 10:44:35 ID:Fe5UxFY2
>>192
転載しました

201謎のミーディアム:2010/01/24(日) 13:11:53 ID:Fe5UxFY2
>>198
転載しました

202Dornroeschen:2010/01/31(日) 02:37:03 ID:zLZ57FTI
やっぱりさるさんゲットだぜ!
ということで、本スレの残りを投下して寝ます。

203Dornroeschen:2010/01/31(日) 02:37:53 ID:zLZ57FTI
それから少しして、僕は誘われて彼女の部屋に行った。
彼女の病状が悪化する前は頻繁に行き来していたものだったが……
彼女に、将来のことを訊かれた。

J「……まずは、大学に行く。やりたい事が、あるんだ。それを、実現させる」
銀「大学かぁ……私も……」

彼女の病状のことは、あれ以来なるべく触れないようにしていた。
尤も、彼女にその話題を振られたところで、当時の僕にはどうしてやることも出来なかった。
だが、彼女の恐怖は限界に達していた――

銀「毎日、夜が恐いわぁ……日が暮れて、また明日太陽を見ることが出来るかしらぁ?」
銀「また二週間眠り続けるのかも……いえ、今度はもっと長いかも……二度と目覚めないかもしれない……!!」
銀「毎晩、同じ事を考えてるわ……寝たくない、寝たら駄目って思っていても、どうにも出来ない……」
銀「朝日を見たら、本当にホッとするわぁ……でも、また夜が来れば同じく恐怖に襲われる……その繰り返しなのよぉ……」


彼女は僕の胸で泣いた。
可哀想に、彼女は囚人なのだ。夜と共に来る眠りの足音を、震えながら待つしか出来ない囚人――


J「大丈夫――僕は、いつまでも待ち続けるよ。君の目が覚めるのを、いつまでも。絶対に――」

僕には、そう誓うことしか出来なかった。

204Dornroeschen:2010/01/31(日) 02:38:41 ID:zLZ57FTI
その日、僕は彼女を抱いた。


女性を抱いたのは、これが最初で最後だった。……それは、彼女も同じだった。


彼女の体は、触れれば砕け散りそうな儚さだった。
それは、夏の終わりに見つけた蝉の抜け殻のようでもあった――ー


そのあと二人で、態度でクラスの皆にばれたらやだね、とか話していたが――
ある意味、それは杞憂に終わった。



次の日から、また彼女は長い眠りについた――



彼女は、卒業式に出席できなかった。
もしかしたらあの日、僕が彼女のエネルギーを奪ってしまったのか……?

205Dornroeschen:2010/01/31(日) 02:39:45 ID:zLZ57FTI
結局、彼女が目を覚ましたのはそれから10ヵ月後だった「そうだ」。


僕は大学の現役合格が叶わず、そのころ予備校の合宿に入っていた
しかも、実家との連絡が原則禁止との事だったので、僕は彼女が目覚めている間に見舞いに行けなかった。

――いつまでも待つと約束したのに――

後で聞いた話では、彼女は2日間目覚めていたそうだが――その間、ひどく取り乱していたそうだ。


僕は後悔した。
そして、それから毎日のように、彼女を見舞い続けた。


彼女は、閉じた瞳で静かに僕を責め続けるだけだった。

206Dornroeschen:2010/01/31(日) 02:40:17 ID:zLZ57FTI
――6年ぶりに、彼女が目覚めた。


その知らせを聞いて、僕は彼女の病室へと駆け込んだ。僕にとっては7年ぶりだ。
彼女は、前のように取り乱しはしていなかった。


銀「JUM……」
J「……ごめん、水銀燈。前は、傍に居てやれなくて――」
銀「ううん、もういいわぁ。で……今回は……何年、寝ていたのかしらぁ」
J「……6年、だよ」
銀「6年ねぇ……JUMが大人っぽくなる筈だわぁ。ふふ……ところで、その白衣……JUM、お医者さんになったのぉ?」
J「ああ。いま、この病院に研修医として勤めているんだ。……水銀燈の病気を研究するために。水銀燈の病気を治療するために――!」
銀「JUM……有難う、JUM……」


それから僕たちは、高校時代のように話し込んだ。
歳はとっても、彼女の心は実質何日もたっていない――僕は心が弾んでいった。

207Dornroeschen:2010/01/31(日) 02:41:32 ID:zLZ57FTI
銀「JUM……その紙は?」

彼女は、僕が持っていたそれに気がついた。
これは、彼女が目覚めたときのために用意していたものだ。


J「――婚姻届だよ」
銀「え?」
J「水銀燈――僕と結婚してくれないか?」


最初、彼女は呆然とし、すぐに顔を真っ赤にし、俯きながら頷いた。


この日から、僕と彼女は同じ姓となったが――
わずか8時間の新婚生活で、彼女はまた囚われの身となってしまった。


今度の眠りは、とてつもなく長いものとなった。

208Dornroeschen:2010/01/31(日) 02:42:15 ID:zLZ57FTI
斉「お帰りなさい、先生。奥さまは今日も元気ですよ」
J「有難う、斉藤君……こんな爺の我儘に付き合わせてしまって……」
斉「お気になさらず……でも、奥様が羨ましいですね、此処まで愛してくださる旦那様が居るというのは……じゃ、何かあったら呼んでください」


J「水銀燈……計算では、ここ数年で目覚めてもおかしくないはずなんだが……」


J「お願いだ、水銀燈……僕がまだ生きているうちに……君が死んでしまう前に……もう一度、目を覚ましてくれ……」



J「僕は……僕たちは、水銀燈を知らず傷つけていたことを謝らなければいけない……『眠り姫』なんて呼んでいたことを……」




J「いや……きっと目覚めるさ……もう少し、あと少しなんだ……こうしている間にも目覚めて、僕に微笑んでくれる……そうだろ?」



そして、僕は握っていた彼女の手に、そっと口づけをした。


〜了〜

209謎のミーディアム:2010/01/31(日) 02:42:46 ID:zLZ57FTI
以上です
おやすみなさい

210謎のミーディアム:2010/01/31(日) 03:38:33 ID:???
>>209
たまたま起きていたので、勝手ながら転載しておきました。

三次創作。なるほど、なんとなく解った気が……。

211209:2010/01/31(日) 13:31:17 ID:???
>>210
転載して頂き有難う御座いました。


どう見てもモロパクryです。本当にあ(ry

212謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:03:23 ID:YBH86yp.
ジュンはみんなと節分を楽しむようです

銀「お豆買って来たわよぉ」
ジ「今日は節分だったか。鬼は外ーって豆まくのか?」
銀「え?そんなもったいないことしないわよぉ」
ジ「…じゃあ何に使うんだ?」
銀「これをいっぱい食べてヤクルトも飲めばおなかが膨れるの。三日間はこれで空腹をしのげるわぁ」
ジ「水銀燈…?」
銀「豆って安上がりだからこういうときは助かるわぁ。季節柄堂々と大量に買えるしぃ…」
ジ「水銀燈…」
銀「つらくなんかないわ…つらくなんかないのよ…」
ジ「それ、年の数だけ食べたらなんか食べにいこう、な?」
銀「うぅ…ありがとぉ…」

213謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:04:14 ID:YBH86yp.

金「豆まきをするかしら!」
ジ「ていっ」ヒュッ
金「あたっ!おでこに投げないでほしいかしら!」
ジ「いや、なんかいい感じに的があったもんで」
金「だからといって当てないでほしいかしら…意外と痛いかしら」
ジ「ははは、ごめん。もうしないよ」
金「わかればいいのかしら!」
ジ「そいっ」
金「あうっ」
ジ「・・・・・」ワクワク
金「楽しまないでかしらー!」

214謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:04:36 ID:YBH86yp.

ジ「今日は節分か…。今頃豆まいてる人もいるのかな?」
翠「ウチの近所の寺では落花生と一緒にみかんも投げてたですよ」
ジ「みかん…?あまり聞かないな。何か意味があるのか?」
翠「意味があるからやってるんじゃないですか?」
ジ「それもそうか」ヒョイッ
翠「あっ!最後のみかんは翠星石のものですぅ!」
ジ「いいだろ。お前はずっとこたつの中にいたんだから」
翠「それとこれとは話が違うのですぅ!」
ジ「しょうがないな。ほら、食べさせてやるから口開けろ。」
翠「なっ…ば、ばかなことを言うなですぅ!」
ジ「あーん」
翠「…あーん」
ジ「美味いか?」
翠「甘酸っぱいですぅ…」

215謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:05:02 ID:YBH86yp.

ジ「ただいまー」
蒼「・・・・・・」スッ
ジ(ん?恵方巻きか…)モグモグ
蒼「・・・・・・」モキュモキュ
ジ「・・・・・・ごちそうさま」
蒼「・・・・・・!」ハムハム
ジ(ん、なんか食べるのが早くなったか…?)
蒼「・・・・・!・・・・!」パクパク
ジ(両手で持って食べてる…意外と可愛い)
蒼「・・・・・・」モキュモキュ、ゴクン
ジ(あ、食べ終わった)
蒼「ふぅ…お帰りなさいジュン君。これ結構美味しいね。ジュン君少し食べるの早くないかな?」
ジ「…もしかして喋りたかったから急いで食べてたのか?」
蒼「…うん。恵方巻きって無言で食べないといけないから…」
ジ「あれじゃ喉に詰まらせても文句言えないな。もうちょっとゆっくり食べてても僕は気にしなかったけど」
蒼「それは…ちょっとでも長くジュン君とお話ししたかったから…//」
ジ「…照れるな//」

216謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:05:29 ID:YBH86yp.

真「ジュン。紅茶を入れて頂戴」
ジ「あのな…今日ぐらいは日本のお茶を飲んでも良いんじゃないか?」
真「今日はなにか特別な日なの?」
ジ「お前ほんとに日本人か…?今日は節分だ。豆まいて鬼退治したりするんだよ」
真「へぇ…知らなかったのだわ」
ジ「ちょうど目の前にいいかんじの赤鬼がいるな…そりゃっ!」
真「きゃっ!」
ジ「と、まぁこんな感じに豆をまいてだな…ん?どうした真紅?」
真「……鬼を退治するのに豆なんかいらないのだわ…」
ジ「え…ちょっと、真紅?ねぇ真紅さん!?その右の拳は何ですか!?」
真「うるさいのだわ!レディーに豆を投げつける鬼なんか退治してくれるわ!絆ックル!」
ジ「アッー!?」

217謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:05:49 ID:YBH86yp.

雛「せつぶんなのー!お豆さんまくのー!」
ジ「ほら、豆買って来てやったぞ」
雛「おにはそとー!ふくはうちー!」
ジ「うわぁまたいっぱいまたまいて…家の中は掃除が大変なのに…」
雛「いっぱいまいたの!楽しかったのよー」
ジ「じゃあ恵方巻きでも食べるか。今年の恵方はどっちだっけな?」
雛「うわーい!美味しそうなのー!」
ジ「…雛苺、なんだその白くて柔らかそうでやけにでかくて長いのは?」
雛「うゆ、恵方うにゅーなの!のりがつくってくれたのよー」
ジ「うちの姉の料理の創作意欲は異常」

218謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:06:10 ID:YBH86yp.

ジ「あー、きらきー?」
雪「なんですかジュン様?」
ジ「今日は節分だな?」
雪「そうですわね」
ジ「節分には恵方巻きを一本食べ、豆をまいた後に自分の年の数だけ食べるんだ」
雪「もちろん存じておりますわ」
ジ「じゃあこのプラスチックの空き袋の山はいったいなんなんだ!?」
雪「だって恵方巻き一本と豆じゃ足りないんですもの」
ジ「恵方巻きってボリュームあるんだぞ!?少なくとも僕は一本で充分だった!」
雪「あれくらいの量なら十五本くらいはいけますわね」
ジ「Oh…」

219謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:06:39 ID:YBH86yp.

薔「ジュン…これ…」
ジ「ん?なんだこりゃ。鬼のお面か?」
薔「うん…今日は二月三日…」
ジ「あー節分か…。で、これを僕にかぶれと?」
薔「わたしが豆をまく…」
ジ「しょうがないな…ほら、かぶったぞ」
薔「……ふふふふふ…」
ジ「…どうしたばらしー?」
薔「いいぞベイベー!」
ジ「うわっ、なんだ!?」
薔「オラオラー!逃げるやつは鬼だ!逃げないやつはよく訓練された鬼だ!」
ジ「えっちょっばらしー!なんでそんなものすごい勢いなの!?」
薔「ホント節分は地獄だぜフゥハハハハー!」
ジ「!?」

220謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:11:29 ID:YBH86yp.
>>212-219
「ジュンはみんなと節分を楽しむようです」
規制がかかっていて本スレに投下できないのでこちらに。
連載中のものもなんとかしないといけない「平穏な日常」の中の人でした。
転載していただけると助かります。

221謎のミーディアム:2010/02/03(水) 20:58:07 ID:itu.m.UM
>>220
転載完了しました。

222謎のミーディアム:2010/02/04(木) 20:08:00 ID:iSsPlu7k
最近お礼を言わない人が増えてきたよな
乙です

223221:2010/02/04(木) 20:47:34 ID:???
>>222
そこはそれ、一概には言えませんが都合があって来られないという可能性も…

224謎のミーディアム:2010/02/05(金) 03:25:25 ID:xTvH.2ec
寒い冬に、規制に規制の嵐ですね。
こんばんは。

Merry Christmas Mr.Vegita-After Yellow Comes Purple-
Phase5をこちらにて投下させていただきます。

しばしの間、お付き合いください。

225謎のミーディアム:2010/02/05(金) 03:25:59 ID:xTvH.2ec
結局、あれから俺宅でさんざん飲み食いした挙句被害者が俺だけでなくなってしまった。
現在時刻 PM11:50.

被害者筆頭候補と言うか実質No.1はこの俺様であることに間違いはない。
が、当の本人の姉貴やその友人と彼氏にまで被害が及んだ。薔薇水晶さん、あんたいい加減にしないと怒るよ?

今俺がいる状況は、一言でいえば地獄絵図のようなもので部屋がもうわやくちゃになっていた。
ピザの箱が散乱し、空き瓶空き缶の数は・・・数えたくもない。と言うか誰だよ、本職の人間連れてきたの。
おまけに神戸市消防局様が態々遊ぶなってHPにまで書いてるあの酒まで転がってやがる。持って来たやつは正直に名乗り出ろ、ギャリック砲(ミニ)で勘弁しといてやる。
それにこれを片づけるのが俺一人っていうのは、どうやら確定要素らしい。キャラ的に。誰か変わってくれ、100円やるから。

「じゅ〜ん、わたひのきもちわぁってるのぉ〜??」
「もう十分わかったから、とりあえず水飲めって。」
「おみじゅなんかいらないのぉ〜おさけがいいのぉ〜」

一応全員生存はしていたものの、だれが死んでもおかしくない。と言うかうるさいから正直死んでくれてもかまわんのだが。
隣でぐーすか寝息をた立てる眼帯のおねーさんよ、あんたのハイパーモスコミュールのおかげで水銀燈はえらいことになってるぜ。責任とってくれ。だいたいな、スピリタスでカミカゼ作って平気な顔してこっちによこすなって話だ。お陰で俺様も頭痛が痛い。
頭痛が痛いだと?もう焼きが回ってきたな・・・。
ジュンはまだ生気を保ってるようだが時間の問題だろう。仕方ない、後で水をたらふく飲ましてやるとするか。

さて、問題は残りの紫の子なわけだが・・・正直こいつだけは手に負えん。ついでだからジュンに何とかしてもらおうと思ったがそうもいかない。羨ましいねぇ、嫁はんのいる奴は。後でギャリック砲(改)をお見舞いしてやりたいぐらいの気持ちだ。

「おーい、えむじ!」
「はいはいクーデレ姫さんなんですか?」
「もっとさけもってくるのらぁ〜」
「とりあえず日本語をしゃべれ、話はそれからだ。」
「うるへぇー!さけださけ!」
「鮭でもくってろドアホ。」
「なんだよー!ばらしーたんはどあほじゃないんだよー!」

さて、ここで俺にはいくつかコマンドがあるようだ。

1:馬鹿正直に酒を渡す。
2:身体のことが心配なので水を渡す。
3:ハイパーモスコミュール(ベジータVer)を渡す。
4:何もしない。

さて、どれにしようか?
いくら俺の心が太平洋のごとく広いとはいえ、さすがに今日の悪行を見逃すわけにはいかない。少しばかりお仕置きが必要だろう。
というわけで、俺は3のコマンドを選択することにした。たまにはいいだろう、たまには。
きらきーはわざわざスピリタスを2本持ってきたようで(持ってこなくてもいいのに。)そいつをちょいと有効利用させてもらうことにしたわけだ。
ええと・・・スピリタスを適当に放り込んでライムを絞って適当に混ぜる。んでから・・・そういえばガムシロップかなんか入れてたからそいつを少々、んでからジンジャーエールで満たせば完成。目分量と適当さ加減はこの際気にしない。何飲ましても正直一緒だろう。しな

「ほらよ、クーデレ姫。」
「おそいのらぁ!えむじ!おまえもなんかのめ!」
「もう十分飲んでるっての。殺す気か。」

226謎のミーディアム:2010/02/05(金) 03:26:56 ID:xTvH.2ec
殺す気か!なんて俺のキャラを考えれば頻出語句ではあるが、酔っ払った人間相手に言葉を間違えるとさらにめんどくさいことになる。なんてことを俺が知るはずもなく、というかそんな環境に陥ったことがないので逆に知っていたら俺はいったいどこでそんな知識を吸収したのか自問自答したいところだ。まぁ、何が言いたいって薔薇水晶さんが更にめんどくさいことになったことだろう。

「やだやだ!べじーた死んじゃやだ!」
「だったら飲ますなよ。」
「死んじゃやだかんね!だめだかんね!」
「はいはいわかった。死なないから、大丈夫だから落ち着け。」

俺がそういうと、薔薇水晶は糸がプッツンと切れたように涙腺を緩ませて手元にあったグラスを一気に空にしやがった。
そんなところで水分補給するな。というか補給になってないぞ。
あーあ、駄目だコイツなんとかしないと。って、なんともならんのだがな!

「べじいたぁぁぁぁ!」
俺の名をカメハメ波の如く叫びながら飛びついてくる女‐この状況でそんなことしてくるのは1人しかいない。
腕の中で大雨を降らせてくれるのは悪い気はしな・・・じゃなかった、結構だが、粘液まで服にこすりつけるのは如何なものかと思う。
ああもう、どうにでもなれ。もう俺は知らん。
腕の中に可憐な女性が飛び込んでくるなんて言うエロゲ並みのイベントにも動じずに感傷に浸っていられるのは、間違いなく後処理をどうするかに脳のCPUが比重を置いてるからだろう。
それでも・・・
華奢な体から感じられる体温は、確実にCPUの使用領域を広げてゆき-感情-というもう一つのコアがフル稼働していく様を感じられずにはいられなかった。焼きが回ったのではなく、素直にそう思えるような日が来たのかもしれない。

「人って、こんなに暖かかったんだな。」

らしくもないことを呟いてしまった。明日は12月なのに真夏日だな。

少女は腕の中ですやすやと寝息を立ててしまった。この、動かすにも動かせない状況・・・100万積まれてもバトンタッチする気にはなれんな。

どうしてって?
中身はどうあれ世間一般様の目からみても"可愛い"に分類される女の子が自分の腕の中で寝てるとあれば、普通の野郎なら代われと言われてもNoというに違いないだろう。まさにそんな状況だからだ。
それから理由は他にもある。

人の思いや、感情ってのは時に自分が思ってもみないようなことをさせるもんだからだ。
気づけば俺も、薔薇水晶を抱きしめていた。どうなってんだ、俺は。

「素直じゃねーな、お前ら。」
水銀燈を寝かしつけたジュンが虚ろな目をして言ってきやがった。というかまだ生きてたのか、こいつ。
「なんだよ?お前こそひねくれ系男子日本代表だったじゃねーか。」
「まだマシになったほうだと思うけどな。」
「まぁ、そうかもしれんが・・・でなんで俺が素直じゃないんだって?」
「そろそろ正直になってもいいんじゃないか?お前だって馬鹿みたいに待ってられるほど気が長いわけでもないだろーし。」
「それは・・・そうかもしれんが俺は」
「そうやっていつまでも意地張ってんのがいいことだとは思いませんわ。」

何だ?
横からいきなり槍で突っついてくるのは一人しかいない。白いバーテンダーのおねーさんだ。
この人の言うことは何とはなしにだが、信用できる気がする。仕事柄、いろんな人との出会いみたいなのがあるからだろう。

ここから俺は、どっかの地方銀行のCMの如く長いお付き合いの下、有難いお話を聞かされることになる。

誰か代わってくれ。この際1000円やってもいいから。

Phase5 Fin.

227謎のミーディアム:2010/02/05(金) 03:28:29 ID:xTvH.2ec
以上です。ありがとうございました。

いつも転載してくださる方にこの場を借りて御礼申し上げます。
ご苦労様です。

あ、それから。
くれぐれも、スピリタスで遊ばないでくださいね。

228謎のミーディアム:2010/02/05(金) 08:08:35 ID:QJxX5zXA
乙!!

229謎のミーディアム:2010/02/05(金) 20:01:23 ID:uX2Z8yaM
>>224-227
転載が完了しました。

230謎のミーディアム:2010/02/05(金) 20:12:17 ID:QJxX5zXA
乙乙

231謎のミーディアム:2010/02/06(土) 01:31:47 ID:AUmb0CzY
また規制ですかそうですかorz
さて、長編のネタが出てこないので息抜きに思いついたものを投下させていただきます。
お付き合い願います。

232謎のミーディアム:2010/02/06(土) 01:32:09 ID:AUmb0CzY
深夜ってなんでこんなにテンションが高かったり低かったりするんだろう?
誰かそんなこと考えたことある?いるなら教えてちょうだい。

あのおバカさん、何してるんだろ?
電話でもしてみようかしら?なんて、私らしくもない。イヤよ、私から電話なんて。

-Mid(k)night 3rd-

「で、なんで僕がここにいるんだ?そんなに能書き垂れてんのに。」
紫煙を纏いながら彼が悪態をつく。
「だから仕様よ、し・よ・う。」
「あぁそうかい、好きにしろよ。」
「何よ、ジュンのおばかさぁん。・・・あ。」
「どうした?」

私も煙草に火をつけようとしたが、よくよく見ればタバコがない。ストックもない。
いつもカバンの中にヤクルト1ダースとタバコ3個は必ず入れてる私としたことが・・・。
まぁ、いつもの手を使うだけど。

「ねぇ。」
「なんだよ?」

彼の手元のグラスに視線を送りつつ、目標をタバコ(吸いさし)にセット。
気づいてないみたいね、流石は鈍感。さて、いつも通りいただきますか。

「ちょうだい?」
「ってもう取ってるな、いつものことだけど。」
「なによ、いいじゃないの。」
「はいはい、お好きにしてくださいな。」

「・・・なぁ?」
「ん?何よ?」
「お前さ、恥じらいってないの?」
「多少はあるわよ、そりゃ。失礼ねぇ。」
「あ、そう。」
「そういう仕様よ、仕様。」
「仕様ねぇ・・・。」
「何か不満なの?」
「別に。何でもない。」
「ならいいじゃない。」
「そうだな。それに・・・」
「?何かあるなら言いなさいよ。」
「まぁ・・・好きだからいいんだけど。」

この男、ジュンはたまぁぁに顔から火が出てくるようなことを平気で言ってくるから困るのよねぇ。
アタマん中どうなってるのかしら?

なんて、そんなこと考えるのもめんどくさい。
私たちはこれでいいのよ。それでこそ、こういう"関係"なんだから。

Fin.

233謎のミーディアム:2010/02/06(土) 01:32:50 ID:AUmb0CzY
以上です。
ありがとうございました。

>>229
転載ありがとうございます。ご苦労様です。

234謎のミーディアム:2010/02/07(日) 11:44:26 ID:EcygWczg
>>233
転載しました
一応長編に収録しましたが……

235謎のミーディアム:2010/02/07(日) 13:35:03 ID:2/wWexpo
一ヶ月近く規制が続いて辟易してます。
出来れば自分で本スレに投下したかったのですが
これ以上ほったらかしもまずいのでここで投下します。
期待してくれている人がいるかどうかわかりませんが・・・・
平穏な日常第一話、中編と後編を同時にお送りします。

236平穏な日常:2010/02/07(日) 13:36:49 ID:2/wWexpo
平穏な日常 第一話 中

すごすごと大人しく席につく男が一人。
食べ比べか…適当にやったらしばかれるだろうなぁ。こいつら無駄に勘がいいからなぁ。…ほんと無駄だ。もっと別のところで生かせよ。
僕の目の前にある四品目をあくまで真剣に評価しなければならない…というわけだ。
どうも、桜田ジュンです。ここはいったい地獄か何かなのでしょうか。

237平穏な日常:2010/02/07(日) 13:37:45 ID:2/wWexpo

心の自己紹介も終え、僕はフォークを取ってまずはカステラを食べることにした。
…なんだろう、カステラに手を伸ばした瞬間翠星石方面の殺気はいくらか収まったものの、他三方向からのそれが増大したような…
気にするな僕。クールになるんだ。お前はただ食べてればいいんだよ。そうにちがいないさ。
取り敢えず一口。なるほど、翠星石御用達だけあって中々にウマイ一品だ。彼女がハマるのもうなずける。調子に乗ってもう一口食べようとすると、翠星石の殺気が回復してしまったので慌てて引っ込める。…食べられたくないんだったらそう言えば良いのに…。

次に水銀燈のヤクルトに手を伸ばした。爪でカリカリと引っかいて穴を開ける。世の中には蓋に爪で穴を開ける人と蓋をめくって開ける人の二通りの人間がいるようだが、僕は前者だ。
ヤクルトの容器を口につけてそっと傾ける。…うん、懐かしい味だ。子供の頃はよく飲んでいたが、最近はすっかりご無沙汰していた。久々に飲んでみるとやはりうまいもんだ。
ちなみにさっきから誰も一言も発していない。無言。終始無言である。なんだよみんな、殺伐としすぎだよ!これ第一話何だよ!?
もっと喋ろうよみんな!殺伐としているべきなのは吉野家だけで充分だろう
?ここは「よーしパパ大盛り頼んじゃうぞ―」とかいってもいい空間だよね本来は!?
…心の中で喋っていても誰も反応してくれないので次にいこう。ええと、残ってるのは緑茶と卵焼きか…。

238平穏な日常:2010/02/07(日) 13:38:39 ID:2/wWexpo
…卵焼きは前に苦い経験を(甘い経験?)しているので後回しにさせてもらおう。緑茶を蒼星石にならって両手で持つ。ちなみに僕は猫舌なのでふーふー冷ましながら飲むことにした。
…?心なしか、4人の殺気が和らいだ気がするな。どうしたんだろう?でもつっこんだら何を言われるかわからないので大人しく味わう。まだ少し熱かったが、飲めないほどではない。
やけどするのはいやなのでゆっくりすすることにした。なるほど、蒼星石がプッシュするのもわかるきがする。自分はお茶などはあまりわからないが、そう思わせるだけの実力は確かに持っているようだ。
要約すると、意外とうまい。これはこれでアリだ。 さて、最後は金糸雀の卵焼きだが…ここまで来てしまうともはや食べないわけにもいかないだろう。チラッと本人を見るともはや期待のこもった目をしていた。コイツ、素で「トリは必ず評価されるものかしらー!」って思ってそうだ。
しょうがないので勇気と少々の覚悟を持ってパクリと一口。
…あれ?意外とうまいぞ?甘みが意外と抑えられている。なんだろう、少しは勉強したのか?
おかしいな、前食べたときはこんなにいい感じではなかったのだけど…。
ま、いいや。けっこううまいってことにしとこう。

239平穏な日常:2010/02/07(日) 13:39:19 ID:2/wWexpo

あれ?

ちょっとまてよ、全部美味しいじゃないかこいつら!どうしよう!この中から一つ選べとか無理だよ!
つーか一つだけ選んだらほかの奴らからの攻撃が恐ろしいことになりそうなんですけど!?
「ふむ…」
思慮深いふりをして悩んでいる僕のつぶやきを引金に待ってましたとばかりに四人が動き始めた。
「さぁ!考えはまとまったですかぁ!」
「金の卵焼きが一番に決まってるかしらー!」
翠星石と金糸雀が騒ぎ立てる。えーと薔薇乙女の皆さんは一緒に喋らないといけない決まりでもあるのでしょうか。
さっきからずっと一緒に喋ってる感じしかしないのですけど。
水銀燈と蒼星石は静かに微笑んでいた。ただし、二人とも普通の微笑みとは言えないと思う。
水銀燈は目が笑っていない。ブラックな笑みだ。誰かー。ミルクと砂糖持ってきてー。(棒読み)
蒼星石からはプレッシャーが放たれていた。怖い。怖いよこの子。重すぎるプレッシャーだ。

240平穏な日常:2010/02/07(日) 13:40:12 ID:2/wWexpo

どうしよう。この中からどれが一つだけを選ぶとほかの人たちから総攻撃になりそうだ。
ここはあの手を使うしかないのだろうか。うまくいけば穏便に済ませられるけど、下手をするエラいことになる諸刃の剣。素人にはオススメできない。
「えぇと…」
僕が声を発するとプレッシャーがさらに増した感じになった。やるか僕。やるしかないのか。
えぇい、ままよ!
「四つとも全部美味しかったから…全部一位ということにはならないのかな…?」
これぐらいしか僕の貧相な脳では思い浮かばなかった。うつむいて目を閉じる。
さぁ、この発言が吉と出るか凶と出るか…!
…あれ?何の音沙汰もないな。どうしたんだろうか。少し目を開けてみる。

241平穏な日常:2010/02/07(日) 13:40:48 ID:2/wWexpo

すちゃ。

…すちゃ?聞き慣れない音に慌てて顔をあげると、うわーぉ。薔薇乙女の四人がそれぞれの表情でそれぞれの獲物を携えておりました。
やっぱり凶と出ちゃったんだなぁ…。あぁ、みんな良い笑顔だ…。これ、あたるといたそうだn
僕の意識は遥か彼方へ飛んでいった。

242平穏な日常:2010/02/07(日) 13:42:56 ID:2/wWexpo
中編終了です。
次から後編に移ります。
分ける必要あったのかな…

243平穏な日常:2010/02/07(日) 13:43:37 ID:2/wWexpo
平穏な日常 第一話 後

気がつくと夕方だった。ゆっくり目を開ける。今まで何をしてたんだろう。気絶してたのか?
既にみんなは居らず、窓からは夕日のやや赤い光がのぞいていた。…置いてけぼりですか?
地味に体の節々が痛むな…。あぁそうか、あの四人に袋だたきにされて…、あれ?なんだか頭の左側が柔らかくて暖かいな…。
「あ、ジュン君起きた?」
「ん…蒼星石…?」
上から声が降ってきたので見上げると蒼星石がいた。何故か僕を覗き込むような感じになっている。あれ?なんだこれ?
周りを見渡し、ハッとして自分がどういうことになっているか把握した。つまり、今まで僕は蒼星石に膝枕されていたのだ。
「うわっ!?ご、ごめんすぐにどくから!」
普段では見せないような瞬発力で飛び起きる。もちろん蒼星石にあたらないように。なんてこった。まだ蒼星石の膝の感触が残っているではないか。いかんいかん、落ち着くんだ僕。COOLになるんだ僕。

244平穏な日常:2010/02/07(日) 13:44:25 ID:2/wWexpo
「ふぅ…みんなはどうしたの?」
COOLになって落ち着いたところで蒼星石に尋ねる。
「あはは…みんなジュン君にあきれて帰っちゃったよ。ごめんね、少しやりすぎちゃったかも」
蒼星石の話によると、ほかの三人は僕を適当にボコった後に帰ってしまったらしい。
うぅ、道理で体のあちこちがいたい訳だ。治療ぐらいしてくれても良いじゃないか。
蒼星石だけは気絶した僕を気遣って残っていてくれていたようだ。まぁ蒼星石にもやられた訳だけど。鋏で。
つーかなんでみんな武器を持ってたんだ。金糸雀に至ってはヴァイオリンだったぞ。殴るなよそれで。
「ありがとう蒼星石。おかげで助かったよ」
「ううん、みんなもあそこまでやることはなかったんじゃないかなと思うよ」
「確かに。でも蒼星石もあの場で参加していたことはお忘れなくだぞ?」
「うぅ…それは…ごめんなさい」
素直に謝る蒼星石。ほんとに姉とは似ても似つかぬできた妹だ。

245平穏な日常:2010/02/07(日) 13:45:01 ID:2/wWexpo
「それで…?なんで蒼星石は僕に膝枕をしてたんだい?普通に床に寝かせててもらえばそれで良かったのに」
気になったので聞いてみた。看病してくれれば床に直置きでも気にしなかったし。いや、座布団は欲しいかな。
…?あれ、返事がないな。見ると俯いてつぶやいていた。よく聞こえないな。どうしたんだ?
「お〜い、蒼星石さん?」
「え!?いやあの!それはほら!一応気絶してたから!それにこう、色々と…」
「色々と…なんだって?それに顔赤いぞ?風邪でも引いたか?」
「〜〜〜〜〜っ!こ、細かいことは良いんだよ!」
両手をジタバタしながら喋る蒼星石。なにやらごまかされた気がするな。ほんとに顔赤いんだけどなぁ…。あ、夕日のせいかな。
自己解決したところで、もうひとつ疑問がわいてきた。
「そういえばさ、僕がお茶飲んでる時にみんなの動き…というか殺気がすこしゆるくなったけど、あれってなんだったのかな?」
「お茶…?あぁあの時か。…さぁ、なんでだろうね?」
「わからないか。まあいいんだけどさ」
「ボクは両手で持つのが可愛いと思ったからなんだけどね…」
「今なんか言ったか?」
「な、なんでもないよ!?」
「ふぅん…。しかし、ずいぶん長い間寝てたんだなぁ。もう日も落ちそうだぞ…。帰ろうか?」
「うん、そうしよう。ジュン君も起きたし、長居する理由もないからね」

246平穏な日常:2010/02/07(日) 13:46:05 ID:2/wWexpo
「ふぅん…。しかし、ずいぶん長い間寝てたんだなぁ。もう日も落ちそうだぞ…。帰ろうか?」
「うん、そうしよう。ジュン君も起きたし、長居する理由もないからね」
身支度を整えて鞄をつかみ、部屋を出る。もう残っている生徒もほとんどいないようだ。二人で並んで歩いて校門をくぐる。
お互いあまり会話はなかった。二つ、並んだ影法師。一つはのんびり。一つはゆったり。
違いがあるかはわからないけど、決して同じではない動き。さらに赤くなった太陽が二人を照らしていた。
「ジュン君、ボクね、結構緊張してたんだよ?」
不意に蒼星石がつぶやいた。
「緊張…ってどういうことだ?」
「あのお茶のことさ。あのお茶をジュン君が飲んでいるときに、逆にボクは固唾を飲んで見守ってたのさ」
「はぁ、そりゃまたどうして。あぁ、一番美味しいって言われるかどうか?」
「それもあるけど…全くジュン君はすこし鈍感なところがあるんだね」
蒼星石が立ち止まってこちらに向き直った。僕も立ち止まって蒼星石の方を向く。
お互いの顔は、ほんのちょっぴり真面目で。
「いいかい、ジュン君。あのお茶はボクが、君の為に淹れたんだよ。そのことに対して何か思わないのかな?」
なるほどなるほど。僕が飲んだお茶は蒼星石がわざわざ…ってそうか。そうだよな。
蒼星石以外にお茶を淹れることが出来る人はいないからな。あの三人には無理だろうな。

247平穏な日常:2010/02/07(日) 13:47:25 ID:2/wWexpo
…まずい、なんだか恥ずかしくなってきたぞ。少し顔が熱くなってきた気がする。落ち着け、COOLになるんだ。
「あの緑茶はボクが自信を持ってオススメする美味しい緑茶だ。ボクはあのお茶を一番美味しいと言ってほしかった。
でもね、それ以上にジュン君にボクが淹れたお茶が一番美味しいと言ってほしかったのさ。
ジュン君は四つとも美味しいと言った。その中にはもちろんボクのお茶も含まれている。
でもジュン君は、はっきりとボクの淹れたお茶が美味しいとは言ってくれなかったんだよ。そこでボクは君に聞きたい」
長々と言った後に蒼星石が一歩、ズイッと僕に向かって踏み出す。今度は後退りしなかった。したいとも思わなかった。
「ジュン君…ボクが淹れたお茶は、美味しかったかな?」
期待と不安が入り交じった瞳をして蒼星石が僕に聞く。僕は少しだけ押し黙る。でも言うべき答えは既にあった。
手を伸ばして蒼星石の頭にポンと置く。少しビクッと動いたのが感じ取れた。ちょっと失敗したか…?
それでも早く答えてあげよう。膝をちょっと曲げて蒼星石の目線にあわせる。
「美味しかったよ、蒼星石。ぜひともまた淹れて欲しいな。また君のお茶が飲みたいよ」
そういって蒼星石に微笑みかける。ちょっとだけ動きを止めた後、蒼星石も僕に微笑んでくれた。

あまり平穏じゃなくても、これなら悪くはないかな_____
蒼星石の笑顔を眺めながら、僕はそう思った。
二人の顔が少しだけ赤かったのは、多分、夕日のせいだけじゃない気がする。

第一話 「悪いことの後にはちゃんと良いことだってある」 完

248平穏な日常:2010/02/07(日) 13:48:03 ID:2/wWexpo







「でもな、蒼星石。金糸雀の卵焼きだってアイツの手作りだったよな?」
「あっ…」

249平穏な日常:2010/02/07(日) 13:52:14 ID:2/wWexpo
これで平穏な日常第一話は終了です。
「悪いことの後にはちゃんと良いことだってある」ってのは副題のつもりです。
一ヶ月前に書いた文章で自分で読んでて死にたくなりました。稚拙すぎるだろ・・・
普段他の人の長編読んでると自分のがしょぼく見えてきます。

第二話は規制が解けてたら今月中には…!
あと前に「ジュンはみんなと節分を楽しむようです」を転載してくださった人ありがとうございました。
今更かもしれませんが最近PCに触れることが出来なかったので…。

250謎のミーディアム:2010/02/07(日) 21:21:35 ID:Yt3KTUKA
>>235-249
転載しました。

251謎のミーディアム:2010/02/08(月) 02:56:21 ID:sZ5I8zgk
>>250
いつもご苦労様です。

あーもー規制ってなんですか、わかりません。

Merry Christmas Mr.Vegita-After Yellow Comes Purple-
Phase6.

投下します、しばしの間お付き合い願います。

252謎のミーディアム:2010/02/08(月) 02:57:06 ID:sZ5I8zgk
バーに行ったことのある奴はどのくらいいるのだろうか?行ったことのある奴ならわかるだろうが、バーテンダーというのは基本無口なものである。(と、今は思いたい。)いや、中には喋りまくるバーテンダーもいることだろう。
それがいいとか悪いとかじゃなく、今俺が置かれている現状を見てどう思うかだろう。

「雪華綺晶さん、もう少しゆっくり喋ってはもらえませんか?」
このバーテンダーさんは、ある一定の酔いを超えるとどうも早口になるようで正直聞きづらい。いいことを言ってくれているんだろうけども、早すぎて聞き取れない。困ったもんだ。
それより横で生きていたはずのメガネ野郎がさっきから静かにしていると思ったらついに沈没しやがった。
この野郎、2度と起きてこれないようにしてやろうか。

「ベジータ様、私のお話ちゃんと聞いておられますの?」
「え、えぇ。」
「では私が先ほど申しましたことを一言一句間違わずに再現してはいただけませんでしょうか?」
「それは無茶な話ですね。」
「・・・本当に聞いておられたのですか?」

聞いていたといえば、まぁ聞いてはいただろう。だが、俺の耳は残念ながら右から左へと抜けていくという都合のいい性質を持ち合わせているため、残念ながら雪華綺晶さんのありがたーいお話は頭にまでは届いていないようである。
肝心な時に作動してくれるもんだから、よく大目玉を食らったりする。いいんだか悪いんだか。

「すみません、聞いてませんでした。」
「白戸家長男のようなセリフは聞きたくありませんが。」
「で、何の話でしたっけ?」
「よくまぁ腰をボキボキと折ってくれますわねぇ。」
「すみません、俺も酔ってるんで。気にしないでください。」
「はぁ・・・。では最初から。」

え?最初からまたあの長くて迷惑、じゃなかった、ありがたい話を聞かされるのか。

「簡潔に申しまして、ベジータ様はばらしーちゃんのことをどう思っておいでですの?」
「どうもこうもありませんよ。というか・・・自分が一番よくわかってないんですからね。」
「作用でございますか。」

253謎のミーディアム:2010/02/08(月) 02:57:30 ID:sZ5I8zgk
そういうと、彼女はおもむろに立ち上がり台所のほうへと向かった。一体何をするつもりだろうか?
「オレンジジュースはございましたでしょうか?」
「ええ、ありますよ。」
「では、今のあなたにピッタリの一杯をおつくりいたしましょう。」

何の話だ?と思って待っていると出てきたのは・・・何だこれ?ただのオレンジジュースか?

「スクリュードライバーですわ。」
スクリュードライバー。元々はイランの機関工だか何だかが手元にあったオレンジジュースとウォッカを混ぜて作ったのが始まりだとか。その時、混ぜるためのスプーンや棒がなくドライバーで混ぜたのが名前の由来だとか。
だがこいつにはもう一つ異名がある。その飲み口の良さから女性を簡単に酔わせてしまうことができるため"レディーキラー"とも呼ばれているが・・・。

「俺は確かに変態ですが、スケコマシではありませんよ。それだけは言っておきましょう。」
「レディーキラーの異名を持つカクテルは他にもございます。そのようなことではございません。」
「じゃあ一体どういうことでしょう?バーテンダーさん。」

「己の・・弱さを隠す。」

弱い?この俺が弱いだと?

「話はまだ終わってません。どうぞ最後までお聞きください。」
聞けばこのカクテルはまだアメリカンギャングとして名高いアル・カポネが生きていた頃の悪法"禁酒法"時代から流通が始まったのだという。それがどうしたってんだ。


恐怖を、本当は怖くて動けない自分を隠すためですわ。このカクテルのように・・・。
禁酒法時代、強い酒をジュースで割るのはその色合いから酒であることを隠すためだったと聞いております。
ベジータ様の本心は動きたくて仕方がない。でも確証がありませんので、動くことに躊躇しておられるように私は思います。

「それが私のお見受けした、今のベジータ様です。」

観察力、洞察力に優れているのは結構だが正直余計な御世話だ。

254謎のミーディアム:2010/02/08(月) 02:58:01 ID:sZ5I8zgk
「ですが、今のままでは状況は何も変わりませんことよ。そろそろ素直になられてもよろしいのではないでしょうか?」
「雪華綺晶さん、バーテンダーってのはそんなお節介まで焼かないといけない職業なんですかね?」
「どうでしょうか?私自身がお節介だからなのかもしれません。私の記憶の書籍の中から手繰り寄せた一杯です、お気に召さなければ私が戴きましょう。」
「それは結構。折角本職の方に作ってもらったものだから戴きますよ。」
「光栄ですわ。それから・・・先ほどのお話はベジータ様に程近い方からお聞きした話です。」
「一体誰なんですか?」
「そこは敢えて伏せておきましょう。きっと意外な方だと思われるでしょうから。」

お節介なバーテンダーの酒、酔っていたことを差し引いても今までのんだどのスクリュードライバーよりも美味かった。
悔しいが認めよう。
なぜだろう、この人は不思議な人だ。笹塚の人脈も侮れんな-というか彼女以外は知らんのだが。

ん?もしかしてさっきの話は笹塚から聞いたんじゃないだろうな?なんて瑣末な考えは排ガスの如く消え失せた。
奴なわけがない。高校時代廊下に立たされ続けた可哀想な野郎の言葉とは思えんからな。

「ところで、雪華綺晶さん。ちょいと御願いがあるんですが。」
「さて、なんでございましょうか?」
「俺一人でこの部屋片付けるのは気が引けるので手伝ってほしいんですが。」
「構いませんわ。ただし、一つ条件が。」
また面倒なことを言われるのかと思った。今までの流れを考えればそうだろう。それ以外の選択肢があるなら誰か今すぐここにきて解説しろ、都合のいい話なら聞いてやってもいい。
「ばらしーちゃんとご一緒に私の店にご来店下さいませ。今回のようなお節介はいたしませんので、その点ご安心ください。」
「・・・わかりましたよ。また店に行かせてもらいます。薔薇水晶がつぶれない程度によろしくお願いしますよ。」
「もちろん配慮いたします。」

配慮ねぇ・・・なら今の俺にももうちょっとした配慮がほしかったもんだ。痛いところをみごとについてきやがったんだからな。
己の弱さ、未熟さ。サイヤ人たるこの俺に不覚なしと思っていたのは思い過ごしだったというのか。
どうもこういった人間関係には素直になれそうにない。あの一件以来、確かに億劫になっていたんだろう。
それを認めてしまうのが怖かった。正直に言おう。一人の男として情けないのはわかっている。
心が永遠の冬を迎えたような気分になっていたのに、出来てしまった氷山に温かい日の光が当たることを拒んでいた。
何故かって?どれだけ硬くなった氷もいつかは溶けてしまう。そう、溶けてしまうことへの恐怖だ。
露わになってしまった心の本質を誰にも見せることなく生きてきた。あれほど、好きだった金糸雀さえも。
これは、彼女に対する裏切りなのか?違う。春の訪れを恐れ、自分の殻に閉じこもった醜い姿を見せたくなかった。
誰にもだ。心の闇に有難いご来光なんて俺は求めてないんだ。
弱さを隠すために、牙を剥き出しにしていたんだ。それ故にあんな凶暴な単車に乗っているのか。

255謎のミーディアム:2010/02/08(月) 02:58:30 ID:sZ5I8zgk
畜生、考え出したらキリがない。誰に助けを求めるわけでもなく、独りよがりになっていたのは・・・もう認めるしかないようだ。
もう、負けたな。どん底だ。

「人は負けるようにはできていませんの。」
「はい?」
「殺されてしまうことはあるかもしれませんが、人は負けるようにはできていません。ヘミングウェーの言葉です。」
「負けなどないなら、なぜこんな感傷に浸るよな真似を俺がしているんでしょうか。」
「それは一時の迷いなのです。ベジータ様。」
「迷い?」
「迷うことは負けではありません。迷いが解ければ、進むことは可能ですので。」
「寒い寒い冬の中に閉じ込められ、出口のないような空間にいたとしてもですか?」
「ええ。誰にでも平等に朝が来るように、誰にでも平等に心の春は訪れます。少なくとも、私はそう信じてやみませんわ。」
「その言葉、本当に信じてもいいんでしょうか。」
「今のベジータ様には難しいことかもしれませんが、いつか冬は終わります。そう信じて下さい。」
「・・・俺は一体、どうすれば。」
「祈ることです。」
「祈る?無神論者で有名なこの俺が何に対して祈れと?」
「何かに縋ることは、決して弱きものだけのすることではありません。」

縋るもの・・・寄りかかるもの・・・支え・・・・。

そんなもの、俺にはいらないと思っていた。
一人の人間として、自分は孤独の中にあると思い込んでいたのか。いや、間違いなくそうなんだ。

「そろそろ、寄りかかることを覚えられてはどうでしょう。今のままではあまりにもさみしすぎるように思います。」
「寂しい・・・ですか。」

寂しさ。世界で一番俺に似合わない言葉のはずだった。傍から見てもそうだと信じていたのかもしれない。
だとすれば、その寂しさ-永遠の冬のような心-から解放してくれるのは一体何なんだ。

256謎のミーディアム:2010/02/08(月) 02:58:50 ID:sZ5I8zgk
「ベジータ様、最初に申しましたようにもっと素直になられるべきです。」
「ジュンよりはましだと思いますが。」
「ジュン様は多少捻くれてはおられますが、素直なところもあられますのよ。ああ見えて。素直な心は誰しもが持っているものです。他の感情が干渉してしまい、表に出ることは少ないようですが。」
「・・・俺は、誰かに頼ることを覚えてもいいんでしょうか?」
「きっと、彼女もそうあってほしいと思っておいでですわ。」

少しだけ、ほんの少しだけ気が楽になったように思う。だが本質はいまだに解決していない。
これからが本当の地獄のような気がしたが、そんなもんじゃないんだろうな。薔薇水晶が受け入れてくれるかどうかも怪しいのに。

あ、そういえば・・・・
アイツ今日バイトじゃなかったのか?まぁ、もう気にしなくていいだろう。というか今の俺にそんな余裕があるとは到底思えんからな。

Phase6 fin.

257謎のミーディアム:2010/02/08(月) 02:59:18 ID:sZ5I8zgk
以上です、ありがとうございました。

258謎のミーディアム:2010/02/08(月) 04:37:13 ID:YKTjUIWY
257転載しました
>>254が少し30行を越えていたため、投下通りの転載ができなくてすいません

259謎のミーディアム:2010/02/08(月) 05:10:59 ID:sZ5I8zgk
>>258
ありがとうございます。
お気になさらいでください。

30行で切ったつもりが切れてなかったんですからww

260謎のミーディアム:2010/02/08(月) 08:35:16 ID:eRQHz.Ag
二人とも乙!

261黒き天使を従えて:2010/02/19(金) 20:26:24 ID:???
転載お願い致します。

黒き天使を従えて 第5話『天気晴朗なれど…』

あまりに事が一気に進みすぎることには危険も伴うが、それだけ好転するものは一気に好転する。

ジュンにキスされた水銀燈、それを見ていた雪華綺晶…
涙していた水銀燈も落ち着き、3人は昼食に入ることにした。
雪「さあどうぞ、お箸もナイフもフォークも揃ってますわ。遠慮なさらないでどんどんお食べ下さいまし」
ジ「お前の弁当はいつ見ても多いの一言に尽きる」
銀「…べっ別に私は要らないわ」
雪「じゃあお飲み物は?生憎ヤクルトしかございませんけど…」
銀「…」サッ コクコク
ジ「…(ヤクルト好きなんだ)」
雪「…(ヤクルト好きですのね)」
…と、こんな感じで、この三人は校舎の外での昼食を楽しんだ(?)のだった。

食堂で昼食を済ませた生徒達と同じ頃に教室に戻ってきた三人を見たクラスメイトらは驚いた。
あの最凶転校生が、ジュンと雪華綺晶と一緒に教室に入ってきたのだ。
しかも、何やら凶悪さが薄れていた彼女に、ジュンの取り巻き乙女達を始め、皆が違和感を抱き…
やがて驚愕した。一羽のカラスこそまだ肩に載せてはいたものの、水銀燈はもう刺すような眼も視線も
周囲に投げかけることなく、静かに自分の席に戻っていく。
午前中の水銀燈は、転校初日の不安を掻き消すために、わざと凶悪に振舞っていただけなのか…?と、
クラスメイト達は同時に考え、もしかしたら彼女もジュンたちを切っ掛けにして徐々にクラスに溶け込んで
くるかも…とも期待した。怖いもの見たさもあろうが、カラスを操る不思議な少女と懇意になりたいと思ったのである。
ベジータや他の男子生徒たちに「一体何があったんだ!?」と詰め寄られるジュンと、同じく女子生徒たちに
囲まれる雪華綺晶。二人がジュンの暴走…キスの事を明らかにしなかったのは言うまでもない。
…にわかに騒がしくなった教室から、また一人の少女がそこを後にした。

262黒き天使を従えて:2010/02/19(金) 20:28:41 ID:???
>>261

その頃。
水銀燈の下僕のカラス達は、校舎の上に集まって色々と話をしていた。
「あのきらきしょーとかいう人間こわかったねー」
「さっきなんか食べられちゃうかと思ったよ」
「銀様をおいて逃げちゃったからあとで怒られるかもー」
「でも銀様のようす、何か変わらなかった?」
「あのメガネにちゅーされてからなんだか大人しくなっちゃったねー」
「どうしてかなー」
「銀様が僕たち以外のやつに敵意を向けなくなるのってめずらしいねー」
「ねー」
「メイメイ様は?」
「銀様のお供だよー」
「そっかー。ところでみんなお腹空かない?あのきらきしょーのお弁当おいしそうだったから僕お腹空いたー」
「同じくー」
「じゃあ食べに行こうよー」
「どこに行くの?」
「すぐそこだよー」
カラス達が一斉に飛び立った。

機嫌の悪そうな薔薇水晶が気晴らしに外を歩いていると、校舎のそばのウサギ小屋の辺りから
またも騒がしい鳴き声が聞こえていた。
見ると、あちこちガタがきて、トタンの屋根や側面の金網があちこち破れているウサギ小屋の中に
あの忌々しいカラス共が侵入し、中のエサを狙ってウサギ達とケンカをしている。
薔薇水晶が近寄ると、勘のいいカラス達はあっというまに飛んでいってしまった。
薔「ふん…きらきーも…皆も…あんな転校生なんかに…」
ウサギ小屋の傍に座り込んだ薔薇水晶は、憂さ晴らしに中のウサギたちに小石をぶつけ始めた。
可愛らしいやつあたりと言えば確かに可愛らしいのだが…一難去ったばかりのウサギにとっては迷惑
極まりないだけである。

263黒き天使を従えて:2010/02/19(金) 20:31:26 ID:???
>>262

 「おやおや、僕の友達にイタズラするのはやめてくれないかな」

突然背後から声を掛けられ、驚いて振り向いた薔薇水晶は、そこに作業服姿の若者の姿を見た。
白崎と言う名の用務員は、ラインマーカー用の石灰粉をリアカーで運んでいる途中のようで、
別段怒っている様子でもなく目を細めて薔薇水晶を見ている。
薔「…ふん」
立ち上がった薔薇水晶は、そのまますたすたと昇降口へ戻っていった。

午後の授業では、水銀燈はもうカラスを使って暴れさせるようなことはしなかった。
ジュンが様子を見ると、彼女は静かに肩に載せた一羽のカラス・メイメイの翼を撫でてやっている。
落ち着いた感じの水銀燈の様子に、ジュンだけではなくクラスの全員の精神が普段の授業へと戻ることが出来た。
帰りのHRの時間に教室に入ったクラス担任の梅岡は、特に教室が荒れている様子でもないのを見て、
そのままHRを進めて放課にしたのであった。

つづく

よろしくですぅ

264謎のミーディアム:2010/02/19(金) 22:54:22 ID:???
>>261-263
天才しました。

265謎のミーディアム:2010/02/20(土) 08:00:14 ID:???
>>264
ありがとうございました!

266蒼空のシュヴァリエ:2010/02/22(月) 18:45:35 ID:???
転載願います。「蒼空のシュヴァリエ」

           …一死ヲ以テ大罪ヲ謝シ奉ル。

最後の陸軍大臣・阿南惟幾は、15日未明に遺書をしたためたのち、自決した。
介錯を拒んだ上での、割腹だった。
この死の報せが広まるや、シナ・南方各地の前線の日本軍部隊から殺到していた戦争続行要請は、ぴたりと止んだ。

…ちなみに、彼が自決前に口にした、米内光政海軍大臣を斬れ…という切実な遺言は、遂に果たされることは無かった。

          …長い戦後が、この日から始まった。



          『蒼空のシュヴァリエ』 〜戦後編〜



        …姉さん、これから僕はどう生きていけばいいのだろう。


       東京・青山の、焼失を免れたキリスト教墓地で…
   
『Jade Stern』と記された十字架に、焼け跡に咲いていた一輪の花を手向けた蒼星石は…途方に暮れていた。

疲れたような顔で、彼女は、自分を張り詰めていた日々の終わりから今に至るまでの事を思い出す。

3週間前、8月15日。
敗戦の玉音を聞いて数時間後、方面軍が正式にそれ以降の戦闘行動の中止を無線で厳命して、鵜来基地の全員は
やっと実感としての終戦を得た。

267蒼空のシュヴァリエ:2010/02/22(月) 18:48:09 ID:???
もちろん、終わりを迎えるためにはそれなりにすべき事がある。
それからおよそ一ヶ月、彼女達は何もせずただ呆けたように過ごしていたが、いつまでもそのままではいられない。
ある日のこと、蒼星石らは思い立って基地の無線室に保管されていた各種書類を飛行場の地面に積み上げ始めた。
無論燃やすためである。
書類であれなんであれ、自分達の側にあったものを敵に渡したくないと思う気持ちか、降伏こそしたが屈服はしない
という意思のあらわれか…
いずれにせよ、機密を破棄するために、蒼星石らは書類を積み上げた。
今は亡き通信士の二人が遺していた通信記録は膨大なものがあったが、彼らの血と汗の結晶とも言うべき通信記録は、
進駐軍の手に渡る前に煙となって空へ昇っていく。
それを万感の思いで見上げていた蒼星石が、覚悟を決めたように言った。
「烈風も焼却しよう」
たった一度飛行しただけとは言え、蒼星石の愛機だった烈風。
日本最後の意地たる新鋭機・烈風が米軍の手に落ちてしまうのに、蒼星石が耐えられないであろうことは勿論のことで、
薔薇水晶や雪華綺晶、そして戦勝国の一員たる水銀燈もそれに応じた。
人力で飛行場の真ん中に連れ出された烈風が燃料や弾薬を抜かれ、まさに
ガソリンをかけて火を放たれようとしたとき…
運悪くと言うべきか、このとき鵜来島の砂浜に、米軍のカタリナ飛行艇が…武装解除のために上陸したのだった。
上陸してきた米軍の大佐は、数名の護衛兵と日本軍の通訳を連れて飛行場にやって来た。
あらかじめ他の場所に集めていた銃器類を満足そうに見やったその大佐は、予想通り烈風に視線を向けて近づいてくる。
そして水銀燈を見て…驚愕の表情を浮かべ、彼女から捕虜になった経緯を聞き、代わりに彼女が米軍で戦死認定をされて
しまっていることを伝え、水銀燈を驚かせた。
そして大佐は、見慣れない日本軍の戦闘機を見かけるや、この機を直ちに接収すると宣言した。
暗然とした蒼星石を見た水銀燈は抵抗する。
この機は特に珍しい機体じゃない、自分が戦ってきたジョージ…紫電改の改良型に過ぎない、だから接収しないで、
パイロットであった蒼星石らの手で無力化…焼却させてほしい、と。
大佐が、傍らで黙って聞いていた日本軍の通訳…かつて海軍343航空隊の飛行長だった、桜田とも知己があった志賀淑雄に
水銀燈の語った事は本当かと尋ねる。
蒼星石らが息を飲む中、司令を特攻で失ったパイロットの無念を量った志賀は、大佐の問いかけに首を縦に振った…
その甲斐あって、日米両軍の見守る中、8月9日のあの特攻作戦の唯一の目撃者であった烈風は、
蒼星石の摩ったマッチの火で燃え上がり、溶けていった。

268蒼空のシュヴァリエ:2010/02/22(月) 18:50:13 ID:???
その主だった蒼星石は、炎に包まれた烈風に敬礼し、呟いた…さようなら、僕の戦争、と。

正式に武装解除を受けた蒼星石・薔薇水晶・雪華綺晶は、そのまま鵜来島で水銀燈と別れる事となった。
「味方に殺されてたなんて、とんだ話よねぇ」
別れ際、冗談交じりに言った水銀燈の表情は、見送る側と同じく寂しそうで…
飛び去っていくカタリナ飛行艇を見送りつつ、これから先彼女と再会する事はあるまい、と蒼星石も思った。

ゴオオオ…と、東京の空を我が物顔に飛ぶ進駐軍のB-29のエンジン音に、蒼星石は我に返った。
…この数年間、色々な事があった。
今思い返せば、本当に全てがあっという間だった。
そのあっという間の時間の流れの中で、僕は人々の死を目の当たりにし…また自ら殺してきた。
姉さんの死から、全てが終わり、全てが始まった。
あの時から、僕もそれまでの自分ではいられなくなり…戦いに身を投げ出す事で、
それまでの自分を殺し、生きてきた。
…後悔はしていない。
いや、後悔どころか、むしろ…

狭い操縦席に身を沈め、轟音に震える機体を疾駆させ、空へと駆け上がる。
その両目を見開き、興奮に震える身体を抑え、敵機の姿を探し求める。
操縦桿とスロットルを握り締め、敵を照準機に捉え、引き金を引く。
機銃の生み出す振動を身体に受け、曳光弾の行く末をじっと見据える。
堕ちていく敵機の吹き出す炎と煙を眼下に、僕は…

  愉 し ん で い た

…その瞬間には。復讐もない。大義もない。ただ、愉しかった。人を殺すのが!

 そうだった、僕はどうにかして生きていたかったんだ。

 縋るものが…寂しさを忘れる何かが、欲しかっただけなんだ。

269蒼空のシュヴァリエ:2010/02/22(月) 18:52:07 ID:???
 生の実感が欲しかったんだ。

 姉さんの命と共に、奪われていったそれを…。
 
 姉さん、教えてよ。

 僕は、これから何をして生きていけばいいの?



…白い石で作られた十字架は、しかし何も答えはしない。




蒼星石・薔薇水晶・雪華綺晶も、水銀燈と別れたすぐ後に柴崎の漕ぐ伝馬船で鵜来島を離れた。
しばらくの間世話になった柴崎にも別れを告げ、とりあえず蒼星石は、身寄りのない双子と共に東京へと向かう。
本数の少ない汽車に昼夜揺られてやっと東京駅にたどり着いた三人。
一面の焼け野原となっていた帝都の有様を、三人はこの時始めて目の当たりにする。
戦争が始まるまではモダンそのものだった東京、洒落た洋服を来た人々が歩き、自動車や市電が道路を走り、
ビルディングが立ち並び、娯楽に溢れていたかつての大都市…
もはやその面影はなく、ほとんど手のつけられていない焼け跡の下には焼け死んだ人骨があるばかり。
東京駅の向こう側で焼け残った皇居だけが、ここが東京だったことを物語っていた。
…三人は、東京の海軍省が所有していた宿舎に住まいを見つけ、暮らし始めたのだった。

整備兵だった薔薇水晶と雪華綺晶は、近所の焼け残った鉄工所でとりあえず仕事を見つけた。
が、パイロットだった蒼星石には、当面の足しになるような仕事は見つからない。
師範学校に通っていたことを生かして教職に就けないかと考えた彼女だったが…
師範を卒業したわけでもなく、まして戦時教育を受けた蒼星石が、今の教職に就くのはほぼ不可能である。
戦闘機乗り時代に貯まっていた少なくない給与で、彼女は中古のミシンを購入して服の繕いを始め、収入源とした。

270蒼空のシュヴァリエ:2010/02/22(月) 18:55:06 ID:???
…しかし、それはあくまで当座のこと。
戦争が終わった今、蒼星石には、これからの人生をどのように生きていくか…それが見出せないでいた。

…焼き尽くされた日本中が明日の生活に苦しんでいる中、かつての戦争指導者達は事後法で裁かれたり、公職追放で
共産主義者や社会主義者など危険思想の持ち主が野放しにされたり…
すべてが、目まぐるしく変化していった。
ある日の事、蒼星石は、戦争中の飛行服で男装して東京・上野の闇市を歩いていた。
復員兵や買出しの日本人には元気がなく、進駐軍の米兵や走り回るジープだけが活気を見せている。
闇市には、どこにあったんだろうと思うほどの食料が並び、あちこちからいい匂いが漂い、疲れた人々が列を作っている。
そして…闇市の出店の裏に、蒼星石は小さなテントが並んでいるのを見た。
あのテントはなんだろう、と彼女は人気から少し離れたところにあるテントの群れに近づく。
…蒼星石は、その中から女性の嬌声が漏れるのを聞いた。
思わず足を止めて体を強張らせる。
どのテントからも、男性と女性が交わっている声が聞こえてくる。
…テントの一つから、米兵と若い日本人女性が出てきた。女性は米兵からドル札を受け取り、微笑んでいる。
蒼星石は逃げるようにその場から離れた。
パンパン、と呼ばれた日本人売春婦の哀しい姿だった。

一方、アメリカに帰国した水銀燈。
戦勝に沸く祖国の土を踏み、彼女が真っ先に向かおうとしていた場所はひとつだった。
…私の「戦死」の報せは、当然彼女の元にも届いてるわよね。
捕虜となり、連絡する術を失ったのは不可抗力だったが、それでも自分の“死”を知った親友…それも胸を患った彼女が
並みならぬ心痛に苛まれたであろうと考えた水銀燈。
決して自惚れではない。彼女は、水銀燈のことを彼が身…鏡に映った自分自身だと言ってくれた。
その言葉が、彼女の存在が、水銀燈に生きる力をくれていたのだ。
水銀燈には、既に両親もこの世に居なければ、無事を伝えたい親類も居ない。それはメグも同じ。
…一刻でも早く彼女に姿を見せなければ。
有り余った給料で、広くて快適なタンデムのあるオートバイを購入した彼女は、軍服姿のままのその足でとある山脈へと向かう。
綺麗な空気と、エンジンの重い振動が心地よい。
やがて見えてきたのは、空気の澄み渡った山上に建つ小さな療養所。

271蒼空のシュヴァリエ:2010/02/22(月) 18:57:39 ID:???
オートバイを降り、弾む心を抑えて、水銀燈は療養所内の一室に飛び込んだ。
前に訪れた時のように、ベッドに上半身を起こし、窓からの眺めを楽しんでいるであろうメグを探した水銀燈は…
主のないベッドと、綺麗に折りたたまれたシーツとを見て、困惑した。
「メグ…?」
薄黒い不安が、水銀燈の中で、もごりと動き出す。
「誰?」
後ろから声を掛けられた彼女が振り向くと、そこには顔なじみの修道女で看護婦の真紅が居た。
水銀燈の顔を見た真紅の顔が驚愕するのが分かった。
「真紅…」
「嘘でしょう…貴女、生きて…」
ハンカチを取り出して涙を拭う真紅と抱擁を交わし、捕虜になっていた事を簡潔に語ったのちに水銀燈は問うた。
「メグは…どこ?」
真紅は涙を止めない。
「あの娘は…」
…8月の15日の事だった。
水銀燈の戦死の報せを受けて一週間もたたないうちに、メグは容態を急変させ…天に召された。
死の床で励ましの声をかける真紅に、メグは言った。
『I'm not sad…Because I'm about to go to meet my angel…』
聞いた水銀燈も、言った真紅も、しばし黙り込んでいたが…ややあって水銀燈はその場にへたり込み、がたがたと震えた。
「そんな…私が…」
「貴女のせいじゃないわ。メグは最期まで」
「私のせいよっ!!」
涙ながらに叫んだ水銀燈の声に、真紅は押し黙るしかなかった。

…真紅に連れられ、療養所の近くの見晴らし良い場所にある墓地の真新しい十字架の前に立つ水銀燈。
親友の名が刻まれたそれは、周囲の十字架とは明らかに異なっていた。
下端が長い普通の十字架ではなく、四方の全ての長さが等しいそれを、水銀燈はぼんやりと見つめていた。
「…これはメグが?」
「…ええ。普通の十字架は処刑道具だから嫌、正十字は調和の象徴だからって…」
メグらしいわ、と水銀燈は思った。初めてメグと会ったときに彼女から聞いた話を水銀燈は思い出していた。

272蒼空のシュヴァリエ:2010/02/22(月) 18:59:31 ID:???
「ごめんなさい。彼女を永らえさせることが出来なくて…」
済まなそうに言う真紅。
「いいえ…」
あのどこか不思議で…純粋な少女に、この世で生きろというのは酷過ぎたのかも知れない、と水銀燈は思った。
…メグこそが天使だったのだ。私なんかじゃなくて。

療養所を後にし、オートバイを駆る水銀燈。
急勾配と急カーブだらけの下り道を、彼女はほとんどスロットルも戻さず高速で駆け下りる。
目の端に浮かんだ涙は、すぐに後方に吹き飛ばされていく。
…私のせいで、メグは生きる気力を喪ってしまった。
…私は、大切な親友を喪ってしまった。
…もう私には、還る場所がない。
戦闘機を髣髴とさせるエンジンの轟音だけが、今の水銀燈を慰めていた。

東京。
3人がつつましくも不自由さの薄れつつある生活に慣れてきた、昭和22年の年明けすぐの事だった。
たまたま宿舎の外で掃き掃除をしていた薔薇水晶と雪華綺晶に、突然声をかけてきた女性が居た。
年のころおよそ30代、小さな乳飲み子を抱いた女性は蒼星石を探しているという。
勧められるままに部屋に上がったその女性が、やっと尋ね人と対面する。
女性の自己紹介を聞いた蒼星石…傍にいた薔薇水晶と雪華綺晶は耳を疑った。
蒼「…桜田、と仰いましたか!?」
乳飲み子を抱いたその女性…桜田のりが頷く。この頃の人々の例に漏れず、彼女の顔も憔悴しきっていた。
の「戦争中には…弟が本当にお世話になりました。貴女が弟の部隊の生き残りだと聞いて…」
雪「お姉さんが…いらっしゃったんですの…」
の「…といっても、ジュン君とはもう16年前に別れて以来会うことは叶わなかったんですけどね…。
  私が村を出て赤線で働くことになった時から…」
1929年の世界恐慌と日本政府の失態のツケを、身をもって払わされた貧しい家庭の少女達…
聞いていた3人は思わず済まなさそうな顔をした。
の「本当に…ありがとうございました。貴女達が弟の死に際を記録してくれたお陰で、軍…厚生省からきちんと
  遺族年金が出るようになって…」

273蒼空のシュヴァリエ:2010/02/22(月) 19:02:32 ID:???
蒼「いいえ!僕達こそ司令には…」
その後しばらく、蒼星石はのりに色々な話をした。
桜田ジュンに司令として世話になったこと、彼が広島で原子爆弾の洗礼を受けてしまったために特攻を決意したこと、
…そして、その死に様を。
桜田のりは、気丈にその話を聞いていたが…
蒼「そう言えば…桜田司令には許婚の方がいらっしゃいました。名前は存じませんが、広島で教師をされていた方で…」
にわかにはっとした桜田のりが、身を乗り出すように尋ねる。
の「…!!そうだったんですか…その方は?」
蒼「…司令は何も仰ってはいませんでしたが、恐らく彼女も原爆で亡くなったものと…」
雪「そうでなければ…あの温厚な桜田少佐が、部下には命じなかった特攻を自ら実行するはずもなかったでしょうに…」
薔「うぅ…」
4人は嗚咽を上げた。桜田のりが、今は亡き愛弟の名を涙ながらに繰り返し、それがまた他の3人の涙を誘う。
と、その場の悲哀を感じ取ったのか、のりが抱いていた乳飲み子までもが泣き声を上げ始めた。
三人はその子を見て驚いた。…明らかに白人の血が入っていたのだ。
蒼星石の視線に気づいた桜田のりが言った。
の「…進駐軍の軍人さんの誰かとの間に出来た子です。日本の女性を乱暴するアメリカ軍人がいると言うので、
  私達のような職業の女達が体を張らねばと、東京のあちこちの繁華街に立ってたんですが…」
蒼「そう…なんですか…」
の「…どうしても堕ろすことが出来なくて…。私が育てていくしか…」
「「「…」」」
の「こんな赤ん坊が、この子の他にも、東京中に…そしてたぶん、日本中にたくさんいるんです」
誰も何も言えなかった。
ただ、泣き止んだ乳飲み子が時おり何か言っているだけ。
蒼星石はその乳飲み子にそっと触れてみた。乳飲み子は、その小さな手を一生懸命に動かして、彼女の指を握る。

彼女を見つめるその幼子の、かすかに金色がかった無垢な瞳を見た蒼星石の心に、突如何がしかの変化が訪れた。
それは、まるで視界を遮るように積もっていた万年雪が何かの拍子に崩れ落ちていくようで…

…これからどう生きていくか。蒼星石は、まさにこの瞬間、その答えを幼子から天啓のように与えられた気がした。

274蒼空のシュヴァリエ:2010/02/22(月) 19:03:14 ID:???
つづく

投下終わります。よろしくお願いします…

275謎のミーディアム:2010/02/22(月) 19:55:50 ID:VcBH6yXc
>>266-274
転載しました。

276謎のミーディアム:2010/02/22(月) 20:06:07 ID:Uy/HZxR.
ありがとうございました。

277謎のミーディアム:2010/02/22(月) 21:19:14 ID:???
規制に負けず猫の日のうちに投下


銀「あらぁ真紅やっと起きたのぉ? お寝坊さぁん」
ぬこ「にゃー」
金「真紅! トイレはこっちかしら!」
ぬこ「うなー?」
翠「ヒッーヒッヒ。ほーらほら真紅の好きな猫じゃらしですぅ」
ぬこ「ふみゃふみゃ」
蒼「はい、猫まんまだよ。真紅」
ぬこ「なーご」
雛「真紅ー。一緒にお風呂入るのー」
ぬこ「ふひひ」
雪「ふふ、なかなか美味しそうですね、真紅は」
ぬこ「!? にゃにゃ?」
薔「真紅……服も着ないで……恥ずかしいよ」
ぬこ「にゃぁん」


紅「なぜ猫に私の名前を付けるの!? しかも変な鳴き声聞こえなかった!?」

278謎のミーディアム:2010/02/22(月) 22:10:49 ID:0Xva65Xk
>>274
双方、あまりにも失う物が多すぎた……。
でも本当に辛いのは、残された人たちだね。
希望を奪われ、悲しみを抱きながら、誇りを捨ててでも生き延びなければならないのだから。

しかし、稼働状態の航空機なら、検証用に有無を言わさず接収されたんじゃないかなと。


>>277
ぬこ可愛いよ、ぬこ。
ぬこと薔薇乙女の戯れる姿は、みんな絵になる気がする。猫好き補正の賜物ですな。

279謎のミーディアム:2010/02/23(火) 04:49:10 ID:LjV66qn.
>>274
戦時をちゃんと書いたからか、過ぎ行く戦後が悲しいね。メグと水銀燈のような悲劇も多くあったんだろうな
>>277
最初から最後まで読んでもぬこが脳内で真紅です。本当にハァハァ…じゃない、ありがとうございました

280蒼空のシュヴァリエ:2010/03/03(水) 23:00:05 ID:???
すみません、さるくらったので転載お願いします

レイプされそうになっている女性を助けてみれば…
かつての敵、そして想いを寄せていた蒼星石との突然の再会に、水銀燈は戸惑っていた。
何をしに沖縄まで来たのかは知る良しも無いが、もう会えまいと思っていた蒼星石に、今の自分はまともに対面できる
ような心境ではない。結局、原爆投下のなされないままのこの戦争に疲れた自分…
さりとてそのまま別れるわけにもいかず、この酒場に彼女を連れてきたのだが…
所詮、酒で自分を誤魔化そうと思ったのが間違いだった。
酔えない水銀燈は、いつしか貯まりこんでいた自分の中のどす黒いものを…自分を慮ってくれているのであろう蒼星石に
ぶつけてしまっていた。
思ってもいない酷い事をぶつけ、拳銃まで出してわめいて…気づけば「殺して」。
見たくもない自分と、それを見せたくない蒼星石…
それだけに、蒼星石がむしろ自分を撃ってほしい、報いを受けなくちゃいけないといったときには…
思わず心の中で、違う!と叫んでいた。
しかし蒼星石は続ける。
蒼『…と言っても、今は駄目だ。僕は今、長野の松代に孤児院を作るために動き回っている。薔薇水晶と雪華綺晶、
  他にも色々な人たちの応援を受けて、祝福されず生まれてきた混血孤児のための家庭をね…』
銀『…』
混血孤児…いわゆるGIベイビーのことを水銀燈は知っていたし、ここ沖縄で目の当たりにしてもいた。
蒼『孤児院が軌道に乗り、僕がいなくても子供達が元気にそこで過ごせるまでになったら…
  僕はもう生きている必要は無い。だったら、最期は君の手で迎えさせてもらいたい』

水銀燈はこの時、意外にも親友メグのことを思い出している自分に驚いた。
日系二世の彼女はやはり混血の子供で、排日運動華やかなりし頃は特に、周囲の子供・大人から軽蔑されていた。
…それゆえに、群れるのを好まない水銀燈はメグと仲良くなれたという事もあった。
…それゆえに、蒼星石がしようとしている事の大切さが良く分かった。

蒼『それまで、生きていて欲しい。僕は待っている。“薔薇十字孤児院”で…君が来てくれるのをね』
銀『待ってるですって…こんな私を…』
蒼『…どうして自分を否定するんだい。自分じゃ自分が分からないからかい?』

281謎のミーディアム:2010/03/03(水) 23:01:48 ID:eSzEuMwI
銀『…!!』
……人は鏡よ。ただ、皆それに気づかないでいるの…。
亡き親友の言葉が、不意に水銀燈の中に浮かび上がり、蒼星石の向こうにメグの顔もぼやけて浮かぶ。
蒼『自分を否定しちゃ駄目だ。それは結局…』
銀『私は“堕天使”なの!!戦いの中でしか生きられない魔女なのよぉ!?』
蒼『僕もそうだった。でも、今次第で未来は変えられるんだよ!?』
銀『貴女はそうでしょう!元々の貴女は優しくて…戦闘機に乗る必要なんかなかった!でも私は!』
蒼『戦闘機乗りとしてでしか生きられない…?嘘だ!君は天使だ。堕ちてなんかいないよ、だって君は、
  優しい心を持っているんだから…!』
銀『…違うっ!』
蒼『覚えているだろう!?昔、捕虜となった君が桜田少佐に電話でそう言われたことを…僕はちゃんと聞いていた!
  もう…止めにしよう!確かに、平和を維持するために兵器が欠かせないのは事実だ!だけど…だけど、
  君も僕も…普通の女の子が戦闘機に乗って戦う…もうそんな必要は無いんじゃないのか!?』
銀『でも…私はっ!』
蒼『今なら言える!僕が戦闘機乗りになって良かった事は、君に出会えたことだ!君に会うために…
  姉さんが僕を君と引き合わせてくれたんじゃないかと思うことすらある!だから一緒に…
  僕と一緒に、薔薇十字孤児院で、子供達の母親となってくれないか!?優しい心を持っている君なら、必ず…!』
銀『っ…』
思わず涙を零す水銀燈。
蒼『僕達は責任を負っているんだ!桜田少佐が、彼らが身をもって守ったこの平和な世界で、
  みんな楽しく笑って生きられるように…と!君も…ある意味、桜田少佐に身代わりになってもらったお陰で、
 『キティホーク』と運命を共にせずに済んだ…。だから君にも…使命があるんだ…!!だから生かされているんだ…!』
銀『生かされて…』
蒼『君は雪華綺晶に首を絞められているときは抵抗しなかったくせに、その後は桜田少佐とのデートが楽しみと言ったり…
  生きたいけど死にたい、死にたいけど生きたい、内面の君は二つに裂かれて苦しんでたんだよ!?
  自分さえも愛さなければ、人を愛せないし、愛される事も出来ないんだ!!』
銀『あああああああああ!メグぅ!!』


頭を抱えて膝を突き、嗚咽を上げる水銀燈。

282蒼空のシュヴァリエ:2010/03/03(水) 23:05:10 ID:???
目の前に居るのが実は蒼星石ではなく、メグではないかとすら思えていた。

…私は、自分を愛せる事が出来るのだろうか。
「私の天使さん。貴女なら出来るわよ」

…私は、人を愛せる事が出来るのだろうか。
「もちろんよ。だって貴女、私の事を愛してくれたじゃない」

…私は、幸せになってもいいのだろうか。
「決まってるじゃない」

…メグ、貴女は私を赦してくれる?
「自分を赦してあげて、水銀燈。私は貴女を責めたりなんかしない。
 貴女とお友達になれて、私は本当に嬉しかったわ。
 …だからもう、あとは貴女は幸せになるしかないのよ。したいことをして…
 これからは、目の前に居るお友達と、支えあって生きていくのよ。
 それが、貴女の本当に望む事でしょう?」

…メグ、本当に良いの?
「私、行ってみたいな…お母さんの生まれた国、日本に。
 薔薇科の綺麗な花が春になると咲き誇り、
 十字の紋章を持つ武家が、明治の近代化を成し遂げた、
 精霊の息吹きが人々を包み込んでるっていう、あの国に…」

…メグ、ありがとう。
「いいえ。また、会いましょう」


号泣する水銀燈を、蒼星石は優しく抱いた。
銀『…ねぇ蒼星石』

283蒼空のシュヴァリエ:2010/03/03(水) 23:06:31 ID:???
蒼『なんだい?』
銀『…私も、貴女と一緒に行っても良い?“薔薇十字孤児院”へ…』
蒼『…もちろんさ。嬉しいよ。薔薇水晶も雪華綺晶も喜ぶよ…』
銀『…ねぇ蒼星石』
蒼『今度はなんだい?』
銀『…キス、してもいい?前に一度やったみたいに…』
蒼『…うん』

二人の顔が重なる。
どこまでが自分で、どこからが自分か分からなくなる至福の瞬間。
その温かさに、凍っていた何かが溶けていくのが分かった水銀燈。
銀『(私は、貴女の事が好きだった…)』
蒼『(僕もさ。水銀燈…)』
……ああ、私は私を赦せたのかもしれない。
人目も憚らず、二人はしばし溶け合っていた。


米軍を辞めた水銀燈を迎えて、薔薇十字孤児院は正式に落成された。
朝鮮戦争が終わった年のことだった。
自然豊かな村の孤児院に、全国から集められた混血孤児たちが生活を始める。
言葉を教え、マナーを教え、勉強を教え…
手探りで動き出した蒼星石たちは、白い肌の子供も黒い肌の子供もいずれは立派に社会に出て
生きていけるように、という思いでひた走っていた。
やがて、水銀燈が祖国から真紅を呼び、二人で日本の永住資格を取得し、薔薇十字で共に働くことになったり、
蒼星石の父と同居していたフランス大使の娘の雛苺…この頃には立派な少女となっていた彼女も一緒に働き
始めたりで、孤児院は賑やかになっていった。
もちろん楽しいことばかりではなく、村の外に孤児達を連れて出かけたりすると、心無い人々からの
蔑みの目や言葉に晒される事もあったし、成長した孤児らの中には非行に走る者もいた。
警察署に孤児の身柄を引き受けに行くことが、蒼星石ら“母親”の最も辛いことだった。

284蒼空のシュヴァリエ:2010/03/03(水) 23:07:03 ID:???
それでも、“母親”たちの厳しさも兼ねそろえた優しさや、村の人達の理解、結菱重工業での孤児達への
技術教育支援もあって、孤児達は立派に育ち、日本や海外の社会へと次々旅立っていく。

生きている。そんな実感を得ながら、蒼星石も水銀燈も、他の皆も、薔薇十字孤児院で汗だらけになって
働いていた。
東京オリンピック開催、二度の石油ショックを経ても、完全に無くならない米軍基地を有する日本には、
数こそ減少しているものの、混血孤児の姿は無くならない。
蒼星石たちの使命も、彼ら・彼女らが居る限り、続いていく。


戦後が40年目を数えようとしていたある日、孤児の数がめっきり少なくなった薔薇十字の敷地内を、蒼星石と
水銀燈が仲良く日向ぼっこに歩いていた。すると…
「何を見ているの?」
そう聞いた二人の視線の先に、1人の小さな白系の女の子が、庭にある畑の畝に座り込んでいた。
「おそら」
二人を見て嬉しそうに振り返った女の子が、小さな手を上げて指をさしている。

抜けるような蒼い空が、どこまでもどこまでも広がっていた。


おわり・エピローグに続く

285謎のミーディアム:2010/03/03(水) 23:09:32 ID:W2UV6MRc
投下乙です。
『猿さん』は各00分を迎えるたびに解除されます。
見たところ、22:50の投下で猿くらったようなので、23:00を過ぎた現在、既に解除されていると思われます。
いかがしましょうか

286謎のミーディアム:2010/03/03(水) 23:16:03 ID:W2UV6MRc
>>280-284
僭越ながら、代理投下致します

287蒼空のシュヴァリエ エピローグ:2010/03/03(水) 23:24:42 ID:???
蒼空のシュヴァリエ エピローグ


1991年、8月。
昭和の時代も少し前に終わり、街も人も変わった日本。
……結局、この国に骨を埋めることになりそうだな。
東京・九段の道をタクシーに揺られながら、戦時中の飛行服姿の蒼星石はそんなことを思っていた。

父や結菱はもちろん、一緒に薔薇十字を運営していた人々は既にこの世を去り、1人になった蒼星石は、少し前に
薔薇十字孤児院を閉鎖した。
戦後すぐの頃と比較して混血児がほぼ日本では見られなくなったことも理由の一つだが、何より運営に携わっていた
蒼星石の歳が、彼女に閉鎖を迫ったのである。

核の脅威に支えられ、冷戦を終えてなお不気味な平和に守られている世界。
かつて佐々木という名の女パイロットから聞かされていたことが実現していた。
国とは何か、それを守るということは何か、ということを徹底して無視し続けてきた戦後日本。
半世紀近くの間、なぜ自分達が平和のうちに在り続けてきたのか分かって居ない人々。
そうでなくとも、この国は進むべき道すら見出せていない。

…予想通りというべきか、蒼星石が足を踏み入れた靖国神社の本殿近くでは、終戦記念日の今日も騒がしい拡声器の声が響いていた。

喧騒を避けるように蒼星石が入った、神社の敷地内にある建物。
遊就館という名のそれは、館内が日清・日露・大東亜の諸戦争の展示物を並べる博物館となっている。
入場して全てを見てまわるのは流石に骨が折れると思った蒼星石は、玄関ホールの展示物だけを眺める事にした。
深緑に彩られた零戦21型の機体が、真っ先に彼女の目に入る。
……戦闘機の機体って、こんなに大きかったっけ。
少し歩くと、巨大な蒸気機関車の傍らに、今度は二門の大砲があった。
89式15糎加農砲、96式15糎榴弾砲と案内板記されたそれらの砲は、沖縄戦を戦って最近まで土に埋もれていたらしい。
保護用の塗装が新たに施されてたからか、長年土の下にあったにもかかわらず砲身は綺麗だったが、
砲手が汗だくになって砲弾の装填・照準・発射をしていたのであろう砲尾部分を中心に、機銃弾の破片によって
出来たらしい弾痕が生々しく残っていた…

288蒼空のシュヴァリエ:2010/03/03(水) 23:26:43 ID:eSzEuMwI
>>285
ありがとうございます。
もう解除されてますか!さるの事は詳しくないので;
では287は自力投下します。重ね重ねありがとうございました。

289テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:46:43 ID:./I7v.JE

  ローゼンメイデンが普通の女の子だったら
  オムニバス
  テーマ『小説』


  はつ恋


「この物語に続きってあるのかしら?」
小さな背中が突然尋ねた。背中あわせに優しい声が響く。
少しは許してくれたということだろうか。
僕は小説のページをめくる手を止めた。
彼女が今読んでいる小説に、続編があるかどうかの疑問だと解釈した。
「今のところ、書く気はないなぁ」
これは今のところ、その予定はないし、展開すら思いつかない。
「そう。でもそういうことじゃなかったのよ」
どことなく恥じている声だった。思ったままのことがつい声になってしまったようだ。
それでも、彼女は思ったままのことを続けた。
「これはハッピーエンドで終わってるけど、生きているならその先があるじゃない」
「そういやそうだな」
「登場人物達はどんな事を思ってこれからの生活を過ごすのかしらと思ったのよ」
彼女は一息吐く。どことなく不安そうな響きがした。「ねぇ、ジュン」
「ん?」
「この二人は本当に幸せになれたのかしら?」

290テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:47:14 ID:./I7v.JE
「……そう思いたいね」
フフ、と微かに笑う声がする。
「貴方らしいのだわ。貴方が書いたものでしょうに。断言しないなんて」
「そういうなよ、真紅。それは読者の想像に任せるってことなんだよ」
こういってしまえば身も蓋もない。
「そうね」そう言って彼女は笑った。

「それはそうと何を読んでいるのかしら?」
彼女の髪がうなじを撫ぜる。
「貴方が小説を読んでいるなんて珍しいじゃないの」
僕はゆっくり目を閉じた。
「前に懐かしい人から手紙、ファンレターが届いたのは言ったよな?」
息を吐き、頭を軽く傾けた。
「だから、ちょっと昔を思い出していたんだよ」
「その本は……大切?」
「これはね。その彼女から貰ったんだよ。プレゼントにね」
「となると、その本は次の小説に登場させるつもり?」
「分からないな。もう少し書き進んでから決めるつもりだ」
「何年前に書かれた本なの?」
ページを一番最後までめくった。そこに書いてある版を読み上げて僕は言う。
「二十年以上前だね。こんなに元が古い者とは思わなかった。結構版数を重ねているみたい」
色々な事を思い出す。
「どんな内容かしら?」
「一人ぼっちの少女が、人々から時間を奪う悪い大人と闘うってものだよ。
 まぁ、そんなに重いものじゃないから読みやすいかな。

291テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:48:05 ID:./I7v.JE
 その頃、僕は本を読まなかったから、ずいぶん新鮮に思えたんだ」
微かに唇が笑いの形を作った。
「結構ボロボロね。でも」彼女は一息吐き、先ほどよりも優しい声で言う。
「大切にしているのがよく分かるわ。
 埃も被らないうちから本棚から出して、何度も読んで、傷つけないように本棚にしまって。
 そのプレゼントした彼女も本望でしょうね」
「そう言ってもらえるとありがたいかな」
「でも、一つ言わせて頂戴」
声の質が変わった。
「今の彼女の前で、他の女の子のこと、そんな感慨深く言わないでほしいのだわ」
厳しいのとは違う。
「今は、私のことだけ見ていなさい」
彼女が怒っていた訳がようやく分かった。
僕は本を閉じ、彼女の後ろから軽く抱きしめる。
「分かったよ。だからこんな拗ねんなよ。それに今好きなのは真紅、お前だけだから」
「知ってるわ」安心したというように言った。
「今書いてるのも、止めることにするよ」
彼女のためじゃなく、僕のために。
「そこまでしなくてもいいのよ。仕事と私も割り切れるわ」
「いや、こうしないといけない気がしたんだ。お前のためだけじゃないさ」
「なら、素直に喜んでおくわよ」
「真紅が好きだからな。仲直りしたいんだ」
もう一つ大切に思っていることを付け加える。
「そうじゃなけりゃ、プロポーズなんてしなかったさ」
彼女の小さな手が僕の袖を握る。

292テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:48:28 ID:./I7v.JE
そんな2010年3月9日だった。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


僕と彼女――桜田ジュンと柏葉巴は小学一年のときに知り合った、いわゆる幼馴染と言う関係だった。
家が隣同士というわけではない。三番目に近いコンビニよりも少し遠い。
両親がもともと彼女の両親と仲が良かったというわけでもない。
そもそも僕は昔から人見知りの気があり、誰かと自分から仲良くなろうと言うのが苦手だった。
だから、彼女との出会いは僕から起こした行動と言う訳ではない。
姉――桜田のりによるものだった。
出会いは偶然、とはいっても劇的なものではなく極めてシンプルなものである。
僕自身が覚えているという訳ではなく、これも姉から聞いた話なのだが、
出会ったのは夏の多少涼しい日――夏休みも終わりに近づき蝉の鳴き声もずいぶんと減っていたそうだ。
1988年8月24日。
僕はいつものように午前中、家で宿題をさせられ、姉はところどころ僕に教えていた。
そして、昼食を急いで食べ、午前の分を取り戻すように、姉と二人で公園へと遊びに行くのであった。
ひとしきり見慣れた風景と見慣れない街並みの中探検をして遊んでいた。そういうことだけは覚えている。
だが、この後のことは頭の中に靄がかかったかのように思い出せないのだ。

「あらぁ? あの子どうしたのかな?」
黄昏の帰り道、のりはそう口にした。
のりの見ている方向に目をやると、そこには同い年くらいのおかっぱの少女がいた。

293テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:48:58 ID:./I7v.JE
「ジュン君、ちょっと待ってて」言ってすぐに、その彼女のもとへのりは行った。
今でも変わることのないお節介さが、もう既にのりには備わっていたようである。
二人は何やら話しているようだが、その声は僕の元までは届いてこない。
おそらく、僕はこの時何にも考えていなかったか、
もしくは今日の夕飯は何かな、ぐらいのことしか考えていなかったに違いない。
話は終わったのか、二人はこちらへ来た。
「巴ちゃん、最近こっちに引っ越してきたみたいで、ここら辺のこと良く知らないみたいなのよぅ」
姉はいきなり彼女をちゃん付けで呼びはじめていた。
「で?」僕は冷淡に言い返す。少なくとも姉にはそう聞こえていたらしい。
「で、公園に遊びに来たはいいけど、帰り道、迷っちゃったみたいなの」
「送っていくの?」
「もちろん!」返事は元気がよかった。

この時、僕は面倒臭いなどと思ったのだろうか。
姉に聞いてみても、表情からはよく読み取れなかったという。
だが、不満も文句も言わなかったらしい。
ただ、そこから先はよくある笑い話でしかない。
小学生の子供三人、二人は低学年なのだ。
すんなり彼女を家へ送り届けられたはずがない。
何度も道を間違えた。柏葉自身いまいち家の場所を覚えられていなかったのも大きいだろう。
素直に交番でも探して道を聞いた方がよかったのかもしれない。
だが、妙な意地がそれを邪魔していた。僕だけじゃない、三人ともがだ。
きっと、遊びの続きのようで楽しかったのかもしれない。
普段なら、まず目にすることのできない夜の風景も怖がりながらも楽しかったのだろう。
今、自分のことを他人事のように想像してみても、これは正しいはずだ。

294テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:49:26 ID:./I7v.JE
二人に聞いているわけではないのだが、きっとこの感覚は共有しているはずだ。
彼女の家に着いた時には、すでに一般的な夕食の時間も過ぎ、好きなテレビ番組も終わっているころだった。
家の場所も何のことはない、公園の近くだった。反対方向へと進んでしまっていただけであった。
柏葉の両親は見るなり、彼女を抱きしめた。一人娘で、なおかつ引っ越してきたばかりだ。心配で仕方なかったのだろう。
そして彼女に紹介され、僕達の家まで車で送ってくれることになった。
こうして、僕たちは出会った。らしい。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


2010年3月4日。
長い間彼女のことなど忘れてしまっていた。
普通なら忘れることなどあり得ないだろうが、事実なのだから仕方がない。
しかしその手紙を見た途端、なんともいえない感覚に陥った。
ただ単に懐かしいという感覚でも、忘れていたことを後悔するでもない、不思議な感覚だった。
血の気が引いた気もするし、逆に体全身が温まった気もする。
そして、できることなら二度と味わいたくない感覚だった。
柏葉巴。どうして忘れてしまっていたのだろう。
唇を動かして、その名を空気中に拡散させる。柏葉巴。
その瞬間、彼女と過ごした日々を突如として思い出した。
そうして、僕は気付いた。
忘れていたんじゃない。忘れたふりをしようとしたら、思い出せなくなっただけなのだ、と。
それと同時に、一つの考えが脳裏をよぎった。

295テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:49:47 ID:./I7v.JE
そのために急いでペンとノートを用意する。
思いついたままのことを急いで書きとめていく。
主人公の性格はよく分かっているつもりだ。
ヒロインの性格も多分、理解はしている。
次の小説はいつもとは真逆のもの、恋愛ものでも書いてみようか……。
そう、つまり彼女との日々を書いてみよう。
もちろん、全て忠実に書くつもりなどない。
彼女をモデルに出すだけだ。日々をモチーフにするだけなのだ。
胸にしくりと何かが刺さった感触があった。
だけど、それが何のせいなのかは思いつかない。
いや、嘘だ。忘れるふりを続けるな。
後悔だ。彼女との日々についての。
でも、本当にそれだけなのだろうか?分からない。
胸の痛みを無視して、アイデアをメモする。
「タイトルか……。初恋……でいいよな、仮でも」
友達ではいられず、恋人にも戻れない関係。
でも、真心は変わらない。そういうアオリを思い浮かべた。
ただ展開は思い浮かんでも、ラストだけは思い付かない。
明日、編集の人と打ち合わせがある。
その時に考えてもいいのかもしれないな。
そんなことを考えながら、カレンダーを睨んだ。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


1995年6月16日。

296テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:50:18 ID:./I7v.JE
中学二年になり、すでに二ヶ月が経っていた。
何もない毎日と繰り返しの日々、そしてあるはずだった別の時間を想像して絶望する。
「僕の居場所はここじゃない」声は無人の教室で夕陽に照らされず、出口を捜したまま消えた。
「なんでこんなとこにいるんだよ」周りに誰もいないことを確認して再び呟く。
そう、僕の居場所はこんな場所じゃない。
こんな公立の中学になんて入るつもりはなかった。
ホントはもっと良い私立中学にいって、もっと良い授業を受けているはずだったんだ。
どうして、合格しなかったんだろう。筆記も、口頭面接もできる限りのことをしたんだ。
叫び出したいのを無理して抑え込む。
誰かを怨んでしまえれば楽なのに、僕自身がそれを許せない。
誰かのせいなんかじゃない。僕のせいだというのは痛いほど分かっている。だからこそ、苦しい。
だが、この学校は最悪だ。
自分さえよければいいと思っている生徒に事なかれ主義の教師。
自分たちで積み重ね、生み出した問題を、誰かが率先して解決しようとするでもなく、誰かが来るのを待っている。
あまつさえ、他の誰かのせいにする。何も考えようともしないでくの坊たち。
鬱屈した感情を互いに持ち合わせたまま、表面上は慣れ合う。
それを嫌うものを弾き出して、糾弾し、擂り潰す。
でも、それを自分たちの正義だと信じ切っているから質が悪い。
そして、それに慣れ切ってしまっている自分も嫌だった。

「桜田くん?」
突然投げかけられた声が、負の思考の連鎖から僕を引き戻した。
その声の主へ目を向ける。柏葉だった。
ずいぶんと久し振りな気がする。いや、実際そうだろう。
中学に進学し、しばらくしてからそれぞれに男女のコミュニティの中に引き籠ったのだ。

297テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:50:47 ID:./I7v.JE
だからなのか、前とは呼び名が違う。
「どうしたの? 独りで」
「どうしたんだろうな、独りで」言い訳を探す。後ろめたさなどないはずなのに。
「あぁ、忘れものがあったんだ」嘘を見つけた。
「ふぅん。でもその割には何かを探してた感じはないんだけど?」
彼女の声色は変わらないまま、僕の嘘を刺した。
「なんだっていいだろ」少しばかり大きな声が辺りに響き、しまった、という気がした。
「か、柏葉はどうしたんだよ」気まずさから、質問を返す。
「忘れもの」そう言って、彼女は自分の机に向かい、一冊の本を取り出した。「家で読もうと思って」
「分厚いな」そんな感想しか持てなかった。
「でも、面白いよ」
「そ、そうか」
柏葉はこちらに向き直るが、西日が逆光となり正直、眩しい。
「でもどうしたの? らしくない」急に話題を変えられるから、一瞬考え込んだ。
そして、先ほどの逆ギレにも似た返答についてという結論に至った。
「別に何にもない。何となく自己嫌悪だな」
彼女は首を傾げる。「何があったの?」
「言いたくない」彼女の声を跳ねのけた。
「変わっちゃたね、桜田君。多分、私も」
意味が分からなかった。少なくともその当時の僕には。
「誰からも嫌われてないじゃないか、柏葉は」
「桜田くんは嫌われてるの?」
「そうじゃないんだけど……。むしろ逆かな」
「逆――ね」そう言ってくすりと笑った。
「ほんとはね、私嫌なの。委員長の立場とか先生にいい顔する自分とか、誰かの顔色窺って過ごすこととか」

298テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:51:23 ID:./I7v.JE
彼女の横顔から夕陽が射す。光の中にいた彼女の表情は見えなかった。
「正直…ね、…疲れちゃったの」でも、声は穏やかだ。
「そうか」何かを言わなくてはならない。
「僕も、多分似たようなもんだよ」気休めの言葉ではなかった。
「僕もだ」自分の机に座った。
「でも、中学生が話すようなことじゃないよな」茶化さざるをえなかった。
そうしないと、駄目だ。
「それもそうね」少しだけ、声が軽い気がした。
多分、笑えているだろう。僕ら、二人とも。
そしておそらく、いや十中八九なんとか自分自身を許せるのかもしれない。
「中学生だしさ、いっそ」正しいと思う言葉を探す。
「逃げちゃおうか、どっか」
大人ぶった中学生がそこに、いた。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


2010年3月5日。
携帯を開き、時間を確認する。三時十分前、予定の時間までもうすぐだ。
目の前のほんの少し残っていたコーヒーを飲みほし、店を出た。
現在契約している、出版社のビルディングに入る。
ホールの待合席にはすでに、担当編集の山本が待っていた。
僕に気づいたようで、席を立ち軽く会釈をする。

299テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:51:52 ID:./I7v.JE
それに倣い、僕も同じく会釈を返した。

「前回の選考は残念でしたね」
「いや、でも中々楽しめましたよ」
「はは、変なことに楽しみを持たないでください」
「いいじゃないですか、他の作家さんでも似たようなことする人いますし」
「あの人は大御所じゃないですか、あんまり比べない方がいいですよ」
「まぁ、そうですよねぇ」
確か山本は姉と同い年、いや同じ高校で同じクラスにいたはずだ。
姉に仕事について尋ねられた時、山本がそういう経歴を持っていることを聞かされた。
だからというわけでもないのだが、彼に対し僕はある程度の信頼を持っていた。
編集としての作品への携わり方も、作家にとって楽だった。
作家の自由に任せるというスタンスを持っている。彼は割と小説についての口出しをしない。
どうしても気になる点があれば、口を出すくらいの物だった。

「シンプルだけど良いと思いますよ、このプロットでも」
「そうかな。正直、まだ何か足りない気がするんだけど」
「多少、周りの人間を掘り下げてみます? でもそうすると、主人公への感情移入がしにくくなるかもしれませんけど」
「ですよね。さすがに難しいですね、初めてのジャンルって」
「でも、初めてのって、出版としても宣伝しやすいですよ」
「なるほど」
彼は一口コーヒーをすすり、眉をしかめる。正直、この出版社で出されるそれはまずい。
「やはり、気になるのはラストですよね」山本は痛いところをついた。
「何パターンかは考えたんですど、正直どれも違和感が……」
そう、単純なハッピーエンドも、恋人を忘ようとするという終わり方も、再会させるという終わり方も気に入らなかった。

300テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:52:26 ID:./I7v.JE
ラストの全てを彼に話し、返答を待つ。
「まず、最初から話して言った方が早いかもしれませんね」また、コーヒーを啜った。
「主人公は虐められて引きこもる。ヒロインは幼馴染だけど、主人公を救えなかったことを悔やむ」
ぱらりと、紙をめくる。
「それで主人公の親は彼を慮って、引っ越しをする。いじめられたという事実を隠し新天地で生きさせようとする」
何かを紙に書き込んだ。
「そこで、主人公は新しく恋をする。でも、もとの幼馴染が忘れられない」
ペンで、机をトンと叩く。
「メインは主人公が引っ越したあとの時間ですよね?」
「はい」
「えーっと、罪悪感をメインテーマに持ってってみてはどうです?」
「罪悪感、ですか」
「主人公はヒロインを怨んでないんですよね?」
「そのつもりです」
「なら、こう考えてはどうです? 主人公は新しく持ってしまった恋心に苦しむ。
 それも、前の場所では恋心を持っていた女性と付き合う直前までいっていた。
 いえ、むしろ実際に付き合っていてもいいかもしれませんね。
 なのに、突然の別れで思いは枯れないままに離れ離れになる。
 一方、ヒロインの方も主人公のことを忘れられない。それに救えなかった。
 だから自分が許せないし、新しく恋愛を始めるわけにもいかない。
 どちらにも、そこで苦しむ要素が出てきます。
 そう心情を解釈するとラストも考えやすいのでは?」
僕は毎度のことながら驚かされる。そんなこと考えもしなかったからだ。
自己投影し過ぎていたため、広い視野が持てなかったのもあるかもしれないが、
悔し紛れに考えているようにしかならない。

301テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:52:47 ID:./I7v.JE
「やっぱり、山本さん。あなたの方が小説家に向いてますよ」
「文才がないから諦めちゃいました」
そう言って、彼は笑いながらコーヒーで口を潤した。
「まぁ、連載なので少しずつプロットも変わっていくと思いますよ。
 それに予告掲載はまだ先なので、慌てる必要もないです」
「そうですね、ゆっくり練っていきますよ」
僕は筆が早いわけではないが、時間の予定通りに書いていく。
ある意味安定しているし、そうでなければ気持ちが悪いのだ。
多分、几帳面な性格によるものだろう。
その時、地震が起きた。驚き、一瞬体が固まるがそれほどのものじゃないとすぐに落ち着く。
揺れ終わってから、山本に「揺れましたね」と確認のようなことをいう。
「ですね。震度三くらいですかねぇ」彼も落ち着いていた。
この時、今仕事中であろう外国人の恋人を思った。
初めて地震にあったとき、大騒ぎしてたなぁ、なんてことを思い出す。
出会ったのは大学生のころだった。彼女は留学生として日本に来ていた。
そして、何かが気に行ったのかこの国で就職をしたのだ。いや、僕がいたからなのかも知れない。
うぬぼれなんかじゃないよな、なんてことを少しだけ自問自答する。
コーヒーの液面はもう既に波が静まっていた。こぼれてもいない。
僕もまだ飲んでなかったコーヒーに口をつけてみた。
やはり、まずかった。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


1995年7月17日。

302テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:53:08 ID:./I7v.JE
期末テストの科目数も、残るところあと少しとなっていた。
夏休みも目前となり、学校全体が浮足立っているような気がするが、
多分傍から見てしまえば、僕も同じようなものなのだろう。

去年の僕は夏休みを喜び迎えはしなかった。むしろ、とっとと終わってくれて構わないとさえ考えていた。
友人に遊びに誘われたら行き、普段とやることが変わるわけでもなく、ただ面倒くさい宿題が増えただけだった。
中学に入ってからは、姉にとやかく言われるのがうっとおしいので、宿題も早めに終わらすようにしていた。
すると今度は逆に、残りの期間をどう過ごそうか悩む時間が増えてしまうのであった。
何をするでもなく、無為に時間を費やすだけであった。
この時得た教訓とは、時間は潰すものではなく、潰れるものであるということだった。

しかし、今年は違う。
まず時計の針を6月16日まで戻そう。
あの後、僕らは互いに笑いあったのだ、幼馴染として、似たもの同士として。
そして、何かを分かり合えた気がした。当然、逃げもしなかった。
逃げられないものとわかっていたし、逃げたところで何も変わらないことを知っていた。
だけど僕たちはお互いに理解者を得た。
小学校の頃のようにとはいえないけど、交わす言葉も会う機会も増えた。

日直が起立、礼、と放課後を告げるその言葉が耳に入ってきた。途端、ざわめきが広がる。
同級生の話を適当に合わせてクラスを出た。廊下に出るとそこには柏葉がいた。
別段、一緒に帰るという約束をしたわけではない。
実際、いつも一緒に帰っているわけでもなく、むしろ独りの方が多かったかもしれない。
だが、この光景を見たクラスメイトはそうは思わなかったようだ。
「お、カップル。じゃあな」なんて、冷やかしてくる。

303テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:53:33 ID:./I7v.JE
その言葉に柏葉が反論するわけではない。おそらく、認めているのだろう。
僕はその言葉に違和感を覚えつつ、それ以外の表現の仕方が思いつかないのだった。
「帰りましょう、桜田君」柏葉が言う。

とある友人から、お前たち二人は付き合っている割りに冷たい空気が漂ってるな、なんてからかわれたことがある。
また別の友人からは、僕たち二人の付き合い方が長年付き添った夫婦の倦怠期とも言われた。
確かに甘い時間を過ごすわけではなかった。これは、もともと僕ら二人ともが積極的に何かをいようという性格ではなかったからかもしれない。
そもそも、同世代の付き合い方と言うのがいまいち分かっていなかったのもある。
することと言えば、たまに一緒に帰るくらいで、その下校も互いに言葉を発することが少ない。
僕ら二人ともが口べたということも関係するのだろう。
他の同級生のカップルみたく、サルのように体を求める、と言うのも何故かしっくり来なく、たまに一緒に下校をする程度だった。
もし、抱け、といわれたとしてもその自信があまりなかった。
ただ、彼女を好きだという気持ちだけは強くあった。

「また明日」
「あぁ、また明日」
今日した会話なんてこれだけだ。見れば分かる通り、最後の最後のである。
彼女が家に入るのを見守ってから、僕はゆっくり背を向けた。
僕の家の方が中学から近いのだが、流石に彼女を見送るという甲斐性ぐらいはある。
僕のも彼女の家も、自転車通学が余裕を持てあまして認められる距離だ。
自転車で大体二十分と言ったところだろう。
そんな長い時間会話がなくて息苦しくないのかと聞かれたら、そんなことはない、と断言できる。
むしろ、僕には心地よかった。大切な時間であり、空間だったと今でも思う。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


僕は山本さんと打ち合わせを終えたその日、行かなくてはならない場所があった。

304テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:53:55 ID:./I7v.JE
うまく行くという自信があっても、やはり緊張というものは心に重くのしかかってくる。
ありがとうございました、という店員の声を背に受けて、僕はもう一度気を引き締めた。
胸ポケットに入れた小箱がどうしようもなく重い。

三月と言う時期にしては少々冷たい風が身にしみる。
首に巻いたマフラーは、他の人と見比べて浮いているわけではなかった。
吐息が白く漂う。そして、消えた。
「よし」
何度目かの独り言を呟く。
時間に正確な彼女のことだ、もうすでに到着しているだろう。
その一方で、僕はホテルの中に入れずにいた。周りからは、ただの不審人物に見られたに違いない。

「あら? ジュン?」
ふいに後ろから声を掛けられた。心臓が止まりそうなほどに驚いてから、ゆっくり息を吐いて振り向いた。
「何をしてるの?こんなところで」待ち合わせしているその人、真紅だった。
「いや、ちょっと靴紐がね」なんて平然と嘘が口から出てくることに驚き、
「それにしても、ちょうど良かった。遅かったな。どうしたんだ?」と続けた。
「仕事よ。少しだけややこしいことになったのよ」
「大丈夫か?」
「えぇ、別に大したことじゃないの。それにしても寒いわ。早く入りましょうよ」
彼女に促され、ホテルへと足を踏み入れることが出来た。
いつもこうだ。真紅に引っ張ってもらっている。

「長くこの国にいると、ボケてくるのって本当だったのね」
前菜を突きつつ、をため息交じりに話しだした。

305テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:54:18 ID:./I7v.JE
「どういうこと?」
僕の方はいつ切りだすかを探るので一杯いっぱいだった。そのせいなのか、ワインの減る量が早い。
「良くジョークで、自分以外の外国人が電車に乗っていると、『外人がいる』なんて驚いたって言うのがあるじゃない」
「そうだな」落ちが読めてしまい、すでに吹きそうなのを堪える。
「今日、そう思ったのよ」
吹いた。
「そこまで笑うことないじゃないの」恥ずかしいのか、陶器のように白い顔にうっすらと赤みがさしていた。
「仕方ないだろ。いつもあんな真紅がそんなこと言うとは思わなかったんだよ」
「褒められているのは分かるけど、嬉しくないわ」子供のように、頬を膨らませた。
「そいうえば、今日地震あったじゃないか。大丈夫だったか?」笑いが収まらない。
「素直に心配している風じゃないのだわ」そう言い、こほんと一つ咳ばらいした。
「安心してちょうだいな。初めての時みたいに取り乱したりしてないわよ」
「そっか、それならいいや。それにしても、この国にそこまで慣れているとは思わなかった」
「私もよ」また溜息をついていた。しかし、どことなく嬉しそうに見えた。
「それならさ。ずっとここにいないか?」襟元を正して言った、出来る限りの自然を装って。
「どういうこと?」まだよく分かっていない様子だ。
僕は胸ポケットから小箱を取りだし、開けて彼女に見せた。
中に入っているのは指輪だ。宝石は、薔薇の形にかたどられている。
「結婚して下さい」色々考えていたわりに、口から飛び出したのはそんな月並みなことばだった。

一瞬、空気が固まった。まずかったのだろうか、なんて僕は思い、目を固く閉じた。
そして、真っ暗な中、彼女のすすり泣く声が聞こえてきた。
恐る恐る目を開ける。
確かに、彼女は泣いていた。初めて見るかも知れない。
呆然としたまま、僕はその顔を眺めていた。

306テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:54:39 ID:./I7v.JE
「遅いわ」泣きながら彼女はそう言った。
「ずっと、待ってたのよ」そう、続けた。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


1996年11月7日。
べつに何の祝い事があるわけでもない木曜日だ。
外は身を切る風が少し痛い。
枯れ葉が風に舞う。人に踏まれて散り散りにはまだなっていない。それに、まだしぶとく木にしがみ付いているのも多かった。
この日の放課後、僕は柏葉の家にいた。

カーテンを閉めた僕の部屋は、薄暗かった。
布団の上、柏葉は制服姿のまま横たわっていた。
どうしてこういう流れになったのか分からない。ただ、現実が目の前に横たわっていた。
暑いわけでもないのに頬に汗が伝わる感触がある。
「どうしたの?」柏葉の声はいつも通りの淡々としたものだった。


時間は多少遡る。
中学三年になり、クラスメイトも教室も変わる。僕と柏葉は同じクラスになった。
僕らの関係で変わったことと言えば、一緒に帰る機会が遥かに増えたことぐらいだろう。
互いの呼び方は今も変わらず、“桜田くん”と“柏葉”だ。

307テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:55:00 ID:./I7v.JE
付き合いだしてから、一年以上経った今でも、付き合い方は変わらなかった。
そして、三年の三学期にもなればクラスが落ち着かない雰囲気を持ち出す。
受験だ。高校受験。一生関わってもくるものだ。
僕としても二度目の失敗はしたくなかった。
柏葉のおかげで、まともにはなれたものの、この時期になって激しい自己嫌悪を思い出してしまった。

そんな時期だった、一人のクラスメイトにからかわれたのは。
二週間前の10月24日。この日の天気は曇りだったのを覚えている。
「まだ、彼女とヤッてないのかよ」
皰面のそいつは、いきなり笑いながら僕に話してきた。
「は?」そんなことしか言い返せない。
「だぁかぁらぁ、まだヤッてもねぇのかよ」
もともと、話をしたこともない奴だった。そんなことを言われても、固まるのは当たり前だ。
普段は後ろの方の席に陣取り、いつでも構わず馬鹿でかい声で話をしている男だ。
少なくとも、教師からも、普通の生徒からも評価は良くない。
いわゆる不良である。
そいつがいきなり絡んできた。
「お前さぁ、何もしない癖に何で彼女とか作っちゃてんだよ。ふつー、彼女ってヤるために作るもんだぞ」
「で?」
「お前、賢い癖に馬鹿だろ」
絶対に相容れない価値観だと最初に気づいていたが、ここまでとは思わなかった。
それからの記憶は残っていない。
呆れてものも言えないというのを経験すると、ここまで疲れるものとは知らなかった。
ここで、殴ったら何かが変わっていたのかもしれない。
だが、彼の馬鹿にしてきた言動に、呆れと怒りを覚えつつ、僕の意識の何かが変わったのだ。

308テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:55:39 ID:./I7v.JE
そして今に至り、彼女を家へ呼んで、気づけば押し倒していた。
「どうしたの?」また聞いてくる。本当に不思議そうな様子だった。
「柏葉」そう言って、彼女にキスをした。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


3月8日。
結婚式の予定やら何やらを決めたこの日の夜、真紅は珍しく僕の書いている途中の小説に興味を示した。
いつもなら、一読者として何も聞かずに楽しみたいというスタンスを持っていたため、驚かされた。
きっと、結婚するということを契機に何かが彼女の中でも変わったのだろう。

「純粋な恋愛ものに挑戦してみようかと思うんだ」
「それって、初めてよね」へぇ、という表情を取った。
「まぁな」
「どうしてなのかしら? これまで、そのジャンルは苦手だとか言って逃げてたじゃないの」
目が多少輝いている気がした。
「うーん。懐かしい人からファンレターが届いたんだ」
「懐かしい人?」
「うん。昔の恋人」一息おいて、「みたいな人」
彼女が黙る。それに気づきながらも僕は話を続けた。
「その昔の経験を元にして書いてみようかと思うんだよ」
僕はなんだか恥ずかしくなっていた。

309テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:56:00 ID:./I7v.JE
「初恋みたいなものかな。中学生の頃のことなんだ」
真紅の声のトーンが下がっている。
「ふーん。結末はどうするつもり」
僕は一瞬考え込み、ありのままを言う。
「まだ考えてないんだ。そこが思いつかなくて、編集さんと話し合ってるんだよ」
「そう。そのプロット考えるのは楽しい?」
いまいち意味が分からなかった。
「? まあ、今までよりかはいいかもしれないね」
完全にゼロから作りだすより、楽でもあるし、苦い経験を思い出すのも楽しかった。
「そう。それなら、いいわ」
彼女はぷいと僕と視線を合わせなくなった。怒りが伝わってくる。
真紅は、よほどのことがない限り、怒らない。
だからよほどのことがあったのだろう。
それに怒り方も違う。彼女と、彼女の腐れ縁の喧嘩を見たことがあったが、もっと激しいものだった。
もっと分かりやすく怒っていたのだ。顔色が変わったわけではないが、その名の通り、真っ赤に。
だから、この怒り方は僕としても面喰らうものだった。

そして、後になって思うがこの時たぶん最悪の言葉の選択をした。
「なんで、怒ってんだよ?」

「自分で考えなさい」そうぴしゃりと撥ね退けられた。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


結論から言うと、彼女とセックスをすることはなかった。

310テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:56:20 ID:./I7v.JE
原因は僕だ。ハッキリ言おう。勃たなかった。
お互い裸になり受け入れようとしたまではよかった。
だが、僕の中にこれでいいのかという気持ちが大きく膨らんでいた。
柏葉が大切なのは確かだったが、こんな自分自身の気持ちを無視した流れで正しいのだろうか。
そんな感情が渦巻いていた。そして、彼女の目を見てしまった。
その瞳の中には覚悟めいた何かがあった。そして、彼女の瞳の中の僕は何とも言えない雰囲気を醸し出していた。
それに気づいてしまうと、もうどうしようもなくなっていたのだ。
何をしても無理だった。ひたすらに苦しかった。
二人とも最終的には諦めたのだが、笑い話にする術を僕たちは持っていなかった。
「大丈夫だよ」という柏葉の慰めがひたすら痛く感じた。
彼女がどんなに大切であっても、言葉にもカタチにも出来なかった。
こんな時にやさしさなど無意味だと、僕は悟った。
「そういえば、中二で初めて会話した時に持ってたあの本って面白いの?」
空気に耐えきれず、そんな間抜けなことを聞く。
「面白いよ」一瞬の間をおいて、彼女は答えた。

そしてこの日以来、僕らの間で会話は無くなった。



1996年12月2日。
この日の夜、僕は両親から急に相談を持ちかけられた。
いや、相談という類のものではない、彼らの中で結論は出ていただろう。
父の転勤が決まったというのだ。
つまりは父が単身赴任するということを知らせるつもりだけだったようだ。

311テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:56:44 ID:./I7v.JE
両親としても僕の受験まっ只中のこの時期の引っ越しなど願っていなかったはずだ。
だが、この時の僕はまともじゃなかった。
「一緒に行きたい」一も二もなくそう言いだしたのだ。
普段は素直に言うことを聞く子供だった僕の反抗に彼らは戸惑っていた。
受験はどうするんだ、と怒鳴られた。引っ越し先の状況に合わせる、と頑として聞かなかった。
結果、僕と父で新しい家に、姉と母が今の家に住むということになった。
つまり僕の意見は通った。いや通させた。

何故か?
彼女から逃げるためである。



二月二十二日、二十三日。二日にわたり、受験は行われた。
その県で最も偏差値の高い高校を受けたことは、今となってみてはすごい危険な賭けだったと思う。
しかし、もともと中学の成績はよかったので、引っ越す先の試験内容に対応するのもすぐだった。
試験の傾向自体、もとの県のそれと変わっていなかった。試験も、普段以上の成果を出せたと自負していた。
そして3月3日の合格発表、僕の受験番号は掲示板に掲載されていた。
つまりは合格である。
だが、不思議と僕の心は躍らなかった。
嬉しいとも、当然の結果とも思わない。
心が落ち着いてるわけでもない。
何かと何かの板挟みでの気持ち悪さを抱えていた。
この時、この精神状態が何に由来するのか僕はすでに気がついていた。
柏葉だ。

312テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:57:04 ID:./I7v.JE
彼女のことだ。
彼女に引越しのことは言わなかった。言えなかった。そのせいだ。


3月4日、つまり合格発表の翌日に僕は移動することになっていた。
すでに、新しい家の方には父が住んでいる。
荷造りは、滑り止めに合格していた段階で終えていたので、もう今となっては何もすることがなかった。
そして移動する日の朝、僕はいつもより多少遅い時間に起きた。
顔を洗い終え、朝食を食べ、歯を磨く。いつも通りのことだった。

服などを詰めた鞄と、簡単なものを入れた鞄の二つの中身をチェックしていたら、いつの間にか昼になっていた。
母と姉の作った昼にしては幾分豪勢な食事を摂る。

時計の針は、そろそろ予定の時刻を指そうとしていた。
いつもより慎重に靴を履き、玄関から外へ。空は皮肉なほど青かった。
外の郵便受けに何かが入っていることに気づいた。
やけにパンパンに膨らんだ封筒だった。中学で使ってた辞書ほどはあるかもしれない。
宛名を見る。僕宛だった。まだ、母と姉は家にいる。ブーツを履くのに時間がかかったいるのだろう。
気づかれないように、肩にかけた小さいほうの鞄に滑り込ませる。
二人に詮索されたくなかったのもあるし、心配されたくなかったのもある。
なぜなら差出人は分からなかったからだ。名前が書いて無い。

そして、一人バス停から別の街まで続いているバスに家族に見送られ、乗り込む。
異様に大きく膨らんだそれを恐る恐る開封する。
中には一冊の分厚い本が入っていた。

313テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:57:24 ID:./I7v.JE
背表紙も見えないので、何の本か分からない。
封筒を逆さにし、中身を滑りださせた。
そして、ようやく気付いた。
柏葉の本だ。
あの時の本だった。
読むことはなかったが、その表紙とタイトルは覚えていた。
その本の重みが腕にのしかかる。きっと分厚いせいだ。
そう思い込もうとする。思い込みたい。
多分、彼女は引越しのことなどすでに知っているだろう。教えていないのに。
どう考えても、あのおしゃべりな姉のせいだ。
でも、恨むことが出来なかった。むしろ、感謝してさえいた。
少しだけ、胸のモヤモヤが薄れた気がする。
柏葉が求めていることは一つだけだろう。十分に分かる。
行く前に、会いに来てほしい。そんなシンプルな願いだ。

泣きそうになる。泣くな、と自分を叱りつけた。
それでも、いつの間にか涙はこぼれた。

彼女の言葉じゃないやさしさに触れたからの涙なのかもしれない。
彼女を迎えに行く勇気が無かったことを泣いていたのかもしれない。

僕らの呼び名が変わらなかったことがこの結末の原因なのかもな、なんて呟いてみた。

こうして、何も言えないまま僕の初恋は終わった。

314テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:58:08 ID:./I7v.JE
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


2010年3月9日夜。
「えっとでは、いつも通り推理物ということですか」
「すみません。どうしても書くわけにはいかなくなったんです」
山本の声は電話越しにも困ったというのが分かるものだった。
「プロットは最初から最後まで立ててましたので、大丈夫とは思うんですけど……」
「それもそれでちょっと……」
「本当にすみません」
「とりあえず明日、伺いますのでその時に詳しくお聞かせ下さい」
「いえ、社の方に行きます」
なんとかなるのだろうか。いや、なんとか交渉しなくてはならなかった。


2010年3月10日。
「でも、どうしてです?」山本は尋ねた。
午前11時、ブースの外では慌ただしく人が働いている。
「すみません。理由を言う訳には……」あまりに個人的すぎる。
「まぁ、代案を見せてもらいましたが、こっちの方が安定してるというのは確かですしね」
「いつも通りだからですか?」つい聞いてしまう。
「他の編集にも聞いてみましたが、十分に面白いという意見でしたよ」
僕は、ほぅ、と胸を撫で下ろした。だが、山本はつづけた。
「ですが、上の方の人間としては、先生が初めてのジャンルに挑戦するということだけで宣伝になったのに、と惜しんでます」
「そうですか……」

315テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:58:29 ID:./I7v.JE
「ただ、予告を刷るまで余裕があったのがよかったですね。何とかなりそうですよ」
「本当ですか!?」つい、身を乗り出してしまった。
「本当です。今までの習慣が良かったですね。先生なら原稿を落とすことはないという評価でした」
「でも、すみませんでした。わがままに付き合わせてしまって」
ひたすら申し訳ない気持ちだったが、まだ連載開始まで期間があるということで許してくれた。
落としたわけではないということが、今僕にとっての唯一の救いだった。
頭を下げる。彼はゴホンと咳ばらいをした。
「それなら、今度夕食でも奢って下さい」
頭を上げ、前を見た。彼は笑っていた。
「そういえば、のりさんは元気ですか?」
何でもないように尋ねてくる。
流石に、彼の姉に対する想いは特に気づいていた。
「えぇ。ならその時、呼んでおきましょうか?」
いつもなら、そんな気を回すことなどない。姉は極度のブラコンだが、弟の僕もシスコンに近かった。
だが、今流石に拒むわけにはいかない。
そして山本ならいいかな、なんて僕は思ってしまていたわけで。
「ありがとうございます」こんなに嬉しそうな彼を見たのは初めてだ。
「それと、ご婚約、おめでとうございます」
彼にはもう、僕が恋人にプロポーズして成功したということは伝わっているらしい。
「ありがとうございます」僕は照れながら、そう答えた。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


出版社をそのまま出た僕は、人並みの中考え事をする。

316テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 20:59:37 ID:./I7v.JE
あの時、真紅に言っていなかったことがある。どうしても言えなかったことがある。
真紅を愛していることは、それは間違いなく正しいことなのだが、柏葉が今でも好きなのだ。
初恋は終わったが、火はくすぶり今でも残っていた。
その感情を頭から振り払うように、携帯を取り出し、電話をかけた。
誰に? もちろん真紅にだ。
「今から帰るけど、仕事終りに一緒にどこかに行かないかい?」
彼女の今の都合を聞き、大丈夫とのことなので尋ねた。
「そうだね、じゃあ、七時頃にそっちの会社まで迎えに行くよ」
出来る限り、手短に済ませたつもりだが、思った以上に会話してしまっていた。
電話を切り、ポケットにしまう。

その時、人ごみのなか、一人の女性とすれ違った。
見覚えのある顔、いや忘れられない顔だった。
僕は思わず立ち止まってしまう。瞬間、周りの人の流れなどどこかに消えてしまっていた。
少し後ろで、彼女も立ち止まっている気配がした。
僕たちはきっと、繋がっている。
僕が振り返れば彼女も振り返るし、振り返らなければ同じように振り返らないだろう。
これは僕の意志でもなく、彼女の意志でもない。
いわばハッピーエンドの続きだ。
振り返ってしまえば今を失ってしまうかもしれない。
それが途方もなく怖く、それでも代わりに得られるものは輝かしく思えた。

317テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 21:00:35 ID:./I7v.JE
僕達の関係は儚い。
友達ではいられないことも、恋人には戻れないことも分かっていた。
永遠のはつ恋と呼ばせて。せめてはつ恋と呼ばせて。
そう誰かに願ったこともある。
けど、また逢いたいなんて願ったこともない。
思い出なら思い出のままで、と願っていた。
そんな中、願いが最も良い形で悪趣味に叶っている。

空は、別れの日と同じくらい皮肉に青い。
その青さのせいだ。
振り返り、彼女を探し、見つけた。

そこにあるのは、背中だった。
昔より長くなった髪が、風などないのに、一瞬揺れていた。
まるで振り返り、前を向きなおした直後のように。

僕は思わず苦笑してしまった。
これでいいんだ、と。

僕らは歩きだす。

318テーマ:小説 真紅:2010/04/01(木) 21:00:55 ID:./I7v.JE

二人の気配は人並みの中に消えていった。





ローゼンメイデンが普通の女の子だったら
オムニバス
テーマ『小説』


はつ恋 了

319謎のミーディアム:2010/04/01(木) 21:05:04 ID:./I7v.JE
投下完了です。

何これ。長すぎ。馬鹿なの?死ぬの?
おもに肩が痛い。


というわけで、最初に考えたのは小説を捨てる、ということでした。
そしたらいつの間にかこんなになってました。
カットしまくってもこれです。
たぶん、時間が許せばこれの1.4倍くらいになってました。


どなたか、代理投下本当によろしくお願いします。

320謎のミーディアム:2010/04/01(木) 21:09:52 ID:jiv7r01Y
転載します〜

321テーマ:小説 雛苺:2010/04/01(木) 22:07:16 ID:ftJ.7Tfo
時は春先。
場所は、和室。
一目見て異国の人間と見て取れる少女が、机に向かい静かに瞑想をしていた。

少女の名は、雛苺。

彼女を知る者なら、誰もが目を疑っただろう。
今、雛苺の顔には、周囲を太陽のように照らす笑顔は浮かんではいない。
天真爛漫で愛嬌に満ちた彼女の姿は、この時ばかりは影を潜めていた。

やがて雛苺は、深くでもなく、浅くでもなく、ゆっくりと。
肺の中を酸素で満たすように呼吸をする。
そして繰り返す事、数回。
機は満ちたり。

雛苺は静かに目を開いた。

流麗な動作で、机の上に置かれた一冊のハードカバーの本を手に取る。
左手で本を持ち、右手で分厚い表紙を持ち上げる。
そのまま指先を、開いたページの上をなぞるように滑らせ左端に。
次のページをめくる。

……そこで、雛苺は一瞬、動きを止めた。

彼女の瞳に飛び込んでくるのは、果てのない大海のように広がる文字の羅列。
挿絵も無ければ漢字にルビも振ってない。

「……さっぱり分からないの」

雛苺は小さく呟くと、パタンと本を閉じた。

322謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:08:01 ID:ftJ.7Tfo


〜〜〜


それは、数日前の事が発端だった。

「トーモーエー!遊んでー!」

いつもと同じよう元気いっぱい。
いつもと同じように満面の笑みで、雛苺は大好きな巴の部屋の扉をバーンと開けた。

『いらっしゃい、雛苺。今日は何して遊ぼうか?』
『お絵かき!ヒナがね、トモエの絵を描いてあげるの!』
『ふふ、雛苺は絵を描くのが好きだものね』
『うぃ!!トモエも大好きー!」』

と、そんなキャッキャウフフな光景を期待していた雛苺だったが、それは完全に空回りに終わってしまった。

「あら、雛苺。……ちょっと待ってね」

机に向かっていた巴は少し振り返ってそう言うと、再び机に向かい合い、読んでいた本にしおりを挟む。
それからようやく、改めて雛苺へと振り返った。

「ごめんね、雛苺。ちょうど本が良い所だったの」

巴は、少し照れたような笑みを浮べてそう言う。
時間にしても、ほんの数秒の事。
それでも、雛苺の注意をそらすには十分だった。

323謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:08:50 ID:ftJ.7Tfo
「うゆ?トモエ?……何をしてたの?」

雛苺はキョトンとした表情で首を傾げながら、巴にそう尋ねてみる。
すると巴は、机の上から先程まで読んでいた一冊の本を手に取った。

「ちょっと本を読んでたの」
「本?おもしろい?」
「ええ、面白いわよ」
「わーい!ならヒナも読むのー!」

再びテンションフルスロットルの雛苺は、駆け足で巴の膝の上に乗ると、ちょこんと座る。
巴も、そんな雛苺の髪を優しく撫でてから、読みかけだった本の最初のページを開いた。

雛苺は、驚愕した。

巴が読んでいた本には、絵が無かった。
遠近法もコマ割りも関係無いと言わんばかりに、それは活字ばかりだった。

「……マンガじゃ……ないの?」

期待が外れて早くも涙目になってきた雛苺は、震える声で小さく尋ねる。

「うん。小説。……雛苺にはちょっと早かったかな」

そう言う巴がほんの少し浮べた苦笑いが、雛苺を少しだけ刺激した。

「ヒナは子供じゃないもん!小説だってもう読めるのよ!」

雛苺は頬をぷーっと膨らませると、意地になって巴の膝の上で小説に向かい合う。
そして、ジッと活字の行列に視線を凝らした。

324謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:09:31 ID:ftJ.7Tfo

(……か、漢字がさっぱり分からないの……
 魑魅魍魎?……同じ字が4つ並んでるのよ……意味不明なの……難しいの……
 うぅ……レタスと牛蒡のサラダ?……レタスと……牛さんが入ってる、って事なの?
 それじゃあサラダじゃないの……でもサラダを自称してるのよ……これはサラダの定義が揺らぐ程の……)

考えれば考えるほど、頭が冷静な思考を失っていく。
まるでお腹が痛いのを我慢している時のように、嫌な汗が出てくる。
ギッシリと書き連ねられた文字が襲い掛かってくるような錯覚すら覚える。

「ひ、雛苺!?大丈夫!?」
「うぃ?昼食後は、Le presidentとune conference de……ハッ!?」

頭の上でヒヨコをピヨピヨさせ始めていた雛苺は、巴の言葉で我に返った。
思わず大きくのけぞって、後頭部で巴の顎にクリティカルな一撃をお見舞いしてしまった。

今度は巴がピヨピヨなっている。

雛苺は大慌てて巴をガクガク揺さぶって、必死に巴の魂が抜け出ちゃいそうなのを阻止。
その努力の成果か、はたまた巴の自己再生能力の賜物か。
巴はすぐに、目をパチパチさせて我に返った。

雛苺はふぅと息を吐きながら、色んな原因により噴き出してきた珠のような額の汗を拭う。
それを見て、巴は小説の本をパタンと閉じて雛苺の頭を優しく撫でた。

「やっぱり雛苺にはまだ難しかったかしら?」
「そ、そんな事ないの!スリリングな展開に、思わず我を忘れていただけなの!」
「ふふ、まだ1ページも読んでないのに?」
「うゅ……それは……」

325謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:10:10 ID:ftJ.7Tfo
応えに困って視線を泳がせる雛苺。
その仕草に、思わず笑みをこぼしてしまう巴。

そんな、ある種の硬直状態を解いたのは、やはりというのか、巴の一言だった。

「ねえ、雛苺。絵本でも一緒に読もうか?」

絵本。
その誘惑に、雛苺は一瞬にして目をキラキラと輝かせる。
しかし同時に、先程自分の言った言葉……
背伸びしたい年頃のやんちゃさから飛び出した見栄が、それを邪魔した。

「ヒナ、子供じゃないもん!ショーセツだって読むもん!」

本を開く前に告げた言葉を、雛苺は再び口にする。
今度は、流石にそれが子供の強がりだと理解したのか、巴も再び笑みを浮べた。

「ふふ。じゃあ、雛苺に本を貸してあげる。
 だから、いつになっても良いから、読んだら感想教えてね」

そう言い、巴が差し出したのは、一冊の分厚い本。

「いつか……感想、聞かせてね」

巴は少し、遠い目をしながらそう言ったが。
そんな事、雛苺にはドコ吹く風。

「うぃ!ヒナにお任せなの!すぐに読んじゃうのよ!」

来たとき同様のテンションフルパワーで、分厚い本を抱えて巴の部屋からタッタカターと出て行った。

326謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:10:37 ID:ftJ.7Tfo

〜〜〜


と、ここで冒頭に至る。

大好きな巴がやっているのと同じように、畳の上で心を静かにし、針の先のように集中すれば、
いかに難しい文字いっぱいの本という強敵といえども立ち向かえるに違いない。
外国人が忍者に過剰な期待を寄せるのと同等に、雛苺は巴のしている集中法に過剰な期待を寄せていた。
そして、その結果が……

「大変な事になったの……」

分厚い本を、まるで魔物でも封じ込めるように両手で押さえて、雛苺は困ったように漏らした。

これが絵本だったなら、簡単に読めるだろう。
ルビが振ってあれば、容易ではないだろうが読める。

だが、巴の貸してくれた本は難しい漢字が満載な上に……
その上に、これが雛苺にとっては一番の問題だったのだが……
読んだ感想を求められている、という事だった。

『ごめんね、ヒナには難しくてサッパリだったの』
とか言いながら本を返されたら、巴はどんな表情をするだろう。
そう考えると、雛苺には、何とかしてこの本を読み、そして感想を伝えたい、という答えしか出てこない。

かといって、今の自分では1ページも読めない。

その葛藤の渦に、雛苺はあたかも洗濯機の中でグルグル回るハンカチーフのように翻弄されていた。

327謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:11:05 ID:ftJ.7Tfo

「とにかく……トモエと約束したし、読まなきゃいけないの……!」

雛苺は悲壮な決意を固めて、改めて分厚い本を掴む。
そして、机の上に置いてあった辞書を引っ張り出し開いた。
閉じた。

「マズイ事になったの……」

漢字がビッシリの上、さらの文字まで極小サイズの国語辞書。
そんなモノが読めるなら、最初から苦労してない。

根本的な問題にぶち当たり、雛苺は途方に暮れ……
る訳も無く、若さゆえのチャレンジ精神と無謀さとで、次の手段に乗り出した。

「こうなったら、トモエみたいにカチカチで調べ物するの!」

決意も新たに、パソコンの電源を入れる。
早速、検索ワードを打ち込もうとして……
そこで、根本的な問題に気付いた。いや、むしろ大前提だった。

「……何をどう調べればいいの……?」

ぼんやりと光るディスプレイに向かったまま、雛苺は呆然と呟く。
もはや、完全な手詰まり。
チェスや将棋で言う『チェックメイト』というヤツだった。

328謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:11:51 ID:ftJ.7Tfo

雛苺には遠い目をしながら「るーるー」と口ずさむしか道は無いのか。
巴から寄せられた期待には応える事が出来ないのか。

雛苺は、既に半分ほど現実逃避してメルヘンな幻想に逃げ出し始めている。
だが同時に、残された彼女の半分の理性は生きていた。

それは、斬新なアイディアの思えた。
天から降ってきた救いの糸のように思えた。

雛苺は二、三度頭をブンブンと振って意識をハッキリさせると、早速、そのアイディアを実行する事にした。




―――――――
  ――――――――

329謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:12:24 ID:ftJ.7Tfo
「柏葉さーん、お届け物でーす」

雛苺に本を貸した翌日。
巴は玄関先で、届けられた分厚い包みを手にしていた。
あて先は雛苺。

「雛苺ー、荷物が届いたわよー」

玄関先で、巴はそう声をかける。
程なくして、バタバタとひたすらに元気の良い足音をならして、雛苺が玄関先までやって来た。

「はい、コレ」
「うんっ!ありがとうトモエ!」

雛苺は満面の笑みで荷物を受け取ると、その場でバリバリと包みを剥がし始めた。

「何を買ったの?」

巴も、あまりに嬉しそうに包みを開けるその姿に釣られてか、笑みを浮かべながら雛苺に尋ねてみる。
そして。

「じゃーん!」

雛苺が取り出したのは、この前自分が貸した本。のフランス語版。

「これならヒナも読めるの!Est-ce que tu liras ensemble?トモエ、一緒に読むのー!」

全く訳の分からないフランス語がギッシリと書かれた書物。
それを手に、キラッキラの笑顔を向けてくる雛苺。
今度は、巴の額に珠のような冷や汗が流れ始めた。

330謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:14:02 ID:ftJ.7Tfo
>>321-329
テーマ:小説 雛苺
でした

規制されているので、心優しい紳士淑女のどなたか。
転載をしていただけないでしょうか。

331謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:14:39 ID:EnXf5zv2
>>330
承知しますた

332謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:19:49 ID:jiv7r01Y
真紅おわりました。

333謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:22:35 ID:./I7v.JE
>>302
本当にありがとうございました。
乙です。

334謎のミーディアム:2010/04/01(木) 22:35:12 ID:EnXf5zv2
40秒で投下するとさるさんなのね……
とりあえず転載終了しました。

ところで>>321-329のタイトルは如何いたしましょう?

335謎のミーディアム:2010/04/01(木) 23:16:49 ID:ftJ.7Tfo
ありがとうございます
タイトルとか、考えてませんでした。
必要でしたら Francais でお願いします。

336謎のミーディアム:2010/04/01(木) 23:22:29 ID:baBp.Tkg
ラストでサルさんに掴まりました。
1レスだけ転載をお願いします。

>>85
 老人が若かりし頃の話だ。もう、あの男とやらは他界していることだろう。それが幸福な死だったかは、ともかく。
 だが、老人にとっては、なんの慰めにもならない。むしろ仇を討てない口惜しさが、自分に返ってくるだけだった。
 
「蒼星石の目を醒ますために代償が必要ならば、喜んで私の生命を差し出そう。だから――」
「自惚れるんじゃねーです」
 
 老人がハッと詰めた息に、はん! と鼻を鳴らす音が重なり、険のある嘲りが続く。
 ベッドを挟んで、彼の正面に佇む少女のものだ。双子の姉、翠星石だった。
 
「おじじが自殺したって、おばばは生き返らないし、蒼星石は目を醒まさないですよ。妙な気を起こすのはやめるです」
「しかし……どうにも、やるせなくてな。私たちは、ただ待つことしかできないのかね?」
「懺悔しながら待つ――きっと、それも私たちに科せられた贖罪なのです」
 
 蒼星石をこんな状態たらしめた理由は、自分にもある。翠星石も、それは痛いほど理解していた。
 些細な諍いから祖父と仲違いをして、家を飛び出したことが、どれほど妹を悲しませたかは想像に難くない。
 知らず知らずに与えてきた些細な傷の累積こそ、蒼星石に耐え難い苦痛をもたらし、挙げ句の果てに昏睡へと至らせたのだ。
 
 翠星石の胸に絶えず燻っていた祖父への憤りや確執は、もうない。蒼星石が、姉の悪感情さえも夢の世界への道連れにしたようだった。
 すべての責任を祖父に押し付けて、自分だけいい子を演じられるほど、翠星石は厚顔無恥ではなかった。
 
 部屋に据え置かれた大時計が、弦を打つ重厚な音色で夕方を告げた。その数、四つ。
 深い夢に浸る妹の唇に、ほんのわずか笑みが浮かんで見えたのは、老人と姉の願望が生んだ幻だったのかもしれない。
  
   ▼   ▲ 
 
 蒼星石は、祖母のマツと他愛ない話題で談笑しながら、夕飯の支度を手伝っていた。
 悔恨の涙で頬を濡らしながら彼女の目覚めを待つ人がいるとは夢にも思わず、喜悦と幸福を謳歌していた。
 
   <了>

337謎のミーディアム:2010/04/01(木) 23:28:03 ID:baBp.Tkg
>>334
こちらのミスで、お手数かけました。感謝!

338謎のミーディアム:2010/04/01(木) 23:31:39 ID:EnXf5zv2
>>337
いえいえ
私も転載してて完了と同時にさるさん喰らったクチですw

339テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:31:21 ID:WsvUsn3.
見事にさるにやられました。どなたかお助け下さい…

「…ジュン君、来ないのね」
 
ふと口を開いたメグの表情に、私は寂しさを見た。

「…しばらく、頭を冷やしてくるそうよ」
「…そう」

少しの間、私とメグの間に沈黙が流れていたが、ややあってメグがそれを破ってくれた。

「昨日の事だけど…悪かったのはやっぱり私よね…」
「メグ…」
「…誰だって、病人が弱音を吐いてちゃ勇気付けてくれるわよね…
 それだけ、ジュン君は優しかったの。私はそれを拒絶したわ。最低ね」
「もう、その話はやめましょお?今更どう思ったってしょうがないわよ」
「…」
「そうだわ、そんなことより、メグにお話をしてあげるわ。よく聞いておきなさぁい」
「お話…?水銀燈が…私に?」
 
正確には違うけどね、とは口にせずに、私は鞄の中からあの作文用紙を取り出し、ベッドの上で
佇まいを正すメグを向き、一文一文ゆっくりと読み始めた。


   …昔々、ある国に、それはそれは綺麗なお姫様がいました。
     
   その美しさは、まるで一輪の薔薇のようだとも言われておりました。

340テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:32:45 ID:WsvUsn3.
   お姫様の噂は国中に広がり、あまたの騎士がお姫様に一目会いたいと願い、

   入れかわり立ちかわり、お姫様の宮殿を訪れました。

   …が、誰もお姫様にまみえることは出来ませんでした。

   それもそのはず、お姫様は身体が弱くて、自由にお外を出歩く事が出来なかったのです。
    
   それを知っているのは、王様とお妃様と、お姫様の宮殿に仕える人達だけでした。     

   宮殿専属の衣装縫製職人であり騎士の称号を持つ若い男も、その数少ない一人でした。

   お外に出歩けないお姫様の唯一の楽しみは、その職人に綺麗なドレスを作ってもらい、

   お部屋の中で着たりすることだったのです。

   彼は、お姫様が宮殿の窓からお外を寂しそうに眺めているのをいつも見ていました。

   あるとき、お姫様は職人に言いました。     
     
   「お庭を少し歩くだけでいいから、お外に出てみたいな…」

   職人は思い切ってお姫様を抱き上げ、陽の降り注ぐ庭園に向かって、誰にも見られないように、

   しかしゆっくりと、堂々と歩き出したのです。
  

「…今日はここまでね。続きはまた近いうちに持ってくるわねぇ」

341テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:34:08 ID:WsvUsn3.
読み終えた私に、メグは不思議そうな顔を向けてくる。

「このお話…水銀燈が書いたの?」
「いいえ。メグも良く知ってる“誰かさん”よ。今日学校で、小説を書こうって授業があったから、
 借りて持ってきちゃった」

聞いたメグは思わず噴き出した。

「やっぱりね…『身体の弱いお姫様』とか『裁縫の職人』とか、誰の事を言ってるかバレバレだもん」
「でしょぉ!?本人はそう意識して書いたのかどうかは知らないけどね…」
「でもこんなにあからさまだと、多分…そうよ。ジュン君ったら、これをどういう風に完結させるのかしらね?」
「さぁねぇ…。でも楽しみにしてて。ちゃんと続き、持ってくるから」
「ありがとう。…嬉しい。私、あんな事があった後でも、ちゃんとジュン君に想われてたんだね…ニブチンなのに…」

メグの本当に嬉しそうな顔を見たとき、私の胸にちくりと痛みが走った。

「まぁ、しばらくは顔を出さないとは思うけどねぇ…」
「ええ…あ、そうそう、手術の話しなんだけどね…」
「…明後日の土曜、だったわよね?…いいの?本当にジュンには内緒にしてて…」
「ええ…それを言っちゃうと、ジュン君ったら昨日のことも忘れて、ここに駆けつけてくると思うの…。根が繊細で、
 優しい男の子だから。だけどそれだと、まるで手術にかこつけて呼び出して、仲直りのきっかけにしてしまおうって
 感じになっちゃうじゃない?だから…いいの。手術が終わるまでは、ね」
「はぁい」

……良かった。メグが元気になってくれたみたいで…。

342テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:35:34 ID:WsvUsn3.
 * * * * * *

さらに翌日。

《Meg》

私の執刀を担当する先生が、朝早くに病室にやって来ていた。

大丈夫、何も不安になることはない等と、恐らく手術前の患者全員に投げかける定型文を
聞いていても、今の私は不思議と反発する気にもならないし、むしろ喜んで聞いていられた。

「どこの血管をバイバス用に使用すればいいかな…?」

塞がりかけている心臓の血管を取り替えるために、先生が私に尋ねてきた。
すでに何度もメスを入れられている胸…それ以外の肢体に、傷があるのを見られたくない…。

「胸で、お願いします」

自分でそう言って、私は私自身の未来を…あの人に抱かれている自分を願っている事に気づいていた。
あははは、私ったら、もう手術が成功したような気になってる…。

 * * * * * *

《Mercury Lampe SIDE》

放課後の教室で、私はジュンに呼び止められた。

「なあ、水銀燈」
「なぁに?」
「あの小説だけどさ…誰かに見せたりしてないよな?」

343テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:36:45 ID:WsvUsn3.
どきり、と胸が高鳴り、一気に身体が冷えるような感触が走った。

「…見せてるのか?」

責める口調などではなく、ただ聞きなおすだけのジュンの優しい言葉に、私は不意に胸のうちの
何かが溶けていくのを感じた。

「…ごめん…なさぁい…ひっく」
「すっ…水銀燈…」
「私…メグに見せてたの。ジュンの書いたお話…」


《Jum SIDE》

……やっぱり、そうだったのか。

あれからなぜ水銀燈があんな僕の小説を借りていったのかを考えているうちに、鈍いながらに
僕は一つの推測を立てていた。それが見事に当たっていた。
いやむしろ、僕はそうしてもらうことを願っていた。
あの作品には、僕自身とメグをはっきりと投影している。
あれを読んだ水銀燈がそのことに気づかないはずがない。
いや、仮に水銀燈があの時僕の作品を読ませてもらいにやって来なかったとしても、そもそも僕は
水銀燈に頼んであれをメグに持っていってもらうつもりだったのだ。
もちろん、メグとの仲直り…というか、一度切ってしまったメグとのつながりを取り戻そうとするために。
感謝こそすれ責めるつもりなど更々ないのに、水銀燈はどうして泣いてるんだろう。
ややあって落ち着いた水銀燈は、僕にこう言った。

「罪滅ぼし…だったのよ」
「え…?」
「だって…私はあなたが好きだったんですもの…」

344テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:38:48 ID:WsvUsn3.
時間だけでなく、呼吸までもが止まってしまったように感じた。


《Mercury Lampe SIDE》

「私はあの時、喧嘩別れしたあなた達を見て、もしかしたらジュンが私に振り向いて
 くれるかも知れないと、一瞬でも期待しちゃったのよぉ…。
 ひどい話よねぇ…だからあの後、私は私が許せなかった。そんな時に…あなたの
 書いた小説を見て、これをメグに見せれば、あなた達がもう一度つながるんじゃないかって…。
 だから…だから私は、あなた達の間を取り持つキューピットを演じようと思ったの…!
 …出しゃばった真似をして、本当にごめんなさぁい…」

許してもらえなくても構わない。ただ、知っておいて欲しかった。
私があなたに抱いていた想いを。そこには何の偽りもなかった事を。

《Jum SIDE》

「僕は、水銀燈のことを怒ってなんかいないよ」
「そうなのぉ…?」
「ああ。むしろお礼を言わなくちゃいけない位だ。…メグは、何か感想を言ってたかい?」
「…ジュンったら、ニブチンだけど繊細なところもある優しい男の子だって…あと、続き楽しみにしてるって…」
「ははは…その通りかも知れないな。でも本当にありがとう。それを聞いてほっとしたよ」
「ジュン…」
「水銀燈。僕は…メグの事が好きだ」
「…分かったわ」
「でも、僕がメグに出会えたのは君のお陰だ。君が僕にメグを紹介してくれたんだから。
 本当に感謝しているよ。ありがとう。もともと、君はキューピットだったんだよ…」

そう言いながら、僕も目頭が熱くなって仕方がなかった。
水銀燈のけなげさに心を打たれた…それもあるが、それだけではない。

345テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:40:26 ID:WsvUsn3.
すぐそばにいたこの女の子の気持ちさえ、僕は気づいてあげる事が出来なかった。
幼すぎる自分自身への不甲斐なさが、雫となって流れ落ちた。

遠くから部活動の掛け声だけが聞こえてくる教室で、僕と水銀燈は二人、しばらく嗚咽を止められなかった。

いつまでも幼いままでは駄目だ。人を傷つけないための強さ…慮る思いやりがなければ。
それが、恐らく男としての大人になるという事なのだろう。僕は切実にそう思った。

《Mercury Lampe SIDE》

私の初恋は、こうして散っていった。でも…何だか吹っ切れた感じだわ。
だって…初恋の人が、私の事をキューピットだって言ってくれたんだもの。
キューピットなら…いつかは絶対に、自身に違う恋を実らせる事が出来るはず。

……女って、こうしてオトナの女になっていくのかもしれないわね。私は切実にそう思った。

 * * * * * *

そして…手術当日。

「では、術式を開始します」
「患者は17歳、女性。バイタル良好」
「胸部正中切開に入ります」

 * * * * * *

《Mercury Lampe SIDE》

ガシャン、と扉が閉まり、『手術中』という赤いランプが灯ったのが3時間前。

346テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:41:34 ID:WsvUsn3.
目の前の光景がどこかドラマのように遠く感じられるが、廊下のソファに座り込んで祈るように
手を組んでいるメグの両親の姿が、これが現実だと教えてくれる。

……メグ、ごめんなさい。私、貴女との約束を破っちゃうから…。でもどうか、無事に戻って来て…。

私は電源を切ってある携帯を手に、病院の玄関へ向かって歩き出した。

 * * * * * *

《Meg》

……あれ?私…今どこにいるの?

「心拍数血圧共に低下、止まりません!」
「イレウス管を持って来いイレウス管だ違うそれじゃない急げ!」

……私の真下に、胸を開かれて血まみれの私が手術台の上に横たわっている。

……白衣姿の先生達が、何か必死になって動き回ってる…

……私、死んじゃったのかな?

……あーあ。何だか後悔しか浮かばないなぁ…

……ジュン君とも喧嘩しちゃって、結局仲直りも出来ずじまいだったなぁ。

……このまま、ジュン君とも水銀燈とも会えなくなっちゃう…

……それが、死ぬってこと…

347テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:42:27 ID:WsvUsn3.
……悲しい。辛い…

……嫌!死にたくない!

……せめて…あのお話の続きだけでも聞きたい…神様、お願い…!!


 * * * * * *

《Jum SIDE》

家にいた僕は、水銀燈の電話に呼び出され、メグの病院へと向かった。
今日がメグの手術日だったなんて…!
そういえばあの時、喧嘩になっちゃったから手術そのものの日付までは聞いてなかったもんな…
足が自分のものじゃなくなるんじゃないかというほどに、僕は自転車を漕ぎ、やっと正面玄関へと乗りつける。
そこに、水銀燈はいた。


《Mercury Lampe SIDE》

汗だくになってやって来たジュン。彼のメグへの想いの強さを、私はここでも目の当たりにした。

「ごめんなさい。メグには黙っておくように頼まれてたんだけど…」
「で、どうなんだ、今手術中なのか!?」
「ええ…順調なら、あと少しで終わるはずなんだけどね」
「…そうか。連絡してくれてありがとう」
「…だって、目を覚ましたメグにはあなたがご両親の次に会って欲しいと思ったから…」
「…分かった。…ここにいるのも何だから、とりあえず中で待ってようか」
「ええ…」

348テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:43:04 ID:WsvUsn3.
自動ドアを抜けて歩き出す私達。先に立って進む私に、少ししてジュンがぽつりと言った。

「水銀燈…」
「なぁに?」
「本当に、ありがとう」
「…いいのよ」

手術室の前に戻ると、『手術中』のランプは消え、白衣姿の医者と…泣き崩れるメグの両親がいた。
私よりも早く、医者に飛びついたジュン。

「先生!メグは、…メグは!?」
「…眠りに就いてるよ」
「…えっ!?」
「あと数時間すれば、意識を取り戻すだろう。今からメグさんの所に案内するから、それまで、
 ベッドの横で待ってなさい」
「って事は…!」
「途中で危険な状態に陥ったが、無事に術式は終了したよ。一ヶ月もすれば退院だ。
 良かったね。ボーイフレンド君」
「あ…ああ…」

《Jum SIDE》

良かった…ほっとしたと言うべきか。
親切な医者に礼を言い、喜びを分かち合おうと水銀燈に振り返ると、彼女は泣き崩れて腰の立たない
メグの両親に肩を貸しているところだった。
僕の目線に気づいた水銀燈が、何だまだここにいたの、という感じで僕を見る。

349テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:43:44 ID:WsvUsn3.
《Mercury Lampe SIDE》

「水銀燈…」
「…私はいいから、速く行ってあげなさぁい?」
「うん…!」

私は、もう何の迷いもなく、先を行く医者の後を追って駆け出していくジュンの背中を見送った。


《Meg》

……身体が重い。どうしてだろう。

……これが、生きている事の重み…?

……光が眩しい…。私、生きてるんだ…!無事だったんだ…!!

なんだか頭がくらくらするけど、どうやら見える世界は元通り、ベッドから見上げる病院の天井だ。
もう幽体離脱もしていなければ、不安に囲まれて震えてもいない!
嬉しい…生きている事ってこんなに嬉しいんだ!
…私、これからは本当に人間として生きられそうな気がする!

「メグ」

すぐそばから聞こえてきた、待ち焦がれていたあの声。

「ジュン…君…」
「やあ、メグ…」
「ふふ…私、生きてる、生きてるよ…」
「ああ…そうだな、生きてるな…」

350テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 01:45:07 ID:WsvUsn3.
「良かったぁ…」
「おめでとう…そしてこんな時に何だけど、この間はごめんな…」
「ううん、私こそごめん…」
「許してくれるか…?」
「…ねえジュン君」
「…ん?」
「あのお話の続き…結局どうなるの?あのお姫様と…職人さん…」
「…ああ、まだ考えてなかったや。お姫様が薔薇の棘に刺さって元気になるとか、そんな感じかな…」
「もぉ…結構いい加減なのね…」
「何にしろ、結果は同じさ。最後は…」

《Jum》

僕は、メグの少し乾いた唇に、そっと自分のそれを合わせた。また一つ、大人になれたような気がした。

  …こうして、お姫様とマエストロは結ばれましたとさ。めでたし、めでたし。

おわり

351テーマ:小説 水銀燈:2010/04/02(金) 02:01:14 ID:WsvUsn3.
oo越えたみたいなので自己処理します。お騒がせしました

352"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:01:00 ID:???
久々に来たら規制とは…
申し訳ありませんがどなたか可能なら転載お願いします。

353"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:01:35 ID:???
「…何をしているんだ?」

 ジュンは目の前の漆黒の衣をまとった女性に問いかける。彼女はまるで子供が絵を描くように無邪
気に、楽しそうに、不気味な紋様を地面に描いている。
 真紅の前から連れ去られてからどれくらいの時間が経ったのか、時間を計る道具を持たないジュン
には分かりかねる。しかし、ずいぶんと連れまわされたというのに一向に出口らしきものが見えない
ということから、この地下道はよほど広いらしい、ということは理解できた。

「…これ? ふふっ、ただの『お絵かき』よぉ。それで、巴。どう? 『彼女』の力は」

 ジュンの問いかけをさらりとかわし、漆黒の女─水銀燈はもう一人の戦士風の女─巴へと問いかけた。


                    "The Unknown"
                   第五話『エサ』

354謎のミーディアム:2010/04/05(月) 13:01:57 ID:.6Nh5pl6
 巴はどこか虚ろな眼差しで遠くを見つめながら、彼女の問いかけに答える。

「先ほども『見た』けれど… 信じられないわね。彼女、本当に人間? 一個師団に匹敵するわよ?」

 その声は見た目どおりの気丈を装ってはいるがかすかに震え、ジュンはその中に驚きと、少しの焦りが滲ん
でいるように感じた。
 しかし、そんな巴とは対照的に、その事実を『取るに足らない』とでもいうような不遜な態度で、水銀燈は
彼女に言葉を返す。

「『魔』を取り込んで『力』にしているからよぉ。…ふふ、いい具合じゃなぁい」
「どうするつもりなの?」

 巴は最早焦りを隠すこともなく尋ねる。たった一人とはいえ、彼女たちの計画にとってはかなり大きな障害
となり得る存在。水銀燈が、その存在の着実な成長を何事もないかのように了解しているのが、彼女には理解
できないようだった。

355"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:02:38 ID:???
「…どうする、って。そりゃこのまま私を追いかけてもらうわよぉ」
「何を考えているの、水銀燈!? 聖十字騎士団が『あそこ』を見つけるのにそこまでの時間はかからない。
 せいぜい一週間、といったところなのよ!? あんな女にかまっている場合!?」

 一連の水銀燈の言葉が気に食わなかったらしく、巴は彼女が『予定』を伝えるのに間髪いれず、食って掛
かるように大きな声で問いかける。
 そんな巴の言葉を真正面から受け止めながらもなお、水銀燈はその余裕を微塵も崩さず、ひらひらと舞わ
せた手のひらを優しく巴の肩に置いた。

「巴、そうかっかしないで。大丈夫。全部予定通りなんだからぁ」
「長官が裏切ったのも、国教会が介入したのも……あのリスクブレイカーが化け物のように強いのも、みんな予
 定通りだとでもいうのっ!?」

356"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:03:02 ID:???
 言葉とともに鈍い音が辺りに響く。巴は腕を壁に叩きつけた際の衝撃で多少自分を取り戻したらしく、荒げ
た息を整えながら、謝罪の言葉を口にした。

「…ごめんなさい」

 それを、やれやれとでもいうかのように肩をすくめながら、水銀燈は許す。その一連のやり取りはジュンの目
に、非常に奇妙なものとして写っていた。確かにこの二人は仲間で、今回の事件の実行犯である。巴の、水銀燈
に対する信頼に並々ならぬものがあるのは以前からのやり取りで理解できた。

 しかし、二人の『見ているもの』は、『見据えている先』は、なにかこう…

357"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:03:34 ID:???




──あまりにも、違いすぎる──

358"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:04:08 ID:???
情報分析官の性かしら? 自分のことより私たちの方が気になるのねぇ」

 水銀燈はジュンの視線に気がついていた。ジュンは突然かけられた言葉に驚き、一瞬肩を竦める。
 が、彼はすぐに凛としたまなざしで水銀燈を見据え、問いかけた。

「…いったい、『お前』は何をしようというんだ?」

 その言葉を水銀燈は鼻で笑い飛ばし、再度紋様の方へと向き直る。

「…お姫様にディナーを、ね?

 罪深き血族との契約により……」

 突如、紋様はえもいわれぬ、不気味な赤い光を放ち始める。
 暴風が吹き荒れ、あたりに瘴気が充満していくのが、『力』のないジュンにもはっきりと分かった。

359"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:04:41 ID:???




──あの子を……助けたいの──

360"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:05:10 ID:???
 ただの空耳か、はたまた風のいたずらか、ジュンの耳に誰かの声が届く。それは今ここに居るどの者
とも違う、幼い女児の声。ジュンが声のした方を振り返ると、そこにいたのは銀髪に、真紅の眼をした
不思議な娘。その姿は、まるで…

「…水銀燈?」


─────────────────

────────────────

──────────────

361"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:05:34 ID:???
 程なくして真紅はその部屋へと到達する。しかしすでに部屋はもぬけの殻だった。

「……空気がほんの少しだけど温かい。ついさっきまでここに居たようね」

 現在、水銀燈は真紅から逃げている。その彼女が、追いつかれる危険性を考えずに長く一所に留まっていた
とは考えづらい。

「…この部屋に何か、あるのかしら?」

 それは至極当然の疑問であろう。真紅は部屋の探索を開始した。もしこの部屋に隠し扉などあった場合、そ
れを見落とすわけにはいかない。
 しかし、別段何かが見つかるということはなく。真紅が軽いため息を一つついて、先へと歩を進めようとし
た、その時。

362"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:05:55 ID:???


 カラカラ…カラ…

      カラカラカラ……

カラ…カラ…カラカラ…

363"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:06:46 ID:???
 何か、金属を引きずるような音。どうやら音は前方の柱の影からしているらしい。

 最早何が出てきても驚きはない。
 真紅は神妙な面持ちで剣を構えた。

 ─カラカラ…カラ…

 件のものが姿を現すと同時に、真紅はまたか、とでもいう風にため息をつく。

「合成獣にミノタウルスの次は……幽霊、というわけ?」

 柱から、人一人分はあろうかという長さをもった大剣を引きずって現れたのは、重厚な鎧を身に纏った騎士。
『普通』と違うのは、中に人が居ない。つまり鎧だけである、という点だけ。

364"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:07:18 ID:???
オオオォォ…」

 その魂が鎧に捕らわれているのかは定かではないが、ソレはまるで楽になりたい、とでも言うかのようにおぞ
ましいうめき声をあげ続ける。鎧が剣を構えた瞬間、その足元で薄ぼんやりと真っ赤な魔方陣が光を放ったのが
分かった。

「来なさい。その哀れな魂に…引導を渡してあげる」

 そう呟くと共に、真紅はすさまじい跳躍でソレの頭上を飛び越え、真後ろに着地する。ソレはとっさに反応し
て後方に剣を薙ぐが、彼女はそれを再度の跳躍でかわし、そのままの姿勢から、剣撃を三発打ち込んだ。

「…流石に、硬いわね」

 真紅は華麗に着地しながら呟く。その言葉の通り、鉄の鎧の化け物は一切ダメージを受けていないようだった。
のろい動きで、大剣を引きずりながら、じりじりと彼女の方へと迫ってくる。

365"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:07:49 ID:???
「まぁ、それならそれで…いくらでもやりようはあるわ」

 真紅はその様子に動じることなく、今度は姿勢を落とし、地を這うような体勢になって地面を蹴り、それに接近。
今度は、鎧と鎧の間の継ぎ目を正確に打ち抜いた。

「アアアァァァァァ…」

 あっけなくその場に崩れ落ちる鎧。その刹那、光の塊のようなものが立ち上り、霧散していった。

「水銀燈、この程度の化け物に私がやられるとでも思っているのかしら? なめられたものね」

 そう呟きながら、真紅は扉を開く。その先にあったのは、光の差す大きな竪穴と、それを上るための梯子。

「…ようやく『魔の森』…ね」

 真紅は慎重に、しかし強い意思を感じさせる素振りで梯子を握り、上を目指していくのだった。

─────────────────

────────────────

──────────────

「……ちょっと弱すぎたかしら? ふふ、予定より早く『力』をつけていっているみたいね」

 水銀燈が突然不穏な笑みをこぼす。その笑みにはまるで何か嬉しい誤算でもあったかのような雰囲気が現れているが、
それの意味するところはジュンには、そして、長い時間を彼女と共にしてきた巴にさえも分からなかった。

366"The Unknown"第五話:2010/04/05(月) 13:10:20 ID:???
>>353-365
以上です。
転載お願いいたします。

あと、>>364ですが、最初のかぎ括弧が抜けているので
>「オオオォォ…」
と修正します。

367謎のミーディアム:2010/04/05(月) 19:53:53 ID:???
投下乙です
次回のスレで出来れば転載しておきます

368謎のミーディアム:2010/04/08(木) 21:12:15 ID:???
367じゃないけど転載完了しました〜

369"The Unknown"第五話:2010/04/10(土) 00:44:59 ID:???
>>368
助かります。
ありがとうございました。

370謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:15:36 ID:???
雪華綺晶は、最近この辺り一帯を任された貴族でした。

そんな雪華綺晶ですが、いかんせん歳も若く、どうすれば良いのかあまり分かりません。

毎日ダラダラと過ごす貴族は決して珍しくありません。
ですが、雪華綺晶はそんなグータラではありませんでした。

だから彼女は、よく分からないながらも……
それでも、せめて自分の領地に対する理解を深めようと、今日も近所の村へと足を運んでいました。


そして、もう一人。


雛苺は、この辺りに在る森に住んでいる妖精さんです。
可愛らしいフリフリの服を着た小さな女の子の姿をしてはいますが、れっきとした森のリーダーでした。

今日も雛苺は、小さな体で広い森の中を、平和を守るために飛び回っています。

この森で山火事が起こらないのは、全て雛苺のおかげ。



今日は、そんな二人の出会った時の物語。


ずっと、ずっと、昔のお話。

遠い、遠い、誰も知らない場所での出来事。

371謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:16:10 ID:???
その日、雪華綺晶はいつもと同じように村の視察に行き……そして帰り道。
ほんの気まぐれで、いつもと違う道を通ってみる事にしました。

この辺りは気候も治安も良く、そのせいもあり、雪華綺晶は安心して周囲を眺めながらテクテク歩きます。

遠くに見える村では、お昼御飯の準備をしている煙が煙突から出ています。
近くに生い茂る森からは、鳥や虫たちが歌うように鳴く声が聞こえてきます。
周囲に広がるあまりにものんびりとした景色に、雪華綺晶もうふふと笑みを浮べてしまいます。

雪華綺晶はそんな風にとってもゴキゲンに散歩をしながらお屋敷への道を歩きます。
と、そこで。

「あら?あれは……」

雪華綺晶はとっても可愛らしい野バラが森の中に咲いているのを見つけました。
とっても小さくて可憐で、でも自然の持つ生命力に溢れた、とっても綺麗な野バラです。

「まあ、なんて素敵なんでしょう」

雪華綺晶は思わず、そう言いました。
ついつい、うふふと笑みがこぼれてしまいます。
それから雪華綺晶は、野バラに誘われるように、森の中に足を踏み入れました。

そうして踏み込んだ先には、自然の創り出した一つの庭園が広がっているではありませんか。

風がそよそよと吹いて、草木を優しく撫でています。
木々の間から射し込む光も、とっても神秘的。
そして、小鳥が歌うようにさえずる中で、可愛らしく咲く野バラ。

あまりに素敵な光景に、雪華綺晶は微笑を浮べて自然の庭園の中に座り、草木をそっと撫でました。

372謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:16:43 ID:???


―※―※―※―※―


と、雪華綺晶がうふふと微笑んでハッピーな気分でいる頃。
森の奥では大変な事になっていました。

「雛苺、大変だ!変なヤツが森の中に入ってきてる!」

森に住む狼のリーダー・くんくんが、森の妖精さんである雛苺の所へと駆けつけていました。

「うゅ?変なの?それって、この前くんくんが言ってた変わったウサギさんの事なの?」

雛苺はお気に入りの岩の上に腰掛けながら、ちょっと首をかしげながら尋ねました。
ですが、狼犬くんくんは、首をブンブンと大きく振りながら、大きな声で続けます。

「ウサギなんかやりもっと大変なヤツだよ!人間だ!
 それも、僕の見た限りでは、あれは悪い人間に違いないよ!
 だって、とっても怖い笑顔で森の中に入ってきたんだ!きっと悪い事をするつもりなんだ!」

森で一番の知性派である狼犬くんくんの考えを聞いて、森の連中は大騒ぎです。
雛苺の周りでゴロゴロしていた森で一番の力持ち、灰色熊のブーさんもブルブル震えます。

普通なら狼や灰色熊はとっても凶暴ですが、この森の連中は、雛苺の影響でとってものんびり屋さんです。
雛苺の不思議な力のお陰で果物や木の実がたくさんとれるので、ケンカをする事が無いからです。
なので、森の連中は、今まで一度も戦った事が無かったのです。

373謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:17:11 ID:???

「う〜ん、どうしたら良いんだろう……」

知性派の狼犬くんくんは、必死に人間に対する対応策を考えます。
熊のブーさんは、一生懸命に怖い顔をする練習を始めています。
ですがやっぱり、のんびりと過ごしてきた森の連中では、人間を追い払うのは難しそうです。

その時、雛苺がグッと拳を固めて立ち上がりました。

「うぃ!それならヒナにお任せなの!」

そう言って雛苺が精神を集中させると、彼女の足元からスルスルと苺轍が伸びていきます。
そしてその苺轍は、森の中にある沢山のケモノ道を人間が通れないように塞いでいきました。

「……ふぅ……これで、ここまで来る事はないの」

雛苺は額に浮かんだ小さな汗を拭うと、ちょっと疲れたのかその場に座り込もうとします。
ですが、事はそう簡単には終わってくれませんでした。

「ひ、雛苺!ダメだ!人間のニオイがどんどん近づいてきてる!」

狼犬くんくんが、鼻をクンクンさせながら雛苺にそう教えます。
……そうです。
その頃、森の庭園でうふふと微笑んでいた雪華綺晶は、野イチゴを見つけるとパクッと食べていたのです。
あまりにも美味しい野イチゴだったので、むしろテンションも上がっちゃってます。
ですが、森の連中も雛苺も、そんな事には気が付きません。

374謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:17:40 ID:???
「……うぅ……ヒナだって負けてないの!これなら!」

雛苺は改めて、苺轍を伸ばして道を塞ごうとします。
それがかえって雪華綺晶をよけいに喜ばせる事になっているだなんて思いもしていません。
雛苺が頑張れば頑張るほど、人間の……雪華綺晶の気配は、どんどんと近づいてきます。

こうなれば、雛苺の力が尽きるのが先か、雪華綺晶のお腹がイッパイになるのが先か、です。
森の連中が固唾を飲んで見守る中……決着は、あっさりと着きました。

「……もう……ダメ……なの……」

苺轍を伸ばして体力を消耗させる一方の雛苺。
さらに、伸ばした苺轍に実った野イチゴまで食べられているのでは、不思議な力もすぐに尽きてしまいます。

「きゅう」と、雛苺はバッタリと倒れて気を失ってしまいました。


―※―※―※―※―


と、再び場面は雪華綺晶へと移ります。

とっても美味しい野イチゴにすっかり嬉しくなっていた雪華綺晶でしたが、ふと気が付きました。

「あら?……私としたことが、ついつい食べ過ぎてしまいましたわ」

周囲一帯の、一つも実がなってない苺轍をぐるりと見渡して、そう呟きました。
もう、見事なまでもの全滅です。
葉っぱまで食べちゃうのではと心配になるほどの食べっぷりです。

375謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:18:12 ID:???
それによく考えたら、食べるのに夢中になって、随分と森の奥まで来ちゃっています。

雪華綺晶はほんのちょっとだけ反省して……
でも、次に来るときは、持って帰って食べられるように、大きめのカゴでも用意しておこうかしら?
なんて考えながら、スタスタと森の出口の方に歩いていきました。


……それから、しばらくの日が経ちました。


雪華綺晶は、収穫用の大きなカゴを持って、森の庭園にまで来ていました。
今日こそ、あの美味しい野イチゴをお腹いっぱい食べられると思うと、ついつい笑みがこぼれてしまいます。
そして、いざ、楽しいお食事タイムを。

そう思って足を踏み出そうとした雪華綺晶でしたが、不意に聞こえてきた足音に動きを止めました。
動物の足音とは違い、静かな森の中ではやけに目立つ、人間の足音です。

雪華綺晶は嫌な予感がして、とっさに近くの木陰に身を潜めます。
そして、ちょうどそのタイミングを見ていたかのように、足音の主が姿を現しました。

それは、一目見て分かるほどの山賊でした。
山賊っぽい服に、山賊っぽい武器。
それが、何人も、何人も、ドカドカと森の庭園に踏み込んできたのです。

山賊たちは「ガハハ!」「ガハハ!」と笑いながら花を踏み、野バラを切り裂きます。
さらには、所構わず酒瓶を投げ捨てたり、逆立ちしながら麺類を食べたりとやりたい放題です。

悪逆ここに尽くせり。
そんな光景を目の当たりにした雪華綺晶は、とっても腹が立ちました。
この森はとっても豊かで素敵な所なのに、なんって自分勝手な人たちでしょう。

376謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:18:49 ID:???
そこまで考えて、雪華綺晶はふと気が付きました。
山賊は草花に酷い事をしていますが、あの時、野イチゴを全滅させた自分もまた、褒められたものではないと。

食べ物の事になると視界が狭くなってしまう自分自身を、心の中でビシッと叱りつけます。

それから、雪華綺晶は山賊の足音が森の奥へ、遠くに行くまでじっと身を潜め……
足音が聞こえなくなると、大急ぎでお屋敷へと走って行きました。


―※―※―※―※―


その頃、森の中は大パニックでした。
以前来た、笑顔の怖い人間がまた来た!と狼犬くんくんの報告に始まり、さらには山賊の襲来。

緋色熊のブーさんが、頑張って怖い顔を作って山賊たちを脅かそうとしますが、効果はありません。
それどころか、山賊は武器を手に攻撃しようとしてきます。

くんくんが仲間を沢山引き連れて、山賊たちの周りで吠えます。
ですが、山賊たちは火をつけた棒を振り回してくるので、怖くてそれ以上は何もできません。

この森の連中の奮闘には、訳がありました。

「……はぁ……はぁ……みんな……ヒナは良いから……逃げて……」

森の妖精である雛苺は、山賊たちに森を荒らされたせいで、今にも消えてしまいそうだったのです。
狼犬くんくんも、灰色熊ブーさんも、大好きな雛苺を、今度は自分達が守る番だと頑張っていたのです。

ですが、ずっと穏やかな生活をしてきた森の連中に、戦う力はあまりありません。
山賊たちの暴虐を止める手段は、彼らにはありませんでした。

377謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:19:48 ID:???


―※―※―※―※―


そして、再び雪華綺晶。

彼女は自分の大きな屋敷いっぱいに響き渡るような大きな声で叫んでいました。

「森から流れる水は、この地に栄養を運んでくれます!立つ木は冬の風をせき止めてくれます!
 そんな私たちの森が、生活が、山賊の脅威にさらされているのです!
 彼らが森に居つけば、いずれは町にも被害が出るでしょう!
 今こそ、私と共に討伐に出んとする者は名乗りをあげなさい!」

雪華綺晶は屋敷の人たちにそう言いますが、誰も下を向いて視線を泳がせたまま動こうとしません。
すっとこの地方は平和だったので、誰も戦う事には慣れてないからです。

雪華綺晶はクッと視線を鋭くすると、近くに立っていた使用人に声をかけました。

「剣と鎧をここに。私みずからが先頭に立ちましょう」

ですが、使用人からの返事もまた、期待通りには行きませんでした。
というのも、平和が長く続いたために剣も鎧も使われず、サビだらけになってボロボロだったのです。
これでは戦うことも出来ません。

手段は無いのかと、雪華綺晶が悔しくって泣いちゃいそうになった時です。
一人の男が……屋敷の執事長が、彼女の前に立ちました。

378謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:20:29 ID:???
その執事長・ラプラスは「クククッ」と押し殺したような笑みを浮べると、自分の顔に兎の面を付けました。

「ブラボォ!領主として、実に素晴らしいお言葉です!お嬢様!」

兎の仮面を装着したラプラスは、ゆっくりとした動作で、自分の着ていたスーツの襟元を持ちます。

「鎧が無い?剣が錆びている?クックック……トリビァル!」

トリビァルの『ル』のタイミングで、ラプラスは自分の着ていた服をバリバリと破り捨てます。
そして服の下からは、彫刻のように鍛えられた逞しい筋肉があらわれました。
もちろん、ラプラスは紳士なので全裸ではありません。ブーメランパンツと呼ばれる下着のみ残っています。

雪華綺晶には、引き攣った笑みを浮べる事しか出来ません。

ともあれ。

筋肉の織り成す肉体美を目にしみる程に誇示しながら、ラプラスはポージングを決めました。

「鎧が無い?鋼の肉体に勝る鎧など、果たしてこの世に存在するのでしょうか。
 剣が無い?ならば、拳を剣とし戦えばよろしいかと」

どんどん顔色の悪くなる雪華綺晶をよそに、ラプラスは鍛えに鍛えた大胸筋をピクリと動かします。
すると、それが合図だったのか、屋敷中の執事が一斉に服をバリバリと脱ぎ捨てました。
全員、オイルでも塗ってあるかのようにテカテカした肉体美でポージングしていました。
全員、ブーメランパンツでした。

そして奇声を発しながら、ボディービル執事軍団が屋敷から飛び出し、猛然と森の方向に突進していきます。

雪華綺晶は一拍置いてから我に返って、追いかけるべきか無視すべきか、ほんの少し悩んでから……
それでも、言い出した者の責任として、ラプラス達を追いかける事にしました。

379謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:21:24 ID:7W.r7jVI


―※―※―※―※―


そして舞台は決戦の地……森の中へ。

雛苺はフラフラしながらも、それでも立ち上がりました。
彼女の瞳には、妖精の不思議な力で、遠くで一生懸命に頑張っている森の連中の姿が見えています。
ですが、くんくんも、ブーさんも、応援に来てくれた他の皆も、もう元気がありません。
皆、今にも山賊たちに捕まってしまいそうです。

「……こうなったら……ヒナが時間を稼ぐから……逃げて……」

今にも消えちゃいそうな体で雛苺は、それでも皆を助けようと苺轍を伸ばそうとします。
と、その時。
悪夢の終焉に相応しいモノが、彼女の視界に飛び込んで来ました。

「ブラボォ!ブラボォゥ!!」

奇声を上げながら、よく分からない、分かりたくもない何かが、山賊たちに飛び掛っていたのです。
その顔はウサギさんでしたが、どう見てもウサギさんとは違います。

あまりにショッキングな光景に、雛苺は危うくその場に倒れてしまいそうにまりました。

そんな周囲の思惑を無視して、筋肉の勇者は山賊と激闘を繰り広げます。

……それは筆舌しがたい光景でした。
逃げるのは山賊です。逃げないのは、よく訓練された山賊です。
それは、地獄と現世の境目すら分からなくなるような光景でした。

380謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:22:24 ID:???

「…………ハッ!?」

雛苺は、いつしか自分が気を失っていた事に気が付きました。
大急ぎで、周囲をキョロキョロします。

と、そこには、頑張りすぎてくたびれたのか、地面にごろごろと寝転がっているくんくんとブーさんの姿。
それから、いつか森の中で野イチゴを食べまくっていた女の子と……その……変なウサギ?が居ました。

どうやら、全て終わったようです。
そういえば、体も完全回復とはいえませんが……それでもずいぶんと元気になっています。

雛苺はよっと立ち上がると、心配そうに自分の顔を覗き込んでくる女の子に向かい合いました。
すると、女の子は安心したのか笑顔を浮べます。

雛苺は、助けてくれたようだし悪い人ではないのだろうけれど……この笑顔は怖いなぁ、と思いました。
ともあれ。

「ヒナはね、この森の妖精さんなの。……その……助けてくれて、ありがとう……」

そう言うと、雛苺は今出来る精一杯のお礼を。
小さな野イチゴの実を一つ差し出します。


「この一帯の領主をしている雪華綺晶ですわ」

雪華綺晶はそう言うと、雛苺の差し出した野イチゴを受け取り、口に入れました。
たった一つでしたが、それは今まで食べたどんな果実よりも美味しく、雪華綺晶はとっても幸せな気分になります。

381謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:22:57 ID:???

そして、ラプラス達はというと……
彼らは雛苺から、お礼として小さな野バラを貰いました。

彼らは屋敷に戻ると、再び執事としてスーツを着ます。
ですが、その胸元には小さな野バラが常に、勲章のように飾られていました。
人々はそんな彼らをいつしか、大胸筋の上で誇らしく咲く花になぞらえ『薔薇族』と呼ぶようになりました。


ともあれ。


こうして森の妖精である雛苺と、領主である雪華綺晶は出会い……
それからというもの、この地方はいつまでもいつまでも。
平和で豊かな時代を過ごす事が出来るようになりましたとさ。





めでたし、めでたし。

382謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:24:01 ID:???
>>370-381

というお話
だったのさ r―-、
      //\ヾ\
____ _((∀`\ )
L|_|_|_/ノへ>/" )ヽ
L_|_|_|\'-') / 丿/
L| 从 \_ ̄ ̄⊂Lノ/
L| 从从 /\__/ ‖
L|//ヘヾ/   ゝ/‖
―――(〜ヽ__|/

383謎のミーディアム:2010/04/22(木) 00:27:34 ID:???
暫くスレに立ち会えそうにないので。
こちらに投下しました。

384謎のミーディアム:2010/04/24(土) 17:38:11 ID:FQpo5Y7Y
乙です
今日当たり転載しようかな

385謎のミーディアム:2010/04/24(土) 20:00:25 ID:FQpo5Y7Y
転載しました
wikiへの収録はどうしましょうか

386謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:06:38 ID:???
今更ながら、【清清しい】【五月晴れ】スレ>>25 の続きを投下します。

第五回 「Prima Donna」 後編
一応、NGワード:sinineta

387謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:07:29 ID:???
 
 
       §
 
「今日は、いきなり押し掛けちゃってゴメンな」
「別に……構わないわ」
 
 夕刻、帰り際になって殊勝な顔をしたジュンに、隻眼の美少女は素っ気なく首を横に振って見せた。
「普段も、あまり外出してないから」と、こともなげに言いながら、左眼を覆う眼帯をトントンと人差し指で叩く。
 妙齢の乙女なら、男以上に他人の目を気にするもの。特に、顔や体型などの見える部分は、病的なまでに意識して優劣を競いがちだ。
 薔薇水晶も、その些細な容貌の瑕疵によって、少なからず辛酸を嘗めさせられてきたに違いない。
 
 重ね重ねの無思慮を、ジュンは深く恥じた。どれほど背伸びしようと、物理的にも精神的にも未発達。それを痛感させられた。
 過去の忌まわしい記憶から目を背け、他者との必要以上の交流を嫌厭して『怖れ』の如き幼い人格の跋扈を許してきた結果が、これだ。
 
 夕陽の下、あどけなさを残すジュンの面差しが歪む。黄昏の醸す不安な気配に惑わされたように、卑屈な一面が見え隠れしている。
 そんな彼の苦しみを、わずかながらも和らげ癒したのは、薔薇水晶の屈託ない笑顔だった。
 
「明日から早速、原型の製作に入りましょう。正直に言って、期待以上に楽しませてもらっているわ」
 
 この講座は薔薇水晶にとって、実利も兼ねた退屈しのぎでしかない? いまの一言を、そんな意味合いにとるのは穿ちすぎだろうか。
 だとしても、ギブアンドテイク。躍起になって問い質すことでもなかった。彼女の真意がどうであれ、ジュンの決意は翻らないのだから。
 
「僕も、明日が待ち遠しいよ。柿崎さんの描いた天使にも、興味あるしさ」
「めぐも、いい感性をしているから……ジュンに負けず劣らず、きっと素敵な天使を連れてくるわ」
「見てのお楽しみだね、それは。じゃあ、またな」
 
 薔薇水晶に見送られ、意気揚々と駆け出すジュン。けれど、彼の足が向かっていたのは、自宅ではなく有栖川大学病院だった。
 なんとなく、行きがけに見た黒いセダンのことが脳裏を離れてくれなくて、まっすぐ帰宅する気になれなかったのだ。
 姉の容態も確かに気懸かりではあったが、見舞いをだしに逃げたのも、また明らかだった。

388謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:08:10 ID:???
>>387
       §
 
「具合、どう?」
 
 訪れるなり無愛想に訊いたジュンに、姉、桜田のりは嫌な顔どころか穏やかな笑顔で応じた。「昨日の今日で、急に治ったりしないわよぅ」
 至極もっともな回答だ。間抜けを曝した気まずさから、ジュンは姉の手元に広げられている週刊誌に目を転じた。
 白いゴシック体で綴られた大文字が、嫌でも少年の眼底に突き刺さる。読者受けしそうなショッキングな文言が、愚者を嘲笑う悪魔のように躍っていた。
 
「それって、最近やたらと噂になってる事件の?」
 ジュンは胸中の不安を悟られないよう細心の注意を払いながら、訊ねた。治療に専念してもらうためにも、姉には余計な心配をさせられない。
 勿論、キーワードから察する限り、のりの返事を待つまでもなかった。近所を騒がせている失踪事件に間違いない。
 警察の捜査が実を結んで、解決の糸口を掴んだのだろうか? ジュンの期待は、しかし、姉によって否定される。
 
「また失踪者ですって。今度は新卒のOLさんらしいのよぅ。こう続くと、なんだか気味が悪いわねぇ」
「社会人なのか。ストレスで頭おかしくなって、衝動的に家出しちゃっただけじゃないの? 失踪事件とは関連なさそうだけどな」
「うーん……まあ私にも、なにが事実かなんて判らないけどぉ」
「だいたいさ、週刊誌の記事なんて売れればいいってレベルの、適当なもんだっての。深読みするだけ時間と労力の無駄だ」
「でも、ジュン君も外出するときは気をつけてね。甘い言葉に唆されて、ホイホイ着いてったらダメよぅ」
「アホか! なんだよそれ、幼稚園児じゃあるまいし。子供扱いするなっての」
 
 悪態を吐きながらも、ジュンは安堵を覚えていた。相変わらずのボケボケぶりだ。いつもの姉らしさが戻っていた。
 正体不明の暴漢に襲われたショックは残っているだろうが、多くの患者と一緒にいることの安心は、それを上回っているらしい。
 加えて、精神科のカウンセリングも受けてみたのだと、のりは楽しげに語った。意外に効果があるそうだ。
 
「カウンセラーのお医者さんね、カナちゃんって人なんだけど、とても陽気な女の子なのよぅ。草笛先生の親戚なんですって」
「……ふぅん。そんなに効果覿面なら、話ぐらいは聞いてやってもいいかな」
 
 その後、少しばかり話をする内に夜食の時間となったので、ジュンは「明日は来られないかも」とだけ告げて病室を出た。
 いよいよ始まる人形の原型製作に、どれほどの手間がかかるのか……自分の余力を残せるのかが、皆目見当も付かなかったからだ。

389謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:08:45 ID:???
>>388
 
       §
 
 けたたましい暴力が、少年を打ちのめし、厚ぼったく腫れた瞼をこじ開けた。
 時計のアラームで叩き起こされるや、ジュンは双眸をしょぼしょぼさせつつ、カーテンの隙間から外の様子を盗み見た。
 
「……今朝は、いないのか」
 
 案に反し、例の不審車両は見つけられなかった。けれど、ジュンの裡に根付いた不安は消えるどころか、見えないことで余計に強まった。
 いまも、虎視眈々と狙っているに違いない。こっちが油断した途端、神出鬼没に現れるだろう。そんな疑心暗鬼に苛まれる。
 ジュンは寝起きの鬱々とした気分を引きずり、階下に降りていった。いっそ、面倒くさいすべての事象が杞憂であれば、どれほど楽だろう。
 
「おはよ」
 
 ダイニングルームを覗いて呼びかけても、返ってくるのは物悲しい静寂だけ。
 ほんの数日前ならば、姉が間延びした声で挨拶してくれたのに……いまは家中に満ちた孤独感が、少年を圧迫してくる。
 
 洗面所で顔を洗った後、ジュンはリビングに行って、テレビのスイッチを入れた。
 チャンネルなど、どこだって構わない。見たい番組があったのではなく、誰かの声を聴きたくて堪らなかったからだ。
 呆然とテレビのチャンネルをリモコンでザッピングしながら、ボール皿に装ったチョコ風味のコーンフレークを侘びしく食す。
 ――が、漫然とボタンを押していた指が、ギクリと固まった。
 
 スプーンを銜えたまま、テレビ画面を凝視するジュン。
 朝のニュース番組だ。そこに映し出されているのは、どこか見慣れた景色。よくよく思い出すまでもなく、ジュンの家の近所だった。
 画面左上には不安を煽る目論見か『家出? 蒸発? 誘拐? またもや謎の失踪』などと、ショッキングなテロップが赤文字で記されている。
 
「昨日、姉ちゃんが読んでた週刊誌のやつだな。女性会社員だったっけ、確か」
 
 食事を再開しながらも、ジュンはリポーターの言動に意識を傾けていた。
 もしかしたら、あの不審車両とも関連があるのではないか。脈絡のない疑心が無責任な動揺を生んで、ジュンを惑わせる。

390謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:09:28 ID:???
>>389
 
 じっと聞き入るニュースの内容は、彼に安堵と肩透かしをくらわせる一方、新たな驚愕をも与えた。
 
「消えたのは、女子高生? 最初に失踪したのとは違う子なのか」
 
 第一の失踪者は、隣りの市にある公立高校に通う女生徒。偏差値で見れば中堅クラスで、家出ごっこをする迷惑生徒も、普通にいそうだ。
 ところが、今回は市内――ジュンの家からそう遠くない、お嬢様学校として名高い有名私立の生徒である。県下有数の知名度を誇る進学校だ。
 そんな品行方正を旨とするような学校の生徒が、理由もなく忽然と行方を眩ませてしまったのだから、騒動になるのも頷けよう。
 
「それにしたって、神隠しだとか大袈裟すぎだよ。消息を絶ってまだ一日じゃないか」
 
 十代後半くらいの年齢は、ふとした弾みで情緒不安定になる。世情に疎いお嬢様が羽を伸ばしたら、愉しさに我を忘れてしまったとも考えられる。
 最近、立て続けに失踪事件が起きていたため、短絡的にこじつけた……と言った感じか。真相なんて、判ってしまうと大概くだらないものだ。
 どのみち、これだけの騒ぎになれば失踪少女の知れるところとなり、大慌てで連絡してくるだろう。
 
 どうでもいいさ。ジュンはボール皿に残るシリアルを勢いよく掻き込み、椅子を蹴立てた。
 彼にすれば、赤の他人の失踪報道などよりも、人形創作のほうが遙かに優先度の高い関心事だった。
 
       §
 
「あぁ、きたわね。おはよ、桜田くん」
 
 プレハブの工房に立ち入るや、鈴の音を思わす朗らかな声が少年を迎えた。や! と気易く片手を挙げるほど、柿崎めぐは上機嫌だ。
 彼女に遅れること数秒、めぐと作業机を挟んで向かい合わせに座っていた薔薇水晶も、淡い唇にうっすら笑みを浮かべる。
 
「ジュン、遅い。めぐは30分も前にきてるのに」
「柿崎さんが早すぎるんだよっ。見てくれよ、ほら」
 
 心外だとばかりにジュンは唇を突きだし、腕時計を翳して見せた。「開始時間の10分前なんだから、僕だって遅刻じゃないって」

391謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:10:17 ID:???
>>390
 そんな彼の反応を、薔薇水晶が鼻で笑う。「可愛いね、ジュンは」
 思春期を過ぎた殆どの男子にとって、その形容詞は褒め言葉に入らない。ばかりか、愚弄に近い評価と言えよう。
 ジュンも多分に漏れず、憮然と渋面をつくり、めぐの隣りに座った。
 
「なんなんだよ、ワケ解らない」
「まあまあ、そうカリカリしないの。要するに、桜田くんは子供みたいに純真で、実直だってコトよ」
「……どうせ子供だし。はいはい、悪かったね」
「すぐに拗ねて憎まれ口を叩くところが、また可愛いわね。でも、その性格は早めに直したほうがいいわよ」
「めぐだって、ジュンと大差ないけどね」
「あら、心外だわ。私の癇癪持ちは生まれながらの性分であって、癖なんて後天的なものじゃないのよ」
 
 薔薇水晶の指摘を柳に風と受け流し、めぐは嘯く。性根に関する限り、華奢な容姿に合わぬ図太さであるのは確からしい。
 どういう生活環境だと、こんな風に育つんだろう? ジュンは、めぐの奔放さを、わずかばかり羨ましく思った。
 もし、その半分でも自分に備わっていたなら、不登校になっていなかったかも知れない。そんな妄想を逞しくせずにいられなかった。
 
「まあ、冗談もほどほどに」
 
 なんとなく口を開き辛くなった空気を、さらりと薔薇水晶が押し退ける。「少し早いけれど、始めましょう」
 メンバーが揃ったのだから、異存などあろうはずもない。講義のスケジュールを詰めて欲しいと頼んだ手前もある。
 ジュンはそれまでの渋面を消して、デイパックからスケッチブックを抜き出し、恥ずかしそうに広げた。
 
「柿崎さんには、これが初めての御披露目だね。これが僕の天使なんだけどさ……どう、かな?」
「どれどれ?」
 
 めぐが脇から少年の手元を覗き込む。そして、「へぇ……」と明らかな感嘆を示した。
 ジュンはジュンで、不用心に近づいた乙女の髪の匂いに、陶然と吐息せずにいられなかった。
 不登校になってからと言うもの、うら若い娘の匂いなど姉以外に嗅ぐこともないのだから、その反応もむべなるかな、である。
 
「桜田くんって、絵が上手いね。素直に驚いたわ。これだけ描けるんだもの、学校じゃあヒーローでしょ」

392謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:11:38 ID:???
>>391
 言った後で、めぐは小首を傾げた。「あれ? 今日って平日よね」
 普通の中学生なら、学校に通っている時間だ。今更ながらの疑問を訝しげな眼差しに変えて、めぐは少年の顔を窺おうとする。
 ジュンは条件反射的に顔を背け、言葉を濁した。
 
「学校なんか、行かなくたって困ることないよ」
「……なーるほど。ワケありなのか」
 
 めぐは面白そうに言うばかりで、それ以上の詮索はしなかった。
 理由は訊かないのか? 視線で問うジュンに対する答えは、簡潔そのもの。「重要なのは現在と未来だけよ。私にとってはね」
 要約すれば、『貴方の過去は問わないから、私の過去も訊かないで』と言ったところか。
 その解釈に誤りがあるかは、ともかく。ジュンは無言の頷きをもって、了承の証とした。
 
「よろしい。じゃあ、ご褒美に、私の天使も見せてあげるわ」
 
 改めて、ジュンはめぐのスケッチブックに眼を落とした。
 そして、久しく忘れていた感情が、突風のように胸を吹き抜けたのに驚いた。純粋な嫉妬である。
 他者との競争から逃げた彼にとって、誰かを妬む気持ちなど、もはや旧時代の遺物に等しかった。自分には関係のない瑣末事だ、と。
 けれども、いま確かにジュンのココロで滾っているのは、めぐと彼女の描いた天使に黒々とした羨みだった。
 
「ん? どうかした、桜田くん?」
「いや、なんて言ったらいいのか。すごいなってさ……陳腐な表現しかできないのが、恥ずかしいんだけど」
「隣の芝は青く見えるものよ。変な気は回さないでね。御世辞とかは嫌いだから」
「そんなんじゃないよ! ホントに見とれたんだ。僕だけじゃなく、薔薇水晶だって感心しただろ、これ」
「ええ、ジュンの言葉は事実だわ。めぐの天使、とても素敵よ。ジュンの雪華綺晶もね」
 
 聞き慣れない単語に、めぐがキョトンとする。「きらきしょう?」
 しかし、すぐにジュンの天使の名前だと察したらしく、雪華綺晶のイラストを眩しげに見つめ直した。
 
「なんだか、爽やかな響きね。身体を風が吹き抜けるような、不思議な感じがするわ」

393謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:12:16 ID:???
>>392
 
「柿崎さんの天使は、どんな名前?」
「水銀燈。闇色のドレスに身を包んで、皓々と輝く月の光を浴びながら、夜空を優雅に踊る天使のイメージよ」
「ふーん……。天使なのに夜って、また随分と奇抜だね」
「つまらない先入観に毒されているからよ、そう思えるのはね。夜の世界にだって、天使はいるわ」
 
 言われてみれば、そのとおり。天使が光と共にあらねばならないとは、偏ったヒロイズムによる先入観にすぎない。
 よく見れば、水銀燈のデザインには、御仕着せの天使像への痛烈な批判が込められていた。
 漆黒のドレス然り、上下を逆様にした十字架も然り。極めつけは、ラフに描かれた黒い翼だった。
 無論、天使の羽根が白でなければいけない理由はない。だが、先入観を揶揄しておきながら、天使に翼とは安直な取り合わせではないか。
 
「実はこれ……付けようかどうか、迷ってるのよね」
 
 ジュンの視線を辿って推し量ったらしく、めぐは問わず語りに続けた。「人間サイズだと、翼があったら嵩張るもの」
 真意からは大きくズレている。しかし、ジュンは敢えて訂正しなかった。めぐにとっての天使のイメージを、大切にしたかったのだ。
 それより、飾るとなれば、部屋の広さにもよるだろうが、横に幅を取るのは好ましくあるまい。
 
「翼だけ着脱式にしたら、どうだろう? なあ、薔薇水晶。そういうのって可能かな」
「……論理的にはね。元絵のボリュームから判断すると、翼はどうしても、それなりの重量になってしまうはず」
「保持力が足りないって意味か?」
「それにビスクのボディだと、強度に不安が残るからでしょ」
 
 横から、めぐが口を挟んだ。「妥協するしかないわね。翼を作る時間も、あるかどうか判らないし」
 さばさばした口調ながら、それが彼女の本意でないことは、誰の目にも明らかだった。
 当然だろう。自分だけの人形を作りたい――そんなエゴを優先させたからこそ、彼らはこの場にいるのだ。
 そう簡単に諦められるものなら、そもそも受講さえしなかっただろう。適当な理由を並べて、敬遠していたはずだ。
 
「めぐが中途半端な天使で満足できるのなら、私が口を挟む理由はないけれど」
 翳った顔を俯けて押し黙るめぐを、薔薇水晶が諭す。「どうしたら実現できるのか……模索し続けることが大切よ」

394謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:12:52 ID:???
>>393
 なにかを生みだす上で、制約は常にある。予算や材料、技術的な問題、等々……。
 だが、それらを優先してしまうと、どんなに素晴らしいアイディアも発育不良で実を結べなくなる。
 納得のいく物を作りたければ、多少の無理を押し通さねばならないのが世の道理だ。それが新たな摂理となる。
 
「じゃあ、ボディーの補強は必須だな。その他にも、支点を増して重量を分散させたり、翼の素材を選んで軽量化してみたら?」
 
 こういった工作には、ジュンが強みを見せた。幼少の頃から蓄積してきた創作経験は、やはり伊達ではない。
 男性的な頭脳の働きと言ったら語弊があるかも知れないが、機敏に発想の転換ができるのも、彼だからこそだろう。
 そして大本の着想さえ用意されてしまえば、そこからの発展は容易だった。
 
「製作は、着脱式で進めることにするわ。折角だものね」
「オミットするのは、いつでも可能さ。素材についてなら、僕でもアドバイスできるよ」
「技術的には、私が相談に乗ってあげる。それが、講師としての勤めですから」
「ありがと、二人とも。アドバイス、よろしくね」
「では、話がまとまったところで、先に進みましょう。ジュン、ちょっと手を貸して」
 
 薔薇水晶は少年を手招きすると踵を返し、そそくさと工房の裏口から出ていく。
 男手を頼むのだから、力仕事なのだろう。これからの作業に必要な大道具でも、新たに運び込むのだろうか。
 ジュンは深く考えもせず、後に続いた。ドアを潜った先では、薔薇水晶が物置の施錠を解いて、引き戸を開いているところだった。
 
「その中に、なにがあるんだ?」
「お人形の原型を製作するのに、不可欠なアイテム」
 
 言って、彼女が取り出したものを見るや、ジュンの心臓はギクリと一拍した。
 紛うことなき人体の一部だった。正確には、膝から下を模したマネキン人形である。
 どうしてマネキンなのか? 訊ねるジュンの腕にホイホイとマネキンを積みながら、薔薇水晶は、さもありなんと頷いた。

「全部のパーツの原型を、木とファンドで作ったら時間が足りないでしょう? だから、マネキンを原型の芯にするのよ」
「ああ、なるほど。つまり、これに石粉粘土を盛りつけて、イラストのプロポーションに近づけるわけだな」

395謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:14:29 ID:???
>>394
 ジュンの理解は早かった。と言うのも、インターネットで工程の下調べをしてあったからだ。
 ビスクの人形を作るためには、まず原型を作る。等身大の原型製作となれば、どれだけの時間と労力を要することか。
 その点、課程の簡略化として、マネキンの利用は極めて有効だ。空いた時間を縫成に振り分けたら、手の込んだドレスも縫えるだろう。
 
 工房と物置を、どれほど往復しただろうか。疲労のあまりジュンが朦朧としてしまうほど、運び出す部品点数は多かった。
 なにしろ、指の関節まで細分化されていたのである。それが2セットも用意するのだから、当然と言えよう。
 だが、安堵の息を吐いたのも束の間、ショッキングな出来事が少年を襲う。
 
「こ、これ……って。結構……リアルなんだな。その……で、出っ張ってるし」
「えー、なになに?」
 
 口ごもるから、余計に興味を惹いてしまう。しかし、ジュンはそんな人情の機微さえ失念するほど狼狽えていた。
 赤面する彼の横顔を、いやらしい笑みを浮かべて、めぐが覗き込んだ。
 
「あぁ、バスト。なぁに? まさか、マネキンの乳首を見て照れちゃってるの、桜田くん」
「わ、悪いかよ」
「は〜ん……顔紅くしちゃって、ウブなんだぁ。おっぱいなんて、初めて見るわけでもないでしょうに」
「回数の問題じゃないと思うんだけど」
「慣れの問題でしょ。だったら、回数と同じよ。ふふ……ねぇ、経験値を稼がせてあげよっか? 私か薔薇水晶のナマを、見たい?」
「……見たいの? ジュンのスケベ」
「だーもうっ! 僕は、なにも言ってないだろ! 薔薇水晶まで一緒になって、からかうなっての。頼むから、作業に集中させてくれよ」
 
 シッシッ! と野良犬を追っ払うように、ジュンが手首を翻すけれど、乙女たちにとっては柳に風。
 遠ざけるはずが、むしろ余計に、彼女らの嗜虐的な薄ら笑いを招き寄せただけだった。
 
「はいはい。それじゃあ石粉粘土で、マネキンを豊満な肢体にボリュームアップしていきましょ。愛撫したくなるくらいが目安ね」
「……わざとらしく欲情をそそるのも禁止な」
「真面目な話、腰のパーツは重要。特に、お尻の曲線とか、脚の付け根の――」
「だからっ! 薔薇水晶も講義に託けた悪ノリはやめろっての!」

396謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:15:15 ID:???
>>395
 
 その後も、和気藹々と軽口の応酬をしながら作業は続いた。端から見る分には、フレンドリーな空気そのもの。
 けれど、ジュンは悶々とするばかりで、作業にも会話にも集中できずにいた。
 一旦でも意識してしまった煩悩は鎮め難く――と言うか、年頃で健康な男子とくれば、考えるなと言うほうが無理な注文である。
 めぐや薔薇水晶のような、見目麗しい乙女に囲まれているのなら、尚更。
 
 もしかして、僕は侮られているのだろうか? ふと、ジュンは気持ちを切り替えるはずが、ネガティブ思考を始めてしまった。
 襲うほどの度胸はないと思われているのか。仮に襲ってきても、容易に撃退できると見なされているのか。
 どちらにせよ、男性的な力強さを認められていないのは確からしい。身長も、残念ながら薔薇水晶たちより劣っている。
 口惜しさが募った。所詮、僕は陰々滅々と二次元キャラで異性への欲望を誤魔化すしかない、矮小な存在なのか……と。
 
 不意に、とある単語が少年の脳裏を掠めた。ラブドール、の五文字が。
 いま製作しているのは、等身大の人形。それも、天使と称して自分の理想を反映させた、女の子の人形だ。
 自らの行いを冷静に見つめ返した途端、ジュンの裡から猛烈な羞恥心が噴出してきた。
 
 愛玩用の人形が欲しくて受講したのではない。暇つぶしの腕試しくらいの認識だった。
 しかし、他人の目には、どう映っているのだろう? 男が人形を欲する様子を。
 表向きは理解を示しつつも、おそらくは奇矯な行状と嘲っているのではないか。気持ち悪いと、思われているのではないか。
 めぐや薔薇水晶の挑発だって、その辺りに端を発していないとも限らない。
 
(――いや、よそう。悪く考えすぎだ)
 
 部屋に閉じこもっていた頃なら、ネガティブ思考が暴走して過敏反応を見せただろう。膨れあがった強迫観念に、吐き気を催したはずだ。
 だが、いまやその兆候は殆どない。主観が原形を留めないほど歪められてしまう前に、理性で思考を保護していた。
 
(質の悪い冗談だと、笑って受け流せばいいんだ。それか、話題を変えてしまえば)
 
 わずかばかりの切望が、衝動を生んだ。
 ジュンは次の瞬間、意地悪な魔女にも思えていた乙女たちに話題を振っていた。

397謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:15:54 ID:???
>>396
 
「ところでさ、最近のニュース見てる?」
「ニュース?」
 
 おうむ返しに首を傾げためぐに、ジュンはここぞとばかり畳みかける。
 
「この近所で、奇妙な失踪者が続発してるんだってさ。今朝、テレビで見たんだ」
「ただの家出とかじゃなくて?」
「詳しいことは、僕も知らないんだけどさ。動機は不明らしいよ。誘拐事件の可能性も視野に入れて、警察の捜査が続いてるって」
「やぁね、気持ち悪い。どこかの国の工作員に拉致されてたりして」
「あるいは――」
 
 このタイミングで、眉間に皺を寄せた薔薇水晶が会話に割り込んだ。「狡猾で残忍な通り魔による、連続殺人かも」
 可能性は、なきにしもあらず。しかし、冗談にしても不穏当な発言だった。めぐとジュンの作業する手も、ギクリと止まる。
 
「いやいや、薔薇水晶。だったら、遺体とか遺留品が見つかりそうなものだろ。それが、まったく見つかってないんだぞ」
「車で連れ去って、人気のない山中で殺してたとしたら? それも、バラバラに切り刻んで埋めていたら……」
「ちょっとちょっとぉ! この状況で、そんなこと言うかなぁ普通」
 
 めぐが不愉快そうに眉を顰める。そうせずにはいられない心境だったのだろう。
 なにしろ、作業机の上にあるのは、バラバラのマネキン人形。想像力を逞しくすれば、遺体損壊の真っ最中とも見える。
 大袈裟だと一笑に付すのは簡単だが、それでもやはり、人体を模した物の一部が眼前に転がっていれば、内心穏やかでない。
 
「そうね。思慮が足りなかったわ。ごめんなさい」
 
 薔薇水晶が詫びることで、その場に漂い始めていた険悪な空気は払拭された。
 しかし、その日の作業を終えるまで、なんとなく気まずさを引きずったままだった。
 
       §

398謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:16:32 ID:???
>>397
 原型の製作は翌日にかけて行われ、三日目には石膏でモールドと呼ばれる型を取る作業に入った。
 それぞれのパーツは大きく数も多いため、薔薇水晶が手伝っても、この型取りだけで二日を要した。
 だが、まだ序の口。モールドに石膏粘土を流し込んでは、慎重に型抜きをしてゆく。その作業で、さらに二日。
 早くも一週間が経った頃には、ジュンもめぐも忙しさに目を回し、無駄口を叩けるほどの余力を失っていた。
 
「正直、こんなに大変だとは予想もしてなかったよ」
「私もよ。でも、だからこそ完成までは頑張るつもり。きっと、生涯忘れられない充足感を得られると思うから」
「だね。僕も体験してみたいんだ、それを」
 
 ――夢が叶った瞬間、自分がなにを想うのか。
 その後……夢のあとには、なにを求めるのか。
 
「一緒に頑張ろうね、桜田くん」
「うん。型抜きした石膏粘土の焼成は、夜中に薔薇水晶が面倒見てくれるって言うし、そろそろ衣装も製作し始めるのかな」
「あれだけの部品点数だものね。全部を焼くのに、最低でも三日くらいかかるんじゃない?」
「完成までは、まだ半分も進んでないんだろうなぁ。なんか憂鬱」
「しゃんとしなさいよ、男の子でしょ。さぁっ! 休憩はおーしまい」
「……うぇーい」
 
       §
 
 それからの日々も、概ね順調だった。あまりに平穏すぎて、ジュンが不安を覚えるくらいに。
 姉、のりは入院から八日で退院し、通学を始めている。
 さすがに傷は癒えていないため、ラクロス部の活動は休んでいるが、それ以外の日常生活に差し支えはなさそうだった。
 
「ん? なぁに」
 
 夕食の席で、まじまじと見つめすぎていたのだろう。視線に気づいて、のりは弟に微笑みかけた。
 ジュンは決まり悪そうに目を伏せるけれど、しかし本人も奇異に思うほど、素直な想いが唇から零れていた。ただ一言「ありがとう」と。

399謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:17:35 ID:???
>>398
 食後、ジュンは趣味のネット通販もほどほどに切り上げ、神経質な作業でくたびれた身体をベッドに投げ出した。
 ぼぅっと天井を眺めていても、脳裏に浮かぶのは雪華綺晶のことばかり。ネット通販への関心は日毎に薄らいでいた。
 それに不思議と、他人の視線に対して鈍感にもなっていた。感性のほうは、逆にどんどん研ぎ澄まされているのに……。
 
 独り、この部屋で世を拗ねていた頃とは比べものにならないほどに、ジュンを取り巻く時間の推移は速く、そして濃密だった。
 かつてのように『怖れ』が台頭してきて気息奄々になる場面は減り、挙動不審になることも少なくなった。
 澱のごとく分厚く胸に堆積していた孤独の重さも、いまでは殆ど感じられない。
 端的に言うなら、ストレスをそれと意識しないほどに、つまらない発想をする暇もないくらいに生活が充実していたのである。
 
 現今の状況は、むしろ輪をかけて内向的になったはずだ。
 プレハブ小屋に籠もり、自分の理想をカタチにしているだなんて、うら寂しい自慰行為そのものではないか。
 にも拘わらず、ジュンは周囲から切り離されていくような孤立感を忘れていた。何故か? 自覚しないうちに居直っていたとでも?
 仮にそうだとして、そうなるべく彼を促したのは、めぐや薔薇水晶の人柄に他ならない。
 彼女たちはジュンが思う以上に理知的かつ大胆で、敢えて言うなら、姉くらいの距離感で付き合える存在だったのである。
 テンションに馴染めず振り回されもするが、目まぐるしい日常はジュンを愉しませ、夢中にさせた。
 
(つまらない発想……か。そう言えば、あの黒い車も見かけなくなったっけ。自意識過剰だったのかな、やっぱり)
 
 見張られているなどと本気で危惧していたのが、いまにして思えばあまりに馬鹿げていて、ジュンは自嘲した。
 姉が強盗に襲われた直後だったから、動揺のあまり被害妄想を膨らませすぎていた嫌いもある。
 あれから不審人物が近隣を彷徨くこともなく、空き巣の噂も聞かない。姉弟の不安も日毎に薄らいでいる。これで犯人が逮捕されれば御の字だ。
 
 ここ最近、巷を騒がせていた連続失踪事件についても、有名私立女子高生の失踪を機に、続報が少なくなった。
 失踪者の足取りは杳として掴めないし、事件解決に繋がりそうな手懸かりも、依然として発見されていないのに――である。
 あるいは、捜査本部がいよいよ誘拐事件と判断して、犯人を刺激しないよう報道管制を布いたのか。
 
 しかし、人の口には戸が立てられない。ジュンが調べたインターネットの匿名掲示板では、そこそこの話題になっていた。
 神隠しなんてオカルトめいた意見から、失踪女性らを誹謗する書き込みや、ミステリー小説さながらに独自の推理を展開する者もいた。
 スネークと称して現場に足を運んでは、携帯電話やデジカメで撮影した画像をアップロードする輩も後を絶たない。

400謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:18:25 ID:???
>>399
 時を経ずして情報は錯綜し、こじつけと捏造が幅を利かせ始めた。
 痕跡を殆ど残さず、警察を翻弄し続けている架空の犯人を『ファントム』と呼んで英雄視するに至っては、ジュンも辟易させられた。
 所詮、他人事。多くの人間にとって、誰かの不幸は憂さ晴らしを兼ねた、歪んだ娯楽でしかないのだ。それを思い知らされた。
 いつ自分が当事者になるか――生け贄の羊にされるかなど、夢にも思っていないのだろう。かつて、ジュンを貶めた同級生たちのように。
 
 まあ、真相はどうであれ、インターネットで話題にし続けることは必要悪ではなかろうか。
 少なくとも、無関心でいるよりは、行動が伴う分だけ前向きである。人口に膾炙する機会も増すし、事件を風化させない効果もある。
 モラルの面で疑問も残るが、当事者を憐れみ慰撫して終わりの自称善人よりは、己が好奇心や義憤に素直なだけ人間味に溢れていよう。
 
「本当に、誘拐事件なのかな」
 
 偶然に時期が重なっただけで、それぞれ別個の蒸発とも考えられる。
 ただ、すべての件で一切の手懸かりが失われていることを思えば、共通の事件と捉えられなくもない。むしろ容疑は濃厚だ。
 
 ――もし誘拐だったら?
 ジュンは仰向けのまま、天井に向けて呟く。
 彼もまた、自分の好奇心に率直であろうとして、ファントムなどという架空の人物像に自身を投影していた。
 
「犯人も、自分だけの天使を手に入れたかったのかもな」
 
 失踪者は、すべてが若い女性だ。年齢層も十代から二十代前半に偏っている。状況を鑑みれば、若い男の仕業と見るのが定石だろう。
 ファントムは、自分の理想に叶った乙女を探しては拐かし、ヒミツの隠れ家に軟禁しているのかも知れない。
 子供が昆虫採集するように、好みの女の子をコレクションして悦に入っているのだ。
 ひょっとしたら、のりを襲った輩こそがファントムだったのでは? ジュンの帰りが、あと少し遅かったら……。
 
 百万歩譲って、オスの本能としては、割と正常にも思える。ジュンも、そんな不埒な妄想をしたことはあった。
 人の世界では倫理に悖る行為でも、動物の世界ではハーレムの習性が当然のようにあるのだから。
 ただし、それは種の保存のため、必要不可避の営みであるべきで、個人の性癖や欲望を擁護肯定するものではない。
 ましてや、理性も教養もある文明人の行為などでは断じてない。

401謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:19:01 ID:???
>>400
 
「ファントムは手段を間違ったんだ。賢すぎて横着をした」
 
 痕跡を残さない辺り、犯人が狡猾で博識なのは疑いない。普段から小賢しい言動の目立つ人間なのかも知れない。
 そして、自分の智慧と能力を過信するあまり、唯我独尊の境地に至った。平然と他者を蔑み、踏みつけにしてもココロが痛まなくなった。
 顧みれば、それは数日前のジュンにも多くが当て嵌まる姿だ。ファントムとは、ジュンの分身……醜い鏡像なのだ。
 
「僕は、手抜きなんてするもんか。それが、僕の矜持だから」
 
 雪華綺晶は人形である。乙女を象ってはいるが、無機質の紛い物――つまりは不自然な存在だ。普通の女の子ではない。
 しかし、それがどうした、とジュンは思う。有機だろうと無機だろうと、究極理想の存在には変わりない。
 自らの裡にある純粋無垢な情熱と閃きを惜しみなく注いで、産みの苦しみをも甘受する……ただ、それだけのこと。
 究極とは、突き詰めれば閉鎖的かつ先鋭的な試行の産物。我欲の象徴だからだ。欲が深いほど、より究極へと近づける。人の業である。
 
「夢を……見たい」
 身体の怠さによって意識が朦朧とする中、ジュンは呂律の回りきらない呟きを漏らす。「僕だ……けの……ゆ、め」
 
 虫の声も疎らになった晩秋の夜更けに、少年はひっそりと深い眠りに落ちた。
 健やかな寝息を繰り返しながら、時折、思い出したように半開きの唇を微かに綻ばせる。愉しそうに。幸せそうに。
 いつもの不機嫌そうな顰めっ面からは想像できないほどの、実にあどけない寝顔だった。
 
 
 
 
 ふと気がつけば、ジュンは燦然とライトが降り注ぐステージ上で、容貌艶麗な乙女と向かい合っていた。
 彼が狂おしいまでに渇望した、究極にして純白の天使――雪華綺晶。
 たおやかに佇む雪華綺晶は、どこから見ても普通の女の子。彼女は温かく柔らかい手で、少年の手を包み込み、嬉しそうに囁く。
 
「あぁ……ずぅっと待ち侘びておりました。この、どうにも胸焦がす想いを伝えられる、その日の訪れを。ああ……私の恋しい人」

402謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:19:40 ID:???
>>401
 言って、徐に引き寄せたジュンの指を、雪華綺晶は甘える仔猫ように軽く噛んだ。前歯で挟まれた指先を、ねとり……と舌が這う。
 見えない手で撫でられているかのごとく、ぞわぞわと背中が総毛立つのを感じて、ジュンは情けない声を喉から絞りだした。
 こんな状況を妄想し、自分で噛んでみたことはあった。けれど、彼女が与えてくる刺激は、少年の妄想を遙かに凌駕している。
 
 満足そうに細められる、雪華綺晶の挑発的な上目遣い。
 ジュンの指に浅く刻まれた歯形を、愛おしげにひと舐めすると、雪華綺晶は身を乗り出して、互いの額を触れ合わせた。
 近い。気まずい。咄嗟に目のやり場を求めたが見つけられず、ジュンは唯一の逃げ道とばかりに、ギュッと瞼を閉ざした。
 
「貴方が私を必要としたように、私は、貴方のすべてが欲しいのです」
 
 ジュンの狼狽など構わず、恋人同士がキスをする直前そうするように、雪華綺晶は鼻先を擦り合わせてきた。
 そして、臆面もなく、妖しく耳に絡みついてくる声で囁いた。
 
「それを私にくれるなら、引き替えに、私のすべてを貴方に捧げましょう」
 
 
 
 
 『夢のあとに』
 
これにて、第五回 「Prima Donna」は〆。
第六回 「Masquerade」に続きます。


 【三行予告】

静かな夜 続け……。
やっと見つけた安らぎの空間で、少年は饗宴に溺れる。
それが一夜の夢幻にすぎなくても、天使とのダンスは終わらない。

403謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:25:15 ID:???
>>387-402

以上、『夢のあとに』 でした。
うーむ。サルさんの心配なく投下できるのってンギモッヂイイッ!

404謎のミーディアム:2010/05/05(水) 22:30:51 ID:bmM70JBs
乙です
あと、うちさぁ、屋上あるんだけど、焼いてかない?

405謎のミーディアム:2010/05/27(木) 05:12:13 ID:gBnMjBEc
保守の埋め草をこちらに投下するのは抵抗があったのですが、色々考えた結果こちらのスレも使わせていただく
ことにしました。
どなたか保守ついでに甜菜をお願いいたします。

『保守かしら』
2007年12月2日

 そう、お葬式のことも書いておかなくちゃ。
 学校の人、園芸部の人、結菱の人、真紅、雛苺、巴…たくさんの人が来ていた
かしら。そのたくさんの人がみんな蒼星石のことを考えていて、みんな蒼星石のことを話し
てた。園芸部の人はみんな泣いていたかしら。
 でも一番うちひしがれていたのは、一葉さん。
 一葉さんは泣いてなかったし、静かに喪主として立っていたけれど、そのほほは大きく
こけていたもの。
 真紅は一葉さんのことを「悲しんでいない」って言っていたかしら
「あまりにも大きな喪失感にぼう然としている」って。

 最後にお別れを告げるために、棺に横たわる蒼星石を見たかしら。
 蒼星石の顔は少しのお化粧で整えられて、病院で見た時よりも顔色が良かった
かしら。首に巻かれていた包帯も肌色の帯にかわってた。
 蒼星石は眠っているときも静かな人だったから、この時もまるで眠っているみたいな顔。
 棺の前に立って、カナは蒼星石の顔を見つめてたけれど、ほとんどの人はも同じことをしてた。
 お別れをする時、人はその人の顔を見つめて、その顔を目に焼き付けようとするかしら。

 お別れを告げる列を見ていたから、ジュンが蒼薔薇を持っているのに気がついたの。ジュンは
それを蒼星石に捧げてた。
 蒼薔薇には見覚えがあったから、カナは列を離れたジュンに話しかけたかしら。
 「その花は蒼星石が持っていた蒼薔薇かしら?」って。でもジュンは少し驚いてから
首を横に振ったかしら。
 「さっきのは僕が昨日造った物だよ」
 「そっくりに造ったのね」
 「元々、あの蒼薔薇は僕が造ったものだから」
 「そうだったのかしら」
 「秋口のころに、槐さんのところに行った時、ぐうぜん蒼星石と会ったんだ、あんまり
上手く話せなかったんだけれど、薔薇の造花を作ったらすごく喜んでくれて、だから…」
 それ以上は言葉にならないみたいだったかしら。
 ジュンも心から蒼星石のことを悲しんでいたわ。だからカナはジュンに蒼星石の手紙の
ことを言ってしまいそうになったかしら。
 蒼星石はジュンのことが好きだったって。
 けれど、我慢したかしら。だって手紙に書いてあることはぜんぶ秘密。それが蒼星石の最後のお願いで、
カナが蒼星石にしてあげられる最後のことだもの。
 蒼星石はジュンを好きだったのなら、本当にその贈り物は嬉しかったに違いないし、あの日会った蒼星石
は蒼薔薇を見つめていたかしら。

 家に帰ってすぐ、カナは写真を見たかしら。
 蒼星石の秘密のお庭で撮った蒼星石の顔。
 写真の中の蒼星石は耐えてた。あの時の蒼星石の顔が決して嬉しそうじゃなかったのは、
自分の気持ちが押し殺してたから。ジュンと真紅には固い絆があって、大好きな翠星石は
ジュンが好きだったから、蒼星石は告白することもできなかったかしら。

 ここまで考えて、カナは涙が止まらなくなったかしら。
 蒼星石の気持ちに気づくチャンスがカナにはあったのに。
 なんでカナはあの時気がつかなかったのかしら。なんで蒼星石が薔薇を見るのはいつもの
ことだって、蒼星石はいつも静かな顔をしているって思っていたのかしら。
 カナが気づいていれば、蒼星石は死なないでいてくれたかもしれないのに。
 だからカナは泣きながら何回も蒼星石に謝ったかしら。でも、たぶんもう蒼星石には
聞こえていないかしら。

406謎のミーディアム:2010/05/29(土) 22:17:24 ID:dZigo6CM
よろしくお願いします

「黒き天使を従えて」 第8話「こんふぇっしょん!」

 「ようこそお越しくださいました。ささ、こちらです」

ばっちりセ●ムしてます的な電動扉の向こうに入り込んだアリスこと雪華綺晶を迎えたのは、
上品そうな初老の女性だった。

 「本日はお嬢様の為にわざわざご足労を頂き、誠にありがとうございます。お礼を申し上げます」
雪「は、はい…」

先を歩く老婆と共に、敷地の向こうに見える邸宅を目指す雪華綺晶。
なんだか、方便を使ってこの優しそうなお婆さんを騙したのが心苦しくなってしまった彼女である。

 「私めは当家の家事手伝いをさせて頂いております、コリンヌ・フォッセーと申します」
雪「あ、私は雪華綺晶ですわ」
コ「雪華綺晶さま。差し支えなければお聞きしたいのですが、お嬢様とはどうしたきっかけでお友達になられたのでしょうか」
雪「お昼をご一緒したんですの」
コ「そうでございましたか…」

そうこう話しているうちに、二人は庭園へ入り、綺麗に手入れされた芝の上を進み始めた。

コ「実のところ、お嬢様を初めてご覧になったときのご印象はどういったものでございましたか?」

突然にコリンヌから聞かれた雪華綺晶は、一瞬当惑してしまう。

407謎のミーディアム:2010/05/29(土) 22:19:44 ID:dZigo6CM
雪「え、えっと…」
コ「ふふふ、流石にカラスを連れた異形の少女、それも中々打ち解けない性格のお嬢様には驚かれたのではありませんか?」
雪「は、はい…実はそうでしたわ」
コ「何も恐縮されることはございません。他の方々には、それが自然な反応でしょう」
雪「…」
コ「恐らくご推察されているとは思いますが、お嬢様は今まで孤独な時を過ごされてきました。
  生まれつきのアルピノ、そしてカラスと会話が出来るという奇異な能力…。
  周囲の方々には理解されがたいお嬢様には、親しいお友達など出来ようはずもございませんでした」

カラスと話せる、という事に驚く以上に、雪華綺晶は水銀燈の孤独な過去を思って胸が痛んだ。

雪「…」
コ「加えて私の主ご夫婦…お嬢様のご両親は、手がけていらっしゃる仕事が忙しく、お嬢様の小さい頃からあちら
  こちらを走り回っていらっしゃいます。とてもお嬢様に深い愛情をお与えになる時間など取れようもありませんでした。
  そんな内向的なお嬢様の…唯一の友と言えるものが、ご存知でしょう。カラスなのです」
雪「カラスが…友達…」
コ「まだお嬢様が小学生の頃です。学校からお戻りになったお嬢様が、怪我をしたカラスを腕に抱いておられました。
  私は元の場所にお戻しになるよう言ったのですが、お嬢様はしばらく部屋に閉じこもられ、一心不乱にカラスの
  看病をなされておられました。慣れない手つきでカラスの羽に赤チンをお塗りになられるお嬢様のお顔といったら…
  親しい私にも見せる事が無いような、必死、それでいて慈愛に溢れる表情でございました…」
雪「…」
コ「それからでございます。お嬢様がカラスと会話が出来るようになったのは…。
  そのカラスにメイメイとお名付けになったお嬢様は、メイメイの仲間のカラス達とも仲良くなっていきました。
  しかしそれで、ますますお嬢様の周囲からは人が離れて行ってしまいましたが…」
雪「そうだったんですの…」
  
銀「ばあや。余計な口を叩いてんじゃないわよ」
雪「!!」

408謎のミーディアム:2010/05/29(土) 22:20:47 ID:dZigo6CM
コリンヌの話に聞き入りつつ歩いていた雪華綺晶は、突然耳に飛び込んできた水銀燈の声に驚いた。
見ると、邸宅から庭園に張り出した大きなテラス。そこにある椅子に腰かけた水銀燈…そして、
彼女を取り巻く十数羽の黒い翼たちが、夕陽に映えていた。

雪「ごきげんよう。水銀燈」
銀「…何の用?」

水銀燈は、手に持っていた上品なティーカップをテーブルの上に戻しつつ問うた。

雪「貴女ともっとお話がしたかったから、こうしてお尋ねしましたわ」
銀「…よくここへ来れたわね」
雪「貴女が差し向けたカラスさん達は、みんな私を避けてジュン様の元に行ってしまわれましたもの」
銀「でしょうね。この子達から聞いたわ。貴女、この子達から物凄く恐れられてるみたいね」
雪「あら、心外ですわ。私もカラスさん達と仲良くしたいのに」

そう言って近くのカラスに手を伸ばしかけた雪華綺晶。カラスが後ずさったのは言うまでも無い。

銀「…ったく。ばあやもばあやよ。何故この娘を通したの」
コ「それは勿論、お嬢様のお友達でいらっしゃるからでございますから」
銀「今度余計な事したら、いくらばあやでも容赦はしないわよ」
コ「と、このように厳しい事を仰ることも多いお嬢様ですが、その心根は非常に暖かくてお優しいことを、
  ばあやは良く存じております」

409謎のミーディアム:2010/05/29(土) 22:26:25 ID:dZigo6CM
苦々しい表情を向ける水銀燈をよそに、コリンヌは悪戯っぽい笑いを雪華綺晶に投げかける。
コリンヌに椅子を勧められて腰を下ろした雪華綺晶は、決まり悪そうな水銀燈に向かい合った。

雪「率直にお聞きいたしますわ。今日、ジュン様の口付けを受けたとき、貴女はどう感じました?」

これを聞いた水銀燈は憤怒というよりはむしろ恥ずかしさに顔を赤らめ、コリンヌは実の娘が初潮を
迎えたのを知った母親のように頬を緩ませた。

銀「ちょっ…雪華綺晶、貴女!」
コ「あらあらまあまあお嬢様、私めの知らぬうちに大人への道をお進みになっていたのでございますね!
  ばあやは誠に嬉しゅうございます」
銀「だまらっしゃい!ややこしいからばあやは口を挟まないで頂戴!それに雪華綺晶!貴女、ここで言わなくても…!!」

雪「嬉しかった。 そ う で し ょ う ? 」

410謎のミーディアム:2010/05/29(土) 22:28:55 ID:dZigo6CM
銀「…」
雪「でなければ、その後お昼をご一緒できようはずもありませんでしたものね」ツーン
銀「雪華綺晶…貴女怒ってるの?」
雪「私が怒っていたら、貴女に何か不都合がございますこと?」ツーン
銀「べっ…別に!」
雪「…ふふ。怒ってなんかいませんわよ。ただちょっと羨ましかっただけ」
銀「羨ましい?」
雪「そう、 私 も ジュン様の事が好きなんですから」
銀「…え?」
雪「『一人はもう嫌』。閉じこもっていた貴女。その心を開いたジュン様。貴女が好きにならないはずがないわ」
銀「…」
雪「私の髪をご覧下さいまし。貴女ほどではありませんが、私も多少アルピノが入ってるんですのよ。
  だから小さい頃の私はこれを恥じ、他人の恐怖に怯えていましたわ。そんな私と仲良くして、私の心を解き放って
  下さったのがジュン様だったのです」
銀「アルピノ…貴女も」
コ「雪華綺晶さまにもそのような過去がおありだったのでございますか…」
雪「ジュン様は教えてくださいました。他人は恐怖じゃない。自分を嫌っている私自身がいることを、他人が
  教えてくれているだけの事…。本来、何も辛い思いをする事は無かったのです。私も、そして貴女も。
  昔の私を映し出している貴女を、私はどうしても放ってはおけませんの」

411謎のミーディアム:2010/05/29(土) 22:31:06 ID:dZigo6CM
銀「…」
雪「水銀燈。私は貴女に対し、宣戦布告をいたしますわ」
銀「宣戦…布告?」
雪「そうですわ。私と貴女、どちらがジュン様の愛を得るのか勝負するんですの」
銀「…くっだらなぁい。勝手にやってなさぁい」
雪「言っておきますが、ジュン様に想いを寄せているのは私達だけはありませんわ。私のお友達で、あと6人ほど
  敵が居る事を忘れないようにしてくださいまし」
銀「(あの娘たちね…)」
雪「一日の長はジュン様のキスを受けた貴女にありますが…私だって、負けませんわよ?」

銀「…ふん」
コ「♪」



その頃。

「ママー。僕、仲良しグループから女の子を一人追い出しちゃったんだ〜」
「あらあらゆきおちゃん、仲間はずれはダメよ?」
「でもママ、あいつったら弱いくせに僕の言う事に一々反抗して来るんだよ〜?グループの結束力を守るためには仕方ないよ」
「偉いわねゆきおちゃん。それならついでにしずかちゃんも追い出しちゃいなさい」

つづく。どなたか転載を…

412謎のミーディアム:2010/05/29(土) 23:40:01 ID:???
>>405
転載しました。

413謎のミーディアム:2010/05/30(日) 00:38:50 ID:GJarSL6s
>>412
転載ありがとうございます

414謎のミーディアム:2010/05/30(日) 00:55:30 ID:bC7eH93s
>>406-411
転載しました

415謎のミーディアム:2010/05/30(日) 08:07:56 ID:???
>>414
ありがとうございました

416謎のミーディアム:2010/05/31(月) 17:47:12 ID:V5LvEGfQ
【晴れた日は】【何する?】
銀「最近暑いから涼みに来てあげただけよ」
め「昨日は雨宿りに来てくれたわね」
銀「なによ」
め「ふふ、なんにも」

スレタイネタなので、転載お願いします

417謎のミーディアム:2010/05/31(月) 18:12:13 ID:???
>>416
転載しました

418謎のミーディアム:2010/05/31(月) 18:56:48 ID:cJRYj8F2
ありがとうございます

419謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:25:42 ID:x4dCfNwM
真夏に向けてまっしぐらな時期に冬の話を投下することをお許しください。

Merry Christmas Mr.Vegita-After Yellow Comes Purple-
Phase7-9

一気に投下します。
しばしの間お付き合いください。

420謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:26:46 ID:x4dCfNwM

Phase7
12月というのは、こんなにも寒いものだったのだろうか?
トンカチかなんかでひと思いに叩いてしまえば割れそうな勢いの寒さは、心をどんどん委縮させていく。
人間ってのは一人ひとりキャパティシーなるものに差異があり、それはそれでいいんだが、この寒さは俺のキャパを超えそうな勢いだ。間違いない、俺は寒さに弱い。あぁ、認めたくない。

なんて独り言を心の中で呟いていた俺はいつものコーヒー屋にその身を置いていた。
薔薇水晶の言う当たりはずれをここ最近になって妙に意識するようにはなったものの、何が何だか分からない。
とどのつまり、俺はコーヒーに対してそこまで拘りがない人間である。飲めたらいいんだよ、こんなもん。

「なら場所を変えたらどうだ?近所にあるだろう、もっと安くコーヒー飲める店が。」
「ほっとけ。俺はここで一人で考え事をするのが好きなんだ。340円払ってでもな。」
「なら止めはしない。だがな、お前そろそろ胃に穴が開くぞ。」
こいつの忠告を受け入れるべきかどうか、悩むところだが既に4、5杯は軽く飲んでいる。気付いたころにはもう手遅れだ。
この華やかな時期に俺一人が沈んでいるような気がしてやまないのもまた事実。追い打ちをかけるかのように忠告をよこした男は【リア充】を絵にかいたような男であることに間違いはなく、一言爆発しろと言ってやりたい所存ではあるがそんなことを言ったところで誰が得をするだろう?全国の独り身協会に所属するような男連中だけでそれ以外の人間は何言ってんのコイツ?ぐらいにしか思わんだろう。
所詮、そんなもんさ。

「で?お前はわざわざそんな優しい言葉を俺にかけるためにここにいるのか?」
「そんなわけないこと、よくわかってるだろ?」
「じゃあ何の用だ?レポートの手伝いは御免だぜ?」
「お前にだけは手伝ってもらいたくないな。」
「心外だ。結局なにしに来たんだよ?」
「あぁ、薔薇水晶が探してたぞ?お腹すいたって。」
「勘弁してくれ。俺の財布はもうゼロだ。」
「まだ、カードがある。薔薇水晶なら言いそうだな。」
「それはそうだがそっちも御免だ。破産する。」

「ところでベジータ、お前まだ悩んでんのか?」

この野郎。俺がどんなにしんどいか知ってて追い打ちをかけてきやがる。分かり切ったことを聞かれることほど鬱陶しいものもそうそうないだろう。やってくれるぜ。

頭の中を何度白紙に戻せばいいんだろうか?
そのうちディスクがすり切れそうなくらいにまでボロボロになっていくようで、どれだけ考えても延々と同じ答えにたどりつくような気がした。そうか、これが"堂々巡り"か。
感心している場合でもない。このままでは頭が壊れる。過度なストレスは頭皮によろしくない。うるせぇ、誰だM字っていった奴。

「誰も聞いてねーぞ。言ってもないし、聞かれてもない。考えすぎだ。それこそ頭皮に悪いんじゃないか?」
「結局お前はそれしか言わんのか?まぁいい。で?俺にどうしろって言うんだ。」
「どうもこうもそんだけ考えても答えが一つならそろそろ認めるしかないんじゃないのか?」

12月18日。
俺がどんだけ考えても答えが出なかったところに無理やり出した回答は・・・。

421謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:27:44 ID:x4dCfNwM
「やっと折れたか。素直なほうが生きやすいぞ?」
「これはこれで認めたくはないんだがな。お前はどう思うんだ?本当に頭の整理がついてない状態で、この結論は。」
「何度も同じこと言わせるなよ。僕は言ったはずだ、それが最良だと。」

そうだ、よく聞け。俺はお前-俺自身-に聞いている。いいか?よく考えろ。重要な選択肢が目の前に2つ転がってるんだ。
お前はどうするんだ?金糸雀との日々を捨て、新しい相手との日々を取るのか?
どうだ?そこにとどまり続けることだってできるんだ。過去の思い出にすがり続け、その記憶の海の中で溺れぬくぬくとただ時間が過ぎてゆくのを傍観し続けることを。

記憶の大海原の中、そこに溺れることを望んでいたんじゃあないのか?
薔薇水晶との日々という可能性を捨てることを望んでいたんじゃないのか?

だが俺よ、いいか。

"ARE YOU REALLY SURE THAT??"
ホントウニソレデイイノカ?

そんなうつつの世界に留っているのが誇り高き戦闘民族であるサイヤ人なのか?
俺は前を見ていたんじゃないのか?後ろを省みることはしても、振り返ることはしないんじゃないのか?

ネオテニー以下のお前の頭脳を駆使せずともわかるだろう?自分がわかりきっていることを、いつまで引っ張り続けるんだ?


最後にもう一度聞く、いいか?よく聞け。これ以上は問わん。


「お前は、過去を放棄し、新しい世界へ向かうのか?」

「それとも、ここにいつまでも留まり、後ろを見続けるのか?」

「「どうなんだ、ベジータ?」」

桜田ジュンの声が俺の心に届いたと同じ時、俺の中にいた「オレ自身」も同じことを言った。

言われんでも・・・・言われんでもそんなこたぁ・・・・!
「決まってんだろ?」
そんなこといちいち聞かれなくとわかってる。自分が誇り高き戦闘民族の人間であり、その教えを受け継ぎ後ろを振り返らずに今まで走り続けてきた。
それを今になって辞めろだと?冗談じゃねえ。俺はもう振り返らん。この2年間苦しみ、悩み続けた自分自身が出す回答のどこに・・

「一体どこに、間違いがあるってんだ?」
「お前の選択を、今回に限っては賛成することにするよ。」
「そう言ってくれるのはお前だけかもしれんな。」
「いや、みんなそう言うだろうさ。お前はサラブレッドじゃない、ムスタングだからな。」

奴は続けて、こんなことを言った。

遠い夏の記憶を忘れることは、そこにいた人間の存在が消えてしまうんだ。
それはある意味「死」に等しいのかもしれない。
記憶を消し、存在を消すことにより楽にはなれるかもしれない。

だがな、自分の記憶から消された人ってのはどうなる?
そら、どこか自分の知らない処で生き続けるかもしれないしその逆もありうる。

記憶の死のいいところは、蘇生が可能であるところだと僕は思う。

だからいいだろう?

-記憶の中で生き続けても。

「それは別に、振り返ることなんかじゃないと思うぞ。」

死生観の話になぜなったのかは、ジュン本人にしか分からない。汲むところがあるとすれば水銀燈の話だろう。
めぐ...だったか?俺はその人間がどういう人間で、水銀燈とどういう間柄だったかは定かではない。
今は、自分のことだけを考えるべきなんだろう。

422謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:28:13 ID:x4dCfNwM
その夜。
俺は一本電話を入れた。国際電話のかけ方を知らなかったもんで四苦八苦したが、ようやくビープ音が鳴り始めたころには電話機と格闘しだしてから半時間以上たっていたことは、恥ずかしくて誰にも言えない。
だいたい普段から国際電話をかけるほど、俺はグローバルじゃない。



「ぼんじょるのーかしら?」

懐かしい声が聞こえた。2年前までは毎日耳に入っていたはずの周波数を、俺の脳味噌はそう簡単には忘れてくれてはいなかった。
つくづく馬鹿な生きモンだ、俺は。一瞬で金糸雀の存在が危篤から生還し、見事な蘇生をしたんだからな。

ガソリンをばらまいた密室でタバコを吸うバカはいない。いるとすれば・・・

「俺だ、金糸雀。」
そう、世界中のどこを探しても1人しかいない。
Phase7 fin.

423謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:28:49 ID:x4dCfNwM
Phase8

かたく絞ったタオルに残った水分量なんぞ、たかが知れている。そこから出せる分量はおのずと決まっているのが筋だろう。
その如く絞り出すような声を受話器の向こうから拾った俺の脳味噌は、一瞬で検索を行い該当するフォルダからファイルをピックアップしていった。
記憶というのは恐ろしいもんだ。

「・・・ベジータ、かしら?」
「俺は俺だ。イタリアでもオレオレ詐欺がはやってんのか?」
「・・・そんなことないかしら。」
「元気だったか?」
「・・・元気かしら。」
「そうか、ならいい。金糸雀、ここからはしばらく俺に話をさせてくれ。なに、長くなることはない。少しだけだ。」

俺は今まで必死にお前といた時の記憶を消そうとしていた。それが最善だと判断したからな。
だが違った。2年前のあの日から今日にいたるまで、ドツボにはまっていくばかりで出口のないトンネルをただひたすら進んでいた。
つらいと認めることをせず、独りよがりになって自分の殻に閉じこもって酔っ払っていた。どんなかたいハンマーでぶっ叩いても割れないような殻の中にな。
だけどな、そうすればそうするほど自分が嫌になっていったんだ。スタグフレーションのような状況下で自分だけでなんとかしようとしてたが、それはただ単に空回りにすぎなかった。
後ろを見ること忌まわしいことだと教わってきたからだ。それが俺をより一層頑固にさせてたんだろう。
だが、振り向くんじゃなくて省みることを教えてくれた奴がいた。そいつのおかげでな、今こうやってお前に電話をかけてるんだ。

「一方的にしゃべってすまん、言いたいことは大体言った。」
「いいかしら。やっと、前に進めたかしら?」
「進めたっていうか、無理やり進んだ感は否めんがな。まぁ進んだことに変わりはないだろう。」

他愛もない話を、それから何分したんだろう。来月の請求書が怖いような何ともいえないところだ。
恐らく俺は後でこう思うんだろうよ、なんでスカイプにしなかったんだってな。

「カナもね、いろいろあったかしら。でも、ベジータの言うように前に進んできたかしら。どんな時も。」
「そうか。ならよかったぜ。悪い、実はそんだけなんだ。またいつか会おうぜ。お互いもうちょっと先に進んでな。」
「・・・その時を楽しみにしてるかしら。」
「あぁ、それじゃあな。」

さようなら、ありがとう。
この二言は、何故か俺のCPUが心の中にとどめるようにという命令を下し振動が電気信号に変換されることなく切断の電気信号だけが俺の耳に届いた。
これでよかったんだ。最良の選択という言葉を極力避けておきたい。なぜならこれは、「最善」の選択だからだ。
それも、俺自身が下したモノだ。誰にも文句なんざ言わせねえ。あるなら出てこいギャリック砲クリスマススペシャルで反撃してやる。
翌朝。
急に、コーヒーが飲みたくなった。最近めっきりカフェイン中毒者への道を歩むようになってしまったようだ。
そう言えば当たりがどうのって誰かが言ってたな。まぁ、そんなことを気にはしないのだが。

すっかり赤、白、緑に彩られた店内はそのうち目がチカチカするんじゃないかと思うが意外にそうでもない。
要するに、俺の感覚の受け皿には何も入ってこないってわけだ。

すっかり顔なじみのようになってしまった俺は、いつの間にかプリペイドカードまで持つようになり【常連】というレッテルをはられるようになった。悪い気もしない代わりに特段いい気もしない。ルーティーンワークのように【ここに来るだけ】だからな。

そんな事を思いつつ俺は会計を済ませコーヒーを受け取り、席に着いた。
ここで折れの嗅覚が【?】のサインを出したことに気付いた。何だ?香りが違う。

疑問を抱きながら一口飲んでみる。今度は味覚が「何だこれ?」と言い出した。
そう、これがいつも飲んでいるものと違うことに俺はとうとう気づいてしまったんだ。

424謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:29:29 ID:x4dCfNwM
「・・・ラッキーだね。ソレ、めったにお目にかかれないよ?」
「なんだこのコーヒー?」
ご丁寧にもこのコーヒーがどんなもんかを説明してくれようとしている人間に、なぜここにいる?だの聞くこと自体が野暮ったいと思ってしまった。素直に聞けばいい。初めてそんな事を思った瞬間だった。

そのご丁寧な説明によるとだ・・・アラジンだったかアラビアンだったかの名前の付くコーヒーでこの店の最高級品クラスの豆らしい。よってめったにお目にかかることができず、運よく飲めることができたら何かひとつ願いが叶う「曰付き」のコーヒーだという。
叶う願いは「現実的」であることが条件らしい。
正直後半部分はこいつのでっち上げかなんかじゃないかとも思うがな。

「で、お前もそのコーヒー飲んでるんだろ?何を願ったんだ?」
「私は何も願ってないよ?というか、半分かなってるからかなぁ。」
「そうか。それは何よりだな。だが気をつけろ、願いなんて叶っちまったらそこで止まってしまうんだ。」
「そうかなぁ?私は違うと思うよ。叶ったらうれしいし、そこから先にもまた願うことはあるんじゃないかな?」

そこから先・・・か。
こいつの2つの眼球から見るものの考え方は俺みたいにどこか厭世的なモンとは遠く離れた場所にいるようだ。そうやって考える人間がいたって俺はいいと思う。
ここ最近、そんなポジティブな考えをするようなことをしていなかったように思う。
だからこそ俺が今思ったことに俺自身が驚きを隠せないようで、それはコイツのレンズにもはっきりと捉えられたであろう。


「いい香りでしょ?私これが一番好きなの。」
「今日は当たりの日か?」
「うん、大当たりだよ。」

にこっと笑った顔を見て、俺は自分の願いがなんであるかを遂に悟ることになる。
もしも、このコーヒーを飲んで願いがかなうのならば今日ばかりはその噂とやらを信じてもいいだろう。
他愛もない会話の中にある心地よい空気を俺はその日、心行くまで感じていた。

昔こんな空気をどこかで吸ったことがある。
その過去がなければ今俺はこの空気を感じることはできなかっただろう。

これが、幸福というものなんだろうか?

「ベジータがそう思うんならそうだよ、きっと。そのほうが私は嬉しいな。」
「それは何よりだ。お陰で生え際の毛根が生き生きしてくるぜ。」
「笑えないよ、ソレ。」
「そうだな、確かに笑えん。深刻な問題だ。」
「ふひひ。やっといい顔してくれるようになったね。」

顔つきが変わる・・・・なんてのは俄かには信じがたいものである。
鏡を見たところで毎日見る俺様のハンサムフェイスに寸分の変化も見られないのは、自分で見ているからなのか?

「自分のことイケメンだって思ってるの?それはただの池沼じゃないw」
「うるせぇ、ちょっとぐらい言わせろ。最近お前にはやられっ放しだからな。」
「イヤだった?」
「別にイヤってわけじゃないけどな、なんとなく言っておきたかったんだよ。」
「ふーん。ところで今から暇なの?」
「暇だったらなんだよ?たかられても今は困る。」
「私がなんか言ったらすぐそれだもんねー。あっかんべー。ただちょっと連れて行ってほしいところがあったのに。」
「どこだよ?」
「ベジータと前に行った場所。湖のそば。」
「別に構わんが・・・寒いぞ?」
「いいよ?おねーちゃんの車借りてきたし。」
「なるほど・・・で、だれが運転するんだ?」
「んじゃ行こっか♪はい、キー渡しとくね。」
「・・・へぇへぇ。」

425謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:30:03 ID:x4dCfNwM
かくして俺が運転する羽目になったわけだが、やはりこの姉妹のことだ。普通の車に乗っているわけがない。なんとなくそんな予感がしたが、最近の俺の的中率は異常なまでに高く某東郷さんのような正確さを得ていったようだ。
ホントに迷惑な話である。車高は一般人が見れば結構低くいざ乗り込んでみるとどこ走んの?と小一時間問い詰めたくなる計器類。
挙句の果てにクラッチの重さが半端ではない。左足がおかしくなりそうだ。
そして待ってましたと言わんばかりに止めを刺してくれるのがこれだ。
「なぁ、妙にハンドル重くないか?」
「これパワステ切ってるもん。覚悟してね♪」
「お前よくここまで運転してきたな。」
「うん、死にかけたw」
「俺まで殺すなw水銀燈は何考えてんだか・・・」
「でもジュンは涼しい顔して運転してるよ?汗だくだけど。」
「そらそうなるわな。何なんだこの車は。」
これは後からジュンに聞いた話だが、この車のオーナーさんは本当に絵にかいたような涼しい顔でこの車を運転しているそうだ。
あの華奢な腕と足からどうやって力が出るのか聞いてみたい。コツなのか効率なのか・・・俺の知るところではない。
とりあえず俺は、死なない程度にゆっくりと目的地へと向かうことにした。
道中、俺は薔薇水晶との会話もそこそこに少しばかり考え事をしていた。考え事をバレないようにするにはどうしたらいいのかジュンが教えてくれたおかげで少しばかりの時間を得ることができ、今俺がどうすべきかを考えた。

云うのか、云わないのか。云うとして、いつなのか。
もう云ってしまったほうが楽なのは確かだが・・・・迷うことなどないはずなのだがどうにも今日の空のようにスッキリしなかった。
まぁ、着いてからもう少し考えるとするか。
俺は車を走らせた。
少しだけ向こうに見える未来に向かって。

Phase8 fin.

426謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:30:46 ID:x4dCfNwM
Phase9
分厚い雲に覆われた世界の中で湖のほとりから見える世界はほんの少しだけ明るい気がした。
雲の合間から光の筋が見えどこか神秘的な様相と共に、何か世界の終焉でも予期するような気がしないでもない。
そんな遠い気分に浸っていると横からコーンポタージュはまだか?とせびられ俺の時間というのは本当に無いものだということを知った。
むしろこれが世界の終りか。

「おいひー♪」

まぁ、この笑顔に変えられるなら明日世界が終ってもいいなんてことを少しでも思うよになってしまう当たり、俺の脳味噌はとうとう来るとこまで来たようだ。
そんな、12月19日の午前中。

云うべきことがあったはずだ。と急にもう一人の俺が騒ぎ出した。畜生、ちょっと黙ってろ。後でどうなってもいいのか?

「感情ってね、本当はもっと表に出るべきなんだよ。でも理性がそれを許さない。悲しいよね。」
「急だな。どうしてそう思うんだ?」
薔薇水晶のトンデモ話がまた始まった・・・とその時は思った。

寂しいって思うことはある?うん、誰でも一度はあると思うんだ。とても騒がしい空間の中でもふっと感じることないかな?
私はある。その時の意識って、ものすごく静かになるんだよね。

だから、静寂。

その中でたった一人だけ、世界から取り残されたような気分になってしまう。
かといってその手の感情を覚えないと、自分はいつまでたっても一人でいることに恐怖を覚えてしまう。
孤独に対する恐怖は誰しもあるはずなんだよね。独りでいるのが怖いとか、そういうたぐいのもの。
人間は一人で何もできないっていうけどそれは違う。独りなら何かできることがあるんだよ。
それに誰も気付こうとしない。見向きもしないんだ。だから同じことを繰り返すの。
戦争なんてね、表向きは正義だのなんだのって言ってるけど本当の理由は利権でも何でもない、寂しいんだよ。
だれかに認めてほしいとか、甘えたいとか。素直に言えないから攻撃的になる。
だから・・・

「感情は、絶対に殺しちゃだめなの。殺さなきゃいけない時もあるけど、それはまた別。」
「俺はずっと、感情を殺すように・・・本当に云いたい事や考えたことを表に出すことを許されなかった。これはお前にも一回話してるよな。」
「今日は素直だね?ちゃんと答えてくれた。じゃあ素直なうちに・・・私からベジータに言っておきたいことがあるの。」

427謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:31:50 ID:x4dCfNwM
「待て。」
「どうしたの?急に捻くれた?やだよ、そんなの。」
「違う。」

お前の口から発せられたその振動を、周波数を俺の脳内に届けるわけにはいかないんだ。
その言葉だけは、俺から言わないといけないはずのものだ。
心拍数が急に上昇し始めた。レブリミットぎりぎりのところでなんとか正気を保っているが手に取るように分かる。
こんなところで吹っ飛ぶなよ、俺の心臓よ。

「お前に云わせるわけにはいかないんだ。」
「?」

もし、譲れないものがあるとしよう。今がまさにその時だ。拙い言の葉を絞りだすのに俺のIMEはものすごい時間を要する。一瞬が、1時間のように思えるくらいにな。

「・・・薔薇水晶。」
「・・・はい。」
「もしかしたらもっと早くに気付いていたかもしれないことを俺は昨日になってようやく気付いた。」
お前の言う「感情を表に出す」ってのが正しい正しくないは別にしよう。
ひかれたレールの上をただひたすら走り続けることが正しいのであれば、俺は喜んでレールから脱線してやるぜ。
だから、お前に言われたことの本当の意味をようやく昨日理解したんだ。
自分に素直であることへの恐怖を一掃するのに、こんなに苦労するとはな。思ってもみなかった。

その結果、一つだけ分かったことがある。よーく聞け。心して聞けよ。耳掃除の時間をやれるほど俺に余裕がないことは謝ろう。

「俺はお前のことが好きだ。」

弾け飛んだのは、感情の栓だけなのか?
いや違う、そこから溢れ出る何かに俺は圧倒されていた。それも、どうやら俺だけではないようだ。


「・・・・やっと、云ってくれたね。」
「すまんかったな。」
「なんで謝ってんの?」
「分からん。じゃあお前はなんで泣いてんだ?」
「・・・わかんないよ。おかしいね、私もよくわかんないや。」
「お前だって、どこかしらで抑え込まなくていいもん抑え込んでたんじゃないのか?」
「そうだね・・・。ありがとう、嬉しい。」

寒い、はずだった。12月の下旬に差し掛かったこの日は何故か暖かいものになった。
よくよく考えればあと5日後のほうが良い画になったんだろうが、今でなければ意味がない。それだけだ。

428謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:32:14 ID:x4dCfNwM
もし、この世にアドベントから生誕祭までの間しか仕事をしない赤服の爺さんがいたとしてその存在を信じる人間は何人いるのか?
少なくともここに2人いることは間違いない。
何故なら、ここにいる2人だけに宛てられた少しだけ早いクリスマスプレゼントという形で存在しているからな。

「・・・雪。」
「あ。」

ひらひらと舞い落ちる結晶は、落ちては消えていく。
そこに在る誰かの思いが消えないように、代わりに消えていくのだという。って誰かが言ってたな。
なら、この「感情」が消えないように。
この2人の間にある、全ての思いが消えないように。

Joy to us and the world.
Thanks to the snow.


ひとつ云い忘れていた言葉を云おうとした。

「ベジータ!」
「何だ?」

「メリークリスマスっ!」

どうやら先を越されてしまったようだ。

「メリークリスマス。」

天高く響くような声で向けられた言葉とその笑顔を、一生忘れない。
そして、この笑顔を絶やさないように。

今日ばかりは、無神論者をやめようと思う。

Merry Christmas Mr.Vegita-After Yellow Comes Purple-
Fin.


「ねぇベジータ?」
「何だ?」
「このクルマ、スタッドレスじゃないんだよね・・・」
「・・・んだと?」

前言撤回。
サンタクロースなんて俺は信じない。
信じるのは・・・まぁ、今日ぐらいは勘弁しておいてやるか。ただし、2度はないぜ?次やったらギャリック砲だ。

The End.

429謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:34:26 ID:x4dCfNwM
以上です。ありがとうございました!
これでこのお話は終わりです。

430謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:38:23 ID:l1qj9MBs
完結おつかれさまです!

431謎のミーディアム:2010/06/15(火) 23:57:40 ID:LYsIS31c
>>419-428
転載しました。

432謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:26:26 ID:H.aoZ5Gg
甜菜をお願いします。

『保守かしら』
2007年12月3日 はれ

 なんだかピチカートに話したら、落ち着いたみたい。
 ちょびっと冷静になったら気になることが出てきたかしら。
 手紙に書かれていた「あいつ」って誰なのかしら。

 蒼星石に最後に会っていた人物なんだから、蒼星石がしてしまったことになにか
関係があるんじゃないかしら?
 そう思ってレンさんに電話をしたけれど、レンさんは蒼星石の家にはいないみたい。
 電話先の人はなにも教えてくれなかったけれど、葬儀でも姿を見なかったし、
レンさんは仕事を辞めてしまったのかしら。
 蒼星石に仕えていることをとても誇りに思っている人だったから、もう家にいないのかも。
 結菱の人たちはレンさんから蒼星石が「あいつ」に会いに行ったことは知っている
はずかしら。けれど、カナが「あいつ」のことを結菱の人たちに聞いたら蒼星石の手紙の
ことを話さないといけなくなるんじゃないかしら?
 やっぱり蒼星石が「あいつ」と話していたとき側にいたレンさんに話せたら一番
良いんだけれど、なにか方法はないかしら。

433謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:30:50 ID:H.aoZ5Gg
いきなり間違えました。このレスから甜菜をお願いします。

『保守かしら』
2007年12月3日 はれ

 なんだかピチカートに話したら、落ち着いたみたい。
 ちょびっと冷静になったら気になることが出てきたかしら。
 手紙に書かれていた「あいつ」って誰なのかしら。

 蒼星石に最後に会っていた人物なんだから、蒼星石がしてしまったことになにか
関係があるんじゃないかしら?
 そう思ってレンさんに電話をしたけれど、レンさんは蒼星石の家にはいないみたい。
 電話先の人はなにも教えてくれなかったけれど、葬儀でも姿を見なかったし、
レンさんは仕事を辞めてしまったのかしら。
 蒼星石に仕えていることをとても誇りに思っている人だったから、もう家にいないのかも。
 結菱の人たちはレンさんから蒼星石が「あいつ」に会いに行ったことは知っている
はずかしら。けれど、カナが「あいつ」のことを結菱の人たちに聞いたら蒼星石の手紙の
ことを話さないといけなくなるんじゃないかしら?
 やっぱり蒼星石が「あいつ」と話していたとき側にいたレンさんに話せたら一番
良いんだけれど、なにか方法はないかしら。

 「あいつ」って一体誰なのかしら。一体どんなことを話したのかしら。


「あいつ」?
それは、わたくし雪華綺晶のことですわ。黄薔薇のお姉様。

434謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:31:41 ID:H.aoZ5Gg
『保守かしら』
2007年12月5日

 なにかしらこのいたずら書き。
 たしか雪華綺晶って雛苺がフランスで仲が良かった人じゃなかったかしら。
 誰が書いたのかわからないけれど、かなり悪質な気がするわ。
 やっぱり失くした鍵を探すべきかしら。

 今突然「いたずら書きなどではありませんわ」って声がしたかしら。
 なんだか丁寧なのに、ちっとも暖かくないような、人を笑っているような声。
 気のせいかしら…。今日はもう寝ようっと。

435謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:34:05 ID:H.aoZ5Gg
『保守かしら』
2007年12月6日 はれ

 声が止まなかったかしら。でも、昨日ほどクリアじゃないから、ただの気のせいかも。
 声自体はすごく小さくて、調子の悪いスピーカーで小さい音量の歌を聴いているみたい。
 誰かと話してたり、ほかのことに集中してると全然聞こえないんだけれど、ゆっくり
してるとノイズみたいに聞こえ始めて、なんだかその声に呼びかけられているみたいで
ちょびっと気味が悪かったかしら。

 それからもっと怖いのは、よく考えたら一日部屋から動かしてない日記に誰かがいたずら
書きができるわけないことかしら。
 しかも雪華綺晶のことを知ってる人ってすごく少ないだろうから、こんなこと書ける人は
すごく少ないわ。
 どういうことかしら?

436謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:36:38 ID:H.aoZ5Gg
『保守かしら』
2007年12月8日 くもり

 学校の紹介でお医者さんに行って来たかしら。
 蒼星石と親しかった生徒はみんなカウンセリングを受けさせられてるみたい。
 あんまり行きたくなかったんだけれど、「とりあえず行ってみなさぁい。自分が
だいじょうぶだと思うなら、その姿をちゃんと人に見せないといつまでも心配され
続けるわよぉ」っておねえちゃんが言ってたし、とりあえず行ってみたかしら。

 先生はすごく優しそうで話をよく聞いてくれる人だったかしら。
 それで、気づいたら蒼星石とか翠星石のことを色々と話してたかしら。
 話が一通り終わって、面会時間が終わる時に、「最後に何か聞きたいこととか
あるかな?」って聞かれて、ふと最近の雪華綺晶のことが思い浮かんだかしら。
 それとなく幻聴が聞こえたり、自分で気づかないうちに日記を付け足したりする
ことがあるのか聞いてみたけれど、そういうことってあるみたい。
 だとしたら、日記を書いたりしたのはカナなのかしら。
 ねぇピチカート、今のところ実害はないけれど、これってかなりまずいのかしら?

437謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:43:26 ID:H.aoZ5Gg
『保守かしら』
2007年12月9日

 晩ご飯を食べてたらおねえちゃんに「もうすぐ大会の本選ね」って言われたかしら。
 カナはもうすっかりそんなこと忘れてたから「そうだったかしら?」って聞き返しちゃった。
「そうよ、おばかさぁん」二人でちょっと笑ったかしら。

 「この際やめてもいいわよ、どうするの?」おねえちゃんが静かに聞いたかしら。
 最近は何かをする気があんまり起きないから、葉権しようと思ったかしら。
 でも、その時カナは突然思い出したの。
 夏にカナは蒼星石に「コンクールで蒼星石の好きな曲を弾くわよ」って言ったかしら。
 そうしたら「じゃあ24の奇想曲で」って、蒼星石がカナをからかうみたいに言ったかしら。
きっとそれはただの冗談。でも、たしかに蒼星石はそう言ったかしら。

 言葉と一緒にあのときの蒼星石の笑顔とか、中庭の風景とかが勢いよく吹き出してきて、
カナは感電したみたいに驚いたかしら。

 「…なりあ?」
 気づいたら、おねえちゃんがカナの肩を揺すっていたかしら。すごく心配そうな顔。
それから、カナは自分が泣いていることに気がついたかしら。
 「辞退しておくわね。あぁ…」
 「ううん」カナは首を横に振ったかしら。
 「カナは出場したいかしら」
 「本当に…無理することなんてないのよ?」
 おねえちゃんが心配そうだったから、カナはなんで泣いてたのか説明したかしら。
自分でも涙の理由自体はわからないけれど。

 一度聞いた音とか声はめったに忘れないクセがあるけれど、今日ほど自分のクセに感謝した
ことはないわ。
 大会は結果なんてどうでも良いかしら。ただ蒼星石のためにヴァイオリンを弾こうと思うの。
 まだカナが蒼星石の為にできることが残ってたかしら。

438謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:44:05 ID:H.aoZ5Gg
以上です。よろしくお願いします

439謎のミーディアム:2010/06/20(日) 22:13:51 ID:JU067bNA
>>433-437
転載しました。

440謎のミーディアム:2010/06/21(月) 00:56:49 ID:XN9girGQ
>>439
転載ありがとうございます

441謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:08:00 ID:u8Ry/RTw
甜菜お願いします。

いちご日和 九月「こづくり」 中編

442謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:09:18 ID:u8Ry/RTw
◆3

翌日。
桜田くんが大学から帰って来ると、アパートの前に少女が二人。
雛苺ちゃんと蒼星石ちゃんです。

「あ、ジュン、おかえりー!」
「おかえりなさい」
「何してんだ、お前ら。学校あったんだろ?」

雛苺ちゃんがいつも以上のにこにこ笑顔で、手にした茶色い封筒をひらひらと振ります。

「今日はジュンにプレゼント持ってきたの!」
「プレゼント?」
「そう! いつもお世話になってるお礼よ! ねー、蒼星石?」
「え? あ、うん、そうだよ、お礼!」

つんつん、ひじでこっそり突つかれた蒼星石ちゃんが慌てて同意。
雛苺ちゃんは封筒をひっくり返すと、中に入っていた紙切れを両手で掲げました。

「じゃーん! 中身は映画のチケットでーす!」

ああ、と桜田くんはその紙切れに見覚えのあるタイトルが書かれているのを見ます。
最近よく朝のワイドショーで紹介されている恋愛映画でした。
なんかどーたらこーたらでヒロインが死ぬとかそんなやつ。

「で、なに? それを僕にくれるって?」
「うん! しかも今ならお得な二枚セットよ! ねー、蒼星石?」
「え? あ、うん、二枚ももらえるなんてお得だよね!」
「へーそうかい。じゃあ有り難くもらいますよ」

443謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:10:29 ID:u8Ry/RTw
桜田くんにしてみれば特に観たいと思うものでもありません。
でも要らない、なんて言ったらどんな顔されるか。
そう、別にこれはこいつらの好意を無駄にしたくない、とかじゃなくて
ぴーぴー泣かれたりしたら面倒なだけで――

心の中でぶつぶつ言いながら桜田くんがチケットに手をのばしたとき、
ふと思い出したように雛苺ちゃんが言いました。

「あ、そういえばね、前コンビニに行ったとき、トゥモエがこの映画観たいって言ってたの!」

思いがけない名前に手が止まります。

「柏葉が?」
「うい。ねー、蒼星石?」
「え? えっと、う、うん! 言ってたよね!」

雛苺ちゃんは桜田くんに映画のチケットをおしつけると、
蒼星石ちゃんの手を引いてちょこまか走り出しました。

「それ、あげるから! いい、ジュン! ぜったい、トゥモエを誘うのよ!」
「じゃ、じゃあね、ジュンお兄ちゃん!」
「おい、ちょっと話が見えな……」

444謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:11:44 ID:u8Ry/RTw
何か言いかける桜田くんを残して、二人はアパートの前から走り去ります。
しばらく走って、角を曲がると。

「首尾はどうですか?」

翠星石ちゃんと真紅ちゃんが待機していました。

「ばっちりなのー!」
「うん。受け取ってもらえたよ」

「……そう。あとは巴次第ね」

読んでいた文庫本を閉じて、なんだかつまらなそうに言う真紅ちゃん。
ニヤリ。翠星石ちゃんの口角が意地悪く上がりました。
『こりゃあいいネタを見つけたですぅ。ですです』なんてオーラが立ちのぼっています。

「ふっふーん、し・ん・くー?」
「なにかしら?」

445謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:13:03 ID:u8Ry/RTw
「おめー、内心ジュンとあのホクロ女がくっついたらイヤなんじゃないですかぁ?」

ばさり。真紅ちゃんが手に持った本を落っことしました。
ものすごく分かりやすいリアクションです。

「な、なにを……。そういう翠星石こそどうなのよ」
「え? す、翠星石は別に、ジュンが誰とくっつこうがへーきのへーざですよ」

攻守逆転。
ニヤニヤ。真紅ちゃんが小馬鹿にしたように笑います。
『あなたの考えてることなんて全部お見通しなのだわ。だわだわ』なんて思っているのが、
言葉にしなくてもひしひしと伝わってくるような笑いです。

「ふーん?」
「な、何をにたにたしてやがるですか! 本当です! 本当ですからね!」

「やれやれ、どうなることだか……」
「『ぜんとたなん』なの」

目の前で繰り広げられるツンデレ合戦に先行きの不安を感じる二人でした。

***

「それにしても、雛苺って演技上手だね。おどろいたよ」
「蒼星石、これからの時代はああいうえんぎもできないと、将来男をつかまえられないのよ? 今月のノンノンに書いてたの」
「そんなものなの?」
「そんなものなの」

446謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:14:43 ID:u8Ry/RTw
◆4

「映画?」

巴ちゃんに見つめられ、桜田くんは慌てて目を逸らしました。
そのほっぺたはリンゴのように真っ赤です。

「う、うん。あ、嫌なら別にいいんだけど――」
「まだ何も言ってないよ。でもどうして? 急に」

桜田くんは財布の中からチケットを取りだします。

「雛苺に昨日もらったんだ。ほら、今話題のやつ、二枚」
「ああ、TVでよくCMしてるやつだね」
「それで、チビどもが柏葉が見たがってるって言ってたから」
「え? 私が?」
「うん……って、あれ? もしかしてそうでもなかった?」

おかしいな。やっぱあいつら情報なんて信じるんじゃなかったか。
想定外の反応にあせる桜田くん。
巴ちゃんはしばらくきょとんとしていましたが、やがてにっこりと微笑みました。

「……ううん、ちょうど見たかったの。いいよ、いつにする?」

447謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:16:50 ID:u8Ry/RTw
***

「あ、出てきたの!」

コンビニの外で見張っていた少女四人。
雛苺ちゃんが真っ先に桜田くんの姿を見つけました。

「あのしまりの無い顔……どうやらデートの誘いは成功したようね」

真紅ちゃんの指摘通り、桜田くんは珍しくにやにやしています。
いかにも今しがたいい事がありました、と言わんばかり。

「ふん、にやついて、気味のわりーやつです!」

翠星石ちゃんが吐き捨てて、足元の小石をけっとばしました。

「全くだわ。それにしても雛苺、よく知ってたわね。巴の観たがってた映画なんて」
「え? ……う、うゆ、すごいでしょ!」

「……こいつ、ほんとに知ってたんですかね?」
「あはは……」

448謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:18:04 ID:u8Ry/RTw
ここまでです。
よろしくお願いします。

449謎のミーディアム:2010/07/15(木) 11:16:16 ID:???
転載していただきありがとうございました。

450謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:32:27 ID:/TyjqtpQ
゜д)ノ ......〇

少年時代3.1

451謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:33:36 ID:/TyjqtpQ
夏の余韻も薄れきり、灰色がかった雲が空を覆う秋なかば。町の児童公園で戯れる
子供達も長袖ばかりになり、小麦色だった肌はすっかり白く色あせている。

そんな穏やかなある日曜日の午後。我らが少年ジュン君は珍しく女の子に絡まれること
なく、ひとり公園のベンチで横になって前髪を風に揺らしながらウトウトしていた。

休日ゆえの気だるさか、お昼にちょいと食べ過ぎたのか。日もまだ高い時間帯では
あるものの、人間の3大欲求のうち最も抗いがたいものとされている睡眠欲を御するには
彼の精神力はあまりに拙すぎた。

まあ、寝る子は育つというし、悪いことでもなかろうが。

452謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:34:05 ID:/TyjqtpQ
「ふぁぁ」

齢7つか8つにして、はやくも枯れた感のある少年の背中。剛の者な女の子たちと
付き合う日常は、異性を意識するには早すぎる彼には純粋な負担としてのしかかっている
のかもしれない。漏れでるあくびは疲れの証だろうか。

それにしても少年には同性の友人はいないのか。男の子と遊んでいれば生じることも
ないであろう色々な問題が、彼を見るかぎり多すぎる。

真紅の威圧、巴のまなざし、水銀燈のからかい、雛苺のジュンのぼり。

「もしかして、あいつらとばっかりいるからかなぁ」

ジュンの目線の先には、枝か何かで地面に描いた輪の中で、わいわいと相撲を取っている
男の子たち。服が砂にまみれるのもかまわずにはしゃぐ姿はまさしくオトコノコだ。

453謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:34:36 ID:/TyjqtpQ
そんな健全な遊戯の場にこのシャイボーイは混ざることもできず、僅かな肌寒さ程度では
とても押し止めることのできないまどろみを友として、周りに人の影もないベンチの
王として君臨していた。

そう、彼は名の通り純な少年。遠目にちらちらと送られるいくつかの女の子達のグループ
からの興味の視線も何のその、というかまるで気付くこともなく、平然とひとりの時を
過ごしている。

「ん、んぅ …… スゥー ……」

454謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:35:04 ID:/TyjqtpQ
誰とも言葉を交わすことないひとときを経て、子供達の笑い声の絶えない公園の中
あまりに静かに寝入ったジュン。陽光のぬくもりを払い去るにはまだほんの少しだけ
及ばない秋風が、彼の頬をヒュウと撫でていった。


4方向ぶちぬきの風通しの良い空間とぐずついた曇り模様の天井に、ベンチのベッドと
いうあまりにもアウトドアな寝室ですうすうと寝息を立てているジュンに、すっと
ひとつ影が落ちる。

「ねえキミ、かぜひいちゃうよ」

「ん、んぅ?」

声の主の言うとおり、体温を保つ要素のない中でいつまでも眠りこけていては、青く幼い
その少年の身体のあらゆる部位をわるいやつらに熱く容赦なく蹂躙されることだろう。
おせっかいさんな性質らしく、ジュンの肩をゆさゆさと軽く揺さぶって、なかなか
しゃっきりしない彼の目覚めにはっぱをかける。

455謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:36:25 ID:/TyjqtpQ
「くぁ…… あぁ、ごめん。 ありがと」

「ん。 おはよ」

まぶたをこすってむにゃむにゃと感謝の気持ちを示すジュンに、どういたしましてと
ばかりに口元でごくごくゆるいUの字を作ってにこりと笑いかける声の主。

「……んーと」

「あぁ、はじめまして。 ボクのなまえは蒼星石」

まるきり面識の無かったことを今更ながらに思い出したのか、自分でもおかしそうに
自己紹介をする声の主こと蒼星石。年齢はジュンと同じくらいだろう、顔立ちは幼い
ながらも凛々しさが芽吹いており、目元はきりりと力を持っている。

サラリとした深みのある茶色の髪の毛を耳や襟元が隠れるくらいに伸ばしており、その
髪の落ち着いた色との対比が良く効いている、右目の碧色と左目の赤色が、玄妙な魅力を
いっそう際立たせていた。

456謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:37:08 ID:/TyjqtpQ
服装は白のYシャツと、やや濃い藍色のハーフパンツ。清潔さこそ身上と言わんばかりの
いっそ簡素なまでのシンプルさが、蒼星石のらしさなのだろう。
キリッとしたいでたちはジュンのやわそうな容姿がもたらす印象とはまた違う方向で、
お姉さんウケが良さそうだ。

「あ、うんはじめまして。 僕は桜田ジュン」

よろしくねと差し出された右手を取り、挨拶を返すジュン。普段から自分をわたしと
呼ぶ子とばかり交流しているためか、自分をぼく、と呼ぶ子に新鮮さを感じているのかも
しれない。ぎゅっと力を込めて握り返す、一種の男らしさのアピールとも取れる行動は、
自称か弱い乙女たちに対しては別段やろうとも思わない事だろう。何らかの対抗心が
芽生えているようだ。

「キミ、何ねん?」

「1ねんだよ」

「そうなんだ。いっしょだね」

今まで寝そべっていたベンチにふたりで腰を落ち着けて、身の上話に花を咲かせる。
同年齢なのだが、蒼星石のほうが若干身の丈が高いのと幼いわりに落ち着いている
というかおとなしい雰囲気なのもあって、並ぶとジュンのほうが弟のようにも見える。
もっとも、ジュン本人はやっきになって否定するだろうが。

457謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:38:20 ID:/TyjqtpQ
「どこの学校? このへんすんでるの?」

「ん、おっきな通りの時計屋さん。 おとといひっこしだったんだ。 明日から
薔薇乙女小だよ」

この近辺で小学校といえば、市立薔薇乙女小学校しかない。言うまでも無く同級生の
間柄となるふたりには、同じ校旗を仰ぐ者同士が持ちえる連帯感のようなものが
芽生えはじめていることだろう。

「そうなんだ、もしかしたらおんなじクラスかもね」

「そうだね。 だといいね」

この少子化の嘆かれる時代にあってひと学年5クラスを擁する薔薇乙女小で、同じ
クラスを引き当てるのはいささか分が悪いかもしれない。
実際、1年1組に籍を置くジュンくんと浅からぬ絆を築いている同い年の少女
4人のうち、雛苺と巴は隣のクラスの1年2組で、真紅と水銀燈はその更に2つ隣の
1年4組と、学校内での距離はそれほど近くない。

458謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:38:55 ID:/TyjqtpQ
もっとも、そんなことは関係なしにジュンに構いまくる少女達の苛烈な突撃模様は
もはや学年中の知るところで、周りの特に女子連中は、振り回されるジュンのありさまを
温かく穏やかに、完全に面白がっている。

むしろ別のクラスになった事でいっそう思慕に火がついてしまったふしがある真紅達
なのだが、ジュンの方はというとこんな有様なので、仲の良い子と違うクラスで
さみしい、といった甘い感情は少なくとも外面的にはとんと感じていない様子だった。

「…… うれしいなあ、こんなにはやく友だちできるなんて」

「あはは」

今まで住んでいた場所を離れての新しい暮らしに、やはり不安を抱いていたらしい。
ぐっと止めていた息をほおっと吐いたように胸のつかえが取れた蒼星石が、それを
取ってくれた少年とほんわり笑いあう。

459謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:39:23 ID:/TyjqtpQ
他の土地で育った新しい友達と、お互いすっかりなじんだようだ。ほんの数分前までは
相手の名前すら知らなかったのに、これがちびっ子の共感力だろうか。

「あのさ、ジュンくんはどのへんすんでるの?」

「えーとね、ここからでも見えるんだけど」

照れくささを煙にまくように言い出した蒼星石の言に、ジュンが立ち上がって公園の
奥へと小走りに駆けていく。丘の中腹にある公園だけあって周囲の見晴らしには定評が
あり、安全のために張られた殊更頑丈なつくりの金網の向こう側には、ふたりの住む街が
バアッと一面に広がっていた。

「ほら、あれ、あのピンク色のかべの黒いやね」

「へぇ、あれかぁ」

網越しに指さす先にある桜田邸は、さほど離れていない住宅地の最中にある、極めて
堅実な2階建ての一軒家。間近に見れば分かるのだろうがまだまだ痛みは少なくて、
おそらくはジュンよりも年下なのだろう、重ねた歴史はそれほど深くはない様子だ。

460謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:40:47 ID:/TyjqtpQ
「んーと、ボクんちは…… しょうてんがいどこかな?」

「あれだよ」

街を知る男桜田ジュンの的確なサポートのもと、なじみが薄いなりに作っている
頭の中の地図を元にして、まだまだ他人行儀な道を追いかける蒼星石。

「しょうてんがいがそれだから…… あれ、どこだろ」

「時計屋さんだよね。えーとね、あの大きなやねのうらっかわだよ」

ちょうど商店街のアーケードに隠れてしまっている蒼星石の家を、ジュンがあのへんと
指さして教える。そのまま学校はあれ、しょうぼうしょはあそこ、ゆうびんきょくが
そのとなり、と立て続けに施設の場所を並べていく。

そのいずれをも目で追いつつそうなんだと相槌を打つ蒼星石は、きれいな顔で
笑っていた。

ポツッ、ポツッポツポツポツ……

461謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:41:14 ID:/TyjqtpQ
「雨だ」

そんなのんびりゆっくりしていたふたりの間に、文字通り水が入る。

ぐずついていた空がとうとう泣き出し、ぽつぽつと乾いた地面に黒い染みを落として
きた。徐々に増してくるその勢いを、傘も持たない蒼星石はただただ上を向いて眺めて
いる。

ザァァァァァ……

「うわっ!」

「あっち! 雨やどりしよ」

急激に勢いを増した雨に、みるみるふたりの服が濡れていく。
蒼星石と同じく傘は持っていないが、ジュンくんも幼いなりに心得たもので、すぐさま
象の形を模した大きめの滑り台に目をつけた。象の耳と鼻が付いた半球を地面に
かぶせた様なそれは、下に入り口がありひとつの屋根がついた建物になっている。
雨をよけるのにはうってつけだ。

秋の冷たい雨にせかされて、ふたりは滑り台の下へと逃げ込んでいった。

462謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:41:48 ID:/TyjqtpQ
つづくわよう

463謎のミーディアム:2010/08/16(月) 01:38:54 ID:IIgcpj2.
まってるよう

464"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:12:05 ID:???
お久しぶりです
移転とか大変な話になっているようで…

では"The Unknown"第七話を投下します。

465"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:12:34 ID:???
「…貴女は……ケース11……」

 薔薇水晶は突如、意味の分からない単語を口にした。『ケース11』。単純に考えるなら
『72番目の場合』とでも言えばいいのか。そうだとしても真紅には、その単語の意味する
ところまでは想像もできなかった。

「ケース11は……『他者の視界への同期』……要は……他者の視界を…盗み見る能力」
「…議会はどこまで知っているの? その前にケースって…私の前にも何人もこのような
能力を得た人が?」



             "The Unknown"
           第七話『それぞれの思惑』


「調査をしていたのは……私………ここは……溢れんばかりの『魔』の…廃棄場…」
「廃棄場?」

 自分の調査した結果ということもあって、多少得意げになっているのだろうか、徐々に
薔薇水晶は饒舌になっていく。もちろん相変わらずの小声ではあったが。

466"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:13:12 ID:???
>>465
「そう……『魔』は…昔は誰でも扱える……単なる『不思議な力』…だった」

 薔薇水晶はこの都市や、そのほかにも国の各所に存在する呪文書など、明らかに世間一
般に『魔』による行為が存在していた証拠を見つけたらしい。この都市の結界については
水銀燈に取り入って『融通してもらった』とのことだ。

「でも…この特殊な力には……難点があった…」
「…難点?」
「……この力に一度…侵されると…その者の『魂』は…二度と死ぬことはできない……」

 ゆえに、当時の人間たちは肉体が滅びる前に『魔』を発散し尽して、『不完全な死』を
逃れようと躍起になった。しかし、強すぎる『魔』は自然を、世界を侵食し、生態系まで
もを狂わせてしまう。そのために『廃棄場』として選ばれたのが、『原初の女』が魔女を
封じたこの都市だ、ということだった。

「…ちょっと待って。そうであるとしたら、めぐ長官…いえ、水銀燈がここを私有地とし、
あまつさえ結界で厳重に囲んだのはなぜ?」
「……長きに渡り……大量に『廃棄』され続けた『魔』は……この島…都市を蝕み……
そしてこの都市のどこかで………『結晶化』した、と思われる……」
「……結晶化? つまり、今まで『廃棄』された『魔』がほぼ全て一所に集まっていると?」

 真紅の問いかけに、薔薇水晶はただこくり、と頷き、再びにぃっ、と不気味な笑みを見
せた。

「…そして、水銀燈はもちろん、国教会の狙いもそれ?」

 また頷く薔薇水晶。その場には言いようもない沈黙が流れた。

467"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:13:37 ID:???
>>466
「薔薇水晶と言ったわね。興味深い話をどうもありがとう」

 真紅は薔薇水晶に軽く頭を下げ、踵を返す。

「……嘘じゃ…ない……」
「確証はないじゃない?」
「……それを探すのが、貴女の役目…」
「…次は斬るわよ。命が惜しければ日が暮れる前にこの都市を去るのね」

 冷たくそう言い残し、森に入っていく真紅。その後姿に薔薇水晶は再び声をかけた。

「…森を進むなら……羽虫を…追うといい………彼らは…『魔』を好むから…」

 少しだけ振り返る真紅。しかし、もう薔薇水晶に言葉をかけることなく、ぷい、と向き直
って森へと入っていってしまった。

「…ふふ……どうなる…ことやら」

 そんな態度を面白いとでも思ったのだろうか、薔薇水晶は少しの間、くすくすと笑いをこ
ぼし続けていた。

468"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:14:07 ID:???
>>467





「こんなところにいたのかい、薔薇水晶」

469"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:14:55 ID:???
>>468
 そんな彼女の背後から、突如として凛とした力強い声がかけられた。
 振り返った彼女はその声の主に向かってとても『親しげに』挨拶をする。

「蒼星石……元気そうで………なにより…」

 蒼星石と呼ばれた女は、その挨拶に深々と一礼を返して見せた。そのあまりに仰々しい様
子は逆に薔薇水晶との対峙を嘲っているかのようにも思える。
 彼女は頭を上げ、兜を脱ぐと、薔薇水晶を射抜くような目つきで見つめながら尋ねた。

「で、君の報告してくれた女はここに?」
「…今……森に入ったところ……追いかける?…」
「ああ。任務の障害になるような存在は早めに消しておくに限るよ」
「…それだけ?」

 薔薇水晶がからかうような言葉をこぼした刹那、蒼星石の表情は一変した。目つきは険しく、
歯を力いっぱい噛み締め…それはまるで『鬼』の形相であった。

「地下道の数名…彼女の仕業だろう。国教会に反抗するどころか、我々の仲間を手にかけて…
 悪いけれど、信仰心のない猿は生かしておけない性質なんだ」

 言葉が終わる頃には彼女の顔は元の端正なソレに戻ってはいたが、言葉の端々には明らか
な殺意が宿っていた。しかし薔薇水晶は、そんな蒼星石の様子に一つもたじろぐことはなく、
ただ、ほんの少し口角を上げ、微笑んでいた。

「……でも…彼女は……強い…」

 薔薇水晶の言葉に対し、蒼星石は鼻で笑い飛ばすことで返事をし、続けた。

470"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:15:26 ID:???
>>469
「僕には『原初の女』がついているからね」
「『魔』でしょ?」

 自信たっぷりの言葉に水を注すかのように、間髪入れず薔薇水晶は言った。
 しかし、蒼星石は全く気にする様子を見せない。

「ところで君は何をしているんだい? 僕達との契約、忘れてないよね?」
「……分かってる…でも………水銀燈の様子が…何か……」

 薔薇水晶は今までとは打って変わって、困ったような表情を見せる。彼女がその様な表情を
見せるのは珍しいのだろう。蒼星石も、続けて首を傾げる。

「どういうことだい?」
「エージェント・真紅の行く先々……強い魔物が……まぁ…彼女は倒してしまうのだけれど…」

 片手をこめかみにやり、何かを思案しながら、手探りで糸口をつけようとする薔薇水晶を、
蒼星石は鼻で笑った。

「…はは、なんだい。ハイエナのような君でも、魔物には怖気づくって?」
「…ハイエナは……用心深い…とても…とても………魔物を召喚しているのは…多分、水銀燈…」
「だから? 水銀燈にとっても彼女は敵だろう? 当然じゃないか」
「……強くなっているのは……間違いないけれど…どうも……彼女のレヴェルに合わせている
気がする……」

 遅々として進まない話に少し苛ついてきたのか、蒼星石はほんの少し声を大きくする。しかし
ながら威圧感は十分であった。

「…もったいぶらないでくれないかな」

471"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:15:51 ID:???
 その様子に、薔薇水晶も少々気分を害されたのか、心なしか目じりを吊り上げ、睨みを利かせ
ながら話を続ける。

「…あなた……鈍い………わざと…『魔』への感染度を……高めている……そんな様子……」
「何のために?」
「…さぁ…」

 それだけ聞くと、蒼星石は森の奥へと入って行ってしまった。しばらくその場に佇んでいた
薔薇水晶ではあったが、やがて次の任務にうつろうと向き直って歩き始めた。

 しかし、数歩進んだところでその歩みは止まり、彼女はばっ、と勢いよく今真紅と蒼星石が
入っていった森の方へと顔を向ける。その表情には驚きと、焦りのようなものが浮かんでいた。

「…まさか……!」

472"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:16:16 ID:???
>>471
────────────────────

────────────────

────────────


「…もういまさら何が出てきても驚かないと思ってはいたけれど…」

 そういいながら真紅は剣を腰に収めなおす。彼女の視線の先で息絶えていたのは、彼女の十数
倍はあろうかという巨躯の─神話や御伽噺でしかその名が確認されていないはずの─ドラゴンで
あった。

「…この盾はもう駄目ね。捨て置いていきましょう」

 そう言って投げ捨てられた盾は、金属製であるにもかかわらずどろどろに溶けていた。熱によ
る溶解ではなく、腐食。先ほどのドラゴンのブレスによる攻撃の結果であった。

「しかし、この明るさ…日が落ちかけているのかしら。急ぎたいところだけれど…」

 森の内部は思った以上に入り組んでおり、真紅は先ほどから同じところをぐるぐる回り続けて
いたのだった。さすがに『魔』に侵された、危険な動物だらけのこの森で野営するわけにはいか
ない。

 真紅は困ってしまった。と、その瞬間。薔薇水晶の『ある言葉』が思い出された。

『…森を進むなら……羽虫を…追うといい………彼らは…『魔』を好むから…』

 はっ、と気づきあたりを見回してみると、羽虫が特定の方向から別の方向へと、規則正しく移
動しているのが分かる。見る限り全ての羽虫がそのように移動しており、薔薇水晶の『助言』の
確かさを伺わせた。

「…ふん…」

羽虫に従い、森を進む真紅。木々がまばらになってきて、出口が近くなってきていることは間違
いなかった。しかし、彼女を先に待ち受けていたのは、森の出口ではなかった。

473"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:16:46 ID:???
「あの蒼い鎧は…聖十字騎士団ね。そして対峙しているのは…………水銀燈……!!」

 彼女を待ち受けていたのは、蒼と漆黒それぞれを身に纏った女達であった。すでに一色即発とい
った感じで、お互い睨み合っている。そして、蒼い女の方はなにやらせわしなく口を動かしている。

「やめといたほうがいいわよぉ? ……貴女には、無理」
「…はぁ、はぁ。……僕にだって、召喚の一つや二つ……エルケス・サルマ・ロン・サモータ。
ディアラス・フル・ゲンド・ゲルダモーダ…」
「無理だと言っているでしょう!」
「太古に眠りし邪悪なる闇の騎士よ、血塗られた五芒の輝きをその身体に刻み…ごほっ!」

 しかし、蒼い女はそこまで唱えたところで突然血を吐き、膝をつく。顔面は蒼白で、身体に異常
な負荷がかかっているのは容易に見てとれた。

「ば、ばかな…」

 そのままくらり、と彼女は倒れこんだ。後に残されたのは静寂のみ。
 水銀燈がふん、と彼女のことを鼻で笑う。

「だから言ったじゃなぁい。あの程度の能力じゃ無理だと。限界を超えた魔法なんか…使えやしないわ」

 水銀燈は真紅の方に振り返り、やれやれ、といった風に肩をすくめた。

「『魔』に喰われてしまったのよ。みっともない…」

 しかし、真紅が言葉を返そうとした瞬間、水銀燈の背後で何かが動いた。

474"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:17:11 ID:???
>>473
「侮らないで…もらえるかな……?」

 それは、のっそりと苦しそうに起き上がる蒼星石であった。先ほどと同じくその表情に生気は見ら
れないが、その瞳の中には明らかな殺意が宿っている。状況が飲めないせいもあったが、その異常な
執念を宿した瞳に、真紅は一瞬たじろいだ。

「…太古に眠りし邪悪なる闇の…騎士よ、血塗られた……五芒の輝きを…その身体に刻み…我が血
肉を持ってしもべとして導かん…」

 先ほどの言葉、というよりも『呪文』を、蒼星石は今度こそ唱えきった。その瞬間、彼女たちの頭
上に大きな、漆黒の魔方陣が出現する。

 そしてその中からゆっくりと姿を現したのは、またも装着する人間を失った鎧。しかし、真紅が以
前打ち倒したものより、一回りも二回りも大きく、更には─恐らく猛者の着用していたものだったの
だろうが─その表面は、返り血らしきものでどす黒く変色していた。

「不思議だな…身体中に『力』がみなぎっていく。……不信心な猿と、邪教徒…覚悟するんだね…」

 一転して彼蒼い女の表情が生気にみなぎり始める。しかし、それは何か歪な─まるで麻薬のような
ものでハイになった時のものと同様だった。
 彼女は鋏のような鉄塊を構え、じりじりと真紅たちの方に近寄ってくる。

「……真紅、手を貸しなさい」
「…共闘、というわけ? …でも、四の五の言ってる状況ではないわね」

 水銀燈と真紅はそれぞれ剣を構える。その場に緊張感がみなぎり、空気が張り詰めていくのを真紅
はその肌で感じていた。

475"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:17:50 ID:???
以上です
投下ペースが毎度遅くて申し訳ありませんがご容赦を…

476謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:49:31 ID:LlL0iIEo
「夏」企画参加SSを書いたのですが、ちょっと出かけないと行けなくなったので甜菜お願いします。
それと、読んでくださる方がいましたら、できれば企画をやっているスレで読んでくださると幸いです。

477謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:52:50 ID:LlL0iIEo
いちおうホラーコピペ系要素があるSSなので、苦手な人は避けてね。
NGID:horror

『ひゃくものがたりどる』

「『二人に【カミ】のご加護がありますように』Tさんはそう言って帰って行った。寺生まれってスゴイ、そう思ったかしら」
金糸雀は蠟燭を吹き消した。
金糸雀はみんなを怖がらせようと無表情を保とうとしているみたいだけれど、どう考えてもドヤ顔を隠しきれていない感じだった。
しばらく、沈黙。じとっとした空気は深い湿度の高い夏の夜のせいじゃなかった。
みんなの気持ちを代弁して、水銀燈が言う。
「それが最後の番が来るまで残しておいたおとっときの話ぃ?」
金糸雀はきょとんとした。
「その通りかしら」
「この世のどこにそんな珍奇な霊能者がいるのよ」
鼻で笑って、真紅が言った。畳み掛けるように翠星石が追い討ちをかける。
「『友達の友達』がうさんくせーからって、実体験風に語ればいいってもんじゃねーですぅ」
「本当に体験談かしら!」
金糸雀は抗弁する。正直怪談を盛り上げようと頑張るその姿勢は立派だと思うけれど、キャラ設定に無理ありすぎたと思う。「破ぁ!!」ってなに「破ぁ!!」って。
「蒼星石はどう思うかしら!?」
金糸雀が隣の蒼星石に助けを求める。蒼星石はにっこりと笑った。
「まぁ、金糸雀が百本目じゃなくて良かったかな?」
「かしらっ!?」
「金糸雀に怪談は似合わないのよー」
これだけ言いたい放題言ってても、本当に金糸雀が怒ったり悲しんだりする事にはならない。金糸雀の器がある意味大きいということもあるけれど、一番の理由はみんな気の置けない友人達だからだ。そう、スレスレの冗談も言いあえるような。
「それじゃ、百本目は薔薇水晶ね」
みんなの視線が私の方に向く。
「お父さん人形師をしてる…その、師匠から聞いた話…」
子供の頃からあまり話しをする機会がなかったから、話す事がすごく苦手だ。
けれどそれも百物語という舞台の上では、ちょっとした小道具になるみたいだった。

478謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:53:28 ID:???

百本目の蠟燭が消えて、部屋は暗闇に包まれた。暗闇の中で生暖かい風がみんなの間を通り過ぎる。換気のために窓を開けていたので、風で火が消えないようにずっと窓辺に立っていたけれど、あんまり意味はなかった気がする。
「結構怖かったわ。終わりよければ全て良しねぇ」
「百本目に金糸雀を持ってくれば良かったわ」
「ちょ、どういう意味かしらそれー」
ちなみに雛苺は百物語が始まる前は「貴女は怪談を話すよりも、みんなの前で苺スパゲッティーを食べてる方がよっぽど怖いんじゃない」なんて言われていたけれど、オディール仕込みの兎男の話はかなり怖かった。
「よ、余興としてはそこそこおもしろかったですね」
「そうだね、姉さん」
双子を見ながら、雛苺がひそひそ声で話しかける。
「どう見ても一番怖がっていたのは翠星石なの」
「…秘密にしとこう…」
「世話が焼けるのねー」
「…ね」
「誰か電気をつけて頂戴」
座りながら指示を出す真紅。蒼星石が立ち上がったようだった。
「うわぁ、すっかり足が痺れてるよ」
「ずっと座りっぱなしだったものねぇ」
「火のついた燭台を倒したら、火事になるもの。しかたないでしょう」
「さすがのおじじも別荘を丸焼けにしたら怒り狂うですよ」
「スイッチはどこだったかな。…あった」
「きゃああああ!」
明かりが付いた瞬間、雛苺が悲鳴を上げた。
「どうしたの!?」
「一瞬窓に映る薔薇水晶が真っ白に見えたのよ」

479謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:53:56 ID:???
「見間違い程度脅かすんじゃないですよ、まったくもう」
「本当に…見間違い?」
「うゆ…」
「本当に百物語を語り終えると心霊現象が起きるのねぇ」
「こういうのも一夏の経験っていうのかしら?」
「一夏の奇跡と呼びたいですわ」
「お馬鹿さぁん」
水銀燈と金糸雀は面白そうにしていた。
「みみ、見間違いに来まってるです!この話しはもう終わり!!」
翠星石が叫んで、この場はお開き。そうしないと何人か泣きそうだったし。

「僕はさっき作ったケーキを取り出してくるよ。みんなは寝室に戻っておいて」
「私も厨房に用事があるの。一緒に行くわ」
「珍しいわね、真紅ぅ」
「みんな喉が渇いたでしょう?美味しい紅茶を振る舞ってあげるわ」
「普通自分で言う?」
「生意気な子には淹れてあげないわよ」
「それは勘弁」
水銀燈は肩の前まで手を挙げて、冗談めかした降参のジャスチャーをした。
ふふん、と真紅は笑う。
蒼星石と真紅二人と別れて、五人は寝室に向かう。
「あれで高飛車に振る舞うのをやめれば真紅って本当にレディーなんですけどねぇ」
「…たぶん無理」
「カナもそう思うかしら」
「そうよねぇ」
「真紅は凄く照れ屋さんなのよ」
「チビ苺、ああいうのをツンデレっていうんですよ」

480謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:54:25 ID:???
五人はにんまりと笑う。
自分では滅多に淹れないけれど、真紅の紅茶は美味しい。
本当は優しい真紅の性格を表しているのか、とても暖かい味がするというのがみんなの評価だった。
まぁ、みんな照れ屋の真紅の前では言わないけれど。

五人は部屋に戻ってから次の余興の準備をし始める。テーブルを出して罰ゲームを用意した所までは順調だったけれど、トランプ派とUNO派で抗争が始まり、やがてトランプ派は大富豪派と七並べ派に分裂し枕で枕を洗う三つ巴の抗争が勃発した。
そうしてしばらくした後、翠星石はふと枕を投げる手を止めた。
「今、なにか音がしなかったです?」
「その手は食わないの!」
「本当に音がしたかしら」
「大方真紅がティーカップを落としたんでしょう。とりあえず翠星石、当たってるからどいて頂戴」
翠星石は音がした時点で水銀燈にしがみついていた。

扉を開けたとたん、奇妙な音が断続的に聞こえている事がわかった。
不安そうに翠星石が言う。
「蒼星石の笑い声ですね」
蒼星石は切り分けたケーキが床に散らばっているのにも構わず、くつくつと背を丸めて笑っていた。
「蒼星石、一体どうしたのよ?」
蒼星石に水銀燈の問いかけが聞こえた様子はなかった。
「素晴らしい。これが肉の器」
蒼星石は歯を剥き出して笑った。蒼星石がする訳もない、禍々しい笑いかた。
「蒼星、石?」
金糸雀の掠れた声は私にしか聞こえなかったと思う。

481謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:54:51 ID:???
異様な迫力の笑い方に、みんな蒼星石を見つめる事以外まともにできなかった。
蒼星石はゆっくりと両手を頬に添えた。
「何もかもが明瞭。くくっ素敵ですわ」
うっとりとしたまま、蒼星石が続ける。
「この体、私が貰い受けるとしましょう」

「お前は何者ですぅ!?」
翠星石は誰よりも早く蒼星石に駆け寄る。妹の危機を前にして、翠星石は本当に勇敢だった。
けれど、緑色の茨が蒼星石の背後から噴出した。それはまるで堰を切ったように溢れ出し、通路いっぱいに飛び出し。壁にぶつかり天井を擦り、噴出の勢いが終われば、それは蒼星石と私たちの間の通路を埋めていた。高さは私の膝ぐらいまであるだろうか。その間にいたはずの翠星石は茨の中に倒れてしまったのか、見る事ができなかった。
「急に茨が出て来たかしら!」
噴出したとき程の早さはないものの、うぞうぞと歩くような早さで茨は私たちに這い寄って来ていた。
「寝室に戻るわよ!」
もとよりたいした距離はない。みんな走って部屋に戻る。水銀燈は眉間に皺を寄せ、厳しい表情をしていた。
「刃物を探して!」
あくまで水銀燈は二人を助けようとしていた。大急ぎで荷物をひっくり返し、使えそうな物を探す。
「なにもないの!」
雛苺が叫び返す時にはもう茨は寝室の敷居を越えていた。
私は扉を叩き付けるようにもう一度閉めた。
所詮は実体のない霊が無理矢理顕現しているのだから、茨一本一本はもろい物で、扉に挟まれた茨はぶちりと千切れて消えた。
「ここは私が押さえるから、今のうちに窓から逃げて!」

482謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:55:17 ID:???
「なにがあったの?」
みんな激しく扉が打ち付けられる音に驚いたみたいだった。次の瞬間ドン!という思い切り扉に体当たりしたような衝撃。
微かにでも凄まじい量の衣擦れのような音が聞こえる。なにかを巻き取るような音。私は扉の向こうで何が起きているのかを悟った。
茨は脆く、動きは遅い。でもそれも一本一本でのこと。束ねられてしまえばそれは大きな丸太のような物だ。音からして、さっき扉にぶつけた時よりも確実に大きい奴がくる…。
「早く逃げて!」
私が叫ぶのと、束ねられて大蛇のようになった茨が扉を私もろとも吹き飛ばすのはほぼ同時だった。
「…うあ」
棘の付いた大蛇が鎌首をもたげ、部屋中を睥睨していた。その外周はここにいる人間が手をつないで輪になればちょうどいいぐらいだろうか。大蛇の表面は蚯蚓が這っているかのように動き続けている。
「これほどなんて」
これではとても敵わない。
「もうおしまいかしら!」

「破ぁーーーー!!」
腹の底から出している低い叫び声が聞こえたと同時に青白い光弾が炸裂した。
金糸雀が快哉をあげた。
「Tさん!Tさんが来てくれたかしら!!」
光が収まると、茨の蛇の姿は跡形もなかった。
そのまま、その人影は部屋を駆け抜け廊下に飛び出した。
「女性に取り憑いて急速に知恵をつけたらしいけれど、薔薇はおとなしく咲いているのがお似合いよ!」
「破ぁーーーー!!」
もう一度青白い光が見える。廊下でTさんがどうやら茨の幽霊にとどめを刺したようだった。
なにもかもが悪い冗談のような雰囲気に金糸雀以外の全員あっけにとられていた。

483謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:55:45 ID:???
「Tさん、三人は無事かしら!?」
「もちろん!はやく三人をベッドに運ぶのを手伝って」
言われて、ようやくみんなが動き出した。

事が落ち着いてみれば、Tさんは古風な顔立ちと泣きぼくろが印象的な近所の中学校の制服を着た女の子だった。
「Tさんの前ではあらゆる怪奇が無力かしら!」
「すごいのー!」
「拍子抜けよぉ」
「私が紅茶を淹れている間になにがあったのか、誰か説明しなさいよ」
「それがさっぱり思い出せないんだ」
「ですぅ」
みんなてんでばらばらに喋っていた。そんな中Tさんが私の方を向く。目が合う。
「騒霊のようなまねをするのは疲れるでしょうに、よく持ちこたえてくれましたね」
「…騒霊?」
「騒霊って。こんなときに人を霊に例えるのは感心しないかしら」
「いえ、私が声をかけたのはその紫の方じゃなくて、背後の白い方のほうです。私が来たとき、必死に扉を押さえこんでいました。あの数秒がなければ、誰かが危険な目にあっていたかもしれません」
Tさんはお辞儀をした。その拍子にぴょこんと背中に背負った竹刀袋が跳ねた。
みんな唖然とした表情で私を見る。薔薇水晶を見るから、その背後にいる私の方を向いているのではなく、本当に私を見ようとしているみんなの視線に、私は戸惑った。
「なんにも見えないの」
「その守護霊はたぶん紫の方の親類縁者でしょう。大切にしてあげてください」

Tさんはそう言って帰って行った。薔薇水晶の守護霊である私の姿を見、声を聞けるなんて。
寺生まれってスゴイ。私はそう思った。

484謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:56:16 ID:LlL0iIEo
あとがき
夏祭りの、美味しさよりも珍しさ重視の出店のノリで書きました。
些細な事ですが、この話は雪華綺晶の一人称で、雪華綺晶はTさん以外の誰にも見えず聞こえていないことを把握してから読むと端々の妙なキャラクターの反応と描写の意味が通ると思います。

485謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:57:10 ID:LlL0iIEo
甜菜をお願いします。
急いでいるため改行とかが雑で申し訳ないです。

486謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:33:48 ID:9SAZ83/k
それでは投下します。申し訳ないですが甜菜お願いします。

487謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:34:55 ID:9SAZ83/k
爽やかな風が気持ちいい初夏、僕と双子の姉はガーデニング用品を買いにホームセンターに来ていた。色とりどり、たくさん並ぶこの時期に植える花の種。その中から僕の目に入ったのは朝顔。
ふと笑みがこぼれる。この花を見たら思いださずにはいられない、僕の大切な記憶を思い出したから。朝顔は僕の夏の思い出の花。迷わずその種を手に取り、姉の元へ向かった。

488謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:35:46 ID:9SAZ83/k

―――夏休み、小学生は大抵、学校の宿題とか自由研究なんかで、何か植物を育てり、観察したりすると思う。ひまわりとかへちまとか。
小学4年生の夏、僕たちが育てたのは朝顔だった。定番中の定番。育てた経験が無い人はいないんじゃないかってくらい一般的で、小学生でも育てられる易しい植物。祖父母と一緒に小さい頃からガーデニングをやっていた僕たちにとっては易しすぎるくらいの植物……のはずだった。
休みに入る2カ月くらい前、養分たっぷりの良い土に種を蒔いた。それから水やりはもちろん毎日欠かさずに、日当たりも考えて、時々肥料を与えて。大切に、大切に、十分すぎるくらいに大切に育てた。
芽が出て、本葉が出て、蔓が伸びて、それを支柱に絡ませて、順調に育っていく様子を観るのはとても楽しかった。
でも夏休みが順調に過ぎて8月も半ば、という頃になっても僕の朝顔には肝心の花が咲かなかった。つぼみさえつく様子も無かった。一緒に育て始めた翠星石の朝顔にはとっくに花がついていたのに。

「今日はまだだけど明日はぜったいさくですよ!」
「……そうだね。」
こんなやり取りを朝顔の前で毎日繰り返したと思う。
一緒に庭に出ては、一緒に落ち込んだ。翠星石は僕より落ち込んでいるようにさえ見えた。立派に育った自分の朝顔の自慢なんて決してしなかった。

489謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:36:46 ID:9SAZ83/k
いつか咲く。翠星石も言ってくれていたし自分もそう信じていた。けれど、紅の可憐な花がこぼれ落ちそうなくらいにいくつも咲く翠星石の鉢と、葉だけの寂しい僕の鉢。嫌でも比べてしまう。

なんだかこの朝顔は僕自身みたい――。
いつも華やかな翠星石と地味な僕。

たくさん花が咲いている翠星石の鉢植えを、いや翠星石を羨ましい、少し妬ましいと思った。でもすぐにそんなことを思ってしまう自分を嫌悪した。

ある朝、いつもは隣で寝ているはずの姉の姿が無かった。早起きするなんて珍しかった。普段から僕が起こしてから起きる方が多いくらいだから。
きっと庭で朝顔を見ているのだろう、そう思い僕も急いで庭へ向かった。
予想通りに庭には朝顔の鉢植え二つと翠星石の姿。でもすぐにちょっとした違和感を覚えた。
何故かいつもと鉢の位置が逆だった。いつもは僕のは左、翠星石のは右のはずなのにその日は花がついていない鉢が右、ついているのが左に在った。

「翠星石?」
後ろ姿に声をかければ、僕が近付いていることに気づいていなかったようで一瞬肩がびくりと震えた。持っていた彼女のお気に入りのジョウロがカシャンと音を立てて落ちるのを僕は見た。
ゆっくりと振り返った翠星石。僕の予想に反してその顔は驚かされて怒った顔じゃなく満面の笑顔だった。
「蒼星石!見るです!!花がさいてるですよ!!」
自分の、花がついている方の鉢を指していう姉。ずっと前から咲いているのに今さら何を言っているんだ……と一瞬思ったが……違った。翠星石の鉢じゃなかった。
よくよく見ると翠星石が指した鉢のネームプレートには蒼星石、僕の名前が記されて

490謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:38:07 ID:9SAZ83/k
ていた。

そうか――。

姉の優しさに気付いた瞬間、僕は嬉しくて、嬉しくて胸がぎゅっとして、鼻がツンとして、涙が出そうになった。
でもそれはこらえた。泣いてしまったらきっと翠星石は困惑しただろうから。
早起きして、自分の鉢と僕の鉢の位置とネームプレートを交換した彼女は僕が笑って喜ぶのを見たかったのだろうから。

「ほんとうだ……。綺麗にさいてるね……」
僕は笑って言った。少しぎこちない微笑みだったかもしれない。
「蒼星石ががんばったからですよ」
翠星石も笑った。

今でもあの笑顔は思いだせる。朝顔みたいに綺麗な微笑みだった。


それから僕の……いや元僕ので、翠星石のものになった朝顔は夏休みが終わる頃になってからやっと花をつけた。
「きれいなあおですよ!蒼星石の好きないろです!」
「……いやーぜんぶ花がおちちゃった時はびっくりしたですけどちがう色もさくんですねぇ」
白々しく言う翠星石に僕はクスリと笑った―――。



姉の持っているカゴに朝顔の種を入れる。
「ん?あれ今年も育てるんですか、朝顔。蒼星石好きですね」
「うん。ずっとずーっと毎年育てるよ」

大切な記憶が色褪せないように。今年はいくつ花がつくかな。

491謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:40:57 ID:9SAZ83/k
以上です。よろしくお願いします。
最後のvipかもしれないのに規制だなんて…orz

492謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:58:32 ID:???
>>477-484
>>487-490
転載しました。
下の方のは、>>489最後と>>490最初を自己判断で変えて投下した部分があります。
お気を悪くされたら申し訳ない。

493謎のミーディアム:2010/08/31(火) 21:04:18 ID:9SAZ83/k
491ですが確認しました。ありがとうございます。
>>489の最後が切れているのはこちらのミスでした…。
直していただいてありがとうございます。

494或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:35:50 ID:9UAZ8/OM
転載おながいします

ごおおおおおおお、と大気がさわぐ。

ひきもきらずに打ち寄せる突風は、我が家の雨戸をあまねく乱暴に叩いて過ぎ行く。

閉め切った6畳間を白く照らし出す蛍光灯のヒモが、心なしか僅かに揺れているようだ。

それほどに、接近しつつあるこの台風の威力は容赦ないらしい。

「風、つよいね…。」

押入れの中に納められた布団の間におさまり、窓の向こうの重い雨戸が風に弄ばれているのを
見るともなしに見ている私と妹。

妹のぽつりと呟いた一言に、私はゆっくりと肯んじた。

「ええ…そうですわね。」

夏休みに入ったものの、私も妹も特にすることもなく、ただ日々冷房の効いた部屋の中から青空に浮かぶ
とめどない入道雲を見ていただけだった。

少し前にインドネシア沖で発生したという熱帯低気圧はいつの間にか台風に成長し、また知らぬ間に沖縄や
九州を抜けて、私達の住むこの街にまで足を進めてきたのである。

495或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:39:28 ID:9UAZ8/OM
前兆はあった。
昨日の夕暮れは、なんと表現したら言いのだろう、自然な…ナチュラルな色彩ではない不気味なというか、
人の気持ちをざわつかせるような薄い血の色のような空が、夜の八時ごろまで広がっていたのである。
ベランダに出て見上げていた私の身体を心なしか強く打っていく風は、低く流れゆく雲をものすごい速度で
東へと押し流していた。
不気味な空を眺めていた私は、不意にすべてを破壊してしまうかも知れない圧倒的な力の訪れを感じ、なぜか
子供のように胸をドキドキと走らせてしまっている私自身に気づいた…。

そして、バタバタと打ち付ける風の音に目覚めたのが今日の夜明け。
横で寝ていた妹を起こしたのちにテレビを点けると、時折ヒビが入ってざわめく画面の中で、骨組みしか
残っていないビニール傘の柄を握り締めてマイクに叫ぶ、近所の薄暮の漁港に立って職務を全うしようと
している健気な男性アナウンサーがよろめいていた。

「すごいね、風…。」

「ええ…。」

私の妹は寡黙だ。だが別に私と仲が悪いなんて事はない。自分で言うのもなんだが、良すぎるほどだ。
しかし、その寡黙さが、今の妹が何を感じているのかを測るのを少し難しくさせた。
会話は続く事もなく、私達はそれぞれにケータイを開き、近所のお友達にメールで今の様子を聞いてみたりしてみる。

真紅も水銀燈は、何も出来ず暇すぎて死にそうだという。
翠星石と蒼星石は柴崎時計店の瓦が飛んだとかで大わらわで、金糸雀と雛苺はみっちゃんと三人で
トランプ大会に興じているようだ。

私と妹は身体を寄せ合い、二人で互いのメール画面を見せ合いながら、笑みを交し合ったりしていた。

496或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:41:57 ID:9UAZ8/OM
・・・・・・・・・・

「それにしても、本当に何もする事がありませんわね。」

そう言ったのは、ケータイ画面が11時を示した頃だった。

「うん…。」

「テレビで何かおもしろい番組でもやっていないものでしょうか。」

「今あってるのはどこも台風関連のニュースばっかだかろうから、おもしろくないよ…。」

「ですわよね…。」

「…洋画のDVDか何か、今から借りに行く…?」

「…!!」

ぼそりと言った妹の口元が、悪戯っぽく笑っていたのを私は見逃さなかった。
外はあんなお天気なのに…?
そう答えようとした私は、妹が相変わらず笑みを浮かべているのを見て悟った。
今の妹の言葉は私への挑戦だ。
外の大風を盾にして、常識的な反応で妹の申し出を納めさせるのはあまりにもつまらない。
もしかしたら、この嵐の日に、妹が感じていることって…!

497或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:44:37 ID:9UAZ8/OM
「ええ、行きましょうか…!」

そういった私も先ほどの妹と同じ表情を浮かべていたであろうことは、一瞬の驚きののちに返ってきた
妹のそれが雄弁に物語っていた。

思えば、私も妹も、何か尋常ならざる事を…嵐の訪れた時から待っていたのかも知れない。

・・・・・・・・・・

果たして外は、普段の様相をほとんどかなぐり捨てていた。
生暖かい空気の激流が道路を走り、身をかがめて歩き行く私達の足に粘っこく絡みつく。
空っぽのアルミ缶が甲高く間抜けな音を立てて私達の後ろへと流されていった。

薄暗い空を見ると、どす黒く積もった雲々までもが、行き足をはやる大気に運ばれて飛んでいく。
雨は降っていない。私も妹も、雨がっぱと長ぐつ姿で、長く伸ばした髪をたなびかせて、
重い足を必死に動かしていた。

大通りに出た。人影はおろか、走っている車もまったくない。
居並ぶどの家も、雨戸を固く閉じている。
はるか遠くに唯一開いているコンビニの、ガラス窓から漏れる蛍光灯の白い光を見て、私はなぜか
頼もしさの混じったような嬉しさがこみ上げてくるのを感じた。

その時だった。

498或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:47:31 ID:9UAZ8/OM
「あっはっはぁ、見ろぉ、人がゴミのようだぁあああああ!!」

唐突に響いた大声が、存外に近くから発せられた。
挑みかかるような笑い声を上げている妹が、私の視線に顔を赤くして照れている。

「ばらしーちゃん?」

「…てへへ?」

「人がゴミって…この辺りには、私達のほかには誰一人いませんわよ?確かにゴミは吹き飛んでますけど…。」

我ながら無骨な突っ込みだ。

「うん…だから、こんな時だから…誰はばかりなく叫んでみたくなったんだ…。」

「…ええ!!その気持ち、お姉ちゃんは良く分かりますわ!!」

「うん!!」

「君の瞳に、乾杯!!ですわ!!」

「私の肝臓が、心配!!だよ!!」

「ジャック!!お願い、死なないで!!」

「ろーず…せめて、かわりばんこに木切れにのせてくれよ…がぼがぼ」

「じゃあああああっく!!」

色々な映画の物まねをしながら、無邪気な私と妹はレンタルビデオ屋へと歩き続けた。

…本当に、貴女はどこまでいっても私の妹なんですのね…。

嬉しさがこみ上げて仕方なかった。

499或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:50:28 ID:9UAZ8/OM
・・・・・・・・・・・

「あっ!見てみてお姉ちゃん、ここだよ、ここ!!落ちていくガレキの中に、私の大好きな大佐さまが…!!」

「あらあら、うふふ!」

結局、ビデオ屋では妹お気に入りのアニメ映画を借りてきた。
プラズマテレビの画面の、ほんの小さな一箇所を一生懸命に指差し、興奮して叫ぶ妹の様子を、私は
ほほえましく見ている。
ああ、本当に幸せな時間だな…。

「じゃあじゃあ!次はどれ見る!?」

「『真紅の豚丼』なんてどうでしょう?」

「さんせー!!」

「そうそう、さっきコンビニで買ったお菓子、まだありますわよ?」

「うん、食べよ食べよ!」

妹はハイだ。ものすごくハイだ。
私も心が躍る。
よく言われたものだ。私達双子は、まるで鏡合わせの様だと。
その通りだ。しかし、それだけではない。
外面だけではなく、その内面、尊い感性までもが…。

「うふふ…」

「あはは…」

外では大風。だのに、ここは天国。
荒れ狂うゆえに隔絶された小さな空間では、二人だけの愉しい時間がゆっくりと過ぎていく。

…こんな時間も、たまには良いかも、ですわね。

おわり

500謎のミーディアム:2010/08/31(火) 22:52:53 ID:9UAZ8/OM
以上です。よろしくです。
板の移転とかの話は、一体どうなるのだろうか…。

501謎のミーディアム:2010/08/31(火) 23:07:01 ID:???
>>494-499
転載しました。
30行規制にかかったところはやむなく二つに分けさせてもらいました。

502謎のミーディアム:2010/08/31(火) 23:11:41 ID:9UAZ8/OM
あ、ありがとうございました

503484:2010/09/01(水) 08:53:54 ID:???
甜菜ありがとうございました!

しかし参加者全員甜菜かぁ…規制厳しすぎるね

504謎のミーディアム:2010/10/03(日) 10:03:16 ID:WykdsoLU
|゜)

少年時代3.2

505少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:07:57 ID:WykdsoLU
注:強いて言うならbiero

506少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:08:36 ID:WykdsoLU
号泣中の空の下、なんとか滑り台の腹の中に逃げ込んだものの、長袖のふたりは
スタートで出遅れたためこの短時間にすっかり雨にやられてしまい、髪や裾から
ぽたぽたと水を滴らせていた。

「はぁぁぁ、ぬれちゃったね」

「うわぁ、ぐっしょぐしょ」

蒼星石は肌に張り付く布の感触が気持ち悪いのか面白いのか、襟元のボタンをふたつ
外したYシャツの胸元をつまみ、冷めきった空気をべしゃべしゃ首元から服の中に
送り込んでいる。

「あーあ、みんな帰っちゃってる」

この雨には、公園で遊んでいたほかの子供達もすっかりまいってしまったらしく、
男子のみと女子のみでそれぞれ作られた5、6人づつ程のグループが逃げ場を
求めて右往左往していた。

が、ジュンたちが陣取った滑り台下も含めて、この公園には団体様で雨を凌げるような
ふところの広い場所などありはせず、結局10ではきかない元気の塊たちがどこか他の
雨宿り場所を求めて公園から大急ぎに駆け出ていく。

507少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:09:10 ID:WykdsoLU
そんなこんなで周囲からは人影がすっかり失せて、図らずもジュンと蒼星石はこの公園で
ふたりっきりになってしまった。

「どうしよ、やみそうにないね」

「ああ、おねえちゃんがむかえにくるからだいじょうぶだよ」

ひとけの無くなった公園で聞こえてくるのは、ふたりの息遣いと一本調子な雨音。
寒々しさと前にもまして暗くなった空に不安さを煽られたのか、憂いげに外を見やる
蒼星石を、ジュンがしかと落ち着いて慰める。こういうときばかりは、心配性な
おねえちゃんに感謝というところか。

「へぇ、ジュンくんもお姉さんがいるんだね」

「蒼星石も?」

「うん。 ふたごなんだ」

濡れねずみのふたりだが、吹き抜けの狭い空間で気持ちの方までは冷えていないご様子
で、笑う顔に今の空のような陰りはない。姉を持つもの同士、またしても共感の種が
芽吹いていた。

「年もいっしょだしね、前の学校でもおんなじクラスだったんだ……
 れ、ジュンくん?」

「ん、うん、ちょっとぬぐよ。きもちわるいし」

話を進める蒼星石を前にして、ジュンがもそもそと上着を脱ぎだした。そのまま
水気を蓄えた上着を象の鼻の真下にあたる所にある、ヘリに沿ってカーブを描いた
腰掛けのようなでっぱりにべちゃっと放りだす。

508少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:09:54 ID:WykdsoLU
そんなこんなで周囲からは人影がすっかり失せて、図らずもジュンと蒼星石はこの公園で
ふたりっきりになってしまった。

「どうしよ、やみそうにないね」

「ああ、おねえちゃんがむかえにくるからだいじょうぶだよ」

ひとけの無くなった公園で聞こえてくるのは、ふたりの息遣いと一本調子な雨音。
寒々しさと前にもまして暗くなった空に不安さを煽られたのか、憂いげに外を見やる
蒼星石を、ジュンがしかと落ち着いて慰める。こういうときばかりは、心配性な
おねえちゃんに感謝というところか。

「へぇ、ジュンくんもお姉さんがいるんだね」

「蒼星石も?」

「うん。 ふたごなんだ」

濡れねずみのふたりだが、吹き抜けの狭い空間で気持ちの方までは冷えていないご様子
で、笑う顔に今の空のような陰りはない。姉を持つもの同士、またしても共感の種が
芽吹いていた。

「年もいっしょだしね、前の学校でもおんなじクラスだったんだ……
 れ、ジュンくん?」

「ん、うん、ちょっとぬぐよ。きもちわるいし」

話を進める蒼星石を前にして、ジュンがもそもそと上着を脱ぎだした。そのまま
水気を蓄えた上着を象の鼻の真下にあたる所にある、ヘリに沿ってカーブを描いた
腰掛けのようなでっぱりにべちゃっと放りだす。

509少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:10:53 ID:WykdsoLU
>>507 >>508 2重投稿です。失礼。

510少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:11:15 ID:WykdsoLU
下に着ていた真白いTシャツにまで水が染み渡っているため、そのままの流れで
もう一枚脱ぎさって肌を出す。少年らしいみずみずしい肌は熱気が逃げてしまった
からか、先ほどよりも少し白さが目立っている。

まだ幼いことも合わさってだろう、男子ゆえにただでさえ性徴が無い胸部のふたつの
頂点は色素が薄く、周囲の肌との境界はほとんど無い。遠目に見たら肌色のなだらかな
板があるだけだ。

ギュウウ ピシャピタピタ、ポタタタ……

ぞうきんに追いうちをかけるかのように力を込めて絞り、Tシャツの残り水を追い出す。
ジュンの二の腕は無駄な肉もないが筋肉もないからだろう、この軽労働も彼にとっては
そこそこ大変なものらしく、ぐっと奥歯をかみしめている。

「蒼星石もぬげば?」

「そだね、ボクもぬご」

軽くなったTシャツをばっさばっさ小刻みに振り回し、乾かそう乾かそうとしている
ジュンの言葉にご同乗。自分もこの有様から抜け出そうと、負けず濡れているYシャツの
ボタンを外しはじめた蒼星石。

ばさりと剥いだ蒼星石の水衣の下は、ジュンと同じ白いTシャツ。水に濡れた丸い肩や
首の線は隣の小柄な男の子よりもなお華奢で、手を引っ込めてもそもそ肌着を脱ごうと
している立ち姿はリスか何かの小動物のようだ。

511少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:11:46 ID:WykdsoLU
「んしょ、いよっと!」

ギュウッ パタパタパタパタ……

上半身がこの上なく涼しい姿になったところでジュンと向かい合い、彼に倣って
ぞうきん絞り。蒼星石は立ち振る舞いのひとつひとつが快活で力に満ちているものの、
それとは裏腹に身体の方は肉が付きにくいたちなのだろう、胸の下からわきにかけて
うっすらとあばらが浮いている。

肩甲骨や鎖骨の浮き上がりも顕著なもので、その在り方は言うなれば触れれば折れる
飴細工の儚さか。

性徴乏しくとも胸の頂点部は少年よりもほんの少しだけ鮮やかに色づいており、
季節外れの薄い桜の花びらが申し訳程度にちょんちょんと落とされている。うぶ毛すら
見つけられない驚くほどなめらかな肌の中で、それは明確なアクセントとなっていた。

「はぁーあ、くつもぐしょぐしょだね」

濡れてふやけた白いスニーカーと靴下の間の生ぬるい水気がどうにもなじまず、
蒼星石がしきりに踏み足を繰り返してはぐぽっ、ぐぽっとぬかるんだ音を立てている。
じっとしているのも嫌なのか、先ほどから殊更にジュンへ声をかけながらちょこちょこ
動いていた。

うー、と自分の肩を抱きながら身を縮めつつ、ジュンから目を外して雨を落とす空を
眺めている蒼星石。そんな背中をじいっと眺めつつ、少年が水気の切れていない自分の
上着を手に取ってそろーっと背後へ忍び寄る。

512少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:12:21 ID:WykdsoLU
「ぃえーい!」

べしょっ!

「ひゃわぁっ!?」

剣聖ジュン之介の得物、銘刀びしゃびしゃ長袖が殺気も無く一閃。不意を討たれた剣豪
蒼星石衛門はひとたまりもなく、突然背中に襲い掛かった衝撃にただ驚きの声を上げた。

水気をたっぷり含んだままの上着が当たり、幼く未熟だがみずみずしさのつまった
背中の肩甲骨あたりではじける。勢いはあったが威力はそれほどでもなかったようで、
すべすべの肌は白い色合いを保ったままだ。

「もぉーっ! やったなぁ!」

べしーん!

「おわぁ!」

手負いの獣の濡れた牙が、ジュン之介の左肩に袈裟斬りのかたちで襲い掛かる。
業物ぐっしょりYシャツのきれあじをその身に受けた剣聖は衝撃に声をもらしたが、
得物を掴む手は緩めない。

見届け人もいないぞうさん下の決闘は苛烈さを増すばかりだ。

「いよっ! はっ! とりゃっ!」

「やっ! やぁっ! てやっ!」

513少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:12:53 ID:WykdsoLU
打ち合うさなかにまだまだとばかりに蒼星石が振りかぶると、上身が反らされた分
薄い胸をつっぱらせる形となり、自然あばらの浮き上がりがいっそう顕著になった。
それでもその上に居る引っ込み思案な薄い胸はなんら自己主張せず、揺れもしなければ
形も崩さずただそこに佇んでいる。

壮絶なぶつかり合いにふたりの服は乱れ、肌は熱く朱がさし、濡れた髪が揺れる。
周囲の空には若き情熱とともに透明な飛沫が舞い、やがて訪れるであろう終焉の時に
向けてふたりの昂ぶりがいっそう増していく。

きゃいきゃいとじゃれあいながら濡れた衣服をぶつけ合うふたりは、この雨で足を
速めた寒気の中でも額に汗を、顔に笑いを浮かべていた。


「はぁ、はぁ、はぁーっ。 つかれたぁ」

汗に濡れたままの上半身を外気に晒して、荒い息を整える蒼星石。湯気がたたんばかりに
熱を持ち上気した肌は心地よい運動にほてり、こころもち血色を増している。

途中ジュンに執拗なまでに狙われたお尻が気になっている様子で、ハーフパンツ越しに
下穿きとその中の熟す前がごとき固い桃の実を自らの手でパンパンと叩いて気遣って
いる。

「んーっ、つかれた」

おあいてのジュンも、腰あたりを重点的に狙われたからだろう、特に痛みを覚えている
わけではないのだろうがなんとはなしに手を当てている。

もとより活動的なたちでないせいか、ジュンのくたびれの度合いは蒼星石のそれよりも
やや色濃い。少年の弱点である持久力のなさが浮き彫りになったかたちだ。
日常的におなごに絡まれることを宿命付けられた彼であるからして、このままでは
将来大変だろう。主に夜とか。

514少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:13:20 ID:WykdsoLU
「なかなかこないね、ジュンくんのお姉さん」

「んー、いつもならもうそろそろ」

上着チャンバラというエネルギッシュな戯れの時を終え、湿気は残るが先ほどよりだいぶ
ましになったシャツをもそもそと着るふたり。運動の直後で身体はまだまだ熱を持って
いるが、いいかげんこのままでは風邪でもひきかねない。

「あぁ、あれ。 あのカサ」

じれてきた蒼星石の言葉を受けてジュンがきょろきょろ外を眺めると、細やかな水の
カーテンの向こうに若草色のカサが浮かんでいる。左手に1本のカサと膨らんだ
手提げを持ってゆったりとこちらへ向かってくる雨合羽を着込んだ子供が、なるほど
話にのぼったジュンのお姉ちゃんか。

「おねえちゃーん」

象の腹から手を振る弟に気がついたようで、こちらへと向かう姉の歩みが明らかに
速まった。赤い長靴で浅い水溜りをばちゃばちゃと踏み越えてまっすぐこちらを
目指す少女の姿に、彼女よりも更にちびっこなふたりの顔がほっと緩んだ。

「ジューンくーん、おまたせー」

完全防備でおむかえに上がったお嬢さんは、にこにこ顔がよく似合う眼鏡をかけた
女の子。ジュンよりも色素の薄い茶色がかった髪の毛は襟元にかかる程度で切り揃えて
あり、カッパに守られてさらさらふわふわ柔らかさを保っている。

弟くんと比べると、吹き消すお誕生日ケーキのロウソクの数は2つか3つ多いくらい
だろう、彼女自身もまだ幼いものの、既に年下の子をゆったりと包み込むような
穏やかさを我が物としている。彼女はきっと、生まれたときからお姉ちゃんだった
のではなかろうか。

515少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:13:58 ID:WykdsoLU

「あら、こんにちは。お友だちかな?」

「あ、はい。はじめまして、蒼星石っていいます」

友達の姉と顔を合わせるのは、やはりちょっと緊張してしまうものなのか。恐縮する
蒼星石にお姉さんはお姉さんらしく優しい微笑みでもって、手提げに入った石鹸の香り
漂うタオルを手渡した。無論弟くんにも一緒にタオルを渡す。

弟ひとりのお迎えのために、念を入れてタオルを2枚用意しているとは、彼女ないし
そのご家族はなかなかに周到だ。

「じゃあ蒼星石ちゃんもいっしょにいらっしゃいね。着がえなくちゃ」

「え、いや、ボクはべつに」

「いいじゃんか、来なよ」

気後れの色を示す蒼星石に、桜田きょうだいのおせっかい挟撃が襲い掛かる。友誼を
結んだその日にさっそく我が家へご招待とは、なかなか高調子な友好関係だ。

面立ちからしてシャイなジュン少年らしからぬこの積極性、やはり彼も友人ができて
心が昂ぶっているのか。この蒼星石が少年の終生のパートナーたる存在になるのでは
ないかという不確かな予感を、あるいは感じているのかもしれない。

516少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:14:30 ID:WykdsoLU
「ん、んん。じゃあおじゃまします」

「うん」

かくしてジュンは姉の傘を、蒼星石は本来ジュンのものであろう青い傘を差し、カッパに
守られた姉を挟むように手をつないで雨の下へと踏み出した。お姉ちゃんの携えていた
手提げは、濡れちゃいけないと今は弟くんが傘の持手に引っ掛けている。

お姉ちゃんの名前なのだろう、弟くんの持つ手提げや傘には、さくらだのり、と平仮名の
刺繍が施されている。

「帰ったらおふろ入ろうね」

お姉ちゃんこと桜田のりは、この弟とその友達と手をつないで帰るというただそれだけの
事柄が、お出かけか何かのようなうきうきとした楽しみとして感じられているようだ。
生来の構いたがりなのか、春の野の様な穏やかな気質なのか、おとぼけさんなのか。

ただそんな気を配ってくれる存在は、まだ街をゆく道にさえよそよそしさを感じている
蒼星石にとっては、とても心安らぐものに違いなかった。

「ジュンくんもお姉ちゃんといっしょに入ろうね」

「やだよそんなん、はずかしいだろ」

「えぇ〜、入ろうよぉ。お姉ちゃんさみしいよぉ」

「あははは」

やっぱり、単なるおとぼけさんなのかもしれない。

517少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:15:02 ID:WykdsoLU
つづくのだわ

518謎のミーディアム:2010/10/03(日) 17:31:20 ID:???
乙です
転載はなしでしょうか?

519謎のミーディアム:2010/10/04(月) 01:20:17 ID:???
>>516
今回は特に素晴らしい…ボーイッシュ万歳

520謎のミーディアム:2010/10/09(土) 18:30:00 ID:9Yr.LCOw

最近忙しかったけどここの投下みると安らぐ

521謎のミーディアム:2011/01/16(日) 20:17:39 ID:???
もしも雛苺が有り得ない程イチゴ嫌いだったら

第二回「お誕生日とヒナ」


紅「巴、まだ帰らないの?今日は、部活はお休みではなくて?」
巴「あ、真紅。……今日ね、雛苺の誕生日なんだ。」
紅「あら、そうなの。それなら浮かない顔してるのは何故かしら?」
巴「実は、最近、雛苺と大ケンカしちゃってお互いに口をまったく利いてないの。」
紅「それは難儀なのだわ。でも、仲直りすべきね。」
巴「だから、仲直りの印に誕生日パーティを開こうと思ってってるんだけど。」
紅「なるほどね。そう言う事なら私も協力を惜しまないのだわ。」
巴「ありがとう。早速だけど、雛苺に私の家に来るよう伝えてくれないかな?」
紅「お安いご用なのだわ。」
巴「さようなら。」
紅「ええ、また明日。」


紅(さて、雛苺を探さなきゃね。どこにいるのかしら……。)
雛「あっ、真紅。おーいなのー!」
紅「探す手間が省けたわね。雛い…ヒナ、ちょっと話があるのだけれど。」
雛「?」
紅「あなた、近頃、巴とケンカしたそうね。口も利いてないらしいじゃない。」
雛「うゆ……、その事なんだけど、ヒナ、トゥモエに謝りたいと思ってるの。」
紅「え……?」

522謎のミーディアム:2011/01/16(日) 20:18:47 ID:???
雛「この間トゥモエが買って来たうにゅーに苺が入っていたのは翠星石の仕業だったの。
 だから、二度とこんな事が起きないように、ついさっき
 翠星石の喉の奥に練りわさびを20本分ほど捩じ込んできたとこなのよ……。」

紅「あ、あらそう……。まぁ、ちょうど良いわ。それなら、今から、巴の家に行って謝ってきなさい。」
雛「うぅ〜、ちょっと顔を合わせづらいのよ……。」
紅「黙って言うとおりにしなさい。きっと良い事があるのだわ。」
雛「?……わかったのー?取り敢えずヒナは一旦、家に帰るのー。さよならなのー。」
紅「ええ、また明日ね。」


紅(雛苺はイチゴが絡まなければ、とても良い子なのだわ。巴、後は上手くやって頂戴。)
翠「うぅ、酷い目にあったですぅ。鼻が…鼻がぁ……づーんとするですぅ……あ、真紅。」
紅「まったく、自業自得なのだわ。あの子があなたに此処までするなんて余程の事よ?」

翠「こんな筈ではなかったんですがね。むしろ不意を突いて喜ばせるつもりだったんですが。」
紅「……?いったい、何があったというの?話して頂戴。」

523謎のミーディアム:2011/01/16(日) 20:19:33 ID:???
↓翠星石の回想シーン↓
雛「翠星石、苦しみ抜いた果てに懺悔するなのー。」
翠「ち、ちち、チビチビ。ほ、ほら、これをやるから勘弁しやがれですぅ……。」
雛「?……これ、もしかして、ヒナの大好きなダブルハバネロ大福なの?これをヒナに?」
翠「うぅ……、つべこべ言ってないで、ちゃっちゃと喰いやがれですぅ……!」
雛「とっても辛くて美味しいのー!翠星石、ありがとうなのー!」
翠「た、誕生日、お…おめでとうですぅ……。」

雛「…………。」
翠「……?チビチビ、どうしたですか?感動して声も出ないですか?
 ……!もしかして、大福を喉に詰まらせたですか?大変で(ry

雛「今、何て言ったなの?翠星石。」
翠「へ?……きゃああ!な、何をするですかぁ!?」
雛「誕生日なんて、めでたくないなの……!」
翠「ひぃいいいいぃやああああぁぁああああ!!!!」
雛「翠星石の口の中を緑でいっぱいにするのー。」
↑翠星石の回想終わり↑

紅「それって、もしかして……。」
翠「たぶん、今年であいつが……だからですぅ。」
紅「巴が危ないのだわ!!!!」

つづく


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