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緊急投下スレッド2

1謎のミーディアム:2009/07/10(金) 00:25:39 ID:K6Yzme.s
ここは、VIPが鯖落ちの時やスレが無い場合。
さらにはアク禁の時にも投下できる、便利なスレッドです。
作品投下のルールは本スレと変わりありません。

2謎のミーディアム:2009/07/13(月) 22:14:39 ID:8i/w/UXA
姓名判断ジェネレータで遊ぼう! NG:biero

め「ちょっと遅くなっちゃったねぇ、ごめんね水銀燈」
銀「焦ってもしょうがないわぁ、ヤクルト飲んで落ち着きなさいめぐ」

今日はJUM宅に薔薇乙女八人・柏葉巴・柿崎めぐが集ってどんちゃん騒ぎの予定だが、めぐが出遅れてしまった。

銀「まぁ事前に連絡しておいたし大丈夫。ピンポ〜ン…っと」
巴・雪「はい」

扉を開いたのは巴ときらきー。しかも何だか奥が騒々しい。

銀「はぁいお待たせぇ…ってえらくドタバタしてるわねぇ? それに他のメンツはどうしたのぉ?」
巴「え…えぇ、まぁ…」
雪「と…とりあえず、黒薔薇のお姉様、めぐさん、お入りになって下さいまし…」

JUMの部屋へ入る。と、翠星石と真紅が水銀燈に噛み付いてきた。

翠「こぉんのノロマ水銀燈、やぁっと来たですか! オメーのせいで翠星石は……翠星石は……」
紅「そうよ! 貴女達が遅れてこなければ、余計なものを見ずに済んだのよ!」
銀「え…? え…? 何事か知らないけど、落ち着きなさいよぉ二人とも」

水銀燈とめぐは目を回すばかり。良く見れば、金糸雀が地団太を踏んでおり、雛苺は「でっぱ〜り♪ でっぱ〜り♪」と謎の歌を歌っている。
薔薇水晶は何やらぶつぶつ呟いている。蒼星石とのりに至っては床に涙で「の」の字を書いている。

蒼「もうお嫁にいけないよ…」
の「私なんて…私なんてぇ…」

3謎のミーディアム:2009/07/13(月) 22:15:34 ID:8i/w/UXA
>>2

JUMは翠星石と真紅に絡まれていたようで一息ついていた。

J「ふぅ、やれやれ…。お、水銀燈にめぐ、やっと来てくれたか…。助かったよ」
め「ねぇJUM君、一体どうしたの?」
J「えっと、水銀燈からちょっと遅れるってメール来ただろ? それでみんなでちょっと遊んでたんだ」
巴「【姓名判断ジェネレータ】っていうサイトで…要するに、自分の名前を画数でバラして別の単語を表示するってギャグサイトなんだけど…」
銀「【姓名判断ジェネレータ】?」
雪「ええ。それでお姉様とめぐさん以外、いる人間全員を試してみたのですけれど…」
J「ま、どんな言葉が出たのかはみんなを見ればある程度わかるだろ」
め「……」
巴「何か卑猥な単語が多くない?」
雪「サイトの作者の頭の中が卑猥なのでしょうか。時にお姉様、結果をご覧になりませんか?」
銀「あ、それは是非見てみたいわぁ。でもどうして貴女達二人は平静なのぉ?」
巴・雪「私たちの結果はエラーなんです」
め「へ?」
J「たぶん『巴』とか『綺』の字が判断できなかったんだろうな。まぁひどい結果に晒されるよりマシさ。さて…誰から見る?」
銀「じゃあ…翠星石」
翠「あっ! オメー、見るなですぅ!」
銀「だぁめ。きらきーちょっと押さえててくれるぅ?」
雪「判りましたわお姉様」
翠「むぐむぐぅー」

J「じゃあ…翠星石はコレだ」


【翠星石】>>>>【エロ画像】


銀「え…エロ画像!?」
め「アハハ、これはストレートだね」
J「次は誰にする?」
銀「じゃあ真紅」
J「ほいさっさ」
め「あ、巴ちゃん真紅押さえといてもらっていいかな?」
巴「いいよ〜」
紅「ちょっ…放すのだわ巴!」


【真紅】>>>>【人生下り坂】


銀「プッ…アハハハハハハハハハハハ! 人生下り坂! かわいそうにねぇ真紅アッハハハハハハハハハハハハ…」
め「ぷっ…あ、あんまり笑ったら可哀想だよ水銀燈…ぷぷっ…」
J「次どうする?」
銀「アハハハハ……そうねぇ、一通りみんなの見せてぇ」
J「オッケー順番にいくぞ」

4謎のミーディアム:2009/07/13(月) 22:17:13 ID:8i/w/UXA
>>3

【金糸雀】>>>>【蜜壷】


銀「蜜壷…ハチミツ?」
め「違うよ水銀燈、おま[ピーーーーーーー]のことだよ」
金「おま[ピーーーーーーー]言わないでかしらーーー!」
J「…つ、次いくぞ」


【蒼星石】>>>>【夢精】


銀「…これは露骨にエロねぇ」
め「あっはっはっは、女の子も夢精ってあるのかなぁ?」
蒼「…いいよいいよ、どうせ僕なんか…」
J「そう落ち込むなよ。次いくぞ」


【雛苺】>>>>【突起物】


銀「『でっぱ〜り♪』とか雛苺が歌ってたのはコレのことねぇ」
め「なるほど、ちく[ピー]のことね」
雛「ちっく〜[ピー]! ちっく〜[ピー]!」
J「(柿崎ってこんなにエロエロだったのか?)まぁ、次いくか」


【雪華綺晶】>>>>エラー
【柏葉巴】>>>>エラー


J「さっきも言ったとおりこの二人はエラーだ」
銀「あらぁ…残念ねぇ」
め「そうね〜どんな反応するか楽しみだったのに」
巴「…正直エラーで助かった…」
雪「エンジンの機能向上を要求しますわ」
J「それはともかく、次いくぞ」

5謎のミーディアム:2009/07/13(月) 22:18:13 ID:8i/w/UXA
>>4

【薔薇水晶】>>>>【侃侃諤諤】


銀「『かんかんがくがく』…ありのままズバズバ言う、ってところかしらぁ。ばらしーらしいかも」
め「そう言えば結構図星突かれるのよね〜」
薔「…めぐは銀ちゃんと[ピーーーーーー]したい、とか」
め「きゃっ! い、いつのまに居たの?」
銀「………めぐ、それは不許可よぉ」
薔「…銀ちゃんはばらしーのモノ。渡さない」
雪「あらばらしーちゃん、黒薔薇のお姉様はこの私の…」
銀「…と、とりあえずジュン、次行ってぇ」
J「(水銀燈は女の子にも大人気だな)判った」


【桜田のり】>>>>【ムシケラ以下】


銀「…これはさすがにきっついわぁ」
め「思いっきりストレートね」
の「ムシケラ以下…ムシケラ以下……うわあああぁぁぁん!(水銀燈に泣きつく)」
銀「ちょっ…のりさん…」
J「しょうがない…次行こう。まぁ、次は僕なんだが…」
め「が?」
J「僕は『桜田ジュン』と『JUM』の二通りでやらされたんだ」


【桜田ジュン】>>>>【残酷】
【JUM】>>>>【アソコ】


銀「残酷…? ジュンはSじゃなくてMじゃなぁい」
め「ははは!アソコ! [ピーーーー]! [ピーーーー]!」
銀「…めぐ、あんたは少し控えなさぁい。罰が当たっても知らないわよぉ」

6謎のミーディアム:2009/07/13(月) 22:19:14 ID:8i/w/UXA
>>5

J「とまぁ、これで全部だ」
銀「ふぅん、なかなか面白かったわぁ」
翠「面白かったわぁ、で終わるわけがねーです! みんなのを見たんです、オメーら二人もやれです!」
紅「そうよ、貴女達だけ逃げるのは許されないわ」
め「まぁ、面白そうだし私たちもやってもらおうよ水銀燈」
銀「…ま、まぁ、そうねぇ(さすがにこの状態で勝ち逃げは無理みたいねぇ)」
J「じゃあ水銀燈からやってみるか」


【水銀燈】>>>>【臨機】


銀「これって『臨機応変』の臨機、ねぇ」
翠「むきーーーーー! どうして水銀燈がこんな真っ当な結果なんですか!」
紅「納得いかないのだわ!!」
銀「そうは言っても出たものはしょうがないわぁ。リロードしても結果が変わらないみたいだしぃ」
め「ねぇねぇJUM君、あたしはどうかなぁ?」
J「最後は柿崎か。じゃあやってみる」


一分後、部屋は大爆笑に包まれることになる。


【柿崎めぐ】>>>>【春雨オナニー】

〜了〜

7謎のミーディアム:2009/07/14(火) 23:44:58 ID:???
>>6
これネタかと思ってググってみたら、本当にあるのね、姓名判断ジェネレータ。
実際やってみたら、翠星石=エロ画像になって噴いた。
でも蒼星石は『蒼星石』なのに、翠星石は『翠 星石』に分けられるのは、なんでだろうね?

なんだか涙を誘う結果ばかりなので、こっちで試してみた。(ttp://n1.mogtan.jp/?s16597)
すると……

桜田ジュン 65.8点

画数:桜[10] 田[5] - ジ[5] ュ[2] ン[2]
天画(家柄)15画 大吉 人の輪、家庭運に恵まれ、周囲の協力に恵まれ、大成功する。
地画(個性) 9画 凶  病弱・短命・逆境・破壊を暗示しており、他人にまで影響する。
人画(才能)10画 凶  空虚・破産・孤独などを暗示しており、絶望的な人生を送る。
外画(対人)14画 凶  対人関係がうまくいかず、精神的な悩みも多く抱え孤独感に悩む。
総画(総合)24画 大吉 環境に恵まれ頭脳明晰、友人にも仕事にも恵まれ、異性にもてる。

こ、これは……。
なにげに外画(対人)が、ズバリ当てはまっているような……。
ちなみに、ムシケラ以下にされてしまった姉ちゃんは。

桜田のり 77.1点

画数:桜[10] 田[5] - の[1] り[2]
天画(家柄)15画 大吉 人の輪、家庭運に恵まれ、周囲の協力に恵まれ、大成功する。
地画(個性) 3画 大吉 知性・才能に溢れ、積極的で明るい性格、知的で意欲的。
人画(才能) 6画 大吉 愛情豊かで素直な性格で、人に慕われ、財産や名誉を得る。
外画(対人)12画 凶  小心者で神経質、強引だが中途半端。孤独で家庭に恵まれない。
総画(総合)18画 中吉 エネルギッシュで、あらゆる困難を克服して富と名誉を掴み取る。

これも評点は高いけど、外画(対人)が、ズバリっぽいかも……。
それなら、もしも姉ちゃんが山本君と結婚したとすると……?

山本のり 98.4点

画数:山[3] 本[5] - の[1] り[2]
天画(家柄) 8画 中吉 自分の信念に忠実で、他人に対しても誠実で社交的な人です。
地画(個性) 3画 大吉 知性・才能に溢れ、積極的で明るい性格、知的で意欲的。
人画(才能) 6画 大吉 愛情豊かで素直な性格で、人に慕われ、財産や名誉を得る。
外画(対人) 5画 大吉 粘り強く剛健な上、誠実なので、信頼を受けやすく成功する。
総画(総合)11画 大吉 まじめな性格で正義感も強く皆に好かれ、地位・財産に恵まれる。

……すごいことになった。
倍プッシュなんてレベルじゃない。これこそ運命の出会いというものなのか?!

850.【貴方を】【見ているわ】:2009/07/14(火) 23:48:07 ID:???
そして空気を読まずに投下する、連続スレタイ物
NGワードは、『連続スレタイ物』でよろしく。

――――――

契約を交わした翌日、ジュンが当面の身の回りの物を携え、有栖川荘に越してきた。
部屋は2階の207号室。左隣が雪華綺晶さんの部屋。ちなみに、右隣は共同トイレ。
 
「それだけ……ですぅ?」
 
つい、溜息と一緒に、思ったことが口に出ていた。
ジュンの荷物ときたら、当座の衣類と洗面用具、ノートパソコンという有り様で。
寝具は、有栖川荘の備品である来賓用の布団を借りると言うから、ちゃっかりしている。
まあ、実家が近いから、必要な物は適宜、取りに戻るつもりなんだろうけれど。
 
「このアパートってさ、どの部屋でもネット繋げられるんだっけ?」
「入居案内では一応、光回線が各部屋に入ってることになってるですぅ」
「なんだよ、一応って。近々、光に変える予定で、実はまだADSLというオチか?」
「そうじゃなくて、パソコンを使ったことがないです」
「マジかよ……」
ジュンは物珍しげに、しげしげと私を眺めた。「この御時世に、奇特なヤツだな」

と言われても、コミュニケーション・ツールなら、携帯電話で間に合ってたし。
そう切り返すと、ジュンは口の端を綻ばせた。
 
「持ってると何かと便利だぞ。レポート書く時の調べ物とか、使いどころは山ほどあるからな。
 型落ちでも構わなければ、前まで僕が使ってたマザーとかのパーツ寄せ集めて、組んでやろうか」
「それだと、お店で買うより安くなるですか?」
「タダでいいって。どうせ、もう使う当てもなかったし。今の時代、廃棄するにも金がかかるんでね」
「……実は、ジュンっていいヤツですぅ?」
「単なる気まぐれだ、バカ。2度目があるとか思うなよ」
 
さも心外そうに、唇を尖らせる。でも、ジュンが根っからの悪人でないことは、薄々、感じていた。
きっと、みんなとも早々に打ち解けられるに違いない。品行方正な青年でいれば、だけれど。
若気の至りを起こさないよう、暫くは付きっきりで、しっかり見張っておくとしよう。

951.【現実とは】【残酷だね】:2009/07/14(火) 23:48:40 ID:???
その晩は食堂で、恒例の新入居者歓迎パーティーが催された。
唯一の男子住人であるジュンは、宴の主役ということもあって引っ張りだこだ。
特に、水銀燈先輩や柿崎先輩らは新しいオモチャを手に入れた子供みたいに、はしゃいでいた。
 
こうした場面に慣れてないらしく、ジュンの面持ちは硬いままだ。ちっとも嬉しそうじゃない。
さっきから、ひっきりなしに注がれる焼酎を、早いピッチで黙々とグラスを空けていた。
急性アルコール中毒で倒れたりしないかと、見ているこっちが不安になってしまう。
 
 
そんなこんなで、饗宴の幕は有耶無耶の内に引かれて、例の如くの雑魚寝タイムがやってくる。
雛苺と薔薇水晶も、未成年ながら祝いの席だからと先輩たちに言いくるめられて、完全に酔いつぶれていた。
かく言う私だって、頭がクラクラ、意識は朦朧。眠りに落ちる一歩前だった。
 
――と、そこにヒソヒソと囁き声。重たい瞼は閉じたまま、聞き耳を立てると……。
 
「驚いちゃった。まさか、こんな形で再会するなんてね」
「……うん。僕も驚いたよ。あれっきりだと思ってたのに、皮肉な現実だよな」
 
ジュンと誰かが話をしているらしい。興味本位から、薄く目をこじ開けてみる。
すると、ジュンと並んで壁に凭れた桑田さんが、視界に飛び込んできた。
この二人、知己の間柄なのか。そう言えば、ジュンの面接をする前日だかに、桑田さんの様子がおかしかったっけ。
私は眠ったフリしたまま、更に耳をそばだてた。
 
「訊いても、いい?」
桑田さんはジュンに答える暇も与えず、続ける。「私なんかとは、顔も合わせたくなかった?」
 
「どうして、そんな風に思うんだよ」
「だって……あの事…………私も、貴方を追い詰めた一人だもの」
 
あの事って? 私にまとわり付いていた睡魔は、好奇心によって何処かへ追いやられた。

1052.【遠くに】【行きたい】:2009/07/14(火) 23:49:08 ID:???
「ショックだったさ、そりゃあね」
長い沈黙の末に、ジュンが口を開いた。「暫くは、思い出すだけで吐き気を催してた」
そう告げて、自嘲めいた笑みを漏らす。
 
「あのまんま、学校なんか辞めて、どこか遠くに……海外に行こうかとさえ考えてたよ。
 そうしなかったのは、単純に、親の庇護を捨てるだけの勇気が、僕には無かったからさ。
 確かなものを持ってない不安の捌け口を求めて、子供ながらに、ハイデガーとか読んだりもしたっけ」
 
結局、なにも理解できずじまいだったけどね。ジュンは肩を竦めて、更に付け加えた。
「解ってないのは、今も変わらず……か」
 
乾いた笑いを、喉の奥へと押し流したかったのか、ジュンはコップのビールを呷った。
桑田さんは、両手で包んだグラスを正座した膝に置いて、俯きがちに見つめている。
夜の静けさも相俟って、じわりと重たい空気だ。
その沈黙から逃れるかのように、桑田さんが言葉を紡ぐ。「ずっと後悔してたの」
 
「あの時、もっと桜田くんの味方になってあげるべきだったって。
 それなのに、私は動転して、目を背けるだけで……貴方を孤立無援にしてしまったわ」
「……きみが一身に責任を負うことには、意味なんてないよ。ナンセンスだろ。
 提出するノートに落書きした僕にだって、少なからず非はあったんだしさ。
 そうした僕も含めた全員の、ちょっとした無神経が寄せ集まって、陰湿な暴力が生まれていったんだ。
 だからさ、これっぽっちも、桑田さんを責める気持ちなんてないよ」
 
そのセリフに、桑田さんは心から救われた様子で、ホッと息を吐いた。
それから、お酒のせいかは定かでないが、赤ら顔で「でも、あのドレス……ちょっと着てみたかったかな」と。
ジュンもバツ悪そうに顔を背け、「酒の席で、からかうなよ。本気にしちゃうだろ」とか、なんとか。
更に、桑田さんが「本気にしてくれていいのに」と微笑めば、ジュンも「……バカ」だなんて赤面したり。
 
なにこの、ちょっといいムード。
盗み聞きしてる私の方がいたたまれなくて、どこか遠くに行ってしまいたくなった。

1153.【離れても】【傍にいるよ】:2009/07/14(火) 23:49:36 ID:???
ジュンと私の、管理人代理としての初仕事は、食堂の惨状を片づける事だった。
 
「あーもうっ! あいつら、散らかしすぎだろ」
 
昨夜はかなり深酒していたにも拘わらず、ジュンに二日酔いの色は見られない。
この男……ストレス解消と称して、毎日のように晩酌してアルコール耐性が高くなってるのかも。
 
「マジ耐えられないっ! 朝っぱらから最悪だ、まったく」
「おめーは、元気ハツラツですねぇ。意外に、規則正しい生活してるです?」
「周りが汚いと、気持ち悪くて眠れないんだ。よく爆睡できるもんだな、あいつら」
 
あいつら、とは、食堂の床で酔いつぶれていた水銀燈先輩と柿崎さん。
叩き起こすと、ゾンビの如く自室に引き上げていった。あの調子では、昼過ぎまで復活しそうにない。
 
「前の管理人が、甘やかしすぎてたんじゃないか? 女のクセに、だらしなさすぎる」
「その反対ですぅ。真紅さんは英国貴族然とした、礼儀作法には特に厳しい人だったです」
「へぇ……世界名作劇場なんかにありがちな、家庭教師風のオバサンだったのか?」
「正確な歳は知らないですけど、私たちと大差ないくらい若いはずですよ。
 それはそれは見目麗しい美人で、女の私が見ても惚れ惚れしちまうほどですぅ」
「ふぅん? そうなんだ……ちょっと見てみたいな。写真とか、残ってないか」
 
管理人室で見た憶えがあると返事するや否や、ジュンは腕が6本に見えるほど、片づけの手を早めた。
 
その後、真紅さんの部屋を訪れ、執務机の上に目的のフォトスタンドを探し当てた。
どこかの洋館の庭で撮ったと思しい、おすまし顔した真紅さんのポートレート。
隣には、見慣れない男性の姿……もしや、この人が恋人さん?
二人の間には、押し花にされたアサガオが、色褪せたアクセントとして添えられていた。
 
アサガオの花言葉は、愛情の絆……。遠く離れても、心は繋がっていたのだろう。
そんな彼女と彼の関係が、ちょっぴり羨ましかった。

1254.【きっと】【笑っている】:2009/07/14(火) 23:50:01 ID:???
ジュンは暫くの間、一言も発することなく、真紅さんの写真を眺めていた。
そして徐に嘆息するや、フォトスタンドを元どおりに戻し、かぶりを振った。
 
「確かに、目が覚めるような美人だな。どこかの王族って紹介されても信じるぞ、僕は」
「お姫様みたいですよねぇ。立ち居振る舞いも洗練されてて、とっても優雅なのですぅ」
「だけどさ、ちょい冷たそうな……性格キツそうな感じもするよな。第一印象として」
「気のせいです。真紅さんは、とっても優しくて、思いやりに溢れた人ですよ」
「ほほぉー。おまえ、さっきっから随分と絶讃するじゃないか」
 
ジュンは奇妙な笑みを口の端に浮かべて、私を頭の天辺から爪先まで、舐めるように見回した。
「まっ、おまえじゃ逆立ちしても敵わないよな。口は悪いし、行動はガサツだし。
 人間、誰しも圧倒的な存在には畏敬の念を抱くもん――痛ってえ!」
 
なんたる暴言。つい触発されて、私の脚まで暴走してしまった。
蹴られた右の臑を抱えて、ジュンはカカシみたいに、ぴょんぴょん跳ねている。
 
「なにすんだよっ! いきなり蹴ることないだろ!」
「おめーには、デリカシーがねーですぅ! 真紅さんの爪の垢を煎じて、飲ませてやりたいですよ」
「……まったく同感だ。僕は是非とも、おまえに飲ませたいよ」
 
こいつは、どうして無用な憎まれ口を叩くのやら。だがしかし、今度の挑発には乗らなかった。
この場に真紅さんが居たら、きっと「はしたない真似はおよしなさい」と、私を窘めただろうから。
 
「恋人……追いかけて旅に出たんだってな。姉ちゃんに聞いた」
 
急な話題の転換に、ドキリとした。ちょうど、真紅さんのことを考えていたから、心を読まれたのかと思った。
けれど、ジュンの瞳は私ではなく、フォトスタンドに落とされていた。
「会えたのかな?」独りごちたジュンに、私は答える。それが私の願望にすぎなくても、構わずに。
 
「きっと、今頃は再会を喜び合ってるですよ。絶対、そうに決まってるですぅ」

1355.【口付けよ】【さらば】:2009/07/14(火) 23:50:32 ID:???
朝食後、ジュンとこれからの仕事の進め方など相談していたら、あっという間に午後。
そもそもが、数時間の話し合いで事細かに決められる問題でもなく……。
 
「ひとまず、こんなもんでいいよ。こういうのって、どうせすぐ変更点が出てくるものだし。
 おまえだって、机上の空論を無駄に煮詰めるより、入学式の準備とかしたいだろ」
 
言えてる。入学式の後には、泊まりがけのオリエンテーションも控えてたりする。
ジュンの細やかな心遣いに、ちょっと感動したのも束の間。「僕も、ぼちぼちネット通販したいしな♪」
……私の感動を返しやがれ。
 
 
お昼を食べに行く前に、自室に戻った私を、思わぬ来客が待っていた。雛苺だ。
雛苺は、私が用向きを訊ねるより早く、「これ、読んでなのっ!」
ずいっと差し出してきたのは、胸に抱いていた童話の絵本。
 
詳しく聞けば、これも日本語の勉強なのだという。
なるほど、絵本なら殆どが平仮名。ヒヤリングの練習にもなって、一石二鳥なワケだ。
仕方がないので、のりさんに二人分のおにぎりを握ってもらい、私の部屋で読むことにした。
 
「そこで まほうつかいは いいました。『ねむりひめに くちづけよ! さらば呪いはとかれん』」
 
「うよ?」雛苺が首を傾げる。「翠星石ー。くちづけって、なーに?」
キスのことだと教えると、雛苺は手を打ち鳴らして、頻りにコクコクと頷いた。
 
「ねえねえ、翠星石っ。キスって甘い味がするって聞いたけど、どのくらい甘いか知ってるなの?」
「はあ? そ、それは……えと……知ら……いや、そ……そう! ジュンに訊くといいですぅ」
 
なぜ咄嗟に、ジュンの名前が出てしまったのやら。
けれど、雛苺は、それを訝る様子もなく言った。「もう訊いてみたのよ。そしたら、唾液の味だろって」
……だ……唾液って。間違いじゃあないけれど…………ダメだ、あの男。

1456.【女神か】【鬼女か】:2009/07/14(火) 23:51:00 ID:???
それは、夕食も終わって、各々が眠るまでの時間を思い思いに過ごしていた時のこと。
ドアを蹴破らんばかりの勢いで、いきなり誰かが玄関に飛び込んできたのだ。
食堂のテレビでスーパー時代劇『魔界忠臣蔵』を見ていた私とジュンは、ギョッと顔を見合わせてしまった。
 
「おい、なんだよ今の音は」
「こんな夜更けに……ハッ! お、各々方、討ち入りですぅ!」
「テレビに感化されてんじゃねーよっ!」
「このプチサイズ根性男。細かいこと気にすんなです。とにかく、様子を見に行くですよ!」
「わっ! こら、押すな! 僕をバリゲートにするんじゃない」
 
せめてもの得物にと、二人して厨房から擂り粉木を手に、玄関に出向くと……
薄暗い玄関ホールに、流れるようなブロンドを振り乱した乙女が、ぐったりと座りこんでいた。
見ていたテレビと相俟って、その鬼気迫る様子に、人ならざるモノを感じた。
 
まさか、本当に魑魅魍魎の類?! 私はジュンの背中に隠れながら、観察を続けた。
すると――あれ? なんだか見覚えのあるシルエット。よくよく見れば、オディールさんだ。
 
それにしても、普段はお淑やかなオディールさんが、なんだってこんな――
喉が嗄れて声も出せないくらいに息せき切らせ、般若みたいな形相で駆け戻ったものか。
まさか、帰宅途中の暗がりで痴漢に襲われた?!
 
ひとまず、私とジュンでオディールさんを左右から支え、食堂まで連れていった。
コップ一杯の水を、喉を鳴らして飲み干したオディールさんは、訥々と騙り始めた。
 
「駅を出たところで、白崎さんから電話があったの。良い報せと、悪い報せをくれたわ」
 
良い報せとは、行方不明だった真紅さんが保護されたという、確かな情報で――
私たちが喜色を浮かべたところに、悪い報せが無慈悲な鉄槌となって振り下ろされた。
 
「真紅さんが……入院したらしいわ。自殺未遂ですって」

1557.【繋げる】【希望】:2009/07/14(火) 23:51:29 ID:???
突然のことに、声も出せなかった。あの気丈な真紅さんが、自殺未遂? どうして?
まさか、恋人さんと再会を果たせなかったから?
 
……いや。会えなかったのなら、会えるまで探し続けるだろう。真紅さんは、そういう女性だ。
再会したけれど、幸せな時間を取り戻せたなかったと見るのが、真相らしく思えた。
 
「白崎さんは、他になにか言ってなかったのですか?」
「詳細は調査中なので、明日まで待って欲しいと。理事長も、かなり動揺しているらしいわ」
 
当然だ。イギリスに行った愛娘が、自殺未遂で入院したとあっては、親として平常心でいられるワケがない。
今頃は八方手を尽くして、情報を集めているところだろう。
あるいは、もう理事長は機上の人になっているかもしれない。
 
「貴方たちも、もう休みなさい。明日、私も白崎さんと手分けして、調べてみるから」
 
オディールさんに促され、私たちは重たい気持ちのまま部屋に戻り、床に就いた。
でも、なかなか寝つけなくて、空が薄明るくなるまで、ごろごろと寝返りばかり打っていた。
 
 
翌朝、早くに出勤したオディールさんから、次々と最新の情報が寄せられてきた。
大学の学生課の端末から飛んでくるメールを受信するのは、ジュンのパソコン。
アルバイトのある数名を除く住民全員が、朝から彼の部屋に詰めかけていた。
 
「おいおい……一時は、危篤状態だったらしいぞ」
 
ジュンの言に、誰かの舌打ちが重なった。
誰かは解っている。今朝からずっと不機嫌な調子の、水銀燈先輩だ。
部屋の隅で膝を抱えて、興味なさげにしているけれど、報告の逐一に聞き耳を立てている様子だった。
 
その後もずっと、私たちは真紅さんの恢復を祈りながら、続報を追いかけていた。

1658.【そして君は】【微笑む】:2009/07/14(火) 23:51:58 ID:???
夜になって、オディールさんが白崎さんを携えて、有栖川荘に帰ってきた。
正確には、白崎さんの車で送ってもらったらしい。
 
「それで、真紅さんの容態は、どうなってるかしら?」
 
昼間はアルバイトで不在だったカナ先輩が、ここぞとばかりに身を乗り出す。
おいそれとお見舞いに行ける距離ではないだけに、なおのこと、もどかしくなる。
入居して間もない私ですら、そうなのだから、先輩たちの心労たるや、いかばかりか。
 
けれど、私としては別の問題も気に懸かっている。他でもない、ジュンのことだ。
もし、真紅さんが恢復して、この有栖川荘の管理人に返り咲くことになったら――
もちろん、それは私も含めた住人全員の願いだけれど、そうなると、代理は不要になってしまう。
私はまだしも、ジュンはまた居場所を失い、迷子になってしまうのではないか……。
ここまで彼を引き込んだ者として、そのような未来は歓迎できなかった。
 
「最新の情報ですが――」
白崎さんが焦らすように、ぐるり一同を一瞥する。「経過は順調とのことです」
その先は、オディールさんが引き継いだ。
 
「でも率直に言って、まだ予断を許さない状況らしいわ。
 怪我の程度はともかく、心のケアに時間がかかりそうなの」
 
自殺未遂とは、心の病も重篤だったという証し。動機については、まだ明確ではないけれど。
そちらの治療については、引き続き、イギリスで進められるとの話だった。
やはり、故郷のほうが心理的な安寧を得やすいのだろう。
そんな訳で、まだ当分、管理人代理は必要そうだった。
 
真紅さんも、有栖川荘の命運も、ひとまずは収まるところに至ったらしい。
みんなの顔に、安堵と困惑が入り混じった微笑が浮かぶ。そう。根本的な解決には、まだ至っていないのだ。
だけど、不安がるばかりじゃ息苦しいから……私たちは微笑んだ。無理にでも、笑おうとしていた。

1759.【近すぎて】【遠ざかる】:2009/07/14(火) 23:52:27 ID:???
大学の入学式を明日に控えて、私は食堂でのんびりと、雛苺とお茶をしつつ人を待っていた。
待ち人とは、入学式にも出席してくれる祖母のこと。晴れ着の着付けも手伝ってくれる予定だ。
その晴れ着も、一昨日には私の元に配送されて、静かに出番を待っている。
ちなみに、同じ日に入学式を迎える蒼星石のところには、祖父が行く手筈になっていた。
 
雛苺が、どこからか仕入れてきた駄菓子をお茶請けに、「真紅さんは、こうなると解ってたですかねぇ」
なんとなく思い付いたままを口にした。
 
ここで私たちと暮らしながら、ずっと、恋人の帰りを待ち焦がれていた淑女。
その彼女が、なぜ突然に自らの役目を擲ってまで、錯乱とも思える行動に出たのか……
ただ単に、我慢の限界だったと理由づけるのは、平凡で安直すぎる気がした。
何かもっと、真相に近づけば縁が遠ざかってしまう事を承知で……それでも悲壮な覚悟を貫いたのでは?
 
「ヒナには、よくわかんないのよ〜」
お気楽な調子で続ける。「でもでも、独りぼっちが怖くて寂しいのは知ってるなの」
 
ベビースターラーメンを、ぽりぽり囓りながら言われても、いまいち緊張感がない。
雛苺は、残りの麺を袋ごとザーッと口に流し込んだ。なんとまあ、乙女にあるまじき行為。
真紅さんに成り代わり、教育的指導を施してやろうかと思った矢先――
 
「ヒナ、たった一人の友だちのオディールが外国に行っちゃって、ずっと寂しかったのよ。
 だからね、今はみんなと一緒に暮らせて、すっごく楽しいし嬉しいの」
 
そう言って、えへへ……と笑う。本心から喜んでいるようだった。
近すぎても遠ざからない幸せ。近づくほど強まる絆。
それに巡り会えた運命に、私も素直な気持ちで、もっと感謝すべきなのかもしれない。
 
殊勝にも、そんな考えが脳裏を過ぎった直後、テーブルの上で私の携帯電話が鳴った。
ディスプレイに浮かぶのは、『おばば』の三文字。やっと、駅に到着したのだろう。
迎えに行ってあげないと。私は勢いよく立ち上がり、玄関へと走った。

18謎のミーディアム:2009/07/14(火) 23:54:20 ID:???
>>8-17
想いの果てに 編 おわり

もう話がどこに向かってるのやら。

19謎のミーディアム:2009/07/15(水) 01:49:41 ID:???
よいしょ。
一回スレには投下した作品なんだけれど、加筆修正したのでちょっと投下します。
掲示板から拾わないと上手くwikiが編集できないんです。申し訳ない。

「秋口のこと」

一 夢みたこと

朝日が差し込んでいる。その眩しさで真紅は目を覚ました。随分と眠っていたような気がするけれど、よく思い出せなかった。
頭が酷くぼうっとしている。そもそもなぜ自分は座りながら眠っていたのか。
真紅の席と向かい側には大きな空の食器。何かが乗っていた様子も無い。
真紅は見た事も無い場所だった。
「なんなのここは…?」
狐につままれたような気持ちで真紅は席から降りた。椅子は足がつかないほど大きく、飛び降りるような形になる。服の揺れる衣擦れの音が大きい。
真紅は自分の服を確かめた。
人形展の時にも着ていった紅いドレスだ。いつの間に着替えたのか。
自分の指が関節ごとに丸く膨らんでいた。まるで球体関節人形のように。いや、球体関節人形そのものだ。
真紅は人形になっていた。
椅子も食器も大きいのではなくて、自分が縮んでいたのだ。
慌てて真紅は鏡を探した。ちょうど部屋の隅に薔薇の彫刻に縁取られた姿見があった。
駆け寄り、自分の姿を写しだす。考え通りそこには気品にあふれる紅い人形が一体立っていた。
その姿はまさに。
「…ローゼンメイデン…」
震えた声で呟く。自分の頬に触れる。そのまま自分を抱きしめる。
この異常な事態に真紅はなんの疑問も持たなかった。
「やっと、やっと…ここまで」
ただただ真紅の胸は感動で打ち震えていた。無意識に流れ出た喜びの涙が真紅の頬をつたう。
そうだ、これこそが正しい。やっと収まるべき場所に収まったという気すらする。
いままでの人としての生活のほうが間違いだったのだ。この姿こそが正しい。
真紅の赤熱した頭脳は次の考えを紡ぎだす。

20謎のミーディアム:2009/07/15(水) 01:50:26 ID:???
自分が人形ならば、この場所はなんなのか。そんなもの、決まっている。
(お父様の家だわ)
その考えは天啓のように真紅の脳裏に閃いた。
「お父様!お父様!どこにいらっしゃるのですか!」
真紅の声に答えるように微かにコーヒーとふんわりとしたパンの焼ける香りがし始めた。
ここがお父様の家ならば、食器を用意したのはお父様だろう。
待っているべきかしら。真紅は一瞬そう考えたが、けれど近くにお父様が居るとわかっただけで、もう真紅は走るような勢いで歩き出していた。
早くお父様に会いたかった。話を聞いてほしかった。この姿を見てもらって抱き上げてもらいたかった。

香りに誘導されて真紅は扉を開けた。ドアノブは真紅にも手の届く場所にも着いていた。やはりこの家はローゼンメイデンのためにある。
けれど扉の開いた先は、まだお父様のいる部屋ではなかった。
通路のような場所。小さな丸い天窓が3つはまっていて、柔らかい朝日はここにもある。
右手側に真紅の背より高い棚が作られていて、たくさんお人形が陳列されている。みんな腰を下ろし壁に背を預け、朝日を浴びて眠っていた。
一番手前に白い人形。それから桃、蒼、翠、黄、黒そこで人形は途切れて、扉があった。
ちらりと桃の人形の笑顔を見る。けれど他の人形に興味はなかった。真紅は小走りに次の扉に向かい、ドアノブを捻る。
がちゃり。
扉は開かない。扉には鍵がかかっていた。何度も扉をあけようとする。開かない。
「なんで…!」
真紅は呻いた。心の中の喜びと期待がそのまま焦りと失意に塗り替えられて行く。
真紅は絶叫した。
「お父様、どうか開けて下さい。貴方の娘の真紅です、会いに来たんです!お父様!」
ドアを叩く。分厚い一枚板でできたドアはびくともしない。
真紅はさらに激しくドアを叩き続けた。
「お父様!私はここにいます!気づいて!」
ドアの向こうから返事は無い。
「お願いです、お父様、おとうさま…」
だんだんとドアを叩く力が弱まっていく。力なく腕が垂れる。
「どうか…」
もう言葉にもならなかった。涙がぼろぼろと足の間に落ちていく。

21謎のミーディアム:2009/07/15(水) 01:51:02 ID:???

「当たり前じゃなぁい」
右を振り向くと、眠っていたはずの黒い人形が笑っていた。
チェシャ猫のような三日月の笑み。嘲る笑いで真紅を見下ろしている。
「お父様が貴女みたいなブサイクを愛するわけないじゃない。お父様が愛しているのは私、一番最初に作られたこの私よ」
真紅は一目でこの黒い人形が自分の天敵である事に気がついた。
それにさっきの姿を見られていたのだとしたら最悪だ。
「順番なんてたいした問題じゃないでしょ」
「そうかしらぁ?」
黒い人形は音も無く羽ばたき、真紅の上空をゆらゆらと漂い始めた。
「私達って随分似てないわよねぇ。つまり一つ前の作品を発展させる形で作られた訳じゃないのよ。おわかり?」
黒い人形はにやにや笑っている。真紅は黒い人形をにらみながら慎重に答える。
「それが?」
「つまりお父様は私たちを同時期に構想されていたのよ。なら、制作順番はお父様が少しでも早く世に生み出したかった順と言えるでしょ」
「くだらない妄想よ。根拠がないわ」
もっと他に言い返した方がよかったが、うまく頭が回らない。
「じゃあ、なんで貴女のためにお父様は扉を開けて下さらないの」
「…」
真紅は答えられなかった。
「かわいそうな五番目ちゃん。貴方は誰にも愛されてない」
黒い人形は歌うように言って、手を広げた。空に浮かび、朝日を受けて優雅に手を広げる黒い人形は、美しかった。真紅でも認めざるを得ないほどに。こんなに憎らしいのに。
「そしてお父様に最も愛されるのはこの私。お父様に最も近しいのは私。お父様の棺に蓋をするのもこの私なの」
黒い人形は優しく真紅の頭に手を置いた。そして女王の高圧さで告げる。
「さ、五番目ちゃん貴女の席はあそこよ」
蒼の人形と桃の人形の間を指差す。

真紅は黒い人形の手を払いのけた。
真紅の胸の内に溜まった黒い油のような感情に火がついた。激怒だった。
「うるさいのよ!こんな連中と私は違う!」
叫んでから、真紅ははっと息をのんだ。
「あらあら、お姉ちゃん悲しいわぁ」
黒い人形は蔑んだ目で、こちらを見ていた。
「…ただの事実なのだわ」
「結局のところ、貴女にとって姉妹は邪魔物にすぎないのよ」
「違う!」
「私の人形を壊したくせに」
「壊したくて壊したんじゃないわ、私だって貴女の人形展が成功するように力を貸していたのだわ」
「嘘。貴女にとって、私の人形展は自分の名前を高めるための踏み台に過ぎなかった。だから私の人形を壊したんでしょう?だって貴女以外に輝く物があっては困るものね」
なじる声は降り注ぎ続ける。
「人形展が私にとってどんな価値があったか、貴女は気づいていたはずよ。けれど、貴女はそんなこと気にもしなかった。いいえ、気づいて、そして見下していたんでしょう。私の気持ち、私の行為全てを」
「私は貴女が人形師として成功すればいいと思っていたわ」
「それが見下しているというのよ!貴女に与えられる必要なんて私には無かった」
みしみしと音を立てて、水銀燈の翼が広がり続けていた。
「答えなさい真紅。貴女は私の造った金糸雀に何を見たのか」
「貴女が自分の優位を確信していたのなら、あの時ああも取り乱す必要は無かったでしょう」
「…」
「答えられないのなら、言ってあげる。貴女はあの時アリスを見ていたのよ。もはやアリスに近づくはずも無いと思っていた私から、ああいう物が飛び出して来たから、貴女はあんなに取り乱し、私を否定せずにはいられなかった。違う?」
真紅は黙り続けた。水銀燈の唇はつぃっ、と悪意ある形に吊り上がる。
「まぁ、どうでもいいわ。お返しよ。受け取りなさい」
真紅は自分の右腕に黒い羽根がまとわりついている事に気がついた。そして気がついた時にはもう遅い。真紅の右腕に激痛が走り、そのまま右腕はちぎれ飛び、ぼたりと床に落ちた。
震える左手で、右腕の袖を掴んだ。真紅は膝をつく。全身が瘧のように小刻みに震えていた。
上から黒い人形の笑い声が降ってくる。
「これではっきりしたわ。壊れたお人形がお父様のお気に入りな訳ないでしょう」
そして黒い人形は笑い続けていた。体をのけぞらせるほどの大笑いだった。
「あはは、なんて不格好なの真紅ぅ!」

22謎のミーディアム:2009/07/15(水) 01:51:49 ID:???
二 夢の顛末

有栖川病院の飾り気の無いベッドの上で真紅は跳ね起きた。
「あぁあっ…」
右腕が、もはや無い腕が痛くて痛くてたまらなかった。
また血が流れ出したのかと思った。出血を止めようとする左腕が空中を掴む。
「いっ…た」
呻く。脂汗が止めどなく流れた。
痛みに朦朧となりながら真紅は思う。
(ああそうか。無くした腕はあの人形を砕いた腕だった)
人形展の金糸雀人形。どこか遠くを見るような眼差しをしていた。あの目は遠くにいるお父様を見ようとしているように思えたっけ。そこが気に入らなかった。
真紅自身何を考えているのかよくわかっていない。ただの痛みからの現実逃避だった。
どれだけそうしていただろうか。やがて痛みの波は小さくなってきた。
真紅は荒い息を吐いた。
思い出されるのは、夢に見た黒い人形の吊り上がった笑み。
「水銀燈…」
左腕にさらに力が入る。
その瞬間、控えめなノックの音が響いた。
「誰?」
「真紅、入ってもいいかしら?カナかしら」
おずおずとした金糸雀の声。
最悪のタイミングだったと言っていい。

けれども。
「ちょっと待って頂戴」
鉄の自制心で、真紅はいつもの平然とした声を出した。
手早くハンカチで汗を拭き、髪を整えた。
痛みが引いて来たとはいえ、酷く体が熱っぽいのを我慢して平気な顔を取り繕う。

23謎のミーディアム:2009/07/15(水) 01:52:55 ID:???
「いいわよ」
「こんにちわ、真紅」
声音の通り、おずおずとした調子で金糸雀が入って来た。右手に不死屋の紙箱、左手にヴァイオリンケースを持っている。
真紅はただ無関心な一瞥をくれた。
「貴女が来るとは意外ね」
「そうかしら」
「何しにきたの?」
金糸雀は不意にぶたれたような、少し驚いた顔をした。
「その…体の調子はどうかしら?」
「おかげさまで調子がいいわ」
「…あぅ」
気まずい沈黙。
(ど、どうしたらいいのかしら…)
金糸雀は人に邪険にされるのは、これが初めてだった。少なくとも自覚している限りでは。
自分が嫌がられているのはわかるが、目の前の真紅はなんだかいつもと様子が違うし、ジュンとお見舞いに行ったときよりも調子が悪そうなので、さっさと帰る事もしたくない。
「えっと、その…」
金糸雀の心配そうな表情に真紅は内心苛ついた。
(この前、ジュンと一緒に来て、義理は果たしたと思うけれど)
金糸雀にわからないようにそっとため息をつく。別に相手を気遣っての事ではなく、金糸雀に感情を乱されていると思われるのが嫌なだけだ。

真紅の視線がさらに冷たく重くなった気がして、金糸雀は内心慌てた。
そこで気がつくのは手に持った不死屋のケーキの紙箱の重みである。
今日買ってきた紅茶と苺のロールケーキはかなり場を和ませてくれる気がする。紅茶のスポンジに包まれた生クリームの中で苺が半分に分かれていて、まるでリスザルの目みたいにくりっとしているのだ。
いきなりこんなに気まずくなるとは思っていなかったが、そういう和み効果を期待して金糸雀が一生懸命選んだ一品だった。
(ととと、とりあえず不死屋のケーキで場を繋ぐかしら!?)

「と、とりあ」
「金糸雀」

24謎のミーディアム:2009/07/15(水) 01:54:12 ID:???
「へ?」
不死屋の紅茶のロールケーキを取り出そうとし始めた金糸雀はきょとんとした。
「貴女が心配するような事は何もないわ」
改めて、真紅はそう切り出した。
「貴女は私が打ちのめされて、酷く落ち込んでいると思ったんでしょうけれど、そんなことはないわ」
真紅は襟の第一ボタンを止めてみせた。
「ほらこのとおり。腕が一本なくなったくらい私にはどうってことないのだわ。少なくとも貴女が責任を感じるような事じゃなかったのよ、あの事は」
真紅の右腕が飛んだ時、目の前にいたのは金糸雀だった。
「そうかもだけど…」
金糸雀は申し訳なさそうにしている。
(勘違いされたらたまらないわね)
素っ気ない態度を気丈な態度だと勘違いされてしまうと。金糸雀が頻繁にお見舞いに来るようになりそうだ。それは正直うんざりするので、ごめん被りたかった。だから駄目押しをしておく。
「だからわたしは貴女の哀れみなんていらないのよ」
金糸雀は病室に立っているが、あごを引き、上目遣い気味に言った。
「カナは哀れんだりなんてしてないかしら」
「筋合いのない心配は哀れみと同じだわ」
「カナと真紅は姉妹かしら」
真紅は今度こそ大きくため息をついた。話が面倒くさい方向に転がりだしているし、腕の痛みもぶり返し気味だ。ちくり、じわりと痛みが増していく。腕の切断面に一本づつ針を刺していくような痛み。
ほうっておいてほしかった。『貴女の顔なんて見たくもないからさっさと出て行って頂戴!』と叫べたらどれだけいいだろう。
けれど、そんな人前で取り乱すなどという振る舞いは真紅の美意識が許さない。
あくまで落ち着いて金糸雀を追い出しにかかる。刃物のような冷たい表情が真紅の顔に浮かび始めていた。
「姉妹ね…私たちにとって、姉妹という関係はどれほどの物なの?」
「…」
金糸雀は言葉に詰まった。真紅の予想通り、金糸雀はそのことについて深く考えた事はなかったようだった。
水銀燈が他の姉妹は全員敵だと吹き込んでいるかと思っていたが、その様子もなさそうだ。
「私はそもそも貴女に興味がなかったわよ。貴女が桜田さんの家に押し掛けてこなければ関わりあう事もなかったでしょうし」
「でもその前に夏にみんなと知り合うって決めたのは真紅かしら。真紅は欠席だってできたでしょ」
「あの時は少しは意味があるかもと思っていたわ。けれど貴女達と知り合ったこの数ヶ月間はなんの収穫もなかったわね。貴女達はローゼンの娘としての自覚があまりにも足りないのだもの」
既に真紅は常人なら涙を流してもおかしくない痛みを感じていたが、それに加えて今までの針で刺される痛みではなく、突然斧を肩口に叩き込まれるような発作的な痛みが真紅の腕の中で跳ねた。
さすがの真紅も一瞬視線を右腕の付け根に視線を走らせた。当然異常はない。

そして真紅は他の事に気がついた。
さっき止めて見せた服のボタンが外れている。半端に穴に通す事しかできなかったため、簡単に外れたらしい。一瞬痛みを忘れるほどの感情が真紅の胸の内に吹き荒れた。
それは自分への激怒であり悲鳴であり、なにより失望だった。
「ローゼンの娘としての自覚ってなんのことかしら?」
金糸雀が不思議そうに問うてくる。
激痛は止まない。むしろ斧を二度、三度と傷口に繰り返し叩き付けられているかのようだ。そして失望も消えない。でもここで返事がなければ不自然だ。
「アリスを目指すということよ」
「アリスを目指す?」
金糸雀はその答えがあまりに意外で、理解できなかった。
返事がなくても真紅は続ける。真紅の言葉はすでにうわ言のようになっており、それ自体が異常な熱に浮かされていた。
「そうよ。私は違う。愚かな貴女、目をそらす翠星石、卑屈な蒼星石、甘ったれた赤ちゃんの雛苺そのどれとも違う」
真紅はきつく自分の右腕の付け根、もうそこから先はない付け根を左手できつく掴んだ。
「真摯にアリスを目指しているのは私だけだったわ」
「おねえちゃんがいるかしら」
むしろ水銀燈を一番酷く嘲うために、真紅がこういう話し方をしたことに金糸雀は気がつかない。
そして真紅は会話を誘導したために、金糸雀の意図に真紅は気がつかない。
金糸雀が水銀燈の名前を出したのは、真紅に自分は独りだと思って欲しくなかったからだ。

25謎のミーディアム:2009/07/15(水) 01:56:07 ID:???

二人はお互いの意図や、いつもと違う態度をとる理由を全く分かっていなかった。それでも会話は続く。
真紅は鼻で笑った。
「ははっ。水銀燈が一番おかしいのよ。壊れているわ」
「壊れ…?」
「そう。ジャンクよ」
真紅の胸にある感情は自分に向けられたものだ。けれど、それを噴出させる方向まで自分に照準を会わせる必要はない。目の前には金糸雀がいる。こいつが一番大事にしてるものが何かはわかってる。
現実逃避であることは薄々分かっていた。でもどうでもよかった。
どうせ現実に大事な物は戻ってこない。なくなった腕。完全な自分。お父様との唯一の絆。
「教えてあげるわ、水銀燈が」
ガゴン!
金糸雀が床にヴァイオリンケースを叩き付ける鈍い音が響いた。微かに内部の弦が振動する音がその後に続く。
「いらない。取り消して」
金糸雀は迷いのない口調で言った。その視線は鋭い。
「おねえちゃんだけじゃない。みんなに言った酷い事全部取り消すかしら!」
「答えはノーよ」
しばらく二人はにらみ合った。が、真紅には限界がある。
「っ…あ」
ついに目覚めた時と同じくらいに膨れ上がった腕の痛みに真紅はおもわず背中を丸め、かがみ込んだ。
金糸雀は自分の怒りを忘れて、真紅に駆け寄った。

金糸雀がにやにやと笑っているような気がする。目線を上に戻せない。
「痛いの!?真紅、真紅!」
金糸雀の手が真紅の背中に触れた。
真紅は背中の手を払いのけようとしたが、それは激しい痛みのせいで加減がきかなかった。
左腕に鈍い感触がして、それから不意に感触がなくなる。振り上げた左腕は勢い良く金糸雀のあごを打っていた。
金糸雀はたたらを踏むように2、3歩後ろに下がった。それから膝が床に落ちる。その姿勢は足を崩した正座のようだったが、すぐに上半身が足を抱え込むようにして前のめりに倒れた。
ごん。頭をそのまま床に打ち付けた音がする。

嫌な予感がする。さすがの真紅の声も震え始めていた。
「金糸雀、腕が当ったみたいね?悪かったわ」
「…」
金糸雀は何も答えない。妙な姿勢もそのままだ。
心臓が激しく打っているのに、真紅は体が冷えるのを感じた。腕の痛みさえも壁を隔てた遠い事のように感じられる。
にじみ出た汗が冷えて気持ち悪い。
「早く起きて頂戴」
言い終わる前に真紅はベッドを滑り降りた。金糸雀の背中を揺らす。
真紅のされるがままに金糸雀は揺れた。自分では指一本も動かさない。
(死んでる)
そんな発想が頭に浮かんだ。理性は否定する。人が腕があたったくらいで死ぬ訳がない。そんなわけはない。血だって出てない。
うつぶせの金糸雀をひっくり返せば、すぐに確認できる事だった。
けれど人形展の事が、今の状況に重なる。
あの時も腕に少しの感触を感じただけだった。けれどあの人形は終わってしまった。
生気すら感じた物が全ての意味を失ってしまう、理不尽な終わり。人形の壊れた顔に現れた空洞。まるで操り人形の糸が全て切れてしまったような、突然の終わり。
今、金糸雀がうつぶせたその顔はどうなっているのか。おそらくなんの外傷もない。けれど顔があったところで、もう魂は抜け出てしまっているのではないか。

初めて真紅の頬を痛みのためでない汗が伝った。
恐い。
「なんなの…一体これはなんなの…?」
腕をなくして入院して、目の前で金糸雀が死んでいる。
自分のなす術無くなにもかもが崩れて行く。まるで自分の座っている床すら砂になって落ちて行くようだ。
暗い。
寒い。
生まれて初めて、真紅は気絶した。

26謎のミーディアム:2009/07/15(水) 01:58:28 ID:???

さてどうしよう。
メグは真紅の病室に一人立ちながら考える。
病室のお隣さんに挨拶しようと思ったら、先客に金糸雀がいて、しばらく覗いていたらこの有様だった。

いきなり医者を呼ぶのはやめておこう。
この状況をみれば治療だけではすまない。
原因が追及されて、お互いの保護者に連絡がいけばもうアウトだ。
ただでさえ両家の関係はこじれているのだから、もう入院中にお見舞いに行く事も出来ないだろう。
それどころか警察がしゃしゃり出てきて、真紅の腕が失われた事件との関連を追求するかも知れない。
「せぇの…っと」
なんとか真紅を抱え上げる。
片腕になってしまった事を差し引いても、真紅はメグでも持ち上げられるほど軽かった。
とはいえ真紅をベッドに戻すと、メグの両腕は震えていたし、酷くむせたが。
(ちゃんと食べてるのかしら、この娘)
ぜぇはぁと息をつきながら、メグは自分の事を棚に上げて考えた。

実は昨日めぐはのりと出会って、少し話をしていた。
その時『真紅ちゃん』のことを口にするのりの顔には見覚えがあった。
一昔前に自分のお見舞いに来た自分の父親の顔だ。
頑に心を閉ざす相手にどう接していいのか分からない、途方に暮れた顔。
(こういうのを同病相哀れむって言うのかしら)
真紅をなんとかしてあげたいと、めぐは思う。
真紅のような子供はほうっておけば自分で築き上げた城壁の中から出てこれなくなるだろう。
自分は水銀燈との出会いによって、そうならずにすんだ。
金糸雀と真紅の関係がそれと同じになってくれればそれが一番良いのだが、それは正直無理だろう。
「どうしたものかしらねー」
次に、侍が切腹してから前のめりに倒れたみたいになっている金糸雀をひっくり返す。
「ぷ」
メグは思わず吹き出した。
倒れた時にケーキの箱を下敷きにしたようで、クリームが髭のように口の周りについていた。
まるで季節外れのサンタクロースだ。
「カナちゃんらしいわ」
ハンカチを取り出しながら、メグはそんなことを呟く。

ぐにぐにと口周りを触られる感触で金糸雀は目が覚めた。
「うー…?」
口の中で消えるごく小さな声を発しながら、金糸雀がうっすらと目を開けると目の前には真紅の顔があった。
金糸雀は脳しんとうの影響で少し記憶を失い、残った記憶も混濁していたため、なぜ真紅に触れられているのかさっぱりわからなかった。
けれど真紅はとても真剣な表情で自分の顔を触っているので、金糸雀はしばらく真紅のさせたいようにさせてあげることにする。
真紅の手つきは盲人が人の顔を確かめるような柔らかさで、金糸雀には心地いい。
(まるで卵になったみたいかしらー)
本当のところビスクドールを触るかのような慎重さで触っていたのだが、金糸雀が知るはずもない。
下まつ毛をくすぐる真紅の指がくすぐったい。
「…よかった」
と、真紅は安心して息をついた。金糸雀は真紅が今にも泣き出しそうな表情をしている事に気がつく。
「だいじょーぶ、かしら」
何が問題なのかも把握しなていないのに生来の能天気さで金糸雀はそう言った。
そのままひょいと手を伸ばして、真紅の目尻に光る涙を拭う。
真紅を元気づけるために金糸雀はにこにこと笑ってみせた。
真紅は二度、目を瞬かせた。金糸雀が起きていることに気がついていなかったため、驚いているらしい。真紅があっけにとられている間も、金糸雀は田舎のひまわりの様なのどかさで笑いかけ続ける。

27謎のミーディアム:2009/07/15(水) 01:59:57 ID:???

しばらくの間。

真紅はむにっといきなり頬を引っ張った。
「ふぎっ!?」
それも一瞬で済まさず延々と引っ張り続ける。横にいるメグは全く助けない。というか、金糸雀の頬が人一倍伸びるのをひっそりとおもしろがっていた。
結局、金糸雀が真紅の指を振り払えたのは5秒ほど立った頃で、すっかり金糸雀の方が涙目になっていた。
「なな、なんでこういうことするのかしら!」
怒る金糸雀に対して、真紅はもう一度毒を吐く。
「貴女が面白い顔してるからよ」
「なー!?」
これから口喧嘩が始まりそうな雰囲気になったが、真紅は急にツンと冷たい表情になって言い捨てる。
「これに懲りたら二度と来ないで頂戴」
そして、真紅は言うべき事は言ったとばかりに、金糸雀に背を向けてベッドの中に潜り込んだ。
それからしばらくは怒りの収まらない金糸雀が色々言うが、もはや真紅は無視し続ける。
「あ、貴女みたいなわがままな人は初めて見たかしら!ぶっちゃけカナがとっといたヤクルトを1パック全部飲むおねえちゃんの2.18倍くらいわがままかしらー!?」
「あーカナちゃん家庭の事情をぶっちゃけるのもそのくらいにして、ね?」
錯乱気味の金糸雀にメグは遅まきの仲裁に入った。

「な、なんなのかしら、真紅ったらなんなのかしら!」
涙目で顔を真っ赤にして怒る金糸雀にメグは悲しそうに言ってみせた。
「真紅ちゃんも怪我で大変なのよ」
「う…」
さっきのやり取りを見ていて、メグは少し希望を感じていた。
気絶から回復した真紅は真っ先に金糸雀がどうなったのかを気にしていた。
真紅は冷酷な性格ではないのだ。
(水銀燈を見てればこの家系に色々あるのはわかってたけれど…真紅ちゃんはなんていうか、複雑な娘ね)
シュンとして、すでに怒りが去りかけている金糸雀のほうが姉妹の例外なのだろう。
「…今日は来ない方が良かったのかしら」
「うーん、少なくとも今日はもうおしまいね。真紅ちゃん寝ちゃったし」
「かしら…」
「なに。また明日出直せばいいのよ。何があったのかも本人から聞けば良いんだし」
しばらく金糸雀は悩んでいたが、結局の所そうするしかないとわかったらしい。
「そうするかしらー」
金糸雀は千鳥足気味に真紅の部屋から出て行った。
金糸雀が部屋から出てから、ふう。とメグは息をつく。
とにかく真紅を一人にしないで済みそうだとメグは胸を撫で下ろす。
「また明日も来るって。金糸雀を追い払うのに失敗したわね真紅ちゃん」
あいかわらず真紅はこちらに背を向けたままだ。けれど、一瞬怒ったように背中を震わせた。

金糸雀をロビーまで見送ってから、メグは呟く。
「さて、ここからが難しいのよね」
独り言が多いのは、入院生活が長いメグの癖だ。
まずは水銀燈へ電話だ。

三 入院の日々/見舞い客達

その日は一睡も出来なかった。
そのせいで目が赤い。だから、今日は誰にも会いたくないと思った。
真紅はベッドの上で三角座りをしながら、ドアに背を向け続けている。
ノックの音は無視する。ドア越しに声をかけられても「帰って」とだけ返す。
ジュンはそれで引っこんだ。
次に先生が来た。ただただ無視するとドアの前でジュンが先生に謝っていた。
まだジュンはドアの前にいたらしい。ジュンの必死で取り繕う声音は案外のりに似ていた。
のりが来るには時間がある。次に来たのは金糸雀だった。
ジュンと挨拶をかわす高い声、ココンカンココン、変にリズミカルなノックの音。無視する。
「真紅ー寝てるのかし」
「帰って」

28謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:00:50 ID:???
ジュンがとりなして謝るような声。金糸雀の物凄くわざとらしいため息。
「はぁー、しかたないかしら。じゃあ帰るわ…と見せかけてえいっ」
「あっ」
ジュンの慌てた声。ガチャリというドアノブを握る音。ノブを回す音はしない。
ここまで無理にドアを開けようと人間はいない。なので、ドアノブに塗り付けた接着剤を握ったのは金糸雀だった。
「本当にひっかかるとはね…」
真紅としては誰にも入ってほしくないという意思表示だったのだけれど。
「ドアの下に接着剤はがしが落ちてるわ。負けを認めて帰るなら使っても良いわよ」
まるで勝負みたいな風に言ったのは、金糸雀と七月に勝負をした事があったからだ。
金糸雀は勝負に関しては潔いので、これですんなり引き下がるだろう。
しばらくドアががちゃがちゃと音を立てる。けれど、やっぱり手がはがれなかったらしい。諦めたような沈黙。
「これがホントの門前払い。って上手くもないかしらー!」
走り去る軽い足音。あきれかえったジュンの声。
「おまえなぁ…涙目だったぞ金糸雀」
不謹慎だけれど、ほんの少し笑えてしまった。

のりは水銀燈と一緒に現れた。
「水銀燈さん」
「こんにちわ、ジュン君」
ジュンがまず真紅の態度を二人に説明していた。
ジュンが水銀燈と話をしているだけでも、胸がざわついた。自分の弱みを水銀燈に見せるなんてありえない。
「真紅ちゃん、あのぅ…」
のりの困り声。
「今は誰にも会いたくないの。のり、わかって頂戴」
ジュンが一時期のりに向けていたのと同じような態度だとは真紅は気がつかない。
そして割り込むような、落ち着いたノックの音。
「真紅、開けてもらえないかしら?」
水銀燈の言葉にも真紅は冷静な声で返事をしようとした。けれど失敗した。
「入ってこないで!」
この日真紅は初めて声を荒げた。声を荒げるつもりなんて無かったのに自分でも驚くほど大声が出た。
金糸雀の時にはいくらでも取り繕う余裕があった真紅が、最初から余裕の無い敵意ばかりの言葉を向けていた。
少しの沈黙。
ジュンとのりが面食らったような顔をしているのは簡単に想像できた。けれど、水銀燈はどんな顔をしているのか。
静かな水銀燈の声がした。その感情は真紅には読み取れなかった。
「そう…しかたないわね。扉越しで悪いけれど、あの日の事は謝るわ。ごめんなさいね」
それでも真紅は無言でい続ける。何が何でも、水銀燈とだけは話さないつもりだった。
扉の前では水銀燈はのりとジュンにも謝り、のりとジュンが何度も水銀燈に謝っていた。
水銀燈がいなくなってから、真紅は枕を思い切り殴りつけた。何に怒っているのかなんて自分でも分からない。
ただ苛立ちと怒りと屈辱感で真紅の胸は一杯だった。荒々しく涙を拭う。

結局ジュンは面会時間が終わるまで、ドアの前にいた。



腕を無くしてしまったにしても、真紅は全くいつも通りに見えた。
昨日は面会拒否状態だったと翠星石がジュンに聞いていたのに、顔色も良さそうだ。
「廊下で君の同級生達に会ったよ」
「ふうん、そう」
「また、気のない返事ですねぇ」
「まぁね」
翠星石のあきれた声。真紅と苦笑いを向け合う。
真紅の冷たい言い方に蒼星石は『おやおや』とでも言いたげに眉を上げた。
まぁでも、真紅の反応も仕方ないかなと蒼星石は思う。
さっき話した同級生達は、真紅の事を『お姫様』というあだ名で呼んでいた。おそらく真紅の知らないところで。
陰口ではないのだろうけれど、面白がっているような調子。
翠星石と真紅の話が盛り上がり始めるのを横目に蒼星石はお見舞いの品を取り出し始めた。

29謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:02:02 ID:???
真紅の部屋を出た後、翠星石はほんの少し俯き加減で、早足に歩いた。押し殺していた怒りが込み上げて来たのだろう。この情の濃さが翠星石の良さだと蒼星石は思っている。蒼星石にそこまでの熱さは無い。
「おかしいですよ真紅も、あの同級生達も」
「そうだね。でも、僕たちもあの同級生達と同じだよ」
「翠星石が真紅を面白がってたっていうんですか!?」
「そうじゃなくって、ただのお見舞いしか出来なかったところ」
小さく、あぁ。と翠星石は呟く。
「そうですね」
結局翠星石も蒼星石も普通の見舞いしかできなかった。
真紅の心は開かなかった。翠星石のはげましは上滑りし、そのうち会話は他愛のない方向に逸れて行った。
「結局さ、真紅が僕たちに傷ついた姿を見せたくはないみたいだから」
表面上は翠星石の気持ちに同調してる風を装いながら、蒼星石は言った。
「私たちにはどうしようもない、ですか。でも…」
翠星石は簡単には割り切れないようだった。
「うん」
翠星石の気持ちに同調するように蒼星石は深く頷いた。
(翠星石と真紅って、本当は気が合うんだろうな)
なんてったって、好きな人が同じ人になるくらいだ。
翠星石と真紅の間には桜田ジュンという対立点がある。
もしも翠星石がジュンに恋する前に真紅と合っていれば仲良くなっていたのだろうが、現実はそうはならなかった。
今となっては、翠星石は真紅への思い入れを深めるべきじゃない。
翠星石が真紅を気遣ってジュンを遠慮してしまう可能性の枝は断ち切るべきだ。
表面化していないだけで、二人は恋敵なのだから。
「僕たちは真紅の誇りを尊重するべきなんだよ」
言いながら、蒼星石はとある映像を思い出した。
祖父一葉のツテを使って、真紅が主演する予定だった映画『未来のイヴ』の資料を見せてもらったことがある。まだその映像はイメージショットでしかなかったが、すでに真紅は恐ろしいほど美しかった。
翠星石がアリスに最もふさわしいと考える蒼星石ですら、美しいと認めざるを得ないほどに。


だから。
この墜落は幸運だ。


真紅は傷ついたときほど一人になりたがる。それは誇り高さなのだろうけれど、そればかりでは気遣う方もやがて疲れて諦める。
(このまま、真紅が失意のうちに頑なになってくれれば、ジュン君が翠星石の物になる可能性は上がるよね…)
「そっとしてあげるのが一番だよ。僕たちが騒ぎ立てることが真紅にとっても一番辛いんじゃないかな」
「そう、ですよね」
悲しそうな翠星石に蒼星石は手を出す。翠星石と指を絡めて手を握る。
しばらく、無言のまま歩いた。
真紅よりも翠星石の幸せが優先する。
これでいいはずだ。
なによりもジュン君の心を射止めることが翠星石の幸せのはずだ。
翠星石がぽつりと言う。
「蒼星石と翠星石だけはいつだって一緒ですよ」
蒼星石もそれに続く。
「うん。翠星石と僕はいつまでも一緒だよ」
お父様が亡くなった時に二人で泣きながら交わした約束を二人はもう一度繰り返した。

病院の駐車場から送迎の車が発進するころ、蒼星石の視界に緑色の髪の毛が入り込んだ。
あの髪の色をしているのはこの街では金糸雀一人しかいない。用件はやっぱり真紅だろう。
(金糸雀は僕を軽蔑するかな?)
ふと、心にそんな言葉が湧いた。言い訳気味に付け加える。
(僕が真紅を傷つける訳じゃない)

30謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:02:49 ID:???



なにも、金糸雀は毎日門前払いを食らっている訳ではない。
真紅はこの入院生活の中でも平然と落ち着いている姿を見せたいのだから、誰でも丁重に扱うのは当然と言えば当然だけれども。
たいていの日ではちゃんと部屋まで通してあげたし、淹れた紅茶も飲んであげた。
世間話だって少しはするし、チェスで負かしてやる時もあるし、くんくん探偵の凄さを教えて上げないでも無い。
それでも眠れない夜を過ごした後は、目が赤いから誰にも顔を見せたくないだけだ。

ただ、部屋に入れてもらえないときの方が、金糸雀がはりきっているのは気のせいではないと思う。
扉越しに金糸雀が声をかけてくる。
「急に部屋に入れてくれないとか…あなたって本当に気まぐれな猫みたいかしら」
もちろん金糸雀は真紅が扉を開けない理由など知らない。
ついでに自分が真紅を猫扱いするという地雷を踏んだ事にも気づいていない。
最初の接着剤をドアノブにつけた時に勝ち負けを持ち出した事から、単純に真紅がちょっとした勝負を仕掛けて来たのだと思っているようだった。
「三度目の挑戦、受けてもらうかしら真紅。『序曲』!」
今回はヴァイオリンの音色で真紅に自分から扉を開けさせる作戦らしい。

一曲目の時の拍手は二つ。ジュンと、よく金糸雀にくっついてくる小さな薔薇水晶。
「ほら、真紅も見に来てみろよ、指の動きとか凄いぞ。参考になる」
ジュンが本当に感心したような声を上げていた。
「なんの参考よ」
そのせいでついつい言い返してしまった。
「野ばらのプレリュード!」  
確かに金糸雀の弾くヴァイオリンの音色はすばらしかった。その証拠に、一曲ごとに拍手の数と音が多くなって行く。
自由に歩ける患者がだんだんと集まりだしているらしい。中には小児科の患者だろう子供の声も聞こえる。
「お客さんも集まり始めていよいよ盛り上がって来たかしらー。次、うなだれ兵士のマーチ!」
三曲目が終わる頃には、金糸雀はすっかり上機嫌だった。聴衆の評判がいいと、素直にテンションが上がるらしい。
「くんくん探偵歴代OPEDメドレー!さぁ真紅さくさく出てこないと聞き逃しちゃうかしらー!」
「そこでなにをしているの!」
厳しい中年女性の声。確か佐原とかいう看護師だ。
病院の廊下で人だかりを作れば、何事かと駆けつけた病院関係者にしょっぴかれるのは当然だろうに。

こんこん。
ドアをノックする控えめな音。
「誰?」
聞き取るのも難しい、たどたどしい声。
「か、カナお姉さまの…ヴァイオリン…気に入りません…か?」
「演奏会を開けるくらい上手いわよ」
「…じゃあ…出てきても…」
「ヴァイオリンの音なんて扉越しでもはっきり聞こえるわ」
微かに『あ…』と呟く声が聞こえた気がした。

最後にジュンがぼやいた。
「そりゃそうだよな」
「ほんと…お間抜けね」
その日初めて真紅は笑った。
「ジュン、金糸雀に伝えて頂戴」



ジュンが見つけた時金糸雀は病院内の喫茶店でめぐと薔薇水晶と一緒にいた。
「あ、ジュンかしら」
自分に気がついて笑顔で挨拶してくる金糸雀の目が少し赤いので、ジュンはよけい申し訳ない気持ちになった。
「真紅から伝言なんだけど…」

31謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:04:08 ID:???

「貴女なんかが一生かかっても私に勝てる訳無いでしょこのばかばかばかばか。わかったらさっさとあきらめなさいな」
「かしらー!」
喜怒哀楽のあらゆる表現が「かしら」で表現できるのはある意味うらやましいな、とジュンは思った。
激怒する金糸雀は駆け出して行った。行き先は当然真紅の部屋だろう。
あわあわした顔で薔薇水晶がその後ろを追いかけて行く。
「真紅ちゃんって本気でカナちゃんに来てほしくないの?」
「そうですけど」
「だとしたら結構子供っぽいのね」
どう考えても今の言葉は逆効果でしょう。とメグの顔が言っている。
ジュンとしては
「ええまぁ…」
と言葉を濁すしかなかった。



塞ぎ込み立ち尽くすものにとって、日々はあっというまに過ぎてゆく。
誰に対しても丁寧で気丈に振るまい、そして心を開かない真紅の対応は当然のように見舞客を減らした。
それでも金糸雀は毎日放課後に顔を出し、菓子を持参しては食べながらしゃべった。部屋に入れてもらえない日も無謀な作戦で玉砕を繰り返した。
そしてジュンはその倍、静かに真紅の傍にいた。

毎日来る見舞客は二人だけになった。



今日は珍しく金糸雀が来なかった。
そしてジュンから微かに漂う程度、翠星石の花のような香りがした。今までもジュンがスコーンを持ってくる事はあったし、別に翠星石がジュンを好きな事くらい知てるから別にどうという事も無い。
金糸雀には金糸雀のジュンにはジュンの生活があるのだから、当然の事だし、というかなぜ自分がわざわざこんな事を考えないといけないのか。
真紅は病院内の喫茶店の中にいた。喫茶店といっても、簡素で小さいものだけれど。香りの薄い紅茶を一息で飲み干し、ため息をついた。
あまり自分の病室に戻りたくなかった。
最近、あの病室に一人で座っていると、小さい頃に部屋で一人きりだった事を思い出してしまいがちだった。
お父様は生まれたときから家にいなかったが、母親はある日蒸発してしまった。
自分一人がらんとした部屋に居た時の感触が真紅には今だに忘れられない。
もう自分の周りに誰もいないが、それでも母親の「一人で家を出ては行けない」という言いつけを守って、真紅はずっと家にいた。
槐が真紅の元を訪ねて来たのは、母親が蒸発してから数日後。そろそろ食料も尽きかけていたので、槐が来なければそのまま死んでいた可能性が高かった。
お父様の事を知ったのも、閉め切った家を開いた槐に連れ出されてからだ。
そこで垣間見たお父様の栄光は、親の愛情一つ持たない真紅にとって唯一の心の支えだった。だから真紅はアリスを目指して来たのだ。
ローゼンを偲ぶ会に出席した事が桜田の家に貰われるきっかけになった事や、当時の真紅を知る槐さえ、真紅が入院してから一度も見舞いに来ない。それが自分の暗い考えを裏付けているように真紅には感じられていた。

アリスにでもならない限り、自分の周りには誰もいてくれないのだ。
あの独りで居た家が怖くて逃げ出したくて、必死であがいてアリスを目指し、結局あの一人の部屋に戻って来たのではないか。
鬱々とした考えに泣きそうになってしまったが、誇り高い真紅はもちろん、人前で涙を流す事を自分に許さなかった。
ちょうど背後を歩いてくる気配があったので、店員に向かって言う。

「紅茶を」
「ずいぶん不機嫌そうね」
近づいて来ていたのは店員ではなくて、メグだった。
そのまま許可も取らずに真紅の向かいに座る。
「ちょっと」

32謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:04:53 ID:???
真紅が抗議の声を上げた時、メグは手を挙げた。
「店員さん紅茶二つ、あとフィナンシェも一つ」
しかめ面でメグを軽くにらむ真紅に対して、メグは平然と
「まぁまぁ、おごるわよ」
と言った。
メグはじっくりと話したそうだったが、真紅にそんな気はない。
「金糸雀の事なら、からかってれば面白いだけよ」
「なんのこと?」
「貴女が金糸雀を気にかけてる事くらいわかるわよ。おそらく水銀燈の頼みでしょうけど」
メグは困ったような表情をしたが、真紅の性急さにつきあう事にしたようだった。
「あの娘に哀れみとか悪意は無かったでしょう」
「たしかにそうだわ」
「怪我人にだろうと怒れるのはあの娘くらいのものよ」
メグはそういうと少し笑った。
紅茶とフィナンシェが届き、真紅はフィナンシェを一口食べる。
「カナちゃんにローゼンの記憶は無いわよ」
「まぁ、あの調子じゃ記憶に残っていないでしょう」
「ひどい言い様ね」
メグは意外そうな顔をした。
「べつに今の事を評したんじゃないわ」

メグも知らないだろう、ローゼンを偲ぶ会に出席した時のこと。
あの時、一日中堂々としていた水銀燈の表情が崩れたのは一度だけ。
会も終わって、出口に向かっている時、金糸雀が不思議そうに言った言葉。
「なんでおとうさまおきないのかしら?」
水銀燈の顔が歪むのを見たのはあの時だけだ。
知らない子に見つめられている事に気がついた水銀燈は、すぐに表情を繕い直したけれど。

真紅は紅茶の水面だけを見ていた。
「貴女は仲直りさせたいようだけれど、それは無駄よ。私たちが仲良くすることなんて誰も望んでないもの」
「そんなことはないでしょ。現にカナちゃんだって貴女と仲良くしたいでしょうに」
「じゃあ、なんでお父様は私たちを一つ屋根の下に住まわせなかったの?」
真紅の声は異常なまでに押し殺されていて本当に真紅の声なのか、メグは一瞬耳を疑った。
誰も、ではなく本当のところはお父様。
「私たちは知り合えば知り合うほど戦いは避けられないでしょう。あの一番のん気な金糸雀だって私と相対するときは勝負を持ち出さずにはいられないのだから。今の関係だから、あの程度の遊びで済んでいるのだわ」
真紅がメグを見た。
「関係が深くなればなるほど、思いが強くなればなるほど、私たちの戦いは深さを増して、やがては大事なものを傷つけるのよ。そうじゃなかった時なんて無いもの」
その上目遣いの視線は年上のメグをたじろがせるほど鬼気迫っていた。
メグは自分の肌が火であぶられるような錯覚を感じた。反射的に身が竦む。メグは紅茶のカップに指をかけていたので、皿とぶつかって耳障りな音を立てた。
「…だから貴女と話なんてしたくなかったのよ」
真紅は席を立ったが、吐き捨てたその言葉は投げやりで力が無かった。
「何かあるとは思ってたけど…」
独り言を言って、喉が渇いている事に気がついた。メグはひどく汗をかいていた。
色々と金糸雀が真紅のところに来るように最初の暴力沙汰をごまかしたり、ひそかに金糸雀を応援して来たのは失敗だったかもしれない。
あの目つきの裏にある異様な怒りと絶望。それは元々、真紅が持っていたものだ。学生時代の水銀燈が垣間見せた物によく似ている。ただ、その後の投げやりな様子を考えると、メグは暗澹たる気分になった。
水銀燈の人形作りにあたるものが、アリスを目指すという事だったのだろう。負の感情を転化はけ口を失い、真紅が本格的に心のバランスを崩し始めているように思える。
他人の出る幕ではなかったのかもしれない。そう思えて、メグはため息をついた。
水銀燈は金糸雀が脳しんとうを起こす事になった日に、これ以上見舞いには行かせない様にしたがっており、それを押しとどめたのがメグだ。
金糸雀に見舞いを禁止しないかわりに、メグはこれ以上金糸雀が真紅に何かされないか注意することになっていた。
金糸雀はメグと偶然良く会うと思っているが、そうではない。水銀燈の心配を少しでも減らすために、メグが部屋から出てくるようにしていた。

33謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:05:44 ID:???
もっともメグは真紅がそういう事をするとは思えなかった―金糸雀の意識が戻ったときの表情を見れば子供でもわかる―ので、部屋の中までついて行く事はしなかったが。
影に病院と外の人間の間のつじつまを合わせ、日向に金糸雀を励まし真紅を煽る。
金糸雀が真紅のお見舞いに行くことを一番強く後押ししていたのはメグだった。
「…あの塞ぎようをなんとかしたかったけれどね」
もう真紅の入院生活も一月近くなる。退院の日が近づいて来ていた。

四 薔薇乙女の戦い

今朝、園芸用品を運ぶために使ったスポーツバッグは重たいので地面に置き、壁に背もたれるようにして蒼星石は立っていた。
蒼星石は学園の玄関で翠星石を待っていた。普段はジュンが病院に向かってから、翠星石が園芸部に戻ってくるのだが、今日は園芸部自体が珍しく活動日ではなかったので、蒼星石がここで暇をつぶしている。
ジュンに会っているので、最近の翠星石は部活動の時間が少し短い。ただ園芸部はもとより部長の恋路を応援しているから、特に問題はなかった。強いて言うなら翠星石が蒼星石以外の誰にも自分の気持ちがバレていないと思っている事ぐらいか。
今日の翠星石はいつもより遅かった。それ自体はジュンと一緒にいる時間が長いという事なのだから蒼星石には喜ばしい。
やはり真紅の精神は荒れているようで、ジュンの表情も張りつめがちになっていたから、翠星石の手作りお菓子とちょっとした会話はジュンにとってもいい息抜きになっているようだった。
休日に一緒に出かけた事もある。さすがに二人っきりとはいかず、蒼星石も呼ばれたけれど。
当日にちゃっかりジュンの横をキープする翠星石の背中を見て、蒼星石は少し笑ったものだった。
別に何をしたわけでもないけれどほんの少し、覚悟を決めた甲斐があったと思う。
なにもかも順調だった。

コッコッコッ。なんだか気忙し気な、堅い靴音。

蒼星石の前に現れたのは音楽の教師だった。金糸雀にヴァイオリンの指導をしようとしては逃げられているらしい。
彼女が苛ついているのは一目見ただけで分かった。
「科学部の部長を見なかった?」
不機嫌さを押し殺せていない声。
わざわざ名前を呼ばないあたりに彼女の不機嫌さが伺える。元々この音楽教師は神経質で生徒を管理したがる傾向が強い。正直、金糸雀との相性は悪そうだ。
「金糸雀の事なら見ませんでしたけど?」
「ああ、そう」
蒼星石が答えると、そのまま音楽教師は踵を返して校内に戻って行った。
その様子をみながら失礼な人だな。と思う。おかげで少し感じていた優等生的良心の呵責が和らいだ。
スポーツバッグを3分の1ほど開く。
「もう出て来てもいいよ」
「…た、助かったかしら」
ぴょこん、と金糸雀の顔が飛び出して来た。スポーツバッグの気密性が高いせいで金糸雀の顔は真っ赤だ。
玄関で翠星石を待っていたら、いきなり金糸雀が駆け込んで来たのがほんの5分前。
「けれど、バッグに隠れるっていう発想がよく出てくるね」
呆れ半分、感心半分といった調子で蒼星石は言った。
「昔はよくこうやって運ばれたもんかしら」
よくわからない過去にも興味は惹かれたが、蒼星石は質問せずに携帯を取り出す。
「ちょっとそのままでいてね」
キャリーバッグから犬が顔を出しているみたいで少し可愛い。ちなみに蒼星石は犬が好きだ。
蒼星石は金糸雀を携帯で撮った。
「ふう…さて、と」
携帯をしまって、蒼星石はスポーツバッグを全開にして金糸雀に手を貸した。
制服の上から愛用の鋏を触る。人の心も鋏一つで断ち切れればいいのに。

バッグから出て、背伸びしている金糸雀に蒼星石はなにげなく聞く。
「今日も真紅のところへ行くの?」
「うん」
「ほぼ毎日通っているんだよね。僕は金糸雀がこんなに長くお見舞いを続けるなんて思ってなかったよ」
「やー、それほどでもないかしらぁ」
金糸雀は照れたように手を振る。
「凄いよ。なかなか出来る事じゃないし」

34謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:06:46 ID:???
合わせて蒼星石も微笑んで、それから表情を少し曇らせる。
「ただ少し心配なんだけれど、その…真紅はそれを喜んでいるのかな?」
「あー、正直一回たりとも嬉しそうには見えないかしら」
金糸雀の表情も情けなさそうな物に変わる。
「そっか…僕たちが言う事じゃないかも知れないけれど、真紅はそっとしておいてほしいのかもね」
「蒼星石にも言われるし、やっぱりそれが一番いいのかしら」
「他の人にも似たような事を言われたんだ?」
「おねえちゃんとか、ばらしーちゃんに槐さん、巴に雛苺、翠星石にも」
金糸雀の目が少し潤んで来たように見える。
「真紅と共通の知人ほぼ全員だね」
「みっちゃんには言われてないもん」
「ごめん、気に障ったなら謝るよ」
むくれる金糸雀を気弱そうに宥める。
(あの子は君の理解者でいたいだろうからね。そりゃあ、反対なんてしないさ)
話が逸れてしまうような、棘のある事は言わないように。
蒼星石は本当のところ、こういうすっきりしないやり方は嫌いだ。でも、今手持ちの武器は言葉しか無い事を理解していた。だから蒼星石はためらわない。
「でも、草笛さんは今の真紅の落ち込みようは知らないから」
細い蜘蛛の糸をひっかけるように、慎重に。
「カナだって、蒼星石の考えが真紅に一番優しいことは知ってるかしら」
「それじゃあ、なにが納得できないんだい?」
「うーん」
考えている時でも金糸雀は賑やかにうなっていた。

チェスで追いつめられた時と同じような悩み方だ。いつもの勝ちパターンが見えて蒼星石は少しほっとした。
金糸雀が考え込んだところで予想外の手を打ってくる事はほとんどない。やがて自分に理が無い事を悟って、こちらの考えを認めるだろう。
(蒼星石の考えが真紅に一番優しい、か)
蒼星石はやはり、金糸雀は甘いと思う。チェスの時から薄々気がついていたが、金糸雀は人の悪意にひどく鈍い。
ある程度合理的に考える頭があるのに異常なまでにチェスに弱いのはそれが理由だ。
あらゆる人の金糸雀への制止が真紅への優しさから出ていると考えているあたり、その癖はチェスだけの物ではなさそうだった。
蒼星石にとって、それぞれが金糸雀を止める理由はだいたい見当がつく。
例えば、水銀燈が金糸雀を真紅の元に行かせたくないのは、自分と真紅の関係が第一容疑者と被害者だからだ。
そうじゃなきゃ、彼女の事だ。ジュン君の引きこもりを治した時みたいに、自分が前に出て来ていないとおかしい。
水銀燈に真紅への優しさなんて一片も無い。人形展の顛末を見ていた蒼星石にはそう断言できる。正直に言えば警察と同じく、真紅の右腕を切断して隠したのは屋敷を熟知した水銀燈以外にあり得ないとすら思っている。
水銀燈はただ、逆恨みした真紅に金糸雀が傷つけられないか心配しているだけで、それを大っぴらにしないのは警察へのポーズと金糸雀に余計な心配をかけたくないからだ。

「あ、そっか」
特に感情がこもっていない平坦な声に、蒼星石は注意を戻した。その声と同じ静かな表情が蒼星石に人形展の人形を思い出させる。
ただあの時と違い、目の前の金糸雀の静かな表情が妙に苦しそうに見える。
蒼星石がこの時思い出せなかったことは、あの人形に対して人はそれぞれ思い思いの物語を見ていた事。
自分は今、鬼のような表情を無理矢理隠していると信じている蒼星石は、苦しそうな表情をしていたのが金糸雀ではなく、自分だったことに最後まで気がつかなかった。
金糸雀はすぐにいつもの元気そうな表情で続ける。
「仲良くなれるのが一番いいけれど、きっとカナは、なにより真紅を知りたいからかしら」
「それは君の我が侭だよ」
蒼星石はたしなめるような調子に切り替える。
「それは、そうかしら…」
「わかっているならなんで、真紅の負担になるような事をするんだい?」
「だって、今ほうっておいたら、真紅と話せなくなるわ」
放っておけば真紅が自分の殻にこもりがちになるだろう事を、金糸雀はなんとなく気がついていたらしい。
金糸雀はいたずらを叱られおる子供のように上目遣いで蒼星石を見ていた。

35謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:07:38 ID:???
「前にジュンと一緒に真紅の病室に行った事があるんだけれど」
「ジュン君と?」
「その時に二人は喧嘩したわ。でも…その二人を見てカナも姉妹なのに、ジュンの方が真紅とずっと家族だなって思ったの」
「ご家族に任せようと思わないのかい」
「カナだって姉妹かしら」
「…ぁあ」
このまま、金糸雀の行動は我が侭であり、真紅の事を考えるべきだと諭せば、金糸雀の行動をやめさせる事が出来た。
「…その気持ちはわかるよ」
けれど蒼星石はそうする事をやめた。
蒼星石も姉妹だからだ。
その後は他愛も無いチェスの話をしていたような気がする。
「姉妹だから、か」
蒼星石にとって、その言葉が一番胸に突き刺さる。
断ち落とせないばかりか、金糸雀の成功を応援したい気持ちになってしまった。気づかされた事は分かりやすい。
「僕は嘘もなれ合いも好きじゃない。真紅だって傷つけたいわけじゃない」
でも、戦う事をやめていいのか?蒼星石の懊悩は止まらない。そもそも真紅もまた、好戦的だ。
あのまま真紅が咲き誇れば他の姉妹はすべて圧倒されていたのではないのか。
やめるべきなのか、どうか。迷いが生じて蒼星石は今『断ち落とす』ことは保留することにした。
けれど、ジュンの心に二本も薔薇は咲かないだろう。
金糸雀が真紅の閉ざされた心をどうする事も出来ないだろうけれど…。
考えがどうにも支離滅裂で、ただただ気が滅入るので、蒼星石は今考える事をやめることにした。
黄金の鋏を取り出して、そっと撫でる。いつも持ち歩いている愛用の鋏。
それは生まれた時にお父様から贈られた、大切な鋏だ。鞄に入ったドレスと同じ、ただ二つのお父様からの贈り物。
鋏を顔の前に持ち出して、蒼星石は頭を垂れた。鋏が額に当たり、祈っているかのような姿勢になる。
つらい時や苦しい時、蒼星石はいつもこうやって痛みをしのいできた。
静謐な時間が過ぎる。
  
ふわりと、香水の香りがした。
今日の朝、翠星石がつけていった香水の香りだ。
「おまたせですぅ」
「おかえり、今日はどうだった?」
翠星石はその一言に顔を赤くする。
翠星石がやってくる頃には、蒼星石はいつもの調子を取り戻していた。
それから続くジュンに関するあれこれを蒼星石は微笑みながら聞く。
翠星石とジュンが仲良くなりだした事を蒼星石は好ましく思う。
そしてなによりも恋に胸弾ませる翠星石は美しい。誰よりも。どの薔薇よりも。
満開に咲く翠星石を誰よりも身近に見られる事が蒼星石には嬉しかった。
だからこれが相思相愛になり、咲き誇る二人の愛はさぞかし美しいに違いない。
それを身近に見るために蒼星石はこの恋路を全力で応援して行きたかった。
その嬉しさに嘘偽りの無い事もまた、蒼星石には嬉しかった。



「メグさん、こんちわかしら」
「あら、今日は特に元気ね」
メグと金糸雀はいつものように病室の前で会った。
金糸雀の頬が赤いのは今日がよく晴れているからという訳ではなさそうだった。
「チェスで、蒼星石がすっごく良い手を教えてくれてたから遂に真紅に勝てそうかしら」
「それは凄いわね。ぜひ勝って欲しいわ」
メグは真紅のためにも、その色々な勝負とやらで一度は金糸雀に勝って欲しかった。
どうみても、真紅にとって金糸雀は他愛も無い相手扱いされているように見えるので、真紅の中で金糸雀の存在感を増して欲しいのだ。そうやって、真紅が自由の身になってからも、この調子で関わり合うくらいの関係になって欲しい
後ろから、鈴の転がるような綺麗な声が割り込む。

36謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:08:26 ID:???
「聞き間違い?私に勝つですって」
後ろに真紅が居た。左腕で肩にかかったツインテールを払う仕草が様になっていた。
「上等よ」
「上等かしらー!」
景気よく金糸雀が言い返す。
(頑張ってね) 
メグは真紅の部屋に入って行く金糸雀の背中に心で声援を送った。
姉妹に勝つ事が真紅の矜持であるから、それがさらに傷つけられた時に真紅がどうなるのか、メグは気がつかなかった。

金糸雀からの又聞きだけで、真紅の打ち筋を把握できる蒼星石のチェスの実力は相当に高いようだった。
「チェックかしら」
金糸雀のワクワクした気持ちを押さえ込めていない声。それは、王と女王を同時に狙う一手。
「っ…やってくれるじゃない」
真紅の打ち筋は蒼星石のように定石を理解した打ち方ではなく、その地頭の良さに頼った打ち方をしている。
だから、まるで蜘蛛の巣の罠のように見えづらいその殺し手に気がつかなかった。
真紅の戦法は常に女王を軸に据えた攻めの姿勢。主要の敵駒のほとんどを女王に刈り取って来た。
だから、突然女王を倒された意味は大きい。真紅は善戦したが、それが限界だった。
「チェックメイト」
「…逃げられないわ…」
「やったーかしらー!」
金糸雀は快哉を上げた。
「私の負けね」
真紅はただ事実を呟いた。悔しいが平静を保っているのではなく、その声に力は無かった。
「そ、そんなにへこむ事も無いかしら。ほら、これでやっとカナの1勝8敗だし」
もちろん、真紅は金糸雀の言葉等気にしていない。
「私はこんなにも弱かったかしら?」
ほんの少し不思議な気持ちになって、真紅は手の中で女王を弄んだ。
「いやほら、女王を倒したあの手筋も蒼星石のまねっこかしら。この手もさっき蒼星石が教えてくれただけだし」
いずれ、こうなるような気がしていた。もはや自分は完璧とはほど遠い何かなのだし。
目の前の負けにすら奮い立つ物を感じない。割れた器のように、ちぎれた腕の先から気力が全て漏れだしているかのようだった。
ほんの少し前には全てに手が届く様な気がしていたのに、今は心に奇妙な脱力感しか湧いてこない。
腕を失った喪失感は日常の中でこんな感情へと進化していた。唯一自分を支えていた、普段通りに振る舞うというささやかな見栄と現実逃避も折れてしまえば、胸の内にある空虚を直視するしか無い。目の前に広がる事実を、真紅は褪めた気持ちで眺めていた。
ここにあるのはただの残骸だった。
もはやアリスにはたどり着けず、奮い立つ心さえ失って、もはやなにもない。なにもかも手に入れるつもりで結局自分はここに戻って来た。
狭い何も無い部屋。母はおらず。父もいない。ここに居るのは何者でもない。
狭い狭い鞄の中、しまわれて誰も気がついてくれない。
「は」
真紅の震える腕が持ち上がり、神経質にこめかみの辺りを掴もうとして、何かにぶつかった。
いつのまにか、金糸雀が真紅の頬を触っていた。真紅の腕は金糸雀の手にぶつかったのだ。
そうして我に返らなければ、真紅はそのまま自分の髪の毛を掻きむしっていただろう。
女王が床に落ちた。
「金糸雀…?」
真紅は悪夢から目が覚めてから、始めて目の前の人間に気がついたように金糸雀の名前を呼んだ。
金糸雀の眼から一筋、涙がこぼれた。
「なんで、貴女が泣くのよ…」
呆れた真紅から、少し枯れた声が出た。
「貴女はもう私に勝ったんだから満足でしょう、さっさと帰りなさいよ」
「いやかしら」
「ほっといてよ」
「泣いてる真紅をほうってなんか行かないかしら」
真紅が泣き止むまで、金糸雀はずっとそこにいた

37謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:09:34 ID:???
西日が射して真っ白な部屋は茜色に染まりきっている。気怠いのはこの時間のせいだと思いたいけれど、そうはいかない。
「もう本当に来ないで頂戴」
鼻声で真紅は言った。金糸雀はリンゴを剥いていた。
泣き止んで、真紅はベッドの上に三角座りをしていた。体は金糸雀の方に向けているが、膝に顔を埋めて、赤い目は金糸雀から逸らしている。
「結局、私と貴女の間にあるのは戦いだけよ。私たちは知り合えば知り合うほど戦いは避けられないのよ」
「そうかしら」
「たとえ笑い合う関係になっても、きっと私は心の底で貴女に勝ちたい、負けたくないと思うわ」
金糸雀は不思議そうな顔をした。
「別にそれでいいと思うけれど…?」
「それでいい?」
なにか、金糸雀と自分の間に大きなズレがあることに真紅は気がついた。そう言えば、これまで取り繕う事に夢中で金糸雀の考え、というより、金糸雀自体を全く気にした事がなかった。
「戦う事がカナと真紅を繋ぐ絆なら、戦えばいいかしら」
「今までもこれからも私たちの間にはそれしか無いのよ。それでなにかが生まれるとでも?」
「生まれないかもだけど。それがカナと真紅の絆なら、それでいいかしら」
「どういうこと?」 
金糸雀は首を捻った。自分自身はっきりと考えた事は無かったらしい。
「だって、カナと真紅って張り合ってばっかりでしょ?」
「そうね」
ここまでは同じ考えみたいだけど。と真紅は考える
「そしてカナと真紅は家族じゃないかしら」
「きっとカナと真紅は今日から会うのをやめても、お互いにあんまり困らないわ。カナにはおねえちゃんがいて、真紅にはジュンがいるでしょ?」
「そうでしょうね…私たちは友達でもなく、家族でもないもの」
「でもカナは真紅を無視したりなんてできない。家族じゃなくても、姉妹だもの。離ればなれでも意識し合えるなら、きっといい事かしら」
しばらくの間。
「私はきっと凄く嫌なやつなのだわ。だって姉妹の誰よりも成功したいし、誰が失敗しても嬉しいのよ」
「真紅は姉妹の失敗を願うほどねじけてないかしら。だってとても誇り高いもの」
「…」
「どうしたの?」
「なんでもない。そう…金糸雀は勝っても負けても戦い続ければいいと思っているのね」
「あ、そんな感じかしら」
「私は完璧に勝ち続けなければならないと思う」
「よくわからないけれど、疲れないかしら」
「疲れたわよ。ちょっとこっちに来て頂戴」
真紅に手招かれて、金糸雀もベッドの上、真紅の隣に座った。真紅の上半身は傾いで倒れ、そのまま金糸雀の膝の上に収まる。
驚いている金糸雀を、真紅は上目遣いで見た。
「ねぇ、貴女は水銀燈の事をなんて呼んでいるの」
「おねえちゃんかしら」
「ふぅん…」
真紅は心底どうでも良さそうに返事をして。
「たまには私もおねえちゃんに甘えてみてあげるわ」
などと、気のなさそうな振りをして言う。金糸雀は真紅の横顔が真っ赤な事に気がついて、クスクス笑った。
「真紅がお姉さんなのに、これじゃあべこべかしら」
少し意外そうに、真紅の流し目が金糸雀を見た。
「そう、そんなことも知らないのね」
真紅は意味ありげに呟いてみせた。
「私は貴女の妹よ。貴女より年下だもの」
「えぇ!!でも真紅は学年が上かしら?」
「飛び級よ」
「へ?」
「アリスだったらそれぐらいできなきゃダメでしょ」

38謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:10:11 ID:???
少しむくれた顔で、真紅は言う。アリスという名前を気軽に出せるような心境の変化に気がついてるのかどうか。金糸雀はしばらくぽかんとしていたが、やがて言った。
「どうりで体もちっちゃいわけかしら」
「貴女よりは高いけどね」
「う」
金糸雀の顔がおもしろかったので、今度は真紅がくすくすと笑った。
頭に金糸雀の温もりを感じながら、真紅は自分の左手を見た。
「そう、本当は貴女に色々と話したい事があったのだわ」
「なにかしら?」
「人形を壊してしまった事とか、ジュンとノリの事とか…」
「全部聞くかしら」
飾り気の無い、金糸雀の返事が降ってきて、ぽつぽつと真紅は話始めた。くんくん探偵の事、人形を壊してしまった事への謝罪、桜田の家の事、自分の事。
ただ話し、聞いてもらう。ずっと姉妹としたくて、やがては諦めてしまった事を真紅はしていた。
ぼうっと眺めるその手のひらに姉の輪郭が思い出された。夕日に照らされた部屋の中で、真紅の手は橙色をしている。
そうやって真紅は自分が人形でない事を知った。



家に戻ってからくると、もう夕日が落ちる頃だった。着替え等を入れた紙袋を扉の前に一度置いて、ジュンが部屋をノックすると「入っていいかしら」と金糸雀の控えめな声がした。
部屋に入ると金糸雀がベッドの上に座っていて、唇の前で人差し指を立てている。そしてその膝枕で真紅が眠っていた。
「聞いたかしらジュンジュン」
金糸雀は妙に楽しそうだった。とりあえずハイテンションな人物が苦手なジュンはそれだけでちょっとたじろいだ。
「な、なにをさ」
「真紅はカナ達より年下なのね。ということは、ジュンはお兄さんのような気持ちで真紅に接していたのかしら?」
ジュンは頭をかいた。
「こいつはいつも下僕だって言うけどね」
「いいお兄さんかしら」
「そっちこそ、上手くいったみたいじゃないか」
恥ずかしかったので、ジュンは話題を変えた。
「うん、はじめて真紅と話せたかも」
「どんな話?」
「姉妹のないしょ話」
にんまりと笑う金糸雀にあわせて、ジュンはちぇっ、と呟いてみせた。
「こいつ、案外子供っぽいだろ?頭いいくせに意地っ張りで偏屈で、変なところマイペースだし」
ジュンと金糸雀は二人して苦笑した。二人の真紅に注ぐ眼差しはあくまで優しい。
「意固地なところがあるけれど、可愛い妹かしら」

39謎のミーディアム:2009/07/15(水) 02:11:53 ID:???
以上です。
60行ぐらいしか書き込めない仕様なのかな。
5レスくらいで終わるかと思ったら案外長かった…。

40相関図ジェネレータで遊ぼう!:2009/07/30(木) 21:01:58 ID:SeN/2ty.
気の迷いで姓名判断ジェネレータの続編を作ってしまったものの、
スレは勃ってないし、勃ってたところで規制されてるはずなんで、
ぼそぼそとこちらに投下しまつ。

ちなみに前回もそうでしたが、
全て実在するサイトの、実際の鑑定結果を使用しております。

それと今回はNGワードは無い…はずです。

41相関図ジェネレータで遊ぼう!:2009/07/30(木) 21:03:52 ID:SeN/2ty.
め「…あー、ひどい目に遭った…。1リットルくらい吐血したかしら」
銀「お下劣過ぎて罰が当たったのよぉ。めぐは少し自主規制しなさぁい。…あらJUM、この上のほうにある小さい字はなぁに?」
J「なになに、【語呂】【略語】【漢字】【紅茶】…30個くらいあるけど、もしかしてこれ全部ジェネレータかな?」
紅「えっ、紅茶? JUM、それを開きなさい」
J「(ステッキを構えるなよ)はいはい。…えーと、ニコ動の垢が必要? 残念、僕は持ってない」
紅「ああ…何てこと…何てことなの…」
J「じゃあ適当に…これやってみるか。【相関】」
薔「……これはどんなじぇねれーた?」
J「ええっと【相関図ジェネレータ】…2〜5人の人間関係の相関図…?」
翠「!ピコーン」
蒼「どうしたの姉さん怪しい顔して?」
翠「ふっふっふっ。このかわいいかわいい翠星石がおもしれーこと思いついたですよ」
金「前置きが長げーからとっとと本題に入るかしら」
翠「う、うるせぇですチビカナ! ええっと、今ここには男が一匹しかいませんね?」
蒼「…あー、そういうことね」
雪「つまり、JUM様と全女性陣の関係をジェネレータしようということですわね?」
翠「け、結論を先取りするなですぅ! ま、まあ、早い話がそういうことですぅ」
雛「おなかすいたのー。JUMー、のりー、うにゅーないのー?」
の「…あらあらごめんなさい、切らしちゃってたわ」
巴「じゃ雛苺、不死屋に行ってこようか」
雛「不死屋行くのー! うにゅーなのー!」
の「ごめんなさい巴ちゃん、みんなの分買ってきてもらっていいかしら? お代はみんなから徴収しておくから」
巴「判りました、いいですよ」

42相関図ジェネレータで遊ぼう!:2009/07/30(木) 21:04:33 ID:SeN/2ty.
J「はいはい、判りましたよっと。で、誰からやるんだ?」
紅「さっきの姓名判断は思いっきり笑われたから、水銀燈とめぐをやりなさい」
J「おっけー。まずは水銀燈っと」


【すいぎんとう】――【心の友】――【じゅん】


翠「こ…心の友?」
雪「言葉で語らずとも通じ合う、そんな関係ですの?」
紅「違うわね。むしろ『ねぇ僕たち【心の友】と書いて【しんゆう】だよね?」みたいな関係なのだわ」
銀「…なにそのやばいフラグ」
J「なにそれこわい。じゃあ次は柿崎」


【めぐ】――【弟子】―【師匠】――【じゅん】


蒼「……師弟関係ってことかな?」
め「何なんだろう? 『水銀燈をもてあそぶ会』とかだったらあたしが師匠になるはずだけど」
雪「あらめぐさん、そのような素晴らしい会を主宰なさっておりますの? 是非私も加えてくださいまし」
薔「…それは絶対楽しそう。ばらしーも加わる」
銀「………あ・な・た・た・ち・ぃ?」
J「悪いが僕は加担しないからな。さて次は誰にする?」
紅「ではJUMがランダムで決めなさい」

43相関図ジェネレータで遊ぼう!:2009/07/30(木) 21:05:18 ID:SeN/2ty.
J「じゃあ…雪華綺晶・薔薇水晶姉妹いってみるか。まずは雪華綺晶」


【きらきしょう】――【同志】――【じゅん】


紅「タワーリシチ?」
の「あらあら真紅ちゃん、それはスレチよぅ」
雪「ああ、やはりJUM様も『水銀燈をもてあそぶ会』の同志ですのね……!」
銀「……き・ら・き・ぃ?」
金「『水銀燈をもてあそぶ会』って、こいつらだったら絶対【ピンク板行き】な事しそうかしらー」
J「だから僕は加わらないってば。次は薔薇水晶」


【ばらすいしょう】――【ライバル】――【じゅん】


薔「……やっぱり、JUMは銀ちゃんをもてあそぶライバル」
銀「…………ば・ら・し・ぃ?(プルプル)」
J「頼むから、水銀燈の背中から青白く燃え盛るドラゴンが生えてくる前に止めてくれ。それに僕はやらないって」
紅「その時は、貴方だけは守ってあげるから心配要らないのだわ。次に行きなさい」

44相関図ジェネレータで遊ぼう!:2009/07/30(木) 21:06:18 ID:SeN/2ty.
J「じゃあ真紅」
紅「えっ」


【しんく】――【盗聴仲間】――【じゅん】


紅「なっ……盗み聞きだなんて、そんなはしたないことはしないのだわ!!」
薔「……これは」
雪「決まりですわね」
め「なるほど〜真紅は『水銀燈をもてあそぶ会』が【ピンク板行き超特急】な事してるのをJUMと一緒に盗聴してるのね!」
銀「(ぶち)…………めぐ! きらきー! ばらしー! そこに直りなさぁい!!」


〜〜ただいま映像が乱れております。しばらくお待ち下さい〜〜


め・雪・薔「あばばばばばばばばばばばばばば」
の「水銀燈ちゃん落ち着いて、徳用ヤクルトあげるから」
銀「……ふー、ふー……」
金「やっぱ水銀燈の破壊力はパネェかしらー」

45相関図ジェネレータで遊ぼう!:2009/07/30(木) 21:07:03 ID:SeN/2ty.
蒼「とりあえず次いこうよJUM君」
J「じゃあ翠星石と蒼星石、順番に行こうか」


【すいせいせき】――【店員】―【客】――【じゅん】


J「すいませーん、糸杉の苗木ください」
翠「はーい、一株1,050円ですぅ……って何をやらせるですか! しかもよりによって糸杉ですか!」
J「ぶべら……手加減して」
翠「糸杉の花言葉は『絶望・悲嘆・哀悼』ですぅ。覚えときやがれですぅ」
蒼「姉さんもノリノリだったくせに」
金「まぁそこに転がってる簀巻き三匹よりはマシかしらー」
J「気を取り直して、次は蒼星石」


【そうせいせき】――【攻】―【受】――【じゅん】


J「ブーーーーーーーーーッ」
金「これってまんまJUMがMで蒼星石がSかしらー」
蒼「こういうのは僕よりむしろす…ゲフンゲフン、真紅じゃないかなぁ」
紅「……蒼星石、ちょっと表に出るのだわ」
蒼「だ が 断 る」
銀「…のりさん、ヤクルトおかわり」
の「はぁい」

46相関図ジェネレータで遊ぼう!:2009/07/30(木) 21:07:44 ID:SeN/2ty.
J「あとは金糸雀にのりと外出組だな。じゃあ金糸雀いくか」


【かなりあ】――【元恋人】――【じゅん】


金「カナ、JUMに捨てられたかしら……JUM酷いかしら……」
J「濡れ衣だ! ってか捨てる前に付き合ってねー!」
翠「お? いいんですよJUM無理に隠さなくても。ヒッヒッヒ」
蒼「そうだね、まさかJUM君にこんな甲斐性があったとは思わなかったね」
J「やかましー! 次のり行くぞ」


【のり】――【元恋人】――【じゅん】


翠「こ…こいつ実の姉すら捨てやがったですか? とんでもねー色欲魔ですねぇヒッヒッヒ」
J「ちょっ…その言い方は誤解を広げるだろ」
の「あらあらJUM君、これってあたしたち爛れた関係よぅ?」
J「のりまで誤解を招くような言い方をするなー!」
巴「ただいま〜」
雛「ただいまなの〜」
J「お、あの二人帰ってきたか」
雛「うにゅ〜いーっぱい買ってきたのー。…うよ? いもむしさんが転がってるのー」
め・雪・薔「むぐむぐ〜」
銀「 バ カ 共 は 放 っ と き な さ ぁ い 雛 苺 」
雛「(うゆ…水銀燈おっかないの…)」
巴「まあまあ落ち着いて水銀燈。不死屋新作の『ヤクルト餡の苺大福』買ってきたから食べようよ」
銀「あらぁ巴ありがとぉ」

47相関図ジェネレータで遊ぼう!:2009/07/30(木) 21:08:29 ID:SeN/2ty.
J「ちょうどいいや、最後に柏葉と雛苺をやってみよう」
金「ちなみにみんなの結果はかくかくピチピチかしら〜」
雛「まるまるベリベリなのー。JUMは酷いのよー」
J「だ〜か〜ら〜。とりあえず柏葉いくか」


【ともえ】――【遊び】―【本気】――【じゅん】


翠「…二人もヤリ捨てたJUMに本気を出させた挙句自分は遊びとは、ですぅ……!」
紅「…巴、恐ろしい子!」
巴「えと、あの、その…」
銀「いい感じねぇ巴、その調子でJUMを躾けていけばいいのよぉ」
J「…おまえらなぁ…」
雛「JUMー! ヒナもヒナもー!」
J「判った最後は雛苺だな」


一分後、JUMはパンドラの箱を開けてしまったことを後悔することになる。


【ひないちご】――【ロリータ】―【ロリコン】――【じゅん】


〜了〜

48水銀燈のファーストキス:2009/08/25(火) 03:16:26 ID:/aQzw1dM
「なあ、水銀燈」
「どうしたのぉ?ジュン」

朝の登校時間。私はジュンと毎朝一緒に学校に行っている。
何故なら私たちは・・・

「僕たちって、恋人同士だよな?」
「えぇ、そうねぇ」

いきなり何を言い出すんだろう?
ジュンがこんな話をするなんて、今迄一度も無かった。

(まぁ、面白そうだし聞いてあげよっかな)

「水銀燈、話聞いてる?」
「え、えぇ聞いてるわよぉ。それで何?」
「僕たち恋人同士なのに、一度もキスしたこと無いよな」
「・・・えっ、ええぇぇぇぇ!!!」
「うわぁっ!!いきなりでかい声出すなよ」
「ご、ごめんなさぁい・・・」

(い、いきなり何言い出すのよぉ・・・)

キス。ジュンとキスをすることなんて、考えたことも無かった。
恋人と言えど、幼馴染からの延長みたいなものだ。
だから、付き合うことになっても、そんな事ジュンとする気には、どうもなれなかった。
鏡を見たら、自分はすごい顔をしてるに違いない。自分でも分かるくらい、顔が熱い。

「あっ!HRまで5分しか無いじゃないのぉ!!急ぐわよ!ジュン!」
「え?ほんとに?・・・って、待ってくれよ!水銀燈!」

取りあえず、逃げれたが、問題は解決していない。
その日はもう、全然駄目だった。とてもじゃないが、集中などできない。

「はぁ・・・」
「・・・銀ちゃん」
「ひゃあっ!驚かさないでよ!おばけかと思うじゃないのぉ!ばらしー!」
「・・・銀ちゃん、何悩んでるの・・・?」
「べ、別に悩んでなんかないわよぉ。
  乳酸菌を毎日摂ってる私に、悩み事なんてあると思うぅ?」
「・・・それは関係無いと思うけど・・・」
「まぁ、いいわ。で、私が悩んでたらどうするのよぉ?」
「・・・もちろん、名探偵ばらしーが銀ちゃんの悩みをぱぱっと、
  解決してあげよう・・・!」
「探偵ごっこで解決するんなら世話無いわよぉ・・・」
「・・・じゃあ、さっそく聞き込み調査に行こう!」
「ちょっと!?人の話聞いてるぅ!?というか、何の事か分かってるのぉ!?」
「レッツゴー!!」


それからどした?


「・・・ふむふむ、つまり銀ちゃんはジュンとのキスで悩んでる訳だね?」
「いきなりあんなこと言われたら、誰でも驚くわよぉ・・・」
「・・・意気地無し」
「え?なにぃ?」
「なんでもな・い・よ♪」
「そぉ?」

49水銀燈のファーストキス:2009/08/25(火) 03:17:25 ID:/aQzw1dM

(なんか、ばらしーのテンションがおかしいわぁ・・・)

「・・・取りあえず、他の人にも相談してみたら?私もついて行ってあげるから」
「あなたがついて来る必要ないでしょ。まぁ、いいわぁ。行きましょう」
「・・・やっぱり、ついて来て欲しいんだ・・・」
「べ、別にそんなんじゃないわぁっ!!」


それからそれから?


「まずは翠星石と蒼星石ねぇ」
「あ、見つけた。おーい」
「やぁ、水銀燈に薔薇水晶。二人揃って歩いてるなんて、いいの?」
「いいのって、何がよぉ?」
「ジュンをほったらかしにしといて、いいのかってことですぅ」
「・・・今日はたまたま・・・」
「ふーん・・・ところで何か用ですか?」
「うん・・・実はね・・・」

キングクリムゾン!

「へぇー、ジュンくんにキスを迫られたんだ」
「・・・?別にいいじゃねぇですか?」
「実際に迫られたら緊張するわよぉ」

まぁ、緊張するとかの問題じゃ無いんだけれど。

「しゃーねーやつですぅ。蒼星石が今から手本を見せてやるですぅ」
「え?翠星石、手本って何・・・?っていうか、僕・・・?」
「もうすぐ、アレが来るですぅ。蒼星石は普通にしていたらいいですよ。」
「アレって何よぉ?」
「うん・・・私も分からない」

アレと言えば、とてつもないスピードと、恐るべき生命力、
そして、飛行能力まである某生態兵器しか思い浮かばないけれど・・・
そんなことを水銀燈が考えていたその時――!

「あ、蒼嬢――――!!」

ああ、アレとはこいつのことか。
こいつが来て何になるの?

「ほら、来たですぅ。手本を見せてやるですよ!蒼星石!」
「ええっ!?何をすれば・・・取りあえず、えいっ!」
「ぐはっ」
「ふふっ、流石我が妹ですぅ。くらえっですぅ!」
「がはっ」
「いつもいつも、蒼星石をストーカーしてっ!キモイですぅ!止めを刺してやるですぅ」
「ここからが本当の(ry」

「付き合ってられないわぁ・・・」
「うん。頼ったことが間違いだった」
「あ、すいぎんとーと、ばらすいしょーなのー!」
「あら、こんな所で会うなんて偶然ね」

(真紅と雛苺・・・この二人もちょっと・・・ねぇ)ヒソヒソ
(銀ちゃん、この際誰でもいい。とりあえず話してみよう)ヒソヒソ
(余り気は進まないけど・・・仕方ないわねぇ)ヒソヒソ

50水銀燈のファーストキス:2009/08/25(火) 03:17:52 ID:/aQzw1dM

「どうしたの?水銀燈?」
「実はねぇ・・・」

キング(ry

「あ、貴方達、そんなはしたない事をしていたの!」
「まだしてないわよぉ!(というか、この反応・・・)」
「・・・で、結局どうすればいいと思う?」
「そんなこと、私には答えられないのだわっ!」
「・・・やっぱり。一応聞くけど、雛苺は何かいい方法思いつく?」
「セッ○スすればいいのー!」
「「「!!!」」」

(セッ○スって、無理に決まってるじゃないっ!)
(うはwwwwktkrwwww)
(・・・・・・)ポカーン

「というか雛苺、そんな事誰から聞いたのだわっ!」
「うゆ〜かなりあから聞いたのー」
「どんな説明を受けたのぉ?」
「男女の仲が悪くなりそうな時、喧嘩してるときとかにする事なのー!」

(行為自体の説明はしてないじゃないのぉ!)

「雛苺、これから人前でそんな事を言っては駄目よぉ」
「なんでなの〜?」
「だ・め・よぉ」
「は、はーいなの〜」ビクッ

(((金糸雀、後で絞める)))

「はぁ〜あ・・・結局参考にもならなかったわぁ」
「ドンマイ銀ちゃん。あ、私ジュース買って来るね」
「はぁい・・・」

(どうしようかしら・・・)
ファーストキスはジュンにならあげてもいい。
けど、あと一歩という所で踏み出せないのだ。
(けど、恥ずかしがっても仕方が無いわぁ。よし、決めたわぁ!)

「お〜い、水銀燈ー」
「って、ええぇぇぇぇぇぇ!!!」
「僕が呼ぶ度に驚くなよ・・・結構傷つくんだぞ?」
「あっあのぉジュン?」
「ん?どうした?」
「あ、朝の事なんだけれど・・・」
「水銀燈、朝の事って?」

(頑張れ!私!勇気を出すのよぉ)
(水銀燈!頑張るかしら〜!)
(そこですっ!押し倒せですぅ!)
(翠星石!?押し倒せなんて言っちゃ駄目だよ!)
(ドキドキ・・・)チラッ
(すいぎんとー、がんばるの〜)
(銀ちゃん、今だよ、ジェットストリームアタック!)
(お腹空いた・・・)

・・・
「って、貴方達なんでいるのよぉっ!!」
「ばれたかしら〜」
「この意気地なし!なんで押し倒さないですか!」
「翠星石!まずいよ!逃げよう」
「いいものが見れたのだわ。後もう少し見たかったけれど」
「取りあえず、にげるの〜!」
「銀ちゃん、晩御飯はお赤飯炊くね」
「晩御飯はハンバーグがいいですわ」

皆、思い思いの事を言って、ささっと逃げていく。

「貴方達・・・待ちなさぁーい!!」

結局、水銀燈はキスが出来ないのでした。

「あれ、僕、出番これだけ?」

51謎のミーディアム:2009/08/25(火) 03:19:42 ID:/aQzw1dM
>>48>>50で以上です
こんな夜中に何やってんだ俺は・・・

52謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:35:13 ID:???
「薔薇巴 裏輪その一 ―心を開けない少女―」
【切なさで】【心折れそう】の56-61の続きを投下します

53謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:36:41 ID:???
 雛苺に詰め寄る小さな男の子2人――それでも巴達よりはいくつか年上であろう少年達。
 そして「どっか行けよ。俺たちがここで遊ぶんだからな」と、理不尽な退去命令を突き付けられる雛苺――。
髪の色や喋り方が変だ、という子供らしい意地悪な理由で雛苺は、以前から近所の子供達に苛められていた。
 その為、彼女に友達は一人もいない。声を掛けても相手にされないどころか、酷い嫌がらせを受けるのだ。

「でもでも、公園はみんなで遊ぶ場所じゃないなの?」
 おどおどしながら少年達に反論するが、彼等は2対1という優位な立場の元、その理不尽さに拍車を掛けていく。
「ここは日本人の国、そして、この公園は日本人のもんだ。外人は出て行けよ」
「ひ…ヒナは日本人なのよ……」
「嘘つけ、その髪の色と変な喋り方が何よりの証拠だろ」
 雛苺は目にうっすらと涙を浮かべ、少年達はそれを満足そうに見やりながら暴言を無造作に投げ付ける。
「ヒナが金髪なのは、お母様がフランス人だからなの。でも、お父様は日本人なのよ?」
「日本人だったら、その髪の色や喋り方をちゃんと直して――って、なんだよ、お前は?」

54謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:37:14 ID:???
 そこへ「もう、やめてください」と割って入ったのは小さな巴。
 彼女の幼い少女には不釣り合いな冷えきった瞳に見据えられ、少年達はたじろぐ。
 だがそれでも、すぐに調子を取り戻し、1人の少年が、自分達の前に凛と立ちはだかる巴に迫り、掴み掛かった。
「邪魔すんじゃねえよ!」

 しかし、次に聞こえたのは「痛い、痛い」と、泣きわめく少年の悲鳴。
 腕を巴に捻り上げられた少年の歪んだ顔からは、苦痛の涙と謝罪の声が零れる。
 それでも巴はやめなかったが、雛苺の「トゥモエ、もうやめてなの!」の一声で少年を解放した。

「トゥモエ、助けてくれてありがとうなのー」
 走って逃げて行く少年達を見送りながら、雛苺は巴に礼を言う。
 その言葉に巴は嬉しくなったが、次の雛苺の一言に疑問を抱く。
「あの子の腕、大丈夫かな、とても痛そうだったの…。トゥモエ、折ったりしてないよね…?」
 その時、巴は、彼女が何故、いじめっ子達を気遣うのかが理解できなかった。

「それじゃ、私はもう行きますから…」
 巴は、雛苺にそう告げると、公園の外へ向かう。
今日、伝えたかった事は、また今度、伝えよう――そう思いながら。

55謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:39:04 ID:???
 だが次の瞬間、そのプランは破棄される事となる。

「待ってなの!……ねえ、ヒナとトゥモエは友達だよね?友達になれたよね?」

「……うん」
 雛苺の声に振り返った巴は、言いながら笑顔で頷く。その照れた頬を、夕焼けが微笑ましく隠していた。


 これまでに感じた事のない喜びを味わいながら、巴は、我が家の戸を開ける。
 だが、そんな彼女を迎えてくれたのは、説明しようのない未知なる不安だった。

――お父様の声が聞こえる、そう思いながら辿った廊下の先で、ベジータが誰かと電話で会話をしている。
 彼は、巴を認めると、そこで待っていろ、と、目で合図を送った。
 
 やがて、長電話を終わらせた父の顔は、いつにも増して険しく、自分の娘を見据えた。
「貴様に話がある」と、謎の怒りに満ちた父の声は、巴を戸惑わせる。

「雛苺、と言ったか、あの子は。もう、あの子と付き合うのはやめるがいい」
 唐突な言葉に、巴は「何故ですか?」と、抗議するが、父は娘の質問に答えない。
「お前が一番よくわかっている事だろう。2度は言わん、あの子とはもう関わるんじゃない。これは命令だ」

56謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:40:01 ID:???
 それだけ言い終えると、ベジータは巴をその場に残して自分の部屋へ行ってしまった。

――雛苺は昨日、お父様が認めてくれた友達なのに、今日、お父様は、彼女と関わるなとおっしゃった……。
 どうして父にああ言われたのかが分からずに、部屋に戻った巴は、1人考え込んだ。

 その日に答えは出なかったが、後日、巴は偶然、井戸端会議に専念している婦人達の会話を耳にした。
 それは、巴が雛苺の命令で少年達に乱暴を働いた、という内容だった。
その少年達とは、先日、公園にて雛苺に嫌がらせをした2人の少年達である。

 どうやらあの少年達は巴の事を知らないわけではなかったらしく、彼等がそう告げ口したのか、
或いは大人達が間違って解釈したのか、ともかくあの出来事は雛苺が全て悪いという事にされていた。

 巴は、すぐその場で婦人達に雛苺の無実を話したが信じて貰えず、哀れむ視線の前に晒されただけだった。
 巴の父――ベジータも同様で、娘の話などに耳を貸さず「あの子とは関わるな」の一点張りだ。

 それでも巴は、雛苺と会うのを止めなかった。その代わり、大人を信じる事を止めた。

57謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:41:15 ID:???
 雛苺の溢れる愛らしさと優しさは、とても甘く、巴の心を常に満たしてくれる――。
それの為に大人達への信頼を捨てるなど、小さな巴にとって容易い事だったのだ。

 以来、巴は父とあまり会話をしなくなった……父の寂しげな姿を見ても、何も思わなくなった……。
 いつの間にか巴の心の奥に、厳格だった父の姿はなく、雛苺の優しい笑顔が一輪、寂しげに咲いていた――。


 やがて、小さな巴は小学校に入学。何もかもが初めてな筈の学校で、慣れ親しんだ雛苺の姿を見つけた。
 そこでわかったのは、彼女が同い年で同じクラスだという事、彼女と毎日会えるという事、だ。
巴は驚きこそしたものの、嬉しさがそれ以上の割合を占めていたのでこれを喜んだ。
 
 普段、近所の子供達からは敬遠されている為、いつも2人きりの付き合いだった巴と雛苺。
 そんな彼女達も、学校生活に慣れていく内に、雛苺の人懐っこい性格が功を奏したのか、
決して多くはない数ではあるが、3人、4人、と仲良しの幅を徐々に広げていった。
 雛苺以外との交友に積極的ではなかった小さな巴も、この頃は他人に対しても少なからず笑顔を見せていた。

58謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:42:10 ID:???
 それは、巴達が3年生になったばかりの頃――。
 下校の時刻、雛苺が何やら探し物をしている。やがてそれを見つけた巴は、勿論、彼女に声を掛けた。
「雛苺、また靴がなくなったの?」
「うん……」
 巴を一瞬だけ見つめた後、寂しげな笑顔を見せる雛苺は、力なくそれに答える。

「いい加減、先生に言おう?これは間違なく嫌がらせよ」
「うん、でも……」
 巴は、痺れを切らしたように雛苺に訴える――。
というのは、ここ最近、雛苺の靴が消えてしまう事件が続いているからだ。
 靴が消えるだけでなく、いつの間にか教科書やノートが破れていたり、鞄に穴が空いていたり、と、
雛苺は毎日のようにこんな目に遭っている。
 巴も、前からこれが苛めだと把握し、犯人を探しているのだが、未だに誰がやっているのかわからない。
 間抜けな教師達の手を借りるのは癪だけどないよりは良い、と判断した巴は、
雛苺に、一緒に言いに行くように何度も薦めているのだが、彼女は何故かその度に渋る。

そんな巴達の元へ、2人の少女達がやって来た。
「ヒナちゃん、巴ちゃん、どうしたの?」
「私達、これから帰るとこなんだけれど、一緒に帰らない?」

59謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:43:42 ID:???
 2人共、巴達と仲良しのクラスメイトだ。一年生の頃から友達になり、今に至る。

「麻生さん、鳩山さん、実は、また雛苺の靴がなくなってしまって……」
「またぁ?これって絶対、苛めだよ」
 麻生という名の、口が斜めにつり上がっている少女は、巴から事情を聞くと、腰に手を当てながら憤って見せた。
「ヒナちゃん、私達もまた探すの手伝うからね?だから暗い顔しないで」
「うん、鳩山さん、ありがとなのー……」
 鳩山と呼ばれた少女は、産卵期の鮭のように大きな目玉をギョロつかせながら雛苺を優しく慰める。

「麻生さんも、鳩山さんも、本当にありがとう……」
「いいって、いいって。巴ちゃん、私達は友達じゃん?」
 その後、手分けして探すも雛苺の靴は見つからず。
 巴は、麻生達に先に家へ返るように伝え、雛苺と2人でこの事を担任の教師に報告したが、
明日の朝の会で取り上げるから今日はもう帰りなさい、とだけ言われ、職員室を追い出されてしまった。

「雛苺のお父様やお母様は今日も迎えに来てくれないの?いくらなんでもあんまりだわ」
 雛苺は今日も靴無しで下校する事になる、その事に耐えられない巴は、不満の言葉を漏らした。

60謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:44:25 ID:???
「お父様も、お母様も、お仕事が忙しいから仕方ないの。でも大丈夫なの♪今日も上履きで帰れば…あ――」
 雛苺がふと見た窓の外では、残酷な雨音が、巴達には聞こえないように、景色を濡らしながら鳴り響いている。
それはまるで、逆境に対して無理に明るく振る舞おうとする彼女を否定するかのようだった――。


「トゥモエ〜。大丈夫?重くない?ヒナはいいのよ?足くらい汚れたって別に……」
「大丈夫。私、こう見えても体力はある方だから」
 小さな友達を背負って歩く巴、そして小さな友達に背負われながら借り物のビニール傘を差す雛苺。
そうして2人は、心を寄せ合う光景を描きながら、決して短くはない帰路に就く。

 だが、2人がすれ違う人の群れに、手を差し延べてくる聖人はおろか、感動してくれる観客すらいない。
 小さな巴は、その事を前々から知っている、だから、雛苺にこう言った。
「雛苺、私がいる限り、あなたは1人じゃないから」
 止む事を知らない雨景色の中、巴は、彼女の悲しみがどうか零れてしまわないよう、何度も繰り返し言った。
 雛苺は、巴の見えない所で何度も頷きながら彼女に一言だけこう伝えた。

61謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:45:15 ID:???
「トゥモエも独りじゃないのよ。だから泣かないでね」
「え――?」
 一瞬、小さな巴は何を言われたのか理解できなかったが、雛苺の高らかな声は、直も続く。
「それに、麻生さんや鳩山さんも友達なの。それから、阿部さんに小沢さん、小泉さんだっているのよー」
 見えないながらも雛苺の甘い笑顔は巴に伝わっていたので、
「ヒナ達は独りじゃないなの」と声高に宣言する雛苺に、
「うふふ、そうだね」と、巴は、ほほ笑みながら静かな声で返し、その日を終えた――。


 その翌日、掃除の刻。小さな巴は、焼却炉の前で苦しそうに転がりもがく少女達を見下ろしている。
 ある者は腹を抑え呻いており、またある者は頬を紫色に腫らして泣きじゃくっている。
 全部で5人いるが、皆、雛苺が友達として接していた子達で、麻生や鳩山という名の少女も含まれている。
 これらの事は全て巴がやった事――武に関してはそこらの中学生をも凌ぐ彼女にとって造作もない事だった。
「許して、ごめんなさい」と地べたを舐めながら哀願する少女達を、
その小さな踵で踏みにじる小さな巴の頭の中では、彼女達が口走っていた言葉が何度も再生されていた。

62謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:46:10 ID:???
「さっさと燃やそうよ」「早くしないと先生が来ちゃうよ」「ほんとあの言葉遣いキモいよね、自分で可愛いと思っ
てんのかな?マじキもい」「見てるとほんとムカつく。何やらせてもトロいし」「なんで学校来るのかな。こんな目
に遭ってまで、あいつ頭悪過ぎだよね」「何にも知らないで私達の事を友達だと思ってるからかかかららね。笑える
るるる」るるる死死死ね嫌ばいいのに聞きたくなんで」」あんな奴ないやめ生まてれてくるやめわけ?「ろやめ「言
葉ろや遣いめろがや」め可「愛ろやキモめろいやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめ――


 その日の放課後、事の発見者である雛苺の口添えもあってか、巴は教師達に叱られただけで済んだ。
 そして、朝の会の時に生野菜サラダをも凌ぐあっさり感で締めくくられてしまった苛めの問題は、
教師や生徒達の間で再び取り上げられる事などなく、この事件をきっかけにすっぱり解決したかのように終わった。
 雛苺に対する苛めはなくなった――。しかしそれと同時に、雛苺は巴と共に畏怖のまなざしの対象となり、
彼女達に進んで近付くクラスメイトは誰一人としていなくなった。

63謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:47:02 ID:???
 それが何故かをきちんと知っている雛苺。だけど彼女は人を恨むという事を知らなかった。
 苛めの犯人を知った時も雛苺は「ヒナはもっと人に好かれるよう努力したいのー」と明るく言い、
それを聞いた巴は、雛苺の不可思議だけど前向きな優しさを、しみじみと受け入れた――。

 以来、小さな巴は誰も信じなくなった……ただ一人を除いては――。
――雛苺さえいればそれでいい。他人も、父も、私には必要ない。
 その思いだけで生きる事にした小さな巴の心には、やはり、雛苺の笑顔が一輪、寂しげに咲いていた――。


『――モエー、トゥモエー!トゥ・モ・エ!』
「……えっ?何?」
 突然、雛苺の呼ぶ声に、思い出の世界から呼び覚まされる巴。
 巴の左手には、しっかりと彼女自身が握られている。日本刀の姿をまとった雛苺自身が――。

『しっかりしてなの!今日もお仕事なのよー。あの子のハートをうにゅーの甘さで満たすのー!』
 小さな少女――過去の自分。今では、彼女は、墓標として巴の心にしっかりと刻み込まれている。

64謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:48:19 ID:???
 彼女が生まれた事が、まだ人の姿であった雛苺のお陰なら、
彼女が死んだのは、刀と化した雛苺のお陰なのかもしれない。巴は、それを今更、思ったのだった――。


 大きくなった巴は、、愛刀であり親友である雛苺と共に、これからも色々な人間と出会い、接する事になる。
そこにあの濃い影で染められた過去の自分はきっといない。
 そして雛苺は、ある時、そんな巴の為に人の姿を捨てて刀の姿となる道を選んだのだが、
それに関して後悔などまったくしていない。そして、これからもする事はないだろう。
 たとえ、それが誰かに仕組まれたものだという事を知ったとしても……。


裏輪「愛する友へと捧げた道」へ続く

65謎のミーディアム:2009/09/03(木) 02:49:26 ID:???
以上

66謎のミーディアム:2009/09/28(月) 00:23:01 ID:GTVMC7j2
今更のこのこと、投下します

けもみみ☆もーど!

67謎のミーディアム:2009/09/28(月) 00:23:36 ID:GTVMC7j2
すっかり定番にもなってきた、桜田家での作戦会議。
プロの自宅警備員によってセキュリティーを固められたジュンの部屋に、彼女達は集まっていました。
ジュンが「何で僕の部屋なんだよ…」といった表情をしているのは、いつもと同じです。

ですが、部屋全体の雰囲気は、いつもとは違っていました。

真紅の頭に付いているイヌミミは、楽しそうにピコピコ動いたりしていません。
それどころか、ちょっと緊張しているのか、ピーンとなっています。

真紅の隣に座った翠星石も、ギリリと歯を食いしばりながら機嫌の悪そうな顔をしていました。
いつもならブンブン動いているふかふか尻尾も、怒っているみたいにパシパシと地面を何度も叩いています。
そんな、今にも暴れだしそうな翠星石の正面には蒼星石が、何だか気まずそうな表情で座っています。

いつもとは違う、とってもピリピリとした空気の原因は、蒼星石の隣。真紅の正面に座った彼女です。


「で、わざわざこんな所に私を呼び寄せておいて……さっさと用件を言ったらどうなのぉ?」
苛立たしげにネコミミをピコピコさせている水銀燈。

ずっと敵対していた彼女が居たのでは、和やかな雰囲気にならないのも仕方の無い事でした。

とってもピリピリとした、重苦しい空気が流れちゃっています。
あまりの緊張感に、何だかジュンも居心地が悪くなって、小さく咳払いなんかしちゃいます。
真紅も水銀燈も表情は動かしませんでしたが、その音に頭の上ではケモミミがぴくっと動きました。

それを見ていたジュンは「こいつ…動くぞ…」と内心呟きましたが、どうでも良いです。



     ◇ ◇ ◇  け も み み ☆ も ー ど !  ◇ ◇ ◇



真紅も、ストレスが原因で現実逃避し始めたジュンの精神状態が気にはなりましたが……
それでも、気にしてないフリをしながら、落ち着いた表情を崩しません。

テーブルの上に置いてある紅茶のカップを持ち上げ、一口。
それから……
「ええ。私と貴方に関する、とっても大切な話よ」
真紅は真面目な表情で水銀燈の目を真っ直ぐに見つめながら、そう口を開きました。

「薔薇水晶は、私のイヌミミや貴方のネコミミを狙って再び行動を起こしてくるに違いないわ。
 だから水銀燈。ここは互いに協力し合っ……」
「お断り」
交渉決裂です。

いきなりな水銀燈の言葉にも、真紅は落ち着いた表情を崩しません。
ですが、頭の上ではイヌミミが、ぷるぷると怒りに震えていました。

「……ねえ、水銀燈。
 せめて話を最後まで聞くくらいしたらどうなの?」
「聞く必要も無いわよねぇ?
 どうせ、手を組もうだなんてくだらない提案でしょう?」

真紅も水銀燈も、何だか普段より優しい声で喋っていました。
隠そうとしても隠し切れない怒りの感情が、逆にヒシヒシと伝わってしまっています。

68謎のミーディアム:2009/09/28(月) 00:24:27 ID:GTVMC7j2
またしても、ピリピリとした沈黙が流れるだけの時間が来ちゃいました。
ジュンが胃の辺りを悲しそうな表情で押さえています。


そんな重っ苦しい空気に耐えかねたのか、イライラした表情の翠星石が大きな声で叫びました。
「やっぱり翠星石の言う通り、こんな奴は袋叩きにしてシメるのが一番ですぅ!」

蒼星石が真面目な表情で、そんな翠星石をなだめます。
「落ち着きなって、翠星石。
 せっかく水銀燈が来てくれたんだから、ちゃんと話し合いをしようよ」

「ですが!こいつは蒼星石に酷い事しやがったですよ!?」
「ネコミミを千切られた時は、確かにすごく痛かったけれど……もう、いいんだ」

蒼星石は水銀燈に千切られたネコミミの跡を、そっと撫でながら答えます。
それから、納得できないのか尻尾の毛を逆立てている翠星石に、蒼星石はそっと微笑みかけました。
「僕にとっては過ぎ去った事よりも、どうやって翠星石を守るかの方が大切なんだ」

翠星石は、ちょっと恥ずかしそうに「うぅ〜…」と唸りながら口元を尖らせてしまいます。

嬉し恥ずかし翠星石の表情に、蒼星石は少しだけ微笑んでしまいます。
それから「だから……」と前置きして、真面目な表情で水銀燈へと視線を移しました。
「家来になれなんて言うつもりはないんだ。あくまで対等な関係で。
 薔薇水晶の脅威を退けるためにも、僕達と一緒に闘って欲しい」


真面目っ子に真っ直ぐな眼差しで見つめられた水銀燈はというと、やっぱり機嫌の悪そうな表情。
というのも……

確かに、悪い提案ではありませんが、ここで「そういう事なら、よろしく」というのは嫌です。
プライドが許してくれません。
以前、ピンチの時に真紅が助けに来てくれた時の借りもあります。
ですが、その事を真紅の目の前で言うのも嫌です。
プライドが許してくれません。

なので、水銀燈は苛立たしげにネコミミをピコピコさせながら、すっかり考え込んでしまいました。


ちょっとしたきっかけで話は進みそうではありましたが、そのきっかけが見つかりません。
話し合いは、またしても気まずい沈黙を漂わせるだけになっちゃいました。


その時です。
ずっと空気扱いだったジュンが、冷や汗を流しながらも気を使って、控え目な声で言いました。

「そ…そんなに結論を急がなくてもさ……ほら、時間はあるんだし……」
今日はもう解散にしたらどうだ。とジュンは言うつもりでした。
ですが、それより早く真紅が口を開きました。

「そうね。何か飲みながら、ゆっくりと考えましょう。ジュン、紅茶を淹れてきて頂戴」

まだ続けるつもりか、とジュンはキリキリしてきた胃の辺りを押さえます。
それでも、一時的にとは言え、このピリピリした空気の部屋から出られるなら。
ジュンがそう考えて立ち上がろうとした時です。

「なら、翠星石が準備するですよ」
「そうね。ジュンも何だか体調が良くないみたいだし、お願いしようかしら」

翠星石と真紅が勝手に話を進めちゃいました。
おかげでジュンは、虚ろな眼差しで天井を見つめる以外にする事が無くなってしまいました。

69謎のミーディアム:2009/09/28(月) 00:25:06 ID:GTVMC7j2
―※―※―※―※―


「全く蒼星石は……翠星石の方がお姉さんなのに、心配しすぎですぅ!」

翠星石はブツブツ言いながら、ジュンの家の台所でお湯を沸かしていました。
隣ではのりがクッキーを焼きながら、うんうんと頷いています。
「そうよねぇ。お姉ちゃんなんだから、もっと頼ってくれてもいいのに」

「いや、のりは十分に頼りないと思うですよ……」
翠星石の小さな呟きは、お湯が沸騰する音にかき消されました。


ジュンの分も合わせて5つのカップに紅茶を作り、のりの焼いたクッキーをお皿に載せて、準備は完了。
早速、ジュンの部屋に持って行って話し合いの続きを。
という予定だったのですが……

そこで翠星石の悪戯心に、不意に火が付いてしまったのです。

よく考えたら、大好きな蒼星石に酷い事をした水銀燈だって、このクッキーを食べる筈です。
ちょっとした可愛らしくも微笑ましい嫌がらせ位なら、したってバチは当たらないかもしれません。

翠星石は目をギラギラ輝かせ、尻尾をブンブン振りながら、冷蔵庫からワサビのチューブを取り出します。
そして、それを一枚のクッキーにたっぷり塗って……今度こそ、準備は完了です。

「ヒーッヒッヒ!今に目にモノ見せてやるですぅ!」

怪しげな笑みを浮べながら、翠星石は紅茶とクッキーの乗ったお盆を持ってジュンの部屋へと向かいました。


―※―※―※―※―


「お待たせですぅ」
翠星石がジュンの部屋に入った瞬間、彼女のすぐ足元にクッションがボフっと落ちてきました。

「その性根、叩きなおしてあげるわ!」
「あらぁ?そぉんなブサイクな顔で怒っちゃ駄目よぉ、真紅ぅ!」

部屋の中では、真紅と水銀燈がクッションで激しい格闘戦を繰り広げています。

「お前ら、いい加減にしろよ!」
その光景にジュンがブチ切れました。
ですが、真紅と水銀燈の二人同時の「黙ってなさい!」に、小さく「はい」と答えていました。

とても話し合いとは思えない状況に、蒼星石は困ったように深くため息を付きます。
そして、部屋に戻ってきた翠星石の姿を見ると、気弱な笑みを作ってみせました。

「こ…これは一体……どうしてこんな事になってるですか?」
「あれからすぐ、真紅と水銀燈がケンカしちゃってさ……」

蒼星石は、はぁ、とため息混じりにそう教えてくれます。
翠星石も、呆れたようにはぁ、とため息をつきました。

70謎のミーディアム:2009/09/28(月) 00:26:12 ID:GTVMC7j2

「仲が良くないにしても、これはやりすぎですぅ……」
「酷すぎるよ……」

まるで他人事みたいに感想を言いながら、翠星石と蒼星石は、テーブルごと部屋の隅っこに避難します。
それから、やれやれといった表情で紅茶を一口。
「お、真紅の投げたクッションが水銀燈に直撃ですぅ」
「他人の家なのに、二人とも遠慮無いなぁ……」
諦めにも似た表情で、解説なんかしちゃってます。

「こんな調子じゃあ、やっぱり僕達だけで頑張るしか無いのかな」

蒼星石は悲しそうな表情でそう呟きます。
翠星石は、初めからそのつもりだったので、うんうんと頷こうとして……気が付きました。

蒼星石の手が、自分が持ってきたクッキーを。
水銀燈用にとワサビがたっぷり塗ってあるクッキーを、今にも取ろうとしていたのです。

「それは駄目ですぅ!」

翠星石は、大慌てで叫びました。

それはまるで、会話の切れ目とBGMの終りが、たまたま重なった瞬間のように。
ジュンの部屋にほんの一瞬だけ生まれていた静寂を、まるでピンポイントに突いたかのように。
翠星石の叫び声は、やけに大きく響いてしまったのです。

真紅も水銀燈も、突然の叫び声に、クッションを振り上げたままキョトンとしています。
蒼星石も、クッキーに伸ばしていた手を止めて固まっちゃっています。

ワサビ入りクッキーを蒼星石が食べるのを止めたかっただけなのに、皆に注目されちゃった翠星石は……
ふかふか尻尾をピーンとさせて、冷や汗を流していました。

「どうしたんだい、翠星石?……急に大きな声なんか出して」
蒼星石がそう尋ねながら顔を覗き込んできますが、その質問はマズイです。

もしも本当の事を。ワサビを仕込んであった事を言ってしまえば……
間違いなく、水銀燈は翠星石に襲い掛かってくるでしょう。
そうなれば、真紅が大人しくしている訳がありません。
それに、姉を守る為に蒼星石まで参戦しそうです。

絶対、五体満足では終わりそうにありません。
それだけは勘弁してほしいです。

皆に見つめられる中、翠星石は頭をフル回転で打開策を考えます。
そして、それは案外アッサリと見つかりました。

「自分だけで、なんて考えは駄目ですぅ!
 ここは一致団結して、迫り来る脅威から地球の平和を守るべくですね、その……協力し合うですよ!」
かなりドキドキしながらだったので、どこか内容はおかしいですが、無理やり押し通します。

「全人類が一致団結して、この脅威を追っ払うですぅ!」
変な汗をダラダラ流しながら、翠星石はグッと拳を固めて宣言します。

……何だか変な沈黙が、部屋の中に漂いました。

71謎のミーディアム:2009/09/28(月) 00:27:34 ID:GTVMC7j2

たっぷり十秒ほど過ぎた頃でしょうか。
やがて真紅が、振りかぶっていたクッションをポトリと床に落としました。

「……そうね、翠星石の言う通りだわ。こんな所で私達が争う必要は無い筈よ」

それから真紅は、とっても真面目な表情をしながら、クッションを振りかぶっている水銀燈を見つめます。
「改めて言うわ。
 ……水銀燈、私達と手を組みましょう」



水銀燈は、つい先程までクッションでシバキ合っていた事も忘れて、目を丸くしていました。

というのも、真紅や蒼星石は、この際置いておくとして。
あまり自分には好印象を持っていない翠星石までもが協力しようと言い出したのが、意外過ぎたからです。

何だか、こんなに頼りにされたり必要とされた事も、今まであまり無かった気がします。
入院中のめぐ以外には友達の居ない水銀燈にとっては、ちょっぴり嬉しい事でした。

ついつい、笑顔になってしまいそうな所でしたが、そこはグッと我慢します。
水銀燈はわざと大げさにため息をついたかと思うと……
やれやれといった感じで肩をすぼめてみせました。

「ホント、貴方もしつこいわねぇ?」
そう言ってから、ニヤリと笑みを浮べて、人差し指をピンと立たせます。

「そこまで言うんだったら、一度だけ……
 ただし、その一回で薔薇水晶を撃退できなかったら……ふふ、せいぜい夜道には気をつける事ねぇ……」

最後に物騒な一言を付け足すあたり、やっぱり素直じゃあありません。
よく考えたら、この部屋のツンデレ率は高すぎです。


ともあれ。
翠星石の、本人すら予想外の大活躍で、話し合いは上手く行きました。

真紅は、水銀燈と一時的にとは言え同盟関係を結べた事に、無い胸を撫で下ろしていました。
そして翠星石も、ボコボコにされる恐怖から開放されて、胸を撫で下ろしていました。

「はぁ……何だか疲れたですぅ……」

今にも消え入りそうな声で翠星石は呟き、紅茶を一口。
それから、テーブルの上のお皿に盛られたクッキーへと手を伸ばしました。
そうです。
完全に、油断していたのです。





◇ ◇ ◇  次回予告  ◇ ◇ ◇

>水銀燈が仲間になった事を金糸雀と雛苺に伝えた双子。
>だが、その場に何と雪華綺晶が登場する!
>「戦いに来た訳ではない」そう言う彼女の目的とは!?

次回!けもみみ☆もーど!
  『白い悪魔』 に…… レディーー! ゴーーー!!

72謎のミーディアム:2009/09/28(月) 00:29:22 ID:GTVMC7j2
>>67-71
お久しぶりです。
『 けもみみ☆もーど! 』 でした。

73謎のミーディアム:2009/09/28(月) 20:57:03 ID:7Uz1gB7.
乙!!
相変わらず面白いっすwwwwwwwwww

74謎のミーディアム:2009/09/29(火) 05:38:41 ID:???
小道具を使った構成のうまくて、シリアスになりがちな所も見事にけもみみもーどのノリに持っていくから凄いなぁ。
今回も声を出して笑うくらい面白かったです。
個人的にはツンデレ率100%な気がするwww

75謎のミーディアム:2009/09/29(火) 20:01:39 ID:???
乙!!
初めから読ませていただいてますけど、相変わらず面白くてファンですよww

76謎のミーディアム:2009/10/14(水) 01:00:17 ID:???
BLACK ROSE 第五話

真紅と街で再会し、自分の胸の内を打ち明け、
真紅にもう一度事務所まで連れて行ってもらった。
しかし、うまく言葉を切り出せないでいた。

「えーと…調子はどうかしらぁ?」
「完全に回復したよ。これで冒険者を続けられるよ」

蒼星石は幸運だった。
大体の人間は死んでしまうものである。何故ならここには冒険者が多い。
負傷した人間を助けるのには、救出に手間が掛かり、治療代も決して安くはない。
それに救出しようとして自分まで死んでしまうことの方が多いのだ。
そんな危険を冒してまで救う価値は無い。それが例え家族であっても。
だったら新しい人材を取り入れようと考える人間の方が圧倒的に多いだろう。

「仲間思いのチームでよかったよ」
「翠星石もですが、皆も蒼星石にどんな事があろうと助けてやるつもりだったですよ」
「あ、あと蒼星石…あの時はごめ」
「ストップ。僕は君に謝らせたくて君と会ったわけじゃないよ」

蒼星石の言葉に真紅達も頷いている。
そこで私は気が付いた。この子達が本当にどうしようもない位のお馬鹿さんだという事に。

「ふふ…分かったわぁ。言葉の代わりに目一杯働かせてもらうわぁ」
「うん…よろしくね。水銀燈」
「じゃあ早速、歓迎会でもしましょうか」

真紅の言葉に皆が声を上げる。
私の居場所はここなのだ。


そんな彼女達も静まり返った夜、とある場所では―

「梅岡団長。お疲れ様です」
「うん。お疲れ。…っともうこんな時間か。君、大臣殿を家まで送ってくれないか?」
「分かりました。それでは団長、失礼します」


「おお、いつもすまんな。今夜も頼むぞ」

この小太りの男が大臣である。毎晩、兵士が一人護衛に付いて家まで送るのだ。
まだ経験の浅い私には大臣殿を自宅に送るのは些か大任の気がするが
団長殿のことだ。何か考えがあるのだろう。

「それにしても、物騒な世の中になりました。夜がこんなに危険になるなんて」
「うむ。この国は治安が悪い。原因は王の政治だろうな…」
「ええ。それで犯罪が増えると同時に犯罪者も増えましたね」

最近、犯罪は増加の一途を辿る。こうして家に帰るのに、わざわざ護衛を付けなければならない程に。
だが犯罪の所為だけではない。最近、街の見回りの兵士が襲われる事件が多発している。
しかも、何か事件に巻き込まれたなどではなく、直接襲われているのだ。

77謎のミーディアム:2009/10/14(水) 01:00:46 ID:???
「そうだな。この国で本当に恐ろしいのはあんな連中じゃあない」
「――!」

気付けば自分の目の前に立っている者がいた。顔は暗くてよく分からない。
今まで気配すら感じなかった。危険だ、と直感が騒ぐ。
急いで大臣殿を逃がさなければ――!

「お逃げください!」
「あ、ああ」

大臣殿は襲撃者に完全に怯えている。
自分がしっかりしなければ。せめて大臣殿が逃げる時間ぐらいは稼いでみせる――!

「――な」

一瞬だった。襲撃者は自分の後ろに回りこみ、音も無く大臣殿の息の音を止めた。
次は自分だと分かっている。だが足が震えてどうにもならない。

「ひ、あ」

大臣殿を殺した奴だ。許してはならない。
だが、足は震え、歯もガチガチと鳴っている。
口だけでも何か言ってやろうと思ったが、声が出ない。

「……」

襲撃者がこちらに近づいてくる。一歩近づくに連れて、自分の死がやってくる。
そんな中、この襲撃者は自分に対して何を思っているのか考える。
謀殺を行うのに邪魔な存在か。それとも護るべき人物もろくに護れない度胸無しだろうか。
自分で勝手に考えたことだが、そうすると怒りの感情が芽生えてきた。
憎い。今、目の前にいる奴が憎い。

「あぁあああぁぁ!」

勢いよく襲撃者に対して走り出す。今の自分は冷静ではないだろう。
たが、勢い空しく急所を一突きされた。

「あ…う」

ものすごい激痛が走る。だがそれは次第に薄れてきた。
自分の意識が朦朧としている。だが、せめて自分を殺した奴の顔ぐらい見てやろうと
意識が途切れそうになりながら、気力を振り絞りそいつの顔を見た。

「な…ぜ…」

そこで自分の意識は途切れた。

78謎のミーディアム:2009/10/14(水) 01:01:17 ID:???
以上です

79謎のミーディアム:2009/10/14(水) 01:49:59 ID:???
>>78
めぐのお陰で銀ちゃんはみんなの元に戻れたんだな…
わざわざ頼りない人間一人だけに重鎮の護衛をさせるとは、案外、梅岡の陰謀なのか?裏がありそ
うだ…
ってか大臣、状況が明らかにおかしい事に気付けよ、とマジレスwww

80謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:01:56 ID:???
Every time you play a hand differently from the way you would have played it
if you could see all your opponents' cards, they gain; and every time you play
your hand the same way you would have played it if you could see all their cards,
they lose. Conversely, every time opponents play their hands differently from
the way they would have if they could see all your cards, you gain; andevery
time they play their hands the same way they would have played if theycould see
all your cards, you lose.
            Fundamental theorem of poker : David Sklansky


2044年10月6日
もはや、このゲームは二人のプレイヤーの一騎打ちとなっていた。チップの残り枚数
もさることながら、他のプレイヤーがのまれてしまっていたのだ。
政府公認カジノのポーカーの大会。ルールはテキサス・ホールデムのノーリミット。
勝者には獲得金額の四分の一と、賞金二十億円が手に入ることになっていた。参加プ
レイヤーは五人。誰一人として腕が悪いわけではない。むしろ、強すぎるくらいだった。
しかし、それでもその二人は異常すぎた。運が良いだけでなく、駆け引きも巧い。一
人は柔和な顔立ちの金髪、もう一人は鋭い目つき、赤い目をした銀髪のどちらも女性で
あった。容姿は共に優れていたが、口元に浮かべている笑みの意味が異なった。前者は
優しく、後者は馬鹿にするような、しかしそのどちらも、自身の意思を隠すという点で
は何一つ違いは無かった。銀髪は手の中でチップをカチリ、カチリと弄り、金髪は首の
ロケットを指で弾く。共に、ブラフを探り合う。
ディーラーがフォース・ストリートを開く。スペードの4。今現在、開かれている共
通カードは、ハートのエース、スペードの8、スペードの6、そして、先ほどのハート
のエースだった。
まず、銀髪がベッティング・インターバルにチェックと宣言した。二人目も同じくチ
ェック、三人目はテーブルを二回叩きチェック、四人目もチェック、最後の金髪もチェ
ックと口にした。

81謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:02:43 ID:???
ディーラーが最後のカード――フィフス・ストリートをオープンする。スペードのエ
ース。
銀髪は再びチェックと口にした。二人目の若い男は手元のチップをまとめ、「オール
イン。八億」と言う。次の中年の太った男も「オールイン」と宣言し、「六億」とベッ
ト額を口にする。三人目の痩せた男も、空気に当てられたのか「オールイン」とチップ
を押し出し、手を開き、ディーラーに示す。
金髪は、ロケットを握り、一瞬悩んだあと、所持しているチップの山の半分ほどをベ
ットし、「レイズ」と宣言する。ディーラーはそのチップを一瞬で数え、「レイズ、十
六億」と言った。
銀髪は手の中で転がしていたチップを止める。
そして、相手の表情を探った。
ブラフか、どうか。手札の強さは?
場の空気は固まる。彼女は長い思考の末、こう宣言した。
「十四億」チップの山を押し出し、崩れたその上に、手に持っていた三枚のチップを乗
せた。
ディーラーはそれを受け、「レイズ十四億、オールイン」と早口に放つ。
ギャラリーはどよめく。
そして、金髪は裏返っている二枚の手札を確認し、銀髪に笑いかけた。「レイズ、オ
ールイン」これで、勝者が決まる。

「では、ショウダウンを」ディーラーが言う。
若い男の手札は、スペードのキングとスペードのクイーン。ディーラーは場のカード
を並べ替え、「キングのフラッシュ」と役を宣言する。
中年の男はカードを滑らすように投げた。クローバーとハートの8。「8のフルハウ
ス」
痩せた男はほとんど投げつけるようにディーラーにカードを渡す。ダイヤの5とクラ
ブの7。「ストレート。4から8」
金髪は握り締めていたロケットをピンと弾き、「残念でしたね」と言った。手札はク
ラブのエースとダイヤの6。「エースのフルハウス」

82謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:03:17 ID:???
銀髪は、表情を消した。そして、ディーラーに裏返したまま手札を渡す。
スペードの5と7。ディーラーは役を言う。「ストレートフラッシュ。4から8」
勝者は確定した。そして銀髪は、「残念ねぇ。オディール」と金髪をからかった。

ポーカーの大会は終了し、オークションへと移行する。ここはカジノとオークション
会場が一体となっており、今回はその大会とオークションの二つが同時に行われたため、
多くの人がいた。しかし、ここが政府公認とはいえ、実際の所は黙認していると言った
ほうが正しい。そのため、ここに訪れている者は殆どが大手会社社長、政治家、医者、
マフィア幹部等、一般の人間ではなかった。
「さて、今回のオークションは、普段以上に様々なものが出品されております」司会の
ピエロがしゃべる。
「まず始めのものはこちら!」
アシスタントの熊がものを載せたカートを押してくる。「このブードゥー人形! 実
際の呪術に用いられ、部落において秘宝とされたものです!」
さながら、サーカスのようであった。

先ほどの銀髪の女性はNo.64のプレートを付け、真ん中やや左の席に座っている。先
ほどのゲームで得た金額は約三十五億円。確かに大金では有るが、その他の参加者に勝
るかと言えばそうとはいえない。むしろ、足りないくらいだ。
しかし、彼女には別の目的があった。ゲームも、オークションも、取るに足りないほ
どの。

「さて! 次の品で最後になります!」ピエロが高々と宣言する。「これは、他のオー
クションでは決して手に入らないものです!」
熊が押してきたカートの上には強化ガラスの檻があった。
「きっと、今日はこれを目的に来た方も多いでしょう!」会場の空気が一気に熱くなる。
中に入れられていたのは、緑髪の少女だった。

83謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:04:16 ID:???
「そうです! ローゼンメイデンです! 聞くも涙、語るも涙。彼女は生きたまま焼かれ、
研究施設に輸送されましたが、そこでなんと蘇生し、実験素体とされましたが、実験施
設を脱走! その先で、老人夫婦に拾われたんですが、何と売られてしまいここに来た
というわけです!」一気に言う。
「さて! こんな話はどうでもいいでしょう! 入札された方には、お望みのとおりにこ
ちらで処理してからお渡しします。では、入札開始です!」

億単位で入札される。先ほどまでとは金額の上昇速度の桁が違った。銀髪の彼女も手
元のスイッチで入札をする。No.64、二十四億円。そう機械音声がアナウンスする。しか
しすぐに、入札額は更新されてしまった。
最終的に手持ちの金、先ほどの獲得金額を含めた五十三億を表明した。もうその頃に
は殆どの者が息切れしていた。彼女はこれまで何も落札していなかったのだ。
これで決まりか、という雰囲気になったころ、「No.87、六十億」と機械音声が言った。
彼女はその入札者を探す。いた。それは先ほど彼女が潰したプレイヤーの一人の中年
の男だった。
「いませんか?」ピエロが会場に問う。「では、87番さん、六十億で落札」そう宣言し
た。

仲間からの作戦開始の指示を静かに待つ。
そもそも、彼女にとって、これは余興だった。目的はシンプル。
全ての強奪と破壊。





DOLL
-Stainless Rozen Crystal Girl-
第四話「DRAIN AWAY」

84謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:04:50 ID:???
2039年11月8日
警官隊が、銀行に突入する。テレビで声高に叫ばれるこの国の安全とは真逆の事態だ。
事件の現場にいると、治安の悪化は肌で感じられる。人とは、理性を持った獣だ。ロ
ーゼンメイデンを名乗る人間の少年が犯した殺人の公判が今日行われるのを思い出す。
コメンテーターが訳知り顔で“彼に更生のチャンスを”と言っていた。確か、そのコ
メンテーターはローゼンメイデンの廃絶を訴えていたはずだ。今の僕には、ローゼンメ
イデンと人間の違いが分からなくなっていた。
「動くな」と銃を構え、叫ぶ。視界は催涙弾の煙のため、最悪だ。きっと、ここでも銃
を使う事にはならないだろう。いつも通りの手順で制圧すればいい。
突入前から、誰が誰を押さえつけるかは決めている。僕はそのまま真っ直ぐに走り、
目標を数人がかりで押さえ、確保する。その男が人質にしていた女性を視界の隅で捉え
る。どこかで見覚えのある顔だ。
今の僕には、正義という概念が分からなくなっていた。人を食らうというミュータン
ト。だが、僕が見たのは何だったのか。人は、人を殺す。何の違いがあるのか。
煙が晴れてくる。予想通り、全ての犯人は確保されていた。怪我人はいないようだ。
耳につけた無線から、状況終了の声が流れてくる。あぁ、そうか、彼女は確か女優
だったな。名前は何だったか? 坂本か坂下か、そんな感じだったはずだ。
「状況終了」僕は、誰にも聞こえない程度に呟いた。

一か月前、僕は有能な上司を失った。そして、彼が残した功績のおかげでこの部署に
移動することになった。特殊襲撃部隊。“人”の起こした犯罪の鎮圧を目的とした部隊。
少なくとも、ここはローゼンメイデンに関与することがない。それは正直、ありがた
い。
重い装備を外し、ロッカールームを後にする。同僚にお疲れと声をかけ、帰路に就く。
出来ることなら、家に引きこもってしまいたい。逃げることすら出来ないのは、きっ
と僕の弱さなのだろう。

電車に揺られる。人々のざわめきしか聞こえるものはない。天井に張り付けられたLE
Dが、車内を明るく照らす。

85謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:05:20 ID:???
窓に映しだされるテレビを見た。新しい軍事法案が可決したと、文字が躍っていた。
三十年も前ならこのような法案は通らなかったに違いない。しかし、時代は激変した。

約二十年前、この国は存亡の危機に立たされた。戦後最大の日本国内における暴動。
日本国内だけでなく、世界を巻き込んだ大暴動。完全なる鎮圧には、五年の歳月を要
した。そして、その後混乱した日本を立ち直らせたのは、中堅議員、結菱二葉。
ニーチェにおける超人ともいえるその意志で、足を引っ張るだけであろう反対意見を
押しのけ、国家を再生させる法案を数々生み出してきた。
しかしながら、マスコミによる攻撃も激しかった。事実を報道するのではなく、ねつ
造、歪曲など、手段を選ばぬ方法であったのだ。
だが、彼は揺るがなかった。事実はしかと受け止め、嘘に対しては報道権のはく奪と
いう力で戦い抜いた。その結果、放送局は今現在、政府に協力的である。
そして2031年、当然の如く彼は第百一代内閣総理大臣へと任命された。その彼の政策
を独裁的、ファシズムだと批判する声もあるのだが、外への侵略主義があったわけでも
なく、それまでこの国が出来なかったこと、しようとしなかったことをしただけだとい
う声もある。
そんな男であったから、敵は多かった。事実、今から二年前、彼は六十二歳の時、暗
殺された。未だに犯人は分かっていない。パレードの最中、狙撃されたのだ。
頭部を一撃のみ。たった一発の弾丸が彼の命を終わらせた。
現在、彼の後は、兄である結菱一葉が受け継いでいる。兄弟仲の悪さも取り上げられ
ておりもあり、暗殺を指示したのは彼ではないかと噂は立っているのだが、その証拠は
見つかっていない。

ふと、焦点をずらし、窓の外を見つめる。いつもと変わらない、夕陽に照らされた町
並み。
多分、今年も雪など降りそうにないだろう。そうなれば、今年で八年目で記録更新だ。
四十年前より、平均気温は0.2度上昇している。

86謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:05:53 ID:???
もう、暖冬などと言う言葉も使われない。
これから、どうなるのだろうか。ローゼンメイデンについても、僕についても、何も
かも全てが。

電車のドアが開き、かなりの人が降り、そして同じくらいの人が乗って来る。ドアが
閉まり、動き出す。いつも通りの、一連の流れ。
しばらくして、いつも通りでないものが目に入った。ドアの前、隣の座席からは肩を
仕切りのせいで、死角になっている場所。そこに、僕より少し背の高く、髪を肩まで伸
ばした男がいた。動きがおかしい。体を出来る範囲で少し動かし、その奥を見る。
予想通り、痴漢だった。
奥の痴漢にあっている女性は、その頭の上で団子に纏まった髪の角度から、俯いてい
るのが分かる。周りは気付いているのかもしれないが、その男のガラの悪さのせいか、
誰も声をかけられないでいる。
くだらないな。全部どうだっていいよ。
早く帰りたい。

男の肩を掴む。僕は車両の真ん中付近に居たため、二、三人分移動するだけでよかっ
た。「次の駅で降りてくれるかな?」
振り向いた男の顔は、皰だらけだった。「んだよ?」明らかな威嚇。
「見てたよ。だから降りてくれないかい? あと、君もね」被害女性を見て言った。

抵抗する彼を、引きずり下ろした。
すぐに駅員を呼び、彼の身柄を明け渡す。彼は慌てて身分証明書を取り出し、何事か
を訴えるが、全く無意味だった。確かに、駅員には逮捕権がないため効果があるだろう
が、僕には関係ない。懐から警察手帳を取り出し、見せつける。
興奮しているために意味は伝わっていないのか「だからどうした」と叫ぶが、「痴漢
の現行犯で逮捕」
そして、彼の身柄をやってきた警官に引き渡してから、無理を言って帰ることにした。
僕の身元も分かっているため、事情を聞かれるのを明日に引き伸ばしてもらったのだ。
彼女の兄が迎えに来ていた。どう見ても、建設関係者にしか見えない。

87謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:06:23 ID:???
被害女性の「ありがとうございます」と言うやたらハキハキした声を背に受け、振り
返らずに手を振った。
どうでもいい。
どうにでもなれ――――もう、性的なものには関わりたくない。
ありがとうなんて、言われる資格は僕にはない。もしも、男を引きずり下ろした駅が
僕の降りる予定の駅でなければ、きっと何もせずに無視してた。
僕が彼を捕まえたのは気まぐれ。僕はただ早く帰りたかっただけなのだ。確かにあっ
たはずの感情が水のように徐々に流れ出ていっている気がする。
僕は優しくなんて、ない。

家に着き、固定電話の留守電の部分のライトが点いているのに気がつく。確認をした
ら、三年前に結婚し、今は山本の姓を名乗っている姉からだった。内容は、いつも通り
僕の生活の心配と、たまには実家に帰って欲しいという願いだった。
携帯電話を開く。一件の着信と留守電があったことが書かれている。マナーモードに
して電車に乗っていたためだ。
履歴を開く。珍しい。白崎からだ。先月のローゼンメイデン事件で出会い、部署も違
うまま意気投合してしまったのだ。
先ず、その留守電を聞く。
「白崎です。時間があるときで構いませんので、連絡ください」と、メッセージは短い。
そのまま僕は、彼に電話をかける。
二、三コールして、彼は出た。
「桜田です。どうしましたか?」失礼を知りながら、単刀直入に尋ねた。
「連絡してすみません。一つ、お願い事がありまして」いつも通りの芝居がかった口調
で言う。
「何でしょう?」
「新しく、ローゼンメイデン対策の組織が出来ます、内閣直属の」
「はい」確かに、その噂は聞いている。しかし新しく、ではなく、組織の再編だと聞い
ていた。
「その組織に参加していただきたいのです」

88謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:07:59 ID:???
「参加したい、の一言で入れてもらえるようなもんじゃないですよね?」移動するまで
どれくらいの時間がかかるのだろうか。
「いえ、一人だけなら出来ます。その権利、私はもらえたんです」
「は?」
「私はそこの部隊長に就任することになったんです」
「おめでとうございます」よく分からずに、言う。
「それで、貴方を引き抜きたいんですよ。成績も十分に良いので、絶対に認められます」
「……」
「すぐに、とは言いません。しばらくしてから――大体一ヶ月後に答えを聞きます。色
よい返事、楽しみにしてます」
「……。その組織の名前は?」僕はどうでもいいことを尋ねた。点数をつけられている
なら、きっと減点されているだろう。
「ラプラスです」そういって、彼は電話を切った。

ラプラス、と言えば数学者だったか。ラプラスの魔。確か、ニュートン力学の最終。
全ての原子の位置と運動量が分かるのなら、古典物理学を用いれば未来が分かる。量
子力学の発展で確か、否定されていたと思う。
そんな概念を組織名に持ってくるとは、なかなか皮肉な気がする。
しかし、何故僕にそんなことを頼んでくるのだろう。僕以上に有能な人材ならいくら
でもいる。彼の真意は一体何か?
考えろ。捜査に必要なのは、どんな小さなことも見落とさない観察力だ。
だが、いくらねばったところで、答えなど出て来はしない。
そして今の僕に、彼女らを撃てるのかも分からなかった。





           DOLL
-Stainless Rozen Crystal Girl-
                             第四話「DRAIN AWAY」了

89謎のミーディアム:2009/10/14(水) 20:09:30 ID:oNzf5WPk
以上です。

まさかYJ版のキャラも出せるとは思わなかった。
個人的に分水嶺。

90謎のミーディアム:2009/10/16(金) 23:10:13 ID:fRC50YUQ
もしも蒼星石がツンデレ好きだったら


第三回「スポーツと僕」


紅「あら、蒼星石。まだ帰らないの?」
蒼「やぁ、真紅。いやさ、そろそろ帰宅部を卒業しようかな、と思ってね。」
紅「何か部活を始めようと言うのね。オタクなあなたが、一体、どういう風の吹き回しかしら?」
蒼「実は、昨日の深夜アニメを見た時、スポーツの中には究極の萌えが存在するかもしれない事に
気付いたんだ。僕は、変わるかもしれない…。」


紅「の〇ピー騒動にも劣るくだらない理由ね。まぁ、脱帰宅部は悪い事ではないけれど。」
蒼(来たっ!挨拶代わりに軽くジャブを飛ばすとは…流石は僕が認めたツンデレ…。今日も楽しみ
にしてるよ……。)


紅「そう言えば、最近、翠星石を見掛けないけれど、グレてでもいるのかしら?」
蒼「ここだけの話なんだけどね。彼女は自宅で修業中なのさ、君に負けない為にね。」
紅「修業…?どうせくだらない理由でしょうに。留年しないよう程々にね、とあなたから言ってお
きなさい。学業だって決して暇なものではないわ。」


蒼(ん〜イマイチかな。どうも最近、真紅はデレのキレが悪いような気がする。)

91謎のミーディアム:2009/10/16(金) 23:11:09 ID:fRC50YUQ
蒼「彼女が男子剣道部の部長…?どういう事だい?」
ベ「いや実はな、剣道部員は男子が3人、女子が2人という少人数の中、合同でやってるんだ。」
笹「恥ずかしい話だが、彼女の実力は俺達とは比べ物にならないくらい遥かに上だ。その為、男子
も含めて仕切ってんだよ。」


ベ「このままじゃ団体の試合は無理。だから部長は部員集めに躍起になってるんだが…」
笹「以前はそれなりに多かったんだけどな、部長が入部してから、所属してた部員達は、みんな彼
女の鬼っぷりを目の当たりにした途端、次々とやめて行き、更に、その噂がたちまち広まり、今で
は誰も近寄りたがらない部になっちまったのさ。」
蒼「彼女はツンツンの塊というわけか。普段、見てる限りではカタツムリのようにおとなしい生物
だと思ってたんだけど…。そう言えば、あと1人の女子は来てないのかい?」
ジ「ハンドル握ればなんとやらだよ…。あぁ?副部長か…。あいつなら…。」


巴「私語はそこまで。練習開始よ。早く面を付けなさい。副部長はまた来ていないのね……まった
く、こまった子……。」


ジ&ベ&笹「は、はいっっ」
蒼(凄いツンだな。デレの入る余地が全く無い…。)

92謎のミーディアム:2009/10/16(金) 23:12:04 ID:fRC50YUQ
巴「あなた、入部希望者?」
蒼「いや、まだ決めてないんd…ですけど…取り敢えず、部の見学をさせてください。」
巴「そう…それなら、ゆっくり見ていくと良いわ。」
蒼(これは凄まじいツンの波動だ…!同い年なのについ敬語を使ってしまう…!)


巴「さぁ、かかってきなさい。」
ジ&ベ&笹「はいっっ」
蒼「えぇ!? 3対1ですか!?しかもいきなり練習……運動部は走り込みが基本では…。」
巴「これでも練習にならないくらいよ。それに、足腰なんて普段から鍛えていれば良いものよ?」
蒼「部長は面や小手を付けないんですか?」
巴「必要ないもの。」


ジ「やあぁぁあああ!!!!」
巴「これでは駄目ね…胴。」バキィ!!
ジ「ぐはぁっっ」
蒼(ふ、吹っ飛んだ!?)


ベ「スキありぃぃぃいやあぁぁあ!!!!」
巴「スキだらけ…面。」バキィ!!
ベ「ぶぐぅほっっ」グキッ!
蒼(なんか、変な音も聞こえたんだけど……。)


笹「邪ッッ!!チェリャアッッ!!!」
巴「やる気あるの?」バキィ!!
笹「!!!!」
蒼(呻き声も上げずに倒れた…!?)


ジ「ゲホッ…ゲホッ…!」
ベ「た…倒れた首が起こせん……。」
笹「…………。」

93謎のミーディアム:2009/10/16(金) 23:12:55 ID:fRC50YUQ
巴「何してるの?早く、かかってきなさい。これでは情けないわ…。」
ジ「く…まだまだぁ!!」
ベ「うおぉぉぉお!!」
笹「…………。」


「ぐふぅっっ」「ぴぎぃっっ」「…………。」「があぁっっ」「ぺぼらっっ」「…………。」「う
ぐぅっっ」「ばぼふぅっ」「…………。」「ぐげぇっっ」「ぱびんっっ」「…………。」、、、、


―数時間後―
ジ「あ…ありがとうございましたっっ」
ベ「あ…あひひゃひょうふぉひゃいはひはっっ」
笹「…………。」
巴「やはりまだまだ練習不足……いえ、それ以下ね。明日も遅れずに来なさい。さようなら。」
蒼「ちょ、ちょっと待ってください、柏葉さん!」
巴「なにかしら?」


蒼「これ程、ツンのオーケストラを繰り広げておきながら、デレが皆無とはどういう事ですか!」
ジ「な、何を言ってるんだ?蒼星石…。」
ベ「ふぉうひょう…。」
笹「ん…ここは…?」


蒼「こんなの、上等な料理に蜂蜜をぶちまけるが如き行為に他なりません!」
ベ「そいつは違うぜ、蒼嬢。俺達が何故、こんな目に遭っても彼女に付いて行くかわかるか?」
ジ「おまっ…歯ぁ抜けてたのになんで急に喋れんだ!?」

94謎のミーディアム:2009/10/16(金) 23:13:56 ID:fRC50YUQ
べ「代えの入れ歯さ。蒼嬢、何故なら俺達は、彼女は弱い俺達に強くなって欲しいと心から思って
いる、という事を死ぬほど理解してるからなんだ。だから俺達は、どんなにキツくても彼女に付い
て行くし、何とかして強くなろうとしている。つまり、俺達と彼女は壊れる事のない絆で結ばれて
いるんだ。」


笹「なんだ…もうこんな時間か…。つーか、なんでベジータは寒い台詞を恥ずかしげもなく喋って
るんだ?」


蒼「なんで…?ツンばっかりでデレがないんじゃ、まったく萌えないじゃないか…そんなのツンデ
レじゃないよ!」


巴「それは……違います……。」
蒼「そんなの嘘だ!僕が見た限り、あなたはまったくデレていなかった。それでどうしてツンデレ
と言えよう!?」


巴「ツンは、刺々しい態度を言います。時には相手を傷つけたりヘコませたりする行為でしょう。
それでは、デレとは?」


蒼「え……?」
巴「デレは、相手に好意を示す事をいいますが、態度や言動で好意を示す事だけがデレなのでしょ
うか?」


蒼「ち、違うのかい…?じゃあ、デレって何なんだ…?わからない……。」

95謎のミーディアム:2009/10/16(金) 23:15:04 ID:fRC50YUQ
巴「あなたが、デレと見立てたものは、求めてやまないツンデレとは、そんなに単純なものだった
のですか?そんなにちっぽけなものだったのですか?」


蒼「……?」
巴「我がデレは、ツンとひとつ……。」
蒼「……!」


巴「故に、デレは無くとも良いのです。」


ベ「つまり《無デレ》だ。」
ジ「話にまったくついて行けないんだが…。」
笹「おい、終わったんなら早く帰ろうぜ?」


蒼「そうか…デレをツンの中に生かす境地《無デレ》。それを極める事は、究極のツンデレや萌え
の天下無双への道となるかもしれない……。現に、柏葉さんは《無デレ》の境地で恒久の絆、つま
り永遠なる萌えを確立している……。柏葉さん!いえ、先生!僕を剣道部員に……あなたの弟子に
してください!!!!僕もあなたについて行きたい!!!!」


ベ「うん、うん…。」ジ「良いのか?これで…。」
笹「帰り、マック行こうぜ〜。」
巴(なんだか、よくわからないけれど、取り敢えず部員確保に成功……と。)



―その頃の副部長はカラオケ中だった―
雛「まっだー♪言わっなーいで♪呪ー文めーいたデレ言葉♪愛ーなんて♪ツンのように重い♪」


続く

96謎のミーディアム:2009/10/16(金) 23:15:43 ID:fRC50YUQ
以上。次回で最終回です。

97謎のミーディアム:2009/10/17(土) 22:34:10 ID:???
>>78>>89
転載しました

98謎のミーディアム:2009/11/02(月) 20:03:57 ID:???
   エキセントリック童話
    『 マッチ売りの少女 』


むかーし、昔。
ある所に、水銀燈という女の子が居ました。

水銀燈のお家はとっても貧乏で、お父さんもお母さんも居ません。
なので水銀燈は、こんなクリスマスの夜にも、一人ぼっちでした。

とっても素敵なクリスマス。
お隣の民家では、家族が美味しそうなディナーを囲んで幸せそう。
でも、水銀燈には家族も居ませんし、美味しい七面鳥を買うお金もありません。

「なによ、仲良し家族ゴッコなんてして……」

水銀燈は、強がり半分でそう言って、ふて腐れたみたいにほっぺたを膨らませています。
ですが……
そんな事をしていても、やっぱり目の前の現実は残酷なばかりです。

「……はぁ……寒いし……お腹もすいたわねぇ……」

小さく震える肩を抱きしめ、水銀燈は寒空を眺めながら呟きました。

見つめた空は冴え渡り、星がキラキラしています。
吐く息は白く、それが甘くて美味しい綿菓子みたいに見えます。

「……お腹、すいたわねぇ……」

ついつい同じ言葉がもう1回漏れちゃいました。

99謎のミーディアム:2009/11/02(月) 20:04:25 ID:???

水銀燈はころころと泣いているお腹をさすってみます。
せっかくのクリスマスなのに、食べる物も買えないだなんて、寂しすぎます。

「何か……無いかしらねぇ……」

そう呟いて、ちょっとでも虚しさを無くそうと、ポケットの中をゴソゴソ探してみます。
ひょっとしたら、銅貨が一枚くらい入っているかも。
淡い期待を胸にポケットを探る水銀燈でしたが、世知辛い現実しか入っていませんでした。

「……何よコレ……マッチ?」

ポケットに入っていたのは、小さなマッチ箱だけです。
つまらなそうに水銀燈はため息をつき、マッチ箱を捨てようとしますが……
その時、彼女の脳裏に一つの素敵なアイディアが浮かびました。

「そうよ。このマッチを売れば、そのお金で……」

上手く行けば、空腹と寒さに震えてひもじいまま過ごす事も無さそうです。
そう考えると水銀燈は、ニヤリと笑みを浮べました。

そして水銀燈は町の大きな通りまで行きます。

楽しそうな家族連れ。幸せそうなカップル。町を見守る、大きなツリー。

そんな中、通りを歩いている身なりの良い紳士に、水銀燈はとてとてと走って近づきます。
そして、何の用ですか、と視線を向けてきた紳士に、水銀燈は言いました。

「マッチはいかがかしらぁ?」

100謎のミーディアム:2009/11/02(月) 20:04:51 ID:???
紳士は身なりだけでなく、人柄まで紳士だったのでしょう。
暫くは、何かを考えるように首を傾げていましたが……やがて静かに頷くと、水銀燈に値段を尋ねました。

水銀燈も、首を傾げて考えます。
一体、どれくらいの値段が良いのかしらん?
ちょっとだけ考えてから、水銀燈はニヤリと笑みを浮べました。

「そうねぇ……有り金全部で良いわよぉ?」

いくら何でも、ふっかけ過ぎです。
当然、紳士もプンプン怒って通り過ぎてしまいました。

せっかく捕まえたカモに逃げられて、水銀燈もしょんぼりです。

それでもめげずに町を歩く人たちに水銀燈は声をかけますが……
どうしても、最後の最後。「有り金全部」の所で失敗してしまいます。

結局、ずーっと寒い中で売れないマッチを持ったまま、時間だけが流れてしまいました。

「……このままじゃあ、クリスマスも終わっちゃうわねぇ……困ったわぁ……」

水銀燈は途方に暮れて、元気なく呟きます。
ぴゅーっと吹く冷たい風が、容赦無く体温を奪っていきます。
水銀燈はころころ鳴るお腹をさすりながら、あまりの寒さに、震えながら小さな肩を自分で抱きしめました。

「……ほんと、最悪」

ちっとも売れやしないマッチを睨みつけて、恨めしげに言います。
当然、マッチは何も答えてくれません。


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