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没作品供養スレ
25
:
疵 別オチ
:2009/04/20(月) 18:00:29
「あら、失礼。お食事中だったかしら」
その空間に充満する死のにおいに微塵も動ぜず、女神像のように美しく冷たい少女は"それ"に親しげに話しかけた。
赤い光が渦巻く中心で恍惚とした表情でうずくまる"それ"は、まるで羽化直前のサナギのようでもあり、そしてまた
導火線に火がついた爆弾のようでもある。左右に立つ赤鎧の天使が怖気づきながらも退くこともできずに立ち尽くす
なか、彼女はするりと深き闇の中へ、その赤き渦を割りながら踏み出していく。
「お行儀が悪いのは相変わらずね。少しは綺麗に食べようとは思わないの?」
金色の瞳を細めながら、黒き力に半身を預けた少女――"魔丞"千晶は言う。つまらないことがわかっている冗談を
白けるとわかっていて言うときに特有の醒めた口調は、この状況と彼女自身に漲る禍々しさにより底冷えするような
寒さと恐ろしさを与えるものになっていたが、しかし"それ"は意にも介さず、散らかった天使の死体の中央で黙々と
"食事"を続けていた。
人語を解する能力すら失ったのか、それとも千晶なぞより今はこのマガツヒのほうが大事なのか。
(たぶん、両方ね)
千晶は薄く笑い、右手(らしき黒い塊)を無造作に前に突き出した。"それ"の頚部の角を中心にしていた光の渦に、
新しい別の中心が生まれる。黒き触手が光を吸って、力を得たように少し膨らんだ。
「ぐ、アァァァァ……ッ!」
"それ"が、動いた。赤い双眸を千晶に向けた。視線が向けられた、ただそれだけで赤き天使たちは突き飛ばされた
かのように一歩後ずさってたたらを踏んだ。
「ようやく見てくれたわね。久しぶり」
今度は楽しげな口調で千晶は言う。この言葉が通じているのかどうかは怪しいものだったが、そんなことは彼女には
関係のないことだった。誰かに聞かせたくて喋っているわけではない。これは彼女なりの儀式なのだ。
「エサをとられてトサカに来たってところかしら? 獣同然、いや、それ以下ね。醜いわ」
歯を剥き出してうなり声を上げる"それ"に少しも臆せず、彼女は続ける。
「強い者は美しい。あなたもあんなに美しかったのに……今はこんなに醜い。残念だわ」
千晶は抑揚のない声で言った。それは悲しみに沈んだような口調であったが、それが本心なのかどうかはもう彼女
自身にすらわからないことだった。
わかる必要もない。
「ガァッ!」
怒りの声とともに、影が動いた。千晶は冷静に一歩下がる。反応が遅れた鎧の天使のうちの一人が腰の部分で上下
ふたつに割れ、赤と緑の光となって消えた。
「満腹で体力は十分、というところかしら? なら、私も」
言いながら、千晶は右腕の黒き触手をもう一人の護衛の首筋へと伸ばす。巻きつき、へし折り、千切り、包み込み、
噛み砕き、飲み込む。天使の武器と鎧がコンクリートの床で跳ねる無機質な音が響いた。
「……あら、腕、どうかしたの?」
いま気づいた、というように彼女は"それ"の失われた左腕を指差した。聞きようによっては嫌味な挑発のようにも
聞こえたかも知れないが、彼女にはそういう意図は一切なく、本当にいま初めて気づいたのだった。彼女も"それ"も、
すでに腕の欠損程度はその程度の出来事に過ぎない世界の住人であった。
「奇遇ね」
言って、先のない左腕を誇示するように振る。その表情は場違いなほどに穏やかで、なにより、狂気的だった。
「礼を失するかと思ったけど、杞憂だったみたい」
うっとりと嬉しそうに目を細めながら、彼女は言った。彼女の中にある、暴力の中にに様式美を見出す性癖(彼女
自身のものというよりは、むしろ彼女に宿ったゴズテンノウのものに近かった)が唯一抱えていた不安が解消された
ことによる、喜びの声だった。相手がもはや礼を尽くすに値する存在ではなかったとしても、やはりそれは彼女には
大きな気がかりだったのだ。彼女は、強く美しい、ヨスガの体現者にふさわしい存在であり続けねばならない。
だが、それを証明するにはもうひとつ、大きな障害が残っている。
「さ……再会を喜び合いましょうか?」
うっとりとした口調で千晶が言った。それを待っていたかのように、"それ"はコンクリートの床を蹴った。
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