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19
:
ライドウの人
◆VzerzldrGs
:2006/07/23(日) 20:26:52
いつか書こうと思っていたたまきと神代のエピソード…。
書いている内に長くてグダグダになってしまったので没にします。
20
:
ある『外道』と『救世主』?
◆VzerzldrGs
:2006/07/23(日) 20:28:03
平坂区カメヤ横丁を駆け抜け、大通りに出た所でたまきは初めて後ろを振り返った。
さっきの男は追ってきてはいない。そして追撃の気配も無かった。
だからと言ってこんな見晴らしのいい所でのんびりとはしていられない。
ガーディアンで強化されているとは言え、急な戦闘でさすがに息が上がってきていた。
息を整え、再び走り出す。
(さっきのあいつ…何なの? すごくヤバイ。)
あの男、悪魔召還プログラムをこちらが銃撃する直前になって一瞬で召還コマンドを変更した。
それはプログラムのことを知り尽くしているからこそ出来る芸当だ。それだけでもかなりの使い手だということが考えられる。
いや、それよりも恐ろしいのは、あの男――悪魔とは言え仲魔をあっさりと盾にして見殺しにしたのだ。
何と冷血で容赦の無い人間なのだろう。たまきの知っている悪魔よりもよっぽど冷血で悪意に満ちている。
兎も角、奴は完全にこのゲームに「乗った」人間だということだ。
先ほど、無防備な振りをしてたまきに話しかけてきたのは何かの気まぐれだったのか。だが次に会ったときはおそらく容赦してはくれないだろう。
万全の準備を整え、悪魔も、ヌエなんかよりよっぽど強い者を用意してくるに違い無い。
そうなる前に何とかして遠くに逃げるか、こちらもそれ相応の力を付けるしかない。
だがどうやって?
まだ自分がこれからどうするかすら考えていないのに、どうやって?
知っている誰かに会いたい。由美が死んでしまったのは残念だけど、それを悲しんでいる暇なんて自分には無いのだ。
これが終わったら泣いてあげればいい。
終わる?
他の人間たち…自分の見知った顔を含めた数十人の死体の山の上に立ってユミのために泣く?
それとも、自分の方が死体の山の一部となって?
遣る瀬無い。自分たちをいきなりこんな街に放り込んだ誰かが憎い。憎くて憎くて、狂ってしまいそうだ。
いや、いっそのこと狂ってしまえればどんなに楽か。
もう既に見知らぬ一人を殺している。いきなり銃を向けて来たのだから仕方が無い。それはもう一晩中自分に言い聞かせてきたことだ。
だから無理にでも納得した。
自分が生きるためには誰かを殺さなければいけない。これが今自分に課せられたルールなのだから。
だけど、今度は自分が殺されかかって初めて気付いた。
結局、自分とさっきの男は同じなのだ。いざとなったら冷静に人を殺し、その屍を踏み台に出来るということに。
気付いた瞬間、それが恐ろしくて何度も足が竦みそうになった。
何度も思う。狂ってしまえれば、どんなにいいだろう。
頭を抱えて唸る。自分からこんなに低い声が出るとは思えなかった。しかも走りながらだ。
いや、今はそんなことどうだっていい。足を速めた。
「あっ!」
急に歩幅を広めたからだろうか、足がもつれてバランスを崩してしまった。
このままではこけてしまう。そう思って硬く眼を瞑ったが、訪れるべき衝撃はなかなかやって来なかった。
その代わりに胴体へやってきたのは優しく受け止めてくれる感覚だった。
「おい、大丈夫か?」
「え…?」
それは男の声だった。ただし、先ほど遭遇したあいつのように冷酷なそれではなく、あくまでも優しく、自分を労わってくれるような――。
たまきはおそるおそる眼を開き、数回瞬きをするとゆっくりと顔を上げた。
顔を上げた瞬間、息を呑んで受け止めてくれた男を突き放し、スカートのベルトに差し込んだ銃を抜いた。
(何でよりによってコイツ――!)
たまきを受け止めた男は。彼は彼女と同じく軽子坂高校に在籍する神代浩次だったのだ。
21
:
ある『外道』と『救世主』?
◆VzerzldrGs
:2006/07/23(日) 20:29:24
神代浩次と内田たまきは同じ学年だがクラスは違っていた。だが、この男に関する悪い噂はたまきの耳にいくらでも届いていた。
とは言え、学校での生活態度に問題があるわけではないらしい。
むしろ成績は常に上位に食い込み、一見人当たりも良いものだから教師からの評判は上々。
運動神経も素晴らしい。二年生にも関わらずいまだに運動部からの勧誘は後を絶たないとか何とか。
ルックスも悪くないから何も知らない女子、主に後輩からの人気も大したものだ。
だが、こいつに関してたまきが下した評価は唯一つ。
『外道』である。
こいつ、涼しい顔しておきながらたまきの友人の女の子を何人泣かしたことか。
いや女の子だけではない。男子だって何もしていないのにこいつに酷い眼に遭わされた者を何人も知っている。
誰がどんなことをされて苦しんだかは、並べ始めるときりが無いが、兎に角殺人以外は何でもしていると思われるような奴だ。
いや、今はこういう状況でこの外道のことだ。嬉々としてもう何人も殺しているかもしれない。
半分狂い掛けた自分は、誰でもいいから傍にいて欲しいとか思わないでも無かったが、こいつはダントツで嫌なタイプだった。
こいつの最低さに比べたらさっきの男も、あの狭間も見劣りするだろう。それくらいたまきの中での印象は悪かった。
「いきなりそんな物騒な物構えるなよ、な?」
神代はたまきをなだめすかせるように曖昧な笑顔を見せた。だがたまきはきっと睨んで銃口をしっかりと定めた。
「いやぁ、何なのこの状況?
俺かーなりびびっちゃってさ、お前のこと探してたわけよ。お前、フェンシング部だったっけ? けっこう強いんだろ?」
「あんたには関係無いでしょ!?」
「まぁまぁ、折角会えたんだからさ、ちょっとお話しようや。どの道俺もお前ももうすぐ死ぬんだから、な?」
「だから? そうやって笑って私を懐柔させてどうするつもり? 私は他の女の子のように甘く無いわよ。」
「そんなぁ〜。顔見知りに会えてちょっとほっとしてたのにそりゃ無いよたまきちゃん。」
「気安く名前を呼ばないで! このクズ!」
「クズって…俺君に何か悪いことした? 言ってよ、何かあったら俺直す努力するから。」
「私の機嫌を取りたいなら今すぐ目の前から消えて頂戴!」
「おいおい、ふつーそこまで言うかなぁ。」
「もっと言って欲しい? 私が今思ってることって圧倒的に放送禁止用語なんだけど!」
「それはある意味聞きたいんだけど…」
「あんたに聞かせるくらいなら穴掘って叫んでおくわよ!」
いかにも残念そうに舌を出して肩を竦める神代をたまきはもう一度睨んだ。
「酷いや。俺、泣いちゃうよ…」
この男を間近に見るのは初めてだったが、確かに顔は悪くない。うるうるした瞳なんてまるで子犬のようだ。
もしもたまきが何も知らなかったら、危なかったかもしれない。
だけどこいつはこの小動物の瞳で何人もの女の子を騙しているような奴なのだ。
「勝手に泣いてなさい。私はもう行くから。」
吐き捨てて、じりじりと後退した。銃口を向けたままである。ここで下ろしたらおそらく、一秒後には生きていられないだろう。
「待てよ!」
今度は凄みのある声だった。ほぅら、もう本性表した。
「…い、いや、待ってくれよ。」
今更言い直したって遅いわよ! そう怒鳴ってやりたかったが喉まで出掛かったところで飲み込んだ。
これ以上刺激するのは良く無い。
だがたまきのイライラは既に限界を迎えていた。
我ながら短気だとは思うが、こいつの顔を見ているだけで吐き気が止められないのも事実だ。
(あーもう最悪!)
今すぐこのトリガーを引いてこいつの顔面にぶちこんでやりたい!
だけど、たまきには見えていた。神代の背後にいるガーディアン、龍神ラハブの姿が。
かなり上位に位置する悪魔である。
力が圧倒的に強く、まさに戦闘において本領を発揮する悪魔。本気で掛かって来られたら危険極まりない。
対する自分のガーディアンは大天使ガブリエル。
こちらも上位には違いないが、能力的に見てこう言ったタイマン勝負に向いているタイプとは言い難かった。
それに銃を向けられている神代のこの余裕の態度も気に掛かる。
何か強力な武器を隠し持っているのか、近くに強い仲魔が控えているのか。
咄嗟のことだったとは言え、先に自分の唯一の武器である銃を抜いてしまったのは正直迂闊だった。
他に今手元にある物と言えば何に使うのか解らない鉄製の試験管みたいな筒が八本だけだ。
投げれば意表を付くことくらいは出来るかもしれないが、こいつが相手なら怒りを増長させるのがオチだろう。
ようするに、自分は今不利な状況にいるのである。
だからこそ、頭を巡らせて突破口を見つけなくては…。
22
:
ライドウの人
◆VzerzldrGs
:2006/07/23(日) 20:31:23
以上です。
主人公二人を会わせる話は書いてて楽しかったのですが、私の手に余りました…。
では失礼します。
23
:
疵 ソロネの変異ネタ
:2009/04/20(月) 17:58:10
影。そして、激しい痛みと、真っ白に消える視界。衝撃が身体を揺らす。耳鳴りと眩暈が世界を曇らせる。
なにが起こったのか、ソロネにはまったく理解できなかった。理解する暇もないまま、ドアを開けた次の瞬間に、
衝撃によって意識も認識もなにもかもを吹き飛ばされてしまった。今はただ、全身に走る痛みだけがある。
身を任せた車輪が砕け、足や腕が歪み千切れた姿で、なんとか首だけを上に向ける。影が奔るたび赤い瞳が軌跡を
描き、天使が躯へと変わっていく。影が腕を振るうたび赤い闘気がうなりを上げ、天使を切り刻んでいく。
目の前で行なわれているそれは、虐殺と呼ぶことすらおこがましいようにソロネには思えた。卵を空中で離せば、
地面に落ちて割れる。川に物を投げれば、水に飲まれ流される。それと同じように、影は天使を殺していく。それは
さも当然、まるで天の摂理であるかのような錯覚すら覚える光景だった。
「……あれは、なんだ?」
かすれる声でソロネはつぶやく。その声はもはや死に強く彩られており、清浄なるものではなくなっていた。
あれは人間ではない。断じてない。人間は薄汚れた泥人形に過ぎないが、しかしそれゆえに不純が混じることこそ
あれ真になにかになることはできないはずだ。あれは人間では生り得ない、悪意と敵意の純粋な塊だ。
だが、あれは悪魔なのだろうか。悪魔は人の念が生むものゆえに純でありえる。しかしそれは同時に単純化されて
しか存在し得ないという弱点にもなる。それゆえにあの世界の卵と化したボルテクスではいずれかのコトワリに追従
するしか己の意志を示す道がなかったのだ。だが、あの影を殺戮へと衝き動かしているものは、なんだ? 腕を失い、
正気を失い、それでも血を求める姿は、煌天の衝動に身を任せた悪魔に似てはいるが、まるで違うものだ。狂気では
あるが、悪魔の本能からなるものとは違った、本能と理性とそれぞれを狂わすものとが入り混じったもの。いったい
なんと呼ぶのかはわからない、そもそも名づけられているのかもわからない、狂気より狂ったなにか、悪魔では持ち
得ぬ、人間にしか持ちえぬ恐るべきなにかだ。
「人でも、悪魔でもない者」
ソロネはまたつぶやく。その声には、畏怖と、そして怒りがこもっていた。
(許せぬな)
心の中で、別の気高き声が響いた。聞き覚えのある声だったが、その主のことは思い出せない。思い出したくても、
もう散漫になりつつある意識では不可能で、ソロネはただそれに強く同意した。
(このような者の存在も、このような場の存在も、このような不穏な企みも……すべて認めてはならない)
炎のように、暖かく、激しく、力強く、透明な声が続けて、冷たくなっていくソロネの身体を内から突き上げる。
力が、わいてくるのを感じた。しかし自分の身体と意識が、その力に耐えられそうにないこともまたわかった。
(神罰を与えねばならん。私が、"神の炎"が、粛清に赴こう。体を貸せ、兄弟。我が"力"をその箱庭に顕すために)
声が言い終えると同時に、力が爆発するのをソロネは感じた。光が体からあふれる。流れ込んできた"力"が自分を
飲み込み、作り変えていく。
ソロネの意識が、これが死なのか再生なのか、よくわからぬまま、ただ、消えた。
24
:
疵 ソロネの変異ネタ
:2009/04/20(月) 17:58:46
何事か叫んだ天使のはらわたを、大きく振りかぶった右腕の指先で引っ掻くようにしてもぎ取る。飛び散る液体が
暖かく心地よい。そのすぐあとに流れ出る光の粒子が、乾いた心を満たしてくれる。"それ"はそのわずかなふたつの
快楽をむさぼるために、目の前に現れた天使の軍勢を次々と屠っていった。
最後の、一匹。腰に構えた拳から、光の剣を一閃させた。一瞬遅れて、奇怪な鉄塊のごとき天使の肉体がふたつに
割れる。さらにしばしの沈黙の後、魂を失った肉体が原始的な力へと還元される衝撃で、光の粉が四散した。それを
角で吸い取る。甘美な感覚が全身を駆け抜け、恍惚が"それ"を満たした。
だがそれも仮初の悦び。満ち足りた感覚はするりと身体から逃げ去っていき、またたまらない餓えが身体を焦がす。
も っ と だ ! も っ と 喰 わ せ ろ ! も っ と 殺 さ せ ろ ! も っ と 強 い や つ を 寄 越 せ !
"それ"に言語を明瞭に発する能力が残っていたら、そう叫んでいたであろう雄叫びを、二度、三度と繰り返した。
それは勝利の雄叫びのようでもあり、歓喜の嬌声のようでもあり、悲劇の慟哭のようでもあり……
瞬間、気配を感じて、"それ"は後ろを振り返る。確かに最初の一撃で殺したはずの"モノ"から、すさまじい"力"と
殺気とを感じ取った。それは瞬く間に光に変わり、斃れた"モノ"を包み込み、そのまま形を変えていく。
「我、参れり。我が名はウリエル。堕ちし六翼の企みを滅する"神の炎"なり」
光が名乗る。翼が、腕が、頭が、光の中から姿を現す。そこには、力強く剣を構えた、天使が、いた。
「滅びよ、人でも悪魔でもなき者よ。その穢らわしい存在のすべてを、我が炎にて焼き尽ぐぶぇああッ!?」
天使が言い終えるのも待たずに、"それ"は勢いよく飛び掛った。固めた拳を、跳躍からの重力もあわせて、たたき
つける。ただそれだけ、もはや技でもなんでもない、単なる鉄槌。それが、天使の顔面を大きく変形させる。
「つぶぁ……バカ、ながぁっ!?」
痛みにあえぐヒマもなく、胸元に押し付けられた掌からの光弾に射抜かれ、吹き飛ぶ。"それ"は天使の名にも目的
にも興味などなかった。本来ならばこの箱庭に介入ができないはずのイレギュラーな存在であること、ソロネの体を
媒介にすることで半ば反則的な方法で介入を行ってきたことなどにもまったく興味がなかった。
相手が何であれ、ただ、引き裂き、喰らう対象というだけに過ぎなかった。
「貴様ァッ、滅ッ……」
振りかぶった剣を振り下ろすが、敵の額を唐竹割りに斬り裂くはずのそれは降りてこない。背後にドサリとなにか
落ちるのが聞こえた。それが自分の腕と剣だということに気づいたのは、目の前の"それ"が構えた光の剣が返す刀で
腹部を無残に抉り取ったあとだった。
「……馬鹿な……」
ウリエルは、自分が先ほど言った言葉を思い出した。人でも悪魔でもなき者。だとすれば、"これ"はなんと呼べば
いい? 人でも悪魔でもない、人も悪魔も超えた存在……それはもうもはや……"神"ではないのか?
死が、近づいてきた。全身に刻まれた赤い文様が点滅するのが、まるで喜びの表現のように見えた。ひときわ激しく
緋色に輝く双眸が、いっそく赤く、禍々しく光る。
「認めん、認めんぞぉッ!」
ウリエルは無駄と知りつつ残った左腕を前に構える。影が、死が、奔ってくるのが見えた。
25
:
疵 別オチ
:2009/04/20(月) 18:00:29
「あら、失礼。お食事中だったかしら」
その空間に充満する死のにおいに微塵も動ぜず、女神像のように美しく冷たい少女は"それ"に親しげに話しかけた。
赤い光が渦巻く中心で恍惚とした表情でうずくまる"それ"は、まるで羽化直前のサナギのようでもあり、そしてまた
導火線に火がついた爆弾のようでもある。左右に立つ赤鎧の天使が怖気づきながらも退くこともできずに立ち尽くす
なか、彼女はするりと深き闇の中へ、その赤き渦を割りながら踏み出していく。
「お行儀が悪いのは相変わらずね。少しは綺麗に食べようとは思わないの?」
金色の瞳を細めながら、黒き力に半身を預けた少女――"魔丞"千晶は言う。つまらないことがわかっている冗談を
白けるとわかっていて言うときに特有の醒めた口調は、この状況と彼女自身に漲る禍々しさにより底冷えするような
寒さと恐ろしさを与えるものになっていたが、しかし"それ"は意にも介さず、散らかった天使の死体の中央で黙々と
"食事"を続けていた。
人語を解する能力すら失ったのか、それとも千晶なぞより今はこのマガツヒのほうが大事なのか。
(たぶん、両方ね)
千晶は薄く笑い、右手(らしき黒い塊)を無造作に前に突き出した。"それ"の頚部の角を中心にしていた光の渦に、
新しい別の中心が生まれる。黒き触手が光を吸って、力を得たように少し膨らんだ。
「ぐ、アァァァァ……ッ!」
"それ"が、動いた。赤い双眸を千晶に向けた。視線が向けられた、ただそれだけで赤き天使たちは突き飛ばされた
かのように一歩後ずさってたたらを踏んだ。
「ようやく見てくれたわね。久しぶり」
今度は楽しげな口調で千晶は言う。この言葉が通じているのかどうかは怪しいものだったが、そんなことは彼女には
関係のないことだった。誰かに聞かせたくて喋っているわけではない。これは彼女なりの儀式なのだ。
「エサをとられてトサカに来たってところかしら? 獣同然、いや、それ以下ね。醜いわ」
歯を剥き出してうなり声を上げる"それ"に少しも臆せず、彼女は続ける。
「強い者は美しい。あなたもあんなに美しかったのに……今はこんなに醜い。残念だわ」
千晶は抑揚のない声で言った。それは悲しみに沈んだような口調であったが、それが本心なのかどうかはもう彼女
自身にすらわからないことだった。
わかる必要もない。
「ガァッ!」
怒りの声とともに、影が動いた。千晶は冷静に一歩下がる。反応が遅れた鎧の天使のうちの一人が腰の部分で上下
ふたつに割れ、赤と緑の光となって消えた。
「満腹で体力は十分、というところかしら? なら、私も」
言いながら、千晶は右腕の黒き触手をもう一人の護衛の首筋へと伸ばす。巻きつき、へし折り、千切り、包み込み、
噛み砕き、飲み込む。天使の武器と鎧がコンクリートの床で跳ねる無機質な音が響いた。
「……あら、腕、どうかしたの?」
いま気づいた、というように彼女は"それ"の失われた左腕を指差した。聞きようによっては嫌味な挑発のようにも
聞こえたかも知れないが、彼女にはそういう意図は一切なく、本当にいま初めて気づいたのだった。彼女も"それ"も、
すでに腕の欠損程度はその程度の出来事に過ぎない世界の住人であった。
「奇遇ね」
言って、先のない左腕を誇示するように振る。その表情は場違いなほどに穏やかで、なにより、狂気的だった。
「礼を失するかと思ったけど、杞憂だったみたい」
うっとりと嬉しそうに目を細めながら、彼女は言った。彼女の中にある、暴力の中にに様式美を見出す性癖(彼女
自身のものというよりは、むしろ彼女に宿ったゴズテンノウのものに近かった)が唯一抱えていた不安が解消された
ことによる、喜びの声だった。相手がもはや礼を尽くすに値する存在ではなかったとしても、やはりそれは彼女には
大きな気がかりだったのだ。彼女は、強く美しい、ヨスガの体現者にふさわしい存在であり続けねばならない。
だが、それを証明するにはもうひとつ、大きな障害が残っている。
「さ……再会を喜び合いましょうか?」
うっとりとした口調で千晶が言った。それを待っていたかのように、"それ"はコンクリートの床を蹴った。
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