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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1萌える腐女子さん:2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

71616-359「いたずら」:2009/05/10(日) 03:54:12


「お前のことが、好きだったよ。ずっとさ」
 笑いながら紘介が言った。口の端が奇妙に歪んで、震えたようにみえた。……気付かない振りをした。

 高校時代の友人の結婚式で、5年ぶりに紘介と再会した。
 特に何があったわけでもないが、紘介とは大学が離れて以来どちらからともなく連絡をとらなくなった。よくある話だ。
 中学高校といつも二人でいて、ワンセットとして扱われていた。部活も同じテニス部で、弱小だったけれど6年間ダブルスも組んだ。当時の自分は屈託がなくて、しょっちゅう紘介にいたずらを仕掛けては二人で笑い転げていた。
 大学を離れてからも何度も連絡をとろうとしたのに、メールの文章に悩んで、電話の話題に困って、結局連絡の頻度は減っていった。紘介の口から自分の知らない誰かの話を聞くのも嫌だと思った。
「俺の家近くなんだけど。…明日休みなんだったらさ、うちで飲みなおさない? 泊まっていってもいいし」
 結婚式の帰り、声が震えないように気をつけながら誘うと、笑って康平は頷いた。
 酒を大量に仕入れて、途切れがちになる話題を埋めるようにとにかく飲んだ。普段なら飲むとすぐ眠くなるのに、鼓動が速くなるだけでちっとも眠くならない。
「今付き合ってるやつ、いるの?」
「……紘介は?」
「いないけど。なんか、忘れられなくてさ。こういうの、言われてお前は引くかもしれないけど」
 好きだ、と言われた。
「寝ようか」
「紘介、」
「布団借りてもいい?」

 電気を消して部屋に闇が広がると、途端に息遣いが気になり始める。自分が何度も寝返りをうっている内に、紘介は眠ったようだった。
 ふと、この前高校のクラスメイトだった友人が電話で話していたことを思い出した。
「紘介はさー優しすぎんだよなー。変なとこ臆病っつーかさ。この前の同窓会、お前も紘介も来なかっただろ? 愛美がさ、あ、今実はこの前の同窓会から愛美と俺付き合ってんだけど。愛美がお前と紘介がそーゆーとこそっくりだって言い出してその話でみんなで盛り上がったんだぜ」
 逃げてばかりだった自分に、言う勇気はなかった。「好きだった」と言った紘介の顔を反芻する。
 一番最初に二人でダブルスを組んだとき、練習試合で自分が球を取りに行って紘介とぶつかるのが怖かった。二人とも譲り合って、自分の場所から動けなくて、結局その日のスコアは散々だった。
 いつからだったんだろう。でもそのときも、最初に踏み出したのは紘介だった気がする。
 ……手が震える。ゴクッと唾を飲み込むと、紘介が目を覚まさないように体を起こす。
 眠っている紘介の顔にはうっすらと髭がはえていて、一緒にいた頃よりも男ぶりがあがった気がした。
 唐突に、好きだ、と思った。好きだ。好きだ。…もう、逃げられない。
「……なに」
 紘介に気づいたら口づけていた。ぱっと紘介が目を開ける。
 一生分の勇気を振り絞って笑った。あの頃みたいに。

「いたずら」

71716-369「盲目の正義」:2009/05/10(日) 18:56:15
なんだかファンタジーな萌え語りここに置いてきますね

盲目の正義、ときめく響きです。
ヒーローでも革命の士でもむしろ悪役側でもとてもおいしくいただけます。
正義の名を借りて、自分のやっていることに何の疑いも持つことなく突き進む。
良く言えばとても素直でまっすぐな、悪く言えばとても愚かで意固地な人物だと思います。

私はそうして今まで信じてきたものが揺り動かされる瞬間というものがとても好きです。
敵役に自分の矛盾や見てこなかったものを指摘されて必死になって否定するのもいい。
(その際にお前らとは違う!などと、むしろ正義であるはずの彼のほうが酷い言葉を投げかけるのは多分お約束です)
彼を憎む人物がその坊ちゃんっぷりや偽善をせせら笑うのでもいい。
悪魔の誘惑のように感じられるそれらの台詞で、自分の基盤がぐらぐらになって、
荒れすさんだり、思い悩んだりと、精神的にぐちゃぐちゃになる彼の姿にはとても嗜虐心がそそられます。

着地点としては素直でまっすぐな彼のこと、
それまでむしろ忌み嫌っていた人物の言葉を聞き入れて一緒に戦うのもいいです。
彼はより賢く、よりいいリーダーとして人々を導いていくことでしょう。
もちろん、愚かさや意固地さをを発揮して自分の持つ正義に固執するのもありです。
狂気さえ孕んだようなその様には、もはや救えないという哀れみを感じるでしょう。

ですが個人的には、彼の愚かさを知りつつも傍に控える存在がいるとより萌えます。
自分のやってきたことに疑いを持つ彼に対し、
「お前は間違っていない。考えるな、そのままでいい」と、せっかく開きかけた彼の目をまた閉ざそうとするのです。
彼を利用する奴でもいい。彼やその思想を盲信する人物でもいい。
その弱さや脆さを知ってなお、ただ彼にどこまでも付いて行こうとするのでもいいんです。
死別、決別、彼らに幸福な結末は待っていないかもしれませんが、それでも共にいてほしいと思うのです。

718 16-369「盲目の正義」 1/2:2009/05/10(日) 23:20:25
真昼の病室に風が流れ、赤褐色の髪を遠慮がちに揺らした。
白いベッドに仰臥した青年は、目を閉じたまま、塑像のように動かない。
その冷たい手を取って、上から掌を重ねた。
大丈夫、眠っているだけだ。胸の内で繰り返しながら、昔のことを思い出していた。

ただ一度、心の底から愛した人を、理不尽なかたちで喪ったことがある。
当時はまだ年若く、状況に強いられ、納得のゆかぬ死をただ受け容れるよりなかった。
到底割り切れるものではない。無理と異物をのまされて、心のどこかが歪んだ。
力が欲しい。その一心で、ひたすらに権力の座を目指した。
いつしか位人臣を極め、手にした力で片端から不正を潰して回った。
そうしているときだけ、許されているような気がした。
復讐のつもりであったかも知れない。
厳しさのあまり、方々から恨みを買っていることは承知していたが、
自分の死をもって完結することならば、それはそれで構わないと思っていた。

だが、どうだ。己に返ってくるはずの報いは、無辜の若者に降りかかった。
あのときは非力ゆえに、今また傲慢ゆえに、私はかけがえのない人間を失おうとしている。
また、同じことを繰り返すのか。贖罪の機会すら与えられぬのか。
「君さえ、そばに居てくれれば……」
両掌の間に包んでいた手を、無意識に握り締めた。そのとき―――
「……さま」

どきりとした。蒼灰色の目が、真っ直ぐにこちらを見つめ返していた。

719 16-369「盲目の正義」 2/2:2009/05/10(日) 23:23:10
呼ばれたような気がして、ふと夢から覚めた。
誰かが傍らに付き添っていて、左手を握っているのが分かった。
瞼を開けたとき、視界に入ってきたのはただ光と影だった。
眩しさに馴れてくると、曖昧な影であったものは見慣れた男の像を結んだ。
途端に安堵がこみ上げてきて、思わずその名を口にした。
彼は握り締めていた手を離して、咳払いをひとつする。
「ご無事……でしたか」
「無事に決まっている。私を庇って刺されたのだぞ、君は」
「では、あの男は」
「死んだ。護衛に捕えられ、その場で毒を噛み砕いた……らしい」
らしい、と伝聞形で話をするのは、いかにも彼らしからぬことだった。
まだ、きちんと事実の確認を済ませていないのだろう。
「何故だ」
唐突に彼は言った。意味をはかりかねているのを察して、先を続ける。
「君は、わらったのだ。あのとき……刺された君を抱き起こしたとき、
 君は私を見て、確かに微笑んだ。血を流しながら、息も絶え絶えの状態で、何故」
言われて、徐々に記憶が蘇る。広間に飛び交う怒号と悲鳴が、遠く聞こえていた。
痛みと、噎せ返るような血のにおい。駆け寄って僕の名を叫ぶ彼の姿が、逆さまに映った。
わらっていたのかも知れない。あのとき、薄れゆく意識の中で何を思ったかといえば。
「おかしかったんです」
要点だけをかい摘んで答えると、彼は胡乱げに眉をひそめた。言葉が足りなかったらしい。
「あなたがあんまり取り乱したりするものだから、おかしくなって、つい」
「……君は馬鹿だ」
「ええ、そうでしょうとも」
「救いようのない馬鹿だが、国に必要な人間だ。これからも馬車馬のように働いてもらうぞ」
「素直に長生きして欲しいと仰ればいいのに」
「こういうことは年功序列だ。後から生まれてきた君が先に逝くのでは筋が通らん。
 私は筋の通らぬことが嫌いだ。だから、そのような真似は決してしないと誓いなさい」
生死は神の御業、いずれが先に召されるかは天の決めるところだろう。
しかし、今の彼が求めているのは、そんなありきたりの正論ではない。
「約束します。天地が引っ繰り返っても、あなたを残して死ぬことはない。
 ……だからもう、泣かないでください」
彼はハッとしたように顔をあげ、袖口で乱暴に頬を拭った。
その片腕を捉えて引き寄せ、手首の内側に唇で触れた。
薄く柔らかな皮膚の下には、温かな血が脈打っている。
「あなたも人の子だ。血も涙もあって、 時に間違いを犯すこともある。
 そう気付いたからには、暴走したあなたを止めるのは僕の役目です。
 是が非でも、死ぬわけにはいかなくなってしまいました」
人間誰しも、鍛えようのない脆い部分を持っている。
世に鋼鉄の男と畏れられる彼とて、決して例外ではないのだ。
彼は手首を預けたまま、観念したように苦笑を浮かべた。

72016-499 「次男」:2009/05/30(土) 18:15:45
「ただいま」
がちゃり、と扉の音と一緒に聞こえた声で、一気に気分が落胆する。
俺の隣で本を読んでいた佐藤が、あれ、といってからすぐに本を置いて振り返る。
「お邪魔してます」
「あれ、佐藤。久しぶりだなぁ」
「そうですね。え、いつもこんな時間に帰ってきてましたっけ?」
「今日から中間テストなんだよ」
二人の会話を背中で聞きながら、心の中で舌打ちする。ああ、テストか。
俺と佐藤の高校ではテストは再来週なので、兄が早く帰ってくることなんて
忘れていた。なんでもいいから、早く、部屋を出て行け、と思う。
結局それからしばらく佐藤は兄と喋り続け、兄がこれから塾に行くから、というまで終わらなかった。

兄が部屋を出てすぐに、佐藤が俺の腹を裏手で軽くはたく。
「一言くらい喋りなよ」佐藤の顔は笑っていた。少し困っているようにも見えたが。
「うるせえよ」はたき返して、溜息と一緒に言う。
「せめて振り向くとかさあ。お兄さんと喋るのは楽しいのに、隣からギスギスした空気が漂ってるから、一人気まずくなってたよ」
佐藤の顔を見る。その表情が笑っていたので、少しホっとする。
「お前、あいつと喋るの、楽しいのか」
「楽しいよ。頭がいい人と喋るのって、なんか新鮮っていうか」ああもう喋るな、やめてくれ。泣きそうだ。
俺の気持ちを察したのか、佐藤はそれ以上何も言わなかった。代わりに沈黙がおりる。
くそ、と一人悪態づく。さっきまでは、佐藤が本を読んで、俺がゲームをして、何てことない話をしてて。
なのに、なんでこうなるんだよ。兄が、あいつが。・・・兄は、何も悪くないのが
わかっているから、余計に腹立たしいのだ。
佐藤は、俺が、兄を好きではないことを、兄が好きになれない俺を好きでないことを、知っていた。
知っていて、そばにいてくれる。
けれど、それはいつまでだ?と思う。本当は、俺ではなく兄の隣にいたかったのではないか、と。

72116-499「次男」2/3:2009/05/30(土) 18:17:17


たとえば母と近所のおばさん達が話しているとき、近所のおばさんが兄を褒める。
母は、照れ隠しに俺をつかう。上の子はよくても、下の子はこうなのよ、というふうに。
照れ隠しだとわかっていても辛かった。
兄の担任をしたことのある先生が、翌年俺の担任になったとき、先生は俺に
「あいつの弟なのか」と歯をみせて笑った。けれど、一学期の終盤に入るころには、
「兄にできていたことが、お前はできないんだな」と何かを諦めたように、冷えた目で俺を見た。
中学までは兄と一緒の学校だったから、クラス替えのあと、初対面で喋るやつは
必ず兄の話題から俺に近づいた。兄に近づきたい下心があるわけじゃない。
ただみんな、純粋に、兄が有名だから、その話題から俺と親しくしようとしただけなのだ。
でも、俺は嫌だった。「君の兄貴は─」という言葉を、もう聞きたくなかった。

ぼんやり昔のことを思い出していると、佐藤が俺に勢いよくもたれてきた。ぶつかってきた、に近い。
急な衝撃に耐えられず、俺もそのまま倒れる。ぐえ、と変な声がでた。
「馬鹿だなあ、お前は」俺の胸の上に頭を乗せて佐藤が喋る。
「なにが」お前は思春期男子の性欲にたいする体のちょろさを知っててやってるのか、と思う。
「別に、頭だとか、才能だとか、いい、悪い、しか評価がないわけじゃないだろ」
ああ?とガラの悪い声が出た。佐藤とここまで密着するのは初めてだった。動揺する。

「お兄さんと喋るのは楽しい。でも、じゃれるんなら君がいい」
小さい、呟くような声だった。佐藤の顔は見えないが、髪からのぞいて見える耳は赤かった。
どうすればいいだろう。なんて返せば。そんなふうに言われるのは初めてだ。
上体を起こすと、佐藤が倒れかけるので、自然と腰に腕をまわして支える形になった。
佐藤の顔は真っ赤で、頭より先に体が勝手に動いて、キスしていた。

72216-499「次男」:2009/05/30(土) 18:19:37
腰のあたりで服をギュッと握られる。でも、舌をいれようとしたら、頭突きされた。
「そうやってすぐ調子にのるから、甘やかしたくなかったんだ」佐藤が笑いながらいう。
「仕方ないだろ、調子にのれる場面があまりにも少なかったんだよ」
褒められるのも好かれるのも、全部兄の役目だったから。
言いながら、俺はさっきまで暗い気分だったのを忘れていることに気がついた。
ほんとすげえなコイツは、と思う。ずっと傍にいてほしい。照れ臭くて言えなかった。
「ていうか、これ、どうするんだよ」
これ、とはズボンの中のことだ。佐藤の熱も伝わっていた。これを我慢しろと言われるのは辛い。
佐藤は俯いて、言いにくそうに口をモゴモゴした。
少ししてから、触りあってみる?と聞こえて、思わず聞き返したらはたかれた。
「言っとくけど、お兄さんが出かけてからだからな」
「わかってるよ」笑いながら頭をコツンと重ねた。
少ししてから、行ってくる、といってまた兄貴が部屋を通ってきたけれど、
俺は佐藤と隠れて手を繋いでいたので、兄貴が帰ってきたときに感じた煩わしさはなかった。



汚れたティッシュを詰めたビニール袋の口をしっかり縛りながら、
手を洗っている佐藤に話しかける。「思ったんだけど」
「俺が兄貴絡みで嫌なことがあるたびに、エロいことしてくれたら俺兄貴大好きになるかもしんねぇ」
「思ったんだけど、君って調子にのるとうざいから皆褒めなかったんじゃないの」

723萌える腐女子さん:2009/05/30(土) 18:25:19
これで終わりでした。ナンバリング付け忘れすみませんでした。

72416ー569「君が好きだ」:2009/06/08(月) 07:55:11
雨がざぁざぁと降っていた。
僕はそれを教室の窓から憂鬱な眼差しで眺めている。
――傘がない。
今朝は寝坊をして天気予報がチェック出来ていなかった。
朝、家を出るときには晴れていたから、まさか夕方になって急激に天気が悪くなるだなんて思ってもみなかった。
そうして大降りの雨を見ながら溜め息をついていると、後ろで教室のドアの開く音がした。
「どうして、まだ残っているの」
「あぁ、君か」
振り向けばそこにはクラスメートの鈴木がいた。
少し大人しいけれども明るくてとても良い奴だ。
僕はあまりクラスメートのことに興味など持ったりしない、所謂『変わった奴』だ。
そんな僕が何故彼の印象だけは覚えているかといえば、単純な話、彼に好意を持っているからだ。
他のただ馬鹿騒ぎをしているだけの奴らと違って、彼は明るいのに控えめで空気の読めるお人よしだ。
だから僕がクラスでわざと孤立していようが孤立してさせられていようが、構わず僕に話しかけてきては他のクラスメートとの仲を取り持ってくれたりする。
最初は煩わしくて仕方のなかったその行為が、いつの間にか温かくてどうしようもなくなっていた。
そしてそんな彼だから、クラスでもとても人気者で、一緒に下校する仲間には事欠かない。
だから今日もきっと彼はとっくに帰ってしまっているのだろうと、そう思っていた。
「どうしたんだい?今日はいつもみたいに早く帰らないんだね」
「君が此処にいるのが見えたから、それで」
「それで?」
僕が首を傾げて言葉の続きを促すと、何故だか彼は少し焦ったような顔をして視線を僕の斜め上に向ける。
「それで、気になったから」
「そう」

72516ー569「君が好きだ」2/3:2009/06/08(月) 07:58:45
彼はそう短く応えて、少し考えるように間を置き、また口を開ける。
「じゃぁさ、僕の傘に入って帰らない?一緒に」
少し照れながらそんな提案をしてきた彼に、思わず僕は顔を赤くする。
「何を馬鹿なことを言っているんだい?男同士でそんな、そんな」
破廉恥な。
僕はそう言って顔を俯けた。
きっと今僕の顔はとてつもなく真っ赤に染め上げられているだろう。
あぁ、こんな反応をしてしまっては彼に不審に思われてしまうじゃぁないか!
彼への想いは学生生活のほろ苦い思い出として将来一人で笑い飛ばすために、胸の内に秘めておこうと思っていたのに。
よりにもよって彼の目の前でこんな馬鹿な反応をしてしまうだなんて。
彼に気付かれなくとも、気持ち悪がられたらどうしよう。
そんな考えが頭の中をぐるぐると廻っていて、いつの間にか目の前に彼が接近して来ていることにさえ気付かないでいた。
「ねぇ、そんなにかわいい反応をしないでよ」
え?と思った時にはもう遅く、反射的に上げられた顔を彼は両手で固定して、僕の唇には何か温かくて柔らかいものが当てられていた。
視界いっぱいには彼の顔。
頭が混乱してもうわけがわからなくなって、それでもさっきより顔が赤くなっていることだけはわかった。
「そんなに固まらないでよ。またキスしたくなる」
キス。
その単語で漸く頭が何をされたのかを理解しはじめた。
つまり僕は彼に接吻をされたのだ。
そして理解した瞬間に僕の身体の力はふっと抜けてしまい、僕は床に盛大な尻餅をついた。
「初めてだった?ごめんね」
「な、なな、なに、なんで」
「好きだから」

72616ー569「君が好きだ」3/3:2009/06/08(月) 08:00:03
すき?すきってなんだっけ。すき、すき。好き?
……好き!?
誰が、誰を!?
まさか、そんな、彼が、僕を?
ありえるわけがない。
だって彼はクラス一の人気者で、それに比べて僕はクラス一の変わり者で。
そんな彼が、こんな僕を、好きになるなんて、そんなはずは。
「好きだよ。君が好き」
あぁ、そんなまさか。
これは夢じゃないのか?
そう思って僕は思い切り自分の頬を抓った。
痛い。夢じゃない。
夢、じゃ、ない。
そう思った瞬間、僕の両目から涙がこぼれ落ちた。
彼の前で泣いてしまうのが恥ずかしくて必死に涙を拭おうとするけど、次々と涙は溢れ出して止まらなかった。
涙で滲んだ視界の向こうで、彼が苦笑したのがわかった。
「ねぇ、返事は今すぐもらえるのかな?」
彼が手を差し出しながらそう問いかける。
僕は彼の手に自分の手を重ねながら嗚咽で途切れ途切れになりながらも、必死で彼に想いを伝える。
「ぼく、も、きみが、す、き。きみが、すきだ。」
彼は笑顔で僕を立たせ、そのまま抱き寄せキスをする。
僕は彼の背中に腕を回して、彼に身を任せていた。
「相合い傘、する?」
「……破廉恥」
ぼそりと呟いた僕の言葉に、彼はまた苦笑した。

雨はいつの間にか小雨になっていた。

727萌える腐女子さん:2009/06/08(月) 08:01:25
初投下させていただきました
最初ナンバリング忘れてすみません

72816-569「君が好きだ」:2009/06/09(火) 03:13:01
本スレ570です。踏み逃げみたいになって申し訳ありませんでした。
遅くなりましたがこちらに投下させていただきます。
_________________________________

「君が好きだ」

「へえ、俺は白身も好きだけどな」
朝食のサラダをフォークでつつきながら、彼は答えた。
頬杖をつき、かき回すだけで一向に食べる様子はないサラダに視線を据えて。
僕はもう一度繰り返す。
「君が好きだ」
「そんなに好きなら、俺のやるよ」
ぐちゃぐちゃになったサラダから、スライスされたタマゴを探し出し、僕の皿へと移す。
タマゴが形を崩してテーブルにいくつも落ちたが、彼は気に留めはしないようだ。
白い輪になった白身だけが、僕のサラダの上に積まれていく。
「君が」
「ああ、白身ばっかりになっちゃったな」
彼はそう言って、僕の言葉を遮った。
「悪い悪い。白身は嫌いなんだっけ?俺が食ってやろうか」
気怠く笑うその時の目も、僕に向けられはしない。
「ふざけないで聞いてくれ」
「ふざけてんのはお前だろ」
小さく吐き捨てるように彼は呟いた。
弄んでいたフォークを皿に投げ出す。
そして彼は深くため息をつき、椅子の背もたれに身体を預け俯いた。
「ちゃんと聞いて欲しい」
「何だよめんどくせえな。それ今話さにゃならんこと?俺朝メシ中なんですけど」
「こっちを向いてくれないか」
「…」
「僕を見て」
僕の声など聞こえていないかのように、彼は俯いたままだった。
だから、僕は、彼の名を呼んだ。
恐る恐る発せられた、小さく消え入りそうな声だったと思う。
しかしその声に彼は弾かれたように顔を上げ、僕はやっと彼の目を見ることが出来た。
驚いて見開かれた目には、確かに僕が映っている。
この部屋に来てから、彼の名を口にしたのは、これが初めてだった。
捕らえた視線を逃すまいと、僕はもう一度、今度はしっかりと相手に届く声で、彼の名を呼んだ。
懐かしい響きを持つ、その名を呼んだ。
彼は息を飲み込み、全身を強ばらせる。
追い詰めるつもりはないのだと、出来る限りの優しさを込めて、僕は再び告白をする。
「君が好きだ」
彼は顔を歪め、両手で耳を塞いだ。
「…やめろ」
聞きたくないとばかりに、首を横に振る。
耳を塞いだ両手の、白いシャツから覗いて見える手首には、布が強く擦れてできた赤い傷痕。
僕はゆっくりと、彼へ近寄った。
「来るな」
震える声で彼が言う。
テーブルの上の皿を、僕に向かって投げつけようとしたが、それは虚しく床を転がっただけっだった。
近づく僕を避けようと、彼は椅子から立ち上がり数歩後ずさった。
重い鎖の音が部屋に響き渡る。
その音を聞いた彼は、再び動くことが出来なくなる。
微かに震える彼の前に、僕は立った。
視線すら逸らせずに、目には涙が滲んでいた。
「好きだ」
そっと手を伸ばし、彼の頬に指先が触れたとき、その涙が零れた。
「嘘だ」
「嘘なものか」
僕は微笑み、彼の頬を両手で包み込んだ。
彼はまるで発作でも起こしたように、肩を震わせて息を吸い込む。
そして搾り出すような声で僕に訊ねた。
「じゃ…なんで、こんなこと」
小鳥のさえずりが聞こえる。
格子窓のから注ぐ朝の太陽の光は、僕たちに影を作っている。
僕は彼の目を見つめて答えた。

「君が、好きだから」

72916-569「君が好きだ」:2009/06/12(金) 01:35:12
 あまりにも時間の過ぎ去るのが早くて付いていくのが精一杯で、とうとう走るのをやめてみたら周りに誰もいなくなっていた。
 そこでようやく、本当は走りきらなければいけなかったのだと、初めて気付いた。
 中途半端な場所に止まって息を整えてみても、もう何の意味もない。時間は私を置いてどんどんと前へ進んでしまった。
 私は、取り残されたのだ。

「君が好きだ」
 そう言ってくれたあの人は、空で火となったと聞いた。
 優しかったあの人が敵とは言え誰かを犠牲にしようとするだなんて到底信じられないが、戦争とはそういうものだ。
「お国のためという大義名分を掲げているが、僕はね、ただ君に生きていてもらいたいだけなんだ。君を生かすために僕は行くんだ」
 あの人はそう言った。
 馬鹿馬鹿しい、女子供じゃあるまいし、私だって男です。戦地に出るんですよ、生きていられる保証は何処にもない。
 私が反論すると、あの人は笑った。あの人はよく笑う人だった。
「君は生きるよ、僕には分かる」
 そう確かに、こうして私は生きている。
 戦争は終わった。帰ってきた人もいた。その中にあの人はいなかった。海は変わらず広く空も変わらず青く呼べば犬だって来るのに、あの人だけは私の元からいなくなってしまった。
 私は取り残されたのだ。
 あの人のいた過去と現実の間に足を取られ、ゆっくりと沈んでいる。そんな私でも、あの人は生かしたいと思うのか。
 私は空を睨む。あなたはそこにいるのだろう。
 あなたの最期を知った日から、私は夢を見る。あなたを殺した火から鳥がひとつ飛んで行くのだ。それは、真っ黒な鴉だ。
 私の頭上に飛ぶ鴉よ、お前はあの人だろう。私が死人のように地に沈んでそれでも生きているのを見続ける、お前は、あの人だろう。
「私も連れて行けよ」
 あなたの優しさなぞいらない。あなたの望みなぞ知らない。
 私はただあなたに会いたい。
『君が好きだ』
 あの言葉に、私はまだ返事もしていないのに。

73016-609「死ぬまで黙ってる」:2009/06/15(月) 16:21:37
貴方の声が、今も何処かで聞こえている。
「お前が死ぬのはすなわち私が死ぬ時と心得よ」
仰せのままに、と私は返事をし、そして強く心に誓ったのだ。
私の身が滅ぶまで、この想いは決して口にすることなく胸の底へ底へとしまい込み
誰にも悟られることなく、貴方を想い続けながら死んで逝こうと。

秘めた想いは強く、痛く、そしていつでも私の心を暖めた。
私のどんな小さな幸せも、貴方に差し上げられたなら。
貴方のどんな小さな悲しみも、私が代わりに受け止めることができたなら。
どこかの戯曲のような甘い言葉さえ、私は毎夜のように胸の底へ底へとしまい込んだ。

貴方に伝えたかった言葉が何百と浮かんでは、その度に飲み込んだ。
しかし私は私と交わした愚かな約束を、この先も守らなければならない。
その言葉たちは私を、たとえば貴方の写真の前で、我慢できぬと駆り立てた。
墓の前で、形見の前で、この先も私は人知れず涙を流すだろう。
貴方が最期に口にした言葉が、この先も私を縛り付けるだろう。
私がその言葉を聞いた時、貴方は既にその目を閉じておられた。
手から温もりが消えていくのを感じながら
私もですと小さく呟いたその言葉は、貴方に届いていたのだろうか。
後悔など役には立たず、貴方がいない事実だけが私を苦しめる。
もう、貴方はこの世にはいないのだ。
貴方が私の想いを知ることは絶対にないのだ。

今日も私は貴方の墓で――ホトトギスが一輪だけ咲く墓の前で、貴方を想って泣くのだろう。
胸の中で告げられなかったその想いを、一つの言葉に紡ぎながら。

73116-619「閉じこめる」1/2:2009/06/16(火) 21:16:25

綾乃と駆け落ちをする、と、透は俺の眼を真っ直ぐに見つめて告げた。
叶わない恋だと嘆く、かつての弱々しい眼差しの面影は既に無く、瞳は強い光を帯びているのに気づいた。
遠くで蜩が鳴き、畳には、ふたつの影が這うように伸びていた。

「家はどうするつもりだ」
尋ねると、透は痛みを堪えるような顔をしたが、それも一瞬のことだった。
「知るものか。あいつらの傀儡にはならない。そんなものはもう御免だ」
「――いつ、発つんだ」
「明日の深夜、綾乃と峠で待ち合わせる。……和志、すまないがおれを助けてくれないか」
瞳の輪郭が和らぎ、幼い頃と変わらない眼差しが俺を捉えた。透が頼みごとをするときの眼だ。
頷くと、食い縛っていた透の唇が綻んだ。
「助かる。おれひとりでは囲いを越えられないんだ」
しばらくの間の後、透は大きく息を吐き、眉根を下げた。
「本当にすまない。……お前をひとりにしてしまう」
「……いいんだ。それより何時に本家に行けばいいのか教えてくれ」
「金に換えられるものを取りにゆくから、二時に蔵へ来てくれ」
「分かった」
透は安心したように俺の肩に手を乗せ、有難う、と微笑った。

73216-619「閉じこめる」2/2:2009/06/16(火) 21:23:34

ひとつになった影を、俺は眺めた。
――綾乃とは、終わったと思っていた。両親に知られることとなったその恋は、引き裂かれたと聞いていた。
もとより遊女が相手では、上手くいく筈がないと思っていたが、未だ続いていたとは。
強く握り締めていたため強張ってしまっている掌をゆっくりとひらき、
握りしめ、「いいんだ」と自身に言い聞かせ、透を想った。

「あの子には表情がない」と、幼い頃から厭われていた俺の感情を読み取ることができたのは、透だけだった。
透は有力な商家の子息だった。利欲のまま息子を服従させようとする両親を厭い、分家で歳が近かった俺に居場所を求めた。
どんな時も一緒だった。あのころ、俺たちだけは変わらないでいよう、と誓いを立てた――のに。

今日の透はおかしかった。俺の気持ちが解らないらしかった。
「お前をひとりにしてしまう」などと、可笑しなことを言っていた。そんなことがある筈がないのに。
綾乃だ。あの女が透をおかしくしたのだろう。透は俺のものなのに。俺だけのものなのに。あの女が。

また、いつの間にか掌を強く握り締めてしまっていた。今度はひどく痛む。
開こうとすると、ぱき、と間接が音をたてた。何故だか手が震えている。
先刻よりも時間をかけて開ききると、掌にはぽつぽつと爪の跡が赤く残り、血が滲んでいた。

――いいんだ。俺は深呼吸をして、もう一度自身に言い聞かせる。
いいんだ。透はあの女の元へなど行かないから。俺のそばにいるから。
蔵に――あの蔵に、透を閉じ込めるから。ずっと。俺のそばにいるから。
どれだけ叫んでも、正気に戻るまで出してやらない。俺が。そばにいるから。

ぷくり、と掌に滲む血が膨れる。そうっと舐めとると、鉄錆びに似た味が口の中に広がった。
そういえば、透の血の味を、俺は知らない。

73316-179 女好きのノーマルが男にハマる瞬間 1/2:2009/06/26(金) 16:42:35
今日も終電間際になってしまった。
 サービス残業はするなと言われているけれど、仕事が減る訳ではないので、
どうしても時間超過はしてしまう。
 無能の証だと言われても、物理的に出来ないものは仕方がない。
 オフィスの中は俺しかいない。
 携帯電話には約束していた彼女の着信とメールが大量にあった。
 文章では怒っていないが、そこはかとなく怒りを感じる。
さすがにこう何度も続くとダメだろう。いい女だったのになあ。おしいな。

 鞄を手に取り、電気を消す。廊下の明かりは補助灯くらいしかないのでよく見えない。
 足下に気をつけながら廊下を歩いていると、どこからかうめき声のような声が聞こえたような気がした。
 社内で強盗なんてあるわけないだろうが、万が一事件性があったら困る。
 何もないよりはいいだろうと側にあったモップを片手に声がする方に近づいた。
「んんっ…!」
 テンションが一気に下がった。
 まあ、ようするにそういう最中だった。ここは職場だぞ。
 俺だってさすがに職場ではしたことないのに。…いや、そうではなく。
 見なかったことにして借りを作ろうか、それとも人事に言って地方に飛ばそうか。
 とりあえず何かの時に役にたつかもしれない。そんな打算的な考えで、目をこらした。

 男女かと思っていた二人はどうみても男同士だった。
 そのまま見入っていたら、こちら側に顔を向けていた一人と目があってしまった。
 向こうは俺に気がつくと、一瞬驚いたような顔をしたが、その後すぐに艶っぽく笑って、
そのままこちらを見ながら男にされるがままになっていた。
 扇情的な姿に俺は訳がわからなくなってしまい、すごすごとその場を立ち去った。

      ***

「良かったらお昼を食べに行きませんか?」
 翌日、会社でいたしていた男からあっけらかんと誘われた。
 口止めの話であれば、言う気はないとさりげなく匂わせたが、彼はまったく意に介さないように
おいしい蕎麦屋があるので行きましょうと半ば強引に誘う。仕方なく俺は彼につきあった。
「あんなに夜遅くまで、仕事熱心ですね」
「あ、え? ああ、うん、能率悪くて…」
「真面目なんですよ。途中で切り上げられないんだから」
「ああ…ええと…」
 昨日のアレの話題が出るようで出ない。蕎麦の味などわかるような状態ではなかった。
 彼は何事もなかったかのように蕎麦をすする。
 目の前で蕎麦をすする奴の唇は、少し濡れてエロいなと、馬鹿な事を考えていた。

73416-179 女好きのノーマルが男にハマる瞬間 2/2:2009/06/26(金) 16:43:43
 針のむしろに座っていたかのような食事が終わった後、俺達は会社に戻った。
結局昨日の話題は出ずじまいだった。
 話題が出ないことに安心したような、でも結局結論が出なくて蛇の生殺しのような…。

「じゃあ、これで…」
「すみません、昨日のことなんですが」
 後ろからいきなり言われて、慌てて俺は振り返った。
「いや、あのさ……!」
 気がつくと目の前に顔があって、俺は彼とキスをしていた。
 しかも横からカシャッと携帯カメラのシャッター音がした。
「……え?」
「すごい顔」
 彼は俺を見て笑った。
 真っ昼間。人通りのあるオフィスの通路。一歩間違えれば、食事を終わらせた人間が横を通る。
「僕は真面目な人って凄く好きなんですけど、人間不信な所があって、
あなたが僕を裏切らないっていう証拠がないと、とてもじゃないけど落ち着いて仕事が出来ないんです」
「いや、心配しなくていい! 本当に大丈夫だから!」

 さっきのシャッター音はあれか? 脅しか? ああ、こんなことなら俺も昨日のアレを撮っておけば
良かった! 俺だけ弱み握られてどーすんだよ!

「今日は仕事残して切り上げてください」
「な、なんで」
「うちに来て欲しいから」
「なんで?!」
「共犯になりましょうよ」
「きょ、共犯っ?」
「ああ、心配しないで下さい。はまったら面倒みますから」

 はまったらって、いや、俺は女にしか興味ないし!
 そんな言い訳が出来るのはあと数時間だけだなんて、その時の俺は知るよしもなかった。

73516-589 君と会うのはいつも真夜中:2009/06/30(火) 19:14:34
草木も眠る何とやら、テレビの画面の向こうはやたらと騒がしい。
疲れた目に決して優しくない派手な色合いのセットの中で、あいつは一際大声を上げては周りの共演者にはたかれていた。

「俺、芸人になって、ゴールデンで冠持つのが夢なんだ」
高3の秋、図書館でせっせと勉強する俺の隣で、至って真面目な顔であいつはそう言った。
「東京行ってさ、休みなんてないくらいガンガン売れて、毎日テレビ出てさ、」
その夢物語には俺も登場するらしい。ある日一緒にコンビを組もうと誘われた。
「バカ言ってんなよ、俺は家継がなきゃいけないんだっつってんじゃん」

ひいじいちゃんの代から続いている医院を継ぐ事が、生まれた時から俺ら姉弟に決められた将来だった。
元々両親と反りの会わなかった年の離れた姉貴は、俺が小学生の時に外国人と結婚してそっちに移ってしまい、俺はそれから両親の期待を一身に受ける事になった。
幸い勉強も家業も嫌いじゃなかったから、親に勧められるまま大学受験をし、今は研修医として大学病院に勤めている。
夜勤の合間、休憩中に何となしに点けたテレビにあいつの姿を見つけたのは2ヶ月ほど前のことだった。

決してお笑いが嫌いだから、誘いを断ったのではなかった。
病院の息子と言ってもうちはそこまで躾が厳しかった訳ではなく、寧ろ家族揃ってテレビのお笑い番組を見るのが好きだった。
高校生の時も、あいつと一緒にバカばっかりやって、担任のマネをしたり2年の文化祭では漫才の真似事をしたりもした。身内ネタばっかりだったからかそこそこウケた。
見ている人が笑ってくれた、ということが気持ちよかった。
あいつはその時の気持ちよさが忘れられなかった。だからそれで食っていく道を選んだ。
その後の道が決まっていた俺にとって、それは一つの「思い出作り」でしかなかった。
あいつと俺は、考え方が全く違った。
卒業してからは何となく連絡が減っていき、成人する頃にはついに途絶えた。

全国ネットではないし、深夜の30分程の番組で、大勢芸人がいる中の1人。
だがあいつは、着々と夢に近付いているのだと思った。
古い小さなブラウン管に映る、あいつの表情は輝いていた。

もし、俺が医者の息子じゃなかったら、今あいつの隣にいるのは俺だったんだろうか。
姉貴が家を継いでいたら。俺がド文系の人間だったら。
そう考えかけて、やめた。
有り得ない話をして何になる。
あいつはあいつで夢に向かって邁進している。俺は俺で充分やりがいを感じている。
それでいいんだ。

白衣の胸ポケットでPHSが震える。お呼び出しだ。
まだまだ荒削りな感の否めないあいつの姿を眺めて、ゴールデンで姿を見るのはしばらく先だろうと思いながらテレビを消した。
直後暗くなった画面に映った自分を見て、どこか清々しい顔をしているのに気が付いた。

73616-829 男の娘受け4-1:2009/07/06(月) 01:18:07
長い・無理矢理あり・厨 注意

世界は危機に瀕していた。
異次元からの侵略者が刻一刻と進攻してきており、この世界を我が物にせんと画策しているのだ。
しかし、地球に住む人類はその脅威を知らず平和に暮らしている。
なぜならば…!!

「ダイナミィイイイイィック!イクァイブリリウム!」
真紅の短髪を逆立てた少女がそう叫ぶと、彼女が持つステッキの先から火球が飛び出し、宇宙空間に浮かぶ戦艦を破壊した。
「よし!頼んだぞイエロー!」
「了解レッド!…本当の秘密は永遠に秘密のまま…クオリア…マリーズルーム!」
小爆発を続ける戦艦に向かい金髪を波打たせた美少女が手を広げると、空間がぐにゃりとゆがみ、月よりも大きな戦艦がたちまち収縮を始める。
「「ブルー!止めだ!!」」
「らじゃっ!」
軽快に答えたのは青のポニーテールもりりしい少女で、手に日本刀型のステッキを持ち、ゆがみ続ける敵艦に音速で飛びかかる。
「キヨモリブレード!青海波あああっ!」
そして、縮んだとはいえいまだ高層ビルほどの大きさを持つ戦艦を真っ二つにする。
ついに異世界からの侵略者は分子レベルで破壊され、光の粉となって真空に溶けていった。
「やったね!今回も!」
『大☆勝☆利』
地球を背景にして、レッド、イエロー、ブルーと呼ばれた少女たちはどーんという効果音がどこからか聞こえてきそうな決めポーズをとり、満足げに勝利宣言をしたのだった。
そう、今日も地球が平和なのは、このエキセントリックな変身少女たちのおかげなのである。

「しかしまあ、なんと言うか、人間って慣れるもんなんだよなあ」
「そうですねえ…」
レッドとイエローがため息をつく横で、ブルーはきょとんとしている。
「いいじゃん、たのしいしレッドもイエローもかわいいし?」
「いやお前はもともと女装好きだろう」
「日常生活もほとんど女の子として過ごしてますからねえ、ブルーは」
だって女の子大好きなんだもん!と的外れな回答を返すブルーを見やり、レッドとイエローはがくりと肩を落

73716-829 男の娘受け4-2:2009/07/06(月) 01:19:25
「俺、こんな格好で魔女っ娘してるとか周囲に知れたら死ぬわ…」
レッド、という名前に相応しいショートカットの真紅の髪には大きな水晶のついた髪飾りがつき、洋服も体に沿う形の赤いタイトなワンピース。
しかしスカート部は腰の辺りからフレアになっており膝上二十センチの危うい短さでふわふわ揺れている。
闊達そうにきらきら輝く大きな瞳としなやかに伸びた手足は中性的な危うさを有しており、それが魔女っ娘の格好と相まって元気な女の子にしか見えなくなっていた。
「僕もこれがばれたら社会的ひきこもりになって一生外に出ませんね」
背は高いもののしなやかな体躯のイエローは、長めのふわふわしたレモン色のドレスを着せられており、変身と同時に伸び緩く波打つ髪が大人しげな雰囲気に拍車をかけていた。
「じゃあ二人ともばれたら私のお嫁さんになってよ!」
やだ、いやです!と即答をくらい、ちぇーっと口を尖らせたブルーの格好は、高く結った真っ青なポニーテールに青を貴重とした女物の袴もどきだ。
なぜ、彼らが男だてらに魔女っ娘をやるハメになったのか。

「突然だが、地球がピンチだ。君は救世主、僕は司令官」
ドゥーユーアンダスタン?とばかりにニヤニヤ笑う黒いコートの男が現れたことまでははっきり覚えている。
少年が目を覚ますと、そこは絵に書いたような秘密基地だった。手足はとくに拘束も怪我もなく自由に動かせる。
『ハイ!お目覚めかいボーイ!』
うわん、と空間に響くようにあの男の声が響き渡る。このあまりにも意味不明な展開に短気な少年は耐えられず、怒りを爆発させた。
「うるせー!なんでこんなわけわかんねーことすんだよ!帰せ!今日は空手の道場に行く日なんだよ!」
『ノン!そんなに怒らなくても、直ぐ帰してあげるよ!ひとつ、約束をしてくれたらね!』
響く声に呼応するように、少年の目の前にふわりと何かが落ちてくる。
それは、棒に大きなガラス玉のようなものが嵌め込まれたもので、少年の妹が振り回しているおもちゃに良く似ていた。
「なんだよこのおもちゃ!」
『それを振って、アフィニティークロマトグラフィー!と唱えるんだ!じゃないとお家には帰せないぞ!』
「はぁ?」
その後、本気で抵抗してもどうにもならないと諦めた少年は涙ながらに変身を受け入れ、変色した髪と瞳、思いの他似合う女装に涙したという。

73816-829 男の娘受け4-3:2009/07/06(月) 01:20:30
強制的に渡されたこれまたファンシーな通信機により次に呼び出しを受けた時には、同じ手を使って嵌められただろう背の高い大人しげな眼鏡の少年とえらくノリノリな女とも男ともつかない奴と顔合わせさせられた。
『やあ、これで三人そろったね!これからキミタチはこの次元を奪おうとするわるーいやつらと戦うことになる!
悪い奴らは異次元からやってきて、この世界を飽和させる気だ!まあ詳しいことはおいおい解るだろうからとりあえず戦ってくれ!』
指令らしい声が途切れると、さあ変身してくれといわんばかりにステッキが輝き始める。
「ひとつだけ、教えてくれないか!」
今にも泣き出しそうな眼鏡が、搾り出すような声で叫ぶ。
『なんだい?』
「なぜ…男に魔女っ娘をさせるんだ…っ!」
根本にして最大の疑問をぶつけてくれた眼鏡に、少年は目を見張った。
軟弱そうな奴かと思ってたけど結構やるな、と見直し援護するように声を張り上げた。
「命を懸けさせるなら、それくらいの疑問には答えてくれよ!」
『まあ知りたいなら教えてあげるよ。さっきも言ったけど敵の狙いはこの世界の飽和だ。
だからこちらは少しでも飽和のリスクを下げる必要がある。
魔女っ娘戦隊なんて掃いて棄てるほどいるけど男の娘戦隊はほとんどいないだろ?』
それだけだよ!とぶつりと声が途切れた。
「そんな理由で…ただの保険掛けのために…っ」
ついに泣き出してしまった眼鏡も輝きを増し続けるステッキの圧力に逆らえず、ついに三人は叫んだ。
「「「アフィニティークロマトグラフィー!」」」
かくして世紀の男の娘戦隊がここに誕生したのであった。

レッドの受難
「放せ、放せぇ…」
拳で流星を割り炎で一個艦隊を凪ぎ払う敵の戦士が、弱弱しく自分の体の下で暴れる様を青年は見下ろした。
青年はある世界では救世主と呼ばれ、別次元への進攻を一手に任されている。しかし容易かと思われた進攻は思わぬ妨害により頓挫してしまっていた。
「はなせよう…っ…うっ」
「は、散々我々の邪魔をしておいて何を言う、紅め」
悪趣味なフリルとリボン満載の洋服をむしりとり、下着も引きちぎる。
「所詮どんなに強かろうと貴様も女だ、こういったやり方にはかなわな…」

73916-829 男の娘受け4-4:2009/07/06(月) 01:21:21
そう、異次元侵略を妨害し続ける少女三人組の赤いリーダーを捕らえ、薬を盛った上で強硬手段に出ようとしたのだが。少女めいた服と下着の中では色の薄いペニスが恐怖にちぢこまっていた。
あまりの事に呆然とする青年の下で、紅は泣きじゃくり始める。
「ちが…ちがうもん、おれ、好きでやってんじゃないもん、やだ、みるな…」
のどをひゅうひゅう鳴らして首まで赤くしぼろぼろと大粒の涙を流し続ける紅は、やはり青年の目にはやや中性的であるが少女にしか見えない。しかし健康的な太股の付け根にはそれを全力で否定するものが鎮座している。
ずくり、と青年の腰に重い欲望が走った。自分は倒錯趣味があったのかと戸惑うものの、本来の目的達成を口実に、欲望に身を任すことに決める。
「ま、まあ、男でも女でも構わん。俺はお前を再起不能に出来れば良いんだ!」
「や、やあ、いやぁ!」

毒されイエロー
「ほら、こっち向いて口の中に唾液をためて」
「こう…っですかっ…」
イエローは少し戸惑いながらも唇を差し出してくる。
司令官はそんな彼の様子に頬を吊り上げ、遠慮なく口腔を味わった。
みるみるうちに手足から力が抜けていくイエローの腰を抱き、すでに熱を持ち始めている股間を押し付ける。
「昨日も散々レッドと愚痴ってたねえ、なんで女装しなきゃいけないんだ、って。
女の子みたいに犯されるのが好きなくせに。キスだけでもうすっかり出来上がっちゃうイエロー?」
薄い素材で出来ているイエローの戦闘服の上から、すでに立ち上がっている乳首を転がすと火照った体が震えて、舌っ足らずな声が漏れる。
「しこんだのは、あんただろおっ」
「はいはい、そうでしたっと。それにしても女の子の格好で女の子みたいに犯されてる君に、女装を否定する余地はないよ」
ロングスカートの裾を捲り上げると、イエローの性器が女物のショーツとストッキングを三角テントよろしく膨らませていた。その二重の布の上から、呼吸に合わせて開閉を繰り返している肛門をぐりぐりと指で押し込んだ。
「ひん!」
「フン、どうせこっちでもオナニーしてるんでしょ。ブルーに聞いたよ?変身して男の娘同士でセックスしたんだってねえ?変態だなあ」
「あれはブルーがっ!」
「別に君が誰としようと何をしようと、僕には関係ない。ちゃんと地球を守ってくれるだけで良いんだよ」

740 16-829 男の娘受け:2009/07/06(月) 23:09:38
                  
         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|       『おれは女の子に痴漢をしていたと
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ        思ったらいつのまにか男の子だった』
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人        な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ        おれもナニを触ったのかわからなかった…
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        股間がどうにかなりそうだった…
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \     いい男だとかガチムチだとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなウホッなもんじゃあ 断じてねえ
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ  もっと恐ろしいものの快感を味わったぜ…







 __[警] 川
  (  ) ('A`)
  (  )Vノ )
   | |  | |

741萌える腐女子さん:2009/07/08(水) 01:16:48
遅かった〜。一応書いてみました。

主「四つん這いになれ」
従「あの、今夜だけあなたが跪いてくれませんか」
主「断わる」
従「一度でいいんです」
主「生意気だな。私の上に乗ろうなんて」
従「さすがに身体が持ちません。連日連夜で疲れてしまって」
主「知らん。下っ端のくせに」
従「あなたひとりでいつも高みへ……。結局私は自分でどうにかしなきゃいけないなんて、辛いんです」
主「うるさい! 静かにしろ誰か来てしまう。おとなしく身体をまかせろ」
従「ううっ」
従忍は仕方なく跪く。
主忍は軽く勢いをつけると、四つん這いになった従忍の背中を思いきり蹴って館の塀の上に登った。
主「ほら、お前も早く登ってこい」
従忍は恨めしそうな目を上に向けると、背中をさすりながらノロノロと塀をよじ登っていった。
従「(やってらんねー)」

74216-889 来ないで 1/3:2009/07/10(金) 01:47:21
先に書いてらした方がいらっしゃったので、こちらに。


だめだよ、と言って彼は笑った。

「どうして」
「まだ根を上げるには早すぎるんじゃない?もうちょっと頑張りなよ」
「俺は十分頑張った」
「まだ、まだだよ。君にはまだ、与えられた分が残っているだろう?」

そう軽い口調で俺を窘める目の前のこいつを、少しだけ睨みつける。
俺は今まで、精一杯この世の中で頑張ってきたはずだ。
俺の頑張りを俺の傍で見ていなかった奴に、何が分かる。

「あ、今ちょっと失礼なこと考えたでしょ」
「人の思考を読むな!」
「見てたに決まってるじゃない、そこら辺の草の陰から」
「な、うわ、お前そんな悪趣味な奴だったのか」
「別に、誰も彼もを覗き見してるわけじゃないって」

君だからだよ、
少しだけ目の前の男から身を離した俺との距離を詰めるように、
一歩こちらへと近づいたそいつは、俺の耳元でそう囁いた。

頬が熱くなり、半ば条件反射の様に囁かれた方の耳を押さえ、飛び退く。

74316-889 来ないで 2/3:2009/07/10(金) 01:48:37

「っ、この変態!」
「変態で結構」

しれっとそうのたまった目の前の男は、俺と目を合わせると少しだけ笑った。
こいつと最後に会ったのはもう何年も前のことだ。
柔らかい、感情が読み辛く俺を度々惑わせたその笑顔は、久し振りに会ったというのに全く変わっていなくて。
その懐かしさに胸が軋んで、鼻の奥がツンとした。

「相変わらず泣き虫だね」
「っうるさいな!」
「でも、泣き虫の君にしては、良く頑張ってる」

食ってかかろうとした俺をいなすように抱きしめる腕も、変わらない。
温度の低い手が、あやすように俺の頭を緩く撫でる。

「別に、僕の分まで頑張れとは、言わないよ」

耳元にそっと囁かれる、声の感触に耐え切れずに涙が溢れる。

74416-889 来ないで 3/3:2009/07/10(金) 01:49:42

「やだ、もう」
「大丈夫、君が頑張りきるまで僕は待ってるから」
「そこら辺の草の陰で?」
「そう、覗き見しながら」

くすくすと笑い合う、その声が少しずつ小さくなって、そっと消える。
俺を撫でる手は止まらず、そして言い聞かせるようにこいつの声が耳元で響いた。


「君は、君が与えられた分の命を生きるんだ。
それまで、僕を追ってこっちに来ちゃいけないよ」


ふと目が覚める。
あいつがいない事に耐え切れず走ってきた、深夜のマンションの屋上。
どうやらフェンスを乗り越えたその先で、街の灯りを眺めながら眠ってしまっていたらしい。

深呼吸を一つして、目をしっかりと開いた。
夢と現の間で逢ったあいつの声、笑う顔、手の感触、その全てを覚えている。

「帰る」

小さくそう呟いて、フェンスに手と足を掛ける。
もう、どんなにきつくても、泣き言を容易に口に出すのは止めよう。
草の陰で俺を見ているらしいあいつに、今度会ったときに絶対笑われてしまうから。

振り返ることなくフェンスを登る俺の頬を、温い風が撫でていく。

夏が、すぐそこまで来ていた。

74516-779 攻めが美声すぎて照れる受け:2009/07/12(日) 01:54:51
奴は基本が卑怯だ。
生まれながらの立ち位置がすでに卑怯だ。右の頬を叩かれたなら左の頬を札束ではたけみたいな家柄に生まれて、しかも賢くて見目麗しくて剣道とか柔道とか空手とかで黒帯取っちゃって、かと思えばいきなり白いピアノ弾いちゃったり
ぞっとするほど美しい絵を描いてみたり、とにかく全部卑怯だ。
こちとら右の頬を叩かれたら左の頬に苗を投げつけろみたいな農民の生まれで物の数え方なんて「1,2,3、たくさん」だし田植えの成果か腰は強いけどスポーツなんて「え、サッカーさんてどこの国の人?」みたいな感じだしピアノなんて触ろうもんなら
白い鍵盤が茶色く汚れるし絵なんて生まれてこの方じい様がたまに描くすげえおかしい春画の劣化版みたいなのしか描けない。
奴に似合うのは薔薇と紅茶とクラシックで、俺に似合うのは稲穂の黄金とうっすい番茶とよさこい節だ。
なのに。
「ねえ、もっと呼んで」
なのに、そのくらい違うのに、元々生きてる場所の立ち位置が違うのに。
「あんたが僕を呼ぶ声を聞くと、それだけで全部報われる気がする」
お前の名前を呼ぶときに心臓がばしこんばしこんいうのはお前の名前がこの辺から明らかに浮くくらい綺麗だからだ。
この辺の名前なんてどんだけハイセンスでもせいぜい「与作」だ。すげえな、そんな中でお前言い切るのかよ。
「ねえ、もっと呼んでよ、……僕の名前」
それなのに、お前、こんな俺の声が欲しいのか。俺のお前を呼ぶ声が好きだと、恐ろしく綺麗な笑顔で言うのか。
「ねえ、呼んでよ……。たごじろう」
何はともあれとりあえず。とりあえず、その綺麗な声でオレのだっさい名前を言うのだけはやめてくれ。

74616-929 年の差主従1/3:2009/07/13(月) 01:37:22
「今日からあなたさまにつかえることになりました、あーさーです!」
目をきらきら輝かせながらそう言ったその子を、僕はひきつりながら見下ろした。
「どうしましたか?あなたさまはこのお城のりょう主さまのこうけい者となったんですよ」
そうだ。僕は本当はしがない農夫だったのだが、
ひょんなことからここら一帯を治める領主様の命を助けて、養子になった。
大怪我をしながらも幸い一命を取り留めた領主様の口から飛び出たそれは夢のようなおいしい話で、
毎日腹の音を子守唄にしていた僕はすぐに飛びついたものだ。
しかし、うっかり口をぽかんと開けてしまったくらい立派で重厚な門をくぐり、
初めて乗った馬車に揺られながら美しい庭園を抜けて、車から降りようとしたとき、
門の外で僕を待ちかまえていたかのように手を差し出してきたのが、この、金髪の男の子だった。

「え、あ、あの…」
戸惑う僕の手を礼儀正しく取って、”あーさー”は僕を馬車から下ろす。
とても機能的で、訓練されているような仕草だ。

そうして向かい合うと、あーさーの背丈は僕の腰ほどしかない。
馬車から降りてもやっぱり同じように僕はあーさーを見下ろすし、
あーさーは僕をきらきらとこっちが眩しいくらいに見上げっぱなしだ。

「あ、あの、君はいったい…」
「ですから、ぼくはあなたさまのじゅう者なんです!
ぼくのかけいは、代々りょう主さまに仕えています。
今のりょう主さまのじゅう者は僕のお父さんです。
したがって、あなたのじゅう者は、ぼくがつとめるのがシキタリなんです。
今日から僕はあなたさまのタテとなりホコとなります。どうぞよろしくおねがいいたします」

まるで子供とは思えない流暢な物言いに、僕はただ口をぱくぱくとしながら聞くしかなかった。
だって僕は28歳で、この子は見たところ7、8歳くらいだ。
それなのに、どうしてこんなにも喋り方や佇まいに差があるのだろう。
いやいやそれより、農夫の生まれとはいえ、とうに成人している領主の息子に、
どうしてこんな小さな従者をつけるのだろう。
と、初めはそう思っていた。
けれども……。
「どうされましたか?」
あーさーが心の底から案じているように首を傾ける。
「い、いや…。う、うん。分かったよ。君は、僕の従者だ」

そう、僕は上流貴族のしきたりなんてもの今まで全く無縁だったのだ。
だから、この子が真っ直ぐとした眼差しで、こんなになめらかに答えているのだから、
きっとこれが上流階級のシキタリなのだ。
そう思いながら、僕は改めてあーさーの手を握った。
あーさーは嬉しそうに小さな手で僕を握り締める。

「あくしゅですね」
「う、ん。握手だ」

74716-929 年の差主従2/3:2009/07/13(月) 01:38:02
(握手、か…。こんなこと、農夫の間じゃやらないな)
そのときはまだ僕の中では、
あーさーは、格式とか上流階級とか、僕がよく分からないものの体現みたいだった。
だってあまりにも、あーさーは整いすぎている。
言葉づかいも、立ち佇まいも、見た目だってそうだ。
卵みたいな白い肌と綺麗に切りそろえられた柔らかそうな金色の髪は、
畑仕事を手伝ってもらうとの名目でよく子守りをしていた、
近所の子供達の日焼けた肌とすすけた髪は全然違う。
と、あーさーを僕が見ている間に、あーさーは未だ手を繋いで僕の節くれだった手をまじまじと見ていた。

「あなたさまの手は、とてもすてきな手ですね」
「えっ、どういう意味?」
不意を突かれるように変なところを褒められて、僕は驚いた。
「だって日に焼けていて、ごつごつしていて、とっても格好いいです。
りょう主さまとは違って、ぼくのお父さんと一緒です」
僕はまたぽかんとあーさーを見つめていた。
そんな僕の様子に、あーさーが慌てる。
「…あっ、ごめんなさい、りょう主さまのアトツギなのに。
ぼくのお父さんと一緒にしてしまって」

僕はこのとき初めて、とても緊張していた自分に気がついた。
「いや、いいんだ」
そう言って僕はあーさーの頭をぽんぽんと撫でた。
あーさーは恐縮しきったような顔をして、
それから怒られないことが不思議だとで言いたげに僕を見ていた。
僕は安心させるように微笑んだ。



それまで僕は生まれて初めての異質な場所の中で圧倒され、気圧されまくっていた。
そんな中、あーさーが僕の人生の証だともいえる農夫の手を褒めてくれたのが、とても嬉しかったのだ。
そうして気がついたのだ、僕は初めから受け入れられていたのだと。
言葉遣いだとか、立ち振る舞いだとか…そんなものは気にしなくていいと、
あーさーの目が言っていたじゃないか。
きらきらして僕を見つめてた、「よろしく」と。
こんなにしっかりしているあーさーが受け入れてくれているんだ、
(上流世界の中だって、今までの僕のままでいいみたいだ……)



「あーさー。どうやら僕たちはこれから一緒に学んでいかなきゃいけないみたいだ。
僕はこれからここ一帯を幸せにしていく方法を、あーさーはいい従者になる方法を。
一緒に、頑張ろうな。あーさー」
「……はい!」
歯切れのいい返事だ。僕はにっこりと笑った。
一緒に、という言葉が嬉しかったのだろうか。
僕と一緒に笑ったあーさーの顔は、どれだけ整えられた見目をしていようと、
やっぱり近所の子供達と同じ、子供らしい無邪気なものだった。

74816-929 年の差主従3/3:2009/07/13(月) 01:38:49
今もあの笑顔が思い浮かぶ。
そうだ、僕がここに来てから初めて笑ったのは、アーサーのおかげだった。
それからずっと……。

「アーサー…。ありがとう…」
「いえ…とんでもございません……。私こそ……」




**************




以下は後世に残されたアーサーの当時の回想録である。
「その人にはその場にはそぐわないほどの温かさがあった。
厳しく冷たい権力階層の中で、外から来た彼はまるで新しい風のようだった。
事実彼は生涯を通して様々な改革をやってのけた。
彼は領民の生活を第一に考え、部下はおろか領民にもよく慕われる名領主となり、また円満な対外関係を持続させた。
幼かった私はまるでそれらを予感したかのごとく、
彼が馬車から降り立った瞬間、一目で彼に魅せられたのだ。
そしてそのとき、厳しい躾作法の中で私が失っていたものを、彼は与えてくれた。
彼から教えてもらった温かさは何にも代えがたい私の糧となった。
そう、私にとってその人とは、主人であり、兄であり、親友であり、心の支えであり、
出会ってから彼の死を看取るまでただのひとときも離れることのなかった、かけがえのない存在である」

749萌える腐女子さん:2009/07/13(月) 01:41:01
>>746の10行目の
>門の外

>馬車の出口
の間違いです…orz

75017-19 売れっ子俳優の弟と普通のサラリーマンな兄:2009/07/19(日) 16:24:31
上司のやけ酒に付き合って終電で帰宅。
誰もいない狭苦しい部屋に帰ってテレビをつける。
先に風呂に入ってから持ち帰った仕事をやろうか、などと考えながらチャンネルを回すと、
とても見慣れた、だが何度見ても不思議に見飽きない顔が現れた。
本当に同じ両親から生まれたのか?と思わず親の不義を疑ってしまいそうな、
自分とは違う繊細で、だが男らしい面立ちの男。
ちょうど主役の女性を追い掛けて走ってきた所で苦しそうに肩で息をしている。
その顔ですら男前だから軽くムカつく。
これはたしか去年の秋ドラマの再放送だ。
何度も見たから知っている、この後、男は女に「愛してる」と囁き口づけるのだ。

「俺はさぁ、台詞で愛してるって言う時は全部兄ちゃんのこと考えてるんだ」
「…それは相手の女優さんに失礼じゃないか?
それに役者ってのは役に成り切らないといけないもんだろう」
「役作りなんて人それぞれだよ。
俺は本当に愛してる人の事を考えながら演技する。
そうすると俺の嘘の演技に本当の感情が乗る」
「…なんだそりゃ。
まぁお前がどういう気持ちで演技しようが、どうでもいいけどな。
お前の出る番組なんて見ないし」
「ひでぇなー」

テレビではちょうど嫌がる女を宥めるように、しかし少し強引に男が抱き寄せ、優しく囁く。
「愛してる」
男に合わせて自分も呟いてみる。
けれどこんな言葉自分は彼に一生言ってやれそうもない。

すると計ったようなタイミングで、
玄関でガチャガチャと騒がしい音がし急いだようにドアが開いた。
「兄ちゃん帰ってるー!?」
俺は慌ててチャンネルを変えるためにリモコンを探す。

751萌える腐女子さん:2009/07/29(水) 22:43:25
酒の後の喉の渇きで目が覚めた。
室内が暑くて、エアコンの設定温度を一気に3度下げる。
すぐ横に横たわる大きな寝姿。同僚の鈴木が飲んだ後で泊まっていったのだ。
着替えたTシャツと、トランクスから伸びる重たそうな足。

鈴木と組んで2年目になる。長くとも1年でチームが代わるうちの職場では異例のことだ。
仕方がないだろうと自他共に認める。
「何しろベストコンビだからね、俺と上川先輩は」
自信満々に鈴木が笑う。何言ってるんだ、去年はあんなに不安そうな顔してたくせに。
無理もない、転属してきて、まったく経験のない部署に来て、
面識もなかった俺と組んで、それが噂になるほどの愛想無しと来ては不安にもなるだろう。
うち解けるのに、さほど時間はかからなかった。
人間、相性というものがある。俺と鈴木はよく合った。
人柄が軽快で愛想の良い鈴木と、堅苦しく押しの強い外見の俺という組み合わせは、
奇妙なでこぼこコンビとして、クライアントに受けた。
図や写真は多いがともすれば薄くなりがちな鈴木の作成資料は、
経験で長じる俺が適切な情報を加えることで、完成度を増す。
雰囲気から敬遠されがちな俺が、鈴木の入れる茶々で課内にとけ込めるようになった。
ツーといえばカー。定食屋で黙ってマンガを読む昼食も、社用車の中でする雑談も、
サッカーのひいきチーム、野球の相容れない好みすら、聴く歌まで、
鈴木とはうまく合った。まさにベストパートナーといえた。
業績も上がり、結果2年目のコンビ続投となった。
また一緒にいられる。会議の席で隣の鈴木と目があったら、やっぱり嬉しそうな顔をしていた。
屈託のないその笑顔。気持ちが通じ合う。
一生に何度も出会える相手ではない、と思った。
ずっと一緒に、できることなら3年目も。4年目も。

今、そのかけがえのない相手の唯一の難点に気づいた。
……これが、女であったなら。
いや男だとしても、いっそ公私ともに。一生離れず。もっと側に。もっと親密に。ずっと一緒に。
酔いは冷めていた。初めて、これと思って鈴木の膚を見た。
濃紺の下着のその下なんか、ついさっきまで俺にとって何の意味もないものだったのに。

目をつぶって、明日の鈴木の笑顔を思った。
エアコンが、急激に冷気を送ってくる。
そっと、下着の上から寝具代わりのバスタオルを掛けて、部屋を出た。

752751:2009/07/30(木) 01:10:00
すみません。
>>751は「17-119 下着の上から」でした。

75317-119 下着の上から:2009/07/30(木) 09:25:15
──あと7ヶ月もある。本当にうんざりだ。

「木島は夏は嫌いかー」
相変わらずのほほんとした口調で先生が話しかけてくる。
放課後の教室はそれなりに暑い。
先生がおごったって言うのは内緒にしとけよ、と言って先生は
俺の額に冷たい缶ジュースを押し付けてきた。
自分でも缶のお茶を飲みながら、先生は俺の机に腰を下ろす。

礼を言って缶を受け取り、一気に飲み干した。
「夏は別に嫌いじゃないんですけど。早く時間たたないかなーって思って」
「早く時間がたったらやばいんじゃないのかー?お前今年受験生だろう」
「受験とかどうでもいい。早く卒業したい」
俺がそう言うと、先生は飲んでいたお茶から口を離して少し笑った。
俺の好きな笑い方。我慢が出来なくなって、先生の隣に座る。
「せんせー…」
「何ー?」
先生は俺の方を見ずに、窓の方を見てる。
「こっち見てくれない?」
「やだ。ほだされるもん」
「いいじゃん。ほだされればいいじゃん」
「…卒業までは、って決めただろー」
お前、自分じゃ知らないかもしれないけど、凄く必死で可愛い顔してるんだよ。
俺から目をそらしたままで先生が言う。
「思わずぐらつきそうになるので、今はお前の顔を見ません」
「じゃあ顔は隠す」
俺は先生の首筋に顔をうずめた。少しだけ汗の匂いがする。
「木島」
「心配しなくても卒業まで何にもしないよ」
「今何かしてると思うけど」
先生の笑う気配がする。俺も少し笑う。
「あーあー、ちくしょう。先生に触りたいなあ」
「今触ってるじゃんか」
「そういう意味じゃない」
「どういう意味だよ」
「…下着の上からでもいい」
「変態」
先生はそう言って軽く俺を突き飛ばした。やっぱりちょっと笑っている。
俺もまた少し笑う。
「お前らほんとやりたい盛りだからなあ」
そう言いながら先生はお茶を飲み干すと立ち上がった。
もう帰るぞ、と言う合図なのだろう。
俺も自分の鞄を手に立ち上がる。

やりたい盛りなのを否定はしないよ、先生。
「だけど俺が触りたいと思うのは先生だけだよ」

先生の体中、触りたい。先生の全部が欲しいんだよ、先生だけしか要らない。

教室を出ようとしていた先生が、俺の方を振り向いた。
え?と聞き返してくる。聞こえなかったのか。結構恥ずかしい事言ったんだけど。
「もういいよ」
先生の横をすり抜けて教室を出ようとする時、先生に腕をつかまれた。
そしてそのまま少しだけ引き寄せられる。

「…知ってるし、俺もだよ」
耳元から全身へ熱が伝わっていく。それなのに首の後ろはぞくぞくした。
そんな俺を置いて、先生はさっさと廊下を歩いていく。
──我慢しろと言う癖に、協力する気は全くないよな…。

この状態で7ヵ月は、あまりにも長すぎると思った。

75417-139 禁断の恋に走る者と愛より安定を選んだ者:2009/08/02(日) 03:17:16
勇者と村の司祭でどーぞ

「本当に行ってしまうのか」
「ああ、俺を待っている人が居る」
「行くなよ、この村にいてくれよ」
「すまない。俺が勇者である限り、俺は自分の運命に従う義務がある」
「お姫様か」
「ああ。魔王に囚われた姫君が、俺の助けを待っている」
「姫を助ければ、お前は間違いなく勇者から王子様へジョブチェンジだな」
「ああ。この運命からも解放される」
「その先に待っているのは輝かしい未来だな」
「そうだな。飢えも寒さもない、一生を保障された生活だ」
「そこに愛はないのか」
「えっ」
「見たこともない姫を愛しているという訳でもあるまいに」
「しかし運命から解放されるためだ、致し方あるまい」
「そうか、わかった。気を付けて行って来い」
「ああ。ところでお前はどうするんだ」
「この村で生活するさ」
「まさか、俺がいないというのに無理だろう」
「そんな事はない、何とかやっていくさ」
「ぬめぬめとした粘液を纏いうねうねと動き、月に一度男の精を求めて村を襲う軟体植物をどう退治するつもりだ」
「それはこれから考える。何なら私はあいつらと共生したっていいのだから」
「えっ」
「それはまあいい。ほら、早く行くがいい、姫様がお前を待っている」
「あ、ああ」
「二度と振り向くな、真っ直ぐ進め、お前の輝かしい未来のために」
「ああ。わかった、行ってくる」

75517-189 花火 1/2:2009/08/09(日) 22:53:33
岡田が、花火大会に誘ってくれた。
「あれ、俺なの?誰か女の子誘えばいいのに」
内心嬉しかったが、同時に不思議に思った。
岡田はバイト先の女の子やらゼミの後輩やらにもてまくり、よりどりみどりのはずだ。
「んー、いいのいいの。……どう?行く?無理?行けるよな?」
自分でそう豪語していたくせに、今日は俺を強引に誘う。
「……はいはい、行くよ、人が多いの苦手なんだけどな。早めに帰ろうな」

小さな地方都市である我が市の、この夏唯一の大イベント。
当然結構な人出だろうと思っていたが、これは想像以上だった。
これでも余裕を見て、始まる30分前には会場の駅に着いたのだ。
だけど、駅から河川敷までの道が、すでに人の波に逆らえない状態。
「……これじゃ、屋台でビールって無理かな?」
「無理じゃないかな、並ぶのも厳しい」
「ッ……はぐれそうだ、加野、手ぇつなぐ?」
「どこのラブラブカップルかよって」
手ぐらいつなげば良かったのだ。せめて肩なりと掴んでいれば。
……俺としては、とても無理だったけど。
気がつけば、案の定というか、いつの間にか岡田を見失っていた。
開始時間まであと5分。見回してもわからない。
(そうだ、携帯)
時間がない、とあわててポケットから携帯を取り出し、かけようとした途端に着信がくる。

75617-189 花火 2/2:2009/08/09(日) 22:54:54
──加野?どこ?
「岡田?俺、たこ焼き屋の前あたり、お前は?
──たこ焼き屋?わからないな……俺は500円くじの前なんだけど。
見回すが、そういう屋台は見あたらない。
「他に近くの店は?もう始まっちゃうよ」
──イカ焼きとわた菓子、なんかピコピコ光るおもちゃの店……あ、始まった。
パッと周囲が明るくなって、一発目の大きな花火が空に咲く。
「岡田、わからないな、もう。このまま花火見て、終わったらまた電話する」
──ばっか、お前、それじゃなんのために一緒に来たかわからないじゃん。
「いいよ、俺、こんなに近くに花火見たの初めてだから。綺麗だな……」
屋台の明かりが少々邪魔だったけど、遠くから眺めるだけじゃない間近の花火は、
腹に響くドーンという重低音や、パパパとはぜる火薬の音が効果音となって、感動的だった。
「来て良かったよ、本当、綺麗だ、言われなきゃ来なかったから岡田に感謝だな」
携帯から聞こえてきたのは、低い小さなつぶやき。
──俺は、喜ぶ加野の顔が見られなくてつまらんね。
「え、何?」
──俺は加野と一緒に花火が見たかったの。好きな奴と花火大会、これ常識でしょ。
ひときわ大きな花火が上がって、その音と同時に心臓が止まるかと思った。
「岡田、何言ってる……」
──加野、好きだ、ずっと好きでした。
「岡田!こんな所で!いっぱい人がいるのに!」
──電話だから、誰が相手かなんてわからないよ。それに、皆、花火見てる。
うろたえる俺に、少し笑いを含んだ声が指摘する。
──加野のことが好きなんだって、ずっと、言いたかった。
「……ウソだ、お前、女の子にもてるって、女の子好きって、ずっと言ってたじゃん……」
──ちょっと、意地になってた。加野にだけわざと言ってたんだよ。なんでかな。
周りの人は、綺麗な浴衣を着た女の子も、仲良さそうな家族連れも、みんな、
次々と上がる花火に夢中で、岡田の言うとおり誰も俺なんか見ていない。
俺だけが、携帯を壊れるほど握りしめて、真夏の夜に震えてうつむいている。
今言っても、きっと、花火の音にかき消されて誰にも聞こえないんだろう。
──加野?言ってくれよ、俺にも。
「岡田……ずるい……俺が、ずっと岡田を好きなんだよ」

75717-189 花火:2009/08/10(月) 01:35:05
 高層マンションで見る花火は素晴らしい。
 必死になって場所を取らずに済むうえに、人込みも気にしなくていい。
 革張りのソファに座りながら、私は優越感を覚える。これに酒があれば最高だった。
 夜空に咲き誇る花達に見とれていると、ドアの開く音がした。玄が帰ってきたらしい。
「ただいま」
「遅かったな。どこに行ってたんだ?」
 振り向きもせずに問いかける。玄は隣に座り、片手に持っている袋を見せる。
「花火大会だよ」
「花火ならここで見られるじゃないか」
「いや、花火を見ていたら急に食べたくなったんだ」
 彼は袋から次々と中身を取り出した。
 たこ焼きに焼きそば、ベビーカステラやチョコバナナ。様々な食べ物がテーブルに並べられる。
 落ち着いた色合いのテーブルクロスにはいささか似合わない面々だ。
「わたあめも買おうか迷ったんだが……」
「いい年した大人が買うものじゃないだろう、あれは」
「子どもがいっぱい並んでいたからやめたよ」
 玄は目を細めながら、子どもたちの分がなくなったら困るからな、と付け足す。  
 私はチョコバナナを手に取った。表面には蛍光色のカラースプレーがたっぷりとまぶされている。
「きれいだろう?」
「きれいと言うより毒々しいが」
 子どもの頃ならば玄と同じことを思っただろう。
 母にねだってはみたものの、ああいうのは体に悪いのよ、と説教をされた過去を思い出す。
 おかげで屋台で売られているお菓子はほとんど食べられなかった。
 大人になったら絶対食べてやるんだ。幼い頃に抱いた野望はいつの間にか忘れていた。
 チョコバナナをパックに戻すと、玄は不思議そうな顔をする。
「食べるんじゃないのか?」
「気になっただけだ。それにこれは一個しかない」
「分ければいいじゃないか」
 驚いた。まさか甘党のお前からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。
「私は君と食べたいんだ」
「なら二個買ってくればよかったじゃないか」
「最後の一個だったんだ」
 カラフルなチョコバナナはいつの時代も子どもたちのあこがれらしい。
「それなのに子どもには譲らなかったんだな」
 指摘すると、玄は気まずそうに視線をそらす。
「……どうしても食べたかったんだ」
 玄の頬はほんのりと赤くなっていた。微笑ましい、と素直に思った。
 彼はいつまでも童心を忘れない大人だ。それが時に煩わしく、羨ましくもある。
 私はテーブルに並べられた品々を隅から隅まで見てみた。
 りんごあめ、たい焼き、ポン菓子、べっこう飴。
 昔、指をくわえて眺めていたものばかりだ。ああ、どれもこれも懐かしい。
 黙っている私を玄は訝しげに見る。何か言ってやりたいが、上手く口を動かせない。
 その瞬間、花火が打ちあがり、室内をオレンジ色に染めた。
「そろそろ乾杯でもしようか」
 玄は袋からラムネを二つ取り出す。どこまでも徹底した男だ。
「酒じゃないのか」
「酒にチョコバナナは合わないだろう」
「タコ焼きと焼きそばは?」
「口直しだ」
 どこまで甘党なんだ、お前は。
 玄は穏やかな笑顔でラムネを差し出す。私は呆れながらも口元を緩め、ラムネを合わせた。
 ビー玉がからん、と音をたてた。

 革張りのソファに座り、ラムネを飲むながら花火を見る。
 たまにはこんな夜の過ごし方もいいかもしれない。

75817-189 イヨイミ:2009/08/10(月) 04:54:36
イヨイミ、マソヘオ、、ヌ、ケ、ヘ。ェ
ヒワ・ケ・琚「0ーハウー、ネ、筅ヒGJ。ェ、ヌ、ケ。ェー瑢�ナ弝シ、オ、サ、ニトコ、ュ、゙、ケ。」


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タ軺ユ、ホキ*�*�ォ、鬢マア*�ッ。「タ詡ォ、鯀皃ッノ*�ャソエテマホノ、、。」
ホル、ヌクユコツ、*�ォ、、、ニ、、、氅魵タマコ、マ。「イ网ヒソゥ、顬琦ソ、ネクタ、テ、ニ踰、*�ワ、熙ワ、熙ネチ゚、ュンロ、テ、ニ、、、槩」
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ク、、テ、ウ、綃ホ、隍ヲ、ハエ鬢マ。「ヌッ、ハ、熙ヒスタ、鬢ォ、ッ、ハ、テ、ニ、ュ、ソ。」
、ウ、*�ハ、ヒ、゙、ク、゙、ク、ネエ鬢*�ッ、皃槶ホ、篩鯥ャ、ネオラ、キ、ヨ、熙ヌ。「
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、ス、ホテ讀ホシォハャ、ホエ鬢マセ*�ア、ハ、、ーフカッ、ミ、テ、ニ、、、槩」

。ヨ、ェ、琨。。「跪、ッ、ッ、テ、ソ、陦ラ

、ノ、ゥ、*�「、ノ、ゥ、*�」


ー璣ンフタ、槶ッセネ、鬢オ、琦ソフ魵タマコ、ホノスセ*�マハム、顬鬢ハ、、。」
、ス、ホヒヒ、*�エ、爨ネ。「ーユウー、ハト*�メ、*☀ㇶ�キ、ニ、、、ソ。」
ー瓉ゥ、ト、、、ニ。「クタヘユ、*�ヌ、ュスミ、ケ。」

。ヨ、ェ、琨。、ェチー、ャ、、、熙网、、、。ラ

。ヨイヌ、篏メカ。、筅、、鬢ヘ、ァ、陦」、ェチー、ャ、、、ニ、ッ、琦熙耆�ツュ、キ、ニサ爨ヘ、槩」、タ、ォ、鬢ェチー、ァ、粫琦ッ、ッ、琚ラ
。ヨ、ェ、琦ネ、、、ニ、ッ、琚「フ魵タマコ。ラ

、ノ、ゥ、*�」

フ魵タマコ、ホシ熙ャ、讀テ、ッ、熙ネ。「、ェ、琦ホシ熙ヒスナ、ハ、槩」
、ス、ホサ�ス鬢皃ニシォハャ、ホシ熙ャソフ、ィ、ニ、、、ソ、ウ、ネ、ヒオ、ノユ、、、ソ。」
。ヨ、キ、遉ヲ、ャ、ヘ、ァフ𨏍コ、タ、ハ。「、ェチー、ァ、ャ、ッ、ソ、ミ、槶゙、ヌ、、、ニ、荀槶陦ラ
簔、キ、、ト*�ホ、ス、ホセミエ鬢*�「、ス、琦*�*⓽ㇸ�」ニ*�ホニ*�ホイヨイミ、*�「、ェ、琦マー璿クヒコ、琦槶゙、、。」

759758:2009/08/10(月) 05:05:40
>>758、ヌ、ケ、ャ。「ハクサ*�ス、ア、キ、ニ、゙、ケ、ォ。ト。ゥ
オョスナ、ハ・琨ケ、*�ケ、゚、゙、サ、*�ェ
イソ、ヌ、タ、綃ヲ。「クォ、ハ、ォ、テ、ソサ*�ヒ、キ、ニイシ、オ、、。トorz

76017-189 花火:2009/08/11(火) 02:12:30
>>758-759文字化け本当に失礼致しました!
大したものではないですがせっかくなので改めて。

「たまやーっ」「かぎやーっ」
カラコロと楽しそうな足音が表を駆けていった。
がらり、戸を開けると待ちきれぬ高揚が通りを埋め尽くしている。
とろけるような夕日が、江戸の町並みを照らしていた。

「何だ、お前ぇんとこのがよく見えるってのによ」
裏から上がり込んだおれを見て、弥太郎は変な顔をした。
「親父が棟梁達と酒盛りだ。わざわざ相模から親戚まで見物に来やがってうるせぇったらねぇ」
はは、と弥太郎は眉を寄せて笑うと、つけていた帳面を閉じる。
「今日は商売になんねぇな」
早めに店仕舞ぇだ、と云って立ち上がった。


屋根に登ると日はすっかり落ちていた。
川辺の喧騒からは遠く、川から吹く風が心地良い。
隣で胡坐をかいている弥太郎は、蚊に食われたと云って脛をぼりぼりと掻き毟っている。
「どれ、貸して見ろ」
「止せ、お前ぇまた噛むんだろうよ」
伸ばした手を笑いながら蹴られる。
と、しゅるるる、という音が聞こえた。
「お、始まったな」
どぉん、という轟音と共に光が花開く。
辺りが一瞬明るく浮かび上がって消えた。
「おれはよ、この音が好きだな。腹にどんと来る」
目を閉じてまるっこい耳を傾ける弥太郎の顔を、次々上がる花火が照らす。
困った犬っころのような顔は、年なりに柔らかくなってきた。
こんなにまじまじと顔を眺めるのも随分と久し振りで、
その薄い唇をぺろりと
「っ、何しやがる」
舐めた瞬間目が合った。鼻が触れる程近い。
「親戚によ、」
どぉん。
「縁組み勧められて」
どぉん。黒目が赤く揺らめく。
その中の自分の顔は情けない位強張っている。

「おれァ、腹くくったよ」

どぉん、どぉん。

一際明るく照らされた弥太郎の表情は変わらない。
その頬を両手で挟むと、意外な程ひんやりしていた。
一息ついて、言葉を吐き出す。


「おれァお前ぇがいりゃいい」

「嫁も子供もいらねぇよ。お前ぇがいてくれりゃ満足して死ねる。だからお前ぇも腹くくれ」
「おれといてくれ、弥太郎」

どぉん。

少年の日、花火というものを初めて見た事、横にいた弥太郎と口をぽかんと開けて見とれた事、弥太郎の体温、歓声、いろんなものが一気に胸に押し寄せる。

手が、弥太郎の手がゆっくりと、顔を挟むおれの手の上に重ねられた。
その時初めて、自分の手が震えていたことに気付いた。
「しょうがねぇ野郎だな、お前ぇがくたばるまでいてやるよ」
闇に浮かぶ眩しい程のその笑顔を、おれは一生忘れるまい。

76117-239 絶対絶命:2009/08/13(木) 20:01:40
(229「人間×人外」を書かせて頂いたものです。
お題にそって「絶体絶命で続編を書いたのですが、続編投下はこちらということに
直前に気づき、こちらへ投稿させていただきます。」)

76217-239 絶対絶命1:2009/08/13(木) 20:02:30
大変だ。夢なのに頬をつねっても痛い。
というか、頬をつまめてる。指がある。毛が無い。
他にもおかしいことがありすぎて訳がわからない。
辺りをきょろきょろと見渡していると、見たこともない人間が驚いた顔をしていた。
いや、違う、鏡だ。

「…嘘だ」

話したかった言葉だ。アイツと同じ言葉、俺の声だ。
俺、人間になってる。
嬉しいけれど、けど。状況をアイツに言って信じるのだろうか。
信じるわけが無い。いつも聞こえていたテレビもラジオも、
猫が人間になったニュースを報じたことは無い。
無理だ。絶体絶命だ。
せっかくのチャンスなのに、駄目だ。
チャンスでもない、これは寧ろピンチとしか言えない。

76317-239 絶対絶命2:2009/08/13(木) 20:03:08
「今、何時だ」

午後8時前。そろそろアイツがバイトから帰ってくる。とりあえず服くらい
アイツの服を拝借し、少し緩いと重いながらも苦労してボタンを留めた。
落ち着いて鏡を見てみると、なかなかの顔立ちだと自画自賛してみる。
もとが猫だからか多少目がきついものの、年相応の可愛さもある。

と、見とれている場合でもない。
アイツが帰ってきて不法侵入だとか騒ぐ前にここを出て行かなくては。
寝ている頃に戻って俺は廊下で寝たりしていれば、朝には戻る、だろう。
確証は無いけど。
靴のサイズは合うだろうか。そしてこの不慣れな二足歩行に慣れるだろうか。

「ただいまー…って、ええええ!?」

ウォーキング練習をあわただしくしているところに、アイツが帰って来てしまった。
やばい。やばい。驚いてる。怖がらせてる。
窓から飛び降りることは、猫の体だったらできるだろうけど、人間の体は脆いから。
そんなこと絶対出来ない。しぬ。

76417-239 絶対絶命3:2009/08/13(木) 20:03:40
走れるかわからないのに走り出して、案の定転びそうな俺を、アイツがゆっくり抱きしめた。
オマエ、意外と力あるんだな。
高校のとき野球部で万年補欠だったくせに。
ばたばたと動いてもまったく離してくれない。

「お、まえ…あ、あ、成功だ。おまえの匂い。リオの匂い。…うっそだろ、俺すげえ。凄すぎ。レポートは駄目だけどやっぱり俺、実験なら出来る子だ。」

「何が成功だ馬鹿野郎。離せ離せ。」

「リオ、おまえ口調が可愛くない。でもリオだ。俺の大好きな猫。」

いつものように、いつもと違う頭をくしゃくしゃと撫でる。
俺の好きなように、やわらかく。気持ちよいように。

「こうやっておまえの声聞くの、夢だったんだよ。超幸せ。今度は長持ちっつーか、もう永久に変身できる薬作るから、待ってて。」

「オマエ、そんな余裕ねえだろ。いっつもレポート提出前日に慌ててるオマエが。」

「いいから任せて。おまえが欲しかったんだよ。」

76517-239 絶対絶命4:2009/08/13(木) 20:04:26
「俺、がオマエを好きになるかなんてわかんねーだろ。」

「頼りないところ全部知ってると思うけどさ。リオが知らないところだって沢山あるんだよ。」

頭を撫でることだけでは足りないのか、嫌がる俺を無視して頬やら首、耳にキスしてくる。
唇がこんなに軟らかいなんて知らなかった。
そこは弱音やら俺に語りかけることだけしか出来ないと思っていたのに。
言葉と同じような優しさを持っているとは。

「だから、好きになって。頑張るから。」

「知る、かよ。」

「朝までしか持たないからさ、お願い、添い寝させて。夜行性だとは知ってるけど。」

いつもベッドに連れて行くくせに。何で今日だけ丁寧に、しかも目をまじまじと見て聞くんだよ。
それに、オマエ、ちょっと待て。

「風呂はどうしたんだよ。歯磨いたりとか。そもそも着替えとか。」

「あ、忘れてた。」

「それで朝に困るのはオマエなんだからな。」

「焦りすぎた。ごめんごめん。一緒に入ろうか。」

「狭いだろ、二人じゃ。」

「狭いからいいんだよ。それで着替えて、歯磨いて、ごろごろしながら話そう。
どうやってリオを人間にしたのか、教えてあげるよ。」

いつも繋げなかった手を繋いで、指を絡め合って、確かめ合う。
ここにオマエがいるんだって、いつもより深く感じるよ。

「おいで、愛してるよ。」

そんなに優しく他の誰かにも語りかけるのかな。
手を繋いだことも沢山あるんだろうな。
俺は初めてだよ。ずっとオマエがいいよ。
ずっとこのまま一緒に居たいよ。
だから、このままでいさせて

76617-239 絶対絶命5(ラスト):2009/08/13(木) 20:04:54
「うん」

こうやって返事をさせて。意味のある言葉を発したい。会話をしたい。
もっと手を繋ぎたいし、抱きしめたいよ。
今度は俺から言わせて。今のうちに。今だけしか言えないみたいだけど、沢山言わせて。

「愛してる。」

76717-239 絶体絶命:2009/08/14(金) 04:00:19
規制で書き込めなかったので、こちらに投下します。


目の前には見知った男、背中合わせには壁。
ついでに左右は目の前の男の両腕に阻まれ、逃げ道すらない。

目の前の男は心底楽しそうに目をにんまりと細め、んふふ、と笑った。
その微妙に低い声が耳の底を柔く擽って、思わずぶるりと身震いをする。

「さぁ、もう逃げ道はないね」

甘い毒を含んだ、魅惑的な声。
騙されてはいけない、逃げなくてはいけないと思うけれど、耳を這い首を伝って背骨の付け根を痺れさせるその声に、
自分を曝け出し屈伏してしまいたいという気分にすらなってくる。

「君は、これから僕のものになるんだ」

違う、お前のものになんてなってたまるか。
家には腹を空かせた兄弟が、俺の帰りを待っている。

「君が僕のものになれば、君の兄弟は一生の安泰が約束される」

それはわかっている、でも、それだけじゃなくて、俺には。
想い人が――想い人が。

「そんなものが、君たち兄弟の腹を満たしてくれるとでもいうのかい?」

だから、忘れてしまえ。
目の前の男は愉快そうにそう囁いて、俺の首筋に口付けた。
軽い音を立てて首筋に吸いついたその唇が、俺のそれへと近付く。

後は壁で、目の前には男がいて、左右は両腕に阻まれている。
絶望に足を取られて、反論する言葉さえ奪われて、見動きをすることも出来ない。

助けて。
心が悲鳴を上げる。

目の前の現実のその全てを見たくなくて目を閉じれば、
そこに浮かんだのは愛しいあの男の残像だった。

76817-259:2009/08/16(日) 18:37:52
5分差で投下負け++
微妙にお題とズレてるから、いいかな



「良い事を思いつきました」
主人が何か言い出す時は大抵碌な事がない
館に入ったその夜に覚えさせられた事は今でも忘れられない
主人は自分と同じ様に長い銀の髪をした私がいたく気に入りらしかった
そして、いつも私の髪を指に絡めてくすくすと笑う
「おいで」
主人が手を叩くと、もう一人従者として使えている
ホムンクルスが寝室に入ってきた
昔主人が愛した少年をモデルにして造ったと聞かされている
「今夜の相手は『彼』にさせましょうか」
これまで共に主人に仕えて来た仲ではあるけれど
自立した行動が一切出来ない上に
言葉も返事くらいしか出来ない同僚だった
主人が何をする気なのか見当も付かず
不安な気持ちで主人を見つめると
主人はいつもにも増して優しく微笑んだ
この微笑が無かったら私は今の生活に耐えていないだろう
私をベッドに寝そべらせ、主人は傍のカウチに腰掛けると
呼び寄せられた『彼』がベッドの前に立った
「や…止めさせてください…」
「私が良く教えてありますから、大丈夫ですよ」
主人が指を鳴らすと、『彼』が口付けしてきた
「服を脱ぐのを手伝って上げなさい」
『彼』は主人の指示の通りに行動する
私は『彼』に弄ばれながら、主人の視線に耐えた
私の弱い所も何もかも、良く知っている主人だから
主人の指示は的確だった
乱れる私をカウチから微笑みすら浮かべて見ている主人が
それでも私は恋しくて、知らずに涙を浮かべていた

76917-259 従者×従者:2009/08/17(月) 10:57:59
ゆっくりと押し込むと、彼のそこはそうあるのが当然のように私を飲み込んだ。
眉根を寄せて体の中に入り込む私という異物の感触に耐える彼を見下ろしながら、
私は励ましの言葉をかけた。
「そう、最初は声を上げてはいけない。でも、体の力は抜かなければいけない。上手だぞ」
「はい...ありがとうございます...」
律儀に返事をするまだ幼さの残る声に、「我らが主には言葉で返事をするなよ?」と
一応釘を刺す。彼はこくりと頷いた。

我が主は従者の好みが五月蠅い。従者といっても実質的には稚児だ。
容姿年頃が好みであることはもちろんだが、舌技に長けている、痛がって
興を削がない、やたらと大声を出さない。無口で従順に命令に従い奉仕する従者が、
最初は声を殺して快感に耐えているのが、次第に耐えられなくなって最後は声を上げて
乱れるというのが良いらしい。
領地を回りながら主好みの田舎者を見つけ、連れてきて主好みの従者に仕込むのが、
かつて主の一番のお気に入りの従者であった私の今の仕事だ。

「動くぞ」と声をかけてから、まだ体が慣れていない彼のためにゆっくりと小幅の
出し入れを始める。
やがて、目尻に涙を滲ませ耐えるように引き結んでいた彼の唇がゆるんでくる。
舌で、指で、与えられる快感を覚えさせることから始めた。幾晩もかけて、
休み休み、でも繰り返し。
昨晩は初めて根元まで私を受け入れ、その状態で私にしごかれて彼は快感に
身悶えしながら果てた。今晩は動く私によって与えられる快感を受け止める訓練だ。
はあっ....
彼の唇から、熱い吐息が漏れる。指よりも太いその大きさに体が慣れてきたようだ。
ぐいと強くえぐると、彼は声を殺して頭をのけぞらせた。晒された白い喉がまぶしい
ような気がして、私は目を眇めた。
「痛かったか?」尋ねると、彼は首を振った。
「気持ち良いのか?」尋ねると、彼は頷いた。
「そうか。でも、主の心に余裕があるように見える間は主には首を振るのだぞ。
『気持ち良いのだろう?』と問われたら首を振るのだ。『気持ち良いと言え』と
問われても、最初の1・2回は首を振るのだ。あっさり認めるのもいけない。
でも、いつまで経っても気持ち良さそうにしないのもいけないのだ。匙加減には
注意するのだぞ。不興を買えばお前の命にかかわる」
「...ち良いのは...」
ふと、熱っぽく潤んだ目を私に向け、彼はあえぐように言った。
「あなただから...あなただからです...あなただけ...」
「そんなことを言ってはいけない」私は彼をたしなめた。
「お前が主好みの年頃である期間はわずかだ。その間、主好みの従者でいさえ
すれば、お前は殺されることはない。じきに飽きられて他のお気に入りの従者に
取って代わられ、ただ、主の世話をするお気に入りの従者の手伝いをする役に
回され、次第に主から遠ざけられる。主から遠くなればなるほど、お前が不興を
買って殺される確率は下がるのだ。田舎にいた頃のように飢えることなくこの城で
生きていけるのだ。だから、余計なことを考えてはいけない」
「あなたは、僕が主様にこうされても平気なんだ...」
平気なものかと、口には出せなかった。ここでは、主に逆らっては生きていけない。
彼がここで生き残るためには、私などに心を残していてはいけないのだ。
「平気も何も、私がお前を抱くのは主にこうしていただくためなのだぞ?」
みるみるうちに、彼の目に涙が盛り上がり、目尻から流れた。
「くだらないことなど考えられないようにしてやろう」
彼の瞳に浮かぶ絶望を無視して、私は彼自身に手を伸ばした。
えぐって、擦り上げて、じらして、長い時間をかけて私の言葉に一度は冷めて
しまっただろう彼の体の奥の焔を外から熾しなおし、煽り、彼の理性を押し流し、
快感にのた打ち回らせる。彼の気持ちも意志も関係なく、与えられる刺激に彼の
体が反応するまで。何の気持ちも伴わない、憎んでさえいる主に抱かれても、
彼の体が快感を貪ることができるように。
それだけが彼が生き残ることのできる道なのだから。

体中を汗と体液でドロドロにし、疲れ果て、泥のように眠りに落ちた彼の体を、
冷えないように私は綺麗に拭き清めてやった。
寝顔はまだあどけない。
顔にかかる前髪をよけてやって、私は彼が目を覚まさないように用心深く、
そっと、そっと、彼の額に口付けた。

77017-299 なんて男らしい 1/2:2009/08/20(木) 18:20:16
話があると部屋に呼んで、小柄な体をすっぽりと胸に包んだ。
……堪らない感情からと、顔を見ずに済むという理由のためだった。
「祐一のことは大好きだ……でも、別れよう」
髪にそっと口づけながら、とうとう言った。この3ヵ月、考え続けた結論だった。
同僚から恋人へ、想いがゴールを迎えてハッピーエンドのつもりだったが、人生はそう単純じゃなかった。
人は、恋だけに生きられない。
三十という年齢を過ぎて、社内での責任が重くなり、他の同僚が家庭を築き、
家族や親戚から圧力が高まり……
ありがちな、しかし誰でも直面する壁が俺達に立ちふさがった。
祐一はひとり息子だ。これ以上、俺に縛りつけておく訳にはいかない。
「このまま関係を続けても、俺達は幸せになれない。
 このあたりが潮時だよ……素晴らし思い出をありがとう、祐一」
なんとか、重くならずに言えたと思う。しかし語尾は震えた。
誰よりつらいのは、俺だと思った。しかし、祐一の幸せのためには耐えるしかない。
力を込めて、祐一を抱きしめた。わずかに抵抗された。
納得できないか?祐一。でも、それがお前のためなんだ。
俺だって決心できてるわけじゃない。でも、俺は男だから。
祐一の細い肩が震える。俺の視界も柔らかく曇った。
こんな顔は見せられない。ますます強く抱きしめた。

77117-299 なんて男らしい 2/2:2009/08/20(木) 18:23:33

「……っざけるんじゃねぇ」
低い、地獄からの声とともに、頭が揺れて気がついたら尻餅をついていた。
あごに一発をくらったと気づいたのは、そこから脳天に突き抜ける痛みと、口中の血の味のため。
「別れたいんなら別れてやる。どうせ俺のためとか思ってるんでしょ?」
冷たく見下ろす祐一の顔。一滴の涙もない。
「馬鹿じゃないの。逃げてるのは宏伸、お前のほうだから」
立とうにも立てない。あごを打たれて脳震盪を起こしているのだ。
祐一がきびすを返した。部屋から出て行こうとする。
「祐一……ちょっと、待っ」
「俺は跡継ぎとか、社内の立場とか出世とか、世間体とか、どうでもいいの。
 宏伸さえ覚悟してくれたら、今の仕事を辞めてどこか遠いところで頑張ってもいい。
 家族にだってカミングアウトしたって、それで縁を切られたって平気だ。
 それをお前は……」
「いや、だって、お前のためを考えて俺は」
言った途端すごい勢いで振り返られて、顔面に腕が伸びてきた。
──もう一発、殴られる。ぎゅっと目をつぶって身構えた……頬に、手のひらの感触。
「宏伸が俺のことだけ考えてくれたってのはわかるけどさ、君は本当に……
 馬鹿だとは思ってたけど、本当に馬鹿だ。自己完結しちゃって、情けないなぁ、それでも男か?」
ヒリヒリと腫れた唇に、冷たい唇の感触。
「ついてこい、って言われても困るだろうけど。
 ……俺だけじゃ駄目なの?他は全部あきらめて、俺をとれよ、宏伸。
 男二人、何したって食っていけるとは思わないか?」

77217-379 高すぎる腕枕:2009/08/27(木) 14:26:58
「なーいいじゃん、してくれよー腕枕」
「は? 何で男のオマエなんかにしてやんなくちゃいけない訳?
つか、体格からして逆じゃね?」
「だって、お前の腕で眠りたいんだもん。うーん、何ていうのかなぁ、
『母性』っていうの? そういうの感じてみたいんだ。
そんで、子守唄歌ってもらえたらサイコーなんだけど」
「それだったら、自分のカーチャンにでもしてもらえ!」
「えーと……うちお袋いねーんだわ」
「あ」
「何つー顔してんだよ。もう昔のことだって」
「そっか。あの、悪かったな……」
「悪いと思うならさー、やってよ腕枕」
「わ、わかったよ! ……ほら」
「やったー!! いやー言ってみるもんだなー。
んー何か落ち着く、お前の腕……」
「い、言っとくけど、俺の腕枕は高いぞ! 某無免許医の手術より高い。
10億だ!! 子守唄はプラス5億で歌ってやってもいい。
代金は一生かけてでも払ってもらうからな!」

俺が照れ隠しにそう言うと、奴は何故か幸せそうに笑った。

77317-419 思い出のなかに生きる人と見守る人:2009/08/30(日) 13:35:01
双子の弟が事故でいなくなってしまった。
しばらくして、弟のパソコンを開くと沢山メールが届いている。
全部同じ人物からで、英語だった。
内容は、メールが返ってこないことへの不安がひたすら書かれていた。
弟は最近まで留学していたから、多分そこでできた友達だろう。日本の知り合いには一応連絡をしていたけれど、彼のことは気づかなかった。
僕は弟のメールソフトから、彼に弟はもういないことを告げた。

なのに、未だに彼から毎日のようにメールが送られてきている。
内容は、今日何をしたとか、こんなことがあったとか、そんな些細なことが綴られていた。勉強し始めたのか、短い拙い日本語でメッセージが添えられていた。

「あいたい」「さびしい」「またあいましよ」

彼のメールを読んでいると、まだ弟がここにいるような気がする。

「日本 いきます 来週」

来週彼はやってくるらしい。
会ったこともない弟の親友。彼は弟と瓜二つの僕を見てどう思うだろう?

774萌える腐女子さん:2009/09/02(水) 22:10:39
神様、僕は何か悪いことをしたでしょうか。
思えば幼稚園から大学まで地方の中流を渡り歩き、我ながら何の変哲も無い人生でした。
それなのになぜ僕は今、見も知らぬ男に圧し掛かられているんでしょうか。

「突っ込みたい?突っ込まれたい?」

舌を噛んで死ぬべきか、なんていってもそんな根性僕には無い。
死ぬなら男とでもセックスしたほうが良いのか?
どうなんだ?逃げるのか?
ああ、けっきょくあまりにも平凡な僕はするかしないかではなくて、
ヤるかヤられるかしか選べないんだろう。

「突っ込みたい?突っ込まれたい?」

頬を吊り上げるようにして男が耳元で囁く。
答えはそのどちらかしか選べないだろうとばかりに、

775萌える腐女子さん:2009/09/02(水) 22:16:05
774は、17-439 どちらかしか選べない に対する萌です
タイトルミス済みません

77617-469 厨二×厨二(1/2):2009/09/10(木) 16:45:26
「サラリーマンだけにはなりたくねぇな」
俺はそう悪態をつくと最近覚えた苦いブラックコーヒーに口を付けた。
苦っ。苦みに一瞬顔を歪めるが、それを誤魔化すように瞳を閉じた。
俺はこの日も脳裏によぎった三文字を口に出さぬよう必死に取り繕う。
旨い。俺は違いの分かる男。同世代のガキとは違うんだ。
本音を言えば苦くてまずいが、
そう思うことでシュガーポットに手を伸ばそうとする未練を断ち切る。
ビルの三階にあるカフェは通りに面している壁がガラス張りになっていて、そこから下の様子などが見える。
俺は冷めた瞳で行き交う灰色の群衆を見つめていた。
スーツで武装し表を歩く生気も表情もない顔は見ていて不愉快で、いっそネクタイを窒息してしまうまで締めてやりたい。
見下ろした灰色の蠢きと自分に干渉する父親とダブり、余計に憎悪が増す。
ムカムカする気持ちを押さえつけようとコーヒーに口を付けたが、苦みのせいで余計気持ちが落ち込んだ。
気が重くなる理由はもう一つある。
目の前に座っている海斗だ。
文庫本に視線を落としたままうんともすんとも言わない。
この男はなかなか読書家で、愛読書は赤川次郎だ。
最近バンドを始めたらしく、いい詩、いや海斗曰くいいリリック(こう言わないとキレられる)が書けるようなインスピレーション探しに
俺は毎回付き合わされる。

77717-469 厨二×厨二(2/2):2009/09/10(木) 16:45:58

そして今日もご多分に漏れずそのインスピレーション探しに付き合っていて、今は小休止中だ。
目の前の相手は話しかければ返事は返すものの皆一言で終わりなかなか話が続かない。
雄次は諦めてブックスタンドから持ってきた英字新聞を広げた。
よ、読めねぇ……。だが俺は怯まない。何故なら俺は全能の眼(ゼウスズプレシャスアイ動揺の余りにガタンと机を揺らしてしまい慌てふためく。
そんな俺の様子など意に介さない海斗は相変わらず涼しい顔をして本を読んでいた。
「別に何にも変わんねぇよ。世の中平和、めでたいことだな」
「だがつまらないだろ。」
「え?」
「見てろよ。俺のバンドがそのしけた一面記事に大輪の花を飾ってやる」
その一言に背筋がぶるりとなった。
きっとこいつは俺の知らない世界を見せてくれるに違いない。
「行くぞ」と小さく呟き領収書を持ち席を立つ背中。
肩幅が広いとか背が高いと思ったことはあったが頼もしく見えたのは初めてだった。

77817-499 指舐め 1/2:2009/09/15(火) 14:56:35
校舎の屋上で、俺と高梨は5限のグラマーをサボっていた。
高梨は、屋上の入り口のドアのところにある段差に座りながら、誰かが置き捨てていったらしい
エロ漫画雑誌をどうでもよさそうにめくっていた。立って反対側からそれを覗き込みながら、
ふと思いついて俺は言った
「口でされるのって、どういう感じなんだろうな?」
「口でされる...?」
俺の言葉に、高梨はきょとんとした表情で俺を見上げた。
「フェラだよ、フェラチオ」
「ああ...そういう意味か」
なあんだという高梨の表情に、俺はちょっとむっとした。
「なんだよ、お前、興味ないのかよ...それとも、経験済みか?!誰だ?クラスの女か?!」
「女と経験なんかしてねえよ。興味も、ないわけじゃない」
経験無いという高梨の言葉に、俺はほっとした。
高梨は顔立ちの整った、穏やかな性格で、女子の間でも人気がある。ぱっと見はとっくに
童貞捨てていても不思議じゃないんだが、高校に入ってから始終つるんでいる童貞・
彼女いない歴=年齢の俺としては、敵わないのはわかっていても先を越されると面白くない
という複雑な感情を持たざるを得ない相手なのだ。
「...............るか?」
「え?」
疑問系の語尾にふと我に返る。
「ごめん、聞いてなかった」
「だから、『試してみるか?』って聞いたんだよ」
「誰が?!どうやって??!!」
「俺たちが。......指舐めたらさ、その感じでチンコ舐められてると思えば、どんな感じかは
わかるんじゃねえ?」
「そうか....そうかもな」
「やってみるか?」
「お、おう。頼む」
「じゃ、手を出せよ」
俺は妙にドキドキし始めた心臓の鼓動を「フェラの感触を味わうことへの期待」だと解釈した。
ワイシャツの腹のところでごしごしと拭ってから、自分の左手を差し出す。
高梨は、俺の左手を親指と人差し指、薬指と小指を軽く押さえるように両手で持ち、口を開けた。
ぱくりと咥えるかと思ったら、舌を伸ばしてぬろりと残った中指の腹に触れ、指先の方に一度舐め上げる。
ぞくりと、俺の下半身に何かが走った。
もう一度中指の腹にそっと舌を当ててから指先に移動させると、今度は昨夜切ったばかりの爪と指の間を
横にちろちろと舐め、それから改めて、舌全体を中指の掌側に当てるようにする。ぬらぬらな温かいものが、
吸い付くように中指にとりつき、指先に向かって動いていく。舌の先のほうにはちょっとざらつく感触があって、
それが移動していくのがわかる。
ざらつく舌先が指先に達するよりも早く、指の腹に高梨の下唇の内側の粘膜が触れる。舌先とは違う、
ただただ柔らかくぬめる粘膜がほんの数瞬与えた感触は、今までに感じたことの無いものだった。

77917-499 指舐め 2/2:2009/09/15(火) 14:57:00
....なんか変な感じがする。
見下ろした高梨の整った顔が、いつもと違って見える。俺の指を見ながら、口を開け、舌を差し出す表情が、
やけにエロい。目元がほんのり赤くなってるように見えるのは気のせいか?
俺の言う事を全然聞かないモノが、パンツの中で下を向いたまま段々固くなってくる。高梨の目の高さに近い
それに、高梨が気づかないでいてくれと祈りながら、俺は高梨がこれから何をしてくれるかを心臓をバクバク
させながら待った。

高梨はそんな俺の事情には気づいていないのか、俺の中指を舐め続けた。
指先に、ちゅっと吸い付くと、一瞬、指先が熱い粘膜に包まれる。けれど、すぐに唇は離され、外気が指に
ついた唾液から体温を奪う。
「もっと...」と思ってしまった俺の心の声が聞こえない高梨は、今度は中指と薬指の間、中指の側面に吸い
付いた。唇の粘膜を滑らせるように左右に動かし、不意に舌を出して指に絡ませる。握りこませていた指を
開かせると、指の股に舌を這わせる。
初めて感じるなんともいえないやるせないもどかしさに、俺は思わず言った。
「そこ、チンコにはねえんじゃね?」
「足の付け根とか、あるだろ?」
高梨は俺のほうを見もしないで言うと、いきなり俺の中指全部を口の中に咥えた。
唇の粘膜の輪が指の全周を柔らかく包み、その中で温かい舌が指に張り付き、吸い上げながら上下する。
その感触....!
もっとして欲しい。指だけでなく。

「ヤバイ...ヤバイって。コレ、気持ちよすぎる...」
言いながらも手を引けない俺の矛盾する気持ちを知ってか知らずか、高梨は口を開けて指を解放した。
左手をひっくり返し、掌をちろりと舐め、軽く唇を押し当てながら、高梨はそれを始めてから初めて俺を
見上げた。
「指なのに、そんな気持ちいいわけ?」
「...イイ」
「じゃ、交代な」
高梨はそう言って笑った。

差し出された高梨の右手を手に取りながら、今日一番鼓動を早くする俺の心臓。
秋の昼下がりの日差しの元で眩暈すら感じながら、何かとんでもないところに足を踏み入れようと
していることを自覚しながら、俺は高梨の指を自分の口元に導いた。

78017-539 高嶺の花:2009/09/20(日) 21:00:25
なんで、言っちゃったんだ。頭の中ではその重たい後悔がぐるんぐるん回っていて、誰を責めるべきなのかわからなくなる。
学年一の美少女に恋した自分か。それともいけるいける、なんて軽く背中を押してきた同級生だろうか。止めるどころかおもしろがったクラスの女子か。
考えているうちにこの世の全部が敵のように思えてきて、ぐったりと屋上の柵にもたれかかった。
天気がいい。山のてっぺん近くに建てられたこの学校は屋上の見晴らしがよく、絶望するにはもってこいの場所である。
「俺は馬鹿だぁ」
「そうだ馬鹿だ」
賛同の声がいきなりして、ぎょっとして後ろを振り返る。唯一、美少女に告白するなんて暴挙に出た自分を静観していた男が立っていた。
高校まで一緒の腐れ縁のくせに止めてくれなかった彼を恨めしいとはなぜだか思わなかった。
「そう思うなら早く止めてくれればいいものを」
「水戸黄門の歌思い出してみろって」
人生、苦楽あり。十七歳にしてしぶすぎるチョイスに力が抜ける。
がっと、力強く肩を組まれた。眼を見開き、真横の顔を見つめる。
「馬鹿だよ、ありゃ高嶺の花だってわかるだろ。摘んでみようって考えるだけお馬鹿さんだ」
「……うん。馬鹿ですよ」
「だからな」
「うん」
ふいと、彼がそっぽを向いた。黒い髪が風にたなびく。それが頬をかすめ、くすぐったかった。
「低いところのを摘めばいいと俺は思うわけだよ」
「低いところねえ」
「そう、低いところ」
「で、それどこに咲いてんだ」
目が合った。彼が愕然とした顔を一瞬浮かべて、やがてがっくりと首を倒してため息をついた。
「馬鹿だなあ。そんなんだから振られるんだって、俺以外に」
からりと彼は笑った。
なぜだか、なにも言い返せなかった。

78117-529 恋人を庇って銃で撃たれる:2009/09/23(水) 05:23:14
強盗犯に撃たれた傷口をガーゼで押さえられ、人工呼吸器をつけられ手術室へと運ばれる谷澤は寧ろ穏やかな表情で、ただ眠っているだけの様に見えた。
アレを瀕死の状態と言うのならば、横で座っている津嶋はなんと評すれば良いのだろう。
その顔はまるで死人のように蒼白で、廊下の蛍光灯が、手術中のランプの照り返しが、彼の頬に赤味があるのだと、生きた健全な人なのだと錯覚させる。
だが、その頬は確実に人の色とは言いがたいのだ。

「津嶋。もう帰れ。んで、寝ろ」
「いやだ。例え、それが命令だとしても、帰らない」
「お前、顔も白いし目もどっかいっちまってるぞ。谷澤が起きた時に、お前がそんな状態だったら……――」
「起きないかも知れない……あいつみたいに。だろう?」
「…………」

手術室のランプが赤い光を放っている。
病院の廊下は、外ではもう夜明けを迎えているはずだというのに、酷く余所余所しい人工的な暗さを保ったままだ。
どこまでも続くような、薄暗い、廊下。永遠に夜明けの来ない、薄暗い廊下。
時が過ぎ、そのときに最も嫌な結末を迎えるのであらば、いっその事時が止まってしまえば良い、とそう思っている心のうちを全て見透かすような、薄暗い廊下。
赤いランプと蛍光灯に照らされて、漸く人なのだと認識できる男を、仕事仲間を、友人を、俺は見下ろす。

「何で……俺じゃねぇんだ……!」
搾り出すような言葉は、前にも聞いた事のある言葉。
だからこそ、あの時の事を知る俺にとって、あの時も、今も、何も出来なかった、何も出来ない俺の心が痛み、悲鳴を上げる。


15年前と同じ状況だった。
津嶋は15年前、愛した人を目の前で……それも、本来撃たれるべきであった自分を庇い、そして死なせてしまったという傷を心に負っている。
以来、一匹狼で過ごして来たのだ。誰も傍に寄せないようにして。幼馴染だった俺さえも諦めるような頑固さで。
そこに谷澤がやってきた。若さ故の無鉄砲さと鈍感さで、まとわり付いて、せっかく津嶋も心を開いて…冗談だとしてもこの俺に、津嶋の馬鹿が、恋人とそろいのものを持つなら何が良いか、と聞いてきたばかりだったというのに。
犯人が津嶋に向けた銃口の前へと、手術室の向こうで寝ているであろう馬鹿は立ちはだかったのだ。


今ここで、谷澤も喪えば、津嶋は……――


死人のような顔でただ祈り続ける津嶋を見つめながら、俺は、手術室のランプが消える瞬間を恐れていた。


――――――


「……だからすみませんて」
「だからもくそもあるかてめぇ!」
「だって先輩絶対あそこで死ぬつもりにみえ……いたっ!」
「誰が死ぬつもりだって、あぁ!?」
「だ、だって前、何時でも死んで良いって……」
「あの時はあの時!今は今!いまさらてめぇを残して死ねるかよ!」
「えっ、って事は先輩!」
「だまれ。怪我に響くぞ」

……心配した俺がバカだった。
谷澤が目覚めた時からずっと、二人はあんな調子で喧嘩ばかりしている。
あぁ畜生。
色んな意味で満腹だから、次はどっちも撃たれないように互いをフォローしやがれってんだ。

78217-579 中ボス 1/2:2009/09/27(日) 14:39:37
腹に熱の塊が食い込んで、俺の身体を容赦なく吹き飛ばした。柔らかい葉を焦がし、華奢な木々をへし折って熱風が後を追ってくる。瞬間目の前が暗転し、気がついたときには濡れた地面の上で、木々の間の狭い空を見上げていた。体中が痺れて感覚が無い。声も出ない。
 積もった葉を踏み潰して、人影がこちらに近づいてくる。目がかすんで顔は見えないが、今しがた俺を吹き飛ばした魔術師か、勇者としてその名を轟かせている青年のどちらかだろう。他の者は皆彼等に殺されてしまったのだから。
 彼等が何の為にこんな森まで来たのか、予想はつく。恐らく、あちらこちらで暴虐の限りを尽くしている俺の主を殺しに来たのだろう。
  胸倉を掴んで引き起こされた。鎧の固い感触。唇が何事か動いているが、言葉が聴こえない。何事か俺に尋ねているようだったが、視界が水の中のようにぼやけていて、何も判らなかった。
 殺すか。
 きっと大声で魔術師に言ったのだろう、その言葉だけがぼんやりと聴こえた。
 身体がすっと冷たくなる。
 ついにこの時がきたか。戦いに負けて殺される時が。
 眼前に迫る金属の輝きから逃れるように、俺は目を固く閉じた。
 俺は死ぬのが怖かった。情けないことに、主の配下でそんなことを考えて居る者は俺だけのようだったから、誰にも打ち明けたことなど無かった。
 親しかった部下が殺されたと聞く度に、悲しみ、次は我が身かと怯えもした。次は俺が行って奴等を殺すのだと、息巻く同輩の気が知れなかった。
 冷たい感触が喉にあたり、どうしようもなく手足に震えが来た。灰になって散って行ったかつての同輩達は、この醜態を見て嗤うだろうか。
 長い時が過ぎたように思えたが、刃が俺の頸に食い込むことは無かった。酷い恐怖と、何故か湧き上がってくる焦燥感に耐えかねて目を開くと、やけに綺麗な色の瞳が、こちらをじっと覗きこんでいた。
「お前……」
 死ぬのが、怖いのか。
 半ば嘲るような調子で吐き出された言葉に、俺は頷いた。
 青年は紋章が入った鎧を震わせて笑った。殺した魔物の中に死を怖がった者などは居なかった、お前は変わっていると。はっきりと蔑まれているのは判ったが、俺は何も言わなかった。負けた者が蔑まれ甚振られ殺されるのは当然のことだ。
 胸倉を掴んでいた手を離され、俺はまた濡れた地面に倒れこんだ。未だに手足は動かなかった。とどめをさされずとも、放っておかれればこのまま死ぬのだろう。
 ぼんやりと主の顔を思い出していると、不意に、防具をつけた腕が俺のことを抱え上げた。俺の鎧も残骸だけとはいえ未だ残っているから相当な重さであろうに、事も無げに肩

78317-579 中ボス 2/2:2009/09/27(日) 14:41:40
の上に担ぎ上げられる。
 傷に身体の重さがもろにかかり、酷い悪寒が来た。背筋が冷え、嫌な汗が頬を伝う。青年が一歩踏み出すごとに肩が揺れて酷い痛みが走った。最早もがく気力も無くなった俺の耳に、青年が楽しげに笑う声が届く。
「……なあ、こいつ連れて行こうぜ」
「連れて行くも何も、じきに死ぬだろ」
 呆れたような声は魔術師だろうか。
「お前なら治してやれるだろ?」
「何で俺が手前でつけた傷を治さなきゃならんのだ」
 乱暴に地面に放り出され、俺は蹲った。視界がぐらぐらと揺れて、急激に薄暗くなっていく。
「いやなに、魔物の癖に死ぬのが怖いなんてほざくもんだからさ。なら殺さずに飼ってやろうかと思って。躾ければ番犬ぐらいの役にはたつだろ――――」
 薄れていく意識の中で最後に聞いたのは、勇者と呼ばれる青年の笑い声だった。

78417-579 中ボス:2009/09/27(日) 14:56:07
裏切ったわけじゃなくて、最初から決まっていたことだったんだよ。
俺は最初からおまえの仲間じゃなかった、だからこれは裏切りではないんだ。
おまえがもし俺のものになってくれるなら、俺はおまえを殺さなくてもいいし、世界をほんの少し分けてやることもできる。
あの方が世界を掌握した暁には、半分は俺に下さると仰っているからさ。
おまえの生まれたあの村、おまえの家族や友人が住んでいるあの村をあのままに残してやることもできる。
でもおまえはそういうことを望みはしないんだろうな。
軽蔑するか?俺を。世界の半分をくれてやるといわれてたやすく靡いた卑怯者だと。
そう思われるのはかまわないし信じてもらえなくてもいい。
だけど俺はあの方を信じただけなんだよ。
あの方の統べる世界を、俺は見てみたかっただけなんだ。
生も死も捧げようと思った、だから死ぬことは怖くない。
ただおまえとここで別たれることだけが今は―――……。

どちらにせよ、ここが俺の死に場所だ。
おまえの手にかかるのなら悔いはない。
勘違いしてくれるなよ、負けてやるつもりはないさ。
おまえのことは俺が殺そう。
ただ、勝ちを確信するにはおまえが強すぎることを俺は知っているし、俺はおまえに情をかけすぎている。
おまえの刃に焦がれる体を制する自信は、正直なところあまりない。
もしかしたら、俺はあの方を裏切っているのかもしれない。

もしおまえが俺を殺すことができたら、そのときはあの方の前に出るだろう。
俺がおまえにどれだけの深手を負わせていても、あの方はおまえをすぐに殺しはしない。
世界の半分、俺の取り分を、おまえに継がせてくださるはずだ。
そうしたら受け取って欲しい。俺の形見だと思って。
それでもおまえは受け取らないんだろうけどな。

俺を殺せないか?
それでもいいさ、それならおまえを殺すだけだ。
おまえを貫くことを、おまえのあえぐ声を、ずっと夢見ていた。
それから俺もすぐに行くよ。
言っただろ?

どちらにせよ、ここが俺の死に場所だ。

785立ち切れ線香(1/3):2009/09/29(火) 00:22:25
「お前が死んでしまったら、俺は嫌だなぁ」
なんとなく呟いた言葉に、お前は薄らと微笑んで俺の頭を一つ撫でる。
「もしも貴方より先に死んでしまったら、そのときは貴方にこの三味線を線香一本立ち消える間だけ届けてあげますよ」
よくわからないことを言われて眉根を寄せれば、お前の唇がそこに落ちてくる。
「そういうね、お噺があるんですよ」
「ふぅん、そうか」
よくわからなくてもそういう噺があるのだと言われれば、それで納得するしかない。もとより興味があるわけでなし、どういう筋の噺なのかは聞かずにおいた。
それよりもお前の膝が気持ち良くて、俺は目を閉じて意識を眠りの淵に追いやることにした。お前の手が俺の頭を撫でるのもまた気持ちいい。
「……私は、貴方がいなくなっても嫌ですから、どこにもいかないで下さいね」
お前の淋しそうな声に、どこにもいかないと答えたかったけど、俺の口はもう溢れんばかりの眠気に動きを封じられてしまった。
ただ、起きたときにお前の笑顔が正面にあればいいなと、ぼんやり思った。

786立ち切れ線香(2/3):2009/09/29(火) 00:23:50
目が覚めて、自分が泣いているのがわかった。
今更どうしてあんな夢をみてしまったのか、随分と昔のことなのにと不思議に思っていると、どこからか三味線の音が聞こえてきた。
ああ、そういえば。今日は彼の命日だった。
毎年、彼の命日になるとどこからともなく三味線の音が聞こえてくる。果たしてそれがただの幻聴なのか、それとも彼が本当にあちらから私の為に僅かの時間だけこちらに音を送ってくれているのかはわからない。
だけどもこうして、彼の三味線が私の耳に届くことだけは確かな事実だ。
だからそれが一体なんであれ、それでいいのだと思う。
彼の為に私は線香など立ててはやっていないから、やはりただの幻聴なのかもしれない。それでも彼が私に音を聞かせてくれているのだと思いたいから。
これは彼があちらから私に聞かせてくれている音なのだと、私は思う。
そうして三味線の音が途切れ、そのまま立ち消えてしまうまで、私は彼との思い出に涙を流す。

787立ち切れ線香(3/3):2009/09/29(火) 00:25:46
あの日、どこにもいかないで下さいとお願いした私を残して、彼はあちらへといってしまった。
私が死んだら嫌だなどと、彼の方が先にいってしまうことがわかりきっていたというのに、そう言ってくれた。
私だって嫌だ、彼に先に旅立たれるなんて絶対に嫌だった。
それでも彼はいってしまった。好きだと言った私の膝枕の上で、眠るようにいってしまった。
彼の頭を撫でていた手で、必死に彼の身体を揺さぶった。でも彼は二度と目を覚ましはしなかった。
私は泣いた。泣いて泣いて、涙が枯れ果てるかと思うほど泣いた。
けれども涙は枯れなかった。
彼の為に線香を立ててもすぐに涙で湿気てしまうから、線香は未だに立てられない。
それでも彼の三味線が私の耳に届くことが嬉しかった。
覚えが悪くてたどたどしい旋律しか奏でられなかったけれど、その音色はどこか優しくて、彼の不器用な優しさをそのまま弾き表したようなその三味線の音が好きだった。
そうして、彼の音が立ち消える瞬間、彼の声が聞こえた気がした。
今までなかった現象に、私は驚いて辺りを見渡す。けれども誰の姿も見えはしない。
これもあちらからの彼の声なのか、それともただの幻聴か。
ああ、もう幻聴でもなんでもいい。
あの言葉だけで私はこんなにも彼を側に感じることができる。
涙は止まり、彼の好きだと言ってくれた笑顔をこの顔に宿すことができる。

『どこにもいかない。ずっと側にいる』

ただの幻聴だとしても構わない。ただ、彼の言葉が嬉しかった。


その日私はずっと押し入れに仕舞っていた三味線を取り出し、彼の好きだった曲を弾きつづけた。
彼が私の側で聞いてくれているのを感じながら。

788立ち切れ線香 1/2:2009/09/29(火) 00:54:49
初めて会ったのは、大学の落研だった。
人情物や心中物が好きな俺に、アイツは笑ってよく言ったものだ。
「いやー!あかんあかん!上方落語は辛気くっさいのー!」
゙立ち切れ線香゙…俺の大好きな噺。繰り返し繰り返し、テープが擦りきれるまで聞く俺に、
「何回目やねん!」
アイツは毎回呆れた顔で突っ込んだ。
周りを標準語に囲まれながら『オレは関西を捨てへん!』と息巻いていたアイツの関西弁は、その時にはもう崩れていた。
「お前が悪いんやぞ!なんつーか…ほら…、一緒に居りすぎて東京弁がうつったんじゃ!」
アイツの言葉通り、2年になる頃には俺たちは四六時中一緒だった。
『お前らは夫婦か!』と周囲に突っ込まれると、なぜか嬉しくて心が踊った。


大学4年生の夏。
実家に帰省したっきり、アイツは帰って来なかった。
携帯は不通で、アパートも空。
周りの誰に聞いてもアイツの消息はわからなかった。
大学には休学届が出されているようだった。
藁にもすがる思いで、年賀状のために聞き出した実家の住所宛てに手紙を書いた。
一通。また一通。
書けば書くほど、アイツに話したいことが沸いてきた。
さらに一通。また一通。
最初は大学内で起きた、他愛のない出来事。
徐々に…お前が居なくて淋しいこと。
何かが欠けたようで、全くやる気が出ないこと。
返事は一通も来なかった。
だけど俺は送り続けた。枚数はどんどん増えた。
…我ながらキモいと思った。


半年が過ぎ、3月。
俺はハガキにただ一言、「お前に会いたい。」と書いた。
これで最後にしようと思った。

789立ち切れ線香 2/2:2009/09/29(火) 00:59:51
卒業式に、汗だくになって駆け込んで来たのはアイツだった。
「…っ…おま…!生きてた!?生きてたんやな良かったー!!」
そのままギュッと強く抱きすくめられる。
「…いや…生きてたんだってコッチの台詞だし…」
訳がわからない。半年ぶりなのに。
「ずっと返事書けんくてすまん!実家に監禁されてた!」
「…監禁?」
アイツは黙って、携帯を開いて見せた。
「…コレが、見つかってな…」
待ち受け画面一杯に広がる、俺の寝顔。
親に何故成人男性の寝顔を待ち受けに使っているのか問い詰められて。
「スッとうまい言い訳が出来んかったんや…お前のことが好きやったから。」
ああでも良かったお前が死んでなくて本当に良かった…と尚もキツく抱きついてくる。
「イヤ、死なないし…なにそれ…」

「お前がな手紙送ってくるから!」
叫んだ後、アイツは俺の首筋にそっと顔を埋めた。
「…立ち切れ線香の女郎みたいに、お前が死んでたらどうしようかと…」
ああ、そうだった。立ち枯れ線香はそういう噺だ。
見世で出会って惚れ合う二人。
しかし未来ある身の若旦那は、女郎を諦めるまで…と家に閉じ込められる。
監禁が解けて若旦那は初めて知るのだ。握りつぶされていた女郎からの幾通もの文と、彼女の死を。
「両親説得してきたから!オレお前と添い遂げるからな!」
「…は?…いや俺まだお前に好きとか言ってないし…」
「こんだけ熱烈な恋文送りつけてきて、今さらか!?」
アイツの片手に握り締められた、手紙の束。
どれもこれも内容は、空で言えるほどに覚えていた。
今さらながら恥ずかしさのため総身が震えてくる。
「とりあえず。…会いたかったでお前に、オレも。」
「…うん。」
赤くなった頬を隠すように、俺はアイツの胸に顔を押しあてた。

790788-9:2009/09/29(火) 02:46:10
>>788
上方落語 じゃなくて 江戸落語 でした。
すみませんでした。

上方落語じゃまんま関西の落語だよ…orz

791立ち切れ線香 1/4:2009/09/29(火) 04:17:06
>>788-9 を書いた者です。
萌えが止まらなかったので、勢いで書いた
上記の悲恋バージョン置いていきます。
死にネタ注意です。
※監禁される側が逆です。


********
初めて会ったのは、大学の落研だった。
人情物や心中物が好きな俺に、アイツは笑ってよく言ったものだ。
「いやー!あかんあかん!人情噺は辛気くさくて好かんわー。」
「いいじゃんか、゙立ち切れ線香゙。茶屋、芸者、身分違い、悲恋…俺の好きな古典落語のエッセンスが全部詰まってるんだぞ?」
「落語と言ったら落とし噺や!やっぱり笑えてナンボやで!」
「いいや落語の真骨頂はいかに人間性を深くえぐり出すかだ。異論は認めない。」
俺たちは、よくそんな愚にもつかない議論をして夜を明かした。
口から先に生まれてきたようなアイツと、人見知りで口下手な俺。
楽観的なアイツと、悲観的な俺。
持つ性質は正反対だったが、不思議と一緒にいるのは苦痛じゃなかった。
…いや、むしろ俺は、今までにない居心地の良さを感じていた。
それが恋心だと気付くのには、さして時間はかからなかった。


恋心を自覚したところで、アイツとの関係は変わらなかった。
変わらないように、強いて自分を律した。
どうせ叶わない恋なのだから、秘めておくに限る。
俺はアイツとの関係を、失いたくはなかったから。


全ての歯車が狂ったのは、大学4年の初夏だった。
実家に帰省した際に、この恋心が両親に知れたのだ。
携帯の待ち受けに設定していたアイツの画像を手に『どういうことか!?』と詰め寄られた俺は、ただ黙って俯くしかできなかった。
「ただの学友だ。」と答えるにはあまりにも、アイツのことが好きだったから。
『気の迷いだと解るまでは一歩もこの家から出さん!』と、親はすごい剣幕で俺を叱りつけた。
『跡取りとしての自覚を持て!』と。
…実家が下手にバカでかい旧家だったことも災いした。
人手も土地も部屋数も、俺一人を閉じ込めるには充分足りた。
大学にも休学届を出されたようだった。
携帯もなにもかもを取り上げられ、俺は世間から隔絶された。


何度か脱走を試み、そして何度め失敗する内に、俺は気力を無くしていった。
何一つ為すことなく、だが親の『諦めろ』と言う言葉にだけは頷けぬまま。
只ぼんやりと日々を過ごすうちに、窓の外の季節は移り変わっていった。

792立ち切れ線香 2/4:2009/09/29(火) 04:23:17
「…お兄ィ…!」
顔面蒼白な妹が部屋に駆け込んで来たときには、季節は冬を過ぎ春になっていた。
妹の髪の毛に、桜の花弁がひとひら貼り付いていた。
何か大変な事があったのだということは、妹の顔から知れた。
何か重大な、取り返しのつかない事が起きたのだと。
妹は、自分の部屋に飾るため庭の桜の枝を手折ろうとしたのだそうだ。
そして横着者の妹は、木に登るのではなく、一番桜に近い父の書斎の窓から身を乗り出して、花を取ることにしたのだと。
そういえば先ほど、二階から凄い物音がした。
おそらく無茶をしすぎて、書斎にひっくり返ったのだろう。
そして様々なものを巻き込んで転倒して…。
「…これ…見つけた…」
隠されていたものを、見つけてしまったのだ。
束ねられた俺宛の、十数通に及ぶ手紙と、…その上にのった一枚の葉書。
黒枠で縁どられた、事務的な印刷の葉書。
真ん中に、アイツの名前。
そこに記された日時は、もう疾うに過ぎていた。


「まあ!わざわざ遠い所から…あの子の為に、ありがとうねぇ。」
柔和に微笑んで俺を出迎えた顔は、アイツにそっくりだった。
「…すみませんでした。式にも、出られずに…。」
「いいえ、とんでもない。はるばる東京から来てくれる友達がいたなんて、あの子は本当に幸せものだわ。」


明るい家の中に、漂う線香の香り。
どうぞと通された仏間の真ん中、仏壇の中には、真新しい位牌が立てられていた。
線香に火を灯し、手を合わせる。
…なんだか現実味がなくて、涙すら出ない。
まだ、アイツが其処らから、ひょいと顔を覗かせそうな気がする。
出されたお茶を頂きながら、暫し世間話をする内に、
「そうだ!あのビデオ見るかしら?」
おばさんがふいに思い出したように、そう言った。
「後期を休学してたんなら、見てないでしょう。9月の文化祭の時の、落研のビデオがあるのよ!…あ、でも興味無いかしら?」
「是非!是非見せてください!」
俺は思わず頭を下げた。


思い出した。
夏に帰省する前、アイツと散々話したんだ。
文化祭でやる噺について。
「やっぱ落とし噺やろ〜!サゲでドッと会場をわかせたるで!あ、でも大学やし、艶話でもエエかなぁ?…うひひ」
など馬鹿なことを言いながら、アイツは笑っていた。
アイツがどんな噺をやったのか、どうしても知りたかった。

793立ち切れ線香 3/4:2009/09/29(火) 04:24:56
デッキにテープが吸い込まれる。
部の備品の、古いため酷く荒いホームビデオの画像が写し出された。
大学の講堂の舞台の真ん中に、ちんまりとした手作りの高座が設えられている。
しばらくズーム調整をし、画面中央に高座が来たところで固定される。
客席の入りはまあまあのようだ。
陽気な出囃子が流れ、噺家が入場する。
その姿に、俺はしばし呆然とする。
それは俺が覚えていたアイツよりも、遥かに小さく細かったから。
俺の様子に気付いたおばさんが、
「あの子、夏休みが始まって直ぐに発病したのよ。進行が早くてねぇ…本当は9月にはもう入院してないといけなかったの。
だけど、どうしても文化祭には出るんだって聞かなくて。
これが最後になるからって…。」
と言って目元を押さえると、
「本人は、ダイエットしてエエ男に磨きがかかったやろ!て胸張ってたわ〜」
と笑った。


ビデオの中では、アイツが着席し、指を揃えて口上を述べ始めた。
『え〜。お集まりの皆様、本日はようこそお運び下さいました。しばし皆様の時間をお借りいたします。どうぞ宜しくお願いたします。』
高座でしか見せない、丁寧な喋り方。折り目正しい態度。
俺はこれを見るのが、何より好きだった。
いつも、ここからガラッと口調を変えて、腹のよじれる落とし噺に持っていくのだ。
だが…ビデオの中のアイツは、どうも様子が違う。
指をついたまま、丁寧な口調のまま話し続ける。
『落語、ということで、笑いを求めてこられた方も多いかと存じますが、本日は趣向を変えまして、人情噺を一席お目にかけたいと存じまする。
古典といえば人情噺。笑いのなかに、人間の物悲しさが香る中々深いお噺で御座います。』
スッと身を起こす。
伸びた背筋、真っ直ぐ見つめる強い瞳。
多少痩せてはいるものの、まごうことないアイツの姿だ。
そしてニヘッと笑ってみせる。
『…言うてもコレ実は、オレがいっち好きなヤツからの受け売りなんですけどね!』
客席から笑いが起こった。


「どうやら好いた人がいたみたいなんよ。
私には最後まで、『秘密じゃ』言うて教えてくれなかったけど。」
「…そう、ですか…。」
ノイズ混じりのマイクでも、はっきり拾えるほど良くとおるアイツの声。
今その声で、何を言われたのだろう。
好き?いっち好き?
アイツが?


…俺を?

794立ち切れ線香 4/4:2009/09/29(火) 04:30:57
『昔の若い者が遊ぶとこで、お茶屋さん言うとこがありましてな。…今で言うたらメイド喫茶になるんかな。
まあそのお茶屋さんですが、昔のことなんで時間を図るのに、線香つこてたんですな。1本燃え尽きたら何時間。まあ、そないして料金をはかってたんですな。』


混乱している間も、噺はどんどん進んでいく。
若旦那。定吉。番頭。娘芸者。茶屋の女将。
表情も声音もくるくる変わる。
剽軽な場面。シリアスな場面。
アイツは次々に演じてゆく。
…今まで見たどんな“立ち切れ線香”より、面白い。
「あの子、床についてもずーっと練習してたのよ。もう、こればっかり。
私相手に、やれ今のは三味線に見えたか、今のは文を書くように見えたかて、五月蝿くて。」
最終的には図書館やビデオ屋で、江戸時代の風俗や三味線の弾き方を研究する程の騒ぎになったらしい。


『「三味線が止まった!小糸?」
 「若旦那、…小糸はもう三味線は弾けしまへん。」
 「なんでや?」
 「ちょうど線香が…立ち切れました。」』
噺が終わり、アイツが深々と頭を下げた。
『これにて私の一世一代の高座、終わらせて頂きます。』
そして一瞬、顔を上げ、こちらを見た。
どうや!と言いたげな笑みを浮かべ、得意気な顔で。


確かに、その目で、俺を見た。


プツとテープが止まり、画面が暗くなる。
…仏間の線香が、ふっと立ち切れた。




俺はそこで初めて、声を殺して泣いた。

795親友が再会したら敵同士 1/2:2009/10/06(火) 02:19:23
「君とは違う形で会いたかった」
私は鉄格子の向こうにいる彼にそっと語りかける。
「それはこっちの台詞だよ。ビックリしたぜ。皮肉な再会だな。感動も何もあったもんじゃない」
彼は昔と変らない不敵な笑みを浮かべ言った。

長く長く続く戦争。だが、つい先日戦局を決める大一番の戦が起こった。制したのは己が所属する軍。これにより、敵の軍はほぼ壊滅し、我々の勝利がほぼ確実となった。
数の上ではこちらの方が有意だったのにも関わらず、戦いが長引いたのは相手方に敵、味方問わず、伝説となった騎士がいたからだった。颯爽と戦場を駆け抜け、敵をなぎ倒す姿はまさに鬼そのものだと噂だった。
しかし、その鬼にもとうとう年貢の納め時が来た。負けが濃厚の中で最後の最後まで戦ったが、とうとう捕らえられてしまったのだった。
私はその男とは違う前線にいたため、彼を見たことはなかった。だから、その報告を聞いた時、興味をそそられたのだ。あれほど自軍を苦しめた男とは一体どんな姿をしているのだろうと。
しかし、実際に男を眼にした時の衝撃は自分の思っていたものとは全く違うものだった。
昔、まだ国が分裂し、争い合う前。私には兄弟と言ってもいい程の仲の良い友達がいた。彼は何でも知っていて、何でもでき、私の憧れだった。彼が親の都合で遠くの町に引っ越すまでいつも一緒にいたのだ。
そんな彼は今、捕虜になって自分の眼前にいる。
どうして、どうして、どうしてと私はただ運命を呪うことしか出来なかった。

「で、何の用? 思い出話を語りに来たんじゃないだろう?」
「……君の処刑が明日に決まった」
 私はゆっくりと静かに告げた。
「ああ、そう……随分と早いね」
 彼は特に恐れも驚きもしなかった。きっと覚悟が出来ていたのだろう。私と違って。
「君を晒し者にする事で相手の戦意を完全に消失させたいのさ」
「一気に畳み掛けたいわけね。そちらさんだってもう余裕はだろうから。ところで、親父さん達は元気?」
「……いや、6年前に死んだ。私を除いて」
「そうか。お前もか。本当、嫌なものだな戦争は。昔はあんなに綺麗だった国なのに今やボロボロだ」
「……そうだな」
牢屋を隔てて、私と彼はぽつぽつと昔話を始めた。川辺で足を滑らせ、溺れた私を君が助けてくれたことや森を探検しようとして2人して迷子になったこと。
ほんの少しの間だけ私達は過去に戻っていた。敵兵同士ではなく親友として。
しかし、そんな幸せな時間も終わりが来てしまう。

796親友が再会したら敵同士 2/2:2009/10/06(火) 02:20:10
「もう、そろそろ戻らなくては……」
「そっか、残念だな。けど、楽しかったぜ」
「君は……本当にこれでいいのか?」
「これでいいって、何が?」
私はここに来る前からずっと考えていた事を告げようする。
「例えばだ。例えば今なら看守は見ていない。だから……」
しかし、その先を彼が遮った。
「だから、お前がおれを逃がしてくれるってか。それでお前はどうなる」
「それは……」
 敵を逃がしてしまったら、もちろん自分は反逆者として処刑されるだろう。そんな事は分かっている。私も彼も。
「おれの代わりにお前が死ぬのはごめんだぜ」
「……私は君を死なせたくないんだ」
「なら、一緒に逃げるか。この広い国から逃げ果せる確立はあまりにも低いけどな。2人とも死ぬのが落ちだ」
「でも、何か、何か方法が」
「ないよ。考えようとしているところ悪いけど」
彼はそう冷静に私を諭した。彼は私よりずっと大人で自分が置かれて状況も理解していた。ただ、私が受け入れようとしなかっただけの話だ。
「……私は神を恨むよ。こんな残酷な運命を与えた神を」
「仕方ないさ。戦争ってのは色んなものを奪っていく。でも、おれは少しだけ神に感謝してるよ」
「え?」
「最後にお前に会えて良かった」
その言葉で私の最後の理性が破壊された。
膝を付き、喉がはりさけんばかりに泣き叫ぶ。
涙が枯れ果てるまで、私はただ泣き続けた。

797自分は当て馬ポジションだと半ば諦めてたけどそんなことなかった攻め:2009/10/12(月) 17:37:25
「この野郎!!」
殴られてふっとばされ、背中を壁に打ち付ける。
咳込みながら止まった呼吸をなんとか取り戻し、俺は口元を拳で拭って河野を睨み返した。
「早かったな。こっちとしてはもうちょいゆっくりでもよかったんだけど」
「てめぇ!」
怒りに顔を歪ませ、河野が俺の胸倉を掴む。もう一度殴られるかもしれない。
あーあ、やっぱこういう役回りか。カップルの片割れに横恋慕なんざするもんじゃねーな。
ま、いっか。全裸で俺の部屋にいる長谷、なんて滅多に見られないだろう場面も拝ませてもらったし。ひん剥いたの俺だけど。
そんなことを走馬灯レベルのスピードで考えていると、第三者によって俺を締め上げる手が振りほどかれた。
「やめろって言ってるだろ!」
「ユウ?!」
あれ?なんで長谷が俺を庇ってんの?
てかなんで裸のままなんだ。せめてシャツを、せめてシャツ一枚でも。
「なにしてんだ、そいつはお前を無理やり」
「無理やりじゃない!合意の上だった!」
えっマジで?!聞いてないよ襲っていいかどうかなんて!
そもそもなだめすかして家に呼んで、有無を言わさず押し倒したんだけど。
って、わわわ待て待てしがみつくな、服を着てくれ服を!
「けど、服も破れてるし、さっきまで悲鳴も」
「あっ、あれはそういうプレイだったの!」
そんな事実はございません。
俺は本気で傷つけるつもりだったし、長谷も本気で嫌がってたし。あぁ、思い出したらなんか罪悪感がひしひしと。
「それに……ケンちゃんは知ってるだろ。……俺がずっと、タクミのこと好きだったの」
えーっ、誰だよそれ!
目の前のこの男は河野健太で、幼なじみの長谷はずっとケンちゃんって呼んでたし、タクミなんてやつ 俺 じ ゃ ん !!
何が起こっているのか理解できず呆けていると、河野はけわしい顔のまま俺に近づき、
「ユウを泣かせたら許さないからな」とドスを効かせてから足音高く出ていった。
……とりあえず状況を整理しよう。
俺は幼なじみカップルの片割れ・長谷を好きになって、自宅に呼んで襲ったら彼氏の河野に殴り込まれて、そしたら長谷が河野を追い返して、
あれ、俺前提から間違ってる?
俺にしがみついたままだった長谷の顔を眺めていると、視線に気付いてこちらに情けない笑みを向け、すぐさま俯いて涙をこぼしながら
「……さっきのは忘れて。俺、セフレでもおもちゃでも、なんでもいいから」
なんて殊勝通り越して自虐的な言葉を吐くもんだから、俺は迷わず震える肩を抱きしめた。

798「初恋の女の子」1/2:2009/10/15(木) 05:27:36
"ひろみちゃんが来てるわよ。あんた仲良かった……"
お袋からのメール、最初の一文で俺は即効きびすを返した。
合コンはパスだ。わりぃ、岡本。

ひろみちゃんは天使みたいに可愛い子で、まぎれもなく
俺の初恋だった。原点と言っても過言ではない。
小学校に上がる前に親の転勤とかで引っ越してしまって、
お互いにこどもだったから連絡先も何も聞かず
それっきりになってしまったが、けして忘れはしなかった。

思えば、今の俺はひろみちゃんの言葉で出来ているようなものだ。
「強い男って憧れるよね」体を鍛えました
「でも賢くないと駄目なんだよ」勉強もしました
「楽器の演奏とかカッコいい」ピアノ教室に通いました
……
おかげで、自分で言うのもなんだが今やかなりの高スペック。
ぶっちゃけモテる。でも、可愛いと思う女の子と付き合ってみても
長続きはしなかった。それも、心の奥にひろみちゃんがいたからかもしれない。

だが、そのひろみちゃんが俺に会いに来たのだ!
何でもこっちの方に用事があって、記憶を頼りに訪ねて来てくれたらしい。
うちは引っ越してなくて良かった! 自営業の親父万歳!

799「初恋の女の子」2/2:2009/10/15(木) 05:28:43
「でも驚いたわぁ。昔はうちの孝明より華奢で女の子みたいだったのにねぇ」
「はは、母や姉には残念がられます」

玄関を開けた時に違和感は感じたんだ。見慣れない可愛い靴は無くて、
見慣れない、30cmぐらいあるんじゃね?という大きな靴が並んでいたから。
だが、お袋は何を言っているんだ。そしてなぜ青年の声がするんだ。
俺は恐る恐る客間を覗く…お袋の前に背の高いマッチョが座っている。

「孝明遅いわねぇ。ごめんねひろみちゃん」
待ってくれお袋、今そのマッチョにひろみちゃんと呼びかけましたか?

「あ、博己くんって呼ばなきゃね。つい昔のくせで」
敬称の問題じゃない。

なんだ、この状況はまさかあのマッチョがひろみちゃんなのか?
いやそれは無い。無いだろ?誰か無いと言ってくれ。
ひろみちゃんはフワフワで、ニコニコしてて、可愛い女の子のはずだ。
必死で記憶を探るものの、しかし俺と仲の良かったひろみくんは居なかった。
やっぱり、まさかなのか?あの俺より強そうなマッチョが?

「お茶のおかわり入れてくるわね」
お袋が立ち上がってこっちに来る。逃げようかと思ったが間に合わなかった。
「あら、あんた帰ってたの。ほら、ひろみちゃん待っててくれたのよ」
お袋につかまり、半ば押し込まれるように客間に入る。

「孝明くん!」

マッチョがこっちを見て立ち上がった。やっぱりデカイ。
ああ、こいつが俺の初恋の天使だなんて認めたくない。
断固認めたくない…けど

このとびきりまぶしい笑顔は、間違いなくひろみちゃんだ。

800「思われニキビ」1/2:2009/10/18(日) 23:10:35
「あー、思われニキビ!」
「はあ?何言ってやがる」

頬杖をつく右顎にポツリとできた吹き出物を指差して言えば、彼は面倒臭そうに視線だけをこちらへ寄越した。
朝日が射す教室でキラキラと照らされた彼の顔に、不似合いな赤い印。
プクリと腫れたそれはいやに性的で、硬派な彼の整った顔を、自分の劣情が汚しているんじゃないかなんて、自惚れた幻想がちらりと頭を過る。
自分のことながら朝っぱらからおめでたい頭だ。

思い思われ、振り振られってね、顔にできたニキビの場所で占いができるんだって
そう説明すれば、一段と呆れたような顔をして、ナンパなテメーが女相手に話すネタだな、なんて嫌味を吐かれた。

「もー、こんなの女の子じゃなくたって誰でも知ってるでしょーよ」
「俺はそういう占い事にも、色恋沙汰にも興味ねえよ」

第一こんなの、テメエに言われるまで気付きもしなかったよ。
そう言うと、彼はこちらから視線を外して、また元のように窓の外を向き直ってしまった。
僕にも、その真っ赤な出来物にも、まるで興味がないかのように。

801「思われニキビ」2/2:2009/10/18(日) 23:12:24
「・・・誰かに想われてたとしても、興味がないってこと?」
「ああ、どうでもいいね」

今度は、話しかけても、もうこちらを向いてすらくれない。
素っ気無い彼の態度に、この教室に入ってきた時の僕のテンションはすっかり下がってしまった。

その赤に少しでも手を添えてくれたら。
僕の話に少しでも何かを意識してくれたら。なんて。
期待した僕が馬鹿だった。彼はその出来物と同じように、この想いさえきっと知らぬ気づかぬ振りをするのだから。

そうやって何度想いを絶たれてきたのかわからないけれど、それでも期待してしまう僕は、どこまで浅はかで、図々しくて、諦めが悪いんだろう。
どうか彼のその顎の印が、できるだけ長く消えずいてほしいだなんて、女々しい祈りだけをしながら、彼の綺麗な横顔をただ眺めていた。

(もしそれが、あと一週間消えなかったら?)
(彼の顎に触れてみてもいいだろうか)

心配する振りを装って。勇気を出してもいいだろうか。
臆病で情けない僕は、こんな小さなニキビに頼ることでしか、彼に近づくほんの一歩すら踏み出せないでいる。

802「元カノの元彼」1/1:2009/10/20(火) 23:19:25
母さん、事件です。
僕、22歳にして、初めて告白されました。

「好きなんですよ君のことが」

なんて、頬を染めて言うのは、俺の上司です。
この慣れない生命保険の仕事を、手取り足取り教えてくれた、
2歳年上にも関わらず、ダンディな上司、高倉課長です。
確かに最近、二人で呑みに行くことは多いし、同期のやつらと
比べても、何か上司と距離が近いな、とは思っていたんです。
でもそれは、俺の意思でやっているんだと思っていました。
俺の大好きなタカコちゃん。俺が高校の時に1年つきあって、
他に好きな人ができた、とふられたタカコちゃん。
俺が唯一、誰かを好きになれて、告白してつきあえた人です。
あの時のタカコちゃんが、俺をにふった理由である、「他に好きな人」
が、この上司の高倉課長なんです。
なんたる偶然でしょう。高校時代の先輩が、俺の上司なんです。
高校時代から、頭が良かった高倉先輩は、課長となって、俺の
目の前に現れたんです。
あの後、高倉課長に告白して、1ヶ月だけ彼女になって、その後
ふられたタカコちゃん。そんなタカコちゃんに、再度告白しにいった俺。
そしてタカコちゃんの涙ながらの答え。

『…ふられても、好きなの。松前くんなら、分かってくれるよね』

分からないわけがありません。だって俺も、同じ状態ですもの。
「…驚くのは分かるけど、固まらないでくれないか」
まさかあれから5年以上経った今、こんなことになるなんて!
タカコちゃん、お互い気づかなかったね! この人、ホモだよ!!

803「元カノの元彼」2/2:2009/10/20(火) 23:20:06
ああ、あんなにかわいくて、タカコちゃんがふられた理由が知りたくて、
毎日毎日、仕事内外で高倉課長につきまとうんじゃありませんでした。
「…松前、お前さ…何か言ってくれよ」
固まったままの俺の手が、握られています。
その握られた手が。指が。何かくすぐったくて、顔の熱がどんどんあがって…。
『あの人に見つめられると、うっとりするの』
あの時のタカコちゃんの声が、頭にわんわんと響きます。
高倉課長の瞳を見ると、確かに体の力が奪われる気がします。
確かに恐るべき力でs。
『それで、抱きしめられたくなるの』
「お前、抵抗しないのは、オッケーだと勘違いするぞ」
おそるおそるといった感じで、高倉課長が、俺の後頭部に手をまわします。
高倉課長の右手は、俺の左手と絡みあい、左手が髪をすいて―――
何だかその近さと体温に、高倉課長に空気ごと抱きしめられたくなってきました。
恐い! これが高倉課長にメロメロになったタカコちゃんの気持ちでしょうか。
ふわりとその胸に抱きしめられたら―――
『…抱きしめられたら、心臓が止まりそうになって…。
 それが好きだってことなんだと思う』
え、ちょっと待って? マジですか? タカコちゃん、俺、君を思うあまり、
君が好きだった男と、え、ちょっと

初めての男とのキスは、タバコの味で。

『好きなんだと思う』

思わず腰を抜かして床に座り込んだ俺に、高倉課長が驚いた顔をしています。
まだ入社して半年近くですが、こんなにまぬけな顔をしている課長の顔は、
初めて見ました。
「課長…」
「な、何だ? いや気持ち悪いなら、そう言ってくれても……」
「俺、課長…いや先輩のこと…好きみたいで……」
オロオロしながら俺がそう言うと、高倉課長の顔に汗がぶわっとふきだして、
次の瞬間、一気に真っ赤になりました。
それを見て、俺の顔も、一気に熱く熱くなりました。
『でもあの人、いつも冷静なの』
母さん。
俺、今、多分、タカコちゃんがが見たことない、この人の顔見ています。



*****
すみません。通し番号素で間違えました。

804元カノの元彼 1/2:2009/10/21(水) 21:19:46
新婦招待客控え室でぼーっとしていると、ゼミ同窓生の山中が
新婦控え室から戻ってきた。
「大竹君、控え室行かないの?明留、キレイだったよ」
「どうせすぐ見るんだからいらねえよ」
「ふーん。でもさ」
山中はちょっと声を潜めて続けた。
「元彼を結婚式に呼ぶってアリなの?」
「元彼っつっても、わずか半年の清く正しい男女交際だったから
な。アイツ、招待状に『ご祝儀奮発するのを忘れないように』って
書いてきたんだぞ?」
「いくら包んだの?」
「5万」
「奮発したわねえ!」
「俺、アイツに借りがあるからさ...」
俺はボーナスが出るまでをいかに乗り切るかをに思いを馳せて、
ため息をついた。


明留は、男兄弟に囲まれていたためかさばさばした話し方をして
いて、いつもジーンズに男物っぽいシャツを着ていて、背が高くて
貧乳で、ぱっと見は線の細い男に見える、大学入学当初から目立つ
存在だった。
同じプレゼミに入ったことをきっかけに話してみると、女と話す時
にどうしても感じていた気構えのようなものが必要がなくて、とても
気楽な相手だった。好きな小説が同じだったり、音楽の趣味が一致して
たりで、さらによく話すようになってみると性格が良いのもわかってきた。
人間として、とても魅力的なヤツだった。
「なあ、俺と付き合わね?」
俺がそう聞いたら、明留は小首をかしげてきょとんとした顔で俺を
見返したっけ。
今から考えれば、あれは告られた女の顔じゃないよなあ。
「アンタと私が付き合うの?」
「そう」
「まあ、試してみるのもいいかもね。いいよ」
返事も変だったよなあ。

一緒に遊びに出かけるのには良い相手だった。....だったんだが、
結局、俺達はキス止まりの関係だった。
「ごめん、別れてくれ」
「いいけど、条件あるよ?」
俺が切り出した別れ話に、明留は言った。
「もう二度と、本当に好きだと思った人以外とは付き合わないって
約束したら、別れてあげるよ」
「いや、俺、お前のこと本当に好きだぞ!」
「じゃ、なんで別れなきゃいけないわけ?」
「それは....」
「アンタの言う『好き』が、『人間として好き』って意味だって、
わかってるから。アンタ、忘れてるかもしれないけど、私にだって
『女として好かれたい』って気持ちがあるんだからね?女と付き合うって
ことは、そういう気持ちに応えるってことだからね?『女として好き』
じゃないんなら女と付き合っても意味ないって、試してみてわかったでしょ?」
「あー。はい」
「じゃあ、約束しなさい」
「はい。もう二度と、本当に好きだと思った人以外とは付き合いません」
「OK。別れてあげる。これ、貸しだからね。あ、この後は普通に友達って
ことでよろしく。避けたりしたらぶん殴りにいくから」
明留らしいさばさばっぷりで別れ話は終わったっけ。

805元カノの元彼 2/2:2009/10/21(水) 21:23:14
「本日はまことにおめでとうございます」
「おめでとうございます。ご親戚の方ですか?」
山中と知らない男の声に顔を上げる。
「会社の後輩です」
つるんと肌が綺麗で女顔の、カラーフォーマルを嫌味なくすらりと
着こなした男がそこに立っていた。
俺と目が合うとにっこりと笑いかけてくる。
その時、控え室の入り口の方で歓声が上がった。
見ると、白無垢の明留が付き添いの女性に手を引かれて入ってくる
ところだった。
「これは見違えますね」
「別人のようだな」
「二人ともひどいですよ」
明留は新婦のために用意された椅子にかけると、俺達に気づいて
ちょいちょいと手招きをした。
「私はもう挨拶したから」と動かない山中を残して、明留の後輩の
男と一緒に、明留のところへ行く。
「今日は来てくれてありがとう」
明留が笑う。
「紹介するね。大学のゼミで一緒だった大竹君、会社の後輩の工藤君」
どうもとマヌケに会釈をしあってる俺達に、明留は言い放ちやがった。
「で、私に借りのあるアンタ達、しっかりご祝儀包んだんでしょうね?」
「アンタ達って、一括りかよ」
「だって、アンタ達、私に同じことしてくれたんだもん」
「同じって、あなたも明留さんと交際を?」
「え?」
俺は工藤と呼ばれた彼と顔を見合わせた。
「とりあえず、アンタ達、趣味似てるし話が合うと思ってさ。いやあ、
一度会わせてみたかったんだよね。じゃ、アンタ達は私のハンサムな
元彼として、私のダンナを引き立てる役を真っ当してね。これも貸し分の
取り立てよ」
「あけるねーちゃん、おめでとう〜!」
「ありがとうー」
親戚らしい子供たちが飛んでくるのに応えながら、明留は片手で
しっしと俺達を追いやった。


披露宴会場で明留の隣で笑う新郎は、絵に描いたような冴えない
ハゲの中年のおっさんで、招待客は俺とその隣の工藤君を盗み見ては
ひそひそと囁きあっていた。
「居心地ワリイなあ」
「仕方ないですよ。こんなこととご祝儀で借りが返せるなら安いものです」
俺のつぶやきに、工藤が笑う。
「そういや、その借りってどういう意味だ?」
「僕、女の人が苦手なんです」
工藤はちょっと照れたようにうつむきながら言った。
「僕、小さな頃から女の子と間違えられるような子で、上に姉が二人も居て
散々おもちゃにされてたんですよ。そのせいか、ずっと、女の人を好きに
なれなくて、でも、そんな自分を肯定できなくて、そんな時に明留さんと
出会ったんです。明留さんは僕の苦手な女性的なところが少なくて、
こういうタイプの女性なら、自分もお付き合いできるだろうと思って交際を
申し込んで、でも、実際付き合い始めてみると、ああ、やっぱりこれは違うんだって
思って」
「別れる時、アイツに言われたろ?『もう二度と、本当に好きだと思った人
以外とは付き合わないって約束しろ』って」
「はい」
「俺も言われた」
「あなたも?」
「アイツ、付き合ってくれって言われた時から判ってたんだろうな。
俺が、アイツのこと本当に好きなわけじゃなかったって。自分で自分を
誤魔化して、好きなつもりになってたってこと。その上で、俺が自分で
そのことに気づくまで、付き合ってくれたんだから、大した器だよ」
「本当に、大した人ですよね」
「そういえば、アイツ、俺達の趣味が似てるって言ってたな。工藤さんも
時代小説好きか?」
「はい。最近は上田秀人とか読んでます」
「お、若手もチェックしてるんだ」
「大御所は読みつくしてまして」
照れたときにうつむくのは、工藤の癖なのか。
妙に子供っぽく見える整った横顔を見ながら、俺はなんだかこいつの
頭をワシワシとなでてやりたい気分になってしまった。


その後、時代小説話で盛り上がって、工藤の本を借りる約束をして、
それを返して代わりに俺の本を貸す約束をして、何度か会ってるうちに
友達になって、あれやこれやがあって、俺と工藤は付き合うことになった。
工藤がそのことを明留に言うと、明留のヤツ、「そうなると思ってたよ」と
言いやがったらしい。

「『これ、貸しだからね。出産祝いは弾みなさいよ』だそうですよ。
もう、どこまで見通しているんだか....」
「しゃあねえ、せいぜい奮発してやろう」
うつむく工藤の頭をワシワシとなでてやって、俺は言った。

80617-799 敏腕秘書とアラフォー社長 1/2:2009/10/24(土) 02:59:51
3時のコーヒーをローテーブルに置き「ご休憩をどうぞ」と声をかける。
会社規模にふさわしからぬ手狭な社長室の、重厚な木製に見えるが実は既製品のオフィスデスクに座って、
私が仕える我が社の代表取締役は山と積まれた資料の中で
「ああ、ありがとう、もう3時か」
と、没頭していたパソコンからようやく頭を上げた。
「そろそろ一息お入れになった方がよろしいです、
 今日はどうぞこちらで。資料を汚すといけません」
「うん、久しぶりに講演なんか頼まれたからね、なかなか勘が戻らない」
そう言いながらさも美味そうにカップをすする。淹れ方も豆もお好みのはずだ。
「おっしゃいますね。この業界、現場を離れたといえやはり社長は第一人者でいらっしゃるというのに」
我が社は中堅菓子メーカー、社長はその3代目だ。
社長の息子でありながら食品化学の分野で博士号をとり、ずっと製造部門に身をおいていた技術屋で、
6年前に亡くなった先代の跡を継ぐまで、社長業は一顧だにしたことのない人だった。
私は先代の晩年の数年間を努めた秘書で、そのまま新社長の秘書となったのだった。
……つくづく、立派になられたものだと思う。
この方が社長になったばかりの頃は、越権と思えるほど手取り足取り仕事を教えた。
それは本来社長秘書の仕事ではなかったかもしれないが、他に人がいなかった。
私も有能とは言えなかったかも知れない、
影となってさりげなく導くのが敏腕秘書というものだったろうに、何度社長を叱りとばしたことか。
十近くの年齢差と、比肩無き社長と仰いだ先代への思い入れのせいだったろう。
今となっては反省しきりである。
現社長の技術が、我が社を先代以上に成長させることとなった。
この不況の中でも業績は悪くない。取材が増え、講演依頼まで舞い込んできた。
社長の嬉々とした準備の様子だと、製造ノウハウを惜しげもなく披露する気らしい。
それでも、この人なら信頼できる。6年経って、ようやくそう思えるようになった。
僭越ながら、社長を一人前にお育て申し上げた。
あとは、プライベートな、しかし我が社にとっても重要な案件、これを解決するだけだ。

80717-799 敏腕秘書とアラフォー社長 2/2:2009/10/24(土) 03:04:13
「さて、社長……資料に埋まりそうですが、こちらはご覧頂けましたか?」
埋まりそう、ではなくあらかた埋まっていたが、掘り出して何気ない口調を装う。
いわゆる釣書。そう、今年38才になる社長は独身なのだ。
これは社にとっても重大な問題である。早急な解決が望まれる。つまり早く結婚させねばならぬ。
しかし社長のことだった。就任当時の激務の中、やめろとどれだけ言っても
新製品開発に携わり続けたような頑固者だ。
頭ごなしに言えば意地になる。私はそれをよく知っていた。
「うーん?……ああ、それか。まだ見てないよ、見てないがお断りできないかねぇ」
そして自分のことに無関心な人のこと、おそらくそのように言うと予想はしていた。
作戦はあった。ここは逆を張るべきなのだ。
やめろと言われると意地になる、むしろやりたくなる。そういう性格だ、社長は。
「そうですね、一応お受けした話ですが……わかりました、お断りしましょう」
ほら、目をむいた。数年前まではチクチク結婚を勧めたこともあったものだから、意外だろう。
「結婚、跡継ぎなどと、そうお焦りにならなくともよいのです
 社長はまだまだお若い。人生の伴侶ぐらいご自分でお選びになりたいのでは?
 ま……こちら、かなりお綺麗な方ではありますが。写真、ご覧になりましたか」
「あ……いや。……美人?」
ほら、乗ってきた。
「そうですね、私は好みですかねぇ……」
「あなたの好みですか!? ちょっと拝見」
おもむろにひったくられた。これはいい。
「ああ、ああ、ウム、本当だ、美人だね。あれだ、この間のドラマの女優さんに似てる」
かなり興味を持ったようだ。かつてこういう事は一度も無かった!
上手くいきそうな手応え。内心勢い込んで、あくまで口調はさり気なくもう一押しする。
「正城女学院大学英文学部御卒業、フライトアテンダントを務められている才女でいらして、
 それでいて趣味は料理、それも得意は和食という家庭的な方だとか」
「ふーん……それはそれは……こういう人が好みなんですか、伊藤さん」
「はい?」
「伊藤さんはキリッとした和風美人がお好み、と。──僕、顔立ち濃いめだからなぁ、どうかなぁ」
「は?」
釣書を丁寧に閉じてカップの横に置きながら、社長は何故か私を見つめた。
「会社の跡継ぎなんてね、身内でなくても有能な人が継げばいい。僕はそう思います。
 それより人生の伴侶だ。伊藤さんも、自分で選びたいだろう、と言ってくれた。
 僕は……これでも迷っていたんですが……
 伴侶となる人は、お互いに分かり合えていて、苦楽をともにできて、気の置けない人が良い。
 そういう人はもう見つけてあるんです、6年のつきあいです。
 その人がどう言うかは判らないんですが、少なくとも僕はその人がいればいい
 その人と出会って人生が変わりました。これからもその人と歩いていきたいんです。」
押さえつけられている訳ではない、手もつかまれていない。しかし、何故か微動だにできない。
夕方近い陽が差し込んできて、部屋と私を染める。
「伊藤さん、どう思いますか……?」
有能な秘書なら、なんと答えるだろうか。
答えるべき言葉を持たない私は、やはり有能ではないのだろう。

808君だけは笑っていて 1/2:2009/11/15(日) 11:29:26
痛みという感覚は最早殆どなかった。
しかし死ぬんだなという静かな覚悟だけが存在していた。
その中で思い出したのはやはり弟たち2人の姿。
弟とはいっても俺とは血の繋がらない二人。
寡黙だが心根の優しい慎二と明るく穏やかな幸成。
(兄貴・・・)(兄ちゃん!)
こんな頼りない俺の事をそれぞれの形で慕ってくれた。
事故で両親を失って以降はあいつらを幸せにする事だけが俺の生き甲斐だった。
哀しい、辛いと感じた事などは一度たりともない。

ああ、でも結局俺の貞操は保たれたままだったな・・。
薄れゆく意識の中で未だ煩悩が残っている事に冷静に驚く。
好きな人に抱かれるのはやはり何より気持ち良かったんだろうか。
体験してみたかった。
一度でもいいから触れてみたかった。
あいつはどんな顔をしたんだろう。

ここまで考えたところで己のくださなさに気付き、軽く哂う。
何を必死に守ってきたのだろう。
そもそも死ぬ時ってもっとまともな事考えるのかと思っていたが・・。
いや・・、俺の根っこはこんなもんだろう。分かっていた事じゃないか。

そんな俺のことですら、頭の中のあいつ・・慎二は静かに微笑みかけてくれた。

(・・・)
慎二の口が何かの言葉を紡いでいる。
何を・・・言っているのだろうか・・・。
でも、ありがとう・・・。
最期くらい都合よく解釈してもいいよ・・・な・・・・・・。

涙がいつの間にか零れていた。
そして優しい気持ちのまま目を閉じた。

809君だけは笑っていて 2/2:2009/11/15(日) 11:29:58
兄貴が知らない病院で亡くなった。
俺たちに何の相談もなく、病気も手術の事も告げずに一人勝手に逝ってしまったと聞かされた時から俺は違和感を感じていた。

俺が兄貴の自室から見つけた手帳には何の情報も残っていなかった。
綴られていたのは俺たち兄弟との優しい日常だけ。涙が止まらなくなる穏やかな過去だけ。
でも、最後に一つ残されていた言葉。それだけが別の空気を纏っているように感じられた。
その意味を知りたくて必死になった。・・そして俺は辿り着いてしまった。
会社の負債を抱え込まされた挙句に風俗業、更には臓器売買を強要され、その手術中に失敗した医者に放置されて命を失ったという真実に。

そこから先はあまり覚えていない。
兄貴の会社の上司、風俗店店主、臓器売買のブローカー組織幹部、執刀した外科医、事件をもみ消した警察関係者、そして俺にこのネタを与える代わりに金をせびった元組織の情報屋・・
そいつらの大事なものを全て失わせ、その命をもって罪を贖わせた。
そして今の俺は完全に死に魅入られている。魂を売り続けた挙句、人ならざるものへと変化した悪魔そのものだ。
笑い方など・・・忘れた。

兄貴、俺約束守れなかった・・・ごめん。この先の世界でも逢いたかったけど、それは叶わないみたいだ・・・。

兄貴の最後の言葉に隠された哀しみに囚われてしまった。
俺だけ笑えなんて無理だ。兄貴が・・遼平が笑ってくれなけりゃ意味が無いんだ。

俺の腕の中で幸成が震えている。その細い首に軽くナイフを滑らせた。
それを見た刑事の目が大きく見開く。まるで自分が斬られたかのように痛々しく顔が歪む。
・・ああ、こいつなら大丈夫だろうか。俺のように狂気に堕ちぬよう、幸成を救ってくれるのだろうか。
今はただこの直感を信じたい。

一瞬幸成の耳元に口を寄せる。ごめんな、ありがとうなと軽く告げ
その反応を待たずして心の中で泣き叫びながら幸成の頭を拳銃の柄の部分で強く殴った。

幸成・・・、お前は一緒に笑い合える人と生き遂げろ。
俺も、そしてきっと兄貴もお前の笑顔に何度となく救われてきた。
でもな、自分の笑顔ってのは自分じゃ見えないんだ。
だからいっぱい微笑んでもらえ、いっぱい愛してもらえ。

それで天寿を全うして、もし向こうで兄貴に逢う事があったら、もう一人の兄ちゃんがこう言ってたと伝えてくれないか。

「ずっと愛してた・・・」と。

81017-969 極悪人と偽善者:2009/11/30(月) 23:37:55
「……ですから、彼のことは見逃して頂きたいのです」
ひとしきり語った後、真摯な口調で神父服の男は言った。
「貴方に僅かでも慈悲の心があるのなら、どうか」
「俺にそんなモンが欠片でも残っていると本気で思ってんのか?」
嘲笑ってやると、相手は困ったような表情を浮かべた。
「あの野郎の人柄だの哀れな境遇だの、俺には関係ない。奴は俺のシマを荒らした、それだけだ」
「彼本人が意図したことではありません。ただ単に利用されて…」
「うるせえよ」
言い募ろうとするのを切り捨てる。さっきまでの長々とした演説を再び繰り返されてはたまらない。
すると、男は小さくため息をついた。
「……議会の方々は、今だって貴方を十二分に恐れていますよ」
「あ?」
「無意味、ということです」
それは先程『彼の哀れな身の上話』を語ってみせたのとまったく変わらない口調だった。
「議会は既に、彼の存在を記録から抹消しています。元から捨て駒だったのでしょう。だから彼が死んでも痛くも痒くもない。
 それどころか、自分達の手を汚さずに彼が始末できるとあらば、貴方に感謝するかもしれませんね」
「何が言いたい」
「貴方にとって、彼の命にそこまでの価値はないということです」
どうか彼を殺さないで欲しいと懇願したその口で、さらりとそんなセリフを吐く。
その終始変わらない調子に、毎度のことながら軽く寒気を覚える。
「……。俺が気に入らねぇのはな」
「はい?」
「お前がいつもそうやって、誰かの為、何かの為と大義名分振りかざして来やがるところだ」
軽く睨んでやるが、男は表情を崩さない。真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「なにが『彼は真面目でお人好しな人間』だ。なにが『病身の妹がいる』だ。
 哀れな子羊にご慈悲を? 寝惚けたこと言ってんじゃねえぞ、エセ神父」

今回の一件は飽くまで、マフィアと議会の諍いだ。
捕らえた男とこの男の間に直接関係があるとも考えにくい。
それなのに自分のところへ態々『慈悲を乞いに』やってくるということは。
「お前があの野郎を助けようとするのは、単に教会連中にとって利用価値があるってだけなんだろうが。
 それがなけりゃ、あの野郎が始末されようがどうしようが、お前は気にも留めない。違うか?」
一応それなりに凄んでみたのだが、やはり相手はまったく動じなかった。
それどころか、あっさりと肯定の意を示す。
「確かに仰る通り、こちらにはこちらの思惑がありますが」
でもいいじゃありませんかと、男は言い切る。
「それで助かる命があるのなら、善いことです。必要であれば、私は何度でも貴方に頭を下げましょう」
「……反吐が出る。教会の犬が」
「貴方ほどの人にそう言われると、逆に光栄です」

この男が厄介なのは、己に利があると認めた上でなお自分の行いを『善行』だと言い張ることだ。
否、言い張っているのではなく、心からそう信じているのだろう。
自覚的な偽善者は、そこいらの悪人よりタチが悪い。

「どうか彼と彼の妹さんの為に、ご慈悲を」
そう言って神父服を着た男は、今日ここを訪れてから初めて微笑んだ。

81117-959 休日街で偶然上司に会った 1/2:2009/12/04(金) 21:37:30
師走の人ごみの中を歩いていた。休日の、お馴染みのコース。
なんとなく、いつもの店で冬物を眺める。
なんとなく、本屋でサブカル本をパラパラ見る。
なんとなく、雑貨屋の店内を一周したところで喉が渇いた。
(…今日は何の収穫もない予感…)
コーヒーショップで軽く食事をして、来た道を戻る。まあ、よくある事だ。

街を歩く人は皆、キラキラした表情でどこかへ向かっている。
店頭のディスプレイも必要以上に瞬いている。
俺は無表情で駅へと向かう。これでも空腹が満たされて気分は良いのだけれど。
(さっきの本屋でなんか雑誌買おう…後は電気屋でプリンタのインクと…)
「・・・・・・・。」
ふと立ち止まって振り返る。知った顔はどこにも見当たらない。
これもいつもの事。なのに誰かをつい探してしまうのは、この寒さのせいなのか。
(やっぱクリスマスのムードって、すげーな…)
なんとなく、心がざわついた。「いつもの」俺でいられなくなりそうで怖い。
足早に雑誌を購入し、大型電気店の前を素通りして駅横の駐車場へ向かった。
車に乗り込む、と同時にポケットの携帯が震えた。慌てて携帯を取り出すと、一気に力が抜けた。

『電気屋行くならお風呂場の電球買ってきてネ!』
・・・母親からのメールだった。
「はぁぁぁぁぁぁ〜期待した自分乙…」
力なく車を降り、電気店へと向かった。
(これが、俺の日常。いつも通り。何も起きないのがとーぜん。分かってるだろ)

81217-959 休日街で偶然上司に会った 2/2:2009/12/04(金) 21:38:42



「!!」

電球を購入して店を出ようとしたその時、その人の背中が見えた。
「や、(じま、かちょー?)」
言いかけて止めた。そんなラッキーな偶然あるわけない。でも。
少し白髪の混じったあの頭。ひょこひょこ歩く後ろ姿。ちらと見えた横顔が。

「やじまかちょうっ! こんっ、にちはっ!」
驚きと焦りでおかしな発音になる。くるんっと振り返ったその人はまさしく谷島課長だった。

「んおおうっ!おーー、白井くーん。どしたの」
「どしたのって買い物ですよw 課長こそ何買いにきたんですか」
「んーー、いろいろっ☆」
「よく来るんですか、ココ」
「あんまりぃ〜。だって遠いじゃないの。今日はついでがあったから」

(なんだよソレなんでいるんだよなんで会えちゃうんだよ)

「これから何か用事あるんですか?」
「ん〜ん、帰るだけ」
「じゃ、ご飯でも食べにいきませんかっ? 私今日車なんで送りますよ!」
「ご飯ねぇ…行こうか? でもいいの?送ってもらうなんて。
 てゆーか白井君ち地下鉄の駅近いのに車? 駐車代もったいないよ〜」
「運転好きですからね。ついつい…」

街で見る課長はいつもと同じで穏やかな顔をしていた。いや、もっとユルイかも。
「ハイ、お車代★ よろしくお願いしますね」
そう言って缶コーヒーを差し出す課長の顔。ふにっと上がる口角に、俺はつられて笑う。
笑いながら、心は忙しく駆け回っている。このチャンスにしがみついてシッポを振っている。
逃げないように、消えないように・・・。さっきまでの期待を殺した自分はどこかへ消えた。
どうすれば今日、長く一緒にいられるのか。俺は固まった頭を目一杯使って考えていた。

81318-69 静かな雪の夜 1/2:2009/12/20(日) 03:47:31
「あの、ウチ、客用布団とかないんで。あの、ソファじゃ寒くて寝られないんで」
 一緒のベッドで、とはあまりに生々しい気がして言えなかった。
 そんな岡田をよそに、伊勢崎はふわふわと、楽しげに揺れている。
「あの、スーツしわになりますから脱いでください」
「らーい」
 そう言いながらも脱ごうとしない。ふらふら揺れて、岡田にしがみついてくる。
「この酔っ払い!俺は彼女じゃないですよ!脱がせますよ!いいですね!」
 なんとはなしに目を背けながらジャケットを引っぺがし、ベルトに手をかけて――ためらった。
「しわになりますからね!脱がせますよ!」
 苦情がきそうなほどでかい声で叫んで、岡田はベルトをはずしてズボンを下げた。
 ジッパーをおろしたとき、手がわずかに伊勢崎の股間にふれたことを頭を振って意識から追い出す。
「足、あげてください」
 らーい、と今度はおとなしく従った。まるで岡田にまかせきりだ。
 ネクタイをゆるめ、ふと思い付きを口にする。
「俺にSM趣味とかがあったら、これで伊勢崎さんのこと縛るとこですけどね」
 とろん、と、眠そうな目で笑っている伊勢崎を見る。
「もうちょっと警戒してくださいよ・・・・・・いや、されたら悲しいんですけど」
 スーツをハンガーにかけて、パジャマ代わりのスウェットをかぶせる。
 外は雪が降り始めていたのだ。Yシャツ一枚では寒すぎる。なにより岡田が落ち着かない。
頭を出させたら、ごそごそと自分で袖を通した。前後ろが反対だが、この際気にしないことにする。
下もはかせて、やっと伊勢崎を直視できるようになった。
「先に寝ててください。俺はシャワー浴びてきますんで」

 岡田の使っているシャンプーは女性用のものだ。
 伊勢崎はいつもいい匂いがして、何のフレグランスを使っているのか尋ねたら、
同棲相手のシャンプーの匂いだ、と教えられた。
風呂場が狭いのであまり物が置けず、同じシャンプーを使っているらしい。
 それから、岡田も同じものを使っている。
 男性用のシャンプーのような爽快感はないが、むしろ冬にはこちらの方がいい。林檎の香りだ。
 ときおり、伊勢崎とその顔も知らない女が、この香りでベッドを満たしながらセックスすることを
想像して抜いた。とても悲しくて、とても興奮した。

81418-69 静かな雪の夜 2/2:2009/12/20(日) 03:49:04
 伊勢崎は、きちんと布団をかぶって眠っていた。
「えーっと・・・・・・隣、失礼しますよ」
 そっと、ベッドの端におさまる。端と言ってもシングルベッドだ。少しでも身動きすれば
伊勢崎に触れてしまいそうで、体は半分ずり落ちそうだ。
(眠れるかな・・・・・・無理だな)
 触れないように、起こさないように、岡田は息さえも殺した。数時間前の忘年会の騒ぎが
壁を隔てて遠くに感じられるほど、夜は静かだった。
 雪の降る音が聞こえそうな気がして、岡田は耳を澄ませた。伊勢崎の、規則正しい寝息が聞こえた。
 静かに静かに、伊勢崎と向かい合うように姿勢を変える。
(あー、やっぱり睫毛長いな。ひげが生え始めてる。あ、発見。耳のうぶ毛けっこう長い)
 肩が、呼吸に合わせて規則正しく上下している。
 ふいに泣きたくなった。このまま時は止まらないだろうか。
 泣くまいとしてこらえたら、喉がグッっと鳴った。
(ダメだ。伊勢崎さんが起きたらまずい)
「えっ?」
 唐突に、岡田は抱き寄せられた。
「ちょ、」
 鼻を、髪にうずめてくる。心臓が飛び出そうに鳴った。
「何・・・・・・」
 だが、伊勢崎のまぶたはとじたままで、寝息もまったく乱れなかった。

 もう、どうにもならなかった。

 朝には雪が積もっているのだろう。その雪をサクサクとふんで、伊勢崎は帰るのだろう。
恋人のところへ。
 吹雪かないだろうか。歩くことが困難なほど吹雪かないだろうか。
 この寒い部屋で、唯一暖かい布団から出たくなくなるほど吹雪いてはくれないだろうか。
 そして、自分と体温を分け合ってはくれないだろうか。

 岡田は声を殺して、静かに静かに泣いた。

81518-129 行く年来る年:2009/12/31(木) 20:52:11
「もう行くよ」
とあの人が言う。
「待って下さい、もう少し」
引き止める言葉は反射的に出るが、時間がないこともわかっている。
全てを終えようとしているあの人は、ちょっと困ったように笑った。
「仕事は全部引き継いだよ。みんなも次の新担当の話を始めてる。
お前、期待されてるよ、頑張れ新人」
「でも、俺……」
口ごもる俺を静かな声が励ます。
「自信ないとか言わないよな? 大丈夫、お前は立派にやれるよ。
俺もたくさん悪いことがあったよ。お前ならきっと、俺より上手くやれる」
「……俺なんかどうなるかわからないです。あなたみたいにはできない」
「もともと今月末までの一年の約束だ。
来月からはお前しかいないんだ、わかってるじゃないか」
「……はい、でも」
どうしようもないことは始めから知っている。
でも、教えてくれた様々なこと、俺のためにしてくれた丁寧な準備、去るにあたっての潔い始末……
あなたを思い返せば思い返すほど、別れ難いこの感情が沸き上がる。
……あなたが行ってしまうのは寂しい。
今頃、みんなそれぞれに暖かい居場所で親しい人と過ごしながら、
あなたのことをいい思い出にしているのかもしれないけど、
俺だけはあなたを特別に思う。
「行かないで下さい」
顔を上げられない俺に、無茶を言うな、とはあの人は言わなかった。
黙ったまま俺の肩をぽんぽんと叩いて……その手が背にまわる。抱き寄せられる。
最後なのに。暖かい。
この人は明日にはもういなくなり、
俺も新しい仕事に追われて、この人のことを思い出しもしなくなるかもしれないのに。
さようなら。ありがとう。浄暗の闇の中、やがて俺達はすれ違い、永遠に別れる。


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