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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1萌える腐女子さん:2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

551萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:10
お前には分からない。僕には分からない。今は少しも、天野の気持ちが分からない。
人間になりたいなんて、分かるわけない。天野は、なにが言いたかったんだろう。陸の上での天野は

喋るのが苦手で、言葉が少ない。
陸の上だと、こんなに天野のことが分からない。水の中なら、水の中でなら……分かるんだろうか。
「おーい、もう部活終わりだぞー」
「あ、え、はい」
顧問の先生の声がした。プールサイドでちょっと呆けていたみたいだ。
「……あの、先生、天野」
「ああ、朝聞いたよ。退部したいってなぁ」
「はぁ。その」
「凄い才能あるのになぁ。でも本人がもう辞める決意してたみたいだし。先生じゃ止められなかったよ」
はっはっは、なんて笑う先生。はっはっはじゃない。
「天野、なんて言ってました。退部理由」
「え? お前にも言ってないの? うーん、実は、よくわかんなかった」
え?
「ちょっと教師失格だけど。なんか言ってたんだけどね、ただ、もう辞めますってだけは分かったんだ」
もしかして、先生にも人間になりたいなんて言ったんじゃないだろうな……。
「あ、ありがとうございました。あと、もうちょっとだけここにいてもいいですか?」
「えぇ? まぁ、僕もしばらく残ってるからいいけど……なにするの?」
「ちょっと、考え事です」
家よりも、こっちのほうが考えがまとまりやすいから。


プールサイドに腰掛けながら、僕は水面を見ていた。夕焼けが反射して眩しい。
なんで僕には分からないんだろう。今まで一番天野を分かっていたのは僕だったのに。
いや、そんなことはないか。僕が天野と繋がっていたのは水の中だけ。陸の上では、そんなにたくさん

喋ったことがなかった気がする。喋っても、僕が話しかけて、天野が相槌を打つくらいで。
「あれ……」
ふと、気付いた。天野は、喋ってただろうか。僕以外と、家族以外と。
段々、鼓動が早くなる。天野は、天野は、
天野は、僕以外とまともに喋れてない。
「………」
誰もいないプールを、記憶の中の天野が泳いでいく。まるで魚のように。水の中の生き物みたいに。
そうか。そうだったんだ。人間になりたいって、そういうことだったんだ。
人間の祖先がそうだったように、天野は水から上がって、魚から人間になりたかったんだ。
魚じゃ、陸の上で上手に生きられないから。陸の上で上手く喋れないから。
「……馬鹿」
天野の馬鹿。僕の大馬鹿。

552萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:56
「天野、今からすぐそこの公園に来い」
深夜。僕にしては珍しく、高圧的な命令口調で電話した。案の定、天野は少しビクッとしたようだが、嫌

とは言わずに、ちょっと待て的なことを言った。
苛苛していた。天野がこんなことで悩んでたことと、そのことに気付かずにいた自分に。本当に、馬鹿

みたいとしか言いようのない自分。
なんて、自嘲してると、天野が来た。公園の入り口できょろきょろしている。
「こっちこっち」
「……なに?」
あからさまに、僕と目線を合わせようとしない。昨日僕に言った言葉を後悔しているんだろうか。
「っ?!」
「こっち見ろ。今から大事な話するから」
無理矢理頭を抑えて僕と目が合うようにする。天野は苦しそうで、泣きそうな顔をした。
「よく聞けよ。僕はある男の子のことが好きで好きでしかたないんだ」
「………え」
「そいつは小さい頃から泳ぎが凄く上手くて、僕はそいつに憧れてた。一緒に遊びたくて水泳始めた」
「………うん」
「でもそいつすっごい口下手っていうか、喋るの苦手でさ。陸の上じゃ、まともに話したことなかったんだ

。でも、水の中では違った。泳いでると、言葉なんか使わないでも通じ合ってるって思えた」
「………俺も、そう」
「うん。だけどさ、そいつに昨日、人間になりたいって言われて、お前には分からない、とまで言われて

さ」
「………」
「そんでそいつ、今日僕のことほとんど無視してさ」
「う、あ」
天野は、ぎゅっと目を瞑ってしまった。
「あのさぁ、天野。僕が人間にしてやるよ」
「え?」
「天野のことは僕が一番分かってるんだから。人とどう喋ったらいいのか、どうコミュニケーションとった

らいいのか、全部僕が教えてやるよ。天野が嫌じゃなければ」
「い、嫌じゃない! けど……お前は」
「いいんだよ。僕は天野が好きだから」
「あ、あ、俺も、いっくんのこと、好きだ」
「うん。よろしく、あっくん」
いつのまにか手を握り合って、昔のあだ名で呼び合って、凄く幸せだった。


水の中は、凄く心地がいいけれど。
僕らは人間にならなくちゃ。
水を出て、大人にならなくちゃ。




55312.5-479「強敵と書いて〜」:2008/03/19(水) 00:17:42
「はーっはっはっはっ、また俺勝っちゃったじゃん?ごめんねー俺強くって」

うぜえ、こいつすげえうぜえ。
初めて見たときは強くて綺麗な奴だと思っていただけに
このギャップにへこたれそうだ。
ちくしょう、何で一緒の学校になっちまったんだお前。
お前と部活一緒じゃなけりゃ、俺にとってはただの強くて見た目のいいやつってだけだったのに。
口は災いの元とはよく言ったもんじゃねーか。

「次はお前だろ?かかってこいよ。今日は絶対に俺が負かしちゃうけどねー?」

ケツを叩いて挑発って子供かお前は。
つか何で俺にばっかりうざさ三割り増しなんだ。
弁当のおかずの大きさが自分が大きいっていっちゃ自慢して、
身長が0.3センチ高いっていっちゃ自慢して、
俺よりも多く連勝したっていっちゃ自慢して
俺に何か恨みがあるのかお前。
しかもお前、勝負では俺に一度も勝ったことねーだろ。
うっぜえすげえうぜえ。

「…また俺が負かすにきまってんだろ。バーカ」

なのに、しかとできない俺。何故だ。

55412.5:609 死亡フラグをへし折る受け:2008/04/06(日) 16:58:17
「本当に行くのか」
「うん」

信孝は写真家だ。戦争の現状を撮りたいと言い、
今まさに紛争の只中にある某国へ旅立とうとしている。
…あの国で外国人が何人も拉致されたり殺されたのをまさか忘れたか?
全部自己責任だぞ自己責任。わかってんのかこのバカ。

「なぁ、悠」
「なに」
「一年以内には帰ってくるから…。そしたらさ、その、お前に話が…」
「…わかった。一年だろうが十年だろうが待っててやるから、
 五体満足で帰って来いよ」

そんなに顔赤くしながら「話がある」なんて、バカじゃねーのかこのバカ、俺より10も年上のくせに。
全部つつぬけだっつうの。しかしバカに惚れた俺も相当バカだ。

「じゃあ、行ってくる」
「…ん」

気をつけてなとか、しっかりやれよとか、言いたい事は色々あったのに
なぜか言葉にならなかった。
俺がまごついている間にあいつは笑顔で手を振り、
バックパックを背負って遠ざかって行ってしまった。

俺はその背が見えなくなるのを確認すると、ポケットから携帯電話を取り出す。

「もしもし?ああ、そう、今発ったから。交通手段は前伝えた通りな。
 現地ではくれぐれも姿を見せるなよ。緊急の場合のみ許す」




そして一年後。

「悠!ただいま!」

そう言って嬉しそうに手を振る信孝は、一年前に比べて随分日焼けしていて
ヒゲも伸び放題で、体つきも心なしかたくましくなった気がする。
見た目は小汚い感じなのに、なぜだか格好いい。

そして俺は予定通りに信孝の告白を受け、めでたく恋人同士となった。

「それにしても、不思議なんだよなぁ」
「なにが?」
「向こうでさ、実は結構ピンチになった事が何回かあったんだよ。
 でもその度に運よく逃れられて…。
 強盗のグループに襲われそうになった時は、たまたま通りかかった遠征軍が助けてくれたし
 いつの間にかパスポートをスられてた時も、次の朝手元に戻ってきたり
 撮影に夢中になりすぎて山の中で遭難しそうになった時も、
 同じ日本から来たっていうジャーナリストにバッタリ会って、ふもとまで案内してくれたんだ」
「へぇ、すごいじゃん」
「俺もう一生分の運使い果たしたんじゃないかな〜」

そうかもね、あはは〜などと笑いながら俺は
心の中で自社のSPと追加で雇い入れた傭兵達に向かってグッと親指を立てた。

俺が某財閥会長の孫である事は秘密にしている。
信孝は俺の事をごく普通の大学生としか思っていないだろうし、
実際そう見えるような生活しかしていない。
じーちゃんは俺の事を可愛がりすぎ過保護すぎで正直うっとうしい時もあるけど
今回ほどじーちゃんの孫に生まれて良かったと思った事はなかった。

さて次は、どうやってじーちゃんに信孝の事を認めさせるかだな。
まともに恋人ですって紹介しても、じーちゃんが脳卒中で倒れるか信孝が殺されるかだ。
まずは周りの役員から味方に引き入れよう。うん。

55512.5:629青より赤が似合う:2008/04/09(水) 00:38:19
せっかく書いたのに規制にかかって書き書き込めない。。
あんまり悲しいのでこちらに失礼。


放課後。
「ねえ」
あきれた君の声。
「いつまでかじりついてんの」
これ見よがしの溜息さえ、夕暮れに似てこの胸を鮮やかに染める。
目印を残して僕は厚い本を閉じた。朱に透ける瞳はまるで、何かの監視員気取り?
「信じらんない。もう間に合わない」
「そんなに見たいドラマなら、どうしてさっさと帰らないんだ。机にかじりつこうが図書室に根を生やそうが、とにかく俺の勝手だ」
「ちょっと! どこ行くんだよ!」
よく喋るから無駄が多い。身振りが大仰だから行動が鈍い。鞄を掴んだ君はやっと、僕が廊下を抜ける途中で追いつく。ほら、加減なく後ろ手を掴む。
「待てよ!」
「おまえこそ『どこ行くんだよ』?」
「どこ、って……」
いつも明るいから沈黙が深い。さっき綺麗だと思った夕焼け色の瞳がさっと伏して、けれど弾かれたようにまた僕を見上げた。長いまつげ。
「おまえが教えてくれないから俺は、どこにも行けないんじゃないか」
僕を睨む。鬱陶しい前髪をかきあげながら……かきむしりながら、君は、君が。
「あのときあいつ、何か言った。最後の言葉なんだ。俺に言ったに違いないんだ」
君が僕を。
「それ、やめてくれないか」
「え」
「ほらまた。そうやって髪をかきあげる」
「え、なに……」
「おまえ以前はそういう癖、なかっただろう」
いつか僕は唐突に気づいた。奴の仕草が君にうつった。奴の気さくな性格を心に宿して、君はそれを恋と知った。
再放送のドラマ。苦手なブラックコーヒー。似合いもしないブランドの鞄。なぜあの日一緒に燃えなかった。バイクもトラックも燃えた。アスファルトは黒くただれた。
駆け寄った僕に、奴は何事かを語った。声にはとうとうならなかった。あの唇は何と動いたろうか。口唇術? まさか。まさか。僕に読めるわけが無い。
「髪? そんなのいま関係ない……、おい、触るなよ」
「赤」
「ちょ、み、耳! 触んなってっ……え?」
「赤がいいって」
夜によく映える、深い青が美しい、自慢のバイクは炎に消えた。
「赤いピアスのほうが似合うのにって、言ったんだよ」

556萌える腐女子さん:2008/04/09(水) 01:06:16
あああああ555です。携帯から本スレ投下できました。
重複大変大変申し訳ない。すいません!

55712.5:719 青春真っ只中:2008/04/22(火) 15:51:43
青春18きっぷって年齢制限無いのは有名だけど、乗車期間限定なの知ってた?

新宿から山形まで8時間かかるなんて事聞いてない。しかも全部各駅停車と来たもんだ。
反対側の座席の窓からは、梅雨真っ只中のどんよりした暗い空しか見えない。今どの辺だろう。

今年の夏切符は7月から使えるんだけど、さくらんぼ食べれるの10日くらいまでなんだよね。

さくらんぼと聞くとドキッとする俺は変なんだろうか。
一年でこの時期しか味わえない果実。とろけるほど甘くて酸っぱくて、すぐに傷ついて膿んで腐って。
茎を結べるとキスが上手。2個くっついて描かれる。どう考えてもレモンより青春ぽくて恥ずかしい。
よりによってそんな物、今じゃないと駄目だから一緒に腹いっぱい食おうぜなんて熱心に誘うなんてさ。
冬は毛蟹となまこ、あと明石焼きを食べにいったんだ。うまかったよ〜と思い出しよだれを垂らさんばかりに
笑う彼を見たら、なんだか断れなくなっていたんだ。
貧乏旅行と贅沢品食べ歩きのミスマッチな組み合わせに興味がわいたって事にして、OKした。
2人ならお土産一杯もてるしなんて言い訳もくっつけて。

次は北仙台〜北仙台〜

急停車の衝撃に、緩んだ手のひらから滑り落ちた傘を直してやる。
ガラスにぶつけるように預けたぼさぼさ頭から起きる様子のない安らかな寝息が続く。
そういや、さくらんぼと飯食った後の予定聞いてないや。こんな雨じゃ野宿は無理だよな・・・・・・。
取りすぎたさくらんぼをどうやって持って帰ろう?なんていう出かける前にした心配より
未成年二人連れを泊めてくれる場所があるかどうかの方が俺には気になった。

558萌える腐女子さん:2008/04/22(火) 15:52:54
720さんがいらっしゃったのでこちらへ。
sage忘れましたごめんなさい!

55912.5:909 アリーナ:2008/05/22(木) 20:41:57
ここはコンサート会場前で、手元にはチケットが二枚ある。
昨日、付き合ってくださいの言葉と共に渡されたものだ。
二枚とも渡したことで奴の馬鹿さ加減はわかろうというものだが。
あと30分で開場だ。誘った当人はまだ来ない。
もしかしたら来ないのかもしれない。
告白された瞬間、俺は思わず「アリーナじゃないとヤダ」と答えてしまった。
素直に頷いておけば良かった。頷ける性格だったら良かった。
きっと来ないんだろう。
一歩を踏み出せない俺に、お前から手を差し出してくれたのに、それを突っぱねたんだ。
来るはずがない。絶対に来ない。
俯いていたら涙が零れそうで、空を見上げる。

……何か、見た。

妙なものが、上を向く際に視界を掠めていった。
徐々に視線を下げていく。
その妙な物体は明らかに近付いていた!ってか、来るな!


「ア○ーナ姫とーじょー!どう?どう?似合う?」

手作りらしきお面を被り、某RPGのキャラのコスプレをした物体は、奴の声でそう言った。
俺は無言のまま顔面に拳を叩き込んだ。
潰れたお面を引っぺがして、奴の手を引いて会場に向かう。
口を開いたら号泣してしまいそうだった。
幾らなんでもこれはないだろう?普通ならこんな間違いありえない。
そう思うのに、嬉しかった。
きっと奴には一生敵わない。

56012.5:969:2008/05/30(金) 04:05:21
「頼むから乗って」

バイト帰り見覚えのある黒いワンボックスが止まると同時に窓が開いた。
びっくりしたじゃないか。
必死な形相で言ってくるモンだから助手席側に回ってドアを開けるとあからさまにほっとした顔になる。
ムカつく。
何も言わずにシートベルトを締めると車は走り出した。

「…車に俺を乗せて逃げ場無くす作戦か?」
「…ごめん、でも、乗ってくれるなんて思わなかった」
だってお前必死な顔してたもん。

駅前のCD屋の洋楽コーナーでよく見かけるスーツの男 という印象が変わったのは1年前
少女漫画みたいに一枚のCDを同時に取ろうとして手が触れ合った。
お互いびっくりしたけどスーツの男が「この店良くいらっしゃってますね、洋楽好きなんですか?」
なんて言ってくるから「好きですよ」なんて返しちゃって。
その後意気投合して俺たちは友達になった。
相手が三個上だと知ったのは半年前。
俺のことが好きだと告白されたのは一週間前。
返事しない俺に業を煮やしたのか無理やり押し倒されたのは四日前。

「無理やり、あんなこと…してすまなかったと思ってる」
「俺の方向くな、前向け、信号変わってんぞ」
俺の指摘に慌てて前を向く、傍から見りゃエリートサラリーマン風なのにどっかしら抜けてるんだ。
「許して欲しいなんて思ってないよ」
「じゃあ許さなくていいのかよ」
「いや!許して欲しいけど…」
「どっちだよ」
「ごめん」

勝手知ったると車のサイドボードにあるCDケースを引っつかんで何枚か見てみる。
…少女漫画再びか。
あの時手が触れ合ったCDで目が留まってしまったのである。

これも運命?

CDをかけると
「許して欲しけりゃ今夜一晩ずっと首都高ドライブだ。このCD延々リピートでな」
言ってやると

「あ、あぁ…わかった」

なんて訳分かってない顔と嬉しそうな顔をしやがった。
一晩中運転だぞ?マゾかお前は。

56113:19 春雷と桜:2008/06/05(木) 10:10:47
激しい音を立てて降る雨と時折混ざる雷の音を褥の上で聞いていた。
近頃暖かい日が続き小康を保っていたというのに、この急な冷え込みは体調の悪化を予想させた。
「なあ、障子を開けろよ。縁側で桜を眺めたいんだ」
十五畳程の座敷の片隅に鎮座している大男に命じるも反応がない。
「聞こえないのかでくのぼう。障子を開けろ。おまえは花を愛でる心も知らんのか」
「…いけません。お体に障ります」
数度罵って初めて、男はごろごろと妙に人を不安にさせるような響きの声を出した。
自分の声の醜さを自覚して極力声を出すまいとする様は謙虚だと評価できなくもないが、
父からこの男をあてがわれて六年も経つ今となっては、最早瑣末なことであった。
「そんなことは分かっている。無理なら、ここから眺めるだけでも構わない。いいだろう?」
男の表情は揺らがない。
「寂しいじゃないか。あれだけ咲き誇っていた桜が一夜にして枝葉となってしまうのは。
 せめて散る様を惜しみたい。」
言葉を重ねると、男は観念して溜息を一つ吐いた。
「お待ちください。上掛けを持って参ります」
「いらん。おまえが上掛けの代わりになればいい」
もう抗弁する気もないのだろう。
大人しく障子を開け放ち、半分起こしていた無体な主人の体を後ろから包み込む。
するりとその懐に身を寄せると、男は念を入れてその上から更に掛け布団を羽織った。
二人羽織のような不恰好さに思わずくすくすと笑みが溢れる。
「ああ、やっぱり」
外では雨粒が容赦無く桜の木をそぎ落とし、稲光で照らされる地面は白い花びらで汚れていた。
男の腕の中で桜の木がその衣を剥がされていく様子を見ていると、
雷鳴の中、ひゃあひゃあと明るい声がかすかに聞こえるのに気が付いた。
おそらく本邸の方で六つになる頃の弟が女中達と騒いでいるのだろう。
その騒ぎの中には、きっと父もいるはずだ。
「…もういい。閉めてこい」
そう言って男の顔へと視線を向ければ、真剣にこちらを見てくる黒い双眸とかち合った。
「私にも、花をいとおしむ心はあります」
体から離れる間際男が残したその謎の言葉は、妙な響きをもって心を震えさせた。

56213-89 女形スーツアクター:2008/06/19(木) 22:49:12
「ぷはっ…」
「お疲れ様です、筒井さん!」
今日の収録が終わってようやく『着ぐるみ』から出た僕たちは、互いの
汗だくの体を見て、今日も大変でしたねえ、と笑い合う。
僕たちはスーツアクターだ。よくあるレンジャーもので、僕は主人公、
筒井さんは敵の女幹部。ちなみに僕も筒井さんも男性である。
筒井さんの役は、チョイ役とまで行かないものの出番が少なく、
僕の役と絡むことも少ない。けれど今日は、スタッフのいわゆるテコ入れで
試験的に主人公と敵幹部のエピソードを入れるということになり、
僕と筒井さんは一緒に撮影をしたのだった。
話の流れで、その夜、僕は筒井さんと一緒に飲みに行くことになった。
「あの…本当に奢ってもらっちゃって…」
「いーんだって。芹沢くんはいつも大変でしょ。たまには飲みなよ」
確かに、昼間の撮影のせいで体中はボロボロ、一杯煽りたい気分だった。
けれど年上でキャリアも上な筒井さんに奢って貰うわけにも―。
「うらっ、飲め飲めぇ」
僕が迷っていると筒井さんは無理矢理ビールを飲ませ、笑った。
「しっかし筒井さんって、細いですよねえ」
ひと段落した後、僕は筒井さんの体をジロジロ見ながら呟く。
筒井さんはちょっと浮かない顔で、よく言われるよ、と言った。
ひょっとして気にしているんだろうか、自分の体のこと。
「ごっごめんなさい、僕」
「いいよいいよ。俺だって好きでこの仕事をやってるわけだしね」
そう言いながら日本酒を煽る筒井さんは、何だか色っぽい。不覚ながらどきりとしてしまった。
「しかしさあ、あのシーンで思ったんだけど」
「え、あ、はい?」
「芹沢くん、力持ちだよねー…って、この仕事だから当たり前かあ、あはは」
茶化すように笑う筒井さんは、やっぱり色っぽい。女形スーツアクターだからか、
仕草がいちいち女っぽいっていうか…。僕にそういうケは全くないはずなんだけどなあ。
「でもそれにしても、この仕事にしては細い腕なのに、と思ってさ」
そう言って筒井さんは、シャツに包まれた僕の二の腕を触る。女みたいな手つきで。
「僕だって力はあるほうだけどさー、あっそうだ、芹沢くん、腕相撲しようよ腕相撲」
「あ、は、はい…」
「この仕事長いとは言えないけど、君よりはキャリアあるんだ。意地見せなきゃなー」
ぎゅ、と手を握らされて、僕は思い出していた。今日撮影したシーンのこと。
敵の女幹部―つまり筒井さんがピンチになって、そこを偶然(随分なご都合主義だ)通りかかった
主人公がなぜかお姫様抱っこで女幹部を助ける、というものだった。
筒井さんを抱きかかえた時の、ふんわりとした感触、男性とは思えない体つき―
薄い胸板に、細い腰、やわらかな尻肉。こんなことを思い出してしまう僕って変態なんだろうか?
「うーん…う…」
腕に力を込めて呻く声が、どこかいやらしい。そう考えてしまう僕って変態だと思う。
「ふ…っ」
ひっくり返りそうな声を聞いて、力なんて入らなかった。僕の腕は、テーブルに力なく倒れる。
「やったねー。俺だって女形ばっかりじゃないんだ、力には自信があるんだよ、要はキャリア…」
言いかけて筒井さんは、俺の熱烈な視線に気付いたようだった。どうした、という視線を僕に向ける。
「あの…筒井さん、そのキャリアを見込んでお願いがあるんですけど」
「おおっ、何?」
「僕、いまいちアクションの演技に自信がなくて。それでよかったら―」
意志とは無関係に、口が動いて、喉が勝手に言葉を搾り出した。止まる気がしない。
「僕の家に来て、演技指導、してくれませんか」
僕は無意識の内に、不敵な笑みを筒井さんに向けていた。俳優でもないのに。
断るかと思った筒井さんは、酒に飲まれて真っ赤になった顔で、いいよ、と言った。
「えっ…いいんですか!?」
「俺は厳しいよー、筒井くん」
べろんべろんになりながらも表情だけは真面目さを保とうとする筒井さんに噴出しそうになりながら僕は、
お手柔らかに、と言った。

56313:369 通り雨 通る頃には 通り過ぎ:2008/08/21(木) 00:34:23
 掌を握っているとしっとりと湿った体温が伝わる。
外は相変わらずざあざあざあと雨が降り注いでいて俺達は此処半時間シャッターのしまったぼろい店の
看板のテントの下で難を逃れている。唯の友人同士だと、もしこの夕立の中側を通る人があれば思った
かもしれない。しかし隣同士で立ち尽くしたまま、二人しっかりと手をとりあっている。胸に充満する
雨の匂いに満たされた学校の帰り。着込んだ制服は雨を含んで肌に張り付く。恋人同士のような格好で
、俺達はいる。
 しかし握る力は俺のほうが甚大なのだ。
 俺はお前が好きだった。だけどお前は俺のこと何かどうでもいい。
 多分雨が降り終わる頃にはこの掌は俺のものではない。降り終ったねと笑うお前は俺の側を軽々と通
り過ぎて世界に紛れてしまうだろう。そう言う約束だった。お互いの世界だけで関係を完結させて、決

して他には漏らさないと、仔犬みたいな笑顔で約束をせがんだお前を俺は許容した。(せんせいにもと
もだちにもおかあさんにもおかあさんにも)だけど許容さえすればお前が手に入るんだから、俺に逃れ
る術はなかった。(そしたらぼくもすきになったげる)そうやって始まった俺の恋。
 雨を機に人通りの少ない商店街の、テントの下にお前を連れこんだのは俺だ。そしてその内にお前の
掌をぎゅっと浚うように握ったのも。お前が全てに抵抗しなかった。ただただ天使のようないつもの柔
らかい微笑で、にこにこと俺の行動を見つめていた。児戯に微笑む大人のように。所詮何をしたって俺
の行動なんてお前の思考には登らないのか。何故隠したいのかと戯れを装って尋ねた時だって、その笑
顔で笑うだけ。俺の声になんて答える意味がないとでも言うように。

 これは同等が与えられないと知っている恋。それでもお前が欲しいから、俺はその苦難を甘受する。だけど、だけど。それはいつ崩れぬと知らぬ砂礫の上に立つかのように辛く苦しいことだと、お前は知
っているか。

 お前は酷い奴だ。俺の確かな恋情を、劣情を知りながらそれを同等のもので受け入れるなど思いもせ
ず、俺を玩具のように弄びながら遊んでいる。飽きたら捨てるのか。お前は全ての始まりと同じように
、なんとも無い様にあっさりと俺に終わりを言い渡すような気がして俺は心底恐ろしくて怖くてたまら
ない。

 そうやって俺の側を通り過ぎる。

 ざあざあ。ああ、地面を叩く音が徐々に静まる。雨が弱くなっていく。通り雨のせいで人通りが消え
た街中に人の声が聞こえ始めてきたらこの体温は俺のものではなくなる。人に触れては壊される俺達の
関係は。それが普遍的な物になりつつある事を思えば俺の心臓は簡単に破裂しそうなほど締め付けられ
た。握った掌を強く握りしめる。雑踏で母親においてかれそうになる子供みたいに。だけどその手は握
り返されない。俺とは違う、いつまでも俺となじまない体温で、俺はお前を繋いでいる。違う。
 繋いでいると、思い込もうとしている。
 おもいこもうと。
 誰にも囲えない奔放なお前を、誰に助けてもらう事も知られることも無くこの頼りない腕で捕まえて
しまわなければならない。その不安。その苦悩。お前は何も知らないよとにこにこと外ばかりを眺めて
ばかり。隣にいる存在の不在を嘆くのは俺だけなのだと今更ながらに思い知る。全ては俺の無様なのか
。だけどお前しか欲しくない。欲しくないのに。

 ああ。

 白皙の、美しい子供のようなお前。ふと首を傾げて俺を見た。その笑顔が愛しくてならなくて、だけ
ど俺を踏みつけていくのはいつだってこれなのだ。
「どうしたの、芳樹、泣きそうだよ」  
 な、此処で雨の代わりに尽きぬ涙をお前に捧げたら何処にも行かないでくれるのか。

 ざあざあざあ。通り雨が過ぎていく。俺の叫びを置いていく。ざあ、ざああ。

56413:793 異国人同士、まったく言葉が通じない二人:2008/10/19(日) 02:56:33
間近で見た瞳が、凝縮された空のようだと思ったのだ。
この手に触れた髪が、光そのもののようだと思ったのだ。
ああ何故僕は真面目に勉強しなかったのだろう。こんなにも後悔することになるなんて。
貴方の言っていることが分からない、こんなにも貴方を愛しているのに言葉を通わすことができない。
絡めた指が、擦れ合う鼻先が酷く熱い。
僕の目じりにじわりと滲んだ涙を涙を見てか、絡んでいた手を離して、彼は僕の頬を包むように触れた。

彼がその時、眼鏡越しの僕の目を見て、ガラスの向こうに見える夜空のようだと言った事がわかるのは、まだ先のこと。

56513-819 自称親分×無理やり子分:2008/10/25(土) 12:30:21
「おい、行くぞ」
「またですか」
 僕はため息をついた。金曜日、午後五時四十五分。
 手元の書類は、まあ週明けの朝イチで処理しても間に合うもの、ではあるの
だが。
「面子がたりねんだよ」
「やですよ。先輩ひとりで行ってくださいよ。そもそも先輩の友だちじゃない
ですか」
 マージャンならともかく、ポーカーに厳密な面子なんてあるものか。
「いいから、ごちゃごちゃいうなって。親分の言うことにさからうなよ」
「誰が親分ですか」
「え? オレオレ」
 先輩は自分の鼻先にちょんと人差し指をつけたあと、その指で僕の鼻先に触
れた。
「子分」
「勝手に決めないでくださいよ」
「そー言うなって。新人研修のとき、面倒見てやったろ?」
 この部署に配属されて最初に仕事を覚えるとき、この人が僕の「教育係」に
なった。3年先輩だから、まだまだひよっこの彼にも、後輩を教えることで業
務について自己研鑽を深めてほしい、という狙いがあったと思う。だいたい、
この人と来たら、業務に関する知識は僕より下で、何度か実地の作業中にやば
いことをしでかしそうになったのをあわてて止める羽目になったくらいなのだ。
 以来、腐れ縁である。
 彼は自らを親分と称し、嫌がる僕を無理やり子分と呼んでいる。
「こないだお前連れてったときさ、バカ勝ちしたろ。験がいいんだよ。勝った
らラーメンの一杯もおごってやるからさ」
「勝ったら、って。僕のほうが勝ったらどうすんですか」
「お前がおごる」
「なっさけないなあ。それでも自称親分ですか?」
 僕は手元の書類をそろえてフォルダに収め、デスクの引き出しに鍵をかけた。

56613-819 自称親分×無理やり子分(2/2):2008/10/25(土) 12:35:07
 この人はけしてバカじゃない。むしろ、むちゃくちゃ切れるほうだろう。た
だ、興味の焦点が今の仕事にはクリアに合っていないだけなのだ。大学時代に
つるんでいたというお友だちだって結構な人間ばかりで、切れのいいジョーク
を飛ばしあいながらワイン片手にポーカーを楽しむ姿は、はたから見れば成功
した男たちの集団といった趣だろう。常識的なレートやチップの上限といい、
白熱しても二時間で切り上げる、掛け金はその場の飲食代に充てて後に引かせ
ない、というローカルルールといい、紳士的な集まりだと思う。場のジョーク
に若干下ネタが多いのはご愛嬌だ。
 なのに、この人単独で話していると、とんでもない場末の賭場でなけなしの
給料をかけて目の色を変えたオヤジどもが冷や汗をたらしているような、饐え
て煮詰まった空気の場のイメージになってしまうのはなぜなんだろう。
「何も、僕をつれてかなくてもいいじゃないですか」
「いーや。つれてく。俺が決めたんだよ。二時間で終わるからさ、そのあと
ラーメン食って、うちでサシ呑み」
「……そこまで決まってるんですか」
「ったりめえよ。あ、サシ呑みの分はおごってやっから心配すんな」
「いいですよ無理しなくて。先輩の給料想像つきますから」
 家呑みをおごったくらいでいばられたんじゃたまらない。
 僕は立ち上がり、ジャケットに袖を通した。
「連れてってください、どこへでも。こう横で騒がれたんじゃ仕事になりゃし
ない」
「ひゃっほう! 行くぞ行くぞ! あ、お前これ持て」
 よれた紙袋を押し付けられた。とっさに受け取ると、ずしっと重い。中を見
ると、トランプの箱やチップのケースが押し込まれていた。今日の道具か。
 足取りもかるくエレベーターホールに向かう背広をにらんだ。
 ……まさか、荷物持ちがほしかっただけじゃないだろうな。
 大学時代の友だちも、だんだんオトナの紳士になり始めて、学生のノリでバ
カやってる自分がなんとはなし寂しくて僕を引っ張り込もうって算段なのかと
想像して、ちょっとだけ同情したのは深読みのしすぎだったんだろうか。
「おい、早く来いよ! エレベーター来てんぞ!」
「行きますよ、大声出さないでくださいよ」
 僕はため息をついて小走りで追いつき、彼の横に並んだ。

56713-909 活動家攻め政治家受け:2008/11/01(土) 21:23:14
「選挙は来年に先延ばしになるらしいね」
「そうらしいですね」
目の前にいるのは、去年選挙で俺に負けた立候補者だ。野党からの公認を蹴って無所属で出馬した。馬鹿だよな。そんなんで俺に勝てるわけないだろう。選挙なんて落ちればただの人。今は政治活動家として活動しているらしい。NPO団体の何かをしているとか聞いたかな。
もともとこいつに白羽の矢がたてられたのも、こいつの身内に犯罪被害者がいて、その支援活動をしていたからだ。身近で苦しんでいる人の為に出来ることをしていたら、知名度があがり対立候補として担ぎ出された。よくある話だ。
俺の場合は、長年議員をやっていた親父が脳卒中で急逝し、準備期間もないまま弔い合戦に担ぎ出された。これもよくある話だ。昔から世話になっている支援団体のおっさん達に泣きつかれてどうにもならなかった。親父の地盤は強固で、とにかく俺が出れば勝つと言われていた。実際に勝った。
理不尽だけど、選挙ってのは勝てば官軍。そんな訳で俺は若くして政治家になっている。

訳もわからず政治の場に席を置いて、目の前の事をこなすのが精一杯だ。やりたいと思うことも自分に何が出来るのかも、薄ぼんやりとしか見えてこない。
本当は、こいつが受かった所を見てみたいとは思う。どんな政治家になるのかを見てみたい。けれど、俺と同じ選挙区から出るのをやめない以上は、俺の当選はゆるがない。それだけの磐石な基盤を親父は築いて、多くの人の支援と期待を俺は引き継いでいるからだ。
答えはわかっているけれど俺はこいつに聞いてみた。
「他の選挙区から出ていただけないですか?先輩」
「うん。それは無理だ」
ずっと好きだった。こいつは俺の高校時代の先輩だ。だからどんなに政治家に向いているかも俺は知っている。ただ人に奉仕するのが好きなだけ。自分の利益なんかどうでもいい人だから。
本当はこんなことで争いたくなかった。でも、絶対に俺は負けるわけにはいかない。
ロミオとジュリエットみたいだと苦笑いしてみる。あんな若造達みたいに馬鹿な心中はしないけど。

56813-929 小説家志望の書生:2008/11/03(月) 01:47:17
「書生さん、今日は月が綺麗ですね」
「坊ちゃん。珍しいですね。酔っていらっしゃるのですか?」
「たまにはいいじゃないですか。すみません。僕が不甲斐ないばっかりに、住むところがなくなってしまった」
「そんな…私はとてもよくしていただきました」
うちは住居の一角に書生を住まわせるくらいの余裕がある資産家だった。だが事業に失敗し多額の借金をかかえた為、明日は家を出て行かなくてはならない。金にかえられるものはすべて金にかえ、それでも足りない分をある貿易商に肩代わりしてもらい、その代わりにその家の娘と結婚し婿に入ることになった。
「荷物はもうまとめたの?」
「私にまとめるような荷物なんてないですよ」
確かに彼には荷物なんてなかった。小説家を希望したのは、紙とペンさえあればはじめられるからだと言っていた。
「君は結局、僕に自分の書いた小説を見せてくれなかったね。それだけが心残りだ」
彼が小説を書いている時に部屋に入ることは度々あったけれど、彼はその度に頑なに僕に見せるのを拒んだ。
「私の小説は、いつもある人への想いを書いています。ただの恋文です」
「恋文」
「例えば、こうして月を見ています。同じ月をそばでその人が見ているだけで、私は胸が何かゆるやかであたたかなものに満たされるような気がするのです。月が美しいと私に教えてくれたのはその人だと思います。美しいものを見るのなら、私はこれからもその人と一緒に見ていたい」
僕は彼がこんなに情熱的な事を考えている人間だなんてまったく知らなかった。
「私は口下手ですからね。文字でしか自分の中の想いを吐き出すことが出来ません。でも、もう書けないかも知れません」
思いもかけない一言だった。
「どうして?実家に帰ったら小説をやめてしまうの?」
「小説ならどこでも書けます。でもその人がいないと私は書けないから。書けてもそれはただの文字の羅列です」
聞いている方が胸に詰まるような告白だった。
「……君に想われている人は、とても幸せな人だと思う」
うらやましいと思った。うらやましすぎて涙が出そうになった。
ふいに、彼が僕の手をとった。そしてうつむいて必死な声で僕に言った。
「私は口下手で。でも、言わないとあなたはもういってしまう。だから…」
彼の手から震えが伝わってくる。
「あなたが好きです。私と一緒にどこか遠くに逃げて下さい」

逃げてどうなるというのだろう。ふたりとも金なんてない。これから先に明るい未来などないだろう。多くの人への裏切りだ。でも、目から涙があふれて止まらなかった。僕が一番今欲しい言葉を言ってくれたと思った。酒ではなく彼の言葉に酔ってしまった。もう他に何もいらないと思った。

569959:2008/11/04(火) 21:37:58
『お客様でございます。
 お取次ぎいたしますか、マスター?』
スピーカーからのノイズが混じる機械的な音声、それが私の声だ。
私の呼びかけに、主人は無言の仕草で答えた。
ひらひらと振る手の平、そしてたまらなく嫌そうな顔。
その客は通すなという意思表示だ。
『先日、マスターがお連れになっていた女性のようですが、よろしいのですか?』
「だからなんだ」
重ねて問うと、ずいぶんといらだった口調が返ってきた。
初めてつれてきた先日の夜には下心たっぷりの笑顔で歓迎していた相手だと言うのに。
まったくこのお方はとっかえひっかえ、二回と同じ相手と夜をすごそうとしない。
本当にこの人は薄情なニンゲンだと思う。
訪ねてきた女性を慇懃無礼に追い返し、主人の元に戻った。
長年愛用しているカップで紅茶を飲む主人。
居心地はいいながらも古い椅子に根を生やしたように座って新聞を読んでいる。
そんな主人の顔を見て、ふと、眼鏡の端にヒビが入っているのに気がついた。
『マスター、眼鏡の右レンズが破損しているようですね』
話しかけると主人はこともなげに答えた。
「ああ、どうも昨夜何かしたらしいな。酔ってたから記憶にないが」
そう言うが、主人は特に気にした風でもない。
『新しいものに取り替えるべきかと。注文いたしますか?』
半ば答えを予想しながらもそう問いかけた。
「いや、いい。まだ使える」
ああ、やはり。
この方はニンゲンに対しては非常に飽きっぽい。
けれど。
『相変わらず、物持ちがいいというか……。本当にそのままでよろしいのですね?』
私が問うと、主人はうるさそうに答えた。

「ああ、まだ使えるだろ。道具は愛するものだ、簡単に捨てるものじゃない」

『かしこまりました、マスター』
おとなしく引き下がりながら、こう思う。
この身が機械でよかった。
私が道具でよかった。
決して叶うことはない想いだけれど、それでもずっと傍に置いてもらえるのだから。

570569です、陳謝。:2008/11/04(火) 21:40:02
すみません、一つ前に投稿したものです。
名前(タイトル?)を入れ忘れました……。
「959 ロボットの恋」でした。すみませんでした。

57113-959 同じく「ロボットの恋」:2008/11/04(火) 21:49:30
もう勝ち目がないと悟った瞬間、奴は自分の最後の砦である戦艦を自爆させた。
ブリッジの奥で奴と相対していた俺は逃げるまもなく爆発に巻き込まれ……
翼や手足の一部をもがれながら、無様に地面へ叩きつけられた。

地上で私の勝利を信じて待っていた主人が駆け寄ってくる。
その足音が、半壊してノイズ交じりのセンサーから聞こえた。

「――…!――、……っ!!」

カバーが外れて露出したカメラのレンズに主人の姿が映る。
その映像にすら砂嵐が混じり、
主人がしきりに口を動かして私を呼んでいるらしいことは分かったが
音声はもう聞き取れなかった。あの少し甲高い声が私を呼んでくれるのが好きだったが。

瞬く間に、主人の目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
少し泣き虫なのは出会った頃から変わっていないんだな。
ああ、もう泣かないでくれ。
私は君の笑顔を守るために戦った。
人の平和のために戦った。
これでもう、世界は平和になる。
だからそんなに涙を流さないでくれ、
私の一抱えもある指にしがみついて泣き叫んでいる、君のその姿だけで
剥き出しになった配線がショートしてしまいそうだ。

「さ。よ……な、――rあ、…だ…―」

さよならだ。
残りわずかな動力を振り絞って発音機構を動かしたが、主人にはちゃんと聞こえただろうか。
唇はちゃんと笑みの形を作れただろうか。

既に私の中のプログラムは、主要な回路や記憶装置が
致命的なダメージを受けてしまったことを感知している。
機械的な修理は可能だろうが、次に目覚める時、私は私ではないだろう。

ロボットに命があるとして、その私の命がここで終わってしまうのなら
せめて君の笑顔をメモリーいっぱいに焼き付けたまま壊れたいと思った。

572誤字修正:2008/11/04(火) 21:52:59
>>571の二行目の一人称は「私」の間違いでした。
確認不足で申し訳ありません。

57313-989 たき火:2008/11/07(金) 00:09:32
「修ちゃん、やっぱりやめようよぉ」
「大丈夫だって。ちゃんと水だって用意してあるし」
子供というのは好奇心旺盛である。かつ悲しいことに正確な状況判断能力がない。それがこの過ちの原因だ。その当時、俺の家の周辺は開発したての新興住宅地でまだ空き地が多かった。同じ地域に住んでいた孝也を巻き込んで俺は、木切れや枯葉を集めて空き地でたき火をしようとしていた。
「おー、燃えた、燃えた。すげー。ほら孝也、見てみろよ」
俺はかなり調子に乗っていた。臆病な孝也に対する優越感もあって、嫌がる孝也の腕をひっぱって火に近づけた。今でもあの白い腕は覚えてる。その直後に孝也はバランスを崩して火に突っ込み、その右腕は熱傷で皮膚がはがれ見るも無残な状態になったからだ。

「修ちゃん?どうしたの?」
今俺たちは大学生になっている。カフェテリアで無言になった俺を不思議そうに孝也が覗き込む。なんでこんなことを思い出したんだろう。ああ、たき火をしたのが今頃だからか。
孝也は暑がりで今くらいの時期まで平気で半袖を着る。初めて孝也の腕を見る奴は一瞬ギョッとするが、すぐになれるらしく気にしないようだ。利き腕でも後遺症は残らなかったので、見た目以外はまったく問題なかった。たぶん一番気にしているのは俺なんだろう。
「修ちゃん、今度の連休どっか旅行に行かない?」
「旅行?おじさんとおばさんは?」
「ハワイに行くんだって。新婚旅行でいけなかった所だから二人で行きたいらしいよ。一人で家にいるのも嫌だし」
「わかった。いいよ」
「良かった。ありがと」
俺がお前の頼みを断らないのを、お前は知っているけどな。

ラブホテルのベッドの上で、俺は孝也を抱く前に孝也の右腕にキスをする。何がきっかけではじまったのかは忘れてしまった。今となっては懺悔の儀式のような気がする。
「ねえ、修ちゃん。俺のこと好き?」
「なんだいきなり」
「好き?」
「好きだよ」
「この傷痕があっても?」
「関係ないだろ」
「じゃあ、この傷痕がなかったら?」
答えにつまった俺を孝也は一体どう思ったんだろう。
孝也はふっと笑って、両腕を俺の肩にからめてきた。
「いじわるだった。ごめんね、修ちゃん。俺も大好き」
そのまま孝也は俺の口をふさぐ。その先の答えは言わなくていいとでもいうように。

57414-49 日本昔話風:2008/11/09(日) 22:43:08
 昔々、あるところの小さな村に、ゴンベエという働き者とクロという名の真っ黒い猫が住んでいました。
ゴンベエは日が昇る頃から畑を耕し、日が沈む頃帰ってきてクロと一緒に眠りました。
ゴンベエはクロが大好きでした。
クロもゴンベエが大好きでした。

 ある朝、ゴンベエが起きると枕元にクロがいませんでした。
ゴンベエはその日から畑仕事もそこそこに、クロを探して歩きましたが、とうとうクロは見つかりませんでした。
 そうして三年ほどたったある日のことです。
ゴンベエが目覚めると、枕元に黒い着物を着た少年がすやすやと寝息を立てています。
ゴンベエは飛び上がるほどビックリしました。
少年は自分のことを猫のクロだと名乗り、
「大好きなゴンベエさんにご恩返しをしたいと思い、お山の仙人様に人間になる術を習いました。
一生懸命働きますからどうかおそばにおいてください。」
と言いました。
ゴンベエはクロが戻ってきたことをたいそう喜び、その日からクロと暮らし始めました。

蜜月蜜月。

57514-69 親の言いなり攻めとそんな攻めに対して何も言わない受け:2008/11/12(水) 20:41:59
クールビューティーが怒っている姿というのは、
個人的にはとてもそそられる。
ただソレが自分のパートナーだとちょっと話は違ってくるけど。

「そ…それでね。オトウサンが正月には家に帰ってこいって
いうから…。コレ、チケット…」

包丁をまな板の上にドスッと刺すような音がした。
対面カウンターキッチンじゃなくて良かった。
今どんな顔をしているのか、想像するだけで恐ろしい。

「い、嫌ならすぐに帰ってこようよ! 顔だけ見せれば満足するって!」

無言で鍋に火をかける後姿。
マンガでよく見る炎のオーラが俺にも見えるようだ。

「勘当覚悟でカミングアウトしたのはわかるけど、理解してくれたんだしさ」

テーブルの上に料理が並べられた。一人分だけ。いいけど。

「孫の顔を見る機会は来ないんだから、せめて息子の顔は
見たいとか言われちゃうとさァ。俺も弱いんだよ」

この会話を始めて、初めてこっちを見てくれた。
でも般若みたいな顔なので、あまり見ないで欲しかった。

「もう何年も帰ってないじゃない? そろそろ良くない?」

ガツガツと食事を口の中にいれ、サッサと食器を流しに持っていき、
スタスタと寝室に入っていった。鍵を閉める音がした。
俺は今日はリビングのソファーか。寒いんだけど。

プルルルと電話が鳴った。ナンバーを見る。今日の喧嘩の原因だ。

『どうだったかな?』
「無理です。俺じゃどうにもなりません」
『頼むよ。君だけが頼りなんだよ』

泣きつかれても困るんですけど。
自分の親でもないのにいいなりになってる俺は
実はかなりえらいんじゃないかと自分で自分を慰めた。

57614-119「タイムリミット」:2008/11/16(日) 00:44:35
駅までチャリで15分。
時計は午後6時48分。
<今日午後7時の新幹線。>
メールが届いたのが、今朝。

無視するつもりだった。
行かないつもりだった。
『忘れてやるよ、お前のことなんて』
心にもない言葉が、ずっと枷だった。
よりによって最後の日に喧嘩した。
理由は忘れた。たぶん些細なこと。
苛立っていた俺は、酷い言葉ばかり吐いた。
苛立っていたわけは、子供のような独占欲。
…離れたくない。
ただ、それだけ。

『忘れてやる』と言ったくせに、ちっとも忘れられなかった。
嘘。あいつの笑顔やふざけた顔が、全然浮かんでこなかった。
最後に見た泣きそうな顔だけが、脳裏に焼き付いたまま離れなかった。
…俺の記憶の中のあいつは、ずっと泣きそうな顔のままかもしれない。

絶対、嫌だ。

遠くで列車到着のアナウンスが鳴る。
階段を一段飛ばしで駆け上がる。
必死で切符のボタンを押す。
改札を抜けて疾走する。
発車ベルが鳴って、
嫌だよ待てよ、
まだ俺は、
まだ、


ぼやけた視界の向こうに、
遠ざかる新幹線が見えた。

…おしまいだ、
まにあわなか、

「おせえよ」

お前待ってたら行っちまったじゃねえか。
息を切らす俺に、こいつは不機嫌そうに、
だけど明るい声で、そう言って、笑った。

57714-119 タイムリミット:2008/11/16(日) 01:06:19
「おい吉井、話は聞いたぞ!何でもっと早く言ってくれなかったんだよ!」
「……は?」
昼休みが始まるや否や、目を輝かせながら僕に寄ってきた坂下の唐突な台詞に、僕は大層間抜けな声を出してしまった。
「そうかそうか、吉井がなあ。うん、あんな奴だけど俺協力するからさ!何でも言ってくれよ!」
「ちょ、ちょっと待って。話が見えない、何のことだよ?」
すると坂下は、またまたー、とぼけるなって!と僕の背中をバシバシ叩いた後、

「お前、俺の妹に惚れてるんだろ?」

実に楽しそうに笑いながらそう言い切るものだから、
「…………へ?」
僕は更に間抜けな声を発しながら、坂下の言葉を脳内リピートしていた。
惚れている?僕が、坂下の妹に?
「待っ…何でそんな話になってるんだよ」
平素を装って尋ねる。坂下の回答は、至極単純な物だった。
「ほら、俺が弁当とか忘れるとさ、あいつよく届けに来るじゃん。そんときお前、ずっとあいつのこと見てるって聞いた」
「………」

否定はしない。だって、それは紛れもなく事実だから。ただ、そこに込められた意味が違うだけで。
「いやー知らなかったなぁ。けどさ、俺が言うのもなんだけど、可愛いぞーあいつ。料理上手いし、あ、でもちょっと――」「…坂下は」

楽しそうに捲し立てる坂下を遮って、僕は尋ねた。
「坂下は、僕と…坂下の妹が、一緒になればいいと思う?」
すると坂下は、やっぱり楽しそうに笑って、
「勿論。だって吉井いい奴だし、うん、吉井なら安心だな」
それを聞いて、僕は確信した。
もう――限界だと。

初めはただのクラスメイト、それから過程を経て、気の置けない親友になった。けれど一緒にいるうちに、いろんな顔を知るうちに、その感情は形を変えてしまった。
伝える気はなかった。けれど、いつまでもぬるま湯のような関係に浸ってはいられないとも分かっていた。
きっと、ここが潮時だ。
彼がそれを望むなら、それで彼が幸せなら、僕は彼の妹を好きになる。
たとえ今は、嫉妬しか感じられないとしても。

僕はゆっくりと息を吸い込み、出来るだけ自然に笑顔を作った。
「ありがとう。協力、お願いするよ」
「ああ、任しとけって!まずはやっぱデートだな、いきなり二人きりはアレだから…」
坂下に相槌を打ちながら、僕は心の中でそっと呟く。

さようなら、親友。
さようなら、僕の大好きだった人。

57814-119 タイムリミット:2008/11/16(日) 01:47:26
俺の命にはタイムリミットがあった。
小さい頃に心臓疾患が見つかって、俺の両親は『成人式を迎えられたら神様に感謝してください』と言われていた。でも奇跡は起きて、とりあえず俺は成人式を迎えられる。
そしてもうひとつタイムリミットがある。これは自分で自分に決めた時間制限。

「はい、じゃあ胸見せて」
聴診器があたる瞬間はいつも体がこわばる。聴診器が冷たいせいもあるけれど、心臓の音がいつもより早くて緊張するからだ。
「今度、成人式だって? 良かったね。ドーム行くの?」
目の前の人のいつもよりしわくちゃの白衣が気になる。また病院で寝たのかな。
「行かないよ。友達と麻雀大会する」
「何、それ。もったいないな。一生に一度だよ?」
髪もボサボサ。でも暇な先生よりいいけどね。
「一生に一度だから、つまらない話を聞くのに時間を使う方がもったいないじゃん」
「この時を一番待ってたのはご両親だよ。親孝行しておきなよ」
「いいんだよ。俺、親不孝だもん」
診察室ではいつもたわいもない話だ。
「後で絶対後悔するよ」
「後悔って? いつ頃すんの?」
「君が子供を持つ頃くらいかな」
「じゃあしないよ」
服を着ながら俺は答えた。俺は親不孝だって言ったでしょ。
「今の医学の進歩はすごいんだぞ。大丈夫だよ」
「そうじゃなくて。医学が進歩しても、俺、女の子を好きになれないもん」
「え?」
絶句するよね。でも、そんな話題ふる方が悪い。
「……そうか。そうだよなあ…。でも……」
「いいよ。無理して答えようとしなくても」

このまま行けば俺は成人式まで生きていられるだろう。
神様がくれた奇跡だ。だから贅沢は言えない。もうひとつ奇跡を下さいなんて。
「俺、成人式を過ぎたら先生に言おうと思ってた事があるんだ」
「今でもいいじゃない。何?」
「今はダメだよ。何の準備もしてないから」
「準備って?」
「発作、起こすかもしれないから」
「脅すなよ」
「脅してないよ。親切心だよ」
この恋心をかかえたままだと、俺の寿命は確実に縮まる。それだと先生も悲しむだろう。悲しんでくれるよね?
だから決めた。
もうすぐこの不毛な恋が終わる。

57914-351 ツンデレになりたい 1/2:2008/12/01(月) 18:26:26
「おまえ彼女と上手くいってんの」
「あ、あの可愛い受付の子ね」
「いや別れたよ。先週振られた」
「おまえが振られるって珍しいな!」
「なんて言われたの?」
「『私、あなたが私を愛してくれる程あなたを愛しているのかわからなくなっちゃって』だって」
「あいつ言いそうだな。それもブリッコしながら」
「大好きだったんだねぇ」
「いやベタベタすんのが好きな女だと思ってたんだよ。そしたら意外と冷静なタイプだった」
「ていうかやっぱギャップが必要なんじゃね? おまえら優しいからさぁ、女には優しいだけじゃだめなんだよ」
「ええ、それって僕も入ってるの?」
「そりゃこの三人の中で一番優しいのはおまえだもん」
「どうせ今付き合ってる奴にもベタボレしてんだろ?」
「うんまあそうなんだけど」
「気をつけろよ、時代は紳士よりツンデレを求めてるからな」

僕は悩んでいた。
男は優しいだけじゃだめで、今は紳士なんか求められていないって言いきかされても、
僕は本当に本当に彼が大好きで、できることならちっちゃな瓶に入れて持ち歩きたいとか、
もういっそ女の子になって彼の奥さんになってもいいとか、
でもその場合は僕の腕の中で声を押し殺して小さく震える姿を見れなくなってしまうから
やっぱりそれはちょっと止めとこうかなぁとか、とにかくそれくらい彼を愛しく思っているんだ。

58014-349 ツンデレになりたい 2/2:2008/12/01(月) 18:27:25
でも普段、彼からのリターンはあまりない。ほとんどない。
キスすれば応えてくれるし、抱けばすがってくれるけど、
それ以外の部分では鬱陶しがられることの方が多い。
僕の大きすぎる愛が原因で彼に愛想をつかされたら、それは本意じゃない。
そこで僕は思った。ツンデレになりたいと。
彼に愛されるためにデレデレは卒業だ。
そうだ、ツンデレになろう。

「ただいま」
(おかえり、今日遅かったね。ずっと待ってたよ。疲れた? 大丈夫?)
「どうした、帰ったぞ」
(ごはん作っておいたよ、君の好きな豚のしょうが焼きだ)
「喉でも痛いのか」
(痛くないよ、僕身体だけは丈夫だから風邪ひかないんだ。
それより君の方が心配だ、今週働き詰めだしちょっと痩せたんじゃないか)
「何か怒ってるのか? 言わないと俺はわからないぞ」
(怒ってなんかない、今すぐおかえりのキスをしたいけど君は嫌がるじゃないか)
「……遅くなったのは悪かった。携帯の充電が切れて連絡できなかったんだ」
(あれ、自分から言ってくれた! 謝罪と理由がセットなんて滅多にあることじゃないのに)
「代わりにこれを買ってきた」
(僕がずっと探してたバルセロナ特集号のサッカー雑誌!)
「うわーん、ありがとう! ありがとう!! びっくりさせてごめんねえ、大好きだよぉ!」
僕はもうたまらなくて、彼に飛びついて頬ずりをして、そのまま何度も何度もキスの雨を降らせた。
彼はなんとも言えない表情をしてたけど、僕の背中に手を回してシャツをきゅっとつかむ仕草は素直で、
とてつもなく可愛らしかった。
こうして僕はツンデレを一瞬で卒業した。
だって、不安になったり傷ついたりしてる彼を見ているのに耐えられなかったから。
そして無愛想な彼が、案外僕のことを気にかけてくれていることに気付いたから。

58114-399 いじめっこ勇者×いじめられっこ魔法使い:2008/12/05(金) 00:38:10
紅蓮の炎が蛇のように地をはしり、轟音とともに爆ぜた。
断末魔の悲鳴をかき消すように、二発三発と容赦なく炎の塊が撃ち込まれる。
闇の眷属であった獣は苦痛に身をよじりながら地に崩れ、一抹の灰に還った。
魔法使いはロッドを掲げたまま、すこしの間無表情に火柱を見つめていたが、
はっと我に返って、すこし離れた場所にいる仲間のもとへ駆け寄った。

「ゆ、勇者さんは!?」
「生きてるわ。気を失ってるだけね」
戦士に抱きかかえられ、勇者はぐったりと目を閉じたまま身じろぎもしない。l 
僧侶が呪文の詠唱をはじめるとじきに出血は止まったが、損傷は大きく、すぐには意識が戻りそうになかった。
「よかった……死んでしまったかと……思い…ました」
魔法使いは、へなへなと勇者の傍らに膝をついた。既に涙目である。
(やっぱり変わった子だわ)
戦士は、勇者にすがりつく優男を、珍獣のようにまじまじと見遣った。

旅は道連れ。年々危険を増す旅路にあっては、得手不得手を補い合う仲間が不可欠だ。
そんなわけで、彼らは五人でパーティを組んで旅をしている。
ある日突然「勇者になる」と言い残して実家を飛び出した漁師の次男坊(現勇者)、
精悍な見た目に反してなぜかおネエ言葉の戦士、
普段は陽気だが、酒がきれると震えが止まらなくなる僧侶。
武闘家に至っては中型犬である。

少々風変わりなこのパーティの中で、魔法使いだけが明らかに浮いていた。
そもそも箱入り息子なのだ。代々、絶大な魔の力をもって王家を支えてきたという、
覚える気も失せるほど長ったらしい名の名門一族に生まれた。
長の嫡子で、生まれながらに抜きん出て魔力が高く、当然、跡取りとして将来を嘱望されていた。
それがどういう気の迷いか勇者に同行すると言い出して、家出同然にパーティに加わってしまったのだ。
黒魔法に長けた者が仲間にいるのは助かる。
おおいに助かるが、マイペースな性格が災いして、魔法使いは連携が大の苦手だった。

そのせいかどうかは不明だが、魔法使いはしょっちゅう勇者にいびられていた。
子供のような他愛のないいじめだが、全く免疫のない魔法使いはその都度多彩な反応を示し、
調子にのった勇者が徐々に行為をエスカレートさせ、武闘家に窘められて一応反省したフリをするのが常だった。
魔法使いからすれば勇者を煙たがって当然なはずだが、なぜあれほど勇者に懐いているのか。
戦士でなくとも、不思議に思うところだろう。
「ねえねえ、アンタ勇者のことどう思ってんの?」
戦士の言葉に、魔法使いはこくりと頷いた。
「照れ屋ですが、根はとてもいい人だと思っています。なんだかんだで面倒見はいいし、
 武闘家さんの仰ることはよく聞くし。……生憎と、僕は嫌われてしまったようですが」
「嫌ってる、っていうんじゃないとは思うけどね。ほら、アンタはさ、元々が努力しなくても人並み以上じゃない?
 血筋とか素質とか、おつむの出来とか。そういうところがこう、鼻につくんじゃないかしら。
 あいつ負けん気強いし、隠れて相当努力するタイプだもの。ムラムラ〜っと、いじめたくなるんだと思うわ」
勇者は庶民の出だ。争いを避けて鄙びた土地に根を張り、代々地道な暮らしを守ってきた人々の末裔である。
あらゆる面で、魔法使いとは対照的といえる。
魔法が使えないから勇者になった、などといつぞや本人も言っていたくらいだから、
魔法使いと見ると反射的にコンプレックスを覚えるのかも知れない。
「よくついて来るよなぁって、正直感心するわ。あれこれつつき回されんるの、イヤじゃないわけ?」
「いやでは……ないです。故郷では血族以外の者からは基本、口をきくのも避けられてましたから、
 はじめて対等に扱ってもらえたみたいで、嬉しいんです。ずっと僕のこと見ててくれるし」
なんとも両極端な話だ。しかし普通の世界ではあれを”対等の扱い”とは呼ばない。
「うわぁ……マゾいわねぇ……」
「心底憐れんだような目で見ないでください!そういうんじゃないです!」
「アンタってさあ、あれよね。そのうち勇者をかばって死んじゃったりするタイプよ」
「よしてくださいよ。俺より先に死んだりしたらブッ殺す!って常々勇者さんに言われてるんですから」
思いがけない言葉に、戦士は目をまるくした。
「なんだ、実はめちゃくちゃ気に入られてるじゃない。……へえ、そうだったんだ」
自分一人が要らぬ心配をしてしまったようで、戦士は急に馬鹿馬鹿しい気分になった。
当の魔法使いは言われた意味を掴みそこねた様子で、きょとんとしている。

58214-439 きみといつまでも:2008/12/07(日) 00:25:02
command:きみといつまでも Y/N?

801はファンタジーだ!! と割り切ってるがどうしてもNのルートに考えが行って
しまう私を許してください。決して不幸話が好きなんじゃないんです。

仮にA君とB君がいるとしましょう。
この2人が「いつまでも」何かを共有または同じ状態(精神的なものも含む)に
いられるでしょうか? 答えは圧倒的にNOだと思うんです。

たとえA君の隣にB君がいるのが当たり前の世界であっても
「いつまでも」そのままって言うわけには行きません。
歩き始めたならいつかは終点にたどり着きます。朝は夜になり、人は年老います。
感情が動かない人はいないでしょう。うつろうのが人の心。記憶もいつか薄れます。
A君は年をとっても「B君が好きだ」と思う、そこまでが事実だと仮定しても。
どちらかが先に死んだら? 社会的な圧力に負けて誰かと結婚てしまったら?
物質だって永遠に残りません。いつかは破壊され燃やされ分解され再生されます。
すべての物質の質量が変わらなくても、その中でサイクルはあるのですから
いつまでも何かを所有する・共有するということも不可能に思えます。

お話の中には時間がループしているものもあるけれど、それはここでは考えません。
閉じた時間軸の中で同じことが繰り返されるのならそれは「一時」のコピーであって
何も進まない。(お話の様式としては好きなのですが)
確実に時間が流れ、その中での無限のif連鎖が今生きてる世界だとすれば
100%2人だけのために働く事象は数えるほどではないでしょうか。

だから余計に私は「きみといつまでも」と祈ります。
Nに行く選択肢を一つでも少なくすれば2人はそれだけ長く「いつまでも」を実現できる
と信じるから。
人の気持ちは変わると言ったそばからこんなことを書いて変ですよね。
でも今は心からA君とB君に少しでも長く時間を共有してほしいと感じます。
本当にお互いが「きみといつまでも」と思える2人でいてほしいから
今日も私はYを選択する2人を、成長していくssを書くんだとおもいます。

萌え語りにも満たない年食った中2病のたわごとを最後まで読んでくれてありがとう。
A君B君、だいすきだ!

583萌える腐女子さん:2008/12/07(日) 00:34:36
───なんかさ、あいつって変に色白じゃん。
身体つきなんかは意外とがっしりしてたりするのにさ、あいつの印象っていうのがまた、
ニュルニュルっていうかニョロニョロっていうか… なんかとにかく掴みどころもないし、
すっごく変なヤツじゃね?

他のみんながそんな風に僕を噂してるのは知っている。

どうせね、そうさ。
色白なのは生まれつきだし、どうせニュルニュル?ニョロニョロ??どっちの表現でもいい
けど、掴みどころなんてありませんよ。
なんだよ、みんなだってゴツゴツしてたりペラペラしてたりヒョロっとしてたり、どうせ
五十歩百歩のくせしてさ。
───まぁ、中には。とんでもなくカッコのいい、オイシイ奴だっていたりするけれど。
でも、彼らがすき好んでそういう風に生まれたわけじゃないのと同じに、僕だって望んで
こんな風に生まれてきたわけじゃない。なのになんで、陰口ばっかり叩かれて。

「やぁ、こんにちは。…どうしたんだい?そんなに悲しそうな顔をして」

「え?あ、こ、こんにちは」

突然声をかけられて、驚いて振り向くと。こっそり憧れている彼が、すぐそこにいた。
まるで太陽みたいに綺麗で明るい色を放つ、誰とでも相性のいい、仲良くできる彼。
みんなが憧れる───そして僕も例外なく密やかに思い続ける彼。

「そうだ。ね、今日は君が一緒においでよ」
「え?で、でも…」
「大丈夫、だって僕たち、最強に相性がいいんだから!だから、ね?」
「だ、けど、でも」
「なんてね。一番の理由は時間が全然ないからってことらしいんだけどさ。でも、僕たちの相性が
いいってのはホントだろ?僕たちがトロトロに混ざり合えば、誰にも負けないくらいに、お互いを
高め合って絡み合って…最高に蕩け合う。君だって知ってるだろ?」

ね?と微笑みかけられて、うっかり頷いてしまう。
遠慮しないで、と手招かれて、彼の後におとなしくついていった。
だって、彼はすごく魅力的なんだ。みんなが憧れてるんだ。本当に。

今日彼と「蕩け合える」という白羽の矢が立ったのはホントに僕らしい。
他の誰かだと色々と手を加えなきゃならないことが多いらしくて、今はそんな時間がないらしい。
どんな理由だっていい。僕らの相性がいいのは本当で、実はものすごく自信があるんだ。
とんでもなくカッコのいいオイシイ奴よりも、僕は彼と混ざり合うことで、もっとオイシクなれるってこと。

僕がまとっていた薄い、ぺらぺらの服を手早く剥ぎ取られる。
ちょっと恥ずかしい───だって本当に、情けないくらいに色が白いんだ。
でも。

「ふふ。ホントに色白。…キレイ」

隣で見ていた彼がそんな風に呟くから。
僕は促されるまま、足先からとろとろに蕩かされていった。
身体が。…グズグズに溶けていく。彼と混ざり合うために。───どこまでも最高に高め合うために。
やがて全身とろりと崩された僕の中に、「今日は不要だから」と、透明な膜を捨て去った太陽の色を
した彼が、とぷん、と入り込んできた。

「きもちいいね?」

そんな風に囁かれて、もう何も判らなくなる。
全身をかき混ぜられて、とろとろに彼と混ぜられて。どこが境目かも判らないくらいに一緒になって。

「とろろごはんって簡単で最高に美味しいよね?」

誰かのそんな言葉が聞こえてきた時───やっぱり僕は僕に生まれてこれて良かったなって思ったんだ。
これから先も、何度生まれ変わっても僕は僕のまま。
ずっといつまでも、黄身といつまでも混ざり合えるように。

584583:2008/12/07(日) 00:38:54
ごめんなさい。名前欄入力したけど消えてた。
583は 14-439 きみといつまでも です。

58514-439 きみといつまでも:2008/12/07(日) 00:52:37
「せんぱっ……卒業おめでとうございまっ……うえええええ」
卒業式の後、派手に泣き出した後輩を前に、俺は苦笑する。
卒業するのは俺で、コイツはまだあと1年この学校に通うはずで。
なのに、あまりに大泣きするものだから、俺の方は感傷やらなにやらは全てどこかに行ってしまった。
「コラ、泣くな。どっちが卒業生だか、分からないだろ」
「だって、だってぇ」
涙を隠そうともせず、鼻水まで垂らして泣いている後輩を、俺はずっと可愛がってきた。
そして、相手も慕ってくれていたことは、現在目の前に繰り広げられている光景からすれば、疑いようもない。
「たかが卒業だ。そんなに、大したことじゃないだろ?」
「大したことですよ!! 大したことなんですよ!! だって、俺、先輩の「後輩」ってポジションしかないのに!!」
「は?」
訳の分からない内容で食って掛かられて、思わず聞き返すと、悔しそうに噛み締められた唇が目に入った。
それに、ゴシゴシと袖で乱暴に目を拭うから、目元が赤くなってしまっている。
「だってっ……同じ歳じゃないから、友達ってわけに行かないし、女の子じゃないから付き合うわけにも行かないし、俺は「後輩」以外になれないのに、先輩が卒業しちゃったらその繋がりまで無くなっちゃうじゃ無いっすかっ……」
心底辛そうに呟かれた言葉に、俺は思わず苦笑した。
「まるで、愛の告白みたいだな」
「告白すれば、先輩とずっと一緒に居られるなら、俺告白します」
むっとした様に唇を尖らせての言葉に、俺は笑って、その頭を撫でてやる。
「じゃあ、告白してもらおうか。付き合えば、ずっと一緒にいられると、そう思ってるんだろ?」
「へっ?」
本気で驚いたらしく、ずっと止まることなく流れ落ちていた涙が、ぴたりと止まった。
俺はそんな後輩の手をとって、上向きに手を開かせる。
「へ、え?」
その手のひらに、学ランの第二ボタンを千切って載せてやると、後輩はボタンと俺の顔を、首ふり人形のように見比べた。
「で、俺は、ずっとお前が好きだったことを、いつ告白すればいいんだろうな?」
「〜〜っ! 先輩!!」
飛びついてきた後輩の身体を、俺は笑ってしっかり受け止めた。

58614-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 01:41:38
本スレに投稿しようとしたらPC携帯共に規制食らってたのでこっちに
―――――――
じゃあたまには萌え語りでもするか
なおこの萌え語りはフィクションです。気分を害してしまったら申し訳ありません

「学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん
でも冬休みはクリスマス前後からだよなあ、まわし」

このレスから勝手に妄想したのはおっさん、もしくは高校中退した若者です。
おっさんの場合は、あるやもめ暮らしの冬の日、突然見知った少年が訪ねてくる。
学校はどうした、さぼりじゃないのかとうろたえまくるおっさんに、
「今冬休みだから大丈夫」なんて少年は笑いながら答えます。
そして寂しそうに上の言葉をぼやくおっさんに少年はいとおしさを感じるのです。

若者の場合は街ではしゃぎまわる学生らしき集団を見て、いらいらしながら言ってくれるといいと思います。
「俺の大学はもっと早いよ」なんて隣からかけられた言葉に、
学校をやめて働きに出てしまったことに対するコンプレックスを感じつつ、
「いいよな学生は。どうせ勉強しないで遊んでるんだろ」なんて口を尖らせるのです。
それでも高校をやめてもずっと付き合ってくれていた隣の友人に感謝と、友愛と、
そして「なんで俺に声をかけてくれるんだろう」と少しの疑念を抱きます。

どちらにせよ、クリスマスの夜にはぜひとも二人きりで腰に手をまわしつつ温めあっていてほしいものです。

58714-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 01:42:42
本スレに投稿しようとしたらPC携帯共に規制食らってたのでこっちに
―――――――
じゃあたまには萌え語りでもするか
なおこの萌え語りはフィクションです。気分を害してしまったら申し訳ありません

「学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん
でも冬休みはクリスマス前後からだよなあ、まわし」

このレスから勝手に妄想したのはおっさん、もしくは高校中退した若者です。
おっさんの場合は、あるやもめ暮らしの冬の日、突然見知った少年が訪ねてくる。
学校はどうした、さぼりじゃないのかとうろたえまくるおっさんに、
「今冬休みだから大丈夫」なんて少年は笑いながら答えます。
そして寂しそうに上の言葉をぼやくおっさんに少年はいとおしさを感じるのです。

若者の場合は街ではしゃぎまわる学生らしき集団を見て、いらいらしながら言ってくれるといいと思います。
「俺の大学はもっと早いよ」なんて隣からかけられた言葉に、
学校をやめて働きに出てしまったことに対するコンプレックスを感じつつ、
「いいよな学生は。どうせ勉強しないで遊んでるんだろ」なんて口を尖らせるのです。
それでも高校をやめてもずっと付き合ってくれていた隣の友人に感謝と、友愛と、
そして「なんで俺に声をかけてくれるんだろう」と少しの疑念を抱きます。

どちらにせよ、クリスマスの夜にはぜひとも二人きりで腰に手をまわしつつ温めあっていてほしいものです。

58814-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 02:40:15
「なに言ってるんですか。久しいもなにも、先輩が卒業してまだ一年経ってませんよ」
「俺は過去に囚われない男だ」
「もう一度言いますけど、一体なにを言ってるんですか」
「俺は常に未来しか見ていない。過去は振り返らない。学生時の習慣もまた然り」
「去年の今頃、先輩は年賀状用の芋版を作る!とか言ってサツマイモ買い漁ってましたよね」
「ああ、あの焼き芋うまかったな!やっぱ焚き火でやるとホクホク感が違うよな」
「思いきり覚えてるじゃないですか」
「あの後小火になりかけたよなー。あれは焦ったな!」
「その様子だと、全然反省してないですね」
「あーなんか焼き芋食いたくなってきたな。食っとけばよかったなあ」
「……だったら、今から買いに行きますか」
「んで、話を戻すけどさ、冬休みって確かクリスマス前後からだったよなあ」
「え?」
「だから、確かまだ冬休みじゃないだろって話だよ。まだ学校は営業中だろ?」
「営業……まあ、そうですね」
「ってことはだ。お前、学校サボって俺ンとこ来たの?」
「いけませんか」
「良くはないだろ。学生の本分は勉強だ。親の出してくれた授業料を無駄にしちゃイカン」
「先輩に言われたくないですよ」
「ははは、だよなあ。……お、そろそろか」
「……」
「でも正直、驚いたわ。誰にも言ってなかったのにさ。まさかお前が来てくれるなんてな」
「……いけませんか。俺にだって、学校より何より優先したいことくらい、ありますよ」
「あのなあ、そういうくさいセリフはカノジョに言え」
「彼女はいません」
「じゃあ早く作れ。クリスマスまでまだ時間はあるぞ。今年もまた去年みたいに俺と二人で馬鹿やるのは寂しいだろ」
「馬鹿なことをしてたのは先輩一人だけです」
「うわ、きっつ。ほぼ一年振りだっつーのに相変わらずだなお前。……って、ヤベ。もうマジで時間が」
「……先輩」
「じゃーな。元気でな。風邪ひくなよ。雪道で滑って転ぶなよ。勉強頑張れよ。家に篭ってばかりじゃなくて外でも遊べよ。変なもん食うなよ」
「先輩」
「向こうから年賀状出してやるからな。エアメールの出し方わかんねえから、正月ジャストは無理かもしんないけど」
「先輩!!」
「見送り来てくれてありがとなー!すげー嬉しかったー!」

満面の笑顔でこっちに大きく手を振って、先輩は空港の通路の奥に消えていった。

58914-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 02:50:47
「優希くん、学校どうしたの?」
「休みだけど」
「こんな時期に? 普通クリスマス前後じゃない?」
「今は試験休みだってば」
「俺だまされてないよね?」
「じゃあ学校に問い合わせれば?」
「あー。学生やめて久しすぎて休みの時期なんてもう全然わかんねー」
「親でもないのにうざいよ、達也さん」
「親以上ですよ、俺は」

この人は俺の後見人。
火事で家族も家もなくした俺を血のつながりもないのに
周りの反対を押し切って引き取ってくれた人。
もちろん簡単に出来たわけじゃない。
後見人になる時には変な勘ぐりもあったらしい。たぶん今もある。
俺の知らない所で、達也さんは俺がなるべく傷つかないようにしてくれている。

「早く大人になりたい」と言うと、
「そんなに急いで大人にならなくていいのに」と達也さんは笑う。

大人になりたいのは、この家を早く出たいからなんて言えないけれど。
父親もどきの人に恋をしてるから苦しすぎるなんてもっと言えないけれど。

せめて金銭的負担をかけたくなくて大学もあきらめるつもりだったのに
俺の可能性を狭めたくないと許してくれなかった。
せめて俺は一生懸命優等生になる努力をする。周りに達也さんを認めさせる為に。
そんな俺を「子供っぽくなくてつまらないな」と達也さんはまた笑う。

「あ、そうだ。サンタさんに、優希くん何お願いした?」
「ハァ? 今なんて言った? サンタって言った?」
「言ったよ」
「……達也さん俺のこといくつだと思ってるの?」
「いくつになっても、いい子にしてたらサンタさんは来るものです」
「……そうですか」
「何、その冷めた反応」
「馬鹿じゃねーとか言わないだけ感謝してよ。達也さんのそーゆーとこたまについてけないなー」
「だって俺には来たからさ。いい子にしてたから」
「いい子ね……。自分で言っちゃうし。で? 何貰ったって?」
「君」

願ってもいいんだろうか。願いは叶うだろうか。この人が欲しいと死ぬほど願ったら。
世間の目も先のことも何も考えないで、今だけはワガママになってしまいたいと
駄々をこねる小さい子供のように泣き出した。

59014-459 1/3:2008/12/07(日) 15:40:12
「…で、どうしてお前がここにいるんだ」
「…それ、俺が一番言いたい台詞」

ほんの好奇心だった。
ほら、あるだろ、少し前に流行ったメイドリフレってやつ。メイドさんがマッサージしてくれるやつ。
可愛くてうまい娘いるって後輩から聞いて、ちょっとだけ興味沸いたわけよ。
…まさか、昔からずっとつるんでるこいつ(もちろん男)が出てくるなんて予想もしてなかったわけよ。

「人手が足りないと頼まれたんだ。こんな制服だけど、給料がよくて助かる。何より腕を買っていただいた。それだけでありがたいよ」
整体師として開業するのがこいつの夢だ。そういやこないだ、新しい仕事先ができたと言っていた。力を発揮できると嬉しそうにしていた。真面目なこいつらしくて微笑ましかった。
…が、よりによってこの店かよ。いくら頼まれたからって、女装してまで働かねえよ、フツーは。これも真面目で片付けていいもんなのか…。頼むほうもどうかしてるよな。本当に腕見込んで頼んでんのかな。
そんなことをグダグダ思いつつ、ベッドに横にされて、肩や腕をほぐされながら、俺はこいつを改めて眺めた。メイドリフレってだけあって、こいつもばっちりメイド姿だ。恥ずかしげもなく堂々と接客してるのがこいつらしい。化粧とウィッグで微妙に雰囲気変わってる。
…まあ、元々顔は悪くない奴だし、痩せてるし、一見すると中性的な美人って感じかな。ちょっと腕周りとかきつそうだし、スカートも短いけど。
……似合ってるとか思うのは、結構可愛く見えたりとかするのは、たぶん俺が頭おかしいんだよな。…たぶん。

59114-459 2/3:2008/12/07(日) 15:42:07
……揉まれるのが気持ちいいのも相まって、なんか変な気持ちになってきた。気を紛らわそうと悪態をつく。
「…可愛い姉ちゃん来てくれると思ったらさあ、お前だもんなあ。詐欺だろこれ。店長訴えてもいい?」
「駄目だ。せっかくの仕事の機会を反故にしないでくれ」
「つーか、喋ったら男だってバレバレだろ。客ドン引きだよ」
「普段はなるべく声を出さないようにしているよ。黙っていれば分からないみたいだな」
「サービストークできないメイドなんて人気なさそうだけどなー」
「そのぶん、技術で満足させるさ」
こいつはそう言ってふっと微笑んだ。
うっ、…な、なんだこの感じ…!女の子に可愛いとか思うのと一緒じゃねえか!……こいつに?どうしちゃったの俺!?
おかしい、俺おかしい。メイド姿のこいつを見てから何かがおかしい。なんでこんなに顔が熱いんだよ。…畜生、この部屋に何か変なもん撒いてあるんじゃねえのかよ…

「よし。次はうつ伏せになってくれないか」
内心動揺する俺にはお構いなしに、こいつは次の指示を出した。言われた通り寝返りをうって背を向けると、…あろうことか、こいつは俺を跨いでベッドの上に仁王立ちして、
「い…!?」
突如踵で太股を踏まれ、思わず身体がびくんと反り返ってしまった。
「あででで、なんか痛え!けどくすぐってえ!!うはは、ああ、やめ、」
「ずいぶん張ってるな、かたいぞ…こら、動くなっ」
…少しすると、だんだん押されることが快感になってくる。気持ちいい。うまいな、こいつ、…ていうか踏むの!?こんなこともされんの!?
ふと我に返って、自分が置かれている状況を把握した時、俺は軽く混乱した。
メイド姿の、こいつに、踏まれて、……な、なんだよ、なんで俺、こんなに息荒くしてんだよ!!……うー、なんか変態みてえ…泣きそう。

59214-459 3/3:2008/12/07(日) 15:57:05
「…ごめん、痛かったかな」
「ち、ちげーよ、踏まれんのが気持ちイイんだよ、…」
眉をひそめて黙りこんだせいか、心配そうな声が頭上から降ってきた。とっさに返した言葉もなんか変態じみてて、余計に泣きそうになる。
対するこいつの声は、ほっとしたものになった。
「そうか、よかった。…それにしてもお前、ずいぶんあちこち凝ってるな。今度、家でも施術しようか?」
「…へ?」
身体を起こして振り向いた俺に、屈みこんだこいつの顔が急接近する。…う、また動悸が…
「むしろ、やらせてくれ。俺はもっと上達したい。練習台にするようで申し訳ないけれど、お前の身体が整うなら一石二鳥だ。未熟な施術だけど…駄目かな」
真摯な眼。…ああ、こいつは格好とかそういうのも全然気にしないで、ただ技術を高めたくて頑張ってんだな、…そう思った。
こいつのそういうとこが、俺は、
「…メイド服着んの?」
って何どうでもいいこと聞いてんの俺ー!!バカすぎるだろ俺!!
「流石に着ないが、…お望みか?」
「い、いや、冗談だからな!」
ちょっとだけ開いた新しい扉を閉じようと必死で頑張る俺の努力を、
「構わないぞ。お姉さんに任せなさい」
こいつは、こいつなりの冗談ととびきりの笑顔で、…あっさり無駄にした。

593傍若無人なくせに天然:2008/12/10(水) 00:40:19
「傍らに人無きが若し」
「ん?」
「お前のこと。一般的には傍若無人。近くの人にとって迷惑な行動をするって意味」
「俺、迷惑なんかかけてないよ?」
「ほー。よくそんなことが言えるな」
「そりゃ言えるでしょ」
「この間、同じゼミの女の子に何をした?」
「失恋話を聞いてなぐさめた」
「こう言ってな。『あいつ浮気者だよ。この間俺も食われたよ。まだつきあってた時期じゃね?』」
「なんで聞いてるんだよ!」
「聞きたくないのに聞こえたんだよ」
「え? ああ…、いたね。そういえば」
「男に男とられたって、あの後大変だったぞ」
「でも、あれで未練がなくなったはずだ。俺は役にたったと思う」
「そうくるか」
「そうだよ」
「教授たぶらかして、やめさせるし」
「ちょっと待て! 向こうが勝手にやめたんじゃないか!」
「『生徒でいるのがつらい』って言ったからなぁ」
「別れたいって意味だって普通わかるだろ!」
「わかるかよ」
「国文が専門なのに日本語の機微がわからないはずがない」
「へーえ」
「へーえじゃない」
「後輩には貢がせるし」
「勝手にくれたんだってば!」
「雑誌みながら『コレいいね。そう思わない?』って同意求めて?
カード限度額まで借りちゃったぜ、あいつ。どーすんの」
「だってお金持ちのボンボンだと思ってたし」
「金持ちならいいってこともないだろ」
「……そうだけど……」
「ペット不可物件の部屋に住んでる先輩に犬は飼わせるしさァ」
「俺なんも言ってないよ!」
「ペットショップで『こんな犬がいる家だったら毎日でも通っちゃうな…』」
「独り言も禁止?!」
「しかも大家さんにばったり会って『犬に逢いに来たんです』って。馬鹿だろ」
「アレ? そういえば引越したって言ってたのは……?」
「気がつくのが遅いよ」
「えー?!」
「おまえ自覚しろ。お前の行動が周囲の人に多大なる迷惑をかけているということを」
「……お、俺のせいなの?!」
「どう考えてもおまえのせい」
「……意識してやってるわけじゃないし……」
「じゃあ、つきあう人間を少なくしろ」
「ひとりいればいいけど」
「気の毒だけどしょうがないよな。誰だ」

(目の前の人を指差した時、ひきつったような気もしたけど、
ちょっとは嬉しそうな気がしたのは気のせいか?)

59414-519 体育会系×体育会系 1/4:2008/12/12(金) 00:37:04
松田がアパートに帰ってきたのは10時を過ぎた頃だった。
風呂から上がったばかりの竹原がおかえりと声をかけると、松田は玄関に座り込み手招きをした。
「何」
「脱がして」
泥だらけの両足を投げ出してそんなことを言う。
松田は子供のような驕慢さがあるのだが、生まれ持った愛嬌のおかげで何故か憎まれない男だ。
「甘ったれ」
そう言いながらも竹原はシューズの靴紐を解き、汚れたソックスを脱がしてやるのだった。

机の上に用意されていた野菜炒めと鶏の竜田揚げをレンジで暖め、すぐに遅い夕食が始まった。
「それどうしたの」
食べながら話すので、松田の口元から米粒がこぼれ落ちる。
黙ってティッシュを渡すと松田はそれで洟をかんだが、もう竹原は口を出す気も起こらなかった。
「それってどれ」
松田は箸で竹原の右腕を指す。
そこには握りこぶし程の大きさの青黒い痣が広がっていた。
「今日の打撃練習でぶつけられた」
「いたそー」
練習用の投球とはいえ、硬球が当たればもちろん痛い。痣はしばらく残るだろう。
まぁでも体育会の宿命だからな、と呟くと、俺のもある意味そうだと言って松田が笑った。
彼の頬は赤く腫れ上がり、熱を持っていた。

59514-519 体育会系×体育会系 2/4:2008/12/12(金) 00:38:07
竜田揚げの味付けが濃いせいか、二人ともよく食が進んだ。
野菜炒めは多少火の通りが悪いが、食べれない程ではない。
「今日遅かったな」
「ミーティングが長くてさぁ」
生焼けのにんじんをかじりながら松田が答えた。
「試合前なんだろ」
「無駄に話なげぇんだよ、途中で3回寝ちったし」
サッカー部の“魔のミーティング”は大学内で有名だった。
野球部と並んで長い伝統を持つ部活ということで、規律も練習も厳しく、毎年多くの新入部員が止めていく。
竹原の所属する野球部は数年前に部則を見直し、彼が入学する頃には時代錯誤な風習は消え、学年間の風通しも大分良くなっていた。
「寝てんのバレた?」
「超バレた」
「そんでこれか」
竹原は食卓ごしに手を伸ばし、松田の痛々しい頬に触れた。
「佐々木先輩マジ容赦ねーの」
松田は表情を変えずに白米を口に運んでいる。鉄拳制裁に対して恨み言を言うつもりはないらしい。
竹原は彼のそういうタフな部分が好きだった。

食べ終わって眠くなった松田が畳の上で横になったので、竹原は慌てて彼の肩を揺さぶった。
「おまえシャワー浴びろよ」
「明日でいい」
「着替えもしないで何言ってんだ」
「だって眠い……」
こうなるとまるで子供と変わらない。
竹原は松田の両脇に手を差し入れ、上半身を抱き起こした。
汗のにおいがした。それが少しも不快ではなく、むしろ欲をそそられることに、竹原はとっくに気付いていた。
自分の肩にもたれかかる頭を上向かせて、キスをする。
最初は触れるだけのキス。それから唇を食むキス。
それだけでも良かったのだが、まだ松田が体重を預けたままだったので舌を入れた。
松田がわずかに身をよじったが、とくに嫌がるわけでもなく、案外素直に受け入れられた。

59614-519 体育会系×体育会系 3/4:2008/12/12(金) 00:38:49
舌がある場所を掠った時、松田が竹原の胸を軽く突いて離れた。
「いてぇ」
松田は顔をしかめて口元を押さえている。
「どっか切れてんのか」
「殴られたとこ」
竹原の顔から血の気が引いた。そんなに強く殴られたのか、と思った。
今までも練習で作った生傷や上級生からのしごきで出来た痣は見てきたが、血が出るほど顔を殴られているとは知らなかった。
「見せてみろ」
「たいしたことない」
「見せろって!」
思ったより大きな声が出てしまい、松田が目を丸くした。
竹原が声を荒げることはほとんどない。自分自身も驚いていた。
沈黙が続き、気まずい思いをかみ締める。

先に口を開いたのは松田だった。
「……タケ」
「悪ィ」
先に謝ってしまえば気が楽だと考え、竹原は俯いたまま謝罪の言葉を口にした。
松田は何も答えない。
思い切って顔をあげると、目の前にいる松田は満面の笑みを浮かべていた。
「タケってさぁ、ほんと俺のこと好きなのな!」
「はぁ?」
松田はにやけた顔で竹原の首に腕を回してきた。
「“俺の可愛い松田”が殴られて心配しちゃったんだろ?」
そのまま松田はなだめるように竹原の背を叩いた。ずいぶん調子にのっている。
「愛感じたぜ」
「おまえなぁ……」
どっと肩の力が抜けた。
このタチの悪い男をなぜ愛しいと感じてしまうのか、自分の本能を恨めしく思った。

59714-519 体育会系×体育会系 4/4:2008/12/12(金) 00:40:07
「シャワー浴びてくるよ」
急に立ち上がった松田の背中を、竹原は戸惑いの目で見つめた。
さっきまで眠くてぐずっていたのに、この豹変ぶりは一体どういうことだ。
疑問に思っていたら、バスルームの手前で松田が振り返った。
「タケ、先に寝んなよ。今夜は俺の愛を見せてやるぜ」
憎らしいほど良い笑顔だ。腹も立たない。
「いいのかよ、試合前だろ」
「それはタケ次第だな」
松田の肌にそういった意味で触れるのは2週間ぶりだった。
理性がきくか、無理をさせないか、自信は正直ない。
しかし、汗のにおいで目覚めた欲望はいまだ冷めていないのだ。
「緑山大学サッカー部の次期エースの実力を見せてもらいますか」
松田が声を立てて笑い、待ってろよ、次期4番打者! と言い残してバスルームのドアを閉めた。

59814-589 お前なんか大嫌いだ 1/4:2008/12/15(月) 03:14:06
春日亨は出来た男だった。
成績優秀、顔も良ければ社交性もある。
ギターが弾けたり、ダーツが得意だったりもする。
「俺はなぁ、お前みたいな男は気に食わないんだよ」
「オレは佐々木さん好きなんだけどなぁ」
――おまけに悪意や皮肉を受け流すのも得意と来ている。
この同じゼミの後輩は、まったく出来た男なのだ。

俺たちはいつものように喫煙所で煙をふかしていた。
この男と一緒にいるのは癪だが、学内で煙草を吸える場所は限られている。
「オレのどんなとこが嫌いなんですか」
「顔が良くて頭が良くて要領が良くてモテること」
「モテると思います?」
「思うっていうか、現在進行形でモテてんじゃねぇか」
ゼミの女の子は全員春日を好意的に見ていたし、うち3人は本気で春日に恋していた。
そのうち1人は俺が狙っていた女の子だった。まったく頭にくる。
「好きな人からモテないと意味ないじゃないですか」
鼻にかけない上に、いかにも誠実な発言。
「そういうことがむかつくんだよ」
「佐々木さんって子供みたいっすね」
「あぁ?」
春日が反論するなんて滅多にないことだから、ムキになって語調が荒くなってしまった。
俯いてマフラーに顔の半分をつっこんでいるので、春日の表情は読めない。
「ないものねだり」
くぐもった声に、痛いところを突かれた。
男としてのプライド、年長者としてのプライドを打ち砕かれた気分だ。
「……お前にはないものなんてねぇからわかんねんだよ」
「あんたにだってオレのことなんてわからない」
どうしたんだ春日、普段のお前なら笑って俺の僻み話なんて受け流すじゃないか。
本当はそう問いたかったが、口から出てきたのは「あんたって言うな」というくだらない言葉だった。
春日はずいぶん灰の部分が長くなった煙草をもみ消し、校舎の方に歩き出した。
後を追う気にもなれず、俺はもう一本吸ってから授業に出ることにした。
おかげで10分遅刻し、厳格な教授に睨まれる羽目になった。

59914-589 お前なんか大嫌いだ 2/4:2008/12/15(月) 03:15:08

その夜、バイト先の小さな居酒屋に春日が現れた。
以前もゼミ生たちが面白がって見に来たことがあったが、今日は1人だった。
気が乗らないまま注文を取りにいくと、春日は囁くほどの声で尋ねてきた。
「今日何時までですか」
「2時までだけど」
「じゃあそれまで飲んで待ってます」
「あっそ」
春日はケンカの気まずさなど気にしていないようだが、俺は次の日まで引きずる面倒なタイプだ。
つい返答もぶっきらぼうなものになる。
悔しいが、人間としての器の差を認めざるを得ない。
春日はホタテとほっけをつまみにして黙々と1人酒を飲んでいた。
途中何度もメールの受信音が聞こえたが、横目でうかがっても春日が携帯を開く様子はなかった。

「お疲れ様です」
店を出ると、すぐに春日に声をかけられた。
「お前、何しにきたの」
「謝ろうと思って」
春日の表情は柔らかい。そのことに安堵する自分が嫌だった。
「今日やつあたりしちゃってすみませんでした」
深々と頭を下げられた。
こう素直に謝罪されては、拗ねてるわけにもいかないだろう。
「いや、むしろ俺もやつあたりしてたし」
「許してもらえます?」
春日が握手をもとめて右手を差し出したので、仕方なくその手を取った。
「良かったぁ……」
思ったより強く手を握られて、俺は少し顔をゆがめた。
「オレね、本当に佐々木さんが好きなんですよ」
「はっ、ホモかよ」
「結構そうかも」
予想外の返事に、返す言葉が見つからなかった。

60014-589 お前なんか大嫌いだ 3/4:2008/12/15(月) 03:15:42
「泥臭いとこを繕わないとことか、文句言っても実は正当に評価してくれるとことか、
あと弱音吐くけど全然あきらめないとことか、全部オレの逆だから尊敬してるんです」
「尊敬だけにしとけよ」
「でもオレ、佐々木さんの顔も好きなんです。吊り目の奥二重ってツボで」
「やめろよ」
「佐々木さんで勃起するし」
「やめろって!」
貞操の危機を感じた俺は、つながれた手を振り払った。
「だからね、あんたにオレの気持ちなんてわかんないって言ったんです」
見ると春日はひどく傷ついたような顔をしていた。
あの時マフラーの中に隠されていたのは、この顔だったのだ。
「オレだってほしいものはあるのに……」
嘘だろ、止めろよ、冗談じゃない。
春日の彫りの深い印象的な瞳が潤み、みるみるうちに涙が溜まっていくのが見えた。
お前が泣いてどうすんだ、春日亨は出来がよくて、とてつもなくタフで、むかつくほどモテる男じゃないか。
何を血迷ったか、俺は動揺のあまりとんでもない行動に出てしまった。
泣き出す寸前の春日を抱きしめたのだ。
「佐々木さん?」
「泣くんじゃねぇよ」
戸惑いながら自分より高いところにある春日の頭に腕を回すと、春日は額を俺の肩に押し付け、その両手を俺の背中に回した。
きつく抱かれて息が詰まる。
涙目のままの春日にキスされた時も、自分が何をしてるか、されているのか、混乱していてよくわからなかった。
それでも、俺はもう春日の腕を払うことはしなかった。

60114-589 お前なんか大嫌いだ 4/4:2008/12/15(月) 03:16:15
結局その日から、俺と春日は恋人と呼ばれるような関係になった。
良い店に案内してくれたり、しんどい時には美味しいコーヒーを淹れてくれたりと、春日は恋人としても出来た男だった。
ある時、からかうつもりで最初の夜のことを持ち出した。
「お前さ、あの時だけは可愛かったよな。泣いちゃってさぁ」
春日は照れる様子もなく、爽やかに笑っていた。
「あれは本当に可愛かったのは佐々木さんなんですよ」
「どういう意味だよ」
「あんな古典的な泣き落としにひっかかっちゃったじゃないですか」
しゃあしゃあと言われて、唾を吐きたくなった。
「困った顔して、ぎゅってしてくれましたよねぇ」
「……やっぱお前なんか大嫌いだ」
「オレは佐々木さんが大好きです」
無駄にいい笑顔しやがって。
最高にむかつくが、今の俺はこの出来た男を愛しいと思ってしまうのだった。

60214-599 悪に立ち向かう少年:2008/12/16(火) 18:07:53
少年がどんなにもがこうとも、戒めは緩みもしない。
最大の脅威は今や掌に。世界を支配せんと企む邪悪なる存在はほくそ笑んだ。
身を魔道に堕とし、陽炎のように揺らめく黒い影。憎悪で形作られた悪そのもの。
そんなものに身をやつしてしまうと、今度は輝きが欲しくなった。
「さあ、諦めるがよい。我が僕となるのだ」
「いやだ!お前の言うことなんか聞くものか!」
キッと向けられた真っ直ぐな眼差し。
恐れを知らぬ少年。純粋な魂よ。
自由を封じられてもまだ絶望せぬか。
「ならば、これではどうだ?」
手始めに悪は、少年の故郷を魔法の像で映し出した。
懐かしい木々の緑。暖かい人々。
それらを一瞬に焼き尽くし、灰燼に変えた。
「嘘だ、この場から村を焼くなんて、お前にそんな力はない!」
震えは隠せぬものの、気丈につぶやく声。
見透かされている。そうとも、これは心への攻撃なのだ。
利発な少年、だがそれ故に残酷な映像に耐えるしかない。
やめてくれ、とひとこと。その懇願が欲しいのだ。それで少年は悪のものとなる。
次に、恋しい生家を、愛する父母ともども焼き尽くす。
「……信じない、これは嘘のことなんだ……」
さすがに目を背け、それでも少年は屈しない。
悪は焦れた。
「ではこれでは……?」
変わる映像。映し出されたのは少年の守り人。
かつて、氷の心と剣を持つとうたわれた、腕の立つ剣士。
悪は知っている。剣士が少年と出会い、苦難の旅を共にする中で心を溶かし、
踏み入れかけた魔道から救われたことを。
あれは、もう一人の己であると。
「だめだ!あの人はだめだ!」
初めて少年の声に焦りが混じった。この城にほど近い場にいる剣士を気遣って?
そうではあるまい、少年は恐れているのだ。
もし、ここで少年が剣士を見捨てたことを剣士が知ったなら、
剣士の心は今度こそ凍てついてしまう。
少年を守り、少年に守られる存在。
妬ましい。
──悪は、剣士を焼いた。
その映像が真実なのか、虚像なのか、もはや問われぬ。
「だめだ……やめて……やめてください……」
涙が一つ、二つと石の床を濡らした。これこそ悪の欲しかったもの。

60314-619:冷たい人が好きなタイプだったのに何で?:2008/12/18(木) 02:11:40
「なんでおまえ手袋もしてないんだよ。」

ほら、手貸せ。
一方的に繋がれた手から、相手の体温が流れ込んでくる。
冷てーなおまえの手。昔から、冷え症だっけか。
彼は、優しい苦笑いを潜ませた声でそう言って、歩き出す。

温かすぎるその熱にめまいを感じながら、手を引かれて歩いた。
半ば俯けていた視線を少し上げて、繋いだ手を視界の中心に据えた。
手を引っ込めようとするのに、その度に掴み直されて、指は絡め合ったまま。
その内に互いの温度が混ざり合って、何処から何処までが自分のものなのか、
境界が曖昧になってしまう。
堪えきれなくなって、眼を逸らした。
胸が痛い。悲しさや苦しさでなく、得体の知れない切なさが喉を締め上げる。

辺りはもうすっかり冬景色で、明け方には雪が降った。
時折氷点下の空を過ぎる風は首筋を脅かし、靴の下で、さくさくと雪がなる。
新雪の降り積もった道が、眼前に広がっていた。

この、雪のような人が好きだった。
綺麗で冷たい、凛とした人。
三年越しのそれは、告げることも出来ずに終わってしまった恋だったけれど、
その透明な硬質さを、今でも忘れられなかった。
温かいものは鬱陶しくて持て余して苦手で、冷たい人が、好きだった。
だから次に好きになる人もきっとそうなのだろうと、
なんの根拠もなく漠然と考えていた。


「兄貴のことはさ、」

今まで精一杯、好きだったんだろ。だったらそれでいいじゃんか。
一歩先を歩く幼なじみが、こちらも見ぬままにぽつりと呟く。
俺の前でまで強がってたら、おまえどこで泣くんだよ。
指の先に、ぎゅっと力が籠もった。
彼の短い髪が、小さく冬の風に揺れている。


「ばーか」

辛うじて出した声は、酷くゆらいだ。
涙が溢れそうになって、慌てて立ち止まり、空を見上げる。
夏空よりも淡い、けれど透き通って高くにあるひんやりとした、眼底に焼き付く青。
眼を閉ざせば、温かで微弱な太陽の光を瞼に感じた。
眸を開けたらその瞬間に掻き消えてしまいそうで、細かく震えながら立ち尽くす。
その光の向こうから、自然同じように立ち止まった彼の声が聞こえた。


「泣いたらいいんだよ」

優しすぎる声は、柔らかく内耳に入り込んだ。
喉元までこみ上げた何かが、呼吸を苦しくさせる。


冷たい人が好きだった。
温かいものは苦手だった。
その筈だったのに。


「俺が、そばにいるからさ」



この手だけは、離し難かった。

60414-629 ふんで:2008/12/20(土) 00:00:58
「は?」
短いムービーを見終え、俺が真っ先に発した言葉はそれだった。
新幹線の到着時間を知らせるメールにくっついてきたそれには、音が入っていなかった。
画面の向こうでは、座席に座ったあいつが満面の笑みを浮かべている。
掲げて見せる漫画やゲームを見るに、これで遊ぼう!と言いたいのは何となく分かるが、
……問題は最後だ。突然真顔になったこいつは、口を尖らせて「う」の形を作り、
続けてかたく引きむすび、
最後にわずかに開きながら顎を下げ、困ったように眉を寄せて視線を落とし、
……映像はそこまでだった。
「……謎解きかよ」
何かの言葉なのだろうか?
車内でうるさくできないのは分かるが、こんなの読唇術の心得があるわけでもなし、
俺にはさっぱりわけがわからない。メールで問い返したが返信もない。
「……ったく」
苛立ちまぎれに画面のあいつにデコピンし(爪がちょっと痛かった)、俺はため息をついた。

あと十数分もすれば、本人に直接確認できるが、暇にかまけて考えてみた。
「う」「ん」「え」……とりあえずこんな口の形に見えた。分家?軍手?いやグ○ゼ?
下着忘れたから買っといてくれって?んな馬鹿な。
貧困な語彙力でうんうん考え込んでも、それっぽい言葉は出てこない。
と、足の下でぱきりと小気味良い音がした。どうやら足を動かした拍子に小枝でも踏ん、
「……あ」

――『ふんで』?

***

「っていきなり何すんの!?」
「あ、違ってたのね。わりい」
「違ってたって何がだよ!」
「あのメール、『踏んで』って言ってたのかと」
「マゾかよ俺!?」
「てっきり都会で悪い人に目覚めさせられたのかと思って焦ったんだぞ」
「全然焦ってなさそうなんだけど、……つーか気持ち悪いこと考えないでね」
「んで、何て言ってたの、ほんとは」
「……言えたら無音にしねえよ」

(ちゅー、して、……なんて)

60514-649 人事部 1/4:2008/12/21(日) 22:10:49
「こちらとしてもまことに心苦しいのですが、どうぞご理解ください」
「はぁ……」
 なで肩の男は怒ることも落胆することもなく、達観しているようにさえ見えた。

 人事部人材構築2課――内部から「肩叩き課」と呼ばれるこの仕事は、簡単に言うとリストラの対象になった社員に首切りを宣告し、退職を勧めるというものだ。
 論理的に話を進めて相手の感情を逆撫でしないよう配慮し、会社の意向を伝えてもう逃げ場はないと諭す。
 決して気持ちの良い仕事ではないが、かといってエネルギッシュに営業先に愛想を振りまく性分でもないので、佐伯は「肩叩き」であることにそこそこ満足していた。
 
 退職勧奨を受けた人間は、様々な反応を返した。
 逆上して掴みかかる者、顔を覆って泣き出す者、動揺のあまり支離滅裂な話を始める者。
 自分より1周りも2周りも年上の社員が心を乱す様子を見ていると、哀れみと軽蔑がないまぜになったような複雑な感情が沸いた。
 しかし、今日の男は違った。
「そうですか」「はい」「わかりました」、無表情にこの3つの言葉を繰り返し、反論もせずに帰っていった。
 その落ちた肩は絶望のためにゆがんだわけではなく、生まれ持った骨格なのだった。
 佐伯は彼に関連するファイルを手に取り、書類をたぐった。 
 古河実、35歳。営業部所属。借り上げ社宅在住。実家は自営業の定食屋。未婚、扶養家族なし。
 いかにもパッとしない営業マンのデータだが、佐伯にはどうしても気になる点があった。

 古河が入店してからきっかり5分後、佐伯は居酒屋ののれんをくぐった。
 目当ての男はカウンターの隅にひっそりと座っていた。
「古河さん、偶然ですね」
「あぁ、人事部の……」
「佐伯です。お隣いいですか」
「どうぞ」

60614-649 人事部 2/4:2008/12/21(日) 22:11:41
「今日はどうも」
「人事部のお仕事も大変ですね」
「いいえ、営業の方にこそ頭が下がります」
「営業はね、好きなんですけど僕には向いてなかったみたいです」
「まったく、何ていったら言いか……」
「ビジネスですから仕方のないことですよ」
 曖昧に笑って熱燗をすする古河の手元に、鰐皮の時計が光っている。
 佐伯は一呼吸置いてから切り出した。
「時計、お好きなんですか?」
「え?」
「ブランパンの少数限定モデルですよね」
「詳しいんですね」
「憧れの時計なんです」
「まぁ、時計は一生モノですから」
「私なんかには一生かかっても手が届きません」
「佐伯さん、言いたいことがあるならはっきり言ってください」
 古河の横顔に変化はない。
 怒りも動揺も一切見えない、まさにポーカーフェイスだ。
「古河さん、何をなさってるんですか? 産業スパイって時代でもありませんよね」
「僕はただの無能なサラリーマンですよ」
「そんな方がこの時計を? 失礼ですが、あなたの給料では無理だ」
「……飲みながらする話じゃありませんね。出ましょうか」
 
 古河に連れてこられたのは、雑居ビルの中の薄暗い雀荘だった。 
 冗談のようなレートを聞き、佐伯は気が遠くなった。
 そこに居合わせた、どう見ても堅気ではない男達を相手に、半荘勝負が始まった。
 リーチ、平和、一盃口。東場は佐伯の安手の早上がりも通用した。
 しかし南場――相手に高い手で上がられ、苦しくなる。
 最後の親は古河だった。ここで勝たないと、二人の負けは大きくなる。
 牌を取り終え並べ直していると、ふいに古河が手を上げた。
「天和です」
 配牌の時点で上がっているという非常に確率の低い役満貫だ。
 雀荘全体がざわめいた。イカサマではないか、という声も聞こえてくる。
「おいあんた、俺らの目の前でサマやったってんじゃねぇだろな」
 強面の男にすごまれても、古河は動じなかった。
「やったように見えたなら、やりなおしましょうか」
 その声には怯えのような響きは全くない。
 しばらく睨みあった末、男達が舌打ちをして万札の束を雀卓の上に投げやった。
「どうも」
 ひょうひょうとその金を拾いあがる古川を、佐伯は呆然として見ていた。

60714-649 人事部 3/4:2008/12/21(日) 22:12:43
「いつもあんなことをなさってるんですか」
「そんなことしたら命がいくつあってもたりません」
「じゃあ一体……」
「要するにね、ギャンブルが得意なんですよ」
 古河は飲み終えた缶コーヒーを、離れた場所に向かって投げた。
 美しい放物線を描いて空き缶がゴミ箱に収まった時、ようやく佐伯も合点がいった。
「株ですか」
「自慢じゃないですけど才能があります」
 真面目な顔で言うので、妙にリアリティーがあった。
「気付いたら会社の給料よりそっちの収入の方が増えてました」
 淡々とした引き際の理由はそれだったのか。
 佐伯は納得し、ずっと気に留めていた古河の時計に目を向けた。
「じゃあリストラなんて痛くも痒くもありませんね」
「いや、不安ですよ。会社を辞めると一日中パソコンの前にいてしまいそうで」
「では一応未練があると?」
「引っ越したり保険を切り替えたりするのもおっくうですし」
 佐伯はにやりと笑った。
 きっと古河ならどんな時もこんな笑みはこぼさないだろう。
 彼が営業に向かない原因がわかったような気がした。
「古河さん、私と取引をしていただけませんか?」

 事業戦略部新規開拓3課――内部から「博打打ち課」と呼ばれる場所に古河はいた。
 1課や2課の綿密なデータを基にした堅実な戦略とは違い、従来の常識に捉われないユニークな戦略を打ち出す遊撃手的なポジションだ。
 リスクを恐れない肝の太さと、過酷な状況の中でも勝ちの道を探す冷静さを求められるこの部門に、佐伯はコネを伝って古河を推薦したのだ。
 成果はすぐに出た。
 古河の研ぎ澄まされた勝負感覚により、3課の担当したあるプロジェクトが大成功を収めた。
 リストラ目前の他部署の平社員の返り咲きとあって、人事部の英断も評価されることになった。
 佐伯が直接登用したわけではないのだが、人事部長はわざわざ肩叩き課までやってきて、彼に握手を求めた。
 佐伯が差し出した手には、ブランパンの時計が嵌められていた。

60814-649 人事部 4/4:2008/12/21(日) 22:13:17

「プロジェクトのご成功おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「株の方はいかがですか」
「最近はもっぱら逆張りですね」
 二人は以前来た居酒屋で杯を交わしていた。
 古河は酒が入るといくらか表情がわかりやすくなるということに、佐伯は最近になって気付いた。
「おかげで一発逆転できました」
「それもご自身の持っている運でしょう」
「実はね、自分より強い勝ち馬を知りません」 
 軽口のように聞こえるが、まぎれもない事実なのだろうと今ではわかる。
 酢の物をつまんだ瞬間、佐伯の目はある一点に集中した。
「古河さん、それって……」
「あぁ、ブレゲのクラシックタイプです」
 佐伯は息を呑んだ。
 それは彼が取引の条件として譲り受けたものより、更に高価な腕時計だった。
「佐伯さんも、僕なんかよりずっとお似合いですよ」
 古河は佐伯の手首を柔らかく押さえ込み、曖昧に笑ってみせた。
 この男は本当に油断ならない。
 くたびれたスーツも、ずり落ちた肩も、すべては彼の強さを隠す鎧なのだ。
「もう一つ取引をしませんか」
 いざという時はやはりポーカーフェイスらしく、彼の感情は読めない。
「……出ましょう」
 この勝ち馬に乗るのも、悪くはない気がした。

60914-699 渡せなかったプレゼント 1/2:2008/12/25(木) 17:06:27
(惨敗だ……)
これ以上なくみじめな気持ちに、思わずうずくまる。
暗澹たる気持ちをよりいっそう落ち込ませてくれる部屋の惨状からも、目を背ける。
昨夜はクリスマスイブ。世間的には恋人達の甘い夜、ということになっている。
彼氏いない歴二十ウン年の哀れなホモである自分だが、街のクリスマスムードについ浮かれて、
密かに片思い中の同僚、鈴木にアタックしてみる気になった。
二人で、買ってきたチキン食べて。ビール飲んで。ワイン飲んで。ケーキ食べて。
良い感じになったところでプレゼントの包みを渡す。
『プレゼント?何……香水? 男が男に香水をプレゼントだなんて、なんだか意味深だな』
『……そんな意味に取ってくれても俺、全然構わないよ……?』
流れる微妙な雰囲気、そして二人は……なんて。妄想してたのに。

鈴木にアポを取ると二つ返事。
「ああ、いいねー篠田。寂しいもの同士、パーッとやるか。大野も水田も呼んでさ」
「えっ、……あ、ああ、うん、パーッとね……」
と瞬く間に人数が増えて総勢8人。それが1DK6畳の俺のうちに大集合となった。
忘れていたが鈴木は、柔道部あがりのバリバリの体育会系、面倒見のよい兄貴肌なのだ。
料理は焼き肉。飲み物はビールのみならず日本酒と芋焼酎。
ホールのケーキは「めんどくさいからいいか!」と箸で無惨につき回され、
つまみが足りないからとコンビニに行って、さきいかとポテトチップスをあてに朝までノンストップ。
「大野ー、今度合コン企画しろよー」
「や、厳しいっす、この間の看護師さんでネタ切れです」
「そんなこと言ってるから、イブの夜に男ばっかりで飲む羽目になるんだぞ?
 だいたい篠田もさぁ、『男まみれのクリスマスパーティ』なんぞ、正気で企画するかー?」
そんな企画、したつもりはないんですが……

61014-699 渡せなかったプレゼント 2/2:2008/12/25(木) 17:08:02
昼近くになって、ようやく一人起き二人起き、全員が帰ったのは午後になってからだった。
鈴木も、いつのまにか帰ってしまった。
テーブルの汚れていない所をさがして、本当なら昨夜渡すはずだったプレゼントを置いてみる。
香水は買えなかった。やっぱりどう考えても踏み込みすぎだろう、と思い、
鈴木が前に話題にしたゲームソフトを、中古ショップで入手した。
これなら、同僚にプレゼントしても
「たまたま目に付いたからさ、今度おごれよ」ぐらいでごまかせる。
……そもそも、そういう意気地のなさが招いた事態だったのだ。
鈴木とどうかなるつもりなんて、本気じゃない。
ただ仲の良い友達でいられればそれでいい。
そういうことなら今回の『男まみれのクリスマスパーティ」、成功じゃないか。
鈴木も楽しそうだったし。
……ため息が出る。膨大な片付けものにも、ため息が出る。
一度思い描いてしまった虫のよすぎる妄想と、あまりにかけ離れた結果に涙が出そうだ。

「悪い、悪い。片付け手伝うから。何、あいつら帰ったの? 今度締めないといかんなー」
突然降ってわいた声に心臓が飛び上がった!
ベルトをカチャカチャさせながら、鈴木がキッチンから入ってくる。
「鈴木! 帰ったんじゃなかったの?」
「トイレ借りてた。飲んだ次の日ってちょっと下すよね。
 ……あれ、それ何? ゲームランドで買ったの?」
ああ、やっぱり理想とはかけ離れている。甘い雰囲気になりようがないです。
でも、それでも、これが、神様のくれたチャンス。
いや、クリスマスだから、サンタさんからのプレゼントなのか?
昨夜じゃ、その気もないような俺に、サンタさんも渡せなかったよな。
俺が受け取る気になれば。このチャンスをものにする気があれば。
「これ、これね……鈴木へのプレゼント。前に言ってたやつ」
「わざわざ俺に?」
「……そうなんだ。鈴木にね、あげたかったんだよ。
 本当はもうちょっと、違うものを考えてたんだけどさ」
「篠田? 何で……泣いてるんだよ」
「は、はは、何でもない。……鈴木、ちょっと、話があるんだけど──」

61114-709 地下牢 1/2:2008/12/26(金) 19:08:41
カツ―――……ン…………と、
冷え切った空気に鋭い靴音が響く。
一部の隙もなく磨き上げられたそれは、身に着けているスーツと同じように
きっと彼に合わせて作られたものだろう。それも質の良い。
靴ばかり見ていてもしょうがないので、私は顔を上げた。
左腕の鎖がじゃらりと鳴る。

「――話す気には、ならないかい?」

あまりにも貫禄と威圧感に溢れているその雰囲気に、不釣合いなほど若い姿。
その唇からこぼれるシガーの吐息が、私に尋ねた。
冷たい床にうずくまる私の視線に合わせて、彼が膝を折る。
汚れるのを構う風もなく土埃の舞う床にいつも着ているスーツの膝をつけ、
無精ひげだらけの私のあごに指で触れた。
ここに囚われて何日が経ったのか、もう記憶は定かでない。

「私は喋らないよ」

涼やかなオリーブグリーンの目に間近で見つめられながら首を振る。
あごに触れた指はそれでは離れようとしなかったが、
目の前の瞳はわずかに悲しそうに笑った。

「どうしても?」
「何度言われても同じだ」
「そう」

君は実に有能なエージェントだね。これまで受けたどんな拷問でも口を割らなかったし、
自白剤も催眠術もてんで効きやしない。でもね……

「そんなに、組織に――いや、君のボスに忠実な君が、いまだに舌を噛み切らないって事は
 まだ逃げ出せるチャンスがあると思ってるんだよね?」
「…………」
「残念ながら、そんな物は無いよ」

また少し悲しそうに笑って、彼は立ち上がった。
指は、するりと私の喉をなぜてから離れる。

「でもねえ、私の組織もあまり暇じゃあないんだ。
 吐きもしない捕虜をいつまでも飼っておくなって、上の方が煩いんだよ……。
 私は君がとても好きなのに」

61214-709 地下牢 2/2:2008/12/26(金) 19:09:09
何だか自分の理解の範疇を超えた言葉を聞いた気がした。
確かに、組織の幹部であるというこの若い男が
ただの捕虜に過ぎない私の下へやってきたのはこれが初めてではなかった。
しかしそれは、私が重要な情報を握っているという事と
それをなかなか喋らないために、彼がわざわざやって来て
毎回説得なり拷問なりを行っているものだと思っていた。

「殺すには惜しいけど、このままここに居させてあげる事も出来ないんだ……。
 だからね、今日はいい案を持ってきたんだよ」

言いながら、私の身体を抱き上げるようにして立たせる。また鎖が鳴った。

「君が、私の物になればいい」

一体何を言っているのか。
私は、私のボスにだけ忠誠を誓っている。それを裏切るなどありえない。
ましてや他人の手でそれを強制されようと言うのなら、
それこそ真っ先に舌を噛み切って死んでやる。
そんな思いを込めて目の前の顔を睨み付けると、彼は今度は至極嬉しそうに微笑む。

「大丈夫だよ。何も心配しなくていい。私が君を作り変えてあげよう」

ぐにゃ、と視界が歪んだ。
どんな薬もマインドコントロールも効かないように訓練されたはずの体が
急速に幻惑の中に落ちていくのが分かる。
覗き込んでくるグリーンだったはずの瞳が、今は極彩色に見えた。

「次に目が覚めるとき、君は私のものだ」

君は君のアイデンティティを残したまま、私のものになる。
残念ながら、記憶が残るかどうかは保障できないんだけど……
けれど記憶を失っても君は君だものね。
前の君と違うのは、私を愛してやまなくなるって事だけだ。
そしたら2人であの男に……君のボスに会いに行こう。
どんな顔をするか見ものだよ。
さ、ほら、目を閉じて。おやすみ。

そんな独白にも似た語りかけを聞きながら、
私は目の裏に弾ける色彩の世界に意識を投じた。

61314-769 野:2009/01/01(木) 00:36:15
『野』(や)という言葉には「官職につかないこと、民間」という意味があります。
対義語は『朝』(ちょう)。朝廷の『朝』です。

『朝』と『野』は、光と影のような存在です。
『朝』があるからこそ『野』という言葉が意味を持ちます。
反対に『野』が存在せず『朝』のみがあったとしたら
その『朝』の存在はとてつもなく無意味なものとなるでしょう。

多くの場合、『朝』は大変に支配欲が旺盛です。
そのため常に『野』を支配したいと思っています。
『野』はただ自分に奉仕するために存在すればいい
とすら考えているかもしれません。

『野』は『朝』にどれだけ虐げられても、最後まで『朝』に寄り添おうとします。
たとえ重税を課せられても、理不尽な法令がしかれても
文句を言いつつ結局は『朝』に従ってしまいます。
それは罰則に対する恐怖ゆえではありますが
自分には『朝』になり変わる実力がないのだと諦めているのかもしれません。
またあるいは、己を支配せんとする『朝』の輝かしく力強いことを
誇らしく思っていた時代もあったかもしれません。

けれどきっといつか、『野』の裡につもりつもった不満が爆発するときが来るでしょう。
『野』は死力を尽くして『朝』に反抗し、己も大きな傷を負いながら
ついには『朝』を滅ぼすでしょう。
しかし『朝』なしには存在できぬのが『野』。
かつての『朝』と入れ替わるように、『野』の中から新しい『朝』が生まれます。
一旦生まれ出てしまえば、『野』と『朝』はやはり別個の存在。
新しい『朝』はやがて以前の『朝』と同じく暴虐を尽くすようになります。
『野』はそれに耐えつつ、かつて己が滅ぼした『朝』を
今となっては懐かしく思い起こすのです。

61414-839 卵性双生児:2009/01/09(金) 01:36:28
「もういい。佑子、お前とは別れる。涼、お前とは縁を切る。勝手にしろ!」
明はそう言い捨てて立ち上がった。
「明!明、待って!」と、バカみたいに大声を出す女に縋られながら、
部屋を出て行く。

これで何人目だろう?明の女を抱いたのは。バレたのは三人目か。

初めて明が彼女を紹介した時、明がどんな風にこの女を抱くのかと
考えたらたまらなくなった。
「兄の恋人を好きになるなんて、いけないことだとわかってるんだ。
でも、抑え切れない。好きなんだ!」
陳腐な禁断の恋バージョンの口説き文句は、面白いように効果的だった。

どんな風に明とするのか、一つ一つ聞き出しながら、同じことをする。
そうしているうちに明に愛された女の体が憎たらしく思えてきて、
最後にはその憎しみを叩きつけるように酷く乱暴に責め立ててしまう。
「一卵性双生児なのに、全然違うのね」と、女達は決まって言ったっけ。

そうして女達は時に明を捨てて俺を選び、時に秘密の三角関係の
気まずさに俺達二人と距離を置き離れていき。今回のように図々しく
明とも俺とも付き合い続けようという女には俺が明にばれるように仕向けて
やり。
結局、明と別れることになるのだ。

縁を切る、か...
ダメだよ。お前がいくら縁を切ろうとしても、俺はお前を追ってしまう。
お前が誰かと幸せに笑いあうのを黙って見ているなんてできない。

いっそ...いっそ、憎んでくれればいい。一生許さないほどに。

いっそ、憎んでくれればいい。
俺をその手で殺してしまいたくなるほどに...

「ああ、そうか。その手があったんだ...」
がらんとした部屋に、俺の声だけが取り残された。

615614:2009/01/09(金) 01:48:30
>>614
コピペミスだよ、一が抜けたよorz
お題は「一卵性双生児」です。

61614-939 押し入れの匂いのするおじさん受け1/2:2009/01/20(火) 14:40:23
孝叔父さんは、一緒に暮らしていた叔父のお母さん、つまり僕の祖母が亡くなってから、
すっかり駄目人間だった。
「聡史、また孝に持って行ってくれる?」
僕の母は、実の弟である叔父さんをひどく心配して、3日に一度の割合で
おかずやら何やらを僕に持たせるのだ。
幸いというか何というか、僕の学校は家から1時間もかかるが、叔父さんの家に近い。
つまり僕は、3日に一度の割合で叔父さんを訪ね続けて、もうすぐ1年になろうとしている。
「──聡史君、いつもすまないね。姉ちゃんにもよろしく言っておいて」
叔父さんは、相変わらずちゃんと食べてるんだかわからない様相で、でも笑顔で、僕を招き入れる。
これでも随分よくなったとは思う。祖母が亡くなった直後は憔悴して、ボンヤリして、まるで頼りなかった。
長男ということで喪主を務めたが、ほとんどひと言も話さない喪主だった。
うちの父が代理のようにあれこれと動き回っていた。
(嫁さんでももらっていればなあ……)(お母さんも心配なことだろう……)
そんなささやきが親戚連中から上がるのは当然だった。これで大学講師が聞いてあきれる。
……でも、叔父の喪服姿はちょっと印象的だった。
いつもボサボサ一歩手前の長めの髪をちゃんと流して……なんというか、格好良かった。
いや、違うな。
綺麗だった、というのは変だろうか。

「姉さんと義兄さんにはすっかりお世話になりっぱなしだ、今度の一周忌もほとんど手配してくれたよ」
持ってきたおかずで一緒に晩飯を食べながら、孝叔父さんが言う。
「僕は昔から親戚づきあいとか苦手なんだ。母さん……聡史君のお祖母ちゃんにまかせっきりだった」
「それって跡取り息子としては駄目なんじゃない?」
約1年間聞き慣れたような弱音を、これもいつものような文句で返してあげる。
「みんな心配してるんだってよ? 母さんが言ってた。お嫁さんもらわなきゃ、だって」
叔父は苦笑する。これも繰り返されたいつもの会話だ。
「お祖母ちゃんが死んでまだ1年だよ? そんな気にはなれないな」
叔父はいわゆるマザコンというやつだったのだろうか、と時折思う。
黙っていればそこそこ格好いいし、並収入高身長なんとやら、という
お手頃物件のはずなのに、浮いた話がない。

61714-939 押し入れの匂いのするおじさん受け2/2:2009/01/20(火) 14:43:20
「……どうしたの。僕なんか変? そんなに見つめられると照れるな」
気がつくと叔父の顔を凝視していたようで、慌てた。
「そ、そういや母さんにさ、孝叔父さんの喪服を見てこいって言われてたんだ、
 ちゃんと一周忌に着られるよう準備しておけ、って」

その押し入れはナフタリンとカビ臭かった。
喪服は、祖母の布団やら洋服やらがきっちり納められた横に、紙袋入りで放置されていた。
「初盆は……着てたよね?」
「一応たたんだつもりだけど。駄目だったかな」
「駄目でしょう!? お盆暑かったのに!」
「着てみようか」
止めるまもなく上着を羽織る、と「あー駄目だね」
所々にうっすらと白いカビが生えていた。そもそもの押し入れの臭いの元凶っぽい。
「クリーニングで落ちるかな……」
「叔父さんー、もう、早く脱いだ方が良いよ、ほら」
きったねー、とか言ってるあいだにおかしくなって、僕は笑いながら叔父の上着を脱がせにかかった。
「危なかった、姉ちゃんが言ってくれなかったらこれで一周忌出るところだった」
「ちょー、駄目だよ、勘弁して」
手に当たる肩が骨っぽい。叔父の背は、こんなに薄かったか。
葬式の姿がよみがえる。あの端正な姿。
ふと、息詰まる感覚に襲われた。
「叔父さん……早く、結婚した方がいいよ。しっかりしなきゃ」
無理矢理上着を剥がした。……その裾を、叔父の細い手がつかむ。
「僕は結婚したくないんだ。もうきっと、しっかりなんてできない。仕方を忘れたよ。
 ……聡史君が、ずっと面倒見てくれるといいのにな」
俯いたまま呟いた叔父は、およそ色っぽくない押し入れの臭い。

61815-19 二人暮らし:2009/01/28(水) 13:00:16
「家賃払えなくて追い出されちったてへ」
大荷物を持ち玄関先でそう言い放った友人を数日の約束で居候させることにしたのは一ヶ月前のことだ。
今、私は彼に侵略されている。

玄関を開けるといい匂いが漂ってくる。
「おかえりーぃ」
あるかなしかの廊下を通ってキッチンへ行けば友人が大忙しで腕をふるっていた。
「すぐできるから待ってて」
言い放って再び料理に向き合った友人に頷き、うがい手洗いをしてからリビングに座りテレビをつけた。
今、私は彼に侵略されている。胃袋を。
出来たよーと明るい声がしてエプロンをつけた友人がパエリアを運んできた。スープにサラダに何だかおいしい付け合せがどんどんテーブルの上に並べられる。
その料理を皿が見覚えのないものであることに気づき彼を見ると、悪びれなく言い放った。
「料理は相応しいお皿に載せてあげなきゃいけないんだよ」
そういうものだろうか。私は美味しければどんな皿に載っていたって気にしないけれど。
しかしこれでまたセットのものが増えてしまった。彼は居候になってしまってからこっち、こんな風にどんどんペアで何かを買ってくる。食器は勿論、歯ブラシなどの日用品やクッションに至るまでこまごまと。
最初はこんなものを買うくらいなら早く新しい家を探せとせっつきもしたのだけど、ここ最近強く言えないでいる。
「ど、おいし?」
にこにこと尋ねてくる彼に言葉で返す余裕もなく、頷いてご飯を平らげる。
こちらの好みをこれでもかというくらいついてくる味付けに箸がすすみ皿の中身はどんどんなくなってゆく。
「おいしそうに食ってくれるから作りがいあるわぁ」
おかわりは?と尋ねられ、二杯目のパエリアを所望した。

美味しいご飯とこの笑顔。
居候が二人暮らしになる日も遠くなさそうだが、まぁいいかと思っている自分がいる。

61914-910・911続き 1/3:2009/01/29(木) 03:39:05
お題「バカップルに振り回される友人」で書いたものの続きです。長くなってしまいすみません…。


一年経った。
俺は松居さんと同じ大学に入った。理由は家から通える距離だから。そう言うと松居さんは、「お前はスラダンの流川か」と呆れていた。後日、俺は兄貴からその漫画を借りた。小説とは違うスピード感があって、面白かった。
新歓の時期に文芸部へ入ると、ひとつの部室を二つのサークルで区切って使うという、なんともな弱小サークルだった。ちなみに隣は松居さんの所属する漫研である。
「松居さん、漫研だったんですね」
「絵が下手だから読み専だけどな。でも消しゴムかけは得意だ」
「確かに、絵は下手ですよね。年賀状の虎を見たときはまた丑年が来たのかと思いましたよ」
「うっさい、ペン軸で刺されたいか。もうっ、お前はあっち行ってろよ!こっちは漫研の領土!」
ぎゅうぎゅう背中を押され文芸部に戻されて、仕方なく狭いスペースへパイプ椅子を出して座った。そこには部長が一人、雑学書を読んでいるだけだった。
俺も図書館で借りてきた本を読もうと、鞄を開ける。
「…小林くんは、今夜の新歓コンパに出るの?」
と、お笑い芸人のナントカさんに似た部長が話しかけてきた。
「はい、参加します」
と言うより、強制参加だと副部長の女の人に言われている。
「そっか。今日は漫研と合同だから、松居くんもいるよ」
「合同?」
「うん、今年は漫研もうちも一年の数が多いわりに上の数が少ないからね、コンパ代の負担額が大きいんだよ。だから合同にしようか、って。」
「はあ、そうなんですか」

62014-910・911続き 2/3:2009/01/29(木) 03:41:59
そんな内部事情を聞かされてもね。もしかして暗に「注文し過ぎるな」と言いたいのだろうか。
片手を突っ込んだ鞄からサリンジャーを取り出して眼鏡のフレームを上げたとき、部長は声を潜めてこう言った。「副部長には気をつけろ」、と。
俺はそこで、部長が誰に似ているかを思い出した。


…なるほど、気をつけろとはこのことか。
飲み会が始まって一時間後、部長の忠告の真意を知ることになった。あの副部長、酒乱だ。絡み酒だ。
今も絡んでいる、日本酒の一升瓶片手に肩をがっしりと掴み、絡んでいる。松居さんに。
酒の入ったそれぞれの声が大きくなって、離れた席にいる二人の会話は聞こえないけれど、明らかに松居さんは引き気味だ。
あーあ。
松居さん、女に弱いからなあ…。立場的な意味で。
目の前にあるくし形のフライドポテトをつまみつつ、ちらちらと向こうを窺ってしまう。さっきから俺は、ポテトばかり食べていた。
ここの居酒屋のポテトは塩辛い。水分が欲しくなる。
松居さんは副部長の方を向き、苦笑いを浮かべている。
「あっ、小林くん、それ僕の烏龍ハイ!」
遠くを眺め自分の烏龍茶を喉に流したつもりだったのに、それはどうやら隣にいた部長の酒だったらしい。アルコールの味だと気付いたのと部長の声を聞いたのは、ほぼ同時だった。


「…こばやしくん?大丈夫か?」
肩を遠慮がちに叩かれる。
うるさい、誰ですかあ。
短く呻いてテーブルに突っ伏した状態から顔だけ横に向けると、芸人の長井ナントカさんがいた。気を付けろ!の人だ。

62114-910・911続き 3/3:2009/01/29(木) 03:44:22
「…離婚、したんですかあ?」
「は?」
「浮気ばっかりしていたらあ、だめですよう」
ああ自分の声がいつもと違うなあ、面白いなあ。
「ふふっ、ふふふ」
俺、笑っちゃってるよ、はははは、楽しいなあ。なんだかいつもより重力もかかって体が重いし。愉快だなあ。

「こ、小林くん?ひょっとして、酒に弱い?」
「そんなことないですよう」
「いや、そんなことあると思う。すっごく笑ってるし…。ねえ!松居くんっ、ちょっと来て!」
えっ、何!?と驚く松居さんの声が遠ーくから聞こえる。
少しして、背後で二人の声が聞こえてきた。酔っぱらってるんだとか、もう二次会へ移動しなきゃとか。
「おーい正二、大丈夫かー?」
ぺちぺちと頬を柔らかく叩かれて、俺はまた閉じていた目を開ける。
松居さんのどアップ。近い、近いですよ松居さん。
「あー、まついさんだあ」
松居さん、ようやくこっちに来ましたねえ。ようこそ、ようこそ。
目の前にある首に腕を回してみる。あ、松居さんの匂い。よく晴れた日に干した洗濯物みたいな匂い。おまけに温かい。
「お、おいおいおい、正二、どどどどどうしたよ」
わざと俺に触れないように、座ったまま後ずさろうとする松居さんに体重をかける。だってそっちに重力がかかるからね、仕方ないよねえ。
「松居さん、俺ねえ、」
俺ねえ松居さん、俺ねえ…。
松居さんの柔らかくて栗色の髪の毛に鼻を押しつけて、その後。そこから先は、記憶に、ない。


「正二、あのときのこと覚えてないの?」
「覚えてません、記憶にありません、だから松居さんもさっさと忘れてください」
「忘れないよー、あのときの正二ってば素直で可愛かったなあ。俺に子犬みたいに甘えてきてさあ、そのあと…」
「俺、よく石頭って言われるんですよ。花道みたいに頭突きしましょうか?」
「ごめんなさい」

62215-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 1/2:2009/01/29(木) 12:08:42
「では、男爵家の秘宝『アドニスの涙』は確かに頂戴した」
高らかにそう宣言すると、さえ渡る月光の中、黒い影はさっと身をひるがえしました。
「待て!怪盗赤鴉!逃がすものか!」
赤鴉を宿敵と定め、もはや3年の長きにわたる戦いを繰り広げてきた蟹村警部が、
ここで逃がしてなるものかと腰のサーベルをスラリと抜くも、
男爵家の豪奢なホールの高い天井、そこに取り付けられた高窓にとりついた赤鴉、
その名のとおり、カラスでもなければ到底届きはしないのです。
「蟹村君、毎度忠勤ご苦労である、そして我が仕事への御協力いたみいる、さらば!」
「待て!」
蟹村警部はぎりり、と歯噛みします。なんという人を馬鹿にした態度でしょう。
変装の名人、怪盗赤鴉は、こともあろうに宝の持ち主である男爵に化け、
宝を守らんとする警部の手ずからまんまとお宝をせしめたのです。
「くそ……!なんとしても逃がさんぞ! これまでの数々の失態、
 これ以上重ねては総監殿に申し訳がたたん!」
地団駄を踏み、しかし万事休す。警部の顔は憤怒で真っ赤です。
……と、急にがっくりと肩が落ちました。サーベルが石の床にカラン、と音を立てます。
「うむ、そうだ。私はもう何度も何度もお前に負けた。そして今回の失策、失態。
 私の責で男爵殿の宝を失うはめになろうとは……もはや引き時かもしれん」
「どうしたね、蟹村警部、随分弱気じゃあないか」
「部長殿に申し上げよう。お役目を交代させてもらうように。私では力不足だ」

62315-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 2/2:2009/01/29(木) 12:09:22
今にも中有へ飛び立たんとしていた赤鴉が、ハッとしたように振り向きます。
「何を言う、蟹村君。僕の華麗なショウをいつも引き立ててくれた君が。
 君が去って、いったい誰が君の後を継げると言うんだね」
「田尾警部補に一任しよう」
「ハッ、あのひよっこが? 君の後任? 晦日市の掏摸でも追っかけてるのがお似合いだ 」
薄闇の中、赤鴉は肩をすくめたようです。
しばらくして、やや憤然とした声が蟹村警部へ落ちてきました。『アドニスの涙』と一緒に。
「……今回は、僕としたことが、犯行予告時刻を3分過ぎていた。失敗だ。
 後日改めて頂きに伺うことにしよう」
驚いたのは警部です。
「赤鴉! 一体君は何を!……まさかこの私を憐れんで」
「勘違いしていただいては困るね、警部。私は完璧を望むだけだ」
「しかし……しかし……」
警部は思わぬ事態に混乱しています。宝を胸に抱きながら、
「それでは、君の事件で初めての不首尾になるじゃあないか。
 明日の新聞には大きく載るぞ。世間の人の物笑いの種になる」
ホールに沈黙が満ちました。
「蟹村君、君はお人好しだね。僕をして3分遅らせただけでも大したものなのだよ。
 新聞には、君のお手柄が載るのだ」
闇へ身を躍らせた怪盗赤鴉。まさにその背に羽を持つがごとく滑空していきます。
「──蟹村警部。次回もまた、全力で僕を阻止したまえ」

62415-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 1/2:2009/01/29(木) 14:24:36
投下してみる

まったくあの馬鹿野郎が!
飛んでくる弾丸をかわしつつ、床で蹲っている男に対し、悪態を吐いた。
男の腹部からは大量の出血。背後には金を盗まれた怒りで目が血走っているマフィア。
あのままだと、あの愚かな刑事は死んでしまうだろう。
長年、自分を追いかけている正義感の塊のような男。
見るたびにイラついてしょうがなかった。
刑事が勝手にしくじったというのなら、「馬鹿な奴」と嘲笑い、そのまま放ってさっさと逃げ出しているのに。
あの男が自分を庇って撃たれたのでさえなければ。
泥棒助けて、自分が死にかけるなんて笑い話もいいとこだ。
世の中、善が報われるとは限らない。むしろ、自分の生きてきた世界ではお人よしであればあるほど早死にしていたのだ。
一向に逃げずにいる自分に苛立ちを覚えつつ、刑事の方に目を戻せば彼の周りは十数人のマフィアで取り囲まれていた。
刑事の息はかなり荒く、最早抵抗する事も出来そうにない。
――あのままだと殺される。
そう思った瞬間、どうするべきかを考えるまでもなく、勝手に身体が動いた。
部屋中に煙幕が充満する。混乱するマフィア達をよそに素早く地面に下りると、刑事を抱かかえ、ワイアーを使って宙を飛んだ。
助け出したのがどこかの可憐なお嬢様とかだったら楽しかったが、残念ながら腕の中にいるのは体格のいい男だ。しかも商売敵。
身に起った事が理解出来ず、目を白黒させている刑事をよそにワイアーの反動を使い、建物の外へ出た。

62515-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 2/2:2009/01/29(木) 14:26:00
「何で……」
しばらくして落ち着いたのか、刑事が口を開いた。いつもは煩いぐらい声を張り上げるのに今は酷く弱弱しく、これは早く病院に連れて行ったほうがいいと思った。
「何でと聞きたいのはこっちの方だ。何で助けた」
「……だっておれは刑事だから、目の前の人間に危機が迫っているのに見過ごすわけにはいかない」
「それで死に掛けるんじゃざまあないな」
「確かに。でも、助けてくれたじゃないか。……本当にありがとう」
その言葉に小さく舌打ちをし、何ともいえない感情で刑事を見た。庇った相手に助けられ、それでも素直に礼を言うなんてどこまでお人よしなんだか。
「私は泥棒だけどな、物は盗んでも人の命は盗まない主義なんだよ。私を庇って死なれたら、私のポリシーに反する事になるからね」
「ははっ。だからお前は嫌いにはなれないよ」
刑事が静かに笑った。
「さて、もうすぐ病院だ。お前を預けたら、私はさっさと消えるからな。お前を助けて捕まるなんて馬鹿みたいだからな」
「心配するな。今回は見逃してやるよ。ただし今回限りだかな」
「上等だ。そうでなくては面白くない」
この異常に早い心臓の動きは予測できない事でいろいろ起ったせいという事にしておこう。
泥棒が心を盗まれたなんて洒落にもならない。

626ある日目覚めたら魔法がかかっていた:2009/01/31(土) 23:55:29
ある朝目覚めると、俺に魔法がかかっていた

「おはようございます、旦那様」
―早く起きていただかないと、予定が狂ってしまうんですよ。
「あ…ああ…おはよう。済まない、すぐに起きるから…」
「いえ、ごゆっくりどうぞ。ところで本日は紅茶と珈琲、どちらになさいますか?」
―いつも紅茶に角砂糖三つを召し上がられますよね。意外にも甘党でおられますから。
「えーと…じゃあ…今日は珈琲をいただこうかな…」
―はい?用意しておりませんよ!?
「かしこまりま…」
「あ、やっぱりいいよ!いつも通り紅茶にしよう!」
「ではお砂糖は三つで宜しいですか?」
「あ、うん…そうだね…三つがいいかな…」
「かしこまりました。…ところで本日は体調がお悪いのですか?」
「えっ?」
「先程から顔色が優れないように見えますが…」
―風邪でもおひきになったのですか?珍しいこともあるものですね…。
「いや…あの…全然元気…うん…」
「そうですか?あまりご無理をなさらないでくださいね。旦那様に何かあったら、皆が心配致します」
―…多分、誰よりも、この私が。
―旦那様にもしも何かあったら、私は……
「…旦那様?」
「いや、うん…あの…」
「やはり熱がおありでは?顔がお赤いですよ」
「……言わないでくれ…」

ある朝目覚めると、俺に魔法がかかっていた
好きな奴の心が、全部分かってしまう魔法
それはこの俺を赤面させるほど恥ずかしくて
でも少し暖かい魔法だった

62715-79 芸術家の悩み 1/2:2009/02/02(月) 01:13:25
――暁さんが旦那様の愛人だってのは本当かね?
――さてねえ……屋敷に置いて寝食の面倒を見ている上に、金の援助までしているそうだけど。


この気持ちは雑音のようなもの。

僕は常に静かな気持ちでいることを望んでいました。怒ったり悲しんだりするのは苦手です。
弱いだけなのです。静かな気持ちでいるには、外は煩すぎる。
そもそも僕がキャンバスに向かうようになったのも、外の雑音から耳を塞ぐためだった。
自分の境遇が他より恵まれていることを是幸いと、内側に閉じこもったのです。
何のためでもない、僕はただ逃げるために絵を描いていた。

もう一人の僕がいつも傍で囁いていた。『お前の絵はお前にしか価値がない。そしてお前の価値は絵にしかない』
そんなことは、僕自身がよく知っていました。

しかし、初めて会ったとき彼は言ったのです。
「難しい理屈は分かりません。でも俺はあなたの絵を見ていると優しい気持ちになります」と。
そして屈託無く笑って「きっとあなたの優しさが滲み出ているのでしょうね」とも。
僕は優しくなどない、弱いだけだ。そう言いましたが、彼は微笑むばかり。
それから彼は頻繁に離れを訪ねて来るようになりました。
茶菓子を差し入れだと言って持ってきて、他愛の無い話をして、帰っていく。
ときには僕を外に連れ出して、川縁の桜や並木道の銀杏を見せてまわることもありました。

いつの間にか、僕はキャンバスに向かう時間よりも、彼と話す時間の方が多くなっていました。
彼の訪問を待ち望み、彼との会話を心待ちにするようになり、僕は絵を描かなくなった。

ああ、彼と居ては絵が描けないのだな、と思いました。
そしてこの気持ちは雑音のようなものだとも思いました。僕が避けて逃げていた筈の、外の世界の雑音。
けれど、それでも構わないという気になっていました。
僕は逃げるために絵を描いていた。逃げる必要が無いのなら、絵を描く必要もない。

しかし、その気分も長くは続かなかった。やはり雑音は雑音でしかなかった。
窓の外の世界は、僕の心を乱すものでしかなかったのです。僕は耳を塞ぎ続けるべきだった。
だから彼を視界から消すよう努めました。
彼に話しかけられても碌に返事をしなかったし、彼に微笑みかけられても目を逸らした。
彼は戸惑ったように「何か気に障ることをしましたか?」と訊ねてきました。
僕は答えようとして、結局は黙ったままでした。
何も言わぬ僕を見て、彼は悲しそうな表情を浮かべました。

62815-79 芸術家の悩み 2/2:2009/02/02(月) 01:14:04
するとまた僕の心に小波がたつ。
波紋は心の内に広がって、僕を追い詰め、逃げ場を奪っていく気がしました。
堪りかねた僕は、彼を乱暴に追い返しました。
もう来ないでくれだとか、酷い言葉を投げた気がしますが、よく覚えていません。

もう一人の僕が冷笑しました。『お前はまたそうやって逃げるのだな。これで何度目だ?』

その通りだと僕は叫びました。
僕は再び、逃げるためにキャンバスに向かいました。
しかし、絵の具を取り出しいくらキャンバスに塗っても、何の形にもならなかった。
窓の外の風景も、部屋の中に置きっ放しの絵たちも、酷く色褪せて見えました。
ふと見ると、戸口に追い返した筈の彼が立っていました。

呆然とする僕に彼は「俺はあなたの絵が好きですよ」と言いました。
もう一人の僕が、僕の代わりに答えました。『僕はきっと、君のことが好きなのだ』
すると彼はいつもと変わらない、柔らかな微笑を浮かべたのです。
酷い言葉を投げた僕を、彼はいとも簡単に許してくれたのです。
彼は繰り返しました。「俺はあなたの絵が好きです」と。

だから僕は絵を描く。逃げるための絵は僕にはもう必要ない。
この気持ちは雑音のようなもの。一度見失えば、もう二度と聞けない微かな雑音。
忘れぬように、僕は絵を描き続けなければならない。そしてまた彼にこの絵を見せるのです。

ねえ兄さん、この絵を見たら、彼はどう思うでしょう。また、笑ってくれるでしょうか?




19××年2月1日深夜、久崎家の次男・洸耶が、庭で笑いながら自身の絵画を焼いているのを使用人の一人が発見。
慌てて取り押さえるも、洸耶は意味のわからない言葉を繰り返し、他者の認識が出来ない状態であった。
同日、彼がアトリエにしていた離れで、屋敷に下宿していた書生・安藤暁が死んでいるのが発見される。
解剖した医師によれば後頭部の打撲痕が致命傷とのことだったが、他殺なのかまでは判断できず、結局事故死として処理された。
使用人たちによれば、洸耶は人嫌いであったが安藤とは不思議と仲が良く、だからこそ洸耶が彼を殺すなど考えられないとのこと。

その後、洸耶は神経衰弱と診断され、彼の兄であり久崎家の当主でもあった総一郎により静養所に送られた。
彼はそこで絵を描き続け、二十八歳で急逝するまでに十三点もの絵画を遺すことになる。
そしてそれらは全て、現在において高い評価を受けている。

62915−89 お次の方:2009/02/02(月) 03:21:05
規制中なのでこちらに投下させてもらいます。


俺、ブラックIT企業の社会人2年目、東京出身。
最近は困ったことに年下の男の子に片思い中。
片思いの相手、バイト2ヶ月目(たぶん近所の大学生)、福岡出身。
元野球部のホークスファンで、背が低いのがコンプレックス。
なんだかんだで20時間労働で朦朧となって帰って来ても、
コンビニの店員さんに癒される日々なのだ。

「今年こそホークスの優勝ばい」
秋山監督だもんな、そりゃ期待するよな。
「あー、のど痛か。昨日腹出して寝たけん」
寝相悪いのか、一緒に寝ることがあったら気をつけてやらなきゃ。
「オレ、煙草吸う子は好かん」
ええい、それなら今日から禁煙だ!
俺はこの2ヶ月間で、聞き耳を立てて店員同士の会話を拾うのが上手くなった。
決して褒められたことでないのはわかっているが、この恋は長期戦なのだ。

立ち読みしてした漫画雑誌をラックに戻し、いつもの品を買い物カゴに次々に入れる。
会計をしている先客の後ろに並ぶと、すぐに掠れた声が飛んできた。
「お次の方どうぞー! お待たせしました」
隣のレジで軽快に手を上げたのは、愛しの彼だった。

スポーツ新聞、週間ベースボール、パックの麦茶にヨーグルト、鶏カツ弁当。
彼が手際よくバーコートを読み取り、袋に詰めていく。
「お弁当あたためますか?」
「お願いします」
家でやってもいいのだが、電子レンジが回ってる時間分、彼の側にいられる。
くだらないようだけど、俺にとってはとても重要なことだ。
「あ、今日はマルボロは?」
なんて気が利く! 彼は俺の好きな煙草の銘柄を覚えていてくれた。
いやしかしここで尻尾を振っちゃダメだ、だって俺は君のために――。
「いいです、禁煙するんで」
途端に彼の目尻に僅かに皺が寄って、幼い笑い顔になった。
「がんばってくださいねー、オレ超応援しますよ」
ああ、この八重歯はやばい。超絶スーパーキュートだ。

63015−89 お次の方:2009/02/02(月) 03:24:17
「お客さん、どこファンですか? いつも週べ買ってますよね」
おお、決まった物を買って印象付ける作戦が効いていた!
アドバイスしてくれた会社の事務の女の子に感謝しなければいけない。
「パ・リーグ好きなんで、日ハムとかソフバンとかの試合良く見ますね」
「マジすか!」
盗み聞きで相手の好みを把握しておく策も成功だ。
これは大学時代の悪友に礼を言おう。
「最近スカパー入ったから、今シーズンから全試合フルで見れるんです」
「うわ、それ良いっすね! うらやましかー」
彼の口から、接客中には決して出さない博多弁がこぼれた。
学生に真似できない経済力を見せ付ける技が、こんなに効果的だとは。
合コン番長の先輩、ありがとうございます。

「あ、すいません。オレつい方言……」
彼が照れた様子で頭を掻いた瞬間、レンジの中から破裂音が響いた。
何事かと驚いたが、俺以上に彼の方が慌てていた。
手荒くレンジを開けて弁当を取り出し、彼は肩を落とした。
「申し訳ありません、ソースの小袋も一緒に温めたので、破裂してしまいました……」
見ると、たしかに弁当のパック全体にソースが派手に飛び散っている。
鶏カツ弁当はそれが最後の一つだった。
自分が買い取ります、それか他のお弁当をお出ししますと彼は必死に言ってくれたが、
好きな子が困っているのを見たら優しく励ますのが男というものだろう。
誰かに教えられたわけではないが、これくらい馬鹿な俺にでもわかる。
「良いですよ、家に醤油あるんで」
「でも……」
「はい、お金ちょうど。レシート要りません。いつもありがとうね」
俺は彼が好きだから、いくらでも優しくする。
割に合わない仕事をして身も心も擦り切れた夜、彼の笑顔がいつも俺を温めてくれた。
彼の気を引くためにちょっと格好つけて去ることは、果たしてどう出るだろうか。

63115−89 お次の方:2009/02/02(月) 03:26:31
「オレ、生まれかわったけん。昨日までとはちごうとよ」
素のままで十分魅力的なのに、一体彼に何があったんだろう。
「あのお客さんが……って言ったっちゃん」
いまいちよく聞こえないけど、迷惑な客でもいたのかな。
「やけん、初心にかえったと!」
彼らしい前向きな言葉だ。なんだかこっちまで元気が出る。

いつもの商品を持って列に並ぶと、すぐに横から彼がやってきた。
その姿を一目見て、思わずカゴを落としそうになった。
「お次の方、どうぞー」
手を挙げてはにかむ彼は、高校球児のような坊主頭になっていた。

「お弁当温めますか?」
「お願いします」
「はい」
「あの、髪の毛……」
「思い切って短くしました」
「す、すごい似合いますね」
「昨日失敗しちゃったんで、自分なりにけじめをつけてみたんです」
「俺のせい?」
「お客さんのおかげ、ですよ。オレ最近たるんでたんで」
「いや、いつも君はよくやってくれてるよ」
「ありがとうございます、なんか逆に気使わせちゃって」
「俺はただ、その、君が……」
「お客さんにお礼というか、お詫びというか、させてもらいたんですけど」
「そんなのいいんですよ、ホントに」
「一緒に開幕戦見に行きません? チケット奢りますよ」
「え!」
「迷惑だったらいいんですけど」
「ううん、嬉しいんだ、嬉しすぎてもう泣きそう…」
「あはは、お客さんがば面白かぁ」
彼が八重歯を見せて笑った時、レンジがチンと音を立てた。

潔い五厘刈りも、直球のお誘いも、彼がやるとなんでこんなに素敵に見えるんだろう。
鷄カツ弁当のおかげで、ただの客と店員の関係からは抜け出せそうだが、
忘れてはいけない、この恋は長期戦だ。
俺は明日も明後日もコンビニに通い、彼が呼んでくれるのを待つのだ。
いつかこちらから彼に愛を告げ、頷いてもらう日のために。

63215-129「その弱さと醜さを愛す」1/2:2009/02/04(水) 02:36:45
「・・・いい加減帰ろうぜ、ほら」
立てよ、と脇の下に手を入れて持ち上げると、唸り声と共に手を振り払われた。
「んーだよ・・・いいだろ別に・・・すいませぇーん、これおかわりぃ」
「ああいいですいいです!帰りますから、おあいそお願いします」
心配顔で寄ってきた店員に、愛想笑いを浮かべながら伝票とカードを差し出した。
「水村くんいつにもまして飲んでたね、大丈夫?タクシー呼ぼうか?」
もう顔馴染みとなってしまった店長が困ったように笑いながら声を掛けてくるのに、
大丈夫ですから、と首を振った。
「こいつ今日は俺んち泊めるんで」
「そうだね、そのほうがいいかもね、」
ああちくしょー!なんであいつが・・・あいつのが・・・・・・、急に大声をあげる水村に
ぎょっとしてそのうつ伏せの背を見つめた後、店長と二人顔を見合わせて苦笑した。
ぐっと声のトーンを落として、店長が「・・・また?」と問いかけるのに頷いた。
「・・・ええ、またコンテスト落ちちまって・・・・・・今度は最終選考までいってたから余計・・・」
「そっか・・・つらいとこだね」
支えてあげなよ、友だちなんだからさ、と軽く肩を叩かれて、曖昧に笑顔を浮かべた。
友だち。その言葉に胸の奥がギリと焼け付くように疼いた。
「―――じゃあ、ごちそうさんでした」
俺は水村の肩を抱いて、店を後にした。
「うん。あっ、今度またメニューの写真撮りに来てって云っておいてね〜」
背中に届いた店長の言葉に片手をひらりと振って答えた。

はあ、と吐き出した息が白く立ち上る。
俺とそう身長は変わらないとはいえ、酔った千鳥足の男を支えて歩くのはいささか辛い。
「・・・・・・檜山ァ」
「んだよ起きてんならちゃんと歩けよな」
いつも自信満々怖いものなしって水村の顔が歪んでいた。
俺のすぐ横で、水村が囁くように吐き出す。

63315-129「その弱さと醜さを愛す」2/2:2009/02/04(水) 02:37:46
なぁなんで俺の作品じゃ駄目だったんだよ、最優秀とったやつの写真、お前も見たろ?
あんなの誰だって撮れるじゃねぇかよ、露出と倍率と・・・あんな小手先の技術で撮った作品の
何処がいいんだよ・・・俺なら、俺ならさぁ・・・
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら水村が何度も呟く。畜生、畜生・・・なんでだよ・・・・・・。
俺の肩口を濡らしながら、水村は今日何度目か知れない愚痴を零した。
俺は何も云わずに、ただだらだらと頬を伝う水村の涙は甘いだろうかだなんて
馬鹿なことを考えていた。
「・・・審査員の奴ら目がないんだよ。
大丈夫だって、絶対いつかお前の凄さに気付くひとは出てくるって」
「そ・・・かな、お前がそういうんなら、そうかもな・・・・・・」
やっとぎこちなく笑顔を浮かべた水村の目じりからつ、と涙が零れ落ちた。
なんとなくそこから目を逸らしながら俺は空を仰いで、馬鹿みたいに明るい声を出した。
「そうだよ。水村は立派な写真家になって、
そんで毎晩お前の奢りで飲みに行くのが俺の夢なんだからさ」
だから諦めてもらっちゃこまるんだよ、と云うと、
馬ッ鹿お前ふざけんなよ、と水村は笑って俺の頭を軽くはたいた。
ああいってーと俯いた先のアスファルトに向かって俺は呟いた。

立派な写真家なんかにならなくていい
お前の価値をわかるやつなんて、俺以外誰もいなきゃいいのに

コンテストに落ちるたびにこうやって弱音を吐いて、
愚痴と不満と憤りでぐちゃぐちゃになるお前が好きなんだ。
こんなこと云えるのはお前だけだよと泣きそうな顔で云って、
そんな些細な言葉に俺は一喜一憂して、泣きたくなって、
次のコンテストこそ賞取れるといいなと唇に乗せる言葉は本当なのに、
でも一生賞なんて取れずに終わればいいんだと思ったり、
俺は頭のなかがぐちゃぐちゃになって、罪悪感とやるせなさと嬉しさと苦しさで
どうしようもない気持ちになっていることをお前は知らないだろうし、
こんなどうしようもない俺を、お前は一生知らないでくれ。

「なあ、水村・・・・・・次のコンテストこそはさ・・・」

その次の台詞を俺は知らない。

63415−229 両親とご対面 1/3:2009/02/11(水) 12:59:22
マッチを持つ手がぶるぶると震えてうまく煙草に火を点けられないでいると、
助手席から白い手が伸びてきて、俺の代わりに点してくれた。
「あ、ありがとう」
「いいえ」
小野寺は頬を膨らませ、マッチの小さな火を消した。
普段余り見ない幼い仕草に、ほんの少しだけ心が和む。
「明石さん、そこ右です」
「ええっ、マジでぇ!?」
思いっ切りハンドルを切ったら、周りの車に短いクラクションで非難されて、心臓がとび跳ねた。
「次からもうちょっと早めに言って、俺まだ右折苦手だから」
「だって明石さんが一人でニヤついてるから」
――わざとかよ。
一人じゃ煙草も吸えないほどいっぱいいっぱいなパートナーに、この仕打ちはあんまりだ。
「出た、小野寺くんの意地悪」
「意地悪というより、もともと根性が悪いんです」
「あーもう、親御さんの顔が見てみたいね」
「これから見に行くじゃないですか」
しれっとした顔で返されて、言葉に詰まった。煙草の煙を吐き出し、少し間を取る。
「嘘だよ、君が良い奴なのは俺が一番知ってるよ」
そんなくだらないやり取りをしながらも、カローラは着々と彼の実家に近づいていく。

63515−229 両親とご対面 2/3:2009/02/11(水) 12:59:58
「どどどどどうしよう、腹痛くなってきた」
「ここまで来て何言ってるんです」
「君にはこの扉を開けるのが俺にとってどれだけ重大なことかわからないんだ」
「あのね、確認しておきますけど、一人の先輩として紹介するんですから
 何も緊張する必要はないんですよ。結婚するわけじゃあるまいし」
そこら辺は事前に二人で話し合って決めたのだが、それでもこの不安は拭えない。
小野寺のイライラがびんびん伝わってくる中、俺は更に口を開いた。
「だってさぁ、好きな人の大切な人に好かれたいって思うのは当たり前だろ」
どさり。小野寺が手に持っていたボストンバッグを落とした。
彼はこうやって直接言われるのに弱い。
俯いて首の後ろを触るのは、照れている時の癖だ。
ああくそ、かわいいな。しかしさすがに実家の玄関先ではキスもできない。
「……大丈夫です、明石さんは本番に強いから」
「それはそうだけどさぁ、俺、ちょお緊張しいなのよ」
「でもいつだって最終的には上手くやってみせるじゃないですか」
肩を軽く叩かれて、しゃんと背筋が伸びた。
俺も彼も、お互いの操縦法がよくわかっている。
小野寺は叱って伸びるタイプで、俺は褒められて育つタイプなのだ。
「俺、ちゃんと出来ると思う?」
「もちろん」
「よしっ、お邪魔しよう」
俺は冷え切った手でドアノブを回し、小野寺家に足を踏み入れた。

63615−229 両親とご対面 3/3:2009/02/11(水) 13:00:57
「一週間お世話になりました」
「明石さん、またいつでも遊びに来てくださいね」
目元が良く似ているお母さんが、お漬物を渡しながらそう言ってくれた。
「こんた子だがら大学じゃ友達も出来ねんじゃねがと思っとっだけど、
 明石さんがいでくれるなら安心だす。こえがらもよろしくお願いします」
お父さんは訛りがきついが、笑顔が穏やかな人だった。
「いえ、僕の方こそ小野寺くんがいてくれて本当に良かったと思ってるんです。
 いつも良くやってくれてますよ。友達も多いですし。」
荷物を積み終えた小野寺が、後ろから靴のかかとを踏んできた。
余計なことは言うなという意思表示だろう。
「それじゃ、失礼します」
「気付げてな」
バックミラーに映る二人は、姿が見えなくなるまでずっと手を振っていてくれた。
俺はハンドルを握りながら片手を振り返し、小野寺も振り返ってじっと後ろを見ていた。

「最後のアレ、ああいうの要らないんで」
「嘘も方便って言うだろ。嘘つくのが嫌なら友達作りなさいよ」
「……努力します」
「いやでも素敵なご両親だったな。君が大事にされてるのがよくわかったよ」
これは言わないけど、君が家族をとても大切にする人だと言うこともね。
「今度は明石さんのおうちに行きたいです」
「ええほんと?! 一体どういう心境の変化よ、嬉しいなあ」
「だって、好きな人の大切な人に会いたいって思うのは当たり前でしょう」
「言うよねぇ、小野寺くん」
ポケットを探って煙草を取り出すと、何も言わずに彼がマッチを擦ってくれた。
ああ、そう言えば彼のお母さんはお酌がとても上手だったし、
お父さんは見送りの際、お母さんの外履きを出してあげていた。
顔以外の部分も似ているんだなと思い、口元が緩んだ。
「明石さん、そこ右」
「ちょ、ちょっと! 早く言ってって頼んだじゃないかぁ」
カローラは二人を乗せて走る。ずっと走る。

63715-239 襲い受け:2009/02/11(水) 18:47:41
なんかコレいいのかなあ。
俺、寝そべってるだけなんですけど。
上で先輩がいろいろやってますけど。
先輩、上だけ着てるってエロさ倍増。
白いシャツって本当反則だよね。
下半身が見えるようで見えないってのもそそるなあ。
茶色くて少し長めの髪が乱れて色っぽい。
ああ、キスしたい。触りたい。許してくれなかったけど。
「気持ちいい?」
「はい、気持ちよすぎてヤバイです……」
「はは。素直でいいね」
先輩の動きが激しくなって、俺は意識が飛んだ。

スキーに行って先輩と接触して俺だけ骨折して入院して
今は家で安静にしてますけど、
お見舞いとお詫びと称してこういうことされて、
少しだけ骨折して良かったとか思ってますが。

足が治ったら先輩につきあってくださいって言ってみよう。
『あれは単なるお詫びだよ?』
哀しいことにそんな答えがかえってきそうだが。
おそらくその予想は正しいとは思うが。
でも、そうなったら今度襲うのは俺ってことで。
簡単に襲わせてはくれなさそうだけどね。

63815−239 襲い受 1/2:2009/02/11(水) 21:15:06
「…まだ起きてる?」
「寝かけてるけど起きてる」
「オレ昔さぁ、母さんのおっぱい触ってないと寝れない子供で」
「なに、触りたいの」
「うんでも、おまえには胸ないから」
「じゃあ何だよ」
「代わりにちんこ触らして」
「はあ?」
「お願い、触るだけだから」
「だってそのまま寝て、夢うつつのまま握ったりしたらどうすんだよ」
「大丈夫、ソフトタッチにするから」
「えー」
「優しくするから」
「それはなんかちげーだろ」
「じゃないと寝れない」
「仕方ねーなぁ」
「失礼しまーす」
「ちゃんと寝ろよ」

63915−239 襲い受 2/2:2009/02/11(水) 21:16:10


「ふふふ、ふにゃふにゃ」
「ケンカ売ってんの?」
「いつもお世話になってます」
「てめぇ寝ろよ」
「ここ好きだよね」
「ちょ、やめろって」
「でもこっちは起きたがってるみたい」
「ほんと死ねよ……」
「生きる!」
「うわ」
「耳も気持ちいいんだね」
「あ」
「首も」
「……っ」
「このままじゃかわいそうだから、オレがしてあげるね」
「お前、最初からそのつもりだったろ」
「あ、気付いた?」
「もうそういう次元じゃねーだろ!」
「ふん、バレちゃぁ仕方ない、目茶苦茶にしてやるぜ」
「……優しくしろよ」

64015-250 くだびれたオサーン2人  1/2:2009/02/12(木) 22:08:38
店屋物で各自遅い夕食を終える。署に泊まるのもこれで五日目だ。追い込みのかかった捜査本部は段々と殺気立った気配を漲らせてきている。
その張り詰めたような空気が嫌で、安藤はわざと唸り声のような溜息をついた。爪楊枝を吐き出し、ごみ箱めがけて投げる。それは小さな金属製のごみ箱のふちに跳ね返り、無残に床に落ちた。安藤は片目を細めて舌を打つ。
安藤は斜め向かいのデスクで書類を書いている横山に向かって声をかけた。
「外行くか」
屋内禁煙。押し寄せる嫌煙の波に、警察署とて無縁ではない。取調べ室すら禁煙とされて現場の刑事は不平を漏らしたものだが、あるか無きかの抵抗は果たして無駄に終わった。今では皆、この寒空に屋外で情けなく煙をくゆらすことしかできない。
「ん…おお、ちょっと待て」
横山は眉間に皺を寄せて、つたない指づかいでキーボードを叩いている。未だにタイピングタッチの出来ない同僚を見て安藤は小さく笑う。太い指にノートパソコンの小さなキーボード。熊がレース編みをしているような奇妙な眺めだった。
「先行くぞ」
「いやいやいや、ちょっと待て、もう終わる……ん、終わっ、た、と」
言葉に合わせてとん、とん、とん、とキーを叩き、横山はにやりと笑って立ち上がる。

64115-250 くだびれたオサーン2人  2/2:2009/02/12(木) 22:11:16
五年ほど前に購入した黒いトレンチコートは、とうに色はあせて青とグレイを混ぜたような奇妙な色になっている。生地はよれてところどころ裾が擦り切れてしまいそうだ。しかしこのコートが一番自分の身体に馴染んでいる。雨上がりの空気は清冽で、澱んだ部屋の空気に慣れた肺には心地いい。水溜りを踏まないように気をつけながら署の裏手に回った。
安藤はごそごそとポケットを探ってライターを出す。オイルが少なくなっているのか、何度か石を鳴らしても火花が散るばかりだ。
「ほらよ」
隣からライターが飛んでくるのを辛うじて受け止めた。
「おう」
二人で肩を寄せ合い、薄ぼんやりとした宵闇の中で煙草を燻らせた。寝不足で不明瞭な頭には、苦い煙草の煙すら何の刺激にもならない。
「そろそろ帰りてえよなあ」
「全くだ」
建物の壁にもたれ、上を向いて煙を吐き出した。背を丸めて煙草を吸う横山の後姿を見る。彼も似たり寄ったりのくたびれたコートを身に着けている。
「なあ」
声をかける。横山は煙草を咥えたまま振り返る。疲れたような顔で笑って見せると、横山もゆっくりと頬を緩めた。薄暗い闇、建物の裏手、見る者は誰もいない。
指に煙草を挟んだまま、横山のコートを焦がさないように気をつけながらその襟を掴んで乱暴に引き寄せる。指にかかった抵抗はほんの僅かで、横山はすぐに安藤に身体を寄せてきた。
自分よりも随分高い上背と拾い肩幅。今でも柔道をやっている彼の身体に余分な肉は少しも無い。
「煙草、邪魔だ」
言うと、横山は苦笑して咥え煙草を指に持ちかえる。
顔を寄せる。自分からは口付けない。少し待つと、身をかがめるようにしてゆっくり横山が口付けてきた。
自分のものとは違う煙草の味。伸びてきた髭がお互いの皮膚にちくちくと痛い。薄っすらと唇を緩めると横山の舌が忍び込んできた。
指から力なく煙草が落ちる。まだ随分と長いそれは上手いこと水溜りに落ち、不平を言うようにじゅっと鳴った。

64215-259 パティシエの恋:2009/02/13(金) 17:20:03
 厨房の向こうでふたりのやりあっている声がする。

「僕がオーナーだ。私の方針に従ってもらう」
「出来ません」
「バレンタインのデザートにはにチョコレートを使え。それだけのことだろ」
「私はパティシエです。ショコラティエではありません」
「だからなんだ。パティシエはチョコレート菓子を作らないとでも?」
「ショコラはデリケートなんです。私はショコラティエの技術を尊敬している。
納得のいかないデザートをお客様には出したくない」
「君の職人精神は素晴らしいと思うが、私はレストランの『経営』をしてるんだ。
自分の作りたいものだけを作って、レストランが運営できるか」
「では、この期間だけショコラティエを雇ってください」
「この時期に暇なショコラティエが役にたつか!」

 堂々巡りの話の決着はまだつきそうにない。結果はわかっているので、
俺はメインの肉料理でカカオでも使おうかと考える。

「オーナーとやりあうパティシエなんてはじめてみました。すごいっすねえ」
「手を動かせ、新人。そのうち慣れるよ。オーナーが負けるし」
「なんでですか? お前なんかクビだって一言いえば終わりでしょ」
「言えるわけないだろ。あいつほどの腕があれば雇うところなんか
いくらでもあるし、独立してもいいし」
「なるほど」
「まあ、他の理由もあるけど」
「他の理由?」
「あー、まー、いろいろ」
「あ、オーナーが負けた」
「今まで勝ったことないけどな。このソースどうだ?」
「お、チョコレート風味っすか? いいっすね」

 うちのパティシエは本当に意地が悪い。サドかもしれない。
そんなやつに惚れたオーナーも本当に気の毒だと思う。
 蛇の生殺し状態はもう何年続いているだろうか。
気持ちに気がついているなら返事をしてやればいいのに。

 バレンタインはキューピッドでもしてやろうか。
 そんなことを言ったら、「余計なことをしたら殺す」と脅された。
 今年は少しはオーナーが報われるのかもしれない。少し安心して店を閉めた。

64315-259 パティシエの恋  1:2009/02/13(金) 23:10:13
初投下で勝手がわからなかった…まとまりなくて本当にスマソ

チリンと鈴の音が鳴って男が入ってきた。
雑誌やテレビを賑わしている様なお洒落なパティスリーではない、「パティシエじゃねえ、菓子職人と言え」という
頑固親父が長らく経営していた寂れかけた製菓店には、貴重な客だ。
店を継いだ二代目パティシエ、もとい菓子職人は、週に一度は必ず買物に来る大事な常連客に
飛び切りのにこやかな笑顔で「いらっしゃいませ」と声をかけた。
男は挨拶に無反応なまま、ショーケースの前で長身を屈めじっくりとケーキを吟味する。
それこそ下段の棚から上段まで、左から右へと隙間なく視線を巡らす。それを何度か繰り返した後に、
おもむろにこちらに視線を向けてきた。
「…この間のケーキは?」
投げかけられた問いに答えられるまで数秒かかる。それが先週まで並んでいた新メニューのケーキの事を
言っているのだと気づいて、ああ、と思わず溜息をついた。
「あれはもう店頭から下げたんですよ。林檎のシブーストですよね」
「シブ……」
「タルト地に林檎とクリームを載せて焼いたやつです。でも見た目が少し地味だったみたいで
あまり人気がなかったんですよね。その代わりに、ほら」
ケースの向こう側から身を乗り出して中央の棚、右から二番目を指し示す。
「今週から並べたんですけど、評判がいいんですよ。よかったらいかがですか?」
「いや、これは…」
指差されたケーキを見た途端、無意識なんだろうが男の顔が渋くなる。当然だ。無数のハートでデコレーションされたケーキなど、
三十路を過ぎた男が買うものではない。もしそれが「大の甘党の男」だったとしてもだ。
「…じゃあ、これとこれ」
男は店の定番のチーズケーキと新作ケーキの二つをオーダーすると、鞄の奥から財布を取り出した。
その際に中からラッピングされた箱がいくつか見えた。明日は土曜日。なるほど今日はバレンタインの前倒しというわけか…と
どこかもやもやした気分で考える。
「…もてるんですね」
一万円札を取り出した男が不意打ちを食らった鳩のような顔をする。それがなんだかおかしくてくすっと思わず笑ってしまった。
「だってそれ」
「…義理だから」
自慢すればいいのに取り付く島もない素っ気無さ。けれど、嫌な感情は湧かない。
「そういえばこの間、駅前の居酒屋で見かけました。団体だったから会社の同僚の方たちですよね、きっと。すごく盛り上がってたし」
「…たぶん、会社の子の送迎会」
「ああ、なんかそんな感じでした」
それきり落ちる沈黙。商品を交えない会話はキャッチボールにならず、ミットも掠らない。…そんなお堅い態度じゃなく、
オヤジギャクの一つでも飛ばして見せろよ。そんな事を考えながら、レジからお釣を取り出そうと手を伸ばした。
…けれど少し考えて腕を引っ込める。ちらりと男を見ると胡乱そうな目を向けられた。

64415-259 パティシエの恋  2:2009/02/13(金) 23:13:04
「すみません。細かいお札足りないんで少し待っててもらっていいですか?」
ぺこんと頭を下げると、男は了解したとばかりに店の隅においてあるベンチに腰をかけた。
とはいっても長く待たせるわけにはいかないので、急いで奥に向かうと手早く目的のものを手に持ち小走りで戻ってくる。
男は所在なさそうにチラチラと店内に視線を漂わせていた。
「お待たせしました。…これ、お釣です」
「ああ、ありがとう」
そのまま財布を仕舞い込んで出て行こうとする男を呼び止め、ショーケースの外側にまわると、まだ半開きの鞄に小さな包みを捻りこむ。
男は驚いたように体を固くした。
「おまけです。いつもありがとうございます」
微笑みかけると、いつも無反応な態度なのが嘘のように、男はぽかんと口を開けて無防備な顔をした。
そんな思いがけない様子を見ると、今度は自分のした事が妙に気恥ずかしくなり、咄嗟に俯く。数秒後、チリンと鈴の音が鳴る。
顔をあげると男はいなかった。けれどうろたえるように呟いた「ありがとう」の言葉が、型押しされたように胸の奥に強く残った。

最後の客を見送り店を片付けると、厨房スペースにおいてある椅子に腰掛け一息入れる。
お菓子作りは体力勝負だ。製造と接客でくたくたになった上半身や足をもみほぐしていると、
店の隅においてあった携帯電話からメールの着信音が流れる。
送信元は今でも仲がいい大学時代の友人だった。内容はいつもくだらない。彼女の話や、仕事の話、会社の同僚の話…。

『…それでさ、根津さん今日も例の彼女のとこ行ったらしい。
普段の仕事の鬼ぶり知ってるからすごい笑えるよ。大の辛党のくせにケーキ屋通いだぜーー』

 他の部分は全然頭に入らなくて、友人が何の気なしに打ったはずのメールの一文を、呆れるくらい何度も読み返す。
奇跡のような偶然は、油断すれば涙が出るほど嬉しくて幸せで、それなのにやっぱりどこか切なくてたまらなくなる。

 男はきっとパティシエの名前も知らない。けれどパティシエは男の名前も知っていれば、好きな食べ物から趣味まで知っている。
お喋りで何かとマメな友人が、会う度電話する度、堅物で変わり者な同僚の話をおもしろがって一から十まで話して聞かせるからだ。
パティシエは今までに書き溜めていた脳内メモを、頭の中で反芻してみた。
無口で頑固な変わり者。けれど実は世話好きで情に厚い。時折身内に飛ばすギャクはオヤジ。目下、ケーキ屋の菓子職人にご執心。


…それを当の男が知ることになるのは、あとほんの少しだけ先の話。

645大事な事なので二回言いました:2009/02/15(日) 20:15:27
「好き、だーい好き」
「はいはい」
「大好き、ものすごく好き」
「あっそ」
「すきすきあいしてるー」
「……いい加減うるさいんだけど」
「なんだよ、そこは俺も好きだよって返すとこだろー?」
「うるさい、誰が言うか」
「お前滅多に好きとか行ってくれないじゃん。俺の事好きじゃないのー?」
「嫌いな奴だったらこうやって膝に頭乗せてきた時点で殴ってるよ」
「それはそうだけど」
「俺なりの愛情表現なの。いいだろこれで」
「ダメ、口に出さないと伝わらないの!大事な事は2回言うぐらいで丁度良いんですー」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
「へぇ……好き、好き」
「えっ、いや、えっと」
「2回言うぐらいが丁度いいんだろ?好きだ、大好きだ」
「た、タンマ!耳元で囁くの反則!低い声出すの反則!」
「そうやって顔を真っ赤にするお前も可愛くて好きだ、大好きだ」
「もういいっ…いいから、そのやらしい声禁止っ!」
「愛してる、愛してるよ」
「や…だから待てって…っ」
「何?もう満足した?」
「十分すぎるぐらい。……なぁ」
「ん?」
「好き、好き、愛してる」
「うん、知ってる」
「な……!くそ、お前も照れろ馬鹿!」

646忘れないで (300に萌えたので二次創作です):2009/02/16(月) 12:49:36
「イヤだ、どうしてレナードがこの家を辞めなきゃならないんだ」
「申し訳ありません。坊ちゃまが私に抱いているその感情がある限り、私は坊ちゃまのお傍にはいられないのです。」
「じゃあもう困らせないから、ワガママ言わないから。」
「それでもダメなんです。私も気付いてしまって申し訳ありません。」
「一体どうすればいいんだよ、どうすればレナードと一緒にいられるんだよ」

涙は流していないものの、彼は拳を握ってドンとテーブルを叩いた。
彼の気持ちに気付いてからは私だって辛かったことをきっと彼は知らない。
今ならまだ間に合う、そう思っての行動だと分かって欲しい。

「坊ちゃま、ひとつ提案を聞いていただけないでしょうか」
「なに、レナード」
「今の私の雇い主は坊ちゃまのお父さまでいらっしゃいますよね。
 でしたら今度は、坊ちゃまが私を雇ってください」
「え!?そうすればレナードと一緒に居られる?」
「ええ、但し、将来坊ちゃまにご子息が産まれた時の話ですが」
「えーーーー!!僕はレナードが好きなのに結婚しなきゃいけないの!?」
「そうですよ、坊ちゃまは大事な跡継ぎですからね」
「なんだよそれ・・・。いつになるか全然想像つかないし・・・」
「坊ちゃまは今15歳でしょう、早ければあと10年もすればまた会えますよ」
「10年!!長すぎるよ!!」
「でしたら、もう一生の別れになってしまいますよ」
「それもイヤだ!」
「じゃあ私の提案を受け入れてみるのもいいんじゃないですか?感動の再会になるかもしれませんよ」
「10年後かぁ・・・。レナード、白髪増えてるかもね」
「ええ、きっとロマンスグレーな執事になっていると思います」
「僕もすごくかっこよくなってるかもね」
「そうですね、絶対なると思います」
「一生の別れはイヤだから、レナードの提案を受け入れるよ」
「ありがとうございます、坊ちゃま」

「絶対だよ、約束だよ?僕のこと忘れちゃダメだよ?」
「私が坊ちゃまのことを忘れるわけはないでしょう」

そうだ、これでいい。
彼にはこの家を継ぐ重要な役目がある。
一時の気の迷いでこの家を壊すわけにはいかない。
立派になった彼と、彼の幼少の頃にそっくりであろう新しい坊ちゃまと
また幸せに暮らせることを考えると、
感動の再会で涙を流すのは私かもしれない。

647ハリボテ完璧王子様と人畜無害なふりをした蛇 1/3:2009/02/16(月) 23:39:48
むかしむかしのお話です。

ある国に、王子様がおりました。
王子様はたいへん賢く、心優しい美しい方でした。
ある日、家来を連れて歩いていた王子様は、花の咲き誇る湖の畔で立ち止まりました。
「なんと綺麗な風景だろう!家来たちよ!私を一人にしておくれ!この美しさを心ゆくまで味わいたいのだ!」
利発そうな瞳をキラキラと輝かせて王子様は叫びました。
「かしこまりました、王子様。」
家来たちは思わず微笑んで、王子を残して去りました。

「……疎ましい…。」
どかっ、と王子は湖畔に腰をおろしました。
お尻の下では花がいくつも折れ、ぺちゃんこになってしまいました。
「…どいつもこいつも馬鹿ばかり。もうウンザリだ。」
それは低い低い、ヒキガエルの鳴き声のような声でした。
どんよりと淀んだ沼の面のような目は、なにも映していませんでした
「分かりきったお追従。お世辞。おべんちゃら。何もかも下らない!」
王子がそう吐き捨てた時です。
かさり!
背後の藪がなりました。王子ははっとして振り向きました。

そこにいたのは、小さな小さな蛇でした。

「聞かれたからには生かしておけぬ。」
「お許し下さい!誰にも言いませぬ!!」
蛇は身をすくめ、必死で命乞いしました。
「いいやお前は喋るだろう。皆から慕われる私の正体が、ギラギラと飾りたてた只の空箱だと、いつか言いたくて堪らなくなるに違いない。」
「信じて下さい王子様!私は決して!!」
今にも蛇を踏み潰しそうだった王子の表情が、ふと緩みました。
「…決して言わぬか。そう誓うか。」
「誓います!我が命にかけても!」
「…ならばこうしよう。お前を今日から、私の側に置いて監視する。万が一お前が喋ったその時は…。」
遠くの方からがやがやと、賑やかな声が聞こえてきました。
家来たちが帰って来たのです。
「…"国の宝"とも呼ばれる私の中身が、実は空虚なハリボテであることを、こんなにちっぽけなお前だけが知る、か…ふふ、なかなか面白いな。」
王子はズボンの泥を振るって立ち上がりました。

648ハリボテ完璧王子様と人畜無害なふりをした蛇 2/3:2009/02/16(月) 23:42:26
「わあ!王子様!何を手にお持ちなのです!」
「蛇君だよ。先ほど友達になったのだ。」
「王子様ともあろうものが、そのような醜いものを…」
「命に貴賤はない。そのように言ってはいけないよ。それに蛇君はこんなに美しいじゃないか。」
王子様の手に握られた蛇は、確かにとても綺麗でした。
水に濡れたターコイズの様な深い青色の鱗が、光にあたるとぴかぴか光って色を変えるのです。
明るい笑い声に包まれながら、小さな蛇は王子の手のひらで、そっと震えておりました。

その日から、王子は蛇を片時も離しませんでした。
最初は気味悪がっていた侍女達も、蛇のたいへん小さく弱々しい様子を見て、次第に慣れてゆきました。王子様は自分の食べ物を手ずから蛇に与え、蛇もまた大人しく王子様の側に控えておりました。
そうして見た目は睦まじいまま、日々は過ぎてゆきました。

ある夜のことです。
少し膨らみ始めた王子の喉仏を、蛇は眺めておりました。
蛇は大きく口を開けておりました。
むき出しになった牙を伝って、透明な液体が、今にも王子の喉に零れ落ちそうになっておりました。
「…なぜ噛まぬ。」
「!!」
「なぜためらうのだ。お前の毒なら私ごとき、一噛みであろう。」
「…っ!!」
「そもそもお前はその為に…我が元に潜り込んだのであろうに。」
「…知っておられたのですか?」
「何をだ。
 お前が猛毒を持つ毒蛇であることをか?お前があの時、一か八か覚悟を決めて、わざと私に見付かったことをか?お前が私に殺意を抱いていたことをか?」
「い…いつから御存知で…?」
「初めから、だ。」
蛇は月の光を受けて、ぴかぴか光っておりました。
「…私の母を…覚えておいでですか…?」
「覚えている。私が殺した。本当に美しい蛇だった。
 どうしても我がコレクションに加えたかったのだ。…だが殺すと、鱗は色を失ってしまった。」
王子は手を伸ばし、蛇の鱗をなでました。
「下らない理由で、馬鹿なことをした。」
蛇は身動ぎせず、王子を見据えておりました。
「…復讐に燃えたお前の瞳は、実に美しかった。決意を秘めたあの輝き!どのような宝石でも、あの美しさには敵わないだろう!」
王子はうっとりと、夢見るように言いました。
「あれこそ本物だ!真実の持つ輝きだ!」 …嘘で固めてきた私のまわりには、もはや嘘しか残っていないのだ…」

649ハリボテ完璧王子様と人畜無害なふりをした蛇 3/3:2009/02/16(月) 23:44:53
「…何を考えておいでなのです…?」
「空っぽの虚構の城に住む私を、真実の目をもつ小さな小さなお前が殺す。
 ふふ…昔話のようではないか。
 きっと美しい寓話になると思ったのだ。」
王子は大きく腕をひろげました。
しかし蛇は動きません。
「どうした!毎晩機会を伺っていたのだろう?なぜ私を殺さない!?」
「…貴方は私に殺されたいと仰る…私に殺されるのが望みだと…」
「そうだ。さあ、早くしろ。」
「…ならば貴方には生きて頂きます。」
「なんだと!?」
「貴方の望むことをして何の復讐になりましょう。貴方には一人で孤独に生きて生きて生きて、天寿を全うして頂きます。そして私は…」
蛇は言います。
一言喋るたびに、燃えるような真っ赤な舌が、ちろちろと見え隠れしていました。
「私はずっと傍らで、四六時中離れず、貴方を見張っておりましょう。」
蛇の真っ黒な瞳が、夜のなかできらきらと輝いておりました。


ある国に、王様がいました。
とても立派な名君で、たいそう民に慕われていました。
またたいへんな美男子だったのですが、不思議なことに、生涯お妃様はお作りになりませんでした。
そして王様のお側には、四六時中、片時も離れず、美しい大蛇が控えていたそうです。
王様が長い長い天寿を全うされ、天に召される時までも、ずっとずっと。

むかしむかしのお話です。

65015-349 数学者:2009/02/18(水) 00:19:02
素数は孤高の数だという。
何者にも分解されず、常に自分であり続ける、孤独で気高い数であると。

元々、学校は好きでも嫌いでもなかった。
机と椅子が規則性を持って並べられている教室や、
多くの直方体を積み上げた構造の下駄箱は興味深かったけれど、
周りの生徒が何故あんなにも楽しげなのか、僕には全然わからなかった。
喜ぶ、怒る、哀しむ、楽しむ。
誰もが簡単にやっていることが僕には困難で、
他の人の感覚や感情をうまく想像できないのだ。
そのため外からは、何を考えているかわからない人間として見られた。
クラスの45人の中で、まるで僕だけが素数のようだった。

しかし、数学の時間だけは違う。
ほとんどの生徒が授業を投げだしていても、
僕はその人の言う言葉、書き出す数式の全てを理解している。
「この3次方程式の3つの解を、それぞれα,β,γとする」
彼の指先から零れる数字は、優しく語り掛けてくる。
僕はただ一つの答えを求めて必死に式を追う。
ノートにボールペンを押し付けるようにして数を並べる。
「右辺を展開すると……七瀬、わかるかな」
「α2+β2+γ2=32、です」
「うん、正解だ」
僕達が辿りつく答えは、いつでも一致していた。
その人と僕は同じことを考え、同じ答えを見つける。
僕はそれがとても好きだ。

素数は孤高だというが、素数は自身の他に唯一つ、
1という数字でも割り切ることが出来る。
僕は学校で彼を見つけた。
たったひとりの人を見つけた。
だから僕は、もう二度と孤独を感じることはないのだ。


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