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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1萌える腐女子さん:2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

51110-459 君が代:2007/04/24(火) 19:03:45
体育館で彼は言った。君が代を聞いたことがないのだと。
これからこの地域に越してきて初めて聞くのだと。
唖然とした僕を見つめて広島出身なんだ、と笑った。
その歌は彼の親や彼の教師、彼の故郷によって禁忌とされ、どのような歴史があり、
どんな意味でどんな風に国民が歌ってきたかを知っているからこそ歌えないし
絶対に歌いたくないのだと言った。
僕はそのような環境には育っていないし、ましてやその歌を憎んでもいない。
何故歌うのかもその意味も考えたこともない。
無知な自分を環境の違いだ、と恥じもしなかったが、普段共にふざけあい笑う彼の真剣な眼差しに小さな隔たりを感じた。
そっと隣にいる彼をみるとその顔はぐっと口をつぐみ、まっすぐ前を見据えていた。

5129-999 かえって免疫がつく:2007/04/28(土) 02:29:21
聖地バラナシの朝はガンガーでの沐浴で始まる。

「嫌だ」
「まあそう言わず」
「嫌だ嫌だ嫌だ! こんな河に入ったら病気になる!」

俺と奴は、聖なる河のほとりで手を引っ張り合っていた。

「インドだぞ、バラナシだぞ、ガンガーに入らずしてどうするよ!」
「入ったら死ぬ!」
「お前それはここにいるインド人たちに失礼だぞ」
「日本人だからいいんだよ! 水の国の人だからいいんだよ!」

俺が引っ張る。
ふんばられる。
ふと力が抜けると逃げようとされる。
また引っ張る。
以下繰り返し。
周囲のインド人の視線が痛い。日本人の恥ですいません。

「だいたいどこが聖なる河だよ、ひどいよこの色、綾瀬川より汚いよ!」
「大丈夫だって! だいたいなぁ、日本人は潔癖すぎなんだ、だから免疫力が低下してアトピーとかアレルギーとか蔓延するんだ」
「極論だ!」
「そうでもないぞ、だってインドやカンボジアにはアトピーいないからな!」
「……うそっ」

ふんばりが弱くなった。よし、あと一押しだな。

「嘘じゃないぞ、三度目のインドな俺が保障する。ガンガーは確かに汚いが、飲まなきゃなんともないんだ。俺だってホラ、元気元気」
「でも……」
「失恋して『もう何もかも嫌になった、俺もインドで自分探しをしたい、さもなきゃ大学やめて死にたい』って言ったのはお前だろ?」
「……おれだけど……」
「日本と同じ生活しててどうすんだよ、違うことしなきゃ新しく見つからないだろ」

勝った。

1分後、奴は腰まで水に浸かって、居心地悪そうに周囲を見回していた。

「ま、まあ入っちゃえばどうってことないか……」
「そうそう、どうってことないない。見ろよ悠久のガンガーの流れを……悩みなんかふっとぶだろ?」

二人で並んで目線を遠くにやる。日本には、都会にはない雄大な景色。
茶色い、ゆったりと流れるガンガーの水面。昇り行く朝の太陽の下、何もかもを押し流す大いなる自然。
ゆったりと、目の前を流れて行く、水死体。

「あ」

次の瞬間、奴は甲高い悲鳴を上げて俺の腕の中に飛び込んだ。

5139-999 かえって免疫がつく:2007/04/28(土) 02:31:29
――ということがあったのが三年前。

「あ、また死体だ」
「大きさからして子供かしら」

俺と、奴と、インド仲間(アメリカ人女性)とは、並んでチャイなんかすすりながら、今日もガンガーを流れる死体を眺めていた。
二人でインドももう三回目。しかも毎回夏休み中ずっといるとなれば、そりゃもう馴染む。慣れる。死体や牛の糞や人糞くらいじゃ動じない。

「あのさあ」

奴がぽつりと呟いた。

「俺、昨日ガンガーの水ちょっと飲んじゃってさ」
「ええっ!?」
「下痢覚悟してるんだけど、さっぱり来ないんだよね。むしろ快便というか……」
「あら、もしかして便秘してたんじゃない?」
「あ、そうか」

インド仲間と二人で笑い合っている。

免疫つきすぎだ。心も身体も。

俺は無言でチャイをすすった。

「ねえ、そういえば今日宿屋に来たゲイのカップル」
「ああ、いたね」
「前に同じ部屋だったんだけどそれが――」

ものすごい猥談が始まった。

チャイを噴出した俺の横で、奴はやっぱり笑っている。
むしろ腹を抱えて大喜びしている。

「あっはっはっはっは、そ、そんなの入れるか普通!?」
「ねえ、入れないわよねえ」
「せ、せめてヘアスプレー缶とかさ……あはははは!」
「やだっ、この暑さで爆発したらどうするの、アッハッハ!!」

大盛り上がりだ。かなりクレイジーに。ラリってもいないのに。素で。

……そんな免疫までつけなくていいんだよ。

俺は目頭を押さえながら、聖なるガンガーに視線を戻した。
流れた河の水がポロロッカしない限り戻らないように、俺の好きだった、あの恥ずかしがりやで潔癖な、好みのタイプどまんなかでしかもゲイという好物件の同級生は戻らない。



ただ、その……すっかり図太くたくましくなった同級生のことが、最近気になるんだ。
俺にも免疫がつきつつあるらしい。人間って、すごいな……。

51410-619女装デート:2007/05/01(火) 00:49:15
「ねえお願い。女の子になって?」
「は?」
いきなりの言葉に耳を疑った。
「だから、女装して」
そういいながら差し出される服はヒラヒラだ。
「こんなもんいつの間に用意したんだ!」
「今日。さっき買ってきた」
「無駄使いすんな!」
いやまて、そういう問題じゃない。
「……女装したオレにヤられてみたいとか?」
「バカか。デートすんだよ、外で」
「羞恥プレイかよ!」
「まだ恥ずかしいと思うだけの理性はあったのか」
「普段理性飛ばしっぱなしですいませんね」
「悪いと思うなら言うこと聞けよ」
「それは嫌」
キラキラと見つめてくる目は期待に満ちている。
……諦める気はないらしい。
「そもそもどっから出てきた思いつきだよ」
そう言うと目を反らして口ごもってしまう。
言えないような理由でもあんのか。
「理由次第ではやってやる」
「……本当か?」
「本当に」
迷いは少しだった。
「デート、したかったんだ」
「は? いつもしてるだろ?」
昨日は映画。先週は買い物。
先先週なんて夢の国まで行っただろ。
2日間フリーパス買って。
「そうじゃなくて! その……」
なんだ?
男同士では行きづらい所にでも行きたいのか?
「ラブホに行きたかった?」
「バカー! 違う! 色ボケジジイ!」
「じゃあなんだよー!」
「オレはエスコートしたいの!」
「はぁ?」
間の抜けた声を出すのは本日二回目。
「そんなの、女装しなくたって出来るだろ?」
「だってお前、気がききすぎて先になんでもやっちゃうんだもん」
なるほど。
女相手なら少しはリードしやすいだろうってことか。
……大して変わらないだろうに。
「だから女装やれ!」
「そんなにデートしたいの?」
「したいからやれ!」

だだっこのワガママのような願い事。
こんな事すら叶えてしまいたい自分はどうなのか。
とりあえず、化粧の仕方でも勉強するか。

51510-609:2007/05/04(金) 12:47:03
「犯人はいます。それも、ぼくたちの側にいる」


「おいおい刑事さん、いったい何を言うのかね?」
「そうですわ! 刑事さん私たちをお疑いになるの?」
「犯人が夫人を事故にみせかけて殺害しようとしたのは間違いないでしょう」
「でも。。奥様は。。一人で。。部屋に。。いらっしゃったと。。おっしゃって。。」
あいつは涼しい顔で言った。
「一人きりだと思わせたんですよ。目隠しと手錠と鏡を使ってね」

その場にいた十数名の人々は一様に驚きの表情を見せた。
夫人の顔からは血の気がひき、今にも倒れそうだ。

でも俺は違う。
何度もこんな場面を見てきた。
これから始まるだろう痛快な場面が楽しみでならない。

「ちょっと待ってくれ。俺たちが夫人の部屋に行ったとき、鍵は内側からかかってたんだぞ?」
「そうだ、そうだ!」
あいつは顔をうつむかせた。

さあ幕を上げろ。
謎解きの始まりを告げる、いつものあの言葉を言ってくれ。

「ぼくのような一介の刑事に、まるで探偵まがいのことをさせるなんて、犯人は。。ひどい人だ」

あいつはうつむいた顔に、かすかな笑みを浮かべた。もうすぐ犯人は捕らえられるだろう。

51610-809 飛んでいくよ。:2007/05/25(金) 07:05:34
「もしもーし、繋がってる?
 あんたが向こう行っちゃったのっていつだっけ。もう随分会ってないよな。
 ……うん。思ってたより、すげー寂しいよ。そりゃちょっとは頑張ろうかとも思ったけどさ、ちょっと無理みてぇ。あんたもさんざん言ってくれたじゃねぇか。俺は甘ったれなんだよ。
 好きだとか、幸せだなんて感じたことねーんだけどさ、やっぱあんたといたときの時間て、特別だった。飯食って飲んで、セックスしたりしてさ。
 あんたがいなくなってからも誰かと寝てみたけど、バカ、おこんなよ。寝てみたけど気持ちよくなかったよ。やっぱあんたって特別。
 だからすげー寂しいの。
 なんかさ、飛行機とか飛んでんじゃん、空。あんたのいるとこめちゃくちゃ遠い気してたんだけど、あれ見てたらけっこー近いかなと思って。
 だから、あんたは迷惑かもしんないけど、俺、やっぱそっち行くことにするわ。
 追い返したりすんなよ。いろいろ考えて決めたんだよ。
 あんたは特別なんだ。だから、飛んでいくよ」







「先輩、ケータイありましたよ」
「おう、壊れてないか?」
「多分。あれ、直前に電話してたみたいっすね」
「かけてみろ」
「はい。……ん、『現在使われておりません』だって。でも発信履歴、こいつの名前ばっか」
「待て、その名前みたことあるぞ」
「俺もっす。えーと、あぁそうだ、去年ここでバイクで事故った被害者っすね。俺初めて担当したやつ」
「……そうか。追っかけたんだな」

51710-779 ピアニスト×ヴォーカリスト:2007/05/26(土) 23:59:29
ツアーバンドピアニスト×ポップヴォーカリストで

 ピアニストにとって今回が初めての大舞台だ。『彼』のツアーバンドに選ばれたのは
幸運だった。―彼の代表曲にはピアノが欠かせない。
この経歴は今後、自分の役に立つだろう。

―コンサート準備の喧騒の中、『彼』が一心にピアノの鍵盤を見つめていた。
微かに口元を動かしながら。

 ピアニストがそれに気づく。
「なにか気になることでも?」
 ヴォーカリストが軽く舌打ちする。ピアニストを振り返って軽く睨みつける。
「……数えていたのに。また数え直しだ」

「88鍵ですよ。ご存知でしょう?」
 ヴォーカリストは軽く片眉を上げる。
「さあ、この前はそうだったけど。皆もそう言っているけど…
 皆、僕に嘘を吐いているのかもしれないし、変わっているかもしれないから、
 毎回確認するんだ」 そして微笑む。あけっぴろげな、5歳児のような笑顔。
 
 ヴォーカリストが今度は無事に数え終わる。
「やっぱり88本だったよ」彼はなぜか少し得意気だ。
「そういったでしょう?誰も嘘なんて吐いてません」

 ヴォーカリストは唇の前に左手の人差し指を立てる。冗談めかした口調で小声で囁く。
「他の人には黙っててくれる? 疑っていたなんて思われたくないから。お礼はするよ」

 それを耳にしたピアニストの口から、無意識のうちにつるっと言葉が滑り出る。
 あの曲の最初の一音を鍵盤で叩く。
「なら、今夜はこの曲を、私に捧げて下さい」
 ヴォーカリストは微笑み、頷く。

 その夜、永遠の無償の愛を歌うその曲を歌うとき、ヴォーカリストは伴奏に聞き入って
いるかのように、ずっとピアニストを見つめ続ける。

 ピアニストは夢見る。その歌詞が、メロディではなく、喘ぎ声に乗って彼の口から零れる
光景を。自分の両手が、ピアノではなく彼の身体の上を走っていくことを。

51810-769 オカマ受け:2007/05/27(日) 21:49:22

「な?一度だけだから。本当にこれっきりって約束するから」

懇願するヤツの右手にあるゴムが、生々しいほどのリアルを見せている。
スカートの裾を押し上げようとするヤツの左手から、どうにか逃げられないだろうか。

「止めてください!ココはそういう店じゃないんですよっ!」

小さく叫んでもヤツの手は止まらない。
片手で押さえているが、体格の違いは力の違いを見せ付ける。

「イイじゃん。どうせ誰かにヤられちゃうんでしょ?ヤられたいんでしょ?」

口調はふざけているように聞こえるのに、ヤツの目は笑っていない。
手に入った力が強くて、すごく怒っているのだとわかる。

好きでこんなカッコしたり、店に出たりしているわけじゃない。
何の資格も持っていないオレにとっては、コレが一番金になっただけだ。
おまえと離れたくないから、どうしても金が欲しかっただけだ。
それなのに、何でこんなコトになったんだろう。
友情よりも気持ちが熱い。オレも、おまえも。
カッコだけのバイトじゃなくて本物になっちゃったってコトだろうか。
自惚れだと笑われるかもしれないけれど、頭を過ぎったセリフにすごく喜んでしまう。


『おまえ、オレが好きなの?』

言ってしまおうか?

51910-669 腐兄:2007/05/28(月) 01:14:49
やっぱり基本はショタかガチムチなんかな?少数派の中の少数派じゃ厳しいよなぁ。
みんな見る目がねぇよ。
萌えキャラはキャ○バル兄様筆頭に兄キャラ!コレ世界のジョーシキNE!
萌えカプはド●ル×キャ○バル筆頭にゴツ男×兄キャラ!コレ宇宙のホーソクYO!
あーあ、アイツ、なんでわかんねぇのかな。数少ないオフのオタ友なのに。
この頃イっちゃってるしなぁ。アイドルの何とかっつー男追っかけてるっていうし。
さすがにナマはさ、そのうちホモと間違えられるぞって言ったんだけど。
やっぱりダメなのかなぁ。ジョーシキもホーソクも通じねぇし。
ううっ……きもち入れ替えてサイトの日記でも更新しよ。
『今週のサ○デーはつまんなーい!お兄様にふさわしいガタイのイイ男出ないかなぁ(メソメソ』
あ、ココは大きい人のがカワイっぽいかな?えーと、顔文字コピっといたのドコいった?
ん?チャイム鳴ってる?あー、そういやアイツ来るんだっけ。
まあ、鍵持ってるし勝手に入るだろ。よし、日記はおわりっと。次はコッチ。
誰かいねぇかなぁ。見てるヤツはサイトより多いんだから一人ぐらいはさぁ。
お、このレスはお仲間かも……て、そんなわけねぇか。結局ショタじゃねぇか。
スクロールスクロールっと。あーあ、今日もいねぇなぁ。
うおっ!何だよ!テメェいきなり抱きつくな!ビビらせやがって!
は?いや、確かにおまえ最近はナマ好きとか言ってたけど!
ソレとコレとは話が別だろ!ちょっ、待てって!あのアイドル追っかけてんだろ!
タイプ違いすぎじゃねぇか!いや、似てねぇって!
それに俺はノーマル!二次元専門だし!って、おい!んなトコに手つっこむな!
話聞けって!やーめーろー!ダメだって、マジで!あ……、ソコもダメ!
ダメ、なんだってば!ぁ………いや、きもちくねぇ、から!ホントだっ……て……

………………………………俺はノーマルなんだからな!おまえが特別なんだからなっ!
うるせぇ!常套句だっていいだろ!ちきしょー!コレ書いてアップしてやるからな!覚えてろ!

52010-849 攻よりでかく成長したかわいい受:2007/05/30(水) 03:35:24
「…本当にお前なのか」

別れて居たのはほんの2年の事なのに、時とは残酷なものだ
最後に彼を見たのは向こうが14の春の事だったか
声が少女の様に甲高い事と華奢な体を大層気にしていたのに
たった2年で私を追い抜く程背も伸び、声変わりも済んでいた
彼はお父さんの仕事の関係でアメリカに行っていた
…向こうの食事が体に合った、という事なんだろうか?
「ショックだ、何たる悲劇」
あの、かわいらしかった天使の声も、少女とも少年ともつかない
曖昧な容貌も残っていなかった…これは世界遺産の遺失に近い
がっくりと肩を落とした私を彼はきょとんと見ていた
いや、悲しむまい
米食で見るも無残な姿にならなかっただけでも良しとしようではないか
「まー、向こうでバスケとか色々やってた所為かな〜」
ちょっとは見られるようになっただろ?と彼は胸を張るが
私には以前のままの方が良かっただけに素直に頷けぬものがある
「俺がごつくなったから嫌いになっちゃった…?」
うなだれた私の横から彼が覗き込んでくる
ドアップの顔が突然目の前にあって心臓が飛び出そうになった
ああ、そうだ、このくるりとした小動物的な瞳はそのままだ
「いや、追い越されたのが少しショックだっただけさ」
彼の前髪をくしゃりと混ぜて、肩を組む
「俺だっていつまでも餓鬼じゃないもんね〜!」
心地よい彼の腕の重みを感じつつ
いつまでも私の前でだけは餓鬼で居て欲しいと心の中で願った

52110-859 鼻歌:2007/05/31(木) 03:53:30
風の強い高台の広場に、彼は立っていた。
足下には、薄っぺらいメタルプレート。
彼はその上にそっと花束を置く。
「……あなたって、本当にどうしようもない人ですね」
答える声はない。
「知ってますか?なにも残ってないんです。僕らの手元には」
語尾が震えた。風の音だけが辺りに響く。
「どうやって信じろって言うんですか!?あなたにもう二度と会えないなんて……っ」
笑顔で戦地へと立った男の顔を、彼が再び見ることはなかった。
彼の元へ届いたのは、男が永遠に還らないことを告げる一枚の紙切れ。
この場所に葬られたものは何もない。
ここには、同じようなプレートが見渡す限りに並んでいる。
「あんまり遅いと、あなたのこと、忘れちゃいますよ?」
笑おうとして上手くいかなかった。男の記憶が薄れつつあるのは事実だから。
「…あなたが教えてくれた歌の歌詞が思い出せないんです」
いつか男が教えてくれた、古い異国の歌。愛の歌だと男は言っていた。
彼は鼻歌でメロディをなぞる。
「僕は何も忘れたくない……だから、早く帰ってきてくださいね」
そして、僕にもう一度歌詞を教えてください。
涙混じりの鼻歌で辿る旋律は、風に紛れていつまでも続いていていた。

52210-769オカマ受け1/3:2007/06/04(月) 19:59:23
僕が『彼女』と出会ったのは、南へ向かう汽車の中だ。
僕は出発間際のデッキ、煙草をふかす彼女の足元に転がりこんだのだった。
目の周りに痣をこさえ、ちゃちな鞄ひとつを抱えたぼろぼろの僕を、
彼女は暫くぽかんと眺め下ろしてから
「こんにちは、家出少年」と言った。

汽車が南端の街に着くまでは、二日かかった。
その間僕は暇をもてあます彼女と、とりとめもなく話をしたり、
呆れるほどヒールの尖ったブーツを磨いて駄賃を貰ったりした。

「どうせ行く宛なんかないんでしょう」
「とりあえず南だ。友達がいる」
「そんなもん、あてにしない方が身のためよ」
「そういうあんたはどうなのさ」
「私はね、生まれ変わりに行くのよ」
「生まれ変わり?」
「医者がいるのよ、そういう…。体を思う通りにしてくれるの。性別だってね」
馬鹿な!そんなことってあるだろうか。担がれてんじゃないのか、この人?
「あとは、ま、ついでにね、人と会うの」
「友達?」
「違うわ、あんたじゃあるまいし。友達でもないし頼りに行くわけでもないわ」
「じゃ、誰さ」
「男よ」
なんて漠然とした言い方だ。人類の半分は男じゃないか。
「じゃ、何しに行くっていうの」
「殴りに」
「…そりゃ…穏やかじゃないね」
随分間の抜けた返事をしたものだが、その時はそうとしか言えなかったのだ。

52310-769オカマ受け2/3:2007/06/04(月) 20:04:44
到着を翌朝に控えた夜、僕はなかなか寝付けなかった。
あの家から逃れたのだという安堵と、新しい世界を前にした高揚と不安が
ないまぜになって体の中で渦巻いていた。
それは二日間で収まるどころか、僕にとって未知の象徴ともいえる『彼女』と過ごすにつれたかまるばかりで、
おそらくその夜、満潮を迎えたのだった。
僕は起き上がり、そっと彼女の寝台を覗き込んだ。
「もう、寝た?」
反応はない。
毛布の上からでも、彼女の肩が広くて骨っぽいのがよくわかった。
聞いていない相手に向かって呟く。
「ねぇ、姐さん、僕はあんた今のままで、すごく魅力的だと思うよ」
「ガキが……」
地を這うような唸りが漏れる。なんだ、起きてたのか。
「あんたにどう思われたところで仕方がない…意味がない」
肩越しに昏い眼差しを寄越される。
だが、すごまれても僕は何故か怖くなかった。
ただただ彼女が不思議と愛しく思えた。
「それなら誰なら…
誰かなら意味があるの?例えばあんたが会いに行く男なら?」
妙な高揚が僕を口走らせる。
「僕も会ってみたい、あんたが殴りたい人間ってどんな奴なのか…」
「見世物じゃないわよ、何考えてんの」
「ねぇ、邪魔にはならないから…」
「居るだけで邪魔よ!
なんなの、あんたは…ほんとどういうつもりなの!」

52410-769オカマ受け3/3:2007/06/04(月) 20:35:32
僕は知っている、さっきの昏い眼、あれはおとといまでの僕の眼だ。あれを絶望と呼ぶんだ。
誰が彼女を絶望させた?
一体誰なら彼女を絶望させることが出来るんだ?
僕がそれを知らないってことが、まるで理不尽なことのように思えた。通りすがりのただの他人であるというのにね。

僕の絶望が全てあの故郷にあったように、彼女にとっての絶望が『彼』であるなら。
僕は一方でそれを許せないと憤り、
一方で、僕もそんなふうに、
彼女に、うんと傷つけられたり傷つけたりしてみたいと羨んだ。

52510-979傘があるのにずぶ濡れ1/2:2007/06/18(月) 05:03:17
「ええええええ、お前、なんでそんな濡れてんの!」
土砂降りの雨の日曜日、来ちゃった☆、とばかりにうちの玄関先に立つ
親友の顔を見て、俺は思わず大声を出した。
「傘!傘、お前持ってんだろ!?」
玄関のたたきにみるみるうちに水溜りを作りながらにこにこしてる
そいつの手には、見間違いでなければしっかりと傘が握られている。
「えー、雨降ってたら濡れるの当たり前じゃん」
傘という人類の知恵を全否定するようなことを言いながら、そのまま
家に上がりこもうとする。冗談じゃないよ、このバカ。
「雑巾とって来る、動くな。ステイ」
手の平を向けてそう命令すると、風呂場に雑巾をとりに行く。
「え、タオルじゃないの?」
贅沢なことを言ってるのを無視して、適当な雑巾をとって玄関に戻ると
ぶるるるる、と犬のように髪を震わせてるそいつがいた。
「あああ、ばか、水が飛び散るだろ!今日親いないの!俺が全部掃除すんの!」
がしがしと頭を拭いてやりながら、せっかくの一人きりの休日を惜しんで俺はため息をついた。

52610-979傘があるのにずぶ濡れ2/2:2007/06/18(月) 05:04:03
「で、なんで傘さしてるのにそこまで濡れたんだよ、プールにでも行った?」
遠慮なくうちのシャワーを借りて、俺のシャツとパンツを着て、うちの冷蔵庫からコーラを出して
えーペプシじゃないの、なんて言いながらリビングの俺の隣(近いよ!)に
座るやつを横目で見て、俺は一応聞いてやった。
今度はシャワーの水滴をちゃんと拭かないせいで、
また中途半端に長い茶髪が束になって顔の周りにへばりついてる。
なんか、なんていうか、その上気した顔は……。
「今、俺の顔見てただろ」
どきっとした。
「見てねーよ、つーか水滴落すなよ、今日親いないから掃除すんのお……」
ふふっふふふっふ、と変な笑い声をたてながら、そいつはいきなり俺に抱きついた。
「見てたせに、見とれてたくせに!だいたいさ、親いないとかそんなに
何回も言っちゃって、襲うよ?」
嫌というほど雨を吸い込んだ大きな目が、きらきらと光って俺を見つめる。

「ふざけんな!もう知らねー、誘ったのそっちだからな!」

ぶち、と何かが切れるのを感じながら、俺はそいつをソファに押し倒す。
一瞬びっくりしたような目で俺を見たそいつは、笑って俺の耳に囁いた。
「お前に会いたいって思ってたらさー、傘さすの忘れてたんだよね」
ああ、さようなら、平穏な日曜日。俺はこれからこの愛すべきバカととても背徳的なことをします。

527萌える腐女子さん:2007/06/18(月) 05:06:17
以上、10-991,992からの再掲です。

52810-789 ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ:2007/06/25(月) 02:36:51
『いいことあるぞ♪ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ♪』


30歳の誕生日。
ゆうべ寝る前に仕掛けた洗濯機、ホースが外れてベランダが水浸しだった。
通勤電車で痴漢に間違えられた。
教室に入ったら俺のかわいい生徒たちが、「先生30歳おめでとう」「マジおっさんだね」と笑いやがった。
階段でふざけていた生徒にぶつかって落ちた。鼻血が出た。
誕生日を祝ってもらう飲み会で、学生時代からの友人達の三角関係が発覚。殴り合いの大喧嘩に。
止めに入ったら「ホモのてめぇに何が分かる!」と怒鳴られて店内の空気が凍った。

……。
俺は何か悪いことでもしたんだろうか。

飲み屋の店員にひたすら謝って解散し、疲れと空腹からふらふらと近所のドーナツ屋に立ち寄った。
「いいことあるぞ♪」ってキャッチのCMを流してた有名なあの店だ。
ドーナツを何個か取って、飲み物と一緒に購入して、さあ席に着こうとしたその時。

「あっ!」

という声がしたと思ったら、頭からアイスコーヒーを浴びていた。
そして顔にぶつかるドーナッツとトレイ。
俺の目の前には、ふざけていてトレイをひっくり返したらしき女子高生たちがいた。
そしてその女子高生たちは――逃げた。
きゃあきゃあという悲鳴を残して。

……。
俺は何か悪いことでもしたのか?
どこに「いいこと」があるんだよ。

情けない気持ちのまま、店員から渡されたタオルで顔を拭き、代わりに出されたドーナッツと飲み物を前に、俺は食欲も失せて椅子に

座り込んだままだった。
本当は今すぐ帰りたかったが、なんだか力が抜けて立つことができず、とりあえず店の奥の人目につきにくい席に隠れるように座るしか

なかった。
本当に今すぐ帰りたい。消えたい。透明人間になりたい。誰にも存在を認識されたくない……。

「大丈夫ですか?」
いきなりかけられた声の主は、さきほどからこちらをちらちらと見ていたサラリーマンだった。

……今日は本当に運が悪い。
こんな状況で知らない人に優しい声をかけられるなんて、あまりに運が悪い。
耐え切れず涙を流した俺に、サラリーマンは相当慌ててしまったのだろう。
彼は焦ったように俺の隣の席に座ると、子供を慰めるように肩を抱いてあれこれ話しかけてくれた。俺はついつい今日の自分を襲った事

柄に関する愚痴をこぼし、彼は辛抱強くそれを聞いてくれた。

声を殺してはいたものの、たっぷり泣いて気が済んだ頃、着替えに来ないかと誘われたが、こちらも近所なので断った。初対面の相手

にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないだろう。
別れ際、彼はそっと名刺を差し出した。「愚痴ならいつでも聞かせてください」という心の広い言葉を添えて。

家について何とはなしに名刺を裏返すと、ボールペンで殴り書きされたメッセージが目に入った。


――男性に興味がないならこの名刺は捨ててください。軽いと思われるかもしれませんが、ひとめぼれでした――


俺は今日の不運をすべて忘れた。



『いいことあるぞ♪ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ♪』

52910-889 煙突のある風景():2007/07/10(火) 01:42:52
投下させてください。あと長くなってしまいました、すみません。
______________________________


僕の住んでいる町には巨大な煙突がある。
町のどこからでも見える、とても大きな煙突だ。
煙突の横には小さな家がちょこんと建っているのだが、空き家のようなので誰が
何のために建てたのかさっぱりわからない。
両親や祖父母にも聞いてみたが知らないと言う。なんとも不思議な話だ。

煙突と、まるで煙突のおまけのように小さな家(廃墟と言ったほうがいいかもしれない)は
子供たちの絶好の遊び場だった。
まわり一面原っぱで民家がなく、雨をしのげる家までついている。
これで秘密基地にならないはずがない。
僕とあいつも毎日ここで遊んだ。道で拾ったエロ本や捨て犬を持ち込んだりしたな。

そしてなんともありがちな話だが、煙突には足場がついていて、高く上ったヤツが偉いという子供内ルールがあった。
田舎だったので木登りが得意なやつが多く、途中まではみんなするすると登っていく。
でも木の高さより高くなると、怖くてだんだん足が進まなくなってくる。
僕は木登りすらもろくにできなかったので、煙突なんてとても登れなかった。
「こわい!こわいって!!もう無理!絶対これ以上登れんわ…」
「まだ10段登っただけやろー!根性出せや!」
というやりとりを数回繰り返して、やっとあいつも「こいつには無理だ」と悟ったらしい。

あいつは僕と違い、なんと記録を打ち立ててしまった。今でも子供たちの間では破られていないらしい。
さすがにてっぺんまでは登れなかったが、今までの記録を大きく更新してぶっちぎりの第一位だ。
自分のことのように嬉しくて、降りてきたあいつがこちらに向かって誇らしげに笑った瞬間、涙まで出てしまった。
落ちないか心配だったんだろうか。

自分のことを「僕」から「俺」と呼ぶようになったころ。
中学に入学したころには自然と煙突には近づかなくなった。
あいつとはよく遊んだが、秘密基地ではなくお互いの家でゲームをしたり漫画を読んだりした。
中学・高校とずっと同じ学校で、俺たちは相変わらずの仲だ。
煙突も取り壊されることもなく、ずっと原っぱに建っている。

53010-889 煙突のある風景(2/3):2007/07/10(火) 01:44:35
そんな高校最後の夏休み、あいつから突然電話がかかってきた。
いつもはメールなのに、と思いつつ通話ボタンを押す。

「おう」
「おう。どうしたんや」
「お前暇やろ。今から煙突まで来い」
「は?お前受験勉強「いいからちょっと来い」
そう言い放って切りやがった。
かけなおしてみたら電源が入っていないか…のアナウンス。
いったいなんなんだあいつは。
もしかして前借りた漫画にジュースこぼしたのがばれたんだろうか。
それとも電子辞書の履歴をエロい言葉で埋め尽くしておいたのがばれたんだろうか。
心当たりがありすぎて困る。とにかく煙突まで行ってみることにした。

台風が近づいてきているんだろうか。風が強くて自転車がなかなか進まなかった。
汗だくになりながら俺が着くと、すでにあいつは着いていたようだ。自転車が停めてある。
でも姿がどこにも見えない。
「おーい、着いたぞー。なにやってんだー?」
声をかけながら家の中を探してみるがちっとも見つからない。
探しつくして外に出ると、煙突から声が降ってきた。
「おーい、どこ探してんだよ!」

あいつは上にいた。それもかなり高い。昔あいつが自分で作った記録より高いところにいて、
顔もはっきり見えない。
「何やってんだバカ!さっさと降りて来い!あぶねーだろーが!!」
声も自然と大声になる。こんな高さから落ちたら間違いなく即死だぞ。しかも今日は風も強いのに。
落ちてきて地面にぶつかるあいつを想像してぞっとした。
「いーやーだー!てっぺんまでもうちょっとなんだよ!」
「なにがもうちょっとだよ!!いいから早く降りて来い!」
「うるせーよバカ!だまって見とけ!」
そのあとは俺が何回降りて来いと言っても、止まらずにひたすら登り続けた。

53110-889 煙突のある風景(3/3):2007/07/10(火) 01:46:18
1時間後、あいつは地面に落ちることもなく登りきり、そして無事に降りてきた。
降りてきたときの得意そうな笑顔は数年前とまったく変わらない。
絶対殴ってやろうと思ったのに気が抜けてへたりこんでしまった。こいつは飄々とした顔で
「あれ、今回は泣かんかったなー」
とか言っている。まあ、後で殴ると心に決めたところで重要なことを聞いておこう。
「…おい、なんであんなことした?」
「お前の泣き顔が見たいと思って」
「はあ!?」
俺が本気で殴りそうだと思ったのか、慌てて否定してきやがった。
「ごめんごめんごめん嘘!それは嘘!」
そのあと3秒ほど間を空けてこう呟いた。
「もうてっぺんまで登る機会なんてないなーと思って」
あるだろ、いくらでも。そう言おうと思ったけど言えなかった。こいつが今何を言おうとしているか、俺にはなんとなくわかってしまう。
俺の顔を見て、こいつも気付いたらしい。でも話を止めはしない。
「俺さ、東京の大学行くわ。やっと決めた」
やっとお前との腐れ縁も切れるわ!とか東京でも達者で暮らせよ!とか言ってやろうと思ったけど、
「そうか」
としか言えなかった。なんでだ。っていうか、なんで俺はこんなに泣きそうなんだ。
こいつは俺の顔を見て話し続けるが、俺はうつむく。こいつの目を見ていられない。

「ほら、こういうことして大目に見てもらえるのって高校生までじゃね?」
「おう」
「だから思い立ったら吉日ってことで登ってみた!」
「おう」
「いやー、4月になったらこの煙突ともお別れやなー」
「おう」
「お前とはお別れじゃないけどなー」
「お……は?」
「俺お前のこと好きだから」
「……な」
「遠恋というやつだ。もしくは俺といっしょに東京に来い」
「いや、ちょっと待て」
「お前が煙突登れなかったころからさ、俺がいっしょにいなきゃってずっと思ってて。
 最近気付いたんだけどこれって恋だわ。俺お前に触りたいとか思うし」
「やめろ!恥ずかしいわ!それ以上しゃべんなアホが!!」
「そんでお前はどうなんだよ?」
にやつきやがって。明らかに答えを知っているって顔だ。
やられっぱなしでムカつくので、胸倉引っつかんで頭突きしたあと、口に噛み付いてやった。


煙突のあるこの町を、こいつは4月に離れていく。山と田んぼ、それと煙突しかないこの町。
俺もいつかはこの町を離れ、煙突のある風景を懐かしく思う時が来るのだろうか。
懐かしいと思うとき、隣にこいつがいて、懐かしささえも笑い飛ばせたらいい、と心から思う。

53211-279 ボケ×ツッコミ:2007/08/07(火) 05:27:07
投下させていただきます。

ありがとうございました、と頭を下げて拍手が聞こえる中、二人で裏に
引っ込んだ。そしたらいきなり相方に頭を小突かれた。
「いって、なにすんねん」
「下手な関西弁使うなバカ。……お前、さっきのなに? 
あの、『意味わかんねえ』のとこ。ナニ、あの変な間は」
ああ、また始まった。いつもこれだ。なんで終わってすぐに相方から
ダメ出しをくらわにゃならんのだ。反省会がとても重要なのは分かっている。
けれどそうやって言われるたびに自分の中の自信が風船みたいにシワシワに
しぼんでゆく。
「なぁ、なんか最近変だぞお前。なんかあったのか」
心配そうに聞いてくる相方に俺が出来ることと言ったらせいぜい鼻で笑うこ
とぐらいだ。
「べっつに。ちょっと疲れてるだけだ」
悩みがあった。ここ二ヶ月、俺を睡眠不足に陥らせているほどの悩み。
「大丈夫か」
相方に言っても理解されない。それこそ『意味が分からない』と素で
返してくるだろう。
それになんて突っ込みを入れればいいのか、俺は分からない。だから隠す。
当たり前の図式だ。
日常生活でもボケとツッコミなんてやっていられない。こいつはボケで俺の
相方。それ以上はいらない。

お前に見とれてたんですよ、と白状するのはまだまだずっと先の話。

53311-362 補完:2007/08/23(木) 04:53:21
超展開ホラー触手注意

その夜
村のスタア様ご帰還に沸いた村人たちによる大歓迎会が開かれた。
季節感ナシのマグロにカツオが豪勢に並び、酒が振舞われた。
長身の青年が提案し、さらに宴会参加者全員が賛成挙手し、エイジが強制的に裸にひんむかれたりする場面もあった。

裸に腰タオル、全身酒まみれというズタボロのエイジは歓迎会の行われた海辺の旅館から、長身の青年に抱きかかえられるようにして脱出した。
「くそーーー総一の馬鹿ーはなせー、俺を裸にした奴のてなんかーかりたくねーーーーー」
「エイジうるさい、酔っ払いすぎ」
そのまま旅館の隣にある総一の家へと何とかたどり着く。
まるで荷物でもおくように、べちゃっと玄関先にエイジを放り出し総一はウーロン茶のペットボトルに口をつけた。

「うーん、うーん、さけくさいー、べたべたするー」
「そりゃ日本酒を頭から浴びりゃーそうなるよ」
玄関先でタオルいっちょでうねうねするエイジが可笑しくて、つい意地悪をしてしまう。
飲みかけのそれなりに冷たいウーロン茶をエイジにぶちまける。
「うわ、冷た!」
そのままエイジの腹に触れると日本酒と汗とウーロン茶が混ざり合ってぬるりと妙な感触がした。
「う、わ、ちょっと、やめ」
そのぬめる感触のまま、日焼けしてない腹から胸へと手を滑らせていく。
「都会でも大人気みたいじゃないか。ねえ、さつまあげ?」
玄関先であるにもかかわらず総一はエイジにのしかかり、肩や喉を噛み散らす。
「な、なんでお前がそれを…!」
「俺が広めたんだもの」

さつまあげ、とはネット上のコミュニティにおけるエイジのあだ名、というかエイジを指すスラングだ。
大物声楽家の作品に参加するうちに頭角を現し始めたエイジにはネット上でも話題になることが多くなった。
そんなとき
「エイジって英語でageだよね、苗字とつなげたらsatumaage さつまあげじゃん」
という話がどこからともなく広まり、すっかりエイジのあだ名がさつまあげになってしまったのである。

53411-362 補完2:2007/08/23(木) 04:54:33
「あ…そーいちが?まさか…、ホントに?」
顔を上げ至近距離で目を合わせると、にたりと人の悪い笑顔を滲ませ総一は頷く。
「こんなど田舎にもネットはつながってるんだよ」
なんでそんなこと…と思うのと同時に、総一が自分への批判や称賛、嫉妬や慕情が渦巻くネット上でのコミュニティに
参加していたことにショックを受けてしまう。
「なっ、なんでだよ!なんでそんなことしたんだよう!」
酔いもあいまって、なぜか涙腺が崩壊しそうになってしまう。
勝手に総一たち故郷の仲間のことは聖域としてしまっていたようだ。
その仲間があんなコミュニテイに参加していたなんて!
軽くパニックに陥っているエイジを落ち着かせる為に、総一はついばむようなキスを繰り返す。
「だって、エイジが遠くに行ってしまうような気がしたから。
だから、中学時代のあだ名でつなぎとめようとした。稚拙な手だと思うだろう」
「…へ?」
そうだ、もともとさつまあげとはageという綴りを習った時に発生したあだ名だった。
「約束したよね?週に一回はメール頂戴って。忘れてたでしょう」
「あ……ごめん」
「本当にそう思ってる?俺がどれだけ不安になったかわかってる?わかってないよね?」
その問い詰めるような口調にひゅっと息を呑んでしまう。
ここは玄関だ。外の街灯の光しか明かりが無い状態で、総一の表情は逆光になってよく見えない。
しかしゾクゾクと恐怖とそのほかの感情がエイジの尾てい骨から背骨を這いあがる。

「おしおき、だね」

53511-362 補完3 閲覧注意:2007/08/23(木) 04:57:12
ぞるっ、と総一の影からいそぎんちゃくのような触手が這い出てくる。
それは自在に動き、逃げようとするエイジの足首と手頸を掴み縛り上げてしまう。
「総一、そういち、やだよやめてよ…ひぐっ!」
「やめない。エイジは触手が苦手だよね、おしおきにはちょうどいいよね」
確かに、エイジは触手が苦手であった。見るのも、触るのも、単語を聞くことすら嫌だった。
それは幼馴染で、仲間で、…恋人でもある総一が普通の人間ではないことを示すものだったから。
この他地域から隔離されたような僻地に人が住み続ける理由。
それは、この触手を操る人によく似た生き物が平和に暮らすため、それだけである。
最近では大分触手も減り、ただの寒村になりつつあるが時折思い出したように強い力を持つ子供が生まれることがある。

「む、ぐぅっ、うん」
蛸足のような触手がエイジの口にねじ込まれる。それは喉を犯すように侵入し、窒息と紙一重の快感を与える。
総一だって滅多に触手なんて出さないし使わない。
しかし感情が振り切れたり、何かのたがが外れてしまうと無造作に触手を繰り出してしまう。
おかげで総一はどんなに都会に住みたくとも、この里を離れることはできないのである。
口に気を取られている間にも無数の触手がエイジの肌を這いまわり、仄かな快感に火をつけていく。
気持ち悪いのに、キモチイイ。
「キモチイイ?」
玄関マットの上で触手の粘液や汗にまみれ芋虫のように転がるエイジとは好対照に、
総一は相変わらず街灯の光を背負い、エイジを真上から観察していた。

「良くない!」
答えを得るために解放された口からは、叫びがとびだした。
それは宣戦布告、触手には屈しないといった攻めの一手であった。
スッと総一のまとう空気が冷やかになり、さらに無数の触手が鎌首をもたげ始める。

そのまま、朝まで、玄関先での常軌を逸した痴話げんかは続けられたのであった。

(終了)


さつまあげが苦手 さつまあげが触手 さつまあげに挙手 さつまあげの一手
さつまあげは歌手 今日のおかずはカツオにマグロ ウーロン茶☆ヌルヌル
をすべて入れてみました。

53611-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層1/4:2007/09/04(火) 12:54:38
「大体いつもさ、作戦が悪いんだよ作戦が」
「はあ…」
「あと一歩って所で秘密兵器が出てくるのなんて分かりきった事だろ?
 なに、それとも今回は出てこないとでも思ったわけ?
 まさか出てこないといいな〜とか希望的観測で作戦を進めたとかじゃないよな?」
「いや、そんなことは、…ないと思うんだが…」
「思うんっだがってなんだよハッキリしろよ!いつも現場で動くのは
 俺たちなんだよ俺たち。それわかってんのか?」
「それは、申し訳ないと思っている」

もう小一時間説教を食らっている。その間正座させられっぱなしの私は
しびれが足全体に渡ってすでに感覚はなかった。
おそるおそる手を挙げて提案してみる。

「すまない、次は善処したいと思うので、もうそろそろ、その…」
「お・ま・え・が言うなお・ま・え・が!」

ピシピシとプラスチックのものさしで額を叩かれる。痛い。
戦闘員Dの怒りはまだ収まっていないようだ。
それもそのはず、今日の地球防衛側の反撃はそれはすごいもので、
最下層戦闘員の彼らには恥辱にまみれた、としか言いようがないものであったからだ。

53711-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層2/4:2007/09/04(火) 12:55:14
「大体なあ、俺がどんな目にあったと思ってんだ?…お、俺が、あんな…」

変化した声にふと視線を上げると、まっかになった戦闘員Dの顔があった。
おそらく昼間の醜態を思い出しているのだろう。握りしめた手は小刻みに震えている。
その姿は小鳥の様で、全治万能の力を与えられた幹部の私からすると、
哀れみをさそいながらもなぜか背中の辺りがぞくぞくとする。

彼が一体どんな目にあったか?
忘れようにも忘れられない。敵の長官が「こんなこともあろうかと」開発していた
秘密兵器は、巨大な蛸のような生き物で、あと一歩の所で司令塔を制圧できていた
はずの我々は、その触手によって全戦闘員の攻撃力を奪われたのだ。
とりわけ中心部に近付いていた戦闘員Dは、からめとられた手足を拘束され、
戦闘服は見るも無惨な布切れとなって地に落ち、全身を弄られ擦り上げられ
肛門に触手を挿入されたあとは強制射精で意識を失うまで喘がされ続けたのだ。

正直に言おう。最後まで見たいために命令を出しませんでした。

しかしそんな事を口に出せる訳もなく、この作戦の指揮官を任されていた私は
作戦失敗の叱責を、なぜか部下の戦闘員Dから受けているわけなんだが…

「敵の本部の職員すべてと、巨大生物が現れたと集まったヤジ馬ども、
 そしてつぶさに記録を残そうとするテレビ局!全国放送だ!!
 そ、そんななか、俺がっ…おれ、おれは…くそっ…!!」

53811-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層3/4:2007/09/04(火) 12:55:34
悔しさのあまり俯いてぽろぽろと泣き出してしまった戦闘員Dを、私は後悔の念を
持って見つめていた。そうだ、戦闘員Dにも普通の生活や人生という物がある。
あんな映像が全国に流れてしまったら、どこへ行っても「強制射精の人」
と後ろ指を指され続けるに違いない。最悪「化け物にやられてよがるくらいなら
俺たちだって相手できんだろへへへ」とか言い出す狼藉者にレイプされた挙げ句
裏ビデオを取られて売られ薬付けにされて敵の地球防衛隊とやらの性奴隷に…!!
そうなったら私は戦闘員Dの家族になんとお詫びをすればいいのか…!!
そうだ、そんな心の傷は上司である私が癒さなくては…!!

「すまないっ……!!」
「えっ…!?」

堪り兼ねた私は、正面に座っていた戦闘員Dを抱きしめた。
いや抱きしめようとした。
が、しびれていた足がからまり、鈍い音と共に戦闘員Dを床に押し倒してしまっていた。

「あっ…だ、大丈夫か!?戦闘員D!戦闘員D…!!」

ゆさゆさと揺さぶるが返事はない。ただのしかばねのようだいやいや違うこういう時は
あれだ!まず気道の確保をして…あ、ハイネックのセーターだな…
仕方がない、上は脱がせるとして…ベルトも外して楽にさせてやろう。
緊急時に的確な判断が出来てこそ頼れる上司というものだからな。
次は人工呼吸をして胸のマッサージを……

53911-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層4/4:2007/09/04(火) 12:56:03
「……なにやってんのお前ら」
「総帥……!?いえ、あの、これは…」
「……いやいいんだけどさ、せめてベッドの上でやったらどうなの?」
「はっ…ご助言ありがとうございます。なにかありましたか?」
「いいや大した用じゃねーし。まあ明日休みだからいんだけどさ、ほどほどにね」
「了解いたしました」

翌日、なぜか秘密基地内食堂の黒板に相合い傘で『幹部/戦闘員D』と書かれていた。
冷やかされてまっかになって怒りまくる戦闘員Dの横で
「誤解だ。私は服を脱がせて体中をマッサージしていただけで、
 その際不可抗力で勃起したペニスを射精させたが、それだけだ」
と隊員に説明したら、さらに赤く怒った戦闘員Dにみぞおちを殴られた。
なぜ私は戦闘員Dにこんな暴挙に出られても許してしまうのかは謎だが、
仕事に対する意欲も増しているので問題がないと思う事にした。

54011‐09「雨宿り」:2007/09/08(土) 03:29:00

---------------------------------------

前略。芹沢様。

君は元気でしょうか? 風邪などひいていないでしょうか? ちなみに、僕は元気です。それなりに
やっていますので、ご心配なく。……もしよかったら、ちょっと心配してくれると嬉しいけど、さ。

そういえば、最近、また新しくアルバイトを始めました。友達や縁遠くなった両親はいい加減に
定職につけと言うだろうけれど、フリーター人生が、僕には今のところ一番似合っている気がします。

芹沢。君は何て思うかな。こんな僕のこと。まだ、忘れないでいてくれてるのかな。
僕は今、君の住む(らしい)町で暮らしています。君のすぐそばで、君との思い出にしがみつく
ようにして生きています。
あなたはどこにいるでしょうか? 僕のこと、まだ覚えてくれているでしょうか?

馬鹿馬鹿しい話だと、我ながら思います。

もう何年前になるのかな。最後に二人で並んで歩いたのは。
あのとき約束したよね。
また明日って、約束したから。
それだけのために、君に会うためだけに、僕は生きているのです。

直接話したいことがたくさんあります。
「大好きだ」って、ふざけないで、芹沢、お前に言ってみたいです。
「愛してる」って、笑わないで、本気で伝えてみたいです。


……………
……

---------------------------------------


住所も知らぬ相手への手紙につづる文章をとうとうと考えながら、時間は流れ過ぎていく。
そうやって時間を殺すことが、最近の僕の常套手段になりつつある。

雨降りの午後、傘を忘れた僕は小さな酒屋の前で一人たそがれる。
コンビニにでもいけばビニール傘くらい買えるだろうけど、そんな合理性に従うよりも僕は
情緒溢れる「雨宿り」をたしなんでいたかった。

雨に降られながらも、東の空はぼんやりと明るい。雨がやんだなら、もしかしたら虹が出るかも
しれない。そう思ったら、少しだけ、何だか気持ちが明るくなった。

54111-589「どうでもよくない」:2007/09/25(火) 00:38:54
ギリで間に合わなかったので投下

____________________________

「実は俺、お前の事好きだったんだ」

突然の告白に、頭が真っ白になる。
今の今まで、そんなの全く臭わせなかったくせに。
おまけに、なんでこんなタイミングで言い出すんだ。お前、明日転校すんだろ?
HRの最後にクラスの皆にも、涼しい顔で「お世話になりました」って挨拶してたじゃないか。
今だってそれは変わらなくて、こっちは動揺しまくりで背中やら掌やら汗かきまくりだってのに
お前はいつものように飄々としてて、無様な俺を面白がって観察してる。

そうだよ、こーいう奴だったよ。
いつだってひとり平然として、周りの心配をよそに無茶も平気でやらかす。
実力と同じくらいプライドも高くて、手持ちのカードは絶対誰にも見せない。
自分と他人の間にきっちりラインを引いて、一歩も立ち入れさせない、それがお前だったのに。
なんで、今になってそんな事を言うんだ。

「あ、別に返事とかいらないぜ? どうでもいいし。
 一応最後に言っときたかっただけだから気にすんな、じゃあな」

…何という自己完結っぷり。
そんな捨て台詞を丸きり冷静な顔で言ってのけて、さっさと立ち去ろうとする奴に、
呆れを通り越してムカついた。

「よくないだろう!?」

思わず通りすがりの腕をありったけの腕で掴んでいた。

どうでもいいって。気にするなって。
そんな言い分通るか。
忘れられる訳がないだろう、お前と、お前と同じくらい酷い告白を。
お前は最後にすっきりぶちまけて、逃げて、それでいいのかもしれないけど俺はどうなる。
密かにお前を想って悶々と葛藤した日々までどうでもいいって、切り捨てるつもりか。
許さない。俺自身の想いまで勝手に終わらせようとするなんて、お前にだってそんな権利はない。

「…そうか、どうでもよくないか」
「あ?」
「俺は正直ホントにどうでもよかったんだよ。フラれて当然と思ってたしな。
 けどお前がそう言うんじゃ仕方ない」
「仕方ないって…」
「つきあうしかないだろ? この場合」

…やられた。
にっこり笑う奴の顔が、悪魔に見えてくる。
そうだよ、こーいう奴だったんだよ昔っから!
絶対最後まで手の内は明かさず、いつの間にか相手を自分のペースに引き込んじまう。
分かってるのに、俺は何度懲りずに引っかかって振り回された事か。
けど、そばにいられるならそれでも構わないと思ってしまう俺は、もう末期だろうか。

「電話しろよ。メールも」
「お前からしろよ」
「おー強気じゃん」

けらけら声を上げて笑うその笑顔に、ああ俺たちはこれからも何も変わらないんだろうと
妙な安堵と喜びと、少しの諦めが胸によぎった。

___________________

初参加なんでベタにいってみたよー

54211-749「若者×お父さん系オサーン」:2007/10/19(金) 15:18:53
「正夫くん、ちょっとそこに座りなさい」

俺の下にいた義夫さんが突然むっくりと身体を起こして、
敷かれた布団の上を指差しながらそう言った。
あの、何ででしょうか。俺とあなたって、ついさっきまでなんかこう、エロエロ!って
感じでいましたよね?で、義夫さんが仕事から帰ってきて風呂入って、その湯上り姿が
すごく色っぽかったからキスして、そのままお布団の上まできましたよね?
それで義夫さんが真っ赤になってとろーんとしてて
もうセックス開始一歩手前!まで来てましたよね?あれ、何で俺が悪いことして
これからお説教されそうな雰囲気になっちゃってるんですか?
言いたかったことはこれだけあったんだけど、俺はあの、すら言うことも出来ないで
義夫さんが指示した場所に正座した。ちゃんとしました、半裸で。
義夫さんも半裸で俺の前にきちんと姿勢を正して座った。

「正夫くん、明日が何の日か分かってるかな?」

静かに話しかける声。それなのにその声音には荘厳?な響きがあって、びくびくとする。
小さなころ、お父さんが大事にしてたコップを思いっきり割ったときがあるんだけど、
今の義夫さんと向かい合うのは、そのお父さんの前にいたときと同じくらい怖い。
この人が、俺の下で可愛くあんあん喘ぐ人と同一人物だとはとても思えないです。

「あ、あした?」
「そう、明日」

冷静な表情で腕を組みながら、義夫さんが俺に問う。
じーっと俺を見てる。
あした。あした……。

「……あしたって、何かありましたっけ」
「覚えてなくても仕方ないかな。明日は僕、朝早い出張の日なんだ」

出張。
その言葉で俺はようやく思い出した。
明日の朝、4時半には家を出るからセックスは絶対しないでと指きりしたんだ。
それなのに俺は約束破って、義夫さんのことを押し倒してしまった。
俺のバカヤロウ!義夫さんを困らせるようなことはしたくないのに、約束を忘れるなんて。

「すみませんでした」

謝罪の意をいっぱいこめて土下座した。
床に頭をすりつけて、悪かったという思いを伝えようとすると、
顔をあげなさいって義夫さんが俺の肩に手を乗せた。

「僕こそちょっと迂闊なことをしたね。うっかりしてた、君とはそういうことする関係なのに」
「義夫さんはわるくないです!……出張のこと忘れた俺が悪いんです」

鼻の奥が、つーんとした。やべ、泣きそう。俺泣きそう。
年に合わないみっともない顔は見せたくなくて下を向くと、頭を撫でられた。

「ならどっちも悪い、ってことだね。ごめんね、正夫くん」
「……俺もごめんなさい」
「うん。もうこの話は終わりにしようか」

手のひらは優しくて、お父さんに似ていた。
俺のお父さんは俺よりも子供みたいで、俺がコップを割った後
ぎゃおすと怪獣のように怒鳴りながら泣いて、お母さんがどっちが子供なんだと
困ったように笑いながらあやされる人だった。
こんな落ち着いた大人の義夫さんとは全然似てないんだけど、こうやって撫でる仕草はお父さんにそっくりだ。
悪いことをしたら怒って、謝ったら偉いねと撫でてくれて、厳しいけど優しい人。
お父さんとは別の意味の好きだけど、俺は両親と同じくらいこの人が好きだ。

「僕はもう寝るよ。君はどうする?」
「俺も寝ます」
「うん。分かった。」

義夫さんが、俺が脱がしたパジャマをきちんと着なおして床につく。
俺も自分で脱いだパジャマを着て、義夫さんの隣の布団に入る。
電気を消す。
オレンジ色の光が、ぼんやりと光っている。

「出張から帰ってきたら、しようね」
「はい、待ってます!」
「……おやすみ」

きゅう、っと手のひらが握られた。
おやすみなさいって言いながら、俺はそのあったかい手を握り返した。

543萌える腐女子さん:2007/10/20(土) 20:01:06
由緒正しい勇者の血統だそうである。

「それやったら、代々伝わる伝説の剣とか鎧とか、あるんやないの?」
「家にはありません。今は国の宝物庫で保管されています」
「よし。まずは、それ返して貰いに行こうや」
「あー…それは無理です。何代か前に、お金と引き換えに所有権を譲渡してしまって」
「アホ。命がけの旅に出るのに、所有権もなにもあるかいな。ていうか売るなや」

王の勅命を受けて魔物討伐に出発する『勇者様』の装備が、鉄製の小剣と布製の服なんてありえない。
しかも、王から渡された旅の資金は雀の涙。屈強なお供もなし、馬もなし。
現在の旅の仲間は、勇者自身が仲介人を通じて雇った商人ただ一人。(勿論、仲介料も自己負担)
これで魔王を倒せとは、タチの悪いの冗談だ。
そのことを言うと、人の良さそうな青年は苦笑した。

「ロクに訓練を受けていない僕に宝物やお金を与えるほど、国の台所事情は良くないみたいです」
「そのあんたに魔王倒して来い言うたのは、他でもない王様やんか」
「仕方ないですよ。予定より早く魔王が復活してしまったんですから。それに、倒すのではなくて、封印するんです」
「ああ、そうやったな」

なんでも、五百年前の大昔に世界を恐怖に陥れたという魔王は、倒されたのではなく封印されたのだそうだ。
しかしその封印の効力が永久ではないため、定期的に封印をしなおさなければならない。
魔王を封印することは、勇者の血統にしか出来ないのだそうだ。それが目の前にいる青年らしい。

効力が切れる前に再度封印すればよく、魔王と対峙するわけではないので、封印自体は比較的簡単に行える。
ただ、魔王が封印されているのは魔物が多数生息する魔境の奥深くで、行くにはそれなりのレベルが必要だ。
そのため、代々勇者一家は、再封印の時期に合うように『勇者』を育成しているそうなのだが……

「本当は、もう五年は大丈夫だった筈なんですけどね。でも現実に復活してしまったから、修行してる場合じゃなくなって」
「なんや、緊張感のない話やなあ」
「そんなことないですよ。魔王も今はまだ復活したばかりで力が弱ってますけど、それも時間の問題です。
 ですから、早くお金を貯めて、ワンランク上の武器と防具を買わないと!」
「だから、そういうのは王様に頼めばええやん。あの伝説の魔王が復活したんやろ?国もケチっとる場合やないんと違うか」
「寧ろ、伝説だから仕方ないんですよ」

青年は僅かに苦笑を浮かべたが、すぐに真面目な顔になり、握りこぶしをつくった。

「とにかく、当面の目標は5,000イェン!目指せ、破邪の剣と青銅の鎧!」
「…………」

天下の勇者様が、まるで便利屋の如く町人の依頼をこなしたり、まるで猟師の如く狩りをしたり、
まるで行商人の如く交易をこなしたりして小銭を稼いでいると誰が思うだろう。
二言目には『お金を大事に!』と叫んでいると、誰が思うだろう。
そもそも、最初の仲間に商人をセレクトする勇者がどこにいるというのだ。

「近場の遺跡に挑むにはちょっと装備が心もとないですし。とりあえず先立つものがないと。
 でも僕、ずっと田舎の村で育ったんで、ものの相場が良く分からないから」
「まあ、確かに俺らは『モノの相場』の専門家やけれども……」
「でしょう?特に行商をする人は世界各地を旅しているから色々なことを知っているでしょうし、魔物とも戦うこともあるでしょうし」
「戦えるいうても、それなりやぞ?」
「それに、魔王もまさか商人とひよっこ冒険家の二人組が、勇者一行とは思わないでしょう?」
「自分でひよっこ言うなや……」

まあ、無駄に使命感に燃えて魔物の群れに突っ込んでいくよりは、賢いやり方だとは思うが。
そうでなかったら、馴染みの仲介人の頼みとはいえ、危険な子守まがいの役を引き受けてはいない。
しかし、本当にこの青年に魔王を倒せ……もとい、封印できるのだろうか?

「大丈夫ですよ。なんたって勇者の血統ですから!」
「あ、そう。早いとこ金貯めて、戦士とか魔法使いとか雇おうな」
「そうですね!頑張りましょう!!目指せ、5,000イェン!!」
「5,000イェンはもうええって」

544萌える腐女子さん:2007/10/20(土) 20:03:15
名前欄を忘れていました
>>543は「11-809商人×勇者」です
失礼しました

54510-129 たまにはこういうのもアリだろ:2007/10/24(水) 10:06:46
体中の汗と、白濁した液が、暖かい濡れタオルでふき取られる。
「いらない」と静止しようとしても体が動かない。
体が限界なのか、させてやればいいと本当は思っているのか判らない。

手首足首に残った荒縄の跡、擦り切れた皮膚に軟膏が塗られる。
つんとした臭いのそれは傷口にしみるけれど、
やさしく塗布されるのが心地いい。

首に残った指の跡にそっと額が寄せられる。
殴られた頬に手が添えられる。
優しく、なでられる。

「なんなんだ、さっきから」

掠れた声がやっと出た。起き上がる気力は無いから寝転んだまま腕を組む。

「……たまにはこういうのもアリだろ」
「自分でやっといて治療か。そんなら最初からすんなっつう話だよ」

二人で、内緒話をする子どもの様に声をひそめて笑った。
ひとしきり笑えば、また部屋がシンとする。

「本当に好きなんだ」

俺の首に顔を埋めたまま、泣いていた。

54610-859 ペンのキャップと本体:2007/10/27(土) 02:14:52
月曜の居酒屋はとても暇だ。
俺は鍵を預かっている身なので最後まで残っていなければならない。小さな居酒屋だからいざとなれば俺一人でも何とかなる。
と、言うことでホール係の女の子と調理バイトを先に帰らせ、俺はカウンターに座ってテレビを見ていた。
「ひまだなあ、もうしめちゃおっかなー」
テレビにも飽き、暇を持て余した俺は独り言を言いながらくるくる回ってみる。
その勢いで、胸ポケットに挟んでいたペンを取り出してキャップを外し、合体ロボごっこなんぞをやってみた。
「きゃぁぁぁぁぁっぁぁぁあああっぷぅ!いくぞぉっ!」
「おう!ペン!合体だあああぅ!!ズギャーーーーーーン!」
そこで回転を止め、仁王立ちしてペンを掲げる俺。
「超合体!ZE=BUR=A GR_inkーーーーーー―ーーー!!!!」
わざわざスポット照明の真下で格好をつけた。
その瞬間テロリーンと間の抜けた音が響き俺の陶酔を邪魔する。
音の主は…オーナー!?
店の入り口でオーナーが携帯電話のレンズをこちらに向けたまま腹を抱えて呼吸困難になるほど笑い転げている、いや笑いすぎて座り込んだ。
さっきの音はもしかして、写メ?
「あ…あ、オーナー?その…、…、わらいすぎだああああああ、わああああん!!!」
冷静さを取り戻すにつれ、俺はあまりの恥ずかしさに顔が燃えるようだった。
「ひっ、まさかお前が合体ロボすきだとは、くくっ」
「もういい加減笑うのやめて下さいよオーナー。あと携帯のデータ消してください」
「やだね」
のちのちこの画像をネタにいつまでも脅され色々な無理難題を吹っ掛けられおちょくられることになろうとは、その時の俺には知る由もなかった。

★お約束
あんな奴なんか俺には必要ない、俺は一人で生きていける、マジックはそう思っていた。
「もう、駄目か…」
蓋を捨ててからの一週間、マジックは言いようのない渇きを覚えいつしか強く蓋を探し求めていた。
たった一人の兄弟、生まれた時から一緒だったのに、あまりに過保護な蓋にいつしか反感を抱くようになっていた。
「許してくれ、蓋。俺が間違っていた、俺はお前なしでは…」
渇いてゆく指先、色を失う髪。先端から自分が死んでゆくのを感じながら、マジックは願った。
蓋よ、俺が乾いて死んだあとも他のマジックを抱き締めるような事だけはしないでくれ…。

54712.5-129 @田舎:2008/01/29(火) 17:50:44
「お前、東京の大学行くんだって?」
オレがそう聞くと、松田はちょっと驚いた顔をした。
「あれ、なんで知ってるの。まだ先生と親にしか言ってないのに」
「…や、昨日な」
昨晩の松田とおやじさんの大喧嘩が、隣りのオレん家まできこえていたのだ。
「ああ!やっぱりあれ聞こえてたのか。ごめんな〜近所迷惑で」
松田はへへっと笑って頭をかいた。
「…なんでオレに教えてくれなかったんだ」
「だってまだちゃんと決まったわけじゃないし…でも絶対に行くよ。
やりたいことがあるんだ。地元じゃできないんだよ」

「おまえまで故郷をすてていくんかぁ!」
昨晩、そう怒鳴るおやじさんの声を聞いた。
この町にはなんにもない、だだっ広い畑と、年寄りと、雪があるだけ。
若者は職を求めて、あるいは寂れた町を嫌って都会へ出ていく。そうしてオレた
ちの同級生もたくさん町を去ることを決めた。
けど、オレはここに残る事を決めている。
一人息子のお前まで町を出たら誰が畑を継ぐんだと親に泣き付かれたせいもある
が、
オレはこのなんにもない町を、生まれ故郷を捨てて出て行くことが後ろめたくで
できないのだ。

「研究者になりたいんだ」
いつだったか、目を輝かせて松田は話してくれた。
松田ならきっとなれるだろう。こいつの頭の良さはオレが保証する。
物心付いた時から一緒にいた。お互いの事はなんでも話した。
だから東京へ行くなんて重大な決意をオレにすぐ教えてくれなかった事に腹が立
つし、すごく寂しく思う。
松田はオレの知らない土地で、オレの知らない世界を見るんだろう。そうして他
の若者たちと同じようにこの町を忘れていくんだろう。
…オレの事も忘れるんだろう。
こいつはこんな田舎で一生を過ごす奴じゃないと、ずっと前からわかっていた。
それでも、この先この町でオレひとり残って送る生活なんて、隣に松田のいない
日々なんて想像もつかない。

かけるべき言葉が見つからなくて、オレは黙って松田を見つめていた。

54812.5:2008/02/22(金) 01:16:18
「正気か!? 身体を機械にするなんて……! クローン技術だってあるだろ!」
「生身のままじゃ、奴らを殺せない!!」

幸せだった2人に突然襲い掛かった悲劇。
テロに巻き込まれ、目の前で恋人を殺され、自分も瀕死まで追い込まれた彼はすっかり復讐鬼となっていた。
この前まで、虫を殺すことも嫌がるような奴だったのに。
そしてあいつも、死んでいい理由なんか何一つなかった。
本当に、いい奴だったのに。

「だけど、あんたがサイボーグ技術士でよかったよ。他の奴だったら、理由知ったら絶対やってくれないし」
「……だろうな」

復讐のためか、こいつのためか。
どっちにしても不毛なこと。
ただわかるのは、他の奴にだけは任せられないってことだけだ。

549萌える腐女子さん:2008/02/22(金) 01:17:19
しくった。
>>548は12.5-289「機械の身体」

55012.5-339 @水の中:2008/02/29(金) 18:11:43
水の中では、僕らに言葉は要らなかった。
ただ泳いでれば、水は僕とアイツを繋いでいて、言葉を使わないで互いを分かり合えた。


「俺、水泳辞める」
「え、何で」
高校からの帰り道、唐突に天野は言った。いつもみたいに、ぶっきらぼうな声で。
あんまりあっさりと言うもんだから、僕の耳がおかしくなってしまったのかと思ってしまった。
小さい頃からあんなに水泳好きだったのに。なんで辞めるなんて言うんだろう。
「何でだよ」
立ち止まった僕から数歩歩いて、天野は振り向いた。
よくわからない、恥ずかしそうな、気まずそうな複雑な顔をしていた。
「お前は、大会とか行きたいんだろ」
「うん」
「俺は、そういうの、思ってなくて、ただ、水泳が好きなだけで、泳げれば、それでいい」
口下手な天野は、ちょっとずつ考えながら言葉をつむいでいる。
「うん、知ってる」
昔から、天野は泳ぐのが好きだった。誰よりも泳ぐのが速くて、人間のくせに魚みたいなやつだった。
僕は、そんな天野が好きで、ちょっとでも天野とおんなじ楽しさを共有したくて水泳を始めたんだ。
プールや海で泳いでるとき、僕らは言葉なんか使わなくても楽しいのが分かったし、笑いあってた。
だから、どうしてそんな天野が水泳辞めるんだろう。
「笑うなよ」
「え?」
「これから言うこと、笑うなよ」
「う、うん?」
「俺さ、人間になりたい」
「へ?」
人間。人間ってなんだ。人間になるってなんだ。それが水泳を辞める理由か。
「なに、それ」
天野は、ガシガシと頭を掻いた。あんまり他人に言いたくないことを喋るときの天野の癖だ。
「泳いでると、楽しい。けど、よく考えてみたら、べつに、水泳部じゃなくても、いいし」
「そりゃ、そうだけど、自由に学校のプール使えるのは水泳部くらいじゃないか。大体、人間になりたい

ってなんだ。お前はちゃんと人間だろ。違う?」
そう言うと、天野は苦しそうな顔をした。なんか、僕不味いこと言っただろうか。
「お、お前、には」
「なに」
「お前には、わかんないよ」

551萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:10
お前には分からない。僕には分からない。今は少しも、天野の気持ちが分からない。
人間になりたいなんて、分かるわけない。天野は、なにが言いたかったんだろう。陸の上での天野は

喋るのが苦手で、言葉が少ない。
陸の上だと、こんなに天野のことが分からない。水の中なら、水の中でなら……分かるんだろうか。
「おーい、もう部活終わりだぞー」
「あ、え、はい」
顧問の先生の声がした。プールサイドでちょっと呆けていたみたいだ。
「……あの、先生、天野」
「ああ、朝聞いたよ。退部したいってなぁ」
「はぁ。その」
「凄い才能あるのになぁ。でも本人がもう辞める決意してたみたいだし。先生じゃ止められなかったよ」
はっはっは、なんて笑う先生。はっはっはじゃない。
「天野、なんて言ってました。退部理由」
「え? お前にも言ってないの? うーん、実は、よくわかんなかった」
え?
「ちょっと教師失格だけど。なんか言ってたんだけどね、ただ、もう辞めますってだけは分かったんだ」
もしかして、先生にも人間になりたいなんて言ったんじゃないだろうな……。
「あ、ありがとうございました。あと、もうちょっとだけここにいてもいいですか?」
「えぇ? まぁ、僕もしばらく残ってるからいいけど……なにするの?」
「ちょっと、考え事です」
家よりも、こっちのほうが考えがまとまりやすいから。


プールサイドに腰掛けながら、僕は水面を見ていた。夕焼けが反射して眩しい。
なんで僕には分からないんだろう。今まで一番天野を分かっていたのは僕だったのに。
いや、そんなことはないか。僕が天野と繋がっていたのは水の中だけ。陸の上では、そんなにたくさん

喋ったことがなかった気がする。喋っても、僕が話しかけて、天野が相槌を打つくらいで。
「あれ……」
ふと、気付いた。天野は、喋ってただろうか。僕以外と、家族以外と。
段々、鼓動が早くなる。天野は、天野は、
天野は、僕以外とまともに喋れてない。
「………」
誰もいないプールを、記憶の中の天野が泳いでいく。まるで魚のように。水の中の生き物みたいに。
そうか。そうだったんだ。人間になりたいって、そういうことだったんだ。
人間の祖先がそうだったように、天野は水から上がって、魚から人間になりたかったんだ。
魚じゃ、陸の上で上手に生きられないから。陸の上で上手く喋れないから。
「……馬鹿」
天野の馬鹿。僕の大馬鹿。

552萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:56
「天野、今からすぐそこの公園に来い」
深夜。僕にしては珍しく、高圧的な命令口調で電話した。案の定、天野は少しビクッとしたようだが、嫌

とは言わずに、ちょっと待て的なことを言った。
苛苛していた。天野がこんなことで悩んでたことと、そのことに気付かずにいた自分に。本当に、馬鹿

みたいとしか言いようのない自分。
なんて、自嘲してると、天野が来た。公園の入り口できょろきょろしている。
「こっちこっち」
「……なに?」
あからさまに、僕と目線を合わせようとしない。昨日僕に言った言葉を後悔しているんだろうか。
「っ?!」
「こっち見ろ。今から大事な話するから」
無理矢理頭を抑えて僕と目が合うようにする。天野は苦しそうで、泣きそうな顔をした。
「よく聞けよ。僕はある男の子のことが好きで好きでしかたないんだ」
「………え」
「そいつは小さい頃から泳ぎが凄く上手くて、僕はそいつに憧れてた。一緒に遊びたくて水泳始めた」
「………うん」
「でもそいつすっごい口下手っていうか、喋るの苦手でさ。陸の上じゃ、まともに話したことなかったんだ

。でも、水の中では違った。泳いでると、言葉なんか使わないでも通じ合ってるって思えた」
「………俺も、そう」
「うん。だけどさ、そいつに昨日、人間になりたいって言われて、お前には分からない、とまで言われて

さ」
「………」
「そんでそいつ、今日僕のことほとんど無視してさ」
「う、あ」
天野は、ぎゅっと目を瞑ってしまった。
「あのさぁ、天野。僕が人間にしてやるよ」
「え?」
「天野のことは僕が一番分かってるんだから。人とどう喋ったらいいのか、どうコミュニケーションとった

らいいのか、全部僕が教えてやるよ。天野が嫌じゃなければ」
「い、嫌じゃない! けど……お前は」
「いいんだよ。僕は天野が好きだから」
「あ、あ、俺も、いっくんのこと、好きだ」
「うん。よろしく、あっくん」
いつのまにか手を握り合って、昔のあだ名で呼び合って、凄く幸せだった。


水の中は、凄く心地がいいけれど。
僕らは人間にならなくちゃ。
水を出て、大人にならなくちゃ。




55312.5-479「強敵と書いて〜」:2008/03/19(水) 00:17:42
「はーっはっはっはっ、また俺勝っちゃったじゃん?ごめんねー俺強くって」

うぜえ、こいつすげえうぜえ。
初めて見たときは強くて綺麗な奴だと思っていただけに
このギャップにへこたれそうだ。
ちくしょう、何で一緒の学校になっちまったんだお前。
お前と部活一緒じゃなけりゃ、俺にとってはただの強くて見た目のいいやつってだけだったのに。
口は災いの元とはよく言ったもんじゃねーか。

「次はお前だろ?かかってこいよ。今日は絶対に俺が負かしちゃうけどねー?」

ケツを叩いて挑発って子供かお前は。
つか何で俺にばっかりうざさ三割り増しなんだ。
弁当のおかずの大きさが自分が大きいっていっちゃ自慢して、
身長が0.3センチ高いっていっちゃ自慢して、
俺よりも多く連勝したっていっちゃ自慢して
俺に何か恨みがあるのかお前。
しかもお前、勝負では俺に一度も勝ったことねーだろ。
うっぜえすげえうぜえ。

「…また俺が負かすにきまってんだろ。バーカ」

なのに、しかとできない俺。何故だ。

55412.5:609 死亡フラグをへし折る受け:2008/04/06(日) 16:58:17
「本当に行くのか」
「うん」

信孝は写真家だ。戦争の現状を撮りたいと言い、
今まさに紛争の只中にある某国へ旅立とうとしている。
…あの国で外国人が何人も拉致されたり殺されたのをまさか忘れたか?
全部自己責任だぞ自己責任。わかってんのかこのバカ。

「なぁ、悠」
「なに」
「一年以内には帰ってくるから…。そしたらさ、その、お前に話が…」
「…わかった。一年だろうが十年だろうが待っててやるから、
 五体満足で帰って来いよ」

そんなに顔赤くしながら「話がある」なんて、バカじゃねーのかこのバカ、俺より10も年上のくせに。
全部つつぬけだっつうの。しかしバカに惚れた俺も相当バカだ。

「じゃあ、行ってくる」
「…ん」

気をつけてなとか、しっかりやれよとか、言いたい事は色々あったのに
なぜか言葉にならなかった。
俺がまごついている間にあいつは笑顔で手を振り、
バックパックを背負って遠ざかって行ってしまった。

俺はその背が見えなくなるのを確認すると、ポケットから携帯電話を取り出す。

「もしもし?ああ、そう、今発ったから。交通手段は前伝えた通りな。
 現地ではくれぐれも姿を見せるなよ。緊急の場合のみ許す」




そして一年後。

「悠!ただいま!」

そう言って嬉しそうに手を振る信孝は、一年前に比べて随分日焼けしていて
ヒゲも伸び放題で、体つきも心なしかたくましくなった気がする。
見た目は小汚い感じなのに、なぜだか格好いい。

そして俺は予定通りに信孝の告白を受け、めでたく恋人同士となった。

「それにしても、不思議なんだよなぁ」
「なにが?」
「向こうでさ、実は結構ピンチになった事が何回かあったんだよ。
 でもその度に運よく逃れられて…。
 強盗のグループに襲われそうになった時は、たまたま通りかかった遠征軍が助けてくれたし
 いつの間にかパスポートをスられてた時も、次の朝手元に戻ってきたり
 撮影に夢中になりすぎて山の中で遭難しそうになった時も、
 同じ日本から来たっていうジャーナリストにバッタリ会って、ふもとまで案内してくれたんだ」
「へぇ、すごいじゃん」
「俺もう一生分の運使い果たしたんじゃないかな〜」

そうかもね、あはは〜などと笑いながら俺は
心の中で自社のSPと追加で雇い入れた傭兵達に向かってグッと親指を立てた。

俺が某財閥会長の孫である事は秘密にしている。
信孝は俺の事をごく普通の大学生としか思っていないだろうし、
実際そう見えるような生活しかしていない。
じーちゃんは俺の事を可愛がりすぎ過保護すぎで正直うっとうしい時もあるけど
今回ほどじーちゃんの孫に生まれて良かったと思った事はなかった。

さて次は、どうやってじーちゃんに信孝の事を認めさせるかだな。
まともに恋人ですって紹介しても、じーちゃんが脳卒中で倒れるか信孝が殺されるかだ。
まずは周りの役員から味方に引き入れよう。うん。

55512.5:629青より赤が似合う:2008/04/09(水) 00:38:19
せっかく書いたのに規制にかかって書き書き込めない。。
あんまり悲しいのでこちらに失礼。


放課後。
「ねえ」
あきれた君の声。
「いつまでかじりついてんの」
これ見よがしの溜息さえ、夕暮れに似てこの胸を鮮やかに染める。
目印を残して僕は厚い本を閉じた。朱に透ける瞳はまるで、何かの監視員気取り?
「信じらんない。もう間に合わない」
「そんなに見たいドラマなら、どうしてさっさと帰らないんだ。机にかじりつこうが図書室に根を生やそうが、とにかく俺の勝手だ」
「ちょっと! どこ行くんだよ!」
よく喋るから無駄が多い。身振りが大仰だから行動が鈍い。鞄を掴んだ君はやっと、僕が廊下を抜ける途中で追いつく。ほら、加減なく後ろ手を掴む。
「待てよ!」
「おまえこそ『どこ行くんだよ』?」
「どこ、って……」
いつも明るいから沈黙が深い。さっき綺麗だと思った夕焼け色の瞳がさっと伏して、けれど弾かれたようにまた僕を見上げた。長いまつげ。
「おまえが教えてくれないから俺は、どこにも行けないんじゃないか」
僕を睨む。鬱陶しい前髪をかきあげながら……かきむしりながら、君は、君が。
「あのときあいつ、何か言った。最後の言葉なんだ。俺に言ったに違いないんだ」
君が僕を。
「それ、やめてくれないか」
「え」
「ほらまた。そうやって髪をかきあげる」
「え、なに……」
「おまえ以前はそういう癖、なかっただろう」
いつか僕は唐突に気づいた。奴の仕草が君にうつった。奴の気さくな性格を心に宿して、君はそれを恋と知った。
再放送のドラマ。苦手なブラックコーヒー。似合いもしないブランドの鞄。なぜあの日一緒に燃えなかった。バイクもトラックも燃えた。アスファルトは黒くただれた。
駆け寄った僕に、奴は何事かを語った。声にはとうとうならなかった。あの唇は何と動いたろうか。口唇術? まさか。まさか。僕に読めるわけが無い。
「髪? そんなのいま関係ない……、おい、触るなよ」
「赤」
「ちょ、み、耳! 触んなってっ……え?」
「赤がいいって」
夜によく映える、深い青が美しい、自慢のバイクは炎に消えた。
「赤いピアスのほうが似合うのにって、言ったんだよ」

556萌える腐女子さん:2008/04/09(水) 01:06:16
あああああ555です。携帯から本スレ投下できました。
重複大変大変申し訳ない。すいません!

55712.5:719 青春真っ只中:2008/04/22(火) 15:51:43
青春18きっぷって年齢制限無いのは有名だけど、乗車期間限定なの知ってた?

新宿から山形まで8時間かかるなんて事聞いてない。しかも全部各駅停車と来たもんだ。
反対側の座席の窓からは、梅雨真っ只中のどんよりした暗い空しか見えない。今どの辺だろう。

今年の夏切符は7月から使えるんだけど、さくらんぼ食べれるの10日くらいまでなんだよね。

さくらんぼと聞くとドキッとする俺は変なんだろうか。
一年でこの時期しか味わえない果実。とろけるほど甘くて酸っぱくて、すぐに傷ついて膿んで腐って。
茎を結べるとキスが上手。2個くっついて描かれる。どう考えてもレモンより青春ぽくて恥ずかしい。
よりによってそんな物、今じゃないと駄目だから一緒に腹いっぱい食おうぜなんて熱心に誘うなんてさ。
冬は毛蟹となまこ、あと明石焼きを食べにいったんだ。うまかったよ〜と思い出しよだれを垂らさんばかりに
笑う彼を見たら、なんだか断れなくなっていたんだ。
貧乏旅行と贅沢品食べ歩きのミスマッチな組み合わせに興味がわいたって事にして、OKした。
2人ならお土産一杯もてるしなんて言い訳もくっつけて。

次は北仙台〜北仙台〜

急停車の衝撃に、緩んだ手のひらから滑り落ちた傘を直してやる。
ガラスにぶつけるように預けたぼさぼさ頭から起きる様子のない安らかな寝息が続く。
そういや、さくらんぼと飯食った後の予定聞いてないや。こんな雨じゃ野宿は無理だよな・・・・・・。
取りすぎたさくらんぼをどうやって持って帰ろう?なんていう出かける前にした心配より
未成年二人連れを泊めてくれる場所があるかどうかの方が俺には気になった。

558萌える腐女子さん:2008/04/22(火) 15:52:54
720さんがいらっしゃったのでこちらへ。
sage忘れましたごめんなさい!

55912.5:909 アリーナ:2008/05/22(木) 20:41:57
ここはコンサート会場前で、手元にはチケットが二枚ある。
昨日、付き合ってくださいの言葉と共に渡されたものだ。
二枚とも渡したことで奴の馬鹿さ加減はわかろうというものだが。
あと30分で開場だ。誘った当人はまだ来ない。
もしかしたら来ないのかもしれない。
告白された瞬間、俺は思わず「アリーナじゃないとヤダ」と答えてしまった。
素直に頷いておけば良かった。頷ける性格だったら良かった。
きっと来ないんだろう。
一歩を踏み出せない俺に、お前から手を差し出してくれたのに、それを突っぱねたんだ。
来るはずがない。絶対に来ない。
俯いていたら涙が零れそうで、空を見上げる。

……何か、見た。

妙なものが、上を向く際に視界を掠めていった。
徐々に視線を下げていく。
その妙な物体は明らかに近付いていた!ってか、来るな!


「ア○ーナ姫とーじょー!どう?どう?似合う?」

手作りらしきお面を被り、某RPGのキャラのコスプレをした物体は、奴の声でそう言った。
俺は無言のまま顔面に拳を叩き込んだ。
潰れたお面を引っぺがして、奴の手を引いて会場に向かう。
口を開いたら号泣してしまいそうだった。
幾らなんでもこれはないだろう?普通ならこんな間違いありえない。
そう思うのに、嬉しかった。
きっと奴には一生敵わない。

56012.5:969:2008/05/30(金) 04:05:21
「頼むから乗って」

バイト帰り見覚えのある黒いワンボックスが止まると同時に窓が開いた。
びっくりしたじゃないか。
必死な形相で言ってくるモンだから助手席側に回ってドアを開けるとあからさまにほっとした顔になる。
ムカつく。
何も言わずにシートベルトを締めると車は走り出した。

「…車に俺を乗せて逃げ場無くす作戦か?」
「…ごめん、でも、乗ってくれるなんて思わなかった」
だってお前必死な顔してたもん。

駅前のCD屋の洋楽コーナーでよく見かけるスーツの男 という印象が変わったのは1年前
少女漫画みたいに一枚のCDを同時に取ろうとして手が触れ合った。
お互いびっくりしたけどスーツの男が「この店良くいらっしゃってますね、洋楽好きなんですか?」
なんて言ってくるから「好きですよ」なんて返しちゃって。
その後意気投合して俺たちは友達になった。
相手が三個上だと知ったのは半年前。
俺のことが好きだと告白されたのは一週間前。
返事しない俺に業を煮やしたのか無理やり押し倒されたのは四日前。

「無理やり、あんなこと…してすまなかったと思ってる」
「俺の方向くな、前向け、信号変わってんぞ」
俺の指摘に慌てて前を向く、傍から見りゃエリートサラリーマン風なのにどっかしら抜けてるんだ。
「許して欲しいなんて思ってないよ」
「じゃあ許さなくていいのかよ」
「いや!許して欲しいけど…」
「どっちだよ」
「ごめん」

勝手知ったると車のサイドボードにあるCDケースを引っつかんで何枚か見てみる。
…少女漫画再びか。
あの時手が触れ合ったCDで目が留まってしまったのである。

これも運命?

CDをかけると
「許して欲しけりゃ今夜一晩ずっと首都高ドライブだ。このCD延々リピートでな」
言ってやると

「あ、あぁ…わかった」

なんて訳分かってない顔と嬉しそうな顔をしやがった。
一晩中運転だぞ?マゾかお前は。

56113:19 春雷と桜:2008/06/05(木) 10:10:47
激しい音を立てて降る雨と時折混ざる雷の音を褥の上で聞いていた。
近頃暖かい日が続き小康を保っていたというのに、この急な冷え込みは体調の悪化を予想させた。
「なあ、障子を開けろよ。縁側で桜を眺めたいんだ」
十五畳程の座敷の片隅に鎮座している大男に命じるも反応がない。
「聞こえないのかでくのぼう。障子を開けろ。おまえは花を愛でる心も知らんのか」
「…いけません。お体に障ります」
数度罵って初めて、男はごろごろと妙に人を不安にさせるような響きの声を出した。
自分の声の醜さを自覚して極力声を出すまいとする様は謙虚だと評価できなくもないが、
父からこの男をあてがわれて六年も経つ今となっては、最早瑣末なことであった。
「そんなことは分かっている。無理なら、ここから眺めるだけでも構わない。いいだろう?」
男の表情は揺らがない。
「寂しいじゃないか。あれだけ咲き誇っていた桜が一夜にして枝葉となってしまうのは。
 せめて散る様を惜しみたい。」
言葉を重ねると、男は観念して溜息を一つ吐いた。
「お待ちください。上掛けを持って参ります」
「いらん。おまえが上掛けの代わりになればいい」
もう抗弁する気もないのだろう。
大人しく障子を開け放ち、半分起こしていた無体な主人の体を後ろから包み込む。
するりとその懐に身を寄せると、男は念を入れてその上から更に掛け布団を羽織った。
二人羽織のような不恰好さに思わずくすくすと笑みが溢れる。
「ああ、やっぱり」
外では雨粒が容赦無く桜の木をそぎ落とし、稲光で照らされる地面は白い花びらで汚れていた。
男の腕の中で桜の木がその衣を剥がされていく様子を見ていると、
雷鳴の中、ひゃあひゃあと明るい声がかすかに聞こえるのに気が付いた。
おそらく本邸の方で六つになる頃の弟が女中達と騒いでいるのだろう。
その騒ぎの中には、きっと父もいるはずだ。
「…もういい。閉めてこい」
そう言って男の顔へと視線を向ければ、真剣にこちらを見てくる黒い双眸とかち合った。
「私にも、花をいとおしむ心はあります」
体から離れる間際男が残したその謎の言葉は、妙な響きをもって心を震えさせた。

56213-89 女形スーツアクター:2008/06/19(木) 22:49:12
「ぷはっ…」
「お疲れ様です、筒井さん!」
今日の収録が終わってようやく『着ぐるみ』から出た僕たちは、互いの
汗だくの体を見て、今日も大変でしたねえ、と笑い合う。
僕たちはスーツアクターだ。よくあるレンジャーもので、僕は主人公、
筒井さんは敵の女幹部。ちなみに僕も筒井さんも男性である。
筒井さんの役は、チョイ役とまで行かないものの出番が少なく、
僕の役と絡むことも少ない。けれど今日は、スタッフのいわゆるテコ入れで
試験的に主人公と敵幹部のエピソードを入れるということになり、
僕と筒井さんは一緒に撮影をしたのだった。
話の流れで、その夜、僕は筒井さんと一緒に飲みに行くことになった。
「あの…本当に奢ってもらっちゃって…」
「いーんだって。芹沢くんはいつも大変でしょ。たまには飲みなよ」
確かに、昼間の撮影のせいで体中はボロボロ、一杯煽りたい気分だった。
けれど年上でキャリアも上な筒井さんに奢って貰うわけにも―。
「うらっ、飲め飲めぇ」
僕が迷っていると筒井さんは無理矢理ビールを飲ませ、笑った。
「しっかし筒井さんって、細いですよねえ」
ひと段落した後、僕は筒井さんの体をジロジロ見ながら呟く。
筒井さんはちょっと浮かない顔で、よく言われるよ、と言った。
ひょっとして気にしているんだろうか、自分の体のこと。
「ごっごめんなさい、僕」
「いいよいいよ。俺だって好きでこの仕事をやってるわけだしね」
そう言いながら日本酒を煽る筒井さんは、何だか色っぽい。不覚ながらどきりとしてしまった。
「しかしさあ、あのシーンで思ったんだけど」
「え、あ、はい?」
「芹沢くん、力持ちだよねー…って、この仕事だから当たり前かあ、あはは」
茶化すように笑う筒井さんは、やっぱり色っぽい。女形スーツアクターだからか、
仕草がいちいち女っぽいっていうか…。僕にそういうケは全くないはずなんだけどなあ。
「でもそれにしても、この仕事にしては細い腕なのに、と思ってさ」
そう言って筒井さんは、シャツに包まれた僕の二の腕を触る。女みたいな手つきで。
「僕だって力はあるほうだけどさー、あっそうだ、芹沢くん、腕相撲しようよ腕相撲」
「あ、は、はい…」
「この仕事長いとは言えないけど、君よりはキャリアあるんだ。意地見せなきゃなー」
ぎゅ、と手を握らされて、僕は思い出していた。今日撮影したシーンのこと。
敵の女幹部―つまり筒井さんがピンチになって、そこを偶然(随分なご都合主義だ)通りかかった
主人公がなぜかお姫様抱っこで女幹部を助ける、というものだった。
筒井さんを抱きかかえた時の、ふんわりとした感触、男性とは思えない体つき―
薄い胸板に、細い腰、やわらかな尻肉。こんなことを思い出してしまう僕って変態なんだろうか?
「うーん…う…」
腕に力を込めて呻く声が、どこかいやらしい。そう考えてしまう僕って変態だと思う。
「ふ…っ」
ひっくり返りそうな声を聞いて、力なんて入らなかった。僕の腕は、テーブルに力なく倒れる。
「やったねー。俺だって女形ばっかりじゃないんだ、力には自信があるんだよ、要はキャリア…」
言いかけて筒井さんは、俺の熱烈な視線に気付いたようだった。どうした、という視線を僕に向ける。
「あの…筒井さん、そのキャリアを見込んでお願いがあるんですけど」
「おおっ、何?」
「僕、いまいちアクションの演技に自信がなくて。それでよかったら―」
意志とは無関係に、口が動いて、喉が勝手に言葉を搾り出した。止まる気がしない。
「僕の家に来て、演技指導、してくれませんか」
僕は無意識の内に、不敵な笑みを筒井さんに向けていた。俳優でもないのに。
断るかと思った筒井さんは、酒に飲まれて真っ赤になった顔で、いいよ、と言った。
「えっ…いいんですか!?」
「俺は厳しいよー、筒井くん」
べろんべろんになりながらも表情だけは真面目さを保とうとする筒井さんに噴出しそうになりながら僕は、
お手柔らかに、と言った。

56313:369 通り雨 通る頃には 通り過ぎ:2008/08/21(木) 00:34:23
 掌を握っているとしっとりと湿った体温が伝わる。
外は相変わらずざあざあざあと雨が降り注いでいて俺達は此処半時間シャッターのしまったぼろい店の
看板のテントの下で難を逃れている。唯の友人同士だと、もしこの夕立の中側を通る人があれば思った
かもしれない。しかし隣同士で立ち尽くしたまま、二人しっかりと手をとりあっている。胸に充満する
雨の匂いに満たされた学校の帰り。着込んだ制服は雨を含んで肌に張り付く。恋人同士のような格好で
、俺達はいる。
 しかし握る力は俺のほうが甚大なのだ。
 俺はお前が好きだった。だけどお前は俺のこと何かどうでもいい。
 多分雨が降り終わる頃にはこの掌は俺のものではない。降り終ったねと笑うお前は俺の側を軽々と通
り過ぎて世界に紛れてしまうだろう。そう言う約束だった。お互いの世界だけで関係を完結させて、決

して他には漏らさないと、仔犬みたいな笑顔で約束をせがんだお前を俺は許容した。(せんせいにもと
もだちにもおかあさんにもおかあさんにも)だけど許容さえすればお前が手に入るんだから、俺に逃れ
る術はなかった。(そしたらぼくもすきになったげる)そうやって始まった俺の恋。
 雨を機に人通りの少ない商店街の、テントの下にお前を連れこんだのは俺だ。そしてその内にお前の
掌をぎゅっと浚うように握ったのも。お前が全てに抵抗しなかった。ただただ天使のようないつもの柔
らかい微笑で、にこにこと俺の行動を見つめていた。児戯に微笑む大人のように。所詮何をしたって俺
の行動なんてお前の思考には登らないのか。何故隠したいのかと戯れを装って尋ねた時だって、その笑
顔で笑うだけ。俺の声になんて答える意味がないとでも言うように。

 これは同等が与えられないと知っている恋。それでもお前が欲しいから、俺はその苦難を甘受する。だけど、だけど。それはいつ崩れぬと知らぬ砂礫の上に立つかのように辛く苦しいことだと、お前は知
っているか。

 お前は酷い奴だ。俺の確かな恋情を、劣情を知りながらそれを同等のもので受け入れるなど思いもせ
ず、俺を玩具のように弄びながら遊んでいる。飽きたら捨てるのか。お前は全ての始まりと同じように
、なんとも無い様にあっさりと俺に終わりを言い渡すような気がして俺は心底恐ろしくて怖くてたまら
ない。

 そうやって俺の側を通り過ぎる。

 ざあざあ。ああ、地面を叩く音が徐々に静まる。雨が弱くなっていく。通り雨のせいで人通りが消え
た街中に人の声が聞こえ始めてきたらこの体温は俺のものではなくなる。人に触れては壊される俺達の
関係は。それが普遍的な物になりつつある事を思えば俺の心臓は簡単に破裂しそうなほど締め付けられ
た。握った掌を強く握りしめる。雑踏で母親においてかれそうになる子供みたいに。だけどその手は握
り返されない。俺とは違う、いつまでも俺となじまない体温で、俺はお前を繋いでいる。違う。
 繋いでいると、思い込もうとしている。
 おもいこもうと。
 誰にも囲えない奔放なお前を、誰に助けてもらう事も知られることも無くこの頼りない腕で捕まえて
しまわなければならない。その不安。その苦悩。お前は何も知らないよとにこにこと外ばかりを眺めて
ばかり。隣にいる存在の不在を嘆くのは俺だけなのだと今更ながらに思い知る。全ては俺の無様なのか
。だけどお前しか欲しくない。欲しくないのに。

 ああ。

 白皙の、美しい子供のようなお前。ふと首を傾げて俺を見た。その笑顔が愛しくてならなくて、だけ
ど俺を踏みつけていくのはいつだってこれなのだ。
「どうしたの、芳樹、泣きそうだよ」  
 な、此処で雨の代わりに尽きぬ涙をお前に捧げたら何処にも行かないでくれるのか。

 ざあざあざあ。通り雨が過ぎていく。俺の叫びを置いていく。ざあ、ざああ。

56413:793 異国人同士、まったく言葉が通じない二人:2008/10/19(日) 02:56:33
間近で見た瞳が、凝縮された空のようだと思ったのだ。
この手に触れた髪が、光そのもののようだと思ったのだ。
ああ何故僕は真面目に勉強しなかったのだろう。こんなにも後悔することになるなんて。
貴方の言っていることが分からない、こんなにも貴方を愛しているのに言葉を通わすことができない。
絡めた指が、擦れ合う鼻先が酷く熱い。
僕の目じりにじわりと滲んだ涙を涙を見てか、絡んでいた手を離して、彼は僕の頬を包むように触れた。

彼がその時、眼鏡越しの僕の目を見て、ガラスの向こうに見える夜空のようだと言った事がわかるのは、まだ先のこと。

56513-819 自称親分×無理やり子分:2008/10/25(土) 12:30:21
「おい、行くぞ」
「またですか」
 僕はため息をついた。金曜日、午後五時四十五分。
 手元の書類は、まあ週明けの朝イチで処理しても間に合うもの、ではあるの
だが。
「面子がたりねんだよ」
「やですよ。先輩ひとりで行ってくださいよ。そもそも先輩の友だちじゃない
ですか」
 マージャンならともかく、ポーカーに厳密な面子なんてあるものか。
「いいから、ごちゃごちゃいうなって。親分の言うことにさからうなよ」
「誰が親分ですか」
「え? オレオレ」
 先輩は自分の鼻先にちょんと人差し指をつけたあと、その指で僕の鼻先に触
れた。
「子分」
「勝手に決めないでくださいよ」
「そー言うなって。新人研修のとき、面倒見てやったろ?」
 この部署に配属されて最初に仕事を覚えるとき、この人が僕の「教育係」に
なった。3年先輩だから、まだまだひよっこの彼にも、後輩を教えることで業
務について自己研鑽を深めてほしい、という狙いがあったと思う。だいたい、
この人と来たら、業務に関する知識は僕より下で、何度か実地の作業中にやば
いことをしでかしそうになったのをあわてて止める羽目になったくらいなのだ。
 以来、腐れ縁である。
 彼は自らを親分と称し、嫌がる僕を無理やり子分と呼んでいる。
「こないだお前連れてったときさ、バカ勝ちしたろ。験がいいんだよ。勝った
らラーメンの一杯もおごってやるからさ」
「勝ったら、って。僕のほうが勝ったらどうすんですか」
「お前がおごる」
「なっさけないなあ。それでも自称親分ですか?」
 僕は手元の書類をそろえてフォルダに収め、デスクの引き出しに鍵をかけた。

56613-819 自称親分×無理やり子分(2/2):2008/10/25(土) 12:35:07
 この人はけしてバカじゃない。むしろ、むちゃくちゃ切れるほうだろう。た
だ、興味の焦点が今の仕事にはクリアに合っていないだけなのだ。大学時代に
つるんでいたというお友だちだって結構な人間ばかりで、切れのいいジョーク
を飛ばしあいながらワイン片手にポーカーを楽しむ姿は、はたから見れば成功
した男たちの集団といった趣だろう。常識的なレートやチップの上限といい、
白熱しても二時間で切り上げる、掛け金はその場の飲食代に充てて後に引かせ
ない、というローカルルールといい、紳士的な集まりだと思う。場のジョーク
に若干下ネタが多いのはご愛嬌だ。
 なのに、この人単独で話していると、とんでもない場末の賭場でなけなしの
給料をかけて目の色を変えたオヤジどもが冷や汗をたらしているような、饐え
て煮詰まった空気の場のイメージになってしまうのはなぜなんだろう。
「何も、僕をつれてかなくてもいいじゃないですか」
「いーや。つれてく。俺が決めたんだよ。二時間で終わるからさ、そのあと
ラーメン食って、うちでサシ呑み」
「……そこまで決まってるんですか」
「ったりめえよ。あ、サシ呑みの分はおごってやっから心配すんな」
「いいですよ無理しなくて。先輩の給料想像つきますから」
 家呑みをおごったくらいでいばられたんじゃたまらない。
 僕は立ち上がり、ジャケットに袖を通した。
「連れてってください、どこへでも。こう横で騒がれたんじゃ仕事になりゃし
ない」
「ひゃっほう! 行くぞ行くぞ! あ、お前これ持て」
 よれた紙袋を押し付けられた。とっさに受け取ると、ずしっと重い。中を見
ると、トランプの箱やチップのケースが押し込まれていた。今日の道具か。
 足取りもかるくエレベーターホールに向かう背広をにらんだ。
 ……まさか、荷物持ちがほしかっただけじゃないだろうな。
 大学時代の友だちも、だんだんオトナの紳士になり始めて、学生のノリでバ
カやってる自分がなんとはなし寂しくて僕を引っ張り込もうって算段なのかと
想像して、ちょっとだけ同情したのは深読みのしすぎだったんだろうか。
「おい、早く来いよ! エレベーター来てんぞ!」
「行きますよ、大声出さないでくださいよ」
 僕はため息をついて小走りで追いつき、彼の横に並んだ。

56713-909 活動家攻め政治家受け:2008/11/01(土) 21:23:14
「選挙は来年に先延ばしになるらしいね」
「そうらしいですね」
目の前にいるのは、去年選挙で俺に負けた立候補者だ。野党からの公認を蹴って無所属で出馬した。馬鹿だよな。そんなんで俺に勝てるわけないだろう。選挙なんて落ちればただの人。今は政治活動家として活動しているらしい。NPO団体の何かをしているとか聞いたかな。
もともとこいつに白羽の矢がたてられたのも、こいつの身内に犯罪被害者がいて、その支援活動をしていたからだ。身近で苦しんでいる人の為に出来ることをしていたら、知名度があがり対立候補として担ぎ出された。よくある話だ。
俺の場合は、長年議員をやっていた親父が脳卒中で急逝し、準備期間もないまま弔い合戦に担ぎ出された。これもよくある話だ。昔から世話になっている支援団体のおっさん達に泣きつかれてどうにもならなかった。親父の地盤は強固で、とにかく俺が出れば勝つと言われていた。実際に勝った。
理不尽だけど、選挙ってのは勝てば官軍。そんな訳で俺は若くして政治家になっている。

訳もわからず政治の場に席を置いて、目の前の事をこなすのが精一杯だ。やりたいと思うことも自分に何が出来るのかも、薄ぼんやりとしか見えてこない。
本当は、こいつが受かった所を見てみたいとは思う。どんな政治家になるのかを見てみたい。けれど、俺と同じ選挙区から出るのをやめない以上は、俺の当選はゆるがない。それだけの磐石な基盤を親父は築いて、多くの人の支援と期待を俺は引き継いでいるからだ。
答えはわかっているけれど俺はこいつに聞いてみた。
「他の選挙区から出ていただけないですか?先輩」
「うん。それは無理だ」
ずっと好きだった。こいつは俺の高校時代の先輩だ。だからどんなに政治家に向いているかも俺は知っている。ただ人に奉仕するのが好きなだけ。自分の利益なんかどうでもいい人だから。
本当はこんなことで争いたくなかった。でも、絶対に俺は負けるわけにはいかない。
ロミオとジュリエットみたいだと苦笑いしてみる。あんな若造達みたいに馬鹿な心中はしないけど。

56813-929 小説家志望の書生:2008/11/03(月) 01:47:17
「書生さん、今日は月が綺麗ですね」
「坊ちゃん。珍しいですね。酔っていらっしゃるのですか?」
「たまにはいいじゃないですか。すみません。僕が不甲斐ないばっかりに、住むところがなくなってしまった」
「そんな…私はとてもよくしていただきました」
うちは住居の一角に書生を住まわせるくらいの余裕がある資産家だった。だが事業に失敗し多額の借金をかかえた為、明日は家を出て行かなくてはならない。金にかえられるものはすべて金にかえ、それでも足りない分をある貿易商に肩代わりしてもらい、その代わりにその家の娘と結婚し婿に入ることになった。
「荷物はもうまとめたの?」
「私にまとめるような荷物なんてないですよ」
確かに彼には荷物なんてなかった。小説家を希望したのは、紙とペンさえあればはじめられるからだと言っていた。
「君は結局、僕に自分の書いた小説を見せてくれなかったね。それだけが心残りだ」
彼が小説を書いている時に部屋に入ることは度々あったけれど、彼はその度に頑なに僕に見せるのを拒んだ。
「私の小説は、いつもある人への想いを書いています。ただの恋文です」
「恋文」
「例えば、こうして月を見ています。同じ月をそばでその人が見ているだけで、私は胸が何かゆるやかであたたかなものに満たされるような気がするのです。月が美しいと私に教えてくれたのはその人だと思います。美しいものを見るのなら、私はこれからもその人と一緒に見ていたい」
僕は彼がこんなに情熱的な事を考えている人間だなんてまったく知らなかった。
「私は口下手ですからね。文字でしか自分の中の想いを吐き出すことが出来ません。でも、もう書けないかも知れません」
思いもかけない一言だった。
「どうして?実家に帰ったら小説をやめてしまうの?」
「小説ならどこでも書けます。でもその人がいないと私は書けないから。書けてもそれはただの文字の羅列です」
聞いている方が胸に詰まるような告白だった。
「……君に想われている人は、とても幸せな人だと思う」
うらやましいと思った。うらやましすぎて涙が出そうになった。
ふいに、彼が僕の手をとった。そしてうつむいて必死な声で僕に言った。
「私は口下手で。でも、言わないとあなたはもういってしまう。だから…」
彼の手から震えが伝わってくる。
「あなたが好きです。私と一緒にどこか遠くに逃げて下さい」

逃げてどうなるというのだろう。ふたりとも金なんてない。これから先に明るい未来などないだろう。多くの人への裏切りだ。でも、目から涙があふれて止まらなかった。僕が一番今欲しい言葉を言ってくれたと思った。酒ではなく彼の言葉に酔ってしまった。もう他に何もいらないと思った。

569959:2008/11/04(火) 21:37:58
『お客様でございます。
 お取次ぎいたしますか、マスター?』
スピーカーからのノイズが混じる機械的な音声、それが私の声だ。
私の呼びかけに、主人は無言の仕草で答えた。
ひらひらと振る手の平、そしてたまらなく嫌そうな顔。
その客は通すなという意思表示だ。
『先日、マスターがお連れになっていた女性のようですが、よろしいのですか?』
「だからなんだ」
重ねて問うと、ずいぶんといらだった口調が返ってきた。
初めてつれてきた先日の夜には下心たっぷりの笑顔で歓迎していた相手だと言うのに。
まったくこのお方はとっかえひっかえ、二回と同じ相手と夜をすごそうとしない。
本当にこの人は薄情なニンゲンだと思う。
訪ねてきた女性を慇懃無礼に追い返し、主人の元に戻った。
長年愛用しているカップで紅茶を飲む主人。
居心地はいいながらも古い椅子に根を生やしたように座って新聞を読んでいる。
そんな主人の顔を見て、ふと、眼鏡の端にヒビが入っているのに気がついた。
『マスター、眼鏡の右レンズが破損しているようですね』
話しかけると主人はこともなげに答えた。
「ああ、どうも昨夜何かしたらしいな。酔ってたから記憶にないが」
そう言うが、主人は特に気にした風でもない。
『新しいものに取り替えるべきかと。注文いたしますか?』
半ば答えを予想しながらもそう問いかけた。
「いや、いい。まだ使える」
ああ、やはり。
この方はニンゲンに対しては非常に飽きっぽい。
けれど。
『相変わらず、物持ちがいいというか……。本当にそのままでよろしいのですね?』
私が問うと、主人はうるさそうに答えた。

「ああ、まだ使えるだろ。道具は愛するものだ、簡単に捨てるものじゃない」

『かしこまりました、マスター』
おとなしく引き下がりながら、こう思う。
この身が機械でよかった。
私が道具でよかった。
決して叶うことはない想いだけれど、それでもずっと傍に置いてもらえるのだから。

570569です、陳謝。:2008/11/04(火) 21:40:02
すみません、一つ前に投稿したものです。
名前(タイトル?)を入れ忘れました……。
「959 ロボットの恋」でした。すみませんでした。

57113-959 同じく「ロボットの恋」:2008/11/04(火) 21:49:30
もう勝ち目がないと悟った瞬間、奴は自分の最後の砦である戦艦を自爆させた。
ブリッジの奥で奴と相対していた俺は逃げるまもなく爆発に巻き込まれ……
翼や手足の一部をもがれながら、無様に地面へ叩きつけられた。

地上で私の勝利を信じて待っていた主人が駆け寄ってくる。
その足音が、半壊してノイズ交じりのセンサーから聞こえた。

「――…!――、……っ!!」

カバーが外れて露出したカメラのレンズに主人の姿が映る。
その映像にすら砂嵐が混じり、
主人がしきりに口を動かして私を呼んでいるらしいことは分かったが
音声はもう聞き取れなかった。あの少し甲高い声が私を呼んでくれるのが好きだったが。

瞬く間に、主人の目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
少し泣き虫なのは出会った頃から変わっていないんだな。
ああ、もう泣かないでくれ。
私は君の笑顔を守るために戦った。
人の平和のために戦った。
これでもう、世界は平和になる。
だからそんなに涙を流さないでくれ、
私の一抱えもある指にしがみついて泣き叫んでいる、君のその姿だけで
剥き出しになった配線がショートしてしまいそうだ。

「さ。よ……な、――rあ、…だ…―」

さよならだ。
残りわずかな動力を振り絞って発音機構を動かしたが、主人にはちゃんと聞こえただろうか。
唇はちゃんと笑みの形を作れただろうか。

既に私の中のプログラムは、主要な回路や記憶装置が
致命的なダメージを受けてしまったことを感知している。
機械的な修理は可能だろうが、次に目覚める時、私は私ではないだろう。

ロボットに命があるとして、その私の命がここで終わってしまうのなら
せめて君の笑顔をメモリーいっぱいに焼き付けたまま壊れたいと思った。

572誤字修正:2008/11/04(火) 21:52:59
>>571の二行目の一人称は「私」の間違いでした。
確認不足で申し訳ありません。

57313-989 たき火:2008/11/07(金) 00:09:32
「修ちゃん、やっぱりやめようよぉ」
「大丈夫だって。ちゃんと水だって用意してあるし」
子供というのは好奇心旺盛である。かつ悲しいことに正確な状況判断能力がない。それがこの過ちの原因だ。その当時、俺の家の周辺は開発したての新興住宅地でまだ空き地が多かった。同じ地域に住んでいた孝也を巻き込んで俺は、木切れや枯葉を集めて空き地でたき火をしようとしていた。
「おー、燃えた、燃えた。すげー。ほら孝也、見てみろよ」
俺はかなり調子に乗っていた。臆病な孝也に対する優越感もあって、嫌がる孝也の腕をひっぱって火に近づけた。今でもあの白い腕は覚えてる。その直後に孝也はバランスを崩して火に突っ込み、その右腕は熱傷で皮膚がはがれ見るも無残な状態になったからだ。

「修ちゃん?どうしたの?」
今俺たちは大学生になっている。カフェテリアで無言になった俺を不思議そうに孝也が覗き込む。なんでこんなことを思い出したんだろう。ああ、たき火をしたのが今頃だからか。
孝也は暑がりで今くらいの時期まで平気で半袖を着る。初めて孝也の腕を見る奴は一瞬ギョッとするが、すぐになれるらしく気にしないようだ。利き腕でも後遺症は残らなかったので、見た目以外はまったく問題なかった。たぶん一番気にしているのは俺なんだろう。
「修ちゃん、今度の連休どっか旅行に行かない?」
「旅行?おじさんとおばさんは?」
「ハワイに行くんだって。新婚旅行でいけなかった所だから二人で行きたいらしいよ。一人で家にいるのも嫌だし」
「わかった。いいよ」
「良かった。ありがと」
俺がお前の頼みを断らないのを、お前は知っているけどな。

ラブホテルのベッドの上で、俺は孝也を抱く前に孝也の右腕にキスをする。何がきっかけではじまったのかは忘れてしまった。今となっては懺悔の儀式のような気がする。
「ねえ、修ちゃん。俺のこと好き?」
「なんだいきなり」
「好き?」
「好きだよ」
「この傷痕があっても?」
「関係ないだろ」
「じゃあ、この傷痕がなかったら?」
答えにつまった俺を孝也は一体どう思ったんだろう。
孝也はふっと笑って、両腕を俺の肩にからめてきた。
「いじわるだった。ごめんね、修ちゃん。俺も大好き」
そのまま孝也は俺の口をふさぐ。その先の答えは言わなくていいとでもいうように。

57414-49 日本昔話風:2008/11/09(日) 22:43:08
 昔々、あるところの小さな村に、ゴンベエという働き者とクロという名の真っ黒い猫が住んでいました。
ゴンベエは日が昇る頃から畑を耕し、日が沈む頃帰ってきてクロと一緒に眠りました。
ゴンベエはクロが大好きでした。
クロもゴンベエが大好きでした。

 ある朝、ゴンベエが起きると枕元にクロがいませんでした。
ゴンベエはその日から畑仕事もそこそこに、クロを探して歩きましたが、とうとうクロは見つかりませんでした。
 そうして三年ほどたったある日のことです。
ゴンベエが目覚めると、枕元に黒い着物を着た少年がすやすやと寝息を立てています。
ゴンベエは飛び上がるほどビックリしました。
少年は自分のことを猫のクロだと名乗り、
「大好きなゴンベエさんにご恩返しをしたいと思い、お山の仙人様に人間になる術を習いました。
一生懸命働きますからどうかおそばにおいてください。」
と言いました。
ゴンベエはクロが戻ってきたことをたいそう喜び、その日からクロと暮らし始めました。

蜜月蜜月。

57514-69 親の言いなり攻めとそんな攻めに対して何も言わない受け:2008/11/12(水) 20:41:59
クールビューティーが怒っている姿というのは、
個人的にはとてもそそられる。
ただソレが自分のパートナーだとちょっと話は違ってくるけど。

「そ…それでね。オトウサンが正月には家に帰ってこいって
いうから…。コレ、チケット…」

包丁をまな板の上にドスッと刺すような音がした。
対面カウンターキッチンじゃなくて良かった。
今どんな顔をしているのか、想像するだけで恐ろしい。

「い、嫌ならすぐに帰ってこようよ! 顔だけ見せれば満足するって!」

無言で鍋に火をかける後姿。
マンガでよく見る炎のオーラが俺にも見えるようだ。

「勘当覚悟でカミングアウトしたのはわかるけど、理解してくれたんだしさ」

テーブルの上に料理が並べられた。一人分だけ。いいけど。

「孫の顔を見る機会は来ないんだから、せめて息子の顔は
見たいとか言われちゃうとさァ。俺も弱いんだよ」

この会話を始めて、初めてこっちを見てくれた。
でも般若みたいな顔なので、あまり見ないで欲しかった。

「もう何年も帰ってないじゃない? そろそろ良くない?」

ガツガツと食事を口の中にいれ、サッサと食器を流しに持っていき、
スタスタと寝室に入っていった。鍵を閉める音がした。
俺は今日はリビングのソファーか。寒いんだけど。

プルルルと電話が鳴った。ナンバーを見る。今日の喧嘩の原因だ。

『どうだったかな?』
「無理です。俺じゃどうにもなりません」
『頼むよ。君だけが頼りなんだよ』

泣きつかれても困るんですけど。
自分の親でもないのにいいなりになってる俺は
実はかなりえらいんじゃないかと自分で自分を慰めた。

57614-119「タイムリミット」:2008/11/16(日) 00:44:35
駅までチャリで15分。
時計は午後6時48分。
<今日午後7時の新幹線。>
メールが届いたのが、今朝。

無視するつもりだった。
行かないつもりだった。
『忘れてやるよ、お前のことなんて』
心にもない言葉が、ずっと枷だった。
よりによって最後の日に喧嘩した。
理由は忘れた。たぶん些細なこと。
苛立っていた俺は、酷い言葉ばかり吐いた。
苛立っていたわけは、子供のような独占欲。
…離れたくない。
ただ、それだけ。

『忘れてやる』と言ったくせに、ちっとも忘れられなかった。
嘘。あいつの笑顔やふざけた顔が、全然浮かんでこなかった。
最後に見た泣きそうな顔だけが、脳裏に焼き付いたまま離れなかった。
…俺の記憶の中のあいつは、ずっと泣きそうな顔のままかもしれない。

絶対、嫌だ。

遠くで列車到着のアナウンスが鳴る。
階段を一段飛ばしで駆け上がる。
必死で切符のボタンを押す。
改札を抜けて疾走する。
発車ベルが鳴って、
嫌だよ待てよ、
まだ俺は、
まだ、


ぼやけた視界の向こうに、
遠ざかる新幹線が見えた。

…おしまいだ、
まにあわなか、

「おせえよ」

お前待ってたら行っちまったじゃねえか。
息を切らす俺に、こいつは不機嫌そうに、
だけど明るい声で、そう言って、笑った。

57714-119 タイムリミット:2008/11/16(日) 01:06:19
「おい吉井、話は聞いたぞ!何でもっと早く言ってくれなかったんだよ!」
「……は?」
昼休みが始まるや否や、目を輝かせながら僕に寄ってきた坂下の唐突な台詞に、僕は大層間抜けな声を出してしまった。
「そうかそうか、吉井がなあ。うん、あんな奴だけど俺協力するからさ!何でも言ってくれよ!」
「ちょ、ちょっと待って。話が見えない、何のことだよ?」
すると坂下は、またまたー、とぼけるなって!と僕の背中をバシバシ叩いた後、

「お前、俺の妹に惚れてるんだろ?」

実に楽しそうに笑いながらそう言い切るものだから、
「…………へ?」
僕は更に間抜けな声を発しながら、坂下の言葉を脳内リピートしていた。
惚れている?僕が、坂下の妹に?
「待っ…何でそんな話になってるんだよ」
平素を装って尋ねる。坂下の回答は、至極単純な物だった。
「ほら、俺が弁当とか忘れるとさ、あいつよく届けに来るじゃん。そんときお前、ずっとあいつのこと見てるって聞いた」
「………」

否定はしない。だって、それは紛れもなく事実だから。ただ、そこに込められた意味が違うだけで。
「いやー知らなかったなぁ。けどさ、俺が言うのもなんだけど、可愛いぞーあいつ。料理上手いし、あ、でもちょっと――」「…坂下は」

楽しそうに捲し立てる坂下を遮って、僕は尋ねた。
「坂下は、僕と…坂下の妹が、一緒になればいいと思う?」
すると坂下は、やっぱり楽しそうに笑って、
「勿論。だって吉井いい奴だし、うん、吉井なら安心だな」
それを聞いて、僕は確信した。
もう――限界だと。

初めはただのクラスメイト、それから過程を経て、気の置けない親友になった。けれど一緒にいるうちに、いろんな顔を知るうちに、その感情は形を変えてしまった。
伝える気はなかった。けれど、いつまでもぬるま湯のような関係に浸ってはいられないとも分かっていた。
きっと、ここが潮時だ。
彼がそれを望むなら、それで彼が幸せなら、僕は彼の妹を好きになる。
たとえ今は、嫉妬しか感じられないとしても。

僕はゆっくりと息を吸い込み、出来るだけ自然に笑顔を作った。
「ありがとう。協力、お願いするよ」
「ああ、任しとけって!まずはやっぱデートだな、いきなり二人きりはアレだから…」
坂下に相槌を打ちながら、僕は心の中でそっと呟く。

さようなら、親友。
さようなら、僕の大好きだった人。

57814-119 タイムリミット:2008/11/16(日) 01:47:26
俺の命にはタイムリミットがあった。
小さい頃に心臓疾患が見つかって、俺の両親は『成人式を迎えられたら神様に感謝してください』と言われていた。でも奇跡は起きて、とりあえず俺は成人式を迎えられる。
そしてもうひとつタイムリミットがある。これは自分で自分に決めた時間制限。

「はい、じゃあ胸見せて」
聴診器があたる瞬間はいつも体がこわばる。聴診器が冷たいせいもあるけれど、心臓の音がいつもより早くて緊張するからだ。
「今度、成人式だって? 良かったね。ドーム行くの?」
目の前の人のいつもよりしわくちゃの白衣が気になる。また病院で寝たのかな。
「行かないよ。友達と麻雀大会する」
「何、それ。もったいないな。一生に一度だよ?」
髪もボサボサ。でも暇な先生よりいいけどね。
「一生に一度だから、つまらない話を聞くのに時間を使う方がもったいないじゃん」
「この時を一番待ってたのはご両親だよ。親孝行しておきなよ」
「いいんだよ。俺、親不孝だもん」
診察室ではいつもたわいもない話だ。
「後で絶対後悔するよ」
「後悔って? いつ頃すんの?」
「君が子供を持つ頃くらいかな」
「じゃあしないよ」
服を着ながら俺は答えた。俺は親不孝だって言ったでしょ。
「今の医学の進歩はすごいんだぞ。大丈夫だよ」
「そうじゃなくて。医学が進歩しても、俺、女の子を好きになれないもん」
「え?」
絶句するよね。でも、そんな話題ふる方が悪い。
「……そうか。そうだよなあ…。でも……」
「いいよ。無理して答えようとしなくても」

このまま行けば俺は成人式まで生きていられるだろう。
神様がくれた奇跡だ。だから贅沢は言えない。もうひとつ奇跡を下さいなんて。
「俺、成人式を過ぎたら先生に言おうと思ってた事があるんだ」
「今でもいいじゃない。何?」
「今はダメだよ。何の準備もしてないから」
「準備って?」
「発作、起こすかもしれないから」
「脅すなよ」
「脅してないよ。親切心だよ」
この恋心をかかえたままだと、俺の寿命は確実に縮まる。それだと先生も悲しむだろう。悲しんでくれるよね?
だから決めた。
もうすぐこの不毛な恋が終わる。

57914-351 ツンデレになりたい 1/2:2008/12/01(月) 18:26:26
「おまえ彼女と上手くいってんの」
「あ、あの可愛い受付の子ね」
「いや別れたよ。先週振られた」
「おまえが振られるって珍しいな!」
「なんて言われたの?」
「『私、あなたが私を愛してくれる程あなたを愛しているのかわからなくなっちゃって』だって」
「あいつ言いそうだな。それもブリッコしながら」
「大好きだったんだねぇ」
「いやベタベタすんのが好きな女だと思ってたんだよ。そしたら意外と冷静なタイプだった」
「ていうかやっぱギャップが必要なんじゃね? おまえら優しいからさぁ、女には優しいだけじゃだめなんだよ」
「ええ、それって僕も入ってるの?」
「そりゃこの三人の中で一番優しいのはおまえだもん」
「どうせ今付き合ってる奴にもベタボレしてんだろ?」
「うんまあそうなんだけど」
「気をつけろよ、時代は紳士よりツンデレを求めてるからな」

僕は悩んでいた。
男は優しいだけじゃだめで、今は紳士なんか求められていないって言いきかされても、
僕は本当に本当に彼が大好きで、できることならちっちゃな瓶に入れて持ち歩きたいとか、
もういっそ女の子になって彼の奥さんになってもいいとか、
でもその場合は僕の腕の中で声を押し殺して小さく震える姿を見れなくなってしまうから
やっぱりそれはちょっと止めとこうかなぁとか、とにかくそれくらい彼を愛しく思っているんだ。

58014-349 ツンデレになりたい 2/2:2008/12/01(月) 18:27:25
でも普段、彼からのリターンはあまりない。ほとんどない。
キスすれば応えてくれるし、抱けばすがってくれるけど、
それ以外の部分では鬱陶しがられることの方が多い。
僕の大きすぎる愛が原因で彼に愛想をつかされたら、それは本意じゃない。
そこで僕は思った。ツンデレになりたいと。
彼に愛されるためにデレデレは卒業だ。
そうだ、ツンデレになろう。

「ただいま」
(おかえり、今日遅かったね。ずっと待ってたよ。疲れた? 大丈夫?)
「どうした、帰ったぞ」
(ごはん作っておいたよ、君の好きな豚のしょうが焼きだ)
「喉でも痛いのか」
(痛くないよ、僕身体だけは丈夫だから風邪ひかないんだ。
それより君の方が心配だ、今週働き詰めだしちょっと痩せたんじゃないか)
「何か怒ってるのか? 言わないと俺はわからないぞ」
(怒ってなんかない、今すぐおかえりのキスをしたいけど君は嫌がるじゃないか)
「……遅くなったのは悪かった。携帯の充電が切れて連絡できなかったんだ」
(あれ、自分から言ってくれた! 謝罪と理由がセットなんて滅多にあることじゃないのに)
「代わりにこれを買ってきた」
(僕がずっと探してたバルセロナ特集号のサッカー雑誌!)
「うわーん、ありがとう! ありがとう!! びっくりさせてごめんねえ、大好きだよぉ!」
僕はもうたまらなくて、彼に飛びついて頬ずりをして、そのまま何度も何度もキスの雨を降らせた。
彼はなんとも言えない表情をしてたけど、僕の背中に手を回してシャツをきゅっとつかむ仕草は素直で、
とてつもなく可愛らしかった。
こうして僕はツンデレを一瞬で卒業した。
だって、不安になったり傷ついたりしてる彼を見ているのに耐えられなかったから。
そして無愛想な彼が、案外僕のことを気にかけてくれていることに気付いたから。

58114-399 いじめっこ勇者×いじめられっこ魔法使い:2008/12/05(金) 00:38:10
紅蓮の炎が蛇のように地をはしり、轟音とともに爆ぜた。
断末魔の悲鳴をかき消すように、二発三発と容赦なく炎の塊が撃ち込まれる。
闇の眷属であった獣は苦痛に身をよじりながら地に崩れ、一抹の灰に還った。
魔法使いはロッドを掲げたまま、すこしの間無表情に火柱を見つめていたが、
はっと我に返って、すこし離れた場所にいる仲間のもとへ駆け寄った。

「ゆ、勇者さんは!?」
「生きてるわ。気を失ってるだけね」
戦士に抱きかかえられ、勇者はぐったりと目を閉じたまま身じろぎもしない。l 
僧侶が呪文の詠唱をはじめるとじきに出血は止まったが、損傷は大きく、すぐには意識が戻りそうになかった。
「よかった……死んでしまったかと……思い…ました」
魔法使いは、へなへなと勇者の傍らに膝をついた。既に涙目である。
(やっぱり変わった子だわ)
戦士は、勇者にすがりつく優男を、珍獣のようにまじまじと見遣った。

旅は道連れ。年々危険を増す旅路にあっては、得手不得手を補い合う仲間が不可欠だ。
そんなわけで、彼らは五人でパーティを組んで旅をしている。
ある日突然「勇者になる」と言い残して実家を飛び出した漁師の次男坊(現勇者)、
精悍な見た目に反してなぜかおネエ言葉の戦士、
普段は陽気だが、酒がきれると震えが止まらなくなる僧侶。
武闘家に至っては中型犬である。

少々風変わりなこのパーティの中で、魔法使いだけが明らかに浮いていた。
そもそも箱入り息子なのだ。代々、絶大な魔の力をもって王家を支えてきたという、
覚える気も失せるほど長ったらしい名の名門一族に生まれた。
長の嫡子で、生まれながらに抜きん出て魔力が高く、当然、跡取りとして将来を嘱望されていた。
それがどういう気の迷いか勇者に同行すると言い出して、家出同然にパーティに加わってしまったのだ。
黒魔法に長けた者が仲間にいるのは助かる。
おおいに助かるが、マイペースな性格が災いして、魔法使いは連携が大の苦手だった。

そのせいかどうかは不明だが、魔法使いはしょっちゅう勇者にいびられていた。
子供のような他愛のないいじめだが、全く免疫のない魔法使いはその都度多彩な反応を示し、
調子にのった勇者が徐々に行為をエスカレートさせ、武闘家に窘められて一応反省したフリをするのが常だった。
魔法使いからすれば勇者を煙たがって当然なはずだが、なぜあれほど勇者に懐いているのか。
戦士でなくとも、不思議に思うところだろう。
「ねえねえ、アンタ勇者のことどう思ってんの?」
戦士の言葉に、魔法使いはこくりと頷いた。
「照れ屋ですが、根はとてもいい人だと思っています。なんだかんだで面倒見はいいし、
 武闘家さんの仰ることはよく聞くし。……生憎と、僕は嫌われてしまったようですが」
「嫌ってる、っていうんじゃないとは思うけどね。ほら、アンタはさ、元々が努力しなくても人並み以上じゃない?
 血筋とか素質とか、おつむの出来とか。そういうところがこう、鼻につくんじゃないかしら。
 あいつ負けん気強いし、隠れて相当努力するタイプだもの。ムラムラ〜っと、いじめたくなるんだと思うわ」
勇者は庶民の出だ。争いを避けて鄙びた土地に根を張り、代々地道な暮らしを守ってきた人々の末裔である。
あらゆる面で、魔法使いとは対照的といえる。
魔法が使えないから勇者になった、などといつぞや本人も言っていたくらいだから、
魔法使いと見ると反射的にコンプレックスを覚えるのかも知れない。
「よくついて来るよなぁって、正直感心するわ。あれこれつつき回されんるの、イヤじゃないわけ?」
「いやでは……ないです。故郷では血族以外の者からは基本、口をきくのも避けられてましたから、
 はじめて対等に扱ってもらえたみたいで、嬉しいんです。ずっと僕のこと見ててくれるし」
なんとも両極端な話だ。しかし普通の世界ではあれを”対等の扱い”とは呼ばない。
「うわぁ……マゾいわねぇ……」
「心底憐れんだような目で見ないでください!そういうんじゃないです!」
「アンタってさあ、あれよね。そのうち勇者をかばって死んじゃったりするタイプよ」
「よしてくださいよ。俺より先に死んだりしたらブッ殺す!って常々勇者さんに言われてるんですから」
思いがけない言葉に、戦士は目をまるくした。
「なんだ、実はめちゃくちゃ気に入られてるじゃない。……へえ、そうだったんだ」
自分一人が要らぬ心配をしてしまったようで、戦士は急に馬鹿馬鹿しい気分になった。
当の魔法使いは言われた意味を掴みそこねた様子で、きょとんとしている。

58214-439 きみといつまでも:2008/12/07(日) 00:25:02
command:きみといつまでも Y/N?

801はファンタジーだ!! と割り切ってるがどうしてもNのルートに考えが行って
しまう私を許してください。決して不幸話が好きなんじゃないんです。

仮にA君とB君がいるとしましょう。
この2人が「いつまでも」何かを共有または同じ状態(精神的なものも含む)に
いられるでしょうか? 答えは圧倒的にNOだと思うんです。

たとえA君の隣にB君がいるのが当たり前の世界であっても
「いつまでも」そのままって言うわけには行きません。
歩き始めたならいつかは終点にたどり着きます。朝は夜になり、人は年老います。
感情が動かない人はいないでしょう。うつろうのが人の心。記憶もいつか薄れます。
A君は年をとっても「B君が好きだ」と思う、そこまでが事実だと仮定しても。
どちらかが先に死んだら? 社会的な圧力に負けて誰かと結婚てしまったら?
物質だって永遠に残りません。いつかは破壊され燃やされ分解され再生されます。
すべての物質の質量が変わらなくても、その中でサイクルはあるのですから
いつまでも何かを所有する・共有するということも不可能に思えます。

お話の中には時間がループしているものもあるけれど、それはここでは考えません。
閉じた時間軸の中で同じことが繰り返されるのならそれは「一時」のコピーであって
何も進まない。(お話の様式としては好きなのですが)
確実に時間が流れ、その中での無限のif連鎖が今生きてる世界だとすれば
100%2人だけのために働く事象は数えるほどではないでしょうか。

だから余計に私は「きみといつまでも」と祈ります。
Nに行く選択肢を一つでも少なくすれば2人はそれだけ長く「いつまでも」を実現できる
と信じるから。
人の気持ちは変わると言ったそばからこんなことを書いて変ですよね。
でも今は心からA君とB君に少しでも長く時間を共有してほしいと感じます。
本当にお互いが「きみといつまでも」と思える2人でいてほしいから
今日も私はYを選択する2人を、成長していくssを書くんだとおもいます。

萌え語りにも満たない年食った中2病のたわごとを最後まで読んでくれてありがとう。
A君B君、だいすきだ!

583萌える腐女子さん:2008/12/07(日) 00:34:36
───なんかさ、あいつって変に色白じゃん。
身体つきなんかは意外とがっしりしてたりするのにさ、あいつの印象っていうのがまた、
ニュルニュルっていうかニョロニョロっていうか… なんかとにかく掴みどころもないし、
すっごく変なヤツじゃね?

他のみんながそんな風に僕を噂してるのは知っている。

どうせね、そうさ。
色白なのは生まれつきだし、どうせニュルニュル?ニョロニョロ??どっちの表現でもいい
けど、掴みどころなんてありませんよ。
なんだよ、みんなだってゴツゴツしてたりペラペラしてたりヒョロっとしてたり、どうせ
五十歩百歩のくせしてさ。
───まぁ、中には。とんでもなくカッコのいい、オイシイ奴だっていたりするけれど。
でも、彼らがすき好んでそういう風に生まれたわけじゃないのと同じに、僕だって望んで
こんな風に生まれてきたわけじゃない。なのになんで、陰口ばっかり叩かれて。

「やぁ、こんにちは。…どうしたんだい?そんなに悲しそうな顔をして」

「え?あ、こ、こんにちは」

突然声をかけられて、驚いて振り向くと。こっそり憧れている彼が、すぐそこにいた。
まるで太陽みたいに綺麗で明るい色を放つ、誰とでも相性のいい、仲良くできる彼。
みんなが憧れる───そして僕も例外なく密やかに思い続ける彼。

「そうだ。ね、今日は君が一緒においでよ」
「え?で、でも…」
「大丈夫、だって僕たち、最強に相性がいいんだから!だから、ね?」
「だ、けど、でも」
「なんてね。一番の理由は時間が全然ないからってことらしいんだけどさ。でも、僕たちの相性が
いいってのはホントだろ?僕たちがトロトロに混ざり合えば、誰にも負けないくらいに、お互いを
高め合って絡み合って…最高に蕩け合う。君だって知ってるだろ?」

ね?と微笑みかけられて、うっかり頷いてしまう。
遠慮しないで、と手招かれて、彼の後におとなしくついていった。
だって、彼はすごく魅力的なんだ。みんなが憧れてるんだ。本当に。

今日彼と「蕩け合える」という白羽の矢が立ったのはホントに僕らしい。
他の誰かだと色々と手を加えなきゃならないことが多いらしくて、今はそんな時間がないらしい。
どんな理由だっていい。僕らの相性がいいのは本当で、実はものすごく自信があるんだ。
とんでもなくカッコのいいオイシイ奴よりも、僕は彼と混ざり合うことで、もっとオイシクなれるってこと。

僕がまとっていた薄い、ぺらぺらの服を手早く剥ぎ取られる。
ちょっと恥ずかしい───だって本当に、情けないくらいに色が白いんだ。
でも。

「ふふ。ホントに色白。…キレイ」

隣で見ていた彼がそんな風に呟くから。
僕は促されるまま、足先からとろとろに蕩かされていった。
身体が。…グズグズに溶けていく。彼と混ざり合うために。───どこまでも最高に高め合うために。
やがて全身とろりと崩された僕の中に、「今日は不要だから」と、透明な膜を捨て去った太陽の色を
した彼が、とぷん、と入り込んできた。

「きもちいいね?」

そんな風に囁かれて、もう何も判らなくなる。
全身をかき混ぜられて、とろとろに彼と混ぜられて。どこが境目かも判らないくらいに一緒になって。

「とろろごはんって簡単で最高に美味しいよね?」

誰かのそんな言葉が聞こえてきた時───やっぱり僕は僕に生まれてこれて良かったなって思ったんだ。
これから先も、何度生まれ変わっても僕は僕のまま。
ずっといつまでも、黄身といつまでも混ざり合えるように。

584583:2008/12/07(日) 00:38:54
ごめんなさい。名前欄入力したけど消えてた。
583は 14-439 きみといつまでも です。

58514-439 きみといつまでも:2008/12/07(日) 00:52:37
「せんぱっ……卒業おめでとうございまっ……うえええええ」
卒業式の後、派手に泣き出した後輩を前に、俺は苦笑する。
卒業するのは俺で、コイツはまだあと1年この学校に通うはずで。
なのに、あまりに大泣きするものだから、俺の方は感傷やらなにやらは全てどこかに行ってしまった。
「コラ、泣くな。どっちが卒業生だか、分からないだろ」
「だって、だってぇ」
涙を隠そうともせず、鼻水まで垂らして泣いている後輩を、俺はずっと可愛がってきた。
そして、相手も慕ってくれていたことは、現在目の前に繰り広げられている光景からすれば、疑いようもない。
「たかが卒業だ。そんなに、大したことじゃないだろ?」
「大したことですよ!! 大したことなんですよ!! だって、俺、先輩の「後輩」ってポジションしかないのに!!」
「は?」
訳の分からない内容で食って掛かられて、思わず聞き返すと、悔しそうに噛み締められた唇が目に入った。
それに、ゴシゴシと袖で乱暴に目を拭うから、目元が赤くなってしまっている。
「だってっ……同じ歳じゃないから、友達ってわけに行かないし、女の子じゃないから付き合うわけにも行かないし、俺は「後輩」以外になれないのに、先輩が卒業しちゃったらその繋がりまで無くなっちゃうじゃ無いっすかっ……」
心底辛そうに呟かれた言葉に、俺は思わず苦笑した。
「まるで、愛の告白みたいだな」
「告白すれば、先輩とずっと一緒に居られるなら、俺告白します」
むっとした様に唇を尖らせての言葉に、俺は笑って、その頭を撫でてやる。
「じゃあ、告白してもらおうか。付き合えば、ずっと一緒にいられると、そう思ってるんだろ?」
「へっ?」
本気で驚いたらしく、ずっと止まることなく流れ落ちていた涙が、ぴたりと止まった。
俺はそんな後輩の手をとって、上向きに手を開かせる。
「へ、え?」
その手のひらに、学ランの第二ボタンを千切って載せてやると、後輩はボタンと俺の顔を、首ふり人形のように見比べた。
「で、俺は、ずっとお前が好きだったことを、いつ告白すればいいんだろうな?」
「〜〜っ! 先輩!!」
飛びついてきた後輩の身体を、俺は笑ってしっかり受け止めた。

58614-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 01:41:38
本スレに投稿しようとしたらPC携帯共に規制食らってたのでこっちに
―――――――
じゃあたまには萌え語りでもするか
なおこの萌え語りはフィクションです。気分を害してしまったら申し訳ありません

「学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん
でも冬休みはクリスマス前後からだよなあ、まわし」

このレスから勝手に妄想したのはおっさん、もしくは高校中退した若者です。
おっさんの場合は、あるやもめ暮らしの冬の日、突然見知った少年が訪ねてくる。
学校はどうした、さぼりじゃないのかとうろたえまくるおっさんに、
「今冬休みだから大丈夫」なんて少年は笑いながら答えます。
そして寂しそうに上の言葉をぼやくおっさんに少年はいとおしさを感じるのです。

若者の場合は街ではしゃぎまわる学生らしき集団を見て、いらいらしながら言ってくれるといいと思います。
「俺の大学はもっと早いよ」なんて隣からかけられた言葉に、
学校をやめて働きに出てしまったことに対するコンプレックスを感じつつ、
「いいよな学生は。どうせ勉強しないで遊んでるんだろ」なんて口を尖らせるのです。
それでも高校をやめてもずっと付き合ってくれていた隣の友人に感謝と、友愛と、
そして「なんで俺に声をかけてくれるんだろう」と少しの疑念を抱きます。

どちらにせよ、クリスマスの夜にはぜひとも二人きりで腰に手をまわしつつ温めあっていてほしいものです。

58714-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 01:42:42
本スレに投稿しようとしたらPC携帯共に規制食らってたのでこっちに
―――――――
じゃあたまには萌え語りでもするか
なおこの萌え語りはフィクションです。気分を害してしまったら申し訳ありません

「学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん
でも冬休みはクリスマス前後からだよなあ、まわし」

このレスから勝手に妄想したのはおっさん、もしくは高校中退した若者です。
おっさんの場合は、あるやもめ暮らしの冬の日、突然見知った少年が訪ねてくる。
学校はどうした、さぼりじゃないのかとうろたえまくるおっさんに、
「今冬休みだから大丈夫」なんて少年は笑いながら答えます。
そして寂しそうに上の言葉をぼやくおっさんに少年はいとおしさを感じるのです。

若者の場合は街ではしゃぎまわる学生らしき集団を見て、いらいらしながら言ってくれるといいと思います。
「俺の大学はもっと早いよ」なんて隣からかけられた言葉に、
学校をやめて働きに出てしまったことに対するコンプレックスを感じつつ、
「いいよな学生は。どうせ勉強しないで遊んでるんだろ」なんて口を尖らせるのです。
それでも高校をやめてもずっと付き合ってくれていた隣の友人に感謝と、友愛と、
そして「なんで俺に声をかけてくれるんだろう」と少しの疑念を抱きます。

どちらにせよ、クリスマスの夜にはぜひとも二人きりで腰に手をまわしつつ温めあっていてほしいものです。

58814-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 02:40:15
「なに言ってるんですか。久しいもなにも、先輩が卒業してまだ一年経ってませんよ」
「俺は過去に囚われない男だ」
「もう一度言いますけど、一体なにを言ってるんですか」
「俺は常に未来しか見ていない。過去は振り返らない。学生時の習慣もまた然り」
「去年の今頃、先輩は年賀状用の芋版を作る!とか言ってサツマイモ買い漁ってましたよね」
「ああ、あの焼き芋うまかったな!やっぱ焚き火でやるとホクホク感が違うよな」
「思いきり覚えてるじゃないですか」
「あの後小火になりかけたよなー。あれは焦ったな!」
「その様子だと、全然反省してないですね」
「あーなんか焼き芋食いたくなってきたな。食っとけばよかったなあ」
「……だったら、今から買いに行きますか」
「んで、話を戻すけどさ、冬休みって確かクリスマス前後からだったよなあ」
「え?」
「だから、確かまだ冬休みじゃないだろって話だよ。まだ学校は営業中だろ?」
「営業……まあ、そうですね」
「ってことはだ。お前、学校サボって俺ンとこ来たの?」
「いけませんか」
「良くはないだろ。学生の本分は勉強だ。親の出してくれた授業料を無駄にしちゃイカン」
「先輩に言われたくないですよ」
「ははは、だよなあ。……お、そろそろか」
「……」
「でも正直、驚いたわ。誰にも言ってなかったのにさ。まさかお前が来てくれるなんてな」
「……いけませんか。俺にだって、学校より何より優先したいことくらい、ありますよ」
「あのなあ、そういうくさいセリフはカノジョに言え」
「彼女はいません」
「じゃあ早く作れ。クリスマスまでまだ時間はあるぞ。今年もまた去年みたいに俺と二人で馬鹿やるのは寂しいだろ」
「馬鹿なことをしてたのは先輩一人だけです」
「うわ、きっつ。ほぼ一年振りだっつーのに相変わらずだなお前。……って、ヤベ。もうマジで時間が」
「……先輩」
「じゃーな。元気でな。風邪ひくなよ。雪道で滑って転ぶなよ。勉強頑張れよ。家に篭ってばかりじゃなくて外でも遊べよ。変なもん食うなよ」
「先輩」
「向こうから年賀状出してやるからな。エアメールの出し方わかんねえから、正月ジャストは無理かもしんないけど」
「先輩!!」
「見送り来てくれてありがとなー!すげー嬉しかったー!」

満面の笑顔でこっちに大きく手を振って、先輩は空港の通路の奥に消えていった。

58914-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 02:50:47
「優希くん、学校どうしたの?」
「休みだけど」
「こんな時期に? 普通クリスマス前後じゃない?」
「今は試験休みだってば」
「俺だまされてないよね?」
「じゃあ学校に問い合わせれば?」
「あー。学生やめて久しすぎて休みの時期なんてもう全然わかんねー」
「親でもないのにうざいよ、達也さん」
「親以上ですよ、俺は」

この人は俺の後見人。
火事で家族も家もなくした俺を血のつながりもないのに
周りの反対を押し切って引き取ってくれた人。
もちろん簡単に出来たわけじゃない。
後見人になる時には変な勘ぐりもあったらしい。たぶん今もある。
俺の知らない所で、達也さんは俺がなるべく傷つかないようにしてくれている。

「早く大人になりたい」と言うと、
「そんなに急いで大人にならなくていいのに」と達也さんは笑う。

大人になりたいのは、この家を早く出たいからなんて言えないけれど。
父親もどきの人に恋をしてるから苦しすぎるなんてもっと言えないけれど。

せめて金銭的負担をかけたくなくて大学もあきらめるつもりだったのに
俺の可能性を狭めたくないと許してくれなかった。
せめて俺は一生懸命優等生になる努力をする。周りに達也さんを認めさせる為に。
そんな俺を「子供っぽくなくてつまらないな」と達也さんはまた笑う。

「あ、そうだ。サンタさんに、優希くん何お願いした?」
「ハァ? 今なんて言った? サンタって言った?」
「言ったよ」
「……達也さん俺のこといくつだと思ってるの?」
「いくつになっても、いい子にしてたらサンタさんは来るものです」
「……そうですか」
「何、その冷めた反応」
「馬鹿じゃねーとか言わないだけ感謝してよ。達也さんのそーゆーとこたまについてけないなー」
「だって俺には来たからさ。いい子にしてたから」
「いい子ね……。自分で言っちゃうし。で? 何貰ったって?」
「君」

願ってもいいんだろうか。願いは叶うだろうか。この人が欲しいと死ぬほど願ったら。
世間の目も先のことも何も考えないで、今だけはワガママになってしまいたいと
駄々をこねる小さい子供のように泣き出した。

59014-459 1/3:2008/12/07(日) 15:40:12
「…で、どうしてお前がここにいるんだ」
「…それ、俺が一番言いたい台詞」

ほんの好奇心だった。
ほら、あるだろ、少し前に流行ったメイドリフレってやつ。メイドさんがマッサージしてくれるやつ。
可愛くてうまい娘いるって後輩から聞いて、ちょっとだけ興味沸いたわけよ。
…まさか、昔からずっとつるんでるこいつ(もちろん男)が出てくるなんて予想もしてなかったわけよ。

「人手が足りないと頼まれたんだ。こんな制服だけど、給料がよくて助かる。何より腕を買っていただいた。それだけでありがたいよ」
整体師として開業するのがこいつの夢だ。そういやこないだ、新しい仕事先ができたと言っていた。力を発揮できると嬉しそうにしていた。真面目なこいつらしくて微笑ましかった。
…が、よりによってこの店かよ。いくら頼まれたからって、女装してまで働かねえよ、フツーは。これも真面目で片付けていいもんなのか…。頼むほうもどうかしてるよな。本当に腕見込んで頼んでんのかな。
そんなことをグダグダ思いつつ、ベッドに横にされて、肩や腕をほぐされながら、俺はこいつを改めて眺めた。メイドリフレってだけあって、こいつもばっちりメイド姿だ。恥ずかしげもなく堂々と接客してるのがこいつらしい。化粧とウィッグで微妙に雰囲気変わってる。
…まあ、元々顔は悪くない奴だし、痩せてるし、一見すると中性的な美人って感じかな。ちょっと腕周りとかきつそうだし、スカートも短いけど。
……似合ってるとか思うのは、結構可愛く見えたりとかするのは、たぶん俺が頭おかしいんだよな。…たぶん。

59114-459 2/3:2008/12/07(日) 15:42:07
……揉まれるのが気持ちいいのも相まって、なんか変な気持ちになってきた。気を紛らわそうと悪態をつく。
「…可愛い姉ちゃん来てくれると思ったらさあ、お前だもんなあ。詐欺だろこれ。店長訴えてもいい?」
「駄目だ。せっかくの仕事の機会を反故にしないでくれ」
「つーか、喋ったら男だってバレバレだろ。客ドン引きだよ」
「普段はなるべく声を出さないようにしているよ。黙っていれば分からないみたいだな」
「サービストークできないメイドなんて人気なさそうだけどなー」
「そのぶん、技術で満足させるさ」
こいつはそう言ってふっと微笑んだ。
うっ、…な、なんだこの感じ…!女の子に可愛いとか思うのと一緒じゃねえか!……こいつに?どうしちゃったの俺!?
おかしい、俺おかしい。メイド姿のこいつを見てから何かがおかしい。なんでこんなに顔が熱いんだよ。…畜生、この部屋に何か変なもん撒いてあるんじゃねえのかよ…

「よし。次はうつ伏せになってくれないか」
内心動揺する俺にはお構いなしに、こいつは次の指示を出した。言われた通り寝返りをうって背を向けると、…あろうことか、こいつは俺を跨いでベッドの上に仁王立ちして、
「い…!?」
突如踵で太股を踏まれ、思わず身体がびくんと反り返ってしまった。
「あででで、なんか痛え!けどくすぐってえ!!うはは、ああ、やめ、」
「ずいぶん張ってるな、かたいぞ…こら、動くなっ」
…少しすると、だんだん押されることが快感になってくる。気持ちいい。うまいな、こいつ、…ていうか踏むの!?こんなこともされんの!?
ふと我に返って、自分が置かれている状況を把握した時、俺は軽く混乱した。
メイド姿の、こいつに、踏まれて、……な、なんだよ、なんで俺、こんなに息荒くしてんだよ!!……うー、なんか変態みてえ…泣きそう。

59214-459 3/3:2008/12/07(日) 15:57:05
「…ごめん、痛かったかな」
「ち、ちげーよ、踏まれんのが気持ちイイんだよ、…」
眉をひそめて黙りこんだせいか、心配そうな声が頭上から降ってきた。とっさに返した言葉もなんか変態じみてて、余計に泣きそうになる。
対するこいつの声は、ほっとしたものになった。
「そうか、よかった。…それにしてもお前、ずいぶんあちこち凝ってるな。今度、家でも施術しようか?」
「…へ?」
身体を起こして振り向いた俺に、屈みこんだこいつの顔が急接近する。…う、また動悸が…
「むしろ、やらせてくれ。俺はもっと上達したい。練習台にするようで申し訳ないけれど、お前の身体が整うなら一石二鳥だ。未熟な施術だけど…駄目かな」
真摯な眼。…ああ、こいつは格好とかそういうのも全然気にしないで、ただ技術を高めたくて頑張ってんだな、…そう思った。
こいつのそういうとこが、俺は、
「…メイド服着んの?」
って何どうでもいいこと聞いてんの俺ー!!バカすぎるだろ俺!!
「流石に着ないが、…お望みか?」
「い、いや、冗談だからな!」
ちょっとだけ開いた新しい扉を閉じようと必死で頑張る俺の努力を、
「構わないぞ。お姉さんに任せなさい」
こいつは、こいつなりの冗談ととびきりの笑顔で、…あっさり無駄にした。

593傍若無人なくせに天然:2008/12/10(水) 00:40:19
「傍らに人無きが若し」
「ん?」
「お前のこと。一般的には傍若無人。近くの人にとって迷惑な行動をするって意味」
「俺、迷惑なんかかけてないよ?」
「ほー。よくそんなことが言えるな」
「そりゃ言えるでしょ」
「この間、同じゼミの女の子に何をした?」
「失恋話を聞いてなぐさめた」
「こう言ってな。『あいつ浮気者だよ。この間俺も食われたよ。まだつきあってた時期じゃね?』」
「なんで聞いてるんだよ!」
「聞きたくないのに聞こえたんだよ」
「え? ああ…、いたね。そういえば」
「男に男とられたって、あの後大変だったぞ」
「でも、あれで未練がなくなったはずだ。俺は役にたったと思う」
「そうくるか」
「そうだよ」
「教授たぶらかして、やめさせるし」
「ちょっと待て! 向こうが勝手にやめたんじゃないか!」
「『生徒でいるのがつらい』って言ったからなぁ」
「別れたいって意味だって普通わかるだろ!」
「わかるかよ」
「国文が専門なのに日本語の機微がわからないはずがない」
「へーえ」
「へーえじゃない」
「後輩には貢がせるし」
「勝手にくれたんだってば!」
「雑誌みながら『コレいいね。そう思わない?』って同意求めて?
カード限度額まで借りちゃったぜ、あいつ。どーすんの」
「だってお金持ちのボンボンだと思ってたし」
「金持ちならいいってこともないだろ」
「……そうだけど……」
「ペット不可物件の部屋に住んでる先輩に犬は飼わせるしさァ」
「俺なんも言ってないよ!」
「ペットショップで『こんな犬がいる家だったら毎日でも通っちゃうな…』」
「独り言も禁止?!」
「しかも大家さんにばったり会って『犬に逢いに来たんです』って。馬鹿だろ」
「アレ? そういえば引越したって言ってたのは……?」
「気がつくのが遅いよ」
「えー?!」
「おまえ自覚しろ。お前の行動が周囲の人に多大なる迷惑をかけているということを」
「……お、俺のせいなの?!」
「どう考えてもおまえのせい」
「……意識してやってるわけじゃないし……」
「じゃあ、つきあう人間を少なくしろ」
「ひとりいればいいけど」
「気の毒だけどしょうがないよな。誰だ」

(目の前の人を指差した時、ひきつったような気もしたけど、
ちょっとは嬉しそうな気がしたのは気のせいか?)

59414-519 体育会系×体育会系 1/4:2008/12/12(金) 00:37:04
松田がアパートに帰ってきたのは10時を過ぎた頃だった。
風呂から上がったばかりの竹原がおかえりと声をかけると、松田は玄関に座り込み手招きをした。
「何」
「脱がして」
泥だらけの両足を投げ出してそんなことを言う。
松田は子供のような驕慢さがあるのだが、生まれ持った愛嬌のおかげで何故か憎まれない男だ。
「甘ったれ」
そう言いながらも竹原はシューズの靴紐を解き、汚れたソックスを脱がしてやるのだった。

机の上に用意されていた野菜炒めと鶏の竜田揚げをレンジで暖め、すぐに遅い夕食が始まった。
「それどうしたの」
食べながら話すので、松田の口元から米粒がこぼれ落ちる。
黙ってティッシュを渡すと松田はそれで洟をかんだが、もう竹原は口を出す気も起こらなかった。
「それってどれ」
松田は箸で竹原の右腕を指す。
そこには握りこぶし程の大きさの青黒い痣が広がっていた。
「今日の打撃練習でぶつけられた」
「いたそー」
練習用の投球とはいえ、硬球が当たればもちろん痛い。痣はしばらく残るだろう。
まぁでも体育会の宿命だからな、と呟くと、俺のもある意味そうだと言って松田が笑った。
彼の頬は赤く腫れ上がり、熱を持っていた。

59514-519 体育会系×体育会系 2/4:2008/12/12(金) 00:38:07
竜田揚げの味付けが濃いせいか、二人ともよく食が進んだ。
野菜炒めは多少火の通りが悪いが、食べれない程ではない。
「今日遅かったな」
「ミーティングが長くてさぁ」
生焼けのにんじんをかじりながら松田が答えた。
「試合前なんだろ」
「無駄に話なげぇんだよ、途中で3回寝ちったし」
サッカー部の“魔のミーティング”は大学内で有名だった。
野球部と並んで長い伝統を持つ部活ということで、規律も練習も厳しく、毎年多くの新入部員が止めていく。
竹原の所属する野球部は数年前に部則を見直し、彼が入学する頃には時代錯誤な風習は消え、学年間の風通しも大分良くなっていた。
「寝てんのバレた?」
「超バレた」
「そんでこれか」
竹原は食卓ごしに手を伸ばし、松田の痛々しい頬に触れた。
「佐々木先輩マジ容赦ねーの」
松田は表情を変えずに白米を口に運んでいる。鉄拳制裁に対して恨み言を言うつもりはないらしい。
竹原は彼のそういうタフな部分が好きだった。

食べ終わって眠くなった松田が畳の上で横になったので、竹原は慌てて彼の肩を揺さぶった。
「おまえシャワー浴びろよ」
「明日でいい」
「着替えもしないで何言ってんだ」
「だって眠い……」
こうなるとまるで子供と変わらない。
竹原は松田の両脇に手を差し入れ、上半身を抱き起こした。
汗のにおいがした。それが少しも不快ではなく、むしろ欲をそそられることに、竹原はとっくに気付いていた。
自分の肩にもたれかかる頭を上向かせて、キスをする。
最初は触れるだけのキス。それから唇を食むキス。
それだけでも良かったのだが、まだ松田が体重を預けたままだったので舌を入れた。
松田がわずかに身をよじったが、とくに嫌がるわけでもなく、案外素直に受け入れられた。

59614-519 体育会系×体育会系 3/4:2008/12/12(金) 00:38:49
舌がある場所を掠った時、松田が竹原の胸を軽く突いて離れた。
「いてぇ」
松田は顔をしかめて口元を押さえている。
「どっか切れてんのか」
「殴られたとこ」
竹原の顔から血の気が引いた。そんなに強く殴られたのか、と思った。
今までも練習で作った生傷や上級生からのしごきで出来た痣は見てきたが、血が出るほど顔を殴られているとは知らなかった。
「見せてみろ」
「たいしたことない」
「見せろって!」
思ったより大きな声が出てしまい、松田が目を丸くした。
竹原が声を荒げることはほとんどない。自分自身も驚いていた。
沈黙が続き、気まずい思いをかみ締める。

先に口を開いたのは松田だった。
「……タケ」
「悪ィ」
先に謝ってしまえば気が楽だと考え、竹原は俯いたまま謝罪の言葉を口にした。
松田は何も答えない。
思い切って顔をあげると、目の前にいる松田は満面の笑みを浮かべていた。
「タケってさぁ、ほんと俺のこと好きなのな!」
「はぁ?」
松田はにやけた顔で竹原の首に腕を回してきた。
「“俺の可愛い松田”が殴られて心配しちゃったんだろ?」
そのまま松田はなだめるように竹原の背を叩いた。ずいぶん調子にのっている。
「愛感じたぜ」
「おまえなぁ……」
どっと肩の力が抜けた。
このタチの悪い男をなぜ愛しいと感じてしまうのか、自分の本能を恨めしく思った。

59714-519 体育会系×体育会系 4/4:2008/12/12(金) 00:40:07
「シャワー浴びてくるよ」
急に立ち上がった松田の背中を、竹原は戸惑いの目で見つめた。
さっきまで眠くてぐずっていたのに、この豹変ぶりは一体どういうことだ。
疑問に思っていたら、バスルームの手前で松田が振り返った。
「タケ、先に寝んなよ。今夜は俺の愛を見せてやるぜ」
憎らしいほど良い笑顔だ。腹も立たない。
「いいのかよ、試合前だろ」
「それはタケ次第だな」
松田の肌にそういった意味で触れるのは2週間ぶりだった。
理性がきくか、無理をさせないか、自信は正直ない。
しかし、汗のにおいで目覚めた欲望はいまだ冷めていないのだ。
「緑山大学サッカー部の次期エースの実力を見せてもらいますか」
松田が声を立てて笑い、待ってろよ、次期4番打者! と言い残してバスルームのドアを閉めた。

59814-589 お前なんか大嫌いだ 1/4:2008/12/15(月) 03:14:06
春日亨は出来た男だった。
成績優秀、顔も良ければ社交性もある。
ギターが弾けたり、ダーツが得意だったりもする。
「俺はなぁ、お前みたいな男は気に食わないんだよ」
「オレは佐々木さん好きなんだけどなぁ」
――おまけに悪意や皮肉を受け流すのも得意と来ている。
この同じゼミの後輩は、まったく出来た男なのだ。

俺たちはいつものように喫煙所で煙をふかしていた。
この男と一緒にいるのは癪だが、学内で煙草を吸える場所は限られている。
「オレのどんなとこが嫌いなんですか」
「顔が良くて頭が良くて要領が良くてモテること」
「モテると思います?」
「思うっていうか、現在進行形でモテてんじゃねぇか」
ゼミの女の子は全員春日を好意的に見ていたし、うち3人は本気で春日に恋していた。
そのうち1人は俺が狙っていた女の子だった。まったく頭にくる。
「好きな人からモテないと意味ないじゃないですか」
鼻にかけない上に、いかにも誠実な発言。
「そういうことがむかつくんだよ」
「佐々木さんって子供みたいっすね」
「あぁ?」
春日が反論するなんて滅多にないことだから、ムキになって語調が荒くなってしまった。
俯いてマフラーに顔の半分をつっこんでいるので、春日の表情は読めない。
「ないものねだり」
くぐもった声に、痛いところを突かれた。
男としてのプライド、年長者としてのプライドを打ち砕かれた気分だ。
「……お前にはないものなんてねぇからわかんねんだよ」
「あんたにだってオレのことなんてわからない」
どうしたんだ春日、普段のお前なら笑って俺の僻み話なんて受け流すじゃないか。
本当はそう問いたかったが、口から出てきたのは「あんたって言うな」というくだらない言葉だった。
春日はずいぶん灰の部分が長くなった煙草をもみ消し、校舎の方に歩き出した。
後を追う気にもなれず、俺はもう一本吸ってから授業に出ることにした。
おかげで10分遅刻し、厳格な教授に睨まれる羽目になった。

59914-589 お前なんか大嫌いだ 2/4:2008/12/15(月) 03:15:08

その夜、バイト先の小さな居酒屋に春日が現れた。
以前もゼミ生たちが面白がって見に来たことがあったが、今日は1人だった。
気が乗らないまま注文を取りにいくと、春日は囁くほどの声で尋ねてきた。
「今日何時までですか」
「2時までだけど」
「じゃあそれまで飲んで待ってます」
「あっそ」
春日はケンカの気まずさなど気にしていないようだが、俺は次の日まで引きずる面倒なタイプだ。
つい返答もぶっきらぼうなものになる。
悔しいが、人間としての器の差を認めざるを得ない。
春日はホタテとほっけをつまみにして黙々と1人酒を飲んでいた。
途中何度もメールの受信音が聞こえたが、横目でうかがっても春日が携帯を開く様子はなかった。

「お疲れ様です」
店を出ると、すぐに春日に声をかけられた。
「お前、何しにきたの」
「謝ろうと思って」
春日の表情は柔らかい。そのことに安堵する自分が嫌だった。
「今日やつあたりしちゃってすみませんでした」
深々と頭を下げられた。
こう素直に謝罪されては、拗ねてるわけにもいかないだろう。
「いや、むしろ俺もやつあたりしてたし」
「許してもらえます?」
春日が握手をもとめて右手を差し出したので、仕方なくその手を取った。
「良かったぁ……」
思ったより強く手を握られて、俺は少し顔をゆがめた。
「オレね、本当に佐々木さんが好きなんですよ」
「はっ、ホモかよ」
「結構そうかも」
予想外の返事に、返す言葉が見つからなかった。

60014-589 お前なんか大嫌いだ 3/4:2008/12/15(月) 03:15:42
「泥臭いとこを繕わないとことか、文句言っても実は正当に評価してくれるとことか、
あと弱音吐くけど全然あきらめないとことか、全部オレの逆だから尊敬してるんです」
「尊敬だけにしとけよ」
「でもオレ、佐々木さんの顔も好きなんです。吊り目の奥二重ってツボで」
「やめろよ」
「佐々木さんで勃起するし」
「やめろって!」
貞操の危機を感じた俺は、つながれた手を振り払った。
「だからね、あんたにオレの気持ちなんてわかんないって言ったんです」
見ると春日はひどく傷ついたような顔をしていた。
あの時マフラーの中に隠されていたのは、この顔だったのだ。
「オレだってほしいものはあるのに……」
嘘だろ、止めろよ、冗談じゃない。
春日の彫りの深い印象的な瞳が潤み、みるみるうちに涙が溜まっていくのが見えた。
お前が泣いてどうすんだ、春日亨は出来がよくて、とてつもなくタフで、むかつくほどモテる男じゃないか。
何を血迷ったか、俺は動揺のあまりとんでもない行動に出てしまった。
泣き出す寸前の春日を抱きしめたのだ。
「佐々木さん?」
「泣くんじゃねぇよ」
戸惑いながら自分より高いところにある春日の頭に腕を回すと、春日は額を俺の肩に押し付け、その両手を俺の背中に回した。
きつく抱かれて息が詰まる。
涙目のままの春日にキスされた時も、自分が何をしてるか、されているのか、混乱していてよくわからなかった。
それでも、俺はもう春日の腕を払うことはしなかった。

60114-589 お前なんか大嫌いだ 4/4:2008/12/15(月) 03:16:15
結局その日から、俺と春日は恋人と呼ばれるような関係になった。
良い店に案内してくれたり、しんどい時には美味しいコーヒーを淹れてくれたりと、春日は恋人としても出来た男だった。
ある時、からかうつもりで最初の夜のことを持ち出した。
「お前さ、あの時だけは可愛かったよな。泣いちゃってさぁ」
春日は照れる様子もなく、爽やかに笑っていた。
「あれは本当に可愛かったのは佐々木さんなんですよ」
「どういう意味だよ」
「あんな古典的な泣き落としにひっかかっちゃったじゃないですか」
しゃあしゃあと言われて、唾を吐きたくなった。
「困った顔して、ぎゅってしてくれましたよねぇ」
「……やっぱお前なんか大嫌いだ」
「オレは佐々木さんが大好きです」
無駄にいい笑顔しやがって。
最高にむかつくが、今の俺はこの出来た男を愛しいと思ってしまうのだった。

60214-599 悪に立ち向かう少年:2008/12/16(火) 18:07:53
少年がどんなにもがこうとも、戒めは緩みもしない。
最大の脅威は今や掌に。世界を支配せんと企む邪悪なる存在はほくそ笑んだ。
身を魔道に堕とし、陽炎のように揺らめく黒い影。憎悪で形作られた悪そのもの。
そんなものに身をやつしてしまうと、今度は輝きが欲しくなった。
「さあ、諦めるがよい。我が僕となるのだ」
「いやだ!お前の言うことなんか聞くものか!」
キッと向けられた真っ直ぐな眼差し。
恐れを知らぬ少年。純粋な魂よ。
自由を封じられてもまだ絶望せぬか。
「ならば、これではどうだ?」
手始めに悪は、少年の故郷を魔法の像で映し出した。
懐かしい木々の緑。暖かい人々。
それらを一瞬に焼き尽くし、灰燼に変えた。
「嘘だ、この場から村を焼くなんて、お前にそんな力はない!」
震えは隠せぬものの、気丈につぶやく声。
見透かされている。そうとも、これは心への攻撃なのだ。
利発な少年、だがそれ故に残酷な映像に耐えるしかない。
やめてくれ、とひとこと。その懇願が欲しいのだ。それで少年は悪のものとなる。
次に、恋しい生家を、愛する父母ともども焼き尽くす。
「……信じない、これは嘘のことなんだ……」
さすがに目を背け、それでも少年は屈しない。
悪は焦れた。
「ではこれでは……?」
変わる映像。映し出されたのは少年の守り人。
かつて、氷の心と剣を持つとうたわれた、腕の立つ剣士。
悪は知っている。剣士が少年と出会い、苦難の旅を共にする中で心を溶かし、
踏み入れかけた魔道から救われたことを。
あれは、もう一人の己であると。
「だめだ!あの人はだめだ!」
初めて少年の声に焦りが混じった。この城にほど近い場にいる剣士を気遣って?
そうではあるまい、少年は恐れているのだ。
もし、ここで少年が剣士を見捨てたことを剣士が知ったなら、
剣士の心は今度こそ凍てついてしまう。
少年を守り、少年に守られる存在。
妬ましい。
──悪は、剣士を焼いた。
その映像が真実なのか、虚像なのか、もはや問われぬ。
「だめだ……やめて……やめてください……」
涙が一つ、二つと石の床を濡らした。これこそ悪の欲しかったもの。

60314-619:冷たい人が好きなタイプだったのに何で?:2008/12/18(木) 02:11:40
「なんでおまえ手袋もしてないんだよ。」

ほら、手貸せ。
一方的に繋がれた手から、相手の体温が流れ込んでくる。
冷てーなおまえの手。昔から、冷え症だっけか。
彼は、優しい苦笑いを潜ませた声でそう言って、歩き出す。

温かすぎるその熱にめまいを感じながら、手を引かれて歩いた。
半ば俯けていた視線を少し上げて、繋いだ手を視界の中心に据えた。
手を引っ込めようとするのに、その度に掴み直されて、指は絡め合ったまま。
その内に互いの温度が混ざり合って、何処から何処までが自分のものなのか、
境界が曖昧になってしまう。
堪えきれなくなって、眼を逸らした。
胸が痛い。悲しさや苦しさでなく、得体の知れない切なさが喉を締め上げる。

辺りはもうすっかり冬景色で、明け方には雪が降った。
時折氷点下の空を過ぎる風は首筋を脅かし、靴の下で、さくさくと雪がなる。
新雪の降り積もった道が、眼前に広がっていた。

この、雪のような人が好きだった。
綺麗で冷たい、凛とした人。
三年越しのそれは、告げることも出来ずに終わってしまった恋だったけれど、
その透明な硬質さを、今でも忘れられなかった。
温かいものは鬱陶しくて持て余して苦手で、冷たい人が、好きだった。
だから次に好きになる人もきっとそうなのだろうと、
なんの根拠もなく漠然と考えていた。


「兄貴のことはさ、」

今まで精一杯、好きだったんだろ。だったらそれでいいじゃんか。
一歩先を歩く幼なじみが、こちらも見ぬままにぽつりと呟く。
俺の前でまで強がってたら、おまえどこで泣くんだよ。
指の先に、ぎゅっと力が籠もった。
彼の短い髪が、小さく冬の風に揺れている。


「ばーか」

辛うじて出した声は、酷くゆらいだ。
涙が溢れそうになって、慌てて立ち止まり、空を見上げる。
夏空よりも淡い、けれど透き通って高くにあるひんやりとした、眼底に焼き付く青。
眼を閉ざせば、温かで微弱な太陽の光を瞼に感じた。
眸を開けたらその瞬間に掻き消えてしまいそうで、細かく震えながら立ち尽くす。
その光の向こうから、自然同じように立ち止まった彼の声が聞こえた。


「泣いたらいいんだよ」

優しすぎる声は、柔らかく内耳に入り込んだ。
喉元までこみ上げた何かが、呼吸を苦しくさせる。


冷たい人が好きだった。
温かいものは苦手だった。
その筈だったのに。


「俺が、そばにいるからさ」



この手だけは、離し難かった。

60414-629 ふんで:2008/12/20(土) 00:00:58
「は?」
短いムービーを見終え、俺が真っ先に発した言葉はそれだった。
新幹線の到着時間を知らせるメールにくっついてきたそれには、音が入っていなかった。
画面の向こうでは、座席に座ったあいつが満面の笑みを浮かべている。
掲げて見せる漫画やゲームを見るに、これで遊ぼう!と言いたいのは何となく分かるが、
……問題は最後だ。突然真顔になったこいつは、口を尖らせて「う」の形を作り、
続けてかたく引きむすび、
最後にわずかに開きながら顎を下げ、困ったように眉を寄せて視線を落とし、
……映像はそこまでだった。
「……謎解きかよ」
何かの言葉なのだろうか?
車内でうるさくできないのは分かるが、こんなの読唇術の心得があるわけでもなし、
俺にはさっぱりわけがわからない。メールで問い返したが返信もない。
「……ったく」
苛立ちまぎれに画面のあいつにデコピンし(爪がちょっと痛かった)、俺はため息をついた。

あと十数分もすれば、本人に直接確認できるが、暇にかまけて考えてみた。
「う」「ん」「え」……とりあえずこんな口の形に見えた。分家?軍手?いやグ○ゼ?
下着忘れたから買っといてくれって?んな馬鹿な。
貧困な語彙力でうんうん考え込んでも、それっぽい言葉は出てこない。
と、足の下でぱきりと小気味良い音がした。どうやら足を動かした拍子に小枝でも踏ん、
「……あ」

――『ふんで』?

***

「っていきなり何すんの!?」
「あ、違ってたのね。わりい」
「違ってたって何がだよ!」
「あのメール、『踏んで』って言ってたのかと」
「マゾかよ俺!?」
「てっきり都会で悪い人に目覚めさせられたのかと思って焦ったんだぞ」
「全然焦ってなさそうなんだけど、……つーか気持ち悪いこと考えないでね」
「んで、何て言ってたの、ほんとは」
「……言えたら無音にしねえよ」

(ちゅー、して、……なんて)

60514-649 人事部 1/4:2008/12/21(日) 22:10:49
「こちらとしてもまことに心苦しいのですが、どうぞご理解ください」
「はぁ……」
 なで肩の男は怒ることも落胆することもなく、達観しているようにさえ見えた。

 人事部人材構築2課――内部から「肩叩き課」と呼ばれるこの仕事は、簡単に言うとリストラの対象になった社員に首切りを宣告し、退職を勧めるというものだ。
 論理的に話を進めて相手の感情を逆撫でしないよう配慮し、会社の意向を伝えてもう逃げ場はないと諭す。
 決して気持ちの良い仕事ではないが、かといってエネルギッシュに営業先に愛想を振りまく性分でもないので、佐伯は「肩叩き」であることにそこそこ満足していた。
 
 退職勧奨を受けた人間は、様々な反応を返した。
 逆上して掴みかかる者、顔を覆って泣き出す者、動揺のあまり支離滅裂な話を始める者。
 自分より1周りも2周りも年上の社員が心を乱す様子を見ていると、哀れみと軽蔑がないまぜになったような複雑な感情が沸いた。
 しかし、今日の男は違った。
「そうですか」「はい」「わかりました」、無表情にこの3つの言葉を繰り返し、反論もせずに帰っていった。
 その落ちた肩は絶望のためにゆがんだわけではなく、生まれ持った骨格なのだった。
 佐伯は彼に関連するファイルを手に取り、書類をたぐった。 
 古河実、35歳。営業部所属。借り上げ社宅在住。実家は自営業の定食屋。未婚、扶養家族なし。
 いかにもパッとしない営業マンのデータだが、佐伯にはどうしても気になる点があった。

 古河が入店してからきっかり5分後、佐伯は居酒屋ののれんをくぐった。
 目当ての男はカウンターの隅にひっそりと座っていた。
「古河さん、偶然ですね」
「あぁ、人事部の……」
「佐伯です。お隣いいですか」
「どうぞ」

60614-649 人事部 2/4:2008/12/21(日) 22:11:41
「今日はどうも」
「人事部のお仕事も大変ですね」
「いいえ、営業の方にこそ頭が下がります」
「営業はね、好きなんですけど僕には向いてなかったみたいです」
「まったく、何ていったら言いか……」
「ビジネスですから仕方のないことですよ」
 曖昧に笑って熱燗をすする古河の手元に、鰐皮の時計が光っている。
 佐伯は一呼吸置いてから切り出した。
「時計、お好きなんですか?」
「え?」
「ブランパンの少数限定モデルですよね」
「詳しいんですね」
「憧れの時計なんです」
「まぁ、時計は一生モノですから」
「私なんかには一生かかっても手が届きません」
「佐伯さん、言いたいことがあるならはっきり言ってください」
 古河の横顔に変化はない。
 怒りも動揺も一切見えない、まさにポーカーフェイスだ。
「古河さん、何をなさってるんですか? 産業スパイって時代でもありませんよね」
「僕はただの無能なサラリーマンですよ」
「そんな方がこの時計を? 失礼ですが、あなたの給料では無理だ」
「……飲みながらする話じゃありませんね。出ましょうか」
 
 古河に連れてこられたのは、雑居ビルの中の薄暗い雀荘だった。 
 冗談のようなレートを聞き、佐伯は気が遠くなった。
 そこに居合わせた、どう見ても堅気ではない男達を相手に、半荘勝負が始まった。
 リーチ、平和、一盃口。東場は佐伯の安手の早上がりも通用した。
 しかし南場――相手に高い手で上がられ、苦しくなる。
 最後の親は古河だった。ここで勝たないと、二人の負けは大きくなる。
 牌を取り終え並べ直していると、ふいに古河が手を上げた。
「天和です」
 配牌の時点で上がっているという非常に確率の低い役満貫だ。
 雀荘全体がざわめいた。イカサマではないか、という声も聞こえてくる。
「おいあんた、俺らの目の前でサマやったってんじゃねぇだろな」
 強面の男にすごまれても、古河は動じなかった。
「やったように見えたなら、やりなおしましょうか」
 その声には怯えのような響きは全くない。
 しばらく睨みあった末、男達が舌打ちをして万札の束を雀卓の上に投げやった。
「どうも」
 ひょうひょうとその金を拾いあがる古川を、佐伯は呆然として見ていた。

60714-649 人事部 3/4:2008/12/21(日) 22:12:43
「いつもあんなことをなさってるんですか」
「そんなことしたら命がいくつあってもたりません」
「じゃあ一体……」
「要するにね、ギャンブルが得意なんですよ」
 古河は飲み終えた缶コーヒーを、離れた場所に向かって投げた。
 美しい放物線を描いて空き缶がゴミ箱に収まった時、ようやく佐伯も合点がいった。
「株ですか」
「自慢じゃないですけど才能があります」
 真面目な顔で言うので、妙にリアリティーがあった。
「気付いたら会社の給料よりそっちの収入の方が増えてました」
 淡々とした引き際の理由はそれだったのか。
 佐伯は納得し、ずっと気に留めていた古河の時計に目を向けた。
「じゃあリストラなんて痛くも痒くもありませんね」
「いや、不安ですよ。会社を辞めると一日中パソコンの前にいてしまいそうで」
「では一応未練があると?」
「引っ越したり保険を切り替えたりするのもおっくうですし」
 佐伯はにやりと笑った。
 きっと古河ならどんな時もこんな笑みはこぼさないだろう。
 彼が営業に向かない原因がわかったような気がした。
「古河さん、私と取引をしていただけませんか?」

 事業戦略部新規開拓3課――内部から「博打打ち課」と呼ばれる場所に古河はいた。
 1課や2課の綿密なデータを基にした堅実な戦略とは違い、従来の常識に捉われないユニークな戦略を打ち出す遊撃手的なポジションだ。
 リスクを恐れない肝の太さと、過酷な状況の中でも勝ちの道を探す冷静さを求められるこの部門に、佐伯はコネを伝って古河を推薦したのだ。
 成果はすぐに出た。
 古河の研ぎ澄まされた勝負感覚により、3課の担当したあるプロジェクトが大成功を収めた。
 リストラ目前の他部署の平社員の返り咲きとあって、人事部の英断も評価されることになった。
 佐伯が直接登用したわけではないのだが、人事部長はわざわざ肩叩き課までやってきて、彼に握手を求めた。
 佐伯が差し出した手には、ブランパンの時計が嵌められていた。

60814-649 人事部 4/4:2008/12/21(日) 22:13:17

「プロジェクトのご成功おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「株の方はいかがですか」
「最近はもっぱら逆張りですね」
 二人は以前来た居酒屋で杯を交わしていた。
 古河は酒が入るといくらか表情がわかりやすくなるということに、佐伯は最近になって気付いた。
「おかげで一発逆転できました」
「それもご自身の持っている運でしょう」
「実はね、自分より強い勝ち馬を知りません」 
 軽口のように聞こえるが、まぎれもない事実なのだろうと今ではわかる。
 酢の物をつまんだ瞬間、佐伯の目はある一点に集中した。
「古河さん、それって……」
「あぁ、ブレゲのクラシックタイプです」
 佐伯は息を呑んだ。
 それは彼が取引の条件として譲り受けたものより、更に高価な腕時計だった。
「佐伯さんも、僕なんかよりずっとお似合いですよ」
 古河は佐伯の手首を柔らかく押さえ込み、曖昧に笑ってみせた。
 この男は本当に油断ならない。
 くたびれたスーツも、ずり落ちた肩も、すべては彼の強さを隠す鎧なのだ。
「もう一つ取引をしませんか」
 いざという時はやはりポーカーフェイスらしく、彼の感情は読めない。
「……出ましょう」
 この勝ち馬に乗るのも、悪くはない気がした。

60914-699 渡せなかったプレゼント 1/2:2008/12/25(木) 17:06:27
(惨敗だ……)
これ以上なくみじめな気持ちに、思わずうずくまる。
暗澹たる気持ちをよりいっそう落ち込ませてくれる部屋の惨状からも、目を背ける。
昨夜はクリスマスイブ。世間的には恋人達の甘い夜、ということになっている。
彼氏いない歴二十ウン年の哀れなホモである自分だが、街のクリスマスムードについ浮かれて、
密かに片思い中の同僚、鈴木にアタックしてみる気になった。
二人で、買ってきたチキン食べて。ビール飲んで。ワイン飲んで。ケーキ食べて。
良い感じになったところでプレゼントの包みを渡す。
『プレゼント?何……香水? 男が男に香水をプレゼントだなんて、なんだか意味深だな』
『……そんな意味に取ってくれても俺、全然構わないよ……?』
流れる微妙な雰囲気、そして二人は……なんて。妄想してたのに。

鈴木にアポを取ると二つ返事。
「ああ、いいねー篠田。寂しいもの同士、パーッとやるか。大野も水田も呼んでさ」
「えっ、……あ、ああ、うん、パーッとね……」
と瞬く間に人数が増えて総勢8人。それが1DK6畳の俺のうちに大集合となった。
忘れていたが鈴木は、柔道部あがりのバリバリの体育会系、面倒見のよい兄貴肌なのだ。
料理は焼き肉。飲み物はビールのみならず日本酒と芋焼酎。
ホールのケーキは「めんどくさいからいいか!」と箸で無惨につき回され、
つまみが足りないからとコンビニに行って、さきいかとポテトチップスをあてに朝までノンストップ。
「大野ー、今度合コン企画しろよー」
「や、厳しいっす、この間の看護師さんでネタ切れです」
「そんなこと言ってるから、イブの夜に男ばっかりで飲む羽目になるんだぞ?
 だいたい篠田もさぁ、『男まみれのクリスマスパーティ』なんぞ、正気で企画するかー?」
そんな企画、したつもりはないんですが……

61014-699 渡せなかったプレゼント 2/2:2008/12/25(木) 17:08:02
昼近くになって、ようやく一人起き二人起き、全員が帰ったのは午後になってからだった。
鈴木も、いつのまにか帰ってしまった。
テーブルの汚れていない所をさがして、本当なら昨夜渡すはずだったプレゼントを置いてみる。
香水は買えなかった。やっぱりどう考えても踏み込みすぎだろう、と思い、
鈴木が前に話題にしたゲームソフトを、中古ショップで入手した。
これなら、同僚にプレゼントしても
「たまたま目に付いたからさ、今度おごれよ」ぐらいでごまかせる。
……そもそも、そういう意気地のなさが招いた事態だったのだ。
鈴木とどうかなるつもりなんて、本気じゃない。
ただ仲の良い友達でいられればそれでいい。
そういうことなら今回の『男まみれのクリスマスパーティ」、成功じゃないか。
鈴木も楽しそうだったし。
……ため息が出る。膨大な片付けものにも、ため息が出る。
一度思い描いてしまった虫のよすぎる妄想と、あまりにかけ離れた結果に涙が出そうだ。

「悪い、悪い。片付け手伝うから。何、あいつら帰ったの? 今度締めないといかんなー」
突然降ってわいた声に心臓が飛び上がった!
ベルトをカチャカチャさせながら、鈴木がキッチンから入ってくる。
「鈴木! 帰ったんじゃなかったの?」
「トイレ借りてた。飲んだ次の日ってちょっと下すよね。
 ……あれ、それ何? ゲームランドで買ったの?」
ああ、やっぱり理想とはかけ離れている。甘い雰囲気になりようがないです。
でも、それでも、これが、神様のくれたチャンス。
いや、クリスマスだから、サンタさんからのプレゼントなのか?
昨夜じゃ、その気もないような俺に、サンタさんも渡せなかったよな。
俺が受け取る気になれば。このチャンスをものにする気があれば。
「これ、これね……鈴木へのプレゼント。前に言ってたやつ」
「わざわざ俺に?」
「……そうなんだ。鈴木にね、あげたかったんだよ。
 本当はもうちょっと、違うものを考えてたんだけどさ」
「篠田? 何で……泣いてるんだよ」
「は、はは、何でもない。……鈴木、ちょっと、話があるんだけど──」


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