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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1萌える腐女子さん:2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

126萌える腐女子さん:2005/11/06(日) 22:11:48
研修の部屋は気のいい同僚と相部屋だった。
初日から婚約者に会えないと嘆いている。会えなくて清々しているアーベルとはずいぶんな違いだ。

慌しく研修をこなし、夜には疲れ切ってベッドに倒れこむ。
2日目までは夢も見ないほど熟睡していたが身体が慣れ始めた3日目の夜、夢を見た。
レイモンに「愛している」と囁かれ、抱きしめられる。「私もですよ」とうっとりと呟く。
目覚めてから愕然とした。

長く居すぎて情が移っただけに過ぎない。必死にそうやって自分をごまかした。
レイモンの「愛している」は単なる言葉遊びに過ぎない。今だって自分の代わりに引っ張り込んだ情婦にでも囁いていることだろう。
そこまで考えて胸が痛んだ。

レイモンの浮名は界隈にいくらでも流れている。
そもそも初めて逢ったときも幼い子供を引っ張り込んで事に及ぼうとしていたのだ。
いま自分を呼びつけているのも毛色の変わった珍しいペットだと思っているからだろう。
考えているうちに涙が溢れてきた。子供だましと思っていた手にすっかり乗せられていたらしい。

自分の心に嘘がつけなくなるほど、レイモンを欲していた。


「そうか、アーベルは来れないんだったな……」

呼びつけようと取り上げた受話器を置いてしばし思案する。
アーベルと関係を持つようになってから自然と遠のいていたほかの遊び相手たちの番号をプッシュしなおす。
程なくして派手な化粧の女がやってきた。

執事が食事の指示を終えて食堂から出てくると、先ほどやってきた女が帰る所だった。
おそらく30分も経っていない。

「レイモン様、お客人はお帰りですか?」

部屋を覗くとつまらなさそうな表情でレイモンが横たわっている。

「つまらないから帰した。やっぱり今はアーベルが一番面白いな」
「それはそれは…。しかしライヒシュタイン様はもういらっしゃらないかもしれませんが」

その言葉を聞いてばね仕掛けのように跳ね起きた。

「どういうことだ?!」
「ライヒシュタイン様の研修地はドイツですよ。これを機に故郷に帰ってしまうのでは?」
「どんなこと私は聞いていないぞ!」
「レイモン様からお逃げになるおつもりでしたらライヒシュタイン様とてわざわざ研修地を告げたり致しますまい」

老執事は穏やかにほっほっと笑いながら部屋を出て行った。

アーベルが居なくなる。
確かに、脅しつけて無理矢理身体を奪い、逆らえないのをいいことに呼びつけては弄んでいる。
男色の趣味のないアーベルにとっては屈辱以外の何者でもないだろう。
出かけるときはそのつもりがなかったとしても故郷の空気に触れたら気が変わるかもしれない。
フランスに居てはレイモンから逃れられないのなら余計にだ。
不安で心臓がどくどくと脈打つ。

夕食はほとんど喉を通らなかった。
後4日間、研修が終わるまで鉛のような不安を抱えたままでいるのかと思うと気が狂いそうだ。
今まで遊び相手がいつの間にか姿を消しても何の感慨も抱かなかったというのに。

さらりとした黒髪と抜けるように白い肌、琥珀をはめ込んだような目。
目を閉じると浮かぶのはアーベルのことばかりだった。

「レイモン様、食事はきちんとお召し上がりにならないと身体に毒です」
「食べたくないんだ」
「私の申したことはほんの想像に過ぎないのですから」
「うるさい」

ふう、とため息をついて食事を乗せたワゴンをそのままに部屋を出て行く。
「お召し上がり下さい」と声だけかけて。

7日目の朝だった。
今日、アーベルはここに来るのだろうか。
まともに食事も採らず、夜も眠れずここ数日でいる影もなくやつれてしまった。
鏡を見て「酷い顔だ」と自嘲気味に笑う。
執事もほんの戯言がレイモンをここまで動揺させるとは思っても見なかっただろう。

何をする気力もなくベッドに横たわっているとインターホンが鳴った。
時計を見ると2時を少し回ったところだ。
いくらなんでもドイツからこんな時間には帰って来れないだろう。
再びベッドに倒れこむ。

こつこつとノックの音がした。
執事だろう、と返事もせず放っておいたのだが、ためらいがちにドアが開かれた瞬間、目を見開いた。

「いいご身分ですねレイモン。今何時だとお思いですか?」
「……アーベル?…何故……」
「研修が終わったら来いと言ったのはどこのどなたですか。……レイモン?」
「帰ってこなかったらどうしようかと思った…」
「どうしたんです?どこか具合でも?」

青ざめた頬に手を添えて顔を覗き込む。
その手を掴むと思い切り引き寄せ、抱きしめた。

「Ich liebe dich」

127唐突に聖職者萌え:2005/11/07(月) 22:35:07
息を吸うのも吐くのも苦しい、死にかけの獣のような、あわれにあさましい声にもならない声が聞こえる。なんだ?これはなんだ?
「……」
遠くの方から、私の名前を呼ぶ声がした。ああ、その名前を呼ばれるのは久しぶりだ。ずいぶん昔、父が生きていた頃…。
水に浮いているような沈んでいるような感覚の中で私の意識は飛びそうになる。
あさましい吐く息のような音は先ほどから続いている。
「、なあ?」
「…んぁっ!」
ぱち、とランプのスイッチが切り替わったように、世界がかわった。
目に入ったのは私の執務机である。磨いた机の上に黒い表紙のあの本がある。縋りきることは愚かしいと思っていても縋ってしまうあの本が、見える。
「なあ?……。ああ、どこ見てんだ?」
「や、あ、あっ」
あさましい息、甲高い震える声、ああ、私の声だ。耳の裏に、私をファーストネームで呼ぶ男の、恥も知らない熱い息が吹きかかる。
私は執務室の壁に手をついて、どうにか立っている。黒い衣の中で、この恥知らずな男の手が動く。
「なあ、……(私の名前だ、聞き取れない)
おまえの神さまはひどいお方だな
おまえにこんな恥辱を与える私を許している」
違う。
涙で執務机の輪郭がおぼろげになる。
「認めろよ、神などない。神などないって」
すばらしく品のよい、教養あるもの特有の発音で彼が言う。
違う、違う。
違う、神はいらっしゃる。神はいらっしゃる。
お前が今日通ってきたあの大通り、この教会までの道、その沿いにあったあたたかなひかりの灯った家々、そこに住む人々を、神は見守り、許し、愛して下さっている。
「…はぁっ…!」
信じがたく女性じみた声がのどから出て、同時に私は壁にしがみついた。
そうせねば立っても居られない。彼が嘲るように、いやはっきりと嘲りを込めて笑った。
「なあ、神さまはいまどうしてるんだ?」
違う、お前の考えは違う。
神は今皆を見守り、柔らかくその愛で包んでいる。
神は今、皆を、幸せな夜の眠りについている町の人々を祝福している。
「お前の神さまは冷たいな?」
違う。
違う、神は遠くから私たちを見守って下さっている。
全身から力が抜け、私は床に座り込んだ。壁にもたれる私を、彼が蹴った。
痛みは感じなかった。

128萌える腐女子さん:2005/11/09(水) 21:10:34
本スレ380です。
今ごろになって間違えが、最後の数行すっかり落としてましたorz
まとめに載せる時には付け加えて下さい。お手数かけてすみません。


天然なのか計算なのかだんだん分からなくなってくる。
なんだか、すっかり芳川のペースにはめられてしまった感じだが、それでも、このまま引きづられてゆくのも悪くはないかと思い始めた。
とりあえず、スヤスヤと眠る芳川の頬でもつついてみた。

129本スレ389 兄弟子×弟弟子:2005/11/11(金) 04:49:00
番人さん、せっかくまとめた後からすみません。兄弟子×弟弟子です。



(守備良くいったろうか。)
師匠の頼みとはいえ、己れで、弟弟子を連れ回して女郎宿に預けてきた。なんだかやるせない気持ちで、月明かりに照らされた河面をぼんやり眺めていると、後ろから駆けてくる足音がした。
まだいくらも経ってはいないのに。
半ば予期していた事とはいえ、嬉しさが込み上げる反面、困ったものだとも思う。
振り返ると、案の定、僅かに幼さを残した顔を紅潮させた一乃真が、此方を睨んでいた。
「どういうおつもりですか!あのような場所に私を置き去りにして!」
よく見ると、一乃真の着物の襟元は少し乱れていて、慌てて整えてきたのがうかがえる。
くすりと笑みをもらしながら、
「一乃、少しは大人になれたかい?」
と、聞いてみた。
「なっ!あんなっ、汚らわしい!」
プイと横を向いた。
「ねえ、一乃、師匠が…」
「父上が、何を言ったか知りませんが、私はもう充分大人です。」
「なら、好きな娘でもいるのかい?」
「……!」
瞬時、口をパクパクさせていたが、すぐに切り返して聞いてきた。
「な、ならば、新蔵さんはどうなんですか?」

女がいると嘘を言ってみたところで始まらない。余計に食い下がられるだけだ。
「私はそういう事には向かない質だから。」
そう、答えた。
「ならば、私も……私は、私は新蔵さんが…」
(言うな、言うな、それ以上は言うな。)
不意に、顔を間近に近付け、襟元をあわせてやりながら、
「移り香だね。一乃、桃かなんぞのように香ってる。」
と、一乃真の言葉の先を遮った。
一乃真は朱の様に真っ赤になって、うつ向いた。
「ねえ、一乃、いつまでも変わらないままじゃいかないんだよ。」抱き締めるのではなく、軽く背中に手を回して言い聞かせると、
一乃真は肩を震わせ、片手で眼の辺りを拭った。

「一乃、夜風が冷たい。帰って酒でも呑もう。」
肩を叩いて、歩き出す。

無理だ。一乃真に手を出したら、恩人でもある師匠が何れ程困惑し、悲しむことか。

このままでは、いづれ一乃真には黙って、京にでも発つ他ないかもしれないな。

見上げると、やけに冴えた光の月が見えた。


ほんっと、今宵はやけに冷える。

130萌える腐女子さん:2005/11/13(日) 16:24:23
>>115の続きです。
部屋が片付かないので現実逃避に来ました。


噂には聞いていたが、個人宅と呼ぶには仰々しすぎる屋敷。
車から降ろされたアーベルは驚き呆れながらその屋敷を見上げた。

「何を突っ立ってるんだ。早く来ないか」

彼を車に押し込めたときとは打って変わった優しげな手つきで肩を抱かれた。
そのまま有無を言わさず室内に連れ込まれる。
待ちかねたようにベッドに押し倒され、制服に手をかけたところで思わずレイモンの身体を押し返した。

「自分で脱ぎます」

嫌なことはさっさと済ませたい。そう思ってのことだったが、意に反してレイモンのお気に召したらしく、
服を脱ぎ捨てる様子を薄笑みを浮かべて見つめている。
嫌な男だ。

服を脱ぐと抱き寄せられて唇を塞がれた。
息も継げないほどの濃厚な口付け。角度を変えて何度でも口付けてくる。

「君の色素は全て髪の毛に集まっているようだな。髪はこんなに黒々としているのに肌は抜けるように白い」

耳を舐めながら更に続ける。

「顔立ちもとても綺麗だ。さっきの子は残念だったけど却って良かったかもしれないな」

何を言われても言葉を返さない。
こんな男の言葉を本気にして喜ぶほど馬鹿じゃない。
身体を這い回る手の動きを意識しないように、頭の中でまったく関係のないことを考え続ける。
何も見ないように目をきつく閉じた。

のしかかっていたレイモンの体重が不意に消えるといきなり足を広げられた。
間髪入れずペニスに生暖かい感触が走る。

「な……!」
「そんなに冷静だと自信をなくすな。もう少し乱れるところが見たいんだが」

勝手なことを言いながら徐々に追い上げる舌の動きに声が漏れそうになる。
唇を噛んで声を堪える。
必死な様子をあざ笑うようにその奥へと舌を伸びた。
流されそうになる快感と羞恥に跳ね上がりそうな身体を押さえつける。

「我慢しなくていいのに」

指を差し入れ、中を掻き混ぜながら顔を覗き込む。
くすくすと耳につく笑い声を漏らしながら更にアーベルを追い上げる。
不意に指が引き抜かれた。

「そろそろ私も愉しませてもらおうかな。もう少し可愛い顔を見ていたかったけど」

熱い塊が押し付けられ、容赦なく捻じ込まれる。
身体が裂けるような痛みに目を見開いた。

「……ぃ……ッ……」

浅い呼吸を繰り返して痛みを逃がそうとするものの、根元まで収められた異物感は消えない。
幸い、入ってしまえばそれ以上の痛みは襲っては来なかったが内臓がせりあがってくるようで酷く気分が悪い。

「無茶をさせたね。大丈夫か……?」

心配そうにレイモンが覗き込む。
宥めるように頬に幾度もキスを落とし、髪を撫でる。

「動いても大丈夫か?」
「どうぞお好きに」

精一杯の虚勢を張って、無感情な声で答える。
ゆっくりと労わるような動きが癇に障る。労わるぐらいなら最初からしなければいいのだ、こんなことを。
徐々に激しく揺さぶられ、早く終われと念じていると身体の奥に熱が広がった。
次いで、ずるりと引き抜かれる。

「……終わったのなら離して頂けませんか」
「だって君はまだだろう?」
「私は結構ですので」

明らかに不服げな顔をするレイモンを無視して床に落とした服を拾い上げる。
べたべたと纏わりつかれて思うように服が着れない。

「大事なことを聞くのを忘れていた。君の名前は?」
「……アーデルベルト・ライヒシュタインです」
「アーベルと呼んでもいいだろう?私の名は……」
「よく存じ上げておりますよ。レイモン・エリュアール様」

これから先、この男に名を呼ばれる機会がまた訪れるとでも言うのだろうか。
怪訝な顔をしたアーベルに微笑みかけるととんでもないことを言い出した。

「来週の今日あたり迎えに行くよ、アーベル。その時はもっといい声で鳴いて欲しいな」

131萌える腐女子さん:2005/11/13(日) 19:57:19
晩ご飯が終わったので投下に来ました。
部屋片付いてません。



「アーベルは私のことが嫌いなのかな」

アーベルと関係を持ち始めてから3週間目の夜のこと。
執事を相手に黙々と夕食を摂っていたレイモンが不意に口を開いた。

「は?」
「夕食に誘っても泊まって行けと言っても帰ってしまうんだ。しかもセックスのときにも声ひとつあげない」

美貌と地位と財産を生まれながらにして持っていたレイモンは今まで愛されて当たり前だと思って生きてきた。
初めは拒んでいた相手も2,3度身体を重ねてしまえばすぐにレイモンの虜になってしまうのだ。
もっとも中には下心があって媚を売るものも混じってはいるのだが。
だからこの期に及んで「嫌われている」とはっきり自覚できなくてもそれは当然なのかもしれない。

「嫌われていないという可能性をわずかでも残しておけるレイモン様は実にお幸せな頭をしておいでですな」
「それが主人に対する言葉か?ベンヤメンタ学院にでも入学して服従という言葉を覚えたらいい」
「私がいない間この屋敷を取り仕切る人間がいるのなら喜んで入学いたしましょう」

レイモンが唯一敵わないのがこの執事だ。
幼い頃から家の中を取り仕切り、レイモンが独立したときにもご丁寧についてきた。
厄介な人物でもあるがいなくなると家の中が機能しない、なくてはならない人物でもある。


翌日、性懲りもなくホテルへ電話をかけ、仕事の終わったアーベルを呼び出した。
指定のカフェへやってきたアーベルは露骨に嫌な顔をしている。

「こう連日呼び出されては身体が持たないんですが」
「そんなに無茶をさせているつもりはないんだがな」
「身体が資本ですから。私の仕事は」
「他の奴ともこんなことを?!」

思わず身を乗り出したレイモンを冷たい目で一瞥する。
ウェイターにコーヒーを注文すると「で?」と話を切り出した。

「何故こんなところに呼び出したんです?これからあなたの家まで行かなければならないのなら余計な手間が増えるだけでしょう」
「たまには外で会いたいと思っただけだ。……アーベルは本当に私が嫌いなんだな」
「大嫌いです」

茶化すつもりで言ったのだが切って捨てるようにあっさりと言われてちくりと胸が痛んだ。
もやもやとした不快な想いが胸に広がる。

この日を境にアーベルを呼び出す回数が増えていった。



そして>>125に続きます。

132萌える腐女子さん:2005/11/14(月) 02:00:32
更新しおわったとこにすみません。そしていまさらですみません。
本スレ409の【もう着ない制服】萌えたんで投下します。
そして長くてすみません。

133>>132:2005/11/14(月) 02:02:58
ハンガーにかけられて白い壁に下がっている、黒いブレザー。
あちこちほつれて、黒ずんだしみまであるのは、3年間のやんちゃの賜物だ。今更だけど……反省はしてる。うん。
3年なんて、正確には2年と7ヵ月。卒業まではあと5ヵ月もあるんだけどね。
「ホントにもう学校に来ないつもりなの、先輩」
傍らで1つ年下の男がすねた顔をする。
んなでかい図体でやっても可愛くねぇ、と言えないのは惚気だ。
「行っても意味ねーしな」
「でも、さみしいよ」
「別に学校いたっていっつも会ってるわけじゃねぇじゃん。学年違うし」
「うんでも」
寂しいんだよ。
吐息だけのような囁きが、耳をくすぐった。
保健委員のこの後輩と、いろんなしがらみをぶっ壊して一緒にいると決めたとき、
もうこんなラストは予測できてたんだけど。
「ほんとうに、やめちゃうの」
あ、こら。泣くなって。
おれのとはタイの色が違うだけの、ブレザーを着た肩を抱き寄せる。
「……どうせ卒業までもたねーしな」
1年と7ヵ月ぶんの年華を経てよれた制服ごしに見た、おれのブレザー。
着たのは結局365日にも満たなかった。
なのに、頻繁にぶっ倒れてひっかけたり、喀血したりで大分汚れた。
それでも、おれの匂いと、……この男の匂いがするもう着れないブレザーを、手放さずにここへ持ってきたのは。
「学校、終わったら、オレ、毎日来るから」
うん。
泣いてるみたいなかすれた声に、おれの返事は息だけだ。
「朝も、会いにくる」
お前が来るまで、おれはあのブレザー抱えて、お前の匂いを抱いて眠るんだ。
もしお前がいないときに、意識が途切れてしまっても、寂しくないように。



.

134本スレ480 刑事:2005/11/15(火) 22:00:29
刑事と聞いては萌えずにおれない私が、
遅ればせながら本スレ480の刑事ネタ投下していきます。


ここ二ヶ月、寝ても覚めても頭の中は奴のことばかりだ。
今や国中を震撼させてる、凶悪連続殺人犯。似たタイプの若い女ばかり七人殺ってる。
今週に入ってからまた一人。どれも美人だったなぁ。
…畜生、イイ女ってのは人類の貴重な財産なんだぞ。そう無闇に殺されてたまるか。
夢見は最悪だし、止めたはずの煙草にもつい手が出る。本数も順調に増量中だ。

明け方、仮眠室から這いずるようにして職場に戻る。
ブラインドから差し込む朝の光を受けて、銅貨のように輝く短い赤毛が目をふと惹いた。
山積みにされたファイルの谷間からちらりと覗くツンツン頭。
新米警部補殿は小難しい顔をして、パソコンの前でブツブツと独り言。ハッキリ言って薄気味悪い。
「オイ、朝っぱらから辛気臭い顔すんな。すこし力抜け。」
ガタガタと椅子の背を揺さぶると、驚いたように肩が大きく跳ねた。
「ああ…警部。ずいぶんな挨拶ですね。」
ノヴァリス警部補は顔だけこちらに傾けて、おざなりにそう答えた。


二人分コーヒーを淹れて、食の細い部下にせっせと飯を食わせる。
一回りちょい歳の離れた相棒は、
女房のように口うるさいくせに、ベイビーみたいに手が掛かる。まあ、優秀には違いないんだが。
「ねえ、警部。」
物を口に入れたまま喋るのは奴の悪い癖だ。ハムサンドをもそもそと頬張っているので聞き取り難い。
「…世界中を敵に回すのっていうのは、どんな気分でしょうね。」
「さあな。俺には想像も付かねえよ。」
俺は素直にそう述べたが、奴は完全に上の空だった。
焦点の合わない眼は、ここではない何処か遠くを見詰めている。俺は少々不安になってきた。
憎たらしいほど頭は切れるこの男は、その分繊細に出来てるらしい。
犯人の心理を追っかけて、そのドロドロした部分に危ういほど近付き過ぎることがある。
何か言わなくてはと思った。しかし、一体何を…?
「囮捜査でもしましょうか。警部、女装してくださいよ。」
不意打ちで奴は言った。あまりの突飛さに、咽へ入りかけてたコーヒーが逆流を起こした。
「馬鹿言え!185cmの女なんかそうそう居てたまるか。お前がやりゃいいだろ。ガイシャは赤毛、お前赤毛。ぴったりじゃねぇか。」
奴はニコリともせずに冗談ですよと言い、ぬるくなったコーヒーの表面を舐める。
「それよりあなた、煙草臭いですよ。今度こそニコチンとは手を切るんじゃなかったんですか。」
「俺はそのつもりなんだが、向こうがなかなかしつこくてなぁ。ズルズルと関係が続いてるわけだ。」
「だらしのない人だなぁ。そんなだから奥さんに逃げられるんですよ。」
減らず口を叩きながら、呆れたように肩をすくめた。まったく大きなお世話だ。

こいつはまだ大丈夫だ。なら、俺は尚更大丈夫だ。
奴の前では、いつものクールでタフで男前な俺でいなくちゃな。
内心どんなに参ってても、そう思えば少し、腹に力が入る。
このヤマを解決して一ヶ月のバカンスに出掛ける事を心に誓いながら、今日も単調な一日が始まる。

135萌える腐女子さん:2005/11/16(水) 23:40:56
本スレ499のお題、「抱擁売ります」
出遅れたのでこちらのスレに投下します。
ページの内容と一切関係なくてすまそ。

136本スレ499 「抱擁売ります」 1/2:2005/11/16(水) 23:41:42
マンションのエントランスに足を踏み入れてゾッとした。
下品な安物の香水の匂いを忘れきれていなかった愚かな自分にだ。
畜生。忌々しくてしょうがない。
「おつかれ」
忌々しいといえばこの男じゃないか。よくもこうノコノコと顔を出せたもんだ。
別れ際家にある包丁全部持ち出して散々脅してやったの忘れたのか。
果物ナイフやチーズナイフまで振り回していた自分が、今考えると滑稽でならない。
「おい、だいじょうぶか。自慢のスーツがヨレヨレじゃないか」
そんな顔してそんな声音で、絡めとろうたって無駄なんだよ。僕だって成長したんだ。
しかしいつもながらお前のタイミングの良さは本当に素晴らしいな。弱りきった最高潮の晩に現れやがって。
お前はタイミングの良さと運の良さと顔の良さだけで生きてるようなもんだもんな。僕の持ってないものばかりだ。
だから僕は馬車馬のように働くしかないんだよ。忍耐と努力と継続だ。お前に真似できるか。出来ないだろ。
「おい、さっきから何ブツブツ言ってんだ。気味悪ぃな」
「…気味悪いのはお前だよ。いったいここに何しにきた」
「ちょっと話があってさ」
「金か」
そう訊ねると目の前の男は口角を吊り上げてにやりと笑った。ああなんて下品な笑みだろう。吐き気がする。
胸が痛い。気分が悪い。身体が重い。耳鳴りだ。目が霞む。ベッドに沈むまではと堪えていた糸がぷつりと切れてしまったのか。
「またバイト首になったのか」
僕の声はあからさまに震えていたがもうどうでもよかった。取り繕うのも面倒だ。こんな男にも。自分にも。
「よくわかったな」
得意げに言うことではないことを得意げに答えて、男はそのまま演説でもするかのように腕を大きく横に広げた。
本格的におかしくなったのだろうかと、流石に僕は心配になる。
「何してるんだ、とうとう狂ったのか」
「ここでひとつの提案なんだが」
「なんだよ。金はやるからさっさと帰ってくれないか。自慢じゃないが僕は昨日だってろくに寝てやしないんだ」
「それは大変だな。何より肌の手入れに命をかけているお前が。まるで拷問じゃないか」
「そうだよ。だからあまり近寄らないでくれ」
「それは無理な相談だ」
「なんで」
「俺から買ってほしいもんがあるんだ」

137本スレ499 「抱擁売ります」 2/2:2005/11/16(水) 23:43:05
そうきたか。僕は心の中で舌打ちした。実際に行動に移さなかったのは、そんな余力残っていなかったからだ。
「壺か、札か、印鑑か……」
「そんなものよりずっとお前を癒してくれるさ」
「ばかばかしい。お前どこまで僕をコケにしたら」
「おいおい泣くなよ」
「泣きたくもなるだろ!ボロボロになって稼いだ金をたった今搾り上げられようとしてるんだぞ!」
「そんな考え方はよくないな」
大袈裟に眉を下げて嘆きながら、男が近づいてきた。僕はそれを滲む視界でぼうっと見上げる。抵抗する気力もない。
「お前は昔から肝心なとこが固くていけねぇよ。もっと柔らかくなんなきゃな」
知るかよ。でかい手のひらに頭を撫でながら思った。こういう性分なんだよ。仕方ないだろ。
どうやったらお前が戻ってくるかだって、いくら考えてみても上手く思いつけなかった。だから毎日毎日仕事に逃避して。
気が付いたら正面から抱きすくめられていた。
場所を考えてくれよと思うのだが、僕にはやはり、押し返すほどの力が残っていないのだ。
疲れきった全身を強い力で締め付けられて、心地良さに眩暈がする。身体の力が、呆気ないほど自然に抜けるのがわかった。
目の前に迫る首筋から安っぽい香水がかおって、その匂いが大好きだったことを、僕はぼんやりと思い出していた。

「よく考えろよ。お前には必死で働いた金があるんだからさ、欲しいもんはそれで取り返せばいいんだよ。犠牲にしたもんはそれで補えばいいんだ」

よくよく考えたらなんて言い草だろう。結局、金のせびり方をていよく変えただけじゃないのか。
僕は成長していたので、そんなものはあいつのただの言いがかりだってことを、じゅうぶん理解していた。
だが、あの日は本当に疲れきっていたのだ。
我慢の糸はとっくに切れていたし、目の前にはあいつがいたし。しかもこの身を抱えられていた。
それに、その言葉は、僕にはあながち間違いではないような気がしていた。
悔しいかなあいつは、僕が逆立ちしても考え付かないようなことを軽やかに言ってのけ、行き詰った僕に希望を見せることがある。
そこに乗せられるというのも、まぁ、成長した僕としては、許容する余地はあるんじゃないかと、思ったりなんかしたのだった。

「なるほど。なら上乗せするから、このまま僕の部屋のベッドまで運んでいってくれないか。いい加減クタクタだ」

僕が首に手を回したままそうこたえると、男は、「お安い御用さ。サービスで特別奉仕もつけてやる」と、したり顔で囁いた。
僕は困ってしまうのだった。
拒否したいのはやまやまだが、こいつを言い負かす気力なんてこれっぽっちも残っちゃいない。
しかし拒否しなかったところで、それに付き合ってやる体力も、僕には残っちゃいないのだ。

138449:2005/11/17(木) 03:02:21
同じく、本スレ449です。


「笑うよね。このニュース。抱擁を競売?そんな、たった一度で癒されるんだったら、僕は義兄さんとこんなになってないのに。」

義弟と初めて会った時、俺は17で義弟はまだ15だった。週に一度、訪ねて来てた父親が、お前の義弟だと言って公園で会わせてくれた。
忙しい父親と奔放な義弟の母親のために、幼いころから、孤独に慣らされていた義弟。
「乳母を母親だと勘違いしてたんだ。」
義弟が、ぽつりと話す思い出は、いつも痛い。
義弟が、家政婦とふたりだけで取り残されてた誰も居ない広い家には、無機質で不毛な時間が流れていた。

俺と半分だけ血の繋がった愛情に飢えてた少年。学校の事、友達の事、その日あった些細な話を、聞いてくれる肉親は俺が初めてだったらしい。
本当はただ抱き締めてあげるだけで良かったのかもしれない。
でも、肉親としての愛情を育むには、俺たちの出会いは遅すぎ、抱擁を性と区別するには、俺たちは幼な過ぎ、体も激しい変化の過程にあった。

「今のは、後悔してるって意味なのかな?」
「ううん。あんな偽善家の自己宣にありがたがって乗る、馬鹿な世間がおかしいだけ。」
義弟は笑って、首を振った。

139萌える腐女子さん:2005/11/17(木) 16:52:45
509「そろそろコタツ出さない?」
昨夜乗り遅れた上に無茶苦茶長くなったのでこちらにコソーリ投下。
ちなみにあるお話の続きになってますので、
続編ウザス!と思う方はすごい勢いでスルーすることをお薦めします。

140509(1/5):2005/11/17(木) 16:53:45

ずっと捜し求めていたぬくもりを手に入れた日。それはもうふたつきも前のことだ。
大切な人と、同じ町で同じように暮らしていること。一番会いたい人に、会いたい
ときに、いつでも会えること。
それがこの上もなく幸せなことを、僕は知っている。

夕方を過ぎる頃、芹沢は僕のアパートを訪れる。
手に缶ビールとカップ酒の袋を下げて、くたびれた上着を羽織った彼を僕が迎える。
二ヶ月の間に、季節は夏の終わりから冬の始まりに変わっていった。芹沢はほとん
ど毎日、僕の部屋にやってきた。
夜遅くまでふたりで酒を飲み交わしながら、じゃれあったり、世間話をしたり、テ
レビ番組にけちをつけたりしながら過ごす。
それが今の僕たちの当たり前になりつつあった。

141509(2/5):2005/11/17(木) 16:54:34

初めて木枯らしが吹いた日曜日だった。
その日彼は珍しく昼間から入り浸っていて、昼食を待ちながら黄ばんだ畳に寝転が
っていいともの増刊号を見ていた。
そんな姿を振り返り振り返り、僕はチャーハンを炒める。盛り付けを待つ皿は二つ
で、それがとても嬉しい。
「出来たよー。ほら座れー」
寝そべるジーンズのけつを軽く蹴飛ばして、僕は座卓に二人分の食事と温めた麦茶
を置いた。
それから、二人揃ってテレビを見ながらもくもくと少し早い昼飯を口に運ぶ。沈黙
がいよいよもって苦しくなってきたら、
芹沢がテレビに合わせてぼそりと「いいとも」と呟いた。それはとても彼らしくな
くて、僕は笑った。こんな風に彼と過ごせる日が来るなんて、思ってもみなかった。
食器を片付けて芹沢の横に座ると、本格的にすることが無くなった。ふたりでぼー
っとテレビを見ていた。
どんよりと曇った日で、外は薄暗い。明かりをつけた部屋の中ばかりが明るかった。
「……外、寒そうだな」
再放送のサスペンスドラマが佳境に入る頃、彼はふと顔を上げて言った。外では風
が音を立てて駆けずり回っている。
部屋の中にいても寒かった。外はもっと寒いだろう。そして夜は、今よりもずっと
冷えるだろう。
「今夜泊まってったら? 明日休みとってるんでしょ?」
ちなみに、芹沢は町外れの工場で働いている。僕はといえば今のところフリーターだ。
「ん? うん。でも、悪いからいいよ」
「悪くないって」
「そう?」
「そう」
「……分かったよ。泊まってくよ」
むかしから、芹沢は僕の心を見透かすのが誰よりも上手だ。帰ってほしくなかった。
一緒にいて欲しかった。
「飯は」「ちゃんと作るよ」
「布団は」「半分こすればいいじゃん」
「着替えは」「おれの着て」
彼ははにかみながら「しょうがねぇなあ」と言った。僕はそれを見て、子どもみた
いに笑う。

142509(3/5):2005/11/17(木) 16:55:06

散歩でも行こうか、と僕たちはふたりして町に繰り出した。
電信柱にへばりついたピンクチラシの切れ端が、木枯らしに煽られてばたばた暴れ
ている。外はやっぱり寒い。
とりあえず歯ブラシと下着だけコンビニで買って、ついでに晩酌用の缶ビールと焼
酎とおつまみを買って、僕たちは引き返した。
町外れの国道にかかる古い歩道橋を渡って、裏路地を少し行けば、そこが僕の住む
アパートだ。
何も無い小さな町だから、歩道橋を渡る人はほとんどない。その下を走る車もまば
らで、僕たちは思う存分ゆっくりと歩くことが出来た。
あの日ぼんやりと虹がかかっていた空は、冬の色をした雲で覆われている。僕たち
はどちらからともなく立ち止まった。

芹沢は何も言わない。僕も何も言わない。
こういうときは「愛してる」だの「好き」だの言えばきっといいのだろうけれど、
僕はそういうことを言うのにとても臆病な性質の人間だった。芹沢はといえば、僕
以上に言葉足らずだ。
僕は欄干に肘を乗せて、ちらっとだけ隣の男を見た。ずっと探していた人だった。
僕たちは長い間はなればなれに生きてきて、そしてその間に大人になった。諦める
ことや妥協することを覚えた。
それは少し悲しいことで、けれどとても自然なことだ。
けれど僕は諦められなかった。諦められずに、全てを捨てて彼を選んだ。つまり僕
たちがここにこうしていられることは、とても不自然で子どもじみていて、おかし
なことに違いなかった。
だから、何となく、ではなく、はっきりと、今なら分かる。数年前に思い描いてい
た幸せだけに満ちた未来が、決して訪れないことが。
それでもいいと折り合いをつけたのは僕と、そして彼もだから、そのことを後悔し
たりは決してしたりしない。
――けれど、ときどき無性に寂しさに駆られるのは、どうしてだろうか。

143509(4/5):2005/11/17(木) 16:55:38

「やっぱり、寒いな。三波、早く帰ろう」
芹沢の声で、僕はふと我に返った。顔を上げると、彼はもう歩き出すところだった。
その背中を見て、そういえばこの町で最初に見たときも後姿だったな、と何となく
思った。
「……あのさ。あのさ、芹沢」
呼び止めた。あの日のように、彼は振り返る。
「なに?」
「明日も、明後日も、……ずっとうちに泊まってきなよ。うちに帰ってきなよ」
僕は言った。本気だった。
二ヶ月間をふたりで過ごしてきて、その間漠然と考えてきたことだ。
ずっと前から言いたかったもっと格好いい台詞は、ついに出てこずじまいだった。
みっともなくどもりながら、僕はもう一度言う。
「一緒に。一緒に暮らそうよ」
そして芹沢は、何も言わなかった。
「だって、もうすぐ冬だから、だからひとりは寒いから。きっと辛いよ」
「……それはふたりでも同じだよ」
ぼそぼそした彼の言葉は、本当のことだ。ふたりでいれば暖かいわけでもないし、
ふたりでいれば幸せになれるわけでもない。それでも、
「それでもいいからさ。……駄目?」
芹沢はしばらく黙りこんだあと、伏せていた顔を少しだけ上げた。
少し照れた笑顔だった。

144509(5/5):2005/11/17(木) 16:56:10

「でもさ、そういえば三波の部屋、こたつまだ出してないよな。帰ったら出さなく
ちゃな」
芹沢は下を向いて早口で言った。彼は照れると少し饒舌になる。そして彼の言葉に、
僕は思わず「あ」と声を上げた。
「……実はこたつないんだ、うち」
「まじ?」「まじ」
まじだ。
「寒いじゃん。去年どうしてたの」
「石油ストーブ一個。あんまし家にいなかったし」
「うわ、悲惨。もうそろそろこたつの季節なのに」
そしてかわいそうなものを見る目で僕を見た後、彼は「うちの持ってこうか?」と
提案した。
「けどお前んちのって一人用のちんまいやつでしょ? あれじゃ駄目だよ」
「……あ、そうか」
「明日買いに行こう。ふたりで入れるくらい、でっかいやつ」
芹沢はこくんと頷いて、僕は嬉しくて同じように頷いた。
「じゃあ、帰ろう。うちに帰ろう」
「うん」
僕は笑って手を差し出した。彼は俯いてはにかんだままそれを握り返して、僕たち
は手を繋いで歩き出す。
「当然三波のおごりだからなー」
「共同出費じゃないの普通」
「安心しなよ、おれが選んでやるから」
「何それ」

――幸せになれなくてもいい。とりあえず、明日はふたりでこたつを買いに行こう。

145509・注:2005/11/17(木) 17:10:12
>>139見エナクナッテター!
続編とか嫌な人はぬるっとスルーしてください。

146510リク:2005/11/18(金) 01:13:46
 柳田俊彦は”可愛い”と評されるのを何よりも嫌う。
 上背のがっしりとした身体に岩を彷彿とさせる顔のせいか、人から避けられやすい。
 ただ、そんな彼は甘い物、例えばデパートの地下で扱っているケーキの類を何よりも好む。
いつものように有名所である店舗の前で並んでいた所、どうやら会社の者に目撃されていたようだ。
「柳田係長、この前東武デパートの地下にいませんでした?」
 翌日、席に座るなり部下たちが詰め寄ってくる。もし肯定すれば何を言われるかたまったものではない。
特に、可愛いだなんて言われたくも無い。
「ああ、ちょっと客人が来るものだからお茶請けにでもな」
 何だ、つまらんという反応が返ってくる。ほっとした瞬間、
「そうなんですよ。僕がいつもみたいに遊びに行ったら係長ったら先に食べてるもんだから。
この人ったらシュークリームが何よりも好きで……」
 最悪のタイミングで恋人である新入社員の三谷哲生が口を滑らせた。
 おそらくフォローするつもりだったのだろう。しかし、失敗どころか火に油をそそぐ結果となった。
この馬鹿とへらへらと笑う彼を睨みつけるがもう遅い。ああやっぱりという顔を浮かべ、いつも?と
疑問を浮かべる者もいる始末。
 柳田は一斉に向けられた視線に耐え切れずにその場から逃げ出した。
「待ってくださいよー」
 三谷は給湯室まで追いかけてきた。
「いいじゃないですか、別にばれたって。せいぜい”係長って可愛い!”って言われるだけなんですし」
 未だに心情を察しない三谷の頭に拳を振り下ろした。

147146:2005/11/18(金) 01:22:27
510リク→530リクorz

148本スレ530です。1/2:2005/11/18(金) 03:14:24
遅くなりましたが、やっと投下します。
ラーメン屋の店長×見習い


店長は無口だ。
仕事は天下一品で、俺は店長のラーメンに一目じゃない一口惚れした。
弟子はいらないと、嫌がる店長に頭下げてなんとか見習いにしてもらって、そろそろ一年になる。
無口な店長の代わりに客に愛想振り撒きながら、なんとか店長の味に近付きたくて、ずっと店長を見てる。
店長は俺の作ったラーメンをいつも一口すすり、麺を食べ、うん、とか、うーん、とか唸るだけ。やっぱり、何にも言わない。
一体どうなんだろう。俺の仕事。
今日はいつもより食べてくれるかな。
うーんじゃなくて、せめてうんうん、とか言ってくれないかな。あの表情は○なのか×なのか、ちょっとは口元緩めてくれないかな。
店長の顔ばかり見てる。
この不安な気持ち、どうしようもないよ。
俺、夢にまで見るんだよ。店長の顔。
無口だけど静かで穏やかな感じの店長の顔。ああ、横向かないで。
今日は店長どんな顔見せてくれるかなって、毎日店長のことばかり考えて、ドキドキしながら店に来る。
なんだろう。なんか、ラーメンに惚れたのか店長に惚れたのか分かんなくなってきた。
熱出そうな感じ。
頭ぐるぐるしながら、ラーメンを店長の前に置いた。どんな顔するかな?
にっこり笑ってくれれば、それだけで俺、泣くかも。

149本スレ530 2/2:2005/11/18(金) 03:18:17

「店長、笑ってくださいよ。」
あれっ、俺なんか今、とんでもない事言ったかも。
焦って飛び起きた。
ん?俺なんで寝てんの?じゃ、さっきのは夢?
今何時だろうと思って見渡すと、見慣れない部屋のベッドに寝てた!
見たことない部屋。
だけど、不安な感じはしない。なんだろう?この、良く知ってるような感じは。それに、なんか温かくて涙が出るみたいな、この感じ。

「目が覚めたか?」
店長が、ほかほかと湯気の立つ、小さな鍋をベットの横に置いた。なんか、心配そうな顔。俺の額に手を当てて、少し、穏やかないつもの表情に戻った。
「店長、あの俺…。」
「熱はないみたいだな。これでも食べてゆっくり寝てろ。俺は店に行って来るから。」
って、店長、俺の頭を撫でて行っちゃった。
俺はどうやら、ぶっ倒れて店長の部屋に運ばれて、一晩寝てたらしい。
でも、俺は見たぞ。
部屋出る前、なんか、店長、すっげー優しい顔で、俺を見て微笑んだのを。

俺は、店長の作ってくれた絶品のお粥を、この上ない幸福な感じを覚えながら味わって食べた。
ふと、気付くと、鍋の下に手紙があった。


店の品書きと同じ、店長の見事な筆跡。


『頑張ってるのは、良く見てる。気にしないでゆっくり休んでいなさい。
近頃は少し頑張り過ぎたみたいだから、来週は休みを取って、慰安旅行でもしよう。

―今度、もっと笑うようにするよ。段々、良い仕事になってきたね。ー』


文字、霞んで見えなくなってきた。

150本スレ559 盲目の方攻め:2005/11/19(土) 00:37:46
※でおくれました…。


そっと手を伸ばす。指先が、てろりと奇妙なさわり心地の皮膚に届く。
にや、と彼が笑った。洋灯の黄色くあたたかなひかりに俺たちは包まれていた。
「痛みませんか、我が君」
「よせ、くすぐったい」
彼の両目の上を走る大きな、火傷のような刀傷は普段は黒い布で隠されている。
この傷を見ることが出来るのは多分床の中だけだと俺は思う。
ゆっくり、俺は傷をさわった。俺はこの傷の由来を知らない。
城の誰もが口を閉ざし、誰より彼が何も言わない。
もちろん、俺には問う資格も無ければ権利も無い。
「妙なやつだな、…おい、よせ…」
あまりに長くさわり続けていたために彼の気分を害してしまったらしい。
あ、失敗したな。
と思った時にはもう遅く、俺の足首の鎖がジャラリと音を立てた。
「奴隷風情が、調子に乗るな」
奴隷風情だから調子に乗るのですよ、我が君。
まだしつこく彼の傷にふれていた俺の手は、彼の手で押さえつけられてしまった。
ああ、失敗した。

151萌える腐女子さん:2005/11/19(土) 06:09:30
すっかり出遅れましたが本スレ449、
「クリスマスまではあと1ヶ月」を投下します。
お客視点とバーテンダー視点と2種類ありますが、
気に入らない人はどうかスルーで。

152クリスマスまではあと1ヶ月。(customer side)1:2005/11/19(土) 06:11:24
「…ごめん、好きな人できた」
唐突に告げられた別れの言葉。
それも、今年のクリスマスはどこで迎えようか?と話してる真っ最中に、だ。
「う…嘘だろ?」
何度その言葉を否定してもあいつは「ごめん」と謝るだけで、
俺の何が気に入らなかったのか、相手は誰なのか、
いつから俺を好きでなくなったのかという質問にも答えようとしなかった。
「ごめん。本当にごめんな」
そう言ってあいつは俺の頭をくしゃっと撫で、俺の前から立ち去る。

どれぐらいそうしていたんだろう。
俺はあいつが立ち去った後もずっとその店のカウンター席に座ったままで。
「あの…お客様。そろそろ閉店なんですが」
とカウンターの中のバーテンダーに言われてふと気づけば
目の前のロックグラスに入ったウイスキーはすっかり氷が溶けていて、
とんでもなく薄い水割りと化していた。
閉店と言われてしまった以上、このままここに居座るわけにはいかない。
慌ててその出来損ないの水割りを一気にあおる。
出来損ないとはいえ元はアルコール度数の高いウイスキー、
食道から胃に伝い落ちるまでにちりちりとした熱さを感じる。
まるでそれはたった今失恋したことを身体に実感させてるみたいな感覚。
不意に目の前が歪む。というより、滲んで視界が曇る。
「す…い…ませ……。すぐ……出ますから…」
と口では言ったものの、立ち上がることができない。
「仕方ありませんね」という声が聞こえた気がしたが、
俺が鼻をすする音に混じってしまったのと、
涙を止めることで精一杯になってしまったことで
実際にはバーテンダーが何を言っていたのかよく分からなかった。

153クリスマスまではあと1ヶ月。(customer side)2(終):2005/11/19(土) 06:12:39
やっと涙を止めることができたと思ったそのとき、
すっ…と音も立てずにカウンターの向こうから
差し出されたお絞りに気づいて顔を上げる。
目の前に立っているはずのバーテンダーの顔は俯きがちで見えなかった。
バーテンダーの視線の先へと自分の目線を下げれば、
シェイカーの中に数種類の酒を入れている真っ最中。
数個の氷を入れてふたを閉め、慣れた手つきでシェイカーを振る。
シャカシャカシャカシャカ…と、小気味良い音がしばし続いた後、
キャップを開けてそれをカクテルグラスに注いだ。
その一連の動作、特にこの人のは機敏かつ優雅で美しい、と思う。
何軒もバーを訪ねたわけでもないし、
バーテンダーの動きをじっくり眺める機会も数多くないが。

仕事終りの一杯としてバーテンダーが飲むのだろうと思っていたカクテルは、
なぜか俺の前に置かれた。
「あ…、え? あの…これ…」
「この分のお代は結構ですから、
 これを飲んだら今日のところはもうお帰りください」
そう言って彼は忙しそうにカウンターの上を片付け始めた。
「……あ、ありがとうございます。いただきます」
訳が分からぬままとりあえずお礼を言い、俺はそのカクテルを一口飲んだ。
鼻腔をくすぐる甘い香り。けど、嫌いじゃない香りだ。
それからフルーツ、それも柑橘系の甘さが爽やかに口の中に広がる。
後追いで伝わるアルコールの心地よい苦味。
「おいしいな、これ…」
3口で飲み干し、お代わりを…と言いかけて、
そういえばこれ飲んだら帰ってくれと言われたことを思い出し、
レジで会計をするついでに聞いてみた。
「あのカクテル…何て名前ですか?
 次来たときにまた飲みたいんですけど、
 初めて飲んだから名前知らなくて…」

バーテンダーは少し考えた素振りを見せた後、
「お客様、今日から1ヵ月後には何かご予定はございますか?」
と聞いてきた。
俺は咄嗟のことに何も考えずに「いえ、何も」と答えてしまったが、
その答えに彼は
「では、覚えていたらで構いませんから、
 1ヵ月後にもう一度ご来店ください。
 ご来店いただければそのときにカクテル名を申し上げますよ」
と少し微笑んで、深々とお辞儀をした。
謎めいた言葉に首をかしげながら、俺は店を後にする。
1ヵ月後? 1ヵ月後ねぇ…とタクシーの中で携帯電話を取り出し、
スケジュール機能を呼び出してみた。

154クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)1:2005/11/19(土) 06:13:48
お連れ様と一緒にときどき店にやってくるそのお客様は、
どちらかといえば店の雰囲気にはあまりそぐわないタイプの人でした。
最初に来店したときにメニューを見て、
「見てもよく解んねぇなぁ、俺こういうとこ来るの初めてだし。
 カクテルなんて女が頼むようなもんだろ、ラムネサワーないっすか?」
とまるでチェーン店の居酒屋メニューから抜け出せないかのような
注文をしてきたぐらいなのですから。
逆にそれが印象に残ってしまったのも事実ではありますがね。
それが2回、3回と来店するたびに
お連れ様の好みに合わせて少しずつ勉強しているのか、
「ふぅん…前飲んだ店のモスコミュールと味違うなぁ。こっちの方が飲みやすいや」
「うわっ、マティーニってこんな味だったのか。
 飯食う前に飲めばよかった…」
とメニューから選んで一口飲んだ後、
感想というか独り言というか何かしらひと言残してくださるようになり、
こちらとしてもこのお客様からいろいろ勉強することがございました。

どうやら最近は「量が少なくてすぐに飲み終わってしまう」カクテルよりも
少しずつ味わって飲めるウイスキーがお好みのご様子、
この日ご注文いただいたのはマッカランの7年物をロックで。
繊細な味の違いをお分かりいただけるなら
12年物をお勧めしたいところですが、
そこはお客様の懐具合もあることなので黙っておりますけれど。
ロックグラスを片手に持ち、お連れ様と話す姿は
なんというかこう、見ていてとても絵になる雰囲気があります。
できればお連れ様ではなく、
カウンターのこちら側にいる私に話しかけて欲しいと
思うようになってしまったのは、いつの頃からでしょうか。
酒にまつわる話以外に何もないというのに、我ながらおかしなものです。

155クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)2:2005/11/19(土) 06:15:36
さて、それまでのいつもと変わらぬ風景に異変が起きたのは、
そろそろ終電が出る頃だろうという時間でした。
他のお客様のお相手をしつつ耳を澄ましてみれば、
なにやらお連れ様と言い争いをしているようで。
周りのお客様のご迷惑にならないように気遣ってか
小声にしてはくださるのですが、
如何せんお話の内容はお二人の別れ話、
それも同性同士のものとあればどうしても聞き耳を立ててしまう。
結局お二人はこの場で決別したご様子、
お連れ様の方が先にお帰りになると
後に残されたお客様は茫然自失の表情のまま固まってしまわれて。
お声を掛けるのも憚られるのでそのままにしておきましたが、
閉店時間が過ぎて他のお客様がお帰りになっても
まだそのままでいらっしゃいます。

仕方なくこちらから退店を促すようにお声を掛けると、
今さらのようにご自分のおかれた状況を理解されたのか、
はらはらと涙をこぼされている。
さすがにこの状況でお帰りいただくのはどうかと思い、
表の看板を「CLOSE」に掛け変え、
お客様の涙が止まるのをじっと待っておりました。
涙に暮れるお客様の姿を見ているうちに
なんだか私は非常に切ない気持ちになってまいりまして、
なんとかして差し上げたい、慰めるとまではいかなくても
少しお心を楽にしてさしあげたいと思ってしまいました。

そうはいっても私にできることといったらカウンターのこちら側で
お客様の好みに合わせた酒を振舞うことしかできません。
歌の文句にそんなのがあった気もしますが、
私はこのお客様のためにカクテルをお作りしようと考えました。
ときどき注文があるカクテルですからレシピは頭の中に入っています。
ブランデー、ホワイトラム、ホワイトキュラソーを同量に、レモンジュースが少量。
このお客様は辛口の酒がお好みですから、
ホワイトキュラソーはトリプルセックにしてみましょうか。
シェイカーに注ぎ入れてふたを閉め、
しっかりと両手で持って振り始めます。
よく混ぜるためには言うまでもありませんが、
お心を痛めたばかりのお客様のことを思って丁寧に、
しかし混ぜすぎて泡立たないように気をつけて。

156クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)3(終):2005/11/19(土) 06:17:07
出来上がったカクテルをグラスに注ぎ、お客様にお出しします。
理由が分からず不思議そうな顔をするお客様に向かって
「それ飲んだら帰ってくれ」だなんて、
もう少し言い方がありそうなものなのに
そう言ってしまったのはこちらにもあまり余裕がなかったから。
それ以上詮索されたくなくて、
カウンター上を片付ける素振りなどしつつお客様の反応を窺います。
「おいしいな、これ…」
そう言われてほっとしました。
このひと言こそバーテンダー冥利に尽きるというものです。

会計を済ませる段になって、
突然カクテルの名前を聞かれて少し慌てました。
それまでご注文を承る以外に話をしたことがなかったのに、
急に願ってもいなかった会話のチャンスがやってきたのですから。
そのまま素直に答えてもよかったのですが、
次の機会を是が非でも作りたくて、
思わず1ヵ月後のご来店をお願いしてしまいました。
もし忘れてしまったとしてもそれはそれまでということで構いませんが、
このカクテルの名前が
「ビトウィーン・ザーシーツ(ベッドに入って)」という名前だと知ったら、
このお客様はどんな顔をされるのでしょう?
呆気にとられるか、笑われるか。それとも「ふざけるな」と怒られるのでしょうか。
そう考えただけで私は期待と不安とが入り混じったような気持ちを胸の奥に感じます。
ちょうど1ヵ月後はクリスマス。
たとえその日にご来店されなくても、それまでの間にこのお客様のために
なにかオリジナルのカクテルを考えようと思いながら、
私は店のシャッターを下ろして帰路に向かいました。

===============
以上です。
なんだかどちらも萌え分控えめになってしまいました。スマソ

157579いやいやながら女装1/2:2005/11/21(月) 02:07:07
ゲト出来なかったのでこちらで。



この場合、学園物は定番過ぎると、時代劇の萌えあらすじを。


ある城に政略結婚をさせられそうな姫がいます。だが、姫には相思相愛の身分違いの相手がいて、ふたりで駆け落ち、でなければ心中しようかと。
そこで、姫の恋人に密かに恋をしている若侍が、恋する相手に悲しい思いをさせたくないがために、自分の想いは胸に秘めたまま、泣く泣く想い人の恋を成就させようと、深夜、ふたりを手助けして逃がしてやります。
当然、翌朝城は大騒ぎ。姫は居ないは、婚姻の日取りまで間がないは、なんせ弱小国ですから、この結婚を破棄して相手の大国に恥をかかすなんて死活問題。
そんな大騒ぎの中、姫を手助けして駆け落ちさせたのが、若侍だとばれて、責任を取って切腹させようかという事に。若侍も元よりそれは覚悟の上、白装束を身に纏い、いざ切腹をしようとした所、若侍の美貌に目を付けた侍従が、別の形で責任を取らせるのも一計。姫が見付かるまで、その若侍に身代わりになってもらいましょう。顔立ちも少し似ていることもありちょうど良いと、提案。
そこで、試しに無理矢理女装させてみたところ、これが思いの他、惚れ惚れするような美しさ。姫よりも美しい位。相手の大国は当時の事で、姫の顔も良く知らないのをこれ幸いと、姫の身代わりに結婚させて、暫く誤魔化そうとなります。若侍は、そんな事なら切腹をと望むのですが、当然拒否できる訳もなく、恋敵でもある姫の身代わりに、祝言を上げさせられてしまいます。
相手国の殿は女装した若侍を一目見て、いたく気に入り、美しい姫を貰ったと大満足。
ここで、弱小国は一先ずほっと胸を撫で下ろす訳ですが、若侍にはこれからがてんやわんや。祝言の席上は何とか誤魔化せたものの、何時男とばれるか分からない。第一、夜の伽はどうにもなるもんじゃなし、しかも、相手の殿は若侍を姫だと信じて疑わない訳ですから、夜毎迫ってくる。何とか幾晩かは、逃げ回って槍過ごしたのですが、当然、何時までも隠し通せるものじゃなし。
とうとう、組み敷かれてばれてしまいます。ところが、この殿様、実は男色の趣味が元々ありまして、男でも全然構わない処か、寧ろ大歓迎。祝言の時から若侍にぞっこんだったものですから、嫌がる若侍は哀れ、そのまま押さえ付けられて殿の餌食に。

158579いやいやながら女装2/2:2005/11/21(月) 02:11:55
その上、女装した若侍の妖艶な躰に、殿は事の他満足なされ、弱小国に次に女の子が産まれたら、その娘を人質に出せばこのままでも良いと、おとがめ無しに。
哀れなのは若侍ですが、泣く泣く、夜毎の伽の相手を為せられるうち、何時しか、躰が慣らされて、引き裂かれた心にも殿が入り込み、恋仲に。これでドタバタの悲喜劇は目出たし、目出たしと相成ります。

159629 Now, I wanna be your........!:2005/11/25(金) 10:35:54
リクに萌えたので、こっちに投下します。

===========================
お隣に住む外国人は、さっぱり日本語を覚えない。
なんでも、どえらい外資系の会社の社員らしく、二つ返事でオーナーが部屋を
貸したのだそうだが、雇われ管理人の俺としては、言葉が通じないので、何を
しているのかはさっぱり分からない。
しかし、異文化交流とでも思っているのか、俺に、頻繁に話しかけてくる。
最近では、朝食と夕食を俺が作り出すと、インターフォンを押して、一緒に
ゴハンを食べていくようになった。
外国人というのは、こんなにも強引で図々しいものなのか。
でも、家賃を持ってくる時に、大きなプレゼントをいくつも買ってくるので、
多分下宿か何かと勘違いしているのだろう。"I love you."と頻繁にささやいて
くるので、親愛の情は持っているようだし。まぁいいか。

"Oh,delicious. Nice tasty."
そして今日も、俺の家で刺身を食べながら、日本酒を飲んでニコニコしている。
「おいしいか」
言葉が分からないが、笑っているということは美味しいのだろう。
俺は、外国人が持ってきたワインを飲みながら、空になった外国人のオチョコに、
日本酒を注ぎ足した。
なるほど、白ワインと刺身があうというのは、本当なのか。確かにおいしい。
目の前でクツクツ煮たっている鍋も、そろそろ食べごろだろう。
俺は、「食べようかー。何が食べたい?」と言って、外国人の前に置いていた器を
取るよう、手をだして促した。すると、外国人はすっかりだまりこんだ。そして、
俺の手をガッシリと握った。
「ん? 何だ? 鍋はまだ食べたくないのか?」
外国人は、何か切羽詰ったような顔をして、俺を見ている。何か俺の顔を見ながら
早口で喋っているが、残念ながら、何を言っているか分からない。何だ。お前の
嫌いなタコとかは、鍋には入ってないぞ。違うのか。そうじゃないのか。
"Now, I wanna be your........! "
知っている単語が、俺の耳に飛び込んできた。
あぁ、そうか。こいつの言いたいことは、これだろう。
「分かった。白ワイン飲みたいんだな。ヒラメの刺身に白ワイン、確かにおいしいもんな」
外国人は、ほっとしたのか、がっかりしたように、俺の手を離した。子供のようだ。
グラスを出して、白ワインをついでやると、一気にそれを飲み下す。
「がっつくなよ。ゆっくりやろうぜ。ほら、鍋が煮えすぎちゃうぞ」
もう一杯ついでやって、グラスをあわせると、目元を赤くして、瞳をうるうるさせた外国人が
俺をじっとみていたので、もう一回「乾杯」とグラスをあわせた。

翌日から、英和辞典を持って、外国人はゴハンを食べにくるようになった。
「ゴハン………オイシィ?」
「あぁ、おいしいか。ありがとう」
「But…no…ah…シカいシ、わたし……………ホシイモ?………………アナタの……コンコロ」
「ん? ホシイモ? あぁ、俺が食べている煮物のことか? 芋の煮っころがしだろ。
 食べたければ、おかわりあるぞー」
うまく意思疎通とれている。
ペラペラと必死で英和辞典をめくっている外国人。
俺も、今日あたり、和英辞典買って、それで会話するかな。
いつか二人ともペラペラになったら、食卓も、もっと楽しくなるだろう。

160659 ツインを取ったはずが手違いでダブルに:2005/11/27(日) 00:36:42
萌えたので書いてたら手違いじゃなくなっちゃった…orz

-----------------------------------

「あ」
ぽつんと奴の口から零れ落ちた不振な声に、身構えたときには既に遅かった。
「かっちゃん、ごめーん。間違えてた」
「……またか」
溜息をぐっとこらえる。
こいつはいつもそうだ。図体はでかいくせにぼんやりしていて、必ずひとつふたつ抜けている。
そのたびに迷惑をこうむるのは幼馴染の自分で、正直惚れた弱みさえなければとうに見放しているところだ。
もはや何度目になるか分からない「なんでこんなの好きかな俺」を胸のうちに秘め、続きを促す。
「で、今度は何だ?部屋が違うのか、鍵を忘れてきたのか」
そう言って手元を覗き込むが、鍵は確かに持っているし、番号も目の前のドアに刻まれているのと同じだ。
「なんだ、合ってるじゃないか」
「や、そっちじゃなくて」
じゃあなんだと言うのか。まさか、せっかくの旅行を台無しにするような間違いをしでかしたんじゃないだろうな。
「いやぁ、こういう、俺らだけで計画した旅行って初めてだろ?だからさ、ホテルの予約がよく分からなくてさ」
言いながら、がちゃがちゃと鍵を回し、ドアノブをまわして。
「ほんと、ごめんね」
扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたそれに、俺はあんぐりと口をあけた。
そこにでんと鎮座ましましているのは、キングサイズのダブルベッドで。
「ツインとダブル、間違っちゃった☆」
てへっ。
そんな天然アイドルみたいな仕草、ごついお前がやってもキモいだけなんだよ!と怒鳴ることすら忘れ、呆然と固まり――
俺は叫び声を上げた。
「この、バカシゲ!とっととフロントへ行って部屋替えてもらってこい!!」
「えー、いいじゃんこの部屋で」
だが、あろうことかこいつは反論してきた。
「なっ」
「俺とかっちゃんの仲じゃんよぉ」
その言葉に頬が熱くなる。
落ち着け、落ち着くんだ俺。こいつの言葉に他意はない。こいつは別にそういう意味で言ったわけじゃなく――。
「幼稚園のころなんか、しょっちゅう一緒に寝てたし」
そう、この程度の認識なんだ。
奴にどんな風に思われているのか改めて知って、軽く落ち込む自分が嫌いだ。
「それとも、何?かっちゃんは俺と寝るのは都合が悪いの?」
「…そういうわけじゃない。あーもういいよ、ここで」
はぁ、と重く溜息をついて、荷物をしまうためにクローゼットを開ける。
今夜は眠れそうにない。



クローゼットの扉の内側についている鏡は小さくて、だから俺は気付かなかった。
後ろで俺を見ていた奴が、にやりとほくそ笑んでいたことに。

161699 裏切り者:2005/11/30(水) 03:36:06
出遅れにつきこっそり。チラ裏の214氏とは別人です。
______________

「うわーん、タケルー。ヨシが裏切ったぁ」
ぴーぴー泣きわめきながらカズヤが首にしがみついてくる。
背中を撫でてなだめ、タケルは憮然とした表情で後からやってきたヨシヒロに視線を向けた。
「で、今度は何事?」
「なんもしてねぇよ、俺は」
「嘘つけ、裏切り者のくせに!」
瞳いっぱいに涙を溜めたまま、カズヤは振り向いてヨシヒロに人差し指を突き付ける。
タケルははしたない、とその指を握って、ヨシヒロに目で促した。
「つか俺ァ、カズの『同盟ごっこ』に参加した覚えはないぞ」
「ごっこって言うな!」
「ごっこで十分だ。なんだ『バージン同盟』って、こっぱずかしい」
カズヤの趣味は同盟を組むことだ。それもほとんどが「抜け駆け禁止」を掲げたもので、
タケルとヨシヒロはいつも引きずり込まれている。
同じ先輩(♂)に惚れていたときの『紳士同盟』から始まって、全員フラれて『フリー同盟』、
今度は別々の人(全員♂)に恋をして『片思い同盟』と変遷を重ね、そろって彼氏持ちとなった今は
『バージン同盟』と称して「秘密でエッチすましちゃわないこと!」と一方的に約束させられている。
「え、じゃあヨシ、やっちゃったの?」
「まぁその、なりゆきっていうか、雰囲気っていうか」
「約束破ったー。ヨシの裏切り者ぉー」
「だから約束してないって。だいたいセックスなんて、恋人がいれば自然な流れだろ」
気怠そうに髪を掻き上げる仕種が色っぽくて、タケルはちょっとドキッとする。
遊び人のヨシヒロが未経験なんて最初は信じられなかったが、今ならその違いが分かる。
「そんなの、シンイチさんが大人だからだろ。俺はアツシといてもそんな空気にならないぞ」
「そりゃカズたちがお子様だからじゃねーか。タケルなら分かるよな?」
「え、タケルももうやっちゃったの?!」
「え、あの、」
急に話を振られて、タケルは顔が真っ赤になる。
ユウスケと二人きりの時は、そういう空気になりやすい。彼に「先輩」なんて甘く呼ばれると、
もうどうしていいか分からないくらい身体が熱くなる。
だがそのたび、勉強だなんだと理由をつけてタケルはごまかしてしまうのだ。
まごまごと俯いていると、勘違いしたカズヤが再び騒ぎだした。
「うわーん、タケルにまで裏切られたー」
「ち、違、ままままだやってないっ」
「そうだぞカズ。お堅いいいんちょーのタケルが、そうそうエッチに持ち込めるわけないじゃん」
「う、うるさいよ!」
けらけらと笑うヨシヒロに怒鳴り返しながら、そういえばどの同盟の時も、
最初に裏切ったのはこいつだったな、とタケルはなんとなく思い出した。

162同じく699裏切り者1/2:2005/11/30(水) 21:57:43
やっと時間が出来て、書きたかったお題を投下します。



舞台は少し前の時代、東西ドイツ分断間もない頃なんかどうでしょう。
国境を越えようとして逮捕された受けを、攻めが助けるというシチュ。攻めには国境警備隊の長を勤める父親がおり、攻めもその下で働いていて、仲間と肉親を裏切って受けを助けるわけです。
ふたりで逃亡して行くのも萌えですが、この場合、受けは攻めとは別の男、西側にいる攻めBに会いたくて国境を越えようとしていたというのもいい。

三人は幼馴染みだったりして、攻めAも、受けの気持ちが自分には向かない事を知っているし、受けも攻めAの気持ちを知っている。
で、


ガチャガチャと牢獄の鍵の開けられる音に、また取り調べかと瞼を開けるのも億劫に横になったままでいると、
「ヘルムート、ヘルムート!」
良く知った声が名を呼んだ。
「何しに来た?」
幼馴染みのマイヤーだった。
「早く、逃げろ。」
「放っておけよ。」
ヘルムートは抱き起こそうとする手を振り払って言った。
「お前、裏切り者にるなる気か?とっとと帰れ。」
「もう手遅れだよ。」
マイヤーはニヤリと笑って、血の付いたナイフを見せた。
「殺っちまった。看守を数人。一緒に逃げよう。さっ、早く!ルートは確保してある。」

思うように立てないヘルムートにマイヤーは肩をかして歩き出した。
「無理だろ。これじゃ。やっぱり俺は残るからお前だけ行けよ。」
「ヘルムート、お前が生きなきゃ意味がないんだ。」


そして、
逃亡途中、盗んだ軍用車の中で昔の思い出を語り合ったり、ふと二人黙り込んで目を合わすも、すぐに互いに違う方向を眺めたり、でも、お互いの胸の思いは語らない。語ってもどうにもならず、互いを苦しめるだけだということは痛いほど分かっているから。
ふと、マイヤーが言う。
「俺、馬鹿だよな。」
「うん。」
そして、また沈黙。

163699裏切り者2/2:2005/11/30(水) 22:02:36
どうにか国境を越えると、マイヤーはヘルムートの手を握って言った。
「じゃあな。ここからはお前が一人で行け。」
なんとなく予測していた言葉に
「ああ。」
と、答えて、そして、ヘルムートはマイヤーを抱き締めた。

今、越えた国境の向こうから銃声が響くのが聞こえた。

暫く、そうしていた。やがて、マイヤーは涙に濡れたヘルムートの頬を親指で拭い、
「ごめん!」
と、唇に数秒間のキスをすると、顔をそむけ、背を向けて歩き出した。
その背中にヘルムートが言った。
「お前は何処へ行くんだ?」
マイヤーが、振り返らずに答えた。
「さあな。」
少し、その背中を見送っていたヘルムートは、遠ざかって小さくなった人影に叫んだ。

「一緒に行かないか?」
背中から答えが返ってきた。
「Auf Wiedersehen!」
ヘルムートも満身の思いを込めて同じ言葉を返した。

「Auf Wiedersehen!」
『また会おう!』の意味を持つ、ドイツ語のさようならを。

164萌える腐女子さん:2005/11/30(水) 23:08:32
出遅れました。本スレ709「目の下に隈 」
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そのシステムにバグが見つかったのは午後、お茶の時間の少し前だった。
小さなバグと言えどかなり遡ってシステムを組み直さなければならない。
面倒なことになった。
しかもそのクライアントが指定した納期は明日の午前中ときている。

開発室の面々はそれぞれ仕事を抱えていて、片手間に手伝うぐらいは出来ても組み直しを出来るほど
手の空いている人間はいない。
手が空いていると言えば僕だけだが、手伝わせてもらうだけで精一杯の駆け出しが明日までに
システムを組み直すなんて離れ業、できっこない。

どうするのか、と全員が青い顔で成り行きを見守っていたが、「責任者は俺だから」と室長が役目を買って出た。
急ぎでない仕事は後に回し、何名かに仕事を振り分けて、組み直しを始めた。

ある程度は出来上がったものをなぞるだけの作業とは言っても膨大な量だ。
当然定時になんか上がれない。
一人、二人と遠慮がちに帰っていく中、帰りそこねた僕と室長だけが残った。

「いいからもう帰れ。朝までかかるぞ」
「いえ、買出しとか、少しぐらいなら手伝いも出来ます。僕も残ります」

口を利く時間も惜しいのか、室長は「わかった」とだけ言って作業に集中した。
時折僕に仕事を渡す室長の声。
時折僕がコーヒーを淹れる音。
後はキーを叩く音だけが響く。

室長のデスク周りにだけ灯された明り。
眼鏡を外して目を擦る室長の横顔に見惚れた。
室長は僕が残ると言い出した真意を測りかねていることだろう。

不意にキーを叩く音が止み、椅子を軋ませて室長が身体を伸ばした。

「終わった。チェックも完了だ。朝までかかると思ったけど意外と早かったな」
時計は3時を少し回ったところだ。
「よかった。少しは眠れますね」
「お前が手伝ってくれたおかげだよ。ありがとうな」
そういってくしゃりと髪を撫でられた。
頬に熱が集まるのがわかったがこの明りでは気付かれることもないだろう。

「室長、隈できてますよ」
こんなに暗いのに室長の目の下にできた隈はくっきりとしてよくわかる。
「仮眠でも取るか。お前も来い。午前中いっぱい寝ててもいい」
無意識なのだろうか、何気なく肩を抱かれて心臓が跳ね上がる。

「あ、あの……」
「お前と一緒に徹夜で残業なら後2,3個バグが見つかってもいいぐらいだ」
「だめですよ、室長には隈なんて似合いません。これっきりにしてください」

室長は軽く笑って僕の頬にキスをした。
今度は僕の心がバグを起こしそうです。そうなったら室長が直してくださいね。

165749 ストイックなのに一部エロ:2005/12/04(日) 14:22:13
生徒会副会長兼風紀委員長、という肩書きを聞くと、あの先輩のことがだいたいイメージ
できるんじゃないんだろうか。
ツメエリを、ピッチリ上までつめて、頭のてっぺんからつま先まで、まるで生徒手帳から
抜け出してきたようなルール通りの服装でいる。しかも、その服装に、シミがついて
いたり、着崩れたり、ということが、一度もない。
先輩と同級生の人たちに聞いても、やっぱり、乱れたりしていることが、一度もないんだ
そうだ。また、男子高校にも関わらず、彼に下ネタをふる勇気がある人もいないらしい。
禁欲的。ストイック。多分、そんな言葉で表すといいんじゃないかな。
そんな先輩に、俺は恋してる。

その日は、俺にとって、記念すべき一日だった。
なぜなら、生徒会の一員になれたからだ。
正確にいうと、生徒会役員の使いっぱしりという噂の、生徒会補助員になっただけなのだが、
それでも俺は、先輩に少しでも近づける嬉しさで、一杯だった。
だから、浮かれすぎた俺は、集合時間に指定されていた30分前に到着してしまった。
先輩は、多分、早めに来るだろう。二人っきりになったら、何を話そう。
俺は、いきおいよく「失礼します!」とドアを開けようとしたら、つんのめった。
あれ? ドアに鍵がかかっている。
まだ誰も来ていないんだ、と、しょんぼりして、俺はドアの前にしゃがみこんだ。
何だ。誰よりも一番に部屋に入って待ってたかったのにな。バカみたいだ。
…しばらくして、中で声がすることに気づいた。

「…さっき、誰か来たじゃないか…」

先輩の声だ、ということに気づいた。
誰かと中にいるらしい。俺は、開けてもらおうと、立ち上がってドアをノックしようとした。
しかし、次に聞こえてきた言葉で、固まった。

「気にするなよ。集合時間まで、まだ時間あるだろ。それまでに、コレ、どうにかしとか
 ないと、副会長の威厳が崩れおちるんじゃねぇのか?」
「君は…っ!」

ピチャピチャと、水気のある音が聞こえてきた時点で、僕は、今扉の中がどういう状況なのか
悟った。今の副会長の相手の声は、何度か聞いたことがある。会長だ。
俺は、ドアにベッタリと耳をつけて、全神経を耳に集めた。
扇情的とも言えるぐらい、色っぽいあえぎ声が、息が、聞こえてくる。
副会長が、あんな声を…!
俺は、そのままトイレにかけこんだ。



しばらくして、集合時間5分前に行くと、何事もなかったかのように、制服をピッチリと着た
副会長が、部屋で待っていた。その横には、会長。もうすでに何人か、同じ生徒会補助員の
人たちも来ている
俺は、会長と副会長に挨拶をしながら、ふと気づいてしまった。
「先輩、首にアト…」
言いかけて、やめた。というか、言えないことに気づいた。思わず生徒会長に目をやると、
ニヤリという笑みを浮かべられる。あわてて副会長を見ると……
鉄壁の副会長が、赤面して、首筋を抑えていた。

俺は、もう一度トイレにかけこむはめになった。
補助員の集まりには、遅刻したが、会長も副会長も怒らなかった。

---------------------------------------
750じゃないけど、萌えたので投下しておきます。

166769 コスモスなど優しく吹けば死ねないよ:2005/12/04(日) 18:54:07
出遅れたorz 言葉のイメージだけで妄想。
________________

「君はコスモスのような人だ」

会うたび彼は俺に言う。
厳つい男だ。堅気とは思えないような顔をしているくせに、武骨なその手で花を愛でる。
そして同じ手で、まるで大切な宝であるかのように、俺の頬に触れるのだ。

「僕のかわいいコスモス」
「やめろよ」

そのたび俺はいたたまれない。
だって、男娼の俺にコスモスだなんて似合わない。
知らないと思ったのか。あんたが花屋だと聞いた時に、コスモスの花言葉なんてすぐ調べたさ。

「俺はコスモスじゃない」
「君はきれいだよ」
「どこが」

彼の言葉はまるで本心のような声音で、だからこそ泣きたいくらい信じられない。
ばかげている。
金で縁取られた時間と空間の内側で、吐き出されるのは熱だけでいい。

「あぁ、いっそ手折ってしまおうか。僕だけのものにならないのなら」

そうして欲しいと、切実に願う。
あんたになら殺されたって本望だ。

「愛しているよ」

やめて、そんな風に言わないで。
この醜い傷だらけの手首を、まるでやさしい風が吹くように愛撫されたら、そんなことをされたら俺は。

「僕の美しい花」

この薄汚い身体さえ失うのが惜しくて、死ねなくなるじゃないか。

1671/2:2005/12/04(日) 23:58:24
先走っちゃってすみませんです。ここに投下させていただきます。
===========

――ドア越しから漏れるピアノの音。

壁にもたれかかりながら、その旋律を聞いていた。
何の曲だろうか。ギター専門の俺には、クラシックはわからない。
傍で聞かなくてもわかるほど滑らかな旋律。
白く、細い指が奏でる音色。

だが今後の事を思うと、ピアノが持つ独特の優しい音色も、悲しく聞こえる。
二年前の冬。ライブ場所にいたあいつに、声をかけられたというありきたりな出会い。
最初はピアノが嫌いで、俺が持つようなギターに憧れていたが
弾いているうちにピアノが好きになり、それからピアニストとしての道を進むようになったらしい。

ジャンルも違うギターとピアノ。
俺はそれでも、惹かれていた。
滑らかに弾くあいつの白い指に、目が釘付けになった。
気がついたら俺は、あいつに恋愛感情を抱いていた。


いつだったか。
自分で作った歌をあいつに聞かせてやったあと、
俺はギターを教えてやろうと思ったんだ。
遠慮するあいつにギターを差し出すと
「ピアノにはピアノの、ギターにはギターの雰囲気があるから。
ピアニストである僕がギターを弾いてしまったら
ギターの雰囲気が崩れてしまう。
逆に、ギタリストの君がピアノを弾いてしまったら、ピアノの雰囲気が崩れてしまう。」
って言われたことがあった。

その時、「ああ、あいつと同じ道歩くの無理なんだな」って痛いくらい感じた。
そういう時期に、メンバー解散。俺はボーカルの凛ってやつと一緒に海外で活動することに決定。
俺は凛に弱みを握られてる。ピアニストのあいつが好きだということを知っている。
反対すれば知人・友人全てにばらされる。
こんなのってありかよ。
なあ…俺、好きでもないやつと遠いところに行くんだぞ?

…お前が見えないところに、話すことも出来ないところに。

168780です 2/2:2005/12/04(日) 23:59:24
昨日呼び出して、「凛と海外に行く」って言ったらあいつ…笑ったんだ。
笑顔で、「よかったね。いってらっしゃい。」って。

なんだよ、いってらっしゃいって。
お前は俺のこと、なんとも思ってないのか?
親父もおふくろも海外で一生過ごすとか言ってるし、凛に弱み握られてるし
俺はもう二度と戻って来れないんだぞ。

お前にとって俺ってなんだった?
ただの知人友人か?ギタリストか?
俺はお前ともっと一緒にいたい。
俺、お前が好きなんだよ…。


「…なにやってんの?流花。」

――気がつくと俺の後ろには、凛が腕組みをして立っていた。
俺より二つ年下だが、ソロでもやっていけると言えるほど、歌は上手い。
グループも解散したんだ。顔もいいから、勝手に一人でやっていけばいいのに。
なのにこいつは。俺を連れて行く。
「…なあ、一つ聞いていいか。」
「なに?」
「何でお前、俺を連れていくんだ?」
腕組みをしてる凛に問う。
すると凛は腕をほどき、笑って俺に言った。
「…お前と一緒だよ、流花。
好きなんだ。お前が。
流花はあっちが好き。多分、あっちも流花が好き。でも俺はお前が好き。
両想いを引き裂いてごめんね。でも耐えられないから。
ジャンル違うのに、くっつくお前らが。」
「自分勝手だな。」
「なんとでも言えばいいよ。俺はお前が好き。だから連れて行く。」

―想い、想われ…その結果がこれか。

「…ほら、もう行かないと間に合わないよ?流花。」
「………………。」
歩き出す凛を尻目に、俺はドアの前にそっと手紙を置いた。
気がつく凛が俺に問う。
「なにそれ、ラブレター?」
「…間に合わなくなるんだろ。行くぞ。」
「ははは。つれないねえ。…行こうか。」

いつの間にか頬を伝っていた涙を拭いもせず、俺は凛の後をついていこうとして…振り返った。
ピアノの音が止まったからだ。
…だが、それもほんの一瞬のことで。
「さよなら。」とだけ言って、俺は凛の後をついていった。

169萌える腐女子さん:2005/12/05(月) 00:03:04
本スレ780です。
*0なんですが、先走ってなんだかんだしてたらレスが*9まで到達してしまいました。
そのため、ここに投下させていただきましたが
本当にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした…_| ̄|○||
では本スレ779さんが見てくれてることを祈って…。

170煙草の匂いのするマフラー:2005/12/05(月) 01:03:51
本スレ789さんのお題、とろとろ書いてたのでこちら行き。



見慣れた通学路は一面白く染まり、粉雪は瞼に落ちる。
すっかり踏み固められた雪を蹴飛ばしながら家路を急いでいる僕の隣で、
見慣れない黒い車がブレーキをかけた。
「なにしてんだ」
「…先生」
窓から顔を出した男は担任でも顧問でもなく、国語の受け持ちの教師だった。
車内からは女子の目がいくつも覗き、僕を物珍しそうに眺めている。
「誰ー?」「せんせ塾あるから急いでよー」そんな甲高い声を気にも留めない先生は
「こんな時間まで残ってたのか?」
と面倒臭そうに僕に聞いた。実際面倒臭いのだろう。
普段から好きで教師になった訳じゃないと公言して憚らない駄目教師だ。
女生徒から人気があるのも顔がそこそこ整っているという幸運のお陰に他ならない。
僕は委員会の仕事をしていた旨を話した。奥歯がガチガチと鳴っている。
「僕も乗せてくださいよ」
「やだよ。俺こいつら送ってかなきゃ駄目だもん」
先生の後ろからまた歓声があがる。「うっそー」「嬉しいくせにー」黙れよ。
大体僕が何度教室と職員室の間を行き来したと思ってるんだ。
先生が身支度を整えたタイミングを見計らって駐車場で待ち伏せしてたのに、
横から飛び出して来てとっとと車に乗り込みやがって。
いつだったか僕はいじけると唇が尖るからすぐ分かると言っていた先生は
僕の様子を察したのか今までで一番面倒臭そうな顔をした。
「じゃあこれ貸してやるよ」
そう言って冷たい風が少しでも入ってこないように少しだけ開いた窓から、
紺色のマフラーを渡された。

171煙草の匂いのするマフラー 2/2:2005/12/05(月) 01:05:10
じゃあなと言ってすぐに窓を閉めようとした先生に、僕は慌てて声をかけた。
「これ、いつ返せばいいですか?」
「あ?」
「いつですか?いつ…」
僕があまりに勢い良く聞き返すので、
女生徒は怪訝な表情を浮かべ先生は一層面倒臭そうに眉間の皺を増やした。
実際面倒臭いのだろう。
普段から俺は話の通じない子供が嫌いだと公言して憚らない駄目教師だ。
僕との関係にしても物分りの良い子供を演じ続けている僕の努力のお陰に他ならない。
マフラーを握り締める手に力が入った。この位の我侭すら許されない関係って何だ。
睨みつけるような僕の目と先生のだるそうな目が合った。

「お前俺の家は知ってるな」
「あ…はい前に弁論大会の打ち上げで行きました」
「なら今夜返しにおいで」

その途端に車内で笑いが起こった。「せんせーそれ酷いよ」「今夜吹雪じゃん」
でも僕は笑っていなかった。僕だけが笑えなかった。
呆気に取られている僕にじゃあ今夜なと言って車を出した先生の横顔は、
明らかに笑っていたけど。

首に巻いた紺色のマフラーからは微かに煙草の匂いがした。
冬の澄んだ空気に消えてしまいそうなほど微かだったけど
間違いなくそれは先生の匂いだった。


「…禁煙したって言ってたくせに」

吹雪の中でも来いだなんてとんでもない駄目教師だ。
だけど僕はこの永遠と続く訳のない関係を愛しむ様にゆっくりとその匂いを吸い込んで、
高く冴えきった青空に向かって白く長い息をはいた。

172萌える腐女子さん:2005/12/05(月) 01:07:11
>>170は1/2です。入れ忘れてた…_| ̄|○

173ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 1/5:2005/12/05(月) 10:19:48
流花がきていることは知っていた。
多分ドアの前で聞いてるんだろう。
…入ってくればいいのに。

どうして入ってこないの?
ずっと待ってたのに。
愛猫のミケ連れて、君に渡そうと思って花束買ってきて。
…僕も、わかっているのなら入れればいいのに。
でも気にしてしまったら、弾けなくなってしまうから
弾くことに集中して、気づいていないふりをしていた。

…わかってるよ。
君も凛に脅されてるんだろ。
僕だってそうだから。
同じなのに、ねえどうして。
ねえどうして、振り切ってくれないの。

僕もそうだ。
どうして脅しなんかに負けるの?
好きなんだから、言ってしまえばいいのに。
「行かないで」って言って、その胸に飛び込んでいけばいいのに。
ずっと一緒にいたいって言えばいいのに。

174ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 2/5:2005/12/05(月) 10:20:39
昨日…流花に呼ばれる少し前まで、僕は凛と電話していた。
凛は特別、仲がいいというわけじゃないけど
高校の同級生だった。
だから電話番号も互いに知ってる。
いいやつだと思ってた。
歌も上手くて、ソロで歌っていけるって胸を張って言えた。
…流花のことを言われるまでは。
ピアノを弾きながら、電話で話すなんて
なんてことやってるんだろうって自分でも笑えた。

『零。』
『ん、なに?』
『いま、なんの曲弾きながら電話してるの?』
『ベートーヴェンのエリーゼのためにだけど。』

―凛の問いに、弾きながら答える。

『ふーん。…ぴったりだ。』
『え?』
『流花と零に、ぴったりだ。』

―繰り返し言った凛の言葉に、指が止まる。

『…どういうこと?』
『あれ、お前、知らないの?』

“…知ってるって言えば、どう答えるの。君は。”
心の中で呟く。

『知らないの?…まあ、知らないふりしてるのかもしれないけど。
流花は君が好きなんだよ。多分お前も、流花が好き。』

鍵盤から指が離れる。

『…俺、そういうのには敏感なんだよね。
まあ知ってるから何?ってお前は思うかもしれないけど…
俺も、流花が好きなんだ。』

――まるで、雷にうたれたような衝撃が走る。
好き?凛が?流花のことを?
『……そう、なんだ。』
やっとのことで出した声は、少しかすれていて。
指が震えていた。

175ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 3/5:2005/12/05(月) 10:22:05
僕は流花が好きだ。
流花を好きになるまでは、[同性愛]なんて言葉にも、さほど興味は無かった。
…でも、言えなかった。
男が男を好きだなんて、どこの世界の物語なんだろう。
気持ち悪いよね。男が男を好きだなんて。

でも流花も、僕を好きでいてくれた。
ギターを教えてくれるって言ってくれたあのときに気がついた。
だからいまのままでいい。もう、これ以上は望まない。
一緒にいられるだけで、いいんだ。

――だけど、凛も流花が好き。

『…両思いなところ、ごめんね。
でも、流花は俺が連れて行くから。
お前が見えないところに。話すこともできないところに。』
『…!!!』
『多分今日の夜くらいに、流花が零を呼ぶだろうけど。
…笑って見送ってくんないかな?』

…は?
笑って見送って…?
なに言ってるの?好きな人を連れ去られて、笑えって言うの?

『…わけないだろ。』
『ん?なに?』
『そんなの、できるわけないだろ!
どうしてっ…どうして、そんな』
『じゃあばらしてもいいんだ。
【ピアニスト零は同性愛者だ。ギタリストの流花が好きだ】って。』

―言い返す僕に、凛はそう脅した。

『…………………。』

返す言葉を無くす僕に、凛は容赦なく続ける。

176ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 4/5:2005/12/05(月) 10:29:10
『このままでいたいって思ってるんだろ?
周りから変な目で見られることも無く、友達以上恋人未満のままでいたいって。
…でも、そんなことさせない。
俺だって同じさ!流花が好きで好きでどうしようもない!!
お前のいないところで、流花はいつもお前のこと言ってるんだ!!
ピアノを弾くのが上手いって!!とても綺麗だって!!!
いつか世界的なピアニストになれるって!!!
好きなやつが、俺以外のやつのことを喋ってる!!
俺は流花が好きなのにあいつはお前のことばっかり喋ってる!!
それを笑顔で返してた俺のつらさに比べたらっ…笑顔で見送るなんてこと、簡単だろ?!』

……頬を伝う涙。

ああ、凛も流花が好きなんだ。
でも流花は、僕のことを好きでいてくれて
僕がいないところでは、いつも僕のことを話してくれていて。
…それを、凛は笑顔で返す。
凛は、流花が好きなのに。
気がつけば電話は切れていて。
やり場の無い悲しみだけがそこに残った。

いま、弾いている曲はリストの「ラ・カンパネラ」。
鐘という意味で、人生の節目になる教会の鐘のイメージらしい。
…この鍵盤が奏でる一つ一つの音が鐘。指が、人生。
僕はそう思っている。

177ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 5/5:2005/12/05(月) 10:29:29
…ねえ、どうして、この曲を弾くかわかる?
凄く難しいけど、君との思い出の一つ一つを大切にしていきたいから。
君が好きだという気持ちを、忘れたくないから。

―曲がクライマックスに差しかかったとき、外から声が聞こえた。

「なにやってるの?流花。」
…あぁ。やっぱり。いたんだね。
聞いてくれてるの?僕の演奏。
でも、もう行くんだね。凛が来たってことは。
曲が終わる頃になってくるなんて…ぴったりだ。

涙が止まらなくて、前が見えない。
自分でもどう弾いてるのか、わからなくなってきた。

――そして最後。

キーが少し外れたものの、なんとか終わった。
…終わった、ほんの一瞬だった。

「さよなら。」

―――流花の声。
泣いてるの?声が暗いよ…?
抑えきれない涙を流しながら、嗚咽が漏れながら。
僕も小さく「さよなら」と返した。

178萌える腐女子さん:2005/12/05(月) 10:30:25
>>174
君じゃなくてお前でした_| ̄|○

179本スレ812 1/2:2005/12/06(火) 00:05:50
200*/12/06 02:01
【件名】

【内容】
久しぶり、俺のこと覚えてますか?
卒業して5年だっけ?まったく連絡取ってないから、忘れてるかもね。
同窓会にも成人式にも行かなかったし。

お前にこうしてメールをするのは、これで最後になると思う。
ひとつだけ言い忘れていた事を思い出したので、最後っ屁がわりに伝えておきます。

お前のこと、好きでした。友達じゃなくて、うん、そう、好きだった。
好きだったよ。好きでした。いや、今も好きです。

久しぶりのメールがこんなでホントごめん。
どう思うかは、お前次第です。気持ち悪いと思った?思ったかなぁ。

明日の午後、携帯電話を新しくするつもりです。

卑怯なことは十分に分かっています。分かってます。
気持ち悪いと思ったなら、それでいい。
きもいメールが来たって誰かに言いふらしてもいいよ。

ごめん。ごめん。ごめん。本当に、ごめん。
忘れてな。それでは、さようなら。

180本スレ812 2/2:2005/12/06(火) 00:07:36

うっかり消し忘れていたアドレスから届いたのは、みっともない愛の告白だった。

高校を卒業して、下宿先まで遊びに来いよと言って分かれた、
それきり会ってもいない友人からだ。正直、顔もろくに覚えていなかった。
あの頃は数人たむろして遊び呆けていたし、今そのメンバーで付き合いがある奴はいない。
みんなちりぢりになってしまっていた。
ひとつだけ分かるのは、女の子からではない、ということだけだった。そうでなきゃ
男子トイレで煙草をふかして説教喰らう、なんて事件はおこらなかったはずだ。
不思議なもので、そういうくだらないことばかりははっきりと覚えていた。
顔すら思い出せないくせにな、と思いながら、僕は随分古くなった携帯電話を宙に放る。
差出人は「ヨースケ」。これはもう紛うことなく男だ。
――拙い文だ。どんな気持ちでこれを打ったんだろう。
気持ち悪いとか何とか言う前に、ふとそれに興味がわいた。
僕はTVの上に置いた目覚ましを見る。午前10時31分。
まだ間に合うだろうか。
ベッドの上に落ちた携帯電話を拾い上げて、僕はそっと「返信」を選択した。

181煙草の匂いのするマフラー:2005/12/06(火) 00:18:41
猫みたいだなと言われた。
あいつ言うところの同棲、俺言うところの同居生活の部屋に、俺は一か月の内、半分帰らない。
ばれてないと思ってたのに、あいつは夜勤のバイト先から家に電話して確かめてるらしい。
でもあいつだっていないんだから、誰もいない部屋にいる必要ないし、改める気はない。
あいつの指が髪を梳いたり背を撫でたりすると、逃げたくなる。
熱い指に身体の中を冷たくしときたいのに、溶かされそうになるからだ。
だけど糧は貰う。
あいつが一生懸命考えたんであろう俺への台詞とか、ふいに寝言で呼ぶ俺の、普段呼んだためしのない敬称なしの名前なんか、もう栄養になりまくってる。
けど、そういうあいつの嬉しくなるようなことうっかり言ったら、絶対、俺を膝の上に上げて抱きしめるに違いない。
そんなことされたら心臓が持たない。
前に一回された時だって、口から心臓出そうで、もがいて引っ掻いて、離れた。
そんなこんなことしてたらあいつが言ったんだ。

猫みたいだな。

あいつが言った時、ちょっとドキリとした。
けど、あいつが言った「猫みたい」の理由を聞いて、ホッとした。
ばれてないんだ、ああ、良かった。

猫を飼う時、眠る場所に飼い主の匂いのついたものを置くといいって話、つい最近、あいつがしてたから、ばれたのかと思ってた。

なあ、去年から無くなってる煙草の香りがついたマフラー、もう諦めた方がいいと思う。
随分探してたけど、もう、帰ってこないよ、あれ。
内緒だけど。
本当、内緒だけど。

あのマフラー、猫の寝床に入ってるから。
その猫、あのマフラーないと眠れないから。

だけどそれは内緒。

182チロるチョコ:2005/12/08(木) 02:02:36
何気なく探ったポケット。指先に何か硬いものが当たった。何気なく取り出してみる。
――――何だコレ?
手のひらに乗っかっているのは牛柄の小さな四角いもの。これが何なのかはわかっている。日本中どこのコンビニでもお目にかかれるだろう1つ10円の一口サイズのチョコレート、チロるチョコだ。
 しかし、こんなものを買った覚えはないし、ジャケットのポケットに入れた覚えも一切無い。もしや去年のものかと身構えたが、クリーニングに出した後にこんな綺麗な四角を保っていられるはずがない。今冬出してから入れられたものだろう。―――そういえば先日、弟がちょっと借りるとか言って着て行っていたような気もする。
つまりあのでかくて可愛くない弟が買って入れたということだろう。なんて似合わないことをするのか。
「あ! チロるチョコじゃん。しかも最近見ないちっこい10円サイズ。懐かしー!!」
掌に載ったチロるチョコをぼけっと見ていたら目聡く隣にいた奴が発見して妙に嬉しそうにはしゃぎ出す。
「ちっこい10円サイズ? チロるチョコなんて全部同じ大きさで10円じゃねーの? 」
「それがちゃうんですよ! 最近コンビニで見るのはソレよりちょい大きい20円のなんだなー。ちっこいの見たの久しぶり! お前、あんま甘いもん好きじゃないっしょ? ちょーだいちょーだい!」
「ああ」
両手を差し出して頂戴頂戴繰り返す奴に掌にあるチロるチョコを渡そうとする−−−が、これはもしかして日頃のお返しに使えるんじゃないかと思い立ち、やめた。
「おい? くれんじゃねーのかよ?」
「んー、俺もちょっと食べてみたいんだよな」
素早く包みを開いて白と黒の小さなチョコを口に入れた。
「あーーーーー! ひっで!! 俺も食いたかっ」
文句が続きそうな口を塞いで、砕いた半分を奴の口に押し込めた。
「半分こな?」
珍しく顔を赤くして目を見開いている奴を見て満足する。いっつもやられっぱなしなのだから、たまにはこんな可愛い驚き顔を見せてもらっても罰は当たるまい。
奴は口に手を当てて下を向いてしまった。赤くなっているのを隠しているつもりかもしれないが、さっきばっちり確認したし、未だに赤くなった耳は丸見えなわけで。
にやにやしながら見守っていると、奴が顔を上げてにっこりと笑った。
「なんかこっちのが大きかったみてー。返すよ」
 下から口を塞がれ、驚いている内に舌が入ってきた。口内を嘗め尽くし、俺の舌に絡め、吸って、一度離れ、ちゅっと音を立ててもう一度軽くキスしてから完全に離れた。
「あんまいねー」
奴がにっこりと笑う。
………ああ、また負けですよ。甘い甘いご馳走でございましたとも。

183182:2005/12/08(木) 02:06:04
萌えたので投下させて下さいませ。
読みにくくてえらいすみませんorz

184カラオケ:2005/12/12(月) 22:29:39
投下させて下さい
_____________________________

ぶっちゃけうんざりだ。
奴がいきなり「カラオケ行きたい。行きたすぎる。行こう!」とか言いだして
俺を強引に引っ張って行くもんだから、ま、いっかーっと来てみれば。
奴はずっとマイクを離さず、バラードばかり永遠歌い続けてる。
しかも微妙に古くてやたらとくさいラブソングばっか。
これは…アレか?
女に聞かせる為の練習ってヤツですか。
最近変に付き合い悪いと思ったらラブソングを歌ってやりたい女ができてたわけだ。
で、一人でカラオケで練習は虚しいから暇そうにしてた俺を引っ張ってきたってことね。

あーあ。
カラオケ久しぶりだな、とか
奴と二人なら音痴な俺でも遠慮なく思いっきり歌えるな、とか
…奴と遊ぶの久しぶりでちょっと嬉しいかも、とか。
そうゆう…なんつーの?ワクワク感ってヤツ?ソレが一気に萎んだわ。

そんな俺の気分はそっちのけで奴はまた一曲歌い上げやがった。
妙に上手かったが、拍手なんかしてやるか、ボケ!
次にスピーカーから流れだしたのは…かの名曲『TSU●AMI』

はい、限界が来ましたよー

「お前アホか!こんな季節にんなもん歌ってんじゃねえ!つか、さっきからマイク離さずにラブソングばっか歌い続けやがって!女に歌ってやる歌の練習なんて一人でやりやがれ!!」
「は?女?練習??何言ってんの、お前。」
履いてた革靴を力一杯投げつけてやったのに、奴はうぜえことにあっさり避けやがった。
「ああ!?好きな女に聞かせる為に練習してんだろーが!」
「いやいやいや、今現在進行形で好きな奴に聞かせてるわけで」
「アホかあ!今ここにはてめーと俺しかいねーだろうが!てめーには第三の誰かさんが見えていようが実際にはここには俺とお前の2人しかいねーんだよ!!」
「だーから!お前と二人っきりだからこうして必死で熱込めて歌ってるんでしょーが!!」
「………ああ?」
前で歌ってた奴は俺の投げつけた皮靴を持って俺の隣に座り、俺の足にその革靴を履かせると、顔を上げて俺と視線を合わせた。
「…我ながら痛いとは思うんだけど。自分の言葉で上手く伝えられないから、人様の言葉をお借りして、思いっきり、これでもか!というくらい愛を込めて歌って伝えようかと。」
「………誰に伝えるって?」
「お前に、愛を。」

なんてこった。
バックで流れる曲のサビが、ぴったりすぎるんですけど。

185本スレ889(1/2):2005/12/13(火) 22:49:15
既に*0さんが投下されていたのでこちらで。
ヤマもオチも意味もないぜ(゚∀゚)アヒャ

-----------------------

「ちくしょー!!」

パソコンにかじりついていたKが、いきなり大きな叫び声を上げた。
夕食どきに近所迷惑な奴だ。とりあえず黙らせるか、そう思って振り返る。
だが、先にKの方がパソコンの前を離れて、泣きながら俺に抱きついてきた。

なんなんだ。そう思ってパソコンの画面に目を向けたけれど、
いい加減度が合わなくなってきている眼鏡では、
いくつかのウインドウが開かれているのがおぼろげに見える程度だ。
どうせもう外出しないからと、コンタクトを外してしまったのは失敗だったか。

仕方ない、まずは奴を落ち着かせよう。

「落ち着け。どうした」
「お、俺……ちくしょう……」
「いいから落ち着け。泣くな。そして説明しろ」

今度はどんなくだらない理由だ、と言いたかったがそれは呑み込んで、
いつものように、ぐすぐすとしゃくりあげるKが落ち着くのを待つ。

──つもりだった。

「俺は……俺は、踏まれようとしたのに……!!」

だが、嗚咽混じりの押し殺した叫びが、
そんな呑気な考えを吹っ飛ばした。

186本スレ889(2/2):2005/12/13(火) 22:49:40
踏まれようとしたってどういうことだ。
パソコン使っててどうやったら踏まれるとかいう話になるんだ。
それが叶わなくてどうして泣くんだ。いや、それはKだからしょうがない。

頭の中を飛び交う疑問符を取り除くべく、
パソコンの方へと歩み寄る。
背後から聞こえた、Kの「あっ」という叫び声と、
引き留めるように裾を引く動作は無視して。

最前面のウインドウは見慣れたギコナビ。
メッセージバーを見れば、レスを送信したあとにスレをリロードして、
表示された新着レスに驚き、思わず叫んだというところか。

そして、肝心のレス内容はといえば。

「>880とカメダにGJ!とささやきつつ、踏まれます。」

『*9が指定した画像を*0がうpするスレ』。
そこで*8のつもりで書き込んだのが、
リロードミスで*9をとってしまった、そういうことらしい。

まったく、こいつは本当に、なんでこんな下らないことで泣けるんだ。
何かにささやきかけながら踏まれている誰かの画像を、
スレを覗いた誰かがうpすればいい。
たったそれだけのことなのに。

「……いっそ、俺がお前を踏んでやろうか」

呆れて呟くと、途端にKはがばっと顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃの顔は、そのくせ希望に満ちあふれていて、
まさに今泣いたカラスがもう笑った状態──って、まさか。

「そうか、その手があった!」
「自作自演の誘いじゃねえよ馬鹿」

まったく、2ちゃんごときになにマジになってんだ、こいつは。

187本スレ889:2005/12/13(火) 23:11:11
私も投下させていただきます。ギャグ風味です。


書き込み完了!さぁて、次はどんな萌えリクが来るかな?と期待しながら
掲示板を閉じようとマウスを操作した瞬間、背後にとんでもなく冷ややか
な風が吹いた。
全身が凍りつくのを感じながら後ろを振り返ると、いや振り返るまでも無
く、俺の顔の横には奴の顔があった。

「『>880とカメダにGJ!とささやきつつ、踏まれます』・・・・・・?」
「や、ややややっ山田!?」
「なにこれ、どういうこと?」
「なんだよ、ビックリすんじゃん。てっきり妖怪かなんかの類かと・・・」
「な、どういうこと?」

耳の近くで喋られるくすぐったい感覚に耐え切れず、俺は山本の顔を押し
やった。山本は不満そうに眉を寄せ、睨みつけるように俺を見た。

「人が風呂、入ってる間に・・・」
「え?なに?」

山本が何事か言うがよく聞こえない。聞き返すと、今度は明らかに怒って
いる顔で俺の肩にガシッと手を置きこう言った。

「・・・俺がいない間に浮気とはやってくれるじゃねぇか、田中」
「へ?」

肩におかれた手は今度は腕にまわり、そのまま俺は圧倒的な力で寝室へと
引きずりこまれた。

「そんな何処の馬の骨かもわかんねぇ様な奴らに頼むくらいなら、俺に頼
めよ」
「な、なにを!?」
「いくらでも踏んでやる」
「えっ、いやいや、そういう意味じゃ・・・って何処触ってんの!!なに、
脱がしてんの!!!」
「な?俺の方がGJだろ?」
「ばか!!ちが、っつの・・・!・・あっ!!!」

泣いても謝っても誤解を解こうとしても全く聞き入れてくれない山本のせ
いで、次の日俺達は、揃って会社に遅れたのだった。

188909 「俺たち友達だよな」:2005/12/16(金) 21:24:53
投下します。
____________________

「なぁ、僕ら友達やんな?」
「なんだよ急に。当たり前だろ」

そう、俺とお前は友達。それでいい。
この関係が崩れてお前を失うくらいなら、俺は本当の気持ちなんてずっと隠しておくよ。

「僕に友情を感じてくれてるんやんな?」
「もちろん」

嘘ついて、ごめん。
絶対に困らせないから。

「ほな、僕がどんなでも、友達や思てくれるか?」
「どうしたんだよ、本当に」

お前がどんな奴だったとしても、ただお前だから、好きになったんだよ。

「例えば、サツジン犯でも、ゴーカン魔でもか?」
「友達だよ。だから、殴ってでも更正させてやる」
「お前のこと、ホンマは殺したいくらい憎いて思てる、言うてもか?」
「……うん。それでも、友達だよ」

嫌われていたらきっと痛い。
でも、きっとそれでも好きだ。

「そっか。ありがとぉな」
「いったいどうしたんだよ」
「ん……あんな。図々しいやっちゃ、て自分でも思うんやけどな。
 それでも、お前の友情、失いとぅなかってん」

大丈夫だよ。ずっと、友達でいるよ。

「ホンマは言うべきやないんかもしれん。けど、もぉ黙っとれへんくらい気持ちが大きゅうなってな。
 僕、卑怯モンやから、言うた後もお前と友達でいたいんや」

……言う?何を?

「あーもー、言い訳ばっかし言うててもしゃーないやん自分!
 ええか、単刀直入に言うで」


「僕な、お前に惚れとんねん」


――――え?



  これは、ある二人の友情の終わり。
  そして、新しい何かの始まり。

189「俺たち友達だよな」:2005/12/17(土) 14:40:13
投下させて下さい
______________________________

「俺たち、友達だよな」

わけがわからない。
好きだと言われて、俺もだと答えて、手を繋いで、キスをして、セックスをして。
なのにお前は「『友達』だよな」って聞くわけ?
なんだよ、それ。

「そうなんじゃん」

俺は今初めて知ったけど。
俺らの間にあるものが、お前の中では『友達』に当てはめられてたなんて。

「そうだよな」

わけがわからない。
何でお前がそんな哀しそうな顔すんだよ。
自分で聞いたんだろ。
「『友達』だよな」って。
その言葉選んだの、お前じゃん。

「なあ、」

俺、今のお前の顔、信じていいのかよ。
信じて、さっきの言葉、撤回してもいいよな?
言い直しても、いいんだよな…?

190投下させてください。:2005/12/18(日) 03:18:59
http://grm.cdn.hinet.net/xuite/a9/42/11018309/blog_65709/dv/3811374/3811374.wmv↑の、ベンチの前と後ろに座っている、左端2人
かなり前のお題ですが投下させて下さい。



 高々とセンターの奥へと打ち上げられたフライを捕球したのを確認してタッチアップ。
滑り込むことなく、悠々とホームベースを走り抜けた俺の目に、一人ベンチの隅へと座る姿が映る。
俺をホームベースに帰してくれた犠打を放った張本人。
仲間や観客に手を振って、一通り笑顔を向けて応えた後、いつも通りに相手へ近づく。
「よくやったじゃん。やっぱ、俺とは違ってお前には華がある」
派手な一発や印象に残るプレイはないかも知れないけど、この人がいるからホームへ帰ってこられる。
絶妙な場所へ狙ったように打ち上げる犠牲フライ。
もしかしたらヒットを打つよりも難しいかも知れないバットコントロールで確実な仕事をしてくれる。
確かに華はないかも知れない。でも。
「一発じゃなくたって、カッコイイよ」
俺は何だか苛立たしくて、切なくて、前を向いたままで試合の経過を見つめる。俺にとってはヒーローはこの人だ。
玄人受けするとか、知る人ぞ知るでなく、この人が俺のヒーローなんだ。
「あんたがいるから帰ってこられるんだ」
「…」
グラウンドで続いている自軍の攻撃を睨むように見つめる。
この人は自分の仕事を過小評価し過ぎだ。
周りもわかってなさ過ぎだ。
俺のヒーローなのに。
…睨む目頭が何故か熱くなってきた頃。
ふいに耳元に熱い吐息と、柔らかな温かい質感を感じて目を見開いた。
「ありがとう」
小さく呟かれた声に一瞬視線が交差したものの、すぐに離れ。
「俺はお前をホームに帰すのが生き甲斐だから」
背後から続きの言葉が帰ってきた。
ああ、この人には敵わないな。
血の昇る頬に浮かび上がりそうになる笑みを必死のシカメツラで堪えながら、今日のお立ち台ではこの人のおかげだと連呼して、この人こそがヒーローだと言ってしまおうと心に決めた。

191萌える腐女子さん:2005/12/20(火) 15:06:15
本スレ>>949に萌えたのですが咄嗟に思い浮かんだシチュがあまりにもアレだったんてこちらに。
チラ裏でもいいかなと思ったんですがスレチな気もしたので…。

192籠の鳥で!お願いします!(1/2):2005/12/20(火) 15:19:14
今日こそは、と意を決して誘った居酒屋。
酒の勢いを借りなきゃ告白ひとつできねぇ俺は最低だが、この際しょうがない。なるようになれ、だ。
だけどなぁ、おい。
隣でこいつは浴びるように酒を呑んでばくばく食って、楽しそうにしてやがる。
甘さはかけらもありゃしねぇ。俺の一大決心は木っ端みじんだ。
選択ミスなのはわかってるがなぁ、だって俺らに、バーだのフレンチだのは似合わねぇだろ?

193萌える腐女子さん:2005/12/20(火) 15:20:49
でもなぁ、これは。
「あれ?おまえ全然飲んでねーじゃん。ワリカンなんだからさ、イけよ」
「……あぁ。」
「なぁなぁ、これ気にならね?『籠の鳥』だってよ。オシャレだなぁ」
「……どーせ焼鳥かなんかだろ。虫籠とかに入った」
「ぷっ、なんだよそれムードねぇ」
お前にゃ言われたくねぇよ、と心で毒づく俺を無視して、奴は声を張り上げる。
「おねーさーん。『籠の鳥』で!お願いします!」
おいおいまだ食うのかよ。
あきれて頭を抱えた俺を尻目に、こいつはへらりと笑って日本酒を煽った。

194籠の鳥で!お願いします!(3/3)修正:2005/12/20(火) 15:23:35
あぁもう。そんなところも好きだよチクショ。
しばらくして5本の串が入った小さな竹編みの籠が運ばれて来たのを見て、
「ほらーオシャレじゃん」
とか目を輝かせるこいつを見ながら、次は小洒落た店でリベンジすることを誓った。
「焼鳥うんめー!」
……やっぱ色気より食い気か?こいつは。


+end.


____
2にタイトル忘れました。ごめんなさい。
本スレでは華麗に『籠の鳥』でお願いします。

195籠の鳥1:2005/12/20(火) 23:53:36
投下させて下さい
_____________________________

「逃がしてあげるよ」
彼はそう言って、ふわりと笑った。

弟が生まれたのは俺が5歳のときのこと。
初めて弟を見たのは病院の厚いガラス越しだった。
透明な箱の中の沢山のコードが繋がった小さな赤い体。
「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」
大好きな母の擦れた涙声。
弟は、心臓に欠陥を持って誕生した。
医者は弟が生まれたその日に、弟の余命を告げる。
「お子さんは、成人を迎えることはできないでしょう」と―――。

母が退院して家に戻ってきても、弟が家に帰ってくることはなかった。
母は毎日病院に通い、俺も週に何度かは付いて行く。
自分一人で通える様になった小学校高学年には、学校の後に病院へ行くことは日課になっていたが、中学へ入ると同時に母の薦めで塾へ行き始め、会いに行く頻度はまたすくなくなった。

「お兄ちゃん、最近来てくれる回数減ったね。淋しいー」
唇を尖らせて言う弟は可愛かった。
優しく、優しくしよう。
大事に、大事に守っていこう。
初めて弟を見たときの、母の涙声を思い出す。

「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」


「お兄ちゃん。言いづらいのだけど…あの子に会いにくるの、このままもっと減らして欲しいの。」
「え?どうして…?」
高校受験の間はいつもより会いに行く回数を減らしてしまったから
これからはもっと沢山会いに行こうと考えていた矢先のことだった。
「あの子ね、お兄ちゃんがくる日は疲れるから嫌だって。………あんまり来なくていいって。」

―――わかってしまった、母の嘘が。
覗き見た母の瞳には後ろめたさや困惑とともに、確かな嫉妬が見えたから。
母は大切に守ってきた第二子を独占したいのだ。
真っ白な籠に閉じ込められた大事な大事な鳥が、他の者を頼るのに耐えられなかったのだろう。
自分勝手な人。そう言って母を蔑むことは簡単なように思えた。
けれど俺にはそれができなかった。
擦れた涙声を思い出す。あの切実な思いの籠もったあの言葉を。
「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」

俺は頷いた。
籠の鳥の笑顔を思い浮べながら。

弟に会いに行くのは月に1度程になった。
はじめは会いに行く度に口を尖らせ、もっと来てほしいと訴えた弟も
やがて会いに行く頻度については何も言わなくなり、会うたびにあのねあのね、と自分のことを話し続けることもなくなって、俺の姿を見ると一度柔らかく微笑んで、俺の話を促すようになった。
健康ならば中学に上がるはずの年には、明るいというより柔らかい雰囲気を持った優しげな少年になっていた。

196籠の鳥2:2005/12/20(火) 23:54:54
「おかえりなさい、兄さん」
バイトから家に帰ると弟がいた。
年に数回帰ってくることはあるが、今日帰ってくるとは聞いていなかったので驚いた。
「兄さんのこと驚かそうと思って母さんに内緒にしてもらったんだ」
「すげー驚いたよ」
嬉しげに微笑む弟は今年で17歳になった。
外に出る機会がないからか真っ白で細い体は、しかしかなり小柄な俺よりかは身長が高い。
「母さんは?」
「あー、なんたらかんたらの会の集まりだって。」
患者の親族の作った会のことだろう。母はそういったものにかなり積極的に参加し、
弟が健康な生活を送れる様になる為の移植についての情報を集めにかけ回っている。
しかし、ふと思う。
母は弟にぴったりなドナーが現われたとしても、移植手術を受けさせようとするだろうか、と。
「兄さん?どうしたの?」
「ん、何でもないよ。」
「そう?………ねえ、兄さんに話したいことがあるんだ。兄さんの部屋に行ってもいい?」
「いいよ、先行ってて。手え洗ってお茶持ってく」
「俺、お茶入れるよ?」
「いいよ、お前にやらせるの恐いから」
「ひどいなー。………まあ、俺も恐いからお願いするね」
弟は階段を上がって行った。
弟にお茶を運ばせるなんてとんでもない。
あいつは紅茶の茶葉をカップに直接入れて熱湯を注ぎ、
尚且つ、それをキッチンからリビングに運ぶまでにぶちまける奴だ。
恐すぎる。

紅茶を入れて部屋に行くと、弟はベッドに座っていた。
ベッドサイドの小さなテーブルに盆を置き、弟の隣に座って紅茶を手渡す。
「で、話って?」
「んーその前に、兄さんの近況聞きたい。」
「ん?大したことしてないぞ。大学の授業はもうほとんどないからバイトばっかかな。」
「へー」
ここ最近の他愛のない話をする。弟は微笑んだまま話を聞いていた。

カップの中の紅茶がなくなった頃、俺の最近の話が終わった。
「紅茶、また入れてこようか?」
弟は首を横に振り、俺のカップを取り上げ、自分のカップと共に盆に戻した。
「俺の話ってさ。」
急に視界が弟でいっぱいになり、状況が掴めず呆気にとられる。
「兄さんをね、捕まえてしまおうとか、そんな話。」
弟の顔がぼやける程に近くなり、唇に柔らかいものが一瞬触れ、離れた。
今度は耳許に弟の吐息を感じる。
「兄さんをね、愛してるんだよ。」
驚きに目を見開き、弟の顔を見ようと顔を横に向けた。
「愛してるんだよ、誰よりも、何よりも。」
弟は微笑んでいた。柔らかく、優しげに。
「愛してるのは、兄さんだけだよ。母さんも好きだと思っていたけど………俺から兄さんを引き離したってわかった瞬間、恐いほど恨むことができた。」
耳許に感じていた吐息が、首筋に沿って移動し、首の根元に鋭い痛みを感じた。
「抱くよ、兄さんを。」
硬直した体を無理矢理動かし、両手で弟の肩を押し遣ろうとしたら、素早く手首を押さえ付けられた。
大きいが、細くて真っ白で綺麗な手に。
「兄さんが必死で抵抗すれば、ひ弱な俺なんてすぐどかせるよ。でも、俺はすごいひ弱だから、突き飛ばされたりして打ち所が悪ければ、死んじゃうかもね。」
俺は腕を動かすのをやめた。
弟は顔をあげ、俺と目を合わせる。
眉をひそめる弟の顔が間近にある。ひどく、ひどく辛そうな顔。
「兄さんの優しいところ、大好きで愛しいけど………同じくらい憎いよ」
違う。
コレは優しさなんかじゃない。
俺は狡いんだ。
お前のその言葉を免罪符にして、『誰よりも』と言われて惨いほどの喜びを感じることを
自分に許してしまったんだよ

自分の息も荒くなっているが、自分よりも隣で息を荒げている弟が心配になって、彼の頭に手をのばす。
何度か髪を梳くと手首を捕られ、彼の口元まで運ばれて手のひらにキスされた。
「大丈夫だよ。一回セックスしたくらいじゃ死なない」
そう言った後、苦笑をして俺の手を自分の頬に当てて言葉を続ける。
「兄さんは、俺なんか早く死んでくれた方が幸せになれるだろうけどね。」
驚きに目を見開いていると、弟の顔が近づいてきて、唇に触れるだけのキスをされた。
「逃げられないよ、兄さんは。優しいから、俺を振り切って逃げることなんか、できない。」
自分の狡さを嫌悪して唇を噛み締めると、今度は舌で唇をゆっくりと舐められた。
「大丈夫だよ、逃がしてあけるから。」
違う。
自分の表情が弟に誤解されたことを感じて首を横に振ろうとしたのに
その前に彼の手に顎を捕られ固定されてしまった。
「ちゃんと逃がしてあげるよ。俺が死んだら。」
彼はそう言って、ふわりと笑う。
「すぐだよ。」
彼が嫌がるのはわかっていたのに
俺は涙をとめることができなかった。

197やっぱすきやねん:2005/12/22(木) 22:22:24
投下させて下さい
ただの甘甘ギャグです。大五郎です。
______________________________

「やっぱすきやねん」

一体、今度は何ですか。

いつものようにフローリングに正座し、無表情で年末年始お約束のお笑い特番を見ていた奴が急にこちらを向き、
人の両足首をクソ冷たい両手でガッシリ掴みながら、嬉々として繰り返す。

「やっぱすきやねん」
「何ソレ」

ちょっと動揺してしまったのを隠すために、奴が掴んだままの足を閉じる。
と、奴はバランスを崩したらしく俺の膝に額を強打した。やっぱアホだ、こいつ。
―――って、なんかこっちもじんじんしてきたじゃねーか!アホ!!
2人で悶絶していると、付けっ放しのテレビからちょうどいいタイミングでお笑い芸人が「いってーー!」と叫んでいた。
芸人たちの気持ちがわかるのが、なんだか妙に悔しい…
なんでこいつはクスリとも笑わないクセにいつもお笑い番組を見てるんだ。
今見てたのが『なんじゃこりゃああーーー』とかだったらヒーロー気分を味わえたのに。CMでしか見たことないけど。

「………やっぱすきやねん」

お前涙目の上、額真っ赤だぞ。
そんな状態で言うことか?

「………だから、何なんだよ、ソレ」

そんな頑張り見せられたら、俺も答えなきゃいけない気がするじゃないか。
ぜってー俺も涙目になってるぞ。

「うわあお!成功!?むちゃくちゃ成功じゃない??」
「ああ?………てめえ、わざとやったのか………」
「もちろん!わざとわざと!!」

奴は瞳を輝かせて満面の笑みで大騒ぎだ。まあ、目がキラキラして見えるのは痛みのせいかもしれんが。
つか俺が涙目で痛がっているのがそんなに嬉しいのか。
この赤デコを黙らすのに、コレで軽くぐらいなら平気だろうと、傍にあった酒瓶(中身入り)に手をのばしたところで
アホの発したわけのわからない言葉が耳に飛び込んできた。

「そんな感動してもらえるなんて嬉しいなあ!すげーや、関西弁!!」

何言ってんですか、このアホは。
俺らの間に必要だったのは翻訳こん〇ゃくだったとか、そんなオチですか。

「関西弁が、何だって?」
「いやーさすがだなって!関西弁様様だよね!」
「だから、関西弁のドコがさすがで、様様だって?」
「だってすげーじゃん!一言でお前を涙が出るくらい感動させるなんて!」

そうだ、こいつはアホだった。
なんだか脱力してしまい座っていたソファに倒れこむ。
奴が俺の首筋に顔を寄せてきたので、奴の赤デコを押さえて引き離した。

「痛い痛い!なんでー!?こんないいムードなのに!!」
「どこがだよ!」
「だってお前は俺の愛の言葉に感動して目うるうるさせてるし!ねっころがってるし!!」
「あー、ハイハイ。お前がアホなのはわかった。で、なんで関西弁だって?」
「アホって失礼だなー。………ダチが、関西弁最高!って。関西弁にしびれない男はいないって。」

ああ、言った奴が思い浮かぶ………。
類は友を呼ぶって言葉を納得させてくれたアイツね。

「アイツさあ、誰が関西弁話してるのがいいって?」
「え?ええーと。………んん?」
「可愛い女の子が、とか言ってただろ」
「………なんてこった。」

こっちのセリフだよ。
普通そっちに重点置くだろうよ。そこを忘れるか、このアホは。

「なんてこった!せっかく大好きなNH●我慢して、つまんねーお笑い番組見て関西弁を研究したのに!」

なんてこった。
なんだ今の言葉は。
俺の為に、アホみたいにN●K大好きなお前が、ソレ我慢したって?
恋は盲目ってホントなんですね。
なんか胸にズカーンときちまったよ!

「マ、マスターしたとか言って一言かよ。つか、いきなり『やっぱ』っておかしいだろ」

ぐあ!声に動揺が!
吃るな俺!赤くなるな俺!!

「ああ、そうかも。『ずっと』すきやねん、『何よりも』すきやねん、『永遠に』すきやねん、とかのが一言目にはいい?」

なんなんだ、このアホは。
俺を動揺死させる気ですか。
ああ、耳が熱い。

198萌える腐女子さん:2005/12/29(木) 23:43:11
管理人さん、再開ありがとうございますっ!!
========
Part5-9 何かに追われてる青年×売りで身を立ててた元男娼


ハァハァと、俺の荒い呼吸だけが、部屋に響いていた。
床に転がったまま、俺はぼんやりとベッドの上のアイツを見た。
今朝見た時の姿のまま、アイツはそこに座っている。
俺は、ニヤニヤと口元がゆるむのが分かった。
「…笑うなよ、こんな状況で。気持ち悪い」
ベッドの上のアイツが、憮然とした顔でそう呟く。
俺は、荒い息をおさえながら、大きく深呼吸をした。一回。二回。
「こんな状況って、好きなヤツと二人っきりの状況で、何でつまらない顔
 しなきゃいけなんだよ」
一息でそう言い切ると、また荒い呼吸を繰り返す。
さっきのヤツらとの追いかけっこのせいで、心臓が早鐘のように鳴っていた。

麻薬の取引を情報屋に流したのは、俺。
それで警察にとりいって、組から抜け出そうとしたのも、俺。
でも警察が動き出すと同時に、組が動き出すとは思わなかった。
俺が情報流したって、誰からバレたかを考えると…やっぱり、警察の内部に
組に通じてるヤツがいるんだろう。つくづく、この世界は狂ってる。
そういえば、最後に情報屋に会った時に、麻薬ルートは壊滅したけれど、
組はつぶれていない、と言われたっけ。

 あぁ、俺にどうしろって言うんだ。逃げるしかないのか。
 俺は、裏切りというヤバい橋を渡って、正しいことをやったはずなのに、
 神様は何も返してくれないのか。

「なぁ、アンタ、警察に保護求めた方がいいんじゃないのか?」
いつのまにか、アイツが俺の横に来ていた。
いつも無表情な顔に、少し心配そうな表情が浮かんでいる。
「…警察なんていったら、俺がつかまって、お前一人になっちまうだろ」
出会ってから半年。お前がそんな顔を俺に見せてくれるようになっている。
それが、どれだけ嬉しいか、何て言えば分かってもらえるだろう。
そして、警察なんて行っても、組の仲間にやられるだけだ、と、どう言えば分かって
もらえるだろう。
「でも、今のままだと…」
アイツが口ごもった。
お互い、分かっているのだ。今の時間が、長くないことを。

「俺、今幸せだ…。街中で、お前を見つけて、愛して、こうして一緒に逃げてくれる
 仲にまでなって、思い残すことなんてないよ…」
俺は、腕をゆっくりと動かして、アイツの頬に触れた。
「バカ! 逃げ切るんだろ、一緒に! じゃないと俺は、また…前の仕事に戻るからな」
「それは、困るな…。お前のこと、他のヤツらに触れさせたくないし」
俺は、もう少し体を動かして、アイツの膝に頭をのせた。
「お前、本当にバカだよ…」
暖かい。あぁ、神様。俺の頬にふれている、このやわらかい太ももも、髪にパタパタと
流れ落ちる涙も、どうか、いつまでも俺だけのものでありますように。

「明日、どこいこっかな」
「どこって…」
「車借りて、遠くまで行こうか。俺、朝一番でレンタカー借りるよ。だから、お前、
 用意しとけよ」
「…分かった」



明日、今生の別れが来るかもしれない。そんなこと、どうでもよかった。
お前が、俺だけのものになってくれたこと。それがどれだけ幸せかを、今は考えていたい。

199東/京/三/菱×U/F/J 1/2:2006/01/01(日) 17:34:44
本スレ29の未ゲット
東/京/三/菱/銀/行とU/F/J/銀/行の中の人同士で。



また同じ会社になるんだな。
俺は胸の中に残る槇田の面影に話し掛けた。
男同士の社内恋愛なんて洒落にもならない。しかし、俺と槇田は入社以来5年半、躰の関係を続けていた。
最初に見染めたのはどちらが先だったのか分からない、それ程すぐに俺たちは互いに惹かれ合い、恋に堕ちた。
最初は営業で一緒になった帰り道、酒でもと誘われてふたりで居酒屋に行った。語り合うと言うよりも見詰め合いながら杯を重ねた。
そうして何度かふたりだけで酒を呑みに行く内に、いつもよりも幾分杯を重ね過ぎた槇田が、何度か俺の名を呼んでは黙り込み、なんとも言えない悩まし気な視線を投げつけ、堪えきれないという風に席を立って、帰ろうとした。俺は急いで会計を済ませると、先に店を出た槇田を追い掛け、もう一軒付き合わないと帰さないと無理を言ってボックスに仕切られた座敷のある店に誘い込み、酔い潰れた槇田の耳元に、
「好きだ。」
と、囁いた。
本当は告白などなくても互いに気持は分かっていた。それでも、互いの気持を解放するためにはそれだけのきっかけが必要だった。
俺は肩に持たれかかった槇田の躰を支え、髪を撫でながら、また「好きだ」と囁いた。
肩にもたれた槇田の頬が涙に濡れるのを拭い、そっと抱き寄せ、軽く額に口付けると、そのまま肩を抱いて会計を済ませ、アパートへ連れ帰った。


そうして何度か躰を繋げ合う内に、俺たちは次第に見境を忘れ無用心になった。
最初はこっそりと会社から遠く離れた場所で落ち合い、ホテルへ行くだけだったのが、互いの鍵を持ち合い、毎日のように夜を共にするようになった。

200東/京/三/菱×U/F/J 2/2:2006/01/01(日) 17:41:21
そんな俺たちの関係に敏感な女性上司が気付かないはずはなく、ある時、俺のアパートの鍵を開けようとする槇田の肩を後ろから叩いて、ふたりの関係を問い正し、それをネタに親戚の娘との結婚を槇田に迫った。槇田がそれを断ると、関西の支社に追いやった。
耐えられなくなった槇田は遂に会社を辞めた。


そんな槇田が再就職した先は、やはり同じ業種で、少し規模の小さな銀行だった。


このところの銀行再編、合併の嵐の中では何が起こってもおかしくはなかったが、他行と比べ比較的安定していた我社が、槇田の再就職した先の銀行を抱え込むとは正直思っていなかった。
あれから3年経った。
あの時の女性上司は今はもう配属が変わって、当時の経緯を知る者も今はもう誰もいない。

あれから何度かメールのやりとりはしていたが、辛くなって途絶え勝ちになり、俺は携帯番号とアドレスを変更した。


どうしているだろう。また同じ会社になると聞いてあいつはどう思っているだろうか。


ひとづてに、槇田は相変わらず独身のままだと聞いた。
俺ものらりくらりと見合い話をはぐらかしては、相変わらず独身を続けている。


久しぶりに会いたい。
俺はずっと封印していた槇田の携帯の番号を鳴らした。

掛らないかと思っていた電話は通じ、もしもしと懐かしい声が聞こえてきた。槇田の声は見慣れぬ番号に幾分不審そうだ。
「会いたい。」
「……馬鹿野郎!」
「会いたい。」
電話の向こうから嗚咽の声が聞こえてきた。

201ハンドクリーム:2006/01/06(金) 20:45:09
本スレ100のカメラマン視線です。
ちょい吉外テイストなので、苦手な方はスルーしてください。

――――――――――――――――――――――――――

 あの人を最初に見つけたのは、夕暮れ時の窓際だ。
 軽く握った拳の上に頬を乗せ、時折ゆるりと瞬きをする。
 その姿に――その手に意識を奪われた。

 あの人の手は素晴らしい。
 爪の形や、指の関節から関節までの長さ、手首から親指にかけて通る線。
 甲に浮く骨は、皮膚に覆われ隠されているにも拘わらずその白さが想像出来る。
 折り曲げた指の創り出す鋭角、広げた皮膚の隙間に出来る窪み。
 どれをとっても素晴らしい。
 素晴らしい手だ。

 最初、写真を撮らせてくれと頼んだ時、あの人は酷く白けた顔をして見せた。
 何がそんなに良いのだと。
 その時僕は逆に問いたかった。
 一体何故、君はその手の素晴らしさに気付かない?
 肩口から肘へ、肘から手首へ、手首から爪先へと伸びるその「手」が。
 何をしていても、どんな仕草でも、一枚の絵のようにぴたりと枠に嵌る。
 その爽快さに何故気付かないのか。

 写真を撮りたいと告げた僕に、あの人からの明確な返答はなかった。
 それを無言の了承とし、僕はあの人に纏わるようになった。
 上から見ても、下から見ても、斜めから見ても陽に透かしても、あの人の手は
見飽きることが無い。
 その一瞬一瞬を絵として収めていく作業は至福だった。

 僕が写真を撮っている間、彼は決してこちらを見ない。
 僕の存在など無いものとして扱うように、時に本のページを繰り、時にペンを走らせる。
 その無関心さがまた堪らない。
 変に取り繕うことをせず、ただあるがままにあるがままの姿を見せるあの人の手を
僕は愛した。

 あの人からは、何か甘い匂いがする。
 花ような蜜のような。
 強くではない。
 時折ふと鼻腔に触れ、その時初めてその存在に気付くような。
 そんな極些細なものだ。
 それがあの「手」からするのだと気付いた時には、心が震えた。
 まるで昆虫を誘うようにして、あの花は、あの手は甘い匂いを放つのだ。

 触れたいと願うようになるまで、そう時間はかからなかった。

 あの甲に、あの指に、あの爪に拳に掌に骨に中身に。
 触りたいと。
 僕の中に芽生えた第二段階とも言えるべき欲に、あの人は気付いただろうか?
 こちらを見ないあの人は、きっと気付いてはいないだろう。
 いや、見ないからこそ気付いているかもしれない。
 視線はこちらを向きはしないが、あの匂いは真っ直ぐとこちらに向けられている。
 さあ来いと。

 しかしいけない。
 長く愛したいと願うからこそ、この欲に負けてはいけない。
 あの人の指に触れる時、それは僕があの「手」を破壊するということだ。
 あの人の身体から切り離し、宝物にして大事に仕舞ってしまうだろう。
 それではいけない。
 僕は「あの人」に付属しているあの手を愛しているのだから。

 ああけれどまた甘い匂いがする。
 においにひきよせられるいってしまいそうになるはらのそこにおしこめてころしづつけて
きたことばをあなたにさわりたいとあなたにさわってもいいですかとそのからだをそのてを
そのにくたいをたましいをいしきをこきゅうをいのちをすべて
 ぼくのものにしてもいいですかと

202ともだちなのにおいしそう:2006/01/07(土) 23:33:41
投下させて下さい
_______________________________
『ともだちなのにおいしそう』

なんてぴったりな言葉でしょう。
初めてCMで聞いたトキは背筋が震えたよ。
ほんと、今の状況にあまりにぴったりすぎるわけで。

「おーい。何ぼけっとしてるわけ?」
近い近い近い!!!
ドアップに驚き、上半身を後ろに引いたら座っている椅子ごと後ろにひっくり返った。
「お前…何してんの?」
呆れ顔をしながらも奴が助け起こしてくれる。
頭は打たなかったが背中を思いっきりぶつけてしまってむちゃくちゃ痛い。
「あーあー。背中思いっきりぶつけたんだろ?湿布貼ってやろうか?」
奴が優しく俺の背中を撫でてくれる。
「いやいや!平気!平気だから!!」
首を横に振りまくりながら奴の手を背中から離した。
今のタッチはまずいよ、今のタッチは!!
「そうか?」
奴が首を傾げたことでつい白い首筋に視線がいってしまう。
今、このとき、俺は誰よりもあの狼の気持ちを理解できているだろうよ!
「そうそう。次体育だろ?さっさと着替えるべ。」
ああ、体育。
ごめん、さっき嘘ついたわ。
これからの俺の方が絶対狼の気持ちわかっちゃうよー
奴が隣でシャツを脱ぐ。
もうね、すごいんですよ。
むっちゃオイシ…いや、綺麗な体してるんですよ。
ちっさい頃から空手やってるらしく、すんげー綺麗に筋肉ついてんの。
つきすぎず、つかなすぎず。絶妙ってやつ。
首筋から肩にかけてや背中とか、もう一度見たら忘れられませんよ。
「どうしたん?早く着替えないと遅れるぞ」
「ああ、うん。」
やっべー。じっと見てたの気付かれたか?つか、今、俺の目、血走ってないでしょうか。
「相変わらずほっせーなあ。タッパは俺よりちょっと高い位なのに、体重は俺より全然少ないだろ」
「ほっとけ!」
おし、普通に返せた。
………普通に反応できるかどうか緊張するってどうなんだ………

「なあ、今日俺んちでお前が見そびれたって言ってたビデオ見てけば?」
奴が俺に背後から抱きつきながら耳元で言ってくる。
やばい。非常にやばいがかなりいいわけで。
「明日土曜だし、久しぶりにそのまま泊まっちゃえば?今日俺んち、他に誰もいないから気兼ねしなくていいし」
「お、おう。」
友達って素晴らしい!
正にそんな感じ。
こんな風にくっついてられるし、お泊りだよ、お泊り!美味しいトコだらけだよ!!
―――って二人っきりはまずい!我慢できるわけがねぇ!!
「あ、俺やっぱり今日はやめ」
「ほらほら早く行こうぜ。帰りに夕飯も買ってっちまおう」
見事に遮られ、俺はそのまま引きずられて行った。

「あーやっぱ面白いなー!!」
いや、正直この状況に気をとられて全然見てませんでしたよ。
何でお前は俺の膝に頭載せてねっころがってるんですか。
友達か。コレが友達効果ってやつなのか!
むちゃくちゃ嬉しいし気持ちいいんだが、気持ち良すぎてやばいんですよ…
なんでコイツ相手にこんな気持ちになっちまうんだよ。
コイツは俺の友達なのに。

「コレ、お前と見ようと思って今まで我慢してたんだぜー」

そんな一言に涙が出そうになるくらい喜びを感じるのは、コイツがかけがえのない友達だからなハズだろ。
それ以外の答えは、出ないハズなんだよ。

『ともだちだけどおいしそう』

………このタイミングでこのCMが流れるわけか。
ちくしょう、そうだよ。
友達なのに、ただの友達だって思い込ませようとしてるのに、やっぱり『おいしそう』なんだよ。
なんてこった。
とめられないんだ、友達に向けるべきではないこの気持ち。

どっぷり凹んで、はーっと溜息をついたとき、奴がこっちをじっと見てることに気付いた。
考えていたことが考えていたことなので慌ててしまう。

「な、なんだよ。何じっと見てるんだよ」
「んー。やっぱりさあ、お前ってあれだよね。」
「あれ?………どれだよ?」
「さっきのあれだよ。『ともだちだけどおいしそう』ってやつ。俺がお前に思ってることに、ぴったりなわけ」

―――は?

203119 トーテムポール:2006/01/08(日) 03:55:21
でおくれたー。
________________

『土産はトーテムポールでいいか?』

電話で何の前触れもなくそう言われたとき、俺は大笑いしながらも確かに断った、はずなのだが。
「なんで本当に送ってくるかなぁ…」
激しく場所をとる得体の知れない物体を眺めながら、俺は小さくため息をついた。
旅に生きる彼は、一年の半分以上を海外で過ごす。語学力も冒険心もない俺はいつも置いてけぼりだ。
ひょっとしたら英語さえも通じないような国から、彼は土産と称して訳のわからないものを送ってくる。
ギョロ目の木の人形。まじないに使うらしい仮面。時代を間違えたような石器。何かの動物の骨。
ちぐはぐなラインナップは単純に彼のセンスが悪いだけだ。理解するのに三年かかったが。
そのコレクションに、やたら背の高い置物が加わった。
あまり大きすぎるものでなくて良かった。庭しか置き場所がなかったりしたら、近所の目が痛い。
縦にいくつもならんだ動物の顔らしい彫り物を撫で、俺はもう一度ため息を吐き出す。
「こんなの貰うより、あんたの顔を見たいんだけどな」
つぶやいた言葉は、けれど彼に届くことはきっとない。
彼に側にいてほしいのは本音だが、それよりも自由に飛び回る生き生きとした彼が一番好きなので。
だから、一緒に送られてきた写真で我慢。
「あ、この顔、ちょっとあの人に似てる」
少し高め、ちょうど彼の顔と同じような位置に彫られた顔は、目を見開いたような笑顔まで彼にそっくりだ。
思わず笑みをこぼして、そっとその顔にキスをする。
いつか、こいつと写真を撮って彼に見せよう。
そして、次の旅行は自分からついていってみようか。

204会場まで行ったのにキャンセルかよ!:2006/01/13(金) 01:42:54
チンタラ書いていたらステキなSSが既に…。
といわけでコッソリ書かせてください。
-----------------------------------------------------------------
今日はA男の誕生日パーティー。
誕生日プレゼントは、以前好きだといっていたブランドの物をプレゼントしようかとも思ったが
バイトだけで身を立てている俺には高すぎたために花束。
わさわさと楽しそうにゆれる俺と花束を、町行く人々はほほえましげに見送った。

到着したのは、人気者のA男に似合いのオシャレなバー。
とは行ってもチープさを売りにしているバーなのでご大層な高級感はない。
さて。どう入っていこうか。こういうのは印象が大事なのだ。
すでに盛り上がっていると、コッソリ入ったのでは気づかれなくて主役に最後まで触れないことがある。
俺はニヤリと笑い、扉に激突していった。

「イィヤッホゥオォォォォォォォォ!!! 盛り上がってるかてめえら!!!」

それは文字通り、激突する結果となった。
したたかに打ち付けた体の前半分が痛い。
なんとなく悲しくなって冷静に扉を見てみると
「本日休業」の看板が。

漫画なら今頃俺の頭の上にはてながとびかっているだろう。
あ、あれ。
慌ててポケットから携帯を取り出して電話をかける。
電話の先は今日の幹事でもある主役だ。
1コール、2コール…
『もしも』
「きょ、今日のアレは!?」
『今日のアレ? ああ、誕生日の? あれ、連絡行ってねえ?
 俺、夜バイト抜けらんなくてキャンセルになったんだけど』
「きゃ、キャンセル!?」
今ならコーラスでも歌えそうな気がするほど声がひっくり返る。
『わざわざ予定あけてもらってわりぃな。また今度のみにでも行こ』
一気に体の力が抜けた。
何だかほっとしすぎて泣きそうな気さえする。
「う、うん…あ、誕生日…オメデト」
『おお、サンキュー。進路別れてから滅多だし、久々にオマエにも会いたかったんだけどな』
「俺もだよ。…すっ…好きな奴に…中々会えないのは…辛いんだからな!」
『はあ? オマエ時々面白い事いうよな。じゃ。バイトいってくらー』

精一杯の告白を華麗に蹴られ、会いたかったA男にも会えず、
なけなしの金で買ったプレゼントも突撃した衝撃でズタぼろになったけど
何だか心は来る時以上に弾んでいた。

205会場まで行ったのにキャンセルかよ!1:2006/01/13(金) 13:12:33
投下させて下さい。グダグダかもorz
_______________________________

「会場まで行ったのにキャンセルかよ!俺、すげー虚しくねえ?」
『ごめん!本当にごめん!!朝、急にクレーム入っちゃって…午前中に処理出来ると思ったんだけど長引いて。本当にごめん!!』
「あー嘘、嘘。だーいじょうぶだって。映画なんて一人でも見れるしさ。こっちは気にしなくていいから、お前はちゃんと仕事しろ。給料分きっちり働いてこいや」
『ごめん、本当にごめんな、ヒロ。今度絶対埋め合わせするから』
「おう。たっかいもの奢らせてやるから覚悟しとけよー?」
『うん。何でも喜んで奢るよ。……ヒロ、好きだからね』
「……俺も好きだよ、ユキ」

携帯の通話を切ると、つい溜め息を吐いてしまったた。
一体何度目だろう、ユキの仕事でデートがなくなるのは。
目の前にあるのは小さな映画館。
お互い学生の頃は二人でよく来ていたけれど、今年度に入ってから来たのは初めてだ。
今、この小さな映画館でやっているのはハチャメチャな内容のアクション映画一本。今日が上映最終日。
B級アクション映画が好きな俺たちはこの映画を知り、二人で見に行こうと約束した。
でもなかなかユキの都合が合わずに行けなくて、上映最終日の今日、どうにかギリギリ二人で見られるはずだったんだよ。
もう一度溜め息を吐き、ずっと二人で見たがっていた映画を見るため、俺は一人目の前の映画館に入って行った。

休日だというのに中はガラガラだ。入ってすぐにCMが始まる。
お決まりの『携帯電話やPHSの電源を切ってください』というCMを見て、携帯の電源を切った。
ユキと会う前はマナーモードにするだけだったのに、あいつが毎回このCMを見たらすぐに律儀に電源を切るものだから俺もいつの間にかきちんと切るようになっていた。
変な影響だな、と少し笑いが漏れる。
周りに人がいなくてよかった。
こんなCMで笑っていると思われるなんて嫌すぎる。

―――だめだ。全然映画の内容が頭に入ってこない。
ストーリー性重視の映画ではなくても、ストーリーをきちんと把握できていない状態で見るアクションシーンはとても味気なく感じる。
いつもは爆笑するようなシーンでも、今はまったくそんな気分にはなれなかった。
一人だからかもしれない。
そんなことが浮かんだ途端に、何だかぼーっとしていた頭が、映画とは別のことを考え始める。
デートのキャンセルが増えたユキ。
忙しい社会人のあいつとお気楽な学生の俺の時間が会わないのは仕方がないのも
直前にキャンセルが入ることが多いのはギリギリまで間に合わそうと頑張っているからだっていうのもちゃんとわかっている。
それでも、ユキと二人で過ごすはずだった時間を一人で過ごすのはとても淋しく、不安で。
ユキはキャンセルの度に何度も何度も心から謝ってくれる。
それに口では気にするな、と返しながらもどこか不満を持ってしまう自分に嫌悪を覚える。
そんな気持ちを持つのを避けるためにユキに謝らせない様に変に気を張ってしまい、疲れる。
勝手にやっておきながら疲れると感じる自分に嫌気がさす。
自分勝手な考えだとわかっていても、楽しいという感情を見つけることができない。
こんな俺といても、ユキは楽にできないんじゃないか、煩わしく感じるだけなんじゃないか。
「もう、だめなのかな」
小さくこぼれた言葉は映画の主人公の叫び声にかき消されて自分の耳にさえ入ってこなかった。

206会場まで行ったのにキャンセルかよ!2:2006/01/13(金) 13:16:37

映画が終わったのは午後2時過ぎ。
映画館を出た俺はなんとなくいつものコースを辿る。
映画館の裏にあるファミレス。
駅から離れているこのファミレスは昼のピークを過ぎればほとんど人がいない。
二人で映画を見た後はいつもここに入ってずっと話していた。
いつも座っていたのは一番奥の四人で座るテーブル。
今日は一人だし、違う席に座ろうと思ったのに、店内がガラガラなのを確認したら、体がついその席の方に向かってしまった。
ウェイトレスさんにここでもいいかと聞けば、いいですよ、と笑顔で返され、その言葉に甘えていつもと同じ席に座り、いつもと同じメニューを注文した。
一人で食べるには多すぎる量を頼んで、馬鹿らしくて笑う。
二人で頼むにしたって多すぎる位の量だ。
いつもは二人でだらだら長時間かけて食べてるから食べきれるだけで。
四人席なのに、いつも向かい合わずに隣合って座ってた。
食事をしながら映画の話に花を咲かせて、こっそりテーブルの下で手を繋いで、人が見ていないのを確認して、こっそり軽いキスをしてみたり。
その後お互い妙に照れて、照れ隠しに爆笑したりとか。
「すっげーバカップルじゃん、俺ら」
笑ったつもりなのに、涙が出てきた。
楽しいことを思い出していたはずなのに、何で涙が出てくるんだろう。
もう俺、諦めちゃってるのかもしれない。
だからあの幸せな時間がもう訪れないって考えて、涙なんか流しちゃってんのかも。
幸せな時間を、懐かしんで、恋しがって、欲しがって、諦めちゃってるからか。
馬鹿みたいだ。一人でうじうじネガティブに考えたってしょうがないってわかってんのに。
なのに、涙が止まんないんだよ。

「ヒロッ!!」

ここで聞くはずのない声に呼ばれて、下に向けていた顔を上げた。
俺を抱き締める寸前、ちらりと泣きそうなユキの顔が目に入った。
「ごめん、ヒロ、ごめん」
息を切らしたユキが声を絞り出す。
俺の顔に触れたユキの耳は驚くほど冷えきっていて、首は逆に熱を持っていた。寒い中走ってきたんだろう。
「ユキ、なんで、こんなトコいんだよ、仕事は?」
「ちゃんと無理矢理終わらせてきた。ヒロ、携帯切ってるし、ここにいるかもって思ったら居ても立ってもいられずに。」
携帯を切ったままだったことを思い出す。
「馬鹿。いなかったらどうするつもりだったんだよ…」
「そしたら、今度はヒロの家行って、ヒロの好きな店行って、学校行ってって他探しに行くよ。」
「なんだよ、携帯繋がるの待ちゃいいじゃん」
「ヒロ、一度切ったら寝るとき充電するまで気付かないじゃん。早く会いたかったし、それにどうしても、今日中に、直接会って直接言いたかったんだよ」
「……何?」
「好きだよ、ヒロ。愛してる。俺と、一緒に暮らしてくれませんか?」

ああ、大丈夫。まだ俺たちの間に、幸せはある。

207179 ……なーんて、な!:2006/01/16(月) 20:39:17
ちんたらしてたら先越されたー。
__________________

「好きだ」
言った瞬間、後悔した。
竹村はひどく驚いた、そして少し途方にくれた顔をしていた。
「せ…ん、ぱい」
「お前が、好きだ」
もう一度言いながら、改めて向き直ろうと足を踏みかえる。
途端、竹村の身体がびくんと跳ねた。
あぁ、やっぱり。
そうだよな。同じ男から告白されたって、気持ち悪いだけだよな。
想定どおり、俺は唇の両端を持ち上げた。
「なーんて、な!」
「…え?」
「嘘だよ、う・そ」
言われた意味がうまく理解できないのだろう、竹村は目をしばたたいてこちらを凝視した。
「今日でお前とはお別れだろ。せっかくだから、お前のビビり顔でも土産にしようと思ってさ」
やー面白かった、と背を向ける。
これで大丈夫。竹村だって、こんなこと、じきに忘れるだろう。
後ろ向きのまま、俺はおざなりに手を振った。
「じゃーな。俺、これからクラスの奴らと約束が」
「先輩っ」
一瞬、何が起きたのか解らなかった。
竹村が、俺を、抱きしめている?
「なっ、竹村?!」
「先輩、俺…」
ばか、やめろ。泣いてるのがばれちまう!
「や、はなせ、」
「聞いてください!」
初めて聞く強い口調に、ぎくりと動きが止まる。
きっと、解ってしまったんだ。あれが本当だって。
うまく嘘にできたと、思ったのに。
竹村の言葉が怖くて、俺は顔を両手で覆った。
俺の耳に、切なげな声が届く。
「先輩。俺、俺は――」

この後を知っているのは、俺と、竹村と、吹き抜けていった風だけ。

208小指と小指で萌えてみてください:2006/01/19(木) 23:09:16
こっそりと投下 相手サイド?

−−−−−−−−−−−−−−−−−

だれにもみつからないように
ちいさくつないだ こゆび

ずっと いっしょ
そういって わらうあんた

ごめんな うそつきなおれで
おれがあんたにしたやくそく ほんとうは

熱い固まりが、喉から込み上げてきた。
冷たい棘に延々と刺され続けているような、それでいて何処か生温い幸せ。

崩れ落ちながら、彷徨わせた視線の先には
赤い糸に絡め取られた、四本指の 己の手。

はりは のんだよ
でも やくそくは まもったから

だから

もういちど 

そのゆびで 

『ゆびきりげんまん こんどは おれのばん
 さあ いっしょに おちようか』

2095-210 恥ずかしがるオッサン:2006/01/20(金) 00:18:57
寒くて寒くて、風を少しでも避けるために、コートのフカフカした襟に
顔をうずめながら歩いていたら、目の前を歩く男に思いっきりぶつかった。
何で立ちどまっとんねん。アホか。
アイツは、俺の心の声が聞こえたのか、「あー、ごめん」と、ぶつかられた方にも
関わらず謝った。何謝ってんねん。ええ子ぶりやがって。
「なぁなぁ、見てみ? 雪降りそうやで。朝には積もってるかな」
しかし、そんな小さなことは全く気にしていないのか、ニッコリ笑って、
アイツは空を指差している。見上げると、真っ黒な空には、ぶ厚い雲がかかっていた。
確かに、ちょっと歩いただけで、こんなに寒いのだし、雪が降ってもおかしくない。
「俺、雨が降り出す瞬間は見たことあるんやけど、雪が降り出す瞬間って
 見たことないからなー。見たいなー。なぁ、そう思わへん?」
アイツは、無邪気に革ジャンのポケットから指を出して、空に向かって広げた。
どこの少女漫画の男やねん、コイツ。何や、そのポーズ。宇宙との交信か。
腹がたったので、毒づこうと思って口を開いたが、そんな変なポーズも妙に様に
なっているアイツに気勢をそがれて、違う言葉を口にした。
「…俺、おっさんやから、そんな気持ち分からへんわ。でも…見れたらええんちゃう?」
ため息に似た息を吐いたら、コートの襟ではねかえって、メガネが曇った。
こんなセリフですら様にならないのか、俺は。ホンマ腹たつ。
でもアイツは、嬉しそうにニヤーッと笑って、俺の隣に立った。
「二人で見れたらええなー」
そして、俺の左腕にペターッとくっついて、左手は、自分の革ジャンの左のポケットに。
右手は、俺のコートのポケットにつっこんだ。
「バ…ッ! お前、何すんねん! 変に思われるやろっ! のけろ!」
「大丈夫やって。こんな寒い夜に、誰も見てへんし。コンビニまでやん。俺の革ジャン、
 ポケット寒いねん。ほら、上見んと、雪降る瞬間見れへんで」
俺の抵抗むなしく、アイツの右手が、俺のコートにおさまる。
俺は、手袋を持っていないので、コートに手をつっこまざるをえない。
すると、自然とアイツの右手と俺の左手が触れ合うわけで。
「あったかいなぁ。一番最初の雪、溶かしてしまうかもしれへんな」
だから、お前は、どこの少女漫画の主人公やねん。
しかしいつのまにか、コートのポケットの中で、指はしっかりと絡まっていたりする。
「…寒いから、おでんと酒買って、早よ家帰るで」
そんなこと言いつつ、目線は空へ。意識は右手へ。顔は真っ赤に。
…って、アホか、俺は。恥ずかしっ。

2105-189 敬語眼鏡×アホの子:2006/01/20(金) 02:08:08
個人的に萌えお題だったので投下してみるテスト。


「あれ、イインチョ何よ? 俺に何か用〜?」
 痛んだ茶髪をカラーゴムで括ったアホの子が、菓子パンを頬張りながら椅子に座ったまま敬語眼鏡を振り仰ぐ。
 馬鹿な子ほど可愛いというやつで、案外と皆に可愛がられていたりする彼だったが、密かに勝てない相手がいた。
 それが、敬語眼鏡だったりする。何故ならマイペース、そして穏やかに強引。上手い事転がされて、いつの間に
か思うように動かされている事が多かった。
 そして、今日も。
「アンケート、提出していないの君だけですよ。……って、何て顔してるんですか」
 呆れ顔で眼鏡の蔓を押し上げながら、膝に落ちたパンくずを払ってやる敬語眼鏡。
「あんがと〜。イインチョほんとに優しいねぇ」
「おや、有難うございます。優しいだけとは限りませんけどね。で、アンケートは?」
 口元を指先で拭ってやりながら、もう一度聞き返す敬語眼鏡。
「……どこ、やったかな?」
 首を傾げるアホの子に、新しいアンケート用紙を渡す。
「出来るまで帰れませんからね」
「うわ、ヤブヘビ」
「さあ、さっさと終わらせましょう」
 そう言って、敬語眼鏡は微笑んだ。

 放課後。
「何で手伝ってくんないの?」
 ぶーたれつつも必死にアンケートを埋めているアホの子。しかし、真面目な内容の為どうにもやる気が出ない。
「それではアンケートにはなりません」
「イインチョのけーちけーち」
 しまいにはすみっこに落書きを始める。しかも言葉と同様に幼稚園児並みのセンス。
 流石の敬語眼鏡もちょっぴり怒る。
「……そういう事を言うと、もうお昼のおかずを分けませんよ?」
「えー、それはやだ。イインチョの弁当美味いもん」
「それは有難うございます。明日はだし巻き玉子を入れましょう」
 明日の弁当の中身を考えながら、機嫌よくアンケートを埋めるアホの子。唐突に疑問が。
「わー、楽しみーって……ひょっとしてイインチョ作ってんの?」
「ええ、そうですよ?」
 敬語眼鏡、結構得意げ。
「うわ、意外ー。でもいいお婿さんになるんじゃねー?」
 汚い字ながらも、大分埋まってきたアンケート用紙。つるっと滑らせた言葉が彼の転機となるとは、
流石にアホの子も思わなかった。
「……そうですね。君みたいな何も出来ない人にはちょっと頼りになる婿になれると思いますよ」
「でーきた。……って、今何か変な事言った?」
「何ですか? プロポーズじゃなかったんですか。それは残念」
 さらっと流しているようできっちり話題を引っ張っている策士、アンケート用紙を引き取り、
椅子から立ち上がる。
「……は?」
 ぷろぽぉずぅ? と、妙なイントネーションで繰り返すアホの子。目が泳いでいる。
「提出してきます。玄関口で待っていて貰えますか? 一緒に帰りましょう」
「う……う〜ん?」
「どうしました?」
「あのさ、へんな事聞くけど、イインチョひょっとして……」
「はい、何でしょう」
「結婚願望強い人?」
 いやそこじゃないでしょう、と突っ込みつつ、敬語眼鏡はきちんと分かりやすくアホの子に伝えて
あげた。
「あなたに対する独占欲ならば強いですけれど、まだ結婚の予定はありませんよ? プロポーズを
受けて下さるならば、明日にでも海外で結婚式もやぶさかでは無いですが」
「は、はあー!?」
 すっきりした顔で教室を出て行く敬語眼鏡に、アホの子はただ声を上げる事しか出来ませんでした
とさ。

2115-239 本家の三男×分家の跡取り 1:2006/01/23(月) 02:00:27
酒の匂いが離れまで漂って来る。あるいは、服に染み付いてしまったのか。
雪も酒宴の賑わいを完全に消すことはできないらしい。母屋の方から、浮かれた声と食器の触れ合う音がする。
煙草の灰が畳に落ちた。そっと爪先で踏み潰すと同時に、すうっと障子が開いた。
「やっぱり、ここにおったんか」
三治郎は振り向かなかった。一穂は開けた時と同じように、静かに障子を閉めた。
「大叔父さんが、めでたい席に三治郎がおらんゆうてえらい怒っとる」
「嘘つけ」
「うん、嘘じゃ」
一穂は三治郎の隣に座った。胡坐は掻かない。膝を揃えて正座する。
小さな行灯ひとつの暗がりに、一穂の白いシャツの襟元がぼんやりと浮かび上がった。
「久しぶりじゃの」
「ああ」
「姉さんがな、三治郎はすっかり垢抜けて東京もんになったと言うとった」
「ふん」
「東京はどうじゃ。楽しいか?」
「別に」
持ち込んだ灰皿に煙草を押し付けて消すと、三治郎は一穂の膝の上に頭を乗せて横になった。
膝から畳の上に逃げた一穂の手に、寒さで冷えた自分の手を重ねる。手の甲から手首まで、数度さすってから指を袖の中に滑り込ませると、指先の冷たいこわばりは溶けて消えて行った。
「なんじゃ子どもみたいに。兄さんが結婚したんが、そねぇにさびしいか?」
「馬鹿いえ」
「嫁は議員さんの娘じゃ。本家は安泰じゃな」
三治郎は何も言わない。
一穂も沈黙した。
しんしんと降る雪の向こうから、かすかに詩吟が聞こえる。酒でいい気分になった本家の隠居がうなっているのだろう。
三治郎が体を起こした時に、一穂は彼の欲求に気付いたが、それから逃げることはしなかった。いつもそうだったように。

2125-239 本家の三男×分家の跡取り 2:2006/01/23(月) 02:01:13
はだけた胸同士が離れると、冷気がひんやりと肌を撫でる。
三治郎の体の下から這い出た一穂は、ハンカチでさっと自分の体についた汚れを拭き取ると、脱がされた下着とズボンを身に着け、シャツのボタンをしっかりと留めた。
快楽の痕跡は、もうどこにも残っていない。少なくとも、目に見える場所には。
ネクタイを締めている一穂を、背後から抱きすくめた三郎治の腕は、やんわりと、しかし断固とした一穂の手にほどかれた。
「もう、ええじゃろ」
三郎治は一穂の体を反転させ、今度は正面からしっかりと両の二の腕を掴む。
「もう、ええじゃろ。ひとの祝言の日に、こねぇなことは、おえん」
それでも唇を重ねると、一穂は逃げはしないし、上着の裾から手を差し入れても、それを咎めはしない。
分家の人間は本家の人間には逆らわない。逆らえない。命の価値が違った。三郎治が一穂を連れ出して川に落ちれば、一穂が叱られた。犬に石を投げた三郎治が噛まれて怪我をすれば、それを守らなかったと一穂が親に殴られた。
一穂は文句を言わなかった。何をされても、耐えていた。
十四の時、三郎治は一穂を女のように扱った。一穂は逆らわなかった。空虚な目で、どこか遠くを見たまま、すべて受け入れた。今と同じように。
終わった時、一穂は「もう、ええか」と枯れた声で問うた。それからずっと、二人の間にあるものは変わらない。
一穂の兄が不慮の事故で死んで、一穂が跡取りになった後も、何も変わらないままだった。
微笑んだ一穂の顔の中の、何の感情もない洞のような目に夜毎うなされるようになって、三郎治は東京へと逃げ出した。
空襲の爪痕もだいぶ癒えたとはいえ、まだ荒れ果てて物騒な東京の方が、希望と怨嗟に満ちているだけ、まだ一穂の目よりもましだった。

三郎治は一穂を抱きしめたまま、「明日、東京に帰る」と言った。
一穂が笑った。ひそやかに、何かの発作のように。
「今度は春に来たらええ。覚えてるか、川辺で魚釣りしたじゃろ。またそこで、魚釣って、今度は落ちんように――」
「いちお」
呼びかけると、「うん」という曖昧な声が返って来た。
「なんで俺を探しに来た」
母屋で笑い声がした。三味線の音もする。誰か踊っているのだろう。
「何と言うて欲しいんじゃ」
一穂の声は、甘える猫のそれのように柔らかい。
「俺が好きだからって、言え」
「うん、お前が好きじゃ」
三郎治はしっかりと一穂の頭を抱いた。決してその顔がこちらを見ないように、何の想いもない目が、見えないように。
「三郎治が好きじゃ。わしは、三郎治が好きじゃ」

もう、ええじゃろ。

そんな声が聞こえた気がして、三郎治は嗚咽を漏らした。

一穂は、身じろぎひとつしなかった。

2135-239 本家の三男×分家の跡取り 3:2006/01/23(月) 02:04:36
三治郎が、一穂が癲狂院に入ったという報せを受けたのは、それからちょうど四年後だった。
その大分前から様子がおかしくなっており、家の恥だからと家人が閉じ込めておいたものが、ふらりと外に出て川に落ち、あわやというところを警官に救われたと、母からの手紙にはそう書かれていた。
分家の跡取りがいなくなったので、三治郎のすぐ上の兄が養子に入ることになった。

一穂はどうなるのか。
病が良くなっても、もう帰るところは、ない。
かつて自分のものだった家の片隅で、あの目のままで、ひっそりと生き、老いて死ぬしかない。心の病は遺伝すると、まだ信じられていた。誰も一穂を愛さないだろう。

三治郎は、すぐに手紙を書いた。長兄と癲狂院、内容はほぼ同じ、一穂を見舞いたい、叶うならば、東京に引き取りたいと。そのくらいの甲斐性はあると。
だが、癲狂院から届いたのは、断りの手紙だった。

『一穂君は貴殿の申し出を聞きし途端に呵呵大笑の後発作を起こし、 さんじろうがすきじゃさんじろうがすきじゃこれでええか と叫び、以来三日に渡りて妄言口にすることはなはだしく当院を離れること叶わずして候』

三治郎は読み終えた手紙を握りつぶし、その上に顔を伏せて叫んだ。





「一穂、お前が好きじゃ! わしは、お前が好きじゃ!」





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ゴメンナサイトチュウデナマエマチガエタ orz

214暖める:2006/01/25(水) 01:17:18
短いけど投下させて下さい。

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一回りも違う身体つき
並んで座ればすっぽりと収まる程で
同じ年なのにと毎度のことながら感心する
特別優劣を感じることもないが
只この身体中に伝わる温もりと
幸せそうに此方を覗く彼の顔には
到底敵いそうにない

2155-260「幼馴染を初めて意識する瞬間」続き:2006/01/25(水) 18:30:04
今ここで抱きしめたら、染谷は怒るだろう。
それとも猛烈に突き飛ばされて、罵倒されるだろうか。
口を聞いてくれなくなるだろうか。

自覚した瞬間に思い知る、俺の人生で一番手強い相手。

「染谷…」
「うるさい。」
「染谷」
「うるさいって言ってるだろう」
「だって染谷」
「ついて来んなよ、馬鹿野郎!!」
染谷が二の腕を掴もうとした俺の手を振り払う。顔を伏せたままで、決して見せようとはせずに。
振り払った手は、宙で握り締められ、震えながら下ろされた。
「ほっとけよ…」
横にいる俺にもやっと聞き取れるくらいの声で呟くと、染谷はまた歩き出した。
「あ、…っ」

不器用な染谷。多分甘えることも、弱音を吐くこともできないでいる。
放っておけない。だから、追いかける。だから一緒にいる。
幼い頃からのその図式を、けれど今俺は自分で壊そうとしている。
振り払われた時に気がついた、ただ放っておけないだけじゃない。
俺は暴きたいのだ。

「―――染谷!!」
「!?」

駆け寄って勢いよく引き寄せ、染谷の身体を腕の中に納めた瞬間、すとんと胸の奥に落ちてくる。
足元からの震えのようなものと同時に、胸の奥に落ちた感情が熱く溶けた。

「…っ!離せよ…」
「…嫌だ」

抵抗する染谷を固く抱きしめた。染谷の体温を抱きしめていると、何もかもが腑に落ちた。

ずっとこうしたかったんだ。
俺は暴きたかった。意地っ張りで頑なな染谷の、柔らかい部分。
染谷が背負った全部の鎧の中にある、熱くて、弱いところ。
暴いて、俺の前でだけ晒して欲しかった。

抱きしめた腕を解いたら告白しよう。
殴り飛ばされても、罵倒されてもいい。

その時染谷が見せてくれる表情は、きっと初めて見る顔。
俺が暴いた俺だけのものなのだから。


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長くなったので続きはこちらに置いておきます。

216敬語眼鏡×アホの子:2006/01/25(水) 21:55:05
投下させて下さい。
アホというより電波にorz
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「俺、お前が殺されたら真っ先に疑われるかも」
「…何てこと言うんですか貴方は」

おとなしくテレビを見ているかと思えば彼は急にそんな脈略のないことを言ってきた。

「えー!だって火サス見てると考えない?自分が殺されたらーとか誰かが殺されたらーとかさ」

どうやら彼の中ではきちんと繋がっているらしいがこちらにはさっぱりだ。

「考えませんよ、そんな物騒なこと」
「マジで?俺なんか月のない夜に背後から襲われたときの為に、ダイイングメッセージまで考えてあるのに。」

この都会のド真ん中に住んでいて月のあるなしが襲われやすさに関係があるとは思えないのだが。
とはいえ、そんなことを言えば拗ねられるのは目に見えている。
だからと言って聞き流しても確実に拗ねる。ということで無難なところ。

「そんなものを考えるより、身を守る護身術でも習った方がいいんじゃないですか」
「そんなのミステリー好きがすることじゃないね!」

…ツッコミたいところは山ほどあるがどうやらこの質問以外は許されそうにない。
とはいえ、この質問にも ま と も な答えが返ってくるとは限らないが。

「どんなメッセージなんですか?」
「よくぞ聞いてくれたワトソン君!パソコンのキーボードのカナ文字配置のローマ字でメッセージ残す!もちろん自分の血で!!」

意外にもまともな答えが。
しかしなんてありきたりな。
そうは思っても口には出さない。出せば確実に…以下略。

「お前が犯人だったらP?か?T`<だな!」
「…前者はともかく、後者は絞れないんじゃないですか」
「…お前変換早くない?もしかしてダイイングメッセージ警戒してる?…ってことはもしかしてお前…!!」

彼には私の手元にあるものが見えないんだろうか。
いや、見えないんじゃなくて見てないんだな。火サスに夢中で。

「ご心配なく。今のところ、月のない夜に誰かの背後に立つ予定はありませんから」
「なんだー驚かすなよなー。この推理マニアの俺ばりに早く答えるもんだから、うっかり事件の臭いを嗅ぎとっちまうとこだったよ!」

事件の臭いはうっかり嗅ぎとるようなものではないというのはこの際置いておくとして。

「推理マニアだったんですか、貴方…?」
「当たり前だ!じゃなきゃ火サス毎週欠かさず見る上録画なんかするもんか!!」
「録画したのを見ている貴方を見た覚えはありませんけど」

彼は頭を少し傾げて考え始めた。
実際見ていないのだから考えても仕方がないとは思うが
彼が首を傾げると首に掛かっていた髪がさらりと横に流れ綺麗なうなじが見える
という発見をしてしまってはそれを遮る気には到底なれない。
眼福ご馳走様です。

「で、俺が疑われる理由何だと思う??」

結局さっきの答えを出すのはやめて最初の話に戻すことにしたらしい。
テレビに釘付けだった視線をようやくこちらに向け、目を輝かせてこちらの返答を待っている。
さっきのうなじもいいが、やはり彼がこちらを向いてくれている方が嬉しい。

「なんでしょうね。貴方といる時間が一番長いから、とかですか?」
「はずれー!答え知りたい?知りたいよな??」
「知りたいですね」
「あのなー正解は…指紋!」
「指紋?」

彼はこちらに両手を突き出しながらそう、指紋!と繰り返す。
つい誘われるように彼の両手に触れ、そっと握れば、きゅっと握り返してくれる。
なんて、幸せな時間なのだろう。

「殺人事件と言えば指紋!指紋と言えば眼鏡でしょう!!」

……話している内容はともかくとして。

「眼鏡って指紋残るじゃん。」
「ですが指紋というものは…」
「お前の眼鏡触る奴なんて俺とお前しかいないじゃん?だからさ、やっぱ確実に疑われるよなー」

彼は自分が何を言ったのかわかっているんだろうか。
こんな会話の中でこんなにくすぐったく嬉しい気持ちにさせられるとは。
指紋は見えないだけで触るだけで他にも残っているなんてこと教える気がなくなってしまった。

「……ここの、ツルのところを持って外せばいいんじゃないですか?そうすれば指紋つきませんよ」
「ああ、そっかー!いつもレンズのとこ持つから指紋つくんだよな!ここ持てばつかないかー」
「試しに外してみたらいかがですか?」
「うん!」

貴方がどんな時に私の眼鏡を外すかなんて、わかりきったことですよね?

2175-280 ミラーボール:2006/01/28(土) 19:47:30
コネタですがばかばかしいのを思いついちゃったんで。

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「ちょ、見て! コレ! 正に ミ ラ ー ボ ー ル 級 」
潰れたカラオケの解体作業中、
Aが薄いカーテンに包んだミラーボールを股間に押し当て、誇らしげにみせつけてきた。
「…なんか、逆に気持ち悪い」
「お前わかってねえなあ、この煌く姿、タヌキにも負けないデカさ。常に装着して歩きたい気分だ。
 町中の視線が俺に集まるぞ…」
「逆の意味で集まるだろうね」
「まあ、集まりゃ何でもいいわ。いやー、これ貰えねえかなあ」
「…そんなにでかいと、セックスできないよ」
「!!」
「残念」
「やっぱ時代は小さめッスよね」

218299 アリとキリギリス:2006/01/29(日) 22:52:04
「だから、俺は言ったんだ。ちゃんと働いておけって」
再三の忠告を無視しやがった大馬鹿は、背中の上で静かにしている。
クソ重いその身体に苛付きながら、俺はぶつぶつと吐き捨てる。
「遊んでばっかいるから、こうなるんだよ、アホ」
その言葉に黙して答えない相手に、ますます苛立ちが増す。
頭上を振り仰げば、空一面に積み重なった今にも雪の降りそうな灰色の雲の山。
ああ、急いで巣に戻らなけりゃ。途中で吹雪くと厄介だ。
そのためにも、自分の足で歩くことすら出来ない無能はこの辺りに捨て置いてしまおうか。
そう思って、その場に一旦足を止める。
奴の身体を地面に放り投げて、その腹を俺の細い脚でガシガシと無造作に蹴る。
それでも、奴は自分から起きようともしない。不平すら、言わない。
「置いてくぞ、馬鹿」
もう一度、蹴る。六本の足で交互に、何度も何度も体中のあちこちを蹴りまくる。
されるがまま、ぴくりとも動かない奴の冷たい体が、酷く腹立たしい。
再び大きく音を立てて盛大に腹部を蹴り上げると、何の抵抗もしてこない奴に、俺はぼそりと呟いた。
「……ホントにさ、どんだけ馬鹿なんだよ、お前は」

息をしない奴の長身を再び背に乗せて、俺は黙々と巣穴を目指した。
俺の身体の何倍もあるその重たい屍骸を、俺はただ運ぶことしか出来ない。
泣きはしない。だって、それは向こうの専売特許だから。
毎日毎日、夏の間中、うるさい位に鳴いていた、このキリギリスの。

219299 アリとキリギリス:2006/01/30(月) 11:18:07
短め。
_______________________

兄は何もできない。
針を持てば指を刺し、鍋を持てば髪を焦がす。

「あーもう、何やってんだよ。貸せよ」
「ごめん、ごめんねケンちゃん」

そのたび、僕は横から手を出す。
仕事を奪われ、兄は突っ立って泣くばかりだ。
兄は何もできない。


兄は何もできない。
人見知りの激しい兄は友達も作れない。
それどころかいじめの対象になっているようで、毎日どこかしらに傷を負って帰る。

「ケンちゃん、」
「いいから。腕、見せて」
「ごめんね、ごめんね」

血の滲む肘に消毒を吹き掛けると、兄はか細い悲鳴をあげて泣く。
兄は何もできない。


兄は何もできない。
僕がいないと何もできない。

「あ、ケンちゃん、ケンちゃ、あぁっ」

ただひたすら、僕の下で鳴くだけ。



君はキリギリス、僕は獰猛なアリ。

2205-309 気持ちいい?:2006/01/31(火) 02:12:17
せっかくの晴れた日曜だというのに、僕たちはワンルームの部屋の陽だまりで、ごろごろ
寝転がっている。
結局はこういう時間が一番幸せなんだと気づいたのは、高校生だった僕らがすっかりオトナに
なってからだった。
特にすることもないし、話なんかしなくても気まずくなったりしない。
ぼーっと寝転がっていた彼の頭の白髪なんかを探して、それだけで時間はのんびりと流れていく。
「あ、見っけ」
「また? そんなある?」
「あるある。これで、えーと……十四本?」
「数えんなよ、そんなの」
「えい」
「あだっ! ……だから抜くなよ、増えるじゃん」
抜いた白い毛をこたつの上に乗せるのを見て、彼は口をぷうと膨らませた。そこには既に十三本の
毛が待機している。
「おしゃれ染めすれば良いじゃん」
「まだ若いっつの」
白髪染めどころかブリーチもしたことの無い髪の毛は、さらさらと指の間を流れていく。それが
気持ちよくて、僕はもう一度、たわむれるように手櫛を通した。
「あー、こそばいなぁ」
「何、目なんか細めてさ。猫みたい」
「それ猫に失礼だってー」
「あー、そうかも」
「うなずくなよ、否定しろよ」
「うひゃひゃ」
「別にいいけどさぁ」
「だいじょーぶ、お前が一番かわいいってー」
「気持ち悪いなぁ」
「まー良いじゃん。……気持ちいい?」
「ん」
――結局は二人でいることが一番幸せなんだ。何が無くても、二人でいられれば。
目を細めて笑う彼を見て、僕はあらためて、強く、強くそう思った。

22150歳の年の差:2006/02/01(水) 02:14:02
「ここでいいの?」
「あぁ・・・ありがとう」

いつもは家にいる祖父が、突然出かけたいと言い出したので、
車に乗せてやって、言われるままに走って、
ついたのは、町外れにある墓地だった。
何度も来たのだろう。迷うことのない足取りで進む祖父の背中を見ながら、
数年前に死んだ祖母の墓とは違うし、友人か何かかなとぼんやり思う。
一つの墓の前で足を止めた祖父は、ただただ黙ってその墓を見つめ続ける。
何かを語りかけているのだろうか。

「友達のお墓?」
しばらく続いた沈黙のあと、なんとはなしに聞いてみる。
墓に書かれた名前は、親戚でもなく、見知らぬ名前。
「・・・友達・・・か。そうだな、親友・・・といっていいものかな。」
「よく、ここに?」
「毎年、この時期にはな。寂しがりだったから、
 顔を見せてやらないと、怒る気がしてなぁ。」
「ふぅ・・・ん。」
祖父がこんなにも喋るのは珍しい。
ここに眠ってる人は、よっぽど大事な人だったのだろうか。
「もう、50年になるのか・・・。お前さんと、年が離れていく一方だなぁ・・・。」
ぽつり、と呟いた祖父の目に浮かぶのは、
懐かしさと寂しさ
ざぁ、と2月の冷気をおびた風が吹き抜ける。
「・・・じぃちゃん、冷えるから。もう帰ろう。」
「・・・そうだな。皆が心配するしの。」
なんとはなく、そのまま祖父が消えてしまいそうで、
それを祖父が望んでいるようで、
耐え切れずに、促すと、いつもの祖父の顔に戻っていることに安堵する。

「もうちょっと、待っててくれるか?お前の傍に行くのを・・・。
 50歳離れたジィさんになってしまってるがな・・・。」
来た道を戻ろうとした時に、祖父が墓を振り返って、
呟いた言葉と、見たことのない祖父の表情は、
見なかったふりをしようと、なんとなしに、そう思った。

22250歳の年の差:2006/02/01(水) 02:21:32
件名:もうすぐ帰れます

本文:
お久しぶり。

予定通りの航行なら、星間往復シャトルの試運機は後少しでそちらに到着できる筈だ。
地面に足をつけるのは何年ぶりだろう?
しばらくは、久々の重力に縛られる生活に戸惑ってしまいそうだな。

それにしても、お前がジジイになってるだなんて、俺は未だに実感がわかないよ。
だって、俺はまだぴっちぴちの30代だぜ? 俺より2つも年下だった筈のお前がジジイって。
学院で耳が痛くなるほど理論は勉強したはずなのに、いざ自分がその立場になるとどうしても信じられない。
いや、もちろん理解はしてるんだけど、お前写真とか音声一切送ってくれないしさ。
つーか、最近はメールすらろくによこさねーだろ。 筆不精なのは知ってるけど、返信くらいしろよ。

地球に戻ったら、一番にお前に会いたい。
お前を見たい。声が聞きたい。抱きしめたい。
とにかく会えるのを楽しみにしてる。
だから、待っててくれ。

*    *     *

――もうすぐ、キミの搭乗しているシャトルが地球へ戻ってくる。
それが嬉しく、けれど何より恐ろしい。
キミにこんな姿を見せたくない。
こんな、変わり果てた姿を。


送られてきたメールの返事を何とか打ちたくて、思うように動かない腕を必死に振り上げる。
キーボードの上を這いずる指先は小枝のように細く枯れて、カサカサに干乾び罅割れていた。

223379 眼鏡と眼鏡:2006/02/07(火) 12:11:35
「眼鏡を外すと美人」だったなら、先輩は僕を見てくれただろうか。


よれよれのシャツ。くたびれたジーパン。寝癖だらけの髪。剃り残しの目立つ髭。そして、時代遅れの瓶底眼鏡。
自分に無頓着で野暮ったい先輩は、同じくらい他人にも無関心だ。
そのかわり、手掛けた物にはとことん執着する。あまりのしつこさから、一度全く同じ実験値をたたき出したという噂まで
まことしやかに流れていて、ゼミじゃ上からも下からも変人扱いだ。
その変人の先輩に、僕は恋をしている。
いつからとか、どうしてとか、いくら考えてもいまだに分からない。
ただ、ぼさぼさの頭や薬品で荒れた指が僕はとても好きで、いつかレンズの奥の瞳を見てみたいと、
いつもそんな事を考えてしまう。
今日もまた考え事をしていたせいで、いつの間にか手元が疎かになっていたらしい。
「どうした小野ー。手が止まってるぞ」
はっと顔を上げると、目の前に先輩の分厚い眼鏡。
かあぁっと顔に熱が集まる。
「ぅあ、あの、」
「小野、風邪か? 顔が真っ赤だ」
「いえその、ひぁっ」
かちん、と眼鏡がぶつかる音がして、額に温度のあまり高くないものが触れて。
「熱は、ないようだな」
二重のレンズの向こうから、先輩の瞳が、僕の、目を、

「わぁあっ!」

がたん、ぱりん

「あぁっ、ご、ごめんなさ、あの、大丈夫ですから!」
蹴倒した椅子も落とした試験管も驚き顔の先輩もそのままに、僕は教室を駆け出した。


本当は、知っている。
先輩は物事に頓着しないんじゃなくて、ただ変化させるのを好まないんだって事を。
だから、先輩は小さな異変にとても敏感だ。
先輩が好きなのは、学友のおっちょこちょいと、ちょっと焦げた学食の焼き魚定食。
先輩は、可愛らしいちぐはぐを愛する人。
いつもドジを踏む友人を諌めないし、食堂のおばさんにも文句を言わない。

きっと始めから先輩に向いていた僕の気持ちに、彼は気付かない。
とりたてて取り柄も欠点もない僕に、彼は興味を持たない。


「美人が眼鏡で台無し」だったなら、僕は先輩の愛するものになれただろうか。
_______________________

最初は「キスの時の眼鏡がぶつかる音に反応してしまう受け」を考えていた。なんでこうなったんだ?

2244-779 ギタリストとピアニストの恋 1/2:2006/02/07(火) 23:38:56
音楽をやっている奴には、ぶちキレたのが多い。理性に関係ない部分の脳ミソが発達しているせいだろう。
中野はそんなぶちキレた人間の中でも、十指に入るぶちキレ男だ。
まず出会いがひどい。
「THE☆複雑骨折」というコミックバンドみたいなジャズバンドの助っ人ピアニストだったこの男、ステージに立ってリーダーが客にしっとりと挨拶した直後、金切り声と社会がクソだという主張が「イケてる音楽」とカンチガイした霊長目ヒト科ダミゴエロッカーモドキどもがステージに乱入し、マイクを奪って中指立てて「グオー!」と叫んだ瞬間、いきなりそいつの頭をビール瓶でかち割った。
俺は顎が外れかけた。
対バン相手として楽屋で挨拶を交わした時に見た顔は、どちらかと言うと大人しい、お坊ちゃま風情のある美青年だった。
それがビール瓶だ。そんなもんで殴ったら、普通死ぬ。だから普通はしない。それをやりやがった。自動販売機でジュース買ってた時と同じ表情で。

ロッカーモドキとその日登場予定のバンドマン、そして客をも巻き込んだ大喧嘩の後、警察で腫れた顔を押さえて事情聴取の順番を待つ俺の横で、びりびりに裂けたシャツの上から毛布を羽織った中野は「ふふふ」と笑った。
何がおかしいんだと睨んだら、「君、横顔がグールドに似てるな」と言ってまたおかしそうに笑った。
グールドだかぐるぽっぽだか知らないが、この状況でよくそんなことを言えるもんだ。
呆れる俺の顔を見て、中野はまた笑う。白いこめかみから頬まで、赤黒く乾いた血が毒々しい花のように貼り付いていた。
こいつとは二度と会いたくないと思った。


二度目の出会いも、やっぱり警察だった。
あの騒動のあったライブハウスで、支配人のおっちゃんと世間話をしていた際、かかってきた電話に出たおっちゃんが変な顔で俺を振り返った。
「……たぶん君のことだと思うんだけど」
そんな台詞と共に差し出された電話に出ると、相手は刑事だった。
取調室にいた中野は、机に胸から上を伏せてぐったりしていた。
26歳――なんと年上だった――住所不定、無職、自称演奏家。
ダメ人間の典型のようなプロフィールの中野は、「他に名前を覚えている人がいないから」という理由で、苗字しか知らない俺を身元引受人に指定しやがったのだ。
中野は、ホームレスと一緒に飲んで歌って騒いでいたのが、ホームレスの一人が元シャブ中患者で、フラッシュバックを起こして中野を人質に刃物を振り回して暴れたあげく、近くに止めてあった車を盗んで走ったら案の定ガードレールに突っ込んだのだという。
この事件に関する中野の感想は、「びっくりした」の六文字だけだった。
こいつには関わりたくないと思った。

思ったんだ。
思ったのに、足をねんざして動けない中野をおぶって歩くうちに、その背中の軽い痩せた体のかすかなぬくもりを感じているうちに、思ったより低い、驚くほど美しい声で歌う「ジュ・トゥ・ヴ」を聞いているうちに、催眠術にでもかかったのか、俺は中野を連れて自分のアパートに戻り、風呂に入れさせて、ビールを飲ませて、同じ布団で眠ってしまった。
朝起きて中野がいないことを知ると、俺はほっとすると同時に寂しくなった。
20分後、財布から福沢さんが一人消えていることに気付いて、その寂しさは吹っ飛んだ。

2254-779 ギタリストとピアニストの恋 2/2:2006/02/07(火) 23:40:29
三度目の出会いも警察だったら本気で縁を切ったんだが、どっこい三度目は俺のアパートの前だった。
ミュージック・ホールを兼ねたレストランでの仕事を終えて、ギターケースを片手に寒波に襲われた町を歩いて帰ると、家の前で素足にスニーカーを履いて、変色したダッフルコートを羽織った浮浪者一歩手前の中野がウォッカの瓶片手に待っていた。
誰がどう見ても酔っ払いの中野は、万札をひらひら振って「おかねかえしにきたー、おかねー」と歌うように告げた後ひっくり返った。

汚い服を脱がせて、自分のパジャマを着せて、前と同じように一緒の布団で寝かせた。
「おい、ギタリスト君」
着替えて布団に入ると、中野は目を閉じたまま話しかけてきた。
「君は、生まれてはじめて聞いた音楽を覚えてるか?」
「はじめてって言われても……覚えてないよそんなもん」
「私は覚えてる。ショパンのワルツ第1番変ホ長調……華麗なる大円舞曲」
「いつ聞いたん?」
「生まれた時」
そんな馬鹿な。
「三島由紀夫かあんたは」
「本当だよ。聞こえたんだ。私は音楽と共に生まれたんだよ。今も音楽が聞こえるんだ」
酔っ払いのたわごとだと思うことにしたが、背を向けても耳はどうしてもその声を拾ってしまう。
「この音楽が、私以外の誰かにも聞こえたらいいのに。誰でもいいんだよ、君でもいい、神様でもいい、誰でも……」
ささやく声を寂しそうだと思った時、俺の常識と平穏を愛する心はどこかに旅立ってしまった。

中野の肌は白かった。体の内側は熱かった。
柔らかく曲る細い脚が、切なげな吐息が、数センチ先にある潤んだ瞳が、どういうわけか甘い肌の匂いが、俺の五感のすべてに快感を与えた。
中野は俺の指に触りたがった。ギタリストの手だねと微笑みながら、節ばった長い指に舌を這わせ、俺の理性をもう手の届かない遠くまで追いやってくれた。


やっぱりというべきか、眠りから目を覚ますと中野はいなかった。指には歯型が残っていて、じわじわとした痛みが心臓をぎゅっと掴んだ。
今度は財布は無事だったが、俺のコートがなくなっていた。
怒る気はしなかった。窓の外には雪が積もっていて、あのコートが寂しいダメな迷子を寒さから守ってくれたらそれで良かった。
残されたダッフルコートをクリーニングに出そうとしたが、もう布がボロボロだからと断られた。洗濯機にかけたら、なるほど分解してみごとなボロ布になった。


四度目の出会いは、コンサートホールだった。
俺のギターの師匠が、俺を伴って出かけたちょっとしたランクのピアノコンテスト。出場するのは、無名のピアニストばかりだった。そこに、中野の名前があった。
俺は軽くパニックになった。
まばらな拍手の中、きちんとタキシードを着て、髪をきちんと整えた中野が現れ、鍵盤の上に手を置いた。

ショパンのワルツ第1番変ホ長調。通称・華麗なる大円舞曲。


演奏が終わると同時に、コンサートホールが拍手に満ちた。聴衆は立ち上がり、あのダメ人間を称えている。
中野はしばらくぼんやりした顔で観客席を眺めていた。音楽を聴いている、そう俺は思った。
その証拠に、中野は拍手の波が遠ざかると、満足した顔で軽く一礼してから舞台を去り、そして次のプログラムに出てこなかった。
中野は失格した。
楽屋に脱いだタキシードを放り出して、まだコンテストの最中だというのに、うろたえる関係者とあきらめ顔の父親――これまた某オーケストラのピアニスト――を残して消えたと聞いた時、俺はほっとした。
ああ、中野だと思った。
俺は間違いなく中野のピアノを聴いたんだと、嬉しくなった。


今、俺は五度目の出会いを待っている。
そういえば、俺のギターを中野に聞かせたことがないと思い出したからだ。
自分のバンドに誘うつもりはない。もうビール瓶はこりごりだ。いくら「あばたもえくぼ」という言葉があろうと、音楽のこと以外では、あれは最低な人間だと俺も理解している。

再会が何年後になるかはわからない。でも、また会えるような気がしている。その日のために、俺は自分の音楽を探している。


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