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試験投下スレッド

879タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:50:05 ID:9yaTnsNo
 その戦場に巨人が乱入してきた時、均衡は崩れた。
 屍により手痛い反撃を受けた小早川奈津子が、大剣片手に威勢をあげる。
「面妖な鮫ともども、あたくしが討ち取ってあげましょう!」
「上等っ! ポリコを殺るついでだ、ハムにしてやるよ」
「どいつもこいつもよく喋る――」
 風が唸った。
 ブルートザオガーの軌道上から身をくねって退避した白鮫に
 屍の変則フックが直撃し、フィードバックで甲斐がうめく。
 その反撃とばかりに屍目掛けて突進する黒鮫の尾を
 小早川奈津子が掴んで豪快に振りかぶる。
 それはまるで大魚を吊り上げた漁師のような風情であった。
 そのまま哄笑とともに鮫を屍に叩きつけようとするが、
 鮫の抵抗にあい巨大な頬に鮫肌の痕がつく。
 よろめく女傑。
 隙を逃さぬよう屍の両腕が瞬動し、巨人の手首を砕き折ろうとするが、
「乙女の柔肌を汚した重罪、打ち首獄門市中引き回しの刑で償うがよくってよ!」
 憤激した女傑の振り回す大剣がそれを許さない。
 型もへったくれも無い、力任せで常識外れな剣戟だ。
 接近した魔界刑事の首筋を剣の切っ先が擦過する。
 その斬撃で飛び散った鮮血を舐め取るかのような軌道で、白鮫が屍を強襲。
 防御の隙間を縫って屍の肩を尾で打ち据えた。
 隻眼の顔に苛立ちが浮かぶ。

 一瞬ごとに別個のコンビネーションで攻め立ててくる甲斐氷太。
 意外性とタフさによって屍の予測の外を行く小早川奈津子。
 二人を上回る技量と経験を持ち合わせる屍だが、
 思惑どおりに流れを組み立てることは難しい。
 屍の手元に愛銃があれば、一秒とかからず二人は射殺されていただろう。
 だが、屍の支給品は武器ではなく椅子だったのだ。
 珍しく、魔界刑事の額を汗が伝った。

880タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:52:25 ID:9yaTnsNo
 泥沼の白兵戦になるかと思われたその時、
 屍はついに死中の活を見出す。
 甲斐が矢継ぎ早に繰り出してきた悪魔のコンビネーション攻撃。
 その派生パターンを魔界刑事は直感的に理解した。
 思考のトレースではなく、魔界都市で培ってきた本能的なものが
 鮫の動きを先読みしたのだ。
 屍は信頼に足るその感覚に従い地を蹴った。
 悪魔持ちたる甲斐は戦闘開始直後からあまり移動していない。
 そしてその三メートル先で白鮫が路壁に沿って飛ぶのが見える。
 あの鮫の動きが予想したとおりならそこで決着だろう、と屍は思慮した。
 左前方から迫り来るブルートザオガーを間一髪で切り抜け、
 大剣の担い手たる小早川奈津子の巨体に接近する。
 左肩を密着させて相手の重心をわずかにずらし、タイミング良くショートパンチ。
 屍の右拳を腹部に受けた女傑の巨体が後ろに流れる。
「をーっほほほほ! この程度痛くも痒くもなくってよ!」
 やかましい、と拳に手応えを感じながら、屍は白鮫の動きに注目した。
 かくして、白鮫は路壁に向かって尾を振りかぶる。
 それを確認した瞬間、屍はチェック・メイトに至る道筋を構築し、実行する。
 流れていく小早川奈津子の体、それを全力で押して巨体を移動させる。
 同じタイミングで白鮫はブロック状の路壁を尾で破壊し、
 その破片を散弾銃のごとく屍へと浴びせかけた。
 同時に黒鮫が上方から襲い来る。
 これこそ、屍が直感的に予知した新手の攻撃バリエーションだ。
 屍へ迫るブロックの破片をタイミング良く小早川奈津子の体が受け止める。
 予想外のダメージで意識を乱した女傑の腕に向かって、
 屍はアッパーカットを放つ。
 結果、巨人の右腕は大剣を持ったまま直上へと跳ね上がり、
 襲い掛かってきた黒鮫に激突。
 全ての攻撃が阻まれ、同時に無防備な甲斐への道が開けた。

881タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:53:28 ID:9yaTnsNo
「何っ!?」
 驚嘆の叫びは甲斐のものだ。
 今しがた思いついたばかりのコンビネーション攻撃を
 タイミング良く完全に防がれたのだから、そのリアクションは当然といえよう。
 攻撃の派生も内容もたった今誕生したばかりなのだが、
 屍はそれを以前から知っていたかのごとく完璧に無効化してみせた。
 攻撃を五感で感知する以前に、屍が対応策を練っていたとすれば、
「シックス・センスか……!」
 甲斐氷太は今やっと、屍刑四郎の驚異的な危機回避能力の正体を知った。
 鮫による最初の奇襲も、背後からの強襲もことごとく屍は回避した。
 その理由が、直感による殺気察知に由来するものならば、
 今まで二匹の悪魔の攻撃を凌ぎ続けてきた事実も納得できる。
 
 そんな甲斐を尻目に、屍は順当に決着への手順を踏んでいく。
 先ほど利用した小早川奈津子、その膝に右足を乗せて階段を上るように
 重心移動を行う。
 次の足場は巨人の胸、そこを左足で踏みつけて、反作用で跳躍。
 三角跳びの要領で、女傑の右腕と激突している黒鮫と同等の高度に達する。
 体操選手より鮮やかな動きだが、凍らせ屋にとっては朝飯前だ。
 上昇の勢いを乗せて、黒鮫の鼻っ柱に一撃をお見舞いする。
 黒鮫は絶叫するように口腔を見せつけながら、
 更に上方へと吹き飛ばされた。
 屍は重力に引かれて落下しながら、甲斐がよろめく姿を視界端に捉えた。
 残る白鮫もしばらくは動かせないほど、甲斐は衝撃を受けているのだろう。
 鮫と甲斐が同調に近い関係にあることをすでに屍は見破っていたので、
 先ほどの一撃には停止心掌には及ばないものの
 霊的なパワーを込めておいたからだ。
 それが悪魔を苦しめ、ダメージが甲斐にフィードバックしたのだ。

882タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:55:19 ID:9yaTnsNo
 着地した屍の足元には、足場にされ跳躍の反動で倒された小早川奈津子が
 転がっていた。
「こ、このあたくしを踏み台に……! 何たる屈辱、何たる冒涜!」
「威勢がいいのは口だけだな」
「をーっほほほほほほ! ならば聖戦士たるあたくしの華麗なる一撃を
お見舞いしましょう! 昇天おしっ!」
 起き上がるや否や、小早川奈津子は聖なる力を振り絞って
 ブルートザオガーを一閃した。
 するとどうだろう、先ほど眼前にいた屍刑四郎は影も形も無くなっている。
「おやまあ、なんと貧弱な。
あたくしの超絶・勇者剣を受けて跡形も無く滅却したのかえ?。
ともあれ正義は勝った、完 全 勝 利 でしてよっ! をっほほ――」
「黙れ馬鹿」
 その声は、勝利の高笑いを響かせようとした、
 聖戦士・奈津子の背後から響いた。
 驚いた聖戦士が百八十度反転すると、そこには花柄模様の上着が――、
 そこまで認識した瞬間、小早川奈津子の心臓に激震が走った。
 古代武術、ジルガの技が冴えわたる。
 停止心掌は巨人の急所に炸裂したのだ。
 この技は防御を無視し、内部にダメージを与える。
 小早川奈津子といえども、笑って耐えられる代物ではない。
「だ、だまし討ちとは……何たる……卑怯……」
 これが屍刑四郎が聞いた、小早川奈津子の最後の言葉だった。
 巨人堕つ。

883タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:57:36 ID:9yaTnsNo
 怪物との勝負に決着をつけた屍が振り向くと、
 壁に手を添えながら甲斐氷太がこちらを睨みつけていた。
「よお、まだ――終わりじゃねえぜ」
「じき終わる」
 屍からみて、未だに甲斐のダメージは深刻だ。
 先ほどまでのようにキレのある動きで悪魔を操作できないだろう。
 だが、相手が怪我人だろうが屍に容赦する気は微塵に無い。
 犯罪者は、皆等しく平等――全く価値が無いからだ。
 一歩、一歩、処刑人のように屍は甲斐に詰め寄っていく。
 依然変わらぬ威圧を背負って。
 追い詰められた犯罪者は、このような屍に対して大抵は逃げたり、
 命乞いをする。
 だが、甲斐は出会ったときと同じく、傲岸不遜に屹立していた。
「何をしようとどのみち無駄だがな」
「ああ、もうここから動く必要は無えしな」
 用心深く屍は二匹の鮫を確認した。
 黒鮫は未だ上空で弛緩しおり、戦闘できるとは思えない。
 白鮫も崩した路壁付近を漂っている。襲ってきても対処可能だ。
 そして、今まで屍の急場を救ってきた殺気感知も無反応だ。
 もはや甲斐に戦闘力が無いことは明らかだった。

 あと四歩、屍がそこまで進んだところで甲斐が不意に口を開いた。
「綱を落とすぜ。好きにしろよ」
「何――?」
 意味不明。屍は警戒するとともに疑問解決に思考を裂く。
 瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意が屍の体を貫いた。
 思考を裂いていた分、対応が遅れる。
 しかも、本能的に跳び退る事はできなかった。
 屍は甲斐の攻撃を直感任せですでに数回ほど回避している。
 相手がそれを学習していないはずが無い、と屍は推論し、
 飛び退いた先に何があるか確認していない現状で、
 無闇に回避行動を取るのは危険だと、理性で本能を押し留めたのだ。
 最悪、スリーパターンの三匹目が回避先に現れるかもしれない。
 故に、手段は迎撃。
 決断からワンテンポ遅れて、屍は殺意の主を捜し当てた。
 それは白鮫そのものだった。
 自立行動できたのか、と屍が思う間もなく白鮫が迫る。
 完全な誤算だった。屍は以前、甲斐は鮫と同調していると推測した。
 だが、それはドラッグを起爆剤として使用者の闘争本能などを
 具現化する仕組みだろうと勝手に解釈してしまったのだ。

884タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:59:36 ID:9yaTnsNo
 魔界都市にも強力な興奮剤が存在する。
 その中には使用者の容姿を変質させる物も含まれている。
 屍は、甲斐のカプセルがその亜種のようなものだと判断し、
 悪魔の存在をあくまで使用者の一部分が分離した固体だと考えた。
 従って、悪魔そのものが独立して存在するとは思えず、
 使用者の一部分たる悪魔が暴走するなど予想外だったのだ。
 まさか、手綱を放せば勝手に暴れる代物だとは考慮していなかった。

 そう誤算しても無理は無い。
 甲斐は戦闘において確実に悪魔を制御していた。
 使用者の意の下に掌握された悪魔は、甲斐の殺意に従って牙を剥く。
 忠実な僕であったからこそ、屍はオーナーである甲斐一人の
 殺意を汲み取るだけで済んだのだ。
 その経験から、屍は未知である悪魔を既知の存在として誤認していた。

 もはや白鮫の口腔は魔界刑事の目前だった。
 虚空から出現する妖物である鮫に、鉄皮が通じるか否かは未知数。
 ならば、障害物を出せばよいと屍は結論。
 以前、甲斐へと投擲したデイパックを蹴り上げて、
 それに食いついた鮫の口中へとねじ込んだ。
 もはや甲斐が統御していた時の洗練された動きは感じられない。
 目先の敵を全て食い尽くす破壊力そのものだ。

885タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:01:44 ID:9yaTnsNo
 これが、甲斐氷太の悪魔。
 鉄の意志でもあるオーナーの手綱が外れると、攻撃本能のままに蹂躙する。
 屍の殺気感知力がなければ、奇襲を防ぐことは困難なほどに滅茶苦茶で、
 原始的で、それでいて非常に手の焼ける存在だったのだ。
 
 しかし、この場に限って言えば、屍が直観力に頼りすぎたのは失策だった。
 このゲームが開始されてから、屍の勘は従来どおりの冴えを見せた。
 と、感じるのは屍の主観であり、実際はしっかりと制限を受けていたのだ。
 その制限で、殺気などの害意を感じる場合と比べて、
 無意な存在から受ける被害に対する直観力は若干低下していた。
 つまり、対人には十分効果があるが、トラップや不慮の事故は
 通常と比べて察知しにくくなっていたのだ。
 屍はゲーム開始以来、大して戦闘を行わなかった。
 それにより「勘」という不安定な能力のコンディションチェックを
 行うことができず、新宿にいた時の状態のままだと思い込んでいた。
 甲斐や小早川奈津子の攻撃を事前に察知していたときは、
 当てられる殺気に反応したのであって、
 死の危険そのものを感じ取っていたわけではなかったのだ。
 それが、今更になって魔界刑事を追い詰めた。

886タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:03:40 ID:9yaTnsNo
 屍が上空に吹き飛ばした黒鮫。
 それはただ攻撃を受けて苦しんでいただけではない。
 上空を通るある物のそばまで接近していたのだ。
 なぜそのような芸当ができたのか。
 フィードバックを受けながらも、カプセルの影響で
 戦気高揚していた甲斐は、同時に痛覚も若干マヒしていた。
 しかも、屍が小早川奈津子を戦闘不能に追い込むとき、
 取り出したカプセルを苦しむ演技とともに飲む暇があった。
 それによって、若干のあいだ悪魔を制御する余裕を甲斐は得ることができた。
 
 空を屍が確認したとき、黒鮫は弛緩していた。
 だが、それは真に弛緩していたのではなく、力を溜めていたのだとすれば、
 優れた勘で攻撃を感知する屍に対して、甲斐が苦肉のトラップを
 用意していたのだとすれば、往生際の態度も納得できるだろう。

 動く必要は無い、と甲斐は述べた。
 なぜなら自分の前まで屍を誘導させる必要があったからだ。
 冷静ならばもっと上手くやれただろうが、今の甲斐にはこれが限界だった。
 屍は自分に止めを刺しに来る、と甲斐は確信して
 自身の手前に攻撃地点を設置した。
 トラップの正体、それは上空を通る複数の電線だった。

 綱を落とす、と甲斐は宣言した。
 それは悪魔の手綱であると同時に、電柱を結ぶ線をも意味したのだ。
 白鮫の制御を手放すことで甲斐は黒鮫の制御に集中できた。
 冷静さを欠いている現状、片方の制御に集中しなければやっていけない。
 その黒鮫はこの時のために上空で力を溜め、
 オーナーの意に従い正確に電線を引きちぎった。

887タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:05:34 ID:9yaTnsNo
 目の前の強敵が放つ殺気に注意を奪われていた屍は、
 自身に向かって上空やや後方から接近してくる二本の電線に気づかなかった。
 無理やり千切れた反動で、電線は弾みをつけて落下してくる。
 その威力は、もはや鞭などというレベルを超えている。
 惨劇は一瞬だった。
 電線は無情にも凍らせ屋の背中を痛打し、花柄模様を銅線が引き裂く。
 凶器の直撃を受けてなお、激痛に耐える屍刑四郎を白鮫が襲う。
 その尾は正確に屍の頭に激突して脳震盪を引き起こした。
 甲斐はこの瞬間を待っていた。
 自分より格上で、油断も隙も無い魔界刑事が無抵抗になる刹那の時を。
 判断は即座に成され、忠実な悪魔は寸分違わずそれに従う。
 落雷のごとく飛来した黒鮫は、悪魔の名に相応しい破壊力を持って、
 屍刑四郎の頭部へと食いついた。

 死んだ、と思った。勝った、と思った。 
 甲斐氷太は内より込み上げる感情を外へぶちまけようとして、
「――!」
 獣の咆哮を聞いた。
 
 首まで黒い悪魔に飲み込まれた魔界刑事。
 その両腕が絶叫とともに天へと突き出され、猛禽の鈎爪にも見える五指が
 左右から鮫の頭部に突き刺さった。
 瞬間、甲斐は猛烈な衝撃に意識を失いそうになった。
 鈍器で殴られたような感覚。
 それがどんどん自分の芯の方へと食い込んでくる。
 相手には武術を使う思考も、余裕も残されてはいないだろう。

888タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:07:23 ID:9yaTnsNo
 しかし、氷らせ屋は頭を食われてなお、凶悪なパワーで戦闘続行を望んでいる。
 正に、魔人。
 魔界刑事の生存本能と、メフィスト病院製の特殊細胞が命を繋いでいるのだ。
 この男を沈黙させるには、頭部を食いちぎって脳を破壊するしかないのか。
 
「お――!」
 甲斐は吼えた。そうしなければ眼前の光景に圧倒されそうだったから。
 抵抗する証を自分自身で確認しなければ、痛みに屈しそうだったから。
「死ねよっ! 死んじまえこの怪物がぁっ!」
 もはや悪魔戦でもなんでもない。
 男と男、二つの存在が生命をかけて意地を張り合っている。
 屈したら、死ぬ。
 その思いが甲斐の意識を支え続けた。

 もう何十秒過ぎたのだろう、いや何百か何千か。
 いや、時間なんてどうでもいい。
 甲斐は頭がどんどんクリアになっていくのを感じた。
 これが、己が求めた瞬間なのか。
 そんなことを考える余裕すら、もはや無い。
 今はただ、相手を喰らい続けることで精一杯だった。
 だがついに、痛みが限界に達した。
 もはや痛みではなく、言い表せないモノになって確実に神経を蝕んでいく。
 
 眼前の刑事だったものは、もはや赤いヒトガタと化していた。
 その腕は依然として悪魔を掴んで離さない。
 悪夢のような光景。
 突如として、
「――!」 
 ヒトガタが絶叫を放つ。
 いや、もはや甲斐には叫びかどうかも分からない。
 ただ一つ、内なる野生は理解していた。
 これを凌げば相手は終わる。

889タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:09:15 ID:9yaTnsNo
 堪えられそうも無い何かが、体の芯を駆け上っていった。
 それでも狂犬は、食いついた牙を離さなかった。


 数分後、甲斐は路地に横たわっていた。
 耐え難い痛みは既に引いたが、激しい頭痛が残っている。
 まともな思考が戻るのは、まだ先になるだろう。
 それでも、甲斐は満たされていた。
 あの感覚は今はもう無い。
 しかしそれを味わった経験は麻薬のように甲斐の心に刻み付けられた。
「言葉にならねぇ……最高だ……もう一度、あと一度でいい。
 あの何もかもが吹っ飛ばされた……あの感覚を、もう一度――」
 ぶっ飛んだジャンキーの言葉とともに、
 甲斐は煙草に火をつけようとして湿気ていることに気づき、
 それを投げ捨てた。


【109 屍刑四郎 死亡】
【残り39人】

【A-3/市街地/一日目/19:00】

【甲斐氷太】
[状態]あちこちに打撲、頭痛
[装備]カプセル(ポケットに数錠)、
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
    煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]興奮が冷めるのを待つ、禁止エリア化するまでには移動したい
[備考]かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで二日)、たんこぶ、生物兵器感染、仮死状態
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]意識不明
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
   約九時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
   九時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
   感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します
   停止心掌は致命傷には至っていませんが、仮死状態になりました

890タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:12:35 ID:9yaTnsNo
書いててキャラその他に自信が無くなったので晒してみる
こんなカンジでいいかどうか判定クレー

基本的に未完だけど、奈津子まわりとかが気に食わないなら言ってくれ
あと、こんな流れで投下おkなら奈津子とボルカン含めた続き書くよ

891名も無き黒幕さん:2007/03/03(土) 23:34:25 ID:BDfaEhGw
乙。最初の方に「をーっほっほほほ!」分を増量してもいいかなと思った。
あと、>877の甲斐が少し多弁すぎるかなと思ったけど、これもこれでらしい気もする…
ともあれ、完成楽しみにさせてもらうよー

892 ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 12:34:21 ID:9yaTnsNo
こっちにもレスが…見逃してた

馬鹿笑い増加ね。おk把握

893修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:51:01 ID:9yaTnsNo
「をーっほほほほほほ! 挽肉におなりっ!」
 号砲のような雄たけびとともに進撃するのは小早川奈津子。
 大上段に大剣を構え、威風をまとって向かってくるその偉容は
 鬼武者のごとき威圧感を相手に与える。
 その顔は憤怒で染まり、猛久しい像のような吐息を吹き出していた。
 緊張に沈む街路。しかし、
「野放図な行動原理だな。怪物と聞いたが、実際はただの馬鹿か」
 マンホールの投擲を避けて身を屈めていた屍刑四郎が、上体を立て直して立ちふさがる。
 赤旗目掛けて突っ込んでくる闘牛、
 それに立ち向かう闘牛士さながらの堂々とした態度だ。
 濡れて顔にかかっていたドレッド・ヘアを掻き揚げると、
「刑事に対する殺人未遂――よくやってくれた」
 一部の新宿区民は、この言葉をどれほど恐れているだろう。
 それほどまでに、魔界刑事は『犯罪者』に対して徹底的で容赦が無い。
 文字どおりに虫けらとしか相手を見なさないからだ。
 だが、その宣告も小早川奈津子にとっては脅威にはならない。
 特に先刻の侮辱の影響で、彼女は屍の放ったブタという単語に過剰に反応した。
「国家の犬風情が、あたくしに意見しようなど万年早くってよ!」
 ひときわ凄烈な轟声をあげ、その加速をいっそう速める。
 屍との距離はすでに十メートルを切っていた。
 あと数歩で小早川奈津子のリーチ内だ。
 女傑が満身の一撃を放とうとしたその瞬間。屍は強張った面で彼女に向き合い、
「おまえはその犬にかみ殺されるのさ」
 つ、と地面を滑るかのように音も無く後退した。
 ただ下がるだけではない。相手のリーチを完全に読みきり、
 攻撃を避けた瞬間に踏み込んでのカウンターを入れることが可能な体勢だった。
 屍の経験・技量は女傑のそれを圧倒的に上回っていた。
 気づいた小早川奈津子が慌てて剣を止めようとするが、すでに慣性は働いている。
 全ては屍の思惑どおりだ。

894修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:51:57 ID:9yaTnsNo
 が、その予定を狂わす第三者は意外な場面で行動してきた。
「てンめぇ……! そいつは俺の獲物なんだよ!」
 小早川奈津子を激怒させた張本人、甲斐氷太だ。
 屍は、甲斐が漁夫の利狙いで自分を襲うものだろうと考え、
 鮫による奇襲にも警戒を怠ってはいなかった。
 しかし、甲斐氷太は気の赴くままに敵意を放ち、その警戒の斜め上を行く。
 あろうことか、屍向かって突進してくる小早川奈津子の両足に、
 甲斐は黒鮫の尾で痛烈な一撃をお見舞いしたのだ。
 タイミングに乗った一発は、常人の足を打ち砕く威力を誇っていた。
 だが、ドラゴン・バスターを自称する女傑に対しては、
 ただの脚払い程度の攻撃に過ぎなかったのだ。
「あっー!」
 驚嘆の声とともに、宙に浮きつつ前方へと体を流す小早川奈津子。
 屍にとってその転倒は最悪の結果をもたらした。
 巨人の剣は振り下ろされる途中であり、それが前のめりになった巨体と、
 脚払いで宙に浮いた慣性とが組み合わさり、予想以上の斬撃範囲を発揮したからだ。
「をーっほほほほ! これぞ怪我の功名、一刀の下に斬り捨ててあげましょう」
 してやったり、と言った風情の嬌声に後押しされながら、
 ブルートザオガーが花柄模様の男に迫る。
 その威力・硬度・切れ味は、ともに人一人を真っ二つにするには十分すぎる。
 大剣が隻眼の顔に達する直前、魔界刑事は賭けに出た。
 そのたくましい両腕が閃いたかと思った瞬間、大剣を左右から挟みこんだのだ。
 真剣白刃取り。
 絶体絶命の状況下でそれを成しえたのは、
 屍の卓越した身体能力と古代武術『ジルガ』の技法に他ならない。
 短距離において音速を突破できる屍は、その能力が制限されていても
 技の冴えを衰えさせていなかったのだ。

895修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:54:23 ID:9yaTnsNo
 しかし、魔界刑事の身体能力と古代武術をもってしても、
 小早川奈津子の斬撃を止めることはできなかった。
 巨人のパワーは怒り補正を受けて、一気に剣を押し込もうと猛威を振るう。
 白刃取りによって勢いを殺したものの、添えられた屍の手ごと剣が迫る。
 鼻頭に大剣が到達する直前、屍は頭を傾けて直撃を避けた。
 それでも、依然として剣が振り下ろされていることには変わりが無い。
 命中箇所が頭から肩へとずれただけだ。
 大剣が花柄模様を切り裂く。
 直後、硬い音がした。
 だがそれは肉を断ち切り、骨を砕く音ではなかった。
 間違いなく剣は命中した。しかし、一滴たりとも流血が見られない。
 屍は憮然として告げた。
「古代武術ジルガのうち――鉄皮。上着を台無しにしやがって、このクズが」
 刑事の背後から吹き出した殺気に危機を感じた小早川奈津子は
 慌てて飛びのこうとする。
 しかし、それは叶わなかった。
 今度は逆に、鋼のような屍の腕が万力のごとく大剣を固定していたからだ。
 次の瞬間、鞭のような蹴撃が小早川奈津子の巨大な左大腿を打った。
 二発、三発、並みのヤクザやチンピラは、この時点で粉砕骨折しているだろう。
 四発、五発、小早川奈津子の顔がついに苦痛に歪む。
 そして六発目が大腿の皮膚を打ち破り、鮮血を散らすと同時に
 その巨体がゆるりと傾き、受身のために女傑は路地へと手を着いた。
「これでようやく急所を殴れるな」
「仰ぎ見るべきこのあたくしを同じ視線で眺め回すとは何たる無礼!」
「この期に及んで何を言ってやがるこの唐変木。あばよ」
 言うと同時に、屍の右腕が後ろに引かれる。
 この構えの果てにあるのは、ジルガの技法『停止心掌』
 小早川奈津子のような怪物を一撃で仕留めるにはこれしかないと、
 屍が先ほどから狙っていた技だ。
 強力無比な掌撃が、万全を期して女傑の胸へ迫る。

896修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:55:24 ID:9yaTnsNo
 その一撃を打ち出した瞬間、屍は後頭部に殺気が当てられるのを感じた。
 すでに屍は攻撃中だ。未来は二つ。
 危機を回避するか、そのまま巨人に止めを刺すか。
 逡巡する時間が無い中で屍は危機回避を優先した。
 烈風とともに花柄模様が翻り、同時に黒鮫が口腔鮮やかに飛来する。
 屍は甲斐の鮫と攻撃の察しをつけていたのだ。
 だが停止心掌は完全に失敗し、小早川奈津子は隙をついて離脱してしまった。 
「くそっ、よく避ける野郎だ」
 言うが早いか、甲斐の瞳が燃えるような輝きを放つ。
 屍はその輝きの中に渇望の意を見出した。
「餓えてやがるな、狂犬め」
 言いながら屍は若干つま先に加重をかけ、重心を前に傾かせた。
 対する甲斐は正面に屍を捉えながらも、四方にも感覚を向けて
 周囲空間そのものを把握しているのだろう。
 お互いの視線が交差し、しばしの間世界が止まった。
 が、それもつかの間。
「クックック、クハハハッ」
 突如として甲斐がを笑みをこぼした。
 楽しくて、満足で仕方が無いといった表情で。
 内奥からこみ上げてくる歓喜と情熱が甲斐氷太を奮わせたようだ。

897修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:56:19 ID:9yaTnsNo
「何が可笑しい」
「ククッ、笑わずにいられるかよ。おまえみてえな相手を前にして。
ついさっきもガンくれあったが、こんな鬼みてえな、
いや、悪魔みてえな視線を向ける野郎は初めてだぜ?」
 見ろよ、と甲斐は屍に対して腕をまくって見せた。
「見事に鳥肌が立ってやがる。数秒睨まれただけでこんなになっちまった。
それだけじゃねえ、脊髄にツララをブッこまれたような感覚だぜ。
相対してるだけで、テメエの威圧とスゴ味に俺自身が飲み込まれちまいそうだ。 
目の前の男がどれだけヤバいか、俺の本能はちゃんと分かってる」
 対して屍は何も言わない。甲斐の出方を伺っている。
 空中を旋回する二匹の鮫が、番兵のように屍の接近を防いでいるからだ。
「でもよお、いや、だからこそ、だな。
こうして俺が向き合ってる相手ならば、このクソッくだらねえ世界の中で
唯一手応えが感じられそうなヤツなんじゃねえかって思うんだ。
余計な虚飾や装飾を取っ払ったシンプルな、それでいて確実な手応えをよぉ」
 カプセルにはまってから、いや、それ以前から甲斐には何もかもが
 嘘くさく思えてしょうがなかった。
 どれもこれもが些事であって、切り捨てられない、必要な何かと比べて
 無価値な石ころに過ぎないと感じていた。
 そんな日常に宙ぶらりんになって生きる甲斐にとって、
 悪魔戦に溺れることはまさに快感だった。
 いや、思考や感情の奥にある「存在」する何かが弾ける感覚だ。
 余計な幻想を片っ端か打ち壊してくれる。
 屍との闘争によって、甲斐は失われない確実なものを得られると確信した。
 だからこそ、屍を追ってここまで来たのだ。
「さぁ、存分に殺しあおうぜ。過去も未来も要らねえ、必要なのは今だけだ。
満ち足りるまで、クラッシュするまで溺れようじゃねえか」
 弾けそうな興奮と期待そして心情をぶつける甲斐。
 しかし、
「粋がるなよ糞虫」
 返ってきたのは痛罵と屍のデイパックだった。

898修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:57:35 ID:9yaTnsNo
 悦に入ったように語る甲斐に対して、屍は全力でデイパックを叩きつけると
 疾風のごとく間を詰める。
「おまえの自己満足に付き合う理由も義理も無い、警察をナメるな。
ゴミは掃除する、治安は守る、それだけだ」
 白鮫がデイパックをブロックする隙をついた低姿勢で一気に距離を詰めると、
 そのまま黒鮫の胴に向かって上段蹴りを叩き込む。
 身もだえしながら後退する黒鮫。
 その背後で、甲斐が目を剥きながら歯を食いしばる姿を屍は捉えた。
「カラクリが読めてきたぜ――その妖物、おまえと同調してやがるな」
「っはぁ……容赦無えな。けどよぉ、そーやって煽られると
俺はますます燃えるんだっ!」
 痛みを堪えつつ、しかし陶酔したかのように甲斐はカプセルを口に含む。
 次の瞬間、眼前に掲げた拳を振り下ろし、
「ノッてきたぜ――食い千切れ!」
 蹂躙の意を轟かせた。

 同時に、二匹の悪魔が屍目掛けて雷光のように飛んでいく。
 甲斐には冷静さが欠けるが、悪魔のスペックがそれをカバーする。
 背びれ、胸びれ、尾、ノコギリ歯。
 電光石火で繰り出されるコンビネーションが屍を包む。
 前後左右上下から襲い来る破壊力。
「ベルを鳴らせ、ショーの始まりだっ!」
 酔ったように叫ぶ甲斐、シャンパンの泡のように敵意が弾ける。
 対する屍は、悪魔の攻撃を持ち前の直観力で巧みに捌き、時には避ける。
 足首を狙った黒鮫の尾の一撃を片足を浮かしてやりすごし、
 同時に右腕部をミンチにせんと迫る白鮫の歯を防ぐため、
 顎に掌打を打ち込んで、鮫が突っ込んでくるベクトルを変える。
「ハハッ! 踊れ、踊れぇ!」
 カプセルを嚥下し、叫ぶ顔はもはや狂喜の域に突入していた。
 目は剥き出しになったように開かれ、しかも真っ赤に燃えている。
 その笑みはまさに悪魔持ちと呼ぶに相応しい。
 物部景がこの光景を見たらいったい何を思うだろうか。
 狂犬の王が操る悪魔に対して、生身の人間が素手で渡り合っているのだから。
 荒れ狂うハリケーンの直下のように戦塵が舞い、風が千切れる。
 魔人と悪魔の饗宴は壮絶な様相を示していた。

899修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:59:08 ID:9yaTnsNo
 その戦場に巨人が乱入してきた時、均衡は崩れた。
 屍により手痛い反撃を受けた小早川奈津子が、大剣片手に威勢をあげる。
「をーっほほほほ! 面妖な鮫ともども、あたくしが討ち取ってあげましょう!」
「上等っ! デカ殺るついでにハムにしてやるよ!」
「どいつもこいつもよく喋る――」
 風が唸った。
 ブルートザオガーの軌道上から身をくねって退避した白鮫に
 屍の変則フックが直撃し、フィードバックで甲斐がうめく。
 その反撃とばかりに屍目掛けて突進する黒鮫の尾を
 小早川奈津子が掴んで豪快に振りかぶる。
 それはまるで大魚を吊り上げた漁師のような風情であった。
 そのまま哄笑とともに鮫を屍に叩きつけようとするが、
 鮫の抵抗にあい巨大な頬に鮫肌の痕がつく。
「ざっまあみやがれ、バァーカ!」
 甘美な手応えに笑う狂犬。もはや完全にカプセルがキマってぶっ飛んでいる。
 よろめく女傑。
 隙を逃さぬよう屍の両腕が瞬動し、巨人の手首を砕き折ろうとするが、
「乙女の柔肌を汚した重罪、打ち首獄門市中引き回しの刑で償うがよくってよ!」
 憤激した女傑の振り回す大剣がそれを許さない。
 型もへったくれも無い、力任せで常識外れな剣戟だ。
 接近した魔界刑事の首筋を剣の切っ先が擦過する。
「来た来た来たぁ! 待ってたんだっ、脳天ブチ抜くこの感覚をよおっ!」
 その斬撃で飛び散った鮮血を舐め取るかのような軌道で、白鮫が屍を強襲。
 防御の隙間を縫って屍の肩を尾で打ち据えた。
 隻眼の顔に苛立ちが浮かぶ。

 一瞬ごとに別個のコンビネーションで攻め立ててくる甲斐氷太。
 意外性とタフさによって屍の予測の外を行く小早川奈津子。
 二人を上回る技量と経験を持ち合わせる屍だが、
 思惑どおりに流れを組み立てることは難しい。
 屍の手元に愛銃があれば、一秒とかからず二人は射殺されていただろう。
 だが、屍の支給品は武器ではなく椅子だったのだ。
 珍しく、魔界刑事の額を汗が伝った。

900修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:01:53 ID:9yaTnsNo
 泥沼の白兵戦になるかと思われたその時、
 屍はついに死中の活を見出す。
 甲斐が矢継ぎ早に繰り出してきた悪魔のコンビネーション攻撃。
 その派生パターンを魔界刑事は直感的に理解した。
 思考のトレースではなく、魔界都市で培ってきた本能的なものが
 鮫の動きを先読みしたのだ。
 屍は信頼に足るその感覚に従い地を蹴った。
 悪魔持ちたる甲斐は戦闘開始直後からあまり移動していない。
 そしてその三メートル先で白鮫が路壁に沿って飛ぶのが見える。
 あの鮫の動きが予想したとおりならそこで決着だろう、と屍は思慮した。
 左前方から迫り来るブルートザオガーを間一髪で切り抜け、
 大剣の担い手たる小早川奈津子の巨体に接近する。
 左肩を密着させて相手の重心をわずかにずらし、タイミング良くショートパンチ。
 屍の右拳を腹部に受けた女傑の巨体が後ろに流れる。
「をーっほほほほ! この程度痛くも痒くもなくってよ!」
 やかましい、と拳に手応えを感じながら、屍は白鮫の動きに注目した。
 かくして、白鮫は路壁に向かって尾を振りかぶる。
 それを確認した瞬間、屍はチェック・メイトに至る道筋を構築し、実行する。
 流れていく小早川奈津子の体、それを全力で押して巨体を移動させる。
 同じタイミングで白鮫はブロック状の路壁を尾で破壊し、
 その破片を散弾銃のごとく屍へと浴びせかけた。
 同時に黒鮫が上方から襲い来る。
 これこそ、屍が直感的に予知した新手の攻撃バリエーションだ。
 屍へ迫るブロックの破片をタイミング良く小早川奈津子の体が受け止める。
 予想外のダメージで意識を乱した女傑の腕に向かって、
 屍はアッパーカットを放つ。
 結果、巨人の右腕は大剣を持ったまま直上へと跳ね上がり、
 襲い掛かってきた黒鮫に激突。
 全ての攻撃が阻まれ、同時に無防備な甲斐への道が開けた。

901修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:02:55 ID:9yaTnsNo
「何っ!?」
 驚嘆の叫びは甲斐のものだ。
 今しがた思いついたばかりのコンビネーション攻撃を
 タイミング良く完全に防がれたのだから、そのリアクションは当然といえよう。
 攻撃の派生も内容もたった今誕生したばかりなのだが、
 屍はそれを以前から知っていたかのごとく完璧に無効化してみせた。
 攻撃を五感で感知する以前に、屍が対応策を練っていたとすれば、
「なんつー勘の良さだよテメエ……ククッ、最高じゃねえか」
 甲斐氷太は今やっと、屍刑四郎の驚異的な危機回避能力の正体を知った。
 鮫による最初の奇襲も、背後からの強襲もことごとく屍は回避した。
 その理由が、直感による殺気察知に由来するものならば、
 今まで二匹の悪魔の攻撃を凌ぎ続けてきた事実も納得できる。
 
 そんな甲斐を尻目に、屍は順当に決着への手順を踏んでいく。
 先ほど利用した小早川奈津子、その膝に右足を乗せて階段を上るように
 重心移動を行う。
 次の足場は巨人の胸、そこを左足で踏みつけて、反作用で跳躍。
 三角跳びの要領で、女傑の右腕と激突している黒鮫と同等の高度に達する。
 体操選手より鮮やかな動きだが、凍らせ屋にとっては朝飯前だ。
 上昇の勢いを乗せて、黒鮫の鼻っ柱に一撃をお見舞いする。
 黒鮫は絶叫するように口腔を見せつけながら、
 更に上方へと吹き飛ばされた。
 屍は重力に引かれて落下しながら、甲斐がよろめく姿を視界端に捉えた。
 残る白鮫もしばらくは動かせないほど、甲斐は衝撃を受けているのだろう。
 鮫と甲斐が同調に近い関係にあることをすでに屍は見破っていたので、
 先ほどの一撃には停止心掌には及ばないものの
 霊的なパワーを込めておいたからだ。
 それが悪魔を苦しめ、ダメージが甲斐にフィードバックしたのだ。

902修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:04:55 ID:9yaTnsNo
 着地した屍の足元には、足場にされ跳躍の反動で倒された小早川奈津子が
 転がっていた。
「こ、このあたくしを踏み台に……! 何たる屈辱、何たる冒涜!」
「威勢がいいのは口だけだな」
「をーっほほほほほほ! ならば聖戦士たるあたくしの華麗なる一撃を
お見舞いしましょう! 昇天おしっ!」
 起き上がるや否や、小早川奈津子は聖なる力を振り絞って
 ブルートザオガーを一閃した。
 するとどうだろう、先ほど眼前にいた屍刑四郎は影も形も無くなっている。
「おやまあ、なんと貧弱な。
あたくしの超絶・勇者剣を受けて跡形も無く滅却したのかえ?。
ともあれ正義は勝った、完 全 勝 利 でしてよっ! をっほほ――」
「黙れ馬鹿」
 その声は、勝利の高笑いを響かせようとした、
 聖戦士・奈津子の背後から響いた。
 驚いた聖戦士が百八十度反転すると、そこには花柄模様の上着が――、
 そこまで認識した瞬間、小早川奈津子の心臓に激震が走った。
 古代武術、ジルガの技が冴えわたる。
 停止心掌は巨人の急所に炸裂したのだ。
 この技は防御を無視し、内部にダメージを与える。
 小早川奈津子といえども、笑って耐えられる代物ではない。
「だ、だまし討ちとは……何たる……卑怯……」
 これが屍刑四郎が聞いた、小早川奈津子の最後の言葉だった。
 巨人堕つ。
 
 怪物との勝負に決着をつけた屍が振り向くと、
 壁に手を添えながら甲斐氷太がこちらを睨みつけていた。
「よお、まだ――終わりじゃねえぜ」
「じき終わる」
 屍からみて、未だに甲斐のダメージは深刻だ。
 先ほどまでのようにキレのある動きで悪魔を操作できないだろう。
 だが、相手が怪我人だろうが屍に容赦する気は微塵に無い。
 犯罪者は、皆等しく平等――全く価値が無いからだ。
 一歩、一歩、処刑人のように屍は甲斐に詰め寄っていく。
 依然変わらぬ威圧を背負って。
 追い詰められた犯罪者は、このような屍に対して大抵は逃げたり、
 命乞いをする。
 だが、甲斐は出会ったときと同じく、傲岸不遜に屹立していた。
 相当なダメージが蓄積されているにも関わらず、表情はハイなままだ。
 甲斐のふてぶてしさは、カプセルによるから元気なのだろうか。
 それとも何か策があるのか。
「何をしようとどのみち無駄だ」
「ああ、もうここから動く必要は無えしな」
 用心深く屍は二匹の鮫を確認した。
 黒鮫は未だ上空で弛緩しおり、戦闘できるとは思えない。
 白鮫も崩した路壁付近を漂っている。襲ってきても対処可能だ。
 そして、今まで屍の急場を救ってきた殺気感知も無反応だ。
 もはや甲斐に戦闘力が無いことは明らかだった。

903修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:06:52 ID:9yaTnsNo
 あと四歩、屍がそこまで進んだところで甲斐が不意に口を開いた。
「綱を落とすぜ。好きにしろよ」
「何――?」
 意味不明。屍は警戒するとともに疑問解決に思考を裂く。
 瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意が屍の体を貫いた。
 思考を裂いていた分、対応が遅れる。
 しかも、本能的に跳び退る事はできなかった。
 屍は甲斐の攻撃を直感任せですでに数回ほど回避している。
 相手がそれを学習していないはずが無い、と屍は推論し、
 飛び退いた先に何があるか確認していない現状で、
 無闇に回避行動を取るのは危険だと、理性で本能を押し留めたのだ。
 最悪、スリーパターンの三匹目が回避先に現れるかもしれない。
 故に、手段は迎撃。
 決断からワンテンポ遅れて、屍は殺意の主を捜し当てた。
 それは白鮫そのものだった。
 自立行動できたのか、と屍が思う間もなく白鮫が迫る。
 完全な誤算だった。屍は以前、甲斐は鮫と同調していると推測した。
 だが、それはドラッグを起爆剤として使用者の闘争本能などを
 具現化する仕組みだろうと勝手に解釈してしまったのだ。

 魔界都市にも強力な興奮剤が存在する。
 その中には使用者の容姿を変質させる物も含まれている。
 屍は、甲斐のカプセルがその亜種のようなものだと判断し、
 悪魔の存在をあくまで使用者の一部分が分離した固体だと考えた。
 従って、悪魔そのものに独立したエゴが存在するとは思えず、
 使用者の一部分たる悪魔が暴走するなど予想外だったのだ。
 まさか、手綱を放せば勝手に暴れる代物だとは考慮していなかった。

904修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:08:27 ID:9yaTnsNo
 そう誤算しても無理は無い。
 甲斐は戦闘においてハイになりつつも確実に悪魔を制御していた。
 使用者の意の下に掌握された悪魔は、甲斐の殺意に従って牙を剥く。
 忠実な僕であったからこそ、屍はオーナーである甲斐一人の
 殺意を汲み取るだけで済んだのだ。
 その経験から、屍は未知である悪魔を既知の存在として誤認していた。

 もはや白鮫の口腔は魔界刑事の目前だった。
 虚空から出現する妖物である鮫に、鉄皮が通じるか否かは未知数。
 ならば、障害物を出せばよいと屍は結論。
 以前、甲斐へと投擲したデイパックを蹴り上げて、
 それに食いついた鮫の口中へとねじ込んだ。
 もはや、鮫には甲斐が統御していた時の洗練された動きは感じられない。
 目先の敵を全て食い尽くす破壊力そのものだ。

 これが、甲斐氷太の悪魔。
 鉄の意志でもあるオーナーの手綱が外れると、攻撃本能のままに蹂躙する。
 屍の殺気感知力がなければ、奇襲を防ぐことは困難なほどに滅茶苦茶で、
 原始的で、それでいて非常に手の焼ける存在だったのだ。
 
 そしてもう一方、屍が上空に吹き飛ばした黒鮫。
 それはただ攻撃を受けて苦しんでいただけではない。
 上空を通るある物のそばまで接近していたのだ。
 なぜそのような芸当ができたのか。
 フィードバックを受けながらも、カプセルの影響で
 戦気高揚していた甲斐は、同時に痛覚も若干マヒしていた。
 しかも、屍が小早川奈津子を戦闘不能に追い込むとき、
 取り出したカプセルを苦しむ演技とともに飲む暇があった。
 それによって、若干のあいだ悪魔を制御する余裕を甲斐は得ることができた。

905修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:13:38 ID:9yaTnsNo
 空を屍が確認したとき、黒鮫は弛緩していた。
 だが、それは真に弛緩していたのではなく、力を溜めていたのだとすれば、
 優れた勘で攻撃を感知する屍に対して、甲斐が苦肉のトラップを
 用意していたのだとすれば、往生際の態度も納得できるだろう。

 動く必要は無い、と甲斐は述べた。
 なぜなら自分の前まで屍を誘導させる必要があったからだ。
 冷静ならばもっと上手くやれただろうが、今の甲斐にはこれが限界だった。
 屍は自分に止めを刺しに来る、と甲斐は確信して
 自身の手前に攻撃地点を設置した。
 トラップの正体、それは上空を通る複数の電線だった。

 綱を落とす、と甲斐は宣言した。
 それは悪魔の手綱であると同時に、電柱を結ぶ線をも意味したのだ。
 白鮫の制御を手放すことで甲斐は黒鮫の制御に集中できた。
 冷静さを欠いている現状、片方の制御に集中しなければやっていけない。
 その黒鮫はこの時のために上空で力を溜め、
 オーナーの意に従い正確に電線を引きちぎった。
 
 この場に限って言えば、屍が直観力に頼りすぎたのは失策だった。
 このゲームが開始されてから、屍の勘は従来どおりの冴えを見せた。
 と、感じるのは屍の主観であり、実際はしっかりと制限を受けていたのだ。
 その制限で、殺気などの害意を感じる場合と比べて、
 無意な存在から受ける被害に対する直観力は若干低下していた。
 つまり、対人には十分効果があるが、トラップや不慮の事故は
 通常と比べて察知しにくくなっていたのだ。
 屍はゲーム開始以来、大して戦闘を行わなかった。
 それにより「勘」という不安定な能力のコンディションチェックを
 行うことができず、新宿にいた時の状態のままだと思い込んでいた。
 甲斐や小早川奈津子の攻撃を事前に察知していたときは、
 当てられる殺気に反応したのであって、
 死の危険そのものを感じ取っていたわけではなかったのだ。
 それが、今更になって魔界刑事を追い詰めた。

906修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:15:17 ID:9yaTnsNo
 目の前の強敵が放つ殺気に注意を奪われていた屍は、
 自身に向かって上空やや後方から接近してくる二本の電線に気づかなかった。
 無理やり千切れた反動で、電線は弾みをつけて落下してくる。
 その威力は、もはや鞭などというレベルを超えている。
 惨劇は一瞬だった。
 電線は無情にも凍らせ屋の背中を痛打し、花柄模様を銅線が引き裂く。
 凶器の直撃を受けてなお、激痛に耐える屍刑四郎を白鮫が襲う。
 その尾は正確に屍の頭に激突して脳震盪を引き起こした。
「っしゃあ! 引っかかりやがった!」
 凄まじい爽快感だ。甲斐はこの瞬間を待っていた。
 自分より格上で、油断も隙も無い魔界刑事が無抵抗になる刹那の時を。
 判断は即座に成され、忠実な悪魔は寸分違わずそれに従う。
 落雷のごとく飛来した黒鮫は、悪魔の名に相応しい破壊力を持って、
 屍刑四郎の頭部へと食いついた。

 獲った、と思った。 
 甲斐氷太は内より込み上げる感情を外へぶちまけようとして、
「――!」
 獣の咆哮を聞いた。
 
 首まで黒い悪魔に飲み込まれた魔界刑事。
 その両腕が絶叫とともに天へと突き出され、猛禽の鈎爪にも見える五指が
 左右から鮫の頭部に突き刺さった。
 瞬間、甲斐は猛烈な衝撃に意識を失いそうになった。
「ぐっ――あ」
 鈍器で殴られたような感覚。
 それがどんどん自分の芯の方へと食い込んでくる。
 相手にはもはや武術を使う思考も、余裕も残されてはいないだろう。

907修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:16:12 ID:9yaTnsNo
 しかし、氷らせ屋は頭を食われてなお、凶悪なパワーで戦闘続行を望んでいる。
 正に、魔人。
 魔界刑事の生存本能と、メフィスト病院製の特殊細胞が命を繋いでいるのだ。
 この男を沈黙させるには、頭部を食いちぎって脳を破壊するしかないのか。
 
「お――!」
 甲斐は吼えた。そうしなければ眼前の光景に圧倒されそうだったから。
 抵抗する証を自分自身で確認しなければ、痛みに屈しそうだったから。
 だが、同時に甲斐は凄絶な笑みを浮かべていた。
 この刑事、重症を負ってなお自分を楽しませてくれる。
「頭食われてんだぞ!? ハハッ、こうなりゃとことんやりあおうぜ」
 屍の常軌を逸した抵抗が、これ以上無いほどに甲斐の心を満たしていく。
 頭の中が真っ白になって、地平の果てまで吹っ飛ぶ快楽。
 もはや悪魔戦でもなんでもない。
 男と男、二つの存在が生命をかけて意地を張り合っている。
 どうしようも無くシンプルで、致命的な勝負。
 そこが良い、最高だ。
 脊髄を電流が駆け上り、頭蓋の中でスパークした。

 屈したら、死ぬ。
 その思いが甲斐の意識を支え続けた。
 もう何十秒過ぎたのだろう、いや何百か何千か。
 いや、時間なんてどうでもいい。
 甲斐は頭がどんどんクリアになっていくのを感じた。
 これが、己が求めた瞬間なのか。
 そんなことを考える余裕すら、もはや無い。
 今はただ、相手を喰らい続けることで精一杯だった。
 だがついに、痛みが限界に達した。
 もはや痛みではなく、言い表せないモノになって確実に神経を蝕んでいく。

908修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:18:54 ID:9yaTnsNo
 眼前の刑事だったものは、もはや赤いヒトガタと化していた。
 その腕は依然として悪魔を掴んで離さない。
 ギチギチと、鋼の指が鮫肌に食い込む。悪夢のような光景。
 突如として、
「――!」 
 ヒトガタが絶叫を放つ。
 否、もはや甲斐にはそれが叫びかどうかも分からない。
 ただ一つ、内なる野生は理解していた。
 これを凌げば相手は終わる。

 堪えられそうも無い何かが、体の芯を駆け上っていった。
 それでも狂犬は、食いついた牙を離さなかった。


 数分後、甲斐は路地に横たわっていた。
 耐え難い痛みは既に引いたが、激しい頭痛が残っている。
 まともな思考が戻るのは、まだ先になるだろう。
 それでも、甲斐は満たされていた。
 あの感覚は今はもう無い。
 しかしそれを味わった経験は麻薬のように甲斐の心に刻み付けられた。
「言葉にならねぇ……最高だ……もう一度、あと一度でいい。
 あの何もかもが吹っ飛ばされた……あの感覚を、もう一度――」
 ぶっ飛んだジャンキーの言葉とともに、
 甲斐は煙草に火をつけようとして湿気ていることに気づき、
 それを投げ捨てた。

909修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:20:48 ID:9yaTnsNo
【109 屍刑四郎 死亡】
【残り39人】

【A-3/市街地/一日目/19:00】

【甲斐氷太】
[状態]あちこちに打撲、頭痛
[装備]カプセル(ポケットに十数錠)、
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
    煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]興奮が冷めるのを待つ、禁止エリア化するまでには移動したい
[備考]かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下
   小早川奈津子は死んだものだと思っています

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで一日半)、たんこぶ、生物兵器感染、仮死状態
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]意識不明
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
   約九時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
   九時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
   感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します
   停止心掌は致命傷には至っていませんが、仮死状態になりました

910修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:21:39 ID:9yaTnsNo
意見くれた人達に感謝
上手く修正できてることを願う

911汝は村人なりや?  ◇MXjjRBLcoQ:2007/04/13(金) 19:37:32 ID:SHfj1tFw
 口うるさい相棒がいないことが少し、本当に少しだけ悔やまれた。
 風が吹いている。
 雲は流れ、木々がざわめき、そして過ぎ去る。
 やっぱり交渉は不快だった、ギギナへ明確に欠落を突きつける。
 彼はあまりにも完成していた。完成した人格なんて閉殻だ。外に繋がる‘手’を持たない。
 彼にはいくらかの嗜みがあったし、美貌があったし、なにより強い。
 そういう物がつなぐ人たちは多かった。
 だけど、損とか得とか、羨望とか賛美とか、そういうものじゃない繋がり方は、今はもうジオルグ咒式事務所と一緒にギギナの中のお墓の下で眠っている。
 張り付くような同情は醜いと吐き捨てた。
 依頼主や敵との関係はすべて相方に押し付けてきた。
 縋り付くような親愛は煩わしいかった。
 放埓に遊び、愛が始まる前に切り捨てた。
 馬鹿らしいにもほどがあるけど、孤独な記憶が心に浮かんだ。
 そんな思考が中断される。
 地響きと、それに続く大きな咒式の波に晒されて。
 地下の通路は湿っぽい。空気自体は生ぬるいのに、結露の水滴が身体の芯から熱を奪う。
 ここは薄暗い、上に大きな穴ががあいてるけど、曇り空はとても暗くて、逆にここだけ光が吸い取られてる感じ。
 だから、ソレが、余計に惨めに見える。
 ものすごく初歩的で、それでも全部の咒式士が逃げられないリスクの結末。
 そこには、戦う人たちの持つ美しさとか、誇りとか、綺麗なものはどこにも無い。
「コレが貴様の成れ果てか? クエロ・ラディーン」
 ‘亡骸’は答えてくれない。
 ただ血の泡のノイズを撒き散らしながら、ゆっくりと収束していく呼吸音。
 身体から血が、その脈動を刻みながら零れ落ちる。
 穴の開いた右肺は、もう空気と血液によって完全に潰れていた。
 致命的な、しかし手遅れではない一撃。
 でも、「咒式ならば」まだ間に合う一撃。
 ネレトーの撃鉄に指がかかる。切先が、クエロの傷口に浅く刺さる。
 それでも、咒式が発動することは無い。
 そんなことをする意味も無い。
「すでに答える言葉も無いか」
 彼女の瞳は、彼の美貌を映していた。
 ただの鏡と変わらない。憎悪もなければ恐怖も無い、一欠けらの意思も無い眼が彼の憎悪を映していた。
「ならば、なぜ私はこの瞬間に」
 ここに在るのはただの死体。
 自らの限界を見誤り、自らの咒式に心を喰われた、哀れな弱者の惨めな末路。
「貴様を切り捨てていないのだろうな」

912汝は村人なりや?  ◇MXjjRBLcoQ:2007/04/13(金) 19:38:50 ID:SHfj1tFw
 戦うところで、躊躇とか逡巡が彼の足をとめることは無い。
 だからコレは余興だった。少し、昔しのことを思い出したから。
 彼の相方なら、散々迷った挙句生かそうとする。いや、生かしてくれと頼み込む。
 自分では何一つ救えない相方は何時だって、惨めに、卑屈に、醜悪に彼にどうでもいいような他人の命を請う。
 果汁に溶け込んだ鉛のような、度し難い程の己に対する甘さで、誇りを汚す毒物を撒き散らす。
 生成系弾頭がない、そんなものは根拠にならない。
 咒式抵抗の無い身体など、彼にかかれば肉の塊だ。
 その気があるなら刻んで、繋げて、弄繰り回せば、この程度の致命傷なんて殺さず済ますぐらい簡単。
 不可思議が跳梁跋扈するこの島なら、あるいは何かを、弔いたい人のことやその仇のことを引き出せるかもしれない。
 それともこれは復讐心なのか、とも考えた。
 生かせば、彼女は保護されるものとして、立ち上がろうとする人たちを支え慰めるし、もしかしたらそれこそ醜い人たちの慰みモノになる。
 いや、そんな回りくどいことでもないか、とため息一つ。
 コレを生き永らえさせるだけで彼の復讐心は満たせる。戦う彼女を切り刻むより気が利いているのかもしれなかった。
 撃鉄に指に力がこもる。金属の感触は夜露にぬれて氷みたいだった。
 彼だって気付いている。
 交渉をするということは、彼の相方に引きずらるという事。そうなって心に渦巻くのは、力の無い愚者の預言。
 保険と後付で彩られた唾棄すべきもの。
 彼の理想はいつだって美しい。なぜならそこに弱者は居らず、故に醜悪なものはその存在を許されない。
 あるのは明快で、血塗られた決断だけだ。
 迷いはあの眼鏡置きの悪癖。
 彼ははいつだって、それを両断してきた。
 両断していれば間違いは無かった。
(でもさ、こういうたわいもない話すら出来ないから……)
「クエロ、いつか貴様も言っていたな」
 汚れなければわからない心があった。
 美しいままでは聴こえない言葉があった。
「だがやはり私には不要のものだ」
 
――銃声。

 回転式大口径とは程遠い、高く、軽く、洗練された発砲音。
 そして大質量の衝突が引き起こす多重音声。
 彼は第七階位を過信していた。彼女が、処刑人が仕留めそこなうことなど夢想だにしていなかった。
 近くにいて、先ほどの地響きに気付かないほうがおかしい。
 戦っているのはは十中八九彼女も殺す‘乗った’化物。
 彼は両断された昔の仲間を一瞥し、その手元に握られたマグナスを一瞥。
 そして彼は笑った。獰猛に、野蛮に、高貴に笑った。
 ほんの少しだけ、悲しかったけど。

913名も無き黒幕さん:2007/04/14(土) 08:14:25 ID:G1oi.Ois
誤字部分
>>911
17行目「上に大きな穴ががあいてるけど」
11行目「煩わしいかった」←誤字じゃないのならすみません
>>912
4行目「戦っているのはは」
2行目「昔し」←誤字じゃないのならすみません
16行目「引きずらる」←誤字じゃないのなら(略

914913訂正:2007/04/14(土) 08:15:34 ID:G1oi.Ois
最後から4行目「戦っているのはは」

915汝は村人なりや?  ◇MXjjRBLcoQ:2007/04/16(月) 15:29:38 ID:SHfj1tFw
あんなに見直したのに orz
ご指摘ありがとうございます

916名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:21:07 ID:SHfj1tFw
 思い至ったのは城門から結構過ぎたあたりだった。
「そうね」
 死体を振り返り、ふむとカーラは顎をなでる。
「調べるにはやはり試料がいるわ」
 その場でくるりとターン、遺体のもと、城門の方へと戻る。体が軽いと風まで心地いい。
 しかし、そばに立ってみると存外に損壊が酷い。
 体中に穴が開いたそれは使われた得物がわからない。傷の位置関係を見ると矢傷に近いが、
「背中側のほうが酷いわね、未知の射撃武器といったところかしら」
 なんにせよ、この体、この反応速度なら大丈夫だろう。
 むしろ血が流れきっているのは僥倖だ。保存も効き、なにより‘作業’がしやすい。
 さて、と彼女はおもむろに遺体の前に膝をつき、その腕を検める。
 穴の開いた袖を引きちぎった。白い肌と、刻印が露出する。
「死後も残るようね、さて、どこまですれば運べるかしら」
 刺青、といったものでないのは見れば判る。が、物は試しだ。
 死斑の浮かぶ皮膚に指を沿わせ、わずかに力をこめた。
――チキ、チキチキキ
 剥き出しになった爪を立てて、引く。
 生きた肉とは異なる感触が、腕にしみるようで気持ちが悪い。
 刻印はあいも変わらずそこにある。
「腕ごと千切れば持ち運べるかしら」
 腕を持ち直し、今度は二の腕の半ば当たりに、もう一度爪を立てた。
 まだら模様の皮膚を破り、硬くなった肉を毟る。
 あらわになった骨を
「ん」
 捻る。
 わずかな手ごたえを残して、もげた。
 果たして刻印は彼女の手の中、もぎ取った腕の上に浮かんでいる。
 今度はうまくいった。
 うなずいて、紙で傷口を包みディパックにしまう。裸のままで持ち歩くのはいささか気が引ける。
 清潔なの布も出来ればいいので探しておこう。
 血漿と肉片を払って、立ち上がった。
 そんなに時間をかけたつもりはなかったが、見上げれば空は綺麗に晴れ上がっていた。
 月は無い。並びの異なる星星が所在なく輝いて見えた。
 いつまでも惚けてはいられない。
「ほかにも埋葬されてない死体があるといっていたし、もう2,3本用意出来るといいけど」
 埋葬されたものは避けたい、傷に土がついた死体は腐敗が早い。
 つぶやいて、先ほどのダークエルフとの会話を思い返す。
 次の死体は森の脇、奇妙な建物の近くにあるといっていた。

917名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:22:01 ID:SHfj1tFw
 さて、彼女の目標のひとつに火乃香の殺害がある。すべてはロードスの安定のため。
 神の恵みである身体を捨て、信仰という名の心を捨てても守りたかったもの。
 カーラはわずかに遠くに立つ影をじっと眺めた。
 ゴーレムで作ったと思しき家の解析や地下遺跡の調査で不本意に時間を食ったが、この出会いのためと思えば納得できる。
 体のポテンシャルが高いからか、徒党を前にしてもはやる心は定まらない。
 敵は3人。見た目では火乃香と赤い髪の男が前衛、お下げの少年が後衛といったところだろう。
 ワンドの類は持たない、おそらくはプリースト、いや、ここではその区別は捨てたほうがいい。
 彼らは街路樹に何かをくくりつけていた。お下げの少年と赤い髪の男があーでもないこーでもないと騒いでいる。
 勤めて冷静に、勤めて油断を排して、精神力を消費してもコンシール・セルフを張っておく。
 と、張ると同時に彼女達が動いた。道をはずれ、倉庫のほうへと向かっていく。
 なるべく気配を殺して、街路樹に駆け寄った。
 白い、透明な袋がつるされていた。
 ご丁寧にも懐中灯が入っていて、非常に目立つ。
 センスマッジックで調べるが特に呪いの類は見当たらない。
 罠の気配は、無い。それでも慎重に、封を切る。
 それはメモの束だった。全部で10枚ほど。
 ご苦労なことだと、思う。これだけ書き写すのにもだいぶ時間を食っただろう。
「さて、それだけ価値のあるものなのかしら」
 メモは5枚の連番が2セットといったものだった。めくれば1から5のナンバーが繰り返す。
 改めて、内容に目を向けて、カーラは思わず顔をしかめた。
 まずもって書いてることが理解できない。
 やたらに記号が並んでいる、形態としてはラーダ信者の学術書に似たものがあったが意味がわからなければ同じこと。
 眉をしかめて次のページへ。
 今度はさまざまな図形。理論回路やら構成やらと書かれているが、カーラの知識に近くで言えば魔法陣の解析図のようなものだろう。
 もうコレが何なのかは想像がつく。
 天秤は、いまや圧倒的に傾き始めた。
 彼女達は進みすぎている。
 残りも流すようにめくっていき、おもむろに一枚を手に取った。
「アンチロックのようでアンチマジックか、それともリムーブカース?」
 ここらへんに知識が無いのだろう。術式に無駄が多い、精霊魔術を古代神聖語で行っているようなものだ。
 あるいは、そういう形態の魔法なのかもしれない。たしかに無駄が多いが、その無駄は隙間なく、緻密で、体系が建っている。
 が、完全にジャンクなところがあるのはいかがなものか。
 ディスティングレートやデスクラウドに近い術式はわかる、おそらくこれが‘首輪’だ。しかし、
「どうみてもトランスレイトとタングね」
 解除式になぜコレがいるのかがわからない。
 書き込み具合からしてむしろ手をもてあましてる感すらある、となると。
「これは刻印の機能かしら」
 考えてみれば当たり前な話だ。異世界の人間で話が通じ文字が読めるほうがどうかしている。
「わかっているのかしらね、このこと」
 刻印はただ解除すればいいものでもないようだ。
 ほかにもゲーム進行のための、参加者に不可欠な機能が無いとも限らない。
 天秤はつりあった。総合してみれば刻印解除は程遠いだろう。放置するのがいい。
 解析が進むようなら成果だけ奪って殺せばいい、進まないなら手を貸してあげるのもいいだろう。
 もう一度彼女たちのほうを見た、倉庫をぬけ、C-4へと入っている。
「追跡は、危険ね」
 今すぐ同行する気はないのならつける必要も無いだろう。
 魂砕きの行方も気になるし、今後のためにアシュラムの情報も集めておいたほうがいいだろう。
 魔法でマーカーだけつけておき、残りのメモを街路樹に戻す、懐中灯の光から逃れるように離れる。
 星明りに目を細めカーラは暗がりの中へと消えていった。

918名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:23:37 ID:SHfj1tFw
   ☆★☆

(情報制御反応、ロスト)
 I-ブレインが敵の離脱を告げる。
 後ろを振り返る、街路樹のそばには相変わらず影も見えない。
「行った、みたいだな」
「だね」
 少女が、ヘイズに額を仄かに輝かせて同意した。
「アレぐらいわかりやすかったらいいんだがな」
 コミクロンもお下げをもてあそびながら背後を確認する。
 ヘイズは苦笑した、ヘイズもコミクロンもどちらかといえばあからさまな情報制御の使い手だ。
 世界には物質としての側面と情報としての側面がある。
 魔術・魔法というものは、なべて情報側からのアプローチだ。
 書き込みこそ行わないもののヘイズとてポート持ちの魔法士。
 あれほど露骨な情報制御を行われては気付かずにはいられない。
「メモに興味持ってくれたみたいだし、その気があるなら向こうから接触するだろ」
 そう締めくくって、先へと進む。
 が、一人火乃香が立ち止まる。
「どうした、早速もっどてきたか?」
 怪訝そうにたずねるコミクロンに、火乃香は首を振った。
「いやそうじゃなくてさ」
 いい難そうに笑いながら、頬をかく。
「昼間にね、登ってみたのよ、あの木さ。シャーネは登ってこなかったかど、楽しそうにしてた」
 そういって、二人のほうへと向き直った。立ち止まる二人を追い抜てすすむ。
「んで、すぐにあんたら二人が襲ってきた」
 振り返っていたずらっぽく笑う。
「ただの感傷だよ。行こう」
 そして彼女は前へとあるきだした。
 ヘイズもコミクロンも、苦笑して着いていく。
「あ」
 唐突に、火乃香が立ち止まる。
「なんだ、今度は?」
「いやさ、ふと思ったんだけどさ、あれ、見られちゃまずいんじゃないかな?」
 誰にとは言わない、言ったらまずいし、確かにまずい、見られたら殺されるかもしれない、管理者達に。
「……回収しとくか、ヴァーミリオン」
「だな」
 誰も反対はしなかった。

919名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:24:53 ID:SHfj1tFw
【F-5/街道/1日目・22:20頃】

【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]: 食鬼人化
[装備]: サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド
[道具]: ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減) 刻印解除構成式のメモワンセット 
     腕付の刻印×3(ウエイバー、鳳月、緑麗)
[思考]: フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
     (現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
     そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品(“魂砕き”)を捜索・確保する。
[備考]: 黒幕の存在を知る。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っているが特に調べてはいない。
     

【E-4/倉庫脇/1日目・22:20頃】
【戦慄舞闘団】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
    船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。

【火乃香】
[状態]:健康
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
    刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       解除メモのうち数枚に魔力の目印がついています。ロケーション等により位置バレの可能性があります。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。刻印の情報を集める。
         大集団の様子を見に行く。ただし慎重に。

920All I need is (11/11)  ◆l8jfhXC/BA:2007/06/09(土) 22:33:15 ID:eWecrE.w
【F-1/格納庫への地下通路/1日目・23:30頃】
【李淑芳】
[状態]:左腕に深い裂傷(血は止まっているが、傷は癒えておらず痛みがある。動かせない)
    服が血塗れ、左袖が焼失。左腕に止血の符と包帯を巻いている。
    精神の根本的な部分が狂い始めているが、表面的には冷静さを失っていない。
[装備]:呪符(5枚)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水800ml)、自殺志願(少し焦げている)、
    由乃の死体の調査結果をまとめたメモ
[思考]:玻璃壇で周囲の参加者の様子を確認した後、遊園地から離れる。符を作り直して休憩を取る。
    外道らしく振る舞い、戦いを通じて参加者たちを成長させ、アマワを討たせる。
    アマワに立ち向かえないと思った人間の命は考慮しない。
    役立ちそうな情報を書き記し、託せるように残す
[備考]:第三回放送を途中から憶えていません(禁止エリアは知っている)。『神の叡智』を得ています。
    契約者ではありませんが、『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

【F-2/井戸の中/1日目・23:30頃】
【零崎人識】
[状態]:気絶中。全身に大火傷。
[装備]:圏(身体を拘束されている)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分。一部が濡れているおそれあり)
    砥石、小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:島の南方面を探索。
    悠二、シュバイツァー(名前は知らない)の知人に出会ったら倉庫に連れて帰る。
    気まぐれで佐山に協力。参加者はなるべく殺さないよう努力する。
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

※エルメス、草の獣(複数の符をつけて強化された紐で拘束済)は遊園地のどこかに隠されています。
※草の獣が得た情報は、すべてムキチに伝わっています。

921私は平和な世界に飽き飽きしていました(1/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 16:59:22 ID:4TxSn20Y
 長い廊下がある。
 通路の内装は、無用に自己主張しすぎることなく、それでいて品の良いものだ。
 一定の間隔で設置された照明さえも、見事に機能美を表現していた。
 屋外の風景は見えない。左右の壁には延々と扉が並び、視界内には窓がない。
 雨音と雷鳴が、遠く響く。
 四つの靴が床を踏む音は、ほとんど絨毯が消していた。
 足早に歩く女と、その背を追う男が、言葉を交わしつつ直進していく。
「いやぁ、それにしても、大変なことになっていたんですねぇ」
 頼りなさげな微苦笑を浮かべて、神父の格好をした男は無駄口を叩いている。
 眼鏡をかけた彼の名は、アベル・ナイトロードという。
 頬をかく人差し指が、これ以上ないくらいに腑抜けた雰囲気を醸し出していた。
「言わずとも済むことをいちいち口に出すでない。不愉快じゃ」
 顔をしかめて美貌を台無しにしながら、天使である女は言う。
 喪服姿の彼女のことを、バベルちゃんと呼ぶ者は呼ぶ。
 頭に生えた立派な角は、ひょっとすると普段より鋭く尖っていたかもしれない。
「ところで」
「何じゃ?」
 視線を合わせることすらせず、彼と彼女は会話する。歩調は減速しそうにない。
「この一件が解決したら……あなたがたは、それからどうするんですか?」
「解決してから話してやろう。頼むから、しばらく黙っていてくれぬか」
 苛立った声で告げられた拒絶を、彼は平然と受け流した。
「そんなこと言わずに教えてくださいよ。聖職者が天使様のことを知りたがるのは、
 当たり前じゃないですか。すごく気になるんですよ」
「この場の空気さえ読めぬ者が、一人前の神父として働けるとは思えんのじゃが」
 女の酷評を理解していないかのように、男が舌を蠢かせる。

922私は平和な世界に飽き飽きしていました(2/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:00:37 ID:4TxSn20Y
「やっぱり以前の任務を再開するんですか? 不老不死を人間の手から奪うために」

 そう言って、アベル・ナイトロードを装っていたそれは立ち止まった。

 女の体が石像のごとく硬直し、次の瞬間には振り返って臨戦態勢をとる。
「そなた、いったい何者じゃ? どうして極秘任務の内容を知っている?」
 その冒涜的な“何か”は、もうアベルを演じていない。
「私は御遣いだ。これは御遣いの言葉だ。……質問に答えよう、愚かな天使」
 アベルの声で、アベルの姿で、アベルのようなものが宣う。
「かつて答えた問いには、過去と同じ答えを返す。君に返答を確約するのは一度だけ
 だが、既出の質問については数に入れない。薔薇十字騎士団よりも上位に在る者、
 あの殺し合いを望んだ者、それがわたしだ。名が要るならばアマワと呼べ」
 命を弄ぶ者どもの首魁が、今ここにいる。
「!?」
 それは、アベル・ナイトロードではない。
 ならば、現在地がミラノ公の館であるとは限らない。
 そして、この世界が薔薇十字騎士団の出身地だという確証もない。
 もはや、ここへの来訪を提案した、眼帯の天使が無事なのか否かも判らない。
 だから、天使の組織を束ねる議長ともあろう者が、自身の判断さえも信じられない。
 問いに答えるため、御遣いは無表情に口を開く。
「厳重に秘されているはずの情報を漏らしたのは、君たちが『神』と呼んでいる者だ。
 あれはわたしの協力者であるが故に、必要な知識はあらかじめ伝えられている」
「デタラメを言いおって!」
 語気を荒げて、女が叫ぶ。
「認めないのは君の勝手だが、永遠に、その解釈は正しいと証明できない」
 応じる口調には、何の感慨も込められていない。

923私は平和な世界に飽き飽きしていました(3/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:01:53 ID:4TxSn20Y
「嘘じゃ! わらわたちが捨てられたなど!」
 悲鳴のような糾弾からは、今にも熱が消えそうだった。
「君たちは、あれの被造物であり、不要になれば処分される玩具でしかない。そして、
 捨てられる理由は、主たる『神』の命令よりも同胞の幸福を優先した故にではない。
 そもそも、君たちは『神』へ反逆できるよう設計されていた。あれがそれを望んで、
 そうなるように創ったからだ。君たちは失敗作ではない。飽きられたから捨てられる
 だけの消耗品だ。いつか廃棄されることまで、創造された時点で決まっていた」
「そ……そんなことなどあるものか!」
 女の顔面には、憤怒よりも、焦燥と狼狽の色が濃く滲んでいる。
「本当に? 君は本当にそうだと思っているか?」
 毒の滴るような笑みをアベルの顔が浮かべ、その容姿が別人のものに変わる。
「今、ここには、君たちが『神』と呼ぶあれの力が届いていない」
 眼帯をした天使の姿で、御遣いは語る。
 噛みしめられた女の奥歯が、耐えきれずに軋みをあげる。
「だから、あれの影響で認識できなかった真実が、今の君には理解できる」
 モヒカン頭な天使の姿で、御遣いは述べる。
 握りしめられた女の手指が、掌に爪を食い込ませていく。
「もう一度よく考えろ」
 目の下にクマのある、羊の角を生やした天使の姿で、御遣いはささやく。
「あれは本当に君たちの味方か?」
「っ」
 娘の姿をしたそれを、女は攻撃できなかった。
「不老不死の薬を創るはずの草壁桜に、時を遡って干渉し、歴史を改変する。それが
 君たちに望まれている役目だった。ならば、それが成功すればどうなるか。歴史は
 改変され、“不老不死の薬が創られた世界にいた君”は消える。改変された未来で、
 誰かが、過去の世界に行った天使を見つける。その天使は歴史を改変した当事者だ」
 女の内側で、大切な何かに亀裂が入った。

924私は平和な世界に飽き飽きしていました(4/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:03:02 ID:4TxSn20Y
 いつの間にか、周囲からは多くのものが見えなくなっている。
 壁も扉も天井も照明も床も絨毯も、ない。
「いずれ多くの人間を助けられるかもしれなかった、大罪など犯していない草壁桜に、
 天使が酷いことをしていたわけだ。理由を訊けば、『何故か自分でも判らない』と
 言うかもしれないし、『彼が不老不死の薬を創れないように邪魔しただけ』と言う
 かもしれない。改変された者たちにとっては、どちらだろうと精神病患者の妄言だ。
 歴史を改変したその天使は、間違いなく悲惨な末路を辿る」
 長い廊下など、どこにも存在していない。
「君たちが『神』と呼ぶあれは、歴史が改変されても改変以前の記憶を失わないが、
 その天使を絶対に庇わない。不要だからだ。代わりならいくらでも創れるのだから、
 薄汚れた玩具など壊れてしまえばいい――あれはそう考える」
 雨音も雷鳴も既にない。
「草壁桜が“不老不死の薬を創れる程度の能力”を持っていたのも、それが放置された
 のも、君たちが『神』と呼ぶあれが原因だ。あの一件は、あれの戯れでしかない。
 草壁桜の存在そのものを抹消することさえ、あれがその気になりさえすれば一瞬で
 片が付く雑事だ」
 もう真実しか聞こえない。
「君が指揮する勢力は草壁桜の命を狙い、三塚井ドクロはそれを阻止しつつ歴史を改変
 しようとしている。だが、草壁桜の学業を妨害せずとも、三塚井ドクロは歴史を改変
 できる。三塚井ドクロは撲殺天使――草壁桜を撲殺し再生する者だ。自覚などしては
 いまいが、彼女の能力で人間を完全に復活させることはできない。限りなく本物に
 近い偽物を、本物の残骸を材料にして造る程度が精一杯だ。死と再生が繰り返される
 ごとに、誤差は蓄積されていく。復元されるたびに、草壁桜と呼ばれているそれは、
 人間ではないものになっていく。君たちの世界では、精神的刺激によって成分不明の
 体液を垂れ流す生物を人間とは定義していまい。撲殺して造り直して、それを何度も
 続ければ、“不老不死の薬を創れる程度の能力”もまた徐々に失われていく」

925私は平和な世界に飽き飽きしていました(5/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:03:58 ID:4TxSn20Y
 無数のモノリスが乱立する闇の荒野で、御遣いが天使に言う。
「草壁桜は三塚井ドクロと出会った日に殺された。その日、草壁桜の死体を元にして
 造られたのは草壁桜の紛い物だ。君が殺そうとしていたのは草壁桜の成れの果てだ。
 すべては、あれがそうなるように望んだからだ」
 この領域を、御遣いの盟友は“無名の庵”と呼称している。
 視界を妨げることのない異界の闇に包まれ、疲れきった声で女はつぶやいた。
「……何故、そのようなことをわらわに話すのじゃ?」
 女の娘を模した御遣いが、わずかに顔をしかめた。
「君たちの『神』は、己の創った玩具が壊れていく様子を楽しんでいる。確かにあれは
 わたしの協力者だが、決してわたしの友ではない。あれは観客だ。余計なことはせず
 必要最低限の代価は支払うが代価以上の尽力はしない。邪魔されぬよう、あれ好みの
 惨劇を見物させて、機嫌をとるべき相手ですらある。この話もそんな惨劇の一幕だ。
 わたしが望みを叶えても叶えられなくても、そこに惨劇があるのなら、あれは何も
 手出しをしない。君たちの『神』は、わたしも君も救わない。あれは誰も救わない」
 ついに、女の内側で、核であり要でもあった部分が砕けていく。
 澄んだ音を響かせて、数条の光が女の背から生えた。
 光で形作られた翼は、まるで女を突き刺す白刃のようだ。
 天使の力が暴走し、浪費されている。
 女の肉体が、少しずつ透け始める。
「消滅に至る病、『天使の憂鬱』――これも『神』が望んだものか」
「必要な知識はすべて伝えられている。『天使の憂鬱』を発病させる方法も教わった」
 御遣いの視線は、学者が実験動物を見るときのそれに似ていた。

926私は平和な世界に飽き飽きしていました(6/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:05:01 ID:4TxSn20Y
 とある世界において、天使とは観念的な存在だ。
 その世界の天使にとって、肉体とは、存在力によって構成されるものでしかない。
存在力の源は、天使自身の個性――己の在るべき姿を自覚し、具象化する意思の力だ。
 その世界の天使は、『神』の領域以外の場所では、少しずつ存在を蝕まれていく。
帰郷して静養し、自分の個性を再確認しない限り、病状は悪化し続ける。己の個性を
忘れて体調を崩した天使は、『神』の領域の外に滞在し続けるだけで消滅する。
 己の生まれた世界の地上にいてさえ蝕まれてしまう天使は、異界の中に留まれない。
しかも、『神』の悪意をもって精神を蹂躙されては、意思の力などすぐ尽き果てる。
「わらわたちは、滅ぶのじゃろうか?」
「三塚井ドクロ以外の、君の同胞たちは、すべて君と同じように処分した」
 女の頬を濡らす雫は、地面に落ちることなく光の粒となって散り続けた。
 ただ静かに泣く女へ、御遣いは言う。
「君が刻印に小細工をしたとき、君たちの『神』は大喜びしていた。君のせいで刻印の
 機能は安定性を失い、参加者たちの能力には大幅な格差が生まれた。三塚井ドクロの
 刻印が本来の効果を発揮しきれていなくても不自然ではない状況を作るためだけに、
 君は他の参加者全員を巻き添えにした。同胞以外の参加者たちが、どんなに理不尽な
 目に遭おうとも気にしなかった。冷酷な君を、君たちの『神』は得意げに自慢した」
「…………!」
「君が刻印に施した小細工についても、デイパックのどれかに君が忍ばせた紙と鍵に
 ついても、そのまま放置してあるし、薔薇十字騎士団が君の規則違反を知ることは
 最後までない。君たちの『神』がそれを願い、その要望がわたしの目的と競合しない
 以上、紙と鍵を持った参加者が薔薇十字騎士団の居場所に踏み込んでも、わたしは
 管理者を守らない。わたしの友も、君たちの『神』も、管理者には加勢しない」
「親切すぎて胡散くさいとしか言えぬ。そなた、すべてを語ってはおるまい?」

927私は平和な世界に飽き飽きしていました(7/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:07:45 ID:4TxSn20Y
「その通りだ、賢しい天使。元々、用が済めば薔薇十字騎士団は始末する予定だった。
 結果が同じならば過程はどうでも構わない。無論、君にはそれ相応の報いを今から
 わたしが与える」
「何を今さら――」
「君の小細工によって、三塚井ドクロの刻印は正常な効力を発揮しなくなっていく。
 ただの人間を撲殺できなかった彼女の腕力は、非常識で致命的な破壊力を取り戻す。
 灰から煙草を作ることすら不可能だった彼女の能力は、故障中の機械を材料にして
 問題なく稼動する機械を作れるほどに蘇る。怪我をしても自力で回復できるように
 なる。自身を弱体化させている力への拒絶反応が、攻撃衝動を活性化させ、生存率を
 上げる。ほとんどの参加者たちは、制限の緩い彼女を殺せない。しかし、刻印の力は
 参加者を害するものばかりではない。三塚井ドクロの刻印は、もはや彼女の精神から
 違和感を取り除かない。『本来の自分はこんな風ではなかった』と彼女は常に思う」
 透けて薄れていく女の顔が、絶望に歪んだ。
「故に、彼女は己の個性を見失う。『天使の憂鬱』を発病しても、優勝しない限り、
 帰郷は許されない。君たちの『神』は、大いに嬉しがっている」
 天使は、いなくなった。
 御遣いだけが、闇の荒野に立っている。
「君たちの“消滅”が死であるとは、誰も証明できていない。元の世界からいなくなり
 二度と戻ってこないだけだ。生も死も観測されていないなら、それは未知だ。肉体を
 失って、余分なものを削ぎ落とした君たちは、わたしに近しい存在ではないのか?
 ……未知になった君たちは、わたしに心の実在を証明できるだろうか?」
 闇の荒野には、誰もいなくなった。


【X-?/無名の庵/1日目・19:30頃】
【バベルちゃんを含む管理者側の天使たち 消滅】

※薔薇十字騎士団以外のトリニティ・ブラッド勢は、すべて黒幕による幻影でした。

928名も無き黒幕さん:2007/09/01(土) 19:26:05 ID:SHfj1tFw
 風見は闇の中に去り行く二人の姿を見送った。
 彼女達と戦うには理由が無くて、説得するにも通じる論拠が無かった。
 疲労と、それ以上に重い感情の残滓を抱えて、風見は彼女たちを見送る。
 二人の足取りは森の中なのに躓いたりよろめいたりはしなかった。
 歩きなれてるのか運動神経がいいのかそんなとこなのだろう。
 だけど、風見にはそうと素直に受け取ることはできなかった。
 去っていく二人の姿はなんだかとても現実感が希薄で、二人ともふわふわと宙に浮いてるようだ。
 まるでも木霊でも追っているような気分になる。
 ふっと消えて、目をこすっている間にそこにいる。
 木陰と月影の網目の中で、見え隠れする二人の後ろ姿はいつの間にか現われて、瞬きすれば消えてしまう。
 まるでまれびとのみたいでひどく綺麗で、儚く、空恐ろしかった。
 と、不意に、少女のほうが振り返った。仄かに青い光を受けて、その姿がくっきりと浮かび上がる。
 ぼうっとした闇の中に浮かんでいるみたいだと思う。目が合い、風見の視線に、にっこりと笑みで答える。
 ぞく、と生ぬるい寒気が走った。あの目は良くない、攫われてしまいそうになる。
 こちらの怯えに少し、悲しそうな目を返され、風見の胸がチクリと痛んだが、かける言葉もないうちに、
ふたたび暗闇の中に溶けるように消えていって、もう現れることはなかった。
 さわり、と森の向こうに風が吹く。
 木々のざわめきが、雲の流れる音が響く。
 まるで、音のなかった世界が声を取り戻したみたいに、音が辺りを包んだ。
 でも森の奥に、風は届かない。
 風見は大きく溜息を吐いた。
 緊張とか、後悔とか、不安とか、とにかくすべて吐き出したかったけど、胸にわだかる澱のような気分はため息ぐらいでは吹き飛ばせない。
 それこそ煙のように風見の周りを漂うだけだ。
 風がほしいな、風見は切にそう思う。
 本当にいろいろなことがありすぎて感情が自力ではリセットできそうになかった。
(放送まであと十分ちょっとか)
 中途半端な時間だ。振り返るには短すぎるが、抱えて、気まずいまま過ぎるを待つにはあまりに長い。
 それでも、煙のような疲労を振り払って語りかけるような力は、もう風見の中からわきあがってはこなかった。
 なんだかひどくもがき疲れてしまったみたいに心が重い。
 肉より感情のほうが摩耗している。あまりに強い感情の連打に、神経がへこみっぱなしのボタンのように沈黙してる。
 コトバ
 風がほしい、と風見は思った。                              フクシュウ
 いろいろなことなんて言ってみたけど、そんなことはない。風見を今苦しめてるのはたった一つの裏切りだ。
 受け身は柄じゃないと思われがちだ。こういう時、みんなが思い描く風見との距離を意識せずにはいられない。
 救いを期待すように、風見は待った。
 ブルーブレイカーが釈明するのを待っていた。
 答えはない。
「ブルーブレイカー」
 衝き動かされるように、風見は振り返り、声をかけた。
 言動両区はイラつくというよりも焦りに近い。
 BBは何も変わらぬ様子で……表情の見えない機械化歩兵が立っていた。
 何も答えずに、ただ自ずから然るいう風に立っていた。
 ふいに、ひどく癇に障った。
 見えないだけかもしれない、ブルーブレイカーには感情を表す機能はなく、風見には彼の感情を読み解くための機能がない。
 何事もない様ににしか見えなくて、そんなはずはないはずだと、風見の思考が囁く。
 そうだ、彼には、言わなければならない。
 何かが風見に囁いた。
 彼が言わないというのなら、言わせなければならない。
 実力行使だって厭う気はない。
 あれほど摩耗していたはずの感情がじわじわと風見ににじり寄った。

929名も無き黒幕さん:2007/09/01(土) 19:26:45 ID:SHfj1tFw
 今なら、拳が砕けてもブルーブレイカーを殴り続けられる確信がある。
「どういうつもり?」
 言わなければおさまりがつかない。
 自分でも理解できないほどの感情が風見を追い立てる。
「どういう?」
 そんな風見に、ブルーブレイカーは平然と切り返す。
 しらを切っているのか、本当に分かっていないのか、風見の曇った耳では合成音から判断できない。
 風見は沈黙で先を促す。
 これはある意味最後通告のつもりだった。
 お前はそんな奴だったのか、風見はそう尋ねたのだ。
 風見の中でブルーブレイカーはもっと高潔な存在だった。
 銃使いの少年との時、風見は死んでいた。諦める諦めないの前に、詰んでいた。自力では、どうしようもなく死んでいたのだ。
 だが風が吹いた。
 人でも、機竜でもない、深い群青の機体。
 飛ぶ姿は美しかった。
 人のカタチをした者ならだれもが憧れる、理想の結晶。
 風見は共感した。                        フォーム
 同じ飛ぶものとして、道こそ違うが真摯に飛ぶことを突き詰めた最適の運動。生身では再現不能のしかし明らかに人体を模した旋回性能。
 そして武神や機竜とは一線を画す、生物に近いサイズならではの繊細なモーション。
 それは、機能だけで見るならもう一人の風見だった。
 彼は風見に手を差し伸べた。
 戸惑いはした、疑いもした。けど、彼は当たり前に手を伸ばしてくれる者だと理解して、風見は嬉しかった。
 風見はあの時の気持ちを汚されたくはなかった。
 だから風見は待った。続く言葉を、否定の言葉を待った。
 そして、ブルーブレイカーの言葉は続くことないと悟った瞬間、風見はとうとうブチギレた。
「さっきの事よ!」
 千里はブルーブレイカーの首もとを掴み寄せて怒鳴った。
 そのまま押し込んだ腕と気迫はブルーブレイカーを一歩後退させ、背後の木に背中が当たる。
「あんな胸糞悪い見せ物を見物するのが趣味なわけ?」
 静かなどすの利いた声が出た。
「……そうらしいな」
 しかしブルーブレイカーは平然と答える。
 その態度が、何も恐れていないとは少し違う、そう、もう何にも興味がないといった態度が、さらに風見の不安と恐怖を掻き立てた。
「この……!」
 心臓が早鐘のようになり響く。
 填めるべき言葉が見つからない。今ある言葉では彼に絶対届かない。
 風見の頭脳は今までためてきたすべての言葉をかなぐり捨てて、ブルーブレイカーに届く弾丸を探し求める。
「だがおまえもそういう面は有るのではないか?」
 だが、それよりも早く、ブルーブレイカーの言葉が風見に届いた。
 思えば、最初からこうなることはわかっていた。
「魔女の言った通りの事が起きれば」
 小さく子爵の水音がした。 ひどく遠い音だった。
 都合のいい言葉を期待した時点で、風見は間違っていたのだ。
「EDの仮説は間違っていた。しずくはこの島に居た。そして殺された。
  ……そうなんだろう? 金の針先」
『オレの名はエンブリオだ。その呼び名でも間違ってるとはいえねぇけどな。
  それとその通りだよ。しずくとは短い間だが、一緒に居たのさ』

930名も無き黒幕さん:2007/09/01(土) 19:27:27 ID:SHfj1tFw
「………………」  
 子爵の飛沫の音が少し大きくなるだけの静寂。
 その音さえ、風見に届くにはあまりに遠すぎる。
 EDの仮説はBBを落ち着かせる為の虚説だった。
 最初に裏切られたのは彼だった。これは単なる終りの続き。最初からわかりきっていた、別離の幕開け。
「俺の片翼は失われた」
 子爵が弱々しく木を這い上がる音がするだけ。
 BBは喪失を噛み締め。
 千里は彼を責める言葉を見つけることは出来なかった。

 場の雰囲気を変えようとするかのようにエンブリオが軽い口調で喋り出す。
『最初にオレを持った奴は死んで、受け継いだ茉衣子は何人も巻き添えにして破滅しちまった。
  まったく、大した疫病神っぷりだと思わねえか?』
 子爵が流れ落ちて形になる音が……
『なあ。ちょっくらオレを壊して――』
『気を付けろ!』
「!?」
 自ら浮き上がる力が出ず、子爵は木に登って張り付く事で警告の文字を作りだした。
 その僅かなロスが決定的な差を作り出す。


「イーディー、いや、シーディーだな。そうか。つまり俺は、ようやく見つけたって事だ」
 ぞっとするほど近くから男の声がした。
 針の筵にも似た殺気が、 真っ暗な森を漆黒に塗りつぶす。
 風見が衝き動かされるように振り返った先に、立っていた。
「そしておまえらは運が悪い」
 顔には幽鬼の笑い。手を伸ばせば届く距離。足元には少女の亡骸。両手にハンティングナイフ。
 近寄れば気づけるはずだった。腐葉土未満の落ち葉、露だらけの下草。動けば、必ずなにがしかの音がするはずなのに。
「俺を敵に回してしまったんだからな」
 怪物が、忽然と立っていた。
 (ヤバイ……!)
 あまりにも出来すぎなエンカウントに、風見は全身が総毛だつのを感じた。
 きょうびB級映画でもお目にかかれないシチュエーション。笑えるぐらいにヤバすぎる。
 風見千里はBBに詰め寄り二人揃って態勢を崩してしまっている。
 子爵は先程受けた攻撃のダメージが思いの外大きいのかまともに動けない。
 そして怪物は、一息の間合いに立っていた。
 赤い青年が口を歪め劫火のような笑みを浮かべて告げる。

「さあ、狩りの始まりだ」
 風切る音もなく、銀光が走った。

931Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:33:24 ID:JcqpINC.
――――録音開始。


呻き声。

再び呻き声。内容の聞き取れない、おそらくは悪態。

何者かが身じろぎする音。潜めようとして、潜めきれていない息遣い。
地面をマントの裾が擦過する音。消そうとして、消しきれていない足音。

『お? おおおっ?』

ごくり、と唾を飲みこむ音。一呼吸、二呼吸、三呼吸。

『く、ふははは。
 え〜と、なんだかよく分からんが、やはりこの俺様に仇なして無事にすむわけはなかったようだな。
 こいつめ、こいつめ』

どたどたとした足音に続いて軽い衝撃音。一度、二度、三度。

『まあ、これぐらいで良いだろう。さて、あれに見えるは俺様英雄の剣。まずは再びこの手に取り戻して
 ……ん?』

怒号。
悲鳴。
そして沈黙。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

932Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:34:10 ID:JcqpINC.
「すいませんすいませんすいませんすいません」

ボルカンは謝っていた。とにかく謝っていた。ただひたすらに謝り続けていた。
大地に額をこすりつけて、見下ろす相手の慈悲を請う。無様だ、滑稽だ――何とでも言うがいい。
何せ、目の前にいるのは、日没から今まで自分を追い続けてきた相手なのだから。
ようやく倒れてくれたと思ったのに、今しもこの場を離れようとするタイミングで唐突に蘇った。
そのせいで、すでに地上と宙空を3回ほど往復し、両の頬にビンタをもらって真っ赤に腫らすはめになっている。
そう。ここはただただ媚びへつらいの一手。これ以上痛い目にあうなどまっぴらごめんだ。
幸いにして、目覚める前に何度か蹴りを入れられていたことには気付いていない様子。
それを悟られていたらこんなものではすまなかったに違いない。

「をっほほほほ。どうやら少しは反省したようね」
「反省しました」
「その言葉、嘘偽りは無いであろうな?」
「嘘偽りなどございません」
「これからはその重責から逃げることなく、誠心誠意、心をこめてあたくしに仕えると誓うかえ?」
「誓います誓います」

この答えは、怪女にとって一応満足できるものだったようだ。
鷹揚に頷くと、地べたにはいつくばるこちらを見下ろしてこのようにのたまった。

「よろしい。あたくしは不忠を決して許さないけれど、忠義には厚く報いる乙女よ。
 本来なら敵前逃亡と窃盗、あたくしへの不敬という天をも恐れぬ大罪をおかした由にて処刑するのが筋だけれど、
 今回は特別に許してしんぜよう」

そうして再び、化け物はあの「をほほほ」という奇怪な高笑いをあげた。いや、あげようとしたかに見えた。
が、傲然と口元に手をやったその瞬間、唐突に体を折ると、激しく咳込み始める。
口を押さえた手指の間から血が垂れるのが見て、ボルカンはあることにようやく気付いた。
(むぅ……奴は負傷している)
思えば、一言物を言うにも窓の隙間を風が吹き抜けるような音が混じっていた。
周囲が暗くて今の今まで気付かなかったが、よくよく見れば顔色も悪い。

「とにかく、まずはあたくしが休息するための寝所を用意するのよ」
「へ? あ、はい」
「それと、あたくしのことは 姫様と呼ぶように」

ボルカンは、ひっそりとため息をついて時計に目をやった。
(む? ……)
何か、この上もなく良い考えが、頭の中を通り過ぎたような気がして、ボルカンは必死で記憶を手繰りよせる。
この場所、そう遠くない時刻に何かが起きるはず。そして今、時計が指し示している時刻は――

「何をぼけっと突っ立っているの? さっさとおし」
「かしこまりました。え〜と、姫様」
「……そこで間をとるということは、あたくしを馬鹿にしているのかえ?」
「め、めめめ滅相もありやがらんでございますよ、はい」

――時刻は、20時00分。21時00分まであと一時間。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

933Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:35:13 ID:JcqpINC.
「おお ナツコ・ザ・ドラゴンバスター♪ ……ここなぞ良いのではないでしょうか?」

大通りから少々離れた一軒家の縁側で、ボルカンは庭に面した一室を指し示した。
そもそもは、この家に興味を示したのは小早川奈津子の方であった。
その言いつけにしたがい、ボルカンは軋む門扉を押し開けて先行して庭へと入り込んだ。
庭から廊下へ、廊下からその部屋へと通じる戸を開け放ってみると、草でふいたマット
――ボルカンは知らないが、ようするに畳である――の床はなかなか居心地がよさそうで、
休息をとる場としては申し分ない。
これならば、女主人の眼鏡にもかなうかもしれないと考え、小早川奈津子を呼んで先ほどの提案をしたわけである。
暴君は鼻をならすと、廊下にどっかと腰を下した。

「なかなか良さそうではないの。……決めたわ、ここで休むことにしてよ」
「ははっ。それでは、俺さ……私はあたりを見回ってきますので」

言ってボルカンは、再び庭へと飛び降りた。
これでいい。このまま自分だけこの場を逃れてしまえば、21時ちょうどの禁止エリア指定の時には勝手に始末がつく。
これぞまさに、大天才にして英傑たるボルカン様に相応しく、また、そうでなければ
思いつくことすらかなわぬ完璧な作戦と言えるだろう。
思わず駆け出そうになるのをこらえ、一歩一歩前へと慎重に足を踏み出し……

「お待ち」

口から心臓が飛び出るかと思った。

「は、はい!! ええと、なんでしょうか?」
「あたくしは“用意せよ”と言ったのよ。それを、布団の用意もしないとは不届き千ば――」
「すぐにやらせて頂きます!」


この後、慌てふためいたボルカンは土足のまま縁側、そして廊下にまで駆け上り、
憤慨した小早川奈津子にはたき落とされることになる。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

934Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:36:39 ID:JcqpINC.
「……できました」
「うむ。よろしい」

悪戦苦闘の末、ついにボルカンは布団を敷くことに成功した。
ボルカンは考える。限界時間――21時まであとどれほどの時間があるのだろうか?
あいにく部屋に時計はないし、自分の時計を見ようとするたびに邪魔がはいって結局果たせなかった。
何はともあれここは一刻も早くこの場を立ち去るのみ……!

「でしたら――」
「行ってもよい、と思っていたがどうも気になるわね
 ……もしや、あたくしのために働くという崇高な使命を放棄して、
 もとの怠惰な暮らしに戻ろうなどと考えているのではあるまいな?」
「と、とんでもありません」

ばれた。いや、ばれていない。まだ罠には気付かれていない。……いや、だからこそまずいのか?
うわべだけはなるべく平静を装う様努力しつつも、ボルカンの脳裏では恐怖と焦りがうずまいていた。
罠には気づかれず、しかし逃亡を警戒されているならば、小早川奈津子はこの場に留まるよう命じるだろう。
もし、そんなことになれば、その時こそ待っているのは確実な死だ。

「……まあよいわ、お退がり。だが、その前に褒美をとらせてしんぜよう」
「は? ははっ! ありがたき幸せ」

冷や汗を流しつつ見つめあうことしばし。どうにかこの場を切り抜けることができたらしい。
“褒美”。その言葉に顔を輝かせたボルカンが、頭をたれ、再び上げると、眼前には巨大な脚が迫っていた。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ふすまを突き破って、ボルカンの体は奥の部屋へと転がりこんだ。

「な、何しやが――!!」

ボルカンは抗議の声をあげ、――立ち上がろうとしたところで足をしたたかに踏みつけられた。
たまらずに、怒りとも苦悶ともつかない呻きをあげてのたうちまわる。
その頭上から、容赦ない言葉が降り注いだ。

「をほほほほ。盗っ人猛々しいとはこのことね。
 ……お前、このあたくしを謀略によって害せんとしていたであろう」

呆然として、ボルカンは小早川の発言――いや、宣告を聞いていた。

「なんたる不実! なんたる不忠! 殊勝な態度でごまかそうと、その瞳の奥の下卑た光は隠しようが無くってよ!!
 ここもじきに禁止エリアになることくらい、最初からお見通しなのよ」

ようやくボルカンは悟った――見抜いていたのだ、この怪女は。ボルカンの浅はかな企みなど全て。
見抜いた上でこちらをためしていたのだ。

「べっ、別にそんなつもりは……」
「お黙りっ! せっかく下僕として使ってやろうと思っていたのに、この恩知らずの劣等民族!
 そんな言葉に騙される、このあたくしと思うてか? ええ、お〜も〜う〜て〜か〜」

なんとか言い逃れようとするボルカンを一喝して、小早川奈津子は大見得を切った。
大見得を切って……そのまま咳き込み始めた。
一方のボルカンはこの隙に逃げ出そうとして、再びもんどりうってその場に倒れた。
踏みつけられた足は、どこか捻ったのか熱を帯びている。ボルカンは立ち上がることさえできずに尻を床につけたままその場をはいずった。
とにかく外へ。だが、そう思ったときにはすでに退路を塞がれていた。
小早川奈津子がその足を一歩踏み出すごとに、その歩幅の分だけ後ずさる。それを繰り返すうちに、後頭部に何かがぶつかった。
壁だ。もうこれ以上は下がれない。

935Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:37:22 ID:JcqpINC.
「……ち、違う」

視界の中で次第に膨れ上がっていく巨体を見つめたまま、ボルカンはうわ言のように呟いた。

「違う、俺じゃない。黒魔術士が、この世の暗黒を凝縮したど腐れヤクザが俺様を近所のおばさん井戸端殺すと脅して……」

何故だろうか。その時、ピクリ、と正義の執行人の眉が動いた。
一声唸って、なにやら考え込むようなそぶりを見せると、やおら手にした長剣をボルカンの首すじに突き付けて言った。

「その黒魔術士とやら、もしやオーフェンと名乗っているのではないのかえ?」

オーフェン。その名がよもや目の前の怪女からでてくるとは。
ボルカンは驚きに目をむいた。
(もしかして……これはチャンス?)

「そ、そうですそうですその通りです。俺様がこんな目にあっているのも姫様の苦境もすべてあの凶悪借金取りのせい。
 民族の英雄様たる俺様の実力に嫉妬してよくわからん島にほうりこんだだけでは飽き足らず、
 あまつさえ、塵取り殺すと脅迫して奈津子姫様を害せんとする企みに無理やり加えるとはまさしく無礼千万恐悦至極!!
 すなわち姫様におかれましては、私が彼奴めの居所へご案内いたしますので必ずや正義の鉄槌を下されますよう――」
「……よく分かったわ」

小早川奈津子は大きくうなずくと、ボルカンの讒言を遮って言った。

「このあたくしとて慈悲深き乙女。真実をあかしたあっぱれな心がけに免じて、ここで楽に死なせてやろう」
「おいっ!?」
「をぼぼぼ、ごほげほ……。
 この期におよんで往生際が悪いわね。所詮、潔さという美徳は劣等民族には理解できないようね。
 どうせ、その借金魔術士の居場所を正確に知っているわけでもないのでしょう?
 本当だったら、そこの柱にでも縛り付けて死ぬまでたっぷり恐怖を与えてやるのが妥当なところを、
 ここでけりをつけてやろうというの。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いなんてなくってよ」

最期に善を成したことで、閻魔様の裁きも少しは温情豊かになることでしょう。
そう言うと、処刑人は手にした長剣を構えなおした。

「をほほほほほ。あの世でとっくり後悔おし」

ボルカンの眼前で、突き付けられた刃がギラリ、と輝いた。

「……あ、ああ――」

ボルカンは、顔の向きはそのままに視線だけをあたふたと左右に走らせた。
なんと不都合で、不安で、不愉快なことだろう。肝心なときだというのに、場の全責任を押し付けるべき弟は傍らにないというのは。
混乱の中で、ボルカンはいつかと同じ言葉を口にしていた。

「全部、全部。あの黒魔術士が、黒魔術士が悪いんだぁ〜〜!!」





【112 ボルカノ・ボルカン 死亡】






【A-3/市街地/一日目/20:40】

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで約一日半)、生物兵器感染
  胸骨骨折、肺欠損、胸部内出血、体に若干の痺れ
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]どこか休息を取れる場所を探す。
   ボルカンの言うことを信じたわけではないが、オーフェンおよび甲斐に正義の鉄槌を下す。
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
  約七時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
  七時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
  感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します

936 ◆4OkSzTyQhY:2007/12/07(金) 20:51:38 ID:xsdwI8G2
鳥テスト

937 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:52:19 ID:xsdwI8G2
再テスト

938 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:53:42 ID:xsdwI8G2
 こんなに走ったのはどれくらいぶりだろう。
 不規則に乱れていく息に恐怖感を覚えながら、彼女は暗い地下道を全力で駆けていく。
 走り続ける、彼女――クリーオウ・エバーラスティンは多少剣術を齧っただけの少女である。
 たとえば手から熱線を出すこともできなければ、一キロ先の敵を狙撃銃で射抜くこともできない。
 何より、彼女に人を殺せるような覚悟などない。
 ――何を言いたいのかといえば、つまり人並み以上に夜目はきかないということである。
 そんな状態でほとんど真っ暗な状態の地下道を『逃走する』のは無謀といえた。
 なるほど、彼女は幸運なことに懐中電灯を手にしていた。
 デイパックから出すのに手間取り、その間に殺されてしまうという無様は晒さなかった。
 だが、それでも小さな明かりひとつで、舗装もされていない道を歩けば――
「――っ!」
 無論、転ぶ。
 それでも懐中電灯は手放さなかった。慌てて起き上がり、先ほどよりも草臥れた風に足を進める。
 実を言えば、彼女が転んだのはこれが初めてではない。
 そしてついでにいえば、彼女を追っているのは普通の少女ではない。
(なんで、どうして――!?)
 クリーオウはほとんど恐慌状態に陥りながら、それでもまだ微かに残っていた冷静な部分で思考する。
 先ほど、空から降ってきた追跡者は尋常でない怪力を見せた。
 たぶん脚力も似たようなものだろう。なのに、追いつかれていない。殺されていない。

939 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:54:58 ID:xsdwI8G2
「むぁ〜てぇ〜い」
 後ろから響く声は幾重にも反響し、正確な距離は掴ませないが、それでもまだ追いついてこない。
(逃げられる? 逃げ切れる!?)
 胸中に、わずかな希望が芽生えてくる。
 ピロテースと合流できれば何とかなる。きっと、きっと――
(クエロだって――きっと)
 優しかったクエロ。
 優しい顔の裏に、狡猾を隠していたクエロ。
 ゼルガディスを殺したクエロ。
 せつらを殺したクエロ。
 だけど、最後には自分を逃がしてくれたクエロ。
 無論、それで彼女のしてきたことが帳消しになるなんて思っていない。
 自分がクエロをどうしたいのか――それだって、わからない。
 だけど、いまは走って、なんとしてでもピロテースを――!
「……きゃぅっ!」
 余計な思考は足をもつれさせたらしい。慣れた浮遊感と衝撃。転んだのはこれで何度目だったか。
 だが、今度は懐中電灯を手放してしまった。転んだままでは手を伸ばしてもぎりぎり届かない、そんな位置に電灯は落ちてしまう。
 慌てて手を伸ばす。
 だが、その手が懐中電灯に届くことは、なかった。

940 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:56:07 ID:xsdwI8G2
 ひょい、と目の前で懐中電灯が他の誰かに拾われる。
 混乱しかけるが、すぐに思い直す。追跡者は未だ自分の後ろ。
 ならば、懐中電灯を拾ったのはこの通路の先にいるはずだった――
「ピロテース!」
 歓声とともに、顔を上げる。
 そこには彼女の微笑があった。
「――ばあ」
 ――クエロを殺した、少女の笑顔があった。
 あの凶悪な凶器を片手に、そしてもう片方の手で握った懐中電灯で自分の顔を下から照らしている。
 子供がするようなその悪戯も、だが今のクリーオウにとっては十分な衝撃だった。
 だがもはや悲鳴を上げるような余力もない。それ以前に、地面に這い蹲っているこの体勢では、もう逃げられない。
(い、いつ回り込まれたの……!?)
 胸中で自問して、そして、悟る。
 自分は懐中電灯で足元を照らしながら走るのが精一杯だった。
 だから、一度も背後を確認していない。
 もしかして……この無邪気な雰囲気をまっとた少女は……
(ずっと、後ろにぴったりくっついてんだ……!)
 おそらくは、手を伸ばせば届くような距離に、ずっと。
 前に回りこまれたのは、転んだ隙にひょいと飛び越すように跨れでもしたのだろう。
 ゾッとした。少女がなぜそうしたのかは分からない。だから、ゾッとした。
 眼前の、少女の形をしたモノが、いったい何なのかワカラナイ――
「ね、ね、鬼ごっこはおしまい? じゃ、こんどはお姉さんが鬼ね!」
 そして本当に、邪気の一欠けらも見せずに、笑いながらそれは、
「じゃ、タッチするよ! タッチ!」
 ――零挙動で、鉛の塊を振り下ろした。
 捉えきれない速度。もとより、自分では勝てない存在であることは分かっていた。
(あ……死んじゃう)
 他人事のように、そんなことを考えた。

941 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:57:25 ID:xsdwI8G2
 生が終わる瞬間、その一瞬だけ、誰かの顔がフラッシュバックする。
 それはもう死んでしまった弟分の顔でも、目つきの悪い魔術師の顔でもない。
 この島で出会い、仲間となった者の顔でもない。
 もとより、知っている顔ではなかった。
 銀髪の美丈夫。轟音とともに現れ、そしてすぐに暗闇に消える。
(……誰?)
 走馬灯というのは知らない顔をも浮かび上がらせるものなのか。
 だが、その疑問は、
「金髪の娘、確認するが」
 いつのまにか現れた、新たな人影によって吹き飛ばされた。
 理解する。アレが持つ明かりがいつの間にか消えていたのは、この男が割り込んで遮っていたからだ。
「あ、あの」
 こちらの声に反応してか、男が振り返る。
 そのせいで、ちらりと男の向こう側が見えた。例の少女と目が合う。
 こちらに「静かにして!」とでもいうように唇に人差し指を当てながら、バットを振り下ろそうとしていた。
「危な――!」
「貴様の名前を教えろ」
 再び、轟音。
 そして懐中電灯のものでない、金属同士による火花の明かりが闇を照らした。
「え……?」
 音と光は一度だけではない。なんども、なんども。絶え間なく続き、その度に一瞬だけ男の姿が浮かび上がる。
 そして、そのまるで連続で写した写真のような光景で理解した。
 男が馬鹿馬鹿しいような大剣を手にして、何の気なしに少女の凶撃をいなしているのだと。
 それが、自分を守ってくれているのだと気づいて、
 まるで冗談のようなタイミングで現れた、正義のヒーローのように感じた。
「娘っ!」
「え、あの、私――」
「僕、三塚井ドクロ!」
「名前だ」
 片方の声をうるさそうに無視し、その男が繰り返す。
「わ、私、クリーオウ。クリーオウ・エバーラスティン!」
 答えてしまってから、はたと気づいた。返答は変化をもたらす。そしてそれがいい変化だとは限らない。
 だがそれは杞憂だったようだ。男はひとつ頷き、何かを放り投げてきた。
 暗くて分かりにくかったが、すぐに何か理解する。この島に連れてこられてすっかり慣れてしまった感触。デイパック。
「貴様の保護を頼まれている。オーフェンという人物からだ。それをもってさがっていろ。すぐに追いつく」
「オーフェンが――」
 久しく聞いていなかった名前。自分に関わってこなかった名前。
 思いがけず、胸の奥が熱くなる。
「合流場所と時間はあとで伝える。行け!」
 その声と同時に、釘バットの少女を押しとどめるようにして、男の目の前に一瞬で何かが広がる。
 それに後押しされるように。
 クリーオウは渡されたデイパックから懐中電灯を取り出すと、もと来た道を再び走り始めた。

942 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:58:32 ID:xsdwI8G2
◇◇◇
   
 おかしいな、おかしいな。
 天使の少女はおもいます。
 どうしてこんなにあついのかな。どうしてこんなに体があついのかな。
 天使の少女はかんがえます。
 いままでいくらかけっこをしても、こんなに体があつくなったことはなかったからです。
 どうしてだろう、どうしてだろう。
 そうやってかんがえているうちに、やがて天使の少女はおもいだしました。
 そうだ、この感じは、■くんのことを考えていたときと一緒なんだ、と。
 あいたいなあ、あいたいなあ。
 おもいだした天使の少女はすすみます。
 あの少年の面影を求めて、一生懸命。

 ――これは、少女本人さえ気づいていない彼女の心のササヤキ。

◇◇◇

943 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:59:29 ID:xsdwI8G2
「貴様にも質問をするぞ、娘」
 展開された白の線越しに、ギギナは恩人の知人を襲っていた少女に詰問する。
 タンパク質分子の連鎖で構成された蜘蛛の糸は、鋼鉄の五倍の強度を誇る。
 生体変化系第二階位、蜘蛛絲(スピネル)で生成された粘着質の縛鎖は振り下ろされた凶器を受け止め、さらにその自由を奪っていた。
「もう! なんでお兄さんは鬼ごっこの邪魔をするの!? はっ、もしかして――」
 少女はグーにした手を口元に押し付け、
「仲間に入りたかったの? ならジャンケンしないと。いくよー、さーいしょーは――」
「クエロ・ラディーンを殺したのは、貴様か?」
 戯言を無視して、問う。クエロの傷口と、少女の携える凶器は合致するように思えた。
 保護を依頼された少女を先に戻したのは、この話を聞かれたくなかったからだ。
 彼女を気遣ったわけではない。単純に、これはギギナだけの問題だったからである。
 ――そう。いまとなっては、ギギナだけの問題になってしまった。
 ガユス・レヴィナ・ソレルは彼の与り知らぬところで死に、クエロ・ラディーンも目の前で死んでいった。
 ならば、この問題に決着をつけられるのは彼だけだろう。
 誰にも介入されることなく、誰にも影響されることなく。
「殺してなんかないもん! あとで直すもん!」
 そして、実を言えばそれはすでに決着していた。
 頬を膨らませている眼前の少女を見ている内に、湧き上がってきた感情。
「……これが」
 それは、怒りだった。
 お前はこんなものに殺されてしまったのか、宿敵よ?
 こんなくだらないものに、終わらされてしまったのか?
 こんな――
「これが、こんなものが我らの行き着く先かクエロ・ラディーン――!?」
 その怒りを、ネレトーの切っ先に込めて。
「――宣言しよう」
 交渉のために闘争を控えていたが、いまはべつだ。
 蜘蛛の巣の向こうの『敵』を睨みながら、
「貴様が、我らの闘争に介入してきたというのなら――ここで私は、全身全霊を込めて貴様を殺そう」
 ダラハイド事務所の因縁。それを、ここで断ち切ろう。
 そしてその視線を受けた彼女は、まるで初めて目の前に広がる白い糸に気づいたかのように、
「そんな……緊縛プレイなんて……」
 絡めとられた凶器に両手を添えて、 
「そんなのは、まだ早いよぅっ!」
 ――あろうことか、超強度を誇る糸を捻り切った。

944 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:00:16 ID:xsdwI8G2
 少なからず、ギギナは驚愕を覚える。
 先に相手の一撃を受け止め、その膂力は推し量ったつもりだった。
 少なくとも、スピネルで生成された糸を力ずくで断ち切るような怪力ではなかったはずだ。
(力が――上がっている?)
 咒式等の力を発動させたか――あるいは、単なる出し惜しみか。
 だが推測は不要。
 これは楽しむべき闘争ではない。生きるための闘争ではない。
 一瞬でも早く、眼前の敵を消し去る。そのための戦いだ。
 故に迷わず、放つ一撃は常に必殺。
(なんにせよ、これで分かる!)
 全力で放つ、ネレトーでの刺突。
 それを、やはり少女はこともなげに金属バットで防ぐ。
 ――それだけならばまだしも、少女はそのままバットを振りぬいてみせた。
「っ!?」
 弾き、返された――?
 最強の前衛職のひとつである剣舞士。さらにその十三階梯。
 全咒式職のなかでも屈指の腕力を誇るギギナが、押し負けていた。
 体勢の崩れたギギナを前に、天使はとまらない。
 振りぬくバットを引き戻すようなことはせず、まるで独楽のように回転しながら一歩、ギギナに詰め寄る。
 そう、計らずしもそれこそが愚神礼賛の本来の使い方。
 遠心力と彼女自身の絶大な膂力が組み合わされ、まさに暴風のようにギギナを襲う。
「ぬぅ……!」
 力任せだけの攻撃ならば、ギギナの精緻な剣術の前には敵でない。
 不幸だったのは、ここが狭い地下通路だということだ。
 それは大柄なギギナと、長大な屠竜刀ネレトーという組み合わせにとってみれば最悪の条件だった。
 対して彼女――三塚井ドクロは小柄な上、得物も屠竜刀ほどの長さはない。
 故に、彼女はほとんど制限を受けずにその腕力を振るうことができる。
「舐めてかかれる相手ではない、か」
 冷静に考えるのならば、まずは戦場を移すべきか。だが――
「キャハッ! キャハハハっ!」
 眼前の少女は、すでに掘削機の様相である。
 地下道であるという制限もすでに関係ない。彼女の振り回す金属製の棒は、壁だろうがなんだろうがお構いなしに削り取る。
 もはや刃を合わせることすら困難。今の彼女の膂力はギギナと同等、あるいは上回っているかもしれない。
 逃げても背後から襲われるだけだろう。もとより、ドラッケンに後退の選択肢はないが。
 ならば、自分は手も足も出ない――?

945 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:01:18 ID:xsdwI8G2
「……調子に乗るな」
 ギギナの唇からもれるのは地獄の底から響くかのごとき、怨嗟の声。
 こんなものはただの児戯だ。
 竜を始めとする異貌の者共、そして数々の咒式士との死闘を潜り抜けた自分にとって、一体どれほどのものだというのか。
(それは貴様も同じだったはずだろう。ええ? クエロ・ラディーンよ?)
 弔いではない。敵討ちというわけではない。
 ただ、自分は胸の内にある靄には惑わされない。
 ドラッケンの戦士は、その屠竜刀を振るうことによってのみ、煩悩を削ぐ。
 後ろに跳躍。距離をとりネレトーを上段に構える。
 刃先が天井に突き刺さり、固定された。
 構わない。ただ、迫る障害のみを直視する。
 ――回転弾層内に残る咒弾は四つ。
 ひとつは先ほどのスピネルで使用し、もうひとつは地下道を走るために使用した梟瞳(ミネル)の咒式で消費している。
 さらに咒式を紡ぎ、ギギナは魔杖剣のトリガーを引いた。 
「――終わりだ。消えうせろ」
 発動するのは生体強化系第五階位、鋼剛鬼力膂法(バー・エルク)。
 生成されたグリコーゲン、グルコース等によって乳酸を分解、ピルギン酸へと置換。
 脳内における筋力の無意識制限を解除し、全身の強化筋肉が最大限に稼動する。
 ――ギギナの屠竜刀が消えうせた。
 もはや、それは不可視の一撃である。
 少女のスイングを暴風と称するのならば、ギギナの剣戟は落下する彗星のごとく。
 地下道の天井すら切り裂いて、ネレトーが神速をもって振り下ろされる。
 それでも、少女は反応した。

946 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:01:58 ID:xsdwI8G2
「ほぉ―――むぅらぁああああん!」
 キラリと光るその双眸は、ばっちりとネレトーを捕らえきっている。
 故に、彼女は迎え撃つように、正確なタイミングで巨刃を打ち据えることができた。
 ――惜しむらくは、彼女の持っていた得物だろう。
 そう、彼女は忘れていたのだ。
 自分が手にしているのは、愛用の不思議金属でできた撲殺バットではないということを。
 そして――屠竜刀のガナサイト重咒合金が、鉛製の愚神礼賛を寸断した。
「あ――」
 無論、得物を切断しただけでは終わらない。
 振り下ろされた刃は、次に彼女の肩を捕らえた。
 呆然とした彼女の表情を、ギギナの聴視覚が捉える。
 ――狂気にも似た感情が抜け落ちたその顔に、ギギナはようやく見覚えがあることに気づいた。
 昼間、確かに一度出会っている。ほとんど一瞬だったし、その直後のゴタゴタで忘れていたが。
 それなりの人数で組んでいたようだったが、周囲に仲間の影は見えない。
 はぐれたのか、それとも彼女だけが生き残っているのか。
 あるいは、あの時の無害そうだった彼女がこうなっているのも、そのせいなのか――
 それらの想像に対して、なんの感慨も抱かず。
 ギギナはただ、そのまま袈裟切りに彼女を切り捨てた。
 涙も達成感もなく、どこか空虚に。
 小さな体が血を撒き散らしながら地面に倒れ付す。
 その様子をみながら、ギギナはポツリとつぶやいた。
「……これで、終わりか」
 因縁の相手は殺され、その犯人もこうして討ち取った。
 だから、これでお終い。
「存外、なにも感じぬものなのだな」
 何とはなしに、これは自分が求めていたものとは違う気もしていた。
 だが、それを知る方法は自分の中にない。
 ギギナは踵を返した。
 あえて血払いはせずに、殺人の証が付着した屠竜刀を携えて、もと来た道を戻る。
 これをクエロかガユスにでも見せれば、この空虚も満たされるのだろうか?
 それとも、更なる闘争によって欠落は埋まるのだろうか?
 ――彼のその問いに答えられる者は、誰もいない。

947 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:02:42 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 イタイ。イタイ、イタイイタイイタイ。
 天使の少女は繰り返します。
 少女は天使だけれど、それでも切られればイタイのです。
 血を失えば、しんでしまうのです。
 天使の少女は祈ります。しにたくない、しにたくない。
 ■くんにもう一度、あいたい。
 だけど、祈るだけではなにも変わることはありません。
 ――だからお終い。三塚井ドクロのものがたりはここで閉幕。
 さあ、彼女の物語を始めよう。

◇◇◇

948 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:03:37 ID:xsdwI8G2
 クリーオウという名の少女は、クエロの亡骸の傍に座り込んでいた。
 死体を見て項垂れているその姿は、まるで懺悔をしているようにも見える。
(クエロと協力関係にあったと見るのが妥当か)
 あの女ならば、レメディウス事件の時のようにいくらでも取り入ることはできただろう。
 クリーオウはそれを知らないのか、あるいは、知っていても割り切れない性格なのか。
 ギギナは頭をふった。考えても仕方ない。思考は自分の役割では――
(いや――そうだな。これからはそうも言っていられぬのか)
 あの相棒はもういないのだ。面倒くさいことを押し付けてきた相棒は。押し付けることのできた相棒は。
 それでも、いまはそれがとてつもなく億劫だ。
「終わったぞ」
 故に、事務的な言葉をかけるにとどめる。
 幸いこちらの言葉が聞こえなくなるほど茫然自失としていたわけではないらしい。
 振り向かず、だが彼女の注意が確かにこちらに向くことを感じる。
「この――この人はね、クエロって」
「知っている」
「え?」
「……クエロ・ラディーンとは、ここに来る前から浅からぬ縁があった」
「そう、なんだ……」
 クリーオウは僅かに沈黙をはさみ、おずおずといった風に尋ねた。
「クエロって、どんな人だったの……?」
「それは――」
 一言では言い表せない。
 狡猾のみで構成された人間というわけではなかっただろう。
 では正義の咒式士かといえば、無論違う。
 死体を見つめたままの小さな背中を見つめながら、ギギナは思ったままの言葉だけを託した。
「自分の見たものがすべてだ。貴様にとってのクエロを私は知らぬ。
 貴様は、私にとってのクエロ知りたいのか?」

949 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:04:33 ID:xsdwI8G2
「……ううん、いらない。
 クエロは最期に私に逃げろっていってくれた。……私にとっては、それだけで十分だから」
 前に進む分には、足りる。
「立ち上がれるか」
 ギギナの問いにクリーオウは頷き、すぐにひざを地面から離した。
 なるほど。ここまで生き抜いてきただけはあって、それなりに気丈ではあるらしい。
 嫌いではない――こういった小娘ならば、それほどまでには悪くない。
「ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフだ」
「……それ、名前?」
「ギギナでいい」
「じゃあ、ギギナさん。オーフェンは――」
 どこに。そう彼女は続けようとしたのだろう。振り向いた彼女の口元は、そう動いたように見えた。
 だが同時に、クリーオウはどうしようもなくその表情を引き攣らせてもいた。
 血まみれの屠竜刀が問題というわけではないらしい。彼女の眼球は別のものを映している。
 その頃には、ギギナも背後の剣呑な気配に気づいていた。
 振り向き、咄嗟に武器を突き出したのは、攻性咒式士としての反射的な行動だろう。
 次いで襲い掛かる衝撃。『先ほど』とは比べ物にならない程の威力。
 足が地面にめり込むのを確かに感じながら、ギギナはそこにいる襲撃者の姿に思わず目を疑う。
 背後にいたのは、確かに致命傷を負わせたはずの少女だった。
 負わせたはず、というのは、その痕跡が一切認められないからである。
 傷はもちろんとして血痕、血臭、その他諸々。まるで切られたという事実を無しにしてしまったかのごとく。
(竜のような超再生咒式!?)
 答えを見つける隙など与えず、二撃目が振るわれる。
 その襲い掛かる凶器――確かに両断された愚神礼賛も、繋ぎ目すら確認できないレベルで修復されていた。
 だが、そんなことは問題ではない。
 その一撃は屠竜刀を撥ね退け、さらにギギナの体勢を大きく崩させるほど強化されていたが、それは問題ではない。
 なにより変わっていたのは少女の纏う雰囲気だった。

950 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:05:33 ID:xsdwI8G2
 さきほどまでのふざけた雰囲気は微塵も見つけることもできず、あるのはただ明確な攻撃衝動のみ。
 故に、凶器の殴打は二回で止まらなかった。
 D4の入り口付近はギギナが屠竜刀を自在に振るえる程度には広さがある。
 剣術が制限されないのなら、ギギナは咒式を使わずともこの少女に勝てる――その筈であった。
 技術と、単純な身体能力としての性能。どちらに重点を置いたほうがが勝るか、あるいは有能か?
 その問いの答えは様々だろうが、この場でひとつだけいえることがある。
 すなわち――あまりにも差があれば、人並みはずれた身体能力は技術を上回るということである。
 一合、また一合と打ち合うたび、天使の膂力はそのリミッターを外し、より強大になっていく。
 すでにそれは、強化された生体咒式士の目ですら追いきれない領域に入り始めていた。
「ぐっ――!」
 弾く、弾く、弾く。だが、もはやそれは直感に頼ったその場凌ぎという意味でしかない。
 あまりにも隙のない連撃。腕を痺れさせる威力。そこに技術が介入する余地などない。
 すでにたっている土台が違う。いまのギギナは高所から一方的に狙撃されているようなものだ。
 手の届かない神域。確かに、目の前の少女はそこにいた。
 意識せずに、ギギナの口元が歪んだ。獰猛な笑みの形に。
(――くだらないと言ったのは訂正しよう。
 我等が闘争への介入を許すわけではないが、それでも貴様は――)
 腹部を狙って横薙ぎに放たれた愚神礼賛を、下から振り上げるようにしたネレトーで弾く。
 それは先の戦いの焼き直し。
 ギギナの屠竜刀は頭上に掲げられ、天使のバットは腰だめに構えられる。
「我が闘争の相手として、相応しい!」
 回転弾層がトリガーと連動し、落ちた撃鉄が咒弾を砕く。

951 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:06:22 ID:xsdwI8G2
 途端、脳が焼けそうなほどの痛みが走った。
 通常時ならば問題はない。だが力の制限のためか、短時間で連発した第五階位が相当の負担となっている。
 ――故に、この交差で勝負をつけねばならない。
 発動した咒式は幾多の敵を葬ってきたバー・エルク。だが、すでにそれが必殺足り得ないことは分かっている。
 すでに身体能力が違いすぎた。相手の力はすでに数百歳級の竜と遜色ない。
 ギギナが行ったのは、相手に届かなかった自分の土台を刃先が一ミリ届く程度に持ち上げたくらいの意味しかない。
 だが、僅かにでも届くのならば――
「ォ――ォォオオオオオオオ!」
「――!」
 もはや打ち合いとは思えぬほどの衝撃音が、島の地底を揺るがした。
 屠竜刀が愚神礼賛を捉え、愚神礼賛が屠竜刀を打ち据える。
 身体能力ではかなわない。故に、ギギナの目論見は武器破壊。
 物質が衝突する時のエネルギー量は速度の二乗に比例する。
 そして目の前の少女が振るう武器の速度は、先ほどの二倍や三倍ではきかない。
 だからこそ、愚神礼賛の運命も変わらない。

952 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:07:47 ID:xsdwI8G2
 ――愚神礼賛が、先ほどと同じ状態ならば。
「……っ!?」
 愚神礼賛は彼女が修復した。奇妙な魔法で、不完全な力で。
 故に起こった突然変異。それは鉛の塊に過ぎなかった愚神礼賛を、ダイヤ以上の硬度を持つ刃と打ち合えるほどに強化した。
 そして天使の膂力は、すでにギギナを凌駕している。
 ならば、そこから弾き出される運命とは――
「……かっ、は」
 ギギナの敗北に他ならない。
 ネレトーでの一撃を弾かれ、そのまま多少勢いを削がれたものの愚神礼賛は直進。ギギナの胸部を捉えていた。
 相殺してなお、その一撃には筋肉の壁を貫通し、肋骨をへし折る威力がある。
 装甲車並の体重があるにもかかわらず、ギギナは確かに数メートル宙を舞い、そして地面にたたきつけられた。
「ギギナぁっ!」
 朦朧とする意識に、悲痛な叫び。
 クリーオウだった。首だけを動かしてなんとか視界に納める。
(何故――馬鹿なことを)
 ――見れば、彼女は立ち塞がっていた。
 天使の視界には未だギギナが写っている。止めを刺すつもりなのだろう。
 ゆらりとした足取りで、ギギナに向かおうとした。
 その進路を遮るように、クリーオウ・エバーラスティンは立ち塞がっていた。
 肋骨の痛みを無視して、ギギナは声を振り絞った。
「娘、退け!」
 だが、クリーオウは動かない。
 体中が恐怖に引きつってはいたが、それでもそこには否定の意がはっきりと表れている。
 マジク・リン、空目恭一、サラ・バーリン、秋せつら、クエロ・ラディーン。共に、奪われた者達。
 死への恐怖を差し引いても、これ以上の喪失を彼女は認められなかった。
「マジクは私のいないところで死んじゃった! 恭一も私をかばって死んじゃった!
 クエロももういない! もう嫌だよ! どうしてみんないなくなっちゃうの――!」

953 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:09:18 ID:xsdwI8G2
 ……ああ、まったく。
 ギギナはため息を吐いた。多少は気丈かと思ったが、やはりどこにでもいる小娘に過ぎない。
 ならば――
「その背に隠れていることなどできぬ、な」
 血反吐を撒き散らしながら、立ち上がった。
 戦場で咒式士の死体見つけたら、ドラッケン族かどうか判別する簡単な方法がある。
 前向きに、独りで倒れているのがドラッケンだ。
 そうだ――他人に庇われながら死ぬのは、断じてドラッケンではない。
「るぅうううううううううおおおおおおおおおおお!」
 矜持? 誇り? そんなもの、ドラッケンとして刃を振るえば後からついてくる。
 だから走るのだ。激痛に顔をゆがめ、血みどろの姿で、後先考えず雄叫びを上げながら。
 クリーオウを回り込むようにして、ギギナは自分を吹き飛ばした怪物を確認する。
 天使の少女もそれは同じ、ギギナを視界から外すような下手はしない。
 幸いなことに、バー・エルクによる強化はまだ続いていた。故に、疾風と化したギギナの駆ける道はどこまでも直線を描く。
 接敵した後のことなど考えていない。だからこそ最短距離を走り抜ける。
 対して、天使の少女はその場から動かなかった。
 動く必要がなかったからだ。だが、それは余裕という意味ではない。
 愚神礼賛が振り上げられる――光の粒子を纏いながら。
「ぴぴるぴるぴる――」
 無感情な声音で零されていく魔法の擬音。
 たとえばそれは、振り下ろされる聖剣の如く。
 荘厳なまでに凝縮する、神の使いの光。
 彼女の能力で作り変えられた愚神礼賛は、いまやほとんど魔法の杖だ。
 死者蘇生という点でエスカリボルグには及ばないかもしれないが――それでも、害をなすだけならば。
「――ぴぴるぴ〜」
 放たれた。
 七色の奔流。決して触れてはいけない天使の魔法。
 直線で突っ込むギギナに、避ける術はない。
 ――避けるべき状況でもない!

954 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:10:57 ID:xsdwI8G2
「こんな――もので、ドラッケンを止められると思うな!」
 意思に呼応して、屠竜刀ネレトーに組み込まれた、鬼才ジュゼオ・ゾア・フレグン製作の法珠が唸りを上げた。
 咒式干渉結界が自動展開。残っているギギナの咒力が余さず注ぎ込まれ、機関部が悲鳴を上げる。
(耐えてみせろ、私の半身。唯一私が認めた屠竜の刃!)
 刃と光の拮抗は、そう長くは続かなかった。
 その結果に対する原因は、なにか。
 ギギナの矜持が勝ったのか、それとも愚神礼賛の本質が魔法の武器でなかったことによるものか。
 いずれにせよ、ギギナとネレトー――彼らは、向かい来る爆光を切り裂いた。
 天使の少女に生じた、刹那の隙。切り掛かるには足りず、されど確かに存在する。そんな隙。
 迷わず、ギギナはクリーオウと天使の間に滑り込んだ。
 屠竜刀を構える。が。
「……」
 無言のまま振るわれた愚神礼賛に、ただの一合でネレトーは手を離れ、遠くに落ちた。
 魂砕きは地下通路を走るのに邪魔だったため、背負っているデイパックの中だ。
 とりだす時間など、もはや、ない。
 そして、逃げるという選択肢もないのなら――
「零時にC5の石段だ! 行け!」
 せめて、約束は果たそう。背後のクリーオウに声をかけながら、覚悟する。
 同時に、敵の凶器が振り上げられた。こちらは無手。ならば挑むのは零距離での密着戦闘。
 剣舞士の膂力は、大木の幹ですら小指一本で爆砕させる。
 その抜き手を、全力で相手の武器を握っている手首に叩きつけようとして――
 一瞬で、その手を握り締められた。
「ぐ――、ぅ」
 手を握りつぶされそうな痛みが襲ってくる。だというのに、それを行っている少女の表情はどこまでも無感情。
 そのまま天使はギギナの体を軽々と持ち上げ、地面に叩き落した。
 受身すら取らせてもらえず、意識が朦朧とする中、ギギナが見たのは今まさに振り下ろされんとする凶器の影――
「――だめっ!」
 そして、再び彼を庇おうとしている金髪の感触。
(愚か――者、が)
 ――乾いた音が、辺りに響いた。

◇◇◇

955 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:12:47 ID:xsdwI8G2
 彼女は、己が消えていくのを感じていた。
 自分の中にあった喪失感が、さらに自分自身を侵食しているのが分かった。
 最後に――は、なんと言ったのだったか。
 思い出せない。だけど、無性に誰かに会いたくさせられた。
「……いたい……ぁいたいよう……」
 今にも消えそうな、掠れた声。
 それは彼女が消えかかっているからか、それとも別の理由からか。
 激痛は幸運だったのかもしれない。
 それが切欠で、消える寸前の彼女は僅かな時間、取り戻すことができた。
「ねえ……どこにいるの……?」
 最後に『彼』の台詞を聞いたのはいつだったのか。
 すでにそれすら思い出せないほどに、『それ』は侵食している。
 彼女の幼さが残る無感情な顔(死に顔)を彩るものは紅くて、
「桜、くん……!」
 鮮血と知れた。  

◇◇◇

956 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:13:29 ID:xsdwI8G2
 クリーオウ・エバーラスティンは多少剣術を齧っただけの少女である。
 たとえば撲殺した人間を再生することもできなければ、大怪我を負ったまま戦闘することもできない。
 何より、彼女に人を殺せるような覚悟などない。
 ――それらを踏まえたうえで、関係ないと断言できる。
 なぜなら、それはそういう武器だからだ。
 反動と人を撃ってしまった感触に震え、クリーオウは魔弾の射手を手からこぼした。
 ほとんど密着した状態。ここまで近ければ、銃口が真横を向かない限り外れない。
 放たれた銃弾はたった一発。だが確かに相手の腹部を打ち抜いていた。
その穿たれた生命を零していく穴から、腹圧で血と、その奥に蠢く肉の塊が――
「あ――わた、わたし、人を」
 それでもクリーオウ・エバーラスティンはただの少女だ。
 天使の少女は再び回復する。もはや、クリーオウに銃を拾いなおすような勇気などなかった。

957 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:14:39 ID:xsdwI8G2
 ――故に、後を継ぐのは凶戦士である。
 耳元で響いた銃声に、朦朧とした意識は叩き起こされた。
 そして、発見する。地べたに伏している自分の目の前にある見慣れた形状。
「――借りるぞ、眼鏡っ!」
 贖罪者マグナス。彼の相棒が用いていた補助用の魔杖短剣が、いま――クエロの手から、引き継がれた。
 ――奇しくも、ここに決着する。
 ガユス・レヴィナ・ソレル。
 ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。
 クエロ・ラディーン。
 ジオルグ・ダラハイド事務所の因縁にあった三名が、それを決着させる!
 茫然自失としていた天使の少女の喉笛を、ギギナは寸分の躊躇いもなく掻き切った。
 だがそこから血が噴出すよりも速く、雷速の動きでギギナのマグナスを握っていない方の手が彼女の首を掴んでいた。
 ――いかなる理由かは分からないが、致命傷を与えるだけではこの少女を殺せない。
 ――ならば、もっとも確実な殺害手段は。
「るぅぅぅううううあああああ!」
 いくら元の筋力を取り戻しても、天使の、小柄な少女としての質量は変わらない。
 ギギナは残る力をすべて振り絞って、彼女を――放り投げた。
 放物線を描き、彼女は十数メートルもの距離を飛行し、そしてギギナの目論見どおりに落ちた。
 響く水音と、跳ねる飛沫。
 D-3の地下湖。そこは現在、禁止エリアとなっている。
 進入すればいかなるものであれ、魂ごと消滅するとされる、ある意味での最終兵器。
 そこに、天使の少女は沈んでいった。
 見届けて、今度こそギギナはその場に崩れ落ちる。
 体の欠損を前提にしているような前衛職のギギナだからこそ生きていられるような傷である。
 さすがに、これ以上は意識を保つことができそうになかった。
 昏倒する彼の胸中が、どのような思いで満ちていたか――
 少なくとも、今度は空虚ではなさそうだった。

958 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:15:46 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜

◇◇◇

959 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:16:37 ID:xsdwI8G2
 さて、ここらでひとつ種を明かそうか。
 なんの種かって? それは聞けば分かる。
 現時刻からほんの二十分ほど前に亡くなったバベル議長は、すべての刻印にちょっとした小細工を加えた。
 それはつまり、三塚井ドクロの刻印に施した小細工を誤魔化すためのカムフラージュである。
 つまり、本命は三塚井ドクロだけってわけだ。
 だからこそ、彼女の刻印は一番その性能を歪められていた。
 ところで、管理者の力は強大だ。
 仮に三塚井ドクロの刻印が解除されても、まあ――絶対甚大な被害を与えるとは思うけど、それでも敵うはずはないね。
 だから、一番賢い――ていうか、ずっこい刻印になるようにバベル議長は仕組んだのさ。
 まず、力の制限を外した。これはいいね。
 次に、刻印の反応自体は消さなかった。これもいいね。管理者にばれないようにしたって訳だ。
 さて、三番目。これが重要なわけだけど、バベル議長は当然、ドクロちゃんの人となりを知っていた。
 それは――まあ――つまり――お世辞にも知的とはいえないところとかさ。
 だからこそ、三番目の細工を組み込んだんだ。
 ある意味彼女の刻印こそが、脱出派が求める完成形だと思うよ。
 ――え? 話がメタで長い上に、なんの種明かしか分からないって?
 いまから話そうとしてたじゃないか。まあいいや。さきに言っちまおう。
 ――呆然としてたクリーオウ・エバーラスティンが、
 対岸に、確かに禁止エリアだった湖から這い出てきた、無傷の三塚井ドクロを見て悲鳴を上げたことについての種明かしさ!

960 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:17:22 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 すでにそれは三塚井ドクロではありません。
 彼女は病を患っていました。自分が自分でなくなる病気です。
 天使の憂鬱。それは個性をその存在の核とする天使から、個性を奪ってしまいます。
 彼女の病状は進行し、すでに『三塚井ドクロ』はほとんど消失してしまっています。
 だけど『天使の少女』は探すのです。
 消えかけた自分で、自分の個性を。
 自分の大切な物を、この島では絶対に出合うことのできない彼を。

 ――これは彼女が紡ぐ、薄い、薄い、消えかけのオハナシ。

961 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:18:39 ID:xsdwI8G2
【D-4/地下/1日目・19:40】
【ギギナ】
[状態]:肋骨全骨折。打撲。昏倒。疲労。
[装備]:屠竜刀ネレトー。贖罪者マグナス。
[道具]:デイパック2(ヒルルカ、咒弾(生体強化系2発分、生体変化系4発分)、魂砕き)
[思考]:クリーオウをオーフェンのもとまで保護。
    ガユスの情報収集(無造作に)。ガユスを弔って仇を討つ?
    0時にE-5小屋に移動する。強き者と戦うのを少し控える(望まれればする)。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。疲労。精神的ダメージ。錯乱。
[装備]:強臓式拳銃 “魔弾の射手” (フライシュッツェ)
[道具]:デイパック1(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
    デイパック2(懐中電灯以外の支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:???
[備考]:アマワと神野の存在を知る。オーフェンとの合流場所を知りました。

※ギギナとドクロちゃんとの戦闘で激しい音が発生しました。
 地下にいた人物、D−4の上にいた人物なら気づく可能性があります。

【B-3/地下通路/一日目・19:40】
【ドクロちゃん】
[状態]:『天使の憂鬱』発症。
[装備]: 愚神礼賛 (シームレスバイアス)
[道具]:無し
[思考]:桜君を探す。攻撃衝動が増加。
[備考]:刻印が解除されました。最長で二十四時間後、彼女は消滅します。

962干渉、感傷、観賞(1/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:27:09 ID:VhcPZXko
 ○<アスタリスク>・9

 介入する。
 実行。

 終了。





963干渉、感傷、観賞(2/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:28:01 ID:VhcPZXko

 黒い鮫の姿をした悪魔が猛り狂い、しずくの上半身に噛みついたまま暴れ回る。
 機械知性体の少女は並外れた頑丈さ故に即死を免れたが、抗う力を失った。
 カプセルを何個かまとめて嚥下し、甲斐氷太が笑う。虚空に白い鮫が出現する。
 白鮫は、黒鮫の顎からはみ出ていた下半身に狙いを定めた。
 不運な獲物が二つに裂ける。
 この玩具には飽きた、とでも言いたげな様子で、二匹の悪魔は残骸を吐き捨てた。
 瞳を真っ赤に輝かせて、甲斐の体が宙に浮かぶ。
 鮫たちが、肉と骨を軋ませながら大きさを増していく。
 暴走している。悪魔も、召喚者も。
 カプセルを咀嚼しつつ、甲斐が背後を振り返る。
 彼の次なる対戦相手は、凶行の現場へ駆けつけた男女だった。
 宮野秀策が魔法陣を描いて触手を召喚し、光明寺松衣子が蛍火を指先に作り出す。
 鮫たちが尾を薙ぎ払った。機械知性体だった物体が二つ、砲弾のごとく飛翔する。
 硬さと速さを兼ね備えた飛び道具は、それぞれ一瞬で二人組に激突した。
 宮野の顔面が肉片の塊と化し、茉衣子の内臓が盛大に破





964干渉、感傷、観賞(3/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:29:30 ID:VhcPZXko

 ○<インターセプタ>・5

 干渉可能な改竄ポイントは数多く存在している。過程や結果は何度でも変えられる。
 ただ、どうしても、宮野秀策と光明寺茉衣子の死を回避することができない。
 死に至るまでの行動も、どのように死ぬのかも、多少は操作できるというのに。
 また一つ、可能性が潰えた。
 十三万八千七百四十三回目の介入は、彼と彼女の死によって終わった。
 これまでの試行錯誤が無駄だったとは思わない。
 宮野秀策がフォルテッシモに倒される結末は、抹消した。
 光明寺茉衣子を小笠原祥子が刺殺する結末は、削除した。
 宮野秀策と零崎人識が相討ちになる結末は、なかったことにした。
 光明寺茉衣子がウルペンによって絶命させられる結末は、跡形もない。
 彼と彼女がハックルボーン神父に昇天させられる結末は、もはやありえない。
 あの二人を生還させることは未だ叶わないが、死を先延ばしにすることはできた。
 歴史が改変され、あの二人を殺すはずだった殺人者たちは別の参加者たちを殺した。
 宮野秀策と光明寺茉衣子の生還を確定した後、被害を最小限に抑える予定ではある。
 だが、あの二人を守ることが最優先だ。
 参加者たちの危機感を煽る必要がある。見せしめとして一人は開会式で死なせる。
 炎の獅子の力は不可欠だ。主催者と戦えば惨敗は必至だが、挑んでもらわねば困る。
 零時迷子を『世界』に嵌め込むため、涼宮ハルヒと坂井悠二の命は助けられない。
 それらを犠牲にせねばあの二人が生き残れないというのなら、犠牲を厭いはしない。
 誰がどれだけ死んでしまっても、彼と彼女は助けたい。

965干渉、感傷、観賞(4/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:30:28 ID:VhcPZXko
 被害者全員を生かすことは、できない。
 たった二名の人間すら救えないかもしれない程度の力しか、使えないのだから。
 ……あの二人を両方とも救うことは、ひょっとすると不可能なのかもしれない。
 無論、諦めてはいない。だが、そのような事態を考慮しないわけにはいかない。
 もしも彼を救えないなら、せめて彼女だけでも生き延びさせたい。
 だから、打てる手はすべて打っておく。なるべく早く、できるだけ速やかに。
 当然、『あの島の時間』と『わたしの時間』は異なるが、それは余裕を意味しない。
 この身が模造品であるならば、短命な粗悪品だったとしてもおかしくはない。
 急がねばならない。

 干渉不能な部分を補うため、操作不能な部外者に協力を乞うべきだと提案する。
 <自動干渉機>に求める。
 対面交渉の許可を。





966干渉、感傷、観賞(5/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:31:20 ID:VhcPZXko

 ○<アスタリスク>・10

 承認する。
 十三万八千七百十四回目以降の介入履歴を消去し、改竄ポイント変更後に介入する。
 実行。

 終了。





967干渉、感傷、観賞(6/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:32:41 ID:VhcPZXko

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「苦労しているようだね」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 しかし、その一言は独白ではなかった。
「お願いがあるのです」
 応じた相手もまた“吊られ男”と同様に『ゲーム』の参加者ではない。
 いつのまにか隣にいた<インターセプタ>を、“吊られ男”は見ようとしない。
「徒労に終わると思うよ」
「徒労に終わるか否かを確認することは……それ自体が徒労だと言うのですか?」
 投げかけられた質問に対し、マグスは苦笑を浮かべた。
「まさか。ありとあらゆる知的好奇心を、ぼくは否定しない」
 時間移動能力者は、悲しげに顔をしかめた。
「では……この殺し合いを企てた悪意すらも肯定する、と?」
 参加者たちが去っていった道から目を逸らし、“吊られ男”は隣人を見た。
「前提が間違っているとしたら、正しい答えは導き出せないな」
 怪訝そうな表情で見上げる彼女に、彼は要点を述べる。
「『知りたがっている』のと『知りたいと言いたがっている』のは違う」

968干渉、感傷、観賞(7/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:33:45 ID:VhcPZXko
 困惑する<インターセプタ>に向かって、“吊られ男”は微笑する。
「この『ゲーム』の主催者は、心の実在が証明された瞬間に消えるのかもしれないよ?
 主催者の正体は、具象化した疑問そのものなんじゃないのかな? 答えを認めたら
 疑問という『器』を維持できなくなって雲散霧消する存在だ、とは思わないかい?
 主催者は本当に『知りたがっている』のかな? 『知りたいと言いたがっている』
 だけじゃないかい? ああ、『主催者が消えた後に答えを残すためのもの』として、
 参加者ではない存在がここにいる、という考え方はできるね。観測装置兼記録媒体
 というわけだ。君の場合は検査機具かもしれない。歴史の改変くらいで消えるなら
 記録の意味がないはずだから。でも、実は『答えを求めているふりをしているだけ』
 なのかもしれないだろう? ――本当に、心の実在は証明できるのかな?」
 突然の長広舌に絶句する彼女へ、彼は断言してみせる。
「主催者は、達成できないと考えている。答えはない、故に消されることはない、と。
 本当は簡単なことなのにね。本来の望みから大きく歪んだあれは、もはや御遣いとは
 呼べない。この『ゲーム』の目的は心の実在を証明すること。でも、主催者の目的は
 永遠に問い続けること。だからこそ主催者は答えを認めようとしない」
「……あなたがどういう方なのか、なんとなく理解できたような気がするのです」
 拗ねたような口調でそう言い、<インターセプタ>は肩を落とした。
「ところで、お願いって何だい?」
「徒労に終わると思っているのでしょう?」 
「聞かないとも断るとも言っていないはずだけど?」
 時間移動能力者の瞳が、マグスの顔を映す。
「この島の南部へ、できれば城の中まで歩いていってほしいのです」
「いいよ。散歩の行き先を変えよう」
「……ありがとう、ございます」
 一礼して、<インターセプタ>は姿を消した。





969干渉、感傷、観賞(8/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:34:37 ID:VhcPZXko

 ○<アスタリスク>・11

 介入する。
 実行。

 終了。





970干渉、感傷、観賞(9/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:35:42 ID:VhcPZXko

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「さて、行くか」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 ささやかな異変は、その一言の直後に起きた。
 美貌の吸血姫が立ち止まり、“吊られ男”のいる辺りを不思議そうに見る。
 何かの痕跡を探るかのように、沈黙したまま、わずかに目を眇めて。
 “吊られ男”は踵を返し、何やら独り言を垂れ流しながら歩き始めた。
「……ふむ」
 短くつぶやいた美姫の足は、“吊られ男”の行く方に向いた。


 しばらく島を歩いた後、辿り着いた城内の一室で、美姫は豪奢な椅子に腰掛けた。
 室内に、人という生物の範疇に含まれている、と表現できそうな者はいない。
 美姫は、無言で部屋の片隅を眺めている。
 その位置には、一組の男女がいた。
  “吊られ男”と“イマジネーター”だ。
「つまり、天使の議長は見つけたけれど管理者には会えなかった、と」
「薔薇十字騎士団とは別系統の管理者なのかと思っていたけれど……犠牲者だった」
「徒労に終わったようだね」
「そういうことになるのかしら」
 『世界』の裏側も、所詮この『世界』の内部だ。決して到達できない場所ではない。

971干渉、感傷、観賞(10/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:36:36 ID:VhcPZXko
「そういえば……そこの彼女や、連れの三人には、私やあなたが見えているの?」
「どうだろう……語りかけたことも話しかけられたこともないから判らないな」
「あなたの後ろをついてきていたように見えたけれど」
「ぼくの隣に、ぼくたちには見えないけど彼女には見える何かがいるのかもしれない。
 例えば、“魔女”が視ている異界の住民は、ぼくの目には全然見えない。この島には
 何がいたって変じゃないよ。木工細工を作るときに使うような接着剤を自由自在に
 操り、接着剤で像を作る才能を持った者だけが認識できる精霊――そういうものが
 今ここにいても不自然じゃないくらいだ」
「…………」
 やがて、ダナティア・アリール・アンクルージュの演説が聞こえ始めた。
 部屋の片隅で、男女が唇を閉ざし、顔を見合わせる。
 美姫はただ静かに顔を上げ、すべてを聞き終えると元の姿勢に戻った。
 白い牙が生えた口から、言葉が零れ落ちる。
「日付が変わる前に潰されるようであれば、見物する価値はあるまい」
 会いに行くか否かの判断は第四回放送後まで保留する、ということらしい。
 部屋の片隅で、男女が対話を再開する。
「行くのかい?」
「あなたは行かないのね」
「せっかくだから、君が見ない光景をぼくは眺めておくよ」
「じゃあ、あなたが見ない光景を私は見届けてくるわ」
 室内に、会話は存在しなくなった。
 後には、ただ“吊られ男”の独り言が無為に漂い続けるのみ。

972干渉、感傷、観賞(11/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:37:50 ID:VhcPZXko

【G-4/城の中の一室/1日目・21:35頃】

【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
[思考]:気の向くままに行動する/アシュラムをどうするか
    /ダナティアたちに会うかどうかは第四回放送を聞いてから決める
[備考]:何かを感知したのは確かだが、何をどれくらい把握しているのかは不明。

【座標不明/位置不明/1日目・21:35頃】

【アシュラム】
[状態]:状況、状態、装備など一切不明

【相良宗介】
【千鳥かなめ】
[状態]:状況、状態、装備などほぼ不明/千鳥かなめが相良宗介と寄り添いながら
     ダナティアの演説を聞いていたことのみ、既出の話によって確定している

973幻影―illusion―(1/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:55:36 ID:IHp3IC2k
 舌打ちしつつ、甲斐氷太は市街地を歩いている。
 魔界刑事を殺し上機嫌で大の字に寝転んだ数十分後には、もう仏頂面で起きていた。
それまで意識していなかったものに気がついた結果だ。それ以来ずっと、鬱陶しげに
甲斐は周囲を探り続けている。
 妙な気配が甲斐の近くに漂っていた。気配は薄く淡く曖昧であり、だが消える様子が
一向にない。むしろ、徐々に存在感を増しているようですらある。
 南の市街地で暴れ始めた悪魔らしき何かに惹かれ、そちらに行こうかどうか悩んだ
こともあったが、それでも優先したのはこちらの気配を調べる作業だった。
 他の参加者たちに倒される心配がなさそうな標的よりも、後から出てきて漁夫の利を
得ようと企んでいるかもしれない不確定要素を先にどうにかしておいた方がいい、と
甲斐は判断していた。無粋な横槍を入れられては、戦いがつまらなくなってしまう。
 茫漠とした気配は、甲斐の精神をずっと逆撫でし続けている。
 気配の正体は判らない。よく知っている何かのようでありながら、そうではなくて
似ているだけの別物であるような気も同時にする。
 甲斐氷太が“欠けた牙”だとするならば、その感覚は、欠落した部位を苛む幻痛だ。
 呪いの刻印さえなければ、甲斐は事態の本質を把握できたかもしれない。
 刻印の気配と、甲斐に付き纏う気配とは、どういうわけか微妙に似ている。
 例えるなら、猟犬と野獣がそれぞれ同じ香水を全身に浴びているようなものだ。
 周囲に潜む気配には、暗く不吉で禍々しい印象がある。
 夜と闇の領域に属する密やかな何かが、すぐ近くにある。
 暖かな陽光の下では生まれない、鋭く澄んだ空気がある。
 それは、甲斐自身にも共通する要素だ。
 動くものを探しながら、住人のいない街角を甲斐は進む。
 煙草を取り出し、火種が手元にないことを思い出してポケットに戻す。
 ライターは発見できておらず、喫茶店にあったマッチは湿っていた。
 ショーウィンドウに映る己の影を一瞥し、甲斐は吐き捨てるように悪態をつく。
 ガラスの表面に見えるものは、ただの意思なき自然現象でしかない。
 とてつもない強さを誇った“影”は、もはや追憶の中にしか存在しない。
 物部景は死んだ。
 悪魔狩りのウィザードが甲斐氷太と戦う機会は、もう二度と訪れない。

974幻影―illusion―(2/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:56:39 ID:IHp3IC2k
 魔界刑事との死闘によって一度は漂白された頭の中が、急速に赤黒く濁っていく。
 忘れえぬ情念が爆発的に荒れ狂う。思考が疾走を始める。
 ――鮮烈なブルー――鉤爪のような指先が――カプセルを――鏡――ただ心の命じる
ままに――きっと厭なものが――最高に痛快な破壊音を――大気を裂いて泳ぐ――水の
中につながっていて、そこには――闘争の狂喜――“影”は一瞬にして――中と外が
入れ替わる――黒鮫が咆哮を――テメエがどういう野郎かは、この俺が誰より――もう
二度とは元の形に戻らない――消えることのない「笑み」――違う世界が広がって――
赤い瞳は笑っていた――会心の攻撃――見事な回避――この真剣勝負こそが真実だ――
 爽快感は、とうの昔に消え失せていた。
 カプセルの効果で鋭敏になった神経が、虚無感を強調する。
 悪魔を使って超人を噛み殺しても、飢えと渇きは癒えなかった。
 ただ、わずかな間だけ誤魔化すことができていただけだった。
 魔界刑事は、ウィザードと同じ高みには立っていなかった。
 剣道の達人が空手の達人と勝負して勝ったようなものだ。
 確かに本気だった。勝ち取ったものは無意味ではない。
 しかし、それは最初の目的とは違う別のものだった。
 握りしめられた拳の中で、カプセルが潰れ、粘液を漏らす。
 苛立ちを声に乗せて甲斐が叫ぼうとした瞬間、どこからか女の声が聞こえてきた。
『聞きなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』
 ダナティアの演説は、堂々と、朗々と、高らかに続く。
 その言葉のすべてに対して、甲斐はただひたすらに腹を立てた。
 何様のつもりだ、と。何も知らない奴が偉そうに御託を並べるな、と。
『あたくしを動かすのは……』
 目を血走らせ、悪口雑言を撒き散らしながら、甲斐は天を仰いだ。
『……決意だけよ!』

975幻影―illusion―(3/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:57:22 ID:IHp3IC2k
 それは市街地の片隅からでも見えた。
 南東の方角から曇天の夜空へと赤い柱がそそり立っていた。
 煌々、轟々と迸る閃光は上空の雲を貫いていた。
『刻みなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』
 赤い閃光が消えた夜空には一筋の光が射し込んでいた。
 上空の曇天を貫いた閃光は強い風を生んでいた。
『あなたたちに告げた者の名です』
 風が雲に生んだ小さな空の切れ目。
 そこから射し込む月光の中、甲斐の視界の端で、何かが動いた。
 甲斐が注視した先にあったのは、ショーウィンドウに映った影だ。
 ガラスの表面に見えるものは、ただの意思なき自然現象ではなかった。
 甲斐は思わず絶句する。

 鮮烈なブルーのゴーストが、背後に“影”を従えて立っていた。

 ダナティアの演説は響き続けていたが、もはや甲斐は気に留めなかった。
 奇麗事で飾られた理想郷などより、ずっと魅力的な戦場がそこにあった。
 瞬時に振り返る。
 だが、ガラスに映っていた姿は、街角のどこにも存在していない。
 慌てて視線を巡らせる。
 甲斐の瞳が再びショーウィンドウを視界に捉え、先ほどとは異なる色彩を発見した。
 ワインレッドのスーツを着た男が、鬼火を掲げ、長い銀髪を風になびかせていた。
 もう一度、甲斐は後方を確認する。やはり誰もいない。
 鏡と化したガラスへと、甲斐は向き直った。

976幻影―illusion―(4/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:58:33 ID:IHp3IC2k
 ずっと甲斐の周囲に漂っていた気配は、今や鏡面の向こう側から溢れ出している。
 漆黒の鉤爪が鱗をめがけて振り下ろされ、細長い尻尾が甲冑を下から打ち据える。
 物部景が、死線を楽しむ狂人の笑みを唇に浮かべている。
 宙に舞い上がった大蛇が黒い炎を吐き、“影”が瞬時に厚みを消して地面を滑る。
 緋崎正介が、冷厳でありながら歓喜に満ちた目を細める。
 二匹の悪魔が睨み合う。
 二人は同時にカプセルを掴み、口に含んで咀嚼した。
 悪魔を使役し戦う者たちの楽園が、そこにあった。
「そういうことか。テメエら、そんなところに隠れてやがったんだな」
 甲斐は思う。あいつらはあの『王国』へ行き、だから管理者は生死を見誤った、と。
 トリップの影響で鈍磨した思考は、数々の違和感や疑問点を些事として切り捨てた。
 涙が滲みそうになるのを堪えながら、甲斐は笑う。
 万感の思いを込めて、呼びかける。
「ぃようっ、ウィザード。捜したぜ」
 景の視線と甲斐の視線が、一瞬だけ重なり合った。
 景が甲斐の存在に気づけなかった、という風には見えなかった。
 そして、甲斐に対して一切の興味を示さず、無造作に景は目を逸らした。
 塵芥にすら劣る“どうでもいいもの”をすぐに忘れただけ、とでもいうように。
 少なくとも、甲斐はそう感じ、その印象を確信した。
 甲斐を全否定する情景は、猛毒のごとく精神を熱して蝕んでいく。
「……上等じゃねえか。俺がそっちに行くまで、そこの三枚目で肩慣らしでもしてろ。
 どんな手を使ってでも殴り込みに出向いてやるから、覚悟しとけ」
 狂犬じみた表情筋の歪みで口の端を吊り上げ、甲斐はカプセルを噛み砕いた。
 今の甲斐に迷いはない。力が足りないなら、弱者を捕らえて悪魔を召喚させ、それを
自分の鮫たちに喰わせることでさえ躊躇しない。そうしない理由など一つもない。
 ――すべては、ウィザードと戦うために。

977幻影―illusion―(5/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 01:00:10 ID:IHp3IC2k


【A-4/市街地/1日目・21:40頃

【甲斐氷太】
[状態]:あちこちに打撲、頭痛
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)
[道具]:支給品一式(パン5食分、水1500ml)
    /煙草(残り十一本)/カプセル(大量)
[思考]:手段を選ばず、鏡の向こうに見える『王国』へ行く
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    『物語』を発症し、それを既知の超常現象だと誤認しています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
    肉ダルマ(小早川奈津子)は死んだと思っています。

978ヒマな時にオススメです!:2008/05/06(火) 16:52:02 ID:.y9N1576

とある事をすると日記を更新している女の子のサイトです。
むちゃくちゃ生々しい文章なので初めは衝撃受けました。

中毒性が高いので注意が必要です。

ttp://www.geocities.jp/yuuji58287ff/sss/

979名も無き黒幕さん:2008/06/01(日) 08:47:14 ID:xD8AG8vo
2000000以上あった借金全部、この2ヶ月で返済できたし
今日までのオイラは、ここで終わりです。
んで明日からはクリーンな人生が始まるとです!

仕事はクリーンじゃないがね(((*≧艸≦)ププ…ッ ⇒ http:\/0X2B.244.41.0XDB/ppp/B6AqGhf/

980名も無き黒幕さん:2008/06/16(月) 07:32:12 ID:1IzRzkUM
よっしゃー!20万げっとー!!

女の人のマソコって、みんなあんなにぐにぐに動いているもんなんですか??
初めてだったのに、挿れた瞬間でちゃいましたよ。。
ゴムは嫌だって言われるけど、長持ちのためにも次はつけまふ。

http:\/014-tuhan.com/souzai-rank/wahuu/rl_out.cgi?id=08010177&url=http:\/0x2b.0Xf4.0x029%2e219/pr/CT6MyfN/

981たった一度の冴えたやり方(1/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:52:04 ID:wFs0ZlLc
 ○<インターセプタ>・6

 ありとあらゆる存在は、幾重にも重なり合っている可能性の塊だ。
 箱の中の確率的な猫は"生きている猫”であると同時に“死んでいる猫”でもある。
 箱を開けて中身を確かめるわたしもまた“生きている猫を見るわたし”であると同時に
“死んでいる猫を見るわたし”でもある。
 無論、ありとあらゆる可能性を前に、わたしはたった一つの現実しか見出せない。
 猫の死亡が観測された時点で観測者の前から“猫が生きている可能性”は消失する。
 猫の生存が観測された時点で観測者の前から“猫が死んでいる可能性”は消失する。
 二つの可能性は同時に在るが、一つの世界に二つの現実は共存できない。
 現実が一つに収斂された時点で、それ以外の可能性は幻想と化す。
 故に、“今ここにいるわたし”も“わたしが見る現実”も“この世界”に一つだけ。
 どのような可能性がわたしの眼前に残ったとしても、おかしなことなど何もない。
 猫が死なねばならない必然性も、猫が生きねばならない必然性も、そこにはない。
 わけが判らない何かのせいで猫の生死は決まる。
 そして、猫を見るわたしは、不明瞭で曖昧な何かに左右され続けている。
 わたしはそれが悔しくて、だから時間を遡り、世界に再び目を向ける。
 猫の死を覆したいなら、生きている猫のいる現実を観測せねばならない。
 是が非でも、世界の上に新たな現実を上書きせねばならない。
 上書きされる以前の現実が、虚ろな幻想に成り果てて断ち切られても。
 自分勝手な介入者として、何の罪もない人々に迷惑をかけてでも。

982たった一度の冴えたやり方(2/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:53:00 ID:wFs0ZlLc
 文字通りの意味で、蝶の羽ばたきが嵐を起こす可能性すら、この島にはある。
 どれほど些細で微小な相違点だろうが“無視しても構わないもの”ではない。
 ほんのわずかにでも差異があるのなら、それは再現ではなく改変だ。
 世界の上に現実が上書きされれば、かつて在ったすべては色あせ、台無しになる。
 連続性の途絶を滅びだと定義するなら、それは確かにある種の終焉だ。
 その気になれば“かつての現実”をどれでも復元することはできる。だが、実行する
場合には“そのときそこにある現実”を犠牲にする必要がある。後退は不可能であり、
ただ逆方向へも前進できるというだけのことだ。犠牲になる現実の数は減らない。
 可能性は多重に在るが、“この世界の現実”は一つしかありえない。
 当然、“別の世界”には“この世界”とは違う現実がある。しかし、そこでも数多の
可能性が現実になれず幻想と化している。可能性の数は、世界の数を遥かに上回る。
この前提が当てはまらない場所を、わたしは見たことも聞いたこともない。
 所詮、“今ここにいるわたし”も、星の数より多くある可能性の一つでしかないが。

 虹色の淡い光に照らされながら、わたしは静かに目を伏せる。
 唯一無二――そんな言葉が脳裏をよぎった。
 わたしと出会った彼が何人目の坂井悠二だったのか、わたしは知らない。

 今ここにいる自分が本当に自分であるか否かについて、少しだけ彼は語ってくれた。
 ただの人間であった坂井悠二は既に亡く、ここいるのはその模造品だ、と。
 自分もまた坂井悠二ではあるが、故人・坂井悠二とは明確に異なる、と。
 今の自分には、本来の坂井悠二が知りえなかった記憶や感情がある、と。
 もしも仮に、この肉体が故人・坂井悠二と同じ物だったとしても、心は異なる、と。
 同種であり同属であり同類ではあっても同一ではない、と。
 価値観や常識が激変するほどの経験をした彼には、そう言えるだけの資格があった。

983たった一度の冴えたやり方(3/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:54:14 ID:wFs0ZlLc
 坂井悠二は、わたしが何者であるかについても大雑把には知っていた。
 魔界医師メフィストの手術を受けた際、わたしが何をしているのか垣間見たらしい。
 困ったような顔をしながら、君を許すことはできない、と彼は言った。
 現実が上書きされるたび、同じ数だけの現実がそこに生きた皆と共に失われた、と。
 認めよう。彼には、わたしを糾弾する権利がある。
 もはや“最初の現実”と“当時の現実”は別物だと表現しても過言ではなかった。
 わたしは彼らに酷いことをしてきたし、これから先も酷いことをするつもりだ。
 蝶と戯れ、しかし個々の蝶を一匹一匹それぞれ識別しないまま微笑む幼子のように、
わたしもまた『宮野秀策』や『光明寺茉衣子』という種類の生物が絶滅さえしなければ
億千万の『宮野秀策』や『光明寺茉衣子』が犠牲になることをすら容認できる。
 BがAに近似しているなら、Aが在った場所にBを代入し、それを是としてみせる。
 救われる二人が、地獄の苦しみを味わって死んだ彼や彼女とは別の二人だとしても、
わたしはそれを幸福な結末だと言い切ってみせる。
 本物の宮野秀策や光明寺茉衣子とは無関係な、複製に過ぎない二人だろうと、本物が
無事であるという証拠がない以上は守らねばならない。
 あの二人を救うために必要なら、他の参加者全員を破滅させようが、後悔はしない。
 目的のために手段を選ぶつもりは、もうなかった。
 坂井悠二を犠牲にし、零時迷子を利用し、彼が守ろうとした仲間を死なせてでも、
理不尽にすべてを奪い取ってでも、あの二人を助けるつもりだった。
 だが、そんなわたしに彼は言った。
 君を許すことはできない……それなのに、心の底から憎むこともできない、と。

984たった一度の冴えたやり方(4/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:54:55 ID:wFs0ZlLc
 うつむいた表情には、喜怒哀楽が複雑に混在していた。
 君を否定したら、“今ここにいる自分”や“今ここにいる皆”まで否定することに
なってしまう、と彼は言った。
 “今ここにある現実”は、君の干渉がなければありえなかった、と。
 辛く悲しく苦しいけれど、存在しなかった方がマシだったとは思わない、と。
 恨んでいないと言えば嘘になるけれど、それでも殺したいとは思わない、と。
 その意思を愚かだと嘲る権利は、わたしにはない。
 顔を上げて、坂井悠二はぎこちなく笑った。
 こうして姿を現したのは、自己満足だとしても会って話したかったからだろう、と。
 今こうやって話しているという現実は後で上書きされ、“今ここにいる坂井悠二”も
君に消されるのだろうけれど、だからこそ、せめて約束してほしい、と。
 踏みにじったものに見合うだけの素晴らしいものを絶対に掴み取ってみせるから、
数え切れぬほどの犠牲はすべて無駄にしない――そう約束してほしい、と。
 わたしは頷き、約束の対価として、彼の手から水晶の剣を譲り受けた。
 ……“あの現実”も、“あの坂井悠二”も、今はもう記憶の中にしか存在しない。

 数多の現実を渡り歩き様々な光景を覗き見たわたしは、この剣のことも知っている。
 邪を斬り裂く、人ならぬものが創った剣。魔女の血入りの水で洗われ、本来の目的を
――己の“物語”を少しだけ取り戻しかけている、勇者の武器。
 主催者に致命傷を与えられるかもしれない可能性を秘めた、七色に輝く刃。
 こんな物が支給品として都合良く会場内にある理由を、わたしは苦々しく想像する。
 勝利に届きそうで届かない程度の希望を与えて、最終的に絶望する瞬間を最大限に
盛り上げようとしているのかもしれない。
 あるいは、主催者すらも第三者の――“他者の破滅を満喫したい”という願望を抱く
強大な何者かの、掌中に捕らわれた獲物に過ぎないのかもしれない。
 どんな経緯があるにせよ、おそらくは、あまり喜ばしいことではない。

985たった一度の冴えたやり方(5/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:56:20 ID:wFs0ZlLc
 主催者の殲滅さえ成功すれば、後はどうにかできるかもしれない。
 この世界と関わる異世界の幾つかには、死者の蘇生やそれに近い技術があるらしい。
 主催者を排除できれば、犠牲者全員を復活させることすらも夢ではなくなるだろう。
 宮野秀策を見殺しにした場合ですらも光明寺茉衣子を救うことはできなかった。もう
他に手はない。彼と彼女の死が避けられないなら、死なせた後で生き返らせるまでだ。
 有望そうな参加者が主催者の前に立ったとき、わたしは水晶の剣を託そう。
 無論、敗色が濃い参加者に対しては、何の助力もしない。
 残念ながら、勝機は一度しかないのだから。
 いかに主催者が悪趣味だとしても、自分に直接害を及ぼした相手を野放しにするほど
慈悲深くはないだろう。もしも失敗したときは、きっとわたしは殺される。
 万が一、わたしが放置されたとしても、水晶の剣はわたしの手元に残るまい。
 剣を託した参加者が主催者に負けた場合、その結末を改変することは不可能に近い。
 やり直しはきかない。最初で最後の一回がその後のすべてを決定する。
 おかしなものだ。時間移動能力を得る前までは当然だった、こんなにもありふれた
前提条件が、こんなにも恐ろしくてたまらないとは。
 この身の震えは、決戦のときまで止まりそうにない。


【X-?/時空の狭間/?日目・??:??】
※水晶の剣は、生前の坂井悠二から<インターセプタ>が譲り受けました。

986名も無き黒幕さん:2008/07/01(火) 16:50:43 ID:HiZ/tUuU
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