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試験投下スレッド

1管理人◆5RFwbiklU2 :2005/04/03(日) 23:25:38 ID:bza8xzM6
書いてみて、「議論の余地があるかな」や「これはどうかなー」と思う話を、
投下して、住人の是非をうかがうスレッドです。

430ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 01:08:24 ID:hNdeEao2
(あの精霊は答えを寄越せと喚くだけできっと何も聞いていないのだろうな)
唯一色を持つ窓を覗きながらゴーストは考える。
駄々っ子のように貪欲に全てを求め、そして奪ってしまった精霊。
背後の窓には色彩に欠いた風景が広がっている。世界を奪われたままにしてはおけない。
自分にはできない事を、彼らに託した。
答えを見いだし、世界を取り戻す。たった一つでもいい。取りかえす事に意味がある。
精霊が答えを聞き入れようがいれまいが関係ない。
今、精霊は刻印を通してしか魂を奪う事はできない。自分でそう仕組んだ。
刻印が完全に外れても、彼らが消えてしまう事は無いだろう。
なぜなら一度現れたものは精霊に奪われない限り簡単に消えはしないから。
再び死を迎えるまで生きるだろう。

今、一つの魂が死して消滅する寸前に図書館に迷い込んだ。
「契約者よ、一つ質問を許している」
未来精霊アマワ。
消えゆく魂は問いかける。
――外の世界はどこにあるのか――
御遣いは答える。

外の世界などどこにも無い。世界は全て奪われた。全ての中でここだけが残ったのだ。

失意の、絶望の気配を残して一つの魂がかききえる。


殺して、壊して、奪い合うが良い契約者達よ。生き残って、故郷を、愛なる者を取り戻すのだ。

431ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:34:53 ID:hNdeEao2
贖われた都。鐘の音の響く工房都市。そして――我が故郷、硝化の森。
赤い剣士の銀の一撃。それが私を奪った。いや、奪われてはいない。
絶対殺人武器、殺人精霊。それは世界を滅ぼす引き金。私が生み出し、私が起こした。
答えの召喚、心の実在。それは世界をゆるがす疑問。私が問いかけ、私が答えの場を少女に与えた。
両者が、私を奪った。やはり、奪われたのだ。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつもの窓が、数多の世界に開かれていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。空白を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
ここにも、どこにも、心は無い。
地図の空白はうめられてしまった。なのに、怪物はいない。心は無い。
なら、私は、世界の全てを奪う事にする。
私は、未来精霊アマワ。

絶望の聖域。封鎖の玄室。そして――我が故郷、キエサルヒマ大陸。
傲慢な精神士の白魔術。それが私を生み出した。いや、生み出してはいない。
ネットワーク、情報の網。それは世界を体現する媒体。私が生まれ、私が根ざすもの。
ゴースト、理想の具現。それは世界の虚像。私のかつての姿で、私の今の姿でもある。
両者が、私の本質。そう、私はダミアンに作られたままの存在ではない。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつものネットワークが、数多の世界に繋がっていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。記憶を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
今の私は、「領主」とよばれた、男ではない。
同一世界のネットワークに優劣は無い。では、他頁世界を結ぶものならば?
私は、質こそは違えど領主と同じベクトルの存在。
この図書館で再構築されたゴーストのゴースト。

432ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:35:40 ID:hNdeEao2
窓の一つをくぐり抜ける。
心の実在を世界に向かい、問いかけた。
硝化は一瞬だった。一つの世界がまるごと奪い去られる。
その有り様は美しいとすら言えるだろう。美しい世界、精霊の故郷。
人が、都市が、世界が、白く不変の景色に固定される。
完全なる静寂が世界を満たした。
答えは返ってこない。
しかし――
(あれはなんだ?)
まだ残るものがある。6つの存在が、白い世界の中で異質な輝きを放っていた。
物部景、 甲斐氷太、 海野千絵 、緋崎正介、四宮庸一、姫木梓
さきほどまで生きていた者も、とうに死んでいた者もいる。
なにが、彼らを硝化に抗わせたのか?
力か、意志か。もしくは、愛、心――
面白い。
彼らが、世界が投げてよこした答えなのか。
「しかしそれはまだ答えではない」
答えに対する精霊の返答。
「それは魂だ。確かに奪いがたいものではある。心が存在するとすればその中だろう」
「私がもとめるのは答えそのもの、心そのもの」
答えは返ってこない。

次の窓をくぐり抜ける。
あやめ、空目恭一、近藤武巳、木戸野亜紀、十叶詠子、小崎摩津方
そして次――
ギギナ 、ガユス 、クエロ・ラディーン 、レメディウス・レヴィ・ラズエル、ユラヴィカ
また次――
ヴィルヘルム・シュルツ、アリソン・ウィッティングトン
次――
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ 、天樹錬、クレア、 フィア、ディー、 セラ、李芳美
――

窓のむこうの硝化した景色を、ながめ、ひとりごちる。
「私には彼らの全ては奪えなかった。それは認めよう。しかしそれで確かだと言えるのか」
おそらくは言えまい。数百の魂、おそらく答えはこの中にある。
次はどう奪うものか。

433ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:36:31 ID:hNdeEao2
(君はなんだね?)
闖入者の問いかけが図書館の静寂に響く。
(私は未来精霊アマワ。お前こそ、何者だ)
向き直った精霊は万物を愚弄する、人の不愉快に真似た姿であった。
(ただのしがないゴーストだよ。いや、ゴーストですらないな。しかし、かつてはアルマゲストと呼ばれていた)
ゴーストの返答は軽い。
時を、次元を超越した空間に人ならざるもの達の問答のみが静かに続く。
(私は出会う者に一つだけ質問を許している。先ほどの問いは忘れよう)
(なら、問おう。旧友よ、世界を滅ぼした目的は何だ)
(心の実在を)
(世界を奪い尽くしてそれでも心は見つからなかった?)
返答にはしばし間があった。
(魂からの心の精製、それができるなら疑問に答えを見いだせるだろう)
(同じ事を何度も繰り返してそれでも見つからない。それでも続けるのは誠意ではなくただの愚かさだ)
試行し、答えを見失うごとに不在の確信を強めていく。君のしていることは結局は無意味だよ。
精霊が押し黙る。静寂の中に永遠とも感じさせる時をかけて、精霊が新たな問いを発する。
(では質問しよう。お前が心の実在を証明しようとするならばなにをする?)
(彼らを返したまえ。君が奪ってはならない。心が魂にあるのならばそれは絶望の中に見いだされるだろう。また、絶望の中で最後に残るもの、それこそが心であろうよ)
(つまり殺し合いをさせろ、と。それがお前の答えか)
(その通り)
(どのようにして?)
(それについては私が手助けをしよう。私の能力というのはこういう時に非常に便利なものだ。彼らの魂に刻印を施す)
(何が――目的だ)
(別に何も。強いて言えば私も心と言うものをみてみたい、といったところだよ、我が旧友)
(よかろう。では彼らと契約を結ぼう。契約者よ、心の実在を証明するが良い)
(いや、まだ不十分だな。契約というからには双方にとって利益が無くてはならない。君は彼らに何を与えられる?)
(私は何も与えない。だが――心の実在、それを証明できたのなら彼と彼の世界を返すと約束しよう)

434ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:38:25 ID:hNdeEao2
静謐であった図書館は、いまやざわめきでみちていた。
図書館の住人、旧世界を超越していた存在。彼らがことの行く末を見守っているのだ。
ざわめきの中で、青黒い長衣を纏った優男の独り言を聞く者は誰もいない。
「全くもって精霊は理解しがたいね。本当に…愚かだよ。だって、そうは思わないかい? 
彼の望みは心の証明。それは価値ある問いだ。僕も、我が偉大なる師賢者ガンザンワロウンも答えを欲している。
誰もが、欲している。そしてここに一つのアプローチがある。極限状態における心の精製。きわめて正しく――そして同時にきわめて誤った手段だと僕は思う。
観察者は対象に干渉してはいけないんだよ。それは全てを無駄にしてしまう。
本当に…本当に残念だ…」
「それが君の願いかね。このゲームからの『干渉』の排除が」
虚空に消えていた声に、唐突に返事がかえる。
長衣の男は、特に驚いたそぶりも見せずに向き直った。
漆黒のマントを羽織った男に。
「少し違うな。真に心の実在を証明したいのならば彼らに干渉者の存在を気取られてはならない。
ゲームが行われるのならばそれは彼らの中の『偶然』におきた自発の意志でなくてはならない。
僕は彼に、あの精霊に知ってほしい。マグスの掟、純然たる観察者の心得をね」
「ならば、それを叶えよう」
「どのようにして?」
「いかようにでも。私は君が願い、私が聞いたのならそれは叶えられる。なぜなら私に望みは無く、故に他者の望みに最も鋭敏に反応するからだ。
私は”名付けなれし暗黒”、”夜闇の魔王”」
「なら…一つ質問をしても良いかい?」
「一つと言わずにいくつでも望むままに問うが良い。私はかの精霊とは違うのだから」
「なぜ僕のもとに現れる?あの精霊と幽霊のところではなく」
「相反する二つの望みがあるならばそれは望み無いのと同じではないのかね」
「…それではもう一つ。あの魂たち…彼らの共通項とは何だろうね。何が心を証明しうる?」
「力… 単純な力ではない『力』。物語の中枢に関わる『力』。それが彼らを留めた」
「それでは――僕らは、彼らについて語ろうじゃないか。彼らは既に手の触れられない領域にある」
「幻想と願望、そして宿命についての話を始めようか」
小さな囁きは、途絶える。

435ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:40:34 ID:hNdeEao2
(あの精霊は答えを寄越せと喚くだけできっと何も聞いていないのだろう)
ある一つの目的だけに研ぎすまされた純粋な意志。精霊の特徴なのだろうか。
それにしても、純粋すぎる意志。それは馴染み深い何かを思わせる。
まるである特徴を極端にデフォルメしたような。
色を持つ窓、唯一色を残す壁にある窓の一つを覗きながらゴーストは考える。
駄々っ子のように貪欲に全てを求め、そして奪ってしまった。
背後の窓には色彩に欠いた風景が広がっている。世界を奪われたままにしてはおけない。
自分にはできない事を、彼らに託した。
答えを見いだし、世界を取り戻す。たった一つでもいい。取りかえす事に意味がある。
精霊が答えを聞き入れようがいれまいが関係ない。
今、精霊は刻印を通してしか魂を奪う事はできない。自分でそう仕組んだ。
刻印が完全に外れても、彼らが消えてしまう事は無いだろう。
なぜなら一度現れたものは精霊に奪われない限り簡単に消えはしないから。
再び死を迎えるまで生きるだろう。
ふと、口から言葉がもれる。
「本当の君に、世界の全てを、全ての世界を奪う力があったのかい?」
精霊は答えない。
(この精霊もまた、奪われたのか)
未来にあり、奪う事の出来ない存在が、奪う事しかできない存在が奪われた。
ありえない。しかし、彼自身の行為が、偶然に彼に仇をなしたとすれば。
例えば硝化の森で隻眼の少女が行ったように。
ならばひょっとして、ここにいるのは自分と同じ…

今、一つの魂が死して消滅する寸前に図書館に迷い込んだ。
「契約者よ、一つ質問を許している」
未来精霊アマワ。
消えゆく魂は問いかける。
――外の世界はどこにあるのか――
御遣いは答える。

外の世界などどこにも無い。世界は全て奪われた。全ての中でここだけが残ったのだ。

失意の、絶望の気配を残して一つの魂がかききえる。


殺して、壊して、奪い合うが良い契約者達よ。生き残って、故郷を、愛なる者を取り戻すのだ。

436地を行く人喰い鳩 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:38:59 ID:D7qZuQnc
この殺伐とした島にそぐわぬ施設、海洋遊園地。
 その施設は縦に長く、二つのエリアにまたがる敷地を有する。
 そして、その路面を一人の男が全力で疾走していた。
「あー、くそったれ! 何でこう逃げまくんなきゃならねーんだ?」
 オレがちらりと後ろを見ると七匹の獣が自分を追走していた。
 何だよありゃあ? 新手の大道芸人か?
 ただの猛獣使いならサーカスに帰れ。ここは遊園地だ!
 
 思えば出会う敵全てが超人クラスだった。
 とんでもない身体能力を誇る名前のクソ長い美系の戦闘狂。
 見た目とは大違いの実力を誇る二人の女剣士。
 四対一にもかかわらず喧嘩を売ってきた空間使いのガキ。
 どいつもこいつも自分が本気を出して、紙一重で死を回避するのが限界の実力者達だ。
 今、自分を追いかけてくる奴も人外の存在に決まっている。
 しかも体力は限界で、フォルテッシモから与えられた傷には血が滲んでいる。
 このまま動き続けると、あと五分でオレはぶっ倒れる。
I−ブレインが使えないのにどーしろってんだ!?
 オレの心からの叫び、しかし誰にも届かない。

「鬼ごっこかぁ? ま、せいぜい楽しませてくれよッ。ヒャハハァー!」
 背後からの声には緊張感のカケラも感じられない。
 アル中か? 薬中か? それともただの異常者か?
 あいにくオレには、殺し合いを楽しむ神経はねーんだよ。
 だいたいさっき会ったフォルテッシモとか言う奴はどうなったんだ?
 死んだのか?
 それともこいつの仲間でオレを挟撃しようとしてるのか?
 I−ブレインが起動できれば演算で様々な回答をたたき出せるのだが、今は逃げることだけを考える。
次の瞬間、背後に熱気を感じたオレは加速したまま横っ飛びに跳躍した。
 そのまま身を捻って飛び前転の体制に繋ぎ、勢いを保って立ち上がる。

437地を行く人喰い鳩 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:40:02 ID:D7qZuQnc
 ヒュッ!

 横を見ると、さっきまで自分がいた場所を火球が飛び去っていった。
 ……危ねえ危ねえ、こんなところでステーキに成るのは御免だぜ。
 日頃から体鍛えてたのはビンゴだな。
「見苦しいわよ。戦う気がないならさっさと死んで頂戴」
 今度は女の声が聞こえた。どうやら敵は複数らしい。
 フォルテッシッモとは嗜好が違い、完全に殺しを目的としているようだ。
 好き勝手言われるのも癪なので、オレは取りあえず言い返した。
「うるせえ! 本日におけるオレの戦闘に対する許容量は限界なんだ。他を当たれ!」
 更にコミクロンの台詞を引用して、
「これ以上オレを怒らせると、歯車様の鉄槌が下るぞ?」
 言ってやった。苦し紛れのハッタリだが、それっぽく言ったので威嚇にはなるはずだ。
「上等よ。やってみなさい!」
 ……逆効果だった。背中に研ぎ澄まされた殺意が刺さる。
 
 ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
 
 振り返ったオレが見たのは、先ほどより幾分速度を増した火球だった。
 炎弾を連射できるのかよ!
 やばい。コミクロン、火乃香、シャーネ、誰でもいいから助けに来てくれ。
 迫り来る死を回避する為、オレは手近なアトラクションに飛び込んだ。

438地を行く人喰い鳩 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:40:52 ID:D7qZuQnc
 ヘイズが助けを切望していた三人は花壇に居た。
 もっとも、すでに一人は死んでいたが。
 シャーネの墓を作る時間が無かった火乃香とコミクロンは、
 彼女を花壇に寝かせて花葬にした。
 コミクロンの治療によりシャーネの体に外傷は無く、生前の美しい容姿を保っているものの、
 彼女が再び立ち上がり、微笑む事は無いだろう。
 
「すまんシャーネ。俺の未熟と驕りのせいで……」
「あんただけの責任じゃない。今は気持ち切り替えていくしかないよ、コミクロン」
「ああ、クレアに謝罪のメモも残したし、とっととヴァーミリオンを助けて退散するか。
火乃香、あいつの位置は分かるか?」
「ん、こっから南西へ50メートル。あのアトラクションの中っぽいね」
 火乃香の額の中央で蒼光を放つ第三の眼を見た後、コミクロンは周囲を見回す。
 そして、遊園地の入り口近くに止まっているある物に目をつけた。
「なあ、お前はあれを動かせるか?」
「できないことは無いけど、一体どうすんのさ? この距離じゃ走るのとそう変わらないよ?」
 火乃香の視線の先、余裕顔を取り戻したコミクロンは顎に手を当て、
 ――やっと、俺の天才的思考能力が役立つ時が来たようだな。
 休憩中にまとめ上げた計画を告げた。

 アトラクションに飛び込んだ先、周りには五人のオレが居た。
「何だ?」
 自分が眉をひそめると相手も表情を変えた。
 びびったぜ、ただの鏡か。しかも通路全面に……何なんだここは?
 一瞬だけ追っ手の術かと思ったが、ここは鏡で人を惑わすアトラクションだとオレは気づいた。
 うまく立ち回れば逃げ切れるかもしれない。

439地を行く人喰い鳩 4 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:41:36 ID:D7qZuQnc
 三秒後、オレは群青色の火の粉を散らした獣が突入してきたのを知覚する。
「ふん、ミラーハウスに逃げ込むとわね。数の多いこっちが自分の鏡像で混乱するとでも思ってるの?」
 唐突に獣の身体がはじけ飛び、獣が居た位置には小脇に巨大な本を抱えた女性が立っていた。
 ……大道芸人だったのか。それにしてもずいぶんとグラマーな姐ちゃんじゃねえか。
「私は "弔詞の読み手"マージョリー・ドー 。消し炭になる前に覚えておきなさい」
 弔詞の読み手、か……大した貫禄だぜ。
 それにこの隙の無い動き、かなりの場数をふんでやがる。
「オレは "Hunter Pigeon(人喰い鳩)"ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。翼をもがれた空賊だ」
 入り組んだ鏡の通路の中、オレは名乗りながらもじりじりと"前進"する。
 実際は出口に向かって進んでいるのだが、マージョリーには鏡像に映ったオレの姿が
 用心深く接近して来るように見えるはずだ。
 試しに騎士剣を手に持つと、マージョリーは身構えた。
「ただのヘタレかと思ったけど……戦う気は有るようね」
 良し、マージョリーは策にはまった。後は距離を稼いでトンズラするだけだ。

「ここで停車、と。準備できたよコミクロン」
 火乃香の声にコミクロンは満足げに頷いた。
 目の前には『ミラーハウス』と書かれたアトラクションが建っていて、
 自分の横には園内の送迎用バスがいつでも発進可能な状態で待機している。
「ふっふっふ、後はヴァーミリオンが出てくるのを待つだけだな」
 
 フォルテッシモの防御は硬く、並大抵の攻撃力では打ち破れない。
 ならば防御できても行動不能な状態にしてしまえば良い。
 では大質量物体をぶつけて埋めてしまおう。

 これがコミクロンの立てた計画だった。
「バスをミラーハウスに突撃させればフォルテッシモが直撃を免れたとしても、
ミラーハウスの倒壊に巻き込まれてしばらく出てこれないだろう。戦闘は力押しが全てじゃない。
戦術面ではこのコミクロンが上だ!」
「あたしはこの計画も十分力押しだと思うんだけどな」
「むう、小さいことは気にするな火乃香。それよりヴァーミリオンは何分後に出てきそうなんだ?」
「けっこう遅めに進んでるから……あと二分かそこらはかかるね。
けどあたしがバスぶつける間の敵の足止めはどうするのさ?」
「ふっふっふっ、任せておけ。今とっておきの構成を練ってる」
「タイミング命なんだから肝心な所でスカさないでよ?」
「ふっ、この天才には愚問だな」
 コミクロンの返事を聞きながら、火乃香はハンドルを握り直した。

440地を行く人喰い鳩 5 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:42:39 ID:D7qZuQnc
「ねえ、あんた本当に私と戦う気があるの?」
「そーやって誘っても無駄だぜ。お前の火力は半端じゃないからな」
 オレはマージョリーの鏡像の一つを睨み付けた。
 強がってはいるものの、オレの足は着実に出口へ近づいている。
 このまま行けばあと一分位で脱出できるはずだ。
 しかし、ハッタリとフェイントでマージョリーを牽制するのももう限界に近い。
 もしも彼女が痺れを切らして飛び掛かられた場合、こちらはもう何もできない。
 くそっ、そろそろ手詰まりか。血も出過ぎてくらくらするし、
 ちと早いがここらで賭けに出るしかねえな。
 コミクロンの治療が終わっているなら味方と合流して反撃。そうでないなら死だ。
 他人任せってのは好きじゃねえが……!
 出口に向かってオレは全力で駆け出した。
 例え全面鏡張りの通路であっても、床と壁の継ぎ目に沿って走れば自然と出口にたどり着く。
「嵌めたわねっ!」
 オレの加速を攻撃と捉えて防御体制をとった分、僅かに反応の遅れたマージョリーが、
 オレの意図に気づき炎を纏った獣に変身して追走してくる。
 外見と違って、ずいぶん頭に火が付きやすいじゃねえか。
 しかも結構走るの速ええぞ。怒らせたのはやばかったか?
 今まで稼いだ距離が一瞬にして詰められる。だがそこを曲がればもう出口だ!

「避けてヘイズ!」
 鏡の通路から飛び出たオレが見たのは、
「バス!?」 
 と運転席に座る火乃香だった。
 バスの急発車とともに耳をつんざくほどのクラクションが鳴り、
「走れヴァーミリオン! ぼけっとすんな!」
 横からコミクロンの声が聞こえた。
 ――そういうことかっ!
 二人の考えを理解したオレは、火球を回避した時のように全力で身を投げ出す。
 それとほぼ同時、バスの運転席の火乃香も開け放たれたドアから飛び出した。
 バスは速度を保ったままオレを追って駆け出てきたマージョリーに、
「遅いわよ!」
 突っ込むことはできない。獣の姿の彼女の回避が一瞬速いはずだ。

441地を行く人喰い鳩 6 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:44:20 ID:D7qZuQnc
 だが、
「コンビネーション2−7−5!」
 その回避を止める物があった。
 オレが視線の先、コミクロンの突き出した左手の先端に光球が出現し、

 キュンッ

 鏡の通路から飛び出そうとするマージョリーのすぐ眼前に転移した。
 その後に続くのは刹那の破裂音と僅かな閃光。
「ぅあ!」
 あまりにも突然過ぎる上にバスの回避に集中していたマージョリーは、
 コミクロンの魔術の直撃を受ける。
 そして――、

 ズドォォン!

 バスはマージョリーを吹き飛ばし、アトラクションに激突した!
 こりゃあ常人なら即死、何かしらの防御を発動してもまず行動不能だろうな。
 随分とむごい倒し方だが……自業自得って言えばそれまでか。
 一息着いたオレは仰向けになり、
「危ねえ!」
 横にいた火乃香を押し倒して、その上に覆い被さった。
 数瞬後、衝撃によって舞い上がった鏡片が雨のように降り注ぐ。
「うおっ! 鏡か?」
 火乃香と同様に落下物に気づかなかったコミクロンが叫び声を上げるが、
 そちらまでかまっている暇は無かった。まあ、ぎりぎりで回避できるだろう。

 しばらくしてバス衝突の二次災害も収まったので、オレは火乃香の上から立ち退いた。
「いきなり押し倒して悪かったな。無事か?」
「あたしは平気だけど……ヘイズは? カツンカツン音がしてたみたいだったけど」
 あたりを見回すと一面に鏡片が飛び散っている。
 だがオレは厚手の服のおかげで全く無事だった。
「問題ねえよ。実際大したでかさじゃ無かったしな」
「おい、何故俺の存在をスルーするんだ?」
 心配も何も無傷じゃねえかよ、お前。
 取り敢えず別の話題で誤魔化すか。
「おおコミクロン、さっきの魔術凄かったじゃねーかよ」
「あれの凄さを分かってくれるかヴァーミリオン!
なに、簡単な事だ。転移する小型雷球を使って一瞬だけ電流を流し、神経を麻痺させたんだ。
やはり分かる奴には分かるのだな、この天才の偉大さというものが。キリランシェロとは大違いだ。
それにあのエレガントな役回りこそこの俺に……」

442地を行く人喰い鳩 7 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:45:13 ID:D7qZuQnc
 良し、誤魔化し成功。
 後は適当に聞き流すか。
「そー言えばヘイズ、あの獣は何だったのさ?フォルテッシモは?」
「あれはマージョリー・ドーとか言うゲームに乗った大道芸人で、本体は美人の姐ちゃんだ。
フォルテッシモは図に乗り過ぎてたんでオレが成敗しといた。
おかげでI−ブレインが停止しちまったがな……ところでシャーネは何処だ?」
 ん、この火乃香の顔色……まさか。
「シャーネは……死んだよ……」
 くそっ、最悪の予想が当たっちまったか。
 オレは又、別の話題で誤魔化そうとしたが、
「あたしは平気だよヘイズ。だけどコミクロンは……多分そのことで今も――」
「分かった、もう言うな。医療魔術の能力低下は今に始まった事じゃねえ。
これ以上はあいつ自身の問題だ」

「おい、何話してんだそこ。俺が大いなる大陸魔術士の歴史を紐解いて説明してやってるのに……
聞いてるのか?」
 おいおい、どーしてエレガントが大陸魔術士の歴史にまで発展してんだよ。紐解きすぎだ。
 あとオレはお前の魔術を褒めはしたが、講義を聞かせてくれなんて言ってねえぞ。
 そこまで心中でツッコミを入れたオレは、これ以上話させるのは不毛と判断して話題を変えた。
「その話はもっと時間が有る時にしてくれコミクロン。
今は二つばかり質問が有るんだがいいか?」
「どんと来い。この天才が答えてやろう」
「一つ目は武器をどうするか。二つ目は今後どうするかだ」
 どんと来いと言うので、ストレートな質問をぶつけてみた。
「壊れた剣はバスのアクセルとハンドルの固定のためにあたしが使ったよ。
つまり今はヘイズの持ってる騎士剣とコミクロンのエドゲイン君しか武器は無し。
あと今後どうするかだけど、今あたしは猛烈に休みたい」
「俺も休憩には異議無し、だ。ゲームが始まって以降寝てないしな」
 そう言えばそうだな。
 実を言うとオレの疲労も限界なので、正直この提案はありがたい。
「じゃあ取り敢えず休憩するか。だがこの場じゃあだめだ、
さっきの音を聞き付けた奴に襲われる可能性がある。まずは近くの安全そうな場所に避難すべきだ」
「距離的には市民会館が近いね。神社も捨てがたいけど」
「俺は市民会館に行くべきだと思うぞ。くつろげそうだし、市街地が近いから逃げるにも都合が良い」
「分かった。まずは市民会館に行くとするか」
 目的が決まったならば長居は無用だ。

443地を行く人喰い鳩 8 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:46:21 ID:D7qZuQnc
 オレはコミクロンから荷物を受け取ると空を見上げた。
 元居た世界とは違い、一カケラの雲さえない広々とした蒼天が続いている。
 ……天樹錬、お前はこの空さえ見れずに死んだのか? 
 ハリー、オレは絶対帰るからな。スクラップになんか成るんじゃねえぞ。
 親父、オレは今精一杯走って生きてるか?

「空を見上げて何やってんだヴァーミリオン? 治療してやるから早く来い」
「青春に浸ってたんだ。今行く」
 オレは止まらない、止まれない。
 死んでいった奴等のため、帰りを待ってる奴等のため。
「ま、せいぜい足掻いてやるか」

 ヘイズ達が立ち去った後、崩れたミラーハウスから一本の手が生えた。
 "弔詞の読み手"マージョリー・ドー である。
「ヒャハハ、鬼ごっこは負けみてえだな。我が麗しのゴブレット、マージョリー・ドー」
「黙りなさいバカマルコ。ったく、午前のガキ二人といいふざけた連中しかここには居ないの?」
 愚痴る彼女の前をバスのギアーが転がっていく。
「……歯車様の鉄槌、だな。ヒャハハハハ。あの赤髪やるじゃねぇか」
 バスが激突する直前、マージョリーは背後の壁を吹き飛ばして後退し、直撃を防いだ。
 しかしコミクロンの予測は的中し、防いだ所で無傷では済まなかったが。
「今度会ったら全員炭の柱にしてやるわ」
「ヒャッハッハッハー!まだまだやる気満々だなぁ。我が怒れる美姫マージョリー・ドー」
「当たり前よ」

444地を行く人喰い鳩 9 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:47:33 ID:D7qZuQnc
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:25】

【戦慄舞闘団】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷、疲労困憊 I−ブレイン3時間使用不可
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:有機コード 、デイバッグ(支給品)
[思考]:1、火乃香達のところへ 2、刻印解除構成式の完成 3、休みたい
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:
[道具]:デイバッグ(支給品)
[思考]:休みたい。


【コミクロン】
[状態]:疲労、軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、子分化
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君 
[道具]:デイバッグ(支給品)
[思考]:1、休みたい 2、刻印解除構成式の完成。3、クレア、いーちゃん、しずくを探す。
[備考]:白衣を着直した。

[チーム備考]:全員が『物語』を聞いています。
       騎士剣・陽(刀身歪んでる)、魔杖剣「内なるナリシア」(刀身半ばで折れてる)が、
       ミラーハウスの中に埋まっています。
       

【マージョリー・ドー】
[状態]:全身に打撲有り、ぷちストレス
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイバッグ(支給品) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる

445 ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:32:24 ID:TyM8AN7w
 ここ、ではなく――。
 そこ、でもない――。

 どこか――。



「順調に進んでいるようだね」
 G4に"設定"された巨大な城、その中の不可触領域に設けられた広間。
 そこに前触れもなく現れた男は、間近でじっと見ないとそうだと判らないような、
 限りなく黒に近い深い緑の長髪、限りなく黒に近い紅色の双眸をしていた。
 色素欠乏症を思わせる白い肌、それでいて血管が浮き出ているようなことも無い。
 そして足元までを覆う黒いコート。
 初めて見たものには、どこまでも白い肌と、コートの組み合わせに異常な違和感を抱く。
 すなわち。
 
 ――人間なのか――

「おぉ、お主か。順調というよりも少しばかり予定を上回るペースで進んでおるな。
 このままでは後半日ほどでサンプルの採取は終了するやもしれん」
 巨大な一室、謁見の間という表現が一番近いであろうその広間の奥の一段高くなった場所に、豪奢な調度の椅子。
 そこにおさまるのは芝居じみた衣装を纏い、得意げに髭を反らし、いかにも尊大そうな態度をとる男。
「そうかい」
「だが、こちらの都合通りに進んでおるので、さしたる問題は無いな、
 むしろ異世界からの干渉の件はどうなっておるのだ?」
 玉座に座っている以上、この城の王であろう男に尋ねられた黒衣の男――クエスは、さも今思い出したように、
「あぁ、彼らか。キミが気にする必要は無いよ、少しばかり介入されてしまったけれど、
 その辺りの事はボクに任せてもらって問題ない、キミの計画に支障が出るようなことは無いよ」
「ふぅむ? なら良いのであるが」
 髭を弄りながら、玉座の男――ヴォイムは答える。

446 ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:33:18 ID:TyM8AN7w
「以前の実験では、10前後の異世界からサンプルを集めたつもりであったが、
 どういうわけか2つの世界から数名ずつ召喚してしまったようでな。
 余の創りあげた世界の住人のサンプルにするには少々偏りすぎていたようだ、今回のお主の協力には非常に感謝しておる」
「これくらいどうって事ないさ、ボクも興味があるからね」
 興味がある、と言う割には声のトーンに全く変化が無い。
「ほう、お主の興味を引くようなものがおるのか?」
「あぁ、彼女"刀使い(ソード・ダンサー)"と言わせてもらうけどね、その"刀使い"はボクのコートを斬った」
「なんと?! それは興味深いな……」
 ヴォイムは椅子から身を乗り出すも、すぐさま元の体勢に戻る。

「サンプルの平均を採る為に、なるべく突出した能力は抑えたつもりであるが、ふぅむ」
 癖なのか、顎に手を当てながら考え込む。
「能力を制限しないままサンプルを放り込むのはまずいから、少しだけ制限をかけたけどね、
 それでも、キミの計画を満足させるぐらいには能力を残しておいたよ」
「うむ、結構。念のためサンプルを管理するものも召喚した。
 以前の失敗は、余が直接舞台へ上がってしまった事だと分析しておる。今回余は安全な場所から眺めているだけでよい」
 ヴォイムは眺めている、と言うが、この広間にはモニターの類は一切見当たらない。
 どうやってあの殺戮と狂気の舞台を眺めているというのか――。
「まぁ、邪魔が入ることは無いさ、気の済むまでやるといい」
 クエスの、呟きなのかヴォイムに向けた言葉なのか良く判らない声、ヴォイムがそれに答えようとした瞬間――。

「そうは問屋が卸さないのです」
 いつの間にか広間の入り口には、短めの三つ編みの少女と金髪緑眼の青年が立っていた

447黒幕話かっこかり ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:34:13 ID:TyM8AN7w
「なっ……、お前たち、いつの間に、どうやってここへ侵入した!?」
 ヴォイムは動揺と共に、身を椅子から乗り出す。
「お主、どういうことだっ!? ここに侵入されるなどと……!」
 安全を決め込んでいた巣穴に飛び込んできた闖入者に動揺したヴィオムは、驚きのあまり威厳を欠いた顔をクエスに向けた。
 言い終わるのを待たず、彼の背後の暗幕から、目立たないグレイのスーツを着た中肉中背の中年男たちが飛び出し、
 文字通り瞬く間に青年と少女を取り囲む。
「あわてることはないさ、せっかくの催しだ、ゲストの一人もいないとつまらないだろう?
 さっきも言ったけど、キミの計画に支障は無い。これ以上はボクが、させない」
 ヴォイムへ向けてひとしきり喋り、クエスは振り向きざま二人に深い――とても深い――笑みを浮かべる。

「あなたは……、あなたはそんなに火乃香さんの力が気になりますか?」
 青年は砂漠用のデューン・スーツを纏うが、そこにはいつもの微笑は無い。
「それはキミも同じだろう? この会話は何度目だろうね?」
「それは……」
 クエスの問いに口ごもる青年。
「何なら、ここでボクと争ってみるかい? 2対1でもボクは一向に構わないよ」
「もとよりそのつもりです、あなたの都合に彼らを巻き込むわけにはゆきません」
 言葉と共に少女の周囲から超高密度のEMP場があふれ出す。
 同時に、青年の緑瞳が金色に輝き、白いデューン・スーツも光を帯びる。
 クエスの不敵な笑み、そしてスーツ男たちとの間に緊張がはしる――。 
 
「その辺でよかろう」

448黒幕話かっこかり ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:35:11 ID:TyM8AN7w
 クエスを除いた全ての瞳が、声の主――ヴォイムへ集中する。 
「お主、イクスというのか? そちらの娘は……、ふむ、いくつかあるようだが"年表干渉者(インターセプタ)"で良いのかな?」
 資料を見ていた形跡は無い、ヴォイムはただイクスと"年表干渉者"を見ただけで名前を知ったというのか。

「この世界は余が創りあげし世界なり、故に余こそがこの世界の法、余こそがこの世界の絶対者なり。
 余に刃を向けるのは天に唾吐くが如し。汝らも世界の理を知るものならば、ここでの抵抗が如何に無意味であるか、それくらいは理解しておろう?」
 先ほどの取り乱し具合とは裏腹に、堂々とした態度でイクスたちに歩み寄る。
「確かに、そうかもしれません。ここで私たちが本気でぶつかったらこの空間そのものが崩壊しかねませんから」
 クエスをその瞳に捕らえていたイクスだが、肩をすくめて溜息をつき、それにあわせて周囲の光も薄らいでゆく。
「イクスさん、しかし……」
 食い下がろうとする"年表干渉者"にクエスの声がかかる。
「キミも "刀使い"ではないにしろ、期待しているものがいるんだろう? 悪い話じゃないと思うんだけどな」
「わたしたちにはここでずっと眺めていろとおっしゃるのですか」
「別にそうは言わないさ、どうにか出来るのならやってみるといい」
"年表干渉者"を取り巻くEMP場は変わらずに留まり続ける。彼女が何かを仕掛けようとしたその刹那――。

「ここでの争いがどのように世界に影響を与えるかは未知数です。しばらくは彼の目論見に期待するしかありません」
 と、"年表干渉者"を手で制し、クエスに目をやる。
「ボクはどっちでもいいけどね、少しは抵抗もないとつまらないからね」
 クエスは無責任ともいえる余裕を見せる。。
「……。イクスさんのおっしゃる事ももっともです、助けに来たのに崩壊させてしまっては、本末転倒なのです」
 途端、"年表干渉者"の周囲に溢れていたEMP場が霧散する。

「ほっほっほ、解れば宜しいのだ、余はこれでも客人に対する礼はわきまえておるつもりだ。
 サンプルは既に事足りておるからな、汝らはそこでゆるりと眺めているが良い」
 ヴィオムは満足げな顔で肩を揺らしながら元の玉座についた。


『ほほはほはほほほはははほほはほははほほははほははほはほほははほははほはほ』
 広間に沈黙が訪れた後、どこからとも無く聞こえてきたウザったい笑い声は、気のせいだろう、――たぶん。

449<管理者より削除>:<管理者より削除>
<管理者より削除>

450<管理者より削除>:<管理者より削除>
<管理者より削除>

451アマワ黒幕化話一部修正 ◆E1UswHhuQc:2005/06/28(火) 16:49:56 ID:7Yf3b6x2
「君が出てきたという事は……あれは、――世界の敵か」
「そのようだ。何しろ僕は自動的なのでね」
 左右非対称の笑みでブギーポップは答え、アマワを見た。
「君という存在は、ただ吼えているだけだ。未来精霊アマワ。不確かなものを確かにしたいという欲求から生まれたんだろう、君は」
「わたしは御遣いだ。御遣いでしかない。望んでいるものがいるから、わたしは存在する」
「すべてのものが同じことを望んでいるわけじゃない。多くの欲求と共鳴して、本来の望みから大きく歪んだ君は、もはや御遣いではない」
「それは推測でしかない、ブギーポップ。わたしがそうであると証明できていない」
「する必要はない。君は誰もが理解できぬうちに、確実に、貪欲に、根こそぎに、全てを奪っていく。……断言しよう。未来精霊アマワ」
 一息。
「君は世界の敵だ」




「私は奪うぞ未来精霊アマワ。この場にいる全ての者達を。貴様が奪うよりも早く」
 強く握る拳は過去に砕いた拳。
 握れぬ拳に力を込め、まだどこかに居るであろうものに宣言する。
「新庄君の姿だけはくれてやろう。……だが」
 佐山は脳裏に新庄の姿を思い浮かべ、もはや軋みの来ない胸に手指を突き立て、覚悟の言葉を吐き出した。
「――他は私のものだ」



【C-6/小市街/1日目・13:00】
『悪役と泡・ふたたび』
【佐山御言】
[状態]:正常
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。
[備考]:新庄を思っても狭心症の発作が起こらなくなりました。

452暗殺者に涙はいらない 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/13(水) 22:41:33 ID:D7qZuQnc
 パイフウは陽光が降り注ぐ平原を歩いていた。
 いずこかより吹く風が彼女の長い髪をなびかせ、肌をくすぐる。
(エンポリウムに吹く乾きを運ぶ風とは違う……心地よい風ね)
 心に思うのは、荒廃した世界に反抗する活気有る機械の町と、
 僅かな安らぎを与えてくれる己の職場。
 しかし内心とは裏腹に、豊かな緑の大地を見る物憂げな瞳は常に周囲を警戒し、
 まるで散歩をしているかのような歩行には一切の隙がない。
 それでも見晴らしの良い平原を単独で移動するなど、
 この殺し合いの場においては無謀とも言える行為だ。
 暗殺者としての自分が、いつ誰から狙われるか分からないこの状況に危険信号を発している。
 だが構わない。
 一人を除いた、この島にある全ての命をただ刈り取ろうと自分は決めた。
 ならば今は一人でも多くの獲物と遭わねばならない。
 故に危険を避けては通れない。
(こんなギャンブル、暗殺者の取る行動とは思えないわね)
 一人失笑する彼女の視界が捉えるのは、
「――森、つまりE-4エリアに入ったのかしら?」
 しかし次の瞬間にパイフウが見たものは、問答無用の巨大な力で抉られた大地だった。

 数分後、彼女は人間数人分がすっぽり入る大きさの穴(恐らく何らかの範囲攻撃の跡だろう)の
 淵に立っていた。
「本当に……人外魔境ね」
 一体どれほどの戦力がここで衝突したのか見当もつかない。
(塵ひとつ残さず消し飛ばすなんて……あれは?)
 ふと、視線を森の方に向けたパイフウは一本の樹の下に残った物に注目した。
 僅かに周囲の大地よりへこんだそれは、
「――着地跡かしら? つまり……この木の上に誰かが隠れていた?」
 穴の付近で戦闘が起きていたのは間違いない。
 僅かながら穴の近くに、謎の範囲攻撃以外でできたと思われる血痕が有るからだ。
 ならば第三者が樹の上に姿を隠す理由とは、
「一番ありえそうなのは漁夫の利を狙ったから。
二番目は近づくと正体がバレて警戒される可能性が有ったから。
三番目は範囲攻撃を仕掛けたのはこいつで、その攻撃にはチャージもしくは反作用が伴うため、
時間稼ぎが必要だったから」
 特に三番目はかなり危険だ、もしも自分の推測が正しい場合、
 樹上に居た者は、数人の参加者を一撃で吹き飛ばせるスキル又は支給品を所有していることになる。
(冗談じゃないわ。私の龍気槍さえ制限されて大した威力が出ないのに……)
 もう少し、周囲を詳しく調べる必要が有る。
 個人のスキルか支給品かでその対処法は大きく異なるからだ。
 支給品ならばエネルギー兵器の可能性が高く、それらは一見して判別できるし、打ち止めも存在する。
 だが個人技であった場合は、回復すれば無限に使用できる可能性も有り、
 攻撃のモーションなども不明なので相対するまで対策の立てようがない。
 そこまで考えて、パイフウは自分に降り注いでいた陽光が樹木で遮られている事に気づいた。
 いつの間にか、心地よい風も止んでいた。

453暗殺者に涙はいらない 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/13(水) 22:44:40 ID:D7qZuQnc
「――見つけた」
 誰かが潜んでいたらしい樹の幹。そこには何かを突き刺した跡が有った。
(突き刺さったのは恐らく強固な刃物。この樹は下部に枝が無いから登る足場にしたのね)
 つまり、
(樹上に居た者は刃物の支給品と強力な範囲攻撃を有している、って事ね)
 パイフウにとっては、アシュラムやその主と同等の警戒すべき人物に違いない。
 
 しかし、パイフウが見つけたのは樹の刃物跡だけでは無かった。
 次に彼女が見つけたのは、何者かに刈り取られた後に穴を穿った一撃で吹き飛ばされたと思われる、
 生々しい女性の左腕と……その手が掴んだデイパックだった。
 死後硬直によって硬く握られているためか、パイフウがデイパックを持ち上げても
 その腕が離れて落ちる事は無い。
 穴の付近の血痕を辿って発見する事ができた、唯一残っていた被害者の体。
「デイパックの中身も残ってるって事は、穴を穿った者は自分が樹上から攻撃した後に、
これを探して回収する余裕が無かったようね」
 これは樹上の者が謎の範囲攻撃を行った後に、その音を聞きつけて寄ってくるであろう
 他の参加者から逃げたという事を示している。
(つまり……範囲攻撃は一度しか使えず、その後は戦闘不能になるという事かしら?)
 他の理由も有るのだろうが、今はこの程度の推測が限界だ。

 何はともあれ、パイフウはデイパックを開けて支給品を探した。
「武器が入ってれば最高なんでしょうけど……これは服……防弾加工品みたいね」
 手に持って取り出したのは、さらりとした肌触りの白い外套だった。
 他には手付かずの飲食物などの備品一式と説明書らしき物が入っている。
「『防弾・防刃・耐熱加工品を施した特注品』……まあ、やや当りの部類ね。
他には、『着用することで表面の偏光迷彩が稼動』ってステルス・コートの類似品じゃない!
何なのこの多機能すぎる外套は? ややどころじゃないわ、大当たりよ」
 性能を確かめるために外套を着込んだところ、本当に自分の体が見えなくなった。
 着心地もそれほど悪くなく、まるでさらりとした布の服を着ている様な感覚だ。
「周囲の光景をリアルタイムで表示する事によって、中の人間を透明に見せてるわけね」
 防弾・防刃・耐熱加工品を持たせた迷彩服。
 パイフウの世界なら、確実にテクノスタブーに引っかかるであろう代物だ。
 普通に歩行する程度では、まず他者から発見されることは無い。
(気配を消せる私には便利この上無いわね)
 試しに蹴りや手刀を何発か放ったところ、服の周囲に僅かな歪みが発生した。
「……多量の塵には弱いみたいね。他にも雨や霧の中だと性能低下が起こりそう……」
 だが暗殺には十分すぎる性能だ。これ以上の物を期待するのはわがままだろう。
 これなら自分の技能と併せる事によって、ある程度の強敵とも戦える。
(攻撃力は変わらないけど、戦術の幅が広がったのは有難いわね)
 己が殺人機械へと変わるのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。

454暗殺者に涙はいらない 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/13(水) 22:45:29 ID:D7qZuQnc
 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

「私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい」
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(多機能)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。

455殺人神父の人界救済 ◆E1UswHhuQc:2005/07/15(金) 01:51:37 ID:qduyPGFU
 十二時。昏倒し続けるハックルボーン神父は、朦朧とした意識の中で放送を聞いた。
 すべてを聞き終わり、失われた者達の一人一人に涙し、神父は起き上がった。
 敬虔なる神の使徒として、すべてのものに神の救いをもたらさねばならないというのに――
「十三名」
 失われた者達の人数を呟き、神父は苦悩する。
 神よ、自分に聖罰を。
 自分がいるというのに、彼らを貴方の御許へと導く事が出来ませんでした。
 膝をつき、両手を組んで神父は懺悔する。桁外れの信仰が可視波長まで及ぶ聖光効果をもたらし、周囲を浄化した。
 古傷から血が噴き出て床と壁を血に染める。聖罰を受けたのだ。
 神に栄光あれ。
 懺悔を終えた神父は、周囲を見渡した。彼を気絶させた無頼の輩は既に何処ぞへと立ち去り、少年の姿も見つからない。
 神父は一人。だがやることは決まっている。
「万人に神の救いを」
 悔いを残したまま死に、死者の魂が現世で彷徨うことのないように。
 この拳で、神のためにあるこの拳で。
 迷えるものたち全てに、救済を与えよう。
「万人に神の救いを」
 すべては神のために。アーメン。

                 ○

 歩き回った末に、神父はそれを見つけた。

456殺人神父の人界救済 ◆E1UswHhuQc:2005/07/15(金) 01:53:17 ID:qduyPGFU
「ほらミリア! 牛肉だぞ!」
「狂牛病だね!」
「鶏肉もある!」
「鳥インフルエンザだね!」
「豚肉だ! しかも無菌豚!」
「うわあそれなら安全だよアイザック! さすがだね!」
「さすがだろ! そろそろブラック達と合流しようぜ!」
「さすがだね! 要は喜んでくれるかな!」
 商店街の一隅にある、無人の肉屋の店先。
 そこで商品を弄んでいる、二人の男女。
 二人の所業を見て、ハックルボーン神父は神に祈った。
 神は申された。
『汝、奪うなかれ』
 神父はのっそりと、二人の背後の立つ。と、二人のうち女の方がこちらを見つけ、
「――きゃああああああああ!!」
「どうしたミリア!?」
 悲鳴を上げた。鼓膜を震わす甲高い悲鳴をものともせず、神父は右の拳を振り上げた。
「あなたに神の――」
 男が振り返り、こちらを見て驚愕の声をあげる。
「ひ、一人っ! ってことはブラックが言ってたとおり、敵だな!?」
「どうしようアイザック! とうとう悪役登場だよ!?」
 怯えの表情ですがる女に、男は一本の刀を取り出して、
「心配するなミリア。この超絶勇者剣があれば、どんな相手でも真っ」
「――祝福あれ!」
 一歩で踏み込んだ神父の右拳が、男の台詞をさえぎって左頬に直撃した。
 ごきり、という致命的な音で、男の首が不自然な角度に曲がる。首の骨が折れたのだろう。
 間髪入れずに神父の左拳が男の右頬を打つ。
 鉄壁の信仰と日々の鍛錬に裏打ちされた打撃力が、男の首をちぎりとり、肉屋の中に吹っ飛んだ。
 神父の首の根から血が吹き出し、神父の両の目から涙がこぼれた。
 苦痛の涙であり、歓喜の涙でもある。
 ハローエフェクトとRHサウンドの、光と音による昇天が迅速に行われた。不死者アイザック・ディアンといえど、魂が昇天してしまえば再生はできない。
「ア――」

457殺人神父の人界救済 ◆E1UswHhuQc:2005/07/15(金) 01:54:47 ID:qduyPGFU
 女が、がくがくと震えながら銃を抜いた。
 男の首は吊るしてあった豚肉の腸詰に絡まり、奇怪なオブジェとなっている。
「アイザックぅ―――――――!!」
 ろくに照準もつけない銃撃が、神父を襲った。
 放たれた七発の鉛弾のうち、当たったのは四発。左腕、右脚、左肩、右胸の四箇所。
 銃という武器は臓器に直接当たって破壊せずとも、その衝撃だけで人をショック死に至らせることのできる武器だ。
 だが、ハックルボーン神父の鋼の信仰心を折ることは出来なかった。
 ガチガチと、弾が切れてなお執拗に引き金を引き続ける女に近付く。
 命中した四発の弾丸は、神父の行動を妨げることにすら至らなかった。女はようやく気付いたのか、弾切れの銃を手から離した。神父は右の拳を大きく振りかぶる。
「あ、あいざっ……」
「祝福あれ」
 拳がミリア・ハーヴェントを恋人の元へ送る寸前に。
 何かに止められたように、急停止した。神父が止めたのではない。
「――だからヤなんだよ。地味すぎる」
 声は、女のもの。
 声の方を振り向けば、肉屋の向かいの魚屋の看板、楷書で“新・鮮・組”と書かれたそれの上に、一人の女が悠然と立っていた。
 彼女は瞳に怒りの炎を映し、びしっと右手の人差し指で神父を指し、叫んだ。
「よくもそのバカを殺ってくれたな……『地獄の宣教師』、いや『殺人神父』!!」
 目を凝らせば、女の左手から伸びた――複数の糸らしきものが、神父の右腕に絡み付いてその動きを阻害している。
 神父は無言で、右腕にさらに力を込めた。
 異常に膨れ上がった筋肉が絃の幾本かを引き千切るが、すべてを引き千切ることはできなかった。
 だが、神父の身体は神父だけのものではない。すべては神のものなのだ。
 神に栄光あれ。
 熱量を持つまでに至った聖光と更に膨張した筋肉が、残っていた絃すべてを引き千切った。
「逃げたりするなよ殺人神父。地獄の果てまで追い詰めるぞあたしは」
 女の宣告に、神父は静かな視線を向けた。
 人類最強と超弩級聖人の視線が交錯し……神父は、厳かな声音で告げた。
「あなたに神の祝福を」

【C-3/商店街/1日目・16:10】

『超弩級聖人』
【ハックルボーン神父】
 [状態]:銃創四箇所(右脚左腕左肩右胸)
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック(支給品一式)
 [思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を
 [備考]:打撲・擦過傷などは治癒しました。

『人類最強』
【哀川潤(084)】
[状態]:怪我が治癒。創傷を塞いだ。太腿と右肩が治ってない。
[装備]:錠開け専用鉄具(アンチロックドブレード)
[道具]:支給品(パン4食分:水1000mm) てる子のエプロンドレス
[思考]:アイザックの仇を取る 祐巳を助ける 子荻は殺す 殺人者も殺す こいつらは死んでも守る 他の参加者と接触
[備考]:右肩が損傷してますからあまり殴れません。太腿の傷で長時間移動は多めに疲労がたまります。
    (右肩は自然治癒不可、太腿は若干治癒)
    体力のほぼ完全回復には残り8時間ほどの休憩と食料が必要です。 そこそこ体力回復しました。 ボンタ君は死んだと思ってます。

【ミリア(044)】
[状態]:心神喪失
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm)
[思考]:アイザックが
[備考]:ミリアのすぐそばに森の人(残弾0)が落ちています。

【アイザック・ディアン(043) 死亡】
【残り72人】

458神将と神父の閃舞(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:13:58 ID:gze6IUQc
 鳳月と緑麗が地上に出られたのは、落下してから、かなりの時間が過ぎた後だった。
 地下遺跡の出入口で、手早く食事をしながら休憩し、すぐに神将たちは出発した。
「急がないと、待ち合わせの時間に遅れそうだな」
 何かしゃべっていないと力尽きそうだ、といった表情で鳳月が言う。
「すまない。それがしが、足手まといになっている」
 うつむく緑麗の顔は、土と埃に汚れ、疲労の色が濃い。
「そうでもないさ。正直、俺も限界が近い」
 ふらふらとよろめきながら、二人は西へ向かう。移動速度は普段の半分以下だ。
 緑麗は、地下遺跡の床が抜けたときに右足を骨折していた。自力で歩くことも、
立つことも不可能だった。だから、ずっと鳳月が肩を貸している。
 鳳月だって無事ではない。左腕は折れているし、左側頭部から出血していて、
ときどき平衡感覚がおかしくなる。右手の五指は、動かすたびに激しく痛んだ。
 さらに、双方とも、打撲や擦過傷の疼痛に全身をさいなまれている。
 もしも彼らが普通の人間なら、とっくに気絶していてもおかしくない。
「せめて、その、太極指南鏡がまともに動いてくれれば……」
 緑麗の眼鏡を見ながら、鳳月が愚痴をこぼした。彼女の眼鏡は、視力補正器具でも
装飾品でもない。天界の最長老にして発明家、太上老君の作った探査分析装置なのだ。
 本来なら、島中を隅々まで調べあげ、知人の居場所などを数秒で表示できるだけの
能力を秘めているのだが、見た目は単なる丸眼鏡だ。おかげで黒服たちに奪われず、
緑麗の手元というか目元に残ったわけだが……。
「この空間を造っている術は、探査の術と相性が悪いようだからな。まぁ、あるいは
 どんな術とも相性が悪いのかもしれないが。これでは、空間そのものに探査妨害の
 術がかかっているのと同じことだ。……すぐそばにいる相手くらいなら調べられるが、
 現状でも信用できるほどの精度があるかどうか」
「でも、取りあげられずに済んだだけでも良かったよ。俺の隣にいた赤髪の男なんか、
 黒服が見てる前で、眼鏡についてたカラクリを作動させちゃったせいで、あっけなく
 その眼鏡を没収されてたぞ」
 そうこう話しながら歩いているうちに、森林地帯の終わりが見えてきた。

459神将と神父の閃舞(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:15:39 ID:gze6IUQc
 森の外には、とてつもなく珍妙な光景があった。
 奇天烈な物体――小屋のように見えるような気がしないでもない――を背景に、
筋骨隆々で傷だらけの巨漢が、無言で周囲を見回していたのだ。
 もはや誰もいないムンク小屋と、迷える子羊を探すハックルボーン神父だ。
 少し離れた森の中では、それを見た鳳月と緑麗が大いに迷っていた。
「なぁ、どうする? なんだか、ものすごく強そうな危険人物がいるぞ」
「いや待て。確かに外見は凶悪だが、あの巨漢からは邪気や妖気の匂いがしない。
 信じ難いことだが、むしろ清らかな聖気すら発しているようだ」
「おいおい、冗談だろ?」
「事実だ。納得しろ。おそらく彼は、平和主義者の武術家か何かなのだろう。
 『乗った』者に襲われ、仕方なく戦った後、仲間を探している途中、といったところか」
「……とりあえず話しかけてみるか。まず俺が一人で出ていって、信用できそうか
 判断してみるよ。緑麗は、ここで待っててくれ。というわけで、俺の荷物を頼む。
 万が一のときは走って逃げるから、身軽な方が良い」
「素手で大丈夫か、と言いたいところだが、どうせその怪我ではろくに戦えまいな。
 下手に疑心暗鬼を煽るくらいなら、まだ素手の方がマシか。たぶん平気だとは
 思うが、用心はしておけ。……いざとなったら、ここから術で援護する」
「やめとけって。片足が折れてるのに、居場所を教えてどうする気だよ」
「そのときは、それがしを囮にして生き残ってくれ」
「! ちょっと待てよ、何ふざけたこと言ってるんだ?」
「ふざけてなどいない。お前は、足手まといを守って無駄死にして、それで満足か?
 思い出せ。父上どののような立派な神将になりたいと言った、あの言葉は嘘か?
 お前が命懸けで守るべき相手は、同じ神将のそれがしではない。そうだろう、鳳月」
「でも……俺は……」
「そんな顔をするな。……いいのだ。天軍に入ったときから、とうに覚悟はできている」
「やめてくれ、縁起でもない。……いいか、俺たちは帰るんだ。麗芳や淑芳と再会して、
 天界に戻って、星秀のぶんまで生きていくんだ」
「鳳月」
「行ってくるよ、緑麗。俺は必ず戻ってくるから……だから、待っててくれよな」
 そう言って緑麗に背を向け、鳳月は静かに歩き出した。

460神将と神父の閃舞(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:16:32 ID:gze6IUQc
「あのー……」
 背後からかけられた声に神父が振り返ると、少し離れた位置に子供が一人いた。
子供は荷物も武器も持っておらず、怪我をしていたが、それでも怯えてはいない。
「や、どうも、こんにちは」
 まっすぐ目を見て挨拶する相手を、快い、とハックルボーン神父は感じた。
 柔和な笑顔で軽く会釈し、神父は来訪者を迎える。内面の善良さがにじみ出るような、
親しげな挙動だった。当然だ。彼は、史上最強の超弩級聖人なのだから。
「俺は鳳月っていいます。争うつもりはありません。あなたと話がしたいんです」
 やや安心した様子で、子供が語りかけてきた。神父は鷹揚に頷き、厳かに言う。
「私の名はハックルボーン。神に仕える者」
 誰よりも先に、一刻も早く参加者たちを昇天させるために、情報はあった方が良い。
鳳月を神の下へと導くのは、話を聞いてからでも遅くはない。そう判断した結果だ。
「へぇ、そうなんですか。……だったら話が早いかもしれないな。
 えーと、実は俺、これでも一応、神サマの端くれなんですよ」
 鳳月の自己紹介を耳にして、思わず神父は天を仰いだ。にこやかだった笑顔が、
残念そうに歪む。神将たちが異変に気づいたときには、すべてが手遅れになっていた。
 ゆっくりと歩を進めながら、哀れみを込めた瞳で鳳月を見て、神父が一言ささやく。
「神を騙るなかれ」
 次の瞬間、敬虔なる神の使徒は、疾走と同時に拳を振りかぶっていた。
 鳳月が動くより先に、神父の全身が聖光を放つ。至近距離からの発光は目潰しとなり、
少年神将から貴重な一瞬を奪った。そして、鳳月の脇腹が、拳の一撃で大きく陥没する。
 奇跡と神通力が相殺しあい、生身と生身の勝負となった末に、神父の怪力が、鳳月の
内臓に致命傷を与えたのだ。救済の対象と同調し、神父の口から鮮血があふれる。

461神将と神父の閃舞(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:17:29 ID:gze6IUQc
「アーメン」
 神父が拳を振り抜く。鳳月は、わずかに滞空してから地面に落ち、動きを止めた。
「――ぃ――ぅ」
 哀れな子羊が、小さく誰かの名を呼んで絶命する。数秒だけでも意識を保てたのは、
日頃の鍛錬があったからだ。彼の逝く先は、彼の見知らぬ天の上だろう。
「――太上玄霊七元解厄、北斗招雷――!」
 絶叫と共に、森の中から翡翠色の稲妻が撃ちだされ、神父を滅するべく大気を貫く。
 緑麗の必殺技、北斗招雷破。今の彼女では大した威力を出せないが、しかし当たれば
ただでは済まない。けれど神父は、鳳月の魂に同調して、神を見ている真っ最中だった。
「なっ!?」
 最大限に強まった聖光効果と神聖和音が、神通力の電撃を受け流した。
 全力で放たれた雷が、ハックルボーン神父に届くことなく四散していく。
 数百年に及ぶ、彼女の努力と研鑽が、完膚無きまでに全否定された。
 神との邂逅を邪魔された神父が、悲しそうに緑麗の方を向く。
「あ、ぁあ、ぁ……」
 慈愛に満ちた表情で、異世界の聖職者が駆けだした。急速に近づいてくる殺人者を
見つめながら、緑麗はただ呆然としている。体中から、力が失われていく。
「あなたに神の――」
 彼女が心に感じていたのは、憎悪でも悔恨でも恐怖でもなく、疑問だった。
「祝福あれ!」
 顔面へ迫る拳を前に、どうして、と緑麗はつぶやいた。

【031 袁鳳月 死亡】
【035 趙緑麗 死亡】
【残り 70人?】

462神将と神父の閃舞(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:18:14 ID:gze6IUQc

【G-5/森の西端/1日目・13:40】

【ハックルボーン神父】
 [状態]:全身に打撲・擦過傷多数(治癒中)、内臓と顔面に聖痕(治癒中)
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック(支給品一式)
 [思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を
 [備考]:迷える子羊を昇天させたことにより、奇跡が起こりました。
    傷が塞がっていきますが、一時的な現象です。持続はしません。

※森の西端に、支給品一式(パン4食分・水1000ml)×2、スリングショット、
 詳細不明の支給品が落ちています。詳細不明の支給品は、防具ではありません。
 鳳月のデイパックには、メフィストの手紙が入っています。
※緑麗の眼鏡(太極指南鏡)は破壊されました。

463トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:32:57 ID:/lTxp5NM
「とぁ――――っ!!」
 哀川潤は全力で跳躍した。
 跳躍の方向は、真上。上方向以外のベクトルを持たないスーパージャンプを見ても、アイザックを殺した巨漢――神父は驚きすら見せない。
 上昇限界点に来たところで、彼女は左手の曲絃糸を引いた。神父ではなくその後ろ、肉屋の看板に絡ませておいた糸だ。
 空中に居る状態でそれを引けば、身体は引っ張られて前に進む。
「ライダァ――――キィィィィック!!」
 垂直ジャンプからの飛び蹴りを、神父は両手で受け止めた。
 砲弾のような衝撃が神父の腕、胴、脚へと伝わり、踏みしめたアスファルトが砕かれた。
 神父が脚を掴もうとする前に、哀川潤は神父の掌を蹴って跳躍回避。
 無駄にムーンサルトなど決めつつ、神父から数歩離れたところに降り立った。殴り合いには邪魔な曲絃糸を外して捨てる。
 半瞬にも満たない睨み合いの後に、爆音が響いた。
 両者が渾身の力で踏み込んだ為に、アスファルトの地面が砕けたのだ。
 常人なら数歩の距離を、人類最強と超弩級聖人は非常人たる己の力を全力で用いて縮める。
 拳を振りかぶった神父と対照的に、それを紙一重で避けた潤は身を屈めて神父の懐に飛び込んだ。
 平常ならば、ガチの殴り合いだろうと哀川潤は神父に負けず劣らない。
 だが、今の彼女は右肩を負傷している。殴り合いでは分が悪い。
 ゆえに哀川潤はハックルボーン神父の拳をかいくぐり、懐に飛び込んだ。
 左の肘を突き出し、疾走の運動力と全筋力のすべてを込めて打つ場所は心臓。
「おあああああっ!!」
 咆吼と同時に打撃した。
 肉を穿ち骨を砕き臓を破る一撃が、神父をえぐった。
 それは確実に胸骨のほとんどを砕き、心臓に致命的な損傷与えた。
 だが、神父の信仰までは砕けなかった。
 血の塊を吐き出した口で咆吼を叫び、繰り出した膝が哀川潤を吹っ飛ばした。

464トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:33:48 ID:/lTxp5NM
「ぐっ!?」
 両腕を交差させてなんとかガードしたが、膝蹴りを受けた両腕の骨にヒビが入る。
 しかし痛みを堪え、体勢を立て直そうとする。だが神父が慈悲深き表情で慈悲深い拳を放とうとしている。今度は間に合わない。
 その寸前に。
 刃物を肉に突き立てた様な音が、神父の脇腹から響いた。
 そこに、ミリアが居る。怯えと怒りの入り混じった表情で、アイザックの持っていた刀で神父の脇腹を貫き、その先の腎臓へと切っ先を届かせて。
「アイザックの、カタキ」
 神父は刃を突き刺させたまま、ミリアの頭を掴んだ。
 そのまま引っ張るが、ミリアが刀を放そうとしないため、首がちぎれてしまった。
 首が取れてもミリアは刀を手放さない。神父は諦めて、取れてしまった首を放った。肉屋に飛び込んだ彼女の首が、先客の首とキスをする。
 神父はミリアの身体ごと刀を引き抜き、ふたつまとめて主のところに投げ返す。神は申された。汝、奪うなかれ。
「あなたに神の祝福を」
 聖印を切ると同時に聖光効果と神聖和音が発生。ミリア・ハーヴェントの魂を高次元に強制シフトした。
 そして。
 赤き制裁、死色の真紅、人類最強の請負人。
「……あたしが、このまま逃げるとは思ってないよなあ?」
 問いかける哀川潤の表情は、純粋な怒りに満ちている。
 神父に。アイザックに。ミリアに。自分に。主催者に。すべてのものに対する激怒の感情が吹き荒れる。
 魂消る様な激情が、赤い恐怖がハックルボーン神父を射貫く。
「逃げるものか。逃がすものか。二人が死んだのはあたしの責任だ。守ると決めたくせに出来なかった。不言不実行なんて笑いも取れねえ」
 哀川潤の言葉を、神父は懺悔だと判断した。
 だから言った。慈愛に満ちた声音で、
「神はすべてを赦されるでしょう」

465トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:34:38 ID:/lTxp5NM
 血の塊を吐いて神父の巨体が崩れ落ちた。
 人類最強の打撃を心臓に喰らい、腎臓に刃を突き立てられて、生きていられる人間はいるのだろうか。
 血を吐き、膝を付き、天を仰ぎ、神父は断末魔の祈りを叫んだ。
「我が神、我が神、なんぞ我を――」
 終いまで言い終えないうちに力尽き、神父はゆっくりと倒れる。

               ○

 消え去っていく意識の中で、ハックルボーン神父は懺悔していた。
 我が神よ。私の力が足りぬばかりに、迷える子羊達を救うことが出来ませんでした。
 あなたの愛を拒む愚かなる者達に、それを与えることが出来ませんでした。
 我が神よ――私に、今一度の機会を。

「なるほど。君はそれを望んでいるのだね?」

 その通りです。神よ。
 意識の中で話しかけてきたものを、神父は神だと信じて疑わなかった。
 なぜならハックルボーン神父のすべては神に捧げられている。その心の中に囁いてくるのものは、神に他ならない。
 確かにそれは『神』の文字を持つ――“夜闇の魔王”だった。

「宜しい。君の『願望』を叶えよう」

 その慈悲に感謝します。貴き神よ。
 くく、と神――“名づけられし暗黒”は嗤った。

「興味深い。君は実に興味深い。
 ――さあ、刻印を解除し、『私』の力の一部を貸そう。
 君のねじくれた愛を、存分に振舞いたまえ」

 分かりました。神よ。あなたの無限の愛を、万人に伝えましょう。
 すべての善と悪の肯定者は、神父の愛をも肯定して暗鬱な笑みを浮かべた。

               ○

466トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:35:28 ID:/lTxp5NM
 死者が三つ。
 アイザック・ディアン。ミリア・ハーヴェント。ハックルボーン神父。
 生者が四つ。
 哀川潤。高里要。シロ。フリウ・ハリスコー。
 哀川潤は自分以外の三者に、その事実を伝えた。
「……そんな」
 がくりと、要は膝を付いた。蒼白の顔色で、身を震わせている。
「ボクの血でも、駄目デシか……?」
「ああ」
 無慈悲に頷かれたシロは、目を閉じて身を縮めた。が、過去のことを思い出し、
「お医者さんに見せるデシ! ノルしゃんも一回死んだデシけど、生き返らせてくれたデシ!」
「そっちの世界の医術はどうだか知んねーが、ここじゃまず無理だ」
 冷静な返答に、今度こそシロは押し黙った。
「…………」
 フリウは沈黙を保っている。身体の震えを押し隠すように握る拳が青白い。
 皆、これからどうするのか、決めかねている。
「戯言だよな。いや傑作か? 《薔薇の香りのする最高の酒。ただし地獄の二日酔い》みたいな? ――アホか。あたしは」
「哀川さん……」
「名字で呼ぶな、フリウ。あたしを名字で呼ぶのは敵だけだ」
「……潤さん。これから、どうするの?」
 言いなおし、フリウが問いかけた。問いかけに、潤は冷静に答える。
「変わらない。全員で――全員で、脱出する。当面の目的は誰かに襲われる前に祐巳と合流することだ」
「そうです……ね」
 要は陰鬱に頷き、緑色の目でシロが叫んだ。
「――危険が危ないデシ!」
 叫びの直後、激音が響いた。
『――!?』
 全員が音の方向を向く。

467トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:36:08 ID:/lTxp5NM
 “八百一”の看板が掲げられた八百屋の上に、人影が一つ。
 神聖なる光輝を背負い、暖かい慈愛を纏った大男が立っている。
 男の名は、ハックルボーン。神父だ。
「愚かなる子羊たちよ。もはや迷うことはない」
 恍惚の表情で、神父は言った。
「神の愛は無限だ」
 遠い何処かから暗鬱な笑い声が小さく響き、神父が跳躍した。
「逃げてろ!」
 哀川潤は茫然とする三者に鋭く叫び、神父の着地地点に駆け出した。
 傷があり、体調は万全とは程遠いが、怒りだけは無限にある。
「――死人は死んでろっ!」
 怒りのことごとくを拳に乗せて、哀川潤は神父に打撃を入れた。神父は右手でそれを受け、右腕の骨が完全に粉砕された。
 しかし神父は恍惚の表情を崩さない。慈悲深く哀川潤の頭に砕けた右手を乗せ、
「祝福を」
 乾いた音と湿った音と破れた音が同時にした。
 神父は右手を戻し、次なる子羊達に視線を移し、歩み始めた。
 その背後で、頭部を失った人類最強の肉体が、死してなお傲然と仁王立ちしている。
 荘厳な神聖和音が奏でられる中、フリウが動いた。
「――よくもっ!!」
 唇を噛み締めて、念糸を放つ。
 念糸の繋がれた先は、首。容赦なく全力でねじ切る為に、フリウはを意志を込めて標的を捻る――
「……っ!?」
 返って来たのは捻りの手ごたえではなく、反動だった。精霊に念糸を使ったのと同じ、いやそれ以上の反動で、フリウは地に膝をついた。不思議と戦意が失せ、身体が跪こうとする。
(駄目だ……戦わなくちゃ!)
 気を奮い立たせ、無理矢理に身体を起こす。
 あれだけの反動でも、念糸は効果を見せていた――霞む視界の中で、傾いだ頭の神父が立っている。
(……距離を……取らないと)
 精霊には精霊をぶつけるしかない。開門式を唱えるだけの時間を、距離を取らないといけない。
 と、視界が陰った。圧迫感に背後を見ると、

468トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:36:59 ID:/lTxp5NM
「チャッピー! ――なんで大きくなってるの!?」
「今のうちに逃げるデシ!」
 巨大化したシロ、ホワイトドラゴンが叫び、神父に肉薄した。
 その隙にシロの後ろへと回り、距離を取る。水晶眼へと念糸を繋ぎ、口早に開門式を唱える。
 炎を吐いて神父を押し留めていたシロが、焦れたように叫んだ。
「フリウしゃん、要しゃんを連れて早く逃げるデシ!!」
「――開門よ、成れ。どいてチャッピー!!」
 なるべくシロが視界に入らないような位置を取っていたが、それでも入ってしまう白い巨体に言い、フリウは破壊精霊を解放した。
 それよりも一瞬早く、横っ飛びにシロが避け、大きさを小犬のそれに戻す。そこに出来たスペースに、銀色の巨人は音もなく顕れた。
 声が響く。

『我が名はウルトプライド――』

 破壊精霊が拳を振りかぶった。

「我が名はハックルボーン――』

 神父が拳を振りかぶった。

『全てを溶かす者!!』

「神の信徒なり!!」

 二つの拳が激突した。

 “夜闇の魔王”の――彼信じるところの『神』の力が、この世すべての反作用たる破壊精霊の力と拮抗する。
「嘘……」
 神父から発される聖光効果で眼が眩むが、フリウは無理矢理に眼を開け続けた。
 破壊精霊が咆吼をあげ、拳打の連続を開始する。呼応するように神父も拳を放ち、拳と拳との激突が衝撃波を生み、大気を砕いていく。
 その光景を水晶眼で見ながら――
(……駄目)

469トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:38:01 ID:/lTxp5NM
 フリウは胸中で呟いた。
 破壊精霊が、圧し負けている――信じられないことだが、確かに圧し負けている。
 破壊精霊以外で、この相手をどうにかできるものなどないというのに。
(無い? ――違う。手はある。ひとつだけ)
 だがそれをやることは、破滅を意味していた。
(できない……できないよ。あたしがどうとかじゃない。全部壊すことになる)
 水晶眼に精霊を戻し、水晶眼を破壊する――解放された精霊は、尋常ではないエネルギーとともに解放される。解放されてしまう。全てを溶かす破壊精霊の、影ではなく本体が。
 そうなればすべては壊される。
(チャッピーも、要も、みんな。……でも)
 ここで相手を倒せなければ、どちらにしろ一緒かもしれない。
 ミズー・ビアンカ。アイザック・ディアン。ミリア・ハーヴェント。哀川潤。
 みんな死んだ。居なくなった。奪われた。
 そして残ったすべてもまた、死に、居なくなり、奪われるのだろう。
(……どうせ誰もいなくなるのなら……壊れても、いいのかな)
 サリオンが居たら、そんなことはしてはいけないと止めてくれるだろう。
 だが彼はここに居ない。
 視界の中で、とうとう神父の拳が破壊精霊に打ち込まれた。精霊が苦悶の叫びをあげる。
 静かに……呟いた。
「チャッピー、要を連れて遠くまで逃げて。うんと遠くまで」
「フリウしゃん……?」
 連続で打撃され、身体の半分ほどを削られた精霊が、しかし戦意を失わずに拳を振りかぶっている。
「逃げて」
「……分かったデシ」
 フリウの決意を読み取って、シロは要に近づいた。眼前で哀川潤の死を――血を見た為に気絶している彼の襟首を噛んで引き摺っていく。
 引き摺っていく音が途切れるのを待ちながら、フリウは眼前の戦いを見る。
 破壊精霊は、すでに元の大きさの四分の一ほどしかない。下半身、左半身が失われ、右半身と頭部だけが残っている。
 精霊が地面を打って飛び、最後の攻撃を仕掛けようとした時、引き摺っていく音が途切れた。閉門式を唱え、精霊を戻す。
「ううっ……!」
 激しい痛みに左目を押さえながら、フリウは神父の方へと駆け出した。
 精霊との殴り合いで、神父も無事な姿ではなかった。右腕は肩から千切れ、左の脇腹に大穴が空き、左腕は腕としての機能を有しておらず、首は念糸で傾いだままだ。
 神父の懐へと入る。妨害はなかった。神父は優しくフリウの身体を抱きとめ、そして、

470トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:38:46 ID:/lTxp5NM
「祝福を」
「いらない」
 神父が頭を撫でようとする前に、フリウは――
 指で、自分の左目を突いた。
 激痛は一瞬。
 その後は、痛みすら感じられなくなった。
(父さん、サリオン、ごめんね……あたし、ここで死んだ)
 意識の中で、お前は愚かだと父が言い、優しく抱きしめてくれた。
 そんな夢を見たと、フリウ・ハリスコーは信じた。

 水晶檻が破壊されれば、中にいる精霊は凄まじい爆発を巻き起こしながら解放されるという性質を――

               ○

「う……」
 衝撃波に身体を打たれ、高里要の意識は覚醒した。
 意識はまだ朦朧としている。ここがどこなのか、なにをしていたのか、わからない。
 周囲を見回すと、白い小犬が倒れていた。
「傲濫……?」
 呟いて、違うと気付いた。
 ロシナンテ。ホワイト。ファルコン。チャッピー。シロ。
 幾つもの名前を――不本意ながら――つけられた、ホワイトドラゴン。
「……大丈夫?」
「ワン……デシ」
 声をかけると、シロもまた目を覚ました。周囲を見回し、
「フリウしゃんは……」
「いないんだ。ぼくが気絶してる間に、なにがあったの?」
 若干の沈黙のあとに、シロは答えた。
「お姉しゃん……潤しゃんが、死んじゃったデシ」
「……それは、見てた」
 赤い女性の頭が、赤く飛び散ったところを。
 思い出して、顔を歪ませる。麒麟にとって、血は不浄のもの。毒にも等しい。

471トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:39:45 ID:/lTxp5NM
「大丈夫デシか?」
 気遣うように見上げてくるシロに、要は気丈を装って頷いた。
「大丈夫。……でも、これから……どうしよう」
 たった二人だけで、祐巳と合流し、この島から脱出できるのだろうか。
 できない、と思った。先ほどの大男のような人間に遭遇すれば、もう逃げることすらできない。
「どうしよう」
 同じ言葉をもう一度呟き、要はシロの瞳が緑色になっているのに気付いた。
「……え」
 重圧を感じて、後ろを振り向いた。
 破壊精霊が居た。
 銀色の巨人。氷河の亀裂のような外殻を持った、怪物。
 左半身を失った姿で、それが立っていた。なにをするでもなく、こちらを見ている。
 破壊精霊は視界に映るすべてを破壊すると、フリウは言っていた。
 視界の中で、精霊が身を動かした。
(止めないと)
 シロではあれに対抗できない。

 ――止めなくては。あの恐ろしいものを止めなくては。

 どうやって、と自問し、自答が返って来た。身体が動く。

 ――剣印抜刀。

「臨兵闘者階陳烈前行――!!」

 精霊の動きが止まった。
 動きを止めたが、叩歯は震えて出来ない。
(折伏――させる)
 この精霊は危険だ。すべてを壊す。
(逃げても、駄目。全部壊してまた会う)
 決意し、姿勢を正す。
 身体の震えを無理矢理に押さえ、前歯を鳴らした。気を集中させる鳴天鼓だ。
 鼻から息を吸い、口から吐く。
 時刻は――午後。死気であり、こちらに不利な時刻だ。
 これほどの相手ともなれば、ひとつの不利ですべてを砕かれる。
(でも、やらなきゃ)
 睨みあうだけで、気が殺がれる。
 汗が肌を伝う。視界がぼやける。
(……負けてる)

472トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:41:12 ID:/lTxp5NM
 ぎりぎりの均衡は、わずかにこちらが不利だった。
「要しゃん……」
 背後で、シロがこちらの名を呼んだ。そして、言葉を続ける。
「……ボクが相手してる間に、逃げるデシ」
 聞こえた瞬間に、視界に白の巨体が入ってきた。
「――駄目!」
 気が逸れた一瞬で、破壊精霊が動きを取り戻した。
 拳の一打で白竜の腹を突き破り、鮮血と肉片を飛び散らせる。
 要の頬に、血が飛んだ。
 それを震える指でなぞり、目の前に持ってきて、
「……血」
 意識が揺らいだ。視界が揺らいだ。感覚の全てがおぼろになった。
 揺らぐ視界の中で、白竜が頭を潰された。勝ち鬨をあげた破壊精霊が、こちらに向き直るのが見える。
「……驍宗さま……」
 呟きと同時に、視界が銀一色となり、そして消えた。
「――――!!」
 破壊精霊ウルトプライドは獲物を屠った喜びに大きく咆吼をあげ、
「――――」
 力尽きて消滅した。
 あとはなにも残らない。
 すべてが終わったそこに、暗鬱な笑い声が短く響いた。


【C-3/商店街/1日目・16:30】
【ミリア・ハーヴェント 死亡】
【哀川潤 死亡】
【フリウ・ハリスコー 死亡】
【ハックルボーン 死亡】
【シロ 死亡】
【高里要 死亡】
【残り60人】

[備考]:
商店街に、巨大なクレーターが出来ました。
アイザック・ディアン、ミリア・ハーヴェント、哀川潤、フリウ・ハリスコー、ハックルボーン神父の死体及び各自の持ち物は、水晶眼の爆発によって消し飛びました。

473暗殺者に涙はいらない 1改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:05:10 ID:D7qZuQnc
 パイフウは陽光が降り注ぐ平原を歩いていた。
 いずこかより吹く風が彼女の長い髪をなびかせ、肌をくすぐる。
(エンポリウムに吹く乾きを運ぶ風とは違う……心地よい風ね)
 心に思うのは、荒廃した世界に反抗する活気有る機械の町と、
 僅かな安らぎを与えてくれる己の職場。
 しかし内心とは裏腹に、豊かな緑の大地を見る物憂げな瞳は常に周囲を警戒し、
 まるで散歩をしているかのような歩行には一切の隙がない。
 それでも見晴らしの良い平原を単独で移動するなど、
 この殺し合いの場においては無謀とも言える行為だ。
 暗殺者としての自分が、いつ誰から狙われるか分からないこの状況に危険信号を発している。
 だが構わない。
 一人を除いた、この島にある全ての命をただ刈り取ろうと自分は決めた。
 ならば今は一人でも多くの獲物と遭わねばならない。
 故に危険を避けては通れない。
(こんなギャンブル、暗殺者の取る行動とは思えないわね)
 一人失笑する彼女の視界が捉えたのは、森と問答無用の巨大な力で抉られた大地だった。

 数分後、彼女は人間数人分がすっぽり入る大きさの穴(恐らく何らかの範囲攻撃の跡だろう)の
 淵に立っていた。
 一体どれほどの戦力がここで衝突したのか見当もつかない
(塵ひとつ残さず消し飛ばすなんて……あれは?)
 ふと、視線を森の方に向けたパイフウは一本の樹の下に残った物に注目した。
 僅かに周囲の大地よりへこんだそれは、
「――着地跡ね」
 ならば、この樹の上に誰かが隠れていたという事になる。
 そして、穴の付近で戦闘が起きていたのは間違いない。
 僅かながら穴の近くに、謎の範囲攻撃以外でできたと思われる血痕が有るからだ。
 ならば第三者が樹の上に姿を隠す理由とは、

 一番ありえそうなのは漁夫の利を狙ったから。
 二番目は近づくと正体がバレて警戒される可能性が有ったから。
 三番目は範囲攻撃を仕掛けたのはこいつで、その攻撃にはチャージもしくは反作用が伴うため、
 時間稼ぎが必要だったから。

 特に三番目はかなり危険だ、もしも自分の推測が正しい場合、
 樹上に居た者は、数人の参加者を一撃で吹き飛ばせるスキル又は支給品を所有していることになる。
(冗談じゃないわ。私の龍気槍さえ制限されて大した威力が出ないのに……)
 もう少し、周囲を詳しく調べる必要が有る。
 そこまで考えて、パイフウは自分に降り注いでいた陽光が樹木で遮られている事に気づいた。
 いつの間にか、心地よい風も止んでいた。

474暗殺者に涙はいらない 2改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:06:00 ID:D7qZuQnc
「――見つけた」
 誰かが潜んでいたらしい樹の幹。そこには何かを突き刺した跡が有った。
 抉れ具合から察するに強固な刃物の可能性が高い。
 この樹は下部には枝が無いから登る足場にでもしたのだろう。
 それは、樹上に居た者は刃物の支給品と強力な範囲攻撃を有する事を示している。
 パイフウにとっては、アシュラムやその主と同等の警戒すべき人物に違いない。
 
 しかし、パイフウが見つけたのは樹の刃物跡だけでは無かった。
 次に彼女が見つけたのは、何者かに刈り取られた後に穴を穿った一撃で吹き飛ばされたと思われる、
 生々しい女性の左腕と……その手が掴んだデイパックだった。
 死後硬直によって硬く握られているためか、パイフウがデイパックを持ち上げても
 その腕が離れて落ちる事は無い。
 穴の付近の血痕を辿って発見する事ができた、唯一残っていた被害者の体。
 穴を穿った者は自分が樹上から攻撃した後に、これを探して回収する余裕が無かったらしい。
 ならば樹上の者が謎の範囲攻撃を行った後に、その音を聞きつけて寄ってくるであろう
 他の参加者から逃げたという事だ。
(無敵ってわけじゃあないのね)

 何はともあれ、パイフウはデイパックを開けて支給品を探した。
「武器が入ってれば最高なんでしょうけど……これは服……防弾加工品みたいね」
 手に持って取り出したのは、さらりとした肌触りの白い外套だった。
 他には手付かずの飲食物などの備品一式と説明書らしき物が入っている。
「『防弾・防刃・耐熱加工品を施した特注品』『着用することで表面の偏光迷彩が稼動』
ステルス・コートの類似品かしら?」
 性能を確かめるために外套を着込んだところ、本当に自分の体が見えなくなった。
 着心地もそれほど悪くなく、まるでさらりとした布の服を着ている様な感覚だ。
 恐らく、周囲の光景をリアルタイムで表示する事によって、
 中の人間を透明に見せるシステムだろう。
 防弾・防刃・耐熱加工品を持たせた迷彩服。
 パイフウの世界なら、確実にテクノスタブーに引っかかるであろう代物だ。
 普通に歩行する程度では、まず他者から発見されることは無い。
(気配を消せる私には便利この上無いわね)
 試しに蹴りや手刀を何発か放ったところ、服の周囲に僅かな歪みが発生した。
(……高速運動に偏光処理が追いつかない)
 だが暗殺には十分すぎる性能だ。これ以上の物を期待するのはわがままだろう。
 これなら自分の技能と併せる事によって、ある程度の強敵とも戦える。
 己が殺人機械へと変わるのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。

475暗殺者に涙はいらない 2改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:06:51 ID:D7qZuQnc
 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

(私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい)
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。
    外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

476暗殺者に涙はいらない 3改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:07:35 ID:D7qZuQnc
 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

(私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい)
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。
    外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

477あと2時間30分(1/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:40:04 ID:ZlTtJbTg
「……さて」
森に踏み入っていくダナティアとテッサを見送り、リナとシャナがそこに残った。
「あたしたちも行くとしましょうか」
「言われなくてもわかってる」
ダナティアとテッサは仲間を増やすために別行動を取る。
リナとシャナは仲間と合流するために道を行く。
「でも、ちょっくら面倒そうね。
 東は禁止エリアでかなり塞がれてるし、直進すると罠が有るエリアだわ」
「そんなの関係ない。わたしは直進する」
あっさりとシャナが答える。堂々と、傲慢不遜な自信を漲らせて。
「ったく。力が有り余ってる時の正面突破は望む所だけど、もうちょっと考えなさいよ」
(まあ、あたしが言えた事じゃないけどさ)
ダナティアにもテッサにもそれを諫められている。
他人が同じ行動を取るのを見たおかげで、ようやく自分の無謀さが身に浸みた。が。
「ま、今回は正面から踏み潰しますか。安全な道を確保しておければ便利だわ」
それに、どちみち東回りの道は殆ど塞がれている。
リナは携帯電話に連絡を入れた。

「あと一時間は掛かる? なんでだ」
ベルガーが携帯電話に聞き返す。
既にC−6エリアに到着した彼らは、数棟ほど林立するマンションの一室で休憩していた。
狭い通路や幾つもの曲がり角、逃げ場の少ない構造は戦いになった時に危険だが、
簡単に調べた所、このマンションには他に誰も居ないようだった。
『スネアトラップが仕掛けられた森を突破するわ。あと1時間くらいかかるかもしれない』
「スネアトラップだと? 迂回すれば……いや、禁止エリアが有るのか」
『それに、道を開いておけば後で使えるわ。あと、ダナティアとテッサは遅れるわよ。
 テッサの捜し人の首根っこを掴みに別行動中よ』
(それじゃ最初に来るのはあの二人かよ)
ベルガーは、電話の相手に聞こえないように小さく溜息を吐いた。
よりによって面倒な二人が残ったものだ。
シャナの方はあの通りの性格だし、リナは……もう、捜し人が居ないのだ。

478あと2時間30分(2/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:41:15 ID:ZlTtJbTg
「ま、なんにせよ捜し人が見つかったのは良かったじゃないか」
『そう素直に喜べればいいんだけどね』
リナが言葉を濁す。
「……どうかしたのか?」
『…………。! って、ちょっとシャナ、待ちなさいよ! あ、着いたら話すわ!』
「あ、おい!」
プツリと通話が途切れた。
セルティ・ストゥルルソンと、相手の番号の名前が表示されている。
「まったく、あの嬢ちゃんは相変わらずだな」
『大丈夫なのか?』
リナの使う携帯電話の持ち主が、少し不安げに文字を示す。
「なに、あの二人だってバカじゃないさ。罠の中を無理に突っ走ったりは……しそうだな、おい」
独走型のシャナと、どちらかというと過激派なリナ……組み合わせとしては最悪に近い。
『大丈夫なのか!?』
セルティが『大丈夫なのか』と『?』の間に無理矢理『!』を書き足した紙を突きつける。
「大丈夫ですよ、きっと」
そう言ったのは保胤だった。
「あのリナさんという方は、怨念が噴出しない限りは冷静で、警戒心も強い人です。
 そう無茶な事をする人ではありません」
「……だと良いんだがな」
そう、普通に考えれば何の不安も無いはずだった。

実際、二人は時間こそ掛かったものの何の問題もなく森を抜ける事が出来た。
その後ろには累々と破壊された罠が転がっている。
「しっかし時間がかかったわねぇ。なんか雨も降ってきちゃったし」
「リナが休憩をとったからじゃない」
「あんたが無造作に進むからでしょうが! 神経が磨り減って仕方ないわ」
C−6に入った二人は、互いに悪態を吐きながら近くにあるマンションに近づく。
「まず雨宿りも兼ねて適当な所に入って、そこから電話するわ」
リナは何事もなく冷静に行動していた。
誰一人予想出来なかった事が有ったとすればそれは、彼女達が別れた仲間と合流する前に、
海野千絵と佐藤聖に出会ってしまった事だった。

479あと2時間30分(3/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:42:03 ID:ZlTtJbTg
その予想できなかった者達には、海野千絵と佐藤聖の二人までも含まれる。
本来二人は『如何にもファンタジー』といった外見の連中を避ける事に決めていた。
なのに自分達の隠れているマンションにそんな格好の参加者が近づいてきてしまったのだ。
一人は比較的現代風の格好をしているし、少々偉そうな以外は割合普通の少女なのだが、
もう一人の少女はファンタジーっぽい格好をしている上に、背中に長い剣を背負っていた。
(やばいっ)
一瞬隠れようとし……だが、千絵は気づいた。
ファンタジー風の少女の風貌が、アメリアから聞いていた『リナの風貌』に似通う事に。
雰囲気や意匠こそ違えど、彼女の衣服がどことなく同じ世界を感じさせる事に。
「待って、聖」
そして、耳を澄ませると聞こえてきた二人の会話と、その断片……リナという一言に。
「彼女を狙うわ。彼女はアメリアの知り合いよ。うまくやれば、罠に掛けられるわ」
アメリアの仲間なら吸血鬼は知っているだろう。
だが、同時に強い力を持った、罠に掛けられる相手でもあるのだ。
聖に対抗する時が来れば『アメリアを殺したのは彼女だ』と吹き込めば仲間に出来るのも魅力だ。
アメリアが死んだのがあの時とは限らないが、彼女がアメリアに重傷を負わせたのは事実だし、
そもそもそれが真実である必要は無い。
聖が言い返した所で、自分が短い間なりともアメリアと過ごしたアドバンテージは崩せない。
「私はもう一人の子の方が好みなんだけどなぁ」
聖が欲望に澱んだ目で返す。
千絵は不安を感じながらも説得した。
「別に片方だけとは言わないわ。
 刀を持ってるけど、見たところただの女の子みたいだし後に回せばいいじゃない」
「……ちぇっ。判った、前菜と思う事にするよ」
千絵は聖に手筈を伝えると、リナとシャナに会いに向かった。

「ふうん、そっちの方から出てきてくれるなんて手っ取り早いわ」
千絵が声を掛けようと思ったその瞬間に、先んじてリナが声を掛けてきた。
(まさか、見てる時から気づかれてた!?)
予想以上に相手が鋭い事に気づき、動揺しながらも反撃する。
「リナ・インバースさんですね? アメリアさんの仲間の」
今度はリナが動揺する番だった。

480あと2時間30分(4/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:42:57 ID:ZlTtJbTg
「アメリアを……アメリアを知ってるの!?」
「はい。私は、ゲーム開始直後にアメリアさんと行動していましたから」
つらつらと語る。今や何の感慨も抱けなくなったあの時間の事を。
その記憶には、完全に理解出来ない喪失感だけが残っていた。
(私はそんなにあの子の血が吸いたかったんだろうか?)
何か違った気がする。
今からでも彼女の死体を捜してその血を啜れば、その理由が判るだろうか。
――彼女の思考は、既に根底から冒されている。
「その後はどうなったの?」
「アメリアさんは襲ってきた人から私を逃がすために残って……最期は、知りません」
襲ってきたのが聖である事は伏せ、その時は夜中だったから判らないと誤魔化す千絵。
「雨が降り出して、もしかしたら……野ざらしで雨に打たれているかもしれませんから。
 だから、せめて死体を埋葬する為に捜しに行きます。あなたも来ますか?」
「行くわ」
即答するリナ。シャナが少し不満げに問い掛ける。
「合流はどうするの?」
「少し待たせりゃ良いわ。シャナ、アンタだって勝手を通してたんだし、少しは付き合いなさい」
「……別に良いけど」
(かかった)
千絵はリナを自分の顎に掛けた事を確信した。
「それじゃ行きましょう。あなた達の分の雨具も有れば良かったんですけど」
「良いわよ、そんな大袈裟なの無くても」
千絵は自分達が吸血鬼である事を隠すためのマントをそう誤魔化すと、雨の中に歩き出した。

リナは実際、完璧に冷静ではなかった。
だが、それでも警戒心と観察力は鈍っていなかった。
(こいつら、吸血鬼だわ)
マントの隙間から見える青白い肌。赤く充血し、微かに光って見える眼。
そして、仄かに漂う嗅ぎ慣れた……血の臭い。
(アメリアを殺したのはこいつらかもしれない)
リナは何気ない風を装い、彼女達に付いて歩いて行った。
シャナも相手の正体に気づいている事を、考えるまでもなく確信して。

481あと2時間30分(5/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:43:48 ID:ZlTtJbTg
だが、シャナは完全に油断していた。
海野千絵と佐藤聖と名乗った二人(日本人だろうか?)は完全に素人だ。
戦いの訓練を積んだ様子も戦い慣れた様子も全く無い。
マントから垣間見える腕だってまるで鍛えた様子の無い細腕だった。
シャナ自身もその外見からは想像できない怪力を秘めてはいるが、
その挙動の端々には歴戦の戦士ならば見て取れる『戦いへの慣れ』が潜んでいる。
二人にはそれが無い。
そして、シャナには吸血鬼の知識も無い。
元の世界では伝説や娯楽の世界にしか登場しなかった存在。
彼女は、そういった知識を与えられる事なく育てられた。
(でも、この微かな臭い……なんだっけ)
更にもう一つの盲点。
それは、血の臭いを嗅ぎ慣れていない事だ。
幾ら仄かに漂うだけとはいえ、その臭いを嗅ぎ慣れた物なら確実に気づく血の臭い。
リナは当然のように、シャナも気づいていると思っていた。
しかしシャナが抜けてきた戦いにおいて、血を流す者は殆ど居ない。
敵も、その犠牲者も、血を流す事無く消えていく。
最近までは一人で戦ってきたから、血を流すのは自分だけ。
自分が傷を負った時は嗅覚より先に痛覚に来るのだから、臭いはあまり記憶に残らない。
だから。

歴戦の戦士でありながら、シャナは吸血鬼に気づく材料を何一つ持ち合わせていなかった。


それでもまだ、千絵の計画が成功する要素は何一つ存在していなかった。
彼女はシャナは無力だと油断し、リナを狙おうとしていたのだから。
リナもまた、積極的に話しかけ、アメリアの事を知る千絵を警戒していた。
実際、彼女の計画は成功しなかった。だが……

聖の欲望に任せた襲撃を阻止しえる要素は、何一つ存在していなかった。

482あと2時間30分(6/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:44:40 ID:ZlTtJbTg
「ぁ……ああああああああああぁっ!?」
「な、バカ!」
「しま……っ!?」
シャナの絶叫と千絵の悪態とリナの驚愕が次々に口を衝いて出た。
シャナの首筋に、純白の牙が深々と突き立っていた。
それが見る見るうちに色を塗り替えられ、紅い牙になっていく。
(そんな、なんで!?)
背後から自分に噛みついた女性は、確かに素人だったはずだ。
だがその動きは、油断していたとはいえシャナが捕らわれる程に速かった。
「このっ、放せ!」
強引に振り払おうと力を篭める。しかし……
(振り払え……ない!?)
シャナと拮抗し、僅かに上回るほどの怪力が彼女を掴んでいた。
振り回すシャナの腕が引っかかり、聖のマントは薄紙のように引き裂かれた
それを見て千絵も、シャナがただの少女ではない事に気づいた。
それでも聖の表情は揺らがない。
本当にちょっとした悪戯心に溢れた、自らの不利を考えもしない楽しげな笑顔。
「シャナちゃんだっけ。そんなに暴れなくても殺しやしないってば。ふふふ」
暴れるシャナによりマントが完全に剥ぎ取られ……聖の首筋が見えた。
千絵も気づき、自らの首筋に手を当てた。
(痕が、無くなってる……!?)
魔界都市において、吸血鬼の付けた吸血痕は身も心も吸血鬼化した時に消え去る。
アメリアに一撃で破れた時、聖の吸血鬼化は完了していなかった。
だからこそ、アメリアは聖を救えるかもしれないと夢見たのだ。
だが、完全に吸血鬼化……それも美姫直々の寵愛を受けた吸血鬼化を完了した聖は、
日光の遮られた雨空の下、圧倒的な肉体能力を思うがままに使いこなしていた。
その肉体能力に支えられた傲慢な自信が、計画に反した襲撃を実行させた

しかし、シャナもそれだけで手も足も出なくなるほどに弱くもない。
「放せって言ってるでしょ!」
精神を集中し、それを求める。
求めるは……炎!

483あと2時間30分(7/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:45:26 ID:ZlTtJbTg
吹き上がった爆炎が降りしきる雨を蒸発させ、大量の水蒸気が周囲を覆った。
続けざまに高熱が上昇気流を呼び、水蒸気を巻き上げて立ち上っていく。
「――――っ!?」
押し殺した声が上がり、聖がゴロゴロと地面を転がる。
水たまりを転がり、雨水でボロボロに燃える衣服を消火する。
「もう、ひどいじゃない……っ!?」
ギリギリで身を放したため、火傷はそう酷くない。だが。
「まだよ! ファイア・ボール!!」
ずいぶん前からこっそりと詠唱を終えていたリナの火炎球が炸裂した。
「きゃあああああああああぁっ!!」
悲鳴を上げて飛びすさる聖。
更に、水蒸気の雲を抜けてシャナが跳びかかる!
「さっきはよくも!」
「ひぃっ!!」
肉体能力では聖の方が上だ。だがシャナは、刀を持ち、技を持ち、炎を操る。
ここに来て敗北を悟った聖は、背中を向けて全力で逃げ始めた。
「この、待てっ!」
シャナが追いかけるも、肉体能力の差が有る以上、追いつけるはずもない。
そしてそれ以上に……
「ふぅ……ふぅ……くそっ」
深々と咬まれた上に、聖を振り払うため自分を中心に爆炎を巻き起こしたのだ。
肉体的な損傷や消耗も、そう軽い物ではなかった。

一方、千絵も聖が逃げ出すのを見て脱兎の如く逃げていた。
(あの馬鹿! あんなタイミングで欲望に流されるなんて……!)
いずれ時期が来たらと思っていたが、さっさと縁を切るべきだ。
だが、それ以上に予想外だったのはもう一人の少女の方まで強敵だった事。
どういうわけか誰も追いかけて来ないが、とにかく少しでも遠くに逃げないといけない。
幸い、この雨空は彼女達吸血鬼を動きやすくしてくれるし、逃走にも好都合――
そう思った次の瞬間、千絵の意識は闇に沈んでいた。
「ぇ……?」
最後に見えたのは、鳩尾にめり込む拳と、男と、男と、バイクに乗った首の無い…………

484あと2時間30分(8/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:46:21 ID:ZlTtJbTg
マンションの一室に、どこか陰鬱な空気が漂っていた。
薄暗い外からはざあざあという音が流れ込んでくる。
「……あの二人、来ないな」
ベルガーはベランダから、雨の降りしきる外を注意深く監視していた。
もう3時を過ぎたが、ダナティアとテッサはまだ来ない。
「罠のある森も有るし、雨も降り出したから、雨が止むまで待つのかもしれないわ」
そう言うリナも少し自信なさげだった。
捜し人がゲームに乗っていたとすれば、一騒動起きていてもおかしくない。
「まあ、彼女達は……いや。彼女達も冷静だ。なんとかなるだろう」
「……『は』って何よ」
「気にするな」
(こいつ、わざと言い間違えてからかったんじゃないでしょうね)
からかうのではなく試した可能性も有るし、故意に言った可能性は十分だ。
もっとも、そんな事はどうでも良いのだが。
「それより、あんたは大丈夫なの? シャナ」
咬まれた傷。爆炎による火傷。
更に短時間とはいえ戦闘を行った事により、腹部の弾は僅かに内出血を引き起こしていた。
「大丈夫。もう、痛みも引いてきたし」
だが、シャナの傷は異様な速度で治り始めていた。
元からシャナが備えていた自己治癒のレベルよりも、早い。
「……だからこそヤバイんじゃない。どんな具合?」
「やはり、リナさんの言う吸血鬼化という物なのでしょう。確かにそのような兆候が見られます」
シャナの具合を見ていた保胤が答えを返す。
「まだなりかけの状態ですが……悔しいですが、私の手持ちでは対処出来ません。
 その吸血鬼というのがどういった妖物なのかも判らないのでは、手が付けられません」
「あたしの世界の吸血鬼像なら教えられるんだけど……
 どうも、あたしの世界の吸血鬼とも違うみたいなのよね」
ベルガーも首を振る。セルティも判らないという素振りを返した。
「……それじゃやっぱり、そいつが起きるのを待って聞き出すしかないわね」
保胤が複雑な表情を浮かべる。彼にとっては彼女も被害者なのだろう。
シャナとは違い、既に吸血鬼化が完了してしまっているとしても。
シャナの隣のベッドに縛り付けられた海野千絵は、未だ昏倒状態にあった。

485あと2時間30分(9/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:47:29 ID:ZlTtJbTg
「何か可能性が高い治療法は無いの?」
シャナが不満げに問う。
「そうね。やっぱり吸血鬼なら……咬んだ奴を殺すとかかしら」
シャナを咬んだ聖は何処かへ逃走してしまった。
千絵が起きるのを待って問いつめれば行動パターンくらいは読めるかもしれない。
だがそれしか無いとしても、シャナは悠長な方針に苛立ちを隠せなかった。
(手遅れになる)
まだ大丈夫だ。
そう思うのに、何故かそんな言いようのない予感が彼女を追い立てる。
『それより、吸血鬼という物は血を吸いたくなる物だ。それは大丈夫なのか?』
「別に。なんてこと無い」
心配するセルティにそっけなく返す。
シャナはセルティに対し、どこか余所余所しく対処していた。
さっき初対面の時に敵だと勘違いして刃を向けてしまい、どうも気まずいのだ。
大事にはならなかったし、セルティも気にしないと言ってくれたのだが。
セルティのように奇怪な容貌は、概ね敵に多かった。
「そうですか。それならしばらくは大丈夫かもしれませんね」
なってこと無い。
シャナのその答えに保胤は安堵すると、真剣な顔で付け加えた。
「どうやら吸血鬼化とは、肉体だけではなく精神も蝕む現象のようです。
 有効な治療法が無い以上、精神力で抑え込む他に有りません」
「問題無い。こんなの、半日は持つ」
「コンニャクの構えってやつだね」
……………。
「……盤石の構え?」
「うん、それそれ」
エルメスがいつものように諺を間違える中で、ベルガーは密かに顔を強張らせた。
半日。それは追跡して戦うには十分な時間かもしれない。
だが、耐えられる時間としてはあまりにも短い。
(思ったより余裕は無いみたいだな)
溜息を吐く。
(あんまり抱えこむんじゃねえぞ、シャナ)

486あと2時間30分(10-11/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:48:11 ID:ZlTtJbTg
事実、シャナは追いつめられていた。
体の奥底からこみ上げてくる強烈な渇きと獰猛な衝動。
――血を啜り喉の渇きを癒したい。

(違う! わたしはそんなこと思ってない!)
フレイムヘイズとしての誇りと、傲慢でありながらも気高き意志で衝動を抑え込む。
だが、そうする間にもその衝動は強まってくる。
半日は持つというのは、嘘だ。
半日持たせるのが限界なのだ。
そして、何よりも辛いのは……孤独である事だった。
(悠二……)
リナには頼れない。
二回目の放送の時、リナには酷い事を言ってしまった。
一回目の放送の時から悠二の名が呼ばれるのが怖くて、まるで冷静になれなかった。
だから、ムンク小屋で休んでいる間に無理矢理に心を落ち着けて。
そうしたら飛び出してしまった酷い言葉。
きっとまだ内心では怒っているだろう。
(アラストール……)
ベルガーにも頼れない。
口喧しく贄殿遮那を返せと罵り、初対面の時は無理矢理奪おうとさえした。
きっと、自分を嫌っている事だろう。
贄殿遮那が有れば生き残れる。
そう思ったのだって、いつも自分の側に居てくれる人達が居ない不安の裏返しじゃないのか。
(ダナティア……)
悠二には未だに会う事が出来ない。
自分の中に在るアラストールと話す事さえ出来ない。
アラストールにシャナを頼まれ、真摯になってくれるであろうダナティアも、居ない。
弱いけど合理的に冷静に考える事が出来るし、仲が特別悪くも無いテッサも、居ない。
さっき会ったばかりの上に、刃を向けてしまったセルティにも、
彼女とチームを組んでいた保胤にも頼れない。
エルメスに頼って何になるか。
気づいた時、シャナの周りに心を許せる相手は誰も居なくなっていた。



――もう間に合わない。手遅れになる。
(そんな事無い!)
湧き上がる不吉な予感を振り払う。
(悠二……きっと悠二に会えれば……)
何とかなる。そう思う。
悠二ならきっとなんとかしてくれる。
吸血鬼なんかにならないで済むと思う。
だから……
(悠二……早く会いたいよ……)
それに縋り、必死に自分を保っていた。

彼女は気づいていない。
自分の予感が何を指し示しているのかを。
本当に手遅れになろうとしているのが何なのかを。

あと1時間でそれは決まり。
あと2時間と30分でそれが報される。

487あと1時間30分【状態】(1-2/2) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 11:14:30 ID:ZlTtJbTg
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/16:30】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、携帯電話
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
千絵が起きたらアメリアの事も問いつめ、内容によって処遇を判断する。

【シャナ】
[状態]:平常。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。悠二を見つけたい。孤独。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス、贄殿遮那、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。シャナが追いつめられている事に気づく。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、厳重な拘束状態で気絶中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:気絶中。聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
     死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています。
[チーム備考]:互いの情報交換は終了している。
         千絵が目を覚ましたら、吸血鬼に関する情報を聞き出して行動。


【X-?/????/1日目/14:30】
『No Life Sister』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、多少の火傷(再生中)
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
     千絵はうまく逃げたかな。
     己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
     首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
     14:30に逃走後、16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。

488十叶詠子の人間試験:2005/07/22(金) 17:53:14 ID:pBSSTsig
「残念、ちょっと遅かったみたいだね」
 言葉とは裏腹な笑みを浮かべて、彼女は現れた。
 右手に抜き身の短剣。それ以外はディパッグすらも持っていない。
 薄手のセーターとデニムのパンツは、絞ればバケツ一杯分の水が出てくるんじゃないかと思うほどに濡れそぼっている。
 彼女は唐突に、それこそ気配から足音まで何の予兆もなく人識の後ろに立っていた。
 みれば水溜りは玄関から途切れることなく続いていて、人識は足音の不在に首をかしげる。
 そんな殺人鬼を見ることもなく、ぴちゃり、と濡れた水音を引きずって、彼女は事切れた少年へと歩み寄った。
 血だまりに躊躇いなく足を踏み入れ、その手をそっと差し伸べる。
 絡みつく水草から滴る雫が、ぽつり、ぽつりと血の池をうがつ。
 体温を感じさせない白い指が、そっと彼の瞳に添えられた。
「かわいそうな子。せっかく本質を見る瞳と、世界を知る資格をもっていたのにね」
 慰めの言葉とともに、ゆっくりと閉じさせ、黙祷。
 こうまでされると流石に人識も萎えた。
「あー、知り合いだったか? 悪ぃな」
 ぼりぼりとその髪を掻きあげ、彼なりに謝罪。
 悪びれる風もなく、しかし重さのない口調で。
 彼女は濡れそぼった髪を青白い頬に張り付かせ、緩慢な動作で振りかえった。会釈の代わりかにこり笑う。
 そして静かに首を振った。
「ううん、初対面」
 とたん人識の首ががくりと落ちる。なんだよ、だの、ダセー、だのとぶつぶつ呟き、
「『二死満塁から逆転の一撃、ただしデットボール』みたいな! ってかんじだぜ。つーか謝り損じゃねぇか」
 がぁぁー、と髪を掻き毟った。と、その手をぱたりと止めて。
「んで、結局こいつ誰なのよ」
 自らがばらした死体を指差した。

489十叶詠子の人間試験:2005/07/22(金) 17:54:01 ID:pBSSTsig
「この子は‘彷徨う灯火’君、昔は燃え滓だったみたいだけど、中身があんまり眩しいものだから、いろんなものを引き寄せてしまう。
でも自分の光じゃ自分の足元は照らせない、自分を見出すことは出来ない。だからいつまでも自分の立ち位置を決められないの」
 濡れた服を全て脱いだ彼女、今は患者用と思しきガウンを羽織っている。
 説明しながら少女は部屋の隅で見つけた姿見を遺体の前に置く。ちょうど窓と向かい合わせになるように。
「彼はここでも彷徨ってた。でも私の選別を受けて、物語を知って、自分の瞳を取り戻して。後は訓えを受けるだけだったのに! 
あぁ、“出会えなかった魔女の弟子”!」
 手を休め、嘆くように諸手をあげて宙を抱く。
 慣れない力仕事が裾がはだけさせ、襟元が覗かせる。
 その肌の色は蒼白を通り越してすでに淡い赤。
 濡れ鼠になって風邪でもこじらせたか。湖に落ちた、という彼女の言からすればタチの悪い感染症も考えられる。
(近寄りたくねぇ)
 適当に距離をとって適当に聞き流して、人識はなぜかお湯の入れてあったカップ麺すする。
 どこまでも優しくない男、零崎人識。
「幕はまだ残っている。最終章まではたどり着けなくても、せめて想い人には逢わせてあげたいな」
 そうじゃないと可哀想だものね。視線に気づいたか、呟く彼女は作業で乱れたガウンの裾を正す。
「彼はね、とっても特別なチカラととっても大きなチカラを秘めてるの」
 彼女の弁はまだ続く。
 語りに全く温度がないのによくも続くもんだと頷き、人識はのびっきた麺をかきこんだ。
 兄をはじめ、こういう手合いは話す内に熱をあげてくものだと思っていた彼だが、
(これが真性てやつか)
 認識を改めるとともに危険人物から一歩退く。
「でも生き残るには不十分だったんだね。あ、責めてるわけじゃないんだよ。君の殺人鬼の物語には犠牲者が必要だもの
 ただ彼は最期にその特別なチカラと大きなチカラで願うの、ああ、僕を待ってるあの娘に逢いたいって」
 そこで彼女は言葉を止めた。凄惨な、それこそ零崎のような笑顔を人識に向ける。
「魔女のあたしは彼の魂を鏡に送る」
 壁に這わせた細い手が部屋の電気のスイッチにかかる。
「私はここに合わせ鏡をしにきたの」
 かちりと部屋に光が満ちる。
「そういえば挨拶がまだだったよね」
 窓は一瞬で鏡となって、倒れた少年を無限に写す。
「夜会にようこそ、‘合わせ鏡の殺人鬼’君」

490十叶詠子の人間試験:2005/07/22(金) 17:57:48 ID:pBSSTsig
「もうすぐ四時四十四分。放課後の怪談の時間。ねぇ、君は不思議だと思わない? 
 時間なんて本当はどこでも同値だよね。十時五十二分も八時時十七分も区別がつかないはずなのに、何故四時四十四分なんだと思う?」
「不吉な数字てのは明らかに後付だよな。あれだろ。薄明、誰彼、逢魔ヶ時てのもあったな。柳田國男だったか? まぁいいや。
 とにかく山とか海に入った人間が帰ってこなくなる時間だ。『はないちもんめ』や『かくれんぼ』の最中に消えたりな。
 ようはさ、昼から夜に変わる中で『違う世界につながっててもおかしいねぇ』て感覚がどっかにあるからじゃねぇの?」
 魔女は彼の身体を鏡へ寄せる。死体は力なく姿見にもたれかかった。
「そうだね、最後のチャイムを聞いた人は、夜の学校に入ってしまう。黒板に円を書くと四次元の世界に連れて行かれてしまう。
 山に遊びに行った兄弟、兄は帰ってきたけれど、弟は帰ってこなかった。
 ほとんどの物語が『連れ去られる』『帰ってこない』で終わるのは、人が『違う世界』との繋がりを見出してるから
 私は鏡の世界にこの子を送るの。見立ては好きじゃないけれど、この子が望んだことだから、私はこのコを物語にする」
 欠陥製品のヤローも物語とか何とか言ってたな、人識はそんなことを思い出す。
「そして死後の世界は虚像の世界、鏡像世界は冥府の姿。狭間の時間、もしも彼女が鏡を見たら、そこにはきっと彼が映っている」
 魔女は呟く、四時四十四分。
 空気が変わる。よどんだ鉄錆の臭い。腐った水の臭い。
 零崎が注視する中で、肢体はそのまま、ずぶりと沈んだ。
 波紋のように波立つ鏡面が腕をひたし、肩を飲み込み、首までつかる。
 彼女はもはや手を離しているのに死体はゆっくりと鏡の中へと落ちていく。
 気がつけば、あれほどの雨音が消えていた。
 世界にあるのは扉だけ。何もない空間に、ただ水底の闇がぽっかり口をあけている。

 こんなにも異常な世界で二人だけが変わらない。

「すごいね、君はもう『合格』してるわけ……」
 瞬間人識のの右手が閃いた。
「悪いな、どっかの誰かのせりふとあんまり似てたもんだから」
 一筋の亀裂が世界に走る。
「殺しちまった」

 砕けた。
 ガラスの破片は水しぶきのように、光をばら撒き、床で弾ける。
 人識が覆った目の向こうで、反射光が世界を隠し、水音が世界を満たす。
 目を開ければ、全てが現実に帰還していた。
 割れた窓からは雨が容赦なく降り注ぎ、床は水とガラスで一杯だ。
 蛍光灯の明かりの下でそれらは無機質に光を反射し、空白の足跡がくっきりと玄関のほうへと続いていた。
 時計を見れば長針は、まだ行儀よく真横を指している。
 全ての異常が終わったことを知り、零崎はそれらをただ一言で締めくくる。
「ま、退屈はしなかったな」
【残り69人 】
【C-8/港町の診療所/一日目・16:45】

【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン四人分 保存食10食分、茶1000ml、眠気覚ましガム、メロンパン数個
          消毒用アルコール、総合ビタミン剤、各種抗生剤、注射器等の医療器具)
    包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:電波だったなぁ、
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
    雨が止んだら港を見てまわってから湖の地下通路を見に行きます。

【C-8/港町/一日目・16:45】

【十叶詠子】
[状態]:全身ずぶぬれは一応ふき取りました、衰弱、肺炎、放っておくと命にかかわる
[装備]:魔女の短剣、
[道具]:濡れた服
[思考]:1.悠二を物語化。
    2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。
[備考]:服は全て脱いで、診療所にあった患者用のガウンを着用しています。

491案内役の魔女の使徒(仮):2005/07/24(日) 21:09:02 ID:vfBNLoRM
あなたは彼女を覚えてる?
忘れているなら、思いだしてあげて。
忘れられるのはとてもとても哀しい事だから。
だから、みんなに思いだしてもらうの。
私が殺した少女の事を。

        落ちる先は湖。
         湖には水面。
           水面は鏡。
            鏡は扉。
  扉の向こうに誰が居る?
  扉の向こうに何が在る?

彼女は闇夜で殺された。
彼女は海辺で殺された。
彼女はメスで殺された。

夜は異界が近づく時間。
闇夜に異界が隠れてる。
海は神様が住まう場所。
海に呑まれたお供え物。
メスの用途はなおす事。
裂かれた人の病を癒す。

そして誰か、覚えているか。
殺された少女の名前を覚えているか。

魔女は言う。
「あの子の魂のカタチは『陸往く船のお姫さま』。
 王子様に誘われて陸を進むようになっても、船を降りたわけじゃない。
だって、“彼女こそが船だから”」
――そして船は、海と陸とを橋渡す。

492案内役の魔女の使徒(仮):2005/07/24(日) 21:09:42 ID:vfBNLoRM
「あなたが魔女になれなかったのは残念だよ」
其処は異界。
水面の鏡面から飛び込んだ、鏡の異界の何時かの何処か。
澱んだ水の臭いと、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた世界。
「カタチを与えてあげる事さえ遅くなって、本当にごめんね」
ピチャピチャと湿った音がする。
魔女の手首から滴る一筋の紅い血を、白い少女が舐めている。
「ふふ……しばらくはそれで保つかなぁ」
魔女は血を水面に滴り落とした。
水面は鏡。鏡は門戸。血は鏡の世界に滴り落ちた。
門戸は鏡。鏡は水面。血は水面から海へと流れ……
海に呑まれた『陸往く船のお姫さま』へと贈られた。
魔女の生き血はヨモツヘグリ。
なりそこなった哀れな子に、仮の体を与えてあげる。
そうして魔女の使徒が一人生まれた。
「…………」
ピチャピチャと音がする。

「…………」
やがて、血を舐め終わった少女が立ち上がる。
魔女の手首に傷は無い。
「さあ、案内してね。私は様子を見るために、一度島へと帰るから」
「…………」
魔女の使徒はこくりと首肯すると、魔女を異界の出口へ誘った。
魔女は使徒を手に入れた。
使徒は魔女を案内し、異界の準備を整える。
24時の異界のために。

そして魔女は、再び島へと門戸を潜る。
鏡を抜けて、水面を抜けて、海から陸へと帰り着く。
物語を広めるために。

493案内役の魔女の使徒(仮):2005/07/24(日) 21:10:25 ID:vfBNLoRM
魔女は港に佇んでいた。
港は海から人が帰る場所だ。
「さあ、どうしようかな。
 法典君はきっと不気味な泡さんと一緒だね」
戦おうと思えば、佐山を味方に付け自分を殺そうとしたブギーポップと戦えるだろうか。
しかし、彼女にそうする理由は無い。
「そうだね、しばらくは様子を見ようかな。物語はもう広がっている」
くすくすと笑い、詠子は歩き始めた。
島を一望出来る場所……灯台へ。


【C-8/港/1日目 13:20】
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:灯台に向かう

鏡の異界の中に魔女の使徒ティファナが出現しました。
肉体が失われているため、異界の中にしか居られません。
魔女の使徒は記憶や人格などは有していますが、詠子に従うだけです。
基本的に言葉で相手を堕落させるだけで、戦闘能力は有りません。

494疑惑のあやとり(1/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:34:15 ID:ASvCsZpo
され竜は読み始めようかという所でクエロ知りません。
思考とか口調について齟齬が無いか意見お願いします。
ついでにアイテムに増える奇怪肉塊Xについても。
……使用時は原作設定を利用出来そうなネタは有るけど、
現時点では原作には無かったよく判らない物体でしかないので、
変な使い方しようとしたらNGになりそうな役立たずアイテム。
流れ上、ヨルガに何か手を加えないと変なので処理しておいたとも言える。

――――――――――――――――――――――

「ん…………」
うっすらとクエロは目を開いた。
目に映るのは白い天井と蛍光灯の明かり。それと周囲を囲む白いカーテン。
保健室のベッドだ。
微かに雨音がする事からして、どうやら雨が降っているらしい。
(あれから3時間という所ね。調子は……)
シーツに肘を突いて起きあがる。
……予想以上に全身が気怠い。
最初は咒式の反動が主要因だと思っていたが、思い返してみるに
ゼルガディスに受けた崩霊裂(ラ・ティルト)の効果もかなり大きかったようだ。
3時間の睡眠を取ったというのに、あまり疲れが取れていない。
(もうしばらくは大人しくしておくべきね)
元より、身が危うくなるまでは派手に動かない予定だ。
少なくともクリーオウの信用は十分に得ているし、他の4人にもそう疑われてはいないはずだ。
そこまで考えて、ふと気づく。
「誰か居ないの?」
返事はすぐに返ってきた。
「おや、起きていたのか。おはよう」
カーテンの向こうから聞こえるのは抑揚が小さいサラの声だ。
「いいえ、今起きたわ」
「そうか。クリーオウがトイレに行くからと同伴を交替した所だ。
 クリーオウが戻ったら、眠っていた間の議事録を見せてもらってくれ」
「助かるわ」
クリーオウが自分に嘘を吐く事はまず無いだろう。
なら、彼女の見せる議事録も確実な情報と見て良い。
「ところで少し話が有るのだが、良いだろうか」
「話……?」
「クエロが持っていた弾丸についてだ」
(……何か気づかれたの?)
クエロはベッドの脇に置いていた贖罪者マグナスと高位咒式弾が無い事に気づいた。
(まずい事には気づかれてないと良いのだけれど……)
内心で少し警戒しながら続きを待つ。

495疑惑のあやとり(2/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:35:02 ID:ASvCsZpo
「あの弾丸を借りて、少し調べさせてもらったのだが……」
サラがカーテンを開けて姿を見せる。
予想通り、その左手には4発の高位咒式弾が乗っている。
右手に持っている贖罪者マグナスも予想通りだ。予想外だったのは束ね持っている……
(断罪者ヨルガ!?)
――の、柄だけだ。どういうわけか刀身が無くなっていた。
「昼前の別行動で拾った、この刀砕けた剣に付いている弾倉にもピッタリと合うようだ。
 クエロが拾った魔杖剣とやらの別種だろう。
 それらを調べて仕組みを解明してみた所……私なら、この剣で弾丸を使う事が出来そうだ」
クエロはサラが何を言おうとしているかに気づいた。
「そういうわけで、弾丸を分けてもらえるだろうか。
 クエロもこの剣で弾丸を使えるなら話は別だが」

(……まずは慎重に行こうかしら)
下手な返答をすれば疑われる危険が出てくる。
「解明したって……異世界のアイテムなんでしょう? 本当に使えるの?」
如何にも驚いたという表情を浮かべ、返事を返す前に逆に質問を投げかけた。
魔杖剣の仕組みを知識も無く理解出来ているはずがない。
その問いに対し、サラは淡々と答えを返す。
「問題無い。もちろん本来の使い方は出来ないだろう。
 剣に仕込まれた術式とでもいう物を発動させる部分は遂に解明出来なかった」
(そう、そこは判っていないのね)
本来の用途で魔杖剣を使う為には咒式を使いこなす必要がある。
つまり、『咒式を知らない素人には使えない』のだ。
クエロは『魔杖剣と弾丸は知らない物で、説明書が有ったから使えた』と説明した。
今更明かせば、経歴に隠し事をしていたという傷が付いてしまう。
つまり、サラに咒式をどうやって発動させるかに気づかれてはまずいのだ。
「もっとも、逆に言えばそれ以外の機能は理解した。後はフィーリングだ。
 本来の術式の代わりに、わたしの魔術を流し込んでその機能の恩恵を受ける。
増幅の要となる刀身が失われているのは痛いが、
それでもこの刃無き剣と特殊な弾丸から得られるメリットは十分にすぎる」

496疑惑のあやとり(3/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:35:49 ID:ASvCsZpo
サラは弾丸を使える。
もしクエロが弾丸を使えないならば、それを渡さない理由が無い。
「それで、クエロの方はどうなのだろう」
「……ええ、私の方も弾丸を使えるわ」
疑念を抱かれる危険が有っても、そう答えるしか他に無い。
「昼過ぎの時は疲れていて詳しい説明をし忘れてしまったけれど、
 付いていた説明書にその使い方も書いて有ったわ。
残念ながらその説明書は落としてしまったけれど」
サラなら既にクエロの荷物を調べる位はしているだろう。
もしかすると、汚れていた上着を脱がせたのも身体検査の意味が有ったのかもしれない。
そうなると説明書は落とした事にしておくべきだ。
「なるほど。
 詳細な説明書付きで対となる支給品に出会えた事は運が良いといえるだろう。
 しかし、そうすると弾丸を4発とも頂く事は出来ないな。
 ……半分の2発だけ頂いて良いだろうか?
 クエロは元々戦い向きではないのだろうし、今はその様子だからな」
否……と答える事は出来ない。
クエロはあまり強くないように装っているのだし、
ゼルガディスを殺せる程の力は無いと思われている方が良い。
「良いわ、うまく役立ててね」
クエロはサラの手から2発の咒式弾を取り返し、残り2発をそこに残した。

(それにしても、つくづく化け物揃いね。この島は)
サラはその科学知識と己の世界の魔術で高位咒式弾を使える状態を手にした。
それはつまり、もしも彼女と対立する事が有った時に、
魔杖剣による高位咒式が決定打にならない可能性が出てきたという事だ。
下手な手は打てない。
もっとも、逆に味方としてこれほど心強い者もそう居ない。
(せいぜい利用させてもらうわ)
そう考え、クエロはサラとの正面衝突を避けるように思考を組み立て始めた。
――全て、サラの目論見通りに。

497疑惑のあやとり(4/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:36:39 ID:ASvCsZpo
(どうやらうまく行ったようだ)
クエロの魔杖剣と弾丸の関係に気づいてなかったフリをする事で、疑われてないと思わせる。
更に、弾丸を自分も使えると主張すると共に弾丸の半分を奪う事で、
自分達を裏切る事に大きな危険性を想像させる。
自分の切り札を相手も同じ数だけ使えるかもしれない。
冷静で慎重な人間ならば、そんな相手に正面衝突を挑む事は無いし、
もし衝突するとしても真っ先に排除対象として選ぶだろう。
だが、『誰が誰を狙う』事が予想される奇襲など不意打ちにはならない。
サラが仕掛けたのは疑惑で編んだ守りの網だ。
サラが確実に、本当に咒式弾を使えるかどうかは関係ない。
人を疑う事が出来る人間には『かもしれない』という疑惑だけで十分なのだ。
大胆なハッタリはサラのもっとも得意とする所だった。

  * * *

「あ、クエロ、起きたんだ!」
クリーオウが保健室に入ってくる。続いてそれに付き添って空目も。
空目は無表情なまま、すぐに横を向いた。
「どうしたの……ああ、そういえばそうだったわね」
開かれたカーテンの向こうに見えるクエロの姿は、寝る前の下着姿のままである。
実に目の保養になる姿だった。
もっとも、この場で唯一の男性である空目にそういった感想は期待できないのだが。
「私の服はどこ?」
「今から取って来よう。ひとまずはこれを着たまえ」
サラはどこから見つけてきたのかワイシャツを差し出して言った。
「裸ワイシャツで悩殺度アップだ」
「………………」

結局、一度カーテンを閉めて姿を隠して、服を取ってきてもらった。

498疑惑のあやとり(5/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:38:40 ID:ASvCsZpo
「それじゃ、今はせつらもピロテースも居ないの?」
「うん。せつらは洗浄が済んだワイヤーを装備して地下湖の調査に向かったわ。
 ピロテースは城周辺の調査に行ってて、そろそろ帰って来ると思う」
「『実験』が終わったのはさっきだからな。ワイヤーの血が落ちる方が早かった」
サラが補足する。
続けて宣言した。
「そしてその議事録にある予定通り、わたしもしばらく寝させてもらう。
 クエロ、隣のベッドを使って良いだろうか?」
「ええ、私は構わないわ」
隣で寝るとなれば、すぐ間近に無防備な姿を晒す事になる。
クエロは内心で少し意外に感じたが、すぐに思い直した。
自分の状況は多少悪くなったように思えるが、疑われる要素は見せていないはずだ。
別に奇妙な事ではない。
「では、わたしは寝よう。
 せつらが使わなくなった銅線で簡単な警報を仕掛けておいたが、
もしピロテースやせつら以外の誰かが来る様だったらすぐに起こしてくれ。
これでも寝起きは良い方だ」
「任せて。
 せつらから銃ももらったし、何かあっても少しくらい時間を稼いでみせるから!」
クリーオウが銃を見せて言う。
慢心している様子は無い。
銃を得た所で、この殺人ゲームの中で安心を得る程の寄る辺にはならない。
それを確認して、皆は頷いた。
「頼りにしているわ」
クエロがそう言うと、クリーオウは少し嬉しそうに笑った。

(さて、他にやるべき事は寝る事だけか)
やれる事は色々有ったが、やれるだけはやっただろう。
断罪者ヨルガの刀身は、如何なる処理を経たのかピンク色の肉塊に変わっていた。
かつてサラが作ろうとしたとある魔法生物を欠片だけ作り出した物だ。
刻印解除か何かの役に立つ……かもしれないし、全く立たないかもしれない。
というより、刀身よりは可能性が高いだけできっと役には立たないだろう。

499疑惑のあやとり(6/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:39:54 ID:ASvCsZpo
せつらの使わなくなった装備は、拳銃はクリーオウに融通し、
銅線は簡単な警報装置の材料にした。
城に行ったら城に仕掛ければ良い。
……城に電源が有るかは判らないが。

そしてクエロに対する対策は、この最後の添い寝作戦を持って完了する。
そこまで考えた所で、ふと改良案を思いつきクエロに声を掛けた。
「では、隣で寝させてもらう。
 ところで、わたしは同じベッドで仲良く寝ても良いのだがどうだろうか?」
「私はそういう趣味は無いわ」
すげなく断られた。
「……残念だ」
大人しく眠る事にする。
クエロが無防備な自分に危害を加える事はまず有り得ない。
この状況ではサラが危害を受ければクエロ以外に疑われる者が居ないのだし、
クエロにとってこのチームはとても価値のある事は間違いないからだ。
(だから、今は眠る。そして――)
サラすやすやと寝息を立てていった。

その無防備な様子を見ながらクエロは考えこむ。
彼女、サラに関する情報を纏め直す。
(私はまだサラに疑われていない。
 そして、サラは強い力と高い知性を持っており、利用する価値は高い)
何度確認してもその点は同じだ。
(サラは死体を使い捨てられる合理的思考を持つが、今の所は敵では無い。
 それどころか信用した相手にはこうやって無防備な姿も見せる。だけど……)
クエロはサラの目的が読めないでいた。
クリーオウ、ピロテースやゼルガディスなどと違い、人捜しに懸命になる様子は無い。
参加者のダナティアという女性は仲間らしいが、合流に躍起になってはいない。
これは秋せつらにも言えるが、彼にはまだ捜し屋という仕事意識が存在する。
空目の厭世的な感とはかなり近い気がする。
だが、彼ほど流れに身を委ねる性格ではないようだ。

500疑惑のあやとり(7-8/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:42:04 ID:ASvCsZpo
他の仲間をダシにすれば利用は出来るだろう。
自分を信用もしているようだ。
にも関わらず目的の読めない事に、少々の不気味さを感じながらも……
「……まあいいわ。おやすみなさい、サラ」
(少なくとも今は利用できる)
そう結論を出すと、クエロもまた眠りに就いた。


【D-2/学校1階・保健室/1日目・15:00】
【六人の反抗者】
>共通行動
・18時に城地下に集合
・ピロテースは城周辺の森に調査に向かっている。
・せつらは地下湖とその辺の地上部分に調査に向かっている。
・オーフェン、リナ、アシュラムを探す
・古泉→長門(『去年の雪山合宿のあの人の話』)と
悠二→シャナ(『港のC-8に行った』)の伝言を、当人に会ったら伝える
>アイテムの変化
強臓式拳銃『魔弾の射手』:せつら→クリーオウ
鋼線(20メートル)   :せつら→簡単な警報装置になった。音は保健室で鳴る。
ブギーポップのワイヤー :バケツの中→せつら
断罪者ヨルガの砕けた刀身:変な肉塊になった。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[行動]: 空目と共に起きておき、誰か来たら警戒。

【空目恭一】
[状態]: 健康。感染。
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
     クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
[行動]: クリーオウと共に起きておき、誰か来たら警戒。

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲労により再度睡眠中。
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
     魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。信頼は得ていると考えている。

【サラ・バーリン】
[状態]: 睡眠中。健康。感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、変な肉塊
    『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。

せつらとピロテースは別行動中です。

501Let's begin a fake farce(1/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:18:48 ID:nPGFhp1g
「……今にも降ってきそうだよね。放送で言ってたのはやっぱり雨のことなのかな」
「おそらくね。どれくらいの強さでどれくらいの時間降り続けるかはわからないけど」
 窓の外は、先程までの青空が嘘だったかのような灰色に包まれていた。
 この曇天だけで終わってくれればいいのだが、あの性格の悪そうな主催者達がそんな甘いもので終わらせることはないだろう。
「わたしたちはここにいるからいいけど……ピロテースは大丈夫かな。
雨の中戦ったりして疲れると、風邪引いちゃうかもしれないし」
「彼女は大丈夫だよ。濡れることは承知で行っただろうし、己の限界はちゃんとわきまえている人だと思う」
 せつらは先程の会議で決まった通り、しばしの休息を取っていた。
 適当にパンをかじって腹を満たしながら、同じく待機中のクリーオウの雑談に付き合うことにした。
 不安そうな顔で仲間の心配をするクリーオウは、しかし一度目の会議のときよりは明るさを取り戻している気がした。
 本来はもう少し快活な少女なのだろうが、この状況では仕方がないだろう。
「そういえば、せつらの知り合いは捜さなくていいの?」
「ん? ああ、大丈夫。あいつらは簡単には死なないから。ほっといていいよ」
「そうなの……?」
 茫洋とした表情を崩さぬまま言った。クリーオウはあまり納得がいっていない不思議そうな顔をしていたが。
 希望的観測ではなく、真実だ。
 メフィストも屍も、このような特殊な状況下には慣れているし、武器がなくとも十分戦える。
 その気になれば、大半の参加者を殺害できる人間だ。奇人や化け物が多いここでも、彼らクラスの者はそうはいないはずだ。
 だが同時に、主催者の言うとおりに動くような人間でもない。
 メフィストはここから脱出する術を考えているだろうし、屍はゲームに乗っている馬鹿を容赦なく消し去っている最中だろう。
 むしろ合流せずに別行動のまま島内にちらばり、このゲームを三方から破壊した方がいい。

502Let's begin a fake farce(2/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:20:04 ID:nPGFhp1g
(まぁ、情報も増えるし会えることに越したことはないけれど……)
 どちらかというと、彼らに匹敵する美姫の存在の方が気になっていた。彼女は危険すぎる。
 おそらく名簿を見てメフィストが対処方法を練っているところだろうが、彼一人ではややつらいかもしれない。
 昼の間に居場所が見つかれば楽なのだが──護衛を一人くらいはつくっているだろう。厄介だ。
「……そっか。信頼してるんだね、その人達のこと」
「そうとも言うね」
 ──信頼って言うよりは絶対的な事実って言った方が近いけれど──そう言葉を付け加えようとして、
「…………っ!」
 ベッドが軋む音と荒い息に混じった呻き声が耳に入り、せつらとクリーオウは部屋の奥へと目を向けた。
 ──身体を起こし、絶望と憎悪を入り交じらせた瞳で虚空を見るクエロがそこにいた。



「……! クエロ、大丈夫!?」
「……ええ、大丈夫。夢見が悪かっただけだから」
 心配してこちらに駆け寄ってきたクリーオウに向けて、クエロは歪んだ笑みを見せた。
 もう少しまともな表情をつくりだすこともできたが、ここは無理に演技をしない方がいいだろう。
(最悪の寝覚めね……)
 ガユスと鉢合わせしたせいか、あの過去の事件のことを夢に見た。
 ──師と仲間を裏切り、そして自分の唯一の望みをも、彼が断ち切った瞬間。
 あの瞬間にすべてが壊れ、すべてが絶望と憎悪へと変わった。
(こんなところで二人を、特にガユスを楽に殺させるわけにはいかない。
彼らのために無惨に死んでいった者達と……私自身のためにも)
 そう心の中で改めて決意し、溢れそうな激情を無理矢理抑えつけた。いつまでも夢に動揺している余裕はない。
「……少し、つらいものを見てしまっただけ。もう落ち着いたわ。心配してくれてありがとう」
 不安そうにこちらを見るクリーオウに対して微笑みをつくった時には、もう平常心に戻っていた。
「身体の方は大丈夫ですか? 精霊力が弱まっている、とピロテースさんが言ってましたけど」
「まだ少し疲れが残っているみたい。激しい動きは多分無理ね。……他の三人は?」
 部屋にはクリーオウとせつらがいるのみ。
 どうやら寝ている間に会議が終わり、皆次の行動に移ったようだ。

503Let's begin a fake farce(3/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:21:07 ID:nPGFhp1g
(少しまずいわね。早めに状況を確認しないと)
 自分がどの程度疑われているのか。その情報を早く得て対策を取らなければまずい。
 ……別行動を取った途端に相手が死に、怪しい──あの弾丸が入りそうな外見をした剣を持って帰ってきた。
 疑念がまったく生じなかったということはないだろう。
 このようなゲームの中で、証拠もなしに相手の話を鵜呑みにすることは(クリーオウのような人間は別だが)ありえない。
 態度や行動によりいっそうの注意を払わねばなるまい。
「恭一とサラは、拾ってきた剣とクエロの剣と弾丸を理科室で調べてる。ピロテースは城辺りの森に行ったよ。
これが話した内容を書いた紙で…………あ、せつら、ちょっと」
 クリーオウの言葉が止まったことに疑問を抱き──今更になって、今の自分の状況に気づく。
「話は後で聞くわ。……せつら、服を着るから、少しの間後ろを向いていてくれると嬉しいのだけど」
 下着しか着けていない胸に毛布を押しつけ、少し顔を赤らめ──させてせつらに言った。

「なら、私はあなたがいない間ここを守ればいいのね」
「はい。休息もかねて。襲撃された場合は無理をせずにみんなで逃げてください」
 服を着、議事録を読み終え地図にメモもした後、せつらに確認を取った。
 紙には議論された内容が簡潔に、しかし要点を欠かさず丁寧に書かれていた。
 嘘は書かれていないだろう。何らかの理由で書く必要があったとしても、すぐクリーオウにばれるので無理だ。
 しかし、何か重要な点が“書かれていない”可能性はある。行動の裏の意味や──ゼルガディスの件について。
「禁止エリアに地下、そして謎のメモ……ね。捜し人は見つからないけれど、この世界に関する手がかりは結構順調に集まってるのね」
「だいぶ楽になりました。特に地下は何かあったときの逃走経路として最適だ。武器が手に入ったことも心強い」
 部屋の隅にあるバケツに目線を移しながらせつらが言った。確かにこれがあれば彼はかなり楽になる。

504Let's begin a fake farce(4/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:22:39 ID:nPGFhp1g
(……私の立場は楽ではなさそうだけれどね)
 胸中で呟く。
 消費された一つの弾丸。議事録の内容から推測される行動。各々の思考と性格。
 それらを材料を元に状況と自らの立場を推測。既に結論は出ていた。
 ────少なくとも、空目とサラにはかなり疑われている。
(律儀に五つすべてを見せたのがまずかったわね。今更悔いてもしょうがないけど)
 支給品の確認時に弾丸をすべて見せたことを後悔する。ゼルガディスに無理に調べられる可能性を危惧しての行動だったが、失敗だった。
 現在ポケットに残っている弾丸はゼロ。一つは消費し、残りの四つは理科室に持って行かれている。
 弾丸をポケットから回収した際に、五つあったはずの弾丸が一つ無くなっていることが二人に気づかれたことは間違いない。
(ここから二人が推測するであろう事象は二つ。偶然落としたか、もしくは剣と合わせて効果を発揮させたか)
 前者は厳しい。
 ──偶然剣を見つけ、偶然それが弾丸と合う剣だった。偶然仇敵がやってきてゼルガディスを殺害し、逃亡する際偶然弾丸を落とした。
 最後の一つと結果以外は本当に事実で偶然なのだが──第三者から見れば怪しいことこの上ない。
 では、後者の場合。
 逃亡手段に使ったとするならば、疑われないだろうか。
 あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。逃亡手段にすることができる効果を持っていると知る。
 その後偶然仇敵に遭ってしまい、逃げる際にそのマニュアルに記されていた通りに、何らかの逃亡できる効果を発動させた。
(……だめ。事の顛末を説明した時に、そのことをあえて言わなかった理由がない)
 もし言っていたとしても、問題を棚上げするだけだ。
 今はいいが今後窮地に陥り逃亡を強いられた場合、その効果を使えないことが知られると非常にまずい。
 こんなゲームの最中だ。窮地に立たされない確率の方が低い。危険すぎる嘘だ。
 ならばやはり、疑われることは避けられない。

505Let's begin a fake farce(5/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:24:35 ID:nPGFhp1g
(あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。
自分に支給された弾丸をこの剣に装填することで何らかの現象を起こし──人間を殺害することが出来ると知る。
邪魔者を消せる好機と判断し、不意を討つ。ゼルガディスの反撃を受け精神を摩耗させられるも、なんとか彼を殺害。
──襲撃者の二人は、殺害する前に出会っていた、友好的な赤の他人──もしくは敵意を持たれていない元の世界の知り合い。
“相手を騙し油断させて寝首を掻く”スタイルと言ってしまえば、とぼけられても信用はできない。
……やっぱり、こちらの方が説得力があるわね)
 あの二人ならば、状況証拠からこのような結論に容易に達することができるだろう。
 ゼルガディスのこちらへの疑念は、その素振りから観察眼のある第三者にも見て取れるものだった。動機は十分にある。
 もちろん“確定”にまでには至っていないだろう。情報が少ない。
 だが、相当疑われていることは確かだ。
(一度疑われると完全にそれを払拭するのは難しい。……どう足掻く?)
 現時点では“マニュアルがあった”としか言っていないことが唯一の救いか。
 何をするために弾丸を消費するのか、また、具体的にどういった効果が出るのか──そのことはまだ言っていない。
 “弾丸を消費して咒式を使用可能にする”という真実はまだ隠されている。
 確かに自分はある武器を媒体に“咒式”というものが扱えるということを既に言ったが、それと魔杖剣を繋ぐ線はまだない。
(マニュアルの内容について捏造しなければならない。何ができるのか──何を使ってもいいのかを考えなければいけない。
……雷撃を扱えるというのは隠さないとだめ。
ゼルガディスの死体の切り口を調べれば、強大な熱量で一気に切り裂かれたことがわかってしまう。
地底湖とその周辺を探索に行く予定のせつらが、彼の死体を見つける可能性は高い。
さらに、電磁系以外の咒式は使えない。
高位咒弾は下位互換ができない。今の状況を考慮すれば、電磁系以外の高位咒式は脳を焼き切ってしまう事が容易に想像できる。
残るのは、ただ一つ)

506Let's begin a fake farce(6/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:26:42 ID:nPGFhp1g
 ──電磁電波系第七階位<雷環反鏡絶極帝陣>(アッシ・モデス)。
 超磁場とプラズマを利用した究極の防御咒式。
 能力が制限されナリシアがない今では、本来の展開速度と効果は期待できないが──それでも大抵の攻撃は防ぐことが出来る強力なものだ。
 攻撃咒式がすべて使えないのは痛いが、この場合はどうしようもない。
(そういえば、議事録には“クエロの持ってきた剣と同じタイプの剣の柄を拾った”ともあったわね。
……ナリシアでないことを願うけれど)
 魔杖剣の核は<法珠>と呼ばれる演算機関にあたる部分だが、刃の部分もただ殺傷武器としての機能のみを担当しているわけではない。
 咒印と組成式を描き、咒式を増幅させるために不可欠なものだ。折れれば使い物にならない。
(後は……脳に多大な負担を与えることと発動までに時間がかかることを伝えておく。
そして、魔力のようなものを持っていなければ使えないことにすれば、いける)
 前者を配慮すればクリーオウや空目には使わせないだろうし、後者でせつらも消える。
 ピロテースやサラも、小回りの良さを潰して防御結界に時間を割くよりも、魔術の使用を優先すべきなのは明確だ。
 やることがないのは自分だけだ。
(問題はあの二人自体をどうやり過ごすか。疑念を持っていることは当然隠してくる。
……ならばこちらも、それに気づかれないふりをし続けなければならない。今のところ、彼らを敵に回す利点はない)
 目標はあくまで脱出。
 そのための有能な人材を手放し、敵対しても何一ついいことはない。
(疑いは強い。それでも、まだこちらを利用する価値はあるでしょうね。
──武器を取ってしまえば反抗はできない。そして、今までの行動からして積極的にこのグループが不利になることはしない。
おそらくそう予想されている)
 事実だ。
 自分は彼らを殺すためにここにいるのではない。
 彼らを利用し脱出する──もしくは円滑に殺戮を行う下準備のためだ。
 そして彼らは、こちらに利用されているのを逆手にとって利用してくることだろう。彼らの手中に完全に収められている。
 ──上等だ。

507Let's begin a fake farce(7/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:29:34 ID:0wNbWEVw
(素直に魔杖剣と弾丸を返す気はないでしょうね。何とかこちらをやりこめて、戦力を割いてくることが予想される。
二人──特にサラは手強い。あの無表情からは感情がほとんど読み取れない)
 相当に厄介な相手だ。
 どこで妥協し、どこで踏み込むか。難しいところだ。
(それでもやるしかない。もう舞台の上にあがってしまっているのだから。
劇を上から眺めることが出来る<処刑人>ではなく、物語を自ら紡ぐ者として)
 ならば真実に気づいていない道化を演じ、手のひらの上で踊りきってやろう。
 演技なら得意分野だ。詐術は言うまでもなく。滑稽に騙されてやることも容易だ。
(こんなところで止まっている暇はない。あの二人をこの手で殺すまでは、行動に支障を来されるわけにはいかない)
 くすぶる憎悪を胸に感じながら、胸中で呟く。
 そして、覚悟を決めた。

 ──さぁ、道化芝居を始めましょう。

508Let's begin a fake farce(8/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:30:41 ID:0wNbWEVw
【D-2/学校1階・保健室/1日目・14:30(雨が降り出す直前)】
【六人の反抗者・待機組】
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲れが残っている。空目とサラに疑われていることを確信
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン6食分・水2000ml)、議事録
[思考]: 疑われたことに気づいていないふりをする。
 ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
 魔杖剣<内なるナリシア>を捜し、後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)

【秋せつら】
[状態]: 健康。クエロを少し警戒
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』。鋼線(20メートル)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン5食分・水1700ml)
[思考]: 休息。サラの実験が終ったら地底湖と商店街周辺を調査、ゼルガディスの死体を探す。
 ピロテースをアシュラムに会わせる。刻印解除に関係する人物をサラに会わせる。
 依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]: 刻印の機能を知る。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
 缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。
[思考]: ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
 みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい

※保健室の隅にブギーポップのワイヤーが入った洗浄液入りバケツがあります(血はもうほぼ取れてる)

509天国に一番近い島(1/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:45:48 ID:eLGqWuUQ
 第二回放送の少し前、B-7の地下通路では、二人の男女が相談をしていた。
 EDの指さした地図の一点を見つめ、麗芳が溜息をつく。
「G-8の櫓? なんでまた、そんな逃げ場の限られた僻地を拠点にしたいのよ」
 いぶかしげな様子の麗芳を見て、EDの口元が、笑みの形に弧を描く。
「だからこそ、好都合なのですよ」
「ごめん、判りやすく簡単に説明して」
「そうですね……主催者側が禁止エリアを設置している理由は、何だと思いますか?」
「行動範囲を制限したり、人の流れを作ったりして、参加者たちが逃げ隠れしにくい
 状況を作りたいから、かな」
「僕も同意見です。だから、今、この小さな半島を封鎖しても、あまり効果的では
 ないと思われます。仲間を探す場合も、誰かを殺しに行く場合も、参加者たちは
 半島から離れたがるはずですから。隠れ場所としては良かったのですが、H-6が
 禁止エリアと化したために、逃走経路の選択肢が減り、立地条件が悪化しました。
 もはや、半島地区全域が、ほぼ無人になっている可能性さえあります」
「ああ、そうか。すごく不便だからこそ、安心して休憩できそうだ、ってことなのね。
 半島が本当に過疎地なら、禁止エリアに囲まれる可能性だって低いでしょうし。
 でも、同じように考えた人がいたらどうするの? 人の数が減るまで隠れる作戦で、
 近づく相手だけ襲うような、性格の悪い奴がいるかもよ? ……それも承知の上?」
「ええ。危険は伴いますが、賭けてみるだけの価値は充分にあります。そもそも、
 完璧に安全な場所など存在しませんし、行動しなければ状況は変えられません」
「ここまで念入りに相談したのに、次の放送で半島が封鎖されちゃったら間抜けよね」
「その時は、E-7の森を拠点にしましょう。海と湖で逃走経路が限定されている上に、
 湖と道が近いので、周囲を通過する参加者が多く、隠れ場所としては危険な部類に
 入りますが――誰も隠れたがらなそうな場所だからこそ、隠れられると思います。
 いったん隠れてしまえば、僕らの方が先に、他の参加者を発見できるでしょう。
 ただし、能動的な殺人者に会う確率も高くなります。注意しなければなりません。
 E-7も禁止エリアになった場合は、このまま現在地を拠点にしておきましょうか」
「なるほどね。……ちょっと調べたい場所があるんだけど、行ってきていいかな?」
 麗芳の問いに対して、EDは頷く。彼の手が、再び地図上のG-8を指さした。
「次の放送が終わったら単独行動しましょう。ここを拠点にして、仲間を探すんです。
 そして、第三回の放送が始まる頃に、この場所で合流したいと思います」

510天国に一番近い島(2/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:46:49 ID:eLGqWuUQ
 曇り空の下、仮面の男が、地図と方位磁石を持って歩いている。
(やれやれ、さすがに疲れた)
 EDは今、H-4の洞窟から外に出て移動している。麗芳と別れた後、彼は地下通路を
通ってここまで来た。E-6が禁止エリアになるよりも早く通過できたのは、彼が必死で
全力疾走してきたからだ。E-7からE-5にかけての部分は、都合良く下り坂だった。
けれど、そこから城の地下までは上り坂だったので、楽ができたとは言い難い。
 汗をかいた分だけ、かなり水を消費したが、これは不可抗力だろう。
 城を探索するつもりは今のところなかった。人が集まる可能性が高く、下手をすると
何人もの参加者が殺し合いをしている最中かもしれない、と推測して、素通りした。
 EDは半島付近を、麗芳は島の東端を、それぞれ探索しながらG-8に行く予定だ。
(探している誰かか、あるいは“霧間凪”に会えるといいが)
 “霧間凪”。名簿に記された、EDが関心をもつ名前。それは、人の名であるという
感覚と共に、とある印象を、見る者に与える言葉でもある。
(“霧間凪”――“霧の中の揺るがぬ大気”。“霧の中のひとつの真実”と、何らかの
 縁がある人物なのかもしれない)
 “霧の中のひとつの真実”とは、界面干渉学で扱われる研究対象の一つだった。
界面干渉学は、一言で表すなら、異世界から紛れ込んでくる漂流物を研究する学問だ。
異世界の書物の中には、“霧の中のひとつの真実”と書かれた物もあって、それらに
EDは興味を持っている。要するに、EDは界面干渉学の研究者でもあるのだ。
 胡散臭くて怪しげな研究分野だが、彼らしいといえば彼らしいのかもしれない。
 異世界で造られた銃器も、界面干渉学の研究対象だ。業界用語ではピストルアームと
呼ばれている。研究の過程で、EDはピストルアームの扱い方をいくらか覚えていた。
 無論、彼の手元に銃器がない現状では、まったく役に立たない技能だが。

511天国に一番近い島(3/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:48:45 ID:eLGqWuUQ
 どこからか雷鳴が聞こえてきた。天を覆う暗雲を見上げ、戦地調停士は思案する。
(この天候が、放送で言っていた『変化』なのか?)
 今までに得た情報から、有り得る、と彼は判断した。もうすぐ雨が降るだろう。
(雨の中、体力を余計に消耗してまで、探索を続行するべきかどうか……)
 考え事をしながらも、彼は警戒を怠らない。熟考した末に、EDは決断した。
(まず櫓の周辺を調べて、雨が降りだした時点で探索は中断しておくか)
 確かに、索敵は済ませておくべきだろうが、それで自滅しては本末転倒だ。
 地図と方位磁石をしまい、EDは崖に身を寄せて立った。崖の陰から顔を出し、
草原の様子をうかがう。奇妙な建築物らしき塊がある。地図に載っていない物体だ。
だが、その近くには、変な小屋などよりも気になる存在が倒れていた。
(動かない……あれは死体のようだな)
 細心の注意を払い、もう一度だけ周囲を見回し、EDは少しだけ死体に接近する。
 心当たりのある髪型や背格好などを確認し、仮面の下の唇から、表情が消えた。
 屍の周囲では、草の一部が焦げている。不自然な痕跡が、戦闘行為を連想させた。
 草原に、他の誰かの姿はない。倒れた犠牲者の荷物もない。風の音しか聞こえない。
 しばし、何も起きない時間が過ぎる。EDは動かない。遺体が動きだすこともない。
 やがてEDは、北東の森へ足を向けた。あえて、もう死体には近寄らない。
 殺人者が戻ってくる可能性があった。死体そのものが罠である可能性もあった。
 こつこつと音をたてて、EDの指が仮面を叩く。
(あの死体が、袁鳳月だったとしたら……)
 麗芳は300年以上の歳月を過ごしてきたそうだが、精神年齢は外見通りだった。
そして彼女は、鳳月との関係を「仲のいい友達よ」とだけ言っていたが……。
(恋仲ではなかったろう。けれど、いずれ、そうなるかもしれない相手だったはず)
 優れた洞察力なくして、戦地調停士は務まらない。些細な手掛かりからでも、EDは
他者の心理を読む。己の味方に襲いかかる絶望の、その重さと大きさを、彼は正確に
理解していた。仮面を叩く指先が、かすかに苛立たしげな雰囲気を滲ませる。

512天国に一番近い島(4/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:49:50 ID:eLGqWuUQ
 森へ入って数分後に、EDは他の参加者と遭遇した。
「……こんにちは」
 EDの挨拶に対し、無邪気な笑顔で会釈するのは、傷だらけの強そうな巨漢だ。
 とりあえず交渉の余地はあるようだし、油断させて襲う作戦の殺人者にも見えない。
というか、こんな外見の参加者が現れたら、普通の人間は絶対に油断できまい。
 それに、表層的な部分だけを見て、安易に悪人だと断定するべきではない。殺人者に
襲われれば、争いたくなくても怪我はするし、返り血を浴びることもあるだろう。
(ここで逃走を選んでも、追われれば、おそらく逃げきれない)
 話し合い以外の対応策を、EDは思考の中から切り捨てた。
「僕の名は、エドワース・シーズワークス・マークウィッスルといいます。EDと
 呼んでください。ちなみに僕は、あなたと敵同士になりたくありません」
 EDの自己紹介を聞き、巨漢は満足げに頷いた。心の底から嬉しそうな仕草だ。
「私はハックルボーン。この島で苦しむ者たちを、一人残らず救いたいと考えている」
 とてつもなく純粋な善意が、言葉と共に放たれた。熱く激しい思いは、万人に届く。
他者の心理を読む技術に長けた者が相手ならば、なおさらだ。そして……。
「……素晴らしい。あなたのような人がいて、僕はとても嬉しく思います」
 思いは正しく伝わらない。
「参加者たちは、複数の異世界から集められているようです。中には、未知なる力の
 使い手もいると思われます。闘争を調停し、人材を集めれば、刻印を解除する方法を
 発見できるかもしれません。協力者が多ければ多いほど、成功率は上がるでしょう。
 刻印さえ無効化できれば、皆が殺し合いをする理由は、ほとんどなくなるはずです」
 ハックルボーン神父の尋常ではない信仰心を、既にEDは察知していた。
 だが、それ故にこそ、彼は見極めそこなった。
 偽善によって身勝手さを正当化したがる人間なら、EDは山ほど見て知っている。
だが、ハックルボーン神父は彼らと違う。本気で皆の幸福を願っている。強者も弱者も
善人も悪人も区別せず片っ端から救っていく、正真正銘の聖人だ。それが彼には判る。
 EDの誤算は、神父の救済手段が殺害だった、という一点に尽きる。
「つまり僕の目的は、殺し合いをやめさせることです。同盟を結成し、殺人者たちに
 対抗できる戦力を手に入れるため、今も、こうして活動しています」
 仮面の男が巨漢に言う。命令ではない。懇願でもない。対等な交渉だ。
「ハックルボーンさん。ぜひとも僕の仲間になってください」

513天国に一番近い島(5/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:50:48 ID:eLGqWuUQ
 遭遇者の申し出に、ハックルボーン神父は黙考する。今すぐ神の下へ送るよりも、
まだEDに地上で頑張ってもらった方が、きっと神は喜ばれる、という結論が出た。
 自らの手で救うまで、参加者たちには生きていてもらわねば困る、というわけだ。
 だが、ハックルボーン神父にとって、神に与えられた使命よりも優先される目的は
宗教的に有り得ない。迷える子羊たちを昇天させるために、EDと別れる必要がある。
「私は行かねばならない。こうして話している間にも、誰かが苦しんでいる」
 神父の返答からは、利己や私欲の気配が感じとれない。だから、EDは自分の判断に
疑問を抱かない。神父の情熱が狂信であると、彼は気づけない。
「行動を共にしてほしい、とは言いません。手分けして探せば、他の参加者たちと
 出会える確率も高くなるでしょう。けれど、今ここで、最低限の情報交換だけでも
 しておきたいと思います。構いませんか?」
「手短に頼む」
「では、まず僕の方から話しますので、メモの用意をお願いします」
「記憶力には自信がある」
「そうですか。では……」
 EDは要点だけを簡潔に述べる。鳳月や緑麗など、探している参加者の話もする。
草原にあった死体が鳳月ではない可能性もあったので、鳳月の特徴も説明した。
「……この四人が、僕の探している参加者です」
 EDの話を聞いて、神父は悲しげにかぶりを振った。そのうちの二人は、さっき
昇天させてきたが、彼らの仲間も、あの二人と同じ場所へ送ってやらねば可哀想だ、
という意味の仕草だ。それを見たEDは、また勘違いをして勝手に納得した。

514天国に一番近い島(6/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:51:52 ID:eLGqWuUQ
 続いて神父が、体験談を語る。時間が惜しいという理由で、大部分が省略された。
 刻印を解除する方法は知らないということ。自分の力が弱められているらしいこと。
デイパックの中から頑丈な武器が出てきたのだが、今はもう持っていないということ。
いかがわしい行為をしようとしていた男女を見つけて、たしなめたら逃げられたこと。
湖のほとりで邪悪な怪物と遭遇したので、全力で神の愛を教え、罪を償わせたこと。
その後で何人かと出会い、少し話をしたこと。城に行き、そこで襲撃されたこと。
幽霊と、幽霊に取り憑かれてしまった少女を、救おうと努力したが見失ったこと。
どうやらオーフェンという極悪人がいるらしいこと。気の短い男たちが争いを始め、
それを仲裁しようとしたら、殴られて気絶させられてしまったこと。目覚めた後は、
今度こそ皆を救済しようと決意し、他の参加者たちを探し歩いているということ。
 大雑把に説明しているため、まるで神父が穏当な人間であるかのように聞こえる。
別に、嘘をついてEDを騙そうとしている、というわけでもないのだが。
 こうして、どうにか平和的に情報交換が終わった。仮面の男が、また口を開く。
「ハックルボーンさん。また後で、僕と会ってくれますか?」
 巨漢は無言で頷いた。参加者全員を効率よく救うための手段を、神父は求めている。
EDの同盟が、無力な参加者たちを一ヶ所に集めるだけだったとしても、問題はない。
少なくとも、自分一人で探し回るよりも、参加者たちを昇天させやすくなる。
「それでは、待ち合わせをしましょう。……第四回の放送が始まる頃に、この場所で
 会う、というのはいかがでしょうか? ここが禁止エリアになった場合はこっちで、
 こっちも駄目な時はこちらで、こちらも無理ならこの辺で会う、ということで」
 地図を指さし、EDが提案する。神父は待ち合わせ場所を暗記し、首肯した。
「可能な限り、その時間までに、その場所へ行こう」
「ありがとうございます。それでは、これでお別れですね」
「無事を祈る」
「お気をつけて」
 こうして、神父とEDは、それぞれ別の方角に向かって歩き始めた。

 雨が島を濡らし始めた頃、EDは森の中で地下遺跡を発見していた。
(ここで雨宿りするか、それとも櫓に行くか)
 どちらにしろ、同じくらい危険だった。故に、EDは消耗の少ない方を選ぶ。
 地下遺跡を調べるために、デイパックの中を覗き、彼は懐中電灯を探した。

515天国に一番近い島(7/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:53:12 ID:eLGqWuUQ
【G-6/地下遺跡の出入口/1日目・14:30頃】
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:疲労
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1200ml)/手描きの地下地図/飲み薬セット+α
[思考]:同盟の結成(人数が多くなるまでは分散する)/ヒースロゥ・藤花・淑芳・緑麗を探す
    /地下遺跡を調べる/鳳月らしき死体と変な小屋が気になる/麗芳のことが心配
    /ハックルボーンから聞いた情報を分析中/今後どう行動するか思考中
[備考]:「飲み薬セット+α」
    「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
    「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ
[行動]:第三回放送までにG-8の櫓へ移動
※地下遺跡のどこかに、迷宮へ続く大穴が開いています。


【G-5/森の中/1日目・14:30頃】
【ハックルボーン神父】
[状態]:全身に打撲・擦過傷多数、内臓と顔面に聖痕
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を


【B-7/湖底の地下通路/1日目・11:30】
【李麗芳】
[状態]:健康
[装備]:指輪(大きくして武器にできる)、凪のスタンロッド
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)
[思考]:淑芳・藤花・鳳月・緑麗・ヒースロゥを探す/ゲームからの脱出
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までにEDと合流

516 ◆5KqBC89beU:2005/08/26(金) 02:09:05 ID:zKv2G9e2
>>509-515の【天国に一番近い島】は没にします。

517メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:18:09 ID:hNdeEao2
疲弊し、負傷した体が森の中を疾駆する。
彼、ウルペンを突き動かすのはある種の慕情――ひょっとするなら愛とも呼べる類いの――であった。
彼の目前で多くのものが消えていった。
確かだと思うものすら、消えていったのだ。
自分の命すら失い、気付けばこの狂気の島。
もう、何も信じられない。確かなものなど、何もない。
そう感じたからこそ、彼自身もここで命を奪い、奪おうとしている、いや、していた。
だが、先ほどの確かな炎はどうだ!
あの、鮮明で、鮮烈な力の輝きを!!
常に絶対的な力とともにあった獣精霊、ギーアと再びまみえたあの瞬間、彼の中で確かに何かが変わった。
あの精霊ならば、絶対ではないのか?
確かな存在として彼とともにある事ができるのではないか?

しかし…またこうも考える。
自分の思いなど、文字どおり精霊は歯牙にもかけないかもしれない。
深紅の炎を纏ったかぎ爪が己の胴を両断する様を思い描く。
(それもまたいい)
悔いはない。美しい力の前にひれ伏すのなら、それは喜ばしい事ではないか。
実際、彼はミズーに倒された事に関して今も不思議と、憎しみを感じてはいない。
華々しくもなく、互いに疲弊しあった人間同士――そう、彼女は獣ではなかった――の戦い。
それでも彼女の力は美しかった。その時は何故だかわからなかったが。
今ならそれが分かる。
意志の力。
意識を無意識に喰わせた獣の瞬間ではなく、自分で決意し、戦い、選びとって進んでいこうとする力。
(俺にも――あの力が手に入るのだろうか)
姉妹を愛した精霊に、姉妹が愛した精霊に、触れる事ができたなら。
妻を失い、帝都も失った世界を再び愛する事ができるだろうか?

「それ」は動揺していた。「それ」に感情などはないと、「それ」自身も知っていたがそれでも。
「それ」の望みを根本から無為にしかねないイレギュラーが発生したのだ。
イレギュラー、それは排除しなくてはならない。
「それ」は静かに動き出す…

518メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:19:03 ID:hNdeEao2
はた、と意識が現実に戻り、足を止める。
何故か、ここが目的地であると感じたのだ。
禁止区域との境目のほど近く。
視線が自然と境界上の大木の手前、そこの虚空に定まる。
そこにひとひらの炎が見えた。
と、思った瞬間それは一気に増大し、紅蓮の炎を纏った獅子の姿を形成した。
まだ距離は遠いが炎熱が皮膚を焦す錯覚に襲われる。
「獣精霊!」
叫び、彼は一息に駆け寄った。
足を踏み出す毎に気温が上がるのが分かる。
あと数歩。数歩で致命的な熱波の圏内に入る。
その数歩のうちに自分は死ぬだろう。精霊に触れる事もなく。
いや、炎そのものが精霊であるとするなら自分はあの獅子に抱かれて死ぬのかもしれない。
一歩。また一歩。
ふと彼は違和感を覚えた。
あれほどまで激しかった熱気が…消えている?
足を止めて見上げると、獣の深紅の瞳がそこにあった。
そっと右腕をのばす。その時
『若き獅子、そしてあらたな獅子の子よ、お前を認めよう』
脳裏に低く振動するような声。
直感的に、それが目前の精霊のものであると知る。
若き獅子。彼もまた、ある意味あの姉妹を守ってきた。
敵としてなんどとまみえたミズーにたいしてさえ、彼は常にある種の愛情を感じてきたのだ。
獅子の子。今、彼は決意という力を手にしようとしている。
『獅子の子らを守る、それが獅子の務め』
それだけ残して、精霊は鬣を振り上げ、きびすを返した。
のばした右腕には触れさせない。それを許すのは優しさではなく甘さだから。
それを知ってか知らずか、彼は腕をおろした。
精霊が、どこに、何をしにいくのか彼には分かっていた。
獅子の子らを守る。
この狂気を…終わらせる気なのだ。
ゴォオオッ!
と音をたてて精霊の前方の湿った生木が一瞬にして燃え上がる。
まるで戦の前の篝火のようでもある。
訓練された精霊は、戦闘に余計な時間はかけない。
が、それでもこれは精霊の、いや、獅子の意志の現れであった。
力強い後ろ足が大地を蹴る。その一瞬だけで平穏を保っていた地面が赤熱する。
空気が膨張したのか、鐘の音にも似た低音が響き渡る。
それでも炎は彼を焼かない。
その炎はといえば視界の全てを埋め尽くすかのように広がり…
そして消えた。
「…っ!?」
胸の奥が締め付けられるような感情。真実への予感。
光に焼かれた隻眼の視力が回復した時、彼は確かに見た。
儚く舞い散る火の粉の中で、揺れ動く、人を醜悪に模したような奇妙な影。
「アマワァァッァァァアアアアア!」
いったんおろしていた腕を再度振り上げる。
失う事には慣れていた。
しかし、やっと掴んだ、確実なもの、それすら失い感情が崩れ落ちる。
再び甦る想い。
結局は信じるに足るものなど何もなかった!!

影は消える。
火の粉も消える。
だが、一片の火の粉が傷付いた眼の上――妻を見つめ、義妹に奪われた眼の上――
に小さな火傷を遺した。
まるで、消滅する精霊の形見のように。

519メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:19:57 ID:hNdeEao2
【E-7/絶壁/1日目・14:40】
【ウルペン】
[状態]:一度立ち直りかけるが再度暴走。前より酷い。精神的疲労濃し。
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:アマワを倒す。参加者に絶望を
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。黒幕=アマワを知覚しました。

【E-7/絶壁/1日目・14:30】
【オーフェン】
[状態]:脱水症状。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、スィリー
[思考]:宮野達と別れた。クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。

『サードを出ようの美姫試験』
【しずく】
[状態]:右腕半壊中。激しい動きをしなければ数時間で自動修復。
    アクティブ・パッシブセンサーの機能低下。 メインフレームに異常は無し。 服が湿ってる。
    オーフェンを心配。
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:火乃香・BBの詮索。かなめを救える人を探す。

【宮野秀策】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
    美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
 
【光明寺茉衣子】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:ラジオの兵長。
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
    美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。

(E-7の林の木がなぎ倒されています。 閃光と大きな音がしました)
(E-7の木(湿った生木)が燃えていました。数十秒ですが誰かが見た可能性あり)

520メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:21:40 ID:hNdeEao2
以上です。あと、何故か専ブラウザが壊れてしまって繋がらないので、
誰かよろしければ本スレで試験投下した、とお伝え下さい

521我が家族に手向けよ業火 ◆E1UswHhuQc:2005/09/02(金) 00:57:20 ID:2hhtcUkM
 獣精霊が封じられていた檻は、思念の通り道で紡がれた、ただそれだけの寝台に過ぎなかった。
 照らし染める光も、凍て付いた夜もない、隙間でしかない空虚。確立した自我を持っているのなら、そこは確かに退屈なところだった。
 その一方的な閉鎖に満ちた空間から、全方向に広がる空間へ――つまりは外界へ、獣精霊は解き放たれた。
 獣精霊は思考する。焦りを抑えて思考する。
 水晶檻の中で、なぜか聞こえていた放送。そこで呼ばれた――ミズー・ビアンカの名前。彼女は本当に死んだのだろうか?
 答えはない。
 もとより、誰に対しても発していない問いかけに、答えが返って来るはずはない。そんなことは分かっていた。相手のない問いかけに答えが返って来る道理など、この世界にはない。
 答えを望んでいない問いかけに、答えが返って来ないのと同じ様に。
 獣精霊は疾駆する。素早く迅速に疾駆する。
 何をするにせよ、彼女が本当に死んだのであるか、確かめてからでなければ始まらない。
 周囲にいた者達を――黒が目に映える二人を無視して無抵抗飛行路に飛び込み、彼女の元へと馳せ参じる。
 これは容易なことだった。自分に彼女の居場所が分からないということなど、あろうはずがないのだから。
 そんなことは、あってはならない。彼女の――獅子となった獅子の子の居場所が分からないなど、あってはならない。
 獣精霊はうなりを発する。ほんの小さくうなりを発する。
 彼女は既に獅子となった。なのに――死んだというのか?
 だが、今は考える時間などはない。
 時間は限られている。水晶檻は退屈な空虚ではあるが、硝化の森と同等の環境を約束している。硝化の森の無い此処で、自分はどれだけ存在を示していられるのか。それは誰にも分からない。
 急ぐに越したことはない。
 獣精霊は前進する。迷いを棄てて前進する。
 近付けば近付くだけ、嫌な感覚が増していく。だが停滞には意味がない――事実はこちらが確認しようとしまいと、確実にこちらを蹂躙してくる。既に過ぎ去った事柄であるがゆえに、抗いもできない。それが恐ろしくないわけではない。
 唯一ともいえる対抗手段は、信じることだけ。彼女の生存を信じ、先の放送が虚言であったと信じる。裏切られることになろうと信じるしかない。
 獣精霊は発見する。ほどなく順調に発見する。
 無抵抗飛行路から抜ければ、無数の水滴が降り付けてくる。焦燥感から生まれる熱気が幾らかを蒸発させるが、それは湿り気を助長させるだけだった。
 そして、それを見つける。視界を狭める豪雨の中で、それは人為の直立さをもって建っていた。
 とはいえ。
 なにを見つけたわけでもない。簡単に言えば、それはただの建造物だった。力を少し振るえばそれで消え去ってしまうような、脆弱な木と石の集合体。
 ただしそれは――血の臭いに浸されていた。
 これ以上は進めないと、本能が告げている。進んでしまえば彼女への信頼を奪われることになると、奥底に潜む何かが訴えている。
 だがそれでも。

522我が家族に手向けよ業火 ◆E1UswHhuQc:2005/09/02(金) 00:58:11 ID:2hhtcUkM
 進んだ。爪の一振りで扉を打ち破り、建造物の中へ。彼女の元へと前進する。
 部屋が湿気に満ちているのは、雨が降っている為か。それとも、血が溢れている為か。
 部屋の中には三つの死体があった。
 二つは男。一つは女だがミズー・ビアンカではない。
 若干の安堵を手に入れ、すぐにそれが無意味だと知る。三つの死体の存在は、ここで殺戮が行われたことを示している。
 それに、ミズー・ビアンカが巻き込まれていないと、どうやって証明できる?
 体当たるようにして次の扉を抜け、進んだ。進んだだけ、彼女への信頼が奪われていく。
 そしてすべてをうしなった。
 獣精霊は憤怒する。深く悲しく憤怒する。
 大量の血液を流し、壁に寄りかかって事切れている――ミズー・ビアンカの存在の残滓。
 その近くに二つ、少女の死体が倒れていた。そのうちの一つからは、ミズー・ビアンカの血が付着している。
 奪われてしまった。
 大きく、吼える。降り続ける雨水の叫びをかきけすように、大きく、強く、そして哀しく。
 咆吼と同時に広がった爆炎が、周囲を紅蓮に染め上げた。
 赤が呑み込み、紅が切り裂き、朱が渦を巻く。緋色の焚滅が蹂躙し、赫々とした火葬が覆い尽くす。
 雨滴の侵蝕すらをも駆逐する獣の炎勢の前に、全てが焼き尽くされた。
 弔葬の業火が消し飛ばした廃墟は、もはやなにもかもがない。愚かな信頼も、外れた期待も、無為な激怒も、触れ合う距離も、愛を語る言葉すらも。なにもかもが消え去った空隙に、白い灰が積もっている。
 それだけだ。
 炎が静まれば、灰は水の進撃を阻めない。一つの水滴が熱を奪い、二つの水滴が乾きを奪い、三つの水滴が灰であることを奪った。貪欲な激流と交じり合った灰は泥となり、地表と共に何処とも知らぬ処へと流れ去っていく。
 わずかにだけ残っていたすべてが、雨の中に潰えていった。豪雨の中で大きく風が吹き、無数の水滴が舞い散る。
 なにもかもがどうでもよく、一瞥もせずに歩き出した。目的がないのなら、無抵抗飛行路に入る意味はない。雨の中を、噛み締めるように歩いていく。
 ぬかるんだ土を踏みしめ、ただ悔いる。なぜ彼女を死なせてしまったのか。
 降り付ける雨を無視して、ただ怒る。なぜ彼女は死んでしまったのか。

523我が家族に手向けよ業火 ◆E1UswHhuQc:2005/09/02(金) 01:00:52 ID:2hhtcUkM
 後悔。憤怒。それらがない交ぜになれば、哀しみと大差はない。
 どうすればいいのだろう。これから。
 怒りに任せて、この島を焼き尽くすか。獣の業火ですべてを蹂躙し、彼女への手向けとするか。
 そんなことを彼女は望んでいない――それは分かっている。既に居ないのだから当然ではあるが。居たとしても、望むはずがないだろう。
 ふと、空を見上げた。黒の雨雲で覆われた曇天を。
 雨が容赦なく降り注いでいる。陽は雲に隠れ、灰色の闇がそこに横たわっている。
 無数の水滴による雨音は他の音の存在を覆い隠し、隙間なく降り行く水滴は視界を無数の線で埋め尽くす。むせ返るような水の臭いは血の臭いすらも洗い流し、降り付ける水滴の連続が毛皮を濡らす。舌に来る刺激は金属にも似た雨の味。
 そうして。
 獣精霊は決意する。その意味を考えながら、決意する。
 何をするのか。そんなことは最初から決まっていた。
『獅子は――』
 豪雨の中、無尽の雨音を吼声が引き裂き、声が響く。
『獅子の子を守る』
 決意が生まれれば、力が生じる。
 鋭利に研ぎ澄まされた感覚が、『それ』の居場所を探り当てる。同時に、若き新たな獅子の存在も。
 行く。
 戦火を身に纏い、獣精霊は前に進んだ。

【D-1/公民館/1日目・14:55頃】
※公民館が焼失しました。落ちていた物品もほぼ全て焼失しました。

524ホワイト・アウト(白い悪夢)(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:47:59 ID:rxWyBrZc
 そこは霧に満たされていた。視界は白く閉ざされて、どこを見ても変わらない。
(これは、夢)
 自分が眠っていることを、淑芳は知覚する。自覚したまま、夢を見続ける。
 数時間の睡眠でようやく回復した体調。慣れぬ術で異世界の宝具を使った影響。
制限された状態で全力の一撃を放った反動。目の前で想い人を殺された動揺。
 記憶が蘇っていく。これまでの出来事を、娘は思い出していく。
(あの後、わたしは気を失って……)
 ここには他者の姿がない。銀の瞳を持つ彼女だけが、霧の中に立っている。
 だが、それでも淑芳は言葉を紡ぐ。聞くものがいると、彼女は気づいている。
「あなたは、何です? 勝手に夢の中へ入ってくるだなんて、無粋ですわよ」
 答える声は、霧の彼方から届けられた。
「わたしは御遣いだ。これは、御遣いの言葉だ」
 どこからか響く断言。年齢も性別も判然とせず、不自然なほどに特徴のない声。
 淑芳は、既に身構えている。不吉な予感が、油断するなと彼女に告げていた。
「御遣い……? 御遣いとは、何ですの?」
「御遣いのことを問うても意味はない。わたしの奥にいる、わたしの言葉の奥にある
 ものこそが本質だ」
「意味が判りませんわ。判るように話す気は、最初からないんでしょうけれど」
 霧の向こうから、声が発せられる。まるで、霧そのものが喋っているかのように。
「わたしは君に、ひとつだけ質問を許す。その問いで、わたしを理解しろ」
 袖の中を探る手が、一枚の呪符にも触れないことを確認し、淑芳は顔をしかめた。
「ひょっとして、わたしたちを殺し合わせようとしているのは、あなたですの?」
「その通りだ、李淑芳」
 一瞬の躊躇もなく、即答が返ってきた。

525ホワイト・アウト(白い悪夢)(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:48:59 ID:rxWyBrZc
 真っ白な世界に少女が一人。見えざるものとの対峙は続く。
「……さて、主催者側の親玉が、わたしに何の用でしょう? わざわざ現れたのは、
 挨拶がしたかったからじゃありませんわよね?」
 余裕綽々を気取る口調だ。彼女は必死に虚勢を張っている。
「愛こそが心の存在する証だと、人は言う……わたしは、愛の力を試すことにした。
 参加者の中から、容易く恋に落ちそうな娘を選び、密かに実験を始めた」
 聞こえるのは、昨日の天気でも説明しているかのような、何の感慨もない声。
「…………」
 淑芳の両手が、固く握りしめられて、小刻みに震えだした。
 声は決して大きくなく、けれど、はっきりと耳に流れ込んでくる。
「様々な偶然を操って、君を守り、導いた。強く優しく勇気ある青年を、君の窮地に
 立ち会わせ、助けさせるよう仕向けた。知人の死を哀しむ君は、彼の保護欲を充分に
 刺激したはずだ。誘惑の好機は幾度もあっただろう。邪魔者たちは遠ざけておいた。
 お互いの魅力をお互いに実感させるため、長所を活かせるような状況を作りもした」
「何故……どうして、そんなことを……?」
 愕然とする娘に向かって、ただ淡々と宣告が続けられる。
「愛は奪えないものなのか……それを確かめるために、わたしは愛を用意した」
 淑芳の苦悩を無視して、声は無慈悲に連なっていく。
「もしも愛が奪えないものなら、それはつまり、心の実在が証明されたということだ。
 しかし君は、愛した相手を守ることができなかった。わたしに奪われてしまった」
 侮辱の言葉が、とうとう彼女の逆鱗に触れた。銀の瞳が、虚空を睨みつける。
「いいえ! わたしが憶えている限り、カイルロッド様はわたしと共にあり続ける!
 あなたは何も奪えてなどいない!」
 涙をこぼして激昂する娘を、声は冷ややかに嘲った。
「それは都合の良い錯覚というものだ、李淑芳」

526ホワイト・アウト(白い悪夢)(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:49:58 ID:rxWyBrZc
 しばしの間、一切の音が消える。長いようで短い沈黙を、先に破ったのは淑芳だ。
「……平行線ですわね。あなたは、わたしの言葉を信じないのですから」
「錯覚にすがって生きていくというのなら、君の解答に価値はない」
「あなたを満足させるため、この想いを捨てろとでも? 冗談じゃありませんわよ」
「思考の停止は、答える意志の喪失だ。それでは、契約者となる資格がない」
 声が遠ざかっていく。同時に霧が濃度を増す。夢が終わろうとしている。
「李淑芳。君に未来を約束しよう。約束された未来は、既に起こったことなのだ。
 必ず起こる未来ならば、それは過去と同じだ……君は仲間を失っていく……
 もうすぐ、また君は味方を失う……」
 白く塗り潰された夢の中で、淑芳は何かを叫ぼうとして――。

 ――彼女が目を開くと、そこには白い毛皮の塊があった。
「目が覚めましたか」
 よく見ると、毛皮の塊には、笑っているような顔が付属している。犬の顔面だ。
陸が、淑芳の顔を覗き込んでいたのだ。安堵しているのか、単にそういう顔なのか、
いまいちよく判らない。別に、どうだっていいことだが。
「わたしは……」
 ようやく淑芳は、自分が床に寝ていると気づいた。ゆっくり上半身を起こそうと
するが、陸の前足に額を踏まれ、床に押さえつけられる。
「まだ横になっていた方がいいと思いますよ。いきなり倒れて頭を打ったんですから」
 陸の前足を払いのけ、額についた足跡を拭いながら、彼女は言った。
「話したいことがありますの」

527ホワイト・アウト(白い悪夢)(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:51:15 ID:rxWyBrZc
 淑芳が語った夢の話を聞き終え、陸は溜息をついた。
「夢の中への干渉ですか。それが事実だとすれば、もう何でもありですね」
「普通の単なる夢だったかも、と言いたいところですけれど、そうは思えませんわ」
 困惑している犬を見もせずに、淑芳は言う。玻璃壇を俯瞰しつつ話しているのだ。
 どこが禁止エリアになるのか判らないため、彼女たちは迂闊に動けなくなっている。
とりあえず13:00寸前まで現在地で待機して、玻璃壇で人の流れを把握してから、
安全そうな場所まで移動する予定だ。ちなみに、カイルロッドを殺した青年は、ここに
戻ってくる様子がない。彼もまた禁止エリアの位置など聞いていなかったはずなので、
何も考えずに彼を追えば、禁止エリアに突入してしまう可能性があった。
「主催者が本当に偶然を操れるとすれば、どうやったって倒せない気がしますよ」
「支給品である犬畜生には、呪いの刻印がないんですから、禁止エリアに逃げ込んで
 隠れていたらどうです? きっと、最後まで生き延びられますわよ」
「あなたらしくありませんね。……『君は仲間を失っていく』、でしたっけ? そんな
 馬鹿げた予言を気にしているんですか」
 視線を合わせないまま、一人と一匹の対話は続く。
「あなたのそういう無駄に小賢しいところ、大っ嫌いですわ」
「そもそも私はカイルロッドの同行者だったんです。あなたの仲間じゃありません。
 こうして隣にいるのは、あなたが心配だから――なんて誤解はしないでください」
 要するにそれは、傍らにいても失われない、と保証する発言だ。
 まったく可愛くない犬ですわね、と淑芳は思った。
「……そんなこと、最初から判ってましたわよ」
「では、そろそろ移動先を検討しておきましょう」

528ホワイト・アウト(白い悪夢)(5/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:53:19 ID:rxWyBrZc
「F-1から南へ向かっている参加者たちがいますわ。おそらく神社で休憩するつもり
 なのでしょう。F-1・G-1・H-1は、しばらく禁止エリア化しないと考えられます。
 どうにかして情報を集めないといけないんですけれど、神社に向かった人たちは、
 殺人者の集団だったりするかもしれません。安易にこの人たちと接触するわけにも
 いきませんわね。でも、利用できる出入口は、神社にしかありませんから……」
「とにかく神社まで行って様子を見るしかない、ってことですか。そうと決まれば
 早く出発しましょう。……何をぐずぐずしているんですか」
「玻璃壇を停止させようとしてるんですけれど、操作を受け付けないみたいで……」
「やれやれ。どうやら、そのまま放置していくしかないみたいですね」
 玻璃壇の前を離れ、淑芳は、カイルロッドの遺体へ黙祷を捧げた。
 彼女の横で、陸は目を閉じ、カイルロッドの冥福を祈った。
 カイルロッドの死に顔は、眠っているかのように穏やかだ。
 短い別れを済ませ、一人と一匹は、格納庫の外へと歩きだす。
 振り返りは、しなかった。


【G-1/地下通路/1日目・13:00頃】

【李淑芳】
[状態]:頭が痛い/服がカイルロッドの血に染まっている
[装備]:呪符×19
[道具]:支給品一式(パン9食分・水2000ml)/陸
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社周辺にいる参加者たちの様子を探る/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。
    カイルロッドのデイパックから、パンと水を回収済みです。

※カイルロッドの死体と支給品一式(パンなし・水なし)が、格納庫に残されました。
※玻璃壇は稼働し続けています。

529使徒の消滅(1/2) ◆5KqBC89beU:2005/09/09(金) 14:54:15 ID:rxWyBrZc
 薄暗い部屋の中で、古惚けた家具に囲まれて、美貌の男が眠っていた。
 真の名品にしか醸し出せない独特の空気が、男を優しく包み込んでいる。
 彼の傍らには包帯の巻かれた椅子があった。一度は無惨に砕かれたが、尊い犠牲と
適切な処置によって、その芸術品は華麗に蘇ったのだ。
 彼の愛娘は、まるで彼の着席を待ちわびるかのように佇んでいる。
 室内の光景を、もしも絵画に例えるとしたら、題名は「楽園」だろうか。
 静かな場所だ。聞こえる音は、まどろむ美丈夫の微かな寝息のみである。

 何の前触れもなく、壁に掛けられた鏡の中に“それ”が出現した。

 ドラッケン族の剣舞士は、奇妙な気配を感じると同時に一瞬で覚醒してみせた。
意識が状況を把握するよりも早く、右手の五指が剣を掴み、刃の残像を虚空に刻む。
起きあがりながら剣を構え、床を蹴った直後には“それ”の眼前に到達していた。

 びしり。

 刺突が“それ”の眉間を垂直に貫き、蜘蛛の巣に似た形の傷を全身に生じさせた。
 何が起きたのか理解できない、といった顔で、“それ”が鮮血を吐く。
「……ひどい」
 少女の姿をした“それ”は、罅割れた鏡面から戦士を見つめている。
 異界の彼方へと逃げる暇も無く、“それ”は魂砕きに抉られている。
 茫洋とした表情の上にも、血涙に濡れた目の上にも、大きな亀裂が走っていた。
 全身の傷口から血が滲み出し、鏡面を流れ落ちて、赤黒い血溜まりを床に広げる。
 魂砕きの刃に精神を蹂躙され、自身を人の形に留めていた“魔女の血”をも失い、
“それ”は存在を維持できなくなっていった。
 美しい顔を不満そうにしかめて、男が口を開く。
「何だ貴様は? 〈異貌のものども〉の亜種か? 〈禍つ式〉にしては脆弱すぎるが」
 そこまで言って、彼は思考を放棄した。無力な怪物などに、彼は興味を持たない。
「とにかく目障りだ。消え失せろ」
 “それ”を全否定する美声と共に、剣が90度ほど捻られる。
 澄んだ音を響かせて、鏡が砕け散った。


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