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尚六幾星霜

64「人を模した神獣」26:2018/03/15(木) 22:48:03
尚隆は、自分が独占欲の強い狭量な男だということを、一昨夜になってようやく自覚した。長く生きてきたくせに、自分のことすら理解できていなかったとは。
だが昔から確信を持っていたことがある。麒麟に手を出す王は、この上ない愚か者だと。
民意の具現であり天意の器である麒麟は、王が独占していいものではないのだ。王は所詮、天から玉座を借り受けているに過ぎない。玉座の象徴たる麒麟も同じだ。
にも関わらず、それが自分のものであると錯覚し執着し、それゆえ身を滅ぼす王は幾らでもいた。

尚隆が隣を見下ろせば、六太が不思議そうな表情を向けてくる。
王のものでありながら、王だけのものにはなり得ない、己の半身。
天意を受けるための単なる器に過ぎないと、人の姿も喜怒哀楽の表情も、全てが擬態なのだと割り切ることができたなら、惑わされずに済んだものを。ただの器だと思うには、麒麟はあまりにも人に似過ぎている。
これは天帝の罠だろうか。人を模した神獣を、敢えて半身として与え、王の心を惑わせる。天の掌の上で踊らされるのが王のさだめか。
高みからそれを眺めて楽しんでいるのが天帝なのだとしたら。
「……悪趣味な奴だな」
尚隆の低い呟きを訝しんだように、六太が眉をひそめた。

尚隆は手を伸ばして金色の髪に触れた。麒麟の鬣よりも、しなやかでなめらかな手触り。額の際の髪に指を通してゆっくりと梳いた。
髪を滑り下りた手が、首筋を通って肩に至る。尚隆は六太に向き直り、少年の両肩に手をかけて自分のほうを向かせた。
困惑の色を湛えた瞳が見上げてくる。尚隆は微笑して、囁くように問うた。
「本当は怖かったんだろう、六太」
「……え?」
「だからあの時お前は泣いた」
「……」
「何故俺に隠した」
数呼吸の間、六太は迷うように瞳を揺らした。
「……お前に話す義務ないし」
言いながら六太は視線を逸らす。また嘘をつこうとしている、と尚隆は察した。
「おれは使令で身を守れるんだから、別に怖くもない」
尚隆は微かに苦笑した。
「そんな言葉を信じると思うか?あんな泣き方をしたくせに」
両手で六太の頬を挟んだ。紫色の瞳は頑なに逸らされている。
「お前は意地っ張りだな」
六太が頬を挟む手を払い除けようとしたが、尚隆は手を離さない。
「……手、離せよ」
その声を無視して、尚隆は続ける。
「自分より遥かに体格のいい男達に囲まれたら、怖くて当たり前だ。連中を倒す手段があっても、お前は相手を傷つけることすら怖い。麒麟だからな」
「……」
六太は沈黙している。反駁する言葉が見つからないのか。
六太が肩に羽織っている袍を、尚隆は左手で掴んで引く。少年の華奢な身体から袍がするりと離れて、そのまま地面に落ちた。
僅かに身を引こうとする六太の上腕を右手で掴み、左手を背に回した。なめらかな素肌に掌を滑らせながら、指先で背骨の感触をなぞる。獣の時とは違う、人の背骨の形、人肌の温もり。
六太が身を強張らせるのが両手に伝わってきた。
「奴らの狙いを分かっていると、お前は言ったな。だが身をもって知っているわけではあるまい」
六太は息を飲み、次いで何か言いたげに唇を動かしたが、微かな吐息が漏れただけだった。
「教えてやろうか」
尚隆は、六太の瞳に狼狽の色をはっきりと見て取った。

––––自分はいったい何をしようとしている。
やめておけ、と理性の声が制止する。取り返しのつかないことになる、身を滅ぼすだけだぞ、と。
本能は正反対の囁きを聞かせる。欲望のままに奪ってしまえばいい。雁国の行く末も王と麒麟の最期も、今は考えるな、と。

二つの声が頭の中で反響する。尚隆は左腕で六太の細い腰を引き寄せた。


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