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尚六幾星霜

165「幾星霜を経て」15:2019/03/25(月) 19:50:57
「––––こんなところで何をしている。仁重殿に戻れ。餓鬼は寝る時間だろう」
尚隆は六太とは目を合わせずに榻の脇を通り抜け、部屋の奥へと進む。手にしていた荷物を適当に置き、腰に帯びていた刀を外す。上衣を脱ぎ、荷物の上に放り投げた。
六太が立ち上がる気配がした。微かな足音と衣擦れが数歩、近づいてくる。
「尚隆を待ってた」
「待っている必要はない」
背後からの六太の声に、敢えて素っ気ない口調で尚隆は応じた。
「……話がある」
「俺はない」
反射的に口をついて出た返答は、自分でも呆れるほど子供じみている。だがそんなことに構っていられない。とにかく早く部屋から出て行ってほしい。
「……おれが、話があるって言ってんの。尚隆は、おれの話を聞いて、正直に質問に答えればいいんだよ」
怒ったような声で、六太は言った。
王にこんなふうに指図するなど、麒麟にあるまじき言動だろう。だがそれは、久しぶりに聞いた気がするとても六太らしい物言いだった。

尚隆は何も言葉を返さず振り向きもしなかったが、六太は勝手に続けた。
「ひとつ目の質問。––––碁石を集めている目的は何だ?勝った回数を数えるためだけじゃないんだろ」
いきなり核心を突く問いだった。正直に答える気などないが、何故自分は碁石の箱を隠さなかったのだろうかと、今更理由を考えた。
誰の目にも触れる棚の上にあっても、六太以外のいったい誰が尚隆にその碁石の意味を問うだろう。実際、今まで箱の蓋を開けた者すらいないはずだ。ただの置き物と同じなのだ。––––自分達以外の誰かにとっては。
「……目的などない。ただの気まぐれだと言ったろう」
「嘘つけ。お前弱いくせに、目的もなく碁を打って、十年でこんなに勝てるわけない」
六太の辛辣な推論は、的確としか言いようがない。
「どうやら雁には碁の弱い民が多いらしい。まあ、俺の国民だから仕方あるまい」
尚隆は軽く笑ったが、六太は笑わなかった。
「……こっち向けよ、尚隆」
また怒ったような声で六太は言う。
一拍おいてから尚隆は振り向いた。睨まれているかと思っていたが、六太は意外にも静かな表情をしていた。ただまっすぐ、一対の瞳に見つめられる。
「……碁石、数えたら八十二あった」
「そうか。––––では、これで八十三だな」
尚隆は懐から碁石を取り出した。六太の脇を抜けて卓に近付き、それを放り投げた。撒かれていた他の石にぶつかりながら、勢い余った石は卓上を転がり端から落ちた。かつん、と石が床を打つ音が響く。
「……いくつ集めるつもりだよ。百か?」
背後から問われ、尚隆は溜息をついた。
「––––そうだ、と言ったらどうする気だ」
「百集まったら何をするつもりなのか、訊く」
「お前には関係ない、と言ったら?」
「関係ないわけない」
「何故そう言い切れる」
「勘」
「––––勘?」
「何百年も仕えている者の、勘」
尚隆は振り返って六太の顔を見た。まっすぐ向けられた瞳とまた視線が合う。
「朱衡が言ってた。何百年も仕えている者の勘は、侮ったものではないって。……だからおれも、自分の勘を信じてみることにした」
「……そうか」
尚隆は苦笑した。朱衡に何かを吹き込まれて六太はここに来たのだろうか。朱衡ならあるいは、何かしら感付いている可能性はある。
「––––このまま行けば、あと二年くらいで百集まるだろう。その時になったら教えてやる」
「……いま聞きたい」
「いま言う気はない。だが、別段悪い話ではないぞ。––––お前にとっても、民にとってもな」
「……じゃあ尚隆は?」
その問いの意味が分からず、尚隆が無言で見返すと、六太は再び口を開いた。
「尚隆にとってそれは、いい話なのか?」
全く想定外の質問で、束の間、尚隆は返答に迷った。
「……俺にとっていい話かどうかなど、お前に関係なかろうが」
「関係ある」
「ない」
「絶対ある」
尚隆は大きく息を吐いた。
「分かった。お前は関係あると思っていればいい。だが俺は関係ないと思っている。だから話す気はない。––––以上だ」
尚隆は軽く手を振って淡白に言い放ち、話を終わらせようとした。六太はむっとしたような表情をして黙り込む。


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