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尚六SS「永遠の行方」

1名無しさん:2007/09/22(土) 09:45:00
シリアス尚六ものです。オムニバス形式。

797書き手:2017/04/23(日) 13:12:59
いろいろありがとうございます。
更新頻度については、書き溜めぶんはもっとあるので多分大丈夫です。
むしろ問題は以前の章を忘れてしまっていることによる矛盾なので
さすがにそろそろ一度読み返さないとまずいことぐらいですかねw

いずれにしろ今まで長々と書いてきたのは
この章以降を書くためなので頑張ります。
忙しさは一段落したので、多少間が空いたとしても
年単位で放置する羽目になることはもうないはずです。

798名無しさん:2017/04/24(月) 20:24:15
何の気なしに立ち寄ったら更新されてて大歓喜ですお疲れ様です!
原作の読み込み考察凄すぎて目から鱗の連続な上
ネガティブ六太が可愛くて可哀想でたまりません…
尚隆視点も楽しみにしてます!
はああ信じて待ってて良かった…!

799書き手:2017/04/26(水) 19:28:10
ありがとうございます。
ちょっとろくたんはいじめると癖になりそうでw
きっと尚隆もおもしろがってからかうのだろうなぁと勝手に思ってます。

800永遠の行方「絆(8)」:2017/04/28(金) 00:05:22

 六太が目覚めた昨夜、尚隆は六太を黄医らに任せて他の臥室で眠った。
 どこの王宮でも王の臥室の予備はいくつもあるものだ。特に不安定な王朝初
期は、暗殺を警戒して寝所を固定しないことが多いし、清掃や改装といった管
理面での都合に対応するためもある。
 もちろん玄英宮の長楽殿にも王の臥室は複数あった。ただし雁ほどの大王朝
になると、移動するのは警備上の理由というより大半は清掃等の都合だから、
頻繁に他の房室に移ることはない。実際普段の尚隆も臥室を固定している。六
太を寝かせていたのはその、主たる臥室だったが、他の臥室とて不意の王の要
求に応えられるよう、常に整えられていた。
 実際のところ、内心ではかなりの者が既に諦めていたし、宰輔がいなくても
政務上の支障はないようになっていたとはいえ、六太が目覚めたことはむろん
重大事であり慶事だ。夜ではあったが尚隆は三公六官に急使を出して報せた。
だが同時に「すべては明日の朝議で」とも添えておいた。翌日の朝議では久し
ぶりに皆が晴れ晴れとした顔を見せ、尚隆に祝いの言葉を述べた。尚隆は微苦
笑を浮かべて、ただうなずいておいた。
 尚隆が六太を心配していたことを、六太がまったく信じていなかったことな
どどうでもいいだろう。大事なのは事件が解決したという事実だ。
 その日の午後は政務を取りやめ、尚隆は長楽殿に戻って昼餉を摂った。その
後に広い露台にしつらえた卓に酒を運ばせる。穏やかな初夏の風を頬に感じな
がら、しばらく無言で酒をあおった。
 そのうちに女官が衣擦れの音をさやさやとさせて近づいてきた。
「主上。大司寇がお越しでございます」
「通せ」
 やがて何とも微妙な顔の朱衡が、どこか疲れたような足取りでやってきた。
「先ほど台輔のご機嫌伺いに行ってまいりました」
 それだけ言って、わずかな溜息とともに黙り込む。その原因に見当がついて、
尚隆はふと情けない笑いを漏らした。大の男ふたり、どうやらどちらも落ち込
んでいるらしい。

801名無しさん:2017/04/28(金) 00:26:12
うわあああ、続きが気になる
王と腹心落ち込ませるなんて、六太罪作りだ・・・・
早く幸せになって欲しいけど、このもだもだしたすれ違いが堪らんです

802名無しさん:2017/04/28(金) 11:44:53
落ち込む男二人の図いいなぁ

803永遠の行方「絆(9)」:2017/04/28(金) 19:31:55
 尚隆は「少し付き合え」と言って女官に席を作らせ、朱衡にも酒を勧めた。
普段あまり酒を嗜まない朱衡だったが、このときばかりは素直に応じた。
「六太はどうだ」
「意識もしっかりとしておいでです。黄医の見立てでは、神仙ですから、おそ
らくさほどかからずに元の生活にお戻りになれるのではと」
「そうか」
 それだけ言って尚隆は、穏やかな園林の風景を眺めやった。
 しばらく酒杯を口に運んでいた朱衡は、ずいぶん経ってから再び口を開いた。
「先ほど台輔に聞かれました。主上がおやつれになったのは何か問題が起きた
せいか、呪者には主上に影響が及ばないことを確認したはずなのに、と」
 尚隆は頭が痛むような気がして、持っていた酒杯を卓に置くと、しわの寄っ
た眉間に指先をやってもみほぐした。疲れたように吐息をつく。
「まったく……。自分が心配されていたとは思わんのか。俺は俺なりにあいつ
を大事にしていたつもりだったが、まったく伝わっておらんかったようだな。
確かにあれの反応がおもしろくて、からかったことも多いが」
 朱衡は何やら考えていたが、やがてこう言った。
「どうも台輔はあれで、ご自身を非常に軽んじられるところがおありのようで
す。拝察するに、ご自分が麒麟であること以外に尊重される理由はないと考え
ておられるようで」
「そういえば蓬莱で親に捨てられたという話だったな。その生い立ちが影響し
ているのか」
「わかりませんが……」朱衡は少し沈黙してから続けた。「主上が台輔を大切
になさっていることは、皆よく存じております。しかし当事者である台輔はそ
うではないようです。半身同士の王と麒麟といえど、いえ、だからこそ、しっ
かりと言葉で伝えなければ通じないこともあるのかもしれません」
「なるほど。耳に痛いな……」
「――それにしても」
「なんだ」
「どうして呪が解けたのでしょう。朝議では原因はわからないとおっしゃって
いましたが、主上が何かなさったのでしょうか」

804永遠の行方「絆(10)」:2017/04/28(金) 19:36:32
「ふむ。そうだな」
 尚隆は顎をなでながら、あのときのことを思い起こした。
 だが彼自身にもよくわからなかった。何しろ特別なことをしたわけではない
のだ。むしろこれまで何度もやっていたことしかしていない気がする。
「正直に言えば、よくわからん。変わったことをしたつもりはないのだが……。
直前に露台の上から雲海を透かして関弓の街を見せたが、どうだろうな。あれ
の体を傾けたとはいえ、仮に目を開いていたとしてもあの角度では視界に入っ
たはずもなし」
 その後、遠い未来を約すように接吻をした。さすがにいざとなれば六太を殺
す決意をしたなどと言うべきではないから黙っていたが、しかしあれとて、こ
れまで何度も口移しで水分を飲ませてきたのだ。そう考えれば新しいことをし
たとは言えないだろう。
「以前陽子が言っていたように、これまで毎日積み重ねてきたものが、たまた
まあのときに結実したのかもしれん。麒麟である六太を俺のそばに置くことで、
多少なりとも術が解けやすくなる可能性はあると、そうなればふとした拍子に
目が覚めるかもしれないと、それで六太を長楽殿に移したのだし」
「ああ、そういえばそうでした。景王は蓬莱の事例を引いておっしゃっていた
んでしたね。夫や妻が毎日欠かさず与えた地道な刺激で伴侶が目覚めたと。世
の中にはそういう奇跡もあるのでしょうねえ……」
 朱衡の声音は感慨深そうにしみじみとしていた。尚隆はふっと笑い、気合を
入れて「さて」と立ち上がった。
 いつまでもこうしていても仕方がない。いい加減で六太の顔を見に行かねば
ならないだろう。
「俺もまた、いちおう様子を見に行くか。それにあやつが眠っていた間、おま
えにも女官たちにも約束したからな、六太の望みがあれば、それが何であれ、
すべてかなえてやらねばならん」
「はい。どうぞ、いってらっしゃいませ」
 朱衡は微笑んで尚隆を見送った。

805書き手(尚隆語録):2017/04/28(金) 19:40:26
とりあえずここまで。

尚隆、普通気づくだろ!って感じですが……すみません、まだ気づきません。

尚隆視点はあと2〜3レス、六太視点はその後です。


 -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

尚隆
「人間、一度注意されたぐらいで改善できれば苦労はない。
 次までにひとつでも改善されていたら大したものだと思わねばならん」

なんだろ、曠世に六太のことをほのめかしてちょっと愚痴られて
笑いながら弁護する感じかも。

806永遠の行方「絆(11)」:2017/04/30(日) 21:05:23

 六太が使っている臥室に赴くと、すっかり明るい顔に戻った女官たちが、臥
牀で体を起こした六太の世話をあれこれ焼いていた。
 尚隆の来訪に気づくなり、六太が「尚隆!」と嬉しそうな声を上げる。昨日
の今日だからか、まだ声はかすれていたし、それで大声を出すのを控えている
ようだったが、話すのにつらいというほどではなさそうだった。尚隆も穏やか
な笑みを返した。
「おまえが眠っている間、おまえの近習に、目覚めた暁には王を守った功績に
よる褒美を与えると約した。望みがあれば何でも言うがいい」
「へ?」
 六太はきょとんとして尚隆を見、それから周囲に侍る女官らに視点を転じた。
彼女たちは笑顔で大きくうなずいている。
「褒美……褒美?」と瞬きながら首を傾げている。
「どうせおまえのことだから、だいたいは食いもののたぐいになると思うがな」
「あー、なんだよ、それ」
 六太は頬をふくらませた。それからハッとしたようにあらためて尚隆を見る。
「あの、さ」
「なんだ」
「ごめんな。その、俺を心配してくれてたんだよな? 俺、うっかりしてて、
ちょっと誤解というか考えが及ばなくてさ」
「……ああ」
 どういう顔をしたものやらわからず、尚隆はただ相槌を打った。それから
やっと「気にするな」と言い添えた。
「いろいろ大変だったのだろう? おまえも必死だったのだから、他のことに
考えが及ばずとも仕方はない」
 六太は不思議そうな顔をした。尚隆の反応が、過去にないほど妙に物わかり
の良い様子だったせいかもしれない。
「何にしろ、とりあえずは体を治すのが先だな。あとのことはすべてそれから
だ」
「わかった」
 陽子が来訪したことも、女官たちに教えられて既に知っていたようだ。六太
が陽子や鳴賢、帷湍のことを気にしているので、ちゃんと使いをやって六太が
無事目覚めたことを報せることも約束した。陽子の名が出たときに内心でどき
りとした尚隆は、さりげなく反応を見守ったのだが、六太は陽子よりも鳴賢の
ことを気遣っていた。

807永遠の行方「絆(12)」:2017/04/30(日) 21:08:12
「回復したら会いに行けばいい」
「うん。そうだな。やっぱ直接会って話とかしたいや。何しろたくさん心配か
けたからなあ。まさかあんなことになるとは思わなかったからだけど」
 六太は溜息まじりに言ってから「そういえば」とこんなことを聞いてきた。
「目が覚めたんだし、俺、そろそろ仁重殿に戻ったほうがいいんだよな?」
「……なに?」
「おまえがいつも使ってる臥室を占領しちゃってるわけだし。あ、でも何ヶ月
も仁重殿を空けてるわけか。うちの主な女官たちも今こっちにいるってことは、
俺の臥室が整うまで少し待ってもらう形かな?」
 そう言って小首を傾げる。六太としては当然のことを本当に何気なく聞いた
だけなのだろう。それに確かにここは尚隆の臥室であり、そもそも長楽殿は六
太の御座所ではない。
 以前、陽子や景麒が来訪したとき、麒麟は王のそばにいると嬉しいものだと
いう話をした。だが六太の無邪気な様子は、尚隆から離れることを何とも思っ
ていないようだった。
 昔からいつもそうだったと尚隆は思い起こし、もやもやとしたものが胸にた
まるのを感じた。
「もともとは陽子の気遣いだ。せっかくだから、もうしばらくここにいれば良
かろう」
「え、でも――」
 六太は戸惑って何か言おうとした。だが尚隆はその言葉を遮ると、再び陽子
の名を出して強引に話題を変えた。
「陽子と言えば、見舞いに来たときおまえに手紙を置いていったぞ。あとで読
んでやるといい。ただ疲れないよう、返事を返すのはまだあとにしておけ」
「うん」
 六太は釈然としない顔だったが、それでもうなずいた。
 やがて女官たちが大きな肘掛椅子を運んできて、掃き出し窓のすぐ外の露台
に据えた。六太に日光浴という名の気晴らしをさせるためだ。六太が眠ってい
る間も彼女らは幾度となく運んだものだが、今ちょうど尚隆がいるので、彼が
六太を軽々と抱き上げて椅子まで運んでやった。
 六太がわたわたとあわてたが、何しろまだ自由が利かないとあって抵抗とい
うほどのものはない。尚隆はあるじに無関心に見える六太に意趣返しをするか
のように、無駄口を叩きながらゆっくりと運んだ。
「もし厠に行きたいなら、そちらも俺が運んでやるぞ」
「いや、マジで勘弁だって」
 六太は辟易したような顔をすると、大声で笑う尚隆に疲れた声を返した。

808書き手:2017/04/30(日) 21:10:44
尚隆視点はここで一区切り。
次はしばらく六太視点ですが、割とまたすぐ尚隆視点に戻ります。

809名無しさん:2017/05/01(月) 00:25:14
二人のやり取りに胸がきゅんきゅんする・・・・
読んでて顔がにやけてくる、続き楽しみにしています!

810名無しさん:2017/05/01(月) 03:22:36
投下されてることに数日前に気づいて、きちんと整えて丁寧に読める日までまって、やっと追いつきました。
投下の直前まで覗きに来てたのに、出遅れてチクショーと泣き叫びたい気持ちと、ヒャッホーって泣き叫びたい気持ちとでいっぱいです

両片思い超萌えるのでこの展開三年ぐらい楽しめます。萌える��!
尚隆の部分がやはりキュンキュンきます

811名無しさん:2017/05/01(月) 11:33:31
誤解を地味に引きずっちゃってるのいいですね
しっかり自室に引き留める強引さも尚隆らしくてにやにやします
あと抱っこ!驚いて咄嗟に尚隆の腕か衣をキュッて掴んでたらと妄想してさらに萌え
抱っこいいですよね〜お世話尚隆がツボです

812書き手:2017/05/03(水) 00:08:07
抱っこ、いいですよね、抱っこ!


さて、やっと以前の章を全部読み返しました。

……些細な部分を含めると、いろいろと矛盾もありますね。うむぅ。
すみませんが、細かい部分の矛盾は、気づいてもスルーするか脳内変換でお願いします。

あと、とにかく早く尚隆と六太をいちゃこらさせるのが自分的至上命題なので、
鳴賢や帷湍といった宮城にいないキャラは言及のみで、
彼ら視点はあとでまとめてやります。

813永遠の行方「絆(13)」:2017/05/03(水) 00:11:50

 体の回復に専念すること、六太の仕事はしばらくはそれだった。政務に就く
必要もないとあれば――問題はあまりにも暇すぎることだった。本当なら下界
にでも行きたいところが、まだ歩くのもままならない以上、諦めるしかない。
女官たちは大量の見舞いの品を開けて見せてくれたが、物欲の乏しい六太はほ
とんど、本当に見ただけだ。せいぜい範の精巧なからくり人形をおもしろく
思ったぐらいか。六太が眠っていたときに語り聞かせてくれたという物語も聞
いたものの、大半はもともと海客が書いた話だから六太は知っていたし、悪い
と思いながらもすぐに飽きた。
 心尽くし自体はありがたかったが、そもそも六太は本来行動派なのだ。仕方
がないとはいえ、こうして臥室に引きこもっていること自体、おもしろくない。
身体を動かす訓練も、皆がやたらと心配するからわずかずつだし、話相手の女
官のおしゃべりを聞いたり、ぼうっと窓の外の景色を見ているだけの生活とい
うのは本当につまらなかった。
 だからと言って別の景色を見るために、尚隆に抱きあげられて運ばれるとい
うのはどうなのだろう。
「なんだ、不満か」
「そうじゃないけど……」
 最近いつもそうであるように、薄い衾ごと抱きあげられて移動する。後宮の
園林にある百日紅(さるすべり)の小道を散策すれば、見事な紅白の花は確か
に目を楽しませてくれた。しかし六太の正直な気持ちを言えば、いったいどう
してこうなった、と頭をかかえたいぐらいだった。
 何しろ衣類や衾ごしとはいえ、尚隆の体温を感じるのだ。力強い腕にしっか
りと抱えられ、見上げればすぐそこに尚隆の顔がある。息づかいさえ聞こえて、
どういう拷問だ、と内心で愚痴っても仕方がないだろう。
(こいつ、こんなに面倒見が良かったっけ?)

814名無しさん:2017/05/03(水) 04:34:36
単に抱っこされてるだけなのに六太ったらフヒョヒョ

815名無しさん:2017/05/03(水) 12:04:03
抱っこ移動良いねえww
尚隆って目線合わせるために自分がかがむより、持ち上げそうなタイプだ

816永遠の行方「絆(14)」:2017/05/03(水) 22:33:22
 頭上に疑問符を大量に浮かべながら、まかり間違って尚隆にしがみつくよう
なことをしないよう気をつける。だが足よりは手の回復が早かったせいか、尚
隆に「しっかりつかまれ」と言われてしまった。
 だがそうやって一緒に移動しても、これまでこんなにべったりと過ごしたこ
とがあるわけではないから、大して話すこともない。それでも尚隆がつらつら
と、六太が眠っている間のことを話してくれたので耳を傾けた。
「帷湍にも悪いことしたな……」
「おまえが回復するまでは遠慮するそうだが、いずれ関弓にやってくるそうだ」
 そんなふうに光州の現状も聞いた。
 夜はといえば、女官が付き添っていたとはいえひとりで過ごしたのは目覚め
た最初の夜だけ。その次の夜からは尚隆がやってきて、同じ臥牀で寝(やす)む
ようになってしまった。もともと尚隆の臥牀なのだから当たり前かもしれない
が、被衫に着替えた尚隆の姿を見たときの六太の混乱ぶりと言ったらなかった。
 おまけに女官を下がらせ、尚隆みずから六太の世話をするのだ。手足をむき
だしにしてはゆっくりとさすったり、膝の関節をゆるやかに動かしたり。被衫
を脱がされて湯に浸した布で体を拭かれそうになったときは本気で焦った。さ
すがに王にそんなことをさせるのを、湯を運んできた女官が「とんでもない」
と恐縮しきりで止めたから助かったものの、本当にどうなることかと冷や冷や
したものだ。
 なのに混乱する六太に、尚隆は「おまえが眠っていた間もこうしていたのだ
ぞ」とからかうような声を投げたのだ。
(いやいや、さすがにそれはまずいって)
 片思いの相手に脱がされ、じかに肌に触れられて世話をされる。尚隆の意図
まではわからないが、確実に自分の精神が削られていっている。嫌がらせでも
あるまいに、と、妙な考えさえ脳裏に浮かぶ。それともまさか六太の反応をお
もしろがっているのだろうか。

817永遠の行方「絆(15)」:2017/05/03(水) 22:43:30
 王の臥牀はやたら広いため、眠る際は体が触れあわないのと、そのときはさ
すがに六太に背を向けてくれるのだけが救いだった。だが背を向けられればそ
れはそれで寂しく感じてしまうのが厄介だ。あんなに近くにいるのに却って離
れた気がしてしまうのだから。
(だいたい、俺の膝を動かしたりする時は遠慮なく触るくせに、寝るときは離
れて背を向けるってどういうことだ)
 おかしい、とさすがに六太も思う。そしてひやりとするのだ、本当はあんな
ことをしたくはないのではないかと。なんだかんだで、内心では鬱陶しがって
やしないかと。
(俺が暁紅と取引したおかげで尚隆が助かったのは事実だ。それでさすがのあ
いつも余計な気を回してるんだろうか。そういえば仁重殿から来た女官たちは、
俺を見捨てるべきだって進言した官にかなり憤っていたみたいだ。尚隆は俺に
配慮してることをちゃんと近習に見せて不満をそらす必要があると判断したと
か?)
 もしそうなら寂しいと六太は思った。自分は別に尚隆の邪魔をする気もない
し、今回のことで何か要求するつもりもない。放っておいてくれればいいのに、
と思う。でもそういえば褒美がどうとか言っていたっけ……。
 尚隆と同じ臥室、尚隆と同じ牀榻。ここまで近い場所で長く生活したことは
今まで一度もない。六太にはずっと不相応な望みをいだいているという恐れと
自覚があった。だからこそ自分の心を守るためにも警戒してしまう。嬉しいの
に切ない。幸せなのに悲しい。これ以上一緒に暮らしたら、近さと裏腹に絶対
に報われ得ない現実をまざまざと見せつけられる気がして耐えられそうにない。
 尚隆に運ばれるたびに、何気ない様子を装ってちらりと頭上の顔を見上げて
しまう六太だ。目をそらし続けても不自然だし、かと言って至近距離でずっと
見つめていたら、こちらの精神がどうにかなってしまう。もちろん尚隆だって
不審に思うだろう。

818永遠の行方「絆(16)」:2017/05/03(水) 22:59:28
 後から振り返ればきっと、はかない泡沫のような、ごく短い夢の時間に過ぎ
ないだろうに。六太にとって一生の思い出になったとしても、尚隆にとっては
すぐに忘れて二度と思い出さないような。
(これって転変したらどうなってるんだろう。やっぱり立てないのかな)
 ふと六太は疑問に思った。
 もちろん宮城にいる限りは獣形で過ごすことなどできない。だがもし転変す
れば動けるなら、尚隆に特別に許可してもらってしばらく獣形で過ごせないだ
ろうか。だが萎えているのが人形である以上、人形のままで治さないと回復で
きないだろうか……。
(とにかくまず歩けないってのがまずい。こうやって尚隆に何をされても逃げ
られない)
 尚隆の腕の中、またちらりと彼の顔を見上げながら、何とかしないと、と六
太は切実に思った。

 さすがに尚隆も六太を朝議に連れて行くようなことはしなかった。だからそ
の日、六太は彼がいないときにひそかに歩く練習をしようと考えた。少し眠り
たいからと、尚隆の代わりにやってきた女官を遠ざけたはいいが、扉の前には
護衛もいる。音を立てて注意を引かないよう気をつけなければならない。
 臥牀の上で上体を起こした六太は、何とか這って臥牀の縁まで行って座り、
足を床におろした。やはり腰から下の力が入りにくかったが、臥牀に手をつい
たままゆっくり慎重に立ち上がると、何とかいけそうな気がした。最近の訓練
で使っている杖は普段どこかにしまわれているようで、今、手元にはない。仕
方ないので手を伸ばして牀榻内の壁や開き戸につかまりつつ、そっと脚を動か
していき――ちょうど牀榻の入口を出たあたりで、つい逸ってしまった気持ち
に足先がついてこられず、変な方向にひねって体勢が崩れた。そのまま床に倒
れ込みそうになったところを、床から浮上するようにさっと出現した悧角が背
で支えてくれたので助かった。

819永遠の行方「絆(17)」:2017/05/03(水) 23:07:26
「ありがとな」
 六太はほっとして、大きく吐息をついた。悧角にの背に覆いかぶさる体勢の
まま、いったん休憩する。
(まだ無理か……。でも何とか自力で立ててはいるんだし、杖さえあれば、
ゆっくりとなら。というか今、さっさと仁重殿に帰ってしまえば良くないか?
そうすればさすがに尚隆も、わざわざここに連れ戻さないだろ)
 このまま使令で窓からひそかに仁重殿に帰るほうがいいか、それとも試しに
転変してみるかと思案していると、不意に悧角が「主上がおいでです」と言っ
た。
「へ?」
 六太は焦ったが、取り繕う暇もなく、臥室の扉が開く音がした。王や麒麟の
命に危険があるとか、よほどのことがあればともかく、原則として宮城におい
て使令が姿を現わすことはない。現わしたとしても、すぐに姿を消すものだ。
 六太が転ばないよう、悧角がゆっくりと床に沈むようにして姿を消すのと、
尚隆が衝立の陰から姿を現わしたのは同時だった。
「六太!?」
 尚隆が叫ぶなり駆け寄って、床に倒れている六太を抱き起こした。
「何をしている!」
「いや、ちょっと、歩く練習を、さ」
 あわてて言い訳したものの、「まだ無理だろうが」と強い調子で叱り飛ばさ
れた。
「おとなしく寝ていろ!」
 そう言って抱きあげられ、強引に臥牀に戻されてしまった。
「だって、あの、そろそろ仁重殿に戻りたいっていうか」
「……なんだと?」
「ほら、やっぱ自分の臥室じゃないと落ち着かないっつーか。おまえにも悪い
しさー」
 焦りを隠して、あはは、と笑って見せる。だが尚隆はむっとしたように六太
を見ているばかりだった。

820書き手:2017/05/03(水) 23:10:30
次からはまた尚隆視点です。

821名無しさん:2017/05/04(木) 03:19:00
どぎまぎする六太に萌える
はぁー、むっとする尚隆のこれからのターン、超wktk

822名無しさん:2017/05/04(木) 05:59:40
抱っことどきどき添い寝祭りには萌え転がるしかないw
切ないろくたんも最高すぎますね〜続きお待ちしております

823名無しさん:2017/05/04(木) 19:13:46
むっとする尚隆たまらん
結ばれた後の関係ももちろん良いんだけど、思いが通じる前のこういうやりとりめっちゃニヤニヤしてしまう

824永遠の行方「絆(18)」:2017/05/05(金) 21:35:08

 六太が目覚めたあと、折を見て冢宰白沢を始めとする三公六官も順次見舞い
に赴いた。疲れさせないよう、ほんの暫時話をしただけという白沢は、あとで
尚隆に報告した際こう言った。
「使っていなかった四肢が長い間に萎えてしまったのは仕方ないとして、主上
がおっしゃっていたとおりお気持ちは別段暗くなることもなくお元気そうでし
た。黄医も特に問題はないとの見立てです。毎日少しずつ訓練していけば、そ
うかかることなく日常生活に戻れるだろうと」
「そのようだな……」
「ただ台輔のご体調次第ですが、解呪に携わっていた諸官に報せて調査する必
要はあるでしょう。完全に呪が解けたのかどうか。万が一、悪い影響が残って
もいけませんので」
「その辺は黄医の判断に任せよう。特に問題はないと思うが」
「かしこまりまして」
 そんなふうに言葉を交わし、当分は六太に政務をさせないことも決める。も
ともと靖州の政務は令尹が取り仕切っており、六太の不在を考慮して承認印も
任せるようにしていたから何の問題もない。ただし早くも六太本人が退屈して
いるのと周囲に安心を与えるため、しばらく様子を見てから、体調を考慮しな
がら朝議を始めとして官府などに連れていくことを検討することにした。
 そうして諸官が晴れやかな顔を見せる裏で、尚隆自身はあまり気が晴れな
かった。表面上は喜んでいるふりをしているし、実際に喜んではいるのだが。

 その夜、長楽殿の居室のひとつで、尚隆は人払いをした上で酒を飲んでいた。
六太が目覚める前まで増えていた酒量は減ったが、それでも時折、こうして飲
まねばやっていられない気がした。
 ――俺、そろそろ仁重殿に戻ったほうがいいんだよな?
 六太が小首を傾げながら無邪気に放った問いが脳裏によみがえる。ここに―
―王のそばに――留まることに何の執着も窺えなかったそれ。麒麟は王の傍ら
にいるのが嬉しい生きものではなかったのかと、目覚めたのは王たる尚隆のそ
ばにいて無意識に嬉しがっていたからではないかと、何となく思っていた尚隆
は虚を衝かれた。

825永遠の行方「絆(19)」:2017/05/05(金) 22:00:27
 ――おまえ、随分やつれてるみたいだけど、何かまずいことでもあったかな。
 尚隆の心配などはなから想定していないことが明らかな問い。あとになって、
これまた無邪気に謝られたが、六太の中を占める自分の存在の小ささを示すよ
うで、尚隆は少なからぬ衝撃を受けた。
 本当に心配していたのだ。あの接吻をした際の、他人の手にかけさせるくら
いなら、そのときはこの手で六太を始末するという約束も、彼としては相当な
決意の表われだったのだ。
 なのに。
 まだ体の自由が利かないため、眠っていたときと同様に世話をしてやろうと
すれば、体をこわばらせて嫌そうな顔を向けてくる。することがなくて「暇だ。
暇、暇」とうんざりしているようなので、抱きあげてその辺を散策してやれば、
「えー……」と不満の声を漏らされる。おまけに先日は、ひとりで勝手に歩く
訓練をしようとして派手に転んでいた。あわてて助け起こせば「そろそろ仁重
殿に戻りたい」「やっぱ自分の臥室じゃないと落ち着かない」と平気で口にし
た。
 ――すり抜けていく。
 ふと感じた、奇妙な予感。まるで手の中から砂がこぼれていくような。六太
が尚隆の手をすりぬけてどこかへ行ってしまうかのような。
 あるじに似て出奔好きの六太が、実際には尚隆の手の内に留まっていたこと
などない。そもそもこれまで尚隆は、危険なことさえしなければ自由にさせて
いた。それでも不思議にそう感じたのだ、今ここでつかまえておかなければ、
いずれ手の届かないところへ行ってしまうと。
 王と麒麟は半身同士。命さえつながっているというのに、そう考えてしまう
のはおかしなことだった。その妙にはかなく、それでいて確固たる予感は、意
味がわからないだけに尚隆をいらだたせ、彼は勢いに任せて次々と酒杯を傾け
た。
 もともと尚隆の臥室なのだからと、ついそんな六太に対する鬱憤晴らしの意
図もあって、これまでと同様に同じ臥牀で寝(やす)もうとすれば、広さには問
題ないというのにやはり嫌そうな顔をされた。そんな様子を見たくなくて背を
向けて寝ているが、一番最初の日、時間が経って既に尚隆が寝たと思ったのだ
ろう、「……まったく」というつぶやきを六太が漏らしたのも知っている。

826永遠の行方「絆(20)」:2017/05/06(土) 08:33:05
 六太が呪の眠りに囚われている間、尚隆は孤独だった。六太が陽子に懸想を
している可能性を思いついてからはなおさらだ。それでも六太が目覚めさえす
ればそれなりに孤独も癒されると、どうやら無意識のうちに考えていたらしい。
だがその期待が叶えられることはなさそうだった。
 王と麒麟というものは、これほど遠かったろうか、と尚隆は今さらながらに
思いを馳せる。六太の気持ちがわからない。尚隆の世話に、せめてほんの少し
でも喜んでくれればいいものを、いつも向けられるのは驚きか、そうでなけれ
ばどこかこわばった表情と迷惑そうな目だ。
 六太を横抱きにして歩くと、ときどき六太の視線を感じた。周囲を眺めるの
ではなく、気づかれないようそっと尚隆を見上げていることがある。これまで
はああやって長時間をともに過ごしても話題が尽きないほどべったりした関係
でもなかったし、どうして良いやらわからないらしい。聞かれていないと思っ
ているのだろう、たまにごく小さく溜息をつき、そうしてまた見上げたりする。
妙に尚隆の心をざわめかせる、揺れるまなざしで。
 まだ政務をさせるつもりはなかったのだが、後宮の園林ばかりを散策しても
飽きるし、かと言ってまだまだ不自由な様子なのに、官位の低い者たちの興味
本位の視線にさらすのもどうかと思われた。それでまずは靖州府のある広徳殿
に連れていったところ、六太は呪に囚われる前は身近に接していた靖州府の高
官らと和やかに挨拶を交わし、久しぶりに会ったせいかとても楽しそうだった。
それどころか「承認印なら、もう押せるぜ!」とやたら張りきってしまい、急
きょ政務をさせることになってしまった。完全に盲判(めくらばん)だったが、
傍らで苦笑いしていた令尹の検分は通っている書類のようなので問題はないだ
ろう。
 翌日も特に疲れは残らなかったようなので試しに朝議にも連れていったとこ
ろ、それまであまりにも暇だったせいか、いつになく六太は喜んだ。自由に喋
るわけにいかない場とあって、事件が起こる前は大抵つまらなそうな顔で控え
るのが常態だったのだが。そのため、常にというわけではないが朝議には連れ
ていき、体に負担を与えないようゆったりとした椅子に座らせておくことにし
た。

827永遠の行方「絆(21)」:2017/05/06(土) 09:01:10
 だがいずれにしろ六太の興味は尚隆の上になく、いつも六官や別の者たちと
話を弾ませていた。
 何とか気を引けないかと、尚隆はふと思いついて鳴賢の元にも連れていった。
 鳴賢には朱衡経由で六太の覚醒を知らせていた。回復するまで、しばらくか
かりそうだとの見通しも。そのため、実際に会うのはそう急がなくても良いだ
ろう、むしろ六太がちゃんと回復して自分の足で会いに行ったほうが安心させ
てやれるかと思って控えていたのだが。
 ちょうど六太から鳴賢のことを心配する話題が出たとき、尚隆は「じゃあこ
れから会いに行くか」と言って悧角に命じ、大学の宿舎に鳴賢が在室か見に行
かせた。悧角はすぐ戻ってきて在室だと告げたので、散策するときのように衾
で六太をくるんだだけで悧角に乗り、そのまま出かけた。以前から楽俊に対し
てやっていたように、宿舎の窓から訪れる形だ。
 もちろんかなり驚かれたし、実際には鳴賢だけでなく彼の学友もいて、隠し
ていなかった六太の金髪に愕然とされたが、結局そのことに対する深い追求は
なかった。ただ尚隆が持参した酒を皆で飲み、少々語らっただけだ。
 悧角に乗って宮城に戻る途中の短い時間、六太は上機嫌で、尚隆に「ありが
となー」と礼を言った。そして「そのうち陽子のところにも行かなきゃな。景
麒の顔も見てやらないと」と嬉しそうに続けた。
 ――すり抜けていく。
 尚隆の手の中から。
 もともとその程度の関係だったのかもしれない。六太にとって尚隆はただ雁
の王で、雁を平和に治めてくれさえすれば良いだけの存在なのかもしれない。
 麒麟は本当は王の半身ではないのかもしれない。
 ――そろそろ仁重殿に戻りたい。
 ――やっぱ自分の臥室じゃないと落ち着かない。
 床に倒れていた六太をあわてて抱き起こしたとき、六太は嫌がって身を引こ
うとし、尚隆の手を振りほどくように強く上半身を揺すった。そうまでして自
分から離れたいのかと、あのとき尚隆はひそかに傷ついたのだ。

828永遠の行方「絆(22)」:2017/05/06(土) 09:13:23
 そもそも六太は他国の麒麟とはまったく違う。日頃から主君のはずの王を罵
倒するのに遠慮はないし、泰麒捜索のときもそうだったように、場合によって
は他国の王にさえ平気で同調する。そういう変わった麒麟なのだから、王を
慕っているとは限るまい。だいたい一年半もの間、つらい気持ちだった尚隆の
ことを最初はまったく信じていなかった上、一度謝ったあとはそのことをすっ
かり忘れて、もうどうでも良いように見えた。
 ――すり抜けていく。
 自由な六太は、尚隆の手の中に留めておくことなどできないだろう。こうし
て抱きあげてあちこち連れていけるのも今だけだ。呪に囚われていた間、尚隆
の手が届かなかったように、いつかまたこの手をすり抜けてどこかへ行ってし
まうだろう。それは不思議と確かに思える予感だった。
 呪が解けても、それ自体は何の解決でもなかったのだろうか。あれはもとも
と遠くにあった六太の心が具象化したような事件だったのかもしれない。
 そうしてしばらくまた酒杯を傾けていた尚隆は、やがて、ふふ、と自嘲の笑
いを漏らした。
 誰しも心は自由ではないか、と我に返ったのだ。国が荒れ、財もなく命から
がら逃げ出した荒民でさえ、心だけは何を思おうと自由だ。ならば王の半身た
る身を天帝に強制されている麒麟とて、心は誰にも縛られず自由であってしか
るべきだろう……。
 仮に麒麟が王のものだとしても、六太は尚隆のものではない。最初から尚隆
は考え違いをしていたのだ。心を得られるのは、当人がみずから捧げた場合だ
け。ならば六太の心は最初から尚隆が得られるたぐいではなかっただけなのだ
ろう。
(心を得られないなら)
 ――いっそ。
(体、だけでも)
 ふとさまよいこんだ思考に我ながら呆れて、尚隆はふたたび自嘲して酒杯を
傾けた。今まで決して頭にのぼらなかった発想に、自分が無自覚にどれだけ落
ち込んでいたかわかる気がした。

829永遠の行方「絆(23)」:2017/05/06(土) 09:20:34
 だが不思議なことに、いったん頭にのぼってしまえば妙に魅力的な考えに思
えた。何しろ王には、宮城の――正確には自国民の――誰であれ寵愛して後宮
に入れる権利がある。官位の低い者が見初められた場合は、やっかみから本人
がいろいろ言われることも後宮入りを邪魔されることもあるが、最終的に物を
言うのはやはり王の意向だ。まさか神獣麒麟にその法や慣習を適用する王が現
われるとは、誰も想定していなかったろうが。
 心をつかまえておけないものなら、せめて体だけでもつかまえておけないだ
ろうか。普通、体をつなげば情が湧くものだ。
(無理やり体を奪った相手になど情は湧かぬだろうに)
 尚隆は頭を振って、酔いとともについ思考を占めかけた妄想をも振り払った。
だがいったんさまよい出した思考は、酒の力もあってふらふらとあちこちを行
き来する。
 これまでの六太との良好な関係が壊れることになるだろうか。それとも慈悲
の麒麟は、それゆえに尚隆にも慈悲を垂れてくれたりするのだろうか……。
(莫迦なことを)
 そんなことをして何とする、六太に軽蔑されるだけだ。そもそも相手が自分
を何とも思っていないのに、抱いても空しくなるだけだろう。商売女を買うの
とはわけが違う。何しろこちらがほしいものは本当は心なのだ。
 そもそも麒麟とて相手を憎むことは知っている。ならば軽蔑よりは憎まれる
だろう。
(憎む、か)
 それはとてつもなく強い感情だろう。負の方向へとはいえ、そんな感情を向
けられるのは果たして悪いことだろうか。
 六太は衝撃を受けるだろうか、はたまた失道するだろうか。
(――いや)
 尚隆はふたたび力なく首を振ると酒杯を干した。六太は尚隆さえも憐れむだ
ろうと思ったのだ。今回の事件の呪者を憐れんだように。そしてふたりの距離
は永遠に縮まらず、むしろより隔たって、尚隆は自分がどこまでも孤独だとい
う、王たるものの宿命を知るだろう。
 だがもともと六太と自分はそんなつかず離れずの淡泊な関係だった。ならば
この際、その事実を決定的に思い知るのもいいかもしれない……。

830書き手:2017/05/06(土) 09:23:23
次は六太視点です。
ただし、割とすぐ尚隆視点に戻ります。

831名無しさん:2017/05/06(土) 10:22:07
大量更新乙です!
思ってた以上に尚隆が孤独で切なくてキュンキュンしっぱなしです
尚隆って手に入らないと見定めたらスパッと切り替えるイメージがあるけど
切り替えても体だけな方向にいってもろくたん失道→雁国の危機でどきどきw

832名無しさん:2017/05/06(土) 13:35:52
尚隆思考の振り切りが凄まじいよ……!たった一人でいる孤独より、隣に目覚めた六太がいるから味わう孤独のほうが、
より苦しくて思いつめるのだね……

833名無しさん:2017/05/06(土) 18:57:56
いつも飄々としてる尚隆が難儀な六太に翻弄されてるのがすごく素敵です!
思いのすれ違いで切ないけど尚隆が悩んでる所って本作で読めないから楽しいw

834書き手:2017/05/07(日) 00:04:17
尚隆……酔ってたんだよ……。

とりあえずGW中に六太視点は投稿しときますね。

835永遠の行方「絆(24)」:2017/05/07(日) 00:06:30

 六太が立ちあがって、ゆっくりながら歩けるようになるまでは意外と早かっ
た。とはいえ呪で眠っている間に体力も落ちて疲れやすくなっていたため、本
人がやりたがっても周囲が訓練のしすぎを気にし、慎重に段階を追っていった。
そのため六太自身はなかなか調子を取り戻せないという認識でおり、かなりの
不満をためる期間となった。
(早く仁重殿に帰りたいのに)
 相変わらずそう考えて焦る六太だったが、微笑を浮かべた女官たちが「主上
のお許しがありません」と頑として聞いてくれないのだから仕方ない。しかも
こっそり訓練をしようとしていたことを尚隆に見つかって以来、彼女たちは絶
対にひとりにしてくれなくなった。政務から尚隆が戻ってくるまで、必ず誰か
がそばにいる。
 尚隆と一緒ならさがっていてくれるが、それは要するに尚隆に抱きあげられ
てあちこちを散策しているときであって。
 もしこれが両想いの相手で、ゆったりとふたりの時間を持てたとでも言うな
ら話は違うだろう。だが何しろ六太には、ずっと不相応な望みをいだいている
という自覚がある。その時間は切なさしか生まなかった。
 それでも幸せだと自分に言い聞かせなければならないのだろうか。きっと一
生の思い出になるから、と。
 だが休み休みではあるが、やっと朝議にもかなりの距離を歩いて向かえるよ
うになった。途中で疲れて結局尚隆に抱きあげられることもあるとはいえ、徹
頭徹尾、横抱きであちこちに運ばれていたころを思えば進歩したものだ。数日
に一度は広徳殿に顔を出して、令尹や州宰と雑談を交わしてもいる。
(よし。ここまで来たら、尚隆もそろそろ仁重殿に戻っても文句言わないだろ。
なんか妙に過保護になったけど)
 それほど心配をかけたのだと思えば罪悪感も覚える。だが、それ以前に六太
自身の精神状態が持ちそうにない。尚隆の匂いを感じながら、同じ臥牀で仲良
く並んで眠るのはもうごめんこうむりたかった。どうせなら蓬莱の抱き枕よろ
しく抱きしめて眠ってくれればいいものを、逆に背を向けて寝られるなんて。
 もちろん現実にそんなことをされたら眠れないどころか、いっそう精神力を
消耗するだけだろうとは思うのだが、ついつい夢見るように妄想してしまう六
太だった。

836永遠の行方「絆(25)」:2017/05/07(日) 00:10:42

 あちこちに置かれた灯が放つ、温かな黄色の光に照らされた臥室。その夜、
被衫姿の六太は座っていた椅子から立ちあがり、ほんの数歩、歩いただけでふ
らついた体を支えるために目の前の小卓に両手をついた。頭をめぐらせて、半
分ほど開いている大きな框窓を見やる。填められている大きな玻璃の板は、都
度、蓬莱から技術や文化を容れてきた豊かな雁ならではだ。その先の露台も、
穏やかな夜の中でいくつかの灯に照らされて、光と影が織りなす美しい姿を見
せていた。露台では尚隆が雲海のほうに視線を投げ、立ち尽くしたまま、先ほ
どから何やら物思いに沈んでいる。
 ふと彼の目がこちらに向き、静かに歩み寄ってきた。そのさまがなぜか獲物
を視界に捕らえた猛獣のように見えて、六太は知らず、ぶるりと震えた。
「尚隆」
 六太は努めて普通に装い、明るい声を出して呼びかけた。
「なんだ」
「俺、そろそろ仁重殿に戻るわ。もうだいたい良くなったし」
 戻りたい、ではなく、戻る。六太はこれで自分の意志をはっきり伝えたつも
りだった。
 だが尚隆は露骨に顔をしかめた。臥室に戻り、掃き出し窓を閉めてから遮光
と目隠しのための垂れ幕まできっちり引いて向き直った。
「莫迦なことを言うな」
「え?」
 尚隆は大股に歩み寄ってきたと思うと、卓に両手をついたままの六太の後ろ
に立ち、長い金色の髪を愛でるように手にすくった。そんな彼の仕草を、六太
は首をめぐらせて不思議な思いで眺めた。尚隆は今まで六太にそんな仕草をし
たことはない。直に身体に触れられるより逆に官能的な気がして、それに気づ
いた六太は内心で少しうろたえた。
「俺は、またおまえと離されるつもりはないぞ」そう言った尚隆は、後ろから
六太の両肩に手を置いた。「身体が良くなったというのなら、もう待つ必要は
ないな。来い」
「……へ?」

837名無しさん:2017/05/07(日) 02:44:05
(��ぉぉぉぉぉぉっっ!)(息を潜めて○年分の感激を胸に心は全裸にネクタイで正座待機)

838名無しさん:2017/05/07(日) 08:41:03
(と…とうとう!???ドキドキドキ)

839永遠の行方「絆(26)」:2017/05/07(日) 09:54:55
 六太は我ながら間抜けな声を上げたと思った。しかし続いて尚隆の口から飛
びだした言葉に凍りついた。
「おまえを抱く」
 六太は呆然とした顔で、何度もまばたいて尚隆を見上げた。ようやくのこと
で意味を理解したあと、強がるように「そんなに飢えてんのかよ?」と返した
ものの声は震えていた。
「何とでも言え」
「俺、男なんだけど」
「知っている」
 呆気に取られた六太は声もなかった。
「おまえこそ、男同士でも契れるのを知らんのか」
 尚隆はふと、先ほどまでの張りつめた気配を消して、からかうように言った。
 この男はいったい何を言い出すのだ、と六太は混乱した。もしや何かの拍子
に自分の気持ちがばれてしまったのだろうか。あるいは話の種に、単に麒麟と
いうめずらしい生きものを抱いてみたくなったのか。どちらにしても、六太に
とっては悪夢でしかなかった。
 尚隆はそんな六太の恐慌を知らぬげに、後ろから抱きしめてきた。そのまま
頭を押さえるようにしつつ顎を上げさせ、無理やり口づける。ようやく我に
返った六太は何とか抵抗すべく、体をひねって尚隆の胸を押し、必死に逃げよ
うとした。だがもともとおぼつかない足元が動揺でもつれ、力が入らない。
「お――まえ、空しくないのかよ!?」
「何がだ?」
「き、麒麟なんか、抱いたって、おもしろいわけないだろっ」
「おもしろいかどうかなど知ったことか。おまえがほしいからおまえを抱きた
いと思う、それがなぜ空しいことなのだ」
「ほ、ほし――冗談、きつい」
「なぜ冗談だと思う」
「麒麟なんか――麒麟なんか、ただの器だ。すべては天意を受けるためのもの
で、自分の気持ちなんてない。王を慕うのは本能で、そんなの抱いたって空し
いだけじゃないか」

840永遠の行方「絆(27)」:2017/05/07(日) 10:06:12
 六太はもう涙声だった。いったいなぜこんな目に遭うのかわからない。
 だが尚隆は不意に優しい目になった。六太を押さえつける力は緩めないなが
ら、「王を慕う、か」とつぶやいた。
「ならばおまえも俺を慕っておるのだな?」
 六太は顔をそむけた。動揺しきりの彼は、普段ならばそれでも言わなかった
ろうに、ついに震える声で自棄のように「王を嫌いな麒麟はいない」と言った。
「それならばそれでも良い。ほしいと願った相手に慕われているとわかれば十
分だ」
 ふたたび強引に口づけてきた尚隆に、六太は「離せ!」とあくまで抵抗した。
だが強い力からは逃れきれず、とうとう「嫌だ」と泣き出した。
「は――話の種にでもするつもりかよ!?」
「おまえがほしいと言ったろう。――いや」
 尚隆はいったん言葉を切った。そうしてすぐに「そうだな、これも惚れてい
るということなのかもしれんな」と、どこか自嘲するように続けた。
 六太は愕然として、泣きぬれた目を尚隆に向けた。
「嘘だ……」
「嘘ではない」
「嘘だ」
「何が嘘だ。王が自分の麒麟に惚れて、どこが悪い」
 開き直ったように言う尚隆に、完全に恐慌をきたした六太は、泣きながらう
わごとのように「嘘だ」「ありえない」と繰り返した。奥底からわきあがって
くる恐怖に、というより理解できない事態に、六太の神経は完全に許容量を超
過した。ぶるぶると瘧(おこり)のように震えつつ、必死に相手の腕の中から逃
げようとする。衝撃のあまりいつもの仮面ははがれ、表情も言葉も態度も、何
ひとつ取り繕うことができなかった。
 だって慈悲の繰り言ばかりの自分はいつも尚隆のお荷物だったのだ。六太は
混乱の中で、そう過去を振り返った。これまで呆れられたことはあっても、特
に大事にされた記憶はない。むしろいつまでも困った子供だと苦笑いされてき
た気がする。要するに首をすげ替えれば良い官と違って、麒麟である六太は遠
ざけるわけにもいかず、尚隆は王として仕方なく付き合ってきただけだ。その
はずだった。

841書き手:2017/05/07(日) 10:10:02
全裸待機はやめてww


場面は変わりませんが、このまま尚隆視点に移行します。
しばらくはずっと尚隆のターン!
(ただ投下までちょっとお待ちください)

あ、でも強○はないです。
期待してた人がいたらごめんなさい。
泣いてるろくたん可愛いし、ついついいじめたくもなるけどw

842名無しさん:2017/05/07(日) 10:23:41
おおっ続けて更新が…パニくってるろくたん可愛いですねー泣かせたくなるのわかりますw
和○大歓迎ですしわくわく待つのも楽しい時間なのでご無理なさらず

843名無しさん:2017/05/07(日) 13:06:46
やめてといわれても、全裸待機せざるをえない
待ちわびた展開で続きが待ち遠しいよ!

844名無しさん:2017/05/07(日) 13:11:40
ついに何年も待っていた場面が読めるのですね!
ちょくちょく覗きにきててホント良かった!!

845名無しさん:2017/05/07(日) 14:19:33
お疲れ様です!!うわああいっぱいいっぱいな暴走尚隆たまりませんなあ…
>>837
靴下も忘れないで下さいね

846書き手:2017/05/10(水) 23:08:39
推敲しつつ、平日はニ、三レスずつ落としていきます。

847永遠の行方「絆(28)」:2017/05/10(水) 23:11:00
 一方、尚隆も驚いていた。
 先ほど露台から六太を見たとき、室内の灯の淡い光に照らされて金の髪がき
らきらと光る姿は、光でできた彫像のようだとも、幻のようにはかない姿だと
も感じて、妙に不安に駆られた。まだ以前のように自由に動き回れるわけでも
ないため、卓に両手をついてひっそりと立つさまに、ただ静かに眠っていた姿
を幻視する。そうして尚隆は、二度と離してたまるか、と内心で決意したのだ。
 だが本当に関係を無理強いすることはないだろうとも、どこかで諦めていた
気がする。おのれの醜さを六太に突きつけ、それに対する嫌悪を目の当たりに
し――おそらくそれで自分の心は萎えるだろう。そうしたら詫びの代わりに六
太を遠ざけてやろうと思った。きっと六太は安堵するに違いない。本人が望む
なら理由をつけて、陽子のところにしばらく滞在できるよう計らってやっても
いい。
 ――なのに。
 尚隆を嫌悪するのではなく、嫌悪から拒否するのではなく。恐慌の中、頭を
ふらふらと揺らして定まらない視線をでたらめにさまよわせ、それでも尚隆に
だけは目を向けようとせず、泣きながら幾度も幾度も「嘘だ」と繰り返す。そ
の様子に、これではまるで……と呆然としながらも訝しんだ。
「ありえない、ありえないんだ……」六太は泣きながら、しきりに首を振った。
「何が、ありえない」
「ありえない、嘘だ、嘘だ、ありえない……」
 また力なく首を振り、ひたすらうわごとのように繰り返す。足元がよろめい
て既に危うい。なのにやたらと首を振っては、混乱のあまりおぼつかない手で
尚隆を押して遠ざけようとするものだから体が傾き、今にも床に倒れこみそう
だった。尚隆が強引につかまえているから、結果的にかろうじて立っていられ
ているだけだ。
(これではまるで――まるで……)
 先ほどの「嘘だ」「嘘ではない」という応酬は、ほとんど反射的に言い返し
たに過ぎなかった。尚隆にしてはめずらしいことに、ほぼ感情に任せた台詞
だったと言っていい。「自分の麒麟に惚れて、どこが悪い」と言い放ったのも
同じ。何しろ内心では恋情のような甘いものではなく、よりたちの悪い「執着」
だとはっきり自覚していた。

848永遠の行方「絆(29)」:2017/05/10(水) 23:29:41
 だが今、彼は突如としてひらめいた可能性に動揺していた。尚隆自身を拒む
のではなく、あくまで尚隆の告げた想いが嘘だとして抵抗する六太。尚隆の脳
裏を、何年も前の廉麟の言葉が不意によぎった。
 麒麟は王のもの、王がそばにいなければ生きていられない、と。廉麟は確か
にそう言った。あのときは、ならばうちの麒麟は規格外だな、とひそかに思っ
たものだった。
(ああ)
 尚隆の心の中で、嘆声とともに何かがゆるゆると形作られていった。これま
でずっと見誤っていたそれ。いろいろな材料を得てなお、正しく組み立てられ
なかったひとつの絵。
 ばらばらに散っていた断片が、今度こそはっきりと正しく結びついていく…
…。
 ぴたりとはまった断片の数々が、ようやく尚隆の目にすべての真実を明らか
にした。長い長い時の中に埋もれ、最後に人知れず朽ちていくだけだったろう
真実を。
 わかってみればいちいちうなずけることばかりだった。なのに、自分は。
(――どうして)
 どうしてこれまで気づいてやれなかったのだろう。あまりにも深い後悔の念
に尚隆の心が激しく震えた。どれほどの間、必死に隠してきたのだろう。百年
か二百年か、あるいは。
(では、あの呪が解けたのは)
 雷に打たれたかのように天啓が訪れた。
 何も変わったことはしていないつもりだった。だがそうではなかった。なぜ
なら――尚隆は六太に接吻をしたのだから。
 確かに純粋に行為だけを見れば、それまで幾度となくやってきた口移しと何
ら変わらなかったかもしれない。だがあのときは水や果汁を飲ませていたわけ
ではない。
 陽子は言っていた。王子や王女の接吻で相手の呪いが解けるというのは、童
話でよくある類型のひとつだと。だからそれで目覚めたのなら、幸運な偶然と
思うことはできるかもしれない。
 だがあれはむしろ、思い人である尚隆からの接吻で六太の望みがかない、解
呪の条件が満たされたということではないのか……。

849永遠の行方「絆(30)」:2017/05/11(木) 23:19:21
(では、最近の六太が俺の世話を拒んでいたのは。驚いたり嫌がったりしてい
たのは)
 呪者の確信は、潜魂術により六太の認識を引き継いだがゆえだ。それほどあ
りえないと固く信じて解呪の条件としたほどの事柄。あさましい願いだと言い
切り、天地がひっくり返っても成就しないとまで思い込んでいたのなら、その
相手に触れられて親しく世話をされるのはむしろ苦痛だったのではないか。そ
こでこれ幸いと逆に距離を縮めようとするほど図太かったら、そもそもあのよ
うな卑怯な呪にかけられることもなかったはずだ。
(すべては誤解……?)
 六太は尚隆の世話を嫌がったのではなかった。ただ絶対に叶えられない望み
を目の当たりにすることを恐れただけだったのだ。
 尚隆は狼狽しつつも六太を見おろした。現金なことに先ほどまでのどこか追
い詰められた気持ちは、すべての断片と断片が明確に結びついたとたん、霧散
するように消失していた。今は何か救われたように感じ、むしろ動揺の中にも
優しい気持ちが芽生えはじめていた。まだ恐慌に駆られている六太を支えなが
ら、慣れない感情に途方に暮れる。
 ――愛(いと)しい。
 そんな気持ちが、みるみるうちに大きくなった。これだけ長い間そばにあり
ながらよくも気取らせなかったものだと思えば、いじらしくてたまらない。そ
んな頭の片隅では別の尚隆が、まったくもってやっかいな餓鬼だ、と、ようや
く復活した余裕の気持ちをにじませて苦笑していた。
「……信じられないならそれでも構わん。麒麟は王の命令には逆らえないのだ
ろう。おまえは命令に従っただけだ。自分にそう言い訳しておけばいい」
「いやだ……いやだ――」
 まだ完全に体調が回復したわけではないせいもあるだろう、混乱のあまり、
却って六太は抵抗の力を失っていた。尚隆の胸を押すように置かれた手には既
にまったく力が入っておらず、ひたすら泣いて首を振っている。
 気づけば、季節柄薄い被衫のせいもあって、夏場とはいえ涼しい雲海上の宮
城のこと、六太の体は明らかに冷えてしまっていた。あるいは混乱の極みにあ
る精神状態が何らかの症状として現われたのかもしれないが、いずれにしろ尚
隆はあわてた。

850永遠の行方「絆(31)」:2017/05/11(木) 23:36:32
(まずいな)
 さすがに我に返って牀榻に入れようとすると、六太は力の入らない手で、そ
れでも必死に抵抗しようとした。
「まだ何もしやせん。おまえ、足元がふらついているではないか」
 尚隆は強引に牀榻に連れこんだものの、寝かせるとさらなる恐慌に陥りそう
とあって、臥牀の端に腰かけさせた。臥牀から薄い衾をはいでそれですっぽり
とくるみ、衾ごと抱きしめる格好で同じように横に腰かける。恐慌から来る反
射か、ぶるぶると体を震わせたままの六太が落ち着くまで、何度も「大丈夫だ」
「何もしない」と声をかけつつ、これ以上相手の恐慌をあおらないよう、しば
らくじっとしていた。
 尚隆自身の気持ちとしても、罵詈雑言を浴びせられるならまだしも、こんな
ふうに恐怖に駆られているさまを見れば哀れさが先に立つ。どうやら両想いの
ようだとわかっても、さすがに無理やり抱く気にはなれなかった。ただでさえ
こんな様子の六太を見るのは初めてなのだから。
 そうやって時おり静かに声をかけつつ、ひたすら待っていると、長い時間が
経って、ようやく六太の反応が落ち着いてきた。尚隆に腕の中で身を硬くした
まま、がっくりと頭を垂れている。そのさまは荒れた国でよく見かけてきた民
らの無気力を彷彿とさせた。
 尚隆はせっかく落ち着いてきた六太を刺激しないよう、何とか相手の気持ち
をほどくための糸口がないかと穏やかに話しかけた。
「……そういえばおまえも蓬莱で生まれたというのに、向こうでの話を聞いた
ことは一度もなかったな……」
 ささやくような低い声に、六太はぴくりとも反応を示さなかった。
「生まれはどこだ」
 返ってきたのは無言だけ。だが尚隆が辛抱強く待っていると、ずいぶん経っ
てから消え入るように小さな声が「京」と答えた。
「帝のお膝元か。親は何をしていた。商いか。農民か」
「何も」
「何かしていたろうが」

851名無しさん:2017/05/12(金) 12:13:17
気持ち通じたー!尚隆良かったね、嫌われてるんじゃないよ
にまにまして続きお待ちしています!

852永遠の行方「絆(32)」:2017/05/12(金) 22:27:18
「……元は商家で下働きしてたみたいだけど、そこの主人が殺されたから。西
軍の足軽に」
「そうか……。家は?」
「そんなもん。燃えたよ。大きな寺も公家の屋敷も、民の家だって、全部燃え
た――燃やされたんだ。侍たちに。大名たちに」
 かぼそくも淡々とした声だった。何もかもを諦めたような。
「そうか……。それで食い詰めた親に捨てられたのか」
 ぎくり、と六太はいっそう身体をこわばらせた。やがて「仕方なかったんだ」
というつぶやきが漏れた。
「俺、まだ四つだったから……。働けずに食うだけの餓鬼で、役立たずだった
から……。仕方なかったんだ。家族が生き延びるために」
 千を生かすために百を殺す。百を生かすために十を殺す。そんな論理を嫌悪
する麒麟なのに、殺される側が自分であるならばまったくかまわないのだ。尚
隆は不憫に思った。六太自身は、普段から尚隆が唱えているその論理を自分が
肯定していることにまったく気づいていないようだが。
 尚隆は強いて、六太を慰めるような言葉をかけた。
「親はつらかったろうな。腹を痛めて産んだ子を捨てるとは」
 だが六太は力なく頭を垂れた姿勢のまま、身じろぎもしなかった。
 ふたたび長い長い時間が経って、小さなつぶやきがぽつりと漏れた。
「気味が悪いって、言われた」
 震える声。
「聡いから恐いって」
 かぼそい声に嗚咽が混じった。顔は伏せられたままだったが、六太がくるま
れている衾の上にぽたりぽたりと涙が落ちた。
「どこかから下されたみたいで、死なせたら祟りそうだって!」
 感情があふれたのだろう、不意に、声に力強さが蘇った。その声は血の色を
していた。五百年を経ても、その記憶が褪せることはなかったとでも言うよう
な。いまだに楔のように心臓に突き刺さっているとでも言うような。
「でも――でも、戦がなかったら、都が燃えなかったら、それでも捨てられず
に済んだんだ。俺はいてはいけない子供だったけど、役立たずだったけど、そ
れでも育ててもらえたんだ!」

853永遠の行方「絆(33)」:2017/05/12(金) 23:28:09
 血を吐くような悲痛な叫び。六太の体はふたたび瘧(おこり)のような震えを
発しはじめていた。
「だから俺は大名が嫌いだ。将軍とか、人の上に立って戦をする奴らが嫌いだ。
王だって大嫌いだ。だから、だから――」
 何かの発作を起こしたかのようにがくがくと激しく震えている六太を、尚隆
はあわてていっそう強く抱きしめた。赤子をなだめるように、優しく揺すって
やる。
「――俺は王なんか選びたくなかった。おまえは麒麟だって言われて、蓬山で
王を選べって言われて――吐き気がした。王がいるから民は殺される。王がい
るから民は搾取される。なのに王を選べって。だから蓬山を逃げ出したんだ。
逃げ出して戻ったんだ、蓬莱に」
 王を選びたくがないために蓬山を出奔した。いちおう鳴賢の証言で知っては
いたものの、初めて自分の耳で聞く告白に尚隆は驚かざるを得ない。確かにそ
んな麒麟の例は他にないだろうから。
 だが幸いにも哀れな興奮は長く続かなかった。尚隆が何も言わず、ただ励ま
すかのようにぎゅっと抱きしめては時おり揺すってやっていると、六太はほど
なく静かになった。相変わらず頭をがっくりと垂れたまま、震える声で続ける。
「――なのに。なのに、気の赴くままに旅をしていたらおまえに会った。一目
でわかった。おまえが王だって。王を選びたくなくて蓬莱に帰ったつもりだっ
たのに、天帝の掌で踊らされているだけだった。自分の意志で出奔したつもり
だったのに、そうじゃなかった」
 もちろん尚隆は蓬莱で六太と会ったわけで、彼が蓬莱に赴いていたことは了
解している。ただその理由については、何となく王を見つけるためだったろう
と思っていた。昔のおぼろな記憶をひっくり返してみても、天勅を受けるため
に蓬山に逗留していた際、女仙たち自身もそう言っていた記憶がある。むしろ
他には考えられないとして、その理由を信じ切っていたようだった。
 いずれにせよ、自分の意志で成したと思っていた行動が、すべて他者によっ
て仕組まれていたと知ったら、確かに衝撃を受けるだろう。
 何とも声をかけづらい内容に尚隆が黙っていると、六太はようやく泣きぬれ
た顔を上げた。泣きすぎて腫れた瞼の奥、ぼんやりとした目が無感動に尚隆を
見つめる。

854永遠の行方「絆(34)」:2017/05/13(土) 10:01:07
「麒麟には何もないんだ。この命も、感情すら自分のものじゃない。俺の気持
ちは全部天帝に仕組まれたものだ。だから、だから――」
 六太の目からふたたび涙があふれた。そうしてからまたぐったりと頭を垂れ
る。
「俺を、放っておいてくれ」
 かぼそくも乾いた声。何も望まず、何もかもを諦めたかのように力のないそ
れ。
「前みたいに妓楼にでも行って、姐ちゃんたちと遊んで憂さ晴らしして――俺
のことは捨て置いてくれ」
 それだけ言うと、六太はぱたりと黙り込んでしまった。今回の事件で鳴賢に
告げたことを除けば、これまで誰にも明かさず秘めていたのだろう重く真剣な
告白。尚隆は考えあぐねていたが、やがて「なあ、六太」と静かに呼びかけた。
「なぜそう決めつける。俺とおまえの年齢差からすると、おまえの前の雁の麒
麟が生きた年月も、俺が王とされた時期と被っていたのではないか。だがそい
つは俺を見つけられずに天寿尽きて亡くなったのだろう。それまでにも胎果の
王はいたというのに、崑崙や蓬莱に渡って探すという考えは浮かばなかったよ
うだな。ということは、おまえが向こうで俺と出会ったことはどうか知らんが、
蓬莱に戻ったこと自体はおまえの意志ではないのか? その後のことは、たま
たま俺が胎果だったためにうまく運んだだけかもしれんぞ」
 そこまで言って様子を窺ったものの、六太の反応はなかった。
「それに俺たちは既に五百年ともにいるのだ。これだけ長い間寝食をともにす
れば、麒麟であろうがなかろうが、相手を好ましく思っても不思議はあるまい。
それに俺もこの長い生の中で何度か考えたことがあるが、王を慕うという麒麟
の本能は、あくまで忠義に留まるように思う。宗麟や供麒を見るかぎり、嫉妬
という感情とは無縁のように思えるのでな。あの氾麟でさえ、氾王の寵姫たち
に別段妬くふうもない。というより寵姫たちの美貌やさまざまな才覚を自慢し
ていたくらいだから、むしろ王の幸いとして本心から喜んでいると言えるだろ
う。つまり独占欲ではないのだ、麒麟の、いわゆる王への思慕は。だが思い返
してみると、おまえは俺が妓楼に通うと不機嫌になったな」

855永遠の行方「絆(35)」:2017/05/13(土) 10:13:24
 思わず、といったふうに、六太がパッと頭を上げた。驚愕に彩られた顔で叫
ぶ。
「だ、誰が! それはおまえが真面目に働かないで、遊んでばっかりだから―
―」
「ならば後宮に女人を入れたいと言ったら、おまえはどう思う」
 六太は叫んだ形に口を開けたまま絶句した。次いで、頭を垂れるのではなく
顔を横にそむけて吐き捨てるように言った。
「勝手にすればいいだろ。俺には関係ない」
 そのまろやかな頬に、ふたたびあふれた涙が幾筋も伝った。
 実を言えば尚隆は、深い考えがあって言ったわけではなかった。六太の頑固
な態度に、つい反射的に口に出してしまったというか。
 だがそんな六太の反応に胸を衝かれた彼は、不用意な言葉を吐いてしまった
ことを心から後悔した。愚かな言葉を詫びるかのように六太を抱き寄せ、涙で
濡れた顔を自分の胸に押しつけた。
「莫迦、泣くやつがあるか。ただのたとえ話だ。俺はおまえに惚れていると
言ったろう」
 小柄な六太は、衾にくるまれていてさえ尚隆の腕の中にすっぽり納まってし
まう。もっと早く気づいてやれていれば。そうすればこんなふうに自分の翼の
下に入れて守ってやれたのに、と慙愧の念が心をさいなむ。
 いずれにしても、五百年以上をともに過ごしていながら、ふたりがこんな話
をしたのは初めてだった。知り合って何年も経たない鳴賢と交わした熱い話を
思い出しながら、尚隆は内心で、本当に俺はこいつのことを何も知らなかった
のだな、とひとりごちた。
「……ああ、そっか」
 尚隆の胸から頭を起こした六太が、不意に自嘲の声音を漏らしたので、尚隆
は「うん?」と問いかけた。
「俺、蓬莱でもここでもずっと役立たずだったしな。後宮でなら、俺でも役に
立つかもしれないって?」
 思いがけない言葉に、尚隆は呆気に取られた。
「おまえ……。もしかしてずっと自分を役立たずだと思っていたのか?」

856永遠の行方「絆(36)」:2017/05/13(土) 10:51:38
「役立たずじゃんか、実際」
「一口に治世五百年と言うが、おまえが俺の麒麟でなければ、最初の百年もも
たなかったと思うぞ」
「俺はいつもおまえの足を引っ張ってただけだ」
「なぜそう思う」
 とっさに理由を言えなかったのか、六太は口ごもった。だがすぐにこう答え
る。
「い――いつも、うるさそうにしてたじゃんか。慈悲の繰り言ばかりだって」
「それは否定せんが……。しかしそもそもそういう進言をすることこそが宰輔
の重要な役目だろう。それに俺の手足となって諸国の実情を見聞してくれてい
たろうが」
「そんなもの。麒麟なら誰だってできる」
「他の麒麟は、そもそも内乱状態やら空位で荒れているやらの他国に足を踏み
入れるのも嫌がると思うがな……。それにおまえほど機転が利かず、あっさり
と正体を見破られそうだ」
「宰輔の政務だって誰でもできる。訴状や陳情に目を通して、官から上がって
きた書類を決裁して……。靖州侯の政務もそうだ」
「だから、自分が意識不明になっても何の支障もないと考えたか?」
 六太は押し黙った。
「確かに表面的なことだけ見ればそうなのかもしれん。しかし心はどうなる。
おまえが呪にかけられたことで、鳴賢は心配のあまり相当に憔悴していたぞ。
命に別状がないとわかっていてもだ。おまえを何とか目覚めさせられないかと、
随分と力を尽くしてくれた。おまえと歌や曲を作っていた海客たちは、おまえ
が麒麟だとは知らないが、少しでも症状が改善すればと、関弓の民ともども何
十人も集まって演奏会を開き、眠ったままのおまえに歌を聴かせたのだぞ。覚
えてはおらんだろうが。それに俺はどうなる。おまえがいなければ俺は独りだ。
官だろうが女だろうが、俺と真に添えるのはおまえだけだ。蓬莱での俺、すな
わち俺の根を知っている唯一の存在、それがおまえなのだぞ。おまえがおらね
ば、俺は自分の根を失う。国を治める気力も失う。それがわからんのか」

857永遠の行方「絆(37)」:2017/05/13(土) 11:28:12
 六太は答えなかった。自信家なようでいて、その根本には実際のところ、よ
りどころとなるものが乏しかったのだろう。尚隆はあまり追い詰めるようなこ
とは言いたくなかったが、少なくない者たちが、六太のことを心から気遣って
いたことは信じてほしいと思った。
「なあ、六太」
 尚隆は優しく語りかけた。
「おまえが王を嫌いなことはよくわかった。だが俺はどうだ? 小松尚隆とし
ての俺は嫌いか?」
 ずるい問いであることはわかっている。だが今さら引き下がる気はなかった。
どれほど沈黙を保たれても、答えを聞くまでは待つつもりで黙っていると、六
太は消え入るような声で「嫌いじゃない」とつぶやいた。
「では好きか?」
 沈黙。
「俺はおまえを好いている。おまえはどうだ? おまえは俺を好いてくれてい
るか?」
 もちろん友愛方面の問いではないことはわかっているだろう。
 そのためか、今度の沈黙はずっと長かった。そんなあとで六太が発したのは、
声にならない声だった。いくら静かな牀榻の内とはいえ、こうして寄り添って
いなければ聞き逃したろう、そよ風のようにかすかなつぶやき。
「……好き」
 知らず息をつめていた尚隆は、ほんのりとした笑みを口元に浮かべた。つか
まえた、と思った。やっと、やっとつかまえた、と。
「では相思相愛というわけだ。ならば何の問題もあるまい?」
 そう言ってから、ふたたび六太の頭を胸元に抱き寄せる。顎に手をやって、
そっと顔を上げさせた。わずかな抵抗をかわし、目を伏せたままの六太を怖が
らせないよう、かすめる程度のささやかな接吻を唇に落とす。
「おまえがほしい。俺のものになれ」
 耳元でそっとささやく。六太が体を硬くするのを感じ、あやすように手の甲
をとんとんと優しく叩く。
「案ずるな。すべて俺に任せておけ。おまえはいつも考えすぎるぞ」

858永遠の行方「絆(38)」:2017/05/13(土) 13:24:40
 それでも六太は震えながら、いまだ力の入らない手で尚隆の胸を押しのけよ
うと抵抗の残滓を見せた。尚隆は内心で、まったくうぶなことだ、と苦笑しな
がらも愛しく思い、「大丈夫だ」と繰り返しささやいた。
「他のことは何も考えるな。俺のことだけ考えておれ」
 そう言ってさりげなく衾を剥ぎながら、先ほどよりは力を強めて接吻する。
 今度は唇を離さず、六太の背と頭の後ろに回した腕に力を込めて、深く深く
口づけた。強引に口を開けさせて舌を入れ、逃げる六太の舌をつかまえては強
く吸う。初めての経験で気が動転している相手につけこみ、幾度も角度を変え
ては口腔内を激しく蹂躙する。
「ん、んっ……」
 口を塞がれた六太が、鼻に抜ける声でうめいた。その声に潜むほのかな官能
の匂いを嗅ぎとり、尚隆は体の芯が熱くなるのを感じた。決心してからは臥牀
で六太に背を向ける理由が、まだ不自由な体に不埒な真似をしないために変
わったのだが、それで正解だったかもしれない。
 実は今回、少し心配していたのだ。六太を自分のものにするとして、果たし
てきちんと己の雄が役に立つだろうか、と。何しろ彼が六太の想いに気づかな
かった最大の原因を振り返るに、むろん六太がうまく隠していたというのもあ
ろうが、何と言っても男色の嗜好がなかったがゆえに、無意識にその可能性を
除外していたせいと思われるのだ。
 だが今、尚隆の雄は自分でも不思議なほど猛っていた。先ほど露台から室内
の六太の姿を見ていた際も少し心配だったのだが、杞憂に終わったことに心か
ら安堵する。決定的な瞬間に役立たずだったら、ふたたび六太を傷つけてしま
いかねない。
 やがて、慣れないことをされて頭がぼうっとなってしまったらしい六太の抵
抗がやんでいった。ふたりの体の間で相手の胸を押しのけるように置かれてい
た六太の手を、尚隆は片手でつかんで自分の肩の上に引きあげ、首を抱かせる
ように沿わせた。
 尚隆がやっと口を離すと、六太は空気を求めて深くあえぎ、彼の首に力なく
両腕を置いたまま、背に回されていた力強い腕にぐったりともたれた。尚隆は
そのまま六太の華奢な身体を臥牀に横たえた。

859永遠の行方「絆(39)」:2017/05/13(土) 13:29:25
 うんと優しくしてやらねば、と思う。長いことひとりだけを想ってきた一途
な六太は自分とはまるで違う。これ以上の衝撃を与えないよう、優しく接しな
ければ。おそらくは報われることのない想いを墓まで持っていく覚悟で、ずっ
と秘めてきたのだ。いきなり告白されても、確かにすんなり受け入れられるも
のではないだろう。
 それにこれから幾度閨をともにしようと、初めての夜は一度きりだ。幸せな
思い出になるようにしてやらねば。
 尚隆は自分の被衫の紐を解いて前をはだけると、六太にのしかかった。頬に、
鼻に唇を這わせて、その子供らしい柔らかい感触を楽しむ。六太の被衫もはだ
けてなめらかな肌をむきだしにし、素肌と素肌が触れ合うことにぞくぞくする
ような喜びを感じながら胸元をまさぐる。
 なし崩しに愛撫になだれ込もうとする尚隆にやっと気づいた六太が狼狽の中
で顔を背けた。相手を手で押しとどめようとするものの、動揺のあまりまった
く力が入っていない。いくら外見が子供といえど六太に色恋の経験があっても
おかしくはなかったし、実年齢を思えばむしろ自然だったが、あまりにもうぶ
な反応に、まったくの未経験らしいと尚隆は見当をつけた。
(あまりおびえさせぬようにせんとな……)
 そう自分を戒めながらも愛撫の手は止めず、首元から胸にかけて感じやすい
箇所を探しながら強く吸った。片方の乳首に舌を這わせ、強弱をつけてちろち
ろと舐めあげる。同時に下半身に手を伸ばすと、六太のものを包み込むように
優しくまさぐった。
「あ、や……! 何……!」
 六太が悲鳴じみた声を上げ、力が入らないなりに何とか尚隆を押しのけよう
とした。彼の股間はとうに尚隆の愛撫に反応していたが、なぜ自分がそんな反
応を示すのかもよくわかっていないらしい。どうやら自慰すらも経験がないら
しいと悟った尚隆は内心で困惑した。
 満年齢で十三歳ともなれば、昔なら別に嫁を迎えてもおかしくはない年では
あったが、もしかしたら麒麟はそういう欲求が少ないのかもしれない。少なく
とも尚隆は、昔のことで記憶は定かではないものの、十三歳のころは既に自慰
を知っていたような気がする。

860永遠の行方「絆(40)」:2017/05/13(土) 13:41:12
(少し厄介だな……。おびえさせずに自然に快感を味わわせてやりたいところ
だが)
 そう考えながら、逃れようと無駄な抵抗を続ける六太の被衫を一気に脱がせ
た。尚隆は身体を下にずらし、六太の膝を立てて太腿を両腕でがっしりと押さ
えこむと、その間に頭を入れ、むきだしになった六太のものを口に含んだ。六
太は息を飲んだ。
「そん、な……!」
 尚隆は刺激で固くなっていたものを何度も執拗に吸い、かつなめ上げた。六
太は両手で尚隆の頭を必死に押しのけようとし、さらに腰を浮かせて逃れよう
としたが、逆に不安定な体勢になったことでさらに強く腰を抱え込まれて愛撫
の度合いが深くなった。先端を、裏側を、熱い舌でなめあげられ、六太は激し
くあえいだ。
「あっ、あっ――だめっ、だめえっ――!」
 六太は快楽の声を上げながらも、尚隆の頭を手で押さえたまま、首を振って
快感をやりすごそうとした。そのうわずった声に尚隆はさらに官能を刺激され、
愛撫を深めた。わけがわからなくなったのだろう、六太は快感に導かれるまま
に身をよじり、腰をくねらせ、性の悦楽への耐性がなかったために、尚隆の口
の中であっけなく果ててしまった。
 六太は抵抗をやめ、褥に力なく横たわった。尚隆は顔を上げて六太の様子を
窺ったが、幼さの残る頬が新たな涙で濡れているのに気づいて狼狽した。いき
なり口で愛撫するのはやりすぎだったかと後悔し、あわてて頭を抱き寄せてな
でた。
「すまん、急ぎすぎた。嫌だったか?」
 ぽろぽろと涙を流すさまに、胸を締めつけられるような思いでいっぱいにな
る。六太は尚隆にしがみつくと、その首元に顔を押しつけた。
「俺、俺……。わから、ない……。だって……こんな、の、初めてで……」
 泣きながら震える声で答えるさまがいじらしかった。尚隆はなだめるように
六太の頭をなでながら言った。
「おまえを気持ちよくさせてやりたかったんだが、急ぎすぎたようだ。驚いた
ろう。すまなかった」
 六太は尚隆の首元に顔を押しつけたまま、かすかに首を振った。尚隆はほっ
として、六太の体をしっかりと抱きしめたまま、相手が落ち着くのを待った。

861永遠の行方「絆(41)」:2017/05/13(土) 14:11:23
 やがて六太が腕の中で静かになると、その顔を覗きこみ、小さな唇をそっと
ついばんだ。抵抗されないことを確認して、驚かさないよう少しずつ愛撫を深
める。
「尚……隆――」
 もはや六太もあらがわなかった。おずおずながらも主の首に腕を回して、舌
を入れてきた相手の行為に応えはじめる。
 尚隆は顔が遠いから不安になるのだと思い、六太の頬や耳に唇を這わせなが
ら、腕だけを伸ばして六太自身をまさぐった。反射的にだろう、それでも六太
は尚隆の腕をつかんで押しとどめた。しかし尚隆は手の動きを止めず、なだめ
るように「大丈夫だ」と耳元で優しく繰り返しながら、素直に反応しているそ
こを丁寧に愛撫した。六太の呼吸が速くなり、抑えきれない官能のあえぎが唇
から漏れる。
「尚隆……。お、俺、なんか……また出ちゃう――」
 しがみついて訴える切羽詰まった声音に、尚隆はようやく笑みを漏らした。
「いいんだ。そのまま俺の手に出せ。気持ちよくなるから」
 六太は戸惑っているようだったが、肉体の欲求は待ってはくれなかった。六
太はすぐに腰を震わせると、快感のうめきとともに射精した。とろりとした熱
い液体を手に受けた尚隆は、ふたたびぐったりとなった六太の尻の間にその手
を這わせ、目当ての場所にそれをたっぷりと塗りつけた。そうして滑りを良く
しておいてから、中指の先端をゆっくりと挿入する。気づいた六太が「何……」
とおびえた声を出し、また尚隆の腕をつかんだ。
「大丈夫だ。ここはな、男同士で契るときに使うのだ」
「え……」
 六太は「そんな、まさか」と動揺の色をあらわにした。尚隆は苦笑した。
「だがまあ、おまえはいわば病みあがりだ。無茶はせん。すぐ済むから楽にし
ておれ。とりあえず既成事実だけは作っておきたいからな」
 むろんそこは本来、そんな使い方をする場所ではない。ましてや十三歳で成
長が止まった小柄な体で、成人している尚隆の一物を受け入れるのはつらいだ
ろう。
 しかし六太は神仙だったし、その体は冬器以外ではほとんど傷つかない。だ
から多少の無理も、閨での行為なら何ということはないだろうと尚隆は見当を
つけていた。

862永遠の行方「絆(42)」:2017/05/13(土) 14:22:39
 六太は相変わらず不安そうに尚隆の腕をつかんだままだったが、相手の行為
を我慢して耐えているようだった。そんな彼に内心で「すまんな」と謝りなが
ら、やがて挿入する指を二本に、そして三本へと増やして抜き差しを繰り返し
た。
 やがて十分になじんで柔らかくほぐれたと判断した尚隆は、六太の太腿の間
に下肢を滑り込ませると、六太の腰を持ち上げた。先ほどまで指を入れていた
場所に、みずからの猛った雄をあてがう。
 ゆっくりと挿入される巨大な異物のせいだろう、六太は息を飲んで身体を固
くした。尚隆は動きを止め、「大丈夫か?」と問うた。
「う、う――ん」
「もう少し力を抜け。少しずつ入れるからな、もし痛かったら言えよ。神仙だ
から大丈夫だとは思うが」
 六太の中はあまりにも狭く、そして熱かった。吸いついてくるような熱い肉
壁の感触ときつい締めつけ。経験豊富な彼でさえ、これまで味わったことのな
いほど絶妙の感触だった。そのあまりの心地よさに、全部挿れる前から危うく
射精してしまいそうになり、尚隆は腹に力を入れてぐっとこらえた。時間をか
けて、狭い中を何とか根元まで挿入する。油断するとすぐ達しそうになるので、
震えながら深く息を吐いて何とか耐えた。
「全部入ったぞ。わかるか?」
「う――あ……」
 だが六太のほうは、ずいぶんと苦しそうだった。
「お、俺、なんか――」
「どうした」
「気持ち、悪い……」
「大丈夫か?」
「なんか――吐きそう」
「おい」
 心配する尚隆の前で、六太は浅い呼吸をせわしなく繰り返しては小刻みに震
えた。そこから伝わる絶妙の感覚に、尚隆はじっとしていても達しそうになる
のを必死でこらえ、そのまま六太の状態が落ち着くのを待った。

863永遠の行方「絆(43)」:2017/05/13(土) 14:37:33
 やがて六太の呼吸が安定してきたのを見定めた尚隆は「動くぞ」と言い置い
て、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「あっ……!」六太は息を飲んで小さく叫び、尚隆の腕を押さえたままの手に
力をこめた。
「痛いか?」
「い――痛くは、ないけど、なんか――なんか、変……」
「初めてだからな。仕方がない。すまんが少しだけ我慢してくれ。俺もこのま
までは生殺しなものでな」
「うん……」
 もう射精をこらえる必要はないので、手早く済ませるため腰の動きを早める。
狭い中を幾度も出し入れしないうちに尚隆は達した。本当は中に出したかった
のだが、まだ六太への負担が大きかろうと判断し、果てる直前で一物を抜くと
褥の上に射精した。
 荒い呼吸を整えながら、ようやく解放されてほっとしている様子の六太を抱
きしめる。
「大丈夫だったか?」
 六太は目をきつくつむって尚隆にしがみつき、頭を尚隆の首筋に押しつけて、
混乱したように「俺、俺――」と震える声でつぶやいた。うぶな彼にとっては
驚天動地の経験だったのだろう。だがふたりには、新しい関係になじむだけの
時間はたっぷりとあるはずだった。
「そのうち体が慣れれば良くなる。毎晩可愛がってやるぞ。おまえは俺の大事
な伴侶だ」
 六太は何も答えず、ただ震えて、すがるように尚隆にしがみついているだけ
だ。尚隆は恋人の細い体をいっそう強く抱きしめると、耳元で優しい睦言をさ
さやきながら、頬や唇に幾度となく甘い接吻を繰り返した。

 だがここで肌を合わせたことは、完全な悪手ではなかったろうが、決して最
善手でもなかった。それを尚隆が理解したのは、しばらく経ってからのこと
だった。

864書き手:2017/05/13(土) 14:42:58
とりあえずこんな感じになりました。
肉体関係ができたことは大きな転機ではあるけれど、
尚隆が強引に進めたようなものだし、ふたりが真に通じ合うための通過点に過ぎません。

あと氾王に寵姫がいるとか、つい書いちゃいましたが、本作だけの設定なのでお許しを。
氾王は男女を問わず趣味人でオトナな寵姫寵臣をたくさんかかえていて
でも意外と皆認めあって仲良く過ごしていそうなイメージがあります。


なお以前、>>22で書いたように、書き逃げスレ『後朝』『続・後朝』は
この永遠の行方のエピソードのひとつで、時期的には今回の直後の話になります。

が、実は細部が異なる本筋版と妄想版のふたつあって、書き逃げスレに載せたのは妄想版のほう。
というのも当時は本編を書けるか見通しが立っていなかったというか、
「大長編になるだろうから、たぶん書かないだろうな」と思っていたため、
多少派手で書きやすいほうを安直に選んだ次第です。

特に『続・後朝』の朱衡の登場以降はほぼ妄想で、本編の展開とは全く違うと思ってください。
あれだと、すんなりラブラブに移行しそうに見えますが、
実際にはそんなことはなく、これ以降ろくたんはかなりぐるぐるします。

865名無しさん:2017/05/13(土) 18:02:13
大場面に邪魔だて出来ぬ……と感想スレで鼻息荒くしてました。
今日はまさかの一気投下で朝からドキドキと。

契る前に蓬莱での幼い六太をしっかりと救いあげる展開が泣けるほど嬉しかった……尚隆ありがとう、小松尚隆ありがとう。

そして繋がると思ったお話が別バージョンで、また違う続きが見られることにご褒美がありすぎる展開で本当に読んでいて感動します。何年も前にこの作品に出会えて良かった……!

866書き手:2017/05/13(土) 23:48:49
楽しみにしてくださってありがとうございます。
ぐるぐるろくたんのあたりは一度書いたんですが、
気に入らなくて書き直すので、次の投下まで今度はちょっと長く空きそうです。

いずれにしろ尚隆のぐるぐる時期は終わったので、それと入れ替わる感じですかね。
ずっと地味に悩んでいた尚隆と違い、六太にすれば目が覚めて
「なんか過保護になった?」と首を傾げていたら襲われて呆然としているようなもので、
それが落ち着いて本当の意味でくっつくにはまだ少しかかります。

要は、ろくたんはもっともっとぐるぐるして動揺して
てんぱって勘違いして泣いて、尚隆に慰めてもらわないと、ってことですw

867名無しさん:2017/05/15(月) 17:45:54
尚隆と六太の落差がまた萌えます・・・
姐さんの尚隆は包容力があっていいなあ、すれ違ってもだもだがまた良い!
無理がない範囲でいいので、頑張ってください!
続き楽しみにしています!!

868書き手:2017/05/21(日) 19:26:56
いろいろ書き直したんですが、
この辺はもうほとんど直さないだろうなと思った3レス分だけ落とします。

869永遠の行方「絆(44)」:2017/05/21(日) 19:31:56

 思いがけず尚隆に抱かれた翌朝、六太が目覚めると彼の腕の中だった。既に
朝に近いのだろう、薄明るい牀榻の中で顔を覗きこまれているのに気づき、六
太は反射的に覚えた恐怖で大きく体を震わせた。強引に抱いた尚隆自身に怯え
たのではない、いつ、昨夜の愛の告白は冗談だったと謝られるのかと、短い夢
の終わりを予感して激しくおののいたのだ。
 六太にとって、昨夜のなりゆきはまったく予想だにしないことだった。呪に
囚われる前まではいつも通りの日常だったし、永遠の眠りを覚悟していながら、
いざ起きてみれば眠っていたのはたかが一年半。なのに尚隆が妙に過保護に
なっているわ、やたらと触れてくるわで、六太にしてみれば困惑するしかな
かった。
 おまけに昨夜の尚隆は急に「惚れている」などと言い出した。追いつめられ
た六太は、つい感情が高ぶっていろいろわめいてしまったが、これが現実の出
来事だとはとても思えず、現実だとしても悪趣味な悪戯に引っかけられたとし
か考えられなかった。
 長い間、想いの成就を諦め、秘めることに慣れた六太は、それが報われたと
はとても信じられなかった。信じることすらも怖かった。
 だが尚隆は、腕の中で泣きそうになった六太をどう思ったのか、その小柄な
体を抱きしめると「二度と仁重殿には帰さぬぞ」と耳元で甘くささやいて接吻
してきた。優しい仕草と声音に、六太はいっそう体を震わせ――そこで牀榻の
折り戸の透かし彫りから漏れる明るさに、起床の時刻が近いのだろうことに思
い至って、はっとなった。
 このままでは起こしにくる女官たちに、裸で抱き合っているところを見られ
てしまう。そんなことがあってはならない、何とか誤魔化さなければ――と、
なぜそう考えたのかという自覚もないまま六太はあわてて飛び起きた。きょろ
きょろと見回して昨夜尚隆に脱がされた被衫を探す。
「どうした」
「被衫」

870永遠の行方「絆(45)」:2017/05/21(日) 19:37:05
「ん?」
「被衫、着なきゃ」
 声を震わせながらも必死に訴える。尚隆は何か残念そうな顔をしたが、仕方
ないというように彼もしぶしぶ上体を起こして周囲を見回し、臥牀の片隅で丸
まっていた六太の被衫を手に取ってくれた。
 ほっとした六太が受け取ろうとすると、だが尚隆は素直に渡してくれなかっ
た。背後から抱きしめて、昨夜のように乳首や局部をまさぐるなど戯れかけて
きたので、六太はふたたび激しく動揺した。
 それでも何とか女官たちが姿を見せる前に被衫を着ることはできた。そう
やってばたばたしたおかげで、起き抜けの際の恐怖も多少紛れたのだが、翻っ
て尚隆のほうはまるで無頓着だった。寝乱れてぐちゃぐちゃになった臥牀を取
り繕おうとするでもなければ、これまで六太が知らなかった、情事特有の匂い
もまったく気にした様子がない。
 ほどなく女官が数名起こしにきたものの、六太は狼狽のあまりずっとうつむ
いていたから、彼女らがどんな顔をしたのかは知らない。だが臥牀を改める際、
意味深な長い沈黙があったような気がして、六太は羞恥と動揺で震えながら、
ひたすら被衫の上着の裾をぎゅっと握りしめていた。
 結局その場で何か言われることはなく、いつものように彼女らに着替えさせ
られた。だが、急きょ湯と布がたっぷり用意され、いつもなら顔や手足だけな
のに全身を丁寧に拭き清められたため、全部ばれているんだと愕然とした。尚
隆に至っては、これからは夜だけでなく毎朝浴堂の用意をするようにとまで言
いつけていた。理由を察して顔から火が出るような思いをした六太は、頭から
衾にもぐりこんで永遠に隠れていたいとさえ思った。
 いったいどうしてこんなことになったのだろう。獲物を捕らえた猛獣のよう
だと思った尚隆にあらがえず、なしくずしに体の関係を持たされたが、これか
らどうなるのか、尚隆が六太をどう扱うつもりなのか、さっぱりわからなかっ
た。それでつい心細くなって、ちらりと尚隆のほうを見たのだが、気づかれて
嬉しそうな笑みを向けられた。六太はなぜか切なくて、泣きたい気持ちでいっ
ぱいになった。周囲に女官がいなければ本当に泣いていたかもしれない。

871永遠の行方「絆(46)」:2017/05/21(日) 19:40:41
 朝餉を摂り、正装して尚隆とともに朝議に赴いたものの、六太は用意された
椅子の上で自分の膝に視線を落として、ひたすら呆然としていた。このひどい
欺瞞がいつ終わるのだろうと思うと、そのときが怖くてたまらなかった。
 なのに。
「仁重殿だがな、広徳殿と同じように靖州府の建物として使うことにした」
「えっ……」
 さらに次の日の朝、いつものように尚隆と長楽殿で朝餉を摂っているとそん
なことを言われた。六太は驚愕のあまり箸を取り落とすところだった。だが昨
夜もたっぷりと情を交わしたせいか、相変わらず上機嫌な尚隆はこともなげに
続けた。
「今のまま放置しておくのももったいないしな。もともと広徳殿と近いのだか
ら、他の用途に充てるよりは使い勝手も良かろう」
「で、でも」
「むろんさすがに宰輔が自分の宮殿を持たぬというのはまずい。それでだ。お
まえには代わりに玉華殿をやることにした」
 さらなる混乱に襲われた六太は目と口を大きく開いた。ここで王の私室たる
正寝の宮殿の名前が出てくる理由がわからなかった。
「ぎょ、玉華殿? 長楽殿の、すぐそばの? なんで」
「もちろん普段は今まで通り長楽殿で過ごすのだぞ?」尚隆は念を押すように
言った。「だが俺とてたまには怪我をすることもある。そうするとおまえは血
の穢れで近寄れなくなるわけだ。ならば最初から、ここと近いが別の宮殿をお
まえの御座所ということにしておけば面倒も少なかろう」
 六太には寝耳に水だったが、冢宰にも太宰にも、昨日のうちに話が通ってい
たらしい。あれよあれよという間に、仁重殿で留守を守っていた残りの女官た
ちも全員が正寝に移ってきて、遅ればせながら次の朝議で諮られて追認もされ
た。そのすべてを六太は呆気に取られて見ているしかなく、帰る場所をなくし
たという事実はいっそう彼の心を追いつめた。

872名無しさん:2017/05/21(日) 23:16:55
うおおお、更新されてる!
それにしても数年前からずっと追って来て、ようやく両者の想いが繋がりかけてるのがなんだか感慨深いです・・・
でもすれ違いぐるぐる好きなので、もだもだ展開も嬉しいですw
尚隆は迷いがないのがさらに萌える・・・

873永遠の行方「絆(47)」:2017/05/27(土) 18:03:30

 数日後の診察で六太は、広い居室の中、女官の介添えなしにゆっくり歩いて
みせた。その様子を見て、黄医は満足げに微笑した。
「けっこうです。まだ疲れやすいようですが、身体機能としてはほとんど回復
なさったと考えてよろしいでしょう。ただ歩く際、あまりおみ足が上がってい
ないようです。階段はもちろん、ちょっとした段差でもつまずきかねませんの
で、それだけはご注意を。足踏みの訓練ではきちんと上がっておられるのです
から、普段の生活でも意識しておみ足を上げるようになさってください」
「わかった」
 六太は素直にうなずき、先ほどまで座っていた椅子に座り直した。その所作
の中でさりげなく皆から目をそらす。女官や黄医の目がいたたまれなかった。
今に至るまで何も言われていないが、ずっと身近に侍っている彼らは、絶対に
尚隆との関係を察しているはずだからだ。
 そんな六太に気づかず、女官たちは「そろそろ主上がおいでになる頃ですね」
と朗らかに言いながら卓をしつらえ、お茶の用意を始めた。六太が長楽殿にい
るとき尚隆は午後に必ず政務から戻ってきて、一緒にお茶を楽しむようになっ
ていた。広徳殿に行っている場合は、大抵は内殿のどこかで落ち合ってお茶を
飲むことになる。
「先ごろ景王から届いたお見舞いの――」
「明日は広徳殿にお出ましになるわけですから――」
「数日中に冬官が最後の確認をしたいと――」
 そんな会話を耳にしながら、六太は背を丸めてうつむき、小さく吐息を漏ら
した。
 「毎晩可愛がってやる」と宣言したとおり、尚隆はあれからも毎晩六太と同
じ牀榻で眠り、肌を重ねていた。体調を慮ったのか、大抵は体をつなげるとこ
ろまでは行かなかったが、肌と肌を合わせて濃厚な愛撫を施され、激しい快楽
の渦に落とされることは変わらない。六太は昼間、官や女官と顔を合わせる際
は必死で平静を装ったものの、内心の混乱と動揺は最初の夜からずっと続いて
いた。

874永遠の行方「絆(48)」:2017/05/27(土) 18:51:42
 六太には何もかもがいまだに信じられないのだ。実はまだ呪の眠りに囚われ
ていて、何かの作用で自分に都合の良い夢を見ているのではないかと真剣に
疑っているほど。
 一方、尚隆はと言えば相変わらず上機嫌で、最初の夜に迫ってきた際に見せ
た、どこか余裕のないさまはすっかり鳴りを潜めていた。一度体をつなげたあ
とは挿入を強いることもなく、大抵は六太の体を愛撫するに留めて、たっぷり
と愛情深い睦言をささやいてくれる。
 恋しいあるじに優しくされればもちろん嬉しいし、外で落ち合うときに尚隆
の姿を見つけた途端、やはり反射的に笑顔になる。だが次の瞬間にはふたたび
恐怖がぶり返し、本当にここは現実なのかと、何かの欺瞞ではないのかと怯え
てしまう六太だった。
「あの、さ……。俺、男なのに、気持ち悪くない……?」
 ある夜、六太は情事のあとで思い切って聞いてみた。だが苦笑されただけ
だった。
「気持ち悪かったら、そもそもこんなことはしておらんだろうが」
「う、うん。でも……」
「今の蓬莱ではどうだか知らんが、俺がいた頃は、男色は武士のたしなみのよ
うなものだったぞ」
「え、じゃあ……今までも……?」
「なんだ、さっそく悋気か?」
 尚隆はからかうように言ったが、その声音はあくまで優しかった。むしろ悋
気の片鱗を見せた六太に、やたらと嬉しそうだった。
「俺は男には興味がなくてな。知っておろうが、女ばかり相手にしてきた」
 六太は思わず顔をこわばらせた。それに気づいたのか、尚隆はなだめるよう
に髪に指を通して頭をなでてきた。
「だが、おまえは別だ。何しろこうまで惚れてしまってはな」
 惚れた、という言葉。好いている、という言葉。それがどうしても六太には
信じられない。だって尚隆は彼自身が言ったように、これまでずっと女としか
関係を持たなかったのだ。それも世慣れた、男あしらいのうまい大人の女を選
んでいたように見えた。それに男というものは普通、美しい女を好むものでは
なかろうか。

875永遠の行方「絆(49)」:2017/05/27(土) 19:39:50
 おずおずとそれを尋ねると、尚隆はおかしそうに「おまえは美しいではない
か」と返された。それで六太もようやく、「何、莫迦言ってんだよ」と無理に
笑ったのだが。
 突如として放り込まれた肉体関係とはいえ、六太から望んだ状態ではないと
はいえ、閨で抱きしめられながら甘い睦言をささやかれるのは嬉しかった。こ
れが夢でなければ何なのだと思うほど。
 だが同時にそれこそが六太を苦しめた。
 普段は飄々として、長年の近臣にさえ捉えどころがないと言われることもあ
る尚隆なのに、閨ではけっこう生の感情を出すのだ。六太に無理をさせないよ
うにだろう、大抵は六太の尻や股に一物を挟んで抽送するのだが、そのときの
欲情に駆られて上気した顔や荒い吐息、激しい腰の動き、口から漏れる獣のよ
うなあえぎは、六太がこれまで知り得なかったものだった。接吻でさえ、あん
なにいろいろなやりかたがあるとは知らなかった。六太が想像してきたのは、
単に唇を押しつけあう程度だったのから。
 なのにそうやって取り繕わずに素を出す尚隆を、これまで彼が抱いてきた行
きずりの女たちはとっくに知っていたのだ。
 自分の実体験としての性の知識が増えるにつれ、その関係に溺れるのではな
く、不思議と過去に尚隆が肌を合わせた無数の女の影が脳裏にちらつくように
なった。これまで長い間知らなかった尚隆の素の表情を知る者が実は大勢いる
という事実は、やはりこれは夢なのではとの疑いと併せ、思いのほか六太を苦
しめた。あんなふうに優しくささやいて、あんなふうに情熱を与えた相手が過
去にいただけでなく、これから先も無数にできるだろうことが容易に想像でき
たからかもしれない。
 熱い肌。荒い呼吸。したたり落ちる汗。射精する際の艶めいたうめき。達し
たあと脱力して六太に覆い被さるときに漏れる満足げな吐息。それは決して六
太だけのものではない。
 だからなのか、恋する相手と結ばれて有頂天になっても良いはずなのに、関
係を重ねれば重ねるだけ、六太の心はむしろ絶望に近づいた。

876永遠の行方「絆(50)」:2017/05/27(土) 21:28:39
 もちろんそんなことは今さらだ。想いが報われることを諦めていたことを考
えれば、過去の女たち――とはいえ大半は売春をなりわいとする妓女――に嫉
妬するのはおかしいとも理性では思う。だが六太がこれまで、尚隆が抱いてき
た女たちに漠然と妬く程度で済んでいたのは、単に情交の何たるかを知らな
かったからだ。
 なのに六太はもう閨で何があるのかを身をもって知ってしまった。そして見
知らぬ女たちは当たり前のように、何百年も前からこんな尚隆を味わい尽くし
ていたのだ。
 その想像は狂おしいほどに生々しく、六太をさいなんだ。憎しみこそ感じる
ことはなかったけれど、自分がひっそりと片思いに殉じている間に尚隆の熱い
肌を味わっていた女たちに初めて強烈な嫉妬を覚えた。
 毎晩のように尚隆に愛されているというのに、同じように愛されて、同じよ
うに腕の中で甘い睦言をささやかれた女が無数にいると思うと苦痛だった。今
の境遇が信じられない六太は、自分が彼女らの中に間違って紛れ込んだように
感じたからかもしれない。尚隆の技巧に手もなく翻弄されながら、六太は急速
に大きくなる自分の悋気の激しさを持て余した。
 思えばこれまでの六太は、ずっとぬるま湯につかっていたようなものだった。
そもそも神獣ゆえなのか、尚隆に導かれて性の扉を開くまでは、普通の生身の
男のような肉欲を感じたことは一度もなかった。恋愛ごとはすべて伝聞か想像
であって、一般的な知識こそあったものの、実体験に基づかないそれに具体性
はなくおぼろに脳裏に浮かべる程度。そこには自分の想いを秘め続けることに
対する悲哀こそあれ、他者に対する切実で苦しい嫉妬は存在しなかった。
 尚隆に優しい笑顔を向けられ、同じように笑顔を返そうと必死で努めながら、
六太は心の奥底で孤独に懊悩しつづけた。
 こんな生々しい感情は今まで知らなかった。知りたくもなかった。これが愛
というものなら、喜びよりも苦しみのほうが大きいのではないかとさえ思った。
 なのにもう、知らなかった頃には二度と戻れないのだ。

877書き手:2017/05/27(土) 21:31:26
今回はここまでです。

尚隆側にも迷いがあると、それこそgdgdになって読むほうもストレスがたまるので
もうぐるぐるするのは六太だけですねー。

過去の六太は、尚隆とのことを夢想するにしても
無邪気にバードキス止まりだった模様。
途中をすっ飛ばして、いきなり肉体関係に行ってしまった現在、
かなり混乱しております。

878名無しさん:2017/05/27(土) 22:33:54
尚隆がぐるぐる迷うのも大好きです、もしぐるぐるしてても最高です、ストレスではないです、でもこの尚隆も素敵です。
この六太の気持ちの辛さ、とてもとても萌えます。
素敵すぎておぼつかない日本語になってます。

尚隆の生々しい格好良さとても萌えます、しかも六太目線での描写!
過去の女への悋気に苦しむ六太とか、もうほんとにたまらなく切なく萌えます
尚隆格好良い……六太目線での獣な尚隆とかとても萌える……

879書き手:2017/05/28(日) 13:02:21
六太目線というか、六太にだけ獣な尚隆ってのもいいと思うんです(力説)。

既に尚隆のほうは心を決めてるんで、
あとは視野狭窄に陥っている六太がぐるぐるして着地点を決めるまでを
適宜想像しながらお待ちいただければと。

880名無しさん:2017/05/28(日) 20:45:12
六太にだけ獣な尚隆、良いと思います!(力強く同意)

881名無しさん:2017/05/28(日) 21:32:22
まったくまったく!!

882名無しさん:2017/05/28(日) 21:36:50
獣な尚隆に開発されちゃうろくたん…ごくり

883永遠の行方「絆(51)」:2017/06/10(土) 19:29:18

 六太が目覚めると比較的すぐ、陽子や帷湍らにも慶事として伝えられたし、
海客の団欒所の面々には鳴賢から伝えてもらうように頼んでいた。いずれもあ
くまで取り急ぎの報せであって、六太が普通に生活できるようになるまでそち
らの世話に注力するため、やりとりはしばらく控えさせてほしいとも添えてい
た。
 そのせいか、ほどなく陽子から送られてきた見舞いも、とりあえずの簡単な
祝いの品とちょっとした近況を伝える手紙だった。だがそろそろ返信ぐらいし
ても良かろうと、六太は短い手紙をしたためた。その様子をすぐ傍らで見守っ
ていた尚隆は、気遣うようにそっと六太の右手を持ち上げ「小さな字を書くの
にも、特に不自由はないようだな」と言ってきた。
「大丈夫、政務もできているわけだし。それに歩いてもあまり息切れしなく
なってきた。黄医も、あとは体力をつけるだけだって」
「それは重畳。だがあまり無理をしてはいかんぞ」
 尚隆は六太が書き上げた書面を、まだ濡れている墨に触れぬよう注意して他
方の手でつまみあげるとそのまま女官に渡し、非公式に景王に送るよう指示し
た。その彼の横顔を、六太は片手を取られたまま、盗み見るようにそっと眺め
た。
 こうしてささいなことでも尚隆のぬくもりに触れる機会も増えた。もうほと
んど普通に歩けるとあって、横抱きで運ばれることはなくなったが、逆に
ちょっとしたことでも尚隆が頻繁に手や体に触れてくるようになったからだ。
 それについては六太は素直に嬉しいと思ってはいたものの、同時に心の奥底
に巣くう恐怖の念がどんどん大きくなることも感じて怯えていた。
 六太にはどうしても、今の幸せな状況が現実だとは思えないのだ。最初から
恐ろしい勘違いであって、飽きた尚隆にすぐ捨てられるような気がしてならな
かった。
 たとえば意味深な視線を見交わしたり、ちょっとした気遣いを示しあったり
して、少しずつ心温まる予感を覚えながら想いの成就を迎えたのなら、話は
違ったかもしれない。しかし呪に囚われてずっと眠っていた六太にとっては、
ある日突然、何の前触れもなく棚ぼたのように長年の想いが叶ったようなもの
だった。だからその奇跡が、現われたときと同様に突然まぼろしのように消え
去ってしまうこともまた、必然のように思えた。

884永遠の行方「絆(52)」:2017/06/10(土) 21:11:29
 なぜなら最初から諦めていた六太は、たまに市井の噂話で聞くような恋愛の
かけひきも、相手に好かれるような努力も、恋人に乞うための告白も何もして
こなかったからだ。ただ寝ていただけなのに、目覚めたら尚隆が優しくべった
りと面倒を見てくれるようになっていて、あまつさえ恋が実ったなんて、どう
考えてもおかしい。そんな都合の良い話が現実に起こるはずがないではないか。
 想いが叶うことは絶対にありえないと思っていた。深く深く秘めたまま、誰
にも悟られることなく墓まで持っていくのだと固く信じていた。そして時に心
が引き裂かれるような思いをしながらも、実際に何百年もの歳月を耐えてきた。
 秘めることに慣れた想いを、今さら表に出すのは恐かった。何か恐ろしい間
違いのように思えた。尚隆の優しい対応に思い上がって期待をいだいたが最後、
あっさり足元から崩れていくような気がした。
 おまけに肌を合わせれば合わせるほど想いが増すような気がするのだ。これ
までも尚隆を好きだと思っていたが、本当の意味では恋していなかったのかも
しれないと思えるほど。
 あれほど好きだと思っていたのに、もっともっと好きになる余地があるなん
ておかしい。なのに閨で関係が深まるほど、牀榻の中で抱かれて睦言をささや
かれればささやかれるほど、ますます好きになっていくのだ。この想いが突き
返されてしまったら、きっともう心が壊れてしまう。歓びに天高く飛翔したあ
とで地上に叩き落されれば、身も心も粉々に砕け散るしかないのだから。
 ただ、以前は頻繁に下界を出歩いていた尚隆なのに、六太の目が覚めること
で事件が終息しながら、ほんの息抜きとしてすら宮城を離れる素振りがないの
には少しほっとしていた。官に聞けば、六太が眠っていた間も、解呪の手がか
りを得るため以外では下界に行かなかったらしい。そうして朝昼晩と食事をと
もにするだけでなく、午後の休憩でのお茶さえもふたりで楽しむ。まめに顔を
見に来ては世話を焼く尚隆に、六太は嬉しく思った。こうして宮城に留まった
まま、六太と一緒にいてくれる間は夢を見ていても大丈夫かもしれないと期待
したのだ。

885永遠の行方「絆(53)」:2017/06/10(土) 21:23:21
 一時の気の迷いかもしれないにせよ、ここまで六太に言い寄り、実際に毎晩
肌を重ねている。ならば今日明日のうちに六太が捨てられることはないだろう。
御座所を仁重殿から移すことまでやってのけたのだ、一ヶ月や二ヶ月程度で六
太に飽きて捨て置くような真似をしたら、さすがに官も呆れて強く苦言を呈す
るはずだ。逆に一年などという長期間は持たないだろうと観念してもいた。つ
まり来年の今ごろはきっと飽きられている。でも三ヶ月ぐらいはどうだろう。
半年は?
 ――半年ぐらいなら、きっと、何とか。
 つまり今年の冬までなら持つのではないだろうか。寒い夜に一緒に臥牀に
入って抱き合い、ぬくぬくと温かく過ごす幸せぐらいは味わうことができるか
もしれない……。
「今朝、鳴賢が楽俊と朱衡経由で送ってきたばかりの見舞いの品でな。海客の
団欒所の面々が作った蓬莱菓子だそうだ」
 六太が悲愴な見通しを立てているとは思ってもいないだろう尚隆は、女官に
指示して菓子を持ってこさせた。上機嫌なのは変わらず、六太が喜ぶだろうと
思っているのは明らか。六太は努めて笑みを浮かべた。
「へえ。じゃ、守真が作ったのかな? もし恂生とかも手伝ったなら、ちょっ
とびっくりかも」
「何でも、懇親がてら皆でにぎやかに作ったらしいぞ。色は薄いが、見た目は
どら焼きの生地に似ているな。せっかくだから俺も食ってみるとしよう」
 表面のごく一部にうっすらと焼き色がついている以外は雪のように白くてふ
わふわとした円盤状で、そこに飴色をした半透明の糖蜜がたっぷりとかかって
いる。先端がちょっとしたへら状になっている楊枝で切り分けた一片を六太が
口に入れると、見た目と同じく雪のようにほろほろと溶けた。尚隆も仲良く一
緒に食べ、「ずいぶん柔らかいな」「控え目な甘さで軽い食感だから、いくら
でも食べられそう」と感想を言い合った。
 菓子を食べたあとは、腹ごなしと気分転換のための散策だ。尚隆と手をつな
いで園林をぶらぶら歩く。剣も持つ尚隆の掌は大きくて固い。その温かなぬく
もりをいつまで味わっていられるのだろうと考えた六太は、ふと既に飽きられ
かけている可能性に思い当たってぞっとなった。

886永遠の行方「絆(54)」:2017/06/10(土) 22:29:06
 閨で睦むとき、実は尚隆はほとんど六太に一物を挿入しない。この半月でそ
んなことをしたのは最初の夜を入れても数回足らずであって、指を入れること
こそあるものの、一物は六太の股や尻に挟んで抽送している。何しろふたりの
体格差はかなりのものなので、これまでは六太の体を気遣っているのかと思っ
ていたが――どうも慣らしたりほぐしたりと手間がかかるようだし、そろそろ
面倒になったということはないだろうか。六太にはよくわからないが、もし男
同士にしろ、体内への一物の挿入が普通の愛の行為だとしたら、さすがに回数
が少なすぎるだろう。
 そんなことを思いついてしまった六太は、つい足を止めてぶるりと震えた。
 何の覚悟も知識もないところへの、初めての性体験という衝撃。諦めていた
想いの成就への期待と、相反する激しい不安。少しでも冷静になれれば建設的
な考え方もできたろうが、最初の夜以降、無自覚ながらも六太は相当に不安定
で臆病になっていた。
「どうした? 寒気でもするのか?」
「え、あ……。ううん、何でも、ない」
 心配そうな尚隆に口の中でもごもごと返しながら、六太はもしかしたら積極
的に愛撫を返さなければまずいのではと愕然とした。ただでさえ妙齢の女のよ
うな魅力的な容姿も、手ざわりの良い柔らかな乳房や豊かな腰も持っていない
のだ。実は満足してもらえていないなら、六太から奉仕しなければ、半年どこ
ろかひと月も持たないだろう。それに六太のほうは挿入されても、最初の一回
は内臓ごと押しあげられるようで吐き気をもよおしたし、それ以降もとにかく
愛撫に慣れるのに必死で、尚隆に喜んでもらえそうな痴態を見せた覚えもない。
(でも、そんな)
 尚隆によって強引に性の扉を開かれたばかりなのだ。六太が知っているのは、
実際に彼に閨で教えられたことだけ。それもあくまで受け身で、どうすれば相
手の男に満足してもらえるかなどという知識も技巧もない。
(どうしよう……)
 精神的に不安定な六太に、自分の一方的な想像に過ぎないという考えは浮か
ばなかった。自覚のないまま、坂を転がり落ちるように絶望に駆られた六太は、
知らずうつむき、震えて泣きそうになった。

887書き手:2017/06/10(土) 22:31:46
地の文ばかりでダイジェストっぽくなってしまったため
いろいろこねくり回していたのですが諦めました……。

次からは尚隆視点の予定なので、
今度はちゃんとキャラ同士のやりとりで話を進めたいと思いますが、
実際に投稿するまでけっこうかかりそうです。

888名無しさん:2017/06/11(日) 00:09:28
更新されてる!
成就してるのに、ろくたんがせつない・・・・
尚隆視点も楽しみにお待ちしてます!

889名無しさん:2017/06/12(月) 10:25:23
更新されてるーお疲れ様です!
ぐるぐる煮詰まってるろくたん切ないし尚隆視点も楽しみ
何ヶ月でも何年でものんびりお待ちしてますので無理はなさらず〜

890書き手:2017/07/02(日) 12:21:18
お待たせしました、少しずつ尚隆視点を投下していきます。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、
時系列で言うと、六太視点で描写された時期とかぶってます。

891永遠の行方「絆(55)」:2017/07/02(日) 12:23:26

 尚隆は六太の体調について、もちろん毎日黄医から報告を受けていた。そ
して解呪に関わった冬官たちからも、どうやら六太の体に呪の悪影響は残っ
ていないようだとの報告を受けて一区切りをつけ、まずは内議で、次いで翌
日の朝議で事件の収束を宣言した。
「やっとすべて終わりましたな」
 日頃泰然としている白沢もさすがに嬉しそうだった。六官を筆頭に朝官た
ちも晴れやかな表情を浮かべ、椅子に座っていた六太に「おめでとうござい
ます、台輔」「これで一安心ですね」と口々に祝いの言葉を述べた。
(まあ、俺の接吻がまことに解呪の条件だったのなら、今さら悪影響は何も
ないはずだからな)
 尚隆はそんなことを考えながら、続いて太宰が通常の案件に議題を移すの
を見守った。その合間にさりげなく六太に意識を向けると、表面上は明るい
ふうを装っていたが、表情はどこか硬かった。それは今に始まったことでは
なかったから、尚隆は顎をなでて考えこんだ。

 その日の六太は広徳殿に赴く予定だったため、午後のお茶は内殿の一室で
待ち合わせることを約束して、尚隆は自分の執務室に向かった。
 王の決裁を待つ間、天官のひとりが得々と披露した料理の蘊蓄にその場の
皆が顔を見合わせて苦笑いし、政務とはいえ穏やかな時間を過ごす。その後、
時間になったので待ち合わせ場所に赴くと、ちょうど通路の向こうから六太
がやってくるところだった。片手を軽く挙げて「おう」と声をかけると、尚
隆の姿を認めた六太が目を見開き、思わずといったふうに、一瞬だけ嬉しそ
うに顔を輝かせた。すぐに抑えた、どこか遠慮したような控えめな笑みに
なってしまったが。
 尚隆はそばにやってきた六太の背を押して目的の房室に入り、ともに席に
着いた。茶を飲みながら、身近な官がからむ日常の滑稽譚を披露すると、六
太もおかしそうに笑った。
「あいつ、普段がまじめなだけに、傍で見てると落差がおかしいんだよなあ」
「最近は料理が趣味だそうだ。今日は俺の承認印を待つ間、嫁のために作り
置きした総菜の蘊蓄を得々と語ってくれたぞ」

892永遠の行方「絆(56)」:2017/07/02(日) 12:57:17
 そんなふうに一見してなごやかなひとときを過ごしていても、六太の緊張
が真に解けることはなかった。
 初めて肌を合わせて以来、六太が何かを恐れているのはわかっていた。何
かを――おそらくは別れのときを。初めての朝、目覚めた六太の表情に浮か
んだ怯えを認めたとき、尚隆は自然と感じたのだ。あの怯えは、すがるよう
な、今にも泣きそうな表情は、戯れの時間が終わったことを告げられるだろ
う予感に対するものだと。
 前夜にした蓬莱での話と取り乱しようから自然な庇護欲に駆られていた尚
隆にしてみれば、むしろ愛しさが増したくらいなのに、六太のほうは、どう
してか一時的な戯れの相手に選ばれただけだと思いこんだらしい。表面上は
取り繕っているが、ふとした折りにうつむいては、いたたまれないとでも言
うように背を丸めてしまう。決して嫌われたとは思わないし、こうして一緒
にお茶や食事をする際に見せる嬉しそうな顔が偽りだとも思わない。だがこ
ちらが努めて優しく接しても、何しろすぐに表情が陰るので、どうしてそこ
まで気に病んでしまうのだろうと気になって仕方がなかった。
 まだ六太の想いを知らなかったころ、横抱きにして運ぶ最中に、たまに揺
れるまなざしを向けられた。あのときの、すがるような、どこか怯えたまな
ざしと今の様子はとても似ていて、尚隆をひどく不安にさせた。
 たとえば真に心を許し合った恋人同士なら、喧嘩をしたのでないかぎり、
沈黙が続く程度は気にならないだろう。そこまで近しい存在になれば、相手
の存在自体が癒しのようなものだからだ。
 だが六太は、ちょっとした沈黙でも怖いのか、今回も何かと懸命に話を
振ってきた。
「そういえばさっき広徳殿で令尹が教えてくれたんだけど、うちの州宰が甥
の官の前で下界の流行を知ったかぶりして教えて実は間違ってて、あとで指
摘されてへこんだらしいぞ」
「ほう、あいつがな。豪勢な飾りをつけた書棚を自作して、完成したはいい
が寸法を間違えていて帙が入らずへこんだ話は知っていたが」
 六太と話すこと自体は楽しいから、尚隆も話を合わせるのだが、もう少し
気楽に構えてくれればいいのにとも思う。むしろこういう関係になる前のほ
うが、沈黙が続こうが何をしようが、六太は気にしなかっただろう。
 茶と茶菓子を楽しんだあと、せっかくなのでふたりで庭院を散策すること
にした。室内にいるよりは六太も緊張しないだろうからだ。外に出、伸びを
してから傍らの六太を振り向き、思いついて「ほら」と手を差し出した。

893永遠の行方「絆(57)」:2017/07/02(日) 13:21:37
 六太は「え」と驚いたような顔をしてから、差し出された手をまじまじと
見つめ、ついで戸惑ったように尚隆の顔を見てからまた手に視線を戻した。
「ほら」
 再度促すと、瞬時に真っ赤になった六太はおずおずと遠慮がちに自分の手
を出し、そっと尚隆の掌に重ねた。それを尚隆が握ると、六太は身を震わせ
てうつむいた。
 六太の手を引いてぶらぶらと歩きながら、尚隆は適当に雑談をしたが、六
太はうつむいたまま黙りこんでいた。心配になって様子を窺うと、髪の間か
ら覗く耳は赤いまま。どうやら恥ずかしがっているだけらしい。単に手をつ
ないでいるだけなのに閨で睦み合うときより嬉しそうだとも感じ、尚隆は不
思議には思ったもののほっとした。
 その後、急ぎの書類があると官がやってきたため、既に今日の政務を終え
ていた六太をいったん正寝に送ってから尚隆は内殿に戻った。その際、手を
つないだままの主従に、女官たちが「あらあら」というような顔でほほえま
しそうに見たせいか、六太はいっそう顔を赤くしていた。
 夕刻になって長楽殿に戻り、いつものように六太とともに夕餉を摂った。
そのころには六太も普段の、取り繕った様子に戻っていた。しかし榻に並ん
で座り、そっと腕を回して肩を抱くと、体を硬くしてうつむいたもののやは
り耳は赤かった。うぶな反応に愛しさも募るが、こうして考える暇もないよ
うに追い込まないとすぐ表情が暗くなるのは困りものだった。
(それほど心配か)
 六太と初めての夜を過ごしたとき、尚隆は腕の中で疲れて寝入った六太の
顔を見て、深い満足を覚えた。陽子が慕われていたのではなく、尚隆が、尚
隆個人が想われていたのが無性に嬉しかった。
 実際のところ、恋愛的な意味で尚隆が六太に真に愛情を覚えたのは、前夜
の取り乱し具合を目の当たりにしてからだ。それまでは何をどう言い繕おう
と、相手が同じ時代の蓬莱を出身とするがゆえの執着に過ぎなかった。
 だが六太のほうはどうだ。なぜ呪者になじられて、それに甘んじるほど恥
じていたのかはわからないが、何があっても明かさないとまで思い詰めるほ
どの想いをいだき、さらに自分の命よりも尚隆の命を惜しんだ。それほどま
でに重く真摯な想いを寄せられていたと知った尚隆が感じたのは、紛れもな
い歓喜だった。

894永遠の行方「絆(58)」:2017/07/02(日) 13:25:55
 それまで、六太は尚隆の王としての側面以外には無関心に近いと思ってい
た。民にひどい仕打ちさえしなければ、尚隆が何をしようと気にもしない、
今まで必要以上に踏み込んでこなかったのもそのためだと。
(もっと早く、感情をぶつけあうべきだったのかもしれん)
 そうすればとっくの昔に、互いを真に半身として想い合う間柄になれたの
ではないだろうか。それともこんな経緯を辿ったからこそ、ここまで大きな
歓喜を覚え、六太に対して愛情を感じるようになったのだろうか。
 今となっては永遠にわからないことだ。だがそれで良いとも思う。大事な
のは今や尚隆が六太を欲しており、唯一の伴侶の座に据えたいと思うほどの
欲求を覚えたという事実だ。
 六太には笑っていてほしかった。蓬莱の親との確執に慟哭するさまはあま
りにも哀れで、何とかしてやりたいと自然に思った。もっと報われてほし
かったし、尚隆の腕の中で守られて、何の悩みもなく照れたように笑う顔が
見たくてたまらなかった。
 少なくとも体をつなげて既成事実は作った。単なる愛撫とは異なり、いか
にうぶな六太とはいえ、ふたりの関係が新しい段階に移行したことはさすが
にわかっただろう。あとは体の関係から心の関係に広げて、互いに理解を深
めていけば良い……。
 そんなふうに気楽に考えていたのに、最初の朝に六太が見せた泣きそうな
顔に胸が痛んだ。とっさに抱きしめて甘い言葉をささやいたものの、おそら
く言葉を弄するだけではだめだろうともわかった。尚隆が何を言っても、六
太自身が心から納得しなければ不安は解消するまい。
 尚隆による接吻で、呪の眠りから覚めたということは、六太の願いが叶っ
たということだ。そして体をつなげたということは、想いを遂げたことを意
味するのではないのか。なのになぜここまで暗い顔をするのか……。
 思えば前夜、眠りについたときも六太の顔に安らかな色はなく、むしろ眉
に暗い陰が落ちていた。強引に抱いたせいでもあるかと思えば、ちくりと心
に痛みを感じる。
 あれからそれなりの日数が過ぎたが、六太の様子は改善するどころか、少
しずつとはいえ確実に悪化しているように見えた。とりあえず優しく接して
様子を見るしかないのだろうが、いったいどうするのが正解なのだろうと、
尚隆は溜息をついた。

895永遠の行方「絆(59)」:2017/07/02(日) 21:18:13

 六太の御座所を玉華殿に移したため、仁重殿の女官侍官はすべて正寝に異
動となり、留守居として仁重殿に残っていた者たちも正式に正寝に移ってき
た。尚隆は既に正寝で六太と過ごしていた先発の女官らと一緒に顔を合わせ、
改めて六太の世話を命じた。
「ただしこれまで通り、普段は六太も長楽殿で俺と一緒に過ごす。俺が怪我
をしたなど、特に理由がないかぎり、玉華殿はあくまで名目上の御座所とな
る」
「かしこまりまして」
 だが彼女らの張り切り具合とは裏腹に、話をする間、榻に並んで座って尚
隆が肩を抱いていた六太のほうは戸惑った様子だった。どういう反応をすれ
ば良いのかわからないようで、またもや不安そうに尚隆を見上げている。ど
うも御座所を変えたことは彼の本意ではないらしい。恋人同士になったばか
りでもあり、尚隆としてはできるだけ一緒に過ごすのが当然だろうと思うの
だが。
 何か明るい話題を、と思った尚隆は、まだ六太に褒美をやっていなかった
ことを思い出した。
「ところでおまえはまだ望みを言っていなかったな」
「望み?」
「王を救った功績に報いて褒美をやると言ったろう」
「……ああ」
「何かないのか。この際だ、何でもかなえてやるぞ」
 国政に関することであれば、さすがに無条件にかなえるわけにはいかない
が、それでも妥協点をさぐることはできる。尚隆との関係についてであれば、
それこそ遠慮は無用だ。永遠の愛でも、公式の伴侶である大公の座でも堂々
と要求すればいい。そう思って促したのだが、六太の反応は予想外に薄かっ
た。
「うん……。別にいいや。欲しいものもないし」
 淡々と答えて、あっさり話を終わらせてしまった。最初からすべてを諦め
ているかのようで、尚隆にはもどかしかった。

896永遠の行方「絆(60)」:2017/07/02(日) 23:39:34
 自分の命よりも大事な想いではなかったのか。呪者に利用されても決して
明かさなかった真摯な想いではなかったのか。なのにそれがかなった今、ど
うして怯えるばかりで、自分から関係を深めようとしないのか。
 それとも――何か尚隆は対応を誤ったのだろうか。
 尚隆はいろいろ思い返したのだが、結局は肌を合わせたことに原因がある
としか思えなかった。
 むろん後悔などしていないし、今や毎晩六太を愛撫し、抱きしめたまま眠
りについているが、それをやめたいとも思わない。何の懸念もなく情事にの
めりこめるのは、こちらの世界に来て以来ほとんど初めてであり、何より恋
人との睦みあいという癒しの時間を手放したいとは思わなかった。
 だが六太の精神状態をこのままにしておくわけにもいかないだろう。

 数日後、光州の帷湍から六太宛に見舞いの果物が届いた。光州の名産でも
ある、茘枝のような一口大の果物で、朝採れたばかりだとのことだった。使
者が騎獣を飛ばして最速で届けてきたそれは見るからにみずみずしく、その
日の午後、さっそくお茶の際に供された。
「おまえの体調も落ち着いたようだし、帷湍もそろそろ関弓に来たいと言っ
ていてな。今、日程を調整しているところだ」
 そんなことを話しながら、尚隆みずから皮を剥いてやる。果汁のしたたり
そうな、ぷるりとした半透明の果物をつまんだ尚隆は、「ほれ、口を開けろ」
と六太を促した。六太は驚いた顔をしたが、口元にぶつけるように差し出さ
れたので、咄嗟に口を開けた。尚隆はそこに果物を差し入れ、六太は口を閉
じたはずみに尚隆の指までなめてしまって顔を赤らめた。最近では、赤面し
ていない時間のほうが短いのではと思うほどだ。もちろん実際にはそんなこ
とはないが。
「どうだ、うまいか?」
「う、うん。けっこう、甘い」
 六太は赤い顔で、ぎこちないながらもうなずいた。決して満面の笑顔とい
うわけではないが、尚隆の指をなめてしまったせいか照れたような笑みをほ
のかに浮かべていて、尚隆は思わず見とれた。




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