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【お気軽】書き逃げスレ【SS】

1名無しさん:2004/11/03(水) 14:07
ここはなんでも書けるスレです。初心者、エロエロ、ムード系、落ち無し、
瞬間的モエ、特殊系、スレ内SS感想等なんでもщ(゚Д゚щ)カモーン!!
どんなカプでもお気軽にドゾー!!
投稿ルール、スレ説明は>>2、その他意見・質問はまずロビスレへ。

※もちろん個人での派生スレ設立は、さらに大推奨※

475「北垂・南冥」4/20:2007/12/20(木) 23:45:41
 そう独語しつつ、六太の頬や額に散った髪を優しく撫で梳いてやる。六太は
小さな子供の様に、大人しくされるが儘になっていた。

「……眠れないのか」
 不意に呟いた尚隆の言葉に、六太は微かに身じろぐ。その鬢の一房を指先に
絡め、尚隆は苦笑気味に言葉を継いだ。
「──どうも家の台輔は、悩み事を溜め込む癖があっていかんな。たまには範
の小娘に倣ったとて、罰は当たらんだろう」
 それまで黙って俯いていた六太は、足下の岸壁に打ち寄せる銀色の波頭から
そっと視線を上げた。目の前の雲海は、全て星夜の中に沈んでいる。

476「北垂・南冥」5/20:2007/12/20(木) 23:46:33
「──もうすぐ、冬至だろ。だから……」
 そう言って、今は墨一色の彼方を見晴かす。六太が見つめる西南の方角には
世界の中心を囲む黄海が在る。そして、そこに通じる令艮門が開く冬至まで、
あと数日に迫っていた。
 一人の少年の姿が脳裏を過ぎり、唇を引き結んだ六太に尚隆が問う。
「──会いたいのか?……あいつに」

 宵闇色の髪をした妖魔の養い子──遥か昔に別れたきり、未だ再会出来ずに
いる六太の友。現在は、黄海の深奥に住まう筈だった。
「……うん。会いたい──」
 六太は静かに、だがはっきりと呟いた。

477「北垂・南冥」6/20:2007/12/20(木) 23:47:19
 その言葉を聞いた尚隆は暫しの沈黙の後、白い溜息を一つ吐くと、低く呟く
様に言った。
「──奴の事なら、心配は要らん」
「……え?」
 きょとんと主を振り返った六太に、尚隆は静かに語り始めた。
「……雨期の前、元州の──斡由の塚墓へ参った時、墓前に今し方供えられた
ばかりの花があってな……」
 六太は身動き一つせず、尚隆の話に聞き入っている。時折吹き付ける冷たい
夜風に、その金色の髪が弄ばれるのも構わずに。
「──あの天領の凌雲山には、お前もいつぞや行った事があろう?」
 六太は、こくんと頷く。

478「北垂・南冥」7/20:2007/12/20(木) 23:48:06
 ──今から凡そ三百八十年前、元州で起こった反乱の首謀者として、延王自
らの手に因って討たれた逆賊、斡由。その塚墓がある天領の禁苑は、梟王の時
代より打ち捨てられたまま荒れるに任せ、並の者には到底辿り着く事の不可能
な場所だった筈だ。そう訝る六太に、尚隆は続けた。
「……それは美しい山百合でな、今まで見た事も無い様な花色だった。それに
あの時季は、百合の見頃にしてはちと遅過ぎる──不思議だとは思わんか?」
 そう言って、尚隆は六太の瞳を見つめた。その表情は見る間に明るくなって
いく。
「──更夜だ……」

479「北垂・南冥」8/20:2007/12/20(木) 23:48:51
 嬉しさの余り、六太の身体は微かに震えた。──更夜が生きている……。
「……でも、どうして直ぐに教えてくれなかったんだ?」
 至極真っ当な疑問を投げ掛けると、尚隆は急に、ふいと視線を逸らした。
「……教えたところで、到底大人しくしては居れまい?」
「えっ……」
 一瞬、六太の菫色の瞳光が揺らぐ。尚隆は、雲海の見果てぬ先に視線を投げ
たまま黙り込んだ。

「……おれって、ほんと信用ねーのな」
 不意に六太はそう呟き、くすくすと笑い出した。
「ま、実際そう思われても仕方ない事、山程為出来してるしなぁ……」

480「北垂・南冥」9/20:2007/12/20(木) 23:49:33
 でも、と言って六太は主の横顔を見上げる。その瞳に惑う色は無かった。
「心配すんなよ、尚隆。──おれは、何処へも行かない」
 振り向いた尚隆と、視線が絡み合う。
「……勿論、今でもあいつに会いたい気持ちに嘘は無いけどさ。──でも、元
気でいるのが分かれば、それでいいんだ」
 微かに驚きの表情を浮かべた尚隆を見遣って、六太は笑う。
「──四百年近く探しても会えなかったんだ。きっと何か理由があるんだよ、
あいつにも。それに、……更夜に離れたくない場所があるみたいに、おれにも
離れられない奴がいるから……」

481「北垂・南冥」10/20:2007/12/20(木) 23:50:18
 六太は不意に小さな嚔をすると、苦笑しつつ上着の衿元を掻き合わせた。
「やっぱ寒いや……」
 ふと、暖かいものに身体を包まれる。──尚隆に背後から抱き締められたの
だと分かった。
「尚隆……?」
「──六太……」
 尚隆は六太の細い身体を、上着ごと強く抱き締めた。つまらない嫉妬をした
事、六太を信じてやれなかった事を謝罪し、許しを乞う様に。
 主の心中を察してか、六太はその腕の中に大人しく抱かれていた。
「──こういう時、良く思うんだ。……おれにとっての尚隆みたいな相手が、
更夜にも居ればいいなって……」

482「北垂・南冥」11/20:2007/12/20(木) 23:51:12
「──ああ、そうだな……」
 六太の言葉に尚隆は頷く。──赤い有翼の狼を連れた寂し気な瞳の少年は、
今頃どうしているのだろうか……。

 腕の中の六太が再び嚔をし、尚隆はくすりと笑った。
「……ほんとに寒くなってきた。おれ、そろそろ臥室に戻る──」
 言い終わらない内に、ひょいと抱き上げられ、六太は仰天した。
「わあっ!──な、なにすんだよっ」
「臥室に戻るのだろう?連れて行ってやる」
 尚隆は真面目な顔で答えると、自分の居処である正殿の方へと踵を返した。
直ぐに勘付いた六太が、主の前髪を引っ張る。

483「北垂・南冥」12/20:2007/12/20(木) 23:51:59
「……おい、尚隆。方向違うぞ」
 努めて冷静に抗議する六太には構わず、尚隆は自室へと向かう。再び文句を
言い掛けた六太は、しかし直ぐに諦めて苦笑し、ぼそりと呟いた。
「……白端銀針」
「──何?」
 尚隆は聞き慣れない単語を訝り、歩みを止める。
「……確か、お前んとこに美味い白茶があったよな?白端産の。まずは、それ
飲ませろよ。──いいか、絶対だぞ?」
 紅潮した頬を見られまいと、俯き加減で六太が言う。尚隆は一拍の後ふわり
と笑むと、六太の額にそっと口づけた。
「ああ、勿論。──茶くらい、何杯でも」

484「北垂・南冥」13/20:2007/12/20(木) 23:52:43
 夜半の風が吹き抜けていく回廊の縁で、ふと尚隆は南天を仰ぎ見た。いま一
人、寂し気な目をした男の事を思い出し、そっと願う。自分にとっての六太の
様な存在が、どうかあいつにも在らん事を、と。


 それから数日後の同じく深夜。奏国、清漢宮の禁門に、一体の騎影が降り立
った。慌てて駆け寄る門番の兵卒を笑顔で制し、自らの手で騎獣の手綱を引い
て行く。
 厩の手前まで来たところで、不意に獣が嬉しそうに一声鳴いた。見遣った方
向から、小さな灯火の明かりが近付いて来る。利広は目許を綻ばせた。
「……兄さん、ただいま」

485「北垂・南冥」14/20:2007/12/20(木) 23:53:27
「──おかえり、風来坊」
 利達は弟に微笑む。その傍らの獣にも、優しく声を掛けた。
「星彩も、おかえり。──元気だったか?」
 言いつつ耳の後ろを掻いてやると、星彩は気持ち良さそうに喉を鳴らし、鼻
面を利達の手に擦り付けた。
「……相変わらず、星彩は兄さんが好きなんだなぁ」
 まるで子猫の様に兄に甘える己の乗騎を見遣って利広が言うと、利達は可笑
しそうに笑った。
「俺はこいつの名付け親だぞ。ただ乗り回しているだけのお前とは違うよ」
 利広は苦笑する。
「それは酷いなぁ。私だって結構可愛がってるのに……」

486「北垂・南冥」15/20:2007/12/20(木) 23:54:09
「……とにかく、お前が無事に帰って来て良かった」
 利達はそう言うと、自分より僅かに長身の弟を振り返る。
「……みんな心配していたんだぞ。三月近くも黙って留守にするから、今度こ
そ何かあったんじゃないかってな」
 軽く窘める様に利達が言うと、利広は苦笑を浮かべて兄に拱手した。
「うん……みんなには、いつも心配掛けて済まないと思ってるよ」
 珍しく従順な弟の姿に、利達は少し意外そうな顔をし、直ぐに微笑んだ。
「……素直で宜しい」
 そう言って弟の髪をくしゃりと撫でる。利広は、胸の奥が微かに疼くのを感
じた。

487「北垂・南冥」16/20:2007/12/20(木) 23:54:56
「──利広、久し振りに帰って来たんだから、一杯付き合わないか?」
 兄の誘いに利広は一瞬戸惑う。ふと、雁で会った男の言葉を思い出した。
 ──言ってしまえば、楽になれる──。
 利広は軽く頭を振ると、微笑って頷く。
「……うん、そうだね。少しだけなら──」

 利達の私室からは、東南の雲海が一望出来た。利広が露台に出ると、澄んだ
夜風と共に、微かな潮の香りに包まれる。懐かしい故国の空気だ、と利広は思
った。
 露台に据えられた陶製の卓子を挟んで、二人は酒杯を重ねる。肴は専ら利広
の土産話だった。

488「北垂・南冥」17/20:2007/12/20(木) 23:55:42
 久し振りに兄と向かい合い、利広は杯を干す。奏国産の冷えた黄酒は、彼の
喉にしんと滲みた。雁の街で熱燗を飲んだのが、遠い昔の事の様に思えた。

「──ああ、そろそろ夜が明けるな……」
 不意に、利達が陶磁の丸椅子から立ち上がった。露台の縁まで行くと、手摺
に凭れて雲海の果てを見渡す。天空に浮かんだ水平線の先は、深い紺から紫へ
その色を変えようとしていた。
「利広、お前も来てみろ──」
 利達が振り返る。襟足の位置で軽く括っただけの長い髪が風に靡き、その姿
を酷く危ういものに変えた。利広の鼓動が跳ねる。

489「北垂・南冥」18/20:2007/12/20(木) 23:56:24
 利広は椅子から立ち上がり、そっと利達に近付いた。払暁の淡い光に包まれ
た細い背中に、躊躇いつつ手を伸ばす。──しかし、利達の肩に触れる直前、
その手は静かに下ろされた。
「……利広?」
 再び振り返った利達に何でもないよ、と笑い掛け、利広は手摺に凭れる。兄
には聞こえない程の、小さな溜息を吐いて。

「──お前、また直ぐに出掛けるのか?」
 燃える様な紅色の東天を望んだまま、利達が尋ねる。
「……いや、春節明けまでは大人しくしてるよ。冬至の郊祠を手伝えなかった
分、新年の祭礼には真面目に出ないとね」

490「北垂・南冥」19/20:2007/12/20(木) 23:57:04
 利広が苦笑しつつ答えると、利達はそうか、と頷いた。
「──じゃあ、久し振りに家族揃って新年を迎えられるな……」
 微笑む兄の横顔が、交州の港街に居た、遥か昔を想起させた。──あれから
数え切れない程の年月が過ぎたが、自分の想いはあの頃と少しも変わらない。
多分、この先もずっと──。
 利広は、静かに目を閉じた。

 突然、世界が来迎に包まれる。余りの眩しさに、利達が翳した手指の間から
黄金色の晨光が零れた。
「……一年で一番、短命の太陽か……」
 利達がそう一人ごちた時、何かがそっと肩に触れた。

491「北垂・南冥」20/20:2007/12/20(木) 23:57:52
「利広?どうし──」
言い掛けた利達は、弟の寝顔に柔らかく笑む。その肩に凭れたまま、利広は静
かに寝息を立てていた。
 外殿の方角から、微かに暁鐘の音が聞こえてきた。──冬至の朝が始まる。

〈了〉

*****
追記
この頃の蓬山公は供麒(珠晶出生直前…)。

今年も、数字板及び別館の姐さん方には沢山モエモエさせて頂き、
有り難う御座いました。少々早いですが、皆様どうぞ良いお年を…。

492千年王国(ほのぼの尚六)(1):2007/12/24(月) 18:00:37
治世千年以上になった雁主従のほのぼの話。できたてのほやほや。

たまたま別のネタを妄想していたら、その延長で何となく話ができちゃいました。
恋愛色はないも同然だし、エロに至っては皆無ですが、それでもいちおう尚六のつもり。

尚隆が六太にこんな国を贈りました、というのが裏テーマなので、
こじつけでクリスマスプレゼント代わりに。
----------

「尚隆、尚隆、早く! もう始まってる!」
 人混みの中、小柄な少年が連れを振り返って急き立てる。服装は地味でとり
たてて特徴はないが、金色に輝く長い髪は見間違えようもない。騶虞を連れて
あとに続く長身の男のほうは、元気の良すぎる少年に苦笑いを返したものの、
諦めたように足取りを速めた。
「待て、待て。そうちょこまか動き回られてはかなわん。こっちは騎獣連れだ
ぞ」
「あっ、すげえ。まさかあの梯子に上るのかな?」
 人混みの向こう、そびえ立つように直立する何本もの梯子に目を向けて驚き
の声を上げた六太は、連れの言葉など聞いてはいない。曲芸団がしつらえた演
台にはまだ遠いが、その梯子は長く、人の頭をはるかに越えて飛び出していた
ので、てっぺんだけは良く見えた。
 演台に近づくにつれ、混雑の度合いはさらに激しくなったので、さすがの六
太も立ち止まらずを得なかった。
「あー、見えない」
 うーん、と背伸びをしてみるものの、見えるのは大人たちの頭だけだ。
「尚隆。肩車」
 そう言って主の服をつんつんとひっぱると、相手は苦笑しながらも肩車をし
てくれた。長身の男の肩に座ると、周囲を楽に見渡せる。小走りにやってきて
汗ばんでいたから、頬に当たる穏やかな風が心地良かった。
 そんな彼らを、近くにいた旅装束の男が驚きの表情で凝視した。
「ありゃ、ありゃ、麒麟、じゃ……」
 思わず六太を差した指を、たまたま隣にいた女が眉をしかめてぴしりと叩い
た。

493千年王国(ほのぼの尚六)(2):2007/12/24(月) 18:03:20
「あんた、他国のお人だね? 他人様を指差すのは失礼なことだって、母ちゃ
んに教わらなかったのかい?」
「し、しかし、あれは」
「ふん」女は腰に両手を当てて胸を反らした。「そうだよ、あれはうちの台輔
さ。で、肩車して差し上げてるのがうちの主上。それがどうしたの?」
「しゅ、しゅ――」
 目をむいた男に、後ろにいた男が笑って肩を叩いた。
「雁じゃあな、町中にいるときは王も麒麟もないのさ。あんたもそんなことは
気にせずに祭りを楽しむこった」
 旅の男は目を白黒させていたが、周囲の者が一様に肩をすくめているのを見
て、おそるおそる尋ねた。
「……そういう法律なのかい?」
「法律?」最初の女がまた顔をしかめた。「別に何も決められちゃいないさ。
ただ、あたしたちがそうしたいからそうしてるだけ。六太だって尚隆の旦那だ
って、それを望んでいるんだからね。あ、六太ってのが台輔のお名前。尚隆は
主上のお名前。言っとくけど、町中で主上だの台輔だの、無粋な呼びかたをす
るんじゃないよ」
「名前……」
 国によっては、貴人の名前を呼ぶことは死罪に値する。それだけに旅の男の
困惑は半端ではなかった。
 だが彼が麒麟の少年のほうを伺うと、確かに周りの人間が気軽に「おう、相
変わらず餓鬼だな、六太」と声をかけ、少年も笑いながら「うるせー。今日は
祭りだからいいの!」と返している。見事な金髪さえなければ、近所の者同士
の気軽な挨拶と何ら変わらない。
 そのとき、高らかに笛が鳴り響き、演目が始まった。屈強な男たちが高い梯
子にするすると上ると、支えもなく、てっぺんでさまざまな曲芸を繰り広げる。
誰もがはしゃいで曲芸団の演台に注目し、王と宰輔のほうを気にする者はいな
くなった。旅の男は頭を振って「雁ってのは変わった国だな……」とひとりご
ちた。

494千年王国(ほのぼの尚六)(3):2007/12/24(月) 18:05:29

「えーと、そっちの芋飴とそば饅頭をちょうだい」
 多くの屋台が連なる一画。甘味処の屋台で、棒に差した飴と饅頭の小袋を受
け取る六太の傍ら、尚隆が小銭を払う。
「おまえ、さっきから食ってばかりではないか」
「だって今日はこれが夕餉の代わりだもん。明玲にだって、夕餉はないから外
でちゃんと食べてくるようにって言われてるし」
 女官長の名前を出し、傍らに並べられている木の椅子に座りこんで、にこに
こしながら小振りのそば饅頭をほおばる。その無邪気な様子は、とても麒麟の
最長老には見えない。尚隆は隣の屋台から酒の小瓶とつまみを調達すると、同
じように六太の隣に座りこんだ。そのふたりの前で寝そべった四代目たまの鼻
面に、六太がそば饅頭をひとつ差し出す。たまはぺろりと食べてしまい、次を
ねだった。
 饅頭の小袋を空にした六太は、芋飴をなめながら「あ、あれ、何だろう?」
と言って、別の屋台に行ってしまった。一日中付きあわされた尚隆のほうは、
面倒になって座りこんだままだ。甘味処の屋台の主人と目が合い、ふっと笑う。
この屋台は、六太がよく通う店のものだった。
「うちのが迷惑をかけておらんか? まったく、あれはいつまでも餓鬼で困る」
「いえいえ、むしろ楽しませてもらってますよ。坊ちゃんは手先が器用ですか
らね、この間もうちの孫に風車を作ってくれてました」
「あれは、遊びのこととなると途端に熱心になるからな」
「おう、最近はお見限りだったじゃねえか」
 後ろから尚隆の肩を、どん、と突いて声をかけてきた男が、だみ声でからか
らと笑った。尚隆と同じように酒瓶を携え、既に吐息が酒臭い。
「なんだなんだ、今日も餓鬼連れか。いい男が女も連れねえで、だらしねえぞ」
「あいにく、その餓鬼で手一杯なものでな。いい女がいたら紹介してくれ」
「おっ、なんだ、浮気か? そりゃあ、まずいだろ」
「おまえ……。言っていることが矛盾しておらんか?」
「そうか? いやあ、すまんすまん。すっかりいい気分になっちまってな、細
かいことは気にならねえ。そういえばこないだの賭博場でな――」

495千年王国(ほのぼの尚六)(4/E):2007/12/24(月) 18:08:24
 そうしてまたひとり、ふたり、と馴染みの男たちがふらりと尚隆のもとにや
ってくる。
 そんな主を放っておいて、六太のほうは屋台めぐりに余念がない。どこから
ともなく聞こえてくる祭囃子も、うきうきした気分に花を添えている。
 投擲の屋台を覗き、これは的がおもちゃで、投げる物も布を丸めた柔らかい
玉だから、六太も遠慮なく遊んで目的のおもちゃを手に入れる。傍らで見知ら
ぬ幼い子供が「あー、お兄ちゃん、いいなあ」と声を上げたので、その子が持
っていた食べかけの饅頭と交換してやった。
 そうしてたまたま出くわした顔見知りと雑談をしたり、別の屋台を覗いたり、
講談を聞いたりしているうちに、夕暮れの色が濃くなっていき、やがてとっぷ
りと暮れてしまった。
「おい、六太。そろそろ帰るぞ」
 背後からそんな声をかけられても、まだ遊び足りない六太は「えー、まだい
いじゃん。もうちょっといようよ」と甘え声で抵抗した。だがそれもいつもの
ことなので、尚隆には通用しない。体重の軽い六太を、尚隆はまるで猫の仔の
ようにひょいと持ち上げて、たまの背に乗せた。そうして自分もその後ろに乗
り、六太を抱えるようにして手綱を取る。
「世話になった。ではまたな」
 そんな声を周囲にかけてふわりと飛び立つ。六太もちょっと上げた片手を振
って人々に別れを告げる。

 関弓の町から禁門まではあっという間だ。後にした街の灯りは、こうして上
空から見ると何百年経っても変わらない。ただ何となく、昔よりは灯火の範囲
が広がって賑やかな感じだな、と思うだけだ。
 五百年前、尚隆が約束してくれた国がそこにある。髪を隠すことなく、六太
が自然体でいられる街。当時の知り合いは街にも宮城にも、他国にすらもうひ
とりとしていないけれど、尚隆だけは変わらずに側にいてくれる。
 それでいい、と六太は思った。
「また来ような」
 心地よい眠気を感じながら、六太はつぶやいた。そうしてたまの足が禁門の
石畳につく前に、穏やかな眠りに引き込まれていた。

(終)

496名無しさん:2007/12/24(月) 21:05:55
尚六ーーーっ
クリスマスにありがとう、姐さん!!

497名無しさん:2007/12/28(金) 14:55:40
>>472->>491
GJ!密かに利広と利達の身長差に萌えますた。
更夜の話まで絡めた姐さんの構成に脱帽です。

498ほのぼの尚六「初日(はつひ)」(1/3):2008/01/01(火) 14:01:21
新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。できれば新刊が出ますように……。

初日の出を拝む雁主従のほのぼの話……かな? せいぜい15禁程度の軽いネタ。
地の文が童話風だけど、その辺が却ってキモかったらごめん。
-----


 夜明け前のまだ暗いお城の中を、この国の麒麟ちゃんが元気よくぱたぱたと
駆けていきます。お城に仕えている召使いの人たちもお役人も、この麒麟ちゃ
んが大好きなので、落ち着きのなさに「あらあら、台輔ったら」なんて言いな
がらもにっこりして見送ります。
 ばたん!とものすごい音を立てて王さまのお部屋の扉を開けた麒麟ちゃんは、
まだベッドでぐっすり眠っていた王さまの上に乗って、ぽんぽんと飛び跳ねま
した。
「しょうりゅうー! 起きろ、起きろ。初日の出を拝みに行くぞーっ」
 この国の王さまはとっても頑丈な人ですが、さすがにトランポリンのように
お腹の上で飛び跳ね回られてはたまりません。
「こ、こら、六太。やめんか」
「とっとと起きろよ、おっさん」
 他の国の麒麟ちゃんはずっとおとなしくておしとやかなのに、この麒麟ちゃ
んはまったく違います。乱暴だし、口は悪いし、サボり癖はあるし……。でも
王さまはこの麒麟ちゃんとラブラブなのでつい甘やかしてしまい、たまに少し
文句を言うだけで本気では叱れません。
 ただし今朝の王さまはちょっとご機嫌斜め。だっていつもはこの可愛い麒麟
ちゃんと、ベッドの中であーんなことやこーんなことをいっぱいするのに、昨
夜の麒麟ちゃんは「明日は早く起きて、御来光を拝みにいくからな!」と言っ
て、さっさと自分のお部屋に帰ってしまったので、王さまは何にもできなくて
欲求不満なのです。

499ほのぼの尚六「初日(はつひ)」(2/3):2008/01/01(火) 14:04:19
 でも麒麟ちゃんのほうはまったく気にしません。王さまがかぶっていた掛け
布団を勢いよくはいで、王さまの寝間着の紐を器用に解いていきます。不機嫌
だった王さまのほうは、麒麟ちゃんにすっかり寝間着を脱がされてしまうと、
もっと別のいやらしいことを連想してにやにやして機嫌を直しました。大人っ
てしょうがないですね。
 ちゃんとした服装をすると、この王さまはとってもイケメンです。麒麟ちゃ
んは内心でちょっとどきどきしたのですが、照れ屋さんなので素直に口に出せ
ません。その代わり「おらおら、行くぞー!」なんて乱暴に言って、先に立っ
てさっさと歩き始めます。
 お城はものすごく高い山の上にあるのですが、お城の端っこのほうにもっと
高くなっている小山があります。麒麟ちゃんは王さまと連れだって、その小山
に上りました。
 お供の人はいません。みんな、王さまと麒麟ちゃんの水入らずを邪魔しては
いけないと遠慮しているからですが、何よりこの国には初日の出を拝むという
習慣がないのです。この国の人たちにとっては王さまと麒麟ちゃんこそが文字
通りの神さまなのに、毎日毎日昇っては沈む当たり前の太陽を、その神さまが
拝むということが理解できません。これは蓬莱という遠い遠い国で生まれ育っ
た王さまと麒麟ちゃんにしかわからない気持ちなのかもしれません。
 そういえば最近はお隣の国の女王さまも、同じように御来光を拝み始めたと
いう噂です。その女王さまも蓬莱の人だからでしょう。
 夜明けが近づくにつれて、あたりはだんだん明るくなっていきます。やがて
東の地平線に、金色に輝く太陽の縁が現われました。四方八方に光の筋が放た
れて、とっても綺麗で神秘的な感じです。
「わー……」
 いつもはうるさく騒ぐばかりの麒麟ちゃんも、このときばかりは神妙な顔を
しています。そうして、ぽん、ぽん、と柏手を打つと、御来光に向かってお祈
りします。これは麒麟ちゃんがまだずっと小さかった頃、蓬莱で誰かに教えて
もらったやりかたです。
 王さまも同じようにして柏手を打って礼拝します。

500ほのぼの尚六「初日(はつひ)」(3/3):2008/01/01(火) 14:07:03
「……また来年も来ような」
 太陽がすっかり昇ってしまうと、真面目な顔のままの麒麟ちゃんはそう言っ
て王さまにもたれかかりました。でも不謹慎な王さまは、自分が欲求不満だっ
たことを思いだして麒麟ちゃんの肩に腕を回しました。
「御来光でさわやかな気分になったところで、姫始めというのはどうだ?」
「ば、ばっかじゃねーの!」
 呆れた麒麟ちゃんは、真っ赤になって王さまにかみつきます。破天荒に見え
る麒麟ちゃんですが、実はけっこう常識人なので、こうやって堂々と変なこと
を言われると恥ずかしくて仕方がないのです。
「これから官たちが続々と集まってくるんだろうが! 州候たちも、昏君の治
世をありがたくも讃えるために挨拶にやってきてくれるんだろー! このばち
あたり!」
 そんな麒麟ちゃんを、王さまはにやにやして見ているだけです。
「そ、そもそも姫始めってのはそーゆー変な意味じゃなく、二日の真面目な行
事のことじゃねーか。今日は二日じゃなくて一日だからな、そんなことを言う
なら明日の晩までおあずけ! 今晩も独り寝しやがれ!」
 そう叫んで王さまの腕をふりほどいた麒麟ちゃんは、ひとりでさっさと小山
を降り始めました。でも気になって途中でちらっと後ろを見ると、王さまは木
に背中をもたれて腕組みをしたまま、麒麟ちゃんのほうを眺めているだけです。
 麒麟ちゃんはその場で足踏みをして迷ったものの、「くそ!」と悪態をつく
と、王さまのところへ走って戻りました。そうして大好きな王さまの首に抱き
ついて、ちゅう、をしてあげました。
 そのまま、また走って王さまから離れると、振り返ってあかんべーをします。
でも顔が真っ赤になったままなので、王さまは相変わらずにやにやしています。
きっと頭の中では、明日の晩に麒麟ちゃんとするあーんなことやこーんなこと
を考えているのでしょう。
 雁の国はきっと、今年も平和です。

(おしまい)

501名無しさん:2008/01/03(木) 21:51:31
おおおー、年末年始にまさかの大量投下が!
姐さん達、ありがとう!

>>500
姫初め編もぜひキボン!

502498-500:2008/01/05(土) 12:54:04
ありがとうございます。
姫始め編……は、残念ながら表現が下品すぎて
さすがにちょっと投下できないので、自由に妄想してください(^^;
考えた話のあらすじだけかいつまんで書くとこんな感じです。

-----
元日にろくたんに冷たくされたことで仕返しをする尚隆。
式典などの待ち時間で控え室にいる間にろくたんに何度も戯れかかるものの、
そのたびに中途半端すぎて、ろくたん大不満。
ついにキレて尚隆の服をはいで押し倒し、一回戦目は騎乗位→対面座位、
二回戦目は後背位→背面座位で大奮闘。
その間、ずっと待たされた式典の客たちも、
もともと主従がラブラブのはわかっているので苦笑い程度。
むしろラブラブ光線に影響されて
彼らも普段以上に恋人といちゃいちゃするようになるので、
皆欲求を発散して宮城は自然と和やかな雰囲気になるほど。
やっぱり雁国は今年も平和みたい。
-----

お粗末さま。

503金波宮の夜2:2008/01/26(土) 14:23:15
今日もいい月夜ね。雲海の上って気候が穏やかで過ごしやすいけど、
雲間から覗く月って風流だから、それを見られないことだけは残念だわ。

あら、あれは陽子ね?
そういえばさっき、李斎を見舞ってから様子を見にくるって言っていたっけ。

あら? あんなところで急に立ち止まってどうしたのかしら。
あの子には珍しく硬直しているけど――あ。

……また尚隆ね。だからあの房室でやるのはおやめなさいって言ってあげたのに。
それともわざとかしら。尚隆ならありうる気がしてきたわ。
妙なところで露出狂なんですもの。こういうことは秘めたほうが花でしょうに。
範に来たときだけは、いつもしっかり取り繕うくせにね。

あらー……。陽子ったら顔を真っ赤にして。
顔を伏せて、こちらへずんずん歩いて戻ってくるわ。
相当、衝撃だったみたい。きっと、あの子って処女よね。
確かに色事には疎い感じがするし、かなり動揺しているんじゃないかしら。

こんばんは、陽子、どうしたの?
いいのよ、そんなに慌てなくても。知っているから。
尚隆と六太のことでしょう? 呆れちゃうわよね、何も他国の王宮に来てまで。

――え? まあ、わたしも実際に出くわしたのはこの間が初めてだけど、
雁にはいろいろ噂があったからすぐわかったわ。
だってあの色欲魔の尚隆の麒麟なのよ?
考えるまでもなく、六太が純潔でなんかいられるわけないじゃない。

ほらほら、落ち着きなさいな。
大丈夫よ、ふたりとも夢中だろうし、気づかれてなんかいないから。ね?

あら、そうなの、李斎もずいぶん良くなったのね。
じゃあ、どんな具合なのか、お茶でも飲みながら軽くおしゃべりしましょうか。
泰麒捜索の状況についても、陽子に伝えたいことはあるし。

――そう、いい子ね。じゃあ、むこうの房室へ行きましょう。
鈴って言ったかしら? 陽子のお気に入りのあの女御に頼んで、
お茶とお菓子をもらいましょうね。

504尚六:2008/05/05(月) 17:14:34
尚六濡れ場.和姦でも強姦でもお好きに妄想ドゾー



根元まで挿入したまま六太に覆い被さり,小柄な体をしっかりと抱き込む.
こうしてしまうと下が繋がっているだけに六太は身動きすらままならない.
せいぜい脚をばたつかせる暗いが関の山だが,
こんな風に仰向けで大股にさせられている不安定な体勢では,
多少脚を動かした処で何にも成らなかった.
尚隆は逞しい男根で果断なく小刻みにグイグイと突き上げながら,
為す術もなくただ快楽に身悶えする六太の喘ぎ声を楽しんだ.
「あっあっ……ん,あん,んっ」
最初は握った拳を口元に当て,何とか喘ぎを漏らすまいと耐えていた六太だったが,
ここまで激しく犯し続けられては無理というものだ.
無意識のうちに尚隆の責めに合わせて腰を,頭を振り,
それでも快楽の渦に呑み込まれまいと最後の抵抗を続ける.
尚隆は首筋から肩にかけての汗ばんだ肌を激しく舐めまわしては
「どうだ?感じるだろう?」と低い声で卑猥に囁いた.
快感のあまり六太の秘所が断続的に収縮し,その度に尚隆をきつく締め付ける.
ただでさえ狭いのに,こうまで締め付けられては
さすがの尚隆もそう長くは保たないが,達するのは六太の方が早かった.
「ああッーーあーーあああぁーーッ!」
思い切り背を反らしたかと思うと,途端に今まで以上に
尚隆をぎゅうぎゅうと締め付けて来た.
数瞬の後,六太の体からフッと力が抜け,尚隆の体の下でグッタリとなる.
それを見極めた尚隆はようやく上体を起こすと,
達した余韻ではあはあと荒い息を吐く六太を見おろし,
その体勢のまま,六太の体内の奥深くで精を放った.

505名無しさん:2008/05/05(月) 21:34:34
ストーリーも何も無いのに、テラ萌えた
自分的には尚隆がいきなり襲ってきたということで、強姦にしときます。

506尚六2:2008/05/06(火) 21:12:36
じゃ,黒尚隆でちょい続き.でもエロって難しいね……




尚隆は情欲で上気した顔に満足そうな笑みを浮かべると男根を引き抜いた.
濡れて萎えた男根と供に六太の体内から流れ出た精が,
シーツにじわりと染みを作る.
「なかなか良かったぞ」
尚隆は事も無げにそう言うと,
先程ビリビリに引き裂いた六太の服を寝台の片隅から拾い上げた.
全裸のまま床に降り立ちながらそれで自らの股間を無造作に拭い,
ゴミでも捨てるかの様に床に落とす.
やがて尚隆はさっさと己の装束を整えると,
犯されていた時の体勢のまま寝台の上で
ただ茫然としている六太を残し,部屋から出て行った.

507名無しさん:2008/05/06(火) 23:07:51
ぎゃーーーーーっ尚隆が黒い
自分は和姦で甘い続きを希望。。。

508尚六2別ver.:2008/05/07(水) 20:08:45
甘い……
何とか頑張ってみたけど長くなった(´・ω・`)ショボーン



射精の快感が尚隆の腰から脳天に駆け抜け,ふぅ,と吐息を漏らす.
彼が男根を包む温かな肉壁の心地よさにしばらくじっと余韻を楽しんでいると
やっと正気付いた六太と目が合った.
途端に六太の顔がカァッと上気し,狼狽えた様に顔を背けたので,
尚隆は内心で苦笑しながら,今だ繋がったままの腰を小刻みに揺らした.
「あッ…!」
六太は反射的に手を伸ばして尚隆を押し退けようとしたが,
尚隆は六太の腰を両脇からしっかりと掴んでしまったので,
腰を引く事はできなかった.
「だ,だめぇ,尚隆…!」
「なんだ,さっきまでお前も散々楽しんでいたではないか」
「だ,だって,誰か来たらっ」
何しろ今は真っ昼間.政務をサボって下界に遊びに行くため,
小部屋に隠れて様子を窺っていた筈なのに,一体どこでこんな展開になったのか.
「それはそれで緊張感があって良かろう」
尚隆がそんなふざけた事を言ったので,六太は「信じらんねー」と拗ねた.
「それに……俺,湯浴みしてなかったのに」
小さな声で恥ずかしそうに続けた六太に,尚隆が再び覆い被さった.
「では後で一緒に湯浴みに行こう」
「そういう問題じゃ」
だが六太がそれ以上不平を言う前に,尚隆に唇を塞がれた.
やがて小部屋に再び淫猥な空気と快楽の呻きが満ちていく.
どうやら関弓に遊びに降りるのはまたの機会となりそうだ.

509名無しさん:2008/05/10(土) 22:41:32
GJ、GJ!!
甘くて最高です(;´Д`)ハァハァ

510名無しさん:2008/05/23(金) 01:14:07
今日初めて来て途中までしか読んでないんだけど、
『台輔の勤め』って24で終わってる?リレーもなし?
嫉妬した尚隆とのその後を激しく読みたいんだが…

511名無しさん:2008/05/24(土) 17:58:35
自分的にはあの後、氾王様へ夜伽中・・・・嫉妬に狂った尚隆が乱入
で、二人に攻められちゃうろくたんの流れだと思ってた
続き気になるよ、姐さん

512名無しさん:2008/07/10(木) 19:46:58
なんか滅茶苦茶甘い尚六が読みたい

513延王延麒登遐:2008/11/03(月) 20:52:35
簡単なシーンだけ&801ぽくないですが、一応尚六の積もり。末声ネタ注意。





   戴を救うに当たって、天帝側と対峙する事になった陽子達。
   何とか危機を脱し当初の目的を達するが、陽子と別行動だった
   延王の王気が消えた事を、陽子と一緒にいた六太が察知する。
   取り乱す六太。それを何とか宥めて帰途につくが、脱出路の渓谷で、
   不意に尚隆が同道の臣下等と共に陽子達の目の前に現れた……。

何かがおかしい。陽子は直感した。この気配は奇妙だ。
「来い、六太」
対峙している一団の中から尚隆が手招いた。茫然とした表情のまま、
フラフラと引き寄せられそうになった六太に、陽子は思わず叫んだ。
「だめだ、延麒……!」
すると六太はフッと笑って陽子を見た。
「尚隆が呼んでいるんだ」
「六太君!」
再び叫んだ陽子を六太は振り返った。
「ありがとな」
それだけ言って尚隆の元に駆け寄る。
陽子は満面に笑みを湛えて六太を迎える尚隆と、
同じように嬉しそうな顔で彼の腕の中に飛び込む六太とを見た。
途端に濃い霧が辺りに立ち込め、一寸先も見えなくなる。
程なくして霧が晴れた時には、尚隆も六太も、
尚隆と共ににいた武将達の姿もどこにも無かった。

   無事、慶に帰り着いた陽子達。王と宰輔が救出された戴は
   一応救われた事になるが、いきなり両者を失った雁の方は混乱。
   それでも日頃から官吏がしっかりしていただけに、
   今のところ傍目からは落ち着いているように見える。そんな日々。

白雉が落ち、延果が生った。その意味が指し示す物を陽子も
よく知っている筈なのに、彼女はどうしても思い切る事ができなかった。
失道と言う平凡な経緯を経ず、元気な姿のまま突然陽子の前から姿を消した彼等は、
いつかまたひょっこり現れるような気がしてしまうのだ。
「よう。久しぶり」
無造作な挨拶と共に、今にも金波宮の窓から六太が飛び込んで来るような気がする。
「いつも突然のお越しですね。入口はあちらですが」と呆れる陽子に、
「ここが近道だからな」とにやりとしながら。
そして六太に続いて房室に入り込んだ偉丈夫も、「そう堅いことを言うな、陽子。
慶の者はどうも堅苦しくていかん」と大らかな笑みを向けてくるのだ……。

ふとそんな想像に捕らわれた陽子は、
ただひたすら窓の外を見ながら椅子に座り込んでいるだけだった。

514ほのぼの尚六「新婚だもん」(1/3):2010/09/11(土) 08:02:39
尚六初夜SS「除夜」スレに落としたネタで書きはじめてはみたものの、
長くなった上に途中で詰まって筆が止まったので
書き逃げに捨てていきます。

ネタ:
尚隆と関係ができたばかりで何かというと「尚隆が」を連発する六太に、
「あいつは『尚隆』しか言えんのか」とぼやく帷湍
-----


 六太の様子がおかしいことには誰もが気づいていた。ある日の朝議で、いつ
になくぼんやりとして口数も少なく、そのまま数日。まさか失道ではあるまい
に、と官らも少々不安に駆られはしたものの、主君が自分の麒麟に手を出した
がゆえだとは思いもよらなかった。
 手を出したと言っても、もちろんひっぱたいたとかそういう暴力沙汰の話で
はない。
「はあ……」
 帷湍が溜息をついた横で、朱衡は「過ぎてしまったことは仕方がありません」
と言った。そもそも尚隆が事態を隠しておらず、毎晩仁重殿に渡るようになっ
たから彼らにも原因が知れただけで、最初にコトが起きてから既に十日は経っ
ていよう。
「まさか黙認するとでも言うんじゃないだろうな?」
 帷湍がにらむと、今度は朱衡が溜息をついた。
「他に何ができると言うのです?」
「このまま台輔を見捨てられるか!」帷湍は声を荒げ、目の前の卓を拳でドン!
と叩いた。「尚隆の不行状にはこれまでもさんざん悩まされてきたが、今度と
いう今度は本気が愛想が尽きた!」
「……あなたはどこを見ているんです」
 眉根を寄せた朱衡に、帷湍は「はあ?」と問うた。

515ほのぼの尚六「新婚だもん」(2/3):2010/09/11(土) 08:04:50
「何の話だ」
「だから台輔ですよ。ぼんやりとなさったかと思うと気もそぞろで」
「そりゃあな、毎晩無体をされているとなれば仕方なかろう」
「その割には上機嫌でいらっしゃいますね」
「無理をしているんだろう、可哀相に」
「わたしたちと話をされていても、その場に主上がおいでになると、お姿が見
える前からそわそわとなさって」
「怯えているのか。麒麟は王気がわかるからな」
「いざ主上がお見えになると、顔を赤らめて、はにかんで」
 帷湍が目をしばたたいたところへ、当の六太が「話って何?」と顔を出した
のでふたりとも黙り込んだ。尚隆の毒牙からこの少年を守るべく、帷湍がここ
に呼び出していたのだ。
 自分が呼んだとはいえ不意を突かれて反応に窮した帷湍は、「あ、いや……
その」とうろたえた。その傍らで朱衡は微笑し、椅子と菓子を勧めた。
「帷湍が美味な菓子を手に入れましたのでね、せっかくですから、ぜひ台輔に
もご賞味いただこうと」
「え? あ、そう……なの?」
「最近はまじめにご政務に励んでおられるようですから、ご褒美ですよ」
 よく意味がわからない顔をした六太だったが、勧められるままに座って菓子
を口にした。
「どうです? 昨日、領地の視察に行ったときに買い求めた生菓子だそうです
が、なかなか美味でしょう?」
「うん」
 六太はにこにこして菓子をほおばっている。とても主君に無体を強いられて
鬱々としているようには見えない。帷湍は幾度も目をしばたたき、何を言うべ
きか迷って、結局一言も口から出てこなかった。
「えーと。あの、悪いんだけど、他に用がないならすぐ行っちゃっていいかな?
これから尚隆とお茶を飲む約束してんだ」
「そうでしたか。もちろんです」

516ほのぼの尚六「新婚だもん」(3/3):2010/09/11(土) 08:07:21
 六太はふと手の中の食べかけの菓子を見て言った。
「これ、尚隆も食べるかなぁ?」
「どうでしょう。主上はあまり甘いものは食されませんから」
「そうだよなー……」
 がっかりした様子に、朱衡はほほえんで続けた。
「よろしければ少しお持ちください。台輔がお持ちになったものなら、主上は
喜んでお召しになるでしょうから」
「そう? そう思う?」
「はい」
「じゃあ、少しもらってこうかな」
 朱衡は女官に命じて小綺麗な包みを作らせると六太に渡した。六太はそれを
大事そうに懐に入れ、足取りも軽く、房室から駆け去るようにして出て行った。
「……浮かれてるな」
「だから言ったでしょう。上機嫌でいらっしゃると」
「しかしこれは……。どういうことなんだ?」
 混乱しきりの帷湍は頭を抱えた。

「尚隆見なかった?」
「尚隆が言ってたけど――」
「尚隆喜ぶかなあ?」
 気づいてみれば、六太の口から出るのは主君の名ばかり。最初のうちこそぼ
んやりとした様子が勝っていただけで、日が経つにつれ、どこから見ても浮か
れている様子が見て取れた。
「うーむ……」
「猪のように唸ってばかりいないでください」
「うるさい」

517名無しさん:2010/09/13(月) 12:28:19
ラブラブでんなw
朱衡と帷湍の掛け合い
も萌え

518ほのぼの尚六「新婚だもん」続き(1/2):2010/09/26(日) 13:32:00
尻切れトンボだったのを、無理やりですが終わらせました。
-----

 澄ましている朱衡を一喝して考えこむ帷湍。彼には信じがたいことではあっ
たが、六太は主君に無体をされて鬱々としているどころか、どこから見てもの
ぼせ上がっていた。
「もしや、最初から合意の上だったのか……?」
 ようやくそんなことを考えた帷湍の混乱をよそに、最近の六太ははしゃぎっ
ぱなしだった。政務の合間の休憩は必ず尚隆と一緒で、池のほとりの瀟洒な四
阿や開放的な露台で茶と軽食を楽しむ。周囲の女官が給仕しようとするのを押
しとどめ、自分が茶を注いだり菓子を皿に載せたりとあれこれ尚隆の世話を焼
く。一方、尚隆はと言えばされるがままで、苦笑しながらも目を細めて六太を
見やるのが常だった。
 帷湍は一度、なかなか休憩から戻ってこない尚隆にしびれを切らして迎えに
行ったのだが、張り切って主の世話を焼く六太の姿に何となく気後れし、その
まま外殿に戻ってしまった。どう見ても自分は邪魔者だったからだ。
「まあ、しばらくすれば台輔も落ち着きますよ。今はまだ、ああなって間もな
いだけに有頂天なのでしょう」
 朱衡はそう言って肩をすくめ、ここに至って帷湍は主従が相思相愛であるこ
とを認めざるを得なかった。

「あれ? こっちに尚隆来なかった?」
 休憩がてら庭院に空気を吸いに出た帷湍は、途中で行き合った六太にそう尋
ねられた。既に政務が終わったのか、六太にはめずらしいことに官服ではなく
きらびやかな長袍を着ている。

519ほのぼの尚六「新婚だもん」続き(2/2):2010/09/26(日) 13:34:01
「今さっきまでいたようだが……外殿に戻ったようだな」
 そう言って建物のほうに顎をしゃくる。「そっか」と言って立ち去りかけた
六太は、ふと振り返った。
「これ、尚隆が作らせてくれたんだ」
 そう言ってにこにこしながら、さまざまな吉祥の図絵が織り込まれた長袍の
袖と裾を広げて見せる。普段は服などどうでもいいとばかりに無頓着だし、む
しろ市井に降りるときの簡素な服装に比べれば長袍すらわずらわしいと言って
いたはずなのに、今は本当に嬉しそうだった。
「あ、そ、そうか。いや、その――似合うんじゃないか?」
「うん、尚隆もそう言ってくれた」
 六太は頬を染めて答え、帷湍が固まっている間にぱたぱたと建物のほうに駆
けていった。

「尚隆が――」
「尚隆の――」
「尚隆に――」
 六太の口からは、二言目には尚隆の名前が飛び出す。朱衡は「しばらくすれ
ば落ち着きますよ」と言っていたが、少なくとも当分は浮かれ調子は治まりそ
うになかった。
「あいつは『尚隆』しか言えんのか」
 ついぼやいた帷湍に、耳ざとく聞きつけた尚隆は笑って「新婚だからな、大
目に見ろ」と言った。

520名無しさん:2010/10/19(火) 07:56:33
>>207-209
ろくたん、かわええー(*´Д`)ハァハァ
にやにやしながら何度も読み返しちゃったよ

最近たどり着いたので今さらでスマソ

521名無しさん:2010/10/22(金) 11:45:28
エロもいいけど
可愛い話もいいよね

522尚六「夜這い」(1/2):2011/04/23(土) 10:16:49
「夜這いにきた」
 夜半、そんな莫迦なことを言いながら、尚隆が牀榻にもぐりこんできた。俺
はようやくうとうとしかけたところだったので、面倒臭そうに「あ、そう」と
答えて寝返りを打ち、彼に背を向けた。一ヶ月もどこをほっつき歩いていたの
やら。
「つれないな。せっかくみやげを持ってきたのに」
 そのまま無視していると、尚隆は続けた。
「そう冷たくするな。市井の女房連中は、亭主元気で留守がいいと平気でうそ
ぶくぞ」
「誰が亭主だ。阿呆」
「俺はこの国の主人だろうが」尚隆はおかしそうに答えた。
「で、俺が女房役ってか? ふざけんな」
 背を向けたままなじると、尚隆が衾の下の俺の太腿にそっと手をすべらせて
きたので、眠気の覚めた俺はあわてて腰を引いた。尚隆が含み笑いをする。
「そうすねるな。いつもいの一番におまえのところに帰ってくるだろうが。毎
度毎度ここに忍びこむのも大変なのだぞ」
 進入者が王とあっては、仁重殿の不寝番がことごとく見逃すに違いないこと
を知っていながら、いけしゃあしゃあとそんなことを言う。
「脂粉の匂いをぷんぷんさせながら、俺のそばに寄るなっての」
「ほう。やっぱりすねておるのか」
「何だよ?」
「今回は荒くれ男たちと漁に出ておってな。女には指一本触れておらん。脂粉
どころか潮と魚の臭いにまみれておるはずだが」
 黙りこんだ俺に尚隆はまた含み笑いをすると、後ろから俺の体に腕を回して
きた。
「おまえの肌に触れぬと、帰ってきた気がせん」
 そんなことをささやきながら首元に顔を埋めてきたので、俺は肩を揺らすよ
うにして尚隆の腕をふりほどこうとした。だが尚隆はしっかりと俺を捕らえて
離さない。俺は簡単に体の向きを変えさせられ、あおむけにされて彼に組み敷
かれていた。
「俺の帰る場所はここしかない」低い声で艶めいた睦言をささやきかけてくる。
「忘れたとは言わさぬぞ」
「忘れた」

523尚六「夜這い」(2/2):2011/04/23(土) 10:19:03
「それは残念だな。では体に聞くとするか」
 尚隆はそう言ってさっさと俺の被衫を脱がせにかかったので、俺は唇をとが
らせて、「ばか」とだけつぶやいた。その口も、すぐに荒々しい接吻でふさが
れてしまったが。

 そうやって久しぶりに褥で一緒に過ごしたというのに、翌朝の尚隆はまだ朝
日が昇らないうちにもぞもぞ動き出した。俺は半分寝ぼけながらも衾から頭を
出して、市井から戻ったときのままの粗末な衣服を身につける尚隆に「もう行
くのかよ」と文句を言った。どうせ朝議には出ずに、朝寝を決めこむくせに。
「秘め事というものはな、暗いうちと決まっておる。互いに後ろ髪を引かれつ
つ、しめやかに立ち去るのが風流というものだ。夜が明けきってから互いの顔
を見ることくらい間抜けなことはないぞ」
「へー。おまえ、そんな間抜けな顔をしてるわけ」
 減らず口をたたいた俺を残し、尚隆は軽く笑って牀榻を出ていった。
 臥室の扉が静かに閉まる音がし、あいつの気配がなくなってから、俺は臥牀
の上にむくりと起きあがった。
「ばか」
 何度か漏らしたつぶやきをふたたび口にし、適当に着物を羽織って牀榻を出
る。すると臥室の中ほどに置いてある大卓の上に、大きく口を開けた頭陀袋が
載っているのが見えた。中から桜桃や枇杷、晩生の柑果といった果物がごろご
ろと顔を出している。特に柑果は、南国の奏で採れるような大振りの見事なも
のだ。
「これがみやげ?」
 いつも食いもんで俺を釣れると思ってるんだから。そうは思ったものの、果
物であふれた頭陀袋を担いで帰ってきたのかと思うと、ちょっとおかしかった。
 漁に出ていたと言っていたが、さすがに魚を俺へのみやげにするわけにはい
かなかったのだろう。この山盛りの果物は、穫れた魚とでも交換してきたのだ
ろうか。
 俺は無造作に柑果を手にとって皮をむき、かぶりついた。ややきつい酸味は、
どこか夏の訪れを思わせた。
「夏の匂いがする……」
 俺は、ふふ、と笑ってふたたび果肉にかぶりついた。

524名無しさん:2011/06/30(木) 20:55:11
522-523、雰囲気が良い〜
想いは通じてるんだけど、放浪癖のある亭主に、諦めたように振り回されてる妻なろくたんにモエ

525名無しさん:2011/07/01(金) 00:04:48
熟年夫婦だからねぇw

526名無しさん:2013/09/09(月) 16:38:26
人もいないようなので、思いついた話をひっそりゆっくり投下します
黄昏の後の話なので、かなり勝手な妄想上の展開です
麒麟の設定についても勝手な妄想をしてます
不要と思われることはなるべく削ぎ落としたつもり…
何か問題あったら教えて下さい


省略したここまでの状況は、

垂州城を経て文州に向かった泰麒と李斎
途中、正頼・霜元とも再会し、その他の協力者を得て、ようやく琳宇へと辿り着いた
なんだかんだあって涵養山で驍宗が助けられたことを知り、いてもたってもいられなくなった泰麒は李斎たちの同意を得る間もなく単身涵養山に向かったのだが…

という感じです

527戴の話1/10(ぐらい):2013/09/09(月) 16:43:42
早く会いたかった
昔、僕はたった一時驍宗さまと離れるのも寂しくて仕方なかった
会えれば無条件で嬉しく、一秒でも長くおそばにいたかった
7年の失われた時間の中でも、記憶こそなかったもののずっと恋い慕っていた

ーー決しておそばを離れないと誓ったのに

失われた時間が恨めしく、だからこそ一瞬でも早く取り戻したい

ーーお姿を見たら、溜まらず抱きついてしまうかもしれないな

行儀の悪いことだとは思ったけども、驍宗に会ったときに溢れ出す気持ちを抑える自信はなかった

泰麒は未だ角を失ったままである
指令も持たず、王気も見えない
人型のまま必死に走って、涵養山の最深部までたどり着いていた
遠くに火が見えて、泰麒はそちらに向かう

「どう した? 坊主、どこかから逃げてきたのか」
火は松明で、それを掲げていたのは一人の男だった
「家を無くしたのか、帰るところは?」
男は泰麒に火を向けて訊ねる
優しい言いようだったが、声の底に警戒心が聞き取れた
男は泰麒に見覚えが無いようだった
しかし泰麒はこの声をどこかで聞いたような気がする

ーーどこだったか。遥か昔、確か…
松明が揺れる

その明かりが男の頬を照らしたとき、泰麒は思わず声を上げていた
「英章…!」
英章は戴国禁軍中軍の将軍
元々は驍宗軍の師帥で、軍略に長けた知能と、アンバランスなほど若い見た目を持った美貌の武人だ
英章は驚いた顔をした後怪訝そうな顔になり、再び驚いた顔をした
「もしや、台輔…!」
「ええ、そう。そうです、英章。覚えていてくれたんですね」
「いえ、すぐには分からなかったのです。だって、あんなにいとけなく…お小さく…。坊主だなんて、とんだ失礼を…」
「それは僕も同じです。声だけではすぐに英章だと気がつけなかった。だから何も気にしないで。ーー何してたの?」
何もない山の中である
こんなところで一人松明を焚いて、何をしていたのか
「主上は他の者とともに隠れています。こんなに早くいらっしゃるとは思いませんでした。早くて明日の早朝に皆で向かってくるものと思い、私が今夜から番をしていたのです」
まさか台輔お一人でいらっしゃるとは、と英章は苦笑する
「よほど早く主上にお会いしたかったのですね」
「もちろんです! 僕はーー」
泰麒は矢継ぎ早に話した
7年間蓬莱にいたこと、記憶を失っていたこと、角と指令を失ったこと
7年間ずっと記憶が無い中でも驍宗に会いたかったこと、驍宗を思い出した瞬間がどれだけ幸せだったか、今もどれだけ会いたいか、次にあったら二度と離れたくはないこと、もしかしたら会った瞬間抱きついてしまうかも知れない、はしたないと怒られるだろうかとーー

528戴の話1/10(ぐらい):2013/09/09(月) 16:48:42
英章は目をパチパチさせながら、ときおり頷いて黙って聞いていた
多分、口を挟む隙がなかったのだろう
話したいことを全て話し終えてからやっと、泰麒はそれに気がついた
「ごめんなさい、英章。僕、気持ちがいっぱいいっぱいで。思わず…」
なんだか少し恥ずかしいことも言った気がする
だが、聞いていたのは英章だけなのだから、きっと大丈夫だろう
この紳士は気が利くし、不要なことを広めて回ったりするタイプではない

英章は優しく笑う
「いえ、台輔のお気持ちよく分かりました。ーーねぇ、主上」
英章が地面に手を伸ばし、足元から山の斜面に向かって土をひっくり返した
返したように見えた

泰麒はぽかんとする
うまく造ったものだ
英章が翻したものは山肌を模した布で、泰麒が山の斜面だと思っていた部分の一部にはぽっかりと穴が空いている
入り口は小さく、中はドーム上に
真ん中に火が焚かれていて、大きなかまくらのような作りである
その中には10人ほどの人がいて、泰麒の方を、ニコニコと見つめている
知っている顔もいくつかあった
その中に一人…一番奥の中央、渋い顔をした紅い目が、英章を睨んでいる

「私が聞いていると、早く教えてやればいいものを」
「だって台輔が口を挟ませてくれなかったんですよ」
「この幕を開ければ済む話だろうが」
「そうお思いならご自分でお開けになればよろしかったのに」
「『なんの罠があるか分からない。私が開けるまでは何があろうと、例え台輔の声がしようとお開けになりませんように』と言ったのは誰であったか」
「さあ、そんなことも言いましたかね」
英章は涼しい顔で言う
そして少し申しわけなさそうな笑みを浮かべて泰麒を見ると
「台輔のお気持ちは十分伝わったでしょう。抱きつこうが殴りかかろうが、主上は決してお怒りにならないと思いますよ」
と、じっと硬直している泰麒の背を、土のかまくらに向かって押したのだった

529戴の話3/10(ぐらい):2013/09/09(月) 22:15:25
かまくらの中、紅い目の主は英章に向けたものとは打って変わって、優しい瞳を泰麒に向けた
「久しいな、蒿里。なるほど、時というのは儚い。私が無為に過ごすうちに、こんなにも大きくなったのだな」
かまくらの中、円座に座っていた人々は、座ったままずるずると移動して英章と泰麒のために驍宗の両側を開けた
「さあ、台輔。早く入り口を閉めなければいけません」
英章はもう一度泰麒の背を押した
それで泰麒は、力なくかまくらに入って、驍宗の前に立つ
「主上…」
絞り出すように、やっとそれだけ言った
どこか疑問符が付くような言い方だった
だが、それにこだわる人はどこにもいない

7年ぶりの主従の再会
それは戴国民の悲願であり、希望である
ただでさえ感動的なこの瞬間を、泰麒は布の外の告白で彩ってくれた
麒麟の主を思う心とは、かくも切なく美しい
この場に居合わせたことを、かまくらの中の人々は幸せに思っていた

「長くおそばを離れましたこと、誠に申し訳ありません」
泰麒は膝を付き、頭を下げる
「主上には長くのご辛抱、私が至らない麒麟であったために、まことにーー」
「そんなことはない。私が至らない王だったのだ。蒿里には並々ならぬ苦労を掛けた。申し訳ない」
「いえ!」
泰麒が慌てて顔を上げると、驍宗は立ち上がっていた
顔を上げた泰麒を見て、両腕を広げる
「きなさい」
泰麒は一瞬目を見開くと、よろよろと立ち上がり、そのまま驍宗の胸に頭を預けた
驍宗は左手でしっかりと泰麒を抱きしめると、右手で頭をぽんぽんと優しく叩く
「辛い思いをさせたな。私もお前に会いたいと思っていた。会えて嬉しい」
普段の驍宗は、こんなことを言う人物ではない
ましてや自分から麒麟を抱きしめるような人物でもない
これは全て、泰麒の気持ちを思ってだろう

かまくらの中の人々は、その場面を感動を持って見守っていた
無慈悲で有名なあの英章さえ、涙を浮かべて見つめている!
「二度と側から離すようなことはすまい。この戦いが終わったら、玉座を取り戻したら、どこに行くにもお前を離さなくていいように、国のどこにも一滴の血も流れぬような、そんな国にしてみせよう」
「ーーはい、主上…」
ずっと黙って気をつけの姿勢をしていた泰麒が、やっとそれに応えた
驍宗の背に手を回し、ぎゅっと抱きしめる

かまくらの中は感動に包まれた

始め、泰麒は戸惑っていたのだろう、と人々は思う
ずっと会いたかった主人が急に目の前に現れて
英章だけに聞かせるはずだった秘密の告白を、驍宗や、自分たちに聞かせてしまって
それが恥ずかしく、狼狽えてしまったのだろうと

明日、李斎たちが来るまではここで密やかに過ごさなくてはいけない
またまだ緊張を解くことはできない
しかし、今夜は今まで幾度となく越えてきた寒い夜とは違う
今夜は良い睡眠が取れそうだ、と人々は暖かい気持ちで周りの者たちと視線を交わした

530戴の話4/10(ぐらい):2013/09/09(月) 22:20:59
だがその感動のさなかーー
たった一人氷のような気持ちでそこにいた人物がいることに、誰が気がつけただろうか
しかもそれが他ならぬ泰麒であるだなんて、誰が想像しえただろうか

泰麒は、自身の気持ちに愕然としていた

「そういえば、台輔」
小声で話しかけてきたのは、泰麒の隣にいる年嵩の女だった
そろそろ休もうということになって、火は焚いたまま皆目を閉じている
泰麒はぼんやりと目を開けていたので、声を掛けてきたようだった

泰麒は驍宗の左隣に座って、驍宗に凭れている
自分から凭れているというよりは、驍宗がしっかりと泰麒の左肩を抱き寄せているので自然とそうなったという感じだ
これも驍宗がそうしたいからというよりは、泰麒がそうしてほしいと思っていると思ってのことだろうな、と泰麒はぼんやり考える

「何か…」
「すみません、寝られなくて、私。台輔とお話しできる機会なんて、きっともうないから。おそれ多いんですけど、お話ししてみたくて」
すみません、と女は縮こまる
泰麒は微笑んで
「なんでもお話し下さい」
と女に合わせて小声で返した

女とは10分ほど話した
蓬莱の話、最近の戴の話、他国の噂話や身の上のことなど
女は元は文州の一兵卒だったが、結婚したくなって野に下ったのが弘始元年、いろんな縁が絡み合って、今はこうして王を守りながらまた武人の真似事をしているということだった
「そういえば」
と、大分眠そうになった瞳で女は言う
「麒麟は王気を感じることができるとか。布越しとはいえ王のお側にあって、驍宗さまがいることにお気づきにならなかったのですね」
「ええ、さっき外で言いましたがーー僕は角を失いました。それは僕の麒麟としての本性が失われたということなんです。ですから、王気も、何も…」
女を見やると、もう眠ってしまったようだった
泰麒は溜め息をつく

そう、僕は麒麟としての本性を失った
それは分かっていた
だから王気が感じられないことも、なんの役にも立てないことも分かっていた
でも、これは予想外だった

ーー驍宗さまに会えても、全く嬉しくなかった…

いや、もちろん会えて嬉しい
王が無事でほっとしている
でもそれは、至って普通の感情だった
霜元と再会できて嬉しかった
正頼に涙を流して喜ばれて嬉しかった
それと同じような、当たり前の感情…

蓬莱式にいうならば、小学校のとき憧れていた人に20年ぶりの同窓会で再会したら、何か違った
うん、まさにそんな感じ

阿選は、泰麒の麒麟としての本性である角、それに付随する「王が愛しくてたまらない」という気持ちも一緒に奪っていってしまったのだ

531戴の話5/10(ぐらい):2013/09/10(火) 00:17:04
ーー僕は驍宗さまが好きだと思っていたけど

目を閉じた驍宗の横顔を見て、泰麒は困惑の表情を浮かべる

ーーこんなに近くにいるのに、なんとも思わない…

それはつまり、蒿里として驍宗自身を想っていたわけではなく、泰麒として泰王を想っていただけだということだ
それは泰麒にとって少なからずショックだった

ーー麒麟の本性がなければ、僕はこんなに冷めた気持ちでこの人を見ることになるのか…

目の前にいる人に愛しさを感じられず、7年育て続けた愛しい人に会いたいという気持ちだけが行き場を失って、泰麒の心にたゆたっていた


〈長くなるので途中を説明文で〉
翌日李斎たちが迎えに来て、驍宗たちは軍備を整え、半月掛けて密かに鴻基山の近くまでやってきた
阿選側は内側から瓦解を始めているようで、ここに着くまでに目立った戦闘をする必要もなかった(李斎たちが初めに軍を整えられたのもそのため)
麒麟としての本性を失った泰麒は、ちょっとした戦闘の中にあっても平気だった
驍宗はなるべく泰麒のそばにいようとしたし、あの時かまくらにいた10人によって、王と麒麟の再会がどんなに感動的だったか、少々尾鰭をつけながら李斎たちの軍内に噂も広まっていた
白圭宮を目指すもの全員が、王と台輔を二度と離してはいけないと心に誓っていた
でも泰麒は特に側にいたいとも思えず、驍宗が泰麒の7年の思いに応えようとしてくれるのを感じる度に心苦しい
明日には白圭宮に攻め入ろうという夜、驍宗たちはささやかで慎ましい宴を開き、勝利を約束しあった
その夜は初めてちょっとした天幕をいくつか作ることができ、泰麒は再会以来初めて驍宗と二人で過ごすことになった

532戴の話6/10(ぐらい):2013/09/10(火) 00:19:23
「7年の間、私はいろいろなことを後悔した」
この7年で互いの身に起こったことを報告し合い、一息着いたところで驍宗が言った
「その最たるものが、もっとお前を信じ、なんでも話すべきだったということだ。臣は裏切ることもある。だがお前は私の半身。何を置いても支え合い、分かり合うべき相手だった」
泰麒は頷く
「そのことで悪い夢も何度も見た。もうお前は私の元には帰ってこないのではないかと。私が死んで新たな王を迎えることを望んでいるのではないかと。だから姿を現さないのではないかと。分かり合うべき相手だと反省したはずのその頭で、またお前を疑っていた。もしお前の告白を聞かずに再会していたら、私たちの間はもっと殺伐としていたかもしれない。でもお前はこんなにも、私を想ってくれていたのだな」
泰麒は麒麟だ
だから泰王を愛している
でもそれは、その本性が戻って来さえすればだ
麒麟で無くなったただの蒿里に、今の驍宗もまたただの人にしか見えない
それは蓬莱風に言えば
「学校先輩としては好きだけど、個人的なお付き合いはちょっと」といったところか
うん、ちょっと違うけど、気持ちはそんな感じ
そう言われていい気分がする者がいようはずはない
しかもまずいことに、この先輩は後輩が自分を好きだと思っている
他ならぬ後輩自身の言葉によって

身が裂けるほど心苦しい
相手を思ってとはいえ、嘘を付くのは蒿里自身の性分としてできないことだった

ーー正直に言おう

意を決したが、先に驍宗が口を開く
「私はもうお前に嘘をつかない、隠し事をしないと決めた。正直に言おう。私はお前を片時も離したくはないし、二度と離れたくはない。それは何も民のためだけではない。お前のためでもない。私がそうしたいからだ。ずっと近くにいてほしい。目の届くところに…」

ーー言えない

心が折れるのを感じると同時に、その言葉はやはり嬉しかった
誰だって、好かれていることは嬉しいんだ
好きじゃないと言われて悲しくない人はいない
そばにいたいと言ってくれている人に「私はそうでもありません」なんていうのは、泰麒にとって嘘を付くよりもっと難しいことだった
驍宗はじっと泰麒を見ている
泰麒がなんと返事をするか待っているのだろう

泰麒は返事をせず、驍宗に抱きついてみた
嘘をつくのは難しい
本当のことを言うのは心苦しい
何も言わないのが、一番良いように思われた
「自分から抱きついてくるのは初めてだな」
そう言って驍宗は頭を撫でてくれる
泰麒は意識を集中させて、自分に問いかける

ーー嬉しいか? 嬉しいか? 一緒にいられて。やっと会えて。嬉しいはずだ。ずっと会いたかったんだ!

でもいくら探しても、心のどこにも愛しさは芽生えてこなかった

533名無しさん:2013/09/10(火) 20:37:08
うーむ、一晩寝たらよく分からなくなってしまった
すみません
ここで止めます

534名無しさん:2013/09/12(木) 01:31:19
乙です。
もし続きできたら読ませていただけたらうれしいです!

535名無しさん:2013/09/15(日) 12:05:12
>>534
まじですか!
大変嬉しかったのでちょっとがんばってみたんだけど、やっぱり無理だった…

536名無しさん:2013/12/25(水) 20:47:06
>>535
凄く面白いですよ!
どういう展開になさるのか書き手さんの着地点がわからないけど
色んなパターンで妄想しがいのある素敵視点のSSだと思いました
私も続き待ってます!

537尚六1/3:2014/03/07(金) 03:15:47
誰もいない……初投下するなら今のうち(´∀`)

・やさぐれ六太と尚隆@碁石集め中
・最近書きはじめたので間違いあったら指摘していただけたら有難いです
・携帯からなので読みにくいかもしれませんがよろしければ



 寝そべったまま腹の上で瓶を開け、無造作に手を突っ込み引き上げる。
 金色に透き通るそれが、滴り、服を床を汚していく。
 うっすら開いて待ち受ける唇を、濡れた指が割って入った。
 とろりとした甘さが舌に絡んで、喉を焼いて胃の腑へと落ちていく。

 広がる金糸の上に散らばる粒の一つを、幼い指先が探り当て口に放り込む。
 かりとそれを噛みながら、星になってしまえばいいと六太はぼんやり思う。
 淡い薄水の小さな星屑は、さらりと口内で融けて消えていった。

 絹の敷布に広がる蜜溜まりの中から、同じ色の塊を拾いあげる。
 すべらかな舌触りのそれは、六太に女官達の挿す簪を思い浮かばせる。
 がりりと噛み砕きながら、それとも、と投げ遣りな思考は見当違いの言葉で感情を吐露する。
 この甘さに閉じ籠って眠ってしまおうか。
 砂糖漬けの花が、盛りの姿のまま冬を越えるように。
 樹木の流すそれに囚われた虫が、形を留めたまま時を越えるように。
 この甘さに閉じ込められて眠ってしまえば、永遠を獲られるのだろうか。
 酸味も苦味もない、ただひたすら一途な甘さばかり集めて、溺れてしまえば。

538尚六2/3:2014/03/07(金) 03:17:04
 袋を開け、天井を仰いだまま掌に中身を空ける。
 摘まみあげた一つを除いて、後は受け止められずに溢れた分に紛れこませた。
 丸く、色ばかり赤い、香料と砂糖の塊を口へと押し込む。
 流石に胸焼けがしてくるが、構わずに口内で転がす。
 大粒のそれは先客とぶつかり合って、かちかちと口の中で小さく鳴った
 さらさらとした舌触りの黒は、幾つもの甘味が過ぎ去っていく中で、少しも融けてくれやしない。
 まるで、見つけてしまった事実はなかった事にはならないのだと、知らしめているようで嫌になる。
 別段、それが何を意味していると決まった訳でもない。
 ただ何故だか見つけると同時に、自身でも驚く程冷めた心地でその事を理解していた。
 六太の主は未だ帰らない。
 尚隆は三月程前に城を出て、まだ帰らなかった。
関弓にもいないようなので、どこか遠出をしているのだろう。
 そう珍しい事でもないし、殊更慌てるような事でもない。少なくとも今まではそうだった。
 顔は動かさずに横目を巡らして、横たわった周囲を確認する。
 この有り様を見たら怒るだろうか、呆れるだろうか。
 王の反応を予想しようとしたが、上手くいかずに途中でやめる。
 己でも当て付け染みた事をしているとは思いながら、その実六太にそんなつもりはさらさらない。
 じゃあ何なのだろうと考えようとして、途端に億劫になってこれもやめた。

 ちりちり焼けつく胸を無視して、舌で転がし歯て削り。口内に甘みが拡がるのを促して、それでも充たされない。
 更なる甘さを求め、傍らに転がした瓶に手をのばそうとして、夜の向こうに近づく気配を見つけた。

 久方ぶりの自室で、尚隆は何とも言い難い表情で牀榻の惨状を眺めていた。
「……ここは俺の部屋だと思ったが」
「そうだな」
「何をしている」
「何だろうな」
 惨状の原因らしき麒麟に説明を求めた声には、仁辺もない返事が返る。
「寝床が無いんだがな」
「どうせろくに使いやしないんだ、いいだろ」
 ふと、何の気もなく六太が手を伸ばした。

539尚六3/3:2014/03/07(金) 03:18:22
 何か言おうとしていた尚隆の腕を引いて、近付く顔を伸び上がるようにして迎える。
 存外柔らかな感触。距離が無くなる刹那、見開かれた深い色の瞳と一瞬目があった。
 薄べったいそれを、重ねた唇から舌で押し込んでやって手を離す。
 唇というのは存外柔らかなものなのだな。
感想を抱きながら、再び離れた距離を見上げれば、らしからぬぽかんと間の抜けた表情があった。
 滅多に見れない表情が可笑しいと、六太は表情に出さずに心で笑う。
 これだけ生きて尚知らぬ表情がある。
それが少しばかり惜しいと思って、内心首を振る。もう終わることだと。
 絶句して立ち尽くす主を尻目に、するりと牀を降りた。
「なあ」
 そのまま横を通り抜ける際、声を掛ける。足は止めない。
 金色の気配。己だけが知る、今はまだ変わらずに暖かでいてくれるそれ。
「全部溜まったら教えてよ」
それなりに長い付き合いの誼でさ。
 そう付け加えて、返事は待たずに房室を出た。

 奇行の末、何も語らず麒麟が去った後。
 何とはなしに追いも出来ず、尚隆は甘い匂いに満ちた房室に一人残された。
 悪戯と言うには質の悪いやり方で、六太の寄越した飴のせいで口の中まで甘い。
 時折訳の判らぬ事を仕出かすどうしようもない餓鬼ではあるが、あの子供は徒に食物を無駄にすることはしないのだが。
 尚隆は割れそうに薄くなった飴を舌でなぞりながら、改めて目にした牀榻の有り様に閉口する。
 敷布は蜜でべたべた、その上に色とりどりの飴やら砂糖菓子やらが散らばっている。
 宵闇の中、僅かな灯りを照り返すそれは綺麗と言えない事もなかったが、
兎にも角にもこのままでは使い物になりそうもない。
 敷布を引き剥がして何とかなるだろうか、面倒だから榻を使うか、いっそこれから関弓に出るか。
 考えながらその前に、取り敢えず今回の戦利品を収めてしまおうと懐を探る。
 房室の片隅に隠した蓋付きの鉢を手にして、ふと違和を覚えた。
 軽い木で造られたそれが、詰めたものがものとはいえ、常と比べても妙に重い。
 訝しく思いつつ蓋を開けた所で、尚隆の手が止まった。宵の色の目がただじっとそれを見る。
 木鉢の中で、八十二の白と黒の石が縁まで浸された透き通る金色に沈んでいた。

540名無しさん:2014/03/15(土) 12:19:15
>>537-539
投下乙でした!
初キッス(らしい)って事は一応ノーマル主従なのかな?
でもここから尚隆が六太を強烈に意識し出して
碁石集めが馬鹿馬鹿しくなると同時に本当の尚六になりそう。
というか相手のベッドルームに籠もってわざと汚したり色々するのって
既に六太は相手に甘えてるし、意識的にしろそうでないにしろ
それを隠してもないって事だよねぇ。

541名無しさん:2014/04/02(水) 01:42:27
乙でした!

戸惑ってる尚隆にニヤニヤしつつ、気だるげな六太にドキドキしつつ、楽しく読めました
碁石集めを止めたのがこんな風に六太きっかけだといいなーと思った!

…感想言うの下手ですみません
また読みたいです

542名無しさん:2014/10/26(日) 01:53:42
その日驍宗は泰麒を抱いて寝た
それまでも皆で雑魚寝をしていたので常に隣にはいたのだが、二人で天幕で過ごすようになってまでそうしてくれるとは思わなかった
気持ちは痛いほどに嬉しいが、やはり抱き締められていることを嬉しいとは思えない
申し訳なくて泣きたくて、泰麒は目を閉じてかつての気持ちを思い出してみる
記憶の中の自分は驍宗のことが大好きで、そばにいたくて会いたくて堪らない
その気持ちは今も変わらないのに、目を開けてみれば目の前にいるのが会いたいその人と思えなかった

泰麒はそっと驍宗の胸に付けていた顔を上げる
元々獣のように気配に鋭い上に警戒心が強くなった彼は、周りの微かな動きでも目を覚ましてしまう
それを知っていたので、泰麒は細心の注意を払って驍宗の寝顔を見つめた
長年の潜伏で以前よりも頬が痩せて、青白く潤いのあった髪は艶を無くしている
泰麒の慈悲の心が痛んだ

彼は玉座の重みをきちんと理解している
この国の状況が自分の責であると自覚出来ている
中にははっきりと驍宗を責める者もいるだろう
驍宗はそれに対して言い訳などしないはずだ
しかし例え周りが「あなたのせいではない。全ては阿選が悪いのです」と言ったところで、彼はそれを認めはしないと思う
驍宗が治めるべき戴で民が苦しみ亡国に瀕したのは事実だからだ
その、一人で抱えるには大きすぎる責任

今の彼には味方が必要だ
心から彼を愛し、支える、決して裏切らない存在が
どれだけの者が驍宗を責め恨んでも、この者だけは自分を慕ってくれているのだと信じられる存在が
それはどう考えても麒麟の役目だ
天帝もきっとそのために王に麒麟を遣わせたのだろう

──では僕は、今日から意識して麒麟になろう

自分の個人的な感情など今はとるに足らないことだ
この人のために、王を愛し慕う、最高の麒麟を演じてみせよう

泰麒はそう決意して、再び驍宗の胸に頭を押し付けた
その僅かな身じろぎに目を覚ました王が抱き直してくれたので、泰麒もぎゅうと、背中に回した手に力を込めた

543名無しさん:2014/10/26(日) 01:58:06
>>532の続きでした(先にそう書き込もうと思ったのに忘れた)

ちょっとノッてきたので続けてみました
もしかしたらまだ続けるかもしれないんですが書き逃げスレってこういう使い方しても大丈夫ですかね?
なんかわりと長くなりそうだしいつ続き書くか分からない

50もは使わないと思うんですけど新しくスレ立てた方が迷惑にならない?

544名無しさん:2014/10/26(日) 19:46:18
好きでいいと思うよ。50も、というぐらいにあるなら1スレ使ってもいいだろうし
迷惑になるってのは気にしなくていいと思います、あとは好みだよ
532の話結構ツボってたので続ききたの嬉しいですよ
続きもまたーりまたせてもらいます(・∀・)

545名無しさん:2014/10/26(日) 23:12:08
ある程度長くて間が開くなら
後から読み返すほうからすると
独立したスレのほうが読みやすくていいです
前の話なんだけ?とか探す手間ないし

546名無しさん:2014/10/27(月) 00:08:53
お二方、ご意見ありがとうございます

こっそりここで書きたいな〜というのが自分の希望ではあったんですけど、そこで気になるのが書きたい人が来てくれたときに書きにくくなったらいけないなということでした
それに加えて>>545さんの意見が目から鱗だったので、次書くときにはスレ立てたいと思います
今までのも手直しできるし…

ありがとうございました!

547ほのぼの尚六「適切な頻度」:2015/05/03(日) 16:43:30
一線を越えて二ヶ月ほどのラブラブ主従。
健康を考えると連日の同衾はやりすぎと侍医が進言するものの、
春画まで入手して研究するほど熱心な六太はそんなことはないと抗弁。
-----

「三日に一度?」
「さようで」
 小難しい顔をした侍医が重々しく答える。尚隆の傍らで六太が「えー」と不
満の声を上げた。
「みそかごととて適切な頻度というものがございます。体に負担をかけず、さ
りとて不満もためず、心身の解放と回復を図るには、主上のご年齢ですと数日
に一度程度が適当かと。最初のひと月はとりあえずおふたりのご様子を拝見し
ておりましたが、連日同衾なさってそろそろふた月。このあたりで三日に一度
程度に控えてはいかがでしょう」
 尚隆は六太をひじでつつくと「だ、そうだぞ」と言った。六太はむくれて唇
を突き出した。
「それじゃ全然足りやしない。俺の体は尚隆より若いんだぞ。別に毎日やっ
たっていいじゃんか」
「畏れながら主上にお伺いしますが、市井におしのびになるとき、女性(にょ
しょう)をお求めになる頻度はいかほどで?」
 とたんに冷たい目になった六太が服の上から尚隆の脇腹をつねった。
「いたた」
「台輔。しばらくお静かに」
「さほどではないぞ。たとえば漁師に混じって漁に出れば、逆に女には長期間
触れぬ。それを考えれば平均すると十日に一度、多くても五、六日に一度とい
うところだろう」
「なるほど。そうしますと、やはりそのくらいが主上に適切な――」
「しかし要は間に合わせの相手だからな、六太とは違う」
 尚隆はそう言って、不満げに頬をふくらませている六太の肩に腕を回し、な
だめるように軽く揺すった。
「ふた月ではまだまだ目新しさも抜けぬし、むしろ互いに要領をつかんでおも
しろくなってきたところだ。侍医にも覚えがあろうが、男には始終そのことば
かり考えているような年頃がある。色を覚えたばかりならなおさら。制限など
せずとも、いずれこいつも自然に落ち着くだろう」
「別に俺はやることしか考えてないわけじゃないってば」
 六太が抗議した。侍医は溜息をついた。
「ちなみに昨夜は何回おやりに?」
「ふむ。五回だったかな。挿入三回、兜合わせ一回、こやつの手で一回、だっ
たか」
「尚隆、すげー激しかったんだぞ。挿れた三回とも違う体位で、時間も長かっ
たし、俺もう失神寸前だったんだから」
 だから全然負担になっていないと六太は言いたいらしい。侍医は困ったよう
に頭を振った。
「仕方がありませんな。では後ほど、負担になりにくい体位をいくつか図解で
お知らせしましょう。それを参考に、台輔にそそのかされてもあまり曲芸的な
体位をお試しにならないように」
「曲芸って……」
「台輔のお部屋にあった、『十二国別四十八手完全攻略』と銘打たれた春画は
没収させていただきました」
 それを聞いた六太は赤くなりながらも、ますますむくれた顔になった。
「それから毎日のお食事の内容も少し考えさせていただきます。消耗した体力
を補わねば」
「だからもともと負担になってないんだってば」
 六太はまた唇を突き出すと、同意を求めるように尚隆の顔を見上げて袖を
引っぱった。尚隆は苦笑して六太の背をぽんぽんとたたいた。

548名無しさん:2015/05/07(木) 02:23:51
乙です!

549名無しさん:2015/05/13(水) 19:00:21
ひゃっほー更新嬉しい! ありがとうございます!

550名無しさん:2016/04/13(水) 15:46:09
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551名無しさん:2016/04/22(金) 18:16:15
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552名無しさん:2016/04/28(木) 22:22:34
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553名無しさん:2016/05/10(火) 14:15:27
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554名無しさん:2016/05/13(金) 06:40:55
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555「ある日の延主従と朱衡」:2016/10/27(木) 16:00:58


「――なぁ、尚隆…」
「……なんだ」
 六太は朦朧とする意識の中、目の前に座る自王を仰ぎ見た。あの精悍だった面影はどこにもない。頬は痩せこけ、目の下には隈ができ、虚ろな双眸からは以前のような覇気が全く感じられなかった。
 六太はそっと目を閉じる。
 ――もう、限界かもしれない。

 互いが向き合うように並べられた書卓に向かい、ひと月近く溜め込んだ政務をこなしていく。
 書卓の上に堆く積まれた書類は、もう幾日も前から、王と靖州候でもある麒麟の裁可を待っている。
 一体どれほど溜まっていたのだろうか。片付けても片付けても終わらない気がするのは、連日の激務と側近たちの締め付けによって、二人の疲労が極限にまで達していたからだ。
「おれ、このまま失道しそう……」
「……ああ、いまにも昏倒しそうな顔色だな」
 くつくつと笑いながら、あろうことか王もそれに同意する。
「…まぁ、お前ほどじゃねぇけどな」
「ほう。……そんなに酷い顔をしてるか?」
 そう言って尚隆は顎に手を当て、僅かに生えた無精髭を撫でた。
「酷いなんてもんじゃない。二枚目が十枚目くらいになってらぁ」
「なに、十枚目でも見れればよかろう」
「ばーか」
 馬鹿はお前の字だろうが、と返す王を無視して、六太は再び山積みになっている書面に目を通した。
 
「――失礼します」
 柔和な顔に笑みを浮かべ、執務室に入って来たのは、王の側近であり雁国の大司寇を務める朱衡である。
「捗ってますか?」
「……見れば判るだろう」
 尚隆は面倒臭さそうに朱衡を見遣る。
「――ああ、漸く二十日分ほど終えられたようですね」
「…まだ、あるのか?」
「はい。いま処理なさっている量の二倍くらい残ってますが」
 そろそろこちらにお運びしましょうか?、と尋ねる朱衡に、尚隆は軽く手を振り拒否を示した。
 
「……なんでこんな事になったんだろう…」
「遊び惚けておったからではないか?」
 自業自得だ、とからかう尚隆を六太は睨めつけた。
「おれはお前と違って遊んでたわけじゃないぞっ!」
「俺とて遊んでいたわけではない」
「じゃあ訊くけどさ、このひと月近く、何処で何してたんだよ」
「さてな」
「ほら見ろ! 惚けるってことは、何か疚しいことがあるからだろっ」
「そういうお前はどうなんだ?」
「尚隆なんかに教えてやる義理はない」
「こいつ……」
 不毛なやり取りを繰り広げながらも、着実に政務をこなしていく様は、さすが五百余年に渡る大王朝を築いただけはある。
 そんな二人を傍らで見守っていた朱衡は、半ば呆れつつもその有能さに感心していた。ただ、だからこそ、もう少し真面目であればと思わずにはいられなかった。

556続き「ある日の延主従と朱衡」:2016/10/27(木) 16:03:13


「――ところで、台輔はひと月近くもどちらにおいででいらしたのですか?」
 区切りのいいところで休憩に入った六太を待って、朱衡は今まで聞きそびれていた出奔の理由を尋ねた。
「んー、慶と蓬莱を往復してた」
「慶と蓬莱?」
「そっ。前に陽子がさ、あちらの法律の仕組みをもっと勉強していれば良かったって言ってたから、その手伝いに。…ほら、景麒よりもおれの方が蓬莱に詳しいだろ? だから代わりに行って、あちらの制度について色々と調べたり、あと法律に関する書物を慶に持って行ったりしてたんだ」
「はあ…そうでしたか」
 微妙な表情を浮かべる朱衡とは対照的に、六太は茶菓子を頬張りながら、その時のことを楽しそうに語った。
「お前はいつから慶の小間使いになったんだ?」
 二人の会話を黙って聞いていた尚隆が口を挟んだ。
「別に、陽子のためだけに調べてたわけじゃないぞ。雁でも何か役に立つかもしれないと思ったから協力してたんだ」
 六太の言い種に、どうだかな、と尚隆はさらに続ける。
「お前は随分と陽子を気に入っとるようだ」
「そりゃあ、陽子はお前と違って真面目だし、律儀だし、美人だし。それに何ったって発想が斬新で面白いからなー」
「ならば、慶の官吏にでもなったらどうだ。――ああ、推薦状も持たせてやろうか?」
「……ひょっとしてお前、泰麒捜索の時、おれが陽子に味方したこと、まだ根に持ってんのか? やだねー、器が小さくて」
「お前は自分の主が誰なのか、よくよく忘れるらしい。まったく、我ながら上手い字を下したものだ」
「なっ…――」
 六太が言い返そうとした時、お二人ともその辺で、と朱衡が制裁に入った。
「主上も台輔もだいぶお疲れのご様子。本日のご政務は終了にして、午後はゆっくりとお休みくださいませ」
 特に主上、と朱衡はどこか含みのある笑みを浮かべ、執務室を後にした。
 残された王と麒麟は暫時、朱衡が退室した方を見ていたが、ふと互いに目が合うと妙な脱力感に襲われたのだった。
 
 
〜 完 〜

557泰麒捜索時の尚六:2017/08/30(水) 01:13:04
黄昏の岸 暁の天の泰麒捜索発足後の尚六。陽子とタッグを組んでノリノリに尚隆をこき下ろした六太が可愛くてその後を妄想しました( ´ ▽ ` )

 三年越しの意趣返しにはきついものだと思った。
 度外れたお節介だと六太はあの場で言ったが、俺から見たらお前の方こそ国に拘らず慈悲の大安売りをしている。
 景王陽子を筆頭にした泰麒捜索談義から解放され、慶から自国へ騎獣に乗って帰る途中尚隆はひどく不機嫌だった。
「そんなにプンプンに怒るなよ尚隆ー。お節介は今更じゃん?」
「………」
 慶に来訪した時と同じように鼻歌さえ聞こえそうな機嫌のいい六太とは逆に、尚隆は談義が終わってから一層眉間の皺は刻まれたままだった。
 確かに戴国の大事は雁とも慶とも無関係ではいられない事柄だ。泰麒の不幸がが各国の優しき麒麟達にとって他人事でないのも十分わかる。
 だが、やり方が気にくわない。
 よってたかって喧喧囂囂と、よくもまああんなに煩く己の主を隣国の王と組んで非難できたものだ。
 お前は俺の延国の麒麟ではなかったのか?と尚隆は談義中何度顔を顰めたのかわからない。
 今に始まった事ではないが主を大事にしない自国の麒麟六太に対して、尚隆は常にない険悪な雰囲気を漂わせていた。
 しかしその元凶である本人はそれに飲まれる事はなく、苦渋の選択末の捜索決定の言に喜びを見せた。それからずっと口元には微笑さえ浮かばせている。
「…おん?」
 いつもとは違う様相をどちらの主人にも感じたたまととらは、色の異なる主人を乗せつつも時折互いの顔を見合わせる。が、解決策など思い浮かべる事は叶うはずもない。
 そうして尚隆はその艶やかな黒髪を流しながら玄英宮に帰還すると、六太と言葉を交わす事なく三官吏を伴うと自らの執務室に入っていった。
 一筋縄にいかない案件は承知の上だ。
 その上で己の王の斜めになった表情も物珍しくて、六太は気持ちが浮つくのを隠すことができない。
 そのまま月が煌々と登る頃に六太も粗方の段取りを身近の官吏に指示した後臥室に戻る。
 すると牀榻にはやはりというか、予想していた人影が垂れた布の中から視えた。
「よう。そっちも大体終わったか?」
「……さてな」
 六太が布をめくった先には既に被衫を身に着けくつろいだ様子の尚隆がいた。
 沈黙が多かった少し前を思いだせば返事がある分少しは機嫌は治ったのかもしれない。
 それでもか細い蝋燭の灯りが照らす顔をじっくり見ても、まだ眉間の皺は皺のままだった。
「そんなに愉快な顔をするな。俺が不愉快だ」
 六太の己を眺める様相が気にくわないのだろう。
 呟く主の小言も無視して六太は苦笑しながら同じ牀榻の中に入った。
 王ほどではないが台輔の牀榻もそれなりに大きい。
 邪魔するように中央に横たわる尚隆を乗り越えて奥に座ると今度はしっかりと視線を合わせた。
「なあー。そんなに不貞腐れんなよ。もう決めた事だろ」
 いつもの二人の対応とはとは逆に、六太が男の精悍に映える頬に手を当て優しい声色でささやく。
「何を言う。よってたかって晒し首のように俺をやり玉に挙げた事、一生忘れぬぞ」
「おー怖い怖い。我が主はほんとにご機嫌斜めだなー」
 もはや茶番の雰囲気になってきているが、それでも流れを簡単に変えるつもりはないようだ。
「どーすれば治るかなー、ここの皺…」
「さてな。自分じゃわからん」
「んー。こうか?こうかな?」
 ちゅ、ちゅ、と六太が戯れるように主の頰に額に己の唇を押し付ける。
 そしてまた表情を伺ってみるが、緩くはなったがまだ皺は刻まれていた。
「足りぬ。その程度では誰がほどくものか」
 苦笑する六太はさらに唇を鎖骨に首に降らした。
「…何がお望みで?」
「皺を刻ませたお前が、それを言わすか」
「聞きたいの。出ないと高尚な我王の望みはわかるわけがねえ」
 言って六太はまたも含み笑いを零す。
「そうか。お前は莫迦だったな。それなら仕方がない」
 ちょっと聞き捨てならなかったが、聞き流すとして六太は尚隆の手に引き寄せられると唇を押し付けられた。
「ん…ぅんっ……は、…尚、隆…」
 避けぬよう押さえた上で尚隆からの更なる口付けを受け入れる。
 六太がほどこした啄むような軽いそれではなく、彼が仕掛けるのは舌を入れ絡み、吸い上げる欲情の誘いであった。
(あーあ。今夜は寝れないかもしれねえなー…)
 まあ、陽子と共に煽った俺が原因だし、これは諦めるしかないよな。
 六太はまだ止まぬ尚隆の口付けに胸中溜息をつく。そしてこれからの事を予想して抵抗を止めた。
 ただの六太からの口付けだけで回復するほど尚隆の矜持は安くない。
 主の気質を嫌という程わかっていた六太だったが、中々みられぬ尚隆の不機嫌に心が踊って仕方がなかった。


 了

558名無しさん:2017/08/31(木) 21:26:54
尚隆……w

559湯浴み(尚六):2017/09/04(月) 15:13:29
永遠の行方に感動し、書き逃げに新しい尚六が投下されていることに歓喜してたら、なんか滾ってきたので、初投下です。
短いしストーリー性も皆無ですが…。

ーー
玄英宮、仁重殿の臥室。
寝るには少し早い時間だが臥室の中は薄暗く、被衫を着た六太は榻に寝転がり目を閉じていた。そうして視覚を遮断していると、気配をより強く感じることができる。
この臥室へ近づいてくる特別な気配を。自然と緩んだ頰を、軽く叩く。

扉が開く音がして、その気配が室内に滑り込んできた。六太は目を開けてそちらを見る。
ほのかな灯りの中、そこに立っているのは旅装姿の尚隆。長旅から帰ってきた王は、そのままの服装で直接ここへ来たらしい。
「お前の臥室は、ここじゃないぜ?久しぶり過ぎて忘れたのか」
わざと冷たい声を出す六太に、尚隆は笑った。
「つれないことを言うな。たまには笑顔で出迎えてみろ」
六太はそれを鼻で笑い、榻の上でごろりと転がって尚隆に背を向けた。

近づいてくる王気を、六太は背中で感じ取る。榻に腰掛けた尚隆の手が六太の頰に伸びてきた。
ふっと不快な臭いがして、六太は眉をひそめた。
「お前……怪我したか?」
尚隆の手を押し留め、顔を直視して訊く。
「いや。……血の臭いがするか?」
「少しな」
「喧嘩に行き合っただけだ」
「……」
尚隆は笑って、六太の背を軽く叩いた。
「たいした喧嘩ではない。片方が軽い怪我をした程度のことだ」
「……」
押し留めていた手が伸びてきて、尚隆の手が六太の頰を撫でる。尚隆の顔が近づいてきて唇を塞がれた。口腔に舌が入り込み、六太のそれに絡みつく。
黒髪が尚隆の肩先から落ちて、六太の顔をくすぐった。
「ん…、尚隆」
六太は手で尚隆の肩を押し返す。
「……お前、湯浴みしてこいよ」
「血の臭いが気になるか」
「うん」
「俺が怪我したわけではないから服に付いただけだろう。脱いでしまえば問題なかろう」
にやりと笑いながら言う尚隆に、六太は顔をしかめた。
「髪に付いてる」
「ああ……髪か。それは盲点だったな」
尚隆は微かに笑って、また顔を近づけてくる。六太は手で尚隆の口を塞いだ。
「湯浴みしてこいって」
「面倒だな、我慢できんのか」
「……集中できない」
六太はぷいと顔を背ける。尚隆が面白そうに低く笑った。
「それは困るな」
尚隆の手が六太の金色の髪を、滑るようにして撫でる。
「では、お前も来い」
「ひとりで行けよ。おれはもう湯浴みした」
六太は顔を背けたまま、尚隆の手を払った。
「六太」
囁くような心地よい声に名を呼ばれるのと同時に、大きな手が頰に添えられて、六太の顔は正面に向けられた。目の前には尚隆は楽しげな笑顔。
「お前も一緒に来い」
その瞳をしばらく見つめ返した後、六太は僅かに視線を逸らした。
「……お前と湯浴みすると絶対のぼせるから、やだ」
くつくつと、尚隆が笑った。
「心配するな。のぼせたら運んでやるから」
そういう心配してんじゃねえよ、と思ったが、言ったところで尚隆の意志が変わるわけではない。六太は深く溜息をついた。
「……変態」
ぼそっと六太が呟くと、尚隆は声を上げて笑った。

ーー
続くかも

560名無しさん:2017/09/04(月) 19:12:35
なんて素敵なしっとり尚六…!ありがとうございます!ありがとうございます!( ´ ▽ ` )。。

561名無しさん:2017/09/04(月) 19:32:56
なるほど湯舟の中で(略
(・∀・)ニヤニヤ

562名無しさん:2017/09/05(火) 21:01:13
続いてください!

563名無しさん:2017/09/06(水) 00:21:47
尚隆「ちなみに湯の中で出すと固まるから外で出したほうが良いぞ。
   俺は一度陰毛に絡んでなかなか取れず、酷い目に遭った。
   だが、六太はつるつるだか――(ドゴッ)ぐふっ」
六太「お・ま・え・は! なんでそういうこと他人に言うかな!?」
尚隆「あるじ兼恋人に膝蹴りは酷いのではないか……?」

564名無しさん:2017/09/06(水) 07:11:38
尚隆強いなwww

565湯浴み(尚六)続き:2017/09/06(水) 12:54:14
>>559です。
反応あって嬉しかったので続き書いてみました。肝心?の湯浴みシーンすっ飛ばしてますごめんなさい。

ーー

それから半刻あまり後、湯殿ですっかりのぼせた六太の身体を、尚隆は大きな布でくるんで抱きかかえ、仁重殿の臥室に戻ってきた。
牀榻まで運び、軽い身体をそっと寝台に横たえる。ほんのり紅潮した六太の頰にひとすじ張り付いていた金髪を、指を滑らせ後ろに流した。
閉じていた瞼が重たげに開き、尚隆の顔に焦点が合う。
「……水」
掠れた声で、六太が囁いた。
尚隆は六太に頷いてみせてから、枕元の台に置かれていた水差しから杯に水を注ぎ、それを口に含んだ。六太の首の後ろに腕を差し込み上体を少し起こしてから、薄く開いた六太の口に自分の唇を寄せた。
熱い口腔内に冷たい水を流し込む。六太は細い喉を小さく鳴らしてそれを飲み込んだ。ふぅ、と漏れた吐息が尚隆の顔にかかる。
「……もっと」
尚隆は口元に笑みを浮かべる。
「もっと欲しいか」
微かに頷いた六太の口を自分の唇で塞ぎ、舌を押し込んだ。熱い口腔の中の感触を楽しむ。六太は顔を振って逃れようとしたが、尚隆は腕で頭を抱え込み、それを許さない。更に深く口づけると、六太は喘ぐように微かな息を漏らした。
「……お前じゃねぇよ、……水」
ようやく解放された六太が、尚隆を睨みながら荒く吐息をつく。
「なんだ。水が欲しいなら、そう言わんと分からん」
尚隆は口の端で笑う。もちろん、分かっていてわざとやっているし、そんなことは六太も承知しているだろう。
「……もういい、自分で飲む」
六太が身を起こそうとしたので、尚隆は手で押し戻す。
「飲ませてやるから、寝てろ」
六太は不満そうな顔をしながらも身体から力を抜き、ふいと顔を背けた。
露わになった六太の鎖骨に鬱血したような痕を認め、尚隆はほくそ笑む。先ほど湯殿で尚隆が付けた痕だ。

六太はいつも湯殿での情事を嫌がる。その行為自体が嫌なわけではなく、本人曰く、普段の倍疲れるかららしい。
尚隆自身は、湯殿での情事を気に入っている。湯に広がりたゆたう美しい金髪も、湯煙の中で見る六太の恍惚の表情も、広い湯殿内に反響する六太の声も。濡れて滑るせいか、六太が普段より強くしがみついてくるのも。全て。
嫌がるものを無理強いすることはあまりしないが、今日は六太が湯浴みしろと言ったのだから、巻き込まれても仕方があるまい。だいたい長らく王宮から離れていて久しぶりに六太に触れるというのに、ひとりで湯浴みしてこいと言われて引き下がるわけがない。
自分勝手だと自覚しながら、尚隆はそう考える。

尚隆は杯から水を口に含むと、六太の顎に手をかけて正面を向かせ、濡れて艶めく小さな唇の隙間に、少しずつ水を落とす。六太が全ての水を飲み下したのを見届けてから、小さな身体を寝台に横たえた。
胸元まで掛かっていた布を剥ぐと、薄く桃色に色付いた滑らかな素肌が現れる。そこに尚隆がそっと掌を滑らせると、六太の手が力なく動いてそれを押し留めようとした。
「やめろよ……、もう……無理」
半ば諦めたような表情をしつつも僅かな抵抗を示す六太に、尚隆は含み笑いを漏らす。
「何を言うか。久しぶりなのに、一回で済むわけがないだろう」
「……お前もそろそろ我慢ってもんを覚えろよな」
「お前に言われたくはないな」
「おれは誰かさんのせいで、いつも我慢してる」
「では聞くがな。お前がものすごく空腹だったとして、目の前に桃を差し出されたのに食うなと言われたら、どうする」
「……なんの例えだ」
「桃を食わずにはおれんだろう」
笑みを湛えながらそう言った尚隆を、六太は呆れたような顔で見つめる。
それからふっと六太の顔に笑みがこぼれて、くすり、と小さな笑い声が唇から漏れた。
「……莫迦」
吐息混じりにそんなことを言われても、誘われているようにしか聞こえない。
尚隆はもう一度唇を重ねながら、六太の胸の敏感な場所を指で弄る。びくっと小さな身体が跳ねた。先ほど一度快楽に達した身体は、いつにも増して反応が良い。
思わず笑みを浮かべながら、長い夜になりそうだ、と尚隆は心中でひとりごちた。



566名無しさん:2017/09/07(木) 08:13:55
うっはー!続きありがとうございまーす!!(*゚∀゚*) 六太!尚隆!ラブラブ!(*´Д`*)

567湯浴み(尚六)番外編:2017/09/08(金) 18:31:22
>>565 です。
湯浴みを第三者視点で。
先輩女官の台詞と新米女官の独白
新米女官は完全に腐女子w
ふと思いついて、勢いだけで書いてます。
仁重殿の臥室から湯殿の女官へ、先触れが来たところから。

ーー
え、また台輔が湯浴みにいらっしゃるの?先ほど一度いらしたのに。
主上も一緒に?ああ、そういうこと……。
主上はどこかへ出奔してひと月近く戻ってないと聞いていたけれど、お帰りになったのね。
そうしたらすぐに準備をしなければ。
あなた、まだ仁重殿に配属されたばかりだから勝手が分からないでしょう。ああ、お二人で湯浴みするときには、お世話は不要だからね。
着替えの被衫を準備して。もちろん、主上のものをね。
台輔の分も一応準備して。まあ、おそらく台輔の被衫は使わないでしょうけど。
他に必要なものは体を拭く布の他に、大きな布よ。
そこの棚の下の段に……そう、それよ。
何に使うかって?それは後で分かるわ。

ちょっとあなた、何をにやけているの?顔も赤いし……。
まあ理由は分からなくもないけど、そんな顔をお二人に見せてはだめよ。
ほら、もういらしたみたい。顔を伏せていなさい。

ーー
ああ、伏せた顔がどうしようもなくにやけてしまうわ。
先輩はすごいわね。どうしてあんなに沈着冷静な顔をしていられるのかしら。

ずっと憧れだった仁重殿の配属になって、やっとひと月。毎日が楽しかったけれど、唯一の不満は主上が出奔してしまって、主上と台輔が一緒にいるお姿を見られなかったこと。
それがついに見られるなんて!
しかも、一緒に湯浴みだなんて……。
ああ、駄目駄目、変な妄想をするなんて不敬だわ。

お二人が並んでいるお姿を見たい、でもこんなににやけた表情は見せられないわ……。台輔が主上に文句を言ってるのが聞こえるけど、なんだかその声が嬉しそうで、すごく可愛い……。
ああ、湯殿の中に入ってしまわれた。

ーー
顔を上げていいわよ。
……あら、まだそんなににやけた顔して。
仕方がないわね、まあお二人が出てくるまで時間がかかるでしょうから、それまでに平静を装えるようになさい。とりあえず、お二人が脱いだ衣服を片付けましょう。

え?お二人の関係?
あなた……そういうことは、直截的な言い方をするものではないわ。
仁重殿の女官なら、察しなさいな。
貴人の秘め事は、私達が口に出していいことではないのよ。

ーー
やっぱりそうなんだわ。主上と台輔は、ただの主従関係ではないのだわ……!
ああ、素敵すぎて目眩がしそう……。
平静を装いなさいと言われたけど、どう考えても無理。というより、考えれば考えるほど、無理。だって、これまで遠くからお二人を見ていて胸の奥で膨らんでいた妄想が、現実だったんだもの。

さっきから、時々湯殿から微かに声が聞こえてくるけど、あれは台輔の声よね。
今まで聞いたことのないような……。
やだ、またにやけてきたわ。胸もどきどきするし。
先輩は慣れているから平気なのかしら……。それともお二人の関係に萌えないのかしら……。でもさっきから全く喋らないところを見ると、きっと耳をそばだてているはずだわ。先輩も平静を装っているけど、これは長年の経験で身につけた技よね。
さすがだわ。私も見習わなければ。

あ……台輔の声がはっきり聞こえたわ!
やだ、もう顔が熱くなってきた。
なんて情熱的なのかしら……。

え?
あ、そろそろ出てくるだろうって?
分かりました。頑張って平静を装います。

ーー
台輔はのぼせてらっしゃるでしょうから、身体を拭くのをお手伝いして、それから大きな布でくるむのよ。
一応、その前に被衫を着るかどうかお聞きしてね。
ほら、にやけるのはもうやめて。自分で頰を叩くといいわ。
私も初めの頃はそうしていたから。

あ、出てきたみたいね。やっぱり台輔はのぼせてらっしゃるわ。お手伝いしましょう。

ーー
大きな布でくるまれた台輔は、主上に抱えられて、臥室へ戻ってしまわれた。
さっきの台輔のお顔が目に焼き付いているわ……。
ひとりで湯浴みした時の湯上がりとは、全く違うお顔だった。
普段は少年らしいやんちゃな雰囲気の台輔なのに、さっきの台輔は全然違っていて、なんていうか……もう……。
台輔を抱きかかえてその顔を見つめる主上の表情も、なんだか……もう……。

ああ、また顔がにやけてきたわ。
でももういい、平静を装う必要なんかないもの。さ、にやけながら湯殿の清掃しましょうっと。

ああ、今頃お二人は臥室でどうなさっているのかしら。臥室付きの女官になりたいわ……。
いいえ、もういっそのこと、牀榻の壁になりたい。



568名無しさん:2017/09/08(金) 22:34:25
私もwwこの尚六してる時のw牀榻の壁になりたいwww

569名無しさん:2017/09/08(金) 23:56:23
じゃあ自分は牀榻の天井でw

570尚六の末声話、その一:2017/09/12(火) 23:58:06
世にも珍しき殯を行った王のお話。


昔々、雁国に治世五百年を治めた名君の王がいた。
登極当初は「政(まつりごと)に興味がない、朝議をさぼってばかりいる昏君と悪声ばかり噂される王だった。
が、ゆっくりと黒かった国土を緑の国土に。腐敗していた官達を乱を基に一掃して国府を整えさせると、後は約束されたかのように大国への歩みを進み始める。

『けして無能ではなく有能だ。しかし、一見出鱈目に見えるのが欠点だ』
と三官吏達は溜息を吐きつつ口を揃えていったとか言わないとか。

そしてその珍しき稀代の王の傍らには、これまた珍しき少年の台輔が従えており、王はその麒麟を大層気に入っていた。
出奔好きで女好きと有名な王と噂された王だったが、五百年以上続いた長き治世の間、一度も後宮に女人を置く事ははなかった。
また王は水もしたたる男前でもあった為、出世を企む官吏達からの美女の贈答や見合い話が絶えなかった。
後宮に美姫を囲んでも、失道にならなければ問題はない。
だが王は、その数多たる美しき縁の中から一つだってその手を取ることはなかった。

いつしか変わらずに傍に置く延麒こそ、伴侶ではないかと云われるようになる。
実際王は登極当初から延麒を半身といって憚らなかった。
国が豊かになるにつれ、民は実らない王の縁談話より楽しそうに語らう王と麒麟の姿を不変に望むようになっていった。
そうゆう廻り合いなのだろう。

普通の麒麟より早熟で、他国の麒麟とは違い『主上』とは一切言わないが誰よりも王を慕う少年の麒麟と、
海客であるが政策はどれも民の心に寄り添ったものを選び、広く大きな慈愛に満ちた我が国の君主は。

少しばかり他国の王と麒麟らしくはないと誰もが思った。
だが雁の国民に仲睦まじいのは微笑ましい事だと見守られながら数百年が過ぎた。
それまでの名君よりも遥かに長く国を治めた稀代の名君であった。
だが、人の治める国である以上いつか終わりが訪れる。

571尚六の末声話、その一続き:2017/09/13(水) 00:01:17
その終わりは、王が失道するものだろうと王宮の多くの官吏達は想像していた。
が、結果は逆に台輔が逆賊に歯向い斃れるというはるか昔に体験した結末に終わったのだった。
なんて惨く、哀れな。
かける言葉は王と麒麟、どちらにかかったのは闇のまま、最悪の事態は以前から予測していたのだろう。
救出に向かう王の前に、血に塗れた使令に担がれた延麒が現れた。
王は一目で彼の受けた傷が深く、最後の息になっているのを見破ってしまう。

どうして?
何故、こんな惨い目にお前があわなければならない?

間に合わなかった半身の悲劇に王はその小さき身体を抱きしめるものの、声さえかけられずに震えるばかり。
そんなありような王に、腕の中の延麒は最後の言を彼に告げる。

それはいつも投げられる小言ではなく、愛の言葉だったかそれとも一緒だったか。詳しい内容は後日の側近にも王は話す事はなかった。
わかった事は王はすぐに逆賊達を鬼神のごとく速さでうち取ると、王宮に戻るやいなや哀しみにくれる事なく王なき後の政の指示を官吏達に授けた事。
自分の死が近日に必ず起こること。それを関係諸国に密やかに知らせた後、王は粛々と延麒の葬送の準備に取り組んだのだった。

当たり前だった下界への出奔は一切なくなり、ひたすらに身辺整理と葬送にかかる。
そのままふた月もしない内に王は静かに斃れる。
驚く事は自分が斃れるまで麒麟は手放さず、葬送にも出さずずっと手元に置き続けたこと。
これには官吏達の多くが反対し、声大きく非難したがそれでも続けたこと。

きっと手元に置かなければ哀しみのあまり狂気に呑まれたのだろう。
そのように親しき官吏は話したが、それほどまでに王は半身の死に苦しみ、突如訪れた果てのない哀しみにくれたのだ。
そして王はこのまま延麒と一緒に棺に入れてくれと、一番の古参の官吏に勅令を出した。

命のとおり王と延麒、二人の葬送の儀を取り行い、殯(もがり)宮に棺を安置した。
使令らが食べ終えただろう頃に棺の中を開けて見る。
するとそこには新たにあつらえた豪華な衣装と剣以外、やはりというか何も残ってはいなかった。

『食べたのか…王も、諸共に…』
『ああ。うちの破天荒な王らしい…六太も迷惑だろうに』
『これが…我が国の王と麒麟の望んだ最期、ですか…』

雁国の建国以来初めての事だった。
王と麒麟が初めて一緒の棺に納められ、一緒に墓に収められた。
王たっての願いだった。
『生前も、死後も一緒に』と。

この天帝が治める広き十二国で、王と麒麟が一緒に殯を行ったのは延国だけだった。
失道した王、または半身を失った王は大抵混乱して麒麟を見送るしか考えられなかったのだろう。
『神出鬼没な割に存外寂しがり屋』と、いつか話した王の慈愛が、終わりの瞬間まで生かされた出来事であった。

激しい恨みを逆賊討伐だけに留め、半身を不条理になくした怒りに身を任せず、最後は半身の心に沿った葬送を王は選択した。
その前代未聞と言える殯を支えた官吏をもった王は、まさしく稀代の名君と言えよう。
後にこの類を見ない珍しき葬送を行った延王以降、延の殯は王も共に入る事が許されるようになる。

『生前も、死後も一緒に』

まさしく王と麒麟。
長きに渡り半身と生き、半身と終わりを迎えた興王の、今は昔の物語。




572名無しさん:2017/09/13(水) 00:18:33
尚隆……六太……(´;ω;`)ウッ…

573名無しさん:2017/09/17(日) 15:45:41
うわああああ、気づかないうちに尚六小説の乱舞・・・!
姐さんたち、本当に有難うございます、有難うございます
永遠の行方が完結して落ちこんでたから、本当に嬉しい・・・!
支部に投稿されたやつも、舐めるように読みつくしてるよ

574赤い果実(尚六)1/3:2017/09/19(火) 12:44:24
先日「湯浴み」を投下した者です。
また尚六書きました。ラブラブです。

ーー
玄英宮に王への献上品が届いた。
それは艶やかに赤い小振りの果実で、香りは桃に似ていた。南国との交易で得た珍しい品物らしく、尚隆は雁でその果実を目にしたことはなかった。
金銀や玉、宝飾品などには一切興味を示さない王だが、珍しい果実の献上には殊の外喜んだ。
今夜までに臥室に準備しておくように、とすぐに女官に命じた。

「珍しい果実が献上された。俺の臥室に準備させておくから、後で来い」
一緒に夕餉を取りながら、尚隆は六太にそう言った。
「へえ、楽しみ」
と、六太は笑って応じた。

夕餉の後で湯浴みを済ませ、臥室に戻った尚隆は、榻の前の卓上に赤い果実が盛られた籠が置かれているのを見て、満足げに頷く。
尚隆が果実の献上品を喜んだのは、もちろん自分が食べたいからではない。むしろ自分のためなら酒の方が断然良い。
尚隆は榻に座り、六太がこれを食べたらどんなに喜ぶだろうかと考えながら、待ち人が来るのを待った。

暫くしてから扉が開く音がして、六太が部屋に入ってきた。
「なんか凄くいい匂いがする」
六太が笑顔で近づいてきて、尚隆の隣に座った。
「これが献上された果実?初めて見るな」
六太は目を輝かせて、籠に盛られた果実を見つめる。
「雁では採れない物らしい。暖かい南国でないと育たないそうだ」
へえ、と六太は感心したように言って、果実をひとつを手に取る。
「食っていいか?」
六太が小首を傾げて訊くので、尚隆は笑って頷いた。
果実を口に近づけた六太は、そのまま匂いを嗅ぐようにして動きを止める。
「どうした?」
うーん、と六太は少し考えるように首を傾げた。
「なんだろう、この香り……。桃に似てるように思ったけど、なんか全然違うような気がする」
「そうか?俺は桃に似ているとしか思えんがな」
「まあ、尚隆の鈍感な鼻じゃわかんねーか」
「それはそうだろう。獣のほうが鼻が効くと決まっておる」
六太ちらっと尚隆を見て笑い、手にしていた果実に噛り付く。瑞々しい実から果汁が滴り、桃のような香りが一層強く感じられた。
「んー、美味い」
六太は満面の笑みで果実を咀嚼する。尚隆は微笑を浮かべながらその様子を眺めた。
すぐに一つ目を食べ終えた六太は、籠に手を伸ばして二つを手に取ると、そのうちの一つを尚隆に差し出す。
「お前も食ってみろよ、美味いから」
尚隆はそれを受け取って嚙る。桃よりも少し酸味があり、歯ごたえの柔らかい果肉だった。
「確かに美味いな」
「だろ?」
六太は嬉しそうに笑って、自分も果実を囓った。それから暫く、果実を食べながら適当に雑談をした。

六太は三つを食べ終えたところで、それ以上は手を出さなくなった。
「もういらんのか?」
「あー、なんか……もう、いいや」
何故か六太は尚隆と目を合わせずに、歯切れの悪い答え方をする。訝しく思ってよく見ると、少し顔が赤かった。
「熱があるのか、六太」
手を伸ばして首筋を触ると、やはり少し熱く、脈が速かった。
六太は慌てたように首を振る。
「いや、熱があるわけじゃない。なんか……酒に酔った時に似てる」
「酒?……お前、果実を食って酔ったのか」
「……そんなわけ、ないだろ……」
六太はやはり尚隆のほうを見ずに少し俯き、そのまま黙り込んでしまった。


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