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【王様】一行リレー小説【麒麟】

1名無しさん:2003/01/14(火) 10:03
一人一行。

710名無しさん:2005/01/17(月) 16:23
「六太」
 思わず呼びかけると、丸い目をして六太が振り返った。
 ……が、尚隆を見るとふいに覇気がなくなり、それと分からない程度に、明らかに意図して目を
そらしてしまった。
 尚隆は眉を寄せる。……なんだというのか。
「六太。こっちへ来い」
 もう一度呼びかけると、六太はのろのろと目をあげて、「ここがいい」とぼそっと呟いた。

711名無しさん:2005/01/18(火) 01:49
予想だにしない六太の言葉に、尚隆は思わず語気を荒げる。
「俺が来いと言っているんだぞ!」
「・・・まぁまぁ」
そう嗜めるのは、先程からどうやら六太と必要以上に仲良くなってしまった利広であった。尚隆は眉を寄せ、初めて利広の方を見る。どうにも、この距離感が腹立たしかった。六太はと言えば、俯いて湯を見ながら利広の腕を掴んでいる。

712名無しさん:2005/01/18(火) 01:51
×嗜める→○窘める スマソ・・

713名無しさん:2005/01/18(火) 20:50
利広にも何故六太が尚隆を避けるのか分からなかったが、ふと六太の身を庇っ
て言った。
「…風漢の隣に行ったら、人目も憚らず好き放題されてしまうからねえ。六太
だって、そりゃあ身構えるってもんだろう。全く、君ときたら人前でも平気で
交わえる…」
「あのな。人をとんでもない破廉恥男のように言うな。人前で、など出来る訳
なかろう」
どこまでも笑顔の利広に対し、尚隆は顔を顰めた。そしてその視線を再び六太
に転じる。
「…で、お前はそこで身構えてる、という訳なのか、六太」
不意に問われ、流石に先程の態度は可愛げが無かったと思ったか、六太は笑っ
て見せた。口元が妙に歪んでいたが。
「う、うんそう、お…お前って本当に助平だから…はは…」
そしてすぐに、再び顔を伏せた。
「全く、どいつもこいつも…」
湯船の縁にもたれ、尚隆は天を仰ぐ。六太の言い訳が嘘である事はすぐに知れ
たが、客人達の前で事を荒立てるを良しとしなかった。
特に、更夜の前で己達の仲に生じた隙を露わにする事は後々面倒に思えた。

訳が分からない。先程までの情交は全て茶番だったと言うのか。六太が更夜の
為に己との濡場を放棄した、その後の事を顧みる。
――六太が己を厭う原因は何も無い。
だが、理由も無く厭うたりするような六太ではない。何か理由が有るのだろう。
もしも、六太が己より利広を気に入ったのなら、もう、しようが無い。

714名無しさん:2005/01/18(火) 20:54
ざば、と水音をたて、尚隆は湯の中から身を起こす。
「主上、出られるのですか!?」
朱衡が声を掛けた時、尚隆は既に湯から上がっていた。
「ああ。お前達は後は好きにしてくれ」
「す、好きにって…。しゅ、主上、貴方がおられなくては私は…!」
朱衡は己が主と範国の王とを何度か見比べた。

715名無しさん:2005/01/18(火) 22:20
実は先程から六太は、尚隆を見ると気分が悪くなっていた。
王気にあたったというか、王気に酔い潰れそうになったいたのである。
これを人間の場合に例えると、御馳走を食べ過ぎた状態と言えるだろう。
どんな好きな食べ物でも度を過ぎた量を食べれば気持ち悪くなる。
しかし好きだからこそ食べ過ぎてしまうものである。
六太の場合、激しく尚隆の精を受けて後、尚隆と同じ浴室で過ごした。
浴室の湿度により王気は増幅され麒麟の体に染み入ったのである。
しかし六太はその事実を尚隆に言えなかった。言えば尚隆は六太の身を案じ、これから
の接触を減らしてしまうかもしれないからだ。だから体調の悪さを面に出さぬよう
気を使っていたのだ。
しかし、とうとう限界が来た。そのまま湯の中に倒れこみそうになる。
その瞬間、誰かの腕に助けられた感触があった…
危ういところで六太を抱きかかえたのは朱衡であった。
朱衡は六太の様子が目に入るや、氾王の手を振り切り、利広を押しのけて、六太を
抱きかかえたのである。

716名無しさん:2005/01/19(水) 01:20
「台輔、大丈夫ですか?」
そういう朱衡はいつもの調子だが、目はまさに浴室を出んとする尚隆を捕らえていた。
まるで六太を助けておきながら言外に、こちらへ来い、とでも含んでいるような・・・
尚隆は起立したまま、訝しげに朱衡らを見ている。

意外な腕に驚いたのは六太だ。朱衡の腕をゆっくりと外し、苦しそうに言う。
「朱衡・・・・・俺、もう平気だから、な?」

717名無しさん:2005/01/19(水) 01:38
更夜もまた、六太の方へ心配そうに寄ってきた。
「六太、大丈夫かい?きっと、僕たちが言い合いしていたから・・・困ったんだね。君は、慈悲の生き物だもん。」
「そんなわけないだろう」
尚隆はついに湯の方へ歩み寄りながら言い放つ。
「そんな根拠があるの? 麒麟なんだからどんなものであれ、争いを好むはずがないじゃないか。現に六太は・・・」
「口争いなど、常日頃やっておる。今更そんなことで病んだりするものか。」
尚隆は、そう言いながら六太の側にやってきた。
「第一、もう平気なのだろう?」
熱でもあるのではないか、とその手が頬に触れようとした瞬間、六太は反射的に顔を反らした。
「・・・・・」
尚隆の顔に、あからさまな不機嫌色が浮かぶ。

「おやおや、なんだか宜しくない空気だ」
笑いながらこんな台詞を吐くのは、利広しかいない。
氾王は、自らの髪を弄びながらこちらの様子を見聞しているようだ。朱衡が己の腕から逃げたというのに、追おうとする気配は無い。

718名無しさん:2005/01/19(水) 15:31
「俺、本当にもう平気だから・・・・俺、ちょっと利広と話がしたい」
名指しをされ、利広も驚く。
尚隆は尚も不機嫌そうに、湯に浸かっている。

719名無しさん:2005/01/19(水) 17:12
「台輔は御体の具合が悪い状態で長湯は良くないでしょう。ともかく湯から上がられては」
と朱衡が言う。利広はその言葉に促されると六太を抱き上げ、朱衡と利広は湯から
上がった。湯屋から出ると利広は六太を体を拭く白い布で包み、自らも服を着ると
濡れ鼠状態の朱衡に誘導され、六太を抱いて歩を進める。
 湯屋の中では
「あの官は逃げたようだね」
更夜がおもしろそうに氾王に言う。尚隆は相変らず憮然としていた。
 さて、六太は利広に運ばれながら、小さな声で体調のことを語った。この場では
最高齢で見聞も広い利広なら王気中毒のことを理解してくれると思ったからである。
そしてやはり、利広は王気中毒の麒麟の介抱の仕方を知っていた。
立ち止まると、酔漢に吐かせるときのように六太の体を扱う。
六太は苦しそうに何か吐いているようだが、それは目には見えない。
随分長い時間をかけて全てを吐き出したらしい六太は涙目で憔悴しきっている。
「どうだ?」
「うん、楽になった。でも今度は王気の全然無い状態がつらい。すぐに補充しねえと」
そこで朱衡が口を挟んだ。
「台輔は先に尚隆さまの寝室にてお待ちを。すぐにお連れして参ります」
朱衡はもちろん、麒麟が元気の無いときには王気の補充の為に王の床に入れるのが
即効性があるということをわきまえていた。昔、尚隆の登極直後のころ、時々
六太が熱を出し、その度に黄医に言われて六太を尚隆の床に押し込んでいたことが
思い出される。そのことが原因で王が台輔を手篭めにしたなどと推測してとやかく
言う者もいたが、この解決法は朱衡の合理精神に反さなかった。とにかく麒麟が元気
になりさえすれば良いのである。
 使いが湯屋に行き、尚隆を寝室へと誘った。尚隆は憮然としながらも、氾王のことで
朱衡には借りがあるためしぶしぶと寝室へ向かう。
 寝室へ着くと朱衡に先程からの疑問をぶつける。
「言っておくけれどな、先程から六太は俺を避けておるのだぞ。そんなに利広のほうが
良ければ利広に添い寝してもらえば良いのだ。俺はかまわん」
大丈夫だから、と利広は六太との約束通り、六太が尚隆を避けていた理由は言わずに
麒麟の主を床の中へと追いたてた。そして王と麒麟を残して利広達は部屋を出る。
二人きりになっても床のなかで尚隆は六太に背を向け横向きに寝た。
一方、六太は先程無理矢理吐かされ、かなり憔悴していた。
いつもは明るく勝気な六太であるが体調のせいで気弱になっていた。
「しょうりゅう…」
尚隆の背中に弱々しく声をかけるが返事は無い。
「しょうりゅ…」
いくら呼んでも顧みられない。
とうとう六太は涙ぐんでしまい、ひくひくと肩を震わせる。でもそれを尚隆に感ずかれたく
はなかった。

720名無しさん:2005/01/19(水) 19:50
正寝は六太が尚隆と話したい時、遊びたい時、尚隆が居らずとも何となく寂しい時、
そして、抱かれる時。この部屋は何時でも六太を迎えてくれた。だが今は、この部
屋すら六太を拒否しているかのように感じられた。

胸にやるせなさを抱え、六太は絹の敷布を握り締める。
やっと、やっと「小松尚隆」という個人を己ただ一人のものとして得る事が出来た、
その矢先に。
過剰な王気は己を中毒せしめる、そんな事が有るだろうか。
それを隠して尚隆を避ければ彼の怒りを買い、しかし打ち明ければきっと尚隆は己
への接触を控えるだろう。己への気遣いゆえに。
今は尚隆の側で王気を補填している。麒麟の身体は少しづつ癒されていくが、六太
の心は痛いままであった。

六太の嗚咽は隠しているつもりでも、それによる小さな振動は床を通して尚隆に通
じていた。
数刻の後、尚隆は振り返る事はせず、鬱陶しそうに己が背の向こうの子供に声を掛
けた。
「…何がしたい」
六太は冷たい声に体を震わせたが、それでも声を掛けられ尚隆の背中を振り返る。
「今日のお前は理解出来ん。俺を振り回しておるのか?」
「そんな事…してない」
思わぬ事を問われ、また嗚咽混じりになりそうだったが、それを堪える。
尚隆の声はどこまでも冷たい。
「俺を欲しいと言ってみたり、そのくせ途中で飛び出すわ―ああ、別に怒ってはお
らんが。子供のした事だからな。―で、更には俺を避けてみせる。そして、今はベ
ソを掻くか。一体お前は何がしたい?俺が何かしたか?」
「…ごめん」
「謝れ、とは言っておらん。理由を聞かせろ、と言っている」
「……」
六太は言葉に詰まった。理由を正直に言えば、尚隆はきっと。

721名無しさん:2005/01/19(水) 20:28
何も答えぬ子供に溜息を吐き、尚隆は半身を起こし臥牀から降りた。一緒に
寝ろ、と朱衡に頼まれたがもう良かろう、と榻に掛けてあった上着を手に取
り、正寝の入口へと向かった。

尚隆はこの部屋から出て行こうとしている。六太は思わずのろのろと手を伸
ばした。
待って。行かないで。一人にしないで。おれの側に居て。側に居て。側に―…

「尚隆の莫迦ッ!!」
羽毛を包んだ枕を掴むと、背を向ける男に思い切り投げつけた。それは尚隆
の頭に命中し、ばふっと音を立て、落ちた。
「この餓鬼…」
枕をぶつけられた男は緩慢に六太を振り返り、睨めつける。そして腰を落し
て枕を拾うと、それを思い切り六太に投げ返した。誰が莫迦だ、と。
六太はその様子を見ていたが、力の入らない身では飛んで来る枕を避けられ
る筈も無く。
果たして枕は派手な音を立てて六太の顔を直撃した。衝撃で枕は破れ、辺り
に中身の羽毛が飛び散る。枕をぶつけられた子供はふら、と後方に倒れ込んだ。

722名無しさん:2005/01/19(水) 21:26
ふん、と鼻を鳴らし尚隆は正寝を出て行く。
果たして、朱衡が外にて待機していた。
「・・・・た、台輔は・・・?」
「・・・知らん。」
憮然と言って、尚隆はすたすた行ってしまう。
朱衡がどうしたものかと立ち尽くしていると、後ろから声が掛かる。振り返れば相変わらずの笑みを浮かべた男が立っていた。

723名無しさん:2005/01/19(水) 21:48
湯屋では真君が一人取り残されていた。
先程まで六太が浸かっていた湯で一人温まる自分。
世の口さがない人々が見たらなんと言うであろう。黄海の神を崇める者もいれば、
揶揄する無礼者もいるのだ。曰く、「真君は麒麟汁をすすっている」などと。
自分は黄海の泉の水が飲料水に適するかどうかを、麒麟の本能に倣って判断している
だけなのだ。清浄なものを好む麒麟が入浴できる水なら飲料に適する。
黄海においてはその辺りの見定めが極めて重要なのである。
しかし真君は自分が麒麟という生き物に興味を持っていることまで否定する気は無かった。
麒麟は大好きである。とりあえず歴代の蓬山公の顔を拝み泉での入浴に接すること
だけは欠かしていなかった。飾っておきたいような麒麟、無愛想な麒麟、黒麒麟、
と様々な麒麟が真君の人生を通り過ぎていったものである。しかし六太を超える
存在はいなかった。
 真君にとってかけがえの無い存在であるその六太が、先程は王によって、ぞんざいに
扱われたのだ。この事態は真君にとって無視し難いものであった。

724名無しさん:2005/01/22(土) 00:30
「君のところの主従は、見ていて飽きないよね」
やんわりと人のよさそうな笑顔で、利広は朱衡に話しかけた。
口調は優しく、いたわるような響きがある。
「卓朗君……」
氾王には翻弄されるばかりですっかり形無しの朱衡であるが、
彼とて尚隆が即位したときには既に官として仕えていた男である。
500年以上も生きていれば、利広が見かけ通りと思ったらいけないと
警戒心が働きもする。
「そんな顔をしないで。六太を心配しているだけなんだから」
「台輔のお体のこと、卓朗君は何か御存知なのですか?」
「うん。ちょっとね。からかいすぎたかな」
と、また、ふんわりと利広は微笑む。
「からかうとは……、いったい、どういう事情があったのか、
 雁の官としては聞き捨てなりません」
「からかったのは私じゃなくて氾王のほうだけど。
 風漢……延王が氾王に気に入られた官のことを気にしたことが引き金。
 弱った麒麟が急に王気をふんだんに浴びたりしたら酔ったみたいに
 なることはあるけれど、激烈な発作を起こすことなんて滅多にない。
 人間の過呼吸に似ているかな。自分でも認めたくないようが気兼ねがね、
 体に異常を起こさせることもあるんだよ。六太は嫉妬じゃなくて王気の
 中毒だと思いたかったみたいだから、そんな風に扱ってあげただけ」
「卓郎君は、もしや私が悪いとおっしゃられるのですか?」
「そうじゃないさ。延麒のことは、延王の領分。あんなに鈍感で
 わからずやじゃあ、六太も、君も苦労するよね」
朱衡は揺れる気持ちを隠すように目を伏せた。揶揄するようなことを
言う利広の口調は、真実、いたわるもののように聞こえて、染みる。
本当に、とてもとてもとても、どれほど強調しても足りないぐらいに、
朱衡は苦労している。
 延王はああだし、氾王もあんなだし。

725名無しさん:2005/01/22(土) 00:49
だから、いたわる言葉が、それでいて押し付けがましくない、
かろやかな声音の利広の言葉は、朱衡の心を思いがけずほぐした。
朱衡の口元が小さく緩み、かすかな笑みが自然に浮かぶ。
隣の国の無愛想の麒麟の笑顔と同じぐらいに珍しいかもしれない。
氾王は、なるほど、趣味がよい。気に入るのも無理がないだろう。
「ねぎらいの言葉をありがとうございます。しかして、卓郎君、
 台輔にはどのようにして差し上げるのがよろしいのでしょうか。
 僭越ながら、理由を見抜いておられたあなた様には、
 何かお考えがあってここにいらしたような気がいたします。」
「慰めるのは、氾王に任せようかな。私よりも上手かもしれないね。
 違う慰め方をしないように釘を刺しておいたほうがいいかもしれないけど」
「それをお願いしに行けとおっしゃる……」
「うん。私は犬狼真君が気になる。黄海を守る方だけあって、
 なんとなく剣呑な気配がある人だからね」
よろしく頼むと微笑んで、利広は背を向けて立ち去った。
剣呑さでは引けを取らないあなたがそれを言うかと、
朱衡は苦笑いで見送る。ほんのりと胸が温まった今なら、
氾王とも少しはましに渡り合えそうな気分だった。

726名無しさん:2005/01/23(日) 01:34
涙があふれる。
あふれた涙がまなじりから耳元へと伝う。
何やってんだ、おれ。
六太は後方に倒れこんだそのままの不自然な姿勢のまま、涙が流れるに任せる。
傾いた右側の耳元を涙がくすぐっても、ぬぐう気もしなかった。
尚隆。おれの王。おれの主。
こんなに頭の中は尚隆のことでいっぱいで、体の中をも尚隆で満たしても、
それでもまだ、こんな風にすれ違ってしまうなんて。
麒麟が王の命運に縛られて、身も心も縛られてしまうように、
王も麒麟に縛られてしまえばいいのに。
前の慶王のことが思い浮かぶ。あんな末路を望むわけではないが、
国を滅ぼすほどに愛されることを羨ましく思ってしまう。
おれのことだけ考えて、おれのことだけ思って、おれのことだけ感じてほしい。
じりじりと体の内側で熱いものがうごめいて身を食むようだ。
誰彼となくけっこう面倒見がいいところも好きだったはずなのに、
こんなに尚隆のことを好きになってしまったら、
尚隆が触れるものだけでなく、目にするもの、気にするものまで
自分は憎んでしまいそうになる。
自分は、慈悲の生き物。麒麟なのに。

727名無しさん:2005/01/23(日) 02:04
朱衡の声が聞こえた気がした。何を言ったかまではわからなかったが、
六太はびくりと体を奮わせる。今は朱衡に会いたい気分ではない。
部屋に人が入り、近づいてくるのを感じる。
来ないでと心の中で願いながらも、六太は身動きができずにいた。
衣擦れの音と、かすかな薫香が、六太の期待を裏切る。
「あんまり泣くと、さすがの小猿も可愛くなくなりょうぞ。いい加減におし」
その人は独特のしゃべり方をする。
個性の強い十二国の王達の中でも、一度会えば忘れられなくなる人だ。
尚隆は変人とか変態とか呼ばわるけれど、六太は彼が嫌いじゃない。
氾王は、とても激しいところと優しくて柔らかいところがある気がする。
女性のような装いとか、振る舞いとかは、氾王の内面を隠す鎧のような
ものじゃないかと、六太は思わずにはいられないのだ。

728名無しさん:2005/01/23(日) 02:13
鎧をまとわずにいられない人であるなら尚更、
傷つきやすそうな、かえって他を傷つけてしまいそうな、
柔らかさや弱さや幼さが隠れていそうで、少し惹かれてしまうのだ。
「氾王……」
「よし。ちゃんと返事はできるようだね。気分はいかがか?」
「……悪い」
「仕方がないお子だね」
笑っているのがわかるような声音だ。
子どもと言われて憤慨しかけた六太を、思いがけず軽々と抱き上げる腕。
横抱きにしてすくいあげ、六太を臥台にそうっと横たえる。
氾王はしなやかな動きで六太の傍らに身を横たえると、腕枕を与えた。
抱きしめられるような、半分、自分からもたれかかるような位置は、
六太には気恥ずかしい上、よからぬことをされてしまいそうで体が堅くなる。
「今宵のとぎは、私で我慢しておき。お前の話を聞いてやろうぞ。
 小猿も少しは言葉を遣えぬと、人の間で生きるのは辛かろ?
 愚痴でもよいし、八つ当たりでも許してやるから」
からかい半分の声も、背中をなでる手も優しくて、こっそり耳元に
すまなかったねとささやきかけてくれたことまで申し訳なくて、
六太はぽろりと涙をこぼした。

729名無しさん:2005/01/23(日) 02:21
風呂場では犬狼真君が尚も湯に浸かり、天井をぼーっと眺めていた。
「そんなに浸かっていては、身体がふやけないかい?」
いきなり頭上から振ってきた声に少々驚き身を起こすが、すぐに平静を装う。
「卓朗君・・・戻ってきたのか。それで、六太は?」
「うん、多分大丈夫だと思うよ。」
答えながら、利広はあからさまにほっとする真君を眺める。
「君は・・・六太が心配なのに、ついていかなかったのだね」
これには少々不機嫌そうに眉を上げ、真君は答える。
「・・・おれが行ったところで六太の寝室に入れるわけでは無いだろう」
「それもそうだ」
そう答えた時には、すでに利広は真君の隣で同じように足を伸ば

している。
怪訝そうに見ている真君に微笑み返し、やがて利広は静かに話し出した。

「私はね、ずっと貴方に逢いたいと思っていた。珠晶の登極時から、ずっとね。そして、今夜それが叶った。」
「・・・そう、それは良かった。」
「うん。でも、がっかりしたよ。あまりにも、貴方は幼い。」
「・・・っ」
きっと睨みつける真君にやはり、笑って返しながら利広は続ける。
「真君ともあろう者がね、まさか他国の麒麟に溺れきっているだなんて。誰も想像しないだろう?」
「・・・・何が言いたい」
「そうだな、貴方こそ言いたいことを言ったらいいと思う。」

730名無しさん:2005/01/23(日) 16:16

ところで朱衡は口元が袖口とぐいっとぬぐった。
そして、大またで王の居室へと歩き去る。
通りすがりの女官が目を見張るほどの、常にない男らしさを感じさせる所作だった。

先ほど、利広に言われて朱衡は氾王を訪ねた。
風呂上りの氾王は椅子に座り、女官に髪をすかせていた。
朱衡が人払いをいうと、ひとまず王の髪を背中で一つにゆるく束ねてから退出した。
梳られた氾王の髪は、まだいくらから水気を含むのか、
重たげにしっとりとつやめいている。
化粧をしておらずともたおやかで美しいが、普通に男に見えてしまう。
いや、普通な男か。そうではない。普通の男か……。
朱衡は混乱しかかる。しみついた苦手意識から直面を避けてしまうのだろう。
気を取り直して、事務的に利広の言葉を伝えると、
軽く眉を上げて驚いて見せたが、気安く笑顔で承諾した。
氾王の笑顔は、にたりという表現が似合うと、朱衡などは思ってしまう。
妖怪変化と紙一重のように思えて仕方がないのだった。

731名無しさん:2005/01/23(日) 16:24

そこが正寝であるがゆえに、ひっそりと朱衡は氾王を案内した。
氾王にしては珍しく、身づくろいに手間取るようなことなく、
楽な装いに薄物を頭から被っただけでついてきている。
朝までには氾の官と着物と化粧の差し入れるぐらいは朱衡も心積もりしていた。
部屋の前を見張る官に、物音もせず、誰も入らず、
延麒も出てきていないことを確かめる。
「くれぐれもよろしくお願い申し上げまする」
「うまくやったら、ご褒美でもくれるのかえ?」
礼をしたままの朱衡の肩辺りに、ぐっと緊張が走る。
「わかっておるなら、今からもらっておこうかの」
延麒と延王の大事とあれば、朱衡には氾王に逆らうだけの理由を見つけられない。
氾王に抱き寄せられるまま、その胸にすがるようにして、
おとなしく口付けを受け入れてしまった。

732名無しさん:2005/01/23(日) 16:44
この人は、いつも目を開いたままなのだな。朱衡は少し切ない気持ちになる。
氾王が薄着のぶんだけ、いつもより体温が近くて、
比べるいつもがあることにも、朱衡は愕然とする。
朱衡の背中を支えていた氾王の上で一本になり、もう片方が朱衡の下半身を探る。
口付けだけでも陶然としてしまうのに、細い指先で執拗に弄ばれてはたまらない。
既に朱衡を知り抜いているかのように、効率よくたかぶらせていく。
正寝の廊下で、近くに王もいて、壁一枚の向こうには自国の麒麟もいて、
官の自分がそんなところで腰を揺れ動かして、他国の王に踊らされている。
「よい顔をする。が、これ以上は服を汚してしまいそうであるな」
始めたときと同じく、唐突に氾王は朱衡から手を離した。
息を切らす朱衡の頬を両手で挟み、軽く何度か口付ける。
「お前は大猿のところに言っておいで」
「氾王様」
「続きを慰めてもらうもよし、お前が襲ってみるのも一興ぞ。
 小猿のことは私に任せておおき」

733名無しさん:2005/01/23(日) 16:46
朱衡を高まらせるだけ高まらせておいて、氾王は六太のところに行こうとする。
「何故?」
「何故とは?」
「私に主上の御許に行けとおっしゃるなんて……」
氾王が振り返ると、朱衡は肩をがっくりと落としている。
傷心ぶりもまた、そそるよのう。とは、口に出さない。
代わりに、氾王は、背中から朱衡を抱きしめて、耳元をねぶった。
「小猿にはいたずらせぬから、安心おし。私の好みとは異なるからね。
 私はお前のほうがよい。私は気に入りの花がしおれる様は
 見たくないのだよ。私は咲き誇る花を愛でたい。
延王が肥料になるなら食い散らかしておいで」
氾王はささやいて、吐息で朱衡の耳を愛撫する。
氾王の手が、衣服の上から朱衡の下半身を撫で回す。
思わず朱衡は目を閉じる。そのまま、身をゆだねてしまいそうだ。
「ひどい言いようをなさる」
「威勢がよいのもお前の魅力よの」
氾王の軽快な笑い声が耳を打ち、背中がすっと涼しくなる。
そして、氾王は六太を慰めに行き、朱衡は意を決して尚隆のもとへと向かった。

734名無しさん:2005/01/23(日) 17:08
最近、俺はないがしろにされていないか?
尚隆はふてくされていた。
延の官たちが王の悪口を言うのはいい。いつものことだし、
最初からそんなものであったのだし、そう言いながらもやるべきことはするのだから。
氾王は奇矯なところが売りなのだから仕方がないことにしておく。
利広は、あれでもほのかな友情があるのではないかと思っている。
犬狼真君は、昔から気に食わない。が、見方によっては悪気はない。
真君は六太が可愛いばかりなのだから。
そう。尚隆だってわかっているのだ。今の自分は機嫌が悪い。
どうしようもなくいらだつのは、すべて六太が故のことである。
わかっているが、わかったからといって、気持ちが落ち着くものではない。
棚からこっそり秘蔵の酒を取り出して、また手が止まる。
六太がお土産だと、蓬莱から持ち帰った日本酒である。
そのときの六太の笑顔を思い出して、腹立たしさが一層つのる。
どうにも持て余して、自分に嫌気がさす。
深く溜め息を吐いたとき、訪問者に気づく。
部屋の外にいるものを誰何すると、朱衡だった。

735名無しさん:2005/01/23(日) 17:13
  <732
   ×氾王の上で一本になり → ○氾王の腕が一本になり
   ネタふりはこの辺で、後は皆様にお返しします

736名無しさん:2005/01/23(日) 21:29
六太が小さな涙をこぼせば、氾王は何処からか絹の巾を取り出し、その涙が
流れる頬を拭う。
「そう涙をこぼしては、玉の肌が荒れようぞ」
その手付きはいたわるかの如く、どこまでも優しい。
六太は思った。尚隆は己が泣いた時などは、彼の袖でもって大雑把に六太の
頬を拭う。乱暴だがそれは、力付けるかの如くで。
二人の大国の王を思い比べる。人となりはまるで違うが、彼らは根本的に人
間が優しいのだ。だから、大国の王でいる事が出来るのか。
氾王が己を見つめる視線に、少し気を緩ませる。
「あのさ…」
緊張を少しずつ解き、六太は氾王の顔を覗き込む。すると氾王も「何?」と
六太の顔を覗き返す。
「今からおれが喋る事、誰にも言わないで、明日には忘れちゃってくれる?」
はんなりと笑い、氾王は頷いた。

吐き出したい胸の内、何から話したものか。ためらいが有った。己の醜い部
分を曝け出す事に。
氾王の傍らで六太は逡巡する。

737名無しさん:2005/01/23(日) 22:15
しわがよっていると、氾王が六太の眉間をつつく。
六太は角の近くを触るのはやめてほしいと、ますます眉根を寄せる。
「考え込むのは、お前には似合わぬねえ。
 言ったであろ? 愚痴でも弱音でも、八つ当たりでも
 聞いてやろうに。小猿の分際で恥ずかしいというなら、
 私は眠ったことにしておいてあげるから、
 お前も眠ったつもりで寝言をお言い」
それはむちゃくちゃだと、思わず六太も笑ってしまった。
「姐ちゃんはいいよな」
「それは梨雪のことかえ?」
うん、と六太は頷いた。

738名無しさん:2005/01/24(月) 00:53
くすくすと氾王は思い出したように笑った。
「あれも私が主では苦労するよの」
「どういうこと?」
「このところ他国に出かけてばかりおるし、よその官に懸想までしている。
 政から手を抜いているわけではないが、浮気は嬉しくなかろうよ。
 あれでなかなか悋気がひどいからねえ」
六太は驚いて、ひじを突いて上半身を起こすと、
氾王にかぶさるようにして楽しげな瞳に見入った。
「姐ちゃんも嫉妬するのか?」
「するとも。当たり前であろ?
 麒麟は身も心もまるごと主のもの。けれども、王は民のもの、国のもの。
 独り占めは許されぬ。愛するものをほかとわかちあわねばならぬとき、
 嫉妬もできないようなら、愛が足りぬか、逆に深いのであろうよ」

739名無しさん:2005/01/24(月) 01:10
そこまでわかっていながら、なんで氾麟に嫉妬のような
苦しい思いをさせるのか。六太はわからず、口をとがらす。
「朱衡は嫌がってんぞ。範だけじゃ、王には足りないってことなのか?」
「範の民は王を愛して当たり前。民意の具現である麒麟が私を愛しているのだから、
 求めるまでもなく捧げられているものではないか。
 私も民を愛しく思っているからこそ、氾麟の悋気の矛先になどできぬ」
そう言って、また笑って見せるから、どこまでが本気なのか、
六太にはよくわからない。わかったことといえば、
朱衡が気の毒だということぐらいだ。
「それにの、梨雪は嫉妬している様は可愛くてよい」
「なんか、ひでえ……」
朱衡に劣らず、梨雪も気の毒に思えてきた。
「でも……きっと、尚隆はそんな風には思ってくれない。
 おれ、さっき、朱衡に嫉妬した……」
怒られるのがわかっている子どものように目を伏せて、
しぼりだすように六太は言った。
それから、おずおずと氾王の顔を見ると、
いつになく真剣な面持ちで六太の話を聞こうとしてくれていたことがわかる。

740名無しさん:2005/01/24(月) 01:25
「延台輔は、嫉妬できるぐらいには、王がお好きかえ?」
氾王の穏やかな声に、責める調子も、からかう調子もない。
だから、六太は素直にうなずくことができた。
尚隆が好き。
心の中でかみ締めるだけで、涙がこぼれる。
さっきまでの身を食むような熱くたぎるものが、ほんわりと胸のうちを
暖めるものに変わっていくのを感じる。
「自分でわかっているだけ、人に近づいたようであるな。
 よいな? 言葉にしてやらねば、あの大猿には伝わるまいよ」
「さっきから、猿、猿って、ひどすぎねえ?」
照れ隠しだと、氾王にはお見通しだろう。荒げた声が、変にひっくりかえった。
「何を言うか。あの乱暴者とて、恋人が素肌をさらして
来客のところに駆けつけて面白くなさそうであったではないか。
 情事よりも大事な来客など、どんな友人やら。
 悋気を起こしていることに気づいていても、いなくても、
 言葉にできないならば、猿並みであるよ」
ふふんと鼻先で笑うように、氾王は断言する。

741名無しさん:2005/01/24(月) 02:04

六太は唇をかんだ。氾王の言葉は耳に痛くて、同時に嬉しい。
更夜に会える喜びで、束の間、尚隆をなおざりにしたのは自分だ。
そのことで尚隆がどんな思いをしたかなんて、考えてもいなかった。
尚隆が嫉妬するなんて、そんなこと。
「二人して、早く人並みにおなり」
「人じゃねえもん。おれは麒麟だし、尚隆は神仙だもん」
「可愛い屁理屈をこねるけれども、神仙なら余計に修行が足りぬわ。
 わかったならば、そろそろお休み」
するりと枕に貸していた腕を引き抜くと、氾王は体を起こし、
もう片方の手でよしよしと六太の頭を撫でる。
あれは腕がしびれたのだろうと、六太も気づく。
どうしてこう、自分はいつも気づくのが遅いのだろう。
「氾王」
「私は部屋に戻ろうぞ。ここにいると大猿がうるさそうであるし、
 朝日の中をこの姿で歩き回るのは私の美意識に反する」
襟元をあわせて衣服を整えると、薄絹を羽織る。
蠱蛻衫でもあれば、もしかしたら朝までいることにしたのかもしれないが。
「待て。掌客殿までの案内を呼ぶ」
「よい。人の口の端に上るようなことは避けよ」
「じゃあ、俺の使令に案内させる。護衛にもなる」
氾王が振り向くと、目元を真っ赤にはらした六太が、
すがりつきそうな勢いで、何かしたいと訴えている。
氾王は綺麗に微笑むと、礼を言って受け入れた。ただ、ありがとう、と。

742名無しさん:2005/01/24(月) 17:56
差し出した扇子で幄を持ち上げ、牀榻を出る。そして正寝の扉を
押し開こうとした時、氾王は思い出したかのように六太を振り返
った。
いつぞやの、蝕の事は覚えているか、と唐突に切り出す。
「ぼうやは、王と二人きりになりたかったのではないかえ?」
だから、あの蝕は二人のみを攫う為に、六太が無意識に起こした
ものだったのではないか、と。
「蓬莱に二人きりならば、ぼうやも嫉妬に苦しめられる事は無い
だろうからねえ…」

六太は臥牀の上で半身を起こしていたが、氾王のしみじみとした
視線を受け、やや俯いてあの頃を回想する。
それは――確かにあの、王宮とは比べるべくも無い小さな小さな
部屋で二人過ごした事は、不自由はしたが幸せだった。
あの時、何故尚隆が己を抱かなかったのか気にならなくもないが。

そうか。己は尚隆と二人きりになりたかったのか。だから、尚隆
を蓬莱へと攫う為に蝕を起こし――。
「そそそんな事ないっ、おれじゃないっ!あ、あれはあくまで自
然災害だろっ!?」
脳内で肯定し掛けた事を大慌てで否定する。…危ないところだっ
た。氾王の話術、罠に掛かるところだった。
あの蝕を六太が起こした、などと認めてしまっては尚隆に迷惑が
掛かり、また、雁の国庫に被害をもたらすところであった。
氾王はといえばそれを聞き無念そうに眉を寄せる。
「いやだね、冗談であるよ」
からからと笑い声が部屋に響いたが、六太は思う。優しいがやは
り、油断は出来ない御仁だな、と。

最後に「明日は延王、延麒と商談がしたい」と告げ、氾王は正寝
を出て行った。

743名無しさん:2005/01/24(月) 21:10
牀榻に一人残され、六太は臥牀に仰向けになる。
己の傍らには先程までそこに居た氾王の体温、そして尚隆の王気が残り、篭っている。
何だかおかしい。反りが合わない二人の王の、体温と王気が一緒になっているなんて。
六太は残った尚隆の王気を掻き集めるかのごとく、敷布を握り締める。

尚隆に会い、己が悋気を起こしていた事を素直に告げ、謝ろう。
氾王のおかげで心が楽になったのか、六太は己の心を省みる。

朱衡に対する嫉妬心。それは単なる恋情に絡んだものだけではない。
朱衡は尚隆にとって掛け替えの無い部下だ。第一の部下、片腕と言って良い。
対して己はどうか。麒麟であり、台輔という役職に就いてはいるが、尚隆の片腕、
一の部下と言えるのか。自信は無い。
そして、尚隆と朱衡は「王と麒麟」という半ば押付けがましい関係に
縛られたものではない。
今の朱衡の地位は、彼の有能さによって築き上げたものだ。
彼自身の力によって、尚隆の一の部下として足り得ている。そして、大事にされる。
それに対した妬みも有るのだろう。

自分なりに心を整理すれば、何という事は無いように思える。
早く尚隆に会い、思いを告げよう。そうすればきっと尚隆は「難儀な奴よ」と苦笑するのだ。
そうして、明日には小姐とももっと話がしたい。
小姐は嫉妬心とどう向き合い、どう処するのか、聞いてみたい。
そこまで考えると六太は落ち着いてしまったのか、程無く寝息を立て始めた。

744名無しさん:2005/01/25(火) 01:58
朱衡の入室を許しておきながら、尚隆は少しばかり後悔していた。
今度はどんな小言を言われるのか。
断れば小言が、借金に利子がつくがごとく増えるのがわかっていて、
思わず入れと言ってしまったが、心当たりがありすぎて、
及び腰になってしまう。
六太にかまけて、政務を後回しにしてしまっている後ろめたさがある。
言い訳を考える尚隆の前で、他に誰がいるのでもないのに、
朱衡は堅苦しく叩頭して口上を述べる。
その顔が青ざめているように見えるのは気のせいか。
まるで朝議で民の様子を報告するかのように、感情をまじえずに、
朱衡は延麒の様子を報告する。
先ほどの風呂場での一件を思い出し、尚隆はしかめ面をした。
「つきましては、嫉妬に気づかぬようでは、遊び人を返上せよ、
との氾王様からのお言葉にございます」

745名無しさん:2005/01/25(火) 02:06
「遊び人と俺は名乗った憶えはないぞ」
「その御言葉は主上から氾王様に申し上げてくださいませ」
「……朱衡、話はそれだけか?」
問われて、朱衡は困り果てた。
氾王にそそのかされるようにして、ここまできた。
体は、まだ欲望を抱いており、吐き出すことを求めている。
けれど、それを本当に主上にぶつけたいのか、どうしたいのか、
自分でもわかりかねているのだった。尚隆を目の前にすると、
この人に抱かれたいのか、抱きたいのか、わからなくなる。
触れ合ってみたいのか、それさえもおぼつかない。
朱衡は、王のために働けることを喜びとして生きてきたのだから。
触れ合わずに見守るだけの慕い方に慣れきっている。
それ以上のことを、自分が望んでいるのか、わからない。
けれども、こんな機会は二度とないかもしれないということは、わかる。

746名無しさん:2005/01/25(火) 02:12
王を見つめることができなくて、床を見る。
朱衡は言葉を探して、唇をなめた。それで、氾王の唇を思い出す。
下半身をなぶられた欲望が、一気によみがえる。
「主上、わたくしめの願いをかなえてくださいませんか?」
声が震える。言ってしまったと思うと、体ごと震えてしまう。
朱衡は、鼓動が早くなるのを感じた。こんなに胸が苦しい思いは、
いったい、いつが最後のことだっただろう。
目の前の偉丈夫を口説き落とすような器用さが自分にあるわけない。
思いをぶつけることしか、考えられない。
「……政務にもう少し力を注げというのなら、俺もわかっている。
 このところ、六太にかまけて官には迷惑をかけた」
尚隆が素直に謝るなんて、よっぽど後ろめたいのであろう。
しかし、朱衡にとってはめまいを覚えそうなほどの勘違いだ。
この鈍感!と心の中で叫ぶ。

747名無しさん:2005/01/25(火) 02:25
 「そうではございませぬ。わたくしに……」
お情けを? いや、それはふさわしい言葉でない。
一夜をほしい。伽をさせてほしい。それもまた違う気がする。
「いえ、わたくしが主上に惹かれてやまぬことを知っておいて
 いただきたく存じます。許されぬほど、官の分を超えて、
 わたくしは主上に惹かれている。だから、台輔は……」
「嫉妬した、か」
尚隆の視線の前で身の置き所がなく、朱衡は小さくなって顔を伏せる。
常日頃の取り澄ましたような気位の高さのかけらもない姿だ。
「お前がなあ」
かりかりと、困ったように、尚隆は頭をかいた。
朱衡は有能な官だ。部下としては大切に思っている。
が、それとこれとは話が別だ。朱衡の懸命さは冗談で受け流せないものだろう。
「俺は女好きだぞ。男に興奮はせんし、官を手当たり次第、
寝床に連れ込むような王として名をはせるのも嫌だ。
 お前を抱いてはやれん。お前のことだ。わかっているのだろう?」
「わかっております。けれども、台輔をお抱きになられるではありませんか?」
「麒麟は別だ。別なんだ」
男同士の性行為など、子どもの頃、稚児好きの遠縁の男に尻を撫で回された
不快なことばかりを思い出して、尚隆はぞっとしない。
それなのに、六太だけは、別だった。今の尚隆は女性にも欲望がもてないかもしれない。

748名無しさん:2005/01/25(火) 02:42
「わかってはいるのです。ただ、もはや苦しくて……」
朱衡が泣いているように見えて、尚隆は嘆息した。
俺は甘い。
大事な官を見捨てられず、腰をあげて朱衡に歩み寄り、傍らにひざをついた。
「俺に触れるのが許してやりたいが、お前の希望はかなえられんと思うぞ。
 そうなると、明日からがますます顔をあわせづらくなるから、俺は嬉しくない」
朱衡が顔を上げると、息がかかるほどの近くに、王の顔がある。
薄暗い室内で輝きを放つような、存在感のある王が、すぐそこに。
手を伸ばせば触れられる。きっと主上は逃げない。
口付けることも、押し倒すことも、鷹揚に受けてくれるつもりなのだろう。
そんな思い切りのよさが、潔さが、朱衡をひきつける。
「……これ以上逃げ回られたら、さしもの雁も傾きますな」
「だろう? だから、こらえてくれるとありがたい。
民の一人、国の一部として、お前のことも大事に思う。
その上、かけがえのない官だ。だが、お前に欲望は持てぬ」
「そこまではっきりとおっしゃられると、二の句が告げませぬ」
「大事なのは大事なんだが、萎えるのだから仕方がない」
そこまでも追い討ちをかけなくてもよいだろうと、
朱衡のほうこそ溜め息をつきたい。
この正直さ、誠実さに惚れ直しそうな自分は、すっかり毒されている。
毒は、範の由来だ。
「では、しばらくは許してさしあげましょう。
その代わり、朝議には出ていただきます。おいでにならないならば、
 縛り付けてでも私の願いをかなえていただきますので、
 どうぞお忘れなきよう」
「朱衡……発想があいつに似てきているぞ……」
げんなりとした王の様に朱衡が笑うと、尚隆も屈託のない笑顔を見せた。
暖かい、太陽のような男だと思う。
今はその笑顔だけで、朱衡には十分だった。

749名無しさん:2005/01/29(土) 22:04:18
尚隆は棚から酒と酒盃を二つ取り出し、一つは己の元に、もう一つを朱衡の
手前に置いた。そして尚隆手ずからその二つの盃に酒を酌む。六太が土産に
持ち帰った蓬莱の酒である。
朱衡は謝してその盃を口に運んだ。
「…辛口ですね」
口から盃を離し、少々眉を寄せて感想を漏らせば「俺の好みだからな」と笑
いと共に返ってくる。
辛い、それは酒の事か今の己の心境なのか。明日からは再びこの男のため、
この男が愛する国のために働く事を喜びとして生きるのだ。そうして己はこ
の男と、この国を見守り続けるのだ。それで良い。だが朱衡はふと疑問を抱
き、酒盃を運ぶ手を止める。
この男を見守る。それは、いつまで?
「…尚隆さま、お聞きしてもよろしいでしょうか」
盃を卓に置き、朱衡が居住まいを正せば、頬杖を突いていた主が小さく目を開く。
「これは仮の話です。あくまで仮の。…貴方は貴方が斃られる時、…台輔は
どうなさるお積りでしょうか…?」
そう問えば、主は頬杖と手にした盃はそのままに、難しい顔を作って見せる。
不愉快な訳ではなく、何かを考えている様子である。

ややあって、尚隆はゆっくりと口を開いた。その視線は朱衡には向いておらず、
ただ宙を彷徨う。
「…六太は、あれは人ではないが、人の心を持っている。俺が愛でているの
はそれだ。俺が死ねば、あれの人の心は最早生きてはおれぬ。そうなれば只
の麒麟の、延麒の残骸が残るだけだ。それは雁の為に置いておく。そんなも
のは要らんからな。…俺は、あれの心を俺に殉じさせれば十分だ」
宙を彷徨った視線が手の中の盃に落ちる。
この男にしては殊勝な事を言う、と朱衡が思ったその時。
「―と、お前の手前、言っておく」
面を上げ、人の悪い笑顔を己に向ける王に朱衡はやや呆れる。
「先の事は分からん」
「…そうですね、先の事は分かりませんが…もう一つ、私の願いを聞いては
頂けぬでしょうか」

750名無しさん:2005/01/30(日) 22:06:22
「何だ。この際、無礼講としてやる。もっともうちの官共ときたら常に
その様なものだが」
朱衡の盃が空になっている事に気付き、尚隆は再び酒を酌む。
だがそれには朱衡は手を付けず、軽く息を吸い込んだ。想いを、吐き出すために。
「…尚隆さま、後に貴方が斃られた際には、貴方の諡は私に捧げさせて頂きとう
ございます」
諡、と聞いて尚隆は遠い昔に記憶を巡らす。そして何か揶揄してやろうと
したところ、朱衡の口が、視線がそれを制する。
「私以外、誰にもそれを許さぬと、約しては頂けませんでしょうか」
その尚隆を見詰める瞳は真剣そのものであった為、尚隆も同じく真剣でもって返した。
「…良かろう。お前が付けるが良い。まあ、その時までお前が俺に仕えていたら、
の話になるが」
そうして酒盃を口に運ぶ、男の瞳は穏やかで朱衡の心を満たした。
「…有難う存じます」
「お前の文才は少しは進歩したかな?恥ずかしいのは御免だ。もっとも、死んだ
後の事などどうでも良いが」
「恥ずかしい諡の王とそれを付けた者、と二人で恥を掻くのも宜しいでしょう」
その言に「莫迦を言え」と王が笑い、その一の部下も微笑する。
卓に置いた尚隆の盃が空になっていた為、今度は朱衡が酒瓶を手に、酌をする。

酌をしながら己が得たものを考える。尚隆の諡を付けること。
先程尚隆はああは言ったが、この王が斃れる時、麒麟は同時に死ぬだろう。
同時でなくても、前後して死ぬだろう。
そんな気がするのだ。
だからそれは己が成し得る事。この男の死後、その生き様を定め、示す事。
そしてそれが己がこの男を見守った証。
それで、己には十分かもしれない。
朱衡は昂った感情の波が引いていく感覚を覚えた。

751名無しさん:2005/01/30(日) 22:08:43
「―六太に嫉妬し、憎んだ事が有るか?」
酒を酌み交わしながら不意に尚隆がそう問えば、朱衡は心外そうに眉を寄せ、
不愉快な色を浮かべる。
「まさか。有りません。むしろ、浮き草のような貴方に振り回される台輔を常に
お気の毒に存じ上げております」
そして恐れながら、家族のようにお慕い申し上げている、と付け加えた。
それを聞き「そうか」と、安堵したかのような笑みを束の間漏らした尚隆は、盃を
置き椅子から立ち上がる。
「六太に会ってくる。全く、いつまで経っても手の掛かる餓鬼だ。悋気を起こしたなら
そう言えば良いものを…」
心なしか尚隆のその声に弾むものを感じ取り、朱衡は少々胸が痛い。台輔を慕っている
と言いながら、多少は嫉妬している己を認めた。
否、己の想いを曝け出した、今夜だけはそれを認めよう。

部屋の扉に手を掛ける主の背中を見送っていると、彼が振り返り声が掛かる。
「ああ、その酒は全部飲んでしまって構わんぞ。飲めるものなら、だが」
「謹んでお断り致します。明日の政務に差し支えますので」
嫌味を浮かべて笑う面は、もういつもの朱衡のようであった。

752名無しさん:2005/01/30(日) 23:16:56
数刻さかのぼって。
利広は更夜を促して、ようやく湯からあがらせた。
尚隆は、それぞれに見事な衣服を用意させていた。華美ではないが、質はよい。
奏の絹織物とは、蚕の種類が違うのか、糸質が違うと、利広は手触りを確かめる。
生きた繭をいくつか交換できると、奏王は喜ぶかもしれないと考えるときだけ、
凛々しい顔を見せたが、次にはまたふわりと微笑む。
こんなに貴人の客が多くては、風漢も金がかかって大変だよね。
普段は巷間を貧乏旅行するのも好きな気取らぬ男は、身なりを整えると、
黄海の守護者と改めて向かい合うため、ほんの少し、息を整えた。

753名無しさん:2005/01/31(月) 02:10:09
湯上り後の休憩のために、と通された部屋では、既に更夜が湯飲みをそっと唇に当てていた。
すぐに利広にも運ばれてきた茶碗の中には褐色の、雑穀茶が注がれていた。
味を確かめるまでもなく、香ばしい香りでそばの実の茶だとわかる。
更夜は顔立ちは美しいが愛想のない表情と態度で、声をかけづらい雰囲気を作っていた。
皮甲をつけていないと、女性のような華奢な体つきで、
氾王が裳を着せたい、化粧をしてみたいと言い出さなかったことが不思議に思えた。
―それだけ、今はあの官に夢中だってことなんだろうけど。
利広は小さく肩をすくめて、熱い茶をありがたく飲んだ。
沈黙が続く中、驚いたことに、更夜が利広に話しかけるともなく、話し出した。
「この百年ほどの間、時折、黄海の外から来て、
 騎獣を狩る者がいると聞く。その者は黄朱の民でもないのに、
 剛氏や猟巳師に一定の敬意を払い、猟場を荒らすほどのことは
 しないと聞いている。どうも、それはいつも同じ人物であるようだから、
 人ではない。仙なのだろう。しかも、何かにつけて黄朱の民を
 援助するかのように、法外に気前がよいらしい。
 これまでの厚情に、黄朱の民の代わりに礼を言う」
更夜は目を伏せて頭を垂れる。その睫が長い。
「そんなこと、私であるとは限らないよ?」
「現存の王朝の中で、もっとも長い王朝の方なら、当人ではなくとも、
 その者を御存知であるかもしれない。
 もしも、伝手があらば忠告を願いたい。黄海は人の住む土地にあらず。
 黄朱の民を不用意に援助しすぎて、玉京の怒りに触れぬように、と。
 それに、過ぎた手助けは、時に人が自ら立つ力を奪うものになる」
「わかった。肝に銘じておくよ」

754名無しさん:2005/02/02(水) 04:18:51
出て行く尚隆の背を見送り、朱衡は盃を干した。
先程まであれほど己をさいなんでいたはずの熱く切ない感情が、穏やかに消えていくのを感じる。
尚隆は六太の元へ向かった。
再び自分の元へ戻って来た王に、かの麒麟はどれほど安堵し、喜ぶことだろう。
朱衡の口元に知らず微笑が浮かぶ。───これでいい。
これでいいのだ。
幼い形ながら涼やかな美しさを持った六太の姿を思い浮かべる。
雁国の大切な麒麟にして、王の唯一無二の愛人。
何者もその間には入ることなど出来ない。そのことは他ならぬ自分が一番に知っている。
そして、それが王と麒麟の理想の姿であろうことも。
(なんと良い王と台輔に出会えたものよ…)
己は果報者だ、と朱衡は一人笑った。

755名無しさん:2005/02/03(木) 04:13:03
正寝へ戻り寝台を覆う帷帳を捲る。果たしてそこには眠る六太の姿があった。
六太、と声をかけようとして思いとどまる。
音を立てぬよう自身もその隣に横になり、腕を回せば
小さな体がぴくりと動き、瞼が細く開いた。
「尚隆…?」
「…起こしたか」
すまんな、と笑った。
その顔を無表情で見つめていた六太も、ふっと瞳を細め、微笑う。
体を寄せてくるのに応え腕を回し抱き寄せると、
すがりつくように六太も両腕を主の背に絡めた。
「尚隆…」
小さな囁き。愛しい声。
「朱衡に妬いたか」
笑いを含んだ声で意地悪く呟けば、ふるふると頭が動く。
「違うよ…そんなんじゃない」
「では何だ」
お前…と、六太は瞳を瞑って答える。
「…お前は、王なんだって思ったんだ」
「何だそれは」
「俺の…俺だけのものじゃないんだって、そう思っただけ…」
当然だけど、と囁いた声が吐息に消える。
尚隆は一つ笑い、息を吐いて金の髪を見つめた。
そして、思い切ったように言葉を吐く。優しく。
六太、と。
「…お前は連れて行く」
軽い声音の中に何かを感じとり、六太は顔を上げた。
「何…、どこに…──」
俺が逝く時は、と尚隆は静かに言った。
「お前を連れて行くだろう。きっと」
「…───!」
見上げた尚隆の表情は穏やかなものであったが、もう笑ってはいなかった。
「置いてはいかぬ。俺が心底王の器であるなら、お前だけは残していくのだろうがな」
きっと俺にはそれは出来ぬ。
先程朱衡に言った言葉を思い出す。嘘をついた。
朱衡にはもう一つ約させよう。
身罷る時はこの子供と共に、柩に入れよ、と。
この子供の体を抱き、共に使令に喰われよう。
尚隆の頭に己亡き後の墓廟が掠めた。
王麒麟共に遺体がないというのも悪くない。
「尚…──」
六太は眉根を寄せ、唇を震わせた。涙が溢れてくる。
かろうじてバカ、と呟いた。
「そう簡単には終わらせねえよ…」
そうだな、と尚隆は笑った。

756名無しさん:2005/02/03(木) 04:59:57
己は王だ。人に戻る時とは即ち死ぬ時。
王である己の全てを六太だけにやれないのであれば、死ぬ時の話をするしかなかった。
王でなくなった時、その時こそ完全にお前だけのものになると。
「…俺はお前が愛おしいと言ったな」
頬を赤く染め、瞳に涙を溜めたままの六太がこくりと頷く。
目を細め、尚隆は口の端を上げた。
「…侮るなよ、俺の言葉を」
後にも先にもお前だけだ、とにやりとした顔が低く言う。
「俺にそう言わせたのはな。覚悟してもらわねば困る」
そう言うが早いか六太の唇を己のそれで塞いだ。
突然の激しい口付けに六太の喉が息を吸い込んで鳴った。
きつく吸った唇を音を立てて放した後、触れたままで囁く。
「何度言わせればわかるのだ…お前は」
つまらぬ悋気など起こしおって、と笑ってやれば目の前の顔の血の気がたちまち上がる。
「だからっ!違うって言ってるだろ!」
「どうだかな。たまには可愛らしく妬いてみせろ」
「妬かねえ!!」
怒鳴った麒麟に声を上げて笑い、その体の上にのしかかる。
「真か?」
意地悪く笑いながら見下ろし、勅命だ、と言えばその眉が吊り上がり、歯を噛み締める様が愉快であった。
「……っ!」
「勅命だぞ。答えろ、台輔」
睨み付ける瞳が潤み、横を見る。
「…妬いてるよ。おれはいつも、お前の周りの何もかもに、妬いてる」
さも悔しそうに視線をずらし、それでも逆らえない命に従って心を晒す。
頬を染めたその表情が思った以上に己の心を昂揚させたことに尚隆は軽く驚く。
「そうか…」
自然口元が緩むのを押さえ切れず、内心自嘲した。
「これでいいだろ!どけよ!」
羞恥に耐え切れず怒鳴った六太を押さえ付け、覚悟しろと言ったはずだと笑ってやる。
「このまま寝るつもりだったが、そんな告白を聞いてはそうもいかぬな」

757名無しさん:2005/02/04(金) 00:44:15
焦る六太が、ふと、大事なことを思い出した。
まったく違う慰め方をしてくれた、油断大敵なもう一人の王の置き土産の一言。
「ちょ……ちょっと待てっ」
「この期に及んでじらすな」
「そうじゃないってば。人の話を聞け!」
噛み付きそうな勢いで怒鳴る六太の様子に、さすがに尚隆も違うと気づく。
「どうした? なんの話だ?」
「氾王が明日の朝に商談をしたいって。
 俺と尚隆に会見を申し込むって言っていたんだ……」
「あいつが商談……」
さすがの尚隆も思わず鼻にしわを寄せて嫌な顔をする。
わがままは言い放題の氾王が、わざわざ商談を申し込むということは、
きっとよからぬことを思いついたに違いない。
朱衡一人が犠牲になるようなことならまだしも、
最大限の嫌がらせを企ててこないことも限らない。
大体、あの顔を思い出すだけで気分がそがれる。
「だから、俺、寝ておいたほうがいいと思う。明日はきっと疲れるから……」
「だな。聞かぬほうが幸せだったかもしれぬ。やれやれ」
六太に多いかぶせていた体をごろりと転がし、王は麒麟の横に大の字になる。
自然に腕を貸して、そのまま寝ろと言わんばかりだ。
王というのは腕枕が好きなのか。六太はひっそりと微笑むと、
喜んで尚隆の腕に、胸に体を預けた。

758名無しさん:2005/02/04(金) 17:08:36
尚隆の胸の中で、六太は様々な感情を整理する。
嫉妬という醜い感情。それを曝け出した羞恥。尚隆に死を共にすると言われた事。
その歓喜と、尚隆には民を捨てる様な王であって欲しくない、という苦悩。
身体を丸め、縋るように頭を寄せれば彼は優しく六太を撫でる。殊更に優しく。
…不気味なほど優しく。

常に無い主の仕草に六太が彼を見上げれば、彼はにや、と薄く笑った。
「…更夜を放って置いて良いのか?」
その言葉に六太は一瞬目をぱちくりさせ、全ての思考を停止させた。
「あーーーっ!!」
「お前…耳元で大声を出すな」
馬鹿が、と尚隆は喧しそうに耳を塞ぐ。その隣で半身をがば、と起こし六太は左右を見渡す。
「そうだ、更夜!忘れてた!あいつ、もう湯殿には居ないよな。今どこに居るんだろ?
…まさか、出てってないよな!?」
「忘れ…先程は俺を放り出し、そのくせ更夜を放って寝こけていたのか、お前は」
あてこする様に言い、嘆息してみせれば六太はしゅん、と萎れてしまった。だが尚隆は
追い撃ちをかける様に言い募る。
「ふん、俺に恥を掻かせおって。全く、利広にもあの場面を見られていると思うと
泣きたくなるわ」
「ごめん…。…その、お前とはいつでもできるしさ、一緒に居るし…。でも更夜とは滅多に
会う事も無いしさ…」
更に萎れ、泣き出しそうな面をした為に、尚隆は流石に慌てる。いじめ過ぎたか、と。
「もう良い。気にしてはおらん。今は、奴は利広と同室にしてある。お前、接待役として
行ってこい」
客に客の相手をさせる訳にもいかんだろう、と言えば六太は安堵し、指示に沿おうと立ち上がる。
「ああ、服は適当に着替えて整えろ。被衫のままは許さん」
「え?別におれも更夜も、多分利広も気にしねーよ?―さっき一緒に風呂にも入ったしさ」
そのまま更夜達に会おうと思っていたのか、六太が主を振り返れば彼は呆れて溜息を吐く。
「馬鹿が。そういう問題ではなかろう。…俺が気にすると言っている」
「ふ〜ん」

759名無しさん:2005/02/05(土) 17:24:28
「これ、何か分かる?」
更夜―真君は何処からか小さな硝子の小瓶を取り出し、卓を挟んで
向かいに座した利広にそれを差し出す。

先程真君から話掛けられ、利広は話の糸口にと黄海の話題を振って
いた。黄民の事、妖魔の事など。
利広は初見の人物とも、数刻会話すればその人物のおおよその人柄
が見て取れる。それは永い人生経験で得た能力でもあるし、奏国王
家において間諜の様な役を担っている為でもあるだろう。
だが、今利広は目の前の真君という人物を量りかねていた。

その時小瓶を差し出され、利広は驚きつつ、少々それを凝視した後
腕を伸ばしそれを受け取った。

手に持った小瓶には液体が入っていた。少しの濁りも無い、透明な
それは瓶を傾けるとゆっくりと角度に沿って流れ、若干の粘りが有
る事が分かる。
だが、それだけの情報量では液体の正体は知れない。利広は小さく
首を傾げた。
「これは黄海のものかい?只の水ではないだろうし。…薬か何かか
い?」
「…黄海のものだな。ある妖魔の体液を濃縮、精製して純度を上げ
たもの。その妖魔は非常に珍しい種類でね」
「へえ。…で、その妖魔の体液の正体は?」
利広は小瓶を片目に近付け、向こうを透かす様に覗いた後、それを
真君に返そうと腕を伸ばす。そして、受け取った真君は手の中のそ
れを見詰めて呟いた。
「惚れ薬」
体液そのままでは媚薬程度のものだけど、と付加えるその表情は先
程から無に近く変化は無い。
だがそれを聞いた利広は思わず、普段の何食わぬ表情を忘れ吹き出した。

760名無しさん:2005/02/06(日) 00:09:33
利広の笑いに真君はムッとするでもなく謎の微笑を口元に浮かべ、
「この薬の真実を知らなければ、そのように笑ってもいられるだろう。実際、これは
良く効くんだ。俺は今までに蓬山公で試し済みだからね。これは人ばかりでなく、
麒麟にも確実に効く」
と真君はいつになく饒舌に話を続ける。
「俺は様々な蓬山公を用い薬の実験を続けてきたんだ。薬が確かに成功したと手応えを
感じたのはいつのことだったか。そう、あれは景麒という幼い麒麟だった。確か現在の
台輔だ。あの麒麟が12、3歳かそこらの頃、おさえつけて無理矢理この薬を飲ませて
みたのさ。六太をおとなしくしたようなかわいい顔、なのに無愛想な麒麟だったな。
それがどうだ、薬を飲み終えるなり、涙ぐんだ目で見つめてくるじゃないか。思いつめた
ような顔をした挙句、抱きついてしがみつき、俺の衣に顔を埋め、離れようとしない。
研究を続けてきた薬の成功が確実になった瞬間さ。忘れもしないよ。
俺の目論見通り、心も体も俺を欲してたまらなかったらしいんだが、そこはそれ、
実験だからね。手は出さなかったよ。
数日後、正気に返った彼は、俺を恋慕って泣き叫んだことが恥ずかしかったらしく
機嫌が悪くなってしまったようだが。それからは俺の顔を見ると走って逃げるように
なってしまったよ。
だが、そんなことはどうでもいいんだ。薬の完成だけが俺の望みだったのだからね」

761名無しさん:2005/02/06(日) 00:17:42
へえ、と利広は言った。
「…そしてそれを六太に使うというのかい?」

762名無しさん:2005/02/06(日) 00:48:23
「あなたに使ってほしいとでも?」
涼やかな目元、乱れのない口調でさらりと更夜は投げかけた。
利広は小さく首をかしげた。
面白そうだが、自分が実験台になっては効果を観察するわけにはいかない。
観察者の立場を保ててこそ、楽しめる。

763名無しさん:2005/02/06(日) 11:31:06
「いや、私は遠慮しておこう」
利広は目を細め、小さく笑う。
「大人しく、その効果とやらを傍観させていただくよ。」

764名無しさん:2005/02/07(月) 01:38:42
それとも、と、利広は笑みを広げながら、言葉を継ぐ。
「使いたいのは、自分自身だったのかな?
 それを使えば、君も正直に六太のところに駆けつけることができるのだろう?
 言いたいことを言えないまま、気持ちを腐らせていそうな君だもの」
更夜にも利広が見かけ通りの優しい男だとは思えなかった。
すっと胸元に切り込んでくるような指摘を受けて、咄嗟に答えられない。
確かに、そんな風に無我夢中で、何も考えずに、迷わずに、
六太のところに駆けつけ、奪えるなら、生きることはこんなに苦しくはない。
無理やりに六太を奪うことが、六太を傷つけるのではないかとためらって、
延王に花開かされていく麒麟の美しさに息苦しくなることはないだろう。
媚薬で六太に更夜を欲しがらせたとしても、当の更夜が媚薬のせいだと知っていたら、
体は手に入れても心を、魂を手に入れられない寂しさが、きっと身を食む。
自分に媚薬を使う。
言われてみれば、誘惑を感じる手段だった。

765名無しさん:2005/02/07(月) 23:27:25
「自分に使うというのには誘惑を感じるね。だが、この薬は信じられないほど不味い
んだ。少し嘗めるくらいなら影響ないから、試してみるといい」
と更夜に言われ、利広はその粘つくものを嘗めてみた。
とたんに眩暈と強烈な吐き気が襲ってきた。
「どうだい?」
「うむ、確かに惚れはしないが・・・吐きそうだ」
言うやいなや利広は吐きはじめた。

766名無しさん:2005/02/08(火) 00:55:03
涙目になりながら、利広は六太が気の毒になった。
こんなものを飲まされたら、いろんな意味で無事ではすまない。
嫌がらせにはなりこそすれ、どう考えても愛情ではないだろう。

767名無しさん:2005/02/08(火) 01:32:34
そこへ着替えた六太がやってきた。
そこで六太が目にしたのは病にかかるはずもない仙が吐いている姿だ。
「い、いったい、どうしたというんだ?」
「利広は惚れ薬を試飲したのさ。六太も嘗めてみるかい? すごく不味いんだ。
大量に嘗めてはダメだよ、少しだけ」
「うん、じゃ、ちょっとだけ…
ん? 美味いじゃないか? ものすごく甘いぞ」
不思議に甘い味覚に六太は陶然とした。

768名無しさん:2005/02/08(火) 03:08:41
それは不思議な感覚であった。確かに今まで味わったことのないその甘みは、
だがなぜか、どこか郷愁を含んだ香りを口中に満たしたのである。
誘惑に抗えないまま、もう一口とそれを唇に運ぶ。
「ろ、…──」
更夜が止めようと腕を伸ばすものの、六太はそれから口を離すことが出来ない。
ついにそれを飲み干してしまうと、うっとりと溜め息を漏らした。
「何か…──すげー、気持ちいい…」

769名無しさん:2005/02/08(火) 07:56:17
「六太…」
おかしいな、慶国の麒麟だって不味そうにしていたのに、と更夜は奇妙な事態に不安
を感じた。
六太はうっとりと夢見るような視線をさまよわせていたが、その目がある瞬間、更夜を
捉えた。
途端に目つきが険しくなる。
「更夜、なんなんだよ、全部飲んじまったじゃないか! 美味いけど惚れ薬なんだろ?
別に全然惚れたりしねえぞ? …なんていうか…むしろ…
なんかお前の顔見てるとムカついてくるぞ? なんでだろ…」
それは慈悲の獣がついぞ経験したことの無い感覚だった。
六太は友のことを心底嫌いになっている自分に気付いた。
「だいたいなー、大昔のことではあるけどさ、お前よくもオレを誘拐なんかしや
がって…お前のせいで死んだヤツがいるんだぞ。わかってんのか!」

770名無しさん:2005/02/08(火) 15:04:00

「亦信に驪媚・・・そして子供。
どうしてあんな酷いことが出来たんだよ、更夜! 俺は・・・・今でもお前がわからない時がある。時々だけど見せるお前のその、表情。俺はそれが怖い。またいつあんなふうに・・・・」
六太、と静かに制する者がある。多少嘔吐したものの、ようやく平常心を取り戻していた利広であった。
「もちろん、それは薬のせいで言っているんだよね」
「え・・・」
「そうだよね」
畳み掛けるように言う利広に半ば押され気味になりつつも、六太は違う、と静かに反論する。
「俺は・・・・」
「もういい」
六太を憂えるような表情で見つめ、更夜は利広に媚薬の入った容器を渡す。
「これは貴方が持っていてくれ」
そう言い残すと、更夜は静かに立ち上がり部屋を後にした。

771名無しさん:2005/02/08(火) 15:10:41
「追いかけなくて、いいのかい?」
利広は静かに六太へと問うが、返事は無い。ただ、目の前の麒麟は俯いている。

六太はどうしたものかと、考えていた。
どう考えても、更夜に対してのこの嫌悪感はあの媚薬のせいに違いない。
だが、それならどうして・・・・――――

刹那、六太の思考は思わぬ行為によって中断された。
後ろからゆっくりと六太の首に手を回す者がいる。
「静かに。どうやら・・・効いてしまった様だ」

772名無しさん:2005/02/08(火) 20:40:55
利広が六太を抱き締めたのと、扉が開いたのとはほとんど同時だった。
入って来たのは更夜を引きずった尚隆だった。
「なにをしている」
尚隆の声に利広の動きが止まる。
「見ての通りだ。いけないかい」
尚隆は更夜を放すと利広の間近に立った。

773名無しさん:2005/02/08(火) 21:40:18
六太は口をぱくぱくさせて真横に立つ尚隆、そして先ほど尚隆に放り出された更夜を見上げる。
尚隆の目は明らかに自分ではなく、自分を抱いている利広へと注がれている。
更夜はとえば、誰とも視線を合わせまいとしているようだった。黙ったまま、俯いている。
一時の沈黙。
それを破ったのは、六太であった。
己を羽交い絞めにしている利広を肩越しに振り返り、六太は自分でも驚くような言葉を口にした。
「利広、俺、お前が好きだ」
この言葉に、その場にいた誰もが―――利広でさえもが、驚いた。
「もしかして・・・・」
はっと気がついたように言う更夜に、尚隆が短く問う。
「何だ」
「この媚薬・・・・飲んだもの同士に、効いてしまうのかもしれない。聞いたことがあるんだ、この薬、酸化すると効用が変わってしまうと。」

再び視線戻した尚隆の目に飛び込んできたのは、笑顔で見つめ合う利広と六太であった。
六太はと言えば、見事なまでに頬が高揚している。
尚隆は、またも自分の中で煮えくり返る何かを感ぜずにはいられなかった。
薬のせいだとはわかっている・・・・なのに・・・

774名無しさん:2005/02/09(水) 00:23:37
「なぁ・・・利広、部屋変えねえ?俺、お前と二人になりたい」
「もちろん、私は構わないけれど・・・」
静かに睨みを利かせている尚隆の方をちらと見やり、六太に示す。
「尚隆、なぁいいだろ?大体、どうしてお前がここにいるんだ?」
そう言う六太は、日々の彼と何ら変わりない。
その腕が己ではなく目の前の風来坊の肩へと回されている、ということを除いては。

775名無しさん:2005/02/09(水) 00:26:50
尚隆は静かに、しかし激しく憤った。

776名無しさん:2005/02/09(水) 00:49:39
六太は言った。
「オレと利広は別の部屋で二人きりになりたいんだ。部屋の準備ができるまで、この
部屋にいるけどさ、そいつ目障りだからどっか連れてってくれねえ? そいつのせい
で亦信たちが死んだこと、尚隆、忘れてねえか? なんで客扱いなんかするんだよ」
しかし、それに答えて尚隆が言った。
「亦信たちが死んだのは六太、お前のせいだ。更夜のせいではない」
六太はその言葉を聞くと、うっと詰まって傷ついた表情をすると、利広の胸に甘える
ように顔をうずめた。
「利広、尚隆があんなひどいこと言うよう」
「ほんとにひどいね、六太をいじめるようなことを言うなんて」
利広は勝ち誇った表情で尚隆と更夜を見ながら、六太を抱き締め髪を撫でる自身の姿
を見せつける。
あまりのことに、とうとう更夜が声を上げる。
「いくら薬のせいだからって…黄海でいつまでも待ち続けていた俺に対して…
ひどいじゃないか。迎えに来てくれると思って、俺は…俺は、いつまででも待って
たんだ。それなのに雁が緑豊かになっても六太たちはいっこうに来てくれなかった」
ただ六太のことだけを思い続けてきた更夜にとって、薬のせいとはいえ、このような
場面を見せつけられることは堪らず、ついいつもの冷静ささえも失ってしまった
のである。だいたい薬は自分が用いることだってできたのに…。

777名無しさん:2005/02/09(水) 23:42:28
利広の胸の中にいると、どこか安らぐ心地がした。
そう、まるで以前尚隆の側に居た時のようなあの、言葉にさえ表すことのできない安心感。
「俺、しばらくこのままでいいや」
六太はいまや、完全に薬に支配されていた。
更夜の言葉には耳も貸さず、先ほどよりも更に頬を高潮させているのが見て取れる。
尚隆は暫し抱き合う二人を見据えていたが、やがて小さく嘆息し更夜に向き直る。
「更夜、俺たちがお前を迎えに行かなかったのは、まだこの国が完全ではないからだ」
「どういう・・・こと?だって、こんなにも栄えて・・・」
「俺は、お前に妖魔と住める土地を与える、と言った。恐らく今は、未だその段階では無い。わかるだろう、更夜」
「・・・・・でも」
・・・・――――わかっている、そんなことは。そうではない、俺は・・・

778名無しさん:2005/02/09(水) 23:47:05
突然、更夜は利広の方へと駆け寄り、彼の手中にあった媚薬を掴み取る。
数滴しか残っていないと思われるそれを必死に舌で絡めとり口内へと流し込んだ。
「うっ・・・・・」

779名無しさん:2005/02/10(木) 21:42:46
あまりの不味さに更夜はへたりこんだ。吐きそうだった。
その更夜に尚隆の手が優しく差し出される。
抱くようにしながら、背をさすってやる。
「大丈夫か」という声は労わりに満ちている。
利広の腕の中でそれを見た六太は、慌てて利広を振りほどき、尚隆のもとへすっとんで
きた。尚隆の逞しい腕にしがみつき、それを更夜の体から引き剥がそうとする。
「なんだよー、こんな奴、介抱するこたねーんだよ。おい、更夜、オレ、お前のこと
嫌いだから。もう友達じゃねえからな」
と、急に六太は自分の体が浮き、景色が逆さまになったような気がした。
それもそのはず、尚隆が六太の両足首を持ち、逆さまに持ち上げていたのである。
「大事な友のことをそのように言うとは、このガキは何か悪いものでも憑いたようだな。
憑き物を振り落とさねば」
言うと尚隆はそのまま六太の体を振った。
「な、なにすんだよー! 尚隆、お前、麒麟にそんなことする王がどこに…
うわ、や、やめてくれー!」
ますます激しく振られて六太は悲鳴を上げた。

780名無しさん:2005/02/11(金) 23:13:51
「やめろ!」
強い声が響いた。尚隆は瞬間手を止め、声の主を仰ぎ見る。
全身に憤りを漲らせたその人物は、つかつかと歩み寄ると
尚隆の腕から六太の体をもぐように引き離した。
「利広…」
目に涙を溜め、己を見つめる六太を胸に引き寄せ、
尚隆を睨み付けたその人物は利広であった。
「風漢、君に六太をこのように扱う権利はない」
普段の彼と変わらない落ち着いた口調は、だが明らかに激しい怒気をはらんでいた。
そこに、今まで見たことのない彼の隠された何かを見た気がして、尚隆は軽く目を細める。

781名無しさん:2005/02/11(金) 23:35:36
君には、と利広が口を開く。
「君には前から言おうと思っていたことだ。
…麒麟は王のものだが、だからって好き勝手に弄んでいいわけじゃない。
君はいい加減それを知るべきだ」
涼しげに真っ直ぐ瞳を向けるその表情は冷たく、裏腹な憎悪の熱を隠さずに放つ。
(…こいつの中にこのような炎があったとはな)
どこか感嘆しつつ尚隆は唇を歪め、奥歯を噛んだ。
「…利広、一度だけ訊く」
尚隆は口を開く。苦々しい思いと、悋気と認めざるを得ない怒りと、
そして見慣れぬものに触れた時に感じるあの高揚感とを胸に押し殺して。
「お前は、六太が好きか」
一瞬眉を上げた利広は、だがやがて唇の端をゆっくりと持ち上げ、微笑の表情を作った。
それはいつも見る彼の微笑み。その唇が静かに開いた。
「…おや、知らなかったのかい。…君ともあろう男がね」
色事に鼻の利くことに関しては君の得意分野のはずだ
と思っていたがね、と優しげな声が皮肉を紡いだ。

782名無しさん:2005/02/17(木) 23:49:10
吐き気が少しおさまったのか更夜が呟いた。
「それにしても、この薬…。効果があてずっぽうすぎる…。
ほれたはれたの対象になる相手にも…法則性が無い。
酸化しているにしても、酷過ぎる」
苦さのせいなのか更夜は唇を噛んだ。

783名無しさん:2005/02/20(日) 01:31:39
その苦くまずい薬を服んだわけではないけれども、
尚隆も苦虫を噛み潰した表情で更夜を見遣った。
「わかったら、そういうものを持ち込むな。
 お前らしいといえばお前らしいが、いささか俺の手にも余るぞ」
そう言いはするが、なじるような響きはない。
尚隆は、ほんの少しであるが、更夜の不器用さ、要領の悪さが
憎めない気がしたのだ。ここまで茶番じみてくると、
利広にも、六太にも、悋気を起こしようがなくなる。
事態を正常化させることだけ、考えたい。
「いいか。お前達、他の部屋に行きたいならちょうどいい。
 洗濯物を増やさぬよう、踏むんじゃないぞ。
 この部屋を掃除しなくてはならない官の迷惑を考えろ」
と、尚隆がぴしっと指差したのは、先ほど、利広が吐いたものである。
尚隆にしてみれば、異臭を無視してつややかな気分を盛り上がれる
図太さにも瞠目したが、今、六太が利広と口付けでもすればさぞかし
不味かろうというのも気になって仕方がなかったのである。
「延王……」
更夜は相変わらず予想外のことを言い出す尚隆に呆れた。
呆れながら、まずいと、心中で焦る。
更夜の心の奥底で、ぞろりとうごめく、薬の効果があった。

784名無しさん:2005/02/20(日) 17:59:16
「他の部屋に行きたいなら送ってやる。とにかく麒麟は清浄を好む生き物、このような
場所に置いておくわけにはいかん。利広、お前には口をゆすいでもらわんとな。
不浄なまま雁国の台輔に近づくというのでは、雁の民も許すまい」
言うと尚隆はいきなり腕を伸ばして六太を掴むと小脇に抱えた。
「あっ、何すんだよっ、なんか苦しいよぅ、利広、たすけて!」
「六太!」
引き裂かれた恋人達は悲痛な声を上げた。
六太が脇の下でじたばたすると尚隆はぎゅっと抑える腕の力を増す。
「痛いよう!」
かまわず尚隆は扉を開ける。その側に熱を持った瞳の更夜が続く。

785名無しさん:2005/02/25(金) 05:36:42
と、部屋を出ようとした尚隆の袖を、不意に更夜が引っぱった。
腕を引かれ、危うく六太を落としそうになったが、何とか体勢を持ち直す。
「おい… 」
抗議しようと振り返った、尚隆のその唇に、熱いものが触れた。
視界いっぱいに、更夜の濡れたように潤んだ瞳。
突然の事に、一瞬呆然としてしまった尚隆は、今度こそ本当に六太を取り落としてしまった。

「六太…!」
慌てて利広が六太の側へと駆け寄って来て声をかける。
「大丈夫かい?怪我はない?」
しかし、落とされた六太からは返事はなく、ただ、落ちた体勢のまま、地べたにへたり込み、声もなく呆然とその光景を見上げていた。
目の前で繰り広げられる、自分の主と、友人であった者との、濃厚な接吻…。
尚隆は、少し眉寝を寄せながらも、特に拒絶するでもなく、更夜の熱い舌を受け入れている。
深く、長い接吻の後、うっとりとした瞳を開け、更夜の唇がゆっくりと離れる。
いつの間にか腕は尚隆の背中へと回されており、更夜は、その温かく広い胸に顔をうずめる。
「更夜、お前…」
薬の効能が、まさか自分に向けて効いてしまうとは…。
全く持って、あてずっぽうな薬だな、と、半分呆れた様子で、ため息をひとつ吐くと、
更夜の肩に手をかけ、体を離そうとする。
が、更夜は引き剥がされまいと、ますます腕に力を込め、切なげな表情で見上げてくる。
「延王…… 好き。」

786名無しさん:2005/02/25(金) 05:40:38
それを聞いた時、六太の中で、何かが弾けた。
「やめろーーーーっ!」
それまでただ、呆然と見上げていた六太が、突然声を上げて、尚隆と更夜の間に割って入った。
しかし、六太程度の力で突き飛ばした所で、更夜を尚隆から引き離す事もできない。
突然の六太の行動に、尚隆も利広も瞠目する。
「六太…?」
しかし、この行動に一番驚いていたのは、六太自身であった。
(なんで…おれ……?)
再び呆然と突っ立っている六太に向かって、更夜が冷ややかに声をかける。
「何?六太、どういうつもり? 俺と延王の仲を邪魔しないでよ。
六太は卓朗君と愛し合い、おれは延王と愛し合う。これで大団円じゃないか。何が気に入らないの?」

…そうだ。
おれは利広が好きなんだ。更夜の言う通り、これでお互い邪魔をされる事なく、愛し合えるではないか。
何を不満に思う事がある?

…でも……
先程の、二人の接吻を見た時に感じた、胸を掻きむしられるような衝動は、一体……?


おい、勝手に俺が愛する相手を決めるな、と渋い顔をして言う尚隆の言葉は聞こえているのかいないのか、更夜は更に六太に見せつけるかのごとく、尚隆の首に腕を回す。
その様子を見て、再びズキンと胸が疼く。
「や…めろ……」
今度は弱々しい声で、苦しそうに胸元を押さえて、再び六太は呻いた。
何故だかこんな光景は見ていたくない。
見ていられない。

787名無しさん:2005/02/25(金) 05:45:25
そんな六太の苦しそうな様子をみて、更夜は薄く微笑みを浮かべ、続ける。
「それとも、もしかして六太、利広も延王も、両方手に入れようって言うのかい?
麒麟っていうのは、結構強欲な生き物なんだね。」
「違う…!」

(ちがう)

「何が、違うの?」
目を細め、更夜が問う。
「お…俺は…、麒麟………だから…」

(ちがう… それは、言っては、いけない!)

俯いたまま、苦しそうに六太は続ける。
「麒麟が…、王を慕うのは、…………本能……だか…ら……」

(ちがう! ちがう! ちがう!!)

そう。オレが愛しているのは利広であって、尚隆に対するこの気持ちは、オレが麒麟で、尚隆が王だから。
尚隆が、他の者と愛しあっているのを見て、感じるこの気持ちは、きっとその麒麟の本能のせい。

だけど。

心の奥底で、もうひとりの自分が、「ちがう」と叫んでいる。
オレは利広を…? 尚隆を…………?

わからない。心が分裂しそうだ…!!
誰か、助けてくれ…!!

「ぁ…ぁあ………っ」
見開いた目から、ぼろぼろと涙をこぼし、自分の体を掻き抱くようにして、ガタガタと震え始めた六太に、
心配そうに利広が近づく。
「六太…?」
しかし、利広が触れるよりも先に、いつの間にか更夜の腕をほどき、六太の側に歩み寄っていた尚隆の腕が、六太を抱き寄せた。
「もう良い。それ以上考えるな。」
震える六太を安心させるように、やさしく抱きしめる。
「お前は今、薬で感情を操作されておるのだ。今はもう、これ以上考えるな。
薬に抵抗し続けると、お前の心が壊れてしまう。」

心を、操作…?
今の六太には、理解のできない言葉だったが、尚隆の温かい胸は、乱れた心を落ちつかせた。
「今日はもう何も考えずに眠れ。時間が経てば、薬の効用も切れるやもしれん。
もし、切れなかったとしても、俺が必ず、お前を治してやる。」
「ん…。」
尚隆が、この苦しい気持ちを、何とかしてくれると言っている。
尚隆がそう言えば、本当にそうなるような気がしてくるのだから、不思議だ。
思い起こせば、いつもそうだった事に、今更ながら気付く。
なんだかんだ言いつつも、尚隆は、今まで約束を違えた事がない。
いつも俺との約束を、守ってくれる…。
何だかとてもやさしい気持ちになって、六太は身体の力を抜く。
尚隆の、温かく広い胸に抱かれていると、何もかもを委ねたくなってくる…。

そうして六太は、尚隆の胸の中で、眠りに落ちていった。

788名無しさん:2005/02/25(金) 21:32:01
尚隆の腕の中で気を失うように眠りこけた六太。その二人の姿を見る更夜の顔は悲しげだ。
飲んだ薬の少なさから、尚隆に惹かれたとしても、正気を失うほどではない。
だから余計に切ないのかもしれない。
広い背中。衣服の陰が、裸体のたくましさを想像させるようだ。賓満を頼らなくてもよいような剣の達人でもある。きっとその腕も頼もしく、たくましい。指の長い手は大きく、温かくて、あの男に守られることはどれだけ安らかなことだろうと憧れる。
「延王、好きだよ……」
声があふれ出るのと、涙がこぼれ出るのと、どちらが先立ったろうか。
自分だって、あの胸にすがり、あの腕に抱かれたい。駆け寄って、すがりついてしまえれば、どんなにいいか。
「更夜」
困った顔で、名前を呼ぶ。その声に聞き惚れる。

789名無しさん:2005/02/25(金) 21:37:42
「延王、好きだよ。俺は、あなたのことが好きだ。斡由のことがあったとき、俺は本当は逃げ出したかった。斡由は恩人で、大好きで、逃げ出したらそれまで斡由のためにどんな嫌なことでも我慢してきたことが無駄になりそうで、自分ではどうにもならなくなっていた。斡由のためにと自分に言い聞かせるのも限界で、つらくてつらくて仕方がなかった。
 そんな状況から、あなたは救い出してくれた。ろくたの居場所を作る、豊かな国に俺の居場所を作ると約束してくれた。俺は黄海に居場所を見つけて、延には戻らずにいるけれど、だけど、俺の心の奥底にはいつも、この国と繋がる扉があるんだ。
 その扉を夜毎、夢の中で開いては、俺はあなたの夢を見ていた。あなたのそばで笑う延麒と、緑の大地を……」
「慕ってくれてありがとう、と言っておこう。黄海に飽きたら、いつでも来ればよい。お前の故郷はこの雁なのだから。その代わり、俺や六太の寝込みを襲うのはなしだぞ。それと、できれば、そこの利広をなんとかしてやってくれないか?」
 尚隆が肩をすくめるようにして、顎で傍らを指し示した。
 更夜がつられて見ると、利広は再び気分が悪くなったのか、口元をおさえてしゃがみこんでいる。
「わかったよ。自分の招いたことだから、頼まれてあげる。だから、あなたもせめて憶えていて。あなたが六太に飽きたら、いつでも駆けてくる」
「黄海中の妖獣を根こそぎひきつれて駆けつけられたら、さしもの俺も降参するな。雁も滅びてしまいかねん。せいぜい、六太には国を滅ぼさぬよう、俺に飽きさせない努力をしてもらうさ」
快活に笑って軽く受けがなす。風のようにつかみ所のない漢だ。
軽々と六太を横抱きにして、部屋を立ち去る。
残された更夜の胸に、ただ風の香りだけが残されていた。

790名無しさん:2005/03/02(水) 00:56:02
尚隆は六太を抱いたまま自室に戻った。
明日の商談に備えるべく六太を横たえ自分もその隣りに休む。
六太は眠ったまま寝相を変え主の二の腕に顔を埋めるようにしながら体をまるくする。
さらに気持ちよくおさまろうと小さくもぞと動く。
そんな小さな体を尚隆は片腕で抱き寄せるようにし、金の髪に顎を埋める。
和み癒されるこの感じ…。暖かい体をぎゅ、と、でも壊さぬように抱きしめてみる。
その主の静かな動きのせいか、六太の目が眠そうに開き、暫くぼうとしていたが、
すぐに目はぱちりとさせて主の胸から頬を離すと上目使いに顔を見上げてきた。

791名無しさん:2005/03/02(水) 04:04:56
「尚隆・・・なん・・・で? 利広は?」
「うるさい」
利広の側に行きたい、と喚く麒麟を尚隆は強引に抱き寄せる。
「っなにすんだよっ!」

792名無しさん:2005/03/02(水) 17:15:57
「もう…」
六太は「んしょ、」と一生懸命、尚隆の腕をはがして蒲団の上に置いた。
「利広なら更夜に世話を頼んでおいたぞ」
「えっ、…」
六太は一瞬目を見張ると起き上がろうとしたが、その瞬間、尚隆が六太の額を
とん、と突いたため後ろに倒れた。

793名無しさん:2005/03/10(木) 17:16:31
その瞬間だった。六太の全身を何かが走るように吹き抜け、
目の前に閃光がわずかに散った。
「…っ──!」
思わず目を瞑った六太のその不自然な様子に尚隆は眉を上げる。
「どうした?」
「──…!」
問い掛けに応じず、しばらくぎゅっと目を閉じたままであった六太は、
己の頭の中にひろがる白濁したもやのような感覚に耐えていた。
(何…だ…?これ…──)
「六太」
耳に届く声がひどく優しく、そして遠く聞こえた。
(尚…隆…しょう…──…誰…?)
聞き覚えのある懐かしい声。愛しい声だ。
「…六太?」
ゆっくりと瞼を持ち上げた六太の顔を、尚隆は怪訝そうに覗き込む。
見つめた瞳が一瞬驚いたように開かれ、そしてすぐに破顔した。
「風漢…」
笑んだ唇が呟いた名前に尚隆は目を見開いた。
──息を呑む。
「六太、お前」
「お前、何でここにいるんだ?──おれ、おれは…
そうか、売られそうになって、お前が助けてくれて…それから──」
思い出せないや、と言葉が続く。
「…何か、すごく長い間眠ってた感じがする」
言って困ったように笑った顔は、何のけれんみもなく、
尚隆はそこでやっと思い出した。
範で、呪を解かれた六太。その時に聞いた言葉。
──額に触れれば、再び記憶を失くした状態に戻る、と──。

794名無しさん:2005/03/11(金) 00:39:33
上手く思い出せない。
自分は誰かに羨望と嫉妬心を抱いていたような気がする…今も。
そう、麒麟だ。風漢は実は王で、その王の心を捉えて離さないという美貌の者。
そこまで思い出して、ある者の面影が頭をよぎった。
美しい若者…確か更夜とかいった…その更夜に対して自分は不穏な気持ちを抱いて
いたはずだ…
それではあの並外れて美しい若者が麒麟…王によって更夜という名を与えられた。

795名無しさん:2005/03/28(月) 22:13:27
尚隆は思う。全く、今日という日はまだ終わらぬのか。
幾ら退屈を厭うと言っても、こうも立て続けに事が起こる事は無かろうに。

「――よう」
妙な挨拶だと我ながら思ったが、目の前の子供はややあった後素直に微笑んだ。
普段の気の強さ、生意気な気性は影を潜めている様であるが、これも六太の一面であるという。
「風漢、ここ…どこ?」
六太は己の置かれている状況が解せず、辺りを見渡す。
そこは一方を幄が垂れた方形の小さな密室で、床には敷布が敷いてあり牀榻の中である事が分かった。
そして己自身を見れば、華美ではないが肌触りの良い絹の衣に袖を通している。
不思議に思うのは、そんな上等なものを身に付けて違和感が無い事だ。
一通り巡らした視線を最後に風漢に向ける。
「ここは俺の部屋、ああ、雁の城、玄英宮の中だ」
「玄英宮…。雁の王宮…」
王宮、と聞いて閃いた事が有った。
「あのさ、風漢。いや、風漢は王なんだよな。ええと、え、延王さま…」
態度を改める六太に寂しさを覚え、尚隆は「風漢で良い」と諭した。
「俺、前に王宮に大好きな、会いたい奴が居る、って言った事覚えてる?」
「ああ」
「それさ、多分…リコウって奴だと思うんだけど…。風漢はそいつ知らない?」
尚隆は顔を顰め、大きく舌打ちをする。
記憶を失っている上に、媚薬の効果とは厄介な事この上無い。
「知っている。…だが、あいつは元々この国の者ではない」
それを聞いた六太は「そっか…」と大きく項垂れ、肩を落とした。縋るものを失くした様に。
気落ちし、小さな身体を更に小さくした六太の様子に尚隆は大きく息を吐く。
「――俺じゃだめか…?」
問うたその瞳はどこか寂しげで、六太はその視線が辛かったのか面を伏せる。
「だめも何も…。風漢、延王には…延麒が居るんだろ。恋焦がれてる…」
思い描いたのは、あの美しい若者。

796名無しさん:2005/03/29(火) 23:48:51
尚隆は少し微笑むと、
「恋焦がれてる、か。そうかもしれんな」
と言いながら六太の頬から顎のあたりを優しく撫でた。その手の動きのせいで、六太の体に電流のような感覚が走る。
しかし、それはすぐ切ない想いにとって代わられた。
「オレ、田舎に帰りてえ」
あの田舎では六太は風漢を一人占めすることができたのだ。
だが、この王宮では風漢は美しい延麒のもの。
六太は田舎のみすぼらしい蒲団が心底恋しかった。
今、自分はこのような贅沢な場所にいるけれど、風漢は延麒のものであり六太には
とうてい手が届かない。ここに二人きりでいようが身分の貴賎の差ははかり知れない
程大きい。側にいるだけで畏れ多いことなのだ。
あの田舎では他にも子供はいたけれど六太は風漢を独占することが出来た…。
「こんなの、やだよぅ…」
六太は呟くと涙が溢れてきた。溢れて止まらないので片腕で目を拭く。
すると次第に不安になってくる。これからどうやって暮らしていけばよいのか。
風漢は王宮で仕事をくれるかもしれないが、それでは偉い人達に頭を下げて暮らさねば
ならなくなってしまう。そして延麒の前でも頭を下げ這いつくばらねばならないのだ。
でも…王宮を離れるわけにはいかない。風漢のいるところから離れるなんてできない。
そんなことをしたら寂しくて死んでしまうだろう。

797名無しさん:2005/04/01(金) 02:48:06
「六太」
大きな手が六太の濡れた顔を拭った。六太は視線を逸らす。
泣いているところはあまり見られたくなかったが、
間近にいれば隠しきれるわけもなかった。
六太、と再び呼ばれる。
その低い声にどこか切ないものが滲んでいるような気がして、
六太は思わず顔をあげた。
「…何だよ」
けれど返事はなかった。
風漢は、何かを言おうとしたものの、躊躇っているふうだった。
ただ頬にあてられた掌だけが、確かめるように六太の頬や頭をゆるゆると撫でている。
見詰めあったまま、互いに言葉もなかった。
その無骨な手のぬくもりと、見下ろしてくる深い瞳の色を眺めているうち、
六太の気分は少しずつ落ち着いてきた。
涙が乾きはじめると、子供じみた独占欲で風漢を困らせている己に自嘲がきざした。
今更ながら、自分を宥めようとしている男の本体に心が向いた。

彼は、王だ――。

守るべき国があり民が居て、六太は見たことはないが、
その傍らには常に、大切な半身が静かに控えているのだろう。
別の字(あざな)で、ほんの少し下界で係わりあっただけの自分を振り返る必要など、
本当はどこにもなかった。
そんな男に、出会いからずっと自分は我侭ばかりをぶつけている。
「ごめんな、風漢」
詫びると、男の顔が微かに歪んだ。
ふいに肩をつかまれたかと思うと、薄暗い視界が閉ざされ、
さらに眼の前が暗くなった。息が詰まる。息ができないほど強く。
抱きしめられていた。

798名無しさん:2005/04/07(木) 22:59:01
「苦しいよ、離して風漢…」
落ち着いた筈の心が、再び早鐘を突く。これは駄目だ。延王に抱きしめられるなど。
こんな事をされては、この人を得たくなる。国と民の為に在り、延麒のものであるこの人を。
優しい王は、必要も無いのに自分を気に掛けてくれているだけであろうに。

抗い、胸を押し返そうとする腕の力が、このまま彼の胸に甘えてしまいたい、
そんな思いに負けそうになる。
もがく為に、足元で激しく鳴る衣擦れの音。尚隆の抱擁がそれを封じる。
「何を謝る必要が有る?」
「だって、だってオレはいつも…」
お前に迷惑を掛けている、彼の腕の中でそう小さく呟いた。
先程は田舎に帰りたい、などと独占欲ゆえの我儘を言った。
今だってそうだ。
こうしている間にも、風漢は美しい麒麟の訪れを待っているかもしれないのに。
いつかかの村で聞いた延王延麒の小説では、彼らは毎晩の様に衾褥を共にしている
というのだから。
六太の胸の内に苦いものが広がっていく。その正体は、延麒に対する羨望と嫉妬心。
「何も迷惑など掛けられてはおらんぞ?」
「でも、風漢には延麒が…っ」
尚隆は六太の面を窺う。己を厭うかのような、多少拗ねたようなその表情には見覚えが有った。
そして、今度は見誤らぬ、そう思った。
「…俺の周りの何もかもに、か。存外、お前は嫉妬深い」

799名無しさん:2005/04/09(土) 04:55:09
はっと、息を呑む。刹那、抱いてくる尚隆の胸を押し腕を振り切った。
そして、力無く尚隆から背を向ける。
嫉妬深い――。言われ、惨めだった。己とは比べるべくも無い麒麟に嫉妬心を抱き、
また、それを看破されている。
俯き、手元の絹の敷布を握り締める。その手触りの良さから、己の居る場所が王の寝所で
ある事が思い出された。
視線は握り締めた拳に注がれたまま、問う。
「なんで…?なんでオレがこんなとこ、お前の寝床になんて居るの…?」
あまりにも場違いではないか。この後延麒の訪れが有れば、己は邪魔者として悄悄と
ここを出て行く羽目になるのだ。

悲愴な面を晒す六太に、尚隆は居た堪れなくなったのか、やや間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。
いたずらに不安がらせ、嫉妬心を煽る事もあるまい。
「…俺の牀榻に勝手に入って来る奴も多少は居るが、共に寝るのは一人だけだ」
尚隆は腕を差し出し、俯いたままの六太の金のあたまの上にその手を置く。
「俺の麒麟だな。…六太、お前だ。お前は麒麟だ。この雁国の」
苦笑し、ゆっくりと頭を撫で付ける。
「記憶に無かろうとな。…また、言わねばならんか?」
愛の言葉などなかなか気恥ずかしくて吐けぬ、そう言って笑った。

800名無しさん:2005/04/12(火) 01:13:25
「え…でも、延麒ってものすごく美人でかわいいって聞いたんだけど…?」
六太は訝しげに問うた。

801名無しさん:2005/04/13(水) 01:43:00
 好奇心と驚きに満たされた六太の顔は無邪気で、尚隆は胸をつかれた。
 麒麟は、王の鼓動を支配する。
 少なくとも、延王は、延麒に心臓を支配されているに違いない。
 こんなに胸が痛くなるなんて。
 「そうだ」
 尚隆の声がかすれた。
 愛しくて、愛しくて、ならない。
 手放すことはできない。
 他に与えることもできない。
 独り占めしたいのは、自分のほうだ。
 「俺の可愛くて美人でわがままで短気者でやんちゃでサボり好きで
  存外に疑い深くて自信がなくて泣き虫で、いつまで経っても
  王を信用しない馬鹿者は、お前のことだ」

802名無しさん:2005/04/13(水) 16:43:12
王を信用しない――。
胎果ゆえ、その生まれゆえ、麒麟としてはあるまじき心を持つ六太。
だが、麒でも麟でも、自身の麒麟が六太でなければ、己はとうに雁を滅ぼし、
自身の生も終わらせている。
麒麟など、たかだか愛玩動物に心臓を握られて良しとする己ではないのだから。

「違う…」
六太は眉を寄せる。風漢の言う延麒像は――。
「小説の延麒と全然違う…。延麒はそんな奴、そんな子供みたいな奴じゃないよ。
延麒は儚げで、しとやかで、優しくて…」
「あの小説は、大概虚構だ」
六太の抱く延麒像を遮り、尚隆は苦笑する。どの口で言うか、と。
「うそ、なの…?」
軽く、驚きの声を上げる。当の本人、延王が言うのだからそうなのだろうが、
あの天上人達の夢物語が、作り話だとは。
「ああ。延麒、お前ははそんな子供みたいな奴だ。大体、延王…俺とてあれ程
真面目な王ではない。いい加減な奴なのだ。…それでも五百年保っているが」
延麒に続き、延王像をも壊されたのか、六太は少々萎えている。その少し気落ち
した肩に、肩から頬に手を添える。微笑を伴って。

「…民の夢が盛り込まれた娯楽小説であるが、一つだけ、真実が有る」
その言葉に六太は面を上げる。そこには尚隆の真摯なまなざしが有った。
そして頬を温かな手で撫でられれば、堪らない。
六太の頭に「愛撫」という言葉が浮かぶ。今、己は愛しい人から愛撫を受けている。
「真実…?」
「俺と、麒麟のお前が相愛だという事だ」
尚隆は自覚する。今、この小さな麒麟を口説いている事を。
「俺の、自惚れだろうか…?」
返事はない。だが、その瞳に引き寄せられるかのように六太は尚隆の胸に身体を
預けた。そして、その胸に擦りつける様にゆるゆると首を振る。

803名無しさん:2005/04/17(日) 22:41:12
「オレ、本当に麒麟なの?お前の、麒麟なの…?」
王とつがいの。尚隆の胸の中で、疑いよりはその幸福を確かめる。
胸の中に自ら納まった子供が愛しくて、尚隆はその頭を撫でつつ頷いた。
「…あの村は悪事の温床であったゆえ情報が閉ざされていたが、
金の髪は麒麟の証だ。それに、明日になれば官吏や女官達は麒麟の
お前や王の俺に平伏し、敬うのだ。…一応」
尚隆は己を見上げてくる六太の額を軽く撫でる。「ん…」と軽く呻き
身を震わせる子供に、額、角に触れられる不快感も麒麟である証である事を告げた。

「じゃ、じゃあ何でオレはあの村に居たの?麒麟なのに…」
麒麟が重労働に従事し、あのような扱いを受けるものか。
それはもっともな疑問である。尚隆は少々眉根を寄せ、数刻の後に口を開いた。
「…少し喧嘩をしてな。お前が飛び出して行き着いた先があの村だ。
喧嘩の原因は些細な行き違いであるが…」
流石に「俺の女癖の悪さが原因でな」とは言えなかった。だが六太は項垂れる。
こんなに優しい王と喧嘩をするなど、きっと己が至らなかったからに違いない。
「ごめんなさい…」
「い、いや、悪いのは俺だ。俺なのだ」
互いに謝し、尚隆が六太を宥めた後落ち着くに至ったが、常にはむしろ罪を着せ
合う仲だけに、このような遣り取りは調子が狂う。

その後も六太は尚隆に幾つかの疑問を投げる。「リコウとか誰か」を問われれば、
尚隆は「自分達の友人のような男であるが、六太の過去の想い人などでは断じてない」
と憮然として答えた。
その態度、不機嫌な面に少々驚いたものの、六太はそれ以上の追求はしなかった。

804名無しさん:2005/04/19(火) 17:00:34
あの田舎でも六太は風漢とともに寝床に入った。こんな立派な寝具ではなかったが。
しかし小説や人々の噂によると王と延麒というのは、六太と風漢がしていたように
寄り添って眠るだけではなく、なんというか…体の交わりをしているという話であ
った。
 それでは自分はそのようなことを風漢としていたのであろうか?
六太はふとそんなことが思い浮かび一人赤面した。

805名無しさん:2005/04/23(土) 04:25:32
紅くなった頬は熱を持ち、知らず鼓動が早くなる。
「……」
しばしの沈黙が過ぎ、六太の頬に尚隆の手が再び触れた。
促されるまま上を向くと目の前に尚隆の顔があって六太は思わず瞳を逸らせる。
──それは、愛らしい仕草であった。
普段の六太が拗ねて見せるそれとは違い、明らかに素直な羞恥からくるそれ。
その初々しい様が、尚隆の胸に火を灯した。
顔を背けようとするのを阻み、強引に口付ける。
「んんっ…!」
びくりと震えた肩を掴んで逃さず、開いた唇の合間に素早く舌をくぐらせる。

806名無しさん:2005/04/23(土) 22:47:04
 この感触は、知っていると思った。あの村でくれた柔らかな口付けとはまた違う。
口腔を舌で蹂躙され、神経にピリピリと甘い疼きが走る感覚。
記憶よりは、その身体に焼き付いた。
 それでも六太はそれにどう応じて良いか分からず戸惑っている内、尚隆は六太の胸に
着衣の上からそっと手を触れ撫でてくる。
「!あっ…やっ…」
驚きのあまり、咄嗟に六太は腕を伸ばし尚隆の胸を押し返した。
胸の、触れられた箇所の熱い疼きを感じながら。
 尚隆は離され、手持ち無沙汰となった手を宙に浮かせていたが、やがてそれを引き込めた。
「…すまん」
「あっ、あの違うんだ。嫌とかじゃなくて、おれ、ただ恥ずかしくて、それに、
 驚いて、だから、ほんと、嫌ってわけじゃないんだ」
つい拒んでしまった事が悲しくて、そして風漢を傷つけてしまった気がして、
必死に言い訳をする。
六太が尚隆を窺い見れば、やはりと言うか、彼はばつが悪そうに顔を伏せている。

「…あのさ、おれ…あの村に居る時、男に襲われた事が有るんだ」
その件は尚隆も知っているが、いきなり突拍子な話を持ち出して六太は何が言いたいのか。
「その時、…風漢なら良いのにって、そう思った…。だから…」
消え入りそうに小さく、囁くように告白した。あまりの羞恥に頬を染めながら。
だが、尚隆は救われた思いがする。

807名無しさん:2005/04/24(日) 18:26:32
しかし今このまま先に進んでよいものかどうかと尚隆は躊躇した。
六太は田舎での例をあげてはくれたものの、どうしようもなく恥ずかしがっている。
そのためますます愛おしさは募るのであるが。

その途惑いを六太は敏感に感じとらざるをえない。
六太の言動により風漢はこの後の態度を決めるのだろう。
恥ずかしいけれども風漢のものになりたいという以前からの夢を叶えるため、
今こそ勇気を出さねばならない、そう六太は想った。

808名無しさん:2005/04/24(日) 21:19:02
少々の沈黙の後、六太は思い切って口を開いた。
まずは、先程から気になっているあの事を。
「…おれ、お前と、その、…した事、有るの…?」
〝した〟とは何をだ、などと野暮な事は聞かず、尚隆はただ「ああ」と
短く肯定した。
その答えは意外であり、予想通りでもあったが、六太は真実を知った事
に狼狽する。相変わらず頬を紅潮させながら。
「そ、そっか、そっか、そうなんだ。…でも、覚えてないや」
これは困った。風漢のものになりたい、そう願っていたのに自身の身体は
既に風漢のものだったのだ。けれど自身にはその記憶が無い。今の自分がひどく
宙ぶらりんな状態に思えた。
六太は続けるべき言葉を失ってしまい黙り込む。尚隆も同様である。
その為、二人の間に静寂が訪れた。

809名無しさん:2005/04/24(日) 21:57:18
沈黙の中、尚隆はいろいろと考えていた。いつもかわいい六太であるが、
記憶を失った状態の六太はまた独特にかわいい。いとおしすぎる。
この状態の六太を抱いてみたい気持ちに自分は支配されてしまっている。
このいじらしい少年を満たしてやりたい。
だがそれで良いのだろうか。相手を普段の意識とは違う状態にしておいて抱くなど
なにか卑怯ではないのか。
そしてまた、明日の商談のことも頭にあった。いったんこのような六太を抱けば、
自分は自制がきかなくなり際限のないことになってしまうのではないか。
そのようなことが気になりつつも、やはり抱きたい気持ちが先に来る。


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