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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第三章

1 ◆POYO/UwNZg:2019/01/29(火) 21:46:59
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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114崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:09:32
「く……」

額を伝って顎から滴る汗を、なゆたは乱暴に右腕で拭った。
試合開始からすでに10分が過ぎ、なゆたは幾度となくポヨリンに攻撃を命じたが、ステッラ・ポラーレに一撃も当てられていない。
すべてポラーレの専用スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』によって回避されている。

『……ぽよ……』

ポヨリンが心配そうになゆたを見上げる。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の鉄壁の守りを突破するには、専用のスペルカードやスキルが必要不可欠。
そのどれも所有していないなゆたには、最初から勝ち目などないのである。
しかし。

――死んでも棄権なんてするもんか。

なゆたに試合放棄の意思はない。みのりの予感は見事に的中していた。
自らの勝利を手放すサレンダーはデュエリストにとって最も屈辱的な敗北である。それだけは矜持が許さない。
といって、みすみす『蜂のように刺す(モータル・スティング)』の餌食になって死ぬ気もない。
どんなことをしてでも、真一と共に元の世界に帰る。そう誓ったのだ。
ならば、この強敵に真っ向勝負で挑み、正面から撃破するしかなゆたの生き延びる方法はない。

――確かに、わたしに『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』攻略のスペルやアイテムはない……。
――でも。だからって、勝ち目がまるでないってワケじゃ……ない!!

そう。
ゲームの中でなら、なゆたの勝機は九分九厘ない。――しかし、ここは数値だけがすべてを決めるゲームの世界ではない。
本物の、生の世界。ならば、ゲームの中では起こり得ない、数値では解析できない奇跡を起こすことだって出来るはずなのだ。
データ上では絶対に勝ち目のなかったタイラントを、真一が奇想天外な策で打ち破ったように。
尤も、真一と同じことをなゆたが成すというのは、想像以上に難しい。
現実世界ではwikiを編纂していたくらいであるから、なゆたは基本的にデータに造詣が深い。
また、ゴッドポヨリンのコンボデッキを組むことでもわかる通り、系統立てたロジックを得意としている。
つまり、決められたルールの下で戦術を編むのが得手であって、型破りで破天荒な行動は不得意ということだ。
ブレモンに習熟したエンド勢ゆえの弱点といったところか。
しかし、この戦いに勝つにはそれをするしかない。
ゲームの中では思いつきもしない、奇想天外な手段を講じるしか――。

「どうしたのかな?小鳥ちゃん。もう八方塞がりかい? であれば……素直に棄権したまえ。それならもう傷つかなくて済む」

10メートルほどの距離を置いて佇むポラーレが軽く右手を差し伸べ、降伏勧告をしてくる。
なゆたはすぐにかぶりを振った。

「生憎だけど、わたしは生まれてこの方サレンダーと遅刻だけはしたことがないのよ。お断りするわ」

「自分の置かれた状況が分かっているのかな? たったひとつの命を儚く散らすのは、賢い選択とは言えないね」

「もちろん、死ぬつもりなんてないわよ。わたしは――あなたに勝つ。勝って『人魚の泪』を手に入れる」

「画餅だね。では……不本意ではあるが、二撃目を決めさせて頂くとしよう!」

言うが早いか、ポラーレは上半身を前のめりにして突進してきた。
すかさず、なゆたはポヨリンに指示を出した。

「ポヨリン! 『ウォーターマグナム』!」

ポヨリンがすぼめた口から高圧で水を射出する。
鉄板に穴を穿つほどの強力な攻撃だが、やはりポラーレには当たらない。まさに蝶の軽やかさで、ポラーレは攻撃を避けた。

「止まって見えるよ、小鳥ちゃん!」

「ち、ぃ……!」

ポラーレの突進は止まらない。なゆたは舌打ちした。
ポヨリンがポラーレの攻撃を阻止すべく立ち塞がる。

「『毒散布(ヴェノムダスター)』――プレイ!」

なゆたがスマホでスペルカードを手繰ると同時、すぐそばのポヨリンがぶるるっと身体を震わせる。
その途端、ポヨリンの全身から周囲に向けて濃緑色の飛沫が放たれる。
非致死即効性の毒によって毎ターンの継続ダメージを与えるスペルだ。
自分の周りに毒を散布することで、即席の弾幕を張ったのである。

115崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:10:17
「フン……悪あがきは美しくないな」

スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』でも毒は回避できないらしい。ポラーレは一旦後退した。
ポラーレは、自分は三度しか攻撃しないと言った。
一度の仕損じもなく『蜂のように刺す(モータル・スティング)』でなゆたを死に至らしめる、と。
つまり、なゆたはポラーレの放つあと二度の『蜂のように刺す(モータル・スティング)』を一度でも失敗させればいいのだ。
とはいえ。

――口で言うのは簡単だけど、ね……!

それが、リリース当初『無理ゲー』とまで言われたほどの難題なのだ。
一撃入れられるのは避けたものの、事態は好転していない。貴重なスペルカードを使ってしまった分、なゆたの方が不利である。
ポラーレは三度しかなゆたを傷つけないと宣言したが、アタックを挑むこと自体は何度でもできる。
その都度今のようにスペルカードを消費していっては、いずれジリ貧でなゆたが負けることは火を見るより明らかだ。
なゆたは慎重にスペルカードを選別した。
ワンデイトーナメントである以上、スペルカードの回復はない。今の手持ちで優勝まで漕ぎつける必要がある。
初戦ごときでカードを使いこなしてしまう愚は犯したくない。――が、温存などという手段を選べるほど生易しい相手でもない。
文字通り、死力を尽くす必要がある。なゆたもまた、レアル=オリジンと戦った真一と同じ状況に追い込まれていた。

「どうせ散るなら、美しく散りたまえ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!」

ポラーレが再度突っかけてくる。恐ろしいほどのスピードだ。
スマホをタップし、なゆたもスペルカードを使おうとする。ポヨリンがポラーレを食い止めようと跳ねる。
だが。

「私のスキルは、ふたつだけではないんだよ? ――『幻影機動(ミラージュ・マニューバ)』!」

びゅおっ!

ポラーレがスキルを使用する。その途端、ポラーレの姿が一気に三体に増えた。
専用スキルふたつのインパクトがありすぎるため、話題に上ることは少ないが、ポラーレは他にも共有スキルを持っている。
そのひとつが『幻影機動(ミラージュ・マニューバ)』。質量を持った残像を生み出し、手数と速度をブーストさせるスキルだ。

「ポヨリン! 『しっぷうじんら――」

「遅い!!」

ポラーレの攻勢に、スキル『しっぷうじんらい』で対抗しようとする。
しかし、ポラーレの方が早い。スキルの効果が発動しポヨリンが先制を取る前に、三人のポラーレがなゆたへと肉薄する。

「貰った!」

ポヨリンはポラーレの動きに追いつけない。なゆたを守り切れない。
ポラーレが手に持った薔薇を掲げる。水着しか纏っていない、肌を大きく露出したなゆたの身体に、二撃目の死の刺突が――
いや。
なゆたに二撃目を叩き込む刹那、ポラーレはハッと気付いた。

――もう一匹のスライムはどこへ行った?

なゆたは戦闘開始と同時に『分裂(ディヴィジョン・セル)』でポヨリンを二体に増やした。
しかし、今ポラーレが認識しているポヨリンは一匹しかいない。
もうスペルカードの効力が切れたのか?
否。『分裂(ディヴィジョン・セル)』は対象が倒されるか、戦闘が終了するまで解除されない。
ポラーレはポヨリンを一度も攻撃していない。であれば――
ぎゅん、と刹那の速さで刺突を叩き込みながら、ポラーレはなゆたを見た。

笑っている。

「しまった……!」

ポラーレがなゆたの講じた手段に気付いた瞬間、その足許――水のフィールドが大きく撓む。

びゅるんっ!

まるで、球状のドームを形作るように。三人のポラーレを包み込もうと恐るべき速さで水がせり上がる。
その動きはまるで、水自体が意思を持っているかのよう――いや、実際にそうなのだ。
『この水は意思を持っている』。
それこそ、なゆたの戦術。
スペルカード『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』によって変化した、もう一体のポヨリン。
なゆたは液状化させたポヨリンBをフィールドに伏せさせ、カモフラージュしてポラーレ捕縛の機会を窺っていたのである。

116崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:10:50
「く、ぉ……!!」

ポラーレは眉を顰めると、渾身の力で高く上空へ跳躍した。ポヨリンBの飛沫が、ほんの僅かに爪先を掠める。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の能力を最大限に用い、ポラーレはすんでの所で捕獲を逃れた。

「ちいい〜っ!惜しいっ!」

なゆたが心底口惜しげにフィンガースナップを鳴らす。
なゆたは自らが囮となり、甘んじて『蜂のように刺す(モータル・スティング)』二撃目を喰らう代わり、一計を案じた。
まさに命懸けの博打であったが、ポラーレを追い詰めこそすれその身体を捕らえることは叶わなかった。
トン、とやや離れたところにポラーレが着地する。

「……奇策だね。もう一匹の君のペットに気付くのがもうあと一瞬でも遅かったら、私は捕らえられていただろう。
 素晴らしい。さすがは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……この世界の未来を決める者だ」

「お世辞は結構よ……どれだけ惜しかったって、失敗は失敗だもの」

ポラーレの賛辞に、右肩を押さえながら返すなゆた。右肩には針の穴ほどの刺し傷があり、血が滲んでいる。
なゆたは失敗した。貴重なスペルカードをまた一枚消費した上、致死の三撃のうち二撃目を受けてしまった。
もう、なゆたには後がない。

「確かに。もう手詰まりだろう、君には私の攻撃を食い止める手段も、私に触る方策もない。
 もう一度言おう、降参したまえ。そうすれば、私も三撃目を放つことはない」

「それで。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんて言ったところで、所詮はこの程度。
 期待外れだった……なんて言うんでしょ?」

ふ、となゆたはせせら笑った。

「わたしはね。わたしひとりでこの闘技場に来てるワケじゃないの。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の看板背負ってるの。
 わたしだけが負けるならいい。でも――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名はわたしたち5人のもの!
 わたしがドジ踏んで、その看板に泥を塗ることだけは……死んでもできない!!」

傷口を押さえていた手を離し、そう高らかに言い放つ。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名は、この世界へ来てから初めて聞いたもの。
それ自体に馴染みはないし、また愛着があるわけでもない。
けれど、なゆたはその称号を5人の絆のようなものと思っている。
着の身着のままで異世界に放り出され、身を寄せ合って。持てる力の全てを使って助け合う5人を結びつける名だ――と。
その名に、称号に、自分の失敗で傷をつけることはできない。
……そう。たとえ、死んでも。

「その意気や善し! ならば『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ、約定通り引導を渡そう!
 これは、まさしく私よりの慈悲と思いたまえ――これより諸君を待つ地獄行からの救済だと!!」

「地獄行……?」

「問答無用!!」

ポラーレの言葉に、なゆたは怪訝な表情を浮かべた。
しかしポラーレはこれ以上の会話をよしとしないらしい。先程のように、一気に間合いを詰めてくる。
もう先程の手は使えない。元の楕円形に戻ったポヨリンBが、ポヨリンAと共になゆたを護ろうと立ちはだかる。

『ぽよっ!』

『ぽよぽよっ!』 

二体のポヨリンが果敢にポラーレへと挑みかかるが、無策では『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』は破れない。
ポラーレはあっという間に攻撃有効範囲まで肉薄してきた。

「ポヨリンA! 『ハイドロスクリーン』!」

なゆたが鋭く命じる。その声に応じ、ポヨリンAがフィールドで高速回転を始める。
水のフィールドが激しく波立ち、なゆたとポラーレの間に水の障壁が生まれる。
水の壁によって足止めさせられ、なおかつ視界を遮蔽されて、ポラーレが僅かに歯噛みする。

「ポヨリンB! 『アクアスプラッシュ』!」

ドッ!ドウッ!ドドッ!

ポヨリンBが口から圧縮した無数の水弾を撃つ。数を恃みの盲撃ちだ。
しかし、一発だけでも当たればいい――そんな攻撃も、ポラーレの身体に傷をつけることは叶わない。

117崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:11:25
「悪あがきは美しくない――と言ったはずだ!」

迫りくる無数の水弾を『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』で捌きながら、ポラーレが言う。
なゆたがポヨリンAに命じて張った『ハイドロスクリーン』は、火属性の攻撃のダメージを和らげるもの。
今この場においては、僅かな間の目晦ましにしかならない。
水の膜をこともなげに打ち破ると、ポラーレは薄膜の向こうにいたなゆたへと瞬時に薔薇の棘を見舞った。

「これが最後だ――さようなら、小鳥ちゃん! 『蜂のように刺す(モータル・スティング)』!!」

ぎゅあっ!!

なゆたの無防備な首筋に、三撃目の刺突が命中する。
どんな強靭な装備も、防御魔法も、なにもかもを無効化して『三撃叩き込んだ相手を必ず殺す』スキル。
それがなゆたの白い肌を刺し穿つ。

「……あ……」

致死の攻撃を間違いなくその身に受けたなゆたは大きく双眸を見開き、驚きの表情のまま一歩、二歩とゆっくり後退した。
そして、ふらりと身を傾がせると、ばしゃあっと水飛沫を立ててフィールドに横ざまに倒れた。

『ぽ、ぽよっ! ぽよぽよっ!』

『ぽよよぉぉ……』

倒れ伏したなゆたへ、ポヨリンAとBがすぐに駆け寄ってすがりつく。
しかし、もうなゆたは目を見開いたままピクリとも動かない。
主人に寄り添ってぴいぴいと泣く二体のスライムと、物言わぬ骸と化したなゆたを一瞥し、ポラーレが息を吐く。

「終わりだ。しかし、先に言った通り――これは慈悲なのだよ。
 これからの道行きは、君たち異界の者には過酷すぎる……知らずにここで命を散らした方が幸せというものなのさ。
 とはいえ……後味が悪いものだ。前途有望な少女を手に掛けるというのは……」

ポラーレはそう言うと、持っていた薔薇をなゆたの亡骸に手向け、踵を返した。
戦いは終わった。

……いや。
本当にそうか?

「……?」

異様な雰囲気に、ポラーレは思わず眉を顰めた。
会場が、文字通り水を打ったように静まり返っている。
勝敗は決した。本来であればもう大会運営がポラーレの勝利を宣言し、観客たちがその勝利を歓声をもって祝っているはずだ。
……というのに、何も聞こえない。当然与えられるべき賛辞も、嬌声も、勝利宣言も――。
だが、それも無理からぬことであろう。

『まだ、何も終わってはいないのだから』。

「……は!?」

遅まきながら違和感の正体に気付き、ポラーレは振り返った。
なゆたは水のフィールドに横ざまに倒れ、目を開けたまま屍と化している。
二匹のポヨリンが、なゆたに縋ってぽよぽよ泣いている。
そう。

スキル『分裂(ディヴィジョン・セル)』は対象が倒されるか、戦闘が終了するまで解除されない――。

「まさか!」

「そのまさか――よ、チョウチョさん!」

ばしゃあっ!!

凛然とした声が闘技場に響く。と同時、ポラーレの背後で大きな波飛沫が上がる。
そこから飛び出してきたのは、もちろん“モンデンキント”――月の子なゆた。
仕留めたと思った少女が背後から出現する、その状況に驚愕したポラーレの隙を衝き、なゆたは大きく右手を振りかぶった。
そして、渾身の力を込めてその尻を叩く。

「ひぎぃっ!?」

尻を平手で痛打されたポラーレは身も世もない、麗人というイメージとはかけ離れた声を上げて仰け反った。

118崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:11:49
「ば、バカな……」

ポラーレは信じられないといった表情で、愕然となゆたを見た。
確かに、ポラーレの薔薇の棘はなゆたを三度刺し穿った。それは間違いない。
『蜂のように刺す(モータル・スティング)』は絶対。いかなる者も、三度刺されたら死ぬというルールからは逃れられない。
その証拠に、今も三度刺されたなゆたの亡骸が目の前に――。

「!?」

『なゆたの亡骸がある』。

そして、同じくポラーレの視界には『佇立するなゆたの姿も見えている』。即ち――

『なゆたが二人いる』。

「……君は……」

ポラーレは唇をわななかせた。
ポヨリンを変質させて作ったような紛い物でもなければ、幻影でもない。まぎれもない本物のなゆたが、二人。
そのうちのひとり、横たわるなゆたに、ポヨリンAとBがまだ纏わりついている。
目の前に厳然と存在するその事実から導き出される結論は、たったひとつ。

「自分自身に……『分裂(ディヴィジョン・セル)』を使ったのか……!」

「言ったでしょ。『死んでも負けられない』って」

そう。
なゆたは自らにスペルカード『分裂(ディヴィジョン・セル)』を用い、二人に増えた上で片方を囮に使った。
スキル『ハイドロスクリーン』も、『アクアスプラッシュ』も、『分裂(ディヴィジョン・セル)』の布石に過ぎない。
それだけではない。試合開始直後の特攻も、ポヨリンBを液状化によって埋伏させていたことも。
すべてはこの一手のため――
最初からなゆたはポラーレのスキルを凌駕する方法ではなく、それに耐え切る戦術を編んでいたのだ。

「そういうことか……ハハ、ハハハハハ……」

右手で軽く顔を押さえ、ポラーレは愉快げに笑い始めた。
なゆたは『蜂のように刺す(モータル・スティング)』を回避できなかった。
だが、死にもしなかった。ポラーレの宣言した三撃に耐え切った上、ポラーレの尻を痛撃した。
誰の目にも勝敗は明らかである。

「……私の負けだ」

ポラーレが自らの敗北を認めると、それまで文字通り水を打ったように静まり返っていた闘技場がどっと歓声に包まれる。
大会運営が拡声の魔法でモンデンキント――なゆたの勝利を高らかに宣言する。

《勝者、モンデンキント選手!!》

割れんばかりの歓声が耳をつんざき、紙吹雪が舞い飛ぶ。観客たちがなゆたの勝利を祝う。
なゆたはポヨリンを抱き上げ、右手を高く掲げてガッツポーズをした。
戦闘が終了し、スペルカードの効果が切れる。分裂していたポヨリンが一体に戻る。
そして、なゆた自身も。

「……自分の死体を見るっていうのは、もう二度と体験したくないわね……」

極力見ないようにしていたが、それでも否応なく視界に入ってしまった自分の亡骸。
それが効果の消滅と共に消えるのを一瞥し、眉を顰める。
しかし、本当に一か八か、伸るか反るかの大博打だった。
もしもほんの僅かでも歯車が狂っていたら、なゆたは本当に死んでいただろう。
いや、本当に死んだのだが。

――真ちゃん、勝ったよ。

歓声に包まれ、その声に手を振って応えながら、なゆたは思った。
これで、人魚の泪に一歩近付いたことになる。他の仲間たちも、きっと首尾よく為遂げてくれることだろう。

119崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:12:24
「完敗だ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……見事な戦いだったよ。もう、小鳥ちゃんとは言えないね」

ポラーレがさわやかな表情でそう言ってくる。負けはしたものの、遺恨のようなものはないらしい。
白手袋に包まれた手が差し伸べられる。なゆたは小さく笑って握手に応じた。

「ありがとう、ポラーレさん。あなたも強かったわよ……少なくとも、わたしがこの世界へ来て戦った相手の中では一番」

ベルゼブブやタイラントも相当強かったが、それらの相手のときは仲間がおり、多くのアシストがあった。
しかし、今回は孤立無援の中で掴み取った勝利だ。まさに紙一重、薄氷の勝利と言うべきだろう。
そんななゆたの言葉に、ポラーレが僅かに眉を下げる。

「それは光栄だ。……しかし……これで君はより過酷な戦いに身を投じることになってしまった。
 君だけではない、君の仲間たちも。『異邦の魔物使い』すべてが」

「そういえば、さっきも言ってましたよね。これから待つ地獄行、とか――」
 ポラーレさんは知ってるんですか? もし、知ってるなら教えてください。
 どうして、わたしたちはこの世界に召喚されたのか? その理由を」

ポラーレは明らかに、なゆたたちの知らない情報を持っている。
勝者の権利として、それを訊ねることくらいはできるだろう。なゆたは真剣な面持ちでポラーレを見た。
小さく息をつき、ポラーレがかぶりを振る。

「そうだね。君は死線を潜り抜けて私に勝った。ならば、知る権利があるだろう。
 とはいえ――私の知識にも限りがある。何もかもを教えてあげることはできないが……これだけは言える。
 君たち『異邦の魔物使い』が、アルフヘイムとニヴルヘイム。ふたつの世界の未来を決めるのだ」

ふたつの世界の、未来。

「……どういうことですか?」

「アルフヘイムとニヴルヘイム。君たちを手に入れた側が、覇権を握るということさ」

「覇権……?」

なゆたは首を傾げた。
アルフヘイムとニヴルヘイム。ブレモン世界はこの二つの世界で構成されている。
両者は決して融和することはない。常に戦い、争い、滅び滅ぼされる関係だ。
逆に言えば、アルフヘイムとニヴルヘイムは戦い続けることで互いを調整し合い、均衡を保っているとも言える。
お互いの世界由来の戦力をぶつけている限り、永遠に勝負はつかない。
しかし、この世界の外から来た、この世界の理から逸脱した存在がいたとして。それを戦力として相手の世界にぶつければ――?

「……待って。それってどういう――」

ドォォ―――――ン……

なゆたがポラーレにより深い事情を聞こうとしたそのとき、遠くで大きな爆発音のようなものが聞こえた。
どうやらカジノの方で何かがあったらしい。
カジノは今まさに明神たちが忍び込んでいるであろう場所だ。もしや何かあったのか、となゆたは拳を握りしめた。

――明神さん、しめちゃん……!

もしや、こちらの作戦がライフエイクに露見したのだろうか?そんな嫌な思考が頭をよぎる。

「君の次の試合までには、多少時間がある。……行くかい?」

「当然! まずは真ちゃんとみのりさんに合流する!」

ポラーレの問いに力強く頷くと、なゆたは水着姿のまま走り出した。


【『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』ステッラ・ポラーレに勝利。
 真一、みのりと合流するために、ポラーレと共に控え室側へ】

120赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/03(日) 23:12:54
未だ熱気の冷めやらぬ試合会場を後にした真一は、帰りの通路を歩きながら、レアル=オリジンとの問答を反芻していた。

>「万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――」

その最中、レアルが発したライフエイクの真意を仄めかすような台詞。
戦っている時にはとても悠長に推理する余裕などなかったが、こうして落ち着いて思い返してみると、一つ一つの意味は然程難しくないように感じる。
万斛の猛者の血――とは、読んで字の通り、恐らくはこのトーナメントに集められた多くの参加者たちの生き血を指し示す言葉だろう。
そして、幽き乙女の泪というのも、今までの情報から察する限り、人魚の泪だと考えて相違ない筈だ。
無論、これが全てレアルの狂言だという可能性も捨てきれないが、あの時レアルはまさか自分が真一に負けることなど微塵も想像していなかっただろう。
であるならば、あの場面でレアルが真一を謀る理由も考えられないので、発言の信憑性は俄然高くなる。

トーナメント参加者という生贄と、人魚の泪。そして、それらをトリガーにして覚醒する“海の怒り”。
やがて真一の思考がはっきりと纏まりかけた時、通路の先に立っていた一人の少年の姿が目に入り、真一はふと足を止めた。

「やあ、竜騎士さん。先程の戦いはとても見事だったよ」

その少年は、窓から通路に差す木漏れ日を背景にして、一切の邪気もない笑顔を浮かべながらそう言った。

――彼の姿を見た一瞬、真一はまるで自分が童話の中にでも紛れ込んでしまったかのような錯覚を受けた。
肩ほどまで伸びた、絹のようなブロンドの長髪。そして深海の底にでも繋がっているんじゃないかと思えるほど、人目を引き寄せる深い青の瞳。
顔立ちは男らしいとも女らしいとも言えないが、それでも冗談みたいに整っており、体躯は華奢な風に見えるものの、不思議と立ち方や佇まいからは重心の安定を感じられ、何らかの武芸を身に付けているように思えた。
年齢は真一と同じくらいだろう。だが、彼の浮かべる無邪気な笑顔は、もっと年端も行かぬ子供のような幼さであり――その反面、切れ長の双眸からは、年齢よりも遥かに大人びた知性や、意志の強さを感じさせる。

何とも形容しがたい、不可思議で端麗な容貌を持つ少年であった。
そして彼の浮かべた笑顔を見て、真一は何故か遠い昔、同じ顔をどこかで見たことがあるような気がした。

「――お前、どこかで俺と会ったことあるか?」

真一は単刀直入に問い掛ける。
だが、少年はきょとんとした表情に変わって、頭の上から疑問符を出すばかりだった。

「……いや、これが初対面の筈だけど。
 なにせ僕は、この街を訪れたのも初めてだからね」

少年は軽く肩を竦めながら返答する。
真一は瞬きもせずに相手の様子を観察していたが、誤魔化したり嘘を言っているような雰囲気は読み取れなかった。
この世界に来てから何度もこういった既視感を覚えることはあったが、今回は自分の思い過ごしなのだろうか。

121赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/03(日) 23:13:26
「それよりも……先程の試合は楽しませて貰ったよ。
 君はあれだね。危ない橋を渡るのが好きな風に見えて、実はその橋が安全であることを知っているタイプだろう。
 そして、人間性にも甘さがあるように思えるが、いざ戦いとなれば敵に容赦をしないことを心掛けている。
 随分と戦い慣れしているように見受けられたけれど、違うかい?」

少年は抑揚のない独特の語り口調で、真一に対しての所感を述べる。
真一はいきなり図星を指されたような気がして面食らうが、彼の問い掛けには、何故かこちらの返答を引き摺り込むような魔力があるように感じられた。

「……まあ、俺はガキの頃から喧嘩ばっかしてきたからな。
 “中途半端な喧嘩”ってのが、一番危険だってことは理解してんだよ。
 相手がもう二度とこっちとは戦いたくねーと思うくらいにやらないと、必ずどこかから報復を受ける。
 徹底的にやる姿を見せることで、周りの似たような連中に対する抑止にもなる」

そんな真一の回答が予想外だったのか、少年は目を丸くしたあと、今度は口元に手を当てて面白そうに笑い始めた。

「ふっ、ふふふっ……なるほどね。
 つまり不良少年同士の抗争であっても、世界規模の戦争であっても、軍事の基本はまったく変わらないというわけだ。
 不良グループをより高度化・大規模化させた集団をマフィアと呼ぶのならば、そのマフィアを指先で簡単に擦り潰せる最大規模のマフィアが“国家”ということになるんだろう」

「……そういうお前こそ、随分変な喩え方をする奴だな」

真一は少年の発言を聞いて、やはり掴みどころがない変な奴だと思った。
だが――どことなく波長が合うというか、思考の方向性が自分に似ているような気がして、不思議と彼の言葉が腑に落ちるのを感じていた。

「ところで、そんな格好をしてるってことはやっぱお前は魔術師か?
 もし魔術や魔物なんかに詳しかったら教えて欲しいんだけど、この街にまつわる“海の怒り”って言葉に聞き覚えとかねーかな」

そこで真一は少し話題を変えたかったというのもあり、唐突にそんな質問を投げかけてみる。
少年が纏っている黒いローブを見る限り、恐らく彼は魔術師なのだろう。
魔術に精通している人間ならば、神話や伝承などについても、一般人より深い知識を持っているかもしれない。

「ふむ……君はこの国に伝わる“人魚姫”の伝説は知っているかい?」

少年は真一の質問を受けると、口元に指を添えて何事かを思案する。
先程声をあげて笑っていた時といい、どうやら口に手を当てるのが彼の癖であるらしい。
そして、真一が「いや」と首を振って否定すると、少年は再び言葉を紡ぎ始めた。

「遠い、遠い昔……人と魔が覇権を争っていた神話時代の話だね。
 このリバティウムの近海には“人魚族(メロウ)”が統治する小さな島国が浮かんでいたらしい。
 メロウの島には莫大な魔力的資源が眠っていると噂されていたが、島は常に魔法の濃霧で覆われており、メロウに認められた者以外は決して立ち入ることができない不可侵の地であったようだ。
 そして、その島国には一人の心優しい王女が住んでいた。
 彼女はメロウも人間も等しく分かり合えると信じており、常日頃から民草に友愛を説き、武力ではなく歌と対話によって多種族と和睦を結ぶべきだと主張する……そんな人物だった」

少年は相変わらず起伏の乏しい口調で、人魚姫の伝承を語り続ける。
真一はそんな姿から相手の感情を全く読み取ることができず、何か居心地の悪い不気味さを感じつつあった。

122赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/03(日) 23:13:51
「そして、そんなある日……メロウの島には一人の青年が漂着する。
 青年は人間だったが、それを偶然にもいち早く発見した王女は、彼を宮殿に匿って守り抜くことを決意する。
 健気にも青年を介抱するメロウの王女。次第に体力を取り戻していき、王女に外の世界の出来事を語り聞かせる青年。
 二人は当然のように恋に落ち――やがて青年が故郷に帰らなければならない日を迎えても、必ずまた再会しようと約束し、誓いの口付けを交わした」

真一は黙したまま少年の話を傾聴する。
その真一の様子を横目でチラリと覗いた少年は、一度だけ微笑を浮かべた。

「――だが、メロウの国の平穏には、それから間もなくして終焉の日が訪れる。
 島を覆う濃霧の切れ目……出入り口とでもいうべき箇所を遂に看破されて、人間による大軍勢の侵攻が始まったんだ。
 圧倒的な武力の差の前に、濃霧の守りで長年国交を閉ざしていたメロウたちは、まったく戦う術を持たなかった。
 ただ人間たちに陵辱され、虐殺されていく国民たちの姿を見ながら、それでも王女は武器を捨てよと唱え、懸命に愛を説き続けた。
 “戦争があるから武器が生まれた”のであって、因果は決して逆ではないというのに――哀れな王女は武器を捨てて、非暴力を貫くことで、必ず相手と分かり合えると信じていた。

 王女は自分が最後の一人になっても、決して力には屈せず、和睦の道を探し続けると決意していた。
 しかし……敵の軍勢の中にあった、誰よりもよく知っている人影を見付けてしまい、王女の心は簡単に崩れ落ちる。
 ――それは、かつて王女と愛を誓い合った青年だった。
 そう。人魚島の出入り口を密告し、侵略戦争を提言したのは、他ならぬあの青年だったんだ。

 心優しいプリンセスは自決の道を選び、自分の胸を短剣で刺し貫くと、そのまま海の底へと消えていった。
 結局、彼女の理想は妄想であり、幻想に過ぎなかった――――が、その力だけは本物だった。
 メロウの王族が継承する莫大な魔力は、深淵の門をこじ開け、昏き底から一匹の“化け物”を呼び寄せる」

そこで一度話を区切った少年は、まるで喜劇でも語るかのようにして、口角の端を吊り上げた。

「それは、全身を蒼き鱗で覆われた大蛇。
 終焉を告げる、黄昏の日の尖兵。
 幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
 幾千、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意。

 彼の者の名は、世界蛇“ミドガルズオルム”――――或いは“ヨルムンガンド”。
 王女の泪によって降臨した世界蛇は、その圧倒的な力で大軍勢を蹂躙し、人もメロウも等しく虚無に還した。
 そして、人魚島と共に深海へと沈んでいった世界蛇は、今も昏き底で最終戦争の日を待ち続けていると語り継がれている。
 ……これが、この国に伝わる人魚姫の御伽噺だよ」

少年の話を聞き終え、全てのピースが噛み合ったように感じた真一は、思わず息を呑む。
世界蛇……ヨルムンガンド……もしも“奴”の狙いが、そんな怪物を目覚めさせることにあるのだとしたら――

「――ねえ、シンイチ君。この世界から戦争がなくならないのは、何故だと思う?」

不意に真一の思考を遮るようにして、少年がそう問い掛ける。
真一はその質問に猛烈な違和感を覚えたが、違和感の正体を考える余裕はなかった。

123赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/03(日) 23:14:15
「それは……俺たちに意思があるからだろう」

「――ふふっ、その通りさ。
 だけど僕たちは本来、そんな意思なんて持たなくても良かった筈なんだ。
 例えば全ての生命がボルボックスのような群体生物であったのならば、この世界に戦争は起こらなかった。
 ただ本能のままに吸収と分解をループするだけの器官……今日も世界が平和に回るためならば、僕たちはそんな存在でも良かったんだよ。

 しかし、不可思議にも生命は個体に進化し、進化を果たした全ての生命には自由意思が認められた。
 その結果、僕たちは何万年も前から思想、主義、倫理、宗教、歴史、文化、国境、土地、資源、民族、種族――あらゆる言い訳を駆使して己を正当化し、無益に、無意味に――終わりの見えない争いを、永劫繰り返し続けてきたんだ。
 ねえ、シンイチ君……僕たちがこんな悲しい生物になってしまったのは、一体何故だと思う?」

少年は紺碧の双眸で、真一の両眼を見据える。
“ああ、こいつの瞳はやはり深海に繋がっている”――と、何故かそんな想像が真一の脳裏をよぎった。

「きっと、この世界が始まった日……誰かが僕たちに命令を下したんだ。
 ――――“戦え”ってね」

全てを語り終えた少年は、もう一度最初に会った時のように、邪気のない笑顔を浮かべてみせた。
その表情を見た真一は、ようやく理解する。
多分、こいつは“敵”なんだと――自分の直感が告げていることを悟った。

「……おっと、つい無駄話が過ぎてしまったね。
 僕は野暮用があるから、これで失礼させて貰うことにするよ。
 なーに、君とはまたすぐに会えるさ。……その時が来るのを楽しみにしているよ、シンイチ君。

 ――――〈形成位階・門(イェツィラー・トーア)〉」

「おい、ちょっと待てっ……!」

少年はローブを翻しながら振り返り、その場を立ち去ろうとする。
真一はそれを呼び止めようと声を上げるが、直後にはどこからともなく現れた黒い穴に包まれ、少年の姿は影も形もなく消えてしまっていた。
――と、そこで真一は唐突に、先程自分が覚えた違和感の正体に気付く。

「あいつ、何で俺の名前を……――」
 
闘技場の外。カジノがある方角から凄まじい爆発音が聞こえてきたのは、それと同時だった。
自分の胸が早鐘を打ち続けているのに従い、真一は脇目も振らずに走り始めた。

* * *

真一が息を切らしながら自分の控え室まで辿り着いた時、扉の前には既になゆたとみのりがいた。
何故かなゆたはビキニ姿の超軽装で、みのりはそれと対称的に藁に包まれている。
大真面目に竜騎士の格好をしている自分が馬鹿に見えるような二人のファッションに目を疑うが、今はそんなツッコミを入れてる場合ではない。

「よかった、二人共無事だったんだな……っ!
 その様子だと、お前らも何か掴んだみたいだが、俺もライフエイクの狙いがやっと分かった。
 とにかく話は後だ! 今はさっさとこの闘技場から脱出して、カジノの方へ向かうぞ!」

何としても二人を回収してから逃走する予定だったが、幸いにもその手間は省かれた。
真一はなゆたとみのりを先導しつつ、出口を目指して風のように通路を駆け抜ける。

今、本当にヤバいのはカジノへ潜入したあいつらの方かもしれない。
間に合え――と心の中で祈りながら、真一はただ懸命に足を踏み出す。



【謎の少年との会話によってライフエイクの目的が判明。
 真一はなゆた、みのりと合流してカジノへ急行する】

124 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:50:16
火の玉と影縫を使ったバフォメットのコンボに絡め取られ、逃げ場をなくした俺。
ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めた化物の右腕が、いやに大きく目に映った。
死んだわ俺。肝が冷え切っているせいか、パニックになることはなかった。
走馬灯も流れて来ない。動かない身体に反して唯一自由な眼球が、バフォメットの肩越しにしめじちゃんを捉えた。

「しめじちゃん、見るな――」

逃げろと言うべきだったけど、別の言葉が口を出た。
多分俺はこれから、ものすごくグロい死に方をする。そのザマを見ねぇでくれと。
最期の最期まで、変なところでカッコつけちまったなぁ。

>「明神さんっ!!!!」

だけど、しめじちゃんは俺から目をそむけない。
バフォメットの牛歩を追い越して、まっすぐ俺の方に向かってくる。
待て。待て待て待て!俺を置いていきゃ、君だけは確実に逃げれるんだ。
二人してバフォメットの餌食になることなんざねぇだろ!

言葉にならない祈りは届かず、しめじちゃんはその細い身体で俺の腹に突進する。
疾走の勢いはそのまま慣性になって、俺はバフォメットの前から転げ出た。
そして、慣性を使い果たしたしめじちゃんの背中を、バフォメットの豪腕が薙ぎ払った。

「しめじちゃん!!」

殴られたしめじちゃんはあっけなく放物線を描いて、カジノの壁に叩きつけられる。
どろりとした血が彼女の口から流れ出て、糸の切れた人形のようにその場で崩れ落ちた。

「しめじちゃん!しめじちゃん!!」

当初の諦めからくる冷静さはとっくの昔に消え失せて、俺はただ彼女の名前を連呼するしかなかった。
なんでだ。俺たちはつい最近出会ったばかりの、お互いの本名も知らねえ他人同士じゃねえか。
見捨てたって誰に咎められるわけでもない。俺だって、自分の命が一番大事だ。
安全圏から助けこそすれ、身代わりに死ぬなんてことがあっていいわけない。

>「……ゲホッ!……た、だ、いじょうぶ、ですか明神さん……早く、逃げ……」

しかし、魔物を一撃で屠るバフォメットの拳を受けて、しめじちゃんは生きていた。
足元に転がるズタボロの藁人形――石油王の配ってた無線代わりのそれは、一度だけ致命傷の身代わりになる効果を持つ。
今まさにそれが発動して、しめじちゃんを即死ダメージから守ったのだ。
自分でも呆れるほどに間抜けな俺は、藁人形による一度限りの保険をすっかり忘れていた。

「良かった……なんつー無茶をしやがるんだ」

動揺のあまり震える手を、俺は立ち上がったしめじちゃんに差し出した。
また助けられちまったな。報酬のガチャを20連くらいに増やさなきゃいけねえ。
このまますぐに駆け出せば、バフォメットのスペルのリキャストが終わる前にここから抜け出せるはずだ。
しめじちゃんが俺の方で一歩踏み出す、その刹那。

>「…………え?」

彼女の胸から、赤く染まった刃が突き出した。
しめじちゃんの喉から呼気の代わりに、泡立った鮮血が零れ出る。

「は…………?」

>「危機を脱したと思い込んだ時こそ死地である――――ギャンブルの基本原則だ。覚えておくといい、御客人」

胸を貫かれたしめじちゃんの背後から、透明な幕を捲るようにして一人の男が姿を現す。
ライフエイク。このカジノの頭目にして、ニブルヘイムの内通者。この世界の、裏切り者。
奴はその手に日本刀を握り、刃はしめじちゃんの身体に鍔元まで埋まっていた。

125 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:50:49
馬鹿な。俺は今この時まで、『導きの指鎖』を使い続けていた。
敵対する存在の位置を知らせる錘の先は、バフォメットの方しか指してなかったはずだ。
信じがたいことだが、ライフエイクは凶行に及ぶその瞬間まで、自分の敵意を完全に抑え込んでいた。

いや……違う。奴は、『人を殺す』をいう行為に一切の感情のブレをもたない。
敵意も害意もないまま、まるで朝食のパンを切り分けるように、人間に刃を入れられるのだ。

>「生存への努力は認めよう。だが、私は御客人達がこれまでに使用したスペルは全て知っていてね。
 勿論――君が『生存戦略(タクティクス)』のスペルを有している事も知っている」

しめじちゃんが治癒スペルを発動するが、ライフエイクはその様子をあざ笑うようにして刃を捻る。
傷口は広がり、しめじちゃんは苦しそうに呻いた。

「やめろ……!」

俺はたまらずライフエイクに飛びかかろうとした。
武器も持たず、ヤマシタに命令を下すことさえ忘れて、奴の横っ面をぶん殴ろうとした。
だが、それよりも早くバフォメットが俺の前に立ちはだかる。再び影を踏まれて、俺は動けなくなる。

「やめろ……やめてくれ……」

体中の関節にセメントを流し込まれたように、指一本動かせないまま、目の前でしめじちゃんの命が侵されていく。
肌から赤みが失せ、唇が真っ青に染まって、光の消えそうなその両眼と、俺の目が合った。

>「……にげ……て、くだ……さい……わ、たし、へいき……です、か………………」

……それきり、しめじちゃんは何も喋らなくなった。
もがいていた指先がほどけて、頭がだらりと下がる。
胸から脈打つように溢れていた血はもう出ない。心臓が、止まってしまったからだ。

>「瞳孔は開いている。脈も無い。呼吸も停止している。
 心臓は損壊し血液も循環していない――――つまり、医学的に間違いなく、この少女は死んだという訳だ」

ライフエイクはしめじちゃんの髪を掴んで無感動にそう吐き捨てる。
そして、バフォメット越しにようやく俺へと視線を遣った。

>「カジノの散策は楽しかったかね? 私を出し抜いたと思い、さぞ自尊心を満たせた事だろう。
 それで……私の掌で踊り、同行者の子供を失った今、君がどのような気分なのか、是非聞かせてくれないか?」

愉悦に満ちたその問に、俺は……何も答えられなかった。
何言ったってライフエイクを喜ばせるだけだろうし、何も考えることができなかった。

しめじちゃんが死んだ。俺をバフォメットから庇わなければ、藁人形の防御で生き延びることが出来たはずだ。
ライフエイクが潜んでいる可能性を俺が気付いていれば、無防備な背中を狙われることもなかったはずだ。
そして、その無慮無策の行き着いた先が、今目の前に広がる血の海と、しめじちゃんの亡骸だ。
俺が。死なせたようなものじゃねえか。

>「さて……本来であればここで君も殺すところなのだが、折角頑張ってここまでやって来てくれたのだ。
 その褒美として、条件付きで君だけは生かして返してあげよう」

「……なんだと」

膝を着いた俺の目の前に、血塗れの日本刀が突き立てられた。
ライフエイクは心底愉快そうに、俺を睥睨して言う。

>「その刀でこの子供の死体を切り刻め。私が満足出来る程に損壊出来たら、五体満足で帰してやる」

126 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:51:13
ライフエイクのその言葉の意味を、脳が理解するのに時間がかかった。
しめじちゃんの死体を、この日本刀でズタズタに切り裂けば、奴は俺を見逃してくれるらしい。
鈍く光る刀身に映った俺の顔は、自分でも見たことがないくらい、醜く歪んでいた。

「本当か……?死体をぶった切りゃ、俺をここから逃してくれるのか……?」

俺は媚びへつらうような視線でライフエイクを見上げた。
誰がてめえの露悪趣味に付き合うかよ。わざわざ刀を寄越してくれるんなら渡りに船だ。
しめじちゃんの身体に突き立てるフリして、奴に一撃くれてやる。

多分、よほど上手くやったところで、相打ちにすら持ち込むことは出来ねえだろう。
それでも、命を張ってでも、俺はライフエイクに一矢報いたかった。
愚かな獣と切って捨てる奴の喉元に、噛み跡を残してやりたかった。

震える手で、刀の柄に手を伸ばす。
指先が刀に触れる直前、目の前に赤い光の球が浮かび上がった。

>「一から十まで。よくもそれ程に真実の無い言葉を吐けるものだ」

光球は瞬く間に人の形になって、輪郭を確かなものへしていく。
光の中から現れたのは、鍔広の帽子に折れそうなくらい細い腰と、ヤケクソのように巨大なスカートを広げた赤ドレスの女。
俺はこの女を知っている。俺だけじゃない、ブレモンのプレイヤーなら誰もが名前をソラで言えるだろう。

>「わらわの名は"虚構"のエカテリーナ。故有って助けに来てやったぞ、異界の者よ」

――十三階梯の継承者が一人、"虚構"のエカテリーナが、刀の柄頭を足場にして立っていた。

エカテリーナは、十三人いるローウェルの弟子の中でも、特に多くのプレイヤーの印象に残っているNPCだ。
メインシナリオ最大の壁とされているバフォメットとのソロバトルにおいて、力を借りることになるからだ。
あらゆる虚構を内包し、あまねく虚構を看破するこいつの魔術がなければ、バフォメットの無敵バフを解除できない。
そして、ダンジョン:ニブルヘイムが解放されるシナリオの中で、生贄として犠牲になるキャラの一人でもある。

エカテリーナのこの豪奢なドレス姿は、千を数える奴の仮装のなかの一つでしかない。
虚構を身に纏い、自在に姿を変えられるこの女は、いつしか自分の元の顔や名前すら忘れてしまった。
真実を見失った、虚構だけで形作られた存在。それが"虚構"のエカテリーナだ。

>「……ククッ、これはこれは。『十三階梯の継承者』様がわざわざ子守りに来るとは。
 大変な事になった様だ。私ではまるで歯が立たない。急いで逃げねばならないかな?」
>「また、虚言。一切引くつもりなどあるまいに……生意気な野良犬よ」

突如現れたエカテリーナに対し、ライフエイクは臆すことなく皮肉の応酬を演じた。
『継承者』の実力は、裏はおろか表社会にも広く知れ渡っている。
その一人であるエカテリーナを前にして皮肉を垂れる胆力は、奴が一山いくらのアウトローとは一線を画す存在だと証明していた。

「エカテリーナ……なんでお前がリバティウムに居るんだ。こいつもローウェルの差し金なのか」

「今この場で事情を問うて何とする?問答は不要」

俺の疑問に、エカテリーナは答えるつもりがないようだった。
そんな場合じゃないってことは俺が誰よりもよく分かってるはずなのに、頭がまともに働かない。
厳然たる事実は目の前にあるしめじちゃんの亡骸だけだ。

>「異界の者よ……此処はわらわが時間を稼ごう」

エカテリーナがライフエイクから視線を外すことなく、何かを俺に向けて放った。
両手でキャッチしたそれは、赤い宝石の輝く指環だ。

>「……その指輪には『境界門』の先の者達と戦う為に必要な術式と、1度限りの転位のスペルが刻まれている。
 そなた一人と……死体の一つくらいであれば持ち帰れよう。間に合わず、すまなかったな」

しめじちゃんの死体を抱えて、カジノから脱出しろ。エカテリーナはこちらを一顧だにせずそう言った。

127 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:51:36
「ざけんな」

俺は指環を握りしめて、エカテリーナの背中を睨んだ。

「間に合わず、だと?過去形で語ってんじゃねえぞ。死体しか持って帰れねえような役立たずのスペルなんざ要るか」

エカテリーナの顔はこっちからじゃ見えないが、ライフエイクへ向けていた怒気がこちらにも流れてくるのが分かった。

「貴様は盲人か?それとも小娘を救えなかったことに絶望し、心中を望んでいるのか?
 事実を直視せよ。貴様に出来るのは、この場を去り小娘の亡骸を葬ることだけであろう。
 すまぬと言ったが、元よりわらわに貴様を救う命などない。指環が要らぬなら、此処で散るがよい」

「心中なんかするつもりはねえし、しめじちゃんの死体を持って帰んのも御免だ。
 てめぇがこの場をどう分析しようが、俺は生きてるしめじちゃんと一緒に帰るぞ」

ライフエイクが俺を睥睨して、堪えきれないとでも言うように笑った。

「悲しいな。どうやら私は出る言葉の全てが虚言の大嘘付きだと思われているらしい。
 だがその少女の状態については嘘など言っていないよ。見ての通り、"それ"は最早冷えていくだけの死体だ」

俺はライフエイクの言葉を無視して、しめじちゃんの身体を抱き寄せる。

『グフォフォ……?』

"死"という概念を理解できていないのか、マゴットが動かないしめじちゃんの頬を心配そうに舐めた。
呼吸は止まり、脈を打つ気配もない。半開きの目に光はなく、言い繕いのしようもないくらいに彼女は死んでいる。
だけど……俺はそれでもまだ、諦めたくなかった。

「エカテリーナ。『その姿』のお前は魔術師だったな。転移のスペルは要らねえ、指環の中身を治癒の魔法に書き換えてくれ」

「……無意味。治癒は生者にしか効果をもたらさぬ。わらわに無駄な骨を折らせるつもりか」

「頼む」

「断る。再三告げたるがわらわにこれ以上貴様を助ける道理はない。こちらに利のない取引など笑止」

エカテリーナの反応は冷ややかだった。当たり前だ。助けてきてくれた奴に厚顔無恥な要求だと俺も思う。
それに、交渉材料になるようなものを俺は持ち合わせちゃいなかった。
『継承者』相手に袖の下は通じねえだろう。金なんざいくらでも稼げるだろうしな。
だから俺は、ライフエイクの方をちらりと見てから、口端を上げて言った。

「……てめぇが"間に合わなかった無能"じゃなくなる、ってのはどうだ?」

エカテリーナが目の端でこちらを見た。あらゆる虚構を見透かすその眼が、俺を射すくめる。
場に充溢していた怒気が、似て非なるなにかに変質する。
哀れみか、狂人に対する呆れか。

「馬鹿な、虚構が見えぬ。本気でそのような妄言を吐いているのか?……本心から、死者を蘇らせられると思っているのか。
 "聖灰"は異界の者を高く評価していたようだが、わらわには微塵も理解できぬ」

……これはアレだ。哀れみというか、ドン引きだ。
ライフエイクは揶揄するように犬歯を見せた。

「ギャンブルに負けて心を壊す人間は何人も見てきたが、最期は皆判を押したように無謀な賭けに出るのだ。
 家財の一切を売り払い、妻子を質に入れてなお、起死回生の大勝ちを掴めると信じている。
 己を盲信する者に微笑むほど、勝利の女神は理想主義者ではないというのに」

128 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:51:59
ライフエイクの現実的な指摘を、俺は鼻で笑った。
数多のゲームを渡り歩いてフォーラム戦士をやってきた俺は、ただ一つだけ勝利の方程式を知っている。
レスバトルに勝つために必要なのは、主張の正しさなんかじゃない。
根拠が何もなくったって、相手より優位に立っていると自分を信じ続ける、面の皮の厚さだ。

「てめえは自分が何を経営してたのか忘れたのかライフエイク。
 ここはカジノだ。胴元が絶対儲かるように出来てる……分の悪い賭けをする場所だぜ」

「ふ」

不意に、エカテリーナの肩が大きく揺れた。

「ふ、く、くくく……なるほど、郷に入りては郷に従えとはよく言ったものだ。
 負けを確信してなお賭けに挑むのが鉄火場の流儀であるならば、来客たるわらわも一口乗らねばなるまい」

俺の手の中の指環が輝き、浮かび上がった環状の文字列が組み変わっていく。
文字列は日本語じゃないが、治癒スペルを行使する際に出現する文様に似ていた。
エカテリーナが何故急に翻意したのかわからないが、俺の要求は受け入れられたようだった。

「……恩に着る」

「問答はこれで終わりか?ならば行け。わらわとて、不祥を我が師に謗られたくはない。
 ……転移もなしにどうやって、その小娘をここから連れ出すつもりなのかは知らぬが」

「決まってんだろ。抱えて逃げるんだよ」

『工業油脂』でしめじちゃんの傷を塞ぎつつ、俺は彼女の身体を背負った。
指環に込められた治癒スペルが発動するが、外から見て取れる変化はない。やっぱり生きてる肉体にしか効果がないのか。
だとしても、天命を待つ前に人事を尽くそうと、俺は決めた。

「困るな御客人。私の頭越しに場を辞する算段を進めるなど、ホストとしては看過できない悪徳だ。
 君は生かして帰してやろうと先程言ったが……当然、あれは嘘だ」

逃亡の体勢を整えた俺に対し、ライフエイクは顎をしゃくった。
控えていたバフォメットが動き、俺の進路を阻まんと踏み出した。

「貴様と違いわらわは真実しか言わぬ。――時間を稼ぐと、先刻そう言った」

129 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:52:20
瞬間、バフォメットの身体が『折り畳まれた』。
体中の全ての関節が逆方向に曲がる。見えない巨大な手によって、握りつぶされているかのように。
エカテリーナは相変わらず振り向きもしないが、奴の魔法か何かだってことだけは俺にも分かった。
あれだけ無敵の敵として脅威の存在だったバフォメットが、抵抗すら出来ずに押し潰されていく。

「……恐ろしいな。実に恐ろしい。あれは、村一つを一晩で更地に変えるニブルヘイムの悪魔なのだが。
 悪魔を捻り潰す人間がこの世に存在するなど、到底信じがたいことだね?」

「ならば、それを使役する貴様は何者か」

「ただの商売人だとも。取り扱う商材が少々特殊であるに過ぎない」

「よくもべらべらと、虚言を垂れるものよ」

「これは失敬。商売は口が回らねば成り立たないものでね」

「仕様もない。野良犬よ、常世の住人でありながらアルフヘイムに弓引いたその罪、冥界で悔いるがよい。
 ――『虚構展開』」

エカテリーナの長煙管から夥しい煙が噴出した。
視界を真っ白に染め上げる煤と灰は奴の身体を覆い尽くし、一気に膨れ上がる。
膨張した煙が晴れると、そこには豪奢なドレス姿はなく、代わりに1匹の巨大なドラゴンがいた。
広大なホールを埋め尽くさんばかりの巨体、頭部は吹き抜けの天井スレスレだ。

「振り向かず走れ、異界の者よ。わらわの四方三里に居るうちは、巻き込まぬ自信はない」

竜と化したエカテリーナが息を吸い、胸郭を大きくふくらませる。
真ちゃんのレッドラがやるのと同じ、ブレスの予備動作だ。

「行くぞヤマシタ、ゾウショク。着いてこい」

ヤマシタはともかく、主従関係にないレトロスケルトンも、素直に俺に追従する。
急いでホールを出て、大扉を閉じた瞬間、腹の底を揺るがすような爆発の音が轟いた。



130 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:52:40
既に冷たくなりつつあるしめじちゃんの身体を背負って、俺はカジノを疾走する。
少女の身体は軽いとはいえ、日頃から運動不足のおっさんにはあまりにも重労働だ。
息が切れる。酸欠で頭痛がする。心臓はずっとバクバク言ってるし、疲労で足はうまく回らない。

死体を抱えて走ることに、意味はあるのかと、何度も理性が忠告する。
その度に俺は唇から血が出るほど噛み締めて、痛みで思考を打ち消した。

死者は生き返らない。それはこの世界においても絶対のルールだ。
何度アンサモンしても死んだバルログは反応しなかったし、バルゴスは未だにバフォメットの腹の中。
人類の頂きに君臨する十三階梯の継承者だって、しめじちゃんを助けることはできなかった。

「頑張れしめじちゃん。……絶対助けるからな」

だけど、そんな小学生でも知ってる理屈で納得できるほど、俺は達観しちゃいない。
血を流しすぎた?それがどうした。心臓が止まってる?知ったことか。
認められるわけねぇだろ。……受け入れられるわけねぇだろ!

ほんの僅か、髪の毛1本ぶんでも助かる可能性があるのなら、俺はそこに全額ベットする。
そう、可能性は完全にゼロってわけじゃない。『まだ』、間に合うかもしれないのだ。

いつだったか、ものの本で読んだことがある。
生命を維持できなくなった人間が、どの段階で死を迎えるかについてだ。

心臓はあらゆる生き物に共通する急所だが、破壊されたとしても即死するわけじゃない。
心臓が止まって人が死ぬのは、血液が回らなくなって、脳が深刻な酸欠状態で不可逆的な損傷を負うため。
いわゆる『脳死』が死の定義として扱われているのは、心臓が止まった段階ではまだ死んだと決まったわけじゃないからだ。
心臓移植なんて技術が存在するくらいだからな。

つまり、脳さえ無事なら、極論心臓が止まっても人間は生きていられる。
失った血を補充し、損傷した細胞を修復すれば、蘇生の可能性は万に一つ存在するのだ。

ライフエイクに刺されたとき、しめじちゃんは『生存戦略』のスペルを行使していた。
あの野郎が刀を捻ったせいで傷口は治癒しなかったが、スペルは確かに発動した。

『生存戦略』が、字面通りに"生存"するための魔法だとすれば。
修復できない傷口を塞ぐことよりも、脳の保護のためにはたらいていたとしてもおかしくはない。
だから俺は、『生存戦略』の効果が切れる前に、エカテリーナから受け取った指環で治癒を重ねがけした。
しめじちゃんの脳みそが、完全に死を迎えることがないよう、回復スペルを継ぎ足した。

俺はこれ以上回復系のスペルを持ってない。治癒の効果が切れればしめじちゃんの死は今度こそ確定するだろう。
だが、石油王やなゆたちゃん、真ちゃんは『高回復』や『浄化』のスペルを所持していたはずだ。
首尾よくカジノから脱出して、あいつらと合流することさえできれば、治癒のバトンを繋げる。
ありったけの回復スペルを総動員して、傷ついた心臓を修復すれば、命を取り戻せるはずだ。

バルログが死んだ時、俺にはどうすることも出来なかった。
二度も三度も同じ思いをしてたまるか。人は死んだら生き返らない?誰が決めやがったんだそんなもん、ぶん殴ってやる。
俺は諦めねえぞ。しめじちゃんは絶対に死なせない。たとえ彼女が望まなくたって、俺が助けたいから助けるんだ。

しめじちゃんが助かる可能性は、仮定に仮定を重ねた希望的観測に過ぎない。
生存戦略が脳を保護してなけりゃその時点でアウトだし、回復スペルでも破壊された心臓は治らないかもしれない。

だけど……ここは剣と魔法の世界だろうが。
奇跡のひとつやふたつくらい、片手間で起こしてみせろよ……!

「げほっ……おえっ……」

足が重い。身体中が酸欠で悲鳴を上げて、さっきから口の中に血の味がする。
それでも前に進むことを止めるわけにはいかない。絶対に、この足を止めたくない。

131 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:53:03
しめじちゃん。

君は自分が死に瀕するその時になっても、最後まで俺の安否を気遣ってくれていた。
一回りも歳の違う子供にここまで言わせる俺は、多分大人失格だよな。
25にもなって一体なにをやってんだ俺は。

でもそれでいい。
俺が君を助けたいのは、君が子供で、俺が大人だからとかそんな理由じゃない。

荒野で初めて出会ったときの、邪悪さをひた隠しにした言動。
ガンダラの鉱山で何度も俺達を助けてくれた、歳不相応に冷静で的確な判断力。
リバティウムで一緒に街を回ったときに見せた、未知の楽しさに心踊らせる素顔。
その全てが失われてしまうことに、俺は耐えられない。絶対に認めたくない。

この感情は、子供に対する大人の庇護欲や父性とは多分ちがう。
俺はきっと、君のことを、一回り年下の友達として信頼していたんだと思う。

大人げない、青臭い、一方的で押し付けがましい友情かもしれない。
でもしょうがねえよ、受け入れてくれ。俺の本当に数少ない友達として、君には生きていてもらいたい。
暗黒の学生時代を経て遅れてきた青春に、しめじちゃん、君を巻き込ませてもらうぜ。

「やっぱ居るよな、てめぇは……」

従業員用の通路を通って辿り着いた、通用口。
俺たちがカジノに忍び込んだ当初の侵入口は、巨体によって塞がれていた。
バフォメット。エカテリーナが瞬殺した奴とは別の、2階でやり過ごした方のバフォメットが、俺の前に立ちはだかった。
ライフエイクの野郎、俺の逃亡を見越して残りのバフォメットをここに向かわせてやがったのか。

「ざけんじゃねえぞクソ山羊野郎。ニブルヘイムに帰って草でも喰ってろ」

ホールに戻って正門から脱出するという選択肢はない。
しめじちゃんの容態は一刻を争うし、ホールは今人外共の戦場になってる。
手持ちのスペルは残りわずか。俺はまともに走れなくて、手駒は最下級の雑魚2匹だ。

常識的に考えりゃ、こいつは完全に『詰み』だろう。
なにが常識だ。そんなもん会社の便器に産み落としてきたぜ。

「ヤマシタ、あいつの股下くぐって背後に回れ。ゾウショク、援護しろ」

2匹の魔物は忠実に動いた。
まずヤマシタが疾走し、身軽さを利用してバフォメットの懐に潜り込む。
振るわれた豪腕に革鎧の片腕があっけなく千切れ飛んだが、その腕へゾウショクがしがみついた。
一瞬の動作遅延、その隙を突いて、ヤマシタはバフォメットの股下をくぐって突破する。

瞬間、俺はカードを切った。

132 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:53:24
「『座標転換(テレトレード)』、プレイ」

ヤマシタと俺の位置が入れ替わり、俺はバフォメットの背後に着地した。
あとはヤマシタとゾウショクをアンサモンで回収すれば、俺の退路にあるのは通用口の扉だけだ。
ドアに手をかける。外の光が差し込んで、俺の影がバフォメットの方向へ伸びた。
バフォメットが片足で影を踏む。『影縫い』のスペルが発動する――

「根性見せろ、マゴット――!!」

『ぐふぉぉぉぉぉ!!!』

俺の肩で鎌首をもたげたマゴットの顎に、ビー玉程度の大きさの黒い球体が出現した。
それは狙い過たずバフォメットの足元へ飛ぶと、炸裂し衝撃波を撒き散らす。
バフォメットの足が影からズレて、身体が自由を取り戻した。

――『闇の波動(ダークネスウェーブ)』。
レイド級モンスター、ベルゼブブの使う上級攻撃魔法だ。
ベルゼブブの幼体であるマゴットは、不完全ながらもそのスペルを成功させた。

本来の『闇の波動』は、石造りの建造物を更地に変える威力を持った衝撃波だ。
マゴットの放ったそれは本家には遠く及ばない貧弱な衝撃でしかないが、バフォメットの足元を掬うくらいはできる。
再び動けるようになった俺はバフォメットを尻目にカジノの外へ飛び出した。

カジノに併設されたコロセウムから、試合の歓声がここまで聞こえてくる。
そして如何なる神の采配か、出入り口からこちらに向かってくる三人の人影と、目が合った。

真ちゃん、なゆたちゃん、石油王。
それぞれ戦装束をボロボロにしながらも、生贄にされることなくコロセウムから脱出を果たしている。
俺は力なく揺れるしめじちゃんの身体を抱き、叫んだ。

「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

そして俺は、全ての意識がトーナメント組に向いていたがために、完全に失念していた。
背後のバフォメットは未だ健在で、俺の後を追ってきていることに。
俺のすぐ後ろで、豪腕を振り上げていることに。


【エカテリーナと交渉し、しめじちゃんを抱えてカジノから脱出。
 バフォメットの封鎖を突破するも、後ろから追いつかれる】

133 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/04(月) 22:53:57
闘技場から控室へ走るなゆたとポラーレの前に赤い光の玉が浮かび上がる
赤い光は返って周囲を暗くさせ、その奥は暗く見通せない
いや、見通せないのではなく見えないのだ
物理的に通路一杯に詰まった藁のために

二人の前で藁は蠢き開いていき、そこにはみのりが驚きの表情で立っていた

「あらあらあらあら……まぁ〜なゆちゃん!試合降りてくれたんやね〜
無事でよかったわ〜
苦渋の決断やったやろうけど、それでええんよ〜」

言葉に詰まっていたが驚きの表情が歓喜に変わった頃、溢れる言葉と共になゆたを抱きしめる

なゆたとポラーレの試合の行く末を見ることなく控室を出てきたので、なゆたが勝ったことを知らないのだ
歓喜のハグはバツの悪そうなポラーレによる訂正が入るまで続き、そして真実を知り更なる驚愕を生むのであった

「色々話す事や聞きたい事はあるんやけど、まずは真ちゃんと合流せななぁ
あの赤い光の玉が真ちゃんまで導いてくれるそうやし、説明は後でするよって行こか〜」

かくして無事になゆたたちと合流を果たし、藁の中へと誘う
藁の中は前後の通路側に厚みはあるものの、その内部は空洞になっており、移動するシェルターに様相を呈していた
その中で取り急ぎ真一がレアルに勝利するも力を使い果たしトーナメントをリタイアしたことを伝える
それと共に、トーナメント自体これ以上続かないであろうことも

そこまで話したところで真一の控室前までたどり着いており、通路の向こうから息を切らして走ってくる姿が見えた

>「よかった、二人共無事だったんだな……っ!
> その様子だと、お前らも何か掴んだみたいだが、俺もライフエイクの狙いがやっと分かった。
> とにかく話は後だ! 今はさっさとこの闘技場から脱出して、カジノの方へ向かうぞ!」

走り出そうとする真一を茨が絡み取り、眠らせる

「あかんよ〜全力戦闘したばっかやのに、無理したら肝心な時に戦えられへんからなぁ
うちらの目的は事はカジノに行く事やのうて、カジノで明神のお兄さんとしめじちゃんと合流する事
そこからが始まりやよってな
ちゃぁんとカジノには連れて行ってやるし大人しくしとき?」

眠りに落ちていく真一の頭を撫でながら語りかけ、藁の中に突っ込むとなゆたとポラーレにも入るように促す
こうして控室前からカジノへ向け藁の塊が動き出す

「真ちゃんは茨からといたし、2.3分で目ぇ覚めるやろ
道中で色々話しておかなあかへんことあるよってな、聞いたってや」

そしてみのりが話す、これまで見聞きしたことを

トーナメントの試合はどれも凄惨で潰し合いの様相を呈していたこと
明神から連絡があり、ライフエイクがニブルヘイムとの繋がりがあると判断した
それに足るだけの証拠を見つけた、となればおそらくは『門』を見つけたのではなかろうか、と
通信と同時に係員に化けていたドッペルゲンガーに襲われた、と胸元の大穴と茨で戒められたドッペルゲンガーを藁から二体出して見せる
その後の"虚構"のエカテリーナの遭遇し先にカジノに向かった旨と残された
「万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――」
の言葉を

「まあ、これらを総合すると、トーナメント自体生贄の儀式やろし、その結果何ぞ恐ろしいものが出てくるいう話やろうし
レアルはん吸血鬼やったやろ?真ちゃんにやられてもちゃんと死んだとは限らへんし、あれが吸血鬼やったって事はライフエイクはんかて人間かどうか怪しいものやわ
そういう訳やから休める時はやすんどきぃいう話やんよ〜真ちゃん?」

話の途中で既に起きていたであろう真一に言葉をかけて微笑みかける

134 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/04(月) 22:54:51
その話の最中も藁の塊と化したイシュタルは前に立ちはだかる有象無象をすべて取り込み茨で絡め眠らせていった
こうなった以上ここは敵地
立ちはだかる者は須らく敵として排除していくのだ

コロシアムから出たところでイシュタルは形状変化
後方に一塊残しつつ、カジノへと延びる絨毯に変わった
これは動く歩道である
案山子形態の移動能力は低いものだが、カーペット上になり常に形状変化することで素早い動きを可能にしたのだ

このことをガンダラで思いついていれば登山はずいぶん楽であっただろうが、とあの時の明神に死にそうな顔を思い浮かべるみのりと真一、なゆた、ポラーレは運ばれていく

まだこの時のみのりは事態をどこか楽観視していたのだ
明神には一つ、しめじには二つ囮の藁人形(スケープゴートルーレット)を持たせてある
更にシメジはガンダラで仕入れた奥の手、がある事も把握している
だからこそ試合に出る真一やなゆたに比べ、安心して送りだせていた

更には"虚構"のエカテリーナがカジノに向かったのであるから問題はない、と
だがそれは間違いであったことをすぐに思い知らされることになる


カジノの入り口が見えてきたところでそこから明神が飛び出してくるのが見えた
素晴らしいタイミングと一瞬頬が緩みかけたが、即座にそれどころでないことが見て取れた

明神に抱えられたシメジ
力なく垂れ下がる腕
後ろから太い腕を振り上げるバフォメット

危機的状況であることはわかるのだが、思考が追い付かない
停止した思考を再び動かしたのは明神の叫びだった

>「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

その声色、トーン、乗せられた感情にみのりの全身が総毛立つ

「イシュタルっっ!!!!」

普段のみのりからは考えられない程、大きく、そして鋭い声が響き、それに応えるように後方の藁の塊から何かが射出された
それはカジノで立ちはだかった警備員たち
藁にのまれ茨に絡めとられて眠らされていた者たちを、砲弾のようにバフォメットに投げつけたのだ

人魔混合の砲弾を浴びせられバフォメットが大きく仰け反る
更に射出は続き扉の奥へと押し込んでいった

バフォメットを押し戻したところで明神と接触
その腕に抱えられたシメジをのぞき込みすぐに分かった
(チアノーゼを起こしている……!)

みのりが血色が失われ強烈な死の雰囲気をまとう人間を見たのはこれが初めてではない
家業は農家であり、その規模は大きい
従業員も雇っているが、家長ともども全員が畑に出る
幼いみのりは祖父について畑に行ったものだ

それはワサビ田で起こった
ワサビ田は清流が必要であり、それは往々にして山深くにある
軽トラックがやっと通れるような山道を登った先、人の往来から外れたもはや異界ともいうべき場所で祖父は心筋梗塞で倒れた
それ以降、五穀ファームでは必ず仕事はツーマンセルを組み、従業員全員が救命講習を受けるようになったのだ

135 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/04(月) 22:55:16
その時の状況が脳裏に蘇り
「……うちは死ぬ覚悟も、仲間を死なせる覚悟も……できてへんのや……
死なさひん!今度は死なさへんよ!
しめじちゃんを藁の上に寝かせて」
みのりの戦衣装はペンギン袖のパーカー
それはブレイブのもう一つの弱点であるスマホ操作を見せないための衣装である
画面を見ずとも袖の中で素早く動いていた

「来春の種籾(リボーンシード)」
致命のダメージを負ってもHPを1残す効果があり、死んでさえなければ命をつなぎとめる事ができる
「中回復(ミドルヒーリング)」
効果は中程度ではあるが、その分ディレイが短く素早く次のスペルカードが使用ができる繋ぎ回復
「我伝引吸(オールイン)」
1ターンPTのダメージを肩代わりをすることができる、しめじに迫る強烈な死に至るダメージを代わりにイシュタルが負うのだ
「浄化(ピュリフィケーション)」
状態異常を回復させる。心肺停止した時点から血液の供給が途絶え脳は死に至るが、死に至る前に脳に障害が起こり始める事を防ぐのだ

激しいダメージをあえて受け続けるイシュタルを支えるためのみのりの戦術をすべてしめじに注ぎ込むのだ
スペルカードの名前を読み上げながら行使することで、周囲に状況を知らせていく

本来ならば既に死んだと手を放すべきところであった
医者ではないので、まだ生きているのか既に死んでいるのか判断がつかない
死んでいれば「回復」のスペルは効果を表さず無駄になってしまうのだから
真一にも言ったように、これからが本当の戦いでもあるのだから

だが、異世界に放り出されそこで出会った稀有な邦人
寝食を共にし戦いを乗り越えてきた戦友というのは、みのりが自覚する以上に掛け替えのない存在になっていたようだ

藁の絨毯は寝かされたしめじを揺らさないようにゆっくりと後退していた
カジノ全体を揺るがすような振動
二階の窓が次々の割れ、爆炎が上がる
ライフエイクと"虚構"のエカテリーナが激しい戦いを繰り広げているのだ
また入り口からはバフォメットが再度出てこようとしていた

「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
でも、その前に……そこかぁあ!!」

二階の崩れた壁からライフエイクの姿を認め、茨を振るわせ絡めとっていた二体のドッペルゲンガーを投げつけさせた
今シメジの救命活動をしている最中にそれをする必要はなかった
いやむしろいらぬヘイトを稼ぐことになる、と分かっていたがそれでも投げつけてやらねば気が済まない程度にはみのりの血は滾っていたのだ

「ごめんなぁ〜ちょぉと頭に血ぃ登っていらんことしてもうたわ
みんな疲れているからうちが表に立たなあかへんのやろうけど堪忍やで」

しめじ救命のために大量のスペルを消費し、位置を固定してしまう地脈同化(レイライアクセス)を使う以上、戦闘はできなくなるであろうからだ
取り乱したことを詫び、その顔を見せないようにしめじの鼻をつまみ、人工呼吸を始めた

【真一、なゆた、ポラーレと合流、状況説明しながらカジノへ】
【バフォメットに警備員などを投擲、後退させる】
【しめじに全力治療&二階のライフエイクにドッペルゲンガー投擲】
【1階バフォメット再襲来:2階エカテリーナvsライフエイク】

136 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/04(月) 22:55:58
明神による失血の防止措置と、エカテリーナから授かった治癒のスペル。
みのりによる多種多様な治癒術式。
一人の人間に与えるには過剰とも言える治療が、メルトに施される。

あゝ、善なるかな。
メルトに手を差し出した彼等には、治療の為にスペルを用いない道も有った。
何故ならば、現実的に見ればどう考えてもメルトは死んでいるからだ。
故に、メルトが死した事実を認め、訪れるであろう強敵との対峙に備える事も出来た筈だ。
けれど、彼らはそれをしなかった。
旅を共にしてきた少女を生かす事を願った。
これからも共に歩む道を……知らぬ者も居るとは言え、メルトの様な悪党を生かす事を思考したのだ。

そして、だからこそ。
諦めなかったからこそ、仲間達による救出の願いは奇跡を起こす。

エカテリーナのスペルにより死すべきであった脳細胞は損壊を免れし、浄化(ピュリフィケーション)は常態を維持させた。
中回復(ミドルヒーリング)により、大きく開いていた刃傷は縮小し、地脈同化によって臓器の傷は塞がれていく。
そう、奇跡だ。奇跡と言っていいだろう。
死者の傷を癒す事など、現代科学を以ってしても不可能である。
異邦の旅人達は、その意志で。願いで。奇跡を果たしたのである。


――――けれど、奇跡はここで打ち止めであった。


奇跡で、意志で、願いで、祈りで……死者は生き返らない。
失われた命は、あらゆるスペルを用いても取り戻す事は出来ない。
それは世界を支配する絶対の法則。

少女、佐藤メルトは……あらゆる傷が塞がったにも関わらず、息を吹き返さない。
心臓はその動きを再開せず、肺はみのりから注ぎ込まれる酸素を循環させない。
血液は、全身を巡らない。
まるで眠っている様に、少女はその目を閉じたまま。

137 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/04(月) 22:56:25
――――――――――

人は脳で世界を見る。
脳はあらゆるモノを観測させる。
現実を――――そして、夢という虚構の世界でさえも。

死にゆく定めにあるメルトは、スペルによって機能を温存された脳で夢を観ていた。
それが、己が死にゆく夢。
深く暗い海に沈んでいく夢だ。

(……ああ。私は死ぬんですね。やはり、ダメだったのですね。最後に“悪あがき”はしてみましたが……失敗してしまいましたか)

夢であるせいか、不思議と息は苦しくない。
意識もはっきりしている……だが、それでもメルトは己が死にゆく身であると言う事を理解していた。
手足に絡みついている縄。海底深くから伸びている様な黒く太い縄が、メルトをゆっくりと引きずり込んでいっているからだ。

ときおり、暖かな光が明滅し、己の身体を浮上させようとするが……黒い縄がそれを許さない。
ゆっくり……けれど確実にメルトは海の底へと引きずり込まれていく。
ふと、縄の先がどうなっているのか気になり、視線を海底へと向けてみれば……その先にはどす黒い大きな蛇のようなナニカ。
そして、周囲を見渡せば自身よりも遥かに速い速度で黒い縄に引きずり込まれる、輪郭の無い白い無数の人型。

(成程……死ぬとアレに捕食されるのですか。天国とか地獄なんて信じていませんでしたが……死後というのは随分と野性味にあふれているのですね)

恐ろしい筈の光景、自身が迎える末路を前に、けれどメルトは何故だかくすりと笑みを浮かべてしまう。

(……ここは、寂しいですね。暗くて冷たくて……だから、こんな所に明神さん達が来ないで良かったです)

死が逃れられない事を知り、死への恐怖が麻痺したのだろう。
満足したかのように目を瞑り沈んでいくメルト。
走馬灯の様にに思い浮かぶのは、長い現実での日々ではなく……不思議と短い旅路を共にした者達の姿ばかり。
荒野の駅での出会い、炭鉱の街での酒場、坑道の奥での戦い、列車の雑談。

うめき声を上げながら沈んでいく他の人影と異なり、静かに沈んで行くメルト。
……だからこそ、気付く事が出来たのだろう。

『――――憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。あの人が、憎い』

無数のうめき声の中に紛れる、憎悪の声。
メルトが声へと視線を向けてみれば、巨大な黒蛇の額にあたるであろう場所に……女が居た。
海の様に青く波打つ美しい髪を持ち、顔を両手で覆う女。
一見して人である様に思えるが……その女の下半身は、鱗を持つ魚の様な形状をしている。

(人魚……)

メルトが女を見て思い浮かべたのは、お伽噺で謳われる人魚姫。

『どうして、どうして裏切ったのですか、愛していたのに、愛していたのに、信じていたのに』
『共に生きられるよう、【人魚の肉】すら分けたというのに……憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……!』

その人魚は周囲を棘の付いた宝石のような檻で囲まれており、時々檻へと手を伸ばしては、棘によって血を流し、再び呪詛を呟く事を繰り返している。
そして、海中を揺蕩ってきた人魚の血。その血がメルトへと触れた瞬間、彼女の脳に存在し得ない記憶が再生された。

それは、遠い海の楽園の光景。
平和を願う夢見がちな人魚の姫と、楽園に漂着した男の蜜月の物語。
全てが悲劇で終わる、忘れられた歴史の一幕。

まるで実体験のように感じられる記憶の奔流に驚愕するメルト――――だが、それは悲しき歴史に対してでは無い。
メルトが驚愕したのは、見せられた記憶の中に居た、ある人物の姿について。

人魚の楽園へと辿り着き
世間知らずな姫の心を捕え
口付けと共に愛を嘯き、全てが滅ぶ原因を作り上げた男の、その姿。

(ライフ、エイク……!?)

猛禽の様な瞳を持つ、遠い歴史の先に居るその男は――――メルトの命を奪った男と、全く同じ容貌であったのである。

138 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/04(月) 22:56:48
――――――――

未だメルトは死したまま。目を覚ます事は無い。
けれど、状況は彼らを待つ事をしない。

人魔の弾丸を受けたとはいえ、バフォメットは健在。
獲物が増えた事を喜ぶように、口元から赤い液体の混じった涎を垂らすと一行へとその歩を進める。そして、


「ふむ、凄まじいね。これ程の術をこれ程の時間行使し続けるとは。いずれ体力が尽きてやられてしまいそうだ」
『……戯言をほざくなら、汗の一つでも流すが良い』

カジノの中では、竜と化したエカテリーナとライフエイクが激戦を繰り広げていた。
先程から轟音を響かせるエカテリーナの火炎のスペルは、並みの相手であれば塵も残らない威力を有しているが、対するライフエイクは汗を掻く事も無くその暴威を凌いでいる。
そして、その最中。

>「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
>でも、その前に……そこかぁあ!!」

エカテリーナの攻撃により砕けた外壁の隙間から、みのりがドッペルゲンガーを高速で射出した。
奇しくもそれはエカテリーナの炎と同じタイミング。
直前に攻撃に気付いたライフエイクであるが、これまで回避を続けていた彼も、2方向からの同時攻撃は避ける事が出来ない。
爆炎と衝撃がライフエイクを襲う。抜群のタイミングであり、素人目に見れば勝利を確信する様な状況であったが。

「……やれやれ、スーツに煤が付いてしまった」

そこには、周囲を水で結界の様に覆い、爆炎を無傷でやり過ごしたライフエイクの姿。
ライフエイクが使用した水の結界を見て、エカテリーナはその威圧感を強める。

『【水王城(アクアキャッスル)】……人の寿命で習得し得るスペルではあるまい。やはり、貴様はニヴルヘイムの先兵か……!』

その問いに対し、ライフエイクは軽く肩を竦めると口を開く。

「ではそういう事にしておこう。私はニヴルヘイムよりアルフヘイムを侵略する為に訪れた存在だ、と」
『虚言……貴様、一体何者だ……!』

139 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/04(月) 22:57:11
―――――――

混沌と化した戦況。
……メルトの命は失われたまま。
眼前には強大な敵が立ちはだかり、更にその先には恐ろしい謀略が蠢いている。
そんな思考すらままならない状況であるが……もしも、そこから先に踏み込む事が出来る人間が居れば気付く事だろう。

メルトが絶命しているにも関わらず、そのパートナーであるゾウショクが召喚されたままであると言う事実。
死後硬直を始めているメルトの手に握られたスマートフォン。その画面に映る『生存戦略』のスペルが、未使用の状態であり、
そして代わりに、『死線拡大(デッドハザード)』という、この世界に来て一度も使用していないスペルが使用済になっている事に。

そして、それぞれの持つスマートフォンで、メルトの死体が捕獲可能なモンスターとして表記されている事に。

……奇跡で死は覆せない。
ならば、絶命の事実を書き換えられる様、準備をすればいい。死んでいないと世界を騙すのだ。
佐藤メルトは悪質プレイヤー、そんな彼女がただで潔く死ぬ筈が無い。
化かし合いなら百戦錬磨、『一度使用した』スペルを知っている虚飾の王ですら欺いてみせる。
生存戦略(タクティクス)は範囲回復。だが、日本刀で貫かれた時、スペルの光はメルト一人だけを包んでいた……!

【状態異常:アンデット・・・AGI、DEX大幅低下、STR上昇、状態異常中、種族がゾンビに固定される。この状態異常は状態異常回復スペルを2度掛けなければ回復しない】
【ゾンビ:HP全損時でも、一定時間捕獲、回収可能。そのまま放置すると完全ロスト←いまここの途中】
【傷を治さないまま状態異常だけを回復するとメルトは即死、脳の機能を維持しないままゾンビ化すると何かしら後遺症が残ったのでお二人の行動でギリギリ生存可能性有り】

140 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/04(月) 22:57:50
血の気が引く、とは、まさにこのことだろう。

「――――――」

元々大きな双眸をこれ以上なく見開いて、なゆたは硬直した。
時間にして、たったの数時間。離れていたのは、たったそれだけの短い間。
それまではなゆたの自宅で一緒に寝起きし、朝食を食べたはずなのに。
明神の後ろを控えめに、けれどしっかりついていく彼女の姿を、自分は微笑ましく見ていたはずなのに。

なのに。

今、なゆたの目の前では血にまみれたメルトが瀕死の重傷を負い、明神におぶわれている。
なゆたは寺の一人娘だ。人の死というものには、それこそ日常レベルで接している。
しかし、幸いなことに檀家の死には遭遇しても、近親者の死に遭遇したことは今まで一度もなかった。
時間的には、なゆたとメルトは知り合ってから一ヶ月も経っていない。
けれど、なゆたにとってメルトは紛れもない近親者。大切な、かけがえのない仲間である。
ポラーレとの戦いの最中にも、なゆたは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の称号に拘った。
仲間たちと共有するその名を、自らの敗北によって汚させはすまいと――。
しかし、そんな努力も肝心の仲間が死んでしまっては何の意味もない。
だから。

>「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

という明神の全身全霊の叫びにも、

>「イシュタルっっ!!!!」

というみのりの鋭い呼声にも、まるで反応できなかった。
今にも明神を攻撃しようとしていた山羊頭の魔物――バフォメットが、イシュタルの投擲した人間砲弾を喰らって仰け反る。
事態は刻一刻と変転している。一秒たりとて無駄にはできない。
だというのに、なゆたは棒立ちのまま何も行動をとることができずにいた。

――わたしのせいだ。

ぐるぐると、深く激しい悔恨が胸の中で渦を巻く。
メルトは自分たちとは違う。彼女はただ単に何らかの巻き添えを食らい、この世界に放り出された無力な少女に過ぎない。
同じ巻き込まれた側でも、状況を楽しむ余裕さえあり率先して戦いに臨む自分や真一とは根本的に異なるのだ。
そんな彼女に、自分は危険な任務を押し付けてしまった。
こうなる可能性は充分あったのに。予測できたはずなのに。
だのに――

――わたしのせいだ。

『今まで大丈夫だったんだから、きっと今度も大丈夫』なんて。
何の根拠もない、楽観的な結論を出してしまったから。
作戦を立てるのなら、どんな僅かな危険性をも考慮し、それを回避する方策を用意しておかなければならないのに。
自分はそれを怠った。ノリと勢いだけでメルトを危険に晒し、最悪の事態を招いてしまった。

――わたしの、せいだ……!

トーナメントに出たいなんて、興味本位の遊び半分で思わなければよかった。
ガンダラの時のように、彼女を非戦闘員として匿っておけばよかった。
チームをふたつに分けようなんて、言わなければよかった。
メルトには、家で留守番していてと厳命すればよかった――。

ぼろぼろと涙が零れ、ひゅぅひゅぅと喉が鳴る。上手く呼吸ができず、胸がキリキリと痛む。
強い精神的ショックによる過呼吸だ。なゆたは苦しげに胸元を押さえて、その場に蹲った。

141 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/04(月) 22:58:17
みのりがメルトを藁のベッドに横たえさせ、必死の救命活動をしている。
だというのに、自分は何もできない。その思いが、なおさら呼吸を困難なものにする。

「……か……はっ……」

なゆたは首を垂れ、出ない息を吐いた。
もちろん、周囲に気を配っている余裕もない。と、カジノの建物全体を揺るがす激震が走り、炎が上がる。壁が崩れる。
上階でスーツ姿のライフエイクと、巨大なドラゴンが対峙しているのが見える。
移動中にみのりから話は聞いていたので、状況は理解している。
大賢者ローウェルの直弟子、『十三階梯の継承者』のひとり“虚構”のエカテリーナ。
その名、その姿、その力は当然なゆたも知悉している。ただ、そんな重要人物がどうしてこの場にいるのか。
なぜ自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に力を貸してくれるのか。それはわからなかったが――。

>「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
>でも、その前に……そこかぁあ!!」

救命活動の合間、みのりが今度は上階のライフエイクへ向けてモンスターを投擲する。
普段のみのりの態度とはかけ離れた、烈しい怒りを感じさせる振舞い。
平素何を考えているかわからず、真意を隠している節のあるみのりさえも激怒するほど、事態は逼迫しているということだ。
だが、ライフエイクはそんなみのりの攻撃とエカテリーナの攻撃をこともなげに捌いてしまった。
そして――先程みのりに人間ロケットを投げつけられていたバフォメットが、再度迫ってくる。
みのりはメルトの蘇生で手が離せない。明神にバフォメットを撃破するだけの火力はない。
だとしたら――。
今ここでバフォメットに、あの中盤の壁で有名なボスモンスターに対処できるのは、自分と真一しかいない。
真一はもちろん立ち向かうだろう。なゆたは幼馴染である彼の性格を知っている。

けれど、自分はどうだ?

戦いたい気持ちはある。けれど、それよりも自分の采配ミスでメルトに重傷を負わせてしまった自責の念が強すぎる。
行動したいと思っても、行動できない。ポヨリンに指示を飛ばしたくとも、声が出ない。
なゆたは俯いたまま強く目を瞑り、歯を食い縛った。

――何がランカーよ、何が重課金者よ。
――月子先生なんて呼ばれて、ベテランぶってたって。大事な仲間のひとりだって助けられない。
――全部、わたしのせいだ。わたしが招いた結果だ。
――わたしが悪いんだ。わたしが――

すぐ近くで燃え盛っているはずの炎の熱が。仲間たちの叫びが。魔物の咆哮が、やけに遠い。
この世界はゲームじゃない。本物の熱を、生命を、生と死を有した現実の世界なのだ。
ポラーレとの戦いのさなか、自らの命を天秤にかけたときさえ実感しなかったその事実を、今なゆたは魂の深奥から思い知った。
思えば、みのりはそのシンプルな真実にずっと前から気付き、心から理解していたのだろう。
だからこそ、試合が始まる前に何度も無理をするなと忠告したのだ。
自分は知らなかった。よくも彼女に『覚悟はできてる』などと言えたものだ。

戦いたくない。
逃げ出したい。
何もかも、なかったことにしたい。

そんなことを考える。少なくとも、もうなゆたは今までのようには戦えない。
仲間が傷つき、斃れる姿を見てしまった後では――
……しかし。

『ぽよっ!』

ふと、傍らで声がした。
なゆたの顔を覗き込むようにして、ポヨリンがぽよんぽよんと小さく跳ねている。

「……ポヨ……リン……」

ひゅうひゅうと苦しい息の下で、なゆたは小さくその名を呼んだ。

142 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/04(月) 22:58:39
ポヨリンは優しい子だ。いつも、なゆたのことを心配している。
なゆたが気落ちすれば、寄り添って慰めようとする。先程の試合で分裂したなゆたの片方が死んだときも、ぽよぽよ泣いていた。
しかし、今は違った。
ポヨリンはのっぺりした顔の眉間に一生懸命皺を寄せ、口をへの字に結んで、ぽよぽよ跳ねている。
それはなゆたを気遣うのではなく――『早く戦わせろ』と主張しているかのように、なゆたには見えた。

『ぽよっ! ぽよよんっ! ぽよぽよよっ!』

ポヨリンはしきりに小さく跳ねながら、なゆたに何事かを伝えようとしている。
現実世界からずっと一緒に戦ってきたパートナーだ。なゆたはポヨリンの心を瞬時に理解した。
……怒っているのだ。憤っているのだ。敵に対して。メルトをこんな目に遭わせた、憎むべき勢力に対して。
この理不尽な運命を跳ねのけて、敵を倒したいと。そう望んでいるのだ。
ポヨリンにとっても、メルトは大事な仲間。だから――
そんな仲間をひどい目に遭わせた奴は、絶対に許さない。そういうことなのだろう。

――嗚呼。

事なかれ主義で自分の利益優先のはずの明神が、自らの命も顧みず行動している。
あのおっとりしたみのりが、今まで見たこともない剣幕で激怒している。
なゆたの腕の中でのんびりお昼寝したり、ぽよぽよ飛び跳ねて遊ぶのが大好きなポヨリンが『戦いたい』と言っている――。
それなら。

――わたしに出来ることはなんだ? わたしのしなくちゃいけないことは何だ?
――そんなの、ひとつしかない。ずっと前から決まってる。

ぎゅっと唇を噛む。息を無理矢理に飲み下し、両脚に力を入れる。

「うああ……ああああああああああああああああああ―――――――――――――っ!!!!」

なゆたは大きく叫ぶと、一気に立ち上がった。そしてスマートフォンを手に、素早く画面をタップする。
切ったカードは『鈍化(スロウモーション)』。対象のATBゲージを著しく鈍化させるスペルだ。
地響きを立てて一行に肉薄しようとしていたバフォメットの動きが、極端に鈍くなる。
次いで『限界突破(オーバードライブ)』。ポヨリンにバフがかかり、水色の全身から闘気が迸る。
なゆたは後方のみのりと明神を振り返った。

「みのりさん、明神さん、一分ください。……たった一分でいい。
 一分で――潰しますから」

決然とした調子で告げる。
なゆたの脳内で、猛烈な勢いで対バフォメットの攻略フローが組み上がってゆく。
初戦のバフォメットを倒すことはできないというのは、ブレモンプレイヤーの中では常識だ。
しかし、現在こちらにはバフォメット討伐に必要不可欠な人材エカテリーナがいる。
エカテリーナ自体はライフエイクと戦っている最中だが、それはこの際関係ない、となゆたは睨んでいた。
かつて、フォーラムでバフォメット討伐戦について、悪辣なプレイヤーと議論したことがある。それによると――
ゲーム内のバフォメット討伐戦でバフォメットの無敵バフが解除されるのは、エカテリーナ参入後の再戦時ではない。
プレイヤーがエカテリーナの助力を仰ぐことに成功した時点で、内部的に無敵解除のフラグが立つのだという。
もし、この世界とゲームに共通性があるのなら、今ここにエカテリーナがいる時点でバフォメットの無敵バフはない。
当時はデータの解析など邪道だとずいぶん憤ったものだが、その知識がここで役に立った。

「しめちゃんは死なせない……、絶対に助けてみせる!
 そのための邪魔者は、全部! ……わたしたちが排除する……!
 真ちゃん、やろう! こんな奴……ふたりでやれば瞬殺でしょ!」

真一の考えることなら、わざわざ言葉にせずとも目配せでわかる。
もし真一が何か策を練るなら、なゆたはすぐにその意を汲み取り指示通りに動くだろう。
バフォメットを斃し、ライフエイクの目論みを挫く。

闇の世界のとば口を前に、なゆたは新たなスペルカードを選択した。


【真ちゃんとタッグでバフォメット退治。
 真ちゃんの指示に従うのである程度動かして頂いて結構です】

143 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/04(月) 22:59:16
>「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

どうにか闘技場を抜け出し、やっとの思いでカジノまで辿り着いた真一たちを待ち受けていたのは、そんな絶望の知らせだった。
藁から這い出た真一は、明神が悲痛な叫びを上げる姿と、血まみれの衣服を纏ったメルトの姿を視認し、状況の全てを察する。

>「……うちは死ぬ覚悟も、仲間を死なせる覚悟も……できてへんのや……
 死なさひん!今度は死なさへんよ!
 しめじちゃんを藁の上に寝かせて」

みのりはそんなメルトを藁のベッドに寝かせると、手早く幾つかの治癒スペルを使い、その後は教科書通りの心肺蘇生術を行う。
普段は決して自分の本音を見せない彼女が、こうして狼狽えている姿を見るのは初めてだったが、それでも的確に手を動かすことができるのは流石というべきだろう。

>「……か……はっ……」

だが、その一方でなゆたが胸を抑えながら息を吐き、崩れ落ちる姿を真一は横目で捉えていた。
――今回の作戦を考案したのは、他でもない彼女だ。
見通しが甘かった。こうなることを少しでも予想できなかった……といえば、それは間違いなくパーティ全員の責任だが、なゆたの性格からすれば、この状況を全て自分のせいだと考え、自暴自棄になってしまうのも無理はないだろう。
なゆたにもあとで何か声を掛けなければならないという思考が、真一の脳裏をよぎるが、とにかく今はそれよりも火急の事態がある。
真一は「俺も手伝う」とみのりに告げると、メルトの胸部に手を当て、人工呼吸に合わせて心臓マッサージを開始した。

――しかし、手を当てた瞬間に理解する。
メルトの心臓は、もう一切の鼓動を止めていた。
呼吸もしていない。脈拍もない。もはや言うまでもなく――メルトは完全に死亡していた。
真一は口の中に血の味が滲むほど、強く奥歯を噛み締めた。

いや、だが……何故だろうかと自問する。
なゆたが我を見失い、明神も血相を変え、みのりでさえ狼狽を隠せないこの状況下で――何故か真一だけは、非情なほどに冷静だった。
血が沸騰しそうなほどの怒りが込み上げてきているというのに、そんな感情とは無関係に、真一の脳はどこまでも冷静に現状を認識していた。
この感覚は……何と表現すればいいのだろうか。そう、敢えて言うならば――真一は“慣れていた”。
まるで、過去にもっと多くの命が喪われていく様を目の当たりにしてきたかのように、真一は仲間の死と直面することに慣れ切ってしまっていたのだ。
無論、真一が思い出せる限り、自分の人生でそのような経験はない。
しかし、記憶にない経験が心を凍てつかせることで、真一は他の誰よりも冷静で居続けることができた。

そして、冷製であるからこそ、分かってしまうのだ。
今、自分やみのりがやっている行為には、何の意味もないということを。
“死者は蘇らない”――それは現実世界でも、このアルフヘイムにおいても、決して覆すことはできない絶対の掟だ。
もうメルトが復活する可能性がないのであれば、こんなことに時間を浪費するよりも、今はライフエイクを止める方が優先だ。
奴の野望を成就させてしまえば、それこそもっと比にならない犠牲が出るのは目に見えている。
真一は心臓マッサージの手を止め、仲間たちにそう進言しようと決意した。
そして、顔を上げて各々の様子を見回していると――不意に、とある“異常事態”が起きていることに気付く。

144 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/04(月) 22:59:50
「ゾウショク…………お前、何で消えてないんだ?」

それは、メルトのパートナーモンスターであるレトロスケルトン――ゾウショクの姿だった。
ゾウショクはメンバーの輪の外で、カクカクと骨を揺らしながら、不安そうに主人の様子を窺っていた。
メルトが死亡しているのであれば、彼女のパートナーがこうして召喚されたまま動いていることなど有り得ない筈だ。
そこで、はっと何かを閃いた真一は、メルトの手に握られたままのスマホに目を落とす。
真一は慌ててそれを取り上げると、未だ明滅している画面に指を走らせ、スマホを操作する。
表示されているのは、メルトのデッキカード一覧。そして、使用済みの状態になっている〈死線拡大(デッドハザード)〉のスペルカード――

「こいつ、まさか……ッ!?」

それを見た瞬間、真一は自分の脳内を電流が駆け抜けていくのを感じた。
確信じみた予感が脳裏に浮かび、真一は自分のスマホを取り出すと、今度はバックカメラをメルトに向ける。
その画面上には、以下のような表示が映し出されていた。

『モンスター名:佐藤メルト』
『種族:ゾンビ』

「――――ハッ、そういうことかよ。尊敬するぜ、しめ子」

まさしく起死回生というべきメルトの策を理解した真一は、口元に不敵な笑みを浮かべた。
そして、未だ震えるなゆたの肩をポンと叩くと、真一は仲間たちにこう告げるのであった。

「……みんな、落ち着いて自分のスマホを見てくれ。
 画面に表示されている通り、今のしめ子は紛れもなくゾンビというモンスターになっている。
 俺の予想が正しければ……こいつは絶命する直前、自分自身に〈死線拡大(デッドハザード)〉を使って、アンデッドの状態異常を付与したんだ。
 そして、ゾンビはHPを完全に失ったあとであっても、一定時間は消えずに死体が残るから、プレイヤーが捕獲・回収することが可能となる。
 つまり、こいつをモンスターとして捕まえ、その後にHPの回復を行えば――しめ子はもう一度目を覚ます可能性があるってわけだ」

真一は自分の推察を語り聞かせたあと、今度は自分たちの背後に迫るニヴルヘイムの尖兵――バフォメットの姿を、視界の隅に捉えた。
そして、真一は明神にメルトのスマホを手渡すと、長剣の柄に指を掛けながらこう言い残す。

「しめ子の捕獲はアンタに任せたぜ、明神! 俺はなゆと一緒に、あのヤギ頭をブチのめして時間を稼ぐ」

メルトを救う算段は立った。
ならばあとは邪魔者を排除し、彼女を復活させるための時間を稼ぐだけだ。
藁のベッドから飛び降りた真一は、鞘走りの音を鳴らしながら長剣を抜き放ち、その切先を対峙する敵へと向ける。

>「しめちゃんは死なせない……、絶対に助けてみせる!
 そのための邪魔者は、全部! ……わたしたちが排除する……!
 真ちゃん、やろう! こんな奴……ふたりでやれば瞬殺でしょ!」

「……落ち着け、なゆ!
 お前が考えてそうなことは分かってるが、しめ子のことならアイツらに任せとけばきっと大丈夫だ。
 俺たちは、今の俺たちにしかできないことをやる。お前の言う通り、あんな雑魚なんざ俺とお前なら楽勝だ」

真一は焦る様子のなゆたにそう忠告すると、左手に握ったスマホを見やる。
レアルとの戦いで消耗したグラドは未だ回復しきっておらず、手持ちのスペルカードも残り少ない。
ポヨリンなら単機でもバフォメットと戦えるだろうが、そのためにはなゆたに普段通りの思考を取り戻して貰う必要があった。
この戦いでは、なゆたのサポートに回ろうと考えたいたものの、そこでふと何かに思い至った真一は、スマホを操作してインベントリを開く。

145 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/04(月) 23:00:15
――真一が確認したかったのは“ローウェルの指輪”の状態だ。
先のタイラント戦で使って以来、使用不可のままになっていた指輪ではあったが、あれからしばらくの時間が経過した今ならばどうだろうか。
半ば祈るような気持ちでインベントリをスクロールさせていくと、そこに表示されていた画面には、再び使用可の状態になった指輪が映し出されていた。
真一は迷いなくそれをタップし、取り出した指輪を左手に嵌める。
すると、ガンダラで使用した時と同じように、指輪の中央に付いた赤い宝石が光を放ち、真一のスマホに魔力を注入していく。

「成る程……こいつはつまり、魔法効果のブーストという追い充電機能が付いた、魔力充電器みたいなもんってことか」

ローウェルの指輪の効果――それは、端的に説明するならば“莫大な魔力の貯蔵と放出”であった。
一定期間、宝石に魔力を貯蔵し続けつつ、魔力のない者には貯め込んだ魔力を分け与え、既にある者にはその力を増幅させる。
指輪の恩恵を受けた真一のカードたちは、次々と失った魔力を取り戻してリキャスト可能の状態に戻っていく。
カードの復活に魔力を使ってしまった以上、前回のようなブースト効果までは得られないだろうが、先程までの状態から考えればこれだけでも充分だ。
真一は〈高回復(ハイヒーリング)〉のスペルでグラドを回復させると、今度は〈召喚(サモン)〉のコマンドをタップする。

「さっきまであんだけ無理させちまったってのに、悪いな相棒。……行けるか?」

召喚されたグラドに真一がそう問いかけると、グラドは低い唸り声を一つ返す。
体力も魔力も充分に回復したグラドは、戦意に満ちているように感じられた。

「――よし、行くぜなゆ! あんな野郎、小細工を使うまでもねーさ。真っ向からブチかませ、グラドッ!!」

そして、真一の合図に従い、真っ先に飛び出したのはポヨリンだった。
二体に分裂したポヨリンは、敵の反応の遥かに凌駕したスピードで特攻し、バフォメットの腹部に突き刺さる。
〈分裂(ディヴィジョン・セル)〉と〈しっぷうじんらい〉。ポヨリンを分裂させ、威力の倍加した先制攻撃を叩き込むという、なゆたが好む基本戦法の一つだ。
思わず蹌踉めくバフォメットに対し、今度はポヨリンの後方からグラドのドラゴンブレスが放射される。
体勢を崩されて為す術がないバフォメットは、まともにそれを受け、更にHPバーを大きく後退させる。

しかしながら、バフォメットはこれでも初心者の壁などと言われている中ボスクラスのモンスターだ。
その威厳を示すかのように、バフォメットはドラゴンブレスが直撃しながらも倒れることなく、大きく息を吸い込んで〈火の玉(ファイアボール)〉の狙いを定める。
だが、そんな予備動作を行っている最中――――連撃の三段目。〈火炎推進(アフターバーナー〉で飛び込んだ真一の姿が、既にバフォメットの眼前にあった。

「ヴァンパイア・ロードと比べりゃ止まって見えるぜ。……遅すぎなんだよ、ヤギ頭!」

高速で迫る真一は、すれ違い様に長剣を二度振るい、バフォメットの両眼をそれぞれ正確に刺突する。
先刻のコロシアムにおいて、あのレアル=オリジンと斬り結んだことを考えれば、こんな芸当などは造作もないことであった。

「――――トドメだ、グラドッ!!」

そして、両眼を潰されて呻き声を上げるバフォメットを、左右からグラドとポヨリンが狙っていた。
グラドの〈ドラゴンクロー〉。更に、ポヨリンによる〈てっけんせいさい〉。
両者の呼吸が見事に合致したダブルパンチが炸裂し、瞬く間にHPを削り取られたバフォメットは、その体を霧散させて消えていった。

「ハッ、俺たちに挑むのは100万年早まったな。
 ……っと、だけどこんなところでいつまでも油を売ってる場合じゃねえ。
 急ぐぞ、なゆ! 俺たちはこのままライフエイクを止めに行く!!」



【グラド&ポヨリンのコンビネーションでバフォメットを瞬殺。
 真一となゆたはライフエイクを止めるためにカジノ内へ急行】

146明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:01:41
>「イシュタルっっ!!!!」

カジノの外、走り寄ってくる石油王が俺の姿を認めると、聞いたこともないような声音で怒号が飛んだ。
より正確には、『俺の背後』に迫るバフォメットに向けて、カカシが何かを射出する。
俺のすぐ脇を掠めて飛来した物体は、その質量でバフォメットを大きく仰け反らせ、カジノの中へと押し戻した。
殺傷範囲から辛くも逃れた俺は、そのままトーナメント組と合流を果たす――

>「……うちは死ぬ覚悟も、仲間を死なせる覚悟も……できてへんのや……
 死なさひん!今度は死なさへんよ!しめじちゃんを藁の上に寝かせて」

「わかった。俺に出来るのはここまでだ、後は、頼む……!」

石油王の対処は迅速だった。
まずカカシを変形させて作った筵にしめじちゃんの身体を横たえ、傷が広がらないよう固定する。
袖の中のスマホに一瞥もくれることなく、使えるだけの治癒スペルを注ぎ込んでいく。

延命、回復、ダメージ肩代わりに状態異常の回復。
バインドデッキの要となる治癒系スペルをこれでもかと振る舞い、しめじちゃんの身体は何度も光に包まれた。

スペルは……機能しているのか?これで、本当に良かったのか?
思考を隅から蝕むような、管虫に似た疑念が背筋を這い回る。

石油王が人工呼吸を、真ちゃんが心臓マッサージをする傍らで、俺はしめじちゃんの手を握り続けていた。
依然として、彼女の手は氷のように冷たい。青白く浮いた血管が脈打つ気配もない。
どうか、僅かにでも熱を帯びてくれと、祈るように埃まみれの掌をさすった。

>「……か……はっ……」

なゆたちゃんが、未だ死に向かい続けるしめじちゃんの姿に息を詰める。
きっとこいつは、しめじちゃんの容態に責任を感じているんだろう。
死地に送り出してしまったと、自分を責め続けているんだろう。

だけど、理屈に沿って言えば、真っ先に責められるべきなのは俺だ。
保護者面なんかするつもりはないが、それでも、しめじちゃんは俺が守らなきゃならなかった。
頼りになる年少者にかまけて、勝手に命を預けて、代わりに傷を負わせたのは……俺だからだ。
しめじちゃんが体を張る必要なんかないくらい、俺自身が、頼りになる存在でなきゃいけなかった。

大人と子供に年の差以外の違いがあるんだとしたら、それは自分の命に責任を取れるかどうかだ。
俺はまだ大人になれちゃいない。ならなきゃいけなかったのに、なれなかった。
今、俺の前に横たわるしめじちゃんの姿は、そのツケだ。

>「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
  でも、その前に……そこかぁあ!!」

石油王が吠え、瓦礫の向こうに垣間見えたライフエイクへカカシの中身を投げつける。
どんなときも飄々として捉えどころのないこいつが、ここまで感情をあらわにするのを初めて見た。
責任を感じてるのも、怒りや悲しみを抱えているのも、俺やなゆたちゃんだけじゃない。
石油王や、真ちゃんだって、しめじちゃんに死んでほしくないのは一緒だ。

「しめじちゃん……」

だが、俺にはわかってしまった。
これだけ治癒のスペルを注ぎ込んでも、しめじちゃんの肌に温もりの灯る気配はない。
心停止した人間の生存率は、停止後3分で50%にまで下がり、5分経てばまず間違いなく助からない。

しめじちゃんがライフエイクに心臓を貫かれてから、今この瞬間に至るまで。
生と死を峻別する分水嶺、5分のデッドラインは、とっくに経過していた。

もう、助かる見込みは残されていないと、理解してしまった。
冷たいままのしめじちゃんの手を、最後に握りしめて、俺は地面にそっと置く。
空いた手で拳を握って、自分の額にぶつけた。

147明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:02:07
「……しめじちゃんは、俺をかばってこうなった」

誰が悪いかとか、恨むなら俺を恨めとか、そんな益体もない自己満足を垂れようとは思わない。
ただ、抑え込んでいたひたすらなやりきれなさが、無力感が、ついに限界を越えた。
まともに息も吸えてなかったから、酸欠気味になってたのもあると思う。
何も考えられなくなって、俺は天を仰いだ。馬鹿みたいに明るい空が、今だけは無性に遠く感じた。

「くそっ……畜生っ……畜生……!!」

眼の前の空が滲む。渇き、張り付いた喉の奥から、蚊の鳴くような呻き声が零れた。
人が死ぬ瞬間を、眼の前で見るのはこれが初めてだ。
誰か教えてくれ。俺はどうすりゃいい。どうやって、この絶望と折り合いをつけりゃ良いんだ。

>「――――ハッ、そういうことかよ。尊敬するぜ、しめ子」

隣でしめじちゃんの胸を押していた真ちゃんが、不意にマッサージを止めてそう呟いた。
自分のスマホとしめじちゃんのスマホを見比べて、にやりと口端を上げる。
俺には理解できなかった。しめじちゃんの死を目の当たりにして、ヘラヘラ笑えるこいつの神経が。
頭の芯がカっと熱くなって、思わず掴みかかりそうになる俺を、真ちゃんは片手で制して言った。

>「……みんな、落ち着いて自分のスマホを見てくれ。

「ああ!?こんなときに何を言ってやがる――」

俺は怒鳴り声を上げて威嚇したが、真ちゃんは動じることなくスマホを示した。
その動作の迷いのなさに、つられて俺も自分のスマホに目を落とす。
起動しっぱなしのブレモンアプリの画面には、モンスターとのエンカウント通知が表示されていた。
ARカメラによるターゲットは、カカシの筵に横たわるしめじちゃんの死体を確かに捉えている。

>『モンスター名:佐藤メルト』
>『種族:ゾンビ』

佐藤……メルト。こいつはもしかして、しめじちゃんの本名なのか?
そして人間であればヒュームと記載されるはずの種族欄には……『ゾンビ』。
HPバーは完全に0になっているが、ゾンビの種族特性によって死亡状態ではなくリビングデッド、仮死の状態になっている。
待て。ちょっと待て。まだ頭が全然回ってない。眼の前の情報を処理し切れてない。

しめじちゃんは間違いなくアルフヘイムに引きずり込まれたプレイヤーの一人で、つまりは人間だったはずだ。
同じメシを何度も一緒に食っているし、カジノで引き寄せたときの彼女の体温だって、ゾンビのものじゃなかった。
だが、現実問題として、目の前に居るしめじちゃんはゾンビ……モンスターとしてシステムに処理されている。

まさか……まさか。
俺は真ちゃんからしめじちゃんのスマホをひったくり、スペルのリキャスト状態を確認して、全てに合点がいった。

まじかよ。

……まじかよ!!

腹の底から何かがせり上がってくるのを感じる。それは、呼気。断続的に吐き出される、笑い。
もう笑うしかねえよ、こんなもん。

「く、くくく……くははは……ははははははははは!!!!」

ライフエイクに刺されたとき、俺はしめじちゃんが『生存戦略』……治癒のスペルを行使したものだと思ってた。
事実、何がしかのスペルが発動したのは確かだが、俺はスペルの内容までは把握しちゃいない。
ライフエイクの言葉から、すっかり生存戦略が使われたものだと勘違いしていた。

148明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:02:31
デッキに1枚こっきりの生存戦略は、まだ発動していない。
代わりにリキャストマークがついているのは――

「俺はこれまで生きてきて!今日この時ほど度肝を抜かれた瞬間はねぇ!
 ああ、アルフヘイムに放り出されたあの時よりも、ずっとだ!
 やりやがったなしめじちゃん!やってくれやがったな!!」

――『死線拡大(デッドハザード)』。
その効果は、対象にアンデッドの状態異常を付与……ゾンビ化させること。

ライフエイクは、あの嘘つき野郎は、たったひとつ真実を口にしていた。
しめじちゃんは、確かに死んだ。殺されたのだ。

「自分をゾンビに……モンスターに変えたのか!!」

そして、モンスターである以上、『捕獲(キャプチャー)』や『帰還(アンサモン)』が効く。
ゾンビ系のモンスターは仕様上、HPが0になっても捕獲や回収を行えば死亡判定にはならない。
ゲームシステムの庇護を受けることで、完全なロストを防ぐことが可能なのだ。

思いついたって普通はやらねえ。まともな神経をしてれば発想すら出てこねえだろう。
瀕死の重症を負って、手元には治癒のスペルがあれば、大抵の奴は迷わず傷を癒やすことを選ぶ。
ゾンビ化、つまりは自分の死を受け入れる選択なんか、頭のどこかがブッ飛んでなけりゃ無理だ。

他に回復手段がなかったら、知性を失った化物に成り下がるだけの、あまりに危うい綱渡り。
その分の悪すぎる賭けに、レアル=オリジンも真っ青のギャンブルに、しめじちゃんは全額ベットした。
生命を、実存を、人としての尊厳をチップに変えて……見事に高配当を掴み取った。
あのライフエイクを出し抜いて、百戦錬磨のギャンブラーを騙し果せたのだ!

>「うああ……ああああああああああああああああああ―――――――――――――っ!!!!」

うずくまっていたなゆたちゃんが、咆哮もかくやの叫びを上げて立ち上がる。
その双眸に、これまでのような絶望はない。ふつふつと滾る戦意が、熱の錯覚を伴って俺の頬を叩いた。

>「みのりさん、明神さん、一分ください。……たった一分でいい。一分で――潰しますから」
>「しめ子の捕獲はアンタに任せたぜ、明神! 俺はなゆと一緒に、あのヤギ頭をブチのめして時間を稼ぐ」

「ああ!前に出るのは任せた。俺は……今度こそ、しめじちゃんを助ける」

真ちゃんとレッドラ、それにポヨリンさんなら、バフォメット相手でも互角以上に立ち回れる。
無敵バフの有無は依然不明だが、仕様上はエカテリーナと遭遇した時点で無敵は解けてるはずだ。
ブレモン開発の雑なプログラミングと、ソースコードぶっこ抜いて解析した廃人共の知識を、今は信じるほかない。

なら、俺が勘案すべきことはもう何もない。あいつらの戦闘能力は、誰よりも俺が知ってる。
月明かり以外になにもない荒野で、ベルゼブブと対峙したあの時から……ずっと。

「石油王、回復スペルと『浄化』はまだ余ってるな?これから俺は『捕獲』で一旦しめじちゃんをスマホに確保する。
 刺された傷はあらかた治したが、HPはまだ0のままだ。捕獲が成功すれば仕様上最低限のHPが保証される。
 すぐに再召喚するから、浄化でアンデッドを解除して、すかさず回復を叩き込んでくれ」

死んだ人間は、生き返らない。この世界はゲームじゃないからだ。
それなら、ゲームにすれば良い。ゲームのルールで、現実を上書きしちまえば良い。
俺たちは、この世界に降り立ったその日からずっと、そうやって戦ってきたはずだ。

腹の中を締め付けていた疑念が雲散霧消して、俺はもう迷わなかった。

ゲーマーは神に祈らない。俺たちの神は、乱数と確率の中にこそ宿る。

この世の何よりも冷徹で、だからこそ確かな『システム』という名の法則が、俺の背中を押した。

149明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:02:56
「行くぞ――『捕獲(キャプチャー)』!」

しめじちゃんのスマホを手繰って、彼女の身体にターゲットを合わせ、捕獲コマンドを実行する。
対象を隷属させる魔性の光がしめじちゃんを巻取り、包み込んでいった。

捕獲の成功率は、対象のHP残量や状態異常によって変動する。
HP0かつアンデッド化しているしめじちゃんの捕獲成功率は、理論上最高値だ。
一切の抵抗なく、しめじちゃんの身体はスマホの中に吸い込まれていった。

召喚画面を見る。
そこには、『佐藤メルト』の名前と共に――召喚可能を示すアイコンが表示されていた。
HPバーは真っ赤だが、ちゃんと残っている。

「生きてる……生きてる……!!」

身体中を硬直させていた緊張がフっと抜けて、俺は思わずスマホを持つ腕に自分の頭を埋めた。
堪え続けていた大粒の雫がふたつ、みっつ、石畳に落ちて弾けた。

「サモン――『佐藤メルト』」

召喚アイコンをタップして、しめじちゃんを再びスマホの外へと出現させる。
しめじちゃんを救うには、この工程が必要だった。
アンデッドは回復スペルの効果を逆転させる。そのままじゃどれだけ回復をかけてもHPは戻らない。
かと言って、HPが0のままアンデッドを解除すれば、当然の結果としてそのまま再度の死を迎えるだけだ。

アンデッド状態のまま肉体を修復して、捕獲でHPをちょっとだけ戻し、アンデッドを解除して回復。
ゲームの仕様を思いっきり悪用した、裏技スレスレのやり方。だが、これが俺たちのやり方だ。
現実世界とゲームの境界線に立つ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけが、このやり方を実行できる。
見てるかライフエイク。なんでも知ってるようなツラしてるてめえにだって、こいつは予想できねえだろ。

「あとは頼んだ、石油王」

石油王の浄化と回復スペルが輝き、今度こそしめじちゃんの肌が赤みを取り戻していく。
もう一度握った手に、少しずつ体温が戻っていくのが、はっきりとわかった。

「……『瀧本』って言うんだ」

しめじちゃんが意識を取り戻しているのか、俺からは判別できない。
だけどこの機会を逃したら一生言えないような気がしたから、死の淵から生還した友人に、俺は告げた。

「俺の、名前」

システムを通じてしめじちゃんの本名を、俺は知ってしまった。
あれだけ頑なに隠そうとしていたのだから、きっと彼女は誰にも知られたくなかったんだろう。
それなら、俺も明かそう。何の意味があるってわけでもないけど、これからも彼女と友達で居続けたいから。
一方的にリアル割れしてるってのは色々フェアじゃねえしな。

「さぁて!バフォメットの始末が終わったようだし、俺もそろそろ混ざってくるわ。
 ライフエイク、あの腐れ売国奴の顔面に、一発くれてやらなきゃ気が済まねえ。
 石油王、しめじちゃん。落ち着いたらお前らも来いよ。エカテリーナに恩着せに行こうぜ」

流石というかなんというか、俺たちPTの誇る二大火力厨を相手に、バフォメットは秒も保たなかったらしい。
その末路を、俺は見届けなかった。見なくたって、あいつらなら負けないと、信じていた。
塵と化していくバフォメットの残骸を踏み越えて、瓦礫の向こうのカジノへと、脚を踏み入れる。

カジノ内では、依然として激戦が繰り広げられていた。
大立ち回りを演じるライフエイクは、エカテリーナと真ちゃん、なゆたちゃんを相手に一歩も引く様子がない。
十三階梯の継承者に、レイド級をぶん殴れる二人を加えたハイエンドパーティと、互角以上に立ち回ってやがる。
なんぼなんでも強すぎだろこいつ。ニブルヘイムから悪魔呼び出す必要ある?

150明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:03:20
ライフエイクは戦闘中にも関わらず闖入した俺の姿を認め、次いでその向こうのしめじちゃんを見る。
常に揶揄するような表情を浮かべていた奴の眉が、わずかに開いた。

「……これは驚いた。私もそこそこ長生きしているつもりだが、初めて遭遇する事例だ。
 私の剣は確かに彼女の心臓を貫き、生理反応からも完全に死亡したのをこの目で確認した。
 本当に、死者の蘇生を成し遂げたとでも言うのかね?」

「こいつを言うのは二度目だぜライフエイク。ここはカジノで、俺たちはチップを投げた。
 分の悪い賭けに勝つのがそんなに珍しいか?胴元さんよ」

答えになってない返答に、ライフエイクが再びピクリと眉を動かす。
わはは!イラつかせてやったぜ。さまーみろ。
レスバトルのコツはいかに相手から冷静さを失わせるかだ。
煽りカスとして名を轟かすうんちぶりぶり大明神の面目躍如よ。

「……なるほど。この世界にはまだまだ私の未知なる現象があるのかもしれない。
 真実を探求するというのは、歳を重ねても心躍るものだ。生き甲斐が一つ増えたと礼を言っておこう」

「余裕ぶっかましてんじゃねえぞヤー公が。てめーにゃ百年生きたってわからねえよ。
 その『門』の向こうに居る、てめーのお友達だって、死を覆すことはできやしねえ」

少なくとも、ブレモン本編の時空では、ニブルヘイムでも死者の完全な蘇生は成し遂げられていない。
ローウェルの弟子が向こうに渡って方法を探したが、ついぞ見つけられずに絶望して魔王と化したからだ。
生前の姿を残して蘇ったのはローウェルただ一人。それも、正気を失った完全とは言えない状態でだ。

「知りてぇだろ?死人の蘇らせ方。こいつは金になるぜ。頭下げて頼んでみろよ、教えて下さいってよ」

「魅力的な提案だが、それには及ばない。自由意志に頼らずとも、情報を聞き出す術はある。
 饒舌な君の首から上だけを我が書斎に招待して、ワインでも開けつつ話を聞くことにしよう」

「あれあれ?もしかして俺のこと殺すって言ってる?なに?おこなの?むかついちゃったの??
 メッキ剥がれてんぞチンピラぁ。ポーカーフェイスはどーした」

クソほどしょうもない低レベルな煽り合いは、戦闘と平行して繰り広げられている。
俺がここまで強気に能書き垂れられるのも、他の連中とライフエイクの攻防が拮抗してるからだ。

人類最高峰の決戦の渦中で、俺ができることはあまりに少ない。
戦闘用のスペルもほとんど切っちまってるしな。
だから煽る。ヤジを飛ばす。ライフエイクの集中力を、わずかにでも削ぎ落とす。

「馬鹿な……あり得ぬ、死者の蘇生など……。虚構ではない、のか……?」

竜と化したエカテリーナが信じがたいといった口調で呟いた。
おめーも反応すんのかよ!集中しろ集中!あとでこっそり教えてやっから。
教えたところでプレイヤーにしかできねぇやり方なんだけどな。

「さあ!カードはもう配られた!次のゲームも全額ベットするぜ。俺はもう勝負を降りねえ。
 レイズかコールか、てめぇが決めろ。今度こそ、五分の賭けをしようじゃねえか」

しめじちゃんのおかげで、俺の藁人形は温存されたままだ。
ライフエイクの攻撃がこっちに向いたとしても、一発までなら耐えられる。
それ以降は……メイン盾のご登場を願うほかあるまい。


【しめじちゃんを捕獲し、ゾンビ化の解除と治療を実行。本名を漏らす。
 ライフエイクのヘイトを分散させるためにレスバトラー明神の本領発揮】

151 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:04:05
注ぎ込まれる回復スペル
適切に施される人工呼吸

しめじの命を繋ぎ止める為のできうる限りの手段を施しているみのりではあるが、実のところ考えての行動ではなかった
真一が、なゆたが、明神が、驚いた通り普段のみのりの状態ではなくなっていたのだ

ゆえに、なゆたの慟哭も、真一の驚きと笑い、明神の焦燥と喜び
それらは耳に入り目に映ってはいても脳裏に映し出されてはなかった
それでもかろうじて体は動いたのは、祖父を見殺しにしたトラウマから来る「死なせない」という強迫観念からであった

みのりがどういった状況においても、飄々とし楽しんでいるかのように思われる態度でいられるのは二つの理由がある

一つはその場を切り抜けられる戦闘力を持っている事
そしてもう一つは、常に収集し分析し把握し想定し思考し続ける事にある

だからこそ常になぜ戦うのか、どういった状況かというのを常に思考し続けていた
故にあらゆる事態に備え、対応できるだけの余裕を持っていたのだ

だがしかし、しめじの死という強い衝撃を受け、思考は停止してしまった
常に走り続けていた思考がいったん止まると、簡単には動くことはできない

真一の笑いの意味もそこから語られるしめじの狙いも理解できない、いや、脳が受け入れていないのだ
> すぐに再召喚するから、浄化でアンデッドを解除して、すかさず回復を叩き込んでくれ」
事態の推移に全くついていけないまま、明神の言葉でかろうじて記憶に残ったのは、浄化し回復する、という事のみ

「え?あ……う、うん〜」

どうしてそれをするか全く理解できていない生返事だが、その返事を聞くとともにしめじの躯は明神のスマホに吸い込まれていった
その光景にうろたえるが、再度出現したしめじの体に思い出したかのように「浄化(ピュリフィケーション)」を発動
ゾンビ化解除と同時に【高回復(ハイヒーリング)】が注がれる

状態異常解除と高回復により、躯であったシメジの体は生気を取り戻していく
明神がしめじに何か囁いた後になり、ようやくみのりは事態を把握した
しめじが助かったのだ、と

「よかったわ〜〜〜しめじちゃん
どうやってかはうちには判らへんけど、なんでもええわ!
生きててくれてありがとうな〜」

しめじの小さな体を抱きしめ涙した
戻ってきた体温を確かめるかのように強く、自分の胸に押し込むかのように体と頭を抱きしめて

「……ふ〜〜〜……安心しすぎて恥ずかしいとこ見せてもうたなぁ
みんな切り替えてちゃんとこの場でやるべき事やってはるのに、うちもシャンとせなやねえ」

ひとしきり抱きしめたあと、ようやく落ち着きを取り戻すと、しめじを抱擁から解放しあたりを見回した


カジノでは真一となゆたがバフォメットを瞬殺
カジノに入り、主戦場足る二階へと姿を現した
主戦場では"虚構"のエカテリーナとライフエイクが激しい戦いを繰り広げている
そこへ瓦礫を乗り越え、明神が辿り着いたところだ

振り返れば巨大な藁の塊だったイシュタルが元の案山子の姿に戻っている
品種改良(エボリューションブリード)と荊の城(スリーピングビューティー)の効果が切れたのだ
右手の袖をまくり、スマホを取り出しスペルカードの残りを確認

152 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:04:29
・スペルカード
〇「肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」
○「灰燼豊土(ヤキハタ)」
●●「浄化(ピュリフィケーション)」
●○「中回復(ミドルヒーリング)」
●「地脈同化(レイライアクセス)」
●「我伝引吸(オールイン)」
〇〇「愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)」
●品種改良(エボリューションブリード)
●土壌改良(ファームリノベネーション)

・ユニットカード
〇「雨乞いの儀式(ライテイライライ)」
〇「太陽の恵み(テルテルツルシ)」
●「荊の城(スリーピングビューティー)」
○「防風林(グレートプレーンズ)」
●○「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」
○「収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)
●「来春の種籾(リボーンシード)」

ここにきてようやくみのりの思考が再び走り出す
なぜ戦うのか、どういった状況なのか、何が想定されるのか、自分のできる事は?
これまでの情報と今の状況がまとめられ思いを巡らせると、みのりは小さく首を傾げた

「しめじちゃん、ゆっくり休ませてあげたいところやけど、どうにもきな臭いよってなぁ
うちもちょっと行ってくるわ〜
危なくなったらそこのお姉さんにしがみつけば多分大丈夫やえ〜」

レイドボスの一角にしてその回避能力には定評のあるポラーレを紹介
ポラーレが傷を負うことはまずないであろうし、それにしがみついていれば安全というわけで
何より、アルフヘイム勢力として異邦の魔物使いを自陣営に引き入れようとしている以上、しめじを助けないわけにはいかまい

しめじとポラーレが何か言う前にみのりは直立した姿勢のまま柔和な笑みを湛え手を振りながら高速でカジノへと移動してしまった
そう、イシュタルを絨毯上に変化させ移動床としているのだ
残されたのはしめじの頭に降ってきた一体の藁人形であった

153 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:04:54
カジノ内部では明神の乱入によりしばしの睨みあい状態が成立していた
しかしそれは表面張力の限界に挑むコップの水のように、ほんの僅かなきっかけで戦いは再開されるであろう

ライフエイクが一歩踏み出そうと重心を移動させた瞬間、その足元から
巨大な木が突き出て天井を貫く
木は一本だけでなく、ライフエイクを中心に十数本を数え林立し戦場を二分した

防風林(グレートプレーンズ)の効果である

「はいはい〜そこまで〜
ライフエイクはん、あんたさんなんでまだこんなところで戦ってはるのン?」

激しい戦いに水を差しながら涼し気に木々の中にみのりが現れ話しかける

「聞いた話によると、うちら異邦の魔物使いはアルフヘイム、ニブヘイム両陣営から随分と買われてるそうやないの
うちらの知らんところで争奪戦繰り広げられてそうな勢いなくらいになぁ」

転移先が不便な辺境であったこと
大々的に迎え入れる事の出来ない王
姿を現さず導くだけの大賢者ロズウェル
代わりに助力するように配置された十三階梯の継承者達

これまで点であったそれぞれの動きは線となり繋がるのを感じながら、その一人である"虚構"のエカテリーナを横目で一瞥し続ける

「勧誘の一つもなく、闘技場で生贄として戦わせたというんは……両陣営関係ない目的があるんやないかねえ
万斛の猛者の血と、幽き乙女のが水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――
やったっけぇ?
あんたさんがまだここで戦ってるんは、万斛の猛者の血とやらが足りひんからやないんかなぁって思うんよ
つまりは……この場の戦いの勝ち負けやのうて、戦うこと自体が目的っぽいんで止めさせてもらったんやけど
せっかくやしうちの推理の答え合わせでもしてほしいわ〜」

長々と推理を披露している間に、真一・明神・なゆたのもとに藁人形が辿り着いていた
藁人形から流れるのは「カジノから離れて」の一言
その言葉の意味はすぐに分かるだろう

ライフエイクが応えようと息を吸った瞬間、林立していた防風林(グレートプレーンズ)が消失
数十の巨木に貫かれ、それでもその木によって支えられていたカジノは一気に崩れ瓦礫の山と化したのだ

「さて、この不幸な事故で潰れて死んでくれれば手間なしやけど、そういう訳にはいかへんやろうしねえ
もしこの戦いも儀式の一部やったら戦っても思うつぼ、戦わなければやられたい放題
どないしたらええか、今のうちに考えよか〜」

瓦礫の山の前に立ち、おそらくはそれぞれが逃げているであろうメンバーに藁人形を通じて語り掛けるのであった


【しめじ復活に安堵し思考再起動】
【状況確認し戦線復帰・ライフエイクの狙いを推理しながら全員に藁人形配布】
【カジノを崩壊させ戦いに水を差し、時間稼ぎ】

154 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:05:31
巨大な怪物の咢が目の前に迫る。
この怪物に食われれば、自身という個は完全に終わると、何とはなしにメルトは理解していた。
絶命の危機……だが、メルトは抵抗しようとはしない。
打てる手は全て打っており、そうであるが故にこの期に及んで抗う手段などは持ち合わせていなかったからだ。

(ここで終わり……結局、私の人生なんてそんな程度の物なのです)

そして、その打った手も不確実極まりないものであり、故にメルトは自身が助からないだろうと決めつける。
いや、決めつけざるを得ない。
実の親からすらも侮蔑と無関心のみを受けて育った少女は、自身の人生はなんの希望も無い昏く湿った灰色で、実も花も葉も無さないキノコのような物だと考えているからだ。
……そう自分に言い聞かせて、心を冷たく固い金属の様にして守らなければ、絶望に潰れてしまうからだ。
心に僅かに花咲いた信頼の芽から目を背け、諦めと共に死を享受しようとし。

(……え?)

そこで、己の手を誰かが握っている事に気付いた。
スーツを着込んではいるが、すらりと長く凹凸が無い人外の腕。
怪物の咢へと沈むメルトを引き上げ始めたそれは

(な……なんで此処でアスキーアートです!?)

某巨大掲示板で用いられる、AA(アスキーアート)。
その中でも一昔前に流行し、『荒らし』『煽り』行為においても多用されていたAAであった。
AAは怪物がメルトに繋いていた拘束を素手で千切ると、メルトを小脇に抱え上へ上へと泳ぎだす。
華麗な泳法であるが、そうであるが故にその姿は奇怪であり

(……キモいです!八頭身のAAはキモすぎます!)

率直に言ってキモかった。
メルトは咄嗟に逃れようとするが……そこでふとある事に気付く。

(あ……でもこのAA、明神さんと同じスーツを着ています……)

それだけ。たったそれだけの事で――――メルトは安堵してしまった。
自分も、他人も。何もかもを信じず、騙し裏切り利用する事で生きてきた少女の冷たい鉄の心は、仲間の一人と服装を同じくしているという理由だけで、現れた奇怪な存在を受け入れてしまった。
そんな少女に一瞬だけ視線を下ろしたAAは、口を∀の形に変えると、猛然と泳ぎだす。上へ、更に上へ。
昏い海底では無い、明るい水面へと。

海から抜け出る直前、最後にメルトが見たのは……未だ海底で泣き続ける人魚姫の姿であった。

155 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:06:07
「――――」

一瞬の激痛と、その直後に訪れた、まどろみの様な心地よい暖かさ。
徐々に覚醒していく意識の中、メルトはそこでようやく自身が置かれていた状況を思い出す。
一刻も早く起き上りたいところではあるが、未だ強い眠気は残っており瞼は重い。
いっそ、このまま眠ってしまおうかという考えすら脳裏を過り……その時であった。

>「……『瀧本』って言うんだ」
>「俺の、名前」

声が聞こえて来た。
聞き覚えのある声だ。
もう聞けないと思っていた声だ。
彼の声が聞こえているという事は、つまり自身は助かったのだと……彼「等」に助けて貰えたのだと、少女は気付く。

(……)

未だ眠気は強いけれど。
目を開けたら全てが夢であるのかもしれないと、そう思うと怖いけれど。
それでも、その言葉に自分は答えなくてはならないと、少女は思う。
それが何故なのかは、少女に判らない。だが、そうするべきだと少女の心が告げている。

ゆっくりと力を入れて瞼を開き。
頬を動かし、慣れない笑顔を造り。

「…………初めまして滝本さん。私は、佐藤メルトです」

そうして、言葉を紡ぐ。

>「よかったわ〜〜〜しめじちゃん
>どうやってかはうちには判らへんけど、なんでもええわ!
>生きててくれてありがとうな〜」

次いで、みのりから言葉を掛けられた時に頬を伝った一筋の涙。
その意味は、今は少女本人でさえ理解していない。
理解していないが、抱きしめられた事を切欠に、涙は次から次へと溢れて行き――――


・・・・・

156 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:06:34
「あ……あの、すみません。重くありませんか?」
「フフ、心配する必要はないよ。君は羽の様に軽いし、子猫ちゃんのエスコートは得意なんだ」

鎧袖一触。
滝本――明神とメルトがさんざ苦しめられたバフォメットを、真一となゆたのコンビが薙ぎ払った後の道を、メルトはポラーレに運ばれ進んでいた。
回復のスペルを受けた事で肉体的には問題は無いとは言え、心臓を貫かれ、ゾンビになるという未知の体験が齎した精神的疲労は大きい。
さしものメルトも歩く事が困難な程に参ってしまい……そんなメルトを運ぶ事となったのが、みのりに紹介されたポラーレであった。
『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』。
イベントレイドのモンスターに属する此の麗人の傍に居れば安全であろうという判断であり、事実それは間違っていない。間違っていないのだが……

「あ……あの、なぜこの運び方なんでしょうか?私は、別に適当に掴んで運んでいただいても」
「そんな訳にはいかないさ。だって――――この方が、美しいだろう?」

問題は、この所謂「お姫様抱っこ」という運び方。
ミーハーな女性であれば黄色い悲鳴でも上げそうなものだが、基本的に雑に扱われる人生を過ごしてきたメルトにとって、
ヅカ系の麗人にこの様に運ばれるのはかたつむりを直射日光に当てるがごとくであり、精神的な疲労はむしろ増していくのであった。

――――閑話休題。

>「さあ!カードはもう配られた!次のゲームも全額ベットするぜ。俺はもう勝負を降りねえ。
> レイズかコールか、てめぇが決めろ。今度こそ、五分の賭けをしようじゃねえか」

メルトとポラーレがカジノの奥へ辿り着いたのは、明神に少し遅れての事であった。

「……なんですかコレ。廃プレーヤーが広域殲滅のスペルでも連射したんですか?」

明神が浴びせ始めた煽りの言葉により、戦闘行為は一時的に止まっているものの、破砕された壁や床は繰り広げられた戦いの凄まじさを物語っており、その光景を前にしたメルトは緊張でゴクリと唾を飲み込む。
一歩。何か一つ間違えれば、即座に戦闘が再開されるであろう雰囲気。小心者あればこのまま均衡を保っていたい状況であるが、

>「聞いた話によると、うちら異邦の魔物使いはアルフヘイム、ニブヘイム両陣営から随分と買われてるそうやないの
>うちらの知らんところで争奪戦繰り広げられてそうな勢いなくらいになぁ」

そんな空気などつゆ知らず。スペルで戦場を分断し、平時の調子を取り戻したみのりが、のどかな……けれど決して油断できない口調で口火を切る。

「……。驚いた、それは初耳だ。そうと聞いては私も君達を是非手に入れなくてはならないかな?
 どうだね? 今、両手を上げて降参をすれば、傷を付けずに丁寧に賓客として扱おうと思うのだが」

対するライフエイクの返答は、相も変わらず虚言に満ちている。
真っ当な答えなど行う気は無いという意思表示であるのだろうが、その虚言にはこれまでとは違い苛立ちの感情が紛れているのが感じられる。
恐らくそれは、先ほどの明神の言葉を受けての変調であろう。
化かし合いや騙し合い、命の取り合い。そんなものに対しては幾千幾万という場数を踏んできたライフエイクであるが、
掲示板文化であるただの『煽り合い』というものへの経験は乏しい……というよりも、この世界の住人である以上、そのような経験はある筈が無い。
そうであるが故に、調子を狂わされてしまったのだろう。
だが、その効果は長くは続かない。

157 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:06:57
>「勧誘の一つもなく、闘技場で生贄として戦わせたというんは……両陣営関係ない目的があるんやないかねえ
>万斛の猛者の血と、幽き乙女のが水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――
>やったっけぇ?
>あんたさんがまだここで戦ってるんは、万斛の猛者の血とやらが足りひんからやないんかなぁって思うんよ
>つまりは……この場の戦いの勝ち負けやのうて、戦うこと自体が目的っぽいんで止めさせてもらったんやけど
>せっかくやしうちの推理の答え合わせでもしてほしいわ〜」

みのりが自身の推測を聞かせた頃にはライフエイクの精神性は常の物に戻っていた。
人間としてみれば、異様な立ち直りの速さ。ライフエイクは面白げな様子で口を開こうとし―――けれど、それは遅い。
エカテリーナを始めとする猛者達の猛攻に、メルトの生存と明神の口撃による冷静さの奪取。
それらを布石として、みのりは『罠』を張っており、その罠は此処に実行されたのでる。

「……! 子猫ちゃん、しっかりと掴まっていたまえ。少々、激しいダンスを踊るからね!」
「えっ?ダンスってな―――――ひゃあっ!!?」

ポラーレの言葉にメルトが疑問符を浮かべた直後、防風林(グレートプレーンズ)の消失によりカジノが崩れ始めたのだ。
固有スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』により倒壊する瓦礫を避け、或いは宙を堕ちる瓦礫を足場として跳び。
ポラーレは倒壊による余波の全てを見事に避け続けるが、それに運ばれるメルトは堪ったものではない。
元よりインドア半引きこもりのメルトに、アスリート並みの平衡感覚などある筈も無く、あっという間に酔ってしまった。
それでも、ポラーレの見事な体裁きにより振り落とされる事無く、メルトと、ついでにその服の中に入っていたマゴットは無事に生還を果たした。

「うぷ……みのりさん、こういう作戦は事前に言って頂けると……」

危険範囲から逃れた所でようやくポラーレの手から下ろされたメルトは、真っ青な顔で藁人形に対して恨み言を言い掛けて、
しかし途中で言葉を切り、沈黙してから再度口を開く

「……いえ、そうしていたらあの白服ヤクザに気付かれてましたね。すみません」

そう言ってから、カジノの跡地に目を向けるメルト。人工的な建造物は倒壊してしまっているが、
メルトが内部で見た魔法陣―――ニヴルヘイムへの入り口は中空に浮かんだまま未だ光を放っている。
それが意味する事は、この倒壊に巻き込まれたにも関わらず、ライフエイクは未だ健在であるという事。

>「さて、この不幸な事故で潰れて死んでくれれば手間なしやけど、そういう訳にはいかへんやろうしねえ
>もしこの戦いも儀式の一部やったら戦っても思うつぼ、戦わなければやられたい放題
>どないしたらええか、今のうちに考えよか〜」

「……あ、あの。今のうちに言っておきたい事がありまして。これは本当に妄言で、私としても信じがたいので、信じて頂かなくてもいいのですが
 あの白服ヤクザ――――ライフエイクは、この『儀式』で、人魚を呼び戻そうとしているのではないでしょうか?」

みのりが稼いだ貴重な時間。この時間を有効活用する必要がある事はメルトも理解している。
だが、どうしても――――自身が死にかけた時に見た光景が忘れられない。
あの時に見た光景を語らねばならないと、強迫観念に突き動かされるようにメルトは言葉を紡ぐ。

遠い昔の人魚の国の物語。
人を信じ、国を滅ぼした愚かな人魚姫の物語。

それは真一が聞いた歴史と気味が悪い程に一致しており、ただ一つ違いがあるとすれば……人魚姫を騙した男がライフエイクと酷似していたという事。
そして、人魚姫が呼んだ化物は、今尚海底で命を喰らい続けているという事。
それは、現実的に考えれば有得ない戯言だが……。

158 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/05(火) 22:07:33
「バフォメットが足止めにすらならないとは。さすがは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――
 聞きしに勝る強さ、とはこのことだ」

バフォメットをワンターンキルし、怨敵ライフエイクのところへ行くと、カジノのオーナーは表情を変えぬままそう言った。

「お生憎さまね。わたしたちはアンタ程度の相手に時間を掛けるほど悠長でもなければ、呑気でもないの。
 何より――アンタはわたしたちの大切な仲間を手に掛けた。しめちゃんの命を奪おうとした!
 もうゲームの時間は終わりよ。これからはカジノでもトーナメントでもない。
 ガチンコでブン殴るから、覚悟しなさい!」

「ガチンコ……か。いいや、それは違うなお嬢さん。
 私にとっては、この世の何もかもがギャンブルの対象でしかない。
 勝てばすべてを手に入れ、負ければすべてを失う。
 まあ――こういうものは往々にして、胴元が勝つと決まっているのだがね」

十三階梯の継承者のひとりと、独力でそれぞれレイドモンスターを退けたふたりの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
現在これ以上を望むべくもない高火力編成を前にしても、ライフエイクはまるで動じない。
それどころか、この甚だ分の悪い賭けを愉しんでいるようにさえ見える。
その狂気さえ感じさせる様相は、まだすべての手の内を見せていない――という余裕からか。
実際、ライフエイクは恐ろしく強い。まさしく規格外の強さであろう。
そもそも、ライフエイクなどというキャラクターはゲームのブレモンには存在しないのだ。
よって対策が立てられない。今は三人が三人とも、試行錯誤しながら対ライフエイクの突破口を探すしかなかった。
そんな折。

>生きてる……生きてる……!!

後方の明神が歓声をあげる。
一旦は死亡したかに見えていたメルトの蘇生、回復に成功したのだ。

>……これは驚いた。私もそこそこ長生きしているつもりだが、初めて遭遇する事例だ。
 私の剣は確かに彼女の心臓を貫き、生理反応からも完全に死亡したのをこの目で確認した。
 本当に、死者の蘇生を成し遂げたとでも言うのかね?

今まで鉄仮面で何事にも動じなかったライフエイクでさえもが驚いている。
ゲームのブレモンでは蘇生や復活などは日常茶飯事で、何も珍しいことではなかったが、この世界では違うらしい。
尤も、ゲーム内でも死亡した大賢者ローウェルを蘇生させることは誰にもできなかった(という設定になっている)。
しかし、明神は見事にそれをやってのけた。
大賢者の直弟子たちにさえできなかった奇蹟を、理屈と屁理屈。知恵と悪知恵。理論と暴論によってもぎ取ったのだ。

「しめちゃん……! よかった……」

>よかったわ〜〜〜しめじちゃん
 どうやってかはうちには判らへんけど、なんでもええわ!
 生きててくれてありがとうな〜

感極まったみのりがメルトに抱きついているのを、ちらりと見る。
よかった、と心から思う。どんな理屈かは(ブチギレていたため)わからなかったが、とにかくメルトは助かったのだ。
メルトを危険にさらしてしまったのは、作戦を立案した自分の責任だ。
しかし、死んでさえいなければ。助かってさえいれば、償いのチャンスはある。
この戦いが終わったら、しめちゃんに謝ろう。彼女が二度と危険な目に遭わないよう、方法を考えよう。
生き残ってくれたという安堵感と嬉しさから込み上げる涙を右腕でぐいっと拭うと、なゆたは再度ライフエイクを睨みつけた。

>あれあれ?もしかして俺のこと殺すって言ってる?なに?おこなの?むかついちゃったの??
 メッキ剥がれてんぞチンピラぁ。ポーカーフェイスはどーした

後方で明神がヤジを飛ばしている。
どこかで聞いたような――否、読んだような覚えのあるヤジだが、なゆたにそれを深く考える余裕はなかった。
そうして戦いを続行しようとした矢先、ライフエイクと自分たちを隔てるように無数の樹木が猛烈なスピードで繁生する。

>はいはい〜そこまで〜
ライフエイクはん、あんたさんなんでまだこんなところで戦ってはるのン?

それまでメルトの蘇生に当たっていたみのりも参戦し、戦況が一気にこちらの有利に傾く。

159 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/05(火) 22:08:03
「ちょっ、わっ、どっひゃあああああっ!?」

ライフエイクがみのりの質問に答えようとしたその瞬間、樹木――『防風林(グレートプレーンズ)』が消滅した。
それにより、カジノが一気に崩壊を始める。湯水のように金を費やして建造したのであろうカジノ場は、轟音を立てて崩れ落ちた。
当然、なゆたもそれに巻き込まれる。足場が崩れ、まるで無重力空間に放り出されたように身体が浮く。
が、それは予め分かっていたことだった。みのりの藁人形が抜け目なくそれを報せてくれていたのだ。

「ポヨリン!」

『ぽよっ!』

落下しながらスマホを操り、スペルカードを選択して傍らのポヨリンを呼ぶ。
ポヨリンはシンプルな造形の顔立ちに気合の入った表情を浮かべる(眉間に皺が一本できただけ)と、大きく口を開いた。
スペルカードの効果が発動し、ポヨリンが俄かに伸びあがる。
クッション程度の大きさだった身体が、なゆたの身長ほども大きくなる。
ゴッドポヨリンのような巨大化ではない。身体が通常よりも柔らかくなり、伸長したのだ。
スペルカード『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』。
このカードの効果によって、ポヨリンはどんな形状にも変化することが可能となる。
伸びあがったポヨリンを前に、なゆたは大きく息を吸い込むと息を止め、鼻をつまみ、ぎゅっと目を瞑って身体を丸めた。
ばくんっ! とポヨリンがなゆたを呑み込む。なゆたはポヨリンの中にすっかり納まってしまった。
そのまま、ポヨリンはぼよんっ、ぼよんっ、と跳ねたり転がったりして安全なところまで退避する。
多少瓦礫が降ってきたところで、ポヨリンの弾力のある身体はびくともせずに跳ね返してしまう。
なゆたは全身をエアバッグに包まれているようなものだ。……ポヨリンの中は液体なので、呼吸ができないのが玉に瑕だが。
ぼよよんっ、と跳ねて仲間たちのところに合流したなゆたは、口をあんぐり開けたポヨリンの中から飛び出した。

「ぷはっ!」

>さて、この不幸な事故で潰れて死んでくれれば手間なしやけど、そういう訳にはいかへんやろうしねえ
 もしこの戦いも儀式の一部やったら戦っても思うつぼ、戦わなければやられたい放題
 どないしたらええか、今のうちに考えよか〜

瓦礫の山と化し、濛々と土煙を上げるカジノの残骸を眺めやりながら、みのりが言う。
みのりの見立て通り、この程度のことでライフエイクが死ぬとは考えづらい。戦いはまだ続くだろう。
しかし、高火力メンバー三名を相手に一歩も引けを取らないライフエイクに正攻法は効きづらい。
何か、弱点を攻める必要がある。

>……あ、あの。今のうちに言っておきたい事がありまして。これは本当に妄言で、私としても信じがたいので、信じて頂かなくてもいいのですが
 あの白服ヤクザ――――ライフエイクは、この『儀式』で、人魚を呼び戻そうとしているのではないでしょうか?

「……人魚を……呼び出そうとしている……?」

不意に、まるでそれが自らの使命だとでもいう風に語り始めたメルトの言葉に、なゆたは怪訝な表情を浮かべた。
『万斛の猛者の血と、幽き乙女のが水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる』
その文言自体は、なゆたも真一たちと合流するまでの間にポラーレから聞いていた。
当然何らかの破滅的な力を召喚するものか、とも思っていたが、メルトの見解はなゆたとは違うらしい。
メルトは語る。
かつてこの地に存在した、人魚の悲恋の物語を。

「つまり……しめちゃんはその、人魚姫の恋人? がライフエイクだって言いたいの?
 人間なのに、そんな長生きしてるの? それとももともと人間じゃなかった? もしくは人間であることを捨てた……?
 ううん、そんなの今はなんだっていい。アイツが呼び出そうとしているのが、かつて自分が裏切った人魚姫なのだとしたら。
 人魚姫を呼び出して涙を手に入れ、バケモノを手中に収めようとしている……ってこと……?」

トーナメントが始まる前、ライフエイクはこう言った。

『いかにも。『人魚の泪』はここにある』と。

なゆたはそのとき、てっきり人魚の泪はカジノのいずれかの場所に保管されているものと思い込んでいた。
『ここ』とは、自分たちのいるカジノのことを指しているのだと。
だが、実際はそうではなかった。ライフエイクの言う『ここ』とは、リバティウム全域を指していたのだ。
ライフエイクもまた、人魚の泪を手に入れてはいなかった。
そして、人魚の泪を手に入れるため。人魚を召喚するのに必要なエネルギーを手に入れるため――
この世界の人間とは比較にならない力を持つ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をトーナメントに出場させたのだろう。

160 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/05(火) 22:08:26
「……フ……」

「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

幾重にも折り重なったカジノの瓦礫の中から、笑い声が響く。
やがて夥しい数の瓦礫がふわりと空中に浮かび上がると、ライフエイクがその姿を現した。
だが、さすがにこれだけの攻撃を受けてノーダメージではいられなかったらしい。
着ていた上等の白いスーツは襤褸と化し、見る影もなくなってしまっている。
シャツもボロボロに破れ、上半身は半ば裸にも等しい状態となっていた。そして――

「そうだ。そうだとも、異世界の客人よ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ。
 このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための、『万斛の猛者の血』が集うときを!
 人の命を捨て、人ならぬ者と化し……この地に根を張って幾星霜! 待った、待ったぞ! ハハハハハ―――」

その姿は、人間のそれではなかった。

「……ス……。
 『縫合者(スーチャー)』……!」

露になったライフエイクの身体を目の当たりにし、なゆたは呟いた。
ライフエイクの剥き出しになった上半身には、まるでジグソーパズルのピースのように生々しい無数の縫合の痕がついている。
そして、その肌の色も縫合の部位ごとに一定ではなく、まるでモザイク模様のようだった。
その意味するところはただひとつ。

『複数のモンスターの身体を人の形に繋ぎ合わせ、自らの肉体としている』

つまり、人型の合成魔獣――キメラのようなものだ。
人間と変わらない姿をしているが、人間とは比較にならない強さを持つライフエイクの秘密がこれだった。
ゲームの中でも、ストーリーの終盤で同じような敵と戦うクエストがある。
魔王と化した十三階梯の継承者が師の復活のための試行錯誤の段階で生み出した試作品だが、極めて強かった。
現在なゆたたちのいる世界の時系列とはまるで噛み合っていないが、それでも間違いあるまい。
レイドモンスター『縫合者(スーチャー)』。
それが、リバティウムの実質的な支配者。カジノ『失楽園(パラダイス・ロスト)』のオーナー、ライフエイクの正体。
かつて謀略によってメロウの国を侵略し、人魚姫の想いを踏みにじった青年の成れの果てだった。

「私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
 諸君には、我が大願の礎となって頂こう――死にたくなければ戦うことだ。
 戦うことで万斛の猛者の血は蓄積され、私の開いた門と彼女のいる海底とが繋がれる。
 もし、私の望みを挫く方法があるとするなら……それは諸君らが無抵抗のまま死ぬ、という選択肢のみだが。
 その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」

メルトを指差し、ライフエイクは明神やみのりの努力を嘲笑った。
そうすることで憎しみを募らせ、無理にでも戦わせようとしているのだろう。
しかし。

「姑息な悪口でわざわざヘイトを稼がなくたって、戦ってやるわよ……たっぷりとね!」

ずいっと一歩を踏み出し、なゆたは応えた。

「アンタはしめちゃんを殺そうとした。あんなにも頑張った明神さんを、みのりさんを嗤った。
 わたしの仲間をバカにした! それだけで、もうアンタをボコボコにする理由には充分すぎる!」

「ほう」

ライフエイクが目を細める。

「アンタが伝承のご当人だっていうなら、アンタに弄ばれた人魚姫のぶんまで殴り倒してやるだけよ!
 さあ――覚悟はいい? ライフエイク! アンタの最後のギャンブルを始めましょうか――!!」

161 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/05(火) 22:08:48
ライフエイクの目的が人魚姫と再会し、その呼び出した魔物――ミドガルズオルムを手中にすることにあるのなら。
人魚姫との再会自体を未然に防ぐことが最良にして最高の選択であろう。
しかし、なゆたはそれを考えなかった。元より自分たちもローウェルから『人魚の泪を手に入れろ』というクエストを受けている。
人魚の泪が人魚姫当人の零すものであるのなら、自分たちもまた人魚姫に会わなければならない。
いずれにせよ、万斛の猛者の血とやらは流されなければならないのだ。

「いいだろう。ならば諸君は自らの全てをベットしたまえ。
 諸君らから全てを奪い――私は。私の目的を遂げさせてもらう!」

『縫合者(スーチャー)』は複数のモンスターの肉片を繋ぎ合わせて造られたモンスターである。
肉体を構成しているモンスターのスキルを複数使いこなし、ターンごとに属性も変化させてくる難敵だ。
しかし、だからといって怯んでなどいられない。倒せないと嘆いている暇などない。
スマホの液晶画面に『ライフエイク』とエネミー表示が出されている。
正体を現したことで、正式に倒すべき敵となったということなのだろう。

「行くわよ、みんな!
 コイツをぶちのめして――みんなで! トンカツパーティーするって約束したんだから!」

トーナメントでの戦いとこの場での戦闘によって、使えるスペルカードの数は減少している。
しかし、闘志はポラーレと戦った際の比ではない。漲る戦闘意欲と共に、なゆたは新たなスペルカードを手繰った。


【ライフエイクと本格的な戦闘に突入】

162 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:09:40
建物を支えていた〈防風林(グレートプレーンズ)〉の消失によって、崩落を始めるカジノ。
藁人形を通してみのりから指示を受けた真一は、直ぐ様グラドの背に乗って飛翔し、カジノの倒壊に巻き込まれないよう離脱していた。
そして、上空から眼下に視線を向けると、無残にも砕け散った瓦礫を吹き飛ばして、その中からライフエイクが姿を現す。
だが、スーツが破けて顕になったライフエイクの肉体は、人間のそれではなかった。

>「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

>「そうだ。そうだとも、異世界の客人よ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ。
 このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための、『万斛の猛者の血』が集うときを!
 人の命を捨て、人ならぬ者と化し……この地に根を張って幾星霜! 待った、待ったぞ! ハハハハハ―――」

合成魔獣――“縫合者(スーチャー)”。
数多のモンスターの身体を集め、人の形に縫い合わせた化物。それこそがライフエイクの正体だったのだ。
彼が元からそのように作られたのか、或いは永劫の時を生きるため、自ら自分の身体に手を加えたのかは分からない。
しかし、人の姿をしていたライフエイクが、あれだけの力を持っていた理由には合点がいった。

>「私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
 諸君には、我が大願の礎となって頂こう――死にたくなければ戦うことだ。
 戦うことで万斛の猛者の血は蓄積され、私の開いた門と彼女のいる海底とが繋がれる。
 もし、私の望みを挫く方法があるとするなら……それは諸君らが無抵抗のまま死ぬ、という選択肢のみだが。
 その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」

正体を表したライフエイクは、更にその真意までを明らかにする。
奴の狙いは、遥か遠い昔――最愛の男に裏切られ、絶望を抱いて海に沈んだメロウの王女を、冥府の底から引きずり上げること。
そして、彼女の持つ尋常ならざる魔力を利用し、再びこの地でミドガルズオルムを喚び出させることに他ならなかった。
真一は闘技場で出会った少年から語り聞かされた、人魚姫の伝承を思い返す。
メルトが死の淵で見た光景――かつて、王女を裏切った張本人こそライフエイクであるという話が事実ならば、有ろう事かこいつはもう一度あの悲劇の再現を試みようとしているのだ。
真一は腹の底から怒りが込み上げてくるの感じ、長剣を握る右手に力が入る。

「ハッ……何を言ってやがる。その問題には、第三の選択肢があるだろうが。
 これ以上無駄な血は流さず、人魚姫を喚び出させる前に、テメーをここで秒殺すれば終わる話だ」

そんな真一の挑発を受けたライフエイクは、尚も余裕気な笑みを浮かべながら、左手を動かして手招きの仕草を見せる。

「――――やって見給えよ。できるものならば、だがね」

そのライフエイクの返答が、戦いの再開を告げる合図となった。

163 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:10:06
上空から滑り落ちるように急降下したグラドは、落下の勢いのままにドラゴンブレスを撃ち放つ。
不意打ちにも近いタイミングで繰り出された砲火は、ライフエイクを直撃した――かと思われたが、敵の身体は水の結界に覆われ、一切のダメージを負っていなかった。
――〈水王城(アクアキャッスル)〉と呼ばれる、水属性の上級防御魔法だ。
縫合者(スーチャー)であるライフエイクは、身体に縫い合わせたモンスターの数だけ、その固有スキルを行使することができる。
つまり、ブレモンの攻略情報という絶大なアドバンテージを持っているプレイヤーたちでさえ、敵が一体どんな魔法を使うのか予想できないというわけだ。

「――――〈三叉槍(トリアイナ)〉」

ライフエイクが一言詠唱を呟くと、今度は彼を覆っていた水の城が形状を変え、三本の巨大な槍となってグラドを襲う。
グラドの機動力を以てしても、この猛攻を全て躱すことはできない……一瞬の攻防の中でそう判断を下した真一は、〈火炎推進(アフターバーナー〉のスペルで無理矢理グラドのスピードを底上げし、その場から緊急離脱して難を逃れる。
しかし、三叉槍が回避されることも、ライフエイクの計算の内だった。
こちらの機動を完全に読み切っていたライフエイクは、〈幻影の足捌き(ファントムステップ)〉で先回りし、既にグラドの直上へと飛び上がっていた。

「死角を取ったぞ。かの赤竜といえど、背後からの攻撃は防ぎ切れまい」

空中戦に於いて、より高い位置を取った者が有利というのは大常識だ。
更に加え、完全にこちらの虚を突いたタイミングで浴びせられる死角からの強襲。
ライフエイクは会心の手応えを感じつつ、両手に握った刀を唐竹割りに打ち下ろす。
――その剣戟を、グラドは全く視認することができなかった。
だが、元よりこちらは人竜一体。相棒の弱点をカバーし合うのが、真一とグラドの真骨頂である。
グラドの背に跨っていた真一は、長剣を頭上へと振り抜き、逆風の太刀でライフエイクの一閃を受け止めた。

「……死角がどうしたって?」

真一がニヤリと笑うのに対し、その視線の先でライフエイクが歯噛みをする。
そして、続けざまにグラドが身を翻し、自らの尾を鞭の様にしならせてライフエイクを打ち据えた。
地上へと叩き付けられたライフエイクは、何とか空中で体勢を整え、両足から地を踏み締めることに成功する。
しかし、敵が着地時に見せたその隙を“彼女”だけは見逃さなかった。

「虚構展開――――ッ!!」

そう詠唱を唱えながら躍り出たのは、十三階梯の継承者が一人――虚構のエカテリーナだった。
先程まで黒竜の姿で飛び回っていた彼女は、今度は銀狼の姿へと変貌し、風さえも上回る疾さで大地を駆け抜ける。
流石のライフエイクもその速度には対応できず、瞬く間に彼我の距離を詰めたエカテリーナは、自慢の牙を敵の肘に突き立て、そのまま左腕を食い千切った。

「離れろ、エカテリーナ! 行くぜ――〈大爆発(ビッグバン)〉!!」

そして、敵の間隙を突くことに長けているのは、この男も全く同様であった。
流れるようなエカテリーナとの連携でライフエイクの左腕を落とし、今を好機と見定めた真一は、手札の中でも最大火力のスペルを切る。
まるで太陽と見紛うような大火球が落ち、今度こそライフエイクをまともに直撃した。

まさかレイド級である縫合者(スーチャー)を、これしきの攻撃で討ち果たせたとは思っていない。
だが――充分な手応えはあった。大火球によって巻き起こった爆風と粉塵が晴れるのを待ち、真一は油断なく上空からフィールドに視線を巡らせる。

164ライフエイク◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:10:45
事ここに至るまで、ライフエイクの誤算は幾つかあった。

その中でも、特に大きな誤算は“ブレイブ”と呼ばれる少年たちの戦闘力を侮っていたことだ。
ガンダラでの戦いぶりを聞き及んでいたが故に、充分な警戒はしていたつもりだった。
そのため、わざわざデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントに招くという面倒な方策を取り、彼奴らが得意とするチームプレイを封じ込めて各個撃破を試みたのだ。
だが、まさかライフエイクの懐刀――ヴァンパイア・ロードであるレアル=オリジンが、一騎打ちで敗北することは想定できなかった。
それどころか、数多の窮地を乗り越えてこの場まで辿り着き、こうして自分を追い詰めるまでに至っている。

しかしながら――それでもまだ、ライフエイクには僅かばかりの余裕が残されていた。
その理由は、切ることさえできれば全てを覆すことのできる“ジョーカー”をこちらが握っていることだ。
本来はレアル=オリジンがトーナメントで多くの血を集め、もっと早くに召喚条件を達成する予定だったのだが、こうなってしまっては仕方ない。
最悪の場合、一度この戦いから離脱して、別の場所で生贄を集め直すという手段もある。
逃走のためのスペルは幾らでも用意があるし、逃げ切るだけならば何の問題もない。
何もここで自分が無茶をしてまで、五人のブレイブを相手にする必要などないのだ。

結局のところ、ライフエイクは全てが自分の手の上で動くゲームだと思っていた。
そして、それこそが彼にとって最大の誤算だった。

シナリオを影で操る黒幕。盤上で駒を動かすプレイヤー。勝つと分かっているギャンブルの胴元。
最後の最後まで、ライフエイクは自分がそういった存在であることを微塵も疑わなかった。
――だから、夢にも思わなかったであろう。
まさか、深淵の盃を満たす最後の一滴が、他ならぬ自分自身の流した血になるなんて――


「――――この時を待っていたよ、ライフエイク」


悪魔の声が、響き渡った。
その直後、ライフエイクの心臓は、背後から突き出された射干玉の穂先に貫かれる。
そして、今まさにライフエイクを穿った槍を握る少年は、肩ほどまで伸びたブロンドの髪を靡かせながら、くすりと魔性の笑みを浮かべた。

「ま、ま……さか……貴……様……」

ライフエイクは苦痛と驚愕に瞳孔を限界まで開きながら、声にならない悲鳴を上げて、背後を振り返る。
――自分の身体を刺し貫いたその人物を、ライフエイクは知っていた。
何故ならば“彼ら”こそがライフエイクにブレイブたちの情報を提供していた、此度の計画の協力者だったからだ。
一体どうして……と、思考を巡らせようとするが、脳に送られる筈の血流は既に遮断され、ライフエイクは急速に目の前が暗くなっていくのを感じた。

「何をそんなに驚いているんだい、ライフエイク?
 “この物語”は、他でもない君が始めた悲恋のストーリーじゃないか。
 ならばこそ、こうして彼女が眠る棺を開く際には、君の死を以て完結を迎えるのが一番美しい筋書きだとは思わないかい?」

少年の言葉は、もう殆どライフエイクの耳には届いていなかった。
ライフエイクは力なく崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れ伏せる。
彼が最後に見たのは、自分の姿を見下ろす少年の笑みと、深海の様に蒼い双眸だった。
今まで数多のギャンブルを勝ち抜き、あらゆるポーカーフェイスを見破ってきたライフエイクだったが、その表情からは一切の感情さえ読み取ることができなかった。

165 赤城真一◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:11:23
「あいつは……!?」

〈大爆発(ビッグバン)〉によって巻き起こった粉塵が晴れ、ようやく視界が開けた時、真一は信じ難い光景を目撃した。
それは、先程まで対峙していたライフエイクが、何処からともなく現れた少年の手で、背後から刺し貫かれていた姿だった。
そして、その少年は――闘技場で真一と出会い、人魚姫の悲劇譚を語り聞かせた人物に相違ない。
少年は魔術師の様に漆黒のローブを纏い、右手にはライフエイクの心臓を穿った黒い長槍を握っている。
――だが、何よりも驚愕したのは、その左手に持った5インチ程のディスプレイ。
それは、ブレイブと呼ばれる真一たちが所有するのと同じ――“魔法の板”に他ならなかった。

事態は何も飲み込めなかったが、それでも真一は自分の直感に従い、あの少年を止めなければならないと判断した。
そして、今まさにグラドの背を叩いて飛び出そうとした時――

「召喚(フォーアラードゥング)――――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉」

――その真一の動きを、少年の一声が先んじて制した。
突如として生じる発光現象。そして、その中から現れ、真一の行く手を阻む一匹のモンスター。
それは、真一たちが誰よりもよく知っている〈召喚(サモン)〉のコマンドと全く同様のものであった。

「……そう焦るなよ。君たちには、これから紡がれる人魚姫の第二章を、特等席で見せてあげようというのだからさ」

少年が召喚したのは〈堕天使(フォーリン・エンジェル)〉という名の、悪魔型モンスターだった。
頭部に生えた黄金の二本角と、背には十二枚の黒い翼。
右手に光り輝く槍を携え、その姿は悪魔でありながら神々しさを感じるような美貌を宿していた。

堕天使はガチャ産でありながら、レイド級にも比肩するスペックを有するモンスターであり、希少価値は真一のレッドドラゴンにも勝る程だ。
ブレモンを始めて日の浅い真一は知らなかったが、少年と堕天使の組み合わせを見て、なゆたたち他のプレイヤーはピンと来るものがあったかもしれない。
少年の正体は――現実世界で開催された、昨年度のブレモン世界大会の覇者であった。
――名前はミハエル・シュヴァルツァー。
堕天使の性能を活かしたビートダウン系の戦法を好んで用いるプレイヤーであり、その端麗な容姿と派手な戦闘スタイルとが相まって、国内外を問わず多数のブレモンプレイヤーから支持を集めている。
ブレモンに精通している人間ならば“金獅子”だとか“ミュンヘンの貴公子”など、大仰な愛称で呼ばれる彼のことを熟知していてもおかしくはないだろう。

「さあ、今ここに深淵の盃は満たされた。万斛の猛者の血を供物とし、冥府の扉を叩くとしよう。
 目覚めるが良い、人魚族の王女――――“マリーディア”よ」

そして、遂に復活の時は来たる。
ミハエルの呼び掛けによって展開された魔法陣――それは、明神たちがオフィスで見た“境界門”と同種の物であったが、その門が秘めたる魔力と、禍々しさは次元が違う。
門の中からは、無数の亡者たちの声が聞こえてきた。
それは、現世に解き放たれた獣の歓喜か。或いは、憎悪に囚われた人の恩讐か。
思わず耳を塞ぎたくなるような地獄の合唱を伴い、数え切れないほどの魂が黒い魔力に姿を変えて、門の外へと解き放たれる。
そして、それらの中心部でただ一人――両手を地について項垂れる女の姿があった。

166 赤城真一◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:11:47
海のように波打つ青い髪と、真珠のように整った美貌を持ち、腰から下は魚の尾ヒレの形をした女。
メロウの王女――マリーディア。
境界門を通して再び現世に喚び出された彼女が最初に見たのは、かつて誰よりも愛した男の亡骸だった。
自らの献身を裏切り、愛の言葉を嘯いて、我が故郷まで滅ぼしたその男のことを、マリーディアは死してなお現世に囚われ続けるほどに憎んでいた。
百度殺しても足りないほどに憎み、憎しみ続け――だが、哀れな彼女はそれでも愛を忘れることができなかった。

マリーディアは啼泣し、言葉にならない声を吐き出すみたいに悲鳴をあげた。
――その叫び声は、まるで歌のように聞こえた。
愛する者を喪った女が、愛を知らない男のために紡ぐ絶望の歌。
彼女の旋律は哀しくも美しく、空気を震わせて聞く者全ての胸に哀愁を伝える。
そして、それは伝承で語り継がれているように――昏き底から一匹の“化物”を喚ぶ力を宿していた。
その時、港の方から砲撃のように激しい破壊音が響き渡る。
次いで聞こえるのは、押し寄せる怒涛の波音と、恐怖に怯える群衆の悲鳴。
そして、海面から首を出した“それ”の姿を目にして、真一は思わず言葉を失った。

それは、全身を蒼き鱗で覆われた大蛇。
終焉を告げる、黄昏の日の尖兵。
幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
幾千、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意。
彼の者の名は――――世界蛇“ミドガルズオルム”。

「あははははっ! あれが、終末を齎す世界蛇の姿か。
 凄いね、大したものじゃないか。こうして実際に目にしてみると、あの迫力は到底口伝できるような代物ではないと感じるよ。
 “悪魔の種子”の力を以てしても制することができるかどうか……少しばかり楽しみだね」

ミドガルズオルムを喚び出したマリーディアは、全ての魔力を失い力尽きて、その身をとあるアイテムに変えていた。
透明の小瓶に入った青い液体。“人魚の泪”という名で通称される万能の霊薬を拾い上げながら、ミハエルは子供のように楽しそうな笑い声をあげた。

「……テメーは一体、何が目的でこんなことをしやがる」

真一には、この男の思考が全く理解できなかった。
ギリッ……と奥歯を噛み締め、心の底から吐き気を催す邪悪を見るかのように、ミハエルへと侮蔑の視線を向ける。

「言っただろう、シンイチ君?
 知恵を持った全ての生命は、訳もなく戦いたがっているのさ。
 かつて背負った原罪の咎を贖うために、自らの本能の赴くままに。
 だからこそ、僕は一切の意味も目的も持たず、ただ戦うために戦おう。
 つまり、僕の行動に敢えて理由を述べるとするならば――それは、エデンの園で、アダムとイヴが林檎を食べたからさ」

「……イカレてるぜ、テメーは」

真一は闘技場で自分が感じた気配は、やはり間違いではなかったと確信する。
この男は、間違いなく駆逐せねばならない“敵”なのだ。
――しかしながら、状況は既に最悪だった。
敵はあのタイラントにも匹敵するか、或いはそれ以上の力を持つであろう超レイド級のモンスター。
更にそれを駆るのは、この世界で初めて敵として対峙した、世界最強のブレモンプレイヤーだ。

「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」

ミハエルは嗤い、両手を広げて高らかと頭上に掲げる。
その仕草とタイミングを同じくして、ミドガルズオルムはリバティウム全体が震えるような怒号を天へと解き放った。



【ミハエルの奇襲によってライフエイク死亡。
 遂に復活したミドガルズオルム&ミハエルとのボス戦開始】

167 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:12:28
真ちゃん、なゆたちゃん、エカテリーナと攻防を繰り広げながらも、俺から視線を外すことはない。
てめえが百戦錬磨のギャンブラーなら、俺は海千山千のレスバトラー。
フォーラムでの魔を喰い魔に喰われるクズ共の蠱毒を生き抜いてきた俺の論圧()を舐めんじゃねえぞ。
読み読みなんだよてめぇの考えてることなんざよぉ。

俺は弱い。戦闘能力ってものさしなら、ライフエイクの足元に及びもしないだろう。
普通なら放っておいても何ら問題のない、路傍の石のような存在。
だが、そんな矮小で脆弱で、風前の羽虫に過ぎない俺を、奴は無視することができない。
そういう立ち回りを、俺はしている。

この世のすべてを見透かしたような、超然とした態度を崩さないライフエイク。
全知全能を気取った奴にも、たったひとつだけ知らないことがある。
死者の蘇生。心臓が完全に停止し、生命反応の失せた肉体に、再び命を宿す手段。
それは明確に、俺たちだけが知りうるこの世界のブラックボックスだ。

俺はあえて奴の眼前に身を晒し、死者蘇生という手札を公開した。
ライフエイクに興味を抱かせ、情報源となる俺自身を意識させるためだ。

ライフエイクは死者の蘇生の方法を、知りたがっている。
そのために、俺を逃がすわけにはいかない。
拘束するにせよ、殺すにせよ、真ちゃん達の猛攻を掻い潜って俺に攻撃を仕掛ける必要がある。
激しい攻防のさなかでも残し続けてきた奴の余裕、集中力のリソースを、俺の存在が奪う。
ライフエイクは未だに余裕ぶったツラしてやがるが、実際のところ手一杯になってるはずだ。

余裕がなくなれば、奴の警戒網にも綻びが生まれる。
こちらの仕掛ける搦め手が、通りやすくなる。
そして、この僅かな意識の間隙、すなわち『隙』を最大限活かすことのできる奴を、俺は知っていた。

>「はいはい〜そこまで〜 ライフエイクはん、あんたさんなんでまだこんなところで戦ってはるのン?」

大理石の床を割り、戦場に突如として林立した巨木。
石油王のカード――確かフィールドを変化させる『防風林』のユニットだ。
木立の壁で両雄を阻み、戦闘を強制的に中断させた石油王は、木々の向こうから静かに姿を現す。
その表情からは、さっきまでの焦りや怒りは消え失せていた。こっちも完全復活ってわけだ。

>「聞いた話によると、うちら異邦の魔物使いはアルフヘイム、ニブヘイム両陣営から随分と買われてるそうやないの
 うちらの知らんところで争奪戦繰り広げられてそうな勢いなくらいになぁ」

いつものゆったりとした口調で放たれる言葉は、俺にとっても初耳なものばかりだった。
『万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる』。
なんだそりゃ、ブレモン本編じゃそんな言い伝え聞いたことねえぞ。
万斛の猛者の血も、乙女の泪も、トーナメントと『人魚の泪』に関連するワードってのは分かる。
でも、海の怒りって何だよ。やべー奴のニオイをヒシヒシと感じるんですけど!

石油王が訥々と語る一方で、俺はポケットの中でスマホに指を滑らせていた。
この停滞を作り出したのは、石油王だ。あの女が、あの策士が、ただ推理を披露するだけとは思わない。
案の定、身体にひっついていた藁人形がカジノから離れるよう呟いた。

「サモン・ヤマシタ!」

俺の側に出現した革鎧が、俺を小脇に抱えて跳躍する。
同時、『防風林』が解除されて、木々に支えられていたカジノが一気に崩落した。
俺を担いだヤマシタが安全圏に着地すると同時、ポヨリンさんに包まれたなゆたちゃんも戻ってくる。
真ちゃんはレッドラに跨って空に逃れ、メルト――しめじちゃんは、なんか知らない奴に掴まれていた。

「うおっ、よく見たらイクビューじゃねえか。誰か捕獲したのこいつ」

煌めく月光の麗人、通称イクビューはブレモンに登場する人型レイド級モンスターだ。
トーナメント組と合流した時からなんか居るなぁと思ってたけどそれどころじゃなかったからね。
完璧スルー決め込んでたけどなんでこいつ仲間みたいな感じでここにいるの……?
どっからPOPしたんだよ……リバティウムでエンカウントして良い敵じゃねえだろこいつ。

168 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:13:05
「やあ、お初にお目にかかる。君が"明神"だね?ガンダラの弟から話は聞いているよ」

「あ?弟……?マスターのことか?あんたマスターのお姉ちゃんなの?知らねえ裏設定だ……」

「ふふ。積もる話もあろうが、今はまだ楽しくお喋りしている場合ではないだろう?
 この一件が片付いたら、心ゆくまでこの邂逅を祝そう。近くに良い店を知っているんだ」

「るせぇ、コミュ強特有の雑な仕切り方すんな。……しめじちゃん、大丈夫か?」

お姉ちゃんにふん掴まれて退避を果たしたしめじちゃんは、グロッキー状態だ。
病み上がりどころか死に上がりのところに加速度で振り回されりゃこうもなる。
とはいえ、しめじちゃんは目を回しながらも無事なようだった。

>「……あ、あの。今のうちに言っておきたい事がありまして。
 これは本当に妄言で、私としても信じがたいので、信じて頂かなくてもいいのですが
 あの白服ヤクザ――――ライフエイクは、この『儀式』で、人魚を呼び戻そうとしているのではないでしょうか?」

「人魚……?しめじちゃん、なにか知ってるのか?」

青白い顔のまま、しめじちゃんは臨死体験のさなかに見てきたことを語った。
遠い昔、一人の青年が人魚の姫と睦み合い、しかし裏切りによって彼女を地獄に叩き落とした。
そのクソゴミカスカスうんち野郎があのライフエイクで、奴はもう一度人魚に会おうとしている。
しめじちゃんの言う通り、それは何の担保もない単なる妄言に過ぎないのかもしれない。
だが、石油王から聞いた言い伝えと、しめじちゃんの語った内容には、奇妙な符合がある。

彼女の言葉には真実味と信憑性があると、少なくともなゆたちゃんは判断したらしい。
俺も同感だった。

>「つまり……しめちゃんはその、人魚姫の恋人? がライフエイクだって言いたいの?

「するってぇとアレか?ライフエイクの野郎は、大昔の元カノとヨリと戻そうとしてるってことか。
 自分から裏切って殺したくせに、死人を足蹴にするためだけに蘇らせようってか。
 反吐の出るクソ野郎だな。その事実だけで、ぶっ飛ばす理由におつりがくるぜ」

それで『海の怒り』か。
ははーん。だんだんパズルのピースが揃ってきたぞ。
ライフエイクが何をやらかそうとしてやがるのか、おぼろげながらも見えてきた。
クソが。どこまで人を虚仮にすりゃ気が済むんだ。人間も、人魚も、てめえの玩具じゃねえぞ。

>「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

そのとき、地の底から響くような哄笑と共に、瓦礫をはねのけてライフエイクが姿を現した。
流石に生き埋めでそのまま死んでくれってのは虫が良すぎる話だったらしい。
無傷ってわけではない。高そうな白スーツは見るも無残なボロ布だ。
ただ、白日の下に晒された奴の素肌は、人間のそれではなかった。

>「そうだ。そうだとも、異世界の客人よ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ。
 このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための、『万斛の猛者の血』が集うときを!
 人の命を捨て、人ならぬ者と化し……この地に根を張って幾星霜! 待った、待ったぞ! ハハハハハ―――」

>「……ス……。『縫合者(スーチャー)』……!」

「おいおい。おいおいおいおいおい……」

俺は言葉が出なかった。ライフエイクの様相を目の当たりにしたら誰だってそうなる。
奴の肉体は、数えるのも馬鹿らしいくらいに多種多様な生き物をパッチワークのように継ぎ接ぎしてあった。
ドラゴンの鱗、人狼の毛皮、オーガの筋肉に、リビングアーマーの装甲。
それぞれのモンスターの特性をひとつの肉体に融合させた、外法魔術の到達点。

169 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:13:30
『縫合者(スーチャー)』。
それは、ブレモン本編において終盤の大ボスとして立ちはだかる、レイド級モンスターの名だ。
ローウェルの弟子が生涯をかけて開発した術法を、ライフエイクはその身に宿していた。

「どうなってんだ、『縫合者』はローウェルの死後に作り上げられたモンスターだろ。
 ローウェルの生きてるこの時間軸じゃ絶対に生まれるはずのない存在……」

いや。ゲームの方のアルフヘイムと時間軸が連続してないのは確かめたばかりだ。
たとえ過去編であっても、本編で実装済みのモンスターが出現するのはあり得ないことじゃあない。
それに、『縫合者』の技術を十三階梯とはまったく別の奴が開発してたっておかしくはないのだ。

時系列の不整合は、今更問題にはならない。
そんなことよりもずっとずっとやべえのは、奴がブレモン終盤に出てくるレイド級ってことだ。

同じ『レイド級』というカテゴリの中でも、当然ながら強弱の序列はある。
レベルキャップ解放前、例えば推奨レベル100のレイド級と、レベル150のレイド級とじゃ、天と地ほどの差があるのだ。
低レベル帯……いわゆる旧レイドのモンスターなら、レベル差の暴力でソロでも狩れる。
具体的にはベルゼブブやバルログなんかは、ゴッドポヨリンさんの敵じゃあないだろう。
多分俺でも手持ちのスペルを全部吐き出せばどうにか倒せる程度のHPだ。

だが、縫合者は違う。奴は最近のパッチで実装されたばかりの、最新レイドコンテンツだ。
推奨攻略人数は8人以上。もちろん、カンストまでレベルを上げて鍛え込んだ8人で、ようやく倒せる難易度だ。
対して俺たちはまともな戦力が3人、エカテリーナとお姉ちゃんを含めても5人。
ろくに太刀打ちできるような相手じゃない。全体攻撃で即死するのがオチだろう。

>「姑息な悪口でわざわざヘイトを稼がなくたって、戦ってやるわよ……たっぷりとね!」

絶望的な戦力差を目の当たりにして、しかしなゆたちゃんの戦意は折れなかった。
マジ?戦うの?強気な姿勢は結構だけど、流石にそりゃ無理ゲーが過ぎんだろ。
案の定というかなんというか、やっぱ最後の最後に暴走すんのはこいつだよなぁ……

――俺は、そんな風に斜に構えてた自分の発想を、恥じることになる。
なゆたちゃんの戦意は、ゲーマーとしての挑戦心や、まして意地なんかじゃなかった。

>「アンタはしめちゃんを殺そうとした。あんなにも頑張った明神さんを、みのりさんを嗤った。
 わたしの仲間をバカにした! それだけで、もうアンタをボコボコにする理由には充分すぎる!」

「そうか……そうだよな」

勝てない相手に直面して、俺は何をビビってんだ。
縫合者?最新のレイド級?ステータス差?そんなもんは、この場から逃げ出す理由になんかなりはしない。
初めから決めてたろ。あいつは絶対に一発ぶん殴るって。
なゆたちゃんの言葉で、俺はようやくそれを思い出した。

>「ハッ……何を言ってやがる。その問題には、第三の選択肢があるだろうが。
 これ以上無駄な血は流さず、人魚姫を喚び出させる前に、テメーをここで秒殺すれば終わる話だ」

真ちゃんの煽り文句に俺も乗っかる。

「てめえの目論見なんざ知るかよ、ライフエイク。一人で気持ちよく演説打ってんじゃねえぞ。
 よくも……よくもしめじちゃんを刺しやがったな。俺の大事な友達を、殺しやがったな。
 その不細工なツラがまともに見れるようになるまでぶん殴ってやるから覚悟しとけ」

>「行くわよ、みんな!
 コイツをぶちのめして――みんなで! トンカツパーティーするって約束したんだから!」

「ああ!美味しくメシを食うための、腹ごなしの運動といこうじゃねえか!」

誰に合図をされたでもなく、俺たちは同時にライフエイク目掛けて吶喊した。
俺はスマホを手繰り、カードプールからスペルを切る。
『黎明の剣(トワイライトエッジ)』。攻撃力上昇バフを真ちゃんに行使し、ヤマシタと共に右翼を駆ける。

170 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:13:52
縫合者は素体となった複数のモンスターの性質を宿した魔物だ。
今、奴の体内では魔物共が肉体の主導権を争い合っている。
その時『表』に出てくるモンスターの属性によって、使う攻撃や弱点となる属性が変化するって仕組みだ。

こいつを攻略するには、使う魔法から弱点属性を推察してこちらの攻撃属性を変えるか、
どの属性にも安定してダメージを与えられる無属性攻撃にバフをかけて叩き込むのが定石。
つまり、レベルを上げて物理で殴る脳筋戦法がわりかし効果的だ。
俺は無属性で火力の高い攻撃手段がないから、弱点属性を探るほかない。

いま、ライフエイクは真ちゃんの攻撃を『水王城』で防いだ。
つまり『表』に出てるのは水属性のセイレーンかリヴァイアサンあたりだ。
土属性か雷属性の攻撃なら大ダメージを与えられる。

「ヤマシタ、『ライトニングブラスト』」

ヤマシタは鎧の中から杖を抜き出し、弓と持ち変える。
軽くて丈夫な革鎧は魔術師にとっても装備可能な防具だ。
したがって、リビングレザーアーマーは、魔術系のスキルを行使できる。
ヤマシタが無言で詠唱した魔術が発動し、杖先から紫電が迸ってライフエイクを穿った。

……HP全然減らないんですけお!
やべえな、弱点がどうとか以前に、単純にステータスの差がありすぎる。
たとえ弱点補正で威力が倍になろうが、1ダメージが2ダメージになるだけじゃねえか。
こりゃ火力は期待できそうにねえな。攻め方を変えるか。

>「……死角がどうしたって?」

一方、上空からの奇襲に端を発する真ちゃんの攻防はライフエイクを追い込みつつあった。
レッドラに叩き落とされたところを、エカテリーナの容赦ない着地狩り。
自身を銀狼へと変じたエカテリーナの牙が、ライフエイクの左腕を断ち落とした。
そこへ間髪入れずに『大爆発』。爆炎がライフエイクを包み、あたりは砂煙に包まれる。

「……やったか?」

こういうこと言うとすぐ生存フラグがどーのとか言い出す奴がいるけど、でもしょうがねえよ。
今こうして自分が当事者になってみて、言いたくなる気持ちがよくわかった。
そりゃ言っちゃうよ、「やったか?」って。ほとんどお祈りみてえなもんなんだよ。
確殺コンボがこの上なく決まったんだぜ、これでやれてなきゃ嘘だろ。

やがて爆煙が晴れる。
フラグが回収されるか否か、煙の向こうに結果がある。
カードの裏面は既に決まっていて、それを今からめくるのだ。

「やってる……!?」

やってた。
果たしてライフエイクは、地面に縫い付けられたまま絶命していた。
ビックバンで粉微塵になったわけじゃない。奴は、五体満足のまま死んでいた。
トドメとなったのは、ライフエイクの胸を貫く黒い槍。
それを握るのは、真っ黒なローブを着た、真ちゃんと同じくらいの歳の少年。

>「あいつは……!?」

真ちゃんが何かに気づいたように零すが、俺には何がなんだかわからなかった。
何が起こった。あいつは何だ。どうやってこの戦場に介入してきた?
あたり一帯は更地になってて、身を隠せるような遮蔽物はどこにもなかった。
いやそれ以前に、ライフエイクがいたのは『大爆発』の爆心地だぞ?
あの大火力スペルの渦中で、ライフエイクの心臓を正確に貫いたってのか?

171 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:14:17
……ふと、乱入者が片手に持った物に目が行った。
スマホと言うには大きく、ノーパソと言うには薄くて小さな、板状の物体。
それは、ある意味では俺たちの持つスマホと同じ機能を備えた電子機器。

「タブレット、だと……?つまり奴は、俺たちと同じ――」

>「召喚(フォーアラードゥング)――――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉」

――異邦の魔物使い(ブレイブ)。
俺たちのように、アルフヘイムに降り立った、ブレイブ&モンスターズのプレイヤーだ。
フォーアラードゥングってのは確か、ドイツかどっかの言葉で『召喚』を意味する言葉だったはず。
むべなるかな、タブレットの発光と共に、少年の傍らにモンスターが出現した。
主に傅く『堕天使』は、性懲りもなく突撃していった真ちゃんを阻むように前へ出る。

>「……そう焦るなよ。君たちには、これから紡がれる人魚姫の第二章を、特等席で見せてあげようというのだからさ」
>「さあ、今ここに深淵の盃は満たされた。万斛の猛者の血を供物とし、冥府の扉を叩くとしよう。
 目覚めるが良い、人魚族の王女――――“マリーディア”よ」

謎のブレイブがそう声を掛けると、奴の背後に巨大な魔法陣が展開する。
『境界門』だ。アルフヘイムとニブルヘイムを繋ぐ、人ならざる者の通り道。
カジノにあった者とは魔力の桁が違うその門から、夥しい数の"なにか"が這い出てくる。
破裂寸前の水風船に小さな穴を開けたかのように。門の内側で膨らんだ圧力が、解き放たれる。
そしてその中に、貞子みたいなポーズで現界する女の姿があった。

「マリーディア……しめじちゃん、君が見た人魚姫ってのは、あいつか?」

マリーディアはライフエイクの亡骸をその目に収め、空を震わすように慟哭した。
それは弔いの鐘であり、同時に海の底に眠る怪物を呼び起こす、号令でもあった。
港の方から怒号じみた悲鳴が聞こえる。
目を向ければ、海から巨大な化け物が姿を現し、天目掛けて咆哮を上げる。

ライフエイクの目論見のすべてがたった今終わり、もっと絶望的な何かが、始まった。
ミドガルズオルム。人魚の女王がかつて裏切られた憎しみから呼び起こした『海の怒り』。
そして、ライフエイクがまどろっこしい儀式の果てに手に入れようとしていたモノ。
その正体は、ガンダラの山奥に眠っていたタイラントと同等以上の力を持つ、レイド級を越えたモンスターだ。

>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」

心底愉快そうに声を上げる少年。俺はようやくそこで、状況に理解が追いついてきた。
同時にふつふつとこみ上げてくるものがある。ライフエイクに向けていた、行き場をなくした怒りだ。

「人の頭の上で意味分かんねえこと抜かすなよクソガキ。なげえ御託は終わったか?
 まずそもそも誰だよてめーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃあねえぞ」

ブラフだ。俺はこいつを知ってる。
ブレモンを多少なりとも"真っ当に"齧ったことのあるプレイヤーなら知らない奴はいないだろう。
こいつは、ミハエル・シュヴァルツァーは、ブレモン世界大会の現王者だ。
ワールドワイドで展開されているブレモンの、掛け値なしに世界最強のプレイヤー。
世界に1000万人はいるすべてのプレイヤーの、頂点に立つ男だ。

だけど、そんなことは俺の知ったことじゃねえ。
ただ一つ言えるのは、こいつが神様気取りのどうしようもないクソガキだってことだけだ。

「異世界でクソくだらねぇテロに走るほど、世界チャンピオンの座は退屈だったのか?
 戦いがしたけりゃニブルヘイムにでも行けや。民間人虐殺して悦に浸るのがてめえの言う戦争かよ。
 ガキの自己表現に付き合ってるほど俺たちゃ暇じゃねえんだ」

俺は性懲りもなく煽りをぶちかましながら、発動待機状態のスペルをプレイした。
『迷霧(ラビリンスミスト)』――俺たちを包み込むように、濃い霧が発生する。

172 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:14:41
「おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある」

迷霧で覆われたカジノ周辺から、俺たちは裏路地へと逃げ込んだ。
ここ一週間の探索と、バルゴスからの情報で、俺は入り組んだ裏路地の地理を頭に叩き込んである。
通風孔や抜け道をうまく使えば、ミハエルの視線から逃れることは難しくないだろう。
……まぁ、路地ごと一気に薙ぎ払われたらその時点でアウトなんですけどね、初見さん。

裏路地は大混乱に陥っていた。
港に出現した大怪物から逃げ惑う人々で大通りは混雑し、近道を求めて裏路地にも人が入り込んでいる。
裏路地を縄張りにしているアウトロー達も、この時ばかりは住民を逃がす手助けをしていた。

路地から空を見上げると、リバティウム衛兵団の旗を立てた小型飛空艇が港へと飛んでいく。
遠距離から大砲を撃ち込んでいたが、ミドガルズオルムの放つ水流に撃ち落とされて通りへ落下した。
阿鼻叫喚になる地上の避難民。美しき水の都リバティウムは、今や地獄を切り取ったような有様だ。

「クソ……大砲じゃ歯が立たねえってのか。なんつうもんを喚び出しやがる。
 ざっと見積もってもタイラントレベルの超レイド級……ガンダラであれを起こしたのも、あいつか?」

路地を構成する屋根の上から港の方を確認して、俺は頭を抱えたくなった。
街の反対側にいても姿を確認できるだろう、途方もない巨大さ。
ミドガルズオルムは、最初に衛兵団を撃墜したあとは、天を仰いで咆哮を上げるばかりだ。
ミハエルは『制することができるかどうか』と言っていた。
つまり、まだ完全に制御下におけたってわけじゃないんだろう。

「冗談じゃねえ。ガンダラに続いてリバティウムでも超レイド級かよ。奇跡は二度も起きねえぞ。
 装甲張った飛空艇でも一撃で墜落する攻撃力、かすりでもすれば即海の藻屑だ。
 とっととここから逃げて陸路でキングヒル目指すのが一番オススメの選択肢だな」

タイラントの時のようにはいかない。
あの時は、既にHPが相当減った状態で、しかも弱点が露わになっていた。
だがミドガルズオルムは召喚されたてほやほやで、どこ狙えば良いかも分からない。
ついでに言えば、俺たち自身がライフエイクとの戦いで相当消耗してるってのもある。

「だけど……ここで俺たちが逃げれば、奴は際限なくリバティウムを破壊し尽くすだろう。
 ローウェルのジジイからのおつかいも失敗で、ここでクエストは断絶だ。
 俺たちが元の世界に帰るにせよ、ここに残るにせよ、アレをそのままにはしておけねえ。
 タイラントの時とは違って、俺たちにとっても明確な実害がある」
 
お腹が痛くなってきた……。
逃げ出すのはきっと簡単だ。自分の命を守るだけなら、どうとでもやりようはある。
これから大量に出るであろう死人に目を瞑れば、平穏無事に明日を迎えられるはずだ。
でも、それじゃ多分、この溜飲は下せない。
ライフエイクの目論見は完膚なきまでに叩きのめす。そう決めた。

173 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:15:04
「だから、どうにかしよう。倒せなくても、できることをしよう。
 時間を稼げば、他の十三階梯共が駆けつけていい感じになんとかしてくれるかもしれねえ。
 それに、大昔に一度目覚めたってことは、その時封印する手段があったってことだ。
 ……このままあのドイツ野郎にやりたい放題させとくのも癪だしな」

俺はスマホを手繰って、所持スペルのリキャスト状況を他の連中に見せた。
手札の秘匿とか言ってる場合じゃねえし、俺の場合は手札が知られてもさして問題はない。
そういうデッキの組み方をしている。

「まずは現状確認だ。スペルはどれだけ残ってる?トーナメントで使った分のリキャは回ってねえだろ。
 俺は拘束スペルが4枚、妨害スペルが5、攻撃に使えるのは3だ。
 ただあのクラスの巨体に拘束がまともに効くかは分からねえ。火力に関しちゃ問題外だ」

それから――俺は真ちゃんの方に向き直った。

「あのミハエルとかいうガキ、お前とどっかで会ってるみたいな言い草だったな。
 タイラントの時みたいな白昼夢とかでも良い。あいつについて知ってること、全部話せ。
 ……一人で先走るのは、もうなしだぜ」

現状、真ちゃんは俺たちよりも情報面で一歩先にいる。
こいつの謎フラッシュバックになにか有用な情報があるならそれがベスト。
使えるものは何でも活用すべきだ。

「あの超レイド級に対してつけ入る隙があるとすれば、ミハエル自身ミドガルズオルムを制御しきってねえことだ。
 タイラントみたく目覚めたばっかで判断能力がないのか、『捕獲』がまだできていないのか。
 いずれにせよ、戦闘になればミハエルからミドガルズオルムになんらかのアクションを起こすはずだ。
 その隙を狙って、奴のタブレットを奪うなり破壊するなりすれば、ワンチャンあるかもしれねえ」

問題は、首尾よくミハエルからタブレットを取り上げられても、制御を失ったミドガルズオルムが暴走する可能性があることか。
だから、タブレットは破壊でなく回収して、アンサモンの操作をこっちで行う必要がある。

「狙撃は俺がやる。ヤマシタのオートエイムに命中バフをかければまず外さねえ。
 あとは……狙撃の護衛と、ミドガルズオルムを引きつける役、誰か手を挙げる奴はいるか?」


【超レイド攻略前の作戦会議フェーズ
 明神の提案:ミドガルズオルムを引き付け、隙を見つけてミハエルのタブレットを狙撃】

174 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:15:42
戦いは最終局面を迎えようとしている
体勢を整えライフエイクとの決戦
だがその中においてみのりは違和感と共に一つの可能性を感じていた

カジノを崩壊させ一度戦いを止めたのは、ライフエイクを倒さない為であった
儀式は【万斛の猛者の血】が必要であり、その猛者はライフエイク自身も含まれている可能性が高いから
それどころか戦闘行為自体が当てはまる危険性すらあるからだ

しかしシメジからもたらされた情報により、儀式は二段階に分かれている可能性が出てきた
すなわち、【万斛の猛者の血】により伝承の人魚の女王を呼び出し、【人魚の泪】がリバティウムに流れた時点でミドガルズオルム……おそらくは超レイド級モンスターが出現する、というものだ

その違和感が確信に変わったのは瓦礫から現れたライフエイクの言葉
>私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
>このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための
これらの言葉であった

ライフエイクは人魚の泪が水の都を濡らした後に出現するミドガルズオルムについては一切言及していない
あくまで女王を、彼女を呼び出すことを目的としている口ぶりなのだから

なゆたの言うように【人魚の泪】獲得を目的としている自分たちとライフエイクの到達点は同じだ
問題はそのあと如何にミドガルズオルムが出現しないようにするか、という事に焦点が移るのだ
ならば戦いようもまた変わってくるというもの

>その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」
「当たり前ですえ?命の大きさは関係性によって変わりますよってなぁ
あんたはんにとってはちっぽけな命でも、うちらにとっては限りなく大きなものや
同じようにあんたさんにとって大切な命はうちらにとっては限りなく小さなものやぁ云う事、忘れへんでおくれやすえ?」

ライフエイクの言葉に笑っていない目の笑みと共に返しながら、周囲にも話を伝える

「ベルゼブブの時にちょっとそうやったんやけど、知性の高いモンスターにヘイト獲得によるタゲ取り固定はあんまり効果あらへんようなんやね
本能的なヘイトより、感情的な憎しみや戦術の方が優先されるんやろねえ
まあつまりはアレは十分な知性を持っていて対MOBというより対人戦て感じでタゲ取りはあまり意味があらひんぽいんやわ〜
ほやから隙を見つけて物理的に絡みついて動きを封じるからイシュタルごと攻撃したてえな」

みのりに残されたスペルカードは少なく、縫合者(スーチャー)相手となると使えるカードはさらに制限される
フィールド属性を操作してもそれに合わせられては逆効果になるからだ
更にヘイト取りによるタゲ取りが効果ない以上、できる事はこのくらいしかないのだから

175 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:16:06
だが、実のところ、みのりの取って重要なのはそこではない
いかにしてライフエイクを無力化した状態で儀式の第一段階【万斛の猛者の血】を揃え人魚を呼び出すか

伝承故に事実関係がどういったものかをそこから導き出すのは危険である
ライフエイクの目的がミドガルズオルムではなく人魚の女王【彼女】であるならば尚更、だ

故に人魚の制御の為にも生かしたまま【万斛の猛者の血】を揃える事が好ましい
この場でライフエイクが直々に戦っているのはおそらくあと一人二人の命で完成するはず
となると、いつ誰を殺すか……という話になるのだから
みのりにとって、命とは大小もあり順位付けができるものなのだから

勿論自分の考えが支持されるとは思っていない
故にあくまで戦闘中の犠牲であるように見せかける必要もあるのだ
みのりは左のペンギン袖の中で二台目のスマホを秘かに用意していた

先陣を切ったのは真一とエカテリーナ
二人がライフエイクに攻撃を加えるさまをみのりは漏らさずに見つめていた
一瞬のスキを突きイシュタルを突っ込ませるために

そのチャンスは真一の〈大爆発(ビッグバン)〉が炸裂した直後
絨毯上になったイシュタルが地を這いその爆心地へと滑りよる

爆炎が晴れたところで標的の足元に辿り着いたイシュタルは、そのタイミングを待っていたみのりは愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)を発動させる直前に、それを見た
ライフエイクが背後から槍で貫かれる姿を
金髪碧眼の少年が槍でライフエイクを貫く姿を
そしてその金髪碧眼の少年の顔を


戦闘開始直後に戦闘の相手が倒された事
それによりみのりの考えていた戦闘プランが全て崩れた事
その相手が同じ異邦の魔獣使いである事
その顔と召喚された堕天使(ゲファレナー・エンゲル)によりそれが“金獅子”ミハエル・シュヴァルツァーである事
そして何より、異邦の地にて貴重な同じ飛ばされた人間と出会えたにもかかわらず言い知れぬ不安感を覚えた事


これらが交じり合い、数瞬の空白が生まれみのりは硬直してしまっていた
故にミハエルが魔法陣を展開し門を開いた時の対処が遅れた

ミハエルの言葉が正しければ出現したのは目的の人魚の女王
ライフエイクが殺されている以上、即座に確保しなければいけなかったにもかかわらず、だ

とはいえ、たとえ迅速に対処できたとしてもミハエルの言動から考えれば堕天使に阻止されていたであろう
>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」
その言葉は海面から首を出してミドガルズオルムの圧倒的存在感が、そして言葉から感じられる狂気が強力に裏打ちをしていた


その事態を正確に把握し、的確な対処をとったのは明神であった
ミハエルに怒声を叩きつけながらも『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動
態度とは裏腹な行動にみのりは感嘆の笑みを浮かべながらイシュタルをエカテリーナに飛び移らせる
真一に張り付いた藁人形からエカテリーナに一言「真ちゃんをお願いしますえ」と声をかけ走り出した

ミハエルと対峙した様子、タイラントの件を思えば暴走しかねない真一の撤退をエカテリーナに任せたのだ
ミドガルズオルムの出現、異邦の魔獣使いと深くかかわるローウェルの弟子であればミハエルの事も知っているかもしれない
状況を鑑みれば体勢を立て直す旨は伝わるであろう
その思惑を汲み取ってか、エカテリーナはミハエルを一瞥し虚構展開し真一とグラドを飲み込み虚空へと消えていった

176 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:16:34
明神の後につき入り組んだ裏路地を駆けていく
ミドガルズオルムは猛り咆哮し、町は大混乱の坩堝と化している
だがそれもつかの間、伝承の通りだとすればすぐにも混乱の坩堝は阿鼻と叫喚の渦と化し一夜にして洗われ更地となるだろう

そんな中で開かれる作戦会議
それぞれの状態を確認作業に入るが、あえてみのりは状態を明かさず
「ほならうちがミドガルズオルムを抑えますわ〜
さっき言った通り、うちは対人戦よりああいったモンスター相手の方が力発揮できるよってな
勿論一人では無理やからこのお二人にご助力願いたいわー」
そういって目くばせする先は『十三階梯の継承者』が一人、"虚構"のエカテリーナ。
そして、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』ステッラ・ポラーレであった

「お二人の力借りられれば意外とこっちの方がはよ終わるかもしれへんし、そうでなくてもやりようがあるよってなぁ」

レイドボスには即死攻撃は無効化という特性がついている
故にポラーレの『蜂のように刺す(モータル・スティング)』が通用するかどうかは不透明なところではあるが、軽く笑いを交えながら話すみのりはそれを承知の上でミドガルズオルムの抑えを申し出ているように話す
そしてそのまましゃがみ込みしめじと目線を合わせ、言葉を続ける

「それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
あの金獅子さんはうちらと同じブレイブなんやわ、それも世界一の
多分真ちゃんとなゆちゃんが二人がかりでもまともに戦ったら勝てへん
隙を作るのがせいぜいやろし、守られへんし次は生き返れるとも限られんやしで、列車に戻っとき?な?」

ブレモンプレイヤー1000万人の頂点は伊達ではない
そのプレイ動画はみのりも何度も見ており、トッププレイヤーとの戦いにおいても派手な演出を優先させ尚且つ圧倒的にかつ戦術は目に焼き付いている
更にライフエイクの心臓をその手で貫く程にこの世界に、この世界の戦いに慣れ、言い知れぬ不安感を掻き立てさせるオーラ
今まで幾度も「勝てない」という判断を覆してきた真一達の事を考えても、もはやこの先どうなるかわからないのだから

「まあそれで、金獅子さん実物初めて見たけど、随分と拗らせているような御仁やったねえ
やる気満々で話しても埒が明かんように見えたけど……
ただ、金獅子さんがやった事は、うちらがやろうとしていた事そのものなんよね
その点は手間が省けたゆう事はあっても怒って敵対するようなはずやろ?
それを踏まえたうえで真ちゃんには思うところあるみたいやからうちも聞いときたいわぁ」

みのり自身もミハエルに対し言い知れぬ不安を感じていた
故に真一がミハエルを見た途端にタイラントに見せた時と同じような敵意をむき出しにした真意を聞いておきたかったのだった

【超レイド攻略前の作戦会議フェーズ
ミドガルズオルムを抑える役を買って出る
ポラーレとエスカリーテに協力要請
しめじに避難勧告
真一に真意を問う】

177 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:17:11
>「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

>「……ス……『縫合者(スーチャー)』……!」
>「どうなってんだ、『縫合者』はローウェルの死後に作り上げられたモンスターだろ。
>ローウェルの生きてるこの時間軸じゃ絶対に生まれるはずのない存在……」

「……『そんな事ある筈が無い』という思い込みを突く事は有効な戦略ですが、流石にこれは予想外です」

哄笑と共に瓦礫を潜り現れたライフエイク。
建造物の崩壊を受けて傷を負ってはいるものの、傷は浅く、戦闘には何の支障もない様だ。
その頑強さは恐るべきものであるが、しかしこれまでの戦いを見る限り、さもありなんと納得できる範囲のものでもある。
本当に驚くべきは、その容貌。
瓦礫によってはぎ取られたスーツの下に存在している、数多のモンスターを継ぎ合わせた様な異形の肉体。
複数の魔物を人工的に融合させたキメラというモンスターがいるが、ライフエイクの体を構成するモンスターの数と質はそれを遥かに上回る。
レイドボス級の魔物さえ縫い合わせ、己が一部とした外法の到達点が一つ。
その名を『縫合者(スーチャー)』。
ブレイブ&モンスターズのストーリー終盤において立ちはだかる強大なボスの名である。
当然、その強さは有象無象のレイドボスを凌駕しており、このリバティウムに現れるモンスターでは相手にならない程に、強い。

(しかも、白服ヤクザは正気を保っています。ストーリー上の『縫合者(スーチャー)』は、縫い合わされた魔物の怨嗟と適合不全による拒絶反応の激痛で発狂していたというのに……!)

正気を保った『縫合者(スーチャー)』……それはつまり、ランダムではなく己の意志で多数のスペルを使い分けて来る存在であるという事。
即ち、上位の『プレイヤー』に匹敵する戦力である可能性を有している事を意味している。
掌に浮かんだ汗を拭いながら、メルトは警戒を最大限に高め、明神の後ろに半身を隠しつつライフエイクを待ち受ける。
そして、そんなメルトを気に掛ける様子も無く、ライフエイクは尊大な態度を崩さず口を開く。

>「私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
>諸君には、我が大願の礎となって頂こう――死にたくなければ戦うことだ。
>戦うことで万斛の猛者の血は蓄積され、私の開いた門と彼女のいる海底とが繋がれる。
>もし、私の望みを挫く方法があるとするなら……それは諸君らが無抵抗のまま死ぬ、という選択肢のみだが。
>その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」

「っ……」

あけすけな挑発。だが、メルト、その言葉に反論が出来ない。
……恐怖だ。一度は自身を殺したライフエイクへの恐怖が口を噤ませ、足を震わせる。
彼女は思わず一歩、後ろへと下がり

178 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:17:39
>「ハッ……何を言ってやがる。その問題には、第三の選択肢があるだろうが。
>これ以上無駄な血は流さず、人魚姫を喚び出させる前に、テメーをここで秒殺すれば終わる話だ」
>「当たり前ですえ?命の大きさは関係性によって変わりますよってなぁ
>あんたはんにとってはちっぽけな命でも、うちらにとっては限りなく大きなものや
>同じようにあんたさんにとって大切な命はうちらにとっては限りなく小さなものやぁ云う事、忘れへんでおくれやすえ?」
>「てめえの目論見なんざ知るかよ、ライフエイク。一人で気持ちよく演説打ってんじゃねえぞ。
>よくも……よくもしめじちゃんを刺しやがったな。俺の大事な友達を、殺しやがったな。
 その不細工なツラがまともに見れるようになるまでぶん殴ってやるから覚悟しとけ」

真一、みのり、明神

>「アンタが伝承のご当人だっていうなら、アンタに弄ばれた人魚姫のぶんまで殴り倒してやるだけよ!
>さあ――覚悟はいい? ライフエイク! アンタの最後のギャンブルを始めましょうか――!!」

そして、なゆた。

彼等、彼女等の強い言葉が。強い意志が。強い感情が。
誰かの為に怒る事が出来る――――そんな、当たり前のようで当たり前ではない善性が、メルトの震えを止めた。

>「いいだろう。ならば諸君は自らの全てをベットしたまえ。
>諸君らから全てを奪い――私は。私の目的を遂げさせてもらう!」

「……上等です。刺された私の痛みと恨みは、貴方の破産で埋め合わせて貰います」

そして、水の街にて異邦の勇者達と享楽の支配者との決戦の火蓋は切って落とされたのである。


> 「ヤマシタ、『ライトニングブラスト』」
>「――――〈三叉槍(トリアイナ)〉」
> 「虚構展開――――ッ!!」
>「離れろ、エカテリーナ! 行くぜ――〈大爆発(ビッグバン)〉!!」


メルトの眼前で、大規模スペルの打ち合いが始まった。
ライフエイクが予備動作すらなく水槍を撃ち放てば、真一は火炎推進(アフターバーナー〉のスペルを用いる事でグラドの限界速度を超過した回避を行う。
明神はその隙を突きライフエイクの弱点属性を突く事で気を逸らしつつ僅かとはいえHPを削る。
そのダメージを無視しつつライフエイクは真一の挙動を読み、背後からの急襲を試み……だが、第二戦力たる真一自身の機転により迎撃される。
そして、エカテリーナは銀狼へと変じライフエイクの腕を食い千切り、発生した致命的な隙を逃すことなく〈大爆発(ビッグバン)〉のスペルが叩き込まれる。
撃ち合い、読み合い、騙し合い。
ストーリー上の魔物相手とは違う。知略と戦略をぶつけ合うこの戦闘は、プレイヤー対プレイヤーの戦闘に酷似していた。

>「……やったか?」
「いいえ、『縫合者(スーチャー)』の耐久力と性質なら、おそらくは生存しています」

土煙に覆われた視界。
その先に居るであろうライフエイクに備え、メルトは『生存戦略』のスペルをいつでも起動できるように構える。
それほどに警戒をしていたが故だろうか。その声は、メルトの耳に確かに届いた。


>「――――この時を待っていたよ、ライフエイク」

179 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:18:05
戦場と化しているこの場にそぐわぬ、鈴の様に透明な声。
その声を聞いた瞬間……メルトは、直感的に感じた。
それは――――『悪意』。
先程、ライフエイクに刺殺された時と良く似た……しかし、彼の黒い悪意とは異なる、言うなれば『白い悪意』。
言い知れぬ不安に追い立てられるように、ゾウショクを前に出すメルト。

やがて、周囲を覆っていた土煙が風で晴れると、其処には……倒れ伏すライフエイクと、その傍に立つ黒いローブを着込んだ少年の姿。

>「あいつは……!?」
>「タブレット、だと……?つまり奴は、俺たちと同じ――」

真一と明神の双方から驚愕の声が上がる。
前者は少年の事を知っているが故、そして後者は――――少年が手に持つタブレットから、『プレイヤー』である事を推察したが故。

>「召喚(フォーアラードゥング)――――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉」
>「……そう焦るなよ。君たちには、これから紡がれる人魚姫の第二章を、特等席で見せてあげようというのだからさ」

そして、周囲の警戒や驚愕を受ける張本人たる少年は明神の推察が事実である事を裏付ける様に、魔物を『召喚』した。
召喚された魔物名は、堕天使(ゲファレナー・エンゲル)……少年の容貌と、堕天使。

「……ミハエル・シュヴァルツァー……?」

ブレイブ&モンスターズを齧った事の有る人間であれば多くが知っているだろう情報に、ここに来てメルトは思い至る。
そう。眼前に立つ少年は、ブレイブ&モンスターズにおける現王者。即ち、世界最強のプレイヤー。
そのミハエルの登場に誰もが困惑している最中、ミハエルは楽しげな様子で言葉を発する。

>「さあ、今ここに深淵の盃は満たされた。万斛の猛者の血を供物とし、冥府の扉を叩くとしよう。
>目覚めるが良い、人魚族の王女――――“マリーディア”よ」

そして――――言葉と共に『境界門』が開かれた。
カジノに存在していたものとは規模が違う、巨大な門。その中から現れるのは、無数の異形。
だが……その異形の群れの中で、一つだけメルトの見知った人影があった。

>「マリーディア……しめじちゃん、君が見た人魚姫ってのは、あいつか?」
「……そう、です。あの人です」

眼前に現れ――――ライフエイクの亡骸に縋り付き慟哭を上げているその人物は、確かにメルトが死の夢の中で見た女性と同一人物であった。
不気味ではあるが、あまりに悲壮な様子にメルトは声をかけようとし、その直後……海から現れた怪物の咆哮に動きを止めた。
振り返り見れば、そこには巨大な……全てを飲み込まんばかりに巨大な怪物の姿。
その姿を、メルトは知っている。観た事が有る。
海に顕現した怪物は、その怪物の名は

『ミドガルズオルム』

即ち、過去に国を滅ぼした最悪の化生だ。

180 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:18:28
>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」
>「人の頭の上で意味分かんねえこと抜かすなよクソガキ。なげえ御託は終わったか?
>まずそもそも誰だよてめーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃあねえぞ」

心底楽しそうに、謳う様に語るミハエルと、消え去った人魚の女王、荒れ狂うミズガルズオルム。
それらの状況と異様に呑まれかけたメルトであったが、明神の罵倒により我に返る。
そして同時に……メルトの心にある感情が沸いてきた。
だが、今はそれをミハエルにぶつける時では無い。大事なのは、それを忘れない事。

>「おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある」
「はい。流石にアレと真正面からぶつかるのは愚策すぎます」

明神の『迷霧(ラビリンスミスト)』に紛れ、メルトはその場から逃走する。
全ては時間を稼ぐ為……この状況においては、正面突破など愚策も愚策
求められるのは、綿密な戦略だ。
恐らく、明神はその事を理解しているのだろう。また一つ、明神への評価を高めつつメルトは街を駆ける。

181 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:19:06
それは、メルトに対する撤退の勧め。
……考えてみれば、当然であろう。現状、メルトはただの足手まといだ。
モンスターは弱く、スペルの構成も脆弱。挙句に、真一の様に本人が戦える訳でもない。
今までは状況からパーティに寄生していたが、それぞれが命懸けのこの状況では、余計な荷物は死因になりかねない。
言葉を受けた直後こそ困惑したが、メルトは年齢に沿わない思考を有している……故に、小さくぎこちない笑みを作り口を開く。

「わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?」

しおらしい返事。いかにも初心者で、いかにも純朴な子供の様な返事だ。
だから当然――――メルトの内心は言葉とは異なっている。

悪質プレイヤーの獲物を横殴りし、ドロップアイテムを奪うような存在。
自身の知らないルールの穴を用いて、自身を嵌めようとする存在。
自信に溢れ、人から愛され、才能に恵まれた存在。

それらは全て、メルトが嫌悪する人間だ。
故にメルトはミハエルに一矢報いる事を画策する。これは、悪質プレイヤーなりの復讐だ。
世界最強がどうしたというのか。表舞台での絶対強者を舞台の外で闇討ちするのが自身の在り方。
自信が奪うのは構わない――――けれど、自身から奪った者には、相応の損失を。

ポケットに仕舞った【狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)】。
ガンダラで入手した、プレイヤーが入手できないイベント専用アイテムを確認し、真一の話を聞きつつメルトは脳裏で戦略を練り上げる

182 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:19:32
>「まずは現状確認だ。スペルはどれだけ残ってる?トーナメントで使った分のリキャは回ってねえだろ。
>俺は拘束スペルが4枚、妨害スペルが5、攻撃に使えるのは3だ。
>ただあのクラスの巨体に拘束がまともに効くかは分からねえ。火力に関しちゃ問題外だ」

「私は……」

始まった作戦会議。その中でスペル確認を求められたメルトは、一瞬躊躇いつつも言葉を紡ぐ。

「状態異常付与が1つ、行動阻害スペルが2つ、状態異常耐性弱体スペルが1つ、回復スペルが2つです……すみません。攻撃に使える物は一つも持っていません」

手札を晒しつつ、謝罪するメルト。
彼女の持つスペルとユニットカードは、ほぼ全てがレア度コモンのカード。
挙句に仕様はプレイヤーへの嫌がらせに特化している。恐らく、ミズガルズオルムに対しては役に立つ事は無いだろう。
唯一「勇者の軌跡」というスペルカードは強力だが……このカードは、ブレイブ&モンスターズにおいて、そもそも実装されていない。
つまり、非合法の手段を用いて入手しているカードだ。ギリギリまで使用も存在を明かすつもりは無いらしい。
最も、蘇生時にスマホを確認されている為、他の面々には承知されてしまっている可能性もあるのだが……死んでいたメルトにはそれは与り知らぬ事だ。

>「狙撃は俺がやる。ヤマシタのオートエイムに命中バフをかければまず外さねえ。
>あとは……狙撃の護衛と、ミドガルズオルムを引きつける役、誰か手を挙げる奴はいるか?」
>「ほならうちがミドガルズオルムを抑えますわ〜
>さっき言った通り、うちは対人戦よりああいったモンスター相手の方が力発揮できるよってな
>勿論一人では無理やからこのお二人にご助力願いたいわー」

そしてどうやら、作戦はミハエルのタブレットを潰す方向で動き始めたらしい。
明神の立てた戦略と、みのりが担うと宣言したミドガルズオルムの引きつけ。
この状況において、メルトは自身がどう動くか思考を巡らせていたのだが、そんなメルトにみのりが声を掛ける。

>「それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
>あの金獅子さんはうちらと同じブレイブなんやわ、それも世界一の
>多分真ちゃんとなゆちゃんが二人がかりでもまともに戦ったら勝てへん
>隙を作るのがせいぜいやろし、守られへんし次は生き返れるとも限られんやしで、列車に戻っとき?な?」

「え?」

それは、メルトに対する撤退の勧め。
……考えてみれば、当然であろう。現状、メルトはただの足手まといだ。
モンスターは弱く、スペルの構成も脆弱。挙句に、真一の様に本人が戦える訳でもない。
今までは状況からパーティに寄生していたが、それぞれが命懸けのこの状況では、余計な荷物は死因になりかねない。
言葉を受けた直後こそ困惑したが、メルトは年齢に沿わない思考を有している……故に、小さくぎこちない笑みを作り口を開く。

「わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?」

しおらしい返事。いかにも初心者で、いかにも純朴な子供の様な返事だ。
だから当然――――メルトの内心は言葉とは異なっている。

悪質プレイヤーの獲物を横殴りし、ドロップアイテムを奪うような存在。
自身の知らないルールの穴を用いて、自身を嵌めようとする存在。
自信に溢れ、人から愛され、才能に恵まれた存在。

それらは全て、メルトが嫌悪する人間だ。
故にメルトはミハエルに一矢報いる事を画策する。これは、悪質プレイヤーなりの復讐だ。
世界最強がどうしたというのか。表舞台での絶対強者を舞台の外で闇討ちするのが自身の在り方。
自信が奪うのは構わない――――けれど、自身から奪った者には、相応の損失を。

ポケットに仕舞った【狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)】。
ガンダラで入手した、プレイヤーが入手できないイベント専用アイテムを確認し、真一の話を聞きつつメルトは脳裏で戦略を練り上げる、

183 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:20:09
「金獅子……ですって……!?」

まったく唐突に、なんの前触れもなく現れては怨敵ライフエイクを殺害した少年の姿を見て、なゆたは瞠目した。

ミハエル・シュヴァルツァー。
世界的人気を誇る覇権ゲー『ブレイブ&モンスターズ』の頂点に立つ者。
金獅子、ミュンヘンの貴公子などと呼ばれる彼のことを、なゆたもブレモンプレイヤーとして当然のように知悉している。
過去数回行われ、我こそ最強との絶対の自信を誇る各国のトッププレイヤー、廃課金者、プロゲーマーが出場した世界大会。
その何れもで圧倒的な強さを見せて優勝した彼の顔と名前を、よもや間違えるなどということはあり得ない。

そのミハエルが、なぜこのアルフヘイムにいるのか。なぜリバティウムにいるのか。
なぜ、自分たちの敵として立ちはだかっているのか――

その全てに対して、なゆたは何らの理解に到達することもできなかった。

>さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか

ミハエルが大きく両手を広げる。その姿はまるで、これから演奏を始めようとする指揮者(コンダクター)のようだ。
実際、ミハエルは奏でるつもりなのだろう。
人々の悲鳴を。阿鼻と叫喚を。
嘆きを、怒りを。蘇った伝説の魔物の咆哮を。――破滅の音楽を。

ミハエルが何の目的でそれをしようとしているのかも分からない。正常な人間の思考としては度を越えている。
だが、彼が冗談や酔狂でそんなことをしようとしているのではない、ということだけは、どうにか理解できた。

>おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある

明神がスペルを発動させ、一行は路地裏にいったん退避した。
背後では派手な砲撃の音や、人々の逃げ惑う声。建物が破壊される轟音が鳴り響いている。

世界蛇ミドガルズオルム――通常のボスキャラであるレイド級モンスターをはるかに超越した、超レイド級。
もはや天災にも等しいその暴威を前に、リバティウムが瞬く間に瓦礫と変わってゆく。

>まずは現状確認だ。スペルはどれだけ残ってる?トーナメントで使った分のリキャは回ってねえだろ。

「ゴッドポヨリンは使えない……わたしが『分裂』のスペルカードを使いきっちゃったから。
 どのみちあの超レイド級には効かないだろうけど。今は、ベストコンディションの三分の一ってところかな……」

スマホを手繰り、手持ちのスペルを確認する。
ポラーレとの戦いで、主なカードは使用してしまっている。リキャストするのは最低でも明日の話だろう。
つまり――なゆたとポヨリンは戦いにはまるで役に立たない、ということだ。
手向かったところで、敵とさえ認識されず跳ね返されるのがオチだろう。

>あの超レイド級に対してつけ入る隙があるとすれば、ミハエル自身ミドガルズオルムを制御しきってねえことだ。
>その隙を狙って、奴のタブレットを奪うなり破壊するなりすれば、ワンチャンあるかもしれねえ
>あとは……狙撃の護衛と、ミドガルズオルムを引きつける役、誰か手を挙げる奴はいるか?

「…………」

明神が作戦の提案をするのを、なゆたは黙して聞いた。
確かに、現状ミドガルズオルムは見境なく暴れているだけのように見える。
とすれば、明神の言う通りミハエルの持つタブレットさえ奪ってしまえば、何とかなる……のかもしれない。
狙撃の護衛は難しい。元々なゆたのデッキは防御向けではないバリバリのアタッカーである。
それはみのりの方が相応しいだろう、と思う。実際にみのりがその役目に立候補した。
残る役目は囮だが、それもできるとは言えない。何せスペルカードが足りないし、囮とは何よりも目立つ必要がある。
蟻のような小ささのなゆたとポヨリンがミドガルズオルムの足許をうろついたとしても、一顧だにされないだろう。
現状、なゆたに出来ることは何もなかった。せいぜいがリバティウム住民の避難誘導くらいか。

だが、なゆたが沈黙していた理由は護衛や囮の役に立てないから――ということだけではなかった。

184 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:20:50
>お二人の力借りられれば意外とこっちの方がはよ終わるかもしれへんし、そうでなくてもやりようがあるよってなぁ

「ううむ……私の『蜂のように刺す(モータル・スティング)』は必殺にして極美の攻撃だが、さすがに自信はないな。
 サイズが違いすぎる。試してはみるがね。
 本来諸君とは正式な契約を結んでいないから、モンスターとして君たちの指示を受けることは御免蒙るが――。
 共闘ということならいいだろう。弟から君たちのことを頼まれているということもある。
 ここで君たちを死なせて、涙に暮れる弟を慰める方が私にとっては骨だ」

そう言って、ポラーレはばちーん!と長い睫毛とメイクに彩られた片目をウインクさせた。快く手を貸すと言っている。
エカテリーナも同様に協力を快諾するだろう。どのみち、どうにかしなければならない相手だ。野放しにはできない。

>それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
>わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?

みのりがメルトにも避難勧告を行う。
当然だ、何せメルトは先程まで死んでいたのだから。体力だって充分に戻っていないだろうし、彼女にできることはない。
尤も、なにもできないのは自分だって同じだ。であるなら、いっそメルトを保護して一緒に列車に戻るべきなのかもしれない。
足手まといにならない――それが非戦闘員にできる、唯一にして最高のサポートなのだから。

>それを踏まえたうえで真ちゃんには思うところあるみたいやからうちも聞いときたいわぁ

みのりが真一に問う。それは、少し前に明神が真一に対して告げた問いとほとんど同じだった。
そして、なゆたもそれに同意する。
自分たちがミハエルに会うのはここが初めてだったが、真一だけは先んじて彼に会っていたかのような反応を見せていたからだ。
だとすれば。ふたりの間にはどんな因縁があるのか?それを聞いておかない限り、こちらも対策の取りようがない。

「……真ちゃん」

小さく呟く。今は、真一が短慮を起こさず冷静に事態の収拾に務め、情報を開示してくれることを願うのみだ。

真一の話を聞き、なんとか事情を理解して、なゆたは改めて頭の中で状況を整理する。
ミハエルは恐らく、ずっと前から自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を監視していたのだろう。
そして、一網打尽に撃滅する機会を窺っていた。自らの敵として。

――わたしたちは、アルフヘイムの『王』に召喚された。でも彼は違う……?
――彼はニヴルヘイムの何者かによって、この世界に召喚されたってこと? だからアルフヘイム破壊のために行動している?
  
真一からの情報を聞いてなお、不確定で不明な要素が多すぎる。なゆたは右手を顎先に添え、俯いて眉を顰めた。
ひとつ言えることは、ミハエルはこのまま矛を収めはしないだろうということ。リバティウムを破壊し尽くすだろうということ。
ここで踏ん張らなくては――自分たちは死ぬ、ということ。

ならば。

――どうすれば、ミドガルズオルムを鎮めることができるの……?

パーティーの皆が皆、対ミドガルズオルムの方策を模索する中、なゆたもまた頭をフル回転させてあらゆる可能性を探った。

ミハエルの説得――不可能。
ガチンコの殴り合いでミドガルズオルムを制す――不可能。
援軍――期待薄。仮に来たところで返り討ちに遭い、被害が増す確率高し。
諦めて逃げる――論外。

なんとか知恵を絞って、ミドガルズオルムを戦い以外の方法で鎮めなければならない。
そう。撃破するでなく、封印するでなく。
あの超レイド級モンスターを『鎮める』方法を。

185 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:21:16
なゆたの心の中で、ずっとずっと引っかかっていることがある。
それは『人魚の泪』の根幹にかかわること。悲劇の御伽噺の中では語られることのなかったこと。

『メロウの王女は、なぜ泣いた?』

その一点が、御伽噺を聞いた瞬間からずっとなゆたの胸に棘のように突き刺さっている。
普通に解釈すれば、王女は愛を誓い合ったはずの青年に裏切られたことに対して絶望し、怒り、慟哭したのであろう。
その尽きせぬ憤怒が、怨嗟が、結果として世界蛇の降臨を招いた。そう考えるのが普通だ。
しかし。

――本当にそう? 彼女は……怒りや憎しみで涙を流したの?

なゆたには、それがどうにも腑に落ちない。
メロウの王女は心優しい女性だった。どんな種族も互いに理解し合い、手を取り合い、愛し合えると信じて疑わなかった。
侵略の脅威におびやかされても、決して希望を捨てなかった。愛し合い、認め合い、理解し合うことを願った。
王国が滅びても。最後のひとりになっても。

そんな王女が、最後の最後に自らの信念を捨てるだろうか?
愛は幻想だった。融和など空言だった。自分のしてきたことは全くの無意味だった、世界は絶望で満ちていると――
そう、思うだろうか。
もちろん、なゆたには王女の気持ちなど分からない。ただ想像するだけだ。
実際にはその通りだったのかもしれない。心から愛したはずの、分かり合えたはずの恋人の姿を敵の陣中に見出し。
裏切られた、と憎悪の念に身を焦がしながら死んでいったのかもしれない。王女の気持ちは、王女本人にしか分からない。

けれども。……それでも。

――違う。

なゆたは、そう断言した。
絶望はしただろう。慟哭もしただろう。その悲しみはいかなる海溝よりも深く、どんな高峰よりも高かったはず。
けれど。『悲しみには種類がある』。
憤怒や怨嗟の念によって励起された悲しみでなく、きっと王女の悲しみは――

『自らの愛が足りなかった。愛する彼を過ちの道から救い出すことができなかった』

そんな、自責の念から導き出された悲しみだったのではないか――と、なゆたは思った。
なゆたがそんな理解の方向に至ったのには、理由がある。
それはとれもなおさず『なゆたにもそういう経験があるから』だった。

かつて真一が不良としてケンカに明け暮れていた頃、なゆたはそんな真一を更生させようとずいぶん骨を折った。
真一につっけんどんで素っ気ない態度を取られても、決して諦めなかった。鬱陶しいくらい付き纏った。
自分が胸襟を開いて話し合えば、きっと真ちゃんはわかってくれる。ケンカもやめてくれる。
昔みたいに仲良くできる――そう信じて疑わなかったから。

尤も、そんななゆたの献身はことごとく空振りに終わり、僧侶である父に『あの年頃の男の子はそういうもんだ』と諭され。
父の助言に従ってほんの少しだけ距離を取ると、真一はいつの間にか不良を卒業して元に戻っていたのだが。

もちろん、なゆたの体験がそのままメロウの王女に当てはまるということはないだろう。
その証拠に、御伽噺の中の王女はライフエイクへの説得を試みることなく自害してしまっている。
だが、なゆたはこれだけは誓って断言できるのだ。

『一度裏切られたくらいでダメになってしまうほど、恋ってものはヤワじゃない』と――。

メロウの王女がミドガルズオルムを召喚してしまったのは、彼女の意思によるものではないとなゆたは考える。
ミドガルズオルム召喚のトリガーはあくまで王女の魔力でしかなく、それが解放されるプロセスなどは関係ないのだ。
だとするなら。望まぬ召喚によって狂乱を強いられているミドガルズオルムがミハエルに従わないのは当然と言えよう。

186 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:21:48
また、ライフエイクについても謎がある。
みのりが内心で気付いたように、またなゆたもその違和感に気付いていた。
ライフエイクはミドガルズオルムの召喚に関しては、ただの一言も言及していない。
まるで、ミドガルズオルムのことなど最初から知らないか――『そんなものに興味はないとでも思っているかのように』。
そうだ。
ライフエイクの望みは、あくまでもメロウの王女。かつて愛し合い、自ら裏切った恋人との邂逅にあったからである。
で、あるならば。ミハエルが味方であるはずのライフエイクを殺害したのも説明がつく。
ミハエルの目的はミドガルズオルム復活とアルフヘイムの破壊にあったが、ライフエイクはあくまで王女との再会が目的。
両者の目論み、そしてその到達点には明らかなズレがある。
だからこそミハエルは最後の万斛の猛者としてライフエイクを選び、用済みになった者の排除と計画の成立を成し遂げたのだ。

メルトの指摘通り、ゲームのイベント内で接敵する『縫合者(スーチャー)』は正気を失い、発狂していた。
縫い合わされた魔物の怨嗟と、適合不全による拒絶反応。
それらが齎す激痛はいとも簡単に本体の理性を、人格を、ありとあらゆるパーソナリティを揮発させてしまう……はずである。
だというのに、ライフエイクは正気を保っていた。しかも、現実が御伽噺に代わるほどの長い年月を。
それは、まさに常人には想像さえつかない強固な意志力。精神力の賜物ではなかったのか?

ライフエイクにそれほど長い間正気を保たせた、その意志の源とは何か?
それもまた王女の気持ちと同様に想像するしかなかったが、なゆたにはひとつ心当たりがあった。

人の命を捨て、人ならぬモンスターになってまで、ライフエイクが追い求めたこと。
想像を絶する激痛に抗いながら、長い長い年月を待ち続けた、その真意。
それがもし、なゆたの想像する通りのものだったとしたら――。

「……みんな。わたしに考えがある。力を貸してくれる……?
 うまくいけば、ミドガルズオルムを鎮められる。金獅子の鼻を明かしてやれる。すべてが丸く収まる……。
 そして――きっと。わたしたちは『それをするためにここにいる』んだ」

決然とした表情で、なゆたはパーティー全員の顔を見回した。
ミドガルズオルムを力で打倒することはできない。明神が最初に考えた作戦通り、ミハエルからタブレットを奪う必要がある。
従って最初は明神に巧くその作戦を為遂げてもらわなければならない。
自分の作戦は、その先。ミドガルズオルムにどう対処するか?という点に主眼が置かれていた。
世界一のプレイヤーであるミハエルに制御できないものが、自分たちにできるとは到底思えない。
よしんば制御できたとしても、王女の嘆きの具現であるミドガルズオルムを通常のモンスターとして使役なんてできなかった。
それは文字通り、王女に永劫の慟哭を強いる行為だからである。
また、これまで通り王女を海底に還したとしても、それは根本的な解決にはならない。
王女が海底で哭き続ける限り、いつまたミハエルのような邪悪な目論みを企てる者が出ないとも限らない。
メロウの王女の悲恋に関する伝承は、尽きせぬ哀しみは、ここで終止符を打たなければならないのだ。

なゆたは仲間たちから視線を外すと、

「ポヨリン!」

そう、鋭く呼んだ。

『ぽ、ぽよよっ……!ぽよ〜っ!』

やや離れた場所からポヨリンの声がする。見ればポヨリンは何かをずるずると引きずり、こちらに運ぼうとしている最中だった。
それは、ミハエルによって心臓を貫かれたライフエイクの亡骸。
ポヨリンはなゆたの作戦によって、いち早くライフエイクの亡骸を回収しに行っていたのだ。
なゆたは仲間たちに自分の考えを手短に説明した。

「人魚姫の泪が憎悪や怒りによるものじゃなく、あくまでも愛によるものなら。
 ライフエイクが人の姿を捨ててまで求めたものが、人魚姫との再会にあるのなら。
 活路はそこにある……シンプルな話よ。わたしたちはただ『ふたりを会わせてあげればいい』――!」

とはいえ人魚姫は人魚の泪に変わってしまったし、ライフエイクは死んでいる。
再会も何もあったものではない――が。

187 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:22:09
「ライフエイクが『縫合者(スーチャー)』でよかったわ。グロいしキモいし、全然わたしの趣味じゃないけど。
 でも――わたしでも簡単に生き返らせられるから」

なゆたはそう言うとライフエイクの亡骸を一瞥し、スマホをタップした。
そして『高回復(ハイヒーリング)』のスペルを切る。
ライフエイクの肉体が淡い治癒の光に包まれ、ミハエルによって開けられた胸の大穴が塞がってゆく。
普通なら、肉体の欠損を復元させたところで一旦死んだ者が生き返ることはない。
しかし、ライフエイクは『縫合者(スーチャー)』。
複数体の魔物の肉を、命を繋ぎ合わせ、人外の生命を獲得したレイドボスであった。

『縫合者(スーチャー)』は繋ぎ合わせた魔物の数だけ固有スキルを行使できる。
そして、ゲーム内ではvs『縫合者(スーチャー)』戦の際、プレイヤーはその身体にある複数のターゲットを選択し攻撃するのだ。
つまり――

ライフエイクの命は、ひとつではない。

「……がはッ!」

傷がすっかり塞がると、それまでぴくりとも動かなかったライフエイクの肉体が僅かに震える。
やがてライフエイクは苦しげに一度血を吐くと、うっすら目を開けた。

「……どういう……ことだ……?」

穴の開いていたはずの胸に触れ、上体を起こしたライフエイクが呟く。
なゆたは腕組みしてリバティウムの支配者を見下ろした。

「アンタのことはムカつくし、しめちゃんを一度は殺した敵だし。絶対に許してなんてやらないけど。
 でもね……それじゃ何の解決にもならないから。第一、アンタの恋人が悲しいって泣いてるから。
 だから。……アンタの望み、叶えてあげる。王女さまに会いたいんでしょ? そのために、何千年も過ごしてきたんでしょ?」

「……なんだと? 正気かね……? 私は君たちの敵だぞ? 君たちの命など顧みもしない。
 目的のためには手段を選ばない男だぞ……?」

ライフエイクが怪訝な視線を向ける。
この水の都で気の遠くなる年月を過ごし、カジノの胴元として権謀術数の中に身を置いてきた男だ。
なゆたの行動が理解できないというのも無理からぬ話だろう。
だが、そんなことはなゆたには関係ない。びっ、と右手の人差し指でミハエルとミドガルズオルムの方を指差す。

「うっさい! つべこべ言うな! さあ、王女さまはあっちよ。金獅子の手の中で、王女さまが待ってる。
 会いに行きなさい――そして、言いたいこと全部。ぶちまけてきなさい!
 その上で、アンタがまだ王女さまを泣かせるなら。そのときこそ、全身全霊でアンタをぶん殴る!!」

なゆたは叫んだ。
そして、パーティーの皆にもできる限りライフエイクがミハエルへと到達する手助けをしてほしい、と頼む。

「わたしのしてることは間違ってるかもしれない。致命的な過ちなのかもしれない。
 でも……ごめん。わたしはそれをしたいんだ。人魚姫の涙を、止めてあげたいんだ。
 みんな、お願い……力を貸して!
 ポヨリン、いくわよ!」

『ぽよっ!』

スマホをタップし、残り少ないカードを選ぶ。ポヨリンが魔力の煌めきを帯びる。
ミハエルの身は、彼に守護天使の如く寄り添う『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』が守っている。
ライフエイクがミハエルに到達し、その手の中の『人魚の泪』を奪取するのは至難の技であろう。
だが、なゆたはそれが成されることを信じた。当然、それは可能であるべきと思った。


なぜならば――


悪者の手の中に囚われた王女というものは、古今東西。恋人の手によって取り戻されなかったことがないからである。


【ライフエイクを蘇生させ、無理矢理味方に。王女との再会によるミドガルズオルムの沈静を画策】

188 名無しさん:2019/02/05(火) 22:23:11
>「うっさい! つべこべ言うな! さあ、王女さまはあっちよ。金獅子の手の中で、王女さまが待ってる。
 会いに行きなさい――そして、言いたいこと全部。ぶちまけてきなさい!
 その上で、アンタがまだ王女さまを泣かせるなら。そのときこそ、全身全霊でアンタをぶん殴る!!」

なゆたの啖呵を聞いたライフエイクは吹っ切れたようにふっと笑った。

「いや、全く違うはずなのにどこかアイツに似ていると思ってな」

彼は、かつてとある大国の王子だった。
幾星霜もの年月の果てに今では姿も忘れてしまった何者かに、言葉巧みに騙されたのだ。
曰く、メロウの国がその強大な魔力を用いての地上の侵攻を企んでいる
自分を匿ったのは、地上の情報を引き出すための策略だった――
誓い合った愛も偽りで、ただ篭絡されて騙されていただけなのだと。
潰さなければ潰される――そう思い込まされた彼は、苦悩の末にメロウの国の侵略を決めた。
王女の慟哭を聞き、自らが正体知れぬ悪意の罠にはまったのだと気付いた時には、何もかも遅すぎた。
その時彼は決意した。どんなに長い時がかかろうと、どんな手段を使ってでも王女と再会すると。
人の身を捨て《縫合者(スーチャー)》となり、狂気に堕ちてもその目的だけは決して忘れることは無かった――
そして今。まんまとミハエルに利用され、またしても同じ過ちを繰り返してしまった。
しかし以前と違うことは、今回はまだ挽回できるかもしれないということだ。
自らの目的のために容赦なく踏み躙ったにも拘わらず、それでも尚手助けしてくれる酔狂者がいるのだから。

「ミハエル――貴様の好きなようにはさせない!」

ライフエイクはミハエルを睨み据え、一歩一歩歩みを進めていく。

「ふふっ、あははははは!  予想外の展開だ!
僕の考えた筋書きとは違うがこれはこれで面白いじゃないか!
いいだろう、止めてみたまえ。出来るものならね!
――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉! 全力で相手をして差し上げろ!」

ミハエルは余裕綽綽な態度で〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉にライフエイクの阻止を命じた。

189 カザハ&カケル ◇92JgSYOZkQ:2019/02/05(火) 22:24:11
【キャラクターテンプレ】

名前: 美空 風羽(みそら かざは)→カザハ
年齢: 気分は永遠の17歳→マジで外見17歳
性別: 女→少年型
身長: 165→165
体重:標準→風の妖精なのでとても軽い
スリーサイズ:標準→少し細身
種族: 人間→シルヴェストル(風の妖精族)
職業: 窓際会社員→異邦の魔物使い?
性格: 地球では冴えない陰キャラだったがこの世界で秘めたる愛や勇気を開花させていく……のか!?
特技: 弟を尻に敷くこと(色んな意味で)
容姿の特徴・風貌: 少し尖った耳に薄緑色のセミショートヘアー、いかにもな風魔法使いっぽい服装
簡単なキャラ解説:
地球では地味で冴えないオタ会社員で、両親は2年ほど前に謎の失踪を遂げ、実家で弟と二人暮らしをしていた。
スマホゲームは管轄外だったが、世界的プレモンプレイヤーの謎の失踪のネットニュースを見て
弟と一緒に興味本位でダウンロードしたところ、起動した瞬間にトラックが自宅に突っ込んできた。
その拍子に二人揃って異世界転移。
何故かその際に種族まで変わり、少年型のシルヴェストル(風の妖精)となっていた。
ついでに少しばかりの戦闘能力も得たようで、弟(下記)の背に騎乗し一体となって戦う戦闘スタイルを取る。
尚、地球での生死は不明。

【パートナーモンスター】

ニックネーム:カケル(人間だった頃の名前は美空 翔(みそら かける))
モンスター名: ユニサス
特技・能力: 高速飛行・風の攻撃魔法と低威力の回復魔法が使用可能・角と蹄を使った近接戦も少々
容姿の特徴・風貌: 角と翼の生えた白馬 つまりユニコーン+ペガサス
簡単なキャラ解説:
就職に失敗し姉宅(実家)の自宅警備員兼家政夫を務めていた弟。
この度の異世界転移で人型ですらない種族になってしまった上に姉のパートナーモンスター扱いに。
姉には元から尻に敷かれていたが文字通りの意味でも尻に敷かれる羽目になってしまった。
テレパシーのようなもので姉とは意思疎通ができる。

【使用デッキ】

・スペルカード
「真空刃(エアリアルスラッシュ)」×2 ……対象に向かって真空刃を放つ。
「竜巻大旋風(ウィンドストーム)」×2 ……竜巻を発生させて攻撃。
「俊足(ヘイスト)」×2 ……対象の移動速度・素早さを飛躍的に向上させる。
「自由の翼(フライト)」×2 ……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
敵にかけた場合、相手の抵抗を破れば同上。味方にかけた場合は対象に飛行能力を与える。
「瞬間移動(ブリンク)」×2 …… 対象を瞬間的に風と化すことで近距離感を瞬間移動。
「烈風の加護(エアリアルエンチャント)」×2 ……対象の体にかけた場合は風の防壁を纏わせる。
武器や爪にかけた場合は風属性の攻撃力強化。
「風の防壁(ミサイルプロテクション)」×1……飛び道具による攻撃を防ぐ防壁を展開
「癒しのそよ風(ヒールブリーズ)」×1 …… 一定時間中味方全体の傷を少しずつ癒し続ける。
「癒しの旋風(ヒールウィンド)」×1 ……味方全体の傷を癒やす。
「浄化の風(ピュリフィウィンド)」×1 ……味方全体の状態異常を治す。

・ユニットカード
「風精王の被造物(エアリアルウェポン)」×3 ……風の魔力で出来た部防具を生成する。
「風渡る始原の草原(エアリアルフィールド)」×1……フィールドが風属性に変化する。
「鳥はともだち(バードアタック)」×1……大量の空飛ぶモンスターを召喚し突撃させて攻撃

190 カザハ&カケル ◇92JgSYOZkQ:2019/02/05(火) 22:24:35
阿鼻叫喚のリバティウム。
逃げ惑う群衆の中に、一人の少年がいた。といっても人間ではない。
薄緑色の髪に少し尖った耳――アルフヘイムに存在する種族の一つ、風の妖精シルヴェストルだ。

「あれは世界蛇”ミドガルズオルム”……伝説は本当だったのじゃ!
もうこの街はおしまいじゃぁあああああ!」

やたらと説明臭い台詞で絶望している爺さんを尻目に、少年はどさくさに紛れて、
どういう原理か翼生えた白馬を召喚し、飛び乗る。

「早く逃げるよ!」

しかし、白馬の方は飛び立つ様子はない。

《……戦わなくて良いのですか?》

「アホか! あんなんと戦ったら死んじゃうじゃん! もう死んでるかもしれないけど!」

《姉さん、小学生のころの将来の夢が勇者でしたよね。
16歳の誕生日に親から伝説の剣を渡されて実は代々続く勇者の一族であることが明かされて
魔王を倒す旅に出るんだって言ってましたよね》

「黒歴史を掘り起こすんじゃねぇ!」

《その心配は無用です。私の声、姉さん以外には聞こえませんから》

普段ならそれはそれで一人で馬と会話している危ない人に見えるだろうが、
尤も、この状況では誰も他人のことを気にしている余裕はないのでどちらにしろその心配は無用だ。
一人と一匹が押し問答をしているうちに、この辺でこいつらの境遇を説明しておこう。
一言で言うとブレモンを起動した瞬間に家にトラックが突っ込んできて気付いたらこの世界にいた。
ついでに種族も変わっていて弟に至っては人型ですらなくなっていた。
普通は異世界転生ものといったら最初に神様的なやつが出てきて説明してくれるものだが、そういう説明は一切無く。
右も左も分からずフラフラしていたところにナビゲーター妖精みたいな奴が現れて
リバティウムに行って”異邦の魔物使い”の一行に合流するように、と無責任なアドバイスだけしてどこかに去っていった。
行く宛ても無いのでとりあえずその言葉に従いリバティウムに来てなんとなくトーナメントを観戦していたところ、見つけたのだった。
スマホを操作しモンスターと共に戦う少年と少女――”異邦の魔物使い”。
探して声でもかけようかと思っていたところでカジノの方で爆発が起こり、有耶無耶のうちにトーナメントは中止。
更には海から巨大な化け物が現れて今に至るという訳だ。

191 カザハ&カケル ◇92JgSYOZkQ:2019/02/05(火) 22:24:58
「その魔法の板……そなた、もしや異邦の魔物使い(ブレイブ)ではないか?
どうか我らをお助けくだされ……!」

押し問答をしているうちに、説明臭い台詞で絶望していた爺さんが気付かなくていいことに気付いてしまった。
シルヴェストルのローブ状の裾から除く腕に取り付けた”魔法の板”に目ざとく目を付ける。
周囲の人もその言葉に反応し、引くに引けない状況となった。

「異邦の魔物使いだって……!? 伝説は本当だったんだ!」
「すっごく強いんでしょ!?」

「え、いや、まあ……それほどでも……あるかな!?」

幼き日、いつか勇者になるんだと目を輝かせていた少女は、
ヤンキーやギャルが支配する地球社会に揉まれるうちにいつしか陰キャラになり果てた――
ついに幼き日の夢を叶えるチャンスが巡ってきたのだ!

《――いつ勇者になる?》

「今でしょ! 〈俊足(ヘイスト〉!」

自分達に速度強化のスペルをかけ、常識を超えた高速飛行を可能とする。
風の妖精を乗せた純白の天馬――逃げ惑う人々の目には、それはいかにも絵になる光景に映ったことだろう。
純白の翼をはためかせ、超高速でミドガルズオルムの前を横切る。
そして街とは逆の海の方で滞空し――

「〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉!」

渦巻く真空刃の攻撃スペルをぶち込む。
並のモンスターの大群なら一瞬で吹き散らす大規模攻撃だ。
しかしそれも、ミドガルズオルムの固い鱗の前では意味を成さない――否、確かに効果はあった。
大蛇が街の方への攻撃をやめ、彼らを見据える。
今まで街の方へ向けて撃っていた水流を矢継ぎ早に狙い撃ちで放ってきた。

「おんぎょおおおおおおおおおお!? 避けて避けてマジで避けて!」

《言われなくてもやってます!》

最初一瞬ちょっと期待できそうな絵面に見えたのは気のせいだったのだろう、全く絵にならない光景となった。
〈俊足(ヘイスト〉の効果で間一髪のところで避け続けるが、ついにそれも限界がくる。
水流が容赦なく彼らを撃ち抜いた――と思われたが。

「危ねぇええええ! 〈瞬間移動(ブリンク)〉間一髪!」

ほんの僅かにずれた場所にいた。攻撃が当たる瞬間に瞬間移動のスペルを発動したのだ。

とはいえ、〈瞬間移動(ブリンク)〉が使えるのもあと一回。このままではジリ貧だ。

「ああ弟よ、今のポク達、最高に勇者だよね!」

《うん、無謀ともいうけどね! 夢がかなって良かったね!》

不吉なことに、この世には陰キャラがいきなり輝いたら死亡フラグというジンクスが存在するのだ。
旗をへし折ってくれる者を求む。切実に。

192embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:25:42
【キャラクターテンプレ】

名前:■■■■/(プレイヤーネーム:■■■■)
   “燃え残り”エンバース(embers)
年齢:不明
性別:男
身長:178cm
体重:20kg
スリーサイズ:燃え落ち、欠けている
種族:“燃え残り”エンバース(embers)
職業:無職
性格:疲れ果て、もう何も失いたくない
特技:生存
容姿の特徴・風貌:燃え残り、辛うじて五体満足な人体/チェーンメイル/ボロ布同然のローブ
簡単なキャラ解説:
2年ほど前にアルフヘイムに転移。しかし召喚された地はいかなる因果か、当時ゲーム内に断片的なデータのみが存在するだけだった未実装エリア。
共に転移した仲間達となんとか攻略を進めていくも、最終的にルート選択に失敗。
仲間を全員失い、挙げ句旅路の果てに運命の行き止まり――シナリオの結末に辿り着いてしまい、自らも死を選んだ。
――はずだったが、どういう訳かモンスターとして蘇ってしまい、その後は故あってリバティウムを訪ねていた。

なお彼が冒険した『光輝く国ムスペルヘイム』は、実際のブレモンには滅びた後の『闇溜まり』として実装されている。

“燃え残り”は闇溜まりに出現するモンスターの種族名。基本的には炎耐性持ちのアンデッドのようなもの。

【パートナーモンスター】

ニックネーム:フラウ
モンスター名:メルテッド・W
特技・能力:伸縮可能な肉体による剣技/体力、防御力の高いぶよぶよの体/再生能力
容姿の特徴・風貌:白い人型の生物が溶けて、ゲル状に成り果てたモノ
簡単なキャラ解説:
強烈な呪いの炎によって溶けて、しかし生き残ってしまったモンスターの成れの果て。
本来の姿は騎士竜ホワイトナイツナイト。
白夜の騎士と名付けられた美貌は見る影もないが、
ユニットとしてはリーチが長く、かつ高耐久とまとまった性能。

【使用デッキ】
・スペルカード
「握り締めた薔薇(ルーザー・ローズ)」×2 ……対象に特殊バフ『残り火』を付与する
「奪えぬ心(ルーザー・ルーツ)」×2 ……対象に特殊バフ『内なる大火』を付与する
「蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)」×2 ……フィールドを縦断、または横断する大穴を生成する。落下すると炎属性の継続ダメージを受ける
「見え透いた負け筋(ルーザー・ルール)」×2 ……対象に特殊バフ『被虐の宿命』を付与する
「奮起(リバーン)」×2 ……対象のHPを中程度回復する
「死に場所探り(ネバーダイ)」×2 ……味方全体に時間経過によって減少していく特殊HPを付与する
「縋り付き燃ゆる敗者の腕(ジョイント・スーサイド)」×1 ……対象の味方ユニットを中心に長時間燃え続ける炎を発生させる
「縫い留められし怨念(ドント・エスケープ)」×2 ……指定地点を中心に長時間燃え続ける広範囲の炎を発生させる
「牙?く負け犬(ダブルタスク)」×1 ……使用した瞬間もう一度行動が可能になる。また一定時間スペルが2連続で使用出来る

・ユニットカード
「道見失いし敗者の剣(ダークナイト)」×1 ……柄以外が見えない剣を生成する。
「抱かば掻き消える儚き陽炎(ロスト・グッド・エンド)」×1 ……炎属性の味方ユニットを4体召喚する。ユニットは短時間で消滅する
「破壊されるべき光輝の炉(イビル・サン)×1 ……指定地点に巨大な炉を落下させる。炉は一定以上のダメージを受けるか、時間経過により大爆発を起こす
「魂香る禁忌の炉(レベルアッパー)」×1 ……指定地点に巨大な竃を落下させ、対象を閉じ込め継続ダメージを与える
                        対象が内部で死亡した場合、任意のユニットに特殊バフ『レベルアップ!』を付与する

193embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:26:07
「……ここまで来て、これかよ」

紅々と燃える炎を抱えた、石造りの巨大な焼却炉。
その中に身を投げる/炎が絶えぬよう未来永劫その傍らに在り続ける。
それだけが今の■■■■に残された、たった二つの選択肢。

「俺は……俺達は……ただ元の世界に帰りたかっただけだ」

世界地図の最東端/光輝く国ムスペルスヘイム――ブレイブ&モンスターには存在しなかったはずの国。
未実装のエリアとイベント――その渦中に放り込まれ、それでも必死に生き抜いてきた。
だが結局失わずに済んだのは己の命だけだった。

確実に分かっている事――どちらのルートを選ぼうと、もう望んだエンディングには辿り着けない。
ここが結末なのだ。物語はもう修復不可能。
待っているのはバッドエンド/デッドエンド――その二つだけ。

「なのに、なんでこうなった」

焼成炉の中で、かたり、と鳴る音。
ついさっき炎の中に身を投げていった先客――その骨が熱に歪む音。
炉を覗き込む――見えるのは嘲り笑うように口元を歪めた髑髏。
怒りに任せて炉に叩きつけられる拳。
先客は容易く崩れ落ち――炎の底へと消えた。

「……お前の言う通りになんて、なってやるかよ」

覚悟を決めた/あるいは全てを諦めた――それ故の、迷いのない声。
擦り切れだらけの学生服から取り出される、ひび割れたスマートフォン。
そして血塗れの右手で画面をタップ。

「これはもうゲームじゃない。だからこの物語のエンディングは、俺が決めるんだ」

液晶画面から溢れる燐光/描き出されていく人型の輪郭。
この世界に迷い込んで以来、ずっと共に歩んできた無二の相棒。
純白の甲殻を身に纏った騎士のごとき竜――ホワイトナイツナイト。

「フラウ」

■■■■は相棒の名を呼ぶ/液晶画面をもう一度タップ――ありったけのスキルを発動。

「やっちまえ」

鞭のようにしなる刃の右腕――瞬きの内に放たれる二十の剣閃。
切り刻まれる焼却炉/瞬間溢れ返る太陽のごとき炎。

194embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:26:29
否、違う。ごときではない。
それはまさしくこの国の太陽だったのだ。
命を薪に炎を育み、豊穣と繁栄を、そしてその裏に闇を生み続けてきた太陽。

それは■■■■が冒険の終わりに求めていた物ではなかった。
一体どこで間違えたのか、元の世界へ戻るルートには入れなかった。
一緒に帰りたかった者達も既に一人もいなくなった。

今更この国の為に薪になってやれるほど■■■■はお人好しではなかった。
だが呪われた炎の傍らで未来永劫、新たに送り込まれてくる『薪』を焚べ続ける火夫。
そんなものに成り果てるのも御免だった。

故に――選んだのは予定調和の外側。
これがゲームであって欲しいくらい悲惨な、現実だからこそ選べた選択肢。

国中へと溢れていく太陽の炎。
邪悪な太陽の恩恵を受け続けた国/積み上げられた罪――全てが燃えていく。

「……熱いだろ、フラウ。一足先に、休んでくれ」

慣れた手付きでスマホを操作/相棒をアンサモン。
名残を惜しむように頬に触れた白い左手が、淡い光に逆戻りして消失。

一人きりになると、■■■■はその場に膝から崩れ落ちる。
そして相棒が宿るスマホと、仲間達の遺品を秘めた鞄――それらを抱きしめるように丸くなる。
それきり、動かなくなった。

「……疲れた」

呟き、物語の終わりに望んだのは一刻も早く燃え尽きて、消えてしまいたい。
それだけだった。

195embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:26:52
     
     
     
だが――その望みは叶わなかった。
最初に感じたのは息苦しさ。
水中ではない、自分は地中に埋まっている――そんな事を考える余裕はなかった。
ただ恐ろしいほどの閉塞感から逃れたい。
その一心で藻掻き、地の底から這い出た。
瞬間襲いかかる、視界を灼く眩い光/頬を撫でる風/潮の匂い/空気の味/波の音。
永い間眠り続けていた五感が悲鳴を上げる。
悲鳴を上げて虫のよう丸まり、頭を抱え、感覚の嵐が治まるのを待つ。

それからなんとか人心地ついて――■■■■は理解した。
自分は生き返った/あるいは生き残った。
瞬時に紡ぎ出される次の思考――もう一度死のう。

しかし、それはすぐには実行出来なかった。
立ち上がりざま、足元でかしゃんと響く音。

視線を下へ――燃え残っていたのは自分だけではなかった。
呪われた炎の中で最後まで離さなかった物。
相棒が宿っていたスマートフォン/旅を共にした皆の形見。

それらを目にした時、欲が出たのだ。
最後はバッドエンドだった――だが確かに楽しかった旅路の残滓が、この世界に残り続けて欲しいと。

壊れているとは言え魔法の板に、異世界からの漂流物。
美術館/商人/魔法学者/貴族/王家――大切に扱ってくれるだろう候補はいくらでもある。
そう考えて、■■■■は歩き出した。

まずは街を目指さなくては――大きな街がいい。
――商業の街リバティウムなら、この遺品の価値が分かる者もいるだろう、と。

196embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:27:16
そして今――■■■■は辿り着いたリバティウムで、阿鼻叫喚に囲まれていた。
前触れもなく海から現れた怪物――ミドガルズオルム。
その顎門から放たれたブレスが、瞬きの間にリバティウムを縦断。

飛空艇の墜落する音/建物の崩れ落ちる音/逃げ惑う人々の悲鳴。
それらに囲まれて――■■■■は駆け出した。

「……駄目だ。こいつらを道連れには、出来ない」

ミドガルズオルムとは正反対の方向へ。
決して手放さぬよう両手でしかと握りしめるのは、肩にかけた革鞄の帯。

かつて異世界の旅路を共にした友の、そしてそれ以上だった者の形見。
あんな化物に殺されてしまえば、それらは己の肉体もろとも粉々にされる。
皆がこの世界にいた証が完全に失われる。
そんな事は認められない。

せめて誰か、信用出来る者に鞄を預けなければ。
その一心で■■■■は駆ける。
だがついこないだ蘇ったばかりの、天涯孤独のモンスターがそう都合よく、そんな人間を見つけられる訳もない。

そんな事は分かっていた。
それでも誰かいないかと■■■■は走り――しかし不意に足を止めた。
声が聞こえたのだ――逃げ惑う人々の流れから外れた路地裏から。

女子供/老人/怪我人/重病人――大穴で恐ろしく図太い神経を持った火事場泥棒。
いずれにしても見過ごす事は出来なかった。

「おい、アンタ達。こんなところで何してる。さっさと逃げないと……」

路地裏に踏み込んだ■■■■が再び足を止めて、今度は言葉も失った。
年若い少女が手にした魔法の板――スマートフォンを目にした瞬間に。

「……ブレイブ?」

197embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:27:44
しかし困惑は一瞬。

「今すぐ逃げるんだ。あんな奴の相手をする必要はない。
 逃げて、元の世界に帰る方法を探すんだ。物語に深く踏み込めば、帰れなくなるぞ」

■■■■はすぐに眼の前の少女の肩を両手で掴んだ。

「ゲームの登場人物は、画面から飛び出してこないものだ。そうだろう?
 だけど丁度良かった。君達になら安心してこれを預けられる。役に立つかは分からないが……」

肩から鞄を外して一方的に話を進める■■■■は、しかしふと気付いた。
現在地は路地裏/少女は見るからに未成年/一方で自分は――年齢不詳の無職。
加えて己の外見――歩くぼろぼろの焼死体。
それらの情報を包括的に見て考えると――自分は今、限りなく不審な人物であると。

「……あー、いや、勘違いしないでくれ。俺は怪しい者じゃない。
 通りすがりの……えーと……元、ブレイブなんだ。
 名前は……今はちょっと思い出せないけど……」

慌てて弁解を連ねる焼死体もどき――しかし信用度を稼げている気がしない。
なんなら余計に墓穴を掘り進んでいる気すらする。
ひとまず少女から手を離すべきだが、焦るあまりそんな簡単な事が思いつけない。

リバティウムに突如として現れた超レイド級モンスター、ミドガルズオルム。
それとは全く関係ない薄暗い路地裏で、何もかもを失った敗北者の冒険が――再開する前に終わろうとしていた。

198明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:28:27
逃げ惑う人々の怒号と悲鳴、それをかき消すようなミドガルズオルムの咆哮。
空襲を受けた激戦区みたいな混乱を背景に、俺たちの作戦会議は続く。

レイド戦ってのは80割が参加者の募集と打ち合わせフェーズだ。
戦闘が始まれば細かい相談をしてる暇なんかないし、臨機応変にも限界がある。
お互いに何が出来て何が出来ないのか、どのタイミングでどんな支援が必要なのか。
コミュ障お断りのハイパー陽キャ向けコンテンツ、それが高難度レイドなのだ。

俺と石油王の問に、真ちゃんはミハエルについて知ってるだけの情報を述べた。
ミハエルと真ちゃんはトーナメントの会場で一回、遭遇している。
その時はまだお互い世間話を交わしただけらしかったが、真ちゃんはこの時点でミハエルを"敵"と認識していた。
タイラントの時と同じだ。こいつはどういうわけか、アルフヘイムに害なす者を嗅ぎ分ける鼻を持ってる。

それが世界を救う為にブレイブに与えられた加護なのか、真ちゃんがナチュラルに持ってる第六感なのか。
今はどっちだって良い。少なくともタイラントの件で、そいつが信じるに値うるものだってことは分かった。

「俺たちがアルフヘイムの使徒なら、あの野郎はニブルヘイムの使徒ってわけか?
 解せねえな、プレイヤーなら全員アルフヘイム側の存在なんじゃねえのか。
 召喚者によって陣営が変わる?2つの勢力に分かれて争う大規模PvPってところか。
 クソゲーがぁ、パッチノートに書いとけっつったろこういうことはよ……」

ほんと運営さんのそういうとこ良くないと思いますよ俺は!
後のプレイに大きく影響与えるような情報を伏せてんじゃねえよ!
これ課金コンテンツだったら返金騒動モノだかんな!?

何も明らかになっちゃいねえけど、少なくとも待ってたって事態は好転しないってことは分かった。
ミハエルは明確にリバティウムの、ひいてはアルフヘイムの破壊を目的に動いてる。
仮にミドガルズオルムをどうにか出来ても、奴を野放しにしてる限り同じことが続くだろう。
それこそ、タイラントをぶっ倒しても今こうやってミドやんが暴れてる現状のように。

>「ほならうちがミドガルズオルムを抑えますわ〜
 さっき言った通り、うちは対人戦よりああいったモンスター相手の方が力発揮できるよってな
 勿論一人では無理やからこのお二人にご助力願いたいわー」

ミド公のタゲ取りに石油王が手を挙げた。
異論はない。というか石油王の他にあのクラスの敵の引き付けなんざ出来る奴はいない。
タンクの仕事は本職に任せるのが一番だろう。

「頼んだ。あいつの火力マジでやべえから無理だけはすんなよ。
 さっきはこの街を守るとか青臭ぇこと言ったが、第一に優先すべきはあんた自身と、俺たちの人命だ」

純粋にヘイト稼ぎと防御に徹するなら、属性的に有利の取れるカカシはそうそう落ちはしないだろう。
それでも、単純なステータスの差でゴリ押しされれば耐えきれるかどうかは未知数。
多分このパーティで一番危険に晒されるのは石油王だし、奴もそれは承知の上で立候補してる。
お姉ちゃんとエカテリーナには死んでもこいつを守ってもらわなきゃならねえな。

「待て、何故妾がさらっと作戦に組み込まれている……?
 あの詐術師には個人的な借りがあればこそ、ここまで共闘はした。
 だが妾にはこれ以上貴様らに手を貸す理由などなかろう」

狼からいつの間にか人型に戻ったエカテリーナが今更不平を垂れやがった。
何なんこいつ……空気を読めよ空気をよ。そんなんだからおじいちゃんに怒られんねんぞ。

「カテ公さぁ……なんでこの土壇場でそういうこと言うの?野良ボスのお姉ちゃんですら仲間面してんじゃん。
 なっ、乗りかかった船じゃねえか、このままいい感じになし崩しで力貸せよ。どうせ暇だろ?」

「暇ではない。妾は断じて暇人ではない。カテ公とは何だ、そのような呼び名を赦した覚えはない」

199明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:28:52
ふえぇ……めんどくさいよぉ……。
そういやこいつそういうキャラだったわ。働くのにいちいち理由求めるタイプの奴だったわ。
なぁなぁで共闘してくれたマルグリット君ってマジで(都合の)良い奴だなぁ。

「カテ公じゃ不満か?じゃあこういうのはどうだ。
 ――俺は、お前の本当の名前を知ってるぜ」

「…………!!」

カテ公の背筋が硬直し、帽子の向こうの双眸が僅かに見開かれた。
"虚構"のエカテリーナ。真名を失いし者。
変幻自在を繰り返すうちに真実を忘れ、いつしか虚構だけで形作られた存在。

実装分のメインシナリオをクリアしてる俺は、奴の未来を知っている。
その末路も。そして、エカテリーナが生涯を費やして取り戻そうとした、本来の名前も。

「お前が存在の全てを虚構に溶かして消滅する前に、お前の真名を教えてやる。
 それでどうだ?お前がこれまで自分探しにかけてきた時間を思えば、断然お得な取引だろ」

「貴様、何故それを……いや、何をどこまで知っている?」

「マルグリットから聞いてねえのか。俺たちゃ"神の御手"、この世界のことは割となんでも知ってんだよ」

エカテリーナは再び、虚構を見抜くその両眼で俺を睨み据えた。
そして、俺の言葉に偽りがないと理解したのか、自分の肩を浅く抱いて一歩下がった。
ウソ発見器持ってる奴が相手だと交渉がスムーズで助かるわ。腹の探り合いとかクソだるいからね☆

「交渉成立だな、お前の持ち場はあっちね。対価は示したんだ、給料分は働けよ」

>「それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
 あの金獅子さんはうちらと同じブレイブなんやわ、それも世界一の
 多分真ちゃんとなゆちゃんが二人がかりでもまともに戦ったら勝てへん
 隙を作るのがせいぜいやろし、守られへんし次は生き返れるとも限られんやしで、列車に戻っとき?な?」

二人の手駒を従えた石油王は、戦場に赴く前にしめじちゃんに声をかけた。
俺も何か声をかけようとして、でも何も言えなかった。
しめじちゃんに避難を促す言葉はウソになる。俺は彼女に逃げて欲しいとは思っちゃいないからだ。

ここがどんなに危険でも、命の保障がないのだとしても。
俺はしめじちゃんに、傍に居て欲しかった。合理的な理由なんか一つもない、単なる感情論だ。

正直、ミドガルズオルムは恐ろしい。ミハエルも行動原理がサイコパスじみててマジで怖い。
煽り文句でどうにか自分を鼓舞しちゃいるけど、吹けば飛ぶような強がりでしかない。
俺は実際のところ臆病なパンピーだから、重責と危険に晒されてとんずらしないとは言い切れなかった。
俺のことが信用ならないのは俺が一番よく知ってるからな。

だけど、しめじちゃんが後ろに居てくれるなら、少なくとも俺は一人で逃げ出したりしない。
もうあんな思いは御免だ。絶対に、今度こそ、しめじちゃんを死なせない。
ヘタレでビビリな俺にも、それだけは確かな意志として胸の裡にあった。

>「わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、
 街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?」

だから、しめじちゃんが撤退を遅らせる提案をした時、俺は内心嬉しかった。
口に出しちゃうとマジで情けない話になるから言わなかったけれど。

「俺はそっちの方が助かる。ミハエルの野郎はリバティウムの住民なんか虫ほどにも感じちゃいねえ。
 流れ弾が直撃しても寝覚めが悪いし、奴が住民を人質に取らないとも限らねえからな。
 不確定要素はなるたけ排除しておくべきだ。しめじちゃん、住民の避難誘導は任せて良いか」

200明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:29:15
それに……俺はもう知っている。
しめじちゃんが、佐藤メルトが、『守られて右往左往するだけの弱者』なんかじゃないってことを。
彼女はおそらく、単なる正義感から避難誘導に立候補したわけではあるまい。
今この段階じゃなんとも推測しかねるが、戦場に留まるのには何か別の狙いがあるはずだ。
しめじちゃんが近くに居てくれるのは、純粋に、心強かった。

「あとは……なゆたちゃん、君はどうする」

沈黙を保ち続けるなゆたちゃんに、俺は水を向けた。
さっきの現状確認では、彼女はトーナメントでほとんどのスペルを吐き出したと言っていた。
パーティのメイン戦力、頼みの綱のゴッドポヨリンさんは明日までログインしてこない。
如何に趣味ビルドでガチガチに鍛えたと言っても、スライムじゃミハエルの堕天使に太刀打ち出来ないだろう。

戦術や鍛錬じゃどうにも出来ない『レア度差』という隔たりが、このクソゲーには存在する。
まぁそれをどうにかしやがったのがモンデンキントとかいうスーパースライム馬鹿なんだけど、
その薫陶を受けたなゆたちゃんと言えどもスペルなしの素殴りじゃ限界はある。

>「……みんな。わたしに考えがある。力を貸してくれる……?
 うまくいけば、ミドガルズオルムを鎮められる。金獅子の鼻を明かしてやれる。すべてが丸く収まる……。
 そして――きっと。わたしたちは『それをするためにここにいる』んだ」

何事か思案し続けていたなゆたちゃんは、不意に俺たちを見回して口を開いた。
まるで、長い数式の果てに回答を導き出したかのような、確信めいた口調だった。

「急になんだよ。何を思いついたってんだよなゆたちゃん。
 あの怒り狂って暴れてるミドやんを、なだめすかして穏便にお帰りいただける方法があるってのか?
 ……フカシじゃねえだろうな。ありゃ二三発ぶん殴って止まるようなもんじゃねえぞ」

>「ポヨリン!」

なゆたちゃんは返答の代わりに自分のパートナーを呼んだ。
どこに行ってたのかポヨリンさんはズルズル何かを引きずりつつ駆け寄ってくる。
いやこれマジで何よ?なんかすげえグチャミソのボロ雑巾みたいだけど……。

「ってお前、これ!ポヨリンさんが咥えてんの、ライフエイクの死体じゃねーか!」

辛うじて五体っぽい原型をとどめている肉塊は、よく見たらライフエイクだった。
ミハエルに叩き潰された挙げ句、ミドやん復活の余波でズタズタになった死体。
ポヨリンさんはそれをなゆたちゃんの前に放り出す。

>「人魚姫の泪が憎悪や怒りによるものじゃなく、あくまでも愛によるものなら。
 ライフエイクが人の姿を捨ててまで求めたものが、人魚姫との再会にあるのなら。
 活路はそこにある……シンプルな話よ。わたしたちはただ『ふたりを会わせてあげればいい』――!」

「ちょ、ちょっと待て!お前一体何するつもり――」

>「ライフエイクが『縫合者(スーチャー)』でよかったわ。グロいしキモいし、全然わたしの趣味じゃないけど。
 でも――わたしでも簡単に生き返らせられるから」

俺が制止するより早く、なゆたちゃんはスマホを手繰った。
スペルが発動――『高回復』の光がライフエイクの死体を包み込み、傷を癒やしていく。
やがて、機能を停止していたライフエイクの肉体が、命を取り戻した。

縫合者は、いくつもの魔物を融合させて造り上げたキメラ系統の最上位モンスター。
つまり複数の命を身体に宿しているということであり、その全てを潰さなければ完全な死は訪れない。
ゲーム上ではHPを0にしさえすれば全部の命を殺すことが出来たが……ここは微妙に仕様の異なる世界。
ミハエルによって貫かれた"以外"の命は、未だ健在だった。

201明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:29:38
>「……がはッ!」
>「……どういう……ことだ……?」

回復が完了し、気道に溜まった血を吐き出すと、ライフエイクは目を白黒させながら周りを見回した。
いやホントにどういうことだよ!せっかく死んだこいつを蘇生するとか何考えてんだなゆたちゃん!

>「アンタのことはムカつくし、しめちゃんを一度は殺した敵だし。絶対に許してなんてやらないけど。
 でもね……それじゃ何の解決にもならないから。第一、アンタの恋人が悲しいって泣いてるから。
 だから。……アンタの望み、叶えてあげる。王女さまに会いたいんでしょ? そのために、何千年も過ごしてきたんでしょ?」

未だ状況を理解出来ていないライフエイクと俺をよそに、なゆたちゃんは頭上から言葉の洪水をぶつけた。
そして俺もようやく脳みそが追いついてきた。なゆたちゃんが、これから何をしようとしているのか。
――ライフエイクに、何をさせようとしているのか。

ミドガルズオルムを目覚めさせたのは、ライフエイクでもミハエルでもない。
『人魚の泪』の主、マリーディアその人だ。
絶望と哀しみによって溢れた泪が呼び水となって、"海の怒り"はこの世界に解き放たれた。

さらに元をたどって何故、マリーディアは泣いたのか。
それは、クソ女たらしのライフエイクと離れ離れになった、別離の哀しみ。
あの人魚姫は裏切られてなお、ライフエイクを想い、求めて泪を流している。

そして――ライフエイクもまた、人魚との邂逅を望んでいた。
奴が求めていたのは『ミドガルズオルム』ではなく、『人魚の泪』。
俺が煽り代わりに提示した"死者の蘇生"に、少なからず執着していた理由。
全ては、はじめから一本の線で繋がっていたのだ。

なゆたちゃんは、言わばガスの元栓を締めようとしている。
ミドガルズオルムを現界させている魔力の供給源、『人魚の泪』。
人魚の泪が発生する原因となった、マリーディアの哀しみ。
マリーディアに哀しみをもたらした、ライフエイクとの別離。

上流の上流、根本の根本を為すその問題さえ解決すれば、ミドガルズオルムがこの世に存在する理由はなくなる。
あの超レイド級を、戦うことなく再び海の底に鎮めることが、できる。

202明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:30:02
「自分が何やろうとしてるか分かってんのか、なゆたちゃん」

言いたいことは分かる。頭では理解出来る。
だけどそれは、散々煮え湯を飲まされたライフエイクさえも、救ってやるってことだ。
奴がこれまでしてきたことを思えば、おいそれと賛同することは、俺には出来なかった。

「こいつは、ライフエイクは!しめじちゃんを殺したんだぞ。俺たちを陥れようとしたんだぞ。
 そして今、裏切り者の分際で、昔の元カノに再会しようとしていやがる。
 どの面下げてマリーディアに会うつもりか知らねえし、知りたくもねえ。
 これまで散々他人の人生を弄んできた奴が、今更幸せになろうなんて虫が良すぎるだろ」

ミハエルの乱入で消化不良になっていたライフエイクへの怒りが、今になって腹の中で燃えている。
わかってる。これが最善だ。ライフエイクの協力なしに、ミドガルズオルムを再封印なんて出来っこない。

「織姫と彦星じゃねえんだぞ。いい年こいた男女の逢い引きを、俺たちが手助けしてやるってのか?
 クソ野郎とバカ女の、云百年越しの傍迷惑な恋物語を、今さら大団円で終わらせようってのか?
 そんなの――」

だから、俺がこいつを助けるに値する、理由付けが必要だった。

「――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ」

俺はもしかしたら、とんでもない選択ミスをしたのかもしれない。
とっとと逃げればいいのに、訳の分からん仕事を背負い込んで自縄自縛に陥ってるのかもしれない。

だけど、どこまで行っても、結局俺はゲーマーなのだ。
未完結のシナリオがあるのなら、最後まで見届けたくなっちまう、そういう習性の動物だ。
そして俺は、そういう自分が……嫌いじゃなかった。

 ◆ ◆ ◆

203明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:30:26
さて、方針はこれで決まった。
石油王とNPC二人はミドガルズオルムのタゲを取って街の被害の防止。
しめじちゃんは撤収しつつ住民の避難の高速化と誘導。
なゆたちゃんはライフエイクと一緒にミハエルから人魚の泪を奪う。
そして俺は、ミハエルの手元を狙撃してタブレットの奪取だ。

俺が直面している課題はふたつ。

一つは、今しがた戦闘画面で確認したけど、やはりというかミハエルは防御障壁を張ってやがる。
あんだけ大っぴらに姿見せてんだから狙撃に対する警戒は当然と言えば当然だ。
ヤマシタの攻撃力じゃ、バフかけてもミハエルの障壁は突破出来ないだろう。
ただまぁこれに関しては、どうにかする方法は既に考えてある。

もう一つは――ミハエルが従えているパートナー、『堕天使』だ。
奴の傍をつきっきりで護衛しているあのモンスターが居る限り、矢は障壁にすら届くことなく撃墜される。
制空権を完全に取られている以上、狙撃はまず不可能と考えていいだろう。

堕天使(フォーリンエンジェル)。
ガチャ産モンスターの中でも数えるほどしか居ない最高レアに君臨する、排出確率0.001%の"宝くじ"だ。
その性能は単独でレイド級に匹敵し、そこにスペルが加わればもはや手の付けようもない。
同じ悪魔族のバフォメットが10匹で襲いかかっても、上空からの爆撃で消し飛ばされるだろう。
広範囲・高火力の遠距離攻撃に加え、接近戦でもベルゼブブを瞬殺するデタラメぶりだ。

いやマジでさぁ、開発はバカなんじゃねえの……?
なんぼなんでもこんなクソふざけたスペックのモンスターを対人ゲーに実装すんなよ。
ゲームバランスの崩壊どころじゃねぇだろこれ。戦術要素ゼロじゃん?
そらミハエル君も世界チャンピオンになるわ。あいつ事故って死なねーかな。

「なゆたちゃん、とにかくどうにかして堕天使を抑え込んでくれ。
 倒せはしなくても、あの六枚羽根を破壊して飛行不能にすれば、制空権は取り戻せる。
 奴がこの空を明け渡したときが、俺の狙撃チャンスだ」

手の中にあるスマホを手繰り、ブレモンのアプリを一旦バックグラウンドにして待受画面を表示。
幸いにもスマホは、ブレモン以外の機能も一応使えるみたいだ。
つっても、圏外になってるから写真やら動画みたいなオフライン環境で動くアプリしか利用できないが。
その中にある俺の目当ては、『周回用.apk』というタイトルのアプリデータだ。

周回要素の強いゲームには大抵、自動で操作して周回や狩りを行う外部ソフトウェアがある。
いわゆるBotやマクロと呼ばれるソフトだ。もちろん規約違反だし、使用がバレればBANは免れない。
一回BANされてから封印してたけど、まぁこの世界からアカウント停止を食らうことはあるまい。

俺はマクロが十全に動作することを確認してから、ブレモンアプリをバックグラウンドから呼び戻した。
これで準備は整った。あとは堕天使さえどうにか出来れば、あのクソガキからタブレットを取り上げられる。
俺は仲間たちを見回した。なゆたちゃんは既に臨戦態勢だ。

「よし、作戦は頭に入ったな。ライフエイク君が告りに行くの、手伝ってやろうぜ」

いざ出陣、と意気込み新たに声をかけたその時、不意に隣から声が聞こえた。

>「おい、アンタ達。こんなところで何してる。さっさと逃げないと……」

この路地裏は既に住民が逃げ去った地区にあるから、俺たち以外にここへ足を踏み入れる者が居るはずもない。
何事かと振り向けば、ぶすぶすと煙を吹く焼死体と目(?)が合った。
死体ではあるが、自立歩行し、こちらへ向かってくる……つまり、アンデッドだ。

「うおおおおっ!?なんだお前っ!ヤマシタ――」

迫りくるアンデッドを咄嗟に排除せんと俺はスマホを手繰る。
だが、召喚ボタンをタップする寸前に、アンデッドの呟いた声が耳に届いた。

204明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:30:49
>「……ブレイブ?」

「……何だと?」

このアンデッド、見た目からするに後半のマップ"闇溜まり"に出現する『燃え残り』。
俺たちが構えたスマホを見て、確かに『ブレイブ』と言った。
この世界でブレイブがどのくらい知名度のある存在なのか不明だが、少なくとも、認知と会話を行う知能がある。
単なるバグ湧きのエネミーじゃないってことだ。

>「今すぐ逃げるんだ。あんな奴の相手をする必要はない。
 逃げて、元の世界に帰る方法を探すんだ。物語に深く踏み込めば、帰れなくなるぞ」
>「ゲームの登場人物は、画面から飛び出してこないものだ。そうだろう?
 だけど丁度良かった。君達になら安心してこれを預けられる。役に立つかは分からないが……」

燃え残りはなゆたちゃんの肩を掴んでまくし立てる。
逃げろと、何かを受け取れと、早口で喋る。
俺はその両腕を払い除けて、なゆたちゃんとの間に立った。炭化した皮膚っぽい何かがパラパラと宙を舞った。
こえーよ。ブレモンはホラーゲーじゃないんですよ。

「ちょっと待てや!唐突に意味深なこと言いながら話を進めんじゃねえ!
 まずお前は何なんだよ、ミドやんの犠牲者がもうアンデッドになったのか?
 燃え残りってこんな平和な地域にポップするモンスターじゃねえだろ」

問いかけつつも、俺にはなんとなくこいつが何なのか分かってしまった。
元の世界。ゲーム。このアルフヘイムでそんな用語を口にする奴はそう多くはない。
つまり……

>「……あー、いや、勘違いしないでくれ。俺は怪しい者じゃない。
 通りすがりの……えーと……元、ブレイブなんだ。名前は……今はちょっと思い出せないけど……」

ブレイブ。この世界に放り込まれた、俺たちと同じ境遇の持ち主。
いやでも、"元"って何だよ。そんでなんでブレイブ様が焼死体になってその辺彷徨いてんだよ。
アンデッド化したブレイブなら俺の友達にも一人居るけどさぁ。

「とにかくなゆたちゃんから離れろや!お前死んでから鏡で自分のツラ見たことねーのか?
 火葬場から直接こっちの世界に転移したってんならそれはもうご愁傷様だがよ」

登場と言い、言動と言い、なんもかんもが急過ぎるわ。
ほんで後生大事そうに抱えてるそのカバン、何入ってんだそれ。

「その荷物、別に誰かに預けんでもインベントリにしまっときゃ良いだろ。
 スマホないの?"元"ブレイブっつったが、スマホぶっ壊しでもしたのか」

ブレイブをブレイブたらしめる証、『魔法の板』ことスマートフォンは、そうそう壊れるもんじゃない。
何らかの魔法的な保護が働いているのか、少なくとも落としたくらいじゃビクともしなかった。
試掘洞潜ってる時に何度か高い位置から地面に直撃しちゃったけど、それでも傷ひとつついちゃいない。
多分システム的に破壊不可能オブジェクトとして扱われるんだろう。

「あんたが何者なのかすげえ気になるけどよ、ぶっちゃけ今は新キャラ登場でワイキャイやってる場合じゃねえんだ。
 あの化物をどうにかする方法はそこの女子高生がもう思いついた。準備も覚悟も完了してる。
 ローウェルのジジイのおつかいも終わらせなきゃならねえ。つまりなぁ……」

俺は燃え残りの肩を掴み返して言った。

「逃げろじゃねえんだよ。おめーが逃げんだよ!」

205明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:31:24
掴んだ肩の感触は、死体のくせになんか生暖かった。
燃え残りを解放して、しめじちゃんに声をかける。

「しめじちゃん、撤収ついでの避難誘導にこいつも連れてってくれねえか。
 四の五の言いやがったら捕獲してゾウショクの後輩にでもしちまえ――」

闖入者の処断を速やかに済ませた俺は、ミドやんの様子を確認する為に上空を振り仰いだ。
視界を横断するように、何かが空を駆けていくのが見えた。

「何だありゃ!?」

いやホントに、何だありゃとしか言いようがなかった。
ミドガルズオルムへまっしぐらに吶喊していく飛行物体は、よく見りゃ羽の生えた馬。
飛空艇より遥かに高速で飛翔する馬には、小柄な子供っぽいのがひっついていた。

「リバティウム衛兵団の二次隊か?いやでも、あれ人間じゃねえよな……」

馬と乗り手はミドやんの背後、つまり海側へと回り込む。
そして、ミドやん目掛けて魔法を放った。

>「〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉!」

乗り手から射出された、真空刃のつむじ風。
それはミドガルズオルムの背中に直撃し――ダメージはごくわずか。
しかし、街へ散発的に攻撃を繰り出していたミドやんの目が、初めて海側へと向いた。
ヘイトを取ったのだ。

>「おんぎょおおおおおおおおおお!? 避けて避けてマジで避けて!」

イラついたミドやんが水ビームをやたらめったら撃ちまくる。
馬と子供は空中を機敏に移動してビームを避けまくるが、ジリ貧には違いなかった。

「やべえ、変な奴がいきなり来て横殴りしやがった!あいつこのままじゃ撃ち落とされて死ぬぞ!
 ……石油王!」

俺は一言、石油王を呼ぶ。こいつならそれで十分意図を理解して動いてくれるだろう。
まぁ意図もなにも、タゲ取り早くしてやくめでしょってだけなんですけど。
最後に、俺はなゆたちゃんに声をかけた。

「さてなゆたちゃん、俺たちもライフエイクの恋バナを邪魔するクソ堕天使を、叩き落としに行くとしようぜ」

謎の死んでる系ブレイブに、これまた謎の馬と子供。
邪悪なおっさんとメンヘラ人魚姫の、海と時間を隔てた恋の行方。
戦場は加速度的に混沌さを増して、俺はSANチェックに失敗しそうだ。

だけど、こんなこと言ってる場合じゃ全然ないし、すげえ不謹慎ではあるけれど。
カジノから追い詰められっぱなしだった俺は、今さらなんだか楽しくなってきた。
ずっと忘れていた感覚を、ようやく思い出した。

シナリオを水増しするかのように飽和するキャラクター達。
次から次へと定食のようにお出しされる、イベントとレイドバトル。
マジで節操のない、コンテンツのサラダボウル。
世界観の整合性なんてまるで考えちゃいない、思いつきで実装されるストーリー。

そうだよな。そうだったよな。

――ブレイブ&モンスターズは、こういうゲームだ!

206明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:31:45
【バトル開始
 
 ミハエル&堕天使:ライフエイクwithなゆたちゃんと交戦開始。現状狙撃は不可能
         堕天使の羽を破壊することで飛行能力を奪えば狙撃が可能に
 
 リバティウム市街:しめじちゃんに避難住民の誘導を依頼。
          突如現れた燃え残り(エンバース)の保護も頼む

 ミドガルズオルム:石油王にヘイト固定を依頼。
          カザハ君が死にそうなので保護してあげて】

207 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:32:20
混乱の波が広がっていく中、路地裏での作戦会議で徐々に練りあがっていく行動方針
エカテリーナとの交渉を成立させ協力を取り付けた明神にみのりが礼を述べ

「ありがとさんね、おかげで目途がついたわ
まあ、ダメやっても3ターンは持たせるよってな
それ以降は危なくなったらうちは逃げるし、それまでにお願いするわ〜」

礼と共に作戦概要も打ち合わせをしておく
打ち合わせの最初の戦力分析の際にスマホを見せなかったが、しめじ蘇生の為に殆どのカードを使い切ってしまっている事は既に知られているであろう
イシュタルがいかに耐久特化のモンスターと言えども、回復支援が入らない状態で超レイド級モンスターの相手は出来はしない
1ターンキルを免れるのが精いっぱいではあるが、それでもみのりの目には勝算が映っていた


話がまとまったところで、しめじがみのりの避難勧告を了承
ここに至りて子供扱いされた事に反発されることもありうると思っていただけに胸をなでおろした

「ええ子やわ、わかってくれてありがとさんな。
町中混乱しているやろし、踏みつぶされんように気ぃつけてや」
と表向きの言葉をかけた後はそっと耳元で呟く
「いざとなったら、周りの人間盾にしてでも逃げるんやで?」

みのりはしめじを何の力もない子供とは思っていない
だがそれでも戦場から排除し逃げるように促した
それはしめじの長所が正面戦闘ではなく混乱時に煌めく機転だとみているからだ
……いや、違う……やはり逃がしたのはしめじに死んで欲しくないという気持ちが高かったのであろう

みのりは人の重さに大小も順位もつけられる
しめじが助かるためならば見ず知らずの人間の犠牲も許容することができるのだから


練りあがっていく戦略になゆたが大きな石を投げかける
それはライフエイクの復活
そもそものライフエイクの目的は人魚の姫との再会
そして人形の姫はライフエイクの死を突きつけられ絶望しミドガルズオルムを呼び出す事になった

この反応は両者がいまだに想いあっていた証左に他ならない
のであれば、再会を果たさせミドガルズオルムを鎮めようというものだ
しかしこの作戦には大きな問題がある

堕天使を操る金獅子から人魚の泪というアイテム化した人魚の姫を奪還する必要があるのだから
そして何より、ライフエイクを味方として共に戦うというものだ
戦力として考えれば『縫合者(スーチャー)』はこの上なく強力であり、おそらく個の戦闘力で言えばこの中で誰よりも強い
金獅子と戦うにおいてなくてはならない戦力ともいえるだろうが、策略を巡らせしめじを殺し、あらゆる犠牲をいとわず儀式を執り行った張本人である

思うところは多いだろうが、明神は折り合いをつけたようだ
だが、みのりは違う
明神やしめじに向けた笑みを湛えたまま、目だけは汚い汚物を見るかのような冷たい眼差しをライフエイクに向けていた


みのりはライフエイクの目的がミドガルズオルム召喚ではなく、人魚の姫との再会、そして邂逅である事は気づいていた
だからこそ、言ったのだ

>同じようにあんたさんにとって大切な命はうちらにとっては限りなく小さなものやぁ云う事、忘れへんでおくれやすえ?」
と。そして、一同に宣言しておいたのだ

>金獅子さんがやった事は、うちらがやろうとしていた事そのものなんよね
>その点は手間が省けた
と。包み隠さず言えば金獅子がやったことは、そのままみのりがやろうとしていた事でもあったのだ
『縫合者(スーチャー)』とは数多くの魔物の肉体を無理矢理繋ぎ合わせた状態であり、縫い合わされた魔物の怨嗟と適合不全による拒絶反応は発狂に値する苦痛である
それでもなお正気を保っていられるのは人魚姫との再会という一つの想いがあったからだ
そこまではなゆたと同じ読みだったが、そこから導き出される結論は真逆

目の前で人魚の姫の首を落とし唯一のよりどころを崩してやろうと思っていた
ライフエイクにとって大切な命であってもみのりにとっては意趣返しの為の命でしかないのだから

それらの言葉をすべて呑み込み、沈黙をもって了承の意思表示をするのであった

208 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:32:43
話はまとまり、いよいよ、という時になって思いがけない乱入者
それは“燃え残り”エンバース
本来の出現地域でないモンスターではあるが、問題はそれではない

その焼死体の口から【元ブレイブ】という言葉が出た事だ

そうなると出現地域でないこのリバティウムに出現した事に意味が出てくる
のだが、残念だがそれに思いを巡らせている時間もない

ミドガルズオルムに向かい飛翔していくユニサス
その上に乗るのは良く見えなかったが風の精霊だろうか?
〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉を発動させ攻撃するのだがダメージを与えられた様子もなく、ミドガルズオルムのヘイトを煽るだけのようだった

「はぁ〜せわしないけどしゃあないねえ
真ちゃん、なゆちゃん、しめじちゃん明神のお兄さん、お気ばりやすえ〜
ほならエカテリーナはん、ポラーレはん、あんじょうよろしゅうに」

明神に促されみのりが声をかける
と共に真一、なゆた、しめじ、明神、そして狙撃手たるヤマシタに藁人形が張り付いた
本来ならば親機の藁人形は自分が持ち、自分の身を守るとともに藁人形を持たせたメンバーの情報把握をしていたのだが、事ここに至ってはそうもいっていられないのだから仕方がない

そしてエカテリーナの虚構のローブに包まれ、ポラーレと共にその場から姿を消した


みのりたち三人が現れたのは遥か上空
ミドガルズオルムの頭上であった

「それでは策を聞かせてもらおうか?」

エカテリーナの言葉にみのりは答える

「エカテリーナはんはミドガルズオルムを中心に虚構結界を張っていただきましてぇ
ポラーレはんはミドガルズオルムに蜂のように刺す(モータル・スティング)お願いしますわ〜
上手くすればそれで終わりますでおすし」

「そなた……わらわの虚構結界の事まで……ブレイブというのは真に割と何でも知っておるようだな
だがならば知っておろうが虚構結界を構築すれば……」

虚構結界
それはエカテリーナの大規模空間魔法の一つで、その身を空間そのものに変じさせるものである
ストーリーモード終盤で訪れる【虚数の迷宮】は迷宮自体がエカテリーナであったというものなのだ
迷宮の中心部に深紅の宝玉が存在し、そこに到達することで迷宮化が解除され再会できるのだ

虚構結界を張る事で内部に接触するには複雑な迷路を踏破せねばらならず、内部から出るにしても強力な結界により弾かれる
こうすることで金獅子のミドガルズオルムとの接触を防ぎ、リバティウムの衛兵団の無駄な犠牲を増やさない効果があるし、流れ弾で周囲に被害も及ばない
ミドガルズオルムを閉じ込める為に利用するのだが、欠点もある
エカテリーナ自身が空間化するために、他の一切の行動がとれずサポートが期待できない
という事と、中心にある深紅の宝玉を破壊されれば結界が解かれてしまう

ミドガルズオルム程の巨体を包み込む結界となれば、外装はともかく内部は巨大な空間にならざる得ず、深紅の宝玉も容易く攻撃にさらされてしまうという事だ
もっとも、宝玉を守ったとしてもミドガルズオルムの攻撃力ならば結界を内部から食い破るのにさほど時間は要さないであろう


「まあ、色々問題はあるけど、まずはミドガルズオルムを隔離するのが先決やし、ちょうどええ具合に足場もあるようやしねえ
それではお二方、頼みますえ〜」

そういいながらみのりは落下していく
その落ちる先には逃げ惑うユニサスの背中があった

209 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:33:06
落ちていくみのりを見送りながら、ポラーレとエカテリーナは顔を見合わせ肩を竦めた
二人で一息ついた後、それぞれの顔が引き締まりリバティウムの港の一角は巨大な赤黒い繭に包まれるのであった
ミドガルズオルムを覆い隠すように出現した繭の表面には幾層もの魔法陣が展開され、侵入はおろか内部の様子を見る事すら阻んでいた

その内部では、突如として降ってきたみのりがカザハの背後に、カケルのお尻に衝撃と共に落下着地を果たしたのであった
軌道調整したイシュタルをクッションにしたとは言えみのりにも相応の衝撃があったようで、カザハに抱き着いたまま数秒の間を置く必要があった

「は、はぁ〜い。突然お邪魔してごめんえ〜
ミドガルズオルムを抑えに来たんやけど、うち空飛べへんし便乗させてらもいに来たんよ
うちは五穀みのり、異邦の魔物使い(ブレイブ)よ
シルヴェストルとユニサスのコンビって絵になってええよねえ、お姉さん好きよ〜
あ、攻撃来るから避けてね」

突如と降ってきたみのりの衝撃でカケルの高度がガクッと落ちるのも気にせず自己紹介
勿論そんな状態をミドガルズオルムが見逃すわけもなく強烈な水弾を放ってくる
それを避けてもらいながら、結界を張り外部から遮断した旨を伝える
逆に言えば、結界内部から逃げ出すこともできない、という事も

しばし逃げ回っていたのだが、唐突にポラーレが眼前に現れ空中に制止
「残念だが……」
言葉ではなく突き出されるレイピアはボロボロに刃毀れしていた

ブレモンの世界ではポラーレの蜂のように刺す(モータル・スティング)に三度傷つけられたものは必ず死ぬ
耐性やHPの方など関係なく、問答無用で死ぬのだ
が、それはあくまで三度「傷つけられたら」の話である
〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉でも傷一つつかなかったミドガルズオルムの防御力は、ポラーレの攻撃力では文字通り傷一つつかなかったのであろう

「ここまでは想定通りという顔をしておるが、ここからどうするのじゃ?」

空間からエカテリーナの声が響く

「ほうやねえ、3ターンは持たせると云ってもうたし
ポラーレはん、エカテリーナはんの深紅の宝玉を蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)で守ったってくださいな
結界は抑えの要ですよってなぁ」

「わかった、が……何か策があるのかな」

ポラーレの問いにみのりの笑みは徐々に狂暴なものに変貌し、愉悦をこらえきれないように言葉が溢れ出す
仲間たちの前では決して見せない表情、声、そして……力!
このためにエカテリーナを結界にして目隠しを作ったといっても過言ではないのだから

「そらもう……力づくですわっ!!!」

クッション代わりになっていたイシュタルが形を取り戻し、その中心から禍々しい魔力が溢れ出した
その魔力は熱風と熱砂となって吹き荒む
それは徐々に大きくなり、結界内を満たす大砂嵐となりミドガルズオルムを襲う
暴風に乗った砂はグラインダーのようにあらゆるものを削る凶器となるのだ

「イシュタルの周りは台風の目みたいなもんで安全やから安心してえな
それでな、あんた風の妖精やろ?
うちの砂嵐に風を上乗せしてくれたら助かるんやけど?」

カザハに協力を求める笑顔は柔和なものに戻ろうとしていたが、端々に凶暴さが漏れ出ているままであった

【虚構結界でミドガルズオルムを物理的、視覚的に隔離】
【強引にカザハ&カケルに相席同乗】
【巨大砂嵐を発生させてミドガルズオルムの動きを封じる】

210崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:14:50
>自分が何やろうとしてるか分かってんのか、なゆたちゃん
>こいつは、ライフエイクは!しめじちゃんを殺したんだぞ。俺たちを陥れようとしたんだぞ。
 そして今、裏切り者の分際で、昔の元カノに再会しようとしていやがる。
 どの面下げてマリーディアに会うつもりか知らねえし、知りたくもねえ。
 これまで散々他人の人生を弄んできた奴が、今更幸せになろうなんて虫が良すぎるだろ
>織姫と彦星じゃねえんだぞ。いい年こいた男女の逢い引きを、俺たちが手助けしてやるってのか?
 クソ野郎とバカ女の、云百年越しの傍迷惑な恋物語を、今さら大団円で終わらせようってのか?

明神の叩きつけてくる言葉を、なゆたはただ黙して聞いた。
その言い分は尤もだ。ぐうの音も出ない正論だ。
ライフエイクが悪党なのは紛れもない事実だ。それに関してはなゆたも擁護する口を持たない。
この男は自分のたったひとつの望みを叶えるために人間をやめ、カジノに君臨して長い間多くの人々を食い物にしてきた。
ライフエイクに欺かれ、死んだ者もいるだろう。恨みを、怒りを、無念を抱いた人々も枚挙に暇があるまい。
何よりライフエイクはメルトを殺した。大切な仲間を躊躇いもなく殺害したのだ。
罪の報いは受けなければならない。この男が今さらハッピーエンドを迎えるなど、そんな虫のいいことが許されるだろうか?

けれど。
それでも。

なゆたはライフエイクとマリーディアを会わせてやりたいと思った。
たったひとつの願いのために何もかもを擲ち、悍ましい人外に身を堕としてまで数千年の刻を過ごしてきたライフエイク。
信じた者に裏切られ、自らの王国を、民を、自身の命まで喪ってもなお、ライフエイクとの愛を信じたマリーディア。
そのふたりを、たった一目でも巡り合わせてやりたいと。そう願ったのだ。
そこに正義はない。大義も理屈もない。紛れもないなゆた個人の自己満足であり、エゴイズムに過ぎない。
よって、もし仲間たちの協力が得られないのであれば、別の方法を考えなければならないとも思っていた。
当たり前のように告げられる明神の厳しい言葉に、なゆたは束の間眉を下げたが――

>――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ

「だしょ! 明神さんならそう言ってくれるって思ってた!」

それまでのすべての文言を根こそぎひっくり返すような。明神の物言い。
なゆたは嬉しそうにニィッと歯を覗かせて笑みを浮かべると、右手の親指を立てた。
そう。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは、つまるところゲームのプレイヤー。
誰だってイベントはすっきりと終わらせたいものだ。何をどうしても負ける負けイベントが好きなプレイヤーなどいない。
『かなり難易度は高いが、クリアは可能』なんて条件を突き付けられたなら――力と知恵を結集してやり遂げたくなるサガなのだ。

>なゆたちゃん、とにかくどうにかして堕天使を抑え込んでくれ。
 倒せはしなくても、あの六枚羽根を破壊して飛行不能にすれば、制空権は取り戻せる。
 奴がこの空を明け渡したときが、俺の狙撃チャンスだ

「わかった。『堕天使(フォーリンエンジェル)』はわたしと真ちゃんとで何とかする」

明神の言葉に小さく頷く。
いくらフォーラムで『スライムマスター』『月子先生』と呼ばれる自分でも、正直言ってミハエルには太刀打ちできない。
が、ほんの一瞬。あの強大な『堕天使(フォーリンエンジェル)』を地に這い蹲らせることができれば――
勝機はある。今までベルゼブブ討伐で、ガンダラで、リバティウムで育んできた仲間との信頼に、なゆたは賭けた。
 
>よし、作戦は頭に入ったな。ライフエイク君が告りに行くの、手伝ってやろうぜ

「伝説の樹の下、とは行かないけどね! さーってと、一丁やってやりま―――」

作戦は決まった。後はすべてが成功するよう、脇目もふらず遮二無二突き進むだけだ。
作戦会議の間に水着姿からインベントリ内に収納していた姫騎士装備を身に着け、戦闘準備を整えると、なゆたは声を張り上げた。
……しかし。

>おい、アンタ達。こんなところで何してる。さっさと逃げないと……

不意に肩を掴まれ、なゆたはそちらを振り返った。――そして、その視界に飛び込んできたものを見て顔をこわばらせる。

「……ひょっ!?」

思わず喉に詰まったような悲鳴が漏れた。が、それも無理からぬことだろう。
なぜなら、なゆたの肩を掴んだのは紛れもないモンスター、それも炎に灼かれ黒ずんだ焼死体だったからである。

211崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:15:21
>今すぐ逃げるんだ。あんな奴の相手をする必要はない。
 逃げて、元の世界に帰る方法を探すんだ。物語に深く踏み込めば、帰れなくなるぞ
>ゲームの登場人物は、画面から飛び出してこないものだ。そうだろう?
 だけど丁度良かった。君達になら安心してこれを預けられる。役に立つかは分からないが……

突然現れた焼死体に肩を掴まれ、まくし立てられて、なゆたは両眼を見開いた。
なゆたの実家は寺である。遺体など日常的に見慣れているし、今さら驚く程のものではない。
が、さすがにモザイク必至のグロ画像めいた死体が自分の肩を掴んで何か喋っているというのは衝撃的すぎる。
髪も皮膚も焼け落ち、爛れたり黒く炭化している相手の顔が間近にあるというのもトラウマ間違いなしだ。
なゆたはすっかり固まってしまった。
焼死体が持っていた鞄を突き出してくる。預ける、などと言っている。

>ちょっと待てや!唐突に意味深なこと言いながら話を進めんじゃねえ!
 まずお前は何なんだよ、ミドやんの犠牲者がもうアンデッドになったのか?
 燃え残りってこんな平和な地域にポップするモンスターじゃねえだろ

明神が焼死体と硬直しているなゆたの間に割って入り、その距離を離す。

「お前もアイツの仲間か? どいつもこいつもイカレてるな、ニヴルヘイムの連中は」

真一も魔銀の剣を抜き、切っ先を焼死体へと突きつける。
無理もない。焼死体はまったく見覚えのない死体ではなかった――『燃え残り(エンバース)』というシナリオ後半のザコ敵だ。
ザコと言っても序盤〜中盤のボス敵よりよっぽど強い。バリバリの火属性なので水属性に弱いのが救いだが。
この大事な局面で出鼻を挫かれるわけにはいかない。はっと我に返ると、なゆたもこの焼死体を排除しようとした――が。

>……あー、いや、勘違いしないでくれ。俺は怪しい者じゃない。
 通りすがりの……えーと……元、ブレイブなんだ。
 名前は……今はちょっと思い出せないけど……

「……元『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……?」

焼死体の言った言葉を、思わず繰り返す。
考えてみればそうだ。普通の『燃え残り(エンバース)』は喋ったりしない。精々あー、とかうー、とか唸るだけだ。
だというのに、目の前の焼死体は明らかに死体なのにもかかわらず言葉を喋っている。会話をしている。
それは、相手に知性と理性が備わっているという明確な証拠だった。
……しかし。だとしたらなぜ? どうして、そんな者がこの場所にいるのか?
それがどうしても理解できない。

>あんたが何者なのかすげえ気になるけどよ、ぶっちゃけ今は新キャラ登場でワイキャイやってる場合じゃねえんだ。
 あの化物をどうにかする方法はそこの女子高生がもう思いついた。準備も覚悟も完了してる。
 ローウェルのジジイのおつかいも終わらせなきゃならねえ。つまりなぁ……
>逃げろじゃねえんだよ。おめーが逃げんだよ!

明神が勢いよくまくし立てる。確かにそれは正論だ。
この焼死体が何者であるにせよ、身の上話を聞いている余裕などない。
今はミハエルを出し抜き、ライフエイクとマリーディアを再会させることが最優先であろう。

>しめじちゃん、撤収ついでの避難誘導にこいつも連れてってくれねえか。
 四の五の言いやがったら捕獲してゾウショクの後輩にでもしちまえ――

「そうね。わたしもそれがいいと思う。しめちゃん、お願い。
 ね、『燃え残り(エンバース)』さん。あなたのお話はあとで聞くから……だから生き残って。
 ん? もう死んでるから生き残れっていうのはおかしいのかな……と、ともかく無事で!
 そしたら、いくらでも話を聞くから! またあとで会いましょ!」

姫騎士姿のなゆたは腰の細剣をすらりと抜くと、巨大なミドガルズオルムの方を指した。

「元の世界に帰る方法を探せ、って言ったわよね。物語に深く踏み込めば戻れなくなるって。でも――」

決意に満ちた眼差し。希望にキラキラ輝く瞳で、なゆたは決然とした調子で言う。

「元の世界に帰る方法なら、もう知ってる。
 あの怪物を乗り越えた果てに……きっと。ううん必ず! 元の世界に続く道があるんだ!!」

確証なんてものはない。約束されているわけでもない。
けれど、必ずそうであると。なゆたはそう信じて疑わなかった。

212崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:15:42
「……君たちをいいように使い、葬り去ろうとした私を蘇生させたばかりか、私の願いまでも叶えようとは……。
 お人好しもここまで極まると、いっそ脅威さえ覚えるな……」

「ほっといて。ゲーム内のイベントは全部見る! それがわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のモットーなのよ!
 見逃しのおかげでイベント閲覧モードのナンバーが飛び飛びになってるとか、ハッキリ言って我慢できないし!
 だから――何がなんでも、アンタと人魚姫は元のサヤに納まってもらうから!」

「何を言っているのかほとんど理解できんが……。私に貸しを作ったなどと思ってもらっては困る。
 私は――」

「そういうのいいから! さっさと行けって言ってんの!
 女を待たせてんじゃないわよ!」

何か裏があるのかと勘繰るライフエイクに対し、物凄い剣幕で怒鳴る。
さしものライフエイクも若干気圧されたように怯んだが、すぐに気を取り直す。

「ふん。諸君ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の思惑はどうあれ――ならば遠慮なく利用させて頂こう。
 せいぜい、最後まで私のために踊ってくれたまえ」

「上等! わたしたちのダンスが激しすぎて、ついていけませんなんて泣き言言うんじゃないわよ!」

なゆたの叱咤にライフエイクが立ち上がり、ミハエルの方を見据える。
ミハエルはせせら笑った。

「死にぞこないが、今さら何のつもりだい? 君の出番は終わったんだよ、ライフエイク。
 この舞台は僕たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のものだ。醜悪なモンスター風情の出る幕じゃない。
 役目を終えた役者が舞台に残り続けることほど無粋なことはない……そうだろ?」

「私も、てっきり死んだと思ったがね。しかし、この異邦からの客(まろうど)は私の死を認めてはくれんらしい。
 それどころか、私に悲願を果たせと言う。背中を押すと言う……ハハハ、まったく度し難い!
 まさに善人の思考だ。この世の暗部を知りもしない甘ちゃんの考えだな!」
 
ミハエルの笑いに対して、ライフエイクもまた口の端に薄い笑みを浮かべる。
しかし。

「だが……私の心の片隅の。とうに腐り果て、しなびて消えたとばかり思っていた部分がこう囁くのだ。
 この世界に神がおわすとして。もしも『これから起こりうること』に対して抑止力を遣わしたとするなら――
 まさに、それは彼らのような手合いに違いない、とね……」

「……僕たちの計画に水を差すっていうのかい? この『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが?
 大会じゃ名前も聞かない。世界ランキングにだって入ってない。こんな一山いくらの名もないプレイヤーたちが?
 ははッ……ははははははッ! ライフエイク、君はもっとまともなことを言う男だと思っていたけれど!
 いささか買い被りすぎていたかな?」

「そうだな……。焼きが回ったと思うよ。ああ、実際にそうなのだろう。そして、これが最後の機会なのだろう。
 この数千年、諦めかけたことは何度もあった。全身を、魂までも蝕むこの痛みと狂気に身を任せてしまえと思ったこともある」

ライフエイクはゆっくりと歩き始めた。ミハエルへ向かって――その手の中にいる人魚の王女へ向けて。
数千年の想い、妄執、愛に決着をつけるために。

「だが……だが。これが最後のチャンスというのなら、もう一度だけ手を伸ばしてみよう……マリーディアに」

「は! 身の程を教えてあげるよ……ライフエイク!
 君は何ひとつ成し遂げられずに滅ぶ! 一度の死じゃ死にきれないって言うなら、すべて! 持っている命を滅してあげよう!」

ミハエルがスマホをタップする。『堕天使(フォーリンエンジェル)』がライフエイクに右の手のひらを向ける。
カッ! とその手許が輝き、そこから無数の黒い閃光が放たれてライフエイクへと殺到した。

213崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:16:02
『堕天使(フォーリンエンジェル)』の攻撃スキル『落日の閃光(フォーリン・レイ)』。
闇属性の攻撃だが、堕天使の元々の能力の高さゆえ属性の相性に関係なく必殺の威力を誇る。

「……させない……!」

このまま、みすみすミハエルにライフエイクを殺させるわけにはいかない。なゆたは素早くポヨリンに指示を出した。

「ポヨリン! 『ハイドロスクリーン』!」

「『炎の壁(フレイムウォール)』!」

ライフエイクの前方に躍り出たポヨリンが全身を震わせると同時、水の膜が生成される。
真一がスマホをタップし、スペルカードを発動させて炎の壁を築く。炎と水、属性の異なる防御壁の重ね掛けだ。
通常の攻撃ならかなりのダメージ減少が見込めるはずだが、『落日の閃光(フォーリン・レイ)』にはほとんど効果がない。
無数の閃光が炎の壁と水の薄膜を突き破り、ライフエイクの全身を穿つ。

「ぐ、ぉ……!」

ライフエイクは苦悶の声を上げた。が、さすがは上級レイドボス『縫合者(スーチャー)』である。
世界最高のプレイヤーが手塩にかけて育てた最強のモンスターの攻撃に耐え切り、一歩一歩前へと進んでいる。

「なゆ」

不意に、真一が名前を呼んでくる。なゆたは幼馴染の方を向いた。
真剣な面持ちの真一が頷き、ぐっと右拳を突き出してくる。
なゆたはその真意を察すると、自らも拳を作って真一の拳にこつん、と触れ合わせた。
それから何度か手の位置を変え、こつ、こつ、と互いに拳を合わせる。
最後にふたりで手のひらを開き、ぱぁんっ! とハイタッチすると、真一となゆたは口の端を僅かに歪めて不敵な笑みを浮かべた。

「先に行くぞ! ――グラドッ!」

真一が先陣を切る。ひらりとグラドの背に飛び乗ると、一気に堕天使へと突っかける。
堕天使が再度『落日の閃光(フォーリン・レイ)』を放つ。無数の光線が弧を描いて真一とグラドに迫る。
だが、真一はグラドを巧みに操って光線の隙間を掻い潜り、距離を詰めてゆく。

「『漆黒の爪(ブラッククロウ)』!!」

「『あなたがたの実力以上に有徳であろうとするな。できそうもないことをおのれに要求するな』――」

ガギィンッ!!

スペルの発動によって漆黒のオーラを纏わせた、グラドの爪が堕天使へ迫る。
しかしミハエルは動じない。淡い笑みさえ浮かべ、おもむろに何事かを囁いた。――ニーチェの言葉の一節だ。
途端、堕天使の前方に発生した輝く障壁がグラド必殺の爪を弾く。
さらに、ミハエルは目にも止まらぬ速さでスマホを手繰り、戦略を構築してゆく。

「『みずから敵の間へ躍りこんでいくのは、臆病の証拠であるかもしれない』――」

ニーチェの一節と共に堕天使が右手を振りかぶる。
その手刀が一閃され、グラドの強靭な鱗に守られた表皮を薄紙のように斬り裂く。

「ク、ソ……!」

真一はスペルカード『火球連弾(マシンガンファイア)』や『燃え盛る嵐(バーニングストーム)』を次々と使用する。
が、ミハエルと堕天使にはまるでダメージを与えられない。すべて鉄壁の防御に跳ね返されてしまう。

「ははッ! どうしたのかなシンイチ君――ローウェルの指環の加護を得てもなお、その程度なのかい?
 だとしたらとんだ見込み違いだったかな! 僕は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中でも君を一番高く買っていたのに。
 期待外れもいいところだ……君もライフエイクと同じく、ここで舞台を降りた方がいいかもね!」

ミハエルが哄笑し、堕天使が矢継ぎ早な攻撃を繰り出す。真一とグラドはみるみる傷ついていった。


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