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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第三章

1 ◆POYO/UwNZg:2019/01/29(火) 21:46:59
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


========================

ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

========================

2 ◆POYO/UwNZg:2019/01/29(火) 21:47:58
【キャラクターテンプレ】

名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【パートナーモンスター】

ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【使用デッキ】

合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。

カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。

4 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/29(火) 21:59:01
とある日の夜、真一は夢を見た。

夢の中の真一は、見渡す限り灰色の大地の上で、ただ一人立ち尽くしていた。
周囲に建ち並んでいた筈のビルや家屋――無数の建造物は、その全てが瓦礫となって崩れ落ち、荒れ果てた地面の上には、雑草さえも茂らない。
青く澄み切っていた筈の空は、どこまでも続く煙のような雲に覆われ、灰白色で染められていた。
まるで、世界の終わりみたいな――と、形容すればいいのだろうか。
そんな景色の中に一人、真一だけが取り残され、当てもなく立ち尽くすばかりだった。

――いや、彼の隣にもう一人、誰かの姿があることに気付く。
それは、銀の髪を持つ少女だった。

年齢は恐らく、真一と同じくらいだろう。
背まで伸びた長いシルバーブロンドは、一切の痛みもなく珠のような輝きを帯びており、双眸は湖みたいに青く透き通っていた。
彼女は今にも泣き出しそうな表情で――しかし、それでも固く誓った決意の色を瞳に宿して、真一に向き直る。

「わたしは、これからわたし自身の存在の消失と引き換えに、一度だけこの歴史を過去に戻します。
 だから、どうか……どうかお願いします。今度は必ず、わたしたちと、あなたたちの世界を護ってください」

そう告げながら、瞳の中に涙を溜める彼女を見て、真一は咄嗟に何か言わなければという思いに駆られる。
しかし、夢の中の真一の口からは、言葉を発することができなかった。

「……それと、もう一つ。
 わたしは過去からも未来からも消えてしまうけれど、あなただけは……少しでもわたしのことを憶えていてくれたら嬉しいです」

少女の瞳の端から、溜め込んだ涙が零れ落ちる。
それと同時に、少女はどこか照れくさそうに、はにかんで笑ってみせた。
真一が彼女の笑顔を見たのは、それが最後だった。

「……ありがとう。さよなら、シンイチ」

少女は振り返り、懐から取り出した銀の短剣で、自分の左手に十字の切れ目を入れる。
傷から血が溢れるその手を天へと掲げ、高らかに詠唱を捧げた。


「――銀の魔術師の名に於いて。
 召喚(サモン)――――〈機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)〉!!」


そして、灰色の空が二つに裂け、そこから一筋の光条が降り注ぐ。

――その瞬間、真一の意識は途切れ、暗い闇の中へと落ちていった。

5 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/29(火) 21:59:32
「…………夢、か」

『ガタン――』と、魔法機関車が揺れて、真一は浅い眠りから目を覚ました。
窓辺から外を見渡してみると、東の空には既に朝日が昇っている。
真一たちがマルグリットと別れてガンダラを発ち、翌日の朝が来たのであった。

――ふと、真一は自分の目元に涙の跡が残っているのに気付き、慌てて手の甲で拭う。

今さっきまで長い夢を見ていたような気がするのだが、その内容はもう殆ど記憶から消えてしまっていた。
残っているのは、自分の胸を刺す確かな悲しみと、夢の中で出会った一人の少女。
何となくだけれど、憶えている。彼女の名前は、確か――

「――――“シャーロット”」

真一がポツリとその名前を呟いた直後、傍らに置かれた伝声管から、何者かの声が聞こえてきた。
声の主は、魔法機関車の車掌――ブリキの兵隊のボノであった。

『……皆様、お目覚めでしょうカ?
 間もなク、次ノ目的地に到着しまス。宜しけれバ、御降車の準備をお願い致しまス』

相変わらず微妙に片言なのは気になるが、ともあれ今回は特にトラブルもなく、目的地に着くことができたようだ。
窓から身を乗り出して前方を眺めると、そこにはぼんやりと、海辺に面した大都市のシルエットが見えてきた。
アルメリア王国随一の貿易都市にして港湾都市。水の都“リバティウム”である。


――数日前、第十九試掘洞での戦いを終えた真一たちは、『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』に戻って一夜を過ごした。

そこで明神の帰還を大袈裟に喜ぶマスターとすったもんだあったのは割愛するが、ともあれその晩は大いに飲み食いをしつつ、マルグリットから情報を聞き出すことに成功する。
曰く、現在アルフヘイムは“侵食”と呼ばれる未知の現象に見舞われ、以前までは確認されたこともなかったモンスターが多数現れたり、有り得ない規模の災害が街を襲ったり、或いは使い方も分からないような機械や武器が海岸に流れ着いたり――など、世界各地で様々な異変が発生しているらしい。
そして、マルグリットの師である大賢者ローウェルは、数年前から侵食の発生を予知していて、それに備えて密かに準備を進めていたということ。
また、時を同じくして“ブレイブ”と呼ばれる来訪者が現れることも前々から予言しており、マルグリットはガンダラで彼らに指輪を手渡すよう指示を受け、あの場所までやって来ていたようであった。

更にマルグリットはローウェルからブレイブたちに対する言伝を、もう一つ授かっていた。
その内容は、水の都と称される大都市リバティウムを訪れ『人魚の泪』というレアアイテムを手に入れよ、との指令だった。
また、マルグリットから話を聞くのがフラグとなったのか、そのタイミングで真一たちのスマホにも、同じ内容のクエストが届く。
報酬はクリアするまで不明――というタイプのクエストだったので、すぐには飛びつかなかったものの、真一たちは協議の結果、このクエストを進めることを選択した。

これが何らかの罠である可能性も否定できないが、少なくともガンダラの一件では、ローウェルとマルグリットの協力によって助けられた。
そして、以前明神が推測していたように、やはり現時点においては、まだローウェルが生きているというのも確かな情報らしい。
この世界を襲う異変や、ブレイブの来訪を予知していた、ブレモン作中の重要人物。
ゲーム内では既にアンデッドに成り果てていた彼が、まだ存命であるのなら、右も左も分からないこの状況下では、大きな手掛かりになり得るのは間違いないだろう。
幸い魔法機関車でキングヒルに向かうならば、地理的にもリバティウムは通り道なので、ここは一先ずローウェルの指示に従った方が得策だと判断し、今日に至るのであった。

6 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/29(火) 22:00:03
――そして、時は現在に戻り、水の都リバティウム。

ガンダラが産業の街であったのに対し、リバティウムは商業の街だ。
リバティウム湾にできた潟の上に築かれた都市であり、街の中には縦横に運河が走っていて、ゴンドラという渡し船で運河の上を移動することもできる。
大規模な港湾を有しているという特性上、この街は古くから貿易都市として栄え、経済力ではキングヒルをも上回るナンバーワンの都市へと発展を遂げた。
ゲーム内ではリバティウムでしか手に入らない各地の名産品や、レアモンスターの卵なども購入することができ、また作中で唯一の“カジノ”を持つ街でもあるため、ミニゲームとしてギャンブル遊びができるという点も、プレイヤーにとっては周知の情報だろう。

真一はスマホで地図を開きつつ、ついでに充分なクリスタルが残っていることも確認する。

ちなみに前回の報酬のクリスタルは、各々に1000個ずつ振り分け、残りは魔法機関車の動力として活用した。
以前、動力分のクリスタルが盗まれたかもしれないとの疑惑もあったので、今度はボノも管理に充分気を付けると念を押している。
また、ローウェルの指輪は今まで通り真一が預かることになったが、タイラント戦で使ってからは一時的に魔力を失ってしまったようで、現在は使用不可の状態になっていた。

「――さあ、皆。もうすぐ到着みたいだぜ! 出発の準備だ!!」

そして、真一は勢いよく座席を立ち、夢うつつの仲間たちに声を掛ける。
先程見たかもしれない夢は、未だ真一の胸中に引っ掛かっていたが、とにかく今は一旦忘れることにして、今回のクエストに集中しようと決意していた。

水の都を舞台とする、第三の冒険の始まりであった。



【第三章開始!】

7 明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/29(火) 22:00:54
ポータルから次々と地上へ帰還してきた連中が、お互いの健闘を称え合うその輪の中に、俺は参加する気になれなかった。
そういう陽キャみたいなノリおじさんついてけねーよ……クエスト終わったら無言解散が基本やぞ。
PTチャットなんてもんはな、定型文の「よろ」「おつ」だけで意思疎通できて然るべきなんだよ。

>「明神のお兄さん、バルログは残念やったねえ、でもおかげで助かったわぁ〜
 ポータルが崩れへんかっのもお兄さんのおかげやろしねえ

隅っこの方でぼっ立ちしてた俺に、なゆたちゃんと話してた石油王がススっと近寄ってきた。
なんでこいつ足音しねーの?舞妓はんみてーなスキル持ってんな……

>「そういえば前ベルゼバブ捕獲しようとしてたやろ?これはうちからのお見舞いやし、どうぞやえ〜」

石油王がスマホを手繰り、俺のスマホも同時に震える。
画面に映し出されたのはトレード表示。先方から送り込まれたカードは――

「おまっ……これっ……お前……!!」

スマホを二度見する。
何度見ても、そこに表示されてるのは金枠のレジェンド級レアカードだった。
レアカード自慢に溢れるSNSでもお目にかかったことのないガチのマジで希少なカードだ。

――『負界の腐肉喰らい』。
それ単一ではスライム以下の基礎ステータスしか持たない雑魚の蛆虫だが、こいつは一つ特殊な性質を有している。
レベルとは別に管理されてる成長度をMAXまで上げると、蛆虫は蛹となり、羽化と共に進化する。
進化形態は……レイド級モンスター、ベルゼバブ。
そう、この蛆虫はレイド級へと成長する可能性を秘めたスゴイ蛆虫なのだ!

こいつはむかーしに一度だけやった限定ガチャの特賞になってたカード。
消費者庁が出てくるレベルのしっぶい排出率のせいで、実際に入手できたプレイヤーは殆どいなかったはずだ。
YouTuber共がこぞってガチャに挑んで爆死する配信ゲラゲラ笑いながら見てた覚えあるもん俺。
マジかよ……石油王半端ねえな。ブレモンの運営こいつに足向けて寝らんねーぞ。

「えっマジで貰っていいのこれ……?もう貰ったかんな?返せって言われても返さねーよ!?」

石油王はなんかすげえやり遂げた顔で俺を見ている。
わはは!マジかよ!バルログがベルゼバブに化けたぜ!やっぱ良いことってするもんですね!
やったぜ。俺は小躍りしそうになるのを大人の余裕で押さえつけて、石油王に礼を言った。
気に入ったぜ。この先俺がお前らを裏切るときはおめーだけは最後まで残しといてやるよ。

>「無論。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の申し出とあらば、このマルグリットに否やはない。
 この脳髄に納められし智慧の幾許かでも、御身らのお役に立てるのであれば喜んで。我が賢師もそれをお望みのはず」

イケメンのまだるっこしい喋り方も今なら許せる気がする。
いや許せねーわ。おめー次わけわからん歌うたいやがったらその口に雑巾味のパン突っ込むかんな。

>「さて。大切なことは沢山あるけれど、みんな。その前に――何よりも先にすることがある。でしょ?」

マルグリットの妄言に引率のなゆた先生は鷹揚に頷くと、俺達を顧みて言う。

>ってことで……クエスト、クリアー! みんな、お疲れさまーっ!!」

なゆたちゃんはそう朗らかに宣言して、諸手を挙げて万歳した。
やっぱついてけねーよ陽キャのノリ!でも俺空気読めるから一応片腕挙げとくね!
同時にスマホからファンファーレが響く。ローウェルの指環にまつわるクエストは、これで終わりってことなんだろう。

どこに元気を残してたのか真っ先にガンダラ目掛けて駆けていくなゆたちゃんを追って、俺達は帰り道を行く。
誰にも知られることのない、だけど確かに俺達が護った世界へと。



8 明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/29(火) 22:01:29
その夜、俺は酒場の隅っこで一人でグラスを傾けていた。
3日ぶりの俺達の帰還を大歓迎したマスターは腕によりをかけてご馳走をつくってくれて、俺達は久々のまともな食事を堪能した。
大宴会はガンダラの鉱夫たちを巻き込んで夜まで続き、月がてっぺんに登ってようやく静かになった。
真ちゃんはまたぞろ泥酔してマル公と一緒に床で寝てるし、女連中も流石に疲れたのか今はもう部屋に引っこんでる。
今この酒場で動いてるのは、時計の針と俺だけだ。

今回のクエストは、まぁ結果オーライってところだろう。
バルログは確かに惜しかったが、レイド級なんぞより命のほうがよっぽど大事だ。生き残れただけでも御の字と言える。
何より、他の連中に恩を売れたってのがでけえ。奴らは俺が他人を見捨てられなかったお人好しだと思ってんだろうな。

ククク……甘ぇ、甘ぇぜ。俺がそんな善良な人間に見えたか?全部打算でやってんだよ俺はよ。
脳筋の真ちゃんはもとより、PTの実権を握るなゆたちゃんも、これで俺を信用せざるを得ない。
仮に俺が何の担保もなくローウェルの指環を貸せっつっても、バルログの件を引き合いに出しゃ断れねえはずだ。
連中を出し抜いて、俺が報酬を総取りする……そーゆーことも今後はやりやすくなるだろう。

それに、思わぬところで得られたものもあった。
石油王から貰った『負界の腐肉喰らい』は、RMTで売りさばきゃ三桁万円は下らない価値のあるレアカードだ。
もとの世界に戻ったら速攻業者に売っぱらって小遣いにしてやるぜ。

ほら、こうして見るとバルログ全然惜しくねーじゃん。
死んだ甲斐があったっつーか、むしろ先行投資として十分に機能してると言える。
流石は俺氏、先見の明があるわ。いやまじで、あの時真ちゃん見捨てずにバルログ放り込んで正解だったな!

「……明神ちゃん、なにか辛いことがあったのね?」

ふと顔を上げると、すぐ傍に『魔銀の兎娘亭』のマスターの顔があった。
うおお、びっくりしたぁ!アップでフェードインしてくんじゃねえよ自分のツラ考えろや!
酒場の裏で洗い物をしていたはずのマスターは、いつの間にか戻ってきて心配そうに俺を見ている。

「……なんもねーよ。なんだよ急に」

「試掘洞からマルグリットを連れて戻ってきたってことは、目的は果たせたんでしょう?
 なのに明神ちゃん、今すっごく暗い顔してるわ」

「ツラが辛気くせえのは元からだよ」

もういいだろ、俺は一人でチビチビ呑みてえんだよ。浸りたいの。わかる?
なんか全然寝れねえしさ、こういうときはお酒の力借りて脳味噌寝かしつけるに限る。
わかったら放っといてくれ。なんで対面に座ってんだよオッサン、どっか行けよ!

「駄目よ、ここはアタシの店。この店の席に座ったら、誰であろうと必ず笑顔になってもらうわ。
 たとえどんなに辛くても。たとえ……何を喪っていても」

「……あんた、知ってんのか?試掘洞で何があったのか。真ちゃんからでも聞いたのかよ」

「いいえ、何も知らないわ。でもね、長年この仕事してるとわかっちゃうものなのよ。
 お客たちが何に心を痛めて、どんな傷を癒やすのにお酒を求めているのか。
 だからね明神ちゃん、あなたが何を喪ったのかアタシは知らないけど……その傷を、一緒に塞ぎましょう」

「酒場のマスターが人生相談かよ」

「そんな御大層なものなんかじゃないわ。でもね、お酒は傷の消毒にも使えるの。
 ……心の傷だって、きっとお酒で洗えるはずよ。アタシはそう信じて、この店をやってきた」

9 明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/29(火) 22:01:57
俺は鼻で笑ってグラスの中身を呑み下した。
へっ馬鹿馬鹿しい、シーマンじゃあるめぇし、NPC相手にお悩み相談なんかできっかよ。
なんかフワっとした良い感じのこと言いやがって、余計なお世話なんだよ。
だけど、一理あることは確かだった。呑み下してきたものを、ゲロの代わりに吐き出したかった。

「つくづく損だよなぁ、大人ってのはよ」

タイラント相手に生き残れた。ガキ共に恩を売れた。石油王からレアカードを貰えた。
――そんな『よかった探し』を、俺はずっと続けてる。
その程度のことで犠牲に釣り合うわけもねーのに。俺にとって、バルログはその程度の存在なんかじゃなかったはずだ。

初めて手にしたレイド級。
苦労と死闘の果てにゲットした、俺のパートナー。
どんな風にステータスをビルドして、どんなスキルを覚えさせて、手持ちのスペルとどう組み合わせようとか。
いろんなことをあれこれ考えて、計画を立てる作業は自分でもびっくりするくらい心が躍った。

だから、バルログがあの穴蔵の底で死んじまったときは涙が出そうなくらい後悔したし、
タイラント相手に無策で突っ込んでった真ちゃんには心底腹が立った。

だけど……真ちゃんは俺に頭を下げて詫びた。なゆたちゃんは俺に礼を言った。
俺は大人だから、詫びられれば許さなきゃならない。礼を言われれば応えなきゃならない。
大人がいつまでもウジウジ言ってんのは、めちゃくちゃカッコ悪いからな。

でも全然割り切れねーや。俺ってもっとドライな人間だと思ってたんだけどな。
比類なきクソコテと名高きうんちぶりぶり大明神も、結局はただのゲーマーだったらしい。

じゃあ真ちゃんぶん殴って指環奪えば溜飲が下がるのかっつったら、それも多分、違う。
タイラントとの戦いは……正直言って、楽しかったからだ。

世界を護るとかいうでっけえ大義を掲げて、仲間の力を合わせて強大な敵に立ち向かう。
そういう至極まっとうなゲームとしての楽しさを、俺は感じていた。
クソゲーだと信じて疑わなかったブレモンを、思いっきり楽しんじまったのだ。

だから一晩、一杯の酒でこの後悔を洗い流せれば、俺はそれで良い。
今後のことは今後、適当に考えていこう。
俺はグラスの中身をもう一度呷って、腹の裡に溜まった熱を吐き出した。

「カッコつけ過ぎちまったかなぁ……」

マスターは頬杖突きながら俺に微笑みかけて言った。

「明神ちゃんがカッコつけたんだもの、ちゃんとカッコ良いわよ」

かくして、大人の夜は静かに更けていった。



10 明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/29(火) 22:02:23
>『……皆様、お目覚めでしょうカ?間もなク、次ノ目的地に到着しまス。宜しけれバ、御降車の準備をお願い致しまス』

列車の客室の隅っこで蛆虫にエサをやっていた俺は、車掌さんの声に顔を上げた。
いつの間に夜が明けたのか、窓からは柔らかい日の光が射し込んでる。
何やら寝言をつぶやいてた真ちゃんが、欠伸涙を拭いながらむっくと起き上がった。

「うお、もう朝か……結局まともに寝られなかったな」

社畜の朝は早い。まぁ俺は全然朝遅い方なんだけど、俺は珍しく日の昇る前から起きていた。
何故かっつーと、赤ん坊の世話に忙しくておちおち寝れられなかったからだ。

石油王から貰い受けた『負界の腐肉喰らい』。
エサをやり続けることで成長し、やがてはレイド級へと進化するっつー触れ込みのレアモンスターだが、
問題のエサやりがアホみてーに大変だった。

エサが腐肉ってのはまだ良い。
アンデッド系を倒せば文字通り腐るほどドロップするコモンアイテムだから、インベントリの在庫は潤沢だ。
ただその腐肉を食わせる頻度がめちゃくちゃ多いんだよ!

満腹度のゲージが異常に短くて、腐肉を食わせてMAXまで上げてもすぐに0になっちまう。
ゲージが0のまま放置してるともの凄い勢いでダメージ受けて蛆虫が死んじまうから、間断なくエサをやり続けなきゃならない。
今は多少成長レベルが上がってゲージも伸びたけど、ここまで育てるのに殆どつきっきりで世話する羽目になった。
乳幼児を育てるお母さんの気持ちが少しだけわかった気がするぜ。
子育ての体験を通して命の尊さを学べるブレモンはやっぱ神ゲーですわ(皮肉)。

「石油王っ!石油王こいつ育てんのすげえ大変なんだけど!このままじゃ俺お母さんになっちまうよ!」

とんでもねぇクソカード寄越しやがったなあの女!
そら誰も持ってねーし誰も自慢しねえわけだわ!
レイド級がほしけりゃ荒野に出向いて野生のベルゼバブ捕まえたほうが万倍楽だもんよ!

『グフォフォォォ……!』

「おーよしよしお腹空きまちたね?だいしゅきな腐肉はここにありまちゅよぉ〜」

赤ん坊と言うにはあまりに野太い咆哮を上げる手のひらサイズの蛆虫に、俺は腐肉を齧らせる。
満腹になったらしき蛆虫は、上機嫌で俺の指に頭(?)を擦り付けた。
ポヨリンさんがよくなゆたちゃんにやってる動きだけど、蛆虫がやるとすげえ禍々しい絵面だ……。
俺は蛆虫を肩に乗っけて、バキバキになった背筋を伸ばしながら窓辺に立った。

「うおおお……海だ……」

窓を開けると風と一緒に潮の匂いが鼻に飛び込んで来る。
海岸沿いを走る線路の先には、沢山の船が行き来するでっかい港町があった。

11 明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/29(火) 22:02:48
――水の都リバティウム。
ガンダラから王都へ向かう鉄道の中継地点であり、俺たちの次なる目的地だ。
試掘洞から脱出したあと、マルグリットを経由して新たな指示がローウェルのクソジジイから下った。
リバティウムで『人魚の泪』なるアイテムを取ってこいとかいうおつかいクエストだ。

何他人を顎で使ってんだあのジジイ。いや面識ねーけど、ゲームの方じゃ故人だけど!
そもそもジジイかどうかも不明だしな。アンデッドのローウェルってどういう見た目だったの?

「人魚の泪ねぇ……聞いたことねぇアイテムだ。またぞろ高難度クエストの報酬とかじゃねーだろうな。
 なゆたちゃんは知ってるか?レイド勢なら聞いたことくらいはあるんじゃないか」

指環と違って名前からどういうものかまったく推測が出来ねえ。
宝石とかアクセサリかもしれないし、そのまま聖水みたく瓶詰めされたセイレーンの涙の可能性だってある。
人魚と言えばその肉を食うと不老不死になれるって伝説が有名だが、泪もそういう霊薬の類か?
このあたりのアイテム情報は、むしろアルフヘイムの原住民、ウィズリィちゃんのが詳しいかもしれない。

「……ま、タイラントとかいう化け物を見ちまったんだ。今さら未実装のアイテムが出たって驚きゃしねーよ。
 ただ、俺たちの知識がまるで頼りにならなくなっちまったっつーのは怖えところだな」

人魚の泪が"ただのレアアイテム"ならどうとでもやりようはある。
ソシャゲ攻略のキモは強力なアイテムを入手できるコンテンツをいかに効率よく周回するかだ。
最速入手の方法は廃人共が真っ先に調べ上げて共有する情報だし、俺たちもその恩恵に与れる。

だが、ゲームに存在しない、"この"アルフヘイムに固有のアイテムとなると話は途端に厄介になる。
街で聞ける雑多な情報から手掛かりを集め、ダンジョンを攻略し、ボスを倒す。
その過程を一から自分たちだけの力でやっていかなきゃならないのだ。

廃人共が踏み荒らした轍を辿るのではなく。
ふかふかの新雪に自分の足跡を残しながら、道なき道を手探りで進んでいく。
それはWiki情報に脳死で従うソシャゲ脳の俺にとってこの上なく怖い道程で。
――たぶん、めちゃくちゃ楽しいだろう。

>「――さあ、皆。もうすぐ到着みたいだぜ! 出発の準備だ!!」

新たな冒険の予感にテンション上がった真ちゃんが俺たちを促す。
甚だ遺憾ながら、まったくの同感だった。



12 明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/29(火) 22:03:19
クリスタルを燃やした煙を上げて停車した列車から、いの一番に飛び出す真ちゃんの後を追って俺も地面と再会する。
磯くせぇ空気を胸いっぱいに吸い込んで、目の前に広がる大都市の光景を余すとこなく目に収めた。
肩の上で蛆虫が嗅ぎ慣れない匂いにぶるりと震えたので、俺は腐肉を食わせて頭をなでてやる。

水の都リバティウムは、海路の要衝にもなってるアルメリア随一の交易都市だ。
ひっきりなしに港に出入りする船には大陸の各地とやりとりする物資が山積みで、その中には他じゃ手に入らないものもある。
ゲーム中でプレイヤーが訪れることのできない未実装の地域も、そこで採れるアイテムだけは実装されてたりするのだ。
国内のあらゆる物資が集積するという都合上、交易の拠点としてここに定住するプレイヤーも多い。

「見てみろよ、海めちゃくちゃ青くて透き通ってるぜ。あっちにはサンゴ礁まである。
 俺こっちに来る前は名古屋に住んでたんだけどよ、あそこの海はマジで汚ぇからなぁ……。
 こういう潜れるくらい綺麗な海って初めて見たよ。桟橋から泳いでる魚が見えるってヤバくね?」

照りつける陽光を受けてきらきら輝いてる水面は、宝石みてーに美しい。
もうこれが人魚の泪でいいじゃん。この目に映る景色が一番の宝物とかそういうそれっぽいまとめでさぁ。
港に入っていく船を目で追いながら振り仰げば、街の方には真っ白い漆喰で出来た無数の建物が広がってる。
俺こういうのディスカバリーチャンネルで見たことある!

そういや、他の連中ってどこの出身なんだろうな。
ブレモンはグローバル対応だけど、名前からして日本人じゃないってこたぁあるまい。
石油王は喋り方からして関西の人間っぽい。あとはわかんね。もっと方言出してこ。

「まずは腹ごしらえと行こうぜ。こういう地中海っぽい街のメシは旨いって相場が決まってる」

リバティウムで買える食料アイテムってどんなんがあったかな……。
船底貝とベストマトのパエリアとか、干し魚のスープとか、ワイルドボアの生ハムとかだな。
内陸のガンダラと違って新鮮な魚介類が大量にあるから、食事も魚系が中心になるんだろう。

陸側の入門管理所を兼ねた駅で手続きを済ませた俺たちは、リバティウムの門をくぐる。
しかしまぁ、身元不明もいいとこの俺たち異世界人が、ずいぶんとすんなり通して貰えたな。
手続きはウィズリィちゃんに任せたけど、管理所の衛兵たちが直立不動で敬礼してる。
王様の権威ってすげー。

さて、成り行きで来ることになったリバティウムだが、プレイヤーにとっても重要な施設の多い街だ。
アルメリア全土に跨る鉄道の分岐点であり、いくつかある離島への出発点。
クエストを受注する冒険者ギルドに、プレイヤー間取引が可能な交易所。
何より――アルフヘイムにただ一つだけしかない、カジノ。

「情報収集はギルドか酒場に行くとして、カジノも洗っといたほうがいいかもな。
 ローウェルがわざわざリバティウムを指定してきたってことは、リバティウム独自の要素が関係してる公算が高い。
 リバティウムと言えばカジノだろ。案外カジノの景品になってたりするかもな」

シナリオの攻略に、モンスターのコレクション、高難易度レイドまで、様々な遊び方のできるブレモンだが、
おそらく最も横道に逸れた要素と言えるのがカジノだ。

ポーカー、スロット、ビリヤードにバカラにルーレット。無駄に作り込まれたミニゲームに没頭するプレイヤーは多い。
聞くところによると『カジノガチ勢』の中には、カジノで得たアイテムをRMTして生計を立ててる馬鹿もいるらしい。
金策と言うにはあまりにも不確定要素と先行投資が大きすぎて、俺はあんまりギャンブルは齧っちゃいないけど。

13 明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/29(火) 22:03:53
「幸いにも俺たちは、路銀に余裕がある。軍資金は十分ってわけだ。
 なにか有力な情報が聞けるかもしれないしな、どうだ、一勝負いってみないか」

決してカジノで遊びたいわけではない。決して。
流石に世界の命運のかかった旅でさぁ?せっかくリバティウム来たからってカジノの籠もるのはねぇ?
良くない、良くないとは思うんだけど、レアアイテムの情報をゲットするなら仕方ないよね?

「石油王」

綺麗に磨かれた石畳の道を踏みながら、俺はリバティウムを散策する流れで石油王の傍に寄った。

「真一君となゆたちゃん、しっかり見といてやってくれ。試掘洞のタイラントの件と言い、今のアルフヘイムはどうにもキナ臭い。
 情報探しも大事だが、プレイヤーのアドバンテージが失われた以上、これまでより慎重に動かなきゃならなくなった。
 なにかあったとき、高校生連中を止められるのはおそらくあんただけだ」

あの穴蔵の底でタイラントと対峙したとき、石油王が零した言葉が妙に頭に残ってる。

――>『ほれにしても、どうしてタイラントがこのタイミングで蘇って、何をもってうちらを敵として認識したんやろうかねえ』

アルフヘイムの守護者であるタイラントが、なぜアルフヘイム側に召喚された俺たちを襲ったのか。
目覚めたばっかで敵味方の判別プログラムが働いてなかったとか、王様に謁見して初めて俺たちがアルフヘイムの所属になるとか、
そういうシステム的な不具合だったならまだ良い。

考えうる最悪の可能性は、俺たち……というかアルフヘイムと敵対する何者かが、タイラントのプログラムを弄ってた場合だ。
アルフヘイムを滅ぼさんとする第三者がいて、タイラントの裏で糸を引いていたとしたら、こいつはかなりまずい。
タイラントをぶっ倒してすべてが解決したわけじゃなくて、この先も似たようなことが起こり得るってことだからだ。

正直言って、石油王の示唆した可能性に俺は思い至れなかった。
あの土壇場でそんなことを考える余裕なんてなかったからな。
おそらく俺たちの中で唯一、石油王だけがタイラントの「その先」を見据えていた。
どういう肝の座り方してんだこいつ……。

「……まぁ、ただちに影響はないって可能性もあるけどな。警戒はしとくにこしたこたぁない。
 大興奮して走ってくワンちゃん二匹を、例の赤い紐で繋ぎ止めるくらいの気で居りゃいい。
 俺は拘束スペルもってねーからよ」

石油王にひらひらと手を振って、俺は彼女から離れる。
冷静で思慮深いこいつには、今のところ注意喚起程度で十分だろう。
今度は、集団の後ろにくっついてるしめじちゃんの方へと寄る。

「しめじちゃん、俺はガンダラで君が言ったこと、覚えてるぜ」

バルログの死骸に必死にアンサモンをかける俺の背中に、しめじちゃんは声をかけた。

>「あのっ……明神さん。新しいのを捕獲するなら、出来る限りお手伝いしますし、もしもお墓を作るならお手伝いしますから」

それは単なる気休めの安請け合いだったのかも知れない。
でも言質とっちゃったからね。お手伝いしてもらいますよ。
俺は他の連中に聞こえないよう声を潜めて、前方から視線を逸らさずに言った。

「捕獲の手伝いは要らない。墓づくりもだ。それよりも頼みたいことがある。
 この先、俺が君に助けを求めたら……一度だけで良い。誰よりも俺を優先してくれ。
 真ちゃんでもなゆたちゃんでも石油王でも、ウィズリィちゃんでもなく、俺のためだけに君の力を使って欲しい。
 まぁ分かると思うがこいつは邪悪な誘いだ。俺の邪悪に、一度だけ加担してくれ」

今後、俺たちのパーティがどんな道程を辿るかは分からない。
ただ一つ決まってるのは、俺とこいつらの間には貸し借りはなく、従って共闘する理由ももうないってことだけだ。

こいつらと一緒にアルフヘイムを旅するのは、それなりに楽しい。
眼の前で死なれたらたぶんキツいだろうし、試掘洞と同じように、俺はこいつらを助けるだろう。
だけど、それとこれとは別問題で、俺は俺の利益を最優先して動きたい。
ローウェルの指環は奪い損ねちまったが、人魚の泪を独占できるならそれをしない理由はない。

たとえ、同じ釜のメシを食った奴らを裏切ることになろうとも。
レアアイテムの奪い合いは、プレイヤーの宿命だ。


【腹ごしらえとカジノ行きを提案】

14五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/01/29(火) 22:05:05
>『……皆様、お目覚めでしょうカ?間もなク、次ノ目的地に到着しまス。宜しけれバ、御降車の準備をお願い致しまス』
でん生還から車内に響くボノのアナウンスに冒険者たちは目を覚まし、降車の準備を整える

「はぁ〜い、もう着いたんやね〜」
真一と明神が乗る男性陣の車両に隣の車両から入ってきたみのりはベッドに寝そべったまま
そう、ベッドごと移動してきたのだ
「ふふふ、こっちに来てからすっかりお寝坊さんになってもぉたわぁ〜」
起き上がることなくやってきたみのりだが、シーツをめくればベッドにしているのが自身のパートナーモンスタースケアクロウのイシュタルである。

イシュタルの能力の一つに『長男豚の作品(イミテーションズ)』というものがある
体積は増えないものの、藁を組み替え編み直すことで形を変える事ができる機能であり、それを利用して移動ベッドとして寝そべったままの移動を可能にしたのだ。

とはいえ、みのりが身に纏うのは深い紫に星をあしらったかのような装飾の施された『宵闇のドレス』
しっかりとリバティウムのカジノを照準に身支度を整えていた
「うふふ〜イベントリのコスチュームを自分で着る日が来るとは思わへんかったわ〜」

そんな上機嫌なみのりに明神が負界の腐肉喰らいに餌を与えながら吠える
手のひらサイズの蛆虫に腐肉を与え続ける姿は悍ましものがあるが、その先に辿り着くのがレイド級モンスターベルゼブブならば見え方も違ってくる
とはいえ、みのりは驚きの表情を隠さず素直に驚いていた
「明神のお兄さん、早速使ってくれたんやねえ
やっぱりカードは使ってなんぼやし、うち嬉しいわ〜」

そういったん喜びの声を上げながらも

「ほやけど、もう使ってもうたんやねえ
うちも育てたことあらへんから詳しくは知らへんけど、最初の駅で戦った成体は自動車位の大きさあったやろ?
今は手のひらサイズやけど、これからおおきゅうなるし、それだけ一杯食べさせなあかへんやろうし
カジノのドレスコードにも引っ掛かってきそうやけど、早速育て始めてびっくりやわ〜
ええパパさんやられてはるようやし、ベルゼブブ目指しておきばりやす〜」

エールなのか貶めているのか
微妙なところではあるが屈託のない笑顔を明神に送り、リバティウムに降り立った。

入門手続きを済ませ、リバティウムに入り、まずは食事、そしてカジノへという流れに
既にドレスアップも済ませカジノに行く気満々なみのりであったが、ここにきてその顔色は冴えないものになっていた。
食事の際も飲み物とツマミ程度のものを頼んだだけで、ほとんど口に運ぼうとしない。
そのことを尋ねられれば困ったような笑みを浮かべ
「うち山育ちのせいか、船があかんのよねえ。
車や飛行機や列車は平気やけど船酔いが酷くって。
リバティウムの交通手段ってゴンドラがメインやん?
ゲームなら画面タップだけやけど、実際にゴンドラにのるとなるとちょっとねぇ……」

と応えるだろう

「ほれにしてもローウェルはんもいけずなお方やねえ
事前に判ってるなら、わかりにくいヒント残して右往左往させへんで、手ぇまわして用意してくれておいてくれればええのになぁ」
などと苦笑を浮かべる

冗談めかして言っているが、みのりがブレモンの世界に来てから引っかかっている事の核心でもある
誰がこの世界に呼び寄せたのか
王の真意
事前にわかっていながらガンダラではなくバルログの待ち構える第10層でマルグリットと合流させた意味
そしてタイラントの起動

どれも府に落ちない事ばかりなのだから

食事も一通り終わるのを見計らい、みのりは「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」を発動させ5体の藁人形を召喚
「ここも広い町やし、はぐれた時の為の連絡手段として持っておいてや〜
頭摘まんで話すとうちの持っている藁人形に声がとどくよって
それに、護身用にもなるしな」
そういいながら藁人形を明神、ウィズリィ、しめじ、なゆたに配っていった

「ほなら色々聞き込みたいところはあるやろうけど、まずは全員でカジノにいこうやな〜
うちが大勝ちして情報収集資金出すよって、期待してえや」
と、少々強引に全員を伴いカジノに向かうのであった

15五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/01/29(火) 22:05:34
カジノに入り、ルーレットの前にて
メンバー全員に必勝法を知っている、と宣言して台の前に座る
みのりが座ったのはルーレットの中でもミニマムベッド10万ルピの上限なしの最高級台

みのりの賭け方は、ルーレットの赤か黒かを当てるというもの
当たれば倍返し、外れれば没収という単純なものだ
確率は二分の一

必勝法を知っているという割には勝ったり負けたりしながら、100万ルピ程の負けが積もったところでみのりが動く
「勝ったり負けたりで結局負けてきているし、ここらで逆転しますえー!」
黒に200万ルピチップを積み上げる

だが、結果は赤
200万ルビチップが没収されるが、みのりはヒートアップして
「次で全部取り返すんや!」
3倍の600万ルピをまたも黒に

だがまさかの二連続赤
「ここで引いたら女が廃るわ!大勝負行きますえー!」
明神の「もうここで引いとけ」という言葉を振り払い、更に三倍の1800万ルピを黒に
一千万越えの賭けとなると、たとえ単純な赤黒勝負であっても周囲の目を引きギャラリーが増えてくる
しかしここで親の総取り、赤でも黒でもない緑の00が出てしまう
周囲からは大きなため息が上がり、ギャラリーも散らばっていこうかというところで

「これで終わりやと思うた?」
そういいながら5400万ルピを黒に積み上げる
更にテーブルにボーイを呼び、16200万ルピのチップを用意させる。
なゆたの「これは王様からの旅費でしょ!ダメよダメ!」という悲鳴にも似た声もみのりを止められない

これは次はずれても更に3倍賭けするという無言の圧力
湧き上がる歓声と顔色の悪くなるディーラー

「ふふふ、ギャンブルを知らへん素人女が熱くなって周り見えへんくなってるとディーラーはんは思ったかもやねえ
確かにうちはギャンブルのこと知らへんけどぉ、みんなと同じくらいは確率くらいは知ってるし
あと何回ディーラーはんは赤を出し続けられるか、楽しみやわ〜」

そう、赤と黒、確率は1/2でしかないが、連続して赤が出る確率は回を重ねるごとに跳ね上がる
5回6回と続けばもはや天文学的な確率であり、もはや偶然とは思ってもらえない
しかしここまで賭け金が膨れ上がってしまえば、カジノ側の大きな損失となる
ディーラーは行くも引くもできない状況に追い込まれてしまっているのだ
明神となゆたには事前に「大きめな声で」止めるように藁人形を通じて指示しておいたのも、一芝居打つことでギャラリーを呼び寄せる効果もある


「なあ、真ちゃん、ウィズリちゃん?」
歓声の上がる中、みのりは静かに二人を名指ししにっこりと微笑んだ

16五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/01/29(火) 22:06:04
「うちはスリルは好きやけど、リスクとはき違えるほど阿保な女やあらへんつもりなんや
ホントは王都についてから王様に直接聞こうと思うてたんやけどな」

リバティウムに降り立った時に明神にかけられた言葉を反芻し、続ける

「ガンダラでタイラントが起動した時、真ちゃんはどうして急に攻撃したん?
タイラントはアルフヘイムの守護神やいう話なのに、ウィズリィちゃんはどうして破壊せなアカンと判断したんやろうねぇ
降りかかる火の粉を払うのに必死になって、周り身もせずに順番に戦って行ってたら、あのディーラーはんみたいに二進も三進もいかへん状況になりそうやし
善い悪いの話やのうて、自分がなぜ戦っているか理解して納得した上で動きたいよってな
ここらで状況を把握しておきたいんやわ〜」

そういい二人に順に視線をやる口調はいつも通りの緩やかであり、貌はいつも通りの笑顔ではあるが眼は笑っていなかった

というところで大きな歓声
ルーレットの球は赤に!
みのりは大勝負に負けてしまったのだがギャラリーたちはそれ以上にさらに3倍、億越えの大勝負が見られるという期待の歓声を上げたのだ。

そこへ人垣をすり抜けるように現れたウェイターがすっとシャンパンの入ったグラスを差し出してきた
「お客様、随分と熱くなっている御様子
ご友人もお困りのようですし、少々気になるお言葉もありましたので
ギャンブルを楽しんでもらうのは本意でありますが、あまり過熱しすぎると……
こちらは支配人からの差し入れでございまして、よろしければどうぞ」

「ふ〜〜ほうやねぇ。負けてばかりで周り見えへんくなってたわ〜
おおきにさん、出来れば静かなところでちょっと休みたいよし、案内してくれます?
支配人さんのお部屋とか?」

グラスを受け取りパタパタと残った手で風を自分に送るようなしぐさをし、ウェイターに言づけてから席を立つ
「VIPルームをご用意いたします」とウェイターが下がっていった
際限のない賭け方に王の旅費という言葉は色々なところの琴線に触れたのであろう

「VIPルームでカジノの偉いお人とお話出来そうやし、人魚の泪についてなんぞ聞けるかもしれへんねえ
まあ、それまでに二人の話を聞かせてほしいわ〜」
シャンパングラスを傾けながらウィズリィと真一の言葉を待つ

【船酔い属性発覚】
【金にモノを言わせてカジノ支配人との接触を試みる】
【真一とウィズリィに情報提供を求める】

17ウィズリィ ◇gIC/Su.kzg:2019/01/29(火) 22:07:02
「……」

ポータルを抜けると、そこは鉱山の麓だった。
文学的には落第点であろうこの描写が、ガンダラにおけるわたし達の旅の結末となる。

視線をめぐらせれば、シンイチやナユタ、それにミョウジン、ミノリ、シメジが各々に言葉をかけ合い、互いの苦労を労っている。
わたしもその輪に加わろうかと一歩足を踏み出しかけて……やめた。
一瞬先に進んでいたブックがこちらに戻り、物言いたげにわたしの目の前を往復する。

「……いいのよ、わたしはここで」

そう言ったわたしが立つのは、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達が集まる位置から10歩ほど離れた場所だ。
このぐらいの距離ならば、一同の動向は概ね把握でき、逆にこちらの細かな挙動は察知されにくい。
また、彼らのうちに何らかの害意を向ける者がいても対応できる。

つまり、俯瞰者、観察者、監視者、そういった者の位置だ。

「わたしはここで、いいの」

わたしはそう言うと、安心させようとブックに笑いかける。
ブックはそれでも何か言いたげにうろうろしていたが、やがて諦めたのか、わたしの傍らに戻った。

やれやれ、この子にまで心配されるだなんて。
わたし、そんなに疲れた顔をしていたかしら。

……否定はしない。
今回の冒険は、元々数少ないわたしの冒険遍歴の中でも最上級に厳しい物だったから。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達を鼓舞する都合上、タイラントは簡単に倒せるかのように振る舞っていたわたしだが、
実際はそんな事はない、薄氷の勝利だったことは結果を見ての通りだ。
朗々と演説を終えた後、タイラントの光線砲の充填が間に合っていたことに気付いた時は真剣に肝が冷えた。
光線を逸らすカードを展開してくれたシメジには感謝の念に堪えない。無論、それはミノリ、ミョウジン、ナユタ、シンイチにも同じだ。
わたし達は、彼らに感謝をしなければならない。ガンダラを陰ながら救ってくれた彼らに。

とはいえ、表立ってそう告げる訳にはいかない。
タイラントが再起動してガンダラを襲うところでした、などとバカ正直に公表したらパニックは必至だ。
故に、今回の事件は『王』の名の下、箝口令が敷かれることになるだろう。
彼らの戦いは誰も知る事はない。
彼ら自身と、『王』と、わたしを除いて。

「…………はぁ」

呼気を吐き出しただけなのに、どうもため息のような色彩を帯びる。
わたしはどうしたいのだろう?
『王』の使者として、使命を果たしたいのか。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の仲間として、世界を救う大冒険を繰り広げたいのか。
以前のわたしなら、前者だ、と即答していたところだろうが。
今のわたしは、数秒思考してから、やはり前者だ、と答える。
後者の選択に憧れる事がないと言えば嘘だろうが、それでも選ぶことはない。

なぜなら、わたしと彼らは、似たような魔法を扱えこそすれ、別の存在だからだ。
彼らは異邦の存在。
わたしはこの世界の住民。
ならば、完全な仲間になど、なれる道理もない。
ほら、こう言い切ってしまえば簡単な事だ。
迷う事など、何もない。

「……」

脳裏をよぎるのは、タイラントが動き出した刹那、一時視界を奪った幻。
タイラントを初めとするこの世界の軍勢が、どこか見知らぬ世界を襲う光景。
あれをわたしは、どこかで見ていた。
見ていて、嗤っていた。
嗤うわたしは、それを当然のことと受け止めていたけれど。
わたしは……。

「……いや。今考える事じゃないわね」

軽く首を振る。幻のことだけでなく、今考えなければいけない事は無数にある。
タイラントの起動原因は謎のままだし、そもそも世界を襲う“侵食”については何の手掛かりも得られていない。
マルグリットを助けた事は、通過点に過ぎない。その実感を新たにする。
わたしは、まだまだこれからも歩き続けなければいけないのだ。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達を導く、知恵の魔女として。

> ……クエスト、クリアー! みんな、お疲れさまーっ!!」

なゆたが皆に声をかけ、ファンファーレが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達の魔法の板から響く。
ブックからは、何も鳴らなかった。

18ウィズリィ ◇gIC/Su.kzg:2019/01/29(火) 22:07:25
水の都リバティウム。
発展規模だけで言えば王都キングヒルに匹敵する(抜いているという説もある(要出典))、王国随一の海運都市だ。
この都市だけでしか手に入らない物品も数多く、ガンダラとはまた別種の活気で満ち溢れている場所である。

何故王都に向かっていたはずのわたし達がこの都市に来たかと言えば、賢者ローウェルからの指示だ。
試掘洞で助けたマルグリットが、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達へのローウェルの言伝を持っていたのである。
曰く、「リバティウムで『人魚の泪』を手に入れろ」。

……おつかい?

そんな感想を抱いたのは仕方ないと思う。
いや、まさか賢者ローウェルともあろう方が、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にただのおつかいを頼むはずもあるまい。
これはきっと、彼ら(含むわたし)が手に入れることに意味があるとか、そういう類の指示なのだろう。
そういう類の指示なのだと信じよう。
違ったら分かってるでしょうね。

さておき。
『人魚の泪』という存在について、即座に該当する知識はわたしの見識の中にはない。
一応関連しそうな情報として、『決して泣かなかった人魚の話』という古い伝承があるらしい、とブックが教えてくれたが、
詳細な内容までは分からなかった。
元々はリバティウム近隣の民間伝承らしいので、この場所を訪れるのは間違っていないのだろうが……。
詳細な内容は古老とかをあたれば分かるだろうか。後でそういうのが詳しそうな人を当たってみなければ。


というような事前知識入手を整えて、入門を済ませたのがつい先ほどのこと。
元々この都市の入門管理は比較的甘く、相当な不審人物や手配書の出ている犯罪者でもなければ入門拒否という事態はほぼない。
とはいえ、本来ならそこそこ煩雑な書類処理が必要なのだが……ここも『王』の威光の届く場所である。
『王』の代理人であることを示すペンダントを見せれば、衛兵は即座に敬意を示して、入門を許可してくれた。
わたしの手柄ではないが、少々気は大きくなる。ふふん。

入門を済ませて、地図を見ながら都市内を移動する。
簡単な腹ごしらえを済ませて(アサリのパスタ、おいしかった)、ゴンドラに乗りながら次の行先を相談。
そんな中、ミョウジンが声を上げた。

>「情報収集はギルドか酒場に行くとして、カジノも洗っといたほうがいいかもな。
> ローウェルがわざわざリバティウムを指定してきたってことは、リバティウム独自の要素が関係してる公算が高い。
> リバティウムと言えばカジノだろ。案外カジノの景品になってたりするかもな」

なるほど、一理ある。
景品はさすがに虫がよすぎるとしても、カジノのVIPルームで情報が手に入る、という可能性はあるだろう。
そういう訳で、皆でカジノに向かう事とした。
一部の面々(主にミョウジンやミノリ)がカジノにやけに強い関心を示しているのは気にならなくはなかったが、
個人的嗜好のうちだろうと判断していた。
……それが、まさかあんなことになるなんて。

19ウィズリィ ◇gIC/Su.kzg:2019/01/29(火) 22:07:49
>「ここで引いたら女が廃るわ!大勝負行きますえー!」

……なにやってるの、ミノリ。
さすがのわたしもこれには引いていた。
勝てば負けが帳消しになる程度の額を、確率1/2の枠に賭けつづける。なるほど、確かに一種の必勝法ではあるのだろう。
ただし、それは「勝ち負けが完全に確率通りに発生した場合」の話だ。
今回ミノリが選択したのはルーレット。一見完全に運否天賦の勝負だが、それはあくまで一見の話。
ディーラーがその気になれば、いくらでも結果は操作できる。そのぐらいは少し考えれば分かる話だ。
ミノリが今回かけた額は1800万ルピ。相応の大金だ。胴元としてはそうそう勝たせるわけにもいくまい。
もちろん、ディーラーがここで3600万の払い戻しを許容するなら話は別だが……。
幾つもの熱視線と、わたしの冷めた視線が交錯する中、ルーレット上に球が躍る。

……ほらね。結果は00、親の総取り。
哀れ、1800万ルピ分のチップは胴元の懐に。
やれやれ、さすがにミノリの頭も冷えただろう。わたしはミノリに視線を向ける。と、その時。

>「これで終わりやと思うた?」

…………は?
引いた。主に血の気が。
ミノリが場に積み上げたのは5400万ルピ。さらに、ボーイに用意させているのはざっとその3倍のチップ……恐らく、1億6200万ルピ。
ちょっとちょっとちょっと、何考えてるの。
ミノリの所持金がいくらあったか知らないが、これだけの浪費をしてただで済むとは思えない。
いや、そもそも……。

>「これは王様からの旅費でしょ!ダメよダメ!」

ナユタの悲鳴じみた声。
そう。まさかミノリ、わたしの持ってきた王からの旅費用のルピにまで手を付けてないでしょうね!?
いくら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』といえど、公金横領まで許したつもりはない。
私は険しい視線で、ブックの示す無限倉庫(インベントリ)の内容表示に視線を走らせる。

「……?」

減っていない。
わたしのポケットマネー分はもちろんのこと、王から貸与された旅費用のルピは、1ルピたりとも減っていなかった。
なら、あれはミノリのポケットマネー? ナユタの言葉は狂言? 何故そんな事を?
混乱する中、ミノリの呟く言葉が耳に届く。

>「ふふふ、ギャンブルを知らへん素人女が熱くなって周り見えへんくなってるとディーラーはんは思ったかもやねえ
>確かにうちはギャンブルのこと知らへんけどぉ、みんなと同じくらいは確率くらいは知ってるし
>あと何回ディーラーはんは赤を出し続けられるか、楽しみやわ〜」

……そういう事か。
事ここに至り、わたしはようやく事の概ねを把握する。
ディーラーがルーレットの結果を操作できるとは言っても、それはあくまで暗黙の了解であり、公式にそう出来るわけではない。
当たり前の話で、結果の操作を大っぴらにしているとなってしまったら、もうディーラーは信用されないのだ。
結果の操作は、あくまでディーラーの奥の手……最後まで隠し通さねばならない奥の手なのである。

今、ミノリに相対しているディーラーは選択を迫られている。
ミノリの勝利で場を収め、億単位の払い戻しをするか。
あくまでミノリを敗北させ、代償として自らの結果操作を浮き彫りにするか。
……あるいは、第三の選択肢として、『自分以上の上位権力者に場を収めてもらう』か。

おそらく、ミノリが狙ったのは3つ目だ。それは、ナユタに狂言を打たせてまで『自分達が特別な存在である』と示したことからも分かる。
(あながち完全な狂言でない辺りがいやらしい。彼らが『王様からの旅費』にアクセスできるのは事実なのだ)
結果として出てくる上位権力者……おそらくカジノの支配人か重役……から、『人魚の泪』に関する情報を得ようという算段なのだろう。
なんて食わせ者。ミノリの評価がわたしの中で1段階変動した。
おりしも、ディーラーがルーレットの球を弾きいれ、わたしも含めた場の一同の視線がそちらに集中する。
その時。

>「なあ、真ちゃん、ウィズリちゃん?」

ミノリの声が、わたしを名指しにした。

20ウィズリィ ◇gIC/Su.kzg:2019/01/29(火) 22:08:15
>「うちはスリルは好きやけど、リスクとはき違えるほど阿保な女やあらへんつもりなんや
>ホントは王都についてから王様に直接聞こうと思うてたんやけどな」

ミノリの言葉が続く。こちらを見つめる目じりは下がっているが、目は笑っていない。

>「ガンダラでタイラントが起動した時、真ちゃんはどうして急に攻撃したん?
>タイラントはアルフヘイムの守護神やいう話なのに、ウィズリィちゃんはどうして破壊せなアカンと判断したんやろうねぇ
>降りかかる火の粉を払うのに必死になって、周り身もせずに順番に戦って行ってたら、あのディーラーはんみたいに二進も三進もいかへん状況になりそうやし
>善い悪いの話やのうて、自分がなぜ戦っているか理解して納得した上で動きたいよってな
>ここらで状況を把握しておきたいんやわ〜」

「……」

ミノリ。彼女の評価を、わたしはまた1段階変動させなければいけないだろう。
彼女は……相当な切れ者だ。それだけではない。必要とあらばコストを支払っていく度胸もある。
今はこうして言葉で問い詰められているだけだが、それを遮断した時どうなるかは、背景の哀れなディーラー氏が身をもって示している。
……まさかとは思うが、このディーラー氏を追い詰めたのもわたし達を問い詰める伏線だったのだろうか。
そうだとしたら恐るべしだ。感嘆するしかない。

歓声が響く。ディーラーはどうやら、一旦はミノリを負けさせることにしたようだ。
とはいえ、次はないだろう。その予想の通り、ウェイターがやってきてミノリに言葉をかける。
どうやら、首尾よく支配人との面談の場を設けることに成功したようである。

さて、ディーラー氏が陥落した以上、次はわたし達だ。ミノリは言葉を止め、わたし達の返答を待っている。
とはいえ、わたしの方から返す言葉は、もう決まっていた。

「単純な話よ。とは言っても、これはわたしもスペルで見たから知ったようなものだけど。
 あのタイラントは完全に整備された状態ではなかった。完全体から見ればスクラップ寸前と言ってもいいような状態だったわ。
 そして、タイラントには本来、自動修復プログラムが搭載されている。それはあの機体も例外ではない。わたしも確認した。
 つまり、タイラントが元々起動していたとしたら、自動修復プログラムで整備も完全に行われていなければおかしいのよ。
 そうなっていなかったとしたら、理由は只一つ。
 あのタイラントは一旦停止していた物が、わたし達の侵入と前後して再起動した。そう考えるほかないわ。
 となれば、あれはわたし達を敵と認識していると考えるのが妥当。味方と思っているなら、わざわざ動き出さないでしょうからね。
 『王』の命を受けているわたしはもちろん、それに同行している貴方達も一先ずはアルフヘイムの存在として認識されるはず。
 にもかかわらず敵と認識されたなら……後は分かるわよね」

さて、この答えでミノリは納得してくれるだろうか。
この答えは事実ではあるが、一つの事を伏せたうえでの回答でもある。
わたしが直前に見た幻の事を、この回答では触れていないのだ。
その必要はないと判断したから。些末なことだと。
……本当に? という疑念を、わたしは握りつぶした。

【ウィズリィ:ミノリに振り回されっぱなし】

21佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/01/31(木) 20:00:37
遠く耳朶に響く潮騒の調。
肌の上を走り抜けていく風は潮の香りを纏い、ここが港町である事を訪れた者達に告げていく。

蒼き大海原を臨むこの街こそは、世界に名高き湾岸都市。水の都リバティウム。

あらゆる国の品物が集まり、あらゆる国の人間がそれを売りさばく。世界の縮図。万国の見本市。
ゲーム中においても数多のプレイヤーが拠点を構えていたその都市に、その日異邦人たちは辿り着いた。

蒼きこの街で彼等を待つのは、心震わせる冒険か、はたまた体を震わせる理不尽か。

かくして、舞台を変えて物語はここに再演する――――。



>「見てみろよ、海めちゃくちゃ青くて透き通ってるぜ。あっちにはサンゴ礁まである。
>俺こっちに来る前は名古屋に住んでたんだけどよ、あそこの海はマジで汚ぇからなぁ……。
>こういう潜れるくらい綺麗な海って初めて見たよ。桟橋から泳いでる魚が見えるってヤバくね?」

「明神さん。あそこにフナムシがいます。フナムシが……あの一匹いるやけに大きいフナムシはモンスターでしょうか?」

リバティウムに到着してから暫くの間、一行の間には驚く程に平穏な時間が流れていた。
風光明媚な情景、心惹かれる美しい街並、活気あふれる人々。
砂漠や鉱山と言う過酷な環境を旅してきた一行にとって、故郷の観光地の様なこの街は心を落ち着かせるに十分であったのだろう。
それは、活気を苦手とするきらいの有るメルトにとっても例外では無かったらしく、ガンダラの時の様にゲームとの知識のすり合わせの為に奔走する事も無く、彼女は

それこそ普通の子供の様にリバティウム観光を楽しんでいた。

>「まずは腹ごしらえと行こうぜ。こういう地中海っぽい街のメシは旨いって相場が決まってる」
「そういえば、この街で手に入る食糧アイテムには『ゲゲゼボボ』がありましたが……いよいよ公式で正体不明だったアレがナニかが判ってしまうんでしょうか」

だが、メルトがこれだけ気を張らずに過ごせているのは、環境だけが原因な訳では無い。
――プレイヤー、明神。
彼の存在こそが、今のメルトの軟化した態度の一因であった。

……元来、佐藤メルトという少女は人間不信である。
荒んだ家庭環境と、顔の傷によって背負ったトラウマ。
それらによって組み上げられた、自分以外の何者をも信じない性格は、他人の善意を否定し悪意を鋭敏に察知する事だけを成してきた。

だが……ガンダラの坑道で行われた明神の献身。
自身の安全や利益を捨ててまで、他者の為に動いた明神の行動が、その頑な人格の殻に罅を入れた。

明神なら。自身の最良を捨てて、誰かの為に動いたこの大人ならば、信じてもいいのかもしれない。
無意識の内にそう思い始めたのである。

>「捕獲の手伝いは要らない。墓づくりもだ。それよりも頼みたいことがある。
>この先、俺が君に助けを求めたら……一度だけで良い。誰よりも俺を優先してくれ。
>真ちゃんでもなゆたちゃんでも石油王でも、ウィズリィちゃんでもなく、俺のためだけに君の力を使って欲しい。
>まぁ分かると思うがこいつは邪悪な誘いだ。俺の邪悪に、一度だけ加担してくれ」

「それは……。え、と……初心者の私に何が出来るかは判りませんし、無条件に約束をするのは損なので、申し訳ありませんがお断りします」

だからこそ

「ですが……今度、明神さんのクリスタルで一回だけガチャを引かせてくれるなら、いいですよ?」

食事所に向かう道中に投げかけられた、明神からの依頼。
本来のメルトであれば、口約束すらせずに拒絶するであろう彼の願い(シャークトレード)に、条件付きであるとはいえ了承の意を示したのであろう。
もしゃもしゃと腐肉を喰らうベルゼブブの幼体の柔らかい体を指で突くメルトの顔には、薄くではあるものの笑みが浮かんでいた。

―――――

22佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/01/31(木) 20:01:23
さて。協議の結果、一行はカジノでの情報収集を主軸に置いて動いていく事となった。
『人魚の泪』……求められたそのアイテムの名前を、メルトは目にした事も無ければ、耳にした事も無い。
ひょっとすると、廃人の中でも攻略組の最前線の連中であれば知っているのかもしれないが、RMTの為にレアアイテムの名称は一通り記憶しているメルトが知らない

以上、少なくともゲーム上は実装されていないアイテムと見た方がいいだろう。
となれば、その情報を得る為には情報が集積する場所、情報を統括する人物に接触を行う必要があり、それを念頭に置いた場合、金と権力が集約するカジノと言う場所

はその条件全てを満たしており、大変都合がよかった。

メルト自身も、ガチ勢に比べれば左程でもないものの、それでもカジノでの金策の技能は習得しており、ここは腕の見せ所であると内心考えていた……のだが。

>「これで終わりやと思うた?」

眼前で繰り広げられるみのりの大博打に、それどころではなくなってしまっていた。

(……必勝法があると言ったので、カードを使ったイカサマでもすると思ってたのですが……完全に力技じゃないですか!)

みのりの行っている、青天井にベットを増やしていく行為。
その目的は、彼女の発言からメルトにも察する事が出来る。
つまるところ、みのりは勝負を仕掛けているのだ。眼前のディーラーの、その上に居る者達。
賭け事など行わずとも、客から搾取する事で莫大な利益を吸い上げられる……経営陣に。

ベットするのは、金とカジノの信頼

例えば、借金が一定の金額を越えた時に、貸し手と借り手のパワーバランスが逆転する様に。
少額の連敗に対しては嘲笑う事が出来る経営陣も、人の人生が買える程の大金と大勢のギャラリーを前にしては、迂闊な行動は取れなくなる。
カジノとは、客に夢を見せる商売だ。
それが事実であれどうであれ、『イカサマをしている』と大勢に判断されてしまえば、終わりなのである。
かといって、億に届く金を『勝たせて』しまえば、カジノ側としては痛手が過ぎる。

>「お客様、随分と熱くなっている御様子
>ご友人もお困りのようですし、少々気になるお言葉もありましたので
>ギャンブルを楽しんでもらうのは本意でありますが、あまり過熱しすぎると……
>こちらは支配人からの差し入れでございまして、よろしければどうぞ」

故に、その解決策は、必然……カジノ側の判断による無効試合へと落ち着く事となる。思考ロジック的にはそうなるのだが……

(……カジノ側が、それでも負けさせて来る可能性もありました。どのタイミングで水を差してくるのかも不明だった筈です。みのりさんの財源も、無限であった訳で

は無いでしょう。
 だというのに、汗ひとつ掻かずに相手の上限を読み切って、しかもこの緊迫した状況を利用してウィズリィさんから情報を引き出そうとするなんて……あの人は、異

常です)

背筋に得体の知れない悪寒が奔り、思わず一歩後ろに下がるメルト。思わず明神の服の裾を握ったその掌は、じっとりと汗ばんでしまっていた。
……メルトは悪質プレイヤー。RMTやらシャークトレード等、危ない橋はさんざ渡ってきている。
情報や金銭の取引を行う相手が、海外のマフィアの時もあったが……それでも正面から正々堂々と相手を欺き切ってきた。
だが……あくまでその渡った橋は、ネットと言う壁を隔て、仕込んだ十全のセキュリティにより身を護った上でのものだ。
勝算が有ったのだろうとはいえ、今回のみのりの様に、破滅すらもリスクの一部に入れてのものでは決してない。

みのりは悪意を見せた訳でもなければ、敵意を向けて来た訳でもない。
だというのに、人好きのするその笑顔を、今この場に居る誰よりも……何よりも恐ろしいと、メルトはそう感じてしまっていた。


・・・

23佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/01/31(木) 20:02:01
カジノの三階。階段を上がり、赤絨毯が敷かれた広い廊下を進んだその突き当りに、大きな木製の扉が在った。
金や宝石で飾り立てられたその扉は、貴人をもてなす為の空間がその先に有ると、一目で判別出来る造りをしている。
一行を扉の前まで案内してきた、先程シャンパンを運んできた年若い眼鏡を掛けたウェイターは、一度扉の前で立ち止まるってから振り返ると、首元で纏められた金色の長髪を揺らしつつ、ウィズリィへと笑顔を向ける。

「皆様方、こちらがVIPルームでございます。中には責任者がおりますので、此度の件を含めて暫しご歓談を頂ければと思います」

そう言ってウェイターは、ノックをせずに音を立てて扉を開いた。

……その部屋は、扉やカジノの絢爛華麗な様子と較べると、拍子抜けする程に大人しい部屋であった。
置かれている装飾品や飾られた絵画は、成程、高級なものであろう事は間違いないが、威圧感を与える様な物は一つとして置いていない。
カジノを上から見下ろせる硝子張りの壁や、多数の銘柄の酒が置かれたバックバーなどは特徴といえば特徴なのだろうが、言ってしまえばそれだけだ。
恐らく、成金を持て成す為の部屋では無く、『真に物を見る目がある人間に寛いで貰う』為の部屋であるのだろう。

そんな部屋の中央に置かれた、黒檀と良く似た木で出来た、重厚な造りの机。その横に置かれたソファーに、一人の男が腰かけていた。
ギョロリとした猛禽を思わせる目。灰を思わせる色をした髪。着込んだ白スーツを押し上げる程の鍛えられた体躯。
十指に嵌められた金の指輪には、それぞれが違う色の宝石がはめ込まれている。
男は首だけを動かし、ウェイターに引き連れられた一行の姿を目に留めると、ゆっくりとその腰を上げる。
立ち上がった男の上背は2mを優に超えており、経営者と言うよりは暴力団の元締めというのが相応しい様子である。
そんな男に対し、金髪のウェイターは笑顔を見せたまま一礼し、口を開く。

「ライフエイク様。遊技場で少々御戯れをなさっていた、彼の『王』の関係者の方々をお連れしました」
「……ご苦労だった、レアル=オリジン。暫し、其処で待て」

責任者……ライフエイクは、そう言って金髪のウェイター……レアル=オリジンを椅子の傍で控えさせ、一行の元へ歩み寄ると、真一となゆた、二人のちょうど間へと向けて右手を差し出す。

「……お初に御目にかかる。俺は此処の責任者のライフエイクだ。ガンダラから遠路遥々、ようこそ。王の客人達よ」

堂々たる態度のライフエイクの表情に浮かんでいるのは、確かに笑顔。だが、その目はとても冷たく……獲物を狙う野生動物の様に、何も感情が込められていない。
だが、一行が真実恐れるべきは、その容貌ではない。

(カジノに来るのは、つい先ほど決めた事なのに、私達の素性を掴んでいる……それも、ガンダラに居た事も含めて。一体、どんな情報網をしてるんですか)

思わず目を見開いたメルトが思った通りに……恐れるべきは、情報の収集能力であろう。
どういう経路でどういう伝手を用いて手に入れたのかは不明であるが、どうにも眼前の男にはメルト達の情報を掴んでいる様である。
それでも……態度は友好的であるライフエイクの手を取り交渉を始めれば、条件次第ではあるが、彼は『彼の知り得る情報』を渡してくれる事だろう。しかし

(……それに何か、おかしいです。ゲーム中で、このカジノ関係のイベントは性格が悪い物が多かったと記憶しています……こんなにスムーズに進む事があるのでしょうか)

メルトは生来の警戒心を発揮し、この状況への違和感を募らせていく。
……何がおかしいのかは判らない。だが、何かがおかしい。その違和感を無視できなくなったメルトは、ライフエイクに手を差し出された二人の内、なゆたの背中へと歩み寄ると、彼女にだけ聞こえる様に小さく呟いた。

「……なゆたさん。『誰得セール』の気配がします」

誰得セール……それは、ブレイブ&モンスターズにおいて、運営が月一で開催していた、店売りアイテムの販売額15%オフというイベントの事である。
その壮大な宣伝文句に惹かれた新規プレイヤーは、少し無理をしてでも普段買わない高級なアイテムを購入し……そして、実は大概の店売りアイテムはプレイヤーの露店で売っており、しかも誰得セールの価格より安いという事実を知って、後でがっかりするという様式美だ。
つまりメルトが呟いたのは、現地の人間が聞いても判らないがプレイヤーにのみ伝わる『警戒せよ』とのメッセージであった。

椅子の横に控えたレアル=オリジンが笑顔を浮かべる中、室内には緊迫した空気が流れ出す……。

24崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/01/31(木) 20:02:43
石油王の面目躍如と言うべきか、みのりの恐るべき手練手管によってVIPルームに通された一行は、そこでカジノのオーナーと面会した。
多額の金銭が縦横に動く賭博の殿堂の中で、この男はたくさんの人々から巨額の金を巻き上げてきたのだろう。
表情こそ柔和な微笑であったが、その目は獲物を狙う捕食者(プレデター)そのものだった。

>「……お初に御目にかかる。俺は此処の責任者のライフエイクだ。ガンダラから遠路遥々、ようこそ。王の客人達よ」

友好の証としてか、ライフエイクが右手を差し出してくる。
こういう場合、第一印象が大切だ。相手に呑まれてはいけない。
こちらを手強い交渉相手、易々とは組み敷けない相手と思わせ、五分の交渉をするには、度胸が大切である。
なゆたはその手を一瞥したが、自ら握手に行くことはしなかった。
握手は真一がするだろう。そう見越してのことである。

>「……なゆたさん。『誰得セール』の気配がします」

そっと背後に回ってきたメルトが、そう囁いてくる。
『誰得セール』――少しでも慣れたブレモンプレイヤーなら誰でも知っている、公式ガッカリイベントだ。
初心者救済、低レベルプレイヤーもレアアイテムGETのチャンス! という触れ込みのイベントで、今でも月一で開催されている。
ブレモンリリース当初、プレイヤーのレベルが軒並み低かった時代は、そのイベントにも確かに目的通りの需要があった。
が、プレイ人口が増え、いわゆる廃人と呼ばれるプレイヤーが巷に溢れた今となっては、その価値は無に等しい。
廃人たちがエンドコンテンツでレアアイテムを手に入れまくり、不要分を露店で売りさばく。
過剰なアイテムはインベントリを圧迫するため、少しでも早く売るためプレイヤーたちは捨て値をつける。
その結果供給が需要を上回り、一部の激レアアイテム以外の価値は軒並み暴落した。
露店のアイテム売値は、正規の値段の50%オフなど当たり前。
よって今ではイベントの15%オフなどという触れ込みはお得な謳い文句でもなんでもなく、鼻で笑われる有様なのである。
そんな『一見おいしそうではあるが実は罠』の匂いがすると、メルトが警鐘を鳴らしている。
実のところ、危険な匂いを嗅ぎ取っているのはなゆたも同様だった。
なゆたは言葉で返答する代わりに、小さく頷くことでメルトへ同意を示す。
挨拶を済ませると、ライフエイクは一行にソファを勧めた。

「飲み物はワインで宜しいかな。ああ、そちらのお嬢さんはジュースがいいだろう」

主人の言葉に、傍らに控えていたレアル=オリジンが持ち場を離れる。飲み物を取りに行ったのだろう。
ライフエイクは執務机の近くに歩いてゆく。なゆたはソファに腰を下ろした。
ガンダラの椅子は木組みの粗末なもので、座り心地も悪かったが、ここのソファは元の世界のものと比べても遜色がない。
まさに、VIPのための贅を凝らした調度というやつだ。

「しかし、豪胆な客人たちだ。初めてこの地を訪れた者で、あれほど周囲の耳目を集める人間もそうはいない。
 尤も――客人たちにとっては、ギャンブルの勝敗よりも注目を集める、そのこと自体が目的だったようだが……」

レアル=オリジンがワインとジュースのボトル、グラスを持ってきて、メルト以外にワインを振舞う。
全員の目の前で封を開け、グラスに真紅の酒を注ぐのは、薬の類など入っていないというパフォーマンスだろうか。
メルトに対しては柑橘系の果汁だ。細かな泡が出ている辺り、炭酸が含まれているのかもしれない。
グラスを軽く掲げてワインを一口含むと、ライフエイクは言葉を続ける。

「客人らは金よりも欲しいものがあって、このリバティウムを訪ったと見える」

「ご明察ね。確かにわたしたちはお金儲けのためにここへ来たわけじゃないわ。
 欲しいものがあるの。『人魚の泪』……知らないかしら?」

なゆたが口を開く。
相手は一行がガンダラからやってきた、ということを既に掴んでいる。きっと、なゆたたちに関する他の情報も持っているのだろう。
だとすれば、隠しごとをしていても仕方がない。
ライフエイクはニヤリと嗤った。獣のような凄絶な笑みだった。

「私のカジノ……『失楽園(パラダイス・ロスト)』には、アルフヘイム中からあらゆる者たちが訪れる。
 ヒュームに、エルフに、ドワーフ……オークやゴブリンだっている。
 そして、そういった者の集う場所には、おのずと情報も集まってくる。
 このアルフヘイムにおいて、私の知らないことなど数えるほどしかなかろうな」

「それなら――」

「いかにも。『人魚の泪』はここにある」

カジノの支配者は鷹揚に頷いた。ストレート極まりない、肯定の言葉だった。

25崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/01/31(木) 20:03:21
「本当!? それは一体どこに……」

「残念だがそれは話せない。最近物騒なものでね、『人魚の泪』の在処を知るのは私と、そこにいるレアル=オリジンだけだ。
 しかし……所在は明かせずとも『人魚の泪』を手に入れる方法であれば、客人たちにお教えしよう」

身体を前にのめらせるなゆたの言葉を遮り、ライフエイクは猛禽のような眼差しで一行をぐるりと見回した。

「実は近々、当カジノ主催で大々的なイベントを催す予定になっている。
 領主殿の許可を得た、リバティウムをあげての一大イベントだ。我がカジノが巨費を投じて建設した闘技場を使ってね。
 その名も『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』――」

「……デュエラーズ・ヘヴン……トーナメント……」

ライフエイクの告げた名前を繰り返す。
字面から言って、その内容がどんなものであるかは明白だった。

「そう。当カジノが主催者となり、アルフヘイム中から腕に覚えのある者を募る。
 その者たちが戦い、頂点を目指す……そして決まった優勝者が名実ともにアルフヘイム最強の猛者、というわけだ。
 賞金は10億ルピ。その他、副賞として――」

「……『人魚の泪』がもらえる、ってワケね」

「ご名答」

ルールは対戦相手を先に倒した者の勝利。生死、試合放棄、戦意喪失等勝利条件は問わないという単純極まりないもの。
また、ヒューム、エルフ、ドワーフ、魔物、参加者の種族に制限もないという。
つまり、真一たちアルフヘイムの外から来た者もパートナーモンスターを出場させることで参加が可能というわけだ。

「ふぅん……」

チラシを見ながら、なゆたは鼻白んだ。
トーナメントはカジノ側の用意した特設闘技場で開催される、とライフエイクは言っていた。
となれば、その目的は明らかだ。
そのトーナメントの裏では、当然ギャンブルが行われるに違いない。それも、平時のカジノのレートとは比較にならない高レートで。
自分たちが出場すれば、きっとライフエイクは一行を『王に選ばれし異邦の魔物使い(ブレイブ)』として大々的に紹介するだろう。
カジノ側にとって『異邦の魔物使い(ブレイブ)』などというキャッチーな存在は絶好の客寄せパンダだ。
ライフエイクは一行を広告塔とし、荒稼ぎするつもりでいる。
その見返りに一行が得られるのは、優勝できるかどうかもわからないトーナメントの出場権のみ。
これは一行にとっては甚だ不平等な、まさしく誰得イベントと言うしかない条件であろう。

「『人魚の泪』を欲するなら、是非トーナメントに出場するしかない。どうかな?
 私としては、是非とも客人らに出場してほしいと思うのだが。
 きっといい勝負を繰り広げ、大いにイベントを盛り上げてくれるだろうからね」

愉快げに笑みを浮かべるライフエイクから視線を外すと、なゆたは仲間たちを見た。
そして、しばしの沈黙ののちに口を開く。

「……みんな、どうする? わたしは――出る。トーナメントに出場するわ」

割に合わない条件だが、他に手掛かりや入手の方法がない以上、正面からぶつかるしかない。
……いや。
それは建前だ。トーナメントという言葉を聞いた瞬間、なゆたはそのイベントに魅了されてしまった。
『トーナメントで優勝し、我こそ最強とアルフヘイムに知らしめる』――そのなんと甘美な響き!
それはきっと、なゆたのブレモンプレイヤーとしての、エンドコンテンツ常連としての、ランカーとしての矜持なのであろう。
例え『人魚の泪』が賞品になかったとしても、なゆたはトーナメントと聞いただけで出場を決めたに違いない。

「素晴らしい」

ライフエイクは軽く両手を広げた。

26崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/01/31(木) 20:04:01
「エントリーはこちらで済ませておく。他の客人も、参加希望者はいつでも言ってくれれば応じよう。
 トーナメントの開催は一週間後――客人らは当日までじっくり英気を養ってくれ」

「オーケイ、そうさせてもらうわ。みんな、行きましょ」

話は終わった、とばかりになゆたは立ち上がった。それから、仲間たちを促して扉の方へ歩いてゆく。
そんな一行の背へ、ライフエイクが声をかける。

「宿泊先はもう決まっているのかね? 客人たちさえよければ、当カジノのホテルに部屋を用意させるが……?」

「結構よ。お気持ちだけ受け取っておくわ、ミスター。それじゃ、また後日」

きっぱり断ると、なゆたはそのままカジノを出た。
正直、胡散臭いにも程がある話だ。
このカジノ『失楽園(パラダイス・ロスト)』自体はゲームにも登場しており、ギャンブルの種類もミニゲームと同様だった。
しかし、ライフエイクなどという支配人は初めて見たし、ゲームのデータにもないはずである。
もちろん、トーナメントなんてイベントもゲームのブレモンでは見たことも聞いたこともない。
やはり、ここは自分たちの知っているブレモンの世界とは似て非なるものなのだろう。
だが、ゲームの中のカジノとこの世界のカジノとで一致している点がひとつだけある。

それは、このカジノが性質の悪いものである――という一点だった。

みのりを相手にイカサマを行ったディーラー。それはカジノで恒常的にペテンが行われているという証だ。
そして、素早く一行をVIPルームへいざなった行動の迅速さ。
一行がガンダラからやってきたという事実を既に掴んでいた、ライフエイクの情報網。
これらすべてが、このリバティウムに用意されているシナリオが性質の悪いものであるということを物語っている。
それが、一行をリバティウムへ誘導した大賢者ローウェルの目論見なのかどうかは知る由もないが――
とにかく警戒するに越したことはない。華やかな街並みを歩きながら、なゆたはトーナメントに昂ぶる気持ちを何とか押さえつけた。

「さて。じゃ、当座の根城に行きましょうか。リバティウムにいる間、拠点とする場所へ。
 わたしに当てがあるから。わたしの予想が正しければ、きっとあそこに――。」

軽く振り返って仲間たちにそう言う。
活気あふれる商業都市だけあって、リバティウムは宿泊施設も充実している。
王族の逗留するような高級ホテルから、雑魚寝するだけの木賃宿。裏通りへ行けば娼館だってよりどりみどりだ。
しかし、軒を連ねるそれら多くの宿を丸無視し、なゆたはどんどん先へ進んでゆく。
ゴンドラに乗り、目指すは街の一角。
やがて辿り着いたのは、運河に面した通りにある一軒の邸宅だった。
いかにも中世ファンタジー世界の建築物といった感じの、ゴシック建築の屋敷である。

「……あった」

邸宅は鉄柵の門を備えた立派なもので、前庭を通って館へ行く造りになっている。
庭は丁寧に造作されていて、なぜかどの庭木も枝葉がスライムの形に剪定してあった。
門に鍵はかかっていない。門を開けると、なゆたはズカズカと館へ向かって歩いていく。
玄関の両開きの扉についているドアノッカーが、なぜかスライムの形をしている。なゆたはノッカーを叩きもせずに扉を開けた。
扉を開けた先はホールになっており、左右前方にスロープ状に湾曲した階段が備え付けられている。
中はかなり広いと言っていいだろう。が、この屋敷の中で特筆すべきなのは館の豪華さ、広さなどではない。

『やたらスライムがいる』。

広大な屋敷内を、ありとあらゆるスライムたちがぽよんぽよんと我が物顔で闊歩している。
ブレモンのマスコットキャラ枠ということで、スライムはやたら種類が多いというのは周知の通りだ。
見慣れたノーマルなスライムから、コラボ限定激レアスライムまで、館の中はスライムの品評会のようになっている。
そんなスライムたちの巣窟を見て、なゆたは頬を桜色に染めて身をくねらせた。

「ふあああああ……! きゃわた〜んっ!」

そんななゆたに気付いたらしく、スライムたちが一斉に寄ってくる。無数のスライムたちに囲まれながら、なゆたは仲間たちを見ると、

「あ、みんなゆっくりして? 疲れたでしょ、客室は二階だから、好きに使ってくれていいわ」

などと言った。そして、こう続けたのだ。

「ここ、わたしの家」

と。

27崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/01/31(木) 20:04:34
むろん、なゆたが実は神奈川県民ではなくアルフヘイムの出身だった――ということではない。
『ブレイブ&モンスターズ!』には、箱庭モードが搭載されている。ルーム機能とも言う。
任意の土地を購入し、そこに自分好みの家を建てたり、調度をカスタマイズするなどして楽しむモードである。
この邸宅はそうしてなゆたがゲーム内で建て、部屋を自分好みにした箱庭なのだ。
落ち着いた佇まいの、しかし女の子らしい調度の数々からは、なゆたがこの箱庭のために膨大な手間をかけたことが窺える。
どこへ行っても色とりどりのスライムがいることに目を瞑れば、ゆったり寛ぐこともできるだろう。
ゲームの時代と今いるブレモンの時代には剥離があると思っていたが、なゆたの家は間違いなくここにある。
ますます謎は深まるばかりだが、それでも自由に使える拠点があるというのは大きなアドバンテージであろう。

「みんな、おなか空いたよね? いますぐ支度するから、もうちょっと待っててくれる?」

さっそくなゆたは姫騎士の胸鎧や剣を外し、ブラウスにミニスカートの軽装になると、エプロンをつけてキッチンに向かった。
キッチンにある食材は充実している。コレクター気質のなせる業である。
一時間半ほどして、なゆたは広々とした食堂に全員を呼び出した。
テーブルの上に、大皿に盛られた大量の料理を次々に置いてゆく。
白身魚のトマト煮に、イカとサーモンのアクアパッツァ。タコと船底貝のアヒージョ。
エビや鶏肉をふんだんに使ったパエリアや、山盛りのシーザーサラダ。貴重なレア食材・シードラゴンフィッシュの香草焼きもある。

「さ、どうぞ! ありあわせのものだし、こっちでの料理は初めてだから勝手がわからなかったんで……。
 もし口に合わなかったらゴメンね。まぁ……まずは食べてみて!」

現実世界にいるときから、赤城家と崇月院家の家事を一手に取り仕切ってきたなゆたである。
こちらの世界に来て以来、食べるものといったら携帯糧食かガンダラのマスターの手料理で、自分が料理を作るのは久しぶりだ。
もちろんアルフヘイムにはガスコンロも圧力鍋もないが、そこはそれ。なんとかファンタジー世界に適応してゆく。

「食べながらでいいから、聞いてちょうだい。これからのこと」

エプロン姿のままテーブルの傍らに立ち、おたまを軽く振ってメンバー全員にそう告げる。

「まず、今から一週間後にこのリバティウムで大々的なトーナメントが行われる。優勝賞品は『人魚の泪』――
 人魚の泪獲得が今回のわたしたちのクエストの目的だから、このイベントは避けては通れない。そこまではいいかしら」

デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント。
アルフヘイム中から、我こそは一番の強者と名乗りを上げた者が集まり、鎬を削る一大イベント。
優勝者に与えられるものは、最強の名声と賞金の10億ルピ。そして副賞の『人魚の泪』。

「でも――わたしの見立てでは、このトーナメントはそんな甘いものじゃないわ。
 きっと裏がある。それを暴き、裏の裏をかいて……あの主催者、ライフエイクを出し抜かなきゃ、人魚の泪は手に入らないと思う」

メルト同様、なゆたはライフエイクからなんとも言えない危険を感じ取っていた。
前述の通り、なゆたの知っているブレモンのゲーム内にライフエイクなどというNPCは存在しない。
従って、ガンダラのマスターと違って彼がどういった人物なのか、攻略法はあるのか、ということが現時点ではわからない。
ホテルに部屋を用意する、というライフエイクの申し出を拒絶したのも、単に仲間に自分の家を見せたかったからというわけではない。
敵になるかもしれない人物に借りは作れない。まして、ライフエイクの用意したカジノのホテルともなれば完全アウェーだ。
盗聴、盗撮、どんな自体が起こるかわからない。みすみす虎口に入る愚は犯せなかった。

「ただ――ひとつだけ、確かなこともわかった。
 それは『トーナメントの副賞で与えられる『人魚の泪』は本物だ』ってこと」

確信を持って言う。
カジノとは、信用の上に成り立つ商売である。
みのりが無茶なベットでディーラーを嵌め、支配人を引きずり出したときと同じように。
カジノは『イカサマをしている』ということを客に知られてはならないのである。
今回も、賞品として『人魚の泪』を出した以上、それは本物でなければならないのだ。
もしも賞品が偽物であった場合、その事実が露見すればカジノの信用問題となる。
まして、今回のイベントはリバティウムをあげてのビッグイベント。
賞品は豪華であればあるほど人々を惹きつけ、興行の成功に寄与するだろう。従って本物なのは疑いようがない。

28崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/01/31(木) 20:05:17
「もっとも、あっちが本当に賞品を引き渡す気があるのか、それはわからないわ。
 自分のお抱え選手に優勝させる、出来レースの可能性だってあるわけだし……ね。そこで――」

そこまで言って、なゆたは一度キッチンへと歩いていった。
すぐに、食後のデザートだろうか――アイシングのたっぷりかかったクグロフを持ってくる。これも自分で作ったらしい。
クグロフをテーブルの中央に置くと、なゆたは大振りのナイフを取り出した。
そして鋭利なナイフを勢いよく振り下ろすと、だんっ! と音を立ててケーキを真っ二つに切った。そして、

「……チームをふたつに分ける、ってのは。どうかしら?」

全員の顔を見遣り、ニヤリと笑った。

「ライフエイクはわたしたちに客寄せパンダを求めてる。わたしはそれに乗って、トーナメントに出場するわ。
 参加者はあとふたりは欲しいかな。人目を引き付ける担当は、多ければ多いほどいい。優勝の確率も上がるしね。
 で、トーナメント参加者が戦ってライフエイクや観客たちの注目を集めている間に、もう片方がライフエイクの真の目的を暴く。
 そういうことでどう?」

トーナメントで金儲け、というのがライフエイク第一の目的であることは間違いない。
そして、その他にもう一つ。かのカジノオーナーには何らかの目論見があるのではないかと、なゆたは見当をつけていた。
ただ単に金を儲けるだけなら、普通にトーナメントを開催するだけで莫大な富が手に入るはずである。
しかし、それとは別にライフエイクは一行がガンダラにいる間から一向に目をつけ、その動向を窺っていた。
極論、もしみのりがカジノで騒動を起こさなかったとしても、ライフエイク側からこちらに接触してきた可能性もある。
もし『人魚の泪を囮として、一行をトーナメントに出場させること』がライフエイクの目的に必要な過程であるのなら。
彼はトーナメント開催中、また何らかのアクションを起こすはずである。
そこを押さえ、ライフエイクの目論みを挫き、ついでに人魚の泪も手に入れる。
それがなゆたの考えたミッションの全貌だった。

「これはわたしの仮の案だから、もちろん拒否してくれて構わないし参考程度に聞いてくれればいいんだけど。
 わたしと真ちゃん、みのりさんのパートナーモンスターがそれぞれトーナメントに出る。
 わたしのポヨリンは生半可な相手には負けないし、真ちゃんのグラちゃんだってそう。
 みのりさんのイシュタルは一発逆転が狙えるし、何より――勝負が決するのに時間がかかるのがいい。時間稼ぎにはもってこいだわ。
 潜入調査は明神さん、ウィズ、そしてしめちゃん……三人は機転が利くから、裏方仕事は適任だと思う」

一応、人選は(調理中に)吟味したつもりである。
自分はもちろんクエスト抜きでトーナメントに出たい願望があるので、出場組。
真一もバトルマニアであるし、第一、猪突猛進な性格ゆえにスニーキングミッション向きではないため、出場組。
明神は年長者らしく知恵が回るし、何よりガンダラでの勇気ある行動がいまだ記憶に新しい。潜入組のリーダーは彼が適役だ。
残り三人の戦闘力を考えた場合、一番戦えるのはイシュタルであろう。よってみのりも出場組。
ウィズリィはこの世界の出身者ということが大きい。いざというときには現地人という強みが救いになるだろう。潜入組。
メルトは――

「……どう? しめちゃん。明神さんと潜入任務……やってもらっていいかしら?」

ぽん、とメルトの右肩に手を置くと、なゆたはぱちりとウインクした。
本当は、メルトにはいずれにも加わらず、安全なこの屋敷で待機していてもらいたかった。
が、なゆたは敢えてそれを口にしなかった。
ガンダラの一件以来、なゆたはメルトの視線が自然と明神の背を追うようになったのを知っている。
さしものなゆたも触れるのを躊躇うほどキモい、明神の『負界の腐肉喰らい』を臆せず触っている辺りからも、彼女の変心が窺える。
どこか怯えたように一歩引いたところにいた彼女が、自ら壁を壊すように動いているのは喜ばしいことだ。
ということで、なゆたは明神にメルトを任せることにした。

29崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/01/31(木) 20:05:58
「さっきも言ったけど、もちろんこれはわたしの考えだから。
 明神さんやウィズがトーナメントに出たい! って言うのも、みのりさんが潜入任務したい!って言うのも自由よ。
 あ、ただし、真ちゃんはダメ。あなたはわたしと一緒にトーナメントに出ること。異論は認めない!
 どう? ……まぁ、トーナメントまではあと一週間あるし。じっくり考えて」

そう言うと、なゆたは勢いよく真っ二つにしたクグロフを今度は人数分に切り分け、新しい皿に盛って差し出した。

「リバティウムにいる間、この屋敷は自由に使ってもらって構わないから。宿代と食事代も浮くし、お誂えでしょ。
 さ〜て……いっぱい食材使っちゃったし、明日は市場まで買い物に行こうかな! みのりさん、付き合ってくれます?」

食事が終わると、なゆたはそう言って大きく伸びをした。



日を追うにつれ街の中はお祭りムード一色になり、トーナメント目的に訪れる者たちの数も増えるだろう。
10億ルピを求める者。優勝して得られるであろう名声によって、立身出世を狙う者。
ただただ自らの強さを満天下に知らしめようとする者。世界の崩壊を食い止めるために戦う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
そして――

「フフ……。さて、楽しいイベントを始めようか」

それを妨げようとする者。

肩まで伸びたブロンドの髪を風に靡かせ、ひとりの少年がリバティウムを一望する丘の上に立つ。
様々な欲望と願望を呑み込んだ『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』まで、あと一週間――。


【トーナメント開催。主催者にきな臭さを感じ取り、トーナメント出場組と裏方潜入組の二班にチーム分けを提案。
 明神とメルトにフラグが立ったことを生温かい目で見守る】

30赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/31(木) 20:06:31
明神の提案に従い、一行がやって来たのはアルメリア王国唯一のカジノ――『失楽園(パラダイス・ロスト)』だった。
真一自身もゲーム内で“金策”のために何度かこの施設を利用したことがあり、初めて訪れたガンダラと比べたら、その勝手もある程度は理解している。

>「勝ったり負けたりで結局負けてきているし、ここらで逆転しますえー!」

そして、カジノに入るや否や、意気揚々と勝負に乗り出したのはみのりだった。

>「ここで引いたら女が廃るわ!大勝負行きますえー!」

>「ふふふ、ギャンブルを知らへん素人女が熱くなって周り見えへんくなってるとディーラーはんは思ったかもやねえ
確かにうちはギャンブルのこと知らへんけどぉ、みんなと同じくらいは確率くらいは知ってるし
あと何回ディーラーはんは赤を出し続けられるか、楽しみやわ〜」

みのりはルーレットの赤か黒に張るという単純な勝負を繰り返し、次第に負け越して所持金をどんどん減らしている。
であるにもかかわらず、みのりはそれでも一切引く姿勢を見せず、遂には数千万ルピにも達する賭け金を積み上げ、流石にディーラーも顔色を悪くしていた。
カジノのディーラーというのは、ルーレットにせよカードにせよ、出目をある程度操作する能力があって当然なのだ。
しかし、カジノ側が勝つばかりでは客に相手もされなくなってしまうので、上手い具合に勝ったり負けたりを交互させ、最終的に少しだけ胴元の懐が暖かくなるように調整するのが、優れたディーラーに求められる技量である。
だが、みのりのように潤沢な資金力を活かしたゴリ押しで、ここまでの高額をベットされてしまえば、ディーラー側も負けるわけにはいかなくなるので、勝負は一方的な結果になり始めていた。

真一はみのりの無茶を止めようかと思ったが、敢えて“勝ち目のない勝負”に挑む彼女には、何か別の意図があるのではないかと察し、その戦いを静観していた。
しかしながら、みのりの刃先が向いたのはカジノ側ではなく、意外にも真一とウィズリィだった。

31赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/31(木) 20:07:02
>「なあ、真ちゃん、ウィズリィちゃん?」

不意にみのりが見せた冷たい笑顔で、真一を思わず背筋をゾッとさせる。

>「ガンダラでタイラントが起動した時、真ちゃんはどうして急に攻撃したん?
タイラントはアルフヘイムの守護神やいう話なのに、ウィズリィちゃんはどうして破壊せなアカンと判断したんやろうねぇ
降りかかる火の粉を払うのに必死になって、周り身もせずに順番に戦って行ってたら、あのディーラーはんみたいに二進も三進もいかへん状況になりそうやし
善い悪いの話やのうて、自分がなぜ戦っているか理解して納得した上で動きたいよってな
ここらで状況を把握しておきたいんやわ〜」

そして、みのりが二人に言及したのは、先のタイラント戦についてだった。

彼女の言葉を聞いて、真一の脳裏にもあの時のイメージが蘇る。
東京の街を無数のタイラントが闊歩し、上空にはドラゴンや魔物が飛び交い、その地獄のような光景から逃げ惑う人々の姿。
あの記憶が想起した時、真一にとってタイラントは決して看過できない脅威となり、それに立ち向かうのは当然のことだと感じた。
しかし、それはあくまでも真一視点の話であり、みのりや他の人間からすれば、タイラントはあくまでもガンダラの守護者なので、いきなり戦い始める理由はないのだ。

>「単純な話よ。とは言っても、これはわたしもスペルで見たから知ったようなものだけど。
 あのタイラントは完全に整備された状態ではなかった。完全体から見ればスクラップ寸前と言ってもいいような状態だったわ。
 そして、タイラントには本来、自動修復プログラムが搭載されている。それはあの機体も例外ではない。わたしも確認した。
 つまり、タイラントが元々起動していたとしたら、自動修復プログラムで整備も完全に行われていなければおかしいのよ。
 そうなっていなかったとしたら、理由は只一つ。
 あのタイラントは一旦停止していた物が、わたし達の侵入と前後して再起動した。そう考えるほかないわ。
 となれば、あれはわたし達を敵と認識していると考えるのが妥当。味方と思っているなら、わざわざ動き出さないでしょうからね。
 『王』の命を受けているわたしはもちろん、それに同行している貴方達も一先ずはアルフヘイムの存在として認識されるはず。
 にもかかわらず敵と認識されたなら……後は分かるわよね」

どう答えたものかと真一が言葉を詰まらせていると、ウィズリィが先に回答する。
タイラント戦の際も、彼女は敵の詳細情報をスキャンする魔法を駆使して、その能力やHP、更には使用スペルまで明らかにしていた。
ならば、タイラントが異常をきたしていることを見抜いていたと言っても、納得できる話ではある。

「俺は……正直言って、自分でもよく分からねーんだ。
 ただ、あの時に一瞬だけ――何故かあいつが俺たちの世界で暴れてるような光景が脳裏をよぎって、思わず飛び出しちまった。
 ……と言っても、多分俺が変な妄想に取り憑かれただけとしか思えないよな。
 悪い。今は上手く言葉にできないから、自分の中で考えが纏まったらまた答えるよ」

――と、真一は極めて曖昧な言葉を返す。
しかし、みのりの質問には、真一もハッキリと答える術がないのだ。
彼自身、あの時に見たイメージの正体も分かっておらず、結局あれこれ考えを巡らせても「嫌な予感がしただけ」としか言い様がない。
こんな回答でみのりが納得してくれるとも思えないが、今はこう答える他になかった。

* * *

32赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/31(木) 20:07:33
こうしてルーレットで無謀なギャンブルを続けた結果、一行はカジノのVIPルームへと案内された。
みのりがここまで計算していたかは分からないが、そうだとするならば見事な手腕である。

>「……お初に御目にかかる。俺は此処の責任者のライフエイクだ。ガンダラから遠路遥々、ようこそ。王の客人達よ」

「俺は赤城真一だ。よろしく、ライフエイク」

そして、真一たちをこの部屋に案内した『失楽園(パラダイス・ロスト)』の主――ライフエイクが差し出した右手を、真一は物怖じすることなく握り返す。
経営者というよりも、ヤクザの組長と称した方がしっくり来るような風貌もさることながら、スーツ越しでも分かる程鍛えられた肉体や、握った右手の拳が潰れているのを見れば、ライフエイクから醸し出る暴力の臭いもはっきり感じ取ることができた。

>「実は近々、当カジノ主催で大々的なイベントを催す予定になっている。
 領主殿の許可を得た、リバティウムをあげての一大イベントだ。我がカジノが巨費を投じて建設した闘技場を使ってね。
 その名も『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』――」

>「……デュエラーズ・ヘヴン……トーナメント……」

テーブルに配られたワインを呷りながら、なゆたとライフエイクの交渉は続く。
得られた情報は、まさに真一たちが探している『人魚の涙』をライフエイクが所持しているということ。
そして、その争奪権を賭けて、彼らが『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』と名付けた闘技大会を、この街で開催しようとしていることだった。

>「『人魚の泪』を欲するなら、是非トーナメントに出場するしかない。どうかな?
 私としては、是非とも客人らに出場してほしいと思うのだが。
 きっといい勝負を繰り広げ、大いにイベントを盛り上げてくれるだろうからね」

>「……みんな、どうする? わたしは――出る。トーナメントに出場するわ」

「聞くまでもねーだろ? 俺は勿論出るぜ。
 力尽くで取りに来いって話なら、ガンダラの時よりもずっと分かりやすくていいや」

なゆたの問い掛けに対しては、真一は当然とばかりに首肯する。
ガンダラで賢者の指輪を探した際には、あちらこちらと散々遠回りさせられたが、今回は目当てのアイテムがすぐ手の届く位置にあり、わざわざその入手方法まで提示してくれているのだ。
真っ向勝負で向かって来いというなら、望むところだと答えるのが赤城真一なのである。

>「素晴らしい」

>「宿泊先はもう決まっているのかね? 客人たちさえよければ、当カジノのホテルに部屋を用意させるが……?」

>「結構よ。お気持ちだけ受け取っておくわ、ミスター。それじゃ、また後日」

そうしてライフエイクとの交渉も纏まり、一行はそのままカジノを後にする。
だが、VIPルームを出る際、ライフエイクの傍らに控えていたレアル=オリジンが柔和な笑顔を浮かべたその裏から、まるで獲物を見定める狩人のように獰猛な瞳を向けていたことを、真一は見逃さなかった。

* * *

33赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/31(木) 20:08:04
>「ふあああああ……! きゃわた〜んっ!」

>「ここ、わたしの家」

カジノを出た真一たちが、なゆたに招かれるまま訪れたのは、彼女がリバティウムに作ったマイルームだった。
ブレモンというゲームには、任意の土地を購入して家を建て、自由にカスタマイズして遊べる箱庭モードという機能がある。
真一もゲーム内でここへ何度かやって来たことはあったが、まさか“このアルフヘイム”にも、なゆたの家が存在しているとは思わなかった。

「しっかし、これは本当に可愛いのか……?
 何事にも限度ってものがあるだろ」

なゆたの家を埋め尽くす無数のスライムたちを、真一は白い目で見やりながらツッコミを入れる。
ゲームで見た時は何とも思わなかったが、現実の光景としてスライムの群れを見ると、完全に可愛いを通り越してグロテスクな映像になりかけていた。

>「……チームをふたつに分ける、ってのは。どうかしら?」

>「ライフエイクはわたしたちに客寄せパンダを求めてる。わたしはそれに乗って、トーナメントに出場するわ。
 参加者はあとふたりは欲しいかな。人目を引き付ける担当は、多ければ多いほどいい。優勝の確率も上がるしね。
 で、トーナメント参加者が戦ってライフエイクや観客たちの注目を集めている間に、もう片方がライフエイクの真の目的を暴く。
 そういうことでどう?」

そして、なゆたが振る舞ってくれた手料理を食べながら、今後についての協議が始まる。
なゆたの提案は、このチームを二手に分け、表と裏からライフエイクの企みを暴くというものだった。
確かに今回のトーナメント――ただ大会に優勝すれば良いというだけの簡単なイベントにも思えず、連中が罠を張っている可能性も充分考えられる。
罠に嵌ってチームの全滅を避ける意味でも、二手に別れるのは妙案のように思えた。

「俺はそれで異論ないぜ。カジノでも言った通り、あのデュエラーズなんとかって大会にも出るつもりだしな」

真一はなゆたの案を承諾し、切り分けられたクグロフを一口食べる。
こうしてなゆたが作った手料理を食べていると、昔の生活を少しだけ思い出し、元の世界に残してきた妹や父親の顔が脳裏に浮かんだ。

* * *

34赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/31(木) 20:08:36
そして、翌日の朝。

なゆたたちに「ちょっと喧嘩売ってくる」と不穏なことを言い残した真一は、早々と一人で家を出て行ってしまった。
彼が向かったのは、やはり先日も訪れた『失楽園(パラダイス・ロスト)』だった。
今日は真一もインベントリから取り出したスーツを着用し、首元には真紅のネクタイを締め、普段は下ろしている前髪もオールバックに固めていた。

「さて……と。トーナメントの前に、前哨戦と洒落込むか」

真一は自信有り気な笑みを浮かべ、勢い良くカジノのドアを開く。
――この赤城真一という男は、何を隠そうギャンブルが大得意だった。

その才能が開花したのは中学時代。
彼が通っていた中学では、部室棟が本校舎からかなり離れた場所に位置しており、教師の見回りもほとんどないため、不良生徒たちの根城と化していた。
酒やタバコなどの持ち込みは当然。更に、ラグビー部の不良が麻雀牌を持ってきたのを切っ掛けに『部室棟ギャンブル』と呼ばれるギャンブル大会が始まったのは、真一が中学二年の時だった。
そこで上級生から目を付けられていた真一は、三年の先輩たちが雀卓を囲むのに呼ばれ、生まれて初めて麻雀牌を握ることになる。
無論、真一はカモにされるために招かれたわけだが、その時真一に眠っていたギャンブルの才能が芽を開く。
麻雀はルールくらいしか知らなかった真一が、野生の勘としか思えない天賦の危険牌察知能力と、持って生まれた度胸を活かした闘牌で上級生らを圧倒し、それを皮切りに真一の連勝街道が始まった。

部室棟ギャンブルで開かれる種目は、主に麻雀、チンチロ、おいちょかぶの三種類だったが、その全てで真一は圧勝を続け、ギャンブル大会は僅か半年足らずで終幕を迎えることになる。
彼のギャンブラー力は、未だに地元の不良連中の間では『湘南のアカギ伝説』として語り継がれているらしい。


――という経歴を持つ人間なので、ブレモンのゲーム内でも、カジノは金策のために度々利用していた。

そしてカジノの中に入った真一は、店内をざっと見回してから、とりあえず入り口付近にあったスロットの前に座る。
スロットはゲーセンのコインゲームで何度もやったことがあるので、真一は手慣れた操作でリールを回す。
最初の内は上手く行かなくて空振りを続けるが、何度かやっている間に絵柄の配列を覚え、次第に目押しで777の数字を揃え始めると、排出口にも大量のコインが溜まっていく。
そんなスロット遊びを小一時間ほど続け、充分に軍資金を蓄えた真一は、店内に見知った顔を見付けてスロット台を離れた。

「……おや、これはこれはお客様。本日はお一人ですか?」

それは、先日の一件でライフエイクの隣に控えていた男――レアル=オリジンだった。

「ああ、ちょっと遊びに来ただけさ。
 ここはホールデムのテーブルか? 俺も混ぜてくれよ」

今日のレアルはウェイターではなく、ポーカーのディーラーとしてカードを配っていた。
真一も参加していいかと問い掛けると、レアルは口元に微笑を携えながら「勿論、歓迎しますよ」と真一の席を用意する。

このカジノで行われているポーカーは、テキサス・ホールデムと呼ばれるカジノポーカーの代表的な種目だ。
ディーラーは共有(コミュニティ)カードという5枚のカードを場に出し、プレイヤーは各々に配られた2枚の手札と組み合わせて、誰が一番強い役を作れるかを競うゲームである。
単純なルールでありながら、5枚ものカードが見えている点から通常のポーカーよりも奥深い心理戦を楽しむことができ、プレイヤーにも難しい駆け引きが要求される。

「それでは皆さん、ゲームを始めましょうか」

ディーラーのレアルはもう一度ニッコリと微笑むと、卓につくプレイヤーたちにカードを配り始めた。

* * *

35赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/31(木) 20:09:17
それからしばらくゲームは続き、最初は八人ほど座っていたプレイヤーも、残りは二人だけになってしまっていた。

一人は真一。そして、もう一人は如何にも成金といった風貌を持つ豪商の男。
残りのメンバーは天井知らずの賭け金でチップを失い、既に脱落している。
これだけのロングゲームになると、強制ベット(ブラインド)もかなりの額まで跳ね上がっていた。

現在、コミュニティカードとして見えているのはハートの2、ハートのA、ハートのK、クラブの2、ダイヤの3。
真一はその5枚と自分の手札に目を落とすと、卓上に置かれたチップに手を伸ばす。

「――――レイズ」

真一はそう言うと、手元のチップを上乗せ(レイズ)し、賭け金を更に釣り上げる。
その様子を見て、対面に座る豪商の男は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「コールだ! 随分と威勢がいいじゃないか、小僧」

男は真一の賭け金に合わせて(コール)、同額のチップを並べる。
どうやら相手も自分の手札には自信があるようだった。

「……だが、十年早かったな! フルハウスだ、チップは頂くぞ」

そして、二人が勝負に出たため、手札を開示して役の強さを競うことになる。
相手の手札はダイヤのAとクラブのA。つまり、Aが三枚と2が二枚のフルハウスだ。
これだけの強力な役を揃えていたのであれば、あの自信にも頷けるというものである。

「悪いな、フォーカードだ」

しかしながら、真一の役はそれを更に上回っていた。
手札はスペードの2とダイヤの2。2が四枚のフォーカード。確率0.1%の上級役である。
真一が何事もなかったかのように開いたカードを見て、豪商の男は怒り顕に声を荒げる。

「フォーカードだと……!? クソッ、運だけは良いみたいだな。
 だが、そんな偶然が何度も続くと思うなよ!」

男が鼻息を荒げながら椅子を蹴り飛ばすのを横目で見やりながら、真一の視線は、カードを配るレアルの手元を注視していた。


そして、更に続く次のゲーム。
そこで開かれた5枚のコミュニティカードを見て、いつの間にか卓を囲んでいた大勢のギャラリーたちが、どっと歓声を上げる。
場に出たカードはハートの2、クラブの3、スペードのA、スペードのK、スペードのQ。
つまり、互いの手札次第では――最上級の役(ロイヤルストレートフラッシュ)の完成も有り得るというわけだ。

「レイズだ」

真一はそれらのカードを一瞥すると、迷いなく自分のチップに手を伸ばし、その半分を賭け金として積み上げた。

「フンッ、そんなもんハッタリに決まっとるわ! 付け上がるなよ、小僧……コールだ!!」

相変わらず強気の姿勢を見せる真一に対し、相手はポーカーフェイスもどこへやらという面持ちで、同額のチップを積む。
だが、彼の判断は恐らく正解なのだろう。
この状況で都合よくロイヤルストレートフラッシュが揃うことなどまず考えられず、真一の態度はただのハッタリだと見た方が正しい。

しかし、真一はそれに対して一切躊躇することなく、更にチップへ手を伸ばす。

「レイズ。――――オールインだ」

その発声を聞いて、ギャラリーたちの間にもざわざわと異様な空気が流れ始めた。
真一の答えはオールイン――つまり、今まで勝ち取ったチップの全賭けである。

「オールインだと……!?」

ここまでは豊富な資金力を活かし、常に攻め続けていた豪商も、ついに額から一筋の冷や汗を流す。
このゲームで稼いだ真一のチップは既に相当な額であり、それを全て積み込むとなれば、勝っても負けても千万ルピ以上に達する。
幾ら潤沢な財産を持つ豪商といえど、それだけの勝負に出るためには、かなりの勇気が必要なのだ。

チップを積んだ真一は、鋭い眼光で豪商を射抜く。
理性的に考えれば、こんなものはハッタリに決まっている。しかし、先程の勝負で真一が発揮した強運や、無言の圧力。ゲームの流れ。
それら全てが豪商の脳裏に“最悪のイメージ”を連想させる。
そして、ついに彼の口からは、コールの一言を発することができなかった。

「ちっ……降参(フォールド)だ」

その言葉を聞いて、彼らを囲んでいたギャラリーは更に沸き立った。
真一もようやくニッと笑みを浮かべ、手札の2枚を卓上に伏せる。
真一の手札はダイヤの4と、ハートの6。――つまり、全くの役無し(ブタ)だったのだ。

「十年早かったな、オッサン」

真一は相手の男にそう言い残すと、勝ち取ったチップの山を抱え、ポーカーの卓を後にしたのであった。

* * *

36赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/01/31(木) 20:09:47
「――見事なお手並みでしたよ、お客様」

真一が上機嫌でカジノを出ようとすると、その出入り口にはレアル=オリジンが立っていた。
彼は相変わらず柔和な笑みを浮かべながら、細目で真一の姿を見やる。

「……ハッ、ゲームのシナリオまでコントロールしといてよく言うぜ。このペテン野郎が」

真一がそう言い返すも、レアルは表情一つ崩さず、真一へ向けた視線を外さない。

ディーラーがカードを操作する術は、無数に存在する。
例えばシャッフルの仕方や、カードの配り方。或いはトランプ自体への細工。
真一は途中から気付いていたが、先程のゲームにおいてレアルは配るカードのほぼ100%を完全にコントロールしていた。
真一が都合良くフォーカードを揃えたのも、最後の勝負でブタを掴まされたのも、全てはレアルのシナリオ通りだったというわけだ。
つまり、あのゲームの本質はレアルの意図を読み、または逆手に取って立ち振る舞うことにあり、他のプレイヤーとの戦いというよりは、レアルとの戦いだったと言い換えても差し支えないだろう。

「今回の前哨戦は、私の敗けということにしておきますよ」

真一の言葉を肯定するような内容も問題だが、レアルの発言には、もっと気になる部分が含まれていた。

「……ってことは、やっぱりアンタも参加するんだな。あのデュエラーズなんとかって大会に」

「ええ。その時は、私の本気をお見せしましょう」

先日、VIPルームを出る際にレアルが見せた狩人のような眼光で、真一は何となく相手の本性に気付いていた。
こうしてカジノに訪れたのも、それをもう一度確認したかったからというのが大きい。

「――上等だ、また返り討ちにしてやるよ」

真一は口元に不敵な笑みを浮かべると、そのまま振り返ることなく、カジノを後にした。


――デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント開催まで、残り六日。



【カジノで大暴れ。レアル=オリジンへの宣戦布告】

37明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:10:41
>「それは……。え、と……初心者の私に何が出来るかは判りませんし、
 無条件に約束をするのは損なので、申し訳ありませんがお断りします」

俺の邪悪な提案に、しめじちゃんは難色を示した。
まぁ当然っちゃ当然だ。俺に協力したところで彼女にはなんのメリットもない。
そもそも俺の要求は、しめじちゃんにとって手札を他人に知られるリスクを孕んだものだ。
漂流者御一行様のなかでしめじちゃんだけに見返りを求めるっつうのも道義を欠いた話だろう。

むしろバルログの件をいつまでも引き合いに出して譲歩を求める俺の方が大人げなくて、しかも卑劣だ。
同情くらいは買えるかと期待してたが、歳不相応に賢しいしめじちゃんにそいつは通用しなかったらしい。
やべー無茶苦茶カッコ悪いな俺。なんかこう取り繕う感じのこと言っとくか。

「……そっか。ああいや、忘れてくれ。この件でこれ以上君に何かを求めるつもりは――」

>「ですが……今度、明神さんのクリスタルで一回だけガチャを引かせてくれるなら、いいですよ?」

……お?おおお?
眼の前でクソ醜態をかました大人に対して、しかししめじちゃんは若干の温情を示した。
マジで?正直なゆたちゃんあたりにチクられても仕方ないくらいの厚顔無恥な要求だったんだけど!

俺の肩で腐肉を咀嚼してる蛆虫を、撫でるように指で突つくしめじちゃん。
その表情に、初めて会ったときのような、怯えと絶望の入り混じった暗さはない。
ダンジョン内でも頑なに自分の能力を明かしたがらなかった彼女が、僅かに見せた歩み寄り。
きっとそれは、この世のどんなものよりも儚くて、そして尊いものだ。

「……水臭いこと言うなよ、10連を引かせてやるぜ。ちゃんとレア排出確定の奴をな」

ともあれ、これで約定は成立した。
この取引が悪魔との契約となるかどうかは、俺の立ち振舞如何によって変わる。
まあ悪魔なんですけどね。しめじちゃんが協力してくれる以上、この俺に敗北はない。
雁首揃えて待ってろよリア充共……最高に迷惑なタイミングで裏切ってやるぜ……!

邪悪なる後の災いを身中に抱えて、漂流者パーティはカジノへと向かった。



38明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:11:17
ソシャゲ然りネトゲ然り、プレイヤー間取引のあるゲーム全般に言える経済要素の至上命題とされてきた課題がある。
貨幣価値の維持。ゲーム内通貨は価値が暴落しやすく、ほっとくとすぐインフレが起きるのだ。

全プレイヤーの総資産、つまりゲーム内で流通させられる貨幣の額は、基本的に増えることはあっても減ることはない。
ログインボーナスやらクエストの報酬としてシステムから排出されるルピは、プレイヤーの数だけ毎日増えていく。
ブレモンみたくプレイヤーが日毎に増えてるような、脂の乗ってるゲームは特にその傾向が強い。

仮に一日にプレイヤーが入手できる貨幣の最低額がざっくり1000ルピだとしよう。
ブレモンの同時接続数は確か100万ちょいだったから、どんぶり勘定でも毎日最低10億ルピがシステムから排出されてるわけだ。

このルピの供給過多は、結果としてルピ自体の価値を大きく引き下げることに直結する。
毎日ハイパーインフレが起きてるようなもんだ。
貨幣は希少だからこそ、流通が制限されているからこそ額面通りの価値を持つ。
プレイヤーの持ってるルピの額が多すぎると、値段が固定なNPC販売のアイテムが意味を失っちまうのだ。

実装当初は高すぎて誰も手が届かなかった、店売り最強の武器。
今のインフレ具合なら、30分くらい金策するだけでインベントリ一杯になるまで買えるだろう。
店売りの武器よりも、それを修理するための鉱石のほうが高値がついてる始末だ。
NPC販売品の価格が安くなるイベントが「誰得セール」なんて呼ばれるわけだぜ。

通貨のインフレを是正するために、運営側はあの手この手でルピを回収する施策を講じてきた。
貨幣価値を元に戻すなら、ルピの流通を制限する、つまり排出したルピ徴収するのが手っ取り早い。
装備の修理やパートナーを回復させるための宿屋の料金、鉄道や飛空艇の使用料。
アバターやパートナーを着飾るコスチュームに、ルームに置く家具。
ルピとは別にトークンと呼ばれる代替貨幣を用意して、レアアイテムの取引はそっちでしかできないようにしたりとかな。

とはいえ、極端なルピの回収はプレイにも支障が出る。
最もルピが入り用となる初心者層からルピを奪っちまったら、まともに冒険することもままならない。
徴収するなら金の余ってるところからっつうのは現実と同じだ。
カジノが実装されたのも、メインシナリオのプレイと関係ないところで過剰なルピを回収するための経済措置ってわけだな。

まぁつまり何が言いたいかっていうと……。
俺たちプレイヤーは、アルフヘイムに生きるどんな大富豪よりも金を持っていて。
このカジノは、馬鹿みたいな金額がポンポン飛び交っては溶けていく、マジモンの魔境だってことだ。

>「勝ったり負けたりで結局負けてきているし、ここらで逆転しますえー!」

自信満々にルーレットの卓に座った石油王は、早くも大負けを掴んでいた。
この時点でスった額は600万。早くも俺の年収を軽く超える額の金が賭博台の露と化した。
おいおいおい。必勝法知ってるんじゃなかったんすか石油王さん。おもかす負けてますやん。
ディーラーが薄ら笑いでチップを石油王の卓から引き寄せる。俺の金じゃないけど心臓に悪いわ……。

「石油王、石油王。そろそろこの辺で引いといた方がいいんじゃねえかな……次負けたら1000万の大台だぜ」

>「ここで引いたら女が廃るわ!大勝負行きますえー!」

俺の忠告虚しく、石油王は新たなチップを台に乗せた。
ひええ、倍賭けかよぉ……1000万っつうとアレよ?ガンダラなら一等地に土地買えちゃうよ?
おめー必勝法ってひたすら倍々で賭けてく奴だろ。
そりゃいつかは大勝ちして掛け金回収できるだろうけど、そのいつかが来る前に原資が尽きりゃそれまでだ。
俺その方法でトータルプラスになった奴見たことねえもん。

>「これで終わりやと思うた?」

案の定ルーレットは石油王の賭けた色を外し、三倍の1800万ルピが一瞬で消し飛ぶ。
石油王はさらに三倍プッシュ。5400万が溶けたあたりで、ディーラーの顔から微笑みが消えた。
なゆたちゃんが真剣な声音で石油王を制止するが、聞く耳を持たないギャンブラーはついに億に手を出す。
うーんなゆたちゃん名演ですねぇ。俺ちょっとお母さんに怒られたこと思い出してビクってなっちゃったわ。

39明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:12:34
――そう、俺の忠告も、なゆたちゃんの制止も、全部演技だ。
石油王から藁人形越しに指示が飛んだ時は、その金の使い方に感心せざるを得なかった。
石油王はもとから、カジノで勝とうなんざ考えちゃいない。

まぁどんだけ石油王が強運の持ち主でも、対ディーラーのギャンブルで勝てるわけがねーのよ。
この手のカジノって最終的に絶対に胴元が勝つように出来てるし、ディーラーはそれを実現する技術を持ってる。

ルーレットの出目を操作することくらいは朝飯前だろうから、デカい賭けほど当たりを引く可能性は0に近づいていく。
人魚の泪とやらが仮にカジノの高額景品でも、正攻法で交換額までコインを稼ぐのはまず不可能だ。

とまぁ、そういう前提を踏まえたうえでだ。
潤沢な軍資金を背景にして、そいつを最大限活かす方法。
意外や意外、それは『大負けすること』である。

カジノは夢を売る場所。客たちはみな、一攫千金の夢を見るためにここに集う。
人間一人の人生なんか軽く塗り替えちまえるような額を賭けて、一矢も報いることなく討ち死にしたギャンブラーの姿に、
誰が夢を見れるだろう。人生を賭けてギャンブルに挑むだけの、勝算を得られるだろうか。

億超えの配当を石油王に掴ませて、短期的な大損失を被るか。
他の無数の客たちから夢を奪い、カジノから足を遠のかせて、長期的に致命的な損失を被るか。

その二者択一を、伸るか反るかのギャンブルを、石油王は『カジノ側へ』強いたのだ。
どっちがディーラーかこれもうわかんねぇな。

>「なあ、真ちゃん、ウィズリちゃん?」

ディーラーから視線を外さないまま、石油王は真ちゃんとウィズリィちゃんに問いかける。
表情はいつもと変わらないにこやかなものだったが、俺には理解(わかる)!
石油王、目が笑ってねぇ……!

その無言の圧力に気圧されたのか、しめじちゃんが一歩下がって俺の後ろに隠れる。
まー気持ちは分かるよ。俺だってこえーもん石油王。どういう心臓してんのこいつマジでさぁ!

「……しめじちゃん?」

ドン引き半分、畏怖半分の俺と違って、しめじちゃんはガチで怯えていた。
俺のスーツの袖を頼りなげに掴む彼女の手から、蒼白な震えが伝わってくる。

いつも穏やかで飄々としてる石油王が、チラっとだけ見せた、仲間への釘刺し。
その生々しい大人特有の圧力は、矛先の向いていないしめじちゃんですら、怖れを感じるものだったらしい。

「大丈夫だ、大丈夫」

俺のケツのあたりで子犬のように震えるしめじちゃんに、俺は薄っぺらい言葉をかけた。
何が大丈夫なのかとか、何をもって大丈夫と言えるのかとか、そういう中身の一切ない空っぽの言葉。
だけど……嘘を言ったつもりはない。彼女の不安を少しでも取り除けるなら、俺は繰り言を現実に変えよう。
子供を背負った大人は無敵だからよ。

>善い悪いの話やのうて、自分がなぜ戦っているか理解して納得した上で動きたいよってな
>ここらで状況を把握しておきたいんやわ〜」

石油王の問いは、先のタイラント戦での二人の不可解な行動についてだった。
タイラントを見るなり飛びかかっていった真ちゃん。
アルフヘイムの守護者であるはずのタイラントを敵対勢力と断じ、破壊するよう指示したウィズリィちゃん。

あの土壇場でなし崩し的に戦う羽目になった俺たちだったが、今考えりゃ二人の行動には合理性がない。
ウィズリィちゃんに至っては、タイラント絡みの一件がニブルヘイム側の破壊工作だと言われても納得できちまう。

結局のところ、俺たちはウィズリィちゃんのことを異世界の原住民であること以外に知らない。
彼女に勅命を下した『王』とやらが、本当にアルフヘイム側の存在かどうかも、確たる証拠はないのだ。

個人的かつ感情的なことを言うなら、そりゃウィズリィちゃんが敵だとは思っちゃいねえよ。
彼女がいなけりゃ俺たちは生きてガンダラにたどり着けなかっただろう。

それに……ガンダラの街並みや雑踏の一つ一つに驚き感動する彼女の姿が、全部嘘で俺たちを油断させるための演技だったとは、
多分、俺は思いたくないのだ。

40明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:13:37
そいつはきっと、石油王も同じ気持ちだろう。
だからこそ、なあなあで、疑念を抱いたままにしておくことをやめた。

彼女を信じる根拠が、一つでも、わずかな欠片でもあるなら……推定無罪でも構わない。
少なくとも俺は、それでウィズリィちゃんを信じられる。

>「単純な話よ。とは言っても、これはわたしもスペルで見たから知ったようなものだけど。

時間にしてみればほんの数秒、だけど気の遠くなるような沈黙を経て、ウィズリィちゃんは口を開いた。
彼女の弁を要約すると、クソポンコツタイラント君が本調子じゃなかったのは、起動直後だったから。

バルログがずっとその場にいたにも関わらず、俺たちが試掘洞10階に入った途端に起動したってことは、
あのタイラントはニブルヘイム側じゃなく、アルフヘイム側に敵対するようになってたってことだ。

タイラントの敵対設定が書き換わってた理由は不明だが、少なくとも現状で把握できる事実はそれだけ。
ウィズリィちゃんの言葉には、確かに筋が通っていた。

>「俺は……正直言って、自分でもよく分からねーんだ。

真ちゃんは……自分で言ってる通りよくわかんねーな。
こいつがタイラントを目の前にして意識がどっかに飛んでたのは俺も見てる。
呆然と立ち尽くした後に、急にあいつヤベー奴だとか言い出して突撃してったからな。

なんかこう、真ちゃんだけが謎の電波を受信したんだとしてもそれは突飛な話とはならない。
そもそもゲームの世界に人間が何人も取り込まれてるこの状況自体が突飛過ぎるからよ……。

まぁ真ちゃんの白昼夢はとりあえず置いとこう。
結果的にタイラントがやべーやつだったことは確かだしな。
問題は……ウィズリィちゃんをこのまま信用しちまっても良いかどうか。

「……俺は当面、ウィズリィちゃんを信じることにするよ、石油王。
 信じる根拠が十分ってわけじゃねーけど、信じない根拠もそんなにねえからよ。
 疑わしきが罰せずなら、特に疑わしくねえ場合はもっと罰せず。とりあえず俺は、それで良い」

それに――仮にウィズリィちゃんが邪悪なる意志のもと俺たちに近づいたとして。
彼女のバックにニブルヘイムのラスボス級が控えているとして。

「この判断が後の災いを招いたとしても、そんなチャチな災い如きにやられるつもりなんかねえだろ?
 ……俺たちが、何回世界を救ってきたと思ってんだ」

>「お客様、随分と熱くなっている御様子

仲間内に生まれた心地よいギスギス感に俺が狂喜している一方で、カジノの方でも動きがあった。
台に積まれた億超えのチップとは別次元の、不可視のギャンブルは――石油王の勝ちだ。

脂汗を流すディーラーを見るに見かねたのか、ウェイターがシャンパンをサーブしつつ別室への移動を提案する。
これ以上カジノの潜在的な利益を損失する前に、高額ギャンブル自体を差し止めに来たのだ。

ここまで完全に石油王の目論見通りなんだろうけど、これ結構ヤバくない?
黒服の怖いお兄さんたちに裏に連れてかれるやつじゃん。濃密な「暴」の気配がしますよ。

大丈夫かなぁ……大丈夫か。なんてったってこっちにはベルゼブブと生身で殴り合った男がいる。
頼りにしてますよ真ちゃん先生!やっちまってくださいよ!暴の嵐を吹き荒れさせてやろうぜ!

>「皆様方、こちらがVIPルームでございます。
 中には責任者がおりますので、此度の件を含めて暫しご歓談を頂ければと思います」

怖いお兄さんに連れて行かれた先は、石油王の要望通りのVIPルームだった。
これ本当にVIPルームなんですかね。なんかこうアウトロー的な文脈のVIPルーム(皮肉)とかじゃねーよな?
果たして分厚い扉が開け放たれた先は、俺の危惧していたような拷問室ではなく、ちゃんとした応接間だった。

>「ライフエイク様。遊技場で少々御戯れをなさっていた、彼の『王』の関係者の方々をお連れしました」
>「……ご苦労だった、レアル=オリジン。暫し、其処で待て」

41明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:14:10
レアルオリジンとか呼ばれたウェイターはしずしずと場を上司に引き継いで一歩下がった。
ほんでこのいかにもなマフィア面したおっさんがライフエイクね。はいはい、明神覚えました。

……どっちも知らねえキャラだ。
リバティウムのカジノ絡みのイベントは俺も一通りこなしたが、こんな連中名前すら出てきやしなかった。

ある程度予想はしてたけど、やっぱ変なところでゲームの方のブレモンと乖離がある。
暫定未来――俺たちのプレイしてたブレモンの時代には、こいつらはもう退職してたってのか?

>「……お初に御目にかかる。俺は此処の責任者のライフエイクだ。ガンダラから遠路遥々、ようこそ。王の客人達よ」

マジかぁ……。ガンダラに、『王』と来たか。どこまで掴んでんだこいつら。
俺たちのことをライフエイク某がどの程度知ってんのか、こいつはかなり深刻な問題だ。
今こいつの語った情報、そいつが単なる推測であるなら、情報源は大体想像がつく。

俺たちはガンダラからの列車に乗ってこの街に来たし、入門の際に王の手形を見せてる。
その情報をこの短時間で入手出来るってことは、ライフエイクはリバティウムの政治的に主要なポストも握ってる大物ってこった。
まあカジノの元締めだしな。そんくらいは予想の範囲内ではある。

問題は、最悪を想定しなきゃならないのは――ライフエイクが別にリバティウムの要人ってわけでもない場合だ。
じゃあこいつは俺たちの身元をどっから知ったのって話になるわけで。
否が応でも、クソボケうんちカスカスガラクタポンコツタイラント野郎のことが頭を過ぎる。

アルフヘイム、ひいては俺たちに敵対的で、しかもタイラントの脳味噌を弄り回せるような技術持ち。
ライフエイクがそのお仲間である可能性も、考えなきゃならなくなる。

>「飲み物はワインで宜しいかな。ああ、そちらのお嬢さんはジュースがいいだろう」

俺たちに走る緊張なんぞどこ吹く風で、ライフエイクはお飲み物をサーブした。
今更毒殺ってハラでもねぇだろう。俺はソファにどっかり腰を落として受け取ったワインに口を付けた。

……うんま。なにこれ。俺の愛飲してるマックスバリューの2L780円ワインと全然違う……。
これ飲んじまったらガンダラのぬるいビールなんか牛のションベンだわ。ションベンおいしいです!

レアル=オリジンにワインのお代わりを要求しながら、俺はなゆたちゃんとライフエイクのやり取りを眺めていた。
この手の交渉事は陽キャ組に任せといて問題あるまい。ぼくしらないひととおはなしするのにがて……

しかしまぁ、なゆたちゃんホント物怖じしねぇなぁ……相手ヤーさんだよ?ちっとはビビろうよ。
ポヨリンさんを殴り殺せるヤクザなんかこの世界にゃ存在しねえと思うけどさ。

>「いかにも。『人魚の泪』はここにある」

うわぁお、いきなりビンゴかよ。流石神ゲー、プレイヤーの動線に無駄がねぇや。
正直こんなトントン拍子に話が進むとは思っちゃいなかったが、案の定一筋縄じゃいかないらしい。
ライフエイク某的にも、人魚の泪はコイン億枚積まれたっておいそれと蔵出し出来ない代物のようだ。

>「……デュエラーズ・ヘヴン……トーナメント……」

提示された条件。それは、カジノ主催のトーナメントに出場し、優勝すること。
その優勝賞品こそが、俺たちがおじいちゃんからおつかい頼まれてる人魚の泪ってわけだ。

「トーナメントねぇ……。なゆたちゃんよーく考えろよ、こいつは多分おそろしく割に合わねえぞ」

なんかいい感じに盛り上がってるところに水を差すのもアレだけど、俺は一応釘を打っとく。
非合法なカジノがファイトクラブも兼ねてるってのは現実世界でも珍しくねえ話だ。
非合法ゆえの、暴力のぶつかり合い。流血沙汰はもちろん、人死にだってギャラリーは大歓迎だろう。

自分自身の命をベットするギャンブルだ。そりゃリターンは多きかろうが、そいつはあくまで勝てばの話。
負けりゃその後に控えてるのは、その場で殺されるか、臓器抜かれて殺されるかの二択。

当然対戦相手だって本気で殺しにかかってくる。殺らなきゃ殺られるのは自分だからな。
端的に言うなら、危険だ。危険過ぎる。女子高生が飛び込むような世界じゃねーってことは確かだ。

>「……みんな、どうする? わたしは――出る。トーナメントに出場するわ」

「……だと思ったよ」

42明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:14:44
なゆたちゃんはすげえイイ顔で参戦を決意した。俺は目頭を揉んで首を振った。
はいはいはいはいわかってましたよおめーはそういう奴だよ!

ベルゼブブのときも、バルログのときも、なんだかんだ一番ノリノリだったのがなゆたちゃんだ。
こんな血湧き肉躍るようなイベントごとをスルーするわきゃねーよなぁ。

>「聞くまでもねーだろ? 俺は勿論出るぜ。
 力尽くで取りに来いって話なら、ガンダラの時よりもずっと分かりやすくていいや」

そーだね!おめーもそういう人種だったね!!
真ちゃんに関しては論ずるまでもなく飛びつくってわかってたよ!こういうの好きそうだもんな!
もーやだこの戦闘民族夫婦。

でもまぁこいつらが率先して進んでくれるおかげで、俺たちは停滞することなくここまでこれた感はある。
これからも弾除け件マインローラーとして地雷原を突き進んでいただきたい所存です。

>「エントリーはこちらで済ませておく。他の客人も、参加希望者はいつでも言ってくれれば応じよう。
 トーナメントの開催は一週間後――客人らは当日までじっくり英気を養ってくれ」

我が意を得たりとばかりにライフエイクは犬歯を見せた。
当人はにこやかな笑みでも浮かべてるつもりなんだろうが、肉食獣が牙を剥いてるようにしか見えなかった。
なゆたちゃんが席を立ち、俺も最後の一杯を飲み干してからそれに続く。

レアルさん瓶一本お土産に来んねーかな……いいの?マジで!?うひょお!明神おさけだーいすき!
見るからに高級そうなワインボトルをこれまた上等な紙に包んで貰って、俺はホクホク顔でVIPルームを出た。

>「宿泊先はもう決まっているのかね? 客人たちさえよければ、当カジノのホテルに部屋を用意させるが……?」

帰り際、ライフエイク様がそうお声をお掛けになられた。
その高貴なるお言葉は私の心に染み入り、お心遣いへの感謝の念で胸がいっぱいになりました。
流石高級ワイン配布してくれる運営様はサービスがちげーわ。ブレモン運営も見習ってやくめでしょ。

>「結構よ。お気持ちだけ受け取っておくわ、ミスター。それじゃ、また後日」

ヘイヘイヘーイ!ホテルとってくれるっつうんだから泊まってけばいいじゃん!
ライフエイクさん悪い人じゃないって!俺にはわかるよ!超わかる!おさけくれたもん!

……まぁ俺の個人的な恩は置いといて、連中の懐で安眠出来る気がしないのには俺も同感だった。
ライフエイク。紳士的に振る舞っちゃあいるが、奴は決して善人なんかじゃない。

おそらくは意図的に、『匂い』を隠さなかった。同属にだけ香る、ゲロ以下の匂い。
邪悪なる者の匂いが、ライフエイクからは常に漂っていた。

「舐めやがって、バレバレなんだよ」

俺はワインの包み紙を破り取った。
うまいこと加工してやがるが、こいつはスペルカードだ。
『盗聴(タッピング)』か『発信(パッシブバグ)』か……その辺の術符屋でも売ってる狩猟用コモンスペルのどれかだろう。

俺のお土産要求にサっとこれをお出しできたってことは、普段からこの手の工作を内外に向けて行ってるってこった。
仕込まれたスペルに気付かず重要な情報を漏らしてくれれば御の字。
気付かれたとしても、スペルに気付く程度の魔術知識と脳味噌はあると知れれば、それも有用な情報ってわけだ。
なんのこたぁない。戦いはとっくの昔に始まってて、戦闘開始のゴングなんてもんは終わり際にしか鳴らないのだ。

「権謀術数、上等じゃねえか。裏工作がてめえだけの十八番だと思ってんじゃねえぞ。
 俺はバトルで負けたことはあっても、陰湿さで他人に負けたことは一度もねえんだ。
 てめえがドン引きするくらいネチネチと追い詰めてやっから覚悟しとけよ。あとワインありがとうございました」

スペルに向かって言いたいだけぶち撒けて、俺は包み紙を丸めて燃やした。
まあこんだけ啖呵切っといてこのスペルが単なる『発信』だったら赤っ恥もいいとこだけどな!

「……さて、行こうぜ。つってもこの街のどこまでライフエイクの息がかかってるかわかんねーし、
 リバティウムに安全な宿なんてあるのかね」

>わたしに当てがあるから。わたしの予想が正しければ、きっとあそこに――。」

43明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:15:16
俺の問いに、なゆたちゃんは腹案ありとばかりにスイスイと歩を進めた。
リバティウムの商業区を抜け、ホテルや宿屋の並びを抜け、水路をゴンドラで遡る。

「おいおい、こっちは居住区だろ。まさか民家の土間でも借りようってのか?」

流石に6人でお邪魔すんのは迷惑だろー……と要らぬ心配をする俺をよそに、
なゆたちゃんはまるで目的地が完全に決まっているかのように、ゴンドラの漕手に指示を出した。

やがてたどり着いたのは――運河に面した一軒の豪邸。
なゆたちゃんはあろうことか、呼び鈴すら鳴らすことなく鉄門扉を開いて中に足を踏み入れた。

「ちょ、ちょっちょっと待てよ!ドラクエじゃねーんだぞ!他人ん家に勝手に入ったら――」

見た所この家はかなりの金持ちの邸宅だ。
それもそのはず、ここは押しも押されぬリバティウムの一等地、立ち並ぶ住宅は一様に豪邸ばかり。
んなところの敷地に不法侵入すりゃ、門番なり番犬なり警備兵なりに追い回されるに決まってる。

果たして、俺の危惧した事態には陥らなかった。
門番はおろか番犬なんてものは尻尾の先すら見えなくて、代わりに庭を駆け回ってるのは――

「――スライム?」

前庭を抜けた先にある玄関は、ドアノッカーまでスライムの形状だ。
鍵はかかってなかった。扉を開いた先には、屋敷内を自由闊達に賭ける無数のスライムたち。

>「あ、みんなゆっくりして? 疲れたでしょ、客室は二階だから、好きに使ってくれていいわ」

……あ。なんかわかっちゃった。大体わかっちゃったけど。
いやそれおかしくねーか?主に時系列がなんかおかしなことになってない?
なにかこう触れちゃならない疑問に頭が支配されるなか、スライムを構っていたなゆたちゃんは言った。

>「ここ、わたしの家」

「なん……だと……!!?」

過去のブレモン世界であるはずのアルフヘイムに、なぜかなゆたハウスが建ってる謎はともかくとして。
それよりも、そんなことよりも、もっとドでかい驚愕が俺の背筋に稲妻を奔らせた。

「こ、この女……『地主』だったのか……!?」

――地主。
それは、大人気ゲーム『ブレイブ&モンスターズ』において、極めて限られたプレイヤーだけが手にできる称号。

正真正銘の、選ばれし者の中でさらに選ばれし者だけが到達できる領域。
マイルーム機能のハイエンドコンテンツ、すなわち土地と邸宅を所有するプレイヤーのことを指す言葉だ。

ソシャゲには珍しくもない、箱庭やマイルームといった機能。
プレイヤーごとに与えられた部屋に、自由に家具を配置してフレンドとか呼んだりできるコミュ要素だ。

しかしブレモンのそれが他のゲームと異なるのは、フィールドに存在する街に土地を買って、家を建てられる点にある。
まさに今俺の目の前にある、リバティウムに建てられたなゆたハウスがその例の一つだ。

とはいえ、誰もが自由に家を建てられるわけじゃない。
土地と邸宅の所有が、バトルとは別の意味でハイエンドコンテンツとされるのには理由がある。

44明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:15:44
――理由その1。土地がない。

アクティブユーザー100万人の全員が家を建てられるような土地は、アルフヘイムには存在しない。
基本的に固定オブジェクトしかない通常フィールドと違って、箱庭エリアはプレイヤーが自由にオブジェクトを配置できる。
実際のところこれはサーバーにもの凄く負担のかかる行為だ。庭具や家を毎回読み込み直さなきゃならないからな。

だから箱庭エリアは専用のインスタンス鯖に格納されてるわけだが、もちろん鯖の容量だって無限じゃない。
したがって、箱庭機能をフルに使える『土地』ってのはごく限られた数しか存在しないのである。

――理由その2。金がかかる。

箱庭コンテンツは運営の用意したルピ回収機構のひとつだ。
客層も金を持ってるエンド勢に合わせてるから、土地も住宅も購入と維持に馬鹿みたいな金がかかる。
当然立地によっても地代は変わるから、リバティウムなら三等地でも億は余裕でぶっちぎる値段が付くだろう。

――理由その3。ライバルが多い。

箱庭は全てのプレイヤーの憧れ、いつかは手にしたいマイホームだ。
このゲームをやりこんでる奴はみんな家を欲しがるし、ソシャゲはやり込んでる奴が滅茶苦茶多い。
そこへ前述の土地が限られてる要因が噛み合うと、結果として発生するのは熾烈な争奪戦だ。

新しい土地が解放されることをどこからか聞きつけた連中が集い、土地を巡ってバトルが起こる。
土地の契約は早いもの勝ちだから、解放予定の土地に24時間貼り付ける執念と忍耐も要求される。
建築ガチ勢のなかには、チームで複数の土地に張り付く為だけにギルドを組む奴もいるほどだ。

加えて土地転がしで財を成そうと企む輩や、既存の住宅から住民を追い出そうとする地上げ屋が混じって、
箱庭を巡る争奪戦はそれはもう血みどろの混沌を極めることになる。
リアルを完全に捨てた廃人だけが、土地あるいは土地を売った大金を手に出来るわけだ。

よって、ブレモンにおいて土地と住宅を手にできるプレイヤーは、
『莫大なゲーム内資産』と『土地を買い付けるコネ』の双方を兼ね備えてなくちゃならない。

リバティウムは景観の良さと、街自体の利便性の高さから、アルフヘイム全土でも屈指の人気エリアだ。
そこの、しかも運河に面した一等地に邸宅を構える選ばれし民が、いま俺の目の前に居る。
なゆたちゃん。ハイエンド勢だとは思ってたが、本格的に何者なんだコイツ……?

>「みんな、おなか空いたよね? いますぐ支度するから、もうちょっと待っててくれる?」

当のなゆたちゃんはこともなげに旅装をほどき、キッチンへ引っ込んでしまった。
俺は3年近くプレイしてきて初めて足を踏み入れる土地付きの住宅の威容に、ただただ圧巻されるばかりだ。

「すっげ……このテーブル、スライムツリーだ……交易所でも出品されてんの見たことねーぞ」

ブレモンのアイコンの一つでもあるスライムを象った家具は、アイテムデータとしての種類は多い。
しかしそのどれもが、エンドコンテンツで入手できるレア素材を加工しないと作れないものばかりだ。
このテーブル一つ売っぱらうだけでも所持金のケタが7つは増えるぜ。

>「さ、どうぞ! ありあわせのものだし、こっちでの料理は初めてだから勝手がわからなかったんで……。
 もし口に合わなかったらゴメンね。まぁ……まずは食べてみて!」

やがてキッチンから戻ってきたなゆたちゃんの手には、大小様々な皿を乗せた盆があった。
彼女はそれをテキパキとテーブルに配置し、あっという間にリバティウム風満漢全席の完成だ。
パスタにパエリア、煮物にアヒージョ、焼き魚は……これシードラじゃねーか!

「ウソだろ……シードラゴンフィッシュが食える日が来るとは……いただきます」

時価300万ルピは下らないレア魚、シードラゴンフィッシュの香草焼きに箸を入れる。
ズワッという軽快な手応えと共に皮から離れたその純白な身を、胸の高鳴りを抑えつつ口に入れた。

「う……うまっ……うまっ……」

駄目だ、うまい以外の感想が出てこねえ。身体が芯から震えるのが分かる。
ガンダラのマスターの料理も美味かったけど、なゆたちゃんの料理スキルも負けちゃいねえ。

ああー心がバブミを帯びていくんじゃぁ〜。クソッ、なんでなゆたちゃんは俺のママじゃねえんだよ!
ふざけやがって!ふざけやがって!!!なんか涙出てきたわ!もうこれが人魚の泪で良くない!?

45明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:16:21
「しめじちゃんこれ食ってみろよ。世界の全ての邪悪を赦せる気持ちになるぜ」

シードラ焼きをしめじちゃんに勧めつつ、俺はアヒージョにも手を伸ばす。
アヒージョ……わりとレシビが単純だから俺もよく自炊で作るけど……なんだこれ……俺の作るのと全然ちがう……
油の一滴まで無駄にしたくねぇ……バケットを……バケットをください……浸して食べます……

「ウィズリィちゃん、海の幸は食ったことあんのか?見た目はアレだけどタコうめーぞ、タコ。マジで」

>「食べながらでいいから、聞いてちょうだい。これからのこと」

ちぎったバケットをアヒージョに漬けて貪る俺に、おたまを携えたママが言う。
食事中に喋るんじゃねええ!俺は救われたいんだよ!孤独で救われたいの!

あと食事中にスマホ弄る奴もぶっ飛ばしてやる!俺の前に出てこい!相手してやるぜ!!
でも食卓においてママの言うことは絶対なので、俺はバケットを咀嚼しながら謹聴の姿勢をとった。

なゆたちゃんが議題として提じたのは、今後の方針についてだ。
トーナメントの景品になってる人魚の泪。その真贋は疑うべくもない。

パチもんを平気で並べるようなカジノなら早晩寂れるだろうし、賞品の品質はカジノの責任問題だ。
だから、トーナメントで優勝して景品をゲットするっつう方針に間違いはないだろう。

>「もっとも、あっちが本当に賞品を引き渡す気があるのか、それはわからないわ。
 自分のお抱え選手に優勝させる、出来レースの可能性だってあるわけだし……ね。そこで――」

問題は、俺たちが無事に人魚の泪を手に出来るかどうか。
トーナメントの実権を握るのは邪悪なる者、ライフエイク。何か仕込みがあったって不思議はない。
だったらどーするか。なゆたちゃんの中に結論はもう出ているようだった。

>「……チームをふたつに分ける、ってのは。どうかしら?」

なゆたちゃんの作戦、その概要はこうだ。
トーナメントに出場はする。ちゃんと優勝目指して健闘もする。
ただしそれは全員でじゃない。メンバーの半数は、トーナメントの裏で暗躍し、ライフエイクの目論見を暴く。

奴のハラがどうあれ、優勝賞品が人魚の泪なら、俺たちはきっちりそれをいただく根回しをするのだ。
気になる裏工作の人選は――

>潜入調査は明神さん、ウィズ、そしてしめちゃん……三人は機転が利くから、裏方仕事は適任だと思う」

46明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:16:54
俺かぁぁぁぁ!まぁ俺だよなぁ。
どー考えたってリビングレザーアーマーは真っ向からの戦闘向きじゃない。

バルログが居りゃ話は変わったかもしれねえが、ないものねだりをしたって始まらねえよな。
そもそも俺トーナメント参加するつもりなかったしな。ミョウジンボウリョクキライヨ。

そんでもって戦闘能力が補助寄りのウィズリィちゃんも、タイマントーナメントには向かない。
一方で、彼女の補助スペルをうまく使えば、隠密理にことを運ぶ選択肢が遥かに増える。
ガンダラの鉱山で見せた魔法は、遁走や追跡撒きにも便利だ。

ただ……意外だったことがひとつある。

>「……どう? しめちゃん。明神さんと潜入任務……やってもらっていいかしら?」

なゆたちゃんが、しめじちゃんに裏工作を任せた。
直接矢面に立つ参戦組よか危険は少ないとはいえ、俺たちが暴力にさらされる可能性は決して低くはない。
もちろん俺だって最低限の自衛の術はあるし、それはしめじちゃんにしたってそうだろう。

だけど、ガンダラであんだけしめじちゃんを戦いから遠ざけたがってたなゆたちゃんの急な心変わりに、俺は微妙に戸惑った。
まあ合理的ではある。ガンダラでも言ったけど、俺としめじちゃんは同じアンデット使いで連携取りやすいからな。

ぶっちゃけた話をすれば、しめじちゃんがこっち側に居てくれるのは正直かなり心強い。
彼女の土壇場での機転と発想力、状況を的確に読む能力は、戦力として相当に信頼できる。
試掘洞でも結局しめじちゃんに助けられっぱなしだったからよ……。

>「どう? ……まぁ、トーナメントまではあと一週間あるし。じっくり考えて」

なゆたちゃんの采配は、現状の戦力を適材適所に振り分ける文句なしの最適解だと俺は思う。
ライフエイクが信用できねえ以上、バックアップは絶対に必要になるだろうしな。

「俺に異論はないよ、なゆたちゃん。しめじちゃんとウィズリィちゃんが良けりゃ、そのプランで行こう。
 狂犬真ちゃん号の手綱を握らなくて済んでむしろホっとしてるぜ。頑張ってな石油王」

最後のエールを直接真ちゃんの手綱を握るなゆたちゃんじゃなく石油王に送ったのは、まあ俺なりの皮肉だ。
俺には未来が見えてるぜ……ぜぇぇぇぇっっったいなゆたちゃんも暴走する側だからよ……。

トーナメント開催まで、あと1週間。
魔を食い魔に喰われる伏魔殿の扉が開くその時に備えて、俺たちはしばしの休息をとることにした。



47明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:17:27
1週間。ヒマである。
まあ実際はやること山積みなんだけど、んなこたぁ俺の知ったこっちゃない。
つうわけで、ヒマを潰すことにします。

「遊びに行こうぜ」

翌朝、なゆたハウスで朝食を摂っていたしめじちゃんとウィズリィちゃんに、俺は声をかけた。
正直、トーナメントが始まるまで俺たち潜入組がとれるアクションは殆どない。

もっかいライフエイクんとこ忍び込んで機密書類盗み出すなんてことが俺たちトーシロに出来るわけもねえ。
顔覚えられちゃってるからね。カジノに入った瞬間に黒服のエスコートがサービスされるだろうよ。

「せっかくのリバティウムだ、まだ回ってないとこ沢山あるだろ。たっぷりおのぼりさんしようぜ」

ちなみに俺はガンダラからずっと着ていたクソ暑いスーツをついに脱いだ。
今着てるのはアロハシャツに短パン。アバター用のコスチュームのひとつだ。

ソシャゲによくある水着イベントのおまけで配布された、世界観無視も甚だしい服だけれど、
常夏のリバティウムでいつまでもスーツを着続ける忍耐力は俺にはなかった。

アロハにサングラス姿の俺は、半ば強引にしめじちゃんとウィズリィちゃんを屋敷から引っ張り出す。
そんでゴンドラに乗って向かう先は、リバティウム商業区。いわゆる盛り場、中心街だ。

「食ったことないうまいもん食って、見たことないもの沢山見て、やったことない遊びをする。
 エビ競争とか、レッドビー釣りとか、カジノ以外にもミニゲームはあったよな。
 俺は取り戻してえんだ、失われた青春ってやつをよ……友達いねえからよ……」

ライフエイクのクソ野郎のせいで有耶無耶になってたけど、冒険者としての本懐を忘れちゃならねえよ。
そう、それはすなわち冒険。物見遊山の観光とも言う。

バトル系の用事はチームオブ脳筋に任せといて、俺たちは適当に情報収集という名の街歩きをするのだ。
なんか思わぬ収穫が都合よく転がっていることを信じて……!

「リバティウムと言えばカジノ?そりゃ田舎者の回答だぜ。プロがまず行くのはここだ、『交易所』」

ゴンドラを降りた先には、首を180℃回さないと全容を視界に収めきれない巨大な広場、交易所。
交易所は、アルフヘイムの主要都市に置かれているプレイヤー間取引の拠点だ。
ブレモンにおけるアイテム取引の方法は2つある。

ひとつは交易所に設置されたマーケット。鯖内共用の市場にアイテムを出品して、落札者を募る方式だ。
マーケットにアクセスすればどの都市からでも出品落札ができ、検索で欲しいアイテムを見つけるのが簡単だが、
出品額に応じて手数料をガッツリ取られるっつうデメリットもある。

そしてもうひとつが露店。これは旧来のMMOよろしく、その辺に露店を広げて品物を並べる方式だ。
露店ごとにいちいち品揃えを覗かなくちゃならないから欲しいものが見つかりにくいし、
同時に買い手もつきにくいっつう致命的なデメリットはあるが、手数料はかからない。
したがって、マーケットよりも露店のアイテムの方がおおむね安く買えるっつう寸法だ。

露店の出店が許されてるのは交易所の中だけなので、アイテムを求めるプレイヤーはまず交易所へ行って、
マーケットを確認しつつ、その辺の露店を地道に覗いて回って欲しいアイテムが安く売られてないか探すわけだな。

んで露店にめぼしいものがなかったらしぶしぶマーケットで買って帰っていく。
これが平均的なブレモンプレイヤーのショッピングの流れね。

さて、今紹介したのはあくまで『ゲーム上』での交易所の姿。
"このアルフヘイム"の交易所がどうなってるのかは、今から確かめるのだ。

「うおお……すげえ熱気だ……」

交易所に一歩足を踏み入れた途端、圧力を伴う熱が俺の頬を叩いた。
目抜き通りを埋め尽くさんばかりに露店が軒を連ね、怒号じみた売り子の声とそれに応じる客の声が飛び交っている。
交易所ってよりこりゃもう市場だな。露店だけで構成された市場だ。

「石油王から持たされた藁人形、ちゃんと持ってるよな?連絡手段なしにはぐれたら一生合流できねえぞこれ」

48明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:17:56
まあ日が暮れたらなゆたハウスに帰りゃいいだけだし、そこはあんまり問題じゃない……わけがない。
女の子が一人はぐれたら即事案だわこんなん。

「なるべく俺の傍を離れるなよ、不安なら服の裾でも掴んどいてくれ。
 俺はこれから周り見えなくなるくらいはしゃぐからよ」

というわけで男明神、羽目外します。うひょおー!
幸いにも軍資金には余裕がある。土地買えるほどじゃなくても、俺レベルの小金持ちはプレイヤーに珍しくもない。
露店を店ごと3軒くらい買っても余るくらいのルピが、俺にはある!!

「エビ競争!これがやりたかったんだよ!賭けもできるからこいつで軍資金増やそうぜ!」
「チャウダー・ベルのアミュレット、こんな安くていいのか!?パチもんじゃないの!?」
「おおーよしよし、お腹がすきまちたね!腐肉たっぷりあるからたぁんとお食べ!」

以上、羽目外しタイムでした。
近くの露店から、懐かしい匂いが漂ってくる。イノシシ系の魔物、ワイルドボアの脂身を串揚げにしてる屋台だ。
なんとなく郷愁の念にかられて、俺はそれを三人分買った。

「ちっと味は足んねえけど、アルフヘイムのトンカツだ……。油の味しかしねぇ……へへっ」

二人に一本ずつ串を渡して、通路の脇に腰を降ろす。
なんか無性におかしくなって、俺は一人で薄ら笑いを浮かべた。

トンカツ……食いてえなあ。ヒレのやつが食いてえよ。これは脂身が多すぎる。
こんなん常食してたらギシュギシュの実の油ギッシュ人間になっちまうよ。

「……アルフヘイムは良いところだな。メシはまぁ美味いし、人間には活気がある。
 別に世の中に絶望してたわけでもねーけど、わざわざ命賭けてまで向こうに帰る必要あんのかって思っちまうんだ」

俺は、真ちゃんやなゆたちゃんとは違う。
現実世界にそれほど執着はないし、最悪戻れなくてもこっちに定住したって良いと考えてる。

ゲームの中の世界。俺だけが持ってる力。ここならそれこそ、死ぬまで遊んで暮らせるだろう。
仕事に追われてひぃひぃ言いながら生きてる現実世界より、よっぽど楽しいし……色々楽だ。

「なあウィズリィちゃん。王様は俺たちに何をさせたいんだ?世界を救えってんならいくらでも救ってやるよ。
 だけど……救ったあと、俺たちはどうなる?用済みの漂流者が、この世界に生きる場所はあるのか?」

49明神 ◇9EasXbvg42:2019/01/31(木) 20:18:29
帰りたくねえなあー。
間違いなく会社クビになってるだろうしよお。

王様が俺たちをアルフヘイムに呼んだのなら、ついでに永住権もくんねえかなあ。
今後の色々を考えると、なんかすげえ気分が沈んできたので、俺は全部振り払って立ち上がった。

「ま、何もかんも考えるのは、とっととジジイのおつかい終わらせて王様に会ってからだな。
 ちっと歩き疲れちまったよ、交易所の外のカフェテラスに行こうぜ」

歩きがてら、俺はインベントリから鎖に繋がった小さな錘を取り出した。
『導きの指鎖』。いわゆるエンカウント防止アイテムで、フレーバー的には敵の位置を教えてくれるダウジングの鎖だ。

ここでいう敵とは、魔物に限らず敵対の意志をもった存在全般のことをいう。
ゲーム的に言うと中立から敵対になったMobの存在を感知するアイテムだな。

『導きの指鎖』を虚空に垂らすと、鎖の先端がひとりでに持ち上がって、俺の背後を示した。
俺は溜息を吐いて鎖をインベントリにしまい、しめじちゃんとウィズリィちゃんだけに聞こえるよう声を落とした。

「振り向くなよ。まっすぐ前を見ながら聞いてくれ。――尾行が付いてる」

十中八九ライフエイクの差金だろう。リバティウム市街に来た時点でおおかた予想は出来てた。
カジノに喧嘩を売った御一行様のうち、見るからに弱そうな男と少女二人が単独で街に出てる。

ライフエイクにとって俺たちはネギを背負ったカモだ。
いきなり拉致られることはないだろうが、部下に尾行させて探りを入れるくらいのことはするだろう。

トーナメント優勝候補たちの弱みを握ることに繋がるし、単純に情報が得られるだけでもメリットはでかい。
俺たちの拠点を特定できれば、一度渡した人魚の泪を盗み出すこともできるだろうしな。

そういうわけで、俺たちを尾行してる暫定ライフエイクの手下は、このまま距離を保ちつつ付いてくるはずだ。
実力行使になったとしても、俺たちに参戦組ほどの戦闘能力はないと踏んでいる。
敵対心を隠さないような武闘派を尾行に付けてるのが良い証拠だ。

「さて、連中をどうするよ。ただ追手を撒くだけなら、俺達には逃走向きのスペルがある。
 適当な路地に誘い込んで空でも飛べば、まず追ってこれやしないだろう。
 ……俺は迎撃アンド制圧でも構いやしねぇぜ。せっかくの観光気分を台無しにした罪は重い」

奴らの誤算は、俺たちを見た目で判断したことだ。
召喚師(サモナー)相手にガタイで強さを測る愚かしさを、その身にたっぷり教えてやるぜ。


【潜入チーム、街に出て尾行に遭遇。処断求ム】

50五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/01/31(木) 20:18:59
五穀家
古くから農業を生業とし、庄屋、豪農、大地主と呼ばれてきた
近年では五穀ファームと会社形態をとっている
扱う農作物は多種多様であり、穀物類から果樹まで手広く扱う

ワサビ田も所有しており、幼少期のみのりにとっては格好の遊び場であった
ワサビ田は清流の流れる山深い場所にあり、友人たちと山を駆けて遊んでいた時にそれは起きたのだ

突然木の上から落ちてきた塊
それはリスに巻き付いた蛇であった
友人たちは悲鳴を上げながらリスを助けなければと拾ってきた枝で蛇をつつき叩き、リスを開放することに成功し歓声を上げていた

だが……みのりは友人たちのようには思わなかった
みのりの中ではリスも蛇も等価
リスがドングリを食む姿はかわいいと笑顔で眺めるのに、リスを捕食すしようとする蛇には悲鳴を上げ邪魔をする
捕食という点では同じなのに、なぜリスを助けるのか理解できなかった

みのりはその考えを、このブレモンの世界にも当て嵌めている
そんなことを思い出しながらウィズリィと真一の回答に耳を傾けていた

「そうなんや〜」
二人の答えに応える言葉と共にみのりから発せられる緊張感が霧散した
たとえ二人がどう答えたとしても、この言葉で迎えたであろう
なぜならばみのりには提示された答えが真実かどうか知る術はない
だが、重要なのは真実を引き出すことではなく、ここで問いに対する言葉を引きずり出すことにあるのだから

ついでといっては何だが、明神からも言葉を引き出せた事にも満足していた
まるで子の非を認めつつも庇い口添えをする親のようで
少しくすぐったい気持ちになったが、それもまた小気味良いく、笑みがこぼれる

「ウィズリィちゃんにとってうちらは王様が頼りにするほどの強力な異邦の魔物使い(ブレイブ)かもしれへんけど、やっぱり異邦のてゆう枕詞がつく存在やし、心細いよってなぁ
水先案内人として頼りにしてるし、色々なこと話してくれて安心させてくれるとありがたいわー
真ちゃんも、ちゃんと言葉にできたらまた説明してくれたらええけど、あんまり突っ走りすぎんとってえな
うちら真ちゃんほど走れるわけやあらへんし、振り切られてしまったら悲しいしなぁ」

そう言葉を添えるが、真一へはこれで少しでも明神の言う手綱になれば……という意図もあるが、効果はあまり期待できないだろうと内心苦笑いしながら
しかし本命はウィズリィだ

みのりは早い段階でこの世界がゲームではなく一つの異世界であることを認めていた
ゲームの感覚がなかなか抜けない部分もあったが、ここを一個の世界であると認識している

ゲームであれば『設定』や『ストーリー』という力が働くが、ゲームという前提が外れたならばみのりには成り行き以外にウィズリィ……引いてはアルフヘイムに付く理由がないのだ
アルフヘイムもニブヘイムも世界の面の一つでしかない
両者の争いは蛇とリスの捕食と同じ
みのりにとってはどちらにも加担する理由がないのだから
更に言えば、みのりはこの世界を気に入っていた
家業に追われ、お金はあっても使い時がないほど時間に追われた生活より、この世界で暮らすのも悪くない
世界を救う英雄になる必要もなく、みのりにはこの世界で暮らせるだけの力と財がある

ゆえに、タイラントに対する攻撃の理由は重要になっていたのだ
タイラントがアルフヘイムの守護神か、ニブヘイムの手によって改造されたかはどちらでも構わない
ウィズリィや王がどう一体とであろうとも、自分はこの世界では異邦の、そう異物なのだ
それにタイラントが反応しアルフヘイムとニブヘイムとの争いどころではなく、『世界の異物』として排除しようとしていたのならば……みのりの第二の生活設計に大きな支障が生じるのだから
だからこそここでウィズリィの反応を引き出しておきたかったのだ
これからのウィズリィやこの世界とのやり取りのために

51五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/01/31(木) 20:19:28
目的を果たしたところでみのりの気は緩み、はんなりまったりとしたものになっていた
VIPルームに通されたところで何が起ころうと焦ることはなかっただろう

交渉とは実力行使というバックボーンによって支えられるものなのだから
もしVIPルームに通され客の目から遠ざかったところで暴力でもって対応されたのならば、むしろやり易いとすら考えていた
なぜならば、自分たちはこの世界で有数の強さを誇っているという自覚があるから


王が異邦の魔物使い(ブレイブ)に何をさせようとしているのかは不明である
ではあるが、この世界にも戦士や手練れの者はいるだろう
そういった者を使わず、いや、それらでは手に負えないからこそ異邦の者たちを頼るのであって
カジノの用心棒や腕自慢に負けるような相手をわざわざ迎えには来ない
すなわち自分たちの力は王がお墨付きを与えてくれており、またやるかやらないかは別問題として、できるかできないかならばカジノを壊滅させられる。
と即答できるだけの戦力と財力を持っているという自覚があるからだった

しかし暴力沙汰ではなく、提案されたのはトーナメント
その交渉をなゆたと真一に任せ、ワインのグラスを傾けていたのもそういった自信の表れであった
そう……表面上は……
交渉を任せるふりをしながら、しめじに張り付かせていた囮の藁人形(スケープゴートルーレット)の藁人形を操作
こっそりソファーの下に移動させ、部屋を後にしたのであった。
お土産のワインの袋にスペルカードが仕込まれているのと同様に、すでに戦いにゴングはならされているのだから。

********************************************

成り行きに身を任せ余裕を見せていたみのりであったが、事ここに至ってはその面影は既になく。
ゴンドラから降りた時には船酔いで立っていることもできず、移動ベッドに変形させたイシュタルに横になりながらついていくという醜態を晒していた。
弱弱しくうめくみのりだが、目的地到着し、なゆたの一言に驚き体を起こすことになった

「ここ、私の家」という言葉に!

なゆたが料理を作っている間、みのりはイシュタルのベッドに横になりながらシャンパンに口をつけていた。
ゆっくり休んでいるように見えてその内心は穏やかではない
箱庭があるという事は完全なる異世界とは言えなくなってくる
これがゲームの延長上なのか、ゲームが異世界に介入する手段なのか……考えているうちに徐々に混乱してきて、みのりは考えるのをやめた
ピースのかけたパズルを完成させようとするようなもの
朧気ながらでも全体像を見渡したかったところだが、情報が欠けすぎているからだ

そうしているうちに次々に運ばれてくる海鮮満漢全席!
ぐったりしていたみのりもその匂いに食欲を誘われテーブルに引き寄せられるように席に着いた

「はぁふぅ〜おいしいわぁ〜船酔いもいっぺんに吹き飛んでもうたよぉ〜
真ちゃんこないな美味しいもんいつも作ってもらってたん?果報者やねえ
それにこの家も手入れ行き届いてるし、ストレージとしてしか使っていないうちの家とは大違いやわ
も〜うちのお嫁さんい欲しいくらいやよ〜」

感嘆の言葉を惜しまず発し、その分だけ惜しまず食べる
皆の反応も同様で、ひと時の至福がテーブルを包んだ。

52五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/01/31(木) 20:19:58
食後のデザートに差し掛かったところでなゆたからの提案を発せられる
それはトーナメント参加チームと潜入チームとに分かれるというもの
人選は適材適所といえるだろうが、気がかりは当然ある

>狂犬真ちゃん号の手綱を握らなくて済んでむしろホっとしてるぜ。頑張ってな石油王」
「あははは、まあ頑張りますわぁ〜」

明神の言葉に苦笑を浮かべながら力なく答えるみのり
だが、みのりの返答は実際に口に出た声だけではなかった
「明神のお兄さんも、この世界には青少年保護条例はあれへんけど大人の分別はお忘れなきようになぁ〜」
明神の肩によじ登った藁人形から囁かれる言葉

なゆたがしめじの明神に対する態度の変化に気づいたように、みのりも気づいていた
カジノで明神の背中に隠れ震える姿に驚きを覚えつつ、その変化の意味も敏感に察していたのだから

明神に茶々は入れるが、しめじにはあえて触れないでおく
自分が怖がらせてしまった自覚はあるし、ここでフォローを入れるより「恐怖の対象」のまま近くにいるほうがしめじが明神に縋る理由になってそれもまた良しと判断したわけだ

それにそれ以外にはっきりさせておきたいことがあったからだ

「なぁ、ウィズリィちゃん。水先案内人として頼りにしてるって言うたけど、さっそくまた頼らせてほしいんやわ
うちのイシュタル……モンスターとしての種族はスケアクロウなんやけど、ウィズリィちゃんはこの世界で見たことあったり知ってたりした?」

スケアクロウは本来ブレモンにいないモンスターである
入手方法はコラボ課金者プレゼントのみなのだから

タイラントのステータスを読み切ったウィズリィが知らぬとなれば、モンスタースケアクロウはこの世界に存在しない、もしくは知名度が極端に低い
ゲームの世界の延長か異世界かを判断する一ピースになりうる質問を投げかけた。

>さ〜て……いっぱい食材使っちゃったし、明日は市場まで買い物に行こうかな! みのりさん、付き合ってくれます?」
「はいな〜、できればあまりゴンドラ使わへんルートがありがたいけどねぇ」
話もまとまり最後に翌日の予定を決め、二階の客室へと別れていった

*******************************************************

その夜中
「はぁい、おそうなって堪忍なぁ」
皆が寝静まった後、藁人形を操作し話しかけるみのり
通話の先はカジノのVIPルームに秘かに置いてきた藁人形
その先にいるライフエイクである

VIPルームに残した藁人形で盗聴できれば幸運程度で、本気でそれを当てにはしていない
当然チェックは入るし、偽情報を流されかねないのだから
そんな真偽不明の情報を仕入れるより、直接通話の手段として用いたのである

>「いいえ、カジノは不夜城。時間は問題ありませんよ。やはりこれはあなたの忘れ物でしたか」
「トーナメントのお話ですけど、うちもエントリーさせてもらおうと思いましてん
ええ、そう、うち自身が出場しますわ〜」
>「驚きましたね。ほかの少年少女はともかく、あなたのようなタイプが出てくれるとは思っておりませんでしたよ」
「うふふ〜ほうやろぉ?ほれならわかったますやろ?うちみたいな人間が出るっていう意味が」
>「もちろんですとも。よくわかっておりますよ」
「せっかくトーナメントに出るんやし、ちゃんとルールのあるところで盛り上がりましょうなぁ」
>「イベンターとして喜ばしい限り、健闘を祈りますよ」

それからしばし会話ののち通信が終わるとライフエイクのもとに残った藁人形は崩れ、消えてしまった

53五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/01/31(木) 20:20:34
翌朝、朝食の席でみのりは新しい藁人形を配る
囮の藁人形(スケープゴートルーレット)の効果時間が24時間なのか、朝にはすべての藁人形が消えてしまっていたからだ
「なゆちゃんは今日うちと一緒にお買い物やし、今日は真ちゃんに藁人形渡しておくなー」
藁人形は真一、明神、ウィズリィ、しめじ、そしてみのりの手元に配られた

真一は早々に「喧嘩売ってくる」と家を出る
もはや止めても無駄と肩をすくめるしかできず見送った後、潜入組の三人も明神が引率して街に出ていった

残るはキッチンで洗い物をしているなゆたとテーブルでくつろぐみのりのみ
船酔いが酷く、ここリバティウムでの市街活動に向かないみのりがなゆたの買い物の誘いを受けたわけ
それは明神と同じ危惧を持っていたからだ

真一も大概だが、本質的に暴走するのはなゆただと睨んでいたから
それに明神の言う「首輪」を付けるためだ


リバティウムの市場を巡り、様々な食材を見て回る中、なゆたに問いかける

「なぁ、トーナメントやけど、なゆちゃんは本気で勝ちに行くつもりなん?
普通に戦えるのならうちらの誰かが優勝できると思うけどなぁ……」

『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』
ルールは単純、種族制限なしで1対1で決闘し相手を倒した者の勝利
その条件は、生死も含み条件を問われないのだ

このルール、ブレモンのプレイヤーの戦闘とは違う次元の戦いになる
お互いにパートナーモンスターを前に出し、指示やスペルで援護、コンボを決める戦いができないのだから

闘技場に降り立つのがパートナーモンスターであれば、プレイヤーはセコンドとして付くことくらいはできるだろう
そこで指示を出すことはできても、流石にスペルの使用までは認められまい
「真ちゃんのドラゴはそないに影響受けへんやろうけど、なゆちゃんのぽよりんはスペルコンボが前提となった強さが大きいわけやん?」
そして核心に触れる
「そういう事情を知ってライフエイクはんが異邦の魔物使い(ブレイブ)やからゆうて、パートナーモンスターの【使用】を認めるとか言われた時に困ってしまうからねえ」

真一やなゆたの力を疑っているわけではい
トーナメントに出れば優勝できると思っているのも本心だ
だがそれはあくまでブレモンのルールにのっとた戦いでの話である

今回は相手がブレモンのルールに従ってくれるとはいいがたい
生死を含んだ戦いなのだから、強力なパートナーモンスターを素通りしてプレイヤーにダイレクトアタックしてくることが予想されるからだ
なゆたはもちろん、真一ですらそういった戦いにさらされて無事に勝ち抜けると思う程この世界の戦士たちを過小評価もしていない
という事を説明したうえで言葉を続ける

「真ちゃんやったら喜んじゃいそうやけど、タイラントの件もあるし今朝もやる気満々で出て行ってしまったし
正直困りどころなんよねぇ〜
ほら、こういう戦いかたらされたと思うとなぁ」

いつの間にか藁人形がなゆたの背中にへばりつき、その細首をぺちぺちと叩いている
自分は直接出場することを隠し、真一を引き合いに出しているものの、その実なゆたのことを言っているのだが
さて、どう出るか


などと話していると雑踏の中にアロハシャツにサングラス
それは見間違えることなく明神の姿であった。
人垣の隙間を目を凝らしてみれば明神より頭二つほど低い処にウィズリィとしめじも見て取れる

「あら〜あれ明神のお兄さんたちやない?ほら、あそこ」

なゆたに明神の場所を指し示すと、みのりの面相が崩れる

「なぁ、潜入班にしめじちゃん入れたのって、やっぱりなゆちゃんも気づいての事なん?
あの二人ってガンダラの後あたりからなんかええ雰囲気になってるもんねえ
ちょっとつけてみいひん?」

楽しそうになゆたの手を引き、人込みの中距離を置きながら明神たちの後を追う

54佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/01(金) 00:12:57
鈍い金色の夜は、ひとまず明けた。
策略の刃と策謀の弾丸による前哨戦は終わり、訪れるのは一時の平穏。
いずれ壊れる事が判っているその平穏であるが、それでも、それが心安らぐひと時である事に変わりは無い。

「皆さんは、トーナメントに参加をする事を前向きに考えている様ですが……」

前夜の内に訪れた、なゆたの家。
ゲーム上では上位の廃人達や商人プレイで財を築いた一部のプレイヤーしか保有していない、装飾品の最上級とでもいうべき空間。
敵は誰も居ない筈の安全地帯の中で、少女……佐藤メルトは、部屋の隅にしゃがみ込み、手近な所に居たスライムの一匹をクッション代わりに抱えつつ溜息を付

く。
その脳裏で思い返されるのは、昨夜のカジノでのやり取り。そして、その後のなゆたの家でのやり取りだ。

ライフエイク。
半ば反則ともいえる力技で成し遂げた、カジノの重要人物。
彼の者から齎された情報は、確かに貴重なものであり……そして、厄介な火種であった。
『デュエラーズ・ヘヴントーナメント』
ゲーム上にも存在しなかったそのイベント、或いはギャンブルに勝利する事により『人魚の泪』が手に入る。
それは、いかにも判り易く単純明快なイベントだ。
ゲームのおつかいクエストであれば、メルトとて何の躊躇いも無くイベントを進行させようと考えるであろう程に。

だがそれはあくまで……これが、ゲームの物語であればの話だ。

即座に思考を巡らせ、躊躇いなく参加を決めたなゆたと真一。
傍観者に徹するも、肯定の意味での沈黙を保っていたみのりと明神。

彼等と異なり、メルトの意見はトーナメンとへの参加について……肯定的ではなかった。いや、むしろ強く反対であった。
メルトとて、これまでの旅の中で真一やなゆた、みのりが強者の立ち位置に居る事は理解している。
真正面から彼らと戦って勝利する事が出来る者は少数であろう事も推測出来ている。だが、それでもだ。

「……強い人ほど崩しやすい。最悪の勝ち方も、最低の負け方も、有るんです」

その強さを以ってしても、リバティウムの一等地に居を構える優秀さを以ってしても……メルトに取って、この賭け(ギャンブル)は不利な物であると判断したの

である。
佐藤メルトは悪質プレイヤーだ。騙し、謀り、裏切り……人の嫌がる事を率先して行う事で自身の利益を確保してきた。
そんなメルトの目線では――――手段さえ問わなければ、自分達を貶める手段はいくつも思いつく。
そしてそれは、自身と同質の悪人であるライフエイク達も同じであろう。
いや、『この世界に則った悪事』をその身で行ってきたという点においては、メルトが思いも寄らない手段を取ってくる可能性すら存在しているのだ。
幸い、こちら側にはみのりという、メルトが恐怖を覚える程の手腕を持つ人物が居るが……相手は、金と欲の街に君臨する闇の支配者。
絶対の安心を確信するまでには至らない。

だから、反対するべきだった。少なくとも、自身は関わらないと宣言するべきであった。
いつもの様に、これまでの様に、安全地点を確保したうえで漁夫の利を狙う動きをするべきであった。だというのに

55佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/01(金) 00:13:23
>「……どう? しめちゃん。明神さんと潜入任務……やってもらっていいかしら?」
>「俺に異論はないよ、なゆたちゃん。しめじちゃんとウィズリィちゃんが良けりゃ、そのプランで行こう。
>狂犬真ちゃん号の手綱を握らなくて済んでむしろホっとしてるぜ。頑張ってな石油王」

『……私は構いません。はい、構いません。その、宜しくお願いします』


「ふああああ――――!!」

明神からの問いかけに対して、快く協力を約束をした自身の言葉を思い返し、メルトは謎の声を上げて抱えていたスライムをボフンボフンと叩く。
彼女の白い頬には僅かに朱が差しており、錯乱している事が容易く見て取れる。
そのまま勢いよくスライムに顔を埋め、暫くの間沈黙していたメルトであったが……暫くして顔を上げると、小さく言葉を漏らす。

「……私は、バカになってしまったのでしょうか。他人は利用するモノなのに、自分から利用されるなんて……」

自分で自分が不利になる言動をしてしまった。
その事が信じられず、自身の不可解な言動に混乱するメルト。原因を追究しようにも人の心の機微に疎い彼女に自身の心の機微など判る筈も無く……
そのまま、思考放棄して不貞寝をして一日を過ごす事を計画し始めた矢先の事である。



>「遊びに行こうぜ」

部屋の隅に座っていたメルトに、明神が話しかけてきたのだ。

>「せっかくのリバティウムだ、まだ回ってないとこ沢山あるだろ。たっぷりおのぼりさんしようぜ」

「……え?あの、何を」

先程まで思考していた事と奇抜なアロハシャツスタイルに困惑しつつ、もぞもぞと姿勢と服を正すメルトに対し、明神は構わず続ける。

>「食ったことないうまいもん食って、見たことないもの沢山見て、やったことない遊びをする。
>エビ競争とか、レッドビー釣りとか、カジノ以外にもミニゲームはあったよな。
>俺は取り戻してえんだ、失われた青春ってやつをよ……友達いねえからよ……」

「はあ。つまり、明神さんは外出をして遊びたいのですね」

会話を行う間に、なんとか思考を通常運転に戻したメルトは、明神の言わんとする事を理解し……嘆息する。

「あの、明神さん。今の状況を理解していらっしゃいますか? その、この街はカジノのボスのお膝元で、出歩いたりしたら危険なんですよ?」

それは、事実だ。現状のこの街は、謂わば敵地。何をされてもおかしくない、ある意味でガンダラの坑道よりも危険な場所なのである。
そこを物見遊山で歩こうなど、正気の沙汰ではない。
無用な外出は控えるべきで、外出するのであれば徹底的に隠密性を保って動かなければならないのが当たり前なのだ。
メルトはその事を明神に伝えるべく、一度大きく息を吸ってから口を開く

「……だから、勝手に遠くに離れたりしないでくださいね」

開いて、自分の言葉に固まる。
……明神の放った友達が居ないと言う言葉へのシンパシーか。青春を取り戻したいと願う者に対する、青春を無為に消費する者としての贖罪か。原因は判らない
だが、再度自身の口から思いも寄らぬ言葉が飛び出した事にメルトが固まっていた隙に……外出は決まったのであった。

・・・

56佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/01(金) 00:13:44
・・・

「青エビがレース枠3の時に、インド人みたいなNPCを右に押しのけると――――やりました、勝ちました」
「!? 明神さん、ウィズリィさん! あの出店にドラゴンヘッドレスが……あれ、よく見たら偽物でした。商品名がドラコソヘッドレスです」
「クリスタルオークの腐肉が売っていたので買っておきましたので食べてください……ん、あまり食いつきが良くないみたいですね」

・・・

初めは外出に乗り気でなかったメルトであるが、今では思いの外この散策を楽しんでいた。
息は切れるし、汗もかく、足は疲れるし、明神の裾に掴まっていなければ、直ぐにでもはぐれてしまいそうである。
それでも、この様に『遊ぶためだけの』外出をするのは、メルトにとって本当に久しぶりの事であったからだ。
元の世界では、ネット通販の荷物を受け取りや、あくどいビジネス目的以外では、外出をしなかった。
この世界に来ても、レイドボスに襲われ、かと思えば命からがら坑道を潜り抜け……生き残る事に精いっぱいで、娯楽に精を出す余裕などなかった。

>「なあウィズリィちゃん。王様は俺たちに何をさせたいんだ?世界を救えってんならいくらでも救ってやるよ。
>だけど……救ったあと、俺たちはどうなる?用済みの漂流者が、この世界に生きる場所はあるのか?」

故に、この奇跡の様な時間を経たメルトは、明神がウィズリィへと投げかけた言葉……冒険の後についての質問を聞き、彼女らしくもなくほんの一瞬だけ思ってしまった。

真一、なゆた、みのり、明神、ウィズリィ

彼等、彼女等と、世界を救わない、ただの冒険の為に世界を巡る姿を。
自分を偽る事無く、彼等に付いていく、自分の姿を。
そんな、決して叶う事の無い白昼夢を描いてしまった。

だが、夢は夢だ。所詮は叶う事のない幻に過ぎない。
楽しい時間の終わりを告げる様に――――明神が口を開いた。

>「振り向くなよ。まっすぐ前を見ながら聞いてくれ。――尾行が付いてる」
「ああ、やはりそうなりますよね……あのカジノの方が、情報を疎かにする訳がありませんので」

明神の声に釣られるようにして彼の手元を見れば、そこにはアイテムである『導きの指鎖』が重力に逆らい後方を示していた。
敵対者に反応する鎖が反応したこの状況、着けてきて来ているのがただの強盗やスリの類であると楽観する程、メルトは甘くない。
メルトの様な日陰者にとっての、ささやかな……けれど夢の様な時間の終わりに、自分でも知らず寂しげな表情を作る。

>「さて、連中をどうするよ。ただ追手を撒くだけなら、俺達には逃走向きのスペルがある。
>適当な路地に誘い込んで空でも飛べば、まず追ってこれやしないだろう。
>……俺は迎撃アンド制圧でも構いやしねぇぜ。せっかくの観光気分を台無しにした罪は重い」

「……とは言いましても、判るように倒してしまうと、後で言いがかりをつけられませんし……それに、折角掛かった魚ですので、有効に使わない手は無いかと思います」

メルトはそう言うと、明神に見えない様に小さく笑みを作る。
それは、先ほどの散策中に見せた楽しげな様子では無く……メルト本来の、陰湿で、邪悪な性質が漏れ出たかの様な笑み。

・・・・・

57佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/01(金) 00:14:11
「……おっ、あいつらスラムに入ってったぞ。こいつぁ好都合だぜ」

二人の少女と男が路地裏へと歩を進めるのを見て、それを追跡していた数人の男達の内の一人が愉快気に呟く。
剃りあげた頭と、筋骨隆々の肉体。そして、背負った大剣(クレイモア)。
全身に血と暴力の気配を纏うその男は、名をバルゴスという。
バルゴスは、この街において上からの命令で暴力を振るい食い扶持を稼ぐ、いわゆるチンピラという存在だ。
今回も、直属のボスの上の上――名前も知らないお偉方からの命令を受けて、名前も知らない少女と男を追跡していたのだが……

「ボスには出来れば監視だけにしろたぁ言われたが、ガキと野郎のママゴトを見せられてイライラさせられたんだ、仕方ねぇよな。
 それに、あいつら金もたんまり持ってるみたいだからなぁ。頑張ってる俺様がちっとばかし貰ってやるべきだろ」

いかんせん、短慮なバルゴスに追跡と言う任務は合っていなかったらしい。
道中で少女たちが散在し、金儲けをしている姿を見て、欲が出てしまった様だ。
少女たちが、自分の狩場……スラム街に入った事を確認したバルゴスは、彼女達を痛めつけ、金を巻き上げんと動き出す。
上からの命令には、見つかり抵抗されたら、攫うようにという内容も有ったため。
自分から襲い掛かった事については、仕方なかったと言い訳をするつもりである様だ。

元々、スラムの住人を殴りつけ、僅かな金を毟るのは彼の日課だ。
勝手知ったる庭の様にすいすいと進み……やがてその目が、少女達が着ていたローブを捕えた。
バルゴスは歪んだ笑みを浮かべると、足音を消しそのローブの後ろに近寄り。

「おい、ガキ共。なに俺様の庭を歩いてんだ、オラァ!!」

背後から、一番小さい少女の頭を殴りつけた。
子供を襲えば、大人はそれを見捨てて逃げられないと判断しての行動。
短慮ながら、喧嘩慣れしているバルゴスの暴力は、少女の頭を大きく揺らし――――そして、勢いのままにその首が地面に落ちた。

「―――――は?」

剛腕に自身の有ったバルゴスであるが、流石に人の首を一撃で捻じ切る威力があるとは思っていなかったらしい。
目を見開き、慌てて落ちた首を視線で追うと、そこには……

『カタカタカタカタ……』
「な、なんだこりゃ!?ほ、骨!?」

地に落ちて尚、カタカタと笑う頭蓋骨。
その悪趣味な光景を前に思わず一歩後ろに下がろうとし、その背中が何か固い物にぶつかる。
驚いてバッと振り返ると……

『カタカタカタカタ……』

そこには、先ほどまで少女と一緒に居た男が着ていた服を纏う、骨。
バルゴスがヒッと悲鳴を上げると……それに呼応する様に周囲から音が鳴り出す。

『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』
『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』
『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』

それは、前から、後ろから、廃屋の窓から、屋根から。
気が付けば――――バルゴスは無数の骨人間に囲まれていた。
人の正気を削り取る様な光景を前にして、思わず大声を出そうとしたバルゴス……だが、悲鳴を上げる事は許されなかった。
無数の骨の内の一体が、バルゴスの口にその骨の腕を入れたからだ。
そして、それを引き金とする様に、骨人間達はバルゴスに群がり出す。初めは抵抗していたバルゴスだが、やがて骨の群れに埋もれ、その姿は見えなくなった。

・・・・・

58佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/01(金) 00:14:36
・・・・・

「……とりあえず一人は確保出来ましたね」

廃屋の中の一つに隠れたメルトは、骨に埋もれるチンピラの姿を眺め見てから、大きく息を吐いてそう言った。
そう……先程、バルゴスを襲った骨の群れはメルトの『戦場跡地』により発生したモンスターだったのだ。
人目の少ないスラムに入り込んだのは、騒ぎを小さくする事と、狭い場所で逃げ場を無くす事が目的。つまりわざとであったという訳である。

「他の追跡者もオールドスケルトンに囲まれて動きは取れないと思いますが……禿げ頭の人よりは、密度が薄いので倒せてはいないと思います。明神さん、ウィズリィさん。よければ確保に力を貸していただけないでしょうか」
「情報ソースは多ければ多い程良いですし、情報を引き出す途中でNPCが1匹ロストしても、予備さえあれば問題ないですから」

どうやら、情報を引き出す為に追跡者を捕縛する事を選んだ様であるが……感情も無くそう言うメルトの姿には、明神やウィズリィ、旅の同行者達に向ける様な感情はまるでない。有るのは、モンスターに向けるのと同じような無機質で作業的な感情のみ。

「あ……その、スペルを使うなら、出来るだけ弱いスペルを使用していただけるとありがたいです。戦力は、過少に見積もられた方が都合が良いと……掲示板に書いてありましたので」

59 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/01(金) 00:15:22
一晩明けた。
夕食時になゆたの提案した作戦とチーム分けに全員が賛同してくれたため、今後の方針はスムーズに決まった。
なゆた、真一、みのりはデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントに出場し、正攻法で人魚の泪獲得を目指す。
明神、ウィズリィ、メルトは裏方としてライフエイクを出し抜き、人魚の泪奪取を狙う。
戦力の分散はリスクを伴うが、適材適所の人材運用をしたつもりである。

「真ちゃん、おは――」

朝。朝食を作っている最中に真一の姿を見かけたなゆたは、いつも通り挨拶をしようとして声を失った。
珍しいことに、真一が正装している。
オシャレというものにまったく無頓着な真一が、スーツにネクタイ姿でいるということ自体が驚天動地の事態である。
いつもの洗いざらしのウルフカットも、オールバックにバッチリ纏めてある。正直言って惚れ惚れする男ぶりだ。
そもそも、真一がアバター用のスーツなんてものを持っていたことからして意外である。
現実世界で真一の私服をコーディネートしていたオカン的存在のなゆたは戸惑った。

「……ふ、ぁ」

思わず素っ頓狂な声が漏れる。心臓の鼓動が早くなり、なぜか頬が赤く染まる。
元々、真一は素材自体はいい。テレビに出ている男性タレントなんかよりよっぽどカッコイイ、となゆたは思っている。
それゆえ常日頃から服装には気を遣えと口を酸っぱくして言い続け、ウザがられてきたのだが、どういう風の吹き回しだろうか。

――確か、イベント用のイブニングドレスが倉庫に眠ってたはず……。

咄嗟にそんなことを考える。
が、真一はそんななゆたの胸中などどこ吹く風、

>ちょっと喧嘩売ってくる

と言って出ていってしまった。

「ちょ! 喧嘩って――真ちゃん! 朝ゴハン、もうできちゃうよ!? 食べないの!?」

そう言うものの、真一はもう立ち去った後である。
いつもそうだ。真一は何か思い立っても、詳しいことは何ひとつ言わない。
現実世界でも「ちょっとバイク乗ってくる」と言って行き先も告げずにいなくなる、などということは日常茶飯事だった。

「まったく……。大暴れなんてしないでよね、計画がメチャクチャになっちゃう」

腰に手を当て、真一の去った玄関の扉を見遣りながら、やれやれと息をつく。
喧嘩の相手はライフエイクか、はたまたレアル=オリジンか。
さしもの真一も、大会前に敵の本拠地に単身乗り込んで大暴れするほど短慮ではないだろうと思う。
……実際は危惧した通りに大暴れしていたのだけれど。
尤も、なゆたの想像していた大暴れは荒事的な意味でだったが、真一が暴れたのはカジノ荒らしである。
どちらにせよ作戦にない行動には違いないが、元々真一は諫めて止まる性格ではないので仕方がない。
なゆたは朝食作りに戻った。

朝食はシンプルに、ボーパルチキンの卵を使ったプレーンオムレツにサラダ、パンとスープといったメニューにした。
ボーパルチキンは刃物のように鋭い嘴で攻撃してくる凶暴なニワトリだが、卵は黄身が濃く非常においしい。

>遊びに行こうぜ

みのり、ウィズリィ、メルトと女性陣全員で朝食を食べていると、いち早く朝食を終えた明神がそんなことを言ってきた。
見れば真一と同じように明神も着替えている。見慣れたヨレヨレのスーツではない、ド派手なアロハシャツにハーフパンツ。
なゆたはまた絶句した。

「……明神さん、明らかにチンピラだよそれ……」

サングラスまでつけて完全バカンス仕様の明神に、ついついそんな感想を漏らしてしまう。

60 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/01(金) 00:16:00
>せっかくのリバティウムだ、まだ回ってないとこ沢山あるだろ。たっぷりおのぼりさんしようぜ

「もう……しょうがないなぁ」

遊びに来たわけではない。あくまで、自分たちはイベントのため。人魚の泪を手に入れるためリバティウムを訪れたに過ぎない。
……とはいえ、大会が始まるまでの一週間、屋敷の中に閉じこもっていろというのも酷な話であろう。
第一、明神たち裏方組はその作戦の性質上、少しでも多くの情報を収集しておく必要がある。
となれば、外に出て様々なものを見ておくことは必須だろう。なゆたは小さく頷いた。

「いいけど、日が暮れたら戻ってきてくださいね? 外泊厳禁! 特にそういうの、まだしめちゃんには早いから!」

びし! と明神に条件を突きつける。
胡散臭いグラサンアロハ男に引率される少女ふたりというのは極めていかがわしい光景だったが、やむを得ない。
現実世界なら間違いなく通報案件だが、多種多様な種族の集うこの世界なら大丈夫だろう。……きっと。
明神とウィズリィ、メルトが遊山に出かけると、屋敷の中にはみのりとなゆただけが残った。
洗い物を済ませ、手を拭きながら台所からリビングへ戻る。
エプロンを外し、仲間たちと跳ね回っていたポヨリンを傍らに置くと、なゆたはみのりと一緒に買い物に出かけた。

「今日のゴハン、どうしようかなぁ……。あんまり似た料理だと飽きが来るし。
 ホントは和食がいいんだけど、お醤油やお味噌なんて扱ってるところ、あるのかな?
 あ、味醂も欲しい……味醂……! う〜む」

活気にあふれる市場をのんびり散策気分で歩きながら考える。
昨晩はイタリア料理風に攻めてみたが、なゆたの本当の得意料理は和食である。
特に煮物は金に飽かして美食三昧してきた生臭坊主の父をして絶品と言わしめるほどだったが、ここに醤油や味噌はあるのか。
なんとか現状の魔術素材などで醤油に似たものを錬成できないか――などと考えつつ、食材を吟味してゆく。
魚介類はさすがの品揃えだが、陸のものとなるとやや物足りない。
栄養バランスも考えて……と思案しながら、魚の鮮度を確かめたり。露店売りのフルーツを試食したりする。

>なぁ、トーナメントやけど、なゆちゃんは本気で勝ちに行くつもりなん?
 普通に戦えるのならうちらの誰かが優勝できると思うけどなぁ……

店のオヤジと20分に渡って値切り交渉を続け、提示額の5分の1の値段で食材を買いホクホクしていると、みのりにそんなことを言われた。
なゆたははっきりと首を縦に振る。

「もちろん。出場するからには、狙うは優勝。それしかないでしょ!
 もし真ちゃんやみのりさんと当たっても、手加減なんてしませんよ!」

そう言って朗らかに笑う。
大会が順調に推移すれば、間違いなく三人の中の誰かは仲間同士で戦うことになるだろう。
目的はあくまで人魚の泪であって、優勝そのものではない。三人のうち誰かが優勝できればそれでいい。
しかし、なゆたはガチである。仮に仲間であろうと、自分の前に立ち塞がるなら叩き潰す。そう思っている。
それはなゆたのプレイヤーとしての、ランカーとしてのプライドの問題である。

>なゆちゃんのぽよりんはスペルコンボが前提となった強さが大きいわけやん?
 そういう事情を知ってライフエイクはんが異邦の魔物使い(ブレイブ)やからゆうて、
 パートナーモンスターの【使用】を認めるとか言われた時に困ってしまうからねえ

「ふむ……」

なゆたは腕組みし、右手を顎先に添えて思案した。
みのりの懸念はわかる。この戦いは遊びや、ましてゲームなんかではない。
ルール上、戦いの勝敗は生死を問わないということになっている。
それは暗に、この大会には人死にが普通にある――ということを意味している。
大会の参加者たちは皆、必死になって戦いに臨むだろう。誰だって殺されたくはない。相手を殺さねば、自分が死ぬ。
大会の中で戦う相手は皆、真一やみのりやなゆたを殺すつもりで来る、ということだ。

>真ちゃんやったら喜んじゃいそうやけど、タイラントの件もあるし今朝もやる気満々で出て行ってしまったし
>正直困りどころなんよねぇ〜
>ほら、こういう戦いかたらされたと思うとなぁ

みのりが思案げにそう言った瞬間。
いつの間にかなゆたの背中にしがみついていた藁人形が、首筋をぺしぺしと軽く叩いた。

「―――!!」

背筋に氷塊を詰め込まれたような悪寒を覚え、なゆたは一度ぶるり、と震えた。
いったい、いつ仕込んだのか。藁人形が自分を狙っていたことに、なゆたはまるで気が付かなかった。

61 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/01(金) 00:16:32
確かに、そういうことをしてくる者もいるだろう。
ガンダラでも大概危険な目に遭ってきたが、今回はそれとはベクトルの違う危険が待っている。
それでなくとも、なゆたは試掘洞でイフリートがタイラントに惨殺される瞬間を目の当たりにした。
この世界の死は、ゲーム上の死ではない。本当の死なのだ。
あっさりコンティニューして、いやぁ失敗失敗と笑って済ませられる問題ではない。

けれど。

「……確かに、みのりさんの言いたいことはわかります。みのりさんがわたしや真ちゃんを心配してくれてるってことも。
 ありがとうございます……みのりさんのその優しさが、とっても嬉しい。でも――」

なゆたはみのりの目を真っ直ぐに見詰める。

「どんな妨害や危険があったとしても、わたしは――大会に出ます。
 遊びじゃない。ゲームじゃない。死ぬかもしれない……けれど、それに対する覚悟は。もう、出来てるから」

なゆたには、常に自らの行動の軸としているひとつの思想がある。
『やらない後悔より、やって後悔』。
行動の後にしてしまった失敗は、間違えた経験として自らの血肉になる。
しかし、行動しなかった失敗は何にもならない。そこにはただ、どうしてやらなかったんだろうという無念があるだけだ。
なゆたはただ座して状況の改善に期待することをよしとしない。
他者の行動に依存した、受動的な幸福の到来を是としない。
自らの活路を開くのは、自らしかない。よって、なゆたはいつでも先陣を切るのである。

「それに、多分ですけど……みのりさんの言うようなことにはならないんじゃないかなって。
 ライフエイクはわたしたちの出場を望んでる。王の肝煎りの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――
 そんなネームバリューのある参加者が、金づるになって大会を盛り上げることを期待してる。
 無理難題をふっかけて、わたしたちが大会参加を渋るような流れになるのは、ライフエイクにとっても不本意でしょうから」

ライフエイクの狙いは金を稼ぐことと、もうひとつ。自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を大会に参加させること。
とすれば、その目的を自ら妨げるような下策は選ぶまい。
でなければ、そもそも人魚の泪などというこちらがピンポイントでほしがっているものを大会の商品に提示したりはしないのだ。

「いずれにせよ、わたしたちのやることは変わらない。みのりさんと真ちゃん、わたしは大会に出て優勝まで勝ち進む。
 明神さんとウィズ、しめちゃんは、裏からライフエイクの目論みを暴く――」

今、命を惜しんでこの大会に出ることを躊躇すれば、自分はきっとその選択を後々まで後悔するだろう。
希望の芽は、危険を冒して一歩を踏み出した先にこそある。その芽を不参加という選択で自ら摘み取ってしまいたくはない。
だからこそ。
なゆたは戦うことを選んだ。

「明神さんやウィズ、しめちゃんだって、必ずしも安全なミッションじゃない。
 途中であいつらに捕まっちゃうかも。傷つけられちゃうかも、殺されちゃうかもしれない……。
 命がかかってるって点では、わたしたち6人はみんな変わらない。みんなが命を賭けて、今度のイベントを成功させようとしてる。
 なのに、その作戦を立案して。みんなにやれって言ったわたしがやっぱりやめるなんて。言えるわけない」

ライフエイクの隠している目的を暴き、白日の下に晒し、その上で挫く。
きっとライフエイクは激昂するだろう。あれは裏社会の人間だ、殺人になんの躊躇いもないだろう。
そう。考えようによっては、明神たちの方がよほど困難で、かつ危険な任務なのだ。
危ないと思えばいつでも試合放棄できる自分たち出場組と違い、明神たちにギブアップはないのだから。
 
「死ぬのは怖い。傷つくのも怖い。でも……それよりも。やれたはずのことをやらずに後悔し続ける方が、もっと怖い。
 わたしは臆病者にはなりたくない。わたしの望むわたしであり続けるために、わたしは……戦う。
 それに――」

なゆたはそこまで言うと、にっと白い歯を見せて笑った。
右手の親指で自らを指し、胸を張ってみせる。

「世界のために命を張るって。めっちゃカッコイイ! ――でしょ?」

みのりに対して自信満々に言ってから、ぱちりとウインク。
やっぱり、みのりと明神の懸念していた通り。
パーティーの中で誰よりも暴走するのは、この少女だった。

62 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/01(金) 00:17:08
>あら〜あれ明神のお兄さんたちやない?ほら、あそこ

話が一段落すると、みのりは何かを見つけたようだった。
見れば、やや離れたところにやたらと場違いなアロハシャツ姿の男と、それに付き合う少女ふたりの姿が見える。
紛れもなく明神とウィズリィ、メルトだ。遊びに行くとは聞いていたが、本当にバカンスを満喫しているらしい。

「ありゃりゃ……」

情報収集など、やってほしいことは山ほどある。遊び惚けてばかりではいられまい。
とはいえ、まだ大会までは一週間ある。今日明日くらいはそれでもいいか、となゆたは楽観的に判断した。

>なぁ、潜入班にしめじちゃん入れたのって、やっぱりなゆちゃんも気づいての事なん?
 あの二人ってガンダラの後あたりからなんかええ雰囲気になってるもんねえ
 ちょっとつけてみいひん?

「えっ? ちょ……み、みのりさん!?」

いかにも恋バナが好きといった様子で、みのりが不意になゆたの手を掴んで駆け出す。
その様子につんのめりながら、なゆたもなし崩しに明神たちの後を追う体勢になった。

「最初は、わたしがしめちゃんの保護者になって。アルフヘイムにいる間は守ってあげよう、なんて。そう思ってたんですけど。
 余計なお世話だったみたい。しめちゃん的には明神さんの方が波長が合うみたいだから。
 それなら、明神さんに任せた方がいいって思ったんです。明神さんも、しめちゃんのことは気に入っているみたいだし。
 ……いや別に、やましい考えとかはないですよ!? 後をつけるなんて、そんな趣味の悪い……もうっ!」

どんな理由があるにせよ、場に馴染んでいるとは言い難かったメルトが誰かに心を開いたというのはいいことだ。 
みのりはそんなふたりが恋愛的な意味で気になるらしい。一応窘めはするものの、結局なゆたも一緒になって明神たちの後を尾けた。

「……にしても……ホント、事案モノの絵ヅラですね……」

二十代の明神と一見して小学生にも見えるメルトとでは、明らかに犯罪臭のするカップルである。
ウィズリィが同行しているので崖っぷちで健全性を保ってはいるが、そうでなければ完全に人攫いの構図だ。
そんな三人組を遠巻きに見守りながら、なゆたはふと昨日のカジノでの遣り取りを思い出していた。

>権謀術数、上等じゃねえか。裏工作がてめえだけの十八番だと思ってんじゃねえぞ。
 俺はバトルで負けたことはあっても、陰湿さで他人に負けたことは一度もねえんだ。
 てめえがドン引きするくらいネチネチと追い詰めてやっから覚悟しとけよ――

明神が『失楽園(パラダイス・ロスト)』で、ワインの包み紙の体裁を取ったスペルに対して吐き捨てた言葉。
それが、どうにも気になっている。
なゆたの中では、明神はみのりに並んで頼りになる年長者という評価だ。
とかく突っ走りまくる真一と自分をうまくフォローしてくれる明神の存在は、パーティーの強みのひとつだろう。
そんな自分の中の明神像と、明神自身の言葉とが、どうにもリンクしない。
心の中では何かを企んでいるかもしれないが、少なくとも表面上彼が陰湿なことをしていた試しはない。
陰湿というのは、もっと人の心を抉るものだ。同情の余地もなく非道で、酷薄で、下世話なものなのだ。
例えば、現実世界でなゆたが幾度となくレスバトルを繰り広げた、あのクソコテのような――。

――明神……さん、か。……まさかね。

自分がよく知る、男気ある仲間の明神と、思い出すことさえ腹が立つ最悪のクソコテ。
両者の間にある共通点――その名を口に出すと、なゆたはすぐにその可能性を否定した。
そうこうしている間に、明神たちは何を思ったのか市場を離れ、別方面へと歩いてゆく。
その先にあるのは観光スポットでもなければ、歓楽街でもない。
明神たちが向かったのはスラム街。まっとうな仕事に従事する以外でこの街の生み出す富のおこぼれに与ろうとする、ゴロツキの巣窟。
ゲーム内ではリバティウムのスラムに巣食う盗賊退治、などというクエストもあった。
言うまでもなく危険な場所であるが、何を思ったか明神たちはその中へと入っていってしまった。
道に迷った、という風ではない。明らかに『わかっていて』スラムへ向かっている。

「!? 何考えてるの……三人とも!」

ぎょっとした。いくら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とはいえ、迂闊に過ぎる。
ゴロツキや追いはぎ、盗賊に不意を衝かれれば、あっという間にやられてしまう可能性もあるのだ。

「ポヨリン!」
『ぽよっ!』

傍らのポヨリンがやる気満々でぽよん、と跳ねる。
なゆたはみのりと共にす明神たちを追った。

63 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/01(金) 00:17:33
いざとなればポヨリンでゴロツキどもを薙ぎ倒してやろうと勢い込んでスラムに入ったなゆただったが、それは杞憂に終わった。
見れば、無数の骸骨がスラムの一角から無尽蔵に湧き出し、ゴロツキのひとりと思しき男を取り囲んでいる。
言うまでもなくメルトの仕業であろう。

――そういうコトね。

きっと、ゴロツキは明神たちの尾行をしていたのだろう。ライフエイクの差し金だろうか。
それを察した明神たちは敢えてスラム街へ足を踏み入れ、逆に罠を張ってゴロツキを捕獲した――という流れなのだろう。
なゆたはほっと胸を撫で下ろし、明神たちを助けようなどと驕ったことを考えていた自分の心を恥じた。
彼らもまた、ガンダラで視線を潜り抜けてきた冒険者なのだ。この程度のことで危機に陥るほどヤワではない。

「……買い物をして帰りましょ、みのりさん。三人はもう、作戦を始めてるみたいだから。邪魔しちゃ悪いわ」

傍らのみのりにそう告げると、なゆたはその場からそっと立ち去った。
潜入組は既に、ライフエイクの土台を崩すための工作を開始している。ならば、後は彼らに任せるのがいいだろう。
自分たちは自分たちの仕事に全精力を傾けるべきだ。
なゆたは市場に戻って食材や必要なものをどっさり買い込むと、屋敷に戻った。

「さて」

日が暮れ、全員が帰ってくると、なゆたは今日も料理を作った。
リヴァイアサンの切り身の塩焼きに、クラーケンの酢の物。シーサーペントの煮付け。
味噌汁に炊き立ての白米もある。
普通の店舗には、もちろん和食の食材など売っていない。
しかし、やりようはある。なゆたは市場に戻ると、リバティウムの片隅にある東方の商品を取り扱う店を訪ねていた。
アルフヘイムの東端にある島国、ヒノデ。
そこにはサムライやニンジャといった特殊なスキルを持つ者たちがおり、ヨウカイというモンスターが跳梁跋扈しているという設定だ。
西洋ファンタジーの定番、いわゆる日本枠である。
海外でも配信されているブレモンだ。海外向けの仕様らしく、ヒノデも何やら間違ったエキゾチックな日本像が用いられている。
首都ヤマトの真ん中に富士山的な山があり、そのてっぺんに江戸城があるような頭の悪いデザインだが、それでも日本には変わりない。
そんなヒノデの物資を取り扱う店で、味噌や醤油に似た調味料を買い付けてくるのに成功したのだ。
だいぶぼったくられたが、やっぱり日本人に味噌と醤油、米は欠かせない。なゆたは満足した。

「真ちゃん、まだ大会までは時間があるわ。その間ただボーッとしてるってのも芸がないし……。
 ね。特訓しない? 久しぶりに揉んであげるわよ」

食事を終え、洗い物を片付けると、なゆたは真一にそう提案した。
真一にブレモンを教えたのはなゆただ。真一がブレモンにハマると、一時期は時間を忘れてふたりでデュエルしたものである。
トーナメントにはアルフヘイム中から腕に覚えのある猛者が集まってくる。
決して楽観視はできない。とすれば、特訓するに限る。
屋敷の庭園は広く、戦闘するにはもってこいだ。ポヨリンはもちろん、グラドも思う存分身体を動かすことが出来るだろう。

「思えば、真ちゃんと戦うのも久しぶりよね。さあ……どれだけ強くなったか、お姉さんに見せてみなさーい!」

ポヨリンを前衛に起き、スマホ片手ににやり、と笑う。
以前は10回戦って9回勝ち、1回負けるにしてもスペル不使用などハンデありきだったが、今はどうだろうか。
この世界に来てから、幾たびかの実戦を経て真一とグラドは確実に強くなっている。
仮に特訓であろうとも手は抜かない。全力で叩き潰すつもりでいる。

「それじゃあ――デュエル!!」

高らかにそう宣言すると、なゆたは早速スペルカードを一枚手繰った。


【潜入組のことは潜入組に任せ、特訓開始。】

64赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/01(金) 22:11:55
「はぁー、食った食った。やっぱ日本人は和食だよなぁ」

真一がカジノで大暴れした日の夜。
その日の食卓には、真一が荒稼ぎした金で買ってきた土産のリヴァイアサンが塩焼きになって並び、他にも酢の物や煮付けなど、懐かしい故郷の品々をなゆたが用意してくれた。
どうやら昼の間に、市場で東方の食材や調味料などを仕入れてきたようだ。

「ご馳走様、うまかったよ。
 こうしてお前が作った飯を食ってると、どうしても向こうの世界を思い出しちまうよな。
 ……さっさとあっちに帰って、また雪奈や親父たちにも食わせてやろうぜ」

真一は庭園のベンチで緑茶を啜りながら、なゆたとそんな話をする。
いつの間にかすっかり馴染んでしまった異世界生活だが、彼らには帰らなければならない場所と、帰るべき理由がある。
こうして夜空を見上げながらも、真一の瞳の奥に映るのは、やはり遠い故郷に残してきた家族たちの姿だった。

>「真ちゃん、まだ大会までは時間があるわ。その間ただボーッとしてるってのも芸がないし……。
 ね。特訓しない? 久しぶりに揉んであげるわよ」

「……ん、そういやお前ともしばらく戦ってなかったな。
 おもしれえ。この世界に来てから、俺とグラドがどれだけ強くなったか見せてやるよ」

――と、そんななゆたの提案に対し、真一はニヤリと笑って頷いてみせる。
思えばなゆたにブレモンを勧められてから、彼女とは幾度となくデュエルを繰り返してきた。
無論、当時の真一とグラドでは、モンスターの育成も戦術もなゆたには遠く及ばなかったが――この世界に来てから何度も死線を超えたことで、自分たちは確実に強くなった。
まともに戦えばそれでもなゆたとポヨリンが上回るだろうが、あの頃に比べれば、かなりいい勝負ができるだろうという自負はある。

>「それじゃあ――デュエル!!」

「行くぜ、グラド! 今日は正攻法だ。
 真っ向勝負で、あいつらのタッグをブチ負かしてやろうぜ!」

真一は〈召喚(サモン)〉のボタンをタップし、グラドを庭園に呼び出す。

こうしてある者たちは特訓に明け暮れ、またある者たちは街に渦巻く陰謀と戦いながら、リバティウムの夜は更けていった。

* * *

65赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/01(金) 22:12:20
そして数日が過ぎ、いよいよデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントの開催日がやって来た。

――コロシアム。
普段は主に剣奴と呼ばれる奴隷たちが、別の剣奴やモンスターと戦う剣闘士試合が行われ、リバティウムではカジノに並ぶメジャースポットとして知られている。
ブレモンのゲーム内でも、通常のPvPのような形式で、NPCやモンスターと戦えるミニゲームが実装されており、その戦績によってルピやクリスタル、或いは景品でしか入手できないレアアイテムなども手に入れることができる。
日頃から大勢の観客たちによって賑わう場所ではあるが――それでも今日は、何やら普段とは違う異様な熱気で包まれていた。

参加者である真一となゆた、そしてみのりの三人は、そんなコロシアムの入場門付近で、最後の話し合いをしていた。
ちなみに明神たちの潜入組は朝から別行動を取っており、こうしている今でも、ライフエイクの陰謀を暴くべく行動をしているだろう。

「今更お前らに言うまでもないと思うが、今回のトーナメントはパートナーモンスターじゃなく、あくまでも俺らが自身が参加者だ。
 当然フィールド上で戦わなきゃならねーし、場合によっては直接プレイヤーの方を狙われるかもしれねえ。
 俺はともかくとして……お前らは、いつも以上に気を付けて行けよ」

以前みのりが危惧していた通り、今回のトーナメントはいつもの戦いとはわけが違う。
自分たちがトーナメントの参加者であり、召喚獣はプレイヤーが使役する“道具”として扱われるため、スペルやユニットカードによる支援も可能だが、その代わりプレイヤー自身も前線に立って戦う必要がある。
ゲーム内でのバトルのように、ただモンスターを戦わせればいいというわけにはいかず、その危険度は今更彼女たちに指南するまでもないだろう。

「……っと、じゃあ俺の番みたいだから行ってくるわ。
 とにかく、お互い勝ち残れるように頑張ろうぜ! 俺と当たるまで負けんなよ?」

そこで真一は係員に呼び出され、なゆた・みのりの二人と拳を打ち合わせると、フィールドの入場門へと足を進める。
歩きながら真一は両手で軽く自分の頬を叩いて気合を入れ、懐から取り出したスマホの画面に目を落とす。
――体力も魔力も充分。共に戦う相棒も、普段以上にやる気が満ち溢れているように感じられた。

* * *

66赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/01(金) 22:13:01
場内に足を踏み入れた真一を待っていたのは、四方八方から響き渡る大歓声であった。

いや――歓声だけではなく、この大会に私財を投資をしているであろう者たちの怒号や罵声。
客席をざっと見回してみると、その種族もヒュームだけではなく、人から亜人から獣人まで、あらゆる地方や国々から観客が集まっているのが見て取れた。
そして、客席の上段に備えられた巨大な銅鑼の傍らで、ライフエイクが相変わらず吐き気のするような笑みを浮かべているのも確認できた。

真一が軽く腕を回して準備運動をしていると、対面の入場門から対戦相手が入って来て、場内の歓声はより一層大きくなる。
その相手の姿を見やり、真一はニッと不敵に笑ってみせた。

「……まさか、いきなりテメーが相手とはな。これもそっちのシナリオ通りってか?」

眼前に立つ、真一の対戦相手。
それは、先日のカジノでも対峙したライフエイクの懐刀――レアル=オリジンに他ならなかった。

「フッ……それは、ご想像にお任せしますよ。
 私としては、こうして互いに体力が有り余っている状態で、貴方と相見えることができたのを嬉しく思いますが」

今日のレアルは、カジノの時のようなディーラー姿ではなく、黒いレザーアーマーを纏った軽装備で身を固めていた。
そして、レアルは両腰に提げた二振りのレイピアを抜き放ち、右と左それぞれの手に握って、切っ先を重ね合わせるように構える。
レアルの体躯は細身ながら、こうして改めて見ると、無駄なく鍛えられたしなやかな筋肉を備えていることが分かった。

「〈召喚(サモン)〉――――行くぜ、グラド!!」

真一はスマホの画面をタップし、場内にグラドを召喚。
同時に左腰から抜いた長剣を握り、正眼の構えを取って、鋭い眼光でレアルを見据える。

「――――さて。それでは一つ、お手合わせを願いましょうか」

その一瞬、レアルは柔和な笑顔を浮かべた仮面の裏から、獲物を狙う狩人のように獰猛な表情を見せた。
そして、ライフエイクが巨大な銅鑼を打ち鳴らすのがゴングとなって、両者の戦いは火蓋を切って落とされた。

67赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/01(金) 22:13:35
「〈闇の波動(ダークネスウェーブ)〉――!!」

まず、戦いの先手を取ったのはレアルだった。
レイピアを構えた姿から剣技をメインに用いるのかと思っていたが、どうやら敵には魔法の心得もあるらしい。
レアルはレイピアを振り翳し、その切っ先から以前ベルゼブブが放ったのと同じ漆黒の衝撃波を飛ばして、真一を間合いの外から狙い撃つ。

「チッ……そうきたか! 〈炎の壁(フレイムウォール)〉!!」

真一は間一髪で炎の壁を生成し、闇の波動を受け止める。
そして素早くレアルの方へ視線を向けると、そこにはもう敵の姿はなく、煙のように消えてしまっていた。
これもレアルが行使した〈幻影の足捌き(ファントムステップ)〉というスペルの力であり、自身の肉体を幻影化しながら、速力を高める効果を持っている。

一秒後。
再びレアルが姿を表した時――レイピアの剣閃は、既に真一の目と鼻の先にあった。
真一はそれを持ち前の反射神経だけで躱し、次いで繰り出されたもう片方の剣戟も、何とか長剣で叩き落としてみせた。

「グラド、俺は大丈夫だ! 上空から狙ってろ!」

真一はレアルと鍔迫り合いながらグラドに指示を出し、それを受けたグラドは飛翔して眼下のレアルに狙いを定める。

レアルの剣技は速く、洗練されていた。
両手のレイピアを巧みに使い熟し、右上から首筋を狙ったかと思えば、その直後には左下から刃が迫る。
真一は防戦一方ながら、それらの剣戟を全てギリギリで見切り、寸でのところで受け流し続けていた。
真一のような武道家は、ボクシングみたいにウィービングやダッキングといった体幹をずらす動きをしない。
常に体幹を真っ直ぐに保ち続け、自らの重心を操る術を身に付けるのが、あらゆる武道に共通する基本である。
そして、自分の重心をコントロールすることができるというのは、即ち相手の重心の動きを見抜く目を養うということにも繋がるのだ。
レアルの剣は真一よりも速かったが、敵の重心がどう動くかさえ見誤らなければ、その太刀筋はある程度予測することができた。

二太刀、三太刀……と、敵の剣戟を躱し続け、ようやくコンビネーションが途切れた隙を狙い、真一は力尽くの横薙ぎを振り抜いた。
速さではレアルに分があるが、力ではこちらが上回っている。
レアルは真一の一撃をレイピアでも受け止めながらも、そのまま踏ん張り切れないのを悟り、素早くバックステップで距離を取った。

68赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/01(金) 22:13:58
「今だ、ドラゴンブレス!」

――だが、両者の距離が離れるその瞬間を、上空からグラドが狙っていた。
レアルは頭上から迫り来る業火を視認すると、再び〈幻影の足捌き(ファントムステップ)〉のスペルを発動し、危うくドラゴンブレスを回避する。

「――――〈火球連弾(マシンガンファイア)〉!!」

無論、真一もそれを放っておくわけがない。
高速移動で逃げるレアルを追うようにして、真一は場内に無数の小火球をバラ撒いて、敵の動きを牽制する。
炎の雨が絶え間なく降り注ぎ、ようやくレアルが動きを止めた刹那、今度は再びグラドのドラゴンブレスが放射された。
次から次へと繰り出される真一とグラドの波状攻撃で、遂に捌き切れなくなったレアルは、その場で足を止め、ドラゴンブレスを正面から闇の波動で受け止める。

――しかしながら、こちらのコンビネーションは、まだこれで終わってはいなかった。

「悪いな、こっちは二人掛かりだぜ!!」

レアルがドラゴンブレスを受けるために踏み留まった時、真一は既に〈火炎推進(アフターバーナー)〉のスペルで上空に飛び上がっていた。

狙うのは眼下のレアル。
真一は自由落下の勢いのまま、上段に構えた長剣を、思い切り袈裟懸けに振り下ろす。
レアルは両手の剣を交差させ、その一閃を受け止めたが、細身のレイピアでは魔銀の剣(ミスリルソード)より強度も重量も劣る。
真一の剣はレイピアの刃を容易く叩き折り、そのままレアルの肩口を深く抉って、痛烈な一撃を与えた。

「……どうする、まだ続けるか?」

刹那の攻防を終え、沸き立つ場内をよそにして、真一は肩で息をしながらレアルに剣先を突き付ける。

「フッ……フフフッ。何を馬鹿なことを……ようやく、面白くなってきたところじゃありませんか。
 それに――貴方には約束した筈です。次に相対した時は、私の“本気”をお見せすると」

“人間であるならば”――かなりの重傷と言ってもいいほどの手傷を負いながら、尚もレアルは余裕気な表情を崩さなかった。
それどころか、一層不気味な笑顔を見せたかと思うと、その瞬間――どこからともなく現れた無数のコウモリが、レアルの周囲を取り囲んだ。
敵の異様な雰囲気を察知したグラドは、素早く真一との間に割って入り、レアルとの距離を取らせる。
何匹ものコウモリの群れが渦を描き、レアルの肉体を包む。
それに伴って、場内には紫色の魔力が充満していき、熱気に包まれていたコロシアムは、得体の知れない冷気によってどんどん熱を奪われていくようであった。

そして――コウモリが離れて再びレアルの姿が現れた時、それは既に人間の形をしていなかった。

レアルの肉体は3メートル近くまで肥大化し、肌も青く変色している。
背中からは緋色の羽が生え、全身には黒銀の板金鎧を纏い、何よりも特徴的なのは、口元から覗く二本の“キバ”であった。

「チッ、ただの人間じゃねーとは思ってたが……まさか、ヴァンパイアとはな」

変貌したレアルの姿を見て、真一は舌打ちを鳴らす。
そう、レアルの正体は人間ではなく――魔族。人の生き血を啜り、永劫の時を生きるヴァンパイアであった。
しかも、レアルはただのヴァンパイアではなく〈ヴァンパイア・ロード〉と呼ばれるその上位種。
ゲーム内では期間限定イベントの最中にだけ訪れることができる、吸血鬼城というエリアに生息するボスモンスター。
――いわゆる“レイド級”というランクに該当する種族である。

「……大変お待たせ致しました。それでは、第二ラウンドを始めるとしましょうか」

レアルは嗤い、肩から流れ落ちる血を魔力で固めて剣にすると、その切っ先を真一へと向けた。



【デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント開幕。
 真一は正体を表したレアルと一騎打ち】

69 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/01(金) 22:14:50
物見遊山を決め込んでリバティウム市街を訪れた俺たち。
待ち構えていたのは、腐れライフエイクによる無粋極まる罠だった……!
罠?まあ罠かな……?どっちかっつうと罠を張る黒幕は俺たちの方なんですけどね、初見さん。

>「……とは言いましても、判るように倒してしまうと、後で言いがかりをつけられませんし
 ……それに、折角掛かった魚ですので、有効に使わない手は無いかと思います」

「腹案ありって感じだな。よっし、作戦は任せるぜしめじちゃん」

俺たちのような闇系の仕事を生業とする邪悪なる者にとって、追手を如何に潰すかは必修科目と言える。
荒らし、嫌がらせ、混乱の元、トレード詐欺にMPK。恨みを買うことなんざ日常茶飯事だからよ。

正面切ってガチンコすれば百パー勝てねえ相手でも、環境をうまく使えば一矢報いるくらいは可能だ。
そしてその一矢を、二矢、三矢と増やしていく。こちらだけが矢を放てる構図を作り出す。
俺たちはそういうギリギリの戦い方を、今日まで続けてきた。

アルフヘイムに放り出された今だって、その姿勢は何も変わっちゃいない。
ライフエイクがマフィア流のやり方で手を回すなら、俺たちも俺たちなりのやり方を貫き通すだけだ。

しめじちゃんに促され、俺たちはスラムの裏路地へと足を踏み入れた。
その後を追うように、数人の武装したごろつきがスラムに入る。

>「おい、ガキ共。なに俺様の庭を歩いてんだ、オラァ!!」

図体のわりに不気味なほど音もなく近寄った大剣使いのごろつきが、ローブ姿の小柄な人影をぶん殴った。
おそらくごろつきの目的は、初っ端から暴力を叩きつけて、精神的なイニシアチブをとることだろう。
パンピー相手ならそれで十分。俺だっていきなり殴られたら素直に金出すよ。暴力はマジで怖えからな。

>「―――――は?」

果たしてその目論見が実ることはなかった。
殴りつけた人影の頭部がぽろりと落ちて地面を転がったからである。

ごろつきが獲物だと思っていた人影は、ローブやアロハシャツを纏ったガイコツ。
それだけじゃない。いつの間にやら出現した無数の白骨死体が、ごろつき達を完全に包囲していた。
ごろつきが悲鳴を上げるより先に、骨がその口に突っ込まれて沈黙した。
骨の擦れ合う乾いた音だけが路地裏に響き渡り、そうして哀れな男たちは白骨の海に呑み込まれていった。

>「……とりあえず一人は確保出来ましたね」

手近な廃屋の中で俺と一緒に隠れながら、一部始終を見守っていたしめじちゃんが言う。
アロハをガイコツに貸して、元のスーツを着なおした俺は、ごろつきの冥福を祈って黙祷した。

「……お見事」

R.I.P。
まぁこいつ、真っ先に俺じゃなくてしめじちゃん狙ってきやがったからな。同情の余地はねえ。
突然服貸してくれって言われて何事かと思ったが、なるほどこーゆことね。

あえて隙を見せて、先制攻撃をかけさせたことで、俺たちは重要な情報を安全に入手できた。
尾行者の人数構成。人相。装備。何よりも、その戦闘技能。

このチンピラ、足音を完全に消して忍び寄ってきた。
少なくとも単なるごろつきってわけじゃねえだろう。近接戦闘の技術をそれなりに修めてる。
つまり……金で雇われて腕を貸す、戦いのプロ。傭兵か、私兵のたぐいだ。

ぞっとしねえな。もしも骨を身代わりにせずに、直接迎え撃つプランを採択していたら。
少なくとも背後から奇襲を受けたしめじちゃんは無事じゃ済まなかっただろう。
撃退できたとしても、手痛い損失を被ることになる。

70 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/01(金) 22:15:14
危うく俺は敵の戦力を見誤って、しめじちゃんを危険に晒すところだった。
先制攻撃をスカすことで敵戦力を分析する発想は、他ならぬしめじちゃんの機転によるものだ。
やっべえ……明神猛省します。でもやっぱりライフエイクが悪いよなあ……。

>「他の追跡者もオールドスケルトンに囲まれて動きは取れないと思いますが
  ……禿げ頭の人よりは、密度が薄いので倒せてはいないと思います。

「大丈夫だ、そっちはもう"終わってる"」

もちろん、俺とてしめじちゃんの策略をぼけっと突っ立って眺めてたわけじゃない。
骨に埋もれた路地の後方、つまり退路には、二人のチンピラが立ち尽くしていた。
連中の表情は、仲間が骨に呑まれたことに対する愕然じゃない。
びっくりフェーズはとっくに終わっていて、今は逃げたいのに足が動かない、謎の現象に対する困惑だ。

「『工業油脂(クラフターズワックス)』……退路にたっぷり撒かせてもらったぜ。
 おっと、地面に張り付いた靴を脱いで逃げようなんて思うなよ。足の皮は大事にな」

粘ついた油にホイホイされたチンピラ二名は、観念したように俯いた。
理解が早いようで何よりだ。俺はインベントリからロープを出して、ヤマシタにチンピラ共を拘束させていく。

>「情報ソースは多ければ多い程良いですし、
 情報を引き出す途中でNPCが1匹ロストしても、予備さえあれば問題ないですから」

無力化したチンピラ連中を眺めながら、しめじちゃんは無感情にそう呟いた。
その言葉の、あまりにも冷たく酷薄な響きに、俺は背筋が伸びるのを感じた。

NPC。ロスト。予備。
俺たちの今立つアルフヘイムが、ゲームの中の世界であるなら、その言葉に深い意味なんて感じはしなかった。
俺だって、画面の向こうのNPCが死のうが死ぬまいが大して気にも留めねえだろう。
せいぜいが、もらえるアイテムに取り逃しがないかとか、フラグの回収ができてるかとかその程度だ。

だけど……俺はもう、知っちまった。
この世界に生きているのは、システムが描写する登場キャラクターなんかじゃなく。
メシを食い、夜には寝て、泣きも笑いもすれば怒りもする、生身の人間だってことを。

ゲームだと思い込もうとしたって、そうそう割り切れるもんじゃない。
だからこそ、チンピラに対するしめじちゃんの哀しいまでの酷薄さは、俺の鳩尾に響いた。
まだ中学生ぐらいだろうこの子に、一体何があったってんだ。
どういう生き方をしてきたら、こんな言葉が出てくるようになっちまうんだ。

「……そうだな」

だけどそれは、出会ったばかりの俺がおいそれと触れて良い問題じゃあないだろう。
しめじちゃんの頬を覆う、長すぎる前髪のように。――そこから僅かに垣間見えた、横顔の大きな疵のように。
彼女が己の居場所を闇の中に求めるなら、それを尊重しようと俺は思う。
日当たりの良い場所に引っ張り出したりなんかしない。俺は邪悪な男だからよ。

「まっ、情報源は多くて困ることもねえだろう。
 拷問のコツは、別々の奴を個別に痛めつけて出てきた情報をすり合わせることだしな」

実際のところ、情報入手の手段としての「拷問」ってのはあんまり効率が良いとは言えない。
苦痛から逃れるためにあることないこと喋る奴はいるし、喋らない奴は何やったって喋りゃしねえ。
情報の確度を上げるには、複数の情報源から並行して情報を引き出し、齟齬がないか照らし合わせる必要がある。
幸いにも俺たちの手の中には、都合3つの情報源がある。拷問も尋問もやりようはいくらでもあるだろう。

というわけで、楽しい楽しいインタビューの時間がやってまいりましたっ!
本日お招きしましたのはライフエイク某の手下、お名前は?バルゴスさんね。お相手はうんちぶりぶり明神でお送りします。

「ウィズリィちゃん、この辺りの人払いと目隠しを頼む」

71 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/01(金) 22:15:40
スラムの石畳の上にふん縛った三人のチンピラを転がして、俺はウィズリィちゃんに顎をしゃくった。
ウィズリィちゃんは指示通りに周辺に『石壁』のパーティションを立てて、急ごしらえの隔離空間が完成する。
バルゴスと名乗ったリーダーらしき大剣使い以外の二人には、猿轡と目隠し、耳栓も突っ込んでおいた。

「さて、ちゃっちゃと済ませちまうか。夕飯の時間に遅れちまう。
 ……誰の命令で、何の為に俺たちを尾けてきた?」

石畳に伏せるバルゴス君の前にしゃがみこんで、俺は端的に質問する。
バルゴス君はしばらく拘束を解かんと力んでたが、やがて無駄を悟って静かに零した。

「……何のことだ?俺は金持ってそうな子供連れがいたから粉かけただけだぜ」

「ほーん。いくら欲しいの、言ってみ?」

「ああ?」

「金が欲しけりゃやるっつってんだよ。ほれ、金貨はこんなもんで足りるか?」

スマホを手繰ってインベントリから呼び出したルピが、バルゴス君の頭の上に降る。
バルゴス君は額に青筋を浮かべながら吠えた。

「てめえ……!大金積まれりゃ俺が鞍替えするとでも思ってんのか!見下すのも大概にしろよ……!!」

「なんだ、やっぱ誰かに雇われてんじゃん」

「…………!」

俺がニヤっと笑みを向けると、バルゴス君は喉を詰まらせたような呻きを上げた。
使い込まれた大剣に、俺たちを奇襲したときの無音歩行術。
バルゴス君はただのチンピラじゃない。自分の腕にプライドを持った、プロの傭兵だ。
どうせ手足の二三本落としたってロクに喋りゃしねえだろう。
相手がプロなら、俺がすべきなのは拷問じゃなく……交渉だ。

「バルゴス君よお。俺もできれば手荒な真似はしたくないわけなのよ。
 お前がすんなり色々喋ってくれりゃ、お仲間含めて生きて帰してやるからさ」

「ふざけろ。命が惜しくて傭兵なんざやれるか。殺したきゃとっとと殺れ」

「は?何自分の都合で命諦めてんの?一気に三人も手下が消えたら迷惑すんのはお前の雇い主なんだけど?」

「ん?……うん??」

「だからさあ、尾行させてた手下が消えるじゃん?雇い主は当然お前が殺られたと思うじゃん?
 死ぬ前に何吐いたかもわかんないじゃん?"当日"の警備の配置やら何やら考え直しじゃん?
 しかも急に部下が三人いなくなったから人員の補充とかもしなきゃじゃん?……大迷惑だろうが」

「"当日"だぁ……?てめぇ何をどこまで知ってやがんだ」

「ほら、こういうきな臭い情報もお前が死んだら持って帰れないだろ?
 簡単に死ぬなんて考えるなよ。お前には、雇い主に伝えなきゃいけない情報がたくさんあるんだからさ」

「……俺がてめえに嘘をつかないとでも思ってんのか?」

「それもそーだな。じゃあやっぱお前らには死んでもらうか。
 見りゃわかると思うが俺達は死霊術師(ネクロマンサー)だ。生きてる奴より死体の方が素直に色々喋ってくれるだろうぜ」

バルゴス君が黙る。硬い唾を飲み下す音が聞こえる。
俺が指をパチリと鳴らすと、傍に控えていたヤマシタがチンピラAの目隠しと猿轡を問いた。
チンピラはしばらく目を泳がせたあと、震える声で一言「バルゴス……」と呟いた。

72 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/01(金) 22:16:17
「やれ、マゴット」

『グフォォォォォ!!』

俺の肩でクリスタルオークの腐肉をもしゃもしゃ咀嚼していた蛆虫が飛び跳ね、チンピラAの顔に付着した。
マゴットってのは蛆虫につけた名前だ。そのまんまである。
突如掌サイズの蛆虫に飛びつかれたチンピラAは、悲鳴を上げながらじたばたともがく。

「ひっ……ひぃぃぃ!バルゴス!バルゴス!!」

仲間に降り掛かった災難に、バルゴス君は泡を食った。

「おい……おい!やめろ!何するつもりだてめえ!」

「はあー?いちからか?いちから説明しないと駄目か?聞かないほうが良いと思いますよ俺は」

ちなみにマゴットに戦闘能力はない。マジでただチンピラの顔に張り付いてるだけだ。
だがおぞましい蛆虫に顔に集られるという光景は、これから何が起こるか余人に想像させるのに十分だった。

「わかった!わかったからもうやめてくれ!本当に何も知らされてねえんだ!
 俺たちみてぇな末端は、上のまた上から降ってきた命令にただ従う駒でしかねえ。
 てめえらを街中で見かけたら尾けろとは言われちゃいるが、何の為かなんて知らねえんだよ!」

「だろーな。俺もはなからまともな情報なんか期待しちゃいねえよ。
 お前の後ろで誰が糸引いてるか、大体予想もついてるしな」

「だったら!こんな手の込んだやり方で、一体俺に何をさせてえんだ……?」

「簡単なことだよ。お前みてーな学のないクソチンピラにおあつらえ向きの単純作業さ。
 俺がこれから言う内容を忠実にこなしてくれりゃ、この金貨も、仲間の命も、お前のもんだ」

俺は地面に転がるバルゴス君の額を指で突いて、命じた。

「何もするな。見て見ぬ振りをしろ。この先一週間、俺たちがどこで何をしようが――全部見逃せ」

 ◆ ◆ ◆

73 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/01(金) 22:16:43
「ライフエイクの孫請けみたいな連中に襲われたわ」

夕暮れ時、なゆたハウスの食卓で、俺は仲間達に簡潔に報告した。
しかしアレだな、食卓で今日あったこと話すってなんかマジでお母さんと子供みてーだな。

「やっぱ尾行は付いてる臭いな。これから街に出るときは後ろに注意しとけよ。
 こっちはとりあえず平和的に解決できたから良いけど――えっ、和食?マジで?」

今日の夕飯は昨日に引き続きなゆたちゃんの力作だったが、俺は電撃に打たれたような思いだった。
味噌汁に、魚の塩焼きや煮付け……主食はなんと白米だ。ジェネリック白米。
味噌汁をすする。ちゃんとミソとお出汁の味がした。

「うお、うおおおお……俺の知ってるメシの味だぁ……」

まさかこのアルフヘイムで、なんちゃってオリエンタルじゃないまともな和食が食えるとは思わなかった。
自分じゃ気付けなかったけど、ホームシックというか、どこか米と味噌への渇望があったらしい。
心にドバドバと温かいものが満たされていくのがわかった。

「アルフヘイムに米なんてあったんだな……しかもこの煮付け、この照りは……ミリンかっ!?
 マジかよ、こんなん交易所にゃ無かっただろ。どこまで探しに行ったのなゆたちゃん」

なゆたちゃんはやり遂げた顔で食卓を囲む俺たちを眺めている。
その食に対する妥協のない姿勢には頭が下がるばかりだ。シャッポを脱ぐしかねえ。
待てよ。ここまで和食を再現できるなら、もしかしてもしかすると……。

「なぁなゆたちゃん。トンカツって作れないか?ワイルドボアのヒレ肉とか使ってさぁ。
 真ちゃんを森に放り込んで小一時間も待てば何かしら肉は狩ってくるだろ」

ああでもトンカツ食うならポン酢は欠かせないよな。
醤油はなゆたちゃんが調達してきたのがあるとして、ポンカンは……柑橘類が身近にあるじゃないか!

「せ、石油王……カカシの実ちょっと貰っていいか……?絞ってトンカツのタレに使いてぇんだ。
 なゆたシェフにトンカツ作って貰ったら、一切れくれーやるからよ……」

もしもトンカツがアルフヘイムで食えるのなら、いよいよ現実世界に戻る理由がなくなるわ。
いやかなりジェネリックトンカツではあるけれど、味が同じならこの際うるさいことは言わねえよ!

閑話休題、なゆたちゃんと真ちゃんが腹ごなしにバトルに興じる傍で、俺は食後のお茶をしばいていた。
この茶葉は俺が交易所で買い付けてきたものだ。なんかこう、ハーブっぽい味がする。
俺はそれを二人分淹れて、しめじちゃんに一つ渡して傍に座った。

「トーナメントが始まったタイミングで、俺たちはもう一度カジノに忍び込もう。
 正式な警備の連中のほとんどは、コロシアムの方に出払ってる。
 バルゴス君みたいなチンピラがカジノの警備に駆り出されてるのが良い証拠だろうよ」

ちなみにトーナメント当日は、カジノは通常のホールの運営を停止してるらしい。
代わりに遠隔視の魔法を応用したライブビューイングみたいなのを展開して、
カジノ会員のなかでも特におセレブな連中がそこでデュエルの成り行きを見守るそうな。

「ライフエイクが何を目論んでるにせよ、奴の根城には必ず何かしらの痕跡が残ってるはずだ。
 邪悪の親玉って奴は、自分の手元に最も重要な駒を置きたがるもんだからな
 書類であれ、帳簿であれ、要人であれ。確保できればよし、駄目でも盗聴スペルくらいは仕掛けられる」

情報収集向きのスペルカードを俺はいくつか持ってる。
例えば物体を複製する「万華鏡(ミラージュプリズム)」なら、金庫なり書類なりの偽物を用意することだって可能だ。

「先頭には俺が立つ。しめじちゃん、退路の確保は任せたぜ」

俺は……なゆたちゃんみたいな人格者じゃない。
しめじちゃんが年端もいかない子供だってわかっていても、彼女の戦力を当てにしてしまう。
この戦いが、彼女をより深い闇の底へと引きずり込む行為だとしても。
しめじちゃんが堕ちるときは、誰よりも先に俺がまず堕ちてやる。

 ◆ ◆ ◆

74 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/01(金) 22:17:12
光陰矢の如く……ってほどでもないけれど、一週間はあっという間に過ぎ去った。
その間俺たちは何度か街へ出て、その度に『導きの指鎖』を垂らす。
鎖の先はどこも指さなかった。バルゴス君は約束を守ってくれているようだ。

「始まったな」

コロシアムの外で待機していた俺は、壁の向こうから湧き上がる歓声を聞いて立ち上がった。
カジノはコロシアムのすぐ傍だ。表の入り口じゃなく、裏の通用口へと回る。
そこには、事前にシフトを確認しておいたバルゴス達が、警備として立哨していた。

「…………」

バルゴスは俺たちの方をちらりと見て、何も言わずに目を逸らした。
俺もまた、バルゴスを居ないものとして、通用口へ足を踏み入れる。

「通用口の警備がバルゴスから別の奴に交代するまで1時間。
 撤収を考えるなら、30分以内にライフエイクの執務室まで辿り着くのが理想だな。
 こっから先は後戻りの出来ない命がけのミッションだぜ。覚悟は良いか……なんて、聞かないけどよ」

俺は肩の上で腐肉を食むマゴットをつまみ上げて、しめじちゃんに差し出した。

「こいつを預けておく。いざとなったら敵の顔に投げつけてでも脱出するんだ。
 俺に構わなくても良い。逃げるのは得意だからな」

『グフォフォ……?』

「いいかマゴット、俺とはぐれた時はしめじちゃんをしっかり守るんでちゅよ。
 レトロスケルトンとも仲良くな。肉はねぇけど腐ってはいるからよ、多分」

我が子にそれだけ言い含めて、俺はおしゃべりをやめた。

「……なんか妙だな。トーナメントが始まったってのに、ホールの方から人の声が聞こえてこねえ。
 ハイソなセレブ共が賭けに興じてるんじゃなかったのか?なんでこんな静かなんだ――」

不意に物音が聞こえて、俺は息を呑んだ。
角の向こうから誰かが歩いてくる気配がする。

カジノの警備を担当してる歩哨か?
やり過ごすには時間が惜しい、リスクはでけえが排除して進むか。
ヤマシタを召喚し、弓に失神魔法を付与した矢を番えさせる。狩人のスキルが一つ、『スタンアロー』。

3カウントで曲がり角を飛び出したヤマシタは、角の向こうの人影を間断なく射撃した。
風を切って飛翔した矢は狙い過たず直撃し――人影はそれを振り向きざまに掴み取った。
そして訂正しなければなるまい。人影じゃない。その影は……人じゃなかった。

「んなっ……ウソだろ……!なんで……」

掴んだ矢を握力だけで握り潰したのは、天井に届かんばかりの巨躯。
2つの禍々しくねじれた角に、黄色く輝く瞳孔。
硬質な毛皮に包まれた、雄山羊の頭をもつ巨人。

――"角魔"『バフォメット』。
ニブルヘイムの尖兵であり、ブレモンのシナリオでも戦う中ボスクラスの敵だ。

「なんでカジノにモンスターが居るんだよ……!!」


【トーナメント開始を見計らってカジノへ潜入。何故かニブルヘイム所属のモンスターと遭遇】

75 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/02(土) 21:28:56
夜の帳も落ちなゆたハウスに再び戻り集った一同
テーブルに並んだ久しぶりの和食にそれぞれが感嘆と共に歓声を上げた

>「せ、石油王……カカシの実ちょっと貰っていいか……?絞ってトンカツのタレに使いてぇんだ。
> なゆたシェフにトンカツ作って貰ったら、一切れくれーやるからよ……」
「はいな〜なんぼでも〜
にしても明神のお兄さんはお料理にも造詣が深いんやなぁ
うちはそういった類疎いから羨ましいわぁ」

思わぬところで口にした和食に喜び夢を膨らませる明神にみのりはにこやかに答える
更にご飯をよそい、しめじの前に

「それにしてもライフエイクはんも困ったものやねえ
無事に切り抜けられてよかったわ〜
しめじちゃん一杯食べとき、体力勝負なところあるやろうから、この一週間でいっぱい食べて体力つけんとな?」

明神からもたらされた襲撃の報
これはなゆたと共にその一端を目撃していたのだが、みのりはさらに深い深度で情報を得たいたのだ

リバティウムで明神を見かけたのは偶然?
いや、そんなわけはない
メンバーに持たせていた藁人形と、みのりの肩に張り付いていた藁人形の親機
みのりは他には明かしていない藁人形の盗聴機能を使い、耳元に音声を拾いそれぞれの情報を得ていたのだから

その中で明神が自分と同じくブレモン世界への永住を考えている事を把握していた
更にシメジに対しての認識を大きく改めていた

襲撃者を捕獲する手管、捕獲した後の酷薄なまでの認識
情報を得るために使うスペルカードを選ぶ用心深さ
ガンダラでの【買い物】やタイラント戦での機転、そして前髪で隠している傷……

もはや幼い初心者とは思っていない
周到にて狡猾、世故に長けた一人のプレイヤーとして、自分と同じ側の人間として認識しているのだ

勿論、認識を変えたからといって扱いを変えるほど不用意ではないが、明神としめじに一種のシンパシーを感じ、その夜のご飯はより一層美味しく感じるのであった

####################################

そして時は流れ一週間後
デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント開幕の朝

潜入組に藁人形を配っていく
明神とウィズリィに一つずつ、シメジに二つ
最後の一つ、親機となる藁人形はみのり自身が持つ

「ウィズリィちゃんの話では通話の傍受や妨害があるかもしれへんから、連絡用というより身代わり用として持っといてや
一回はダメージ身代わりに請け負ってくれるはずやから
もう傍受とか関係あらへん状況になったら迷わず連絡してえや?」

なゆたの言うとおり、参戦組はルールに守られて戦えるが、潜入組はそうではないのだから

76 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/02(土) 21:29:24
「ようこそ皆さん、異邦の魔物使いの効果は上々で、盛り上がっておりますよ」
コロシアムで受付を済ませた真一、なゆた、みのりを迎える声
その主は満面の笑みで迎えるライフエイクだった
挨拶もそこそこにみのりが書類を持ちその巨躯へと歩み寄る

「ライフエイクはん?デュエラーズって1対1って事やよねえ?
これ見たらうちらパートナーモンスターと出場という事になってるみたいやけど?
うちはルールの内側で盛り上がりましょう云うたはずやけどなあ」

「はて?何か不都合でも?
剣士が剣を持ち出場するのが当たり前のように、あなたがた魔物使いは魔物と共に出場するのが当たり前ではないですか
当然のルールですし、あなた方に不利な条件はないと思いますが?」

想定問答を作っていたかのように躱すライフエイク
更に詰め寄ろうとするみのりだったが
「皆様が特別な出場者とはいえ、主催者と挨拶以上の話をしていては不正を疑われますからな
これにて失礼しますよ」
そんな勝利宣言と共に去って行かれてしまってはこれ以上の追及のしようもなかった

危惧していたプレイヤーも生死のかかる戦いの場に立たされる事が現実のものに
その事態に頭を痛めていたが、真一はまるで気にしていないかのように
いやむしろ水を得た魚というように意気揚々と係員の呼びかけに応じてコロシアムへと入っていった


「いってもうたなぁ……」
真一を見送った後、なゆたにぽつりと呟く

「なゆちゃんなぁ、先週自分が傷つく、死ぬ覚悟はできているって言うたやん?
うちはとてもやないけどそんな覚悟でけへん
せやから当然、【仲間が死ぬ覚悟】なんて尚更でけへんからねえ
真ちゃんには言うても無駄やろうし、今更どうこうできへんから……無理したらあかへんよ?」

なゆちゃんに何かあった時、真ちゃん止められる自信なんてうちにはあらへんから。
と付け加えて、不安げな笑みを浮かべて見せた




係員に促され、二人は控室へと向かう
参加者総数35名のワンデイトーナメント
参加者同士のトラブルを避けるために控室は8名1室の4か所
当然対戦相手と同じ控室になることはないし、なゆたとみのりの控室も別々にされている
不正や乱入防止のために、基本控室から出られない
みのりの出番は一回戦の最終試合の組で午後からになるようだった

「ふぅ……体よく分断されてもうたなぁ
ルールに守られる戦いどころかルールにいいように振り回されてもうて……」
眉を潜ませながら割り当てられた控室に入ると、既に他の7人は入室済であった

室内には14人
トラブル防止と世話係として選手一人につき一人の係員がついていた
「おまけに監視付とは……徹底してはるわぁ」
肩を竦めながら控室中央の水晶から中空に浮かび上がる試合に目をやるのであった

77 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/02(土) 21:29:48
映し出されるのは真一とレアル=オリジンの戦い

頭上からのドラゴンブレスを躱すレアルに火球連弾(マシンガンファイア)をばらまく真一
波状攻撃から繰り出される真一の一戦がレアルの肩口を深く抉る

一進一退の攻防を制したに見えたが、レアルは奥の手を見せる
蝙蝠の群れに包まれたレアルの魔力が充満していくのが画像越しからでも分かった

レアルの正体はヴァンパイア!
イベント中に現れるボスモンスターであり、間違いなくレイド級
それは単独で挑める相手ではないという事を表していた

その時点でみのりが立ち上がる
真一一人で勝てないのはもちろん、無事に負ける事すら許されないと判断したからだ

真一の戦術はスペルカードを駆使した人獣一体の肉体戦
だがプレイヤーのスペルは一度使えば24時間使用不能になる
ワンデイトーナメントである特性上スペルカードの使用には慎重になるが、ヴァンパイアは出し惜しみして勝てる……いや、生き残る事すら出ない相手だ
とはいえ出し惜しみなく使ったとしても戦いが長引けばスペルカードを使い果たし、肉体強化のスペルが使えなければ真一はヴァンパイアであるレアルとレッドドラゴンであるグラドの戦いの場に立っている事すら許されないだろう
それだけ人の肉体は脆いのだから

だが……
「お飲み物を用意いたします」
みのり付きの係員がその動きを制す
試合である以上、手出しすることはできないのだ

「ふふふ、異邦の魔物使い……仲間の戦いが気になるかな?」
そんなみのりに出場者の一人が声をかける
振り向けばそこには……

濃厚なメイクに満面の笑み、オールバックに整えられた髪
もはやラメというより鱗状の装甲?と見間違わんばかりに煌めくタキシード
ド派手な羽飾りに金銀のあしらわれたマント
そしてトドメにその身の周囲に浮遊する無数の薔薇!

THE宝塚!な男装の麗人が立っていた

「君たちの事はガンダラの弟から聞いているよ」

芝居がかった動作を織り交ぜながら話しかけてくるのだが、みのりには何のことやらさっぱりわからない
ぽかんとしているとそれを察したように言葉を続ける

「ふふふ、判っていないようだね、小鳥ちゃん
君たちがガンダラで宿泊した『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』の『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』は私の弟
そして私は『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』、君のもう一人の仲間の対戦相手さ」

ガンダラのマスター雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)の姉!
マッチョなオカマとヅカな麗人の姉弟とは……
流石のみのりも目が点になるしかなかった

(……なゆちゃん……あんたの相手は大変やで……)
その強烈な個性に気圧され思わず心の中で呟かずにはいられないみのりであった


【デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント開幕。
 控室にてなゆたの一回戦の対戦相手と遭遇】

78佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/02(土) 21:30:41
>「てめえ……!大金積まれりゃ俺が鞍替えするとでも思ってんのか!見下すのも大概にしろよ……!!」
>「なんだ、やっぱ誰かに雇われてんじゃん」

(成程、この様な交渉パターンもあるのですね……)

囚われたバルゴス達への交渉を開始した明神。
その背に隠れつつ流れを伺っていたメルトは、明神の流れる様な会話の運びに、思わず感心してしまう。
交渉における基本は飴と鞭。言葉にすれば簡単ではあるものの、それを実行する事は容易では無い。
なにせ、相手がどれだけの飴を欲しており、どの程度であれば鞭の痛みに耐えきれなくなるかなど、人間心理を理解していなければ推測し得ないからだ。
例えば、メルトがバルゴス達から情報を聞きだすとすれば……捕獲した部下達と別室に分け、一人一人に『正しい情報を話した二人だけは助ける』と言いつつ、苦痛を与え続ける事を選択するだろう。
そしてその途中で、一人が情報を喋った事を告げ、不和を煽る。
それは、疑心暗鬼と苦痛からの解放を餌にした鞭のみの交渉だ。
だが、明神は違った。

>「だったら!こんな手の込んだやり方で、一体俺に何をさせてえんだ……?」
>「簡単なことだよ。お前みてーな学のないクソチンピラにおあつらえ向きの単純作業さ。
>俺がこれから言う内容を忠実にこなしてくれりゃ、この金貨も、仲間の命も、お前のもんだ」
>「何もするな。見て見ぬ振りをしろ。この先一週間、俺たちがどこで何をしようが――全部見逃せ」

こちらの利益を確保しつつも、相手が許容する交渉。
交渉相手の権限内で完結し、かつ損失は少ない……そう思わせる事で、一歩引かせる。
大きな恨みは買わず、平穏に終わる――――後の手間が少ない効率的な手段。

「……流石です明神さん。私も見習わなくては」

バルゴスの部下の顔から幼虫……マゴットをペリペリと剥がしつつ、一人頷く。
明神の交渉のその上手さに、メルトは密かに尊敬の念を抱くのであった。

・・・

79佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/02(土) 21:31:03
>「トーナメントが始まったタイミングで、俺たちはもう一度カジノに忍び込もう。
>正式な警備の連中のほとんどは、コロシアムの方に出払ってる。
>バルゴス君みたいなチンピラがカジノの警備に駆り出されてるのが良い証拠だろうよ」

「敵地潜入、ですか?」

スラム街で一悶着あったその後、なゆたのホームでの事。
リヴァイアサンの切り身にドバドバと醤油を掛けて、ほぼ醤油の味となったソレを米に乗せて食べていた、育ち故に味覚が壊れ気味なメルト。
咀嚼をしながら周囲の話をしていた彼女は、明神に語りかけられると、箸を置き思案する。

明神の話は、正直リスクが高いとは思うが、得られるメリットが大きいのも確かだ。
悪人は、大切な物を近くに置かない――それはメルトも実感として知っている。

悪事を行う人間は、他人を信用しない。
恨みの種はいつ何処で芽吹くか判らず、自身の周りに居る人間も悪人だからだ。
利用される事を警戒し、裏切られる事を前提に動く。そうであるが故に、何か有った時には自身の力で対処出来る様、大切な物は近くに置く。
そうであるからこそ、その根城に隠さなければならない物が存在する可能性は、極めて高い。

(ですが、そこまでのリスクを侵す必要はあるのでしょうか。撤退の手立てを考える方が安全だと思うのですが)

……正直なところをいえば、メルトはこの話には乗り気ではなかった。
それは、戦略的な視点を除いて、メルトにとって直接的な利益に成り得る物があまりに少ないからだ。
その為、断りの言葉を告げようとした。だが、その寸前

>「先頭には俺が立つ。しめじちゃん、退路の確保は任せたぜ」
「……あ」

掛けられたのは、退路を任せるという明神の言葉。
人生で、気に掛けられる、頼りにされるという事が皆無であったメルト。
そうであるが故に――――本人も気づかぬ内に敬愛の念を抱いている明神の言葉に、吐き出そうとした後ろ向きな言葉が止まる。
そして、暫くのあいだ手元の箸を宙へ彷徨わせる様に動かし……やがて、大きな息と共に言葉を吐いた。

「……判りました。ですが、あまり期待はしないでくださいね。私は初心者ですので、間違いを起こすかもしれません」

吐き出された提案に対する肯定の言葉には、不安と、そして僅かに喜色が混ざっていた――――。

>「それにしてもライフエイクはんも困ったものやねえ
>無事に切り抜けられてよかったわ〜
>しめじちゃん一杯食べとき、体力勝負なところあるやろうから、この一週間でいっぱい食べて体力つけんとな?」

「……あ、はい。すみません。いただきます」

が、それも一瞬。みのりに差し出されたおかわりのご飯を受け取ると、メルトは自身の感情を隠すようにもぐもぐと箸を進め始めるのであった。

80佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/02(土) 21:31:28
・・・

それから一週間は、大会に向けての準備期間となった。
神算鬼謀渦巻くその時間は


特に、何も起こらなかった。


……当然、と言えば当然である。ライフエイク達の側からしてみれば、真一達は大会の目玉。餌なのだ。
情報を集める事はするだろうが、使用する前に潰す様な事をする筈も無い。
むしろ、カジノ側にとってみればバルゴスの襲撃こそが一番の予想外であったのではないだろうか。
もしもバルゴスがメルトへの襲撃を成功していた場合……恐らく、最終的に最も『痛い目』を見るのはバルゴスであっただろう。
そう考えると、バルゴスという男は短慮ではあるものの、ある意味で運の有る男なのかもしれない。

そして、そんなバルゴスの横を通り抜けて堂々と入り込んだカジノの内部。

>「通用口の警備がバルゴスから別の奴に交代するまで1時間。
>撤収を考えるなら、30分以内にライフエイクの執務室まで辿り着くのが理想だな。
>こっから先は後戻りの出来ない命がけのミッションだぜ。覚悟は良いか……なんて、聞かないけどよ」

「大丈夫です。みのりさんから預かったアイテムもありますし、それに私は、逃げるのは少し得意なんです。私と明神さんの二人くらいであれば、何とかします」

手に抱えた預かりもののマゴットに残っていたクリスタルオークの腐肉を与えつつ、メルトは微笑を作って明神へと言葉を返す。
この時点で……メルトも建物内の違和感に気付いていた。

>「……なんか妙だな。トーナメントが始まったってのに、ホールの方から人の声が聞こえてこねえ。
>ハイソなセレブ共が賭けに興じてるんじゃなかったのか?なんでこんな静かなんだ――」

明神の語る通り、あまりに静かな……静かすぎる館内。
上流階級の人間は下町の人間の様に馬鹿騒ぎは行わないのだろうが、それを差し引いても人の気配が無さすぎる。

(優秀な防音設備……いえ、そうだとしても給仕のNPCすらいないのはおかしいです。まるで――――)

警戒レベルを上げ、追手が居ないか確認しつつ進むメルト。

81佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/02(土) 21:31:52
「わっ……すみません」

だが、後方を注意するあまり前方への注意が疎かになってしまっていた様だ。
立ち止まった明神に気付かず、その背中に頭をぶつけてしまう。
謝りつつも、何故明神が足を止めたのか気になり視線を再度前へと向けて見れば――――

>「なんでカジノにモンスターが居るんだよ……!!」
「なっ……バフォメット!?なんで、こんな所でエンカウントするなんて……!」

"角魔"『バフォメット』。
ブレイブ&モンスターズのシナリオ上で戦う、ニブルヘイムの先兵。
そして、メインシナリオ中盤でプレイヤー達に『強制敗北イベント』を体感させる強敵がそこに居た。

「……逃げましょう明神さん。私のゾウショクと明神さんのヤマシタさんでは、勝ち目がありません。レア度が違い過ぎます」

状況の不明さに息をのみ、身を竦めたメルトであったが、直ぐに現状を受け入れると明神へと小声で言葉を投げかける。
後ろ向きな発言ではあるものの、その言葉は的を得ている。
モンスターもある程度育ち、カードも充実してきたプレイヤー達。彼らにニブルヘイムの脅威を叩き込むのが、シナリオ上のバフォメットの役割だ。
『病で娘を失った地方領主が、領地の村の人々を生贄に捧げて娘を甦らせる儀式を行ったが、その儀式はバフォメットを呼び出すものであった』
簡略に纏めるとこの様なシナリオで出現する敵であり、初戦ではダメージがほとんど通らず、プレイヤー達は必然的に敗北してしまう。
その後は、シナリオの中でローウェルの弟子の一人の協力を仰ぐ事が叶い、撃退に成功するのであるが……弱体化してもなお強い。
圧倒的な攻撃力と耐久力は、その時点のエース級のモンスターでなければ対応が叶わないだろう。
ましてや、メルト達の手元にある二体では……正面から戦えば、勝ち目など1パーセントもあるまい。

「相手がどの段階のバフォメットか判りません。そうである以上、戦ってはダメです。バフォメットは移動速度が遅いので、後退すればなんとか逃げ――――」

そう言って退路を確認しようとメルトが振り返った時

「……なっ、嘘です。バフォメットが2体、ですか?」

振り返った廊下の先には、もう一体のバフォメットの姿。
……どうやら、誘い込まれたのはメルト達のほうであったらしい。
何かを食べたかのように口元から赤い液体を滴らせるバフォメットは、メルト達二人の姿を捕えると口元を半月に歪め、悠々と近づいてくる。
挟み撃ちの形。ここままでは、メルトと明神の二人は仲良くバフォメットの餌となる事だろう。

「それなら――――上に逃げます、明神さん。少しだけ時間をください。2F直通のエレベーターを作ります」

暫しの間恐怖で固まっていたメルトであるが、やがて血色塔のユニットカードをスマホに映す。
どうやら、血色塔で天井をぶち破り、そのまま2Fへと向かう事を画策しているらしい。
そんな大雑把な手を用いれば、本来であれば直ぐに捕まってしまうのであろうが……カジノに人間の気配が無い今であれば、然したる問題は無いだろう。
不安と恐怖にさいなまれつつも、メルトは画面に指で触れるのであった。

82 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/02(土) 21:32:30
>「なぁなゆたちゃん。トンカツって作れないか?ワイルドボアのヒレ肉とか使ってさぁ。
 真ちゃんを森に放り込んで小一時間も待てば何かしら肉は狩ってくるだろ」

「ふむ」

わざわざ市場中を探し回って食材を集め、作った和食はみんなの口に合ったようだ。
やっぱり、日本人はどこへ行っても和食とは縁が切れない。
海外旅行へ行くときも、醤油や梅干を携帯していく人がいるくらいなのだ。異世界ならば尚更だろう。なゆたは満足した。
その上で明神がトンカツを要求してくると、なゆたは右手で顎先に触れながら思案した。

「卵はあるし、小麦粉もある。パン粉はパンを削って生パン粉を作れば調達できるし……。
 そうね、作れると思う。ただ、ワイルドボアは獣臭が強いから。それならヒュージピッグのお肉の方がいいかなぁ」

作れないか? と言われれば、作れませんとは言えないのがなゆたである。俄然闘志が湧いてくる。
油もヒュージピッグ(体高5メートルほどの巨大なブタ)のラードが使えるだろうし、不可能ではない。
なゆたはとん、と自分の胸を叩くと、

「オッケー! 明神さん、まっかせといて!
 じゃあ、今回のミッションを達成して人魚の泪を手に入れた暁には、トンカツパーティーってことで!
 腕によりをかけて、揚げたてのトンカツ。お腹が裂けるくらい食べさせてあげる!
 だから、明神さん。ミッションは何としても成功させてね!」

と言ってガッツポーズした。

>「ご馳走様、うまかったよ。
 こうしてお前が作った飯を食ってると、どうしても向こうの世界を思い出しちまうよな。
 ……さっさとあっちに帰って、また雪奈や親父たちにも食わせてやろうぜ」

「……ん」

真一も今回のセレクトには満足してくれたらしい。なゆたは嬉しそうに頷いた。

「おじさんもウチのお父さんも、雪ちゃんも心配してるだろうからね。
 雪ちゃんには料理みっちり教えたから、食事に関しては当分は大丈夫だと思うけど……。
 それでも、ずっとこっちにいていい理由にはならないから」

明神やみのりがブレモン世界への永住を考え始める一方、真一となゆたの気持ちはまったく変わらない。
この世界のことも捨て置けないが、まずは元の世界へと帰還すること。それが何より大切なのだ。
そして、そのためには。人魚の泪を手に入れ、次のステップに進まなければならない。
まんまとローウェルの思惑に乗ってしまっているような感じもするが、今それを言っても始まるまい。

「……どうしてわたしたちがこっちの世界に来たのかとか。
 アルフヘイムとニヴルヘイムの関係とか。時代の齟齬とか。
 わかってない謎は山のようにあるけれど――。
 今は、ひとつひとつ。目の前の問題を片付けて、元の世界へ戻る方法を探っていくしかない。
 余計なことは考えないで……トーナメントで優勝を目指す!」

そう言うと、なゆたはトレーニングの提案に応じてグラドを召喚した真一と向き合った。
自らもスマホをタップし、ポヨリンを召喚する。
特訓が始まる。あくまでトーナメントを想定した模擬戦――とはいえ、お互い手加減なしのガチンコだ。
入念な下調べや手回しが必要な潜入組と違って、大会出場組のやることと言ったらひとつしかない。
それは、強くなること。戦うこと。

そうして、なゆたは真一と一緒にトーナメント開催前夜まで、とにかくスパーリングを数多くこなして過ごした。

83 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/02(土) 21:32:59
デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント当日。
大会の開催を告げる号砲が鳴り響き、魔法の花火が晴天を賑々しく彩る。
ここリバティウムへ来た当日も、あまりの賑わいに祭りでもあるのかと疑ったほどだが、今日は人通りが特に多い。
この大会を観戦するため、アルフヘイム全土から人々が押しかけてきているという証左であろう。
そして。

>「今更お前らに言うまでもないと思うが、今回のトーナメントはパートナーモンスターじゃなく、あくまでも俺らが自身が参加者だ。
 当然フィールド上で戦わなきゃならねーし、場合によっては直接プレイヤーの方を狙われるかもしれねえ。
 俺はともかくとして……お前らは、いつも以上に気を付けて行けよ」

「そうね。充分気を付ける。……でも、それは真ちゃんも同じよ。
 トーナメントはギブアップも認められてる。無理だと思ったら、命の危険を感じたら、事前に棄権すること。
 真ちゃんもみのりさんも、心の隅に留めておいて。……もちろん、わたしもヤバくなったらそうするわ」

真一の言葉に頷き、それから付け加える。
実際問題、真一、みのり、なゆたの出場組に求められているのは『ライフエイクの思惑に乗ること』。
『大会で目立ち、ライフエイクの目をこちらに引き付けておくこと』である。
人魚の泪を奪取する本命は自分たちではなく、潜入組と思っていい。
畢竟、その任務さえこなせれば、優勝できなくても何ら問題はないのだ。なぜなら――
クエストの達成条件はあくまで『人魚の泪を手に入れろ』であり『トーナメントで優勝しろ』ではないからである。
どういう手段を取ったとしても、人魚の泪さえ手に入れられればそれでいいのだ。
……とはいえ、真一もなゆたも生粋のデュエリストである。目的云々を抜きにしても、敗北は矜持が許さない。
どんな相手が出てきたとしても、全力で打ち破る。叩きのめす。
ギブアップしろ、などという言葉にハイそうですかと従うことのないことはわかりきっている。
しかし、それでも。
そう言わずにはいられなかった。

>「……っと、じゃあ俺の番みたいだから行ってくるわ。
 とにかく、お互い勝ち残れるように頑張ろうぜ! 俺と当たるまで負けんなよ?」

「うん。……いってらっしゃい。決勝で会いましょ!」

真一が係員に呼ばれ、待ってましたとばかりにコロシアムへと歩いてゆく。
その相貌は気力に満ち溢れており、心身ともにベストコンディションなのが見て取れた。
剣道の全国大会でも見た、真一の佇まいだ。きっと初戦を勝ち抜くことができる、なゆたはそう確信した。
けれど。

――どうか、無事で。

なゆたは心からそう願った。真一の背中を見送りながら、胸の前で祈るようにギュッと両手を重ねる。

>「いってもうたなぁ……」
 
「ええ……」

真一の姿が見えなくなると、みのりがぽつりと呟いてくる。なゆたは頷いた。

>「なゆちゃんなぁ、先週自分が傷つく、死ぬ覚悟はできているって言うたやん?
 うちはとてもやないけどそんな覚悟でけへん
 せやから当然、【仲間が死ぬ覚悟】なんて尚更でけへんからねえ
 真ちゃんには言うても無駄やろうし、今更どうこうできへんから……無理したらあかへんよ?」

「ありがとう、みのりさん。
 死ぬ覚悟はあるけど、死ぬつもりはないよ。わたしは絶対に生き残って、元の世界に帰らなきゃいけないんだ。
 覚悟はあくまで覚悟の話で……命を粗末に扱うって意味じゃ、ないから」

みのりの心配そうな表情を少しでも和らげようと、にっこり笑って返す。

「もう、ルビコン川は遥か背中だよ。後戻りはできない……だったら、遮二無二進むしかない!
 出たとこ勝負でやるだけだよ、だって――わたしたちは。ガンダラでもそうやって生き残ってきたでしょ?
 大丈夫! きっと、ううん絶対! なんとかなる――なんとか。してみせるから!」

確証も、保険も、なにもないけれど。それでも大丈夫、成功する、と断言する。
気休め以外の何物でもない言葉だったが、それでも言わないよりはマシであろう。
係員がふたりの名を呼び、控え室へと促す。ここからはもう、大会が終わるまでバラバラだ。
それぞれが違う部屋に案内される直前、なゆたはみのりを呼び止めた。そして、

「……武運を!」

そう言ってウインクし、右手の親指を立ててサムズアップしてみせた。

84 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/02(土) 21:33:23
控え室に備え付けられている水晶でコロシアムの状況を確認したなゆたは、息を呑んだ。
まさか、真一の初戦の相手があのレアル=オリジンだとは。
そして――レアル=オリジンが人間ではなく、モンスターだったとは――。
『真なる鮮血の主(ヴァンパイア・ロード)』。
『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』と呼ばれるエリアに出没するレイドモンスターの一種で、強大な闇の力を操る。
とにかくATK値が高く、毎ターン自己回復能力を持ち、さらに毒、麻痺、吸血による魅了なども持つ厄介な相手だ。
なゆたもゲームのブレモンで戦ったことがあるが、あまり相手にしたくないモンスターの上位に数えられる。
普段は『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』の中から出てこないモンスターが、まさかこんなところにいるなんて。

「こんなの……反則でしょ!?」

水晶玉に向かい、なゆたは思わず叫んだ。
トーナメント主催者の従者に過ぎない者が、レイドモンスターだったなど、想像できるだろうか?
……いや。
ひょっとしたら、想像できていたかもしれない。少なくとも『彼』は。自らがヴァンパイアロードであるというヒントを提示していた。
自らの名を名乗ったときから、ずっと。
『レアル=オリジン』――即ち『原初の王族』。
吸血鬼を統べるヴァンパイアの君主として、これほどわかりやすい名前はない。

「く……!」

こんな強敵が相手では、真一に勝ち目はあるまい。
いくら実戦を経て強くなったとはいえ、真一とグラドのコンビにはまだ甘さが目立つ。グラドの育成も充分ではない。
大会が始まるまでの特訓も、結局自分とポヨリンのコンビが数多く勝利を収めた。
並の相手なら力押しでどうにでもなると思っていたが、ヴァンパイアロードは並の相手ではない。
ゴッドポヨリンや他のフレンドのレイド級がパーティーを組んで、ようやく倒せるレベルの敵なのだ。

――本気で潰しに来てるってこと? なんのために?

大会運営側がトーナメント表を操作し、都合のいいカードを作るだろうということは予想していた。
しかし。もし、単に自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を客寄せパンダにしたいだけなら、もっと三人を泳がせるだろう。
そして準決勝くらいで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』同士をぶつけ、潰し合わせる。その方が大会は盛り上がる。
初戦で早々に敗北させてしまっては、客寄せパンダも何もないだろう。

――ライフエイクの目的はいったい……?

ライフエイクの真の狙いがただの金儲けでないということは、ここに至り確信できた。
だが、それが何なのか。そこまではまるで想像もつかない。
それは潜入組の仕事になるだろう。控え室に軟禁状態では、手の施しようがない。
いずれにせよ、戦いは始まってしまっている。あとは、真一の秘めたるポテンシャルに賭けるしかない。
ガンダラであの巨大なタイラントさえ屠り去った、真一の爆発力に――。

「試合のお時間です。準備の方をお願い致します」

食い入るように真一の試合を見ていると、不意に係員にそう告げられた。

「え? でも、まだ真ちゃんの試合が……」

「当大会はワンデイトーナメントでございます。総勢35名の試合を本日中に恙なく終了するには、同時に試合を行う必要がございます」

「……なるほどね」

真一が戦っているのはメインとなるコロシアムだが、他にも試合用の特設闘技場が用意されているのだろう。
真一の試合を最後まで見届けられないのは残念だが、やむを得ない。

「よぉーっし! じゃ、行きますかぁ!」

真一のことは信じている。彼が窮地を乗り越えることを。
後は自分だ。自分こそ、誰よりも頑張って初戦を切り抜ける必要がある。他のことに意識を向けている余裕などないのだ。
最後に名残惜しそうに水晶の中の真一の姿を見遣ると、なゆたは控え室を出るのではなく、控え室の隣室の更衣室へ向かった。

85 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/02(土) 21:33:50
《これより、デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント第四試合を開始いたします!》

拡声の魔法で増幅されたアナウンスが、闘技場全体に鳴り響く。
メインのコロシアムから少しだけ離れた、トーナメント専用に設営された臨時闘技場。
メインコロシアムより少しばかり小さいが、それでも戦うには充分な規模の施設は、既に観客でごった返していた。
喧噪、歓声、怒号。誰も彼もが戦いの熱気に浮かされ、鯨波のように思い思いの声を上げている。

そんな闘技場の真ん中に、なゆたは既に陣取っていた。
真一やみのりと一緒にいたときは姫騎士姿だったが、今はそうではない。――着替えている。
大きなリボンのついた鍔広の白い帽子に、真っ白なサマードレス。アンクルストラップのローウェッジサンダル。
どこからどう見ても、夏のお嬢さんといったスタイルである。
浜辺や避暑地のコテージにでもいるような格好で、とてもこれから血みどろの戦いを繰り広げるようには見えない。
しかし、なゆたはそんなことお構いなしで腕組みし、じっと前方を見据えている。

《エントリーナンバー22! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』モンデンキント選手!!》

アナウンスが高らかになゆたを紹介する。が、その名は本名の崇月院なゆたではない。
なゆたはエントリーの際、敢えて本名ではなくプレイヤーネームであるモンデンキントで登録していた。
ガンダラなどと違い公式の大会であるデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントゆえに、デュエリストとしての名前で闘技場に現れたのだ。
大きな鍔で目許を隠したなゆたはニヤリ、と笑うと、デッキから一枚カードを手繰った。
『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』。フィールドを海に変化させるユニットカードだ。
それまで殺風景な土の地面だった闘技場が、瞬く間に蒼い海原と白い砂浜に変貌する。
さらになゆたは右手で自らの左肩を掴むと、着ているサマードレスを引き剥がすように脱ぎ捨てた。

「月子・イン・サマ――――――――――――――!!!!」

ばさあっ、と音を立ててサマードレスを脱ぐと、中から現れたのは青いボタニカル柄のビキニ。
下に水着を着込んでいたのだ。おまけに、いつの間にか大きな浮輪まで抱えている。
なゆたの背後でどぱぁーんっ! と派手に波飛沫が上がる。輝く砂浜でポヨリンはじめ沢山のスライム達がぽよんと跳ね、戯れる。
まさしく夏の装い。サマー・スタイルである。
おお〜……という声が観客席のあちこちから上がる。

「ふっふっふっ……夏と言えば夏イベ! 年に一度のビッグフェス!
 まさかブレモン世界で実体験することになるとは思わなかったけど……これをやらなきゃヘビーユーザーじゃない!
 ド派手にやらせてもらうわよ……浜辺の話題はこの“月の子”モンデンキントが独占、ってヤツ!」

今年の夏の大型アップデートのために、前々から準備をしていたらしい。
リバティウムに自宅を構え、アイテムを蓄えていたのも、夏のイベントを見越してのことである。
サマードレスを脱ぎ捨て大幅に露出のアップしたなゆたを見て、会場が湧く。
胸こそみのりよりだいぶ控えめだが、水着もスレンダーな肢体に似合っていて可愛いと言えるレベルであろう。

――これで観客たちはわたしの味方になったようなモノね。勝った!

アウェー感溢れる会場の空気をひっくり返してしまおうという作戦である。
少なくとも、これで会場の男たちの視線はなゆたに釘付けになったことだろう。


……と、思ったが。


《続きましてエントリーナンバー14、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』、ステッラ・ポラーレ選手!》

なゆたの対戦相手を告げるアナウンスで、その思惑は瞬く間にひっくり返されることになった。

86 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/02(土) 21:34:13
それまで晴天だったコロシアムの空が、突然闇色に染まる。
時刻はまだ午前中だ。というのに、まるで時間を吹き飛ばして夜が訪れたかのような状況の激変に、なゆたは戸惑った。
コロシアムの観客たちも同様に驚いているようで、観客席全体がざわざわとどよめいている。

「これは……ユニットカード『真夏の夜の夢(オベロン&タイタニア)』……。フィールドを闇属性にするカード……」

なゆたが『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を使用したように、相手もスペルを使用できるということだ。
しかし、それで終わりではなかった。
黒一色に塗り潰された闘技場の中央に、突如としてスポットライトの光が注がれる。
そこにはいつの間にか立派な大階段が設置されていた。高さはゆうに5〜6メートルはあろうか。
そして、その高みから地面にいるなゆたを見下ろすかのように。
大階段の最上段には、ひとりの麗人が佇んでいた。

『♪おお 輝くその姿 明眸皓歯にして容姿端麗 地上に降り立った美の化身 宵の明星
 ♪その輝きですべてを照らす 我らが光 畏れよその身を 崇めよその音(ね)を 讃えよその名を
 ♪ああ 我らの 煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)――』

華やかなオーケストラの音楽と共に、どこからかコーラスの歌声が聞こえてくる。
恐らくどこかに楽団とコーラス隊を控えさせているのだ。いわゆるカゲコーラスというものだろう。
闘技場に満ちる、なゆたの対戦相手を讃える歌。

なゆたは大階段の上を仰ぎ見た。

それはまさに、宝塚のスター。
これでもかというほど長い睫毛に、入念に施されたメイク。
鼻立て(化粧の一種)によって鼻梁の高さが強調され、恐ろしいほど顔が整って見える。
オールバックの金髪はラメでも入っているのかきらきらと輝き、男前ぶりにさらに拍車をかけている。
白と金を基調とした燕尾服は一部の隙もなく、まるでそれを着て生まれて来たかのようにその肉体に馴染んでいる。
手には微塵の汚れもない白手袋を嵌め、トップスターの証の膝上まであるブーツ(いわゆるスターブーツ)を履いている。
マントはまるで宝石で織り上げたかのよう。頭のてっぺんからつま先まで、冗談のようにまばゆく煌めいている。
突き抜けすぎている。一歩間違えるとギャグだ。けれど、本人はいたって大真面目らしい。
その人物はコーラスの歌声に合わせ、大きく両手を広げると、

「――ステッラ・ポラーレ!!!」

と、あたかも地平の果てまで響くかのような美しくも凛然とした声で言い放った。
同時に、ぱぁぁぁぁんっ!!という轟音が鳴り響き、大量の紙吹雪とリボンが闘技場の中を乱舞する。
ステッラ・ポラーレ。北極星を意味する言葉だ。
どうやら、それがなゆたの対戦相手『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』の名前ということらしい。

――なんてこと。

なゆたは絶句した。
一見してただの人間のように見えるが、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』はれっきとしたモンスターだ。
しかもただのモンスターではない。イベント専用のレイドモンスターであり、尋常でない強さを有している。
特にその所持している二種類の専用スキルは有名で、このモンスターの代名詞となっている。
真一がレアル=オリジンと初戦で当たったのは偶然の産物と考えられないこともなかったが、これはもう完全に違う。
ライフエイクは本気で初戦から『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を潰しに来ているらしい。
……だが、なゆたが絶句したのは初戦の相手がレイドモンスターだったから――『ではない』。

――あっちの方が!!派手!!!!

わざわざ貴重なユニットカードまで使用し、ド派手に夏を演出したつもりだったのに。
それを上回るポラーレの舞台演出に、完全に喰われてしまった。
今や闘技場の観客席はステッラ・ポラーレを讃える声でいっぱいになっている。誰もなゆたのことなど見向きもしない。

――負けた……!

なゆたはガックリと膝をついた。

87 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/02(土) 21:34:42
君の夏の装いも悪くはなかったが。どうやら、舞台演出では私に軍配が上がったようだね? 小鳥ちゃん」

カツリ、とブーツの高いヒールを鳴らし、ポラーレが大階段から悠々と下りてくる。
なゆたは立ち上がると、歯を食いしばってポラーレを睨みつけた。

「名前はもう名乗ったから、二度は言うまい。お初にお目にかかる、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の小鳥ちゃん。
 思ったよりも可愛いお嬢さんだ、弟から聞いた話だと、もっと猛々しいものと思っていたのだけれどね」

「……弟……? わたしのことを……知ってるの?」

怪訝な表情を浮かべる。ポラーレは鷹揚に頷いた。

「知っているとも。ガンダラの弟から連絡を受けてね……弟のあんな弾んだ声を聞いたのは久しぶりだ。
 見どころのある連中が来たと。年甲斐もなく熱くなったと。応援したいと――彼らならやってくれるはず、と。
 特に明神というコが可愛いから、リバティウムに来たら面倒を見てやってくれ……とね」

「ガンダラ。明神さん。それって、まさか……」

「ああ。ガンダラの『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』――ガブリエッラはわたしの弟だ」

「マスターが! 弟! ……っていうかマスターってガブリエッラっていう名前だったんだ……」

姉弟関係よりもマスターの本名に衝撃を受けるなゆたであった。
ゲームの『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』と『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』に血縁設定はない。
この、現実のアルフヘイム限定の設定ということだろうか。

「可愛い弟の頼みだ、無碍にできなくてね。ということで出張ってきた。
 さて……まずは、君の実力を試させてもらおう。いくら弟の頼みでも、見込みのない者を支援するほど私はお人好しじゃない。
 だから、君が弟の評価通りの人物かどうか。直接戦って確かめることにする」

どんどん話が先に進んでゆく。なゆたは顔を顰めた。

「支援? よく言うわ。ライフエイクの手先になって、わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を潰しに来たんでしょう?
 ガンダラのマスターは女ぶりのいい、親切な人だったけど、男のふりなんてしてるあなたはそうじゃないみたいね」

「ライフエイクの手下? なんの話か分からないな」

ポラーレは肩を竦めた。

「白々しい――!」

ギリ、となゆたは歯を食いしばった。そして素早くスマホをタップする。

『ぽよっ!』

なゆたの足許でポヨリンが元気よく跳ねる。やる気は充分、という様子だ。
ポラーレはどこからか薔薇の花を取り出すと、その花弁の匂いを嗅いで微笑んだ。

「闘志が漲っている。結構! ならば私もくどくどしい言い訳など弄するまい。
 一昼夜を掛けた討論よりも、たった5分の闘争の方がより互いを理解できる場合もある。
 ならば! 互いの尊厳、矜持、誇りを賭けて。存分に戦おう、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!」

「言われるまでもないわ! あなたのその綺麗な衣装、ズタボロにして――ライフエイクの目論見を、洗いざらい吐いてもらうから!
 ――デュエル!!」

大階段が撤去され、遮蔽物のなくなった水のフィールドで、ふたりが距離を置いて対峙する。
銅鑼が高らかに打ち鳴らされ、試合開始の合図が一帯に響き渡る。

先に仕掛けたのは、なゆただった。

88 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/02(土) 21:35:16
「ポヨリン! 速攻! 『しっぷうじんらい』!!」

ポヨリンが颶風を撒き、スライムという種族の常識を超えた恐るべきスピードで疾駆する。
『しっぷうじんらい』。敵から必ず先制を取れるスキルである。まずは戦いの主導権を握る必要がある。
しかし、ポラーレはポヨリンの弾丸のような突進をひらりと事もなげに避けた。
なゆたはポヨリンにさらに攻撃を指示したが、ポラーレにはかすりもしない。
ポラーレは蝶のような軽やかな身のこなしで、ひらりひらりとポヨリンの体当たりを往なしてゆく。
そう、『蝶のように』――

ブレモンのレイドモンスターのHPは、少ない者でも数百万。多い場合は兆にも届く。
しかし、ポラーレのHPはそうではない。レイドモンスターとしてのステッラ・ポラーレのHPは『3565』。
これは数多いるレイド級モンスターの中ではダントツの最下位である。
レイド級だけではない。すべてのブレモンのモンスターの中でも、HPが少ない部類に入るだろう。
しかし、だからといってポラーレが弱いとか、与しやすい相手だという訳ではない。
HPの少なさに反比例して、ポラーレの回避率はブレモン全キャラクター中第一位。
つまり『攻撃が当たらない』のである。

そして、ステッラ・ポラーレの固有スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』。
素の回避率の高さをさらに劇的に引き上げるこのパッシブスキルによって、ポラーレはあらゆる物理攻撃、魔法攻撃を避ける。
近年は研究や対策が進み、スキル封じの専用アイテムの実装などでだいぶ対処しやすくなったが、リリース当初はひどかった。
『勝たせる気がない』『難易度の意味を履き違えている糞運営』などと、だいぶフォーラムも荒れたものである。

「物事はスマートであるべき。それは戦闘についても同様だ。殴り合って血と汗にまみれ、地面を転がるなど無様の極み。
 真の強者は敵に一切触れさせず、美しく勝利して当然。そうだろう、小鳥ちゃん?」

「ずいぶんな余裕ね……。でも、そうやってわたしをナメてると痛い目を見るわよ!」

ランカー、重課金者としてのプライドを刺激され、なゆたは米神をひきつらせた。
しかし、ポラーレはそんななゆたの苛立ちなど意にも介さない。単調なポヨリンの攻撃を、マタドールのように華麗に避けてゆく。

「舐めてなどいないさ、私の信条の問題だよ。一度も被弾せず、必要最小限の攻撃で勝つ。
 それが私の戦い。それ以外の勝利に価値はない――このように、ね!」

びゅばっ!!

「――――!!!??」

これまで攻撃を避けるだけだったポラーレが、突然攻勢に出る。
スキル『しっぷうじんらい』でブーストしたポヨリンに勝るとも劣らない速度で、ポラーレは一瞬のうちになゆたへと接近した。
ぶあっ! と突風がなゆたの全身を打ちしだく。サイドテールにした長い髪が激しく嬲られる。
なゆたは咄嗟に顔の前で両腕をクロスさせ、防御体勢を取ったが、ポラーレはそのままなゆたの横をすり抜けて後方へとすれ違った。

「いったい何を……、痛っ」

なゆたは素早く振り返ってポラーレを見たが、そのとき防御した右腕に小さな痛みを感じた。
見れば、前腕部が小さく刺されており、血が盛り上がっている。

「フフ……まずは一刺し」

ポラーレが手に持っている薔薇の匂いを嗅ぎ、不敵に笑う。
その微笑みを見て、なゆたは背筋に氷を詰め込まれたような悪寒を味わった。

――まずい!

そう。ステッラ・ポラーレの代名詞とも言える専用スキルはふたつ。
ひとつは超回避性能を齎す『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』。
そしてもうひとつは――

「……『蜂のように刺す(モータル・スティング)』……!」

「ご名答」

無意識に呟いたなゆたの言葉に、ポラーレは愉快げに頷いた。

89 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/02(土) 21:35:42
『蜂のように刺す(モータル・スティング)』。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』と並ぶ、レイドモンスター・ステッラ・ポラーレの専用スキル。
一見なんの殺傷力もない薔薇の棘での単体物理攻撃に見えるが、この攻撃の恐ろしさは単純なATK値にあるのではない。
一撃喰らっても、なんでもない。二撃目を浴びても、行動にはまったく影響がない。
ただし、三撃。ポラーレの薔薇の棘に三度刺された者は『問答無用で死ぬ』。
どれほどHPがあろうと。いかなるバフで強化していようと。神の力を宿す堅牢無比の防具を身につけていようと。
『ポラーレの薔薇に三度刺されると死ぬ』。これはブレモン世界において絶対のルールなのである。
よって、ゲームの中ではポラーレに三度刺される前になんとしても回避能力を上回って攻撃を叩き込まねばならなかった。
先述したように今では対策も練られ、充分な事前準備をして行けば倒せない相手ではないが、昔は無理ゲーと呼ばれたものである。
その、一撃目。冥土の旅の一里塚。
それを、受けた。

――いくらなんでもヤバすぎでしょ、コイツ……!

かつて、ゲームの中ではなゆたもこの難敵を倒したことが何度かある。
だが、ここはゲームの中とは違う。もちろん『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』対策なんてしていない。
なゆたの勝ち目は、限りなく薄い。

「私は三度しか君を傷つけない。だが、その三度が君にとってアケローンを渡る渡し賃となる。
 君がもし、生き残りたいと思うなら――」

「その三撃。あと二撃を、凌ぎ切ってみせろ……ってことね……」

「うん。三撃と予告した以上、それ以上の攻撃は私の美学が許さない。それは敗北と同義だ。
 君が私の攻撃を捌き切り、その白い肌にこれ以上薔薇の棘が刺さることを阻止するならば――潔く敗北を認めよう」

「……なるほどね。ご立派だわ」

「それからもうひとつ。君が私の身体に触れることができたなら、そのときも。君の勝ちとしよう」

「……触れる? 攻撃じゃなくて?」

「攻撃も接触も、私にとっては同じことさ。言ったろう? 強者は敵に一切触れさせずに勝って当然……と」

「品行方正で優しい月子先生的には、こういうことあんまり言いたくないんだけど。……めっちゃムカつくわ、あなた」

なゆたは忌々しげに吐き捨てた。明らかな格下と見られ、手心を加えられるなど、デュエリストの誇りが許さない。
が、やはりポラーレは余裕の笑みを崩さない。薔薇の芳香を堪能しながら、

「ならば、私に認めさせることさ。君の実力をね……そのときには、いくらでも非礼を詫びるよ。小鳥ちゃん?」

と、挑発的に言った。
なゆたはもう一度ポラーレを睨みつけると、スマホをタップした。
主の傍に戻ってきたポヨリンが、なゆたの憤りを体現するかのように一度勢いよく跳ねる。

「吐いた唾ぁ……呑むんじゃないわよ、オバサン!!」

ポヨリンが一瞬光り輝き、二体に分裂する。スペルカード『分裂(ディヴィジョン・セル)』の効果だ。

「行くわよ、ポヨリンA! B! 波状攻撃!」

『ぽよっ!』

『ぽよぽよっ!』

スキル『しっぷうじんらい』の速度を維持したまま、二体のポヨリンがポラーレへと肉薄する。
ポラーレの笑みは、まだ消えない。


【戦闘開始。】

90 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/02(土) 21:36:19
レアルが放った魔力によって、紫色の空気が充満していくコロシアム。
そして、まるでレアルに引き寄せられたかの如く、上空には積乱雲が浮かび、先刻まで晴れ上がっていた空模様も曇天一色と化していた。

「まさかこんなところで、レイド級に出くわすことになるとはな。
 ……テメーらは、一体この街で何を企んでやがる?」

真一はレアルを見据える視線を片時も外さぬまま、そんな問いを投げ掛ける。
無論、相手が素直に答えてくれるとは思っていなかったが、先程の戦いで乱れた呼吸を整えるのと、状況を打開するための策を練る時間を稼ぎたいという算段があった。
だが、真一の考えを知ってか知らずか、意外にもレアルはその問答に応じてみせた。

「万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――」

レアルもまた、自分を睨む真一の双眸を見下ろしながら、口元には妖艶な笑みを浮かべる。

「……どういう意味だ? 聞いたこともない話だぜ」

「フフフッ……ここで死ぬ貴方には、識る必要のない話ですよ。
 では、問答もさておき、そろそろ死合を再開するとしましょうか。何時までもこのまま舞台を止めておくわけにもいきますまい」

再度投げられた真一の問いには答えず、レアルは右手に握った紅の大剣を振り被る。
――〈鮮血の女神(ブラッディ・メアリー)〉。
自身が流す血を刃に変えるスペルで形成された剣には、はっきりと視認できるほどの、膨大な魔力が渦巻いているのを感じられた。

「来ないのならば、こちらから仕掛けさせて頂きますよ!」

そして、再び戦いの火蓋を切って落としたのはレアルだった。
レアルは真一との間に割って立つグラドに狙いを定めると、上空から烈風の如き気勢で飛び掛かり、鮮血の剣を振り下ろす。

「チッ、こうなったら腹を括るしかねーな……迎え撃て、グラド! 〈漆黒の爪(ブラッククロウ)〉!!」

対する真一は〈漆黒の爪(ブラッククロウ)〉のスペルを発動。
漆黒の気を纏って硬化した爪を使い、グラドはレアルの一閃を正面から受け止めた。
――だが、両者の力の差は明白。
レッドドラゴンはレイド級にも劣らないスペックを持つ種族だが、その反面、育て上げるのに膨大な時間を必要とするため、グラドはまだ未成熟体だ。
対するヴァンパイア・ロードは、吸血鬼城の主として君臨する歴としたボスモンスターであり、真っ向から打ち合えばグラドに勝ち目はない。
レアルが力任せに振り抜いた剣戟によって、グラドの防御は簡単に崩され、次いで繰り出された切り返しの連撃も、どうにか爪で受け止め防戦一方に回るばかりであった。

「〈限界突破(オーバードライブ)〉――――!!」

それを見た真一は、直ぐ様自分の身体にバフを掛けると、素早くレアルの背後に回り込んで〈火の玉(ファイアボール)〉のスペルを放つ。
これがゲームのバトルならば、単騎でヴァンパイア・ロードに挑んでも、勝機は一厘ほどもないだろう。
しかし、この世界に於いての戦いは、必ずしもそうとは限らない。
ゲームでは実行できない、あらゆる戦術や手段。或いは、プレイヤー自身さえ駒の一つとして利用することすら許されるのだ。
頭を使え――と、真一は自分に言い聞かせる。喧嘩に必要なのは、熱いハートとクールな頭脳だ。
この状況で利用できる全ての策を駆使すれば、必ずどこかでチャンスは訪れる。

91 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/02(土) 21:36:47
「そんな豆鉄砲、この私に通用するとでも思いましたか!?」

グラドとの打ち合いの最中、真一の動きも正確に把握していたレアルは、背後から撃たれた火球を容易く剣で薙ぎ払う。
だが、その一撃を躱されるのはこちらの計算のうちだ。
真一の狙いは、レアルが防御のために振り返る一瞬の隙に、グラドを離脱させることにあった。

「一旦距離を取れ、グラド! 挟み込んで撃ちまくるぞ!!」

真一はスマホ越しに指示を出し、それを受けたグラドは、持ち前の高速飛行で瞬く間にレアルから距離を置く。
そして、レアルを挟撃するような位置に陣取ると、真一が次いで撃ち出した二発の〈火の玉(ファイアボール)〉に合わせ、ドラゴンブレスを連射した。

「更にもう一発! 喰らえッ――〈燃え盛る嵐(バーニングストーム)〉!!」

次から次へと撃ち込まれる火球とブレスの連打に、流石のレアルもその場で防御に徹するしかなかったのだろう。
今を好機と見定めた真一は、手札の中でも最高レベルの火力を持つスペルを行使し、コロシアムの中央に巨大な炎の嵐が巻き起こった。
場内を埋め尽くす爆轟と火焔。試合を観戦している観客たちも、よもやこれで勝負が決したかと思わずにはいられなかった筈だ。
しかし――この程度の攻撃で崩れ落ちるほど、対峙する敵は甘くなどない。

「――――〈悪夢の使役者(ロード・オブ・ナイトメア)〉!!」

そして、炎の中からレアルの声が響いた瞬間――コロシアムの中央から解き放たれた無数のコウモリが、闇の衝撃波を伴って炎の嵐を掻き消した。
〈悪夢の使役者(ロード・オブ・ナイトメア)〉とは、ヴァンパイア族が使うスペルの中でも、最上級に位置する一つだ。
大量のコウモリを召喚すると同時に、〈燃え盛る嵐(バーニングストーム)〉をも上回る規模の衝撃波を放ち、その威力の程も然ることながら、波動に触れた相手を“暗闇”の状態異常に陥れる副次効果を備えているため、一撃でパーティが機能不全になる危険性もある。

コロシアムの端から端までを完全に塗り潰す波動を受けた真一は、一瞬で目の前が暗くなるのを感じた。
恐らくは、グラドも自分と同じ状態に陥ってしまっているのであろう。
しまった――と、後悔する暇さえもない。
遠くからグラドの悲鳴と、地面に叩き付けられる轟音が聞こえた直後、今度はこちらを狙って放たれた〈闇の波動(ダークネスウェーブ)〉に飲み込まれた真一は、そのままコロシアムの壁面に衝突した。

そして――それから数十秒が経過して、ようやく場内の闇が晴れる。

どうにか上体を起こして、真一がやっと回復してきた視力で状況を確認すると、コロシアムの中央には、悠然と仁王立ちするレアルの姿があった。
流石に無傷というわけではないのだろうが、レイド級モンスターというのは、とにかく総じてタフなのだ。
敵の総体力から考えれば、あれしきの攻撃はかすり傷程度の認識なのかもしれない。
更にコロシアムの反対側に目を向けると、レアルに撃墜されたグラドが、自分と同じく何とか体を起こそうとしている様子が見て取れた。
真一は急いで〈高回復(ハイヒーリング)〉のスペルを二回使って、自分とグラドの治癒に専念する。
幸いグラドも戦闘不能になったわけではなかったが、既にHPは半分以上削り取られてしまっていた。

「今度はこちらが問い掛ける側です。……まだ、続けますか?
 ――と言っても、簡単に貴方たちを逃がすつもりなどないのですが」

レアルは余裕綽々といった面持ちで嗤いつつ、上空から真一とグラドの姿を見下ろす。
これがまともなトーナメントならば――或いは、ここで降伏を選ぶという道もあったのかもしれない。
しかし、この場所は既にライフエイクの庭なのである。レアルが言った通り、リタイアを宣言しても簡単に逃げられるという保証など有りはしない。
グラドと共に生き残りたければ、レアル=オリジンに勝つしかないのだ。
――ならば、どうやって?
真一が奥歯を噛み締めながら、レアルを睨み返していたその時、上空からポツポツと雨が降り注ぎ始めた。

92 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/02(土) 21:37:13
自分の頬を打つ雨粒ではっと真一が顔を上げると、頭上にはドス黒い積乱雲が浮かんでいた。
それから少しだけ思案を巡らし、真一はスマホの画面に目を落とす。
莫大なHPを持つレアルにさえ、致命打を与えられるかもしれない攻撃手段は、自分の手札にも一つだけあった。
それは――この一週間でなゆたと積んだ特訓によって、レベルを上げたグラドが習得した、新たなるスキルだ。
ブレスとクローに次ぐ、レッドドラゴンの三番目のスキル。
種族特性に相応しい、圧倒的な高火力を誇る技ではあるが、使用のために全ての魔力を使い切ってしまうのと、攻撃の反動によって大ダメージを負うというリスクを有している。

――外せば終わりの必殺技。
必要なのは、それを必中の技とするための状況だ。
真一は一瞬だけ瞳を閉じ、全てのファクターを整理する。
手持ちのカード、パートナーの能力、敵の特徴、自分が考案できる戦術、フィールドの状態、天候――

――そして、意を決した真一は、再び瞳を開いて立ち上がった。

「……ナメんじゃねーよ、クソ野郎。
 余裕こいて高みから見下してるつもりのテメーに、俺たちの底力ってやつを見せてやるぜ」

真一が放った言葉を受けたレアルは、口角の端を更に吊り上げ、右手に握った大剣の切っ先を向ける。

コロシアムの反対側には、真一と同様に立ち上がるグラドの姿があった。
真一はスマホに呟き、全ての指示をグラドに出し終えると、長剣を構えてレアルに向き直る。
互いに剣先を突き付けながら、コロシアムの中央で真一とレアルの視線が交錯した時、最後の戦いが幕を開けた。

「ユニットカード、〈トランプ騎士団〉! 行くぜ、お前たち!!」

そして戦いが再開するや否や、真一が真っ先に発動させたのは〈トランプ騎士団〉というユニットカードであった。
それぞれ剣、盾、銃、杖を持った三等身の騎士人形たちが四体召喚され、レアルに向かって突撃を開始する。
先頭の盾が敵の攻撃を阻み、次いで剣と銃で反撃。最後に杖の騎士が魔法を繰り出すというのが、彼らの得意な連携技である。

「ふざけた真似を……こんな物が、私の相手になると思いましたか!?」

しかし、当然といえば当然の結果だが――騎士人形たちの攻撃は、レアルに対して微塵もダメージを与えることはできず、血の剣を何度か振り払うだけで、一網打尽に叩き伏せられてしまった。
だが、彼らが時間を稼いでいる間に、今度はレアルの背後からグラドが強襲する。
まずは中距離から放射されたドラゴンブレス。それをギリギリで避けたレアルの懐に飛び込み、続けざまにドラゴンクローを叩き込む。
クローは見事にレアルのボディを捉えることに成功したが、それしきで怯むレアルではない。
レアルが振るった反攻の一閃を回避したグラドは、そのままヒラリと身を翻して上空に離脱する。
それを追ってレアルは飛び上がるが、次は下方からその背中を真一が狙っていた。

93 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/02(土) 21:37:35
「離れろ、グラド! ――――〈大爆発(ビッグバン)〉!!」

そして真一が撃ち放ったのは、超特大の豪火球であった。
真一が好んで用いているスペル――〈火の玉(ファイアボール)〉と同系統の技ではあるが、威力と規模はそれを遥かに上回る。
まるで、太陽がもう一つ昇っていくかのような火球が下方から迫り、レアルの背中を襲う。
この一撃が通れば、幾らレイド級でもそれなりのダメージは期待できると思われたが、寸でのところでレアルは〈幻影の足捌き(ファントムステップ)〉を発動して回避し、哀れにも火球は虚空を切ってそのまま天に消えていった。

「フッ、フフッ……! 惜しかったですね。どうやらそれで打ち止めですか!?」

「ところがどっこい! もう一つあるぜ!」

次の瞬間、レアルは――いや、恐らくは会場上の誰もが目を疑っただろう。
それは、人間である筈の真一の体が、体長10メートルを超える巨人の姿へと変貌したからだ。

「よくも今まで、散々見下してくれやがったな。
 〈巨人化(タイタンフォーム)〉だ! これが俺の切り札だぜ――レアル!!」

レアルよりも遥かに巨大な姿となった真一は、眼下の敵を狙い、大上段に振り被った長剣を叩き下ろす。

「そんなものが最後の手段とは……少しばかり、貴方を買い被っていたようですね。
 ――――散り果てろ、〈鮮血の牙(ブラッディ・ファング)〉!!」

だが、真一が振るった唐竹の一閃が、レアルに届くことはなかった。
レアルは血の大剣に煌々と輝く魔力を纏わせると、大砲のような威力の剣戟を振るい、一撃で巨人の真一を両断する。
すると、巨人の体は幻みたいに消え去っていき、フィールドの端には元のサイズの真一が立ち尽くしていた。
――これで、全ての攻撃は終わったのだろうか?
戦いを見守る観客たちが息を呑む中、真一はただ一人、不敵な笑みを浮かべていた。

「……テメーには、カジノで見せた筈だけどな。ハッタリは俺の十八番なんだ」

その真一の言葉を聞いて、はっと何かに気付いたレアルは両眼を大きく見開いた。

――そう、真一が発動したスペルは〈巨人化(タイタンフォーム)〉などではない。
真一は〈陽炎(ヒートヘイズ)〉というスペルで作り出した幻影によって、あたかも自分が巨大化したかのように見せ掛けていただけだったのだ。
ならば、そうまでして真一がレアルの注意を引こうとした目的とは何なのか。
レアルは慌ててフィールド内に目を走らせるが、もう真一の準備は全て終わっている。


真一が立てた作戦は、大きく分けて三段階であった。
まずは巨人化を偽装した幻影を作り出し、レアルの注目を集めて、その他の準備を悟らせないようにすること。
そして二段階目の仕掛けは、真一が上空に放った大火球と、四体の騎士人形にタネがある。

――その時、一際強い稲光がピカっと走って、頭上の積乱雲が凄まじい雷音を轟かせた。

「そんな、馬鹿なことを…………!?」

真一の策を朧気に察したレアルは、この試合で初めて狼狽の声を漏らす。
上空へと消えて行った〈大爆発(ビッグバン)〉――その狙いは、火球の熱が生み出す上昇気流によって、頭上に浮かんだ積乱雲を成長させることにあった。
更にもう一つ。フィールドの中央付近ではいつの間にか剣、銃、盾の騎士人形が肩車を組んで立ち、その傍らには杖の人形が控えている。
――肩車の一番上で、頭上に剣を掲げる騎士人形。
最早言うまでもない。彼らの目的は、フィールド内に“避雷針”を作ることである。
真一がレアルを打倒するために選んだ武器は――――天上から降り注ぐ“稲妻”その物だったのだ。

「……ご明察。だけど、もう遅いぜ――――喰らいやがれッ!!」

そして、真一の合図と共に杖の騎士人形が〈落雷(サンダーフォール)〉の魔法を唱え、それに導かれた神の槍が、フィールド中央に立つレアルの体をまともに打ち据えた。
真一は余波を受けないようにフィールドの端で身を伏せながら、それでもレアルを睨む視線を片時も外さない。
これで終わる相手じゃないのは分かっている。だからこそ、こちらの手札にはまだ“最後の一撃”を残しているのだ。

94 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/02(土) 21:38:00
「お……のれ……人間風情が……!
 ……そんなもので、この私を……討てるとでも……!!」

落雷の直撃を命中させても、レアルのHPを全て削り取ることはできなかった。
今は全身を麻痺してまともに動ける状態じゃないだろうが、ヴァンパイア・ロードは自己回復の手段も持っているため、このまま放っておけばすぐに復活するだろう。
まったく、レイド級と呼ばれるモンスターのタフネスには呆れるばかりであった。

「ああ。テメーの息の根を止めるには、これくらいじゃ足りねーってことは分かってたぜ。
 次で本当に最後だ。――待たせたな、グラド!!」

そして、真一が天に向かって剣を掲げたその先――――遥か上空で、レアルを狙い続けるグラドの姿があった。

作戦の三段階目。
巨人の幻影も、落雷攻撃も、全てはこの一撃を当てるための布石に過ぎない。
真一が剣を振り下ろすのに従い、天空のグラドは流星と化し、フィールドを目掛けて一直線に降下する。


「――――――――〈ドラゴンインパルス〉ッッ!!!!」


グラドが習得した三番目のスキル――〈ドラゴンインパルス〉とは、自身の肉体を炎の魔力に変えて突撃する、捨て身の体当たりだ。
韻竜と呼ばれる古代種の末裔だけが有する、膨大な魔力全てを物理的エネルギーへと変換して行うそれは、全魔力の消費と反動ダメージというリスクを背負って尚、あまりに十全すぎる威力を持つ。
――当たれば終わり、外しても終わり。
まともに使えば大博打としか言い様のない代物だが、敵が全身を麻痺して躱す術を持たないこの状況ならば――必中にして、必殺の威力を持つ、至大至高の一撃と成る。

間もなくして焔の流星は水の都に堕ち、力尽きた〈真なる鮮血の主(ヴァンパイア・ロード)〉は、その身体を霧散させて、アルフヘイムから消え去った。

一瞬、目の前の出来事に静まり返る場内。
そしてその直後、四方八方から響く大歓声と共に、第一試合の勝者として、高々と真一の名が告げられた。

「――〈召喚解除(アンサモン)〉! ありがとよ、相棒。お前には今回も随分無茶させちまったな」

真一はグラドをスマホの中に回収し、未だ画面上でダウンしている相棒に向けて、そんな言葉を伝える。
しかし、これで真一は手持ちの主力スペルをほとんど使い果たし、グラドもこの様子では、再び戦えるようになるまでしばらくの時間を要するだろう。
本当はもう少し上まで行きたい気持ちもあったが……まあ、仕方ない。
真一とグラドのデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントは、ここでお終いだ。あとは信頼できる仲間たちに託すことにしよう。

「……ま、しゃーねえな。俺たちはここでリタイアさせて貰うわ。
 残りの戦いは、二人に任せることにするぜ」

――ふと気付けば、いつの間にか天を覆っていた積乱雲も晴れ、上空には再び燦々と輝く太陽が昇っていた。
水の都に降り注ぐ陽光に照らされながら、真一はフィールドを後にするのであった。



【レアル=オリジンとの死闘に勝利するが、力を使い果たしてリタイア。
 残りのトーナメントはなゆたとみのりに託す】

95明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/03(日) 22:51:53
いるはずのゲスト客の姿がなく、不気味に静まり返ったカジノの館内。
そこで俺たちは、いないはずの敵と遭遇することとなる。

全ブレモンプレイヤーにとって、みんなのトラウマという形で記憶に刻まれた存在。
角魔バフォメットが、その金に光る両眼に俺たちを捉え、ゆっくりと歩み寄って来た。

>「……逃げましょう明神さん。私のゾウショクと明神さんのヤマシタさんでは、勝ち目がありません。レア度が違い過ぎます」

「……奇遇だなしめじちゃん。俺もいまドンピシャで同じこと考えてたぜ」

まぁ誰だってそう思う。俺だってそう思う。完全に想定の範囲外だ。
バフォメット。とにかくアホみたいに硬くて攻撃が痛いこいつだが、ブレモン全体で言えば中の上くらいの強さだ。
少なくともステータス面で言えばレイド級ほどデタラメってわけじゃあない。
多分ゴッドポヨリンさんなら真っ向から殴り合っても勝てるだろう。

バフォメットがプレイヤーのトラウマ足り得るのは、ひとえにこいつとの戦いがマルチじゃない点にある。
メインシナリオで遭遇するバフォメットは、完全にソロで打ち勝たなきゃならない相手なのだ。
馬鹿みたいに鍛え込んだ廃人の手を借りれなけりゃ、数の暴力でゴリ押しできるわけでもない。
これまで脳死で救援を待ってたプレイヤーは、ここでついに「戦略」と「相性」を意識したプレイングを迫られるわけだ。

シナリオ中でバフォメットと戦う機会は2回ある。
一つは、ニブルヘイムの驚異を再認識させられる、問答無用の負けイベント。
そして命からがら敗走した後、修行とNPCの手助けを受けてもう一度挑み、ようやく勝利できる構成だ。

やりこみプレイの一環に、強制敗北戦闘をどうにかして勝つってのがあるが、
今の所どれだけゲームに精通し、カンストキャラを揃えたとしても、一回目のバフォメットには勝てた例はない。
トップを爆走する廃課金勢ですら、負けイベントを覆すことは出来なかったのだ。
多分内部的にHPが減らない特殊なバフかなんかが付いてるんだと思う。

>「相手がどの段階のバフォメットか判りません。そうである以上、戦ってはダメです。
 
プレイヤーがバフォメットを倒すには、まず奴から特殊バフを引っ剥がせるNPCの協力が必要だ。
大賢者ローウェルの弟子、つまりは『十三階梯の継承者』が一人、"虚構"のエカテリーナ。
シナリオ内でこいつを同行させられれば、バフォメット討伐のお膳立てを整えてくれる。
逆に言えば、エカテリーナと出会わない限りバフォメットを倒すフラグが立たねえってわけだ。

たった今、俺たちの眼の前に現れたこのバフォメットは、討伐フラグが立つ前なのか後なのか。
もしもバフが付いたままなら、俺たちはそれこそゲームと同じように強制敗北を叩きつけられることになる。
言うまでもなく、単なるゲームオーバーじゃ済まねえだろう。
待ってるのは哀れな野郎と女の子一人がバフォメット君のおやつになる未来だ。

バフの有無を確かめるにも状況が悪い。
とにかく今は一時後退して、今後の方策を練らなきゃならねえ。
しめじちゃんの声に促されるまま、俺たちは速攻で踵を返す。
ライフエイクの目論見なんざ知ったことか。俺はとんずらこかせてもらうぜ!

>「バフォメットは移動速度が遅いので、後退すればなんとか逃げ――――」

景気よく逃走ルートに入った瞬間、しめじちゃんが息を呑む音がいやにはっきりと聞こえた。
彼女の細い肩の向こう、俺たちが通ってきた道を塞ぐように、ひとつの影がある。
それは、俺の背後からゆっくりと迫りくる巨体と鏡写しのようにそっくりだった。

>「……なっ、嘘です。バフォメットが2体、ですか?」

「おいおいおいおい冗談じゃねえぞ!詰んでんじゃねーか……!」

前門のバフォメット、後門のバフォメット。
裏口から入ってきたと思しき新手のバフォメット退路を断たれ、俺たちは完全に立ち往生してしまった。
バルゴスの野郎は何やってんだ!部外者の立ち入りを許してんじゃねえよ!!

96明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/03(日) 22:52:39
……退路方向のバフォメットの口元に付いてる、赤黒い汚れは何だ。何を食った。
俺たちは裏口からまっすぐここへ来た。俺たち以外に、あそこに居たのは誰だ。

「バルゴス……!」

俺はやりきれない思いで瞑目する。
バルゴスは特別良い奴ってわけじゃなかったし、むしろロクな死に方しねえクズの類だと思う。
それでも、つい数分前まで会ってた奴がおそらく魔物に喰われて死んだって事実は、
根っからパンピーの俺の心にずどんと重くのしかかった。

そして何よりまずいのは、バルゴスの死が全然まったく他人事じゃねえってことだ。
おっさん一人平らげたぐらいじゃ満腹には程遠いのか、新手のバフォメットもまた俺たちに迫って来ている。
この狭い通路に逃げ場なんてあるはずもなくて、あとは前と後どっちに喰われるのが先かの違いしかない。

どうする。どうしようもねえけど、どうにかしなけりゃならねえ。
ここで我が身を犠牲にしてでもしめじちゃんを逃がすのが正しい大人の姿勢って奴なんだろうな。

でもダメだ、死にたくねえわ俺。しめじちゃんの命も、俺の命も、諦めたくねえわ。
正しさなんてクソくらえだ。間違ってようが、みっともなかろうが、足掻くことをやめられねえ。

>「それなら――――上に逃げます、明神さん。少しだけ時間をください。2F直通のエレベーターを作ります」

やがて俺は、早々に思考を放棄しなかった自分の采配を褒めることになる。
隣で固まっていたしめじちゃんが、死中に活路を見出したからだ。

「……任せろ!」

しめじちゃんの要請に、身体は自然と反応する。
彼女もまた、軽々しく命を諦めるはずがないと、俺には理解できていた。
ギリギリまで練り続けていた遁走の策を実行に移す。

「『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ」

スペルが起動し、俺としめじちゃんを包み込むように乳白色の濃い霧が発生した。
同時、しめじちゃんのスペルによって地面から赤黒い塔が隆起し始める。
真っ白に覆われた視界が、更に赤いモノクロへと変わっていくのを感じた。

――『迷霧』と『血色塔』、この2つはともに視界に作用する妨害スペルだ。
そして2種のスペルは同様の効果をもたらすがために、合わせて発動することである種のシナジーを生み出す。

ざっくりと言うなら、モノクロになった視界を霧が覆うことによる、目潰しの相乗効果。
バフォメットの視界はこれで完全に塞がれたはずだ。

「『万華鏡(ミラージュプリズム)』、プレイ!」

温存しておいたATBバーをさらに消費して、俺は追加のスペルを発動した。
ヤマシタの輪郭が幾重にもブレて、同じ姿をした革鎧が3つその場に出現する。
対象の半分のステータスを持った3つの分身を作成するスペルだ。

もともと貧弱なクソ雑魚革鎧がさらに半分のステで出てきたところで、バフォメットのおやつが増えるだけだろう。
だがそれで良い。視界がまったく利かないこの状況なら、分身共はデコイとして十分に効果を発揮する。
ヤマシタの分身達は、それぞれ剣を構えて前後のバフォメットへ突撃していく。

バフォメットの攻撃は手探りになるとはいえ、分身が叩き潰されるまでの時間が1秒から10秒弱に増える程度の違いでしかない。
しかしそれだけありゃあ、血色塔が天井をぶち破るのに余裕で足りる。
雨後の竹の子のごとくニョキニョキ生える血色塔に俺はしがみ付いた。

97明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/03(日) 22:53:04
「しめじちゃん、手ぇ貸せ!目は瞑っとけよ!」

血色塔によって破壊された天井の瓦礫が降ってくる。
俺はスーツのジャケットを脱いでしめじちゃんに被せ、その細い背中を引き寄せた。
頭に降り注ぐ細かい瓦礫は……まぁ根性で耐えよう。バフォメットに喰われるよかよほどマシだ。

革鎧のひしゃげる音と共に、万華鏡の効果が切れる。分身が全て叩き潰されたのだ。
そしてそれとほぼ同じタイミングで、俺たちはぶち抜いた穴から二階へ逃れることに成功した。

二階の床にまろび出ると同時、俺は周囲に目を走らせる。
誰も居ない。従業員がひっきりなしに往来していた二階通路もまた、不気味なまでに静まり返っていた。

「すぐにここを離れるぞ。奴らがよじ登ってこないとも限らねえ」

穴を埋めるように『工業油脂』を硬質化させ、しめじちゃんの手を引き走り出す。
アンサモンで回収しておいたヤマシタ(本体)を再召喚し、前方の様子を偵察させながら。
血色塔の効果が切れても視界が赤いままだと思ったら、額から血が出て目に入ってやがる。
瓦礫で切ったっぽいな。全然気付けなかったあたり、俺はそうとうビビっていたらしい。

「……助かったぜ。よく思いついたなこんな逃げ方」

進路も退路も塞がれているなら、新しく「道」を作れば良い。
単純明快な解決策ではあるが、土壇場でそうそう思い付けるようなもんじゃない。
一本道ゲーに慣れた俺たちみたいなゲーマーは特に、選択肢を自ら縛りがちだ。

現実世界は、入念にレベルデザインされたゲームとは違う。
巣の中で口開けて待ってりゃメシが降ってくるなんて甘い考えは通用しない。
満足なカードが配られないことだってあるし――配られたカードだけが選択肢ではないのだ。
俺の半分くらいしか生きてないはずのしめじちゃんは、それを誰よりも理解している。

「君に退路を任せて良かった」

冷静に考えるとむちゃくちゃ情けない発言だった。
俺は額をごしごし擦って血を乱暴に拭い、前へ向き直った。

「今の所カジノに居るのは一階のバフォメット2匹だけか……従業員共はマジでどこ行ったんだ。
 まさか、バフォメットに全員喰われちまったのか?あの腹にンな容量があるとは思えねえが」

雑な考察をしながら俺たちは二階を進む。
予定とは少しズレたが、もともと俺たちの目的地は二階にあるライフエイクのオフィスだ。
一階にバフォメットがいる以上今のところ脱出が困難であることには変わりない。
なにか脱出に使えるものがないか探すうえでも、このまま探索を続けるべきだろう。

「先週俺たちが通されたVIPルーム……その先にあるのが、多分ライフエイクのオフィスだ」

一週間前、石油王がカジノで大暴れして連行されたVIPルームの奥には、別の扉があった。
カジノを見回っても他にそれらしき部屋がなかったことから考えるに、おそらくそこが目的地だ。

二階をどれだけかけずり回っても、人影はおろか魔物の影すら見当たらなかった。
念の為『導きの指鎖』を使い続けてるが、鎖はまっすぐ階下のバフォメットを指している。
途中、吹き抜けになっている廊下からカジノのホールを見渡せたが、やはり誰もいない。
コロシアムの様子を中継しているはずの受像板も停止したままだ。

「着いたぞ、VIPルームだ」

ヤマシタに分厚いドアを蹴り開かせる。鍵はかかっていなかった。
中は無人だ。革張りの豪奢なソファに、黒檀製の応接机。先週訪れた時と変わらない。
壁面に張り出したワインセラーには、同じ銘柄のワインがいくつも収まっていた。
そして、その奥には金縁で飾られたドア。

98明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/03(日) 22:53:31
「流石に鍵がかかってんな。ちょっと下がってなしめじちゃん。……ヤマシタ!」

俺の声に応えて、ヤマシタが鎧の内側から針金やら鉤棒やらを引っ張り出した。
盗賊系ジョブには鍵開けのスキルがある。
ギルドハウスの不法侵入とかに有用なので当然ヤマシタに習得させ済みだ。
しばらく鍵穴の前でガチャガチャやってると、やがて軽い音と共に錠前が開く。

「よし、入るぞ――」

――そこで俺は、重大な事実の見落としにようやく気がついた。
本当はもっと早く、それこそバフォメットと遭遇した時点で、思い至るべきだった。

『何故カジノに誰もいないのか』なんてことは、大した問題じゃない。
それこそライフエイクが人払いをすれば従業員もゲストも消え失せるだろう。
真に考察すべき疑問は……ニブルヘイム在住の魔物、『バフォメットが何故ここにいるのか』だ。

バフォメットは本来、アルフヘイムのその辺を彷徨いていて良いようなモンスターじゃない。
シナリオで遭遇するのだって、クソど田舎のボケナス領主が召喚儀式を遂行したからだ。

野生のバフォメットなんてもんは存在せず、その背後には必ず誰かが居る。
誰か――それはつまりアルフヘイムの住人。人間の悪意の介在なしに、現れるはずのない魔物だ。

ならば、誰がバフォメットをニブルヘイムから喚び出したのか。
その答えは、扉を開けた先にあった。俺はたまらず怒声を上げた。

「あいつ……ライフエイク!あの野郎!!」

オフィスの壁一面に、生き血を思しき赤黒い液体で魔法陣じみた文様が描かれている。
そしてその魔法陣を切り抜くように、色のない虚空が広がっていた。
空間に穿たれた、穴。俺はこいつを知っている。メインシナリオ後半に出てくるダンジョンへの入り口だ。

ダンジョンの名称は――『ニブルヘイム』。
ライフエイクのオフィスに、アルフヘイムとニブルヘイムを繋ぐ『境界門』が出現していた。

「あの腐れヤー公、ニブルヘイムと内通してやがった……!」

アルフヘイムにとって、ニブルヘイムは世界を侵す外敵だ。
ニブルヘイムから侵攻してくる魔王やら魔族やらが引き起こす事件で何人も犠牲になってるし、
アルフヘイムもまたニブルヘイムの連中を目の敵にして見つけ次第征伐してる。
つまり2つの世界は依然戦争状態にあって……ライフエイクの行為はれっきとした外患誘致だ。

メインのド終盤、ダンジョンとしてのニブルヘイムが解放されたあたりのシナリオを思い出す。
賢者ローウェルの死後、その弟子が一人、師を蘇らせるためにニブルヘイムへ渡った。
そしてあっちで絶望から魔王と化して、師を奪ったアルフヘイムに復讐と言う名の侵攻をかける……っつう内容だ。
魔王が自分自身をアルフヘイムに『召喚』する為に、メイン級のキャラが何人も生贄になった。

なんのことはない。バフォメットがカジノを彷徨いていた理由。
それは、あの売国奴が意図的に境界門を生成して、向こう側から召喚したからだ。
おそらくは……カジノの従業員や、ゲストを生贄に捧げて。

「何考えてんだあの野郎。こんな街中にニブルヘイムとの門なんか作って、何がしたい」

ことここに至っちゃ、ライフエイクの側近のレアルとかいう奴も本当に人間か怪しいもんだ。
奴は自分以外の人間のことなんざ屁にも思っちゃいない。人間を傍に置くことはしねえだろう。
連中の目的は一向に分かりゃしねえが、とにかくやべえ事態だってことは確かだ。

呼び出される魔物のレベルは、生贄となった者の生命力の大きさ、強さに依存する。
仮にライフエイクがバフォメットより強力な魔物の召喚を望んでいた場合、生贄の対象は戦士や魔道士になるだろう。
戦闘力を持たない村人を生贄にしたバフォメットでも、クソふざけた強さだったんだ。
高レベルの戦闘職なら、それこそレイド級を凌ぐ化物が生まれてもおかしくない。

99明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/03(日) 22:54:09
デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント。
もしもその真の目論見が、「より強い生贄」の選別にあるとしたら。

あいつらが……危ない。
俺は潜入前に石油王から手渡された藁人形を取り出した。

「石油王!石油王聞こえるか!今すぐ二人を連れてそこから逃げろっ!
 ライフエイクはニブルヘイムと通じてやがった!トーナメントは奴の生贄選別儀式だっ!」

ライフエイクの目論見については完全に憶測だが、裏をとってる暇なんかねぇ。
石油王の話じゃ藁人形は身代わりの他に通話機能もあるらしいが、応答はない。
耳に押し付けてみると、ザ……ザ……とノイズのようなものがかすかに聞こえた。

「クソ……!門の魔力がデカ過ぎてジャミングになってんのか」

俺の声がどこまで石油王に伝わってるのか確かめる術はない。
そして、危険が危ないのは出場組だけじゃなかった。
廊下の向こうから重い足音が響いてくる。ドン亀バフォメットがついに二階に到達したのだ。

「俺たちもずらかるぞ、しめじちゃん。……つっても、奴さんに逃がしてくれるつもりはねぇようだが」

しめじちゃんの言う通り、バフォメットが弱体化してるのかどうか確かめずに挑むのは愚の骨頂だ。
そして弱体化前ならもうどうしようもない。エカテリーナはリバティウムに居ねえから、特殊バフの解除はできない。
まぁ弱体化してたとしてもレトロスケルトンとリビングレザーアーマーじゃ歯が立たないけどな!

「俺が食い止める……って言えたらカッコいいんだろうけどな。
 俺一人じゃ秒で挽肉だ。時間稼ぎにもなりゃしねえ。だから、一緒に逃げよう」

カジノの出入り口は2つある。
客が出入りする正面玄関と、俺たちが侵入した従業員用の通用口。
このうち通用口へのルートは使えないと考えて良いだろう。
狭い通路でバフォメットとかち合いでもしたら、それこそ完全に詰みだ。

「バフォメットの現在位置は、聞こえる音と指鎖の動きから察するに一階二階にそれぞれ一匹ずつ。
 二階の奴は階段から二階廊下をまっすぐこっちに向かって来てる」

俺は潜入のために作ってきた簡略地図を広げて、しめじちゃんにルートを説明した。

「ホールを抜けて正面玄関から脱出する。まずはVIPルームを出て、吹き抜けからホールに飛び降りるぞ」

広いホールに出ちまえば、動きの遅いバフォメットから逃げ切れる公算が高くなる。
問題は、上位の魔物であるバフォメットはスペルを所持しているという点だ。

「奴のスペルは確か、『火の玉(ファイアーボール)』と『影縫い(シャドウバインド)』だったな。
 火玉はどうにでも出来るが影縫いがヤバい。ホールの照明と影の向きには注意するんだ」

影縫い(シャドウバインド)は、対象の影を踏むことで一時的に動きを封じる拘束スペルだ。
足の遅いバフォメットだが、このスペルで動きを止めてゴリラ火力でぶん殴るという、
理不尽の極みみたいなクソ即死コンボを持ってやがる。
屋外ならともかく、四方八方に照明器具のあるカジノのホールは罠だらけと考えて良いだろう。

「ルートは頭に入ったな?バフォメットはすぐそこだ、俺が道を付ける」

VIPルームに戻ると、指鎖がビンビンに張ってカタカタ震えだした。
扉のすぐ向こうにバフォメットが居る。濃密な魔力の気配は、霊感のない俺にもはっきりとわかった。

100明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/03(日) 22:54:36
「『万華鏡(ミラージュプリズム)』――プレイ!」

分身作成のスペルを発動。対象は……VIPルームの扉だ。
新たに3つ扉が増えて、都合4つのドアが壁に出現した。
バフォメットの動きが止まり、逡巡する気配が伝わってくる。
指鎖の先は、右側のドアを指し示した。

「今だ、駆け抜けろ!」

俺は一番左のドアを蹴り開いて、廊下に飛び出した。
すぐ傍にバフォメットがいたが、奴は2つ隣のドアをぶち破らんとするところだった。
バフォメットが振り向くより先に、俺たちは廊下を走り抜ける。

「吹き抜けだ、飛び降りるぞっ!」

先んじてヤマシタとゾウショクに飛び降りさせ、次いで俺たちも宙に身を投げ出す。
2匹の忠実なしもべは、主の身体を確かに受け止めた。
俺はホールの絨毯に足を付けて、すぐに周辺を見回す。

そして――ホール中央に陣取っていたもう一匹のバフォメットと目が合った。

「へへ……鬼ごっこをしようぜ。てめえが鬼な」

正面玄関へ行くには、このバフォメットの傍を横切らなきゃならない。
俺はしめじちゃんと反対方向の脇に走りながら、バフォメットを挑発した。
もちろん照明の位置には注意して、自分の影がバフォメットに重ならないよう動くことを忘れない。

バフォメットはホール内じゃ追いつけないと判断したのか、息を大きく吸い込む。
スペルの予備動作。バフォメットの口からバレーボール大の火球が吐き出された。

「当たるかよそんなションベン球!たかし君の投げる球のほうが気合入ってるぜ!」

『火の玉』は真ちゃんが得意とするスペルでもある。あいつの放つ火の玉はもっと速かった。
あのドラゴンバカの戦いを見てきた俺にとっちゃ、こんなもんは目を瞑ったって避けられるぜ。

小学生の頃から俺はドッジボールで避けるのが得意だったんだ。
一人だけ最後まで生き残って、ひたすら周囲を萎えさせる天才と呼ばれた男よ!

見ろ!上半身のスウェーだけで躱すこの見事な神回避!
上手い!上手いね明神ちゃん!ウチ来ない!?

――そのとき、俺は確かに見た。
火の玉を吐き出したバフォメットが、その山羊みたいなツラを歪ませて、笑うのを。

俺をかすめて背後に飛んでいった火の玉が爆発する。
爆風や炎は大したことなかったが……爆炎は強く光り輝いた。
強烈な光源が背後に出現したことで、俺の影が前方に大きく伸びる。

そして――バフォメットの魔力を纏った足が、伸びた俺の影を踏みつけた。
『影縫い』が発動し、俺は指一本動かせなくなった。

「えっ、あっ、やべ――」

俺よりも、バフォメットの方が知略で一枚上回った。
火の玉を攻撃ではなく光源として使う即席コンボに嵌められて、拘束スペルを喰らってしまった。

状況に理解が追いつき、己の不明を呪った時には、既にバフォメットは距離を詰めている。
人間なんか一撫でで肉塊に変える豪腕が、降ってくる――


【ライフエイクのオフィスでニブルヘイムへのゲートを発見。
 脱出を試みるも、バフォメットの拘束スペルに捕らわれて即死確定】

101五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/03(日) 22:55:15
選手控室にてみのりは既に試合用のコスチュームに着替えていた
ペンギン袖の大きめのパーカーで体のラインと両手が隠れている
下は作業用ズボンとブーツといういで立ち
なゆたの夏イベ水着姿と比べると全体的に野暮ったさは隠しきれないが、みのりの戦術上必要機能を全て揃えた機能美の粋ともいえる衣装なのだ

とはいえ試合開始はまだ先の話。
水晶球に映し出される試合の様子を見続ける
ワンデイトーナメントの性質上、試合会場は複数設けられ同時進行されている
第一試合である真一の戦闘中に第四試合のなゆたの試合が始まり、新たなる水晶球に映し出された

なゆたの対戦相手は先ほどまで控室で言葉を交わしていた、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』ステッラ・ポラーレ
一言二言言葉を交わしただけで既に只者ではないとわかっていたが、試合会場に現れた……いやもはや降臨したといっていいだろう
そのド派手な演出はなゆたの登場を霞のように吹き飛ばすほどのものだったのだから

始まるなゆたとポラ-レの戦いにみのりはした唇を噛む
真一の戦う真なる鮮血の主(ヴァンパイア・ロード)レアル=オリジンとはまた別の意味で難敵であるからだ
専用の対策を講じていないとまず勝てない、という勝つどころか一撃入れる事すらままならないであろう
唯一の救いは3回はリタイアのチャンスがある事だ


『蜂のように刺す(モータル・スティング)』は3回目の攻撃で問答無用に相手を殺すことができる恐るべきスキルだ
だが逆に言えば3回目の攻撃を受けなければ死ぬことはない

試合という形式をとっている以上、リタイアのチャンスは対峙した時点
そして、1回目、2回目の攻撃を受けた時点
なゆたは既に2回のチャンスを消費してしまっている。

(対策を立てていない以上、勝ちの目はあらへん……
手の内さらけ出して消耗してしまう前にギブアップするんが最善手やで)
水晶球を見つめながらみのりは心の中で祈らずにはいられなかった

真一は生き残るために全ての手の内を晒し全力を尽くす必要があるだろう
結果、たとえ勝ったとしても2回戦はおろか一日は戦えまい
だが、なゆたの相手はギブアップが許されるのだろうから

コロシアム入りする前になゆたに投げかけておいた言葉が引っかかってくれる事に望みをかけるのだが……

水晶球に対峙するなゆたとポラーレの顔がアップで映し出される。
二人のやり取りの声までは水晶球は伝えなかったが、一つだけ確実に伝わったことはある

「ああ、こらあかんわ」
思わず口から漏れ出すあきらめの声
なゆたのその表情を見れば途中でギブアップなど考えられないのだから

102五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/03(日) 22:55:43
真一の戦いに視線を移すと、そこは炎と闇との壮絶な打ち合いとなっていた
打ち合いといえば聞こえはいいが、真一は撃つたびにスペルカードを消耗していく
「戦いの後」の事を考えないのはみのりにとっては信じがたい光景だが、相手を考えれば「戦いの後」を考えていてはこれまで立ってはいられなかっただろう
そしてレアルの攻撃や態度を見ればギブアップ宣言の余裕を与えるとは思えない

このままスペルカードが尽きるまで粘るであろうが、そのあとどうできるか、みのりには想定ができなかった
しかし真一はみのりの想定を超えて戦いを動かした

牽制、幻惑、自然をも利用した落雷
そこからの流星が如き一撃!

正に流れるような戦術にみのりは息を呑み、会場の歓声と共に感嘆の息を吐いた
この目で一部始終を見ていても信じられないが、真一はレイドモンスターしかも〈真なる鮮血の主(ヴァンパイア・ロード)〉であるレアル=オリジンと戦い、勝利したのだ
出会った時、ベルゼブブに単身突っ込んで言った姿からすればもはや別人といって良いのではないだろうか?
それほどの成長をこの戦いで見せた真一に心で賛辞を贈る

だが、全力を出し切り消耗しきった真一とグラドは次には進めないだろう
見立て通り、真一のリタイアの表示がされる
五体満足で戦いの場から降りられただけでも十分といえよう

「うちの試合は最終組やし、まだ時間あるやんな
真ちゃんリタイアしたみたいやし、もう選手やあらへんから会いに行きたいんやけど?」

振り返り専属係員に尋ねるが、首を横に振るのみ。
(どうあっても合流させへんつもりなんやねえ)
思案を巡らせながら水晶球に目を戻す

試合は同時進行で行われる
真一やなゆだの試合だけでなく他の試合も順次進んでおり、すでにこの待合室に選手はみのりを含め二人しか残っていない

それぞれが試合会場で戦いを繰り広げているが……正に激戦
ライフエイクが謳ったように、アルフヘイム最強の猛者を決めるにふさわしいといえよう
ドワーフの戦士、エルフの魔術師、巨人、魚人……どの出場者を見ても強力な実力者で恐ろしく高レベルな拮抗した試合が続いている
あまりにも拮抗しすぎており、もはや潰し合いという様相を呈してきているが、誰もが熱に浮かされたように戦い、血を流し、倒れていく

「なあ、これってワンデイトーナメントやんなぁ?
2回戦てやれるのン?」

あまりにも壮絶な試合が多く、敗者より勝者の方が血が流れているものも見受けられる
生死を問わない戦いである以上、こういう事もあるのではあろうが、それでも思わず聞かずにはいられないほどの惨状なのだ

その問いに対しては
「最高の医療チームが控えておりますので、試合終了後の治療メディカルチェックは万全を期しております」
という満面の笑みでの回答が帰ってきた

「ふう……ん。ほなら安心やなぁ」
水晶に目を向けたまま返事をするみのりの耳に明神の叫びが届いたのはその時であった

>「石油王!石油王聞こえるか!今すぐ二人を連れてそこから逃げろっ!
> ライフエイクはニブルヘイムと通じてやがった!トーナメントは奴の生贄選別儀式だっ!」
ノイズのまみれてはいたが、確かにそれは明神の声
傍受の危険を顧みず伝えたという事は、確実な証拠をつかみ尚且つ緊急を要するという事であろう

それと同時に背後に気配
反射的に振り返った瞬間、胸元から『ドン』と鈍い音
視線を下げれば、自分の胸にガラス質なものが突き刺さっているのが映る。

103五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/03(日) 22:56:10
視線を戻せば係員がみのりの胸にガラス化した腕を突き立てていたのだ
「どう……し……」
言葉を紡げないみのりをあざ笑うかのような係員の表情は歪み消えていく
それはもはや人の表情ですらなく、人の形をとった鏡……そう、係員は人の姿に化けた鏡像魔人「ドッペルゲンガー」だったのだ
ニブルヘイムの魔物であり、力こそは強くないが姿を自在に変えられる、戦闘力以外の脅威が高い魔物である

みのりの背後では控室に残っていたもう一人の出場者が担当の係員、正体を現したドッペルゲンガーに首を狩っ切られ倒れる
ドッペルゲンガーがもう一組の決着がつき目撃者も消えたと油断をした瞬間、召喚されたイシュタルにはたかれ強い衝撃を受けて吹き飛んだ
だが、それは大したダメージにはならず、直ぐに立ち上がり倒れたみのりを見下ろした

「最後ノ悪足掻きキモココマデダナ
異邦ノ魔物使イトイエド所詮ハ脆弱ナひゅーむ、不意ヲ付ケバコンナモノダ
主人ノイナイ魔物ナド木偶モ同然」
「元々オ前ハ試合ニ出ルト何をスルカ判ラナイカラ試合前ニ殺ス予定ダッタガ
ヤハリ仲間ガ動イテイタカ
予定ガ早マッタガ、アトハ我々ガコノ女ノ姿ヲ映シテ……」

「ふぅん……やっぱり傍受されてたんやなぁ
まあそれはええんやけど、ライフエイクはんには『ルールのうちで』って言うておいたのに、残念やわぁ」
胸を貫かれたみのりが何事もなく立ち上がり、小さく息を吐く

確かにみのりは胸を貫かれた。
着衣にも胸に大きな穴が開いており、豊満な胸が作り出す谷間が覗いているが傷一つついていない

それはみのりが受信用に持っていた囮の藁人形(スケープゴートルーレット)の藁人形がダメージを肩代わりしたからだ
当然致命のダメージを肩代わりしたので人形は消失
明神との連絡手段は失われ、明神には傍受されているノイズのみが届くであろう

5体の藁人形のうち、みのりの持つ親機はダメージ反射をするものであり、攻撃力がほぼないイシュタルがドッペルゲンガーを殴り倒せたのは、藁人形から発せられる反射ダメージの衝撃に殴るモーションを合わせたからなのだ
あえてイシュタルを使い反射ダメージの存在を隠したのは、倒したと油断させて時間を稼ぐためであった

「マダ生キテイタトハ。
ダガ知ッテイルゾ。オ前ノ魔物ハ直接的ナ攻撃力ハナイシ、鈍イ
ソシテオ前自身ニ戦闘力ハナイ」

にじり寄る二体のドッペルゲンガー
一気に襲い掛かってこないのは先ほど致命の一撃を与えたにもかかわらず無傷で立ち上がった事への警戒だろうが、長くはもたないだろう
確かにこの室内でで戦いが始まり、みのりが狙われれば助かるすべはない

「よぉしってはるなぁ。
ウィズリィちゃんの話ではイシュタルはこの世界におらへん魔物やゆうのに
それにしても、うちらって戦う理由あるのン?
おたくらニブルヘイムの方々やろし、アルフヘイムと対立しているのは知ってるけど、うちら関係あらへんやない?」

「理由ナド必要ナイ
オ前タチナド生贄ニ過ギナイノダカラナ!」

問答にならない問答は終わりをつげ、戦端は開かれる
「ほんに、しゃぁあらへんなぁ……『品種改良(エボリューションブリード)』--プレイ!対象イシュタル!』
イシュタルに寄り添いながらスペルカードを発動
『品種改良(エボリューションブリード)』は土属性モンスターのステータスを3倍にするものである

スペルカードの効果が表れ、イシュタルの体が急激に膨らんでいく
1.5メートルのイシュタルが3倍……いや、さらに膨らんでいく

104五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/03(日) 22:58:08
倒れている際に秘かに発動させていたスペルカード『土壌改良(ファームリノベネーション)』の効果によりフィールドは土属性となっており、その恩恵で土属性スペルの効果は2倍となる
すなわちイシュタルはかけられた『品種改良(エボリューションブリード)』の効果は6倍となり10メートル近い巨大な案山子となろうとしていた
当然寄り添っていたみのりは既に藁に飲み込まれ、選手控室が広いといっても10メートルの案山子が収納されるには足りはしない
天井を突き破らんとしたところでイシュタルの固有スキル『長男豚の作品(イミテーションズ)』が発動
人の形を崩し、藁の塊となって控室を満たすことになる

「所詮ハ藁ノ塊ニ過ギ……ヌ、ダ……」
藁に飲み込まれた二体のドッペルゲンガーが刃上に変化させた両手を振り回すが、その声も尽きて静まり返る


この世界でのブレイブマスターの弱点
それはプレイヤーである人間があまりにも脆弱であるにもかかわらず、同じ戦場に立たねばならない事である
モンスターを盾に戦おうにも、直接人間を狙われればあまりにも脆く倒される

その弱点を補うためにみのりが辿り着いたのがこの形

真一の人魔一体の戦い
なゆたのゴッドポヨリンのコンボ
そしてガンダラでしめじとウィズリィをイシュタルの体に咥えこみ衝撃から守った事

これらの経験からイシュタルを巨大化させ、その藁の中に紛れ込んでしまうというのだ
藁の体であるから紛れ込むのは簡単であるし、今回のしようも肌の露出を抑える事で藁の中でも活動しやすいようにというものだ
『長男豚の作品(イミテーションズ)』で内部構造を操作することでイシュタル内を移動して場所を掴ませない
これで安全に戦場にいられるというわけだ

室内だとその巨体では身動きが取れないので、不定形の藁の塊となり、控室から出る
【トーナメントのルール】を反故にし襲われた以上もはやライフエイクの指示に従う理由はない

「さて、まずは真ちゃんを保護して、なゆちゃんを止めてもらいたいんやけど
明神のお兄さんやしめじちゃんも切羽詰まってたみたいやし……はふぅ〜大変やわ〜」

通路を完全に封鎖しながら移動する藁の塊の中でこれからの算段を考えるみのりだが、その前に現れた一人の女
深紅のドレスに老がいっぱいに広がらんばかりのクリノリンスカート
大きな襟飾りに鍔の広い豪華な帽子
凄まじいコルセットを予感させるくびれたシルエットと、その予感を一刀両断する広く割れた背面から白い肌が輝きを放っている
手に持たれるは長煙管
正にゴージャス!THE女王!

この女をみのりは知っている
そしてこの姿が数多あるこの女の姿の一つでないことも
この人物こそ『十三階梯の継承者』が一人、"虚構"のエカテリーナ、なのだから

「お初にお目にかかります〜『十三階梯の継承者』が一人、"虚構"のエカテリーナさんとお見受けしますわ」

通路を塞ぐ藁の中からみのりが上半身を出しながらエカテリーナに挨拶をするとともに、両脇から茨にからめとられたドッペルゲンガーを押し出した
いくら巨大化したとはいえ、所詮は攻撃力皆無の案山子である
そのイシュタルがドッペルゲンガーを沈黙させられたわけは、巨大化イシュタル内でユニットカード『荊の城(スリーピングビューティー)』を発動させたからだ
刺されれば睡眠状態になるデバフ効果付き茨が張り巡らされた藁の海を泳げばどうなるかは見ての通りである

「ふむ、そなたが我が師ローウェルに導かれし者だな。
世辞合は無用。わらわの前ではあらゆる虚構は無意味」

「あら〜お恥ずかしいわ〜。ほやけど話がはようて助かりますわ〜
ガンダラでは『聖灰のマルグリット』さんにもお世話になりましたよってなぁ」

ドッペルゲンガーを見せる事で、係員がドッペルゲンガーに入れ替わっており、襲撃を受けた旨
そこからトーナメントの裏できな臭い事が蠢いている事も言わずとも伝わっている
それだけでなく、みのりがローウェルに対し大きな不信感を持っていることも見抜かれた様子に小さく肩を竦めた

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106五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/03(日) 22:59:13
そもそもこのリバティウムに来たのはマルグリット経由で伝えられた大賢者ローウェルの指令『人魚の泪』を入手せよ、という言葉が発端である
ガンダラで指輪を渡すように指示されていたローウェルが、わざわざ第十九試掘洞第十層バルログのと戦闘が不可避な場所で待っていたこと
そのままタイラントとの戦闘が始まってしまったこと
この一連の流れに作為を感じずにはいられない

そこへ来てこのタイミングでゲームにおいて本来リバティウムにいないはずの"虚構"のエカテリーナが目の前に立っている
マルグリットと同様にローウェルの指示でこの場所にいるのだとすれば……随分と業腹な話だ、と顔には出さずともエカテリーナには伝わっているのだろうから

『十三階梯の継承者』を使い自分をいいように動かしているローウェルの意図が読めず更に不信感が高まっているのだ
ここで事情を知っているであろうエカテリーナに聞くべきことは多くある

だが今はここでどうこうしている時間はない
「お話したいところではあるんやけど、色々切迫しておりましてなあ
カジノの事務所でうちらの仲間が何か見つけましたようで、ここのオーナーさんがニブルヘルムと通じてると判断に足るようなもの
おそらくは……『門』だとは思いますけどぉ?
それと、トーナメントは生贄選別の儀式とか」

「選別……門……
『万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――』
事務所にはわらわが行こう
そなたはその光を辿るがよい」

みのりの言葉を受け取り、そう言い残すとエスカテリーナ虚空へと消えていき、後に残るのは仄かに揺れる赤い光球のみ
慌てて明神としめじの特徴を口いだしたが、それは伝わったのかただ虚空へと消えたのか判らなかった

赤い光球は揺らめきながら移動を始める
みのりはドッペルゲンガーとともに藁の塊に飲み込まれ、そのあとをついていく

藁の中でエカテリーナの言葉を復唱し思いを巡らす
選りすぐりの猛者たち
実力が拮抗しすぎて潰し合うかのような試合
……万斛の猛者の血……泪……ニブルヘイム……生贄
「もしかしてトーナメント自体が……?」
みのりの思考が一つの答えに辿り着こうとしている時に、光球はある部屋の前に止まる
そこは試合後真一が通された部屋であった

【試合観戦中に係員(ドッペルゲンガー)の襲撃を受けるも撃退】
【藁の塊状態で移動、"虚構"のエカテリーナと遭遇】
【"虚構"のエカテリーナ、事務所に移動】
【真一のいる部屋の前まで移動】



>>344のレスの冒頭コピペミスでごっそり抜けておりましたので修正版を改めて張らせてもらいます
失礼しました】

107佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/03(日) 22:59:52
メルトが逃げの一手として使用した『血色塔』。
それは、一定範囲の視界を赤く染める塔を現出させる妨害用のカードであるが、単体ではバフォメット対策としては不十分なものであった。
動き自体は鈍重であるとはいえ、彼の魔物は『火の玉(ファイアーボール)』という遠距離攻撃用のスペルを有している。
2体のバフォメットが、動く人影を目標として乱射すれば、直撃は免れなかったであろう。

>「『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ」
>「『万華鏡(ミラージュプリズム)』、プレイ!」

故に、この場面で明神が打った手は、状況を一転させる妙手となる。
濃霧による迷彩と、分身による攪乱。
赤い視界の中でもたらされたそれらの効果は、二人の生存に対して通常以上の成果を齎した。
リンク、チェーン、コンボ……ゲームによって表現方法は様々に在るが、判り易く言うのであれば、『効果の相乗』。

明神の思惑通り、血色塔が天井を破砕するまでの間、カードの効果は確かに二人を守り切ったのだ。

>「しめじちゃん、手ぇ貸せ!目は瞑っとけよ!」
「……え? えっ、明神さん何を――――むぎゅ!?」

最も――瓦礫から保護する為にジャケットを被せられて抱き寄せられたメルトは、対人恐怖症気味の性質と謎の緊張によって混乱の最中に有り、その事を理解出来なかった様ではあるが。

・・・

明神が使用した『工業油脂』の効果により穴を埋めた事で仮初の安息を得る事は出来たが、安心は出来ない。
何せ、相手はモンスター。一枚の壁、一枚の床。人間相手には有用なそれらの障害物は、彼等の強大な力の前にあまりに心許ない。
それを良く理解しているのであろう。急いでこの場を離れる事を主張した明神に手を引かれるままに、メルトはその細い足を動かす。

>「……助かったぜ。よく思いついたなこんな逃げ方」
「っはっ、はあっ……!逃走経路として、壁抜けや、バグルートを探すのは得意……じゃないです、その、偶然です」

その顔に朱が差しているのは、慣れない運動が原因か、或いは頻繁に視線を向ける己の繋がれた手が原因か。
酸素不足による思考能力の減衰によって設定にボロを出しつつも、かろうじで言い繕うメルト。
この期に及んで未だ自身を虚飾で飾るのは……根本的な所でメルトが人間という生物を信用していないからだろう。
本人すら自覚の薄いままに明神を信頼しつつ、同時に自身の悪辣は許容されざるものであると理解しているが故に信用出来ない。
そして、人という生き物はは二律背反に陥った時に、自身が傷つかない選択肢を選ぶものだ。
故に、メルトは自身の悪性を晒さない。晒せない。だが

>「君に退路を任せて良かった」
「っ……!?」

走りながら、明神が呟いたその言葉。
自身に向けられた短いその言葉に、メルトは一瞬息をする事を忘れた。
理解しがたい感情が胸中へと去来し、思わず握られた手を強く握り返してしまう。

「あの……あのっ……!」

そして突き動かされるように何かを、自身でも判らないそれを言葉として吐き出そうとし

>「着いたぞ、VIPルームだ」
「……あ。そう、ですか。着いたのですね。思ったより早く来られて、良かったです」

しかし、結局その何かが言葉になる事はなかった。
立ち止まった明神の前には、先日目にしたVIPルームの扉。
呆然と立ち尽くしていたメルトはそれを認識すると、無意識に思考を切り替える。
生き汚い、悪質プレイヤーの思考へと。


・・・

108佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/03(日) 23:00:43
>「あいつ……ライフエイク!あの野郎!!」
「これ、私、これ知っています……ですが、何故……何故、『これ』が此処に有るんですか!?」

VIPルームの最奥に有る金縁の扉。
明神のモンスターであるヤマシタのスキルによって開かれたその扉の向こうに広がっていた光景は、メルトの想像よりも尚悪い、最悪の光景であった。
赤黒い血液によって描かれた魔法陣と、その中央に世界に開いた穴の様に広がる、虚無とでも言うべき黒。
ブレイブ&モンスターズのメインシナリオを終盤まで進めた者であれば、誰もが知っているその黒は、名を『境界門』。

>「あの腐れヤー公、ニブルヘイムと内通してやがった……!」

ダンジョン『ニブルヘイム』の入口である。

>「何考えてんだあの野郎。こんな街中にニブルヘイムとの門なんか作って、何がしたい」
「判りません……シナリオに沿って考えれば、ニブルヘイムの浸食はアルフヘイムの滅亡と同義の筈です」

シナリオ終盤において本格化するニブルヘイムとの攻防は、熾烈を極める。
序盤から面識のあるメインキャラも含め、多くのキャラクターがその脅威の前に命を散らす。
それはまさしく、世界の存亡をかけた戦いであった。
だからこそ、メルトには判らない。
ゲームより過去であると推測される時系列で、ゲームの序盤とでもいうこの街で、この様な事態が起きている理由が。
ライフエイクと名乗る男がそれを引き起こすメリットが。

(……。強力な兵力の確保を得る為……想定される手間とコストを考えればこの予想は論外ですね。
 ライフエイクという人間自体がニブルヘイムの魔物が擬態した存在という可能性は……いえ、ニブルヘイムの存在としては『まとも』過ぎます。であれば、残る線は……)

判らない。けれど、メルトは判らない事を前にして思考を停止する事はしない。
メルトの様な悪質プレイヤーにとって、思考の停止は敗北を意味する。
相手の思考を、欲望を読み、相手が最も嫌がる事を以って利益を得た上で逃走する。
そのゲームスタイルが、半ば強制的にメルトの思考を稼働させる。

(……ニブルヘイムとライフエイク。双方に利益が有る『ビジネス』の結果でしょうか。ライフエイクの手引きでニブルヘイムは侵攻の拠点を手に入れる。ライフエイクが手に入れる物は)

機械的にプレイしてきたブレイブモンスターズのストーリー。
その中でニブルヘイムに関連する部分を、メルトは懸命に思い出していく。

(異界、生贄、村人、魔王、ローウェル、死者、浸食、悪魔、蘇生……)

知恵熱が出そうな程に加速した思考の中で、情報は断片と化し、やがてゆっくりと収束していく。
パズルのピースが繋がるように、メルトの思考の中では一枚の可能性の絵画が描かれていき……

109佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/03(日) 23:06:26
> 「石油王!石油王聞こえるか!今すぐ二人を連れてそこから逃げろっ!
> ライフエイクはニブルヘイムと通じてやがった!トーナメントは奴の生贄選別儀式だっ!」

しかし、状況は想像の完成を待つ事は無かった。
藁人形へ向けた明神の悲痛なまでの呼びかけで、我に返るメルト。

そう、のんびりと思い悩んでいる時間など無いのだ。
トーナメントが調理場である以上、その食材は、真一やなゆた、みのりであるのは間違いないのだから。
一刻も早く彼らにその事態を告げ、撤退をさせねばならないとメルトは考える。
それは、仲間意識や善意の感情から――――ではない。

>「俺たちもずらかるぞ、しめじちゃん。……つっても、奴さんに逃がしてくれるつもりはねぇようだが」
「それでも逃げないといけません明神さん。逃げて、皆さんに危機を伝えなくては。もしも真一さん達が生贄になる様な事があれば……召喚されるのはきっと、レイドボスなんていうレベルの存在じゃありません」

危機感だ。単純な危機感から、メルトは真一達へ現状を伝える事を急ぐ。
ゲーム内の登場人物達の犠牲は、魔王とでもいうべき存在を呼ぶことを可能とするモノであった。
そうであるのなら……数多の強大なモンスターを繰り、スペルを操りプレイヤーを犠牲とした時に呼ばれる存在はどれ程の存在となるのか。

想像に身震いしつつ、足音が響く廊下の向こうへとメルトは視線を向ける。
逃げても、立ち向かっても、そこに立ちはだかるのは確かな死の形。
自身の生きていた世界では味わった事のない恐怖に思わず、足を一歩引いたメルトであったが

>「俺が食い止める……って言えたらカッコいいんだろうけどな。
>俺一人じゃ秒で挽肉だ。時間稼ぎにもなりゃしねえ。だから、一緒に逃げよう」

「一緒……はい、わかりました。大丈夫です。逃げるのは得意ですので、足は引っ張りません。一緒に逃げましょう明神さん」

明神の投げかけた軽口が、その足を引き留める。
『一緒に』
親から見放され、社会から落伍し、薄暗がりの中を一人で生きてきたメルト。そうであるが故に、彼女にとって、今の明神の言葉はとても暖かなものであった。
メルト自身は気づいていないが、この様な危機的な状況にも係わらず、彼女の表情には――――微笑が浮かんでいた。

・・・

110佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/03(日) 23:06:54
明神の作戦通り、吹き抜けから宙に投げ出したメルトの体を、召喚したレトロスケルトンのゾウショクが受け止めんとする。
レトロスケルトンの能力は高くは無いので一種の賭けではあったが、メルト自身の体重が軽かったのが幸いした。
骨を軋ませつつも、ゾウショクはメルトを受け止める事に成功した。

急いで体勢を立て直したメルトが駆け抜けてきたVIPルームを見上げてみれば、バフォメットは明神が増やしたドアの破片を振り払い、方向転換をしている。
だが、鈍重なバフォメットでは今から追ってきたとして、追いつかれる事はないだろう。

となれば、クリアすべき問題はあと一つ。

>「へへ……鬼ごっこをしようぜ。てめえが鬼な」
「ユニットカード「骨の塊」をしようします――――ゾウショク、出てきた骨の欠片を投げてください」

1Fに陣取った、もう1体のバフォメット。
その巨体に威圧感と恐怖を感じるが、しかしここまでくればメルトは臆さない。
とっさの事態に対して反射的に行動を行う事は、悪質プレイヤーの基本技能だ。
そうでなければ、自治を重んじるプレイヤーと運営の目から逃げ続ける事など出来はしない。
明神は言葉による挑発を。メルトはゾウショクの行動による挑発を。
バフォメットの左右、逆方向から行い、バフォメットを惑わせる。
しかし、敵もさるもの――直ぐにメルトの行動に攻撃力が無い事を理解すると、バフォメットは標的を明神へと定め火の玉を連射し始めた。

>「当たるかよそんなションベン球!たかし君の投げる球のほうが気合入ってるぜ!」
「凄いです明神さん……!たかし君がどなたかは存じませんがっ!」

その火の玉をも機敏な動きで回避していく明神。メルトはその行動に純粋に賞賛の言葉を述べ……しかし気付いた。気付いてしまった。
バフォメットが、邪悪な笑みを浮かべた事に。
背筋に悪寒が奔り、とっさに周囲に視線を向ければそこには炎を受け伸びていく明神の影。

(>「奴のスペルは確か、『火の玉(ファイアーボール)』と『影縫い(シャドウバインド)』だったな)
(>火玉はどうにでも出来るが影縫いがヤバい。ホールの照明と影の向きには注意するんだ)

「明神さんっ!!!!」

明神の言葉を思い出した瞬間、メルトは駆けだしていた。
『このまま前に進めば自身だけは安全に生き延びられる』
先程まで思考の片隅に有ったそんな考えは、一切頭から抜け落ちていた。

真っ白な思考のまま、メルトは影縫いによって身動きが取れなくなっている明神に駆け寄り――――そして、彼の身体を突き飛ばした。
影縫いはあくまで対象の動きを制止させるスペルであり、地面に縫い付けるスキルではなかった事が幸いした。
慣性の力も加わり、明神はバフォメットの剛腕の軌道から外れる。

そして、身代りに少女がその狂拳の犠牲となった。

バフォメットの拳は、メルトの小柄な体をまるで人形のように易々と吹き飛ばす。
勢いのまま壁に叩きつけられたメルトは、口から血を吐くと、重力に引かれ地面にずるりと落ちる。
通常であれば絶命を免れないその一撃。だが――――

「……ゲホッ!……た、だ、いじょうぶ、ですか明神さん……早く、逃げ……」

メルトは生きていた。見れば、彼女の足元にはボロボロに形が崩れた藁人形が二つ落ちている。
『囮の藁人形』……出発前にみのりに渡された身代り人形がダメージを引き受け、メルトの命をすんでの所で救ったのだ。

111佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/03(日) 23:08:01
震える脚で立ち上がると、ゾウショクを召喚し体重を預け逃げようとするメルト。
頑強さはないとはいえ、レトロスケルトンの移動速度はバフォメットよりは早い。
同じ手を喰わず、火球を上手く裁き続ければ逃げ切れるだろう。
メルト自身もそう判断し、一歩前へ踏み出した……その直後であった。




「…………え?」




メルトは、自身の胸から赤色の何かが生えているのを目にした。
直後に感じるのは、灼熱の様な痛み。
思わず悲鳴を上げようとするが、声を出す事は出来ない。代わりにその口から溢れ出たのは大量の赤い液体――――己が胸に生えた刃と同じ色の、血液。

「危機を脱したと思い込んだ時こそ死地である――――ギャンブルの基本原則だ。覚えておくといい、御客人」

そして、エントランスに響く低い男性の声。
空間からにじみ出る様に姿を現したその男は、メルトの背後に立っており……彼が手に持つ日本刀は、メルトの心臓貫いている。
白いスーツを着込んだ男。
猛禽の様な瞳を持ち、十指に指輪を嵌めたその男

ライフエイク。

現れたのは、今回の騒動の主犯であった。

「っ、く……!」

自身が致命傷を負った事を察したメルトは、震える指でスマートフォンを操作し、スペルカードを使用する。
メルトの身体をほの暗い光が包み込むが……それを見たライフエイクは、日本刀を捻りメルトの傷口を再度抉る。

「生存への努力は認めよう。だが、私は御客人達がこれまでに使用したスペルは全て知っていてね。勿論――君が『生存戦略(タクティクス)』のスペルを有している事も知っている。
 そして、そのスペルを使うならば、タイミングを考える事を勧めよう……致命傷を負っている最中に回復をしても、無駄に苦しむ時間が延びるだけという事を知ると良い」

……ライフエイクの言葉の正しさを証明する様に、日本刀に貫かれているメルトの傷は癒えない。
傷口はとめどなく血を流し、体温は下がり、その肌は青白くやがて土気色へと変貌していく。
明神が妨害に入ろうと試みても、バフォメットがその前に立ちはだかり、ライフエイクの凶行を止める事は出来ないだろう。
薄らぐ意識と継続する痛みの中で、メルトは明神を眺め見る。

これまで生きて来て初めて出会った、信頼できる大人。
こんな自分と一緒に、街の散策に付き合ってくれた男性。
退路を任せて良かったと。一緒に逃げようと。
……メルトが生きている事を肯定してくれた人。

霞む目では明神がどのような表情をしているか見る事は出来ない。だが

(……きっと、心配してくれ……てます。明神……さんは、良い人……ですか……ら)

きっと、明神であればこんな自分の事でも心配してくれているだろうと、そう願う。
だから……そんな明神の足を止めてはいけないと。明神まで犠牲にしたくないと、そう思い。
メルトは血と一緒に言葉を絞り出す。

「……にげ……て、くだ……さい……わ、たし、へいき……です、か………………」

そして――――その言葉を最後に、メルトの心臓はその動きを止めた。

112佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/03(日) 23:08:26
睥睨していたライフエイクは、日本刀を引き抜くとメルトの髪を掴み持ち上げ、その顔を覗き込む。

「瞳孔は開いている。脈も無い。呼吸も停止している。心臓は損壊し血液も循環していない――――つまり、医学的に間違いなく、この少女は死んだという訳だ」

そういったライフエイクはメルトの髪を掴み、体ごと引き摺りながら明神の元へと歩んでいく。
そして、間にバフォメットを挟んだ位置で立ち止まると、メルトの頭を明神に見せつける様に持ち上げてから口を開く。

「カジノの散策は楽しかったかね? 私を出し抜いたと思い、さぞ自尊心を満たせた事だろう。
 それで……私の掌で踊り、同行者の子供を失った今、君がどのような気分なのか、是非聞かせてくれないか?」

ライフエイクの顔に浮かぶのは、嗜虐心に溢れた笑み。
人の不幸が、絶望が、そういったものが好きで好きで堪らない――――そんな笑み。
明神が自身の言葉にどの様な返答をしようと構わず、ライフエイクは続ける。

「さて……本来であればここで君も殺すところなのだが、折角頑張ってここまでやって来てくれたのだ。その褒美として、条件付きで君だけは生かして返してあげよう」

ライフエイクはメルトの胸から引き抜いた血濡れの日本刀を、明神の眼前へと突き立てる。

「その刀でこの子供の死体を切り刻め。私が満足出来る程に損壊出来たら、五体満足で帰してやる」

……嘘である。ライフエイクは、明神を生かして帰すつもりなど無い。
これは、彼にとって単なる余興だ。トーナメントが思惑通り進み、彼の願った結果が齎されるまでの、暇つぶしに過ぎない。
残酷で醜悪な悪意の趣味。人の悪意を煮詰めた様な濁った瞳で、ライフエイクは明神に命令をし――――



「一から十まで。よくもそれ程に真実の無い言葉を吐けるものだ」


だが、その虚偽の罠は、一人の女の声によって食い破られる。
ライフエイクと明神、その間に突き立てられた日本刀の柄の上に赤色の光球が現出し……それは瞬きする間に、光球はキセルを手に持つ女へと姿を変えた。

「わらわの名は"虚構"のエカテリーナ。故有って助けに来てやったぞ、異界の者よ」

113佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/03(日) 23:08:45
『十三階梯の継承者』エカテリーナ。
真紅の女が、刀の柄の上に立ったまま、ライフエイクを見下しつつ声を放つ。
その鋭利な視線を受けたライフエイクは……しかし、一切怯む様子を見せない。

「……ククッ、これはこれは。『十三階梯の継承者』様がわざわざ子守りに来るとは。
 大変な事になった様だ。私ではまるで歯が立たない。急いで逃げねばならないかな?」

「また、虚言。一切引くつもりなどあるまいに……生意気な野良犬よ」

肩を大袈裟に竦め、からかう様に嗤うライフエイクと、不快そうに眉を潜めるエカテリーナ。
双方は殺意と敵意をぶつけ合い……一触即発とでも言うべきその状況の中で、エカテリーナは己が背後に居る明神へと声を掛ける。

「異界の者よ……此処はわらわが時間を稼ごう」

そう言うと、エカテリーナは己の指に嵌めていた赤い宝珠の指輪を外し、背後も見ずに明神へと放り投げる。

「……その指輪には『境界門』の先の者達と戦う為に必要な術式と、1度限りの転位のスペルが刻まれている。
 そなた一人と……死体の一つくらいであれば持ち帰れよう。間に合わず、すまなかったな」

114崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:09:32
「く……」

額を伝って顎から滴る汗を、なゆたは乱暴に右腕で拭った。
試合開始からすでに10分が過ぎ、なゆたは幾度となくポヨリンに攻撃を命じたが、ステッラ・ポラーレに一撃も当てられていない。
すべてポラーレの専用スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』によって回避されている。

『……ぽよ……』

ポヨリンが心配そうになゆたを見上げる。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の鉄壁の守りを突破するには、専用のスペルカードやスキルが必要不可欠。
そのどれも所有していないなゆたには、最初から勝ち目などないのである。
しかし。

――死んでも棄権なんてするもんか。

なゆたに試合放棄の意思はない。みのりの予感は見事に的中していた。
自らの勝利を手放すサレンダーはデュエリストにとって最も屈辱的な敗北である。それだけは矜持が許さない。
といって、みすみす『蜂のように刺す(モータル・スティング)』の餌食になって死ぬ気もない。
どんなことをしてでも、真一と共に元の世界に帰る。そう誓ったのだ。
ならば、この強敵に真っ向勝負で挑み、正面から撃破するしかなゆたの生き延びる方法はない。

――確かに、わたしに『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』攻略のスペルやアイテムはない……。
――でも。だからって、勝ち目がまるでないってワケじゃ……ない!!

そう。
ゲームの中でなら、なゆたの勝機は九分九厘ない。――しかし、ここは数値だけがすべてを決めるゲームの世界ではない。
本物の、生の世界。ならば、ゲームの中では起こり得ない、数値では解析できない奇跡を起こすことだって出来るはずなのだ。
データ上では絶対に勝ち目のなかったタイラントを、真一が奇想天外な策で打ち破ったように。
尤も、真一と同じことをなゆたが成すというのは、想像以上に難しい。
現実世界ではwikiを編纂していたくらいであるから、なゆたは基本的にデータに造詣が深い。
また、ゴッドポヨリンのコンボデッキを組むことでもわかる通り、系統立てたロジックを得意としている。
つまり、決められたルールの下で戦術を編むのが得手であって、型破りで破天荒な行動は不得意ということだ。
ブレモンに習熟したエンド勢ゆえの弱点といったところか。
しかし、この戦いに勝つにはそれをするしかない。
ゲームの中では思いつきもしない、奇想天外な手段を講じるしか――。

「どうしたのかな?小鳥ちゃん。もう八方塞がりかい? であれば……素直に棄権したまえ。それならもう傷つかなくて済む」

10メートルほどの距離を置いて佇むポラーレが軽く右手を差し伸べ、降伏勧告をしてくる。
なゆたはすぐにかぶりを振った。

「生憎だけど、わたしは生まれてこの方サレンダーと遅刻だけはしたことがないのよ。お断りするわ」

「自分の置かれた状況が分かっているのかな? たったひとつの命を儚く散らすのは、賢い選択とは言えないね」

「もちろん、死ぬつもりなんてないわよ。わたしは――あなたに勝つ。勝って『人魚の泪』を手に入れる」

「画餅だね。では……不本意ではあるが、二撃目を決めさせて頂くとしよう!」

言うが早いか、ポラーレは上半身を前のめりにして突進してきた。
すかさず、なゆたはポヨリンに指示を出した。

「ポヨリン! 『ウォーターマグナム』!」

ポヨリンがすぼめた口から高圧で水を射出する。
鉄板に穴を穿つほどの強力な攻撃だが、やはりポラーレには当たらない。まさに蝶の軽やかさで、ポラーレは攻撃を避けた。

「止まって見えるよ、小鳥ちゃん!」

「ち、ぃ……!」

ポラーレの突進は止まらない。なゆたは舌打ちした。
ポヨリンがポラーレの攻撃を阻止すべく立ち塞がる。

「『毒散布(ヴェノムダスター)』――プレイ!」

なゆたがスマホでスペルカードを手繰ると同時、すぐそばのポヨリンがぶるるっと身体を震わせる。
その途端、ポヨリンの全身から周囲に向けて濃緑色の飛沫が放たれる。
非致死即効性の毒によって毎ターンの継続ダメージを与えるスペルだ。
自分の周りに毒を散布することで、即席の弾幕を張ったのである。

115崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:10:17
「フン……悪あがきは美しくないな」

スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』でも毒は回避できないらしい。ポラーレは一旦後退した。
ポラーレは、自分は三度しか攻撃しないと言った。
一度の仕損じもなく『蜂のように刺す(モータル・スティング)』でなゆたを死に至らしめる、と。
つまり、なゆたはポラーレの放つあと二度の『蜂のように刺す(モータル・スティング)』を一度でも失敗させればいいのだ。
とはいえ。

――口で言うのは簡単だけど、ね……!

それが、リリース当初『無理ゲー』とまで言われたほどの難題なのだ。
一撃入れられるのは避けたものの、事態は好転していない。貴重なスペルカードを使ってしまった分、なゆたの方が不利である。
ポラーレは三度しかなゆたを傷つけないと宣言したが、アタックを挑むこと自体は何度でもできる。
その都度今のようにスペルカードを消費していっては、いずれジリ貧でなゆたが負けることは火を見るより明らかだ。
なゆたは慎重にスペルカードを選別した。
ワンデイトーナメントである以上、スペルカードの回復はない。今の手持ちで優勝まで漕ぎつける必要がある。
初戦ごときでカードを使いこなしてしまう愚は犯したくない。――が、温存などという手段を選べるほど生易しい相手でもない。
文字通り、死力を尽くす必要がある。なゆたもまた、レアル=オリジンと戦った真一と同じ状況に追い込まれていた。

「どうせ散るなら、美しく散りたまえ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!」

ポラーレが再度突っかけてくる。恐ろしいほどのスピードだ。
スマホをタップし、なゆたもスペルカードを使おうとする。ポヨリンがポラーレを食い止めようと跳ねる。
だが。

「私のスキルは、ふたつだけではないんだよ? ――『幻影機動(ミラージュ・マニューバ)』!」

びゅおっ!

ポラーレがスキルを使用する。その途端、ポラーレの姿が一気に三体に増えた。
専用スキルふたつのインパクトがありすぎるため、話題に上ることは少ないが、ポラーレは他にも共有スキルを持っている。
そのひとつが『幻影機動(ミラージュ・マニューバ)』。質量を持った残像を生み出し、手数と速度をブーストさせるスキルだ。

「ポヨリン! 『しっぷうじんら――」

「遅い!!」

ポラーレの攻勢に、スキル『しっぷうじんらい』で対抗しようとする。
しかし、ポラーレの方が早い。スキルの効果が発動しポヨリンが先制を取る前に、三人のポラーレがなゆたへと肉薄する。

「貰った!」

ポヨリンはポラーレの動きに追いつけない。なゆたを守り切れない。
ポラーレが手に持った薔薇を掲げる。水着しか纏っていない、肌を大きく露出したなゆたの身体に、二撃目の死の刺突が――
いや。
なゆたに二撃目を叩き込む刹那、ポラーレはハッと気付いた。

――もう一匹のスライムはどこへ行った?

なゆたは戦闘開始と同時に『分裂(ディヴィジョン・セル)』でポヨリンを二体に増やした。
しかし、今ポラーレが認識しているポヨリンは一匹しかいない。
もうスペルカードの効力が切れたのか?
否。『分裂(ディヴィジョン・セル)』は対象が倒されるか、戦闘が終了するまで解除されない。
ポラーレはポヨリンを一度も攻撃していない。であれば――
ぎゅん、と刹那の速さで刺突を叩き込みながら、ポラーレはなゆたを見た。

笑っている。

「しまった……!」

ポラーレがなゆたの講じた手段に気付いた瞬間、その足許――水のフィールドが大きく撓む。

びゅるんっ!

まるで、球状のドームを形作るように。三人のポラーレを包み込もうと恐るべき速さで水がせり上がる。
その動きはまるで、水自体が意思を持っているかのよう――いや、実際にそうなのだ。
『この水は意思を持っている』。
それこそ、なゆたの戦術。
スペルカード『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』によって変化した、もう一体のポヨリン。
なゆたは液状化させたポヨリンBをフィールドに伏せさせ、カモフラージュしてポラーレ捕縛の機会を窺っていたのである。

116崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:10:50
「く、ぉ……!!」

ポラーレは眉を顰めると、渾身の力で高く上空へ跳躍した。ポヨリンBの飛沫が、ほんの僅かに爪先を掠める。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の能力を最大限に用い、ポラーレはすんでの所で捕獲を逃れた。

「ちいい〜っ!惜しいっ!」

なゆたが心底口惜しげにフィンガースナップを鳴らす。
なゆたは自らが囮となり、甘んじて『蜂のように刺す(モータル・スティング)』二撃目を喰らう代わり、一計を案じた。
まさに命懸けの博打であったが、ポラーレを追い詰めこそすれその身体を捕らえることは叶わなかった。
トン、とやや離れたところにポラーレが着地する。

「……奇策だね。もう一匹の君のペットに気付くのがもうあと一瞬でも遅かったら、私は捕らえられていただろう。
 素晴らしい。さすがは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……この世界の未来を決める者だ」

「お世辞は結構よ……どれだけ惜しかったって、失敗は失敗だもの」

ポラーレの賛辞に、右肩を押さえながら返すなゆた。右肩には針の穴ほどの刺し傷があり、血が滲んでいる。
なゆたは失敗した。貴重なスペルカードをまた一枚消費した上、致死の三撃のうち二撃目を受けてしまった。
もう、なゆたには後がない。

「確かに。もう手詰まりだろう、君には私の攻撃を食い止める手段も、私に触る方策もない。
 もう一度言おう、降参したまえ。そうすれば、私も三撃目を放つことはない」

「それで。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんて言ったところで、所詮はこの程度。
 期待外れだった……なんて言うんでしょ?」

ふ、となゆたはせせら笑った。

「わたしはね。わたしひとりでこの闘技場に来てるワケじゃないの。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の看板背負ってるの。
 わたしだけが負けるならいい。でも――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名はわたしたち5人のもの!
 わたしがドジ踏んで、その看板に泥を塗ることだけは……死んでもできない!!」

傷口を押さえていた手を離し、そう高らかに言い放つ。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名は、この世界へ来てから初めて聞いたもの。
それ自体に馴染みはないし、また愛着があるわけでもない。
けれど、なゆたはその称号を5人の絆のようなものと思っている。
着の身着のままで異世界に放り出され、身を寄せ合って。持てる力の全てを使って助け合う5人を結びつける名だ――と。
その名に、称号に、自分の失敗で傷をつけることはできない。
……そう。たとえ、死んでも。

「その意気や善し! ならば『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ、約定通り引導を渡そう!
 これは、まさしく私よりの慈悲と思いたまえ――これより諸君を待つ地獄行からの救済だと!!」

「地獄行……?」

「問答無用!!」

ポラーレの言葉に、なゆたは怪訝な表情を浮かべた。
しかしポラーレはこれ以上の会話をよしとしないらしい。先程のように、一気に間合いを詰めてくる。
もう先程の手は使えない。元の楕円形に戻ったポヨリンBが、ポヨリンAと共になゆたを護ろうと立ちはだかる。

『ぽよっ!』

『ぽよぽよっ!』 

二体のポヨリンが果敢にポラーレへと挑みかかるが、無策では『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』は破れない。
ポラーレはあっという間に攻撃有効範囲まで肉薄してきた。

「ポヨリンA! 『ハイドロスクリーン』!」

なゆたが鋭く命じる。その声に応じ、ポヨリンAがフィールドで高速回転を始める。
水のフィールドが激しく波立ち、なゆたとポラーレの間に水の障壁が生まれる。
水の壁によって足止めさせられ、なおかつ視界を遮蔽されて、ポラーレが僅かに歯噛みする。

「ポヨリンB! 『アクアスプラッシュ』!」

ドッ!ドウッ!ドドッ!

ポヨリンBが口から圧縮した無数の水弾を撃つ。数を恃みの盲撃ちだ。
しかし、一発だけでも当たればいい――そんな攻撃も、ポラーレの身体に傷をつけることは叶わない。

117崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:11:25
「悪あがきは美しくない――と言ったはずだ!」

迫りくる無数の水弾を『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』で捌きながら、ポラーレが言う。
なゆたがポヨリンAに命じて張った『ハイドロスクリーン』は、火属性の攻撃のダメージを和らげるもの。
今この場においては、僅かな間の目晦ましにしかならない。
水の膜をこともなげに打ち破ると、ポラーレは薄膜の向こうにいたなゆたへと瞬時に薔薇の棘を見舞った。

「これが最後だ――さようなら、小鳥ちゃん! 『蜂のように刺す(モータル・スティング)』!!」

ぎゅあっ!!

なゆたの無防備な首筋に、三撃目の刺突が命中する。
どんな強靭な装備も、防御魔法も、なにもかもを無効化して『三撃叩き込んだ相手を必ず殺す』スキル。
それがなゆたの白い肌を刺し穿つ。

「……あ……」

致死の攻撃を間違いなくその身に受けたなゆたは大きく双眸を見開き、驚きの表情のまま一歩、二歩とゆっくり後退した。
そして、ふらりと身を傾がせると、ばしゃあっと水飛沫を立ててフィールドに横ざまに倒れた。

『ぽ、ぽよっ! ぽよぽよっ!』

『ぽよよぉぉ……』

倒れ伏したなゆたへ、ポヨリンAとBがすぐに駆け寄ってすがりつく。
しかし、もうなゆたは目を見開いたままピクリとも動かない。
主人に寄り添ってぴいぴいと泣く二体のスライムと、物言わぬ骸と化したなゆたを一瞥し、ポラーレが息を吐く。

「終わりだ。しかし、先に言った通り――これは慈悲なのだよ。
 これからの道行きは、君たち異界の者には過酷すぎる……知らずにここで命を散らした方が幸せというものなのさ。
 とはいえ……後味が悪いものだ。前途有望な少女を手に掛けるというのは……」

ポラーレはそう言うと、持っていた薔薇をなゆたの亡骸に手向け、踵を返した。
戦いは終わった。

……いや。
本当にそうか?

「……?」

異様な雰囲気に、ポラーレは思わず眉を顰めた。
会場が、文字通り水を打ったように静まり返っている。
勝敗は決した。本来であればもう大会運営がポラーレの勝利を宣言し、観客たちがその勝利を歓声をもって祝っているはずだ。
……というのに、何も聞こえない。当然与えられるべき賛辞も、嬌声も、勝利宣言も――。
だが、それも無理からぬことであろう。

『まだ、何も終わってはいないのだから』。

「……は!?」

遅まきながら違和感の正体に気付き、ポラーレは振り返った。
なゆたは水のフィールドに横ざまに倒れ、目を開けたまま屍と化している。
二匹のポヨリンが、なゆたに縋ってぽよぽよ泣いている。
そう。

スキル『分裂(ディヴィジョン・セル)』は対象が倒されるか、戦闘が終了するまで解除されない――。

「まさか!」

「そのまさか――よ、チョウチョさん!」

ばしゃあっ!!

凛然とした声が闘技場に響く。と同時、ポラーレの背後で大きな波飛沫が上がる。
そこから飛び出してきたのは、もちろん“モンデンキント”――月の子なゆた。
仕留めたと思った少女が背後から出現する、その状況に驚愕したポラーレの隙を衝き、なゆたは大きく右手を振りかぶった。
そして、渾身の力を込めてその尻を叩く。

「ひぎぃっ!?」

尻を平手で痛打されたポラーレは身も世もない、麗人というイメージとはかけ離れた声を上げて仰け反った。

118崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:11:49
「ば、バカな……」

ポラーレは信じられないといった表情で、愕然となゆたを見た。
確かに、ポラーレの薔薇の棘はなゆたを三度刺し穿った。それは間違いない。
『蜂のように刺す(モータル・スティング)』は絶対。いかなる者も、三度刺されたら死ぬというルールからは逃れられない。
その証拠に、今も三度刺されたなゆたの亡骸が目の前に――。

「!?」

『なゆたの亡骸がある』。

そして、同じくポラーレの視界には『佇立するなゆたの姿も見えている』。即ち――

『なゆたが二人いる』。

「……君は……」

ポラーレは唇をわななかせた。
ポヨリンを変質させて作ったような紛い物でもなければ、幻影でもない。まぎれもない本物のなゆたが、二人。
そのうちのひとり、横たわるなゆたに、ポヨリンAとBがまだ纏わりついている。
目の前に厳然と存在するその事実から導き出される結論は、たったひとつ。

「自分自身に……『分裂(ディヴィジョン・セル)』を使ったのか……!」

「言ったでしょ。『死んでも負けられない』って」

そう。
なゆたは自らにスペルカード『分裂(ディヴィジョン・セル)』を用い、二人に増えた上で片方を囮に使った。
スキル『ハイドロスクリーン』も、『アクアスプラッシュ』も、『分裂(ディヴィジョン・セル)』の布石に過ぎない。
それだけではない。試合開始直後の特攻も、ポヨリンBを液状化によって埋伏させていたことも。
すべてはこの一手のため――
最初からなゆたはポラーレのスキルを凌駕する方法ではなく、それに耐え切る戦術を編んでいたのだ。

「そういうことか……ハハ、ハハハハハ……」

右手で軽く顔を押さえ、ポラーレは愉快げに笑い始めた。
なゆたは『蜂のように刺す(モータル・スティング)』を回避できなかった。
だが、死にもしなかった。ポラーレの宣言した三撃に耐え切った上、ポラーレの尻を痛撃した。
誰の目にも勝敗は明らかである。

「……私の負けだ」

ポラーレが自らの敗北を認めると、それまで文字通り水を打ったように静まり返っていた闘技場がどっと歓声に包まれる。
大会運営が拡声の魔法でモンデンキント――なゆたの勝利を高らかに宣言する。

《勝者、モンデンキント選手!!》

割れんばかりの歓声が耳をつんざき、紙吹雪が舞い飛ぶ。観客たちがなゆたの勝利を祝う。
なゆたはポヨリンを抱き上げ、右手を高く掲げてガッツポーズをした。
戦闘が終了し、スペルカードの効果が切れる。分裂していたポヨリンが一体に戻る。
そして、なゆた自身も。

「……自分の死体を見るっていうのは、もう二度と体験したくないわね……」

極力見ないようにしていたが、それでも否応なく視界に入ってしまった自分の亡骸。
それが効果の消滅と共に消えるのを一瞥し、眉を顰める。
しかし、本当に一か八か、伸るか反るかの大博打だった。
もしもほんの僅かでも歯車が狂っていたら、なゆたは本当に死んでいただろう。
いや、本当に死んだのだが。

――真ちゃん、勝ったよ。

歓声に包まれ、その声に手を振って応えながら、なゆたは思った。
これで、人魚の泪に一歩近付いたことになる。他の仲間たちも、きっと首尾よく為遂げてくれることだろう。

119崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/03(日) 23:12:24
「完敗だ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……見事な戦いだったよ。もう、小鳥ちゃんとは言えないね」

ポラーレがさわやかな表情でそう言ってくる。負けはしたものの、遺恨のようなものはないらしい。
白手袋に包まれた手が差し伸べられる。なゆたは小さく笑って握手に応じた。

「ありがとう、ポラーレさん。あなたも強かったわよ……少なくとも、わたしがこの世界へ来て戦った相手の中では一番」

ベルゼブブやタイラントも相当強かったが、それらの相手のときは仲間がおり、多くのアシストがあった。
しかし、今回は孤立無援の中で掴み取った勝利だ。まさに紙一重、薄氷の勝利と言うべきだろう。
そんななゆたの言葉に、ポラーレが僅かに眉を下げる。

「それは光栄だ。……しかし……これで君はより過酷な戦いに身を投じることになってしまった。
 君だけではない、君の仲間たちも。『異邦の魔物使い』すべてが」

「そういえば、さっきも言ってましたよね。これから待つ地獄行、とか――」
 ポラーレさんは知ってるんですか? もし、知ってるなら教えてください。
 どうして、わたしたちはこの世界に召喚されたのか? その理由を」

ポラーレは明らかに、なゆたたちの知らない情報を持っている。
勝者の権利として、それを訊ねることくらいはできるだろう。なゆたは真剣な面持ちでポラーレを見た。
小さく息をつき、ポラーレがかぶりを振る。

「そうだね。君は死線を潜り抜けて私に勝った。ならば、知る権利があるだろう。
 とはいえ――私の知識にも限りがある。何もかもを教えてあげることはできないが……これだけは言える。
 君たち『異邦の魔物使い』が、アルフヘイムとニヴルヘイム。ふたつの世界の未来を決めるのだ」

ふたつの世界の、未来。

「……どういうことですか?」

「アルフヘイムとニヴルヘイム。君たちを手に入れた側が、覇権を握るということさ」

「覇権……?」

なゆたは首を傾げた。
アルフヘイムとニヴルヘイム。ブレモン世界はこの二つの世界で構成されている。
両者は決して融和することはない。常に戦い、争い、滅び滅ぼされる関係だ。
逆に言えば、アルフヘイムとニヴルヘイムは戦い続けることで互いを調整し合い、均衡を保っているとも言える。
お互いの世界由来の戦力をぶつけている限り、永遠に勝負はつかない。
しかし、この世界の外から来た、この世界の理から逸脱した存在がいたとして。それを戦力として相手の世界にぶつければ――?

「……待って。それってどういう――」

ドォォ―――――ン……

なゆたがポラーレにより深い事情を聞こうとしたそのとき、遠くで大きな爆発音のようなものが聞こえた。
どうやらカジノの方で何かがあったらしい。
カジノは今まさに明神たちが忍び込んでいるであろう場所だ。もしや何かあったのか、となゆたは拳を握りしめた。

――明神さん、しめちゃん……!

もしや、こちらの作戦がライフエイクに露見したのだろうか?そんな嫌な思考が頭をよぎる。

「君の次の試合までには、多少時間がある。……行くかい?」

「当然! まずは真ちゃんとみのりさんに合流する!」

ポラーレの問いに力強く頷くと、なゆたは水着姿のまま走り出した。


【『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』ステッラ・ポラーレに勝利。
 真一、みのりと合流するために、ポラーレと共に控え室側へ】

120赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/03(日) 23:12:54
未だ熱気の冷めやらぬ試合会場を後にした真一は、帰りの通路を歩きながら、レアル=オリジンとの問答を反芻していた。

>「万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――」

その最中、レアルが発したライフエイクの真意を仄めかすような台詞。
戦っている時にはとても悠長に推理する余裕などなかったが、こうして落ち着いて思い返してみると、一つ一つの意味は然程難しくないように感じる。
万斛の猛者の血――とは、読んで字の通り、恐らくはこのトーナメントに集められた多くの参加者たちの生き血を指し示す言葉だろう。
そして、幽き乙女の泪というのも、今までの情報から察する限り、人魚の泪だと考えて相違ない筈だ。
無論、これが全てレアルの狂言だという可能性も捨てきれないが、あの時レアルはまさか自分が真一に負けることなど微塵も想像していなかっただろう。
であるならば、あの場面でレアルが真一を謀る理由も考えられないので、発言の信憑性は俄然高くなる。

トーナメント参加者という生贄と、人魚の泪。そして、それらをトリガーにして覚醒する“海の怒り”。
やがて真一の思考がはっきりと纏まりかけた時、通路の先に立っていた一人の少年の姿が目に入り、真一はふと足を止めた。

「やあ、竜騎士さん。先程の戦いはとても見事だったよ」

その少年は、窓から通路に差す木漏れ日を背景にして、一切の邪気もない笑顔を浮かべながらそう言った。

――彼の姿を見た一瞬、真一はまるで自分が童話の中にでも紛れ込んでしまったかのような錯覚を受けた。
肩ほどまで伸びた、絹のようなブロンドの長髪。そして深海の底にでも繋がっているんじゃないかと思えるほど、人目を引き寄せる深い青の瞳。
顔立ちは男らしいとも女らしいとも言えないが、それでも冗談みたいに整っており、体躯は華奢な風に見えるものの、不思議と立ち方や佇まいからは重心の安定を感じられ、何らかの武芸を身に付けているように思えた。
年齢は真一と同じくらいだろう。だが、彼の浮かべる無邪気な笑顔は、もっと年端も行かぬ子供のような幼さであり――その反面、切れ長の双眸からは、年齢よりも遥かに大人びた知性や、意志の強さを感じさせる。

何とも形容しがたい、不可思議で端麗な容貌を持つ少年であった。
そして彼の浮かべた笑顔を見て、真一は何故か遠い昔、同じ顔をどこかで見たことがあるような気がした。

「――お前、どこかで俺と会ったことあるか?」

真一は単刀直入に問い掛ける。
だが、少年はきょとんとした表情に変わって、頭の上から疑問符を出すばかりだった。

「……いや、これが初対面の筈だけど。
 なにせ僕は、この街を訪れたのも初めてだからね」

少年は軽く肩を竦めながら返答する。
真一は瞬きもせずに相手の様子を観察していたが、誤魔化したり嘘を言っているような雰囲気は読み取れなかった。
この世界に来てから何度もこういった既視感を覚えることはあったが、今回は自分の思い過ごしなのだろうか。

121赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/03(日) 23:13:26
「それよりも……先程の試合は楽しませて貰ったよ。
 君はあれだね。危ない橋を渡るのが好きな風に見えて、実はその橋が安全であることを知っているタイプだろう。
 そして、人間性にも甘さがあるように思えるが、いざ戦いとなれば敵に容赦をしないことを心掛けている。
 随分と戦い慣れしているように見受けられたけれど、違うかい?」

少年は抑揚のない独特の語り口調で、真一に対しての所感を述べる。
真一はいきなり図星を指されたような気がして面食らうが、彼の問い掛けには、何故かこちらの返答を引き摺り込むような魔力があるように感じられた。

「……まあ、俺はガキの頃から喧嘩ばっかしてきたからな。
 “中途半端な喧嘩”ってのが、一番危険だってことは理解してんだよ。
 相手がもう二度とこっちとは戦いたくねーと思うくらいにやらないと、必ずどこかから報復を受ける。
 徹底的にやる姿を見せることで、周りの似たような連中に対する抑止にもなる」

そんな真一の回答が予想外だったのか、少年は目を丸くしたあと、今度は口元に手を当てて面白そうに笑い始めた。

「ふっ、ふふふっ……なるほどね。
 つまり不良少年同士の抗争であっても、世界規模の戦争であっても、軍事の基本はまったく変わらないというわけだ。
 不良グループをより高度化・大規模化させた集団をマフィアと呼ぶのならば、そのマフィアを指先で簡単に擦り潰せる最大規模のマフィアが“国家”ということになるんだろう」

「……そういうお前こそ、随分変な喩え方をする奴だな」

真一は少年の発言を聞いて、やはり掴みどころがない変な奴だと思った。
だが――どことなく波長が合うというか、思考の方向性が自分に似ているような気がして、不思議と彼の言葉が腑に落ちるのを感じていた。

「ところで、そんな格好をしてるってことはやっぱお前は魔術師か?
 もし魔術や魔物なんかに詳しかったら教えて欲しいんだけど、この街にまつわる“海の怒り”って言葉に聞き覚えとかねーかな」

そこで真一は少し話題を変えたかったというのもあり、唐突にそんな質問を投げかけてみる。
少年が纏っている黒いローブを見る限り、恐らく彼は魔術師なのだろう。
魔術に精通している人間ならば、神話や伝承などについても、一般人より深い知識を持っているかもしれない。

「ふむ……君はこの国に伝わる“人魚姫”の伝説は知っているかい?」

少年は真一の質問を受けると、口元に指を添えて何事かを思案する。
先程声をあげて笑っていた時といい、どうやら口に手を当てるのが彼の癖であるらしい。
そして、真一が「いや」と首を振って否定すると、少年は再び言葉を紡ぎ始めた。

「遠い、遠い昔……人と魔が覇権を争っていた神話時代の話だね。
 このリバティウムの近海には“人魚族(メロウ)”が統治する小さな島国が浮かんでいたらしい。
 メロウの島には莫大な魔力的資源が眠っていると噂されていたが、島は常に魔法の濃霧で覆われており、メロウに認められた者以外は決して立ち入ることができない不可侵の地であったようだ。
 そして、その島国には一人の心優しい王女が住んでいた。
 彼女はメロウも人間も等しく分かり合えると信じており、常日頃から民草に友愛を説き、武力ではなく歌と対話によって多種族と和睦を結ぶべきだと主張する……そんな人物だった」

少年は相変わらず起伏の乏しい口調で、人魚姫の伝承を語り続ける。
真一はそんな姿から相手の感情を全く読み取ることができず、何か居心地の悪い不気味さを感じつつあった。

122赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/03(日) 23:13:51
「そして、そんなある日……メロウの島には一人の青年が漂着する。
 青年は人間だったが、それを偶然にもいち早く発見した王女は、彼を宮殿に匿って守り抜くことを決意する。
 健気にも青年を介抱するメロウの王女。次第に体力を取り戻していき、王女に外の世界の出来事を語り聞かせる青年。
 二人は当然のように恋に落ち――やがて青年が故郷に帰らなければならない日を迎えても、必ずまた再会しようと約束し、誓いの口付けを交わした」

真一は黙したまま少年の話を傾聴する。
その真一の様子を横目でチラリと覗いた少年は、一度だけ微笑を浮かべた。

「――だが、メロウの国の平穏には、それから間もなくして終焉の日が訪れる。
 島を覆う濃霧の切れ目……出入り口とでもいうべき箇所を遂に看破されて、人間による大軍勢の侵攻が始まったんだ。
 圧倒的な武力の差の前に、濃霧の守りで長年国交を閉ざしていたメロウたちは、まったく戦う術を持たなかった。
 ただ人間たちに陵辱され、虐殺されていく国民たちの姿を見ながら、それでも王女は武器を捨てよと唱え、懸命に愛を説き続けた。
 “戦争があるから武器が生まれた”のであって、因果は決して逆ではないというのに――哀れな王女は武器を捨てて、非暴力を貫くことで、必ず相手と分かり合えると信じていた。

 王女は自分が最後の一人になっても、決して力には屈せず、和睦の道を探し続けると決意していた。
 しかし……敵の軍勢の中にあった、誰よりもよく知っている人影を見付けてしまい、王女の心は簡単に崩れ落ちる。
 ――それは、かつて王女と愛を誓い合った青年だった。
 そう。人魚島の出入り口を密告し、侵略戦争を提言したのは、他ならぬあの青年だったんだ。

 心優しいプリンセスは自決の道を選び、自分の胸を短剣で刺し貫くと、そのまま海の底へと消えていった。
 結局、彼女の理想は妄想であり、幻想に過ぎなかった――――が、その力だけは本物だった。
 メロウの王族が継承する莫大な魔力は、深淵の門をこじ開け、昏き底から一匹の“化け物”を呼び寄せる」

そこで一度話を区切った少年は、まるで喜劇でも語るかのようにして、口角の端を吊り上げた。

「それは、全身を蒼き鱗で覆われた大蛇。
 終焉を告げる、黄昏の日の尖兵。
 幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
 幾千、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意。

 彼の者の名は、世界蛇“ミドガルズオルム”――――或いは“ヨルムンガンド”。
 王女の泪によって降臨した世界蛇は、その圧倒的な力で大軍勢を蹂躙し、人もメロウも等しく虚無に還した。
 そして、人魚島と共に深海へと沈んでいった世界蛇は、今も昏き底で最終戦争の日を待ち続けていると語り継がれている。
 ……これが、この国に伝わる人魚姫の御伽噺だよ」

少年の話を聞き終え、全てのピースが噛み合ったように感じた真一は、思わず息を呑む。
世界蛇……ヨルムンガンド……もしも“奴”の狙いが、そんな怪物を目覚めさせることにあるのだとしたら――

「――ねえ、シンイチ君。この世界から戦争がなくならないのは、何故だと思う?」

不意に真一の思考を遮るようにして、少年がそう問い掛ける。
真一はその質問に猛烈な違和感を覚えたが、違和感の正体を考える余裕はなかった。

123赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/03(日) 23:14:15
「それは……俺たちに意思があるからだろう」

「――ふふっ、その通りさ。
 だけど僕たちは本来、そんな意思なんて持たなくても良かった筈なんだ。
 例えば全ての生命がボルボックスのような群体生物であったのならば、この世界に戦争は起こらなかった。
 ただ本能のままに吸収と分解をループするだけの器官……今日も世界が平和に回るためならば、僕たちはそんな存在でも良かったんだよ。

 しかし、不可思議にも生命は個体に進化し、進化を果たした全ての生命には自由意思が認められた。
 その結果、僕たちは何万年も前から思想、主義、倫理、宗教、歴史、文化、国境、土地、資源、民族、種族――あらゆる言い訳を駆使して己を正当化し、無益に、無意味に――終わりの見えない争いを、永劫繰り返し続けてきたんだ。
 ねえ、シンイチ君……僕たちがこんな悲しい生物になってしまったのは、一体何故だと思う?」

少年は紺碧の双眸で、真一の両眼を見据える。
“ああ、こいつの瞳はやはり深海に繋がっている”――と、何故かそんな想像が真一の脳裏をよぎった。

「きっと、この世界が始まった日……誰かが僕たちに命令を下したんだ。
 ――――“戦え”ってね」

全てを語り終えた少年は、もう一度最初に会った時のように、邪気のない笑顔を浮かべてみせた。
その表情を見た真一は、ようやく理解する。
多分、こいつは“敵”なんだと――自分の直感が告げていることを悟った。

「……おっと、つい無駄話が過ぎてしまったね。
 僕は野暮用があるから、これで失礼させて貰うことにするよ。
 なーに、君とはまたすぐに会えるさ。……その時が来るのを楽しみにしているよ、シンイチ君。

 ――――〈形成位階・門(イェツィラー・トーア)〉」

「おい、ちょっと待てっ……!」

少年はローブを翻しながら振り返り、その場を立ち去ろうとする。
真一はそれを呼び止めようと声を上げるが、直後にはどこからともなく現れた黒い穴に包まれ、少年の姿は影も形もなく消えてしまっていた。
――と、そこで真一は唐突に、先程自分が覚えた違和感の正体に気付く。

「あいつ、何で俺の名前を……――」
 
闘技場の外。カジノがある方角から凄まじい爆発音が聞こえてきたのは、それと同時だった。
自分の胸が早鐘を打ち続けているのに従い、真一は脇目も振らずに走り始めた。

* * *

真一が息を切らしながら自分の控え室まで辿り着いた時、扉の前には既になゆたとみのりがいた。
何故かなゆたはビキニ姿の超軽装で、みのりはそれと対称的に藁に包まれている。
大真面目に竜騎士の格好をしている自分が馬鹿に見えるような二人のファッションに目を疑うが、今はそんなツッコミを入れてる場合ではない。

「よかった、二人共無事だったんだな……っ!
 その様子だと、お前らも何か掴んだみたいだが、俺もライフエイクの狙いがやっと分かった。
 とにかく話は後だ! 今はさっさとこの闘技場から脱出して、カジノの方へ向かうぞ!」

何としても二人を回収してから逃走する予定だったが、幸いにもその手間は省かれた。
真一はなゆたとみのりを先導しつつ、出口を目指して風のように通路を駆け抜ける。

今、本当にヤバいのはカジノへ潜入したあいつらの方かもしれない。
間に合え――と心の中で祈りながら、真一はただ懸命に足を踏み出す。



【謎の少年との会話によってライフエイクの目的が判明。
 真一はなゆた、みのりと合流してカジノへ急行する】

124 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:50:16
火の玉と影縫を使ったバフォメットのコンボに絡め取られ、逃げ場をなくした俺。
ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めた化物の右腕が、いやに大きく目に映った。
死んだわ俺。肝が冷え切っているせいか、パニックになることはなかった。
走馬灯も流れて来ない。動かない身体に反して唯一自由な眼球が、バフォメットの肩越しにしめじちゃんを捉えた。

「しめじちゃん、見るな――」

逃げろと言うべきだったけど、別の言葉が口を出た。
多分俺はこれから、ものすごくグロい死に方をする。そのザマを見ねぇでくれと。
最期の最期まで、変なところでカッコつけちまったなぁ。

>「明神さんっ!!!!」

だけど、しめじちゃんは俺から目をそむけない。
バフォメットの牛歩を追い越して、まっすぐ俺の方に向かってくる。
待て。待て待て待て!俺を置いていきゃ、君だけは確実に逃げれるんだ。
二人してバフォメットの餌食になることなんざねぇだろ!

言葉にならない祈りは届かず、しめじちゃんはその細い身体で俺の腹に突進する。
疾走の勢いはそのまま慣性になって、俺はバフォメットの前から転げ出た。
そして、慣性を使い果たしたしめじちゃんの背中を、バフォメットの豪腕が薙ぎ払った。

「しめじちゃん!!」

殴られたしめじちゃんはあっけなく放物線を描いて、カジノの壁に叩きつけられる。
どろりとした血が彼女の口から流れ出て、糸の切れた人形のようにその場で崩れ落ちた。

「しめじちゃん!しめじちゃん!!」

当初の諦めからくる冷静さはとっくの昔に消え失せて、俺はただ彼女の名前を連呼するしかなかった。
なんでだ。俺たちはつい最近出会ったばかりの、お互いの本名も知らねえ他人同士じゃねえか。
見捨てたって誰に咎められるわけでもない。俺だって、自分の命が一番大事だ。
安全圏から助けこそすれ、身代わりに死ぬなんてことがあっていいわけない。

>「……ゲホッ!……た、だ、いじょうぶ、ですか明神さん……早く、逃げ……」

しかし、魔物を一撃で屠るバフォメットの拳を受けて、しめじちゃんは生きていた。
足元に転がるズタボロの藁人形――石油王の配ってた無線代わりのそれは、一度だけ致命傷の身代わりになる効果を持つ。
今まさにそれが発動して、しめじちゃんを即死ダメージから守ったのだ。
自分でも呆れるほどに間抜けな俺は、藁人形による一度限りの保険をすっかり忘れていた。

「良かった……なんつー無茶をしやがるんだ」

動揺のあまり震える手を、俺は立ち上がったしめじちゃんに差し出した。
また助けられちまったな。報酬のガチャを20連くらいに増やさなきゃいけねえ。
このまますぐに駆け出せば、バフォメットのスペルのリキャストが終わる前にここから抜け出せるはずだ。
しめじちゃんが俺の方で一歩踏み出す、その刹那。

>「…………え?」

彼女の胸から、赤く染まった刃が突き出した。
しめじちゃんの喉から呼気の代わりに、泡立った鮮血が零れ出る。

「は…………?」

>「危機を脱したと思い込んだ時こそ死地である――――ギャンブルの基本原則だ。覚えておくといい、御客人」

胸を貫かれたしめじちゃんの背後から、透明な幕を捲るようにして一人の男が姿を現す。
ライフエイク。このカジノの頭目にして、ニブルヘイムの内通者。この世界の、裏切り者。
奴はその手に日本刀を握り、刃はしめじちゃんの身体に鍔元まで埋まっていた。

125 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:50:49
馬鹿な。俺は今この時まで、『導きの指鎖』を使い続けていた。
敵対する存在の位置を知らせる錘の先は、バフォメットの方しか指してなかったはずだ。
信じがたいことだが、ライフエイクは凶行に及ぶその瞬間まで、自分の敵意を完全に抑え込んでいた。

いや……違う。奴は、『人を殺す』をいう行為に一切の感情のブレをもたない。
敵意も害意もないまま、まるで朝食のパンを切り分けるように、人間に刃を入れられるのだ。

>「生存への努力は認めよう。だが、私は御客人達がこれまでに使用したスペルは全て知っていてね。
 勿論――君が『生存戦略(タクティクス)』のスペルを有している事も知っている」

しめじちゃんが治癒スペルを発動するが、ライフエイクはその様子をあざ笑うようにして刃を捻る。
傷口は広がり、しめじちゃんは苦しそうに呻いた。

「やめろ……!」

俺はたまらずライフエイクに飛びかかろうとした。
武器も持たず、ヤマシタに命令を下すことさえ忘れて、奴の横っ面をぶん殴ろうとした。
だが、それよりも早くバフォメットが俺の前に立ちはだかる。再び影を踏まれて、俺は動けなくなる。

「やめろ……やめてくれ……」

体中の関節にセメントを流し込まれたように、指一本動かせないまま、目の前でしめじちゃんの命が侵されていく。
肌から赤みが失せ、唇が真っ青に染まって、光の消えそうなその両眼と、俺の目が合った。

>「……にげ……て、くだ……さい……わ、たし、へいき……です、か………………」

……それきり、しめじちゃんは何も喋らなくなった。
もがいていた指先がほどけて、頭がだらりと下がる。
胸から脈打つように溢れていた血はもう出ない。心臓が、止まってしまったからだ。

>「瞳孔は開いている。脈も無い。呼吸も停止している。
 心臓は損壊し血液も循環していない――――つまり、医学的に間違いなく、この少女は死んだという訳だ」

ライフエイクはしめじちゃんの髪を掴んで無感動にそう吐き捨てる。
そして、バフォメット越しにようやく俺へと視線を遣った。

>「カジノの散策は楽しかったかね? 私を出し抜いたと思い、さぞ自尊心を満たせた事だろう。
 それで……私の掌で踊り、同行者の子供を失った今、君がどのような気分なのか、是非聞かせてくれないか?」

愉悦に満ちたその問に、俺は……何も答えられなかった。
何言ったってライフエイクを喜ばせるだけだろうし、何も考えることができなかった。

しめじちゃんが死んだ。俺をバフォメットから庇わなければ、藁人形の防御で生き延びることが出来たはずだ。
ライフエイクが潜んでいる可能性を俺が気付いていれば、無防備な背中を狙われることもなかったはずだ。
そして、その無慮無策の行き着いた先が、今目の前に広がる血の海と、しめじちゃんの亡骸だ。
俺が。死なせたようなものじゃねえか。

>「さて……本来であればここで君も殺すところなのだが、折角頑張ってここまでやって来てくれたのだ。
 その褒美として、条件付きで君だけは生かして返してあげよう」

「……なんだと」

膝を着いた俺の目の前に、血塗れの日本刀が突き立てられた。
ライフエイクは心底愉快そうに、俺を睥睨して言う。

>「その刀でこの子供の死体を切り刻め。私が満足出来る程に損壊出来たら、五体満足で帰してやる」

126 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:51:13
ライフエイクのその言葉の意味を、脳が理解するのに時間がかかった。
しめじちゃんの死体を、この日本刀でズタズタに切り裂けば、奴は俺を見逃してくれるらしい。
鈍く光る刀身に映った俺の顔は、自分でも見たことがないくらい、醜く歪んでいた。

「本当か……?死体をぶった切りゃ、俺をここから逃してくれるのか……?」

俺は媚びへつらうような視線でライフエイクを見上げた。
誰がてめえの露悪趣味に付き合うかよ。わざわざ刀を寄越してくれるんなら渡りに船だ。
しめじちゃんの身体に突き立てるフリして、奴に一撃くれてやる。

多分、よほど上手くやったところで、相打ちにすら持ち込むことは出来ねえだろう。
それでも、命を張ってでも、俺はライフエイクに一矢報いたかった。
愚かな獣と切って捨てる奴の喉元に、噛み跡を残してやりたかった。

震える手で、刀の柄に手を伸ばす。
指先が刀に触れる直前、目の前に赤い光の球が浮かび上がった。

>「一から十まで。よくもそれ程に真実の無い言葉を吐けるものだ」

光球は瞬く間に人の形になって、輪郭を確かなものへしていく。
光の中から現れたのは、鍔広の帽子に折れそうなくらい細い腰と、ヤケクソのように巨大なスカートを広げた赤ドレスの女。
俺はこの女を知っている。俺だけじゃない、ブレモンのプレイヤーなら誰もが名前をソラで言えるだろう。

>「わらわの名は"虚構"のエカテリーナ。故有って助けに来てやったぞ、異界の者よ」

――十三階梯の継承者が一人、"虚構"のエカテリーナが、刀の柄頭を足場にして立っていた。

エカテリーナは、十三人いるローウェルの弟子の中でも、特に多くのプレイヤーの印象に残っているNPCだ。
メインシナリオ最大の壁とされているバフォメットとのソロバトルにおいて、力を借りることになるからだ。
あらゆる虚構を内包し、あまねく虚構を看破するこいつの魔術がなければ、バフォメットの無敵バフを解除できない。
そして、ダンジョン:ニブルヘイムが解放されるシナリオの中で、生贄として犠牲になるキャラの一人でもある。

エカテリーナのこの豪奢なドレス姿は、千を数える奴の仮装のなかの一つでしかない。
虚構を身に纏い、自在に姿を変えられるこの女は、いつしか自分の元の顔や名前すら忘れてしまった。
真実を見失った、虚構だけで形作られた存在。それが"虚構"のエカテリーナだ。

>「……ククッ、これはこれは。『十三階梯の継承者』様がわざわざ子守りに来るとは。
 大変な事になった様だ。私ではまるで歯が立たない。急いで逃げねばならないかな?」
>「また、虚言。一切引くつもりなどあるまいに……生意気な野良犬よ」

突如現れたエカテリーナに対し、ライフエイクは臆すことなく皮肉の応酬を演じた。
『継承者』の実力は、裏はおろか表社会にも広く知れ渡っている。
その一人であるエカテリーナを前にして皮肉を垂れる胆力は、奴が一山いくらのアウトローとは一線を画す存在だと証明していた。

「エカテリーナ……なんでお前がリバティウムに居るんだ。こいつもローウェルの差し金なのか」

「今この場で事情を問うて何とする?問答は不要」

俺の疑問に、エカテリーナは答えるつもりがないようだった。
そんな場合じゃないってことは俺が誰よりもよく分かってるはずなのに、頭がまともに働かない。
厳然たる事実は目の前にあるしめじちゃんの亡骸だけだ。

>「異界の者よ……此処はわらわが時間を稼ごう」

エカテリーナがライフエイクから視線を外すことなく、何かを俺に向けて放った。
両手でキャッチしたそれは、赤い宝石の輝く指環だ。

>「……その指輪には『境界門』の先の者達と戦う為に必要な術式と、1度限りの転位のスペルが刻まれている。
 そなた一人と……死体の一つくらいであれば持ち帰れよう。間に合わず、すまなかったな」

しめじちゃんの死体を抱えて、カジノから脱出しろ。エカテリーナはこちらを一顧だにせずそう言った。

127 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:51:36
「ざけんな」

俺は指環を握りしめて、エカテリーナの背中を睨んだ。

「間に合わず、だと?過去形で語ってんじゃねえぞ。死体しか持って帰れねえような役立たずのスペルなんざ要るか」

エカテリーナの顔はこっちからじゃ見えないが、ライフエイクへ向けていた怒気がこちらにも流れてくるのが分かった。

「貴様は盲人か?それとも小娘を救えなかったことに絶望し、心中を望んでいるのか?
 事実を直視せよ。貴様に出来るのは、この場を去り小娘の亡骸を葬ることだけであろう。
 すまぬと言ったが、元よりわらわに貴様を救う命などない。指環が要らぬなら、此処で散るがよい」

「心中なんかするつもりはねえし、しめじちゃんの死体を持って帰んのも御免だ。
 てめぇがこの場をどう分析しようが、俺は生きてるしめじちゃんと一緒に帰るぞ」

ライフエイクが俺を睥睨して、堪えきれないとでも言うように笑った。

「悲しいな。どうやら私は出る言葉の全てが虚言の大嘘付きだと思われているらしい。
 だがその少女の状態については嘘など言っていないよ。見ての通り、"それ"は最早冷えていくだけの死体だ」

俺はライフエイクの言葉を無視して、しめじちゃんの身体を抱き寄せる。

『グフォフォ……?』

"死"という概念を理解できていないのか、マゴットが動かないしめじちゃんの頬を心配そうに舐めた。
呼吸は止まり、脈を打つ気配もない。半開きの目に光はなく、言い繕いのしようもないくらいに彼女は死んでいる。
だけど……俺はそれでもまだ、諦めたくなかった。

「エカテリーナ。『その姿』のお前は魔術師だったな。転移のスペルは要らねえ、指環の中身を治癒の魔法に書き換えてくれ」

「……無意味。治癒は生者にしか効果をもたらさぬ。わらわに無駄な骨を折らせるつもりか」

「頼む」

「断る。再三告げたるがわらわにこれ以上貴様を助ける道理はない。こちらに利のない取引など笑止」

エカテリーナの反応は冷ややかだった。当たり前だ。助けてきてくれた奴に厚顔無恥な要求だと俺も思う。
それに、交渉材料になるようなものを俺は持ち合わせちゃいなかった。
『継承者』相手に袖の下は通じねえだろう。金なんざいくらでも稼げるだろうしな。
だから俺は、ライフエイクの方をちらりと見てから、口端を上げて言った。

「……てめぇが"間に合わなかった無能"じゃなくなる、ってのはどうだ?」

エカテリーナが目の端でこちらを見た。あらゆる虚構を見透かすその眼が、俺を射すくめる。
場に充溢していた怒気が、似て非なるなにかに変質する。
哀れみか、狂人に対する呆れか。

「馬鹿な、虚構が見えぬ。本気でそのような妄言を吐いているのか?……本心から、死者を蘇らせられると思っているのか。
 "聖灰"は異界の者を高く評価していたようだが、わらわには微塵も理解できぬ」

……これはアレだ。哀れみというか、ドン引きだ。
ライフエイクは揶揄するように犬歯を見せた。

「ギャンブルに負けて心を壊す人間は何人も見てきたが、最期は皆判を押したように無謀な賭けに出るのだ。
 家財の一切を売り払い、妻子を質に入れてなお、起死回生の大勝ちを掴めると信じている。
 己を盲信する者に微笑むほど、勝利の女神は理想主義者ではないというのに」

128 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:51:59
ライフエイクの現実的な指摘を、俺は鼻で笑った。
数多のゲームを渡り歩いてフォーラム戦士をやってきた俺は、ただ一つだけ勝利の方程式を知っている。
レスバトルに勝つために必要なのは、主張の正しさなんかじゃない。
根拠が何もなくったって、相手より優位に立っていると自分を信じ続ける、面の皮の厚さだ。

「てめえは自分が何を経営してたのか忘れたのかライフエイク。
 ここはカジノだ。胴元が絶対儲かるように出来てる……分の悪い賭けをする場所だぜ」

「ふ」

不意に、エカテリーナの肩が大きく揺れた。

「ふ、く、くくく……なるほど、郷に入りては郷に従えとはよく言ったものだ。
 負けを確信してなお賭けに挑むのが鉄火場の流儀であるならば、来客たるわらわも一口乗らねばなるまい」

俺の手の中の指環が輝き、浮かび上がった環状の文字列が組み変わっていく。
文字列は日本語じゃないが、治癒スペルを行使する際に出現する文様に似ていた。
エカテリーナが何故急に翻意したのかわからないが、俺の要求は受け入れられたようだった。

「……恩に着る」

「問答はこれで終わりか?ならば行け。わらわとて、不祥を我が師に謗られたくはない。
 ……転移もなしにどうやって、その小娘をここから連れ出すつもりなのかは知らぬが」

「決まってんだろ。抱えて逃げるんだよ」

『工業油脂』でしめじちゃんの傷を塞ぎつつ、俺は彼女の身体を背負った。
指環に込められた治癒スペルが発動するが、外から見て取れる変化はない。やっぱり生きてる肉体にしか効果がないのか。
だとしても、天命を待つ前に人事を尽くそうと、俺は決めた。

「困るな御客人。私の頭越しに場を辞する算段を進めるなど、ホストとしては看過できない悪徳だ。
 君は生かして帰してやろうと先程言ったが……当然、あれは嘘だ」

逃亡の体勢を整えた俺に対し、ライフエイクは顎をしゃくった。
控えていたバフォメットが動き、俺の進路を阻まんと踏み出した。

「貴様と違いわらわは真実しか言わぬ。――時間を稼ぐと、先刻そう言った」

129 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:52:20
瞬間、バフォメットの身体が『折り畳まれた』。
体中の全ての関節が逆方向に曲がる。見えない巨大な手によって、握りつぶされているかのように。
エカテリーナは相変わらず振り向きもしないが、奴の魔法か何かだってことだけは俺にも分かった。
あれだけ無敵の敵として脅威の存在だったバフォメットが、抵抗すら出来ずに押し潰されていく。

「……恐ろしいな。実に恐ろしい。あれは、村一つを一晩で更地に変えるニブルヘイムの悪魔なのだが。
 悪魔を捻り潰す人間がこの世に存在するなど、到底信じがたいことだね?」

「ならば、それを使役する貴様は何者か」

「ただの商売人だとも。取り扱う商材が少々特殊であるに過ぎない」

「よくもべらべらと、虚言を垂れるものよ」

「これは失敬。商売は口が回らねば成り立たないものでね」

「仕様もない。野良犬よ、常世の住人でありながらアルフヘイムに弓引いたその罪、冥界で悔いるがよい。
 ――『虚構展開』」

エカテリーナの長煙管から夥しい煙が噴出した。
視界を真っ白に染め上げる煤と灰は奴の身体を覆い尽くし、一気に膨れ上がる。
膨張した煙が晴れると、そこには豪奢なドレス姿はなく、代わりに1匹の巨大なドラゴンがいた。
広大なホールを埋め尽くさんばかりの巨体、頭部は吹き抜けの天井スレスレだ。

「振り向かず走れ、異界の者よ。わらわの四方三里に居るうちは、巻き込まぬ自信はない」

竜と化したエカテリーナが息を吸い、胸郭を大きくふくらませる。
真ちゃんのレッドラがやるのと同じ、ブレスの予備動作だ。

「行くぞヤマシタ、ゾウショク。着いてこい」

ヤマシタはともかく、主従関係にないレトロスケルトンも、素直に俺に追従する。
急いでホールを出て、大扉を閉じた瞬間、腹の底を揺るがすような爆発の音が轟いた。



130 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:52:40
既に冷たくなりつつあるしめじちゃんの身体を背負って、俺はカジノを疾走する。
少女の身体は軽いとはいえ、日頃から運動不足のおっさんにはあまりにも重労働だ。
息が切れる。酸欠で頭痛がする。心臓はずっとバクバク言ってるし、疲労で足はうまく回らない。

死体を抱えて走ることに、意味はあるのかと、何度も理性が忠告する。
その度に俺は唇から血が出るほど噛み締めて、痛みで思考を打ち消した。

死者は生き返らない。それはこの世界においても絶対のルールだ。
何度アンサモンしても死んだバルログは反応しなかったし、バルゴスは未だにバフォメットの腹の中。
人類の頂きに君臨する十三階梯の継承者だって、しめじちゃんを助けることはできなかった。

「頑張れしめじちゃん。……絶対助けるからな」

だけど、そんな小学生でも知ってる理屈で納得できるほど、俺は達観しちゃいない。
血を流しすぎた?それがどうした。心臓が止まってる?知ったことか。
認められるわけねぇだろ。……受け入れられるわけねぇだろ!

ほんの僅か、髪の毛1本ぶんでも助かる可能性があるのなら、俺はそこに全額ベットする。
そう、可能性は完全にゼロってわけじゃない。『まだ』、間に合うかもしれないのだ。

いつだったか、ものの本で読んだことがある。
生命を維持できなくなった人間が、どの段階で死を迎えるかについてだ。

心臓はあらゆる生き物に共通する急所だが、破壊されたとしても即死するわけじゃない。
心臓が止まって人が死ぬのは、血液が回らなくなって、脳が深刻な酸欠状態で不可逆的な損傷を負うため。
いわゆる『脳死』が死の定義として扱われているのは、心臓が止まった段階ではまだ死んだと決まったわけじゃないからだ。
心臓移植なんて技術が存在するくらいだからな。

つまり、脳さえ無事なら、極論心臓が止まっても人間は生きていられる。
失った血を補充し、損傷した細胞を修復すれば、蘇生の可能性は万に一つ存在するのだ。

ライフエイクに刺されたとき、しめじちゃんは『生存戦略』のスペルを行使していた。
あの野郎が刀を捻ったせいで傷口は治癒しなかったが、スペルは確かに発動した。

『生存戦略』が、字面通りに"生存"するための魔法だとすれば。
修復できない傷口を塞ぐことよりも、脳の保護のためにはたらいていたとしてもおかしくはない。
だから俺は、『生存戦略』の効果が切れる前に、エカテリーナから受け取った指環で治癒を重ねがけした。
しめじちゃんの脳みそが、完全に死を迎えることがないよう、回復スペルを継ぎ足した。

俺はこれ以上回復系のスペルを持ってない。治癒の効果が切れればしめじちゃんの死は今度こそ確定するだろう。
だが、石油王やなゆたちゃん、真ちゃんは『高回復』や『浄化』のスペルを所持していたはずだ。
首尾よくカジノから脱出して、あいつらと合流することさえできれば、治癒のバトンを繋げる。
ありったけの回復スペルを総動員して、傷ついた心臓を修復すれば、命を取り戻せるはずだ。

バルログが死んだ時、俺にはどうすることも出来なかった。
二度も三度も同じ思いをしてたまるか。人は死んだら生き返らない?誰が決めやがったんだそんなもん、ぶん殴ってやる。
俺は諦めねえぞ。しめじちゃんは絶対に死なせない。たとえ彼女が望まなくたって、俺が助けたいから助けるんだ。

しめじちゃんが助かる可能性は、仮定に仮定を重ねた希望的観測に過ぎない。
生存戦略が脳を保護してなけりゃその時点でアウトだし、回復スペルでも破壊された心臓は治らないかもしれない。

だけど……ここは剣と魔法の世界だろうが。
奇跡のひとつやふたつくらい、片手間で起こしてみせろよ……!

「げほっ……おえっ……」

足が重い。身体中が酸欠で悲鳴を上げて、さっきから口の中に血の味がする。
それでも前に進むことを止めるわけにはいかない。絶対に、この足を止めたくない。

131 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:53:03
しめじちゃん。

君は自分が死に瀕するその時になっても、最後まで俺の安否を気遣ってくれていた。
一回りも歳の違う子供にここまで言わせる俺は、多分大人失格だよな。
25にもなって一体なにをやってんだ俺は。

でもそれでいい。
俺が君を助けたいのは、君が子供で、俺が大人だからとかそんな理由じゃない。

荒野で初めて出会ったときの、邪悪さをひた隠しにした言動。
ガンダラの鉱山で何度も俺達を助けてくれた、歳不相応に冷静で的確な判断力。
リバティウムで一緒に街を回ったときに見せた、未知の楽しさに心踊らせる素顔。
その全てが失われてしまうことに、俺は耐えられない。絶対に認めたくない。

この感情は、子供に対する大人の庇護欲や父性とは多分ちがう。
俺はきっと、君のことを、一回り年下の友達として信頼していたんだと思う。

大人げない、青臭い、一方的で押し付けがましい友情かもしれない。
でもしょうがねえよ、受け入れてくれ。俺の本当に数少ない友達として、君には生きていてもらいたい。
暗黒の学生時代を経て遅れてきた青春に、しめじちゃん、君を巻き込ませてもらうぜ。

「やっぱ居るよな、てめぇは……」

従業員用の通路を通って辿り着いた、通用口。
俺たちがカジノに忍び込んだ当初の侵入口は、巨体によって塞がれていた。
バフォメット。エカテリーナが瞬殺した奴とは別の、2階でやり過ごした方のバフォメットが、俺の前に立ちはだかった。
ライフエイクの野郎、俺の逃亡を見越して残りのバフォメットをここに向かわせてやがったのか。

「ざけんじゃねえぞクソ山羊野郎。ニブルヘイムに帰って草でも喰ってろ」

ホールに戻って正門から脱出するという選択肢はない。
しめじちゃんの容態は一刻を争うし、ホールは今人外共の戦場になってる。
手持ちのスペルは残りわずか。俺はまともに走れなくて、手駒は最下級の雑魚2匹だ。

常識的に考えりゃ、こいつは完全に『詰み』だろう。
なにが常識だ。そんなもん会社の便器に産み落としてきたぜ。

「ヤマシタ、あいつの股下くぐって背後に回れ。ゾウショク、援護しろ」

2匹の魔物は忠実に動いた。
まずヤマシタが疾走し、身軽さを利用してバフォメットの懐に潜り込む。
振るわれた豪腕に革鎧の片腕があっけなく千切れ飛んだが、その腕へゾウショクがしがみついた。
一瞬の動作遅延、その隙を突いて、ヤマシタはバフォメットの股下をくぐって突破する。

瞬間、俺はカードを切った。

132 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/04(月) 22:53:24
「『座標転換(テレトレード)』、プレイ」

ヤマシタと俺の位置が入れ替わり、俺はバフォメットの背後に着地した。
あとはヤマシタとゾウショクをアンサモンで回収すれば、俺の退路にあるのは通用口の扉だけだ。
ドアに手をかける。外の光が差し込んで、俺の影がバフォメットの方向へ伸びた。
バフォメットが片足で影を踏む。『影縫い』のスペルが発動する――

「根性見せろ、マゴット――!!」

『ぐふぉぉぉぉぉ!!!』

俺の肩で鎌首をもたげたマゴットの顎に、ビー玉程度の大きさの黒い球体が出現した。
それは狙い過たずバフォメットの足元へ飛ぶと、炸裂し衝撃波を撒き散らす。
バフォメットの足が影からズレて、身体が自由を取り戻した。

――『闇の波動(ダークネスウェーブ)』。
レイド級モンスター、ベルゼブブの使う上級攻撃魔法だ。
ベルゼブブの幼体であるマゴットは、不完全ながらもそのスペルを成功させた。

本来の『闇の波動』は、石造りの建造物を更地に変える威力を持った衝撃波だ。
マゴットの放ったそれは本家には遠く及ばない貧弱な衝撃でしかないが、バフォメットの足元を掬うくらいはできる。
再び動けるようになった俺はバフォメットを尻目にカジノの外へ飛び出した。

カジノに併設されたコロセウムから、試合の歓声がここまで聞こえてくる。
そして如何なる神の采配か、出入り口からこちらに向かってくる三人の人影と、目が合った。

真ちゃん、なゆたちゃん、石油王。
それぞれ戦装束をボロボロにしながらも、生贄にされることなくコロセウムから脱出を果たしている。
俺は力なく揺れるしめじちゃんの身体を抱き、叫んだ。

「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

そして俺は、全ての意識がトーナメント組に向いていたがために、完全に失念していた。
背後のバフォメットは未だ健在で、俺の後を追ってきていることに。
俺のすぐ後ろで、豪腕を振り上げていることに。


【エカテリーナと交渉し、しめじちゃんを抱えてカジノから脱出。
 バフォメットの封鎖を突破するも、後ろから追いつかれる】

133 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/04(月) 22:53:57
闘技場から控室へ走るなゆたとポラーレの前に赤い光の玉が浮かび上がる
赤い光は返って周囲を暗くさせ、その奥は暗く見通せない
いや、見通せないのではなく見えないのだ
物理的に通路一杯に詰まった藁のために

二人の前で藁は蠢き開いていき、そこにはみのりが驚きの表情で立っていた

「あらあらあらあら……まぁ〜なゆちゃん!試合降りてくれたんやね〜
無事でよかったわ〜
苦渋の決断やったやろうけど、それでええんよ〜」

言葉に詰まっていたが驚きの表情が歓喜に変わった頃、溢れる言葉と共になゆたを抱きしめる

なゆたとポラーレの試合の行く末を見ることなく控室を出てきたので、なゆたが勝ったことを知らないのだ
歓喜のハグはバツの悪そうなポラーレによる訂正が入るまで続き、そして真実を知り更なる驚愕を生むのであった

「色々話す事や聞きたい事はあるんやけど、まずは真ちゃんと合流せななぁ
あの赤い光の玉が真ちゃんまで導いてくれるそうやし、説明は後でするよって行こか〜」

かくして無事になゆたたちと合流を果たし、藁の中へと誘う
藁の中は前後の通路側に厚みはあるものの、その内部は空洞になっており、移動するシェルターに様相を呈していた
その中で取り急ぎ真一がレアルに勝利するも力を使い果たしトーナメントをリタイアしたことを伝える
それと共に、トーナメント自体これ以上続かないであろうことも

そこまで話したところで真一の控室前までたどり着いており、通路の向こうから息を切らして走ってくる姿が見えた

>「よかった、二人共無事だったんだな……っ!
> その様子だと、お前らも何か掴んだみたいだが、俺もライフエイクの狙いがやっと分かった。
> とにかく話は後だ! 今はさっさとこの闘技場から脱出して、カジノの方へ向かうぞ!」

走り出そうとする真一を茨が絡み取り、眠らせる

「あかんよ〜全力戦闘したばっかやのに、無理したら肝心な時に戦えられへんからなぁ
うちらの目的は事はカジノに行く事やのうて、カジノで明神のお兄さんとしめじちゃんと合流する事
そこからが始まりやよってな
ちゃぁんとカジノには連れて行ってやるし大人しくしとき?」

眠りに落ちていく真一の頭を撫でながら語りかけ、藁の中に突っ込むとなゆたとポラーレにも入るように促す
こうして控室前からカジノへ向け藁の塊が動き出す

「真ちゃんは茨からといたし、2.3分で目ぇ覚めるやろ
道中で色々話しておかなあかへんことあるよってな、聞いたってや」

そしてみのりが話す、これまで見聞きしたことを

トーナメントの試合はどれも凄惨で潰し合いの様相を呈していたこと
明神から連絡があり、ライフエイクがニブルヘイムとの繋がりがあると判断した
それに足るだけの証拠を見つけた、となればおそらくは『門』を見つけたのではなかろうか、と
通信と同時に係員に化けていたドッペルゲンガーに襲われた、と胸元の大穴と茨で戒められたドッペルゲンガーを藁から二体出して見せる
その後の"虚構"のエカテリーナの遭遇し先にカジノに向かった旨と残された
「万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――」
の言葉を

「まあ、これらを総合すると、トーナメント自体生贄の儀式やろし、その結果何ぞ恐ろしいものが出てくるいう話やろうし
レアルはん吸血鬼やったやろ?真ちゃんにやられてもちゃんと死んだとは限らへんし、あれが吸血鬼やったって事はライフエイクはんかて人間かどうか怪しいものやわ
そういう訳やから休める時はやすんどきぃいう話やんよ〜真ちゃん?」

話の途中で既に起きていたであろう真一に言葉をかけて微笑みかける

134 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/04(月) 22:54:51
その話の最中も藁の塊と化したイシュタルは前に立ちはだかる有象無象をすべて取り込み茨で絡め眠らせていった
こうなった以上ここは敵地
立ちはだかる者は須らく敵として排除していくのだ

コロシアムから出たところでイシュタルは形状変化
後方に一塊残しつつ、カジノへと延びる絨毯に変わった
これは動く歩道である
案山子形態の移動能力は低いものだが、カーペット上になり常に形状変化することで素早い動きを可能にしたのだ

このことをガンダラで思いついていれば登山はずいぶん楽であっただろうが、とあの時の明神に死にそうな顔を思い浮かべるみのりと真一、なゆた、ポラーレは運ばれていく

まだこの時のみのりは事態をどこか楽観視していたのだ
明神には一つ、しめじには二つ囮の藁人形(スケープゴートルーレット)を持たせてある
更にシメジはガンダラで仕入れた奥の手、がある事も把握している
だからこそ試合に出る真一やなゆたに比べ、安心して送りだせていた

更には"虚構"のエカテリーナがカジノに向かったのであるから問題はない、と
だがそれは間違いであったことをすぐに思い知らされることになる


カジノの入り口が見えてきたところでそこから明神が飛び出してくるのが見えた
素晴らしいタイミングと一瞬頬が緩みかけたが、即座にそれどころでないことが見て取れた

明神に抱えられたシメジ
力なく垂れ下がる腕
後ろから太い腕を振り上げるバフォメット

危機的状況であることはわかるのだが、思考が追い付かない
停止した思考を再び動かしたのは明神の叫びだった

>「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

その声色、トーン、乗せられた感情にみのりの全身が総毛立つ

「イシュタルっっ!!!!」

普段のみのりからは考えられない程、大きく、そして鋭い声が響き、それに応えるように後方の藁の塊から何かが射出された
それはカジノで立ちはだかった警備員たち
藁にのまれ茨に絡めとられて眠らされていた者たちを、砲弾のようにバフォメットに投げつけたのだ

人魔混合の砲弾を浴びせられバフォメットが大きく仰け反る
更に射出は続き扉の奥へと押し込んでいった

バフォメットを押し戻したところで明神と接触
その腕に抱えられたシメジをのぞき込みすぐに分かった
(チアノーゼを起こしている……!)

みのりが血色が失われ強烈な死の雰囲気をまとう人間を見たのはこれが初めてではない
家業は農家であり、その規模は大きい
従業員も雇っているが、家長ともども全員が畑に出る
幼いみのりは祖父について畑に行ったものだ

それはワサビ田で起こった
ワサビ田は清流が必要であり、それは往々にして山深くにある
軽トラックがやっと通れるような山道を登った先、人の往来から外れたもはや異界ともいうべき場所で祖父は心筋梗塞で倒れた
それ以降、五穀ファームでは必ず仕事はツーマンセルを組み、従業員全員が救命講習を受けるようになったのだ

135 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/04(月) 22:55:16
その時の状況が脳裏に蘇り
「……うちは死ぬ覚悟も、仲間を死なせる覚悟も……できてへんのや……
死なさひん!今度は死なさへんよ!
しめじちゃんを藁の上に寝かせて」
みのりの戦衣装はペンギン袖のパーカー
それはブレイブのもう一つの弱点であるスマホ操作を見せないための衣装である
画面を見ずとも袖の中で素早く動いていた

「来春の種籾(リボーンシード)」
致命のダメージを負ってもHPを1残す効果があり、死んでさえなければ命をつなぎとめる事ができる
「中回復(ミドルヒーリング)」
効果は中程度ではあるが、その分ディレイが短く素早く次のスペルカードが使用ができる繋ぎ回復
「我伝引吸(オールイン)」
1ターンPTのダメージを肩代わりをすることができる、しめじに迫る強烈な死に至るダメージを代わりにイシュタルが負うのだ
「浄化(ピュリフィケーション)」
状態異常を回復させる。心肺停止した時点から血液の供給が途絶え脳は死に至るが、死に至る前に脳に障害が起こり始める事を防ぐのだ

激しいダメージをあえて受け続けるイシュタルを支えるためのみのりの戦術をすべてしめじに注ぎ込むのだ
スペルカードの名前を読み上げながら行使することで、周囲に状況を知らせていく

本来ならば既に死んだと手を放すべきところであった
医者ではないので、まだ生きているのか既に死んでいるのか判断がつかない
死んでいれば「回復」のスペルは効果を表さず無駄になってしまうのだから
真一にも言ったように、これからが本当の戦いでもあるのだから

だが、異世界に放り出されそこで出会った稀有な邦人
寝食を共にし戦いを乗り越えてきた戦友というのは、みのりが自覚する以上に掛け替えのない存在になっていたようだ

藁の絨毯は寝かされたしめじを揺らさないようにゆっくりと後退していた
カジノ全体を揺るがすような振動
二階の窓が次々の割れ、爆炎が上がる
ライフエイクと"虚構"のエカテリーナが激しい戦いを繰り広げているのだ
また入り口からはバフォメットが再度出てこようとしていた

「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
でも、その前に……そこかぁあ!!」

二階の崩れた壁からライフエイクの姿を認め、茨を振るわせ絡めとっていた二体のドッペルゲンガーを投げつけさせた
今シメジの救命活動をしている最中にそれをする必要はなかった
いやむしろいらぬヘイトを稼ぐことになる、と分かっていたがそれでも投げつけてやらねば気が済まない程度にはみのりの血は滾っていたのだ

「ごめんなぁ〜ちょぉと頭に血ぃ登っていらんことしてもうたわ
みんな疲れているからうちが表に立たなあかへんのやろうけど堪忍やで」

しめじ救命のために大量のスペルを消費し、位置を固定してしまう地脈同化(レイライアクセス)を使う以上、戦闘はできなくなるであろうからだ
取り乱したことを詫び、その顔を見せないようにしめじの鼻をつまみ、人工呼吸を始めた

【真一、なゆた、ポラーレと合流、状況説明しながらカジノへ】
【バフォメットに警備員などを投擲、後退させる】
【しめじに全力治療&二階のライフエイクにドッペルゲンガー投擲】
【1階バフォメット再襲来:2階エカテリーナvsライフエイク】

136 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/04(月) 22:55:58
明神による失血の防止措置と、エカテリーナから授かった治癒のスペル。
みのりによる多種多様な治癒術式。
一人の人間に与えるには過剰とも言える治療が、メルトに施される。

あゝ、善なるかな。
メルトに手を差し出した彼等には、治療の為にスペルを用いない道も有った。
何故ならば、現実的に見ればどう考えてもメルトは死んでいるからだ。
故に、メルトが死した事実を認め、訪れるであろう強敵との対峙に備える事も出来た筈だ。
けれど、彼らはそれをしなかった。
旅を共にしてきた少女を生かす事を願った。
これからも共に歩む道を……知らぬ者も居るとは言え、メルトの様な悪党を生かす事を思考したのだ。

そして、だからこそ。
諦めなかったからこそ、仲間達による救出の願いは奇跡を起こす。

エカテリーナのスペルにより死すべきであった脳細胞は損壊を免れし、浄化(ピュリフィケーション)は常態を維持させた。
中回復(ミドルヒーリング)により、大きく開いていた刃傷は縮小し、地脈同化によって臓器の傷は塞がれていく。
そう、奇跡だ。奇跡と言っていいだろう。
死者の傷を癒す事など、現代科学を以ってしても不可能である。
異邦の旅人達は、その意志で。願いで。奇跡を果たしたのである。


――――けれど、奇跡はここで打ち止めであった。


奇跡で、意志で、願いで、祈りで……死者は生き返らない。
失われた命は、あらゆるスペルを用いても取り戻す事は出来ない。
それは世界を支配する絶対の法則。

少女、佐藤メルトは……あらゆる傷が塞がったにも関わらず、息を吹き返さない。
心臓はその動きを再開せず、肺はみのりから注ぎ込まれる酸素を循環させない。
血液は、全身を巡らない。
まるで眠っている様に、少女はその目を閉じたまま。

137 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/04(月) 22:56:25
――――――――――

人は脳で世界を見る。
脳はあらゆるモノを観測させる。
現実を――――そして、夢という虚構の世界でさえも。

死にゆく定めにあるメルトは、スペルによって機能を温存された脳で夢を観ていた。
それが、己が死にゆく夢。
深く暗い海に沈んでいく夢だ。

(……ああ。私は死ぬんですね。やはり、ダメだったのですね。最後に“悪あがき”はしてみましたが……失敗してしまいましたか)

夢であるせいか、不思議と息は苦しくない。
意識もはっきりしている……だが、それでもメルトは己が死にゆく身であると言う事を理解していた。
手足に絡みついている縄。海底深くから伸びている様な黒く太い縄が、メルトをゆっくりと引きずり込んでいっているからだ。

ときおり、暖かな光が明滅し、己の身体を浮上させようとするが……黒い縄がそれを許さない。
ゆっくり……けれど確実にメルトは海の底へと引きずり込まれていく。
ふと、縄の先がどうなっているのか気になり、視線を海底へと向けてみれば……その先にはどす黒い大きな蛇のようなナニカ。
そして、周囲を見渡せば自身よりも遥かに速い速度で黒い縄に引きずり込まれる、輪郭の無い白い無数の人型。

(成程……死ぬとアレに捕食されるのですか。天国とか地獄なんて信じていませんでしたが……死後というのは随分と野性味にあふれているのですね)

恐ろしい筈の光景、自身が迎える末路を前に、けれどメルトは何故だかくすりと笑みを浮かべてしまう。

(……ここは、寂しいですね。暗くて冷たくて……だから、こんな所に明神さん達が来ないで良かったです)

死が逃れられない事を知り、死への恐怖が麻痺したのだろう。
満足したかのように目を瞑り沈んでいくメルト。
走馬灯の様にに思い浮かぶのは、長い現実での日々ではなく……不思議と短い旅路を共にした者達の姿ばかり。
荒野の駅での出会い、炭鉱の街での酒場、坑道の奥での戦い、列車の雑談。

うめき声を上げながら沈んでいく他の人影と異なり、静かに沈んで行くメルト。
……だからこそ、気付く事が出来たのだろう。

『――――憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。あの人が、憎い』

無数のうめき声の中に紛れる、憎悪の声。
メルトが声へと視線を向けてみれば、巨大な黒蛇の額にあたるであろう場所に……女が居た。
海の様に青く波打つ美しい髪を持ち、顔を両手で覆う女。
一見して人である様に思えるが……その女の下半身は、鱗を持つ魚の様な形状をしている。

(人魚……)

メルトが女を見て思い浮かべたのは、お伽噺で謳われる人魚姫。

『どうして、どうして裏切ったのですか、愛していたのに、愛していたのに、信じていたのに』
『共に生きられるよう、【人魚の肉】すら分けたというのに……憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……!』

その人魚は周囲を棘の付いた宝石のような檻で囲まれており、時々檻へと手を伸ばしては、棘によって血を流し、再び呪詛を呟く事を繰り返している。
そして、海中を揺蕩ってきた人魚の血。その血がメルトへと触れた瞬間、彼女の脳に存在し得ない記憶が再生された。

それは、遠い海の楽園の光景。
平和を願う夢見がちな人魚の姫と、楽園に漂着した男の蜜月の物語。
全てが悲劇で終わる、忘れられた歴史の一幕。

まるで実体験のように感じられる記憶の奔流に驚愕するメルト――――だが、それは悲しき歴史に対してでは無い。
メルトが驚愕したのは、見せられた記憶の中に居た、ある人物の姿について。

人魚の楽園へと辿り着き
世間知らずな姫の心を捕え
口付けと共に愛を嘯き、全てが滅ぶ原因を作り上げた男の、その姿。

(ライフ、エイク……!?)

猛禽の様な瞳を持つ、遠い歴史の先に居るその男は――――メルトの命を奪った男と、全く同じ容貌であったのである。

138 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/04(月) 22:56:48
――――――――

未だメルトは死したまま。目を覚ます事は無い。
けれど、状況は彼らを待つ事をしない。

人魔の弾丸を受けたとはいえ、バフォメットは健在。
獲物が増えた事を喜ぶように、口元から赤い液体の混じった涎を垂らすと一行へとその歩を進める。そして、


「ふむ、凄まじいね。これ程の術をこれ程の時間行使し続けるとは。いずれ体力が尽きてやられてしまいそうだ」
『……戯言をほざくなら、汗の一つでも流すが良い』

カジノの中では、竜と化したエカテリーナとライフエイクが激戦を繰り広げていた。
先程から轟音を響かせるエカテリーナの火炎のスペルは、並みの相手であれば塵も残らない威力を有しているが、対するライフエイクは汗を掻く事も無くその暴威を凌いでいる。
そして、その最中。

>「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
>でも、その前に……そこかぁあ!!」

エカテリーナの攻撃により砕けた外壁の隙間から、みのりがドッペルゲンガーを高速で射出した。
奇しくもそれはエカテリーナの炎と同じタイミング。
直前に攻撃に気付いたライフエイクであるが、これまで回避を続けていた彼も、2方向からの同時攻撃は避ける事が出来ない。
爆炎と衝撃がライフエイクを襲う。抜群のタイミングであり、素人目に見れば勝利を確信する様な状況であったが。

「……やれやれ、スーツに煤が付いてしまった」

そこには、周囲を水で結界の様に覆い、爆炎を無傷でやり過ごしたライフエイクの姿。
ライフエイクが使用した水の結界を見て、エカテリーナはその威圧感を強める。

『【水王城(アクアキャッスル)】……人の寿命で習得し得るスペルではあるまい。やはり、貴様はニヴルヘイムの先兵か……!』

その問いに対し、ライフエイクは軽く肩を竦めると口を開く。

「ではそういう事にしておこう。私はニヴルヘイムよりアルフヘイムを侵略する為に訪れた存在だ、と」
『虚言……貴様、一体何者だ……!』

139 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/04(月) 22:57:11
―――――――

混沌と化した戦況。
……メルトの命は失われたまま。
眼前には強大な敵が立ちはだかり、更にその先には恐ろしい謀略が蠢いている。
そんな思考すらままならない状況であるが……もしも、そこから先に踏み込む事が出来る人間が居れば気付く事だろう。

メルトが絶命しているにも関わらず、そのパートナーであるゾウショクが召喚されたままであると言う事実。
死後硬直を始めているメルトの手に握られたスマートフォン。その画面に映る『生存戦略』のスペルが、未使用の状態であり、
そして代わりに、『死線拡大(デッドハザード)』という、この世界に来て一度も使用していないスペルが使用済になっている事に。

そして、それぞれの持つスマートフォンで、メルトの死体が捕獲可能なモンスターとして表記されている事に。

……奇跡で死は覆せない。
ならば、絶命の事実を書き換えられる様、準備をすればいい。死んでいないと世界を騙すのだ。
佐藤メルトは悪質プレイヤー、そんな彼女がただで潔く死ぬ筈が無い。
化かし合いなら百戦錬磨、『一度使用した』スペルを知っている虚飾の王ですら欺いてみせる。
生存戦略(タクティクス)は範囲回復。だが、日本刀で貫かれた時、スペルの光はメルト一人だけを包んでいた……!

【状態異常:アンデット・・・AGI、DEX大幅低下、STR上昇、状態異常中、種族がゾンビに固定される。この状態異常は状態異常回復スペルを2度掛けなければ回復しない】
【ゾンビ:HP全損時でも、一定時間捕獲、回収可能。そのまま放置すると完全ロスト←いまここの途中】
【傷を治さないまま状態異常だけを回復するとメルトは即死、脳の機能を維持しないままゾンビ化すると何かしら後遺症が残ったのでお二人の行動でギリギリ生存可能性有り】

140 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/04(月) 22:57:50
血の気が引く、とは、まさにこのことだろう。

「――――――」

元々大きな双眸をこれ以上なく見開いて、なゆたは硬直した。
時間にして、たったの数時間。離れていたのは、たったそれだけの短い間。
それまではなゆたの自宅で一緒に寝起きし、朝食を食べたはずなのに。
明神の後ろを控えめに、けれどしっかりついていく彼女の姿を、自分は微笑ましく見ていたはずなのに。

なのに。

今、なゆたの目の前では血にまみれたメルトが瀕死の重傷を負い、明神におぶわれている。
なゆたは寺の一人娘だ。人の死というものには、それこそ日常レベルで接している。
しかし、幸いなことに檀家の死には遭遇しても、近親者の死に遭遇したことは今まで一度もなかった。
時間的には、なゆたとメルトは知り合ってから一ヶ月も経っていない。
けれど、なゆたにとってメルトは紛れもない近親者。大切な、かけがえのない仲間である。
ポラーレとの戦いの最中にも、なゆたは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の称号に拘った。
仲間たちと共有するその名を、自らの敗北によって汚させはすまいと――。
しかし、そんな努力も肝心の仲間が死んでしまっては何の意味もない。
だから。

>「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

という明神の全身全霊の叫びにも、

>「イシュタルっっ!!!!」

というみのりの鋭い呼声にも、まるで反応できなかった。
今にも明神を攻撃しようとしていた山羊頭の魔物――バフォメットが、イシュタルの投擲した人間砲弾を喰らって仰け反る。
事態は刻一刻と変転している。一秒たりとて無駄にはできない。
だというのに、なゆたは棒立ちのまま何も行動をとることができずにいた。

――わたしのせいだ。

ぐるぐると、深く激しい悔恨が胸の中で渦を巻く。
メルトは自分たちとは違う。彼女はただ単に何らかの巻き添えを食らい、この世界に放り出された無力な少女に過ぎない。
同じ巻き込まれた側でも、状況を楽しむ余裕さえあり率先して戦いに臨む自分や真一とは根本的に異なるのだ。
そんな彼女に、自分は危険な任務を押し付けてしまった。
こうなる可能性は充分あったのに。予測できたはずなのに。
だのに――

――わたしのせいだ。

『今まで大丈夫だったんだから、きっと今度も大丈夫』なんて。
何の根拠もない、楽観的な結論を出してしまったから。
作戦を立てるのなら、どんな僅かな危険性をも考慮し、それを回避する方策を用意しておかなければならないのに。
自分はそれを怠った。ノリと勢いだけでメルトを危険に晒し、最悪の事態を招いてしまった。

――わたしの、せいだ……!

トーナメントに出たいなんて、興味本位の遊び半分で思わなければよかった。
ガンダラの時のように、彼女を非戦闘員として匿っておけばよかった。
チームをふたつに分けようなんて、言わなければよかった。
メルトには、家で留守番していてと厳命すればよかった――。

ぼろぼろと涙が零れ、ひゅぅひゅぅと喉が鳴る。上手く呼吸ができず、胸がキリキリと痛む。
強い精神的ショックによる過呼吸だ。なゆたは苦しげに胸元を押さえて、その場に蹲った。

141 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/04(月) 22:58:17
みのりがメルトを藁のベッドに横たえさせ、必死の救命活動をしている。
だというのに、自分は何もできない。その思いが、なおさら呼吸を困難なものにする。

「……か……はっ……」

なゆたは首を垂れ、出ない息を吐いた。
もちろん、周囲に気を配っている余裕もない。と、カジノの建物全体を揺るがす激震が走り、炎が上がる。壁が崩れる。
上階でスーツ姿のライフエイクと、巨大なドラゴンが対峙しているのが見える。
移動中にみのりから話は聞いていたので、状況は理解している。
大賢者ローウェルの直弟子、『十三階梯の継承者』のひとり“虚構”のエカテリーナ。
その名、その姿、その力は当然なゆたも知悉している。ただ、そんな重要人物がどうしてこの場にいるのか。
なぜ自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に力を貸してくれるのか。それはわからなかったが――。

>「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
>でも、その前に……そこかぁあ!!」

救命活動の合間、みのりが今度は上階のライフエイクへ向けてモンスターを投擲する。
普段のみのりの態度とはかけ離れた、烈しい怒りを感じさせる振舞い。
平素何を考えているかわからず、真意を隠している節のあるみのりさえも激怒するほど、事態は逼迫しているということだ。
だが、ライフエイクはそんなみのりの攻撃とエカテリーナの攻撃をこともなげに捌いてしまった。
そして――先程みのりに人間ロケットを投げつけられていたバフォメットが、再度迫ってくる。
みのりはメルトの蘇生で手が離せない。明神にバフォメットを撃破するだけの火力はない。
だとしたら――。
今ここでバフォメットに、あの中盤の壁で有名なボスモンスターに対処できるのは、自分と真一しかいない。
真一はもちろん立ち向かうだろう。なゆたは幼馴染である彼の性格を知っている。

けれど、自分はどうだ?

戦いたい気持ちはある。けれど、それよりも自分の采配ミスでメルトに重傷を負わせてしまった自責の念が強すぎる。
行動したいと思っても、行動できない。ポヨリンに指示を飛ばしたくとも、声が出ない。
なゆたは俯いたまま強く目を瞑り、歯を食い縛った。

――何がランカーよ、何が重課金者よ。
――月子先生なんて呼ばれて、ベテランぶってたって。大事な仲間のひとりだって助けられない。
――全部、わたしのせいだ。わたしが招いた結果だ。
――わたしが悪いんだ。わたしが――

すぐ近くで燃え盛っているはずの炎の熱が。仲間たちの叫びが。魔物の咆哮が、やけに遠い。
この世界はゲームじゃない。本物の熱を、生命を、生と死を有した現実の世界なのだ。
ポラーレとの戦いのさなか、自らの命を天秤にかけたときさえ実感しなかったその事実を、今なゆたは魂の深奥から思い知った。
思えば、みのりはそのシンプルな真実にずっと前から気付き、心から理解していたのだろう。
だからこそ、試合が始まる前に何度も無理をするなと忠告したのだ。
自分は知らなかった。よくも彼女に『覚悟はできてる』などと言えたものだ。

戦いたくない。
逃げ出したい。
何もかも、なかったことにしたい。

そんなことを考える。少なくとも、もうなゆたは今までのようには戦えない。
仲間が傷つき、斃れる姿を見てしまった後では――
……しかし。

『ぽよっ!』

ふと、傍らで声がした。
なゆたの顔を覗き込むようにして、ポヨリンがぽよんぽよんと小さく跳ねている。

「……ポヨ……リン……」

ひゅうひゅうと苦しい息の下で、なゆたは小さくその名を呼んだ。

142 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/04(月) 22:58:39
ポヨリンは優しい子だ。いつも、なゆたのことを心配している。
なゆたが気落ちすれば、寄り添って慰めようとする。先程の試合で分裂したなゆたの片方が死んだときも、ぽよぽよ泣いていた。
しかし、今は違った。
ポヨリンはのっぺりした顔の眉間に一生懸命皺を寄せ、口をへの字に結んで、ぽよぽよ跳ねている。
それはなゆたを気遣うのではなく――『早く戦わせろ』と主張しているかのように、なゆたには見えた。

『ぽよっ! ぽよよんっ! ぽよぽよよっ!』

ポヨリンはしきりに小さく跳ねながら、なゆたに何事かを伝えようとしている。
現実世界からずっと一緒に戦ってきたパートナーだ。なゆたはポヨリンの心を瞬時に理解した。
……怒っているのだ。憤っているのだ。敵に対して。メルトをこんな目に遭わせた、憎むべき勢力に対して。
この理不尽な運命を跳ねのけて、敵を倒したいと。そう望んでいるのだ。
ポヨリンにとっても、メルトは大事な仲間。だから――
そんな仲間をひどい目に遭わせた奴は、絶対に許さない。そういうことなのだろう。

――嗚呼。

事なかれ主義で自分の利益優先のはずの明神が、自らの命も顧みず行動している。
あのおっとりしたみのりが、今まで見たこともない剣幕で激怒している。
なゆたの腕の中でのんびりお昼寝したり、ぽよぽよ飛び跳ねて遊ぶのが大好きなポヨリンが『戦いたい』と言っている――。
それなら。

――わたしに出来ることはなんだ? わたしのしなくちゃいけないことは何だ?
――そんなの、ひとつしかない。ずっと前から決まってる。

ぎゅっと唇を噛む。息を無理矢理に飲み下し、両脚に力を入れる。

「うああ……ああああああああああああああああああ―――――――――――――っ!!!!」

なゆたは大きく叫ぶと、一気に立ち上がった。そしてスマートフォンを手に、素早く画面をタップする。
切ったカードは『鈍化(スロウモーション)』。対象のATBゲージを著しく鈍化させるスペルだ。
地響きを立てて一行に肉薄しようとしていたバフォメットの動きが、極端に鈍くなる。
次いで『限界突破(オーバードライブ)』。ポヨリンにバフがかかり、水色の全身から闘気が迸る。
なゆたは後方のみのりと明神を振り返った。

「みのりさん、明神さん、一分ください。……たった一分でいい。
 一分で――潰しますから」

決然とした調子で告げる。
なゆたの脳内で、猛烈な勢いで対バフォメットの攻略フローが組み上がってゆく。
初戦のバフォメットを倒すことはできないというのは、ブレモンプレイヤーの中では常識だ。
しかし、現在こちらにはバフォメット討伐に必要不可欠な人材エカテリーナがいる。
エカテリーナ自体はライフエイクと戦っている最中だが、それはこの際関係ない、となゆたは睨んでいた。
かつて、フォーラムでバフォメット討伐戦について、悪辣なプレイヤーと議論したことがある。それによると――
ゲーム内のバフォメット討伐戦でバフォメットの無敵バフが解除されるのは、エカテリーナ参入後の再戦時ではない。
プレイヤーがエカテリーナの助力を仰ぐことに成功した時点で、内部的に無敵解除のフラグが立つのだという。
もし、この世界とゲームに共通性があるのなら、今ここにエカテリーナがいる時点でバフォメットの無敵バフはない。
当時はデータの解析など邪道だとずいぶん憤ったものだが、その知識がここで役に立った。

「しめちゃんは死なせない……、絶対に助けてみせる!
 そのための邪魔者は、全部! ……わたしたちが排除する……!
 真ちゃん、やろう! こんな奴……ふたりでやれば瞬殺でしょ!」

真一の考えることなら、わざわざ言葉にせずとも目配せでわかる。
もし真一が何か策を練るなら、なゆたはすぐにその意を汲み取り指示通りに動くだろう。
バフォメットを斃し、ライフエイクの目論みを挫く。

闇の世界のとば口を前に、なゆたは新たなスペルカードを選択した。


【真ちゃんとタッグでバフォメット退治。
 真ちゃんの指示に従うのである程度動かして頂いて結構です】

143 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/04(月) 22:59:16
>「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

どうにか闘技場を抜け出し、やっとの思いでカジノまで辿り着いた真一たちを待ち受けていたのは、そんな絶望の知らせだった。
藁から這い出た真一は、明神が悲痛な叫びを上げる姿と、血まみれの衣服を纏ったメルトの姿を視認し、状況の全てを察する。

>「……うちは死ぬ覚悟も、仲間を死なせる覚悟も……できてへんのや……
 死なさひん!今度は死なさへんよ!
 しめじちゃんを藁の上に寝かせて」

みのりはそんなメルトを藁のベッドに寝かせると、手早く幾つかの治癒スペルを使い、その後は教科書通りの心肺蘇生術を行う。
普段は決して自分の本音を見せない彼女が、こうして狼狽えている姿を見るのは初めてだったが、それでも的確に手を動かすことができるのは流石というべきだろう。

>「……か……はっ……」

だが、その一方でなゆたが胸を抑えながら息を吐き、崩れ落ちる姿を真一は横目で捉えていた。
――今回の作戦を考案したのは、他でもない彼女だ。
見通しが甘かった。こうなることを少しでも予想できなかった……といえば、それは間違いなくパーティ全員の責任だが、なゆたの性格からすれば、この状況を全て自分のせいだと考え、自暴自棄になってしまうのも無理はないだろう。
なゆたにもあとで何か声を掛けなければならないという思考が、真一の脳裏をよぎるが、とにかく今はそれよりも火急の事態がある。
真一は「俺も手伝う」とみのりに告げると、メルトの胸部に手を当て、人工呼吸に合わせて心臓マッサージを開始した。

――しかし、手を当てた瞬間に理解する。
メルトの心臓は、もう一切の鼓動を止めていた。
呼吸もしていない。脈拍もない。もはや言うまでもなく――メルトは完全に死亡していた。
真一は口の中に血の味が滲むほど、強く奥歯を噛み締めた。

いや、だが……何故だろうかと自問する。
なゆたが我を見失い、明神も血相を変え、みのりでさえ狼狽を隠せないこの状況下で――何故か真一だけは、非情なほどに冷静だった。
血が沸騰しそうなほどの怒りが込み上げてきているというのに、そんな感情とは無関係に、真一の脳はどこまでも冷静に現状を認識していた。
この感覚は……何と表現すればいいのだろうか。そう、敢えて言うならば――真一は“慣れていた”。
まるで、過去にもっと多くの命が喪われていく様を目の当たりにしてきたかのように、真一は仲間の死と直面することに慣れ切ってしまっていたのだ。
無論、真一が思い出せる限り、自分の人生でそのような経験はない。
しかし、記憶にない経験が心を凍てつかせることで、真一は他の誰よりも冷静で居続けることができた。

そして、冷製であるからこそ、分かってしまうのだ。
今、自分やみのりがやっている行為には、何の意味もないということを。
“死者は蘇らない”――それは現実世界でも、このアルフヘイムにおいても、決して覆すことはできない絶対の掟だ。
もうメルトが復活する可能性がないのであれば、こんなことに時間を浪費するよりも、今はライフエイクを止める方が優先だ。
奴の野望を成就させてしまえば、それこそもっと比にならない犠牲が出るのは目に見えている。
真一は心臓マッサージの手を止め、仲間たちにそう進言しようと決意した。
そして、顔を上げて各々の様子を見回していると――不意に、とある“異常事態”が起きていることに気付く。

144 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/04(月) 22:59:50
「ゾウショク…………お前、何で消えてないんだ?」

それは、メルトのパートナーモンスターであるレトロスケルトン――ゾウショクの姿だった。
ゾウショクはメンバーの輪の外で、カクカクと骨を揺らしながら、不安そうに主人の様子を窺っていた。
メルトが死亡しているのであれば、彼女のパートナーがこうして召喚されたまま動いていることなど有り得ない筈だ。
そこで、はっと何かを閃いた真一は、メルトの手に握られたままのスマホに目を落とす。
真一は慌ててそれを取り上げると、未だ明滅している画面に指を走らせ、スマホを操作する。
表示されているのは、メルトのデッキカード一覧。そして、使用済みの状態になっている〈死線拡大(デッドハザード)〉のスペルカード――

「こいつ、まさか……ッ!?」

それを見た瞬間、真一は自分の脳内を電流が駆け抜けていくのを感じた。
確信じみた予感が脳裏に浮かび、真一は自分のスマホを取り出すと、今度はバックカメラをメルトに向ける。
その画面上には、以下のような表示が映し出されていた。

『モンスター名:佐藤メルト』
『種族:ゾンビ』

「――――ハッ、そういうことかよ。尊敬するぜ、しめ子」

まさしく起死回生というべきメルトの策を理解した真一は、口元に不敵な笑みを浮かべた。
そして、未だ震えるなゆたの肩をポンと叩くと、真一は仲間たちにこう告げるのであった。

「……みんな、落ち着いて自分のスマホを見てくれ。
 画面に表示されている通り、今のしめ子は紛れもなくゾンビというモンスターになっている。
 俺の予想が正しければ……こいつは絶命する直前、自分自身に〈死線拡大(デッドハザード)〉を使って、アンデッドの状態異常を付与したんだ。
 そして、ゾンビはHPを完全に失ったあとであっても、一定時間は消えずに死体が残るから、プレイヤーが捕獲・回収することが可能となる。
 つまり、こいつをモンスターとして捕まえ、その後にHPの回復を行えば――しめ子はもう一度目を覚ます可能性があるってわけだ」

真一は自分の推察を語り聞かせたあと、今度は自分たちの背後に迫るニヴルヘイムの尖兵――バフォメットの姿を、視界の隅に捉えた。
そして、真一は明神にメルトのスマホを手渡すと、長剣の柄に指を掛けながらこう言い残す。

「しめ子の捕獲はアンタに任せたぜ、明神! 俺はなゆと一緒に、あのヤギ頭をブチのめして時間を稼ぐ」

メルトを救う算段は立った。
ならばあとは邪魔者を排除し、彼女を復活させるための時間を稼ぐだけだ。
藁のベッドから飛び降りた真一は、鞘走りの音を鳴らしながら長剣を抜き放ち、その切先を対峙する敵へと向ける。

>「しめちゃんは死なせない……、絶対に助けてみせる!
 そのための邪魔者は、全部! ……わたしたちが排除する……!
 真ちゃん、やろう! こんな奴……ふたりでやれば瞬殺でしょ!」

「……落ち着け、なゆ!
 お前が考えてそうなことは分かってるが、しめ子のことならアイツらに任せとけばきっと大丈夫だ。
 俺たちは、今の俺たちにしかできないことをやる。お前の言う通り、あんな雑魚なんざ俺とお前なら楽勝だ」

真一は焦る様子のなゆたにそう忠告すると、左手に握ったスマホを見やる。
レアルとの戦いで消耗したグラドは未だ回復しきっておらず、手持ちのスペルカードも残り少ない。
ポヨリンなら単機でもバフォメットと戦えるだろうが、そのためにはなゆたに普段通りの思考を取り戻して貰う必要があった。
この戦いでは、なゆたのサポートに回ろうと考えたいたものの、そこでふと何かに思い至った真一は、スマホを操作してインベントリを開く。

145 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/04(月) 23:00:15
――真一が確認したかったのは“ローウェルの指輪”の状態だ。
先のタイラント戦で使って以来、使用不可のままになっていた指輪ではあったが、あれからしばらくの時間が経過した今ならばどうだろうか。
半ば祈るような気持ちでインベントリをスクロールさせていくと、そこに表示されていた画面には、再び使用可の状態になった指輪が映し出されていた。
真一は迷いなくそれをタップし、取り出した指輪を左手に嵌める。
すると、ガンダラで使用した時と同じように、指輪の中央に付いた赤い宝石が光を放ち、真一のスマホに魔力を注入していく。

「成る程……こいつはつまり、魔法効果のブーストという追い充電機能が付いた、魔力充電器みたいなもんってことか」

ローウェルの指輪の効果――それは、端的に説明するならば“莫大な魔力の貯蔵と放出”であった。
一定期間、宝石に魔力を貯蔵し続けつつ、魔力のない者には貯め込んだ魔力を分け与え、既にある者にはその力を増幅させる。
指輪の恩恵を受けた真一のカードたちは、次々と失った魔力を取り戻してリキャスト可能の状態に戻っていく。
カードの復活に魔力を使ってしまった以上、前回のようなブースト効果までは得られないだろうが、先程までの状態から考えればこれだけでも充分だ。
真一は〈高回復(ハイヒーリング)〉のスペルでグラドを回復させると、今度は〈召喚(サモン)〉のコマンドをタップする。

「さっきまであんだけ無理させちまったってのに、悪いな相棒。……行けるか?」

召喚されたグラドに真一がそう問いかけると、グラドは低い唸り声を一つ返す。
体力も魔力も充分に回復したグラドは、戦意に満ちているように感じられた。

「――よし、行くぜなゆ! あんな野郎、小細工を使うまでもねーさ。真っ向からブチかませ、グラドッ!!」

そして、真一の合図に従い、真っ先に飛び出したのはポヨリンだった。
二体に分裂したポヨリンは、敵の反応の遥かに凌駕したスピードで特攻し、バフォメットの腹部に突き刺さる。
〈分裂(ディヴィジョン・セル)〉と〈しっぷうじんらい〉。ポヨリンを分裂させ、威力の倍加した先制攻撃を叩き込むという、なゆたが好む基本戦法の一つだ。
思わず蹌踉めくバフォメットに対し、今度はポヨリンの後方からグラドのドラゴンブレスが放射される。
体勢を崩されて為す術がないバフォメットは、まともにそれを受け、更にHPバーを大きく後退させる。

しかしながら、バフォメットはこれでも初心者の壁などと言われている中ボスクラスのモンスターだ。
その威厳を示すかのように、バフォメットはドラゴンブレスが直撃しながらも倒れることなく、大きく息を吸い込んで〈火の玉(ファイアボール)〉の狙いを定める。
だが、そんな予備動作を行っている最中――――連撃の三段目。〈火炎推進(アフターバーナー〉で飛び込んだ真一の姿が、既にバフォメットの眼前にあった。

「ヴァンパイア・ロードと比べりゃ止まって見えるぜ。……遅すぎなんだよ、ヤギ頭!」

高速で迫る真一は、すれ違い様に長剣を二度振るい、バフォメットの両眼をそれぞれ正確に刺突する。
先刻のコロシアムにおいて、あのレアル=オリジンと斬り結んだことを考えれば、こんな芸当などは造作もないことであった。

「――――トドメだ、グラドッ!!」

そして、両眼を潰されて呻き声を上げるバフォメットを、左右からグラドとポヨリンが狙っていた。
グラドの〈ドラゴンクロー〉。更に、ポヨリンによる〈てっけんせいさい〉。
両者の呼吸が見事に合致したダブルパンチが炸裂し、瞬く間にHPを削り取られたバフォメットは、その体を霧散させて消えていった。

「ハッ、俺たちに挑むのは100万年早まったな。
 ……っと、だけどこんなところでいつまでも油を売ってる場合じゃねえ。
 急ぐぞ、なゆ! 俺たちはこのままライフエイクを止めに行く!!」



【グラド&ポヨリンのコンビネーションでバフォメットを瞬殺。
 真一となゆたはライフエイクを止めるためにカジノ内へ急行】

146明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:01:41
>「イシュタルっっ!!!!」

カジノの外、走り寄ってくる石油王が俺の姿を認めると、聞いたこともないような声音で怒号が飛んだ。
より正確には、『俺の背後』に迫るバフォメットに向けて、カカシが何かを射出する。
俺のすぐ脇を掠めて飛来した物体は、その質量でバフォメットを大きく仰け反らせ、カジノの中へと押し戻した。
殺傷範囲から辛くも逃れた俺は、そのままトーナメント組と合流を果たす――

>「……うちは死ぬ覚悟も、仲間を死なせる覚悟も……できてへんのや……
 死なさひん!今度は死なさへんよ!しめじちゃんを藁の上に寝かせて」

「わかった。俺に出来るのはここまでだ、後は、頼む……!」

石油王の対処は迅速だった。
まずカカシを変形させて作った筵にしめじちゃんの身体を横たえ、傷が広がらないよう固定する。
袖の中のスマホに一瞥もくれることなく、使えるだけの治癒スペルを注ぎ込んでいく。

延命、回復、ダメージ肩代わりに状態異常の回復。
バインドデッキの要となる治癒系スペルをこれでもかと振る舞い、しめじちゃんの身体は何度も光に包まれた。

スペルは……機能しているのか?これで、本当に良かったのか?
思考を隅から蝕むような、管虫に似た疑念が背筋を這い回る。

石油王が人工呼吸を、真ちゃんが心臓マッサージをする傍らで、俺はしめじちゃんの手を握り続けていた。
依然として、彼女の手は氷のように冷たい。青白く浮いた血管が脈打つ気配もない。
どうか、僅かにでも熱を帯びてくれと、祈るように埃まみれの掌をさすった。

>「……か……はっ……」

なゆたちゃんが、未だ死に向かい続けるしめじちゃんの姿に息を詰める。
きっとこいつは、しめじちゃんの容態に責任を感じているんだろう。
死地に送り出してしまったと、自分を責め続けているんだろう。

だけど、理屈に沿って言えば、真っ先に責められるべきなのは俺だ。
保護者面なんかするつもりはないが、それでも、しめじちゃんは俺が守らなきゃならなかった。
頼りになる年少者にかまけて、勝手に命を預けて、代わりに傷を負わせたのは……俺だからだ。
しめじちゃんが体を張る必要なんかないくらい、俺自身が、頼りになる存在でなきゃいけなかった。

大人と子供に年の差以外の違いがあるんだとしたら、それは自分の命に責任を取れるかどうかだ。
俺はまだ大人になれちゃいない。ならなきゃいけなかったのに、なれなかった。
今、俺の前に横たわるしめじちゃんの姿は、そのツケだ。

>「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
  でも、その前に……そこかぁあ!!」

石油王が吠え、瓦礫の向こうに垣間見えたライフエイクへカカシの中身を投げつける。
どんなときも飄々として捉えどころのないこいつが、ここまで感情をあらわにするのを初めて見た。
責任を感じてるのも、怒りや悲しみを抱えているのも、俺やなゆたちゃんだけじゃない。
石油王や、真ちゃんだって、しめじちゃんに死んでほしくないのは一緒だ。

「しめじちゃん……」

だが、俺にはわかってしまった。
これだけ治癒のスペルを注ぎ込んでも、しめじちゃんの肌に温もりの灯る気配はない。
心停止した人間の生存率は、停止後3分で50%にまで下がり、5分経てばまず間違いなく助からない。

しめじちゃんがライフエイクに心臓を貫かれてから、今この瞬間に至るまで。
生と死を峻別する分水嶺、5分のデッドラインは、とっくに経過していた。

もう、助かる見込みは残されていないと、理解してしまった。
冷たいままのしめじちゃんの手を、最後に握りしめて、俺は地面にそっと置く。
空いた手で拳を握って、自分の額にぶつけた。

147明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:02:07
「……しめじちゃんは、俺をかばってこうなった」

誰が悪いかとか、恨むなら俺を恨めとか、そんな益体もない自己満足を垂れようとは思わない。
ただ、抑え込んでいたひたすらなやりきれなさが、無力感が、ついに限界を越えた。
まともに息も吸えてなかったから、酸欠気味になってたのもあると思う。
何も考えられなくなって、俺は天を仰いだ。馬鹿みたいに明るい空が、今だけは無性に遠く感じた。

「くそっ……畜生っ……畜生……!!」

眼の前の空が滲む。渇き、張り付いた喉の奥から、蚊の鳴くような呻き声が零れた。
人が死ぬ瞬間を、眼の前で見るのはこれが初めてだ。
誰か教えてくれ。俺はどうすりゃいい。どうやって、この絶望と折り合いをつけりゃ良いんだ。

>「――――ハッ、そういうことかよ。尊敬するぜ、しめ子」

隣でしめじちゃんの胸を押していた真ちゃんが、不意にマッサージを止めてそう呟いた。
自分のスマホとしめじちゃんのスマホを見比べて、にやりと口端を上げる。
俺には理解できなかった。しめじちゃんの死を目の当たりにして、ヘラヘラ笑えるこいつの神経が。
頭の芯がカっと熱くなって、思わず掴みかかりそうになる俺を、真ちゃんは片手で制して言った。

>「……みんな、落ち着いて自分のスマホを見てくれ。

「ああ!?こんなときに何を言ってやがる――」

俺は怒鳴り声を上げて威嚇したが、真ちゃんは動じることなくスマホを示した。
その動作の迷いのなさに、つられて俺も自分のスマホに目を落とす。
起動しっぱなしのブレモンアプリの画面には、モンスターとのエンカウント通知が表示されていた。
ARカメラによるターゲットは、カカシの筵に横たわるしめじちゃんの死体を確かに捉えている。

>『モンスター名:佐藤メルト』
>『種族:ゾンビ』

佐藤……メルト。こいつはもしかして、しめじちゃんの本名なのか?
そして人間であればヒュームと記載されるはずの種族欄には……『ゾンビ』。
HPバーは完全に0になっているが、ゾンビの種族特性によって死亡状態ではなくリビングデッド、仮死の状態になっている。
待て。ちょっと待て。まだ頭が全然回ってない。眼の前の情報を処理し切れてない。

しめじちゃんは間違いなくアルフヘイムに引きずり込まれたプレイヤーの一人で、つまりは人間だったはずだ。
同じメシを何度も一緒に食っているし、カジノで引き寄せたときの彼女の体温だって、ゾンビのものじゃなかった。
だが、現実問題として、目の前に居るしめじちゃんはゾンビ……モンスターとしてシステムに処理されている。

まさか……まさか。
俺は真ちゃんからしめじちゃんのスマホをひったくり、スペルのリキャスト状態を確認して、全てに合点がいった。

まじかよ。

……まじかよ!!

腹の底から何かがせり上がってくるのを感じる。それは、呼気。断続的に吐き出される、笑い。
もう笑うしかねえよ、こんなもん。

「く、くくく……くははは……ははははははははは!!!!」

ライフエイクに刺されたとき、俺はしめじちゃんが『生存戦略』……治癒のスペルを行使したものだと思ってた。
事実、何がしかのスペルが発動したのは確かだが、俺はスペルの内容までは把握しちゃいない。
ライフエイクの言葉から、すっかり生存戦略が使われたものだと勘違いしていた。

148明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:02:31
デッキに1枚こっきりの生存戦略は、まだ発動していない。
代わりにリキャストマークがついているのは――

「俺はこれまで生きてきて!今日この時ほど度肝を抜かれた瞬間はねぇ!
 ああ、アルフヘイムに放り出されたあの時よりも、ずっとだ!
 やりやがったなしめじちゃん!やってくれやがったな!!」

――『死線拡大(デッドハザード)』。
その効果は、対象にアンデッドの状態異常を付与……ゾンビ化させること。

ライフエイクは、あの嘘つき野郎は、たったひとつ真実を口にしていた。
しめじちゃんは、確かに死んだ。殺されたのだ。

「自分をゾンビに……モンスターに変えたのか!!」

そして、モンスターである以上、『捕獲(キャプチャー)』や『帰還(アンサモン)』が効く。
ゾンビ系のモンスターは仕様上、HPが0になっても捕獲や回収を行えば死亡判定にはならない。
ゲームシステムの庇護を受けることで、完全なロストを防ぐことが可能なのだ。

思いついたって普通はやらねえ。まともな神経をしてれば発想すら出てこねえだろう。
瀕死の重症を負って、手元には治癒のスペルがあれば、大抵の奴は迷わず傷を癒やすことを選ぶ。
ゾンビ化、つまりは自分の死を受け入れる選択なんか、頭のどこかがブッ飛んでなけりゃ無理だ。

他に回復手段がなかったら、知性を失った化物に成り下がるだけの、あまりに危うい綱渡り。
その分の悪すぎる賭けに、レアル=オリジンも真っ青のギャンブルに、しめじちゃんは全額ベットした。
生命を、実存を、人としての尊厳をチップに変えて……見事に高配当を掴み取った。
あのライフエイクを出し抜いて、百戦錬磨のギャンブラーを騙し果せたのだ!

>「うああ……ああああああああああああああああああ―――――――――――――っ!!!!」

うずくまっていたなゆたちゃんが、咆哮もかくやの叫びを上げて立ち上がる。
その双眸に、これまでのような絶望はない。ふつふつと滾る戦意が、熱の錯覚を伴って俺の頬を叩いた。

>「みのりさん、明神さん、一分ください。……たった一分でいい。一分で――潰しますから」
>「しめ子の捕獲はアンタに任せたぜ、明神! 俺はなゆと一緒に、あのヤギ頭をブチのめして時間を稼ぐ」

「ああ!前に出るのは任せた。俺は……今度こそ、しめじちゃんを助ける」

真ちゃんとレッドラ、それにポヨリンさんなら、バフォメット相手でも互角以上に立ち回れる。
無敵バフの有無は依然不明だが、仕様上はエカテリーナと遭遇した時点で無敵は解けてるはずだ。
ブレモン開発の雑なプログラミングと、ソースコードぶっこ抜いて解析した廃人共の知識を、今は信じるほかない。

なら、俺が勘案すべきことはもう何もない。あいつらの戦闘能力は、誰よりも俺が知ってる。
月明かり以外になにもない荒野で、ベルゼブブと対峙したあの時から……ずっと。

「石油王、回復スペルと『浄化』はまだ余ってるな?これから俺は『捕獲』で一旦しめじちゃんをスマホに確保する。
 刺された傷はあらかた治したが、HPはまだ0のままだ。捕獲が成功すれば仕様上最低限のHPが保証される。
 すぐに再召喚するから、浄化でアンデッドを解除して、すかさず回復を叩き込んでくれ」

死んだ人間は、生き返らない。この世界はゲームじゃないからだ。
それなら、ゲームにすれば良い。ゲームのルールで、現実を上書きしちまえば良い。
俺たちは、この世界に降り立ったその日からずっと、そうやって戦ってきたはずだ。

腹の中を締め付けていた疑念が雲散霧消して、俺はもう迷わなかった。

ゲーマーは神に祈らない。俺たちの神は、乱数と確率の中にこそ宿る。

この世の何よりも冷徹で、だからこそ確かな『システム』という名の法則が、俺の背中を押した。

149明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:02:56
「行くぞ――『捕獲(キャプチャー)』!」

しめじちゃんのスマホを手繰って、彼女の身体にターゲットを合わせ、捕獲コマンドを実行する。
対象を隷属させる魔性の光がしめじちゃんを巻取り、包み込んでいった。

捕獲の成功率は、対象のHP残量や状態異常によって変動する。
HP0かつアンデッド化しているしめじちゃんの捕獲成功率は、理論上最高値だ。
一切の抵抗なく、しめじちゃんの身体はスマホの中に吸い込まれていった。

召喚画面を見る。
そこには、『佐藤メルト』の名前と共に――召喚可能を示すアイコンが表示されていた。
HPバーは真っ赤だが、ちゃんと残っている。

「生きてる……生きてる……!!」

身体中を硬直させていた緊張がフっと抜けて、俺は思わずスマホを持つ腕に自分の頭を埋めた。
堪え続けていた大粒の雫がふたつ、みっつ、石畳に落ちて弾けた。

「サモン――『佐藤メルト』」

召喚アイコンをタップして、しめじちゃんを再びスマホの外へと出現させる。
しめじちゃんを救うには、この工程が必要だった。
アンデッドは回復スペルの効果を逆転させる。そのままじゃどれだけ回復をかけてもHPは戻らない。
かと言って、HPが0のままアンデッドを解除すれば、当然の結果としてそのまま再度の死を迎えるだけだ。

アンデッド状態のまま肉体を修復して、捕獲でHPをちょっとだけ戻し、アンデッドを解除して回復。
ゲームの仕様を思いっきり悪用した、裏技スレスレのやり方。だが、これが俺たちのやり方だ。
現実世界とゲームの境界線に立つ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけが、このやり方を実行できる。
見てるかライフエイク。なんでも知ってるようなツラしてるてめえにだって、こいつは予想できねえだろ。

「あとは頼んだ、石油王」

石油王の浄化と回復スペルが輝き、今度こそしめじちゃんの肌が赤みを取り戻していく。
もう一度握った手に、少しずつ体温が戻っていくのが、はっきりとわかった。

「……『瀧本』って言うんだ」

しめじちゃんが意識を取り戻しているのか、俺からは判別できない。
だけどこの機会を逃したら一生言えないような気がしたから、死の淵から生還した友人に、俺は告げた。

「俺の、名前」

システムを通じてしめじちゃんの本名を、俺は知ってしまった。
あれだけ頑なに隠そうとしていたのだから、きっと彼女は誰にも知られたくなかったんだろう。
それなら、俺も明かそう。何の意味があるってわけでもないけど、これからも彼女と友達で居続けたいから。
一方的にリアル割れしてるってのは色々フェアじゃねえしな。

「さぁて!バフォメットの始末が終わったようだし、俺もそろそろ混ざってくるわ。
 ライフエイク、あの腐れ売国奴の顔面に、一発くれてやらなきゃ気が済まねえ。
 石油王、しめじちゃん。落ち着いたらお前らも来いよ。エカテリーナに恩着せに行こうぜ」

流石というかなんというか、俺たちPTの誇る二大火力厨を相手に、バフォメットは秒も保たなかったらしい。
その末路を、俺は見届けなかった。見なくたって、あいつらなら負けないと、信じていた。
塵と化していくバフォメットの残骸を踏み越えて、瓦礫の向こうのカジノへと、脚を踏み入れる。

カジノ内では、依然として激戦が繰り広げられていた。
大立ち回りを演じるライフエイクは、エカテリーナと真ちゃん、なゆたちゃんを相手に一歩も引く様子がない。
十三階梯の継承者に、レイド級をぶん殴れる二人を加えたハイエンドパーティと、互角以上に立ち回ってやがる。
なんぼなんでも強すぎだろこいつ。ニブルヘイムから悪魔呼び出す必要ある?

150明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:03:20
ライフエイクは戦闘中にも関わらず闖入した俺の姿を認め、次いでその向こうのしめじちゃんを見る。
常に揶揄するような表情を浮かべていた奴の眉が、わずかに開いた。

「……これは驚いた。私もそこそこ長生きしているつもりだが、初めて遭遇する事例だ。
 私の剣は確かに彼女の心臓を貫き、生理反応からも完全に死亡したのをこの目で確認した。
 本当に、死者の蘇生を成し遂げたとでも言うのかね?」

「こいつを言うのは二度目だぜライフエイク。ここはカジノで、俺たちはチップを投げた。
 分の悪い賭けに勝つのがそんなに珍しいか?胴元さんよ」

答えになってない返答に、ライフエイクが再びピクリと眉を動かす。
わはは!イラつかせてやったぜ。さまーみろ。
レスバトルのコツはいかに相手から冷静さを失わせるかだ。
煽りカスとして名を轟かすうんちぶりぶり大明神の面目躍如よ。

「……なるほど。この世界にはまだまだ私の未知なる現象があるのかもしれない。
 真実を探求するというのは、歳を重ねても心躍るものだ。生き甲斐が一つ増えたと礼を言っておこう」

「余裕ぶっかましてんじゃねえぞヤー公が。てめーにゃ百年生きたってわからねえよ。
 その『門』の向こうに居る、てめーのお友達だって、死を覆すことはできやしねえ」

少なくとも、ブレモン本編の時空では、ニブルヘイムでも死者の完全な蘇生は成し遂げられていない。
ローウェルの弟子が向こうに渡って方法を探したが、ついぞ見つけられずに絶望して魔王と化したからだ。
生前の姿を残して蘇ったのはローウェルただ一人。それも、正気を失った完全とは言えない状態でだ。

「知りてぇだろ?死人の蘇らせ方。こいつは金になるぜ。頭下げて頼んでみろよ、教えて下さいってよ」

「魅力的な提案だが、それには及ばない。自由意志に頼らずとも、情報を聞き出す術はある。
 饒舌な君の首から上だけを我が書斎に招待して、ワインでも開けつつ話を聞くことにしよう」

「あれあれ?もしかして俺のこと殺すって言ってる?なに?おこなの?むかついちゃったの??
 メッキ剥がれてんぞチンピラぁ。ポーカーフェイスはどーした」

クソほどしょうもない低レベルな煽り合いは、戦闘と平行して繰り広げられている。
俺がここまで強気に能書き垂れられるのも、他の連中とライフエイクの攻防が拮抗してるからだ。

人類最高峰の決戦の渦中で、俺ができることはあまりに少ない。
戦闘用のスペルもほとんど切っちまってるしな。
だから煽る。ヤジを飛ばす。ライフエイクの集中力を、わずかにでも削ぎ落とす。

「馬鹿な……あり得ぬ、死者の蘇生など……。虚構ではない、のか……?」

竜と化したエカテリーナが信じがたいといった口調で呟いた。
おめーも反応すんのかよ!集中しろ集中!あとでこっそり教えてやっから。
教えたところでプレイヤーにしかできねぇやり方なんだけどな。

「さあ!カードはもう配られた!次のゲームも全額ベットするぜ。俺はもう勝負を降りねえ。
 レイズかコールか、てめぇが決めろ。今度こそ、五分の賭けをしようじゃねえか」

しめじちゃんのおかげで、俺の藁人形は温存されたままだ。
ライフエイクの攻撃がこっちに向いたとしても、一発までなら耐えられる。
それ以降は……メイン盾のご登場を願うほかあるまい。


【しめじちゃんを捕獲し、ゾンビ化の解除と治療を実行。本名を漏らす。
 ライフエイクのヘイトを分散させるためにレスバトラー明神の本領発揮】

151 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:04:05
注ぎ込まれる回復スペル
適切に施される人工呼吸

しめじの命を繋ぎ止める為のできうる限りの手段を施しているみのりではあるが、実のところ考えての行動ではなかった
真一が、なゆたが、明神が、驚いた通り普段のみのりの状態ではなくなっていたのだ

ゆえに、なゆたの慟哭も、真一の驚きと笑い、明神の焦燥と喜び
それらは耳に入り目に映ってはいても脳裏に映し出されてはなかった
それでもかろうじて体は動いたのは、祖父を見殺しにしたトラウマから来る「死なせない」という強迫観念からであった

みのりがどういった状況においても、飄々とし楽しんでいるかのように思われる態度でいられるのは二つの理由がある

一つはその場を切り抜けられる戦闘力を持っている事
そしてもう一つは、常に収集し分析し把握し想定し思考し続ける事にある

だからこそ常になぜ戦うのか、どういった状況かというのを常に思考し続けていた
故にあらゆる事態に備え、対応できるだけの余裕を持っていたのだ

だがしかし、しめじの死という強い衝撃を受け、思考は停止してしまった
常に走り続けていた思考がいったん止まると、簡単には動くことはできない

真一の笑いの意味もそこから語られるしめじの狙いも理解できない、いや、脳が受け入れていないのだ
> すぐに再召喚するから、浄化でアンデッドを解除して、すかさず回復を叩き込んでくれ」
事態の推移に全くついていけないまま、明神の言葉でかろうじて記憶に残ったのは、浄化し回復する、という事のみ

「え?あ……う、うん〜」

どうしてそれをするか全く理解できていない生返事だが、その返事を聞くとともにしめじの躯は明神のスマホに吸い込まれていった
その光景にうろたえるが、再度出現したしめじの体に思い出したかのように「浄化(ピュリフィケーション)」を発動
ゾンビ化解除と同時に【高回復(ハイヒーリング)】が注がれる

状態異常解除と高回復により、躯であったシメジの体は生気を取り戻していく
明神がしめじに何か囁いた後になり、ようやくみのりは事態を把握した
しめじが助かったのだ、と

「よかったわ〜〜〜しめじちゃん
どうやってかはうちには判らへんけど、なんでもええわ!
生きててくれてありがとうな〜」

しめじの小さな体を抱きしめ涙した
戻ってきた体温を確かめるかのように強く、自分の胸に押し込むかのように体と頭を抱きしめて

「……ふ〜〜〜……安心しすぎて恥ずかしいとこ見せてもうたなぁ
みんな切り替えてちゃんとこの場でやるべき事やってはるのに、うちもシャンとせなやねえ」

ひとしきり抱きしめたあと、ようやく落ち着きを取り戻すと、しめじを抱擁から解放しあたりを見回した


カジノでは真一となゆたがバフォメットを瞬殺
カジノに入り、主戦場足る二階へと姿を現した
主戦場では"虚構"のエカテリーナとライフエイクが激しい戦いを繰り広げている
そこへ瓦礫を乗り越え、明神が辿り着いたところだ

振り返れば巨大な藁の塊だったイシュタルが元の案山子の姿に戻っている
品種改良(エボリューションブリード)と荊の城(スリーピングビューティー)の効果が切れたのだ
右手の袖をまくり、スマホを取り出しスペルカードの残りを確認

152 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:04:29
・スペルカード
〇「肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」
○「灰燼豊土(ヤキハタ)」
●●「浄化(ピュリフィケーション)」
●○「中回復(ミドルヒーリング)」
●「地脈同化(レイライアクセス)」
●「我伝引吸(オールイン)」
〇〇「愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)」
●品種改良(エボリューションブリード)
●土壌改良(ファームリノベネーション)

・ユニットカード
〇「雨乞いの儀式(ライテイライライ)」
〇「太陽の恵み(テルテルツルシ)」
●「荊の城(スリーピングビューティー)」
○「防風林(グレートプレーンズ)」
●○「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」
○「収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)
●「来春の種籾(リボーンシード)」

ここにきてようやくみのりの思考が再び走り出す
なぜ戦うのか、どういった状況なのか、何が想定されるのか、自分のできる事は?
これまでの情報と今の状況がまとめられ思いを巡らせると、みのりは小さく首を傾げた

「しめじちゃん、ゆっくり休ませてあげたいところやけど、どうにもきな臭いよってなぁ
うちもちょっと行ってくるわ〜
危なくなったらそこのお姉さんにしがみつけば多分大丈夫やえ〜」

レイドボスの一角にしてその回避能力には定評のあるポラーレを紹介
ポラーレが傷を負うことはまずないであろうし、それにしがみついていれば安全というわけで
何より、アルフヘイム勢力として異邦の魔物使いを自陣営に引き入れようとしている以上、しめじを助けないわけにはいかまい

しめじとポラーレが何か言う前にみのりは直立した姿勢のまま柔和な笑みを湛え手を振りながら高速でカジノへと移動してしまった
そう、イシュタルを絨毯上に変化させ移動床としているのだ
残されたのはしめじの頭に降ってきた一体の藁人形であった

153 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:04:54
カジノ内部では明神の乱入によりしばしの睨みあい状態が成立していた
しかしそれは表面張力の限界に挑むコップの水のように、ほんの僅かなきっかけで戦いは再開されるであろう

ライフエイクが一歩踏み出そうと重心を移動させた瞬間、その足元から
巨大な木が突き出て天井を貫く
木は一本だけでなく、ライフエイクを中心に十数本を数え林立し戦場を二分した

防風林(グレートプレーンズ)の効果である

「はいはい〜そこまで〜
ライフエイクはん、あんたさんなんでまだこんなところで戦ってはるのン?」

激しい戦いに水を差しながら涼し気に木々の中にみのりが現れ話しかける

「聞いた話によると、うちら異邦の魔物使いはアルフヘイム、ニブヘイム両陣営から随分と買われてるそうやないの
うちらの知らんところで争奪戦繰り広げられてそうな勢いなくらいになぁ」

転移先が不便な辺境であったこと
大々的に迎え入れる事の出来ない王
姿を現さず導くだけの大賢者ロズウェル
代わりに助力するように配置された十三階梯の継承者達

これまで点であったそれぞれの動きは線となり繋がるのを感じながら、その一人である"虚構"のエカテリーナを横目で一瞥し続ける

「勧誘の一つもなく、闘技場で生贄として戦わせたというんは……両陣営関係ない目的があるんやないかねえ
万斛の猛者の血と、幽き乙女のが水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――
やったっけぇ?
あんたさんがまだここで戦ってるんは、万斛の猛者の血とやらが足りひんからやないんかなぁって思うんよ
つまりは……この場の戦いの勝ち負けやのうて、戦うこと自体が目的っぽいんで止めさせてもらったんやけど
せっかくやしうちの推理の答え合わせでもしてほしいわ〜」

長々と推理を披露している間に、真一・明神・なゆたのもとに藁人形が辿り着いていた
藁人形から流れるのは「カジノから離れて」の一言
その言葉の意味はすぐに分かるだろう

ライフエイクが応えようと息を吸った瞬間、林立していた防風林(グレートプレーンズ)が消失
数十の巨木に貫かれ、それでもその木によって支えられていたカジノは一気に崩れ瓦礫の山と化したのだ

「さて、この不幸な事故で潰れて死んでくれれば手間なしやけど、そういう訳にはいかへんやろうしねえ
もしこの戦いも儀式の一部やったら戦っても思うつぼ、戦わなければやられたい放題
どないしたらええか、今のうちに考えよか〜」

瓦礫の山の前に立ち、おそらくはそれぞれが逃げているであろうメンバーに藁人形を通じて語り掛けるのであった


【しめじ復活に安堵し思考再起動】
【状況確認し戦線復帰・ライフエイクの狙いを推理しながら全員に藁人形配布】
【カジノを崩壊させ戦いに水を差し、時間稼ぎ】

154 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:05:31
巨大な怪物の咢が目の前に迫る。
この怪物に食われれば、自身という個は完全に終わると、何とはなしにメルトは理解していた。
絶命の危機……だが、メルトは抵抗しようとはしない。
打てる手は全て打っており、そうであるが故にこの期に及んで抗う手段などは持ち合わせていなかったからだ。

(ここで終わり……結局、私の人生なんてそんな程度の物なのです)

そして、その打った手も不確実極まりないものであり、故にメルトは自身が助からないだろうと決めつける。
いや、決めつけざるを得ない。
実の親からすらも侮蔑と無関心のみを受けて育った少女は、自身の人生はなんの希望も無い昏く湿った灰色で、実も花も葉も無さないキノコのような物だと考えているからだ。
……そう自分に言い聞かせて、心を冷たく固い金属の様にして守らなければ、絶望に潰れてしまうからだ。
心に僅かに花咲いた信頼の芽から目を背け、諦めと共に死を享受しようとし。

(……え?)

そこで、己の手を誰かが握っている事に気付いた。
スーツを着込んではいるが、すらりと長く凹凸が無い人外の腕。
怪物の咢へと沈むメルトを引き上げ始めたそれは

(な……なんで此処でアスキーアートです!?)

某巨大掲示板で用いられる、AA(アスキーアート)。
その中でも一昔前に流行し、『荒らし』『煽り』行為においても多用されていたAAであった。
AAは怪物がメルトに繋いていた拘束を素手で千切ると、メルトを小脇に抱え上へ上へと泳ぎだす。
華麗な泳法であるが、そうであるが故にその姿は奇怪であり

(……キモいです!八頭身のAAはキモすぎます!)

率直に言ってキモかった。
メルトは咄嗟に逃れようとするが……そこでふとある事に気付く。

(あ……でもこのAA、明神さんと同じスーツを着ています……)

それだけ。たったそれだけの事で――――メルトは安堵してしまった。
自分も、他人も。何もかもを信じず、騙し裏切り利用する事で生きてきた少女の冷たい鉄の心は、仲間の一人と服装を同じくしているという理由だけで、現れた奇怪な存在を受け入れてしまった。
そんな少女に一瞬だけ視線を下ろしたAAは、口を∀の形に変えると、猛然と泳ぎだす。上へ、更に上へ。
昏い海底では無い、明るい水面へと。

海から抜け出る直前、最後にメルトが見たのは……未だ海底で泣き続ける人魚姫の姿であった。

155 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:06:07
「――――」

一瞬の激痛と、その直後に訪れた、まどろみの様な心地よい暖かさ。
徐々に覚醒していく意識の中、メルトはそこでようやく自身が置かれていた状況を思い出す。
一刻も早く起き上りたいところではあるが、未だ強い眠気は残っており瞼は重い。
いっそ、このまま眠ってしまおうかという考えすら脳裏を過り……その時であった。

>「……『瀧本』って言うんだ」
>「俺の、名前」

声が聞こえて来た。
聞き覚えのある声だ。
もう聞けないと思っていた声だ。
彼の声が聞こえているという事は、つまり自身は助かったのだと……彼「等」に助けて貰えたのだと、少女は気付く。

(……)

未だ眠気は強いけれど。
目を開けたら全てが夢であるのかもしれないと、そう思うと怖いけれど。
それでも、その言葉に自分は答えなくてはならないと、少女は思う。
それが何故なのかは、少女に判らない。だが、そうするべきだと少女の心が告げている。

ゆっくりと力を入れて瞼を開き。
頬を動かし、慣れない笑顔を造り。

「…………初めまして滝本さん。私は、佐藤メルトです」

そうして、言葉を紡ぐ。

>「よかったわ〜〜〜しめじちゃん
>どうやってかはうちには判らへんけど、なんでもええわ!
>生きててくれてありがとうな〜」

次いで、みのりから言葉を掛けられた時に頬を伝った一筋の涙。
その意味は、今は少女本人でさえ理解していない。
理解していないが、抱きしめられた事を切欠に、涙は次から次へと溢れて行き――――


・・・・・

156 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:06:34
「あ……あの、すみません。重くありませんか?」
「フフ、心配する必要はないよ。君は羽の様に軽いし、子猫ちゃんのエスコートは得意なんだ」

鎧袖一触。
滝本――明神とメルトがさんざ苦しめられたバフォメットを、真一となゆたのコンビが薙ぎ払った後の道を、メルトはポラーレに運ばれ進んでいた。
回復のスペルを受けた事で肉体的には問題は無いとは言え、心臓を貫かれ、ゾンビになるという未知の体験が齎した精神的疲労は大きい。
さしものメルトも歩く事が困難な程に参ってしまい……そんなメルトを運ぶ事となったのが、みのりに紹介されたポラーレであった。
『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』。
イベントレイドのモンスターに属する此の麗人の傍に居れば安全であろうという判断であり、事実それは間違っていない。間違っていないのだが……

「あ……あの、なぜこの運び方なんでしょうか?私は、別に適当に掴んで運んでいただいても」
「そんな訳にはいかないさ。だって――――この方が、美しいだろう?」

問題は、この所謂「お姫様抱っこ」という運び方。
ミーハーな女性であれば黄色い悲鳴でも上げそうなものだが、基本的に雑に扱われる人生を過ごしてきたメルトにとって、
ヅカ系の麗人にこの様に運ばれるのはかたつむりを直射日光に当てるがごとくであり、精神的な疲労はむしろ増していくのであった。

――――閑話休題。

>「さあ!カードはもう配られた!次のゲームも全額ベットするぜ。俺はもう勝負を降りねえ。
> レイズかコールか、てめぇが決めろ。今度こそ、五分の賭けをしようじゃねえか」

メルトとポラーレがカジノの奥へ辿り着いたのは、明神に少し遅れての事であった。

「……なんですかコレ。廃プレーヤーが広域殲滅のスペルでも連射したんですか?」

明神が浴びせ始めた煽りの言葉により、戦闘行為は一時的に止まっているものの、破砕された壁や床は繰り広げられた戦いの凄まじさを物語っており、その光景を前にしたメルトは緊張でゴクリと唾を飲み込む。
一歩。何か一つ間違えれば、即座に戦闘が再開されるであろう雰囲気。小心者あればこのまま均衡を保っていたい状況であるが、

>「聞いた話によると、うちら異邦の魔物使いはアルフヘイム、ニブヘイム両陣営から随分と買われてるそうやないの
>うちらの知らんところで争奪戦繰り広げられてそうな勢いなくらいになぁ」

そんな空気などつゆ知らず。スペルで戦場を分断し、平時の調子を取り戻したみのりが、のどかな……けれど決して油断できない口調で口火を切る。

「……。驚いた、それは初耳だ。そうと聞いては私も君達を是非手に入れなくてはならないかな?
 どうだね? 今、両手を上げて降参をすれば、傷を付けずに丁寧に賓客として扱おうと思うのだが」

対するライフエイクの返答は、相も変わらず虚言に満ちている。
真っ当な答えなど行う気は無いという意思表示であるのだろうが、その虚言にはこれまでとは違い苛立ちの感情が紛れているのが感じられる。
恐らくそれは、先ほどの明神の言葉を受けての変調であろう。
化かし合いや騙し合い、命の取り合い。そんなものに対しては幾千幾万という場数を踏んできたライフエイクであるが、
掲示板文化であるただの『煽り合い』というものへの経験は乏しい……というよりも、この世界の住人である以上、そのような経験はある筈が無い。
そうであるが故に、調子を狂わされてしまったのだろう。
だが、その効果は長くは続かない。

157 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:06:57
>「勧誘の一つもなく、闘技場で生贄として戦わせたというんは……両陣営関係ない目的があるんやないかねえ
>万斛の猛者の血と、幽き乙女のが水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――
>やったっけぇ?
>あんたさんがまだここで戦ってるんは、万斛の猛者の血とやらが足りひんからやないんかなぁって思うんよ
>つまりは……この場の戦いの勝ち負けやのうて、戦うこと自体が目的っぽいんで止めさせてもらったんやけど
>せっかくやしうちの推理の答え合わせでもしてほしいわ〜」

みのりが自身の推測を聞かせた頃にはライフエイクの精神性は常の物に戻っていた。
人間としてみれば、異様な立ち直りの速さ。ライフエイクは面白げな様子で口を開こうとし―――けれど、それは遅い。
エカテリーナを始めとする猛者達の猛攻に、メルトの生存と明神の口撃による冷静さの奪取。
それらを布石として、みのりは『罠』を張っており、その罠は此処に実行されたのでる。

「……! 子猫ちゃん、しっかりと掴まっていたまえ。少々、激しいダンスを踊るからね!」
「えっ?ダンスってな―――――ひゃあっ!!?」

ポラーレの言葉にメルトが疑問符を浮かべた直後、防風林(グレートプレーンズ)の消失によりカジノが崩れ始めたのだ。
固有スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』により倒壊する瓦礫を避け、或いは宙を堕ちる瓦礫を足場として跳び。
ポラーレは倒壊による余波の全てを見事に避け続けるが、それに運ばれるメルトは堪ったものではない。
元よりインドア半引きこもりのメルトに、アスリート並みの平衡感覚などある筈も無く、あっという間に酔ってしまった。
それでも、ポラーレの見事な体裁きにより振り落とされる事無く、メルトと、ついでにその服の中に入っていたマゴットは無事に生還を果たした。

「うぷ……みのりさん、こういう作戦は事前に言って頂けると……」

危険範囲から逃れた所でようやくポラーレの手から下ろされたメルトは、真っ青な顔で藁人形に対して恨み言を言い掛けて、
しかし途中で言葉を切り、沈黙してから再度口を開く

「……いえ、そうしていたらあの白服ヤクザに気付かれてましたね。すみません」

そう言ってから、カジノの跡地に目を向けるメルト。人工的な建造物は倒壊してしまっているが、
メルトが内部で見た魔法陣―――ニヴルヘイムへの入り口は中空に浮かんだまま未だ光を放っている。
それが意味する事は、この倒壊に巻き込まれたにも関わらず、ライフエイクは未だ健在であるという事。

>「さて、この不幸な事故で潰れて死んでくれれば手間なしやけど、そういう訳にはいかへんやろうしねえ
>もしこの戦いも儀式の一部やったら戦っても思うつぼ、戦わなければやられたい放題
>どないしたらええか、今のうちに考えよか〜」

「……あ、あの。今のうちに言っておきたい事がありまして。これは本当に妄言で、私としても信じがたいので、信じて頂かなくてもいいのですが
 あの白服ヤクザ――――ライフエイクは、この『儀式』で、人魚を呼び戻そうとしているのではないでしょうか?」

みのりが稼いだ貴重な時間。この時間を有効活用する必要がある事はメルトも理解している。
だが、どうしても――――自身が死にかけた時に見た光景が忘れられない。
あの時に見た光景を語らねばならないと、強迫観念に突き動かされるようにメルトは言葉を紡ぐ。

遠い昔の人魚の国の物語。
人を信じ、国を滅ぼした愚かな人魚姫の物語。

それは真一が聞いた歴史と気味が悪い程に一致しており、ただ一つ違いがあるとすれば……人魚姫を騙した男がライフエイクと酷似していたという事。
そして、人魚姫が呼んだ化物は、今尚海底で命を喰らい続けているという事。
それは、現実的に考えれば有得ない戯言だが……。

158 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/05(火) 22:07:33
「バフォメットが足止めにすらならないとは。さすがは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――
 聞きしに勝る強さ、とはこのことだ」

バフォメットをワンターンキルし、怨敵ライフエイクのところへ行くと、カジノのオーナーは表情を変えぬままそう言った。

「お生憎さまね。わたしたちはアンタ程度の相手に時間を掛けるほど悠長でもなければ、呑気でもないの。
 何より――アンタはわたしたちの大切な仲間を手に掛けた。しめちゃんの命を奪おうとした!
 もうゲームの時間は終わりよ。これからはカジノでもトーナメントでもない。
 ガチンコでブン殴るから、覚悟しなさい!」

「ガチンコ……か。いいや、それは違うなお嬢さん。
 私にとっては、この世の何もかもがギャンブルの対象でしかない。
 勝てばすべてを手に入れ、負ければすべてを失う。
 まあ――こういうものは往々にして、胴元が勝つと決まっているのだがね」

十三階梯の継承者のひとりと、独力でそれぞれレイドモンスターを退けたふたりの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
現在これ以上を望むべくもない高火力編成を前にしても、ライフエイクはまるで動じない。
それどころか、この甚だ分の悪い賭けを愉しんでいるようにさえ見える。
その狂気さえ感じさせる様相は、まだすべての手の内を見せていない――という余裕からか。
実際、ライフエイクは恐ろしく強い。まさしく規格外の強さであろう。
そもそも、ライフエイクなどというキャラクターはゲームのブレモンには存在しないのだ。
よって対策が立てられない。今は三人が三人とも、試行錯誤しながら対ライフエイクの突破口を探すしかなかった。
そんな折。

>生きてる……生きてる……!!

後方の明神が歓声をあげる。
一旦は死亡したかに見えていたメルトの蘇生、回復に成功したのだ。

>……これは驚いた。私もそこそこ長生きしているつもりだが、初めて遭遇する事例だ。
 私の剣は確かに彼女の心臓を貫き、生理反応からも完全に死亡したのをこの目で確認した。
 本当に、死者の蘇生を成し遂げたとでも言うのかね?

今まで鉄仮面で何事にも動じなかったライフエイクでさえもが驚いている。
ゲームのブレモンでは蘇生や復活などは日常茶飯事で、何も珍しいことではなかったが、この世界では違うらしい。
尤も、ゲーム内でも死亡した大賢者ローウェルを蘇生させることは誰にもできなかった(という設定になっている)。
しかし、明神は見事にそれをやってのけた。
大賢者の直弟子たちにさえできなかった奇蹟を、理屈と屁理屈。知恵と悪知恵。理論と暴論によってもぎ取ったのだ。

「しめちゃん……! よかった……」

>よかったわ〜〜〜しめじちゃん
 どうやってかはうちには判らへんけど、なんでもええわ!
 生きててくれてありがとうな〜

感極まったみのりがメルトに抱きついているのを、ちらりと見る。
よかった、と心から思う。どんな理屈かは(ブチギレていたため)わからなかったが、とにかくメルトは助かったのだ。
メルトを危険にさらしてしまったのは、作戦を立案した自分の責任だ。
しかし、死んでさえいなければ。助かってさえいれば、償いのチャンスはある。
この戦いが終わったら、しめちゃんに謝ろう。彼女が二度と危険な目に遭わないよう、方法を考えよう。
生き残ってくれたという安堵感と嬉しさから込み上げる涙を右腕でぐいっと拭うと、なゆたは再度ライフエイクを睨みつけた。

>あれあれ?もしかして俺のこと殺すって言ってる?なに?おこなの?むかついちゃったの??
 メッキ剥がれてんぞチンピラぁ。ポーカーフェイスはどーした

後方で明神がヤジを飛ばしている。
どこかで聞いたような――否、読んだような覚えのあるヤジだが、なゆたにそれを深く考える余裕はなかった。
そうして戦いを続行しようとした矢先、ライフエイクと自分たちを隔てるように無数の樹木が猛烈なスピードで繁生する。

>はいはい〜そこまで〜
ライフエイクはん、あんたさんなんでまだこんなところで戦ってはるのン?

それまでメルトの蘇生に当たっていたみのりも参戦し、戦況が一気にこちらの有利に傾く。

159 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/05(火) 22:08:03
「ちょっ、わっ、どっひゃあああああっ!?」

ライフエイクがみのりの質問に答えようとしたその瞬間、樹木――『防風林(グレートプレーンズ)』が消滅した。
それにより、カジノが一気に崩壊を始める。湯水のように金を費やして建造したのであろうカジノ場は、轟音を立てて崩れ落ちた。
当然、なゆたもそれに巻き込まれる。足場が崩れ、まるで無重力空間に放り出されたように身体が浮く。
が、それは予め分かっていたことだった。みのりの藁人形が抜け目なくそれを報せてくれていたのだ。

「ポヨリン!」

『ぽよっ!』

落下しながらスマホを操り、スペルカードを選択して傍らのポヨリンを呼ぶ。
ポヨリンはシンプルな造形の顔立ちに気合の入った表情を浮かべる(眉間に皺が一本できただけ)と、大きく口を開いた。
スペルカードの効果が発動し、ポヨリンが俄かに伸びあがる。
クッション程度の大きさだった身体が、なゆたの身長ほども大きくなる。
ゴッドポヨリンのような巨大化ではない。身体が通常よりも柔らかくなり、伸長したのだ。
スペルカード『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』。
このカードの効果によって、ポヨリンはどんな形状にも変化することが可能となる。
伸びあがったポヨリンを前に、なゆたは大きく息を吸い込むと息を止め、鼻をつまみ、ぎゅっと目を瞑って身体を丸めた。
ばくんっ! とポヨリンがなゆたを呑み込む。なゆたはポヨリンの中にすっかり納まってしまった。
そのまま、ポヨリンはぼよんっ、ぼよんっ、と跳ねたり転がったりして安全なところまで退避する。
多少瓦礫が降ってきたところで、ポヨリンの弾力のある身体はびくともせずに跳ね返してしまう。
なゆたは全身をエアバッグに包まれているようなものだ。……ポヨリンの中は液体なので、呼吸ができないのが玉に瑕だが。
ぼよよんっ、と跳ねて仲間たちのところに合流したなゆたは、口をあんぐり開けたポヨリンの中から飛び出した。

「ぷはっ!」

>さて、この不幸な事故で潰れて死んでくれれば手間なしやけど、そういう訳にはいかへんやろうしねえ
 もしこの戦いも儀式の一部やったら戦っても思うつぼ、戦わなければやられたい放題
 どないしたらええか、今のうちに考えよか〜

瓦礫の山と化し、濛々と土煙を上げるカジノの残骸を眺めやりながら、みのりが言う。
みのりの見立て通り、この程度のことでライフエイクが死ぬとは考えづらい。戦いはまだ続くだろう。
しかし、高火力メンバー三名を相手に一歩も引けを取らないライフエイクに正攻法は効きづらい。
何か、弱点を攻める必要がある。

>……あ、あの。今のうちに言っておきたい事がありまして。これは本当に妄言で、私としても信じがたいので、信じて頂かなくてもいいのですが
 あの白服ヤクザ――――ライフエイクは、この『儀式』で、人魚を呼び戻そうとしているのではないでしょうか?

「……人魚を……呼び出そうとしている……?」

不意に、まるでそれが自らの使命だとでもいう風に語り始めたメルトの言葉に、なゆたは怪訝な表情を浮かべた。
『万斛の猛者の血と、幽き乙女のが水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる』
その文言自体は、なゆたも真一たちと合流するまでの間にポラーレから聞いていた。
当然何らかの破滅的な力を召喚するものか、とも思っていたが、メルトの見解はなゆたとは違うらしい。
メルトは語る。
かつてこの地に存在した、人魚の悲恋の物語を。

「つまり……しめちゃんはその、人魚姫の恋人? がライフエイクだって言いたいの?
 人間なのに、そんな長生きしてるの? それとももともと人間じゃなかった? もしくは人間であることを捨てた……?
 ううん、そんなの今はなんだっていい。アイツが呼び出そうとしているのが、かつて自分が裏切った人魚姫なのだとしたら。
 人魚姫を呼び出して涙を手に入れ、バケモノを手中に収めようとしている……ってこと……?」

トーナメントが始まる前、ライフエイクはこう言った。

『いかにも。『人魚の泪』はここにある』と。

なゆたはそのとき、てっきり人魚の泪はカジノのいずれかの場所に保管されているものと思い込んでいた。
『ここ』とは、自分たちのいるカジノのことを指しているのだと。
だが、実際はそうではなかった。ライフエイクの言う『ここ』とは、リバティウム全域を指していたのだ。
ライフエイクもまた、人魚の泪を手に入れてはいなかった。
そして、人魚の泪を手に入れるため。人魚を召喚するのに必要なエネルギーを手に入れるため――
この世界の人間とは比較にならない力を持つ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をトーナメントに出場させたのだろう。

160 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/05(火) 22:08:26
「……フ……」

「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

幾重にも折り重なったカジノの瓦礫の中から、笑い声が響く。
やがて夥しい数の瓦礫がふわりと空中に浮かび上がると、ライフエイクがその姿を現した。
だが、さすがにこれだけの攻撃を受けてノーダメージではいられなかったらしい。
着ていた上等の白いスーツは襤褸と化し、見る影もなくなってしまっている。
シャツもボロボロに破れ、上半身は半ば裸にも等しい状態となっていた。そして――

「そうだ。そうだとも、異世界の客人よ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ。
 このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための、『万斛の猛者の血』が集うときを!
 人の命を捨て、人ならぬ者と化し……この地に根を張って幾星霜! 待った、待ったぞ! ハハハハハ―――」

その姿は、人間のそれではなかった。

「……ス……。
 『縫合者(スーチャー)』……!」

露になったライフエイクの身体を目の当たりにし、なゆたは呟いた。
ライフエイクの剥き出しになった上半身には、まるでジグソーパズルのピースのように生々しい無数の縫合の痕がついている。
そして、その肌の色も縫合の部位ごとに一定ではなく、まるでモザイク模様のようだった。
その意味するところはただひとつ。

『複数のモンスターの身体を人の形に繋ぎ合わせ、自らの肉体としている』

つまり、人型の合成魔獣――キメラのようなものだ。
人間と変わらない姿をしているが、人間とは比較にならない強さを持つライフエイクの秘密がこれだった。
ゲームの中でも、ストーリーの終盤で同じような敵と戦うクエストがある。
魔王と化した十三階梯の継承者が師の復活のための試行錯誤の段階で生み出した試作品だが、極めて強かった。
現在なゆたたちのいる世界の時系列とはまるで噛み合っていないが、それでも間違いあるまい。
レイドモンスター『縫合者(スーチャー)』。
それが、リバティウムの実質的な支配者。カジノ『失楽園(パラダイス・ロスト)』のオーナー、ライフエイクの正体。
かつて謀略によってメロウの国を侵略し、人魚姫の想いを踏みにじった青年の成れの果てだった。

「私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
 諸君には、我が大願の礎となって頂こう――死にたくなければ戦うことだ。
 戦うことで万斛の猛者の血は蓄積され、私の開いた門と彼女のいる海底とが繋がれる。
 もし、私の望みを挫く方法があるとするなら……それは諸君らが無抵抗のまま死ぬ、という選択肢のみだが。
 その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」

メルトを指差し、ライフエイクは明神やみのりの努力を嘲笑った。
そうすることで憎しみを募らせ、無理にでも戦わせようとしているのだろう。
しかし。

「姑息な悪口でわざわざヘイトを稼がなくたって、戦ってやるわよ……たっぷりとね!」

ずいっと一歩を踏み出し、なゆたは応えた。

「アンタはしめちゃんを殺そうとした。あんなにも頑張った明神さんを、みのりさんを嗤った。
 わたしの仲間をバカにした! それだけで、もうアンタをボコボコにする理由には充分すぎる!」

「ほう」

ライフエイクが目を細める。

「アンタが伝承のご当人だっていうなら、アンタに弄ばれた人魚姫のぶんまで殴り倒してやるだけよ!
 さあ――覚悟はいい? ライフエイク! アンタの最後のギャンブルを始めましょうか――!!」

161 崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2019/02/05(火) 22:08:48
ライフエイクの目的が人魚姫と再会し、その呼び出した魔物――ミドガルズオルムを手中にすることにあるのなら。
人魚姫との再会自体を未然に防ぐことが最良にして最高の選択であろう。
しかし、なゆたはそれを考えなかった。元より自分たちもローウェルから『人魚の泪を手に入れろ』というクエストを受けている。
人魚の泪が人魚姫当人の零すものであるのなら、自分たちもまた人魚姫に会わなければならない。
いずれにせよ、万斛の猛者の血とやらは流されなければならないのだ。

「いいだろう。ならば諸君は自らの全てをベットしたまえ。
 諸君らから全てを奪い――私は。私の目的を遂げさせてもらう!」

『縫合者(スーチャー)』は複数のモンスターの肉片を繋ぎ合わせて造られたモンスターである。
肉体を構成しているモンスターのスキルを複数使いこなし、ターンごとに属性も変化させてくる難敵だ。
しかし、だからといって怯んでなどいられない。倒せないと嘆いている暇などない。
スマホの液晶画面に『ライフエイク』とエネミー表示が出されている。
正体を現したことで、正式に倒すべき敵となったということなのだろう。

「行くわよ、みんな!
 コイツをぶちのめして――みんなで! トンカツパーティーするって約束したんだから!」

トーナメントでの戦いとこの場での戦闘によって、使えるスペルカードの数は減少している。
しかし、闘志はポラーレと戦った際の比ではない。漲る戦闘意欲と共に、なゆたは新たなスペルカードを手繰った。


【ライフエイクと本格的な戦闘に突入】

162 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:09:40
建物を支えていた〈防風林(グレートプレーンズ)〉の消失によって、崩落を始めるカジノ。
藁人形を通してみのりから指示を受けた真一は、直ぐ様グラドの背に乗って飛翔し、カジノの倒壊に巻き込まれないよう離脱していた。
そして、上空から眼下に視線を向けると、無残にも砕け散った瓦礫を吹き飛ばして、その中からライフエイクが姿を現す。
だが、スーツが破けて顕になったライフエイクの肉体は、人間のそれではなかった。

>「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

>「そうだ。そうだとも、異世界の客人よ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ。
 このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための、『万斛の猛者の血』が集うときを!
 人の命を捨て、人ならぬ者と化し……この地に根を張って幾星霜! 待った、待ったぞ! ハハハハハ―――」

合成魔獣――“縫合者(スーチャー)”。
数多のモンスターの身体を集め、人の形に縫い合わせた化物。それこそがライフエイクの正体だったのだ。
彼が元からそのように作られたのか、或いは永劫の時を生きるため、自ら自分の身体に手を加えたのかは分からない。
しかし、人の姿をしていたライフエイクが、あれだけの力を持っていた理由には合点がいった。

>「私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
 諸君には、我が大願の礎となって頂こう――死にたくなければ戦うことだ。
 戦うことで万斛の猛者の血は蓄積され、私の開いた門と彼女のいる海底とが繋がれる。
 もし、私の望みを挫く方法があるとするなら……それは諸君らが無抵抗のまま死ぬ、という選択肢のみだが。
 その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」

正体を表したライフエイクは、更にその真意までを明らかにする。
奴の狙いは、遥か遠い昔――最愛の男に裏切られ、絶望を抱いて海に沈んだメロウの王女を、冥府の底から引きずり上げること。
そして、彼女の持つ尋常ならざる魔力を利用し、再びこの地でミドガルズオルムを喚び出させることに他ならなかった。
真一は闘技場で出会った少年から語り聞かされた、人魚姫の伝承を思い返す。
メルトが死の淵で見た光景――かつて、王女を裏切った張本人こそライフエイクであるという話が事実ならば、有ろう事かこいつはもう一度あの悲劇の再現を試みようとしているのだ。
真一は腹の底から怒りが込み上げてくるの感じ、長剣を握る右手に力が入る。

「ハッ……何を言ってやがる。その問題には、第三の選択肢があるだろうが。
 これ以上無駄な血は流さず、人魚姫を喚び出させる前に、テメーをここで秒殺すれば終わる話だ」

そんな真一の挑発を受けたライフエイクは、尚も余裕気な笑みを浮かべながら、左手を動かして手招きの仕草を見せる。

「――――やって見給えよ。できるものならば、だがね」

そのライフエイクの返答が、戦いの再開を告げる合図となった。

163 赤城真一 ◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:10:06
上空から滑り落ちるように急降下したグラドは、落下の勢いのままにドラゴンブレスを撃ち放つ。
不意打ちにも近いタイミングで繰り出された砲火は、ライフエイクを直撃した――かと思われたが、敵の身体は水の結界に覆われ、一切のダメージを負っていなかった。
――〈水王城(アクアキャッスル)〉と呼ばれる、水属性の上級防御魔法だ。
縫合者(スーチャー)であるライフエイクは、身体に縫い合わせたモンスターの数だけ、その固有スキルを行使することができる。
つまり、ブレモンの攻略情報という絶大なアドバンテージを持っているプレイヤーたちでさえ、敵が一体どんな魔法を使うのか予想できないというわけだ。

「――――〈三叉槍(トリアイナ)〉」

ライフエイクが一言詠唱を呟くと、今度は彼を覆っていた水の城が形状を変え、三本の巨大な槍となってグラドを襲う。
グラドの機動力を以てしても、この猛攻を全て躱すことはできない……一瞬の攻防の中でそう判断を下した真一は、〈火炎推進(アフターバーナー〉のスペルで無理矢理グラドのスピードを底上げし、その場から緊急離脱して難を逃れる。
しかし、三叉槍が回避されることも、ライフエイクの計算の内だった。
こちらの機動を完全に読み切っていたライフエイクは、〈幻影の足捌き(ファントムステップ)〉で先回りし、既にグラドの直上へと飛び上がっていた。

「死角を取ったぞ。かの赤竜といえど、背後からの攻撃は防ぎ切れまい」

空中戦に於いて、より高い位置を取った者が有利というのは大常識だ。
更に加え、完全にこちらの虚を突いたタイミングで浴びせられる死角からの強襲。
ライフエイクは会心の手応えを感じつつ、両手に握った刀を唐竹割りに打ち下ろす。
――その剣戟を、グラドは全く視認することができなかった。
だが、元よりこちらは人竜一体。相棒の弱点をカバーし合うのが、真一とグラドの真骨頂である。
グラドの背に跨っていた真一は、長剣を頭上へと振り抜き、逆風の太刀でライフエイクの一閃を受け止めた。

「……死角がどうしたって?」

真一がニヤリと笑うのに対し、その視線の先でライフエイクが歯噛みをする。
そして、続けざまにグラドが身を翻し、自らの尾を鞭の様にしならせてライフエイクを打ち据えた。
地上へと叩き付けられたライフエイクは、何とか空中で体勢を整え、両足から地を踏み締めることに成功する。
しかし、敵が着地時に見せたその隙を“彼女”だけは見逃さなかった。

「虚構展開――――ッ!!」

そう詠唱を唱えながら躍り出たのは、十三階梯の継承者が一人――虚構のエカテリーナだった。
先程まで黒竜の姿で飛び回っていた彼女は、今度は銀狼の姿へと変貌し、風さえも上回る疾さで大地を駆け抜ける。
流石のライフエイクもその速度には対応できず、瞬く間に彼我の距離を詰めたエカテリーナは、自慢の牙を敵の肘に突き立て、そのまま左腕を食い千切った。

「離れろ、エカテリーナ! 行くぜ――〈大爆発(ビッグバン)〉!!」

そして、敵の間隙を突くことに長けているのは、この男も全く同様であった。
流れるようなエカテリーナとの連携でライフエイクの左腕を落とし、今を好機と見定めた真一は、手札の中でも最大火力のスペルを切る。
まるで太陽と見紛うような大火球が落ち、今度こそライフエイクをまともに直撃した。

まさかレイド級である縫合者(スーチャー)を、これしきの攻撃で討ち果たせたとは思っていない。
だが――充分な手応えはあった。大火球によって巻き起こった爆風と粉塵が晴れるのを待ち、真一は油断なく上空からフィールドに視線を巡らせる。

164ライフエイク◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:10:45
事ここに至るまで、ライフエイクの誤算は幾つかあった。

その中でも、特に大きな誤算は“ブレイブ”と呼ばれる少年たちの戦闘力を侮っていたことだ。
ガンダラでの戦いぶりを聞き及んでいたが故に、充分な警戒はしていたつもりだった。
そのため、わざわざデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントに招くという面倒な方策を取り、彼奴らが得意とするチームプレイを封じ込めて各個撃破を試みたのだ。
だが、まさかライフエイクの懐刀――ヴァンパイア・ロードであるレアル=オリジンが、一騎打ちで敗北することは想定できなかった。
それどころか、数多の窮地を乗り越えてこの場まで辿り着き、こうして自分を追い詰めるまでに至っている。

しかしながら――それでもまだ、ライフエイクには僅かばかりの余裕が残されていた。
その理由は、切ることさえできれば全てを覆すことのできる“ジョーカー”をこちらが握っていることだ。
本来はレアル=オリジンがトーナメントで多くの血を集め、もっと早くに召喚条件を達成する予定だったのだが、こうなってしまっては仕方ない。
最悪の場合、一度この戦いから離脱して、別の場所で生贄を集め直すという手段もある。
逃走のためのスペルは幾らでも用意があるし、逃げ切るだけならば何の問題もない。
何もここで自分が無茶をしてまで、五人のブレイブを相手にする必要などないのだ。

結局のところ、ライフエイクは全てが自分の手の上で動くゲームだと思っていた。
そして、それこそが彼にとって最大の誤算だった。

シナリオを影で操る黒幕。盤上で駒を動かすプレイヤー。勝つと分かっているギャンブルの胴元。
最後の最後まで、ライフエイクは自分がそういった存在であることを微塵も疑わなかった。
――だから、夢にも思わなかったであろう。
まさか、深淵の盃を満たす最後の一滴が、他ならぬ自分自身の流した血になるなんて――


「――――この時を待っていたよ、ライフエイク」


悪魔の声が、響き渡った。
その直後、ライフエイクの心臓は、背後から突き出された射干玉の穂先に貫かれる。
そして、今まさにライフエイクを穿った槍を握る少年は、肩ほどまで伸びたブロンドの髪を靡かせながら、くすりと魔性の笑みを浮かべた。

「ま、ま……さか……貴……様……」

ライフエイクは苦痛と驚愕に瞳孔を限界まで開きながら、声にならない悲鳴を上げて、背後を振り返る。
――自分の身体を刺し貫いたその人物を、ライフエイクは知っていた。
何故ならば“彼ら”こそがライフエイクにブレイブたちの情報を提供していた、此度の計画の協力者だったからだ。
一体どうして……と、思考を巡らせようとするが、脳に送られる筈の血流は既に遮断され、ライフエイクは急速に目の前が暗くなっていくのを感じた。

「何をそんなに驚いているんだい、ライフエイク?
 “この物語”は、他でもない君が始めた悲恋のストーリーじゃないか。
 ならばこそ、こうして彼女が眠る棺を開く際には、君の死を以て完結を迎えるのが一番美しい筋書きだとは思わないかい?」

少年の言葉は、もう殆どライフエイクの耳には届いていなかった。
ライフエイクは力なく崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れ伏せる。
彼が最後に見たのは、自分の姿を見下ろす少年の笑みと、深海の様に蒼い双眸だった。
今まで数多のギャンブルを勝ち抜き、あらゆるポーカーフェイスを見破ってきたライフエイクだったが、その表情からは一切の感情さえ読み取ることができなかった。

165 赤城真一◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:11:23
「あいつは……!?」

〈大爆発(ビッグバン)〉によって巻き起こった粉塵が晴れ、ようやく視界が開けた時、真一は信じ難い光景を目撃した。
それは、先程まで対峙していたライフエイクが、何処からともなく現れた少年の手で、背後から刺し貫かれていた姿だった。
そして、その少年は――闘技場で真一と出会い、人魚姫の悲劇譚を語り聞かせた人物に相違ない。
少年は魔術師の様に漆黒のローブを纏い、右手にはライフエイクの心臓を穿った黒い長槍を握っている。
――だが、何よりも驚愕したのは、その左手に持った5インチ程のディスプレイ。
それは、ブレイブと呼ばれる真一たちが所有するのと同じ――“魔法の板”に他ならなかった。

事態は何も飲み込めなかったが、それでも真一は自分の直感に従い、あの少年を止めなければならないと判断した。
そして、今まさにグラドの背を叩いて飛び出そうとした時――

「召喚(フォーアラードゥング)――――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉」

――その真一の動きを、少年の一声が先んじて制した。
突如として生じる発光現象。そして、その中から現れ、真一の行く手を阻む一匹のモンスター。
それは、真一たちが誰よりもよく知っている〈召喚(サモン)〉のコマンドと全く同様のものであった。

「……そう焦るなよ。君たちには、これから紡がれる人魚姫の第二章を、特等席で見せてあげようというのだからさ」

少年が召喚したのは〈堕天使(フォーリン・エンジェル)〉という名の、悪魔型モンスターだった。
頭部に生えた黄金の二本角と、背には十二枚の黒い翼。
右手に光り輝く槍を携え、その姿は悪魔でありながら神々しさを感じるような美貌を宿していた。

堕天使はガチャ産でありながら、レイド級にも比肩するスペックを有するモンスターであり、希少価値は真一のレッドドラゴンにも勝る程だ。
ブレモンを始めて日の浅い真一は知らなかったが、少年と堕天使の組み合わせを見て、なゆたたち他のプレイヤーはピンと来るものがあったかもしれない。
少年の正体は――現実世界で開催された、昨年度のブレモン世界大会の覇者であった。
――名前はミハエル・シュヴァルツァー。
堕天使の性能を活かしたビートダウン系の戦法を好んで用いるプレイヤーであり、その端麗な容姿と派手な戦闘スタイルとが相まって、国内外を問わず多数のブレモンプレイヤーから支持を集めている。
ブレモンに精通している人間ならば“金獅子”だとか“ミュンヘンの貴公子”など、大仰な愛称で呼ばれる彼のことを熟知していてもおかしくはないだろう。

「さあ、今ここに深淵の盃は満たされた。万斛の猛者の血を供物とし、冥府の扉を叩くとしよう。
 目覚めるが良い、人魚族の王女――――“マリーディア”よ」

そして、遂に復活の時は来たる。
ミハエルの呼び掛けによって展開された魔法陣――それは、明神たちがオフィスで見た“境界門”と同種の物であったが、その門が秘めたる魔力と、禍々しさは次元が違う。
門の中からは、無数の亡者たちの声が聞こえてきた。
それは、現世に解き放たれた獣の歓喜か。或いは、憎悪に囚われた人の恩讐か。
思わず耳を塞ぎたくなるような地獄の合唱を伴い、数え切れないほどの魂が黒い魔力に姿を変えて、門の外へと解き放たれる。
そして、それらの中心部でただ一人――両手を地について項垂れる女の姿があった。

166 赤城真一◇jTxzZlBhXo:2019/02/05(火) 22:11:47
海のように波打つ青い髪と、真珠のように整った美貌を持ち、腰から下は魚の尾ヒレの形をした女。
メロウの王女――マリーディア。
境界門を通して再び現世に喚び出された彼女が最初に見たのは、かつて誰よりも愛した男の亡骸だった。
自らの献身を裏切り、愛の言葉を嘯いて、我が故郷まで滅ぼしたその男のことを、マリーディアは死してなお現世に囚われ続けるほどに憎んでいた。
百度殺しても足りないほどに憎み、憎しみ続け――だが、哀れな彼女はそれでも愛を忘れることができなかった。

マリーディアは啼泣し、言葉にならない声を吐き出すみたいに悲鳴をあげた。
――その叫び声は、まるで歌のように聞こえた。
愛する者を喪った女が、愛を知らない男のために紡ぐ絶望の歌。
彼女の旋律は哀しくも美しく、空気を震わせて聞く者全ての胸に哀愁を伝える。
そして、それは伝承で語り継がれているように――昏き底から一匹の“化物”を喚ぶ力を宿していた。
その時、港の方から砲撃のように激しい破壊音が響き渡る。
次いで聞こえるのは、押し寄せる怒涛の波音と、恐怖に怯える群衆の悲鳴。
そして、海面から首を出した“それ”の姿を目にして、真一は思わず言葉を失った。

それは、全身を蒼き鱗で覆われた大蛇。
終焉を告げる、黄昏の日の尖兵。
幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
幾千、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意。
彼の者の名は――――世界蛇“ミドガルズオルム”。

「あははははっ! あれが、終末を齎す世界蛇の姿か。
 凄いね、大したものじゃないか。こうして実際に目にしてみると、あの迫力は到底口伝できるような代物ではないと感じるよ。
 “悪魔の種子”の力を以てしても制することができるかどうか……少しばかり楽しみだね」

ミドガルズオルムを喚び出したマリーディアは、全ての魔力を失い力尽きて、その身をとあるアイテムに変えていた。
透明の小瓶に入った青い液体。“人魚の泪”という名で通称される万能の霊薬を拾い上げながら、ミハエルは子供のように楽しそうな笑い声をあげた。

「……テメーは一体、何が目的でこんなことをしやがる」

真一には、この男の思考が全く理解できなかった。
ギリッ……と奥歯を噛み締め、心の底から吐き気を催す邪悪を見るかのように、ミハエルへと侮蔑の視線を向ける。

「言っただろう、シンイチ君?
 知恵を持った全ての生命は、訳もなく戦いたがっているのさ。
 かつて背負った原罪の咎を贖うために、自らの本能の赴くままに。
 だからこそ、僕は一切の意味も目的も持たず、ただ戦うために戦おう。
 つまり、僕の行動に敢えて理由を述べるとするならば――それは、エデンの園で、アダムとイヴが林檎を食べたからさ」

「……イカレてるぜ、テメーは」

真一は闘技場で自分が感じた気配は、やはり間違いではなかったと確信する。
この男は、間違いなく駆逐せねばならない“敵”なのだ。
――しかしながら、状況は既に最悪だった。
敵はあのタイラントにも匹敵するか、或いはそれ以上の力を持つであろう超レイド級のモンスター。
更にそれを駆るのは、この世界で初めて敵として対峙した、世界最強のブレモンプレイヤーだ。

「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」

ミハエルは嗤い、両手を広げて高らかと頭上に掲げる。
その仕草とタイミングを同じくして、ミドガルズオルムはリバティウム全体が震えるような怒号を天へと解き放った。



【ミハエルの奇襲によってライフエイク死亡。
 遂に復活したミドガルズオルム&ミハエルとのボス戦開始】

167 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:12:28
真ちゃん、なゆたちゃん、エカテリーナと攻防を繰り広げながらも、俺から視線を外すことはない。
てめえが百戦錬磨のギャンブラーなら、俺は海千山千のレスバトラー。
フォーラムでの魔を喰い魔に喰われるクズ共の蠱毒を生き抜いてきた俺の論圧()を舐めんじゃねえぞ。
読み読みなんだよてめぇの考えてることなんざよぉ。

俺は弱い。戦闘能力ってものさしなら、ライフエイクの足元に及びもしないだろう。
普通なら放っておいても何ら問題のない、路傍の石のような存在。
だが、そんな矮小で脆弱で、風前の羽虫に過ぎない俺を、奴は無視することができない。
そういう立ち回りを、俺はしている。

この世のすべてを見透かしたような、超然とした態度を崩さないライフエイク。
全知全能を気取った奴にも、たったひとつだけ知らないことがある。
死者の蘇生。心臓が完全に停止し、生命反応の失せた肉体に、再び命を宿す手段。
それは明確に、俺たちだけが知りうるこの世界のブラックボックスだ。

俺はあえて奴の眼前に身を晒し、死者蘇生という手札を公開した。
ライフエイクに興味を抱かせ、情報源となる俺自身を意識させるためだ。

ライフエイクは死者の蘇生の方法を、知りたがっている。
そのために、俺を逃がすわけにはいかない。
拘束するにせよ、殺すにせよ、真ちゃん達の猛攻を掻い潜って俺に攻撃を仕掛ける必要がある。
激しい攻防のさなかでも残し続けてきた奴の余裕、集中力のリソースを、俺の存在が奪う。
ライフエイクは未だに余裕ぶったツラしてやがるが、実際のところ手一杯になってるはずだ。

余裕がなくなれば、奴の警戒網にも綻びが生まれる。
こちらの仕掛ける搦め手が、通りやすくなる。
そして、この僅かな意識の間隙、すなわち『隙』を最大限活かすことのできる奴を、俺は知っていた。

>「はいはい〜そこまで〜 ライフエイクはん、あんたさんなんでまだこんなところで戦ってはるのン?」

大理石の床を割り、戦場に突如として林立した巨木。
石油王のカード――確かフィールドを変化させる『防風林』のユニットだ。
木立の壁で両雄を阻み、戦闘を強制的に中断させた石油王は、木々の向こうから静かに姿を現す。
その表情からは、さっきまでの焦りや怒りは消え失せていた。こっちも完全復活ってわけだ。

>「聞いた話によると、うちら異邦の魔物使いはアルフヘイム、ニブヘイム両陣営から随分と買われてるそうやないの
 うちらの知らんところで争奪戦繰り広げられてそうな勢いなくらいになぁ」

いつものゆったりとした口調で放たれる言葉は、俺にとっても初耳なものばかりだった。
『万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる』。
なんだそりゃ、ブレモン本編じゃそんな言い伝え聞いたことねえぞ。
万斛の猛者の血も、乙女の泪も、トーナメントと『人魚の泪』に関連するワードってのは分かる。
でも、海の怒りって何だよ。やべー奴のニオイをヒシヒシと感じるんですけど!

石油王が訥々と語る一方で、俺はポケットの中でスマホに指を滑らせていた。
この停滞を作り出したのは、石油王だ。あの女が、あの策士が、ただ推理を披露するだけとは思わない。
案の定、身体にひっついていた藁人形がカジノから離れるよう呟いた。

「サモン・ヤマシタ!」

俺の側に出現した革鎧が、俺を小脇に抱えて跳躍する。
同時、『防風林』が解除されて、木々に支えられていたカジノが一気に崩落した。
俺を担いだヤマシタが安全圏に着地すると同時、ポヨリンさんに包まれたなゆたちゃんも戻ってくる。
真ちゃんはレッドラに跨って空に逃れ、メルト――しめじちゃんは、なんか知らない奴に掴まれていた。

「うおっ、よく見たらイクビューじゃねえか。誰か捕獲したのこいつ」

煌めく月光の麗人、通称イクビューはブレモンに登場する人型レイド級モンスターだ。
トーナメント組と合流した時からなんか居るなぁと思ってたけどそれどころじゃなかったからね。
完璧スルー決め込んでたけどなんでこいつ仲間みたいな感じでここにいるの……?
どっからPOPしたんだよ……リバティウムでエンカウントして良い敵じゃねえだろこいつ。

168 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:13:05
「やあ、お初にお目にかかる。君が"明神"だね?ガンダラの弟から話は聞いているよ」

「あ?弟……?マスターのことか?あんたマスターのお姉ちゃんなの?知らねえ裏設定だ……」

「ふふ。積もる話もあろうが、今はまだ楽しくお喋りしている場合ではないだろう?
 この一件が片付いたら、心ゆくまでこの邂逅を祝そう。近くに良い店を知っているんだ」

「るせぇ、コミュ強特有の雑な仕切り方すんな。……しめじちゃん、大丈夫か?」

お姉ちゃんにふん掴まれて退避を果たしたしめじちゃんは、グロッキー状態だ。
病み上がりどころか死に上がりのところに加速度で振り回されりゃこうもなる。
とはいえ、しめじちゃんは目を回しながらも無事なようだった。

>「……あ、あの。今のうちに言っておきたい事がありまして。
 これは本当に妄言で、私としても信じがたいので、信じて頂かなくてもいいのですが
 あの白服ヤクザ――――ライフエイクは、この『儀式』で、人魚を呼び戻そうとしているのではないでしょうか?」

「人魚……?しめじちゃん、なにか知ってるのか?」

青白い顔のまま、しめじちゃんは臨死体験のさなかに見てきたことを語った。
遠い昔、一人の青年が人魚の姫と睦み合い、しかし裏切りによって彼女を地獄に叩き落とした。
そのクソゴミカスカスうんち野郎があのライフエイクで、奴はもう一度人魚に会おうとしている。
しめじちゃんの言う通り、それは何の担保もない単なる妄言に過ぎないのかもしれない。
だが、石油王から聞いた言い伝えと、しめじちゃんの語った内容には、奇妙な符合がある。

彼女の言葉には真実味と信憑性があると、少なくともなゆたちゃんは判断したらしい。
俺も同感だった。

>「つまり……しめちゃんはその、人魚姫の恋人? がライフエイクだって言いたいの?

「するってぇとアレか?ライフエイクの野郎は、大昔の元カノとヨリと戻そうとしてるってことか。
 自分から裏切って殺したくせに、死人を足蹴にするためだけに蘇らせようってか。
 反吐の出るクソ野郎だな。その事実だけで、ぶっ飛ばす理由におつりがくるぜ」

それで『海の怒り』か。
ははーん。だんだんパズルのピースが揃ってきたぞ。
ライフエイクが何をやらかそうとしてやがるのか、おぼろげながらも見えてきた。
クソが。どこまで人を虚仮にすりゃ気が済むんだ。人間も、人魚も、てめえの玩具じゃねえぞ。

>「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

そのとき、地の底から響くような哄笑と共に、瓦礫をはねのけてライフエイクが姿を現した。
流石に生き埋めでそのまま死んでくれってのは虫が良すぎる話だったらしい。
無傷ってわけではない。高そうな白スーツは見るも無残なボロ布だ。
ただ、白日の下に晒された奴の素肌は、人間のそれではなかった。

>「そうだ。そうだとも、異世界の客人よ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ。
 このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための、『万斛の猛者の血』が集うときを!
 人の命を捨て、人ならぬ者と化し……この地に根を張って幾星霜! 待った、待ったぞ! ハハハハハ―――」

>「……ス……。『縫合者(スーチャー)』……!」

「おいおい。おいおいおいおいおい……」

俺は言葉が出なかった。ライフエイクの様相を目の当たりにしたら誰だってそうなる。
奴の肉体は、数えるのも馬鹿らしいくらいに多種多様な生き物をパッチワークのように継ぎ接ぎしてあった。
ドラゴンの鱗、人狼の毛皮、オーガの筋肉に、リビングアーマーの装甲。
それぞれのモンスターの特性をひとつの肉体に融合させた、外法魔術の到達点。

169 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:13:30
『縫合者(スーチャー)』。
それは、ブレモン本編において終盤の大ボスとして立ちはだかる、レイド級モンスターの名だ。
ローウェルの弟子が生涯をかけて開発した術法を、ライフエイクはその身に宿していた。

「どうなってんだ、『縫合者』はローウェルの死後に作り上げられたモンスターだろ。
 ローウェルの生きてるこの時間軸じゃ絶対に生まれるはずのない存在……」

いや。ゲームの方のアルフヘイムと時間軸が連続してないのは確かめたばかりだ。
たとえ過去編であっても、本編で実装済みのモンスターが出現するのはあり得ないことじゃあない。
それに、『縫合者』の技術を十三階梯とはまったく別の奴が開発してたっておかしくはないのだ。

時系列の不整合は、今更問題にはならない。
そんなことよりもずっとずっとやべえのは、奴がブレモン終盤に出てくるレイド級ってことだ。

同じ『レイド級』というカテゴリの中でも、当然ながら強弱の序列はある。
レベルキャップ解放前、例えば推奨レベル100のレイド級と、レベル150のレイド級とじゃ、天と地ほどの差があるのだ。
低レベル帯……いわゆる旧レイドのモンスターなら、レベル差の暴力でソロでも狩れる。
具体的にはベルゼブブやバルログなんかは、ゴッドポヨリンさんの敵じゃあないだろう。
多分俺でも手持ちのスペルを全部吐き出せばどうにか倒せる程度のHPだ。

だが、縫合者は違う。奴は最近のパッチで実装されたばかりの、最新レイドコンテンツだ。
推奨攻略人数は8人以上。もちろん、カンストまでレベルを上げて鍛え込んだ8人で、ようやく倒せる難易度だ。
対して俺たちはまともな戦力が3人、エカテリーナとお姉ちゃんを含めても5人。
ろくに太刀打ちできるような相手じゃない。全体攻撃で即死するのがオチだろう。

>「姑息な悪口でわざわざヘイトを稼がなくたって、戦ってやるわよ……たっぷりとね!」

絶望的な戦力差を目の当たりにして、しかしなゆたちゃんの戦意は折れなかった。
マジ?戦うの?強気な姿勢は結構だけど、流石にそりゃ無理ゲーが過ぎんだろ。
案の定というかなんというか、やっぱ最後の最後に暴走すんのはこいつだよなぁ……

――俺は、そんな風に斜に構えてた自分の発想を、恥じることになる。
なゆたちゃんの戦意は、ゲーマーとしての挑戦心や、まして意地なんかじゃなかった。

>「アンタはしめちゃんを殺そうとした。あんなにも頑張った明神さんを、みのりさんを嗤った。
 わたしの仲間をバカにした! それだけで、もうアンタをボコボコにする理由には充分すぎる!」

「そうか……そうだよな」

勝てない相手に直面して、俺は何をビビってんだ。
縫合者?最新のレイド級?ステータス差?そんなもんは、この場から逃げ出す理由になんかなりはしない。
初めから決めてたろ。あいつは絶対に一発ぶん殴るって。
なゆたちゃんの言葉で、俺はようやくそれを思い出した。

>「ハッ……何を言ってやがる。その問題には、第三の選択肢があるだろうが。
 これ以上無駄な血は流さず、人魚姫を喚び出させる前に、テメーをここで秒殺すれば終わる話だ」

真ちゃんの煽り文句に俺も乗っかる。

「てめえの目論見なんざ知るかよ、ライフエイク。一人で気持ちよく演説打ってんじゃねえぞ。
 よくも……よくもしめじちゃんを刺しやがったな。俺の大事な友達を、殺しやがったな。
 その不細工なツラがまともに見れるようになるまでぶん殴ってやるから覚悟しとけ」

>「行くわよ、みんな!
 コイツをぶちのめして――みんなで! トンカツパーティーするって約束したんだから!」

「ああ!美味しくメシを食うための、腹ごなしの運動といこうじゃねえか!」

誰に合図をされたでもなく、俺たちは同時にライフエイク目掛けて吶喊した。
俺はスマホを手繰り、カードプールからスペルを切る。
『黎明の剣(トワイライトエッジ)』。攻撃力上昇バフを真ちゃんに行使し、ヤマシタと共に右翼を駆ける。

170 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:13:52
縫合者は素体となった複数のモンスターの性質を宿した魔物だ。
今、奴の体内では魔物共が肉体の主導権を争い合っている。
その時『表』に出てくるモンスターの属性によって、使う攻撃や弱点となる属性が変化するって仕組みだ。

こいつを攻略するには、使う魔法から弱点属性を推察してこちらの攻撃属性を変えるか、
どの属性にも安定してダメージを与えられる無属性攻撃にバフをかけて叩き込むのが定石。
つまり、レベルを上げて物理で殴る脳筋戦法がわりかし効果的だ。
俺は無属性で火力の高い攻撃手段がないから、弱点属性を探るほかない。

いま、ライフエイクは真ちゃんの攻撃を『水王城』で防いだ。
つまり『表』に出てるのは水属性のセイレーンかリヴァイアサンあたりだ。
土属性か雷属性の攻撃なら大ダメージを与えられる。

「ヤマシタ、『ライトニングブラスト』」

ヤマシタは鎧の中から杖を抜き出し、弓と持ち変える。
軽くて丈夫な革鎧は魔術師にとっても装備可能な防具だ。
したがって、リビングレザーアーマーは、魔術系のスキルを行使できる。
ヤマシタが無言で詠唱した魔術が発動し、杖先から紫電が迸ってライフエイクを穿った。

……HP全然減らないんですけお!
やべえな、弱点がどうとか以前に、単純にステータスの差がありすぎる。
たとえ弱点補正で威力が倍になろうが、1ダメージが2ダメージになるだけじゃねえか。
こりゃ火力は期待できそうにねえな。攻め方を変えるか。

>「……死角がどうしたって?」

一方、上空からの奇襲に端を発する真ちゃんの攻防はライフエイクを追い込みつつあった。
レッドラに叩き落とされたところを、エカテリーナの容赦ない着地狩り。
自身を銀狼へと変じたエカテリーナの牙が、ライフエイクの左腕を断ち落とした。
そこへ間髪入れずに『大爆発』。爆炎がライフエイクを包み、あたりは砂煙に包まれる。

「……やったか?」

こういうこと言うとすぐ生存フラグがどーのとか言い出す奴がいるけど、でもしょうがねえよ。
今こうして自分が当事者になってみて、言いたくなる気持ちがよくわかった。
そりゃ言っちゃうよ、「やったか?」って。ほとんどお祈りみてえなもんなんだよ。
確殺コンボがこの上なく決まったんだぜ、これでやれてなきゃ嘘だろ。

やがて爆煙が晴れる。
フラグが回収されるか否か、煙の向こうに結果がある。
カードの裏面は既に決まっていて、それを今からめくるのだ。

「やってる……!?」

やってた。
果たしてライフエイクは、地面に縫い付けられたまま絶命していた。
ビックバンで粉微塵になったわけじゃない。奴は、五体満足のまま死んでいた。
トドメとなったのは、ライフエイクの胸を貫く黒い槍。
それを握るのは、真っ黒なローブを着た、真ちゃんと同じくらいの歳の少年。

>「あいつは……!?」

真ちゃんが何かに気づいたように零すが、俺には何がなんだかわからなかった。
何が起こった。あいつは何だ。どうやってこの戦場に介入してきた?
あたり一帯は更地になってて、身を隠せるような遮蔽物はどこにもなかった。
いやそれ以前に、ライフエイクがいたのは『大爆発』の爆心地だぞ?
あの大火力スペルの渦中で、ライフエイクの心臓を正確に貫いたってのか?

171 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:14:17
……ふと、乱入者が片手に持った物に目が行った。
スマホと言うには大きく、ノーパソと言うには薄くて小さな、板状の物体。
それは、ある意味では俺たちの持つスマホと同じ機能を備えた電子機器。

「タブレット、だと……?つまり奴は、俺たちと同じ――」

>「召喚(フォーアラードゥング)――――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉」

――異邦の魔物使い(ブレイブ)。
俺たちのように、アルフヘイムに降り立った、ブレイブ&モンスターズのプレイヤーだ。
フォーアラードゥングってのは確か、ドイツかどっかの言葉で『召喚』を意味する言葉だったはず。
むべなるかな、タブレットの発光と共に、少年の傍らにモンスターが出現した。
主に傅く『堕天使』は、性懲りもなく突撃していった真ちゃんを阻むように前へ出る。

>「……そう焦るなよ。君たちには、これから紡がれる人魚姫の第二章を、特等席で見せてあげようというのだからさ」
>「さあ、今ここに深淵の盃は満たされた。万斛の猛者の血を供物とし、冥府の扉を叩くとしよう。
 目覚めるが良い、人魚族の王女――――“マリーディア”よ」

謎のブレイブがそう声を掛けると、奴の背後に巨大な魔法陣が展開する。
『境界門』だ。アルフヘイムとニブルヘイムを繋ぐ、人ならざる者の通り道。
カジノにあった者とは魔力の桁が違うその門から、夥しい数の"なにか"が這い出てくる。
破裂寸前の水風船に小さな穴を開けたかのように。門の内側で膨らんだ圧力が、解き放たれる。
そしてその中に、貞子みたいなポーズで現界する女の姿があった。

「マリーディア……しめじちゃん、君が見た人魚姫ってのは、あいつか?」

マリーディアはライフエイクの亡骸をその目に収め、空を震わすように慟哭した。
それは弔いの鐘であり、同時に海の底に眠る怪物を呼び起こす、号令でもあった。
港の方から怒号じみた悲鳴が聞こえる。
目を向ければ、海から巨大な化け物が姿を現し、天目掛けて咆哮を上げる。

ライフエイクの目論見のすべてがたった今終わり、もっと絶望的な何かが、始まった。
ミドガルズオルム。人魚の女王がかつて裏切られた憎しみから呼び起こした『海の怒り』。
そして、ライフエイクがまどろっこしい儀式の果てに手に入れようとしていたモノ。
その正体は、ガンダラの山奥に眠っていたタイラントと同等以上の力を持つ、レイド級を越えたモンスターだ。

>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」

心底愉快そうに声を上げる少年。俺はようやくそこで、状況に理解が追いついてきた。
同時にふつふつとこみ上げてくるものがある。ライフエイクに向けていた、行き場をなくした怒りだ。

「人の頭の上で意味分かんねえこと抜かすなよクソガキ。なげえ御託は終わったか?
 まずそもそも誰だよてめーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃあねえぞ」

ブラフだ。俺はこいつを知ってる。
ブレモンを多少なりとも"真っ当に"齧ったことのあるプレイヤーなら知らない奴はいないだろう。
こいつは、ミハエル・シュヴァルツァーは、ブレモン世界大会の現王者だ。
ワールドワイドで展開されているブレモンの、掛け値なしに世界最強のプレイヤー。
世界に1000万人はいるすべてのプレイヤーの、頂点に立つ男だ。

だけど、そんなことは俺の知ったことじゃねえ。
ただ一つ言えるのは、こいつが神様気取りのどうしようもないクソガキだってことだけだ。

「異世界でクソくだらねぇテロに走るほど、世界チャンピオンの座は退屈だったのか?
 戦いがしたけりゃニブルヘイムにでも行けや。民間人虐殺して悦に浸るのがてめえの言う戦争かよ。
 ガキの自己表現に付き合ってるほど俺たちゃ暇じゃねえんだ」

俺は性懲りもなく煽りをぶちかましながら、発動待機状態のスペルをプレイした。
『迷霧(ラビリンスミスト)』――俺たちを包み込むように、濃い霧が発生する。

172 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:14:41
「おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある」

迷霧で覆われたカジノ周辺から、俺たちは裏路地へと逃げ込んだ。
ここ一週間の探索と、バルゴスからの情報で、俺は入り組んだ裏路地の地理を頭に叩き込んである。
通風孔や抜け道をうまく使えば、ミハエルの視線から逃れることは難しくないだろう。
……まぁ、路地ごと一気に薙ぎ払われたらその時点でアウトなんですけどね、初見さん。

裏路地は大混乱に陥っていた。
港に出現した大怪物から逃げ惑う人々で大通りは混雑し、近道を求めて裏路地にも人が入り込んでいる。
裏路地を縄張りにしているアウトロー達も、この時ばかりは住民を逃がす手助けをしていた。

路地から空を見上げると、リバティウム衛兵団の旗を立てた小型飛空艇が港へと飛んでいく。
遠距離から大砲を撃ち込んでいたが、ミドガルズオルムの放つ水流に撃ち落とされて通りへ落下した。
阿鼻叫喚になる地上の避難民。美しき水の都リバティウムは、今や地獄を切り取ったような有様だ。

「クソ……大砲じゃ歯が立たねえってのか。なんつうもんを喚び出しやがる。
 ざっと見積もってもタイラントレベルの超レイド級……ガンダラであれを起こしたのも、あいつか?」

路地を構成する屋根の上から港の方を確認して、俺は頭を抱えたくなった。
街の反対側にいても姿を確認できるだろう、途方もない巨大さ。
ミドガルズオルムは、最初に衛兵団を撃墜したあとは、天を仰いで咆哮を上げるばかりだ。
ミハエルは『制することができるかどうか』と言っていた。
つまり、まだ完全に制御下におけたってわけじゃないんだろう。

「冗談じゃねえ。ガンダラに続いてリバティウムでも超レイド級かよ。奇跡は二度も起きねえぞ。
 装甲張った飛空艇でも一撃で墜落する攻撃力、かすりでもすれば即海の藻屑だ。
 とっととここから逃げて陸路でキングヒル目指すのが一番オススメの選択肢だな」

タイラントの時のようにはいかない。
あの時は、既にHPが相当減った状態で、しかも弱点が露わになっていた。
だがミドガルズオルムは召喚されたてほやほやで、どこ狙えば良いかも分からない。
ついでに言えば、俺たち自身がライフエイクとの戦いで相当消耗してるってのもある。

「だけど……ここで俺たちが逃げれば、奴は際限なくリバティウムを破壊し尽くすだろう。
 ローウェルのジジイからのおつかいも失敗で、ここでクエストは断絶だ。
 俺たちが元の世界に帰るにせよ、ここに残るにせよ、アレをそのままにはしておけねえ。
 タイラントの時とは違って、俺たちにとっても明確な実害がある」
 
お腹が痛くなってきた……。
逃げ出すのはきっと簡単だ。自分の命を守るだけなら、どうとでもやりようはある。
これから大量に出るであろう死人に目を瞑れば、平穏無事に明日を迎えられるはずだ。
でも、それじゃ多分、この溜飲は下せない。
ライフエイクの目論見は完膚なきまでに叩きのめす。そう決めた。

173 明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:15:04
「だから、どうにかしよう。倒せなくても、できることをしよう。
 時間を稼げば、他の十三階梯共が駆けつけていい感じになんとかしてくれるかもしれねえ。
 それに、大昔に一度目覚めたってことは、その時封印する手段があったってことだ。
 ……このままあのドイツ野郎にやりたい放題させとくのも癪だしな」

俺はスマホを手繰って、所持スペルのリキャスト状況を他の連中に見せた。
手札の秘匿とか言ってる場合じゃねえし、俺の場合は手札が知られてもさして問題はない。
そういうデッキの組み方をしている。

「まずは現状確認だ。スペルはどれだけ残ってる?トーナメントで使った分のリキャは回ってねえだろ。
 俺は拘束スペルが4枚、妨害スペルが5、攻撃に使えるのは3だ。
 ただあのクラスの巨体に拘束がまともに効くかは分からねえ。火力に関しちゃ問題外だ」

それから――俺は真ちゃんの方に向き直った。

「あのミハエルとかいうガキ、お前とどっかで会ってるみたいな言い草だったな。
 タイラントの時みたいな白昼夢とかでも良い。あいつについて知ってること、全部話せ。
 ……一人で先走るのは、もうなしだぜ」

現状、真ちゃんは俺たちよりも情報面で一歩先にいる。
こいつの謎フラッシュバックになにか有用な情報があるならそれがベスト。
使えるものは何でも活用すべきだ。

「あの超レイド級に対してつけ入る隙があるとすれば、ミハエル自身ミドガルズオルムを制御しきってねえことだ。
 タイラントみたく目覚めたばっかで判断能力がないのか、『捕獲』がまだできていないのか。
 いずれにせよ、戦闘になればミハエルからミドガルズオルムになんらかのアクションを起こすはずだ。
 その隙を狙って、奴のタブレットを奪うなり破壊するなりすれば、ワンチャンあるかもしれねえ」

問題は、首尾よくミハエルからタブレットを取り上げられても、制御を失ったミドガルズオルムが暴走する可能性があることか。
だから、タブレットは破壊でなく回収して、アンサモンの操作をこっちで行う必要がある。

「狙撃は俺がやる。ヤマシタのオートエイムに命中バフをかければまず外さねえ。
 あとは……狙撃の護衛と、ミドガルズオルムを引きつける役、誰か手を挙げる奴はいるか?」


【超レイド攻略前の作戦会議フェーズ
 明神の提案:ミドガルズオルムを引き付け、隙を見つけてミハエルのタブレットを狙撃】

174 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:15:42
戦いは最終局面を迎えようとしている
体勢を整えライフエイクとの決戦
だがその中においてみのりは違和感と共に一つの可能性を感じていた

カジノを崩壊させ一度戦いを止めたのは、ライフエイクを倒さない為であった
儀式は【万斛の猛者の血】が必要であり、その猛者はライフエイク自身も含まれている可能性が高いから
それどころか戦闘行為自体が当てはまる危険性すらあるからだ

しかしシメジからもたらされた情報により、儀式は二段階に分かれている可能性が出てきた
すなわち、【万斛の猛者の血】により伝承の人魚の女王を呼び出し、【人魚の泪】がリバティウムに流れた時点でミドガルズオルム……おそらくは超レイド級モンスターが出現する、というものだ

その違和感が確信に変わったのは瓦礫から現れたライフエイクの言葉
>私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
>このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための
これらの言葉であった

ライフエイクは人魚の泪が水の都を濡らした後に出現するミドガルズオルムについては一切言及していない
あくまで女王を、彼女を呼び出すことを目的としている口ぶりなのだから

なゆたの言うように【人魚の泪】獲得を目的としている自分たちとライフエイクの到達点は同じだ
問題はそのあと如何にミドガルズオルムが出現しないようにするか、という事に焦点が移るのだ
ならば戦いようもまた変わってくるというもの

>その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」
「当たり前ですえ?命の大きさは関係性によって変わりますよってなぁ
あんたはんにとってはちっぽけな命でも、うちらにとっては限りなく大きなものや
同じようにあんたさんにとって大切な命はうちらにとっては限りなく小さなものやぁ云う事、忘れへんでおくれやすえ?」

ライフエイクの言葉に笑っていない目の笑みと共に返しながら、周囲にも話を伝える

「ベルゼブブの時にちょっとそうやったんやけど、知性の高いモンスターにヘイト獲得によるタゲ取り固定はあんまり効果あらへんようなんやね
本能的なヘイトより、感情的な憎しみや戦術の方が優先されるんやろねえ
まあつまりはアレは十分な知性を持っていて対MOBというより対人戦て感じでタゲ取りはあまり意味があらひんぽいんやわ〜
ほやから隙を見つけて物理的に絡みついて動きを封じるからイシュタルごと攻撃したてえな」

みのりに残されたスペルカードは少なく、縫合者(スーチャー)相手となると使えるカードはさらに制限される
フィールド属性を操作してもそれに合わせられては逆効果になるからだ
更にヘイト取りによるタゲ取りが効果ない以上、できる事はこのくらいしかないのだから

175 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:16:06
だが、実のところ、みのりの取って重要なのはそこではない
いかにしてライフエイクを無力化した状態で儀式の第一段階【万斛の猛者の血】を揃え人魚を呼び出すか

伝承故に事実関係がどういったものかをそこから導き出すのは危険である
ライフエイクの目的がミドガルズオルムではなく人魚の女王【彼女】であるならば尚更、だ

故に人魚の制御の為にも生かしたまま【万斛の猛者の血】を揃える事が好ましい
この場でライフエイクが直々に戦っているのはおそらくあと一人二人の命で完成するはず
となると、いつ誰を殺すか……という話になるのだから
みのりにとって、命とは大小もあり順位付けができるものなのだから

勿論自分の考えが支持されるとは思っていない
故にあくまで戦闘中の犠牲であるように見せかける必要もあるのだ
みのりは左のペンギン袖の中で二台目のスマホを秘かに用意していた

先陣を切ったのは真一とエカテリーナ
二人がライフエイクに攻撃を加えるさまをみのりは漏らさずに見つめていた
一瞬のスキを突きイシュタルを突っ込ませるために

そのチャンスは真一の〈大爆発(ビッグバン)〉が炸裂した直後
絨毯上になったイシュタルが地を這いその爆心地へと滑りよる

爆炎が晴れたところで標的の足元に辿り着いたイシュタルは、そのタイミングを待っていたみのりは愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)を発動させる直前に、それを見た
ライフエイクが背後から槍で貫かれる姿を
金髪碧眼の少年が槍でライフエイクを貫く姿を
そしてその金髪碧眼の少年の顔を


戦闘開始直後に戦闘の相手が倒された事
それによりみのりの考えていた戦闘プランが全て崩れた事
その相手が同じ異邦の魔獣使いである事
その顔と召喚された堕天使(ゲファレナー・エンゲル)によりそれが“金獅子”ミハエル・シュヴァルツァーである事
そして何より、異邦の地にて貴重な同じ飛ばされた人間と出会えたにもかかわらず言い知れぬ不安感を覚えた事


これらが交じり合い、数瞬の空白が生まれみのりは硬直してしまっていた
故にミハエルが魔法陣を展開し門を開いた時の対処が遅れた

ミハエルの言葉が正しければ出現したのは目的の人魚の女王
ライフエイクが殺されている以上、即座に確保しなければいけなかったにもかかわらず、だ

とはいえ、たとえ迅速に対処できたとしてもミハエルの言動から考えれば堕天使に阻止されていたであろう
>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」
その言葉は海面から首を出してミドガルズオルムの圧倒的存在感が、そして言葉から感じられる狂気が強力に裏打ちをしていた


その事態を正確に把握し、的確な対処をとったのは明神であった
ミハエルに怒声を叩きつけながらも『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動
態度とは裏腹な行動にみのりは感嘆の笑みを浮かべながらイシュタルをエカテリーナに飛び移らせる
真一に張り付いた藁人形からエカテリーナに一言「真ちゃんをお願いしますえ」と声をかけ走り出した

ミハエルと対峙した様子、タイラントの件を思えば暴走しかねない真一の撤退をエカテリーナに任せたのだ
ミドガルズオルムの出現、異邦の魔獣使いと深くかかわるローウェルの弟子であればミハエルの事も知っているかもしれない
状況を鑑みれば体勢を立て直す旨は伝わるであろう
その思惑を汲み取ってか、エカテリーナはミハエルを一瞥し虚構展開し真一とグラドを飲み込み虚空へと消えていった

176 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:16:34
明神の後につき入り組んだ裏路地を駆けていく
ミドガルズオルムは猛り咆哮し、町は大混乱の坩堝と化している
だがそれもつかの間、伝承の通りだとすればすぐにも混乱の坩堝は阿鼻と叫喚の渦と化し一夜にして洗われ更地となるだろう

そんな中で開かれる作戦会議
それぞれの状態を確認作業に入るが、あえてみのりは状態を明かさず
「ほならうちがミドガルズオルムを抑えますわ〜
さっき言った通り、うちは対人戦よりああいったモンスター相手の方が力発揮できるよってな
勿論一人では無理やからこのお二人にご助力願いたいわー」
そういって目くばせする先は『十三階梯の継承者』が一人、"虚構"のエカテリーナ。
そして、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』ステッラ・ポラーレであった

「お二人の力借りられれば意外とこっちの方がはよ終わるかもしれへんし、そうでなくてもやりようがあるよってなぁ」

レイドボスには即死攻撃は無効化という特性がついている
故にポラーレの『蜂のように刺す(モータル・スティング)』が通用するかどうかは不透明なところではあるが、軽く笑いを交えながら話すみのりはそれを承知の上でミドガルズオルムの抑えを申し出ているように話す
そしてそのまましゃがみ込みしめじと目線を合わせ、言葉を続ける

「それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
あの金獅子さんはうちらと同じブレイブなんやわ、それも世界一の
多分真ちゃんとなゆちゃんが二人がかりでもまともに戦ったら勝てへん
隙を作るのがせいぜいやろし、守られへんし次は生き返れるとも限られんやしで、列車に戻っとき?な?」

ブレモンプレイヤー1000万人の頂点は伊達ではない
そのプレイ動画はみのりも何度も見ており、トッププレイヤーとの戦いにおいても派手な演出を優先させ尚且つ圧倒的にかつ戦術は目に焼き付いている
更にライフエイクの心臓をその手で貫く程にこの世界に、この世界の戦いに慣れ、言い知れぬ不安感を掻き立てさせるオーラ
今まで幾度も「勝てない」という判断を覆してきた真一達の事を考えても、もはやこの先どうなるかわからないのだから

「まあそれで、金獅子さん実物初めて見たけど、随分と拗らせているような御仁やったねえ
やる気満々で話しても埒が明かんように見えたけど……
ただ、金獅子さんがやった事は、うちらがやろうとしていた事そのものなんよね
その点は手間が省けたゆう事はあっても怒って敵対するようなはずやろ?
それを踏まえたうえで真ちゃんには思うところあるみたいやからうちも聞いときたいわぁ」

みのり自身もミハエルに対し言い知れぬ不安を感じていた
故に真一がミハエルを見た途端にタイラントに見せた時と同じような敵意をむき出しにした真意を聞いておきたかったのだった

【超レイド攻略前の作戦会議フェーズ
ミドガルズオルムを抑える役を買って出る
ポラーレとエスカリーテに協力要請
しめじに避難勧告
真一に真意を問う】

177 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:17:11
>「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

>「……ス……『縫合者(スーチャー)』……!」
>「どうなってんだ、『縫合者』はローウェルの死後に作り上げられたモンスターだろ。
>ローウェルの生きてるこの時間軸じゃ絶対に生まれるはずのない存在……」

「……『そんな事ある筈が無い』という思い込みを突く事は有効な戦略ですが、流石にこれは予想外です」

哄笑と共に瓦礫を潜り現れたライフエイク。
建造物の崩壊を受けて傷を負ってはいるものの、傷は浅く、戦闘には何の支障もない様だ。
その頑強さは恐るべきものであるが、しかしこれまでの戦いを見る限り、さもありなんと納得できる範囲のものでもある。
本当に驚くべきは、その容貌。
瓦礫によってはぎ取られたスーツの下に存在している、数多のモンスターを継ぎ合わせた様な異形の肉体。
複数の魔物を人工的に融合させたキメラというモンスターがいるが、ライフエイクの体を構成するモンスターの数と質はそれを遥かに上回る。
レイドボス級の魔物さえ縫い合わせ、己が一部とした外法の到達点が一つ。
その名を『縫合者(スーチャー)』。
ブレイブ&モンスターズのストーリー終盤において立ちはだかる強大なボスの名である。
当然、その強さは有象無象のレイドボスを凌駕しており、このリバティウムに現れるモンスターでは相手にならない程に、強い。

(しかも、白服ヤクザは正気を保っています。ストーリー上の『縫合者(スーチャー)』は、縫い合わされた魔物の怨嗟と適合不全による拒絶反応の激痛で発狂していたというのに……!)

正気を保った『縫合者(スーチャー)』……それはつまり、ランダムではなく己の意志で多数のスペルを使い分けて来る存在であるという事。
即ち、上位の『プレイヤー』に匹敵する戦力である可能性を有している事を意味している。
掌に浮かんだ汗を拭いながら、メルトは警戒を最大限に高め、明神の後ろに半身を隠しつつライフエイクを待ち受ける。
そして、そんなメルトを気に掛ける様子も無く、ライフエイクは尊大な態度を崩さず口を開く。

>「私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
>諸君には、我が大願の礎となって頂こう――死にたくなければ戦うことだ。
>戦うことで万斛の猛者の血は蓄積され、私の開いた門と彼女のいる海底とが繋がれる。
>もし、私の望みを挫く方法があるとするなら……それは諸君らが無抵抗のまま死ぬ、という選択肢のみだが。
>その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」

「っ……」

あけすけな挑発。だが、メルト、その言葉に反論が出来ない。
……恐怖だ。一度は自身を殺したライフエイクへの恐怖が口を噤ませ、足を震わせる。
彼女は思わず一歩、後ろへと下がり

178 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:17:39
>「ハッ……何を言ってやがる。その問題には、第三の選択肢があるだろうが。
>これ以上無駄な血は流さず、人魚姫を喚び出させる前に、テメーをここで秒殺すれば終わる話だ」
>「当たり前ですえ?命の大きさは関係性によって変わりますよってなぁ
>あんたはんにとってはちっぽけな命でも、うちらにとっては限りなく大きなものや
>同じようにあんたさんにとって大切な命はうちらにとっては限りなく小さなものやぁ云う事、忘れへんでおくれやすえ?」
>「てめえの目論見なんざ知るかよ、ライフエイク。一人で気持ちよく演説打ってんじゃねえぞ。
>よくも……よくもしめじちゃんを刺しやがったな。俺の大事な友達を、殺しやがったな。
 その不細工なツラがまともに見れるようになるまでぶん殴ってやるから覚悟しとけ」

真一、みのり、明神

>「アンタが伝承のご当人だっていうなら、アンタに弄ばれた人魚姫のぶんまで殴り倒してやるだけよ!
>さあ――覚悟はいい? ライフエイク! アンタの最後のギャンブルを始めましょうか――!!」

そして、なゆた。

彼等、彼女等の強い言葉が。強い意志が。強い感情が。
誰かの為に怒る事が出来る――――そんな、当たり前のようで当たり前ではない善性が、メルトの震えを止めた。

>「いいだろう。ならば諸君は自らの全てをベットしたまえ。
>諸君らから全てを奪い――私は。私の目的を遂げさせてもらう!」

「……上等です。刺された私の痛みと恨みは、貴方の破産で埋め合わせて貰います」

そして、水の街にて異邦の勇者達と享楽の支配者との決戦の火蓋は切って落とされたのである。


> 「ヤマシタ、『ライトニングブラスト』」
>「――――〈三叉槍(トリアイナ)〉」
> 「虚構展開――――ッ!!」
>「離れろ、エカテリーナ! 行くぜ――〈大爆発(ビッグバン)〉!!」


メルトの眼前で、大規模スペルの打ち合いが始まった。
ライフエイクが予備動作すらなく水槍を撃ち放てば、真一は火炎推進(アフターバーナー〉のスペルを用いる事でグラドの限界速度を超過した回避を行う。
明神はその隙を突きライフエイクの弱点属性を突く事で気を逸らしつつ僅かとはいえHPを削る。
そのダメージを無視しつつライフエイクは真一の挙動を読み、背後からの急襲を試み……だが、第二戦力たる真一自身の機転により迎撃される。
そして、エカテリーナは銀狼へと変じライフエイクの腕を食い千切り、発生した致命的な隙を逃すことなく〈大爆発(ビッグバン)〉のスペルが叩き込まれる。
撃ち合い、読み合い、騙し合い。
ストーリー上の魔物相手とは違う。知略と戦略をぶつけ合うこの戦闘は、プレイヤー対プレイヤーの戦闘に酷似していた。

>「……やったか?」
「いいえ、『縫合者(スーチャー)』の耐久力と性質なら、おそらくは生存しています」

土煙に覆われた視界。
その先に居るであろうライフエイクに備え、メルトは『生存戦略』のスペルをいつでも起動できるように構える。
それほどに警戒をしていたが故だろうか。その声は、メルトの耳に確かに届いた。


>「――――この時を待っていたよ、ライフエイク」

179 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:18:05
戦場と化しているこの場にそぐわぬ、鈴の様に透明な声。
その声を聞いた瞬間……メルトは、直感的に感じた。
それは――――『悪意』。
先程、ライフエイクに刺殺された時と良く似た……しかし、彼の黒い悪意とは異なる、言うなれば『白い悪意』。
言い知れぬ不安に追い立てられるように、ゾウショクを前に出すメルト。

やがて、周囲を覆っていた土煙が風で晴れると、其処には……倒れ伏すライフエイクと、その傍に立つ黒いローブを着込んだ少年の姿。

>「あいつは……!?」
>「タブレット、だと……?つまり奴は、俺たちと同じ――」

真一と明神の双方から驚愕の声が上がる。
前者は少年の事を知っているが故、そして後者は――――少年が手に持つタブレットから、『プレイヤー』である事を推察したが故。

>「召喚(フォーアラードゥング)――――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉」
>「……そう焦るなよ。君たちには、これから紡がれる人魚姫の第二章を、特等席で見せてあげようというのだからさ」

そして、周囲の警戒や驚愕を受ける張本人たる少年は明神の推察が事実である事を裏付ける様に、魔物を『召喚』した。
召喚された魔物名は、堕天使(ゲファレナー・エンゲル)……少年の容貌と、堕天使。

「……ミハエル・シュヴァルツァー……?」

ブレイブ&モンスターズを齧った事の有る人間であれば多くが知っているだろう情報に、ここに来てメルトは思い至る。
そう。眼前に立つ少年は、ブレイブ&モンスターズにおける現王者。即ち、世界最強のプレイヤー。
そのミハエルの登場に誰もが困惑している最中、ミハエルは楽しげな様子で言葉を発する。

>「さあ、今ここに深淵の盃は満たされた。万斛の猛者の血を供物とし、冥府の扉を叩くとしよう。
>目覚めるが良い、人魚族の王女――――“マリーディア”よ」

そして――――言葉と共に『境界門』が開かれた。
カジノに存在していたものとは規模が違う、巨大な門。その中から現れるのは、無数の異形。
だが……その異形の群れの中で、一つだけメルトの見知った人影があった。

>「マリーディア……しめじちゃん、君が見た人魚姫ってのは、あいつか?」
「……そう、です。あの人です」

眼前に現れ――――ライフエイクの亡骸に縋り付き慟哭を上げているその人物は、確かにメルトが死の夢の中で見た女性と同一人物であった。
不気味ではあるが、あまりに悲壮な様子にメルトは声をかけようとし、その直後……海から現れた怪物の咆哮に動きを止めた。
振り返り見れば、そこには巨大な……全てを飲み込まんばかりに巨大な怪物の姿。
その姿を、メルトは知っている。観た事が有る。
海に顕現した怪物は、その怪物の名は

『ミドガルズオルム』

即ち、過去に国を滅ぼした最悪の化生だ。

180 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:18:28
>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」
>「人の頭の上で意味分かんねえこと抜かすなよクソガキ。なげえ御託は終わったか?
>まずそもそも誰だよてめーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃあねえぞ」

心底楽しそうに、謳う様に語るミハエルと、消え去った人魚の女王、荒れ狂うミズガルズオルム。
それらの状況と異様に呑まれかけたメルトであったが、明神の罵倒により我に返る。
そして同時に……メルトの心にある感情が沸いてきた。
だが、今はそれをミハエルにぶつける時では無い。大事なのは、それを忘れない事。

>「おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある」
「はい。流石にアレと真正面からぶつかるのは愚策すぎます」

明神の『迷霧(ラビリンスミスト)』に紛れ、メルトはその場から逃走する。
全ては時間を稼ぐ為……この状況においては、正面突破など愚策も愚策
求められるのは、綿密な戦略だ。
恐らく、明神はその事を理解しているのだろう。また一つ、明神への評価を高めつつメルトは街を駆ける。

181 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:19:06
それは、メルトに対する撤退の勧め。
……考えてみれば、当然であろう。現状、メルトはただの足手まといだ。
モンスターは弱く、スペルの構成も脆弱。挙句に、真一の様に本人が戦える訳でもない。
今までは状況からパーティに寄生していたが、それぞれが命懸けのこの状況では、余計な荷物は死因になりかねない。
言葉を受けた直後こそ困惑したが、メルトは年齢に沿わない思考を有している……故に、小さくぎこちない笑みを作り口を開く。

「わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?」

しおらしい返事。いかにも初心者で、いかにも純朴な子供の様な返事だ。
だから当然――――メルトの内心は言葉とは異なっている。

悪質プレイヤーの獲物を横殴りし、ドロップアイテムを奪うような存在。
自身の知らないルールの穴を用いて、自身を嵌めようとする存在。
自信に溢れ、人から愛され、才能に恵まれた存在。

それらは全て、メルトが嫌悪する人間だ。
故にメルトはミハエルに一矢報いる事を画策する。これは、悪質プレイヤーなりの復讐だ。
世界最強がどうしたというのか。表舞台での絶対強者を舞台の外で闇討ちするのが自身の在り方。
自信が奪うのは構わない――――けれど、自身から奪った者には、相応の損失を。

ポケットに仕舞った【狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)】。
ガンダラで入手した、プレイヤーが入手できないイベント専用アイテムを確認し、真一の話を聞きつつメルトは脳裏で戦略を練り上げる

182 佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2019/02/05(火) 22:19:32
>「まずは現状確認だ。スペルはどれだけ残ってる?トーナメントで使った分のリキャは回ってねえだろ。
>俺は拘束スペルが4枚、妨害スペルが5、攻撃に使えるのは3だ。
>ただあのクラスの巨体に拘束がまともに効くかは分からねえ。火力に関しちゃ問題外だ」

「私は……」

始まった作戦会議。その中でスペル確認を求められたメルトは、一瞬躊躇いつつも言葉を紡ぐ。

「状態異常付与が1つ、行動阻害スペルが2つ、状態異常耐性弱体スペルが1つ、回復スペルが2つです……すみません。攻撃に使える物は一つも持っていません」

手札を晒しつつ、謝罪するメルト。
彼女の持つスペルとユニットカードは、ほぼ全てがレア度コモンのカード。
挙句に仕様はプレイヤーへの嫌がらせに特化している。恐らく、ミズガルズオルムに対しては役に立つ事は無いだろう。
唯一「勇者の軌跡」というスペルカードは強力だが……このカードは、ブレイブ&モンスターズにおいて、そもそも実装されていない。
つまり、非合法の手段を用いて入手しているカードだ。ギリギリまで使用も存在を明かすつもりは無いらしい。
最も、蘇生時にスマホを確認されている為、他の面々には承知されてしまっている可能性もあるのだが……死んでいたメルトにはそれは与り知らぬ事だ。

>「狙撃は俺がやる。ヤマシタのオートエイムに命中バフをかければまず外さねえ。
>あとは……狙撃の護衛と、ミドガルズオルムを引きつける役、誰か手を挙げる奴はいるか?」
>「ほならうちがミドガルズオルムを抑えますわ〜
>さっき言った通り、うちは対人戦よりああいったモンスター相手の方が力発揮できるよってな
>勿論一人では無理やからこのお二人にご助力願いたいわー」

そしてどうやら、作戦はミハエルのタブレットを潰す方向で動き始めたらしい。
明神の立てた戦略と、みのりが担うと宣言したミドガルズオルムの引きつけ。
この状況において、メルトは自身がどう動くか思考を巡らせていたのだが、そんなメルトにみのりが声を掛ける。

>「それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
>あの金獅子さんはうちらと同じブレイブなんやわ、それも世界一の
>多分真ちゃんとなゆちゃんが二人がかりでもまともに戦ったら勝てへん
>隙を作るのがせいぜいやろし、守られへんし次は生き返れるとも限られんやしで、列車に戻っとき?な?」

「え?」

それは、メルトに対する撤退の勧め。
……考えてみれば、当然であろう。現状、メルトはただの足手まといだ。
モンスターは弱く、スペルの構成も脆弱。挙句に、真一の様に本人が戦える訳でもない。
今までは状況からパーティに寄生していたが、それぞれが命懸けのこの状況では、余計な荷物は死因になりかねない。
言葉を受けた直後こそ困惑したが、メルトは年齢に沿わない思考を有している……故に、小さくぎこちない笑みを作り口を開く。

「わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?」

しおらしい返事。いかにも初心者で、いかにも純朴な子供の様な返事だ。
だから当然――――メルトの内心は言葉とは異なっている。

悪質プレイヤーの獲物を横殴りし、ドロップアイテムを奪うような存在。
自身の知らないルールの穴を用いて、自身を嵌めようとする存在。
自信に溢れ、人から愛され、才能に恵まれた存在。

それらは全て、メルトが嫌悪する人間だ。
故にメルトはミハエルに一矢報いる事を画策する。これは、悪質プレイヤーなりの復讐だ。
世界最強がどうしたというのか。表舞台での絶対強者を舞台の外で闇討ちするのが自身の在り方。
自信が奪うのは構わない――――けれど、自身から奪った者には、相応の損失を。

ポケットに仕舞った【狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)】。
ガンダラで入手した、プレイヤーが入手できないイベント専用アイテムを確認し、真一の話を聞きつつメルトは脳裏で戦略を練り上げる、

183 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:20:09
「金獅子……ですって……!?」

まったく唐突に、なんの前触れもなく現れては怨敵ライフエイクを殺害した少年の姿を見て、なゆたは瞠目した。

ミハエル・シュヴァルツァー。
世界的人気を誇る覇権ゲー『ブレイブ&モンスターズ』の頂点に立つ者。
金獅子、ミュンヘンの貴公子などと呼ばれる彼のことを、なゆたもブレモンプレイヤーとして当然のように知悉している。
過去数回行われ、我こそ最強との絶対の自信を誇る各国のトッププレイヤー、廃課金者、プロゲーマーが出場した世界大会。
その何れもで圧倒的な強さを見せて優勝した彼の顔と名前を、よもや間違えるなどということはあり得ない。

そのミハエルが、なぜこのアルフヘイムにいるのか。なぜリバティウムにいるのか。
なぜ、自分たちの敵として立ちはだかっているのか――

その全てに対して、なゆたは何らの理解に到達することもできなかった。

>さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか

ミハエルが大きく両手を広げる。その姿はまるで、これから演奏を始めようとする指揮者(コンダクター)のようだ。
実際、ミハエルは奏でるつもりなのだろう。
人々の悲鳴を。阿鼻と叫喚を。
嘆きを、怒りを。蘇った伝説の魔物の咆哮を。――破滅の音楽を。

ミハエルが何の目的でそれをしようとしているのかも分からない。正常な人間の思考としては度を越えている。
だが、彼が冗談や酔狂でそんなことをしようとしているのではない、ということだけは、どうにか理解できた。

>おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある

明神がスペルを発動させ、一行は路地裏にいったん退避した。
背後では派手な砲撃の音や、人々の逃げ惑う声。建物が破壊される轟音が鳴り響いている。

世界蛇ミドガルズオルム――通常のボスキャラであるレイド級モンスターをはるかに超越した、超レイド級。
もはや天災にも等しいその暴威を前に、リバティウムが瞬く間に瓦礫と変わってゆく。

>まずは現状確認だ。スペルはどれだけ残ってる?トーナメントで使った分のリキャは回ってねえだろ。

「ゴッドポヨリンは使えない……わたしが『分裂』のスペルカードを使いきっちゃったから。
 どのみちあの超レイド級には効かないだろうけど。今は、ベストコンディションの三分の一ってところかな……」

スマホを手繰り、手持ちのスペルを確認する。
ポラーレとの戦いで、主なカードは使用してしまっている。リキャストするのは最低でも明日の話だろう。
つまり――なゆたとポヨリンは戦いにはまるで役に立たない、ということだ。
手向かったところで、敵とさえ認識されず跳ね返されるのがオチだろう。

>あの超レイド級に対してつけ入る隙があるとすれば、ミハエル自身ミドガルズオルムを制御しきってねえことだ。
>その隙を狙って、奴のタブレットを奪うなり破壊するなりすれば、ワンチャンあるかもしれねえ
>あとは……狙撃の護衛と、ミドガルズオルムを引きつける役、誰か手を挙げる奴はいるか?

「…………」

明神が作戦の提案をするのを、なゆたは黙して聞いた。
確かに、現状ミドガルズオルムは見境なく暴れているだけのように見える。
とすれば、明神の言う通りミハエルの持つタブレットさえ奪ってしまえば、何とかなる……のかもしれない。
狙撃の護衛は難しい。元々なゆたのデッキは防御向けではないバリバリのアタッカーである。
それはみのりの方が相応しいだろう、と思う。実際にみのりがその役目に立候補した。
残る役目は囮だが、それもできるとは言えない。何せスペルカードが足りないし、囮とは何よりも目立つ必要がある。
蟻のような小ささのなゆたとポヨリンがミドガルズオルムの足許をうろついたとしても、一顧だにされないだろう。
現状、なゆたに出来ることは何もなかった。せいぜいがリバティウム住民の避難誘導くらいか。

だが、なゆたが沈黙していた理由は護衛や囮の役に立てないから――ということだけではなかった。

184 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:20:50
>お二人の力借りられれば意外とこっちの方がはよ終わるかもしれへんし、そうでなくてもやりようがあるよってなぁ

「ううむ……私の『蜂のように刺す(モータル・スティング)』は必殺にして極美の攻撃だが、さすがに自信はないな。
 サイズが違いすぎる。試してはみるがね。
 本来諸君とは正式な契約を結んでいないから、モンスターとして君たちの指示を受けることは御免蒙るが――。
 共闘ということならいいだろう。弟から君たちのことを頼まれているということもある。
 ここで君たちを死なせて、涙に暮れる弟を慰める方が私にとっては骨だ」

そう言って、ポラーレはばちーん!と長い睫毛とメイクに彩られた片目をウインクさせた。快く手を貸すと言っている。
エカテリーナも同様に協力を快諾するだろう。どのみち、どうにかしなければならない相手だ。野放しにはできない。

>それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
>わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?

みのりがメルトにも避難勧告を行う。
当然だ、何せメルトは先程まで死んでいたのだから。体力だって充分に戻っていないだろうし、彼女にできることはない。
尤も、なにもできないのは自分だって同じだ。であるなら、いっそメルトを保護して一緒に列車に戻るべきなのかもしれない。
足手まといにならない――それが非戦闘員にできる、唯一にして最高のサポートなのだから。

>それを踏まえたうえで真ちゃんには思うところあるみたいやからうちも聞いときたいわぁ

みのりが真一に問う。それは、少し前に明神が真一に対して告げた問いとほとんど同じだった。
そして、なゆたもそれに同意する。
自分たちがミハエルに会うのはここが初めてだったが、真一だけは先んじて彼に会っていたかのような反応を見せていたからだ。
だとすれば。ふたりの間にはどんな因縁があるのか?それを聞いておかない限り、こちらも対策の取りようがない。

「……真ちゃん」

小さく呟く。今は、真一が短慮を起こさず冷静に事態の収拾に務め、情報を開示してくれることを願うのみだ。

真一の話を聞き、なんとか事情を理解して、なゆたは改めて頭の中で状況を整理する。
ミハエルは恐らく、ずっと前から自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を監視していたのだろう。
そして、一網打尽に撃滅する機会を窺っていた。自らの敵として。

――わたしたちは、アルフヘイムの『王』に召喚された。でも彼は違う……?
――彼はニヴルヘイムの何者かによって、この世界に召喚されたってこと? だからアルフヘイム破壊のために行動している?
  
真一からの情報を聞いてなお、不確定で不明な要素が多すぎる。なゆたは右手を顎先に添え、俯いて眉を顰めた。
ひとつ言えることは、ミハエルはこのまま矛を収めはしないだろうということ。リバティウムを破壊し尽くすだろうということ。
ここで踏ん張らなくては――自分たちは死ぬ、ということ。

ならば。

――どうすれば、ミドガルズオルムを鎮めることができるの……?

パーティーの皆が皆、対ミドガルズオルムの方策を模索する中、なゆたもまた頭をフル回転させてあらゆる可能性を探った。

ミハエルの説得――不可能。
ガチンコの殴り合いでミドガルズオルムを制す――不可能。
援軍――期待薄。仮に来たところで返り討ちに遭い、被害が増す確率高し。
諦めて逃げる――論外。

なんとか知恵を絞って、ミドガルズオルムを戦い以外の方法で鎮めなければならない。
そう。撃破するでなく、封印するでなく。
あの超レイド級モンスターを『鎮める』方法を。

185 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:21:16
なゆたの心の中で、ずっとずっと引っかかっていることがある。
それは『人魚の泪』の根幹にかかわること。悲劇の御伽噺の中では語られることのなかったこと。

『メロウの王女は、なぜ泣いた?』

その一点が、御伽噺を聞いた瞬間からずっとなゆたの胸に棘のように突き刺さっている。
普通に解釈すれば、王女は愛を誓い合ったはずの青年に裏切られたことに対して絶望し、怒り、慟哭したのであろう。
その尽きせぬ憤怒が、怨嗟が、結果として世界蛇の降臨を招いた。そう考えるのが普通だ。
しかし。

――本当にそう? 彼女は……怒りや憎しみで涙を流したの?

なゆたには、それがどうにも腑に落ちない。
メロウの王女は心優しい女性だった。どんな種族も互いに理解し合い、手を取り合い、愛し合えると信じて疑わなかった。
侵略の脅威におびやかされても、決して希望を捨てなかった。愛し合い、認め合い、理解し合うことを願った。
王国が滅びても。最後のひとりになっても。

そんな王女が、最後の最後に自らの信念を捨てるだろうか?
愛は幻想だった。融和など空言だった。自分のしてきたことは全くの無意味だった、世界は絶望で満ちていると――
そう、思うだろうか。
もちろん、なゆたには王女の気持ちなど分からない。ただ想像するだけだ。
実際にはその通りだったのかもしれない。心から愛したはずの、分かり合えたはずの恋人の姿を敵の陣中に見出し。
裏切られた、と憎悪の念に身を焦がしながら死んでいったのかもしれない。王女の気持ちは、王女本人にしか分からない。

けれども。……それでも。

――違う。

なゆたは、そう断言した。
絶望はしただろう。慟哭もしただろう。その悲しみはいかなる海溝よりも深く、どんな高峰よりも高かったはず。
けれど。『悲しみには種類がある』。
憤怒や怨嗟の念によって励起された悲しみでなく、きっと王女の悲しみは――

『自らの愛が足りなかった。愛する彼を過ちの道から救い出すことができなかった』

そんな、自責の念から導き出された悲しみだったのではないか――と、なゆたは思った。
なゆたがそんな理解の方向に至ったのには、理由がある。
それはとれもなおさず『なゆたにもそういう経験があるから』だった。

かつて真一が不良としてケンカに明け暮れていた頃、なゆたはそんな真一を更生させようとずいぶん骨を折った。
真一につっけんどんで素っ気ない態度を取られても、決して諦めなかった。鬱陶しいくらい付き纏った。
自分が胸襟を開いて話し合えば、きっと真ちゃんはわかってくれる。ケンカもやめてくれる。
昔みたいに仲良くできる――そう信じて疑わなかったから。

尤も、そんななゆたの献身はことごとく空振りに終わり、僧侶である父に『あの年頃の男の子はそういうもんだ』と諭され。
父の助言に従ってほんの少しだけ距離を取ると、真一はいつの間にか不良を卒業して元に戻っていたのだが。

もちろん、なゆたの体験がそのままメロウの王女に当てはまるということはないだろう。
その証拠に、御伽噺の中の王女はライフエイクへの説得を試みることなく自害してしまっている。
だが、なゆたはこれだけは誓って断言できるのだ。

『一度裏切られたくらいでダメになってしまうほど、恋ってものはヤワじゃない』と――。

メロウの王女がミドガルズオルムを召喚してしまったのは、彼女の意思によるものではないとなゆたは考える。
ミドガルズオルム召喚のトリガーはあくまで王女の魔力でしかなく、それが解放されるプロセスなどは関係ないのだ。
だとするなら。望まぬ召喚によって狂乱を強いられているミドガルズオルムがミハエルに従わないのは当然と言えよう。

186 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:21:48
また、ライフエイクについても謎がある。
みのりが内心で気付いたように、またなゆたもその違和感に気付いていた。
ライフエイクはミドガルズオルムの召喚に関しては、ただの一言も言及していない。
まるで、ミドガルズオルムのことなど最初から知らないか――『そんなものに興味はないとでも思っているかのように』。
そうだ。
ライフエイクの望みは、あくまでもメロウの王女。かつて愛し合い、自ら裏切った恋人との邂逅にあったからである。
で、あるならば。ミハエルが味方であるはずのライフエイクを殺害したのも説明がつく。
ミハエルの目的はミドガルズオルム復活とアルフヘイムの破壊にあったが、ライフエイクはあくまで王女との再会が目的。
両者の目論み、そしてその到達点には明らかなズレがある。
だからこそミハエルは最後の万斛の猛者としてライフエイクを選び、用済みになった者の排除と計画の成立を成し遂げたのだ。

メルトの指摘通り、ゲームのイベント内で接敵する『縫合者(スーチャー)』は正気を失い、発狂していた。
縫い合わされた魔物の怨嗟と、適合不全による拒絶反応。
それらが齎す激痛はいとも簡単に本体の理性を、人格を、ありとあらゆるパーソナリティを揮発させてしまう……はずである。
だというのに、ライフエイクは正気を保っていた。しかも、現実が御伽噺に代わるほどの長い年月を。
それは、まさに常人には想像さえつかない強固な意志力。精神力の賜物ではなかったのか?

ライフエイクにそれほど長い間正気を保たせた、その意志の源とは何か?
それもまた王女の気持ちと同様に想像するしかなかったが、なゆたにはひとつ心当たりがあった。

人の命を捨て、人ならぬモンスターになってまで、ライフエイクが追い求めたこと。
想像を絶する激痛に抗いながら、長い長い年月を待ち続けた、その真意。
それがもし、なゆたの想像する通りのものだったとしたら――。

「……みんな。わたしに考えがある。力を貸してくれる……?
 うまくいけば、ミドガルズオルムを鎮められる。金獅子の鼻を明かしてやれる。すべてが丸く収まる……。
 そして――きっと。わたしたちは『それをするためにここにいる』んだ」

決然とした表情で、なゆたはパーティー全員の顔を見回した。
ミドガルズオルムを力で打倒することはできない。明神が最初に考えた作戦通り、ミハエルからタブレットを奪う必要がある。
従って最初は明神に巧くその作戦を為遂げてもらわなければならない。
自分の作戦は、その先。ミドガルズオルムにどう対処するか?という点に主眼が置かれていた。
世界一のプレイヤーであるミハエルに制御できないものが、自分たちにできるとは到底思えない。
よしんば制御できたとしても、王女の嘆きの具現であるミドガルズオルムを通常のモンスターとして使役なんてできなかった。
それは文字通り、王女に永劫の慟哭を強いる行為だからである。
また、これまで通り王女を海底に還したとしても、それは根本的な解決にはならない。
王女が海底で哭き続ける限り、いつまたミハエルのような邪悪な目論みを企てる者が出ないとも限らない。
メロウの王女の悲恋に関する伝承は、尽きせぬ哀しみは、ここで終止符を打たなければならないのだ。

なゆたは仲間たちから視線を外すと、

「ポヨリン!」

そう、鋭く呼んだ。

『ぽ、ぽよよっ……!ぽよ〜っ!』

やや離れた場所からポヨリンの声がする。見ればポヨリンは何かをずるずると引きずり、こちらに運ぼうとしている最中だった。
それは、ミハエルによって心臓を貫かれたライフエイクの亡骸。
ポヨリンはなゆたの作戦によって、いち早くライフエイクの亡骸を回収しに行っていたのだ。
なゆたは仲間たちに自分の考えを手短に説明した。

「人魚姫の泪が憎悪や怒りによるものじゃなく、あくまでも愛によるものなら。
 ライフエイクが人の姿を捨ててまで求めたものが、人魚姫との再会にあるのなら。
 活路はそこにある……シンプルな話よ。わたしたちはただ『ふたりを会わせてあげればいい』――!」

とはいえ人魚姫は人魚の泪に変わってしまったし、ライフエイクは死んでいる。
再会も何もあったものではない――が。

187 崇月院なゆた ◇POYO/UwNZg:2019/02/05(火) 22:22:09
「ライフエイクが『縫合者(スーチャー)』でよかったわ。グロいしキモいし、全然わたしの趣味じゃないけど。
 でも――わたしでも簡単に生き返らせられるから」

なゆたはそう言うとライフエイクの亡骸を一瞥し、スマホをタップした。
そして『高回復(ハイヒーリング)』のスペルを切る。
ライフエイクの肉体が淡い治癒の光に包まれ、ミハエルによって開けられた胸の大穴が塞がってゆく。
普通なら、肉体の欠損を復元させたところで一旦死んだ者が生き返ることはない。
しかし、ライフエイクは『縫合者(スーチャー)』。
複数体の魔物の肉を、命を繋ぎ合わせ、人外の生命を獲得したレイドボスであった。

『縫合者(スーチャー)』は繋ぎ合わせた魔物の数だけ固有スキルを行使できる。
そして、ゲーム内ではvs『縫合者(スーチャー)』戦の際、プレイヤーはその身体にある複数のターゲットを選択し攻撃するのだ。
つまり――

ライフエイクの命は、ひとつではない。

「……がはッ!」

傷がすっかり塞がると、それまでぴくりとも動かなかったライフエイクの肉体が僅かに震える。
やがてライフエイクは苦しげに一度血を吐くと、うっすら目を開けた。

「……どういう……ことだ……?」

穴の開いていたはずの胸に触れ、上体を起こしたライフエイクが呟く。
なゆたは腕組みしてリバティウムの支配者を見下ろした。

「アンタのことはムカつくし、しめちゃんを一度は殺した敵だし。絶対に許してなんてやらないけど。
 でもね……それじゃ何の解決にもならないから。第一、アンタの恋人が悲しいって泣いてるから。
 だから。……アンタの望み、叶えてあげる。王女さまに会いたいんでしょ? そのために、何千年も過ごしてきたんでしょ?」

「……なんだと? 正気かね……? 私は君たちの敵だぞ? 君たちの命など顧みもしない。
 目的のためには手段を選ばない男だぞ……?」

ライフエイクが怪訝な視線を向ける。
この水の都で気の遠くなる年月を過ごし、カジノの胴元として権謀術数の中に身を置いてきた男だ。
なゆたの行動が理解できないというのも無理からぬ話だろう。
だが、そんなことはなゆたには関係ない。びっ、と右手の人差し指でミハエルとミドガルズオルムの方を指差す。

「うっさい! つべこべ言うな! さあ、王女さまはあっちよ。金獅子の手の中で、王女さまが待ってる。
 会いに行きなさい――そして、言いたいこと全部。ぶちまけてきなさい!
 その上で、アンタがまだ王女さまを泣かせるなら。そのときこそ、全身全霊でアンタをぶん殴る!!」

なゆたは叫んだ。
そして、パーティーの皆にもできる限りライフエイクがミハエルへと到達する手助けをしてほしい、と頼む。

「わたしのしてることは間違ってるかもしれない。致命的な過ちなのかもしれない。
 でも……ごめん。わたしはそれをしたいんだ。人魚姫の涙を、止めてあげたいんだ。
 みんな、お願い……力を貸して!
 ポヨリン、いくわよ!」

『ぽよっ!』

スマホをタップし、残り少ないカードを選ぶ。ポヨリンが魔力の煌めきを帯びる。
ミハエルの身は、彼に守護天使の如く寄り添う『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』が守っている。
ライフエイクがミハエルに到達し、その手の中の『人魚の泪』を奪取するのは至難の技であろう。
だが、なゆたはそれが成されることを信じた。当然、それは可能であるべきと思った。


なぜならば――


悪者の手の中に囚われた王女というものは、古今東西。恋人の手によって取り戻されなかったことがないからである。


【ライフエイクを蘇生させ、無理矢理味方に。王女との再会によるミドガルズオルムの沈静を画策】

188 名無しさん:2019/02/05(火) 22:23:11
>「うっさい! つべこべ言うな! さあ、王女さまはあっちよ。金獅子の手の中で、王女さまが待ってる。
 会いに行きなさい――そして、言いたいこと全部。ぶちまけてきなさい!
 その上で、アンタがまだ王女さまを泣かせるなら。そのときこそ、全身全霊でアンタをぶん殴る!!」

なゆたの啖呵を聞いたライフエイクは吹っ切れたようにふっと笑った。

「いや、全く違うはずなのにどこかアイツに似ていると思ってな」

彼は、かつてとある大国の王子だった。
幾星霜もの年月の果てに今では姿も忘れてしまった何者かに、言葉巧みに騙されたのだ。
曰く、メロウの国がその強大な魔力を用いての地上の侵攻を企んでいる
自分を匿ったのは、地上の情報を引き出すための策略だった――
誓い合った愛も偽りで、ただ篭絡されて騙されていただけなのだと。
潰さなければ潰される――そう思い込まされた彼は、苦悩の末にメロウの国の侵略を決めた。
王女の慟哭を聞き、自らが正体知れぬ悪意の罠にはまったのだと気付いた時には、何もかも遅すぎた。
その時彼は決意した。どんなに長い時がかかろうと、どんな手段を使ってでも王女と再会すると。
人の身を捨て《縫合者(スーチャー)》となり、狂気に堕ちてもその目的だけは決して忘れることは無かった――
そして今。まんまとミハエルに利用され、またしても同じ過ちを繰り返してしまった。
しかし以前と違うことは、今回はまだ挽回できるかもしれないということだ。
自らの目的のために容赦なく踏み躙ったにも拘わらず、それでも尚手助けしてくれる酔狂者がいるのだから。

「ミハエル――貴様の好きなようにはさせない!」

ライフエイクはミハエルを睨み据え、一歩一歩歩みを進めていく。

「ふふっ、あははははは!  予想外の展開だ!
僕の考えた筋書きとは違うがこれはこれで面白いじゃないか!
いいだろう、止めてみたまえ。出来るものならね!
――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉! 全力で相手をして差し上げろ!」

ミハエルは余裕綽綽な態度で〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉にライフエイクの阻止を命じた。

189 カザハ&カケル ◇92JgSYOZkQ:2019/02/05(火) 22:24:11
【キャラクターテンプレ】

名前: 美空 風羽(みそら かざは)→カザハ
年齢: 気分は永遠の17歳→マジで外見17歳
性別: 女→少年型
身長: 165→165
体重:標準→風の妖精なのでとても軽い
スリーサイズ:標準→少し細身
種族: 人間→シルヴェストル(風の妖精族)
職業: 窓際会社員→異邦の魔物使い?
性格: 地球では冴えない陰キャラだったがこの世界で秘めたる愛や勇気を開花させていく……のか!?
特技: 弟を尻に敷くこと(色んな意味で)
容姿の特徴・風貌: 少し尖った耳に薄緑色のセミショートヘアー、いかにもな風魔法使いっぽい服装
簡単なキャラ解説:
地球では地味で冴えないオタ会社員で、両親は2年ほど前に謎の失踪を遂げ、実家で弟と二人暮らしをしていた。
スマホゲームは管轄外だったが、世界的プレモンプレイヤーの謎の失踪のネットニュースを見て
弟と一緒に興味本位でダウンロードしたところ、起動した瞬間にトラックが自宅に突っ込んできた。
その拍子に二人揃って異世界転移。
何故かその際に種族まで変わり、少年型のシルヴェストル(風の妖精)となっていた。
ついでに少しばかりの戦闘能力も得たようで、弟(下記)の背に騎乗し一体となって戦う戦闘スタイルを取る。
尚、地球での生死は不明。

【パートナーモンスター】

ニックネーム:カケル(人間だった頃の名前は美空 翔(みそら かける))
モンスター名: ユニサス
特技・能力: 高速飛行・風の攻撃魔法と低威力の回復魔法が使用可能・角と蹄を使った近接戦も少々
容姿の特徴・風貌: 角と翼の生えた白馬 つまりユニコーン+ペガサス
簡単なキャラ解説:
就職に失敗し姉宅(実家)の自宅警備員兼家政夫を務めていた弟。
この度の異世界転移で人型ですらない種族になってしまった上に姉のパートナーモンスター扱いに。
姉には元から尻に敷かれていたが文字通りの意味でも尻に敷かれる羽目になってしまった。
テレパシーのようなもので姉とは意思疎通ができる。

【使用デッキ】

・スペルカード
「真空刃(エアリアルスラッシュ)」×2 ……対象に向かって真空刃を放つ。
「竜巻大旋風(ウィンドストーム)」×2 ……竜巻を発生させて攻撃。
「俊足(ヘイスト)」×2 ……対象の移動速度・素早さを飛躍的に向上させる。
「自由の翼(フライト)」×2 ……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
敵にかけた場合、相手の抵抗を破れば同上。味方にかけた場合は対象に飛行能力を与える。
「瞬間移動(ブリンク)」×2 …… 対象を瞬間的に風と化すことで近距離感を瞬間移動。
「烈風の加護(エアリアルエンチャント)」×2 ……対象の体にかけた場合は風の防壁を纏わせる。
武器や爪にかけた場合は風属性の攻撃力強化。
「風の防壁(ミサイルプロテクション)」×1……飛び道具による攻撃を防ぐ防壁を展開
「癒しのそよ風(ヒールブリーズ)」×1 …… 一定時間中味方全体の傷を少しずつ癒し続ける。
「癒しの旋風(ヒールウィンド)」×1 ……味方全体の傷を癒やす。
「浄化の風(ピュリフィウィンド)」×1 ……味方全体の状態異常を治す。

・ユニットカード
「風精王の被造物(エアリアルウェポン)」×3 ……風の魔力で出来た部防具を生成する。
「風渡る始原の草原(エアリアルフィールド)」×1……フィールドが風属性に変化する。
「鳥はともだち(バードアタック)」×1……大量の空飛ぶモンスターを召喚し突撃させて攻撃

190 カザハ&カケル ◇92JgSYOZkQ:2019/02/05(火) 22:24:35
阿鼻叫喚のリバティウム。
逃げ惑う群衆の中に、一人の少年がいた。といっても人間ではない。
薄緑色の髪に少し尖った耳――アルフヘイムに存在する種族の一つ、風の妖精シルヴェストルだ。

「あれは世界蛇”ミドガルズオルム”……伝説は本当だったのじゃ!
もうこの街はおしまいじゃぁあああああ!」

やたらと説明臭い台詞で絶望している爺さんを尻目に、少年はどさくさに紛れて、
どういう原理か翼生えた白馬を召喚し、飛び乗る。

「早く逃げるよ!」

しかし、白馬の方は飛び立つ様子はない。

《……戦わなくて良いのですか?》

「アホか! あんなんと戦ったら死んじゃうじゃん! もう死んでるかもしれないけど!」

《姉さん、小学生のころの将来の夢が勇者でしたよね。
16歳の誕生日に親から伝説の剣を渡されて実は代々続く勇者の一族であることが明かされて
魔王を倒す旅に出るんだって言ってましたよね》

「黒歴史を掘り起こすんじゃねぇ!」

《その心配は無用です。私の声、姉さん以外には聞こえませんから》

普段ならそれはそれで一人で馬と会話している危ない人に見えるだろうが、
尤も、この状況では誰も他人のことを気にしている余裕はないのでどちらにしろその心配は無用だ。
一人と一匹が押し問答をしているうちに、この辺でこいつらの境遇を説明しておこう。
一言で言うとブレモンを起動した瞬間に家にトラックが突っ込んできて気付いたらこの世界にいた。
ついでに種族も変わっていて弟に至っては人型ですらなくなっていた。
普通は異世界転生ものといったら最初に神様的なやつが出てきて説明してくれるものだが、そういう説明は一切無く。
右も左も分からずフラフラしていたところにナビゲーター妖精みたいな奴が現れて
リバティウムに行って”異邦の魔物使い”の一行に合流するように、と無責任なアドバイスだけしてどこかに去っていった。
行く宛ても無いのでとりあえずその言葉に従いリバティウムに来てなんとなくトーナメントを観戦していたところ、見つけたのだった。
スマホを操作しモンスターと共に戦う少年と少女――”異邦の魔物使い”。
探して声でもかけようかと思っていたところでカジノの方で爆発が起こり、有耶無耶のうちにトーナメントは中止。
更には海から巨大な化け物が現れて今に至るという訳だ。

191 カザハ&カケル ◇92JgSYOZkQ:2019/02/05(火) 22:24:58
「その魔法の板……そなた、もしや異邦の魔物使い(ブレイブ)ではないか?
どうか我らをお助けくだされ……!」

押し問答をしているうちに、説明臭い台詞で絶望していた爺さんが気付かなくていいことに気付いてしまった。
シルヴェストルのローブ状の裾から除く腕に取り付けた”魔法の板”に目ざとく目を付ける。
周囲の人もその言葉に反応し、引くに引けない状況となった。

「異邦の魔物使いだって……!? 伝説は本当だったんだ!」
「すっごく強いんでしょ!?」

「え、いや、まあ……それほどでも……あるかな!?」

幼き日、いつか勇者になるんだと目を輝かせていた少女は、
ヤンキーやギャルが支配する地球社会に揉まれるうちにいつしか陰キャラになり果てた――
ついに幼き日の夢を叶えるチャンスが巡ってきたのだ!

《――いつ勇者になる?》

「今でしょ! 〈俊足(ヘイスト〉!」

自分達に速度強化のスペルをかけ、常識を超えた高速飛行を可能とする。
風の妖精を乗せた純白の天馬――逃げ惑う人々の目には、それはいかにも絵になる光景に映ったことだろう。
純白の翼をはためかせ、超高速でミドガルズオルムの前を横切る。
そして街とは逆の海の方で滞空し――

「〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉!」

渦巻く真空刃の攻撃スペルをぶち込む。
並のモンスターの大群なら一瞬で吹き散らす大規模攻撃だ。
しかしそれも、ミドガルズオルムの固い鱗の前では意味を成さない――否、確かに効果はあった。
大蛇が街の方への攻撃をやめ、彼らを見据える。
今まで街の方へ向けて撃っていた水流を矢継ぎ早に狙い撃ちで放ってきた。

「おんぎょおおおおおおおおおお!? 避けて避けてマジで避けて!」

《言われなくてもやってます!》

最初一瞬ちょっと期待できそうな絵面に見えたのは気のせいだったのだろう、全く絵にならない光景となった。
〈俊足(ヘイスト〉の効果で間一髪のところで避け続けるが、ついにそれも限界がくる。
水流が容赦なく彼らを撃ち抜いた――と思われたが。

「危ねぇええええ! 〈瞬間移動(ブリンク)〉間一髪!」

ほんの僅かにずれた場所にいた。攻撃が当たる瞬間に瞬間移動のスペルを発動したのだ。

とはいえ、〈瞬間移動(ブリンク)〉が使えるのもあと一回。このままではジリ貧だ。

「ああ弟よ、今のポク達、最高に勇者だよね!」

《うん、無謀ともいうけどね! 夢がかなって良かったね!》

不吉なことに、この世には陰キャラがいきなり輝いたら死亡フラグというジンクスが存在するのだ。
旗をへし折ってくれる者を求む。切実に。

192embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:25:42
【キャラクターテンプレ】

名前:■■■■/(プレイヤーネーム:■■■■)
   “燃え残り”エンバース(embers)
年齢:不明
性別:男
身長:178cm
体重:20kg
スリーサイズ:燃え落ち、欠けている
種族:“燃え残り”エンバース(embers)
職業:無職
性格:疲れ果て、もう何も失いたくない
特技:生存
容姿の特徴・風貌:燃え残り、辛うじて五体満足な人体/チェーンメイル/ボロ布同然のローブ
簡単なキャラ解説:
2年ほど前にアルフヘイムに転移。しかし召喚された地はいかなる因果か、当時ゲーム内に断片的なデータのみが存在するだけだった未実装エリア。
共に転移した仲間達となんとか攻略を進めていくも、最終的にルート選択に失敗。
仲間を全員失い、挙げ句旅路の果てに運命の行き止まり――シナリオの結末に辿り着いてしまい、自らも死を選んだ。
――はずだったが、どういう訳かモンスターとして蘇ってしまい、その後は故あってリバティウムを訪ねていた。

なお彼が冒険した『光輝く国ムスペルヘイム』は、実際のブレモンには滅びた後の『闇溜まり』として実装されている。

“燃え残り”は闇溜まりに出現するモンスターの種族名。基本的には炎耐性持ちのアンデッドのようなもの。

【パートナーモンスター】

ニックネーム:フラウ
モンスター名:メルテッド・W
特技・能力:伸縮可能な肉体による剣技/体力、防御力の高いぶよぶよの体/再生能力
容姿の特徴・風貌:白い人型の生物が溶けて、ゲル状に成り果てたモノ
簡単なキャラ解説:
強烈な呪いの炎によって溶けて、しかし生き残ってしまったモンスターの成れの果て。
本来の姿は騎士竜ホワイトナイツナイト。
白夜の騎士と名付けられた美貌は見る影もないが、
ユニットとしてはリーチが長く、かつ高耐久とまとまった性能。

【使用デッキ】
・スペルカード
「握り締めた薔薇(ルーザー・ローズ)」×2 ……対象に特殊バフ『残り火』を付与する
「奪えぬ心(ルーザー・ルーツ)」×2 ……対象に特殊バフ『内なる大火』を付与する
「蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)」×2 ……フィールドを縦断、または横断する大穴を生成する。落下すると炎属性の継続ダメージを受ける
「見え透いた負け筋(ルーザー・ルール)」×2 ……対象に特殊バフ『被虐の宿命』を付与する
「奮起(リバーン)」×2 ……対象のHPを中程度回復する
「死に場所探り(ネバーダイ)」×2 ……味方全体に時間経過によって減少していく特殊HPを付与する
「縋り付き燃ゆる敗者の腕(ジョイント・スーサイド)」×1 ……対象の味方ユニットを中心に長時間燃え続ける炎を発生させる
「縫い留められし怨念(ドント・エスケープ)」×2 ……指定地点を中心に長時間燃え続ける広範囲の炎を発生させる
「牙?く負け犬(ダブルタスク)」×1 ……使用した瞬間もう一度行動が可能になる。また一定時間スペルが2連続で使用出来る

・ユニットカード
「道見失いし敗者の剣(ダークナイト)」×1 ……柄以外が見えない剣を生成する。
「抱かば掻き消える儚き陽炎(ロスト・グッド・エンド)」×1 ……炎属性の味方ユニットを4体召喚する。ユニットは短時間で消滅する
「破壊されるべき光輝の炉(イビル・サン)×1 ……指定地点に巨大な炉を落下させる。炉は一定以上のダメージを受けるか、時間経過により大爆発を起こす
「魂香る禁忌の炉(レベルアッパー)」×1 ……指定地点に巨大な竃を落下させ、対象を閉じ込め継続ダメージを与える
                        対象が内部で死亡した場合、任意のユニットに特殊バフ『レベルアップ!』を付与する

193embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:26:07
「……ここまで来て、これかよ」

紅々と燃える炎を抱えた、石造りの巨大な焼却炉。
その中に身を投げる/炎が絶えぬよう未来永劫その傍らに在り続ける。
それだけが今の■■■■に残された、たった二つの選択肢。

「俺は……俺達は……ただ元の世界に帰りたかっただけだ」

世界地図の最東端/光輝く国ムスペルスヘイム――ブレイブ&モンスターには存在しなかったはずの国。
未実装のエリアとイベント――その渦中に放り込まれ、それでも必死に生き抜いてきた。
だが結局失わずに済んだのは己の命だけだった。

確実に分かっている事――どちらのルートを選ぼうと、もう望んだエンディングには辿り着けない。
ここが結末なのだ。物語はもう修復不可能。
待っているのはバッドエンド/デッドエンド――その二つだけ。

「なのに、なんでこうなった」

焼成炉の中で、かたり、と鳴る音。
ついさっき炎の中に身を投げていった先客――その骨が熱に歪む音。
炉を覗き込む――見えるのは嘲り笑うように口元を歪めた髑髏。
怒りに任せて炉に叩きつけられる拳。
先客は容易く崩れ落ち――炎の底へと消えた。

「……お前の言う通りになんて、なってやるかよ」

覚悟を決めた/あるいは全てを諦めた――それ故の、迷いのない声。
擦り切れだらけの学生服から取り出される、ひび割れたスマートフォン。
そして血塗れの右手で画面をタップ。

「これはもうゲームじゃない。だからこの物語のエンディングは、俺が決めるんだ」

液晶画面から溢れる燐光/描き出されていく人型の輪郭。
この世界に迷い込んで以来、ずっと共に歩んできた無二の相棒。
純白の甲殻を身に纏った騎士のごとき竜――ホワイトナイツナイト。

「フラウ」

■■■■は相棒の名を呼ぶ/液晶画面をもう一度タップ――ありったけのスキルを発動。

「やっちまえ」

鞭のようにしなる刃の右腕――瞬きの内に放たれる二十の剣閃。
切り刻まれる焼却炉/瞬間溢れ返る太陽のごとき炎。

194embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:26:29
否、違う。ごときではない。
それはまさしくこの国の太陽だったのだ。
命を薪に炎を育み、豊穣と繁栄を、そしてその裏に闇を生み続けてきた太陽。

それは■■■■が冒険の終わりに求めていた物ではなかった。
一体どこで間違えたのか、元の世界へ戻るルートには入れなかった。
一緒に帰りたかった者達も既に一人もいなくなった。

今更この国の為に薪になってやれるほど■■■■はお人好しではなかった。
だが呪われた炎の傍らで未来永劫、新たに送り込まれてくる『薪』を焚べ続ける火夫。
そんなものに成り果てるのも御免だった。

故に――選んだのは予定調和の外側。
これがゲームであって欲しいくらい悲惨な、現実だからこそ選べた選択肢。

国中へと溢れていく太陽の炎。
邪悪な太陽の恩恵を受け続けた国/積み上げられた罪――全てが燃えていく。

「……熱いだろ、フラウ。一足先に、休んでくれ」

慣れた手付きでスマホを操作/相棒をアンサモン。
名残を惜しむように頬に触れた白い左手が、淡い光に逆戻りして消失。

一人きりになると、■■■■はその場に膝から崩れ落ちる。
そして相棒が宿るスマホと、仲間達の遺品を秘めた鞄――それらを抱きしめるように丸くなる。
それきり、動かなくなった。

「……疲れた」

呟き、物語の終わりに望んだのは一刻も早く燃え尽きて、消えてしまいたい。
それだけだった。

195embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:26:52
     
     
     
だが――その望みは叶わなかった。
最初に感じたのは息苦しさ。
水中ではない、自分は地中に埋まっている――そんな事を考える余裕はなかった。
ただ恐ろしいほどの閉塞感から逃れたい。
その一心で藻掻き、地の底から這い出た。
瞬間襲いかかる、視界を灼く眩い光/頬を撫でる風/潮の匂い/空気の味/波の音。
永い間眠り続けていた五感が悲鳴を上げる。
悲鳴を上げて虫のよう丸まり、頭を抱え、感覚の嵐が治まるのを待つ。

それからなんとか人心地ついて――■■■■は理解した。
自分は生き返った/あるいは生き残った。
瞬時に紡ぎ出される次の思考――もう一度死のう。

しかし、それはすぐには実行出来なかった。
立ち上がりざま、足元でかしゃんと響く音。

視線を下へ――燃え残っていたのは自分だけではなかった。
呪われた炎の中で最後まで離さなかった物。
相棒が宿っていたスマートフォン/旅を共にした皆の形見。

それらを目にした時、欲が出たのだ。
最後はバッドエンドだった――だが確かに楽しかった旅路の残滓が、この世界に残り続けて欲しいと。

壊れているとは言え魔法の板に、異世界からの漂流物。
美術館/商人/魔法学者/貴族/王家――大切に扱ってくれるだろう候補はいくらでもある。
そう考えて、■■■■は歩き出した。

まずは街を目指さなくては――大きな街がいい。
――商業の街リバティウムなら、この遺品の価値が分かる者もいるだろう、と。

196embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:27:16
そして今――■■■■は辿り着いたリバティウムで、阿鼻叫喚に囲まれていた。
前触れもなく海から現れた怪物――ミドガルズオルム。
その顎門から放たれたブレスが、瞬きの間にリバティウムを縦断。

飛空艇の墜落する音/建物の崩れ落ちる音/逃げ惑う人々の悲鳴。
それらに囲まれて――■■■■は駆け出した。

「……駄目だ。こいつらを道連れには、出来ない」

ミドガルズオルムとは正反対の方向へ。
決して手放さぬよう両手でしかと握りしめるのは、肩にかけた革鞄の帯。

かつて異世界の旅路を共にした友の、そしてそれ以上だった者の形見。
あんな化物に殺されてしまえば、それらは己の肉体もろとも粉々にされる。
皆がこの世界にいた証が完全に失われる。
そんな事は認められない。

せめて誰か、信用出来る者に鞄を預けなければ。
その一心で■■■■は駆ける。
だがついこないだ蘇ったばかりの、天涯孤独のモンスターがそう都合よく、そんな人間を見つけられる訳もない。

そんな事は分かっていた。
それでも誰かいないかと■■■■は走り――しかし不意に足を止めた。
声が聞こえたのだ――逃げ惑う人々の流れから外れた路地裏から。

女子供/老人/怪我人/重病人――大穴で恐ろしく図太い神経を持った火事場泥棒。
いずれにしても見過ごす事は出来なかった。

「おい、アンタ達。こんなところで何してる。さっさと逃げないと……」

路地裏に踏み込んだ■■■■が再び足を止めて、今度は言葉も失った。
年若い少女が手にした魔法の板――スマートフォンを目にした瞬間に。

「……ブレイブ?」

197embers ◇5WH73DXszU:2019/02/05(火) 22:27:44
しかし困惑は一瞬。

「今すぐ逃げるんだ。あんな奴の相手をする必要はない。
 逃げて、元の世界に帰る方法を探すんだ。物語に深く踏み込めば、帰れなくなるぞ」

■■■■はすぐに眼の前の少女の肩を両手で掴んだ。

「ゲームの登場人物は、画面から飛び出してこないものだ。そうだろう?
 だけど丁度良かった。君達になら安心してこれを預けられる。役に立つかは分からないが……」

肩から鞄を外して一方的に話を進める■■■■は、しかしふと気付いた。
現在地は路地裏/少女は見るからに未成年/一方で自分は――年齢不詳の無職。
加えて己の外見――歩くぼろぼろの焼死体。
それらの情報を包括的に見て考えると――自分は今、限りなく不審な人物であると。

「……あー、いや、勘違いしないでくれ。俺は怪しい者じゃない。
 通りすがりの……えーと……元、ブレイブなんだ。
 名前は……今はちょっと思い出せないけど……」

慌てて弁解を連ねる焼死体もどき――しかし信用度を稼げている気がしない。
なんなら余計に墓穴を掘り進んでいる気すらする。
ひとまず少女から手を離すべきだが、焦るあまりそんな簡単な事が思いつけない。

リバティウムに突如として現れた超レイド級モンスター、ミドガルズオルム。
それとは全く関係ない薄暗い路地裏で、何もかもを失った敗北者の冒険が――再開する前に終わろうとしていた。

198明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:28:27
逃げ惑う人々の怒号と悲鳴、それをかき消すようなミドガルズオルムの咆哮。
空襲を受けた激戦区みたいな混乱を背景に、俺たちの作戦会議は続く。

レイド戦ってのは80割が参加者の募集と打ち合わせフェーズだ。
戦闘が始まれば細かい相談をしてる暇なんかないし、臨機応変にも限界がある。
お互いに何が出来て何が出来ないのか、どのタイミングでどんな支援が必要なのか。
コミュ障お断りのハイパー陽キャ向けコンテンツ、それが高難度レイドなのだ。

俺と石油王の問に、真ちゃんはミハエルについて知ってるだけの情報を述べた。
ミハエルと真ちゃんはトーナメントの会場で一回、遭遇している。
その時はまだお互い世間話を交わしただけらしかったが、真ちゃんはこの時点でミハエルを"敵"と認識していた。
タイラントの時と同じだ。こいつはどういうわけか、アルフヘイムに害なす者を嗅ぎ分ける鼻を持ってる。

それが世界を救う為にブレイブに与えられた加護なのか、真ちゃんがナチュラルに持ってる第六感なのか。
今はどっちだって良い。少なくともタイラントの件で、そいつが信じるに値うるものだってことは分かった。

「俺たちがアルフヘイムの使徒なら、あの野郎はニブルヘイムの使徒ってわけか?
 解せねえな、プレイヤーなら全員アルフヘイム側の存在なんじゃねえのか。
 召喚者によって陣営が変わる?2つの勢力に分かれて争う大規模PvPってところか。
 クソゲーがぁ、パッチノートに書いとけっつったろこういうことはよ……」

ほんと運営さんのそういうとこ良くないと思いますよ俺は!
後のプレイに大きく影響与えるような情報を伏せてんじゃねえよ!
これ課金コンテンツだったら返金騒動モノだかんな!?

何も明らかになっちゃいねえけど、少なくとも待ってたって事態は好転しないってことは分かった。
ミハエルは明確にリバティウムの、ひいてはアルフヘイムの破壊を目的に動いてる。
仮にミドガルズオルムをどうにか出来ても、奴を野放しにしてる限り同じことが続くだろう。
それこそ、タイラントをぶっ倒しても今こうやってミドやんが暴れてる現状のように。

>「ほならうちがミドガルズオルムを抑えますわ〜
 さっき言った通り、うちは対人戦よりああいったモンスター相手の方が力発揮できるよってな
 勿論一人では無理やからこのお二人にご助力願いたいわー」

ミド公のタゲ取りに石油王が手を挙げた。
異論はない。というか石油王の他にあのクラスの敵の引き付けなんざ出来る奴はいない。
タンクの仕事は本職に任せるのが一番だろう。

「頼んだ。あいつの火力マジでやべえから無理だけはすんなよ。
 さっきはこの街を守るとか青臭ぇこと言ったが、第一に優先すべきはあんた自身と、俺たちの人命だ」

純粋にヘイト稼ぎと防御に徹するなら、属性的に有利の取れるカカシはそうそう落ちはしないだろう。
それでも、単純なステータスの差でゴリ押しされれば耐えきれるかどうかは未知数。
多分このパーティで一番危険に晒されるのは石油王だし、奴もそれは承知の上で立候補してる。
お姉ちゃんとエカテリーナには死んでもこいつを守ってもらわなきゃならねえな。

「待て、何故妾がさらっと作戦に組み込まれている……?
 あの詐術師には個人的な借りがあればこそ、ここまで共闘はした。
 だが妾にはこれ以上貴様らに手を貸す理由などなかろう」

狼からいつの間にか人型に戻ったエカテリーナが今更不平を垂れやがった。
何なんこいつ……空気を読めよ空気をよ。そんなんだからおじいちゃんに怒られんねんぞ。

「カテ公さぁ……なんでこの土壇場でそういうこと言うの?野良ボスのお姉ちゃんですら仲間面してんじゃん。
 なっ、乗りかかった船じゃねえか、このままいい感じになし崩しで力貸せよ。どうせ暇だろ?」

「暇ではない。妾は断じて暇人ではない。カテ公とは何だ、そのような呼び名を赦した覚えはない」

199明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:28:52
ふえぇ……めんどくさいよぉ……。
そういやこいつそういうキャラだったわ。働くのにいちいち理由求めるタイプの奴だったわ。
なぁなぁで共闘してくれたマルグリット君ってマジで(都合の)良い奴だなぁ。

「カテ公じゃ不満か?じゃあこういうのはどうだ。
 ――俺は、お前の本当の名前を知ってるぜ」

「…………!!」

カテ公の背筋が硬直し、帽子の向こうの双眸が僅かに見開かれた。
"虚構"のエカテリーナ。真名を失いし者。
変幻自在を繰り返すうちに真実を忘れ、いつしか虚構だけで形作られた存在。

実装分のメインシナリオをクリアしてる俺は、奴の未来を知っている。
その末路も。そして、エカテリーナが生涯を費やして取り戻そうとした、本来の名前も。

「お前が存在の全てを虚構に溶かして消滅する前に、お前の真名を教えてやる。
 それでどうだ?お前がこれまで自分探しにかけてきた時間を思えば、断然お得な取引だろ」

「貴様、何故それを……いや、何をどこまで知っている?」

「マルグリットから聞いてねえのか。俺たちゃ"神の御手"、この世界のことは割となんでも知ってんだよ」

エカテリーナは再び、虚構を見抜くその両眼で俺を睨み据えた。
そして、俺の言葉に偽りがないと理解したのか、自分の肩を浅く抱いて一歩下がった。
ウソ発見器持ってる奴が相手だと交渉がスムーズで助かるわ。腹の探り合いとかクソだるいからね☆

「交渉成立だな、お前の持ち場はあっちね。対価は示したんだ、給料分は働けよ」

>「それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
 あの金獅子さんはうちらと同じブレイブなんやわ、それも世界一の
 多分真ちゃんとなゆちゃんが二人がかりでもまともに戦ったら勝てへん
 隙を作るのがせいぜいやろし、守られへんし次は生き返れるとも限られんやしで、列車に戻っとき?な?」

二人の手駒を従えた石油王は、戦場に赴く前にしめじちゃんに声をかけた。
俺も何か声をかけようとして、でも何も言えなかった。
しめじちゃんに避難を促す言葉はウソになる。俺は彼女に逃げて欲しいとは思っちゃいないからだ。

ここがどんなに危険でも、命の保障がないのだとしても。
俺はしめじちゃんに、傍に居て欲しかった。合理的な理由なんか一つもない、単なる感情論だ。

正直、ミドガルズオルムは恐ろしい。ミハエルも行動原理がサイコパスじみててマジで怖い。
煽り文句でどうにか自分を鼓舞しちゃいるけど、吹けば飛ぶような強がりでしかない。
俺は実際のところ臆病なパンピーだから、重責と危険に晒されてとんずらしないとは言い切れなかった。
俺のことが信用ならないのは俺が一番よく知ってるからな。

だけど、しめじちゃんが後ろに居てくれるなら、少なくとも俺は一人で逃げ出したりしない。
もうあんな思いは御免だ。絶対に、今度こそ、しめじちゃんを死なせない。
ヘタレでビビリな俺にも、それだけは確かな意志として胸の裡にあった。

>「わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、
 街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?」

だから、しめじちゃんが撤退を遅らせる提案をした時、俺は内心嬉しかった。
口に出しちゃうとマジで情けない話になるから言わなかったけれど。

「俺はそっちの方が助かる。ミハエルの野郎はリバティウムの住民なんか虫ほどにも感じちゃいねえ。
 流れ弾が直撃しても寝覚めが悪いし、奴が住民を人質に取らないとも限らねえからな。
 不確定要素はなるたけ排除しておくべきだ。しめじちゃん、住民の避難誘導は任せて良いか」

200明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:29:15
それに……俺はもう知っている。
しめじちゃんが、佐藤メルトが、『守られて右往左往するだけの弱者』なんかじゃないってことを。
彼女はおそらく、単なる正義感から避難誘導に立候補したわけではあるまい。
今この段階じゃなんとも推測しかねるが、戦場に留まるのには何か別の狙いがあるはずだ。
しめじちゃんが近くに居てくれるのは、純粋に、心強かった。

「あとは……なゆたちゃん、君はどうする」

沈黙を保ち続けるなゆたちゃんに、俺は水を向けた。
さっきの現状確認では、彼女はトーナメントでほとんどのスペルを吐き出したと言っていた。
パーティのメイン戦力、頼みの綱のゴッドポヨリンさんは明日までログインしてこない。
如何に趣味ビルドでガチガチに鍛えたと言っても、スライムじゃミハエルの堕天使に太刀打ち出来ないだろう。

戦術や鍛錬じゃどうにも出来ない『レア度差』という隔たりが、このクソゲーには存在する。
まぁそれをどうにかしやがったのがモンデンキントとかいうスーパースライム馬鹿なんだけど、
その薫陶を受けたなゆたちゃんと言えどもスペルなしの素殴りじゃ限界はある。

>「……みんな。わたしに考えがある。力を貸してくれる……?
 うまくいけば、ミドガルズオルムを鎮められる。金獅子の鼻を明かしてやれる。すべてが丸く収まる……。
 そして――きっと。わたしたちは『それをするためにここにいる』んだ」

何事か思案し続けていたなゆたちゃんは、不意に俺たちを見回して口を開いた。
まるで、長い数式の果てに回答を導き出したかのような、確信めいた口調だった。

「急になんだよ。何を思いついたってんだよなゆたちゃん。
 あの怒り狂って暴れてるミドやんを、なだめすかして穏便にお帰りいただける方法があるってのか?
 ……フカシじゃねえだろうな。ありゃ二三発ぶん殴って止まるようなもんじゃねえぞ」

>「ポヨリン!」

なゆたちゃんは返答の代わりに自分のパートナーを呼んだ。
どこに行ってたのかポヨリンさんはズルズル何かを引きずりつつ駆け寄ってくる。
いやこれマジで何よ?なんかすげえグチャミソのボロ雑巾みたいだけど……。

「ってお前、これ!ポヨリンさんが咥えてんの、ライフエイクの死体じゃねーか!」

辛うじて五体っぽい原型をとどめている肉塊は、よく見たらライフエイクだった。
ミハエルに叩き潰された挙げ句、ミドやん復活の余波でズタズタになった死体。
ポヨリンさんはそれをなゆたちゃんの前に放り出す。

>「人魚姫の泪が憎悪や怒りによるものじゃなく、あくまでも愛によるものなら。
 ライフエイクが人の姿を捨ててまで求めたものが、人魚姫との再会にあるのなら。
 活路はそこにある……シンプルな話よ。わたしたちはただ『ふたりを会わせてあげればいい』――!」

「ちょ、ちょっと待て!お前一体何するつもり――」

>「ライフエイクが『縫合者(スーチャー)』でよかったわ。グロいしキモいし、全然わたしの趣味じゃないけど。
 でも――わたしでも簡単に生き返らせられるから」

俺が制止するより早く、なゆたちゃんはスマホを手繰った。
スペルが発動――『高回復』の光がライフエイクの死体を包み込み、傷を癒やしていく。
やがて、機能を停止していたライフエイクの肉体が、命を取り戻した。

縫合者は、いくつもの魔物を融合させて造り上げたキメラ系統の最上位モンスター。
つまり複数の命を身体に宿しているということであり、その全てを潰さなければ完全な死は訪れない。
ゲーム上ではHPを0にしさえすれば全部の命を殺すことが出来たが……ここは微妙に仕様の異なる世界。
ミハエルによって貫かれた"以外"の命は、未だ健在だった。

201明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:29:38
>「……がはッ!」
>「……どういう……ことだ……?」

回復が完了し、気道に溜まった血を吐き出すと、ライフエイクは目を白黒させながら周りを見回した。
いやホントにどういうことだよ!せっかく死んだこいつを蘇生するとか何考えてんだなゆたちゃん!

>「アンタのことはムカつくし、しめちゃんを一度は殺した敵だし。絶対に許してなんてやらないけど。
 でもね……それじゃ何の解決にもならないから。第一、アンタの恋人が悲しいって泣いてるから。
 だから。……アンタの望み、叶えてあげる。王女さまに会いたいんでしょ? そのために、何千年も過ごしてきたんでしょ?」

未だ状況を理解出来ていないライフエイクと俺をよそに、なゆたちゃんは頭上から言葉の洪水をぶつけた。
そして俺もようやく脳みそが追いついてきた。なゆたちゃんが、これから何をしようとしているのか。
――ライフエイクに、何をさせようとしているのか。

ミドガルズオルムを目覚めさせたのは、ライフエイクでもミハエルでもない。
『人魚の泪』の主、マリーディアその人だ。
絶望と哀しみによって溢れた泪が呼び水となって、"海の怒り"はこの世界に解き放たれた。

さらに元をたどって何故、マリーディアは泣いたのか。
それは、クソ女たらしのライフエイクと離れ離れになった、別離の哀しみ。
あの人魚姫は裏切られてなお、ライフエイクを想い、求めて泪を流している。

そして――ライフエイクもまた、人魚との邂逅を望んでいた。
奴が求めていたのは『ミドガルズオルム』ではなく、『人魚の泪』。
俺が煽り代わりに提示した"死者の蘇生"に、少なからず執着していた理由。
全ては、はじめから一本の線で繋がっていたのだ。

なゆたちゃんは、言わばガスの元栓を締めようとしている。
ミドガルズオルムを現界させている魔力の供給源、『人魚の泪』。
人魚の泪が発生する原因となった、マリーディアの哀しみ。
マリーディアに哀しみをもたらした、ライフエイクとの別離。

上流の上流、根本の根本を為すその問題さえ解決すれば、ミドガルズオルムがこの世に存在する理由はなくなる。
あの超レイド級を、戦うことなく再び海の底に鎮めることが、できる。

202明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:30:02
「自分が何やろうとしてるか分かってんのか、なゆたちゃん」

言いたいことは分かる。頭では理解出来る。
だけどそれは、散々煮え湯を飲まされたライフエイクさえも、救ってやるってことだ。
奴がこれまでしてきたことを思えば、おいそれと賛同することは、俺には出来なかった。

「こいつは、ライフエイクは!しめじちゃんを殺したんだぞ。俺たちを陥れようとしたんだぞ。
 そして今、裏切り者の分際で、昔の元カノに再会しようとしていやがる。
 どの面下げてマリーディアに会うつもりか知らねえし、知りたくもねえ。
 これまで散々他人の人生を弄んできた奴が、今更幸せになろうなんて虫が良すぎるだろ」

ミハエルの乱入で消化不良になっていたライフエイクへの怒りが、今になって腹の中で燃えている。
わかってる。これが最善だ。ライフエイクの協力なしに、ミドガルズオルムを再封印なんて出来っこない。

「織姫と彦星じゃねえんだぞ。いい年こいた男女の逢い引きを、俺たちが手助けしてやるってのか?
 クソ野郎とバカ女の、云百年越しの傍迷惑な恋物語を、今さら大団円で終わらせようってのか?
 そんなの――」

だから、俺がこいつを助けるに値する、理由付けが必要だった。

「――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ」

俺はもしかしたら、とんでもない選択ミスをしたのかもしれない。
とっとと逃げればいいのに、訳の分からん仕事を背負い込んで自縄自縛に陥ってるのかもしれない。

だけど、どこまで行っても、結局俺はゲーマーなのだ。
未完結のシナリオがあるのなら、最後まで見届けたくなっちまう、そういう習性の動物だ。
そして俺は、そういう自分が……嫌いじゃなかった。

 ◆ ◆ ◆

203明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:30:26
さて、方針はこれで決まった。
石油王とNPC二人はミドガルズオルムのタゲを取って街の被害の防止。
しめじちゃんは撤収しつつ住民の避難の高速化と誘導。
なゆたちゃんはライフエイクと一緒にミハエルから人魚の泪を奪う。
そして俺は、ミハエルの手元を狙撃してタブレットの奪取だ。

俺が直面している課題はふたつ。

一つは、今しがた戦闘画面で確認したけど、やはりというかミハエルは防御障壁を張ってやがる。
あんだけ大っぴらに姿見せてんだから狙撃に対する警戒は当然と言えば当然だ。
ヤマシタの攻撃力じゃ、バフかけてもミハエルの障壁は突破出来ないだろう。
ただまぁこれに関しては、どうにかする方法は既に考えてある。

もう一つは――ミハエルが従えているパートナー、『堕天使』だ。
奴の傍をつきっきりで護衛しているあのモンスターが居る限り、矢は障壁にすら届くことなく撃墜される。
制空権を完全に取られている以上、狙撃はまず不可能と考えていいだろう。

堕天使(フォーリンエンジェル)。
ガチャ産モンスターの中でも数えるほどしか居ない最高レアに君臨する、排出確率0.001%の"宝くじ"だ。
その性能は単独でレイド級に匹敵し、そこにスペルが加わればもはや手の付けようもない。
同じ悪魔族のバフォメットが10匹で襲いかかっても、上空からの爆撃で消し飛ばされるだろう。
広範囲・高火力の遠距離攻撃に加え、接近戦でもベルゼブブを瞬殺するデタラメぶりだ。

いやマジでさぁ、開発はバカなんじゃねえの……?
なんぼなんでもこんなクソふざけたスペックのモンスターを対人ゲーに実装すんなよ。
ゲームバランスの崩壊どころじゃねぇだろこれ。戦術要素ゼロじゃん?
そらミハエル君も世界チャンピオンになるわ。あいつ事故って死なねーかな。

「なゆたちゃん、とにかくどうにかして堕天使を抑え込んでくれ。
 倒せはしなくても、あの六枚羽根を破壊して飛行不能にすれば、制空権は取り戻せる。
 奴がこの空を明け渡したときが、俺の狙撃チャンスだ」

手の中にあるスマホを手繰り、ブレモンのアプリを一旦バックグラウンドにして待受画面を表示。
幸いにもスマホは、ブレモン以外の機能も一応使えるみたいだ。
つっても、圏外になってるから写真やら動画みたいなオフライン環境で動くアプリしか利用できないが。
その中にある俺の目当ては、『周回用.apk』というタイトルのアプリデータだ。

周回要素の強いゲームには大抵、自動で操作して周回や狩りを行う外部ソフトウェアがある。
いわゆるBotやマクロと呼ばれるソフトだ。もちろん規約違反だし、使用がバレればBANは免れない。
一回BANされてから封印してたけど、まぁこの世界からアカウント停止を食らうことはあるまい。

俺はマクロが十全に動作することを確認してから、ブレモンアプリをバックグラウンドから呼び戻した。
これで準備は整った。あとは堕天使さえどうにか出来れば、あのクソガキからタブレットを取り上げられる。
俺は仲間たちを見回した。なゆたちゃんは既に臨戦態勢だ。

「よし、作戦は頭に入ったな。ライフエイク君が告りに行くの、手伝ってやろうぜ」

いざ出陣、と意気込み新たに声をかけたその時、不意に隣から声が聞こえた。

>「おい、アンタ達。こんなところで何してる。さっさと逃げないと……」

この路地裏は既に住民が逃げ去った地区にあるから、俺たち以外にここへ足を踏み入れる者が居るはずもない。
何事かと振り向けば、ぶすぶすと煙を吹く焼死体と目(?)が合った。
死体ではあるが、自立歩行し、こちらへ向かってくる……つまり、アンデッドだ。

「うおおおおっ!?なんだお前っ!ヤマシタ――」

迫りくるアンデッドを咄嗟に排除せんと俺はスマホを手繰る。
だが、召喚ボタンをタップする寸前に、アンデッドの呟いた声が耳に届いた。

204明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:30:49
>「……ブレイブ?」

「……何だと?」

このアンデッド、見た目からするに後半のマップ"闇溜まり"に出現する『燃え残り』。
俺たちが構えたスマホを見て、確かに『ブレイブ』と言った。
この世界でブレイブがどのくらい知名度のある存在なのか不明だが、少なくとも、認知と会話を行う知能がある。
単なるバグ湧きのエネミーじゃないってことだ。

>「今すぐ逃げるんだ。あんな奴の相手をする必要はない。
 逃げて、元の世界に帰る方法を探すんだ。物語に深く踏み込めば、帰れなくなるぞ」
>「ゲームの登場人物は、画面から飛び出してこないものだ。そうだろう?
 だけど丁度良かった。君達になら安心してこれを預けられる。役に立つかは分からないが……」

燃え残りはなゆたちゃんの肩を掴んでまくし立てる。
逃げろと、何かを受け取れと、早口で喋る。
俺はその両腕を払い除けて、なゆたちゃんとの間に立った。炭化した皮膚っぽい何かがパラパラと宙を舞った。
こえーよ。ブレモンはホラーゲーじゃないんですよ。

「ちょっと待てや!唐突に意味深なこと言いながら話を進めんじゃねえ!
 まずお前は何なんだよ、ミドやんの犠牲者がもうアンデッドになったのか?
 燃え残りってこんな平和な地域にポップするモンスターじゃねえだろ」

問いかけつつも、俺にはなんとなくこいつが何なのか分かってしまった。
元の世界。ゲーム。このアルフヘイムでそんな用語を口にする奴はそう多くはない。
つまり……

>「……あー、いや、勘違いしないでくれ。俺は怪しい者じゃない。
 通りすがりの……えーと……元、ブレイブなんだ。名前は……今はちょっと思い出せないけど……」

ブレイブ。この世界に放り込まれた、俺たちと同じ境遇の持ち主。
いやでも、"元"って何だよ。そんでなんでブレイブ様が焼死体になってその辺彷徨いてんだよ。
アンデッド化したブレイブなら俺の友達にも一人居るけどさぁ。

「とにかくなゆたちゃんから離れろや!お前死んでから鏡で自分のツラ見たことねーのか?
 火葬場から直接こっちの世界に転移したってんならそれはもうご愁傷様だがよ」

登場と言い、言動と言い、なんもかんもが急過ぎるわ。
ほんで後生大事そうに抱えてるそのカバン、何入ってんだそれ。

「その荷物、別に誰かに預けんでもインベントリにしまっときゃ良いだろ。
 スマホないの?"元"ブレイブっつったが、スマホぶっ壊しでもしたのか」

ブレイブをブレイブたらしめる証、『魔法の板』ことスマートフォンは、そうそう壊れるもんじゃない。
何らかの魔法的な保護が働いているのか、少なくとも落としたくらいじゃビクともしなかった。
試掘洞潜ってる時に何度か高い位置から地面に直撃しちゃったけど、それでも傷ひとつついちゃいない。
多分システム的に破壊不可能オブジェクトとして扱われるんだろう。

「あんたが何者なのかすげえ気になるけどよ、ぶっちゃけ今は新キャラ登場でワイキャイやってる場合じゃねえんだ。
 あの化物をどうにかする方法はそこの女子高生がもう思いついた。準備も覚悟も完了してる。
 ローウェルのジジイのおつかいも終わらせなきゃならねえ。つまりなぁ……」

俺は燃え残りの肩を掴み返して言った。

「逃げろじゃねえんだよ。おめーが逃げんだよ!」

205明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:31:24
掴んだ肩の感触は、死体のくせになんか生暖かった。
燃え残りを解放して、しめじちゃんに声をかける。

「しめじちゃん、撤収ついでの避難誘導にこいつも連れてってくれねえか。
 四の五の言いやがったら捕獲してゾウショクの後輩にでもしちまえ――」

闖入者の処断を速やかに済ませた俺は、ミドやんの様子を確認する為に上空を振り仰いだ。
視界を横断するように、何かが空を駆けていくのが見えた。

「何だありゃ!?」

いやホントに、何だありゃとしか言いようがなかった。
ミドガルズオルムへまっしぐらに吶喊していく飛行物体は、よく見りゃ羽の生えた馬。
飛空艇より遥かに高速で飛翔する馬には、小柄な子供っぽいのがひっついていた。

「リバティウム衛兵団の二次隊か?いやでも、あれ人間じゃねえよな……」

馬と乗り手はミドやんの背後、つまり海側へと回り込む。
そして、ミドやん目掛けて魔法を放った。

>「〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉!」

乗り手から射出された、真空刃のつむじ風。
それはミドガルズオルムの背中に直撃し――ダメージはごくわずか。
しかし、街へ散発的に攻撃を繰り出していたミドやんの目が、初めて海側へと向いた。
ヘイトを取ったのだ。

>「おんぎょおおおおおおおおおお!? 避けて避けてマジで避けて!」

イラついたミドやんが水ビームをやたらめったら撃ちまくる。
馬と子供は空中を機敏に移動してビームを避けまくるが、ジリ貧には違いなかった。

「やべえ、変な奴がいきなり来て横殴りしやがった!あいつこのままじゃ撃ち落とされて死ぬぞ!
 ……石油王!」

俺は一言、石油王を呼ぶ。こいつならそれで十分意図を理解して動いてくれるだろう。
まぁ意図もなにも、タゲ取り早くしてやくめでしょってだけなんですけど。
最後に、俺はなゆたちゃんに声をかけた。

「さてなゆたちゃん、俺たちもライフエイクの恋バナを邪魔するクソ堕天使を、叩き落としに行くとしようぜ」

謎の死んでる系ブレイブに、これまた謎の馬と子供。
邪悪なおっさんとメンヘラ人魚姫の、海と時間を隔てた恋の行方。
戦場は加速度的に混沌さを増して、俺はSANチェックに失敗しそうだ。

だけど、こんなこと言ってる場合じゃ全然ないし、すげえ不謹慎ではあるけれど。
カジノから追い詰められっぱなしだった俺は、今さらなんだか楽しくなってきた。
ずっと忘れていた感覚を、ようやく思い出した。

シナリオを水増しするかのように飽和するキャラクター達。
次から次へと定食のようにお出しされる、イベントとレイドバトル。
マジで節操のない、コンテンツのサラダボウル。
世界観の整合性なんてまるで考えちゃいない、思いつきで実装されるストーリー。

そうだよな。そうだったよな。

――ブレイブ&モンスターズは、こういうゲームだ!

206明神 ◇9EasXbvg42:2019/02/05(火) 22:31:45
【バトル開始
 
 ミハエル&堕天使:ライフエイクwithなゆたちゃんと交戦開始。現状狙撃は不可能
         堕天使の羽を破壊することで飛行能力を奪えば狙撃が可能に
 
 リバティウム市街:しめじちゃんに避難住民の誘導を依頼。
          突如現れた燃え残り(エンバース)の保護も頼む

 ミドガルズオルム:石油王にヘイト固定を依頼。
          カザハ君が死にそうなので保護してあげて】

207 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:32:20
混乱の波が広がっていく中、路地裏での作戦会議で徐々に練りあがっていく行動方針
エカテリーナとの交渉を成立させ協力を取り付けた明神にみのりが礼を述べ

「ありがとさんね、おかげで目途がついたわ
まあ、ダメやっても3ターンは持たせるよってな
それ以降は危なくなったらうちは逃げるし、それまでにお願いするわ〜」

礼と共に作戦概要も打ち合わせをしておく
打ち合わせの最初の戦力分析の際にスマホを見せなかったが、しめじ蘇生の為に殆どのカードを使い切ってしまっている事は既に知られているであろう
イシュタルがいかに耐久特化のモンスターと言えども、回復支援が入らない状態で超レイド級モンスターの相手は出来はしない
1ターンキルを免れるのが精いっぱいではあるが、それでもみのりの目には勝算が映っていた


話がまとまったところで、しめじがみのりの避難勧告を了承
ここに至りて子供扱いされた事に反発されることもありうると思っていただけに胸をなでおろした

「ええ子やわ、わかってくれてありがとさんな。
町中混乱しているやろし、踏みつぶされんように気ぃつけてや」
と表向きの言葉をかけた後はそっと耳元で呟く
「いざとなったら、周りの人間盾にしてでも逃げるんやで?」

みのりはしめじを何の力もない子供とは思っていない
だがそれでも戦場から排除し逃げるように促した
それはしめじの長所が正面戦闘ではなく混乱時に煌めく機転だとみているからだ
……いや、違う……やはり逃がしたのはしめじに死んで欲しくないという気持ちが高かったのであろう

みのりは人の重さに大小も順位もつけられる
しめじが助かるためならば見ず知らずの人間の犠牲も許容することができるのだから


練りあがっていく戦略になゆたが大きな石を投げかける
それはライフエイクの復活
そもそものライフエイクの目的は人魚の姫との再会
そして人形の姫はライフエイクの死を突きつけられ絶望しミドガルズオルムを呼び出す事になった

この反応は両者がいまだに想いあっていた証左に他ならない
のであれば、再会を果たさせミドガルズオルムを鎮めようというものだ
しかしこの作戦には大きな問題がある

堕天使を操る金獅子から人魚の泪というアイテム化した人魚の姫を奪還する必要があるのだから
そして何より、ライフエイクを味方として共に戦うというものだ
戦力として考えれば『縫合者(スーチャー)』はこの上なく強力であり、おそらく個の戦闘力で言えばこの中で誰よりも強い
金獅子と戦うにおいてなくてはならない戦力ともいえるだろうが、策略を巡らせしめじを殺し、あらゆる犠牲をいとわず儀式を執り行った張本人である

思うところは多いだろうが、明神は折り合いをつけたようだ
だが、みのりは違う
明神やしめじに向けた笑みを湛えたまま、目だけは汚い汚物を見るかのような冷たい眼差しをライフエイクに向けていた


みのりはライフエイクの目的がミドガルズオルム召喚ではなく、人魚の姫との再会、そして邂逅である事は気づいていた
だからこそ、言ったのだ

>同じようにあんたさんにとって大切な命はうちらにとっては限りなく小さなものやぁ云う事、忘れへんでおくれやすえ?」
と。そして、一同に宣言しておいたのだ

>金獅子さんがやった事は、うちらがやろうとしていた事そのものなんよね
>その点は手間が省けた
と。包み隠さず言えば金獅子がやったことは、そのままみのりがやろうとしていた事でもあったのだ
『縫合者(スーチャー)』とは数多くの魔物の肉体を無理矢理繋ぎ合わせた状態であり、縫い合わされた魔物の怨嗟と適合不全による拒絶反応は発狂に値する苦痛である
それでもなお正気を保っていられるのは人魚姫との再会という一つの想いがあったからだ
そこまではなゆたと同じ読みだったが、そこから導き出される結論は真逆

目の前で人魚の姫の首を落とし唯一のよりどころを崩してやろうと思っていた
ライフエイクにとって大切な命であってもみのりにとっては意趣返しの為の命でしかないのだから

それらの言葉をすべて呑み込み、沈黙をもって了承の意思表示をするのであった

208 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:32:43
話はまとまり、いよいよ、という時になって思いがけない乱入者
それは“燃え残り”エンバース
本来の出現地域でないモンスターではあるが、問題はそれではない

その焼死体の口から【元ブレイブ】という言葉が出た事だ

そうなると出現地域でないこのリバティウムに出現した事に意味が出てくる
のだが、残念だがそれに思いを巡らせている時間もない

ミドガルズオルムに向かい飛翔していくユニサス
その上に乗るのは良く見えなかったが風の精霊だろうか?
〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉を発動させ攻撃するのだがダメージを与えられた様子もなく、ミドガルズオルムのヘイトを煽るだけのようだった

「はぁ〜せわしないけどしゃあないねえ
真ちゃん、なゆちゃん、しめじちゃん明神のお兄さん、お気ばりやすえ〜
ほならエカテリーナはん、ポラーレはん、あんじょうよろしゅうに」

明神に促されみのりが声をかける
と共に真一、なゆた、しめじ、明神、そして狙撃手たるヤマシタに藁人形が張り付いた
本来ならば親機の藁人形は自分が持ち、自分の身を守るとともに藁人形を持たせたメンバーの情報把握をしていたのだが、事ここに至ってはそうもいっていられないのだから仕方がない

そしてエカテリーナの虚構のローブに包まれ、ポラーレと共にその場から姿を消した


みのりたち三人が現れたのは遥か上空
ミドガルズオルムの頭上であった

「それでは策を聞かせてもらおうか?」

エカテリーナの言葉にみのりは答える

「エカテリーナはんはミドガルズオルムを中心に虚構結界を張っていただきましてぇ
ポラーレはんはミドガルズオルムに蜂のように刺す(モータル・スティング)お願いしますわ〜
上手くすればそれで終わりますでおすし」

「そなた……わらわの虚構結界の事まで……ブレイブというのは真に割と何でも知っておるようだな
だがならば知っておろうが虚構結界を構築すれば……」

虚構結界
それはエカテリーナの大規模空間魔法の一つで、その身を空間そのものに変じさせるものである
ストーリーモード終盤で訪れる【虚数の迷宮】は迷宮自体がエカテリーナであったというものなのだ
迷宮の中心部に深紅の宝玉が存在し、そこに到達することで迷宮化が解除され再会できるのだ

虚構結界を張る事で内部に接触するには複雑な迷路を踏破せねばらならず、内部から出るにしても強力な結界により弾かれる
こうすることで金獅子のミドガルズオルムとの接触を防ぎ、リバティウムの衛兵団の無駄な犠牲を増やさない効果があるし、流れ弾で周囲に被害も及ばない
ミドガルズオルムを閉じ込める為に利用するのだが、欠点もある
エカテリーナ自身が空間化するために、他の一切の行動がとれずサポートが期待できない
という事と、中心にある深紅の宝玉を破壊されれば結界が解かれてしまう

ミドガルズオルム程の巨体を包み込む結界となれば、外装はともかく内部は巨大な空間にならざる得ず、深紅の宝玉も容易く攻撃にさらされてしまうという事だ
もっとも、宝玉を守ったとしてもミドガルズオルムの攻撃力ならば結界を内部から食い破るのにさほど時間は要さないであろう


「まあ、色々問題はあるけど、まずはミドガルズオルムを隔離するのが先決やし、ちょうどええ具合に足場もあるようやしねえ
それではお二方、頼みますえ〜」

そういいながらみのりは落下していく
その落ちる先には逃げ惑うユニサスの背中があった

209 五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2019/02/05(火) 22:33:06
落ちていくみのりを見送りながら、ポラーレとエカテリーナは顔を見合わせ肩を竦めた
二人で一息ついた後、それぞれの顔が引き締まりリバティウムの港の一角は巨大な赤黒い繭に包まれるのであった
ミドガルズオルムを覆い隠すように出現した繭の表面には幾層もの魔法陣が展開され、侵入はおろか内部の様子を見る事すら阻んでいた

その内部では、突如として降ってきたみのりがカザハの背後に、カケルのお尻に衝撃と共に落下着地を果たしたのであった
軌道調整したイシュタルをクッションにしたとは言えみのりにも相応の衝撃があったようで、カザハに抱き着いたまま数秒の間を置く必要があった

「は、はぁ〜い。突然お邪魔してごめんえ〜
ミドガルズオルムを抑えに来たんやけど、うち空飛べへんし便乗させてらもいに来たんよ
うちは五穀みのり、異邦の魔物使い(ブレイブ)よ
シルヴェストルとユニサスのコンビって絵になってええよねえ、お姉さん好きよ〜
あ、攻撃来るから避けてね」

突如と降ってきたみのりの衝撃でカケルの高度がガクッと落ちるのも気にせず自己紹介
勿論そんな状態をミドガルズオルムが見逃すわけもなく強烈な水弾を放ってくる
それを避けてもらいながら、結界を張り外部から遮断した旨を伝える
逆に言えば、結界内部から逃げ出すこともできない、という事も

しばし逃げ回っていたのだが、唐突にポラーレが眼前に現れ空中に制止
「残念だが……」
言葉ではなく突き出されるレイピアはボロボロに刃毀れしていた

ブレモンの世界ではポラーレの蜂のように刺す(モータル・スティング)に三度傷つけられたものは必ず死ぬ
耐性やHPの方など関係なく、問答無用で死ぬのだ
が、それはあくまで三度「傷つけられたら」の話である
〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉でも傷一つつかなかったミドガルズオルムの防御力は、ポラーレの攻撃力では文字通り傷一つつかなかったのであろう

「ここまでは想定通りという顔をしておるが、ここからどうするのじゃ?」

空間からエカテリーナの声が響く

「ほうやねえ、3ターンは持たせると云ってもうたし
ポラーレはん、エカテリーナはんの深紅の宝玉を蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)で守ったってくださいな
結界は抑えの要ですよってなぁ」

「わかった、が……何か策があるのかな」

ポラーレの問いにみのりの笑みは徐々に狂暴なものに変貌し、愉悦をこらえきれないように言葉が溢れ出す
仲間たちの前では決して見せない表情、声、そして……力!
このためにエカテリーナを結界にして目隠しを作ったといっても過言ではないのだから

「そらもう……力づくですわっ!!!」

クッション代わりになっていたイシュタルが形を取り戻し、その中心から禍々しい魔力が溢れ出した
その魔力は熱風と熱砂となって吹き荒む
それは徐々に大きくなり、結界内を満たす大砂嵐となりミドガルズオルムを襲う
暴風に乗った砂はグラインダーのようにあらゆるものを削る凶器となるのだ

「イシュタルの周りは台風の目みたいなもんで安全やから安心してえな
それでな、あんた風の妖精やろ?
うちの砂嵐に風を上乗せしてくれたら助かるんやけど?」

カザハに協力を求める笑顔は柔和なものに戻ろうとしていたが、端々に凶暴さが漏れ出ているままであった

【虚構結界でミドガルズオルムを物理的、視覚的に隔離】
【強引にカザハ&カケルに相席同乗】
【巨大砂嵐を発生させてミドガルズオルムの動きを封じる】

210崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:14:50
>自分が何やろうとしてるか分かってんのか、なゆたちゃん
>こいつは、ライフエイクは!しめじちゃんを殺したんだぞ。俺たちを陥れようとしたんだぞ。
 そして今、裏切り者の分際で、昔の元カノに再会しようとしていやがる。
 どの面下げてマリーディアに会うつもりか知らねえし、知りたくもねえ。
 これまで散々他人の人生を弄んできた奴が、今更幸せになろうなんて虫が良すぎるだろ
>織姫と彦星じゃねえんだぞ。いい年こいた男女の逢い引きを、俺たちが手助けしてやるってのか?
 クソ野郎とバカ女の、云百年越しの傍迷惑な恋物語を、今さら大団円で終わらせようってのか?

明神の叩きつけてくる言葉を、なゆたはただ黙して聞いた。
その言い分は尤もだ。ぐうの音も出ない正論だ。
ライフエイクが悪党なのは紛れもない事実だ。それに関してはなゆたも擁護する口を持たない。
この男は自分のたったひとつの望みを叶えるために人間をやめ、カジノに君臨して長い間多くの人々を食い物にしてきた。
ライフエイクに欺かれ、死んだ者もいるだろう。恨みを、怒りを、無念を抱いた人々も枚挙に暇があるまい。
何よりライフエイクはメルトを殺した。大切な仲間を躊躇いもなく殺害したのだ。
罪の報いは受けなければならない。この男が今さらハッピーエンドを迎えるなど、そんな虫のいいことが許されるだろうか?

けれど。
それでも。

なゆたはライフエイクとマリーディアを会わせてやりたいと思った。
たったひとつの願いのために何もかもを擲ち、悍ましい人外に身を堕としてまで数千年の刻を過ごしてきたライフエイク。
信じた者に裏切られ、自らの王国を、民を、自身の命まで喪ってもなお、ライフエイクとの愛を信じたマリーディア。
そのふたりを、たった一目でも巡り合わせてやりたいと。そう願ったのだ。
そこに正義はない。大義も理屈もない。紛れもないなゆた個人の自己満足であり、エゴイズムに過ぎない。
よって、もし仲間たちの協力が得られないのであれば、別の方法を考えなければならないとも思っていた。
当たり前のように告げられる明神の厳しい言葉に、なゆたは束の間眉を下げたが――

>――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ

「だしょ! 明神さんならそう言ってくれるって思ってた!」

それまでのすべての文言を根こそぎひっくり返すような。明神の物言い。
なゆたは嬉しそうにニィッと歯を覗かせて笑みを浮かべると、右手の親指を立てた。
そう。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは、つまるところゲームのプレイヤー。
誰だってイベントはすっきりと終わらせたいものだ。何をどうしても負ける負けイベントが好きなプレイヤーなどいない。
『かなり難易度は高いが、クリアは可能』なんて条件を突き付けられたなら――力と知恵を結集してやり遂げたくなるサガなのだ。

>なゆたちゃん、とにかくどうにかして堕天使を抑え込んでくれ。
 倒せはしなくても、あの六枚羽根を破壊して飛行不能にすれば、制空権は取り戻せる。
 奴がこの空を明け渡したときが、俺の狙撃チャンスだ

「わかった。『堕天使(フォーリンエンジェル)』はわたしと真ちゃんとで何とかする」

明神の言葉に小さく頷く。
いくらフォーラムで『スライムマスター』『月子先生』と呼ばれる自分でも、正直言ってミハエルには太刀打ちできない。
が、ほんの一瞬。あの強大な『堕天使(フォーリンエンジェル)』を地に這い蹲らせることができれば――
勝機はある。今までベルゼブブ討伐で、ガンダラで、リバティウムで育んできた仲間との信頼に、なゆたは賭けた。
 
>よし、作戦は頭に入ったな。ライフエイク君が告りに行くの、手伝ってやろうぜ

「伝説の樹の下、とは行かないけどね! さーってと、一丁やってやりま―――」

作戦は決まった。後はすべてが成功するよう、脇目もふらず遮二無二突き進むだけだ。
作戦会議の間に水着姿からインベントリ内に収納していた姫騎士装備を身に着け、戦闘準備を整えると、なゆたは声を張り上げた。
……しかし。

>おい、アンタ達。こんなところで何してる。さっさと逃げないと……

不意に肩を掴まれ、なゆたはそちらを振り返った。――そして、その視界に飛び込んできたものを見て顔をこわばらせる。

「……ひょっ!?」

思わず喉に詰まったような悲鳴が漏れた。が、それも無理からぬことだろう。
なぜなら、なゆたの肩を掴んだのは紛れもないモンスター、それも炎に灼かれ黒ずんだ焼死体だったからである。

211崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:15:21
>今すぐ逃げるんだ。あんな奴の相手をする必要はない。
 逃げて、元の世界に帰る方法を探すんだ。物語に深く踏み込めば、帰れなくなるぞ
>ゲームの登場人物は、画面から飛び出してこないものだ。そうだろう?
 だけど丁度良かった。君達になら安心してこれを預けられる。役に立つかは分からないが……

突然現れた焼死体に肩を掴まれ、まくし立てられて、なゆたは両眼を見開いた。
なゆたの実家は寺である。遺体など日常的に見慣れているし、今さら驚く程のものではない。
が、さすがにモザイク必至のグロ画像めいた死体が自分の肩を掴んで何か喋っているというのは衝撃的すぎる。
髪も皮膚も焼け落ち、爛れたり黒く炭化している相手の顔が間近にあるというのもトラウマ間違いなしだ。
なゆたはすっかり固まってしまった。
焼死体が持っていた鞄を突き出してくる。預ける、などと言っている。

>ちょっと待てや!唐突に意味深なこと言いながら話を進めんじゃねえ!
 まずお前は何なんだよ、ミドやんの犠牲者がもうアンデッドになったのか?
 燃え残りってこんな平和な地域にポップするモンスターじゃねえだろ

明神が焼死体と硬直しているなゆたの間に割って入り、その距離を離す。

「お前もアイツの仲間か? どいつもこいつもイカレてるな、ニヴルヘイムの連中は」

真一も魔銀の剣を抜き、切っ先を焼死体へと突きつける。
無理もない。焼死体はまったく見覚えのない死体ではなかった――『燃え残り(エンバース)』というシナリオ後半のザコ敵だ。
ザコと言っても序盤〜中盤のボス敵よりよっぽど強い。バリバリの火属性なので水属性に弱いのが救いだが。
この大事な局面で出鼻を挫かれるわけにはいかない。はっと我に返ると、なゆたもこの焼死体を排除しようとした――が。

>……あー、いや、勘違いしないでくれ。俺は怪しい者じゃない。
 通りすがりの……えーと……元、ブレイブなんだ。
 名前は……今はちょっと思い出せないけど……

「……元『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……?」

焼死体の言った言葉を、思わず繰り返す。
考えてみればそうだ。普通の『燃え残り(エンバース)』は喋ったりしない。精々あー、とかうー、とか唸るだけだ。
だというのに、目の前の焼死体は明らかに死体なのにもかかわらず言葉を喋っている。会話をしている。
それは、相手に知性と理性が備わっているという明確な証拠だった。
……しかし。だとしたらなぜ? どうして、そんな者がこの場所にいるのか?
それがどうしても理解できない。

>あんたが何者なのかすげえ気になるけどよ、ぶっちゃけ今は新キャラ登場でワイキャイやってる場合じゃねえんだ。
 あの化物をどうにかする方法はそこの女子高生がもう思いついた。準備も覚悟も完了してる。
 ローウェルのジジイのおつかいも終わらせなきゃならねえ。つまりなぁ……
>逃げろじゃねえんだよ。おめーが逃げんだよ!

明神が勢いよくまくし立てる。確かにそれは正論だ。
この焼死体が何者であるにせよ、身の上話を聞いている余裕などない。
今はミハエルを出し抜き、ライフエイクとマリーディアを再会させることが最優先であろう。

>しめじちゃん、撤収ついでの避難誘導にこいつも連れてってくれねえか。
 四の五の言いやがったら捕獲してゾウショクの後輩にでもしちまえ――

「そうね。わたしもそれがいいと思う。しめちゃん、お願い。
 ね、『燃え残り(エンバース)』さん。あなたのお話はあとで聞くから……だから生き残って。
 ん? もう死んでるから生き残れっていうのはおかしいのかな……と、ともかく無事で!
 そしたら、いくらでも話を聞くから! またあとで会いましょ!」

姫騎士姿のなゆたは腰の細剣をすらりと抜くと、巨大なミドガルズオルムの方を指した。

「元の世界に帰る方法を探せ、って言ったわよね。物語に深く踏み込めば戻れなくなるって。でも――」

決意に満ちた眼差し。希望にキラキラ輝く瞳で、なゆたは決然とした調子で言う。

「元の世界に帰る方法なら、もう知ってる。
 あの怪物を乗り越えた果てに……きっと。ううん必ず! 元の世界に続く道があるんだ!!」

確証なんてものはない。約束されているわけでもない。
けれど、必ずそうであると。なゆたはそう信じて疑わなかった。

212崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:15:42
「……君たちをいいように使い、葬り去ろうとした私を蘇生させたばかりか、私の願いまでも叶えようとは……。
 お人好しもここまで極まると、いっそ脅威さえ覚えるな……」

「ほっといて。ゲーム内のイベントは全部見る! それがわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のモットーなのよ!
 見逃しのおかげでイベント閲覧モードのナンバーが飛び飛びになってるとか、ハッキリ言って我慢できないし!
 だから――何がなんでも、アンタと人魚姫は元のサヤに納まってもらうから!」

「何を言っているのかほとんど理解できんが……。私に貸しを作ったなどと思ってもらっては困る。
 私は――」

「そういうのいいから! さっさと行けって言ってんの!
 女を待たせてんじゃないわよ!」

何か裏があるのかと勘繰るライフエイクに対し、物凄い剣幕で怒鳴る。
さしものライフエイクも若干気圧されたように怯んだが、すぐに気を取り直す。

「ふん。諸君ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の思惑はどうあれ――ならば遠慮なく利用させて頂こう。
 せいぜい、最後まで私のために踊ってくれたまえ」

「上等! わたしたちのダンスが激しすぎて、ついていけませんなんて泣き言言うんじゃないわよ!」

なゆたの叱咤にライフエイクが立ち上がり、ミハエルの方を見据える。
ミハエルはせせら笑った。

「死にぞこないが、今さら何のつもりだい? 君の出番は終わったんだよ、ライフエイク。
 この舞台は僕たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のものだ。醜悪なモンスター風情の出る幕じゃない。
 役目を終えた役者が舞台に残り続けることほど無粋なことはない……そうだろ?」

「私も、てっきり死んだと思ったがね。しかし、この異邦からの客(まろうど)は私の死を認めてはくれんらしい。
 それどころか、私に悲願を果たせと言う。背中を押すと言う……ハハハ、まったく度し難い!
 まさに善人の思考だ。この世の暗部を知りもしない甘ちゃんの考えだな!」
 
ミハエルの笑いに対して、ライフエイクもまた口の端に薄い笑みを浮かべる。
しかし。

「だが……私の心の片隅の。とうに腐り果て、しなびて消えたとばかり思っていた部分がこう囁くのだ。
 この世界に神がおわすとして。もしも『これから起こりうること』に対して抑止力を遣わしたとするなら――
 まさに、それは彼らのような手合いに違いない、とね……」

「……僕たちの計画に水を差すっていうのかい? この『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが?
 大会じゃ名前も聞かない。世界ランキングにだって入ってない。こんな一山いくらの名もないプレイヤーたちが?
 ははッ……ははははははッ! ライフエイク、君はもっとまともなことを言う男だと思っていたけれど!
 いささか買い被りすぎていたかな?」

「そうだな……。焼きが回ったと思うよ。ああ、実際にそうなのだろう。そして、これが最後の機会なのだろう。
 この数千年、諦めかけたことは何度もあった。全身を、魂までも蝕むこの痛みと狂気に身を任せてしまえと思ったこともある」

ライフエイクはゆっくりと歩き始めた。ミハエルへ向かって――その手の中にいる人魚の王女へ向けて。
数千年の想い、妄執、愛に決着をつけるために。

「だが……だが。これが最後のチャンスというのなら、もう一度だけ手を伸ばしてみよう……マリーディアに」

「は! 身の程を教えてあげるよ……ライフエイク!
 君は何ひとつ成し遂げられずに滅ぶ! 一度の死じゃ死にきれないって言うなら、すべて! 持っている命を滅してあげよう!」

ミハエルがスマホをタップする。『堕天使(フォーリンエンジェル)』がライフエイクに右の手のひらを向ける。
カッ! とその手許が輝き、そこから無数の黒い閃光が放たれてライフエイクへと殺到した。

213崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:16:02
『堕天使(フォーリンエンジェル)』の攻撃スキル『落日の閃光(フォーリン・レイ)』。
闇属性の攻撃だが、堕天使の元々の能力の高さゆえ属性の相性に関係なく必殺の威力を誇る。

「……させない……!」

このまま、みすみすミハエルにライフエイクを殺させるわけにはいかない。なゆたは素早くポヨリンに指示を出した。

「ポヨリン! 『ハイドロスクリーン』!」

「『炎の壁(フレイムウォール)』!」

ライフエイクの前方に躍り出たポヨリンが全身を震わせると同時、水の膜が生成される。
真一がスマホをタップし、スペルカードを発動させて炎の壁を築く。炎と水、属性の異なる防御壁の重ね掛けだ。
通常の攻撃ならかなりのダメージ減少が見込めるはずだが、『落日の閃光(フォーリン・レイ)』にはほとんど効果がない。
無数の閃光が炎の壁と水の薄膜を突き破り、ライフエイクの全身を穿つ。

「ぐ、ぉ……!」

ライフエイクは苦悶の声を上げた。が、さすがは上級レイドボス『縫合者(スーチャー)』である。
世界最高のプレイヤーが手塩にかけて育てた最強のモンスターの攻撃に耐え切り、一歩一歩前へと進んでいる。

「なゆ」

不意に、真一が名前を呼んでくる。なゆたは幼馴染の方を向いた。
真剣な面持ちの真一が頷き、ぐっと右拳を突き出してくる。
なゆたはその真意を察すると、自らも拳を作って真一の拳にこつん、と触れ合わせた。
それから何度か手の位置を変え、こつ、こつ、と互いに拳を合わせる。
最後にふたりで手のひらを開き、ぱぁんっ! とハイタッチすると、真一となゆたは口の端を僅かに歪めて不敵な笑みを浮かべた。

「先に行くぞ! ――グラドッ!」

真一が先陣を切る。ひらりとグラドの背に飛び乗ると、一気に堕天使へと突っかける。
堕天使が再度『落日の閃光(フォーリン・レイ)』を放つ。無数の光線が弧を描いて真一とグラドに迫る。
だが、真一はグラドを巧みに操って光線の隙間を掻い潜り、距離を詰めてゆく。

「『漆黒の爪(ブラッククロウ)』!!」

「『あなたがたの実力以上に有徳であろうとするな。できそうもないことをおのれに要求するな』――」

ガギィンッ!!

スペルの発動によって漆黒のオーラを纏わせた、グラドの爪が堕天使へ迫る。
しかしミハエルは動じない。淡い笑みさえ浮かべ、おもむろに何事かを囁いた。――ニーチェの言葉の一節だ。
途端、堕天使の前方に発生した輝く障壁がグラド必殺の爪を弾く。
さらに、ミハエルは目にも止まらぬ速さでスマホを手繰り、戦略を構築してゆく。

「『みずから敵の間へ躍りこんでいくのは、臆病の証拠であるかもしれない』――」

ニーチェの一節と共に堕天使が右手を振りかぶる。
その手刀が一閃され、グラドの強靭な鱗に守られた表皮を薄紙のように斬り裂く。

「ク、ソ……!」

真一はスペルカード『火球連弾(マシンガンファイア)』や『燃え盛る嵐(バーニングストーム)』を次々と使用する。
が、ミハエルと堕天使にはまるでダメージを与えられない。すべて鉄壁の防御に跳ね返されてしまう。

「ははッ! どうしたのかなシンイチ君――ローウェルの指環の加護を得てもなお、その程度なのかい?
 だとしたらとんだ見込み違いだったかな! 僕は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中でも君を一番高く買っていたのに。
 期待外れもいいところだ……君もライフエイクと同じく、ここで舞台を降りた方がいいかもね!」

ミハエルが哄笑し、堕天使が矢継ぎ早な攻撃を繰り出す。真一とグラドはみるみる傷ついていった。

214崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:16:21
真一とグラドを攻撃する間も、ミハエルはライフエイクの始末を忘れない。
ゆっくりと歩いてくるライフエイクへ向け、無情に『落日の閃光(フォーリン・レイ)』を放つ。
グラドがライフエイクの前方に位置取りし、身を挺して閃光を浴びるが、それさえすべてを防ぎ切れるわけではない。
何発かの閃光はライフエイクを直撃し、その肉を、命を、確実に削り取ってゆく。
縫いつけられた魔物たちの欠片が悲鳴を上げる。右腕が肩から弾け飛び、どちゃり……と地面に落ちる。

「ぅ、ぐ……は……」

しかし、それでもライフエイクは歩みを止めない。まるで歩くことが使命だ、とでも言うように。
ミハエルは美しい顔貌の眉をひきつらせた。

「見苦しいんだよ……継ぎ接ぎの化け物が! いつまでも僕の支配するゲームの卓に居座っているんじゃない!
 マリーディアはとっくに死んだ! 君が殺したんだよ……ライフエイク!
 恋人が死んだなら――君もその後を追ってさっさと死ぬのが、美しい物語の終焉ってものじゃないのかな!?」

堕天使が光を放つ。ライフエイクの肉体がさらに欠損してゆく。
ライフエイクはボロボロだ。いかに『縫合者(スーチャー)』といえど、とっくに死んでいてもおかしくない。
が、それでも斃れない。血塗れになり、腕を失い、胴体に無数の穴を開けられても尚――ライフエイクは歩く。

「チッ!」

どんっ!

「が、ぁ……!」

閃光が右の太股を貫く。骨をも砕く光線の一撃に、さすがにライフエイクも膝をついた。
グラドと真一も今までライフエイクの代わりに攻撃を受け続けていただけに、満身創痍だ。
このまま追い打ちの集中砲火を受け、ライフエイクはすべての命を喪うまで嬲り者になるしかないのか――と、思ったが。

「――違う!」

なゆたが叫ぶ。
ミハエルは怒りに燃える瞳でなゆたを睨みつけた。

「確かに、ライフエイクは王女さまを裏切った。王女さまは絶望を感じて死んだかもしれない。
 でも……それですべてがおしまいなんて、そんなこと絶対にない!」

「……何ィ……?」

「アンタの操る、ミドガルズオルムがその証拠でしょ。継続的な想いの力がなければ、ミドガルズオルムは現界し続けられない。
 王女さまの、マリーディアの想いはそこにある……まだ、寂しいって。悲しいって叫び続けてる!
 そして、その想いの大元は――『ライフエイクのことが愛しい』って! 純粋な愛情以外の何物でもない!」

「何をバカな。純粋な愛情だって? そんな陳腐な文言でこの化け物の物語を美化するのはやめてくれないかな?
 我欲のために恋人を裏切り、死に至らしめたライフエイク。
 愛に狂って自らの国民を犠牲にし、王国まで擲った挙句ライフエイクに裏切られ、死を選んだマリーディア!
 僕に言わせればふたりとも屑だ。愛だの恋だの、弱者の傷の舐め合いににうつつを抜かすからこうなる。
 自業自得の破滅を迎えたバカどもに、情状酌量の余地なんてものは寸毫ほどもないと思うけれどね!」

「……確かに、ふたりの恋のためにたくさんの人が不幸になったかもしれない。
 けれど、それでも……わたしは応援してあげたいんだ。もう一度、手を繋ぎ合わせてあげたいんだ。
 離ればなれになってしまう寂しさを。想いが届かない悲しさを。気持ちのすれ違う虚しさを知っているから。
 ――ふたたび手を繋ぐ幸せを、知っているから――!!」

真っ向からミハエルと対峙し、なゆたは叫ぶ。

「誰が何と言おうと、わたしはふたりの恋を応援する、後押しする! 色んな問題はあるけれど、全部後回しにして肯定する!
 恋すること、愛し合うこと――それを屑だの、バカげたことだのって否定することしかできないのなら!」

びっ、となゆたは細剣の切っ先でミハエルを指した。





「――アンタは。バカ以上の大バカよ! 金獅子なんて呼ばれて浮かれてる、ちっぽけなお山の大将さん!!」

215崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:16:47
「うるさいんだよ、大した実力もないくせに!」

苛立ち交じりに、ミハエルがなゆたへと『落日の閃光(フォーリン・レイ)』を放つ。
その閃光をポヨリンが受けとめる。ダメージは受けるが、瞬殺されるほどではない。
バフォメットと戦う際にポヨリンにかけた『限界突破(オーバードライブ)』はまだ有効である。

「そうね。世界大会で何度も優勝してるアンタから見たら、わたしなんて名もないプレイヤーでしょう。
 でも――だからって、アンタに対して手も足も出ないってワケじゃない。
 ほんの一瞬、アンタの度肝を抜くことなら……わたしにだって充分できる!」

なゆたはスマホの液晶画面をタップすると、高らかに告げた。

「みんな、おいで! 『民族大移動(エクソダス)』……プレイ!」

途端、なゆたの周囲――否、辺り一面に無数のスライムたちが出現する。
フィールドに百体以上ものスライムを出現させるユニットカード、『民族大移動(エクソダス)』。
もちろん、召喚した無数のスライムたちはなゆたが精魂込めて鍛え上げたポヨリンには遠く及ばない最弱のザコ敵だ。
しかし、なゆたはスライムの群れを戦力として当て込んでいるわけではない。
その狙いは、もちろん――

「ははッ、何をしようとしているのかな? 知っているよ……君の手口は。
 極限までバフをかけた上での融合……G.O.D.スライム召喚! けれど、その成立には多くの手順を踏まなければならない」

ミハエルが笑う。
なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の手口などすっかり把握している、という様子だ。

「君はトーナメントで主要なスペルカードのほとんどを使ってしまっている。
 そして、スペルカードのリキャストには少なくともあと半日以上かかる。G.O.D.スライム召喚コンボは使えない!
 どう足掻いたって、僕に勝てるわけがないんだよ!」
 
「一山いくらの名もないプレイヤー相手に、よく調べてるじゃないのチャンピオン。
 下調べの必要に駆られるくらい、わたしたちのことが気になった? 調査しないと勝てない! って思っちゃったのかしら?」

「調子に乗るなよ……君たちは僕のゲームの駒だ。
 駒を把握するのはゲームマスターの当然の義務だ。違うかい?」

「どれだけ緻密に計算した気になっても、把握したつもりでも――ゲームマスターの思惑なんて案外簡単に覆されちゃうものよ。
 とりわけ、わたしたちみたいにGMを出し抜くことばっかり考えてるプレイヤー相手ならなおさらね!
 卓ごとひっくり返してあげる――泣いて歯軋りする準備はいいかしら?」

「黙れ!」

堕天使が六枚の翼を羽搏かせる。突風が巻き起こり、闇の魔力を含んだ風がスライムたちを襲う。
スライムたちがぴいぴいと悲鳴を上げる。まともな抵抗力を持たないスライムたちは呆気なく全滅してしまうだろう。

「『女のもとへ赴こうとするならば鞭を忘れるな』――! 僕との力の差を思い知らせてあげるよ、そこまで言うのなら!
 女プレイヤー風情が、この僕と張り合おうとする……それがどんなに愚かなことなのか体感するといい!」

「やらせるかよ! グラド、行くぞ――『ドラゴンインパルス』!!
 ローウェルの指環よ、力を……貸せえええええええええッ!!!」

真一の命令により、真っ赤に輝く炎の塊と化したグラドが堕天使へと突進する。
自らの肉体を炎の魔力に変換するグラド最大の必殺技『ドラゴンインパルス』。
持ち得るすべての魔力の消費と反動ダメージという莫大なリスクを背負って放つ、伸るか反るかの大博打だ。

しかし。

「困るんだよ……シンイチ君! 僕をレアル=オリジン風情と一緒にされてはね!
 『悪とはなにか……弱さから生ずるすべてのものである』! 堕天使(ゲファレナー・エンゲル)、受けとめろ!」

グラドの渾身の一撃を、堕天使はその両手を大きく開いて真っ向から凌ぎ切ろうとする。

「おおおおおおおおおおおおおおお! ブッ千切れ、グラドォ――――――ッ!!!」

「させるものか……! 堕天使(ゲファレナー・エンゲル)――――――!!!」

ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!!!

流星と化したグラドと闇の障壁を展開した堕天使の力がせめぎ合う。激突した場所から火花が散り、炎が荒れ狂う。
両者の力比べが空気をどよもし、衝撃がビリビリと大気を震わせる。

そして――熾烈な力比べの果て。

真祖レアル=オリジンをも葬ったグラドの必殺技は、堕天使の両腕にしっかりと受けとめられていた。

216崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:17:16
「アハハハハハ……アーッハッハッハッハッハッ!
 韻竜ごときが! 僕が極限まで育成した堕天使(ゲファレナー・エンゲル)に勝てるとでも?
 ああ、期待外れだ! ローウェルの指環を使ってもこの程度とはね! シンイチ君――!」

グラド最大の攻撃を防ぎ切り、ミハエルは哄笑した。
この『ドラゴンインパルス』が通用しないとなると、もはや真一とグラドに堕天使を倒す方法はない。
だが。
もはや対抗する手段が何もないにも拘らず、真一の表情には焦燥も悲壮もなかった。
それどころか笑っている。スマホを握りしめたまま、真一は右の口角を歪めて笑みを零した。

「……何がおかしい……!?」

「世界チャンピオンなんて言ってる割に、お前、意外と抜けてるんだな。
 確かにドラゴンインパルスは防がれた。でもな――そんなのは『最初から織り込み済み』なんだよ!」

「負け惜しみを……。指環の力を使ってなお、僕との戦力差は揺らぐことはなかった!
 潔く敗北を認めたらどうだい? 見苦しいんだよ、弱者の遠吠えはね!」

「何言ってる、思い出してみろよ……確かに俺はローウェルの指環に力を貸せ、と言った。
 だが――『俺に力を貸せ』とは言ってないぜ!」

真一がちらりと視線を外し、なゆたの方を見遣る。
つられるようにして、ミハエルもまたなゆたの方を向いた。
そして。

「な……!?」

そのまま瞠目する。
なゆたの周りに『民族大移動(エクソダス)』によって召喚された無数のスライムが集まってきている。
そして、その他に――『限界突破(オーバードライブ)』の輝く闘気を纏った、明らかに他のスライムとは異なるスライムが32匹。

「どういう……ことだ……? いや、――まさか!」

ミハエルが叫ぶ。
輝く32匹のスライム。それはスペルカード『分裂(ディヴィジョン・セル)』によってその数を増やしたポヨリンに他ならない。
なゆたはデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントのポラーレ戦で半分以上のスペルカードを消費してしまった。
頼みの綱のG.O.D.スライム召喚コンボは明日にならなければ使用できないはずなのだ。
だが――
それを可能とする方法が、ひとつだけあった。

「……君……、その女に指環を……!」

「指環はパーティーの共有財産だ。俺だけの持ち物じゃない。
 みんなで使わなきゃ、そうだろ?」

『ローウェルの指環』の効力は、膨大な魔力の貯蔵と放出。
普段はその紅玉の中に魔力を蓄積し、有事の際にはそれを所有者に対して放出する。
その恩恵は使用済みのスペルカードを瞬く間にリキャストさせ、また他のアイテムとは比較にならないバフを授ける。
ゲームの世界ならば確実にチート級と言っても差支えない超絶レアアイテムが、なゆたの指に嵌っている。
ミハエルとの本格的な戦闘に突入する直前、真一となゆたは互いにハイタッチした。
その際、真一はなゆたへローウェルの指環を渡していたのだ。

「真ちゃんとグラちゃんの渾身の時間稼ぎ、無駄にはしないわ!
 さあ、卓をひっくり返すわよ! 『融合(フュージョン)』――プレイ! 
 ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――」

なゆたは右腕を高く掲げ、空へ向かって叫んだ。
 
「G.O.D.スライム!!!!」

217崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:18:18
「ぽぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜!!!!」

黄金に輝く体躯。眩く輝く光背。
巨大な三対の翼に、輝く王冠と神を顕すリング。
スライム系統樹最強のモンスター二体のうちの一体。身長18メートルの超巨大なスライム。
G.O.D.スライム――通称ゴッドポヨリンが降臨し、雄叫び(?)をあげる。

「う……うおおおおおおおお!!!??」

さしものミハエルも驚愕に目を見開いた。
堕天使(フォーリンエンジェル)の所有者は、ブレモン全プレイヤーの中でも10人に満たないと言われている。
何故なら、堕天使はゲーム内に敵として出てこないのだ。よって、獲得するにはガチャを回すしかない。
『出会ったモンスターは例えレイド級でも捕獲できる』が売りのブレモンとしては異例の扱いである。
そんな宝くじ級のレア度を誇る堕天使は、当然のように最高位のステータスの高さを有している。
とはいえ、さしもの堕天使もG.O.D.スライムと一騎打ちすれば只では済まないだろう。
G.O.D.スライムはブレモン全モンスターの中でもトップクラスのHPとATKを誇る。
斃すにしても一筋縄ではいくまい。

……しかし。

「(待て……。何かがおかしいぞ……)」

現出したスライムの神を前に、ミハエルは小さな違和感を覚えた。
真一がいつの間にかなゆたにローウェルの指環を渡していた、それは分かる。
なゆたの為の時間を稼ぐのに、真一が闇雲な特攻をかけてきたのも理解できる。
だが――『なゆたがローウェルの指環を使ってスペルカードをリキャストした』というのは、どう考えてもおかしい。

「(ローウェルの指環の効果は、貯蔵した魔力の譲渡――しかし、それは一度しか使えないはず……!)」

ミハエルは世界チャンピオンだ。一般プレイヤーの知らないローウェルの指環の効果も知っている。
そう。ローウェルの指環がいくら優れたアイテムだと言っても、万能チートアイテムという訳ではない。
ひとたび効果を発動させてしまえば、指環自身のリキャストに時間がかかる。何度も無尽蔵に使えたりはしないのだ。
そして、真一は先程指環の力で自らの消費したスペルカードをリキャストさせていた。
本来なら、なゆたに渡したところでなゆたのスペルカードがリキャストされるはずがないのだ。
指環はなゆたになんの恩恵も齎さない。
だというのに、なゆたはG.O.D.スライムを召喚した。その意味するところはひとつ――

「……アッハ……、アハハハハハハッ!
 よく考えたじゃないか、危うく騙されるところだったよ! ローウェルの指環は発動していない!
 舐められたものだ……まさか、僕にレアル=オリジンに使った手と同じ手を使うなんてね!
 でも、トリックは見破った――このG.O.D.スライムは!
 『陽炎(ヒートヘイズ)』で作られた幻だろう! 甘いんだよ――!」

勝ち誇った笑いを響かせると、ミハエルはスマホを繰って堕天使に指示を送った。
途端、堕天使が六枚の翼を一打ちし、一直線にゴッドポヨリンへ向けて飛翔する。
真一が先刻トーナメントでレアル=オリジンに使った奇策。
『陽炎(ヒートヘイズ)』であたかも自分が巨大化したように見せかけ、落雷を攻撃に使うための目晦ましとする――という作戦。
今回も真一となゆたはゴッドポヨリンを召喚したように見せかけ、本命の攻撃のカモフラージュにしようとしているのだ。

「この後どんな攻撃をしようとしているのかは知らないが、タネさえ割れてしまえば対処するのは造作もない!
 ハッタリが得意な君らしいな、シンイチ君――だが、これで終わりだ!
 見ているがいい、このくだらないスライムの幻影を瞬く間に打ち破って――……」

ゴウッ! と颶風を撒き、堕天使が一直線にゴッドポヨリンへと突っ込んでゆく。
堕天使の音速にも近い速度の体当たりによって、ゴッドポヨリンの幻影は瞬く間に霧散する――

かと、思ったが。


ばくんっ!!!


ゴッドポヨリンが大きく大きく、その身体の表面の半分ほども大きく口を開く。
さすがの堕天使も音速での突進中に急な制動はかけられない。呆気なくゴッドポヨリンに呑み込まれた。


「……あ?」


ミハエルは顔を引きつらせた。

218崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/08(金) 12:20:26
「……な……、ぁ……?」

幻影のはずのゴッドポヨリンが、堕天使を呑み込んでしまった。
実体はないはず。虚構のはず。ハッタリのはず。そう頭から思い込んでいたミハエルには、俄かに理解が追いつかない。
そう。ローウェルの指環は効果を発揮しない。G.O.D.スライムは喚べない。
『こんなことが起こりうるはずがない』のに――。

「……そうよ。アンタの読み通り。
 ローウェルの指環は真ちゃんのカードのリキャストで使用済み。わたしが持ったところでなんの意味もないわ」

ゴッドポヨリンがもごもごと、まるで飴でも舐めているかのように口を動かしている。
そんな光景を見上げながら、なゆたが言葉を紡ぐ。

「リキャストした真ちゃんの『陽炎(ヒートヘイズ)』で、ゴッドポヨリンの幻を作ったのも正解。
 でも――大事なことを忘れてるわよ、チャンピオン。
 わたしが『民族大移動(エクソダス)』で召喚したスライムたちは、いったいどこへ行ったと思う……?」

「……は!?」

なゆたの指摘にミハエルは周囲を素早く見回す。
いつの間にか、周囲にあれだけいたスライムたちは一匹もいなくなっていた。

「アンタはタネが割れたとか何とか言っていたけれど。わたしたちは、最初からアンタに何も隠し事なんてしてない。
 アンタが勝手に見落としただけよ、チャンピオン!
 そのポヨリンは幻影なんかじゃない、ゴッドポヨリンはニセモノだけれど、『融合(フュージョン)』は紛れもない本物!」

真一の『陽炎(ヒートヘイズ)』の効果が切れ、真実が露になる。
ゴッドポヨリンの身体の黄金の輝きや三対の翼、頭の王冠やリングが消滅する。
G.O.D.スライムの幻の中から現れたのは、ポヨリンをそのままゴッドポヨリンのサイズに大きくしたような巨大スライムだった。
『限界突破(オーバードライブ)』等のバフをかけず、ただスライムたちを融合させるだけで召喚できるスライム。
ヒュージスライム、それがなゆたの使った策だった。

ミハエルは世界最強のプレイヤー。単純なぶつかり合いでは勝ち目はないし、半端な奇策など瞬く間に見破られてしまう。
また、ミハエルはこちらがアルフヘイムで使ってきたカードや戦術も熟知している。二度同じ手は使えない。
しかし。だからこそ。
なゆたと真一はこの手段を使ったのだった。
さもローウェルの指環でカードをリキャストしたように見せかけ、G.O.D.スライムを召喚したように見せかけ。
レアル=オリジンを撃破したときと同じ作戦を用いたように見せかけ――
それを突破したミハエルが『格下の浅知恵をすべて見破ってやった』と驕り、増長するように仕向けたのだ。
堕天使がトドメとばかりに、無警戒で突進してくるように。
むろんヒュージスライムはG.O.D.スライムとは比較にならないほど弱い。ただ大きいだけのスライムである。
しかし、この際強さは関係なかった。こちらはただ『堕天使に触れられさえすればいい』のだから。

もごもごっと口を動かしていたヒュージスライムが、ぺっ! と何かを吐き出す。
それは粘液でべとべとになった堕天使だった。

「く……、ぉ……! この……雑魚プレイヤーごときがぁ……!
 立て!堕天使(ゲファレナー・エンゲル)! 立ってこいつらを皆殺しにしろ――!!」

怒りに声を荒らげ、ミハエルは堕天使に命じた。
だが、堕天使は立ち上がれない。なんとか起き上がって片膝立ちにまではなるものの、ガクリと身体が傾く。

「無駄よ。ビッグポヨリンを召喚するとき、スペルカード『麻痺毒(バイオトキシック)』も混ぜといたから。
 堕天使はレイド相当のモンスターだけど、純粋なレイドじゃない。つまり『状態異常が効く』ってこと!
 ポヨリンの麻痺毒まみれの口の中でモグモグされたんだから、当分動けないわ!」

「ぉ……の、れぇ……!!」

ミハエルは奥歯を砕けそうなほど強く噛みしめた。
幾重にも張り巡らせたなゆたと真一の策は実を結び、堕天使は地に墜ちた。

「さあ――今よ、明神さん!」

なゆたは明神の方を振り仰ぎ、そう鋭く告げた。


【堕天使墜落。バトンを明神へ】

219カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/02/08(金) 22:00:36
突然背中に人一人が落下してきたような衝撃を感じ、一時高度が落ちる。
気付けば姉さんの後ろに当然のごとく少女が乗っていて、2人乗りになっていた。

>「は、はぁ〜い。突然お邪魔してごめんえ〜
ミドガルズオルムを抑えに来たんやけど、うち空飛べへんし便乗させてらもいに来たんよ
うちは五穀みのり、異邦の魔物使い(ブレイブ)よ」

そして少女はブレイブを名乗るが、トーナメントに出ていたのとはまた別の少女だ。
おおかたあの少年や少女の連れなのだろう。
そして種族はやはり人間――おそらく地球での姿のままこちらに来たのだろう。
私達のようにこちらに転移してきた時に別の種族になるのは変わり種なのだろうか。
姉さんは腕に取り付けた魔法の板を見せながら答える。

「ブレイブ……!? 良かった、トーナメントに出てた子の仲間だよね!?
ボクもブレイブっぽいんだけど君達に合流しろって言われてて!
こっちに来た時に種族が変わったんだけどそういうのはやっぱり珍しいのかな?」

>「シルヴェストルとユニサスのコンビって絵になってええよねえ、お姉さん好きよ〜」

それについてはマジで同意。
私達をこの世界に送り込んだ何者かがいるとしたら、そこは素直に感謝したい。
世の中に疲れたオッサンニートとオバサ……お姉さまヲタがそのまんま
夢と希望に満ち溢れる10代の少年少女達のジュヴナイルのような冒険ファンタジーの世界に放り出された絵面を想像したらいたたまれない。

>「あ、攻撃来るから避けてね」

事も無げに言うみのりと名乗る少女。
随分と簡単に言ってくれるものだが、ユニサスは元々人一人は軽く乗せて飛べる仕様だそうで、重さ的には問題は無い。
二人乗ってるじゃないかって?
姉さんが転生したシルヴェストルは、風の魔力が濃く集まる場から生まれる精霊系種族らしく、
その体は風の魔力で出来ているそうで、空気のように軽い。
姿は大抵少年や少女やイケメンや美女。たまに例外もいたりする。
自らがこれが自分だとイメージする姿を取っているという仕組みだそうだ。
だから、姉さんが少年型になったことには特に違和感は感じなかった。
というと誤解が生じそうだが、ガチで精神的には男だったとかでは全然無くただの草食系というか絶食系女子だ。
恋愛トークに花を咲かせるゆるふわキャピルン女子の一団を少し離れた場所から眺めつつ
“ああ、自分はあれとは違うな”って思ってる系の生物学上女って世の中に割と普通に存在すると思う。
その中の一人だったというだけの話だ。
閑話休題――引き続き水のブレスを避けまくっている間に、みのりから、結界を張り外部から遮断した旨を告げられる。
街に被害を出さないためということか。
待て、その内側に一緒に閉じ込められた私達はどーなる!? もはや引くに引けない状態となった。
暫し逃げ回っていると、みのりの連れてきた仲間らしき者達が眼前に現れた。

220カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/02/08(金) 22:01:28
>「残念だが……」

>「ここまでは想定通りという顔をしておるが、ここからどうするのじゃ?」

>「ほうやねえ、3ターンは持たせると云ってもうたし
ポラーレはん、エカテリーナはんの深紅の宝玉を蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)で守ったってくださいな
結界は抑えの要ですよってなぁ」

>「わかった、が……何か策があるのかな」

>「そらもう……力づくですわっ!!!」

事の成り行きを見守っていると、みのりからヤバいオーラが溢れ出るのを感じた。
なんというか好戦的な戦闘民族のような。
馬は乗っている者の心がなんとなく分かる、等という説があるが本当らしい。
おそらく狂暴な表情をしているのだろうが、前に座っている姉さんにはそれは見えない。
が、今はそれでいいのだ。危ないところを助けに来てくれたのは事実だし、この状況を何とかするのが先決だ。
みのりのパートナーモンスターなのだろう、案山子のような姿のモンスター 
――スケアクロウから、凄まじい魔力があふれ出し、結界内を満たす大砂嵐と化す。
もし結界が無かったら街に被害が及んでいるかもしれない、それぐらいの規模だ。
尚、深紅の宝玉を抱いたポラーレは、この砂嵐を『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』で回避しているようだ。
いくらあらゆる攻撃を回避できるスキルだとしてもこの全方位の砂嵐を回避するのは
常識的に考えて無理だと思うが、この世界は仕様上そうと決まっていればそうなるものらしい。

「す、すごい……!」

姉さんはあわよくばテンプレ驚き役に徹しようとしているが、そうはいかない。
凄まじい砂嵐の中で、ゆらりと大蛇の影が動くのが見えた。抑えきれていない……!

《姉さん、まだだ……!》

>「イシュタルの周りは台風の目みたいなもんで安全やから安心してえな
それでな、あんた風の妖精やろ?
うちの砂嵐に風を上乗せしてくれたら助かるんやけど?」

「お安い御用さ!」

かといって、場を風属性に変えるエアリアルフィールドは、スケアクロウは地属性なので微妙。
行き着くのは無難なところでウィンドストームの重ね掛けかと思いきや、違った。
姉さんは左腕を掲げ、高らかに呪文を唱える。

「――〈烈風の加護(エアリアルエンチャント)〉!」

221カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/02/08(金) 22:02:54
選んだのは、武器にかけたら攻撃力強化、防具にかけたら防御力強化が出来る、攻防両用の付与魔法――
それを技を発動中のスケアクロウ自体に、武器にかけた時の仕様でかけた。
ちなみに音声認識システムをフル活用しているためスマホをタップする動作はなく、一見するとどう見ても風の魔法使いだ。
スケアクロウに風の魔力が付与され、砂嵐の威力が何倍にも膨れ上がる。
とはいえ、倒すのはおろか、短時間抑えるのが精一杯だ。
先程の会話で“3ターンは持たせる”という言葉があったことだし、別動隊がこいつを操っている者をどうにかしようとしているのだろう。
そちらが首尾よくやってくれることを祈るしかない。
暫しの膠着状態が訪れ、ミドガルズオルムの動向を息を呑んで見守る。
この世界の1ターンがどれ位の時間なのかはよく分からないが、もう2ターンぐらいは経過しただろうか。
このまま終わってくれと願うばかりだったが、そうは問屋が卸さなかった。
怒り狂ったミドガルズオルムが再び動き始めたのだ。
狙いはもちろん私達――ではなく。私達を無視して結界の壁に強烈な体当たりを始めた。

「アイツ、結界をぶち壊すつもりだ……!」

見る見るうちに結界にひびが入り始めた。
コイツ、どうしても街を海の底に沈めないと気が済まないのか――!

「3ターン持ち堪えたら君の仲間がどうにかしてくれるんだよね!? ……なら!
――〈風精王の被造物(エアリアルウェポン)〉!」

姉さんはみのりにあと少し持ち堪えるだけでいいことを念押しし、呪文を唱える。
それは、風の魔力で出来た任意の部防具を作り出すスペル。
作り出されたのは、巨大なランス――と言っていいのか迷うほど巨大な、
見た目上だけはミドガルズオルムと戦うのに釣り合うほどの全長数十メートルのランスだった。
任意の部防具(特に大きさに制限無し)とはいえ、滅茶苦茶である。
姉さんはそれを頭上に掲げて平気で持っている。
風の魔力で出来ており重さは殆どないので、こういう事が出来てしまうのだ。

「えいやっ!」

姉さんはそれを適当な掛け声と共に適当にぶん回す。
この砂嵐の中でも聞こえるほどの風切り音が響き、ランスの刃にあたる部分がミドガルズオルムをかすめた。
例によって見た目が派手なだけでダメージは殆ど無いが、イラついたミドガルズオルムが再びこちらを向く。
気を引くことに成功した――この世界風に言うなら、ヘイトを取ったのだ。

「もう一段階〈俊足(ヘイスト)〉! さあ頑張って避けまくってね!」

ド派手なモーションで挑発しながら〈俊足(ヘイスト)〉の二重掛けで逃げ切る作戦らしい。
砂嵐の中なので最初よりは相手の動きがいくぶん遅くなっているのが救いか。
私が攻撃を避け、姉さんが巨大な槍を振るう。
傍から見ると一心同体の息ピッタリのパートナーに見えることだろう。
そっちは適当に槍ぶん回すだけでいいけど避けるのはこっちなんだから勘弁してほしい、
なんて馬が内心思っているとは誰も思うまい。
マジで頼むよ別動隊!

【付与魔法付きの砂嵐でミドガルズオルムを2ターン(?)抑えるも再び動き出し結界を破壊しにかかる。
命がけでミドガルズオルムの気を引きつつミハエル戦組に希望を託す!】

222embers ◆5WH73DXszU:2019/02/14(木) 06:05:09
『とにかくなゆたちゃんから離れろや!お前死んでから鏡で自分のツラ見たことねーのか?』

――こんな風になりたくなければ逃げるべきだって言ってるんだ。
脳裏に浮かんだ反論――しかしそれは言葉にならない。

『その荷物、別に誰かに預けんでもインベントリにしまっときゃ良いだろ。
 スマホないの?"元"ブレイブっつったが、スマホぶっ壊しでもしたのか』

何故か――切迫した状況/生来の素質/生前の体験。
つまり――【口論】スキルのレベル不足。

『あんたが何者なのかすげえ気になるけどよ、ぶっちゃけ今は新キャラ登場でワイキャイやってる場合じゃねえんだ――』

更に打ち込まれるロジックによる殴打。
洗練されたコンボルートの如く連なる正論。
未成年への誘拐未遂が疑われる不審者/人ならざる焼死体への効果は――当然、抜群。

『逃げろじゃねえんだよ。おめーが逃げんだよ!』

「……分かった。分かったよ。何を言っても無駄なんだな」

諦めたように呟く焼死体。
次に取る行動――両手を挙げる/半歩後ろへ。
引き下がった訳ではない。
両手を挙げる――つまり手を振り上げて/半歩後ろへ――踏み込む準備。
説得は不可能/ならば取るべきは実力行使――それが焼死体の下した判断。

「なら――」

『しめじちゃん、撤収ついでの避難誘導にこいつも連れてってくれねえか』

「――ちょっと待て、なんでそうなる?」

――俺を散々不審者扱いした後で、こんな少女を俺に……いや、少女に俺を預ける?正気か?
焼死体は呆気に取られ硬直――強硬手段を取るタイミングを失う。

『そうね。わたしもそれがいいと思う。しめちゃん、お願い』

――止めるどころか、同意した?一体どうなってる……いや、まさか。

困惑する焼死体の脳裏に、不意に訪れる閃き。
どう考えても撤退すべきこの状況/どう見ても不審者である焼死体。
しかし頑なに逃げようとしない異邦の魔物使い――そして己に委ねられた少女。

それらの要素から導き出される推理。
――あの子が無事に逃げる時間を稼ぐ為に、危険を承知で足止めをする気か……!
命をも顧みない献身――彼らを見誤ったかと、焼死体は己の不明を深く恥じた。

223embers ◆5WH73DXszU:2019/02/14(木) 06:05:40
『ね、『燃え残り(エンバース)』さん。あなたのお話はあとで聞くから……だから生き残って』
 
「――ああ、よく分かった。任せてくれ。必ず君達の期待に答えてみせる」

『ん? もう死んでるから生き残れっていうのはおかしいのかな……と、ともかく無事で!』

「いい、みなまで言わなくても大丈夫だ。全て理解してる」
 
『そしたら、いくらでも話を聞くから! またあとで会いましょ!』

「ああ――するべき事を終えたら、すぐに戻ってくる。また後で会おう」

そして焼死体は守るべき少女へと右手を差し出し――

『元の世界に帰る方法を探せ、って言ったわよね。物語に深く踏み込めば戻れなくなるって。でも――』

「……その話なら、後でちゃんとするよ。だから今は――」

『元の世界に帰る方法なら、もう知ってる。
 あの怪物を乗り越えた果てに……きっと。ううん必ず! 元の世界に続く道があるんだ!!』

「――ああ!そうだな!」

一つ誓いを立てた。
あの少女を速やかに安全な場所へ運び、事態が収束するまで決して戻ってくるまい。
無根拠な希望/それを信じ切った眼差し。
――彼女達と一緒にいては、この子は命が幾つあっても足りない。

224embers ◆5WH73DXszU:2019/02/14(木) 06:07:14
少女に先導され、焼死体は表通りへと出る。
逃げ惑う住民/ブレスに縦断された街並み――リバティウムは混沌に包まれていた。

「しかし……ええと、しめじちゃん、だったな。
 避難誘導と言ってもどうするつもりなんだ?そもそも、する必要があるのか?」

焼死体の問い――しめじ嬢は無言/返答代わりにタップされる液晶画面。
水面のように揺らぐ石畳/這い出してくる無数の骸骨。
生ける屍達は本能的に生命の気配を探り出す――人命救助、もとい追い込み漁には最適。

「……なるほど。手際が良くて何よりだ」

納得/呆然――入り混じった焼死体の声。

「じゃあ、俺達も逃げるとしよう」

当然そうなるべきと言った語調/焼死体がしめじ嬢の前へ回り込み/向き合う形で屈む。
そのまま右手で瞬時にスマホを没収/左腕で腹を巻き込むようにして担ぎ上げる。
そして戦線を離脱すべく走り出した。
当然のように抗議するしめじ嬢/焼死体は聞く耳持たない。

「悪いが、絶対に戻る訳にはいかない。君がこの街で出来る事は何もない」

更に激しさを増す抗議の声/焦土のような背中を容赦なく叩く少女の拳。
だが職業【引きこもりJC】のSTR補正では『燃え残り』のDEF値を上回れない。

「……なら、俺が実は君達の敵だったとしたら?もうおしまいだ。そうだろう?
 君達がしてる事は、それくらい危なっかしい、綱渡りなんだ」

奪取したスマホをちらつかせ/諭す焼死体。
しめじ嬢は暫し沈黙――しかし再び、両手に力を込める。

焼死体の背中を叩く為ではない。
ボロ布同然のローブを縋るように握り締める小さな手。
紡がれるのは、抗議ではなく、懇願の――震えた声。
【引きこもりJC】の腕力は焼死体の肉体を害する事は出来なかった。
だがその声は――燃え落ちた体の奥へ/心へ、容易く突き刺さる。

225embers ◆5WH73DXszU:2019/02/14(木) 06:08:42
「……彼らと一緒にいれば、いつか君は死ぬかもしれない。それでもいいのか?」

少女は即答――その程度の事は、とっくの昔に乗り越えてきた。

「……分かったよ」

対して焼死体の決断は――長い逡巡の末に、下された。

「なら、俺が君達のゲームに乗ろう。体を張って命をかけるのは、君じゃなくていい」

しめじ嬢を下ろす/膝を突いて目線を合わせる。
同時に、ぴしりと響く音――焼死体の双眸、枯れた眼球が、ひび割れていた。
その奥に燻っていた火が、空気に触れる事で、再び燃え上がる。

「勝利条件とユニットデータを、他にも留意すべき情報があるなら教えてくれ」

焼死体の声色が変わる。
迷いに塗れた臆病者の声から――力強く/強硬/まるで歴戦の兵士のように。
戸惑いながらも問いに答えるしめじ嬢/続く幾つかの質疑応答。

「分かった、もう十分だ」

不意に立ち上がる焼死体――スマホを返却/しめじ嬢に背を向け/語り出す。

「追ってきても構わない。だが恐らく無駄になると忠告はしておこう。
 よほどドギツい後出しジャンケンがない限り、この戦い、恐らく1ターンキルで終わる事になる」

そしてそう言い残して――走り出した。

226embers ◆5WH73DXszU:2019/02/14(木) 06:10:25
石畳を蹴る/手頃な窓を蹴り破り/窓枠を足場に更に跳躍/屋根の縁に指をかけ――よじ登る。
格段に開けた視界――その奥に降り注ぐ閃光/流星の如き炎。
極めつけ――突如現れる巨大スライム。

その間も走り続けた焼死体――程なく戦火の中心へ到達/屋根から飛び立つ。
滞空中に眼下を確認――見えたのは姫騎士装備のヤバい少女/その推定彼氏。  
そして二人と相対する金髪の美青年――この[騒動/ゲーム]のメインターゲット。

『ぉ……の、れぇ……!!』

――なんだか知らないが、随分と打ちひしがれてる様子だ。ベストタイミングで駆けつけたな。だが――

「油断するなよ!まだヤツのバトルフェイズは終了してないぜ!」

焼死体が着地/ローブの懐へ潜る右手――掴み/取り出す――半ばまで溶け落ちた直剣。
そのまま驚異的な脚力を以って[美青年/ミハエル]へ肉薄。
振り翳される白刃――だがミハエルは驚く素振りすら見せない。

新手の乱入を瞬時に察知/タブレットを操作/インベントリから漆黒の短槍を取り出し――右腕一本でカウンターを見舞う。

現代人とは思えぬ鋭い五感/身のこなし。
驚愕する焼死体――右腕を振り上げた事でがら空きの胴体/そこに突き刺さる迎撃の槍。

『は……ははは!これが君達の策か?だとしたら……最後の最後でお粗末だったな!ええ!?』

ほくそ笑むミハエル/残る敵共に対する残心を成すべく槍を引き――だが抜けない。
弧を描く、焼死体の黒焦げた唇――ぱらぱらと剥がれ落ちる、炭の欠片。

「どうしたチャンプ。知恵の輪遊びは苦手か?」

しめじ嬢より情報提供されたミハエルの手札。
防御障壁/堕天使――そして縫合者(スーチャー)をも殺める槍の腕前。
その内、堕天使――既に無力化済み。
防御障壁――アロハ男が特に言及しなかった事から策があると思われる。

であれば焼死体が奪い取るべき手札は、最後の一枚。
思いがけない幸運――ミハエルの得物が槍であった事。
生身の人間ではない焼死体にとって、それは極めて都合が良かった。

槍が突き刺す武器である関係上、生理機能が既に損なわれた体ならば『敢えて受ける』事が出来る。

入射角を上手い事調節すれば、穂先を肋骨で挟み、囚える事も。
つまりこれは、死せざる者のみが実行可能な真剣白刃取り。
データを収集/対策を練る――そして導き出された攻略法。
実行し/結果は上々――喜色を増す焼死体の笑み。

『さあ――今よ、明神さん!』

今なお双眸に宿る灯火の奥に、[勝利/ゲームクリア]の幻想が揺れた。
他には何も、焼死体の眼に映らない/思考に浮かばない。
守らなければ/逃がさなければ――そう思っていたはずの、[命/ユニット]さえも。

227明神 ◆9EasXbvg42:2019/02/21(木) 08:00:30
焼死体と空飛ぶ馬の介入はともかくとして、それぞれの持場と役割は決まった。
石油王は俺達に例の藁人形を配り終えると、エカテリーナに運ばれて姿を消す。

>「はぁ〜せわしないけどしゃあないねえ
  真ちゃん、なゆちゃん、しめじちゃん明神のお兄さん、お気ばりやすえ〜
  ほならエカテリーナはん、ポラーレはん、あんじょうよろしゅうに」

不確定要素はあるにはあるが、ミドやんサイドについては任せちまって良いだろう。
あの女、石油王は、やるっつったからには不足なく仕事をこなす。
確信めいた信頼の根拠は、お姉ちゃんとエカテリーナがついてるからってわけじゃない。

真ちゃんやなゆたちゃんの戦闘能力を俺が疑わないのと同様に。
つまりは――そろそろ俺たちも、短い付き合いじゃねえってことだ。

馬(+α)と合流を果たした石油王達。
エカテリーナが虚構結界を展開し、ミドガルズオルムを丸ごと迷宮の中へと引きずり込む。

これでこっちからは何も観測できなくなった。
あの結界が解けたとき、石油王達が生きているかどうかは、もう神様だって知りゃしねえだろう。
それが石油王の配慮だったのかは分からねぇが……おかげで俺たちは、ミハエルと堕天使に集中できる。

>「ふん。諸君ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の思惑はどうあれ――ならば遠慮なく利用させて頂こう。
 せいぜい、最後まで私のために踊ってくれたまえ」
>「上等! わたしたちのダンスが激しすぎて、ついていけませんなんて泣き言言うんじゃないわよ!」

つい数分前まで敵対してた連中の翻意におもくそ戸惑ってるライフエイク。
なゆたちゃんがそのケツをけたぐり回し、いびつな共同戦線は完成する。
俺もぼさっと観戦してる場合じゃねえ。とっとと配置につくとするか。

「安心しろよライフエイク。お前の想像してるような深慮遠謀なんざどこにもねえよ。
 他人の恋バナっつーのは、俺たちの世界じゃ娯楽の一大ジャンルなんだ。
 せいぜい傍から眺めて楽しませてもらうぜ。お前が告って玉砕するサマをよぉ」

無駄に勘繰ろうとするライフエイクに俺はそう言い捨てて踵を返した。
拗れに拗れ切って、一度は悲恋に終わったラブコメを、俺たちはテコ入れしようとしている。
じゃあ何だ、俺たちは恋のキューピッドで、ミハエル君はマリーディアを手篭めにしてる恋敵ってか。

……わりと間違ってねーのがなんとも腹立たしいところだな。
ほんじゃキューピッドはキューピッドらしく、弓矢でも射ちにいこうかね。
射抜くのはヒロインのハートじゃなくてクソガキのゲーム機だけどな。

俺は路地を駆け抜け、予め目星をつけておいた建物へと向かう。
ミハエルまで一直線に射線が通っていて、仮に奴が移動しても捉えやすい位置。
住民が避難して無人となった民家、このあたりがベストだ。

こっちの動きはミハエルにも筒抜けだろう。
敵の位置を捕捉する『導きの指鎖』は、中級以上のプレイヤーなら誰でも入手出来る。
タブレットを狙撃するという目論見も、ミハエルは想定済と考えて良い。

狙われていると知っていてなお奴がその場を動かないのは、
ミハエル自身ミドやんを制御するために距離をとるわけにはいかないからだ。

あとは、狙撃を防ぐ絶対的な自信もあるんだろう。
奴が展開してる防御障壁は、遠距離攻撃や魔法に対して無類の耐性を誇るスペル『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』。
海外で先行実装されて以来、まだ国内では情報もロクに出回っちゃいない。
廃人どもが必死に実装国のパッチノートを翻訳して、ようやくそのバランスブレイカーな仕様が明らかになった。

仮にベルゼブブが『闇の波動』を叩き込んだところで、障壁にわずかなヒビも入るまい。
ステータスの差がどうとかじゃなくて、『遠隔・魔法攻撃を100%カットする』という仕様の最上級スペルなのだ。
国内で実装された日にゃ、環境メタが総代わりするくらいのぶっ壊れスペルである。

228明神 ◆9EasXbvg42:2019/02/21(木) 08:01:06
不落の障壁で遠距離攻撃を無効化し、近接戦闘は障壁越しに槍のリーチを活かして立ち回る。
近接特化の相手なら、爆撃可能な堕天使で容易く抑え込める。

実にシンプルな教科書通りの戦術だ。そしてシンプルゆえに、隙がない。
地力が最強なミハエルが使えば、無敵と言っても過言じゃなくなるだろう。

正攻法じゃどうやったって、ミハエルの障壁は破れない。
……好都合だ。俺は始めっから、正攻法なんざ使う気ねえからよ。

堕天使とライフエイク告らせ隊の戦闘は佳境に入ろうとしていた。
藁人形越しに連中のやり取りがこっちまで聞こえてくる。

やっぱすげーわなゆたちゃん。チャンピオン相手に一切引かずに激論ぶち撒けてら。
プレイヤーとしてだけじゃなくレスバトラーとしても一線級だ。
そんなとこまでモンデンキントの野郎に似なくて良いのよ……?

>「真ちゃんとグラちゃんの渾身の時間稼ぎ、無駄にはしないわ!
 さあ、卓をひっくり返すわよ! 『融合(フュージョン)』――プレイ! 
 ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――」

真ちゃんとレッドラが堕天使を押さえ込み、その隙になゆたちゃんがスペルを手繰る。
喚び出されるのは、津波の如き大量のスライム。
積み重なり、結合して、俺たちのよく知る守護神の姿へと変貌していく!

>「G.O.D.スライム!!!!」

……んん?あれ???
コンボパーツがリキャ待ちだからゴッドポヨリンさん使えないんじゃなかったの!?
まさかこの期に及んで仲間内で腹芸かましてたなんてことはあるまい。
そもそも虚偽の申告をする合理性がないし――あいつはそういうことしないと、俺は知っている。

なら、考えうる可能性は二つの一つ。
土壇場で強引にコンボを成立させる手段を手に入れたか、あるいは。

>「でも、トリックは見破った――このG.O.D.スライムは!
 『陽炎(ヒートヘイズ)』で作られた幻だろう! 甘いんだよ――!」

ゴッドポヨリンそのものが、ブラフ。
ミハエルも同じ推論に行き当たったのか、幻影を晴らすべく堕天使を吶喊させる。
如何に指輪で強化した幻影だろうと、堕天使のステで殴れば容易く霧散するだろう。
そうなれば、あとに残ってるのは無防備なスライム一匹だけだ。

……だけどなぁ。甘いのはお前だぜ、チャンピオン。
お前と対峙するその女は。巨大スライムを駆るそのプレイヤーは。
ゴッドポヨリンとかいうインチキレイド級ありきの戦術なんざ、初めから当て込んじゃいねえよ。

突っ込んでいく堕天使を迎えるように、巨大ポヨリンさんがあぎとを開く。
そして――まるで獲物を捉えた食虫植物だ。堕天使はスライムの波濤に飲み込まれた。
流石のミハエル君も何が起きたのか把握できてないんだろう。
口半開きのマヌケ面でことの成り行きを見守ることしかできない。

あの巨大スライムは、ゴッドポヨリンさんじゃあない。
真ちゃんのスペルで見た目だけ粉飾した、単なる『巨大なスライム』だ。
無論、戦闘力においてはレイド級と比べるべくもない。ふっつーのスライムの一種よ。
堕天使のパワーなら内側からだって容易くぶち破って脱出できるだろう。
……まともに動けたら、の話だけどな。

>「く……、ぉ……! この……雑魚プレイヤーごときがぁ……!
 立て!堕天使(ゲファレナー・エンゲル)! 立ってこいつらを皆殺しにしろ――!!」

229明神 ◆9EasXbvg42:2019/02/21(木) 08:01:50
ミハエルは歯軋りでも聞こえてきそうな表情で堕天使に指示を飛ばす。
堕天使に反応はない。なゆたちゃんが抜け目なく仕込んでた、麻痺毒にやられているからだ。

……こいつだきゃあ敵に回したくねえな。マジでよ。
信じられる?ミハエルがブラフを看破するとこまで完璧に読み切ってカタにはめやがったよあいつ。
どんだけ細い綱渡りだよ。顔色一つ変えずに渡り切ってやがる。
しめじちゃんもびっくりのギャンブラーだわ。

そして、ベットした対価の重さは、そのままリターンのでかさとなって返ってくる。
堕天使は、最強無敵の空の覇者は、今や地面に這いつくばる咎人だ。

自慢の六枚羽もべっとりと身体に張り付いて飛べそうにもない。
麻痺が切れるまでの数ターンの間――この空の支配者は俺たちだ。

>「油断するなよ!まだヤツのバトルフェイズは終了してないぜ!」

その時、どこから降ってきたのか例の"燃え残り"がミハエルのすぐそばに着地。
懐から半分溶けた剣を抜き放って背後からミハエルに襲いかかる。

「あいつ……!戻ってきやがったのかよ!」

路地裏で遭遇した元ブレイブ・現アンデッドは、しめじちゃんの引率で避難していたはずだ。
それがなんでここに居る?しめじちゃんはどうなった?
瞬間的に疑問が脳裏を駆け抜けていくが、流動する戦況は予断を許ちゃくれない。

ミハエルの障壁に阻まれない、純粋な白兵攻撃。
燃え残りが着地したのはライフエイクを貫いたあの長槍の間合いの内側だ。
槍のリーチを逆手に取った、100点満点をあげたい完璧な不意打ちだった。

だが……浅い。
指鎖で事前に接近を察知していたらしきミハエルは既に迎撃に動いていた。
タブレットから新たな武器、間合いを補完する短槍が吐き出される。

単なるゲームオタクとは一線を画す無駄のない動きで、燃え残りの攻撃の出鼻を挫いた。
ガラ空きの胴体に、短槍が突き立てられる――。

>『は……ははは!これが君達の策か?だとしたら……最後の最後でお粗末だったな!ええ!?』

突如現れた焼けゾンビを華麗に退治して、ミハエル君超ドヤ顔してる。
こいつめっちゃイイ顔するなぁ。そりゃ動画映えするわ。クソイケメンが、死に晒せ!
そのドヤ顔が、固まった。突き立った槍が全然抜けねーからだ。

>「どうしたチャンプ。知恵の輪遊びは苦手か?」

そして燃え残りもドヤり返した。
人体に刃物を突き立てると肉が締まって抜けなくなるとか聞いたことがある。
それって死体にも有効なの?とか思うところもあるけれど、理屈はどうあれ結果は同じだ。
――今、ミハエルは完全に足を止めている。

>「さあ――今よ、明神さん!」

なゆたちゃんがこちらを振り仰ぎ、水を向ける。
俺の方も、狙撃準備は既に完了していた。

「GJ。……やれ、ヤマシタ!」

狙撃位置でサモンしたヤマシタが、キリキリ悲鳴を上げる弓を解き放った。
矢羽が風を切る甲高い音を置き去りに、命中バフの加護を受けた矢が飛翔する。
地に伏せる堕天使の頭上を横切り、未だ未練がましく短槍を手にするミハエルへ直撃した。

230明神 ◆9EasXbvg42:2019/02/21(木) 08:02:37
「noobがっ!どれだけバフを盛ろうがイージスは抜けやしないんだよ!
 タイラントの主砲だって跳ね返せるのは実証済だ!
 ローウェルの加護も、超レイド級も、ゲームのルールだけは絶対に覆すことはできない!」

ずいぶんメッキも剥がれちゃいるが、ミハエルの言葉は正しかった。
『神盾の加護』は仕様通りに効果を発揮し、ヤマシタの矢は儚く砕け散る。

「ずいぶん余裕が失せてきたじゃねぇかチャンピオン。よってたかってボコられんのは初めてか?
 だけどお前の言う通りだぜ。クソみてぇなアプデでもかまさねぇ限り、スペルの仕様は絶対だ」

気まぐれな開発が思いつきで修正を入れないうちは、仕様が覆ることはない。
俺たちプレイヤーにとって仕様は絶対の法であり――だからこそ、穴を突くうまみがある。

ミハエルにぶつけたのは、たった今弾け飛んだ矢……だけじゃない。
支えを失ってふわりと自由落下し、ミハエルの足元に転がった、俺のスマホ。
矢にくくりつけて、スマホごとヤマシタに撃たせたのだ。

「――――ッ!!」

持ち前の洞察力で素早く意図を察したのか、ミハエルは煽ることすら忘れてスマホを蹴り飛ばそうとする。
もう遅い。俺の隣から姿を消し、スマホから再出現したヤマシタが、その足を掴んで止めた。
至近距離。『神盾の加護』が働かない、近接戦闘の間合いだ。

『人のスマホ蹴るんじゃねぇよクソガキ。ドイツの教育は遅れてんなぁ。
 ふつー学校で習うだろうが、スマホと人の頭は蹴っちゃダメってよ』

ヤマシタの持つ藁人形越しに煽りをぶちかませば、ミハエルのイケメン面がビキっと引きつる。
ああー気持ちええんじゃぁー。クソガキを煽り倒したいだけの人生だった!!!!!

――最上位防御スペル『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』は、術者を対象にする射撃や投擲、魔法を完全に防ぐ究極の障壁だ。
物理的な壁を作り出すのではなく、まさにイージスシステムみたくあらゆる飛び道具を迎撃する。
ミハエル本人の言う通り、たとえ超レイド級の必殺技であっても、飛び道具である限り貫くことはできないだろう。

仕様でそうなってる以上、例外はない。
そしてそれは、術者への攻撃以外なら『例外なく通す』ということでもある。
『神盾』は、通すものと通さないものを明確に区別しているのだ。
でなきゃ空気とか光とか、あるいは自分の使う魔法まで問答無用に遮断しちまうからな。

薄く、軽く、スペルを起動しているわけでもないただのスマホは、『攻撃』とは認識されない。
攻撃力がないからだ。術者を害するもの以外は、神盾の迎撃判定を通過できる。
矢は弾かれても、スマホだけはミハエルの足元へと辿り着いた。

スマホが地面に転がると同時、周回用マクロが自動でコマンドを選択してアンサモンとサモンを実行。
そうしてヤマシタがミハエルの至近距離に召喚されたっつーカラクリだ。

『そら、捕まえたぜチャンピオン。女子高生ばっか構ってないでそろそろ俺とも遊んでくれよ』

白兵戦なら、神盾に排除されることはない。
ヤマシタは剣を抜いてミハエルへ斬りかかる。

革鎧はモンスターとしては貧弱極まるが、それでも人間よりは遥かに強い。
長槍の間合いの内側で、短槍は燃え残りに突き刺さったまま。ミハエルはほぼほぼ無防備だ。
どっからどう見ても窮地の状況に、世界チャンピオンは犬歯を見せて笑った。

「想像力が足りないなぁ、新参者!パートナーが落ちたらプレイヤーは無力だとでも?
 ライフエイクを、あのレイドボスを一撃で葬ったのは堕天使じゃない。――この僕だ!」

ミハエルが短槍から手を離し、空いた手でタブレットを手繰る。
攻撃スペルでヤマシタも燃え残りも全部消し飛ばすつもりだ。

231明神 ◆9EasXbvg42:2019/02/21(木) 08:03:43
――ミハエルは強い。間違いなく世界最強の実力者だ。
奴の最大の武器は強力な課金モンスターや、まして白兵戦の強さなんかじゃない。
どんな状況からでも常に最適なカードを選び取れる、判断の素早さと正確さ。
ミハエルはその卓越した洞察力と思考力で、ほとんど脊髄反射的に最適解を選ぶ。

想像以上に追い込まれ、余裕を失った今でも、手だけは機械みたいに的確に操作を行っている。
肉薄され、武器を制限された今の状況。加えて奴は俺の手札も見透かしている。
防御もスペル阻害も持ってないヤマシタや燃え残り相手なら、攻撃スペルでの迎撃が最も効果的だろう。

……俺たち邪悪なる者にとって、こんなにもカタに嵌めやすい相手はいねぇよ。
常に最適解を選ぶってことは、選択する手段が完全に決まってるってことだからな。

つまり――俺にはミハエルが何をしてくるか、大体予想できた。
予想できたから、それに対抗する手も事前に打っておけた。

「勉強しとけよ優等生!こいつが邪悪な大人のやり口だ」

地面のスマホの中で、秒数指定したマクロが再びスペルを起動する。
『黎明の剣(トワイライトエッジ)』。武器やアイテムに光をまとわせ、攻撃力を上昇させるバフスペルだ。

とはいえ、元から貧弱なヤマシタにバフを盛ったところで、ミハエルは倒し得ないだろう。
それだけの圧倒的な実力差が、俺とチャンピオンの間にはある。
だから、バフの対象はヤマシタじゃない。

ミハエルのすぐ傍にスマホがある、今なら自バフの短い射程距離でも十分だ。
――奴が手の中に抱えている、タブレット。
攻撃力上昇の光が、タブレットをまばゆく染め上げた。

「なっ――」

ミハエルが息を飲むより先に、その手からタブレットが離れた。
見えないハンマーで殴り飛ばされたように、手から弾かれたタブレットは宙を舞う。

「『黎明の剣』のバフは加算方式だ。たとえ攻撃力が0のアイテムでも、バフを受ければ攻撃力を得る。
 たった今、てめーのタブレットは武器になったんだよ。この俺の、投擲武器にな」

『黎明の剣』は武器だけじゃなく、近くにある適当なアイテムを対象にすることもできる。
例えばその辺の石ころにバフをかければ、そこそこの攻撃力をもった投擲武器になるわけだ。

ミハエルのタブレットは、バフが効いている間だけは仕様上、『俺の作り出した投擲武器』という扱いになる。
投げればフリスビーみたくよく飛ぶし、ぶつかりゃダメージを食らう、硬い板――

「てめーの防御スペルは"敵の飛び道具"を自動迎撃し、排除する。……そういう仕様だ」

「そんな屁理屈が――」

「こんな屁理屈でも声に出してゴネまくれば――通ることもあるんだぜ」

「良い歳した大人の発言かそれが!?」

全うとは口が裂けても言えまい。だがこれが、俺たちクソコテの戦い方だ。
弾かれた速度そのままに地面を穿ちながら滑るタブレットを、俺は足で受け止めた。
フレンドリーファイアが無効になってなけりゃ攻撃力で受け止めた足が折れでもしてただろう。
そのへんもやっぱり、仕様に感謝だな。

ミハエルは俺がタブレットを拾い上げたのを認めると、ヤマシタをねじ伏せて息を大きく吸う。
奴のこった、万が一タブレットが手元を離れたときの為の次善策くらいは用意してるだろう。

……たとえば、音声認識で移動や攻撃のスペルを起動出来るようにしておくとかな。
そいつも予想済だ。俺は耳を塞ぐ。

232明神 ◆9EasXbvg42:2019/02/21(木) 08:04:41
マクロに仕込んでおいた最後のスペル、『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』が発動する。
耳をつんざくようなバカでかい音を立てる、ただそれだけの嫌がらせスペルだ。
だがその音はプレイヤーとパートナーの意思疎通を阻害し、集中力を奪う。

音響攻撃は当然ミハエル本人には『神盾』に防がれて届きゃしないが――タブレットのマイクを潰すには十分だった。
ミハエルが何か叫んだが、それはタブレットにも俺の耳にも入ることなく雑音に塗りつぶされた。

「く、そ……返せ……!」

「はいはい、あとでね」

ミハエルの怒号を聞き流しつつタブレットに指を走らせる。
奴が操作するまさにその瞬間に奪う必要があったのは、画面ロックをさせないためだ。
パスワードも指紋認証もすぐには解除出来ないからな。

タブレットで起動してるブレモンアプリは当然の如く海外版だ。
表示されてる文字もドイツ語っぽかった。インターフェイスは日本版と同じだが、書かれてる文字は読めない。

そういや当たり前のようにミハエルと会話してっけど、あいつ日本語喋ってんの?
なんかこう、異世界モノあるあるで、うまいこと翻訳されてんのかね。

まぁいいや、めんどくせぇからタスクマネージャ開いてアプリを強制終了だ。
最初に降り立った荒野で、ヒマ過ぎてスマホを弄り倒してた俺は、アプリ落とすとどうなるかも実証済だった。

そろそろ麻痺も解けそうな堕天使の輪郭にノイズが走り、溶けるように消えていく。
同様にミハエルがインベントリから出した二本の槍も霧散した。
ディスコネクションエラー。魔力の供給が途絶えて、存在を維持できなくなったのだ。

パートナーも武器も、完全に消滅。
身にまとう黒のローブが消えてないのは、ゲーム内アイテムじゃなくてこの世界でしつらえたものだからか。
とまれかくまれ、再びアプリを起動して再召喚するまで、ミハエルはただのゲームが得意なクソガキに過ぎない。

つまり……今この場でものを言うのはリアル暴力だ。
そして暴力において俺たちが負ける要素は一つもねぇ。
誇り高きマイルドヤンキーの真ちゃん先生がいらっしゃいますからな!!

例え俺がミハエルとの殴り合いに負けても、後ろには真ちゃんが控えている。
死にかけのライフエイクだって、生身のミハエルくらい三秒でノせるだろう。
すぐ傍に燃え残りも居るしな。

俺が肩をいからせながら一歩踏み出すと、ミハエルは切れ長の目でぎょろりとこちらを睨めつけた。
自分が無力に成り下がったことを理解しているのか、抵抗する様子はない。
優位にあるのは俺なのに、気を抜けば圧倒されそうなくらい、ミハエルの気迫は衰えない。

233明神 ◆9EasXbvg42:2019/02/21(木) 08:05:35
「……良いのか?のこのこと近づいてきて。僕がまだ武器を隠し持ってるとは思わないのか?
 『神盾』はもう消えている。殺すなら遠距離からスペルや弓で撃てば良い」

「んな大人げねぇこと出来っかよ。クソガキ黙らすだけならゲンコツ一発で十分だ」

俺の言葉に、ミハエルは笑った。
何が面白かったってわけでもねえんだろう。奴の眼には、赫々と燃える怒りがあった。

「そりゃ面白い。やってみなよ!君のようにくだらない暴力に走る大人を、僕は何人も黙らせてきた!
 元の世界でも、この世界でもだ!何も変わりはしない!呪われてあれ、アルフヘイム!
 僕がここで果てようとも、ミドガルズオルムは止まらない。"戦争"は既に動き出している!」

「いーや、止まってもらうね」

「どうやって?あれはもう僕の手を完全に離れている。
 もっとも、僕の支配下に置いたところで、おとなしく眠らせるつもりなんてない。
 残念だったなぁ。君たちは、アルフヘイムは既に、詰んでいたというわけだ」

俺は握った拳を振り上げる。
ミハエルはピクリと身を硬直させるが、眼を瞑るでもなくまっすぐ俺を見据え続けていた。

この拳を振り下ろし、溜飲を下すのは簡単だ。
でもその前に、俺にはやるべきことが残っている。

「どうもこうもねぇよ。バトルフェイズはもう終わった」

拳をほどいて、ミハエルのローブに突っ込んだ。
想定してなかった行動にイケメンが変な声を出すのを無視して、奴のポケットを漁る。

……あった。
小宇宙を詰め込んだような深い輝きに満たされた、小さな瓶。
悲劇の女王マリーディアがその身を変えた、報われざる恋の雫。
ローウェルが俺たちに回収を指示したイベントアイテム――『人魚の泪』。

「ここから先は、ラブコメの時間だ」

俺は踵を返し、ライフエイクの治療にあたるなゆたちゃん目掛けて小瓶を放り投げた。
お前も見てけよミハエル君。御年数百歳の爺婆が繰り広げるキッツいキッツい惚れた腫れたをさ。

背後で、ローブが衣擦れする音が聞こえた。
ミハエルが何かしようと身じろぎしてるんだろうが、俺はもう振り返らない。

子供を黙らすにはゲンコツ一発で十分だ。
そしてそのゲンコツは……俺のものでなくたって良い。


【障壁の仕様を悪用してタブレットを奪取。アプリを強制終了して無力化
 人魚の泪を奪い、なゆたちゃんに放り渡す。ミハエルが背後でなんかやってる】

234五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/02/25(月) 20:18:10
ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】
それは4週間にわたって繰り広げられた同時多発レイドイベント
世界がアルフヘイムと二ヴルヘイムに分かれる際にに封印されたといわれる六柱の魔神
それぞれ頭・右腕・左腕・胴体・右足・左足・尻尾・翼にバラバラにされていたが、アルフヘイム・ニブヘイムの二重世界を破綻させ新世界を作ろうと目論む秘密結社によって復活させられようとしていた
第一週は両腕、第二週は両足、そして第三週は尻尾と翼
復活したパーツ単体でも強力なうえ、6体*2部位12か所とプレイヤー側は戦力の分散を強いられる
各週のレイドの成否によって最終週に復活する魔神の強さが左右される

完全体で復活すればプレイヤーに勝ち目はない、といわれるほどの超レイド級モンスター
第六天魔王、クロウクルワッハ、ケッツァコアトル、アジダカーハ、マーラそしてパズズ

この六体のモンスターは特殊捕獲方式であり、各週の前哨戦レイドで討伐成功した時、累積最大ダメージを与えた者に捕獲される
最終週レイドでは、合体した部位数に応じて与ダメージ上位者に捕獲される
捕獲されたモンスターはバラバラな状態では機能せず、また捕獲方からして一人で集めるのは不可能
単体ではモンスターとして機能せず、8部位中、頭部を含めた5部位以上揃ってようやく活動たりえる。
実質記念品扱いであったが、みのりは前哨戦で右腕を、そして本戦で頭部を獲得していた

大手レイドチームがクロウクロワッハを揃えたと話題になったが、その所有権をめぐりチームが崩壊という大変後味の悪い事件が起こり、それ以降は揃えようという者はいなくなる
時折レア画像として出てくる程度で、実際に揃えられたという話は噂以上に登ることはなかった

**********************************

みのりのプレイスタイルはイシュタルの耐久力を回復スペルで支える事によりダメージを累積させ反射するバインドデッキ
レイドにおける役割としてはタンクであり、その構成はアタッカーありきの特化構成になっている
廃課金の資金力で高性能を誇るタンクとくればレイドチームからの誘いは多かったのだが、みのりはどのレイドチームにも参加しなかった
いや、参加できなかった
仕事が時間的に不安定過ぎて、チームに所属することが大きな負担になってしまうからだ

チームに所属しない以上、即興でチームを組む野良レイドがメインとなるのだが、恒常的にレイドを巡るチームに比べその頻度も質も何よりも練度が明らかに落ちる
にもかかわらずみのりのプレイングは熟達し百戦錬磨の様相を呈していた理由は、左手に隠し持っている二台目のスマホにあった
そう、みのりは二台のスマホを持ち2アカウントで一人レイドを繰り返していたのだ

イシュタルの腹部には左腕と右足の欠けた小さな青銅の像が召喚されており、それこそが今二台目のスマホにパートナーモンスターとして現在登録されているのが六芒の魔神が一柱、熱風と砂塵の王パズズである
今までみのりがどの場面でも余裕の態度を崩さずにいられたのは、【自分一人でならあらゆるちゃぶ台をひっくり返し生き残れる】という自信があったからだ




猛烈な砂嵐の中、ガリガリという音が響き渡る
ミドガルズオルムの固い鱗や外皮に暴風に乗った砂が叩きつけられているのだ
結界のおかげで海に潜って逃げる事もできず、ダメージを与えられないまでも砂嵐の牢獄に囚われたままの状態
超レイド級を不完全な超レイド級の力で抑え込めているのはカズハの風の力の上乗せというあり上出来と言えるだろう


だが、みのりの表情はその状態とは裏腹に、先ほどまでの凶暴さは鳴りを潜め徐々に青ざめてきている
その理由はみのりの視線が注がれる二台目のスマホのクリスタル数表示にあった

現在アルフエイムではクリスタルの減少現象が起こっている
ローウェルの指輪のクエストのおかげで一行のクリスタル問題は解決してはいるが、根本原因は未解決のまま
元々カンストするまでクリスタルを保有していたため、半減してもまだ膨大なクリスタルを所有していた
が……パズズ召喚でごっそりとクリスタルを消費し、そして召喚状態を維持するのにもクリスタルは消費され続けていた

更にスケアクロウの内部に召喚したことにより、スケアクロウの武器判定になったからであろうか?
烈風の加護(エアリアルエンチャント)を受け砂嵐の威力が何倍にも膨れ上がったのと同じくしてクリスタルの消費ペースも何倍にも上がる

クロウクロワッハを揃えた大手レイドチームがめったに使用しなかった理由の一つでもある
そのことはモンスターインフォを見てわかっていたが、その消費ペースはインフォに記されていたペースをはるかに上回る
これもアルフヘイムを覆うクリスタル減少現象の影響であろうか?

既にパズズを再召喚できるラインを越え、更に召喚を維持できないラインに達するのは時間の問題であった


みのりの強みは【莫大な資産】と【不完全とはいえ超レイド級のモンスターを個人所有している】という事だった
しかし今、その両方の強みを失おうとしているのだ

235五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/02/25(月) 20:24:41
「ふ、ふふふ……冷静なつもりやったけど、やっぱテンション上がってたのねぇ」
しめじの死と蘇生、世界チャンピオン金獅子の登場、超レイド級ミドガルズオルムの出現に高揚し己の切り札を使い果たしてしまったのだから


予感はあった。
パズズは所有しているだけで十分な抑止力になるが、この世界で生きていく以上、いつか使わざるえない
しかしその相手はアルフヘイムの王とおそらくは真一となゆた、ともすれば明神やしめじも含めた者たちになるだろうと

共に旅をする仲ではあるが、ゲーム設定に殉じアルフヘイムに従い、そしていつか現実世界に戻ろうとする彼らと自分とではいつか決定的に袂を分かつ時がくる
みのりはこの世界に住むつもりであるし、それができるのであればアルフヘイムもニヴルヘイルムもどちらでもいい
寧ろアルフヘイムを盲信的に良しとするつもりなどなく、説明もなくいいように振り回す態度に不信感を越え不快感まで持っているのだから

その時、自分の最大の敵となりうるのはこの世界の住人ではなく共に旅した彼らになるであろうと
そういった予感もあり、みのりは彼らを仲間とは思っておらず、藁人形を使い常に動きと情報を把握していた
二台目のスマホの事もパズズの事も明かしてこなかったのだ
そしてこれからも、【その時】が来るまで明かすことはない、と思っていた

のだが……現実問題、今この場でパズズを呼び出しもはや再召喚どころか、クリスタルを使いきる勢いで足止めをしてしまっている
蘇ったとはいえ、しめじの死がこうまで自分に影響を与えるとは
気を許していないつもりであっても、いつの間にか仲間として認めていたという事なのだろうから


「……うちって自分で思っているより弱い女やったんねぇ」
自嘲気味に呟くと、顔を上げる
その表情は先ほどまでの青ざめた顔ではなく、振り切れたように晴れ晴れとしていた

砂嵐の吹き荒れる結界内を縦横無尽に駆け回りミドガルズオルムをけん制し続けている
繰り出される水砲は躱せてもそのまま消えるわけではない
砂嵐によって減退されてはいても結界に打撃を与えている
とはいえこちらからの決定打が打てるわけでもなく、なんとか時間稼ぎができている、という状態である

「時間稼ぎもそろそろ限界やし、どうせなら最後に一発かましてみまひょ」

カザハの後ろから、その巨大なランスを持つ手にそっと手を添えるみのりの手は藁に覆われていた
手だけでなく、スケアクロウをボディスーツのようにして自身を覆っている

そしてカケルの背の上、カザハの前には獅子の頭と腕、人の体、鷲の脚、四対の翼、蠍の尻尾……左腕と右足が欠損している青銅の小さな像が浮いていた
それこそが六芒の魔神の一柱熱風と砂塵の王パズズである
存在するだけで形成される力場が透明な防壁となり、二人と一頭を包む
パズズの低い呻き声を上げるとともに、砂嵐が風精王の被造物(エアリアルウェポン)によって作られた巨大なランスに収束していく
凄まじい熱風と砂塵の凝縮に周囲の空間が歪む

「さっきブレイブとか言うてたけど、後でゆっくり聞かせてえや?生き残れたらの話やけど」
自分だけちゃっかり防護服を着て熱風から身を守り、巨大なランスを構えさせ囁くと

「ハブ―ブランス!」

身の丈を遥かに超える径となったランスの外周部から熱風が噴き出し凄まじい推進力となる
噴き出した熱風は背後に回り、みのりの背を推し更なる推進力となる
カケルのお尻もかなり熱そうだけど、頑張れ!
ジェットのように噴き出す熱風は、そして追い風となり押すそれは否が応でもカケルの進路を強制し、ヘイスト二重かけの効果もあって暴風が如き速さの杭となりミドガルズオルムの口へと突き進む

砂嵐が収まり身動きがとれるようになったミドガルズオルムが怒りの咆哮と共に万物を押し流すが如き波濤を繰り出した


両者の激突はすさまじい衝撃を生み、エカテリーナが形成していた結界は崩壊
水飛沫が上がり、その中に仰け反り口から血を流したミドガルズオルムがその巨体を浮かび上がらせる
多少のダメージは与えたようだが、打撃というにはほど遠い
寧ろ怒りに満ち満ちた目で本格的に暴れだそうとするその先に捉えるものが……吹き飛ばされたカザハとカケル、そしてみのりであった

大きくヒビの入ったパズズは色を失い消えていく、と共に三人を覆っていた半透明の球体も消えてしまった
超レイド級モンスターパズズが出現する事で形成されていた力場が防御壁となって三人を衝撃から守っていたのだが、それもここまで
みのりの左手のスマホに表示されるクリスタル残量は7となっており、パズズを現出を維持できる限界を超えてしまったのだ

ここに、みのりは膨大なクリスタルと強大な力を失ったのだった
だが悔いはない
それは眼下に見える真一やなゆた、そして明神たちがそれぞれの役割を果たしたのであろうから

「ちょうどええ所に吹き飛ばされたわ、あれがうちの【仲間】のブレイブやよ
多分もう終わるところやと思うわ」

堕天使の姿はすでになく、金獅子も跪いている
そしてボロボロになりながらもライフエイクの姿も見える
その状況を見れば明らかだが、それ以上に仲間を信じていたから

「頃合いやし、あそこに降りたってえな。
あんたさんもブレイブやって紹介するし、色々聞きたい事もあるよってな」

エンバースとカザハ(&カケル)、共にモンスターの身でブレイブを名乗るこの二人
そしてニヴルヘイムについていたであろう金獅子
新たに三人のブレイブに聞きたい事は山ほどある。のだが、まずはこの騒動の決着をつけてからだ

みのりの手には今、収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)によって召喚された大鎌が握られていた

236崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/25(月) 20:46:39
堕天使は地に墜ち、その神々しい姿を無様に床に這い蹲らせている。
自分の仕事はこなした。なゆたはすかさず明神に合図を送ろうとした、が――

>「油断するなよ!まだヤツのバトルフェイズは終了してないぜ!」

不意に、頭上で声が聞こえた。と思えば、空から何者かがミハエルの至近に降ってくる。
それは、つい今しがたメルトと一緒に戦闘フィールドから離脱したはずのエンバース。
なんと、エンバースは明神と自分が逃げろと言ったにも拘らず、メルトから離れてこちらに戻ってきてしまったらしい。

「なんで戻ってきてるの――――――――――っ!!!??」

がびーん! となゆたはショックを受けた。
おまけに、ミハエルに奇襲をしようとしてあべこべに返り討ちに遭っている。彼の本来の長さを失った剣では、ミハエルは斬れない。
反対にミハエルはなゆたにとってもまったくの想定外だったこの奇襲さえ予見していたという風に凌ぎ切り、槍を叩き込んでいた。
普通ならば致命の一撃。――しかし、そこにエンバースの仕掛けた陥穽が。ミハエルをさらに縛り付ける罠があった。

>「どうしたチャンプ。知恵の輪遊びは苦手か?」

槍が、抜けない。
もしミハエルの得物が槍でなく剣や斧であったなら、こうは行かなかった。袈裟斬りに両断されてジ・エンドだ。
ミハエルの得物の特性を見切り、エンバースが瞬時にこの戦法を選んだとするなら、恐るべき判断力だ。
機転の利かないNPCのAIではこうはいかない。やはり、彼は自身の言う通り元『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なのだろう。
自分が穿ち、エンバースがさらにこじ開けた、唯一無二の機会。
あとは、それを明神へと託すだけだ。

「さあ――今よ、明神さん!」

なゆたが叫ぶと同時、鋭い風切り音と共に一本の矢がミハエルへと放たれるのが見えた。

>noobがっ!どれだけバフを盛ろうがイージスは抜けやしないんだよ!

ニーチェの言葉を引用する余裕さえかなぐり捨て、ミハエルが怒声を上げる。
スペルカード『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』――
最近になって欧米で実装された、文字通り『ぶっ壊れ』な性能を持ったスペルだ。
実装された海外では既に遠距離攻撃系スペルが根こそぎ産廃と化し、プレイヤーはデッキの再構築を余儀なくされている。
高度な攻撃魔法も、優秀な投擲武器も、神の力を得た弓や投槍をも悉く跳ね返すこのスペルの登場で、遠距離戦は無意味になった。
今、海外のPvPは『自分にバフかけて接敵してぶん殴る』が最適解という、空前の近接戦闘時代に突入していた。
日本のフォーラムでは『原始時代』とか呼ばれている。運営の速やかな対応が望まれているところだ。

ミハエルが『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』を展開している限り、こちらの遠距離攻撃は意味を成さない。
が、それを知っているはずの明神は矢を放った。
矢は当然のように無敵の盾に阻まれて砕け、跡形もなく消えてしまった。

「…………」

なゆたは息を呑んで、明神の策を見守った。
事前の打ち合わせなんてしていない。したのはただ『堕天使を何とかしてくれ』ということだけ。
それから先の展開を、なゆたは何も知らない。
けれど、心配はしていなかった。なぜなら、彼は。――明神は必ず成し遂げると信じていたから。
そうだ。彼は今までも成し遂げてきた。ガンダラの時だって、そしてこのリバティウムにおいても。
彼はきっちりと、遺漏なく、完璧に。自分に課せられた役目を、仕事を遂行してきたのだ。
そんな彼が、何となく矢を射てみた――などということをするはずがない。その行為には、必ず意味がある。
なゆたはそう信じ――そして、その信頼は誤りではなかった。

237崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/25(月) 20:47:13
カタン……という音を立てて、ミハエルの足元に何かが転がる。
それは明神が矢に括りつけていた、彼自身のスマホだった。

>「――――ッ!!」

ミハエルの顔色が変わる。彼は咄嗟にスマホを蹴り飛ばそうとしたが、その蹴り足を召喚されたヤマシタが掴んで止めた。

>『人のスマホ蹴るんじゃねぇよクソガキ。ドイツの教育は遅れてんなぁ。
 ふつー学校で習うだろうが、スマホと人の頭は蹴っちゃダメってよ』

すかさず明神が煽る。
なゆたは絶句した。スマホはこのアルフヘイムを逍遥する自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の生命線だ。
もしもこれを失ってしまったら、自分たちはこの世界から現実世界に帰還する方法をも失ってしまうことだろう。
何より今まで蓄積してきたデータやアイテム、かけがえのないパートナーのポヨリンまで失ってしまう。
それだけは何があってもできない。なゆたはそれを警戒し、眠るときも入浴の際も肌身離さずスマホを携帯している。
そんな、ある意味命と同等に大切ともいえるスマホを、矢に括りつけて飛ばすなんて――。

>『そら、捕まえたぜチャンピオン。女子高生ばっか構ってないでそろそろ俺とも遊んでくれよ』

奇想天外と言うしかない明神の策に目を見開くなゆたの視界の先で、盾の内側に召喚されたヤマシタがミハエルへと襲い掛かる。
だが、敵もさるもの。流れるような動きでタブレットをタップし、攻撃スペルの用意を始めた。
ミハエルのことだ、きっと攻撃スペルもイージスクラスのぶっ壊れを用意していることだろう。
となれば、至近距離のヤマシタやエンバースだけではない。ライフエイクも、そして自分も巻き込まれて死ぬかもしれない。

『ぽよっ!』

役目を果たし終えてヒュージスライムから元に戻ったポヨリンが、なゆたを守るようにその前に立つ。
とはいえ、もしミハエルが攻撃スペルを発動させてしまえば、ポヨリンも諸共にやられてしまうだろう。
なゆたはポヨリンを抱き上げ、両腕でぎゅっと胸に抱きしめた。
しかし。
明神は、そんなミハエルの行動さえ読み切っていたらしい。

>「勉強しとけよ優等生!こいつが邪悪な大人のやり口だ」

ヤマシタを召喚し、お役御免となったかに見えた明神のスマホ。
その液晶画面に、スペル発動の文字が表示される。
発動したスペルは『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――しかし、それはヤマシタを対象にしたものではなかった。
明神がバフをかけたのは、ミハエルの持つタブレットだった。

>「なっ――」

「……あ!!」

途端、バフを受けたタブレットが猛烈な勢いでミハエルの手から弾かれ、イージスの盾の外側へと飛んで行く。
その光景を見て、やっとなゆたは得心がいった。
明神は初めから、狙撃によってタブレットを破壊しようとも、ヤマシタを使ってタブレットを奪おうとも思っていなかった。
明神は『彼の手から自然とタブレットが離れるように仕向けた』のだ。
なゆたが考えもつかない、仕様の穴を突いて。

>「こんな屁理屈でも声に出してゴネまくれば――通ることもあるんだぜ」

>「良い歳した大人の発言かそれが!?」

明神の煽りに、ミハエルが負け惜しみとしか取れない科白を吐く。
確かに屁理屈だ。少なくとも現実世界のゲーム内では、こんな屁理屈が通るわけがない。
けれど、ここはゲームの中ではない。まぎれもない一つの世界、もうひとつの現実――。
だとしたら、屁理屈も理屈のうちであろう。第一、明神の狙いは実を結び、厳然たる事実としてそこに在るのだから。

238崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/25(月) 20:48:15
その後、明神はミハエルの音声入力というもしもの保険さえも完封してみせた。
タブレットを奪い取った明神が、素早くアプリを遮断する。
あのインチキのような性能を誇る堕天使も。無敵の盾も。いまだエンバースに刺さったままの槍も、何もかもが消える。
それは、自他共に認める世界チャンピオン、ブレモンの最強プレイヤーが無力化したことを意味していた。
……だが、ミドガルズオルムは消えていない。堕天使や盾と違い、ミドガルズオルムはミハエルの支配下にない。
よって、ミドガルズオルムをどうにかするには他の手立てを考えるしかないのだ。

>残念だったなぁ。君たちは、アルフヘイムは既に、詰んでいたというわけだ

ミハエルが笑う。
攻撃手段を失い、ただの子供になり下がっても、チャンピオンの矜持は手放さないということらしい。
敵ながら見上げた根性だが、もうミハエルに用はない。これから、もっと重要なイベントが控えている。

>「ここから先は、ラブコメの時間だ」

そう言って、明神がこちらへ小瓶を放ってくる。
なゆたは唇を引き結んだ決然たる表情で大きく右の手のひらを開き、それを確かに受け取った。
メロウの王女マリーディアの哀しみの涙で作られたアイテム、人魚の泪。
最初、トーナメントに優勝して勝ち取ろうとしたもの。
次に、ライフエイクを打倒して手に入れようとしたもの。
紆余曲折の末ミハエルに奪われ、破壊と滅亡のために利用されたそれが――今、手の中に在る。
深い群青色に無数の輝きを宿す、海の力を封じ込めた小瓶。
その蓋を、なゆたは躊躇いもなく開けた。

「―――――――――――――」

封印から解き放たれた泪が小瓶から解放され、ライフエイクの目の前に広がってゆく。
群青色のそれが、徐々に人の姿を取ってゆく。
海のように波打つ青い髪と、真珠のように整った美貌――それは先程自分たちが見た、マリーディアの姿に他ならない。
ただしその色合いは薄く、輪郭は儚い。あくまで、もうマリーディアは死者ということなのだろう。
けれど――死んでいるとか、生きているとか。そんなことは些末な問題でしかない。
どのような状態であれ、彼らは。マリーディアとライフエイクは、もう一度会うことが出来たのだから。
数千年の別離の、その果てに。

「……マリー……ディア……」

降臨した愛しい恋人の姿を見て、ライフエイクが呟く。
ライフエイクは満身創痍だ。堕天使の攻撃はレイドモンスターのライフを根こそぎ削り取るだけの破壊力を有していた。
なゆたはライフエイクに『再生(リジェネレーション)』のスペルを使っていたが、焼け石に水であろう。
千切れた腕や穿たれた脚、抉られた肉体が元に戻ることはない。ライフエイクはもうすぐ死ぬだろう。
……けれど。

「………………」

なゆたはやっと再会を果たしたふたりを、息をすることさえ忘れて見守った。
マリーディアは何も言わない。ただ、血まみれで死にかけているライフエイクを見詰めている。
恨みも、愛も、言いたいことならいくらだってあるはずなのに。

「マリーディア……、私は……私、は……」

ライフエイクが唇をわななかせ、震える声で言う。残り少ない命の全てを燃焼させて、永年の願いを叶えようとしている。
――がんばれ。
メルトを一度は殺めた相手なのに。あれだけ憎い相手だったのに。絶対に一度はぶん殴ってやろうと思っていた敵なのに。
気付けば、なゆたはライフエイクを応援していた。心から、その恋の成就に期待した。

239崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/25(月) 20:49:44
しかし。

「……ぐ、は……ッ!」

ライフエイクが血を吐く。びしゃり、と大量の赤黒い血液が地面を染める。
多数の命を継ぎ接ぎし、偽りの命を得て延命を果たしてきた『縫合者(スーチャー)』であっても、死の宿命からは逃れられない。
ここへきて力尽きたように、ライフエイクはぐらりと身体を前に傾がせると、地面へ倒れ込もうとした。
が、それをマリーディアがふわりと両腕を伸ばして抱きとめる。
マリーディアは血にまみれ、半壊したライフエイクの身体を優しく抱擁すると、ライフエイクの顔を見詰め――

そして、幽かに微笑んだ。
ほんの僅かではあったけれど、確かに。マリーディアはライフエイクに対して笑ったのだ。

「……マ……リ、ィ……」

ライフエイクは最後の力を振り絞り、残った左手を伸ばしてマリーディアの頬に触れた。
多数の命を、人々を食い物にし、カジノで搾取し、裏社会で権勢を誇った冷酷な男の目に涙が浮かび、ぽろぽろと零れ落ちる。
マリーディアは慈愛に満ちた眼差しで、ライフエイクを見守っている。

「………………すまない………………」

最後にそう、囁くように告げると、ライフエイクは目を閉じた。
マリーディアがライフエイクを抱きしめる。その瞬間、まばゆい輝きが周囲を――否、リバティウム全体を包み込む。

「ッ! マリーディア……、ライフエイク……!」

強烈な閃光に一瞬怯む。
だが、それは破壊をもたらす類のものではない。もっと温かく、安らぎに溢れたものだ。
マリーディアとライフエイクが光に変わってゆく。膨大な量の光の粒子がリバティウムに降り注ぐ。
それは、マリーディアが数千年の哀しみから解き放たれた証拠だった。

オオオオオォォォォォォォォォォォォ―――――――――――――ン……

エカテリーナの結界の中でミドガルズオルムがひと啼きし、空にその頭を向ける。
マリーディアが哀しみから解放されたことで、その無尽蔵とも思える魔力供給も切れたことだろう。
光の粒子が降り注ぐことで、みのりやカザハたちにも戦いが終結したことがわかるはず。
しばしの時が過ぎ、リバティウムに満ち満ちていた光が消えたとき。
なゆたの目の前に、きらきらと輝く小瓶がひとつ舞い降りてくる。なゆたはそれを受け取った。
それは『人魚の泪』に他ならなかった。

――最後に、ウソがウソでなくなったわね。ライフエイク。

手のひらの中の人魚の泪を握りしめ、なゆたは目を閉じて微笑んだ。
今となっては、どうしてかつてのライフエイクがマリーディアを裏切り、メロウの王国を攻めたのかはわからない。
本当に王女を騙していたのかもしれないし、何か不幸な行き違いや誤解があったのかもしれない。
御伽噺の時代にまで遡らなければならないその真実を知る術は、もうどこにもない。――けれど。
それは些末な問題だった。大事なのはマリーディアとライフエイクのふたりが幸せな結末を迎えられたのか、どうか。
そして、その結論に関して、なゆたはもう議論する口を持たない。
なぜなら――この『人魚の泪』が、ふたりの想いを何よりも雄弁に物語っている。
手の中にある『人魚の泪』。それはしかし、先程までのようなマリーディアの哀しみの涙によって精製されたものではない。
哀しみ二種類があるように、涙にも種類がある。これは、嬉し涙で作られたもの。
『ライ フェイク』――嘘と偽りを歩んできたライフエイクの生は、最後の最後に本物になったのだ。
嗚呼、きっと。いいや必ず――彼らは幸せになっただろう。
例え、このメロウの御伽噺の真の結末がアップデートでゲーム内のフレーバーテキストに書き加えられなかったとしても。

なゆたはそれを知っている。

240崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/25(月) 20:51:03
「……そ……、そんなバカな……!」

一連の奇跡を沈黙して見ていたミハエルが、ぶるぶると戦慄く。

「ライフエイクとマリーディアの愛? そんな陳腐な、くだらないお涙頂戴の茶番劇で! この僕の策が崩れ去るだって?
 認めないぞ……認めない! こんなバカげた話があるものか!」

自らの完璧だったはずの策がまったく想定外の方法によって阻止されたことが受け容れられないらしく、ミハエルは叫んだ。

「僕は王者だ、誰も僕には勝てない! 僕は勝ち続ける定めに生まれた、選ばれた人間なんだよ!
 おまえたち格下はみんな、僕の引き立て役に過ぎないんだ! なのに――!」

「負けたことがないっていうのは、ある意味で不幸よね。
 それは、負けることで得られる教訓とか。経験とか。悔しさとか……そういうものを何も知らないってことなんだから」

「負けることで得られるものなんてない! 負ければ全部失う、それだけだ!
 この僕を! ミュンヘンの貴公子を、おまえたち名もない雑魚と一緒にするんじゃない!」

「ハイハイ、貴公子貴公子。でも、そんな名もない雑魚にたった今負けちゃったのよ? あなた。
 いや〜そっかぁ〜。わたしたち、世界チャンピオンに勝っちゃったかぁ〜! ひょっとして世界大会でも優勝いけちゃう?
 ね、真ちゃん。現実世界に戻ったら、試しに世界大会にエントリーしてみちゃおっか?
 ミュンヘンの貴公子サマがこの程度なら、わたしたちもワンチャンあるよ絶対!」

「ぐ、ぁ、が……!!!」

ここぞとばかりに煽る。なゆたが右手を口許に当ててぷぷー、と笑うと、ミハエルはその端麗な面貌を滑稽なくらい歪めた。

「ふ、ざ、けろ、よ……屑ども……!」

わなわなと拳を震わせながら、ミハエルは怒りに燃える眼差しで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを睨みつけた。
そして、ローブの中から何かを取り出す。
それはスマホだった。どうやらミハエルはメインのタブレットの他にもうひとつ、予備を持っていたらしい。
ただし、いかにも最新モデルという感じだったタブレットと違い、そのスマホは一目でわかるほど古かった。
ブレモンを立ち上げるだけでも一苦労だろう。本当に窮地に陥ったときのための備え、という様子だった。

「ハハハ――、僕を本気で怒らせたな! もう遅い……何もかも手遅れだ!
 勝負は僕の勝ちさ、依然変わりなく! なぜなら――」

ミハエルがそこまで言ったところで、そのやや後方の空間に巨大な黒い穴が現れる。
『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』。遠方と此方とを繋ぐ、次元の門。
どうやら、ミハエルは予備のスマホを使って転移の門を作成したらしい。
明神の後ろで何かしていたのは、この動作だったという訳だ。
そして、何もない空間にぽっかりと穿たれたその穴から――やがて、何者かがゆっくりと姿を現してきた。

「僕は! あいつを! 呼んだんだからな!!」

「……あ……」

なゆたは目を瞠った。
三メートル以上ある筋肉質の巨大な肉体に、禍々しいデザインの漆黒の甲冑。肩に羽織った闇色のマント。
背には今は折りたたまれた二対の蝙蝠の翼が生え、腰の後ろからは頑丈そうな甲殻に守られた長い尻尾が生えている。
精悍な面貌は強膜(白目部分)が黒く、瞳孔が紅い。肌の色は青紫色で、側頭部から長く湾曲した太い角が一対伸びていた。
額には幾何学模様の魔紋に彩られた第三の目。どこからどう見ても人間ではない。
そう――男はまぎれもないモンスター。それも、ブレモンプレイヤーなら知らない者はいないほど有名な魔物だった。
 
「失態だな、ミハエル・シュヴァルツァー。帰りが遅いと思っていたが、まさか負けるとは思わなかったぞ」

「負けてない! 僕が負けるものか!
 万が一、億が一そうだったとしても……ここでおまえがこいつらを皆殺しにすれば済むことだ!
 さあ……こいつらを殺せ! おまえなら造作もないことだろう――イブリース!!」

イブリースと呼ばれた魔物の落ち着いた声音に対して、ミハエルが全力で否定する。なゆたたちの抹殺を命じる。
なゆたは身を強張らせた。

241崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/25(月) 20:52:22
イブリース。
ブレモンプレイヤーにとっては『兇魔将軍イブリース』という二つ名込みの名称が有名であろう。
ブレイブ&モンスターズのストーリーモードの中で、プレイヤーが敵対する――元『十二階梯の継承者』のひとり、魔王バロール。
その三人の腹心である魔族の頂点『三魔将』の一角にしてリーダー格、それがこの兇魔将軍イブリースである。
ザ・武人といった性格のイブリースはストーリーの中盤から登場し、何度もプレイヤーと激突しては因縁を深めてゆく。
決着がつくのはラスボスである魔王の二戦前という、ストーリーでも最重要キャラのひとりだ。
もちろん、鬼のように強い。マルチでハイエンドコンテンツに幾度も足を運ぶような上級者にとっては脅威にはなり得ないが、
それでも大半のブレモンプレイヤーは一度はイブリースに全滅させられた記憶があるはずである。
なお、イブリース戦の専用BGM『闇の淵より来たる者』は名曲と評価が高く、テレビ番組でもたびたび使われていたりする。
そんな魔族の大幹部、ニヴルヘイム側の大物がこの場にいる。

「……なんてこと……」

なゆたは絶望的な面持ちで呟いた。
ミハエルを煽るために余裕で勝てた的なことを言いはしたものの、実際のところは真逆の薄氷を踏むような勝利だった。
スペルカードは使い果たし、もはやこちらのパーティーにイブリースと戦うだけの余力は残されていない。
このままでは全滅は明らかだ。せっかくマリーディアとライフエイクを救い、ミドガルズオルムを退散させたというのに。
ここでイブリースに殺されてしまっては、すべてが水の泡だ。
が、イブリースは動かない。ただ悠然と腕組みしてなゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を眺めている。
一向に動こうとしないイブリースに対して、ミハエルが痺れを切らしたように怒鳴る。

「どうした!? イブリース! さっさとやれ! 魔法でも、武器でも、なんでもいい! 
 『闇の波動(ドゥンケル・ヴェーレ)』を使え! 『業魔の剣(トイフェル・シュヴェルト)』はどうした!?
 僕をイラつかせるんじゃない……イブリース!!」

ミハエルの怒声に対して、イブリースは軽く世界チャンピオンの方を見ると、

「勘違いするな、ミハエル・シュヴァルツァー。オレはおまえのモンスターではない。
 オレの行動は、オレ自身とあの御方だけが決める」

「…………!!」

すげなく拒絶され、ミハエルは唇を噛みしめて俯いた。
沈黙したミハエルに代わり、イブリースがガシャリ……と鎧を鳴らして一歩前に出る。

「自己紹介が遅れたな、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども。オレの名はイブリース――兇魔将軍イブリース。
 と言っても、貴様らはオレのことなどよく知っているのだろう。ならば……こう言った方がいいか?
 『ゲームの中のオレが世話になっている』と――」

イブリースはそう言うと、ニヤリと口角を歪めて嗤った。

「世界最強のプレイヤーだというので召喚したが、少し目を離した隙にまさか敗北しているとはな。
 ミハエル・シュヴァルツァーに隙があったのか、それとも貴様らが王者に勝る使い手だったのか、それは分からんが……」

「違う! 僕は――」
 
「黙れ」

イブリースの額の、縦に裂けた第三の眼がミハエルを睨みつける。
ミハエルはまた黙った。

「フン。強さは申し分ないと思うのだが、プライドが高すぎるのが困りものだ。
 王者の傲慢か……他山の石とせねばならんな。さておき――」

イブリースが籠手に包んだ右手を明神へと伸ばす。
その途端、明神の手の中のタブレットがふわりと浮き上がり、イブリースの手の中へと飛んで行く。

「これは我々のものだ、返してもらうぞ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の生命線――
 こんな小さな板切れで無敵の力を発揮するというのだから、まったく貴様らの世界の技術は恐ろしい。
 しかし……しかし、だ。この小さな板切れの中に、オレたちの希望がある」

明神からタブレットを奪い取ったイブリースは、それを持ち主のミハエルに手渡す。
一旦は手を離れた大切なタブレット。ミハエルはそれをイブリースから引っ手繰ると、両腕で胸に抱きしめた。

242崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/02/25(月) 20:54:09
タブレットを取り返すと、イブリースは再び『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を見た。

「いずれにせよ決着はついた、それは認めねばなるまい。ガンダラとリバティウム、これで我らは二連敗という訳だ。
 だが――貴様らの戦力についてはよくわかった。手札についてもな……次は本気で潰させてもらう」

リバティウムのミドガルズオルムのみならず、ガンダラのタイラントも自分たちの仕業であった、と暴露する。
やはり、今まで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの進路に立ち塞がった敵はニヴルヘイムの手の者だったということらしい。
そしてイブリースの言動から、今までは様子見の小手調べ。これからが本番だという。

「貴様らの好きにはさせんよ。せっかく、もう一度チャンスが巡ってきたのだ。
 今度こそこちらが勝つ。そして、あの御方の願いを叶えよう。まずは目障りな『王』の刺客である貴様らを葬り去ってな。
 次を楽しみにしているがいい」

そう告げると、イブリースは踵を返して『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』の黒穴へと歩いてゆく。

「ゆくぞ、ミハエル・シュヴァルツァー」

「屑ども……今回は命拾いしたな……! でも、次はこうはいかない。全力だ!
 君たち下級ランカー相手に、大人げないとは思うが……一切の手加減なしに潰してやる!
 せいぜい震えていることさ、どうあっても破滅しかない自分たちの運命に!
 『物乞いは一掃すべきである。けだし何か恵むのも癪に障るし、何もやらないのも癪に障るから』!
 アッハハハハハッ……アハハハハハハハッ!」

ニーチェの言葉を引用し、哄笑を響かせながら、まずミハエルが門をくぐって姿を消す。
次いでイブリースが門に一歩を踏み出す。――しかし。

「待って!」

なゆたが制止の声を上げた。
その声に反応し、イブリースが束の間動きを止める。

「あなたたちは……いったい何をしようとしているの!? ガンダラもリバティウムも、一歩間違えれば壊滅してた!
 そんなことをしてまで、いったい……どんな願いを叶えようとしているの……!?」

そんな問いに、敵であるイブリースが馬鹿正直に答えをくれるとは最初から考えてもいない。
しかし、なゆたはそれを問わずにはいられなかった。

「…………」

イブリースはほんの僅かに考えるそぶりを見せると、

「生きることに、理由がいるのか?」

そう言って、黒い門をくぐった。
イブリースの姿が消えると同時に、門も消滅する。ミハエルたちの気配は完全になくなった。
カジノ『失楽園(パラダイス・ロスト)』の一大イベント、デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント。
それから一転してのメルトの死亡と蘇生、ミハエルの急襲。ライフエイクとマリーディアの愛、ミドガルズオルムの覚醒――
あたかもジェットコースターのように幾多のイベントを経て、今回も『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は生き残った。
新たに現れた、多くの謎を残して。
徐々に晴れてゆくリバティウムの空を見上げながら、なゆたは人魚の泪をぎゅっと握った。

――生きることに……理由がいるのか……。

去り際にイブリースが告げた言葉が、胸の中で棘のように突き刺さっている。
だが、どれだけ考えたところで答えは出ない。答えを出そうと望むなら、それはもう先に進むしかないのだ。

「……頑張らなくちゃ」

なゆたは改めて決意する。どんな困難に見舞われても、きっとこのメンバーで現実世界に帰還してみせる。
それこそが、何にも代え難いなゆたの願いなのだから。
……だが、その願いが『仲間たちの総意ではない』という事実を、なゆたはまだ知らない。


【マリーディアとライフエイク散華。人魚の泪ゲット。
 リバティウムは被害甚大ながらも奇跡的に死者はなし。
 ミハエル撤退。兇魔将軍イブリースが顔見せ登場、謎めいたことを宣って撤収。
 こちらは戦闘終了。】

243カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/02/26(火) 00:09:20
狂暴といえるほどの自信に満ち溢れていたはずのみのりだが、今やそれは跡形も無くなっている。
代わりに伝わってくるのは不安。

>「ふ、ふふふ……冷静なつもりやったけど、やっぱテンション上がってたのねぇ」
>「……うちって自分で思っているより弱い女やったんねぇ」

「そんなことないよ! 超レイド級をあれだけ抑えられるなんてすごいよ!」

自信満々で大技を繰り出したものの、思ったよりクリスタルの消費が多すぎてジリ貧になった、というところだろうか。
それだけではなくもっと深い意味があるのだろうか。
ついさっきまで不安がっていたかと思えば、今度は振り切れたように妙に爽やかな様子。
そして姉さんに一発大技をぶちかまそうと提案する。

>「時間稼ぎもそろそろ限界やし、どうせなら最後に一発かましてみまひょ」

「最後に一発……!?」

みのりの第一印象はなんとなく危険人物ではないかと思ったものだが、少なくとも今はそれは感じられない。
現時点ではキャラが掴み切れないというのが正直なところだが、今は信じていいような気がした。
いつの間にか目の前には、小さな青銅の像が浮かんでいる。
良く見ると、獅子の頭と腕、人の体、鷲の脚、四対の翼、蠍の尻尾――
待てよ? あれ、超すごいレイド級モンスターだったような気がする。
攻略本を流し読みしたうろ覚えの記憶だけど。
そしてモンスターを二つ同時に使っている、ということは2アカウント使い且つスマホ2台持ちということか?
しかし今はそんなことを考えている場合ではない。
みのりは、後ろから姉さんのランスを持つ手にそっと手を添える。

>「さっきブレイブとか言うてたけど、後でゆっくり聞かせてえや?生き残れたらの話やけど」

「うん――必ず生き残ろう!」

二人で何かいい感じのシーンを展開し始めたけど――ちょっと待て。
“生き残れたらの話やけど”って何!? 何やろうとしてんの!?
しかし、青銅の像のモンスターによって展開された透明な防壁が周囲を包んでいる。
生存の勝算はあるということだろう。

>「ハブ―ブランス!」

みのりが技名らしきものを叫ぶと、ランスの外周部から熱風が噴き出し、後ろから押す推進力となる。
と言えば聞こえはいいが、比喩的な意味でも文字通りの意味でも尻に火が付いた、というやつである。
熱風に後押しされて飛ぶというよりも半ば吹き飛ばされるようなジェットコースター状態で、否応なしに突撃することとなった。
その進路は――ミドガルズオルムの口ど真ん中!?
そこから放たれるた怒涛の波濤が、熱風を纏う槍と激突する。巻き起こるのは、凄まじい衝撃波。
結界は崩壊し数十メートルか吹っ飛ばされ、傷を負ったミドガルズオルムがこちらを睨みつけている。
その上青銅の像のモンスター(パズズだったか?)はひび割れて消え、半透明の球体の障壁も消えてしまった。

244カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/02/26(火) 00:10:46
「あれ? なんかヤバくない……!?」

今更ながら焦り始める姉さんだったが、みのりは落ち着いている。
ミドガルズオルムは間もなく消えると確信しているようだ。

>「ちょうどええ所に吹き飛ばされたわ、あれがうちの【仲間】のブレイブやよ
多分もう終わるところやと思うわ」

そう言われて下を見ると、何人かの人影が見えた。言われてみれば、もう戦闘は収束しているようにも見える。
気のせいかもしれないが、心なしか”仲間”という言葉が強調されているような気がした。

「そっか、やっぱりトーナメントに出てたあの子達の仲間だったんだね!」

>「頃合いやし、あそこに降りたってえな。
あんたさんもブレイブやって紹介するし、色々聞きたい事もあるよってな」

「カケル、お願い!」

《りょーかい》

そう応えて、地上へ向かい始めた時だった。
一瞬だけ眩い閃光に目が眩んだかと思うと、光の粒子が街全体に降り注ぎ始める。

>オオオオオォォォォォォォォォォォォ―――――――――――――ン……

ミドガルズオルムは空に向かって一鳴きすると、やはり光の粒子となって消えて行った。
その消え方は通常のアンサモンやダメージを受けての戦闘不能といった感じではなく、
どこか永劫の苦痛から解放されたような、そんな消え方だった。

「綺麗……」

姉さんの言う通り、綺麗な光景だった。
詳しい事情は分からないが、きっとこれは悪い結末ではないのだろう。
少なくとも、リバティウム崩壊の脅威は去ったのだ。
指定された場所に降り立ってみると、負かされた側らしき少年が往生際悪く負け惜しみを言っているところだった。
というかもしや失踪した世界チャンピオンさんじゃありません!?
まさか敵勢力に身を置いていたとは。
そして複数人掛かりとはいえ無名プレイヤーの身で世界チャンピオンに勝ってしまったこの人達は一体……。
ここまでの経緯も良く分からないのでとりあえず事の成り行きを見守っていると、
黒い穴が現れてなんか強いらしいモンスター(イブリースだっけ?)が出てきて最終的にチャンピオンを引きずって帰っていく。
哀しいかな、こちとらブレモンを起動した瞬間にトラックにひかれてしまったド素人なので
『ゲームの中のオレが世話になっている』と言われても反応できません。
……もっと攻略本(何故か一緒に転移してきて姉さんが持っている)ちゃんと読んどこう。

>「貴様らの好きにはさせんよ。せっかく、もう一度チャンスが巡ってきたのだ。
 今度こそこちらが勝つ。そして、あの御方の願いを叶えよう。まずは目障りな『王』の刺客である貴様らを葬り去ってな。
 次を楽しみにしているがいい」
>「ゆくぞ、ミハエル・シュヴァルツァー」

>「屑ども……今回は命拾いしたな……! でも、次はこうはいかない。全力だ!
 君たち下級ランカー相手に、大人げないとは思うが……一切の手加減なしに潰してやる!
 せいぜい震えていることさ、どうあっても破滅しかない自分たちの運命に!
 『物乞いは一掃すべきである。けだし何か恵むのも癪に障るし、何もやらないのも癪に障るから』!
 アッハハハハハッ……アハハハハハハハッ!」

245カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/02/26(火) 00:15:20
よく分からないが、とりあえず世界チャンピオンは姉さんとは別の方向性に厨二病をこじらせている事は分かった。
厨二病にも闇属性と光属性があるのだ、これ豆知識。
そんなことを脳内で思っていると、去っていこうとする敵達に向かって少女が叫んだ。

>「待って!」
>「あなたたちは……いったい何をしようとしているの!? ガンダラもリバティウムも、一歩間違えれば壊滅してた!
 そんなことをしてまで、いったい……どんな願いを叶えようとしているの……!?」

無駄な問いだ、敵にそんなことを聞いたところで答えるわけがない。
聞き出したところでどうせ世界征服したいとかそんな理由に決まっている。
しかしその予測を裏切り、答えは返ってきた。それも、恐ろしく意味深な。

>「生きることに、理由がいるのか?」

「いらないっしょ。そもそも生まれたことに意味なんて無いんだからさ。
たまたま生まれたからなんとなく生きてるだけ。
……って君達は大量破壊活動しなきゃ生きられないのか!? ひっそり平和に生きりゃいいじゃん!」

ミドガルズオルムと対峙していた時の(ある意味)勇者感はどこへやら。
ギャルやヤンキーに支配された現代日本生活で培われた無気力系陰キャラ価値観を炸裂させつつノリツッコミする姉さん。
今度こそ相手の答えは返ってこなかった。
本当に、向こう側の人々は、こちら側の大勢の人の命を奪い街を破壊しなければ生きられない事情があるのだろうか――
ともあれ敵は去り、この件は一件落着ということになるのだろう。頃合いを見計らって、姉さんが口を開く。

「君達がミドガルズオルムを消えさせてくれたんだよね、本当助かったよ!
カザハ、こっちはカケル。良かった〜、会えて。
メロちゃんに君達に合流するように言われて……丸投げでどっか行っちゃうんだから。
ホント無責任だよね!
あとトーナメント見てた! マジで恰好よかったよ!」

姉さんは少女達にそう言った後、こころなしか離れた場所に立っているボロ布同然のローブをまとった人物に目を止め、たたたっと駆け寄る。

「他にもいたんだ……こっちに来た時に異種族になっちゃった系異邦の魔物使い《ブレイブ》!
ボクだけだったらどうしようかと思った。いや、まあ、こっちの姿の方が気に入ってるんだけどさ!」

ぶっちゃけ相手はどう見ても不審者だが、別に気にしてないらしい。
それよりもお仲間がいたことの喜びの方が勝っているようだ。
同じ異種族系ブレイブでもそうなった経緯は少し(かなり?)違う事や、向こうは正確には元ブレイブであることや、
でも向こうの世界にはもう戻れないかもしれない点はやっぱり共通していることを知るのは、少し後の事である――

246embers ◆5WH73DXszU:2019/03/03(日) 06:22:05
『noobがっ!どれだけバフを盛ろうがイージスは抜けやしないんだよ!
 タイラントの主砲だって跳ね返せるのは実証済だ!
 ローウェルの加護も、超レイド級も、ゲームのルールだけは絶対に覆すことはできない!』

「なんだ、今じゃそんなスペルが実装されてるのか?……相変わらずの神ゲーだな」

返答はない/興醒めたように浮かぶ苦笑――しかし笑みの持続は刹那。
刃の眼光でミハエルを刺す、炎の双眼――ゲームはまだ、終わっていない。
己の視た勝利の幻想が、現実へと焼き付けられていく様を、見届けていない。

『ずいぶん余裕が失せてきたじゃねぇかチャンピオン。よってたかってボコられんのは初めてか?
 だけどお前の言う通りだぜ。クソみてぇなアプデでもかまさねぇ限り、スペルの仕様は絶対だ』

「状況を多角的に見る限り、むしろそのスペルこそクソアプデのように思えるのは俺だけか?
 だが……ソイツの言う通りだ。察するにそのイージスとやらは――」

>『人のスマホ蹴るんじゃねぇよクソガキ。ドイツの教育は遅れてんなぁ。
 ふつー学校で習うだろうが、スマホと人の頭は蹴っちゃダメってよ』

「――近づいて殴ればそれで済む代物じゃないか。つまらないな」

投射された[アロハ男/明神]のスマホ/その液晶から這い出す空洞の革鎧。
これでミハエルを見詰める不死者は二体。

パニック・ホラーの撮影には役者不足――だが戦術的にはこれで十分。
[革鎧/ヤマシタ]が腰の剣を抜き/焼死体が己を貫く短槍を掴んだ。
状況――詰み/どう転んでもバッドエンドでしかない二者択一。
ヤマシタを放置――五体のどこを斬られても致命傷。
焼死体を解放――短槍を奪われ/殴り倒される。

>『そら、捕まえたぜチャンピオン。女子高生ばっか構ってないでそろそろ俺とも遊んでくれよ』

ミハエルの選択――焼死体を解放/だが焼死体は手出ししない。
生前はよく訓練されたゲーマー/キル・スティールの趣味はない。

『勉強しとけよ優等生!こいつが邪悪な大人のやり口だ』

地面に転がるスマホ/液晶から溢れる燐光。
蛍火のようなスペルの魔力は宙を揺蕩い/集う――ミハエルの手元へ。
刹那、神の盾がその加護を発動――主の手からタブレットを払い除ける。

これでゲームクリア。
油断した焼死体の聴覚を刺す、世界がひび割れるかのごとき騒音。
その音はプレイヤーとパートナーの意思疎通を阻害し、『集中力を奪う』。
焼死体がよろめき/頭を抱えた――そして掻き消える双眸の炎。

247embers ◆5WH73DXszU:2019/03/03(日) 06:22:37
『く、そ……返せ……!』
『はいはい、あとでね』

「……あぁ、ソイツを返すのは後でいい。だが俺に対しては今すぐ言うべき事があると思うんだ。
 俺とアンタは仲間でも友達でもないけど、だからこそ、な?何かあるだろ?」

抗議の声――兵士のごとき頑強さは鳴りを潜め/迷いに塗れた臆病者の声。
対する明神――応答なし/タブレットの操作中――消失する、焼死体を貫く短槍。
――目覚まし代わりにはなったと、泣き寝入りする他なさそうだ。
嘆息を零し、溶け落ちた直剣を懐に仕舞う。

『……良いのか?のこのこと近づいてきて。僕がまだ武器を隠し持ってるとは思わないのか?
 『神盾』はもう消えている。殺すなら遠距離からスペルや弓で撃てば良い』
『んな大人げねぇこと出来っかよ。クソガキ黙らすだけならゲンコツ一発で十分だ』

「妙な考えはしない方がいい。それを助長させるような言動もだ」

ローブの内に潜った右手をそのままに警告。

『そりゃ面白い。やってみなよ!君のようにくだらない暴力に走る大人を、僕は何人も黙らせてきた!
 元の世界でも、この世界でもだ!何も変わりはしない!呪われてあれ、アルフヘイム!
 僕がここで果てようとも、ミドガルズオルムは止まらない。"戦争"は既に動き出している!』

「……揚げ足を取るようだが、面白い暴力なんてものがこの世に存在するのか?
 石打ちの刑吏が務まるほど、君だって純粋無垢って訳じゃないんだろ」

『いーや、止まってもらうね』
『どうやって?あれはもう僕の手を完全に離れている。
 もっとも、僕の支配下に置いたところで、おとなしく眠らせるつもりなんてない。
 残念だったなぁ。君たちは、アルフヘイムは既に、詰んでいたというわけだ』

「いいや、アレは確かに一見すると負け確イベント。
 だが実は死ぬ気で殴れば倒せる類のヤツと見た。俺は知能指数が高いから分かる……」

『どうもこうもねぇよ。バトルフェイズはもう終わった』

明神がミハエルの懐に手を潜らせる/誰得な呻き声。

『ここから先は、ラブコメの時間だ』

「……なんだって?」

思わず上がる悲鳴じみた疑問の声。

「お、おい、ラブコメってまさかそういう事か?いや、アンタの趣味を否定するつもりはない。
 ないんだが……今は不味いだろ。それとも――見せつけるのも含めての趣味って事か?」

明神――やはり無反応。
――既に二人だけの世界に入っている……?だとすればこれ以上は……野暮ってヤツか……。
趣味嗜好は人それぞれ/だが分かっていても直視に耐えない――苦渋の表情で顔を背ける焼死体。

248embers ◆5WH73DXszU:2019/03/03(日) 06:22:59
『……マリー……ディア……』

そして逸らした視線の先――瀕死の男/生気伴わぬ幻肢の美女。
一つの命を追って、一つの命が終焉へと足を踏み入れる。
それはつまり、『結末』だった。

「……待て。そこで何してる」

何が起きているかは分からない/だが何をしようとしているのかは分かる。

「違うだろ。もっと何か……あるだろ。やめろ、それだけは」

『………………すまない………………』

「駄目だ!死んだら、何もかもおしまいなんだぞ!
 全部この世界から消えちまうんだ!お前の何もかもが!その愛だって!」

悲痛な叫び――だが数千年越しの逢瀬を破るには余りに薄弱。
痺れを切らす焼死体/二人へと一歩踏み出す――だが、今更出来る事などない。
[運命/ルート]は既に決まっている――ロール・バックはもう出来ない。
爆ぜる閃光/白く染め上げられた視界の中――なゆたの許へ舞い降りる、輝きを秘めた小瓶。

「……なのになんで、そんな安らかな顔で逝けるんだよ……どいつも、こいつも……!」

繰糸の切れた人形のように、崩れ落ちる焼死体。
ライフエイク/マリーディアとの間に縁などない。名前すら知らなかった。
それでも、眼の前で命が失われる――そんな光景は二度と、目にしたくなかった。
かつての旅路で幾度となく目にしてきた命の喪失。
それを再び目にした時、焼死体は願わずにはいられなかった。



――また誰かが死んで、俺が生き残った。これで何度目だ?どうしてこうなる?……次も、こうなるのか?



解放されたい――と。
未実装エリア/未知のレイドボス/国一つ焼き尽くす邪法の炎。
幾多の危難を経て/物語を終え――なおも死に損なう、呪いにも等しい己の宿命から。

249embers ◆5WH73DXszU:2019/03/03(日) 06:23:29
失意/後悔――煮え切った脳髄に未だ焼き付く死のフラッシュ・バック。
項垂れ/微動だにしない四肢――まさしく生ける屍。

『失態だな、ミハエル・シュヴァルツァー。帰りが遅いと思っていたが、まさか負けるとは思わなかったぞ』

不意に耳に届く声――厳しく/遠い過去に聞き覚えがある――顔を上げた。
目に映る、漆黒の甲冑――ただの防具ではない/恐ろしく重厚/凶器そのもの。
闇色のマント――夜の帳を切り抜いたかのよう/色合いではない/織り込められた魔力が。
猛毒色の竜尾――巨大/自由自在/筋肉の塊。
黒き赫眼/それらを飾る魔紋/巨大な捻れ角――その容貌に、焼死体は見覚えがあった。

「……なるほど。あれだけの余裕は、後詰がいたからこそか」

『負けてない! 僕が負けるものか!
 万が一、億が一そうだったとしても……ここでおまえがこいつらを皆殺しにすれば済むことだ!
 さあ……こいつらを殺せ! おまえなら造作もないことだろう――イブリース!!』

『……なんてこと……』

「……望みは果たしたな。なら逃げろ。果たしてなくても逃げろ。ここは俺が時間を稼ぐ」

仲間の形見を鞄ごと投げ渡し/直剣を抜く。
左手を前に/敵の先手を捌き――右手は引き絞る/突き刺す構え。
流れるような所作――望まずとも体に染み付いた初動。

「ああ、そうだ。折角の機会だ。これを言っとかないとな。
 ……別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」

スマホは壊れ/得物は半ばまで溶け落ちた直剣。
勝ち目などない――だがそれで良かった。
――ここで彼らを守って死ねるのなら、『結末』としては悪くない。

『どうした!? イブリース! さっさとやれ! 魔法でも、武器でも、なんでもいい!』
『勘違いするな、ミハエル・シュヴァルツァー。オレはおまえのモンスターではない。
 オレの行動は、オレ自身とあの御方だけが決める』

しかし脳裏に描いた敗北の幻想は、現実にはならなかった。
仲間割れ――ではない。
――元から利害の一致以上の関係性がなかったと見るべきか。

『自己紹介が遅れたな、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども。オレの名はイブリース――兇魔将軍イブリース。
 と言っても、貴様らはオレのことなどよく知っているのだろう。ならば……こう言った方がいいか?
 『ゲームの中のオレが世話になっている』と――』

「……なるほどな。お前達も、その事を知っているのか……。
 なら、ソイツを呼んだ理由もそういう事なんだろうな」

『世界最強のプレイヤーだというので召喚したが、少し目を離した隙にまさか敗北しているとはな』

「……ちょっと待て。『世界最強のプレイヤーだから召喚した』だと?
 お前達は、向こうから誰を召喚するのか選べるのか?
 いや、それだけじゃない……『向こうの世界が見えている』のか?」

問いの答えは――ない。

250embers ◆5WH73DXszU:2019/03/03(日) 06:25:29
『フン。強さは申し分ないと思うのだが、プライドが高すぎるのが困りものだ。
 王者の傲慢か……他山の石とせねばならんな。さておき――』

不意に明神へと手をかざす[兇魔将軍/イブリース]。
咄嗟にその間へと割り込む焼死体/溶け落ちた直剣を担ぐように構えて。
“燃え残り”のDEF/VITでは闇の波動は耐え切れない。
しかしそれは明神を庇わない理由には、ならない。
死を厭わぬ献身は――しかしまたも不発する。

『これは我々のものだ、返してもらうぞ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の生命線――』

イブリースはタブレットを取り戻しただけ。
あくまでも、この場で決着をつけるつもりはない様子。
構えを解くに解けぬまま、焼死体は困惑した。

『ゆくぞ、ミハエル・シュヴァルツァー』

『屑ども……今回は命拾いしたな……! でも、次はこうはいかない。全力だ!』
 
「……待てよ。さっき言ってたよな。この世界も、元の世界も変わらないって」

『君たち下級ランカー相手に、大人げないとは思うが……一切の手加減なしに潰してやる!』

「聞けよ!お前の言う通りだ。つまらない人間なんて何処にだっている!
 そんな奴らを見かける度に、お前は世界を呪って、滅ぼすのか?」

『せいぜい震えていることさ、どうあっても破滅しかない自分たちの運命に!
 『物乞いは一掃すべきである。けだし何か恵むのも癪に障るし、何もやらないのも癪に障るから』!
 アッハハハハハッ……アハハハハハハハッ!』

「それじゃ最後には、何処にも、誰もいなくなるだけだ!
 それがお前の言う、面白い暴力か!?俺には……理解出来ない……!」

焼死体の叫び――返答はない。
ただミハエルは僅か一瞬振り返る/哄笑と不釣り合いな憎悪の眼光と共に。

「一体どうしたら、そんな目が出来るんだよ……」

『待って!』
『あなたたちは……いったい何をしようとしているの!? ガンダラもリバティウムも、一歩間違えれば壊滅してた!
 そんなことをしてまで、いったい……どんな願いを叶えようとしているの……!?』

「……そうだ。俺には理解出来ない。確かに見た目はかなり違うさ。
 だけど同じモノを考えて、生きてる、命だろう。
 なんで、そんな簡単に奪おうと思えるんだ……」

『生きることに、理由がいるのか?』

「っ、お前らはいつもそうだ!何かにつけて秘密を作って、無駄に人を死なせて!
 それの何が楽しいんだよ!もっと簡単で、もっといい結末があるはずだろ!」

激昂/咆哮――イブリースは気にも留めない。
身を翻し、門を潜る。

「クソ……待てッ!逃げるな!お前なんか……俺が今ここで……!」

直剣を振り上げ――力なく腕を下ろす。
一つの物語が結末を迎え――空洞の胸には、無力感だけが残った。

251embers ◆5WH73DXszU:2019/03/03(日) 06:25:53
『他にもいたんだ……こっちに来た時に異種族になっちゃった系異邦の魔物使い《ブレイブ》!』

「……こっちに来た時?いや、俺は……」

『ボクだけだったらどうしようかと思った。いや、まあ、こっちの姿の方が気に入ってるんだけどさ!』

「……俺は、一回死んだんだよ。そしてこうなった」

告げる声――意図して感情が払拭された無機質な響き。
――この世界に過度な憧れを持ち込むのは、危険だ。

「……君達に任された通り、しめじちゃんは安全な場所まで逃しておいた。
 もっとも、柱に縛り付ける訳にもいかなかったからさ。
 そろそろ……あぁ。噂をすれば、追いついてきたな」

そして焼死体は再びなゆたへと歩み寄る。
彼女を見下ろす、赤火を秘めた両眼。
宿るのは――憂いと、慈しみ。

「俺は何度でも言うよ。君達は、物語に関わるべきじゃない……君だって分かってるはずだ。
 今回死なずに済んだのは、たまたまだ。運が良かっただけ……次はどうなるか分からない」

――そんな睨むなよ、しめじちゃん。君達全員を担いで逃げるのは、俺には無理だ。
見殺しには出来ない。だが力尽くで従わせる事も困難――ならば残る選択肢は一つ。

「だけど……奴らの方から、君達を狙ってくるなら仕方がない。
 大丈夫だ。君達は、俺が守ってみせる……捨てゲーはしない主義なんだ」

252明神 ◆9EasXbvg42:2019/03/10(日) 19:24:09
きらめく尾を引く放物線を描きながら、宙を舞う『人魚の泪』。
それは吸い込まれるように、なゆたちゃんの手へと収まった。

同時、港の方で光が弾ける。
エカテリーナの虚構結界が砕け散り、隔離されていたミドやん達が再び姿を現した。
そして――空中で対峙する石油王とお馬さんの姿も、確かにそこにあった。

おいおいおい、死ななかったわアイツ。
あの女、マジで超レイド級相手に3ターン凌ぎきりやがった。
結界内で如何なる激戦が繰り広げられていたのか、俺に知る術はない。

だが結果として、仰け反ったミドガルズオルムと、五体満足の石油王達がいる。
動かしようのない現実が何よりの証明だ。

とはいえ、石油王も余裕のよっちゃんってわけじゃあなかったんだろう。
奴の顔面に張り付いていた超然とした笑みは消え失せている。
どこか晴れやかなその表情は、もしかしたら俺たちが初めて見る、あいつの素顔なのかもしれない。

>「―――――――――――――」

人魚の泪を受け取ったなゆたちゃんは、すぐさま小瓶を開封した。
死にかけのライフエイクの眼前に出現したのは、既に死んだ人魚姫の亡霊。
かつて二人を分け隔てた死も、今この瞬間だけは、障害になり得ない。

>「マリーディア……、私は……私、は……」

……まさかこの俺がこんなこと思うなんて考えもしなかった。
気張れよ、ライフエイク。ここがてめえの最後の正念場だ。
一世一代の、数百年越しの、悲恋伝説を上書きするような告白をしてみやがれ。
降って湧いたお前の余生は、幾ばくかの残された時間は、そのためだけにあるんだ。

>「……マ……リ、ィ……」

積もる話は、そりゃあ山程あったんだろう。
若かりし頃のこいつらに何があったのか、俺たちは人づてにしか知らない。
誤解や、すれ違いや、あるいは誰かの悪意がライフエイクとマリーディアを引き裂いたとして。
それを本質的に理解出来るのは二人だけだ。

饒舌なライフエイクのことだ、またぞろ長ったらしい弁明でもするんだろうと俺は思ってた。
マリーディアの哀しみを拭い去るために、百万の言葉を並べ立てるんだろうと、そう思ってた。
……だが。

>「………………すまない………………」

詭弁と欺瞞を我が物とし、詐術を身上としてきた男が。
数百年もの間求め続け、そしてようやく相まみえた女へかけた言葉は。
――ただの、一言だけだった。

そして、それが全てだ。
リバティウムの暗部を支配し続けてきたライフエイクの人生は、このたった一言を告げるためにあった。
隔絶されていた二つの魂が解き放たれ、寄り添いながら天へと昇っていく。
一度は悲恋の結末を迎えた物語が、今ようやく、本当の意味で終わりを迎えたのだ。

「何やら満足して逝きやがって……」

野暮だと分かっていても、俺はボヤかずには居られなかった。
不思議と悪くない気分だ。邪悪なる俺にはそれが歯がゆい。
この俺が、稀代のクソコテうんちぶりぶり大明神が、男女の惚れた腫れたを手助けしちまうなんてよ。

もっとリア充爆発しろ!とか言いたかったぜ。
でも今リア充って言葉とんと見かけなくなったよな。もしかしてもう死語なん?
怖っ……。知らねえうちに世間から置いてきぼり食らってたわ。
歳とるってやだなぁ。

>「……なのになんで、そんな安らかな顔で逝けるんだよ……どいつも、こいつも……!」

俺の隣で燃え残りが悔しそうに喚く。
お前はどういういう立ち位置なんだよ。
ライフエイクもマリーディアも、死に方としちゃあこの上なく最高だったろ。
死ぬべき連中かどうかって観点で言えば、間違いなく死ななきゃならねえ奴だったしな。

「そう言ってやるなよ燃え残り。死に方を選べるだけでもなかなかのアガリだろ」

こいつはどういう死に方したんだろう。
アンデッドとして蘇ったってことは、きっと奴には未練がある。
元ブレイブって部分も大いに気になるし、一回腹割って話してみるか。

253明神 ◆9EasXbvg42:2019/03/10(日) 19:24:39
>「ライフエイクとマリーディアの愛? そんな陳腐な、くだらないお涙頂戴の茶番劇で! 
 この僕の策が崩れ去るだって?認めないぞ……認めない! こんなバカげた話があるものか!」

ラブコメをぼけっと棒立ちで眺めていたミハエルが思い出したように突っ込んだ。
んーまぁ同感かなぁ……。俺だってこんなん見せつけられたら文句の一つも言いたくなる。
でも忘れんなよチャンピオン、マリーディアの哀しみを利用したのはお前だぜ。
感情をパワーソースにするなら、女心ってやつもちゃんと考慮に入れとくべきだったな。

>「ふ、ざ、けろ、よ……屑ども……!」

異議を申し立てるミハエルに、なゆたちゃんはここぞとばかりに煽りをぶちかます。
もうやめたげてよぉ!聞いてるこっちがもの哀しくなってきたわ。
ほらミハエル君顔真っ赤にして震えてんじゃん。ざまぁ。
もう一発くらい追撃くれてやりたいけど、勝ち確のレスバトルに途中参加すんのもなぁ。

しかしミハエルも伊達に金獅子()とか呼ばれてるわけじゃない。
怒りとは裏腹に、同時進行で何かやってやがった。
ローブから取り出したのは、俺たちが手繰るのと同じ……スマホ。

「あっこいつ!複窓は規約違反だろーが!!」

同一アカウントを複数デバイスやPCのタスクウィンドゥで同時に運用するテクニック『複窓』。
ATBゲージ1本分の時間で二つのスペルを行使できることで一時期猛威を奮った違反行為だ。
とっくに運営が対策済のはずだが、二つのデバイスを『同時に』運用しなければ規約には抵触しない。
ついでに言えば、アカウントのデータはスマホ本体ではなくサーバーに保存される。
つまり、俺に奪われたタブレットを捨て、スマホでログインし直せば――

>「ハハハ――、僕を本気で怒らせたな! もう遅い……何もかも手遅れだ!
 勝負は僕の勝ちさ、依然変わりなく! なぜなら――」

――奴はこれまでと変わらず、自分のアカウントでブレモンをプレイできる。
スペルを行使できるのだ。

>「僕は! あいつを! 呼んだんだからな!!」

生み出された『門』は、転移の高位スペルによるもの。
闇深きトンネルの向こうから、何かがのっそりと這い出てきた。

「おいおいおい、おいおい……」

俺はもう何も言葉が出てこなかった。
むくつけき巨躯に、闇を溶かし込んだような漆黒の甲冑。
いかにもATK高そうなゴッツい二本角と、ひと目で人外とわかる三つ目。

――兇魔将軍イブリース。
ブレモン本編では現行パッチのラスボスとも言える『魔王バロール』の腹心だ。
戦闘力もラスボスクラス……超レイド級に限りなく近いレイド級。

>「失態だな、ミハエル・シュヴァルツァー。帰りが遅いと思っていたが、まさか負けるとは思わなかったぞ」

「ちょ、ちょっと待てよ!?聞いてねえ、聞いてねえぞマジで!」

大抵のことは「まぁそんなもんじゃね」で流してきた俺も流石にこれは承服しかねた。
イブリースの登場は、魔王バロールが本編のラスボスとしてシナリオに出てくるようになってからだ。

つまり……『十三階梯の継承者』が、『十二階梯』と呼び直されるようになった契機。
第一階梯『創世のバロール』がアルフヘイムを裏切り、ニブルヘイムで魔王に君臨した事件。
そのイベントを経て初めて、兇魔将軍の存在が明らかになる、そういうフラグ管理だったはずだ。

254明神 ◆9EasXbvg42:2019/03/10(日) 19:25:36
エカテリーナの口ぶりからするに、『継承者』はまだ十三人から欠けちゃいない。
バロールの野郎は何をやってる?イブリースはあいつが育てたモンスターじゃねえのかよ!

俺がこれまで世界なんざ余裕で救えると思ってたのは、本編シナリオを一通りクリアした経験のほかに、
ニブルヘイムの戦力がまだ整い切ってないっていう予想があったからだ。
バロールが裏切った原因、つまりローウェルの死さえ食い止められれば。
ニブルヘイムの最大戦力である魔王と三魔将を生み出さずに済むと考えてたからだ。

だが、現実問題としてイブリースは目の前に居る。
戦力で言えばゴッドポヨリンさんだってタイマンで打ち勝つのは不可能だろう。
レイド級を揃えたプレイヤーを何人も集めて、ようやくいい勝負ができるパワーバランスだ。

どうなってやがる。
ゲームのブレモンと『この世界』に乖離があるのは分かってた。
それでも、大本のシステムに変わりはないって保証があればこそ、俺たちはこれまで戦ってこれたんだ。
その前提が根底から覆されれば、俺にはもうどうしようもねぇ。

これが対人戦なら、俺はまだどうとでもやれる。
それこそミハエルからタブレットを奪ったように、ブラフと仕様の悪用で無理やり勝ちをもぎ取れるだろう。
だけどPVEはダメだ。アルゴリズムで動く相手に、絡め手はあまりに頼りない。
イブリースが指先一本でも震えば、俺の全身は容易くバラバラになるだろう。

>「勘違いするな、ミハエル・シュヴァルツァー。オレはおまえのモンスターではない。
 オレの行動は、オレ自身とあの御方だけが決める」

果たして、降って湧いた絶望は現実のものにはならなかった。
情けなく報復を求めるミハエルを、イブリースは白い目(比喩)で眺めて却下した。

>「自己紹介が遅れたな、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども。オレの名はイブリース――兇魔将軍イブリース。
 と言っても、貴様らはオレのことなどよく知っているのだろう。ならば……こう言った方がいいか?
 『ゲームの中のオレが世話になっている』と――」

「なんっ……だと……!?」

流暢に喋るモンスターは実際そんなに珍しくはない。
レイド級ならなおのこと、お姉ちゃんしかり、縫合者しかり、高度な知性を持っててもおかしくはない。
だが今、こいつはなんて言った?『ゲームの中のオレ』?

まさかこいつ……認識してるのか。
自分たちや、この世界と瓜二つの存在が蔓延る、ブレイブ&モンスターズってゲームを。
入れ知恵したのは誰だ。『あの御方』ってのは俺たちと同じプレイヤーなのか。

>「これは我々のものだ、返してもらうぞ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の生命線――
 こんな小さな板切れで無敵の力を発揮するというのだから、まったく貴様らの世界の技術は恐ろしい。
 しかし……しかし、だ。この小さな板切れの中に、オレたちの希望がある」

「あっ、クソ!」

俺の手の中にあったタブレットがひとりでに浮き上がり、イブリースの元に飛んでいく。
しまった。こんなことならアカウントのパスワード書き換えときゃ良かった。
だがふわりと飛翔するタブレットを取り返すような度胸は俺にはなかった。
離れた場所にあるタブレットに干渉したってことは、俺の身体にも同じことができるってことだからな。

>「貴様らの好きにはさせんよ。せっかく、もう一度チャンスが巡ってきたのだ。
 今度こそこちらが勝つ。そして、あの御方の願いを叶えよう。まずは目障りな『王』の刺客である貴様らを葬り去ってな。
 次を楽しみにしているがいい」

……『もう一度』。『今度こそ』。イブリースは確かにそう言った。
どういうこった、俺たちとは別に、既にニブルヘイムを攻略した連中がいたってのか?
クソ、情報が少なすぎる。何もわからねぇまま、話だけがどんどん前に進んで行きやがる。

>「……ちょっと待て。『世界最強のプレイヤーだから召喚した』だと?
 お前達は、向こうから誰を召喚するのか選べるのか?
 いや、それだけじゃない……『向こうの世界が見えている』のか?」

燃え残りもまた、俺と同じ結論に至ったらしい。
ミハエルがあっちに召喚されたのも、世界チャンピオンの実績に目を付けられたからなのか。
ゲームのキャラが、現実世界のプレイヤーに干渉だ?
こいつはとんだメタネタだぜ。第四の壁を気軽に突破してんじゃねえよ。

255明神 ◆9EasXbvg42:2019/03/10(日) 19:26:17
>「屑ども……今回は命拾いしたな……! でも、次はこうはいかない。全力だ!
 君たち下級ランカー相手に、大人げないとは思うが……一切の手加減なしに潰してやる!

「待てよチャンピオン!」

なゆたちゃんがイブリースに叫ぶ隣で、俺もまたミハエルの後ろ姿に声をかけた。
『門』をくぐろうとしていたイケメンは一度だけ振り返り、怒りに満ちた視線で睥睨する。

>「聞けよ!お前の言う通りだ。つまらない人間なんて何処にだっている!
 そんな奴らを見かける度に、お前は世界を呪って、滅ぼすのか?」

俺と燃え残りは、ほとんど同時に叫んだ。

「お前、この先もずっとそうやって、目につくもの全部ぶっ壊してぶっ殺すつもりかよ。
 そんな、わけのわからん化物共と一緒に!そいつらの手先に成り下がって!
 お前の大好きなニーチェ先生も言ってるだろ、『怪物と戦う奴も実際怪物』ってよ」

「雑な略し方をするな!!」

ミハエルはいきなりキレた。大意は一緒よ、大意は。
まぁフリードリヒ・ニーチェでもニーチェ=サンでもこの際どうだって良い。
ミハエルは正直いけ好かねえクソガキだ。語録使い過ぎなのも癪に触る。
なによりイケメンだしな。俺はこの世で美少年が最も嫌いだ。反吐が出らぁ。

>「それじゃ最後には、何処にも、誰もいなくなるだけだ!
 それがお前の言う、面白い暴力か!?俺には……理解出来ない……!」

……だけど。
ブレモンプレイヤーとして、1000万人の頂点に立ったあいつに俺は敬意を払う。
それは俺が一度は目指して、力及ばず膝を屈した、伏魔殿の最奥。
そこに立ち続ける苦悩も重責も、理解はできてるつもりだ。

なんだかんだ言って、俺はこのクソゲーが嫌いじゃない。
だから、ミハエルが努力の果てに勝ち取ったものを、こんな形で歪められたくない。
安易な悦楽で簡単に捨て去っちまえるほど、チャンピオンの座は安くねえだろ。

「覚悟しとけよミハエル・シュヴァルツァー。てめぇの墜ちたそこは俺の実家だ。
 この世に邪悪は二人と要らねえ。俺が、てめぇを、深淵の外に叩き出してやる」

ミハエルは踵を返し、再び振り返ることはなかった。
俺の言葉を聞いてか聞かずか、高笑いしながら門の向こうに消えていく。

>「あなたたちは……いったい何をしようとしているの!? ガンダラもリバティウムも、一歩間違えれば壊滅してた!
 そんなことをしてまで、いったい……どんな願いを叶えようとしているの……!?」

一方で、なゆたちゃんの問にイブリースは足を止めた。
奴は一瞥もくれることなく、だけど確かに、こう答えた。

>「生きることに、理由がいるのか?」

――それは、この世界にひしめく怪物達(モンスターズ)の存在証明。
同時に、怪物を駆る者達(ブレイブ)が戦う理由でもあった。

>「いらないっしょ。そもそも生まれたことに意味なんて無いんだからさ。
  たまたま生まれたからなんとなく生きてるだけ。
  ……って君達は大量破壊活動しなきゃ生きられないのか!? ひっそり平和に生きりゃいいじゃん!」

港の方からすっとんできた馬とそのオプションパーツが声高に反論する。
あのすいません、ちょっと今シリアスパートなんで出番もうちょい後にしてもらっていいすか。
というか燃え残りもだけど、お前らあっちのチームじゃないの?

たった一つの答えを残したイブリースは、ミハエル同様門をくぐって姿を消す。
役目を終えた門もまた、大気に溶けるように消滅した。

「……俺たちにとって、この世界は『ブレイブ&モンスターズ』だけどよ。
 もしかすっとそいつは、随分と傲慢で身勝手な、人間本位の名付け方なのかもな。
 あいつらにとっちゃ、この世界は『モンスターズ&ブレイブ』なんだ」

ミハエルとイブリースが消え、ライフエイクとマリーディアも天に召された。
俺たち以外動くもののなくなった空間で、俺はひとりごちた。
まぁだからって譲ってやるつもりもねえよ。モンブレとか略しづれーしな。

256明神 ◆9EasXbvg42:2019/03/10(日) 19:26:48
なゆたちゃんはイブリースの言葉を何度も咀嚼し、その意味を掴み取らんとしていた。
奴らの真意は俺にだって分かりゃしねぇし、情状を酌量しようとも思わん。
結局のところ、俺たちにできることは一つっきりしかない。

>「……頑張らなくちゃ」

「……そうだな。頑張ろう」

頑張る。努力する。必死に足掻く。
右も左も分からないままこの世界に放り出された俺たちにとって、選択肢はあまりに少ない。

だけど、『頑張る』『頑張らない』の二つから選べるのなら、俺は迷わず前者を取ろう。
雛鳥みてえに口開けて待ってたって、棚からぼた餅は降ってきやしないのだから。

>「君達がミドガルズオルムを消えさせてくれたんだよね、本当助かったよ!
 カザハ、こっちはカケル。良かった〜、会えて。
 メロちゃんに君達に合流するように言われて……丸投げでどっか行っちゃうんだから。
 ホント無責任だよね!あとトーナメント見てた! マジで恰好よかったよ!」

なんかいい感じに話が終わったあたりで、空気を読んだのかお馬さんと妖精さんがシュバババっと駆けてきた。
そしてめっちゃ早口でまくし立てる。
メロちゃん?ああなんかいましたねそんな感じのチョイキャラ。
あいつどこ行ったの。ベルゼブブ戦あたりから顔見てねーぞ。

>「他にもいたんだ……こっちに来た時に異種族になっちゃった系異邦の魔物使い《ブレイブ》!
 ボクだけだったらどうしようかと思った。いや、まあ、こっちの姿の方が気に入ってるんだけどさ!」

「あっ?他にもって、お前もブレイブなの?何だよ今日はマジでブレイブの大安売りだな。
 モンスターになってんのも意味わかんねーし、俺の知らない間に新パッチでも当たったのかよ」

ほんでこいつら馬と妖精どっちが本体よ?主に喋ってんのは妖精だけど。
なんかこう、INT値高そうなのは馬の方だよな……見るからに妖精はIQ低そう。
ワっと言葉の洪水を浴びせかけられた燃え残りは、いかにも陰キャっぽい反応を見せる。

>「……俺は、一回死んだんだよ。そしてこうなった」

「……元ブレイブ、ってのはそういうことか。
 するってえとお前はアレか、俺たちより前にこの世界で活動してたブレイブなのか?
 ほんでどっかでおっ死んで、燃え残りとして蘇ったと。
 アンデッドなら、しめじちゃんと同じやり方で蘇生できるんじゃ――そうだ、しめじちゃん!」

やべえ、色々ありすぎて完全に思考の外だった。
そもそもこいつしめじちゃん放ったらかして何やってんだよ!
俺は燃え残りの炭化した両肩を掴んで揺さぶった。

>「……君達に任された通り、しめじちゃんは安全な場所まで逃しておいた。
 もっとも、柱に縛り付ける訳にもいかなかったからさ。
 そろそろ……あぁ。噂をすれば、追いついてきたな」

焼死体の白濁した目がぐるりと動き、視線の先を示す。
しめじちゃんが街の方から駆け寄ってくる姿を見つけて、俺は腰が砕けそうになるくらい安堵した。
というか砕けた。みっともなく地面に尻を付ける俺を横目に、燃え残りはなゆたちゃんに歩み寄る。
女子高生大好きマンかよこいつ。

>「俺は何度でも言うよ。君達は、物語に関わるべきじゃない……君だって分かってるはずだ。
 今回死なずに済んだのは、たまたまだ。運が良かっただけ……次はどうなるか分からない」

燃え残りの言葉は……正論だった。
今日俺たちは、何度死んだっておかしくなかった。
しめじちゃんに至っては実際に一回死んですらいる。
正直言って、もうこんな思いはゴメンだ。死にたくねぇし、死なせたくもない。

>「だけど……奴らの方から、君達を狙ってくるなら仕方がない。
 大丈夫だ。君達は、俺が守ってみせる……捨てゲーはしない主義なんだ」

「へっ、一回死んでる奴が吹かすじゃねえか。喋って動くだけの焼死体に何が出来るんだ?
 紙防御の肉壁にでもなろうってのかよ」

燃え残りの宣誓に、俺は憎まれ口を叩いた。
実際こいつどうするつもりなの。元ブレイブってこたぁゲーム知識はあるんだろうが、それだけだ。
ミハエルとの戦いでもこいつがやったのは槍を身体で受け止めるくらい。
今のこいつはスペルも使えなきゃ、サモンもできない、単なるモンスターでしかない。

「俺は認めねえぞ。こんなよく分からん、自分の名前も思い出せねえような死体の世話になるなんざ。
 旅についてくるのは勝手だけどよ、足引っ張ったらその時はウジ虫の餌にしてやるぜ。げひゃひゃ」

『グフォフォフォフォフォ……!』

俺の肩の上でマゴットが悪っぽい笑い声を上げた。
この子生まれたばっかの頃は純真だったのに最近なんか凶悪じゃない?
やあねえ。誰に似たのかしら。

かくして、リバティウム全土を巻き込んだ一夜限りの大騒乱は幕を下ろす。
両手一杯の謎と、一握りの暖かなものを残して。

257明神 ◆9EasXbvg42:2019/03/10(日) 19:27:28
 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

前代未聞の大災害に見舞われ、死者こそ出なかったものの甚大な被害を負ったリバティウム。
ようやく復興が始まった街の中を、俺はしめじちゃんと連れ立って歩いていた。

「交易所も半壊かぁ。また遊べるようになるまでしばらくかかりそうだな」

ひび割れた石畳を張り替える石工たちが、移動屋台を呼び止めて昼餉を購入する。
俺たちもその行列に並んで、ワイルドボアの串揚げを買った。

「やっぱ脂の味しかしねぇなこれ。ちゃんとしたトンカツが食いてぇよぉ」

世界を救ったあと、俺はアルフヘイムに永住するつもりだ。
現実世界で仕事に追われながら細々と暮らすより、きっとこっちの方が面白おかしく生きられる。
だけど一つだけ悩みがある。俺は現実世界の、飯だけは好きだった。
なゆたちゃん達と別れたら、もう和食を食う機会はなくなると思うと、哀しみが心を覆い尽くした。

「さて、腹ごしらえも済んだことだし……そろそろ行こうぜしめじちゃん」

なゆたちゃん謹製の昼食を一食分断ってまで俺たちが街に出たのは、何も復興状況を眺めるためじゃない。
乗り心地の最悪な馬車を乗り継いで向かった先は、カジノ『失楽園』跡地。
その近くにある、路地裏だ。

そこには、しめじちゃんの背丈くらいある大剣が石畳に突き刺さっていた。
大剣の柄には、傭兵ギルドが構成員に支給する鎖付きのタグが引っ掛けてある。
タグは身分証と本人確認の役割を兼ねたものだ。例え死体が原型を留めていなくても、誰の死体か分かるように。
つまりこの剣は、傭兵の墓標だ。

――バルゴス。
カジノへ潜入する際に俺が懐柔し、そのまま行方知れずになったライフエイク子飼いの傭兵。
あれから傭兵ギルドがカジノの瓦礫の中から、血まみれの大剣と鎧、それからバルゴスのタグを掘り出した。

傭兵の姿が消えて、装備とタグだけがその場に残されている。
小学生だってその因果関係は簡単に結び付けられるだろう。
バルゴスは、バフォメットに食い殺されたのだ。

食ったのが二匹いるバフォメットのうちどっちだったかは、今はもう知ることはできない。
いずれにせよ、エカテリーナと真ちゃんたちが既に仇を討っている。
だから、俺たちが今からするのは弔い合戦でもなんでもなく……ただの墓参りだ。

墓には先客がいた。
名前は知らずとも顔は覚えてる。バルゴスと一緒に俺たちを尾行してたゴロツキ共だ。
ゴロツキは俺たちの姿を認めて一瞬身をこわばらせたが、すぐに緊張を解いた。

「薄情な連中だよ。この路地裏をシメてたのはバルゴスなのに、誰も手を合わせに来やがらねぇ」

ゴロツキは墓を見下ろして、寂しそうに呟いた。

「あいつ嫌われてそうだったもんな」

「ちげぇねえ」

俺は持参したワインを放る。ライフエイクのオフィスからくすねた高級品だ。
ゴロツキは苦笑しながらそれを受け取ると、栓を切ってバルゴスの墓に注いだ。

258明神 ◆9EasXbvg42:2019/03/10(日) 19:28:09
「ロクな奴じゃなかったよ。ガサツで、傲慢ちきで、気に入らないことがあるとすぐ殴る。
 おれはあいつの腰巾着だったから、バルゴスを見る路地裏の奴らの目をよく知ってる。
 用心棒なんて気取っちゃいたがよ、おれたちゃ鼻つまみ者だったのさ」

注いだワインの残りを、ゴロツキは自分で呷った。

「だけど……それでも、俺たちの仲間だった。
 喧嘩にめっぽう強いあいつのおかげで、おれたちは他のチンピラに虐げられずに済んだ。
 曲りなりにもこの街を守ってた奴の最後にしちゃ、あんまりだよ」

バルゴスを喰い殺したのはバフォメットであり、それを使役するライフエイクだ。
だけど、奴がバフォメットと対峙する理由を作ったのは、俺だった。
俺があいつをこの件に巻き込まなけりゃ、バルゴスは死なずに済んだだろう。
言い訳のしようもなく、バルゴスが死んだのは俺のせいでもあった。

「……俺を恨んでるか?」

益体もない問いだ。ゴロツキが俺を恨んだところで、俺にはどうすることもできない。
しめじちゃんのようにアンデッド化すれば蘇生のメもあったが、バルゴスはそうじゃない。
あいつの死体は多分、バフォメットと一緒に消滅してる。
ゴロツキは、俺の目を見ることなく答えた。

「恨んでねえって言ったらあんたは心晴れやかにこの街を出ていけるのか?
 だったらはっきり言ってやるよ。――恨んでねえわけねえだろ。
 俺にとっちゃライフエイクもあんたも、同じだ。あんたらがバルゴスを死なせた」

「……そうだな」

悪い奴をやっつければ全部解決なんてのは、それこそゲームの中だけの話だ。
悪い奴が殺した人間は生き返らないし、壊した街は長い時間をかけて直さなきゃならない。
現実は、描写を省略してなどくれない。失った哀しみも痛みも、間違いなくそこにある。

吐き気がする。
誰かの死を間近で見たのも、それが自分の責任になるのも初めてだ。
どこかで俺は、『殺したのはライフエイクだから俺は悪くない』っていう、言質が欲しかったのかもしれない。

何の保証にもならない、吹けば飛ぶような"気の持ちよう"。
二度と会うこともない路地裏のゴロツキ共に、俺は何を押し付けようとしてんだ。
我ながら反吐の出る自己保身だ。

「気に食わねえな。何しおらしくしてんだ?」

ゴロツキは振り向いて、ワインの残りを俺に差し出した。

「おれたちは傭兵だ。金をもらって殺し合う、そういう仕事だ。
 バルゴスはあんたに雇われて、戦って、死んだ。珍しくもねえことだろうが。
 くだらねぇ哀れみを持ち込んで、これ以上バルゴスの誇りを穢すんじゃねえ」

「だったら!」

俺はたまらず反駁した。

「だったらどうすりゃいい。人を死なせるのは初めてなんだ。
 俺は前に進みたい。でも、バルゴスのことを忘れたくはない。
 あいつの死を忘れて、また誰かを死なせるのは、二度と御免だ」

ゴロツキは鼻で笑う。

「はっ、結局は自分が気持ちよく過ごす為かよ。良い人ぶってんじゃねえぞ。
 傭兵に弔いの作法なんてねぇよ。今てめえがそうしたように、酒でも供えて手を合わせりゃ良い。
 それで終いだ。済んだらとっとと回れ右して二度とそのツラ見せんな」

ゴロツキはそれだけ言うと、近くの木箱にどかりを腰を下ろした。
ここから先へ立ち入るなと、そう言外に示すのは……路地裏の門番だったバルゴスの遺志なのかもしれない。

259明神 ◆9EasXbvg42:2019/03/10(日) 19:28:43
俺は墓標代わりの大剣の前で、両手を合わせて祈った。

バルゴス。悪かった。死なせるつもりはなかったんだ。
そして、お前がバフォメットと対峙してたおかげで、俺たちは致命的な挟み撃ちを受けずに済んだ。
ありがとう。……って言っちまったら、またお前は怒るかな?
俺がこの先死ぬことがあったら、あの世でもっかい詫びるよ。どうせ行くところは同じだ。

隣でしめじちゃんも手を合わせている。彼女は何を祈ってるんだろうか。
一通り心の中でつぶやき終えた俺は、ゴロツキの指示通りに回れ右した。

「待ちな」

いつの間にか墓標まで歩いてきていたゴロツキが、俺の背後から声をかけた。
振り向くと、鞘に収められた大剣が放物線を描いて迫る。
反射的に掴めば、ずしりと筋を痛めそうなくらいの重さを感じた。

「墓標代わりもこれでお役御免だ。他に弔いに来る奴なんかいねえし、デカくて正直邪魔だったんだ。
 傭兵の形見はタグで十分、その剣はあんたが持ってけよ」

「良いのかよ。ちゃんと手入れされてるし、結構な値打ちモンじゃねえのかこれ」

「言ったろ、バルゴスは嫌われ者だった。この路地裏に置いといたら、遠からずブチ折られちまうだろうよ。
 そいつはバルゴスが、担げる奴が居なくなった"重み"だ。
 あいつのこと、忘れたくないんだろ。ならあんたが背負って前に進め」

「……分かった」

大剣を身体に括り付けるように背負って、俺は路地裏を出る。
足がガクガクするほど重たいけど、それでもカジノで背負ったしめじちゃんよか軽い。
いやでもマジで重いな……バルゴスの怨霊でも憑いてるんじゃねえのこれ!

俺は大剣をインベントリにしまおうとして……やめた。
これくらい担げなきゃ世界なんか救えねえよな。

だから背負って行こう。――少なくとも、なゆたちゃんの家に帰るまでは。


【リバティウム編終了。エンバースにウザ絡みする】

260五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/03/17(日) 13:34:23
既に結末はわかっていた
3ターン稼ぎ、腹いせ紛れの一撃を食らわせた時点でこうなる事はわかっていた
この時間稼ぎのために力と財力を使い果たしたが、仲間たちはそれに見合う結果を出す事は

仰け反るミドガルズオルムに背を向け降下を開始したみのりの目に映るのはマリーディアとライフエイクの邂逅……そして散華
縫合者は強力な複数の魔物を繋ぎ合わせるため、被験者は拒否反応により耐え難い苦痛に苛まされ続ける事になる
事実ゲームで登場した縫合者は正気を失い狂える存在となっていた

そんな苦痛に数千年の時を耐え続けたライフエイク
マリーディアと再会した時点で結末は決まっている
個人的にはこのような邂逅など認められるものではないが、事ここに至っては仕方がないと納得するしかないだろう
今更マリーディアの首を刎ねようにももはや間に合わないし、何よりこの邂逅を良しとし奮戦した仲間たちの意思を尊重しようと思えたからだ

では何ゆえにイシュタルを装甲のように身にまとい、収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)によって召喚された大鎌を携えるのか
それはみのりの中ではまだ戦いが終わっていないからだった


ライフエイクとミドガルズオルム
この二つは主敵であり当座の対処案件であったが、それですべてが終わったわけではない

明らかな敵意と行動を持って現れた金獅子ミハエル
そして突如として現れたブレイブを自称する二人と一頭
この三人の処遇についても放っておくわけにはいかないのだから

地上に降りだったところで動いたのは金獅子ミハエルだった
ローブから取り出したスマホを操作し、次元の門を出現させる
そこから現れたのは……『兇魔将軍イブリース』

その姿を見たみのりの反応は……絶句!
それは他のメンバーも同じようで、なゆたも明神も言葉が出てこない
エンバースがその危険性を察したように身を挺そうと立ちはだかり逃げるように促す

カザハとカケルは自体がわかっていないようだが、みのりは知っている
イブリースの力を、この状態で戦いが始まれば全滅は免れない、と

身に纏わせていたイシュタルを分離させ、前に出して自身は二歩下がる
イシュタルをボディスーツにしてもイブリースを前には効果がない、諸共両断されると理解していたからだ
収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)はダメージを攻撃力に換算するものである
今回受けたダメージはブーストとして背中に受けた熱風と、ミドガルズオルムとの衝突の衝撃
人の身であるミハエルや、焼死体のエンバース、それに風の精霊シルヴェストルならば十分なダメージを与えられるだろうが、イブリースが相手となると話にならない

261五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/03/17(日) 13:34:58
今までいついかなる時でも余裕を持ち思考を巡らせられていたのは、自分は安全である
それだけの力(パズズ)を有しているから、という揺ぎ無い精神的な支柱があったからだ
それをなくした今、目の前に立ちはだかる絶対的な力に成す術を見出すことができないでいた

しかし、ミハエルの言葉とは裏腹に、イブリースに戦う意思はなかった
言葉を交わしミハエルを伴い門に消えて行ったのを見送り、みのりは文字通り崩れ落ちる

「はぁ〜〜〜因果な話やねえ……
王の刺客とか言われてもうたけど、何となく色々と合点がいったわ
うちらがガチャ回してパートナーモンスターを引くように
ニヴルヘイムは確定ガチャ一回で金獅子はんを召喚
アルフヘイムは十連ガチャで不特定を召喚
いう感じなのカモやねえ」

なぜに自分たちが召喚され、いいように戦わされているのか?
常に疑問であったし、不信感を越え不快感を持っていた
だがイブリースの言葉にブレモンをプレイしていた自分を置き換える事で納得できる部分ができてしまったのだ
勿論ゲームでありパートナーモンスターに説明云々など機能としてありはしないし、必要ない
しかしもし自分がモンスターとしてガチャで引かれたら?
それがまさにこの状況に当てはまるのだから

「それにしても……」

よろよろっと立ち上がり、言葉を続ける

「相手の目的は【生きること】とは困ったものやねえ
アルフヘイムを壊さないと自動的にニヴルヘイムが崩壊してまうとか、そういうのっぴきならない制限でもあるんやろか?
なんにしても和解や回避は不能っぽいやぁねえ」

>しかし……しかし、だ。この小さな板切れの中に、オレたちの希望がある」
イブリースの言葉を思い出しながらため息をついた
あれほどの力を持つモンスターがタブレットに、ひいてはブレイブに【希望】を見出し縋っているのだ
どうにもならない危機があちら側に迫っているのだろう

「まあ、落ち着いたところで、一応紹介しておくわー
なんやもう馴染んでる感じになってるけど、シルヴェストル(風の妖精族)とそのパートナーユニサスなんやけど、うちらと同じブレイブやって云うてはるんやわ
ミドガルズオルムを抑えるのに高機動でずいぶん助けてもらったけど……人やないし、あっちのエンバースもやけど、どういう事なんやろねえ?
まあ、後でゆっくりお互い自己紹介しよか」

本来ならばエンバースともども詰問し、場合によっては大鎌で一太刀するつもりであったが、イブリースの登場と様々な情報で毒気が抜かれてしまった
既にイシュタルも鎌もスマホに戻している
今までのように溢れるほどのクリスタルを背景にイシュタルや藁人形を常時出現させているわけにはいかなくなってしまったのだから

>「……頑張らなくちゃ」

そんな決意を固めるなゆたをみのりは眩しく見ていた
エンバースの言葉ではっきりと【もう、自分は戦えない】と自覚している自分とはあまりにも対照的だったから

262五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/03/17(日) 13:41:37
【五穀みのり追加情報】

みのりはスマホ2台複数アカウント持ち
ブレモン世界への転移において周囲を信用せず自身の切り札として隠し持っていた
またデッキ情報を開示してから秘かにデッキ構成を変更するなど、共に旅する仲間も騙していた

最大の切り札は超レイド級複合モンスターパズズであったが、召喚するだけでクリスタル4桁、召喚維持のために秒単位でクリスタル二桁単位で消費してしまうため、現在のクリスタル残量7
膨大なクリスタルと超レイド級戦力の喪失により、大きな心境の変化が訪れている?

パートナーモンスターは従来一人レイドしていた時のパートナーモンスターに変更済

【パートナーモンスター】

ニックネーム:ノートル
モンスター名:カリヨンシェル
特技・能力:10メートル超の巨大な巻貝、ただし貝殻の部分が鐘楼となっている
濃い霧と共に出現し、フィールドを水属性にする環境型モンスター

その動きは重鈍で回避能力はないに等しく防御力も高いとは言えない
しかし火力だけは範囲、威力共に高く、レイドでは固定砲台として扱われる
安全が確保された状態ではその能力を発揮するのだが、中途半端な状態だと真っ先に潰されてしまう
一撃は大きいのだが、DPSを考えればそこまで突出しているわけではないのでパートナーとしてる率は低い

みのりはイシュタルに攻撃をすべて受けさせ、ノートルにより強力な攻撃を行うというオーソドックスなスタイルで一人レイドを繰り返していた

『除夜(ヒャクハチ)』……広範囲音波攻撃。対象の体内で反響しダメージを与え続ける。詠唱妨害効果あり
『祇園精舎(ショギョウムジョウ)』……最大音波攻撃。強い衝撃波を放出
『聖域(アンチン)』……音の障壁を張り1ターンのみ完全防御ができるが、その間行動不能

簡単なキャラ解説:
暴風竜の住まう海域の海底に生息する巨大貝
水中では音は空気中より早く効果的に伝わり、体から発する濃霧は陸上にあっても海中と同じ効果をもたらし、また大敵である乾燥から身を守る


【使用デッキ】

・スペルカード
〇〇「蜘蛛の糸(カンタダスリング)」×2 ……建物・ダンジョンから脱出できる(一人用)
○〇「円錐増幅器(メガホン)」×2 ……音響攻撃を増幅させる
〇〇「浄化(ピュリフィケーション)」×2 ……対象の状態異常を治す。
●〇○「高回復(ハイヒーリング)」×3 ……対象の傷を中程度癒やす。高回復に回復量は劣るが素早い使用が可能
〇「万華鏡(ミラージュプリズム)」×1 ……対象の分身を3つ出現させる。分身は対象の半分のステータスで自律行動可能
〇〇「取り換えっ子の呪法(チェンジリング)」×2 ……ダメージを味方に肩代わりさせる
●「品種改良(エボリューションブリード)」×1 ……土属性モンスターのステータスを3倍にする
●「土壌改良(ファームリノベネーション)」×1……フィールドを土属性に変え、土属性スペルの効果は2倍となる

・ユニットカード
〇〇「音叉結界(ユニゾンプレイ)」×2 ……対象を中心に音叉を配置し、フィールド内での音波攻撃を反響増幅させることでDOTダメージを発生させる
〇「雨乞いの儀式(ライテイライライ)」×2 ……雨を降らせてフィールドを水属性に変化させる
〇「無間の沼地(ヌマヨドガハラ)」×1……周囲一帯を底なし沼にして機動力を落とす
○「収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)」×1 ……攻撃力0の鎌。累積ダメージがそのまま攻撃力になる

263第三章「人魚の泪」ダイジェスト:2020/01/24(金) 20:34:09
人魚の泪を手に入れるためにリバティウムに訪れた一行。
その街は様々な重要な施設を擁しており、その中でもアルフヘイムではリバティウムにしか無いというカジノへ情報収集へ向かう。
みのりは莫大な財力を駆使し派手な勝負を繰り広げることで注目を集め、
支配人の気を引いてVIPルームに通され支配人と直接接触することに成功。
なゆたがライフエイクと名乗る支配人に人魚の泪について尋ねると、あっさりとある事を認めた。
そして、1週間後に行われるトーナメント戦である『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』の優勝者に副賞として与えるとのこと。
なゆたは、パーティーを2つに分け、片方がトーナメントに出場して人目を引き付けている間にもう片方がライフエイクの真の目的を暴く作戦を提案。
なゆた・真一・みのりが出場組、明神・ウィズリィ・メルトが潜入組となった。
真一はレアル・オリジンと対決、なゆたは煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)と対決し、それぞれ勝利。
戦い終えた真一は謎の少年(ミハエル)に話しかけられる。
彼はリバティウムに伝える人魚の伝承を語り、ライフエイクの目的が世界蛇ヨルムンガンド(ミドガルズオルム)を呼び起こすことだとほのめかすのだった。
真一はなゆたとみのりを伴い、明神達を追ってカジノの方へ向かう。
一方の明神達はライフエイクの息がかかっていると思われるバルゴスの襲撃を受けるも、制圧して邪魔をしないことを約束させる。
しかしバフォメット2体に襲われてしめじが死亡。
ピンチに陥ったところに13階梯の継承者の一人虚構のエカテリーナが助けに現れる。
そこに真一達も到着し、真一となゆたがバフォメットを倒す。
そんな中、しめじが死亡する直前にスペルによって自らをゾンビ化してしたことに気付く一同。
明神とみのりは、しめじをいったん捕獲してから回復スペルを使う事で蘇生させた。
先にライフエイクとの戦闘に突入していた真一・なゆた・エカテリーナに、明神・みのり・メルトが合流する。
ライフエイクが合成魔獣“縫合者(スーチャー)としての正体を現し、本格的に戦闘が始まるかと思われた矢先、
ライフエイクは突如現れたミハエルによって心臓を貫かれる。
ミハエルは古の時代の人魚の王女マリーディアを召喚。
マリーディアはかつての恋人ライフエイクの亡骸を見て慟哭し、それを引き金に、ミドガルズオルムが復活し、街を破壊しはじめる。
マリーディアは”人魚の泪”と化し、ミハエルに回収された。
ライフエイクはミドガルズオルム復活のためにミハエルによって利用されていたのだった。
なゆたは、ライフエイクとマリーディアを再会させることによってミドガルズオルムを鎮める作戦を提示。
ライフエイクに回復スペルをかけて再起させ、ミハエルの手の中の人魚の泪の元に辿り着くように鼓舞する。
一方の海岸では、ユニサスに乗ったシルヴェストル(カザハ)が、ミドガルズオルムの気を引いて街の蹂躙を阻止しようとしていた。
そこにみのりが煌めく月光の麗人とエカテリーナを引き連れて参戦。
パートナーの堕天使(ゲファレナー・エンゲル)を駆使しライフエイクを堕としにかかるミハエル。
なゆたと真一は連携して堕天使を撃破。
そこに突如現れた謎の焼死体(エンバース)が乱入し、ミハエルの槍の攻撃を受け動きを封じる。
明神はミハエルのスマホを奪い、アプリを強制終了して無力化に成功。人魚の泪を奪取し、なゆたに投げ渡す。
なゆたが小瓶型の人魚の泪の蓋を開けるとをマリーディアが現れ、マリーディアとライフエイクは再会を果たして消えていく。
同時に、ミドガルズオルムも鎮まり消えていくのだった。人魚の泪はなゆたが持っておくことになった。
一行に敗れたミハエルは、イブリースに連れて帰られた。
街を守り切ったみのり達も合流しなゆたハウスに撤収する一同だが、ウィズリィは騒乱の中でいつの間にか姿を消していた。
真一は一人で修行の旅に出る・しめじはリバティウムに残りアルフヘイム移住の基盤を作るという理由でパーティーを抜け、
入れ替わりでエンバースとカザハが加入した。
こうして大幅なメンバー入れ替わりがありつつも、ついに一行は王都へと向かう。


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